低空飛行 どこへ行く 日本

どこへ飛んで行くのやら

政治 国力 検討するだけ 改善策 具体策無し
    財政 借金無制限 返済の見込み無し
        財政健全化 夢
    金融 日銀 マイナス金利堅持 
        円安 ご利益なし
経済 GDP 横這い
    貿易収支 大赤字
    賃金 横這い
    物価 高騰
    消費 低迷  


2010/10・・・2022/8/178/25・・・9/239/28・・・10/110/8・・・10/1210/1310/1410/1510/1610/1710/1810/1910/20・・・10/2110/2210/2310/2410/2510/2610/2710/2810/2910/3010/31・・・11/111/211/311/411/511/611/711/811/911/10・・・
産業 
  日本経済を支えてきた 高付加価値 物づくり 消滅
  技術者 職人 技術の継承 頓挫 
  人材育成・投資 減少 低迷 使い捨て
  研究 開発 人任せ 成果お金で買う
  世界との競争力 大巾低下
  農業 建設業 製造業 情報通信業 卸売業 小売業
  金融業 為替は日銀 銀行は国家保障 株式は社員と一族 何とか機構保持
  医療 福祉 高齢化社会
  教育 「ゆとり教育」育ち 働き世代へ
  宗教 文化から産業へ
  公務 最も安定 倒産なし
昭和の30年代 予算の少ない国立大学工学部 優良企業 研究開発のスポンサーに 
昔付合いのあった 目蒲線沿線の多くの町工場 1990年代か なくなりました 
 
 
 
 

 

●ゆとり教育の真実 2010/10 
  対談  寺脇研 / 元文部科学省審議官 ・ 出口汪(ひろし) / 実業家
●第1部 時代が変わる。だから教育も変わらねばならない
   “脱近代”を見越した「ゆとり教育」
出口  最初からいきなり本題に入ってしまいますが、基本的に僕は「ゆとり教育」には大賛成だったし、今でもその考えは変わっていません。ただ、現状としては、ゆとり教育とはだいぶ違う方向に、国全体が動いていっているように思います。寺脇さんは文部科学省にあって、ゆとり教育の中心的な推進役というイメージが強いのですが、当時、ゆとり教育についてどのような考えをお持ちだったのでしょうか。
寺脇  今は、「ゆとり教育」と呼ばれていますけれども、文科省としては、ゆとり教育と呼んでいたわけではないのです。ゆとり教育というのは、いい意味でも悪い意味でもマスコミが貼り付けたレッテルですね。ゆとり教育は、長い時間と多くの方々の知恵と経験を結集して検討した結果、導き出された教育政策でした。すなわち、生涯にわたって学習する、その一環が学校教育である、という考え方に立った教育改革が必要であること、そのために知識重視型ではなくて経験重視型の教育方針のもとで生きる力をはぐくみ、ゆとりある学校づくりを目指すこととしたのです。あとでお話しますが、「時代が変わる」ことが、その根底にあります。経過を簡単に説明すると、ずいぶん前になりますが、中曽根内閣の時代、1984年に、臨時教育審議会(臨教審)という総理大臣の私的諮問機関が設置されました。当時、京大の学長をされていた岡本道雄先生を会長に、加藤寛先生とか、石井威望先生とか、当時のそうそうたる知識人をお迎えし、塾や予備校の先生から、PTAの代表から、いろいろな人からお話をうかがって、3年間議論しました。その結論がこうだったわけです。だから、いわゆるゆとり教育で、教科書がどうなるとか、土曜日を休みにするかとか、あるいは「総合的な学習の時間」をやるのか、というようなことは、いわば教育改革における「下部構造」なんですね。
大切なのは、ゆとり教育の最大の背景、「時代が変わる」ということなのです。20世紀まで世界を支配してきた近代というものが、終わりを迎えつつある。今では「脱近代」の時代になったというのは当たり前の話になってきていますけれどもね。少なくとも、中曽根総理までの時代は20年先を見越した議論をしていたわけです。すなわち、世界は近代においてずっと続いてきた成長の限界を迎える。だから、このことを見据えた未来計画が必要だということです。すでに、ヨーロッパでは1972年に、イタリアのシンクタンクのローマクラブが、「成長の限界」というレポートを発表しています。成長には限界があるということは、当時から鋭い人たちは見越していた。で、日本でも、当然日本もそうなるだろうという認識の中で「絵」を描いたわけです。近代が脱近代していく、という壮大なストーリーの中での教育改革の検討だったのです。ゆとり教育はこの検討の中から生まれたのです。臨教審で検討した内容を、そのあとさらに、中央教育審議会でかみ砕いて議論していったわけです。このへんが、いわゆる「上部構造」ですね。私が文科省の役人として担当していたのは、この「上部構造」とさっきの「下部構造」の中間くらい、言葉で言えば「中間構造」ですね。たとえば、現場で教育していくときに、何故こんな教育をするのか、という誰もが疑問を持つ部分があります。それは時代が変わるから、という答えの部分。このへんをわかりやすくまとめて社会に送り出すというようなことです。
2002年くらいから本格的にゆとり教育が進められたときに、上部構造と中間構造で積み上げてきた議論が、全部すっ飛んでしまって、下部構造の議論ばかりに注目が集まるようになりました。台形の面積の公式がなくなったとかなんとか、そんな下部構造の議論ばかりになって。本来だったら、文部省がリードしなければならない上部構造や中間構造の部分について、もっともっと議論が必要だった。もっとも、上部構造については政治家がやらなきゃいけなかったのですが。しかし、小泉内閣がやめてしまったわけです、上部構造の議論を。だから、小渕内閣までは、「成長は限界に達する」ということを前提において教育政策も考えていたのだけれど、小泉さんは、「竹中理論」で、リーマンショックまで成長への夢を追いかけていました。だから、上部構造のそれまでの議論の方向が変わってしまったわけです。そうすると、文科省っていう中間構造が揺らいでしまって、下部構造が批判にさらされると、もう、立ちすくんでしまい、きちんとした中間構造の機能を果たせなくなってしまいました。そのために、最初に目指したことがうまく運ばなかったというのが「図式」だと思います。
出口  今、お話をお聞きしていて、なるほどなって思う点がいくつかあります。僕は当時予備校で講師をしていたのですが、「ゆとり教育大賛成」を公言していました。で、今の上部構造の問題ですけれども、僕にもそれがずっと頭にありました。これはよく言われることですけれども、日本の今の教育のもともとの原点というのは蘭学にあるのです。かつて日本は鎖国していて、かろうじて日本に入ってくる西洋の学問というのは、すべてオランダ語で書かれていました。だから、オランダ語を翻訳し、その内容を吸収することが学問であるという流れがずっと続いていて、それが結局は、近代においても、あらゆる西洋のものを結果だけをとりあえずは吸収していこうという土壌を作ることになったのです。そこで、小・中学校においては、その結果を吸収するための訓練として、計算とか、暗記、模写っていうようなことをやってきた。そういった流れが底辺にあって、第二次世界大戦で日本が負けた後に、アメリカに追いつけ追い越せで、同じことをより過度にやったのだと思います。その結果、団塊の世代あたりで、すさまじい競争の中で、勉強をすることが人間性をおかしくするというような、普通ではあり得ない状況になりました。本来勉強というのは、人間性を豊かにするものであって、子どもたちに生きる力をつけるためのものというか、よりよく生きるための武器を与えることが教育だと思います。それなのに、何か勉強することが、人間性を阻害するというような、まったく本来とは異なった状況になってしまったと思うのです。それで、教育に対する考え方や施策を切り替えるタイミングが、いくつかあったはずなのに、たとえば、日露戦争が終わった後とか、第二次世界大戦の後とか。しかし、ことごとくそのタイミングを見失っていって、もうどうしようもない状況に放置されることになってしまった。おそらくあの時にゆとり教育、まあ言葉は違うかもしれないけれども、そうしたものに切り替えないと、日本の教育というのはどうにもならないような状況にあったと思います。
   「次の時代のための教育」という視点が重要
寺脇  鋭いご指摘ですね。第二次世界大戦のことはおいておくとして、今、「日露戦争の後」とおっしゃった。その時に実はやろうとしたのですよ。ええ、切り替えようとしたのです。私たちの大先輩というか、明治時代後期の文部省の役人で、さまざまな教育改革に立ち合った澤柳政太郎さん。私もあまり詳しく知らなかったのです。私がゆとり教育で批判の嵐にさらされるようになってから、「どうもあなたは澤柳さんと同じことをやっている」という人がいるので、その澤柳さんのことを調べてみると、まったく同じなのです。
幕末から明治の文明開化の時代には、そのときの教育が一番時代に合っていてよかった。だから以来、それでやってきました。しかし、日本が一応近代化を達成して、日露戦争に勝利した時点で、新たな時代のための教育に切り替えていくべきではないかという議論が出たのです。当時の文部官僚で、局長だったようですが、それが澤柳清太郎さんです。澤柳さんが中心になって走り回って議論をまとめていこうとするのだけれど、結局、それじゃだめだと、今のゆとり教育批判のような状態になって、澤柳さんもやっぱり文部省を追われて去って行きました。その先が違うのですけれどね。私は追われた後は、ただの浪人ですが、澤柳さんはその後、国立大学の学長を経て、成城学園を作るのです。文部省が教育政策を変えないのだったら、自分の考えている教育をここでやろうということで作ったのが、成城学園なのです。
出口  歴史の専門家ではないので、わからないことはたくさんありますが、僕のイメージとしては、結局あの時も、そうした動きをつぶしたのはやっぱり政治だったと思います。要は日露戦争が、大勝利ということで思想的な大宣伝をしてしまっている。引っ込みがつかなくなった中で、本当に国威高揚してしまって、軍国主義へと流れていく。ちょうど曲がり角だったのではないかなと思います。
そういった流れの中で、ゆとりよりも優秀な軍人を養成するというような知識重視型の教育が、ますます強力に進められていってしまったのではないかというイメージを持っています。
寺脇  おっしゃるとおりですね。日露戦争から第一次世界大戦あたりの時代に、本来ならひとつ、近代化に区切りがつくところだったのです。帝国主義でやっていくと、こんな戦争ばっかりしてしまう。そして近代の科学力で戦争をやっていったら大変なことになってしまうということに、みんなが気づいたのです。
だから、もうこんなことはやめて、平和共存しようじゃないかと考えたのですが、最近のゆとり教育批判が、高度経済成長からバブルの夢が忘れられないように、日露戦争大勝利の夢が忘れられなくて、腰が重くなった。ところが、日露戦争大勝利と言っても、もう、本当にぎりぎりのところで、もうちょっと続けていたら負けるぐらいの、ほとんど国力の限界まで行っている中でやっていたわけです。
出口  あれは、実際は停戦に近い、お互いに戦争を継続するだけの体力がなかったということだと思いますね。
寺脇  だから、そういうことの中で、いわゆる日本の帝国主義的膨張っていうのはこれぐらいにしておいて、考え方を切り換えましょう、ということだったわけでしょう。ところが、やっぱりそこが、政治あるいはメディア、まあ上部構造を動かすのは政治ですし、下部構造を動かすのはメディア、世論になりますからね、そこに押し切られたっていう感じでしょうか。
出口  そういう話をお聞きしたら、本当に似ていますね。その時代と今、教育もありとあらゆることも。興味深いですね。
寺脇  確かに近代というのは、まだあの時代では資源もたくさんあったし、世界もまだまだ発展途上というか、発展の余地がおおいにあったから、それは、ある程度は仕方がなかったと思います。で、勝手に発展を目指した結果、人類は、第二次世界大戦という大変な惨禍を招き、4000万人くらいの人びとを死なせてしまった。そんなことをやったしまったわけです。大変な数ではありますが、でも考えようによっては4000万人で済んでいるわけです。
だけど、今度は、成長の限界があるにもかかわらず、新自由主義経済とかあるいは従来の高度成長経済、すべての国が成長することを目指して突進していけば、もう今度は、4000万人どころの話じゃない。下手すれば地球が滅亡するくらいの災いを招くことになるかもしれない、その瀬戸際なのだ、そういう不安がでているのです。
   「大きな教育」には新しい「大きな政府」が必要
出口  教育の話からちょっとそれてしまうかもしれませんが、今の政治状況の中で、たとえば「大きな政府」、「小さな政府」って言われることがありますね。小泉内閣では小さな政府を目指しました。僕は小さな政府というのは、この時代を考えた時にあり得ないことだと思います。
なぜかといいますと、ひとつは環境問題というものがものすごく大きな問題になってしまっているということです。環境問題は小さな政府では解決できません。これはもう企業論理でも駄目であって、大きなもので統制していかないと、地球を守ることはできないのです。
もうひとつが高齢社会です。高齢化がどんどん進むとなると、労働人口は減って行き、医療や福祉、年金などいろいろな問題がもっと深刻化します。ですから、これも小さな政府じゃどうしようもない。無駄なものは当然削減しなければなりませんが、教育も含めて、ある程度大きな政府を作っていかないと、これから先の時代には対応できないと思います。
寺脇  そのとおりですね。
出口  なのに小さな政府構想に行ってしまった。
寺脇  それは、小泉政権の間違いですね。で、ややこしいのは、いまだに「小さな政府」と言うほうがかっこいいと思っている人が多いこと。この前も、「みんなの党」が言っていました。しかし、民主党政権は単なる小さな政府ではだめで、もっと合理的な考え方が必要だということがよくわかっていました。それが、鳩山前総理が言った「新しい公共」という考え方です。小泉内閣は、大きな福祉をやるためには、大きな政府が必要だから、これからは小さな政府で福祉も小さくしようと考えたのです。福祉はどんどん削減されていった。福祉の縮小はしようがない、自己責任でおやりなさいみたいな話になってしまった。これでは、出口さんがおっしゃるとおり、日本の社会はもたないです。
出口  そうです。無理ですね。
寺脇  それで、鳩山さんが言った「新しい公共」です。これは「大きな政府で大きな福祉」なんだけれども、この大きな政府っていうのが、今までのような、いわゆる専業の役人、あのフルタイムの役人が、全部を受け持つ大きな政府だとしたら、これはもう財政的にもたない。そこで、コアな部分は、縮小した霞ヶ関なり、官庁なり、専業の役人が担当して、本当に必要な部分を、民間が担当するという「大きな政府」です。民間というのは、小泉さんの言うような民間企業ではなくて、民間人がやって行くということです。わかりやすく言うと、たとえば教育のことに関してなら、教育はとても重要だから、大きな教育が必要だと考えるわけです。しかし、今までは、大きな教育というのは、文科省が中心になって、教育委員会だ、学校だ、免許持った先生だ、そういう人が全部を仕切っていて、その人たちが認めたものしか、教育ではないとしてやってきたわけですね。しかし、これから必要なのは、大きな教育を担うときに、たとえば出口さんが開発した教育メソッドのような、民間にこんな知恵があるなら、じゃ、これを取り入れたらいいじゃないか、あるいは民間人で、教員免許は持っていないけれど、学校の授業を手伝いたいという人がいれば、この人にも入ってもらえればいいじゃないか、というように考える。ただ、コアな部分は、それはやっぱりある程度、公的な流れがなければいけないから、文科省も必要だし、教育委員会や学校っていう枠組みも必要でしょう。だから、コアは小さくしていって、大きな教育をやらなきゃいけない部分を、もっと国民を信頼して協力してもらってやっていこう、というのが、実は鳩山政権の考え方だったのです。そういうことが全然国民に伝わらない。
出口  今のお話には本当に大賛成というか、同じ考えです。政治ないしマスコミにも大きな問題があると思います。と同時に、かつての自民党政権がそうだったのですが、政府というのが、あまりにも説明能力を持っていないのではないかと思います。たとえば、なぜ小さな政府が駄目かということも、きちんと説明すれば国民はわかるはずです。一番わかりにくいのが、「財源がない」という財政問題です。本当にないのか、僕たちにはわかりようがないのです。要は一般会計以外に特別会計があって、二つの財布を持っているとして、官僚は、表の財布だけ見せて、裏ではお金を隠しているとか、いろんなことを言われているけれども、これは本当なのかどうなのか、実態を知りようがないというのが大きな問題だと思います。それで、イメージだけが先行してしまう。で、マスコミがわーっと面白おかしくやっていくという構図です。ですから、まずは本当のことを全部きちんと伝えてくださいっていうのが、正直な思いですね。
   マスコミの情報は、いつも正確で公正中立なのか
寺脇  マスコミについても、大きな公共サービスをやるために必要なのは、大きな政府か小さな政府かの議論と同じような問題があるのです。これだけの時代になって、国民の知的レベルも高くなりました。昔に比べれば、学歴も高くなったわけです。だから、「大きな情報」が必要なのですね、今の社会。ところが、大きな情報を提供するときに必要なのは、大きなマスコミじゃないのです。それはマスコミ自身も勘違いしています。官僚と同じで、自分の力を知らずにうぬぼれてしまって。官僚が、俺たちがいなきゃ大きなサービスが担えないと思っているみたいに、大新聞の人や全国ネットの放送局の人たちも、俺たちじゃなきゃ、国民の知る権利に応えられないって勘違いしているのです。そこで、彼らの役割をある程度まで縮小して行きます。新聞社や放送局が提供する情報も一定程度必要で、その存在は間違いなく重要です。でも、それ以外の部分で、市民が情報がほしいというときに、そういうことに対応して情報を収集したり分析したりしているミニコミであるとか、ネットなどを通したミニコミであるとか、あるいはオンブズマンみたいな形に整えてほしい情報についての公開をピンポイントで求めていくとか、そういう情報伝達の流れを作って行くことが必要です。情報をマスコミだけに頼っていると、マスコミの記者に興味のないことは全然伝わってこなかったりするのです。
出口  しかし、本当に正確な情報が伝わらないというのは、これはどうしてなのでしょうか。やっぱりマスコミだけでなく官僚も情報を隠しているということなのでしょうか。
寺脇  それは両方ですね、いっしょですね。今、記者クラブ問題が提起されているのは、まさにそのことなのです。官僚とマスコミが記者クラブ制度の中で癒着している。
出口  そこで情報がコントロールされてしまう。
寺脇  それを崩していかなきゃいけません。官僚制だけを壊していってもダメで、マスコミのシステムを見直して行かないといけません。そういうふうに指摘しているのは田中康夫さんだけですけれども、政治家では。「政官」の癒着とか、「政官財」の癒着みたいなことが言われますが、そこに「報」が入っているのです。報道の「報」です。だから、「官報」の癒着っていうのは記者クラブ制度だということで、田中さんは記者クラブ制度を長野県知事時代にやめたわけですね。
出口  それはもう大賛成です。やっぱり記者クラブっていうのは大きな問題を持っていますね。
寺脇  つまりそれは、出口さんが、「こういう教育をすべきです」というように提案しても、「教育委員会でもなければ文科省でもなければ、学校の校長でもない人間が何を言ってるんだ」みたいに言われるのと同じように、マスコミの世界でも、たとえば1人のジャーナリストが何か言うと、「どこの会社にも所属してないような、ただの一介のフリージャーナリストが何を言ってるんだ」と言われる、そのようなことが起こっていたのです。
出口  そうですね。僕個人も実感することがあります。たとえば、これまで、教育に関してさまざまな提案をしたり、発言したり、教材を開発してきました。まったく新しい教育メソッドの『論理エンジン』は、私立の学校だけでも250校が採用しています。これは、日本の教育史上ありえないほどのことだと思います。というのは、『論理エンジン』を採用するということは、単にたくさんある教材のひとつを採用するということではなくて、「すべての文章は『論理』で解ける。『論理』の理解・習得が読解力や表現力を育てる」という『論理エンジン』の考え方に、すべての先生が賛同して教えなくてはいけないっていう、ものすごいことなのです。でも、ほとんどのマスコミはこうした動きを取り上げることはしません。なぜかと言えば、僕に対して、予備校の講師というイメージが強くあって、僕が何をやっても、まともには取り上げないという風潮があるからだと感じています。
寺脇  そうやってレッテルを貼ってしまうのが簡単だからです。それは文科省だって同じことですよ。新しい教育メソッドが出てきたときに、「それは誰が考えたのか」というようなことにこだわる場合があるのです。たとえば、朝の10分間読書運動っていうのがあって、あれは千葉県の私立高校の一教員が考えついて、ご自分が勤務する学校でやったことなのです。朝と午後の10分間、読書をするという運動です。それがだんだん広がって、口コミで広がって行きました。まあそうは言っても数は知れている。で、それを、これはいいことだからって、文科省へ持って行きました。そうすると、「そんな一高校教員が、ましてや私立の一高校教員が言っているようなことが何だっていうんだ」という調子です。それに、10分間読書の「ミソ」は、何を読んでもいいというところにあるのです。文科省推薦の本を10分間読みなさい、じゃなくって、偉い人の伝記でなくても何でもいい、野球小説みたいなものでもいいということでやっているわけです。しかし、文科省は、そんなものはだめだと言って取り合ってくれない。初等中等教育局でそれこそ門前払いされて、当時私が勤務していた生涯学習局においでになった。「これはすごくいいことですね。だけど学校じゃなかなか取り入れないでしょうね。でも、学校以外のところで社会教育としてやっていくという道はあると思うし、いずれ学校でもこういうことの価値に気づくでしょうね」みたいなことを私は言いました。それから何年も経って、読書運動が始まって10年くらい経ってから急に、文科省は、学校側にすり寄ってきました。そして、朝の10分間読書運動はものすごい数の小・中学校に広がって行きました。だけど、最初のところでは、中身の検討をすることもなしに、「そういうことをお前が言ってきても・・・・・・」と、いうようなことをやっている。もうあらゆるところに同じようなことがあるということです。
   「○×式教育」では人材が育たない
出口  また、ゆとり教育に話が戻るのですが、「総合的な学習の時間」、それから「生きる力をはぐくむ」っていう基本理念、ああいう考え方には僕はすごく賛成でした。僕もゆとり教育について実際の現場の声をいろいろ聞いていたのですが、最初は現場の先生もすごく混乱したようです。ようやくそれが理解できたとき、先生が自分で頭を使わなきゃだめだと思い至ったのです。しかし、経験が足りなかったり指導力がなかったりという先生も多いわけですね。そんな中でも、意欲のある先生というのは、いろいろな工夫をして面白いことをやってきました。ようやくちょっと形になりそうになったときに、またガチャッと国の方針が大きく変わってしまう。難しい上に効果が出るかどうかわからないものをやっても仕方ないと考える先生もいれば、積極的に進めていてすごく残念がっている先生も多いのです。ですから、もっと続けていたら、いろいろな面白いことが起こってくるだろうなあって、僕は思っていました。
寺脇  それはもう、政治の責任ですね。小泉・安倍内閣のときに、ゆとり教育の重要な背景を直視することなく見直しが指示され、文科省もそれに動かされていったわけです。近代っていうのは、「○×式教育」というのが相当有力なのです。完全に有力とまではいきませんけれどもね。いくら近代といっても○×式だけでいいわけはないのですから。ただ、○×式はすごく有効なわけです。どっちをとるか、どこへ行くかという時に、多数決をとって、少数派は多数派に従って行くことによってまとまって、国や社会が発展すると考えるわけです。この考え方で発展すると信じてやってきたわけです。しかし、脱近代という中で、成長が限界に陥ってきたときに、この状況の中でみんなが平和共存して行かねばならないということを考えると、「○×式で切り捨てられてしまう少数派」という考え方に目を向けなければいけなくなりますよね。そうすると、○×式のものの考え方のパーセンテージを下げて行かなきゃいけない。逆に言うと、○×式でない考え方を育てて行かなければいけないのです。「総合学習」っていうのはまさにそういうことです。たとえば、「CO2を削減するのはいいことですか、悪いことですか?」って○×式で聞いたら、誰でも○って答えますよね。CO2が削減されないほうがいいなんていう人はいません。ところが、「あなたは冷房を使いたいですか、使いたくないですか?」って聞いたら、使いたいほうに○をつける人が多いでしょう。それでは矛盾するわけですよ。その中で、冷房をどれくらい我慢するのか、CO2削減についてどんな戦略をたてて行くのかということを考えなければいけない。○×式ではとうてい対処できないのです。
出口  そうですよね。今のお話で、僕もいくつか頭に浮かんでくることがあります。たとえば、今のマスコミの世論調査が、まさに○×式ですよね。米軍基地の普天間移設問題に賛成か反対かと聞けば、みんな反対って言いますよ。でも、そんなふうに賛成か反対かを表明すればいいというような単純な問題ではないと思います。ところが、もうそこで、世論・国民はみんな反対しているとドーンとやってしまって、なんかこう世論操作して流れを作ってしまうように感じるのです。
寺脇  そうです、そのとおりです。内閣支持率なんかまさにそうですよ。管内閣を支持しますか、しませんかって、そんなことを聞いているわけでしょう。
出口  そうですよ、そんな単純なことではないですよね。
寺脇  だから、それはマスコミが、「○×式マスコミ」から抜けきっていないということです。このごろになって、さすがに、世論調査で、もう毎週のように内閣支持率を調べるのはいかがなものかって話が出てきたじゃないですか。そりゃ出てきますよ。それは結局マスコミが○×式をやめていないからです。マスコミは、ゆとり教育がいいのか悪いのかみたいな○×式的なことを言うけれど、そんな簡単なものじゃない。そのゆとり教育的な部分を、入れていかなきゃいけないファクターと、そうではないファクターがあるのです。ゆとり教育になったからといって、たとえば、掛け算の九九を暗記するのをやめますって言っているわけじゃないのですから。
出口  今の○×式のことですけれども、先ほど、日本は模倣型の教育をずっとやってきたというお話をしました。で、結局模倣型って何かっていったら、あらゆる学習を、情報としてしかとらえていないというものです。となると、そこから総合学習という発想は湧いてこないのです。これを知っているか知っていないか、○か×かという、もう、全部分断された情報というか、その典型的なものが、異論はあると思いますが、学習指導要領だと思っています。これは、大きく変えなきゃだめだと思います。というのは、文科省が、たとえば、中学1年の英語はこれだけのことを教えなさいと決めてしまう。でも、国語では、どんな情報を与えていいかわからないから、とりあえずは、その学年にふさわしい文章を並べておく。あとは先生がどう教えようとかまわない、何を教えても教えなくても別に問題は起こってこない、というのが国語という教科になってしまっていると思います。こうやって、バラバラな情報の集まりというふうに、学習内容が分断されるのです。その結果○×式で学力を測ることになるという面もあります。また、国社数理外の学習がばらばらであって、さらに小中高と連続しなくなってしまうという問題も起こっていると思います。
寺脇  それはそのとおりですね。小・中・高の分断、「小の理科、「中の理科」、「高の理科」というようなことになってしまっています。
●第2部 生涯にわたって学ぶために学校では何が必要なのか
   誤解された学習指導要領
寺脇  たまたま昨日、文科省の大先輩の方が書いた、『戦後日本教育史』っていう本が送られてきたので、読んでみました。その中にあったのですが、私がゆとり教育を説明するときに、たとえば台形の公式が学習指導要領の小学校5年のところに、前は載っていましたが、もう載らなくなりましたと言ったら、大騒ぎになったというのです。「台形の公式よ、さようなら」などというふうに。それはどういうことかというと、学習指導要領に対する大きな誤解があるからです。文科省側は、これは最低限、あとはもうどんどん、つまり、極端に言えば、これさえやればあとは先生方が自由に教えていいのです、いろいろなことを教えていいのですと言っている。ところが、現場の先生方は、これ以上は教えてはいけないというふうに解釈して指導しています。そのことは、まあちょっと歴史的な流れがありまして、文科省に責任があるわけですが。これだけを教えていれば後は自由に教えてよい、だったものですから、1950年代から60年代、特に60年代から70年代にかけて、政治的偏向教育っていうものが、全国的に行われてしまったのです。何を教えてもいいのだからと、歴史教育ではマルクスで共産党が正しいみたいなことを教えたり。当然、これは何とかしなければならないということになりました。社会科で好き勝手なことを教えられたら困りますから。理科などは何を教えても特にかまわないのですが。結局、文科省自身が自分の首を絞めてしまった形なのですが、その偏向教育を防ぐために、学習指導要領に書いてあること以外はやっちゃいけないと受け取られるようなことを、その場しのぎで言ってしまったのです。それを教育現場がそのまま受け取ってしまい、誤解へと進んでしまったのです。だから、学習指導要領は、変えるべきというよりは、本来の姿を徹底すべきですね。これはもう、これさえやっておけば、たとえば、掛け算の九九をやります。みんなこれやってくださいね、小学校2年生でやります、と。そのうえで、小学校2年生で台形の面積をやったってかまわないのです。どんどん発展して行っていい。子どもたちがやりたいというそれだけの知的好奇心と、それから学力がついてくれば、「ちょっと難しいことやってみるか」とやったって、全然かまわないのです。それが、指導要領を超えることをやっちゃいけないかのような錯覚を生んでしまった。それを正していかないといけません。
出口  二つのポイントがあると思います。一つが、最低限これだけはやらなきゃいけないという学習内容の明確化。次に、特に、歴史などであまりにも極端なことを教えてはいけないということ。歴史に関しては人それぞれいろいろな解釈、いろいろな価値観があると思います。しかし、僕は、日本の場合はやっぱり憲法があるわけだから、憲法において戦争を放棄して、永久の平和を目指そうとうたっている限りは、その憲法に違反するような内容を教えてはいけないと思います。どんなに思想の違いがあっても、です。
最低限のことをきっちりやって、それを実感させたりどんどん発展させたりとなると、学習の内容は減らさなきゃだめでしょうね。今は、それが学力低下の元凶と言われて、どんどん学習内容を増やす方向になってしいました。それは本来の寺脇さんの考える学習指導要領とは違うわけですよね。
寺脇  出口さんは「学習」っていう言葉をお使いになるけど、「教育」っていう言葉を、みんなが使いたがるわけです。今、出口さんは「学習を増やした」とおっしゃったけど、文科省は「教育を増やした」と言って威張っているわけです。やっぱり授業時間が少なすぎるので増やしましたとか、教科書を厚くしましたとか。「教育」をいくら増やしても、子どもに学力もつかなければ、生きる力もつかないのです。「学習」が増えれば、生きる力も、能力もつくわけですよ。そこがはき違えられていて、子どもに足りないことがあるって言ったら、「教科書を厚くすればいいのです。学校の授業時間を今まで5時間だったのを6時間にすればいいのです」という話になる。そうではなくて、子どもの持っている24時間っていうものがあるわけですから、その24時間の中の、たとえば学校で教育を受ける時間が6時間あるとするならば、その6時間を7時間にするということを考えるのではなく、それ以外の時間にどういう学習をしていくのか、それを考えなければならないということです。もちろん、場としての学校はあってもいいのです。たとえば、先生の側が与える時間が6時間あるけれども、あと、子どもたちが自分の学びたいことを学ぶ時間が1時間か2時間あって、トータル8時間の学校です、ということなら。考え方を切り替えない限り、学校の授業時間が増えるっていうのは、模倣をしなさいっていう時間が増えて行くにすぎないのです。
出口  おっしゃるとおりですよね。
寺脇  先生が、たとえば「この文章はこういう意味なんだから、これを覚えなさい、こういう時はこうなる」と言うのではなくて、「ちゃんと自分で論理的に考えてみなさい」というように指導することが学習でしょう。それを、先生の言うことを覚えなさいというように、先生が一方的に教え込む時間を、いくら増やしたって意味はないということなのです。
出口  ただ、問題はありますね。たとえば、僕が「教育をこう変えるべきではないか」と提案すると、先生も学校も賛同してくださるのですが、そこで必ず出てくるのが、「授業時間数が減っているのに、教科書が、指導要領が、これだけはやらなきゃいけないとしているので、とてもじゃないけど余裕はなく、それ以外のものはいいと思ってもできません」というのが、今の日本の教育の中で、支配的になっているわけです。
寺脇  ちょっと不思議でならないのが、小・中学校ならばまだわかるのですが、高校に問題があるのです。高校の学習指導要領ってお読みになったことがあるでしょう。
出口  はい、あります。
寺脇  何も書いてないじゃないですか。法的拘束力がある文部省告示の学習指導要領なのに、もう高校のものなんて、途方にくれるくらい簡単にしか書いていない。そして、申し訳ないけど、自分で考えるっていうことを先生方がしようとしない。そして、「いや、こんなに退行的なことでは困ってしまうから、もうちょっと何かいいものはありませんか」って言うから、学習指導要領の指導書みたいな分厚いものが出てきてしまうのです。
出口  教科書会社の問題もけっこう大きいかもしれませんね。
寺脇  ええ。教科書にも、また教科書の指導書があるでしょう。教科書のいわゆる「虎の巻」っていうものがあったりします。教科書会社にもおっしゃるとおり問題がある。教科書がいかにおかしいかっていうと、今年の4月にメディアが大騒ぎしましたね。2011年から学習指導要領が変わって、ゆとり教育と決別して、学習内容が増え、教科書が分厚くなるみたいなことを言って、テレビで教科書の目方なんか測って、もう本当におかしなことをやっているじゃありませんか。ゆとり教育とは全然決別していないのだけれど、教科書の目方が増えることは事実です。で、何で目方が増えるかというと、教科書会社が、今度は目方を増やす競争をしているわけです。厚い教科書が売れるだろうと考えているのです。これはどうしようもないなと思ったのは、教育基本法の改正がありましたね、安倍内閣のときに。私は、必ずしもいいところばかりでもないし、悪いところばかりでもないと思うけれども、その中で、安倍さんは「美しい国日本」をスローガンに立ち上げて、日本の伝統を学べよと主張している。それは私も賛成。民主党の政権だって賛成でしょう。じゃあ教科書に何がどういうふうに出てきているかっていうと、小学校の5年生くらいの教科書に、世阿弥の心とかいって出ているわけです。あるいは歌舞伎の歴史とか。そんなふうに教科書に書いてあれば、子どもたちが歌舞伎や能、狂言が好きになったり、誇りに思ったりすると考えているとする考え方がおかしいです。むしろそれは、ゆとりを作る中で、土曜、日曜が休みになり、一方、総合学習の時間では、日本の文化に親しむなどさまざまな試みがなされ、子どもたちが、歌舞伎や能や狂言に触れる機会も飛躍的に増えているわけです。そういう変化の中で、今、小さい子どもたちが、能や狂言や歌舞伎に親しむ度合いっていうのが、僕らの子どものころに比べるとうんと広がっている。だけど、それを教科書に載せて覚えこませないと、わかったことにならないという考え方、それがおかしいと思います。
   学習の「量」より「メソッド」に期待
寺脇  出口さんがお作りになった『論理エンジン』は、結局は「メソッド」なわけですね。教科書会社もメソッドっていうものを考えればいいのに、それをやらない。うがった見方をすれば、教科書が厚かったら価格を高くできるからじゃないかと思うくらい、目に見える量にして増やさないと、意味がないという考え方があるようです。本当に大事なのは、目に見える量ではなくって、いかに的確に子どもの能力を高め、子どもの生きる力を高めて行くことにつながるかだと思います。だから、学校が”メソッドを採用する”ということは、簡単には進まないと思いますね。形に見える分厚いものだと、これをいかにもやりましたっていう感じになるのですけれども、「考え方を変えればこういう教育ができる」、というようなものは、なかなか見えにくいものです。だから、それにお金を使うのはどうだろう、そういうことはありそうです。
出口  僕の、今やっている仕事というか、具体的な「絵」というのは、国語という考え方を捨てて、論理の理解とか、日本語における論理力というものをしっかり身につけようということです。たとえば、人の話の筋道をきちんと理解するとか、筋道をたてて話すとか、文章を筋道を立てて読み、それをまとめて説明し、筋の通った文章を書いて行くという、こうしたものをきちんと学んでいくということです。これが、コンピュータにおけるOSにあたるものかなと思っています。言語処理能力と言えばいいでしょうか。これを高めると、OSに乗っかって、初めていろいろな学習が動いて行くという考え方です。となると、今の国社数理外とか、小中高っていう分断した考え方を、全部取っ払って考えないとできないのです。すべての学校や教科の共通点をOSとして取り扱うことによって、小中高と分けることなく連続してずっと論理力を鍛えこむことができるし、それにのっかって、日本語を使うあらゆる教科の理解を促して行きます。こういうことをやっています。
寺脇  いや、本当に大事なことですよ。「論理力とはコミュニケーション能力」と言ってもいいでしょうね。要は、何を相手に伝えるのか、それから相手の何を理解するのか。そのために必須な能力ですね。日本の国語教育というものが、字句の意味を学ぶ訓詁学みたいになってしまって、漱石が出てくれば、これはこういう意味だっていうことを教える。でもこれだけでは、人にものを教える面白さも伝わる面白さもなくなってしまう。それこそ文科省教育の悪いところだって言われたりします。たとえば、「春の小川がさらさらいくよ」って“さらさら”じゃなくて、他の表現じゃいけないのか、というような疑問に対して、「いや、さらさらだ」、みたいに答えてしまう、そんなところですね。国語っていうか、言語っていうのは、ものを伝える媒体で、手段ですよね。その手段を目的化してしまって、国語力とかいうわけのわからないものに閉じこめてしまったということなのです。
出口  そうですね。おっしゃるとおりです。そうするともう、国語はセンス・感覚の教科だ、というふうに思い違いしてしまいます。
寺脇  だから、日本の英語教育が間違っていたということは、もう誰でもがわかっているのに、国語教育も同じことをやってきたということが理解できていないのですよ。
出口  これを本当に進めようと考えたら、今の教科書とか、さまざまな枠組みでは実現が難しくなっている。それとやっぱり、物事を全部情報としてとらえる考え方っていうのも変えていかなきゃだめですね。そういう意味では、生きる力をはぐくむ総合学習っていうのは、僕は絶対になくしちゃならないものだと思います。
寺脇  総合学習はさっき言ったように○×式ではない考え方にしていくものです。さっき私は、ゆとり教育というのは、メディアが付けた名称だと言いましたが、じゃ文科省的には何なのかって言うと、まあ別に公式に定めた名称はないですけれども、私に言わせれば、臨教審の流れから、「生涯学習」です。つまり、それまでの、学校で詰め込みます、終わった瞬間一切学びませんでした、なんていうことじゃなしに、生涯にわたって学んでいく、その基礎を学校が提供するということです。あえて国語以外の教科で話すなら、美術、あるいは音楽がありますね。これも授業時間数が減ったわけです。いわゆるゆとり教育の中で。理科とか数学の先生は授業時間数が減った、イコール学力が下がると思っている。じゃ、音楽の先生や美術の先生がそう思っているかと言うと、実はそうじゃないですね。美術とか音楽というものは、もう明らかに生涯にわたって親しむものじゃないですか。学校を卒業してまで数学をやる人はまずいないけれど、学校を卒業しても、ほとんどの人は音楽とは縁が切れないし、美術とも縁が切れない。だとするならば、ここで中学校の授業時間が1時間減ったことを問題にするのではなくて、全体の中で、生涯学ぶということに通じる新たな視点で考えていかなくてはならない。小学校の図画工作、中学校の美術、高校の美術って切り分けていたのじゃだめなのです。つまり、生涯を考えるというときに、教育を小中高で分断していたらおかしいわけです。ここで、「流れ」を作って、その流れをずーっと生涯にわたって通して行くという考え方が必要です。今まではそこに、「堰」があって、「ダム」があって、つまり、小学校が修了するとここで一段落、中学校で一段落みたいなことがあり、今度は高校を卒業したらここで一段落で、もう後はやらなくてもいいやなんて思ってしまうことがあるでしょう。そこで、美術の学習や楽しみ方を「流れ」として作っておけば、高校を卒業しても、いろいろなすばらしいことに出合うことができます。  
出口  おっしゃるとおりですよね。ただ、そうやって全部分断してしまった、そのさらに前にある原因というのが、さっき言ったように、物事を情報としてしかとらえていないような後進型の教育になっていることではないでしょうか。だから、情報を減らせばゆとりであって、今度学力が落ちたようだから情報を増やせば学力が伸びるっていうような、おかしな考え方がどこかにあったんじゃないかなって思いますね。
寺脇  何で分断してしまう堰があるのか、これはおかしいですよね。でも、その背景は単純なのです。近代の教育プロセスの中で、最初は、全員行けるのが小学校までだったから、ここで一つの区切りを作って、ここまでにこの力をつけましょうとやっていました。次は、中学校までみんな行けるようになったからと、ここで堰を作った。しかし、いまやほとんど全員が高校まで行くのだから、途中に堰を作る必要なんかないのですよ。
出口  やっぱり、時代の変化がすごく大きいっていうことなのですね。一つが、日本が近代化に成功して、今度は模倣じゃなくて、自分たちが世界の最先端で物を作っていかなきゃだめだという状況があります。さらにもう一つ、さっきおっしゃったように、発展型っていうのは、もう時代に即さないというか、過度に物を生産することはイコール自然を破壊することになります。となると方向転換をして行かなければなりません。昔は大学というのは一部のエリートしか行きませんでした。で、一部のエリートが実際に物事を決めて、大多数の国民は無知でもかまわなかった。それに従えばよかったのですね。しかし、今はすべての国民が、高度な現代社会を理解して、正しい判断をし、社会にかかわっていく義務があると思います。だから、こうした時代での教育はかつてと全然違ってくるはずだと思いますね。
寺脇  今おっしゃったことは両方とも正しいですね。最先端と言う時に、頭の古い人たちは、だからトヨタなんだPanasonicだとか言うけれど、最先端にも限界があるわけですよ。トヨタがいくら自動車のトップメーカーだからといっても、空を飛ぶ自動車なんか作れやしないのです。自動車がまだ発展の余地があったころは、日本が最先端を行っていたということはあるんだけれど。頭打ちになってくれば追いついてきますよ、みんな。これ以上発展のしようがないのだから追いついていく。しかし、日本が最先端まで行ける分野はまだいっぱいあります。たとえば高齢化の最先端を日本が行っているわけですから、高齢化に対応するサービスとか商品は必要でしょう。あるいは、少子化も日本が世界の先頭を走っているのですから、それに対応する新しい考え方やものが必要でしょう。さらには環境技術とか。まだいっぱい発展することがあるわけです。だから、日本は世界中で自動車を作る競争をしている時代から決別して、そういう必要性が高く発展が求められているところへ乗り出して行きましょう。あるいは農業国家と言われるような国には、農産物を大量生産する技術を開発しましょう。それから、日本みたいに国土が狭く農産物がたくさん作れないところは、今までになかった新しい品種、価値の高いすごい作物を作ることでやりましょうとか。そういうことになってくるのですね。だから、模倣の仕様がないのです。創造しなきゃいけないのですよ。
   論理力が日本語を「創造するための言語」に変える
出口  そうですね。でも、今、教育がそれにまったく対応できてないというのが現状だと思います。
寺脇  だから、国語だって英語だってそうなのです。国語はなんとなく空気みたいなものだから、みんなありがたみがあんまりわかってないけれど、日本の英語は、まさに読み書き中心主義で、何年勉強しても聞くことや話すことができないじゃないですか。あれは模倣のための言語としてあったわけで、読めればよかったのですね。まさに読むことが一番大事だったのでしょう。
出口  そうですよね。蘭学をずっと引きずっていますよね。
寺脇  出口さんが最初のほうでおっしゃったように、蘭学にしても、明治になってヨーロッパの言葉を学んだにしても、「模倣するための言語」だった。これからは「創造するための言語」にならなきゃいけない。だから、論理力が必要なのです。日本語を、「創造するための言語」にするために、です。通る企画書を書くとか、勝つプレゼンテーションをするとか、まさにそのような力をつける教育を進めていかなければならない。
出口  日本語でものごとを理解して考える力ですね。あるいはコミュニケーションする能力。
寺脇  そうです。相手に理解させる力です。
出口  国際社会の中でこのことが必要になってきています。日本語のスキルができてないのに、いくら英語を学習してもだめですね。
寺脇  そうです。英語は、母語でない限りは、基本的にはトランスレートするための手段です。もともとこの世に生まれた瞬間から、英語でものを考える人はいないわけですから。私たちは母語である日本語で考えるわけです。その母語が、創造するものでなければいけないのに、伝達する手段になっている。たとえば、漢字をたくさん覚えなさいみたいな考え方っていうのは、要するに、トランスレートするためには漢字をたくさん知っていれば便利だからです。しかし、そういうことではなくて、極端に言えば、漢字はたくさん知らなくても、表現能力が高ければいいのではないかということじゃないでしょうか。
出口  今の時代でちょっと心配に思うことがあります。僕は言語には「論理の言葉」と「感情語」があると考えています。何も論理の言葉が一番大事だと言うのではありませんが。ところが、論理の言葉というものを習得する機会を、今の子どもたちは持っていないのです。昔などは、思想関連の本を読んだりとか、議論したりとか、そういう機会がたくさんあった。しかし、今は子どもたちは議論しないし、あるいは、硬い評論などを読むことはないでしょう。また、文学を読まずに、携帯小説みたいなものを読む。文章書いても、メールでは絵文字なんかが多い。このへんは全部感情語ですね。で、漫画とか音楽とか、それは、良い悪いじゃなくて、そういうものがあふれかえっている。今の子どもたちというのは、論理の言葉を習得する場を全く持っていないのです。その結果、国語は、非常に恣意的なものになってしまっています。となると、論理的に言葉を使いこなすことができないような、こういった世代が、参政権を持って、世論を形成して、政治を作っていく。これをどこかで断ち切らないと、日本の国というのは滅んでしまうのではないかと思うのです。
寺脇  そのとおりですね。教育に総合学習みたいなものがないころは、同学年の同じクラスに同じような力を持った子どもがいて、先生から、ある程度論理を教わったかもしれないけれど、使う機会がないじゃないですか、同級生同士だったら。絵文字で済んでしまうわけだし、流行語使って仲間うちの言い方で不便はないわけです。だから、総合学習の一つの存在理由というのは、たとえばですね、子どもたちが職場体験をします、保育園に行くとします。そのときに、保育園訪問のお願いの手紙を書くことから始まる。とにかく保育園の先生と、コミュニケーションをとらなくてはいけなくなる。そうすると、仲間うちの言葉では通じないということがわかります。世の中はこうなんだっていうことを知って帰ってくるわけです。そういう場を作らないと、表現方法だけ教えても、使わなきゃ伸びないわけでしょう。
出口  ですから、総合学習で、社会のいろいろな所でいろいろな経験した子どもたちは、論理の大切さを発見したり、使い方を学習したりします。そういう生きた経験をすることが必要だということとともに、きちんとそれを訓練する場が必要だと思うのです。でも、今の教育の中で、あるいは子どもたちの環境の中で、本当に日本語をしっかりと訓練・習得する場がどこにもないというのが、すごく大きな問題です。そこに、僕が『論理エンジン』というプログラムをどうしても作らねばならないと考えた理由のひとつは、そこにあります。
寺脇  小・中学校は基礎教育だからまだいいとして、高校になったらもうドラスティックにね、うちの学校はこういう教育をやりますと、私たちはこういう教育をやりますと、外部にどんどん広報することが必要だと思うのです。高校にこそ斬新な、冒険的なメソッドがどんどん現れてこなきゃいけないと思うのに、逆ですね。高校は、センター試験でいい点数をとるようなメソッドにしか関心がないでしょう。今、出口さんの『論理エンジン』を採用している学校というのは、受験系の学校、つまり受験ばかり気にしている学校と、そうでない学校がありますが、どちらでしょう。
出口  両方です。どちらも採用しています。受験勉強の場合は、実際に論理力を鍛えていくと成績が上がるんですよ。それも、国語だけじゃなくて、あらゆる教科の成績が上がる。特に国公立大入試の場合、2次試験の記述力・論述力対策が必要だということで、『論理エンジン』を使えばとても力がつく。だから、進学実績を上げるということで導入する学校が多いのです。でも一方で、進学校ではない学校でも、導入しているところがあります。これはよく言われることですが、就職する生徒は当然で、専門学校に行く生徒のほうが、大学に進学する生徒よりも早く社会に出ていくことになります。社会に入ったら、他者との間でコミュニケーションをしていかなきゃだめですから、論理力が必要になります。ここに着目して『論理エンジン』を採用するのだと思います。
寺脇  大学に入る生徒だって、いつかは社会に出て行くわけですからね。論理力が必要だということです。これはよくわかりますよ。
   社会に出ることを想定した学校の教育
寺脇  センター試験で高得点を取ることだけを目指している高校っていうのは、公立の進学校に多いわけです。つまり、センター試験をクリアするところまでが学校の責任だと思っているのです。今おっしゃったようにもう一歩踏み込めばいいのですが。センター試験は○×式っていうか選択式で、記述を求めたりしません。しかし、その先には当然、2次試験があり、その試験の中では論理力が問われます。あるいはさらにその先、大学院を受けるときなどは、もうまさに論文作成能力です。論理力がモノを言う世界です。社会に出るところまで見込んで指導している高校はいいのですが、とりあえず大学に入れておけばいいと考える高校では、センター試験対策の時間を確保するために、世界史などをすっとばすことがあります。そういうところはおそらく、出口さんのメソッドは取り入れようとしないでしょうね。
出口  『論理エンジン』を採用している公立高校で、センター試験対策のために世界史をやらないというようなところはないでしょうね。
寺脇  とにかく合格実績をあげようとしますよね。しかし、公立高校だから教材導入の予算がないっていうことはないですね。公立の小中学校の場合は、新しい教材を採用しようと思っても予算がない。これはわかります。しかし、公立の地方の進学校というのは、予備校のような機能を持った組織を備えていますよね。それは、どうやって運営されているかというと、もちろんそれに、税金は支出されていません。そういう学校には、後援会とか、校友会とかいうところがあります。ここがお金を集めます。たとえば、高校野球で、甲子園に出るっていうと1千万とか2千万とかすぐ集まるじゃないですか。つまり、スポーツの強い学校には、甲子園に行くなりインターハイに行くという時にはお金が集まるのです。同じように進学校には進学対策用のお金が集まるのですよ。その集まっているお金を、何に使うかは別にして、勧められた教材などの導入を断る理由として、お金がないといっているのにすぎないのだと思いますよ。本当にそれが生徒に必要だと考えたら、集まっているお金を利用して、それを採用するということです。
出口  いいことをお聞きしました(笑)。そうですね。今、中学校はちょっといろいろな問題があって難しいようですけれども、高校はたしかにそうですよね。
寺脇  中学校だって、それこそ有名な学習塾のSAPIXに課外授業を頼んだりしているところもあるじゃないですか。杉並区立の和田中学校がそうですね。大阪では、橋下府知事の強い希望で、SAPIXに授業を担当してもらおうって言っていますね。SAPIXの代わりに、たとえば出口さんの新教材や他の指導組織の導入もありじゃないですか。それを、中身を検討しないでSAPIXならオッケーみたいな話になっていて、これは変ですよ。
出口  おっしゃるとおりですね。
寺脇  誠実じゃないです。和田中は一つの中学校だから、藤原先生が、SAPIXがいいと思ってとってきた、それはそれでいいでしょう。校長の決定だから。じゃ、大阪中の学校がSAPIXと連携するなんていうのは変な話で、各学校が、どこに頼むか、何を採用するかということを十分に考えて、比較検討して、このメソッドがいいと思えばそれを入ればいいのですよ。
出口  おそらくそういう比較も検討もしていないと思いますね、今は。
寺脇  だから、やるんだったらきちんとね。私は、中学校くらいまでは、学校だけの力でなんとかしてほしいと思っていますが、外部のサポートを受けるということも悪いことではないでしょう。でも、それを一律にしたら変でしょう。だって、大阪だって、新しい住宅地にある中学校もあれば、下町の古くからの商業地域の中学校もあって、環境や保護者の考え方がそれぞれ違う。それなのに、同じメソッドでいいかどうかはわからないじゃないですか。
出口   ましてや、単に進学実績を上げるためだけのメソッドっていうのは、これはちょっと問題だと思いますね。
寺脇  そうですよ。多くの公立高校は、センター試験で何点取るかということに目が行っちゃっているわけです。だから、出口さん的な考え方を、進学選択に結びつけなければならない。自分の偏差値に合えばどこでもいいみたいな生徒に論理力なんかあるわけないじゃないですか。自分は、たとえば宇宙の仕事をしたい。宇宙の仕事をしたいので、宇宙に関係する、こうした勉強ができる○○大学工学部を受けたいっていうふうに考えなきゃいけない。それなのに、生徒だけではなく学校も、センター試験の点数で、この点数ならあそこは大丈夫だから受けなさい、みたいな指導をしてしまう。全く論理的ではないですよね。だから、出口さんがおっしゃったように、論理力が身につくということは、高校生に即して言うならば、なぜ自分は○○大学の○学部を受けるのかということを、論理的に人に説明できるようにならなきゃいけないっていうことですよね。
出口  そうですね。本当に、いろいろな意味で、日本の教育っていうのは、抜本的に考え直さなきゃだめな時期にきています。
寺脇  もう本当に考えなきゃいけない。高校なんですよ、問題が多いのは。小中学校は、私自身もいろいろ言っていますが、実は、小学校ではもうゆとり教育の成果っていうのがどんどん出てきているし、中学校でも、小学校の流れ、延長で出てきた。問題は、高校が、○×式や、それこそ模倣型から抜けていないことなのです。
出口  おっしゃるとおりですよね。もう一つ思ったことがあります。たとえば、かつて、安倍首相が、「美しい日本」と盛んに言い、道徳教育が必要とも言われました。僕も、日本の伝統文化を理解するとか、あるいは、道徳心をきちんと子どもたちに植え付けるというのはすごく大事だと思います。でも基本的に僕は今のやり方には反対ですよ。なぜかと言えば、一人ひとりの子どもが、自分の頭でものごとを正しく理解し、正しい判断ができる力がついて初めて、道徳心とか、美しい日本と思う気持ちが起こってくると考えているからです。それが、その力をつけることを全くせずに、安易に道徳心とか、日本の伝統文化を学ぼうというようなことを教育に入れてしまうと、これは権力者の思うままになってしまうことにもなりかねない。かつて、こういう失敗をしたはずです。道徳心や日本の伝統文化は、教育にどうしても入れたいことではあるのですが、入れるならば、先行して、もしくは、同時並行でもいいから、しっかりと子どもたちが論理的に物事を考え、正しい判断力をつけるという教育を徹底してやるべきだと思いますね。
寺脇  そのとおりですね。それが大前提です。だから、安倍さんたちが言っていることというのは、それこそ論理性がないと言いたくなります。
出口  そう思いますね。自分の固定観念だけで政策を考えているような気がしますよね。
●第三部「総力戦」で教育していく態勢が必要
   論理が無ければ、道徳も根付かない
寺脇  たとえば小学生に、私も授業させてもらうことがある小学校で、お年寄りに席を譲りなさいということを、道徳として教えます。でも、ちょっと待ってほしい。なぜ、お年寄りに席を譲らなければいけないのか、そういう話が出てこないのです。小学生に理解させるために、たとえば、私はこういうふうに言います。 「ここにおにぎりが1個あります。私と、たとえば出口さんがいます。で、私は今ご飯を食べたばっかりで、お腹がいっぱいだとします。出口さんは、もう2日も何も食べていない。このおにぎりをどうしますか」と。2人で半分ずつ分けて食べるのか、出口さんが食べるのか、私が食べるのかって聞いたら、まあ、当然、出口さんが食べるべきだってみんな言いますよ。それと同じように、さっきのお年寄りに席を譲る話は、「ここに空いている席が一つあります。きみが座るのかいいのか、それともおじいさんが座るのか、どっちですか」と問います。そして、「きみは、揺れる電車の中でも立っていられるだけの足腰を持っています。おじいさんは持っていません。だからおじいさんが座るのがいいんじゃないでしょうか」というように論理的に考える方向にもっていきます。ところが、これには道徳関係の人たちは怒りますよ。そんなの理屈じゃなくて道徳の問題だろう、って。だけど、論理的なものがついてこないと子どもたちには根付かない。戦前の人たちだって、何も道徳心だけで子どもに言っていたわけじゃなく、論理的に正しいかどうか、きっと頭の中で計算していたのだろうと思います。
出口  もう一点あると思います。それは、論理力とほとんど表裏一体だと思っているのですが、想像力が大切だということです。その子どもが、満員電車の中で必死で立っているおじいさんの気持ちをどれだけ自分に近いものとして実感できるか。想像力さえあれば、自分は平気なんだけど、おじいさんは大変なんだろうな、という思いで席を譲れると思います。
寺脇  それは、総合学習でよくやります。まあ、あそこまでやらなくてもよいのにと思うこともありますが。総合学習で、老人体験などをやります。お年寄りになるとどれだけ体が動かなくなるのかという体験学習です。手足に重りなどをつけて動きにくくしたり、あるいは目が不自由になるとどうなるのかというブラインド体験をしたりします。そういう中で理解していきます。それは、論理に加えて体験が必要だということです。つまり、生理的感覚というものを持たずに、バーチャルで生きていたら、それは理解できないということですよ。
   平等が保障されて「自由」な競争が実現する
出口  こんなふうにいろいろお話していると、やはり、教育には政治が結びついているという気がしてきますね。
寺脇  具体的にどんな教育をするのかということは下部構造です、最初に言ったように。で、政治は上部構造と結びついています。だから、日本の教育が不幸なのは、戦後、与党自民党と野党社会党の二大政党の時代、いわゆる「55年体制」の時代に、世界を巻き込んだ冷戦構造の投影の中で、社会主義革命か、保守自由主義かという対立がありました。それが、教育の上部構造に持ち込まれていた時代が長かったことです。ですから、上部構造との関係を断ち切ろうという意識が、中間構造である文科省の中にあったわけです。しかし、今に至っては、どう考えても、社会主義革命なんか起こるわけがないでしょう。そうすると、今の二大政党制の中で、両方ともちゃんと責任政党として、この社会を維持しようという考え方を持つのならば、今こそ、上部構造と下部構造、教育現場を結び付けて行かなければならないのです。
出口  僕が中学生の時だったと思います。社会科で、資本主義と共産主義があって、要は資本主義というのは、自由だけど平等がない。共産主義は、平等だけど自由がない。では、どっちがいいか、なんてことを先生に聞かれたことがありました。僕はどっちも必要だと考えたのですが、今思えば、あの時の先生の質問はおかしかったと思っています。というのは、自由も平等も両立するものだからです。もっと言うならば、何もしない人も一生懸命働く人も、同じように平等に扱うというのではなくて、要は、それぞれに必要な機会を平等に与えたかどうかだと思うのです。
寺脇  そうですね。
出口 その上でじゃないと、自由競争ってありえないと思います。同じような条件の中で競争して初めて、自由競争というものが成り立つし、その平等な条件っていうのは、社会が保障しなければだめなものです。たとえば、教育について言えば、実際には、お金を持っているところと、お金を持っていないところは、平等の教育を受けてはいません。で、不平等な状況の中で自由競争です。そして、負けたら「お前のせいだ」と言われるのは、ちょっと話が違うのではないかと思います。
寺脇  私の個人的な考えですけれども、自由と平等っていうのは、次元が違うのです。自由というのは、基本的に目的ですよ。目指すものです。これに対して、平等というのは、手段でしょう。通過地点でしょう。まず平等が実現して次に何がくるかといえば、それは自由の実現で、自由が実現して次にくるのは何かっていったら、それは自由に何かをするということです。いろいろな何かができるのです。共産主義がうまくいかなかったのは、どこの国でもそうだけれども、平等が実現したその後、何が起こるかと考えたときに、何も希望がないわけですよ。それは、平等を目的にしているからなのです。 
出口  実は、僕は本当の平等というのはあり得ないと思っているんですよ。平等にしようと思ったら、すべての人々に平等に分配するための大きな組織が必要になってきますね。組織は上下関係で成り立っていますから、その中で上位にいる官僚が組織を、そして社会を支配する力を持ってしまう。平等ではなくなるわけです。
寺脇  そうですね。それで政党に幹部ができるみたいな、特別な階級の誕生です。
出口  それでは平等にはなり得ませんよね。
寺脇  今、共産主義で統治されている北朝鮮が平等社会ではないということは、もう誰にでもわかっているじゃないですか。金正日と、飢えている農民が同じで平等なわけがない。だからそれは、治める民を平等にしているという錯覚、つまり民は、自分たちは平等に扱われているのだから、支配者がいることに納得するというような、むしろ封建主義的構造ですよね。
出口  だから、平等っていうのは、これからの社会では現実的な目的ではないのですから、平等な条件とか機会の中で、自由な競争ができる社会を、どうやってつくって行くか考えていかなければならないのです。
寺脇  そうですね。日本でも、一時期、教育をだめにしてしまったのは平等思想でした。つまり、全員が東大を目指ことができる、それがいいことだと錯覚しました。また機会平等も勘違いされているのです。全員に東大を受験する機会を与えることが平等だって勘違いしているのです。
出口 大きな勘違いですね。
   望むところ・ことに挑戦できるチャンスを与える
寺脇  東大に行きたい人、たとえば、ある集団の100人中20人東大に行きたい人がいて、この20人に東大を受けるチャンスを与えるということはすごくいいことです。しかし、受けたいと思っていない人に受けるチャンスを与えて、「平等でうれしいだろう」と言ったって、「冗談じゃないよ」ということになる。「僕は、農業で日本一になりたいと思っているのに、なんでこっちに行く勉強をしなきゃいけないの」と、いうことがあるわけです。さっきちょっと触れましたけど、日本の農業って、ものすごく可能性を持っています。成長産業ですよ。私はしみじみ思いますね。今から20、30年前に、優秀な人材がもっともっと農業関係に向かうような筋道を作っていたら、今はすごいことになっていたのだと。ところが、みんな東大目指せって言って、東大に行けなかった人間がここに行き、あっちにいき、希望どおりの系統や大学に進学できなかった人も少なくなかった。そういう経過の中でさえ、日本の農業が今日世界から大きく注目されている。だから、もっと前から、生徒が希望する大学や学部に行くという指導をしていたら、日本の農業はもっとすごいことになっていたと思います。そして、みんながそれを誇りに思うことで、ますます農業は進展していきます。ところが、全員が東大に行けるはずだみたいな妄想の中で、行きたくもない生徒にまで、東大に行くためにセンター試験を受けて高得点を取りなさい、高校受験生には、普通科の進学校に行きなさいみたいなことを言っていたわけです。機会の平等っていうのは、同じところに行けるという機会を与えるのではなくて、その人が望むところに行く機会を与えるということだと思います。
出口  そういう意味でも、極端なことを言うようですが、すべての学校を無料にした方が面白いなと思います。高校も予備校も関係なく。それはもう、生徒が好きなところを選べばいいとするのです。そうなれば、各高校も予備校もそれぞれ独自の教育というものを打ち出してくると思います。そして、各高校や予備校は、教育の結果として、進学実績や教育効果などについて責任をとらなければならない。それが本当の平等じゃないかと思いますね。
寺脇  実は、今の民主党政権で、私と文科省副大臣の鈴木さんの本の中でも言っているのですが、それに一歩近づいているわけですよ。どういうことかと言うと、高校授業料無償化、それから子ども手当です。
出口  僕は大賛成ですね。
寺脇  それで、子ども手当を考えるときに、たとえば、子ども手当を全部フリースクールに使えば、フリースクールが無料化したのと同じことじゃないか、そういう理解をどうしてできないのかと思います。そのへんが曖昧にされたまま、ただお金がばらまかれているというような議論になっている。
出口  親がパチンコに使ったらどうするのかというような議論ですよね。
寺脇  そういう話になってしまうのですね。はっきりアナウンスしなきゃいけないんですよ。子ども手当を、まだ完全にはいきませんが、子ども手当を出します。高校授業料を無償化します。公立高校の無償化だけでなく、私立高校も、さらに補助したりしますから、無償に近くなります。少なくとも前よりはかなり安くなります、と。ところが、塾とか、フリースクールなど、高校以外のところで学ぶ人にはそうした恩恵は行きません。今度の子ども手当はそういう人たちのところにも行くようにするという筋道なのです。そういうサインをはっきり示すことが必要です。それで国民的コンセンサスを得ていきます。だれでも、どこで学ぼうとも、学ぶ権利を保障することが、まさに機会平等なのだというコンセンサスです。
出口  そうですよね。だからそのへんも、政府の説明がちょっとへたというのでしょうか、単に税金の無駄遣いをやっているんじゃないか、バラマキじゃないかと批判されています。しかし、これはバラマキなどではなく、日本の社会の構造をどう変えるかという問題です。日本の将来を、コンクリートのパノラマみたいに描くか、「発展」にしがみつかない新しい社会構造を作っていくかというビジョンの問題だと思います。
寺脇  そのビジョンは、昔だったらエリートが作っていたのですが、今はみんなが責任を持って政治に参画する時代です。そういう中で選挙の結果、民主党が政権を担当することになったのです。民主党の政策を十分に理解し、責任を感じて、批判や協力を行っていくべきではないでしょうか。
出口  そうですよね。おっしゃるとおりですよね。
   平等が保障されて「自由」な競争が実現する
出口  ゆとり教育を推進してきて、その後、見直しを検討したのは、小泉内閣のときでしたか?
寺脇  教育再生会議ですね。これは、安倍内閣のときです。2006年に設置されました。小泉さんはね、もう教育に関心がなかったのです。全くなかったのですが、小泉さんは、別段教育を曲げたわけじゃないし、ゆとり教育をやめろと言ったわけでもないのです。小泉さんは本当に論理性がなくて、国会で「ゆとり教育でいいのか」って聞かれると、「いやあ、僕の子どものころは、ゆとりばっかりだったから、こんな小泉になってよかったでしょう」みたいなことを国会で答弁する能天気な人です。ただ、経済政策を、今後の成長を期待して旗を振ったから、政治が脱近代を考えることをストップしてしまったったわけですよね。
出口  そうですよね。その教育再生会議のメンバーを見て愕然としました。僕から見ても、安倍内閣に都合のいい人だけを、マスコミ受けする人だけを集めたっていう感じでした。
寺脇  そのとおりです。
出口  あれはもう本当に意味なかったなあと思っています。
寺脇  そうです。あれは全然意味がなかった。さすがに、保守陣営からも意味のなかったものだと言われています。まさに、お友達政治っていうものの極みですね。それはもうはっきりわかっていた。中曽根さんが選んだ臨教審のメンバー、小渕総理が選んだ、2000年の教育改革国民会議のそのときのメンバー、それから安倍さんが選んだメンバー、比べてみたら、もう全然違う。中曽根さんのときには、いわば、横綱・大関・関脇が並んでいるような番付、というか顔ぶれ。で、小渕さんのときだって、横綱・大関・関脇のような顔ぶれですよ。ところが、安倍さんの教育再生会議っていうのは、もう平幕から十両みたいな人たちの集まりでしたからね。 
出口  僕もそういうイメージを持ちました。
寺脇  しかも、さっき言ったように、中曽根さんのときは3年かけて検討したわけですよね。丸3年。で、小渕さんから森さん、小渕・森政権の時の、教育改革国民会議っていうのは、それでも1年以上かけてやった。教育再生会議にいたっては、実質数か月でゆとり教育の見直しなどの報告書を作ったのです。
出口  これからの日本のビジョンとして、教育をどの方向に持っていくかという点については、どこがどのように考えていくのでしょうか。
寺脇  この次は文科省の鈴木副大臣にこの席に座って欲しいと思いますが、鈴木さんは、さらに一歩進んだことを考えているんです。つまり、中教審のようなトップの人たちの議論も、もちろんもう一度やってもらう。責任ある立場の専門家の人たちの意見集約と同時に、です。国民も責任を持つべきだとする考え方に立つならば、国民も議論に参加してもらいます。国民が知らないところで議論が進み、いつのまにか政策が決まったなんてことにならない環境も整備されました。「文部科学省(政策エンジン)熟議カケアイ」という名称のサイトがあります。インターネットで「熟議カケアイ」と入力すればすぐアクセスできます。ここを国民全部にオープンにして、たとえば、「学校の先生というのはどういう資質が必要だと思いますか」ということについて、大々的に国民から意見を求めているのです。で、こういう意見がこうあったと、集約・分析して、それを政策論議の際の参考にします。かつ、中央教育審議会みたいな、そういう専門家の意見も聞きます。そして最後は、政治が、それこそ上部構造であるところの政治が、責任を持って判断しようという仕組みを、今作ろうとしているのです。このことも、もっと国民に周知徹底しなきゃいけないのですが、周知という点では、政府はマスコミに比べればその力がとても弱いのです。マスコミに頼るところが大きいのが現状です。ところが、たとえば、鳩山さんが総理として、「私は東アジア共同体もやりたい。新しい公共も作りたい。教育はこのように変えたい。沖縄はこうしたい」って言った場合、このうち沖縄のことだけが報道されてしまうということになるのですね。思うように情報が伝わらないのです。
出口  本当に、マスコミも大きな問題を持っていると思いますが、現状ではマスコミの力を上手く利用してやっていくしかないと思います。
寺脇  これから先、まさに、論理教育が重要になるのは、論理力がつくと、当然、メディアについてのリテラシーも高まるからです。何かを知りたい、理解したいと思っても、面倒なことはしたくないと思えば、みんなテレビのニュースしか見ないわけでしょう。しかし、論理力がつくということは、他人の言っていることが理解できるようになるということだから、接するメディアも情報も広がります。たとえば、誰かのブログを読んでみようというようなことになっていくじゃないですか。そうすると、テレビで言っていることとは違うことが、ここには書いてあるぞっていうことが出てくる。そして、この人が言っていることとテレビが言っていることと、いったいどっちが正しいのか、ということを考えるようになります。
出口 そうですよね。そういう意味では、メディアのほうがどんどん多極化しているようで、すごく好ましい傾向だと思います。
   国民のあらゆる力を結集して教育に向き合う
出口  ズバリ、寺脇さんとしては、日本の教育というのは、たとえば、政治とか、文科省も含めて、やっぱりこのままじゃいけないという、そういう気持ちがやはり強いのでしょうか。
寺脇  このままじゃもちろんいけないですよね。いけないと考えるから、変えようとして中曽根さん以来、25年にもわたって変えようとしているのに、いろいろと抵抗勢力がはびこったりして、なかなか進まないという状況です。
出口  現状としては、いい方向にあるのでしょうか。
寺脇  方向としては良い方向に行っていますが、不十分というのが現状です。だから、不十分な部分をこれから補ったり直したりしていかなきゃいけない。最初のほうで話が出ましたが、新しい大きな政府を作らなきゃいけない。つまり、教育に関しては、新しい大きな政府です。これが「新しい公共」なんですね、鳩山さんの言うところの。文科省の役割というのを狭めていって、文科省の役人も減らしていって、文科省の指図するところも減らしていく。だけど、それは教育を縮小するということではありません。文科省がカバーできない部分は、「国民のあらゆる力を結集」する、そうした「大きな政府」を作っていくという方向に向かうということです。
出口  大賛成ですね。もう一度、文科省のトップとして寺脇さんに戻っていただいて……。
寺脇  いえいえ、私が戻らなくても、鈴木副大臣の考えていることと、私の考えていることはほぼ同じですからね。これからも、民主党が政権を担当し続ける限り、鈴木さんは教育政策の中心にいるわけだし、新しい教育政策も着々と進んでいくと思います。さっき出口さんがおっしゃった、すべての教育を無償化していくというベクトルがあるじゃないですか。すべての教育を無償化していくというベクトルは、明治からはじまって、進んでいったのですが、戦後、中学校まで無償化したところでストップして、高校から先は、それはできないとしていたのを、今度一気に踏み込み、高校無償化というところまでいきました。ということは、もうちょっとこれが先まで行って、大学だってそうなるかもしれない。本当に学ぶ意欲と、大学で学ぶに足る能力を持っている人には、無償になるくらいの奨学金を出していくということはあり得ると思います。ただ、大学に行って、勉強もしないで、卒業証書だけもらおうという人まで無償にするのはいかがなものかと思いますが。ただ、そういう方向へ進んでいく流れはできていると思います。まさに今、総力戦で教育をしていく態勢が必要です。小学校くらいだったら、近所のおじさんおばさんだって学校に行って手伝えます。高校となると、やっぱり、メソッドとしてきちんと入っていかないといけません。門外漢の人間が安易に入っていって、高校生の国語の授業を1時間やったってどうしようもないわけですから。
出口  そうですね。まだ日本の教育っていうのは、絶望する必要はないということですね。
寺脇  絶望する必要はまったくありません。希望はすごくありますよ。ただ、それを、小泉さんにしたってそうですが、ブレーキをかけてしまうものが出てくることもあるでしょう。それはしようがないですよ。三歩進んで二歩下がる。鈴木副大臣もよく言うのですが、明治維新だって、十年かかったと。つまり、大政奉還が成っても西南戦争が終わるまでは、やっぱりゴタゴタしていたわけじゃないですか。だから、そうすぐに、世の中が180度変わることはないのですから、まあ時間をかけて。だけど、方向が逆走しないように注意しないといけません。メディアの責任はすごく重いですね。ゆとり教育をやめたとか、ゆとり教育を180度転換したというのは大誤報なわけです。そんな大誤報を垂れ流しているのですよ。文科省の基本方針は一貫しています。いくら政治が強いときでも、安倍内閣のときですら、安倍総理自身が国会答弁で「方針を転換するわけではない」と言っています。教育再生会議だって、今の教育改革の流れはいいが、心配な点がいっぱいあるから見直しをすると言っているのです。そういうことをマスコミが正しく伝えないものですから、逆走しているかのように見えますが、実は逆走していないのです。だから、流れとしてはいいのですよ。ただ、その流れが速かったり遅かったり、ちょっとそこにストップがかかったりということがありますが。文科省も変わっています。20年以上前、外部の人が文科省を訪ねたときは、話もろくろく聞いてくれなかったのが、今ではもう担当部署に入って行けて話を聞いてくれる。そういうふうに変わってきているじゃないですか。そうすると、10年後には、もっといろいろな新しいことが起こってくると思います。
出口  ゆとり教育は、僕にとっては、方向性としては全く間違ってないと思うので、それが、実際に成果を生むように、さまざまな点で、もう一回考え直さなきゃいけないと思いましたね。
寺脇  それは最初に言ったように、上部構造と中間構造のほうがぶれてしまったので、下部構造の先生たちが動揺してしまった結果、うまくいかなかった。だからそれをもう一度、上部構造から立て直していって、こういうことでやるんですよと、ちゃんとお話しする。先生たちにも、「なるほど、世の中がこう変わるから、そういうようにやらなきゃいけないのか」と、得心してもらって指導にあたっていただくということが大事だと思います。
出口  そうですよね。わかりました。今日は本当にありがとうございました。 
 
 
   

 

●貿易赤字7月最大の1兆4367億円 資源高で12カ月連続 2022/8/17
財務省が17日発表した7月の貿易統計速報によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は1兆4367億円の赤字だった。赤字は12カ月連続となり、赤字額は7月としては最大になった。エネルギー価格の高騰や円安のため輸入額が前年同月比47.2%増の10兆1895億円となり、5カ月連続で過去最大を更新した。
赤字額は比較可能な1979年以降で7番目に大きい額となる。12カ月連続の赤字は、2015年2月までの32カ月に次ぐ過去2番目の長さとなる。15年2月までの赤字は東日本大震災後の原子力発電所停止に伴い、火力発電所用の燃料輸入が急増したことが影響した。
輸入はアラブ首長国連邦(UAE)からを中心に原油を含む原粗油が2倍に増えた。オーストラリアからを中心とする液化天然ガス(LNG)と石炭もそれぞれ2.2倍、3.7倍となった。
原粗油の輸入額は16カ月連続の増加、数量ベースでも9カ月連続の増加となる。通関での円建て輸入単価は1キロリットル当たり9万9667円と、前年同月からほぼ倍増した。石炭とLNGの輸入量は前年同月から減っており、エネルギー全般での単価高騰が貿易赤字の拡大につながった。
輸出額は19.0%増の8兆7528億円で、2カ月連続で過去最大を更新した。米国向けを中心に自動車が13.7%伸びたほか、鉱物性燃料が2.4倍、半導体等製造装置が4割弱増えた。
地域別では、対米国の黒字が22.4%減の5127億円と2カ月ぶりに減った。車などの輸出が伸び輸出額が過去最高となった一方で、LNGや石炭の輸入増で輸入額も最高となったことが影響した。
対アジアと対中国の輸出入額もそれぞれ過去最高を更新した。対中国の貿易収支は4240億円の赤字で、16カ月連続の赤字だった。赤字幅は前年同月から7倍に拡大した。音響・映像機器などの輸出が伸びたが、パソコンや衣類などの輸入が膨らんだ。
対中国貿易は輸出額が6月から2カ月連続、輸入額が5月から3カ月連続で前年同月を上回った。新型コロナウイルス禍を受けた上海市のロックダウン(都市封鎖)が6月から解除された影響とみられ、7月は日本からの自動車輸出額も2割弱伸びた。
対ロシアの貿易収支は1333億円の赤字で、赤字額は約2.5倍に膨らんだ。ウクライナ侵攻による物流網の混乱や日本政府の輸出禁止措置により、輸出額は407億円と49.5%減った。輸入額は31%増の1740億円だった。ロシアへの依存度が高いLNGや石炭の輸入量は3〜4割減少したが、価格高騰により金額ベースではLNGは3割増、石炭は2.3倍に増えた。
ロシアからの原粗油輸入は6月はゼロだったが、7月は前年同月比34%減の112億円だった。主要7カ国(G7)が輸入禁止で合意したことを受けて民間企業は輸入を止めているが、通関手続きの関係で6月以前に到着したものが計上されたもようだ。

 

●大本営発表に過ぎない日本のGDP「コロナ前」回復 8/25
内閣府より8月15日に公表された2022年4〜6月期の実質国内総生産(GDP)成長率は前期比年率+2.2%と市場予想の中心(前期比年率+2.5%)を若干下回った。個人消費が想定ほど伸びなかったこともあるが、在庫投資の寄与度が▲0.4%ポイントと大きかったことが響いている。供給制約の厳しさから在庫取り崩しの動きが予想以上に進んだ。
今回の結果を受けて一部報道(「GDP、コロナ前に回復4〜6月、個人消費持ち直し」)では、大々的に日本でもGDP水準が「コロナ前」を回復したことが取りざたされている。しかし、この解釈は相当にミスリーディングである。
「コロナ前」の目安として多用される19年10〜12月期は、消費増税および台風19号の影響によって前期比年率▲14.3%(前期比▲2.80%)と大崩れした時期だ。実質GDPの水準に関し、22年4〜6月期を19年7〜9月期と比較すると▲2.7%、2019年1〜3月期から7〜9月期までの3四半期平均と比較すると▲2.6%、2019年暦年と比較しても▲1.9%と、依然としてその差はかなり残っていることが分かる。
仮に19年7〜9月期を基準とした場合、日本は下回っている。主要国・地域を見渡しても、コロナ前≠下回っているケースは日本だけとなっており、この特異性こそ今見るべき点だろう(図表1)。
いずれにせよ19年10〜12月期を「コロナ前」として定義し、正常化を強調するのは比較数字によるマジックであり、額面通りの受け入れてはいけない。
世界とは異質な成長軌道を見せる日本
21年初頭以降、日本のGDPはプラスとマイナスを交互に行き来している(図表2)。これは感染拡大に合わせた行動制限の設定と解除の動きと符合している。
21年の世界経済はパンデミックで購買行動を控えていた消費者の需要が感染対策の緩和とともに一気に回復するペントアップディマンドに沸き、鋭角的な上昇を果たしている。これに対し、日本の成長軌道は異様と言って良い。
日本の元々の地力(潜在成長率)が低いのはその通りである。だが、パンデミック発生を受けて実体経済が壊滅的なダメージを負った20年の翌年である21年に関しては、「地力はどうあれ成長率が大きく反発する」という展開がどの国も期待された。実際、21年の欧米経済は潜在成長率の倍速以上で成長を果たしている。片や、日本は民意の後押しもあり「経済より命」路線の下でこれを自ら放棄してきた。
そもそも未だに水際対策と称して入国制限をかける状態は無理がある。本稿執筆時点で日本の新規感染者数は3週連続で世界最高を記録していることを踏まえれば、どちらかと言えば水際対策を「する側」ではなく「される側」に思える。
もちろん、そのようなことをしてくる諸外国はない。もはやそこまでコロナに固執していないからだ。入国規制に関しては現状を恥じた上で即刻修正されるべきだと考えられる。
より実態のわかる国内総所得
大多数の国民は名目賃金が上がらない一方、物価が騰勢を強めている現状に満足していないはずであり、これは各種世論調査などにも表れている。当然、「実体経済が正常化を果たした」とも感じていないだろう。
景気指標としてよく取りざたされる実質GDPはあくまで生産「量」の概念だ。これに交易条件の改善・悪化(交易利得・損失)を加味して日本経済の「購買力」を把握できるようにした概念が実質国内総所得(GDI)である。
実質GDPは生産「量」を把握するが、交易条件の変化に伴う日本経済の「購買力」の実情までは把握できない。直感的に実質GDIが改善しない経済で景況感も改善しないことは想像に難くない。
実際に実質GDPと実質GDIの推移を見てみると、乖離が非常に大きくなっていることは明らかである。実質GDPは極めて緩やかながら水準を回復しているが、実質GDIははっきりと水準の切り下げが進んでいる。リーマン・ショック以降を振り返っても、資源高や円安が顕著に進む局面はあり、その都度、両者の乖離は問題視されたが、今次局面のそれは突出して大きい。ちなみにGDPに対する交易損失の比率を見ると、今期は▲2.8%に達している。
そこでGDPに対する交易損失の比率に関し、過去1年を振り返ってみれば、21年4〜6月期の▲0.4%以降、▲1.1%、▲1.6%、▲2.0%、▲2.8%と改善どころか悪化ペースが加速している(図表3)。これがそのままGDPとGDIの差というわけである。
本来、一国の経済活動は生産(付加価値=GDP)、分配(所得=GDI)、支出(需要=国内総支出(GDE))のいずれで評価しても規模が等しくなる「三面等価の原則」が成り立つはずだが、日本でははっきりとそうなっていない。それどころか乖離が広がっている。
GDPとGDIの差である交易損失がなぜ日本では大きくなりやすいのか。この点については諸説あり、今回は深入りを避けるが、鉱物性燃料を輸入し、これを元に製造、輸出するという徹底した加工貿易構造の結果という声は多い。
いずれにせよ日本経済の現状が実質GDPの動きだけでは把握できない困難な状況に直面しているのは間違いなく、実質GDIを見た方がよく分かる。それは、購買力の悪化や輸出競争力の低下を示しており、日本経済が解決しなければならない課題となる。
企業物価指数からも分かる交易条件の悪化
いまだ「ウィズコロナ」を実現できていない日本経済の状況の悪さは、企業物価指数(PPI)と合わせて発表される輸出入物価指数からも確認できる。8月10日に公表された7月PPIによれば、資源高を背景に注目される輸入物価指数は契約通貨ベースで前年比+25.4%、円ベースでは同+48.0%といずれも高い伸び幅を記録した。
一方、輸出物価指数は、契約通貨ベースで同+4.7%、円ベースで同+19.1%であった。これらの結果から少なくとも2つのことが指摘できる。
まず、契約通貨ベースおよび円ベース、いずれの尺度でも輸出物価指数が輸入物価指数よりも低い伸びにとどまっているため、海外への所得流出とも言える交易損失の悪化が続いていること。もう1つが、輸出にしても輸入にしても、契約通貨ベースの伸びが落ち着いているのに円ベースでの伸びが加速していることである。
とりわけ後者の点は、商品市況が落ち着き始めているにもかかわらず円安の影響が残存することで、日本から海外への所得流出が続いている状況を意味する。
また、前年比ではなく前月比でみた場合も違った気づきがある。輸入物価指数に関して言えば、契約通貨ベースで+0.8% 、円ベースで+2.4%と基本的に前年比で見たイメージと大差はない。一方、輸出物価指数は契約通貨ベースで▲0.4%、円ベースで+0.7%と、契約通貨ベースでは下落へ転じていることが特筆される。
図表4はそれぞれに関し前年比の推移を比較したものだが、契約通貨建て輸入物価指数の伸びが加速する状況でも契約通貨建て輸出物価の伸びは抑制されてきた印象が強い。ここにきて契約通貨ベース輸出物価指数が前月比で下落しているのは、円安になった分、現地での販売価格を引き下げて輸出数量を稼ごうとする動きが先行している可能性もある。
より達観した見方として、契約通貨ベースを据え置けばそのまま輸出企業の収益になるところ値下げの動きが先行しているのだとしたら、単に日本の輸出競争力が低下しているという説もあり得るかもしれない。
交易条件悪化が示唆する円安継続
図表5は輸出物価指数と輸入物価指数の比率で算出した交易条件と円の実質実効相場(以下、REER)の推移を比較したものである。
理論的に交易条件はREERと定義上等しくなることが知られており、REERの均衡水準からの乖離を判断する目安の1つと言われる 。実際、交易条件の急激な悪化とREERの急落が符合していることが分かる。現状のように輸入物価指数が輸出物価指数を大きく上回る展開が続く限り、交易条件の悪化が「半世紀ぶりの円安」をさらに下げる展開へとなり得ることになる。
確かに、現状に目をやれば、商品市況は明らかにピークアウトしているため、ようやく交易条件の示唆する円安トレンドにも出口が見え始めているのは朗報である。この点は23年以降の為替見通しを策定するにあたっては極めて重要な材料と考えたい。
だが、足許に目をやれば1〜7月分で貿易赤字が約▲9.4兆円と過去最大に拡がっている。現実の需給環境は直ぐには変わらないため、交易条件が改善に転じても、円売りに傾斜した需給面の地合いが直ぐに解消するという話にはならないだろう。年内は円安続行の上、年明け以降にトレンド反転を探るというのが妥当なメインシナリオになってくるように思う。
もっとも、最新のGDPで「政府が過剰な防疫意識を発揮し、行動制限をかけるようなことがなければ民間の消費・投資(個人消費や設備投資)主導でプラス成長を維持できる」という姿が改めて確認されたことは重要な示唆である。日本が世界と同様のペントアップディマンドを起こし、交易条件の改善を果たすためにも、「ウィズコロナ」の政策がやはり必要となる。  
 
 
 
 

 

●「世界3位」の座が危うい? 円安で日本政府24年ぶりの為替介入 9/23
急激な円安が続き、これまでずっと「時機をうかがってじっとしていた」日本政府と日本銀行(中央銀行)がついにいても立ってもいられずに動き出した。米連邦準備制度理事会(FRB)は現地時間の21日、金利を75ベーシスポイント引き上げ、大幅な利上げを行った。22日には日本円の対米ドルレートが急落して1ドル145円台に達し、日本は24年ぶりの為替介入を実施せざるを得なくなった。「環球時報」が伝えた。
持続的な円安の影響を受けて、ドル建てで計算する日本の国内総生産(GDP)の規模が30年前の水準まで落ち込んだ。このほど経済協力開発機構(OECD)が発表した予測では、日本の今年の名目GDPは553兆円になり、米ドル換算では3兆9千億ドルとなり、世界3位である日本の経済規模は4位のドイツ並みになるとみられている。日本の経済規模が4兆ドルを下回るのは1992年以来初めてのことだ。円安が続くか低水準で推移するなら、来年の日本のGDP規模も4兆ドルを下回る見通しだ。
日本の野村総合研究所(NRI)の木内登英エグゼクティブ・エコノミストは21日に発表したコラムで、「日本は24年ぶりとなる歴史的円安に大いに苦しんでいる。円安は輸出企業の収益や国際競争力に追い風となる面がある一方、個人にとっては物価高という逆風を生む。(中略)日米金利差に根ざす円安ドル高が定着し、物価高も長期化してしまうことを個人は警戒している」と述べた。
日本企業(中国)研究院の陳言執行院長は、「通常の状況であれば、円安は海外観光客の訪日旅行にプラスになるが、新型コロナウイルス感染症の影響により、日本の観光産業は期待したような回復と発展を遂げられていない。これと同時に、世界市場でエネルギー価格が高騰したことや、FRBの連続利上げの影響で日本のインフレ率が何度も過去最高を更新したことにより、日本の物価が高騰して、円安がもたらす輸出競争力の向上というプラス面を相殺した。高騰する生産コストに購買力の落ち込みも加わり、これらが日本企業にとってマイナス要因になった」と述べた。
また陳氏は、「円安は、ドル建ての経済指数が圧力を受けていることを意味し、たとえばGDPなどが大幅に目減りすることになる。日本が国力を高め、経済の繁栄を取り戻すには、行政制度の革新と技術の革新を進めることが不可欠で、付加価値の高い産業の発展を推進し、ハイテク分野のイノベーション・ブレークスルーを重視して、円高を誘導するのがよいだろう」との見方を示した。

 

●iPhoneを「ずいぶん高い」と感じるのは日本人だけ…日本は「G7の最貧国」 9/28
なぜ私たちは新型のiPhoneを「ずいぶん高い」と感じるのか。一橋大学名誉教授の野口悠紀雄さんは「アベノミクスによる影響が大きい。異次元金融緩和が導入されたことによって、日本の購買力が低下してしまった。すでに実質賃金は韓国に抜かれており、このままでは一人あたりGDPでも抜かれることになる」という――。
日本の平均賃金は先進国の5割から8割程度
アメリカの賃金が著しい高さになっている。では、他の国はどうか? OECDが加盟国の平均賃金(Average annual wages)を公表している。いくつかの国について2020年の数字を示すと、つぎのとおりだ(2021年基準実質値、2021年基準実質ドル・レート)。
日本3万8194、韓国4万4547、アメリカ7万2807、ドイツ5万6015、フランス4万6765、イギリス4万8718、イタリア3万8686。人口が少ない国を見ると、スイス6万6039、オランダ6万1082、ノルウェー5万7048、アイルランド5万382、スウェーデン4万8206。
日本の平均賃金は、ここに挙げたどの国より低くなっている。トップのアメリカと比べると、52.5%でしかない。大雑把にいえば、「日本の水準は先進国の5割から8割程度」ということになる。
日本の賃金についてのもう一つの問題は、「上昇率が低い」ことだ。それを見るために2000年における各国の値を示すと、つぎのとおりだ(単位はドル)。
日本3万8168、韓国3万326、アメリカ5万7499、ドイツ4万7711、フランス4万76、イギリス4万0689、イタリア4万35。これと2020年の数字を比較すると、イタリアの数字は低下しているが、他の国は著しい上昇になっている。それに対して、日本は、この20年間に、ほとんど横ばいだ。
このため、2000年には日本より低かった韓国に抜かれてしまった。その他の国との乖離かいりも拡大している。日本の国際的な地位は、この20年間で低下したことになる。こうした現状を見ると、「令和版所得倍増計画」によって先進国並みになりたいと考えるのは、日本人にとってごく自然な欲求だ。
しかし、このままでは、先進国の賃金水準はさらに高くなってしまい、差はますます開いてしまう。賃金が高い先進国にキャッチアップするためには、成長率が先進国より高くなることがどうしても必要だ。それを実現するには何をしなければならないかを、考える必要がある。そのためには、なぜこうした状況になってしまったのかを、考える必要がある。
賃金では韓国にも抜かれ、一人あたりGDPでも抜かれることになる
さきほど見たのは平均賃金である。では、一人あたりGDPではどうか?
2022年になってからの急激な円安のため、日本の国際的地位が大きく低下している。1ドル=130円台になると、日本の一人あたりGDPが、韓国やイタリアに抜かれる可能性が高い。まず韓国との関係を見よう。
2021年においては、日本の一人あたりGDPは4万704ドルで、韓国3万5196ドルより15.6%ほど高かった(図表1参照)。
   【図表1】一人あたりGDP
ところが、2022年になって円安が進んだ結果、この状況が大きく変わっている。22年4月中旬のレートで計算すると、韓国との差は7.2%と、大幅に縮まっている。円安がさらに進んで1ドル135円になり、ウォンのレートが変わらないとすれば、日本の一人あたりGDPは、韓国より低くなる。
さきほども述べたように、賃金では、日本はすでに韓国に抜かれている。それだけでなく、「豊かさを示す最も基本的な指標」である一人あたりGDPでも抜かれることになるのだ。
アベノミクスが日本経済にもたらしたもの
台湾との間でも、似たことが起こる。2021年においては、日本の一人あたりGDPは、台湾より21.9%ほど高かった。22年4月中旬のレートでは、この値が9.1%になった。1ドル135円になれば、台湾の値は日本とあまり変わらなくなる。このように、日本が韓国や台湾よりも貧しくなるという事態は、十分あり得ることなのだ。
G7(先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議)の中ではどうか?
2021年では、最下位はイタリアで、日本はこれより14.4%高かった。ところが、22年4月のレートでは、この値が6.7%になった。1ドル135円になれば、イタリアのほうが高くなる。すると、日本はG7の中で、最も貧しい国になる。G7は先進国の集まりということになっている。日本がそこにとどまれるかどうかの議論が出てきたとき、日本はどう反論すればよいのだろうか?
アベノミクスが始まる直前の2012年、日本の一人あたりGDPは、アメリカとほとんど変わらなかった。そして、韓国は日本の51.8%、台湾は43.2%でしかなかった(図表2参照)。
   【図表2】一人あたりGDPの推移
それから10年経って、前記のように、この関係は大きく変わったのだ。アメリカの一人あたりGDPは、日本の1.73倍になった。そして、すでに見たように、韓国と台湾の一人あたりGDPが、日本とほぼ同じになっている。アベノミクスがもたらしたものが何であったかを、これほど明確に示しているものはない。
日本の購買力の水準は1972年と同程度にまで落ちている
企業の時価総額世界ランキングでも、日本のトップであるトヨタ自動車(第41位、2286億ドル)より、台湾の半導体製造会社TSMC(第10位、5053億ドル)や、韓国のサムスン(第18位、3706億ドル)が、いまや上位にある(2022年4月13日現在)。日本の凋落ぶりは明白だ。
円の実質実効レートは固定為替レート時代に逆戻り国際比較をする場合、異なる通貨表示のデータをどのように換算するかが重要な問題になる。最も分かりやすいのは、その時点の市場為替レートで換算することだ。ただし、これでは、各国での物価上昇率の違いによって生じる購買力の変化を見ることができない。そこで、購買力の変化を見るために、「実質実効為替レート」という指標が用いられる。
BIS(国際決済銀行)が2022年2月に発表した22年1月時点の円の実質実効為替レート(2010年=100)は、67.37となり、1972年6月(67.49)以来の円安水準となった。2022年1月の市場レートは、1ドル=115円程度であった。ところが、その後、さらに円安が進んだ。そして3月には65.26となった。これは、1972年1月の65.03と同程度の水準だ。
この頃、私はアメリカに留学していた。日本での給与が月2万3000円だったのに対して、大学の周辺にあるアパートは、最も安いところで賃料が月100ドル、つまり3万6000円だった。日本円の購買力が低いと、いかに惨めな生活を余儀なくされるか。それを身をもって体験させられた。いまの日本円の購買力が、そのときと同じ水準まで下がってしまったのだということに、改めて驚かざるを得ない。
「ビッグマック指数」では中国やポーランドに抜かれている
OECDの賃金統計では、国ごとに、つぎの3種類の指標が示されている。第1は、自国通貨建ての名目値。第2は、自国通貨建ての実質値(2020年基準)。第3は、2020年を基準とする実質値を、2020年を基準とする購買力平価で評価した値。
本章の1節で紹介した各国の値は、第3の指標のものだ。ここでは、為替レート変動の直接的な影響は取り除かれている。したがって、本章の最初で見た日本の相対的地位の低下は、為替レートが円安になったことの直接的な結果ではない。
英誌『エコノミスト』が「ビッグマック指数」を発表している。これは、前々項で見た実質実効為替レートと同じようなもので、各国通貨の購買力を表している(数字が低いほど、購買力が低い)。2022年2月に『エコノミスト』誌から発表された数字では、日本は中国に抜かれてしまった。ポーランドにも抜かれた。いまや日本より下位にあるのは、ペルー、パキスタン、レバノン、ベトナムなどといった国だ。
「ビッグマック指数」とは、正確にいうと、「『ビッグマック価格がアメリカと等しくなる為替レート』に比べて、現実の為替レートがどれだけ安くなっているか?」を示すものだ。しかし、これは、分かりにくい概念だ。この指数よりも、「ある国のビッグマックが自国通貨建てではいくらか」を見るほうが、直感的に分かりやすい。
「物価が安い」ことは「賃金が安い」ことと関係している
2022年2月時点での値を実際に計算してみると、つぎのようになる。
日本は390.2円だが、1位のスイスは804円であり、猛烈に高い。3位のアメリカは669.3円で、かなり高い。韓国の439.7円も、日本よりずいぶん高いと感じる。そして、中国が441.7円だ。21年6月には日本より安かったのだが、ついに中国の価格が日本より高くなってしまった。いまや、中国人や韓国人が日本に来ると、「物価が安い国だ」と感じることになる。
以上で述べたことに対して、「物価が安いのは、むしろ良いことではないか」という意見があるかもしれない。「外国に旅行すれば確かに貧しいと感じるかもしれないが、日本にいる限り問題はないだろう」という考えだ。しかし、そうではない。ビッグマックの価格を問題としているのは、それがその国の賃金と関連しているからだ。
ビッグマックが安い国は、賃金も安い場合が多いのである。だから、以上で述べたのは、「日本人の安い賃金では、外国の高いものを買えない」ということなのだ。
ビッグマックの場合には、日本人はわざわざ外国の高いビッグマックを買う必要はない。日本で売られている安いビッグマックを買えばよい。しかし、日本で生産されていないために外国から輸入しなければならないものも多い。こうしたものについては、高いものを買わなくてはならない。
日本円でのiPhoneの価格はこの10年で約3倍に上昇している
それを印象的な形で示しているのが、iPhoneだ。
2021年9月に発表されたiPhone13には、約19万円のものもある。ずいぶん高いと感じる。原油も同じだ。日本は輸入せざるを得ないから、iPhoneと同じことで、高い価格であっても買わなければならない。最近のようにドル建ての原油価格が上昇すると、その影響を、アメリカ人よりも韓国人よりも、そして中国人よりも、日本人が数段強く受けることになる。
われわれは、いまiPhoneを「ずいぶん高い」と感じる。しかし、こう感じるのは、昔からのことではない。しばらく前まで、さほど高いとは感じなかった。実際、日本円でのiPhoneの価格は、この10年で約3倍に上昇しているのである。iPhoneだけでない。10年前には、日本人は、一般に外国のものを安いと感じていた。
金融緩和による円安の影響で、日本人の購買力は低下してしまった
もう一度ビッグマックに戻って、2012年2月の数字を見ると、つぎのとおりだ。日本のビッグマック指数はマイナス0.9だった。円表示のビッグマックの価格で見ると、日本が320.2円だったのに対して、アメリカが323.1円だった。このように、ほとんど差がなかった。
韓国は245.9円で、日本よりだいぶ安かった。中国は187.7円と、日本の6割にもならなかった。この頃であれば、日本人は、韓国に旅行して買い物を楽しむことができただろう。中国に行けば、もっと安いと感じたはずだ。しかし、いまや、それはできなくなってしまった。
さきほど、賃金や一人あたりGDPで日本の地位が下がったのはアベノミクスの期間だったと述べた。ここで述べた変化も、アベノミクスの期間に起きた。日本で賃金が上がらず、外国では上がったので、本来であれば為替レートが円高になって、これを調整すべきだった。ところが、異次元金融緩和が導入されて円安が進んだため、日本人の購買力が低下してしまったのである。
 
 
 
 

 

●日本が企業の国際競争力低いのに国際的に「高評価」の意外な背景 10/1
日本がバブル真っただ中だった1989年、世界の時価総額ランキングの上位20社のうち14社が日本企業だった。それから33年が経ち、今や世界の時価総額トップ20社に日本企業の名前はない。トヨタ自動車がようやく40位前後に顔を出す程度だ。
日本の国際競争力ランキングは34位
なぜ日本企業は、国際競争力を失ってしまったのか。スイスの研究調査機関であるIMD(国際経営開発研究所)が、2022年6月に発表した「IMD世界競争力ランキング(WRC)2022」によると、日本の国際競争力は63カ国中、前年の31位から3位下がって「34位」となった。
世界競争力ランキングと言えば、1989年にランキングが始まって最初の4年間、日本は世界第1位だった。それがズルズルと下落して、2020年には34位にまで下落。21年は31位まで戻したが、今年の発表ではまた過去最低になった。GDPで世界第3位、先進7カ国に入っていながらこの体たらくなのである。
今年に入ってから急速に進んだ円安によって1ドル=140円台が定着している。OECD(経済協力開発機構)の予想では、日本の2022年のGDPは日本円で553兆円、ドルベースでは1ドル=140円換算で3.9兆ドルと見込まれており、30年前の1992年と同じになってしまう。そればかりか、4位のドイツとほぼ並ぶと言われている。
同調査の各項目別に見たランキングでは次のようになっている。
   経済状況…… 20位(前年は12位)
   インフラ…… 22位(同22位)
   政府の効率性…… 39位(同41位)
   ビジネスの効率性…… 51位(同48位)
政府とビジネスの効率性の2点が大きく足を引っ張っていることがわかる。「財政」「租税政策」「制度的枠組み」「ビジネス法則」「社会的枠組み」などが低い評価となっている。
ビジネスの効率性においては、「生産性・効率性」「労働市場」「金融」「経営プラクティス(経営管理の慣行)」「(新たな課題に対する)取り組みや価値観」などが低評価だ。
同調査の2021年版では、日本の“経営層”に自国の強みを答えさせるアンケートも行われており、「信頼できるインフラ」や「高い教育水準」「熟練労働力」を挙げている。逆に強いと認識されていないもの=弱いと思われているものとして、「税制」「政府の競争力「開放性・積極性」が指摘されている。
スイスのシンクタンク「世界経済フォーラム(WEF)」の「世界競争力報告」では、日本は総合で世界第6位(2019年10月発表)。「特許出願件数」という分野では高い評価を得たものの、「職場環境におけるダイバーシティー(多様性)」といった分野の評価が芳しくない。
日本の国際競争力が低下している背景として「デジタル化の遅れ」がよく指摘されている。詳しくない人でもコロナウイルスの感染蔓延に伴う政府や自治体の一連の対応に思いを来せば納得だろう。感染者との接触確認アプリ「COCOA」も最近になってサービスが停止されることになった。
電子政府に関する指標として有名な「国連経済社会局(UNDESA)」が公表する「世界電子政府ランキング」によると2020年の時点で14位となっている(資料出所:UNDESA、総務省)。
   1 デンマーク
   2 韓国
   3 エストニア
   4 フィンランド
   5 オーストラリア
   6 スウェーデン
   7 英国
   8 ニュージーランド
   9 アメリカ
   10 オランダ
    ・・・
   14 日本
日本だけがなぜアナログから脱却できないのか。とりわけ、日本の保守層がライバル視してきた韓国に大きな水をあけられているのも気になるところだ。
なぜ、日本の民間企業と政府は判断を誤ったのか? 
民間企業も含めて、これまで日本の企業はさまざまな判断ミスを繰り返してきた。現在でも日本は製造業がメインという考え方を持っている経営トップが多いが、その考え方自体が時代に即しているのか疑問だ。
今や日本にとって代わった製造業王国・中国でさえも、製造業から次のステージへ進もうとしている。にもかかわらず「いいものを作れば売れる」と考えている日本企業のトップは数多い。そもそも日本のトップが経営判断を誤ることが多い背景には、自分に理解できないものはやらないという体質がある。そういう意味では、日本の経営システムはほかの先進国よりも風通しが悪く、全体的にワンマン体質になっている証かもしれない。
日本の半導体産業は1980年代には「DRAM」の分野においては世界の8割を超えるシェアを握っていた。その後、パソコンが登場したことで世界の半導体業界は、韓国や台湾のメーカーがパソコンに特化した安価な半導体の大量生産に取り組んだ。一方で、日本メーカーは従来の大型コンピューター向けの製品に固執し、半導体産業の力を大きく落としてしまった。
日本の民間企業は、将来の産業の主役となるIT化に対しても、大きな遅れをとってしまった。総務省の「令和元年版 情報通信白書 ICT投資の状況」によると、1995年を100とした場合、日本は1996年をピークにして以降、ずっと横ばいを続けている。その間にアメリカやフランスは250前後にまで投資額を増やし続けてきたことがわかる。
その結果が日本企業の内部留保の蓄積という形となって現れていると言っても過言ではない。日本という小さな国のマーケットに固執してしまい、海外に出ることを怠ってしまった傾向が高い。
もっとも、1990年代以降急激な円高が襲ったときには、日本企業は海外に工場を移すなど、さまざまな対応を行った。しかし、単に日本の工場を労働賃金の安い海外に移しただけの海外戦略だったケースが目立つ。言い換えれば、日本本社を守るためだけの製造拠点のシフトが多かった。流通やサービス業なども数多くの企業が海外戦略にチャレンジしたわけだが、その多くは日本のスタイルをそのまま移しただけというのが多かった。
牛丼チェーン、コンビニなども数多くの企業が海外に進出して、「現地化」という名のもとに成功しているケースは多いのだが、その大半は日本人スタッフが最終的には1人か2人で、それも数年で交代して日本に帰国してしまう。過去の遺産で利益を上げてきた日本企業が多い、と言っていいだろう。
ビジネス競争力は低いが、国際的な評価はいまだに高い日本? 
ところで、視点を変えて日本の総合力という観点から見ると、そこにはまた違った景色が見えてくる。民間企業や政府のこれから進むべき方向性を考えた場合、ビジネスの効率という点だけで将来の設計を決める時代では無いのかもしれない。ちょっと視点の違う国際ランキングをいくつか紹介してみよう。
例えばアメリカのメディア「U.S. News & World Report」が毎年発表している「世界最高の国ランキング(Best Countries 2021)」によると、日本は第1位のカナダに次ぐ世界2位となっている。76カ国、17000人以上を対象に行われた調査で、「社会的目標」「市民の自由度」「文化的影響力」「ビジネスの開放度」など10項目に続いて評価がランキングされている。この中でも日本が高く評価されているのが、次のような項目だ。
   起業家精神(Entrepreneurship)…… 1位
   文化的影響力(Cultural Influence)…… 5位
   発動力(Movers)…… 6位
   政治・経済的な影響力(Power)……6位
   経営や組織の機敏性(Agility)…… 7位
起業家精神が世界一になっているところに注目したいが、日本のビジネス界にもやっと地殻変動が起きているのかもしれない。考えてみれば、学校を卒業して大企業に入ったところで、出世できる可能性は極めて低く、出世したとしても歴代の社長がやってきたことからなかなか逸脱できない。それなら自分で会社を作ってチャレンジしたほうが、可能性は広がることを今の若者は感じているのだろう。
パリに本社がある大手調査会社「イプソス」が、2021年10月に発表した「国家ブランド指数(NBI)」によると、日本は5年連続1位のドイツ、そして2位のカナダに次ぐ3位だった。文字どおり、国家のブランド力を示す指数だが、「国民性」「観光」「文化」「輸出」「ガバナンス」「移住・投資」という6つの分野における魅力度を指数化したものだ。
昭和時代のレガシーは国際的に通用している
要するに、日本が昭和時代に築き上げてきたレガシーはいまだに国際的には通用している、ということだ。問題は、その遺産を食い尽くしてきた平成時代の政府や企業活動が、令和の時代になってさまざまな形で限界を迎えつつあることを示している。むろん、平成の30年間は、昭和の世代が残した「宴のあと」であり「負の遺産」だった。
ただ、昭和世代の成功体験を持つ自信満々の人々に対峙するのは大きな労力であったろうし、その部分でもビジネスの効率化を喪失してしまったのではないか。
日本の大きな問題は、ビジネスと政府の効率性が一向に改善されていないことだろう。冒頭に示したIMDの国際競争力ランキングを見ると、2022年版で初の第1位となったデンマーク、2021年に首位だったスイスなどと比べると、制度的な枠組みやビジネス法制、社会的枠組みの分野で、日本は圧倒的に弱い。極端に言えば、政治家や行政がこの30年間、ほとんど仕事らしい仕事をしていないともいえる。
さらに、デンマークは「サステナビリティ・ファースト」を掲げて、未来をしっかりと見据えた環境ビジネスに力をいれている。どれも日本に不足しているものだ。国際競争力の衰退が、円安に拍車をかけていると感じるのは、筆者だけだろうか。

 

●日本が中国やインドよりも豊かであり続けるために「不可欠な条件」 10/8
日本の人口は2050年までに2割減少 経済成長の下方圧力をどう克服
日中国交正常化から9月で50年。日本は2010年にはGDP(国内総生産)で中国に逆転され、その後も差は開くばかりだが、これからどうなるのか。
未来を考える出発点は、人口の変化を知ることだ。
国際連合が世界各国についての将来人口推計(UN, World Population Prospects)を行っているが、日本の人口は今後、減少を続け、2040年には20年の88%に減少する。50年には80%になる(図表1)。
50年の人口を20年と比べると、韓国も91%に、中国も97%に減るが、日本の減少ぶりはそれよりずっと激しい。
他方で人口が増加する国もある。20年からの50年の間に、インドは19%増、インドネシアは21%増だ。アメリカも15%増える。ブラジルは8%増だ。
こうした人口の変化は労働力の減少などを通じて経済成長の下方圧力になり得る。OECD(経済協力開発機構)の予測では、それでも日本は2060年でも一人当たりGDP(国内総生産)はGDP1位、2位の中国、インドを依然として上回る。
だがそれには“条件”がある。
2040年、60年の世界では、 中国、インド、アメリカが経済大国
主要国の経済成長について、OECDが長期経済予測を行なっている。
さらに図表2では、主要国の実質潜在GDPの推移と予測を示す(15年基準の購買力平価による評価、単位ドル)。
中国は、今後もめざましい成長を続け、2060年のGDPは20年の2.64倍になる。60年における中国の経済規模は、アメリカの1.70倍、日本の9.81倍だ。
インドの成長もめざましい。40年代にアメリカを抜き世界第2位の経済大国となる。
これらの国が成長をする中で、日本はほとんど成長しない。20年との比較で言えば、40年に1.15倍、60年に1.24倍になるだけだ。
この結果、世界経済の中での日本の比重は大きく下がる。
いまは、日本のGDPを米中と比較することに意味がある。しかし、50年、60年には、日本のGDPは米、中、インドのGDPに比べると、取るに足らないような規模になる。
では、経済規模でなく、何によって日本が将来の世界での存在感を発揮できるのか?われわれは、それを考えなければならない。
一人当たりGDPでは依然、豊かな国 中国は日本の74%、インドは41%
確かにGDPの大きさが重要な要素となることもある。その典型が軍事費だ(武器の質が高くとも、量が少なければ勝てない)。
しかし、多くの場合ではGDPの総額よりは、一人当たりGDPの方が重要な意味を持っている。
人口成長率が高ければGDPの成長率が高くなるのは、当然のことだ。だから、GDPの成長率よりは一人当たりGDPの成長率を問題とすべきだろう。
OECDの資料によれば、2020年における各国の一人当たりGDPは、次の通りだ(単位:ドル)。
アメリカ6万1711、韓国4万2855、日本4万2279、中国1万7123、インド7082。
40年では、アメリカ7万6791、韓国5万6920、日本5万2335、中国3万3401、インド1万6212となる。
そして60年には、アメリカ9万3588、韓国6万6466、日本6万4686、中国4万7693、インド2万6314になる。
このように、ここに挙げた諸国に関する限り、順位は20年から60年までの間、不変だ。日本が中国やインドに比べて豊かな国であることは、40年経っても変わらない。
ただし、中国、インドの成長率は高いので、日本との格差は縮小する。中国の一人当たりGDPは20年では日本の40.5%だが、60年には73.7%になる。
なお、日本とアメリカの相対関係はあまり変わらない。アメリカは20年では日本の1.46倍だが、60年には1.45倍だ。
経済成長を決める「4つの要因」 最も重要な「労働効率のトレンド」
このように、一人当たりGDPで見る限り、日本の未来はあまり悲観しなくてもよいかもしれない。
問題は、OECDが予測するような成長を本当に実現できるかどうかだ。
それを判断するためには、一人当たりGDPの成長率を規定する要素に遡って分析する必要がある。
これらについての分析が、「OECD The Long View: Scenarios for the World Economy to 2060」(OECD、2018)で行なわれている。(この英字は書名なので、イタリックでお願いします)
ここでは、標準的な経済理論に基づいて、一人当たりGDPの成長をつぎの4つの要素に分解し、それぞれについての定量的な予測を行なっている。
(1)労働効率のトレンドのほか(2)労働者一人当たり資本量(資本装備率)、(3)潜在的雇用率、(4)活動人口比率(労働年齢人口の比率)の4つだ。
どの国でも最も重要なのは、「労働効率のトレンド」だ。これは、経済理論で「労働増加的技術進歩」(labor augmenting technological progress)と呼ばれるものだ。
労働増加的技術進歩とは、それまで二人でやっていた仕事を一人でできるようになるようなことだ。一人の労働者が二人分の仕事をできるようになるのだから、労働者数の減少を補うことができる。
日本の場合、こうした技術進歩は、デジタル人材を育成し業務のデジタル化を進めることによって実現できるだろう。
デジタル化進まなければ 日本のGDPはマイナス成長に
日本の場合についての4つの要素の将来推計の数字を示すと、図表3のとおりだ。
まず、総人口中の生産年齢人口が低下するため、「活動人口比率」の数字がマイナスになる。つまり、経済成長率を引き下げる方向に働く。
他国でもこの数字はマイナスだが、日本の2030年までは年率でマイナス0.5%と、絶対値が大きい。
これを、「潜在的雇用率の上昇」によってカバーする。これは高齢者や女性の就業率を高めることで実現する。
そして、「労働者一人当たりの資本量(資本装備率)」の上昇(0.2%)と労働効率の上昇(1.1%)によって、全体としての一人当たりGDP成長率を1.4%にする。
この結果、日本の一人当たりGDPの成長率は、過去の実績に比べてかなり高い値になる。
こうなることを望みたいのだが、本当にそうなるだろうか?
とくに、労働効率の上昇を実現できるだろうか?
OECDの予測で日本の将来の成長率がかなり高い値になっているのは、労働効率の上昇率が高く想定されているからだ。
上述したように日本では労働効率の上昇はデジタル化の推進とほぼ同義であり、仮にデジタル化が進まなければ2018〜30年の一人当たりGDPの成長率(年率)は、1.4%でなく、0.3(=1.4−1.1)%に落ち込んでしまうだろう。
図表1の数字から計算すると、20〜30年の人口成長率はマイナス5.6%だ。年率だとマイナス0.55%なので、日本のGDPはマイナス(0.3−0.55=−0.25)成長になる。
デジタル人材の育成に向けて リスキリングを強化する必要
図表3には示していないが、韓国や中国でも労働効率の上昇率は高い(30年までで、韓国1.3%、中国2.7%)。
ただし、これらの国では、過去の実績値も高かった(2007〜18年で韓国は1.3%、中国は4.2%)。だから、将来も高い値が実現する可能性が高い。
それに対して、日本の実績値は図表3に示すように低い。それをこれから高い値にする必要があるのだ。
これを実現するにはよほどの大きな改革が必要だろう。
本コラム『「デジタル田園都市構想」は成長停滞を抜け出す起爆剤になるか』(2020年9月1日付)で指摘したように、政府が掲げる「デジタル田園都市構想」によって、必要なデジタル人材を本当に育成できるのかどうか、疑問だ。
デジタル人材の育成に向けて、企業が従業員に新しいスキルや知識を習得できる機会を与えるリスキリングに乗り出す動きが始まっているが、そうした動きをさらに加速させる必要がある。

 

●進む円安、物価上昇。日本だけ「低インフレ」が続く原因は? 10/12
日銀は、マネタリーベースを拡大してきた金融緩和政策を現状維持する方針を決定しました。
日本の8月の消費者物価指数(CPI)上昇率は2.8%。米国の8.3%、ユーロ圏の9.1%と比較すると、日本のインフレ率は主要国の中で最も低い水準にあります。諸外国と比較して物価の上昇は緩やかであるものの、賃金が上がりにくい日本の家計への負担は小さくありません。
なぜ日本だけ「低インフレ」が続くのでしょうか。世界経済フォーラム(WEF)のアジェンダからご紹介します。
日銀は「金融緩和」維持 欧米との違い
世界的にインフレの拡大が加速する中、日本銀行が金融緩和政策を現状維持する方針を決定しました。日本の物価は、主要国の中で最も低く、8月の消費者物価指数(CPI)上昇率は2.8%。米国の8.3%、ユーロ圏の9.1%と比較すると、比較的穏やかとの見方もありますが、消費税率引き上げの影響を受けた局面を除くと、2008年以来の水準の高さです。電力、ガス料金などインフラ費用は20%以上、食料品価格は10%前後値上がりしており、何十年も値上がりを経験してこなかった日本では、国民に大きな衝撃を与えています。
また、円安に拍車をかけているのは日本と欧米で広がる「金利差」。大規模な金融緩和を続ける日銀と、記録的なインフレを抑えるために金融引き締めを急ぐ欧米の中央銀行との、金融政策の姿勢の違いが主因となっています。政策金利がマイナスとなっているのは世界の主要中央銀行で日本一国となりましたが、日銀は当面金利を引き上げることはないとしています。
多くの諸外国とは対照的に日本で低インフレ率が続いている理由は、その経済政策の特徴にもあると考えられています。それは、2013年以降、第2次安倍政権の経済政策アベノミクスのもとで、急速にマネタリーベースを拡大してきたこと。これは、1993年のバブル崩壊後から2013年ごろまで、日本経済が停滞し、長引く円高とデフレ不況からの脱却を目指して、アベノミクスにおける三つの経済政策のひとつとして、黒田日本銀行総裁が導入した日本の金融政策「量的・質的金融緩和」(通称:異次元金融緩和)によるものです。
しかし、この政策はマネーストックを顕著に増やしたわけではなく、2018年10月まで続いたアベノミクスによる景気拡大期間中における日本経済の平均GDP成長率は、実質0.9%でした。日本の経済政策は、輸出大企業や富裕層向けの超緩和政策が取り続けられた一方で、賃金を抑えて消費税を引き上げるなど、家計所得は増えないままの実感のない回復であったとの見方も経済学者や経済評論家は示しています。そのことが、個人消費の伸び悩みや経済停滞を強めており、緩やかな物価上昇の一因になっていると考えられます。
平均年収は、G7の中で下から2番目
新型コロナウイルスの感染拡大以降、日本政府は巨額の財政支出を行なっていますが、直接給付などの家計を支える部分は少なく、そのこともまた物価上昇が顕著でない理由と言われています。
そして、日本は賃金が上がりにくいために、欧米のような賃金・物価スパイラルによるインフレの深刻化で経済が混乱するリスクは低いと言われています。一方、年内に値上げする予定の食料品は累計で2万品目を超える中、所得も伸びないために、現状の低インフレ率でも家計にかかる負担は大きいのが現状です。
日本の平均賃金は過去30年間ほとんど変わっておらず、経済協力開発機構(OECD)が公表する世界の平均賃金データによると、日本の平均年収は35カ国中24位。G7の中でも下から2番目に位置しています。世界的なインフレの終息の兆しが見えない中、日本では、多くの消費者の給与が上がらず物価上昇のしわ寄せを感じる中、難局を乗り切るための対策が急がれます。
●防衛力強化 その財源は?  10/12
ロシアによるウクライナ侵攻に台湾海峡をめぐる緊張、そして北朝鮮の相次ぐミサイル発射。日本の安全保障を取り巻く環境は急速に変化している。政府が5年以内の防衛力の抜本的強化を掲げる中、防衛省は敵基地への「反撃能力」を念頭にした武器の量産を盛り込んだ過去最大規模の予算要求を行った。9月30日に始まった政府の有識者会議では、従来の防衛費の枠組みを見直すという議論も浮上。日本の防衛が大きく変わろうとする中、防衛費、そしてその財源の負担はどうなるのか、水面下で進む政府・与党内の議論を取材した。
過去最大の概算要求
毎年恒例の来年度予算案の概算要求。ことし最も注目されたのは、防衛省だった。政府はことし6月に公表した骨太の方針に「防衛力を5年以内に抜本的に強化する」と明記した。これに基づき防衛省は概算要求で、過去最大となる5兆5598億円(デジタル庁との重複計上分を除く)を要求。敵の射程圏外から攻撃できる「スタンド・オフ・ミサイル」の量産をはじめ金額を明示しない「事項要求」を多数盛り込むという異例の要求方式をとった。
防衛費の増額議論
先月30日、総理大臣官邸で「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の初会合が開催され、政府内での防衛力強化の議論が本格的に始まった。有識者として選ばれたのは、元防衛事務次官など防衛の専門家のほか、金融機関や科学研究、メディア関係者など以下の10人だ。
   ・上山隆大 総合科学技術・イノベーション会議・議員
   ・翁百合 日本総合研究所理事長
   ・喜多恒雄 日本経済新聞社顧問
   ・國部毅 三井住友フィナンシャルグループ会長
   ・黒江哲郎 三井住友海上火災保険顧問(元防衛事務次官)
   ・佐々江賢一郎 日本国際問題研究所理事長(元外務事務次官)
   ・中西寛 京都大学大学院法学研究科教授
   ・橋本和仁 科学技術振興機構理事長
   ・船橋洋一 国際文化会館グローバル・カウンシルチェアマン
   ・山口寿一 読売新聞グループ本社社長
この会議で、政府は抜本的な防衛力の強化のあり方や防衛費の増額の規模、財源の方向性などについて議論する。防衛関係費の大幅な増額を検討するにあたって政府が参考にしているのがNATO=北大西洋条約機構の「国防関係支出」の算定基準だ。NATOは2014年のロシアのクリミア半島の併合を受けて、加盟国間で10年以内に「国防関係支出」を対GDP比で少なくとも2%の水準まで引き上げることを目標に掲げた。さらに、ことし2月のロシアによるウクライナ侵攻を機にドイツは1000億ユーロ、日本円で約14兆円規模の基金を新設して国防費を増額するほか、NATOへの加盟を申請しているスウェーデンも対GDP比2%規模まで防衛費を増額する方針を示している。ただ、NATOの「国防関係支出」には、日本の防衛費には含まれていない沿岸警備費や国連平和維持(PKO)関連費、退役軍人らの年金なども含まれている。
日本の対GDP比は1%
一方、日本の防衛費は2022年度の当初予算で5兆4005億円。対GDP比で0.96%となる。さらに、NATO基準を参考に政府が算定した日本の「国防関連支出」は、海上保安庁の予算2231億円などを含めて約6兆1000億円、対GDP比で1.09%となる。対GDP比で「2%以上」とするには、さらに5兆円以上、防衛費を上積みする必要があり、こうした観点からも防衛省は財務省に大幅な増額を求めている。
防衛の新たな枠組み検討へ
財務省といえば予算を厳しく査定し、歳出をできるだけ抑えることが職務だ。ただ、防衛費の増額要求についてある幹部は「防衛力を抜本的に強化するために必要な予算をつけることにためらいはない」と述べ、安全保障をとりまく厳しい環境を踏まえ、一定の理解を示した。その一方で、防衛省が要求する戦車配備などの要求には疑問を呈した。
財務省幹部「これまでの防衛の考え方の延長線上で予算を増額することが、果たして抜本的な防衛力の強化につながるのか。政府全体として『安全保障』という観点から他省庁の事業も精査し、総合的な防衛力・国力の強化につながる枠組みが必要だ」
有識者会議を取りしきる内閣官房は、人材や財源など国の資源が限られる中で防衛省以外の他省庁が所管する事業にも安全保障の視点を取り入れる必要があると考えている。その1つが「科学技術研究」だ。令和4年度の当初予算で、科学技術関係の予算は4兆2198億円。このうち文部科学省が48.8%、経済産業省が15.2%を占めている。一方で防衛省は3.9%の1645億円と省庁別では6番目の規模だ。防衛省はこの研究予算の中で人工衛星を利用した宇宙空間での情報収集能力の強化や最先端のサイバー攻撃に対応する技術研究を行っており、今回の概算要求でも研究予算の大幅な増額を求めている。一方で、宇宙開発やAI=人工知能、量子コンピューターなどの最先端技術の研究開発は日本の大学などの研究機関や民間企業も行っている。文部科学省や経済産業省はこうした先端技術の研究を支援する事業を行っているが、これらの研究分野での防衛省との連携はほとんどない。政府はアメリカが国家安全保障の観点から巨額の国防予算を最先端の技術研究に投じ、軍事研究が民間の経済成長を促した仕組みを、日本でも導入できないか検討している。たとえば、新型コロナウイルスの感染が世界的に拡大した2020年に当時のトランプ大統領が打ち出した「ワープ・スピード作戦」だ。
ワクチンの研究開発に国防費から巨額な研究予算を投じ、アメリカの製薬会社が異例の早さで新型コロナ用ワクチンを開発することに成功した。アメリカは国内で感染症が拡大したり、化学兵器が国内で使われたりした際に迅速なワクチンや治療薬の開発ができなければ、国民の生命・財産を守れず治安や軍事面での対応にも支障をきたすとしてこうした薬の研究開発なども安全保障の一部としてとらえている。政府は日本も安全保障分野の枠組みを科学技術に広げて大学や民間企業の研究開発が相互に連携できれば、防衛力の強化につながるだけでなく、最先端分野の科学技術の発展や派生してできた民生品の活用により日本の経済成長にもつなげられると考えている。こうした考えは以前から政府内にあったものの、本格的な議論に発展することはなかった。背景にあるのが軍事研究を忌避する学術機関の反対だ。ことし7月、日本学術会議は、軍事にも転用可能な科学研究について「純粋な科学研究と軍事に転用が可能な研究について単純にわけることは難しく、扱いを一律に判断することは現実的ではない」という見解を示した。これについて軍事研究への対応が変化したのではないかとの指摘があったが、日本学術会議は「1950年に公表した『戦争を目的とする科学研究は絶対に行わない』という声明を批判したり否定したりすることはできない」として、軍事目的の研究についての立場に変更はないという見解を改めて示した。このように科学技術と防衛研究を隔てる壁は依然として高いままだ。こうした分野に詳しい政府関係者も次のように話している。
政府関係者「防衛と民間研究の相互活用は日本では決して簡単な議論ではなく、戦後以来の科学技術研究のパラダイムを変える議論だ。しかし、最先端分野の研究者と大量のノウハウを保有する大学や民間企業を活用せずに防衛力の抜本的な強化は考えられない。科学技術分野に限らず公共事業などの分野も有事を想定した公共インフラの活用など、安全保障という観点から再検討が必要で、抜本的な防衛力強化のためにすべての省庁でやらなければいけないことは何なのか、そういう議論を進めなければならない」
“増額”で食い違う認識
一方、こうした防衛費の増額を各省庁の取り組みも含めて議論するという考え方をめぐって「真水=歳出額を抑えたいという財務省の思惑だ」という反発も上がっている。
与党関係者「有識者会議は財務省が防衛予算を増やさないためにつくったものだからつぶさないといけない」
防衛省関係者「真水でどこまで増やせるかが重要であって、数字の寄せ集めとみられては元も子もない」
予算の“純増”をねらう防衛省も巻き返しに動くなど、政府内でも認識にずれが生じており、足並みをそろえるのは簡単ではない。
政府関係者「防衛省は自分たちの予算を増やしたい、ミサイルを作りたい、それがすなわち防衛力だという考えが強すぎる。研究開発での民間との連携にも防衛省は自分たちの研究予算が増えないから乗り気ではない」
焦点となる財源論
防衛の「中身」の議論が進む中、最後に大きな焦点となるのが「財源」だ。与党内では「赤字国債」や港湾整備などにあてる「建設国債」、あるいは将来の償還財源を決めたうえで発行する「つなぎ国債」という案も浮上している。自民党の萩生田政務調査会長は、今月4日、記者団に対して防衛費増額の財源について「すべてをこれから先、国債で賄うのは非現実的だ」と述べている。
自民党 萩生田政調会長「まさにこれから詰めていかなくてはいけないと思うが、防衛費の増額はことし1年の1ショットの話じゃないので、財源をすべて国債でまかなうというのは非現実的だと思っている。どういう形で恒久的な財源を確保するかということも含めて、党内や与党でしっかりと議論をしていきたい」
公明党の石井幹事長も先月30日の会見で防衛費増額のための増税も「選択肢の1つ」との考えを示すなど、今後財源のあり方をめぐって与党内で激論が交わされそうだ。
公明党 石井幹事長「防衛力を着実に整備・強化していくことを今後、継続すると恒常的に予算が増えていく構造におそらくなる。それをすべて国債でまかなうことは、いまの国の財政状況からいっても難しく、一定の恒久的なしっかりとした財源が必要になる。増税を望ましいと考える人はあまり多くはないかと思うが、選択肢の1つではないか」
欧米では増税の動きも
世界を見ても国防費・防衛費の増額をめぐる財源確保の手法はさまざまだ。スウェーデンは、酒・たばこ税の増税や大手金融機関に対して銀行税を導入することを決めたほか、アメリカはことし3月に公表した予算教書で国防予算を増額する一方、公的債務の拡大に歯止めをかけるために法人税率の引き上げや富裕層への増税などを実施して、財政赤字を今後10年で1兆ドル、日本円で140兆円以上、圧縮する計画を掲げている。日本でも今後、有識者会議での議論に加えて自民党税制調査会でも財源のあり方について本格的に議論される見通しだ。これについては法人税などの「基幹3税」やたばこ税などを引き上げる案も浮上しているが、このうち法人税引き上げ案については経団連や経済同友会が「国民全体で負担すべきものだ」として反発している。関係者の利害が絡むだけに調整は難航しそうだ。防衛費はいったん増額すると削減が難しい「恒常的経費」の側面が強く、大幅な増額分を国債でまかなえば、将来の国の予算編成への影響も大きい。政府は何のために防衛費を大幅に増額するのか。そして誰がそれを負担するのか。こうした疑問に真摯に答え、国民に丁寧に説明しなければ理解や納得は得られないだろう。終戦から77年。日本の防衛費はこれまで目安としてきたGDPの1%を超えることになるのか。いま大きな転換点を迎えようとしている。

 

●韓国の1人当たりGDP、日本に追いつくも20年ぶりに台湾に抜かれる 10/13
2022年10月12日、韓国・ソウル新聞は「韓国の1人当たり国内総生産(GDP)の日本との差が今年、過去最小を記録した」と伝えた。
国際通貨基金(IMF)が同日発表した資料によると、今年の韓国の1人当たりGDPは3万3590ドル(約493万円)と予想された。昨年(3万5000ドル)より1410ドル(4.2%)減少したが、日本との差はIMFの統計開始以降最小の770ドルとなった。昨年3万9300ドルを記録した日本の1人当たりGDPは今年、12.6%減の3万4360ドルと予想された。
日韓の1人当たりGDPの差は1995年に最大(日本4万4210ドル、韓国1万2570ドル)を記録。その後30年は日本が停滞、韓国が成長したことで徐々に縮まった。
また、今年の台湾の1人当たりGDPは昨年(3万3140ドル)より7.2%増えた3万5510ドルと予想された。台湾の1人当たりGDPはIMFの統計で2002年まで韓国を上回っていたが、2003年に追い抜かれてから20年近く追いつけずにいた。ところが今年は20年ぶりに韓国を追い抜いただけでなく、初めて日本をも上回ったことになる。
台湾はコロナ禍以降、主力産業の半導体産業を中心に目覚ましい経済成長を続けている。世界最大の半導体ファウンドリー企業TSMCを有する台湾は、米国と西側諸国の主要半導体供給元としての地位を確立した。TSMCの今年7〜9月期の売上高は、昨年の世界半導体市場1位の韓国サムスン電子を上回るとみられているという。
この記事を見た韓国のネットユーザーからは「これも文在寅(ムン・ジェイン)政権の“功績”に追加(泣)」「TSMCを全面支援する台湾政府と、李在鎔(イ・ジェヨン)副会長を監獄に閉じ込めた文政権。その差がこの結果を生んだ」「文政権のサムスンたたきにより、台湾にまで負けることになるとは」など、前政権への批判の声が多数寄せられている。また「政府の全面的サポートを受けるTSMCに韓国の一企業が勝利するのは難しい。韓国企業も奮起する必要があるし、政府レベルの支援も急がれる」と焦る声も。
一方で「大事なのはその国の全般的な生活水準。平均値の上昇や下降に一喜一憂する必要はない」「一極集中の台湾は危険。半導体が少し揺らいだだけでも国がぐらつく。日本や韓国のように多様な業種があったほうが安心だ」と指摘する声や、「世界のどの国に行っても、台湾を韓国より先進国と考える人はいない」「台湾を日本より先進国、強大国と考える人はいない。それと同じく、韓国を日本より先進国、強大国と考える人もいない」「韓国が日本に追いついたのではなく、韓国は少し後退、日本は大幅に後退した」などの声も見られた。

 

●日本経済の低迷は「消費税」が原因?データで見るこの国の「貧困化」 10/14
給料が上がらない、正社員になれない、物価が上がり続ける、中小企業が儲からない……。共著『消費税減税ニッポン復活論』を上梓した、元内閣官房参与の経済学者・藤井聡氏と、気鋭の公認会計士・森井じゅん氏は、日本経済が長らく低迷しているのは「消費税」が原因であると指摘する。その根拠を、多数のデータを引用しながら、藤井氏が解説する。
韓国にも追い抜かれた初任給の額
藤井 消費税のせいで日本は大変に貧困化してきた、という事実があるのですが、まず最初に実際、我々がどれだけ貧困なのかというお話から始めたいと思います。
[図表1]のグラフを見てください。いまや日本の入社一年目の年収というのは、韓国以下になっています。スイス800万円以上、アメリカ630万円以上、ドイツ530万円以上、ノルウェー450万円以上、シンガポールや韓国でも300万円前後ですが、日本は262万円。ものすごく貧乏なんですね。
ちょっと先進国とは言えないような状況になりつつあり、我々よりも貧困なのは台湾や中国、タイなど。中国というのは、お金持ちもいますが平均で見ると、すごく貧しい国ですから、それぐらいになっているということですね。
いつからこうなっているのかというと、[図表2]のGDP(国内総生産)のグラフを見るとわかります。GDPとは、日本経済の規模をあらわす指標で、その年に生産されたモノやサービスの総額であると同時に、国民全体の所得の合計値であり、国民全体の支出の合計値でもあります。
そのGDPが、ご覧のように1980年から1997年までずっと伸びていたんですね。当然、1980年までは高度成長期の時代ですから、もっと激しく伸びていました。
戦後一貫して伸びていたのに、1997年から全く伸びなくなっている。なぜ伸びなくなったのか。消費税が増税されたからですね。僕が消費税が極めて重大な問題を抱えた税制だと思ったきっかけになったのが、このグラフでした。消費増税が原因で、これだけ所得が下がってきているということが、このグラフを見れば明らかです。消費税がすべての元凶なんですね。
その結果、どうなったかということをあらわしたのが[図表3]のグラフです。97年のピークまでは諸外国と同じペースで成長していたのに、日本が97年の増税で伸びなくなった一方で、諸外国はそのまま伸びていっています。
かつてアメリカと日本は10:7ぐらい、ほぼアメリカに匹敵するぐらいの経済力を日本は持っていましたが、いまや日本が1に対して、アメリカが4という状況になっていますし、中国も日本の2倍以上の規模になって、完全に国力に差がついてしまって、ますますその格差は広がり続けています。
消費税のせいで日本はダメになった
この[図表3]のグラフは、何かしら世界的な要因で日本が伸びなくなったわけではなく、97年に起こった日本「固有」の要因で日本だけが伸びなくなったことをハッキリと示しています。なんといっても、明らかに日本「だけ」が伸びなくなっている一方で、世界各国は右肩上がりで成長し続けているからです。
97年にアジア通貨危機が起こったので、それが原因で日本は失われた20年、30年が始まったという言説がありますが、それは明らかに間違いです。
アジア通貨危機が起こったのは日本だけでなく、むしろ震源地がアジアだったわけで、アジア各国がもっと被害を受けてもいいはずなのに、他国はどんどん伸びていて日本だけが伸びていない。だからGDPが伸びなくなったことの原因はアジア通貨危機なんかじゃないわけです。
97年に起こった日本固有の要因があるとしか考えられないのです。97年に起こった、日本経済にそこまでの激しいインパクトを与える日本固有の要因って何かといえば、3%から5%への「消費増税」くらいしか考えられないわけです。
森井 97年というと私が経済的な理由で高校を中退したころです。95年からいろいろなアルバイトをしましたが、97年以降には様々な業種で苦しんでいる事業者を見ましたし、身近で廃業がいくつもありました。アルバイト先の飲食店でも、「消費税が払えない」と困り果てていました。消費税のおかしさを感じたのも、このころからですね。
藤井 森井さんも肌感覚でそう思われていたんですね。
森井 それにしても、この下がり具合には驚きますね。
藤井 では、もう少しデータを見てご説明しましょう。
[図表4]のグラフを見てください。これはもっと衝撃的ですよ。このグラフは1995年から2015年まで、つまり消費増税の直前から20年間の成長率をあらわしたものですが、世界は139%成長しています。
ドイツはプラス30%、中国にいたってはプラス1400%、その中で日本は、なんとマイナス20%。消費税のせいで日本がダメになったことを暗示するグラフですよね。これを見て意識を変える人がいるぐらい、とても優秀なグラフです。日本はホンマあかんなというのが、よくわかりますよね。
賃金が下がっているのも消費税が原因
さらに、もう少しメカニズムの話をすると、たとえばこんなグラフがあります。
先ほどのGDPは所得全体の合計のグラフでしたが、これ([図表5])はサラリーマンの給与、決まって支給される給与のグラフです。そこに着目すると、90年より前からずっと右肩上がりで伸びてきたのが、97年、5%に増税をしたとたん、下落していることが見てとれます。その後、2008年のリーマン・ショックでさらに賃金が下がりますが、その後、ちょっと回復します。
ところが2014年、5%から8%に消費増税したところで、ガクンと下がり、どんどん下がり続けて、2019年の10%増税で、またガクンと下がる。これは増税すると給料が減るのだということを示す、決定的証拠です。
増税の時期になんとなく給料が別の理由で減ったということではない。増税したまさにそのドンピシャのタイミングで給料ががたんと減るということは、統計学における時系列分析の視点からいっても、因果関係が科学的に明確なんですよ。「増税したことが原因で給料が下がる」ということの重大な証拠がこのグラフなんです。
実際、2014年の8%増税から、2019年の10%増税までの5年間で、実質賃金は6%下落しています。6%下がったということは、年収500万円の人は30万円、年収300万円の人は18万円の給料を失ったということです。
しかも消費税はずっと続くので、毎年、30万円とか18万円といったお金がなくなっている。これでは生活は苦しくなる一方ですし、貯蓄も増えません。そして2019年の10%増税でさらに実質賃金は2%ダウン。安倍政権下においては、なんと賃金が約8%も下落したのです。
このグラフは、消費増税で給料が「下がる」ことを意味していますが、それと同時に、「増税していなかったら、私たちの現在は、バラ色であったのだ」ということを意味するグラフでもあります。つまり増税していなければ、90年から97年ぐらいの伸びで、給料はずっと伸びていたことは確実です。
だから2020年なら、20年以上前に比べて1.5倍とか2倍に給料は上がっていたはずだったんですよね。このグラフは増税すると恐ろしい破壊力があると同時に、減税すると給料が伸びていく可能性があることを教えてくれているわけです。
では、なぜ消費税のせいで賃金が下がったのか。これについては、森井さんからも後ほどいろいろお話をお聞きしたいのですが、マクロ経済的にいえるのは、賃金の元になるものが減ったからです。賃金の元になるものとはなにか。それは「売上」であり、その「売上」のさらなる源は、私たちの「消費」です。
経済は「消費」を起爆剤に発展する
消費が増えればお店の売上も、そのお店に品物を卸しているメーカーやその関連企業の売上も皆伸びて、最終的に、いろいろな職業の人々の賃金が上がる、というわけです。
さらにいうと、その消費がどんどん増えていけば、企業は投資を行うようになります。たとえば、ラーメン店であれば、たくさんラーメンが売れれば、ラーメン店を増やすこともありますし、麺やスープの工場を新しくつくることもあります。あるいは麺の技術開発をやろうなんてこともあり得るでしょう。そして、その関連産業の人たちの賃金も上がる。
つまり経済というものは、消費を起爆剤に発展していくものであり、消費がすべての源なんです。
地球の生態系の源が太陽であり、太陽があることで光合成が起こったり、水が循環したり、生態系がぐるぐる回っているという構図があるように、消費があることで、それが投資にまで及び、経済にお金が回るようになっていき、メーカーや物流業者にも行きわたり、人件費にも回っていく。
ちょうど人も虫も魚も木も森もすべて太陽の恩恵にあずかっているように、労働者や企業も消費の恩恵にあずかっているんです。すなわち、消費が増えれば、私たちの賃金も企業の売上も上がっていくのです。
それほどまでに経済にとって大切な消費が、実は消費税によって超絶に冷え込んでしまっていることが、データによって明確に示されているんです。
[図表6]のグラフは消費(実質値)の増税前からの推移を示していますが、このグラフについて特に申し上げたい事実が二つあります。
まず一つ目の事実は、消費税を5%、8%、10%に増税したまさにそのドンピシャのタイミングで消費がガタンと下がるということです。ちなみに5%から8%と3%増税すると3%下がり、8%から10%と2%増税すると2%下がる、という格好で、増税したパーセントとほぼ同じパーセントで消費は下がる、ということが分かっています。
このドンピシャのタイミングで下がる、という現象は、先ほどのサラリーマン給与のグラフにも見られたもので、その時に指摘したように「消費増税で消費が下がる、という因果プロセスがある」ことの重大な証拠になっています。
さらにこの下がりっぷりは、リーマン・ショックや東日本大震災のときとほとんど同じだ、ってこともこのグラフから分かりますよね。つまり消費税を2%や3%上げる時のショックは、リーマン・ショックや東日本大震災と同じぐらいの影響力がある、というわけです。
消費増税をすると、瞬間的に消費が冷え込み、瞬間的にあらゆるものに対する経済的影響が出てくるのです。そのうちの一つが、先ほど示した、消費増税のタイミングでの賃金の瞬間的下落だ、っていうことです。
増税するたびに日本人は貧しくなっている
ちなみにこの「消費」の瞬間的下落がなぜもたらされるのかというと、消費増税によってモノの値段が上がるからです。ここで示しているデータは「実質消費」というものなのですが、これは、モノの値段(物価)で調整した消費額のことを意味します。
そもそも経済には「実質値」という概念がありますが、これは物価の変動を考慮する、ということです。物価が高くなれば同じだけのオカネを使っていても買える量が少なくなりますから、「実質消費」は減ります。
同様に、物価が安くなれば同じ金額でたくさんの消費ができるようになるので「実質消費」は増えます。ですから、消費税を増税した瞬間に、増税する前につけていた価格に消費税分の金額が上乗せされれば、その分、実質消費が「減る」ということになるのです。で、そうやって実質消費が減れば、実質GDPも増税した瞬間に減ることになるわけです。
森井 消費税が上がると、実質消費が下がる、ということですね。
藤井 そうです。少し言い換えるなら、実質消費とは「米を何グラム買ったか」ということに対応したものです。米を何円分買いましたというのが名目の値で、実質の値は米を何グラム買ったか、ということを意味しています。
だから、少し前までは1000円で1000g買えていたのに、値段が上がったら1000円で950gしか買えないということです。実際に消費しているのは、お金ではなく、米ですから、物の値段が高まれば、消費する米の量が減るわけです。
ですから[図表6]の実質消費のグラフは(もし仮に人間がお米しか消費していないとしたら)「どれだけお米を消費しましたか」という推移のグラフなんです。
森井 増税のタイミングで、米の消費量がガクンと減っています。
藤井 これは当たり前ですね。だって給料は昨日から今日にかけて変わっていないのに、モノの値段が一律2%、3%上がれば、実態として買える消費財の量は2%、3%減りますよね。
そして、どれぐらい米を買ったか、どれぐらい服を買ったか、どれぐらい酒を飲んだか、という「実質」の消費量が僕たちの(消費生活における)「豊かさ」を意味しています。だからモノの値段が上がれば、消費できる量が減って、私たちの「豊かさ」が減ってしまうわけです。
で、賃金もそうです。100万円持っていても、物の値段が上がったら実質的な賃金はズドンと下がる。だから、消費増税すればするほど、モノの値段は上がって、実質消費も実質賃金も減って、私たちはその分、確実に「貧しく」なるわけです。
森井 そのあたりの米の量のお話って、たぶん多くの人は理屈抜きに感じているところだと思うんです。増税前なんかに、テレビの街頭インタビューなどで「増税になったら、どうしますか」と聞かれると「何かを我慢しなくてはいけない」「節約します」という声が多く聞かれます。増税になると自分の消費できるものが減る、という肌感覚が確かにあるんでしょうね。

 

●20年後に「サラリーマン」が消滅 大リストラ時代や年金崩壊 日本の未来 10/15
今から約20年後の2043年には、日本から「サラリーマン」が消滅する。
国際経営コンサルタントで弁護士の植田統さんは、そう考察する。
今後、日本企業の雇用も「メンバーシップ型雇用」から、経験やスキルを重要視する「ジョブ型雇用」へと変化していくと植田さんは考えている。
激動の時代、ビジネスパーソンはどう生き抜けば良いのだろうか。今後20年における雇用の変化に仮説を立て、生き抜くヒントを記した著書『2040年「仕事とキャリア」年表』から一部抜粋・再編集して紹介する。
今から20年後、どんな未来?
2040年までに何が起こっていくのか。
2025年には、団塊ジュニアが50代となり、その人件費負担を避けるために「大リストラ時代」が始まる。2029年になると、若手社員は転職をまったく苦にしなくなり、「大転職時代」が到来。
2031年には、日本企業にもジョブ型雇用が浸透。スキルの高いジョブに就けた人は高給を取り、そうでない人は低い給与で我慢する「超格差社会」が到来するでしょう。
2033年には、実力のある外国人や女性が社長のポジションに就くことが当たり前に。その一方で、日本企業の中には、変われない企業もたくさん残る。
2035年には、変われない企業の衰退が明らかになり、2037年には、若手社員の中から、変われない日本企業と少子化で縮小する日本市場を見限り、外国に脱出する人が数多く出てくる。
2041年には、こうした混乱の中から這い上がろうとする人が現れ、スタートアップ企業が急増。
そして2043年には、メンバーシップ型雇用に固執してきた日本企業が完全に消えてなくなり、ついに「サラリーマン」が消滅する。
つまり、日本国民はすべて何らかの専門性を持った「プロフェッショナル」に生まれ変わる。
【2037年】グローバル市場で日本市場が低下…
2037年、アクティブなオーナー経営者の率いる企業、外から外国人やプロ経営者を迎え入れ、変革を果たした企業は、勢いを持ち続ける。しかし現実には、変われなかった企業が大半を占めているでしょう。
中高年社員が多数を占める日本企業では、中高年社員の既得権益を守ろうとする声が過半数を超え、それを覆して会社を変えてやろうという経営者はあまり出てこない。
相変わらず年功序列の色彩を残したメンバーシップ型雇用が継続していくことになるだろう。
悲観的な観測かも知れないが、変われなかった企業が8割を占めているものと推測する。
それに追い打ちをかけるのが、日本の人口減少とそれに伴うグローバルマーケットの中での日本市場の地位の低下。
世界最大級の会計事務所・コンサルティングファームPwC が出した「長期的な経済展望 世界の経済秩序は2050年までにどう変化するのか?」というレポートは、世界のGDP(国内総生産)総額の約85%を占める経済規模上位32カ国の2050年までのGDP予測をまとめている。
購買力平価ベースでGDPのランキングを予測しているが、2030年には日本は世界4位の座を保つが、50年には世界8位にまで落ち込む。1位から7位までは、中国、インド、アメリカ、インドネシア、ブラジル、ロシア、メキシコになるという予想だ。
この予測が象徴しているように、グローバルマーケットの中での日本市場の地位は大きく下がっていく。
その結果、グローバル企業にとって日本市場の位置づけは大きく下がるだろう。グローバルにビジネスを展開する日本企業にとっても、国内マーケットよりも海外マーケットのほうがはるかに重要になってくる。
【2037年】日本の若者は活躍の場を求め、海外へ
もう一つの重要な事実は、日本企業の支払う給与は、世界の中で競争力がまったくないものとなっていること。OECDの出した「OECD加盟国の2020年の購買力平価ベースの平均賃金」で日本は35カ国中22位。
トップのアメリカが6万9391ドル、35カ国の平均が4万9165ドルあるのに対し、日本は3万8364ドル。これは韓国をも下回る。
2000年から20年の間に、多くの国が平均賃金を大きく伸ばしてきたにもかかわらず、日本の上昇率は0.4%。ちなみに、トップのアメリカは25.3%、韓国は43.5%伸ばしている。
これが現在の数字だが、伸び率から見ると、2034年には日本はOECD加盟国の最下位になっていると考えられる。若手社員の中でも、英語ができる、海外の文化がわかる社員は、海外の企業に転職し、海外市場で勝負してみたいと考えるでしょう。
国内に留まって相対的地位の低下したマーケットで小さいビジネスを展開するよりも、大きな市場、成長する市場で仕事をしたほうが、いい仕事にありつけ、はるかに充実したプロフェッショナル・ライフを送ることができる。若手社員がこう考えるのは当然だろう。
2037年は、今40歳の方が50代後半に突入し、キャリアの晩年を迎える頃、こうした状況が現実化すると、日本企業の業績が大幅に悪化するだけでなく、日本の不動産価格等の資産価値は大幅に下落してくるでしょう。
そうなると、それまでに蓄積してきた資産が紙くずになる恐れも出てくるため、こうした時代にどう立ち向かうか、今から準備が必要なのだ。
【2039年】年金が崩壊?現役世代の負担が限界に
コロナ禍により、巨額の財政出動がされたため、日本政府の債務は急膨張していく。
それ以前から悪かった日本政府の政府債務比率(対GDP比)は、2020年末には264%となった。債務残高は1216兆円、19年から101兆円の増加に。国民一人あたり970万円の借金を背負っている計算になる。
アメリカは133.6%、イギリスは111.5%、ドイツは72.2%、フランス118.6%、イタリア158.3%、カナダ115%であるため、G7の中で財政の悪化度合でダントツの1位。
日本は、個人金融資産が豊富にあり、政府の債務残高はその範囲に納まっているから財政が破たんすることはないという議論がある。しかし、個人金融資産は1900兆円であるため、このまま野放図な財政の拡大が進めば、早晩限界に差し掛かることは目に見えている。
また、日銀が国債を買い続ければ、ファイナンスできるから大丈夫だという議論もあるかもしれない。しかし、それでは日本の財政に対する信認が崩れてしまう。いつまでも今の国債購入のスピードを続けるわけにはいかないのだ。
おそらく本書執筆中の2021年から18年後の2039年頃には、日本経済がかなりおかしくなっているものと予想する。
状況が悪くなってくると、政府には債務の膨張を止めようという意思が働く。その時、起こることは、公務員の人件費の削減、インフラ投資の削減、増税等々だろう。
こうした事態になる頃には、日本円に対する信認も失われているため、ドル高となり、輸入物価が上がっていき、インフレが起きる。
政府債務の悪化と同時並行で進むのが、「年金財政の悪化」だ。
少子高齢化が進んでいることで、高齢者世代の数は増え、それを支える現役世代の数は減っていくため、現役世代の負担がますます重くなる。
その結果、起こってくるのは「年金支給水準の切り下げ」となる。
インフレが起きれば貯蓄が目減りし、そのうえ年金の支給水準も下がっていくと、高齢者の生活は苦しくなる。働いていれば、会社の売上もその分増え、従業員はインフレで調整された給与をもらえるのでいいかもしれない。
しかし、年金生活者はインフレで目減りしていく貯蓄に頼っているため、どんどん生活が苦しくなっていく。
こうした時代に対応するためには、「生涯現役」を貫かざるを得なくなるだろう。そのためにも、自分の手に職をつける、スキルを身に着けることが必須となる。
【2043年】日本から「サラリーマン」が消える?
2043年以降を考えてみると、いわゆる「サラリーマン」という種族は消滅しているだろう。生涯現役社会が訪れることで、会社に入り、そこで定年まで働いて、後は年金生活をするというモデルは成り立たなくなる。
普通の会社に入っても、そこはジョブ型雇用の世界。キャリアアップを考えるなら、社内で上のポジションへの昇進を考えるよりも、他社で募集しているより地位の高いポジションに移っていったほうが早く昇進できる。
なぜなら、社内では、何年か働いてアラが見えているために、かえって昇進のチャンスを手に入れることが難しいからだ。
外資系に入れば、そこはもちろんジョブ型雇用の世界だ。
特に人気の高いコンサルティングや投資銀行に入るなら、そこは「アップ・オア・アウト」の世界で昇進できないようなら、外に出ざるを得ない。
IT企業やメーカーに入って、一つのジョブをマスターし、上のポジションを目指したいと考えても、やはり他社のポジションを探したほうが手っとり早い。
海外で働く人、起業した人は、日本企業や外資系企業で働いている人に比べて、組織に守られていない分、もっと厳しい世界で仕事をしていくことになるだろう。
つまり、終身雇用、年功序列、定期異動を前提とした日本のメンバーシップ型雇用の下で生息することができた、いわゆる「サラリーマン」は消滅してしまう。
誰もが「自分株式会社」を立ち上げ、自分に投資し、スキルを身に着け、自分マーケティング戦略を考えて、自分を商品として高く売ることを真剣に考えていく時代となるのだ。
これら植田さんの仮説が、今後どういったスピードで現実化するかは、政府の政策に大きく依存するという。政府の動きや日本及び会社の改革スピードにアンテナを張り、その都度、適切なキャリア選択をしていく。それが、これからのビジネスパーソンにとって欠かせないスキルの一つかもしれない。

 

●「中国経済、米国超えは困難」…覆される「米中経済逆転論」 10/16
今年8月、ブルームバーグテレビの対談に出席したサマーズ元米財務長官(ハーバード大経済学教授)は「6カ月、1年前までは中国がある時点で経済規模で米国を追い越すのは明らかに見えたが、今は非常に不確実になった」と述べた。「(米国超えに失敗した)1960年代のロシア、90年代の日本に対する経済的予測を思い出す」とも語った。中国がロシア、日本のように米国経済を追い越すことに失敗する可能性が高くなったとの指摘だ。
これまで中国経済の米国超えを当然視してきた西側シンクタンクの間で追い越しは難しいという見方が広がっている。今年から本格化する人口減少と米国のけん制に伴う先端技術産業の成長停滞などで成長率が大きく鈍化し、これ以上新たな成長動力を探すのは容易ではないとの理由からだ。
西側シンクタンクの「中国再評価」
中国経済の米国追い越しを先頭に立って予測してきた日本経済研究センター(JCER)は昨年12月の報告書で、中国経済が米国を追い越す時期の予想を2029年から33年に4年遅らせた。JCERはまた、「中国経済は33年に米国を超えるとみられるが、50年には米国が再び中国を抜く」と予想した。米国は人口を一定水準に維持し続けるのに対し、中国は人口が大幅に減少することに基づく予測だ。
英国の世界経済分析機関キャピタルエコノミクスは昨年の報告書で、中国の経済規模が30年ごろに米国の87%まで拡大するが、50年には米国の81%にまで縮小するとし、「中国経済は米国を超えないだろう」とした。同機関も米国の労働人口が今後30年間増え続けるのに対し、中国は生産年齢人口が急速に減少している点を理由として挙げた。
オーストラリアのローウィ国際政策研究所も今年3月に発刊した報告書「中国の台頭に対する再評価」で、中国経済は30年まで年平均3%前後、40年までは同2%程度成長するとし、「50年前後に米国を超えて1位になることもあり得るが、意味ある格差をつけることは難しく、経済の繁栄や1人当たり生産性という面では米国の相手にはならないだろう」と指摘した。
成長鈍化に人口も減少
西側でそうした否定的観測が示される最大の理由は、中国の成長率が最近急激に鈍化している点だ。中国は昨年第4四半期の成長率が4%にとどまり、同じ時期の米国の成長率(6.9%)を大幅に下回った。今年初めに財政を総動員したインフラ投資で成長率を4.8%まで押し上げたが、第2四半期は上海・深センの都市封鎖など無理なゼロコロナ政策に固執。成長率は0.4%にまで急落した。上半期全体では2.5%にとどまり、今年の成長率目標(5.5%)の達成は事実上不可能になった。世界銀行などは中国の今年の成長率が3%にも及ばないと予想している。
これまで西側のシンクタンクは、30年前後に中国が経済規模で米国を上回ると予想してきた。それは中国が年平均5%前後の成長を持続し、米国の成長率が年平均2%以下にとどまるという前提に基づいていた。しかし、中国の今年の成長率が大幅に低下し、そうした見通しが変化している。
長期的に見てより大きな要因は人口減少だ。中国は12年から生産年齢人口(15−65歳)が減り始め、今年からは全体の人口減少も本格化する見通しだ。来年にはインドに世界1位の人口大国の座を明け渡すとも予想されている。一方で、高齢化は急速に進み、33年には65歳以上の人口が全人口の20%を超える超高齢社会を迎えるとの分析が示されている。ローウィ研究所は「1980年代の厳しい一人っ子政策で中国は深刻な少子高齢化に苦しんでおり、生産年齢人口が減り続けている」とし、「こうした傾向を覆す政策手段も限られている」と指摘した。外交専門メディア「フォーリンポリシー」のコラムニスト、ハワード・フレンチ氏は7月のコラムで、「中国はここ数年間で生産性の向上ペースが大きく落ち、不足する生産性を後押ししてきた労働人口まで減少している。沈む中国が米国を追い越すことはないだろう」との見方を示した。
西側のけん制で先端技術産業も停滞
インフラ、不動産投資に依存した従来の成長モデルが限界に直面したとの指摘もある。中国は昨年、GDPに占める投資が占める割合が46%にも上った。銀河証券研究所の滕泰元所長は先月、フィナンシャル・タイムズとの対談で。「先進国は投資がGDPに占める割合が20%台で、インドのような発展途上国でも27%程度だ。高度成長期が過ぎてからも過度な投資に依存すれば重大な問題を生むだろう」と指摘した。投資の効率性が落ち、ただでさえ深刻な負債問題をさらに悪化させかねないからだ。
米国など西側諸国のけん制を受け、半導体など先端技術産業の発展は容易ではない。中国の昨年のGDPは7兆ドルで、米国(23兆ドル)の77%にまで上昇した。世界貿易機関(WTO)に加盟した11年には米国の13%だったが、それから大きく発展したのだ。問題は経済規模が拡大すれば、成長率を引き上げるのがそれだけ難しくなることだ。ローウィ研究所は「これまで米国をはじめとする西側国家から渡った技術が中国の生産性向上に少なからず寄与をしてきた。技術規制で国際先端技術分野に対するアクセス機会が減れば、中国の技術革新はそれだけ遅れる」と分析した。
習近平政権後半から強化された民間企業規制など左派的な経済路線を問題視する向きもある。サマーズ元財務長官は「過度な債務と不透明な未来成長動力、広範囲の企業分野に対する共産党の介入、生産年齢人口の減少と高齢化などが中国が直面する課題だ」と述べた。
30年前の日本のように…中国実業家、米不動産を「涙のセール」
日本資本は1980年代後半、米ニューヨークなどで有名な商業物件を大量に買収したが、90年代に巨額の損失を出して安値で処分したことがある。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)など米メディアは、中国資本がここ数年間、同じ歴史を繰り返していると報じた。
WSJは先月、米不動産情報会社MSCIのデータを引用。中国企業が19年から4年間、236億ドル(約3兆4400億円)相当の米国内の商業物件を処分したと報じた。13年から18年までに520億ドル相当を購入したのと正反対の現象だ。
代表的な米国不動産投資事例に挙げられるニューヨーク・マンハッタンのオフィスビル「245パークアベニュー」は先月、米国不動産信託会社SLグリーン・リアルティーに所有権が譲渡された。2017年に22億ドルでこの物件を購入した海航集団(HNAグループ)は、4億ドルの損失を出し、18億ドルでビルを売却した。
19年に19億6000万ドルで中国の安邦保険集団が購入したニューヨークのウォルドルフ・アストリア・ホテルも経営難が続いている。米国内で多数の不動産開発プロジェクトを進めてきた中国の金融グループ、泛海控股(オーシャンワイド・ホールディングス)も、既にかなりのプロジェクトを債権者に譲渡したという。
中国資本が米国不動産市場で苦戦する理由は複合的だ。米国の商業用不動産市場はこの数年間、新型コロナの影響で低迷から抜け出せずにおり、不動産価格も大幅に下落するなど、市況が低迷している。中国政府が4年前から企業による外貨流出を強力に規制し、資金調達が困難になった事情もある。最近米中関係が悪化したことも要因の一つに挙げられる。
WSJは「中国は1980年代と90年代初めにニューヨークのロックフェラーセンターなど有名な商業物件に巨額を投資し、大きな損失を出した日本企業と似たような状況だ」とし、「トロフィーのように買い集めた不動産を相次いで売却している」と形容した。
●日本人が「安月給に甘んじるしかない」構造的欠陥 10/16
日本の賃金は、長期にわたって横ばい、ないしは低下を続けている。1人当たりGDPも横ばいだ。また、日本企業の競争力も低下を続けている。
これらは、関連しあった現象であり、1つの指標だけが改善することはあり得ない。だから、賃金を引き上げるには、経済成長率を高める必要があり、企業の競争力を復活させる必要がある。
昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第79回。
どうやって賃金を上げるのか? 
岸田文雄首相は、10月3日の所信表明演説で、構造的な賃上げに重点的に取り組むと宣言した。
では、どうやって賃上げを実現するのか? 
10月4日の「新しい資本主義実現会議」では、2023年の春闘での賃上げ実現に期待を示した。
春闘への介入は、安倍内閣当時から毎年行われてきたことだ。しかし、それによって全体の賃金が上がることはなかった。
2022年の春闘賃上げ率は2.20%で、2021年(1.86%)を上回ったものの、実質賃金の対前年比は、7月まで4カ月連続でマイナスだ。
図表1には、日本の賃金の長期的な推移を示す(「毎月勤労統計調査」による「現金給与総額」、5人以上の事業所)。
(外部配信先では図表などの画像を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)
1997年までは上昇していたが、それ以後は下落に転じた。2010年頃に下落が止まったが、その後はほぼ横ばいだ。対前年伸び率で見ると、2018年に1.4%となったのを除くと1%未満であり、マイナスの伸び率の年も多い。
成長が止まったのは、賃金だけではない。以下に述べるように、日本経済のほとんどの指標について見られることだ。それは、日本経済が構造的に深刻な問題を抱えていることを示している。
それらを解決しない限り、「構造的な賃金上昇」は実現できない。以下に述べるさまざまな指標が現状のままで、賃金だけがめざましく上がるということは、あり得ない。
「構造的な賃上げを実現する」というのであれば、岸田首相は、これらの困難な課題をどう解決するかを示さなければならない。
日本企業の効率性は、世界で最下位
日本経済が深刻な病に冒されていることを明確な形で示しているのが、スイスのIMD (国際経営開発研究所)が作成する「世界競争力」のランキングだ。
6月14日に公表された2022年版では、日本の順位は、対象63カ国・地域のうちで34位だった(2021年は31位)。
アジア・太平洋地域でみても、14カ国・地域中10位で、マレーシアやタイより順位が低い。
このランキングは、「経済状況」「政府の効率性」「ビジネス効率性」、そして「インフラ」という4つの項目について評価を行っている。そのうちの「ビジネス効率性」においては、世界第51位だ。
ところで、このランキングにおける日本の順位は、昔からこのように低かったわけではない。
日本の順位の推移をみると、公表が開始された1989年から1992年までは1位であった(図表2参照)。その後も、1996年までは5位以内だった。
ところが、1997年に17位に急落。その後、20位台で推移し、2019年に30位となって以降は4年連続で30位台となってしまったのだ。
なお、IMDは、「デジタル競争力ランキング」も作成している。2021年版では、日本は、64カ国中28位と、過去最低順位を更新した。
1人当たりGDPの成長が、30年前に止まった
図表3には、日本の1人当たりGDPの推移を示す。
1990年頃まで成長を続けたが、そのあたりで頭打ちになった。それ以後は成長せず、横ばいになった。
これは、図表2で日本のランキングが低下し始めた時期とほぼ同じだ。また、図表1で賃金が下落を始めたのとも同じ頃だ。
つまり、この頃に、日本経済の構造が大きく変わったのである。
なお、1人当たりGDPが横ばいであるのに賃金が下落したのは、労働分配率が低下したからではない。
総人口はほぼ減少している(2010年から2020年までの減少率は2.13%)のに対して、就業者数は増加した(2010年から2020年までの増加率は4.3%)ために、1人当たりGDPは横ばいでも、賃金が低下したのである(つまり、分子の違いではなく、分母の違いである)。
就業者数の増加をもたらした大きな原因は、非正規労働者の増加だ。非正規労働就業者は労働時間が短いために、就業者全体として見た賃金が下落するのだ。
実際、OECDの統計で見ると、図表1に見られるのと同じように1990年代後半の賃金下落現象は見られるものの、図表1に見られるよりは穏やかな下落になっている。
これは、OECDの統計は、「フルタイム当量」という考えで労働者数をカウントしているためだ(労働時間が少ない就業者を1人未満とカウントする方式。これに関する詳しい説明は、拙著『どうすれば日本人の賃金は上がるのか』(日経プレミアシリーズ、2022年を参照)。 
新しい資本主義の前に、30年前の活力を取り戻す必要
図表4には、日米の1人当たりGDPの対前年成長率の推移を示す。
1970年代前半までは日本の伸び率が圧倒的に高かったのだが、1970年代後半からは、日米の伸び率がほぼ同じになった。そして、1992年から日本の伸び率が低下したため、日米間の成長率格差が明確になった。2015年を除けば、どの年においても、日本の成長率が低い(2015年に賃金上昇率が高まったのは、原油価格の低下による)。アメリカの成長率が3%を超えているのに、日本の成長率はせいぜい1%だ。
この状況を変えることが必要だ。アメリカを上回るのは無理としても、せめて年率2%程度の成長を安定的に実現することが必要だ。
岸田首相は、「分配なくして成長なし」と言っていたことがあるが、賃金を引き上げようとするなら、経済成長を否定するわけにはいかない。
そのためには、IMDランキングで低下が著しいと指摘された日本企業の効率性を、かつての状態に戻さなければならない。
岸田首相は、「新しい資本主義」を目指すという。それは否定しないが、その前に、30年くらい前の日本企業の活力を取り戻す必要がある。
岸田首相は、リスキリングを進めるという。それは否定しないが、それだけで解決できるような問題ではない。
ここでみたさまざまな停滞現象を引き起こしている原因が何かを究明し、それに対処する必要がある。いまの日本に求められているのは、そうしたことだ。

 

●中国、7〜9月GDP公表延期 習氏3期目控え「忖度」か 10/17
中国国家統計局は17日、7〜9月の国内総生産(GDP)の公表を延期すると発表した。18日に予定していた。理由は明らかにしていない。中国経済は停滞局面が長引いている。16日に開幕した共産党大会で3期目入りを確実にしたい習近平(シー・ジンピン)総書記(国家主席)への忖度(そんたく)で公表を見合わせた可能性がある。
GDPと同時に計画していた9月の工業生産、固定資産投資、不動産開発投資、社会消費品小売総額(小売売上高)の発表も日時を改める。19日に発表されるはずだった主要70都市の新築住宅価格を含め、22日に閉幕する党大会期間中は統計の発表予定がなくなる異例の事態となった。
2017年の前回党大会の期間中には同年7〜9月のGDPが発表された。
国家統計局とは別に、税関総署は14日に予定していた貿易統計の公表を説明もなく見送った。米調査会社デカルト・データマインによると、中国発米国向けの海上コンテナ輸送量は9月、前年同月比で2割減っており、輸出額全体でみても不調だった可能性がある。
中国ではGDP統計が地方政府幹部の出世に関わる物差しとなってきた。投資などの水増しが常に問題視されてきたが、公表を先送りするのは極めて珍しい。背景の真相は不明だが、恣意的な運用を巡る疑いが広まれば、統計の信頼性を損ないかねない。 

 

●円安で増える「富」を国内に回せ 対外資産は1年でGDPの2割超相当増加 10/18
外国為替市場への円買い介入にもかかわらず、円安が止まらないとあって、メディアでは相も変わらず「悪い円安」論が幅を利かせている。拙論が繰り返し主張するように、円安は日本再生のテコになる。責めるべきはそうさせない政策の貧困なのである。
グローバル化されたカネの流れにおける日本の位置を考えてみよう。日本は世界最大の対外純金融資産(総資産マイナス総負債)を持つ。対外資産は基軸通貨ドルが尺度である。円安ドル高局面では円換算の日本の対外資産が膨らむ。債権国ならではの特権である。
かつて、大英帝国は債権国の地位を利用して植民地インドから巧妙に搾取した。英ポンドは金本位制で、インドは銀本位制だ。英国の対インド貿易収支は赤字だが、この赤字分はロンドン金融市場にポンド建てで累積させる。都合が悪くなると銀の対金交換レートをつり上げて、対インド債務を帳消しにした。
もちろん、大英帝国の場合は、宗主国対植民地という支配・従属の関係がベースにあって、英国側のやりたい放題だったが、現代の自由なグローバル金融のからくりからすれば、外交上覇権国米国に従属する今の日本も円安で自国を富ませられるはずだ。
では、今の円安で日本はどれだけ、対外資産を円建て換算で増やしているのか。グラフは日銀の「資金循環統計」からみた日本の対外資産がどれだけ増えているかを示す。起点は円安トレンドが始まる前の2020年末で、その時点での対外資産がどう増えてきたかを四半期ごとに追っている。
なお、対外資産は、政府に帰属する外貨準備(外準)と、民間が保有、運用する外準以外の資産の2つに分けた。両者の合計が対外総資産である。一目瞭然、円安の進行につれて、日本の資産が膨張している。今年6月時点で外準は34・5兆円増、除く外準は155・4兆円増で合計約190兆円増だった。
1年前に比べるとそれぞれ21兆円、98兆円増えた。日本の国内総生産(GDP)は年間で547兆円程度だから、わずか1年の間に、GDPの2割超相当の対外資産が増えたことになる。
ちなみに、ドルベースの対外総資産は6月時点で9・76兆ドル(約1420兆円)、外準は1・31兆ドル(約190兆円)で、それぞれ1年前の10・8兆ドル、1・38兆ドルから減っている。それだけ、円安による資産増効果は絶大だ。
問題は、この「豊かさ」を帳簿上だけにとどめないことだ。いくら金融資産がかさ上げされたところで、国民の生活に反映するGDP、すなわち実体経済にカネが回らないことには何の意味もない。そのうちに、円安が一転して円高に振れると、増えたはずの巨額の富は蜃気楼(しんきろう)のごとく雲散霧消してしまう。
そうさせないためには、現在の円安水準を維持することと、できるだけ早く、対外資産の増加分を国内経済に回す政策が必要になる。政府は内需拡大に向けた財政出動を行い、民間は賃上げや設備投資に邁進(まいしん)するべきなのだ。
●「世界の3分の1が景気後退の危機」とIMFが警鐘、深刻な米・中・欧の景況 10/18
国際通貨基金(IMF)が、「2023年までに世界の3分の1が景気後退に陥る」と発表した。世界経済を下支えする米国の雇用や個人消費が後退する傾向にあり、中国の経済成長神話は崩壊。欧州はウクライナ戦争によるエネルギー危機に加えて大手金融クレディ・スイスの経営不安が高まっている。自動車を中心に海外の需要を取り込んできた日本経済の実力は低下し、これまで以上に国内経済が縮小均衡する懸念が高まっている。(多摩大学特別招聘教授 真壁昭夫)
いよいよ米国の労働市場や個人消費が減退へ
国際通貨基金(IMF)は、2023年までに世界の3分の1が景気後退(実質GDP成長率が2四半期続けて前期比でマイナス)に陥るとの予想を発表した。世界経済を支えてきた米国経済は、“定義上”の景気後退に入った。加えて、足元では急激な物価上昇によりユーロ圏を含めた欧州の景気後退リスクも急上昇している。米国とユーロ圏を合わせると世界のGDPの39%程度を占める(IMFデータに基づく)。世界第2国でも本格的な景気後退のリスクは上昇している。
そうした懸念が高まる中、今のところ世界経済は何とか相応の安定を保っている。それは、米国経済、特に労働市場が過熱気味に推移し個人消費が底堅さを維持しているからだ。
しかし、9月の米雇用統計などを見ると、労働市場の改善ペースは鈍化し始めた。米国の連邦準備制度理事会(FRB)による金融引き締め強化によって労働市場の悪化は鮮明化し、個人消費は減少するだろう。
言い換えれば、FRBはインフレを鎮静化するために労働市場の過熱感を抑え、需要をそがなければならない。世界経済は下支えを失い、GDPで見た場合に3分の1以上の国と地域が景気後退に陥るリスクが高まるものと考えられる。それに伴い、わが国経済が一段と厳しい状況に直面するだろう。
急激に高まる欧州と中国の景気後退懸念
ウクライナ危機をきっかけに、世界全体でサプライチェーンが混乱をきたした結果、さまざまなモノの需給バランスが崩れている。現在、最悪の状況からは脱したものの、天然ガスや石炭などの価格は依然として高止まり。各国で、コストをかけてスポット市場から資材を調達しなければならない企業が増えている。コストアップ要因は根強く残っており、世界的に物価が上昇している。
最も状況が厳しいのは、ユーロ圏をはじめとする欧州経済だ。最大の原因は、ロシアからの天然ガス供給の途絶にある。ウクライナ危機以前、欧州では脱炭素のために洋上風力など再生可能エネルギーと天然ガスを用いた火力発電への依存が高まっていた。国によって方針の違いはあったものの、原子力の利用は低下した。
そうした状況下、ウクライナ危機によって社会活動の維持に不可欠な電力供給が急減した。電力料金や食料品の価格上昇は止まらない。ドイツでは8月の生産者物価指数(PPI)が前年同月比45.8%、9月の消費者物価指数(CPI)が同10.9%(EU基準のHICP、速報)上昇した。物価急騰によって家計の生活の苦しさは急上昇し、各国でストライキが頻発している。
次いで、中国の景気後退リスクも上昇している。端的に言うと、中国の経済成長“神話”(高い経済成長が続くとの楽観)は崩壊した。不動産バブル崩壊によって、経済全体で不良債権が急速に増えている。デフォルトの急増から逃れるために、海外投資家は中国から資金を引き上げ、資産価格の下落リスクは上昇している。個人消費の回復も鈍い。
本来であれば共産党政権は、構造改革を推進して成長期待の高いIT先端分野などに生産要素を再配分しなければならない。しかし、一部で建国以来最悪といわれるほど、中国の雇用・所得環境の厳しさは増している。その背景から、長期の支配基盤を目指す習政権としては、構造改革で産業構造の転換を進め、結果的に失業増加など国民が一時的な痛みを負担する展開を避けている。中国が経済成長率の向上を目指すことは、これまでに増して難しい。
本格的な景気後退の懸念高まる米国
米国も本格的な景気後退に向かう可能性が高まっている。9月の雇用統計では、非農業部門の雇用者数の伸びが8月から鈍化した。ADP雇用統計では製造業に加えて、ITと金融で雇用が徐々に減少している。
IT関連産業は、リーマンショック後の米国の雇用改善に決定的に重要な役割を果たしてきた。スマホの普及、SNS利用増加に伴いビッグデータの活用が急増。それによって、サブスクリプション型ビジネスモデルが急成長し、物流分野などで雇用が増加した。賃金は上昇し、旺盛な個人消費が企業のコスト転嫁を支え、物価は高止まりしている。
FRBは、2%のインフレ目標を実現しようとしている。インフレ鎮静化のため金融引き締め強化は不可避だ。懸念される点が、経済全体(企業経営者、市場参加者、家計)が物価上昇のリスクを過小評価している可能性だ。8月のジャクソンホール会合以降、パウエル議長の記者会見の時間が短くなったのは、インフレ鎮静化のためにさらなる利上げと、「QT=量的引き締めは不可避」と明確なメッセージを強調するためだろう。FRB関係者も異口同音に金融を引き締めざるを得ないと危機感を強めている。
さらなる金融引き締めによって米金利が上昇すると、個人消費にはブレーキがかかるだろう。となると企業業績は想定以上のペースで悪化する可能性が高まる。こうして米国経済が本格的な景気後退に陥る展開が懸念される。
それが現実になれば、世界経済は下支えを失うだろう。世界のGDPに占める米国のシェアは約24%、ユーロ圏は15%、中国は18%だ。仮に3つの経済が同時に景気後退に陥れば、世界の57%が景気後退に陥る。
特に、リーマンショック後の世界経済を支えた米中が同時に本格的な景気後退に陥る負のインパクトは非常に大きい。その場合、他の国や地域においても、連鎖反応のように景気後退のリスクが高まる。世界経済の先行きは一段と楽観できなくなっている。わが国経済にかなり強い下押し圧力がかかる恐れが一段と高まっている。
わが国経済は世界的景気後退に飲み込まれるのか
わが国は、人口減少やデジタル化の遅れなど複合的な要因によって、自律的に景気回復を目指すことが難しい。コロナ禍が発生する以前、地方創生を支えたインバウンド需要の回復も鈍い。主力の自動車産業では車載用の半導体不足によって生産計画が下方修正されている。
本来、企業は先行きのリスク管理体制を強化しつつ、成長期待の高い分野にヒト・モノ・カネを再配分して新しい需要創出を急がなければならず、政府はそうした取り組みをより強力にサポートすべきだ。しかし、わが国全体で世界的な景気後退リスクに備えつつ、持続的な成長を目指す動きは一部にとどまっているように見える。大手自動車メーカーでは、エンジンデータの不正問題が明らかになってもいる。状況はかなり深刻だ。
世界経済全体で、実体経済と金融市場の下方リスクが一段と高まるだろう。特に、欧州では大手金融機関クレディ・スイスの経営不安が高まっている。リーマンショック後の欧州各国では、金融機関のバランスシートの健全化が遅れた。
FRBや欧州中央銀行(ECB)による金融引き締めによって金利はさらに上昇し、株価が一段と下落する可能性がある。それによって欧州全域に金融システム不安のリスクが伝染することも考えられる。低金利環境の長期化観測の高まりを背景に、資金が流入した米ジャンク債券の価格が急落するリスクも注意すべきだ。
そのような展開を迎えた場合、主要国の個人消費、設備投資、貿易取引は追加的に減少するはずだ。一方、景気や物価高騰対策のために財政支出は増えるだろう。物価上昇と財政悪化リスクの高まりによって、主要国の金利にはより強い上昇圧力がかかりやすくなる。脱グローバル化も重なり、世界全体で経済運営の効率性は一段と低下するだろう。
これまで自動車を中心に海外の需要を取り込んできたわが国経済の実力は低下し、これまで以上に国内経済の縮小均衡が鮮明となる展開が懸念される。

 

●日本のGDPは世界3位!でも「1人当たり」でみると27位のワケ 10/19
戦後に劇的な経済復興を果たした日本は、国の経済力を表す指標であるGDP(国内総生産)で世界3位という高い順位にあります。
しかし、バブル崩壊以降、日本経済は長い低迷期に入り、諸外国に差を大きく詰められていることも事実です。特にGDPを国民の総数で割った「1人当たり」GDPは、もはや経済大国とはいえない水準と見なされています。
では、日本の「1人当たり」GDPは、どの程度の地位にあるのでしょうか。
日本のGDPは世界3位の水準
GDPとは、その国で一定期間に稼ぐお金の総額を表す指標です。ある国で1年間にどれだけのもうけがあったのか、それを数値化したものがGDPとなります。名目GDPや実質GDPなど、細かい指標の違いはありますが(本記事では断りがない限り名目GDPを指します)、GDPは基本的にその国の経済規模をわかりやすく捉える指標として扱われています。
IMF(国際通貨基金)が発表している統計に基づく2021年における日本のGDPは、約4.9兆ドルです。これは米国、中国に次ぐ世界3位の規模です。
ただし、米国や中国との差は大きく、トップの米国のGDPは約23兆ドル、2位の中国でも約17.5兆ドルです。逆に4位のドイツのGDPは約4.2兆ドルとなっており、日本との差は決して大きくありません。特に、日本とドイツの経済成長率などを比較すると、近い将来、日本はドイツに抜かれて世界GDPランキングの4位に転落することも十分に考えられます。
世界3位という地位は誇り高いものかもしれませんが、その地位は決して安泰とはいえない状況であることも事実なのです。
日本の国民1人当たりGDPは世界何位?
GDPは国内総生産と訳される通り、国全体がどれだけ生産し、どれだけもうけを出したのかを表す指標です。
GDPはその国の人口と相関関係が強く、人口が増えればGDPの数値も必然的に押し上がります。人口が1000万人の国で、国民1人が3万ドルのもうけを出すとすれば、GDPは単純計算で3000億ドルとなります。人口が2倍に増えれば、GDPも2倍に増えることになるでしょう。
逆に人口が減少すれば、それだけ生産に携わる労働力がいなくなるため、GDPの数値も減ってしまいます。つまり、人口の多さはそのまま経済規模の大きさに直結するわけです。その視点でみると、日本は世界でも有数の人口規模を誇る国です。要するに、人口が多いからこそ、GDPの世界ランキングで世界3位の地位を維持できているともいえるわけです。
では、人口の多さとは関係ない日本の経済規模は、世界的にみてどの程度になるのでしょうか。それが、「1人当たりGDP」という指標から読み取ることができます。
1人当たりGDPは、GDPをその国の人口で割った指標です。この1人当たりGDPの世界ランキングで、日本は世界27位に甘んじています。ちなみに、1人当たりGDPの世界1位はルクセンブルク、2位はアイルランドです。そのほか、トップ10には主に米国を含む欧米諸国が並び、日本はそうした先進諸外国から大きく水をあけられているという現状なのです。
GDPとの順位とは大きな隔たりが! 日本の1人当たりGDPはどうなる?
日本はGDPの世界ランキングでは3位にもかかわらず、1人当たりGDPでは世界27位と、日本がランクインしているこの2つの指標には大きなギャップがあるといえます。
特に日本では既に人口が減り始めており、この先高いGDPを維持し続けることができなければ、1人当たりGDPもさらに順位を下げてしまうかもしれません。1人当たりGDPでは、先進諸国だけではなく、いわゆる途上国といわれている国とも差を詰められています。
この指標が今後どうなっていくのか、さらに注視が必要だといえるでしょう。
●誤解が多い「日本の中小企業の生産性が低い」真の理由 10/19
日本の経済成長を議論するうえで、「生産性の低さ」は大きな課題となっている。労働生産性を見ると、主要先進7カ国(G7)で最も低く、OECDでも23位にとどまる。
ただ、生産性に対する誤解は少なくない。「生産性が低い」と感じる人がいる一方で、「こんなに一生懸命働いていて、もうこれ以上働けないくらいなのに、生産性が低いといわれても……」と思う人もいる。実は「企業レベルの生産性向上が進んでも、国レベルの労働生産性向上には必ずしもつながらない部分がある」と指摘するのが、日本生産性本部の木内康裕・上席研究員だ。
はたして生産性とは何なのか、生産性を向上させるためにはどうすればいいのか。生産性の謎を解く連載の第2回は、生産性向上の議論をする際、近年の大きなテーマの1つとなっている「生産性が低い中小企業」の問題について木内氏が解説する。
日本生産性本部「労働生産性の国際比較2021」によると、日本の労働生産性は49.5ドル(5086円)で、OECD加盟38カ国の中で23位にとどまっており、主要7カ国(G7)で最下位の状況が続いている。
これは、各国で1時間働いたときに生み出された付加価値額(=GDP)を比較したものである。そのとき、各国の物価水準の違いを調整する形でドルに換算する(購買力平価換算)。企業業績のように実際にいくら稼いだかをそのまま実勢レートでドルに換算するものとは少し異なる。いくつかの経済統計を基にした、いわば経済学的な手法で測定したものだ。
日本と同水準の国に西欧諸国がほとんどなく、リトアニアやチェコ、エストニアあたりになっていることはやや衝撃的ですらある。
多くの要因が複合的に左右する根が深い問題
何が原因なのかというと、前回(『誤解がかなり多い「日本の生産性が低い」真の理由』)もふれたが、無駄な業務が多いとか、仕事が効率的でない、業務プロセスが旧態依然のままだといったことが働く人からはよく挙げられる。
マクロレベルでみると、1イノベーションがあまり起きなくなった(起こせなくなった)こと、2人材や設備に対する投資が減っていること、3これまでのデフレで低価格化競争が進み、諸外国と同じようなモノやサービスを提供しても、受け取れる粗利(≒付加価値)が少なくなっていること、4企業の新規開業や統廃合が少ないこと、5労働人口の多いサービス産業の生産性が諸外国より低いこと、などがよく指摘される。
つまり、働く人々の実感から学術研究に基づくものまで実に多くの要因が挙げられており、それがおそらく複合的に作用していて非常に根が深い問題になっているということだ。
そのためか、日本の生産性向上に向けた提案も、多くの人が多岐にわたる観点から行っている。主なテーマについては、この連載でも次回以降詳しく述べていく予定だが、ここでは少し視点を変えて、「あまり儲かっていない」中小企業の問題についてふれてみたい。
一般に、中小企業の労働生産性は、多くの分野で大企業より低いといわれている。
中小企業をどう定義するかにもよるが、例えば中小企業白書(2022年版)をみると、製造業の労働生産性(従業員1人当たり付加価値)は大企業で1180万円だが、中小企業では520万円にとどまっている。非製造業でも大企業が1267万円であるのに対し、中小企業は520万円である。つまり、中小企業の労働生産性は大企業の半分以下でしかない。
そのため、中小企業の生産性が向上すれば日本全体の生産性向上にもつながるといわれてきた。とくに中小企業が多いサービス産業分野を中心に、多くの企業や政府、民間団体などがさまざまな取り組みを行ってきた経緯がある。
日本の中小企業の6割以上が赤字の理由
もともと、日本の中小企業は6割以上が赤字である。東京商工リサーチによると、コロナ禍の影響が本格化しない2019年度でみても赤字(欠損)法人の割合は65.4%にのぼる。2010年前後に75%近かった状況からは改善傾向にあるものの、おおむね3分の2の中小企業が赤字ということになる。
このような赤字企業は、業績不振で多くの付加価値を生み出せなかったところももちろんあるが、税制上のメリットを享受するために会計上赤字にしている企業も少なくないと昔から言われている。
これは、赤字だと法人税負担が大幅に減り、場合によっては還付金を受け取れること、繰越欠損金控除を利用してその後も赤字を繰り越せることなどが認められているためだ。
資金繰りの厳しい中小企業が、合法的な範囲で節税に励むのはもちろん悪いことではない。しかし、このような行動が中小企業の付加価値創造を抑制してしまえば、労働生産性を押し下げる要因にはなっても、労働生産性の向上に結び付くとは考えにくい。
生産性のみならず、日本経済の成長性や活力を考えるうえでも、こうした企業をどうしていくことが望ましいのかは考える必要があるだろう。
考えられる方策の1つは、ノウハウや財政などの支援により、そうした企業の生産性を向上させていく「底上げ」策である。これは、経済産業省が行っている「サービス等生産性向上IT導入支援事業」のように生産性向上に役立つデジタル化の取り組みに補助金を支給する事業や、ベンチマーク可能な生産性向上事例を収集・周知する事業などが代表的なものだ。
もう1つは、競争メカニズムが効果的に働いていれば、生産性の低い企業がいずれ市場から退出すること(簡単にいえば倒産や廃業)になり、生産性が高くて賃金も多く払える企業に集約されていくようにすることだ。そうすると結果的に日本全体の生産性も上昇することになる。
最低賃金の引き上げを通じて、それを払えないような企業を淘汰し、生産性や賃金がもっと高い企業に労働者や資金を移動させていくべきだとするデービッド・アトキンソン氏のような意見も、こうした考え方に基づくものといえる。
では、日本の生産性が低いのは中小企業が足を引っ張っているからなのだろうか。これは一部で正しく、一部で正しくない。
大企業の生産性を上回る中小企業もある
知識や資金、能力的な制約を抱える中小企業が多いこともあり、統計的に生産性の平均値でみるとどうしても大企業に見劣りしてしまう。
しかし、東京商工リサーチが提供する企業財務データベースを基に筆者が中小企業の生産性の分布をみると、必ずしも生産性の低い企業ばかりではない。従業員100人以下でも、労働生産性(従業員1人当たり付加価値)が2000万円以上の企業が3%程度存在している。
これは、不動産業のように業種特性的に生産性が高くなりやすい分野の企業が含まれていることもあるが、他の分野でもばらつきが非常に大きく、中には大企業の平均的な生産性水準を上回る企業もあることを示す。
実際、優れた技術やノウハウを持ち、ニッチな市場でリーダーになっているような中小企業では、大企業と遜色ない生産性水準や賃金水準になっていることも少なくない。
飲食店や各種小売業、コンサルティングや設計といった専門サービスなどの分野でも、事業環境の変化や消費者の嗜好をうまくつかんで成果につなげられるキーパーソンが1人でもいれば、生産性を高めて大企業と互角に渡り合うことは十分に可能だ。
そのようなやる気があって生産性の高い中小企業が規模を拡大させていければ、産業全体に活力が生まれ、生産性も改善していくことになる。
問題は、日本ではなかなかそのようなダイナミズムがなく、ともすれば現状維持に意識が向きがちという点だ。
中小企業の方と話をしても、事業改革や生産性向上のために何かしたくても人がいないという話をよく聞く。さまざまな業務を担ってくれる人手が足りないということだけでなく、ICT活用や事業のデジタル化などを含めて生産性をどう向上させていくかを立案・実行する人材がなかなかいないという意見が多い。
経営者自身、あるいは後継者がそうしたキーパーソンになれれば、問題はあまりないかもしれない。しかし、そうでない場合にはどう人材を育成・確保するかを考える必要がある。これは中小企業だけでなく、大企業にも当てはまる課題といってよい。
大学院修了者を活用できていない日本
企業や経済の成長や生産性向上には、イノベーションが欠かせないとよくいわれる。そのイノベーションを起こすにあたっても、人材の問題は避けて通れない。働く人が一生懸命に頑張ることも大事だが、イノベーションを生み出すための研究開発やマネタイゼーションには専門性の高い有能な人材が欠かせないからだ。
日本生産性本部とアメリカ・ブルッキングス研究所による研究によると、高度なスキルを持つ大学院修了者の比率が日本では3%に満たず、10%を超えるアメリカやドイツの1/3以下でしかない。これでは、イノベーションの担い手になる高度なスキルを持つ人々が少なすぎるといわざるをえないだろう。
しかも、政策的に支援が講じられつつあるとはいえ、博士号を取っても仕事がないポスドク問題などをみるかぎり、その数少ない人々すら十分に活用できているか心もとないのが実情だ。
また、大学院修了後の所得が高卒と比較してどのくらい高くなっているかを比較すると、日本の男性大学院修了者は高卒男性より47%所得が高くなっている。
しかし、アメリカ(同72%)やドイツ(同59%)と比べると、高度なスキルを持つことに対する「プレミアム(金銭的な見返り)」が大きいわけではない。日本はある意味で平等ともいえるが、高い専門性を得るために学歴に投資をするインセンティブが弱く、イノベーションの担い手を増やす環境が十分ではないということだ。
知的好奇心や世の中に貢献したいという使命感から大学院に進み、研究活動をする立派な人ももちろん多くいるが、その後の不確実性から二の足を踏む人も少なくない。そうした人の背を押すためにも、もう少しインセンティブを考える必要があるだろう。
専門性やスキルに投資する魅力が欠けている
アメリカは、高等教育段階でSTEM(科学・技術・工学・数学)分野に大量の留学生を受け入れており、彼らがさまざまなイノベーションの担い手にもなっている。彼らは、アメリカの労働力全体の17%、STEM分野の23%を占め、1990〜2000年にノーベル賞を受賞したアメリカの研究者のうち26%が海外出身者になっているという。
今の日本の環境では、こうした動きも望むべくもない。
もちろん、イノベーションは学歴やスキルだけで生み出されるわけではない。しかし、専門性やスキルに多くの投資をする魅力に欠けているのに、多くのイノベーションを期待するのは酷な話であろう。
こうした状況は一気に変えられるものでもないが、専門的なスキルを持つ人材が多く育成され、(成功すれば)多くの見返りを得られるような環境づくりをしていかなければ、いつまでも状況は変わらない。
『君主論』で有名なイタリアの政治思想家マキアヴェリは「君主たるものは、才能ある人材を登用し、その功績に対しては十分に報いることも知らねばならない」と述べている。
この言葉は、今の日本でも省みる価値があるように思われる。最近は、人的資本への投資や賃上げの必要性が叫ばれるようになっている。その中でこのような問題も解決されていくことを望みたい。  

 

●「民間平均給与」が3年ぶりの増!でも世界と比べると「豊かではない」? 10/20
国税庁の発表によると、令和3年の民間給与の平均が3年ぶりに増加したとのことです。喜ばしいニュースではありますが、一方で豊かさを実感できないという声が少なくありません。そこで、この記事では、世界と比較して日本の平均収入や国内総生産(GDP)はどのような位置づけになるのか確認し、日本が本当に豊かなのかどうか見ていきます。
令和3年の民間給与平均は3年ぶりに増加
2022年9月28日に国税庁が公表した令和3年分の「民間給与実態統計調査結果」によると、民間給与の平均は443万円で3年ぶりの増加となりました。前年比10万2000円、2.4%の増加で、これは新型コロナウイルスの感染拡大前と同じ水準です。新型コロナ感染拡大の影響を受けた企業の業績が復活したことにより、そこで働く従業員の給与に反映されたことが主な要因だと考えられます。
このように給与の平均は上昇していますが、令和4年は物価の上昇が賃上げを上回り、実質賃金は下がったため生活の苦しさは変わらないという人がいるのも現実です。日本は世界と比較すると相対的に貧しくなっているという声もよく聞くようになりました。そこで、世界的に見て、日本のGDPや平均年収はどれくらいの位置づけになるのかを確認していきます。
日本が「世界3位の経済大国」というのは本当か
日本の名目GDP(国内総生産)は、2010(平成22)年に中国に抜かれて以来、11年連続して世界3位です。GDPとは、一定期間に国内で生み出された付加価値の合計を指します。この付加価値が分配されて国民それぞれの所得になるため、GDPは国の豊かさを表す指標となるものです。
ただし、この名目GDPのランキングは、為替レートに基づき米ドル換算で並べられたもので、各国の物価の違いは考慮されていません。国の豊かさを比較するためには、各国の物価の状況も考える必要があります。そこで物価の違いを考慮する「購買力平価」でGDPを換算して再度順位を見てみると、日本はインドに抜かれて世界4位となります。
さらに、どんなに国のGDPが大きくても、1人当たりGDPが小さければ、国民が豊かだとは言えません。国のGDPが同じ規模であっても、人口規模によって国民の豊かさは異なります。そこで、国民の平均的な豊かさを表す指標として、「1人当たりGDP」が用いられます。1人当たりGDPを国際通貨基金(IMF)のデータで国際比較してみると、令和2年の日本は世界30位です。
このように見ていくと、日本は世界の中で経済全体の規模としては相変わらず上位にいますが、国民1人ずつの豊かさという点ではあまり高くはないという実態が分かってきます。
日本人の平均年収は世界25位
国民の豊かさは、平均年収で比較するとより分かりやすくなります。経済協力開発機構(OECD)のデータを見ると、2021年における日本の平均年収は米ドル換算で3万9711ドル、世界ランキング25位でした。1位のアメリカは7万4738ドルですから、かなりの差が開いているという状況です。しかも、日本の順位は年々下がる傾向にあります。
豊かさを実感できない人が増えている
民間給与の平均が3年ぶりに増加したというのは明るいニュースです。しかし、1人当たりのGDPや平均年収などを世界と比較すると、日本は個々の国民が豊かさを実感できない状況に年々陥っているとも言えます。日本と各国の平均年収の差を知って危機感を抱いた人も少なくないでしょう。令和4年には物価上昇も相次いでおり、事態が今よりも悪くならないとも限りません。常に生活防衛をする方法を考えておきましょう。

 

●日中国交50年 急成長した中国と円安の日本、どう付き合う? 10/21
日本と中国は2022年9月29日、国交正常化から50年の節目を迎えました。日本の技術協力に始まり、経済で相互依存を深めた一方、習近平体制の中国と米国の対立が深まるなか、新疆ウイグル自治区の人権問題への厳しい目や、台湾問題などの安全保障の論点もあり、日中両国の前にはさまざまな課題が存在しています。
日中間のビジネスについて、見てみました。
2010年、日中のGDPが逆転!
日中間の経済協力は、1978年にケ小平副首相(当時)が来日した時に遡ります。天安門事件で一時期冷え込みましたが、1991年の海部俊樹首相(当時)の中国訪問を経て再び投資熱が高まり、1997年の対中直接投資の実行額は43億ドルと、天安門事件以前の8倍以上に伸びました。
さらに、中国の成長力と安い労働力を背景に、中国は「世界の工場」として急成長を遂げます。2010年には、日本のGDP(国内総生産)が5兆7590億ドルだったのに対し、中国は6兆871億ドルと初めて逆転。日本は米国に次ぐ「世界2位の経済大国」の座を、中国に明け渡すことになりました。
もちろん、日本の対中貿易額も対米のそれを上回り、日本にとって中国が世界最大の貿易相手国となっています。
高成長が続く中国は、「消費市場」としても重要性を増しています。コロナ禍前には、多くの中国人観光客が日本を訪れ、「爆買い」しては帰国。インターネットによる越境オンラインショッピングで、品質の良い日本製品は売れに売れました。
それにより、中国国内の技術力もどんどん高まっていったといえそうです。安い中国製品が流通するようになりました。
今再び! 中国人観光客のインバウンド消費に期待
直近ですと、中国の台頭は日中の経済関係の変化にとどまらず、米中の覇権争いにまで波及しています。
また、新型コロナウイルスの感染対策では、中国が「ゼロコロナ政策」を堅持し、厳しい外出制限などを実施したために、中国からの部品供給が滞り、日本の自動車や家電メーカーの生産・販売に大きな影響が出ました。そういったリスクを踏まえ、日本企業では中国への依存度を下げようという動きも出ています。
具体的には、働き手が確保しやすく、インフラや物流網が充実しているベトナムやフィリピンなどへの投資が進んでいると、よく聞くようになりました。
その一方、急速な円安の進展とコロナ禍の制限緩和で、再びインバウンド消費が期待されるなか、多くの中国人観光客が日本にやって来ることが待たれます。日本としては、中国の「ゼロコロナ対策」が早く緩和されて、円安による景気悪化を少しでも和らげたいとの思いが日に日に強まっているのです。
こうしてみると、経済パートナーとしての中国との関係は今、アクセルを踏むのか、ブレーキをかけるのか、すごく微妙です。今後、中国とどう向き合うのか、どういう付き合い方がよいのか――。
積極的に中国市場に打って出る分野と、守るべき分野を見極めたうえで、政府や企業が課題を共有し、中国に向き合うことが求められることが考えられます。
●日本株復権のカギとなる「脱炭素」関連技術 10/21
米国の急速な利上げ、ウクライナ紛争、収束しないコロナ禍、世界的なインフレなど、今年の経済環境はかつてなく成長阻害要因が多く、かつ、今後の見通しが難しい要素が多い。そのような環境の中で、将来に向けた資産形成を考えた場合、投資可能な資産(ファンド)はあるのだろうか? フィデリティ投信は10月21日、今年8月30日に新規設定した「フィデリティ・脱炭素日本株・ファンド」を例にとって、日本株式の魅力やサステナブル投資についてメディア向けに解説した。スピーカーは、フィデリティ投信取締役副社長兼運用本部長の鹿島美由紀氏(写真:左)、ヘッド・オブ・エンゲージメント兼ポートフォリオ・マネージャーの井川智洋氏(写真:右)で、クライアントサポート副本部長兼サステナビリティビジネス推進部長の野々垣智夏氏が司会進行を務めた。
鹿島氏は、ESGをテーマにした日本株ファンドを立ち上げた理由について、「日本株は『失われた30年』などといわれることがあるが、アベノミクスが始まった2012年からは底入れ反転している。『失われた20年』については、1997年から2012年まで国内名目GDPが約50兆円減少し、株安も続いたことから、そういわれても仕方がないが、2012年から名目GDPは拡大し、設備投資や総雇用者所得なども拡大して株価も上昇した。決して『失われた』といわれるような10年間ではなかった」と解説。また、「日本株は儲からない」というイメージが強いものの、2012年10月末を起点として2022年10月までの主要国の株価の推移をみると、日本株(TOPIX)は、米国株(S&P500)と匹敵するほどのパフォーマンスを残し、フランス(CAC40)、ドイツ(DAX)、イギリス(FTSE100)、香港(ハンセン)などより一段と高いパフォーマンスになった。
日本株が上昇に転じた理由について鹿島氏は、「アベノミクスで経済政策が転換し、スチュワードシップやコーポレートガバナンス・コードなどによって日本企業の変化が促された」と語った。「日本の経営者にとってコーポレートガバナンスやスチュワードシップは、最初は何のことなのか分からなかっただろうが、この10年で着実に浸透し、日本企業の意識は大きく変わった」とその変化に注目すべきだとした。日本企業が変化しているにもかかわらず、依然として市場の評価は高くない状態にあり、「そのギャップに投資機会がある」とした。
また、「日本経済の先行きについて、今後は日本の人口が減少することになるため、経済成長も株高も期待できないという話になりがちだが、アベノミクス前の10年間は人口が増加していたにもかかわらず株安だった。アベノミクス以降は、人口は減少しているにも関わらず株高が続いている」として、「人口の減少が問題ではなく、経済や株式市場にとって大事なのは政策」と強調した。そして、アベノミクスからの10年間を「成長の第1フェーズ」だとすると、これからは「成長の第2フェース」として、コーポレートガバナンスなどによって意識が変わった企業経営、そして、「脱炭素」について政府と民間の取り組みが重要なポイントになると語った。
一方、ESG投資について近年、世界各国で「グリーンウォッシュ」(まがいものの環境保全)などが問題視され、規制が強化されていることについて井川氏は、「運用プロセスの全てでサステナブルな視点を取り入れているか」、「運用会社は企業とエンゲージメント(建設的な対話)を行っているか」、「運用会社は言行一致を実践しているか」という3つのポイントでチェックすべきと語った。たとえば、投資対象銘柄群(投資ユニバース)からCO2の排出量が多い企業やタバコ産業などを除外するだけで「ESGファンド」を名乗る事例もあるが、それだけでは不十分であり、エンゲージメントを通じて企業のサステナビリティや社会的価値の向上に貢献しているかなど、そのファンドの運用全体の取り組みを評価する必要があるとした。
そのうえで、フィデリティが草分けといわれる「ボトムアップ・リサーチ」において、個別企業の調査に裏付けされた運用は、1970年代から「アクティブ・オーナーシップ(投資家が株主としての権利を積極的に行使すること)」に努め、エンゲージメントにも積極的に取り組んできたと、同社の取り組み姿勢を説明。「2019年に独自のESGレーティングを導入して以降、ESGへの取り組みが加速している」と解説した。フィデリティは、2020年に「ネット・ゼロ」にコミットし、21年にサステナブル・ファンド・シリーズを立ち上げ、22年に2050年の「ネット・ゼロ」に向けた発行体の整合性を評価するクライメート・レーティングを導入している。
そして、井川氏は日本企業が低炭素関連の特許を世界で最も多く取得している事実があるにもかかわらず、日本企業のESG評価が高くないというギャップがあると指摘した。「たとえば、日本の自動車産業は(EVへの対応の遅れなどから)CO2の削減について真剣に取り組んでいないと受け取られがちだが、日本自動車工業会のまとめによると、過去20年間における自動車のCO2排出量は、欧米各国と比較して圧倒的に日本の削減量が大きい。日本は、保有する技術を世界に説明しきれていない。実際に、ESG関連の調査では日本企業の技術力の高さに驚くことが多い。特に、中小企業において丁寧な説明がなされていないと感じる。英語での情報開示を含め、日本企業はもっと積極的にESG関連の情報開示を進める必要がある」と語った。そして、この不十分な情報開示等によって世界的に知られていない日本企業の環境技術力の高さと企業評価とのギャップが「投資機会になる」と語っていた。
●【連合】“5%”賃上げ要求 1995年以来の高水準…経済界「相当厳しい」 10/21
来年の春闘について、労働団体の「連合」は20日、「ベースアップ」と「定期昇給分」を合わせて、5%程度の賃上げを要求する基本構想を発表しました。
強調したのは、「歴史的な物価上昇」への対応です。
春闘基本構想:「賃金が物価上昇に追い付かない。物価上昇によって、働く仲間の生活は苦しくなっており、賃上げへの期待は大きい」
5%程度の賃上げ要求は、1995年以来の高い水準です。一方で、経済界は…。
経済同友会・桜田謙悟代表幹事:「日本全体のGDPの成長率を実質的な利益(率)とすれば、5%にはいっていない。算術上はできない。従って、平均5%(の賃上げ)は相当厳しい」
日本商工会議所・三村明夫会頭:「GDPの伸びとか色々なことを考慮しながら、連合として出す。これに対する企業の立場も一律ということはなくて、今の時代は景気が良いところもあるし、そうでないところもある」
企業側でも賃上げの機運は高まっていますが、連合が掲げる水準の大幅な賃上げが実現するかは見通せません。

 

●日本円の危機が韓国に与える警告 10/22
日本円が急落している。円・ドル為替レートが心理的マジノ線の1ドル=150円を超えたのは1990年8月以来32年ぶりだ。日本円は新型コロナ拡大直前の2020年3月(1ドル=101円17銭)に比べ47.98%下落した。米ドルを売る市場介入にもかかわらず円安は進んでいる。
この余波で日本は今年4−9月、過去最大となる11兆円の貿易赤字になった。かつて米国と比較された経済大国の象徴である日本円がなぜこのようになったのか。日本は事実上パニック状態に陥っている。日本銀行(日銀)の黒田東彦総裁は最近、参議院に出席して「(円安ドル高が)急激で一方的であるため経済にはマイナス」とし「それでも金融緩和以外には選択肢がない」と吐露した。金利を上げれば円安ドル高を防御できるが、日本が依然としてデフレスパイラルの中にあり、金利を上げることもできないということだ。
さらに円安を呼んだ米国の政策金利引き上げはまだ続く見通しだ。米国は今年3回連続でジャイアントステップ(政策金利0.75%引き上げ)をした。しかし消費者物価は依然として上昇し、米中央銀行の連邦準備制度理事会(FRB)の適正政策金利上限線が4.75%まで上がるという見方が出ている。
問題はその余波が韓国にも及ぶという点だ。韓日中の通貨は国際金融市場でかなり同調化しているとみられ、日本円が急落すれば韓国ウォンと中国人民元にもマイナスの影響を与える。円安が今でも深刻なウォン安をさらに進めるということだ。
円安は日本経済の沈下を意味する。米国経済学者ルディガー・ドーンブッシュ・マサチューセッツ工科大学(MIT)教授は国際金融の著書で「為替レートはファンダメンタルで決まる」と強調した。結局、為替レートは各国が作り出す生産品の競争力が世界市場で評価されるレベルで決定するということだ。ドーンブッシュ教授の理論なら円安は革新なく財政ばかりを投入した「失われた30年」の結果といえる。
2008年のグローバル金融危機当時100円=1600ウォンだった韓国ウォン・日本円レートは現在100円=950ウォンだ。ドーンブッシュ教授の理論が一致するケースといえる。物価と為替レートを反映した購買力平価(PPP)基準の1人あたりの国内総生産(GDP)はすでに2018年に韓国が日本を上回った。2027年には1人あたりの名目GDPも韓国が日本を超えると予想されている。
しかし錯覚してはいけない。韓国もすでに日本の前轍を踏んでいるからだ。日本は景気浮揚のために1930年代の米大恐慌当時に処方された「ケインズ万能主義」に陥り、大きな政府と財政拡張政策に依存した。その結果、財政中毒になった日本の国家負債比率は200%をはるかに超え、経済協力開発機構(OECD)最高だ。持続したゼロ金利は日本企業を低金利に中毒させた。利子負担がないため限界企業はゾンビ企業に転落した。革新と構造改革に背を向け、現状維持に安住しながら成長が止まった経済になった。
韓国も日本と変わらない。半導体・自動車・造船など核心産業で中国は韓国を急激に追い上げている。韓国の少子高齢化ペースは世界最高だ。2020−25年の韓国の期待寿命は84.1歳で、日本(84歳)を上回る。革新と構造改革をしなければ韓国も日本の道をたどることになる。日本経済が韓国に送る警鐘を聞き流してはいけない。
●日本が目指すべきは「軍事費世界3位」よりも「子育てしやすい世界1位」? 10/22
東京五輪の協賛企業をめぐる贈収賄容疑や統一教会と政界との癒着など、安倍政権の負の遺産が次々と明るみに出ている。
円安は止まらず、物価も上昇中だ。平均給与はこの30年間、ずっと400万円台でG7各国の最低レベル。国民年金は昨年の6万5075円から6万4816円に目減りし、75歳以上単身世帯で所得200万円以上の人の医療費が1割から2割負担になった。
こんなときに防衛費の増額など論外だし、“全国旅行支援”も景気回復には焼け石に水だ。
いま国の税収は67兆379億円、2年連続で過去最高だ。最も多いのは消費税で、全体の32%超。となれば政府が最優先すべきは消費税を減らして国民生活に還元することで、大切なのは子育てと教育に回すことだと思う。
教育は国の未来への投資なのに、日本で子どもを産んで育てようとすると、親の負担が大きく、生活が貧しくなるようなしくみになっている。
今年の出生数は7年連続で過去最少の更新が確実。本気で人口を増やしたいなら、不妊治療も含め出産にかかる費用は無償にすべきだ。そして子どもがひとり生まれたら、全世帯に月額10万円を国が現金給付してはどうか。
日本では3歳未満に月額1.5万円、3歳以上から小学校修了前は月額1万円(第3子以降1.5万円)、中学生は月額1万円の児童手当があるが、フランスはより手厚い。基本は第2子以降の20歳未満の児童を対象に支給される「家族手当」で、世帯年収によるが最大で月額約1.9万円、14歳以降は約1万円加算され、第3子、第4子はさらに金額がアップする。
ドイツでは「育休」にあたる「両親時間」が最長で3年間取得でき、職場復帰も法的に保証。収入のある人は最高で平均賃金の65%の約23万円、無収入でも月額約4万円が支給されるという。
日本でも、もっとやれるだろう。保育施設も含め、義務教育の費用はすべて無償化してほしい。公立学校が給食費や教科書代を取るのもおかしい。公立小学校では教育費や給食費に年間で約10万円(18年、文科省調べ)かかるが、国が持つべきだ。現役世代の親の時間が子育てにそがれないように企業内の保育施設を増やすべきだし、保育士の給与引き上げも必要だ。
コロナや不景気で庶民の生活が圧迫され、日本が長年誇りにしてきた「先進国」の枠からも外れようとしているのに、このままでいいはずがない。
消費税は5%以下に戻すこと。そしてコロナ以前から高収益で内部留保を抱えている企業は多いのだから、そこからもっと法人税を取ればいい。
幕末から明治の日本を訪れた外国人が驚いたのは、日本の教育レベルの高さだった。そんな美点さえ、この国の指導者たちは捨てるつもりなのか。
現在の日本の防衛費はGDP比1%で約5兆円、世界第9位だ。安倍さんの“遺言”によって、これが2%の10兆円となれば、アメリカ・中国に次ぐ第3位となる。防衛費増額に必死なのは、アメリカに乗せられて買った高額の兵器の支払いのためだ。
日本が「戦争のできる国」として世界第3位になるより、「安心して子どもを産み、育てることができる国」として、世界第1位になるほうがよほど誇らしくはないか? 
●政治が劣化したままでは真に国民のためになる社会保障制度は作れない 10/22
現在、日本の社会保障給付費は2022年度の予算ベースで131.1兆円。これは日本のGDPの23.2%に相当し、金額としては年間の国家予算を超えている。財源は、税金と私たちがおさめる保険料だ。しかも、高齢化の進展に伴いこの金額がさらに膨らむのは必至な状況で、自ずと給付のあり方と財源の問題は長らく政治論争の対象となってきた。
そのような状況の中で、ここに来て政府から突然、健康保険証の廃止や年金支払い期間の延長、介護保険サービスの対象からの軽度者除外などが提案されたのだ。社会保障制度全体の制度設計が見えない中での一方的な負担増や給付減の動きに対して、批判が沸き起こるのは当然だった。
社会保障改革は喫緊の課題だが、議論は簡単ではない。これまでも2008年に設置された社会保障国民会議に始まり、社会保障制度改革国民会議などを経て、岸田政権では全世代型社会保障構築会議という議論の場が設置されているが、そこでの議論を見る限り今後、社会保障制度改革が国民にとってよりよいものになっていくかについては甚だ疑問が残る。厚生労働省の官僚として介護保険の導入や年金改革を手掛けた当事者でもある香取照幸上智大学教授は、社会保障制度改革は政治そのものであり、政治がその任を担う力を失っている現在において、有効な議論を進めていくことはとても困難な状況にあるとの見方を示す。
社会保障の役割は個人のライフステージや置かれている状況によってさまざまだ。子育て支援が必要な人もいれば、介護サービスや障害福祉サービスが必要な人もいる。社会全体としてどのような社会保障制度を構築していくべきかについてコンセンサスを得るのは決して容易なことではない。社会保障という壮大な制度の体系は、マクロでみる風景とミクロで見える風景の乖離がとても大きいのだ。そうした中で最適な全体像を構想し、想像力をもって合意を形成していくことが政治に求められているのだが、本質的な議論を避けている今の政治にその大役を期待することは難しいと言わざるを得ない。
格差と分断がひろがり、しかも政治がそれを助長する傾向があるなかで、社会統合が目的の一つである社会保障はますます理解されにくくなっている。日本では社会保障についての公教育はほとんど行われていないが、スウェーデンの中学校の社会科の教科書には、ひとはひとであることで尊重されるということから始まり、コミュニティー、社会の理解を深め、その最後に社会保障の意義について書かれていると香取氏は話す。有権者の側にも社会保障に対する理解が求められている。
厚労官僚の立場から政治家と向き合いながら社会保障制度の根幹に関わってきた香取照幸氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が、これからの日本の社会保障制度のあるべき姿とそれを実現する上で必要となる条件などについて議論した。
●習近平の統治下で「中国は弱体化した」、なぜ続投が可能なのか 10/22
今年は習近平にとって、10年前に中国の最高指導者の座に就いて以来最悪の1年と言っていい。しかも、タイミングも悪い。
習が10月16日開幕の第20回共産党大会で党総書記として、そして来春の全国人民代表大会(全人代)で国家主席として3期目の続投に向けて動いてきたことは明白だった。実際、2018年には既に憲法を改正して国家主席の任期制限を撤廃している。
今年がひどい1年になったのは、おおむね自分がまいた種だ。
厳しいゼロコロナ政策に基づくロックダウン(都市封鎖)が経済に大きなダメージを及ぼし、上海市の経済は第2四半期に13.7%のマイナス成長を記録した。ウクライナ戦争ではロシア寄りの姿勢を打ち出したが、軌道修正を余儀なくされた。
中国は面目を失い、習の判断力に疑問を持つ人も増え始めている。
しかし、習はもともと過大評価されてきた。習がトップに就いたとき、中国は歴史的に見ても有数の絶好調な時期だったのだ。
GDP成長率は8%近くに達し、中国は世界のサプライチェーンの中心という地位を確固たるものにしていた。
2008年に行われた北京夏季五輪は世界で称賛され、同年5月に発生した四川大地震には香港の人々から莫大な寄付が寄せられた。
当時の輝きはほぼ失われた。今年の成長率は3%を下回る可能性があり、債務と倒産と失業が膨れ上がっている。
国際的評判も急降下した。香港では2019年頃に反体制派の活動が活発化し、今年2月の北京冬季五輪は中国の人権問題に対する批判が暗い影を落とすなかで開催された。
つまり、習の統治の下で中国の地盤沈下が大きく進んだのだ。
中国では伝統的に、指導者を3つの基準に照らして評価してきた。その基準とは、「立徳」(道徳を確立すること)、「立功」(業績を上げること)、「立言」(思想を遺すこと)である。
政策面での数々の失敗は、習が「立功」の基準で不合格であることを意味する。
「立徳」に関しても大きな疑問符が付く。習は1985年から17年間にわたり、福建省で要職を歴任した。その時期に同省を舞台に中国史上最大とも言われる密輸事件が起き、百数十人もの党幹部や役人が有罪判決を受けた。ところが、習は目の前で起きていたはずの不正を全く知らなかったと言ってのけている。
習近平の思想は極めて陳腐な内容
「立言」の面ではどうか。第19回共産党大会で打ち出した「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」では、党の指導力の重要性と民族主義を強調したが、それ以外は極めて陳腐な内容にとどまっている。
国に勢いがあるときはそうしたポピュリズム的な主張が共感を得られるのかもしれないが、現在の状況下では空疎に聞こえる。思想を遺すという点では、故・毛沢東に遠く及ばないのが現実だ。
しかし、この3つの基準における成績がお粗末だからといって、習が最高権力者の地位にとどまり続ける道が閉ざされたわけではない。
中国で指導者を評価する際のもう1つの基準によれば、習は大きな成果を上げているように見える。
習は、ウイグル人の「テロリスト」たちを収容所に送り込み、内モンゴルの学校では中国語の教育を強制し、香港を厳しく締め付け、台湾や尖閣諸島に関して強硬姿勢を取り、南シナ海でも多くの人工島を建設した。このような行動は中国の国内では高い評価を受けた。
こうした強硬路線は、特に多数派民族である漢族が理想と見なす「文治・武功」――国内では社会秩序の安定を重視し、対外的には軍事的征服に乗り出す――の考え方に沿っている。
その点では、習は中国史上の歴代皇帝たちも凌駕する。このことは、習が権力闘争を勝ち抜く上で大きな意味を持つだろう。
では、その権力闘争はどのように展開するのか。それを理解するには、なぜ習が3期目を目指すのかを知る必要がある。
党総書記として習の続投は、既定路線とみられてきた。党大会では、指導部の人事案がそのまま追認されるのが通例だ。
核心は国家主席のポストをめぐる争いだ。なぜ習は権力闘争に明け暮れ、憲法を改正してまで、このポストを維持しようとするのか。
反対派にしても、習の3期目就任がなぜそれほど重要な問題なのか。そもそも反対しているのは誰なのか。
国家主席には、行政の実権を握る国務院総理(首相)の任命権がある。ただし、国家主席の権限は、憲法の規定により全人代の決定に基づいて行使されるため、儀礼的な側面が強い。
習体制では中国共産党史上初めて、首相が総書記と対立する派閥に所属している。現首相の李克強(リー・コーチアン)は習とたびたび衝突してきた。
習が今回の党大会で大勝利を収めれば、来春の全人代で国家主席の権限に関する憲法の規約を緩和しつつ3期目続投を果たし、自分の意思で首相を任命するだろう。
習は江派と共青団派のおかげで党のトップに
なぜ習と李克強はうまくいかないのか。従来は、李はケ小平派で市場部門を重視し、習は毛沢東派で国家部門を重視すると言われてきた。イデオロギーの対立が権力闘争の原因になっている、というわけだ。
しかし、現実は異なる。
1985年、30年にわたる社会主義経済の大混乱の後、ケ小平は「先に豊かになれる地域や人々から豊かになればいい」という「先富論」を提唱した。利口な役人はそれに応え、公職を離れて、国家資源をせしめ、会社を設立して裕福になった。
彼らの政治的な所属は、1989年にケに抜擢されて2002年まで総書記を務めた江沢民(チアン・ツォーミン)の派閥だ。
江は2016年頃に、李克強、胡錦濤(フー・チンタオ)、温家宝(ウエン・チアパオ、2002〜2012年に総書記を務めた胡の下で温が首相を務めた)らの「中国共産主義青年団(共青団)」に接近した。
習は江派と共青団派のおかげで党のトップに立った。しかし、政権を握ると反腐敗運動を展開し、軍の指揮系統や国家安全部の江派を粛清した。さらに2016年頃からは、共青団派の粛清も始めた。
そこで江派と共青団派が手を組んだのだが、2012年以前は敵同士だったため、あまり緊密な関係にはならなかったと思われる。いわば、習の「共通の犠牲者」による緩やかな連合だ。
習の共青団派に対する敵意と江派に対する敵意は、やや性質が異なる。
共青団派は胡・温時代を通じて党と政府の幹部に広く人材を配置しており、習にとっての脅威は人事面での対立が大きかった。習は2016年に共青団出身の幹部、令計画(リン・チーホア)を粛清した。令は胡の元側近で、これは胡への個人的な警告でもあった。
一方で、江派に対しては、派閥の忠誠心を維持するために重要な経済資源の支配権をめぐる争いのほうが大きかった。江派きっての実業家で不動産王の任志強(レン・チーチアン)は、2020年に汚職などの罪で禁錮18年を言い渡された。
とはいえ、収賄罪などに問われていた元公安次官の孫力軍(スン・リーチュン)が今年9月に執行猶予付きの死刑判決を言い渡されたように、一部の人事抗争は依然として重要な意味を持つ。
孫が率いていた政法系統(情報、公安、司法、検察などの部門を管轄する党中央政法委員会)は江派が牛耳っていたが、習は党内の序列において、党中央政法委員会のトップである書記の地位を格下げした。
江・共青団派は23年間にわたって実権を握り、市場部門の富を支配してきた。市場部門からの多額の賄賂は、彼ら連合の忠誠心を高める。
習近平は「戦狼外交」の筆頭格だった
習は、総書記に就任した当時は平凡な実績しかなく、権力基盤もほとんどなかった。対立していた江派と共青団派の妥協案として選ばれたのだ。
既に、最もおいしいポストは全て押さえられていた。国有企業も民間企業もことごとく、どちらかの派閥と共生関係にあった。
そこで習は、自分の派閥を築いて忠誠心を高めるために、江・共青団派の財布である民間企業から搾取して、自分がコントロールしやすい国有企業に回した。江・共青団時代に任命された国有企業のトップは反腐敗運動で速やかに粛清され、後任に習の配下が置かれた。
ただし、李克強が各省庁を通じて支配している民間部門を締め付けることは、はるかに難しかった。習の意思で首相を任命することができれば、もっと簡単になるはずだ。
実は、習が国有企業を優遇する理由は、彼が毛沢東派だと主張するまでもなく説明がつく。
習は中堅時代に新聞の連載コラムの中で江の「改革」路線を踏襲し、民間資本はもとより「利益のための芸術」まで支持している。その時々の自分の目的にかなうイデオロギーなら何でも平気で選べるのだ。
習は勝てるのか。この10年の業績は惨憺たるものだが、勝算は大いにある。
習は全体主義の党を掌握し、党内での立場を強化してきた。2018年には国務院との共同管理下にあった武装警察部隊を中央軍事委員会の直属に。ゼロコロナ政策などが軍事クーデターといった権力闘争に勝つための非合法な企ての引き金になる可能性はあるが、標的はむしろ彼の政敵になりそうだ。
習は党内でも特に有能で強権的であることを証明してきた。2018年には国家主席の任期制限撤廃の憲法改正案を発表から15日でスピード採択。国の内外を問わず他人が確立したルールを好まない。習のこうした因習打破的な側面は吟味に値する。
中国の攻撃的な「戦狼外交」は世界に衝撃を与えたが、習がその元祖で筆頭格である点は見落とされがちだ。
習は副主席時代の2009年のメキシコ訪問中、人権問題で中国に批判的な国々を非難した。彼の露骨で過激な物言いは物議を醸し、すぐに官製メディアから削除された。
最近は演説での表現がどぎつく暴力的になっている。昨年7月1日の党創立100周年式典では、中国をいじめる国は「鋼鉄の長城に頭を打ち付けて血を流すことになる」と警告。そんな慎みのかけらもない物言いを習は一体どこで覚えたのか。
習近平は中等教育を修了していない
習は中等教育を修了していない。1966年に文化大革命が始まった時は13歳、父親が失脚していたこともあり、北京で紅衛兵の造反活動に参加した。
初期の紅衛兵は毛寄りの「太子党」と呼ばれる党高級幹部の子弟ばかりで成り立っていた。幹部たちは迫り来る政治的大混乱について内部情報を入手し有利な側につこうとした。「毛主席に反対する者は誰であれ打ち砕く」という意味の紅衛兵のスローガンは強烈なインパクトを残した。
習の過激な言葉遣いにはほかにも由来があるだろう。1930年代、父親で陝西省生まれの習仲勲(シー・チョンシュン)が陝西省や甘粛省などの一帯に革命根拠地となる「陝甘辺ソビエト政府」を樹立。
その軍事部門のトップは共産党の英雄だった劉志丹(リウ・チータン)で、マフィアのような秘密結社「哥老会(コーラオホイ)」に所属していた。何世紀にも及ぶ歴史を持ち、中国北部・中部で活動していたこの結社から、毛は重点的に人材を集め紅軍の土台を築いた。
1949年の中華人民共和国建設以降、結社のメンバーは総じて厚遇され、1950年代初めの土地改革で地主階級を容赦なく抹殺する人間が必要になると多くが共産党に入党した。その後、毛は都市部の秩序回復のため紅衛兵ら2000万人の若者を農村部に「下放」。
習は16歳で陝西省の農村に送られ、そこで人格形成期の最も重要な7年間を過ごした。父親と過ごした子供時代と合わせて、秘密結社流の言葉遣いなどを学ぶ機会が豊富にあったのだ。
1960年代後半の中国農村部は、3000万人が死亡した人類史上最悪の飢饉に見舞われ荒廃していた。そこで、都市から送られた若者たちは生活のために懸命に働いた。
彼らが経験した集団生活は筆舌に尽くし難い苦難と個人弾圧の1つだ。飢えないために、後には都市部に戻るために身を売ることも珍しくなかった。
過酷な体験は、生き延びた者に非情で狡猾な政治スキルを与え、償いを求める執念をかきたてた。習はそうした時代の申し子なのだ。
欧米では習の敗北と、江・共青団派からの「改革派」指導者の誕生を望む声が多い。だが1989年の天安門事件を招いたのは最大の「改革派」ケだとの指摘もある。
実際、中国共産党の欧米での狡猾な浸透工作は、習のはるか以前、饒舌な江や紳士的な胡・温の時代に始まっていた。習については見てのとおり。彼は実は中国を弱体化させている。
さて、あなたは誰を支持するだろうか。

 

●主要国中央銀行壮大な実験の悲惨な失敗 10/23
今日は、すでにイギリスで勃発してしまった国債危機がいったいなぜ起きたのか、なぜイギリスが発火点になったのか、防ぐ方法はあったのか、今後の世界経済はどう展開していくのかについて、書こうと思います。
すでに株と債券、合わせて35兆ドルが消えている
まず次のグラフをご覧ください。
2007〜09年の国際金融危機後の「順調」な金融市場の回復は、ほぼ全面的に世界中の中央銀行、中でも経済規模の大きな先進諸国の中央銀行が目一杯バランスシートを膨らませて、金融業界に株を買うカネを提供していたからこそ可能だったことがわかります。
世界の株式・債券市場全体であれば去年の11月中旬、アメリカ株であれば今年最初の営業日となった1月3日にピークを打った金融市場は、その後の1年弱でなんと約35兆ドル(5000兆円強)という天文学的な時価総額の減少に見舞われました。
今回の金融危機の特徴は、「株は危険だから安全な債券、それも経済規模の大きな先進諸国の国債に逃げこもう」という手が使えそうもないことです。
「株がダメなら債券があるさ」は通用しない
金融の世界には、100年以上の長期にわたって一貫して当てはまる法則はめったにありません。
よく「安値で買って高値で売れば必ず儲かるんだから、投資で財産をつくるのはかんたんだよ」とおっしゃる人がいます。ですが、どこが安値でどこが高値かは、終わってみなければわからないものです。
そのむずかしい世界で、ほぼ唯一「鉄板」とも言うべき法則性を発揮していたのが、「危険を冒してもいいときには株、危険を避けるべきときには先進国の国債」というルールでした。
このルールの切れ味の良さは、次のグラフにも鮮明に表れています。
一般論として、失敗すれば元も子もなくす株はリスクを取る分だけ、毎年決まった金利が入ってくる債券より平均的な収益率が高くなります。
ところが、リスクを取りに行くべきではない時期にはこの関係が逆転して、株を買うより債券を買っておいたほうが収益率が高くなります。つまり、リスクを避けたいときには、まず破綻をしそうもない国の国債を買っておくのがいちばんというわけです。
110年以上の長期にわたって確かめてみても、本気でリスクを避けるべき時期は大きく分けて4回(こまかく見れば5回)しかなかったことがわかります。
まず、1930年代の大不況期に大きな1回目がありました。
このときは、1929年のパニック(大恐慌)で、ごく短期間債券利回りが株より良くなり、続いて1930年代半ばにこれが短期的なショックではなく構造的な問題だとわかったときに、4〜5年間債券利回りが株の配当プラス値上がり益を上回りました。
2回目は、米ドルの金兌換停止、ニクソン訪中、第1次オイルショックと世界を揺るがす事件が続いた1971〜74年に起きました。
3回目は、第2次オイルショックからアメリカ国内のスタグフレーション(不況下のインフレ)へとつながった、1970年代末から80年代初頭に発生しました。
そして4回目は、アメリカ国内のサブプライムローン・バブルの崩壊から、国際金融危機への激流の中で先進諸国の大手金融機関がバタバタと破綻した2007〜09年に勃発しています。
というわけで、ふつうであれば今回もまた「国際的な金融危機がしばらく続くようであれば、安定した金利収入が見こめる先進国の国債に逃げこんでおくか」ということで済みそうな気がします。
ところが、今回はどうもその手が効かなそうなのです。
国債半年で6割暴落の惨劇は、なぜイギリスで起きた?
この事実を劇的なかたちで我々に教えてくれたのが、イギリス政府が発行しているインフレ連動債の、見るも無惨な価格崩落でした。
ご覧のとおり、イギリスのインフレ連動30年債は、今年の3月末の150ポンドから約半年で60ポンド前後へと、6割の大暴落となっています。
同じくインフレ連動ですが、返済年限の短い7〜10年債も、直近で2〜3営業日のうちに16〜17%の大幅な値下がりを演じました。
この問題に関しては、任期途中で政権を投げ出さざるを得なかったボリス・ジョンソン前首相の後継者であるリズ・トラス新首相があまりにもお粗末で、早くも与党内からもジョンソン復帰の願望が噴出しているなどの政治的背景だけで判断するのは間違いです。
アメリカの中央銀行である連邦準備制度(Fed)が去年の暮れ頃利上げ方針に踏み切った頃から、イギリスのインフレ連動30年債は徐々に下落に転じていたのです。
国債の金利が上がるということは、同額の金利を稼ぐのに必要な元手が少なくて済む、つまり国債価格が下がることを意味します。
国債の買い手にとっては喜ばしいことですが、金利を支払う発行体にとっては負担増です。しかも、イギリスは自国の経済規模に対してあまりにも大きな借金を、諸外国に対して負っているのです。
よく「政府・地方自治体の公的債務がGDPの何%」とか「公共機関、民間企業、家計をふくめた総債務がGDPの何%」といった議論が出ます。
ですが、政府が企業や家計に借りているカネのように、国民経済の中で貸し借りの精算ができる借金はあまり大きな問題ではありません。
国が自国民に対してどんなに大きな借金をつくっても、国民としてはその借金の返済のためにあとから増税が来ることを覚悟するか、現在の政権にはこれ以上任せられないとなったら、債権を放棄して新しい政権をつくってやり直すか、他国の介入なしに決められます。
他国に対する借金は、はるかに大きな問題です。国連憲章によって借金のカタに他国の領土を奪うことは禁じられていますが、その国の重要な生活インフラの運営権を寄こせというような介入は、現に中国政府がアフリカ最貧国やスリランカの港湾施設でやっています。
その大問題である対外債務が、イギリスの場合、GDPの3.45倍と、ギリシャの2.98倍より大きいのです。
イギリスは、すでに確定している年金債務をどうしても税収や債券発行で賄うことができずに、LDI(Liability Driven Investment――これだけの債務を履行するためには、運用でこのぐらいのリスクはとらなきゃいけないという危険な運用手法)を使っている貧困国です。
Fedの金利引き上げに追随しているうちに、年金債務の穴埋めに使ったはずのLDIで債券価格暴落に伴うデリバティブ証拠金追加請求が来てしまい、さらに巨額の損失を背負いこんだので「これでは国債の元利返済資金も危ない」という騒ぎになったのです。
イギリス以外で対外債務の大きな国は?
シンガポールの対外債務はGDPの4.71倍もあります。ですが、対外資産(諸外国への投融資総額)は、この金額より約6000億ドルほど多い対外純資産国なので、あまり大きな問題とはならないでしょう。
ただ国民経済全体が商品取引に特化したヘッジファンド的な印象の強い国ですから、コモディティ価格の変動次第では巨額損失もあり得ます。
対外債務がGDPの2.85倍とギリシャよりやや低いスイスも、海外への投融資と通算すると、シンガポールとほぼ同じ約6000億ドルの対外純資産国です。
というわけで本来なら問題はないはずですが、スイスの中央銀行であるスイス国立銀行がアメリカ株中心のヘッジファンドとしての運用で稼いで、大株主である各州政府に配当を出している不思議な中央銀行なのです。
ですから、アメリカで大手ハイテク株が総崩れになっている昨今の金融市場を見ると、案外巨額損失を出すかもしれません。
対外債務の対GDP比率が高い国は、どこかおかしなところがある国だと警戒しておいたほうがいいでしょう。
なお、対外債務がGDPの0.96倍の日本はGDPの1.5倍の対外資産を持っていて、対外純資産は世界最大の約3兆ドルに達していますから、対外債務問題で躓くことはほとんどあり得ません。
ちなみに、イギリスの対外純債務は約7000億ドルですから、対外総債務約9兆ドルに対して、対外総資産は8兆3000億ドルぐらいしかないわけです。
イギリスの7000億ドルという対外純債務の規模は、桁外れに巨額で約8兆ドルの首位アメリカ、約9800億ドルの2位スペイン、約7600億ドルの3位オーストラリアに次ぐ、最悪から数えて第4位に当たります。
「イギリスは大英帝国として世界中に持っていた植民地の宗主国だったので、植民地を中心にあちこちから調達した資金を運用して利ざやを稼ぐことに慣れているから」という老舗の貫禄で純債務状態を長年維持してきました。
ですが、自国民に支払わなければならない年金債務を果たすためにLDIという危ない橋を渡るほど切迫した資金難の国ですから、いつまで諸外国から投融資を惹きつけていられるものか、大いに疑問です。
巨額債務はアングロサクソンの特権か?
それにしても不思議なのは、人口1人当りの天然資源可採埋蔵量ではおそらく世界で一、二を争う資源大国オーストラリアが、対外純債務の3位に入っていることです。
昔植民地だった国々では、まだ国際金融の経験も知識もなかった頃に欧米列強に欺されて借金のドロ沼に追いやられっぱなしで、未だに対外純債務から抜け出せない資源国もあります。
オーストラリアの場合、先住民は絶滅寸前まで追い詰めておいて、母国と同じような教育を受けて育った白人ばかりで切り盛りしてきた国でありながら、天然資源の開発でもほとんど資金を海外からの投融資に頼り切ったプロジェクトが多かったということなのでしょう。
そこで、世界をアングロサクソン系の白人が主流の国々、西欧・北欧・南欧諸国、中国、ロシアなどの東欧諸国、そして中国を除くアジア諸国、ラテンアメリカ諸国、アフリカ諸国、その他小国と分けて、対外総債務の世界総額に対する比率を調べてみました。
アングロサクソン諸国は世界人口の約6%の人口で、世界全体の39%の借金をしています。その分だけ、他国より巨額の支出ができて、生産活動に回したり、稼ぎを超えた生活水準を維持したりしているわけです。
ただ、この5ヵ国中でカナダだけは約1兆ドルの対外純資産国です。投資を考える方が、国内にはめぼしい対象がないので、アメリカの金融資産での運用に落ち着くことが多いのも一因でしょう。
西・北・南欧諸国は世界人口の約5%で借金の約29%、人口との比較で6倍弱の借金をしています。
アングロサクソン諸国と似たような比率に見えますが、アメリカ・オーストラリア・イギリスに匹敵する純債務をしょっているのはスペイン1国だけで、あとは対外債務と対外資産とが似たような水準にある国が多いという差があります。
中国は約13兆ドルの総債務に対して約15兆ドルの総資産があるので、対外純資産国です。
これだけ大きな対外純資産を持ちながら、投融資からの所得収支(対外投融資から得る金利・配当収入マイナス海外からの投融資に払う金利・配当支出)では毎年支払い超過になっているという問題はありますが、今のところ借金を払えずに破綻する国ではありません。
なぜ、アングロサクソン諸国はこれほどの対外債務を維持してこられたのかと言えば、やはりイギリスからアメリカへと2代にわたる世界経済の覇権国家として君臨してきたことの余禄に与ったり、そのお裾分けをいただいているという感は否めません。
現役の覇権国家、アメリカの場合にはすさまじい金額の対外純債務をしょいながら、対外投融資の所得勘定では黒字(収入超過)になっています。
諸外国には金利ゼロ同然の自国債を買わせながら、それによって受け取った資金はしっかり配当や金利の入ってくる対外投融資に回しているわけです。
イギリスはもう、元利耳を揃えて借金を返すためにはポンドの増刷が必要で、そうするとますますポンド安になって返済負担が膨張するという悪循環に陥っています。
今までのところ、アメリカは世界中どこの国からカネを借りるときでもドル建てで借りられたので、ドル安になっても元利返済負担が増えることはなかったわけです。
はたして、この基軸通貨を持っているからこその特権が、いつまで続くものでしょうか?
さまざまな指標を使って探っていきましょう。
中央銀行の資産膨張が失敗だったことは明白
まず断言できるのは、「経済活性化には安定したインフレ状態が不可欠で、そのために中央銀行が金融機関から国債や担保付き証券や株のETFを買って、金融市場にカネをばら撒く」という量的緩和政策が失敗だったことです。
一目瞭然というべきでしょうが、中央銀行が資産を拡大した国ほどインフレ率は低くなっています。
その両巨頭とも言うべき日本とスイスでは、同じような「量的緩和」に見えても中身は相当違います。
スイスの場合、総資産の拡大は国内金融機関にカネをばら撒くためではなく、自行がアメリカ株を中心としたポートフォリオ運用で儲けようとして拡大したのです。
ですが、日銀は金融機関にカネをばら撒くつもりで資産を拡大したのに、ちっともその結果としてのインフレ率上昇がついてきませんでした。
なぜかと言えば、日銀にカネをばら撒いてもらった銀行を中心とする金融機関が、そのカネを積極的に国内の投融資に使うことをしなかったからです。
ご覧のとおり、中国は別格としてもアメリカの銀行業界はFedにばら撒いてもらったカネを投融資に使って銀行業界全体としての総資産を拡大しています。
一方、日本の銀行業界は延々とおこなわれた日銀の量的緩和に対して、ほぼ無反応でした。ユーロ圏の銀行業界にいたっては、むしろ総資産を圧縮しています。
日本・ユーロ圏の銀行業界は怠慢だったのか?
日本やユーロ圏の銀行業界は、量的緩和への協力をサボっていたのでしょうか。私は、むしろこれらの銀行業界こそ、先進国経済の現状を良く把握していて、資金需要の低調な企業に貸しても貸し倒れリスクが大きすぎると正しい判断をしていたのだと思います。
むしろ、日銀や欧州中銀のほうが「銀行が融資をして企業に投資を活発化させれば景気が良くなる」という製造業全盛期の固定観念にとらわれて、サービス業主導の経済では無理な景気浮揚策にこだわりすぎたのではないでしょうか。
「いや、アメリカでは立派に成功したではないか」というご反論もあるかと思います。ですが、アメリカでも量的緩和の恩恵を受けたのは一握りのハイテク大手企業の株主と経営者だけです。
しかもこうした企業の株価上昇の大半は、業績はパッとしないのに同じ業績に対する評価が上がっただけで、じつは金融市場の中にとどまる資金循環の活性化でしかありません。
次のグラフは、中央銀行の総資産が肥大化すると国内需要の伸び率は低下することを示しています。
この中央銀行総資産の対GDP比率と国内需要成長率の逆相関はおそらく、次のような理由で成立しているのでしょう。
中央銀行のカネは金融業界の中でも大手金融機関中心にばら撒かれるので、ほとんど資金需要のない旧態依然とした製造業大手に無理やりねじ込んでも仕方がないと、銀行の中で眠るか、その銀行が日銀に開設している口座に放りこまれてそのままになる。
つまり、現在ほんとうに資金需要のある中小零細のサービス業で発展しつつある企業には届かないということです。
次のグラフが、この推測の正しさを示唆しています。
横軸はさっきと同じ、中央銀行総資産の対名目GDP比率です。縦軸は、さっきの需要の伸び率ではなく、国内非金融企業への信用供与成長率、つまりほんとうに資金を必要としている企業への融資伸び率と言える変数です。
おそらく、金融市場への資金供給で中央銀行が占有率を高めるほど、そもそも預貸率が低くてこれ以上資金を供給されても投融資の対象が見当たらない大手都市銀行に資金が溜まってしまい、その結果融資の伸び率が低くなるのだと思います。
これはもう、中央銀行の資産肥大化が、ほんとうに必要な企業への資金供給をクラウドアウトしていると言っても過言ではないでしょう。
金利を上げれば需要が伸びるのか?
次のグラフは、一見「日銀もFedや欧州中銀のように金利を引き上げるべきだ」との主張に根拠を与えそうな気がします。
議論の道筋としては、おおよそ次のとおりでしょう。
「名目金利を引き上げれば、インフレ許容度が高まる。インフレ率が上がれば、企業も消費者も買い急ぐので、経済活動が活発化し、成長率も高まる」
残念なことに、年金などの所得はどう考えてもインフレ率ほど伸びないことを知っている賢い消費者の多い日本では、インフレ許容度が高まることと、インフレ率が高まることのあいだに簡単には跳び越えられない溝があります。
このグラフは、やはり需要の伸び率が高まれば、名目金利を上げても景気失速を招くことはないという方向に読み取るべきでしょう。
出生率上昇が需要拡大のカギだろうか?
日本経済の停滞を打破する方法として、出生率の上昇に期待する向きもあります。次のグラフはそのへんについて、示唆するところがあるでしょうか?
まず、このグラフを「実質金利を上げれば、生活に余裕ができて子どもを産みやすくなる」と解釈するのは無理でしょう。
高くと言っても1.0〜3.5%の範囲内の話です。よほど元本が大きくなければ生活に余裕が出るほどの金利収入にはなりませんし、それほどの元本をお持ちの方はもっと効率のいい運用をできるでしょう。
とすれば、やはり「出生率が高まると経済が活性化し、多少実質金利が高くても企業や個人世帯でその金利を払ってカネを借りるところが多くなる」と読むべきでしょう。
ただ、私には「経済活性化のために人口を増やせ」という議論には、双手を挙げて賛成しにくいところがあります。
「子どもが産まれるたびに補助金を出し、第1子より第2子、第2子より第3子への補助金を高くせよ」といったかなり具体的な提言をされる方もいらっしゃいます。
こうした剥き出しの金銭的刺激に鋭く反応する方たちばかりが子だくさんになる社会が、はたして住みやすいものになるだろうかという不安もあります。
「子どもを産む」「産まない」はあくまでもご当人たちの合意の問題として、政治家や官僚やまして経済学者は介入せず、あくまでも子どもを産みたいと考えているカップルにとってなるべく障害の少ない社会にすることに目標をとどめるべきではないでしょうか。
その際、日本ではとくに子どもを産める年齢層の女性の就業率が他の先進国と比べて低いのは、正規・定時と非正規・不定時の就労で雇用条件が違いすぎるからだという事実は抑えておくべきでしょう。
人口抑制論は明らかにおかしい
逆に、「人口過剰こそ問題であり、豊かな社会を築くためには人口を抑制すべきである」との主張については、賛成しにくいどころか絶対に反対です。
第二次世界大戦後、これだけ人口が増え、最貧国でさえも少しずつでも着実に生活が豊かになっていることは、統計的に実証されています。
なぜ、人口抑制論の本家とも言うべきローマ・クラブなどが強引に「人口が多すぎるから、人類全体が貧しくなっている」と主張するのか、長いこと不思議に思っていました。
最近になってわかってきたのは、一見大規模製造業とは敵対していそうな彼らが、じつは製造業的な尺度によってすべてを測っているという事実です。
たとえば、次のようなグラフが「資源枯渇による人類窮乏化」の証拠として持ち出されます。
ローマ・クラブによるこのグラフの解釈は、こうです。
「1963年から2000年までで、工業生産高は4倍になった。ところが、この間に人口も2倍に増えてしまったので、1人当りの工業生産高は2倍にしかなっていない。定常人口を維持していれば、1人当りでも4倍にできたのに」
滑稽なことに、ローマ・クラブのメンバーたちは『成長の限界』が刊行された1972年から32年後の2004年になっても、まだ「人類全体が、工業製品は少しでも多く自分のものとして持ちたいと思っている。1人当り工業製品生産高が豊かさの指標だ」と信じていたのです。
最近ではすっかり世界経済フォーラムの陰に隠れて、細々とYuoTubeなどで自分たちの見解を発信する程度になっていますが、やはり似たようなことを言っています。
こういう物欲ばかりにとらわれた世界観にしがみついていれば、いつかは資源が枯渇するという悲観論に傾くのも当然です。
実際には、1人当り工業製品生産高が2倍増にとどまったのは、人類全体として欲しいモノよりやりたいコトへの需要が高まってきたからです。
次のグラフは、世界最大の国民経済であるアメリカで、製造業がGDPに占めるシェアがどう変わったかを描いています。
製造業がGDPに占めるシェアがピークに達したのは、もう70年近くも前の1950年代半ばで28%になった頃です。その後、ほぼ一貫して下げ続け、直近では10.9%にまで低下しています。
もしこれが、「資源の枯渇」により十分な量が生産できなくなったための減少だったとしたら、物理的な生産量は激減したとしても、貴重になった製品ひとつひとつの価格は暴騰していて、GDPに占める製造業のシェアもここまで下がっていなかったでしょう。
次のグラフも同じことを示しています。
最上段の4項目、人の命を人質に取った病院サービスや医療サービス、子どもの将来を人質に取った大学授業料や大学教科書がべらぼうな値上がりを続けている社会は、とうてい自分が住みたいと思う社会ではありません。
ただ、インフレ率を上回る値上がり、つまり実質的な値上がりをしているのは、みごとにサービスばかり、工業製品は値下がりしていたり、値上がりしていてもインフレ率以下の値上がりにとどまっていることは、鮮明に浮かび上がってきます。
形式的には工業製品ですが、大学教科書の値上がり率が高いのはもちろん1側面だけをバインドした紙の束としての物理的な価値のためではなく、どの大学のどの教授が使うに足る教科書として認めたかというソフト要因によるものです。
唯一、ほんとうに工業製品的色彩の濃い食料・飲料も、画一的で安上がりな大量生産工程が成立しにくい農産物を主要な原材料としているから、値上がり率がインフレ率を超えているのでしょう。
ただ、決して生産過程を機械化・量産化しやすいかだけではなく、モノへの需要からコトへの需要に個人世帯の需要が大きくシフトしているからこそ、これだけはっきりと実質で値上がりしているサービスと、実質で値下がりしている製品とに分かれているのです。
基本的に、サービスに原材料となる資源の枯渇はありません。人口抑制どころか、大幅削減などということになれば、サービス唯一の原材料である人手が足りなくて消滅するサービスは出てくるかもしれませんが。
●2050年世界の温室効果ガスと日本の対応  10/23
排出量は中所得国の動向に依存
日本は2050年に温室効果ガス(GHG)排出を実質ゼロにする目標を公表しています。それは極めて困難であるだけでなく、自国だけが達成してもあまり意味がありません。世界の動向に目を配ることが必要です。
目標実行の道半ばで、2050年世界のGHG排出量が半減くらいの見通しとなった場合、日本は目標を修正することが必要になるでしょう。
世銀の所得分類
本稿では、世界銀行のデータベースを用い、2050年世界のGHG排出量を検討しました。
なお、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)のデータベースの値と少し違っているようですが、世銀のデータは森林等の吸収(LULUCF)を考慮した値のようです。同データベースは、210余りの国と地域のデータを収録していることに加え、表-1に示すように、それらを所得水準によりHigh income、Upper-middle income、Lower-middle income、Low incomeの4つに分類しています。
   表1
英国を含めたEU-28は、ブルガリアを除いてHigh incomeに分類されており、それを除いたものをHigh income改としました。中国とインドは、それぞれUpper-middle income、Lower-middle incomeに属しますが、両国の影響が大きいため、それらを分離し「改」付けて示しました。
なお、本文中ではEU-28を含めたHigh incomeを高所得国、中国とインドを含めたUpper-middle incomeとLower-middle incomeを併せて中所得国、Low incomeを低所得国と記載しました。また、高所得国は先進国、中所得国は発展途上国と考えても、それほど違わないと思います。
図-1に、これら7つの国とグループの2019年の人口比率を示しました。高所得国の人口比率は16%に過ぎません。
   図1
GHG排出量の2/3は中所得国
図-2に、7グループのGHG排出量の推移を示しました。注目されるのは、中国のGHG排出量の急増です。また、EU-28のGHG排出量は緩やかに減少し、High income改は2010年頃から概ね横ばいです。しかし、その他のグループの排出量は増加を続けています。
   図2
図-3は2019年のGHG排出量割合で、高所得国の排出量が世界の約1/3、中所得国の排出量が世界の2/3を占めています。なお、低所得国のGHG排出量割合は全体の2%に過ぎず、経済支援は必要でもGHG排出量に関する考慮はほとんど必要ありません。
   図3
2050年のGHG排出量に関し、EU-28はGHG削減を主導してきた組織であり、GHGネットゼロは容易ではないと思いますが、最大限の努力をするでしょう。しかし、世界のGHG削減が進まない場合、EUだけが削減することはないかもしれません。なお、世界のGHG削減が進まない場合の対策として国境炭素税の創設が言われますが、EUだけが実施しても、世界の貿易ルールにはならないだろうと思います。
High income改では2019年GHG排出量が多い順に、米国、日本、カナダ、サウジ、韓国、オーストラリア、アラブ首長国連邦で、これらの国の小計は同グループの90%を超えています。サウジの2060年以外は、2050年までにネットゼロを目指すと表明しています。但し、米国は共和党政権に代われば、気候変動への取り組みはトーンダウンするでしょう。
その他の国もバイデン政権の呼びかけに応じて表明したものが多く、実行計画があるわけではありません。GHGネットゼロを達成できるかは疑問です。それでも、気候変動に関する世界の取り組みが変わらなければ、GHG排出量は今よりかなり減少するものと思います。
GHG削減のインセンティブ
2050年世界のGHG排出量に最も大きな影響を及ぼすのは中国、インドを含めた中所得国と考えます。
図-4には、1人当たり実質GDPの推移を示しました。表-1の所得分類のようにGNIを示そうと思ったのですが、世銀データベースでデータの欠落が多いのでGDPを示しました。GDPとGNIでは大きな違いはありません。人口の多い大国は、GDPでもGHG排出量でも多くなるのは当然です。人口1人当りで比較すべきと考えています。
   図4
高所得国と中所得国では、1人当りGDPに非常に大きな較差があります。食糧やエネルギーの世界供給量には限りがありますから、素朴に考えれば、高所得国は物資的豊かさの追求を抑制すべきかもしれません。一方、その他の国々が、今より豊かになることを望むのは当然のことでしょう。
図-5には1人当たりのGHG排出量を示しました。参考として、日本と米国のデータも付記しました。
   図5
GHG低減が進んでいるのはEUですが、2019年の1人当り排出量で中国を含めたUpper-middle incomeはEU-28と同水準です。因みに日本は、1990年からGHG排出量が殆ど低減していませんが同様です。それに対し、EU-28を除いたHigh income改のGHG排出量は約2倍です。また、インドを含めたLower-middle incomeは遥かに少なく、率直に言って、GHG削減を求めるような水準ではないように思います。
上記2つのグラフは、中所得国は今より豊かになることを優先し、GHG排出削減は後回しになることを示唆していると思います。
補足になりますが、「グリーン成長」という考えがあります。GHG大幅削減と経済成長が両立すると主張する必要があったものと思います。
先進国が生産の多くを発展途上国に外注しているグローバル経済では、材料消費が先進国から発展途上国にシフトしています。しかし、先進国が輸入する物品の製造過程での物質消費を先進国に加えれば、経済成長とともに物質消費が増加していると分析されています。
また、多くの高所得国で経済成長が続いているにもかかわらず、21世紀にCO2排出量が減少しています。一方、発展途上国は、GDP成長よりも遅い速度ですがCO2排出量は増加を続けています。CO2排出から経済成長を絶対的に分離することは可能で、一部の地域では起こっています。
しかし、世界の継続的な経済成長のもとで、2050年までに気温上昇を1.5℃に抑制できる可能性は低いことを実証データが示していると分析されています。経済成長はエネルギー需要を増加させ、再生可能エネルギーへの移行をより困難にし、土地利用の変化と産業プロセスからの排出を増加させるためとされます。
中国・インドの例
改革開放政策を続けていた中国は、2001年に世界貿易機関(WTO)に加盟したことで急速な経済成長を遂げ、北京、上海などの大都市部は先進国並みになりました。
しかし、李克強首相が2020年に語ったように、「中国は人口の多い発展途上国で、国民1人当たりの年収は3万元だが、平均月収1000元の人が6億人もいる」とされます。共産党政権を維持するには、大きな所得較差の解消が必要と言われます。
一方、GHG排出削減に関し中国は、CO2排出量を2030年までに減少に転じさせ、2060年までに実質ゼロにすると表明しています。恐らく、2030年までは経済成長を優先し、所得較差を許容できる水準に縮小し、その後30年でCO2実質ゼロを目指すものと想像されます。近年の経済成長の鈍化により、CO2実質ゼロの時期も2060年より遅れるかもしれません。
1980年代までインドは、中国と同程度の貧しさでした。なぜ、中国とこのように大きな経済較差ができてしまったのかと嘆いているレポートを目にしたことがあります。COP26でインドは、2070年までにGHG実質ゼロを達成すると表明しました。やっと経済成長の入口に立ったインドは、この先20年は経済成長を優先し、その後30年間でGHG実質ゼロを目指すことと思われます。
中国とインドはGHG排出量が世界1位と3位の大国のため、仕方なく排出量ネットゼロを表明したもので、達成の見通しがあるわけではないと思います。豊かさで先進国と大きな較差がある中所得国は、温暖化防止の必要性は理解しても、暫くは経済成長を優先することでしょう。
中所得国が世界のGHG排出の2/3を占める現状を考えれば、2050年世界のGHG排出量は、中所得国が経済成長しつつGHG増加を如何に抑制または削減できるかに掛かっていると考えます。
IEAによる2050年世界CO2排出量の算定
国際エネルギー機関(IEA)は2021年11月、Figure 1.1に示す2050年までの世界のCO2排出量の誓約シナリオ(APS)を公表しました。パリ協定が提出を求めているGHG削減目標である「各国が決定する貢献(NDCs)」や2050年ネットゼロなど各国が公表した誓約をもとに算定されたものです。
WEO-2021 APSは2021年5月までに各国が公表した気候変動への取り組み、Updated APSは2021年10月初旬までに公表した取り組みを考慮し、それらが完全且つ時間どおりに達成されることを前提としたものです。GHGでなくCO2排出量であることに注意してください。
なお、曲線STEPSはNDCsを含む実施されているか、国によって発表された確固たる政策のみを含む「国家政策シナリオ」に基づくものです。また、曲線NZEはIEAが2021年5月に公表した2050年にネットゼロを達成するシナリオです。
上図のUpdated APSによれば、世界のCO2排出量は2020年の約35 Gt CO2から2050年の約16 Gt CO2へ約55%低減しています。なお、STEPSでは、人口増加や経済成長等によるエネルギー消費の増加と、エネルギー効率向上や脱炭素化等により、2020年と2050年のCO2排出量はほとんど同水準です。
各国が表明した2050年ネットゼロ誓約が全て達成されるかは甚だ疑わしいところです。IEAの算定とGHG排出削減に関する上述の筆者の説明から、温暖化防止への関心が持続し全ての国が真剣に取り組んだとしても、2050年世界のGHG排出量は現状の半分程度の可能性が高いというのが筆者の考えです。
2050年世界のGHG排出量は、中所得国が経済成長しつつ、GHG排出をどこまで削減できるかに依存していると考えます。・・・
●円買い介入警戒もドルは底堅い動きか 10/23
投資情報会社・フィスコが10月24日〜10月28日のドル円相場の見通しを解説する。
今週のドル円は底堅い値動きか。日本政府・日本銀行による円買い介入が警戒され、投資家の多くはリスク選好的なドル買い・円売りには慎重になりそうだ。ただ、10月27日発表の7-9月期米国内総生産(GDP)は3期ぶりのプラス成長が見込まれ、大幅追加利上げを想定したドル買い・円売りがただちに縮小する可能性は低いとみられる。日本政府・日銀による大規模な円買い介入によってドル・円は145円台後半から一時140円台まで下げたが、その後は持ち直し、20日に心理的な節目とされる150円を上抜けた。
日銀は10月27−28日開催の金融政策決定会合で現行の大規模な金融緩和策の継続を決定する可能性が高いこともドル買い材料になりそうだ。日米金利差のさらなる拡大を想定した投資家のドル買い・円売りは継続する可能性が高いとみられている。市場参加者の間では早くも次の節目である155円を目指す展開も予想されている。  
●アメリカ7〜9月GDP、3四半期ぶりプラスか 10/23
米商務省は27日、7〜9月期の国内総生産(GDP)速報値を発表します。米アトランタ連銀が月次統計を基に算出する「GDPナウ」は前期比年率2.9%増と、3四半期ぶりのプラス成長を示唆しています。米連邦準備理事会(FRB)は労働市場の逼迫やインフレ圧力の高止まりを背景に11月も0.75%の利上げを実施するとの観測が強く、過度な金融引き締めがグローバル景気の減速を加速する懸念が高まっています。
●止まらぬ少子高齢化 産児制限緩和も出生減 中国 10/23
中国の少子高齢化に歯止めがかからない。
当局は長年の産児制限を段階的に緩和したものの、2021年の出生数は5年連続減少と、出産に慎重な風潮は強まるばかり。16日の共産党大会の政治報告でも出産支援策の拡充方針が示されるなど、習近平指導部にとって人口問題は喫緊の課題となっている。
「中国の総人口は21〜25年の間にマイナスへ転じる」。共産党の理論誌「求是」は8月、人口減に警鐘を鳴らす論文を掲載した。1人の女性が生涯に産む子どもの推計人数を示す合計特殊出生率は1.3を割り込んでいると指摘。これは日本を下回る水準だ。同誌は少子化が「最大のリスクだ」と警告した。
国連は7月、中国の総人口が既に減少局面に入っており、来年にはインドに抜かれて世界2位に後退するとの予測を公表。19年の時点では31年まで増加が続くと見込んでいた。出生率の低迷などを背景に人口減の時期を大幅に前倒しした。
国力の低下を招きかねない人口減に対し、習指導部も手をこまねいていたわけではない。1979年に導入された「一人っ子政策」でいびつになった人口構成の是正を目指し、16年までに段階的に2人目の出産を容認。21年には3人目を認めた。
ただ、産児制限緩和は出生数の改善にはつながっていない。北京市の30代女性は「1人しか考えていない」と打ち明ける。夫婦の所得は同市の平均を上回るが、「子どもにきちんとした教育を受けさせたいので、2人目は難しい」と語った。
中国メディアによると、中国で子ども1人を18歳まで育てる費用は1人当たり国内総生産(GDP)の約7倍。日本や米国の約4倍を大幅に上回る。
焦りを募らせる習指導部は21年、高騰する教育費の抑制を狙い、営利目的の塾を原則禁止すると発表。今年は乳幼児の養育費を所得税から控除する対策も打ち出した。ただ、出生数が回復しても、経済成長を支える生産年齢人口(15〜64歳)に達するには時間が必要。「対策が遅過ぎた」との不満は根強い。
高齢化も重くのし掛かる。国家統計局のデータによれば、生産年齢人口が13年をピークに減少に転じた一方、総人口に占める65歳以上の高齢者の比率は12年の9.4%から21年には14.2%に上昇した。急速な少子高齢化は、近い将来にGDPで米国を逆転するとの見通しにも影を投げ掛ける。
当局はロボットの活用などで生産性を上げ、競争力を維持する戦略を描く。ただ、米国がハイテク製品の輸出制限などで中国の封じ込めに動いており、技術開発の先行きは不透明だ。
税収の落ち込みに伴う新たな財源の確保も急務となっている。東京財団政策研究所の柯隆主席研究員は、年金の支給開始年齢引き上げに加え、職業ごとに異なる年金制度の一元化など「構造的な問題」を是正する必要性を指摘した。 

 

●中国GDP、7〜9月実質3.9%増 通年目標の達成厳しく 10/24
中国国家統計局が24日発表した2022年7〜9月期の国内総生産(GDP)は、物価の変動を調整した実質で前年同期比3.9%増えた。前期の0.4%増から持ち直した。地方政府のインフラ投資が伸びたが、新型コロナウイルス対応の移動制限が経済活動を妨げており、年間の成長率は政府目標の5.5%前後を大幅に下回りそうだ。
当初は共産党大会期間中の18日に発表する予定だったが、直前に公表延期を発表した。新型コロナを封じ込める「ゼロコロナ」規制など政策が経済の重荷となるなか、GDPの公表が習近平(シー・ジンピン)総書記(国家主席)の3期目入りに不都合と判断した可能性がある。
7〜9月のGDP増加率は、日本経済新聞社と日経QUICKニュースが共同で実施した市場調査の平均(3.2%増)を上回った。
季節要因をならした前期比での伸びをみると、3.9%増となった。先進国のように前期比の伸びを年率換算した成長率は16.5%程度のプラスとなる。上海市のロックダウン(都市封鎖)で景気が急激に悪化した4〜6月の反動が出た。
景気の実感に近い名目GDPは前年同期と比べて6.1%増えた。
24日はGDPと同時に他の統計も公表した。
1〜9月の工業生産は前年同期比3.9%増加した。1〜6月の同3.4%増から持ち直した。自動車の生産量が増加に転じたほか、セメントや鋼材もマイナス幅を縮めた。
工場の建設などを示す固定資産投資は1〜9月に同5.9%増えた。このうちインフラ投資が前年同期を8.6%上回り、伸び率は1〜6月の7.1%から拡大した。習指導部が景気回復のけん引役と位置づける地方のインフラ建設が加速した。
対照的に、1〜9月の不動産開発投資は8.0%減少した。販売面積の減少率が2割を超えており、マンション市場の低迷が長引いている。
百貨店、スーパーの売り上げやインターネット販売を合計した社会消費品小売総額(小売売上高)は1〜9月、0.7%増加した。1〜6月の0.7%減からプラスに転じたが、全体の1割を占める飲食店の収入はなお4.6%のマイナスだった。「ゼロコロナ」政策に伴う厳しい行動制限が接触型消費を抑えつけている。
1〜9月の実質GDPは前年同期比3.0%増にとどまった。政府が3月に掲げた22年通年の目標である「5.5%前後」を達成するには10〜12月に10%を超す成長率が必要となる。22年は3%台にとどまるとの予測が多く、政府目標を大幅に下回るのは異例だ。
●日本が韓国に「平均年収」抜かれた2大根本原因 10/24
「老後2000万円問題」「社会保障費の増大」「円安」「高校での金融教育の必修化」……不安にさせる経済トピックに欠かない今日この頃ですが、とはいえ、今まで経済について目を背けていた人にとっては「よくわからないだらけ」なのも事実でしょう。
ではまず最初に知るべき、経済トピックスとは?  経済キャスター・ラジオDJで、音声プラットフォーム・Voicyではフォロワー8.3万人の配信者でもあるDJ Nobbyさんの著書『実は大人も知らないことだらけ 経済がわかれば最強!』から一部抜粋・再構成してお届けします。
世界から見た日本の状況を把握する指標の1つであるGDP(国内総生産)。1968年〜2009年まで日本はアメリカに次いで世界第2位だったものの、2010年には中国に抜かれ第3位となりました。さらに、2022年にはウクライナ情勢の悪化や円安の影響などによりマイナス成長に陥る状態となり、4位のドイツとの差はわずか17%となりました。
米国の金融政策やロシア経済の関係、さらに中国のロックダウンの影響など、世界経済の動向が日本に大きな影響を与えています。世界から見た日本経済の今後について考えてみましょう。
世界から見た日本は豊かな国?  それとも…
「日本=貧困」といわれても、ピンとこない人も多いと思います。ですが、実は2018年の時点ですでに国内の18歳未満の子どもの貧困率は15.7%を記録。これは、G7で最悪の値です。また、母子家庭世帯の約半数が貧困世帯、60歳以上高齢者の約20%が貧困状態というデータもあります。
国の経済力を評価する指標の1つとして名目GDP(国内総生産)があります。IMF(国際通貨基金)による2020年のGDPランキングでは日本は世界3位。これだけをみると日本は経済大国に見えます。
しかし、このGDPは一定期間内に国内で生み出された付加価値の総額で、人口の多さに影響されます。「日本は小さな島国だから人口は少ない」と思っている人もいるかもしれませんが、実は世界38の先進諸国で構成されるOECD(経済協力開発機構)の中で、アメリカに次いで2番目に多い人口を擁しています。
そこで、国の豊かさを比較する目安として用いられるのが、GDPを人口で割った「一人当たりGDP」です。国民一人当たりの平均的な経済力・生活水準を示すものとされており、2021年のランキングで日本は世界28位となっています。2000年には世界2位まで上昇していたことを考えると大きく後退していると言えます。
その要因として挙げられるのが、産業改革の遅れ、国内購買力の低下、労働賃金の低さの3つです。
まず、産業改革の遅れについてですが、例えばかつて日本が世界をリードしていた携帯電話などの通信機器の分野では中国や台湾にその座を奪われ、もはや日本がシェアを奪還するのは難しい状態になっています。それに付随して半導体製造の分野でも、台湾や韓国が大きくリードしています。
一方自動車産業はまだ上位をキープしているものの、電気自動車への転換が急速に進む中で、その座も危うい状況です。
さらに、原油価格の高騰でクローズアップされることとなった再生可能エネルギーの開発においても、欧米や中国から大幅な遅れをとっており、「もはや日本は先進国と言えないのでは」という意見も目にするようになりました。
購買力の低下がデフレを生む負のループ
国別の経済状況をより詳細に把握する指標の1つとして「一人当たり購買力平価GDP」があります。これは各国で異なる物価水準の差を修正して、より実質的なGDPの比較が可能になるというもの。
IMF(国際通貨基金)が公表した2021年の国別ランキングを見ると、日本は36位。アメリカは9位、ドイツは20位など、他の先進国と比較すると日本は下位にある一方で、名目GDPでは日本を上回る中国は74位。単純なGDPの比較からはわからなかった順位が見えてきます。
バブル崩壊後の1990年以降、日本では「価格破壊」という言葉が浸透するなど、経済成長が低迷していきました。「失われた30年」とも呼ばれる1990年〜2020年の物価上昇率を見ても日本の物価はほぼ横ばいとなっています。
物価が上がらずいろいろなものが安く購入できるのは、消費者にとって大きなメリットにも見えますが、物価が上昇しない分、企業は利益を削らざるを得ないため、賃金も上がりません。賃金が上がらなければ、人々はより安いものを求める、さらにそれが賃金上昇を阻む、という悪い循環に陥ってしまったのです。これを「デフレスパイラル」と呼びます。
そして、日本人は貯蓄が大好き。給料が上がらない中で将来への不安を解消するためにお金を貯める人が増え、消費に回るお金がさらに少なくなってしまいました。
特に60歳以上の貯蓄額は高く、「貯蓄過剰」とも言われています。
いまや韓国に抜かれている、日本人の平均年収
OECD(経済協力開発機構)が公表する世界の平均賃金データによると、2021年の日本の平均年収は433万円でOECD加盟国35か国中22位。日本の平均年収は直近20年で1%未満の伸びにとどまった一方で、お隣の韓国は40%を超える伸びを示していて、OECD加盟国の中では19位。日本はいつの間にか韓国に抜かれてしまっているのです。
日本と韓国とでなぜこのような差ができてしまったのでしょうか。その要因として独特の雇用慣習が挙げられます。
日本の労働基準法の下では正社員を解雇したり賃金を下げたりすることが難しいため、企業は好業績を上げたとしても基本給にはなかなか反映せず、賞与など一時金の形で支給することが多くなりました。また雇われる側も給与が増えることよりも安定した雇用を重視する傾向が強まり、ある意味では両者のニーズがマッチしたとも言えます。
また、バブル崩壊やリーマン・ショックなどの経済危機を経験し、企業はできるだけ多くの現金(内部留保)を手元に置いておくようになりました。2020年度の資本金10億円以上の大企業の内部留保は計466.8兆円となり、過去最高額を更新しています。一方韓国企業は業績向上の成果を労働者に積極的に還元していることもあり、平均年収が大きく増加したと考えられます。
●「32年ぶりの円安」が日本にとって大チャンスである理由… 10/24
メディアの印象操作に欺されるな
為替が1ドル150円近辺と、1990年以来の水準と報じられ、大騒ぎになっている。地上波の大阪朝日放送『正義のミカタ』で、筆者もこれを解説した。
そもそも、円安はGDPプラス要因だ。古今東西、自国通貨安は「近隣窮乏化政策」(Beggar thy neighbour)として知られている。
通貨安は輸出主導の国内エクセレントカンパニーに有利で、輸入主導の平均的な企業に不利となる。全体としてはプラスになるので、輸出依存度などに関わらずどのような国でも自国通貨安はGDPプラス要因になる。
もしこの国際経済常識を覆すなら、世紀の大発見だ。
このため、海外から文句が来ることはあっても、国内から円安を止めることは国益に反する。本コラムで書いてきたように、これは国際機関での経済分析からも知られている。ちなみにOECD(経済協力開発機構)の経済モデルでは、10%の円安であれば1〜3年以内にGDPは0.4〜1.2%増加する。
それを裏付けるように、最近の企業業績は好調である。直近の法人企業統計でも、過去最高収益になっている。これで、法人税、所得税も伸びるだろう。
しかしマスコミ報道は、こうしたマクロ経済ではなく、交易条件の悪化などごく一部の現象のみを取り上げて「円安が悪い」という印象操作をしている。
円安がGDPプラスになるということだけで、経済全体の事情は示されている。そこで経済学的な議論はおしまいだ。しかしテレビ番組では、一般の人にもわかってもらう必要がある。筆者が番組スタッフに「円安で起こる悪いニュースと良いニュースを探してくれ」と頼んだところ、次のような資料になった。
円安の結果で、一世帯あたりの年間負担8.6万円と経常収益28.3兆円という数字が並んでいる。
日本の世帯数は5400万なので、家計全体の負担は4.6兆円になる。一方、企業収益は28.3兆円で、前年比17.6%増なので5兆円プラスで家計全体の負担を相殺できる。
バブル期は酷いインフレではなかった
実際の番組では話はこの通りでないが「まだ政府の儲けがあるので、日本経済全体では大丈夫」と言った。儲けているカネで、困っている人への対策に回せばいいのだ。それは政治の問題でもある。
そもそも、今回の円安は32年ぶりだという。32年前というと1990年バブル絶頂・崩壊時だ。その当時のマクロ経済指標はどうだったのか。名目GDP成長率7.6%、実質GDP成長率4.9%、失業率2.1%、CPI上昇率3.1%だ。文句のつけようもない数字だ。バブル期というと酷いインフレと思い込んでいる人もいるが、そうでない。
テレビ番組でも、MCの東野さんから「32年前はウキウキしていたが、今は違うではないか」との質問があった。これはまともな質問なので、「バブル時に取られた政策が間違いで、今になっている」と答えた。バブル潰しのための金融引き締めだった。
頭の体操だが、その当時に今のインフレ目標2%があったらどうなのか。
昨今の欧米の例をみても、4%くらいまでは金融引き締めをしないのが通例なので、金融引き締めをしてはいけないことになる。
当時、マスコミは日銀の三重野総裁を「平成の鬼平」ともてはやして、金融引き締め(金利引き上げ)を後押しし、日銀も従ったが、それは間違いだった。筆者の見解では、日銀はこの間違いを「正しい」といい続け、間違いが繰り返され、失われた平成不況の元凶になった。
むしろ円高・デフレがまずかった
それを示すのが、次の図だ。カネの伸びと名目経済成長はかなり関係している。
バブルの前、日本のカネの伸びはそこそこで経済成長も良かった。しかし、マスコミはバブルを悪いモノとしていた。
そしてメディアの論調に押されて、バブル潰しのために金融引き締めをして、それが正しいと思い込んだ日銀は金融引き締めを継続した。その結果、日本のカネの伸びは世界最低級となり、成長も世界最低級になってしまった。
ちなみに、カネの伸びが低いとモノの量は相対的に多くなり、その結果、モノの価値が下がり、デフレになりがちだ。バブル潰しの結果、金融引き締めを継続したのが、デフレの原因である。
アベノミクスは、それを是正するものだった。カネの伸びは世界最低級からは脱出したが、まだ十分とはいえない。
また、日本のカネの伸びは、他国のカネの伸びに比べて低い傾向になるので、結果として円の他国通貨に対する相対量が少なくなり、円高に振れがちだ。なので、バブル以降、デフレと円高が一緒だったのは、カネの伸びが少なかったことが原因だ。
GDPをドル換算して日本のGDPランキングが下がったといい、円安を悪いものとして煽る論調があるが、円払いの給与のほとんどの日本人には無意味なことだ。むしろこれまでの円高・デフレで成長が阻害された結果を表していると見たほうがいい。
もっとも、1990年と今との違いに対外純資産がある。1990年末は44兆円だが、2022年6月末(一次推計)は449兆円。円安メリットは大きくなっている。その中でも最大のメリットを享受しているのは外国為替資金特別会計(外為特会)で外貨資産を保有する日本政府だ。
どんどん為替介入を
筆者からみれば、外為特会は霞が関埋蔵金の一つであり、かつて小泉政権の時に、財源捻出した経験がある。その当時は政府内で調整が行われたが、岸田政権で埋蔵金を指摘するようなスタッフはいないので、国会で議論されたのだろう。いずれにしてもできないという理由は分からない。
国民民主党の玉木雄一郎代表が10月6日の衆院代表質問で、外為特会の含み益が37兆円あることを指摘し、円安メリットを生かすのなら、その含み益を経済対策の財源に充ててはどうかと提案した。
これに対し岸田首相は「財源確保のために外貨を円貨に替えるのは実質的にドル売り・円買いの為替介入そのもの」などと述べ、否定的だった。
18日の衆議院予算委員会では、鈴木俊一財務相も、外貨資産の評価益を経済対策の財源とする提案について「その時々で変動する外国為替評価損益を裏付けとして財源を捻出することは適当でない」と語った。
一方、円安に対し、鈴木財務相は「円安を食い止めるための為替介入も辞さない」と繰り返して主張している。
財源とするのは否定するが、介入は行うとの発言であるが、この二つの発言は矛盾している。
というのは、含み益を実現益とするためには、外為特会で保有しているドル債を売却するわけだが、その売却行為自体が為替介入そのものだからだ。実現益は出したくないが、為替介入するという発言を同一本人が言うとは理解できないし、マスコミや国会はこのような矛盾点を指摘しなければいけない。
為替介入は1回あたり大きくとも数兆円程度の規模だ。1日の為替取引は大きい。国際決済銀行の2019年のデータでは、1日の平均取引量は6.6兆ドル(1ドル140円とすれば約1000兆円)である。ドル・円の取引はシェア13%なので130兆円程度だ。これでは、当局が介入しても、量的には雀の涙であり、1〜2日の間、介入効果はあるように見えてもすぐになくなる。
であれば、どんどん為替介入すればいい。そのたびに為替評価益は実現益に変わる。その実現益を財源対策にすればいいだけだ。
含み益を実現益にするためには、ドル債の売却は金融機関相手でなく政府内の特会会計間取引でもいい。その場合、為替介入は事後的にわかるがその時にはわからない。国際的な為替操作を気にするのであれば、この手法でもいい。
いずれにしても、外貨債を持っている日本人にとって円安メリットは現実のものだ。最近の円安によるGDP増加要因で、日本経済は1〜2%程度の「成長ゲタ」を履いており、他の先進国より有利になっている。1990年の失敗を繰り返さず、この好機を逃してはいけない。
●日本の円買い介入を意識してドル買い拡大の可能性低い 10/24
21日のドル・円は、東京市場で150円05銭から150円49銭まで強含み。欧米市場では150円40銭から151円95銭まで上昇した後、一時146円23銭まで反落し、147円61銭で取引終了。本日24日のドル・円は主に148円を挟んだ水準で推移か。日本の円買い介入を意識してドル買い・円売りがただちに拡大する可能性は低いとみられる。
日本政府・日本銀行は10月21日のニューヨーク外国為替市場で米ドル売り・円買い介入を実施したとみられており、投資家の多くはリスク選好的なドル買い・円売りには慎重になりそうだ。ただ、27日発表の7-9月期米国内総生産(GDP)は3期ぶりのプラス成長が見込まれ、大幅追加利上げを想定したドル買い・円売りが一段と縮小する可能性は低いとみられる。また、日銀は27−28日開催の金融政策決定会合で、現行の大規模な金融緩和策の継続を決定する可能性が高いとみられており、日米金利差のさらなる拡大を想定して投資家のドル買い・円売りは継続するとの見方が依然として多いようだ。一部の市場参加者は「150円を再び超えて次の節目である155円レベルを目指す可能性は残されている」と指摘している。
●米中、台湾有事にらみハイテク戦 「半導体強国」へ激突 10/24
中国共産党の習近平総書記(国家主席)は米国主導の経済秩序に対抗するため、独自の発展モデル「中国式現代化」を進めつつ、国際的な影響力を高めると表明した。超大国を目指し「科学技術の自立自強」も強調。半導体生産が集中する台湾を巡る緊張が高まり、米中ハイテク競争が激化するのは必至だ。
「断固として一切の覇権主義と強権政治に反対する」。習氏は共産党大会の政治報告で、米国を中心とした民主主義陣営の対中包囲網を暗に批判した。一方、バイデン米政権は国家安全保障戦略で、2030年代前半に中国の国内総生産(GDP)が米国を追い抜くとの観測も出る中、対中政策について「今後10年が決定的」と訴えている。
米中ハイテク競争の主戦場は、大量破壊兵器やミサイルに軍事転用できる半導体分野。米政権は党大会の直前、人工知能(AI)などに使用される最先端半導体の対中輸出規制を強化。「冷戦時代以来の厳しさ」(米戦略国際問題研究所)とも言われ、第三国で製造された半導体でも米国の技術が使われていれば規制の対象とした。
中国共産党の最高規則である党規約に「台湾独立に断固反対し、食い止める」と明記することが決まり、米政権は日本や台湾、韓国と不測の事態に備える。最先端半導体の生産で世界シェアの9割を占める台湾に米中の二者択一を迫るほか、米国籍の技術者の対中ビジネスも制限。科学技術人材の育成強化を掲げた習氏には痛手となる。
これに対して習氏が党大会で初めて言及したのが「重要なサプライチェーン(供給網)の安全性確保」だ。米主導の新たな経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」が中国を除く計14カ国で発足したのに対抗し、半導体だけでなく食料やエネルギーを含めた戦略物資の囲い込みを急ぐ。
ただ、中国経済のかじ取りは前途多難だ。新型コロナウイルス感染拡大を徹底的に抑え込む「ゼロコロナ」政策や不動産市場の低迷、少子高齢化と課題は山積み。サマーズ元米財務長官は「習氏3期目の5年間は過去数十年で最も厳しい時期になる。GDPの米中逆転は不確実だ」と中国をけん制した。  
●日銀、緩和継続で経済下支えへ 急速な円安の影響を注視 10/24
日銀は27―28日の金融政策決定会合で、異次元の金融緩和の継続を決める見通しだ。決定会合で議論する「経済・物価情勢の展望」(展望リポート)では、2022年度の消費者物価指数(除く生鮮食品、コアCPI)の予想をプラス2%台後半に引き上げるものの、23年度は2%に届かない公算。急速に進む円安が実体経済に与える影響を注視する姿勢を示しつつ、コロナ禍からの回復途上にある経済を金融緩和で下支えする方針を改めて示すとみられる。
経済は回復基調、円安の影響を注視
日本経済は、供給制約の緩和や消費の回復などで、持ち直しの動きを続けている。
足元では全国旅行支援が始まり、個人消費はサービス消費を中心に回復が見込まれる。9月の日銀短観では全規模・全産業の22年度の設備投資計画が前年度比16.4%増で、9月調査としては1983年以降で最高となるなど、設備投資は堅調。歴史的な円安は、大企業・製造業を中心に企業収益の押し上げ要因になる。
一方、外為市場ではドル高・円安が続き、20日には1ドル=150円台に上昇。翌21日には152円に迫り、政府・日銀は21日の海外市場で円買い介入を実施した。黒田東彦総裁も国会などで、為替の急激かつ一方的な動きは日本経済にとって好ましくないと繰り返し強調している。
日銀は景気が足元で持ち直しており、先行きも回復していくとの見通しを維持するとみられる。ただ、円安が物価高に拍車を掛ければ実質賃金の下押しを通じて個人消費を圧迫するほか、急速な円安進行は企業の設備投資を含む事業計画の不透明感を高めるリスクがあり、影響を注視していく。黒田総裁は24日の参院予算委員会で、実質賃金が低下しているのは「極めて好ましくない状況」と述べ、賃金上昇を伴う形で2%の物価安定目標が達成されるよう最大限の努力をしていきたいと述べている。
海外経済の下振れリスク
展望リポートでは、実質国内総生産(GDP)の見通しについて、前回示された22年度の前年度比2.4%増、23年度の2.0%増からともに小幅に下方修正の見通し。世界経済の減速を反映する。
日銀はこれまでも、海外経済の先行きについて不確実性が高いとみてきたが、安達誠司審議委員は19日、富山県金融経済懇談会の挨拶で、米国・欧州・中国といった海外経済の下振れリスクを強調、「金融政策の修正は時期尚早」と述べた。インフレ圧力の鎮静化に向け、米連邦準備理事会(FRB)は急ピッチの利上げを行っている。米経済の動向によっては、日銀が賃金動向を見極める上で重視している来年の春闘にも影響しかねない。日銀は引き続き、海外経済の下振れリスクに警戒感を示すとみられる。
海外金利の上昇圧力が根強い中、日銀は10年物金利0.25%での連続指し値オペを継続するとみられる。現時点で許容上限を引き上げれば、幅広い金利上昇を招き、企業の設備投資や個人の住宅投資など広範にネガティブな影響が及ぶとの声が日銀では多い。
●トヨタ、EV戦略見直し検討 クラウンなど開発一時停止=関係者 10/24
トヨタ自動車が電気自動車(EV)事業を巡り、戦略の修正を検討していることが分かった。基本設計のプラットフォーム(車台)も見直しの対象に含めており、2030年までにEV30車種をそろえるとしていた従来の計画の一部は既にいったん止めた。想定以上の速度でEV市場が拡大し、専業の米テスラがすでに黒字化を達成する中、より競争力のある車両を開発する必要があると判断した。
事情に詳しい関係者4人が明らかにした。見直しを決めれば、昨年発表した4兆円の投資計画は、EV化への対応が遅いとトヨタを批判してきた一部投資家や環境団体などが求める姿に近づく可能性がある。いったん停止した車両の開発計画には、小型の多目的スポーツ車(SUV)「コンパクトクルーザー」や高級車「クラウン」のEV版も含まれる。
見直しの焦点となっているのは、トヨタがEV用に開発した「e−TNGA」と呼ばれるプラットフォーム(車台)。自動車の基本的な骨格で、多額の開発費がかかることから競争力を左右する。トヨタは内燃機関車からEVへの移行にはしばらく時間がかかると予測し、ガソリン車やハイブリッド車と同じラインで生産できるよう設計していた。
しかし、EV専業のテスラなどに比べて効率が悪いと、同関係者らは言う。市場が急速に立ち上がり、車両の価格が徐々に下がる中、製造コスト面で太刀打ちできなくなるとの危機感が一部の技術者や幹部の間に広がり始めた。
「収益のめどが全く立たない」と、関係者の1人は話す。「EVの普及が予想以上に急で、さらにテスラなど競合が新たな技術を投入するのが速い。この2点で目論見が外れた」
トヨタはe−TNGAを土台にしたEVを、2030年までに年間350万台販売すれば会社全体として採算が合うと試算していた。同社の年間販売の約3分の1に当たる。しかし、EV市場は速いペースで拡大しており、ロイターが公開データと各社の予測を分析したところ、業界全体で30年に5400万台のEV生産を計画。年間の自動車生産全体の50%以上に相当する。
トヨタはロイターの取材に対し「カーボンニュートラルの実現には自社の技術開発だけでなく、様々なパートナーやサプライヤーとの協力が必要不可欠」だと回答。こうした関係者と多岐にわたるテーマについて積極的に議論しているとした。個別の開発事案についてはコメントを控えた。
「ギガプレス」導入も検討
同関係者らのほか、社内の事情に詳しい関係者2人によると、トヨタは今年の半ばに検討チームを設置。技術開発トップなどを歴任した寺師茂樹エグゼクティブフェロー(67)が主導し、来年初めまでにプラットフォームの見直しを含めた新EV技術戦略を検討する。ただし、非公式のチームであることから、最終的にどこまで影響力を持つか現時点では不明な点が多い。
「寺師研」と呼ばれる同チームは、EVに特化した新たな車台の開発にすぐ着手するか、次世代のEV駆動装置と組み合わせてeーTNGAをしばらく使うかを比較検討することになる。関係者2人によると、新たなプラットフォームの開発は約2年、そこから車両の開発には約3年かかる。「無駄にできる時間はない」と、このうちの1人は話す。
テスラが生産ラインに導入した大型のアルミ鋳造機「ギガプレス」の有用性も検討する。自動車のプラットフォームは数百点の鋳造品や金型成形品を溶接して組み立てるが、大きな鋳造品を作れるギガプレスはこれを大幅に減らして効率化できる。
関係者3人によると、競争力向上のために重要な技術はさらに2つあり、1つはグループ会社のアイシンが開発している第3世代「eーAxle」。e−TNGAを初めて採用したEV「bZ4X]に積んだ駆動装置のおよそ半分に小型化している。
もう1つは電池やモーターの排熱や車内空調など、熱を一体的に管理する技術。デンソーとアイシンが最優先で開発に取り組んでいると、関係者の2人は話す。e−TNGAを使った現行のEVは排熱を捨ててしまうことがあるが、テスラ車は暖房に活用するなどしている。省電化が可能になることから電池量を減らすことができ、生産コストの削減にもつながるという。
デンソーとアイシンはロイターの取材に対し、トヨタが回答した以上のコメントはないとした。
トヨタは2010年、テスラと資本提携してSUV「RAV4」ベースのEVを開発した経緯がある。14年に約2500台を販売して生産を打ち切り、17年にテスラ株をすべて手放した。「当時は学ぶべきものは多くないと考えた」と、関係者の1人は言う。
トヨタは18年、二酸化炭素を排出しない次世代車の専門部署を立ち上げ、EV用のプラットフォーム開発に着手した。テスラはその時点で「モデルS」、「モデルX」、「モデル3」の3車種を発売しており、20年に創業以来初の通期黒字化を達成した。

 

●22年度の実質成長率は1.8%、23年度は1.2%成長 NEEDS予測 10/25
日本経済新聞社の総合経済データバンク「NEEDS」の日本経済モデルに、2022年10月24日までに公表された各種経済指標の情報を織り込んだ予測によると、22年度の実質成長率は1.8%、23年度は1.2%の見通しになった。
22年7〜9月期の実質国内総生産(GDP)は前期比0.1%増となる見込み。設備投資や輸出は堅調だったものの、新型コロナウイルスの感染「第7波」の影響で、民間最終消費支出(個人消費)が同0.2%増にとどまった。輸入の増加も成長率を下押ししたもようだ。
10〜12月期以降も、景気は緩やかな回復基調を保つ見通しだ。個人消費はコロナ禍からの回復が着実に進み、外食や旅行などサービス関連を中心に増加が続く。一方、世界的な物価高とそれに伴う欧米での金融引き締めなどで、海外経済の減速基調がはっきりしてくるため、輸出は低い伸びが続きそうだ。
個人消費はサービスの回復顕著に
日銀が公表した8月の実質消費活動指数(季節調整値、旅行収支調整済み)は前月比1.1%減と2カ月連続のマイナスだった。新型コロナ「第7波」の影響で外食や旅行などサービスが3カ月連続で減少した。
ただ、9月の消費は持ち直したとみられる。内閣府が公表した9月の景気ウオッチャー調査では、家計動向関連の現状判断指数(DI、季節調整値)は前月比5.0ポイント改善した。内訳をみると、飲食関連は同19.6ポイント上昇、サービス関連は同5.7ポイント上昇した。10月から政府の観光促進策「全国旅行支援」が開始され、サービス消費の回復は今後も続く見通しだ。
9月の消費者物価指数(生鮮除く総合)は前年同月比3.0%上昇となった。物価上昇は消費回復には逆風だが、今後、消費者物価上昇率は原油価格による押し上げ効果が弱まるにつれて低下していくとみている。GDPベースの個人消費は前期比で緩やかな増加が続き、22年度は前年度比3.0%増、23年度は同1.5%増と予測している。
企業の設備投資計画は高水準に
設備投資は増加基調だ。経済産業省公表の鉱工業出荷内訳表によると、国内向け資本財出荷(除く輸送機械、季節調整値)の7〜8月平均は、4〜6月平均と比べ13.0%上昇した。7〜9月期のGDPベースの設備投資は、前期比1.7%増と2四半期連続で増加すると予測している。
10〜12月期以降も設備投資は堅調に推移する可能性が高い。日銀が発表した9月の全国企業短期経済観測調査(短観)によると、22年度の設備投資計画(全規模全産業、ソフトウエア・研究開発含み土地を除く)は前年度比14.9%増と、前回の6月調査より1.8ポイントの上方修正となった。
コロナ禍や世界的な供給網の混乱で21年度から先送りされた投資が22年度に表れるほか、企業はデジタルトランスフォーメーション(DX)や再生エネルギー関連の投資を増やすとみられる。GDPベースの設備投資は22年度に前年度比3.6%増、23年度は同3.2%増と予測している。
輸出は10〜12月期以降、伸びが低下
日銀が算出した実質輸出(季節調整値)は、7〜9月期に前期比3.0%増となった。サービス輸出を含めた7〜9月期のGDPベースの実質輸出は、同2.4%増と予測している。
海外経済は不透明感が高まっている。米国では、労働省が発表した9月の消費者物価指数が前年同月比8.2%上昇した。米連邦準備理事会(FRB)はインフレ抑制のため金融引き締めを続けるとみられ、米国の成長率は低下が続くと予測している。中国では、新型コロナの感染抑制のための「ゼロコロナ」政策や、不動産投資の落ち込みが続き、成長ペースの鈍化が続きそうだ。
海外経済の減速により、10〜12月期以降の日本のGDPベースの輸出は伸び率が低下する。予測期間中、前期比では0%台の弱い伸びが続く見通しだ。22年度の実質輸出は前年度比4.1%増、23年度は同1.7%増の見込みだ。
なお、今回のNEEDS予測は、日本経済研究センターが22年9月に公表した改訂短期予測をベースにしている。
●DX、米中対立で始まった製造拠点の国内回帰は円安で加速するのか 10/25
海外の拠点を日本に移管する日系製造業の「国内回帰」は、地政学リスクの高まりなど10年ほどの変化に対応する形で起こってきた。
近年、日系製造業が国内設備投資を強める傾向があり、背景には大きく三つの特徴がみられる。
一つ目が、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進による国内コスト競争力の向上だ。2010年代後半から、企業の国内生産基盤の強化がDX推進によって進んだ。
例えば、半導体大手のロームは、従来は手作業でしか行えなかったため、人件費が安い海外で行っていた組み立て工程について「DXで自動化することにより日本で組み立てを行っても採算が取れる」と説明。液晶パネル大手のジャパンディスプレイ(JDI)も、DXによって同社における海外と国内の労働コストの差が縮まりつつあるとの見通しを示している。
このような企業活動を後押ししたのは、日本政府がスマートファクトリー推進のために打ち出した「IoT(Internet of Things、モノのインターネット)税制」(2018年)であり、生産性を向上させるために必要となるシステム・センサー・ロボットなどの導入を支援した。その後、20年をもって同税制は廃止となったが、その理念は「DX投資促進税制」(21年)に引き継がれている。
コロナ禍で顕在化
直近で目立つのは、二つ目の特徴である経済安全保障を理由とした国内設備投資の動きだ。中国で生産される割合が高い医薬品の原料などは、以前から供給リスクが指摘されていたが、近年は各国が保護主義政策を強めたため、リスクがさらに上昇。21年版通商白書では50強の国が医薬品・医療品を輸出制限するに至っている。塩野義製薬や明治グループのMeiji Seikaファルマなどが国内設備投資に意欲的な動きを見せている。
また、コロナ禍によって日本のサプライチェーン(供給網)の脆弱(ぜいじゃく)性が顕在化したことを踏まえ、政府が国内のサプライチェーンの強化を支援していることも追い風となっている。
具体的には、経済産業省の「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」(20年)が挙げられ、一国への依存度が高い製品・部素材について、国内の生産拠点強化を補助する内容となっている。また、21年からの岸田文雄内閣では経済安全保障担当大臣が置かれるとともに、22年には経済安全保障推進法が公布され、この傾向は加速するとみられる。
三つ目として触れておきたいのが、企業活動における人権デューデリジェンスだ。11年に国連人権理事会で「ビジネスと人権に関する指導原則」が定められたことを受け、企業活動における「人権デューデリジェンス」が推進されている。また、EU(欧州連合)は供給網における人権侵害の根絶に向けた規制をここ数年でますます強化しており、強制労働により生産された製品のEU域内での流通を禁止する方向で動いている。これらを受け、日系企業でも実際に国内回帰した例もある。
アパレル大手のワールドは、コロナ禍によるロックダウン(都市封鎖)から調達不安定になるリスクや人権侵害に絡む取引先からの原料輸入の問題を解決するため、自社工場をフル活用して供給網戦略を見直すと言及しており、百貨店や駅ビル内の商業施設で販売するブランドを中心に国内の自社工場に生産を移管するとの考えだ。
日系製造業が国内設備投資を強めている例を挙げたが、実際はリスクヘッジのために生産機能をグローバルで分散させ、多元化している事例の方が多いという印象である。つまり、最近見られる国内設備投資の活発化、日本回帰は経済安全保障の観点やDXの進展などの複合的な要因で発生していると読み解くことができる。
ここ10年程度の日系製造業の動向を振り返ると、供給網に対する考え方は大きく変化した。10年代前半までの供給網に対する企業の考え方は、グローバルにおけるコスト最適化であった。つまり、人件費の安い場所に生産機能を集約して大量生産することが企業の競争力の源泉になっていた。
当時はコスト面の競争優位性を考慮すると、豊富で安価な労働力が供給できる中国や東南アジア諸国連合(ASEAN)がその対象国・地域になった。そのため、おのずと海外の生産機能強化という傾向が強まった。加えて、11年の東日本大震災の発生も、日本という災害の多い国に生産拠点を集中するのはリスクと考える企業も増えることにつながり、海外での設備投資が加速する様相となった。
次期日銀総裁待ち
一方、10年代後半に入ると、コストの面では最適であっても地政学リスクの高い国・地域に生産機能を集中するのは避け、多元化すべきとの意見が出てきた。ここで一役買ったのは前述したDXであり、日本と海外のコスト競争力を近づけることで、国内でも競争優位性を保ち得ることを示した。
地政学リスクは、17年のトランプ米大統領就任を機に米中対立の先鋭化によってさらに高まり、「世界の工場」である中国への過度な依存からの脱却が課題となった。そこに20年のコロナ禍による供給網の断絶が追い打ちとなり、22年に入ってからの台湾有事のリスクが高まり、緊張感はさらに増した。
今後は、世界的なカーボンニュートラルの流れで、欧米では23〜24年から国境炭素税の開始が見込まれる。そのため、脱炭素の進まない国・地域に集中して作り続けることも新たなリスクとして捉えられ、見直しの対象となっている。こういった地政学リスクを憂慮して、米国・欧州向けと中国・アジア向けの製品供給を複線化するなど、経済安全保障を重視した供給網の多元化は加速するであろう。
22年に入ってからは、政府・日銀が円買い介入を決めるレベルの著しい円安も発生している。これを受けて、企業がただちに、海外にある既存拠点の引き揚げを判断し、実行に移すことは難しいかもしれないが、歴史的な円安が数年後に影響してくるというのはありえる。
実際、15年に円安になったときの影響は1〜2年ほどで国内への生産移管や能力増強として表れた。一方、現在の円安は日米の金利政策の違いに端を発するものであり、来春に控える日本銀行総裁人事の結果次第では、円高に転換する可能性もある。そこまで様子を見て静観する企業も少なくはないだろう。  
●まともな「ベンチャー企業」が日本で育たない理由...10/25
政府が、大企業によるベンチャー企業買収を促進する施策について検討を始めている。ベンチャー企業を買収した場合、株式取得額の25%を課税所得から控除する案が出ているという。岸田政権は2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付けており、税制優遇することによってベンチャー企業にとっての「出口戦略」を容易にし、起業の活性化につなげる。
大企業による買収を促進する今回のプランは、的外れなベンチャー支援策ばかり繰り返してきた日本政府としては、珍しく正しい方向性といえる。日本においてベンチャービジネスが活性化しないのは、資金が集まらないことが原因であるという説が、まるで神話のように語られてきたが、これは事実ではない。
日本国内のベンチャー投資金額は年間1兆円規模に達しており、対GDP比ではドイツと同水準、イタリアの5倍もある。アメリカと比較すると10分の1以下だが、同国は世界でも類を見ないベンチャー大国であり、極めて特殊なケースと言っていい。少なくとも日本の資金調達環境が諸外国と比べて著しく劣っているわけではない。
では、なぜ日本ではベンチャー企業が育ちにくいのだろうか。最大の問題は、資金調達ではなく、むしろ資金を集めてからで、日本の商慣行が大きな壁として立ちはだかっている。
ベンチャーとの取引を拒む大企業
日本ではベンチャー企業が新しい製品やサービスを開発しても、大企業は「前例がない」「新しいものはよく分からない」といって取引を拒むケースが多く、ベンチャー企業の事業継続が困難になっている。このため、多くのベンチャー企業が十分な規模に成長することができない。一方で証券業界は手数料欲しさに、成長途上の未熟な企業まで無理に上場させてしまうため、株価が急落して投資家が損失を出すなど悪循環の連続となっている。
大企業が積極的にベンチャー企業を買収すれば、規模が小さく会社の体制が脆弱であっても、創業者や出資者は利益を得ることができる。加えて大企業の組織に起業家出身者が加われば、確実に組織は活性化し、やがては会社から独立して起業家になる人物も増えてくるだろう。上場が主な出口となっている現状と比較して、さまざまな面でハードルが下がると予想される。
しかしながら、この政策には実効性という点で大きな問題がある。その理由は、大企業が税制優遇だけでベンチャーを積極的に買収する可能性は低いからである。
安倍政権時代、政府は法人税の減税を繰り返し、既にかなりの低税率となっている。加えて、日本には以前から租税特別措置(租特)と呼ばれる優遇税制があり、多くの大企業がこの制度を利用して節税している。現実問題として、大企業は税金をあまり払っていないので、減税策を提示されても、魅力的には感じないだろう。
むしろ、旧態依然とした経営の刷新を目的に政府が進める「ガバナンス強化策」において、ベンチャー企業活用を促したほうが圧倒的に効果が高いと考えられる。欧米各国でも、全ての大企業経営者が勇猛果敢にベンチャー企業の新技術を活用しているわけではない。経営者に対して、現状維持を許さない市場環境があるからこそ、ベンチャー企業の買収や新技術の採用が進むという現実を、理解しておく必要がある。
●民主主義先進国、イギリスの落日 10/25
イギリスの迷走に世界が口をあんぐり開けている。トラス首相は減税を目玉に保守党党首・首相に選ばれたのに、その減税政策で金融市場が崩落の兆しを見せると、あっさり撤回。自分ではなく財務相を更迭してしのごうとしたが、閣内からも反発が出て、ついに辞任と相成った。2カ月で2人の首相が辞任する体たらくだ。
英国内では早期の総選挙を求める声が高まっている。2010年に、それまで13年続いた労働党政権が国民に飽きられ、保守党が政権を獲得して以来約13年。13年というのは、英政権にとって魔の数字なのかもしれない。
イギリスは近代西欧で発達した民主主義の本家本元だ。18世紀まで英国議会は裕福な地主層=ジェントリーが支配したが、19世紀になると産業革命で都市人口が増える。工場労働者の賃金は次第に上昇して多数からなる中産階級を形成し、彼らは選挙権を要求する。
選挙・被選挙権は次第に拡大されて、第1次大戦末期の1918年には、成年男子は全て選挙権を持つ「普通選挙」が成立した。近代民主主義は、産業革命が社会全体の生活水準を底上げし、教育水準も上げたことで根を下ろしたのである。
ところがその後、イギリスは民主主義の劣化でも世界の先頭を切るようになる。第1次、第2次の世界大戦で徴兵制を導入したことの見返りに、「ゆりかごから墓場まで」の手厚い社会保障制度を作ったが、これで国家は国民から税と兵を搾り取る主人的存在から、国民に奉仕する使用人的存在に落ちてしまった。
ポピュリズムが民主政治の定番に
悪いことに戦後のイギリスは工業の競争力を失い、高賃金の職場が大量に失われた。中産階級の多くは生活に不満を持つ層に転化する。与党も野党もこの不満層を分配への空約束、つまりポピュリズムであおっては票を稼ぐのがイギリス、そしてほかの先進国での政治の定番となった。
だがそれも限界だ。イギリスの国債発行残高は、GDPの1年分を超える(日本は2.6倍だが)。何をやろうとしても、今回の減税策の失敗が如実に示すように限界があるのだ。そして2015年の総選挙でやったように、EU脱退で選挙民を釣ることももうできない。
イギリス政治、いや先進民主主義国の政治は共通した問題を抱える。それはアメリカの共和党・民主党、イギリスの保守党・労働党というような、従来の仕分けが有効でなくなっているということだ。
産業革命で生まれた「中産階級」の崩壊
アメリカの共和党は、生活に困窮している民主党支持者を自分に引き付けようとし、英保守党は北部の労働党支持者を公共投資の大盤振る舞いなどで引き付ける。それはアメリカでのドナルド・トランプ、イギリスでのボリス・ジョンソンなど、野心家のポピュリストをはびこらせる温床となる。そして保守党内は緊縮財政派と分配拡大派に分裂して、政策形成を麻痺させる。
「産業革命逆回し」の現代社会では、政党は大企業の正社員やIT・AI産業関係者など「持てる者」と、それ以外の「持たざる者」の2つに仕分けしてくれたほうが分かりやすく、政権は安定するだろう。いや、それでは数の多い「持たざる者」の政党が万年与党になってしまう、政権交代があり得るという緊張感があったほうがいいと言うなら、今のままでもいいが。
なお、イギリスの民主主義を上から目線で論ずる権利は、われわれにはまだない。西欧には近代民主主義の基盤をなす個人の権利の重視、合理主義、法治主義が根強く残っているが、日本や韓国では、「法より情緒」という伝統が根強く残っている。

 

●緊縮財政=財政再建ではない 10/26
要旨
•積極財政でネットの資金需要を拡大すると、リフレの力が強くなり、企業が収益を上げやすい環境となることで、投資の期待リターンも上昇し、企業の支出は増加して、企業の貯蓄率は低下していくと考えられる。積極財政でネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)を−5%の新目標に誘導した場合、財政赤字の縮小は大きく遅れるが、企業の貯蓄率は正常なマイナスまで低下し、総需要を破壊する力が一掃され、デフレ構造不況脱却の形になることがわかる。
•企業の貯蓄率の低下は、企業の投資の拡大を意味し、家計にも所得が回るようになることで、消費も回復し、リフレの力が名目GDP成長率を押し上げる。名目GDP成長率は、いずれ政府の目標の3%に到達する可能性があることを示す。これがネットの資金需要が、景気停滞の0%でも、景気過熱の−10%でもなく、−5%が望ましい水準である理由だ。財政収支の赤字が続くが、名目GDP成長率から財政赤字を引いた差の灰色を財政状況の改善モメンタムとすると、相当に強い改善モメンタムが生まれることがわかる。
•積極財政によるネットの資金需要の拡大が、デフレ構造不況脱却への経済のファンダメンタルズの回復と財政再建につながる。緊縮財政=財政再建ではないことを明らかだ。これまでの緊縮財政による、増税と歳出削減では、財政状況が改善しなかった方法論の間違いを認めるべきだと考える。
デフレ構造不況脱却の形
企業の貯蓄率と財政収支の動き
積極財政によるネットの資金需要の拡大が、デフレ構造不況脱却への経済のファンダメンタルズの回復と財政再建につながることを示す。緊縮財政=財政再建ではないことを明らかにする。
積極財政でネットの資金需要を拡大すると、リフレの力が強くなり、企業が収益を上げやすい環境となることで、投資の期待リターンも上昇し、企業の支出は増加して、企業の貯蓄率は低下していくと考えられる。
図1は、積極財政でネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)を−5%の新目標に誘導した時の、赤の企業の貯蓄率と、青の財政収支の動きだ。
積極財政で、青の財政赤字の縮小は大きく遅れるが、赤の企業の貯蓄率は正常なマイナスまで低下し、総需要を破壊する力が一掃され、デフレ構造不況脱却の形になることがわかる。
   図1:積極財政の場合(ネットの資金需要=−5%)の企業貯蓄率
ネットの資金需要を消滅させるケース
図2は、古い財政運営でプライマリーバランスの黒字化目標に拘り、これまでのようにネットの資金需要を消滅させるケースだ。
目先の青の財政赤字の縮小ペースは速いが、企業の投資の期待リターンは上がらず、赤の企業の貯蓄率は異常なプラスのままで、総需要を破壊する力が残り、デフレ構造不況が継続してしまうことがわかる。
安定する家計の貯蓄率の水準には圧倒的な差があり、図1では高く、家計に所得がしっかり回っていますが、図2では低く、所得が回らず、家計のファンダメンタルズの状態には天と地の差が生れる。企業と政府の合わせた支出は、家計に所得が回る力となるため、投資による生産性の向上の効果も合わせて、民間貯蓄が増加し、国際経常収支は黒字を維持することができる。
2030年までの長期で考えれば、積極財政でも、デフレ構造不況脱却と家計のファンダメンタルズの回復が税収を押し上げ、財政収支の水準は実は緊縮財政と変わらないことになる。
   図2:緊縮財政の場合(ネットの資金需要=0%)の企業貯蓄率
企業の貯蓄率の低下を促す成長投資
企業の貯蓄率の低下は、企業の投資の拡大を意味し、家計にも所得が回るようになることで、消費も回復し、リフレの力が名目GDP成長率を押し上げる。
図3の赤は、積極財政の名目GDP成長率の動きで、いずれ政府の目標の3%に到達する可能性があることを示す。
これがネットの資金需要が、景気停滞の0%でも、景気過熱の−10%でもなく、−5%が望ましい水準である理由だ。青が財政収支で、赤字が続く。しかし、名目GDP成長率から財政赤字を引いた差の灰色を財政状況の改善モメンタムとすると、相当に強い改善モメンタムが生まれることがわかる。
この強い改善モメンタムが維持されると、政府債務残高のGDP比は大きく低下し、財政状況が改善していくことになる。特に、企業の貯蓄率の大きな低下を促す成長投資などで、積極財政の効果はより大きく出る可能性がある。
   図3:積極財政の場合(ネットの資金需要=−5%)の名目GDP
財政政策の効率化とは
財政政策の効率化とは、緊縮ではなく、その効果を大きくすることを目的にすべきだ。企業の貯蓄率がしっかり低下をすれば、ネットの資金需要を−5%に誘導するための、財政の負担も小さくなる。一方、緊縮財政の図4では、ネットの資金需要の消滅による経済が縮小する力で、赤の、名目GDP成長率は1%程度にとどまってしまう。
名目GDP成長率から財政赤字を引いた差の灰色の財政状況の改善モメンタムは、著しく劣る。これまでの緊縮財政による、増税と歳出削減では、財政状況が改善しなかった方法論の間違いを認めるべきだと考える。
   図4:緊縮財政の場合(ネットの資金需要=0%)の名目GDP
●「円安の方が経済成長、GDPが伸びる」「国内生産した方が競争力がある」 10/26
先週後半、1ドル=150円に突入する円安でメディアは大騒ぎでした。木曜日(20日)の夕方に150円台に乗せたので、翌金曜日の朝刊は3紙が一面トップ(東京最終版)で為替水準を報じました。記事を読むと、1990年8月以来32年ぶりの円安水準ですが、かつてほど輸出は伸びず、むしろ輸入コストが高くなるなどのデメリットが目立つ、とネガティブな指摘が並んでいました。
この円安については、私が担当するニッポン放送の情報番組「OK! Cozy up!」(月―金午前6時〜8時)でも何度も取り上げました。先週、数量政策学者の高橋洋一氏と、自民党の青山繁晴参院議員の議論が興味深かったです。
高橋氏は「円安の何が悪いの?」「経済学で言うと、自国通貨安は『近隣窮乏化政策』というもので、自国はいいけど他国は悪くなる状況。普通は他国から文句が出るが、いまは文句が来ないのでラッキーだ」と語り、今の状況は「日本に有利」と指摘しました。
確かに、ジョー・バイデン米大統領も先週、「ドル高容認」の発言をしました。
高橋氏はさらに、円安の方が経済成長する、GDP(国内総生産)が伸びると言いました。なぜなら、「円安では輸出関連が有利になって、輸入関連が不利になる。(内需中心の輸入関連企業と比べ)世界で競争する輸出関連の方がエクセレント・カンパニー(=超優良企業)が多い。差し引きすると、総合的にプラスになる。だから、どこの国も実は自国通貨安の方がGDPは伸びる」。
とはいえ、今は輸出よりも現地生産のウエートが大きくなっています。海外生産比率は1990年の4・6%から22・4%(20年度)。多くの企業が中国に生産拠点を移しました。
この点について、青山議員は「中国はカントリーリスクの塊。そのようなところにサプライチェーンを依存したくないという思いは、日本だけではありません」といい、続けました。
「(先週末閉幕した共産党大会を見ても)ますます(習近平総書記への)個人崇拝の道に進んでしまって、誰も何も言えなくなっている。そんななかで、経済だけがうまく資本主義で回るはずがありません。独裁の手助けをさせようとしているだけです。本来の『自由意志によって経済を司る』という考え方がまったくないので、巨大なカントリーリスクです」
サプライチェーンの見直しは、経済安全保障の議論で度々登場します。円安になれば国内生産した方が競争力があるので中国に移した生産拠点を戻す動きが出てきます。
今までは技術流出や、関連法制が突如変わったり、邦人が拘束されるなど「リスクの部分」を強調してサプライチェーンの見直しを促す議論が多かった。でも、円安になれば「実利の部分」で自然と見直しが進んでいきます。つまり、円安は経済安保上も望ましいのではないでしょうか。  
●「GDP増やすリスキリング」 赤沢亮正・自民政調会長代理 10/26
「賃上げや再就職に直結し国内総生産(GDP)の増加につながるリスキリング(学び直し)をやっていきたい。GDPを増やして社会保障財源をまかなえる国にする」(2022年10月26日、自民党リスキリング振興議員連盟の設立総会で)
自民党の赤沢亮正政調会長代理は自身が幹事長に就任する予定の議連の会合でリスキリングは国や企業、個人いずれにも意義があると述べた。「人生100年時代で、25〜30歳までに学んだデジタルスキルで生産性の高い人材としてやっていくことは絶対に不可能だ」と強調した。
リスキリングを進める前提となるデータを政府の資料などをもとに列挙した。日本は1人あたりの労働生産性が経済協力開発機構(OECD)諸国で下位だ。「企業は諸外国と比べて学ぶ機会を与えず個人も学ばない」と指摘した。
25歳以上の人が大学院に入学する割合が諸外国より低く「PhD(博士号)を取得した経営者も少ない」と説明した。「企業も個人も、正規(社員)も非正規も対象のリスキリングを進める」と力説した。
「カップルの所得が増えればカップルが持つ子どもの数に有意に相関する。少子化問題の解決をめざしたい」とも話した。
岸田文雄首相は世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の問題を巡る事実上の閣僚更迭など政権運営で防戦を強いられる。リスキリングをはじめ経済政策で世論の風向きを変えられるか。与党の意見も踏まえた具体策の早期策定を目指す。
●円安で手詰まりの日本経済 利上げも企業倒産・住宅ローン破産の危機 10/26
日本経済に暗い影を落とす円安が止まらない。10月20日にはついに1ドル150円台を突破し、1990年8月以来、約32年ぶりの円安水準を更新。どこまで円安が進むのか、もはや誰も予測できない状況だ。この超円安は今後も続くとみられている。第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣氏が語る。
「過去の経験則から、1ドル100〜130円の間が望ましいといわれていますが、現在はこの水準を遥かに超えている。日本がどう対応しても、アメリカのインフレが落ちつかないとドル高が収まらないので、どうにもならない」
アメリカやヨーロッパ諸国は物価上昇を抑えるために金利を上げているが、日銀は頑なにゼロ金利政策をとり続けている。経済評論家の加谷珪一氏が語る。
「日本も同じように利上げすれば、これほどの円安にはなりません。ユーロもドルに対して下がっていますが、円ほど安くなっていないのは金利を上げているから。しかし、日本の場合は景気の悪い状態が20年も続いているため、ここで金利を上げると利子負担で倒産が続出する。住宅ローンを変動金利で借りている人が多いため、住宅ローン破産者が激増する可能性もある。日本経済は手詰まりに近い状況なのです」
利上げはさらなる危機をもたらす。
「日本政府が1000兆円の債務を抱えている状況で、2〜3%の金利水準になると政府の利払いは年間20兆〜30兆円にのぼる。消費税収を上回り、政府は予算を組めなくなってしまう」(加谷氏)
この状況を踏まえて、加谷氏は最悪のシナリオを描く。
「日銀が金利を上げない以上、理論的には円安が際限なく続く可能性が高い。一部の専門家は1ドル180〜200円までいくと分析しています。日本はエネルギーも資源も輸入に頼っているため、単純に支出が倍になる。景気はさらに後退し、富が海外に流出、日本経済は厳しい状況に追い込まれます」
経済が落ち込む日本とは対照的に、経済成長著しいのが東南アジア諸国だ。シンガポールの2021年の1人当たりGDPは日本の約2倍。タイ、ベトナム、インドネシアなどの東南アジア諸国も右肩上がりで日本に迫っている。
「東南アジア諸国は、豊富な労働力や外資の参入によって急成長しています。タイやベトナムの国民1人当たりGDPは20年後には日本にかなり近づくでしょう。ジャカルタやバンコクの都市部で暮らす住民は、すでに日本人とほぼ同じ生活水準と見てよいほどです」(同前)
この円安下では、日本での爆買いが可能になる。日本国内の不動産は東南アジアの富裕層に続々と買われていると永濱氏は言う。
「急激な円安の影響で日本の土地は“お買い得”。彼らは金融リテラシーが高く、円が高くなれば売り抜ける人もいるはずです。外国人による不動産購入はこの円安でヒートアップしている」
東南アジアは「人件費が安い」というのも、もはや幻想だ。加谷氏が指摘する。
「手に職を持つ日本人が東南アジアで就職するケースが増えています。例えば同じフレンチのシェフをしていても、海外ではいきなり給料が倍になることもある。貴重な日本の人材が海外に流出してしまうことを私は危惧しています。日本の労働力が東南アジアに取られてしまうことは、日本経済の大問題です」

 

●これ以上借金を増やすと日本は財政破綻する…勘違いが貧乏な国に変えた 10/27
なぜ日本は低成長の国になってしまったのか。経済アナリストの森永康平さんは「日本は政治家もメディアも国民も『政府が支出を拡大させすぎると財政破綻する』と本気で思っている。これは誤解だ。政府の財政支出が少ないと国の成長は見込めない」という――。
日本のGDP成長率は25年以上横ばい
【森永】ここからは現実の日本経済の話をしていきましょうか。まず大前提として、通常の先進国であれば、年々経済成長をして、ディマンドプルインフレが起こっていることが普通です。つまり、GDPの額が毎年大きくなり、モノやサービスの物価は緩やかに上がっていきます。そうなれば、国民の所得も上がっていきます。というわけで、まずはGDPから見てみましょうか。
1997年を「1」とした時の、世界各国のGDPの成長率が次の図表1です。
【中村(大学生)】あ、あれ……?  日本だけ横ばい……先生、これ間違ってませんか?  世界第3位でこれってあり得ないんじゃ……。
【森永】現実を受け止めましょう。日本は1997年で経済成長がほぼ止まっており、ずーーーーーーっと横ばいです。いまだに世界第3位でいられるのは、高度経済成長期やバブル期の貯金でしょう。では次に、消費者物価指数(図表2)です。海外にもコアコアCPI(注)と同じような指標があるので、それを使って比較してみましょう。
注:消費者物価指数(CPI)から、天候などに左右されやすい生鮮食品とエネルギー品目を除いた指数。
【中村】これも日本だけ低いですね……。
【森永】基本は横ばい、微増と微減を繰り返している感じですね。ただしコアコアCPIは消費税で引き上げられた物価も含むので、それでも横ばいということは、実質的にマイナスと考えていいでしょう。
日本は「全く成長できていない国」になり下がった
次にGDPギャップ(図表3)。これは日本だけのデータになります。
【中村】ほとんどマイナスですね……ってことはデフレギャップで、需要不足ってことでしょうか。たまにプラスに転じてインフレギャップになりますが、すぐにマイナスに戻っています。
【森永】そうですね。日本は長らく需要不足、あるいは需要が超過してもほんの一瞬で、すぐにデフレギャップに戻ってしまっている、ということが言えます。需要が牽引するディマンドプルインフレにはほど遠い状態が続いています。しかも、日本のGDPギャップの計算には「平均概念の潜在GDP」が使用されているため、見かけのGDPギャップは小さくなります。それでもこれだけの需要不足ですから、深刻なデフレと言えるでしょう。では次に、GDPデフレーター(注)を見てみましょう(図表4)。
注:物価動向を測る指数の一つ。名目GDPを実質GDPで割ることで算出される。
【中村】1990年代後半から、ほとんどマイナスですね……たまにプラスに転じていますが、すぐにマイナスになっています。
【森永】GDPデフレーターは、コアコアCPIと同じく前年比で見るので、-1%が2年続けば基準年から約2%下がっていることになります。単年でプラスに転じたとしても、全体のマイナスをカバーしきれるほどではありません。なお、2014年と2019年のプラスは消費増税によるものなので、ディマンドプルインフレではないですね。
【中村】そんな……日本ってこんなに成長できていない国だったんですか……。
【森永】GDP、コアコアCPI、GDPギャップ、GDPデフレーター、どれを見ても、残念ながら日本経済は停滞していると言わざるを得ません。
企業物価指数は上がっているが…
もう1つ、日本独特の数字が現れているデータも見てみましょうか。「企業物価指数」というデータです(図表5)。企業間で売買される原材料等の物価変動ですね。工業製品・農林水産物・鉱産物・電力・都市ガス・水道です。
【中村】あれ?  こっちはけっこう上がってる。
【森永】その通り。国内物価指数だけは動きが鈍いですが、輸入物価指数は円ベース、契約通貨ベースも概ね同じような動きで推移しており、企業同士が売買するモノの物価は上がっています。にもかかわらず、先ほど見たコアコアCPIは非常に鈍い動きです。で、これは現実のどんな現象を意味しているのか?  ということを考えてみましょう。中村くん、子どものころに比べてお菓子が小さくなったとか、お弁当の箱が底上げされて中身が減ったとか、感じたことはありませんか? 
【中村】あります。自分が成長して体が大きくなったから、相対的に小さく感じるのかなと思ってたんですが、やっぱり小さくなってるんですね。
【森永】企業物価指数は上昇傾向にあるので、お菓子やお弁当を作るメーカーからすると、商品1個当たりの生産コストは上がっています。通常はコストが上がった分、販売価格も値上げしますが、日本はずっとデフレ、低インフレなので、販売価格をほんの少し上げるだけで消費者に買われなくなってしまうんです。そこで企業が考え出したのが「ステルス値上げ」です。
【中村】あー、よく聞きます。テレビでも話題になってますよね。
【森永】そうですね。最近になって大手メディアでも言及されるようになりました。お菓子1個当たりの内容量を減らして小さくしたり、お弁当の箱で嵩上げして中身が減ったことをわからないようにしたりして、代わりに値上げはしないという手法です。
企業は原材料価格の上昇を価格転嫁できていない
しかし消費者から見れば、同じ値段でも中身が減っているので、実質的に値上げと同じ。ステルス値上げによる実質的な値上げは、CPIにも反映されていると言われています。しかし、現実として「企業物価指数の上昇と比較すると、コアコアCPIの上昇は緩やか」というデータがある以上、企業は原材料価格の上昇を価格転嫁しきれていない、ということが言えるでしょう。
企業物価指数と消費者物価指数の乖離(かいり)は、お菓子やお弁当が小さくなる程度ですむならまだいいんです。しかし問題はもっと深刻です。モノの仕入れ価格が上がるなら価格に転嫁させないといけませんが、日本ではほんの少し値上げするだけで売上が激減してしまう。となると、ステルス値上げでも吸収しきれないほどの仕入れ高がいずれ訪れます。中村くん、そこで削られる経費はなんだと思いますか? 
【中村】えー、なんでしょう、電気代とかでしょうか? 
実質賃金が上がっていないのは日本くらい
【森永】違います、人件費です。つまり私たちの給料ですよ。企業の経費でもっとも大きなものは、通常は人件費です。ここに手を入れてしまうわけです。というわけで、世界の平均年間賃金(購買力平価)の推移を見ていきましょう(図表6)。
【中村】先生、日本だけが地を這っているように見えるのですが……。
【森永】現実を見ましょう。先進国どころか、発展途上国を含めても、ここまで実質賃金が上がっていない国は日本だけ、むしろ下がっています。もちろん、基準年に対してどれだけ上がっているかというグラフなので、より長期のグラフにすれば日本より低い数字の国もあるかもしれませんが、こと先進国においては給料が上がり続けるのが普通です。下がっている時点で異常です。
【中村】ちなみに先生、実質賃金とはなんでしょうか? 
【森永】額面だけを見た数字が名目賃金、そこに物価の影響を加味した数値が実質賃金です。例えば中村くんのアルバイトの時給が1000円から1020円に増えれば、名目賃金が2%上昇したと考えます。それに対して物価が5%上昇してしまえば、賃金上昇以上に物価が上昇したことになりますから、買えるものは減りますよね。これが実質賃金です。
【中村】なるほど、たしかに……。
【森永】コアコアCPIはほとんど変動していないにもかかわらず、日本の実質賃金は大きく減っています。消費税の増税や社会保険料の増加も要因の1つでしょう。日本は労働基準法によって、解雇や減給がしにくい労働環境になっています。しかし昇給もなかなかされず、さらに非正規雇用や個人事業主が増えたことによって日本全体の給料が減り、実質賃金が低迷していると考えるのが自然です。
日本は政府支出が足りなさすぎる
【中村】先生、日本経済はどうしてこんなに長い間停滞しているんでしょうか?  「世界第3位の経済大国」と聞いていたのに、こんなにずっと成長していないなんて……。
【森永】簡単です。政府による支出が足りないからです。
【中村】ええっ⁉ でも日本政府って毎年税収以上に支出していますよね?  たしか税収60兆円前後に対して、歳出100兆円とか。それでも足りないんですか? 
【森永】はい、全然足りません。たしかに日本政府の歳出は税収よりはるかに多く毎年赤字ですが、それでも全然足りないんです。
【中村】何をもって「足りない」というんでしょうか? 
「政府が支出を拡大させすぎると財政破綻する」という勘違い
【森永】GDPが伸びているかどうかです。GDPの計算式の中には「政府支出」が含まれているので、政府支出がそのままGDPに加算されます。で、実はものすごくわかりやすいデータがすでにあるんです。次のグラフは、世界各国の政府支出の伸び率と、名目GDPの成長率を表した散布図(図表7)です。横軸が政府支出伸び率、縦軸が名目GDP成長率です。右に行くほど政府支出の伸び率が高く、上に行くほど名目GDPが成長しています。この散布図を見ると、政府支出を伸ばしている国が名目GDPを伸ばしていることが明らかです。日本は一番左下、政府支出も名目GDPも、もっとも伸び率が低い位置にいます。
【中村】一目瞭然じゃないですか!  なんで日本はやらないんですか? 
【森永】政治家もメディアも国民も、「政府が支出を拡大させすぎると財政破綻する」と本気で思っているからですよ。中村くんも今日までそう思っていたでしょう?  政治家は日本国民が選挙で選びますから、その国民の間で「無駄遣いするな」という声が大きければ、当然こうなります。世界中の“国の借金”の残高は増え続けるのが普通です。加えて、単年の“国の借金”が前年比で増えるのも当たり前。今年100兆円を支出したなら、翌年は103兆円、という具合ですね。ところが、日本は前年比で“国の借金”を減らそうとしています。それが次のグラフ(図表8)です。日本政府予算は基本的に前年以下。補正予算が組まれて、最終的に前年比で微増になることがほとんどですが、それでも他国に比べれば伸び率は低い。2000年代は前年比でまったくと言っていいほど増えていませんし、2009年と2011年は、リーマンショックと東日本大震災により止むを得ず増やしたに過ぎません。2020年はコロナ禍により過去最大の伸び率となっていますが、2021年と2022年(当初予算)では大幅に減らしています。これでは経済成長など見込めるはずもありません。
政府の支出に税収は関係ない
【中村】経済成長しておらず、景気が悪くて税収が低いから、あまり支出できない、ということはないのでしょうか?  図表7でも、景気がよくて税収が多い国が、支出を増やしている、なんてことは……。
【森永】では図表8で2020年の歳出を見てみると170兆円を超えています。この数字は過去最大。2020年と言えば、新型コロナウイルスの被害が本格的に始まった年でしたね。2018年11月から景気後退していたのに、翌年の10月に消費増税をしましたから、コロナ前から不景気に突入しています。にもかかわらず、政府は2020年に過去最大の支出を行いました。つまり、政府の支出に税収は関係ないんです。そもそも、政府の予算は支出が先で税収が後、繰越金もありません。つまり、政府は「ここに予算をつける」という政治家の意志1つだけで、国債を発行し、支出を行うことができるのです。国債発行と政府支出は、それ自体がお金を作る行為と同じですから。
【中村】た、たしかに……。
【森永】MMTは「トンデモ理論」「ブードゥー経済学」など、さんざんな言われようですが、理論を1つ1つ読み解いていくと、現実を忠実に解説した非常に筋の通った理論です。議論が巻き起こり賛否両論があるのはどんな分野のどんな理論でも共通ですが、賛否どちらの立場に立つにしても、何を語っているかをしっかりと把握することが第一です。
●経済発展が止まった日本は、本当に“遅れている”のか? 10/27
 「心の成長時代」を見据えた「幸せな経営」の考え方
人間の組織はティール組織へ「進化」しているのか?
前野隆司氏: この後小森谷さんと天外さんが話されるかもしれませんが、『ティール組織』に書かれた組織論があるじゃないですか。ピラミッド状のオレンジ組織やアンバー組織という合理的な組織から、家族的なグリーン組織、そしてティール組織へと、人類は進歩しているとフレデリック・ラルーさんは言います。
人類は、本当に進歩しているのでしょうか。昔はグリーンやティールのやり方ができていたのではないでしょうか。もともと狩猟採集時代は、みんな「よし、ウサギ捕ってこい。自分でやってみな」みたいな。動物と近い生活ですから、自由でした。
鳥や魚やトカゲが自由に生きてるのを見ていると、これはレッド型(衝動型)なのか、調和的なティール型としてみんなで力を合わせて生きているのか、区別が難しいのではないかと思うわけです。
つまり、農耕を始めたから、「よし、家族で力を合わせなきゃいけないぞ」と。考えるグリーン型社会が出てきた。さらに、産業革命っていうのをしちゃったから、「もっとピラミッド型にすると合理的な組織だ」と、レッドやアンバー(軍隊)といういう組織論が出てきたのではないか。
つまり、ラルーは、人間の組織がレッド、アンバーからグリーン、ティールへ進化してきたと言っていますけど、これって進化したんじゃなくて、「昔を思い出している」ってことなんじゃないかと思うんですよね。
個人の幸福も、「若気の至り」を乗り越えて幸せに戻っていく
個人の(幸福度についての)図も持ってきました。幸せと年齢のグラフを書くと、若いうちは幸せなんですよ。40〜50代が一番不幸せで。50代を超えるとまた幸せになっていくんです。
ということは、人生のグラフを見ると、もともと幸せだったところが1回不幸せになって、また幸せに戻ってくる。『老年的超越』といって、90歳から100歳の人は極めて幸せだという研究結果もあるんです。
トーンスタムというスウェーデンの先生が、東洋思想も勉強して、老荘思想とか仏教の思想も調べた結果、どうも「悟り」みたいな幸せな境地が高齢者にあるんだ、なんてことを言っています。
この人生と、人類がやってきたことは、似てませんか? 人類は、現代的な価値観から言うと未熟だった狩猟採集生活から、ちょっと成長して農耕生活に、そして現代社会に至った。今が一番進んでいるように思う。しかしこれは「若気の至り」であって、それに気づくのが人生半ばのあたりなんだと思うんです。
現代人の一部はもっと仏教を勉強しようと思っていると思いますが、ブッダは「もっとアニミズムに学べ」と言っていたわけです。ルネサンスもそうですね。中世の停滞期に、「もっとローマに学べ」と考えたロマン主義、ロマン派もそうですよね。もっと昔の良さに学ぼうとした。
これはただの懐古主義じゃなくて、昔のティールとかグリーンとか、非常に人間性が尊重されていた生き方に戻っていくべきじゃないかという発想だと思うんです。
「失われた30年」は、「次の世代」へ入ったとも言える
いろいろ話しましたけど、これからの時代はどういう時代でしょうか。産業革命で人が増えていたのに、日本は減り始めてもう20年ぐらいになるんです。しかも経済も、「失われた30年」と言われています。30年間停滞している。
これは「成長することこそ正しい」という見方からすると停滞ですよね。でも、人類、増えて止まって増えて止まって増えて止まった。止まった時に、アニミズムという宗教の基本ができたわけです。次に止まった時に、仏教、老荘思想、ソクラテスなどの思想・哲学ができたわけです。
次に止まった今、日本は本当に失われた30年なんでしょうか。もしかしたら、世界に先駆けて次の世代に入ったとも言えるんじゃないでしょうか。
もっと言うと、人類は1万年前に農耕を始めましたが、日本は3000年前に始めたと言われています。7000年も遅れてたんですよ。イギリスで産業革命が始まってから、日本は明治維新が起きるまで鎖国してましたから、100年ぐらい遅れてるんですよ。
もっと前、仏教が起きたのが紀元前5世紀ですが、仏教が伝来するまで1000年かかったんですね。インドからはるばる中国を通って、日本に入るまで、仏教伝来が1000年遅れてるんです。だからいつも日本は、発展フェーズに入るのが遅れてるんです。
これは「発展こそすばらしい」という見方からすると、いつも日本は遅れてるねっていうことになります。しかし、定常化は文化的な時代ですよ。
そう考えると、3000年前まで豊かだったね縄文時代。他の地域の人類は1万年前でぷつっとやめちゃった狩猟採集生活を、3000年前まで、7000年も長くやってたんですよ。3000年前って、人類スケールで見ると、本当にちょっと前ですよ。歴史が始まるちょっと前までやってたわけです。
経済が止まっているときは「文化的に豊かな時代」になる
それから次の豊かさ。2回目の定常化のところ。産業革命がイギリスから起こり、一気に世界が「成長こそすばらしい」というところにいったのに、日本は100年間、江戸時代の後期の豊かさを享受してたんです。
江戸時代の後期も象徴的ですね。江戸時代前期は人が増えます。戦国の世が終わりましたから、日本中が経済的に発展していくんです。その後、後半では、ぱたっと人口増加が止まるんです。止まっている時代は、武士は武道とか茶道、華道。町民は浮世絵や三味線が発展した、非常に文化的な時代なんです。
要するに経済が伸びている時よりも止まっている時のほうが、文化的に豊かな時代なんです。定常化1も長かったし、定常化2も長かった日本が、ついに定常化3に30年前から入ってるわけです。なんてラッキーなことでしょう。
経済成長から見ると停滞ですけど、心の成長から見ると、世界に先駆けて「心の成長時代」に入ってるんじゃないか。そう捉えることもできるのではないでしょうか。
「経済成長」から「心の成長」へ
ではこれからの時代はどういう時代になるかというと、ウェルビーイングの研究者として、「ウェルビーイング産業の進展」があると考えています。
ウェルビーイング産業を健康産業の心版と考えると、コーチング産業のようなものを想像できるかもしれませんが、そうではなくて、すべての製品・サービスが、人々の幸せのためにあると考えると、ウェルビーイング産業の市場規模は世界のGDP規模だと僕は思っています。
どうなるかというと、経済成長から心の成長。文化、芸術、感性、創造性、○○道、クールジャパンが重視される社会。
私は1年前から書道を始めたんですけど、60歳近くになって始めてもどんどん上達するんですよ。「道の世界」は終わりがないというか、ずーっと先まであるんですよね。そういうアートを追求するという、古くからあるもの。
それからクールジャパンと書きましたけど、今の日本の漫画や映画は世界的にすばらしいと言われています。だから日本からこの古いものと新しいものをうまく融合し、文化として世界に輸出する。あるいは日本に観光客をまた呼び戻すこともできるでしょう。
やっぱり日本に世界中の人が来て、この文化を感じる時代。私も技術者だったし、天下さんも大学の先輩ですが、経済が伸びていた時は、「科学技術によって日本は世界に貢献するんだ」という価値観がありました。それもあっていいと思うんですよ。
しかしこれからは、科学技術と、伝統工芸・伝統芸能みたいな技術が、うまく融合して、人間として豊かな時代になっていくべきなんじゃないかと思うんです。
失われがちな「美しい心」のメカニズム
「美しい心、美しい社会の時代へ」って書きましたが、僕は真面目にそう思ってるんですよ。産業革命以降は人類が「美しい心、美しい社会を忘れた時代」だと思うんです。
もっと前は、神道とか仏教といった宗教や、哲学・思想があったんですよ。悪いことをしたら地獄に落ちるぞって言われると、宗教を信じていた時代は「やばい、悪いことしたら地獄に落ちる」と思えました。「お天道さんが見てるよ」「お天道さんに恥ずかしくない生き方をしよう」と思えた時代もありました。これらが、定常化1の原始宗教または定常化2の高等宗教を信じていた時代ですね。
産業革命以降は、もちろん宗教を信じる人もいますけど、圧倒的に宗教を信じる人が減ったと言われています。倫理の規範が希薄化したんです。
倫理はただの学問。社会に貢献したほうがいいよ、優しい人がいい人だよ、悪いことしちゃだめだよっていう教育はありましたけど、昔みたいに「死んだ後は地獄に落ちるかもしれない」って本気で信じられた時代と比べると、美しい心というメカニズムが圧倒的に弱くなった時代でした。
法律で悪いことをしたら罰せられますよっていうのはありますけど、中心思想のない時代になったんですね。これを「ポストモダン」と言います。だから近代以降の時代は、美しい心が失われがちなんですよ。
幸せな人は「いい人」
定常化1・定常化2の文化・思想は、アニミズムとか仏教、あるいはキリスト教みたいなものがになっておたんですけど、じゃあ定常化3ではどうなんでしょう。新しい宗教なのでしょうか?
今更宗教は信じられないと思うんですよね。そうではなく、私がやってるウェルビーイングについての、幸福についての科学。......幸福についての科学って言うと、宗教っぽいんですけど(笑)、宗教じゃなくて科学のほうです。ウェルビーイングについてのサイエンス。こちらがこれからの定常時代の中心的な概念になるべきだと思うんです。
利他的な人は幸せである。誠実な人は幸せである。視野の広い人は幸せである。人と仲良くできる人は幸せである。自己肯定感が高く、チャレンジ精神のある人は幸せである。幸せの研究によって、統計学に基づいてわかってきたエビデンスを見ると、ぶっちゃけ「幸せな人はいい人」なんですよ。この科学的事実がもっと世の中に広がるべきだと思うんですよね。
みなさん幸せになりたいですか。不幸せになりたいですか? 不幸せになりたい人は、いないと思うんですよ。じゃあ、「幸せになりたいならいい方法を教えましょう」って言って、教育をすべきだと思います。
幸せになりたいなら、利己的より利他的なほうが幸せですよ。視野が狭いより視野が広いほうが幸せですよ。何か新しい世界を作るためにチャレンジしたほうが幸せです。
だから「幸福学」をちゃんと教育の中心にして、1と2で宗教が担った役割を、幸せについての学問が担えばいい。幸福経営学もそうですよね。幸せな経営とは、社員を幸せにして、社会を幸せにすることを大事にする経営です。そんな基本中の基本を、ちゃんと教育の柱にするってことによって、この人類の定常化3が豊かな時代になるんじゃないかと思います。
過渡期である今こそ「ウェルビーイング」を考える
これを言うと、「いやいや、現代は日本も閉塞感が漂ってるし、トランプみたいな大統領が出てきたり、ロシアは戦争始めるし。美しい心どころか、なんかすさんだ心の時代なんじゃないんですか」っていう人がいます。
確かに今は過渡期なんですよね。人が増えていたところから止まったので、「やばい」となっています。自分の国を守らなきゃ、自分を守んなきゃっていう圧力によって、自分中心になる人たちが出てきてるのも事実です。
一方で、ピケティとかハラリとか、広井良典先生とか、私の幸福学とか。やっぱり、よりみんなで協力する社会を作らなければ、人類は破綻しちゃいますので、美しい心のほうにいくべきだ、ポスト資本主義を目指すべきだ、という考えも出てきている。
つまり、今はすごく幅広い考え方が出てきてる時代なんですね。最悪のほうにいくと、本当に第3次世界大戦とか、円の大暴落とか、大恐慌とか、本当に悲惨な苦しみを経て、「人類3.1」に移っていくかもしれません。
でも痛みを伴うのは嫌ですよね。そうじゃない、ソフトランディングシナリオも可能だと思います。こういう時代になるべきだと考える人が増えて、戦争はやめてみんなで協力して、環境問題、貧困問題を解決して、みんなのウェルビーイングを考えようよという時代になることを目指すこと。
今という時代は、実は歴史上の、農耕革命・産業革命に次ぐ過渡期です。ものすごい時代に我々生きています。ここでまさに「幸福経営学」が果たすべき役割についてお話ししました。ご清聴ありがとうございました。  
●米GDP、7〜9月2.6%増 3四半期ぶりプラスも消費は減速 10/27
米商務省が27日発表した7〜9月期の実質国内総生産(GDP、季節調整済み)速報値は、前期比の年率換算で2.6%増だった。3四半期ぶりのプラス成長だが、個人消費は減速した。米連邦準備理事会(FRB)による急速な利上げが景気を下押ししており、高インフレが和らぐかが焦点となる。米景気の停滞は世界経済の失速リスクを高める。
事前の市場予測は2.3%増で、公表値はこれを上回った。1〜3月は1.6%減、4〜6月は0.6%減だった。7〜9月は輸出の伸びが拡大し成長に寄与した一方、GDPから差し引く輸入が6.9%減った。輸入が前期を下回ったのは20年4〜6月以来だ。
7〜9月は3四半期ぶりにプラス成長に戻ったが、経済はむしろ減速が目立ち始めた。個人消費は1.4%増と、4〜6月の2.0%増から減速した。消費者物価指数の上昇率は6月に前年同月比9.1%と40年半ぶりの水準を更新した後、9月まで8%台で高止まりしている。物価の伸びに賃上げが追いつかず、高額消費などに影響が出ている。
サプライチェーン(供給網)の混乱による部品などの供給不足もまだ消費の足かせになっている。「在庫不足と需要の減退が販売台数を抑えている」(ニューヨーク州北部の自動車ディーラー)。FRBの地区連銀経済報告(ベージュブック)ではこうしたコメントが紹介された。
米経済は4〜6月期まで2四半期続けてマイナス成長だった。機械的には景気後退とみなされるが、実態をうまく映していなかったと見る専門家は多い。新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着いたことで消費が回復し、中国などからの輸入が増えてGDPが押し下げられていた面がある。
FRBは高インフレの抑制を最優先とし、利上げによっていったん経済を減速させようとしている。その効果が経済全体に波及するには半年から2年ほどかかるが、金利の動きに敏感な住宅業界などには先に影響が出ている。
4〜6月に17.8%減と急減した住宅投資は7〜9月も26.4%減と落ち込んだ。30年固定の住宅ローン金利は利上げに伴って急上昇し、10月中旬には7%を超えて21年ぶりの高水準となった。9月の新築一戸建ての住宅販売件数は前年同月を18%下回る水準に落ち込んでいる。
企業の設備投資は4〜6月に0.1%増と減速したが、7〜9月は3.7%増となった。資金を借り入れる際の金利が上昇しているうえ、米国経済が2023年にも景気後退に陥るという予想が広がっているため、企業活動は今後慎重になる可能性がある。
一般的には景気が悪化すれば需要が減ってインフレ圧力が弱まり、中央銀行は金融緩和などの刺激策に乗り出す。ただ米経済は新型コロナ禍を経て極端な人手不足に陥っており、賃金の上昇圧力が高インフレを長期化させかねない状況にある。FRBの高官は23年中の利下げ転換に慎重で、景気の停滞局面が長引く可能性もある。
●ECB大幅利上げ、米GDPはプラス 欧米と日銀方針、違い鮮明 10/27
欧州中央銀行(ECB)は27日の理事会で、インフレ抑制のため、主要政策金利を0・75%引き上げると決めた。大幅利上げは3会合連続となる。天然ガスの供給不安が高まる欧州では景気後退の懸念も強まるが、当面の景気よりも物価高への対応を優先させる方針とみられる。
英メディアによると、ECBは、今後さらなる利上げの実施を想定している。ECBは7月の理事会で0・5%の利上げを決め、前回9月の理事会でも0・75%利上げした。
一方、米商務省が27日発表した7〜9月期の実質国内総生産(GDP、季節調整済み)速報値は、年率換算で前期比2・6%増だった。市場予想の2・4%増を上回った。輸出や政府支出が伸び、3四半期ぶりのプラス成長となった。
インフレに歯止めがかからない中、米連邦準備制度理事会(FRB)も11月に開く次回の連邦公開市場委員会(FOMC)で政策金利の大幅な引き上げを決める見通しだ。
これに対し、日本銀行は27〜28日に開く金融政策決定会合で、大規模金融緩和の維持を決めるとみられる。インフレ対応で利上げを続ける欧米の中央銀行との方針の違いが改めて浮き彫りになり、資産運用に不利な円が売られやすい状況が続くものとみられる。
27日のニューヨーク外国為替市場の円相場は午前8時40分現在、前日比22銭円安ドル高の1ドル=146円57〜67銭。
●中国経済沈没¥K氏3選決定で人民元も香港株も暴落 10/27
中国共産党の習近平総書記(国家主席)の3選が決まったことで、経済減速への懸念は一段と強まっている。新指導部では李克強首相ら「ブレーキ役」が不在となり、企業への統制はますます厳しくなりそうだ。台湾有事も現実味を増したことで投資家は「習リスク」を意識し始め、人民元や香港株が急落する場面もあった。中国に進出する日本企業もいよいよ選択を迫られる。
当初は共産党大会中の18日に予定されていた7〜9月期の国内総生産(GDP)の発表は24日となり、前年同期比3・9%増だった、政府が通年目標とする「5・5%前後」の達成は極めて厳しくなった。
中国税関総署が発表した9月の貿易統計も輸出が前年同月比5・7%増で前月の7・1%増から鈍化した。
格差是正策とする「共同富裕」やIT・不動産企業への締め付け、ゼロコロナ政策など、習氏の看板政策がことごとく裏目に出た形だ。
第一生命経済研究所の西濱徹主席エコノミストは「家計消費や不動産、民間部門の弱さが確認され、インフラなど公共投資頼みが鮮明になった。外需の回復も期待しにくく、ゼロコロナ政策の貫徹も明言していることで先行きも懸念される。統計公表の延期も市場に悪い印象を与えた」と分析する。
新指導部人事も今後の経済運営に影を落とす。習氏とライバル関係にある共産主義青年団(共青団)系の李克強首相が最高指導部から退任が決まった。コロナ対策や貿易、海外投資などで手腕を発揮し、「存在感を増している」との見方もあったが、完全引退を余儀なくされた。
米国留学経験のある国際派で知られ、「経済ブレーン」を務めた劉鶴副首相も党政治局員から外れた。そして新政治局員に昇任し、経済を託される可能性もあるとされる国家発展改革委員会の何立峰主任は地方勤務の経験しかないとされる。
前出の西濱氏は「これまで習氏の力が強いにせよ、バランサーがおり、政策運営の微調整ができていた。イエスマンばかりの新指導部ではその余地も失われる可能性がある。改革開放など経済に真剣に取り組む印象はなく、管理・統制強化は進むとみられる。外資誘致と共同富裕などの政策は『中国の発展に資する企業だけ歓迎する』という意味に等しい」と指摘した。
マクロ経済政策を担う国家発展改革委員会の趙辰マ副主任は17日、製造業を中心に外資誘致につながる政策強化を表明した。市場原理を認めつつ、党・政府が経済活動に積極関与する統制色の強い発展方式「中国式現代化」推進も打ち出す。
中国政府による企業統制は強化されている。中国人に諜報活動への協力を義務付けた「国家情報法」や、中国人労働者の徴用、外資系企業や外国人個人も含む銀行口座や金融資産の凍結などの懸念がある「国防動員法」のほか、国家安全の観点からデータの取得や保存を制限する「データセキュリティー法(データ安全法)」も施行。海外企業も例外ではない。
25日には人民元が対ドルで2008年以来の安値水準に設定された。24日には香港株式市場で主要指数が6%を超す急落を記録、中国本土の銘柄で構成する指数は7%超の下落となった。
その後は買い戻される場面もあったが、市場の警戒感は強い。ブルームバーグは「習氏が投資リスクに」とする記事で、「中国資産に不安を感じている資産運用会社をさらに遠ざける危険性が生じている」と伝えた。
日本では円安の流れもあいまって、サプライチェーン(供給網)の「国内回帰」の動きも加速。自動車から電子機器、服飾、生活用品まで幅広い分野に及んでいる。
日本企業は今回の党大会を意識した「脱中国」も本格的に視野に入れるべきだと警鐘を鳴らすのは評論家の石平氏だ。
「新指導部は李強新首相ら経済の門外漢ばかりで、習氏の経済への関心のなさもうかがえる。李克強氏の退任は来年3月だが、すでに指導力はなく、経済の立て直しは難しい空白期間に入る。『民間企業いじめ』とされる共同富裕に抵抗する人もいなくなり、ゼロコロナ政策も続くとみられる。今後も中国ビジネスを続ける企業は自らの首をしめかねない」
●統計データは事実ではなく「政治的手段」 習近平氏3選の「虚像」 10/27
中国の共産党大会が終わり、事前の予想どおりに習近平氏が党トップの総書記を3期連続で務めることになった。中国の権威主義体制のピークだ。
習氏の特筆すべき功績は、党内でのライバルに対する粛正しかない。だが、徹底した監視社会化と国民洗脳を行うことで、習氏への個人崇拝を強めようとしている。共産党大会では、毛沢東並みの政治的地位が、習氏に与えられた。まさに虚像だ。
中国にとってはこの虚像に汚点がつかないことがなにより重要だ。いまの中国経済は、ゼロコロナ政策や「共同富裕」というバブルつぶしのために、苦境に陥っている。
海外のエコノミストの予測では、中国共産党が目標としていた年内の経済成長率を達成することは、ほぼ絶望視されている。
その中で共産党大会中に予定されていた7〜9月期の国内総生産(GDP)統計の公表が理由の説明もなく突然中止された。おそらく最新のGDP統計が発表されれば、中国が目標とした成長率達成が誰の目にも無理だとわかるからだろう。
よく知られていることだが、中国での目標成長率はほぼ完全に達成される。共産党大会では、経済の「歴史的飛躍」を習氏は強調していた。その直後に統計データが目標未達を明らかにしたら、政治的にまずい。政治的な「忖度」が影響したと考えるべきだ。
習氏は統計データの信頼性向上に努めてきた、という人たちが日本の専門家でも多い。いかにその種の見解が、中国共産党のやり口を見逃しているか明らかである。統計データは中国では事実ではなく「政治的手段」でしかないのだ。
GDP統計とほぼ同時に発表予定だった不動産関係の統計も公表中止だ。これに先立って、コロナ禍での中国経済を牽引(けんいん)していた輸出などに関する貿易統計も公表が中止されていた。前者の不動産関係は、住宅市場の低迷を反映し、悪い数字が出るだろう。特に習氏のバブル潰しの象徴である中国恒大グループの破綻は、中国経済で大きなウエートを占める不動産・建設業界に深刻な打撃を与えている。やはりできるだけ隠したい数字の一つだ。
後者の貿易統計も悪い数字が出ているかもしれない。だが、これに関しては海外メディアが興味深いことを報道した。ゼロコロナ対策のために、統計責任者が行動制限にひっかかり、仕事ができなかったことが公表の遅れの原因だという。また共産党大会の準備で統計担当の官僚たちが通常業務に支障をきたし、人手不足が発生した可能性もある。
いずれにせよ、中国では経済の真実よりも、政治の虚像が優先されるのだ。
●意欲的な産業戦略によって維持するサウジの地政学的役割 10/27
先週、サウジアラビアは国家産業戦略を発表した。これは、原油の採掘と輸出への依存から離れ、経済がより多様化するための道筋を示している。またこれは、地政学的な主要な立場としてこの王国が地域および国際的な役割を維持するための重要なツールでもある。
この新しい戦略は、昨年の国家投資戦略を補い、変革プロセスの重要なステップとなる。2030年までに国内総生産における民間部門の貢献を65%に増やし、対外直接投資の割合をGDPの5.7%に拡大し、石油以外の輸出を16%から50%に引き上げ、同時にサウジ国民の失業率を11%から7%に引き下げることを目指して構成されている。
また、2019年の国家産業開発およびロジスティクス・プログラムの成功に基づいて、エネルギー、鉱業、産業、物流の4つの主要セクターを統合および開発する。
ムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、新しい戦略を立ち上げる際の発言の中で、サウジアラビアは競争力のある持続可能な産業経済になるためのすべての必要条件を備えており、グローバルなサプライチェーンの確保とハイテク製品の輸出に貢献できると述べた。この戦略はかなり高い目標を設定しており、例えば、2030年までに工業GDPを現在の約910億ドルから2390億ドルまでほぼ3倍に拡大するというものである。また、産業輸出を2030年までに少なくとも1490億ドル、2035年までに2370億ドルに増やし、ハイテク製品の輸出を6倍に増やすことも目指している。
この戦略によって設定された将来のペースは、息を呑むほど速い。公式の数字によると、1973年から2015年の間にできた産業工場は7206にすぎない。2015年にビジョン2030が開始されて以来、さらに3434の工場が開設され、7年間で48%増加している。しかし、この戦略では、2035年までに工場の数が338%増加して36,000に達すると予測されており、少なくとも2つの自動車工場で300,000台の車を生産し、3つの新しいワクチン工場、4 つの航空機部品工場、15のインターネット関連商品専門工場が含まれる。
産業の拡大は、12のサブセクターに焦点を当て、800件以上の投資機会を提供し、その価格は約2670億ドル相当となる。この戦略では、約3470億ドルの新たな産業投資を呼び込み、この分野において何万もの高価値、高技術の雇用を生み出すことを目指している。
10月18日に開催された大規模な第1回会合に多数の代表者が参加した民間部門が、この戦略の主導権を握ることを期待されており、政府機関はそのリーダーシップを可能にし、権力を与える必要がある。政府は、一貫し迅速なその実施のために、皇太子率いる最高産業委員会を設置した。さらに、意思決定と政策策定に民間企業が参加できるよう産業委員会が設立された。
「 この国は、石油の重要性と価値が衰える前に経済の多様化を急ぐため、困難ではあるが不可能ではない目標を掲げた野心的な産業戦略を必要としている。 」アブデル・アジーズ・アルウェイシグ
サウジアラビアは世界第4位の石油化学生産国であるが、エネルギー相のサルマン・ビン・アブドルアズィーズ王子は、それだけでは十分ではないと述べた。彼は、この新しい戦略にそって、国が中間製品に焦点をあてるのではなく、石油化学製品を使用してよりハイエンドの製品を生産することに移行するよう望んでいる。同国は2035年までに年間約80万トンの高級石油化学製品を生産するつもりでいる。新しい産業政策の主要な設計者であるエネルギー大臣は、過去の工業化、特に製造業のペースの遅さについて率直に述べた。彼はそれを政府機関の「分割化」、つまり官僚機構の孤立と工業化への「政府全体」のアプローチの欠如のせいだと非難した。
新しい戦略がスピードを要求するには理由がある。当局者は、石油が主要なエネルギー源としては衰退していると多くの人が感じていることを利用したいと考えている。石油がその地位を失うと、サウジアラビアや他の生産国がそれを単なるエネルギー源としてではなく、中間製品として他の産業と関連を持たせない限り、その価格は取り返しのつかないほど下落する恐れがある。
オープニングで関係者は、多様化のペースを加速させたいという願望を反映していた。彼らは、中国、インド、日本、韓国が数十年にわたって行ってきたことを、今後10年間で行うつもりであると述べた。野心的な目標は、その決意を明らかにしている。
当局者は困難な課題も率直に認め、克服に向けて取り組んでいると主張した。投資大臣の ハリード アル ファーリファ氏は、工業化の望ましいペースと同じ速度で法律や規制を進める必要があると述べた。彼はまた、国の熟練労働者とクラウドコンピューティング能力の不足といった投資家の懸念、また新しい戦略の目標を達成することを困難にし得る制限について言及した。
サウジアラビアは、石油の重要性と価値の衰退前に経済の多様化を急ぐうえで、困難ではあるが不可能ではない目標を掲げた野心的な産業戦略を必要としている。それは、新しい統治機関がハイエンド製造の進化する要求に取り組み、すでに特定されている課題や将来出現する課題に対処できるかどうかにかかっている。
しかし、サウジアラビアの経済的な健全性は、地域および国際的な安全と繁栄にとっても重要である。今年、サウジアラビアは GDPが1兆ドルを超えるというマイルストーンを達成し、その目標を達成した18番目の国となった。その莫大な富により、同社は地域的に重要な役割、そして世界的に成長する役割を果たしている。また、そのおかげで、同国はイスラム教の聖地として毎年訪れる何百万人もの巡礼者を受け入れることもできる。サウジアラビアはまた、近隣諸国がパンデミック関連の経済減速やウクライナ戦争によって引き起こされた食糧不足を乗り切るのを助けるため、その富を活用した。
地域的および国際的な安全保障、安定性、繁栄への貢献を維持し、3500万人以上の人口増加に対応し続けるために、サウジアラビアは、石油の次の世代となる未来でも世界で最も裕福な国としての地位を保証する計画を必要としている。

 

●日銀、22年度コアCPI見通し2.9%上昇に上方修正−展望リポート 10/28
日本銀行は経済・物価情勢の展望(展望リポート)を公表した。実質国内総生産(GDP)伸び率と消費者物価指数(生鮮食品を除くコアCPI)上昇率の数値は対前年度比、政策委員見通しの中央値。
       予想時点  実質GDP  コアCPI
2022年度  10月     2.0     2.9
          7月      2.4     2.3
名目GDP
GDPは、名目GDPと実質GDPで構成される。名目GDPは、その年の経済活動の水準を算出したものである。その年に生産された財について、それぞれ生産数量に市場価格をかけて、生産されたものの価値を算出し、それを全て合計することで求める。たとえば、財の値段が一気に2倍になったとき、名目GDPは単純に2倍になる。しかし経済の規模が2倍になったとはいいきれない。その際、物価変動の影響を除いた実質GDPのほうが経済の実状を知る上で重視されている。
実質GDP
GDPは、名目GDPと実質GDPで構成される。実質GDPは物価の変動による影響を取り除き、その年に生産された財の本当の価値を算出したものである。たとえば、財の値段が一気に2倍になったとする。この場合名目GDPは2倍となるが、経済の規模も2倍になったとはいいきれない。それは、個人の所得も2倍になったとすると、個人の購入できる財の量は変わらないからである。このように、財の値段が変化することでGDPの数値が変化してしまうことを避けるため、経済の実状を知るうえでより重視されている。
コアCPI
消費者物価指数(CPI)のうち、すべての対象商品によって算出される「総合指数」から生鮮食品を除いて計算された指数のことを示す通称。正式名称は生鮮食品除く総合指数。生鮮食品とは、生鮮魚介、生鮮野菜、生鮮果物のこと。「総合指数」から天候に左右されて振れの大きい「生鮮食品」を除くことで、物価変動の基調をみるための指標として使われる。  
●「円安は日本に有利」を解説 高橋氏「円安の方が経済成長、GDPが伸びる」 10/28
先週後半、1ドル=150円に突入する円安でメディアは大騒ぎでした。木曜日(20日)の夕方に150円台に乗せたので、翌金曜日の朝刊は3紙が一面トップ(東京最終版)で為替水準を報じました。記事を読むと、1990年8月以来32年ぶりの円安水準ですが、かつてほど輸出は伸びず、むしろ輸入コストが高くなるなどのデメリットが目立つ、とネガティブな指摘が並んでいました。
この円安については、私が担当するニッポン放送の情報番組「OK! Cozy up!」(月―金午前6時〜8時)でも何度も取り上げました。先週、数量政策学者の高橋洋一氏と、自民党の青山繁晴参院議員の議論が興味深かったです。
高橋氏は「円安の何が悪いの?」「経済学で言うと、自国通貨安は『近隣窮乏化政策』というもので、自国はいいけど他国は悪くなる状況。普通は他国から文句が出るが、いまは文句が来ないのでラッキーだ」と語り、今の状況は「日本に有利」と指摘しました。
確かに、ジョー・バイデン米大統領も先週、「ドル高容認」の発言をしました。
高橋氏はさらに、円安の方が経済成長する、GDP(国内総生産)が伸びると言いました。なぜなら、「円安では輸出関連が有利になって、輸入関連が不利になる。(内需中心の輸入関連企業と比べ)世界で競争する輸出関連の方がエクセレント・カンパニー(=超優良企業)が多い。差し引きすると、総合的にプラスになる。だから、どこの国も実は自国通貨安の方がGDPは伸びる」。
とはいえ、今は輸出よりも現地生産のウエートが大きくなっています。海外生産比率は1990年の4・6%から22・4%(20年度)。多くの企業が中国に生産拠点を移しました。
この点について、青山議員は「中国はカントリーリスクの塊。そのようなところにサプライチェーンを依存したくないという思いは、日本だけではありません」といい、続けました。
「(先週末閉幕した共産党大会を見ても)ますます(習近平総書記への)個人崇拝の道に進んでしまって、誰も何も言えなくなっている。そんななかで、経済だけがうまく資本主義で回るはずがありません。独裁の手助けをさせようとしているだけです。本来の『自由意志によって経済を司る』という考え方がまったくないので、巨大なカントリーリスクです」
サプライチェーンの見直しは、経済安全保障の議論で度々登場します。円安になれば国内生産した方が競争力があるので中国に移した生産拠点を戻す動きが出てきます。
今までは技術流出や、関連法制が突如変わったり、邦人が拘束されるなど「リスクの部分」を強調してサプライチェーンの見直しを促す議論が多かった。でも、円安になれば「実利の部分」で自然と見直しが進んでいきます。つまり、円安は経済安保上も望ましいのではないでしょうか。
●中国2021年の単位GDP二酸化炭素排出量が著しく低下 10/28
生態環境部(省)が27日に発表した「中国の気候変動対応の政策と行動2022年度報告」によると、速報値によれば、2021年の単位GDP(国内総生産)二酸化炭素(CO2)排出量が2020年に比べて3.8%減少し、2005年との比較では累計50.8%減少した。非化石エネルギーが一次エネルギー消費量に占める割合は16.6%、風力と太陽光の総発電設備容量は6億3500万キロワットに達し、単位GDP石炭消費量は大きく減少し、森林率と森林蓄積量は30年連続で「ダブル増加」を実現したという。中国新聞網が伝えた。
同報告のデータによれば、中国炭素排出権取引市場がスタートして1年目を迎えた。この間に政府によって企業に割り当てられた炭素排出枠(CEA)の累計取引量は1億9400万トンに上り、累計取引額は84億9200万元(1元は約20.2円)に達したという。
●ドイツ0.3%成長 7〜9月GDP、マイナスは回避 10/28
ドイツ連邦統計庁が28日発表したドイツの7〜9月期の実質国内総生産(GDP)は速報値で前期比0.3%増だった。ウクライナ危機に伴う資源高でインフレが急激に進むなか、新型コロナウイルス禍で落ち込んでいた個人消費の持ち直しが下支えしたもようだ。マイナス成長は回避したものの、先行きは景気後退の可能性が高まる。
市場予想の成長率はマイナス0.2%だった。前年同期比では1.2%増になったが、年初からの伸び率は鈍化基調にある。新型コロナ対策の行動規制が段階的に緩和されたことで、旅行やレジャーなど個人消費の回復が全体をけん引したもようだ。独連邦統計庁は「ドイツ経済は持ちこたえた」と指摘する。
一方、急激なインフレで逆風は強い。ロシアのウクライナ侵攻に伴う供給不安で、今夏には天然ガスなどの資源価格が高騰。ドイツの消費者物価指数(CPI)は9月に10%台に達した。インフレや金利の上昇で企業収益は圧迫されやすく、ドイツ企業の景況感は急激に悪化している。
ショルツ政権は景気を下支えするため、インフレ対策を相次ぎ打ち出している。9月には高騰するガス価格を抑制するために最大2000億ユーロ(約29兆円)の総合対策も発表した。光熱費の補助など家庭支援の拡充も急ぐ。
先行きは厳しい。ドイツ政府は秋の経済見通しで、2023年の実質成長率をマイナス0.4%と従来のプラス2.5%から大幅に下方修正した。インフレ率も7.0%と高止まりが続く見通しで、景気後退とインフレが同時に進む「スタグフレーション」がメインシナリオになりつつある。
欧州中央銀行(ECB)は27日の理事会で、2会合連続となる0.75%の大幅利上げを決めた。当面は景気より物価の安定を優先する構えだが、景気後退のリスクが差し迫るなか政策判断は一段と難しくなる。フランスが28日発表した7〜9月期のGDPは前期比0.2%増と4〜6月期の0.5%増から成長率が鈍化した。
●首相会見 10/28
岸田文雄首相は28日、首相官邸で記者会見に臨み、物価高対策などを盛り込んだ総合経済対策について説明した。「物価対策と景気対策を一体として行い、国民の暮らし、雇用、事業を守るとともに、未来に向けて経済を強くしていく」と述べた。会見の詳報は以下の通り。
「未来に向けて経済を強く」
「本日は経済対策についてお話しします。3月、4月、7月、そして9月の対策に引き続き、先ほど大型の総合経済対策を閣議決定しました。今回の対策は物価高克服、経済再生実現のための総合経済対策です。物価対策と景気対策を一体として行い、国民の暮らし、雇用、事業を守るとともに、未来に向けて経済を強くしていきます。今回の対策は財政支出39兆円。事業規模で約72兆円。これによりGDPを4・6%押し上げます。また電気代の2割引き下げや、ガソリン価格の抑制などにより、来年にかけて消費者物価を1・2%以上引き下げていきます」
「物価対策として重点を置いたのは、エネルギー価格対策です。もろもろの物価高騰の一番の原因となっているガソリン、灯油、電力、ガスに集中的な激変緩和措置を講じることで、欧米のように10%ものインフレ状態にならないよう、皆さんの生活を守ります。まず、物価高から生活を守ります。家庭の電気代について1月から、来年度初頭に想定される平均的な料金引き上げ額約2割分を国において負担します。事業者に対しては、再エネ賦課金に見合う額を国において負担する措置を講じます。ガス料金についても同等の措置を行います。また、現在1リットルあたり30円引きとなっているガソリン価格の引き下げを来年も継続します。これらにより総額6兆円。平均的な1家庭で来年前半に総額4万5000円の支援となります」
「危機的な少子化の流れの中で、子育て世帯を応援するため、妊娠時から出産、子育てまで一貫した伴走型相談支援と10万円相当の経済的支援を組み合わせたパッケージを創設します。来年4月から出産育児一時金の大幅な増額を行います。子ども食堂や子供の居場所作りなど経済的な困難に直面する子育て世帯への支援も強化します。園児バス置き去り事故を受け、痛ましい事故が二度と起こらないよう、来年の夏に向け安全装置を義務化し、国が標準的な装置を全額負担する支援制度を設けます」
「コロナ禍で縮んだ旅行、宿泊、エンタメ等の消費を取り戻します。全国旅行支援は4人家族で1泊あたり4・4万円の割引となり、イベント割で映画館、テーマパークは2割引となります。コロナの影響を大きく受けた演劇、コンサートの開催費用を支援します。観光資源を高品質化し、観光収入が上がるよう、客室改装などソフト、ハード両面で強力に支援します。こうした稼ぐ力を強化することで地方も元気になります」
「そして物価高から中小企業を守ります。下請けいじめを撲滅し、適正な価格転嫁を実現してまいります。コロナで傷んだ中小企業に新たな100%保証の借り換え制度を用意するとともに、新規輸出に挑戦する中小企業1万社を支援します」
「以上の物価高への総合的対応とともに、最優先すべきは物価上昇に合わせた賃上げです。来年、春闘が成長と分配の好循環に入れるかどうかの天王山です。構造的賃上げの実現に向けた第一歩として、物価上昇に負けない賃上げが行われるよう、経団連、連合を巻き込んだガイドライン作りなど、労使の機運醸成に全力を挙げてまいります。政府も賃上げ実施企業に対する補助金や公共調達の優遇を行うとともに、物価上昇をしっかり組み込む形で最低賃金を引き上げてまいります」
「さらに、持続的な賃上げに向けて、賃上げ、労働移動、人への投資の一体改革を進めていきます。このため、新しい資本主義の第1の柱である人への投資を抜本強化し、5年1兆円の大型のパッケージにより、正規化、転職、リスキリング、すなわち成長分野に移動するための学び直しを支援します」
「同時に、NISA、iDeCoを拡充し、資産運用収入の倍増を目指します。物価高を抑えながら円安のメリットを上手に生かしていきます。ウィズコロナの時代に合わせた質の高いインバウンド需要5兆円を早期に達成します。半導体、蓄電池など攻めの国内投資を拡大して、最先端製造立国日本を取り戻します。農産物についても年間2兆円を目指し、農産物の輸出促進を図ります」
「攻めの国内投資の代表例として半導体があります。国内投資の好機ととらえて、サプライチェーンを強靱(きょうじん)化します。熊本のTSMC誘致は10年で4兆円、7000人の雇用増の地元経済効果があるとされます。月給も5万円の上昇になります。さらに日米共同による次世代半導体開発など、1.3兆円を措置して半導体の国内投資を全国展開します」
「初めて真のエネルギー危機に直面」
「地域と経済を抜本的に強くするために、重点4分野。スタートアップ、イノベーション、デジタルトランスフォーメーション、グリーントランスフォーメーションに総額6兆円と前例のない支援措置を講じます。来年に向けて世界経済が大きく減速する中で、日本の金融環境、ドル建てコストの割安感を逆手にとって、成長のチャンスとしていきます。スタートアップ5ヶ年計画をスタートし、1兆円を投入して、人材育成、資金供給の強化を行います」
「特に次世代分野での攻めの大型民間投資を呼び起こします。今回措置する中で、先端半導体、電池、ロボットなど、民間投資を誘発する次世代分野に約3兆円を投じます。この支援によって、9兆円以上の生産誘発効果、2兆円以上の輸出増効果、約49万人の雇用者増をもたらす次世代大型投資を誘導します。地域に、関連産業、人材育成などを一体化した産業プラットフォームを作ってまいります」
「以上、政府与党で本日決定した総合経済対策のポイントを説明しました。今回の取りまとめに当たっては、政治主導、大局観を発揮することを重視しました。与党の政策審議プロセスを例年より早く動かし、電気料金の激変緩和措置の大枠は、与党党首で決め、詳細を役所に詰めさせました。野党の提案についても、参考とすべきものは直接お伺いする機会を作りました」
「核兵器の威嚇が行われるなど、ウクライナ情勢は緊迫の度を加えています。世界は歴史上初めて、真のエネルギー危機に直面している。こうみる専門家もいます。現時点で、見通しがたい世界規模の経済下振れリスクに備え、トップダウンで万全の対応を図ることといたしました。今後は、この経済対策をできるだけ早くお手元にお届けするよう、補正予算の編成を急ぎます。また、ご用意した政策を国民の皆さんに徹底的にご活用いただけるよう、発信と広報に全力を挙げてまいります。国民の皆さんのご理解とご協力を心からお願い申し上げます」
――総合経済対策について聞く。今回一般会計歳出が29兆円、事業規模72兆円と大型の対策になった。与野党には現金給付などを求める声もあった。また、来年1月から一般家庭の電気料金を2割抑制するということだが、燃料価格の高騰などが続く場合には期限が来ても継続するのか。
「今回の総合経済対策で重点を置いた点だが、物価対策、特に、エネルギー価格対策でありました。給付金のような間接的な形ではなく、物価上昇の主要因であるエネルギー価格について、その上昇分を、直接的に目に見える形で抑制することといたしました。エネルギー価格全体で、総額6兆円、1家族あたり4・5万円の支援を行います。こうした効果的な激変緩和措置を講ずることで、物価高から、国民の皆さんの生活を守りたいと思います」
「現金給付については、本年6月に低所得の子育て世帯に対して、児童1人当たり5万円の給付をしております。そして9月には、住民税非課税世帯にプッシュ型で5万円を給付することを決定し、現在、この準備を進めており、11月には7割の自治体でこの支給が始められる。こうした見込みになっています。こうした現金給付、これまで行ってきた。それも念頭に置きながら、今回、特にこのエネルギー価格対策に力を置いた。こうしたことであります」
「エネルギー対策の出口については、与党党首会談の確認事項や、今回の総合経済対策において、こうした対策が脱炭素の流れに逆行しないように激変緩和措置を縮小し、並行して、省エネ、再エネ、原子力の推進等と併せて、電力の構造改革をセットで進め、GXを加速する、この対策を進めることはもちろん大事ですが、GXという大きな流れに逆行するようなことにならないように、対策をしっかり進めていかなければならない。こうした方向性が示されています。現時点で来年の9月以降のことについては何も決まっておりませんが、やはりその時点での、エネルギー価格の動向等を踏まえながら、予断を持たず判断をしていく。こうしたことになると考えています」
「信頼回復の近道はない」
――首相が表明した防衛力の抜本強化、防衛費の相当の増額に関し、政府の有識者会議では安定財源の確保を求める声が出ている。与党幹部からは、法人税などの増税を選択肢とする声も上がっている。また、国民の理解を得るには政治への信頼が必要となるが、旧統一教会の問題などを受けて各社の世論調査では、内閣支持率が過去最低となっている。
「現在、与党間の協議、有識者会議における議論が進められています。さまざまな意見をいただいている。財源につきましては、具体的な内容を、しっかり決まった上で、考えていかなければならないと思っています。なぜならば、防衛力強化といっても、中身はさまざまです。どれだけ、恒久的に維持しなければならない政策なのか、あるいは一定期間、契約を結んで充実させなければいけないものなのかなど、内容によってそれにふさわしい財源というものを考えていかなければならないということであります。よって今は国民の命や暮らしを守るために何が必要なのか、防衛力強化の内容を積み上げ、それに応じて予算の額を明らかにし、財源を考えていく。この3つを一体的に検討していく、こうした作業を進めているわけです」
「国民の信頼が大事であるというご指摘がありました。私は昨年の総裁選挙に『信なくば立たず』と申し上げて立候補いたしました。政治への信頼こそ、全ての基盤であると思っております。そして国民の皆さんの信頼を回復するための近道というものはないと思っています。本日発表しました、経済対策もそうですが、国民の皆さんの声を受け止めながら、一つ一つ結果を積み上げていくしかないと考えています。これまで以上にこの国の未来について全力を尽くし、一つ一つ結果を出し、その結果として、国民の皆さんの信頼を回復する。こうしたことを積み重ねていきたいと考えています」
――0歳から2歳児のいる家庭にクーポンを支給する事業が2次補正予算案に計上されることになった。令和5年度以降も継続的な事業とする方向のようだが、恒久財源についての整理がまだついていないようで、見切り発車ではないかという指摘もある。また、少子化に歯止めがかかっておらず、今年出生数が初めて80万人を切る可能性も指摘されている。今回の措置は少子化対策の切り札となると考えるか。
「はい。まず少子化は、わが国の経済社会の根幹を揺るがしかねない喫緊の課題です。これまでも自公政権のもとで少子化対策の大幅な拡充、図ってきましたが、今改めて、強い危機感をもって、子育て支援策、前に進めていきたいと考えています。ご指摘の事業については、妊娠時から出産、子育てまで身近な伴走型相談支援と、経済的な支援を合わせたパッケージであり、支援が手薄な0歳から2歳の低年齢期に焦点を合わせた政策であり、これは大変意義の大きな政策であるとは考えております。ただ、今回の対策ではこれ以外にも子ども食堂や、子供の居場所作りですとか、園児バスの、安全装置の義務化など、緊急性の高い対策を盛り込んでおります。
来年4月からは、出産育児一時金の大幅増額も行います。そして来年夏にはこども家庭庁がスタートいたします。子供政策を体系的に取りまとめ、政策の充実に取り組んでいきたいと考えています」
「伴走型支援パッケージの財源についてですが、まずは補正予算で、この支援のパッケージを早急に対象者に届けることができるように、取り組んでいきたいと思います。その上で継続的な実施に向けては、令和5年度予算編成過程で検討し、こうした対策を支えるべく財源を考えていきたいと思っています」
――物価高が続く中、今の金融緩和はこのまま続けて国民の理解を得られると思うか。
「金融政策については日銀として、安定した物価上昇、継続的で安定的な物価上昇を実現するために、政策を行っているということですが、金融政策というのは為替だけではなく、物価ですとか景気ですとか、あるいは国民の金利負担ですとか、そういったものを総合的に、加味をして検討し判断していくべきものであると思います。日銀が金融政策を判断するということでありますが、政府としては、いずれにせよ、投機的な、急激な為替変動、これは誰にとっても好ましくないという判断のもとで日銀と連携、意思疎通を図りながら、為替の状況についてはしっかり注視をしていく。そして過度の変動については適切に対応していく。こうしたことを考えていかなければいけません。併せて政府自体、こうした為替の状況を前にして、経済の強靱(きょうじん)化を図っていかなければならないということで、さまざまな政策を今回の総合経済対策の中でも用意をしています」
「中小企業等に対して、輸出を、志向する企業に向けてしっかり支援をしていくとか、あるいは価格転嫁を円滑に行っていくとか、インバウンドを盛り上げるために政策を用意するとか、日本の経済、強いものでなければならない、そういったことから政策を用意しています。日銀の金融政策とあわせて、政府として為替に対してどう考えるのか、あるいは政府としてこうした状況に対して適切な政策を重層的に用意する。こうしたことをもって現状の経済、あるいは金融、為替の状況にしっかりと向き合っていきたいと思っています」
マイナカード「円滑移行へ環境整備」
――今回、一般会計と特別会計合わせて29・6兆円の大規模な対策となったわけだが、当初の財務省の想定から、自民党の要求で、一夜にしておよそ4兆円が積み上がった。党内からは規模ありきで財政の悪化を懸念する声も出ている。財政規律の観点でどう考えるか。
「経済対策においては内容も規模も大事だということを申し上げてきました。内容については先ほど説明をさせていただきました。エネルギー価格対策を中心にさまざまな政策を用意いたしました。規模につきましても、昨年の経済対策は32兆円ほどであったと記憶していますが、わが国の置かれている状況、昨年は新型コロナ対策、給付金等が対策の半分以上を占めていた。今年はウィズコロナということで、経済を再び動かしていく方向にさまざまな政策が進んでいく状況です。こうした違いがある」
「一方で物価高騰の状況は去年と比べて大変厳しい状況にあります。また、来年の前半にかけて中国、米国、欧州の景気減速の懸念もある。こうした状況の変化に対応して中身を考えなければいけませんが、額、規模についても、慎重に考えなければならない。昨年の景気対策を議論していたときは、確かですね、GDPギャップとの兼ね合いで金額を議論したと思いますが、その後、経済対策が施行される段階で、経済が下振れして、GDPギャップが5兆円以上、大きくなってしまった。こういった経験があります」
「今年も去年とは事情が違うものの、さまざまな下振れリスクに備えなければならない。今年のGDPギャップは確か15兆円という数字が上がっています。それに対して、財務省なども、一応対策の予算を積み上げたわけですが、やはり去年、経済対策を作る段階から施行する段階で、2割以上、やっぱり下振れをしたという経験があります。今年はどうなるか、これはなかなか予断をもって申し上げることは難しいですが、少なくとも去年の下振れリスクに対応できるだけの金額はしっかり用意しておかなければ、この不透明な状況においてしっかりと政策を進めることはできない、国民の安心につなげることはできないといったことから、下振れリスクに備える意味からも、金額を行わさせなければいけない。こういった議論を行いました」
「内容だけではなくして規模においても、国民の安心を確保するために、どれだけの規模を用意しなければならないのか、こうした議論が行われた。今回の額についてはその結果であったと思います。よって経済対策の効果、国民の皆さんに安心してもらうために、内容を今後も丁寧に説明するとともに、規模についても政治がどのように考えたのか丁寧に説明し、不透明な時代にしっかり対応できる経済対策であるということを説明し、国民の皆さんの安心につなげていきたいと考えております」
――今週の予算委員会で総理は令和6年秋の健康保険証廃止後にマイナンバーカードを持たない人にも、資格証明書ではない制度を作ると答弁した。この新たな制度というのは何を指すのか。カードを何らかの形で作らない人、作れない人、取り残される人をつくらないために、どのような対策をとるのか。
「マイナンバーカードと健康保険証の一体化についてはメリットを早期に発現するために、令和6年秋に保険証の廃止を目指すとしており、保険証の廃止後はマイナンバーカードで保険診療を受けていただくのが基本です。一方、保険料を納めている方については保険診療、受けられるようにする、これは必要なことです。紛失などの何らかの事情により、手元にマイナンバーカードがない方が、保険診療を受けられる制度を用意する必要があると考えています。さまざまな例外的なケースや資格を確認する方法などの、さらに細部への対応を充実させるための方策について、広く国民の皆さんの声を踏まえた、丁寧な検討を行うために、関係府省による検討会を設置し、円滑に移行できるよう環境整備を行ってまいりたいと思っています。マイナンバーカード、医療機関を受診することによって、健康医療に関する多くのデータに基づいた、より良い医療を受けていただくことができるなどメリットがある他、現行の保健所には顔写真がなく、なりすましによる受診が考えられるなど課題もあります。こういったことを考慮して、保険証を廃止していくという方針を明らかにした次第であります」
日中首脳会談「何も決まっていない」
――役所の連絡会議だけではなく、民間の専門家などを入れた検討委員会を作って、抜本的かつ長期的なカルト対策に取り組むつもりはないか。
「旧統一教会の問題については、政府としては、一つは宗教法人法に基づいて手続きを進めていくことによって、実態を把握し、実情を明らかにしていく取り組みを進める。もう一つが、省庁として合同の相談窓口を作りましたが、この窓口機能をより充実し、受けた相談を、適切にそれぞれの分野の専門家につなげていく。そして将来に向けてこうした事態が再発しない、あるいは被害が拡大しないために、消費者契約法をはじめとするさまざまな法律を改正して、仕組みを、制度を考えていかなければならない。実態把握、現状の救済、再発防止の三つを並行しておこなっていかなければならない」
「そして、宗教法人法の手続きとして、まずは文部科学省において報告聴取、質問権の行使に向けて、取り組み手続きを始めているわけですが、その中にあってさまざまな関係者の声を聞かなければならない、それはその通りだと思います。担当部局であります文化庁の宗務課の体制についても、思い切って拡充し、人員8名でありましたものを来月には38名に拡充をいたします。そして法律や会計の専門家の協力を得つつ、他省庁が把握している情報の提供を受けるとともに、被害者や旧統一協会問題をよく知る弁護士による団体などからも情報提供を得て、必要な協力を得ていく。政府としては文部科学省において、宗教法人法に基づいて、客観的な事実が得られるよう報告聴取、質問権の行使を適切に行使していくことを考えております」
――異例の3期目に突入した中国の習近平総書記(国家主席)をどう評価し、どのように付き合っていく考えか。日中首脳会談の見通しは。
「現時点で日中首脳会談については、具体的な日程は何も決まっておりません。先般、中国共産党の党大会などを経て、習近平氏を党の総書記とする新しい指導部が選出されました。基本的に他国の政党の活動についてコメントすることは控えなければなりませんが、本年は日中国交正常化50周年という大きな節目の年です。そして、両国間には現在でもさまざまな可能性がある一方で、さまざまな課題とか、懸案も多くあります。そういった中でありますので、やはり主張すべきものは主張をし、そして責任ある行動を求めていく、こうした姿勢は大事だと思います」
「しかし、合わせて諸懸案も含めて、対話はしっかり積み重ねたいと思います。共通の課題については協力をすることも考えていくべきだと思います。こうした取り組みを通じて、建設的かつ安定的な日中関係を双方の努力で構築していきたいと思います。そしてその際に首脳レベルのみならず、議員外交もあれば市民外交もあれば、文化やスポーツ、さまざまな分野の外交というものがあります。こうした重層的なやりとりを行っていくことが重要であると思います。こうした基本的な考えに立って、ご指摘の日中首脳会談の具体的な対応についても考えていきたいと思っています」
――実質的増税であるインボイスの導入根拠を改めて答えてほしい。
「これは何といっても複数税率の中で、適正な課税を確保するために必要である。これが基本であり、何よりも重要な理由であると思っている。国民の皆さんに説明をし、さまざまな不安に応えていかなければならない、これが政府の基本的な姿勢であると思っています。これまでもさまざまな説明あるいは支援を行っていましたが、まさに今日説明している総合経済対策の中においても、持続化補助金について、このインボイス発行事業者が転換した場合に、補助金上限額が一定引き上げですとか、あるいはIT導入補助金について、インボイス対応のための会計ソフトを購入できるよう、補助対象の拡大などさまざまな対策を用意したということであります。引き続き、説明努力を続けると同時に関係者の皆さんの不安に応えていくために、具体的な支援策をこれからも用意しながら、政府として万全の対応をとっていきたいと考えています。それ以外にも中小小規模事業者の皆さんの懸念に対し、さまざまな対策を用意していることを説明しながら、国民の皆さん理解を得ていきたいと思っています」
――既に原子力を活用する考えを示しているが、国として地元の理解などをどのように得て、再稼働を進めていくのか。
「原子力発電所については、原子力規制委員会が新規制基準に適合すると認めた場合のみ、その判断を尊重して、国が前面に立ち、地元の理解を得ながら再稼働を進める、これが政府の方針であります。そして再稼働が円滑に進むように、産業界に対して、事業者間の連携による安全審査への的確な対応を働きかける、そしてそれとともに、国が前面に立ち、関係者の理解と協力を得られるよう粘り強く取り組んでいく、こうした方針であります。再稼働をはじめとする原子力の議論に正面から向き合うために、GX会議において専門家の皆さんに議論をお願いをしています。この議論、年末に向けて続けることによって、GX改革の重要性が指摘される中にあって、ウクライナ情勢によって、エネルギーの安定供給の重要性が指摘されている。わが国のエネルギー政策をどう進めていくのか。こうした大きな議論をGX会議においても、しっかり詰めていただき、その議論を踏まえて政府として対応していきたいと考えております」
●中国経済のこの10年の世界経済成長への寄与度はG7の合計以上に 10/28
38.6%、これは世界銀行が最新の報告の中で発表した中国の2013年から2021年までの世界経済成長への平均寄与度だ。そしてこの数字は主要7ヶ国(G7)の寄与度の合計を上回っている。中国は世界経済成長の重要な牽引役として、その経済には強靱さと活力がみなぎり、世界中の注目を集めている。
最新のデータによれば、今年第3四半期(7-9月)の中国GDPは前年同期比で3.9%増加し、成長率は第2四半期(4-6月)を大幅に上回った。米経済紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」の報道によれば、中国経済の第3四半期の成長率は第2四半期を大幅に上回り、市場の期待も上回ったという。
53兆9千億元(1元は約20.2円)から114兆4千億元へ、これは2012年から2021年までの中国経済規模の飛躍的な成長を示す数字であり、中国経済は今や世界2位をキープしている。
6.6%!これは2013年から2021年までの中国経済の年平均成長率だ。この数字は同期の世界平均の2.6%を大幅に上回り、また発展途上国・地域の平均の3.7%も上回るものだ。
この10年間、中国経済の構造調整が着実な成果を上げた。中国製造業の付加価値額が世界に占める割合は22.5%から30%近くへと上昇し、ハイテク製造業と設備製造業が全国の一定規模以上の工業企業(年売上高2000万元以上の企業)の付加価値額に占める割合は2012年の9.4%と28%から、2021年の15.1%と32.4%に上昇した。最終消費支出の経済成長に対する寄与度は21年は65.4%に達し、12年に比べて10ポイント上昇して、消費は経済成長の1番目の原動力になった。固定資産投資の年平均成長率は9.4%に上り、経済の安定的な運営を効果的に支え、経済成長の促進と供給構造の最適化における重要な役割が絶えず強化されてきた。
この10年間、中国がグローバルバリューチェーンのミドル・ハイクラスへと加速的に前進するにつれて、注目される国の代表的な製品が次々に登場した。「天問1号」は火星着陸に成功、「嫦娥4号」は初めて月の裏側を探査、時速600キロメートルで走る磁気浮上交通システム(リニアモーターカー)がラインオフ、国産大型旅客機「C919」は運航に必要な安全認証の型式証明を取得したなど、メイド・イン・チャイナはその力強い確かな実力は日増しに高まっている。
英オックスフォード大学技術・管理発展研究センター(TMCD)のセンター長を務める英国学士院会員の傅暁嵐氏は、「政府と市場という2つの『駆動装置』を備えた中国のイノベーション発展の道は、過去10年間の中国経済の発展に絶えず新しい原動力を注入し、また他国の手本にもなった」との見方を示した。
この10年間、中国国民の平均所得は新たな飛躍を遂げた。21年の平均国民総所得(GNI)は1万1890ドル(1ドルは約146.2円)に達し、12年の2倍になった。世界銀行が発表した平均GNIランキングでは、中国の順位は12年の112位から44位上昇して21年は68位になった。
この10年間、中国の高いレベルの対外開放が着実に推進されてきた。中国は今では140を超える国・地域の主要貿易パートナーで、世界1位の物品貿易大国だ。年間の実行ベース外資導入額は7千億元あまりから1兆1500億元に増加し、対外投資のストックは6千億ドル足らずから2兆7千億ドル超へ増加した。中国はこれまでに149ヶ国、32の国際機関との間で「一帯一路」(the Belt and Road)の共同建設をめぐる協力文書200件以上に調印した。中国と欧州20数ヶ国を結ぶ国際定期貨物列車「中欧班列」の運行本数は増加を続け、国際産業チェーンの安定とスムーズな流れを維持した。経済グローバル化が逆流に直面する状況の中で、中国は中国国際輸入博覧会をはじめとする経済貿易関連のイベントの開催を相次いで成功させてきた。
より開放的な中国が、世界経済の中でますます重要な役割を果たしている。21年の中国の国内総生産(GDP)は世界に占める割合が18.5%になり、12年に比べて7.2ポイント上昇した。中国はグローバル物品貿易世界1位の地位をますます確かなものにし、世界の物品貿易に占める割合は12年の10.4%から21年の13.5%に上昇した。人民元は16年に国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)を構成する通貨バスケットに正式に組み込まれ、グローバル貿易の決済に占める割合が上昇し続けている。中国国債はブルームバーグ・バークレイズ、JPモルガン・チェース、FTSE Russell(フッツィー・ラッセル)などのグローバルインデックスに相次いで組み込まれた。18年から21年までの間に、海外資本が保有する中国国内の株式や債券の純増額は累計7千億ドルを超え、年平均成長率は34%だった。
この10年間の質の高い発展によって、中国経済は世界経済のエンジンの地位をますます確かなものにし、国際社会で幅広く評価された。ブラジルの経済学者ロニー・リンス氏は、「私たちは重大な国際問題と世界経済に対する中国の参加と寄与から離れることができない」と評価した。
世界経済フォーラムのボルゲ・ブレンデ総裁は中国経済の中長期的な見通しを楽観視している。ブレンデ氏によれば、これからの中国経済の安定成長は中国自身に関わることであるだけでなく、世界経済の成長推進に対しても極めて重要な意義を持つことだという。 

 

●もっと前向きに人生を楽しむ 私の「生き方」を変えた一冊 10/29
各界のCEOが読むべき一冊をすすめるForbes JAPANの連載、「CEO’S BOOKSHELF」。
今回は、groovesの池見幸浩が「LIFE SHIFT─100年時代の人生戦略─」を紹介する。
日本人の平均寿命(2020年)は、男性が81.6歳、女性は87.7歳と、ここ9年間で過去最高を更新し続けています。現実味をおびてきた「人生100年時代」をどう生きるのか──。「LIFESHIFT」は、多くの人が抱えている漠然とした不安にヒントを与えてくれる一冊であり、長寿国の日本で大ベストセラーになったのもうなずけます。
私も、著者のリンダ・グラットン氏が2012年に発刊した『WORK SHIFT』に感銘を受け、本書も発売と同時に読み始めました。そして、長く生き、長く働くためには、暮らし方や働き方を変えて、もっと前向きに人生を楽しむことが大切であり、このトレンドは今後、世界でますます強くなると感じたのです。
そこで私は、自分自身と家族がリフレッシュできる環境づくりから始めました。東京から海の見える湘南に引っ越し、朝は娘と海を散歩したり、休日はサーフィンや釣りを楽しみました。同時に、会社全体の働き方も17年ごろからリモート前提の働き方に変え、ビジネスモデルも大きく転換させたのです。
当社はHRTechサービスを展開しており、当時は東京の人材を東京の企業に紹介するという一極集中型のビジネスモデルでした。しかし、新型コロナウイルス感染拡大前のGDPを見ると、東京都の稼ぐ割合はたった17%。GDPの大半を稼ぎ出している地方には、歴史ある優良企業が多くあり、グローバルに事業を展開している企業が多数存在しています。
優秀な人材は東京に集まりがちですが、現実的に住みにくい街です。優秀な人材が地方の優良企業で最先端のキャリアを築いていくという働き方があってもいいのではないか。そこに、当社の価値があるのではないかと考えるようになりました。
当社は現在、全国18の地域の金融機関と提携し、北海道から沖縄までオンラインで多くの優良企業と優秀な人材を繋いでいます。テクノロジーを活用し人材の適正な配分を実現すれば、日本のGDPをもっと上げることができます。私がつくりたいのは、そういう世界です。
そしていま、私は日本をより豊かにするため、海外の優秀な人たちとともに働く社会を作ろうとマレーシアで新たな事業を展開しています。日本は世界最大の長寿国であり、世界で今後起こりうる課題を抱えた縮図のような国です。だからこそ、先陣を切ってさまざまなチャレンジをすれば、よりよい豊かな国になれるはずです。
私は本書から自分の生き方を学びました。働き方も幸せも人それぞれです。皆さんも自分らしい人生を見つけるために「LIFE SHIFT」をぜひ実践してみてください。 

 

●公務員の付加価値とは?  10/30
1. 経済活動別にみる日本経済の変化
前回は、社会支出(Social Expenditure)について、対GDP比の比較をしてみました。
日本は、高齢者への支出がそれほど多くなく、保育など家族への支出が極端に少ないという特徴があるようです。再分配が十分に機能していない事を踏まえるならば、このあたりのバランスに改善の余地がありそうですね。
経済について考える際に、データに基づかない思い込みや、昔の知識がアップデートされていないだけといった状況に陥りがちですね。
「公務員は付加価値を稼いでいないから無駄なので可能な限り削減すべき」といった意見も、その典型ではないでしょうか?
このような意見の背後には、付加価値と利益の混同などもありそうです。
仕事は顧客への価値提供の代行業ですね。付加価値はその仕事の価値を金額に直したものになります。
具体的な計算方法としては、売上高から外部購入費用を差し引いたものという控除法が用いられます。もう1つは、人件費に諸経費を加えた加算法という計算方法もあるようです。
今回は公務員の付加価値に着目することで、仕事の価値について再確認してみたいと思います。
まずは、日本のGDPについて確認してみましょう。
   図1 日本 GDP 生産面
図1はGDP生産面の産業別GDPの推移です。
日本は最大産業の工業のGDPが目減りしている反面、公務・教育・保健のGDPが成長しています。ただ、OECDのデータでは公務・教育・保健と一括りになってしまっていて、公務や公務員についてのデータが切り分けられていません。
   図2 ドイツ GDP 生産面
図2がドイツのグラフです。
工業が圧倒的に存在感があり、なおかつ大きく成長しているのが特徴です。工業に続いて成長しているのが公務・教育・保健です。
実は、他の主要国も多くがこの公務・教育・保健の分野が大きく成長しているという特徴があります。
特にアメリカなどの主要国では、この公務・教育・保健が最大産業となっています。
   図3 GDP 生産面 アメリカ、フランス、イギリス、韓国
図3はアメリカ(左上)、フランス(右上)、イギリス(左下)、韓国(右下)のGDPの推移です。
韓国は工業国らしく工業(赤)が大きな存在感を発揮していますが、アメリカ、フランス、イギリスは公務・教育・保健(緑)の公共性の高い産業が最大産業です。
今回はこの公共的な産業の中身や、公務員の仕事について着目してみましょう。
2. 「公務員の仕事」とは?
公務員の仕事と聞けば、まずイメージするのが役所などでの公務の仕事ではないでしょうか? あるいは、警察官や消防署職員などのイメージも強いかもしれませんね。
OECDのデータでは、公務について分けられていないので、今回は日本の経済活動別GDPのデータを見てみましょう。
   図4 日本 経済活動別国内総生産 暦年 名目値
図4は内閣府の公表している国民経済計算による経済活動別GDPのグラフです。1997年と2020年のデータになります。
2020年はコロナ禍により、経済に悪影響を及ぼした年になりますが、1997年よりも名目GDPが下がっている事になります(実質では成長しています)。
この統計では、OECDの区分で言うところの「公務・教育・保健」は分けて集計されています。つまり、図4中の「公務」「教育」「保健衛生・社会事業」です。
その変化を見ると、公務と教育はほぼ横ばいですが、保健衛生・社会事業は約20兆円程度のプラスで、大きく成長していることになります。
国内総生産は国内で生産された付加価値の合計です。この中に、公務や教育、保健といった公共性の高い産業も含まれていることになり、これらの産業も付加価値を生み出しているという事が確認できます。
公務はほぼ公務員の仕事と考えられると思います。教育や保健衛生・社会事業は公共的な産業で公務員の仕事は多いと思いますが、民間の仕事も多く含まれていると思いますので注意が必要です。
OECDのデータも、内閣府のデータも国際標準産業分類(ISIC REV4)に基づいて産業を分類しているようです。これらの産業にどのような項目が含まれるのか、もう少し詳細に確認してみましょう。
   表1 公務・教育・保健の詳細
表1が公務・教育・保健の内訳となります。区分の階層は若干アレンジしています。
いわゆる公務員の仕事のイメージは公務という事になりますが、教育や保健衛生及び社会事業にも政府・公務員の仕事と呼べるものが多く含まれそうです。
身近なイメージでは国公立の学校教育や、社会福祉事業などですね。その他にも、各産業に政府の仕事が含まれているようです。
・ 電気・ガス・水道・廃棄物処理業のうち、下水道、廃棄物
・ 運輸・郵便業のうち、水運施設管理、航空施設管理(国公営)
・ 専門・科学技術、業務支援サービス業のうち、学術研究
・ その他のサービス業のうち、社会教育
これらの社会としての基盤を支える公共性の高い経済活動も、公務員が働く事で付加価値を生んでいるという事になります。
3. 労働者数の変化も見てみよう
付加価値だけでなく、労働者数の変化も確認してみましょう。
   図5 日本 経済活動別 就業者数 暦年
図5は経済活動別の就業者数です。
就業者数とは、国民経済計算の中で以下のように定義されます。
「あらゆる生産活動に従事する者をいい、雇用者とは、就業者のうち自営業主と無給の家族従業者を除くすべての者をいう。」
日本の統計は、「従業員」「有業者」「雇用者」「従業者」「就業者」など、労働者についての定義や範囲が統計ごとに異なるので、実態がつかみにくいです。
日本は人口減少が続いているわけですが、就業者数は微増しています。
経済活動別にみると、製造業、建設業などボリュームの大きな産業の就業者数が大きく減っている反面、専門・科学技術、業務支援サービス業や保健衛生・社会事業の就業者数が大きく増加しています。
以前も取り上げましたが、これらの変化は、主要国全般にみられる変化ですね。
一方で、就業者の区分として、「市場参加者」、「政府」、「対家計民間非営利団体」という分け方もあるようです。
   図6 日本 区分別 就業者数 暦年
図6が区分別の就業者数です。
市場生産者が大多数(約90%)になりますが、政府が400万人(約6%)、対家計民間非営利団体が230万人(約3%)となります。対家計民間非営利団体の就業者数が80万人も増えています。
政府は一般政府の労働者でいわゆる公務員にあたりますが、対家計民間非営利団体とは何でしょうか?
対家計民間非営利団体は、以下のように定義されているようです(国民経済計算年報 用語解説より)。
「対家計民間非営利団体は、政府によって支配、資金供給されているものを除き、家計に対して非市場の財貨・サービスを提供する全ての我が国の居住者である非営利団体が含まれる。具体的には、私立学校、政治団体、労働組合、宗教団体等が含まれる。」
   図7 日本 経済活動別 名目GDP・就業者数 変化量
経済活動別の名目GDPと就業者数の変化量を相関図にまとめたのが図7です。
専門・科学技術、業務支援サービス業と保健衛生・社会事業の2つの経済活動が大きく就業者数もGDPも増加しています。これらの産業は生産性(就業者1人あたり付加価値)が比較的低い産業です。
2020年の全産業の就業者1人あたり付加価値が791万円に対して、専門・科学技術、業務支援サービス業は591万円、保健衛生・社会事業は502万円です。
一方、生産性の比較的高い製造業が、大きく就業者数もGDPも減らしています。製造業の就業者1人あたり付加価値は、2020年で1,005万円です。
日本のGDPが成長しない背景には、このような産業構造の変化も影響しているのかもしれませんね。
一方で、他国は日本よりも公共性の高い産業の労働者が大幅に増えつつ、全体のGDPも大きく成長している事実もあります。
4. 日本の公務員は少ない?
日本はこのように、公共性の高い産業が成長していますが、他国に比べるとまだ規模としてはそれほど大きくないようです。また、日本は公務員の人数が少ないという事も指摘されているようです。
図5からすると、日本の公務員は約400万人で労働者の6%程度に相当しますが、実際に他国と比較するとどの程度なのでしょうか?
   図8 公務員の割合 対労働者数 2016年
図8が一般政府で働く公務員の労働者に対する割合を比較したグラフです。
日本は5.9%で、OECD33か国中断トツの最下位になるようです。上位には高福祉高負担と言われる北欧諸国やフランスが並びます。
公務員の割合 2016年
   単位:% 33か国中
   7位 22.1 フランス
   11位 19.4 カナダ
   19位 16.2 イギリス
   21位 15.3 アメリカ
   24位 13.7 イタリア
   30位 10.6 ドイツ
   32位 7.7 韓国
   33位 5.9 日本
   平均 18.0
OECDの平均値が18%程度になりますが、日本はその3分の1程度ですね。
日本は公務員の人数が圧倒的に少ない国と言えそうです。
5. 公共 ≒ ムダという勘違い?
今回は、公務員の付加価値について取り上げてみました。
公務や社会事業など公共性の高い経済活動も付加価値を生んでいます。当然それらは私たち国民の安全を守ったり、知識・教養を高めたりと、生活を豊かにする価値ある活動ですね。
仕事は価値を提供する代行業で、その価値を金額的に表したものが付加価値であることを考えれば当然と思います。
ただし、公務員や対家計非営利団体は、市場生産者ではないため、利益を追求する存在ではありません。市場でその価値を問われ、サバイバルする存在でもありません。その代わり、受益者である国民からは常に厳しい監視を受ける活動でもありますね。
SNSなどを見ても、純利益を生まない活動=無駄といった意見をよく目にします。確かにこれらの経済活動は純利益は生み出さないかもしれませんが、付加価値を生んでいます。
その付加価値は、主に人件費+経費という加算法によって計算されているようです。つまり、少なくとも労働者のお給料分は価値が生まれているという考えになるわけですね。
日本は付加価値が増えずに、経済が停滞しています。
日本企業は付加価値が増えていませんが、純利益は増えています。
日本の労働者は付加価値の分配である給与が増えていません。
経済活動において、まず重視すべきは利益でしょうか? 付加価値でしょうか?
他国と比較すると日本は仕事や付加価値の考え方が異質な感じがしますね。公務員の付加価値という点を考えてみても、日本の経済観の特殊性が垣間見えるのではないでしょうか。
皆さんはどのように考えますか?
●NATO覚醒という光明 10/30
ロシアによるウクライナ侵略という蛮行、これに肩入れする姿勢を見せる中国の威圧的な海洋侵出、そしてこの2国を後ろ盾とする北朝鮮が弾道ミサイルの発射を繰り返していること。これらにより日本の安全保障環境は暗澹(あんたん)たる雲行きになっている。
もし光明があるとすれば、それは北大西洋条約機構(NATO)諸国の変化だろう。日米同盟と同じく、米国との同盟であるNATOに加盟する諸国は、日本とも民主主義の価値観を共有しているが、ここにきて中露の脅威に覚醒し、国際秩序に対する両国の挑戦に対応しようとしている。
この6月に採択されたNATOの新しい「戦略概念」は、これまで戦略的パートナーとしていたロシアを「最重要で直接的な脅威」と位置づけ、同盟国の主権と領土的保全に対するロシアによる攻撃の可能性を軽く見ることはできないと危機感をあらわにしている。そしてロシアと連携を深める中国については、「中国が表明している野心と威圧的な政策は、我々(われわれ)の利益と安全保障および価値への挑戦である」と明言している。
要するにNATOは新しい「戦略概念」で、ロシアと中国のような権威主義国家が自分たちの利益、価値、そして「民主主義的な生活様式」の脅威になっていると、はっきり見定めたのである。そのうえでNATOは、欧州・大西洋地域の平和と安定がインド太平洋地域の平和と安定と不可分の関係にあるという前提に立って、日本やオーストラリア、ニュージーランド、韓国などアジア太平洋の「パートナー」諸国との連携を強めようとしている。
日本はこのNATOの「覚醒」にあわせて、NATO諸国との連携を深めるとともに、わが国自身の防衛力を抜本的に強化していかねばならない。それにより、中国の海洋侵出や挑発行為など冒険主義的な言動を牽制(けんせい)し、日本有事はもちろん台湾有事の発生をも抑止する力を持ちたいところである。
政府は「骨太の方針」で、防衛費については、NATO諸国の防衛費努力目標である国内総生産(GDP)比2%をめどに増額することを表明しているが、このことについて国内では、「数字ありき」ではだめだという指摘もある。必要なのは、どんな防衛力が必要なのか個々に検討し、その予算を積み上げることであり、先に全体的な「2%」という目標の数字を定めるのはおかしいという考え方だ。
だが、いまは日本の個別的な防衛力の増強だけが問題なのではない。日本がNATO諸国との連携の意思と覚悟を明確に示すためには、やはり共通する「2%」という数字が大切である。
それに、これだけの防衛費を使うことができれば、日本の防衛力はミサイル迎撃の技術向上を含む防空能力の強化や、継戦能力の拡充などで十分抜本的に強化することができる。その意味でもこの数字を実現することが重要なはずだ。
●大軍拡 平和と暮らし破壊 異次元の膨張路線 10/30
「いわゆる敵基地攻撃能力も含め、あらゆる選択肢を排除せず、防衛力を抜本的に強化する」―。岸田文雄首相は歴代政権で初めて違憲の敵基地攻撃能力の保有検討を表明し、そのための大軍拡の検討を指示しました。既に政府内の有識者会議や与党協議がスタート。年末には、新たな国家安全保障戦略など「安保3文書」の決定にあわせ、5年以内に軍事費2倍化を狙っています。「軍事最優先」だった戦前の反省を踏まえた国家財政の構造を大きく変える危険があります。
   グラフ:日本の軍事費の推移
戦後、初めて計上された軍事費は1310億円。1950年度、自衛隊の前身である警察予備隊の編成に伴うものです。憲法9条で「戦力不保持」を掲げているにもかかわらず、日本は60年の日米安保条約改定以降、右肩上がりの軍拡を続けてきました。第2次安倍政権期の2016年度、ついに当初予算で5兆円を突破。22年度は約5・4兆円を計上しています。さらに、12年度以降、補正予算への軍事費計上も常態化。事実上、「準軍事費」になっています。
「GNP比1%」
最初の「防衛計画の大綱」を決定した1976年、当時の三木政権は軍事費の上限を定める「GNP(国民総生産)比1%」枠を決定。87年に中曽根政権が同枠を廃止しますが、その後も「GDP(国内総生産)比1%」が一定の目安になってきました。
ところが今年に入り、ロシアのウクライナ侵略に乗じた大軍拡論が噴出。岸田首相は、「5年以内の防衛力の抜本的強化」をバイデン米大統領などに相次いで対外公約し、「GDP比2%の国防費」という「NATO(北大西洋条約機構)基準」採用の検討に入りました。
具体的には、23年度から毎年度、1兆円ずつ積み増して、27年度に10兆〜11兆円程度にする案を検討。23年度から27年度まで、6・5兆円以上→7・5兆円以上→8・5兆円以上→9・5兆円以上→10・5兆円以上―と段階的に引き上げ、5年間で合計42兆〜43兆円となります。
国民生活に影響
年間11兆円規模になれば、日本の軍事費は米中に次ぐ世界第3位になり、「専守防衛」や「軍事大国にならない」ことを掲げた防衛政策の基本を完全に逸脱します。
しかも、軍事費が5兆円を超えるまで60年以上かかったのに対して、岸田政権はわずか5年間で5兆円を積み増そうとしています。戦後、これだけ急激な軍拡は例がありません。少子高齢化や世界的な物価高の中、こうした異次元の軍拡を強行すれば、国民生活に深刻な影響を与えるのは必至です。政府・与党内では既に、国民負担を求める声が出ています。
暮らし切り捨て財政
   図1:防衛関係費と他の非社会保障関係費の対前年度増減額の累積額
軍事優先・暮らし切り捨て財政は既に始まっています。2013年度以降、軍事費は10年連続で前年度を上回り、8年連続で過去最大を計上。財務省の財政制度等審議会は5月25日付の建議で、こうした一貫した増加は「他の経費の削減・効率化によって実現できたものである」と指摘しています。
建議によれば、15年度〜22年度で軍事費は約4千億円増えましたが、文教科学費は約640億円増にとどまっています。また、『東アジア戦略概観2022』(防衛省防衛研究所)によれば、2000年度〜19年度の主要費目の増加率(決算ベース)では、軍事費123・9%に対し、文教科学費は97・3%にとどまっています。
日本の教育予算は、いわゆる先進国の中で最低水準にあります。経済協力開発機構(OECD)が3日に発表したデータによれば、日本の国内総生産(GDP)に占める教育機関への公的支出の割合(19年時点)はOECD平均4・1%を大きく下回る2・8%で、データのある加盟37カ国中36位です。
   図2:OECD加盟国―教育への公的支出
仮に軍事費2倍化相当のお金を教育予算に回せば、小中学校の給食費無償化、高校・大学の学費無償化など、ほぼすべての教育無償化が実現できます。
国民負担増 当然視の声
また、前出の財政審建議によれば、軍事費が4千億円増える一方、中小企業予算を含む「その他」が3千億円以上減っています。20年度以降、中小企業は新型コロナウイルスの感染拡大で危機的状況に陥りました。しかし、政府は持続化給付金などの拡充どころか、22年度に同予算を減額。一般歳出全体に占める中小企業予算の割合は11年連続で減っています。
ここ数年、中小企業予算は1700億円台で推移していますが、これは最新鋭のイージス艦「はぐろ」の建造費(約1730億円)程度でしかありません。防衛省は今後、さらに建造費だけで2500億円以上かかるイージス・システム搭載艦2隻の導入を狙っています。このお金があれば、どれだけの人が救われるのか…。
年間数百億円ずつの軍事費積み増しでさえ、国民の暮らしにこれだけの影響が出ています。毎年、1兆円ずつの積み増しになれば破滅的な影響は避けられません。
仮に消費税の増税で賄う場合、おおむね2%分、つまり現在の10%から12%以上への引き上げが必要になります。法人税・所得税増税の声も出ています。
社会保障費を削減した場合、たとえば公的年金の国庫支出分は半分近くが失われ、結果として約4千万人の年金受給者(公的年金の実受給権者)は1人あたり年間12万円以上削られます。医療費の場合、現役世代の3割自己負担が6割まで拡大します。
政府内では「自分の国は自分で守るのだから、国民全体で負担することが必要」「(国民に)当事者意識を持ち、幅広く負担してもらう」(9月30日の政府有識者会議)、「国民全体で幅広く負担するのが基本」(28日の財政審分科会)などと、国民の負担増を当然視する議論が相次いでいます。
「2倍でも足りない」
   図3:軍事費「NATO基準」だと…
衝撃の“緩和”措置として、財務省などが強調しているのは、他国への軍事援助や恩給費なども軍事費に含める、NATO基準に基づく算出です。防衛省によれば、これを21年度予算に当てはめた場合、同省予算(補正を含む)に海上保安庁予算などを合わせて総額約6・9兆円(=内訳別項)で、GDP比1・24%になります。
ただ、すべてのNATO加盟国がこの基準を採用しているわけではなく、国際的にも軍事費の明確な定義は存在しません。仮にNATO基準で“見た目”の額を増やしても、なお「GDP2%」と開きがあります。
しかも、自民党内にはNATO基準でさえ不満の声が出ています。萩生田光一政調会長は9月23日配信のインターネット番組で、「海保の船を造ったから2%から引いてほしいという話を聞く用意はない」と発言。「本当に必要なものを積み上げたら2%では足りない」と述べ、軍事費2倍化をさらに超える金額を要求しました。
前出の「東アジア戦略概観」は、過去20年間、軍事費が優遇されてきた事実を認めつつ、「中国が日本を上回るペースで国防費を増加させている」と指摘。「日本の財政事情が厳しいことは周知の事実」だとしながら、「仮に中国との関係で抑止が破綻した場合のコストは…(軍事費増額分では)とどまらないだろう」と述べ、大軍拡の受け入れを要求しています。「中国脅威」を利用した、悪質などう喝です。
周辺国との緊張をいたずらに高め、国民がみずからの生活を犠牲にして「国防」に協力するのではなく、憲法9条に基づく外交を通じて国際環境の改善に力をつくし、国民生活も向上させる―これが日本の歩む道です。  
●5年で1兆円支援!生産性と賃金向上を目指す「リスキリング」で学ぶべきこと 10/30
政府が、個人のリスキリング(学び直し)支援に5年間で1兆円を投じる方針を示すなど、リスキリングに対する関心が高まっています。リスキリングとビジネスのIT化は不可分の関係にありますが、リスキリング=プログラミングの勉強と誤解している人も少なくありません。
日本企業は諸外国の企業と比べ、人材教育に投じる資金が著しく少ないという特徴があります。日本企業が社員教育に投じる金額(対GDP比の比較)は、欧米と比較すると10分の1から20分の1と、極めて低い水準にとどまっています。従業員のスキルアップが進まないと、ビジネスのIT化もままなりません。日本全体のIT投資額は、90年代以降、ほとんど増えておらず、3倍から4倍に拡大させた諸外国との差は決定的です。
従業員のスキルアップが進まず、結果としてIT投資が活発化しないため、企業の生産性と賃金の低下という悪循環を生み出しているわけです(労働生産性と賃金には密接な関係があり、生産性が向上しないと賃上げは実現しません)。
こうした状況を打開するための方策のひとつとして注目を集めているのが、従業員のリスキリングです。
諸外国では、従業員に対して豊富な教育機会を提供することは、ごく当たり前となっています。ドイツにあるボッシュという自動車部品メーカーは、全世界に約40万人の従業員を抱えていますが、3000億円を投じて本格的な社員のリスキリングを進めています。これによってほぼ全社員が、何らかの形でITに関連したスキルを獲得できるそうです。日本でもこうした動きを受けて、社内教育を拡充するところが増えてきました。
リスキリングの動きが一部の企業にとどまらないよう、政府も1兆円の予算を投じて、支援する方針を表明したわけですが、世間からの反応は今ひとつのようです。リスキリングそのものは、日本人の賃金を引き上げる有力な方策のひとつですから、ぜひ国全体で進めていくべきだと筆者は考えますが、教育プログラムの中身について誤解が生じており、これが関心の低さに関係しているように思われます。
今、進められているリスキリングは、企業のIT化と密接に関係していますが、リスキリング=プログラミングという意味ではありません。IT化と聞くと条件反射的に「プログラミングはよく分からない」といった反応を示す人が多いのですが、20年前はともかく、今の時代においてIT化とプログラミングは直接関係しません。
最近はITシステムもさらに高度化されており、プログラミング作業の多くが自動化されています。企業にITシステムを導入する場合、かつてはSE(システムエンジニア)やプログラマーが企業の現場でヒアリングしながら、システムを手作りで構築していましたが、今は、一般社員が普段、操作しているパソコンと同じ感覚でシステムをデザインすることが可能です。
IT企業が提供するプラットフォームを使うことで、例えば、顧客名簿を作るシステムを作りたければ、画面にある各種部品(名前の入力、製品名の入力、品番入力)をマウスでドラッグ&ドロップして、たちどころに顧客名簿システムの画面をデザインできます。最終的にシステムに実装する際には、専門知識を持った人の作業が必要となりますが、システム開発の大半は、素人の社員でも対応できるのです。
ここで重要なのはプログラミングの知識ではなく、業務をどのようにシステム上に移植するのか、どうすればムダを無くせるのかという、業務やビジネスに関する知識です。むしろ、こうした知識というのは、日常業務でどれだけ成果を上げているのかに依存しますから、何かを教科書で覚えるという話ではありません。学ぶ必要があるとすれば、むしろ経営学やマーケティング、財務、統計などビジネス関連の知識でしょう。
また、業務をうまくIT化するためには、チーム内の意見をうまく集約化したり、各自が持っているノウハウやコツをうまくシステムに反映させる必要があります。コミュニケーションのスキルや言語化のスキル、あるいはプレゼンテーションのスキルを持っていることの方がずっと大事です。
リスキリング=プログラミングと考えるのではなく、一般的なビジネス能力をより高めていくと考えた方がより現実的でしょう。
リスキリングは一連のスキルを体系立てて学ぶ機会と捉えることが大事です。ITについては、技術者として活躍したい人を除き、ITを使って何ができるのか、どうすればビジネスをIT上に移植できるのかについて理解する程度で十分だと筆者は考えます。  

 

●モデルナがいち早く新型コロナウイルスのmRNAワクチンを開発できた理由 10/31
日本経済の低迷については、さまざまな要因が指摘されるが、最大の要因は、イノベーションの欠如である。イノベーションはどのような状況の下で生まれてくるのか。なぜ、日本では生まれないのか。4回にわたり、その原因を探っていく。第1回では、新型コロナウイルスワクチンをいち早く開発した米モデルナがイノベーションを起こした要因を検証する。
消費が伸びないのは所得が伸びないから 所得が伸びない理由はイノベーションの欠如
21世紀に入ってからここ十数年、日本では人口が減少するからダメだ、日本経済の将来は暗い、という見方が定着した。日本の人口減少がそれ自体として大きな問題であることには、異論はない。どのようにして少子化に歯止めをかけるのか、これは最大の政策課題といってもよい。
しかし、日本経済の将来との関係で人口減少を必要以上に強調するのは誤りである。スタンダードな新古典派成長理論を学んだ人には、人口増加率の低下は「1人当たりの所得」水準を上昇させる要因であることを思い出してもらいたい。1人当たりの所得を持続的に上昇させるのは、TFP(全要素生産性)の上昇、あるいはイノベーションである。
今年7月29日に公表された内閣府による「中長期の経済財政に関する試算」では、「成長実現ケース」で、2026年度までの5年間でTFP伸び率は年率1.4%に上昇すると想定している。
現状では0.5%だが、内閣府は、1982年から87年にかけてTFPの伸び率が5年間で0.9%上がったことを根拠に、1.4%への上昇は可能であるとした。
1980年代後半はプラザ合意後の円高不況からバブル経済に移行した時期だから、この時期の経験がどれほどの「根拠」になるのかは疑わしい。とはいえ、日本経済の将来がTFPの動向にかかっていることは事実である。
内閣府の試算では、「成長実現ケース」では2031年度までの平均経済成長率(実質)2%のうち1.4%がTFPによるものだし、より慎重な前提を置く「ベースラインケース」でも平均成長率0%台半ばのうち0.6%がTFPの貢献である。
つまり、今後の日本経済の成長のおよそ7割はTFPの上昇によってもたらされる。TFPの上昇は、狭義の「技術進歩」ではない。広く「ソフト」も含めたイノベーションの結果として生まれるものだ。先にも述べたとおり、それが「1人当たりのGDP(国内総生産)」、所得の上昇をもたらす。
しかし、第2次安倍晋三内閣がスタートした2012年からコロナ禍の始まる前の年2019年まで「アベノミクス」8年間の平均経済成長率は、米国2.3%、EU(欧州連合)1.6%であるのに対して、日本は0.9%と1%に届かなかった。個人消費の成長率にいたっては、米国2.4%、EU1.4%に対し、日本はなんと0.0%である。
GDPの6割を占める消費が不振な理由としては、そもそも所得が伸びないこと、そして社会保障や雇用など先行き不透明な将来への不安が大きいことが挙げられる。所得が伸びない理由には、労働分配率の低下もあるが、根本はやはりイノベーションの欠如である。
モデルナにはノベーションの全体像を描く「アーキテクト」が存在する
日本の労働生産性を国際比較した多くの研究は、日本ではとりわけ非製造業、サービス業の生産性が米国、ドイツなどに比べて著しく低いことを明らかにしている。
水準が低ければ、本来キャッチアップの余地があるはずなのだが、ギャップは容易に縮まらず日本の生産性は低いままだ。
日本ではイノベーションがなぜ起きにくいのか。日本企業の「起業家精神」「アニマル・スピリッツ」の欠如も指摘されることが多い。
今回、なぜ日本でイノベーションが起きにくいのかについてさらに深く考察するために、(1)新型コロナワクチンの短期間での開発に成功した米モデルナ、(2)EV(電気自動車)の製造・販売でトップに立つ米テスラ、の二つのケースにつき、両社のアニュアルレポートやプレスリリースのほか、幾つかの著作などを基に、正しいと考えられる事実関係を整理し、分析していく。
まず、米モデルナのケースを取り上げる。
従来、ワクチンは、研究開発から実用化までに少なくとも数年はかかるのが常識とされてきた。
しかし、米モデルナは、2020年初に新型コロナウイルス感染症の遺伝子配列を中国の科学者がネット上で公開してからわずか3日後、1月13日にmRNA(メッセンジャーRNA)を用いた最初のワクチン候補の設計を終え、2020年末には一般向けのワクチン接種を開始した。
なぜ、このような画期的なイノベーションが可能だったのか、事実関係を探ってみるとその要因を五つの点にまとめることができる。以下、順次解説してゆく。
   (1)イノベーションの全体像を描く「アーキテクト」の存在
ここで言う「アーキテクト」とは、必要なイノベーションの全体像を描き、それを推進し、成功させるための司令塔のことである。
2010年に米国マサチューセッツ州に設立されたモデルナでは、現在のステファン・バンセルCEO(最高経営責任者)がこの「アーキテクト」である。
彼はフランスの医療品会社のCEOを務めた経験もあって、それまで実用化できなかったmRNAを使ったワクチンの可能性に大きな期待をかけていた。
そのために必要となるイノベーションとして、高度な遺伝子解析技術、分子細胞生物学の専門的知識、さらには設計されたワクチンの製造プロセスの自動化、マーケティングのデジタル化などの重要性を認識していた。
同社においては、バンセルCEOとこれらの事項に関する2人の専門家が「アーキテクト」を形成している。
   (2)mRNAに関する基礎研究の理解と応用
mRNAを使った医薬品については、がんや糖尿病などの治療にも使える可能性があるとして、米欧各国において1970年代から研究が始められ、90年代にはワクチン製造のためのプロジェクトがスタートしていた。
モデルナは、こうして積み重ねられてきた研究成果をベースとして、2010年創業当初からmRNAを使ったワクチンや医薬品開発に集中的に取り組んできた。これが、今回、短期間での新型コロナワクチンの製造につながった。
「アーキテクト」を支えるエコシステム DXや高度専門人材の活用
   (3)アーキテクトを支える「エコシステム」の存在
イノベーションは「アーキテクト」の存在だけでは実現しない。「アーキテクト」の周辺に政府関係機関、さまざまな財団、関連の製薬会社などが存在することが必要不可欠であり、これがいわゆる「エコシステム」である。
モデルナは、多額の研究開発費をこうした「エコシステム」から得た(下のグラフ参照)。同社の研究開発の進捗状況やイノベーションの実現に向けて突破すべき課題などを「エコシステム」の中で共有できたことが、資金支援や技術面での協力にもつながった。
主な資金提供者としては、BARDA(米生物医学先端研究開発局)、DARPA(米国防高等研究計画局)の政府系機関、ビル&メリンダ・ゲイツ財団があり、アストラゼネカ、メルク、ヴァーテックスなどの大手製薬会社も、モデルナのイノベーション実現を技術面などからサポートした。
   図表:米モデルナの収益推移
   (4)DX(デジタルトランスフォーメーション)の活用
一般に医薬品の開発は、長い時間を要するとともにコストも膨大になる。mRNAを用いた全く新しい医薬品の開発は、当然、時間もコストも、一般の開発を上回る可能性が高い。
そのためモデルナでは、開発・製造・販売期間の短縮を図るとともに、研究開発・臨床実験・製造・出荷・販売に至るビジネスの各段階において、AI(人工知能)、データ集積・解析、ロボティクスなどのデジタルテクノロジーを積極的に導入、駆使することによって費用の圧縮に努めた。
同社において、こうしたDX化を強力に推進できた背景には、バンセルCEOとともに優秀なCDO(最高デジタル責任者)の存在が大きい。
   (5)専門性の高い人材の登用
長年にわたる基礎研究を重視するモデルナでは、医学の分野に限らず、法律の分野まで含めた幅広い人材、しかも博士号を有する高度な専門人材を常に登用してきている。新型コロナワクチンの製造が始まった2020年以降の人員増加の中にあっても、こうした方針は維持されている。
   図表:米モデルナの社員に占める高度専門人材の推移
同社のプロキシステートメントによれば、新型コロナウイルス感染症以外の治療薬の研究開発、さらにはさまざまな予防医療のための調査研究にも専門人材の貢献度は高く、同社の急成長を支える体制を作り上げている。
なお、モデルナ同様、2020年末に新型コロナウイルス感染症のワクチンを実用化させた独ビオンテックは、2013年にカタリン・カリコ博士を副社長として招いている。
カリコ博士は、元々ハンガリーで生化学の博士号を取得し、その後1985年に渡米し、ペンシルベニア大学などでmRNAの研究に従事した。2005年にはmRNAが人間の体内で引き起こす炎症反応を抑える画期的な技術を開発。これが、今回のmRNA新型コロナワクチンの実現につながった。
ビオンテックは、以前からがんの治療法としてmRNAに注目していたが、2013年にmRNAに詳しいカリコ博士を招聘し、生活習慣病を含め、さまざまな病気の治療薬などの開発に力を入れることとした。
招聘時には、必ずしも名声が確立していなかったカリコ博士の人材としての可能性を見抜いたことも、ビオンテックのイノベーション力である。
●日本の外交・安全保障 ゲームチェンジに備えを 10/31
ロシアのウクライナ侵略で国際情勢が激変するなか、日本は年末に向けて、国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画を改定する。抑止力の強化とは具体的にどのようなことに取り組めばいいのか。防衛費を増やすとして、どのような分野を手厚くしていくべきなのか。先端技術と日米欧の安全保障に詳しく、制服組として初めて国家安全保障局審議官を務めた長島純・元空将に聞いた。
予測されたロシアのウクライナ侵略
ウクライナで戦争が起きることは、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国、特にヨーロッパ各国は覚悟していたところがある。振り返ると、ロシアは2007年、エストニアに大規模なサイバー攻撃を仕掛けた。08年にはジョージアを侵略する。14年にはクリミアを併合した。ジョージアとクリミアへの侵攻では、ロシアはまず、偽情報の拡散とサイバー攻撃を併せて行い、相手を混乱させてから、軍隊を投入した。そうすることで、実際の軍事活動はいずれも4〜5日の短期間で終えることができた。バーチャルとリアルを組み合わせた、こうした戦い方はハイブリッド戦争と言われる。
しかし、ロシアはウクライナ侵略で半年を超える長期戦を強いられている。ロシアは今回も侵略前にウクライナに対してサイバー攻撃を行ったり、偽情報を流したりしたが、うまくいかなかった。兵力についても、五月雨式に投入しているうちに、NATOなどによるウクライナへの支援がより効果を上げるようになった。制空権を握ろうとしたが、ウクライナの防空システムに阻まれ、中途半端な戦いになってしまった。ロシアにとり、戦況を有利に進める環境とはならなくなっている。
色々な要因があると思うが、恐らくプーチン大統領に正確な情報が入っていなかったのではないか。ジョージアやクリミアのように短期間で戦争は終わり、ウクライナに 傀儡かいらい 政権を樹立することができるというような楽観的な見通しが上がっていたのかもしれない。権力が1人の人間に集中しすぎると、かえって真に必要な情報、特に不利な情報を含めて分析・加工したインテリジェンスが入りにくくなる。何より、ウクライナの国民の戦意というか、侵略に抵抗する心がこんなに強いとは思っていなかったのではないか。そこをロシアは非常に甘く見ていた。軍事的な力の大小、あるいは仕掛けるタイミングだけで、戦いの 帰趨きすう が決まるわけではない。
もう一つは欧米の準備だ。14年にロシアがクリミアを併合した時、これでロシアの膨張が終わると思っていた人はヨーロッパにはいない。プーチン氏は次もやるだろうと、欧州連合(EU)はサイバー攻撃やSNSで流れる偽情報といった新たな脅威に対処する中核的な研究機関を作った。NATOは東方への拡大を20年以上かけて続けてきた。ウクライナについても、08年のNATO首脳会議で将来的に加盟国にすることに合意している。今回、欧米からウクライナに急に装備品や情報が提供されているわけではなく、関係強化の積み重ねがある。
GDP2%は政治的な意思
日本の防衛費の増額に関連して、NATOの対GDP(国内総生産)比2%以上という目標がよく言及される。この2%という数字は、ロシアによるクリミア併合を受けて、同じ14年のNATO首脳会議で決まった。この数字は 精緻せいち な積み上げというよりも、ヨーロッパの秩序に挑戦するロシアには屈しないという加盟国の政治的な意思の表れに近い。多くの加盟国は冷戦終了後、経済を優先して、いわば平和の配当という形で国防費を下げていたが、クリミアの衝撃を受けて、10年かけて2%に上げる努力をする合意にこぎつけた。14年当時、2%をクリアしていたのは米国や英国など3か国だった。現時点では加盟する30か国のうち9か国がクリアしている。ウクライナ侵略を受けて、これまで1・5%程度と抑制的だったドイツも2%以上に引き上げる方向に大きく方針転換した。
NATOは能力についても向上させる努力をしてきた。冷戦時代は米国の核兵器による抑止力が効果を上げていたため、ヨーロッパ各国の通常兵力はあまり強力ではなかった。冷戦が終わり、1999年のコソボ紛争でNATOは空爆を行ったが、ヨーロッパで米国と一緒に軍事行動できる国は極めて限られていた。兵器が旧式で、米軍のシステムと連動させることができなかったためだ。同盟でありながら米国との能力差が歴然としたことで、ヨーロッパ各国はそのギャップを埋める努力をしてきた。
しかし、ロシアのウクライナ侵略を抑止することはできなかった。あらゆる手を尽くしたが、間に合わなかったと言える。ウクライナはNATOの加盟国ではないという一線もあった。NATOがウクライナの国内で作戦を展開すれば、逆にロシアはポーランドなどに侵攻しただろう。ヨーロッパ全体を巻き込んだ戦争にエスカレートすることは避けなければいけないというジレンマがあった。日本を含む西側諸国にとり、大きな教訓と反省になる。
いかに中国と向かい合うか
自由や民主主義、法の支配を守ることが問われる時代に入っている。我々は重要課題と考えるが、そうは思わない国もやはりあるということだ。中国もロシアも北朝鮮も、現在の国際政治の枠組みは米国が作った秩序であり、そのシステムを自分たちは認めない、あるいは自分たちがゲームチェンジャーになると言っている。その夢をかなえる手段として、軍事的な動きを活発化させている。日本はそうした国々と接しており、対処を誤ってはいけない。国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画をいま改定しなければならない理由がある。
我々はこれまで、「中国はこう言っているから、ロシアはああ言っているから、北朝鮮はこう言っているから、日本はこういう防衛の体制をとります。こういう外交をします」という発想でやってきた。そうではなくて、どういう状況が日本にとって一番いい状況なのかを考える。自分たちの国が生きやすいように周辺の環境を変えていく。本来はそれが戦略であり、外交と安全保障の柱であるべきだ。しかも、米国の力が相対的に落ちるなか、中国は力を増している。どうやって日本が生き残っていくのかを問われる歴史的なタイミングを迎えている。
米国は今年、新しい国防戦略を発表した。統合抑止という考え方だ。中国を最も重要な競争相手と位置づけて、日本を含む同盟国、同盟国でなくとも同じ志を持つ国々と連携していくことを打ち出した。戦略を立てる時のポイントは、相手の嫌がることを考えることだ。中国が嫌がるのは、ロシアがNATOの東方拡大を嫌がったように、インド太平洋地域で集団のような形で対抗されることだろう。
米国1か国ですべてに対処できる時代ではないのなら、まず全体として中国と向かい合うために必要な戦力はどれくらいなのかを検討する。そして、米国を中心としながら、どの部分を日本は担うのか、オーストラリアはどの部分を担うのかを考える。日米同盟でいえば、日米防衛協力の指針(ガイドライン)を見直すという流れになるだろう。役割分担を見直すなかで、日本はどんな装備品を持つべきなのかも明確になってくる。今回の改定はこうした流れを見すえながら、検討していく必要がある。
日本を守るための反撃能力
一方、中国もそうした米国の思惑を分かっているので、米国をできるだけ中国に近づけないような戦い方をするだろう。伊豆諸島からグアムに至る「第2列島線」の内側で米軍の作戦行動を阻み、南西諸島とフィリピンを結ぶ「第1列島線」の内側に米軍を進入させない戦略を描いている。「接近阻止・領域拒否(A2AD=Anti Access Area Denial)」と呼ばれる作戦だ。
米国は中国からの攻撃に備えて、兵力を1か所に集めず、グアムやハワイ、日本、オーストラリアなどに部隊を分散して展開させる戦術をとろうとしている。日本としては有事の際、米国が助けに来るまで、自力で持ちこたえる戦力を持つことが必須になる。反撃能力としても使える射程1000キロ・メートル程度のミサイルを保有したり、南西諸島の防衛に必要な弾薬などを確保して継戦能力を高めたりしておく必要がある。ミサイルの射程が1000キロ・メートル程度あれば、中国沿岸部や北朝鮮にも届く。日本を攻撃すれば、反撃される。相手がそう認識すれば、攻撃に踏み切るハードルは高くなる。あくまで日本の自衛のためであり、抑止力を高めるとはそういうことだ。中国はすでにこうしたミサイルを多数持っており、日本を射程に収めている。米国は中距離核戦力(INF)全廃条約を旧ソ連と結んで以降、こうした距離のミサイルを持っていない。明らかに力の空白が生じている。しかも、相手のミサイルは極超音速で飛んだり、変則的な軌道で飛んだりするなど、性能を上げている。
防衛費は増やす必要がある。先に述べたようにNATOにおける対GDP比2%は政治的な意思の表れでもあった。社会保障費など必要な予算も多いなか、国民の理解を得られるよう、具体的に議論をしてほしい。注意しなければいけないのは、防衛費を増やしたからといって、すぐに防衛力が1・5倍や2倍になるというわけではないことだ。装備品の調達や基地の改修には時間がかかるし、高度化する装備品を使いこなせる自衛隊員を育てる必要がある。何より戦略を持つことが大切だ。ミサイルを1000発持ちさえすれば、抑止力が高まるというわけではない。中国に対する抑止では、日本の離島への上陸を防ぐ、東シナ海における動きをけん制する、中国本土にある基地を射程に収めるなど、様々な場面がある。それらを総合的に考えて配備する作戦計画を持たなければいけない。そのために情報を収集する能力を高める必要があることは言うまでもない。
抑止力を考える時、米国による核の傘の実効性を高めていく必要もある。米国ときちんと情報共有していくべきだ。中国は軍備管理の枠組みに入らず、核弾頭を増やしている。北朝鮮も核開発をあきらめていない。ロシアはウクライナ侵略で核兵器を威嚇の手段として使った。NPT(核拡散防止条約)の体制は揺らいでおり、日本はこうした国々に囲まれている。米国はこれまで、核兵器について口を出されることは嫌だったし、日本も米国にお任せするという感じでやってきた。核の傘を担保していくため、この地域で米国と同盟を結ぶ韓国やオーストラリアなどとともに、米国と話し合う時期に来ている。
戦争を変える新たな技術
加えて、技術革新が指数関数的に進んでおり、安全保障のあり方を大きく変化させている。脅威は多様になっており、通常兵器のような目に見えるものもあれば、サイバー攻撃のような目に見えないものもある。現実の空間と仮想の空間が融合し、その境目があいまいになることで、作戦はより複雑になっている。技術自体も軍事用なのか、民生用なのか、簡単に割り切れなくなってきている。サイバー、宇宙といった新たな領域での備えを急ぐべきだ。
先に述べたように、ロシアはハイブリッド戦を仕掛けてきた。ジョージアやクリミアでは、軍事行動に先立ち、サイバー攻撃を行って政府機関やインフラ(社会基盤)の機能を停止させたり、SNSでフェイクニュースを拡散させたりして、大きな効果を上げた。ウクライナではうまくいかなかったが、今後もリアルとバーチャルを組み合わせて、主導権を握り、短期間で相手を制圧しようとする戦い方は続くだろう。中国もそうした思惑を持っている。
こうした作戦に対抗していくやり方も洗練され始めている。米国は今回、開戦前から情報機関などが集めたロシアの機密情報を積極的に公開し、ロシアの流す偽情報を打ち消してきた。ウクライナの国民がSNSで発信する情報や画像は、ロシア軍の動きを把握する手段として活用されている。ミサイルの飛び交うような、いわば古典的な戦争と並行して、新たな形の戦いが行われていると言ってよい。
これまでも技術は戦争を変えてきた。これまでと違うのは、技術革新のスピードが格段に早くなっていることだ。SNSで偽情報を流したりする作戦は認知戦とも呼ばれる。戦意を喪失させるビラをまくなど、不特定多数に対するプロパガンダは行われてきたが、その効果はよく分からなかった。しかし、スマートフォンに直接届く情報は一人ひとりの行動を確実に変えていく。4G、5Gと進化して、情報の伝わる速度とその量は桁違いに増えている。
かつては軍事技術が最先端を行き、民間に徐々に開放されてきた。電子レンジ、携帯電話、インターネット、GPS(全地球測位システム)などが代表例だ。現在はむしろ、AI(人工知能)、量子コンピューター、バイオテクノロジーなど、民間の技術の方が進んでおり、装備品に転用されている。デュアルユース(両用)と呼ばれ、軍事と民生の技術の境界ははっきりしなくなっている。ウクライナ軍は民生用のドローンを多く飛ばして、ロシア軍の動きを把握しており、反撃に効果を上げている。
サイバー空間と宇宙空間の対策
こうした技術革新の動きに積極的な国が中国で、軍民融合をうたっている。人が乗らず攻撃することのできる無人機を南西諸島や台湾の周辺に飛ばし始めている。日本はこれまで、陸海空の自衛隊にどれだけ能力の高い装備品、例えば戦車、戦闘機、艦艇をそろえるのかという考え方でやってきた。ただ、戦い方が領域横断的なものに変化するなか、陸海空それぞれの予算を単に増やせばいいという状況ではなくなっている。民間を含めて、先端技術の開発をどのように進めていくのか。サイバー攻撃や宇宙における妨害行為に対して、具体的にどういう体制で対処していくのか。そのための人材の育成や交流は進んでいるのか。縦割りではなく、横串を通すような戦略と司令塔を持つことを考えるべきだ。
米国も新しい国防戦略で、自分たちはシームレスに戦う、つまり境界なく戦うということを掲げている。サイバー空間や宇宙空間には本来、国境や主権というような概念はない。自由に使える国際公共財なのだが、中国やロシアはサイバー攻撃を仕掛けたり、宇宙で衛星の破壊実験をしたりしている。国連などにおけるルール作りでも、自らに有利になるよう積極的に動いている。新たな領域でも日米は協力する必要がある。米軍はインド太平洋地域に広く展開する部隊を指揮統制するため、サイバー空間や宇宙空間を活用している。こうした領域について、米軍と自衛隊の能力にギャップがあれば、同盟国として共同で対処できない懸念が残ってしまう。米軍との相互運用性を高めることを怠ってはいけない。 脆弱ぜいじゃく であれば、中国は必ず突いてくるはずだ。
問われる戦略的な安全保障
中国は8月、米国のペロシ下院議長が台湾を訪問したことに反発して、台湾周辺で大規模な軍事演習を行った。中国はミサイルを日本の排他的経済水域(EEZ)内に撃ち込んだ。演習区域となった台湾の東側は日本にとって重要なシーレーン(海上交通路)でもある。台湾有事は日本有事に直結することが証明された形になった。台湾有事となれば、沖縄にある米軍基地も恐らく標的となるだろう。
中国が台湾に侵攻するのかどうか。ウクライナ侵略でロシアの誤算が続いているのを見て、中国は台湾への侵攻は簡単ではないと思っているはずだ。それでも、 習近平シージンピン 国家主席は2049年の建国100年のような節目に向けて、台湾の統一を試み続けると思う。中国共産党の統治を続けることが至上命令である以上、国民の納得することをしなければならない。台湾の統一はその大きなカードだ。米軍の介入を防ぐため、今後も戦力を増強していくだろう。日本に対しても、沖縄県尖閣諸島への領海侵入がこの10年、常態化している。
米国はロシアのウクライナ侵略に対して、直接的な軍事関与はしなかった。台湾の防衛についても、米国に直接の義務はない。しかし、米国にとり、台湾を失うことは戦略上致命的な痛手となり、軍事的に関与せざるを得ないと思う。海洋国家である米国にとり、東シナ海、南シナ海を含めた、この地域の海洋における行動の自由を失うことは国益上受け入れられないはずだ。中国の思い通りに外交や軍事力を展開されてしまうことになる。中国が米国に挑戦しているところに台湾有事の本質がある。台湾には民主主義が根付いている。さらに半導体製造を得意としており、経済安全保障上も死活的に重要だ。
インド太平洋地域には、NATOのような集団的な軍事同盟は存在しない。米国がハブ(結節点)となり、日本、オーストラリア、韓国などと個別に同盟を結んでいる。ウクライナとは異なり、米国が直接介入しないと、中国には対抗できないだろう。NATOは6月の首脳会議で、ロシアを直接の脅威と位置づけた上で、中国も欧米に挑戦を突きつけていると訴えた。日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの4か国を招いて、協力を強化していくことも確認した。こうした関係の深化はこれまでなかったことだ。ロシアの暴挙や中国の振る舞いは、安全保障の分野で世界的な変化をもたらしている。
抑止力は軍事力だけではないということを忘れてはいけない。今回、経済制裁を受けたロシアの国力低下は避けられない。先端技術の開発で大きく後れをとるだろう。平時から、外交、経済、文化、気候変動など、様々な分野で協力関係を結ぶことが抑止に資する。日米豪印4か国によるクアッド(Quad)は軍事的な協力の枠組みではないが、国際情勢の変化に応じて、その性格を変えていくことも考えられる。インドは中国と国境紛争を抱えている。インドが米国や日本と関係を深めることを中国は嫌がるだろう。協力の枠組みを多層的に築いておくことが抑止につながる。既成概念にとらわれない戦略的な安全保障が問われる時代を迎えている。
●GAFAMが本格参入、35兆円規模“巨大”ゲーム市場の覇権争いがスタート 10/31
PwCの推計によると、2021年に2,142億ドルだったゲーム市場は今後さらに成長を続け、2026年に3,211億ドルに達する見込みだ。これは、ニュージーランドやフィンランドのGDPを超え、シンガポールやマレーシアに並ぶ規模である。今後ゲーム市場にはマイクロソフトに加えアマゾンなども本格参入する可能性が高まっている。ゲーム市場におけるテック大手の最新動向を探ってみたい。
“急成長”するゲーム市場
今後数年でシンガポールやマレーシアのGDPに匹敵する規模に拡大すると見込まれるゲーム市場。687億ドルという巨額資金でゲーム大手Activision Blizzardの買収計画を進めているマイクロソフトの動きが目立っていたが、この先アマゾンやアップルなどの動きが活発化するかもしれない。
ゲームは、市場そのものが成長を続けるだけでなく、若い世代の視聴時間を取り込めるなどさまざまな利点があり、GAFAMにとって無視できないものとなっている。
PwCの推計によると、2021年時点のゲーム市場規模は2,142億ドルである。2017年の1,204億ドル、2018年の1,392億ドル、2019年の1,624億ドル、2020年の1,969億ドルと着実に成長を続けている。
今後も2022年に2,357億ドル、2023年に2,571億ドル、2024年に2,784億ドル、2025年に2,999億ドルと成長が続く見込みで、2026年には3,211億ドルに達すると予想されている。
2026年の達成見込みの3,211億ドルは、2022年9月21日時点の為替レートで約46兆円。この額は、現在のシンガポールGDP(約3,700億ドル)、マレーシアのGDP(約3,700億ドル)、ベトナムのGDP(約3,600億ドル)に近い規模となる。また、ニュージーランドのGDP(約2,500億ドル)、フィンランドのGDP(約3,000億ドル)を超える規模でもある。
急拡大するゲーム市場の成長を担うのがソーシャル/カジュアルゲームと分類されるジャンル。2021年は1,480億ドルと全体の70%を占めていた。この割合は、2026年には75%(2,427億ドル)に増える見込みだ。
また、若い世代がソーシャルメディア視聴よりもゲームをプレイする時間が長くなる傾向があると指摘している。たとえば、10代の間ではTikTokよりもフォートナイトやRobroxなどのゲームプレイ時間の方が長いという。
米大手ゲーム会社をめぐるアマゾンやアップルの動き
2022年8月末には、ゲーム会社大手Electronic Artsの買収をめぐりGAFAM関与の臆測が流れたばかりだ。
8月26日、いくつかのゲームメディアはUSA Todayの情報として、アマゾンがElectronic Arts買収に向け、正式オファーを提出したことを発表すると報道。一方、CNBCは同日の記事で、複数の情報筋の話として、アマゾンによるElectronic Artsの買収オファーはないと報じるなど、情報が錯綜(さくそう)した。
Electronic Artsは、サッカーゲーム「FIFA」やシューティングゲーム「エーペックスレジェンズ」で知られる企業。開発とパブリッシャーの役割を果たしている。
注目されるのは、その収益規模で、マイクロソフトが買収を計画しているActivision Blizzardに並ぶ。買収額も相応の規模になるとみられる。
Statistaのデータによると、2021年のActivision Blizzardの収益は88億ドル。2020年は80億ドルだった。この収益規模に対し、マイクロソフトは687億ドルを提示。収益の8倍ほどの評価がつけられたことになる。
一方、Electronic Artsの収益は69億ドル。単純に収益の8倍とすると、買収額は約552億ドルほどとなる。日本円換算では約8兆円に上る規模だ。
このElectronic Arts買収に関しては、アマゾンのほか、アップルやディズニーも買収交渉に参加したともいわれている。
ゲームメディアVGCは2022年5月21日にニュースメディアPuckの情報として、Electronic Artsが売却先を積極的に探しており、その過程でディズニー、アップル、アマゾン、コムキャストなどと交渉したと報じていた。この時点で交渉が最も進んでいたとされるのがコムキャストだったが、最終的に交渉は決裂したと報じられている。
試金石となるマイクロソフトによる買収劇
GAFAMを含め非ゲーム企業がゲーム市場での影響力をさらに強めることになるのかどうか、マイクロソフトのActivision Blizzard買収が試金石になると思われる。
マイクロソフトが買収意向を明らかにしたのは2022年1月だが、買収規模の大きさから複数の国で独占禁止法に抵触しないかどうかの調査が実施されている。
これまでの報道で分かっているのは、サウジアラビアが世界で初めて買収を許可することを決定(2022年8月)したということ。一方、他の国では現在も調査が続いている。
AP通信2022年9月1日の報道によると、米国、英国、欧州のほかニュージーランドやブラジルでも当局による調査が開始され、特に英国では市場競争への悪影響を懸念して、当局が調査を厳格化する姿勢を見せているという。
GAFAMによる買収動機が強まる理由
マイクロソフトのActivision Blizzard買収が今後どのような形で展開するのか分からないところ。しかし、ゲーム企業の多くはリセッション懸念の影響により、資金繰りが厳しくなることが見込まれ、それに伴いゲーム企業自らM&Aを求める事例が増えてくる可能性が指摘されている。
デジタルメディア専門の英リサーチ会社Midia Researchは、金利が上昇する中で、特に小規模なゲーム会社は借り入れが困難となり、生き残りのためにM&Aを模索するようになっても不思議ではないと指摘。
また、リセッション(景気下降)懸念やサブスクリプションモデルへのシフト(収益低下)などが影響し、多くのゲーム企業では評価額が減少する可能性がある。普段より低いコストで買収できるようになれば、テック企業のゲーム企業買収動機を強める可能性があると分析している。
一方、テック企業によるゲーム企業買収がさらに進めばテック企業へのパワーシフトが一層進み、ゲーム市場が独占/寡占的になるリスクが高まるとも指摘している。
●この先の中国経済はどうなるのだろうか? 習ノミクス中国GDPは4〜4.5%へ 10/31
今年第3四半期(7−9月)の中国GDPは、対前年比3.9%の伸びでした。今年9月までの合計GDPの伸び率は3.0%、政府が目標とした5・5%の達成は難しい形勢となったのです。
筆者は10月以降、中国経済は2つの病気のうち1つが治癒し退院、あとの1つも少し後遺症を残しながらも歩けるようになるとみています。
では、中国はどこに病気があったのでしょうか?
1か所は住宅産業。あの垣大がつまずきの元でしたが、病巣は10年も前から出番を今か今かとじっと待っていたのでした。背後にはシャドーバンキングという巨大な、隠れた病巣が住宅産業の病巣を奥に隠していたというわけです。
それが、新型コロナ禍をきっかけに、一気に姿を現したからたまりません。住宅産業は正規金融・シャドーバンキング・地方政府・地方政府につらなるボス(いろんな装いをしたボス)などとつるんでいますから、1か所がこけるとみなこける弱点の輪でもあったのです。
中国ではまだ、住宅の需要が供給を上回っています。住宅資材は輸入できても、土地と出来上がった住宅そのものを輸入することはできません。この産業の裾野は広く、自動車産業以上に「部品」点数が格段に多いのです。中国における住宅産業は地方経済を支える主役であり、それが全土に広がることで、GDPをとてつもなく押し上げる効果を持ってきました。
昨今の凋落は明々白々、今年1−9月の住宅産業開発投資は前年比マイナス8%、昨年同期はプラス8.8%でしたから真逆の落ち込みぶりです。これがマイナスになり始めたのは、今年の1−4月期以降連続ですので、たしかにみなさんいう通り、景気の足を引っ張ってきたのですね。
では、永久にマイナスが続くかといえば、そんなことはありません。日本のバブルは需要のないところに銀行や保険会社から投機業者に回った大量の資金が土地ころがしを生み、価格を吊り上げ、資金が切れたところで暴落、これは文字通りバブルの崩壊を絵に描いた教科書通りのものでした。
ところが、中国では住宅需要はまだまだあり、毎年、新しい需要が生まれます。人口は停滞を始めましたが、住宅を求める年齢層は増えているからです。毎年の新規需要は少なくとも、500万戸はあるとみられます。
では、なぜ住宅産業は苦境に陥ったのか、という素朴な疑問が湧くことでしょう。それは簡単なことなのです。シャドーバンキングが政府の締め付けで資金の流れと仕事が、ギュッと締め付けられたからです。「習ノミクス」の効果でもありました。
しかし、政府にとっては誤算でした。あまりにも肥大化して金融コントロールが効かなくなったシャドーバンキングをとがめることは正義の味方とばかり、正義感にかられた結果でした。この対策は、けっして間違いではありませんが、清濁併せのむ中国金融市場は、鮎だけを棲ませようと清流にしようとしても、そこに長らく独自の竜宮城を築いてきたナマズやザリガニは黙っていませんでした。
あの手この手を使って、自分が持つ大量の資金を海外市場に送り出したのです。主に、海外の不動産市場や証券市場に。また、ある者は国内の実物製造資本として投資資金に回しました。その回収がうまくいくかどうか、いま、躍起になって推移を見守っている状態でしょう。
しかし住宅需要自体、なんら減るものではありません。住宅購入者の所得税減税をはじめ手を打ち始めたところですが、シャドーバンキング排除の住宅産業の資金循環のあり方を模索しているところでしょう。住宅需要は行き詰まった企業の整理を終えると、息を吹き返すことは確実です。国民の実質所得は依然として上昇中、海外旅行には行けないし、派手な買い物はできないし、おカネは溜まって溜まって仕方がない、といったところなのです。
もう一つの病巣は、いま言った消費の落ち込みです。5月までマイナスだった社会消費は8月に前年比5.4%のプラスでしたが、強力なゼロコロナ政策のため9月はたった2.5%のプラスにとどまりました。10月の国慶節は国内旅行者でどこも溢れましたので、回復は間違いのないところでしょう。
第20回党大会も終わり、人々の普通の生活へ戻りたい気持ちの我慢は限界に来ています。習指導部は、ひきつづき引き締め政策から離れられないようですが、ゼロコロナ政策を続ければ、鎖国の継続と同じになることくらいは、硬い頭にも理解できることですからこれも近いうちに限界を迎えます。
そうでないと、経済の落ち込みから反政府心理が広がり、それを抑えるために別の野心に火をつける、間違った方向へと向かわない保証はありません。
今度の大会の習主席の報告を読むと、全体的に中国式社会主義現代化、つまりは習式の社会主義、これはスターリン的なかなり古い発想が土台にある個人崇拝色の濃厚な統制的社会の創造というスタイルを見て取れるのですが、経済政策は双循環、海外経済と国内経済を繫げながらも、党主導によるコントロール経済をしていくような気もします。これまでのような自由一辺倒な市場経済はやや影を潜め、質素さを重視するような消費思想を始めるかもしれません。しかしこれは、歴史の逆光であり長続きするものではありません。
なので、消費はやや回復が遅れるかもしれませんが、かといって、これも従来成長してきた消費者の購買スタイルを本質的に変えるまでにはいかないでしょう。それは無理筋、というものです。こうして、消費は年末に向かって本格的な回復に向かうことでしょう。もし、ゼロコロナ政策が緩和されれば、GDPの半分以上を占める第3次産業もおのずと伸びるに違いありません。
こう見てくると、この2つの病気は、「病いは気から」起きているのと同じようなもので、気分転換すれば、急に元気になるたぐいのものでしかないのです。
中国の今年のGDPは政府目標の実現は無理でしょうが、9月指標ではすでに鉄鋼生産量、自動車生産台数、石炭消費量などの回復が始まっていますので、1−9月累計では3%に達していることを考慮、4〜4.5%までは行くように思うのですが、みなさんはどうお思いでしょうか?  
 
   
 

 

●環境と経済の関係を見える化する「グリーンGDP」の重要性 11/1
「グリーンGDP」とは、環境を考慮した経済発展の指標として開発されたもので、国内総生産(GDP)から、環境の悪化をによって生じたコストを差し引いて計算します。「環境調整済国内純生産」(Eco Domestic Product:EDP)とも呼ばれます。
国内総生産(GDP)は、一定期間内に国内で生み出されたモノやサービスの付加価値を表しますが、環境負荷などの負の価値はGDPから引かれない。そのためグリーンGDPは、そうした環境への負荷を考慮しないGDPの欠点を補い、天然資源の金銭的評価にも焦点を当て数値化することができる指標です。グリーンGDPでは温室効果ガスなどの排出量が減れば、環境に負荷をかけずに経済成長していると見なして成長率にプラスとする一方、排出量が増えていればマイナスにする計算をベースにしています。グリーンGDPを導入により、温暖化対策で経済成長が鈍化したとしても、社会が受け入れやすくなるという側面があり、GDPに代わる新しい経済成長の指標として、期待が高まっています。
1991年〜2013年の平均では、ドイツをはじめ欧州を中心に従来の経済成長率にプラスの評価となりました。一方、インドや中国等は温室効果ガスの排出増が経済成長率にマイナスで反映されました。
日本は2022年8月に初めて試算を公表
内閣府は環境への負荷を踏まえてこの「グリーンGDP」の試算を今年の8月に初めて公表しました。
今回まとめたのは1995年から2020年までの日本のGDPの実質の平均成長率をもとにした「グリーンGDP」で、試算によるとこの期間のGDPの成長率の平均は0.57%だったのに対し、0.47ポイント高い1.04%になったということです。これは省エネ技術の進展や再生可能エネルギーの導入で、2013年をピークに温室効果ガスの排出が減少していることなどが要因だとしています。
内閣府は経済活動とそれに伴う環境への負荷の関係を見える化するため、グリーンGDPの研究を進め、今後の本格的な導入を検討していくとしています。
今後の課題は?
「グリーンGDP」を示すことでGDPの成長率の低さをポジティブに捉え直すことができることはいいことでしょう。期待通りに機能すれば既存のGDPに取って代わる主な指標として国際的に健全な競争を促すことができる可能性があります。一方で環境コストを貨幣換算することが難しさも指摘されています。内閣府のホームページでも、環境・経済統合勘定(SEEA)の試算の難しさについて以下のように触れられています。
しかし、環境・経済統合勘定の体系自体、理論的成熟化の必要な点が残されており、また、今回の試算でも、多くの基礎データの仮定や論理上の割り切り等を行っている。
したがって、今回の試算値はその推計過程を十分理解した上で取り扱う必要があるとともに、今後とも、環境・経済統合勘定体系の研究を推進していくことが必要である。
●「結果が出せない平成上司」と「結果を出し続ける令和上司」の違いとは? 11/1
変化が激しく先行き不透明の時代には、私たち一人ひとりの働き方にもバージョンアップが求められる。必要なのは、答えのない時代に素早く成果を出す仕事のやり方。それがアジャイル仕事術である。『超速で成果を出す アジャイル仕事術』(ダイヤモンド社、6月29日発売)は、経営共創基盤グループ会長 冨山和彦氏、『地頭力を鍛える』著者 細谷 功氏の2人がW推薦する注目の書。著者は、経営共創基盤(IGPI)共同経営者(パートナー)で、IGPIシンガポール取締役CEOを務める坂田幸樹氏だ。業界という壁がこわれ、ルーチン業務が減り、プロジェクト単位の仕事が圧倒的に増えていく時代。これからは、組織に依存するのではなく、一人ひとりが自立(自律)した真のプロフェッショナルにならざるを得ない。同書から抜粋してお届けしている本連載の特別編。「結果が出せない平成上司」と「結果を出し続ける令和上司」の決定的な違いとは?の第1回をお届けする。
グローバル化とデジタル化で環境が大きく変わった
平成の時代は日本経済の「失われた30年」と言われていますが、この間に世界の競争環境は大きく変わりました。
かつては米国と日本で世界のGDPの4割程度を占めていましたが、今では中国のGDPは日本の約3倍に拡大し、東南アジア全体のGDPも早晩日本に追いつくと予想されています。グローバル化が進展したことで、世界のいたるところから競合が出現し、経営者を悩ませています。
また、デジタル化が進展したことで、リアル空間のみならず、バーチャル空間でも競争が繰り広げられることになりました。例えば、中国のSHEINというアパレル企業は物理的な店舗を持っていませんが、米国を中心としたグローバル市場を席巻し、売上高は2兆円を超えていると言われています。
トップダウンでは結果が出ない
かつて日本には多くの名経営者がいました。それらの経営者は独自の経営理念で社員を鼓舞し、世界的な大企業を築いてきました。
例えば、パナソニックの創業者の松下幸之助氏が提唱した「水道水のように低価格で良質の商品を大量に供給する」という経営哲学は、水道哲学として世間にも広まりました。産業人の使命は貧乏の克服であり、物資を潤沢に供給することで物価を下げ、消費者の手に容易に行き渡るようにしようという思想は、自身が消費者でもあった従業員にとって共感できる部分が多く、従業員のモチベーションを上げると同時に、彼らの会社に対するエンゲージメントを高めました。
決まったゴールに最短でたどり着くことが重要だった時代には、トップダウン型の経営者や上司が有効に機能しました。しかし、ゴール自体を設定する能力が問われる今の時代には、こうした平成上司のやり方は残念ながら全く通用しません。
ビジョンをみんなで共創する
これからの時代の令和上司に重要なのは、ビジョンをトップダウンで落とし込むのではなく、チームでビジョンを共創することです。
特に、世界中の多様なメンバーで構成されるチームを率いていくには、メンバーの関心事を理解した上でビジョンを共創することが重要です。そうすることで、メンバーから多様な考えを引き出して、チームとして結果を出すことができるようになります。
●ドル/円 11月の見通し 11/1
米財務省が今年6月に発表した為替報告書によれば、当時から進んでいた円安について「日米金利差拡大が主因」であり「実質実効レートは50年ぶりの円安に近い水準」と指摘。一方で「為替介入は事前に適切な協議をしたうえで、極めて例外的な状況のみで行われるべき」として円買い介入をけん制した。
そうした中、10月21日と24日に行われた可能性が高い「覆面介入」は合計で6.3兆円規模だったことが本邦財務省の発表で明らかになった。9月22日の約2.8兆円とあわせて9.1兆円がドル売り・円買い介入に投じられたことになる。日本は米国の為替操作国には認定されていないが、為替操作の可能性を検証する「監視リスト」に入っている。為替操作国への認定条件のひとつに国内総生産(GDP)比2%以上の介入総額が挙げられており、日本のGDPは約550兆円であることから、その2%はおよそ11兆円となる。仮に、9月もしくは10月と同じ規模の円買い介入をもう一度行えば11兆円を超える計算だ。これを理由に本邦当局が再介入をためらうことはないと見るが、市場が「為替操作国認定リスク」を円売り材料視する可能性はあるだろう。なお、米為替報告書は半期に一度公表されることから、年内にも次回の公表が行われる可能性がある。
ドル/円は、米連邦準備制度理事会(FRB)が少なくとも来春まで利上げを続けると見られる一方、日銀は黒田総裁が退任する来春まで大規模緩和を継続する公算が大きいことから、上昇トレンドが続くと見ている。それに伴い、日本の為替介入を巡る警戒感も再び強まると考えられる。日本の為替介入は、米国を巻き込んで大きな騒動に発展する可能性を孕んでいることから今後もその動向を注視したい。
[ 予想レンジ:144.500〜154.500円 ]  
●浜矩子「英国の首相交代劇 日本は御託を並べてダラダラと現状維持か」 11/1
経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
日英両国は通貨安で同病相憐(あわ)れむだと書いた。その後に、英国では首相が交代した。日本では首相は交代していない。
英国のトラス前首相は、わずかひと月半で辞任した。支離滅裂な財政大盤振る舞い政策に、投資家たちが引導を渡した。国債相場が急落し、資本市場がカオスに陥った。カオスを引き起こした張本人が退場を通告されるのは、当然の成り行きだった。若きスナク新首相の登場で、カオスはひとまず収束した。だが、この先の展開はまだまだ分からない。どうも、昨今の英国の政治と社会は少々狂気じみている。これから、何が起こるやら。
日本の政治と社会も、かなり狂気じみてきている。特に政治について然りだ。旧統一教会と自民党政治との関係は、正気の沙汰とは思えない。軍事費倍増のために国債を新たに発行するというのも、まともな神経のなせるわざではない。国葬問題もあった。狂気もまた、両国に共通の病なのだろうか。
ただ、両病人には違いが二つある。その一が首相交代劇だ。英国では、このドラマが超高速で演じられた。日本では、このドラマがないまま、ダラダラと現状維持が続いていく。この違いの要因は、国債相場の動きにある。英国では、財源無き無謀なばらまき政策に、国債相場がそれこそ劇的に反応した。日本の国債相場は、凪(なぎ)状態のまま。それもそのはずだ。日銀がGDPの規模に匹敵する額の国債を抱え込んでいるのである。相場がまともに状況に反応するわけがない。今の日本の国債市場は統制市場だ。それを、今回の英国の政治ドラマが世界に見せつけた。
両病人の違いその二が、政治家の正直度だ。高速退場したトラス前首相は、自分の目指すところは、「一に成長、二に成長、三に成長だ」と絶叫した。この三大目標のためなら何でもする。狙うのはトリクルダウンだ。低所得層には、ひとまず我慢してもらう。そう言い放ってはばからなかった。「成長と分配の好循環」だの、「社会的課題解決と経済成長の二兎(にと)を実現する」だのと、逃げ口上ともアリバイづくりともつかない御託(ごたく)を並べはしなかった。まだ、マシ。

 

●日本企業「効率性は世界51位」でギリシャ以下、地に落ちた日本に欠けるもの 11/2
1人当たりGDPは00年の世界2位から 21年には28位に転落
先進国の経済成長、とりわけ1人当たりのGDP(国内総生産)の成長を生み出す原動力はイノベーションである。
日本経済については、人口が減少し働き手(労働力人口)が減っていくのだから成長できるはずがない、という悲観論が根強くあるが、1人当たりのGDPの動きは人口減少とは関係がない。それを決めるのはイノベーションである。
そこでIMF(国際通貨基金)の統計により1人当たりGDPの推移を見ると、2000年には「失われた10年」を経た後であるにもかかわらず、日本はルクセンブルクに次いで世界第2位だった。
しかし、10年後には18位、さらにアベノミクス8年の後の2021年には28位まで落ち込んだ。21世紀に入ってから過去20年、日本経済低迷の原因は、イノベーションの停滞に求められなければならない。
予算を付けても「アーキテクト」 不在では開発は進まない
日本経済の低迷という事実はスイスのIMDの国際ランキングでも確認できる。
   図表:企業の効率性ランキング
企業の効率性では、1位デンマーク、6位台湾、7位香港、9位シンガポール、12位米国、21位ドイツなどと続くが、日本は、46位ギリシャ、50位ルーマニアの後塵を拝して、なんと51位である。
その後は52位ブラジル、55位トルコ、57位ボツワナと並んでいるが、日本企業の国際的評価は今や地に落ちたといっても過言ではない。ちなみに、政府の効率性は39位となっている。
同じくIMDの「世界デジタル競争力ランキング」では、企業の効率性とは異なり、米国が2位だが、このランキングでも日本は63カ国中29位である。
項目別内訳を見ると、ランキング28位の「知識」に含まれる「教育、R&D用のロボット」は4位。しかし、「国際経験」は63位、「デジタル/技術スキル」は62位で、ハードはよいがソフトは振るわない結果になっている。
28位の「将来への準備」でも、「ロボット」は2位だが「企業の俊敏性」「ビッグデータの分析と活用」はともに63位、つまり最下位である。
日本におけるイノベーションの停滞は何に起因するのか。第1回と第2回で見た米モデルナと米テスラの2つのケーススタディーの結果も踏まえて考えてみよう。停滞の要因は大きく3点に集約できる。
(1)「アーキテクト」の不在
第一に日本が抱える問題として、イノベーションを遂行する上で不可欠の「強力なアーキテクト」の不在がある。第2回で見たテスラのEV(電気自動車)開発におけるイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)は、アーキテクトの分かりやすい例だが、こうした人が出てこない。
2020年、安倍内閣は第2次補正予算において新型コロナウイルス感染症用の「国内ワクチン開発」のために600億円の予算を付けた。しかし、それから2年、わが国は国内ワクチンの開発に成功しなかった。
それは、予算だけ計上しても、本来必要だった目的に向けた組織・人材に関する情報、それに基づき短期間で研究ネットワークづくりをするアーキテクトが存在しなかったからである。
アーキテクトは個々の企業では経営トップが担うが、経済社会全体でのイノベーションに向けた環境整備は国の役割である。官邸に会議を設けるだけでは、アーキテクトにはならない。
むしろ、逆行することもあり得る。必要な知識を持ち、リーダーシップに富むごく少数の人材を見つけ出さねばならない。それは、必ずしも「ノーベル賞受賞者」というわけではない。
リスクマネーだけでなく リスクテーカーも不在の日本
(2)「エコシステム」の問題点
ケーススタディーでも明らかにした通り、イノベーションを生み出すためには、「アーキテクト」の存在に加えて、それを取り巻く「エコシステム」の存在が不可欠である。
モデルナ、テスラ両社のケースを見ても、資金調達や技術開発両面において、政府関係機関、財団、有力大企業などの支援が、研究開発、製品化、販売戦略の構築といったイノベーションの各段階で重要なサポート機能を果たしている。
日本では、そうした「エコシステム」がほとんど存在しない。これがイノベーション停滞の2番目の要因である。スタートアップ企業の資金調達面を見てみると、リスクマネーの規模が、米国や欧州などと比較して桁外れに小さい。
スタートアップ企業へのベンチャーキャピタル投資額だけを見ると、米国の1%にも満たない規模にとどまっている。中国と比べても5%程度である(下のグラフ参照)。「エコシステム」の重要な一環を担うリスクマネーが、こんな状態ではイノベーションが進むはずもない。
   図表:ベンチャーキャピタル投資金額の国際比較
日本でも最近では、リコーがmRNA医療品を開発するスタートアップ企業へ投資するコーポレートベンチャーキャピタルファンドを設立するなど、資金支援環境の整備に向けた動きが少しずつ見られる。ただ、本格的な広がりはまだこれからである。
イノベーションを実現していくための大学、研究機関、既存企業や支援機関、行政などのサポート体制も十分に整っていない。
一部にその萌芽ともいえる例外的な事例が出始めてはいる。バイオ関連のベンチャー企業が複数起業された山形県鶴岡市の例を見てみると、研究開発という面では01年に開設した慶應義塾大学先端生命科学研究所が中心となり、それをサポートする形で都市・地域ぐるみのエコシステムが出来上がっている。
また、最近では静岡県浜松市も、官民連携しての研究開発支援、企業誘致に着手しており、イノベーションを進めるためのエコシステムづくりに取り組み始めている。さらに最近では、「大学発ベンチャー」を資金面で支える「大学VC(ベンチャーキャピタル)」の設立が遅ればせながら始まった。
しかし、こうした事例は限定的で、海外における例と比べると、歴史は浅く、規模も圧倒的に小さい。
   図表:海外の都市・地域における主なエコシステムの例
日本はリスクマネーだけでなく、技術開発面でのリスクテーカーも心もとないのが現状である。では、どうやってリスクテーカーを生み出せばよいのか、どの主体がリスクテーカーとなればよいのか。そして、日本でイノベーションが起きない要因の3点目について、・・・ で考察する。
●ヤマト運輸・日本航空が本格化へ、「社員のリスキリング」が賃金上昇に 11/2
日本でも社員の本格的なリスキリング(学び直し)に取り組む企業が増えてきた。日本の労働生産性が諸外国と比較して著しく低く推移しているのは、社員のスキル不足からIT化が思うように進まないことが原因である。本格的にリスキリングに取り組む企業が増えていけば、確実に生産性と賃金上昇効果をもたらすだろう。
各社が続々とリスキリングに乗り出す
ヤマト運輸は、管理業務を担う社員に対して本格的なIT教育を実施している。エクセルを使った単純な管理業務から、データ解析ツールを駆使した、より先進的なデータ管理業務への移行を目指す。社員教育を行う社内大学を2021年から開設しており、3年間で1000人を受講させることで高度なデータ分析ができる社員を増やす。
日立製作所は、社員教育を合理的に進めるシステム基盤の導入を進めている。社員1人ひとりのスキルを把握し、将来、必要となる知識についてシステマティックに提示していく。社員に新しいスキルを身につけさせると言っても、無計画な状況では効率が悪い。スキルアップを総合的に管理・支援できる新システムを導入することで、学習の進捗を総合的に管理する。
日本航空でも2023年度からグループ社員3万6000人を対象に、デジタル化や顧客データの活用などを柱とした本格的な教育プログラムの提供を行う。第1段階として、デジタル化の基礎知識を学び、各部門においてどのようにITを業務に生かせるのか議論することで、各分野のIT化につなげていく。大和ハウス工業も本格的なデジタル教育をスタートしており、全社員の2割にあたる3000人に対してジタル関連の講座を提供する。
全社員を対象に、本格的なリスキリングの機会を提供することは、全世界的な流れになっている。
自動車部品大手の独ボッシュは、全世界の従業員40万人に対して本格的なリスキリングの機会を提供しており、ほぼ全社員が何らかの形でソフトウェアに関連したスキルを獲得することを目指す。同社が一連の教育にかける費用は3,000億円近くに達する。
リスキリングとIT投資はセット
こうしたリスキリングが行われる背景となっているのがIT投資の進展である。IT投資を強化することで企業の生産性が向上することは、ほぼ自明の理となっているが、単純にシステムを導入しただけでは十分な成果が得られるとは限らない。
最適な形でITシステムを導入し、そのシステムを円滑に利用できる社員のスキルがあって、初めてITシステムは生産性向上ツールとして機能する。したがって、IT投資を強化すると同時に、それに対応できる人材育成を同時並行で進めなければ、十分な成果は得られない。この点において日本企業の取り組みは、質・量ともに諸外国と比較して大きく遅れているのが現実である。
日本全体のIT投資額は、90年代以降ほとんど増加しておらず、3倍から4倍に拡大させた諸外国との差は大きい。IT投資額そのものが増えてない以上、それを使いこなす人材への投資が増えないのは当たり前のことであり、社員教育に日本企業がかける投資額(対GDP比の比較)は欧米企業と比較すると10分の1から20分の1程度にとどまっている。
日本企業の労働生産性は諸外国の半分から3分の2程度の水準しかないが、IT投資に消極的で、それを使いこなせる人材の育成を行っていないという現実を考えると、当然の結果と言えるだろう。このような話をすると「日本もそれなりにIT化を進めているではないか」との声も聞こえてくるが、これは完全にガラパゴスなセルフイメージである。
スイスのIMD(国際経営開発研究所)が策定している「デジタル競争力のランキング」の最新版(2022年)では、目を疑うような結果が出ている。評価項目のうち、デジタルテクノロジーのスキルで63国中62位、企業の俊敏性で63カ国中最下位、ビッグデータの活用で63カ国中最下位という、惨憺たる状況になっている。
従来の日本社会はこうしたランキングが出てくるたびに、「恣意的な結果だ」「日本流のやり方がある」と叫び、現実から目を背けてきたが、こうした行為を続けていくのはもはや不可能となっている。日本は諸外国と比較して、完璧に遅れているのだという現実を直視し、まずは投資額を増やしていくところから始めなければ、さらに悲惨な結果を招くだろう。
リスキリングが「賃金上昇」につながるメカニズム
社会全体として、リスキングを通じて賃金が上昇するメカニズムは以下の通りである。
先ほどから説明しているように、日本企業の生産性は諸外国と比較して半分から3分の2程度の水準しかない。言い換えれば、日本企業では同じ仕事をするにあたり、諸外国が10人の従業員でこなしているところを、日本では15人から20人の従業員が必要であることを意味する(つまり組織の効率が悪い)。
IT投資を強化し、それを使いこなせる人材をリスキリングによって獲得できれば、諸外国と同様、同じ業務を10人で実施できるようになるはずだ。そうすると企業は余剰の人材を、より高い利益が見込める新規事業や、成長部門の強化に充当できるので、その部分での追加的な収益を獲得できる。
企業全体からすれば、総人件費が変わっていないにも関わらず、新規事業や成長分野からの収益拡大によって最終的に得られる付加価値利益は増える。結果として、従業員1人当たりの賃金も増えるというメカニズムだ。
この話は、日本全体にも適用することができる。
広範囲に日本人ビジネスパーソンのスキルを向上させるプログラムを政府が提供すれば、従来と同じ生産をより少ない人数でこなせるようになるだろう。余裕ができた人材は、新事業の創出や成長分野に回せるので、日本全体の生産量が増え、結果的にGDP(国内総生産)や1人当たりのGDPも増えるという流れである。
リスキリングに解雇は不要
このロジックを説明すると、余剰人材を解雇しなければ生産性は向上しないとの指摘が出てくるが、そうではない。余剰人材を解雇しないと賃金が上がらないという主張には、常に需要が一定であるという、無意識的な前提条件が存在している。需要というのはある程度までなら柔軟に変動するものであり、成長分野や新規事業に力を入れ、より魅力的な製品やサービスが登場すれば総需要は伸びる。
しかも企業が従業員に支払う総人件費が増えるので、国民の所得も増加する。所得が増えれば、消費余力も拡大するので、これが需要拡大のエンジンとなるだろう。
岸田政権は、臨時国会における所信表明演説で、個人のリスキリングに対して1兆円を投じる方針を明らかにしたが、日本全体の賃金上昇を狙うのであれば、この金額では全く足りない。10兆円から20兆円程度の金額を人材の再投資に回さなければ、日本全体の労働生産性は向上しないだろう。
IT投資の強化と、それを使いこなせる人材育成というのは、確度の高い先行投資と言って良い。逆に言えば、このタイミングで一連の投資に踏み切れない企業が、成長を実現することはほぼ不可能であり、これは国全体にも言えることである。 今回の動きは、日本の労働生産性を高める最後のチャンスと考えて良いだろう 。
●なぜ日本は競争力を失ったのか―中国メディア  11/2
2022年10月28日、中国メディアの証券時報は「日本はどうして競争力を失ったのか」とする評論記事を掲載した。
記事は、国際通貨基金(IMF)が先日発表した報告で、22年の日本における1人当たりGDPが3万4360ドル、韓国が3万3590ドルと両国の差が770ドルまで縮まり、IMFがこの統計を取り始めた1995年以降で最小差となったことを紹介。95年当時は日本経済がピークにあり、経済規模が米国の75%に近づき、1人当たりGDPも4万4210ドルと米国の2万8700ドル、韓国の1万2570ドルを大きく引き離していたものの、約30年が経過した現在では日韓両国の差がほぼなくなったと伝えた。
そして、日本が他国との競争における優位性を失い、経済が低迷を続けている理由について、「少子高齢化という人口構造上の問題を挙げる向きがあるが、韓国も同様の問題を抱えていることから、日本だけが低迷する原因とは言えない。長期的な低金利、量的緩和を柱とする金融政策こそ、日本の競争力を殺した『主犯者』ではないだろうか」とした。
その上で、日本が1991年のバブル崩壊以降、低金利政策によって経済の活性化を期したものの効果が大して出なかった時に、日本政府は「金利がまだ高いからだ」と認識して金融緩和政策を継続したと紹介。このような政策の最大のメリットは「全く競争力のない屍のような企業を長持ちさせること」であり、本来破産すべき企業が破産を免れ、重要なリソースが「死に体企業」にばかり流れて産業が硬直化していき、景気の波による周期的な危機がいつしか長期的な構造上の問題へと変化していったのだと指摘した。
記事は、「死に体」企業を生かし続ける金融緩和政策を長期間続けた日本は、中国や韓国といった経済新興国の大発展がもたらすメリットを享受できないばかりか、新興国の競争参入で自国産業がどんどん疲弊していきローエンド市場を失い、産業のモデルチェンジができないために、ハイエンド市場においても欧米諸国との競争に勝てなくなったと主張。「金融緩和政策が日本の産業構造を硬直化させ、その結果、経済も新陳代謝機能を失い、衰えるに至った」と結論づけている。
●破綻する「習ノミクス」:投資バブル崩壊で日本の後追う 11/2
経済に限れば、習近平(シー・ジンピン)政権の3期目には、暗雲が垂れこめる。過剰投資による「バブル」が崩れ、 金融危機の足音も近づく。中国経済が、バブル後の日本のように、長期停滞に迷い込む確率は高い。
改革開放の李克強vs統制の習近平
1期目の習政権が発足して日も浅い2013年6月、英国の投資銀行バークレイズ・キャピタルのリポートが「リ(李)コノミクス」という新語を披露した。李克強(リー・クーチアン)首相が主導 する構造改革志向の経済政策を指したのだが、新語は定着しなかった。
リポートの書き手は、経済学博士号を持つ李首相が、経済運営を任されるはず、と早とちりした。江沢民政権で朱鎔基首相が、胡錦涛 政権で温家宝首相が、経済政策を仕切った前例があったためだ。
共産党の経済政策の司令塔「中央財経領導小組」の組長に就いた習総書記が、副組長の李首相の勝手を許さなかった。両者の経済観は、水と油だった。
李首相は、14年9月、天津での夏季ダボス会議で「大衆創業、万衆創新」(草の根の起業とイノベーション)のスローガンをぶち上げた。改革開放政策の継承者として、市場経済と民間の活力に賭けた。
対する習氏の経済政策「習(シー)ノミクス」とは何か。政権の内情を知る蔡霞・元中央党学校教授(米国在住)は、フォーリン・アフェアーズ誌への寄稿で、1民間部門を自らの支配への脅威と見なし計画経済を復活させた、2国有企業を強化し民間企業にも共産党組織を設置した、3汚職や反独占を口実に民間企業や起業家から資産を奪った−と指摘する。改革開放に逆行する統制経済こそ「習ノミクス」との見立てだ。
新指導部の顔ぶれに“中国売り”
李氏と習氏のサヤ当てが続いた。2020年5月、全国人民代表大会(全人代)閉会後の記者会見で李首相は「中国には月収1000元(当時のレートで1万5000円)前後の人が6億人いる」と明かした。絶対的貧困の撲滅、小康社会(ややゆとりのある社会)を誇示したい習氏を揶揄(やゆ)するかのように。
その翌月、山東省煙台市で、コロナ禍に耐え営業する屋台を視察した李首相は「屋台経済は重要な雇用の源であり、中国の生命力」と持ち上げたが、共産党系メディアなどが、屋台奨励を批判的に報じた。
今年8月、北載河会議の直後に李首相が訪れたのは経済特区の深圳市。ケ小平氏の銅像に献花し、「改革開放を引き続き推進しなければならない。黄河と長江は逆流しない」と語った。
最高指導部から外れて引退が決まった今となっては、李氏の政治的遺言とも受け取れる。「習派」で固めた新指導部に経済の専門家はいない。その顔ぶれに香港株が急落。外国人投資家が売った。
赤字だらけの高速鉄道網
上海市ロックダウンの責任者、李強氏が序列2位。習氏がこだわる「ゼロコロナ政策」が当面続くだろう。もっと深刻なのは彼らに「過剰な投資主導の成長が、どん詰まりに来ている」という切迫感がないことだ。
官民合わせた総投資は、胡錦涛政権下の2004年に国内総生産(GDP)の4割を超え、投資が民間消費支出を上回るという他国に例がない状況が今日に続く。
投資に投資を重ねれば、不採算、非効率な案件が増えるのは当然だ。例えば、開業から15年で地球1周分に延伸した高速鉄道。赤字路線ばかりで、運営する中国国家鉄路集団の債務は120兆円ほどに膨らんだ。
習政権下で経済成長率は、コロナ禍前から右肩下がり。企業も、家計も、政府も、債務が急増した。不動産セクターの不振は、過剰な投資の累積による「壮大なバブル」の崩壊が始まったと見るべきだ。
「地方融資平台」にデフォルト危機
バブル崩壊→金融危機という日本の経験をなぞるように、中国も金融危機のフェイズに入りつつある。発火点の1つと目されるのが「地方融資平台」だ。
投資バブル生成の過程で、地方政府は重要なアクターだった。開発プロジェクトを企画し、参加業者に国有地(利用権)を売った収入を財源にした。地方政府が設立した投資会社「融資平台」は、債券発行や銀行融資などで資金を調達し、インフラ整備などに投じた。
省、市、県各レベルの融資平台の総数は1万前後とされ、債務の総額は1000兆円を超える。その融資平台にデフォルトの懸念が高まっている。
景気刺激策の切り札のインフラ投資が使えなくなれば、改革開放に逆行する「習ノミクス」を嫌い資本が中国から逃げ出せば…。人口も減り始める。GDPで米国を追い抜くどころか、その背中が遠ざかる。
●GAFAM決算総崩れで 株価も総崩れに 11/2
いよいよGAFAMにも落日が
これまで米国の株式市場の牽引役かつ主役であったGAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)。ひと頃は、わずかこの5社の時価総額の合計が東証一部全体の時価総額を抜いたと話題になった。2021年暮れのピーク時には約10兆ドル(1300兆円)に達し、この世の春を謳歌。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。「日本株などもうダメだ、やっぱり米国株しかない!」と言っていた人たちが、我も我もと競って飛びついたのがGAFAMだったが、今年の年初からは株価が急落。「いつ復活するか?」と注目していたら、足元の決算が一層悲惨なことになっている。
10月25日から10月27日にわたって発表された7-9月期決算内容が各社とも不振であり、アップルを除く4社が決算発表後に株価が急落した。
グーグルの親会社アルファベットは売上高と1株利益がともに市場予想を下回った。景気減速や競争激化で主力の広告事業が3%増と伸び悩み、動画投稿サイト「ユーチューブ」向けは2%減と減少に転じて株価は10%安と急落。マイクロソフトは10-12月期の売上高の伸び率が7-9月期に比べて急減速するとの見通しが嫌気されて株価は8%安。メタ(フェイスブック)は広告収入が減速して1株利益が半減し、株価は何と25%安と歴史的な暴落を演じた。
また、アマゾンは売上高が市場予想を下回り、営業利益が半減。年末商戦のある10〜12月期の売上高見通しも市場予想を大きく下回り、個人消費が一段と悪化するガイダンスを示したことから、時間外取引で株価は一時20%も下落。アップルは「iPhone」と利益率の高いサービス事業の売上高が市場予想を下回ったものの、株価は1%高と下落は逃れた(いずれも日本時間10月28日午前5時45分現在)。
GAFAMの決算はほぼ全敗。金利上昇が米国経済をむしばんでいる
こうして見てみると、GAFAM決算はほぼ全敗である。今回のGAFAMの決算が意味することは大きい。高いブランド力と包括的サービスの提供力、そして強力なグローバルでのビジネス地盤があれば、景気減速の影響を受けずに独自の成長を維持できるとの見方もあったが、そのような淡い期待は一蹴された。
やはりこれは金利上昇によって、米国人の生活に大きな影響が出ている証拠だと思う。先週木曜日(10月27日)に米国の7-9月期のGDPが発表されたが、前期比の年率換算で2.6%増となり、事前予想の2.3%増を上回った。1〜3月は1.6%減、4〜6月は0.6%減だったので「米国経済、もう持ち直しているよね」と考えてしまうかもしれない。数字上こそ、3四半期ぶりのプラス転換であるが、マーケットの反応はむしろ景気の減速をかぎ取っている。
GDPの7割を占める個人消費は1.4%増と、4〜6月の2.0%増から減速。CPI(消費者物価指数)の上昇率は6月に9.1%と40年半ぶりの水準を更新し、9月まで8%台で高止まり中だ。物価の伸びに賃上げが追いつかず、消費に影響が出ている形になっている。それから住宅も不振である。4〜6月に急減した住宅投資は7〜9月も26.4%減と落ち込んだ。30年固定の住宅ローン金利が急上昇し、10月中旬には7%を超えて21年ぶりの高水準になっている。9月の新築一戸建ての住宅販売件数は前年同月を18%下回る水準に落ち込んでいる。住宅を買うのも二の足を踏む。
では何が良かったのか? 輸出が伸びる一方で輸入が6.9%減となり、輸出から輸入を差し引いた「純輸出」による押し上げ効果が2.8ポイント。ほとんどこれで説明可能だ。コロナ禍からの急速な経済再開で輸入は前のめりでバンバン増えたが、消費減退とともにそれが減少。米国に拠点を置くCEO(最高経営責任者)の98%が今後12〜18ヶ月間の景気後退を予想しており、景気減速感が強まるものと思われる。
GAFAMのような大型企業でも苦戦するほどに景気は確実に悪化方向にあることを軽視してはならないだろう。
GAFAMの株価急落でナスダックが弱い
さて、マーケットである。先週も米国株は大きく上昇したが、強いのはNYダウであり、ナスダックは反発力が弱い。従来の米国株投資において最も嘱望されていたGAFAMの決算がことごとく期待外れで、大きく売られる形となっているのが響いている。もはやこれまでのようなGAFAMに頼った指数の上昇は期待できなくなっており、より個別銘柄の見極めが必要になっていることを示している。
年初来の株価を見ると、アルファベットが34%安、メタが71%安、アマゾンが42%安、アップルが18%安、マイクロソフトが31%安だ(日本時間10月28日午前5時45分現在)。要するに指数の牽引役の中身において劇的な変化が起こっている。牽引役なしでの株式市場の魅力は、従来に比べると大きく減少してしまう。
11月のFOMCにおいては利上げ幅が4回連続となる0.75%が見込まれるが、12月は減速して0.50%になるとの期待感が相場上昇の牽引力となっている。金利の上昇は続くものの「金利引き上げはペースダウン」にフォーカスして前のめりになっている感が強く、これは8月に見られた「もうインフレ率は上がらない」を先取りした楽観相場の動きと類似している。政策金利の引き上げペースが続く以上、再び長短金利は上昇してマーケットの足枷になりかねない。何度も言うようにベアマーケットラリーには注意が必要である。
●日銀が金融緩和しているのに、日本経済は自滅したままなのか? 11/2
なぜ金融経済でばかりお金が動くのか
萎縮する日本の実体経済
ここまで何度も触れてきましたが、実体経済は我々の暮らす経済です。モノやサービスが動いて、企業は設備投資したり、人を雇ったり、主婦が消費に励む。それで、子供を学校のほかに塾に通わせたりして、教育を充実させようとする。若い人は将来の見通しが立ったら、結婚したり、子供をつくったり、家を建てたりする。こういうことはすべて実体経済のなかで行われます。だから実体経済は非常に重要です。
しかし、いまの日本では実体経済でお金が使われずに、金融経済でばかりお金が動いています。
例えば「貯蓄に励みなさい」とよく言われますが、これは金融機関(主に銀行ですが)にお金が行くことになります。本来、銀行はこのお金を活用して、融資業務をやるものです。融資をするというのは、例えば企業にお金を貸して、設備投資や雇用増加でさらに実体経済にお金を回していく。
あるいは家計に住宅ローンを貸して、一般家庭が家を建てる。すると住宅産業や電機メーカーなどにお金が行く。こちらも実体経済にお金が回ることになります。こうして景気が活気づくと、多くの人の給料が上がり、さらなる消費が生まれていく……このようなお金の循環になるのが普通です。
ところがいまの日本の金融機関は、預金してもらったお金を資産運用に使ったほうが収益が上がるということで、融資に回しません。いまや銀行は証券部門を持って、そちらで運用したり、国内で効率的な運用先がなかったら、国外にどんどん持っていってしまいます。海外融資をどんどん増やすことで、日本国内の実体経済にお金が回らなくなってきた――これはバブル崩壊以降の話です。
こういうことで実体経済、GDPが萎縮していくわけです。実体経済が萎縮していくと、企業は企業で、国内で商売しても、設備投資しても、人を雇っても全然ダメだという判断をします。見通しがありませんから。ということで企業もますます国外に出て行くことになります。要するに日本経済は自滅している。残念ながらいまはそういう過程をたどっているのだと思います。
日本の政治と政策が機能していない
経済で日本のすべきこととは?
金融経済にあり余っている2000兆円(これは家計の金融資産だけです)は日本の国家予算7年ぶんくらいになります。膨大なお金です。これが金融市場をある意味で支えています。このお金を実体経済に取り入れればいいのですが、どうすればいいのでしょうか。
誰かが借りて実体経済にお金を流せばよいのです。
実体経済の主体は企業、家計、それから政府です。借金できるのはこの3つしかありません。
まず企業ですが、お金が余っていて、金融市場で運用している状態です。借金する必要はありません。家計はタンス預金では金利はありませんし、銀行に預けてもゼロ金利です。
ただ、株はリスクがあって不安、損をしたらばかばかしい。そんなわけで大雑把に計算すると2000兆円の家計の金融資産のうち、1000兆円、半分は現預金だといわれています。
その現預金が主として銀行に行きます。でも銀行は融資をしたくても「ダメですよ。みんな借りてくれない」という話が現実です。一方「どうしても貸してください」と言われても、「あんな中小のボロ企業に融資しても焦げ付くに違いない」と、銀行の支店長が皆怖がってお金を貸さないのです。結局、そういうことで実体経済のほうにお金が回らない。
お金が回っていくのは国内の株式市場、それから国債の購入です。これはコンスタントです。あとは金融市場を介して国外に行ってしまうわけです。だから外国の金融機関がどんどん日本の金融市場に入ってきて、「日本で資金調達したら安いぞ」というので、いくらでも需要が伸びていきます。つまり金融市場では活発にお金が動いているということです。
海外の金融機関は日本の余っているお金で儲かっているわけです。
こんな仕組みです。安い日本の余っているお金を資金にして、ドルに替える。それで例えばウォール街で人に貸すか、自分で投資するかなど、いろいろなルートでそのお金がウォール街の株価をどんどん上げているのです。ちなみに日本の株価はいつもウォール街に引き寄せられますから、ウォール街の株がどんどん上がったら、日本の投資家も儲かります。
日銀はアベノミクス以降、「量的緩和」といって、大いにお金を刷るようにしています。
お金を刷るというのはどういうことかというと、日銀が資産を買い入れるということです。買い入れるときにお金を発行するのです。発行したお金が日銀における金融機関の当座預金口座に―日銀営業局のパソコンのキーボードをピッと押したら、ポンとお金が移動するだけですが……。
それで今度金融機関はそのお金を持て余すことになって、金融市場にそのお金をパッと出します。そして待ってましたとばかりに国外の金融機関がそのお金を調達して、ドルに替えてどんどん運用します。
金融機関が国債を手放すと、資産はキャッシュに換わるわけです。キャッシュをたくさん持ってしまうことになります。これは運用しないと銀行業務が成り立ちません。
本来は、それだけお金が来たら、それをどんどん融資してという話なのですが、いくら政治家が「お金を融資するのは銀行の社会的使命だろ!」と迫っても「いやぁ、危なっかしいところばかりに融資して、焦げ付いたらどうしますか? そうしたら信用不安ですよ。どうしてくれますか、そのときは?」と返されたら、みんな黙ってしまいます。金融庁も銀行の健全経営を求めます。
銀行が消極的すぎるという部分も確かにあります。しかし、物事をきちんと経済学的に考えれば、そもそも実需(実際の需要)がないような経済にしたのは誰なんだと言いたいものです。実体経済にお金が流れないというのは、じつはそういうこと、つまり政治と政策がまともに機能していないからなのだよと。
それでいて、お金が無理なく実体経済に流れだす方法はあるのでしょうか?
●「賃金が上がらない理由」「賃金上昇策が物価上昇の好循環を生む」の罠 11/2
日本の経済成長を議論するうえで、「生産性の低さ」は大きな課題となっている。労働生産性を見ると、主要先進7カ国(G7)で最も低く、OECDでも23位にとどまる。
ただ、生産性に対する誤解は少なくない。「生産性が低い」と感じる人がいる一方で、「こんなに一生懸命働いていて、もうこれ以上働けないくらいなのに、生産性が低いといわれても……」と思う人もいる。
はたして生産性とは何なのか、生産性を向上させるためにはどうすればいいのか。生産性の謎を解く連載の第3回は、「生産性と賃金の関係」について、学習院大学経済学部教授の宮川努氏が解説する。
日本経済の低迷が続く中で、「日本は生産性が伸びないから、低迷が続いている」という議論が行われている。一方、賃金もまた長期にわたって低迷を続け、2022年7月に行われた参議院選挙の重要な争点の1つになった。
経済学者は、こうした長期にわたる賃金所得の低迷の背後には必ず生産性の動向が関係していると考えているが、生産性への言及は少ない。ここでは、この問題を労働生産性という概念を使って簡単に説明し、生産性向上こそが賃金上昇の王道であるということを述べたい。
そもそも「労働生産性」とはどういうものなのか
労働生産性というのは、代表的な生産性指標で、労働者1人当たりどれくらいの生産量(または付加価値量)が達成できているか測っている。これは、生産量を労働投入量で割ったもので表される。
   労働生産性 = 生産量(付加価値量)/労働投入量
労働者1人当たりの生産性といった場合は、上の式の労働投入量を労働者数で測った場合である。
ただ、同じ労働者数でも労働時間が異なる場合がある。片方の企業が残業の多い企業であり、もう一方の企業の労働者はほとんど残業がない企業だった場合は、同じ労働者数でも労働生産性は違ってくる。
したがって労働生産性をより正確に計測しようとすれば、人数だけでなく労働時間も考慮して労働投入量を労働者数×総労働時間数(これをマンアワーと呼ぶ)にして、労働時間単位当たりの生産量にしたほうが正確に測れる。このため労働時間が把握できる場合は、なるべく分母はマンアワーで測られている。
さて企業の売り上げは、大きく原材料費、人件費、利潤に分けることができる。利潤の中には、金融機関からの借入金利も含まれる。売り上げに占める原材料費、利潤の割合は一定と考える。
例えば、原材料費の割合が60%、利潤の割合が10%とすると、人件費の割合は30%となる。そうすると人件費=売上高×0.3となる。
人件費を単純化して示すと、1人当たり賃金×労働者数となる。一方、売上高は、製品価格×販売数量である。これを上の式に代入すると、
   1人当たり賃金×労働者数 = 0.3×製品価格×販売数量
である。上の式の両辺を労働者数で割ると、
   1人当たり賃金 = 0.3×製品価格×(販売数量/労働者数)
ということになる。この式の最後の項(販売数量/労働者数)は、販売数量が生産量とほぼ同じであれば、労働生産性と同様の概念になる。したがって労働生産性が上昇すれば、1人当たりの賃金も上昇することになる。
製品価格の上昇で、労働者が豊かになるとはかぎらない
逆に労働生産性が上昇しない場合、1人当たりの賃金を上昇させるためには、労働者への分配率(0.3)が上昇するか、製品価格が上昇しなくてはならない。ただ製品価格が上昇してそれで1人当たり賃金が上昇したとしても、労働者が必ずしも豊かになるわけではない。
製品価格の例を光熱費と考えると、1人当たり賃金が上昇したとしても、同じだけ光熱費が上昇していれば、労働者としては、より電気やガスが利用できるわけではなく、前と同じだけの使用料分の賃金を確保できただけなのである。
それでは実際の労働生産性と賃金の動向を見てみよう。
先にあげた式の左辺である1人当たりの賃金は、厚生労働省の「毎月勤労統計」から労働者5人以上の事業所で働いている人の現金給与総額をとる。一方、右辺の労働分配率(0.3)を除いた部分は、国全体としてみれば名目GDPを就業者数で割った1人当たり名目GDPに相当するので、この指標を取る。下の図では、この2つの指標を、1995年を100として描いている。
この図を見ると、確かに2020年の生産性は1995年とほとんど変化がない。賃金は1995年から低下を続けており、2020年の賃金は1995年の9割程度となっている。つまり賃金は生産性以上に低下しているのである。
これはどうしてだろうか。
労働分配率の動きも賃金動向に影響する
まず先の式から思い浮かぶことは、労働分配率の動きも賃金の動向に影響を与えるということである。ただ労働分配率は、1995年から景気変動に応じて上下を繰り返しているが、傾向的な低下は見られない。
もう1つの可能性は、労働者の構成の変化である。玄田有史・東京大学教授が編集した『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』で、賃金低下の要因として頻繁に指摘されているのは、正規雇用者に比して賃金が低い水準にある非正規雇用者の増加である。確かに1995年には17%だった非正規雇用者の比率は2020年には35%にまで高まっている。
こうした異なる労働者の構成の変化が賃金低下の要因である一方、生産性が賃金上昇の壁を形成していることは疑いないようだ。
同じ玄田氏の書籍の中で、神林龍・一橋大学教授らが、時間的に継続して雇用される労働者の賃金の経緯を調べているが、それは労働生産性の動きに近く、低下はしていないが上昇もしていない。つまり労働生産性は賃金の上限を形成しているといえる。
こうして見ると、参院選で各政党や候補者が述べた賃金上昇策がいかに場当たり的で、将来にわたる賃金上昇策を考えていないかがよくわかる。
木村正人氏はニューズウィーク日本版に、故安倍晋三氏が在任中に日本の衰退の認識の下に、日米外交を進めたと書いているが、多くの政治家も実はすでにそのような認識の下で、当面の賃金上昇策を述べているだけではないのだろうか。おそらく短期的な賃金上昇策を経て、物価上昇から賃金上昇への好循環につなげるシナリオなのだろうが、そのようなことがはたして可能だろうか。
下図は1980年代からの消費者物価指数と企業物価指数の変化率をとったものである。
これを見ると、今回の物価上昇率は第2次石油危機以来、40年ぶりに一定期間にわたって企業物価指数の上昇率が消費者物価上昇率を大幅に上回る可能性がある。
消費者物価が企業にとって最終財の販売価格だとすると、企業物価指数は企業間の取引にかかわる財の価格なので、原材料費の上昇をもたらす。つまり値上げによる売り上げの増加よりもコストが増加し収益が圧迫されることを意味する。
無理やり賃金を上げると、失業率が上がる
確かに販売価格の上昇は、名目賃金の上昇を可能にするが、原材料費の上昇が労働への分配分を圧迫し、実質賃金は低下する可能性がある。それでも無理やり賃金を上げようとするとどのようになるのか。
実際に1970年代には二度の石油危機で、10年間に賃金は3.5倍に上昇した。しかし同時に失業率も上昇している。1960年代の高度成長期の失業率は1%台だったが、1970年代の期間に2%台へと上昇しており、2度と1%台へと戻ることなく今日に至っている。
「失われた30年」というのは、経済的損失を指す言葉だったが、今や政治家を含む政府の経済政策への信頼と日本経済への希望が失われた30年を意味するのかもしれない。この喪失感の深刻さに目をつぶり、場当たり的な政策を続けることはもはや許されない。生産性向上を意識し、息の長い賃金向上策の実行が望まれる。  
●財政と金融面に見られる日本経済の脆弱性 11/2
日本経済の脆弱性はさらに、財政や金融などの面にも見られる。日銀が量的緩和を終了し利上げに追随すれば円安の流れを止められるが、現在も古いやり方に固執している真の理由は、政府の代わりに財政危機を和らげ、この「灰色のサイ」に目を光らせるためだ。日本政府の普通国債の残高は22年度末に1026兆円にのぼる見込みだ。21年の日本の債務残高の対GDP比は256%で、米国(133%)や英国(108%)のほぼ2倍だ。財政の「増量」部分も同じく国債発行により維持され、22年度の財政収入の国債発行への依存度は34%にのぼった。日銀のマイナス金利政策に守られ、政府の国債発行は利息を考慮する必要がない。しかし利上げに踏み切れば、財政は直ちに苦境に陥る。試算によると、金利が1%上がると、政府による国債の支払利息が3兆7000億円増加する。ところが日銀が政府の財政難を和らげるため取り組むことで、日本の金融リスクが急激に拡大するという悪影響も生じている。日銀の金融緩和は13年以降にアベノミクスを支えた。アベノミクスは国債とETFを買い入れ、金利を下げることで市場に大量の流動性を提供した。しかしその結果として、日銀のバランスシートが急拡大し、8月末には700兆円を超えた。日銀の国債保有規模は現在547兆円を超え、ETF買い入れ規模も36兆円を超えている。これは金融リスクを急激に拡大し、また債券と株式の「市場の失敗」という問題をもたらした。
●急激な円安、日本経済の脆弱性を露呈 11/2
日本の財務省が1日に開示したデータによると、日本は9月29日から10月27日にかけて過去最大規模となる6兆3000億円の為替介入を行った。日本政府は10月28日に71兆6000億円の総合経済対策を発表した。日銀の黒田東彦総裁は同日、「異次元緩和の維持」を重ねて表明した。日増しに厳しくなる国内外の経済情勢を受け、日本は「政府が為替介入し、中央銀行が金融緩和を担当する」という態勢を敷いているが、これを長期的に維持できるかが危ぶまれている。
今回の急激な円安は日本経済の脆弱性を再び浮き彫りにした。これは円安が制御困難になっている深い原因だ。現在の日本の潜在成長率は0.4%のみで、90年代の10分の1に相当する。潜在成長率を決める要素の1つ目は、資本投資としての国内設備投資だが、2021年は45兆円と、91年の64兆円から19兆円減少した(下げ幅は30%弱)。次に労働力だが、現在の日本の15-64歳の生産年齢人口は5931万人で、95年の8700万人から2769万人減少している。さらに全要素生産性(TEP)について、95年以降の産業構造改革により一時的に上がり、02-04年には0.8%を超えたが、すぐに低下し15年には0.6%に戻った。経済力と産業の競争力の低下により、日本経済は超低金利政策への依存を強めた。この環境により、本来ならば淘汰されるべき収益力の低い企業が経営を維持し、「ゾンビ企業」になった。その存在により、競争力を持つ企業が必要な人材と資金を得られず、経済全体の新陳代謝が下がった。日本の18年の新設企業の割合は4.4%で、米国の9.1%と英国の13.5%を大きく下回った。
●29兆円補正予算「渋チンだ」76% 岸田政権の経済対策 11/2
  「国民の不満をそらすポピュリズムで…目先の対応に終始」識者
岸田文雄政権は28日、総合経済対策を決定した。記録的な円安や物価高騰に対応するため、一般会計総額で29兆1000億円規模の2次補正予算を編成する。新聞各紙は「巨額の痛み止めを盛る経済対策の危うさ」(日経新聞29日朝刊社説)、「財政規律の喪失を憂う」(朝日新聞29日朝刊社説)などとバラマキを懸念するが、庶民の受け止めはどうなのか。夕刊フジがツイッターの公式アカウントで緊急アンケートを実施したところ、76・3%が「予算規模が小さすぎる」と回答した=別表。識者からも「危機的状況のなか場当たり的だ」との厳しい声があがっている。
補正予算は、企業や家計を苦しめる物価高対策が主眼だ。標準的世帯の光熱費・ガソリン代負担を総額で4万5000円程度軽減。来年1月以降、電気料金は月2800円程度、都市ガスも月900円程度負担が軽くなる。妊娠・出産への支援に1人あたり計10万円相当を支給する方針だ。
岸田首相は28日夜の記者会見で、「財政支出で39兆円、事業規模で約72兆円だ。GDP(国内総生産)を4・6%押し上げる」とぶち上げた。
ただ、アンケートに添付された意見は厳しい。
《大企業が超好決算見えてる。税収が↗↗ 日本の勢い付けるためにも↗増額 忘れずに 防衛予算のごまかし止めて》《一般国民がエネルギーや食糧の高騰に苦しまない政策をお願いします!》などの声があった。
確かに、政府は直前で4兆円程度を上積みしたが、過去最大の36兆円規模(一般会計総額)だった2021年度の補正予算には及ばなかった。緊縮財政を志向する財務省の意向が働いたとの指摘もある。
《25兆円から少し盛っただけ。組合の一時金要求と同じデキレース》《ただし真水で…財務省がまた誤魔化しそう》
新型コロナ禍を受け、大型対策が常態化し、負担軽減策を終わらせる「出口戦略」も必要だ。
《(1)増税、(2)利権団体にばら撒き、(3)時々庶民にオコボレを繰り返してるようにしか見えない》《総合経済対策のために赤字国債を新規に29兆円発行。将来に渡って国民が返済していく》
岸田政権の総合経済対策をどう見るか。
経済評論家の渡邉哲也氏は「国民の不満をそらすポピュリズムに走り、目先の対応に終始した。場当たり的対応で右往左往している場合ではない」といい、続けた。
「エネルギー問題は国の根幹に関わる。先端の原発導入も含めた中長期的なインフラ投資に加えて、エネルギー政策が適切か、課税や料金体系を含めて検証する必要がある。安全保障面では、台湾有事などの『中国リスク』は高まるばかりだ。サプライチェーン(供給網)の国内回帰や、先端技術を加速する事業・研究の支援が急務となる。岸田政権は長期の国家戦略を描き、貴重な財源を投資すべきだ」

 

●規模では評価できる経済対策? 減税が少ない、つなぎ国債で増税ならまずい 11/3
10月28日に閣議決定された政府の総合経済対策は、電気・都市ガス料金の負担軽減など物価高騰への対応が柱で、国費の一般会計歳出が29兆1000億円だった。
経済対策は規模と内容で評価できるが、まず規模が十分でないと話にならない。というのは、まずGDPギャップ(総需要と総供給の差)を埋めないことには半年程度後に失業が発生してしまう。雇用の確保が政府に課せられた最大の責務なので、GDPギャップを無視している一部の識者はマクロ経済政策を語る資格がない。
今回、岸田文雄首相は記者会見において、景気が下振れしたときにもGDPギャップを埋められるように配慮したと答えており、規模の点ではまずまずだと評価できる。
筆者は、本コラムで真のGDPギャップは30兆円程度で、対策規模もその程度としており、結果として同程度の対策なので、この点からも評価できる。
報道によれば、当初の財務省案はもっと少なかったが、自民党内の安倍派勢力が岸田首相を突き上げ、規模拡大に貢献したというので、それが事実であれば良い「政治主導」だったといえる。
野党の案が規模において政府案より少なかったのは情けない。もう少しマクロ経済を勉強してもらいたい。このままでは、財務省の応援団になってしまい、失業を容認するなど国民生活に害悪になってしまう。
マスコミは、財務省からのレク通りに、「中身が重要だ」と言い、その中身の積み上げの結果が規模になるという主旨の記事を書いている。
逆に、GDPギャップを超えた規模を求める意見もある。有効需要が総供給を超えると、雇用の確保はできるが、超過需要はインフレ率を必要以上に高くするという弊害が出る。
筆者は埋蔵金について50兆円程度と発言している。外国為替資金特別会計(外為特会)で約30兆円、国債整理基金(債務償還費)などで約20兆円がその内訳だ。しかし、GDPギャップを意識しているので、それをすべて経済対策に充てるとは言わない。経済対策は30兆円で、残り20兆円は防衛基金にして後年度の財政支出とするなどと注意して発言している。財務省は筆者の発言で不適切な点があると、すぐに反応し、誹謗(ひぼう)中傷を裏で行うからだ。
いずれにしても、規模はまずまずだが、中身はどうか。有効需要の原理から言えば、中身は何であっても効果にそれほどの差があるわけでない。ならば何でも良いかといえばそうでもない。中身の違いによって、執行率に差が出るからだ。当然のことながら、執行率が悪いと、補正予算を組んでも、有効需要が高まらず、GDPギャップが残ったままになってしまう。
執行率の差は、補助金系と減税系を比較すると、後者のほうがはるかにいい。その観点からすると、減税系がほとんどないのは懸念材料だ。
なお、財源も不透明だ。つなぎ国債で増税となるとまずい。ここは埋蔵金の活用の出番であり、増税の出番はない。
●FRB、0.75%利上げ 減速示唆も到達水準は「より高く」 11/3
米連邦準備理事会(FRB)は2日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で0.75%の利上げを決めた。通常の3倍の利上げ幅で、6月に約27年ぶりに実施してからは4会合連続となる。記者会見したパウエル議長は利上げペースの減速を示唆しつつ、利上げ終了時に到達する金利水準はより高くなるとの見通しを示した。
利上げ幅は市場予想通りで、短期金利の指標であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標は3.75〜4.0%となった。2008年1月以来、約14年半ぶりの水準だ。FOMC参加者が9月に示した政策金利の見通しは年末の中央値が4.4%だった。12月に利上げ幅を0.5%に縮める予想になっている。
2日に公表した声明文では「金利目標の継続的な引き上げが適切」と前回までの表現を踏襲しつつ、今後の利上げペースの決定には「金融政策が経済活動や物価に影響を及ぼすのに時間差がある点を考慮する」と新たに加えた。急ピッチの利上げが時間をおいて深刻な景気後退を招く「引き締めすぎ(オーバーキル)」のリスクを意識した表現とみられる。
パウエル議長は記者会見で次回以降の会合で減速について議論することを認めつつ、金融引き締めをどの時期まで続けるかという問題の方がより重要になっているという見方を示した。その上で23年中に4.6%とした9月会合での金利見通しについて「最近のデータを踏まえれば、最終的な金利はより高くなる」との見解を示した。利上げの停止についての議論は「かなり時期尚早だ」とも指摘した。
インフレの加速に対応して急ピッチな利上げを進めてきた段階から、今後はこれまでの利上げ効果を含めつつ、より慎重に雇用や物価の動向を見極めて金融引き締めの到達点を探る局面に移行する。「強いドルはいくつかの国で試練となっている」とも言及し、波及効果について注視していることも付け加えた。
FRBが重視する個人消費支出(PCE)物価指数は9月に前年同月比6.2%上昇し、高い水準のまま伸びが前月から横ばいになった。賃金上昇に伴う幅広いサービス価格の上昇を受けており、エネルギーと食品を除くコア指数でみると伸びが加速した。高インフレのピーク越えは見通せていない。パウエル氏は「道半ば」と表現した。
背景にあるのは足元の米経済の底堅さだ。減少傾向にあった企業の非農業部門の求人数は9月に再び増加に転じ、4日に予定されている10月の雇用統計も失業率が3.5%と記録的な低水準のまま横ばいになると予想されている。
FRBのパウエル議長はこれまで米経済の強さを強調し、金融引き締めが中途半端になって高インフレが長期化した1970年代の経験を踏まえてインフレ抑制を「やり遂げる」と強調してきた。
ただ金融引き締めの影響は半年から2年ほどかけて実体経済を減速させる。このため専門家の多くは足元の急速な利上げが23年以降に景気後退を招くと懸念している。8日の中間選挙を控え、米議会からも急ピッチの利上げを懸念する声が相次いでいる。
パウエル氏は2日の会見で、景気後退に陥らずにインフレを抑える経済のソフトランディング(軟着陸)について「(道は)狭くなっているが、可能だ」と明言したが、同時に先行きの見通しが不透明である点も強調した。
●FOMC声明要旨 「利上げ、政策浸透の時間差考慮」 11/3
2日発表の米連邦公開市場委員会(FOMC)の声明要旨は以下の通り。
最近の消費と生産の指標は緩やかな伸びを示している。雇用はこの数カ月堅調に増加し、失業率は低いままだ。物価上昇率は(新型コロナウイルスの)パンデミック(世界的流行)に関連した需給の不均衡、食品・エネルギー価格の高騰、広範におよぶインフレ圧力を反映して高止まりしている。
ロシアによるウクライナ侵攻が人々と経済に甚大な苦難をもたらしている。侵攻と関連する事象がさらなる物価上昇圧力をもたらし、グローバルな経済活動の重荷となっている。FOMCはインフレリスクを強く注視している。
FOMCは雇用の最大化と長期的な2%のインフレを目指している。これらの目標を支えるため、FOMCは(政策金利である)フェデラルファンド(FF)金利の誘導目標レンジを3.75〜4.00%に引き上げることを決めた。誘導目標レンジの引き上げ継続が適切だと予測している。
将来の利上げペースを決めるにあたり、FOMCは累積した金融引き締め、金融政策が経済活動やインフレに影響を与える時間差、経済・金融情勢を考慮する。5月に発表した「バランスシートの規模削減のための計画」で述べた通り、国債、機関債、ローン担保証券の保有量の削減を継続する。FOMCはインフレを2%目標に戻すことに強く注力している。
金融政策の適切なスタンスを評価する上で、FOMCは引き続き、経済指標が景気見通しに与える影響を注視する。目標達成を妨げるリスクがあらわれた場合は、金融政策のスタンスを適切なものに調整する用意がある。公衆衛生、労働市場の状況、インフレ圧力やインフレ期待、金融動向や国際情勢を含めた幅広い情報を考慮する。
決定はパウエル議長およびウィリアムズ副議長を含む12人のメンバーの賛成による。  
●円安で日本経済の奥深い脆弱性が露呈  11/3
中国共産党系の環球時報(電子版)は2日、「円安で日本経済の奥深い脆弱(ぜいじゃく)性が露呈」とするオピニオン記事を掲載した。筆者は南開大学世界近現代史センター教授、日本研究院副院長の張玉来(ジャン・ユーライ)氏。
記事はまず、日本の財務省が9月29日から10月27日までに総額6兆3000億円余の為替介入を実施したこと、政府は10月28日に事業規模71兆6000億円の総合経済対策を決定したこと、日銀の黒田東彦総裁が同日、大規模な金融緩和を維持すると表明したことなどを取り上げ、「内外の経済情勢が厳しさを増す中、『政府は為替介入、日銀は金融緩和継続』という局面の持続可能性には危うさを感じる」とした。
記事は「日本経済を脅かす第一の難題は円安だ」と指摘。年初の1ドル115円から150円程度へと3割も円安が進み、およそ32年ぶりの円安水準となったこと、円安の直接的な原因は日本と米国の金利差の拡大であり、米国の急激なドルの利上げ(3.00〜3.25%)でゼロ金利のままの日本との差が大きく開いたことなどに言及した。
その上で、「急激な円安は再び日本経済の脆弱性の特徴を露呈させ、それもまた制御不能な円安の主因になっている」と指摘。経済の地力を示す潜在成長率は0.4%で1990年代の10分の1に相当することなどにも触れた。
また「日本経済の脆弱性は、財政や金融の分野にも現れている」とし、日銀が緩和をやめて利上げに踏み切れば円安は食い止められるが、「役に立たない古いしきたりをいつまでも守る」真の理由は、政府に代わって財政危機を和らげ、「灰色のサイ」を監視することだとした。
記事は、政府は円安を阻止するため「火力全開」で為替介入をする一方で、大規模な財政刺激策を打ち出し、入国規制も緩和したが、こうした「処方箋」は症状に応じたものではないと指摘。1兆2900億ドルの外貨準備は余裕があるように見えるが、1営業日当たりの平均取引額が3700億ドルある日本の外為市場にとっては「焼け石に水」であり、政府が打ち出した膨大な景気刺激策29兆円は対象が五つの分野に分割されており、こうした「恩恵をみんなで分け合う」タイプの策が奏功するのは難しいとの見方を示した。

 

●円安下の日本の平均賃金「1ドル=200円」ならギリシャに抜かれOECD最下位 11/4
「悪い円安」が止まらない。為替市場では円が売られ、1年前の1ドル=110円前後から1ドル=150円近くまで急落した。専門家の間では「1ドル=200円まで円安が進む」という見方もあり、そうなれば円の価値は昨年比で約半分になる。
記録的な円安は、日本から労働力を奪っていく。給料の額面は変わっていないように見えても、ドルベースでは給料が半分に減るということだ。
日本の平均賃金は、OECD加盟(いわゆる先進国)の34か国中24位、韓国(19位)より低い。これは1ドル=109円だった2021年のデータで、「200円」で比較するとギリシャやラトビアなどにも抜かれて最下位水準になり、OECDに加盟していない中国とほぼ並ぶ。経済評論家の加谷珪一氏が指摘する。
「中国は都市と地方の貧富の差が激しいが、香港の1人あたり所得は日本より高く、北京、上海などの大都市もそれに近づいている。ベトナムやインドネシアも急速に発展している。日本のGDPは現在、米国、中国に次いで世界3位だが、いずれ人口が多いインドネシアなど新興国に抜かれるでしょう」
経済大国からの転落である。そうした“日本経済の落日”を敏感に感じているのが外国人労働者だ。
円安でドルベースの手取りが減り、本国の家族への仕送りがままならない彼らは、他の国で働くために日本を逃げ出そうとしている。
一方で海外から見たら円安ニッポンは物価が安く、旅行先としては魅力的だ。海外からの観光客は増え、インバウンド需要は期待できるだろう。
円安で日本の労働力が安くなれば、外国企業が日本に工場進出して経済復活につながるという指摘もある。が、労働力不足の日本から外国人労働者が逃げ出せば、労働力不足はもっと深刻化する。
「円安が進み、価値の下がった日本への投資は行なわれず、将来、日本人が海外に出稼ぎに行くようになるかもしれません」(同前)
●国内総生産(GDP)は国家の成功の誤解を招く尺度 11/4
国内総生産(GDP)は国家の成功を測る指標としては誤解を招きやすく、各国は今すぐ新しい指標を取り入れるべきだと、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院のロバート・コスタンザ氏らは指摘しています。
GDPは1930年代から1940年代にかけて開発され、国連は各国にGDPを報告するためのデータ収集を義務づけています。しかし、それ以前からGDPの考案者であるサイモン・クズネッツ氏はGDPの成長を幸福度と同一視しないよう警告しています。
GDPは主に市場での取引を測定するものですが、社会的なコストや環境への影響、所得の不平等を無視しています。そのため、GDPは実社会には適していないとされているものの、明確な後継となる代替策がないこともあり、第二次世界大戦後のほぼすべての国家ではGDPの成長を促進することが国家政策の主要な目標であるとされています。
一方で研究者たちによって、GDP成長の環境的・社会的影響や所得格差の影響を推定できるようになり、その後多くの実験により、GDPの代替となる尺度が生み出されています。
そのうちの1つに、国連が2015年にまとめた「持続可能な開発目標(SDGs)」があります。これらの目標に付随する新たな測定方法の開発は、不平等が拡大し、環境が破壊され続けることを食い止めることができるとされています。
GDPに代わる成長の指標には3つのグループが挙げられています。
1:調整済み経済指標
「真の進歩指標(GPI)」はGDPの主要な構成要素である個人消費支出に加え、ボランティア活動の価値や離婚、犯罪、公害などの要因を考慮し、さまざまな計算を行うことで算出される指標です。この指標により、年間所得や純所得、富を考慮しつつ、環境問題なども考慮することができます。
2:幸福の主観的尺度
「世界価値観調査(WVS)」は約70カ国を対象に、「自分の人生にどれだけ満足しているか」などについて質問しています。主観的な幸福度調査は社会の進歩を測る最も適切な指標とされていますが、一方で社会や文化の違いを超えて比較することは難しいと言われています。2006年に発表された「地球幸福度指数(HPI)」では生活満足度と平均余命を掛け合わせ、それを生態系への影響を表す指標で割ることによって、主観的指標と客観的指標を統合することができるとされています。
3:複合的な幸福指標
「より良い暮らし指標(BLI)」は、所得、住居、仕事、健康、市民生活、安全、生活満足度などのさまざまな変数を組み合わせた指標です。BLIでは異なる変数の重視度によってどのような影響が生じるかを明らかにしています。
これらの指標を総合的に判断することで、GDPよりもはるかに優れた指標を構築することができると研究者らは説明しています。
また、GDPの後継についてロバート・コスタンザ氏らは、「生態学、経済学、心理学、社会学が一体となって持続可能な幸福の確立と測定にどのように貢献しているかについての現在の知識を統合した、新しい測定基準の集合体であるべきです」と述べています。
●「電気・ガス代支援は嬉しいけれど…」期間は?財源は?気になる疑問 11/4
値上げの秋――食料品から何から値上げ続きで、特に電気代・ガス代はどこまで上がるの? という状況だ。政府はこの対策として、来年1月から電気・ガス料金の負担軽減策を決定した。家計が助かるのは確かだが、元サンデー毎日編集長・潟永秀一郎さんは疑問も感じているという。RKBラジオ『立川生志 金サイト』でコメントした。
補助はいつまでもズルズルと…
最大の疑問はズバリ「出口が見えない」ことです。マイナポイントについて「もらえるものは、きっちりもらいましょう」と言った私が言うのは、天ツバなんですが(笑)、ポイントは1回限りなのに対して、支援は来年1月から9月までです。その間に、原油価格が下がったり、経済が持ち直したりしていればいいですが、そうじゃなかったとき、スッパリ切れるのか。ズルズル続いた時に財政はどうなるのか。先が見通せないんです。
改めて、支援策の中身からおさらいします。
支援金は各家庭ではなく、供給元の電力・ガス会社に対して支払われます。電気代は、家庭向けで1キロワット時あたり7円、都市ガスは1立方メートルあたり30円で、それぞれ標準的な家庭の場合、電気代は月2,800円、ガス代は900円程度安くなります。
これに、今年1月から始まったガソリンや灯油代などの補助も続くので、「1世帯当たり9か月間でおよそ4万5,000円の負担軽減になる」と、西村経済産業大臣は説明しています。
これ、確かに家計は助かるんですよ。助かるんですが、私がモヤモヤしていることを説明しますね。
まず、最初に言った「期間」です。ガソリン代の補助は、今年1月に始まったときは「3月末まで」の期間限定でした。ところが、ウクライナ危機などでその後も原油高は改善せず、延長に延長を重ねて来年9月まで、です。さすがに補助額は来年1月から1リットル当たり35円から25円に引き下げられますが、3か月のはずが1年半ですよ。補助というのは、残念ながら始めるとそれが当たり前になって、感謝どころか、やめると反発されかねません。特に支持率が低い政権だと、反発を恐れてズルズルになりかねない面があります。電気・ガス代の補助も来年9月で終われるのか、当の経産省からも不安視する声があります。
使えば使うほど補助額が大きい―環境問題的にもおかしい
次に、不公平感です。
今回の電気・ガス・燃料費への支援は、使った分に対して支払われます。だから、生活が厳しくて、なるべく電気もガスも使わないようにしているご家庭より、収入があるからそんなことを気にせず、冷暖房も風呂のお湯もバンバン使う家庭のほうが、補助額としては大きくなります。ましてガソリン代は、車を持っていない人には関係ないし、軽自動車より、ガソリンを食う大きな外車を乗り回している人のほうが恩恵は大きくなります。
これ、電気・ガスも含めて、環境問題的にもおかしいでしょう。政府は11月1日、冬場の電力需給がひっ迫する恐れがあるとして、国民に節電を呼びかけましたが、だったら節電が進むような補助・支援にすべきじゃないか、とも思うわけです。
次世代へのツケは増える一方
最後に、これが一番大きいんですが、財源の問題です。
ガソリン代の補助、今年だけで予算は3兆円を超えます。そして今回発表された、来年1月からの電気・ガス代、燃料費の補助がおよそ6兆円。その財源は基本的に国債、借金です。
1兆、2兆って簡単に言いますが、「豆腐じゃない」って誰か言ってましたよね。でもほんと、笑い事じゃないです。でも、政治は与野党問わず、どんどんポピュリズム、大衆迎合というか人気取りに走っている気がします。とにかく「今」を乗り切る政治。結果が、止まらない少子化や、新しい産業が生まれず衰退していく経済じゃないか、と思ってしまいます。
言い訳めきますが、マイナポイントにはまだ「行政のデジタル化」という大目的があります。でも、補助や給付のバラマキは、一時的に家計は助かっても、次の世代にツケを回しているという面は、否定できません。ある官僚OBはそれをこんなふうに例えました。
食堂で1,000円のランチを食べて、レジで700円払って出ていこうとする客に、店員が「お客さん、足りませんよ」と言うと、「残りは次の客から取ってくれ」と出ていくようなもんだ――。
国の今年度予算は総額107兆円ですが、その財源のおよそ3割、30兆円は国債、借金だからです。
その、国債発行残高はついに今年、1,000兆円を超えました。これを国民総生産(GDP)で割った比率は250%を超え、先進国で断トツの1位です。先日、イギリスではトラス首相が就任からわずか44日で辞任表明に追い込まれましたよね。首相が打ち出した大幅減税策が「財政悪化を招く」と金融市場を混乱させたためですが、そのイギリスの国債発行残高は、対GDP比でおよそ87%。日本の3分の1です。単純には比較できませんが、どちらの国が財政的にも政治的にも健全かと、考えてしまいます。
ここまで、電気ガス、燃料費補助について私が思う疑問――ご理解いただけましたでしょうか。繰り返しになりますが、日本の国債発行残高は1,000兆円を超えて、さらに増える見込みです。その背景には、急速な少子高齢化に伴う、社会保障費の増加があります。
実は30年前と今年度の一般会計を比べると、新型コロナの対策費5兆円があるのを除けば、社会保障費以外はほとんど増えていません。ただ、その社会保障費が11兆円から36兆円へ、実に3倍以上に増えたために国債の返済費用も増えて、予算が膨らんでいるんです。
そしてこのままの状況が続けば、高齢者数がピークに達する20年後には、社会保障費はさらに今の5倍以上、190兆円に達すると、国は試算しています。放っておけば財政が破綻するのは誰の目にも明らかなのに、コロナ禍でさまざまな補助や給付が始まって以降、与野党こぞって「もっと出せ」「もっと配れ」というのはどうなんでしょう。
ある財務省OBは「政治が必要だと判断したことに予算を付けるのは当然。ただ、その分の財源はほかを削ってでも確保するのが筋だ。家計でも、増えた支出を借金で賄い続けるなんてありえないでしょう」と言います。私もそう思いますし、耳当たりのいいことばかり言う政治家でなく、本当にこの国の未来を考えているのは誰なのか――という視点で政治を見ようと、今回の経済対策を見て、改めて考えました。
私もあと数年で高齢者の仲間入りですが、孫たちの世代に後で「じいちゃんたちはあの時、何を考えていたんだ」と、言われたくはないですもんね。
●消費者物価指数が上昇 その影響と日本経済が抱える課題とは? 11/4
消費者物価指数(CPI)とは、消費者が購入する家計に関わる財やサービスの価格などを総合した物価の変動を指数で表したものだ。国がまとめた消費者物価指数は、日本経済についての分析や、各種経済施策の指標とされる。今回は消費者物価指数にまつわる過去記事から、日本経済の課題や各種経済・金融施策への影響をピックアップしていく。
各種経済施策の指標となる「消費者物価指数」
消費者物価指数(CPI)とは全国の世帯が購入する家計に関わる財やサービスの価格(消費者物価)などを総合した物価の変動を指数で表したもの。具体的には「基準時」の総費用を100として、比較時の総費用を比率の形(指数)で表現する。例えば基準時の総費用が30万円(消費者物価指数は100)で比較時の総費用が31万5000円だった場合、消費者物価指数は105となる。これは比較時の物価が基準時に比べて5%上昇したことを表す。
消費者物価指数は総務省統計局実施の家計調査の集計結果を基にして重要度の高い品目を選んで計算される。それを分析することで日本経済の状態や抱えている課題などの把握が可能だ。また消費者物価指数は各種経済施策や年金額の改定などに利用されている。
長らく安定していた消費者物価指数だが、資源高や円安による値上げなどの影響を受けて上昇を続けている。2022年10月に発表された9月の消費者物価指数(総合)は前年同月比で3.0%の上昇となった。消費増税の影響を除くと、31年1カ月ぶりの高い上昇率だ。過去の記事から、消費者物価指数の上昇がもたらす影響や日本経済の課題について考える。
かつて「石油危機」が日本を変えた 苦難が育む突破力 新ビジネスのバネに
今から半世紀ほど前、「狂乱物価」と呼ばれる猛烈なインフレが列島を襲った。1973年の第4次中東戦争勃発をきっかけにした「石油危機(オイルショック)」により、日本の消費者物価指数は前年比で23.2%も上昇した。その後経済は盛り返したが、バブル崩壊とともに「失われた30年」が始まった。景気が悪化し、消費は低迷。給料はなかなか上がらず、値下げしないと物が売れない悪循環「デフレスパイラル」に陥った。
これにより、デフレが当たり前になってしまった日本にとって、物価が上がり続けることに対する免疫力は低い。今こそ、半世紀前の「狂乱物価」の教訓を思い出す必要がある。
消費税3%上げ相当の打撃 日本経済むしばむ「悪い物価上昇」
2022年に入り、消費財の値上げが続いている。大王製紙はトイレットペーパーなど家庭紙製品全品の価格を15%以上引き上げ、水産大手のマルハニチロはサバやイワシ、サンマやマグロなど41品の缶詰・瓶詰商品を約3〜15%一斉に引き上げた。値上げの背景にあるのは原材料や燃料価格の上昇だ。これらのコスト増は企業の自助努力分をはるかに上回る勢いだという。
日本経済全体ではデフレ(物価の継続的下落)マインドが根強いが、物価が上がっても賃金は上がらない「悪い物価上昇」の連鎖が始まろうとしている。
複数コスト上昇でも「値上げ難しい」が半数 中小企業100社調査
22年4月における消費者物価指数の上昇率は、前年同月比で2.1%だった。一方で国内企業物価指数の上昇率は前年同月比10.0%と過去最高に達している。この差を埋めているのは各企業の自助努力だ。
だが、日経トップリーダーがが資本金1億円未満の企業の経営者を対象に22年4月28日〜5月9日に実施したアンケート調査では、燃料費、商品仕入れ額や原材料費などが上昇する中、約4割の企業が値上げをすでに実施もしくは予定しているという結果が出た。一方で「値上げをしたいが難しい」と見ている経営者が47%にも上った。
値上げラッシュのスーパー「客単価上昇、買上点数減少」が顕著に
スーパーでの「値上げラッシュ」が続いている。21年7月に続いて22年3月に値上げを実施し、さらに10月にも値上げを予定していると発表した食品メーカーや、1975年の創業以来初めての値上げに踏み切った飲料メーカーもある。
相次ぐ値上げを受けて消費者物価指数も上昇中だ。2022年5月の消費者物価指数(総合)は前年同月比+2.5%で、9カ月連続の上昇となっている。これはエネルギーや食品の値上がりの影響が大きく、いわゆる供給ショックによるものだ。景気の良さ(国内需要の強さ)に基づくものではないという問題を抱えている。
最低賃金、過去最大31円引き上げ 賃上げの起点となるか
消費者物価指数の上昇を受け、国は賃金の引き上げに力を入れている。22年度の最低賃金(時給)の目安は、全国平均で961円。昨年度からの上げ幅は過去最大となる31円で、前年比の上昇率は3.3%だ。今年度は大幅引き上げを求める労働者側と、少しでもコストアップを回避したい経営者側の意見がなかなか折り合わなかった。決着の決め手となったのが「物価高に賃金上昇が追い付いていない」状態が長期化し、消費が冷え込むことへの懸念だ。
日銀が大規模緩和修正に動く2つのシナリオ
異次元の金融緩和政策を続ける日銀が掲げる「物価安定の目標」は、持続的・安定的な消費者物価指数「2%」の達成だ。このため、日銀は「資源高+円安」という供給ショックによる一過性のインフレ率2%では不十分だとする見解を強くアピールしている。
日銀が今後の消費者物価指数に対する判断を変え、大規模緩和政策の修正に動く可能性があるのか、また、政府が日銀の目標2%は修正するのが望ましいと判断するのか、消費者物価の上昇率(インフレ率)が、今後の金融政策にどう影響するのか市場関係者の注目が集まっている。
最後に
現在の消費者物価指数は日銀が目標とする2%を超えているものの、その実態は賃金の上昇を伴わない「悪い物価上昇」だ。これまでデフレが続いてきた日本では企業が「耐えかねて」値上げをするケースがほとんどだ。このままの傾向が続くと物価だけが上がり続け、消費が低迷する悪い連鎖になりかねない。日本経済は今後、健全な成長を遂げることができるのか、消費者物価指数の動向とその対応に注視していきたい。
●米インフレとの激闘、後半戦へ 利上げ戦術変更 11/4
11月の米連邦公開市場委員会(FOMC)後の記者会見で、パウエル議長はハト派的な発言をことごとく封印した。
「利上げ停止はまだまだ時期尚早だ」
「利上げをやりすぎるリスクより、利上げが足りないリスクのほうを重視する」
「12月の金利は、9月に想定していた金利水準より高い」
「経済軟着陸への道筋は狭い」
利上げについて、そろそろ出口戦略の話も、と待ち構えていた市場の淡い期待は、打ち砕かれた。
パウエル議長は、米連邦準備理事会(FRB)のインフレとの戦いが、事実上、後半戦に突入することを宣言したのだ。
前半戦は超大型0.75砲を連発して、まずインフレ基地に強力な先制攻撃をかけた。続く後半戦は、0.5砲、0.25砲を用いて、前半戦の効果を確かめつつ、慎重にインフレとの戦いを継続すると見られる。終戦は2023年前半、場合によっては23年後半になるかもしれない。そのときの政策金利水準は5%を超える。6%近くに達する可能性すら排除できない。
自軍が「不況」のダメージをこうむることは、もとより覚悟のうえだ。荒れた経済を修復するための利下げ作戦への転換も必要となろうが、その時期は24年以降となりそうだ。
そもそも利上げは「速度、高さ、長さ」が問題だ。
市場が注視する0.75%か0.5%かという点は、利上げの速度だが、金利水準を「より高く、より長く」との方針のほうが中期的には重要である。
記者会見でのパウエル議長の発言を聞きながら、筆者は、FRBのトラウマを感じた。インフレマグマが蓄積しているのに、超金融緩和政策を今年3月まで続けてしまった。インフレ対応が後手にまわったという焦りから、0.75%連続利上げとQT(量的引き締め)の合わせ技という荒療治を実施した。「判断ミスで初手が出遅れた」というトラウマの呪縛は、容易に払拭されまい。パウエル氏が最も恐れる「インフレマインドの慢性化」を防ぐためには、インフレを根絶やしにするほどの決意が必要となろう。
同氏を悩ますのは、金融政策が「切れの鈍い鈍器」であり政策効果が確認できるまでタイムラグがあることだ。今回の記者会見でも「ラグ」という単語が頻繁に使われた。0.75砲を連発しても、雇用コスト指数は年率5%を超え、求人件数は1071万件まで急増してしまった。労働市場を見る限り、まだ「利上げが足りないリスク」を重視せざるを得ないわけだ。
対して、市場は「利上げをやりすぎるリスク」のほうを警戒する。すでに不動産市場が悲鳴をあげている。家賃も頭打ち傾向が出始めた。
さらに、米債券市場で不況のシグナルとされる逆イールド現象も、FOMC後、顕著になっている。
政策金利の動きに敏感な米2年債利回りは4.7%を超えた。最近は市場が先走り、先導するかたちで、FRBが追認するパターンが常態化している。年末から来年にかけて2年債が5%に接近するシナリオに現実味がある。対して、10年債は4.1%水準にとどまる。不況のシグナルとされる長短金利差の逆転現象も、ここまで進むと赤信号と言わざるを得ない。3カ月物財務省証券まで10年債と利回りがほぼ同水準である。
なお、筆者が、市場の視点で危惧するパウエル記者会見発言は、「政策金利は実質金利でプラス圏とすべし」との見解だ。ウィリアムズNY地区連銀総裁の持論で、FOMC参加者の間でも支持論が目立つ。
具体的には、FRBが最も重視するインフレ指標であるPCEコア指数が最新で年率5.1%だが、それに0.5%から1%以上を上乗せした水準で政策金利を設定すべしという議論だ。実質金利プラス圏だと、市況の法則によれば、株などのリスク資産は売られやすい。株式市場としては、聞き捨てならぬ話となろう。いきなり株価を冷やすことはないものの、負の効果がジワリ浸透する可能性がある。
かくして市場を震撼(しんかん)させたFOMCが終わり、4日には、雇用統計が発表される。新規雇用者数がこれまで通りのペースで増加して失業率は歴史的低水準にとどまる結果になると、すでに萎縮した株式市場心理にさらに冷や水を浴びせかねない。代表的雇用指標の好転は、強力な利上げ後半戦を正当化することになるからだ。「祈るような気持ち」で雇用統計悪化を望むとのつぶやきが印象的であった。
最後に、日本人として最も気になる円安への影響だが、0.75砲連発の前半戦では急速にドルが買われ円が売られたが、後半戦では、円安のスピードは減速となろう。ただし、「より高く、より長く」との利上げ方針が23年にかけて変わらぬかぎり、円安トレンドに変化はない。150円から一気に160円というシナリオは考えにくいが、140円より円高水準も調整局面程度の短期現象となろう。
なお、FOMC前後から、筆者は日銀介入の可能性に注目している。
ドルインデックスが111台から一時は113台まで上昇するなかで、円相場が147〜148円の水準にとどまっているからだ。休祝日返上の為替介入当局の臨戦態勢が想起される。
●文科相「極めて遺憾」 教科書選定の贈収賄事件 11/4
永岡桂子文部科学相は4日の閣議後記者会見で、大阪府藤井寺市立中の教科書選定を巡る贈収賄事件に関し「公平性に疑念を生じさせ、極めて遺憾だ」と述べ、教科書会社「大日本図書」(東京)に再発防止を図るよう指導を徹底する考えを示した。
大阪府警は2日、教科書選定に関わった元校長にゴルフ接待をしたなどとして、贈賄容疑で大日本図書の元取締役ら2人を書類送検した。文科省は同社に事件の詳細について報告を求めており、永岡氏は「(報告の)結果を踏まえて厳正に対処する」と説明した。
大日本図書を巡っては、東日本支社長が茨城県五霞町の教育長と会食し、同社側が費用を全額負担していたことが9月に発覚し、教育長が10月に辞任する事態となった。
●日経平均続落、午前終値560円安の2万7103円 11/4
4日午前の東京株式市場で日経平均株価は大幅に続落し、前引けは前営業日比560円22銭(2.03%)安の2万7103円17銭だった。米連邦準備理事会(FRB)の金融引き締めが長期化するとの警戒から、2〜3日の米株式市場で主要株価指数が下落し、東京市場でも運用リスクを回避する目的の売りが幅広い銘柄に出た。日経平均の下げ幅は一時600円を超えた。
FRBのパウエル議長は2日の米連邦公開市場委員会(FOMC)後の記者会見で、利上げの到達点(ターミナルレート)がFRBの従来予想より高くなる見通しを示した。金融引き締めに積極的なタカ派姿勢が示されたとの受け止めから、米ダウ工業株30種平均は2〜3日の2営業日で2%下落。祝日明けの東京市場でも値がさの半導体関連株やソフトバンクグループ(SBG)などに売りが膨らみ、相場を押し下げた。
市場では「米株式相場が不安定な動きとなっているうえ、日本時間4日夜に発表の10月の米雇用統計を見極めたいとの雰囲気もあり、投資家は買いを入れにくい」(ピクテ・ジャパンの糸島孝俊ストラテジスト)との声が聞かれた。半面、円安などを追い風に輸出企業の業績は総じて上向いており、好決算をきっかけに買いを集める銘柄も多い。日経平均は前場中ごろからは底堅さが目立った。
東証株価指数(TOPIX)は反落した。午前終値は前営業日比27.31ポイント(1.41%)安の1913.15だった。
前引け時点の東証プライムの売買代金は概算で1兆8854億円、売買高は8億3637万株だった。東証プライムの値下がり銘柄数は1377と、全体の約75%を占めた。値上がりは390銘柄、変わらずは70銘柄だった。
ZHDやエムスリーが大幅安。AGCや日水、資生堂も売られた。半面、三菱自は大幅に上昇した。コニカミノルや三菱重も高い。 
●モスクワは変わっていなかった 11/4
3年ぶりに訪れたモスクワは変わっていなかった。
巨大なメトロポリスは、郊外へいっそう大きく拡がっていた。
新しいハイウェイが完成し、地下鉄網が延び、都心や郊外に真新しい高層アパート群がそびえ、傍にはロシア規格の巨大ショッピングモールができている。
開発は、私の目の前で止まることなく進んでいた。
公園の池のほとりには、遊歩道が整備されてもいた。
社会のIT化と生活のキャッシュレス化も、日本よりずっと進んでいる。
マクドナルドやスターバックス、バーガーキングは、それぞれフクースナ・イ・トーチカ(おいしい、ただそれだけのこと)、スターコーヒー、バーガーヒーローと名称を変えたが、店内はどこもにぎわっている。
ユニクロやH&Mは、閉店前の在庫一掃バーゲンをやっていた。
街中の食料品店をのぞいてみた。春先のパニックはすっかり収まっているようだった。インフレ率に合わせて年金や給料も上がった。今では物価も安定し、不動産の価格も安定している。人口1億4000万の約一割を占める富裕層にとって西側の贅沢品は消えても、大多数の国民は困らない。
そのうえ、彼らは我慢することに慣れている。
この半年間以上にわたり、西側は強力な制裁を科してきた。中銀の外貨準備を凍結し、大手銀行をSWIFT(国際銀行間通信協会)から排除した。原油の輸入を停止し、ガスの輸入を削減し、戦略物資の輸出を制限してロシア経済を締め上げた。
他方、10月20日、ロシア財務省は予算の赤字を補填するために、国民福祉基金から160億ドル(約2兆4000億円)を取り崩している。制裁の影響と戦費の増大が理由らしい。
だがそれでも、2022年の財政赤字はGDPのわずか2%に過ぎない。
そしてロシア国内では、制裁対象の銀行が国内経済を普段どおりにまわしている。
ロシアの銀行が発行したものであれば、VISAもMASTERカードも使える。ホテルのロビーでコーヒーを飲む度に、いちいちドルをルーブルに両替して支払うのは、私を含めて西側や周辺国からの旅行者だけだ。
「制裁の影響はこれからです。これまではストックに助けられていました」
友人はそう語る。多分、そういうことだろうと思う。早晩、輸入に依存する産業のほころびが、経済のそこここで現れるにちがいない。
それにしても、である。エネルギーと食糧を自給できる経済は強い、と言わざるを得ない。
ロシア経済の懐の深さと、制裁に抗する耐性を見る思いがした。
●団塊世代は積極的だったが…日本人が「萎縮してしまった」ワケ 11/4
チャレンジ精神の欠如
諺に、「可愛い子には旅をさせろ」と云うのがある。最近は死語になったのか、あまり聞く言葉ではないが、団塊の世代辺りはこの点については優等生だろう。地方に大学が少なかった事もあり、多くの学生が都会の大学に進学した。まだまだ円が弱かった時代にも拘わらず、海外に留学した学生も多く、また長期の海外旅行に出掛けた学生も多かった。
そして高度成長期に企業に就職し、“企業戦士”と云う称号を与えられ、積極的に海外にも出て行った。バブル崩壊後、団塊世代を非難する声をよく聞くが、彼等のチャレンジ精神には敬意を表したい。
一方バブル崩壊以降の若者は、海外に行く事を拒む人が多くなっていると聞く。数値データを見ても、欧米の一流大学に留学する学生が少なくなっており、そして企業に就職後も海外への転勤には消極的な若者が多いと聞く。しかも、海外旅行すら行きたがらず、そしてその傾向は男性の方が強いとの事である。
この様に、現代の企業活動において、このチャレンジ精神が段々無くなってきている。次に記載する“失敗を許さない文化と事なかれ主義”も相まって、判断が消極的になっている様に感じる。
企業活動ではある程度失敗を恐れずに、常に新しい事にチャレンジしていかないと、企業そのモノが競争に負けてしまう。3勝7敗でも十分であるのだが、チャレンジしてこなかった結果が、今のGDPに表れている。
一方、今の東南アジアの若者は、より良い収入と生活を求め、何処へでも行く様なチャレンジ精神を持っている様に見受けられる。
中国人やインド人をはじめ、ベトナム、インドネシア、マレーシア、フィリピン、等々の国々の若者が世界に出て活躍し始めている。そしてシンガポールには、その様な若者が集まっている。日本が足踏みを続けていると、近いうちにこれらの国もあっと云う間に日本に追いつく可能性がある。
因みに脳科学者の中野信子氏によると、日本人には「チャレンジせよ」の言葉はNGとの事である。日本人は概ね心配性で正確性を重視するので、チャレンジする事を避ける傾向にあるらしい。
サッカー等のスポーツ観戦で、日本人の観客は失敗するとがっかりした声を出すが、海外ではチャレンジしないとがっかりした声を出すと云う。そのため、経営者は失敗に対して懲罰やがっかりした感情を出さず、成功した場合に褒める事のみを行う必要があるとの事だ。
失敗を許さない文化と事なかれ主義
プロの野球やサッカーでは、勝っている時は良い面に目を向けるが、負けが続くと悪い面に目が行き、挙句の果ては、監督やコーチが選手を非難したり、チームメート同士が非難しあう事がある。そうなると、チーム内の雰囲気が悪くなり、より一層結果が出なくなってしまう事もある。
そして学校での部活やアマチュアの世界でも同じ様な事が起こっている。これは企業や社会でも同じで、売上が落ち込み、赤字になっている様な企業の雰囲気は決して良くはない。
元々日本人は失敗に対して寛容ではない。自分の子供の頃を思い出して欲しい。そして子育てをした事がある人であれば、自分の子育てはどうだったかを思い出して欲しい。間違いや失敗を叱られた(叱った)回数と、成功や良い事をした時に褒められた(褒めた)回数を思い出して欲しい。圧倒的に叱られた、または叱った回数の方が多いと思う。
自分自身も恥ずかしながら、親として叱った回数の方が多い。判っていても叱る事の方が圧倒的に多く、褒めて伸ばす事はできなかった。
現在の日本の社会の雰囲気は決して良くはなく、一億総中流からとっくに決別し、沢山の貧困層を生んでいる。スポーツで云えば、大きく負け越している状況である。
その様な状況下で元々失敗には寛容ではない文化の日本人が、最近は何かにつけて他人を非難ばかりしている。政治を非難し、経済人を非難し、芸能人を非難し、学校を非難し、挙句の果てにネット上では誹謗中傷合戦となっている。
この結果、日本人は委縮してしまい、元々そうだった“事なかれ主義”により一層磨きが掛かり、何もしない民族に成り下がってしまった様だ。非難やクレームに怯え、それらを回避するために知恵を絞っている。その結果、前に進まなくなっている。
●政府の経済対策「明らかに過大」 経済同友会の桜田代表幹事 11/4
政府の総合経済対策について、経済同友会の桜田謙悟代表幹事は4日、財政出動をともなう対策の必要性を認めつつ、「他の先進国のインフレや財政の状況をみると、明らかに過大だとの印象を持たざるをえない」と語った。
記者会見で質問に答えた。桜田氏は、経済対策の規模に匹敵するリスクを日本経済が抱えているのかどうか▽そうだとすれば、そのリスクとは何か▽(経済対策で)将来に向かってどんなプラスを生むのか――といった説明がなされていない、と指摘。財源が明らかになっていないこととあわせて、「支援を続ければ続けるほどイグジット(出口戦略)は難しくなる」と懸念を示した。

 

●財務省の言いなりで財政批判する野党とマスコミ 11/5
政府が打ち出した総合経済対策をめぐって、「巨額すぎる」「規模ありきだ」などの批判するメディアの論調もある。
規模の話を批判する人たちは「まず中身が重要だ」という。中身の積み上げで結果として規模が決まるという論法は財務省と全く同じだ。そして、今回政治主導で予算総額が積み増されたが、その点を批判するのもやはり財務省と同じ論法だ。
正しくは、マクロ経済からみれば「規模ありき」は当然だ。GDPギャップ(総需要と総供給の差)を埋めないと、有効需要不足となって、半年後くらいに失業率が高くなる。
政府の最低限度の役割として雇用の確保があるので、先進国のマクロ経済政策としてGDPギャップを埋めるような経済対策を行うのは当然である。こうした有効需要の原理からみれば、中身については極論すればどうでも良く、規模にこそ意味がある。
規模確保が財政事情から困難なこともありえるが、日本の財政事情は統合政府でみる限り、当面は心配する必要がないのは本コラムで繰り返している。
結局、規模が大きすぎるという人は、財政事情が分からず財務省の言いなりで、目先の個別政策にしか目がいかない人たちだといえる。ましてマクロ経済のGDPギャップなどを理解もできない。
問題はそうした人たちが、野党やマスコミに多いことだ。特に、今回野党が事前に出した経済対策の規模が政府のものを下回っていたのは情けない。
野党は国会で政府対策が大きすぎると批判せざるをえず、財務省はほくそ笑んでいるかもしれない。
そして、理論的な根拠もなく、「中身が重要」と言いつつ特定政策を主張する。これこそ、財務省の思うがままだ。特定政策の優先順位について万人を納得させるロジックはなかなかない。となると、侃々諤々(かんかんがくがく)となって時間だけが経過し、予算では締め切りがあるので結果として財務省の言うとおりに落ち着きがちだ。
中身を議論したいのであれば、予算執行のやりやすさを論じたらいい。財政出動には、「補助金系」と「減税系」の2種類がある。前者の執行率を高めるのは難しいこともあるが、後者はほぼ完全執行で、予算の使い残しがない。これは有効需要を埋めるには好適だ。
岸田文雄政権では、そこそこ補正予算を組んでいるのに使い残しが多く、あまりマクロ経済の効果を生んでいないように見える。しかも補助金系は、業界を交付相手にするので、それを選択するのは役人の天下りとも関係があるのではないかという問題意識も興味深い。
一方、積極財政を無分別に主張するのも考えものだ。GDPギャップを超える経済対策をしても雇用の確保には役立たず、インフレを過度に助長するだけだ。そのために「インフレが加速されない失業率」という概念があり、筆者はその達成のためにGDPギャップを算出しているのだ。
●経済再生が最大課題の英スナク政権 財政難を抱える日本も他山の石≠ノ  11/5
英国ではトラス前首相が就任45日で退任を余儀なくされ、元財務相のリシ・スナク氏(42)が新首相に就任した。過去200年で最年少の首相であり、英国初のアジア系首相ということでも注目される。そのスナク政権の最大課題は経済再建である。
スナク氏自身、首相就任の第一声として「私たちの国は今、深刻な経済危機に直面している」との認識を示している。トラス前首相の失敗の教訓とは何か?
財源が曖昧なまま、国民受けのする減税策を打ち出したこと。世界全体が経済減速に向かっている中で、政治家なら誰もが打ち出しそうな政策だったが、市場が反発。英国債は一気に売られて価格下落(金利は上昇)。年金制度にもマイナス影響を与え、国民の不安につながった。
国民受けを狙う政策がいつでも通るわけではないことを市場が示したことは、世界の政治リーダーへの大きな教訓になる。
そしてEU(欧州連合)との関係をどうするかという課題。ジョンソン前々首相以来、英国はEUと距離を置き、人の交流や物の移動に制限を課してきた。大英帝国≠フ歴史に誇りを持ってきたわけだが、現実にはインフレを押し上げる要因になっているという面もある。自国一国では経済が成り立たない中で、他国や地域との経済連携をどう進めるかという課題である。
また、インド系のスナク新首相がアジアとの連携を含めて対中国との姿勢をどうとるのか。そしてEUとの関係をどう築いていくかに関心が集まる。
今回の英国での突然の首相交代は日本にとっても教訓となる。日本の最大課題の1つは財政再建。借金はGDP(国内総生産)の2倍以上となる約1200兆円。国債発行残高は約1000兆円を抱え、それを日本銀行が約500兆円を買い入れるという形で支えている。
「日本国債の95%は日本国民が買っており、問題はない」との指摘もあるが、中央銀行(日銀)が大半を買い入れるという中で、国債発行が膨れ上がってきているという現実。海外の投資家の中には日本の国債売りを仕掛けているところもあり、日本の国債管理も緊張感と慎重さが要求される。
日本の再生も緊張感が必要だ。
●米EV優遇、日本が見直し要求 「有志国連携に反する」 11/5
日本政府は5日、バイデン米政権による電気自動車(EV)の優遇税制に関し、日本製なども含めるよう見直しを求める意見書を提出したと発表した。EV購入に伴う税控除を北米で組み立てた車に限定し、日本メーカーを排除することに対して、有志国との連携を重視する米国の戦略と「整合的ではない」とも批判した。
8月に成立した米国の「インフレ抑制法」は北米で生産したEVを税制面で優遇する。車載バッテリーに使う重要鉱物の一定割合を米国や自由貿易協定(FTA)締結国から調達しなければならないといった要件もある。日本メーカーの米国での販売に影響するとの懸念が広がっていた。
意見書では、1北米地域以外からの輸入完成車が税控除の適用除外となったこと2バッテリー材料の調達・加工要件が米国または米国の FTA 締結国に狭く限定されていること3バッテリー部品の北米での製造・組み立て要件が導入されたこと――の3点に懸念を示した。日本メーカーのEVも優遇を受けられるよう求めた。
日本製などを排除することに対して「有志国との連携で強じんなサプライチェーン(供給網)を目指す戦略と整合的ではない」と強調し、中国に対抗する民主主義陣営の連携に反することも指摘した。自国など特定国・地域を優遇する姿勢を示すことで自動車メーカーが投資をためらい、米国の雇用に悪影響を及ぼす可能性にもふれた。
米財務省は10月5日から意見を公募していた。日本政府は11月4日付で意見書を提出した。 
●未曾有の円安で日本が完全に没落する前に 11/5
今の日本の国力が1970年代初頭のレベルまで落ちていることを、どれだけの人が実感できているだろうか。
未曽有の円安が進んでいる。2022年10月21日には1ドル=150円まで円は売り込まれ、為替レートとしては1990年以来、32年ぶりの低水準となった。しかし、1ドル=150円という現在の為替水準は、必要な輸入品に対する円の購買力を示す実質実効為替レート指数としては、1970年とほぼ同水準まで下がっている。かつて世界一を誇った一人当たりGDPや国際競争力も、日本は先進国では最下位に落ち込み、今や一部の途上国にも追い抜かれ始めている状態だ。
わかりやすい事例として英エコノミストが発表しているビッグマック指数というものがある。今年の7月段階で日本のビックマックの価格が390円だったのに対し、スイスでは925円、アメリカでは710円と、同じ商品の価格が1.5倍から2倍以上も開いている。今や日本のビッグマックはタイ(481円)やベトナム(406円)よりも安い。遂に「安いだけが取り柄の日本」になってしまった。
日本が自給自足ができる国であれば、為替レートをそこまで気にしないでもいいかもしれないが、日本は食料自給率もエネルギー自給率も先進国としては最低水準にある。その日本で、円の価値が下落し続けることのリスクははかり知れない。しかも、政府がこの問題に本気で取り組む姿勢を見せていないことから、残念ながら現在の円安傾向は止まるどころかまだまだ進む可能性が大きい。
一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏は、円安は一部の大企業にとっては天からの恵みとなるが、消費者や労働者など弱い立場にいる人たちを苦境に追い込む。輸入価格の高騰によって消費者物価が上がる一方、賃金は上がらないため、生活は日に日に困窮していくことになる。また、原価の高騰を価格に比較的転嫁しやすい大企業は円安によって利益を増やしているところもあるが、弱い立場にあり容易に価格転嫁ができない中小・零細企業は円安によって経営は苦しくなる一方だ。
岸田政権は10月28日、「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」と銘打った経済対策を閣議決定したが、財政出動で39兆円、事業規模で71兆円という法外な規模の割には、本質的な問題にはまったく対処できていないと野口氏は対策の中身を酷評する。そもそも物価高騰の原因が政府が主導してきた円安誘導政策であることを棚に上げ、物価高騰だけが問題であるかのようにして、その対処に何兆円もの税金を投入する経済対策では借金が積み上がるばかりで日本が抱える問題は何も解決されないと野口氏は言う。
結局のところ、日本がすべきことは短期的には円安の原因となっている日米、日欧間の金利差を縮めるために、長年の円安誘導政策を転換し利上げに踏み切るしかない。また、長期的には労働生産性をあげて賃金が上がるようにするしかない。しかし、アベノミクスなどの円安政策はいわば麻薬のようなもので、産業界を麻薬漬けにすることで、日本は必要な産業構造改革を先送りしてきた。その結果、一部の大企業が莫大な利益を享受する一方で、産業構造の改革、とりわけ90年代後半以降のインターネット時代のイノベーションから日本は完全に取り残され、本来は退場してしかるべきゾンビ企業の多くが生き残ったため、日本の生産性は先進国で最低水準にまで低下してしまったと野口氏は言う。
円安が進めば、日本は単に70年代初頭の貧しい時代に舞い戻るだけでは済まされない。なぜならば50年前と異なり、今の日本は空前の高齢化を迎えているからだ。このままでは能力のある人は日本から離れ、高齢化社会を支える介護や福祉を担う人材を確保することが難しくなるだろうと野口氏は言う。
円安は日本にどのような危機をもたらすのか。なぜ日銀は金利を上げないのか。上げないのか、上げられないのか。もはや日本は衰退していくしかないのか。窮余の策はあるのかなどについて、野口氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
●この時期に消費増税論 財務省に影響「ザイム真理教」は経済カルトか 11/5
政府税制調査会で、消費税を将来的にアップすべし、という発言が委員の中で相次いだという報道があった。日本経済の先行きが不透明の中で、増税の方針だけは一歩も譲らないという政府税調の異様な執着がわかる発言だ。
「ザイム真理教」という財務省の増税主義を表現する言葉があるが、まさに適切だ。日本経済の先行きが不透明な中で、増税よりも国民生活の立て直しが何よりも最優先するのは常識でもわかる。経済を低迷させる増税議論をする暇はない。税金の無駄なので、増税議論をしたい政府税調メンバーは、即刻退場願いたいところだ。
多くの国民は、「将来世代に負担を負わせない」「国民1人当たりの借金は1000万円以上」という財務省の宣伝を真剣に取っているかもしれない。しかし、これらの財務省の主張はすべて疑わしい。
政府の国債発行残高は、国と地方合わせると約1200兆円である。この数字だけみて「借金すごい!」と危機感を抱くのが、ザイム真理教に影響された人たちだろう。
確かに、国際比較ではこの額は突出している。だが、この数字はほとんど意味をなさない。単に経済規模(国内総生産=GDP)が大きくなるに従い、それに応じて社会的に必要な支出を行った結果にしかすぎない。
教育、医療、防衛、防災など必要な投資は、経済を長期的にまわす重要な支出だ。これを惜しむと国民経済の運営に支障が出るのは常識でもわかる。例えば、財務省とその影響を受けた政治家が、教育費を削った結果、若い世代は多額の借金(奨学金)の返済で苦しんでいる。また緊縮政策で不況になれば、就職活動もうまくいかない。まさに「将来世代」に緊縮政策は負担を負わせ続けている。
最近の国際的な財政政策の議論では、単純な国債発行残高だけを重視する議論はまれだ。そもそも日本国債のほとんどを国民が「資産」として保有している。「政府の借金を減らすべきだ」として、国債発行残高を減らす目標に傾斜すれば、日本国民の資産を急減させることになりかねない。
また、日本銀行などを含めて「政府」の範囲を考えるべきだ。広義の政府では、借金から資産を引いた純債務残高とGDPの比率はほとんど問題にならない水準だ。また国債の純利払いをみると、その経済規模との比率は、先進7カ国(G7)の中では米英などより格段に低い。
そもそも現在の経済危機を積極的な財政政策で乗り切らなければ、未来はない。そんな単純な常識もザイム真理教は否定する。まさに経済カルトである。

 

●日本、ついにアジアで最も「豊かな国」の座を台湾に譲り渡す 11/6
1人あたりGDPで、台湾が日本を抜いた。韓国が日本を抜くのも時間の問題だ。アベノミクス以前と比べて、日本の国際的地位は、大きく下落した。日本企業が円安に安住して、技術開発を怠ったからだ。日本は、挽回できるか? 
日本は、もはやアジアで最も「豊かな」国ではない
10月に公表されたIMF(国際通貨基金)の世界経済見通しによると、2022年の1人あたりGDPで、台湾が44821ドル(世界第24位)となり、日本の42347ドル(27位)を越えた。
台湾と韓国の経済成長率は高いので、1人あたりGDPで日本を抜くのは、時間の問題だと考えられていた。韓国の値がやや高かったので、韓国が先に日本を抜くと考えられていたのだが、実際には台湾が先になった。
日本が韓国に抜かれるのも、時間の問題だ。多分、今年中か来年中にそれが起きるだろう。
これまでも、シンガポールと香港の1人あたりGDPは、日本よりかなり高かった(2022年で、シンガポールは世界第5位、99935ドル、香港は第16位、62015ドル)。ただし、人口は数百万人だ(シンガポールは569万人、香港は748万人)。つまり、都市国家であって、日本とは簡単に比較できない面がある。
それに対して、台湾は人口が日本より少ないとはいえ、数千万人のオーダーだ(2357万人)。
この規模の人口のアジアの国・地域の1人あたりGDPが日本を抜くのは、初めてのことだ。
前述のように韓国、台湾の成長率は日本よりかなり高いので、何もしなければ、日本が挽回するのは難しい。むしろ、差が拡大していくだろう。
日本は、もはやアジアで最も豊かな国とは言えない。その意味で、今回の統計が示す結果は、歴史的な意味を持っている。
アベノミクスで、日本は世界13位から27位に転落
IMFは、世界の40の国・地域を「先進国」としている。
アベノミクス・異次元金融緩和が始まる前の2012年には、日本はこの中で第13位だった。いまは第27位だから、この10年間に大きく順位を落としたことになる。いま日本は、先進国のグループから転落しかねない状態に陥っている。
アベノミクス・異次元金融緩和が何をもたらしたかを、これほどはっきりと示しているものはない。
2012年、日本より上位にあったのは、ヨーロッパの小国あるいは、北欧諸国が中心だった。
G7諸国中で見ると、カナダ、アメリカ、日本の順だった。つまり、日本はG7の中で、上位グループにいた。1人あたりGDPで、アメリカと日本は、ほとんど差がなかった(アメリカ51736ドルに対して、日本49175ドル)。
しかし、この10年間に、日本は、1人あたりGDPで英独仏に抜かれた。いま、G7で日本より下位にあるのは、イタリア(第32位、38775ドル)だけだ。だから、いまや日本は、G7の最下位グループにいる。
そして、アメリカの1人あたりGDP(第8位89546ドル)は、日本の2.1倍になった。
これほど大きな変化が、この10年の間に起きたのだ。
   図表1 G7諸国の一人あたりGDP世界順位
日本の劣化は高齢化のためか? 円安のためか?
なぜこうなってしまったのか? 日本の経済パフォーマンスを低下させている原因として、人口の高齢化がある。総人口に占める生産年齢人口の比率が低下し、労働人口が減少するという現象だ。
これが、大きな問題であることは間違いない。しかし、これはだいぶ前からあった問題だ。この10年間に急に悪化したというものではない。
10年間で日本の地位が下がったのは、人口高齢化のためではなく、経済政策のためだ。
異次元金融緩和で金利が低下し、対ドルで円安が進んだ。では、上に見た日本の地位低下は、円安でドル換算値が下がったためだろうか? アメリカとの1人あたりGDPの格差の拡大に円安が寄与したことは、間違いない(実際、上で見たように、日本の1人あたりGDPの値は、2012年から22年にかけて減少している。これは円安が進んだためだ)。
しかし、対ユーロで見ると、2013年5月も2022年2月も、1ユーロは約130円で、大きな変化はない。
だから、上で見た独仏などとの相対的な地位の変化は、為替レートの変化によるものではない。独仏などの経済成長率が日本より高かったためだ。
このことは、自国通貨建ての成長率を比較することによって、確かめられる。以下にみるように、日本の成長率は、異常といえるほど低いのだ。
図表2に示すように、自国通貨建ての1人あたり名目GDPの2012年から2022年の間の増加率をみると、日本は10.4%で、先進国40カ国中で第38位だ。
日本より増加率が低いのは、スイスとマカオだけである。
経済パフォーマンスが悪いと考えられているイタリアも19.3%だ。フランス、スペインは20%台だ。ドイツ、イギリス、オランダは30%台。
アメリカ、韓国、スウェーデンなどは40%台だ。
このように、日本の成長率は、世界の中で例外的に低いのである。
ただし、日本の成長率は、アベノミクス以前から低かった。1990年代の中頃に成長がとまり、それ以降、成長していないのだ。これは、中国工業化に対して、日本が産業構造を転換できなかったからだ。さらに、IT革命に対応できなかったからだ。
それをアベノミクスで反転できなかっただけだとも言える。
それに円安が重なったために、ドル表示の日本の1人あたりGDPの地位が大きく落ち込んだのだ。
   図表2 自国通貨建ての1人あたりGDPの成長率
企業の競争力が落ちている
10月16日公開の「日本のカイシャは、もうダメだ! 世界ランキング劣後の情けない理由」で述べたように、スイスのIMD(国際経営開発研究所)が作成する「世界競争力のランキング2022年版でも、上で見たのと同じ傾向がみられる。日本の順位は、対象63カ国・地域のうちで第34位だ。
そして、アベノミクス以前はもっと高かったということも同じだ(2010年から2018年までは、20位台だった)。
細目分類での順位を見ると、「ビジネス効率性」分野での下落が、日本の順位低下の主要な原因となっている(2015年の20位から、22年の55位に低下)。
日本企業は、円安に安住して、技術開発の努力を怠ったのだ。円安は、このような意味では、日本の地位低下に大きな影響を与えた。
それに対して、台湾や韓国では、ハイテク企業が成長した。台湾の半導体メーカーTSMCは、この業界で世界のトップだ。韓国のサムスン以外は、追随できない。
時価総額はアジアのトップ(世界第16位)で、トヨタ自動車の約1.8倍だ。
台湾の躍進は、このように強い技術力をもった企業に裏付けられている。
日本は抜き返せるのか?
2013年に導入された異次元金融緩和で、円安が進められた。産業界からの「円安が6重苦の1つ」という声に応えたのだ。
しかし、円安が進めば、企業は格別の努力をしなくても、そこそこの収益を上げられる。そのため、生産性向上の努力を怠った。この結果、経済が成長しない状態に陥った。貿易面でも、日本の競争力が低下した。
そして、世界における地位が著しく低下したのだ。
では、どうしたらよいのか? 具体的な目標として、1人あたりGDPで韓国・台湾を抜き返すかすことを目的にしたらどうだろう? そのため必要なのは、補助金ではない。
時価総額でTSMCやサムスンを抜く企業を作ることだ。そして、それを実現するために、企業の成長を阻害している既得権益を排除するのだ。
こうしたことがなされない限り、日本に展望は開けないだろう。
●防衛費いくら増額しても吹き飛ばされる「円安爆弾」の破壊力 11/6
6兆円突破は確実
来年度予算での防衛費はいったいいくらになるのか。
岸田文雄首相がバイデン大統領との日米首脳会談で「防衛費の相当な増額を確保する決意」を伝えた5月から半年近くが経とうとしているが、具体的な金額は国民に示されていない。岸田首相は「数字ありきではない」として明言を避け続けてきたが、その間にも自民党や政府関係者から数字が流れ、地ならしが進む。
新聞などメディアは「国民的議論が求められる」と書くが、財源をどうするかを含めて、国会でのまともな議論がないまま、年末の予算案の政府原案まで突き進みそうな気配だ。
「NATO諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)も念頭に、真に必要な防衛関係費を積み上げ、来年度から5年以内に、防衛力の抜本的強化に必要な予算水準の達成を目指します」
7月の参議院選挙に向けた自民党の「公約」にはこう書かれていた。これまで対GDP(国内総生産)比1%以下が、戦後日本の「国是」とも言える水準だったものを、いきなり倍増して2%にするのが国際的な「常識」だとしたのだ。
これを元に、2023年度から5年間で総額43兆円から45兆円にすることを政府が検討しているとさんざん報じられている。23年度については「6兆円台半ば」とする声が多く、24年度以降毎年1兆円を積み増していくということらしい。
来年度の6兆円台半ばという数字もあくまで「当初予算」の話だ。防衛省は8月末の概算要求で過去最大の5兆5947億円を計上したが、さらに金額を示さない「事項要求」を100項目規模で盛り込んでおり、これらの中から実際に予算に加えれば6兆円突破は確実だ。
当然出てくる財源問題
もっとも「当初予算」は当てにならない。2021年度は当初予算では5兆3422億円だったが、補正予算で7738億円が増額され6兆円を突破している。2022年度の当初予算も5兆4005億円と、21年度の当初予算どうしを比べれば微増だが、すでに2次補正予算で4500億円近くを増額する予定で、さらに3次補正が組まれれば積み増される可能性がある。つまり、国民の目につかないところで、数字を上乗せするのが常態化しているのだ。
当初予算に組み込むと、国会審議で「財源問題」が槍玉にあがる。11月4日の記者会見で鈴木俊一財務相は「歳出歳入の両面から検討を進めて、必要な安定財源を確保していくことが重要だ」と語った。財政規律を何とか保ちたい財務省としては当然だが、安定財源というのは「新たな負担」を意味する。
岸田首相は2021年9月の自民党総裁選の候補者討論会で、消費税について「10年程度は上げることを考えていない」としており、ロシアのウクライナ侵攻で情勢が変わったとはいえ、いきなり「消費増税」は打ち出せない。自民党税調の議論では「法人税」に引き上げをという声も出たが、早速経済団体は反対の声を上げた。数兆円単位で「新しい財源」を捻り出すのは至難の技だ。
そうなると、結局は赤字国債の発行で賄い、日本銀行に国債を買わせるということになりかねない。そうでなくても為替の円安が続いている中で、財政赤字の拡大は、さらに円安に拍車をかけることになりかねない。
「為替爆弾」の破壊力
その円安が防衛力強化に影を落としている。各国の軍事費を国際比較する際には主として米ドル建ての金額が使われる。世界銀行のデータ(2020年)によると、世界トップの米国は7782億ドル、2位の中国が2523億ドル、3位のインドが728億ドルといった具合だ。日本は491億ドルで9位だ。2021年度の補正後の6兆1160億円を年度末の為替レート1ドル=122円で計算すると500億ドルである。
ところが、今年度当初予算の5兆4005億円を現在の1ドル=147円で計算すると367億ドル。今後補正を組んで6兆円まで増やしたとしても408億ドルに過ぎない。円安で日本のドル建て防衛費は壊滅的に小さくなる。他国の為替も対ドルで弱くなっているので単純に比較できないが、2020年で10位の韓国は457億ドルだったので、これを下回ってしまう可能性が出てくる。「為替爆弾」の破壊力は甚大だ。
これは数字のマジックで、実態は表していない、という声もあろう。日本の防衛装備品の多くは米国などから輸入している。当然、円安になれば、購入費用は増える。しかも、米国など海外先進国は猛烈な物価上昇(インフレ)の最中だ。製品価格自体がうなぎ登りになっている。国内メーカーが製造するにしても、輸入鋼材などの原材料費は大幅に上昇しており、防衛装備に十分な予算が確保できるか心許ない。
これまで通り、ドルベースで500億ドルの防衛予算を確保しようと思えば、今の為替だと7兆3500億円を計上して横ばいである。つまり、政府が「相当な増額」と覚悟を決めて予算を増やしても、ドル建てでの「見た目」は横ばいがせいぜいなのだ。大幅に日本円建ての数字を増やしても、諸外国への抑止力は働かないということだろう。さらに円安が進めば、さらに防衛費のドル建ての「見た目」は小さくなる。
成長に背を向け続けたツケ
だからGDP対比で見るべきなのだ、という意見もあるだろう。確かにそうだ。だが、GDP比は言うまでもなく、分母のGDPが増えない中で、分子だけを増やせば一気にパーセンテージは上がる。まして、GDPが減っていけば、防衛費を増やさなくてもGDP比は上昇してしまう。
そう、つまり、日本の防衛力が安全保障関係者から「不十分だ」と指摘されるのは、日本のGDPが増えてこなかったことに最大の問題がある。ドイツの名目GDPは1990年の1兆3174億ユーロから2021年には3兆6017億ユーロへと2.7倍になった。これに対して日本は1990年の462兆円から2021年は541億円と1.17倍だ。仮にドイツ並みに2.7倍に成長していれば名目GDPは1247兆円。防衛費が1%だとしても12兆円に増えていた計算になる。
かつての民主党政権時代、当時の若手幹部が「もう成長なんて必要ないんじゃないですか。これだけ豊かになったのだから、分かち合って分配すれば幸せになる」と言っていた。成長戦略がないと批判されて大慌てで作るなど成長に背を向けた政権だった。
岸田首相も就任当初は「新自由主義的政策は取らない」と言い「分配」を掲げていた。日本の貧弱な安全保障体制は成長を度外視してきたツケとも言える。経済的な国力の低下を食い止めることが、最も重要な安全保障政策である。
●高度成長期から失われた30年へ…日本経済と日本人の思考「別モノに変化」 11/6
敗戦後、焼け野原となった日本が奇跡的な復興を遂げ、すさまじい勢いで経済発展を遂げたのはよく知られています。しかしその後は、バブル経済からバブル崩壊を経て、長い景気低迷に入り、いまなお苦しい状況が続いています。それら一連の流れを読み解きつつ、高度成長期と現在にどのような違いが見られるのか比較してみましょう。経済評論家の塚崎公義氏が解説します。
高度成長期は「需要」「供給」の両方が順調に伸びた
経済が成長するためには、「需要」と「供給」が両方ともバランスよく伸びる必要があります。供給力だけ伸びても需要が伸びなければ、商品が売れ残って倒産が増え、失業が増えますし、需要だけ増えても供給が伸びなければ、インフレになってしまいますから。
高度成長期は、人々が物を欲していました。家も欲しいし、テレビも冷蔵庫も洗濯機も欲しかったのです。欲しいだけで金がなければ買えませんが、工場が建って労働者として雇われた人々は給料を貰ったので、いろいろな物が買えたのです。
当時は日本中に多くの工場が建ち、労働者の奪い合いをするような状況でしたから、給料が毎年大幅に上がり、買える物の量が毎年増えていったわけです。
供給も順調に増えました。工場が多数建ち、生産が増えたからですが、それを可能にしたのは技術進歩でした。新しい発明発見があったというよりも、日本経済が活用している技術の水準が上がった、ということです。
農村では、トラクターが導入され、農業の労働生産性が向上しました。労働生産性の向上というのは、労働者一人当たりの生産量が増えることをいいます。そこで、余った農業労働者、とくに中学を卒業した若者が都会に働きに行くことが可能になりました。都会では、針と糸で洋服を縫っていた工場にミシンが導入されました。
それによって、洋服工場の労働生産性が大幅に向上しました。そこで、企業は労働者に支払う賃金を引き上げることができたわけです。というよりも、労働者さえ雇えば大儲けできると考えた企業が労働者の奪い合いをしたので、賃金の水準が急激に上昇していったのです。
高度成長期と比べると、いまは技術進歩が遅くなっています。すべての農家がトラクターを、すべての洋服工場がミシンを持っているので、それを最新式のものに入れ替えたとしても、労働生産性の伸び率は小さいでしょう。
望みがあるとすれば、ロボットや人工知能の導入によって労働生産性が飛躍的に向上する可能性でしょう。期待しましょう。
「機械化が容易なもの」の需要が伸びた
高度成長期に人々が欲しがったのは、テレビや冷蔵庫などでした。そうした財は、設備機械を導入することで、労働生産性を飛躍的に高めることができるわけです。
しかし、人々が豊かになると財よりサービスを欲するようになります。洋服をある程度持っていると、美容院に行きたくなったり、テレビ等が揃うと旅行に行きたくなったりするわけです。問題は、洋服やテレビは全自動の設備で生産できるけれども、美容院や旅館等は同じ金額の売上を稼ぐために多くの人手を必要とする、ということです。
そこで、労働生産性の向上の速度が低下しました。これは仕方のないことですね。さらに、最近になると少子高齢化の影響も出てきました。現役世代の人数が減って労働力不足となることに加えて、高齢者の需要は介護や医療などの労働集約的な物が多いので、若者が自動車に1億円使うより、高齢者が医療や介護に1億円使うほうが、多くの労働力を必要とするのです。
そこで最近では、労働者の数も増えないし労働生産性も向上しないので、少し経済が成長しただけで労働力不足となり、それ以上は供給が増やせなくなってしまうわけです。
将来を楽観視し、貯蓄に励む人が少なかった
高度成長期は、「将来はいまより豊かになれる」と考えている人が多かったので、将来不安から倹約して貯蓄に励むという人は多くありませんでした。貯蓄率は高かったですが、それは多くの現役世代が少しだけ老後のために貯蓄をしている一方で、老後資金を取り崩して生活する高齢者は少数だったからでしょう。住宅を購入する等の前向きな理由の貯蓄も多かったと思います。
最近は、人々の将来不安が深刻で、節約して老後資金を貯める人が多いので、需要が盛り上がらず、景気がよくなりません。景気が悪いと設備投資をする企業が少なく、最新式の設備で効率よく生産する企業が増えないので、日本経済全体としての生産性が向上しないのです。
バブル崩壊後「ミニマル&ゆとり重視」の価値観に変化
バブル崩壊以降は、人々の価値観が変化したようで、たとえばデートの時にかっこいい車でドライブするより、アパートでコンビニ弁当を食べながらゲームをすることを選択する若者が増えているようです。これでは景気はよくなりませんね。
供給側としては、企業戦士たちが身を粉にして根性で仕事を成し遂げるという昭和時代のイメージから、ゆとり教育世代がワークライフバランスを追求するようになった、ということがあるのかもしれません。ただし、この点については、いまでも過酷な労働条件に耐えている人も多いようなので、なんともいえませんが。
もうひとつ、高度成長期は企業が若かったので、老害が無かった、ということもいえるかもしれません。成功体験を持った高齢者が長期間権力を持ち続けると、世の中の変化に企業が取り残されてしまう、ということも起こりそうですから。 

 

●調整地合い継続、米高インフレ確認なら値がさ株一段安=今週の東京市場 11/7
今週の東京株式市場は、下値模索の展開が想定されている。米連邦公開市場委員会(FOMC)を受けた米株安の流れが続く中、日本株も調整地合いが継続しそうだ。米国で10月の消費者物価指数(CPI)公表を控えており、物価の高止まりが確認された場合は金利の上昇に伴い値がさ株を中心に売りが加速するとみられている。
日経平均の予想レンジは2万6500―2万7500円。
市場の最大の注目である米CPIが予想を上回る結果となれば、金融引き締め長期化の思惑が広がりやすく、「日経平均は2万6000円台半ばまで下落する可能性もある」(国内運用会社・ストラテジスト)という。
9月のCPI(季節調整済み)は前年比8.2%上昇。伸びはピークからは鈍化しているものの、市場予想を上回る高い水準だった。
米長期金利の動向も注目される。足元の10年債利回りは4.16%台と、依然として高水準で推移。野村証券の投資情報部投資情報二課・課長代理、神谷和男氏は、今週は米10年債利回りが4%付近で膠着するか、直近に付けた高値の4.3%を上回っていくかが焦点だと指摘する。「10年金利がどう反応するか次第で、米ハイテク株や日本株への影響を見極めないといけない」とみている。
米国の金融引き締め長期化が市場で意識される中、「米金利の先高感がくすぶる間は、値がさ株や大型ハイテク株は軟調に推移しやすい」(ソニーフィナンシャルグループ・シニアエコノミスト、渡辺浩志氏)といい、指数の押し下げにつながる可能性がある。
8日には米国で中間選挙を控えているが、ソニーフィナンシャルGの渡辺氏は、「『ねじれ議会』となることが予想され、政策的に大きな動きはないのではないか」として、株式市場への影響は限定的との見方を示しとみている。
その他のスケジュールでは、国内では9月国際収支、10月国内企業物価指数などが公表予定となっている。海外では英国で7―9月期国内総生産(GDP)が発表される予定。11日(金)は米国、カナダ、ポーランドが休場。
●まだ「失われた30年」は終わらない…日本経済を衰退させた3つの真相 11/7
製造業は高度成長期の日本の中心産業であった。しかし、1970年代から伸びが鈍化し、1990年代からは衰退した。日本の基幹産業が大きく変わったにもかかわらず、日本は経済政策も社会体制も変えなかった。そのため新しい産業は成長できず、また今日の貿易赤字や異例の円安につながっている。産業構造の変化を促し、それに対応しなければ、日本経済は「失われた30年」から「失われた40年」に突入することになる。
日本の産業構造は問題だらけ
2020年11月から、貿易収支の赤字が続いている。こうなるのは、資源価格が高騰しているからだが、日本の産業構造が古いままであることも原因だ、との指摘がある。そして、円安が止まらないのは、日米金利差が拡大しているためだけでなく、産業構造改革の立ち遅れが原因になっているとの考えがある。
以下に見るように、現在の日本の産業構造にはさまざまな問題がある。とりわけ、世界経済の大きな変化に追いついていないことが問題だ。産業構造は、経済全体のパフォーマンスに大きな影響を与える。その動向を正しく捉えることはさまざまな局面で重要だ。
日本の産業構造は、1950〜1960年代の高度成長を通じて大きく変わった。農業と軽工業を中心としたそれまでの産業構造から、重化学工業を中心とする産業構造に大きく変わったのだ。そして、製造業が高度成長を支えた。
1970年代のオイルショックで日本の回復が早かったのは、製造業が省エネを進めて原油価格高騰に対応し、賃金を抑えることによってインフレの進行を回避したからだ。
製造業が衰退したワケ
法人企業統計調査によって、製造業と非製造業の付加価値の推移を見ると、図1の通りになる。
図1:1975年ごろまでは製造業と非製造業の付加価値に差が見られなかったが、1970年代後半以降は大きく差が開くようになっている
1960年度から1975年度の間に、製造業の付加価値は3.9兆円から32.6兆円となり、非製造業の付加価値は3.0兆円から45.1兆円となった。1975年ごろ、日本の最も重要な産業は製造業であった。日本のリーディングインダストリーであり、日本の屋台骨を支えていた。
しかし、1970年代後半になると、製造業と非製造業の成長率に差が生じてくる。これは、中国工業化の影響による。
製造業は1980年代に付加価値の伸びが停滞し、1990年代から2000年代の初めまでは、停滞どころか、減少する事態になった。さらに、2008年のリーマンショックによって、製造業の付加価値は大きく落ち込んだ。非製造業も、1990年代には停滞に陥ったが、2000年代以降は成長を続けた。
1975年にはほぼ等しかった両者だが、2021年では製造業の付加価値が81.3兆円に対して、非製造業の付加価値が218.7兆円だ。つまり、非製造業が製造業の2.7倍になっている。
さらに就業者数で見ると、1973年は製造業が1440万人なのに対して、卸売・小売業と飲食店の合計は1077万人だった。このころに比べれば、現在の製造業のウエイトは、大きく低下した。2021年における製造業の就業者数は1045万人であり、これは卸売・小売業の1069万人とほぼ同じだ。
製造業と非製造業のウエイトが大きく変わった。いまや製造業は、日本のリーディングインダストリーとは言えない。
1975年から変わらない…経済政策は誰のためのものか
先述したように製造業の比率が低下したにもかかわらず、それがいまだに政策や社会構造に反映されていない。現在の経済政策は製造業のためのものになっている。とりわけ、製造業大企業のためのものだ。
製造業の大企業では、円安になると利益が増える場合が多い。こうした立場が経済政策において優先され、金融緩和政策が進められる。
つまり、日本社会の基本的な構造が1975年ごろのもので固定されてしまっているのだ。政策の体系、政治の仕組み、組織の構造、高等教育の内容などが変わっていない。基幹産業であった製造業が衰退したのだから、それに応じて社会の仕組みも変わるべきだ。そうならなかったことが、その後の日本経済の停滞をもたらしたと考えることができる。
2000年代以降の産業構造はどう変化?
2000年代になってからの産業構造は、どう変化したか。これを、図2では産業別就業者数の推移によって示している。
図2:就業者数は医療・福祉だけが大幅に伸び、そのほかは顕著な増加が見られない
医療・福祉では、就業者が2002年の474万人から2021年の891万人にまで増えた。高齢化によって、医療・福祉に対する需要が増えている。とりわけ、介護サービスへの需要が増えている。だから、この分野は、増大せざるを得ないのだ。
問題は、医療・福祉以外に就業者が顕著に増加した産業がないことだ。情報通信産業だけ就業者が増えているが、増えているとは言っても、顕著な変化ではない。2002年の158万人から、2021年の258万人に増えた程度だ。
そのほかの産業では、就業者総数が減少するのに応じて、それぞれの就業者数も減少している。そして、相対的な関係はあまり変わらない。こうして2000年以降、医療・福祉を除けば、日本の産業構造はほぼ固定化してしまった。つまり、日本はこの20年間、産業構造の転換が進んでいないことになる。
古き慣習が続く日本、産業構造が激変する米国
対して米国では、製造業のファブレス(生産施設を自社で持たない企業)化が顕著に進んでいる。特に半導体の分野で、そうだ。米国企業が設計に特化し、台湾などの企業に製造工程を委託するという仕組みである。アップルがその典型だが、ほかにも数多くのファブレス企業が登場し、生産性を高めている。
さらに、GAFAと呼ばれる新しいIT企業群が急成長した。こうして、米国の産業構造は、この20年間で一変した。
しかし、日本ではそれに対応した変化が起きていない。ファブレス化も、キーエンスなどごく一部の企業に限られている。
また先で、社会の構造や政策が製造業中心の時代から変わっていないと述べた。このことが、新しい産業を生み出すための障害になっている可能性が強い。最初に就職した企業でいつまでも働くという仕組み。退職金が人々の企業間移動を阻害していることなどだ。
人材確保を阻害した、雇用調整助成金の弊害
もう1つの重要な課題は、高齢化による就業者総数減少の中で、成長産業の労働力をどのように確保するかだ。
それがうまくいっていないことを象徴するのが、雇用調整助成金だ。コロナ禍によって増大した休業者を失業させないために特例措置が導入され、給付条件が大幅に緩和された。当初は数カ月間の予定だったが、いまに至るまで継続している。これは、就業者が他産業に移動する妨げとなっている。
政府は先ごろ、やっと特例を2023年1月末で廃止する方向で調整を始めた。そして、人材育成、リスキリングを重視する方向を打ち出した。今後の推移を注視したい。
なお、人材不足が深刻なのは医療・福祉だけでない。デジタル人材の不足も深刻だ。これに対応するには、リスキリングだけでは十分でない。高等教育機関でのデジタル分野の拡充が必要だ。
大学でいかなる人材を育成するかは、将来の産業構造に大きな影響を与える。変化への対応が最も遅れているのは、国立大学だ。農学部が、学生数でも教授数でも、いまだに大きな比重を占めている。これでは、高度成長以前の姿と言わざるを得ない。
まとめ:押さえるべき「3つの真相」
以上をまとめれば、次のようになる。
1. 1950、1960年代の高度成長期と1970年代のオイルショックへの対応において、製造業が中心的な役割を果たした。
2. しかし、1970年代後半から中国工業化の影響によって、製造業が頭打ちになった。それにもかかわらず、社会構造、企業の構造、そして経済政策の体系は、それまでと同じく、製造業中心の仕組みで変わらなかった。
3. 1990年ごろから日本全体の経済成長が止まった。経済制度が古いままなので、新しい産業が生まれない。
●人的資本経営と情報開示を巡る来し方と行く末 11/7
高度経済成長期を支えた企業経営者の一人、松下幸之助は自著「人事万華鏡」(1977)の中で経営者としての自身の「人の見方・育て方」について語っている。
『事業は人なり』ということがよくいわれる。(中略)事業は人を中心として発展していくものであり、その成否は適切な人を得るかどうかにかかっているといってもいいだろう。(中略)機械であれば、スイッチを入れれば定められた通りの働きをするが、それ以上のことはしない。しかし、いかようにも変化する心を持った人間だから、やり方しだい、考え方しだいで、その持てる力をいくらでも引き出し、発揮させることもできる。そこに人を育て、人を生かしていく妙味があるわけである。—松下幸之助
冒頭の一文からもその一端がうかがえる松下氏の人材観は、いわゆる「日本的経営」の根底にも流れていたであろう日本の文化的特性や価値観に根差したものとも考えられる。
では、改めて本コラムのテーマである「人的資本経営」に目を向けると、その立脚点としては人を「資源」ではなく、価値を創造する「資本」として捉え直そうという人材観のパラダイム転換が提唱されている。来し方の「日本的経営」の代表的な慣行は、時流にそぐわずに見直されてきているが、長期視点に立って人の可変性に期待するという人材観までもわれわれは否定し、棄却してしまったのだろうか。
今日の人的資本経営と情報開示について、機関誌HITO REPORT「動き出す、日本の人的資本経営〜組織の持続的成長と個人のウェルビーイングの両立に向けて〜」に登場いただいた方々の指摘や背景情報を振り返りつつ、今後の人的資本経営の在り方について考察したい。
人的資本経営とは何か
今日、「人的資本」が注目される背景には、企業価値の主要な決定因子が有形資産から無形資産に移行してきたというグローバルな潮流があった。
わが国の人的資本経営の指針と位置づけられる「人材版伊藤レポート」(経済産業省2020)では、産業構造が大きく変化する中、国を挙げてイノベーションや挑戦を促進するための無形資産への投資、とりわけその根幹に位置づけられる「人」への投資を強化して好循環を生み出す必要があると述べ、今後の変革の方向性が示されている。
経済産業省の定義では、「人的資本経営とは、人材を資本として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」とあり、従来の「働き方改革」を昇華させ位置づけていることがうかがえる。
人的資本経営についての現状認識
2020年の人材版伊藤レポートの公開に始まり、2022年には、経済産業省「未来人材ビジョン」「人材版伊藤レポート2.0」「SX版伊藤レポート」「価値協創ガイダンス2.0」、内閣官房「人的資本可視化指針」など、政府が産学の衆知を集めて策定したレポートや指針が矢継ぎ早に公開されており、その充実ぶりには目を見張る。課題先進国といわれるわが国において、これ以上立ち止まってはいられないという政府と産業界が共有する危機感と熱意の表れであろう。
さらには、2022年8月25日、日本を代表する約320社(設立総会時点)が参画する人的資本経営コンソーシアム(※1)が経済産業省と金融庁の支援を受けて発起され、設立総会には、多くの経営者らが率先して詰めかけた。情報開示の義務化の影響もあるだろうが、経営者自らがイニシアチブを取るべき経営の問題として認識されたことの表れだと考えたい。
情報開示の本質とは
人的資本の情報開示においては、「価値創造ストーリー」にひもづいたモニタリングすべき指標(KPI)の設定が求められる。アセットマネジメントOneの浅井氏は、「投資家が注目するのは人的資本に投資した結果、何が変わり、企業価値を高められたのかという本質的な変化だ」と述べていた。また、他の投資家は「経営者のMD&A(経営者による財務・経営成績の分析)と共に自社がありたい姿(目標)を実現するための一連の企業価値創造ストーリーと戦略の納得度の高さこそが重要であり、CHROも対話の前面に出る必要がある」と指摘する。
他方で、開示情報の届け先は、投資家だけではない。パーソル総合研究所が実施した企業の情報開示に関する調査(「人的資本情報開示に関する実態調査」)からは、情報開示の関心は優秀人材の獲得や役員層の意識改革などにも向いていた。
開示項目の検討においては、他社の開示項目を互いに観察し、比較可能性ばかりを意識しがちであるが、誰に対して何を伝えたいのかという開示の目的を踏まえ、焦らずに自社らしい独自性についても議論する必要がある。コラム「人的資本情報の開示に向けて」では、開示項目の検討に際して「WHY・WHAT・HOW」の3つのステップを提唱した。このステップは、一貫性をもって取り組まれることが肝要である。
また、パーソル総合研究所が実施した企業の情報開示に関する調査【第2回】(「人的資本情報開示に関する実態調査【第2回】」)からは、給与や福利厚生に次いで「精神的健康(ウェルビーイング)」への関心が高いことが確認されている。情報を届けたい相手によって主たる関心は異なる。開示項目の優先順位などを検討する際の参考にしていただきたい。
人的資本経営はウェルビーイング経営である
人的資本について関連する非財務情報を可視化するだけでは、企業価値は向上しない。人的投資における効果的な経営戦略が存在することを前提とし、可視化された情報に対する投資家らからの良質なフィードバックを通じて、経営戦略をさらに磨き上げていく。一連のプロセスの一環として「可視化」を捉えていくことが肝要である。この好ましい循環をマネジメントすることが人的資本経営の実践と情報開示の関係である。
さらに、一橋大学の伊藤邦雄氏は「人的資本経営が目指すのは、中長期的視点に立った持続的な企業価値の向上であり、その先の最高善としての幸福(ウェルビーイング)である」とも常々語っている(図1参照)。伊藤氏の語る「最高善としての幸福」とは、「精神的な健康」に留まらず、多様な従業員が職業生活を楽しみ、ワクワクし、成長や貢献などから喜びを実感できている持続的な活力ある状態を意味する。人的資本経営とは、まさにウェルビーイング経営だといえる。
   図1:「人的資本投資」とその「可視化」の良き循環
本コラムの文頭で触れたように、日本の企業経営の来し方を鑑みれば、今日の人的資本経営の本質は、欧米諸国からの異質で受け入れがたい新たな要求ではない。別の見方をすれば、わが国のバブル経済崩壊後に台頭したグローバル・スタンダードの潮流(行き過ぎた株主至上主義やショートターミズムなど)に翻弄され、海外の経営トレンドや逆輸入されたマネジメントの諸概念に感化され、ともすれば目を伏せてきた日本的な経営哲学や人材観のルネサンス(renaissance)である。
ただし、今日的なルネサンスとは、回顧的なノスタルジーとしての概念にとどまらない。産業革命に匹敵する大変革期にある今日にあっては、時流に溺れず、これまでの慣習にとらわれず、各社各様に描くウェルビーイング時代の経営の在り方が求められる。
人的資本経営と情報開示の実践においては、迷いや戸惑い、懸念する声も少なくない。しかし、関心が高まるも各社手探りする今だからこそ、ガイドラインや他社動向に安易に振り回されることなく社内での議論を尽くし、自社としての軸を固めたい。この機を逃さず、新時代の経営の在り方をわが国から国際社会に向けて発信していけることを切に願う。
末筆ながら、本誌が、多くの人が働くことを通じて喜びや楽しみを感じ、すべての人の笑顔につながる人的資本経営とその情報開示について議論するきっかけとなれば幸いである。  
●「YouTube」のブランド力は3年連続の1位。購買行動に強い影響あり 11/7
Googleは、マーケターのためのYouTubeの祭典「YouTube Brandcast 2022」を開催し、ユーザー動向や活用事例などの最新情報を発表した。
それによると、YouTubeの18歳以上の国内月間ユーザー数は、2022年5月時点で7,000万人。これは18歳以上の日本人の65%以上に当たるという。
また9割以上が「YouTubeは自分にとってより良いコンテンツを見つけることができる」と回答している調査結果もあり、ブランド力の高まりがうかがえる。
日経BPによる「ブランド・ジャパン2022」の調査では、日本を代表する1,000ブランドの中で、YouTubeは一般生活者編「総合力」ランキングの第1位を獲得。2020年から3年連続での受賞となった。
上図の調査結果では、71%が「YouTubeの影響でもともと買う予定のなかったものを買ったことがある」と回答。YouTubeは購買行動に強い影響力をもつことが明らかになっている。
また、Oxford Economicsは、2021年におけるYouTubeの日本のGDPへの貢献額は3,500 億円以上で、10万人以上のフルタイム相当の雇用を創出したと発表した。YouTubeのエコシステムの成長は、日本経済や社会の発展にも寄与している。
●追悼・ライフ清水名誉会長 遅れてきた流通革命の雄 11/7
ライフコーポレーション創業者で名誉会長の清水信次氏が亡くなりました。96歳でした。清水氏は、1956年にライフの前身となる会社を創業し、同社を国内有数の食品スーパーに育てました。追悼の意を込めて、日経ビジネス2011年11月28日号に掲載した記事を再掲します。謹んでお悔やみ申し上げます。記事中の肩書は掲載当時のものです。
従軍体験で植えつけられた国家不信と、闇市という商売の原点──。戦後66年、急拡大する競合を横目に、着実に歩みを進め盟主の座に。「復興を国任せにできない」。齢85にして、流通主導の世直しに動く。
12月2日、日本の流通業に関わる人々の大結集を目指す新団体が誕生する。
「国民生活産業・消費者団体連合会(仮称)」
その設立趣意書では、こう問題を提起している。
「日本には、経済団体連合会、商工会議所をはじめとして、業種業態に対応した数多くの団体は存在するが、残念ながら1億2600万人の生活、生命を守るための組織団体はいまだに存在していない」。日本経団連などの経済団体が、国民のために機能していないと言わんばかりの主張だ。
この挑戦的な新団体を主導しているのが、ライフコーポレーション会長の清水信次だ。彼の名は、40代以上の経済人には広く知られている。1980年代、売上税(後の消費税)導入が議論になった時、「反対派の旗手」として中曽根康弘政権や経団連首脳と激しく対立し、関連法案を廃案に追い込んでいるからだ。
その清水が今、新団体を立ち上げる意味は大きい。
「政治家や官僚は(財政が)苦しくなるとすぐに増税を口にする。だが、復興費用などは違うところから捻り出せる」。清水はそう言って憚らない。そこには、製造業の論理ばかりを声高に代弁する政府への不信感が垣間見える。戦後経済を牽引してきたのは、製造業ばかりではない。消費者と接して、日本経済を根底で支えているのは流通業をはじめとするサービス業界だという自負がある。だが、政府は財政が苦しくなると、流通業者が直接の打撃を受ける消費税アップに走ろうとする。そんな国家に不信感を露わにして、舌鋒鋭く批判を展開する。
そこに、反骨の企業経営者らが賛同している。牛丼チェーン「すき家」を展開するゼンショーホールディングスの会長兼社長、小川賢太郎は、新団体の世話人に名を連ねた。
「我々第3次産業はGDP(国内総生産)の76%を占めている。なのに、これまでは製造業主体の経団連の陰に隠れて、発言や政策提言が弱かった」。そう見ている小川は、清水の呼びかけに呼応して、こう期待を寄せる。
「日本が停滞している背景には様々な要因がある。彼はその本質をとらえて、勇気ある提言や発信を積極的にやってくれることだろう」
国家に強く物申す経営者、清水。彼は戦後の闇市から身を興し、パイナップルやバナナの輸入を手がけながら、食品スーパー日本一への道を駆け上がっていった。過去に2度国政選挙に出馬し、落選したこともある。齢85になっても、新たな挑戦をやめようとはしない。
彼をそこまで駆り立てるものは何か。その答えは、少年期から「国家の暴走」に翻弄されてきた清水の個人史の中にある。
従軍体験が生んだ国家不信
1926年4月、清水は三重県津市で6人兄弟の次男として生まれた。祖父が設立した清水合名会社はタオル製造などで繁盛し、清水は裕福な幼少時代を過ごした。実家の工場で白い手ぬぐいに絵柄が次々と印刷されていく光景を、今でも覚えている。
だが、小学校に入学した頃から生活は暗転する。昭和恐慌の煽りで取引先が次々と倒産し、清水合名会社も工場閉鎖に追い込まれた。一家は借金を抱えたまま津市から大阪市に移り、両親は天満で乾物や缶詰を扱う食料品店「清水商店」を開いた。清水は祖母に預けられ、2年遅れて家族の元に戻っている。
紡績会社の「お坊ちゃん」から、借金の取り立てに怯える長屋暮らしに転落。これが強い反骨心を芽生えさせた。「大人になったら、絶対にこんな生活はしない」。小学校を卒業後、世界を相手に商売をしようと考えた清水が、外国語を教える大阪貿易学校に入学したのは自然な流れだった。5歳年下の実弟・三夫は「兄は若い頃から、国を動かす人材になる志を持っていた」と振り返る。
ところが、入学後に打ち込んだのは語学ではなく剣道だった。練習に明け暮れ、体力や精神力に自信を深めるにつれ、志望先は経営者から軍人へと変わっていった。軍国主義にものめり込み、弁論大会で「山本五十六元帥の英霊に続け」という演説をぶって近畿大会で優勝したこともある。
43年、清水は軍国少年の憧れだった海軍兵学校を受験して不合格となる。筆記試験のみの選考に納得できない清水は、無駄と知りつつも校長に面接試験を求める抗議書を出した。すると思わぬことに、海軍幹部から返信がきた。「国家に貢献する道はほかにもある」。その丁重な巻紙を見て海軍への思いを断ち切り、翌44年、清水は陸軍に特別幹部候補生として入隊する。
本土決戦が近づく45年7月、兵舎となった群馬県桐生市の小学校に集められ、初めて実戦任務を命じられる。米軍の上陸が予想される千葉・九十九里浜に人が入れるほどの穴を掘り、そこで地雷を抱えて待ち構え、上陸する敵の戦車に突っ込むという特攻作戦だった。
米軍の機銃掃射をかいくぐることなどできるはずがない。うまく戦車の下に潜り込めたとしても、踏み潰されて死ぬだけ。「一体、大本営は何を考えているのか」。やり場のない怒りに打ち震えた。
死を覚悟して訓練を続けていた8月15日。突如、集合を命じられ、玉音放送を聞かされた。天皇陛下の音声はかすれてほとんど聞き取れなかったが、激励の言葉にしては力がなかった。放送終了後、隊長に「戦争は終わった」と告げられ、初めて敗戦を知った。
死を覚悟し、多くの友人の命を奪った戦争が終わると、清水の心には、国家に対する強い不信感だけが残った。敗戦後、国家が国民に謝罪していればまだ気持ちの整理がついたかもしれない。しかし、総理に就任した東久邇稔彦が唱えたのは「一億総懺悔」だった。
犠牲になった国民が懺悔を迫られる――。清水は「死んでいった仲間に代わって、この不条理を正さなくてはいけない」との思いを強くした。この時芽生えた国家の横暴や無作為に対する反抗心は、売上税の反対運動など様々な場面で清水を突き動かす原動力になっていった。
闇屋稼業で再興資金を工面
復員後、何より先に取り組まなければならなかったのは、家業である清水商店の再興だった。必要な資金を手に入れるため、清水は闇屋稼業に手を染めることになる。
陸軍からの支給金は200円。身の回りのモノを売って、何とか1500円を手にした。これを元手に三重や静岡から魚や肉を運び、大阪市内の料亭などに売りさばいた。日本全体が食糧難に喘いでいた時代。この商売で資金は雪だるま式に増え、1カ月後には3万円になった。
46年春、清水は家業の再建を果たし、疎開先から家族を呼び戻した。翌年には大阪の中央卸売市場にも出店し、仕入れと販売の両ルートを確立した。
世の中が大きく動かなければ、清水はそのまま食料品店の経営者として生涯を過ごしていたかもしれない。だが、50年に勃発した朝鮮戦争で、「世界を相手に商売する」という野心がうずき始めた。清水商店の経営は弟たちに任せて、単身、上京した。
東京に着いた清水が、まず手がけたのは、上野のアメヤ横丁で仕入れたパイナップルなどを地方で売りさばく商売だった。56年にはライフコーポレーションの前身となる清水實業を設立。外国との取引も手がけるようになり、貿易の実務を身につけていった。
当時、日本の民間貿易は徐々に自由化されつつあり、自社に有利な情報や条件を引き出すには、役所との交渉が不可欠だった。政治家や官僚への陳情を繰り返す中で、清水は政界に人脈を広げていくことになる。政治家が頻繁に通うことで知られる料亭に出入りし、政界の重鎮とも知己の仲になる。「昭和の妖怪」と呼ばれた岸信介が初代会長を務めた日韓協力委員会では、設立当初から事務局の実務を務めた。企業経営者の枠を超えた活動が、こうして始まっていく。
ただ、高度成長の真っ只中にあったこの頃、清水實業の経営は大きな転換点を迎えていた。財閥系の大手総合商社が復活して存在感を増し、パイナップルなどの輸入業が先細るのは確実だった。61年、新規事業として大阪府豊中市にオープンしたのが、食品スーパー「ライフ」だった。当初は副業という位置づけだったが、近畿地域で出店を続けるうちに次第に清水實業の経営の軸足はスーパーに移っていく。そして82年、大証2部上場を果たしたのを機に、清水は社長職を弟の三夫に譲り、会長として対外活動に専念するようになった。
清水が一躍、有名になったのは86年のこと。日本チェーンストア協会会長に就任し、売上税反対運動の陣頭指揮を執り始めてからだ。積極的にテレビの討論番組に参加し、スーパーや百貨店には「売上税導入反対」の垂れ幕を掲げるなど、業界を挙げて運動を展開した。
清水は当初から、消費税反対の立場だったわけではない。大平正芳内閣の時、流通業界の代表として大型間接税の研究会で制度設計に加わったこともある。そんな清水が中曽根内閣の売上税導入に強硬に反対したのは、国民不在の論議に強い疑念を抱いたからだ。
中曽根内閣が当初狙っていた増税案は、ゴルフ用品や絨毯といった高額品にかかる物品税を拡大して、電気製品などに適用するものだった。ただし、物品税は酒税と同様に、メーカーが出荷する際に課税される。これに経団連が猛反発して増税案は撤回され、振り出しに戻った。
86年の衆参同日選で、中曽根は「大型間接税は導入しない」と公約し、自民党は大勝した。ところが、中曽根内閣はその後、「税収の直間比率を是正する」という名目で、製造業が反対する物品税ではなく、消費者や流通業者に負担を強いる売上税の導入を持ち出してきた。
中曽根と旧知の間柄だった清水は、「国民にテレビ放送などを通じて理解を求めるべきだ」と詰め寄ったが、自民党内から「前例がない」と反発され、実現しなかった。「国家の横暴」。清水はそう受け取り、売上税反対運動の先頭に立つことになる。
弟・三夫との確執と和解
売上税反対運動で一躍「時の人」となった清水を、複雑な思いで見つめていた人物がいた。82年からライフの社長を務めていた実弟の三夫だ。
食品スーパーという業態のアイデアは、そもそも60年に海外視察ツアーに参加した三夫が持ち帰ってきたものだった。三夫は弟たちを大学まで通わせてくれた兄の恩に報いるため、清水の片腕としてライフの事業拡大に邁進した。84年に東証1部上場を果たした時には、手を取り合って互いを称え合った。
しかし、蜜月は長く続かなかった。対外活動に専念する清水と三夫の意思疎通は次第に少なくなり、88年3月にクーデターが起きる。6年ぶりに役員会に出席した清水は、その場で三夫を解任。「石橋を叩いても渡らない」というほど慎重派の清水からすれば、弟の拡大路線は、会社を危機に追い込みかねない経営に見えた。
三夫は今なお、解任について「兄は経営から離れている間に、疑心暗鬼になったのだろう。私がもっと相談を持ちかければよかった」と多くを語らない。その後、積極投資が裏目に出たダイエーやヤオハンの事例があるとはいえ、「しばらくは(解任劇に)納得できず、兄を恨んだ」と打ち明ける。
兄弟の仲が修復したのは最近のこと。三夫は清水の近著『男の死に方』に目を通し、当時の兄の心境を初めて知った。今年7月、清水宛に短い手紙をしたためている。
「1部上場会社に成長した頃からいつしか独断に走り、兄弟不仲の原因を作ってしまったことは慙愧に耐えません(中略)兄上の苦渋の選択が無かったら(ライフは)流通業界から姿を消していたかもしれず、今はむしろ兄上の英断に助けられた思いです」
中堅の食品スーパーだったライフが大手へと駆け上がったのは、清水が社長に復帰した後のことだ。90年代から仕掛けた「怒涛の如き出店」が急成長につながった。当時、ライバルのマルエツで副社長を務めていた小M裕正(現カスミ会長)は、ある会合の場で清水が「これを見てごらん」と話しかけてきた時のことを覚えている。清水の手帳には数年先までの出店計画が、細かい文字でびっしりと書き込まれていた。
そして世紀が変わると、清水率いるライフは熾烈な競争を勝ち抜き、食品スーパー日本一の座に君臨するようになった。流通科学大学学長の石井淳蔵は、「2歳年上の(セブン&アイ・ホールディングスの)伊藤雅俊さんや1歳年上の(イオンの)岡田卓也さんが戦後流通革命の第1世代だとすれば、清水さんは1.5世代と言えるのではないか」と、ライバルよりも半歩後ろを歩んだと指摘する。
流通革命の先駆者になれなかった清水が、85歳を過ぎてなお流通業界全体を巻き込む新団体を設立し、再び「国家の不条理」を正そうと立ち上がったのは、戦争で死んでいった仲間のためばかりではない。同世代が相次いで経営の第一線を退く中、「老兵」はあえて自らの闘う姿を示し続けることで、後に続く世代に強烈なメッセージを残そうとしている。

 

●サウナ、ソロキャンプに「若者が熱中する」真の理由 11/8
「整える」という言葉を最近よく耳にしませんか。サウナ好きな人たちがよく使うことで知られていますが、サウナに限った話ではありません。「整える」サービスは、さらなる広がりを見せつつあり、その背景には消費者が感じる「幸せのカタチ」の変化があるのです。 今後の新たなトレンドになりつつある、「整える」サービスの可能性とは――。
流行の背景にある「整える」ことへのニーズ
最近、「サ活」に興味があるという方、多いのではないでしょうか。あるいは、すでに「サ活」にどっぷりはまっている方もいるでしょう。
ご存じない方のためにご説明すると「サ活」とは「サウナを楽しむ活動」の略です。テレビで『サ道』(テレビ東京)というドラマが放送されたり、関連書籍やムックが多数発刊されたりしているほどの人気ぶりです。
以前からサウナの愛好者はいましたが、「おじさんが好きな場所」という印象でした。しかし近年は、性別を問わず若い方で「サ活」に励む人も増えています。
近年の「サ活」ブームで特徴的なのが「整う」という言葉です。体だけでなく心も落ち着きリラックスして、幸福を感じる状態をいいます。瞑想や禅といった求道的なアプローチよりも手軽に心を整えられるアクティビティとして注目されています。
似た効果があり、多くのビジネスパーソンに愛好されているのが、マインドフルネスです。マインドフルネスとは、呼吸を整え、過去や未来にとらわれず、今ここに集中することで、ストレスから距離を置き、心を整える方法です。
コロナ禍でストレスフルな状態が続いたことで、ストレス軽減や集中力の強化などの効果が得られるとされることから今、再び注目を集めています。
リトリートにも注目が集まっています。リトリートとは、数日間いつもの生活拠点から離れ、外的干渉から距離を置き、自分自身のリズムを取り戻す時間をつくることです。とくに人気を集めているのが、「ソロキャンプ」。
ソロキャンプとは、文字通り、1人でキャンプをすることです。SNSやユーチューブでノウハウや楽しみ方が提供され、今では女性のソロキャンパーも増えてきています。こうした現象、一見すると別々に起きているように思えるかもしれませんが、背景にある消費者心理の根っこは同じだと見ています。どれも心身を「整う」ことを目指しているからです。
私は、サ活やソロキャンプなどのトレンドは、世界的なムーブメント「ウェルビーイング」が本格的に日本でも広まりつつあることの証明ではないかと考えています。
新しい幸せの形「ウェルビーイング」とは
「ウェルビーイングって最近よく聞くけど、詳しくはよく分からないんだよね」
こんな思いを抱いている方は珍しくないでしょう。 ウェルビーイングとは「体も心も元気で、社会との関係も良好である状態」のことを言います。無理をせず「自分らしく、心も体も健やかに」生きることに重きをおく新たな人生観です。
いわば、新しい幸せの形です。
ひと昔前の幸せは「地位」や「お金」に象徴されるような欲望の充足にありました。しかし、そのために夜遅くまで働いて体をこわしたり、お金のためにプライベートを犠牲にしたり、ストレスによる暴飲暴食を繰り返すような暮らしが、果たして幸せといえるのかどうか、改めて見直されているのです。
むしろ、自分らしさを軸にして、大切な家族や友人と過ごす時間を大切にしたり、好きなことを追求したりする人生こそが幸福という価値観です。アメリカやヨーロッパではスタンダードなものになりつつあります。
日本でも広がり始めていて、2021年6月には政府から経済・財政運営の指針として「政府の各種の基本計画等について、ウェルビーイングに関するKPIを設置する」ことがうたわれました。また、7月には、ウェルビーイングに関する関係省庁連絡会議も設定されています。
私は、「ウェルビーイング」は日本人のライフスタイルに、いずれ根付くと思っています。
日本人の幸福に欠けていた「オキシトシン」
人が「幸せ」を感じる際に、ポイントとなるのは、体内で分泌されるといわれる3つの物質です。具体的には、ドーパミン、セロトニン、オキシトシン。耳にしたことがある人も多いと思います幸福感は、脳内で分泌されるこの3つの物質が、脳の神経細胞などに作用することで生まれます。
精神科医の樺沢紫苑氏は、著書『精神科医が見つけた3つの幸福 最新科学から最高の人生をつくる方法』(飛鳥新社)の中で、この3つの物質に注目しています。
神経伝達物質の「ドーパミン」「セロトニン」、ホルモンの「オキシトシン」を「3つの幸福物質」として、その役割の観点から幸福について述べているのです。
「安心、やすらぎ」といったことを感じるときにセロトニンが分泌され、そこで味わうことができるのが「心と体の健康からくる幸福」である「セロトニン的幸福」。夫婦、恋人、親子、兄弟、友人といった相手との安定した関係によって生まれるプラスの感情や喜びなど、他者との交流、関係によって生まれる「つながりの幸福」が「オキシトシン的幸福」。
お金を得る、欲しい物を手に入れる、あるいは昇進・昇給といった仕事での成功など、何かを得たり達成したりしたときの喜びや幸せからくる「成功の幸福」が「ドーパミン的幸福」。
「3つの幸福」をすべて得るのは難しいため、それを得る優先順位が非常に重要です。優先度が高い順から
セロトニン的幸福⇒オキシトシン的幸福⇒ドーパミン的幸福。
この順番を間違えると、幸福になるどころか、最終的には不幸になる可能性もあるのです。
「2022年度 世界幸福度ランキング」によると、日本はGDPで世界3位なのにも関わらず、日本人の幸福度は世界で54位だそうです。
かつて、日本人が「ドーパミン」的な幸福ばかりを追い求めていたため、本当の意味での幸福を感じづらくなっていたのではないでしょうか。
私は、バブルの狂乱以降、リーマンショック、東日本大震災、パンデミックなどの出来事を経て、日本人が「本当の意味での幸せとは何か?」という意識に目覚めつつあるのではないかと考えています。「ウェルビーイング」の概念が日本に本格的に広まりつつある背景には、そうした事情もあるようです。
「ウェルビーイング」なサービスとは
幸せの形が「ウェルビーイング」に変化しつつあることは、商品やサービスにも影響を与えています。
拙著『ウェルビーイングビジネスの教科書』(アスコム)で、詳しく述べていますが、19期連続で売上増を達成しているあるビールメーカーは、自社の商品を「仲間との交流で得られる心の充足感」を生み出すものと定義しています。「コク」や「キレ」で売るのではなく、心の充足を商品のフックにしているのです。
一世を風靡した「こすらず洗う」お風呂掃除の洗剤もそうです。
浴槽に洗剤を噴射して洗い流すだけ、というこの商品が目指すのは単なる手間の削減ではありません。「頑張らなくてもいい」という心理的な充足や、「余った時間を家族や自分のために活かす」ことまで見据えている「ウェルビーイング」的な商品と言えるでしょう。
このように、新しい価値観に合わせて、新しい視点から商品・サービスの訴求ポイントを見直すことを「関係性のリデザイン」と呼んでいます。
スペックを変えるのではなく、消費者が何を求めているのかを考えて、その商品・サービスでどうすれば消費者のニーズを生かせるのか、という考え方で訴える「価値」の中身が変わるからです。
「関係性のリデザイン」で消費者の価値を変換する
ここで、関係性のリデザインを実践した経験をお話しします。みなさんは、虫歯予防の「キシリトールガム」をご存じですか? キシリトールが日本で食品添加物として認可されたのは、1997年のことでした。私はこのキシリトールの原材料メーカーのマーケッターとして日本導入に関わりました。今ではすっかり虫歯予防のガムとして認知されているキシリトールガムですが、このガムを世の中に広めるために大きく貢献したのが歯科医です。
一般的に考えると虫歯が減るといちばん困るのは歯科医です。しかし、そのいちばん困る人たちが、キシリトールガム積極的に売ってくれたのです。
なぜでしょうか?
歯科医のビジネスにおける関係性をリデザインしたからです。1997年当時、日本には約6万軒の歯科医院がありました。すでに飽和状態。しかも、少子化傾向が明らかになったこともあって、危機感を募らせていました。
当時、日本の歯科医のビジネスモデルのほとんどが治療型。つまり、虫歯や歯周病などを治療することでビジネスが成り立っていました。少子化で虫歯になる人が減ると、当然ながら収入は減ることになります。
そこで私たちが提案したのは、虫歯が減っても困らないビジネスモデルです。治療型から予防型への転換です。かつて、治療に訪れる患者の頻度は平均すると3〜5年に1回でした。しかし、予防歯科が普及すると、3〜5年に1度より「短い間隔」で来院するようになります。そうなると、1回の利益は低くても経営が成り立つようになります。
まずは、虫歯菌を減らす方法としてキシリトールガムをおすすめする。そして、「1ケ月後、もう一度測ってみましょうか」と言い、1ケ月後虫歯菌の数を測定し、その効果を確認できた患者は、またキシリトールガムを購入し、数カ月後歯科医院を訪れて虫歯菌の数を測る。結果、歯科医がキシリトールガムを売ることで、歯科医院への来院頻度が驚くほど増えることになりました。
歯科医院の場合、治療型から予防型に転換することで、「虫歯を治療してもらいに行く場所」に加えて、「虫歯にならないために行く場所」という新しい価値が生まれました。つまり、患者と歯科医院の関係性、接点が変わったということです。これが、リデザインするということなのです。
みなさんのビジネスも、一人ひとりのウェルビーイングを実現するために関係性をリデザインするという視点に立つと、あらゆる可能性が広がってくるはずです。 
●日本の将来は真っ暗か?リスクヘッジが苦手な日本人は世界で通用しない 11/8
日本人の悪いところは、リスクヘッジの発想がないことだ。
ITがいいとなればそれだけを志向し(それなのに韓国や台湾に勝てないのは情けないが)、DXがよければそればかりだ。
ウクライナ問題でも、西側についていれば大丈夫と思いきっている。
中国が台頭してきたときの準備をしている人が少ない。政治がダメなら民間外交的なことができる人がいればいいが、北朝鮮に行った猪木氏(惜しい人を亡くしたと思う)を除いて、そういう人が本当に見当たらなくなった。
今は民間でもロシアを避けているからリスクヘッジが本当にない。
ロシアが早晩音を上げると思っている人が多いが、ナポレオンやヒトラーに耐えたしぶとさをみんな忘れている。
中国のGDPがアメリカを抜かしたときにアメリカがどう出るのかもわからない。
EUやNATOとの同盟を強めて対抗する可能性が大きいとされているが、中国と仲良くして、ビジネスをとるかもしれないし、それ以上に左派がもっと強くなって社会主義的な大統領が出ることだってあり得る。
そのときに日本が置いてけぼりになる可能性もある。
EUだって一枚岩でい続けるかもわからない。
どんな時代になるかわからないのだから、そうなったときの対応をしないといけないのだが、その準備をしているようにはまったく見られない。
あるいは、その時に、相手に嫌われない準備だってろくにしていない。
ロシア人だって中国人だって、彼らに嫌われるままでいいのだろうか?
あるいは、プーチンだけ、習近平だけに嫌われてもいいがロシア人、中国人に嫌われないようにしようという発想もない。
私の心配が杞憂ならいいが、現実のものになったとき、日本がさらに沈没するのが怖い。
前回、これからの教育の話をしたが、これからどんな時代になるかわからないということを考えると、いろいろなタイプの人間を育てるほうがいいのではないかと思うようになった。
前も書いたが、私は競争を排除するより、いろいろなタイプの競争を用意するほうがいいと思っている。
勉強ができる人間も(あるいは数学だけ、国語だけできる人間も)、スポーツができる人間も、音楽ができる人間も、アニメオタクも、鉄道オタクも、料理の名手も、すべての子供が一等賞を取れるように競争を用意してあげるのが教師の仕事なのではないかと思えるようになった。
今、役に立つ人間が10年後20年後役に立つかどうかはわからない。
アニメオタクがアニメーターになってそれが日本の主力産業になるかもしれないし、料理人が日本を救うかもしれない。
AIの時代になれば、のび太君のように「こんなものが欲しい」とわがままが言える人間が最高の経営者になるかもしれない。
日本人は、リスクヘッジができないのは、何が正しくて何が間違っているかを決めないと気がすまないからだ。あるいは、現行の正解が絶対に正しいと信じ込んでいるからだ。
正解がころころ変わると思えば、その準備をするだろうが、今の正解を信じていれば、正解が変わった時の準備がない。
これからの教育というのは、時代が変わった時に、それに必要な人材を用意できる教育なのではないかと私は思うようになった。
もちろんそれによって、時代にマッチした人間は大成功するだろうが、膨大な人間が無駄な人になるかもしれない。
ただ、意外にここで普通教育の意味が再認識されるかもしれない。
明治憲法でも現行憲法でも義務教育は普通教育と明示されている。
それまでは徒弟教育が教育の基本だったが、それでは職業を変えたいときに対応できないので、どんな職業にでもつけるベースとして普通教育を受けさせる義務が親に課された。
時代が、変わるということは、そういう時代に対応できる基礎学力がかえって重要になるかもしれない。
これからの時代の普通教育とはどういうものなのかを考える時期がきているように思えてならない。
●日本の大型経済対策、財源短期化で高まるリスク 金利上昇に脆弱 11/8
今回の総合経済対策に伴う利付国債発行増は少額にとどまった。1年分の所得税収と消費税収の合計に相当する額の財政支出となるが、財投債の減額や借換債の前倒し発行分の活用に加え、割引短期国債(短国)の増額で賄うためだ。ただ、償還までの期間が短い債券の増加は、金利上昇時に利払い費が膨らむことになりかねないと、金融市場では懸念も出ている。
多様な財源を総動員
総合経済対策は事業規模71.6兆円、財政支出39.0兆円の大型パッケージとなったが、2022年度第2次補正予算で新規に必要とされる財源は意外なほど小さい。利付国債では2年債が23年1月債から1000億円増えるだけで、当初比では3000億円の増額にとどまる。
経済対策への歳出追加に伴う予算ベースの新規国債発行額は22.9兆円増えるものの、財投債の減額や借換債の前倒し発行分を活用することなどで国債発行額は9.7兆円の増額に抑制。さらに前年度の特例国債の発行減少等で5.2兆円の枠が出来たため、市中向けの発行総額は4.5兆円の増額で済むためだ。
さらに短国を4.2兆円発行することで利付国債の発行を抑えている。短国は新型コロナ禍以降、急増しており、20年度の短期債(1年以下)は前年度の21.6兆円から82.5兆円に急増。22年度当初予算では60.4兆円に縮小していたが、今回の補正で64.6兆円に膨らむ。
ただ、教育や医療、福祉、ODA(政府開発援助)などに使われている財政投融資を大幅に削減するのは現実的に難しい。借換債の前倒し発行分を使いすぎれば、将来の発行増につながる。短国が大規模に発行できるのは、日銀当座預金残高にマイナス金利が課せられている金融機関に購入ニーズがあることも一因だ。大型補正予算の財源が今後も豊富にあるわけではない。
超長期債は需給軟調で受け止めれず
本来なら、償還までの期間が長い利付国債を発行した方が、国の財政は安定する。しかし、足元の20年や30年など超長期債の市場環境は軟弱で、「大量の発行増を受け止められる状況ではない」とJPモルガン証券の債券調査部長、山脇貴史氏は指摘する。
現在の超長期債発行額は、流動性供給入札を含め月平均2兆7000億円。一方、日銀の超長期国債買い入れオペは月1兆0500億円でカバー率は約38%。10年債の81%や5年債の76%と比べ低く「グリップ力」は弱い。民間の主要な買い手である生損保は金利が急上昇した上期、前年同期比12%減の買い越し額にとどまった。
日銀のイールドカーブコントロール政策(YCC)では、超長期金利は操作の対象ではない。長めの金利の動きを自由にしておくことで市場機能を維持するが、超長期金利が上昇しすぎて10年金利の操作に支障が出るような場合は、買い入れ額を増やす方針をとっている。
ただ、10月25日に開催された国債投資家懇談会では、日銀のYCC政策(指し値オペ)の影響で、先物のヘッジ機能が低下し、超長期債を買いにくくなっているとの指摘が出ていた。今回、超長期債ではなく、2年債や短国が増発対象に選ばれたのは、そうした意見も参考にされた可能性がある。
一方、パインブリッジ・インベストメンツの債券運用部長、松川忠氏は、海外金利の急上昇が超長期債軟調の最大の要因とみる。「超長期債を7年ゾーンの先物でヘッジするニーズはそれほど大きくない。日銀のせいではない」との見方を示している。
イギリスを想起との声も
足元で進む財源の短期化はリスクを高める。東短リサーチの加藤出社長は、日本は金利上昇時に利払いが急激に膨らむ脆弱な構造になってきていると警告する。「日銀が膨大な量の長期国債を買い取って、それを日銀当座預金に変換していることで、日本の統合政府(政府と中央銀行)の対民間債務の平均残存期間は大幅に短期化している」と指摘する。
金利上昇局面でも、発行済み国債の利払い費は増加しない。しかし、償還1年以内の短国を借り換える際は利払いが膨らむ。景気回復に伴う金利上昇なら、税収も増え、国債発行量を減らすことができるかもしれないが、リスクプレミアムが高まる形の金利上昇であれば、それは難しくなる。
国際通貨基金(IMF)の推計では、人口100万人以上の先進国で22年の財政収支が前年より悪化する国は29国中、日本を含め5カ国しかない。新型コロナ拡大前の19年と比較して、政府債務残高の対GDP(国内総生産)比が最も増加するのも日本だ。これらの推計は今回の補正予算を含んでいない。
民間の資金需要が乏しい昨今の日本では、政府が需要を作り出す必要があり、資金が余っている民間金融機関も国債等で運用するニーズがある。しかし、世界各国がコロナ対応を一巡させ、財政を縮小させる中で、巨額な経済対策を続ける日本は異色に映る。「日本の景気は世界でみて良い方だ。その中での財政拡張政策は、批判を浴びて金利が急上昇したイギリスを想起させてしまう」とパインブリッジの松川氏は話している。

 

●値上げ地獄でも「増税」を押し付ける…日本人を貧乏にする岸田政権の危うさ 11/9
日本の経済はこれからどうなるのか。経済アナリストの森永康平さんは「今後岸田政権は金融と財政の両方を引き締める可能性がある。家計が苦しむ中、減税どころか増税に走れば、日本は亡国への道を歩みかねない」という――。
岸田政権は「苦境にあえぐ国民」を助ける気があるのか
スマホを眺めていると国内ニュースでは「値上げ」と「円安」の話題ばかりだ。
海外ニュースでは中国の習近平政権が異例の3期目に突入し、いよいよ台湾有事の危機がより鮮明になったという。
ロシアによるウクライナ侵攻は泥沼化し、年末に向けて新型コロナウイルスの第8波に備えよというニュースも流れている。
これらのニュースに目を通すだけでも、日本国民がいま苦境にあえぎ、かつさまざまな外部の脅威にさらされていると容易に想像できる。だが、果たして日本政府は支援策を考えているのだろうか。
不況下で物価だけが上昇するのが「スタグフレーション」だ。筆者は1年以上前から、そのスタグフレーションの状況下で、日本政府が金融と財政の両方を引き締める可能性があると警鐘を鳴らしてきたが、どうやらこの予測が当たってしまいそうである。
「デフレに慣れた家計」を物価高が襲う
エネルギー価格の高騰や円安を背景に、国内でも物価上昇が続いている。
日本銀行が発表した9月の消費者物価指数の刈込平均値は前年同月比+2.0%となり、データをさかのぼれる2001年以降で初めて2%台に乗った。
刈込平均値とは、ウエートを加味した品目ごとの上昇率分布で上下10%を機械的に除いた平均値で、極端に価格が変動した品目や一時的に大きく変動した品目を除いている。
そのため、物価動向の基調をみるのに適した経済指標といえる。
また、総務省が発表した9月の消費者物価指数において、生活必需品にあたる基礎的支出項目の伸び率をみると、前年同月比+4.5%と高い伸び率を維持している。
欧米では消費者物価指数が前年同月比で10%近く上昇しているが、それに比べれば、依然として日本のインフレ率は低く抑えられている。
しかし、長きにわたるデフレに慣れてしまった日本の家計にとって、足元の物価上昇は数字以上に大きな打撃となっているだろう。
賃金が上がらず、国民は節約に走る
極論だが、物価が上昇しても、賃金がそれ以上に伸びていれば、家計の観点ではさほど問題にならない。
だが、賃金が伸びなければ、国民はさらに節約して消費を抑えるしかない。そうなれば企業はコストカットをしながらも薄利多売に走り、日本は再びデフレスパイラルに突入しかねない。
厚生労働省が発表した毎月勤労統計調査によれば、8月の季節調整済賃金指数は前年同月比−1.8%と、5カ月連続の下落となった。
残念ながら、賃金上昇率は物価上昇率に追い付いていないのが現状だ。
国民は節約に走り、消費が落ち込んでいるのだろうか。
総務省が発表した8月の家計調査をみてみると、季節調整済実質消費支出は前年同月比+5.1%と、高い伸びを示している。
「日本の消費は強い」はウソ
この数字をもって、「日本の消費は強い」とする報道もある。
だが、それは間違いである。これはいわゆる「統計マジック」である。
昨年8月には広い地域で「まん延防止等重点措置」が発出され、消費が抑制されていた。
前述の伸び率は前年同月比なので、「まん防」だった昨年8月と、何も発出されていない今年8月との比較では、数字が実態以上に開くのは当たりまえだ。
現に、同指標を前月(今年7月)と比較すると−1.7%であり、消費支出は2カ月連続で「マイナス」となっている。
「消費が強い」とする一部報道がいかにミスリーディングかがわかるだろう。
「コロナ前の水準を回復」はミスリード
このような「ミスリード報道」が多発している。
2022年4〜6月期の実質GDPが「コロナ前の水準を回復した」という報道を目にした方も多いだろうが、これもミスリードだ。
コロナ前を「2019年10〜12月期」と定義すれば、この報道は間違いではない。
しかし、2019年10〜12月期は、2019年10月の消費増税でGDPが大きく落ち込んだタイミングである。
消費増税前の2019年7〜9月期と比較すると、日本の実質GDPはまだ大きく落ち込んでおり、景気が正常化したとはとても言えない。
このようなミスリードを信じて、「コロナはもう終わった」と支援の手を緩めれば、多くの企業が倒産に追い込まれ、多くの人々が職を失うだろう。
世論・支持率には敏感な「ワイドショー政権」
政府はどのような支援を考えているのか。
現在、電気料金の負担を緩和する支援制度などを盛り込んだ「総合経済対策」がようやく固まり、事業規模で72兆円、財政支出ベースで39兆円と金額だけをみれば相応の金額が提示された。GDPを4.6%押し上げる効果が期待されるという。
しかし、昨年も55兆7000億円の補正予算を組み、GDPを5.6%程度押し上げるとしたが、実際はそうなっていないことを見れば明らかなように、今回ももくろみ通りにはいかないだろう。
消費者物価指数を1.2%以上引き下げる効果があると試算される物価高騰対策には期待が高まるが、予算の中に組み込まれている「新しい資本主義」を実現するために「科学技術・イノベーション」「スタートアップ」「GX(グリーントランスフォーメーション)」「DX」の4分野における大胆な投資などは、実際に何にいくら投資されるかも分かっておらず、またこれらは直接家計を支援するものでもない。
しかも、最もシンプルかつ、効果も大きいと考えられる「消費減税」は、検討もされていないのが現状である。
そろそろ国民は怒りをあらわにすべき時に来ているとも思うが、国民はまだ政府の手のひらの上で転がされ、本当の問題から目をそらされている。
なぜか。冒頭で述べたように、連日「値上げ」のニュースが報道されているが、その原因は「円安」とされている。そして、その円安は日本銀行の金融緩和のせいだとされている。
このような論理構成で報道が繰り返されていれば、「日本銀行の金融政策が元凶」だと誤解する国民がいても不思議ではない。
実際、毎日新聞による10月の世論調査では、「日銀の金融緩和政策について、どう思いますか」との問いに、「見直すべきだ」という回答が55%と過半数を超えている。
そもそも、世論を意識して金融政策を変更すること自体あってはならないと考えるが、岸田政権という世論・支持率に敏感な「ワイドショー政権」においては、そうした「あってはならないこと」が平然と断行される可能性が高い。
幸い、黒田総裁は金融緩和の維持を粘り強く主張しているが、その任期は来年4月8日まで。後任人事次第では、スタグフレーション下にもかかわらず、金融緩和を解除し利上げするというシナリオも十分考えられる。
増税のほか、医療費・年金負担増が国民を襲う
国民を救うどころか、「国民窮乏策」が現在進行形で進められている。
消費減税を検討すらしないだけでなく、さらなる増税が議論されている。
政府税制調査会やGX実行会議において、「消費税の引き上げ」「EV(電気自動車)に対する走行距離に応じた課税」「炭素税」など、さまざまな増税が検討されている。
物価高の影響で家計の消費が弱いのは前述の通りだが、高齢者は今年6月から年金支給額を減らされている。その上10月からは後期高齢者の医療費負担も増えている。
「国民窮乏策」はまだまだある。
厚生労働省は2025年の次期年金制度改正に向けた議論を始めている。制度改正案の1つとして、納付年数を現状の40年から45年へ延長すること、厚生年金の適用対象を拡大することを検討していると報じられている。
若年層の将来不安の1つに年金があるわけだが、年金財政が厳しい理由として、よく2つの理由が挙げられる。
1つ目は少子高齢化の進展、2つ目はデフレが続き、寿命の延びや働き手の減少に合わせて給付額を抑える「マクロ経済スライド」が想定通りに発動しなかったというものだ。
だが、少子高齢化やデフレは20年以上前からの課題である。政府が無策のまま放置してきたツケが回ってきたにすぎない。
政府の無策がまねく「亡国への道」
「一事が万事」という言葉があるが、こうした政府の無策こそ、日本経済をダメにした元凶ではないだろうか。
中国では習近平政権が異例の3期目に突入することが確定したが、新体制をみていくと、かなり独裁色の強い人事になったことが分かる。
党大会における活動報告や決議された文書をすべて原文で読んだが、どうやら台湾侵攻の可能性は高まったと考えてよさそうだ。
昨年、米国のインド太平洋軍のデービッドソン前司令官が「2027年までに中国による台湾侵攻の脅威が顕在化する可能性がある」と指摘したことは記憶に新しい。
しかもこの10月には、米国の海軍制服組トップのマイケル・ギルデイ作戦部長が「中国による台湾侵攻が今年中か来年中にも起きる可能性を排除できない」と、前倒しで警告している。
デービッドソンが指摘した「2027年」は、習近平政権の3期目が終了する年であり、人民解放軍の創立100周年というタイミングでもある。
また、2024年には台湾の総統選、米国大統領選がある。
中国が台湾独立派とみなす民進党が勝利を収め、対中強硬派が多い共和党が米国大統領選で勝つことになれば、2024年以降、中国は台湾侵攻をやりづらくなるだろう。
そう考えると、「台湾侵攻は今年中または来年中」と指摘するギルデイの指摘は、必ずしも不安をあおるだけのものとは言えない。
日本政府は差し迫った有事にどうやって国民を守るのだろうか。
現在、防衛費の引き上げが議論されているが、その財源として「つなぎ国債」からの「所得増税」や、「防衛納税」といった謎の概念が飛び出ている。
有事に国民を守るため、国民をますます窮乏させるのは本末転倒ではないのか。
政府はいま一度、国民の生命と安全を守るという国家の基本に立ち返り、目先の対策と、中長期的な戦略を打ち出す必要があるのではなかろうか。
それができなければ、亡国への道を歩むことになりかねない。 
●9月GDP0.6%増、中国向け輸出伸び 日経センター 11/9
日本経済研究センターが9日まとめた9月の国内総生産(GDP)は、物価変動の影響を除いた実質で前月比0.6%増となった。増加は2カ月ぶり。8月に落ち込んでいた中国や欧州向けの輸出が増え、外需が全体を押し上げた。
輸出は1.6%増と、5カ月連続のプラスだった。8月に落ち込んでいた中国や欧州向けが持ち直した。品目では自動車関連などが増加に寄与。輸入は1.2%の減少で、外需全体ではGDP全体を0.6ポイント押し上げた。
GDPの半分以上を占める個人消費は0.1%増と小幅な増加となった。10月の値上げをにらんだ駆け込み需要があり、財とサービス別で財の消費が全体を引っ張った。設備投資は1.0%減と2カ月連続で減少した。6月に中国・上海市の都市封鎖(ロックダウン)が解除され、部品不足の解消で7月まで回復が続いていたが、反動が出ている。
●「近代」を目指して日本が歩んだ道は間違っていない 11/9
この頃の日本は、気のめいることばかり。隣の中国のGDPは日本の4倍、韓国は1人当たりGDPで日本を近く抜き去る勢い。北朝鮮は日本の頭上にミサイルを飛ばして、「日本は目じゃない」と平然。国内は、アベノミクスの積み残しのゼロ金利にしがみついて、インフレの垂れ流し──。自分たちはもう駄目なのか。いったい、何を目指してどこに行こうとしているのか、さっぱり分からない。
そう思って、ある日駅前のスーパーに行くと、写真展をやっていた。この地域の戦後の風景を並べたものだ。懐かしい昭和の面影の数々。その中に、「ひばりが丘団地・歴史的建造物」というのがあった。「歴史的建造物」......そうなんだよなあ。当時の思い出がずるずると芋づるのように、頭の中から引きずり出される。
あのコンクリートのしっかりした、ハイカラな集合住宅。一戸ごとに「キッチン」が付き、風呂まで付いている。一人一人が人間らしい生活のできる近代は、あの頃始まったのだ。まさに「歴史的建造物」。
そしてそれから60年。ひばりが丘団地は古くなって建て替わり、日本人の生活もまた様変わりとなる。6畳間、4畳半といった狭苦しい和風間仕切りより、洋式インテリア。広々とした「リビング」、「ダイニング・キッチン」の時代となった。都市のインフラは便利で清潔。地方も60年前とは見違えるほど、ビルや道路は整った。
日本の歩んだ道は間違っていない
そして何よりも人間が変わった。女性が男性にほれ、捨てられて、それでもしがみつく、自分という主体がない演歌の世界はもうかなた。若者のJ−POPは「自分でありたい。自分を実現したい」という意欲を堂々と歌い上げる。就職した組織に一生とどまる者は減って、若者たちは主体的に転職を考えるようになった。
著書『ジャパン・アズ・ナンバーワン』で知られた故エズラ・ボーゲル教授はある時、元気のない日本人インテリたちに言った。「GDPで中国に抜かれてもいいじゃないですか。日本人の生活は、アメリカ人をもう抜いているんですから」と。そのとおり。彼の地元のボストンに行ってみると、地下鉄などは途上国の様相を呈していて、中産階級以下の人々の生活は日本のほうがもう良くなっている。
この60年で日本は変わったのだ。ほとんど別の国に。さらに言えば、東南アジア諸国を筆頭に、日本は周辺諸国の経済近代化にも大きな役割を果たしてきた。もっと自信を持ったらいい。日本の歩んできたコースは間違っていなかったし、いま歩んでいる方向も、間違ってはいない。
「近代」が民主主義を支えてきた
今の世界で、多くの先進国は方向性を見失っている。民主主義はポピュリズムに変質し、資本主義は格差を広げるばかりだからだ。その中で、「近代」や資本主義を否定することが、一種の流行になっている。
もったいない。「近代」の産業革命が大きな中産階級を創出し、それが民主主義を支えてきたのだ。格差も、カネでカネを生む金融資本主義が生むもので、近代の産業革命はむしろ格差を縮小した存在だ。その近代を否定するのは、自分を足から食らっていくようなもの。まして日本では、欧米諸国ほど、金融資本主義は育っていない。
だからわれわれは、青年世代に育つ健全な感覚に期待しようではないか。あるポップ歌手はこう歌っている。
──もしも生まれ変わっても 私はわたしを生きたい いつかそう思えるように My Will 生きてゆこう──
●防衛費2%増の見せかけ♀ン田政権&財務省 11/9
防衛力強化に関する政府の第3回有識者会議が9日、首相官邸で開かれる。日本を取り巻く安全保障環境の悪化を踏まえ、岸田文雄政権は「防衛費のGDP(国内総生産)比2%以上の増額」や「反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有」などで成果を出さねばならない。有識者会議は、総合的な防衛力向上を議論しているが、気になる報道が続いた。政府が従来の防衛費に加え、海上保安庁の予算や、公共インフラや科学技術研究費も含めた「総合防衛費」の創設を検討していると、読売新聞と日経新聞が伝えたのだ。予算拡充を防ぎたい財務省の入れ知恵なのか。他省庁の予算まで組み入れた「見せかけの防衛費増」で、国民の生命と財産を守り切ることができるのか。
《総合防衛費 創設へ 研究費や海保予算計上》(読売新聞8日朝刊)
《国防関係予算、各府省に特別枠 名称「総合防衛費」に》(日経新聞9日朝刊)
両紙はこんな見出しで、「総合防衛費」のニュースを伝えた。
読売新聞は「従来の防衛費に加え、防衛に役立つ研究開発費や公共インフラ(社会基盤)整備費、海上保安庁予算などを一括で計上」、日経新聞は「インフラや科技研究費に加えて海上保安庁や通信、人工知能(AI)など安保に寄与する関連費を盛り込む」と、内訳を説明している。
要するに、自衛隊だけでなく、海上保安庁など他省庁の予算も含めて計上するという。これで、NATO(北大西洋条約機構)が加盟国に求めている「防衛費のGDP比2%以上」という基準を達成しようとする政府の狙いがうかがえる。
だが、長年の予算抑制でボロボロになっている防衛基盤を整備するために「GDP比2%以上」と掲げたのに、他省庁の予算を含めた「見せかけの防衛費増」では、純粋な防衛力強化につながるかどうかは疑わしい。
自民党の萩生田光一政調会長は先月17日の衆院予算委員会で、「防衛費について、自民党は参院選で『GDP比2%以上を念頭に5年以内に防衛力の抜本的強化を進める』と国民に約束した。積み上げると2%では足りない。海上保安庁予算などを含む水増しでは駄目だ。戦闘継続(継戦)能力も不足している」「どうすれば、見た目の金額を増やすことができるか考えているようにすら見える」「必要なのは言葉ではなく抑止力」「水増しでは国民の生命と財産を守ることはできない」などと厳しく迫った。
岸田首相は「2023年度の予算編成過程に向けて一体かつ強力に進めたい。継戦能力の維持、防衛施設の強化は大変重要な点だ。内容、予算、財源の3つを一体的に議論していく」などと、官僚答弁で応じた。
そもそも、海上保安庁はあくまで警察機関であり、軍事的役割を想定していない。海上保安庁法25条では「海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない」と定めている。
斉藤鉄夫国交相も8日の閣議後会見で、同法25条を「警察機関である海保が非軍事的性格を保つことを明確化したものだ」と説明した。
識者はどうみるのか。
防衛問題研究家の桜林美佐氏は「中国が軍事力増強を加速し、北朝鮮も日本や米本土を射程に入れた弾道ミサイルの開発を進めている。日本が当事者として自主防衛力を高めなければいけない状況であり、『純粋な防衛費をGDP比2%以上に増やしても不十分』という見方もある。こうしたなか、防衛省以外の予算を組み込んで数字を達成しようとすれば、純粋な防衛費が相対的に少なくなり、自衛隊の装備が減らされるリスクがある」と話す。
前出の有識者会議には、安全保障の現場を知る自衛隊の制服組OBがいない。岸田官邸はどういう選択をしたのか疑問だ。
元陸上自衛隊中部方面総監で、千葉科学大学客員教授の山下裕貴氏は「岸田首相は『防衛費の抜本的強化』の意思を再三示してきた。本来、防衛力とは『陸海空の防衛能力』を指す。海保予算、研究開発費や、公共インフラは安全保障であっても、防衛費には含まれない。『抜本的』は『総合的』というかたちの『見せかけの防衛費』に巧みに化けた。(有識者会議の)メンバーは経済学者と官僚、ジャーナリストのみだ。防衛サイドが事務次官経験者だけで、本当の防衛力を語れる制服組OBは1人も含まれていない。財務省側は財政健全化だけが目標で、防衛力をまったく考えず、抑えにかかってきている。『財務省栄えて、国滅ぶ』の状況だけはやめてほしい」と警鐘を鳴らした。

 

●日本経済「一段高い成長経路に」 後藤経済再生相 11/10
後藤茂之経済再生担当相は9日、時事通信などのインタビューに応じた。物価高への対応を柱に先に策定した総合経済対策や「新しい資本主義」の実現を通じ、日本経済を「一段高い成長経路に乗せていきたい」と述べた。主なやりとりは次の通り。
――日本経済の現状は。
サービス消費が回復し、(新型コロナウイルス禍で落ち込んだ)経済社会活動の正常化が進むが、円安によるエネルギーや食料品の価格高騰、世界的な経済後退の懸念といったリスクがある。総合経済対策では、新資本主義で社会構造変革に取り組む対策も盛り込んだ。足元の難局を乗り切るだけではなく、長期的にも日本経済を一段高い成長経路に乗せていきたい。
――新資本主義で重視することは。
デジタル変革やグリーン成長といったイノベーション(技術革新)で社会課題を解決し、成長のエンジンとして新資本主義の実現を目指す意義は大きい。原動力は人。人への投資を抜本強化し、賃上げが実現しないという構造的な課題に正面から果断に取り組むことが大事だ。
――財政健全化も課題だ。
財政の持続可能性への信認が失われないよう責任ある経済財政運営を進める。PB(国と地方の基礎的財政収支)の2025年度黒字化や、債務残高対GDP(国内総生産)比を安定的に引き下げる目標に取り組む姿勢は崩さず進めていきたい。
――新型コロナの感染症法上の分類を季節性インフルエンザと同等の「5類」に見直す考えは。
現時点で変更は現実的ではない。マスクの着用は屋外では原則不要。場面に応じ、メリハリをつけて基本的な感染対策を講じてほしい。 
●「日銀リスク高い」、日本国債格付け判断で最大要素に−S&P 11/10
S&Pグローバル・レーティングのキムエン・タン・シニア・ディレクターは、日本国債の格付け変更を判断する上で、「日本銀行がおそらく最重要ファクターだ」との認識を示した。
タン氏はブルームバーグとの7日のインタビューで、「日銀が政策を変更するリスクも、変更しないリスクも現在かなり高い」と指摘。日銀の想定外の動きは信用力分析の基になる経済シナリオの大幅変更につながり得るとし、金融政策の動向が「以前よりさらに重要な要素になっている」と述べた。
S&Pは日本の長期債務格付けを「A+」、格付け見通しを「安定的」としている。
エネルギー価格上昇や円安を受け消費者物価指数(生鮮食品を除くコアCPI)が日銀が目標とする2%を上回る中でも、日銀の黒田東彦総裁は持続的で安定的な2%が展望できる状況ではないとして金融緩和を続ける姿勢だ。
タン氏は日銀のこうした姿勢について、政策対応が後手に回りインフレ圧力が高まるリスクと、早すぎる金融引き締めでデフレに逆戻りするリスクの「二つの重要なリスクをてんびんにかけている」とし、「日銀の仕事は容易ではない」と続けた。
同氏によると、ハイパーインフレなどにならない限り「インフレよりもデフレに陥る状況の方が深刻だ」という。デフレ環境下では税収などの政府収入が減る一方で、社会保障費など政府支出は変わらないためだ。低成長が長期化し、加えてデフレが再燃すれば財政悪化の圧力が増し、「格下げリスクは大きくなる」と述べた。
政府は8日、物価高克服と経済再生に向けた総合経済対策に伴う2022年度第2次補正予算案を閣議決定。歳出の8割に相当する22兆8520億円を新規国債の追加発行で賄うことを決めた。タン氏は「日本の財政バランスが新型コロナウイルス感染拡大前の19年の水準に戻る日はいつなのか」と疑問を提起。高齢化と人口減少が続く中で、中期的に格付けへの下押し圧力になると見通した。
もっとも、短期的には追加歳出が格付けに直接的な悪影響を与える可能性は低いという。日本の国内総生産(GDP)に占める政府債務の比率は既にS&Pが格付けを付与する国の中で最も高い水準にあり、現在「A+」とする格付けは「財政力にはそれほど依拠していない」ためだ。財政状況がさらに悪化しても必ずしも格下げ圧力を強めることにはつながらないと話した。
”円高”リスク
円が対ドルで約32年ぶりの安値を更新したことは、内外金利差によるキャリートレードが主因とみている。新型コロナの水際対策緩和もあってインバウンド需要が回復するとして、円安は間もなく「景気回復に貢献し始める」と予想した。
鍵となるのはむしろ、海外先進諸国の成長が鈍化し、利上げ観測が後退することで「急速な円高に戻るリスク」と指摘。現時点でその深刻さを測るのは難しいとした上で、円高により新たなリスクが生じることもあり得ると述べた。
●持続可能な高齢化社会を考える 11/10
「ゾンビ企業」が生産性低迷を生んでいる
長年、日本企業からイノベーションが起きていない、新しい産業が生まれていないと嘆かれています。ただ、前にも触れたようにこれらは狙って作り出すことは難しい。異常値的な企業を人為的に作り出そうという一発逆転的な議論をすることにはあまり意味はないんじゃないでしょうか。ずっと新産業の波の先端に居続けられてる国ってアメリカしかないですし。
それよりも、日本の経済再生のために着目すべきなのはもっと地味なことです。例えば低迷する労働生産性―特に第三次サービス産業(飲食・宿泊・小売・教育・医療など)での生産性の低さです。その要因としてよく挙げられるのが、生産性の低い企業がゾンビのように生き残り続けてしまっていることです。日本は税制優遇や低金利・低担保での貸付制度など、中小企業を保護する政策が充実しています。その結果、もはやほとんどビジネスとして成立していない中小企業も存続できてしまっていると言われています。
経営資源が乏しく不利な中小企業を守ることは、正義のように思われるかもしれません。ただ、その負の側面にも目を向けるべきだと思います。例えば、ここ30年ほど日本の賃金がほとんど変わっていないことはよく知られていますが、さらに労働生産性や賃金の格差も広がっていることが知られています。低賃金で人を雇いとどめている主な受け皿がゾンビ企業です。ビジネスとして成立しているかいないか怪しい企業が生き残ってギリギリの低賃金で人を雇い続けることで、低賃金デフレスパイラルから抜け出せない悲しい循環が起きている可能性があるのです。このような悪循環構造にきちんと目を向け、メスを入れていく必要があります。オンライン診療から教員免許の規制緩和まで、昭和な既得権益を守っている岩盤規制をいかに切り崩していくか。この点こそ、日本経済再生のための地味だが最もインパクトの大きい戦略ではないでしょうか。
「少子高齢化」で衰退確定とは限らない
生産性の低さに加え、もう一つ日本社会の大きな課題として挙がることが多いのは少子高齢化でしょう。ただこの問題についても、私たちはちょっと認識を変える必要があると思っています。日本で高齢化が語られる際には必ず「だから日本経済は衰退していく」といった運命論的な暗い論調で語られますが、少子高齢化をネガティブにとらえすぎる必要はありません。たしかに、人口が減れば国全体としての総GDPも減る傾向はあります。でも、高齢化が進んでいても一人当たりのGDPをきちんと保ったり、成長させたりしている国は世界中にいくらでもあります。ドイツや韓国、シンガポールなども日本に近いくらい高齢化していますし、後二者は出生率だけ見れば日本よりひどい状態です。それにもかかわらず、日本と比べものにならない経済成長を遂げている。その背後にあるのは、高齢化というピンチをチャンスとして活用した製造業やサービス業の合理化や自動化だと言われています。少子高齢化で人口減少が進む社会でも豊かな国を保つことは可能だということです。
“引退”の概念をリセットする
そもそも高齢化といっても、人間の能力は思っているほど高齢化していません。例えば、ある医学系の研究では人間の肉体的能力、認知能力は半世紀前の60歳と今の60歳ではまったく異なるそうです。先進国の昔の60歳は、今の80歳くらいに相応するとも言います。つまり、同じ年齢でも今の人は昔の人より大幅に若返っている。例えば、漫画『サザエさん』に登場する波平さんは54歳です。これは今の福山雅治さんとほぼ同い年です。この二人が同い年だとはとても思えませんよね(笑)。これは極端な例ですが、現代人はだんだんと若返っているのです。昔とは50〜60代の体力も能力も大きく異なっていること、実質的な高齢化は年齢の額面ほどは進んでいないことを認識する必要があります。
日本には現役引退後はボランティアのような値段で働くことが当然、という謎のカルチャーがあります。一見心暖かい貢献に見えますが、安売りする人が増えると結果的に現役世代の賃金も押し下げることになってしまいます。引退後に悠々自適な人たちが、趣味で採算度外視の価格で提供する飲食店と同じです。それによって、普通に営業していた近隣の飲食店がつぶれてしまう。それに近いことが、日本の労働市場全体で起きている。さらに、引退後の労働力にまともな値段がつかないなら、高齢者も新しいことを学び、スキルを身につける気になれません。そうやって、一見人のためになるように見えて結果として全員を不幸にする文化が、形成されてしまっているように思います。根強い年功序列があり、そこから外れた高齢者や非正規は買い叩かれるという構造を変え、誰しもスキルや能力に応じて労働市場で適切な値段がつくようにする必要があります。それが最初に触れた生産性問題への解決の糸口にもなるでしょう。年齢という呪縛を社会全体でリセットする必要があるのです。  
●「こんな日本に誰がした!」崖っぷちニッポンの個人的考察 11/11
「こんな日本に誰がした!」は、何かの折にインプレス IT Leaders 編集主幹の田口潤氏から聞いたのですが、それからというもの、この言葉が耳から離れません。聞くことだけが得意の何だか頼りないリーダー、止まらない円安、貿易赤字の拡大などなど、ネガティブな要素の枚挙に暇がない今日の状況もあって日々、思い起こします。
「2025年の崖」は経産省が情報システムの問題を指摘するのに使ったフレーズですが、システムに限らず、今の日本がまさに崖っぷちに立っているように思えてならないのです。何故、こんなことになったのか、どうしたら打開できるのかを私なりに考えてみます。
日本売りが止まらない─今の現状と課題は?
2022年10月、為替レートはついに1ドル150円を突破し、1990年以来の円安になりました。つまり日本売りです。原因は米国との金利差と言われていますが、果たしてそれだけでしょうか?10月21日付けの日本経済新聞は、「ジリジリと円安が進んだのは、円売りの裏側に日本経済の構造的なもろさがあるためだ。日銀によると、日本の潜在成長率は32年前の4%台から足元で0%台前半にまで下がった」と書いています。では、そのような日本売りの状況に陥った構造的なもろさは、何が原因でしょうか?
デジタル庁の統括官である村上敬亮氏は、「人口減少が大元にある」と指摘しました。2008年の1億2808万人をピークに2030年には1億2000万人を切って2050年は1億人台に、2100年は高位推計で7000万人台、中位推計なら5000万人台まで減少するという予測です。しかも高齢化率(65歳以上が全人口に占める比率)は、2021年の28.9%から2053年に38%台にまで増加していきます。
人口増加が前提だった昭和時代の常識が通用しない流れの中で、需要と供給のバランスが変わり、需要が供給に合わせる経済から、供給が需要に合わせる経済へ変わっていくと村上氏は説きます。もう1つの側面として、30年前から日本の名目GDP、および1人当たりの名目GDPは、ほぼ横ばいです(図1・2)。同じ時期に米国のGDPは4倍、高度成長を遂げた中国は60倍になっています。
   図1:日本の名目GDP(自国通貨)の推移 1980〜2022年
   図2:日本の1人当たりの名目GDP(自国通貨)の推移 1980〜2022年
GDPと労働生産性はほぼ連動していますので、この間、日本の労働生産性もほぼ横ばいに推移しています。賃金も労働生産性に連動しますから、必然的に賃金も横ばい。1993年には世界3位だった日本の1人当たりの名目GDPは、2021年に世界27位まで後退しています(図3)。
   図3:1人当たり名目GDP 国連統計
もう1つ、労働時間に関するユニークな考察を紹介しましょう。法政大学教授の小黒一正氏によるもので、日本の平均労働時間を、1990年を1.0として今も変わらないと仮定すると、2019年の1人当たりの実質GDPは日本1.58、米国1.55、英国1.52となり、両国を上回ります。ところが実際の平均労働時間に基づくと、日本は1.28で最下位になる──というものです(図4)。
   図4:各国の1人当たりGDPの推移
どういうことかというと、今から約30年前、1990年の年間平均労働時間と2019年のそれは日本が2031時間→1558時間、米国が1764時間→1731時間、英国:1618時→1367時間と、日本の労働時間は大きく減少しました。労働生産性が上がらないまま、労働時間が減少すればGDPは伸びないのは当然ですし、いまや米国人の方がより長く働いています。昭和の時代は日本の労働生産性の低さを残業と根性でカバーしていたのが、その後の時短&働き方改革の時代においては通用しなくなったという事実が浮き彫りになったとも言えます。
だからといって、今さら「残業しろ」は通用しませんし、令和の若者にはそっぽを向かれるだけでしょう。結局は根本的課題である労働生産性を上げていくしか、1人当たりのGDPを向上させていく術はないと考えられます。
失われた30年とは何だったのか?
この30年で世界は大きく変わりました。インターネット環境が普及して以降、世界中の価値観が変化するデジタルの時代に入ったことは、誰も否定できないでしょう。GAFAに代表される米国の企業が世界に影響を与え、巨大なマーケットを背景にした中国がそれに続き、流れに乗るべくインドなどアジア諸国や北欧など欧州諸国、イスラエルなどもがんばっています。
同じ時期、日本は何をしていたのでしょうか? ソニーの「ウォークマン」のような世界中の人々の生活に影響を与えるメガヒットはほとんど生み出せなかったと思います。バブル崩壊以降、日本企業の中に画期的な発想を受け入れ、育てる素地が衰えてきたからではないかと感じます。
イノベーティブな何かを企画・開発したとしても、バブル崩壊後の冷え切ったビジネスマインドのため、リスクのある投資を控えるような風潮がそれです。バブル期の過剰な信用供与に懲りた金融機関の姿勢が企業を締め付け、それに追い打ちをかけた面があるかもしれません。日本全体が「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」状態になり、今も続いているように感じるのは私だけでしょうか?
ITの利活用でも日本は遅れを取りました。一例がSAPに代表されるERPです。欧米企業がこぞって導入する中、日本でも会計などのERP化は進みました。しかし内実はビジネスの効率化に向かうのではなく、今までの業務に合わせた莫大なアドオン開発をベンダーに外注することに大枚を叩いてきました。ベンダーにとってもその方が儲かる面があったからです。
そうしたことの結果として、日本独自の2次受け、3次受け、n次受けという多重下請けの人月商売が定着していったと考えることができます。この下請け構造も問題ですが、それ以上に企業の情報システム部が自社のビジネス構造を深く掘り下げる力を低下させてしまったこと、先輩たちが卒業していき、情シスに自社のビジネスへの高い見識を持った人材がきわめて少なくなったことに、危機感を感じます。
人材の問題は経営層も含めた事業の現場も同じかもしれません。かつては新たなビジネスモデルをシステム部と一緒に構築しようという意欲を持った方々が当社でも多くいました。バブル崩壊以降には経営層がシステムを敬遠して情シスに丸投げし、情シスはベンダーに丸投げする傾向が強まった気がします。これはシステムの話ですが、前述したように本業の領域でも同じことが起きていたのかもしれません。
現状を打開するには
このような状況を打開するにはどうしたらよいのでしょうか? 村上氏は「ビジネスモデルを見直すなどして組織や個人の労働生産性を高め、1人当たりのGDPを向上させることが欠かせません」と指摘します。それは個人の賃金を上げていくことにもつながります。
そのためには、どう考えてもITの力が必要であり、DXの推進は自明の理です。すなわち日本全体が本気でDXを進めるしか道はなく、個々人はDXに対応すべくリスキリング(学び直し)していかざるを得ないとも言えます。長々と書いてきましたが、本リレーコラムの読者諸兄姉には当たり前の結論になってしまいました。
しかしながら、読者諸兄姉はDX推進の難しさを感じ、また直面されているのではないでしょうか。なぜかと言えば、スイスの国際経営開発研究所(IMD)の「世界デジタル競争力ランキング2022」において日本は2021年より順位を1つ下げて63カ国中29位になりました。内訳を見るとデジタルテクノロジーのスキルは62位、ビッグデータアナリティクス活用は63位(ビリ)、またデジタル競争力に関する国際性および企業の俊敏性もビリであり、東南アジアやアフリカの国々より低いというきわめて残念な状況です。
逆に引き上げているのは、ワイヤレスブロードバンド利用者数やソフトウェア著作保護など。こんな状況であるがゆえに、DXを推進し組織の労働生産性を高める任を負う読者諸兄姉の苦労は並大抵ではないはずですし、これに前述した、企業の冷え切ったビジネスマインドや失敗を許容しない風潮が加わります。挑戦やチャレンジを社是やスローガンにしている組織は多く見受けられますが、実際にチャレンジを許容している組織は、一体どれくらいあるでしょうか?
ことは1つの企業内に閉じません。ビジネスモデルを変えることは、世の中の構造を変えていくことにつながります。今の社会構造において既得権益を持っている企業や組織・役人・政治家は、表立って反対はしなくても面従腹背。少なくとも積極的に協力はしないし、折あらば足を引っ張ろうとする……。日本からUberなどが登場しないのはその表れでしょう。
これらを跳ね除け、前進するにはかなり骨が折れます。例えば今の企業の人事制度では、DXから溢れ出た人々を解雇するのは容易ではありません。この問題に対処するセーフティネットの構築は個別の企業や業界では限界がありますから、政府がDXに向けた社会全体のリスキリング対策を成長戦略ビジョンの一環としなければなりません。
しかし政府は、転職者や副業をする人を受け入れる企業への支援制度の新設や働き手のリスキリングに取り組む企業への助成拡大などを打ち出していますが、具体策は企業に丸投げに見えます。
こういった状況を乗り越え、DXを推進してくことは冒頭で言及した日本売りに対処することにつながり、海外の投資家に響く強いメッセージともなります。それには一本筋の通った政策メッセージを発信する必要があり、総花的ではなく、すべてが成長戦略につながる総合的なビジョンとそれぞれの具体案を政府が早急に作成することを期待します。こうした点で、前出の村上氏や、和泉憲明氏(商務情報政策局情報経済課ア一キテクチャ戦略企画室長)など経済産業省のDX推進派の方々には、ぜひ期待しますし、がんばっていただきたいところです。
結局、こんな日本に誰がした……
と、これまで他力本願を並べ立ててきました。しかし我々自身はどうでしょうか? この失われた30年、主戦として働いてきた方々は私を含め、読者諸兄姉の中にも多数いらっしゃるのではないでしょうか。詰まるところ、ぼちぼち定年が見えてきた、あるいはすでに迎えた我々の世代(40代後半から60代)が、実は最大の戦犯と言えなくもありません。ならば自分たちがやらかしてきたことに対して、我々はケツを拭く責任があります。
このコラムの読者諸兄姉はシステムに関わっている方が多いと思いますが、進化し続ける今日のデジタル技術は、我々が培ってきたものとはかけ離れています。しかし培ってきた経験、とりわけ課題解決に関わる知見や見識は、今も十分に通用することも確かでしょう。若い人たちが新たなチャレンジに七転八倒しているのなら彼/彼女らの壁打ち相手になるなどして、ぜひ手を差し伸べましょう。
少なくとも単なる障害にしかならない老害にはなりたくありませんし、なってはなりません。そのために進んでリスキリングに挑戦し、学びなおしに年齢は関係ない事実を示しましょう!例えばアジャイル開発にしても、ウォーターフォール開発でのプロジェクトマネジメントを知っているからこその気付きがあるはずです。我々が積極的にアジャイルに関わり、挑戦すればアジャイルを進化させる方法論が見つかるかもしれません。
AIにしても同じです。Pythonで自らコードを書くことはなくとも、データ分析の中で、我々が培ってきた多くの知識や経験、あるいは人間関係を最大限利用することで、通り一遍の解析では見えてこない部分が見えてくることがあるはずです。よりよいAIのモデルを作るために与えるパラメータの選択は、その分野の経験が大きくものを言うからです。それにはある程度の専門知識が必要になるので、我々がリスキリングし、データ分析やAIの知識を身につければ大きな戦力になりえます。
そのためには七転び八起きのムードを醸成していくのが不可欠です。少なくとも、我々世代はその気持ちを忘れずに周囲と接していく覚悟を持ちましょう。──オッサン、オバハンよ、大志を抱け!
●米大統領選の喧噪をよそにスタグフレーションの淵に立つ欧州 11/11
金融市場では米国の政治・経済・金融情勢に注目が集中しているが、これから懸案の冬が到来するユーロ圏が気になる動きを見せている。
10月31日に公表されたユーロ圏の7〜9月期実質GDP(国内総生産)は、前期比+0.2%(前期比年率+0.7%、以下特に明記ない限り変化率は前期比)と、それまでの伸びから減速した。
速報段階ゆえ、需要項目別の詳細は明らかではないが、インフレ高進を受けた実質所得環境の悪化が消費・投資意欲を抑制したことは想像に難くない。
国別に関して4大国を見ると(図表1)、いち早く悪化が始まっていたドイツが+0.1%から+0.3%へ若干加速しているものの、フランスが+0.5%から+0.2%へ、イタリアが+1.1%から+0.5%へ、スペインが+1.5%から+0.2%へ、軒並み大きく減速している。
   図表1
ただ、減速しているとは言っても、域内全体でGDPの伸びが維持されている点は重要であり、コロナ前のGDP水準を超えた上での大きな減速であることは注記したい(日本はコロナ前のGDP水準にすら届いていない)。
その上で、需要項目別にその動きに迫ると(図表2)、確かにGDPの仕上がりはコロナ以前に戻っているものの、輸出と政府最終消費に引きずられた動きであり、少なくとも前者は世界経済失速の影響を今後免れないだろう。
もともと、家計の消費や企業の投資はコロナ以前と比べて脆弱であり、インフレ加速と金利上昇を受けて10〜12月期は景気後退(リセッション)に陥る可能性はぬぐえない。
   図表2
景況感の悪化度合いがひときわ深い欧州
ユーロ圏に対する不安は月次で確認できる各種計数からも感じられる。
例えば、ドイツIfo景況感指数やZEW景況感指数の期待指数が明らかに下方リスクを示唆しているのは既報の通りだが、域内全体でもその印象は変わらない。
製造業PMIに目をやれば、世界的な悪化傾向の中でユーロ圏の悪化度合いはひときわ深い(図表3)。
   図表3
それでもインフレが落ち着く兆しが見られないという点も、米国との大きな相違だろう。
欧州はスタグフレーションの淵に立っている
金融緩和の解除に関して、ラガルドECB(欧州中央銀行)総裁は10月政策理事会で「著しい進展(substantial progress)」を遂げたことを認めているが、ヘッドラインのインフレ率が減速しない中で利上げ幅を縮小するのは難しいだろう。
総括すれば、先進国の経済において最も景気後退リスクが高そうで、最もインフレ抑制が上手くいかなそうな国・地域がユーロ圏という状況に見受けられる。それは一言で言えばスタグフレーションの淵に立っているという言い方にもなる。
ユーロ/ドル相場を見通すという観点に立てば、欧米金利差拡大がユーロ買い・ドル売りに繋がるという話になるが(図表4)、果たしてそう単純にことが進むだろうか。
確かに足許ではそうなっているようにも見えるが、スタグフレーションがテーマ視される中、当該通貨が買い進められる展開が持続可能かどうかは議論があるはずだ。
   【図表4】
年内から年明け1〜3月期にかけてはユーロ/ドル相場のパリティ(1ユーロ=1ドルの等価)を断続的に割り込む展開が強いられ、(気候が温かくなり燃料価格が落ち着いてくる)4〜6月期以降に、ようやくパリティを超えて安定できるというのが無難な予測と思われる。
●米CPIの伸び鈍化が市場に一石投じる、きょうも波紋広がる様相 11/11
昨日は米消費者物価指数が予想を下回る伸びとなったことが、強烈なドル売り反応を引き起こした。前年比はヘッドライン(総合)、コアがいずれも予想値を下回る伸びとなり、市場反応が増幅されていた。ドル円は146円付近から一時140円台まで、約6円幅での大幅下落となった。ユーロドルやポンドドルも力強い上昇をみせたが、クロス円は下落しており、ドル円のポジション解消の動きの強さが示される展開となっていた。ドル円に関しては、昨日の大相場の影響もあって足元では142.50付近で上値を抑えられている。
きょうは日本時間午後4時に英国のGDPが発表される。注目は最新の経済状況を示す9月の月次GDPだ。前回8月に続きマイナス成長となる見込み。昨日のドル安相場で1.17台まで駆け上がったポンドドルがどのような反応を示すのか興味深い。英中銀は米国ほどの利上げ余力が残っていないとの見方が広がれば、売り圧力がかかりそうだ。ただ、前日の大相場で短期的にはポンド売り持ち派が厳しい状況となっており、下値を拾う動きも交錯しそうだ。
中国がゼロコロナ政策を徐々に緩和する動きも注目される。中国はコロナの濃厚接触者の隔離期間を短縮するとの報道が流れたことで、人民元高や中国・香港株高の反応がみられている。昨日の米株式市場の急騰とともに、市場のリスク・センチメントが回復しており、為替市場にもリスク選好的なドル安・円安の動きが入る可能性も指摘される。ドル円は米債利回り動向に強く影響されることが多く売買が交錯しそうだが、クロス円はリスク動向に比較的素直な動き見せる可能があろう。
この後の海外市場で発表される経済指標は、英月次GDP(9月)、英実質GDP速報値(第3四半期)、英鉱工業生産(9月)、英貿易収支(9月)、ドイツ消費者物価指数確報値(10月)、トルコ鉱工業生産(9月)、香港実質GDP確報値(第3四半期)、インド鉱工業生産(9月)、米ミシガン大学消費者信頼感指数速報値(11月)など。
発言イベント関連では、欧州の金融当局者の講演イベント予定が多い。ホルツマン・オーストリア中銀総裁、パネッタECB理事、デギンドスECB副総裁、レーンECBチーフエコノミスト、デコス・スペイン中銀総裁、センテノ・ポルトガル中銀総裁、ナーゲル独連銀総裁など。ハスケル英中銀委員は出版記念イベントで講演する。米国はベテランズデーのため銀行休業日および債券市場が休場となる。 
●日本企業を取り巻く世界情勢の無極化・分断・変化とは 11/18
第二次大戦後、急速な経済成長に全世界が目を見張った国、日本。その急成長を遂げた背景には、大国米国の存在が常にありました。そのような世界情勢は今、変わろうとしており、とりわけ中国がこれまで築かれた米国主導の国際秩序を変えようとしています。このように変化する世界において、日本企業はどう対峙すべきでしょうか。大学研究者としてだけでなく、セキュリティコンサルティング会社アドバイザーとして地政学リスク分野で企業へ助言を行っている和田大樹氏が、現在の日本企業を取り巻く世界情勢を解説します。
戦後の急成長を成し遂げた日本は過去へ。米国も避けられない変わりゆく世界情勢
第二次世界大戦後、敗戦国となった日本はどん底からのスタートとなりました。しかし、その後日本は戦後復興を急ピッチで進め、高度経済成長を経験するなどして世界の経済大国にまで上り詰めました。そして、21世紀に入ると経済成長率が鈍化する日本に対し、高い経済成長率を維持する中国が台頭し、2010年頃には日本を抜いて世界第2の経済大国となり、今日、中国の経済力は徐々に米国に接近しています。最新の情報では、2021年の米国のGDPが前年比2.3%減少の20兆9349億ドルだったのに対し、中国は前年比3.0%増の14兆7300億ドルとなり、2021年の時点で中国のGDPは米国の7割にまで到達、更なる予測では、「2033年頃には中国は米国を逆転する」とも言われています。
企業の経済活動を取り巻く世界情勢も変化してきました。前述のように日本は焼け野原からのスタートとなりましたが、冷戦時代、米国主導の民主主義陣営の中で高い経済成長を長期的に維持し、冷戦終結後もそれまでの勢いではなくとも、経済大国の一角としての地位をキープしてきました。ここで重要なのは、日本は“米国が世界で最も影響力を持っているという現実の中で発展し繁栄を築いてきた”という点です。
冷戦時代、世界は民主主義と共産主義によって二分化された世界でした。ソ連崩壊によって多くの共産国家で民主化ドミノ現象が起き、米国が冷戦の勝利者となり、その後はアメリカナイゼーション(アメリカニゼーション、世界のアメリカ化)という形で、世界の基軸通貨がドルであるように米国の影響力が世界を覆うようになりました。そして、日本経済の成長の背後には、世界でリーダーシップを発揮する米国という存在が常にありました。
しかし、米国が世界で最も影響力を持ち続けるという状態、もしくは“欧米日本という数少ない先進国が世界経済を牽引し多くの途上国がその影響を受ける”という状態はいつまで続くでしょうか。少なくとも、日本企業にとって居心地の良かった環境は今後変わることが国際政治的には予想されます。
中国を筆頭とした「グローバルサウス」それぞれの台頭と思惑
一つの例として中国を見てみましょう。中国はこれまで「世界の工場」と呼ばれ、多くの日本企業が中国に進出し、そこでビジネスを展開してきました。日本企業にとっては安価な人件費で生産が可能となり、中国にとっては自国の経済発展に繋がるという点でウィンウィンな関係でした。しかし中国も、政治的・経済的に台頭してくることによって大国としての自我と自信を持つようになり、政治的要求の度合いも強くなり、今では多方面において諸外国との間で軋轢が拡大しています。
中国の経済的台頭は、「一帯一路」などからもうかがえるように、中国の対外的影響力の拡大に直接繋がっています。具体的には、アジアやアフリカ、中南米などの途上国に対して莫大な経済援助を実施し、それにより、ラオスやカンボジア、パキスタンやスリランカ、ソロモン諸島など、中国との結び付きが強くなる途上国が次々に増えています。
また一方で、インドやブラジル、南アフリカなど新興国の台頭も顕著にあるだけでなく、いわゆるグローバルサウス(国際連合が分類する中国と77の国)ではこれまで以上に目覚ましい経済発展を遂げる国々がみられます。
このような国々は、米中対立やロシアによるウクライナ侵攻など、大国間問題に対して独自に強い懸念を抱いています。
例えば2022年9月の国連の場では、インドネシアのルトノ外相が「ASEANが新冷戦の駒になることを拒否する」との見解を示し、「第2次世界大戦勃発までの動きと現在の対立プロセスが類似しており、世界が間違った方向に進んでいる」と懸念を示しました。また、アフリカ連合のサル議長(現セネガル大統領)も「アフリカは新たな冷戦の温床になりたくない」との意志を示しました。
グローバルサウス諸国の中には、このように米中双方に不安を覚える国々だけでなく、経済支援を強化する中国と接近する国々、「債務の罠」を嫌厭して中国と距離を置き、欧米と関係を保とうとする国々などが存在し、様々な状況に置かれていると思われます。
利権絡み合うウクライナ情勢。静観する国々の存在により複雑化する世界
ウクライナに侵攻したロシアを巡っても世界の声は様々です。
実は、ロシアに対してこれまで制裁を実施したのは欧米や日本など40カ国あまりで、その他多くの国は制裁を回避しています。例えば、中国やインド、イランなどは、ロシアとの政治的・経済的関係を考慮し制裁を回避するといった方針を堅持し、欧米とは一線を画しています。中でもイランにいたっては、ウクライナで使用されている自爆型ドローンをロシアに提供していたことが最近明らかになり、欧米とイランの関係は再び悪化しています。また、原油の増産減産を巡っては、米国とサウジアラビアの間でも関係がこじれた状況にあります。
このような状況を前にして言えるのは、「欧米の力が世界で相対的に低下し、欧米が世界をリードする時代ではなくなっている」ということなのです。
このように複雑に絡み合う利権と各国の関係性を見た時、(違う問題はあったとは言え)現在以前の方が、世界が同じ方向に向かって一緒に行動しやすい時代だったと言えます。
国際協力、地球社会とは真逆な分裂、分断の時代に進んでいる変動の時代となった今、いかに有益かつ平和的にビジネスを展開するか、日本企業は真剣に考える必要があるでしょう。 
 
 
 
 
 

 

 
 
 
 
 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 



2022/10-
 
 
 
●事実から考える中小製造業の生きる道
 
 
●われわれは貧困化している!? 労働賃金減少は先進国で日本だけ 2021/3
はじめに
突然ですが皆さんは、先進国でわれわれ「日本だけ」労働者の給与が減っているということをご存じでしょうか? それどころか、国として最も重要な経済指標であるGDP(国内総生産)も停滞が続き、右肩上がりで成長し続ける世界の中で、日本だけすっかり置いていかれているようなのです。
日本は経済規模ではまだGDP世界第3位を誇りますが、それは先進国の中で「人口が多いから」というのは多くの皆さんがうすうす気付いているのではないでしょうか。1人当たりの経済指標を見ると、日本は今では世界のトップレベルでも何でもない「凡庸な先進国」というレベルです。しかもこの状況が改善するどころか、現在も絶賛停滞中で、どんどん他の国に抜かされている状況なのです。まさに、「衰退先進国」とも表現できるような状況です。
最近になり、ようやくテレビなどでもこのような事実を報道されるようになりましたが、事態はわれわれが感じているよりもずっと危機的だといえます。このように聞くと「なぜ日本だけがこのような状況なのか」「そしてわれわれがその状況を打開できる余地があるのか」ということが、とても心配になりますね。
今回は、日本の経済統計を可視化し共有ながら「われわれ現役世代(特に中小製造業)がこの日本の停滞を打破できるヒントはないか」ということを一緒に探る趣旨で執筆の機会をいただきました。
申し遅れましたが、私は零細町工場のいわゆる“アトツギ”として毎日全身真っ黒になりながら金属加工をしている研磨職人“兼”経営者です。ライフワークで経済統計をグラフ化しブログやTwitterで共有させていただいています。
この連載では、われわれ企業で働く人々が、沈みゆく経済大国日本の中で、今後生き延びていくために必要な考え方や、目指すべき方向性とはどのようなものかを、一緒に統計データを共有しながら考えていきたいと思います。
連載全てを通じてキーメッセージだと考えているのは「国内経済」で「中小企業」の「経営者」が「付加価値」を重視した経営に転換していくことです。実は国内経済では、中小企業こそ主役だといえます。その経営者は、まさに日本経済復活のためのキーパーソンです。すなわち、中小企業経営者が長期的視野で考え、利益ではなく付加価値を最大化する経営に転換していくことが、日本経済を再び成長させるための大きな原動力になるのではないかと考えているのです。
私はこれまでさまざまな統計データから数百の統計グラフを作成し、それを150以上のブログ記事にまとめてきました。その上でこの考えに至ったエッセンスを、この連載でまとめていきたいと考えています。
ショックを和らげるためにあらかじめお伝えしておくと、これから出てくる統計データは日本の停滞や没落を裏付けるような悲観的なものばかりです。ただ、その中にも、日本経済が復活を遂げ、われわれが将来にわたり、より豊かになるために必要なヒントがちりばめられていると考えています。
加えて白状しておきますと、私は経済学の専門家でも何でもありません。単なる零細町工場の「アトツギ」ですし、専門は「工学」で、仕事は「製造業」です。ですから、この連載では日本経済を学術的な側面から語るようなことはできませんし、むしろ経済学の“常識”とは異なる意見となるかもしれません。ただ、それは自らが労働者としても働く実経済の当事者として、実際のビジネスで感じ取ってきた経験と、これから皆さんと共有していく「統計データ=ファクト」に基づく意見です。それをどのように解釈して、自らの糧としていくのかは、この記事を読まれた皆さん次第です。
この連載では、以下の順番で記事を展開していくつもりです。
   1.日本経済の現状を知る
   2.その中で起きている変化と課題を把握する
   3.あるべき企業の姿を見定める
   4.今後考えていくべき方向性を共有する
内容については、主に私と同じような中小製造業のアトツギの皆さんや、企業でエンジニアなどとして働く労働者の皆さんを思い描きながら、話を進めていきます。それでは、まずファクトに基づき、日本経済の現状を知ることから始めていきましょう!
労働者が貧困化しているという衝撃
まず私が最もショックを受けた統計データを紹介します。図1をご覧ください。
   図1 平均給与の推移
このグラフは、日本人労働者の平均給与の推移です。青が男性、赤が女性、緑が男女合計のグラフを示しています。日本人の労働者は、1997年までは右肩上がりで平均給与が増加していましたが、1997年をピークにして減少に転じています。直近では増加傾向ではありますが、まだピーク時を超えているわけではありません。
つまり、日本人労働者の平均給与が下がっており、貧困化しているといえるのです。日本も他の先進国同様に、経済成長を続けていると考えていましたが、実際に統計を見てみると、このようにショッキングな事態に陥っています。
労働者と一言でいっても、消費者としての面、納税者としての面、家族の一員としての面など、さまざまな側面を抱えており、そもそもが国民の一員です。その国民一人一人の収入が減っているというわけですから、人口がそれほど大きく増えているわけではない日本という国の収入が減っていることが分かります。
具体的に数字を見ていきましょう。例えば、男性労働者の平均給与は、1997年は577万円だったのが、2019年では540万円と実に約40万円も減少しています。2020年はコロナ禍が直撃していますので、最新データが出れば、おそらく減少に転じていることでしょう。
ただ、グラフをよく見てみると、男性に比べると女性は、やや停滞しているものの上昇基調にあります。どうやら主に男性労働者に異変が起きていることが分かります。
図2をご覧ください。
   図2 平均給与 男性 事業所規模・年齢層別
図2は日本の男性労働者について、企業規模や年齢層別に平均給与をグラフ化したものです。
少し説明が必要かもしれません。グラフは30歳未満、30代、40代、50代、60代の年齢層別、中小企業、中堅企業、大企業の企業規模別でグラフ化しています。企業規模については、本来正式な定義がありますが、統計データを整理する都合上、今回は便宜的に、中小企業を100人未満、中堅企業を100人以上1000人未満、大企業1000人以上と定義しています。
横軸が、そのカテゴリーの人数、縦軸が平均給与を示しています。そしてそれぞれのカテゴリーの矢印が、1999〜2018年の変化を表しています。矢印の起点が1999年の状態、矢印の先端が2018年の状態を表しています。
これを見ると、40代と60代の人数が大きく増え、30歳未満の人数が大きく減っているのが分かります。ただ、それ以上に重要なのが全ての矢印が「下向き」であることです。男性労働者は、企業規模、年齢層関係なく、みんな給与が減っているのです。日本経済の中で、男性労働者にはいわゆる「勝ち組」がなく「総じて貧困化が進んでいる」というのが統計から見る実態のようです。
労働者の収入が減っているのは日本だけ?
それでは、労働者の収入が減っているのは、日本だけの現象なのでしょうか? 他の国はどのような状況にあるのかを確かめていきましょう。
多くの統計データを見てきて感じるのは、日本国内の統計データを見ているだけでは、その数字の意味を本質的には把握できない、ということです。同じような先進国の傾向と相対化し、見比べてようやく、日本で起きていることが見えてきます。この連載では、主に先進国に分類される国々で構成される「OECD(経済協力開発機構)」のデータで国際比較をしていきたいと思います。
図3は平均所得の推移を国別でグラフ化したものです。
   図3 平均所得 推移 名目・ドル換算
他国と比べる際には、通貨や人口が異なりますので、比較できるように単位や水準を統一しなければいけません。私が、最も実態に即した比較ができると考えるのは、「1人当たり」の「名目値」「ドル換算」の数値です。
物価の変化を踏まえた「実質値」を使うのが経済学的には一般的なのかもしれませんが、デフレで名目値の成長が必要な日本の状況からすると、まずは名目値の変化に着目する必要があると考えます。ドル換算値は、それぞれの国の通貨とドルとの為替変動の影響を受けます。米国以外の国のグラフがジグザグになっているのは、主にこの為替の影響によるものです。少し見にくいかもしれませんが、傾向は把握できるのではないでしょうか。
さて、図3を見ると日本(青)はほぼ横ばい傾向ですが、米国をはじめ他国は、傾向的には右肩上がりのグラフになっています。1990年代に上の方にあった日本の位置は、最近では他の国に抜かれて中位に埋もれています。
さらに、こうした傾向をより分かりやすく示すために、ある年だけで切り出して、数値の高い順に並べたデータを見てみましょう。
図4は2019年の数値を基にしたグラフです。
   図4 平均所得 2019年 名目・ドル換算
これを見ると、日本の平均給与は4万384ドルでOECD35カ国中20番目の水準です。米国の6万5836ドル、ドイツの4万7490ドルなどと比べると大きく差をつけられています。G7の中では6番目、OECDの平均値である4万1457ドルにも届かないレベルとなっています。実は、世界で3番目の経済大国であるはずの日本の労働者の所得水準は、先進国の中では平均値未満のグループに属しているということが分かります。
1997年にはOECDで3位だった
それでは過去はどうだったのでしょうか。1997年のデータを基にしたのが図5です。
   図5 平均所得 1997年 名目・ドル換算
今後のデータで明らかとなっていきますが、1990年と1997年は統計データで見る限り、日本経済で大きな転換点となった年です。1990年はもちろん、バブル崩壊の年です。一方、1997年は所得やGDPのピークとなった年です。
実は1997年の日本人の平均所得は、3万8823ドルと、スイスやルクセンブルクに次いでOECDで3番目の堂々たる高水準でした。OECDの平均値2万2468ドルの1.5倍以上です。かつての日本はこれほどまでに、高い水準の経済力を誇っていたわけですが、現在はこの平均値にも満たないレベルになっているというわけです。
こうしてみると、明らかに、日本の労働者の所得は、国際的に見て下がっているのです。しかも、このように明らかに衰退しているのは、主要国では日本くらいです。ドル換算のデータでは分かりにくいので、自国通貨での成長率に直したグラフを見てみると一目瞭然となります。図6は、2000年を基準にした、各国の平均所得の成長率を示しています。
   図6 平均所得 名目値 成長率
ご覧のように、平均所得が減少し、地をはうように推移しているのは日本だけです。他の多くの国は右肩上がりで成長しているのです(実質値にしても、傾きは緩くなりますが、傾向は変わりません)。ドイツが年率で約2%成長、米国や英国、カナダが年率約3%の成長、韓国が年率約4%の成長となっています。日本だけが、なぜか成長しておらず、むしろ停滞しているという事実にがくぜんとします。
このような状況はなぜ生まれたのでしょうか。日本経済に一体何が起こっているのでしょうか。次回以降で、少しずつ日本経済の現状を明らかにしていきたいと思います。
 
 
●成長しない日本のGDP、停滞の20年で米国は日本の4倍、中国は3倍に 2021/4
統計データという事実(ファクト)から、中小製造業の生きる道を探っていく本連載ですが、われわれ中小製造業がこの先も生き残っていくために何が必要かを見定めていくために、以下の流れで記事を進めています。
   1.日本経済の現状を知る
   2.その中で起きている変化と課題を把握する
   3.あるべき企業の姿を見定める
   4.今後考えていくべき方向性を共有する
前回は、われわれ労働者の平均所得が実は減少していて、右肩上がりで所得が上がり続ける先進国の中ですっかり置いていかれている事実を共有しました。
日本経済の変調は、労働者の所得だけではありません。さまざまな経済指標でその変調ぶりを確認することができます。そこで、第2回となる今回は、国の経済の指標として最も重視されている「GDP(国内総生産)」を基に、日本経済の現状を掘り下げていきたいと思います。
そもそもGDPとは何か
「GDP」もそうですが、経済用語として出てくる「付加価値」や「生産性」など重要な指標ほど、曖昧な解釈やイメージで捉えられがちです。GDPと、われわれ企業の事業活動と密接に関係のある付加価値や生産性は深い関係があります。
まずは、手始めに「GDP」の定義について確認してみましょう。GDPは、Gross Domestic Productの略で、日本語では「国内総生産」とも呼ばれています。内閣府が公開している「用語解説」によれば、GDP(国内総生産)は「居住者たる生産者による国内生産活動の結果、生み出された付加価値の総額である」と説明されています。
この「付加価値」とは「産出額から中間投入を控除したもの」です。より具体的にいえば、「産出額」とは企業活動でいう「売上高」に当たります。「中間投入」は「仕入れ」に相当します。つまり、付加価値とは、企業活動における粗利とほぼ同じ意味だといえます。別の言い方をすれば、付加価値とは私たちが自分の仕事を通じて加えた金額的な価値となります。そして、国内で生み出された付加価値の合計がGDPということになります。GDPには「金融投資」による配当金や、海外での事業活動による利益などは含みません。
GDPには、生産活動によって生み出された付加価値を合計した「生産面」と、給与所得や営業余剰などの付加価値の分配を合計した「分配面」、消費支出や資本形成などの支出を合計した「支出面」の3つの側面があります。そして、この3つの指標はいずれも同じになる「三面等価の原則」もよく知られていますね。つまり「生産=分配=支出」が成り立つということになります。
ここまで見てきたように、GDPはその国の経済活動を知るための最も基本となる指標といえます。そして、われわれ企業による事業活動の成果そのものでもあるわけです。
日本のGDPは20年以上も停滞
日本の経済統計で、GDPを扱っているのは、内閣府が公表している「国民経済計算」です。まずは、この国民経済計算における、GDPのグラフから見ていくことにしましょう。
   図1 日本の国内総生産(GDP)名目値 暦年
図1は、日本のGDP支出面の推移をグラフ化したものです。GDPの統計データは、生産面や分配面もありますが、この支出面のデータが一般的なものとして活用されています。
グラフでは、経済に関する重要なイベントのあった年に赤線を入れています。1990年のバブル崩壊、1997年の消費税増税と金融危機、2008年のリーマンショックです。民間最終消費支出を青色、政府最終消費支出を赤色、総固定資本形成(民間)を緑色、総固定資本形成(公的)をピンク色、財貨・サービスの純輸出をオレンジ色で示しており、GDP支出面はその総和となります。
最終消費支出は、民間(ほとんどが家計支出)や政府による、新規の財貨やサービスへの消費支出を合計したものです。総固定資本形成は、建造物や機械などの固定資産への支出ですね。つまり投資(設備投資)です。純輸出は、輸出から輸入を差し引いた正味の金額で、海外との貿易収支です。まとめると、GDPの支出面は、消費と投資と純輸出から構成されているといえます。
これらを踏まえてあらためて図1を見ると、GDPの合計値は、1997年でピークとなった後、減少および停滞をしており、リーマンショックを底にしてまた上昇傾向になっているという傾向が読み取れます。最近では上昇傾向にあるものの、長期視点で見れば、長い間停滞していることが分かります。1997年のピークを超えたのは、2015年になってからのことで、なんと日本は20年以上もほぼ経済が成長していないということになります。
図1からは、民間最終消費支出(青)がGDPの大部分(約55%)を占めることが分かりますが、この項目も停滞しています。民間最終消費支出は、私たち国民の消費ですが、この20年間で人口もほとんど変わりませんので、1人当たりの消費がほとんど変化していないということがいえます。さらに、総固定資本形成=投資も停滞しています。唯一上昇傾向がある政府最終消費支出も上昇の程度が鈍化しているように見えます。
これらの事実(ファクト)から見ても、日本経済は民間の消費や投資が停滞・減少していて、全体としても「停滞」していることがよく分かるのではないでしょうか。このように書くと、物価変動を加味した「実質値」では成長している、というご指摘をいただくと思いますが、「物価」や「名目値と実質値の違い」については今後取り上げていきたいと考えています。
主要国で経済成長がないのは日本だけ
日本経済の状況を把握するためには、自国のデータだけではなく、国際比較をすることが重要です。日本のように経済が停滞しているのは、他の国々も同じなのでしょうか。OECD(経済協力開発機構)の統計データから、GDPの国際比較を行っていきます。
図2は、OECD各国のGDPの時系列データです。名目値のドル換算値を示しています。また、OECD加盟国だけでなく、中国、ロシア、インド、ブラジル、南アフリカのいわゆるBRICSも追加しました単位はG$(ギガドル)です。ギガは10の9乗ですね。
   図2 GDPの国別推移 名目値 ドル換算
さて、グラフを見てみると、まず目につくのが、米国の圧倒的な存在感と、中国の急伸、そして日本の停滞ではないでしょうか。1995年までは、ドル換算値でも日本のGDPは右肩上がりでしたが、その後停滞しています。
その間も米国はずっと成長し続けています。さらに、中国が急伸して日本を抜き去りました。また、日本はドイツなどの他の先進諸国に追い上げられている状況も見て取れるのではないでしょうか。こうして見ると、経済が停滞しているのは、主要国では日本だけのようです。
GDPはその国の経済規模そのものを表しますので、中国は今や世界第2位の経済大国です。日本は第2位から第3位へと転落しているわけですが、このままだとその地位すら危ういように見えます。
日本停滞の間に米国は4倍、中国は3倍の規模に
もう少し分かりやすく、特徴的な年を切り出して、GDPの大きい順に並べたグラフも見てみましょう。図3は、日本のGDPがピークとなった1997年の時のグラフです。
   図3 1997年のGDPの国別比較 名目値 ドル換算
1997年の日本のGDPは4415G$で堂々の第2位です。米国(8578G$)の半分程度の水準があり、第3位のドイツにも2倍程度の差をつけています。
一方、図4は2018年のグラフです(インドだけ2017年のデータとなります)。
   図4 2018年のGDPの国別比較 名目値 ドル換算
2018年の日本のGDPは4955G$で「世界第3位の経済大国」という立場を維持しています。しかし、その相対的な水準は1997年と比べると大きく低下しています。首位米国の約4分の1の水準で、中国と比較しても約3分の1という状況です。4位のドイツとの差も縮まっており約1.3倍という水準となっています。
つまり、1997年と比較して米国との差は大きく広がり、最近抜かされたばかりの中国はすでに日本の3倍の経済規模になっています。また、ドイツをはじめとするその他の国々との差も詰まっています。国内で20年以上も経済が停滞している間に、国際的な存在感は明らかに低下していることが明確に示されているのではないのでしょうか。
その間、国内経済が穏やかで安定していたということはいえるかもしれませんが、世界の各国は右肩上がりで成長しているわけです。全体が急速に成長している世界の中で、「停滞している」ということは相対的に見て「国際的に後退した」ということがいえます。
経済が成長しなくなった日本経済
図5は1980年の各国のGDPを1.0とした場合の、成長率を表したグラフです。1980年の時点に対して、何倍になったかを数値として表現しています。
   図5 1980年を1.0とした場合のGDP成長率推移 名目値
この40年ほどで、カナダや米国は約7倍、イタリアが約8倍、フランスが約5倍で、低成長のドイツでも4倍近くGDPが増大しています。中国や韓国はもはやこのグラフの枠に収まらない成長率となっています。直近の2020年のデータが反映された国では、コロナ禍の影響で成長率が下がっている様子も確認できますね。
ただ、日本だけ1990年ごろから停滞が続き、2019年で2倍強といった低成長となっています。どうやら日本は、前回紹介した労働者の平均所得だけでなく、そもそもの国全体の経済活動自体が停滞しているようです。
現在、日本は世界第3位のGDPを誇る「経済大国」という立場を維持しています。しかし、経済が停滞し続けていることで、その存在感は年々薄れてきているようです。今後もこの傾向が続くようだと、世界第3位を保ち続けるのも難しいかもしれません。
それでは、そもそも、なぜ日本は経済大国となることができたのでしょうか。
多くの皆さんが気付いていることだと思いますが、日本は1億人以上もの人口を抱えている「人口大国だったから」という点が最も大きな理由です。人口が多ければ、たとえ一人一人の生み出す付加価値が低くても、合計値であるGDPは大きくなります。中国が先進国と位置付けられていなくても、GDP世界第2位の経済大国であるのはそういう要素が大きく影響しています。
ただ、日本は、先進国の中でもより早く大きく人口が減っていくことが確実視されている国です。人口が減る中で今のやり方を続けていれば、経済規模を維持していくことが難しいのは明らかです。その中で、より一層、一人一人の経済的豊かさや、労働者1人当たりの生産性を重視していくことが求められているのです。
次回は1人当たりの豊かさに焦点
さて、今回はGDPの推移をさまざまな角度から取り上げることで、国としての経済規模の推移と課題について紹介してきました。ここまで見てきたように、日本は、バブル崩壊後から長い間、国全体としての経済成長が停滞してしまっているということが分かりました。そして、急速に成長し続ける世界各国の中で「唯一停滞している先進国」という特殊な立場にあることが見えてきました。
それでは、1人当たりの豊かさについては、どのように変化したのでしょうか。GDPは国全体の経済規模を表しますが、人口1人当たりのGDPは国民一人一人の豊かさのレベルを表す指標となるはずです。次回以降で1人当たりの指標について取り上げていきたいと思います。
 
 
●今や“凡庸な先進国”へ、一人当たりGDPに見る日本の立ち位置の変化 2021/5
統計データという事実(ファクト)から、中小製造業の生きる道を探っていく本連載ですが、われわれ中小製造業がこの先も生き残っていくために何が必要かを見定めていくために、以下の流れで記事を進めています。
   1.日本経済の現状を知る
   2.その中で起きている変化と課題を把握する
   3.あるべき企業の姿を見定める
   4.今後考えていくべき方向性を共有する
前回は、われわれ労働者の生み出す仕事の価値(付加価値)の国としての合計金額である「GDP(国民総生産)」について取り上げました。日本は中国に抜かれたものの、現在も世界第3位のGDPを誇る経済大国です。ただ、それは日本が1億人以上もの人口を保有する「先進国有数の人口大国だから」という理由があることを指摘しました。
それでは人口の影響を取り除いた平均値である「1人当たりGDP」としてはどうなるのでしょうか。今回は、国民1人当たりの豊かさを示す指標でもある「1人当たりGDP」にフォーカスします。
先進国の中で2番目に人口が多い日本
まず、それぞれの国の人口から確認してみましょう。図1はOECD(経済協力開発機構)38カ国の2019年の人口データです。
   図1 OECD諸国の2019年の人口
3億人以上の米国が、先進国では圧倒的に人口の多い国となります。ただ、日本はその米国に次いでOECDで2番目に人口の多い「人口大国」であることが分かります。現在も1億2600万人もの人口を擁し、8300万人程度のドイツや6700万人程度のフランス、英国よりもはるかに多い規模の人口を抱えています。
ただ、こうした状況が今後変化していくというところが、本連載でも繰り返し述べている危機感につながってくるのです。少子高齢化は先進国共通の課題となっており、特に日本では今後人口が加速度的に減少することが確実視されています。人口の推移や、年齢構成の変化なども大変興味深いテーマですが、これらの課題については、今後詳細に紹介するつもりです。
1人当たりGDPは世界3位から中位に転落
日本は先進国と呼ばれる国々で構成されるOECDの中で2番目のGDPを誇り、2番目の人口を擁することが確認できました。人口が多ければ、その国で生み出される付加価値の合計値であるGDPが大きくなるのは当然ですね。
ただ、今のように経済が停滞した状態のまま人口が減れば、GDPも減少することは必然です。その際に、労働者でも消費者でもある私たちが、今よりも世界での存在感が薄れ、ますます困窮してしまう可能性すらあるのではないでしょうか。少なくとも、今後数十年間は人口の減り続けると予想されている日本で、われわれは今後どのような経済を目指していけばよいのでしょうか。
そのために重要な観点は、合計値ではなく一人一人の指標に目を向け、1人当たりの労働や生活の価値を上げていくことだと思います。その出発点として、日本の1人当たりのGDPがどの程度なのか、現在地を明らかにするのはとても大きなステップだと考えます。
そこで、まずはOECD各国の1人当たりGDPについて、長期推移から見ていきましょう。図2が、1人当たりGDPの長期推移グラフとなります。
   図2 OECD諸国の1人当たりGDPの推移
OECD全ての国のグラフを入れているので、少し見難いかもしれませんがご容赦ください。ドル換算値なので、米国(赤色)以外の国は、為替の影響を受けジグザグとした推移となりますが、全体的な傾向は読み取れると思います。
日本(青色)は、1980年代後半と、1990〜1995年で急激に1人当たりGDPが増大しています。1995年にはルクセンブルクやスイスに次いで、1人当たりGDPでも世界で3番目の水準にありました。1995年は米ドル/円の為替が大きく円高に振れたタイミングで、ドル換算値は大きく変化が出ていますので、その点はあらかじめご承知いただきたいと思います。
ただ、日本の1人当たりGDPは、ピークである1995年以降はずっと横ばいの停滞状態が続いています。その間、米国は大幅な伸長を続けており、ドイツやカナダなども成長が続いていますね。直近では、日本は先進国の中でも中位に埋もれています。OECDの平均値を黒線で表現していますが、2013年ごろからこの平均値に追い付かれ、同程度の推移となっています。
1人当たりGDPが低迷し“普通の国”となった日本
前回紹介した通り、日本としてのGDPのピークは1997年となります。そこで、当時の状況を切り取って1997年と2019年の一人当たりGDPを国別で順番に並べたグラフを見てみましょう。図3が1997年の、1人当たりGDPの国別比較のグラフとなります。
   図3 OECD諸国の1997年の1人当たりGDP
日本は3万5035ドルで、ルクセンブルク、スイス、ノルウェーに次いで4番目の水準でした。6位の米国(3万1424ドル)とも1割以上の差をつけており、OECD平均値1万8926ドルの2倍近くの高水準となっています。本連載の第1回でご紹介した通り、この時期における労働者の平均賃金も日本はOECDで3番目という水準でした。
次に、直近の1人当たりGDPについても確認してみます。図4が2019年の一人当たりGDPの国別比較グラフです。
   図4 OECD諸国の2019年の1人当たりGDP
順位を見てみると米国が6位を堅持しています。ただ金額は6万5240ドルとなっており、1997年の3万1424ドルと比べて2倍以上に成長しています。一方、日本は、4万292ドルで37カ国中19番目の水準にまで後退しています。G7の中では、ドイツやカナダ、英国に抜かれ、フランスとほぼ同等の水準です。OECDの平均値4万400ドルよりも下回っているという状況です。
残念ながら、日本は1人当たりGDPでも平均値程度の「凡庸な先進国」という立場となっていることは明らかです。しかも、停滞を続けていますので、このままだとさらに下位の国々に追い抜かれてしまう可能性すらあるわけです。こうした立ち位置の変化というものに目を向ける必要があります。
日本だけでなく米国以外のG7各国も“凡庸化”
ちなみに、第1回でも紹介しましたが、平均所得も2019年にはOECD中20位となっています。ご存じの方も多いと思いますが、実は平均所得と1人当たりGDPは極めて強い相関があるといわれています。
図5は、横軸に1人当たりGDP、縦軸に平均所得をとった相関図です。それぞれの国を、人口に応じた大きさのバブルで示してあり、バブルチャートとも呼ばれます。1997年のデータを基にしています。
   図5 1997年の平均所得と1人当たりGDPのバブルチャート
ご覧の通り、全ての国がほぼ一直線上に並びます。このような状態を「正の相関」があると表現します。正の相関はどちらか一方が増えると、もう片方も増える関係にあるということです。
この場合は、1人当たりGDPと平均所得は強い正の相関があるということになります。経済統計を見る際には、このような関係を「因果関係」ではなく「相関関係」として見る姿勢が大切なようです。
因果関係は「どちらか一方が増えた“から”もう一方も増えている」というように、原因と結果をひも付けようとする見方です。一方、相関関係はあくまでも「こちらも増えているし、あちらも増えている」という事実を述べるだけの見方です。まずは、統計データを見るときはフラットな姿勢で「相関関係があるかどうか」という見方をしておくと良いと考えます。
さて、脱線いたしましたが、話を戻します。1997年の時点では日本は、スイス、ルクセンブルクに次いで「右上」に位置し「最先進国」の1つとして全体をけん引する存在であることが、視覚的にも明らかに分かります。米国以外にもドイツや英国、フランスなどの国々よりも右上に位置しています。G7各国も全て平均より右上の領域に属していて、先進国の中でも存在感を発揮していることが見て取れますね。
しかし、2019年の様子を見ると、この状況は大きく変わっています。図6が2019年のバブルチャートとなります。
   図6 2019年の平均所得と1人当たりGDPのバブルチャート
全体として正の相関が強いことは変わりませんが、最も大きく変化しているのが、わが国日本の立ち位置です。1997年には最も右上に位置する国の一つつだったのが、2019年には平均値のど真ん中(厳密にはやや左下)に位置しています。米国はおろか、カナダ、ドイツ、英国、フランスよりも左下に来ています。
さらに付け加えると、これらの米国以外のG7各国についても「真ん中」周辺に集中していることが分かります。日本以外のこれらの国も、日本ほどではないにしても相対的にその存在感が薄れてきているということがいえそうです。
経済的には“凡庸な先進国”となった日本
今回は、1人当たりGDPという重要な経済指標について、統計データに基づくファクトを共有させていただきました。バブルチャートで日本の位置を可視化することで、平均所得と1人当たりGDPは強い相関がある事もご紹介しました。
そして、日本はかつて先進国をけん引する“最先進国”の1つでしたが、現在はどちらもほぼ平均値の“凡庸な先進国”となっています。
1人当たりGDPは、国民全体の1年間の付加価値を、総人口で割った数値です。大人も子供も高齢者も頭数としてカウントしています。言い方を変えれば「国民1人が1年間に稼ぐ付加価値の平均値」という意味になりますね。ある期間に稼いだ付加価値は「生産性」とも表現できますので「国民1人当たりの平均的な生産性」と言い換えることもできます。
こういう話をすると「日本は少子高齢化が最も進んでいて、高齢者が多いのだから、1人当たりGDPにしたら数値が低くなるのは当然ではないか」といったご指摘をいただくかもしれません。実際に、少子高齢化や人口減少は日本だけの問題ではありませんので、こうした指摘は必ずしも当たらないとは思いますが、この点についてはまた別の機会で触れようと思います。
ただ、このようなご指摘で言いたいことは「労働者1人当たりの生産性」では「わが国はまだまだ高い水準であるはずだ」ということなのだと思います。「労働生産性」は「労働者1人が一定期間に稼ぐ付加価値」ですね。今回の1人当たりGDPと近い意味を持ちますが、さらにわれわれ企業の活動とより密接に関係する指標といえます。
次回はこの労働生産性についてのファクトを共有していきたいと思います。
 
 
●平均値から1割以上も低い日本の「労働生産性」、昔から低いその理由とは 2021/6
統計データという事実(ファクト)から、中小製造業の生きる道を探っていく本連載ですが今回は第4回となります。この連載では、われわれ中小製造業がこの先も生き残っていくために何が必要かを見定めていくために、以下の流れで記事を進めています。
   1.日本経済の現状を知る
   2.その中で起きている変化と課題を把握する
   3.あるべき企業の姿を見定める
   4.今後考えていくべき方向性を共有する
第1回では主に「労働者の平均所得」、第2回では「GDP(国内総生産)」、第3回では「1人当たりGDP」について取り上げてきました。いずれの指標でも右肩上がりで成長を続ける世界の中で、日本だけが停滞している状況が確認できたと思います。
また、前回取り上げた「1人当たりGDP」は「国民の平均的な生産性」ともいえるかもしれません。「生産性」というのは、経済を評価する中で重要な指標です。ただ、近年はこの「生産性」という言葉が、あいまいな解釈のまま議論され、言葉だけが独り歩きしているような印象があります。
そこで今回は、付加価値やGDPとも関係の深い「労働生産性」について取り上げたいと思います。
そもそも生産性とは何か
生産性とは、投入する資源(従業員数や労働時間など)に対する、産出量(付加価値額や生産量)の割合です。一定の資源投入量で、どれだけの価値を生み出すかという効率を表す指標といえます。
生産性の中で特に経済統計でよく使われる指標が「労働生産性」です。労働生産性は「労働者1人が1時間当たりに稼ぐ付加価値」という意味です。式に表すと以下のような形となります。
   労働生産性 = 労働者1人当たり付加価値 ÷ 労働時間
この中で、付加価値は「産出額から中間投入を控除したもの」となります。計算式としては、次のような形で表せます。
   付加価値 = 人件費 + 支払利息等 + 動産・不動産賃借料 + 租税公課 + 営業純益
実感としては、付加価値は「粗利」に近いものだと考えていただければ良いと思います。労働者や機械が「単位当たりに産出する生産数」も生産性といえますが、ここまで紹介した労働生産性とは意味が異なりますね。特に、日本の製造業で生産技術や生産管理などに携われている方は、この生産数に対する生産性を重視していると思います。このような単位当たりの生産数は、労働生産性と明確に分ける意味で、本稿では「生産効率」と呼ぶことにします(勝手な造語になってしまいますが、ご容赦ください)。
労働生産性と生産効率は、概念は似ていますが、全く異なりますので、混同しないようにご注意ください。特に製造業では、高い「生産効率」を誇っているけれども、「労働生産性」の低い企業もたくさんあると思います。
日本の平均労働時間は1990年代から減少傾向
労働生産性を議論するには、まず計算式の分母である労働者の平均的な労働時間を知る必要があります。図1は先進国だとされる各国で構成されるOECD(経済協力開発機構)各国の労働者の平均労働時間の推移を表したグラフです。
   図1 OECD諸国の平均労働時間推移
日本を含め各国とも右肩下がりで、年々労働時間が短くなっている傾向であることが分かりますね。日本は長時間労働のイメージがありますが、それは1990年のバブル崩壊あたりまでで、その後は急速に平均労働時間が短くなっています。もちろん、この統計データにはいわゆる「サービス残業」の時間は含まれませんので、あらかじめご留意ください。
直近(2019年)の各国の平均労働時間は以下の通りとなります。
   •韓国:1967時間
   •米国:1779時間
   •イタリア:1718時間
   •日本:1644時間
   •英国:1538時間
   •ドイツ:1386時間
   •OECD平均:1667時間
日本は米国や韓国、イタリアよりも労働時間が短く、既にOECDの平均値すら下回っていることになります。
日本の労働生産性は特に中小製造業で停滞
この平均労働時間を用いて、日本の法人企業の労働生産性を推定したものが次のグラフ図2となります。日本の法人企業の企業規模別の労働生産性を示しています。
   図2 日本の法人企業における企業規模別の労働生産性
図2では、法人企業統計調査の1人当たり付加価値の数値を、OECDの平均労働時間で割った推定値としています。ここでの企業規模は、中小企業が資本金1億円未満、中堅企業が資本金1億円以上10億円未満、大企業が資本金10億円以上としています。公式な定義とは異なりますが、便宜的にこのように区分しています。
ここであらためて図2を見ると、中小零細企業と、中堅企業、大企業とで大きく労働生産性に差があることが分かります。中小零細企業と中堅企業はそれぞれ3000円/時間と、4000〜4500円/時間程度で停滞しています。これに対し大企業の労働生産性は右肩上がりが続き、直近では8500円/時間程度にまで達しています。中小零細企業と大企業の労働生産性は実に3倍近くにまで差があることになります。
ただ、法人企業のうち約7割の労働者は、中小零細企業で働いている点についても留意が必要です。労働者の圧倒的多数は中小零細企業で働いているのです。「日本の労働生産性が低いのは、中小企業が足を引っ張っているためで、中小企業を統合して大規模化することで労働生産性を高める必要がある」といった意見はこのようなところから出てきているのだと思います。
日本企業の労働生産性の平均値は大体4000〜4500円/時間といったところで、停滞気味ではありますが、近年やや上向きつつあるようです。「労働者が1時間で稼ぐ付加価値(≒粗利)が平均で4000〜4500円」という数値はぜひ覚えておいてください。これはわれわれ中小製造業の値付け感(時価単価)とも大いに関係があります。時間単価と労働生産性については、今後考察していきます。
主要国で労働生産性がとりわけ低い日本
それでは、この労働生産性について、日本の水準は世界各国と比べるとどのようになるのでしょうか。例によってOECDのデータから、日本の立ち位置を確認してみましょう。図3が各国の労働生産性(Productivity: GDP per hour worked)の推移を示すグラフです。
   図3 OECD諸国の労働生産性(名目 ドル換算)
労働生産性をドル換算値で見ても、日本は円高だった1995年をピークに停滞気味です。他の国はリーマンショック後にやや停滞傾向が見られますが、全体的な傾向としては右肩上がりです。日本の労働生産性は直近では44.6ドル/時間です。1ドル105円とすれば、4700円/時間で図2の平均値とほぼ一致します。
日本の労働生産性は、経済が絶頂期だった1990年代後半に高い水準を示しますが、平均所得や1人当たりGDPがOECDで3〜4番目の高水準だったことを考えるとそれに比べて見劣りします。直近では、OECDの平均値にも抜かれ、先進国では下位に位置しています。
残念ながら「日本の生産性は低い」という指摘は本当のようです。
経済絶頂期でも振るわなかった日本の労働生産性
それでは、日本経済のピークであった1997年の状況を各国で比較してみましょう。図4が1997年の労働生産性のグラフです。
   図4 OECD諸国の1997年の労働生産性(名目 ドル換算)
日本は34.9ドル/時間で、34カ国中13位です。OECD平均が26.2ドル/時間、ドイツが38.6ドル/時間ですのでそれなりに高い水準ではあります。ただし、前回までに見てきたように、このころ平均所得は3万8823ドルで3位、1人当たりGDPは3万5035ドルで4位の水準でした。これに比べて明らかに労働生産性だけ見劣りする状況です。
図1を見ても明らかなように、このころの日本は平均労働時間が下がってきたといっても、他国と比べると長い時間働いていたわけですね。つまり、当時は長時間労働により稼いでいた面があり労働生産性を十分に高められていなかったということがいえそうです。
労働生産性は既に先進国下位に転落
さらに、現在の様子を見てみましょう。図5が2019年の労働生産性のグラフです。
   図5 OECD諸国の2019年の労働生産性 (名目 ドル換算)
米国やドイツ、フランス、英国、カナダは平均値以上をキープしていますが、日本は44.6ドル/時間で平均値の51.6ドル/時間を大きく下回っています。順位も35カ国中20位と下位にまで落ち込んでいますね。
直近では、1人当たりGDPも平均所得も20〜21位です。ただ、これら2つの指標は水準としては平均値をやや下回る程度ですが、労働生産性については平均値より1割以上小さい水準です。先ほどの国内統計データで、日本企業の労働生産性は4000〜4500円時間時間が平均値というデータを示しましたが、実はこの水準は先進国の中では低い方なわけです。同じ工業立国のドイツでは6500円/時間(61.5ドル/時間)、米国は8100円/時間(77ドル/時間)が平均値ということになりますので、大きな差があります。
なぜ「働き方改革」が必要なのか
本連載では今回に「平均所得」「1人当たりGDP」「労働生産性」と経済統計を見る上で重要な3つの指標についてご紹介してきました。そこで、これら3つのOECD内における水準を1つのグラフにまとめてみましょう。図6は、1人当たりGDP、平均所得、労働生産性について、OECD内での偏差値を示したものです。
   図6 1人当たりGDP、平均所得、労働生産性の偏差値推移
偏差値は、その数値が平均値からどれだけ離れているかの度合いを示す数値ですね。平均値が50です。つまりこのグラフが、先進国の中での日本経済を示す成績表のようなものです(為替の影響は受けます)。
特徴的なのは、この3つの指標は強い正の相関があることです。正の相関があるというのは、どちらかが増えると、もう一方も増えているという関係ですね。グラフを見て明らかなように、これら3つの指標はほぼ完全に連動して推移していることが分かります。つまり、労働生産性を上げれば、平均所得や1人当たりGDPも上がるだろうということです。「日本経済を良くするために労働生産性を上げるべき」という意見はこのような関係から導き出されているものと思います。
特に1人当たりGDPと平均所得の偏差値はほぼ一致して推移していますね。一方、労働生産性については、形は一致していますが、数値的には残り2つの指標よりも低いことが分かります。
日本は1995年に、平均所得も1人当たりGDPも偏差値68という極めて高い水準でした。しかし、直近では偏差値50でまさに「凡庸な先進国」です。一方、労働生産性は1995年でも偏差値60弱で、直近では偏差値48です。
日本の経済は、とりわけ「労働生産性が低い」ことは明らかです。日本特有の悪習である「サービス残業」はこの計算には入らないので、実態としてはさらに労働生産性は低い可能性があります。つまり、日本は1時間当たりに稼ぐ付加価値が低いという課題を経済的に良い時期から抱えており、それを解消できていないということが分かってきました。
近年盛んに「働き方改革」で労働時間の短縮が叫ばれているのは、こういった背景があるからです。労働生産性こそ、大きな改善の余地がある、という見立てですね。
私自身も、大企業でも中小企業でも働いたことのある身として、大いに実感するところがあります。まず、非製造部門では、提案のための提案資料作りや“超”大人数での会議、合意形成のための根回し、稟議資料のハンコの数など、挙げたらきりがありませんが、意思決定のための時間や労力が膨大にかかります。この辺りは、改革しないといけないと、切に思います。
「生産効率」は高いのになぜ「労働生産性」が低いのか
一方で、製造部門における「生産効率」は極めて高いのではないでしょうか。乾いた雑巾をさらに絞るような、無駄を省き効率化を図る努力は、各社相当力を入れています。DX(デジタルトランスフォーメーション)など、さらに効率化を図る手段が登場してきていますが、日本人としてはこういった最適化は得意とするところですね。
間接部門の非効率はありながら、製造現場は極めて高い「生産効率」を誇るのに、なぜ日本の企業は「労働生産性」が低いのでしょうか。私は、ビジネスの「値付け」が低いことが根本的な原因だと考えています。
「労働生産性」の定義を思い出してほしいのですが、労働生産性は付加価値を労働時間で割ったものです。同じ付加価値であれば、労働時間を短縮することで労働生産性は上がります。しかし、既に効率化されている工程をさらに短縮したところで、労働生産性の向上は微々たるものですね。
日本のビジネスでは「生産性を高める」場合には多くの経営者やコンサルタントなどは「無駄を省く」「コストをカットする」「工程時間を短縮する」という思考に走りがちです。つまり、「労働生産性」の式で言えば「分母=労働時間」を小さくすることです。これは間接部門で大いにやってほしい改革ではありますが、製造部門では既に十分以上に取り組んでいます。
しかし「分子=付加価値」を大きくすることに着目する人はそれほど多くはいません。本来、商売の基本は、高く買ってもらうことのはずです。当然、付加価値は、売値を上げることでも上がりますね。「売値はお客様や市場が決めるものだ」や「プロダクトアウトではなくマーケットインの思考をすべきだ」という価値観が極端に広まりすぎていて、自ら正当な対価とは何かを考えることを放棄してしまっている経営者も多いと考えます。
日本のビジネスでは、高く買ってもらう努力よりも、安くする代わりに大量に買ってもらうビジネスモデルが優先されている傾向のようですね。つまり、値付けを安くし、大量に生産して、大量に売るというまさに「規模の経済」を軸としたビジネス観です。残念ながら、この後人口が減っていき、消費者も減っていく日本において、規模の経済によって成長することには限界があります。
今回の労働生産性の数値を見てまず考えるべきは、労働の効率化よりもむしろ、労働に対する適正な価値とは何かということでしょう。実は労働生産性の定義からも明らかなように「安すぎる仕事を適正価格に値上げすること」でも、大きく労働生産性が向上します。企業経営者はこの当然のことについても、もう少し真剣に向き合う必要があるのではないでしょうか。 また、自動化された手段に代替されていくビジネスは、今後労働者が不要になっていきます。特に「底辺への競争」ともいわれるグローバルビジネスなどで「規模の経済」を軸としたビジネスほど、労働者が自動化された手段に代替されやすいと思います。このようなビジネスでは、国内の労働者よりも新興国の労働者へ、新興国の労働者よりも自動化された手段へ、といった具合に安さを追い求めていく方向性になりがちです。
既にグローバルビジネスに組み込まれているビジネスは、今後はさらに新興国ではなく自動化された手段もライバルになっていきます。企業経営者はこのような「時代との競争」を戦いながら、真に価値を生み出す「人の仕事」をどのように創り出すかが求められているように思います。
その1つの方向性が、国内中小企業が規模の経済では成立しないニッチ領域で、高付加価値となる仕事を展開する「多様性の経済」という軸ではないでしょうか。人口が減少する日本において、この多様性の経済を少しずつ成長させていく必要性を感じています。この多様性の経済については、今後ことあるごとに触れていきますので、その際に少しずつご紹介していきます。
先進国の中では凡庸で労働生産性が特に低い日本の労働環境
今回まではまず、日本経済の現状を知ることに重点を置いて、経済統計というファクトを共有してきました。平均所得、1人当たりGDP、労働生産性といった主要な経済指標について、日本の現在地を確認できたのではないかと思います。そして、いずれの指標でも日本は最先進国の一角から「凡庸な先進国」に落ちぶれてしまっていること、とりわけ労働生産性が低いことをご理解いただけたのではないでしょうか。そして、労働生産性が低いということは、労働者が怠慢なわけではなく「値付けが低すぎるビジネスが多い」ということをご理解いただければと思います。
次回からは、この20〜30年ほどでの日本経済の「変化」について、ご紹介していきたいと思います。失われた〇〇年といわれるうちに、停滞しているように見えて、実は変化していることも多いですね。何が変化していて、何が停滞しているのか、明らかにしていきたいと思います。
主要な観点は「人口や世帯構成」「物価やデフレ/インフレ」「為替・物価水準」といったあたりです。また、日本企業の変質と「日本型グローバリズム」とも呼べる特有の変化についても共有していきたいと思います。普段は目にしないような統計データが続くかもしれませんが、引き続きお付き合いいただければ幸いです。
 
 
●本当に日本は「デフレ」なのか、「物価」から見る日本の「実質的経済」実力 2021/7
統計データという事実(ファクト)から、中小製造業の生きる道を探っていく本連載ですが、今回は第5回となります。この連載では、われわれ中小製造業がこの先も生き残っていくために何が必要かを見定めていくために、以下の流れで記事を進めています。
   1.日本経済の現状を知る
   2.その中で起きている変化と課題を把握する
   3.あるべき企業の姿を見定める
   4.今後考えていくべき方向性を共有する
ここまで、第1回では主に「労働者の平均所得」、第2回では「GDP(国内総生産)」、第3回では「1人当たりGDP」、第4回では「労働生産性」について取り上げてきました。
日本経済のある意味で“成績”を示すこれらの指標で見ると、日本は最先進国の一角から既に「凡庸な先進国」へと大きく後退してしまったことが分かりました。さらに、この中でもとりわけ「労働生産性」が低いという特徴も見えてきました。ここまでを通じ「日本経済の現状」を整理できたところで、今回からはこの数十年で変化した(あるいは変化しなかった)部分を確認していきます。
具体的には「物価」「為替」「人口」など経済統計を考えるときにパラメータとして機能する指標となります。この中でも特に「物価」はインフレやデフレ、名目値や実質値といった指標に関わり、経済統計への理解をややこしくする存在だといえます。今回はこの「物価」に注目して話を進めていきたいと思います。
そもそも物価とは何か
「物価」とは、言葉の通り「モノの価格」のことです。経済学では特に「経済全体でのモノやサービスの一般的な価値と価格の関係性を示すもの」として使用される言葉です。
例えば、20年前に200円だった雑誌が、現在では300円に上がって値段が上がっていることがあります。その雑誌の内容が変わらなければ、100円分値上がりしたことになります。このような個々の値段を総合的に1つの指標として平均化し、まとめたのが「物価」です。20年前と今とで、給料が一緒だったとしても、物価が2倍に上がっていたら、その分実際に買えるものが減りますので「実質的」に貧しくなりますね。逆に物価が半分になれば、2倍のモノを買うことができます。
物価とは、このように時の推移とともに、実質的に豊かになったかどうかを図るための指標の役割を果たします。物価は、モノとお金の相対的な価値の変化という意味も持つ点を覚えておきましょう。
物価を表す指標で代表的なものは「消費者物価指数」と「GDPデフレータ」です(本稿では「デフレーター」を「デフレータ」として統一して表記します)。
「消費者物価指数(CPI: Consumer Price Index)」は「日常生活で私たち消費者が購入する商品の価格の動きを総合して見ようとするもので、私たちが日常購入する食料品、衣料品、電気製品、化粧品などの財の価格の動きのほかに、家賃、通信料、授業料、理髪料などのようなサービスの価格の動きも含まれます」(総務省「消費者物価指数のしくみと見方」より引用)。
一方の「GDPデフレータ」は、GDPについてのデフレータです。デフレータとは「名目価額から実質価額を算出するために用いられる価格指数」です。そして「デフレータで名目価額を除して実質価額を求めることをデフレーション」(内閣府 国民経済計算「用語解説」より引用)と呼びます。
2つの指標とも物価を表すものですが、消費者物価指数は私たち消費者が購入するような身近なモノやサービス、GDPデフレータは経済活動全体としてのモノやサービスの価格を表したものとして理解するとよいでしょう。
それではまず、この2つの指標の長期推移を見てみましょう。図1は物価の推移データとなります。
   図1 日本の物価推移
大切な観点は、物価は必ず基準年に対して何倍になったかという、相対的な数値として表現されるという部分です。図1は1970年を基準値(100)とした場合の、物価の変化を表しています。
これを見ると、消費者物価指数もGDPデフレータも1990年代中盤をピークにして、減少し停滞しています。ただ、最近になり、少し上昇傾向を示しているといえます。
1970年時点と比べると、消費者物価指数は約3倍、GDPデフレータは約2倍になっています。全体的にモノやサービスの値段が50年間で2〜3倍ほどに上がったということになります。
また、GDPデフレータは消費者物価指数よりもずいぶんと低い数値になっています。GDPデフレータには、消費者物価指数では観測されない、企業間取引なども含まれるためこのような乖離(かいり)が起こるようです。
消費者物価指数とGDPデフレータそれぞれの内訳
参考までに、消費者物価指数の詳細内訳の推移グラフも見てみましょう。図2が消費者物価指数の1970年を基準値(100)としたときの、総合値を構成する各項目の推移です。
   図2 消費者物価指数の詳細推移グラフ
当然ですが、総合値よりも高い項目もあれば、低い項目もあります。「家具・家事用品」は「総合値」よりも大きくマイナスで推移しているのに対して「教育」は大きくプラスです。1990年代以降は全体的に停滞気味です。
このように、消費者物価指数は各項目を案分して、1つの指標としてまとめているわけです。当然、この項目はさらに詳細の細項目を案分してまとめている指標になりますし、その細項目はさらに個別の品目の価格を案分してまとめた指標となります。例えば、「食料」は「魚介類」や「肉類」「野菜」「果物」などを総合した指標です。そして、「肉類」も「豚肉」や「牛肉」などを総合した指標となるわけですね。最終的には個別の販売価格の変動を観測したものに行き着くわけです。
GDPデフレータも同様に、GDPを構成する項目を総合した指標となります。図3がGDP生産面を構成する産業ごとのデフレータです。1994年基準のグラフとなります。
   図3 GDPデフレータ(生産面)の詳細推移グラフ
GDPデフレータについても総合値に対して、高い項目や低い項目があります。
注目はやはり工業(製造業)です。日本で最も規模の大きな産業の1つですが、右肩下がりで物価が下がっていることになります。1994年の水準に対して、現在は約7割という状況で、30年弱の間に3割程度も価格が下がっているという状況です。また、その他も全体的に横ばいか減少している産業が多いといえます。建設業がやや増加基調であることと、金融業が特徴的な推移をしています。私たちが普段消費者として購入したり、ビジネスで接したりするようなモノやサービスの価格と、物価指標との関係をご理解いただけたのではないでしょうか。
日本は本当にデフレなのか
それでは、日本の物価変動は、他の国々と比べるとどのような特徴があるのでしょうか。国際比較をしてみましょう。図4は1980年を基準値(100)としたGDPデフレータの推移です。
   図4 1980年基準のGDPデフレータの各国グラフ
日本と比べると他国は、物価が右肩上がりで上昇していることが分かります。各国の1980年時点との物価を比較すると、米国で2.6倍、ドイツで2.0倍、イタリアで5.4倍もの水準に達します。日本は1.1倍程度で、ピーク時でもせいぜい1.2倍程度です。このように、実は日本だけ「物価が上がっていない」という大きな特徴があります。
しかも、数年程度のレベルではなく、40年近くも物価がほとんど変わっていないのです。これは「物価が安定している」と見ることもできますし「物価が上昇するのが当たり前の世界で置いて行かれている」という見方もできます。
経済用語に「インフレーション」(以下、インフレ)や「デフレーション」(以下、デフレ)という用語がありますね。ニュースなどでも「デフレからの脱却」などと聞くこともあるのではないでしょうか。「インフレ」は物価が継続的に上昇していく現象、「デフレ」は物価が継続的に下落していく現象です。
インフレとデフレは需要と供給のバランスによって説明されるのが一般的です。需要よりも供給が多いと、モノやサービスが売れなくなるので、企業は値段を下げてより売れるように調整するので、デフレになります。逆に供給よりも需要が多いと、企業はより高い値段をつけるようになり、インフレになります。このように、需要と供給がバランスを取れるように、物価が変動するという解釈ですね。
さらに一般的には、デフレは貧困化を伴うと言われます。需要よりも供給が多いので、企業はモノやサービスを売れるように値段を下げますが利益を出すために人件費や経費を削減します。また、将来の需要増も見込めないため、投資も控えます。人件費(消費者の所得)や投資は本来新たな需要を生むものですので、それらを削減することはさらに需要を減らし、経済が縮小していくことになります。このようにして物価と経済が連動して縮小し続けることを「デフレスパイラル」と呼びます。
図4を見る限りでは、日本以外の先進国は軒並み物価が上昇し続けているので、「インフレ」であることが分かります。一方で、日本の物価は横ばいです。「継続して物価が下落し続けている」というわけでもないので、デフレスパイラルとまではいえません。むしろ、ここ数年ほどは若干上昇傾向なので、「極めて穏やかなインフレ」ともいえます。
日本はデフレではなく「相対的デフレ期」
「ファクト」を通じてここまでで見えてきたものをまとめますと「日本はデフレか」という質問に対する答えは微妙なものだといえます。以下がその理由です。
   •継続して物価指標が下がり続けているわけではない
   •特に近年はわずかながら上昇傾向にある
   •消費者物価指数とGDPデフレータに乖離(かいり)がある
   •物価指標の詳細を見ると、項目によって上がったり下がったりしている
このようなことから、日本は30年程の間、デフレでもインフレでもない、物価が停滞した状態が続いているといえます。ただし、前回までに見てきた通り、労働者は以前よりも貧困化し、日本経済は成長している世界の中で取り残されつつある状況ですね。
日本はデフレではないけれど、物価が停滞していて、インフレが当たり前の世界の中においては相対的に物価が下落していきますので「相対的デフレ期」とでも表現してはどうかと思います。
実質GDPとは?
さて、「物価」についてもう少し掘り下げていきます。ここからは「物価」と関連も深い「名目値」と「実質値」について考えていきます。皆さんもニュース報道などで「実質GDPが〇%の上昇」などと聞くことも多いのではないでしょうか。その言葉の持つ意味を解説していきます。
今まで、本連載で取り上げてきた数値は全て「名目値」です。名目値とは、観測される金額そのままの数値です。当然物価が変われば、その分「お金の価値」も変わりますね。そこで、物価の変動分だけ金額を割り引いた数値が「実質値」となります。つまり、実質値とは次のように計算される数値です。
   実質値 = 名目値 ÷ 物価(デフレータ)
例えば10年間で名目GDPが3倍、物価が2倍になったとすると、実質GDPは3÷2で1.5倍になったということになります。
私たち製造業の生産活動で考えてみます。例えば、ある製品を10年前は1個当たり付加価値100円で1000個作っていたとします。そして、現在は200円で1000個作っているとします。これを付加価値の合計(GDP)で見ると、10年前は10万円、現在は20万円となりますので、2倍となっています。しかし、作っている生産量は1000個で同じですね。金額としての名目上の付加価値は2倍、物価も2倍になっていますが、生産数量は変わらない状況が生まれているのです。
実質値を求めると、このように金額によらない数量的な変化を表すことになります。逆に、名目上での成長があっても、物価が上昇していれば、実質的な成長は目減りするという状況も生まれます。次ページでは、具体的な例で紹介していきます。
米国、ドイツ、フランスと日本の決定的な違いとは
図5〜7は、米国、ドイツ、フランスの名目GDPと実質GDPの推移を示したものです。実質GDPは1991年を基準にしています。
   図5 1991年基準の米国の名目GDPと実質GDPの推移
   図6 1991年基準のドイツの名目GDPと実質GDPの推移
   図7 1991年基準のフランスの名目GDPと実質GDPの推移
各国ともインフレなので、名目GDPよりも実質GDPが下回ったグラフとなっています。物価が上昇した分だけ、実質的な経済成長が追い付いていない状況が生まれています。
同様に日本の状況も見て見ましょう。図8が日本の名目GDPと実質GDPのグラフです。
   図8 1991年基準の日本の名目GDPと実質GDPの推移
図5〜7と図8を見比べてみてください。何か違和感がないでしょうか。
前者と後者の違いで明確な違いが、名目GDP(赤)と実質GDP(青)の位置が逆だということです。日本は、名目GDPよりも実質GDPが上になっています。さらに、日本は名目GDPが横ばいなのに、実質GDPは右肩上がりに増加しているように見えます。
これらのグラフは物価と実質値の関係を説明しやすくするために、意図的に1991年基準としたものです。統計データ上は実質値とは「基準年と物価が変わらなかったとした場合の、経済活動の数量的な推定値」となるわけです。
日本の場合は、現在よりも基準年(1991年)の方が物価が高かったので、現在は名目値よりも実質値の方が高くなっているというわけです。この場合は、1991年の物価であれば、現在は600兆円を超えるGDPに相当する経済活動をしているということになりますね。しかし、実際に観測される名目上のGDPは550兆円ほどです。
実質値で経済を評価することは極めて重要なことだと思います。ただ、日本の場合は物価がマイナスから横ばい傾向で、実質値で評価すると名目値における本質的な停滞が隠れてしまいます。そこで、本稿ではまず名目値を優先して取り上げています。
もし皆さんが、実質値、名目値、どちらかのデータしか見たことがなければ、もう一方の値がどのように変化しているのか、興味を持つとよいでしょう。
企業が「モノやサービスの値段を上げられていない」
今回は、経済統計上の変化を表す指標の中で「物価」について紹介しました。日本は物価については、先進国の中で特徴的な推移をしています。つまり、1990年中頃から物価が低下し、停滞する「相対的デフレ期」が継続しています。近年はやや上昇傾向ですが、今回のコロナ禍でどうなるかは、今後見ていく必要があるでしょう。
物価とは個々のモノやサービスの価格を総合した指標ですので、私たち企業が販売するモノやサービスの販売価格とも密接な関係があります。つまり、私たちからすると、この数十年間「モノやサービスの値段を上げられていない」ということになります。
逆にいえば、インフレが定着している日本以外の国では、モノやサービスの値段を上げていくのが「当たり前」です。日本だけが、値段を上げられていない異常事態ということになります。これが“相対的”デフレという意味です。インフレが当たり前の世界の中で、唯一物価が停滞しているということは、相対的には物価が下がっていることになりますからね。
では、なぜ日本では物価が上がらないのでしょうか。
実は、今回紹介した消費者物価指数やGDPデフレータは1つの国内における物価の変動を表しただけの指標です。国際的にその国の物価が高いのか低いのかは、物価指標からだけでは分かりません。日本の物価が停滞するヒントは「為替」や「物価水準」にあるかもしれません。消費者物価指数やGDPデフレータなどの物価指標と物価水準(Price Level)は似ていますし、関係もありますが、少し違う指標です。
そこで次回は、「為替」「購買力平価」「物価水準」について紹介していきたいと思います。
 
 
●日本は本当に「貿易立国」なのか、ファクトに見える真実 2021/8
統計データという事実(ファクト)から、中小製造業の生きる道を探っていく本連載ですが、今回は第6回となります。この連載では、われわれ中小製造業がこの先も生き残っていくために何が必要かを見定めていくために、以下の流れで記事を進めています。
   1.日本経済の現状を知る
   2.その中で起きている変化と課題を把握する
   3.あるべき企業の姿を見定める
   4.今後考えていくべき方向性を共有する
ここまで、まずは「日本経済の現状」として、第1回では主に「労働者の平均所得」、第2回では「GDP(国内総生産)」、第3回では「1人当たりGDP」、第4回では「労働生産性」について取り上げてきました。これらの指標を見ると、日本は1990年代の最先進国の一角から、今や「凡庸な先進国」にまで後退し、特に「労働生産性」が低いという特徴が見えてきました。
また、第5回からは、経済の変化に着目点を移し、まずは「物価」にフォーカスしました。日本の物価は1990年代中頃からほとんど上がっていません。継続して物価が増加する「インフレ」が当たり前の世界の中で、唯一「物価が停滞する国」であるようです。これだけ長期間物価が停滞するということは、私たち企業からすると「モノやサービスの値段を上げられていない状況が長く続いている」という意味にもなりますね。
さて今回は、もう1つの重要な変化の指標である「為替レート」について着目します。そして、物価との関係も深い「物価水準」、輸出入などの「貿易」についてのファクトを共有していきたいと思います。
為替レートとは何か
為替レートとは、ある国の通貨と、他国の通貨の「交換比率」です。例えば、日本の円と米国のドルの交換比率が「ドルー円為替レート」となります。ニュースなどでも「現在のドルー円為替レートは、1ドル〇円」と耳にすることも多いことでしょう。ちなみに現在(2021年)は105〜110円/ドルくらいですね。
本連載でも異なる国の経済指標を比較するために、基軸通貨であるドル換算値の統計データを多用しています。その換算に用いるのも、為替レートです。
具体的には、ある年の日本のGDPが500兆円、為替レートが100円/ドルであったとすると、日本のGDPのドル換算値は、500兆÷100=5兆ドルとなります。これは、実際に5兆ドルを持っているわけではなく「ドルの単位に直したらこのような数字になる」という換算値です。当然、円高の年であればドル換算値はより大きな数値となりますし、円安の時はより小さく評価されます。
為替レートは「1ドルでどれだけの円と交換できるか」という見方で考えると、円安や円高の感覚がつかみやすくなります。例えば、100円/ドルの為替レートで考えてみましょう。これは1ドルで100円と交換できるということになります。
この時、10円分円安になると、円が安くなって1ドルで交換できる円が増えます。そのため、100+10=110円/ドルとなります。一方、10円分円高になるというのは、円が高くなって1ドルで買える円が減るということを意味します。そのため、100−10=90円/ドルとなります。円安と円高は取り違えやすいので、ここでしっかりとイメージを定着させていただければと思います。
この為替レートは、通貨の交換比率というだけではなく、貿易や経済活動にも大きく影響を与えるものです。円安になると、相手国から見て日本の製品が割安になるので、日本からの輸出が増え、輸出産業が活発化するといわれています。逆に円高になると、輸出が低調になり、国内の物価が他国に対して割高になるため、企業は海外進出による現地生産を促進するとされています。
また、円安になると、輸出型企業の業績向上が見込まれるため、日経平均株価が上がるという関連性も指摘されますね。為替レートの変動は、このように経済活動そのものに直接的に影響を与える指標だといえます。
対ドルの円の価値は50年で3倍に
それでは、日本の為替レートについて、実際の推移を見てみましょう。
   図1日本の為替レートと購買力平価の推移
図1は、1960年からのドルー円為替レート(青)の推移を示しています。数値は年間の平均値です。同じグラフに購買力平価(赤)も併記していますが、購買力平価については後ほどご説明します。
1970年まで、日本の円はドルに対して360円/ドルで固定されていました。為替レートを固定する固定相場制ですね。それが1973年に変動相場制へと移行し、段階的に円高方向への推移が始まります。1980年代前半までは200〜250円/ドル程度でしたが、1985年のプラザ合意を機に、急激に円高が進むことになりました。
これがきっかけで、日本の不動産や株式バブルが発生したと見られていますね。1995年には100円/ドルを割り込み、その後は上下しながらも100〜130円/ドルの間で推移します。2008年のリーマンショックを機に急速な円高が進み、一時は80円/ドルを割り込む水準まで達しました。このあたりは記憶に新しい方も多いのではないでしょうか。輸出産業が大きくダメージを受け、海外生産を進めた企業が急激に増えたのも2010〜2012年あたりですね。その後は2016年ごろから105〜110円/ドルで安定している状況です。このように紆余曲折はあったものの、為替レートとして見た場合、この50年の間に、ドルに対する円の価値が3倍以上高まったということになります。
購買力平価と物価水準の関係
一方で、もう1つの指標である「購買力平価」(Purchasing Power Parities)とは何でしょうか。なかなか聞き慣れない用語ですので、説明していきます。
購買力平価とは「為替レートは自国と相手国の購買力の差によって決まる」という仮定に基づいた、通貨の交換比率を表す指標です。簡単にいえば、あるグローバルチェーンのハンバーガーが、米国で2ドル、日本では200円で販売されていたとしたら、実際的なドルー円の交換比率は200÷2=100円/ドルであるということです。もちろんこのハンバーガーは、それぞれの国で同じ価値を持つことが前提となります。これを「一物一価の原則」といいます。
これらの指標を総合した通貨全体としての交換比率が「(絶対的)購買力平価」となります。この購買力平価は理想的な交換比率を示していて、実際の為替レートも「購買力平価に近づいていく」と説明されます。ただ現在は、購買力平価は両国間の物価水準の違いに連動するとされる「相対的購買力平価」が用いられる方が一般的です。相対的購買力平価は、以下の式で求められます。
   相対的購買力平価 = 基準年の為替レート × 自国の物価指数 ÷ 相手国の物価指数
この計算で出てくる物価指数がまさに、GDPデフレータになるわけです。ある基準年の為替レートに対して、両国の物価の比率を掛け合わせたものになります。
また、為替レートと購買力平価の間には「物価水準」(Price Level)という指標が隠れています。図1を見て明らかなように、為替レートと購買力平価には乖離(かいり)がありますが、実はこの乖離している割合が「物価水準」となります。つまり、物価水準は次の式で算出されます。
   物価水準 = 購買力平価 ÷ 為替レート
実際の取引に伴う交換比率が、お金同士の交換比率に対してどれだけ割高(あるいは割安)かを表したものです。この場合、日本の円は、ドルに対してどれだけ割高(割安)に評価されているかということになります。
先ほどのハンバーガーの例で見てみましょう。
ある時点で、日本のハンバーガーが200円、米国のハンバーガーが2ドル、為替レートが50円/ドルだったとします。この場合、購買力平価は、200÷2=100円/ドルとなります。しかし、実際の為替レートは50円/ドルです。この乖離が物価水準となります。つまり、100÷50=2となり、日本は米国に対して2倍の物価水準だといえるということになります。
もう少し身近にイメージできるようにかみ砕いて説明します。例えば、あなたが米国に住んでいるとします。米国国内ではハンバーガーを2ドルで食べることができます。一方、出張で日本に行って、ハンバーガーを食べようとすると、日本では200円必要なので、ドルを円に換金します。日本でハンバーガーを食べるのに必要な200円を手に入れようとすると、200円÷50円/ドル(為替レート)=4となり、4ドル必要になります(手数料は無視します)。
つまり、米国では2ドルでハンバーガー1個を食べられるのに、日本では4ドル必要になるということになります。これが物価水準の違いで、この条件下では、米国と日本に2倍の物価の違いがあるということになります。例えば、スイスなどは「物価が高い国」というイメージがあると思いますが、この場合の物価とはこの「物価水準」を指しています。
スイスより物価水準が高かった日本
それでは各国の物価水準を見てみましょう。図2がOECD各国の物価水準の推移です。米国(ドル)を1.0とした場合の相対的な比率として表現しています。
   図2 各国の物価水準推移
消費者物価指数やGDPデフレータは、あくまでも国の中での物価変化を示しています。物価水準を見ると、物価の国際的な比較が可能となります。厳密性という意味では疑問が残りますが、参考になる指標だと考えます。
これを見ると、日本は1980年代後半から2000年代前半まで、高い水準を続けています。特に、1995年には1.86という極めて高い水準となっていました。これは、米国の2倍近くの物価水準で、その他の国を見ても、スイスより「物価が高い国」だったわけですね。この頃は、日本から見ると、他国のモノやサービスが極端に安く見えたのではないでしょうか。実際に、この頃には日本企業による海外企業の買収などが話題となりました。
一方で、1995年以降は、日本の物価水準は、上下はあるものの、傾向的には減少傾向だといえます。最近では米国を下回り、0.97まで低下しています。これは、対米国の物価水準が、25年間で約半分になったことを示しています。
このグラフからも分かる通り、日本国内の物価が「相対的デフレ期(前回参照)」により停滞している間に、国際的な物価水準が低下してきた様子が見て取れます。そして同時に、日本の製品がなぜ海外で売れなくなり、企業が海外進出を進めたのかということもこのグラフを見れば納得できるのではないでしょうか。物価水準で見ると、1990年代〜2010年代中頃まで、日本で作ったモノは、海外から見れば割高だったわけです。
経済力とも強い関連性がある物価水準
実は、図3のように、物価水準は1人当たりGDPとも強い相関があります。
   図3 物価水準と1人当たりGDPの相関
図3は横軸に物価水準、縦軸に1人当たり名目GDPをとり、それぞれのOECDの平均値に対する割合をプロットしたものです。1997年から2019年までの変化を描いています。このグラフを見て明らかなように、物価水準が高いほど、1人当たりGDPも高いという正の相関があることが分かります。つまり右上に進めば進むほど、経済力が強いということがいえます。
日本(青)は右上の領域から直近では中心付近へと、大きく後退しています。右上の領域の「強い経済」という立場を維持できずに、平均付近まで後退しているという動きが見て取れます。逆に韓国(茶)は左下の領域から徐々に中心へと移動してきていますね。ドイツ(緑)は比較的中心付近の位置を維持しています。輸出に有利な比較的物価水準の低い状態を維持しつつ、1人当たりGDPはやや高めの位置です。スイス(深緑)やルクセンブルク(深緑)は右上の領域での推移を維持しています。つまり、物価水準の高い、経済の強い国であり続けているわけです。
日本は本当に貿易立国なのか
為替レートと経済の関係で、もう1つ重要なことは、輸出や輸入といった貿易との関係です。日本は自動車産業など、輸出型産業が多いので、「円安」の方が都合が良いといわれていることを先述しましたが、一方で円安の場合は、エネルギーや資源などの輸入が割高となります。つまり、輸出型の経済であれば円安が都合がよく、輸入型の内需の強い経済であれば円高の方が都合が良いことになります。ここでは日本が「貿易立国」だというイメージが現在も当てはまるかを考えてみましょう。
図4は輸出額のGDPに対する割合を国ごとに示したグラフです。
   図4 各国のGDPに対する輸出の割合(2018年)
輸出が多いイメージのあるドイツや韓国は、それぞれ47%、44%と主要国では高い水準であることが分かります。一方で日本はわずか18%です。この数値は、OECD36カ国中35番目で、内需大国の米国の次に低い水準になります。実は、日本は経済規模の割には、輸出の極めて少ない国だということになります。
念のためにもう1つグラフを見ていただきましょう。図5は、人口1人当たりの各国の輸出額をグラフ化したものです。
   図5 各国の人口1人当たりの輸出額推移
人口1人当たりの輸出額で見ても、日本は非常に小さい水準であることが分かります。工業立国だとされているドイツは、輸出が非常に多く、金額で言えば日本の3倍くらいの水準になります。
さらに、純輸出額についても見てもらいましょう。図6は各国の人口1人当たりの純輸出額の推移を示しています。純輸出額は輸出額から輸入額を差し引いたもので「貿易収支」とも呼ばれます。GDP支出面に直接加えられる数値でもあります。
   図6 各国の1人当たり純輸出額推移(クリックで拡大)出典:OECD統計データを基に筆者が作成
現在の日本(青)も含めて多くの国では、輸出額と輸入額はほぼ均衡していて、差し引きの純輸出額はほぼ相殺されてゼロ付近で推移しているケースが多いように見えます。この純輸出額で見ると、日本は確かに1990年代中頃まではプラスで推移していたことが分かります。常に輸出が超過していたわけですね。その後は、ドイツ(緑)や韓国が(茶)大きく純輸出を伸ばす中で、マイナスやゼロ近辺にとどまります。一方、米国は大きく輸入が超過している国だということが分かります。
このように、各国の状況を比較してみると、実は日本は、ドイツや韓国のような貿易型の経済ではなく、米国に比較的近い内需型の経済であることが見えてきます。貿易立国が字の通り「貿易で成り立っている国」とするのであれば、それはドイツや韓国のように、輸出で経済が成り立っている国であり、日本はこうした姿には当てはまりません。
「日本は貿易立国で為替レートは円安の方が良い」というイメージがありますが、これらのグラフや数値から見ると、この考え方ははたして正しいのでしょうか。本稿ではその是非を議論することが本題ではありませんのでここには深入りしませんが、ぜひ輸出や輸入、為替レートの関係について考えてみていただきたいと思います。
なぜ日本の輸出額はこんなに少ないのか
今回は、海外との通貨の交換比率である為替レートについて取り上げました。日本は、1973年の変動相場制への移行以来、全体的には円高が進んで停滞しています。一方で、物価と為替レートの関係から、国際的な物価の程度を比較できる「物価水準」についても紹介しました。日本は円高の進展もあり、1995年をピークに極めて物価水準の高い期間がありました。しかし、国内の物価が停滞するのと並行して、この物価水準も相対的に下がってきています。
また、為替に関連して、輸出についてもファクトを確認しました。貿易立国というイメージの強い日本ですが、輸出額は対GDP比で見ても、1人当たりの数値で見ても、先進国で極めて小さい水準であることが分かりました。日本経済の実態は、貿易立国ではなく、内需型経済に依存する国だということが明らかになったと考えます。
それではなぜ、製造業が盛んで工業品の輸出が多いと思われる日本で、こんなに輸出額が少ないのでしょうか。
それには、もともと内需型であったという面もありますが、輸出型の産業の多くが既に海外進出を進めていて、輸出よりも現地生産を増やしているという側面が大きいようです。実は、日本では「日本型グローバリズム」とも呼べるような特殊なグローバル化が進んでいます。
次回は、経済のグローバル化についてのファクトを共有しながらこの「日本型グローバリズム」について解き明かしていきたいと思います。
 
 
●工業が縮小する工業立国である日本、歪な「日本型グローバリズム」とは 2021/9
統計データという事実(ファクト)から、中小製造業の生きる道を探っていく本連載ですが、今回は第7回となります。この連載では、われわれ中小製造業がこの先も生き残っていくために何が必要かを見定めていくために、以下の流れで記事を進めています。
   1.日本経済の現状を知る
   2.その中で起きている変化と課題を把握する
   3.あるべき企業の姿を見定める
   4.今後考えていくべき方向性を共有する
ここまでで「日本経済の現状」として、日本は平均所得などの主要な経済指標で見ると、1990年代の最先進国の一角から、今や「凡庸な先進国」にまで後退し、特に「労働生産性」が低いという特徴が分かりました。第5回からは「経済の変化のポイント」に着目点を移し、まず日本は「物価」が停滞していることを取り上げました。そして前回の「日本は本当に『貿易立国』なのか、ファクトに見える真実」は「為替」が長期的にみて円高に推移する中で、1990年代に国際的な「物価水準」が極めて高い時期があり、その後徐々に低下していく状況にあることが見えてきました。
日本は1990年代の経済が強く物価の高い国から、長い停滞を経て現在は凡庸で主要国の中で中程度の物価の国へと立ち位置を変化させたことになります。また、為替とも関係の深い輸出や輸入などの「貿易」についてもファクトを確認したところ、日本は輸出も輸入も先進国の中では極めて少ない水準で、ドイツや韓国のような「貿易立国」というよりも、むしろ「内需型経済」であることが確認できました。
なぜ日本は、ドイツや韓国のように工業が盛んであるにもかかわらず、貿易が少ないのでしょうか。その要因は「日本型グローバリズム」とも呼べるような日本特有のグローバル化にありそうです。今回は、企業のグローバル化について焦点を当て、ファクトを共有していきます。
GDPの産業別推移に見る国ごとの特徴
本連載第2回で各国の国内総生産(GDP)は、支出面、生産面、分配面があることを述べました。この中でもよく知られているのが、消費や投資など支出面のGDPですね。日本は、家計の消費支出が停滞し、投資(総資本形成)が減少しています。その反面、政府の消費支出が増大していて、全体としては30年近くGDPが停滞しています。
では、このような支出面だけでなく、生産面についてはどうなっているのでしょうか。今回はまずGDPの生産面についてファクトを共有するところから始めましょう。図1は米国のGDPにおける生産面のグラフです。
   図1 米国の名目GDPにおける生産面の各種推移
GDPの生産面における指標は、第一次産業や工業、一般サービス業など、産業ごとの付加価値(GDP)を表したものになります。どのような産業の規模が大きく、成長しているかを読み取れるため非常に興味深いものとなっています。
この産業の分け方は国際標準産業分類(ISIC rev4)に従ったものになっています。第一次産業には農業、林業、漁業が含まれます。一般サービス業には販売業、運送業、修理業、飲食業、宿泊業などが入ります。専門サービス業は専門技術職、士業などが対象となります。
米国では工業と一般サービス業の規模が大きく、成長もしていますが、それよりも公務・教育・保健の比率が大きい産業構造であることが分かります。公務の中に「防衛産業」も含まれますので、その影響も大きいのではないでしょうか。
工業が縮小する工業立国である日本
同様に他国についても見てみましょう。図2がドイツ、図3が韓国のGDP生産面のグラフです。どちらも工業立国らしく、工業が最大産業で大きく成長していることが確認できますね。その他の産業もおおむね右肩上がりであることが分かります。
   図2 ドイツの名目GDPにおける生産面の各種推移
   図3 韓国の名目GDPにおける生産面の各種推移
それでは、日本はどうでしょうか。図4が日本のGDP生産面についてのグラフです。
   図4 日本の名目GDPにおける生産面の各種推移
ドイツや韓国と同様に工業が最大の産業ですが、大きく様相が異なりますね。まず、全体的にどの産業の付加価値も横ばいです。そして最大産業である工業が、近年持ち直し気味ではあるものの、1997年から減少し停滞しています。
1997年には140兆円だったのが、直近では130兆円弱にとどまり、20年以上前の水準すら超えていません。建設業も減少した後は停滞が続いており、1997年から10兆円ほど減少しています。
こうして見ると、最大産業の工業が、増加どころか縮小しているのは驚きの状況ではないでしょうか。そしてその工業に替わるような成長産業と呼べる産業も見当たりません。公務・教育・保健と専門サービス業が、やや規模も大きく増加基調である程度でしょうか。
ここではまず、日本の産業ごとの付加価値が全体的に停滞していて、特に工業(製造業)が減少しているという点を覚えておいていただきたいと思います。
日本企業における海外事業は右肩上がりに成長
さて、今回のテーマの「企業のグローバル化」について話を進めたいと思います。皆さんは企業のグローバル化というとどのようなことを思い浮かべるでしょうか。
企業のグローバル化には大きく3つの側面があります。1つ目は輸出や輸入など海外との取引である「貿易の活発化」です。こちらについては主に前回取り上げました。日本の場合、年々貿易額は増えていますが、経済活動全体に占める割合は小さく、先進国の中では「貿易が少ない国」だといえます。
2つ目は、企業の株式の中で外国資本が存在感を増す「企業所有の国際化」です。日本も外国人投資家の存在が大きくなっているといわれています。この点については、いずれ機会があれば取り上げていきたいと思います。
そして3つ目が、企業の海外事業の活発化による「企業活動の多国籍化」です。企業が多国籍化し、本社の所在する国とは半ば独立して事業活動を広げています。今回はこの企業活動の多国籍化に焦点を当ててみましょう。
企業の多国籍化は、企業が本社の所在する国と異なる外国で事業を行うことを意味しますが、具体的には「支店」と「現地法人」の2つの手段があります。近年では、現地法人を設立した多国籍化が増えているようです。
本社企業からすると、現地法人でビジネスをすることで、その利益を配当金として還流させることが可能で、この配当金は営業外利益として利益に加算されます。本社企業には当然、税引き前の当期純利益に対して法人税などが課されますが、この配当金に対しては「受取配当金等の益金不算入」という制度が適用され、日本では税金がほぼ課せられません(もちろん現地国では納税しますので、2重課税を避けるという意味です)。
このように、企業の多国籍化は、本社企業にとっては海外に活動の幅を広げるとともに、その果実を本社にも還流させる手段となります。日本では、先に取り上げたように国内経済が停滞していますので、新たな市場を求めての海外進出が加速しているといわれています。図5は日本企業の現地法人の状況をまとめたグラフです。
   図5 日本企業における現地法人の企業数と常時従業者数の推移
これを見ると、現地法人の企業数も、現地で雇用された従業者数も右肩上がりで増大しています。2018年の時点では、現地法人が約2万5000社で、約600万人の現地従業者を雇用していることになります。日本の労働者が5000万〜6000万人といわれていますので、その約10分の1にあたる労働者が、日本企業によって海外で雇用されていることになります。
では、これらの海外現地法人の売り上げや利益は伸びているのでしょうか。図6が日本企業の現地法人の売上高、経常利益、当期純利益をまとめたものです。
   図6 日本企業における現地法人の売上高・経常利益・当期純利益
グラフでは、いずれも右肩上がりで増大していることが見て取れます。日本企業の売上高は全体で1500兆円(法人企業統計調査)ほどですが、1990年のバブル崩壊以降停滞しています。現地法人の売上高が直近で300兆円ほどですので、国内全体の5分の1にあたる規模の事業が、既に海外の現地法人で行われているわけです。日本の国内事業が横ばいなのに対して、海外事業は大きく成長していることが分かります。
企業の多国籍化で置かれた日本の特殊な状況
さて、ここであらためて企業活動の多国籍化について考えてみたいと思います。企業の多国籍化を考えた場合、本来は2つの方向性で行われるべきです。2つの方向性というのはすなわち、自国企業の他国への海外進出(流出: Outward Activity)と、他国企業の自国への進出(流入: Inward Activity)です。
「流出」は、自国企業が他国で現地国民を雇い、生産活動を行い(付加価値の創出)、利益を上げて税金を納めます。そして、利益の一部を本社企業へと還流するというものですね。日本と現地国での関係で見れば、企業活動に付随する付加価値(GDP)、雇用、税収は現地国のものとなり、利益の一部として本社企業に還流したものが日本のものとなります。
一方で、他国企業が自国へ進出してきた「流入」の場合は、自国民が雇用され、自国での生産活動が行われて、自国へ納税され、利益の一部が配当金として他国へ還流していくという仕組みとなります。
本社企業へ還流する「利益」と、現地国で行われる「生産活動」のどちらを重視するかで、「流出」や「流入」のイメージは変わると思いますが、本稿では後者を重視します。
実は日本は、日本企業の他国への流出は盛んですが、他国企業の日本への流入がほとんどない特殊な状況です。特に製造業でその傾向が顕著なようです。実際に統計データ(ファクト)で確認してみましょう。図7は各国の多国籍企業(製造業)の本社所在国以外での売上高(流出)を並べたグラフです。
   図7 2018年の多国籍企業(製造業)における「流出」売上高の各国別比較
大きい順から米国、日本、ドイツとなっており、各国の経済規模に応じたような順位になっていますね。日本は米国に次いで2番目に大きな水準で、1037G(ギガ)ドル(約120兆円)の売上高を海外で行っていることになります。Gは10の9乗の意味となります。
一方、図8は、当該国以外の多国籍企業の進出による「流入」売上高のグラフです。他国からどれだけの事業が自国に進出してきているかが分かります。
   図8 2016年の多国籍企業(製造業)における「流入」売上高の各国別比較
米国(1682Gドル)やドイツ(667Gドル)はやはり大きな数値ですが、日本は103Gドル(約12兆円)でこれらの国と比べると格段に小さな水準で、全体では13番目と中位に属します。日本は明らかに流出に対して、流入が少ないといえます。
この差異を分かりやすく図示したのが図9となります。こちらは売上高についての流入と流出の差額です。
   図9 2016年の多国籍企業(製造業)における流入と流出の差額(正味)の各国別比較
正味ではプラスの国もあればマイナスの国もあります。プラスの国を見るとカナダやイギリスの他では、ハンガリーやポーランドなど比較的新興地域の国が多いように見えます。一方で、マイナスの国はイタリア、ドイツ、フランス、米国、日本などです。特に日本は、流出が2番目に多い水準だった割に、流入が極端に少ないため、正味では米国を抑えて最もマイナス額が大きい国となっています。このように日本は、企業の多国籍化によるグローバル収支で見ると、大きくマイナス(流出過多)の状況にあることが分かります。
流出に偏った「日本型グローバリズム」とは
ここまでで、日本企業のグローバル化は、他の先進国と比べると、流入が特に少なく、流出一方に偏った特殊な状況であることが見えつつあります。念のため、流出に対する流入の割合も確認してみましょう。図10が流出に対する流入の割合をグラフ化したものです。
   図10 2016年の多国籍企業(製造業)における流出に対する流入の割合の各国別比較
スロバキアやハンガリーなど発展中の国は、極端に流入が多い状態ですので特に大きな数値となっています。ただ、カナダが207.7%、イギリスが131.1%と流出より流入の方が多い状況になっています。イタリア、ドイツ、米国も70%前後ですので流出と流入が双方向で多く生まれていることが分かります。
こうしてみると、日本だけが9.9%と、流入が流出の10分の1未満という「一方的なグローバル化」が進んでいることになります。
では、売上高だけでなく、現地雇用者数でも確認してみましょう。図11が現地雇用者数の流出に対する流入の割合です。
   図11 2016年の多国籍企業(製造業)における現地雇用者数の流出に対する流入割合の各国別比較
ハンガリー、ポーランドなどは大きく流入の超過、カナダ、イギリスは100%前後で同程度、ドイツ、イタリア、米国は50%前後で双方向的であることが分かります。数値の前後はあれど、おおむね売上高の比率と似た傾向を示しているといえるでしょう。
ただ、こうした中で日本は3.7%と極端に低い水準となっています。これは、日本企業が海外現地法人で雇用している人員(約400万人)に対して、海外企業が日本で雇用している日本人が3.7%の割合でしかないということを示しています。このように、他国では流入超過や双方向的な企業のグローバル化が進む中で、日本だけが流出に偏ったグローバル化が進んでいることになります。
こうした状況は、厳密にいえばルクセンブルクやスイスも近い状態にあるものの、経済規模を考慮すると日本の置かれている状況は特殊です。「日本型グローバリズム」とも言うべき、日本特有の状況に置かれているといえるでしょう。
日本型グローバリズムにおける国内製造業への影響
さて、こうした「日本型グローバリズム」とも呼べる状況について、国内の事業者や消費者でもある労働者は、どのように捉えるべきなのでしょうか。
日本企業が海外進出を進めて、そこで大きく稼いでいると、その活躍ぶりに誇らしい気持ちになる人もいるかもしれません。逆に、外国企業が日本へ進出してくると、抵抗を感じる人もいるかもしれません。
ここまでファクトを通じて見てきたのは、積極的に海外進出を進め利益が増える日本企業の躍進と、その反対に外国企業がほとんど進出してこない国内経済の停滞でした。日本でこのように流出に偏ったグローバル化が進むということは、その差し引き分だけ国内で生まれたかもしれない生産活動(付加価値創出=GDP)、雇用、税収が目減りしている可能性を示しています。
特に海外生産が進む製造業では、図1のように国内での付加価値(GDP)の縮小が顕著です。こうした背景として、日本型グローバリズムが大きく影響していることは間違いないように考えます。
それでは、なぜ外国企業は日本へこれほど進出してこないのでしょうか。
まずは、言語や商習慣の違いなどの壁があることはもちろんですが、海外から見ると物価水準が高く進出するメリットを感じないのかもしれません。また、経済がこれだけ停滞している国での投資に魅力を感じないこともあるでしょう。
一方、日本企業はどんどん海外へ進出している状況です。学校の教科書でも「産業の空洞化」と書かれているくらいですね。もちろん、日本企業が海外進出しているビジネスは、日本で生産活動をするよりも利益が出るという「合理的な判断」のもと推進されているものだと思います。
つまり、国内で生産して輸出していた事業も、物価水準の高い日本で生産するのが「割高」なため、合理的判断として現地生産に切り替えていったということになるのではないでしょうか。このため、日本では国内生産からの輸出よりも、海外進出しての現地生産の方が優先的に進んでいるという側面があると考えられます。
海外進出がこのように一方的に進むと、企業の利益は増えますが、国内産業の付加価値は減ります。一見矛盾しているように見えるこの2つの事象は、企業の海外進出の構図を理解すると納得できるのではないでしょうか(もちろん、経済停滞の全てがこの日本型グローバリズムによるものではないと思います)。
そして、これらの背景が「なぜ日本は輸出が少ないのか」という問いの答えとも合致します。前回取り上げた通り、日本の輸出依存度(輸出額の対GDP比)は約18%と、先進国では内需大国米国に次いで2番目に小さい水準です。多くの輸出型産業が「国内生産して輸出」という手段から、「海外生産」に切り替わった結果、「経済規模の割に輸出が少ない状態」に至ったということになります。
日本は輸出が約100兆円ですが、海外現地法人の売上高が約300兆円と既に3倍の規模になっています。海外事業を通じて得られた利益が、本社企業の従業員の賃金アップに寄与していれば、国内経済にも大きくプラスの影響があると思います。
しかし、日本では労働者の賃金がむしろ減っている状況であるのは、本連載第1回でも見てきた通りですね。特に海外生産を進めるような大企業の多くは、国内の労働者を減らし人件費を抑制する一方で、株主への配当金と社内留保を増やしています(このあたりの日本企業の変化については、後日詳細に取り上げる予定です)。
現在の日本は、企業はもうかっていますが、労働者は貧困化している状況が生まれています。本来最も重要な、国内の消費者でもある労働者が困窮する結果となっているわけです。このように個々では合理的な判断で進めたことが、全体では予期せぬ事態に陥ることを「合成の誤謬(ごびゅう)」と言いますね。
現在日本で起こっていることは、国内経済が停滞する中で、企業が利益を求めるために合理的に行動した結果、付加価値が停滞し、人件費が抑制され、消費者でもある労働者が困窮することで、結果的にさらなる経済停滞を引き起こしているという面があります。このような「自己実現的な経済収縮」を引き起こしているのが、日本経済の姿ではないでしょうか。
国内経済の成長に必要な視点とは
企業のグローバル化に取り残されたのは、国内の多くの事業者と、消費者でもある労働者(多くの国民)、そして政府です。海外進出した企業の現地法人は、日本からは半ば独立した存在ですので、国内経済とはほぼ切り離された状況といえます。
そういう意味では、現在の「日本型グローバリズム」におけるグローバル化は、日本国内を豊かにはしてくれません。日本国内に残されたわれわれ自身が、国内でより豊かになっていくための経済活動を再構築していかざるを得ない段階に入っているといえます。
前回取り上げた通り、現在日本は「相対的デフレ期」によって、外国と比べると相対的に物価が下がっています。特に製造業では物価の低下が著しいですね。最近では「安い日本」という言葉もよく使われるようになりました。逆に言えば、海外のモノやサービスが年々高くなっていっています。日本は現在、海外から見ても標準的な物価水準に収まりつつあるということは、今までのように現地生産を進めるだけでなく、国内生産からの輸出でもメリットの出せる産業も出てくるはずです。
このような状況から考えると、これまでの海外進出一辺倒の方向性から、もう一度考え直す転機に入っているともいえるのではないでしょうか。そして、これらを解決するための、最も重要な観点が、国内経済を担う消費者でもあり労働者の労働への対価である「値付け」と「賃金」を継続的に上げていくことだと考えています。
残念ながら、現在労働者は多くの企業で「コスト」と見なされ、この価値観がより安い賃金を求めて海外進出を進める大きな要因となっています。本来、企業から見れば、従業員は将来にわたって付加価値を稼ぐための人材であり「投資対象」であるべきです。
国内経済を考える場合には、企業経営者は長期的な視野に立って、消費者でもある労働者に人材投資をしながら、その仕事の付加価値を高めていく姿勢が必要ではないでしょうか。そのためにも、「多様性の経済」を育て、規模の経済の価値観とバランスを取っていくことが必要と思います。
「多様性の経済」は、主に国内の中小企業が、適正規模で適正付加価値の国産ビジネスを展開し、短期的な利益よりも長期的な付加価値の向上を目指す価値観です。安く大量に売るという「規模の経済」によるグローバルビジネスだけが、われわれの経済活動ではありません。
逆に安く大量に売るビジネスにばかり価値を置きすぎたために、安いモノが溢れ、値上げができずに物価も停滞し、さらにより安く売るために人件費や仕入れ(他社の付加価値)を抑制するような停滞のスパイラルに陥っています。
また、既に「大企業ほど労働者が不要になる」という矛盾が多くの大企業で発生しています。規模の経済を追うビジネスほど、新興国への海外流出からさらに自働化が進み、かえって労働者が不要となるためです。
実は、国内企業の99%以上を占め、労働者の7割を雇用している国内経済の主役は中小企業です。そして、中小企業を主体としたニッチ産業は非常に多く存在します。高級品のビジネスに限らず、このような産業は国内でもあらゆるところに存在し、適正規模、適正付加価値が成立しやすい領域だと思います。
今後人口が減少していく日本においては特に「多様性の経済」を少しずつ育て「規模の経済」とバランスを取っていくことが必要なのだと考えます。次回はこの人口の変化について取り上げていきたいと思います。
 
 
●「人口減による経済停滞」本当? 自己実現型停滞から脱する必要なもの 2021/10
統計データという事実(ファクト)から、中小製造業の生きる道を探っていく本連載ですが、今回は第8回となります。この連載では、われわれ中小製造業がこの先も生き残っていくために何が必要かを見定めていくために、以下の流れで記事を進めています。
   1.日本経済の現状を知る
   2.その中で起きている変化と課題を把握する
   3.あるべき企業の姿を見定める
   4.今後考えていくべき方向性を共有する
ここまで見てきたように、「日本経済の現状」を平均所得などの主要な経済指標で見ると、1990年代には最先進国の一角にありましたが、今では「凡庸な先進国」にまで後退しています。
「変化のポイント」として、連載の第5回、第6回では、日本は「物価」が停滞していて、長期的に見ると「為替」が円高に推移しているという点について紹介しました。その中で、1990年代に国際的な「物価水準」の極めて高い時期があり、国内の物価停滞と共に、徐々に低下していく「相対的デフレ期」とも呼べる状況であることが分かりました。日本は1990年代の経済が強く物価の高い国から、長い停滞を経て現在は凡庸で中程度の物価の国へと立ち位置を変化させたということになります。
また、第7回でも触れた通り、「貿易」については、日本は輸出も輸入も先進国の中では極めて少ない水準で「内需型経済」であることを確認しました。その背景には「日本型グローバリズム」とも呼べるような、流出に偏った日本特有の経済のグローバル化も影響していることが分かりました。
さて、今回はこれらの前提を踏まえ「内需型」への影響が大きい人口の問題を取り上げたいと考えています。日本は「少子高齢化」が進み、人口が減っていくと予想されています。日本の経済停滞の主因を、この少子高齢化や人口減少に求める意見も多いようです。この「人口の変化」についてファクトを共有していきたいと思います。
人口が緩やかに減少する日本
日本の経済が停滞するのは「少子高齢化により人口減少が目に見えており、市場が拡大しないから当然だ」という意見も多いようです。まずは、日本の人口について、現在はどのような状況なのか、ファクトから見ていきましょう。
図1が日本の人口の推移です。2018年までは実績値、2019年以降は推定値となります。緑色が20歳未満の若年人口、青が20〜64歳の生産年齢人口、赤が65歳以上の高齢人口を示します。
   図1 日本の人口推移
日本の総人口は2008年をピークとして、既に減少局面に入っています。内訳を見てみると、若年人口が減少し、高齢人口が増加していることが分かります。2019年以降は、高齢人口は一定水準で推移し、若年人口と生産年齢人口が徐々に減少していくと推定されています。現在のところ日本の総人口は1億2600万人程度ですが、2050年には1億人前後まで減少すると考えられています。
表1に具体的な数値をまとめてみました。
   表1 日本の人口
2018年に65歳以上の高齢人口は28.1%ですが、2050年には37.7%にまで増大していると見られます。一方で、生産年齢人口は、55.0%から47.8%に変化するという推定です。今後は約30年かけて総人口が2割減る見通しとなっていますが、その内訳を見れば少子高齢化がさらに進むことになります。
少子化と非婚率の関係とは
図2に日本人の出生、婚姻、死亡、増減数について推移をまとめたグラフを示します。
   図2 日本人の出生・婚姻・死亡・増減数の推移
これを見ると、出生数は右肩下がりで減少しています。団塊の世代(1947〜1949年生まれ)では年間に250万人以上の出生数があったのに対して、直近では80万人台に減少しています。年間の出生数は実に3分の1にまで減っていることになります。
一方で死亡数は右肩上がりで増加していますので、差し引きで大きく減少している状況です。その結果、2008年には初めて総人口が減少に転じました。人口減少の要因として、出生数が減少していることはよく知られていると思いますが、あまり注目されていませんが、死亡数が増加しているという側面もあるようです。
興味深いのは、1993年頃から出生数と婚姻数との比率(黒線)が1.5前後で横ばいとなっている点です。結婚して子供を持つ人数は変わらないか、やや上昇傾向ですらあります。つまり、少子化は「結婚してから持つ子供の人数が減っている」というよりも「結婚する人自体が減っている」ことで深刻化しているともいえそうです。
それでは、この「結婚した人の人数」についてのファクトを見ていきましょう。図3は日本人の50歳時の未婚割合を示します。
   図3 50歳時の未婚割合
このデータは死別や離別は別項目として集計されているので、純粋に50歳までに1回も結婚していない人の割合となります。日本では男性は1960年頃を底にして徐々に未婚割合が増加し始め、1990年代以降で急激に増加しています。今では、男性の4人に1人が未婚という状況です。
2014年に行われた「結婚・家族形成に関する意識調査」では、次のような報告がありました。
   Q 結婚生活をスタートするにあたって必要な年収は?
   A 497.9万円(未婚者)
   Q 現在結婚していない理由は?(複数回答可能)
   A 男性(20代、30代)の回答
   •2位:結婚後の生活資金が足りないと思うから(35.2%)
   •6位:結婚資金が足りないから(21.9%)
   •7位:雇用が安定していないから(20.3%)
結婚するためには一定以上の収入が必要と考えられていて、未婚の理由に経済的理由が多いということが目立ちます。このようなことからも、日本の少子化は、非婚化とも密接に関わっており、さらに非婚化は男性労働者の貧困化とも関係が深いということがいえるのではないでしょうか。
連載の第1回「われわれは貧困化している!? 労働賃金減少は先進国で日本だけ」では、労働者の貧困化について取り上げましたが、日本では特に男性労働者の平均所得が下がっているのが特徴的です。少子化は「多様化の進む成熟した国家の宿命」のように報じられることも多いようですが、日本の場合は経済的な要因で進んでいる面もあるといえます。
そう考えると、逆に経済成長によって、少子化にも歯止めをかけられる可能性もあるのではないでしょうか。ここからは人口が増えている他の国々の状況を見てみましょう。
人口が増える国、減る国
それでは、日本のこのような少子高齢化や人口減少と他の国々との比較を、ファクトを基に確認していきましょう。図4はOECD各国と中国、インドについて人口の増減率をまとめたグラフです。1970年時点を基準としています。
   図4 各国の人口増減率推移
こうして見ると、実はG7など主要国でも、人口の増える国と減る国に分かれていることに気付きます。米国やカナダ、英国、フランスはこのまま増加を続けそうです。一方で、日本だけでなくイタリア、ドイツ、韓国、中国などは徐々に減少局面に入っていきます。また、ラトビア、リトアニア、ハンガリーなど既に人口減少が進んでいる国もあります。
それでは、人口に占める生産年齢人口の比率はどのように変化しているのでしょうか。同じくOECDのデータを見てみましょう。図5は全人口に占める生産年齢人口の比率をグラフ化したものです。国の経済成長を考える上では、生産年齢人口の労働で、全人口の生活を支えていくことになりますので、とても重要な指標と言えます。
   図5 各国の生産年齢人口推移
日本は1990年代に比較的高い数値でしたが、その後は右肩下がりに低下しています。2018年には55%程度、2050年には48%になると想定されています。確かに日本は、先進国の中では他国に先行して生産年齢人口比率の低下が進みますが、それは日本だけではありません。インドなどの国を除けば、ほとんどの国が2050年で48〜56%程度の範囲に入ります。
こうして見ると、少子高齢化による生産年齢人口比率の低下は、どの先進国でも共通の課題だといえます。多少の時期や程度の差はありますが、日本ばかりが特殊な状況ではないということは人口問題のポイントではないでしょうか。
人口変化と経済成長の関係とは
日本をはじめ、成長期の多くの国では、人口の増加に伴って経済が成長し、生活が豊かになっていくという循環がありました。しかし、今後多くの国で直面するのは、人口が減ったり、生産年齢人口の比率が下がったりしていく中で、どのように「一人一人の生活を豊かにしていくか」ということではないでしょうか。
もちろん、経済規模(GDP)は、人口と極めて強い相関があります。特に1人当たりの生産性の近い先進国においては、人口とGDPがほぼ比例する関係となっています。
まずは人口とGDPの相関性について確認してみましょう。図6がOECD各国とBRICsにおける人口とGDPの相関図(バブルチャート)です。横軸に人口、縦軸にGDPとしています。両軸とも対数表記としていて、バブルの大きさは各国の1人当たりGDPを表しています。
   図6 各国の人口とGDPの相関図
当然ですが、人口と経済規模(GDP)は強い相関があることが分かります。基本的には人口が多いほど経済規模が大きいことになります。日本はこの中では5番目に人口が多く、3番目に経済規模(GDP)が大きい国です。
しかし、ここまでさまざまなファクトを通じて本連載で述べてきた通り、「経済規模が大きいこと」と「国民一人一人が豊かであること」とは必ずしも一致しません。国民の豊かさは「1人当たりGDP」などの1人当たりの指標で表されるべきです。
そして、今まで見てきた通り、1人当たりGDPは平均所得や労働生産性と強い相関があります。つまり、「1人当たりGDP」が大きければ「平均所得」や「労働生産性」も高い水準にあるということになります。
図6を見て分かる通り、どの領域にも「1人当たりGDP(=バブルの大きさ)」が大きい国も小さい国も存在します。つまり、「1人当たりGDP」と「人口」や「経済規模」には「明確な相関がない」ことが分かります。
それでは、よくいわれるような「人口が増加するほど経済は成長する」という点について検証してみましょう。図7はOECD各国の人口の増減率(横軸)と1人当たりGDP成長率(縦軸)の相関図です。バブルの大きさは2018年の1人当たりGDPの大きさを表します。数値はいずれも1997年から2018年の変化率としています。
   図7 人口増減率と1人当たりGDP成長率の相関図
日本は人口も1人当たりGDPもほぼ変化がありません。ドイツは人口の変化がほぼありませんが、1人当たりGDPは2倍近くに成長しています。リトアニア、ラトビア、エストニア、ハンガリー、ポーランドなどは、人口が停滞または減少しているにもかかわらず大きく経済成長しています。
このグラフを見て、どのように解釈するかは非常に難しいですね。一方で、これらの国と日本を外れ値として除外すれば、人口の増加率と1人当たりGDPの成長率は緩やかな正の相関(青い点線)があるようにも見えますね。
「人口が増加すると経済成長しやすい」ということはこの図からも見て取ることができます。しかし、「人口が減っても経済成長している国がある」ということも同時に表現されているように捉えています。つまり、人口が減る社会においても、国民一人一人が豊かになれる方法というのは存在するということです。
これから目指すべき「経済成長」とは
今回は、経済規模と関係の深い「人口の変化」について取り上げてきました。その国の経済的な豊かさとは、「経済規模」ではなく、「1人当たりGDP」や「平均所得」「労働生産性」などの1人当たりの指標で測られるべきと思います。つまり、今後は各国とも人口が停滞したり減少していったりする中で、GDPなど経済全体の規模ではなく、1人当たりの指標の成長を目指すべきということになるのではないでしょうか。
ただ、日本は世界3位の経済規模を誇りますが、1人当たりの指標では先進国で中位です。しかも成長が当然の世界の中で、唯一停滞が続く国ですので、このままだと今まで日本よりも貧しかった国にも追い抜かれていき、もはや先進国とも呼べないほどに落ちぶれてしまう可能性もあります。
日本の経済停滞に対して良く言われるのが「日本は少子高齢化で人口が増加しないから経済成長できない」という意見です。なぜ「人口が増加しないと経済成長できない」という見方が強いのでしょうか。もちろん「安全保障」や特定の先端分野での「技術開発力」などの側面では、ある程度以上の人口や経済規模を維持することが必要であることはいうまでもありませんが、ここまで見てきたように人口減少していても経済成長を続けている国が存在していることは事実です。
この要因として、筆者は「規模の経済」に依拠した経済観から脱せていないからではないか、と考えます。
多くの人々の中で、人口(=国内市場)が増加していくのであれば、少しずつ販売量の増加も見込めるので、経済規模を拡大していきやすいという経済観の前提があるのではないでしょうか。ただ、今後日本は先進国として世界に先駆けて人口が減っていく国です。今後はこのような経済の捉え方ではなく「適正な規模で適正な付加価値の提供」という経済観にいち早く転換していく必要があると思います。
画一的なモノやサービスを大量に安価に生産して、大量に売買することだけを経済活動として考えるのならば、やはり日本国内は魅力のない市場になってきてしまいます。一方で、国内で日本人が生産した多様なモノやサービスを、同じ日本人が適正価格で消費していく社会というものも、グローバル経済と共存しながら実現していけるのではないかと考えます。
筆者はこのように、主にグローバルビジネスなどの「規模の経済」と、主に国内中小企業を中心とした「多様性の経済」の双方でバランスを取った経済の在り方が、日本経済の停滞から脱する方向性ではないかと感じています。
日本経済は「自己実現的」に停滞
日本は、そもそも内需の強い経済です。それが、いつの間にか経営者も労働者も消費者もグローバル経済の価値観にばかりとらわれ、より安く大量に生産し、安く大量に売りさばくという経済観が固定してしまったように思います。
そして、最も大切な消費者でもある労働者をコストと見なすようになってしまいました。国内でこんなにも安いものがあふれているにもかかわらず、相変わらずより安く、大量に作って売る「規模の経済」を追い求めてばかりいます。
経済活動は基本的に「代行業」として考えられます。つまり誰かの仕事は、それを消費する誰かのために行われています。労働者をコストと見なして、仕事を安くすると、結局は消費者の購買力が落ち、安いものしか売れなくなります。今の日本の状態は、まさにそれを裏付けているように感じているのです。
さらに、労働者の賃金が低下すると、消費者の購買力が落ちるだけでなく、非婚化や少子化へとつながることも今回あらためて明らかになったのではないでしょうか。そして、企業は停滞する国内から、海外へ活路を求め、一層の国内経済の収縮を加速しています。つまり、自らで価値を下げるサイクルに落ち込んでいっているわけです。このように日本経済は「自己実現的」に停滞している状況にあると思います。
日本経済の停滞は、人口の変化はもちろんですが、「企業の変質」も大きいと考えられます。次回からは「企業の変質とあるべき姿」についてファクトを共有していきたいと思います。
 
 
●国内投資を減らす日本企業の変質と負のスパイラル 2021/11
統計データという事実(ファクト)から、中小製造業の生きる道を探っていく本連載ですが、今回は第9回となります。この連載では、われわれ中小製造業がこの先も生き残っていくために何が必要かを見定めていくために、以下の流れで記事を進めています。
   1.日本経済の現状を知る
   2.その中で起きている変化と課題を把握する
   3.あるべき企業の姿を見定める
   4.今後考えていくべき方向性を共有する
ここまでの連載で、「日本経済の現状」は、平均所得などの主要な経済指標で見ると1990年代の最先進国の一角から「凡庸な先進国」にまで後退していることを示してきました。
「変化のポイント」として第5回、第6回では、「物価」が停滞し長期的に見ると「為替」が円高に推移していることを示しました。1990年代に国際的な「物価水準」が極めて高い時期があり、国内の物価停滞とともに徐々に低下していく「相対的デフレ期」とも呼べる状況であることが分かりました。日本は1990年代の経済が強く物価の高い国から、長い停滞を経て、現在は凡庸で中程度の物価の国へと立ち位置を変化させたことになります。
また、グローバル化の流れの中で「日本型グローバリズム」とも呼べるような流出に偏った日本特有の経済のグローバル化にあることを第7回では紹介しました。ここでは、日本は輸出も輸入も先進国の中では極めて少ない「内需型経済」であることを確認しました。さらに、第8回では、人口について取り上げています。日本は「少子高齢化」により人口が減少し市場が縮小すると見られていますが、人口が減少しても経済成長している国も多く存在しています。そのために必要な「一人一人の生活を豊かにしていくか」という考え方の重要性を訴えました。
ここまでさまざまなファクトを見てくると、日本経済は1990年のバブル崩壊と、1997年が大きな転換点だといえそうです。その中でも、1990年のバブル崩壊を機にまず「企業」が変質してしまった点が特徴的です。今回は、経済における企業の役割と、日本企業の変質についてファクトを共有していきたいと思います。
経済の主役は「家計」と「企業」
経済においては通常「家計」「企業」「政府」「金融機関」「海外」が経済主体と呼ばれて区分されます。
政府は地方政府と中央政府を合わせた「一般政府」、企業は「非金融法人企業」を指します。また、中央銀行(日本の場合は日本銀行)は、統計上は金融機関に含まれます。経済活動の「支出面」で見れば、われわれの「家計」が支出面の大部分を占める主役といえます。一方で「生産面」では「企業」が主役といえます。そして、この両者は、連動して成長していくというのが資本主義経済の基本形です。
経済活動においては、われわれ企業は「資本」を投下して「投資」を行い、生産性を向上させて付加価値(≒粗利)を増やし、事業を拡大していきます。投資の際には、主に「金融機関」から「借入」を行います。一方で、付加価値を生み出すために、労働者を雇用し「給与」を支払います。労働者は、消費者でもありますので、この給与所得を「消費」や「投資」(主に住宅購入など)に充てます。そうすると、企業からすれば需要が増えるため、さらに投資を拡大して生産能力を上げ、利益を拡大し、労働者への給与も増やすことができるようになります。基本的には、このように企業が負債を増やし、事業を拡大していくのと、家計の所得が増大していくのが並行して進むのが経済活動の理想的な姿だといえます。
この経済活動の拡大はGDPの増加や、労働者の平均所得の増大としても観測されます。しかし、現在の日本は本連載でこれまで共有してきたように、GDPや平均所得が先進国で唯一25年近く停滞していて、困窮する世帯が増えている特殊な状況です。
経済活動を可視化するもう1つの方法として「お金がどこに貯まっているのか」「負債を増やしている主体は誰か」といった観点で見ることがあります。そうすると、どの主体がどのような役割を担っているのかが明確に分かります
「お金」は誰かが負債を負うことで増えていきます。これを信用創造といいますね。家計であれば住宅ローン、企業であれば融資による借入、政府であれば国債などです。そして、経済主体ごとの金融資産と負債を全て足し合わせると、必ず「ゼロ」になります。「誰かの負債は誰かのお金」という関係です。このような観点で見ると、「企業」が主に負債を増やし、「家計」の金融資産が増えていくというのが資本主義国の「経済のカタチ」です。今回はまずはこの辺りから、ファクトを確認していきましょう。
日本の経済のカタチ
図1は、日本の各経済主体の金融資産です。
   図1 日本の各経済主体における金融資産
図2は、負債の推移を表したグラフです。
   図2 日本の各経済主体における負債
赤い線は1990年のバブル崩壊、1997年の金融危機、2008年のリーマンショックのタイミングを表しています。また、このグラフはあくまでも「お金」を表すもので、建物や機械設備などの「固定資産」は含まれませんので、ご注意ください。金融機関の金融資産や負債が今や4000兆円もの規模というのは驚きの数値ですが、これらは相殺されてほぼゼロになります。
注目いただきたいのは「家計」と「企業」(非金融法人企業)です。1990年のバブル崩壊までは、「企業」は金融資産も負債も増大していますが、それ以降は多少のアップダウンがありつつ、ほぼ横ばいです。一方で、「家計」は金融資産が増大し、1997年以降に負債が横ばいの状況が続いています。その代わり、政府と海外の負債が増大しています。特に政府は1993年ころから、海外は2003年ごろから急激に負債を増やしています。
日本の資産と負債の関係性
図3は日本の各経済主体の純金融資産をグラフ化したものです。つまり金融資産(図1)から負債(図2)を差し引いた差額をプロットしたものになります。国の「経済のカタチ」を表す重要なグラフだといえます。
   図3 日本の各経済主体における純金融資産
厳密には負債側に「株式」が含まれるなど、一般的な純金融資産と異なる点もありますが、ここでは便宜上「純金融資産」「純金融負債」と表記します。差し引きの金融資産として、どの主体がプラス(金融資産が超過)でどの主体がマイナス(負債が超過)なのかを表していると考えてください。合計値は必ずゼロとなります(若干の誤差が含まれます)。
まず特徴的なのは、「家計」の純金融資産が一方的に増大していることです。経済が停滞しているといわれていますが、統計上は家計の純金融資産は増えていることになります。当然、家計の純金融資産が増えるということは、他の主体の純金融負債が増えることを意味しますね。図3を見ると明らかなように、バブル崩壊までは企業が純金融負債を増やす存在でした。
企業の純金融負債と家計の純金融資産が鏡に映したように対照的に推移していますので、模範的な経済のカタチをしていたということがいえます。しかし、バブル崩壊後は企業の純金融負債が停滞、あるいは目減りしています。その代わりに「政府」と「海外」が純金融負債を増やしています。つまり、家計の資産が増える反対側で、本来は企業の負債が増えるはずがそうならないため、代わりに政府と海外が負債を増やしている状況と言えます。
この関係性は、現在の日本経済の状況を理解するのに極めて重要な事実だといえます。また、一見すると家計の純金融資産が増えていて、私たち国民が豊かになっているように見えます。実はこの家計の金融資産の中には、年金受給権や保険受給権など「まだ手元にないけど将来もらえるはずのお金」が500兆円ほど含まれます。さらに、家計の金融資産で最も多い現金・預金の大部分は高齢世帯に偏在していて、現役世代は貧困化しているという事実もあります。豊かに見える家計も、内実は現役世代の困窮や格差の拡大が含まれている点にご注意ください。
米国やドイツの「経済のカタチ」
このように、企業の負債が停滞しつつ、政府や海外が純金融負債を増やしている状況は、一般的なのでしょうか? OECDのデータで、他の国とも比較してみましょう。
   図4 米国の各経済主体における純金融資産
   図5 ドイツの各経済主体における純金融資産
   図6 英国の各経済主体における純金融資産
   図7 日本の各経済主体における純金融資産
図4、図5、図6はそれぞれ米国、ドイツ、英国のグラフです。念のため同じOECDのデータで日本のグラフを作ったものを図7に掲載します(図3とほぼ一致します)。
どの国も基本的には企業が純金融負債を増やし、家計の純金融資産が増えている関係が見て取れると思います。2008年のリーマンショック以降は、ドイツの場合はさらに海外が純金融負債を増やしていますし、英国と米国の場合は政府が純金融負債を増やしています。主として負債を増やしているのは企業ですね。
日本だけ企業の純金融負債が目減りしていて、家計の純金融資産の伸びも緩やかです。これらのグラフを見ても、どうやら日本だけ「企業」が変質しているといってもよい状況だといえます。
日本企業の「変質」の正体
いったい日本の企業に何が起こっているのでしょうか。
企業は負債を増やして「事業投資」を行い、付加価値を増大させて、労働者の給与を上げていく経済におけるエンジンともいえる存在です。その企業が日本だけ変質しているという極めて重大な事態に陥っていることは明らかなようです。日本の統計で、企業の状況を集計しているのは「法人企業統計調査」です。この統計データから日本企業の変質の実態を可視化してみましょう。
図8は日本の法人企業の、売上高、付加価値、人件費、営業利益の推移をグラフ化したものです。
   図8 日本の企業における売上高、付加価値、人件費、営業利益
直近では売上高1500兆円、付加価値(GDP)320兆円、人件費180兆円ほどです。GDP(約550兆円)の約6割を法人企業が稼いでいる計算になります。当然ですが、現在までに見てきたGDPや平均所得のグラフと同じような推移です。
売上高や付加価値(GDP)は1991年をピークに停滞が続いています(付加価値は近年増加基調ではあります)。また、人件費は1995年をピークに横ばいが続いています。実は労働者数はこの停滞が続く時期でも大きく増えているのですが、図8のように人件費の総額は横ばいです。ですから、第1回で見たように労働者の平均所得が下がっているわけですね。
消費者でもある労働者への対価(=給与)を増やすことができていないわけです。労働者数は増えても、給与の総額は一定ですので、労働者全員でワークシェアリングをしているような状況だといえます。本連載で見てきた日本全体の経済停滞と、日本企業の停滞が強く関係している状況をご確認いただけると思います。
一方で、企業の利益や配当金などをまとめたのが図9です。
   図9 日本の企業における配当金、社内留保、当期純利益、営業外損益
営業外損益は2003年以降プラス側で増大していて、当期純利益もリーマンショックの影響が大きい時期を除けば近年は大きく増大して空前の規模となっています。当期純利益の分配として、配当金や社内留保も大きく増大しています。日本企業は、売上高や付加価値、人件費などは横ばいですが、利益を増やすことができている状況です。
もちろん、生産効率の向上やコストカットなど「企業努力」によるものも大きいとは思いますが、第7回でご紹介したような海外進出による「海外現地法人」からの利益の還流や、金融投資による配当金なども大きく営業外利益の増大に寄与していると言えます。また、利益は増大していますが法人税は横ばいである点も特徴的です。
金融資産と利益ばかり増える日本企業
図10は日本企業の資産や負債、純資産をまとめたグラフです。
   図10 日本の企業における資産と負債の詳細
図8と図9が日本企業全体の売上高や利益などフロー面(損益計算書の内容)を表すのに対して、図10はストック面(貸借対照表の内容)を表していると考えると分かりやすいのではないでしょうか。
図10では、資産はプラス側、負債はマイナス側で表現してあります。極めて特徴的なグラフですので、ぜひじっくりと眺めていただきたいと思います。日本企業は資産側も負債側もほとんどの項目でバブル崩壊以降横ばいが続いています。唯一右肩上がりで増大しているのが、資産側の「有価証券 他」ですね。つまり金融投資です。
そして、純資産は右肩上がりで増大しています。特に純資産や有価証券の増大が著しくなるのは、くしくもGDPが本格的に停滞を始める1997年(厳密には1998年)を起点にしています。冒頭で、本来の企業の役割は「借入を増やして事業投資を行い、付加価値を増大させること」と述べましたが、現在の日本企業の「借入」は横ばいです。そして、事業投資されていたら増えるはずの「有形固定資産」も横ばいです。つまり、日本企業は「事業投資」を増やしていません。
資産の中では「有価証券 他」のみ一方的に増えていますので「金融投資」あるいは「海外投資」ばかりが増えている状況です。日本製造業の海外進出も「対外直接投資」(現地法人の株式)としてこの項目に含まれるはずです。このことからも、日本企業は国内における事業投資は増やさず、金融投資や海外投資によって利益と資産を増大させる存在へと「変質」していることが見て取れます。
われわれ企業の目的とは?
当然、企業がこのような活動を続けていたら、国内の労働者に還元する必要はなくなりますので、現在までに見てきたような労働者=消費者の貧困化が進むことにつながっているわけですね。そして、国内経済が停滞していて、市場が拡大しなければ、企業は投資を控えますので、さらに市場が縮小していくという負のスパイラルに入っていきます。
日本経済はこのような「自己実現的な経済停滞」が続いている状況だともいえます。長引く「相対的デフレ期」によって、国内では物価が停滞する一方で、国内で生産して輸出するというビジネスも成立しにくい状況が続いてきました。人口もこれから減少していくことがほぼ確実な状況です。
つまり、日本企業から見ると、日本国内に投資する意義が薄れ、より稼げる海外や金融投資へと軸足を移しているわけですね。はっきり言ってしまえば、国内の事業者や労働者、そして政府も企業から半ば見捨てられてしまっている状況と言えます。このように個別企業としては利益を増やすために合理的な判断のもと企業活動が行われていますが、国内の経済全体としてはかえって停滞が続くという「合成の誤謬(ごびゅう)」が続いています。
なぜ、このような「合成の誤謬」から抜け出せないのでしょうか。
もちろん、人口動態の変化や、それに伴う社会保障費の増大、あるいは消費税増税などにより消費者の購買力が減っているなどの要因もあると思います。
ただ、経済活動の主体である企業と家計ですが、モノやサービスの値段を決めるのも、消費者である労働者の給与を決めるのも「企業」ですね。そして当の企業が、事業活動の変質により、自己実現的に経済停滞を引き起こしているという側面があるように思います。
特に企業の変質のポイントは以下の2つではないでしょうか。1つ目は、仕事の価値である「付加価値」の長期的な増大ではなく、短期的な「利益」を追うことに比重をかけ過ぎている点です。2つ目は、消費者でもある労働者を「投資対象」ではなく「コスト」と見なしてしまっている点です。
これらは短期的には合理的な判断なのかもしれませんが、長期的に見れば国内経済を衰亡させる判断であることは自明なように思います。企業は「利潤」を追求する存在ではありますが、短期的に利潤を求めるあまりに国内の基盤そのものが脆弱化しているように思います。このように変質してしまった企業活動を正常化していくことが、これからの日本経済を成長軌道に戻すに当たって重要だと考えます。
一方で近年では、生産性の低い中小企業が多過ぎることが、経済成長の足を引っ張っているといった言説も増えているようです。本当に日本では、中小企業が多いことで経済成長が阻まれているのでしょうか。中小企業は、国内経済の主役とも呼べる存在です。
今回見てきた、付加価値→利益、事業投資→金融投資、労働者→株主、長期→短期という企業の変質が進む中で、私たち中小企業の果たすべき役割とはどのようなものでしょうか。次回はいよいよ日本の中小企業についてのファクトを共有していきたいと思います。
 
 
●日本の中小製造業は本当に多すぎるのか、その果たすべき役割とは? 2021/12
統計データという事実(ファクト)から、中小製造業の生きる道を探っていく本連載ですが、今回は第10回となります。この連載では、われわれ中小製造業が将来にわたって生き残っていくために何が必要かを見定めていくために、以下の流れで記事を進めています。
   1.日本経済の現状を知る
   2.その中で起きている変化と課題を把握する
   3.あるべき企業の姿を見定める
   4.今後考えていくべき方向性を共有する
ここまでの連載の中で、日本は1990年代は経済的に強く物価水準の高い国だったということを見てきました。しかし、長い停滞を経て、現在は凡庸な経済水準で先進国の中では、ちょうど真ん中程度の物価水準の国へと立ち位置を変化させてきました。
この経済停滞の主因は「少子高齢化による人口減少」と位置付ける専門家も多いのですが、ここまで見てきたように問題がそれだけではないことは数々の「ファクト」が示しています。特に、前回の「国内投資を減らす日本企業の変質と負のスパイラル」で取り上げたように「付加価値よりも利益」を、「労働者よりも株主」を、「事業投資よりも金融投資」を優先する企業の変質にも、日本経済停滞の大きな要因がありそうです。
一方で「日本には中小企業が多すぎる」「中小企業は生産性が低いために全体の足を引っ張っている」といった言説も耳にすることが多くなってきました。そこで、今回はファクトを通じて「日本における中小企業の立ち位置や、役割とは何か」に迫っていきたいと思います。
日本の中小企業はむしろ少ない?
企業の規模については、国によってそれぞれ定義の仕方が異なります。日本でも業種によって従業員数、資本金などで細かく中小企業の要件が決められています。例えば、日本の製造業では、中小企業の定義は「資本金の額又は出資の総額が3億円以下の会社又は常時使用する従業員の数が300人以下の会社及び個人」だと定められています。
一方で、国際比較を行うには、その条件をそろえて比較する必要があります。OECD(経済協力開発機構)の統計データでは、従業員数250人未満を中小企業(Small Business Enterprise)だと位置付けています。そこで、まずは国際比較をするために、中小企業の数についてこのOECDでの統計データを基に見ていきましょう。
図1は中小企業(従業員数1〜249人)の企業数を、数の多い国順に並べたグラフです。ここに含まれる企業は、非金融機関の法人企業となります。銀行などの金融機関や、個人事業などは含まれません。
   図1 中小企業数(2017年)
米国や日本の企業数が多く、その国の経済規模に応じた企業数があるように見えます。日本は先進国の中では、確かに中小企業の数が多い方のようです。一方で、本連載で何度も触れてきましたが、各国で抱える人口は異なりますので、その国の本当の実力値を知るには人口当たりの数値で比較した方が公正です。そこで、図1のグラフを人口当たりに集計しなおして、表現してみましょう。
図2が、人口100万人当たりの中小企業数を表したグラフです。
   図2 100万人当たりの中小企業数(2017年)
上位にはチェコやスロバキアなどの発展中の国や、リトアニアなどの人口の極端に少ない国などが並びます。イタリアがその中に混じって上位に属していることが目立ちますが、その他のG7各国は下位に属しています。
その中で、日本は人口100万人当たり2万2000社と、OECD33か国中31番目の水準です。実は日本は人口当たりで見れば「中小企業の数が少ない国」といえます。少なくとも、日本が「中小企業ばかりの非効率な国」ではないということはファクトから見ると明らかだといえるでしょう。
また、全企業に占める中小企業の割合で見ても、OECDのどの国の割合も99.2%(スイス)〜99.9%(ギリシャ)の範囲内となっています。日本は99.6%で、OECDの中でも下位になります。「日本の企業の99%以上が中小企業だ。この比率が多いことが問題だ」という論法が展開されることがありますが、こうして数値を見てみると日本の比率は何も特別なことではなく、どの国でも企業の内の圧倒的多数が中小企業ということになります。
日本における中小企業の実態とは
それでは、日本企業における中小企業の実態について、もう少し詳細を見ていきましょう。前回と同様に「法人企業統計調査」から中小零細企業、中堅企業、大企業の企業規模ごとに統計データ(ファクト)を可視化していきます。
本稿では、厳密な定義とは異なりますが、資本金1億円未満を中小零細企業、1億円以上10億円未満を中堅企業、10億円以上を大企業として扱います。
それでは、企業の活動の中で、中小零細企業の占める度合いを確認していきましょう。企業の数でいえば中小零細企業は全体の企業数の99%以上を占める圧倒的多数派です。それでは、企業で働く労働者の人数ではどうでしょうか。
図3に企業規模別の従業員数(年間平均値)を示します。黄色いラインが、その中で中小零細企業の占めるシェア(右軸)を表します。
   図3 日本企業の企業規模別従業員数
ファクトを見てみると意外ですが、日本の企業に勤める労働者は、実は右肩上がりで増え続けています。少子高齢化により生産年齢人口は減りつつありますが、高齢の労働者や女性の労働者が増えているためです。
日本経済のピークだった1997年では3700万人程度でしたが、直近では4300万人程度まで増えており、2割近くは増加していることになります。ただし、前回確認した通り、人件費の総額は横ばいなので、1人当たりの所得が減少し、労働者全体で「ワークシェアリング」をしているような状況が続いています。
この中で、中小零細企業に勤める労働者は、増加傾向が続いていて直近で2900万人程度と、全体の7割近くを占めます。一方で、大企業の労働者数は停滞気味です。企業に勤める労働者の内、7割もの大多数が中小零細企業で働いているということは重要な事実だと考えます。中小零細企業の労働者の方が、多数派であるということですね。
それでは、仕事の価値である「付加価値」と、労働者にとっての対価となる「収入」についてはどうでしょうか。図4に企業規模別の付加価値(GDP)、図5に従業員の収入のグラフを示します。従業員の収入は給与と賞与の合算値としています。
   図4 日本企業の企業規模別付加価値(GDP)
   図5 日本企業の企業規模別従業員収入
中小零細企業は、付加価値も従業員の収入も1995年当たりから停滞しています。大企業の付加価値はアップダウンがありながらも増加傾向で、従業員の収入はややマイナス気味で横ばいです。
直近では企業の稼ぎ出す付加価値320兆円の中で約50%の160兆円ほどが中小零細企業によるものです。そして、企業から支払われる従業員の収入160兆円の内、約52%の85兆円ほどが中小零細企業によるものとなります。従業員が70%程度に対して、付加価値も従業員の収入も随分と目減りしているようです。
利益も資産も増える日本企業
さらに企業の経常利益についても見ていきましょう。図6は経常利益のグラフです。
   図6 日本企業の企業規模別経常利益
日本企業の経常利益の合計は、バブルであった1990年周辺で極大化しますが、その後減少し、再度1990年代中頃から上昇基調となります。最近ではどの企業規模でも過去最大の経常利益となっていますが、特に大企業の増加が大きいのが見て取れます。一方で中小零細企業のシェアは年々減少していき、直近では30%を切る程度まで落ち込んでいます。
このように付加価値や経常利益などのフロー面では、明らかに大企業に比べて中小零細企業が弱まっているという状況が見えます。付加価値を「稼ぐ力」や、利益を「もうける力」が弱いということです。ただし、あまりもうからないイメージの中小零細企業でも、直近では実は経常利益は過去最高の水準に達していることは意外な事実なのではないでしょうか。
ここまで確認してきた通り、現在のところ日本の企業は、大企業も中小零細企業も、稼ぎ出す付加価値が停滞していても、利益を出せるように変質しています。そして、図7に示すようにストック面では、純資産が大企業だけでなく中小零細企業でも右肩上がりで増大している状況です。
   図7 日本企業の企業規模別純資産
このグラフをよく見ると、くしくも日本の経済絶頂期である1997年から急激に純資産が増大し始めています。1997年はGDPの停滞が本格化し、平均所得が下がり始めるターニングポイントでしたね。実はこのタイミングから企業の資産が急激に増大を始め、一方で労働者の貧困化が進み、本格的な経済停滞が始まっているわけです。
1人当たりの指標で見る格差
ファクトで見ると日本企業は付加価値を稼げなくても、人件費や仕入れを抑制し、利益を稼ぎ、純資産を増やしています。これは、大企業だけでなく、中小零細企業でも同じような状況です。ただ、大企業と中小零細企業には稼ぐ力などに格差があるようです。1人当たりの指標に直すことで、その格差を可視化してみましょう。
図8は従業員1人当たりの1年間に稼ぐ付加価値を表したものになります。企業規模ごとの労働者の生産性と呼べるものですね。オレンジ色(右軸)が大企業と中小零細企業との格差を表します。
   図8 日本企業の企業規模別の1人当たり付加価値
直近では、大企業で1400万円、中小零細企業で550万円ほどとなります。平均値で約720万円です。中小零細企業の1人当たり付加価値は1990年ごろにピークとなり、減少後停滞しています。一方で、大企業では、多少の上下はありながらも増加傾向です。大企業と中小零細企業には2.5倍もの生産性の格差があることになります。
日本の労働者の平均労働時間は直近で約1680時間(OECD統計データより)です。この平均労働時間で、1人当たりの付加価値を割ると、1時間当たりに稼ぐ付加価値である労働生産性を推定できます。
2018年の数値で換算すると、中小零細企業で1時間当たり3243円、大企業で1時間当たり8232円、日本企業平均では1時間当たり4346円となっています。OECDの労働生産性の平均値が1時間当たり5400円相当で、同じ工業国のドイツでは1時間当たり6700円相当(1ドル105円換算)ですので、いかに日本の中小零細企業の労働生産性が低いかが分かりますね。
図9は企業規模ごとの従業員の平均収入となります。
   図9 日本企業の企業規模別の平均収入
直近では大企業で580万円、中小零細企業で300万円ほどとなります。平均値では約370万円です。大企業と中小零細企業には約2倍の収入格差があることになります。OECDの平均所得の平均値が446万円相当、ドイツの平均所得が512万円相当ですので、やはり中小零細企業の水準はかなり低いといえます。
このように、大企業と中小零細企業では、労働者1人当たりの指標では大きな格差が生じていることは事実です。さらに、中小零細企業の水準は先進国の中でも極めて低い水準にあるということが分かります。「中小企業は生産性が低い」といわれるのも、この数値を見れば納得せざるを得ません。
日本経済の抱える企業の変質という重大問題
この連載では、ここまでさまざまなファクトを通じて、日本経済の現状と、変化のポイントを見てきました。
日本の経済は停滞しており、消費者でもある労働者の所得が減り、現役世代が困窮しています。一方で、企業は金融投資や海外投資により、経済が停滞していても利益を出せる主体へと変貌しています。
このような状況は、確かに現在のところ企業にとって都合がよく、利益も資産も右肩上りで増大はしています。ただ、このように企業が利益ばかりを追い、実質的な付加価値増大を軽視する姿勢は継続性のある活動といえるのでしょうか。
日本は1990年代に極めて高い経済水準を誇り、その後他国が成長する中で先進国の中で唯一停滞を続ける国です。現在は先進国の中では中間程度の経済水準まで後退しています。当然ですが、この先も経済停滞が続けば、今度は先進国下位、さらには先進国とも呼べないような経済水準へと衰退していくことになります。
特に、このまま国内物価が停滞し「相対的デフレ期」が継続すれば、日本経済の生命線とも呼べる「輸入」がどんどん割高となり、海外からの輸入品を買いたくても買えなくなっていく事態となっていきます。特に海外調達に頼らざるを得ないエネルギーや食糧は致命的だと思います。
このような事態を回避するためには、日本の経済は、まさに今が踏ん張りどころであり、転換期ともいえるのではないでしょうか。
グローバルで力を発揮する大企業、国内の転換を図る中小企業
その中で、大企業と中小零細企業の立ち位置は異なっていくと考えます。大企業は、その資本力で主に「規模の経済」を追う主体となります。もちろん業界や企業によって事情は異なると思いますが、大企業は資本や労働力を集中させ、効率化を図ることで、モノやサービスを安価に大量に生産します。このような規模の経済は、グローバル化とも親和性が高く、日本型グローバリズムで海外へと活動を広げていきますので、日本国内の経済事情に左右される割合は大きくありません。また、これらの状況が進めば、日本国内の労働者が徐々に不要になっていくという皮肉な事態にもなっています。
一方で、グローバル化から国内に取り残される多くの事業主体は、中小零細企業となります。国内労働者の7割を雇用する中小零細企業は、ある意味で国内経済を転換するための要だといえる存在となってきます。
中小零細企業が、大企業と同じようにグローバル化や規模の経済を追うことで、国内経済は果たして豊かになるでしょうか。筆者はそうは思いません。人口が減少し、AI化や自働化が進む中で、規模の経済を追うだけでは、国内から「仕事=付加価値」が減り、一層安価なモノやサービスがあふれるだけとなり、経済停滞から抜け出せないということは容易に想像できます。そう考えると、われわれ中小零細企業に必要な変化とは、1人当たりの「付加価値=労働者の仕事の価値」を上げることと、消費者でもある労働者の「収入」を上げることです。
大企業に比べて、どちらも半分程度の水準でしかない中小零細企業ですが、企業側にはまだ余力のある状況ですので、その工夫の余地は大いにあるのではないでしょうか。
「付加価値を上げる」とは、つまり労働者の「労働生産性」を向上させることに他なりません。労働生産性は、1時間当たりの生産量である「生産効率」を向上させることも大切ですが、それよりもモノやサービスの質や「値付け」を向上させることが重要です。値付けとは販売価格、つまり物価のことです。そして、労働者への対価である賃金もその成果に応じて増やしていくことが何よりも大切だと思います。
物価よりも、賃金の方が増えていく状況(実質賃金の向上)になって初めて、労働者でもある消費者が豊かになり、経済成長の望ましいスパイラルに入っていけます。事業投資により「労働生産性」を上げることはもちろんですが、「人の仕事」により価値をつけて「多様性の経済」による仕事の高付加価値化を図っていくことが重要です。
もちろん個々の企業で事情は異なりますし、中小企業は赤字(欠損法人)の企業が8割に達する中で、なかなかそこまでできない企業も多いとは思います。こうした中でも、少しずつ「多様性の経済」にシフトしていける企業が増えていくことが重要だと考えています。
次回(最終回)は、あらためて日本の製造業の現在地を確認すると共に「多様性の経済」についてまとめていきたいと思います。
 
 
●「多様性の経済」という価値の軸を、中小製造業が進むべき方向性とは 2022/1
統計データという事実(ファクト)から、中小製造業の生きる道を探っていく本連載ですが、今回は最終回(第11回)となります。この連載では、われわれ中小製造業が将来にわたって生き残っていくために何が必要かを見定めていくために、以下の流れで記事を進めてきました。
   1.日本経済の現状を知る
   2.その中で起きている変化と課題を把握する
   3.あるべき企業の姿を見定める
   4.今後考えていくべき方向性を共有する
ここまでの連載で確認できたのは、日本は1990年代の経済が強く物価水準の高い国から、長い停滞を経て凡庸な経済水準で中程度の物価水準の国へと立ち位置を変化させてきたという点です。その中で、日本企業は、付加価値よりも利益を、労働者よりも株主を、事業投資よりも金融・海外投資を優先する変質を遂げてきました。さらに、企業の中でもグローバル化を強く進める大企業に対して、国内経済の主役ともいえる中小企業の生産性や給与の水準が低いという実態も見えてきました。
それではこの先、中小製造業はどのような方向性を目指していくべきなのでしょうか。今回は、統計的事実から中小製造業の進むべき方向性について考えていきたいと思います。
特異な日本製造業の変化
われわれ中小製造業の今後の方向性を考えていくに当たって、まずは現在の日本経済の状況を産業別に可視化するところから始めてみましょう。
図1はGDP(国内総生産)活動別の変化量を相関図としてまとめたものです。横軸は名目GDPの変化量、縦軸は実質GDPの変化量です。1997年から2019年の変化量を、産業ごとにプロットしています。バブルの大きさは、各産業の2019年における名目GDPの大きさを表しています。
   図1 日本の活動別GDPの変化量相関図。実質値は2015年基準
各産業の名目GDPと実質GDPが成長(+)か縮小(−)かという軸(縦軸、横軸)と、物価が上がったか下がったかという線(緑色)で区分される6つの領域があり、それぞれの産業がどのような変化をしたのかが一目で分かります。
名目GDPが成長するということ(右側の領域)は、その産業の活動をお金の尺度で測った時に経済規模が拡大していることを意味します。一方で、実質GDPが成長するということ(上側の領域)は、その産業の産出物の数量的な規模が拡大していることを意味します。
これまでも他国の事例をご紹介してきましたので、通常の経済成長とは(1)の領域であることは理解できると思います。つまり、名目GDPが成長していて、実質GDPが物価上昇分だけ目減りしながらも成長している状態ということですね。
日本の場合は(1)の領域に存在する産業は「運輸・郵便事業」くらいで、さらにほとんど成長していません。一方で、成長している産業は「専門・科学技術・業務支援サービス業」「保健衛生・社会事業」「不動産業」などですが、物価は下がっていて(2)の領域でとどまっています。その他の産業を見てみると、名目GDPの縮小している(4)、(5)、(6)の領域に位置しています。
特に最大産業である「製造業」が、(4)の特異な位置に存在するのが何よりも特徴的ではないでしょうか。製造業が位置する(4)の領域は、名目GDPがマイナスで、実質GDPがプラス、物価がマイナスの領域です。つまり、販売価格を下げて(物価マイナス)、数はたくさん作る(実質GDPプラス)けど、元の経済規模から縮小(名目GDPマイナス)しているということを意味しています。大量に安く作るけれども、経済活動が縮小しているという状況ですね。
この根底には前回触れた「規模の経済」の価値観が影響していることは間違いないように思います。
「多様性の経済」とは
日本は今後も人口が減少していくことがほぼ確実です。そのため、人口が増えていくことを前提にした経済成長の在り方は通用しなくなっていきます。一方で、人口が減っていっても、1人当たりの生産性や所得水準を上げていき、一人一人がより豊かになっていく経済の在り方は実現可能なはずです。この方向性に向けて、私たち企業ができることは、今までの「規模の経済」一辺倒の経済観を改め、「多様性の経済」を少しずつ育んでいくことではないかと考えています。
本連載でも何度も言葉では登場させてきましたが、ここであらためて規模の経済と多様性の経済の説明を試みたいと思います。
「規模の経済」は、資本や労働者を集約し、生産の効率化を図り、安価に大量にモノやサービスを生み出し成長していく経済観です。大量に生産し販売するほど、原価に占める固定費や開発費の割合が下がり効率化されていきます。また、大規模に安価なものを生み出すために、効率的な仕組みを構築します。このような経済観の中で、労働者は「より安価な労働力」であることを求められがちです。そして、常に大量に消費するより大きな「市場」を求めていきますので、必然的にグローバル化が進んでいき、世界規模での競争にさらされていきます。
製造業では特に、このような規模の経済が重視され、流出一方のグローバル化が進んできたことは第7回で取り上げた通りです。規模の経済の下では、一定品質のモノやサービスが安価に入手できますので、消費者としては恩恵を受けます。
一方で、日本においては、その消費者でもある労働者は貧困化していきますので、購買力は下がっていきます。現在の日本では「消費者の購買力=需要」と「モノやサービスの供給量」が釣り合っていません。大規模化して大量に作るほど自働化が進み、労働力が不要になるジレンマも抱えています。
このように需要が増えないところで規模の経済を追っても、行き詰まるだけです。これまで見てきた日本の停滞を表す統計データや、図1の製造業の立ち位置を見ても明らかではないでしょうか。付加価値の高い仕事でも、規模の経済の価値観に引っ張られて、必要以上に安くしてしまっているビジネスも多いと感じています。
これに対して「多様性の経済」は、ニッチな分野で多品種少量の多様性のあるモノやサービスを、適正価格で生み出していく経済観です。目先の利益を追うよりも、労働者の生み出す仕事の価値=付加価値を重視します。
規模の経済では安定した品質レベルの代わりに、画一化が進みますので、その事業領域の隙間は広がっていきます。実際にビジネスをしていれば、ニッチな分野で、高付加価値な領域が非常に多いことに気付いている方も多いのではないでしょうか。このような領域でこそ「ある特定分野で強みを持つ中小企業」が存在感を発揮し、適正付加価値でビジネスが成立しやすいのではないかと考えます。実際に日本でも生産財などの特定領域で強みを持つ企業は多く存在しています。
ただし、この多様性の経済が適用できるのは、その分野で突出した強みのある製品や技術を持つ企業だけです。当然、誰でもできる仕事というわけではありませんので、労働者への訓練や技術投資が必要となります。つまり、「人材や技術への投資」が必要となり、労働者はコストというよりも、付加価値を稼ぐための「投資対象」だといえます。
人材投資により労働者の稼ぐ付加価値を増やせば、その成果に応じて対価(=給与)も増やしていくことができます。この労働者は消費者でもありますので、給与所得の増えた消費者は当然消費を増やしていくことになり、望ましい経済成長の在り方へとつながっていきます。
規模の経済と多様性の経済は、このように役割や領域が異なる経済観となります。どちらがよいというわけでもなく、役割分担しつつ、バランスを取っていくことが重要です。
表1に両者の特徴をまとめてみます。
   表1 「規模の経済」と「多様性の経済」の比較
日本国内では中小零細企業が労働者の7割を雇用し、まさに経済活動の主役だといえます。ただ、中小企業経営者の思考が「規模の経済」一辺倒になっているような状況に危惧を覚えます。
本当は「多様性の経済」に属するビジネスのはずなのに、「規模の経済」の価値観に引きずられて自ら価格競争をしているケースはさまざまなところで目にするのではないでしょうか。
消費者の購買力が下がっていて「安くないと売れない」という企業側の事情も分かりますが、消費者でもある労働者を安く雇用しているのも企業です。この「自己実現的な経済停滞」を打破していくには、企業自身が変化していく必要があるのだと考えます。
現在は、国内のビジネスで「規模の経済」と「多様性の経済」がうまく切り分けられおらず、ごちゃまぜの状態になっているように感じます。もちろん個々の企業で中小製造業として置かれている立場も異なってきますが、うまく「多様性の経済」の考え方を取り込めるところから進めていってはどうでしょうか。
国内経済を基盤として、企業と家計が連動して成長していく「通常の経済」を取り戻していく方向性として、私たち中小企業(特に製造業)が「多様性の経済」という軸を重視し、国内で循環して成長できる経済へと生まれ変わっていくことが必要だと考えます。
短期的な利益を追うと「合成の誤謬(ごびゅう)」によって国内経済が収縮してしまいますが、長期的に付加価値を増やしていくことを考えればゆっくりと国内経済も成長していけると見ています。自社のビジネスの付加価値を上げ、従業員への対価を上げていくことは、長期的に見れば継続的な利益を生み続ける最も「合理的な企業活動」だといえるのではないでしょうか。
多くの企業経営者がこの考えを共有できれば、「合成の誤謬」も回避できるように思います。それを実現する力を持っているのが、経営者が長期的視野で意思決定し、利益よりも付加価値を、株主よりも労働者を重視できる「中小企業」であると信じています。
中小企業こそ日本経済転換の要
本連載の冒頭でも申し上げましたが、筆者は経済学者でも経済評論家でもありません。単なる中小製造業(町工場)の経営者です。「中小企業が『多様性の経済』に向かうことが日本経済復活に貢献する」という結論に対して、何ら経済学的な裏付けはありません。また、マクロ経済の停滞には、個々の企業の努力は無力で、マクロ経済政策によってのみ改善できる、といった意見もあると思います。
ただ、われわれ企業経営者は、政治が変わってくれるまで待つことはできません。その間に、経営環境は悪化し、ますます困窮していくからです。企業経営者が目先のビジネスを回すのに精いっぱいであることは、筆者自身も当事者としてよく分かっているつもりです。
相対的デフレ期による事業環境の悪化が続く中で、多くの中小企業経営者が自信を無くし、値段を下げることで仕事量を確保し、自身の給料を削ってまで会社を存続させている姿を、筆者も多く見てきました。「ジリ貧」という言葉がしっくりくるような経営をしている企業が多いのが実態だと思います。
企業の内部留保が問題視されがちですが、リーマンショックやコロナ禍を経験する中で、企業として生き残っていくために一定以上の資金を留保しておくことはもはや「処世術」となっています。企業も生き残るために、なりふり構っていられない状況ともいえるでしょう。
それでは、このままジリ貧で日本が衰退していくのを、流されるまま待っていればよいのでしょうか?
われわれ中小企業経営者は、日本で500万人以上いるとされています。その経営者の意思決定が労働者の7割を左右するという非常に大きな力を持っているわけです。中小企業は事業承継が課題とされていますが、既に事業承継を済ませて大きく伸びている中小企業が多いことも事実です。これらのうまくいっている企業を観察すると、まさに「多様性の経済」を重視した経営をしているところが多いことに気付きます。
それらの企業は、従来の値付け感を適正化し、取引する顧客や商材を見直し、顧客との関係性をより対等に変化させています。むしろ、供給側が発注側を選んでいるような領域も増えてきました。「多様性の経済」を軸としたビジネスに切り替えている企業も増えていると感じています。
日本が停滞している間、世界は大きく変化しています。日本国内でも、若い経営者を中心に高付加価値な事業への転換が進みつつあります。いつまでも数十年前のやり方を引きずり、国内で安値競争をしている場合ではありません。われわれ企業経営者が、足並みをそろえて行動変容したならば、日本経済を転換し得る大きな力となるのではないでしょうか。
今まで共有させていいただいた多くの経済統計のデータと、現在の日本の特殊な状況を鑑みれば、この「多様性の経済」を実践する企業経営への変化は、1つの大きな転換の軸になると考えます。
本稿を読まれた皆さんはどのように考えますか。筆者も一当事者として、この「多様性の経済」の考えで、自分たちにしかできないニッチな仕事を実践しているつもりです。ぜひ多くの経営者の皆さんにご賛同いただき、仲間が増えていけばと願っているところです。