恵方巻き

節分の楽しみ

恵方巻き
家族で楽しむ


「鬼は外 福は内 ・・・」
 


 
 
●恵方巻き
節分に恵方巻きという巻き寿司を食べる習慣が定着してきました。2024年の節分はいつ? 恵方(方角)は? またどうやって食べればよいのでしょう? 縁起の良いそれぞれの具材の意味、食べ方の作法・ルール、恵方巻に合うおかず、起源・由来、方角の決め方、節分現代事情などを解説します。
本来、節分には「豆まき」をする風習があり、「鬼は外!福は内!」と言いながら豆をまきますが、近年は恵方巻きも浸透しています。「節分は子どもの頃から恵方巻きです」という方もいれば、「あれって冗談かと思ってました」という方もいるでしょう。
2024年、恵方巻きを食べる日はいつ?
恵方巻きは、立春の前日の節分に食べます。2024年の節分は2月3日です。
2021年に、1897(明治30)年以来124年ぶりに2月2日が節分となり話題になりましたが、これは国立天文台が観測・計算して発表する「立春」の日が2021年は2月3日となったため、その前日である節分も1日早くなったことによります。
もともと節分とは季節の分かれ目をいい、「立春、立夏、立秋、立冬の前日」のことを指します。しかし、昔は立春が新年の始まりにも相当する大事な節目だったため、その前日の節分は大切な日でした。そこで他の節分よりも重要視されるようになり、節分といえば立春の前日を指すようになりました。
最近は、立春の前日(2月。冬の節分)以外の節分に着目し、5月に春の恵方巻き、8月に夏の恵方巻き、11月に秋の恵方巻きを提供するところもあるようです。
2024年の恵方は? 節分の恵方巻きを食べる方角・方位の決め方
恵方巻きは、恵方を向いて食べるとよいとされています。2024年節分の恵方は、東北東(細かくいうと東北東微東)です。
恵方とは、その年の福徳を司る歳徳神(としとくじん。年神様の別称)のいる方角で、その方角に向かって事を行えば何事も吉とされています。吉方、明きの方ともいいます。
恵方は、十干(じっかん)に深く関係しています。十干とは、陰陽五行説の「木・火・土・金・水」を兄(え)と弟(と)に分け、「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸」の10種類にしたものです。十干には、それぞれに数字や方角が割り当てられており、それに基づき恵方も決められています。
恵方の方角は、「東北東」(甲の方角⇒東北東微東/75度)、「西南西」(庚の方角⇒西南西微西/255度)、「南南東」(丙の方角⇒南南東微南/165度)、「北北西」(壬の方角⇒北北西微北/345度)の四方しかありません。その四方と暦を構成する十干を組み合わせることで、その年の恵方が決まります。
十干は10の周期で回るので、西暦の下一桁によって恵方を知ることもできます。
西暦の下一桁が0・5……西南西(正しくは西南西微西)
西暦の下一桁が1・3・6・8……南南東(正しくは南南東微南)
西暦の下一桁が2・7……北北西(正しくは北北西微北)
西暦の下一桁が4・9……東北東(正しくは東北東微東)
起源は?恵方巻きを仕掛けたのは誰? 由来・発祥・ルーツ
恵方巻きの起源や発祥については諸説あり、後付けと思われるものも少なくないため、不明な点が多く定かではありません。恵方巻きの由来について、有力な情報を時系列でまとめると次のようになります。
   大正初期(?)…… 大阪の花街で、節分の時期にお新香を巻いた海苔巻きを恵方に向かって食べ縁起を担いでいた、という説があります。
   1932年 …… 大阪鮓商組合が「節分の日に丸かぶり 〜この流行は古くから花柳界にもてはやされていました。恵方を向いて無言で壱本の巻寿司を丸かぶりすれば其の年は幸運に恵まれる」と書いたチラシを配布。
   1973年頃 …… 大阪海苔問屋協同組合が「節分の夜、恵方に向かって無言で家族揃って巻き寿司を丸かぶりすると必ず幸福が回ってくる…と昔から言い伝えられています」と書いたチラシを、寿司屋に海苔を納める時に配った。当時は大阪のデパートでも「2月3日 幸運巻き寿司売り出し」と宣伝販売されていたらしい。
   1977年 …… 海苔業界による街頭イベント「海苔祭り」が大阪・道頓堀で開催され、「節分の丸かぶり」を取り入れた「巻き寿司早食い競争」が行われた。これがマスコミに取り上げられて全国に知れ渡ったのをきっかけに、全国主要都市の「海苔祭り」でも宣伝されるようになる。
   1983年 …… ファミリーマートが大阪と兵庫で販売開始。
   1989年 …… セブンイレブンが広島で「恵方巻き」の販売開始。翌年より販売エリアが広がり、95年には関西以西の地区、98年には全国エリアで販売するようになる。
恵方巻きの由来については、こうした発祥起源があり、それに伴い宣伝活動も活発になり、様々なお店やメディアでも取り扱われるようになったため、恵方巻きの認知度も拡大し、現在に至っています。
恵方巻きとは? 恵方巻きの効果と具材の意味
恵方巻きとは、節分にその年の良い方角とされる恵方を向いて食べる巻き寿司のことをいいます。福を巻き込むという意味を込めた巻き寿司のため、七福神にあやかり7種類の具が入った太巻きが望ましいとされています。巻き寿司を鬼の金棒に見立て、それを退治する意味もあるとか。
福やご縁を巻き込み、1年の幸せや願いが叶うよう食べるため、縁が切れたり、福が途切れたりしないよう、包丁で切らず丸ごと食べると良いとされています。
   一般的な具材の意味
   かんぴょう:細くて長いので「長寿祈願」「縁結び」
   しいたけ煮:かさの形が陣笠に似ているので「身を守る」
   卵焼き/伊達巻:黄金色で「金運上昇」、伊達巻は巻物に似ているので「知識向上」
   うなぎ:うなぎのぼりに通じて「上昇・出世」
   桜でんぶ:鯛などの白身魚をほぐしており、春を象徴する桜色で「めでたい」
   きゅうり:きゅうりの名から「九の利を得る」
   海老:腰が曲がるまで「長生き」
現在は、ファミマ、セブンイレブン、ローソンなどのコンビニや、スシローなどの大手寿司店、スーパーなどが毎年力を入れており、スイーツでも恵方巻き・恵方ロールを展開しています。その中には、豪華さにこだわった具材や個性的な変わり種、巨大でとても丸かぶりできないサイズなどがあり、多様化が進んでいます。
恵方巻きの食べ方作法・ルールは?
節分に食べる恵方巻きの特徴は、何と言ってもそのユニークな食べ方でしょう。まずは一般的なルールを説明します。
1 太巻きをひとりにつき1本準備する
福を巻き込む巻き寿司なので、縁が切れたり、福が途切れたりしないよう、包丁で切ってはいけません。
2 恵方を向く
その年の歳徳神がいる方角で、何事も吉とされている恵方を向いて食べます。
3 願いごとをしながら、黙々と最後まで食べる
しゃべると運が逃げてしまうため、食べ終わるまで口をきいてはいけません。さらに、目を閉じて食べる、笑いながら食べるという説もあります。
いかがですか。家族揃って同じ方向を向き、黙々と太巻きを食べる光景はなかなかお茶目!? 真面目に最後まで成し遂げるのは結構大変です。
恵方巻きのいろいろな呼び名
恵方巻きの他にも呼び名があります。
・恵方を向いて福を巻き込む巻き寿司を食べるから「恵方巻き」(また、豆まきの“まき”をもじっている)
・恵方を向いて食べる寿司なので「恵方寿司」
・丸かぶりするので「丸かぶり寿司」
この他にも「幸福巻」「招福巻」「開運巻き寿司」など、地域やお店によって様々な呼び名があります。
節分に何をしましたか? 節分と恵方巻きの関係を探ってみる
本記事の公開当初である2006年当時の記述と、2023年までの恵方巻き事情をみてみると、恵方巻きが年々浸透している様子がわかります。
―――2006年1月24日当時の記述―――
まずは2005年の節分事情を見てみましょう。
<調査機関:マイボイスコム株式会社、調査期間:2005年2月1〜5日、回答者数:1万3145名>
複数回答ではありますが、「豆まき」実施が55%と過半数を超え、「豆を年の数食べる」も44%となっており、古来からの伝統を受け継いでいますが、注目すべきは「恵方巻き」が33%に達していること。近畿地方中心だった恵方巻きが近年猛烈な勢いで全国区になっているのです。また、一般的には「豆まき」と「恵方巻き」のふたつを取り入れるというよりも、どちらか一方をする傾向が強いようです。
そこで、様々な調査結果に目を通し、豆まきする・しない理由と恵方巻き食べる・食べない理由の主なものをご紹介します。
   豆まきをする理由
・節分といえば豆まき、それが恒例行事なので
・毎年、父親が張り切っている。父の存在価値が光る行事でもある
・他に何をするの?
   豆まきをしない理由
・後の掃除が面倒だから
・近所迷惑になるから
・子どもが成長したのでやらなくなった。子どもがいないと恥ずかしくてできない
・ひとり暮らしだから
   恵方巻きを食べる理由
・夕食がこれで済むから
・豆まきよりも手軽にできるから
・面白いから
・小さい頃から節分といえば恵方巻きが当たり前なので
   恵方巻きを食べない理由
・知らない
・邪道だと思うから
2005年と2023年の節分事情比較
同調査はほぼ毎年継続して行われているので、主要5項目について、2005年のデータ(2021年の性年代構成比にあわせてウェイトバックした値)と、最新の2023年のデータを比較してみます。<マイボイスコム株式会社調べ>
恵方巻きを食べる……29.6% → 37.1%
豆まきをする…………57.3% → 28.3%
豆を年の数食べる……39.6% → 19.3%
鰯にヒイラギ……………8.4% → 3.6%
何もしない……………27.5% → 42.5%
この18年で伝統的な「豆まき」や「豆を年の数食べる」、「鰯にヒイラギ」が減少し、「何もしない」と「恵方巻き」が増えていることがわかります。
恵方巻きの認知と実施状況
では、恵方巻きにフォーカスし、その推移をみてみましょう。
<調査機関:マイボイスコム株式会社、調査期間:2023年2/1〜2/5、回答者数:9912名>
   恵方巻きの認知
2005年は80.8%だった恵方巻きの認知度が、2010年以降は95%以上で推移しており、2023年は95.9%。恵方巻きが浸透していることがうかがえます。
   恵方巻きを知っている方の恵方巻き実施状況
2006年の調査では、恵方巻き認知者のうち、今年の節分に恵方まきを「食べる予定・食べた」は49.0%でしたが、2023年は48.4%となりました。なお、近畿・中国では各60%台、四国では6割弱で他の地域より高くなっています。北海道、東北、関東では各4割強とやや低くなっています。
恵方巻きは主婦の味方! その理由は?
我が家の伝統行事として昔から恵方巻きに親しんでいる方もいますが(主に大阪を中心とした近畿地方)、それ以外の場合は、ある日突然食卓に登場し、節分の主役の座を射止めるケースが多いようです。
その理由のひとつが、家庭行事を仕切る主婦のハートをつかんでいるということ。太巻き1本を丸かじりするわけですから、もうそれだけで満腹。さらに、邪気をはらう「焼嗅(やいかがし)」(別名「柊鰯」「鰯柊」)の鰯が食卓にのぼる家庭も多く、献立が成立してしまいます。さらに、豆を食べたり、福茶を飲んだりする方もいるので、立派な食事になります。恵方巻きの種類も豊富になり、市販のものを購入する後ろめたさもありませんから、主婦にとっては嬉しい限り。豆を撒いて掃除する手間を考えればなおさら楽なので、節分の行事として積極的に取り入れたくなる気持ちもわかります。
それから、ゲーム感覚で楽しめるところがウケるんですね。さすがは大阪発祥です。また、現在の住宅事情では豆まきをするのも容易ではありませんし、一緒に楽しめる人(特に子ども)がいないと、豆まきをする気もおきないため、季節の行事を手軽に楽しみたい層にはぴったりなのでしょう。
恵方巻きレシピ
恵方巻きを手作りする方も多いです。最近はバリエーションも豊富になり、作ること自体を楽しむ家庭も増えています。オリジナルの恵方巻きを作ってみてもいいですね。
恵方巻きに合うおかず〜節分の食べもの
恵方巻きのほかにも、節分に食べると縁起がいい食べものがあります。恵方巻きに合わせれば、立派な節分メニューになりますね。
・鰯 / 鰯の焼き魚、鰯の梅煮、鰯の甘露煮など
・そば / ざるそば、かけそばなど
・大豆 / 福茶、大豆の煮もの
・こんにゃく / こんにゃくの甘辛煮、こんにゃくステーキ、こんにゃくの味噌田楽など
・けんちん汁 / けんちん汁にこんにゃくや大豆を入れると節分らしさ満点に
・くじら(山陰地方の節分行事食) / くじら汁、刺身、くじらベーコン、おばいけ、竜田揚げなど
恵方巻き以外にも、さまざまな節分行事があります
節分には落花生!……あなたはきっと○○○出身ではありませんか?
現代の家庭事情が色濃く反映されている節分。皆さんは豆まき派?恵方巻き派?それとも落花生まき派ですか?
 
 
●恵方巻きの起源と由来
恵方巻きはいつどこではじまった?名前の由来は?
恵方巻きが誕生したのは、江戸時代から明治時代にかけてと言われています。起源は諸説ありますが、大阪の商人や芸子が商売繁盛を祈願し、節分に巻き寿司を食べたのがはじまりという説が有力。この頃はまだ「恵方巻き」ではなく、「太巻き寿司」や「丸かぶり寿司」と呼ばれていたようです。
恵方巻きを食べる風習は一時廃れますが、のちに寿司・海苔業界の宣伝活動により復活。節分の縁起かつぎとして大衆に浸透します。やがて関西地方全域に、恵方巻き文化が根付きました。
   全国に広まったきっかけ
1989年、広島県のとあるコンビニで、節分に「恵方巻き」という名の巻き寿司が売り出されました。これが一躍話題となり、ネーミングの由来になったと言われています。
以後、恵方巻きの存在は広く知れ渡り、全国のコンビニ・スーパー・デパートが販売を開始。手作りを楽しむ家庭も増え、節分の食べ物として世に定着していきました。
恵方巻きの特徴
   入れる具材
恵方巻きは7種の具材を入れるのがよいとされています。これは七福神にあやかり、「福を巻き込む」という願いが込められているから。具材はなんでも構いませんが、うなぎの蒲焼き・伊達巻き・しいたけ煮・かんぴょう・きゅうり・桜でんぶ・高野豆腐などが一般的です。
近年では海鮮やお肉など、さまざまなバリエーションの恵方巻きが売り出されています。
   巻き寿司や太巻きとの違い
恵方巻きに似た食べ物で「巻き寿司」や「太巻き」があります。これらの違いを簡単に述べると、「巻き寿司」は海苔で酢飯と具材を巻いた寿司の総称、「太巻き」は太く巻いた巻き寿司のこと。
そして「恵方巻き」は、節分に恵方を向いて食べる太巻きです。つまり「巻き寿司>太巻き>恵方巻き」となります。
恵方巻きの食べ方とその意味
   1本を切らずに食べる
恵方巻きは切らずに1本まるごとかぶりつくのがルール。切ってしまうと、「福を断つ・縁を切る」に通じてしまうと考えられています。休まず一気に食べることも提唱されていますが、無理をするのは禁物です。喉に詰まらせないよう、ゆっくり楽しみながらいただきましょう。
長さや太さに決まりはないので、食べる人に合った大きさのものを用意するのがおすすめです。
   恵方を向いて食べる
「恵方」とは、その年の福を司る歳徳神(としとくじん)がおられる方角のこと。東北東・西南西・南南東・北北西の4つがあり、毎年変わります。
その方角に向かい事をおこなうのは「万事に吉」とされているため。恵方巻きも恵方を向いて食べることが重要です。災いを払い、ご利益を授かると言われています。
   しゃべらずに黙って食べる
恵方巻きを食べている間は無言がお約束。しゃべると口から福が逃げてしまうので、願い事を思い浮かべながら黙々とほおばりましょう。
一方「笑いながら食べる」という説もあり、これには「邪気を笑い飛ばす」「笑う門には福来たる」の意味があるそうです。とは言え、笑い声をあげつつ恵方巻きにかぶりつくわけではありません。まず恵方を向いてにっこりと笑い、それから黙って食べはじめてください。
恵方巻きを正しく食べて福を呼ぼう!
ここ十数年で世に広く浸透した恵方巻き。由来や食べ方の意味を、初めて知った方も多いのではないでしょうか。今年の節分はぜひこちらの内容を参考に、正しい方法で恵方巻きを食べてくださいね。福を呼び込み、願い事を叶えましょう!  
 
 
●節分 
節分とは「冬から春への季節の変わり目」
今では2月3日に定着している節分ですが、本来は「立春」「立夏」「立秋」「立冬」の前日のことを「節分」と呼んでいました。節分は、名前の通り「季節を分ける」ということを意味している言葉です。立春・立夏・立秋・立冬は季節の始まりの日であるため、それぞれの前日は季節の変わり目にあたり、それが節分だったのです。
現代では2月3日だけが節分になっていますが、これは4つの季節の中で「立春」が最も重視されていたためです。春の訪れである立春は1年の始まりでもあり、特に待ち望まれていました。徐々にこの考えが強まり、立春の前日だけを節分と呼ぶことになったのが現代の節分の由来だといわれています。
節分に豆をまく由来とは?
今では12月31日が大晦日、1月1日が元旦で新年の始まりとなる日ですが、その昔では立春が新年の始まりでした。そのため、立春の前日である節分が大晦日だったのです。1年を締めくくる節分は、その年の中でも特に重要な日です。来たる新年に向け、厄や災難をお祓いする行事が行われており、これが豆まきの由来になったといわれています。
節分の豆まきに大豆を使う理由は?
もともと日本では、穀物などに邪気を払う力があると考えられていました。特に大豆は米や麦と同じくらい重要な穀物として扱われており、魔除けや生命力に関する霊力が込められていると考えられていたのです。このことから、お祓いなどの行事などでは大豆がよく使用されていたという説があります。また、暴れている鬼の目に炒った豆を投げつけて鬼退治ができたという説や、魔物(鬼)の目の文字を取って「魔目(まめ)」になるという説もあります。
鬼は外! 福は内!豆まきを楽しもう
節分の豆まきといえば、「鬼は外! 福は内!」という掛け声が連想されますよね。地域によってこの掛け声は変わるようですが、鬼を外に払い、福を呼び込めるようにという意味が込められています。家庭で豆まきをする際は、家のドアや窓を開けてから「鬼は外!」と言いながら豆をまき、払った鬼が戻らないようドアや窓を閉めてから「福は内!」と言って部屋に豆をまきます。この豆まき方法も地域によって多少の違いがあるようですが、一般的なのは部屋の奥から玄関に向かって豆をまく方法です。
恵方巻を食べる理由は?
節分の習慣として最近一般化してきたのが、恵方巻です。「恵方」とは、その年の福徳を司る年神様がいる方向を指す言葉です。恵方を向いて巻き寿司を食べることで「吉を呼び込む」とされています。恵方巻を切らずに無言で一本丸ごと食べることには「縁を切らないように」という意味が込められています。七福神にちなんだ七種類の具材を入れるのには「七福を巻き込む」という願いも込められています。恵方巻を食べる起源には諸説がありますが、江戸時代から明治時代に始まったといわれています。商売繁盛を願う商人や芸事の上達を祈念する芸子などが食べていたようです。 
福は内鬼は外 [ふくはうちおにはそと]
1 福をもたらす福の神は内へ、災厄や貧をもたらす鬼は外への意で、節分の夜、豆をまきながら唱えることば。虎明本狂言・節分(室町末‐近世初)「ふくはうちふくはうち、おにはそとへおにはそとへ」
2 節分の夜、豆まきの行事をするときに唱える言葉。幸運を招く福の神は内へ、禍をもたらす鬼は外への意。鬼は外福は内。 
 
 
●節分の掛け声と由来 
節分は「鬼は外!福は内!」と威勢のよい掛け声とともに豆をまいて鬼を追い払い、福を呼び込む行事です。実は、地方や地域によって「鬼は内、福は外」や「鬼は内、福は内」など、さまざまな掛け声があるのをご存じでしょうか。地域による掛け声の違いやその由来を解説します。
なぜ「鬼」に豆をまくの?
節分とは、立春の前日に一年の健康や幸運を願う行事です。豆をまいて鬼払いをする行事としておなじみですが、そもそもなぜ、節分で鬼に豆をまくのでしょうか。
その理由は、昔の人々が自然災害や疫病や飢餓などの不幸な出来事の原因を「邪気(鬼)の仕業」ととらえて鬼を恐れていたから。特に季節の変わり目にそのような不幸が起こることが多いという理由から、節分に豆をまき、鬼払いをおこなうようになったといわれています。
節分に豆をまく理由は?掛け声「鬼は外、福は内」の由来は?
節分に豆がまかれるようになった理由には諸説ありますが、日本では古来より「米・麦・ひえ・あわ・豆」の五穀には''穀霊''と呼ばれる精霊が宿るとされていました。鬼を払うのには、そのなかでもっとも粒の大きな「豆」が最適と考えられたようです。
また「魔を滅する(魔滅=まめ)」という言葉にかけて豆を使うようになったという説もあります。
鬼とは「目に見えない邪悪な存在」のたとえです。節分で豆をまく際に掛け声をかけるのには、実体のないものを追い払う意味があると考えられます。
広く使われている「鬼は外、福は内」という掛け声には「災いをもたらす鬼を外に追い出して、福をもたらす福の神を内に呼び込む」という願いが込められています。
鬼を呼び込む地域もある!?地域によって異なる掛け声
ユニークな掛け声や風習には、地域ごとにさまざまな想いが込められています。ここでは、地域によって異なる節分の掛け声をご紹介します。
   群馬県藤岡市鬼石地域「鬼は内、福は内」
鬼石(おにし)地域は、その名にちなんで鬼を招き入れる「鬼恋(おにこい)節分祭」をおこなっています。全国で追い出された鬼を招き入れる、鬼にやさしいユニークな行事です。
   茨城県つくば市鬼ケ窪「あっちはあっち、こっちはこっち、鬼ヶ窪の年越しだ」
あちこちで追い出されて鬼を気の毒に思い、鬼を呼び寄せる意味のある掛け声です。
   紀伊半島「鬼は内、福は内」
昔、紀伊半島や伊勢志摩地域をおさめていた領主が「九鬼(くき)」という名前だったそうです。そのため「鬼」を追い出す掛け声をかけられなかったことが始まりとされています。
   宮城県仙台市「福は内福は内、鬼は外鬼は外、天打ち地打ち四方打ち、鬼の目ん玉ぶっつぶせ!」
「鬼を退治する時には、特別な力のある''目''からやっつけるのがよい」との理由から、仙台にはこのような掛け声で豆まきがおこなわれている地域があります。勇ましい掛け声に鬼も驚いてしまいそうですよね。
   東京都台東区・浅草寺「千秋万歳 福は内」
「千秋万歳」とは長寿を願う意味で使われる言葉。浅草寺では「観音様の前には鬼はいない」という理由で「鬼は外」とは言わずに「千秋万歳 福は内」という掛け声をかけるそうです。
   千葉県成田山・新勝寺「福は内」
千葉県成田山の新勝寺にまつられている不動明王は「鬼さえ改心させる強い力を持っている」といわれることから「鬼は外」は言わず「福は内」だけを唱えます。
   京都福知山市「鬼は内、福は外」
福知山市にある大原神社の掛け声は、一般的なものとは真逆の「鬼は内、福は外」。「鬼を神社の内に迎え入れて、改心して福となったものを地域の家に出す」という意味が込められているそうです。
まく豆の種類や食べ物。地域によって異なる節分の風習とは?
豆まきの掛け声以外にも、まく豆の種類や節分で食べる物の風習は、地域によってさまざまな特徴があります。特に節分の食べ物には、その土地ならではの文化や縁起担ぎの想いが反映されています。そこでここからは、地域ごとの風習をご紹介していきます。
   地域によって異なる「節分でまく豆」
一般的に節分にまく豆は大豆ですが、北海道や東北・北陸地方などの雪国や、鹿児島県・宮崎県など南九州では、大豆の代わりに落花生をまく地域があります。
その理由には以下のようなものがあります。
<特定の地域が大豆ではなく落花生をまく理由>
・大豆より大きく、雪の中でも拾いやすいから
・殻つきで衛生的だから
・大豆より生産量が多くて安価だから
   地域によって異なる「節分の日の食べもの」
豆以外に節分に食べるものといえば、恵方巻きを思い浮かべる方も多いでしょう。実は、恵方巻き以外にも、地域によってさまざまな食べ物を食べる風習があります。
・関東地方 / けんちん汁
節分にけんちん汁を食べるのは、一部の関東地方の風習のようです。寒い季節の行事の最中に体を温めるために食べていた名残とされています。
・関西地方 / ぜんざい
関西地方を中心に節分にぜんざいを食べる風習があります。ぜんざいに使われる小豆の赤色が、縁起がよく厄除けの効果があるとされています。
・四国地方 / こんにゃく
食物繊維が豊富なこんにゃくは、体内の悪いものを排出する効果があるといわれています。四国地方を中心に大晦日や節分に「邪気を払い、身を清める」目的でこんにゃくを食べる「砂おろし」という風習があります。
・山口県 / くじら
旧暦では新年とされる節分の時期に「大きなものを食べると縁起がよい」という理由から、捕鯨の歴史のある山口県ではくじらを食べる風習があります。「子どもの健やかな成長」を願う意味もあるそうです。
節分の豆まきの正しいやり方を紹介
掛け声やまき方には地域やご家庭によってさまざまな方法がありますが、ここでは一般的な豆まきのやり方をご紹介します。
   1. 福豆を準備する
鬼は夜に現れるといわれるため、豆まきは夜におこないます。福豆を準備したら、豆まきの直前まで桝や三法(お供えに使う器)に入れて神棚に供えておきましょう。神棚がない場合は、自分の目線よりも高いところに白い紙を敷いて神棚の代わりにしてください。
   2. 豆まきは家族そろって
家族みんなの無病息災を願うために、家族が全員そろってから豆をまきましょう。豆まきは本来は家長の役目ですが「年男・年女」「厄年の人」も吉とされています。
   3. 掛け声をかけながら豆をまく
玄関や窓を開けて「鬼は外!」と掛け声をかけながら、鬼を追い出すように奥の部屋から順にまいていきます。
   4. 豆の投げ方は「下手投げ」
豆をまく時に桝は胸の辺りで持ちましょう。手のひらが上を向くように「下手(したて)投げ」のように豆をまくのが作法です。
   5. 豆をまいたらすぐに鬼を締め出す
奥の部屋から順に玄関まで豆をまき終えたら、すぐに玄関や窓を閉めて鬼を外に締め出しましょう。そのあとに「福は内!」の掛け声と共に、部屋の中に豆をまきます。
   6. 最後に豆を食べる
まいた豆を拾ったあとは、一年の無病息災を願いながら、年の数、または年の数に1粒加えた豆を食べましょう。
豆まきで、一年を健やかに過ごしましょう
豆まきは家族みんなでおこなう恒例の行事ですが、地域による掛け声や食べ物の違いなど、意外と知らなかったことも多いのではないでしょうか。
福を呼び込むために「鬼を追い払う」だけでなく「鬼を呼んで福に変える」など、いろいろな意味が込められた掛け声は、由来を知ることでさらに興味がわいてきますね。
 
 
●「鬼は内 福は外」 緒話 
●「鬼は内 福は外」 
表題を見て、間違っているのではと思っている方が大半だと思います。「鬼は外 福は内」が一般的ですよね。
節分の「豆まき」の時に、鬼に豆を投げつけて退散させる光景がテレビなどによく映し出されますね。
節分とは、各季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日のことで「季節を分ける」という意味です。江戸時代以降は特に立春(毎年2月4日ごろ)の前日を節分というようになりました。この季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると考えられており、それを追い払うための行事が「豆まき」に代表される行事です。豆は「穀物には生命力と魔除けの呪力が備わっている」という信仰、または語呂合わせで「魔目(豆・まめ)」を鬼の目に投げつけて鬼を滅する「魔滅」に通じ、鬼に豆をぶつけることにより、邪気を追い払い、一年の無病息災を願うという意味合いから、一般的に「福は内、鬼は外」と声を出しながら福豆(煎り大豆)を撒いたり、年齢の数だけ(もしくは1つ多く)豆を食べて厄除けを行う光景が見られます。
阿弥陀さまから見た 「鬼は内 福は外」
浄土真宗では、上記のような意味での「豆まき」はしませんし、「鬼は外、福は内」という掛け声ではなく、むしろ阿弥陀さまのみ教えをいただくものは、表題の「鬼は内、福は外」という阿弥陀さまのお慈悲を大事に味わせていただくことができるようになります。どういうことかと言いますと、鬼とは邪気のことといわれますが仏教では三毒の煩悩に代表されます。すなわち1欲、2怒り、3愚痴です。親鸞聖人はお手紙(一念多念証文)の中で、「凡夫というは、無明煩悩われらが身にみちみちて、欲も多く、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおおく、ひまなくして、臨終の一念にいたるまでとどまらず、きえず、たえぬなり」と語られています。
他人の幸せを心から喜ぶことができず、相手を恨んだり、妬んだり、腹がたったり、卑下してみたり、それが、凡夫である浅ましい私の本当の姿であると、親鸞聖人は仰るのです。そんな私の偽らざる姿を鬼と表現したならば、その鬼の姿そのものを抱きとって捨てずと仰って下さるのが阿弥陀さまです。「鬼は内」とは、阿弥陀さまが常に煩悩に染まる凡夫の私を抱き取ってくださっている心のあらわれです。
そして「福は外」とは、その阿弥陀さまの慈悲のあたたかいこころを凡夫である私に差し向けて下さるこころがこの「福は外」の意味するところです。
私から見た 「鬼は内 福は外」
お念仏を喜ばれた妙好人の浅原才市さんのエピソードがあります。それは、才市さんの肖像画を絵師の方が描いて持ってこられた時のことです。家族や近所のものは「大変良く描けている」と満足げによろこんでいるのに、当の才市さんは首をかしげているそうです。そこで聞いてみると「一つ足らんものがあるので、付け加えて描いてもらいたい。」と願われたので、何かと問うと「頭に、角を描いてくれんか。あんたらには見えんかもしれんが、わしの頭には角が生えとるんじゃ。」といわれたそうです。
阿弥陀さまがご覧になっている姿を、才市さんは角の生えた鬼の姿で表したかったのでしょう。
才市さんが阿弥陀さまのお慈悲のこころをいただいていく中で、お慈悲に照らされる自分の姿は何とあさましいことかと、慈悲の光に照らし出されたのでしょう。一皮むけば、本当の姿は鬼。そして、手柄は自分のものにしたがる私。しかし、その鬼を助けるはたらきが、阿弥陀さまのご本願。どうにもこうにもならぬ鬼のこの私を救わねばと、南無阿弥陀仏となってはたらいて下さる。あさましい鬼の私が、阿弥陀さまの救いの目当てであったとは何とありがたいことであったか。
阿弥陀さまのおこころをいただきながらお念仏申し、日々の生活を正直に生きた才市さんの姿こそが、「鬼は内、福も内」の阿弥陀さまに照らし出された偽りなき私の姿でした。
稲垣瑞剱先生のうたに次のものがあります。
「幸福来らば敵と思え 苦しみきたらば惰眠を覚ます 他力大行の催促なりと思うべし」というものです。ともに味わいたいお言葉です。 
●「鬼は内 福は外」 京都・福知山の変わった節分祭り、なぜ?
2月3日は節分。豆をまいて邪気を家から追い出し、幸せがやってくることを願う日本の伝統的な行事である。豆まきの際、「鬼は外、福は内」という掛け声が一般的だが、鬼を親しむ文化を持つ「鬼のまち」京都・福知山市は少し変わっていることをご存じだろうか。
鬼が心を入れ替え、お多福に変身!?
福知山市にある「大原神社」での豆まきは、「鬼は内、福は外!」と一般的な掛け声とは正反対。2月2日の夜、宮司が祝詞をあげて四方に桃の矢を放って厄払いをし、参拝者らが良い一年を過ごせるように祈願。その後、地元住民の家を鬼がまわり、家庭の鬼、いわゆる「厄」を迎えに行く「鬼迎え」の儀式がおこなわれる。
そして3日の夜に、前日持ち帰った鬼(災厄)に対して、参拝者が「鬼は内、福は外」と言いながら豆をまく。するとまかれた鬼が社に入って心を入れ替え、お多福に変身する(改心する)というものだ。
今年は感染防止対策のため、豆まき行事(追儺式)は実施されないが、なぜ「鬼は内、福は外」と言うのだろうか? 「大原神社」の宮司さんに話を訊いてみると、この掛け声はかなり昔からやっているが、鬼が改心して福になる流れは20年ほど前からだそう。
「鬼は内、福は外」というのは、「大原神社」では2説、言い伝えられている。1つは、ちまたにいる悪い厄(鬼)を神によって改心させるために、鬼を神社の内に迎えいれて(鬼は内)、改心して福となったものを地域の家に出す(福は外)という行事になったというもの。
もう1つは、昔、綾部藩の領地だった「大原神社」の当時の領主が「九鬼氏(くきし)」で、江戸時代に藩主として勤めていたが、名前に「鬼」が付いていることから、「鬼を外に追いやるわけにはいかない」と、「鬼は内、福は外」の掛け声になったという説があるという。
鬼にまつわるさまざまなグルメが存在する福知山市
最強の鬼・酒吞童子など3つの鬼伝説を有す大江山、世界一巨大な鬼瓦がある「日本の鬼の交流博物館」など、鬼づくしのまち・福知山市。大江山名物のそば「鬼そば」や「鬼饅頭」、「鬼のどぶRock」などさまざまな鬼グルメやスポットが存在する。  
●「福は内」「鬼は外」
町の中で買い物帰りの親子連れに出会いました。母親が子供の手を引き、子供はもう一方の手に鬼の面と豆袋を提げて歩いていました。
二月三日の節分、四日の立春と、本当の意味での新年を迎える季節になりました。「福は内」「鬼は外」と、親子連れの掛け声の情景が浮かび、暖かさが感じられて一人で微笑んでいました。
ところで、誰が鬼になり逃げまどうのでしょうか。果たして「鬼」とはいったい何なのでしょうか。ふと考えてしまいました。
人は、普段はなかなか表に出さないのに何かの縁でふと出すものがあります。これを「隠」といって、後にこれが「鬼」に変わったのでしょう。
人の毛穴は、八万四千あるといわれ、その穴を通して毎日本当の自分が出たり入ったりしているのですが、それに気づいている人は少ないのです。
八万四千を縮めて百八の除夜の鐘にしている煩悩はよく知られています。一年の十二ヶ月は、二十四節気、七十二候からなり、その季節の変わり目を加えると百八になり、節目節目を大切にし、また、体に気をつけてくださいとの教えです。
仏教では、これを貪・瞋・痴の三つに縮めて「三毒煩悩」と称しています。貪ることなかれ、執着することなかれ、怒ることなかれの意味で、人間最大の煩悩です。
そこで登場するのが鬼、つまり煩悩です。赤鬼、青鬼、黒鬼という、私たちの深層に住んでいる三匹の鬼がいます。怒って真っ赤になったのが赤鬼で、何か心配ごとがあったり、心配して青くなったのが青鬼、無知でお先真っ暗なのが黒鬼です。自分の心の状態ありのままを表わしている姿です。この鬼たちを豆で追い払おうとするのが、節分という追儺行事(悪鬼を追い払うために行
なう儀式。鬼やらい。昔は大みそかに行われていた)になったと言われています。
黄檗五十七代玄妙管長に、「鬼は外 福は内なる 外の鬼 つかまえてみたら 内の鬼なり」の歌がありましたが、まさしく鬼は内にいます。
つまり節分の豆まき行事は、自分の体についた罪、穢れを豆(魔滅)に移して流そうとする行為であり、最後にその豆を自分の数だけ食べるのは自分の禊をしているのです。節分の鬼は、このとき新年を迎える人たちのために「新しい年を持ってくる神」の姿であり、豆を撒いたのも鬼退治よりも神への供物であったと思います。そうでなければ大切な食物である豆を撒くはずもありません。
江戸時代の儒者の言葉に、「鬼は外」「福は内」に語呂合わせした『遠仁者疎道不苦者有智』(仁に遠き者は道に疎し。苦しまざる者は智有り)の言葉があります。仁に遠い人、つまり思いやりのない人は人の道に疎く、苦を超越した人は悟りの智慧を持つ、という意味ですが、奥深い教示です。
また、おとぎ話の「一寸法師」も興味深い話です。ただ一つ「法師」の名が付くお話です。
お姫様を伴って清水寺へ参拝の帰り道、鬼が出てきてお姫様を連れ去ろうとしたとき、一寸法師は針の剣を振りかざして、鬼の口から飛び込みその鬼を退治しました。鬼は自分の中にこそあるという教訓です。鬼が退散し、その後に残されていたものは打出の小槌ですが、これは煩悩を払い去った後の「智慧」の象徴と言っていいでしょう。日本の昔話はなんとすばらしいものでしょうか。
これが仏教では、智慧の菩薩として知られている文殊菩薩として語られます。文殊菩薩は、左手に経本を持ち右手に剣を持ったお姿です。勉学中に煩悩が湧いたら剣で退散させて修行を続けて智慧をつけてくださるということです。
さあ皆さん、豆を持って自分の内側から鬼を退治しましょう。
「福は内!」「鬼は外!」 
 
 
 
 
 
 
 
 


2024/2