氷河が消える 

氷河 間氷期

温暖化
北極 南極 
ヒマラヤ アルプス グリーンランド
 


氷期(氷河期)・間氷期・温暖化
 
 
 
●スイスからの報告・消える氷河  2001/1 
立山連峰の雄山(3,003m)直下にある山崎圏谷(カール)と、薬師岳(2,926m)東側に広がる圏谷群は、氷河が岩盤を削り取って造った地形で、日本にもかつて氷河が存在したことを証明している。立山一帯に最後の氷河期が訪れたのは、約二万年前のこと。スイスには今でも国土面積(41,000km2)の約7%を占める氷河があるが、地球温暖化の影響で年々姿を消す氷河も少なくない。
イタリアと国境を接するグラウビュンデン州を中心に広がり、ベルナーオーバーランド地方と並んで、近年日本人観光客が増えているベルニナアルプス。主峰ピッツベルニナ(4,049m)から続く谷筋を覆うモルテラッチ氷河は現在、約6,700mの長さがあるが、二〇〇〇年までの百年間で1,870mも後退した。地球温暖化の影響を受け消えゆく、代表的な氷河だ。
ベルニナ峠(2,253m)を超えてアルプスを縦断しイタリアへ抜ける「ベルニナ特急」のモルテラッチ駅を降りると、駅のすぐそばに、一九〇〇年に氷河の先端がここまであったことを示す鉄製標示が立っている。駅から現在の氷河先端部までは遊歩道が整備され、先端部の後退した位置を示す同じ標示が、十年ごとに立てられている。一九二〇年には谷を240m上った地点まで後退し、一九六〇年には1,039m、二〇〇〇年には1,870mの地点まで後退していた。
ベルニナアルプスで山岳ガイドとして活躍する高橋淳子さん(ダボス在住、新潟県出身)は、遊歩道を歩きながら標示を一つずつ確認し「一九二〇年までは年間約10mだった後退のスピードが、それ以降は20m以上に倍増している」と話し、氷河への地球温暖化の影響が、近年ますます顕著になっていることにあらためて驚いた。
氷河は、立山連峰や後立山連峰などで雪が谷を埋めて固まった雪渓とは異なり、一年中雪が消えない「雪線」以上の高い標高で積雪が15m以上になり、下層の方から氷化して形成される。ロシアのサハリン(樺太)とほぼ同じ高緯度(北緯四五度から四八度)にあるスイスの雪線は3,000m前後(立山の雪線は推定で約4,000m)とされる。モルテラッチ氷河が後退している谷筋の標高は2,000m程度と、雪線の標高よりもかなり低い。
地球温暖化で山岳地帯の氷河が徐々に消滅する例は、アルプスだけでなく世界各地で観測されている。モルテラッチ氷河の上部をはじめ、ユングフラウ(4,158m)直下に広がるアルプス最大のアレッチ氷河(長さ23.3km)や、マッターホルン(4,478m)とモンテローザ(4,634m)の間にあるゴルナー氷河(長さ12.9km)など、何万年もの間変わらない凍った大河の流れは、まさに地球の宝物だ。 
 
 
●ビッグメルト 消える氷の大地 2007/6 
南米ボリビア、標高5260メートルのチャカルタヤ氷河に、こじんまりとしたスキー場がある。世界で最も高い所にあるスキー場だ。設備といえば、長さ1キロ足らずのゲレンデが1カ所と、古びた簡易リフトがあるだけ。空気の薄さからくる頭痛を紛らわすため、スキーヤーはコカの葉を煎じたお茶を飲んでいた。「こんなスキー場でも私たちには誇りでした。各国の選手を招いて、南米スキー選手権を開催したこともあるんです」と、ボリビア山岳クラブのウォルター・ラグナ会長は感慨深げに語る。
そんな自慢話も過去のものになりつつある。この高地にスキー場ができたのは、小さな氷河があったおかげだ。雨期になると氷河に雪が積もり、どうにかゲレンデらしきものになる。1939年にスキー場がオープンした時には、すでに氷河は解け始めていたが、ここ10年ほどで一気に後退し、昨年には氷の塊が3カ所残るばかりになってしまった。今や一番大きい氷塊でも直径200メートルほどしかなく、リフトの下には岩だらけの地面が広がっている。
高山の氷河から極地の広大な氷床まで、地球上のあらゆる場所で、誰も予想しなかった勢いで氷が解けている。91年からチャカルタヤの氷河を観測してきた科学者たちも、まだ数年は安泰とみていた。地球温暖化が進めば、氷河が解けるのは十分予想されていたが、そのスピードは科学者の予想を超えていた。気温の上昇ペースからは考えられないほど急速に、氷の融解が進んでいる。
氷河や氷床は、わずかの気候変動にも敏感に反応することがわかってきた。グラスの中の氷が一定のペースで解けるのとは違い、氷河や氷床はいったん解け始めると、どんどん融解が進む傾向がある。チャカルタヤの場合は、氷河の一部が解けて黒っぽい岩が露出したため、太陽熱をよく吸収するようになり、融解が加速した。生じた変化がさらに悪影響を及ぼす負のフィードバック効果だ。そうして山岳地帯や極地の氷床は急激に縮小しつつある。
21世紀の終わりまでには、アルプスの氷河はほとんど消えるだろう。アンデスやヒマラヤ山中に散らばる小さな氷河の寿命はせいぜい数十年程度だ。ボリビアやペルー、インドなどでは、氷河から流れてくる水を、飲料水や農業用水、水力発電に利用して多くの人々が生活している。氷河が消えれば、その暮らしは大打撃を受けるだろう。
グリーンランドと南極を覆う広大な氷床にしても、解けるペースが突然速まったため、いつまでもつかは専門家にもわからない。グリーンランドの氷床を調べている米航空宇宙局(NASA)ジェット推進研究所のエリック・リグノットによると、融解のペースはこの10年ほどで2倍になったという。「5年前なら、『絶対あり得ない』と言われていたような現象が、いま現実に起きています」。グリーンランドと南極の一部にあるもろい氷床が崩壊すれば、海面が上昇して世界各地の島々や沿岸地域が水没する。低地にあるバングラデシュやオランダ、米国フロリダ州などが水浸しになり、何千万もの人々が生活の場を失うことになる。
海面が一気に上昇し始めるまで、もはや猶予はないのに、この期に及んでまだ多くの科学者が、石炭や石油、天然ガスの消費を大幅に減らせば最悪の事態を回避できると考えている。だが、地球温暖化は着々と進行し、これまで通りの経済活動をあと50年続ければ、完全に手遅れになることはほぼ間違いない。
地表に露出している太古のサンゴは、過去にも気候が温暖化し、海面が上昇した時期があったことを物語っている。米国フロリダ半島の先端のキー諸島やバミューダ諸島、バハマ諸島の沿岸からやや内陸にみられるこうしたサンゴは、今からおよそ13万年前の温暖な時期(間氷期)に形成された。当時は、海面が今より4.5〜6メートル高かった。つまり、現在グリーンランドにある氷床の大半が、解けた水の状態で海面を押し上げていたということだ。
当時の温暖化が進んだ理由は、化石燃料から排出される温室効果ガスが増えたためではない。地球の自転軸の傾きと公転軌道が変わったことが理由で、北極圏の夏の気温は今よりも3〜5℃高かった。現在の温暖化のペースからすると、北極地方の気温が当時の水準に達するのは時間の問題だろう。
気温がそのように急上昇しても、氷床は数千年かけてゆっくり解けて小さくなるにすぎない――コンピューターによるシミュレーションがはじき出す予測は、たいていそんな内容だ。こうした予測が正しければ、海面の上昇は差し迫った脅威ではないということになる。だが、グリーンランドの氷床で実際に起きている事態を見れば、とても悠長に構えてはいられない。
滑りだすグリーンランドの氷河
スイス生まれの気候学者コンラッド・ステフェンは過去15年にわたり、グリーンランドの内陸に観測キャンプを設けて、氷の状態を調べてきた。昨年の夏、再びグリーンランドを訪れたステフェンは、沿岸の町イルリサットに滞在し、ヘリコプターで内陸部のキャンプに飛び立とうと待機していた。「至る所で、異変を肌で感じます」と、ステフェンは話した。
沖合に目をやると、薄明かりのなか、銀色に輝く氷山の小さな塊がいくつも浮かんでいた。海面に漂う数多くの氷山は、目に見える形で異変を知らせている。これらは近くのフィヨルド(氷河の浸食でできた湾)の奥、ヤコブスハン氷河から崩れて、沖に流れていった氷山だ。
氷は、その一片を手に取ってみれば石のように固い。だが、固体の氷も、大量に集積すると水飴のように粘性をもち、ゆっくりと流れだす。グリーンランドでは、日本の国土面積の5倍近い広大な氷床が、内陸から沿岸に向かって流れている。陸上で踏みとどまるものもあるが、そのまま海に流れ込む“氷の河”もある。
ヤコブスハン氷河は幅6.5キロ、厚さはほぼ1キロあるグリーンランド最大の氷河である。その流速はこの10年で2倍になり、1日に約37メートルも進むようになった。今では、毎年46立方キロの氷の塊が海に流れ出し、フィヨルドでは次々に新しい氷山が生まれている。
グリーンランドの別の場所でも、氷河の流れは速くなっている。昨年、NASAの研究者リグノットは衛星のレーダー観測で、グリーンランド南部にある氷河のほとんどで、流速が増していることを突き止めた。リグノットの計算では、グリーンランド全土で2005年に失われた氷は224立方キロに達する。これは、10年前と比べて2倍以上の量で、科学者たちの予想を大きく上回る。「氷床の崩壊が始まったようです」と、グリーンランドと南極の観測を指揮するNASAのワリード・アブダラティは警告する。
ヤコブスハン氷河の流れが速まるのと同時に、氷河の先頭で海に浮かんでいる先端部も崩れて後退し始めた。2000年以降、ヤコブスハン氷河の先端は6.5キロ後退した。グリーンランドのほかの氷河でも、先端が部分的に崩れたり、全壊してしまったところは多い。実は先端が崩れたために、氷河の流れが速まっている可能性がある。「先端に浮いた氷は、陸側にある氷が海に流れ出すのを食い止める役割を果たしています。その氷が解けてしまうと、ちょうど栓が抜けたように氷河が海に流れ込んでしまうのです」と、アブダラティは説明する。
グリーンランドの気候は、明らかに暖かくなった。ステフェンの観測キャンプの冬の気温は、93年に比べて約5℃上昇し、大西洋の水深数百メートルの水温も0.5℃ほど上がっている。そのため氷河の先端は、空気に触れる上面だけでなく、水中からも解けだしている。フィヨルドに浮いた氷がすべて崩れてしまえば、崩壊の加速が収まる可能性もある。また、グリーンランドの岩盤は、氷床の重みで巨大な盆地のように沈んでいて、その多くが海面下にある。氷河が後退すれば、それを追うように海水が低地に流れ込み、内陸に残った氷をあっという間に海へ滑らせてしまうかもしれない。
今すぐにグリーンランドの氷が解けて、海面が大幅に上昇するということはない。衛星を利用して海面を観測しているスティーブン・ネレムによると、これまでのところは1年に3ミリのペースで海面が上昇しているという。このままなら2100年には海面が約30センチ上昇する計算で、国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が今年発表した予測とほぼ一致する。
一方、グリーンランドでの異変を間近で感じている研究者の多くは、2100年までに海面が1メートル上昇する可能性があると考えるようになった。氷河の流速を測定するリグノットは、この予想でもまだ甘いかもしれないと考えている。グリーンランドの氷が解ければ、海面は最終的に3メートル上昇するおそれがあるというのだ。「数百年単位でなく、あと100年でそれだけ上昇するという非常事態もあり得ます」
観測キャンプへの出発を待っていたステフェンのチームに話を戻そう。観測チームはヘリコプターで8キロほど内陸に向かった。着陸したのは、氷のあちこちに穴が開いた一帯だ。内陸から流れてくる氷の一部は、氷床の「消耗域」と呼ばれるこの辺りで解ける。訪れたのはちょうど8月で、まさに氷がどんどん解けるシーズンだった。広大な氷原のあちこちに解けた水がたまり、一面真っ白な氷の風景の中を縫うように、真っ青な水をたたえた川が流れていた。
こうして、解けた水が氷の上を流れると、氷床の崩壊にさらに拍車がかかるようだ。ステフェンらが初めてこの負のフィードバック効果に気づいたのは、10年前のことだ。NASAの科学者ジェイ・ズウォリーがGPS(全地球測位システム)を使って、氷河の流速を2年ほど続けて測定したところ、興味深い関係が浮かび上がった。氷の表面が解けるにしたがって、氷河の流れが速まることがわかったのである。
ズウォリーとステフェンは、表面で解けた水が氷床の底まで浸透し、その下の岩盤との間で潤滑油のような役割をするという仮説を立てた。濡れた路面で車のタイヤがスリップするように、氷と岩盤の間に水がたまると、氷河が滑って流れが速くなると考えたのだ。
この仮説が正しいなら、表面で解けた水は、なんらかのメカニズムで氷床の底まで浸透しているはずだ。夏には消耗域のあちこちに解けた水がたまり、直径何百メートルもの湖ができるが、そうした湖は時に、たった1日で姿を消してしまう。どこかに隠された排水路があるかのようだ。観測チームのヘリコプターが着陸した地点からそう遠くない所に、「ムーラン」と呼ばれる縦穴ができていた。解けた水が小さな隙間に流れ込んで氷をうがち、そこにさらに水が集まって深く大きな穴ができたものである。
ステフェンたちがここに来たのは、穴に流れ込む水の行方を調べるためだった。水は真っすぐ氷床の底に達するのか、階段を下りるように流れ落ちていくのかを確かめたい。水が底にたやすく浸透すればそれだけ、氷河の流速がどんどん加速されると考えられるからだ。
ステフェンらは氷に固定具を打ち込み、そこに結んだロープを頼りに穴に下りて、内部の様子を探った。下の方は真っ暗だが、水が流れる音がする。目が慣れてくると、穴の大きさの見当がついた。「今まで見たなかで一番大きい。地下鉄の駅ほどもあるムーランだ」と、ステフェンは上にいる仲間に大声で伝えた。
ケーブルの先にカメラをつけて穴に下ろすと、105メートルほどで何かに突き当たって止まった。穴の近くに設営したテントで、カメラからの映像を見てみると、そこは氷の棚で、周りに砂混じりの水が勢いよく流れていた。断言はできないが、氷床の底の岩盤に近い辺りとも考えられる。浸透メカニズムはまだ完全には解明できていないが、浸透の結果、何が起きたかははっきりしている。最近では氷河の流速は、夏になると通常の3倍にも達するようになった。
世界地図を見れば、グリーンランドの氷床がもろい理由が推測できる。この巨大な島の南端は、氷に覆われていない米国アラスカ州のアンカレジやスウェーデンのストックホルムとほぼ同じ緯度にある。グリーンランドの氷はあまりに巨大なために独自の気候が生まれ、そのおかげで氷が解けずに残ったのだ。グリーンランド内陸部を覆う万年雪は、光と熱を反射する。しかも氷の厚みで標高が高くなっているために、表面近くの気温が低い。氷の量が圧倒的に多いおかげで、比較的暖かい南部の気候の影響を受けずに氷が残る。しかし、そんな防衛機能も、氷床が小さくなれば弱まってしまう。
南極に迫る危機
グリーンランドよりはるかに大きな南極の氷床は、それほどもろくはなさそうだ。南極圏からはみ出た南極半島を除けば、地球温暖化によって氷床がかえって厚くなった所もあるほどだ。温められた空気が水蒸気を多く運び、降雪量を増やしたのである。一方で、南極大陸の西半球側、西南極大陸の氷床からアムンゼン海に流れ込む巨大氷河では、グリーンランドの異変を思わせる気がかりな現象も見られる。西南極の氷の下にある岩盤は、グリーンランドと同様、ほとんどが海面より低い。そしてここでも氷河の流れは速まっている。
西南極にある幅30キロ以上、厚さほぼ1キロのパイン・アイランド氷河は、1970年代に比べて30%以上速く流れるようになった。西南極の氷が毎年どのくらい失われているかは、研究者の間でも意見の分かれるところだが、最終的に世界の海面を1.5メートル上昇させる程度の氷が失われるおそれがある。
13万年前の間氷期にも、そうした現象が起きたと考えられる。4.5〜6メートルも海面が上昇したとすれば、グリーンランドだけではなく、南極の氷も解けたはずだ。この時も今と同様、南極の気温は低く、大気に触れた表面から氷が解けることはなかった。海水の温度が上昇し、海に浮いている氷が下から解け始め、それが引き金となって氷床の一部が崩壊したのだろう。今もそれと同じことが起きる条件は整っていると、氷河学者ロバート・トマスはみる。
彼が予想する崩壊は、長さ65キロ近い棚氷の端にあるパイン・アイランド氷河で始まりそうだ。トマスの調査チームは、この棚氷が1年に数メートルのペースで薄くなっているのを発見した。パイン・アイランド氷河の流れが速くなっているのはそのためではないかと、トマスは言う。棚氷が薄くなって、その両端部で陸との結びつきが弱くなり、氷河の流れを押しとどめていられなくなっているというのだ。
トマスがさらに気にかけているのが、彼が「氷の平野」と呼ぶ、棚氷のすぐ奥にある低い岩盤の上に乗った、長さ24キロの平らな氷塊である。ここでも氷は薄くなっていて、トマスによれば今後10年以内に岩盤からはがれて、海に流れ出すおそれがあるという。
いったんこうした現象が起きて、そこに海水が入り込んでくれば、南極の氷は連鎖的に崩壊する可能性がある。「ここから250キロ内陸まで、低く平坦な岩盤が続いているので、その氷が流出すれば巨大なフィヨルドができるでしょう。そうなれば、氷河はどんどん後退し、西南極大陸のかなりの氷が失われてしまいます」
この恐ろしいシナリオがいつ展開するかは、トマスもはっきり言わないし、そんな事態は起きないとみる研究者もいる。しかし、海水温の上昇によって、棚氷の下から崩壊が進む可能性については、多くの研究者が懸念しており、2007〜08年の「国際極地年」を機に、大規模な極地観測が計画されている。
冒頭にも紹介したが、アンデス山中の高地にある氷河でも、地球温暖化は深刻な影響を及ぼしている。ボリビアのトゥニ貯水池は、首都ラパスとその郊外に暮らす人々にとって最大の水源だが、周囲の切り立った峰々では、氷河の融解がはっきりと見てとれる。ボリビアで氷河を調査するエドソン・ラミレスは、1983年に撮影された貯水池周辺の航空写真を広げた。当時は峰のあちこちに氷河があったが、今ではどれも縮小するか、消滅している。この20年で氷河は半数が消え、その総面積は30%ほど減ったのだ。「95年に私たちが氷河の消滅を予測した時には、いたずらに不安をあおる連中だと批判されたものです。しかし予測は的中しました」。ラミレスを含め、フランス人の氷河学者ベルナール・フランク率いる観測チームは、過去15年間、毎月ラパスを取り巻く山々に登って氷河を測定し、気象データを収集してきた。そして、氷河に壊滅的な影響を及ぼしているのは、ここ数年の気温のわずかな上昇というよりも、繰り返されるエルニーニョ現象であることを明らかにした。
エルニーニョとは、赤道に近い太平洋で水温が上昇する現象で、地球温暖化に伴って頻発するようになったと考えられている。その結果、各地で異常気象が起き、熱帯付近のアンデス山脈では、降雪量が大幅に減った。
通常、熱帯の氷河では、氷が解けて流れ出した分を、雨期に降る雪が補うことで元来の姿を保っている。しかし、雪が降らないと、氷河は失われた氷を補充できないうえ、融解を加速させてしまう。降り積もった雪は、太陽の熱を反射して融解を防いでくれるが、土混じりの灰色の氷は太陽の熱を吸収してしまうのだ。
ボリビアでは90年代に3度のエルニーニョに見舞われ、どの年もほとんどの氷河に雪が積もらなかった。灰色になった氷は解けやすく、そうして失われた氷が元に戻ることはない。
スキー場のあるチャカルタヤをはじめ、トゥニ貯水池に流れ込む氷河は、どれも都会の公園ほどの大きさしかない。アンデス山脈に多い、こうした小さな氷河は、おそらく今後何年かで消える運命にある。スキー場が消えてしまうのは確かに悲しい出来事だが、問題はもっと深刻だ。氷河からの水を水源や電力源として利用しているラパスのような都市にとっては、氷河の消滅は人々の暮らしを大きく揺るがす。
山岳氷河は雨期に氷を蓄え、乾期に解けて水を供給する貯水装置として働く。ラミレスの観測によると、年間にトゥニ貯水池に蓄えられる水全体の約3分の1は、氷河からの水だ。乾期には、その割合が60%に達する。ほかの地域でも同じことが言える。ペルーでは、サンタ川に大きな水力発電所があり、流域の渓谷には肥沃な農地が広がるが、乾期にはこの川の水の40%を氷河からの水が占める。インド北部のガンジス川でも、ヒマラヤの氷河からの水が夏季の流量の70%に達するとみられている。
今のところは、これらの川には豊かに水が流れている。氷河の融解が速まって、むしろ流量が増えている所もあるほどだ。しかし、下流の都市や農地は、近い将来、危機に直面することになる。ラミレスの予測では、水需要が増える一方で、氷河から流れる水が減り始めているため、ラパス周辺は2010年までに水不足に襲われる可能性があるという。
「山の氷が干上がったら、ふもとの町はどうなると思いますか」と、世界銀行の中南米気候変動の専門家ウォルター・ベガーラは問いかける。これは、途上国で往々にして怒りをこめて言われる台詞だ。「気候変動を引き起こしたのは、ボリビアのような貧しい国々ではありません。先進国は途上国にこのツケを払うべきでしょう」と、ボリビア国土計画開発省のオスカル・パス・ラダは訴える。
新たにダムを建設し、貯水池を拡張すれば、乾期にも水不足にならずにすむかもしれない。水力発電による電力供給の減少分は、風力や太陽発電で補えるだろう。だが、こうした対策には莫大な予算が必要で、地震の起きやすいアンデス山脈のダム建設のように、それ自体リスクを伴う場合もある。
科学者や登山家、地元の人々まで、雪や氷と切っても切れない生活をしている人たちの多くが、失われつつある風景に鎮魂の思いを抱いている。米国モンタナ州のグレイシャー国立公園で、過去15年にわたり氷河を観測してきたダニエル・フェイグレによると、100年前に公園内にあった150の氷河のうち、今も残っているのは27だけで、氷の量にして90%がすでに失われたという。残った氷河もあと25年ほどで消えると、フェイグレはみている。「この一帯から氷河が完全に消えるのは、少なくとも7000年ぶりのことです。よく知っている氷河を見にいき、尾根に立っても、ああ、何もかもすっかり変わってしまったと、嘆息するばかりです」
いつも変わらずそびえる山と同じように、ずっとあると思い込んでいた氷河が世界の各地で、そしてここでも姿を消しつつある。  
 
 
●2030年に北極の氷消える恐れ 日本を襲う深刻な影響とは? 2018/4 
地球温暖化の影響を最も受けるのは、北極であることをご存知だろうか? 地球平均の2倍以上の速さで進行しており、このままでは北極の海氷が消失する可能性もあるという。この問題は日本も決して無関係ではない。
今春も桜が日本を魅了した。新年度や新学期が始まる時期、日常生活の大きな変化への希望や不安を優しく包んでくれる満開のソメイヨシノは、日本全国どこにいても、見ている者の心を和ませてくれる。なぜだか分からないのに、ウキウキとした気持ちにさせてくれるのは、日本人にとって特別な存在であり続ける桜の魔法だ。しかし、今年は、その桜の季節が予期せぬ異変に襲われた。全国の観測地点で例外なく開花や満開の日が記録的に早まった。気象庁によれば、満開日が平年と比べ、福島や富山、高知などで11日、東京や大阪、松江などで10日、京都や徳島、長崎などで8日、名古屋や広島、宮崎などで7日と、1週間以上も前倒しとなった都市が、東西に関係なく列島のあちこちで出た。その多くが「観測史上最速」の満開日だったことが、今春の異変ぶりを物語っている。
ただ、開花が早くなる傾向は今年に始まったことではない。全国平均で見れば、過去50年間で約5日早まっているとの分析もある。確かに筆者が小中学生だった約35年前は、入学式の時期にすでに葉桜だったことは記憶にない。このままいくと、桜は年度末や卒業式に満開を迎える「お別れの花」になってしまう可能性がある。そして、開花時期の早まる一因となっているのが、地球温暖化なのだ。
「異常気象」といった言葉をよく耳にするようになった昨今、地球温暖化が原因とみられる現象は、日本でも顕著になっている。気象庁の発表やマスコミ報道でも、「これまでに経験したことがないような」といった警告が伴う集中豪雨や巨大台風、竜巻、寒波や猛暑など、日本の気候に関する従来の常識を一気に覆すような気象現象が次々と起きている。もちろん、異常気象は日本に限ったことではなく、世界各地で共通してみられる深刻な問題だ。そして、その温暖化の影響を地球上で最も強く受けているのが、1年を通じて多くの時期が氷雪に覆われている極寒の地、北極圏であることは、一般的にあまり知られていない。
日本から遠く離れた北極圏は、一つの大きな塊(シート)となった海氷に覆われる北極海が大半を占め、そこにロシアや米国、カナダや北欧諸国といった北極海沿岸国の一部の陸地と、グリーンランド(デンマーク領)などの大小様々な島々で構成されている。この北極圏で日本が今後取り組むべき課題と施策について、笹川平和財団海洋政策研究所などが事務局を務める「北極の未来に関する研究会」が昨年11月、14ページにわたる報告書を作成。今年1月25日に日本政府へ政策提言として提出した。この報告書で、次のように記載された北極圏の温暖化の現状は、衝撃的だった。
「北極域は、地球平均の2倍以上の速さで温暖化が進んでおり、過去35年間で夏季の海氷面積が3分の2に減少するなど、地球温暖化の影響が最も顕著に表れている地域である。(中略)このまま温暖化が進行すれば、早ければ2030年頃には北極の海氷が消失するとも予測されている」
北極海から氷がなくなる──。そんなことが果たしてあり得るのだろうか。詳しく知るために、海洋政策研究所海洋政策チームの本田悠介研究員を訪ねた。北極の温暖化の影響は、米国や日本などが最新技術を駆使してモニタリングしているが、あらゆる観測結果が、温暖化で姿を変えていく北極の危機的な状況を物語っていた。
米コロンビア大学地球研究所の分析によると、北極の平均気温は、二酸化炭素の工業排出が増える「産業化」前の1880年と比べて約3度も上昇している。これは、同じく1880年との比較で約1度前後の上昇にとどまっている他のどの地域と比べても突出した異変ぶりだ。
ノルウェー極地研究所の観測データによると、北極海のスピッツベルゲン島(ノルウェー領)にある国際観測基地ニーオルスンの平均気温は、観測を開始した1938年がマイナス5度だったのに、2000年にはマイナス4.8度、17年にはマイナス2.6度となった。00年からの17年間で一気に2度以上も平均気温が上昇したことになる。
気温上昇の影響で、北極海を覆う海氷が解け、海氷範囲も著しく減少した。気象庁の観測データを見ると、北極海の海氷が最も小さくなる夏の時期(8月)の比較で、1979年と2017年では、その面積が大きく減少していることが一目瞭然だ。面積の減少に加え、さらに深刻なのは、毎年薄くなっていく氷の厚さだ。気象庁の図で示されている密接度は、青色が濃いほど、氷に覆われている面積よりも海水面が多いことを示す。逆に白ければ、海水面が少なく、氷に閉ざされていることを示す。
海氷面積の減少は、夏に限ったことではない。米国立雪氷データセンターなどの分析によると、北極海の海氷が最も大きくなる冬の時期(3月)の海氷面積も減少が著しく、17年が観測史上最小で、今年が観測史上2番目に小さかった。
「何年も残っている海氷は厚く、非常に密度がある。それが近年は温暖化によって、解けてはまた固まるということが繰り返されるため、若い氷のほうが多くなった。6割くらいが1年ものの氷だと言われている。海氷の面積も小さくなっているし、厚さも薄く、密度もなくなってきている」(本田氏)
北極圏で進行する温暖化の影響は、実は、遠く離れた日本も無関係ではない。大陸の上にある氷雪が解けて海に流れ込むことで海面上昇が起こるとされる南極と違い、北極圏の多くは海が凍っているだけなので、グリーンランドといった一部の陸地からの流れ込みを除けば、海氷が解けても海水の体積が増えることはなく、深刻な海面上昇にはつながらない。むしろ、本田氏によると、「温暖化により北極の氷がなくなることで、海面の温度が上昇し、それにより、北極の高気圧が勢力を強めることで、偏西風の蛇行が強くなる。そのため、日本でも夏は高気圧が停滞しやすく猛暑に、冬は北極の寒気が南下しやすくなり厳寒、豪雪になる傾向がある。そうしたことが、最近の研究で分かってきている」。今まさに日本で観測されている異常な気象現象の背景には、北極圏で進む深刻な温暖化が深く関わっているのだ。 
 
 
●ヒマラヤで急増する氷河湖、悪夢をもたらす 2019/12
2019年、ヒマラヤ地域における知識の共有や開発を目指す国際総合山岳開発センター(ICIMOD)は、気候変動がヒマラヤ山脈、ヒンドゥークシュ山脈、カラコルム山脈、パミール高原などの氷河にどのような影響を与えるかについて、これまでで最も包括的な研究結果を公表した。
対象はアフガニスタン、パキスタン、中国、インド、ネパール、ブータン、ミャンマーにまたがる地域だ。この研究によると、地球温暖化のペース次第では、同地域におよそ5万6000カ所ある氷河の3分の1から3分の2が、2100年までに消滅するという。
南アジアで暮らす約19億の人々にすれば、これは不吉な予測だ。さらにこの研究は、差し迫った問題にも触れている。氷河が急速に融解した場合、3850立方キロ(琵琶湖の貯水量の約140倍)にも及ぶ水はどこへ行くのかということだ。
答えはこうだ。氷河に覆われた山脈として長らく知られてきたヒマラヤは、急速に湖の目立つ山脈になりつつある。実際、別の研究によれば、1990年から2010年にかけて、アジアの高山地帯では、氷河を水源とする氷河湖が新たに900カ所以上も形成された。
こうした湖の形成過程を理解するには、氷河を氷のブルドーザーだと考えるとわかりやすい。ブルドーザーはゆっくりと山腹を下りながら大地を削り、両脇に「岩屑」の土手を残す。この土手はモレーン(堆石)と呼ばれる。氷河が解けて縮小すると、残ったくぼみが水で満たされ、モレーンが天然のダムの役割を果たす。
「まず氷河が解けていくつか池ができます」とナショナル ジオグラフィックのエクスプローラーで、米コロラド大学ボルダー校の山岳地理学者であるアルトン・バイヤーズは話す。「それらが合わさって一つの池となり、さらに大きな湖になるのです」
湖の水位が上がると、湖水がモレーンを越えてあふれ出したり、最悪の場合にはモレーンが決壊したりすることがある。これが科学者の言う「氷河湖決壊洪水」(GLOF)だ。地元の少数民族であるシェルパは、同じ事象を「チュ・グマ」(壊滅的な洪水)と呼ぶ。
1985年8月4日には、ネパールのクンブ地方で、ヒマラヤでも屈指の大規模なGLOFが発生した。きっかけは氷雪崩がランモチェ氷河を下り、ディグ湖に流れ込んだことだった。誕生してから25年ほどしかたっていないディグ湖では、氷雪崩によって高さ4〜6メートルの波が発生。それによりモレーンが決壊し、500万立方メートルを超える水が一気にあふれ出して洪水が起きた。
このような湖の危険度を現地調査なしで評価するのは、科学者にとっても難しい。人里離れた湖にたどり着くには、徒歩で何日もかかる場合が多い。そうしたなか、2011年に行われた現地調査では、ネパール国内の42カ所の湖において、洪水のリスクが「非常に高い」または「高い」と確認された。周辺も含めたヒマラヤ地域全体では、こうした湖の数は100カ所を超える可能性がある。  
●南極隊、氷河融解の謎に挑む 2019/12
南極大陸の昭和基地へ向かっている観測船「しらせ」に乗る第61次南極観測隊は9日(日本時間10日)、気候変動により融解が懸念されている「トッテン氷河」沖合で観測を始めた。氷河が全て解けると、海面が約4メートル上昇するとされる。融解の仕組みを調べ、将来の予想につなげる。
観測チームの責任者を務める国立極地研究所の田村岳史准教授(40)によると、トッテン氷河の先端は海上に張り出した状態で、その下に比較的暖かい海水が流れ込むことで、解けているとみられる。しかし、これまでは観測が十分には進んでおらず、詳しい仕組みは分かっていない。 
●研究者ら 欧州のグローバルな寒冷化を予想 2019/12
オランダ・フローニンゲン大学の研究者らは、今後100年に北大西洋の海流の流れが変るおそれがあることを明らかにした。『EurekAlert』誌が報じた。
この現象の原因は、グリーンランドの氷の溶解と降水量の増大にある。研究者らは、このような状況が発生する確率は15%と評価しているが、彼らによって開発されたモデルでは、この変動の脅威を増大させることとなる北極大陸の氷の溶解の影響は考慮されていない。研究者らによれば、この海流によってまさに北大西洋の比較的穏やかな気候が維持されていることから、この変動が欧州に深刻な寒冷化を引き起こすおそれがあるという。 
 
 
●南極大陸で氷が拡大? ロシアの気象学者らが明らかに 1/22
気候の温暖化が南極の東部および西部で記録されているにもかかわらず、大陸の氷の厚さは本質的には変化していない。ロシア水文気象環境監視局のヴァレリー・マルティシェンコ代表が明らかにした。同氏によれば、大気が温まるほど大きな雲が生じる。雲は雪となって降雪する雨に変り、南極の雪や氷の覆いを維持する。マルティシェンコ代表は、「南極大陸の氷の厚さは今のところ深刻な変化を生じていない」と語った。
同氏は過去42万年で気候変動は4サイクル起こっていると指摘する。現在、温暖化への傾向が生じている。以前、過去30年間で世界の大洋は、これまでの30年との比較で450%温まっていることが明らかにされている。マルティシェンコ代表によれば、水温上昇は南極大陸周辺でもっとも激しく生じているという。 
 
 
●ヒマラヤの氷河がアイスクリームのように解け始めている 2/1
昨年2月に発表されたある報告書が、国際社会に静かな、しかし確実な衝撃を与えた。題して「ヒンズークシ・ヒマラヤ地域の評価──変化・持続可能性・住民」。この報告書は、世界の二酸化炭素排出量を削減するために今すぐ行動を起こさなければ、ヒマラヤ地域でとてつもない融解が起きると結論付けていた。
「今後、世界全体の平均気温の上昇幅を産業革命前から1.5度に保ったとしても、ヒンズークシ・ヒマラヤ地域の気温は少なくとも0.3度、ヒマラヤ北西部とカラコルムでは0.7度上昇する」と報告書にはある。「温暖化がさらに進めば、生物物理学的および社会経済的に非常に大きな影響を引き起こす可能性がある。生物の多様性が失われ、氷河の融解が進み、水資源の利用が困難になりかねない。いずれも地域住民の生活と福祉に打撃を与えるだろう」
気候変動がヒマラヤ山脈に及ぼす影響をテーマにした研究報告はいくつかあるが、いずれも警鐘を強く鳴らしている。科学的なレポートだけではない。山岳地帯を捉えた写真や動画は、以前なら白く冠雪していたはずのヒマラヤの頂に黒い岩肌が見えている様子を捉えている。
ネパール・タイムズ紙が昨年12月の第2週に撮影した1分間の動画は、急激な雪解けの様子をはっきり伝えていた。「ヒマラヤの山々がアイスクリームのように解けている」と、同紙は表現した。
ネパール政府も国際社会を巻き込む本格的な行動を取ろうとしている。今年4月2〜4日には、気候変動がヒマラヤ山脈に及ぼす影響に世界の関心を喚起する目的で、気候変動問題に特化した初の国際サミット「エベレスト対話」を開催する。
サミットのテーマは「気候変動、山脈、そして人類の未来」。ネパール政府はこの場で、ヒマラヤ地域の経済も重要な議題として取り上げたい意向だ。ネパール外務省は、同国に影響を及ぼしている他のグローバルな問題にも対処するため、こうした国際会議を1〜2年に1度の頻度で開催することを目指している。
昨年12月にスペインの首都マドリードで開かれた国連気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)では、後発開発途上国(LDC)が先進国に対し、2015年のCOP21で採択された地球温暖化に関するパリ協定に従って気温の上昇幅を1.5度に制限するよう要請。LDCの1つであるネパールも、ヒマラヤへの気候変動の影響を抑制する必要性を呼び掛けた。
水資源の枯渇が農業を直撃
ネパールが国際的な場でヒマラヤ山脈の気候変動による危機を訴える機会は、着実に増えている。2018年12月にポーランド南部のカトウィツェで開かれたCOP24では、ビディヤ・デビ・バンダリ大統領がこう演説した。「ヒマラヤの氷河が解けている。雪を頂いていた山々の岩肌が見えてきた。氷河湖が決壊し、洪水を起こす可能性が高い」。こうした機会にネパールは、速やかな対策の必要性を世界に訴えてきた。
ネパール森林・環境省で気候変動管理部のトップを務めるマヘシュワル・ダカルは「ネパールのヒマラヤ地域には、全く新しい知識が膨大に埋まっている」と語る。「4月に開催される『エベレスト対話』が、この地域の革新的な知識の発見につながれば、気候変動との闘いにも役立つはずだ」
さらにダカルはこう続けた。「ネパールは気候変動の悪影響のせいで、非常に脆弱な国になった。ヒンズークシ・ヒマラヤ地域のような山岳地帯は、世界の大半の地域よりも温暖化が急激に進んでいる。最近発表された報告書でも、この事実が裏付けられている。報告書によれば、世界の平均気温の上昇幅を産業革命以前に比べて1.5度以内に抑えられたとしても、今世紀中には氷河の3分の2が解けてしまう」
ヒマラヤ地域の気候変動は多様な影響をもたらすと、専門家たちは主張する。その影響に最も苦しめられるのは、脆弱な貧困国の国民だという見方も共有されている。
ネパールの首都カトマンズに本拠を置く先住民研究開発センターのパサン・ドルマ・シェルパ所長は、気候変動はヒマラヤ地域で暮らす人々を悲劇的な状況に追い込むと警鐘を鳴らす。「気候の変化があまりに大きいので、いくら対応しようとしてもし切れない」
さらにシェルパは「降雨パターンの変化が山地で農業を営む人々に影響を与えている」と指摘する。これまでと同じ農法では、収穫が落ちる一方だというのだ。「ネパールのヒマラヤ地域の人々の生活を支えているのは、農業と畜産業と観光業だ。その農業を、気候変動による水資源の枯渇が直撃している」
ネパール政府が感じる危機感
国際総合山岳開発センター(ICIMOD)の水資源・気候変動の専門家サントシュ・ネパールは「森林・環境省の報告書は、この国の平均気温は今世紀末までに1.7〜3.6度上昇し、降雨量は11〜23%増加すると推定している」と言う。「ICIMODの研究は、1980〜2010年にネパールの氷河面積が25%消失した可能性を指摘する。氷河と雪解け水は、ヒマラヤを源流とする河川の水量の季節変動を調節する上で、非常に重要な役割を果たしている。ヒンズークシ・ヒマラヤ地域の氷河は今世紀中に少なくとも3分の1が失われると予想され、下流域では水資源確保に深刻な影響が出る恐れがある」
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の「海洋・雪氷圏特別報告書」によると、温室効果ガス排出の大幅削減に今すぐ成功したとしても、今世紀中にはこの地域の氷河の約5分の1が失われるという。問題を放置した場合、氷河の融解は3分の1まで進むと考えられる。もろい生態系や、この地域に暮らす2億5000万の人々、そして下流域の16億5000万人の生活に深刻な被害をもたらすことは確実だろう。
ネパールでは気候変動の影響が広範囲に及ぶはずだ。例えば、川の流れが極端に大きく変化すると、下流域では農業用水や生活用水の確保が難しくなる。洪水と干ばつの両方が多発し、インフラや水力発電が影響を受ける。
さらには、人々の健康、都市生活、観光業などにも影響が拡大していく。そのため「社会への影響は幅広い視野で考える必要がある」と、ICIMODのネパールは主張する。
ネパール政府がこれまで以上に国際的な舞台で問題を訴えようとしているのは、事態が危険なスピードで進んでいるためだ。4月の「エベレスト対話」には、アントニオ・グテレス国連事務総長も招待した。ネパール外務省によれば、この会議では、「適応力・回復力・暮らし」「グリーンエコノミー」「伝統的な知識や自然に基づいた解決策」「変革による解決」などを議題にする予定だ。
ネパールがヒマラヤの気候変動問題解決の旗振り役になるのは初めてではない。2009年にマダブ・クマル・ネパール首相が率いていた政府は気候変動問題を訴えることを目的に、エベレストのベースキャンプで「ヒマラヤを救え」をスローガンに掲げた閣僚会議を開き、10項目の「エベレスト宣言」を採択した。だが程なく政権が交代したため、宣言はお蔵入りになった。
この宣言の第9項にはこうあった。「気候変動がヒマラヤでの雪解けや氷河の融解に与える影響についての研究が不十分であるため、ネパール政府は知識を集積させるためにイニシアチブを取る」
それから10年以上が過ぎた今、この目標に向けた行動が増えてきた。政府関係者らは、ネパールが声を上げる大きな契機となったのは2009年の閣僚会議だったと言う。今年4月の「エベレスト対話」がさらに国際社会を揺り動かし、ヒマラヤを救うための速やかな行動を促すきっかけになることを、彼らは信じている。 
 
 
●未来の世代にとっての5つの重大な脅威 2/17
国際環境団体「フューチャー・アース」が研究報告「私たちの地球の未来」を発表した。報告では、未来の世代にとっての重大な問題が指摘された。研究者らは5つの基本的な脅威を指摘した。
1 気候変動がもたらす結果緩和の不可能性とそれへの適応
2 極端な天候の発生
3 生物多様性の喪失と生態系の崩壊
4 食糧危機
5 水の危機
52カ国222人の研究者らに行なったアンケート調査の結果、こうした結論が出された。研究者らはこうした脅威は個別ばらばらのものではないと強調した。これらのいくつかが組み合わさることで破壊的な状況が引き起こされることがほぼ予想される。たとえば、森林火災は生物多様性を喪失するだけでなく、その後に洪水と生態系の崩壊を引き起こす。
研究者らは、政治家らに対し、来るべき危機を個別に検討するのではなく、包括的に解決策へ接近することを提起した。
解説では気候問題はそれでも「まったくの闇の中」というわけではないと強調する。たとえば、報告書では、デジタルテクノロジーは巨大な潜在力を持ち、有害物質の削減やモニタリングの拡大、生態系の保護などを可能にする。デジタルテクノロジーは産業や生活、輸送から排出される廃棄物を削減する上で力を発揮する。また、新しいテクノロジーは、火災予防のためリアルタイムで森林をモニタリングすることを可能にしている。 
●ピレネー山脈の氷河、気候変動で「消える運命」  2/17 
フランスとスペインにまたがるピレネー山脈(Pyrenees)にある氷河が、気温上昇に伴い30年以内に消滅する可能性があるとの研究結果が発表された。これにより生態系が一変するだけではなく、地域経済も危機に陥る恐れがあるという。
ピレネー地域のモレーン氷河学会の氷河学者、ピエール・ルネ(Pierre Rene)氏はAFPの取材に、同会が過去18年にわたり実施した測定に基づくと2050年までに、ピレネー山脈のフランス側にある15の氷河のうち9か所に終わりが訪れる見込みだと語った。
国連(UN)の発表によると、過去10年間の気温は観測史上最高だった。温室効果ガスの排出がこのまま続くと世界の平均気温はさらに上昇し、表層氷の後退、海水面の上昇、異常気象の増加などにつながると、国連は警告している。
ピレネー氷河の測量、コアサンプル、GPS追跡データなどはすべて、アルプス(Alps)山脈や他の場所にある氷河で既に指摘されているのと同様の結論を示している――冬季が温暖化し乾燥すればするほど、氷原の縮小と薄化に歯止めがかからなくなる。
モレーン氷河学会が追跡調査している氷河9か所の表面積の合計は、ほんの17年前は140ヘクタールだったのに対し、現在は79ヘクタールとなっていると、ルネ氏は指摘する。19世紀半ばには450ヘクタールもあった氷河は、今も加速的に減少している。
同学会は2019年の氷河の状態についての報告書で、この9か所の氷河は2002年以降、毎年3.6ヘクタールずつ減少しており、これはサッカー場5個分の広さに相当すると説明している。
2019年も例外ではなかったという。同会が追跡調査している5か所の氷河の下端部が夏季には平均8.1メートル後退し、前年の7.9メートルを上回った。
高高度地域の生態系と生物多様性が打撃を受けた場合、その影響は山岳地帯をはるかに越えて広がると、科学者らは警告する。
仏国立農学研究所(INRAE)のソフィー・コービフローニー(Sophie Cauvy-Fraunie)氏によると、氷河や氷河の融解水が流入する寒冷地河川には、光がほとんど届かない状態などの過酷な環境に適応した細菌や菌類が生息している。また、微小藻類は氷河環境の食物連鎖の始めとなる食物となり、氷河ノミや他の昆虫を支えている。
気温が上昇して氷河が後退し、地表面の露出が増えるのに伴い、現在はピレネーの氷河のある地域よりも低い高度でしか生存できない動植物が、ピレネー氷河でコロニーを形成しやすくなる。「ピレネー在来種が氷河の状況に依存している場合、これらの在来種は地図から消滅する」と、コービフローニー氏は指摘する。
ピレネー気候変動観測所(OPCC)は2018年の報告書で、ピレネー山脈全域の平均最高気温が21世紀半ばまでに1.4〜3.3度上昇する可能性があると予測している。
氷河縮小によって全域が悲惨な状況になると予測される高高度地域ほど、平均気温の上昇は劇的だ。
モレーン氷河学会によれば、ピレネー山脈のスキー場ラ・モンジー(La Mongie)の上方に位置する標高2870メートルのピク・デュ・ミディ・ド・ビゴール(Pic du Midi de Bigorre)山では、1880年以降に平均気温が1.7度上昇した。一方、同じ期間の世界平均気温の上昇は0.85度だった。 
 
 
●南極に川が流れ、ペンギンが泥塗れ 待ったなしの地球温暖化問題 2/26
2月9日、南極半島北端沖のシーモア島で観測史上初の20.75度が記録された。2日前の7日もアルゼンチンの南極観測基地で18.3度が観測されている。1〜2月の平均気温が10度の南極大陸で、これは明らかに異常な高温状態だ。
世界気象機関(WMO)によると、南極の気温は過去50年で約3度上昇し、南極の氷が溶けるスピードは1992〜2017年の間にほぼ5倍も速まった。
温暖化は南極大陸の氷だけではなく、動物相にも影響を与えている。過去50年間で南極に生息するペンギンの個体数は半数以上減少した。これは、ペンギンは海氷に棲むオキアミを主食とするが、その住処である氷が消失していることと関係する。このように他の動物の生息環境も変わり始めていることが、ペンギンの生活習慣を乱すことにつながっている。
オランダの写真家フランス・ランティング氏は先日、自身のインスタグラムのアカウントで、雪や氷が解け、地面が現れた南極大陸に立つ泥だらけのペンギンの赤ちゃんの写真を投稿した。映像撮影家のクリス・エックストローム氏も泥水の中で震えるペンギンの赤ちゃんの動画をインスタグラムで公開している。
「見たことないものをどうやって心配できる?」
南極では、溶けた氷からすでに川が形成され始めている。1月末、その川で泳いだのが、過酷な環境での水泳にチャレンジする英国のルイス・ピュー氏。同氏はツイッターで「この地域での氷が急速に溶けているのを目の当たりにし、私は、私たちが今、気候変動の非常事態に直面していることを確信した」と自身が泳いた写真とともにツイートした。
ピュー氏はモスクワで行われた記者会見で、この問題への関心を引くためには印象的な水泳チャレンジが必要だったと説明した。
「氷から流れ出た水が、何世紀もかけて形成した氷河を両断し、大きな川になっていくのをみると、問題の大きさに気づくだろう。私は南極の環境を守ると固く決意しているが、ツイートするだけではうまくいかない。南極が適切に守られなかった原因の一つは、世界の指導者たちが実際に南極に行かなかったからだ。今まで見たことないものをどうやって心配できるだろうか? 私たちがせねばらないことは、彼らが南極に行き、その目で確認するように仕向けることだ。もし指導者たちが南極の現状を目の当たりにすれば、心配して夜も眠れなくなるだろう。私たちが各地で水泳に挑戦しているのはまさにこのアクションを起こさせるためだ」
氷が溶けているのは南極だけではない
ロシア地理研究所、雪氷学部門の主任研究員アンドレイ・グラゾフスキー氏によると、世界の海面水位は年間で2〜3ミリ上昇しているが、これは南極だけではなく、世界すべての氷河が溶けていることに起因する。グラゾフスキー氏は、スプートニクの取材に対し以下のように述べている。
「2019年9月に発表された国連の気候変動に関する政府間パネルの報告書によると、2006〜2015年の10年間で、グリーンランドでは毎年約2800億トンの氷が溶けだした。南極では1500億トン、その他の氷河では2200億トンの氷が消失している。
研究者らは南極の棚氷が全てなくなってしまうかどうかを判断するための十分なデータをまだ手にしていない。しかしそれが現実になる恐れはある。南極大陸の西側では融解はすでに始まっている。一方、東側では今のところ氷と雪の量は消失量より上回っている。
氷の融解プロセスは逆戻りできるのか、もはや後戻りできない段階に来てしまったのか、これを見極めるための研究はまだ必要だ。あまり言われていないが、実は高地の氷も減ってきており、これが山岳地帯に住む人々の水不足問題につながる恐れもある。」
世界自然保護基金の「気候とエネルギー分野」プログラムの責任者、アレクセイ・ココリン氏は、21世紀初頭から見られている氷河の融解と世界の海洋の温暖化のプロセスが、取り返しのつかない結果に至る恐れがあると推測している。
ココリン氏が指摘するのは海面上昇が人間の生活に及ぼす影響だ。
「海面が1メートル上昇すると、小さな島や沿岸地域に住む人々は大きな問題を抱えることになる。これは低地沿岸部に住む6億8000万人、小さな島に住む6500万人の人間に関わりのある問題だ。現時点では大惨事は起きていないが、22世紀には事態はもっと深刻になるかもしれない。」
世界経済フォーラムは毎年世界で今後起こり得るリスクを発表している。2020年1月に公表された「グローバルリスク報告書2020」で、気候変動と環境問題は、今後十年間人類が取り組むべき主要な課題として指摘されている。  
 
 
●酷暑で溶解のグリーンランド氷河 世界の海洋レベルは前代未聞の上昇 3/24
米国とオランダの研究者らが人工衛星からのデーターをもとに研究した結果、グリーンランドの氷は昨年2019年夏、わずか2か月の異常高温を経た結果、6000億トン分が失われ、これにより世界海洋の海面が2.2ミリ上昇したことが明らかになった。研究結果は「ジオフィジカル・リサーチ・レターズ」誌に発表されている。
カリフォルニア大学とNASAはオランダ人研究者と共同で人工衛星GRACEおよびその後継機GRACE-FOからのデーターと気候変動のプロセスをもとに調査を行った。GRACEの計測で地球上の水域の変化を高精度に捉えることに成功した。
2019年、北極圏では観測史上、最高の気温が記録された。人工衛星からのデーターでグリーンランドの氷河は巨大な量の氷を失った。比較のために数値をひくと、2002年から2018年の夏季にグリーンランドで失われた氷河は2億6800億トンだった。研究者らの試算では21世紀の終わりには毎年4億人が洪水の危険にさらされるようになる。
調査を行った研究者らは6000億トンという数値がいかに大きいかを示すためにこんな比較を試みている。例えば人口過密のロサンゼルス。人口1000万人を超えるロサンゼルスが1年間に使う淡水の量が10億トンだという。つまり、わずか2か月でグリーンランドの氷河が海洋に溶けだした水の量は、メガロポリスが600年間で使用する淡水の量に等しい。
研究の結果、南極でも特に西南極で大量の氷が失われている事実が明らかにされた。ところがこれに対して東南極では積雪量が増えているために氷河は拡大しており、これが南極大陸全体で失われる氷の量を多少補填している。
太陽光を反射する氷が減るにつれ、氷が溶けて現れる地表はさらに多くの熱を吸収し、氷の溶解スピードをより高速化させてしまう。研究者が何よりも恐れているのはこの悪循環だ。 
 
 
●コロナウイルスで記録的なCO2排出量削減 しかし効果は一時的とも 4/5
新型コロナウイルスCOVID-19蔓延は第二次世界大戦以来となる、大幅なCO2排出削減を可能にする。米スタンフォード大学のロブ・ジャクソン教授がロイター通信のインタビューで見解を示した。
ジャクソン教授によるとCO2削減率は最大5%となり、70年来の数字となる。直近のCO2の大きな削減は2008年のリーマンショック時で、1.4%だった。
ジャクソン教授は、この50年間でこれだけの効果を上げた危機は他にはなかったと語る。
すでに世界中の多くの国で大気汚染の改善が報告され、衛星観測では、中国やイタリアなどの国々で二酸化窒素排出量が急激に減少したことが確認されている。
専門家らは同時に、各国政府が真剣に環境の構造的変化に取り組まなければ、これら排出量削減は一時的なものになり、何十年もの間、大気中に蓄積したにCO2濃度に影響を及ぼさないだろうと指摘している。
様々な意見があり、ヒューゴ観測研究所の所長を務めるフランソア・ジェメン氏によると、大気汚染改善は、新型コロナウイルス蔓延で奪われた命よりも、多くの命を救うという。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


2020/4