私は神様 WikiLeaks

私は神です 
善い事です 
 
偽善です 
独善です 
弱者敗者に正義はありません 
 
外交事に各国利権の裏帳簿があって当然です 
勝った側強い者に正義があることを歴史が証明しています


  
私は神です 
キリスト・アラー・釈迦を束ねる「神様」なのでしょうか
  
善い事です 
情報で儲かる人にとっての「善い事」です
  
偽善です 
絶対の「善」などありません
  
独善です 
世の中には立場による色々の「善」があります
 
「勝てば官軍」 
勝った側強い者に正義があります 
世界に通じる日本の名言
  
  
  
死人が出るかもしれません 
誰が責任を取るのでしょうか

 
2010/12 & 2013/7 
 
  
全貌ウィキリークス / マルセル・ローゼンバッハ
米国外交公電を流出させたマニング上等兵  
インターネットの登場と普及によって『情報の公開・共有』は格段に進んだが、そこには政府や公的機関、大企業の『機密情報・内部情報・スキャンダル』までは含まれていなかった。また、多くの人々は『情報公開の必要性・政治プロセスの透明化』を望みながらも、あらゆる情報を一切の制限なく公開・共有しさえすれば世界が良くなるとシンプルに信じてはいないし、ラディカルな機密情報のリーク(暴露)こそが倫理的な正義であるとも断じられないのではないかと思う。  
ウィキリークス(Wikileaks)はそういった常識的・バランス的な情報公開感覚に風穴を開けて、『組織の内部告発・国家の機密情報の暴露・一次資料の公開』といったものを原理主義的に推し進めた。一般的なジャーナリズムのように、記者の意見・解釈を付け加えるのではなく、原文のリソースのままに公開して、情報の受け手に価値判断を委ねるというのもウィキリークスの特徴的な部分である。  
本書はウィキリークスを創設したジュリアン・アサンジ(Julian Paul Assange, 1971-)の半生を綴った伝記としての体裁を持っているが、それ以外にもウィキリークスによって実施された内部告発や機密の情報公開にまつわる具体的な人間関係・プロセスを丹念に追ったノンフィクションとしての読み応えがある。特に、日本でも一面ニュースとなった約25万点に上る『米国外交公電流出事件』を引き起こしたとされる米陸軍上等兵ブラッドリー・マニングとその生い立ち、暴露に至る孤独な軍生活などについては、『第4章 「コラテラル・マーダー」ビデオの公開、マニング上等兵の背信』で相当詳しく記述されている。  
当時23歳のマニングは『アフガニスタン・イラク戦争』に関する軍の機密情報をハッキングして内部告発もしている。マニング上等兵がイラクの米軍基地ハマーの機密ネットワークからハッキングで盗み取った情報には、イラク・バグダッド市内で米軍のアパッチヘリが一般市民がそこにいることを知りながら敵対勢力の拠点を叩く為に銃撃している映像が含まれていた。これが米国の軍事権力が看過・隠蔽した『コラテラル・マーダー(付随的な民間人殺害)』として国際的に倫理的・人道的問題を喚起したのだった。マニング上等兵は信仰心の厚いオクラホマ州クレセントで生まれたが、子ども時代から学業優秀で科学的世界観を持ちコンピューターにも精通していたちょっと内気な少年だった。  
マッチョな軍人たちの荒っぽい集団生活に馴染むことができなかったマニング上等兵は、イラクの基地で情報分析の任務に携わりながら同僚ではなくウェブで自らの孤独を慰めていたが、そんな時に匿名チャットで知り合ったのがハッカーのエイドリアン・ラモであり、ラモとの出会いがマニングの運命を内部告発者(公的には軍務違反・軍事機密漏洩の犯罪者)へと変えていくのである。マニングは軍のコンピューターをハッキングして次々と機密情報・外交公電を入手することに成功し、それらをウィキリークス上に公開して、それまで軍や政府が隠していた(国民・国際社会に見せられないと判断した)情報を暴き立ててしまった。  
マニングは見ず知らずのラモにAOLメッセンジャーのチャットで、軍内での生活や仕事、私生活や趣味など何から何まで話していき、軍内でのハッキングや内部告発についてまで話してしまった。そしてそのことがマニングが最も恐れていた情報提供者の特定と自分の逮捕へとつながってしまうのだ。  
E.ラモは『膨大な米国外交公電・軍事機密』が世界中に流出してしまえば、いくら『言論・報道の自由』や『情報公開の正義』という建前があるとしても、アメリカ人や実際に生きている人間の生命が脅かされるような事態にまで発展するのではないかという恐れを抱き、FBIにマニングにつながるチャットなどの情報を提供してしまったのである。ラモはチャット上ではマニングと『あらゆる機密情報の公開・報道による真実の暴露(権力や軍事の情報による牽制)』といった価値観で同意しているように見せかけていたが、根底的な秩序感覚や安全志向においてマニングとはズレを抱えていた。マニング上等兵はジュリアン・アサンジと同様、誰もがそこまでは行かないという『危ない橋』を渡りすぎたのである。  
オーストラリア生まれのウィキリークス創設者であるジュリアン・アサンジの人物像と生い立ちについて、『第2章 ジュリアン・アサンジとは誰か』でページが割かれている。アサンジが育てられた家庭環境は母子家庭に近いもので、実父との縁はなかったが母親クリスティーンが知り合った舞台役者兼演出家の義父との折り合いは悪くなかった。中産教養階級出身の母親は、小さな頃から権威や常識に対して反抗的で適応できず、典型的なヒッピー風のアーティストとして紹介されている。  
一つの場所に落ち着いた会社員生活などを送ることはできず、平凡で真面目な男と恋に落ちることも無いような女性。アサンジは自然志向・ヒッピー主義の母親に連れられて、マングローブ林やユーカリ林、ワラビー、コアラなど自然豊かなグレートバリアリーフのマグネティック・アイランドという島で子ども時代を過ごしたという。舞台役者の義父との良好な関係は8歳で終わり、次に母親が好きになったカルト宗教とかかわりがあるとアサンジが推測しているミュージシャンの義父との関係は悪かった。その義父は、幾つもの偽造身分証を持ちDV(家庭内暴力)をするような男で、絶えず嘘や謀略を用いて母親やアサンジを振り回したというが、義父から逃げた母子は『ファミリー』というカルト宗教の攻撃を恐れて37ヶ所も住居と学校を転々としたという。  
ジュリアン・アサンジの現在の思想信念・行動原則に、幼少期のヒッピー主義的で移住・冒険・不安の多かった家庭環境が影響を与えている可能性はあるだろうし、母クリスティーンのホームスクールを重視して権威主義的な秩序を伝達する学校教育に反発するような態度も、アサンジの反権威主義的でアナーキーな秩序感覚に関係しているように思う。長じてウィキリークスの開設者としてその名を知られるようになってからも、アサンジは生活拠点を特定の国・地域に定めることはなく、様々な支援者の資金・住居の援助を受けながら世界各地を転々とするデジタルな遊牧民のような生活を送っているのである。 
アサンジの個性的なパーソナリティ  
ジュリアン・アサンジは公権力を挑発するラディカルな情報公開思想やネットワーク至上主義の持ち主であるが、その原点は違法なクラッキングをゲーム感覚で楽しんでいたハクティビスト(ハッカー活動家)の時代にあるようだ。知的水準が高く幼い頃から図書館に通いつめて読書に没頭していたというアサンジが、コンピューターやインターネットの世界にのめり込むようになるきっかけは、1980年代に出た最初期のホームコンピューター『コモドール64』との出会いだった。13歳で母に350ドルのパソコンを買ってもらうまでに、電器屋に入り浸って独学でBASICでプログラムを書けるようになり、市販のソフトウェアをクラックさせる遊びをしていたという。  
モデムでインターネットに接続して他のハッカーと交流するようになった16歳のアサンジは、“mendax”というHNで企業・公官庁のサーバーに違法なハッキングを仕掛けるようになり、天性のコンピューターの才能を伸ばしていく。その当時に2人の仲間と『国際的破壊分子(International Subversives)』というハッキンググループを形成してコンピュータネットワークへの不正アクセスを繰り返したというが、このネーミングセンスからも若き日のアサンジのアナーキズム的な思想性や攻撃的な活動性を伺うことができる。  
1992年、通信会社ノーテルのサーバーに侵入したアサンジは、『管理は僕が引き継いだ。あなたたちのシステムをもてあそぶのはいい気持ちだ。我々は被害を与えていないどころか、いくつか改善も行った。連邦警察をゲームに巻き込むな』というメッセージをノーテルのアドミニストレーター送りつけ、その情報が元で警察に逮捕されてしまった。証言を拒否したアサンジは医療措置で精神病院に収容されてパソコンから離れた生活を余儀なくされ、退院してからも不安定な野宿生活などが続いて、半年近くもキーボードに触れない生活をしたという。こういった屈辱的で不自由な逮捕経験なども、アサンジの反国家権力・反権威主義の思想性を強める働きをしているのかもしれない。  
ジュリアン・アサンジの大胆不敵な自信家で物事を自分の理念で突き進めていこうとする強力なパーソナリティは、企業・官庁へのハッキングのコンピューター犯罪を含む『アンダーグラウンドなサブカルチャー』を通して形成されたもののようである。全体主義的な美しい世界観・倫理観を説き、言論の自由に否定的なサイエントロジー教会に対しても、アサンジは反対運動に参加しており、『やたら偉そうな道徳家に囲まれて暮らすぐらいなら、泥棒男爵(強欲な実業家)に支配されて暮らすほうがましだ』というナルニア国物語を書いたC.S.ルイスの言葉を引用している。  
こういったアサンジが好む台詞や言い回しを見ているだけでも、彼の基本的な思想性やシニカルな世界観の一端が伺われる。ウィキリークスが既存の世界秩序の敵として厳しく非難されることがあるように、アサンジ自身が『欺瞞・隠蔽・権益を抱えた既存秩序』を揺さぶって破壊しようという目論みを持っているのであり、『あらゆる全ての情報』を分け隔てなく公開することが民主主義・人々の公正感につながるという原理主義的な考え方がその背景にはある。  
アサンジら国際的破壊分子が行うハッキングの倫理には、コンピューターに侵入して情報は取り出すが、システムそのものを破壊したり内部の情報を勝手に改竄してはいけないというものがあったらしいが、自分の知的好奇心や理想・理念のためなら法律をも乗り越えるというのは、ウィキリークスを創設する以前からのアサンジの首尾一貫したパーソナリティ特性となっている。結果として逮捕されたにも関わらず、アサンジは過去のハッキング体験について、『自分の地理的・政治的なトレーニング』としてメリットが大きかったとさえ述懐しているのである。  
『リークの理念』の有効性についてアサンジが気づきを得たのは、10代の頃に作った自分の子どもが別れた妻やその家族に虐待された疑惑がある時に、行政が有効な対応をしてくれず知っているはずの情報も自分たちに伝えてくれなかったことがきっかけらしい。児童福祉・虐待防止を担うべき行政がその役割をまっとうせずに情報を隠蔽するのであれば、その隠している内部情報をリークしてソーシャルワーカーや一般社会にまずは公開してしまい、その結果としての判断を促せばいいじゃないか、という力押しの論理を実行してしまう辺りがアサンジの特殊性なのだろう。  
本書ではジュリアン・アサンジの普段の人柄や人付き合いについても少なからぬ言及が為されている。アサンジはその容貌・思想にある種のカリスマ性を湛え、魅力的な側面も当然に多く持っているが、誰とでも気さくに仲良く付き合えるという社交的でコミュニケーション力があるタイプというわけでもなく、自分よりも知性が劣ると判断した人間に非常に辛辣・冷淡に当たるという傲慢さ・攻撃性も併せ持っているという。そういった相手を激しくこきおろす幾つかの台詞も載っているが、こういった台詞を直接に皮肉な表情と共に投げかけられる立場の人にとっては、自信過剰で思いやりの足りない単なる嫌な奴の域を出ないのかもしれない。 
ウィキリークスの情報公開と既成秩序  
ウィキリークスがどういった経緯で誕生したのかについては『第3章 ウィキリークス誕生』にあるが、冒頭に引用された言葉にアサンジには国家や階級制度に対する共感は殆ど無いとあるように、アサンジは既存の公的な強制力や秩序形成機構に従っておけば安定した政治・生活を実現できるという、マジョリティの日常感覚には全く賛同しない人物である。2006年10月4日に、“wikileaks.org”“wikileaks.info”などのドメインを取得したのがウィキリークスの始まりだが、各技術者や協力者が自由に自発的に参加する『ネットワーク型の運動体(個人単位のネットワーク)』であるウィキリークスには特定の拠点も定型の仕組みもないという面白い特徴がある。  
拠点や仕組みにこだわらないというのは、ジュリアン・アサンジの世界各地を移動して回る流浪の民のようなライフスタイルとも似通っているが、アサンジはウィキリークスに対しては『自分が創設したもの』として強い独占欲・支配傾向を持っていたりする。アサンジは自分の運営方針に従わない者はウィキリークスの運営から排除しようとする支配傾向を覗かせるが、ナンバー2のドムシャイト=ベルクとの対立などウィキリークス内部の人間関係の確執なども本書の読みどころになっている。イラク戦争日誌40万件の公開方法を巡って内部で意見が対立し、ウィキリークスが内部崩壊の危機に陥るのだが、その問題については『第6章 内政崩壊の危機、イラク戦争日誌40万件公開の衝撃』で詳述されている。  
ウィキリークスには絶えず資金の問題が付いて回っているというが、ウィキリークスのサービスや仕組みそのものにはマネタイズできる要素が殆ど無く、ウィキリークスのサーバー費用や人件費などのコストはほぼ全てその理念・活動に賛同する『個人の寄付金(ワウ・ホラント財団経由)』に依拠しているという。アサンジはウィキリークスの活動の中立性や公正性を守るために政府や企業のカネは受け取らないとしているが、アメリカの外交公電の公開を始めてウィキリークスが民主国家の政府・外交にとっても敵という位置づけになってからは、米国政府の資金源を断つ経済措置(狙い撃ちの口座凍結・送金サービス規制)などで資金繰りは苦しくなっているようだ。  
ウィキリークスは『透明性・公開性・無差別性』といった基本原則以外には特定の政治イデオロギーが見えにくいが、反国家権力・反権威の傾向性に着目すればアサンジの政治イデオロギーは無政府主義的・人民自治的な左派(空想的アナーキズム)の色彩を帯びているという解釈もできるだろう。書籍でも『どちらかといえば左になるだろう』という種の発言をしているのだが、注意すべきはウィキリークスの活動に持続性・中立公正性を持たせるために、アサンジ自身は思想・価値観にこだわらずに『あらゆる内部告発者に開かれた仕組み』を準備するとしていることだろう。  
アサンジは『ウィキリークスのすべての支援者はウィキリークスの根拠を、民主主義の根拠と同じように、大きく膨らませ君たちの野心がとびきり高潔であるかのようにしなければならない』と語り、告発される側の国家・組織・個人の抵抗や反発があるとしても『ウィキリークスはすべての人の友と見られなければならない。なぜなら我々はすべての個人に、それまで存在しなかった道を発見できるように、我々の知識を提供使用としているからだ』とその存立根拠と正当性を主張している。現実を誤魔化したり隠蔽したりして維持されている権益や秩序、権力を許さないという独自の正義感や倫理判断がその根底にはある。  
サイバースペースで展開される無差別的な情報公開と内部告発が、既存の国家権力や企業組織に揺さぶりを掛けることになるが、ウィキリークスという既成秩序をスクラップ&ビルドする仕組みが、今後の世界にどのようなインパクトを与えることになるのか、自由民主国家と独裁国家にそれぞれどんな政治的影響力を及ぼすのかは予断を許さない。政治権力や企業経済、マスメディアが、真実の情報や状況を隠蔽することで、市民を不当に利用したり損害を与えたりしているという不信感がアサンジにはある。  
それ故に、あらゆる機密情報の透明化・公開化が『市民に対する陰謀』を抑止することにつながると言うのだが、『相手がある外交公電・機密情報・ビジネス情報』などでは、全ての情報が余さず即時に公開されること(敵対する相手に隠していたことがバレてしまうこと)による『混乱・憎悪不信・紛争や弾圧・利幅の縮小』などの副作用も伴い兼ねない危うさはある。  
ジュリアン・アサンジは2010年12月に、ウィキリークスシンパでアサンジに傾倒していたともされる2人の女性アンナとソフィアに避妊をしないセックスを強要したとして、スウェーデンで婦女暴行容疑で逮捕状が出され滞在先のロンドンで逮捕されているが、その事件の経緯についても第6章で詳しく触れられている。この事件については、ウィキリークスの機密暴露を恐れた当局が別件逮捕でアサンジの自由を制約したとの見方もあるが、書かれている内容ではアンナとソフィアはセックスの行為そのものには同意したが、HIV感染を恐れるそれぞれの女性の意を無視してコンドームなしの性交に及んだことが問題になっている。  
その後、アサンジと関係を持った二人の女性が連絡を取り合って、連絡用の電話がつながらないなどアサンジの信用できない態度に不信・怒りを感じたことが警察に駆け込む動機づけになったようである。アサンジは性道徳や家族規範に捕われない性の解放を主張し、女性との奔放な関係を好む傾向があるなど、どちらかというと女癖の良くないタイプであるらしく、そういったパーソナリティの側面が裏目に出たとも言えるし、ウィキリークスの活動を制限したい当局が法律の罰則を持ち込みやすい弱みを作ってしまったとも言える。人間アサンジには、人間関係に関しては不器用で誤解を招きやすいところが多く、女性関係についてもルーズな部分があって隙を生み出しやすいという事なのかもしれない。 
近代国家・リスク管理と対立するウィキリークス  
ウィキリークスの無差別的な機密情報の暴露が善なのか悪なのかの判断は一義的ではないが、イギリスの歴史学者ティモシー・アートン・アッシュが『歴史的・政治的資料の連続性と相関性』がより良く認識できるようになったと言うように、学術研究や資料調査の文脈では内容を考慮しない機密の暴露にはメリットがあるだろう。  
しかし、ジャーナリストやマスメディアの中にも『政治的判断によって公開されないままの情報を容認すべき時もある』や『無差別的なあらゆる機密の公開は実際的な人命・外交・経済の危機をもたらすリスクが高い』という意見もあり、常識的な見解としては公開すべき情報とすぐには公開すべきでない情報とを、ある程度は政府・メディアがフィルタリングしても構わない(むしろしなければ秩序が維持できない)という見解が優勢のようにも思える。  
ウィキリークスやジュリアン・アサンジは、選別やフィルタリングしないあらゆる情報・秘密の公開の正当性について、『情報の隠蔽こそが権力や組織の謀略(既存の仕組み)による人々の不利益を生み出すという信念』や『政治システムを改善するために秘密を無くしてチェック・アンド・バランスを働かせる有用性』を挙げている。これは、機密情報を独占して国民に知らせるべき情報と知らせるべきでない情報を事前に篩い分けるという近代国家の権力システムの否定であり、情報の透明化と公開化によって真に人民主権的な政体を構築しようとするウェブを介した革命的活動でもある。  
秘密や情報管理の実質的権限が国家・行政になくなり、すべての情報が出現すると同時に素早く誰かの手で公開されてしまうウィキリークス的な世界では、上位的な国家権力や行政システムが有効に機能しない。なぜなら、すべての機密・政治判断が短期間のうちに人民裁判的な国内世論(国際世論も)に晒されてしまえば、独裁国家の独裁者や民主国家の代表者、各国の大使・外交官などの間だけで取り交わされていた『秘密の約束事(代表者間の既得権益性を持つ機密空間・秘密協約)』がすぐに御破産にされてしまい、“法的権限を持つ偉い人たち同士のここだけの話・国家予算を費やす取り決め(全体最適的だが国民の部分的不利益や倫理的問題を伴う約束”というものが世論のバッシングを受けて通用しなくなってしまうからである。  
しかし、ウィキリークスの米国外交公電公開の事件に伴って浮き彫りになってきた現代の問題点として、『メディアやジャーナリズムと政権の癒着性(相互補完性)=報道による政治のチェック・アンド・バランスの機能不全』があり、マスメディアが権力の監視・批判の役割を十分に果たせなくなっているのではないかという疑念も強まっている。マスメディアはいかなる場合にも『客観的な真実』をできるだけ多く正確に伝えるべきというのは原則論であるが、『政権との持たれあいの既得権構造』の中で政治批評や真実の暴露に手抜きをする(暗黙の了解で事実公表を当面差し控える)というのは、誘拐事件やテロ予告のように民間人の生命・安全のリスクが高い場合に限られるのではないかというのも一つの識見である。  
本書は、9.11同時多発テロを受けたジョージ・W・ブッシュ政権で、イラク戦争の嘘・欺瞞にまみれた開戦理由(大量破壊兵器の保有)がメディアで喧伝され、『テロとの戦い』の一環として行われた秘密刑務所での拷問・虐待・誘拐が隠蔽され続けたことなどを問題にしている。そして、『安全保障・反テロ活動・全体利益』を理由に自らの行動をできるだけ隠したい政府と、できるだけ多くの情報を公開してほしいという一般市民との間では、機密情報を巡る緊張関係が生じるのは当たり前だが、ジャーナリストやメディアはその緊張関係の中で一般市民の側に立った報道・情報公開に原則として努めなければならないのだろう。  
思考実験として、ウィキリークスが約25万点も大量公開した外交公電が、アメリカのような理念的な自由民主主義国家ではなく、中国や北朝鮮、イラン、ロシア、サウジアラビア、パキスタン、リビア、中央アジアのような独裁主義国家(民主主義の成熟度が低い国)であったならば、恐らく『ウィキリークスの危険性・犯罪性』を厳しく指弾する声はアメリカやEU諸国からは殆ど上がらなかった可能性がある。だが、国家権力の機構の維持や安全保障上の必要を理由にして、国家の行動・秘密に関する情報を独占して隠そうとする権力の本質については、民主国家も非民主国家も(国民の抑圧度や不自由度、権利保護の違いは大きいけれど)大きな違いがあるというわけではない。  
ウィキリークスが抱えている目下の最大の倫理的問題は、『公人ではない民間人の実名が含まれる文書公開』について発生し得るトラブルやアクシデント、危険性について、ウィキリークス自身が全く責任を取ることはないし、またあらゆる情報の応用可能性について責任を取れる主体などは現実として存在しないという事である。隠されていた秘密情報を公開することによって、『こんな事が実際には起こっていたのかという納得・義憤・不満』を人々に引き起こすわけだが、実際にはその情報を知ったことによって『現実的なアクション(他人の身体・生命に危害が加わるようなアクション)』を起こす人も出てくるという確率論的なリスクの問題は軽視することが出来ないように思う。  
アサンジは『政治的・倫理的・歴史的に重要なもの』であればどんな情報でも原則的に公開するが、情報公開による事後的な影響を勘案して、公開を差し控えるべきか否かの難しい判断を迫られた時の最終判断者は『自分である』とアサンジは語っている。ウィキリークスの問題点の一つとして、『情報公開の加速化による民主主義プロセスの改善』という目的を掲げておきながら、ウィキリークスの組織運営自体はアサンジのワンマン経営を容認していて、非民主的な意志決定に陥りやすいということにあるのかもしれない。しかし、政権と“持ちつ持たれつの関係”になってしまいやすい既存のジャーナリズムやマスメディアの『チェック・アンド・バランス+効果的で公正な世論喚起による政治調整』の機能は不十分であり、その部分にウィキリークスが独自の存在意義を見出せる役割があるのではないだろうか。  
本書は、ジュリアン・アサンジの伝記とウィキリークスの内部告発の事例・プロセスなどを詳述した長大なノンフィクションなので、すべてを順番通りに読み通そうとすると結構時間がかかる。興味関心の持てるテーマを拾い読みするような読み方をしても楽しめるし、ウィキリークスやジュリアン・アサンジ、ハクティビストについて知らなかった事を色々と知ることができるように思う。 
   
スノーデン氏によるPRISM告発
PRISM告発者のスノーデン氏、WikiLeaksの協力で香港からモスクワへ  
  (2013/6/24)  
米連邦政府による極秘情報収集プログラム「PRISM」を告発した元CIA職員のウィリアム・スノーデン氏が、潜伏していた香港から脱出してモスクワ入りした。WikiLeaksのサポートを得て、エクアドルへの亡命を申請した。  
香港特別行政区政府は6月23日(現地時間)、米連邦政府のいわゆる「PRISM」情報を告発した元CIA職員のウィリアム・スノーデン氏が、合法的かつ通常の手段で香港を発ち、第三国に向かったと発表した。同政府は米連邦政府に対し、スノーデン氏の出国を通知したという。  
同日、告発サイトのWikiLeaksは、スノーデン氏からのリクエストを受けて、同氏が民主国家に安全に亡命するために、WikiLeaksの法的知識と経験をもって支援していると発表した。同サイトの公式ツイートによると、スノーデン氏は同日、ロシアAeroflot213便でモスクワに到着したという。その後のツイートで、“民主国家”というのがエクアドルであることを示唆している。また、エクアドルの外務大臣、リカルド・パティーニョ氏は自身のTwitterで、エクアドル政府がスノーデン氏から亡命申請を受けたとツイートした。  
CBS Newsによると、米連邦政府は14日にスノーデン氏をスパイ行為および政府財産窃盗の疑いで訴追し、22日に香港政府にスノーデン氏の身柄引き渡しを要請した。  
香港政府は発表文で、米連邦政府からスノーデン氏の仮逮捕状の要請があったことを明らかにした。だが、この要請が香港の法律の要件を満たさなかったため、米連邦政府に追加情報を要求していたが情報がそろわず、スノーデン氏の出国を妨げる法的根拠が得られなかったとしている。  
同政府はまた、スノーデン氏がリークした米連邦政府による香港政府のサーバハッキングに関する文書について説明するよう連邦政府に正式に要請したことも発表した。  
WikiLeaksの法務顧問で元スペインの裁判官であるバルタザール・ガルソン氏は発表文で「公共の利益のために告発し、あるいは告発を助けるスノーデン氏とジュリアン・アサンジ氏に対する仕打ちは人民に対する暴力だ」と語った。WikiLeaksの創立者であるアサンジ氏は現在、亡命を求めて英ロンドンのエクアドル大使館に滞在している。 
PRISMの告発者は元CIA職員「私は正しいことをした」/ Guardian報道  
  ( 2013/6/10 )  
GuardianとWashington PostにNSAの極秘文書をリークした本人が名乗り出た。元CIA職員で、防衛関連企業からNSAに出向していたエドワード・スノーデン氏(29)は、「権力の実態を一時的にでも暴露できれば満足だ」とGuardianに語った。  
英Guardian紙と米Washington Post紙が先週立て続けに報じた米連邦政府による極秘情報収集に関する情報提供者が名乗り出た。Guardianが6月9日(現地時間)、本人への香港でのインタビュー動画付き記事を公開した。  
告発者であると名乗り出たのは、米Booz Allen Hamiltonの社員で米国家安全保障局(NSA)に出向していた元米中央情報局(CIA)職員のエドワード・スノーデン氏(29)。Guardianは同氏が提供した裁判所命令の写しを元にNSAによる米Verizonの顧客データ収集について、Washington Postはスライドを元に極秘プログラム「PRISM」について、それぞれ報じた。  
スノーデン氏はこれらの機密資料を、勤務先のハワイにあるNSAのオフィスから持ちだしたという。同氏はインタビューで、「私は自分が正しいことをしたと確信しており、逃げ隠れするつもりはない」と語った。  
同氏がGuardianに提供した文書には、「こうすることによって罰せられることは理解している」が、「私の愛する世界を支配する権力の実態を一時的にでも暴露できれば満足だ」というメモが添えられていたという。  
バラク・オバマ米大統領は7日、一連の報道について、プログラムの存在は認めたものの正確ではないと主張し、これらのプログラムが極秘扱いなのはテロリストなど米国を攻撃しようとする相手に情報を与えないためだと説明。リークは国家の安全を脅かすものだと語った。  
スノーデン氏は、暴露すべき文書を慎重に選び、リークする相手として、何を公開し、何を開示しないかを正しく判断できるジャーナリストを選んだとしている。  
同氏はリークしたことを公にすることによって、当局が「汚いことをしにくく」なり、自分にとってある程度の保護になることを期待し、アイスランドへの亡命を望んでいるという。 
Edward Snowden: the whistleblower behind the NSA surveillance revelations 
  ( 2013/6/10 )  
The 29-year-old source behind the biggest intelligence leak in the NSA's history explains his motives, his uncertain future and why he never intended on hiding in the shadows  
Q&A with NSA whistleblower Edward Snowden 'I do not expect to see home again'  
The individual responsible for one of the most significant leaks in US political history is Edward Snowden, a 29-year-old former technical assistant for the CIA and current employee of the defence contractor Booz Allen Hamilton. Snowden has been working at the National Security Agency for the last four years as an employee of various outside contractors, including Booz Allen and Dell.  
The Guardian, after several days of interviews, is revealing his identity at his request. From the moment he decided to disclose numerous top-secret documents to the public, he was determined not to opt for the protection of anonymity. "I have no intention of hiding who I am because I know I have done nothing wrong," he said.  
Snowden will go down in history as one of America's most consequential whistleblowers, alongside Daniel Ellsberg and Bradley Manning. He is responsible for handing over material from one of the world's most secretive organisations – the NSA.  
In a note accompanying the first set of documents he provided, he wrote: "I understand that I will be made to suffer for my actions," but "I will be satisfied if the federation of secret law, unequal pardon and irresistible executive powers that rule the world that I love are revealed even for an instant."  
Despite his determination to be publicly unveiled, he repeatedly insisted that he wants to avoid the media spotlight. "I don't want public attention because I don't want the story to be about me. I want it to be about what the US government is doing."  
He does not fear the consequences of going public, he said, only that doing so will distract attention from the issues raised by his disclosures. "I know the media likes to personalise political debates, and I know the government will demonise me."  
Despite these fears, he remained hopeful his outing will not divert attention from the substance of his disclosures. "I really want the focus to be on these documents and the debate which I hope this will trigger among citizens around the globe about what kind of world we want to live in." He added: "My sole motive is to inform the public as to that which is done in their name and that which is done against them."  
He has had "a very comfortable life" that included a salary of roughly $200,000, a girlfriend with whom he shared a home in Hawaii, a stable career, and a family he loves. "I'm willing to sacrifice all of that because I can't in good conscience allow the US government to destroy privacy, internet freedom and basic liberties for people around the world with this massive surveillance machine they're secretly building."
'I am not afraid, because this is the choice I've made'  
Three weeks ago, Snowden made final preparations that resulted in last week's series of blockbuster news stories. At the NSA office in Hawaii where he was working, he copied the last set of documents he intended to disclose.  
He then advised his NSA supervisor that he needed to be away from work for "a couple of weeks" in order to receive treatment for epilepsy, a condition he learned he suffers from after a series of seizures last year.  
As he packed his bags, he told his girlfriend that he had to be away for a few weeks, though he said he was vague about the reason. "That is not an uncommon occurrence for someone who has spent the last decade working in the intelligence world."  
On May 20, he boarded a flight to Hong Kong, where he has remained ever since. He chose the city because "they have a spirited commitment to free speech and the right of political dissent", and because he believed that it was one of the few places in the world that both could and would resist the dictates of the US government.  
In the three weeks since he arrived, he has been ensconced in a hotel room. "I've left the room maybe a total of three times during my entire stay," he said. It is a plush hotel and, what with eating meals in his room too, he has run up big bills.  
He is deeply worried about being spied on. He lines the door of his hotel room with pillows to prevent eavesdropping. He puts a large red hood over his head and laptop when entering his passwords to prevent any hidden cameras from detecting them.  
Though that may sound like paranoia to some, Snowden has good reason for such fears. He worked in the US intelligence world for almost a decade. He knows that the biggest and most secretive surveillance organisation in America, the NSA, along with the most powerful government on the planet, is looking for him.  
Since the disclosures began to emerge, he has watched television and monitored the internet, hearing all the threats and vows of prosecution emanating from Washington.  
And he knows only too well the sophisticated technology available to them and how easy it will be for them to find him. The NSA police and other law enforcement officers have twice visited his home in Hawaii and already contacted his girlfriend, though he believes that may have been prompted by his absence from work, and not because of suspicions of any connection to the leaks.  
"All my options are bad," he said. The US could begin extradition proceedings against him, a potentially problematic, lengthy and unpredictable course for Washington. Or the Chinese government might whisk him away for questioning, viewing him as a useful source of information. Or he might end up being grabbed and bundled into a plane bound for US territory.  
"Yes, I could be rendered by the CIA. I could have people come after me. Or any of the third-party partners. They work closely with a number of other nations. Or they could pay off the Triads. Any of their agents or assets," he said.  
"We have got a CIA station just up the road – the consulate here in Hong Kong – and I am sure they are going to be busy for the next week. And that is a concern I will live with for the rest of my life, however long that happens to be."  
Having watched the Obama administration prosecute whistleblowers at a historically unprecedented rate, he fully expects the US government to attempt to use all its weight to punish him. "I am not afraid," he said calmly, "because this is the choice I've made."  
He predicts the government will launch an investigation and "say I have broken the Espionage Act and helped our enemies, but that can be used against anyone who points out how massive and invasive the system has become".  
The only time he became emotional during the many hours of interviews was when he pondered the impact his choices would have on his family, many of whom work for the US government. "The only thing I fear is the harmful effects on my family, who I won't be able to help any more. That's what keeps me up at night," he said, his eyes welling up with tears.
'You can't wait around for someone else to act'  
Snowden did not always believe the US government posed a threat to his political values. He was brought up originally in Elizabeth City, North Carolina. His family moved later to Maryland, near the NSA headquarters in Fort Meade.  
By his own admission, he was not a stellar student. In order to get the credits necessary to obtain a high school diploma, he attended a community college in Maryland, studying computing, but never completed the coursework. (He later obtained his GED.)  
In 2003, he enlisted in the US army and began a training program to join the Special Forces. Invoking the same principles that he now cites to justify his leaks, he said: "I wanted to fight in the Iraq war because I felt like I had an obligation as a human being to help free people from oppression".  
He recounted how his beliefs about the war's purpose were quickly dispelled. "Most of the people training us seemed pumped up about killing Arabs, not helping anyone," he said. After he broke both his legs in a training accident, he was discharged.  
After that, he got his first job in an NSA facility, working as a security guard for one of the agency's covert facilities at the University of Maryland. From there, he went to the CIA, where he worked on IT security. His understanding of the internet and his talent for computer programming enabled him to rise fairly quickly for someone who lacked even a high school diploma.  
By 2007, the CIA stationed him with diplomatic cover in Geneva, Switzerland. His responsibility for maintaining computer network security meant he had clearance to access a wide array of classified documents.  
That access, along with the almost three years he spent around CIA officers, led him to begin seriously questioning the rightness of what he saw.  
He described as formative an incident in which he claimed CIA operatives were attempting to recruit a Swiss banker to obtain secret banking information. Snowden said they achieved this by purposely getting the banker drunk and encouraging him to drive home in his car. When the banker was arrested for drunk driving, the undercover agent seeking to befriend him offered to help, and a bond was formed that led to successful recruitment.  
"Much of what I saw in Geneva really disillusioned me about how my government functions and what its impact is in the world," he says. "I realised that I was part of something that was doing far more harm than good."  
He said it was during his CIA stint in Geneva that he thought for the first time about exposing government secrets. But, at the time, he chose not to for two reasons.  
First, he said: "Most of the secrets the CIA has are about people, not machines and systems, so I didn't feel comfortable with disclosures that I thought could endanger anyone". Secondly, the election of Barack Obama in 2008 gave him hope that there would be real reforms, rendering disclosures unnecessary.  
He left the CIA in 2009 in order to take his first job working for a private contractor that assigned him to a functioning NSA facility, stationed on a military base in Japan. It was then, he said, that he "watched as Obama advanced the very policies that I thought would be reined in", and as a result, "I got hardened."  
The primary lesson from this experience was that "you can't wait around for someone else to act. I had been looking for leaders, but I realised that leadership is about being the first to act."  
Over the next three years, he learned just how all-consuming the NSA's surveillance activities were, claiming "they are intent on making every conversation and every form of behaviour in the world known to them".  
He described how he once viewed the internet as "the most important invention in all of human history". As an adolescent, he spent days at a time "speaking to people with all sorts of views that I would never have encountered on my own".  
But he believed that the value of the internet, along with basic privacy, is being rapidly destroyed by ubiquitous surveillance. "I don't see myself as a hero," he said, "because what I'm doing is self-interested: I don't want to live in a world where there's no privacy and therefore no room for intellectual exploration and creativity."  
Once he reached the conclusion that the NSA's surveillance net would soon be irrevocable, he said it was just a matter of time before he chose to act. "What they're doing" poses "an existential threat to democracy", he said.
A matter of principle  
As strong as those beliefs are, there still remains the question: why did he do it? Giving up his freedom and a privileged lifestyle? "There are more important things than money. If I were motivated by money, I could have sold these documents to any number of countries and gotten very rich."  
For him, it is a matter of principle. "The government has granted itself power it is not entitled to. There is no public oversight. The result is people like myself have the latitude to go further than they are allowed to," he said.  
His allegiance to internet freedom is reflected in the stickers on his laptop: "I support Online Rights: Electronic Frontier Foundation," reads one. Another hails the online organisation offering anonymity, the Tor Project.  
Asked by reporters to establish his authenticity to ensure he is not some fantasist, he laid bare, without hesitation, his personal details, from his social security number to his CIA ID and his expired diplomatic passport. There is no shiftiness. Ask him about anything in his personal life and he will answer.  
He is quiet, smart, easy-going and self-effacing. A master on computers, he seemed happiest when talking about the technical side of surveillance, at a level of detail comprehensible probably only to fellow communication specialists. But he showed intense passion when talking about the value of privacy and how he felt it was being steadily eroded by the behaviour of the intelligence services.  
His manner was calm and relaxed but he has been understandably twitchy since he went into hiding, waiting for the knock on the hotel door. A fire alarm goes off. "That has not happened before," he said, betraying anxiety wondering if was real, a test or a CIA ploy to get him out onto the street.  
Strewn about the side of his bed are his suitcase, a plate with the remains of room-service breakfast, and a copy of Angler, the biography of former vice-president Dick Cheney.  
Ever since last week's news stories began to appear in the Guardian, Snowden has vigilantly watched TV and read the internet to see the effects of his choices. He seemed satisfied that the debate he longed to provoke was finally taking place.  
He lay, propped up against pillows, watching CNN's Wolf Blitzer ask a discussion panel about government intrusion if they had any idea who the leaker was. From 8,000 miles away, the leaker looked on impassively, not even indulging in a wry smile.  
Snowden said that he admires both Ellsberg and Manning, but argues that there is one important distinction between himself and the army private, whose trial coincidentally began the week Snowden's leaks began to make news.  
"I carefully evaluated every single document I disclosed to ensure that each was legitimately in the public interest," he said. "There are all sorts of documents that would have made a big impact that I didn't turn over, because harming people isn't my goal. Transparency is."  
He purposely chose, he said, to give the documents to journalists whose judgment he trusted about what should be public and what should remain concealed.  
As for his future, he is vague. He hoped the publicity the leaks have generated will offer him some protection, making it "harder for them to get dirty".  
He views his best hope as the possibility of asylum, with Iceland – with its reputation of a champion of internet freedom – at the top of his list. He knows that may prove a wish unfulfilled.  
But after the intense political controversy he has already created with just the first week's haul of stories, "I feel satisfied that this was all worth it. I have no regrets."