トヨタとソフトバンク

トヨタ メーカーからの脱却

ソフトバンク 通信会社から投資会社に変身
投資先の選別 先見の明

トヨタ 時間の節約 ソフトバンクと提携 
 


 
 
 
 
同床異夢
経営の基本は投資効率 
立っているものは親でも使え 
 
 
 
 
●ソフトバンク孫正義氏 トヨタとの提携を生んだ“絶妙投資” 10/5
トヨタ自動車とソフトバンクグループは4日、移動サービス分野で提携することを発表した。共同出資会社を設立し、今年度中に事業を開始するという。
2020年代半ばまでに「移動・物流・物販」など、多目的に活用できる配車サービスを行う方針。具体的には、無人のタクシーや自動運転による宅配だ。日本国内で軌道に乗せ、海外展開も視野に入れているという。
車の製造にとどまっていては取り残される――。トヨタの強い危機感がソフトバンクとの提携に走らせた。経済ジャーナリストの井上学氏が言う。
「いい車を造っていれば売れる時代は終わった。ユーザーの“脱所有”を見越して、トヨタ自ら移動サービスに乗り出して、そこでトヨタ車を使ってもらうということです。まだ、将来どんなサービスが展開できるのか手探りだと思いますが、さまざまな可能性を考えて、米の配車大手ウーバーなどと協業するため、ソフトバンクと組むことにしたのです」
ソフトバンクは、米「ウーバー・テクノロジーズ」、シンガポール「グラブ」、中国「滴滴出行」などの配車サービス会社に出資している。現在、配車サービス会社はライドシェアビジネスが主な収益源だ。
トヨタが各国の配車サービス会社と提携を進めると必ずソフトバンクが株主にいたという。なら、組もうということになり、半年前にトヨタ側が提携を持ち掛けた。
トヨタは通信会社としてではなく、ファンドとしての「ソフトバンク」と組んだのだ。
「ソフトバンクの孫正義会長兼社長は、携帯電話など“本業”の通信事業に興味を失っていて、ソフトバンクは完全にファンド会社化しています。孫氏は配車サービスの成長を見込んで、ウーバーなどに出資したのですが、今回、そのおかげで、天下のトヨタから提携の声がかかったわけです。結果的に、自動運転など次世代通信の新分野にトヨタのバックアップのもと参画できることになった。目利きがいいというか、ひょうたんからコマですね」(井上学氏)
日本の時価総額1位、2位の日本連合は世界を席巻できるか。  
 
 
 
 
●「トヨタとソフトバンク」 モビリティに紐付くサービス事業 2018/10
10月4日、トヨタ自動車とソフトバンクは新しいモビリティサービスの構築に向けて戦略的提携に合意し、新会社「MONET Technologies(モネ テクノロジーズ=MONET)を設立し、2018年度内に事業を開始すると発表した。今回はその狙いについて考えてみたい。
難しく考えれば果てしなく難しいが、実はその真ん中にあるものを理解してしまえば話は簡単だ。
中心座標となるのは、今年1月にアメリカ・ラスベガスで開催されたCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)でトヨタが発表した「e-Palette(イーパレット)」である。
トヨタは自動車を製造・販売する事業から、モビリティにひも付くあらゆるサービスを提供する会社への方針転換を発表した。自動車というハードウエアではなく、それがもたらすサービスでの収益にフォーカスする。この考え方をモビリティ・アズ・ア・サービス(MaaS)と呼ぶ。クルマという移動体が実現できるサービスを売れば、クルマ単体を売るより付加価値が上がる。サービス構築に掛かる費用の大部分を多くのユーザーで割り勘にできるため、導入する側はコストが下がり、売る側はより儲かる。
まだ誰も到達していない"MaaS"というサービス事業
ここまではすでにあらかたご存じの人も多いだろうが、もうひとつ理解しやすくするための補助線が必要だ。e-Paletteが目指すMaaS事業は、本当の意味ではまだ世界中の誰も到達していないサービス事業であるという点だ。
もちろんMaaSのポテンシャルの一部を事業化している先例はある。たとえばUber(ウーバー)に代表されるカーシェアリングやライドシェアリングである。しかし、現時点でUberが提供しているサービスはMaaSのほんの1合目にすぎない。
「客がどこからどこへ行きたいか?」――。そぎ落としていけば現在システム側がやっているのはこれだけだ。もちろん、より早く客の元に駆けつけたり、料金を知らせたり、アプリ上で決済したりと細かい機能はあるが、どれも手のつけ方がわからないような高いハードルではない。
バックヤードには勤怠管理なども含むほかの機能があるが、システムの仕事はまだまだシンプルで、運転もドライバーが行う。カーシェアリングやライドシェアリングは、基本的に限られた情報だけで顧客のニーズを把握できるMaaSの中では比較的ハードルが低い事業なのだ。
しかし、これが移動型の小売り店舗だったらどうだろう? スペースは限られているので、顧客の求める商品を予測して用意しなくてはならない。仮に服や靴だったりしたらサイズの把握も必要だ。しかも現実的なそれはメーカーごとに少しずつ異なる。あるいは飲食ともなれば顧客の嗜好や予算の把握だけでなく、食材や厨房設備やレシピ情報など多岐にわたった設備と情報が必要で、かつ、アレルギーなどのクリティカルな情報も必須だ。
つまり来るべき本格的なMaaSの時代を考えれば、その複雑さは、現状のUberと比べるべくもない。それはもう万人に対してパーソナルカスタマイズされたコンシェルジュサービスで、極めて複雑怪奇なものになる。しかも業種は多岐に及ぶ。ライドシェア、カーシェア、レンタカー、タクシー、小売り、宿泊、飲食、物流、イベント。それらの一つひとつはどれも専門企業が勝ち残るためにしのぎを削る狭き門であり、その全ジャンルで勝ち残れるサービスを構築するのは世界の巨人、トヨタといえど簡単なわけがない。しかしそれにチャレンジするのがMaaSなのだ。
MaaSが本領を発揮したときには「人ができることを機械に置き換えるのではなく、これまで人間にも不可能だったきめ細かいサービスをシステムが行う」世界がやってくる。
人間にも不可能だったきめ細かいサービスの実現のため
そういうビジネスのプラットフォームとしてe-Paletteをみたとき、どんな情報をどう組み合わせればどういうビジネスができるかを徹底的に洗い出していかなくてはならない。砂つぶを積み上げていくつもの富士山を作るような計画である。
その役割を担うのはAI(人工知能)である。万人に対してカスタマイズされたコンシェルジュサービスを作るとすれば、個人とひも付いたビッグデータをAIで分析するしかない。
たとえば顧客があるメーカーの服を買って気に入っているとすれば、そのメーカーの服のサイズこそが顧客の納得するサイズであり、それは他社製品ではどういうサイズになるのかを判別しなくてはならない。そういう絶対的なデータをそろえるか、あるいはZOZO TOWNの採寸ボディスーツのようなやり方で実寸を測ってマッチングするシステム構築をするなど、ひとつのビジネスモデルを作るだけでも大変な手間がかかる。
トヨタがCESで発表した計画では、e-Paletteはそれぞれのサービス事業者向けに機能をカスタマイズして提供することになっていたが、移動空間としてのプラットフォームだけ用意して「あとは個社でお願いします」でMaaSが回るわけがない。そこはトヨタがある程度手の内を明かしてでも、サービス事業者が望むシステムを提供できるようにしなくては、サービス事業者にとって負荷が高すぎてMaaSは実現できない。
e-Paletteの空間に乗せるサービス事業を構築するために、トヨタは必要とされるさまざまな技術を持つ企業と地道に提携を進めていた。現時点では、その多くは事業展開系よりもe-Palette本体の自動運転機能に関するものがメインではあるが、そうやってめぼしい技術を持つ会社と話を進めていくと、それらの会社の株主名簿の筆頭に書かれている名前は、みなソフトバンクだった。トヨタは最速でオリンピックの開催に合わせ、e-Paletteを稼働させたい。だとすれば、すでに多くの企業を支配下に置いているソフトバンクと統括契約をしてしまったほうが早い。
すでにトヨタにとって自明であったのは、本格的にMaaS事業をスタートするには、プラットフォームを作るトヨタがサービス事業会社と直接取引をしても難しく、e-Paletteを作る側と使う側の間に、サービス企画とシステム提案、営業、ファイナンス、運営代行、継続的な保守などを行う専門のビジネスマネジメント会社が必要であるということだった。
ソフトバンク側から見るMaaS事業
実はソフトバンク側はMaaS事業が新たな大革命であると見込んで、MaaSの構築に必要な革新技術を持つ会社に次々と資本を入れ、シナジーを持たせようとしてきたが、肝心の車両生産の部分でケタ違いの大投資が必要になるのはあまりにも効率が悪い。さらに事業を回していくために不可欠なハードウエアのサービス拠点の整備などを始めれば、金がいくらあっても足りるわけがない。
ユーザーとシステムをつなぐラストワンマイルをソフトバンクは持っていない。かつてADSL端末の無料配布まで行って、ラストワンマイルの構築に苦労したソフトバンクには、自動車事業でそれをやるのがどれだけ大変かが身にしみてわかっているはずだ。そのソフトバンクから見たとき、巨大な生産設備と品質管理システム、それに加えて、レンタカー拠点もあわせて日本全国に6000の店舗ネットワークを持つトヨタの資産は非常に魅力的に映ったことは想像にかたくない。
精度の高い大量のデータをトヨタは持っている
加えて言えば、ソフトバンクが最も得意とするAI領域の競争力を上げるために不可欠なのは、精度の高い大量のデータだ。トヨタはすでに新型「クラウン」や「カローラスポーツ」、タクシー車両の「JPN TAXI」でデータ収集とそれを常時送信するコネクティッドシステムをリリースしており、これを利用すれば、世界でも最大級の規模で良質なデータが取得できる。このデータがなければ、AIは電源につながっていないPCのようなもので価値を失う。
そうやってトヨタが集めた膨大なデータを、サービス事業会社が生データのまま扱うのは個人情報保護のうえでも、資金のうえでも、技術のうえでも難しい。そこはサービス事業会社が独自に負担するのではなく、プラットフォーム側が処理を済ませて提供したい。だから、マネジメント会社はサービス事業各社に向けたAI分析を受託する機能も持たなくてはならない。
こうした機能は、言ってみればコンビニの本部機能に近い。こうしたマネジメント会社が必要であるという点で、トヨタとソフトバンクの考え方は完全に一致したのである。両者の切望する機能として設立されたのが今回のMONETである。
今回の提携のポイントは、複雑怪奇なe-PaletteによるMaaS事業を最短でシステム化することにある。そしてそれを事業化するためには、AIやデータ収集というバーチャルな領域とリアルなサービス拠点、つまりバーチャルとリアルを両方併せ持つことを誰よりも早く実現したことが有利に働く。
これはかつての、人類が月に最初に立つための競争に似た、真のMaaSの確立をにらんだ大競争であり、今回の提携で、どうやらその最先端にトヨタとソフトバンクが躍り出たということを意味するのだと思う。 
 
 
 
 
●トヨタとソフトバンク、歴史的提携の舞台裏
 歴史的な提携実現だが「同床異夢」の可能性も
豊田章男と孫正義。株式時価総額1位と2位の、日本を代表する異業種の巨人トップ同士が歴史的な握手を交わした。
トヨタ自動車とソフトバンクは10月4日、自動運転技術など新しいモビリティサービスで提携すると発表した。両社で新会社「モネ テクノロジーズ」を設立し、2018年度中に事業を開始する。将来は配車サービスなどを手掛ける方針で、トヨタが今年1月に米国の家電見本市で発表したモビリティサービス専用の次世代車「イーパレット」の活用も目指す。
未来のモビリティへの布石
都内のホテルで同日会見したソフトバンクグループの孫会長兼社長は「モビリティで世界一のトヨタと、AI(人工知能)のソフトバンクが新しく進化したモビリティを生む」と断言したうえで、「これは第1弾。今後は第2弾、第3弾のより深い提携が進むことを願っている」と話した。
これに対して、トヨタの豊田社長は「ソフトバンクの強みは未来の種を見抜く先見性、目利きの力にある。一方、トヨタの強みはトヨタ生産方式に基づく現場の力にある。両社の提携で、まだ見ぬ未来のモビリティ社会を現実のものにするための提携だ」と強調した。
新会社の社長はソフトバンクの宮川潤一副社長兼CTOが就任。資本金は20億円で将来は100億円まで増資を予定する。株主構成はソフトバンクが50.25%、トヨタが49.75%。新しいサービスは、移動コンビニや移動オフィス、フードデリバリーなど企業向けサービスやデータ解析サービスなどを想定しているという。
ただ提携の詳細はほとんど語られず、今後両社で詰めていく方針だ。もっとも会見で注目を浴びたのは、“不仲説”のあった両社トップがそろって登壇したことだ。
実際、豊田社長は「トヨタとソフトバンクは相性が悪いのでは?と言う噂がちまたではあったようです」と自ら吐露。20年前の出来事をいきなり公開謝罪し、和解を演出してみせた。
20年前、豊田社長が課長、友山茂樹副社長が係長のとき、「ガズードットコム」という中古車のネット商談システムを立ち上げ、全国のディーラーを回っていた時のことだ。ソフトバンクの孫社長から新たなシステム導入を提案された。だが、「ガズー」にすべてをかけていた豊田社長と友山副社長が断った経緯がある。
立場逆転でトヨタから提携申し入れ
トヨタ社長は当時について、「今でこそ社長と副社長になりましたが、当時は血気盛んな課長と係長でございましたので、いろいろ失礼もあったと思います」と謝罪したうえで、「若気のいたりということで、孫さんは大目に見てくださったのではないかと感謝しております」と話した。
これに対して、孫社長は「怒りはないが(断られて)がっくりした。大トヨタにソフトバンクは小さかった。仰ぎ見る感じだった。だがいつかご縁がまたあると予感があった」と応じた。
だが、20年の時を経て、その立場は逆転していた。今回の提携でソフトバンクに頭を下げに行ったのは豊田社長の方だった。
自動車業界は今、「100年に1度の変革期」を迎え、競争の軸足はエンジンやトランスミッションなどの走行性能から、CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)の4テーマに移行。その結果、走行データの収集や分析、AI(人工知能)などソフト分野や、さらにそれを生かしたサービスの創出や基盤作りが重要になっている。まさにそこで強いのがIT業界や新興のサービス業者など異業種だ。
ソフトバンクは特にこうした分野に先行的に出資をしてきた。世界の4大ライドシェア(乗用車の相乗り)サービス業者とされるアメリカのウーバー、中国の滴滴出行(ディディチューシン)、東南アジアのグラブ、インドのオラに次々出資して大株主となっている。自動運転では画像認識・処理の半導体大手のエヌビディアにも出資する。
孫社長はこうした投資戦略を「モビリティAI群戦略」と呼んで、強力に進めている。孫社長は「10兆円の投資ファンドを作って投資している。中でもモビリティ関連のAI企業への投資は中核をなすほど大きな塊になっている」と指摘する。
異業種との仲間作りを本格化
一方、トヨタも今年に入って、豊田社長が「クルマを造る会社からモビリティサービス会社に変わる」ことを宣言。ライドシェアなどに活用する車「イーパレット」の発表会ではこれまで名指しでライバルとしていた米アマゾンと提携。
6月にはグラブに10億ドルを出資。グラブのレンタカーにコネクテッドカーの機能を備えるほか、車両開発も検討している。
また8月には米ウーバーテクノロジーズに5億ドルを追加出資すると発表し、2021年に両社の自動運転技術を搭載したライドシェア専用車両をウーバーのサービスに導入する予定だ。またAIや自動運転ベンチャーへの出資、次世代モビリティを見据えたグループ再編など矢継ぎ早だ。
だが、ソフトバンクはさらにスピードが速い。トヨタが仲間に選んだ企業にはソフトバンクがすでに出資していたり、提携していたりするのが現状だ。豊田社長は「ドアを開けたら必ず孫さんが座っていた」と話す。
今回のトヨタとソフトバンクの提携については「半年前に若手のワーキンググループから始まった」とトヨタの友山茂樹副社長は説明するが、トヨタにとって「ソフトバンクの提携は必要不可欠だった」(豊田社長)。今回、合弁会社は折半ではなく、ソフトバンクがトヨタをわずかに上回った。トヨタの友山副社長は「便宜上の話であり(新会社では)ソフトバンクの宮川副社長が社長になるため」と話すにとどまった。
ITから車載領域に攻めてきたソフトバンク。車両からIT領域に攻めているトヨタ。お互いの陣取り合戦が交差し重なったのが今回だ。敵か味方か。まだお互い探りながらの提携スタートだろう。
「将来に対するビジョンが一致した」と両社とも強調していたが、“同床異夢”の可能性も否めない。孫社長は携帯事業でNTTグループを抜くと公言してきたが、今や株式時価総額や利益では上を行く。数年前からは「いずれトヨタも抜く」と公言しており、トヨタをかなり意識しているのは確かだ。
今年7月の講演では孫社長は「人が運転する自動車は許されなくなるだろう」とも指摘する。一方の豊田社長は今回の会見で「数ある工業製品で唯一愛がつくものがクルマ。単なる移動手段のコモディディ(汎用品)になるのではなく、エモーショナルな存在にしたい」と話しており、孫社長の考え方とは相容れない感じは否めない。
ソフトバンクはGMやホンダとも提携
さらにソフトバンクは今年5月にアメリカのゼネラル・モーターズ(GM)の自動運転子会社GMクルーズにファンドを通じて22億5000万ドルの巨額出資して約2割を握る。トヨタとGMは自動運転で激しく競い合っており、ソフトバンクが両社を天秤にかける可能性も否定できない。
こうした懸念に対し、会見では宮川副社長は回答せず、「孫に聞いてください」と述べるにとどめ、その後も孫社長が言及することはなかった。またソフトバンクはホンダともコネクテッド関連で提携しており、トヨタ一辺倒ではない。
この日の会見では両トップのトークセッションもあった。創業者と創業家のテーマにもなり、豊田社長が「私は創業者ではない。孫さんにはあこがれる。たたき上げのど根性。アスリートの私はそこを共感している。孫さんに迫ることで、創業者の佐吉や喜一郎に迫るヒントをいただきたい」と話した。
それに対して、孫社長は「(豊田社長は)やっぱりすごい。継承する方が難しい。うまく行って当たり前、うまく行かないとほら見ろになる。次々に新しいことを打ち出して、ご苦労されたと思うが、たくましくはい上がっていく姿は創業者のようだ」とお互いに持ち上げて見せた。
ついに重なり合った異業種の巨人。日本連合で世界を見据えて戦うことはできるのだろうか。 
 
 
 
 
●トヨタとソフトバンク、時価総額1位と2位が握手したワケは?
日本の株式市場で時価総額トップのトヨタ自動車と、2位のソフトバンクが自動運転やライドシェアなど次世代の移動サービス事業で手を握った。車づくりでは世界でナンバーワンのトヨタが、車とは直接的には縁のなかったソフトバンクと提携するとは誰も予想してなかった。しかし、提携を発表した4日に豊田章男社長と孫正義社長ががっちりと握手を交わした。
「強者連合」
孫社長は「この提携は第一弾で、より幅広い提携になることを願っている」と述べたのに対して、豊田社長は「新しい仲間と提携したことでモビリティサービスを拡大できる」と応じ、得意分野を生かせる「強者連合」による相乗効果が期待できそうな雰囲気が感じられた。
株式市場では両社は「仲が悪いのではないか」と見られていたようだが、自動車を取り巻く環境がまさにコペルニクス的な大変革が起きる中で、両社の経営陣は時代の先を見据えていた。
豊田社長はこの日の会見で「トヨタが自動運転やライドシェアなどの事業で提携しようとした会社(例えば米国のウーバー・テクノロジーズや中国の滴滴出行)の資本を見ると、どれもソフトバンクが筆頭株主になっていることに驚いた」と述べて、ソフトバンクを敵に回すことは不可能だと判断した。それなら手を組んで味方につけるしかないとして、トヨタの側からソフトバンクに声をかけた。その後、両社の若手社員による会議を進める中で、移動体サービスで提携することが最善の道であることになった。
豊田社長が「会いたい」と言っていると聞いた孫社長は「えっ、まじかよ」と反応して最初は信じられなかったという。この提携のタイミングを「流れは自然にそういう方向にあった。人工知能(AI)に力を入れているソフトバンクとモビリティ(車)ではトップの両社が手を組めば、もっと進化した次世代のモビリティを実現できる。今の時代が両社を引き合わせた」と説明した。これまでの常識ではあり得なかった垣根を超えた異業種のトップ企業の提携は、モビリティサービスが中心を占めるであろう未来を見据えると、当然あり得るというのが孫社長の見立てだ。
社風は異なるがビジョンは共有
「車には愛が求められるので『愛車』と呼ばれる。私はこの愛を大事にしている」と大企業のトップらしからぬ情緒的な発言をする豊田社長。
一方のソフトバンクは特別の傑出した技術を持っているわけでもない。孫社長は兆円単位のファンドを世界各地の将来的に芽が出そうなビジネスに種まきをして、収益を計算する。『孫正義300年王国への野望』(杉本貴司著、日本経済新聞社)によると、「部下に対して『2000年から2300年までの300年間の売り上げ計画を作れ』と命じた」そうで、未来志向の稀代の経営者なのかもしれない。このやり方だけを見ても、トヨタとソフトバンクは社風が相当異なる感じがする。
しかし、豊田社長は「両社のビジョンは同じで両社首脳4人の意見はかみ合った」と指摘した。つまり、次世代の移動サービス事業であるモビリティについての考え方では一致したということだ。しかも、トヨタは世界中で大量の自動車を提供できる。
一方のソフトバンクは出資したライドシェア企業を足し合わせると世界のライドシェアの90%のシエアを持つことになり、膨大なデータが自動的に集まってくる。中でも中国のライドシェア市場トップの滴滴出行を傘下に入れているだけに膨大なデータを集積できる。世界中でモビリティのデータをこれだけの量を蓄積できる企業は欧米にもないと見られており、多種多様なデータが得られるソフトバンクはAIを進化させる上で大きな強みになる。トヨタもこの点に関しては、ソフトバンクには到底勝てないと見たに違いない。
AIの性能の優劣は、消化したデータの量によって決まると言われている。大量のデータで訓練されたAIは、あらゆる事態に遭遇してきているため事故や故障が少なくなる。ほかのAIと違って洗練されており、こうしたAIを自動運転車などモビリティに組み込めば、世界的にも負けない競争力を発揮することができる。となると、トヨタとソフトバンク連合は進化することはあっても離れられないパートナーとなっていくかもしれない。
配車サービスからスタート
まずは両社が共同出資した新会社「モネ・テクノロジーズ」を活用して、配車サービスなどの事業を開始する。その先には、トヨタが20年代半ばまでに開発する計画の完全自動運転車「イー・パレット」の普及も視野に入れている。商品を自宅まで運んでくれる移動型の無人コンビニや、患者を診察しながら病院まで送り届ける自動運転車など、ドライバーの要らない移動サービスの実現を目指そうとしている。
日本企業が苦手としてきた、ハードとソフトを融合させて、社会インフラまで構築する新しいプラットフォームを世界に先駆けて生み出そうとしている。モビリティを軸にして、これまで欧米企業に先を越されてきた社会インフラを作ることができれば、技術立国ニッポンがインフラ作りでも優位に立つことができ、人口の減少で影が薄くなりがちな日本のプレゼンスを世界に誇示できる。
孫社長は「AIを使ってモビリティプラットフォームを活用して未来の需要を当てはめていく」という表現を使い、具体的にはこのプラットフォームにより「世界で年間125万人が死亡している交通事故をなくしたい」と語った。「モネ・テクノロジー」が発展していけば、今回の「強者連合」は単なる日本の2大企業の提携と言うよりも、人類の歴史を塗り替えるほどの意義のあるものだったと振り返ることになるかもしれない。
どうなる優先順位
その場合に問題となるのが、両社がこれまで組んできている提携、友好関係をどのように整理するかだ。トヨタはこれまでに携帯電話ではソフトバンクのライバルであるNTTグループやKDDIと、次世代通信規格「5G」のコネクテッドカー(つながる車)の活用で提携関係にある。一方、ソフトバンクがトヨタのライバルである米大手自動車のGMのライドシェア用自動運転車を開発するGMクルーズと提携している。そのGMは10月3日にホンダと自動運転で提携し、ホンダはGMクルーズにも出資すると発表した。
こうなると、片方の手で握手しながら、別の手では握手した相手のライバルとも提携する関係になり、相関関係がこれまで以上に複雑になってくる。提携関係にある会社にしてみれば、「一体どっちの味方なのか明確にしてくれよ」ということになる。この日の会見では、この件について両首脳からの発言は聞かれなかったが、いずれは優先順位をつける経営判断をしなければならなくなる。
「100年に一度の大変革の時代に、これまでの関係を気にしていては時代に取り残されてしまう」と断言してしまえばそれまでだが、日本の大企業のトップがこうした決断ができるかどうかも注目点の一つになる。豊田社長、孫社長がどのような選択をするのか、これまで両社と提携関係を築いてきた企業にとっては気が気ではないはずだ。
まだ続く合従連衡
AI、自動運転の技術は日進月歩で進化している。その展開次第では、期待されていた新技術がすぐに陳腐化してしまうリスクがある。電気自動車(EV)が中心になる自動運転では、バッテリーの技術開発の行方が注目されており、航続距離の長い短時間で充電できる画期的な新型バッテリーが実用化できれば、一気に自動運転車の構図が変わる可能性がある。それだけに、自動車業界を含む移動体サービスビジネスをめぐる合従連衡が、これで確定したとは言い難いところがある。
日本企業はハードを含むモノ作りには競争力を発揮してきたが、EVになると部品点数が少なくなり、日本企業が得意としてきた匠の技術はそれほど必要なくなる。代わりに求められるのが、移動体サービスを制御する技術など、全体状況を把握しながら人手をかけずにコントロールするAIを駆使したソフト技術、ノウハウが重要になってくる。この分野はまだ確立されたものがないだけに各社が開発にしのぎを削っている状況だ。 
 
 
 
 
●トヨタがGoogleでもAppleでもなく、ソフトバンクと組んだ理由
今回、電撃発表されたトヨタ自動車とソフトバンクの業務提携。両者は何度も「日本連合」という言葉を用い、“相思相愛”であることをアピールした。準備期間6ヵ月と、日本企業にしてはかなり迅速な判断で成立したトヨタ・ソフトバンク連合だが、トヨタがソフトバンクを選んだ理由は何か。問題点はないのか。
電撃発表された トヨタ自動車とソフトバンクの業務提携
10月4日、電撃的に発表されたトヨタ自動車とソフトバンクの業務提携。昨今、世界で自動運転、コネクティビティ(クルマのネット端末化)、人工知能などの技術を複合的に使ったモビリティサービスの開発競争が激化している。ソフトバンク50.25%、トヨタ49.75%の出資比率で作られる新会社「モネテクノロジーズ」は、そのモビリティサービス開発を手がけることになるという。
モビリティサービスの本丸として両社が挙げたのは、旅客の相乗りサービスであるライドシェアや貨物の共同配送を行うカーゴシェアだ。これらのサービス自体はすでに出現しているが、現状では利用者は全体の旅客数、貨物数に比べればごくわずか。サービスが普及して利用者が激増すれば、場所によってクルマが足りなくなったり余ったりといった問題が発生すると考えられている。
それを解決する次世代技術のひとつが需要予測。人工知能を使って時刻、エリアごとの需要をあらかじめ予測し、先回りして配車を行うというものだ。そのサービスをどれだけ高品位なものにして顧客満足を得るかがビジネスの勝敗を分けると読んでいるのである。
電動車両や自動運転技術の特許数では世界トップクラスで、かつクルマを安く高品質で作るノウハウを膨大に溜め込んでいるトヨタ。提携はトヨタの側から持ちかけられた。ネットワーク技術を持ち、すでにライドシェアやソフト開発会社などへの積極投資を行ってきたソフトバンク。両者の組み合わせは、自動運転によるシェアリングエコノミーサービスの構築という観点では悪くない。
豊田章男・トヨタ社長はプレゼンで「今年のCES(アメリカ・ネバダ州で行われる世界最大級の家電見本市)でトヨタを、クルマを作る会社からモビリティーカンパニーにモデルチェンジすると宣言しました。その実現のためにはソフトバンクとの協業が不可欠だった」と動機を説明。
両者は何度も「日本連合」という言葉を用い、“相思相愛”であることをアピールした。
会見で印象的だった トヨタの姿勢変化
この会見で印象的だったのはトヨタの姿勢変化だ。これまでもトヨタは情報通信、人工知能などの分野で多くの企業と提携関係を結んできた。
だが、その大半はアメリカの画像認識、人工知能大手のNVIDIAのようなテクノロジーファーム。GoogleやAppleなどのプラットフォーマーに対しては、常にライバル心をむき出しにしてきた。「顧客サービスの最上位にいたい」という志向が特に強いトヨタにとって、そこを取ることは悲願のひとつだからだ。
そのトヨタが、プラットフォーマーを目指すソフトバンクと組むのは、劇的な方針転換といっていい。新会社モネテクノロジーズの出資比率で50%を切るスレーブ側に回り、ソフトバンクの顔を立てたことも、それを象徴している。
トヨタはなぜGoogleやAppleとは組まなかったのか
なぜGoogleやAppleとは組まず、ソフトバンクと組んだのか。
もちろんソフトバンクが10兆円ファンドを組んで配車サービス企業や人工知能に積極投資を行い、モビリティサービス界で無視できない存在になっていたことは大きな理由のひとつであろう。だが無論、それだけではない。大手通信企業の技術系幹部は私見と断ったうえで、次のような見方を示した。
「トヨタはソフトバンクを与(くみ)しやすい企業とみたのではないか。自分が知る限り、トヨタは技術のブラックボックス(見えない部分)をそのままにした相手とは、ゆるやかな連合は組まない。人工知能や自動運転に関する技術でソフトバンク本体が強みにしているのはデータベース技術だが、そこはトヨタもエンジニアのヘッドハントを積極的に行って、連綿と強化してきていた。通信技術についてはトヨタは自動車メーカーでありながら日本でも古参企業の1社で、グループ会社にも強みを持つ企業がある。技術や通信プラットフォームの強固さではGoogleやAppleより下で、それでいてビジネス投資は機敏なソフトバンクであれば、トヨタが組み敷かれる側になることなく、協業で実を取れると踏んだのではないか」
トヨタが自動運転、ライドシェアの実現を急がなければならない動機
トヨタには自動運転、ライドシェアの実現を急がなければならない動機もある。プレゼンの壇上に立った友山茂樹副社長は「2020年」という言葉を口にした。
言うまでもなく東京オリンピックの年である。日本政府は人間が運転操作をしなくても自律走行によって人やモノを運ぶことが可能な、いわゆるレベル4自動運転を東京オリンピックで世界に披露することを目標として掲げている。その筆頭スポンサーであるトヨタとしては、外部の力を借りてでも、何らかの形でその成果を実際に道路上で見せたいところなのだ。
ソフトバンクはソフトバンクで、モビリティーの実体を作っているトヨタが提携を持ちかけてきたのは、モビリティーサービス構想の実現に大きく前進できる可能性が高まることと、バックにトヨタがいることによる信用強化の両面でメリットは大きい。
「(実際に人やモノを運ぶ)モビリティーはIoT(モノがすべてインターネットにつながることによる社会変革)の重要な要素。事故ゼロ、過疎地への交通手段提供、果ては地方創生にも貢献できる」
孫正義・会長兼社長は満面の笑みを浮かべてまだ空想段階のものも含めて熱弁を振るい、トヨタを「世界一の自動車メーカーだ」と何度も持ち上げた。
迅速な判断で成立した連合だが未来像はまだおぼろげ
準備期間6ヵ月という、日本企業としてはかなり迅速な判断で成立したトヨタ・ソフトバンク連合。だが、未来像はまだおぼろげだ。
トヨタが2020年代のモビリティーサービスプラットフォームのコアデバイスにしようとしているのは、年初のCESで公開した新モビリティーコンセプト「eパレット」。箱型の無人EVで、旅客用にも貨物用にも架装できるというもので、人工知能技術が発達すれば、リアルタイムでの交通需要予測やアプリを通じた乗車オーダーによって最も効率の良いルートを選定して走れるといった高度なオペレーションの実用化も期待できる。
このeパレットによるサービスについては、トヨタとソフトバンクは共通のビジョンを容易に持てるだろう。eパレットは公共交通機関の代替で、バスやタクシーより便利かつ適正な利用料金水準であれば、客はついてくるだろう。
だが、公共交通機関というものはコスト制約がきわめて厳しい。今のところはソフトバンクがIT配車サービスの世界大手に手当たり次第に出資し、高いシェアを持っているように見えるが、儲かるとなれば必ず競合相手というものが出てくるし、「自動運転車は半導体の塊。台あたりの価格は普通のクルマと1桁違う」(孫会長兼社長)という自動運転車の耐久性も無限ではない。公共交通機関に替わるプラットフォームで寡占状態に持ち込めば「ぬれ手に粟」の商売になるという保証はどこにもない。
シェアリングプラットフォームで高い付加価値を手にする方法は結局、利便性を超えた喜びを独自性の高い方法で提供することだけだ。それを実現させるのはeパレットではなく、その先のパーソナルモビリティーの役目だ。
豊田章男社長は事あるごとに「愛車」という言い方を挙げて、「クルマには愛が付きます」と力説しているが、現在のマイカー保有というクルマの運用からシェアリングに移行したときに、愛されるクルマならぬ愛されるサービスを作れるかどうかは未知数だ。
「オールジャパン」「日本連合」案件の大半はろくな結果が得られていない
今日はまだ本当の意味での自動運転を、シェアリングのパーソナルモビリティで体験している人がほぼ皆無で、自動車業界やIT業界の関係者も含め、肯定派も否定派も想像でモノを言っているという段階である。
まさに暗中模索でまったく新しいことを考えなければいけないのだが、単純にプラットフォームビジネスで儲けられればいいというソフトバンクと、パーソナルモビリティーに愛着を持つトヨタが、同じ目線でサービス開発を続けられるという保証はない。
「日本連合」というキーワードでごくナチュラルにタッグを組んだことを強調する両社だが、実際は社としての気質も夢もかなり違う。「お互いに相手をうまく利用できるという同床異夢と見るのが妥当ではないか」(前出の大手通信企業幹部)
もちろんそれは一概に悪いこととはいえない。
そもそも一企業ですら、価値観も考えも異なる数万、数十万の人間の集まりなのである。異なる業界の企業同士ならなおさらで、水面下で丁々発止、火花を散らすやり取りをするような緊張関係でいるほうが、ビジネスの世界ではよほどうまくいく可能性が高いというものだ。
このところ、「オールジャパン」「日本連合」といった言葉が飛んだ案件の大半はろくな結果が得られていない。トヨタ・ソフトバンクのペアがそのジンクスを吹き飛ばしてくれることを願うばかりだ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


2018/10