米中貿易戦争「開戦」

米中貿易戦争

5/10 全面戦争突入 開戦
やられたらやり返す 
世界巻き込む 餓鬼の喧嘩
 


2019/5[開戦 5/10]5/11-2019/42019/32019/22019/1
2018/122018/112018/102018/92018/82018/72018/62018/52018/42018/3〜2018/2 ・・・
諸話 / 米中貿易摩擦とアジア米中貿易摩擦と世界経済
 餓鬼1餓鬼2餓鬼3餓鬼4餓鬼道・・・
 布施1布施2布施3布施4布施5布施の種類無財の七施布施の功徳
 盂蘭盆会1盂蘭2盂蘭3盂蘭4盂蘭5盂蘭6薮入り迎盆と精霊送り施餓鬼会
 
 
 
 
 

 

 
 
 
 
 
 
 2019/5

 

5/10 米中通商協議は折れ合わず、2,000億ドルに対する追加関税が10%から25%に引き上げられた。協議で訪米していた劉鶴副首相は「中国は必ず報復する。中国は原則では決して譲らない」「財政政策や金融政策の余地は十分にある」と述べた。 
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米、対中関税10日に引き上げ=ライトハイザー通商代表、劉副首相に譲歩迫る 5/7
ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表は6日、中国からの輸入品2000億ドル(約22兆円)相当に対する追加関税を10日に10%から25%へ引き上げる方針を明らかにした。一方、中国商務省は劉鶴副首相が9、10の両日、貿易協議のため米国を訪れると正式発表した。米国は追加関税で強硬姿勢を示し、一段の譲歩を迫る。
ロイター通信などによると、米政府は7日にも官報を通じて通知し、10日午前0時1分(日本時間10日午後1時1分)に追加関税を引き上げる見込み。
米国の交渉責任者ライトハイザー代表は、知的財産権侵害を理由に発動した対中関税の引き上げに関して、「先週末にかけて、構造問題に対する中国の姿勢が後退した。到底受け入れられない」と語った。トランプ米大統領は5日、ツイッターで、中国がこれまでの協議成果について「再交渉しようと試みている」と批判し、「追加関税の引き上げ」を表明していた。
ブルームバーグ通信によると、中国は先週北京で行った貿易協議で、新たな法整備などを必要とする協定には同意できないとの考えを示した。中国は3月、米国が問題視した外国企業に対する技術移転の強要行為を禁じる法律を成立させ、来年の施行に向け詳細なルール整備を進めている。貿易協議では、知財権保護を含めた制度づくりなどをめぐり、米国がさらに厳しい要求を突き付けているもようで、中国が合意文書案の「抜本的な修正」を申し出たという。  
米中貿易戦争は20年も続くか?トランプと馬雲の世界 5/8
ついに来たのか。トランプ米大統領は5日、中国からの輸入品2000億ドル分に対する追加関税を5月10日に10%から25%へ引き上げると表明した。さらに追加関税の適用対象となる中国産品を拡大する可能性にも言及した。
3月に予定されていた関税の引き上げを2カ月あまり引き延ばした意義は大きい。与えられたチャンスを生かせなかった中国側の問題になるからだ。さらに、中国が交渉から脱退すれば、トランプ氏は「残念だ。でも、交渉のテーブルは撤去されたわけではないから、いつでも戻ってきてください」と堂々と言えるようになる。ハノイでの米朝交渉は、トランプ氏が交渉のテーブルから立ち去ったが、今回は中国が立ち去らざるを得ない状況を作り上げたのである。
交渉は妥結するためのものではない。交渉は最終的戦勝のための小道具にすぎない。米朝交渉に続き、「結果的に米中交渉も不調に終わる可能性が大きい。その場合、トランプ氏は躊躇なく対中関税を引き上げる」。私の予想もどうやら的中しそうだ。
米中貿易戦争はトランプ大統領が在任中に仕掛けた世界規模の「ビッグ・イベント」だ。この貿易戦争はどのくらい続くのか。短期的に中国や米国、欧州の経済界が巻き込まれているだけでなく、さらにそれが長期化すれば、解決策は皆無に近いと見ている世界的な大物経営者がいる。アリババ集団の馬雲(ジャック・マー)会長である。
今年1月3日、馬雲氏が2018年度世界浙商上海フォーラムで演説し、「文句を言うな 。誰もがトランプを変えられない。みんなは自分の母ちゃんでも変えられないだろう。だったら、さっさと自分を変えろ。自社の人事を変えろ、組織を変えろ、評価基準を変えろ。要するに自分を変えることだ。これが最重要だ」と喝破した。
馬会長は、「米中貿易といえば、これまで対立がなかったのが異常だった。対立があって当たり前だ」とし、企業の経営難について、「大方の経営者はマクロ環境のせいにし、自分自身に問題を見出そうとしない。経営がダメな企業の90%はマクロ経済とまったく無関係だ」と指摘した。
さらに、馬会長が続ける。「2019年は情勢がどう変わろうと、とにかく自社のことに専念する。調整すべきところは調整する。リストラすべき人間はリストラする。増員すべき部門は増員する。外を見るのではなく、内を見ることだ。こうしてはじめて難関を乗り越えられる。とにかく、自社の強化、これに尽きる……」
締めくくりがユーモアたっぷり。「むかしは、追い風に乗って豚も空を飛んだ。その追い風が止んだところで、墜落死するのは豚だ。豚には翼が生えてこないものだ」。米国が空を飛ぶ鷹だとすれば、これに対比しての豚は意味深長ではないか。
馬雲会長は昨年9月10日、1年後(2019年9月10日)にアリババ集団の会長職を退任すると発表した。発表当日は、馬氏の54歳の誕生日で、中国の「教師節(教師の日)」にもあたる。「自分が心から愛する教育の世界に戻りたい。私にこの上ない興奮と幸福をもたらすだろう」。一代で世界的企業を作り上げたカリスマ創業者が50代前半にしての早期引退は国内外に衝撃を与えた。
辞任発表のわずか1週間後、馬雲氏は杭州市で講演し、米中貿易戦争は米中覇権争いであり、トランプ大統領の任期が終わっても戦争は終わらず、20年間にわたって続く可能性があると指摘した(2018年9月18日付けブルームバーグ報道)。
その直後の9月22日、私のブログに読者から次のコメントが寄せられた――。
「米中の争いは単なる経済戦争ではなく、覇権戦争でもあるから、トランプ政権後も続き、20年以上にわたる長い戦いとなるだろうという人(馬雲氏)もいる。本当だろうか。トランプ政権の次の政権が、トランプと同じ方向を突き進むとなぜそう断言できるのだろうか」
多くの人の疑問を代弁するコメントでもあった。トランプ大統領が仮に再選を果たして続投するとしても残り6年しかない。次の1代や2代の大統領がトランプ氏の既定路線を踏襲する保証はない。なぜトランプ氏が仕掛けた対中貿易戦争が20年以上も続くと、馬雲氏は言いきれるのだろうか。
中国のような国で世界級の企業を築き上げ、経営するには、経営面における卓越した才能だけでなく、優れた政治的嗅覚も兼ね備えなければならない。馬雲氏がそうした人物であるならば、その米中貿易戦争の「20年説」は極めて意味深長なもので、吟味に値するだろう。
米中貿易戦争が20年以上も続くという仮説が成立するには、たった1つの条件を満たせばよい。それは戦争を仕掛けたトランプ氏以降の歴代大統領も、その既定路線を踏襲せざるを得ない状況に置かれることだ。
米中貿易戦争の「20年説」と馬雲氏の引退宣言。ほぼ同じタイミングで世界に発信されたことは、単なる偶然なのだろうか。
今年9月、55歳という若さでアリババのトップの座から引いた場合、20年後の馬雲氏は75歳。これは何を意味するか。90歳を前に引退を表明する華人大富豪の李嘉誠氏がいれば、93歳の高齢で政権復帰するマハティール氏もいる。人生100年、終身現役の時代というだけに、馬氏はもしや、10年や20年スパンで第2、あるいは第3の人生を考えていたのかもしれない。
ファーウェイのような「政治的」企業の経営者である場合、米中貿易戦争やら何やら政治的なトラブルに巻き込まれ、早い段階で身が滅ぶ羽目になれば一巻の終わりだ。人生はまだ長い。金に困るわけでもないし、しばらくの間は身を引いて静かにするのが一番。まさに「韜光養晦」の真義である。
しかし、馬雲氏は貿易戦争の「20年説」を打ち出しながらも、20年後はどうなっているのかという将来のシナリオを描いていない。いや、むしろ自分の胸中を推し量る楽しみを世間に与えるという意味で、彼は実に愉快な大物であろう。
馬雲氏がもし米国生まれ米国育ちの企業家だったとすれば、トランプ氏に酷似する存在になっていたかもしれない。彼はもしや、自分もトランプ氏同様、最終的に経済だけでなく、政治的にも世界を変貌させ得る力の持ち主であることを確信していたかもしれない。故に、彼は自分がもしトランプだったら、同じように、20年も続く貿易戦争を中国に仕掛けただろうと考え、「20年説」を語ったのかもしれない。
中国やロシア、トルコ、フィリピン……。世は「独裁者」の全盛期だ。
中国共産党が国家主席の任期撤廃案を発表し、主席が無期限で務められるようになることを聞いたトランプ大統領は、「習氏はいまや終身大統領だ。偉大だ」と発言し、「そして、習氏にはそれが可能になった。素晴らしいことだ。われわれもいつか試してみなくてはならないだろう」と述べた。本音か冗談かは知らないが。
そもそも中国は外部の民主主義制度やグローバリゼーションを利用して経済成長を遂げたのである。いざ外部世界、とりわけ米国だけでも通商の自由を部分的に制限すれば、中国は多大なダメージを受けることになる。
3月19日付けのボイス・オブ・アメリカ(VOA)の記事は、「中国はこれまで紛れもなく世界の主要輸出国であった。しかし、中国の貿易黒字がいま縮小しつつある。中国は急速な開放に踏み切り、外資を誘致しなければならない」と、「外資誘致の切迫性」を指摘した。
記事は、モルガン・スタンレーが直近発表した報告を引用し、「今年(2019年)中国の経常収支が悪化し、25年ぶりに年間ベースの経常赤字に転じる」との予想を報じた。さらに中国人消費者の海外消費の拡大、高齢化の進行、労働力の減少、労働力コストの増加、貯蓄率の低下など、負の要因がそろっている。
経常収支の赤字転落は資本流出に対する緩衝を奪うだけでなく、信頼感を損ね、資本流出をさらに加速させる可能性がある。要するに、「外資誘致の切迫性」と裏腹に逆の動きがどんどん強まるわけだ。
このような状況が20年も続くと、中国はどうなるのか。このシナリオを描いているのはトランプ氏である。20年どころか、2年だけでもこれが続いた場合、大変なことになる。外資の流出が莫大な規模に上り、サプライチェーンの移転が着々と進むだろう。一旦流出した資本や移転されたサプライチェーンは二度と中国に戻ることはあるまい。たとえトランプ氏の後任が政策を転換しようとしても、すでにできない状態になっているはずだ。
そうした意味で、新たな世界秩序が出来上がった時点で、トランプ氏は青史に名を垂れる偉大な政治家として墓に入れるだろうし、70代の馬雲氏は今日のトランプの如く風雲児として世界の表舞台に舞い戻ってくるだろう。 
米中貿易戦争「中国のボロ負け」が必至だ 5/8
米国のトランプ政権が5月7日、中国からの輸入品2000億ドル相当に対する制裁関税を10%から25%に引き上げる方針を表明した。これを受けて、世界の株式市場は急落した。米中貿易戦争の行方はどうなるのか。
実際に関税を引き上げるのは10日なので、このコラムの公開後、土壇場で米中の合意が成立し、引き上げが撤回される可能性はゼロではない。だが、中国が大幅譲歩するとは考えにくい。そうなれば、中国の屈服が世界に明らかになってしまう。
私は結局、関税が引き上げられる、とみる。
日本のマスコミは「楽観的見通しを語っていたトランプ大統領が突如、強硬路線に転じた」とか「大統領得意の駆け引きだ」などと報じている。交渉なので駆け引きには違いないが、大統領の方針転換とは思わない。
トランプ氏は当初から、中国に厳しい姿勢で臨んでいた。楽観論を流していたのは「オレは甘くないぞ。だが、中国が折れてくるなら歓迎だ。だから、交渉している最中に『妥結は難しい』などとは言わない。よく考えてくれ」というメッセージだったのだ。
なぜ、そうみるか。そもそも「中国の知的財産窃盗行為を止めさせるために、制裁関税を課す」という目的と手法自体がまったく異例である。乱暴とさえ言える。大統領がそこまで踏み切ったのは、泥棒の中国があまりにひどすぎたからだ。
つまり、制裁関税という非常手段に訴える腹を決めた時点で、大統領の硬い姿勢は明らかだった。そうであれば、中国が窃盗を止める確証を示さない以上、トランプ氏にとって、制裁を強化するのは当然である。
日本のマスコミは中国に対する批判よりも、トランプ政権を批判する傾向が強い。たとえば、朝日新聞は5月8日付け社説で「米国は大国としての責任を自覚しなければならない」「世界貿易機関(WTO)ルール違反の疑いがある制裁関税を自らがふりかざすことは厳に慎むべきだ」などと上から目線で指摘した。
自由貿易の守護神といえる米国が、保護主義的な手段を講じたことに当惑している面はある。だが、昨年7月の時点でホワイトハウスと通商代表部(USTR)はそれぞれ報告書を発表し、中国の泥棒行為を厳しく批判していた。
昨年7月以来の流れを素直に見れば、トランプ政権が簡単に妥協しそうもないのは読み取れたはずだ。
ルール違反を言うなら、中国の方がはるかに悪質なのに、そこは「冷静に説得してほしい」などとキレイゴトを言っている。説得で片付くくらいなら、こんな騒ぎにはなっていない。中国が言うことを聞かないから、貿易戦争になってしまったのではないか。
朝日は「トランプ批判」のバイアスがかかっている。これでは、トランプ氏の真意を見誤るのも当然だ。ついでに言えば、朝日はどんな問題でも、最初に自分たちのスタンスを決めて報じる傾向が強い。事態を客観的に眺めるよりも、まず主張が先にありきなのだ。
脱線した。
トランプ氏にとって、問題は「泥棒の中国にどう対処するか」という話である。そこで決断したのが、前例のない制裁関税という手段だった。最初から「多少乱暴であっても、中国には断固として対処する」という方針を確立している。
背景には「中国は米国を倒して、覇権の奪取を目指している」という判断がある。
そうであれば、窃盗行為が止まる確証がないのに、制裁関税をあきらめて中途半端に妥協する選択肢はない。そんなことをすれば「これまでの制裁は何だったのか」という話になってしまう。繰り返すが、大統領の意思は最初から硬かった。これが1点だ。
加えて、私は直前に開かれた安倍晋三首相との首脳会談の影響もあったのではないか、とみている。私は3月29日公開コラムで「トランプ氏は中国に妥協しない」という見方を前提にして「安倍首相は大統領に『中国に安易に妥協するな』」と助言するのではないか」と指摘した。
安倍首相は4月26日、欧米歴訪の途中で米国を訪問し、トランプ氏と2日間にわたってじっくり話し合った。その日米首脳会談を受けて、今回の制裁強化がある。時間軸でみれば、安倍首相とトランプ氏が対中強硬策で一致し、関税引き上げに至ったと考えるのが自然だろう。
なぜかといえば、先のコラムで紹介したが、そもそもトランプ政権の対中政策は、大統領就任前の2016年11月に会談した安倍首相の助言に基づいているからだ。トランプ氏は中国の扱いを判断するのに「シンゾーの話を聞いてから考えよう」と思ったはずだ。
外務省のホームページでは、日米首脳会談で「中国が話題になった」とは一言も書いていないが、日中関係が改善しつつある中、中国を刺激するのを避けるために、あえて触れなかったのかもしれない。
それはともかく、ここまでは私がコラムで予想した通りの展開である。
一方、先のコラムで、私は「安倍首相はトランプ氏の対中強硬路線を背中から押すためにも『日本経済は大丈夫』と請け合う必要がある。それには当然、増税延期が選択肢になるだろう」と書いた。こちらはどうか。おそらく、これもその通りになるだろう。
米国が対中制裁関税を引き上げれば、もちろん中国には一層の打撃になる。それでなくても、景気が落ち込んでいる中国はマイナス成長に陥ってもおかしくない。消費の落ち込みや輸入減少を見れば、もしかしたら、すでにマイナスになっている可能性もある。
そうなると、世界経済はそれこそ「リーマン・ショック級」の危機に見舞われる公算が高い。日本も影響は免れない。すでに日本の対中輸出は落ち込んでいるが、さらに減少するだろう。そんな状況で、消費税引き上げはますます難しくなった。
5月13日に発表される3月の景気動向指数と、同じく20日に発表される1−3月期の四半期別国内総生産(GDP)速報の数字がそれぞれ「悪化」「前期比マイナス」と出れば、いよいよ増税延期の決断に踏み切る材料がそろってくる。
増税延期を決断するなら、安倍首相はそれを大義名分に衆参ダブル選に打って出るだろう。自民党の甘利明選挙対策委員長は5月8日、テレビ収録で「麻生太郎副総理兼財務相が4月30日、安倍首相を私邸に訪ねて、ダブル選を勧めた。首相は言質を与えなかった、と伝わっている」と語っている。
中国は経済的打撃を被るだけではすまない可能性がある。習近平体制そのものを揺るがすかもしれない。今回の制裁強化について、中国は国内で報道管制を敷いているのが、その証拠だ。当局は制裁関税が引き上げられる事実を報道させず、伏せたままにしている。
なぜ、そこまで過敏になっているのかといえば、まさに習近平国家主席がトランプ大統領にやり込められている事態を国民に知られたくないからにほかならない。主席の権威がぐらつくのを心配しているのだ。
これは「主席のメンツが丸つぶれ」という話だけではない。いくら主席のメンツが潰れようと、生活に影響がないなら、国民にとってたいした話ではないが、制裁関税は中国経済を直撃して国民生活にも必ず響く。すでに企業の倒産と失業も加速している。
制裁強化で一段と苦しくなると「習近平は何をしているんだ」という声が高まるだろう。それを事前に抑え込むために、徹底した報道管制を敷いているのである。だが、上海株式も暴落した。投資家は何が起きているのか、水面下で正確な情報を得ているに違いない。
米中貿易戦争は「米国の圧勝、中国のボロ負け」状態でヤマ場を迎えている。日本の永田町も風雲急を告げてきた。 
株、織り込み始めた米中貿易戦争 中国関連軒並み安 5/8
8日の東京株式市場で日経平均株価が続落し、7日から2日間での下げ幅は674円に達した。米中貿易交渉は難路を経ながらも妥結するとの楽観論が年初来の世界株高の前提だっただけに、米国が中国製品に対する制裁関税を10日に課すと表明したニュースはまさにネガティブサプライズだった。市場はまだ米中貿易交渉頓挫をほとんど織り込んでおらず、追加関税が現実となれば日本株もさらなる下値を模索する可能性もある。 
米「関税上げ」公示、中国報復の構え=閣僚級貿易協議へ 5/9
米中両政府は9日、ワシントンで閣僚級の貿易協議を再開する。貿易慣行の抜本的是正策を盛り込んだ合意文書案の大幅修正を要求する中国に米国は反発し、トランプ大統領は対中制裁関税の25%への引き上げを表明。米通商代表部(USTR)は8日付の官報で公示した。中国商務省は引き上げられれば「対抗措置を講じざるを得ない」と報復の構えを示した。
閣僚級協議は10日までの2日間を想定。米国はライトハイザーUSTR代表が責任者を務め、中国は劉鶴副首相らが交渉に臨む。中国が踏み込んだ譲歩案を示せるかが焦点だが、米国は中国からの輸入品2000億ドル(約22兆円)相当に課している追加関税を10日午前0時1分(日本時間同午後1時1分)に10%から25%へ引き上げる見込み。
ライトハイザー代表は6日、先週北京で開いた閣僚級協議後に中国が構造改革姿勢を大きく後退させたと米メディアに説明した。中国は、米企業に対する技術移転の強制禁止や産業補助金の削減、為替操作の禁止に向けた法整備などの行程表に難色を示したもよう。
米国は今週中にも合意の大枠を固め、最終決着を目指す首脳会談を6月をめどに開催する意向だったが、中国が土壇場で抵抗した形だ。  
米中が協議再開 貿易戦争解消へ瀬戸際 トランプ氏、トップ交渉に前向き 5/9
米中両政府は9日(日本時間10日午前)、米ワシントンで閣僚級の通商協議を再開した。ただ、米中の立場には隔たりがあり、トランプ米政権は米東部時間10日午前0時1分(同10日午後1時1分)、米国が輸入する年間2000億ドル(約22兆円)相当の中国製品に対する追加関税率を予定通り10%から25%に引き上げる公算が大きい。中国側も報復措置で対抗する構えだ。一方、トランプ大統領は中国の習近平国家主席との電話協議で事態打開を図る可能性も示唆した。
25%への追加関税率引き上げは、家具や食料品、革製品など生活関連の製品も含めた約5700品目が対象。ただ、引き上げ前に中国から出荷された製品は10%が適用され、船便なら米国に到着するまで数週間かかる。追加関税の影響が本格化するまでに一定の猶予期間を設けた格好だ。
トランプ氏は9日、ホワイトハウスで記者団を前に中国の対応を批判したうえで、これまで追加関税を課していない残り全ての中国製品(約3250億ドル相当)に25%の追加関税を課す「対中制裁第4弾」の事務作業に入ったことも明らかにした。一方で、習氏から8日に「問題を打開するために共に努力しよう」という内容の書簡を受け取ったと説明。「おそらく彼と電話で協議するだろう」とトップ交渉に前向きな姿勢も示した。
米中両政府は昨年7〜9月、3回にわたり相互に追加関税を発動。昨年12月の首脳会談で、追加関税を見合わせる「一時休戦」で合意し、中国の知的財産権侵害問題などの是正策を閣僚間で協議してきた。しかし、米メディアによると、中国側は先週末、是正策について中国国内法の整備を行うという約束を覆したという。
このためトランプ氏は関税引き上げを表明し、中国側も「自らの合法的な権利を守る決意も能力もある」と対抗措置の実施を明言していた。事態打開のため米中両政府は9日午後5時から閣僚級協議を行い、米通商代表部(USTR)のライトハイザー代表とムニューシン財務長官、中国の劉鶴副首相らが参加した。ホワイトハウスは終了後、「10日午前も協議を継続することで合意した」との声明を発表した。  
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米、対中関税上げ=22兆円分、協議続行−中国「遺憾の意」 5/10
トランプ米政権は10日午前0時1分(日本時間10日午後1時1分)、中国からの輸入品2000億ドル(約22兆円)相当に課している追加関税を10%から25%へ引き上げた。9日にワシントンで閣僚級の貿易協議を再開したが、妥協点を見いだせていない。中国は報復措置で対抗する構えを見せており、大国間で制裁と報復を繰り返す「貿易戦争」が激化する。世界経済に及ぼす悪影響が懸念される。
米政権は昨年、知的財産権侵害への制裁として計2500億ドル相当の中国製品に追加関税を発動した。340億ドルに25%、160億ドルに25%、2000億ドルに10%と3段階で実施し、今回は2000億ドル分の税率を引き上げた。トランプ大統領は9日、新たに3250億ドル相当を課税対象に加える手続きを始めたと語り、残る輸入品すべてに制裁を科すとけん制した。米ホワイトハウスは、10日午前も協議を行うと発表した。
中国商務省は10日、引き上げに遺憾の意を示した上で、「対抗措置を講じざるを得ない」と改めて報復の構えを示した。ただ、景気減速懸念から貿易摩擦の長期化は避けたいのが本音とみられる。米国が追加関税を引き上げたことで、中国も米国製品に課している報復関税の税率を最大25%に上げる可能性がある。過度な対米譲歩を懸念する国内の批判をかわしつつ、対話を続けて着地点を模索するとみられる。米中の貿易摩擦の深刻化で両国間の貿易は落ち込み、世界経済にも大きな打撃を与える恐れがある。
閣僚級協議には、ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表、中国の劉鶴副首相らが参加。制裁と報復の応酬を回避するには歩み寄りが必要だが、対立は根深い。中国は今月に入り合意文書案の大幅修正を要求。知財権侵害、国有企業に対する補助金政策、米企業への技術移転強制など幅広い問題で「法改正や規則整備を確約することに抵抗した」(米経済団体)とされる。  
東京市場 株価値下がりに トランプ政権の対中制裁強化で 5/10
10日の東京株式市場は午後になって株価が値下がりに転じました。米中の貿易摩擦をめぐって閣僚級の交渉が行われる中、トランプ政権が制裁強化に踏み切ったことで、リスクを避けようと売り注文が広がっています。
市場関係者は「午前中の取り引きではこのところの株価の下落を受けて買い戻す動きが優勢だったが、午後に入ってからはトランプ政権が予定どおり関税の引き上げに踏み切ったことを受けて、リスクを回避するための売り注文が広がり、値下がりに転じている」と話しています。 
米中閣僚級貿易交渉折り合わず 関税引き上げ 5/10
アメリカと中国の貿易問題をめぐる閣僚級の交渉は9日は折り合わずに終了し、トランプ政権は中国からの2000億ドルの輸入品に対する関税を日本時間の午後1時すぎに25%に引き上げる制裁強化に踏み切りました。交渉は10日も続きますが、米中の貿易摩擦は一段と深刻な事態に陥り、日本や世界経済への影響も懸念されます。
米中の貿易交渉は9日、日本時間の10日朝からライトハイザー通商代表やムニューシン財務長官、中国の劉鶴副首相が出席してワシントンで初日の交渉を行いました。
アメリカ通商代表部は中国側がこれまでに合意していた内容を突然、覆したとして、中国からの2000億ドルの輸入品に上乗せしている10%の関税を25%に引き上げる手続きを取ったうえで交渉に臨んで中国に譲歩を迫りましたが、歩み寄れませんでした。
このためアメリカ通商代表部は予定どおり、日本時間の午後1時1分に関税の引き上げを発動して制裁強化に踏み切りました。中国も対抗措置をとる構えです。
交渉は10日も続きますが、米中の貿易摩擦は一段と深刻な事態に陥り、日本や世界経済への影響も懸念されます。
トランプ大統領は直前まで交渉は順調に進んでいると繰り返し強調し、合意は近いと受け止められていましたが、今週、中国への態度を一変させ、動揺は日本や世界の金融市場に広がっています。
アメリカが中国からの2000億ドルの輸入品にかける関税を引き上げたことについて、中国商務省は「大変遺憾だ。必要な反撃措置を取らざるをえない」というコメントを出し、中国も報復措置に踏み切る方針を示しました。
その一方で「現在、行われている交渉でアメリカと歩み寄りともに努力する。協力と交渉を通じて問題を解決することを望んでいる」として、ワシントンで行われている閣僚級の交渉での合意に期待を示しました。 
3月期決算 3年ぶり減益の見通し 中国経済の減速など背景 5/10
企業のことし3月期の決算発表がピークを迎えています。中国経済の減速などを背景に、最終的な利益は全体として3年ぶりの減益になる見通しです。
10日は東証1部に上場する300社余りがことし3月期の決算を一斉に発表しています。
SMBC日興証券が9日までに発表を終えた全体の37.5%にあたる555社の業績をまとめたところ、最終的な利益の合計は19兆8220億円で前の年を3.2%下回っています。
これから決算を発表する企業を含めても、企業の最終利益は平成28年3月期以来、3年ぶりの減益になる見通しだということです。
これは、米中の貿易摩擦を背景にした中国経済の減速で製造業を中心に業績に影響が広がったことに加え、暖冬によって小売業などで冬物の販売が振るわないといった影響が出たことが主な要因です。
一方、来年3月期の業績予想は、今の時点の集計では最終的な利益が9.6%増える見通しになっています。
SMBC日興証券の伊藤桂一チーフクオンツアナリストは「世界経済は堅調に推移するというのが基本的な見方だが、米中の貿易交渉の行方など不確実な要素も大きいだけに、企業は今後の業績を決して楽観視していない」と話しています。
大手電機メーカーの三菱電機は、ことし3月期の決算で最終的な利益が前の年度と比べて11%余り減少し、2年ぶりの減益となりました。米中の貿易摩擦を背景にした中国の景気減速で、スマートフォン関連の設備投資が減少したことや通信機器などに使われる半導体の需要が減ったことが主な理由です。
福岡県にある工場ではスマートフォンの製造機械や自動車などに使われる省電力型の半導体を生産していて、去年秋ごろ、中国向けの受注が落ち込んで減産を強いられたということです。
ただ、その後は中国政府の景気対策などによって半導体の需要は徐々に回復しているほか、長期的には、電気自動車などの需要が大きく伸びるとも見込んでいます。
このため会社は、来年度までに電気自動車向けなどの半導体の生産能力を今の2倍にまで高める方向で検討を進めています。
三菱電機パワーデバイス製作所の西原秀典所長は「中国経済の減速の影響を一部受けたが、長期的な需要の拡大傾向に変わりはないと考えている」と話しています。
一方、米中の貿易摩擦の激化を受けて、会社は中国の工場で製造しアメリカ向けに輸出している半導体について関税引き上げなどの影響を抑えるため日本での生産に切り替える対応も取っているということで、貿易摩擦の影響を今後、注視していく考えです。 
大豆の国際価格、米中貿易戦争のあおりで急落 5/10
大豆の国際価格が金融危機以来初めて1ブッシェル8ドルを割り込んだ。米中関係に敏感に反応するため、米中通商協議をめぐって不透明感が強まった影響を受けた。
9日には大豆だけでなく、金融市場は幅広く売り込まれた。米国株式市場が取引時間中に約1%下落したほか、米長期債利回りが短期債利回りを下回り、投資家が経済の先行きを懸念している兆しがみられた。 
米中関税合戦再燃も、世界景気に暗雲 5/10
トランプ米政権は10日、2000億ドル(22兆円)分の中国製品への制裁関税を10%から25%に引き上げた。米中貿易協議は妥結間近との楽観論も市場に広がっていたが、トランプ米大統領は「中国が合意を壊そうとしている」と再び強硬姿勢に転じた。中国は報復措置を取ると表明したが、米国は制裁対象の拡大も検討しており、泥沼の関税合戦が再燃する懸念もある。
引き上げ期限を7時間後に控えた9日午後5時、ワシントンにある米通商代表部(USTR)本部。ライトハイザー代表とムニューシン財務長官が玄関に姿を現し、中国から来た劉鶴副首相を笑顔で出迎えた。だが夕食会を兼ねた閣僚級協議はわずか1時間強で終わり、米国は通告通り対中関税を大幅に引き上げた。
米中は10日午前も協議を継続するが、劉鶴氏は今回の訪米にあたって「特使」の資格を得ず同行人員も絞り込んでおり、実質的な進展は見込みにくいとの観測が強い。
トランプ政権は中国の知的財産権侵害を理由に18年7〜9月に3度にわたって中国からの輸入額の約半分を対象に制裁関税を発動した。家具や家電など消費財を含む第3弾は米年末商戦への影響に配慮して追加関税率を10%に設定し、19年1月から25%に引き上げる予定だった。
発動寸前の18年12月、トランプ氏と習近平(シー・ジンピン)国家主席は首脳会談を開き、税率上げを猶予する代わりに閣僚級協議で打開策を探ることで合意した。トランプ氏は「歴史的な合意は近い」と繰り返し、金融市場も早期決着を期待してきた。だが交渉の内実は不信の連鎖だった。
両国は当初3月1日を期限に設定し、2月中旬には知的財産保護や市場開放などを盛り込んだ協定書の作成に着手した。米中交渉筋によると、中国は米国が撤廃を求める産業補助金問題でも「地方政府も含めて世界貿易機関(WTO)ルールを順守する」と譲歩しつつあったという。中国側は「国内の反発を避けるため世論対策に時間が欲しい」と繰り返し要請し、交渉期限を2度にわたって延長した。
ところが5月に入ると中国側は突然、補助金や技術移転など重要分野で「合意を後退させた」(ムニューシン氏)。米中交渉筋は「劉鶴氏が米国と折り合った協定案を、共産党指導部の政治局が拒んだ」と打ち明ける。盤石を誇ってきた習体制だが、国内の「弱腰批判」を無視できなくなったとの見方だ。
中国は天安門事件30年を約1カ月後に控え政治的に敏感な時期にさしかかっている。習氏が主導してきた対米交渉が決裂した印象を与えるのは避けたがっており、報道管制を敷いてトランプ氏の強硬発言が広まらないようにしている。
関税を引き上げた第3弾は消費財が約2割を占め、米経済も返り血を浴びかねない。それでもトランプ氏が強硬策に再び転じたのは、株価が回復して経済面で余力ができたからだ。「ロシア疑惑」もひとまず乗り切り、米調査会社ギャラップによると、4月後半のトランプ氏の支持率は46%に上昇して同社調査で最も高くなった。
中国商務省の報道官は「必要な対抗措置を取らざるを得ない」との声明を出したが、米国は中国が報復に出れば関税を課していない3250億ドル分の中国製品も制裁対象に加える方針を示している。米中両国は6月の20カ国・地域(G20)首脳会議に向けて交渉の立て直しを図るとみられるが、双方とも強硬論が勢いを増しており、ハードルは少なくない。
国際通貨基金(IMF)は19年の世界経済の成長率予測を3.3%に下げたが、貿易戦争が悪化すれば成長率はさらに0.4ポイント下振れして、世界景気は好不況の節目とされる3%を下回ると警告する。「二大エンジン」である米中経済が減速すれば、弱含みつつある世界景気を失速させかねない。 
米、対中制裁関税引き上げ発動 5700品目が25%に 5/10
トランプ米政権は米東部時間10日午前0時1分(日本時間同日午後1時1分)、2千億ドル(約22兆円)分の中国製品に課す制裁関税を現在の10%から25%に引き上げた。中国も報復措置を取るとの声明を出した。米中両政府は9日から閣僚級協議を開いており、10日午前も交渉を続けることで合意した。早期に妥協点を見いだせなければ二大経済大国による貿易戦争がさらに激化し、世界経済の重荷となりかねない。
制裁関税引き上げの対象は、2018年9月に「第3弾」として発動した約5700品目。家具や家電、食料品など生活に身近な製品も多く、値上がりで個人消費に打撃となる恐れがある。
ただ追加関税は10日以降に米国向けに輸出され、通関した製品に順次かかるため、10日よりも前に輸出された製品は同日以降に米国に到着しても10%のままだ。対象品目の2割超を占める消費財は船便で2〜4週間かけて運ぶ製品も多く、実際の関税徴収には時間差が生じる見通し。
米中両政府は9日午後に閣僚協議を開いた。米通商代表部(USTR)のライトハイザー代表、ムニューシン財務長官がUSTR本部で中国の劉鶴副首相と会談した。ホワイトハウスは協議後、10日も予定通り2日目の会合を開くと発表した。
トランプ大統領は9日、ホワイトハウスで記者団に対し、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席から8日に「非常に美しい手紙」を受け取ったと明かし、習氏と電話で今後協議する可能性にも触れた。今後に関しては「どうなるか様子をみてみる」と語り、関税発動後も協議を続ける方針を表明。合意に達する可能性も排除しなかった。
中国商務省は10日、米国による追加関税引き上げを受けて「深い遺憾の意を表明し、必要な報復措置を取らざるをえない」との声明を発表した。どんな報復措置を取るかには言及しなかった。
これに先立ち中国の劉鶴副首相はワシントン到着後、記者団に「いまの特殊な状況下で理性的に、正直に米国と意見交換したい」と語った。米の制裁関税引き上げ方針について「中国は追加関税は問題を解決する方法ではないと考えている。米中両国だけでなく、世界にも不利だ」とも述べた。国営新華社が伝えた。
米政権は中国の知的財産侵害を理由に18年7月から順次、計2500億ドル分の中国製品に制裁関税を課した。中国も即座に報復して計1100億ドル分の米国製品に関税を上乗せした。世界二大経済大国による貿易戦争が始まり、世界経済や金融市場の重荷となってきた。
トランプ氏と習氏は18年12月1日の首脳会談で「休戦」で合意し、19年1月1日に予定していた第3弾の関税引き上げを棚上げした。知的財産侵害や技術移転の強要、サイバー攻撃など中国の構造問題に関して協議を重ねてきた。
トランプ氏は19年2月以降、貿易協議の進展を理由に関税引き上げを先送りし、首脳会談での最終決着に意欲を示してきた。ただ中国の産業補助金の扱いや、発動済みの関税の扱いなどを巡って溝が埋まらず、トランプ氏が5月5日にツイッターで改めて関税引き上げを表明して再び対立が強まった。 
新たなトランプ関税ショック、米国経済と消費者に赤信号 5/10
トランプ米大統領の追加関税措置による苦しみを米国の消費者が味わうには3─4カ月かかるだろうが、小売業者は輸入コストの高騰をカバーするため、間もなく幅広い商品の価格引き上げに踏み切らざるを得ないだろう、とエコノミストらは警告する。
そして、影響はそれだけにとどまらない。
中国からの2000億ドル(約22兆円)相当の輸入品に対する関税を10%から25%に引き上げるという大統領の決断は、米国経済を減速させることがほぼ確実なだけでなく、数十万件の米国人の雇用を失わせる可能性もあると、1人の経済予測家は指摘した。
米中通商交渉の合意文書案に大幅に修正を加えた中国政府に業を煮やしたトランプ大統領は、追加関税を10日午前0時1分(日本時間午後1時1分)に発動すると発表。この関税は同時刻以降に中国を出発する貨物に適用される。
新たに対象になるのは6000品目近くで、家具、ハンドバッグ、電子機器、衣類、さらには香水やシャンプーなどのパーソナルケア製品、スーツケース、シーツ、シリアルも含まれる。
これにより米国の4人家族の年間支出額は平均767ドル増加するとコンサルタント会社、トレード・パートナーシップは試算。オックスフォード・エコノミクスは、2020年末までに20万件の雇用が失われる恐れがあると予測した。
これまで米小売業界は、経費削減や中国のサプライヤーへの値下げ要求、さまざまな商品にコストを上乗せすることで影響を最小化。もしくは第1弾の関税導入前に駆け込みで輸入を増やしたりもした。
しかし今回の追加関税によって、自助努力のみでコストを吸収することは極めて困難となり、その負担は消費者に転嫁されるだろう。
即座に店頭やオンラインの商品価格が上がることはない。サプライヤーに発注した製品が生産され、それが米国の港に届いてから店頭の棚に並ぶまでのリードタイムを考えれば、消費者の財布にすぐさまダメージを与えるわけではない、少なくとも今のところは。
「少なくとも90─120日のリードタイムがある。つまり値段が変動するまで3─4カ月あるということだ」。コンサルティング大手アクセンチュア(ACN.N)傘下の小売りコンサルティング会社カート・サーモンのブライアン・エーリッヒ氏はそう語った。
<自転車とハンドバッグ>
ウォルマート(WMT.N)など主要小売店で80─200ドルの自転車を販売するケント・インターナショナルのケント・カムラー最高経営責任者(CEO)は、この時期、毎週約200台のコンテナで中国から貨物を輸入している。
「今すぐ値上げに踏み切りたい」と同CEOは語るが、取引先の規約の壁に阻まれているという。大半の大手小売会社は、価格変更がすべてのシステムに反映されるまで60日を要すると語った。
「問題なければ60─90日以内に値上げをする必要があるだろう」とカムラーCEOは語った。同社が抱える在庫は2カ月分に満たないという。
ネット通販大手アマゾン・ドット・コム(AMZN.O)などのウェブサイトで女性向けトートバッグを販売する「ミンキーブルー」のオーナー、シェリル・モゼーさんは、素材である合成皮革にかかる既存の17.6%の関税と昨年の10%の追加関税に加え、さらに上乗せされる今回の25%関税を吸収することはできないと語る。
フィラデルフィアを拠点とするモゼーさんは、今回の発表をトランプ大統領が行う数日前に1500個のバッグを中国から注文していた。届くのは7月初旬だが、それらは「少し」値上げする予定だという。
全米小売業協会(NRF)は、対中関税によって数十万の米国企業に負担がかかるとみる。NRFと小売業リーダーズ協会(RILA)は、これまで幾度となく、関税は中国ではなく米国企業と消費者が支払う税金だと主張してきた。
トランプ大統領の対中関税による影響は、これまでのところ微々たるもので、オックスフォード・エコノミクスは、2019年の成長率を0.1%程度減速させる程度だと試算する。
金融大手ゴールドマン・サックスは、2000億ドル相当の輸入品に対する関税を10%から25%に引き上げると、成長率に対する影響は3倍に跳ね上がり、今年2.2%成長が見込まれている米国経済に大きなダメージを与える恐れがあると警鐘を鳴らす。
大半の人たちは、何らかの解決策があると希望を捨てていない。
ニューヨークライフ・インベストメントのポートフォリオ・ストラテジスト、ローレン・グッドウィン氏は、長期間にわたって高い関税が課されることを回避する策があるはずだと述べた。関税影響が物価が完全に表れるには6─9カ月かかると語った。 
米政府、対中関税を25%に引き上げ 中国は報復表明 5/10
米政府は10日、中国からの2000億ドル(約22兆円)相当の輸入品に対する関税を10%から25%に引き上げた。
これに対し中国商務省は、米国の関税引き上げは「非常に遺憾だ」とする声明を発表し、対抗措置を講じる考えを示した。対抗措置の詳細は明らかにしなかった。
中国の劉鶴副首相はこの日、ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表、ムニューシン財務長官と約90分会談。10日に協議を継続する見通しだ。
中国商務省は、協議は継続しているとし、米中が互いに歩み寄り、協力と対話を通じて問題を解決することを期待すると表明した。
新たな関税は米東部時間10日午前0時1分(日本時間同午後1時1分)以降の輸出品に適用される。対象となるのは5700品目以上。
米税関・国境取締局(CBP)によると、米東部時間10日午前0時01分までに中国を出発した貨物は10%の関税を適用する。
こうした猶予期間は、昨年の過去3回の関税引き上げには適用されていなかった。ただ、これまでの制裁関税は少なくとも3週間前に実施が通知されていた。今回は表明から約5日間での発動となった。
ゴールドマン・サックスはリポートで「非公式の猶予ができた。期間は数週間に及ぶ可能性もあり、その間に『ソフト』な合意期限に向けて協議を継続することができる」と指摘。「『ハード』な期限で関税が引き上げられた場合と比べ、市場心理の悪化は若干和らげられる可能性がある」とし、課題は残っているものの、両国は今後数週間に合意する機会が残されているとの見方を示した。
関税引き上げを受け、貿易摩擦の長期化が世界経済の成長を阻害するとの懸念から、米株価指数先物は下落。アジア株は上げ幅を削った。
米S&P総合500種Eミニ先物ESc1は0.5%下落。中国株式市場は下落して後場の取引を開始したが、間もなく回復した。
格付け会社ムーディーズ・インベスター・サービスのアジア太平洋地域マネジング・ディレクター兼チーフ・クレジット・オフィサー、マイケル・テイラー氏は米国の措置について、世界貿易の不透明感を拡大し、米中間の緊張を高めたほか、世界のセンチメントに悪影響を及ぼしたと指摘。「関税引き上げは世界的な資産価格の見直しや融資状況の引き締まり、成長鈍化につながる可能性もある」とした。
関税引き上げの対象分野で最も規模が大きいのは、インターネットモデム、ルーターなどのデータ伝送機器で約200億ドル。次にプリント基板(PCB)の約120億ドルが続く。
家具、照明、自動車部品、掃除機、建築資材なども対象になる。
全米民生技術協会(CTA)のゲーリー・シャピロ最高経営責任者(CEO)は、関税を支払うのは、トランプ大統領が主張する中国ではなく米国の消費者と企業だと指摘。
「われわれの業界は米国で1800万人以上の雇用を支えているが、関税引き上げは壊滅的だ」とし、「米国のテクノロジー部門では、昨年10月以降、すでに発動されている関税で毎月約10億ドルのコストが発生している。これは追加のコストを吸収できない小規模事業者、スタートアップ企業には死活問題になり得る」と述べた。
エコノミストや業界コンサルタントによると、米国の消費者が関税引き上げの影響を感じるには3─4カ月かかる可能性がある。小売り業者は輸入コストの増加を受けて、値上げを迫られるとみられている。 
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トランプ氏の対中覇権戦略、貿易戦争の解決は長期化へ 5/11
米中貿易戦争をめぐり、トランプ米大統領がツイッターで、対中関税の引き上げを表明した。米ブルームバーグ通信によると、ライトハイザー米通商代表が北京で協議した際、中国側が外国企業への技術移転強要を是正する法整備の約束を撤回したという。
本コラムで繰り返し述べてきたことだが、米中貿易戦争は貿易赤字減らしという単なる経済問題ではない。背景には米国の軍事覇権を保つために技術優位を維持するという戦略があり、米国の技術を盗み取るような中国の行為を許さないという米国側の強い意志に基づいている。
「中国の行為」というのは、(1)知的財産の収奪(2)強制的技術移転(3)貿易歪曲的な産業補助金(4)国有企業によって創り出される歪曲化及び過剰生産を含む不公正な貿易慣行−を指す。
なぜ明確に分かるかというと、中国とは名指しされていないが、昨年9月の日米共同声明にも盛り込まれているのだ。これらの文言は、米国の交渉担当者が対中戦略として語ってきたもので、公式の外交文書にまで登場しているというわけだ。
このうち、(2)強制的技術移転は、米国の対中戦略の大きな柱であるので、これを中国がほごにしたら、トランプ氏が許すはずもない。
このタイミングでトランプ氏がツイートしたのは、米中の閣僚級会談への牽制(けんせい)という側面があった。中国の劉鶴副首相率いる交渉団は訪米し、10日まで協議を行った。
その交渉で、(2)強制的技術移転の法整備を再び中国が約束するという事態になれば、25%の追加関税は撤回されるかもしれない。それでも、米中貿易戦争の抜本的な解決にはかなりの時間を要するだろう。
米中貿易戦争が単なる経済問題ではなく米中の覇権争いという今回の展開は以前から読めていたものであるが、それでも米国など世界の市場はトランプ氏のツイートに驚き、予断を許さない展開になっている。
安倍晋三首相は6日にトランプ氏と電話会談を行っている。その内容は、ミサイルを含めた飛翔体を発射した北朝鮮の問題が中心であっただろうが、トランプ氏のツイートのような内容についても聞いていたはずだ。
そこには、日米貿易交渉を急ぎたいというトランプ氏の思惑もあるかもしれない。トランプ氏としては、再選を狙う2020年の米大統領選に間に合うように各国との貿易交渉で成果を出したいという事情もある。
そこでトランプ氏は5月にも日米貿易交渉を妥結するように望んだ。それに対し、安倍首相は、7月の参院選前では、政治的に無理であり、秋の国会で法案を出し、20年の米大統領選に間に合わせるというスケジュールを提示し、トランプ氏の同意を得たようだ。
ひとくちに貿易交渉といっても、トランプ氏の対中政策と対日政策は全く異なっており、日本は国益を相対的に維持しているといえるだろう。 
米中貿易交渉、次は北京で 「重要な原則では譲歩せず」 中国副首相 5/11
米首都ワシントンを訪問中の中国の劉鶴(Liu He)副首相は10日、米国との貿易交渉は北京で継続されると明らかにし、「重要な原則」では譲歩しない姿勢を示した。
劉氏は中国メディアに対し、「交渉が決裂したわけではない。それどころかむしろ、これは2か国間における交渉で起こる通常のねじれだ。避けられないことだ」と述べた。また、「われわれは、北京で再び会い、引き続き交渉を進めていくことで合意した」とも語ったが、次の交渉の日程は明らかにしなかった。
劉氏は米国での2日間の協議は「生産的だった」としたが、相違点は残っていると指摘。「多くの分野で合意したものの、率直に言うと合意していない分野もあり、これらは大きな原則に関わるものだと考えている」と述べ、米国との合意を妨げた主要な3つの点を初めて明らかにした。
第1に、中国側は合意が成立すれば懲罰的な追加関税はすべて取りやめるべきだと考えていること。
第2に、習近平(Xi Jinping)中国国家主席とドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領が昨年アルゼンチンで貿易戦争の「停戦」を宣言した際に予備的に合意した中国が輸入する米国製品の数量について、米中の見解が一致していないこと。劉氏は「これは非常に深刻なことで、状況は簡単には変わらないと思う」と述べた。
第3に、「どの国にも威厳は必要」(劉氏)であるから、合意文書はバランスの取れた文言であるべきこと。
劉氏は、「どの国にも重要な原則というものはある。われわれは原則に関わる事項では譲歩しない」と述べた。  
米中貿易摩擦 報復関税の応酬再び NY株一時300ドル安 5/11
トランプ米政権は10日、予告通り対中追加関税の引き上げ措置を発動し、中国も報復を明言した。米中の貿易戦争はさらに深刻な事態に陥り、動揺は日本も含めて世界の経済を駆け抜けた。米中はワシントンで閣僚級協議を継続する方針だが、事態打開は見通せない。自国経済への打撃を承知で、互いに圧力を高め合う「チキンレース」が再び始まった。 
米、全輸入品への対中関税 13日に詳細公表 5/11
米通商代表部(USTR)は10日、中国からの輸入品すべてに制裁関税を課す準備を始めたと発表した。現在は対象外の約3千億ドル(約33兆円)分に「第4弾」の関税発動を検討する。同日に閣僚協議を終えた後にトランプ大統領は、中国との貿易交渉を続けると表明した。対話の窓口を残しつつ、相次いで制裁措置を打ち出して中国への圧力を一段と強める。
ライトハイザーUSTR代表が声明で、トランプ氏から残りの輸入品すべての関税の引き上げ手続きを進めるよう指示されたと明らかにした。13日に詳細を公表する。近く官報に通知し、産業界の意見を踏まえて発動日や対象品目を決める。実際の発動まで2カ月以上かかるのが通例だ。
第4弾には米アップルのスマートフォン(スマホ)「iPhone」など携帯電話やパソコン、おもちゃなど幅広い製品が含まれる見通し。約4割が消費財とみられ、従来は避けてきた生活に身近な製品が一気に含まれる。トランプ氏は2018年夏以降に繰り返し言及してきたが、正式に手続きを始めたのは初めて。
米国は10日、2千億ドル分の中国製品に対する制裁関税を現在の10%から25%に引き上げた。米中は同日、貿易問題を巡る2日間の閣僚級協議を終えた。トランプ氏は「(閣僚間で)率直で建設的な議論をした」とツイッターで説明し、米国が課す制裁関税を取り下げるかどうかは今後の交渉次第だと指摘した。
中国の劉鶴副首相は10日、協議後に中国国営テレビなどのインタビューに応じた。米国による追加の関税引き上げに「強烈に反対する。中国は必ず報復する」と述べた。協議については「米中が一致していない部分がある。中国は原則にかかわる問題では決して譲らない」と語った。中国国営新華社などによると、中国は(1)追加関税の合意後の即時撤廃(2)米国製品の輸入規模の縮小(3)協定本文での中国の主権と尊厳の尊重を求め、米国と対立したとみられる。
次回の貿易協議についてムニューシン米財務長官は現時点で予定がないと説明した。米CNBCテレビが伝えた。一方、劉氏は「北京での再会を約束した。交渉は継続する」と述べた。
トランプ氏は「中国が米国の農家から製品を買い始めて支援してくれるのを待つのはうんざりだ」と不満を表した。中国は貿易協議で合意すれば大豆など米国の農産品を買い増す意向を示していた。パーデュー農務長官によると、トランプ氏が農業支援策を検討するよう指示した。長期戦に備えて有権者の支持をつなぎ留める狙いがある。 
NY株、週間で562ドル安 米中摩擦で連日乱高下 5/11
米株式市場でダウ工業株30種平均が6〜10日の1週間で562ドル下落した。週間の下げ幅は3月4〜8日(576ドル)以来の大きさ。米国の対中関税の引き上げを巡る当局者の発言で連日のように乱高下した。10日も前日比で一時358ドル下落したが、終値は114ドル高の2万5942ドルだった。
トランプ米大統領は5日、中国への関税を10日に引き上げると表明した。週初から世界経済への悪影響を懸念した売りが広がる一方、中国側が歩み寄るとの思惑から買い戻しが入る場面もあった。週を通して、交渉の行方が読みづらい状況が続き、6日、7日、10日は日中の値幅が400ドルを超えた。
米政府は予告通り、米東部時間10日午前0時1分に2千億ドル(約22兆円)分の中国製品の関税を10%から25%へ引き上げた。トランプ米大統領は10日朝、「残りの3250億ドル分にも25%の追加関税を課す作業が始まった」と強硬姿勢を示し、10日午前には株価が一段安となった。その後、9〜10日の米中協議について、ムニューシン米財務長官が「建設的だった」と述べたと伝わると買い戻しが広がった。
中国側は10日の関税引き上げに報復措置をとる考えを示している。一方、トランプ米大統領は10日朝に「交渉を急ぐ必要は全くない」と述べている。10日の株式取引終了時点で交渉の中身は明らかになっておらず、来週以降の相場も値動きが粗くなる可能性がある。 
米中“貿易戦争”の衝撃、日本へ損失最大1兆円試算 5/11
米中貿易戦争の影響は、アメリカと中国だけにとどまりません。日本企業への損失が1兆円になるとの試算や、さらに最悪のシナリオも想定されるといいます。
「400億円程度の減益要素が米中貿易摩擦に起因。2019年度の数字は、約100億円程度さらに悪化と想定」(パナソニック 梅田博和CFO)
昨年度、米中貿易摩擦で、400億円の減益となったパナソニック。アメリカによる対中国追加関税は、日本経済に影を落としています。
中国の工場で製造し、アメリカに輸出している日本企業では、米中貿易戦争の直接的な影響を受けます。さらに、間接的な影響も出ると専門家は指摘しています。
「生産機械やロボットの売り上げが低迷する可能性。中国での生産が滞ってくると、機械の輸出も要らなくなるので、そうすると、日本から機械を買う必然性がなくなる」(大和総研エコノミスト 小林俊介氏)
中国とアメリカの取引がしぼむことで、中国企業の生産力が落ち込み、電子部品や機械などを卸している日本企業も影響を受けるというのです。
そして、もう1つ懸念されるのが・・・
「今まで3回分、合わせて最大5000億円の打撃、そして、今回分がそれと同じだけの打撃の規模感になってきてもおかしくない。荒い試算ということで前提を置いて、トータルで1兆円程度」(大和総研エコノミスト 小林俊介氏)
小林氏の試算によりますと、日本企業が中国経由でアメリカに輸出する製品の輸出総額はおよそ4兆円。その4分の1に当たる1兆円規模の損失を最大で被りかねないといいます。
日本は今後、どのような対応を迫られるのでしょうか。小林氏は最悪のシナリオについて、こう指摘します。
「構造的な問題として、中国は譲歩しきれない、いらだちをアメリカは強めていき、さらなる関税の発動(の可能性)、世界経済の『ブロック化』も最悪のケースで考える必要がある。アメリカで必要になるものは、同盟国の間で作ってしまえばいい。ブロック経済で景気が落ち込んだ後、19、20世紀に何が起こったのかを考えると、あまりうれしい話ではない」 
»米中“貿易戦争”は泥沼化、トランプ氏の狙いは? 5/11
アメリカと中国による貿易戦争が、さらにエスカレートしています。トランプ政権は10日、ついに最後の切り札ともいえる中国狙い撃ちの関税を発動しました。ワシントンでは、事態の打開に向けた米中の交渉も始まっています。アメリカと中国の問題にとどまらず、日本や世界経済に深刻な影響を及ぼすこの貿易戦争。そもそもトランプ大統領は何を求めているのでしょうか。
アメリカと中国の貿易交渉2日目。決裂を回避できるのか、世界が注目しています。それに先立つ初日の交渉は、平行線に終わりました。
Q.交渉はどうでしたか?
「・・・」(ライトハイザー通商代表)
これを受けて発動したのが、追加関税の第4弾。日本時間の10日午後1時過ぎ、アメリカは、中国からの家電など輸入品に対する追加関税を10%から25%に引き上げました。中国を狙い撃ちした関税強化策の第1弾は去年の7月。まずは、340億ドル相当の航空宇宙や情報通信などのハイテク機器に25%の追加関税が課されました。第2弾は、去年8月、160億ドル相当の半導体などに25%。去年9月の第3弾の引き上げの際は、中国の主力産業である食料品や家具、家電など2000億ドル相当に、10%の追加関税が課されました。
そして、「第3弾までの関税引き上げとは全く次元の違う影響が出る」と指摘されているのが今回の第4弾。中国の主力産業の製品について、関税率が10%から25%へ大幅に引き上がったことです。これにより、中国がアメリカに輸出しているもののおよそ半分に、高い関税がかかることになります。
中国側も即座に反応。報復措置を辞さない構えを示しています。
「深く遺憾の意を表す。必要な対抗措置を取らざるを得ない」(中国商務省)
なぜ貿易戦争はここまで泥沼化し、そもそもトランプ氏は何を要求しているのでしょうか。発端は去年3月にさかのぼります。
「我々は世界に8000億ドルの貿易赤字を抱えている。その半分は中国だ」(トランプ大統領・去年3月)
それでは、関税を引き上げることで、対中貿易赤字は解消されるのか。
「解消というのは難しい」(早稲田大学 中林美恵子教授)
アメリカ政治に詳しい専門家は、貿易赤字よりも深刻なアメリカ側の懸念を指摘します。
「(アメリカの懸念は)ハイテクの覇権争いが、非常に大きい。これ以上、中国に技術などを盗まれ、奪われて、アメリカの知的財産が持っていかれること、先を見据えた上で、アメリカは中国の経済が大きくなってしまうこと、ハイテク技術が進むことを恐れている」(早稲田大学 中林美恵子教授)
今回の関税の応酬の裏で、せめぎ合いが行われています。貿易交渉の焦点の1つとして取りざたされているのは、技術移転の強要。例えば、アメリカの企業が中国に進出した際、通信技術やAI=人工知能などの先端技術の企業秘密を、中国側に開示させられることを懸念しているのです。
ただ、専門家は、中国側がこの懸念にこたえる対策を既にとっていると指摘します。
「トランプ氏が中国のことを非難して、それを受けて昨年12月に外商投資法というものを、技術移転を禁止する法律を明確に制定しようと」(筑波大学 遠藤誉名誉教授)
中国ではつい2か月前、外国企業が中国に投資する際、技術移転の強要を禁止する外商投資法が成立したといいます。
それでもトランプ氏は納得していないことについては・・・
「それ(新しい法律)を破ったというふうに、トランプ氏が言っているということは、『制定したばかりの法律を、自分たちが破ることをするとでも思っているのか』というのが中国政府関係者の激しい憤り」(筑波大学 遠藤誉名誉教授)
そして、もう1つの焦点が補助金です。中国政府がハイテク産業など地方企業に対し、潤沢な補助金を出していることについて、アメリカ側は「中国企業が製品を安く売ることができる不当な競争力をつけている」と主張しています。
「中国というのは社会主義国家。社会主義国家のなかに国有企業というのがあって、中国の社会主義体制に基づいて国有企業に投資していることに関してトランプ氏は言っているが、『これは内政干渉にあたる』と中国の政府側の人間は怒っていると」(筑波大学 遠藤誉名誉教授)
中国にとっては無理難題ともいえるトランプ氏の要求。中国がこれに簡単に応じる気配はありません。この貿易戦争に出口はあるのでしょうか。 
中国 報復関税を最大25%に 5/13
アメリカのトランプ大統領が中国製品への追加関税を引き上げたのを受けて、中国政府は13日夜、来月から対抗措置を取ると発表した。中国国務院の発表によると、中国は、来月1日から600億ドル、日本円で約6兆6000億円分のアメリカ製品の追加関税を最大25%まで引き上げるという。中国のアメリカに対する報復措置で「追加関税を調整する措置はアメリカの単独主義、貿易保護主義への答えである」としている。アメリカのトランプ政権は10日に、2000億ドル、日本円で22兆円分の中国からの輸入品に対して追加関税を25%に引き上げていて、さらに第4弾として33兆円分の中国製品に対する関税の引き上げを準備していることを明らかにしている。 
6年2カ月ぶり 景気動向指数「悪化」 5/13
内閣府は、3月の景気動向指数の基調判断について、景気後退の可能性が高いことを示す『悪化』に引き下げた。これは2013年1月以来、6年2カ月ぶりとなる。主な要因は、アメリカと中国の貿易摩擦で中国経済が減速して、日本からの輸出が減少し、その結果、自動車や半導体製造装置などの生産が減ったこと。菅官房長官は「中国経済の減速などから一部の業種で輸出や生産が鈍化しているが、雇用や所得など内需を支えるファンダメンタルズはしっかりしている」と強調した。13日の景気動向指数の基調判断である『悪化』は、複数の経済指標をもとに“機械的に算出”されたもので、政府が公式見解としているのは、総理や日銀総裁らが出席する会議で内外の経済環境などを“総合的に判断”した『月例経済報告』。政府は4月の月例経済報告で「景気はこのところ輸出や生産の一部に弱さもみられるが、緩やかに回復している」という見方を維持している。ただ、米中の貿易摩擦は早くても来月末までは、両者が歩み寄る可能性はほぼゼロで、アメリカはまもなく中国に対する追加関税の第4弾の中身を発表する。経済の先行きが不透明ななか、菅官房長官は10月の消費税の引き上げについて「リーマンショック級の出来事が起こらない限り引き上げる予定だ」とし、追加の経済対策については「状況を見て様々な判断をしていく」と述べた。 
トランプ氏側近、対中関税引き上げで「米国が損害を被る」 5/13
ドナルド・トランプ米大統領の経済顧問を務めるラリー・クドロー米国家経済会議(NEC)委員長は12日、アメリカが輸入する中国製品に対する関税を中国側が負担するだろうと発言した大統領は間違っているとの認識を示した。アメリカは10日、2000億ドル(約22兆2000億円)相当の中国からの輸入品への関税率を10%から25%に引き上げた。
クドロー氏は米フォックス・ニュースに対し、中国からの輸入品への関税を負担するのはアメリカ企業であると認めたほか、企業側が値上げした場合は、米国内の消費者も負担することになるだろうと述べた。
また、コスト上昇により、アメリカでの中国製品への需要が低下し、中国経済に影響を及ぼす可能性があると指摘。米中貿易戦争の激化で「中国とアメリカ、両方が損害を被るだろう」と述べた。
トランプ大統領は10日、250億ドル相当の中国からの輸入品に対する関税は、「中国が」負担するとツイートした。米財務省はこれらの「莫大な支払い」から利益を得ているため、中国との貿易協定で「急ぐ必要はない」と主張していた。
トランプ大統領は昨年9月、2000億ドル(約22兆3500億円)相当の中国からの輸入品に10%の追加関税をかけると発表した。課税対象には魚や、ハンドバッグ、衣料や靴が含まれる。
今回の引き上げ分の関税を負担する企業は、企業内で負担をまかなうか、商品を値上げすることで消費者に負担させるか、あるいは仕入先に値下げ交渉を行なうか、いずれかを選択することができる。
関税率引き上げの理由について、トランプ大統領は8日、中国が貿易協議での「約束を破った」からと説明。米通商代表部(USTR)のロバート・ライトハイザー代表も6日、中国は米中間での合意文書を本質的に変更しようとしてきたと述べていた。
トランプ氏は9日、現在は課税対象外となっている3250億ドルの中国製品に対して25%の関税を課す手続きを開始したことを明かした。経済大国の米中による貿易報復戦争が世界経済の成長に及ぼす影響に懸念が生じている。
中国商務省は声明で、「貿易摩擦の激化は米中両国の国民や世界の人々の利益にならない。米国による関税率引き上げが実施された場合、必要な対抗措置を講じなければならなくなる。このことを中国は、心から残念に思う」と述べた。
ライトハイザー代表と中国の劉鶴副首相はワシントンで9日と10日にかけて話し合ったが、米中間の溝を埋めることができずに協議は終わった。
アメリカは、中国の対米貿易黒字は中国政府による国内企業への支援を含む、不公正な貿易慣行の結果だと主張している。さらに、中国は米企業の知的財産権を侵害していると非難している。
これに対し中国は、「苦い果実(不快な結果)」は受け入れないと反論している。
クドロー氏は米中貿易協議の行き詰まりの原因について、合意に至っている変更点を法律に盛り込むことに中国が消極的だからだと述べた。
協議は北京で再び行なわれる予定だが、クドロー氏によると、トランプ大統領と中国の習近平国家主席は、6月28日から大阪で開かれる主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)で会う「可能性が非常に高い」という。 
「米中戦争」だけを見る投資家が見落とす本質 5/13
5月5日(日)にドナルド・トランプ大統領が「2000億ドル相当の対中輸入について、10%の追加関税を25%に10日(金)から引き上げる」とツイートして以来、世界の株価は波乱に見舞われた。
このため、「トランプ大統領は、株価を押し下げるひどい大統領だ、このツイートがなければ、世界の株価は上昇し続けたに決まっているのに、何ということをしてくれたのか」という、怨嗟の声が聞こえる。
トランプ大統領が、法人減税を打ち出すなどして、株価上昇に貢献した際は「なんと素晴らしい大統領だ」といった称賛を唱える向きも多かったと記憶している。株価が上がれば天使のように讃え、株価が下がれば悪魔のように非難するとは、投資家というのは何と身勝手なものか、と思うが、それはともかく、本当に「このツイートがなければ、世界の株価は上昇し続けたに決まっている」のだろうか。
確かに、このツイートがなければ、6日からというタイミングでは株価下落は起こらず、まだ少しの間は、株高が持続したかもしれない。しかし、足元株価下落が生じた理由の「本尊」は、トランプ発言ではなく、これまでのアメリカの株価の上昇が、過度の楽観による浮かれ過ぎであり、その反動が生じたためだと考えている。つまり、トランプ発言があろうとなかろうと、早晩世界の株価は反落に転じていたのだろうと解釈している。
また、日本が祝日の6日に世界的な株価下落が始まったため、「ほ〜ら、また海外投機筋が、日本市場が休場の間に仕掛けてきた、自分の予想通りだ」としたり顔で語る向きもある。ただ、本当に仕掛けるのであれば、連休の終わり際ではなく、早々に連休初盤の4月末からだっただろう。筆者の知人(海外投資家)が、「いちいち日本株に仕掛けを入れるほど、我々は暇ではない」と語っていたが、日本で連休があったかなかったかにかかわらず、やはり世界の株価は下落に向かったと考える。
その、特にアメリカ市場中心の株価下落を引き起こした「本尊」であると筆者が考察している、「過度の楽観による浮かれ過ぎ」については、すでに当コラムで述べてきた通りだ。
たとえば前回のコラムでは、主力銘柄の決算(キャタピラー、3M、インテルなど)が期待外れであったことを指摘した。これに加えて、アルファベット(グーグル)の決算に対する失望が、同社の株価を下振れさせた。ところが先々週(5月3日に終わる週)までは、「全体の収益が予想よりましだから大丈夫だ」という過度の楽観で、主要な株価指数は堅調な推移をたどった。
マクロ経済統計に関しても、GDPや雇用統計の堅調さばかりをはやし、ISM指数などの不調は、市場は見えないふりをしていた。アメリカの株式市場全般に限らず、物色の傾向についても、前回のコラムでは、ラッセル2000指数の上値の重さや、グロース株(成長株)に偏重しバリュー株(割安株)を放置気味の物色動向の危うさを述べた。
さらに株式市場から他の証券・金融市場に視野を広げると、社債市場でリスク軽視のジャンク債(低格付け債)の買いが行き過ぎているのではないか、という点も指摘していた。加えて、最近の為替市場の動向も、注目に値する。
筆者は毎週配信している有料メールマガジン(世界経済・市場花だより)で、40の外貨の対円相場について、週間の騰落率ランキングを算出し、騰落率ベスト10とワースト10を紹介している。それによれば、世界的な株価下落が進んだ先週は、もちろんリスク回避のための円高が進み、対円で上昇した外貨は、40通貨中ゼロだった。それどころか、すでにその前の週は対円で上昇した通貨は9つ、その前はゼロ、その前は8つにとどまっていた。つまり、先々週まで世界の株価が過度の楽観で「誤って」上値を追っていた間も、外貨市場では、経済実態の悪化や政治的な不透明要因などを「正しく」反映して、外貨安・円高が何週間も進展していたと言える。
そうした足元の動向は別として、これから中期的な(数か月単位の)市場動向を考えるうえで、気になることは、世界市場が中国ばかりを見ている、という気がする点だ。
たとえば一時は中国経済を、昨年12月までの株価下落の「悪玉」にする主張が広がった。その中国経済が悪いから株価が下がったのだ、という論に立脚して、「中国は経済対策を大いに打ち出しているから、先行きの中国経済は大丈夫だ、したがって、唯一の悪材料である中国の景気動向が改善するのだから、これからは世界の株価は上がるばかりだ」という見通しもよく聞こえた。
中国の経済統計ではなく、別の国の経済統計から、中国経済を推し測ってみよう。オーストラリアは中国向けの輸出の比率が高い。2018年年間では、総輸出の34%ほどが中国向けで、鉄鉱石、銅鉱石、石炭などの鉱物を中国に売っている。
このオーストラリアから中国向けの輸出額は、昨年12月に史上最高額(112億豪ドル)を記録した。その後、今年に入って、輸出額はやや減少をみせたが、高水準横ばい、といった感だ。いわば、「それほど悪くはないが、それほど良くもない」というのが、現在の中国経済の実態ではないだろうか。したがって、中国経済が著しく悪化していた、というのは言い過ぎだと思われるし、その中国経済が大きく改善する、と言うのも、楽観に過ぎると感じられる。
それ以上に、日米欧などの経済の先行きを心配した方がよい。まだアメリカの経済は悪くはないが、これまで頭打ちから低下傾向が強まっていた住宅着工や自動車販売に加えて、好調を持続していた鉱工業生産も、昨年12月をピークにじわじわと弱まり始めた。小売売り上げは3月に急増したが、昨年12月から今年2月は下振れをみせ、これまでのような一本調子の増加ではない様子が表れている。
またヨーロッパのブレクジットを巡るごたごたや、ドイツ与党の弱体化など、市場は政治要因を「織り込み済み」として達観しているが、欧州諸国の企業心理に影を落としている。企業経営が先行きの不透明感を強めれば、設備投資の縮小など、実体経済に悪影響が広がりそうだ。いずれ市場が実体経済悪にさや寄せされるのではないだろうか。
一方、日本でも、先週9日発表の4月の消費者態度指数(消費者の心理を示す)は、ごく小幅だが低下となった。2017年11月をピークとした悪化傾向に、歯止めがかかっていない。前回のコラムで述べたように、ゴールデンウィーク中の支出が増えた以上に、その後の家計の節約は大きなものとなりそうだ。さらに10月の消費増税で個人消費がどうなるかは、明らかだ。加えて、先月26日に発表された3月の鉱工業生産統計をみると、企業が生産を減らしているにもかかわらず、在庫が積み上がっているといった「最悪の展開」になりつつある。
さらに、アメリカの対外通商政策についても、市場の関心が対中に傾きすぎている。10日(金)は、茂木敏充経済財政再生相とロバート・ライトハイザーUSTR(通商代表部)代表が電話会談を行い、アメリカ側は貿易協定の早期妥結を要求したと報じられている。もちろん、アメリカの中国に対する姿勢と日本に対する姿勢は大きく異なるだろうが、市場が余りにもノーマークなだけに、日米間の通商協議は、今後の市場動向に影を落としかねない。
さて、今週以降の日本の株価だが、先週の「トランプ騒ぎ」は、目先の材料としてはそろそろ一巡してもおかしくはない。しかしその一方で、USTRは10日(金)夕に、中国からの輸入品すべてに、追加関税の発動を検討しており、詳細を13日(月)に公表するとしている。加えて、日本では企業決算の発表が続くが、前期実績、今期見通しともに、市場の期待を裏切るケースが増えてきている。アナリストも収益見通しの下方修正をする向きが優勢で、企業収益実態は当面の日本株の支えになりそうもない。
いったん日経平均株価の動きが落ち着いても、反発力は鈍く、数カ月単位の流れでは、世界の景気実態の悪化に沿った下落基調がいずれ再開しそうだ。そうしたなか、今週の日経平均株価としては、2万0900〜2万1700円を予想する。2万2000円台回復は難しく、どちらかと言えば2万1000円を割り込むリスクが高い、という意味だ。 
交渉の余地残し…米「第4弾」制裁関税 5/14
アメリカは日本時間14日午前6時、中国に対する追加関税「第4弾」の中身を発表した。対象は、3805品目で、ノート型パソコンやスマートフォン、おもちゃ、衣類など生活に密着したものが含まれている。約33兆円相当の製品に及び、最大で25%の関税の適用が検討されていて、発動されれば、中国からアメリカへの輸入品、ほぼすべてが制裁関税の対象となる。新たな追加関税でプレッシャーを強めるトランプ大統領だが、交渉の余地もしっかり残している。来月28、29日には、大阪でG20首脳会議が開かれる。トランプ大統領は、それまでに追加関税「第4弾」の発動準備を整えたうえで、習近平国家主席と会談し、圧力をかけて、譲歩を引き出す狙いがあるとみられる。 
強気の米中、双方に死角あり「アメリカはまずい手を打っている」 5/14
5月10日、ドナルド・トランプ米大統領は中国からの輸入品2000億ドル相当に対する制裁関税を25%に引き上げることを発表。ワシントンで開催されていた米中閣僚級協議は、合意に達しないまま終了した。
米中貿易戦争は避けられないのか。アメリカと中国の経済にはどのような影響が及ぶのか。中国経済に詳しいシルバークレスト・アセット・マネジメント社のチーフストラテジスト、パトリック・チョバネクに、フォーリン・ポリシー誌のキース・ジョンソンが聞いた。
――今後、米中が合意に達する可能性はまだ残されているのか。それとも、貿易戦争の長期化を覚悟するほかないのか。
現状では、米中両国共に強気で交渉に臨んでいる。中国は、自国経済の先行きを不安視していた昨年後半の段階ではアメリカの強硬姿勢に恐れをなしていたが、今はもう違う。景気を刺激することに成功したと自負し、通貨の人民元を元安に誘導することは可能だという自信も抱くようになった。その結果、貿易交渉では自分たちのほうが強い立場にあると思っている。
一方のトランプも、今年第1四半期のGDP成長率が3.2%を記録したことで強気になっている。アメリカ経済は至って順調で、中国との関税合戦によりダメージを被ったとしてもかすり傷程度にすぎないと考えている。
もっとも、私はどちらの政府の考え方にも疑問がある。まず、アメリカ経済の状態は数字ほどよくない。中国にとっても、貿易問題が最大の懸案ではないにせよ、通商環境が厳しくなればほかの問題に対処することが難しくなる。両国とも、自国の置かれた状況を楽観し過ぎている。
――関税の引き上げは、アメリカ経済にどれくらい大きな影響を及ぼすと思うか。
GDPが3.2%上昇したといっても、主に在庫の増加と輸入の減少を反映しているにすぎない。この2つは、景気に関して強気になれる材料ではない。事実、国内需要の伸びは、昨年第2四半期には4%を超えていたのが、今は1.5%まで落ち込んでいる。アメリカ経済が不況に突き進んでいると決め付ける必要はないが、景気減速が際立っていることは間違いない。
しかも、中国が本気でけんかをする気になれば、人民元の切り下げに踏み切りかねない。中国もダメージを受けるが、「やられた以上はやり返したい」と思えば、それを実行する可能性はある。そうなれば、アメリカ経済に厳しい逆風が吹き付ける。
――トランプが関税についてツイッターで連続投稿している。その内容を見る限り、関税の機能を理解しているか疑わしい。
戦術上の計算という面もあるだろう。ある行動を取るぞと相手を脅すときは、「こっちはへっちゃらだ」とアピールしたいと考えるのが普通だ。
とはいえ、トランプはそうした駆け引きのレベルにとどまらず、関税が大好きだと言わんばかりのことを書いている。トランプは何十年も昔から保護貿易主義を信奉していて、関税を好ましいものと考えてきた。
問題は、関税をちらつかせると、マーケットがいつも嫌がることだ。そのため、株価が自らの成功の指標だと考えているトランプは、板挟みの状況になるときがある。
政権内にもさまざまな考えがある。関税で脅しをかけつつも、最終的に目指すべきは自由貿易の拡大だと考える人たちがいる一方で、(通商問題担当の大統領補佐官であるピーター・)ナバロのように、アメリカに雇用と投資を呼び戻す上で関税が有効だと考えている人たちもいる。
――関税によりアメリカの消費者と企業の負担を増やせば、本当に雇用と投資がアメリカに戻ってくるのか。
私はそうは思わないが、政権内には本気でそう思っている人たちがいる。トランプ自身の頭の中でも、政権の中でも、関税についての考え方は一様でない。
トランプ支持者に言わせれば、全ての人を煙に巻いて手の内を見せないことにより、大きな成果を獲得する作戦なのだという。言ってみれば、狂人のふりをすることで駆け引きを有利に運んでいる、ということらしい。
では、実際にどのような成果を上げたのか。それまでのやり方やそのほかのやり方より、好ましい成果を得られたのか。
私には、アメリカがまずい手を打っているように見える。相手国に関税を課すという方法は、エスカレートさせればさせるほど弊害が大きくなる。中国が報復してくれば、弊害はさらに大きくなる。
しかもアメリカは、日本やメキシコやヨーロッパなど、ほかのあらゆる国にも貿易問題でけんかを売ってしまった。これらの国は、特に知的財産権問題などでは、対中関係でアメリカに同調してくれたはずの国々だ。
もし対中関係が最大の問題だと考えるなら、ほかの国々と足並みをそろえて中国と対峙しなくてはならない。そうすれば、中国は報復しにくくなる。世界のあらゆる国に報復するわけにはいかないだろう。
アメリカは、中国が多正面作戦を戦うよう追い込むこともできたのに、実際には自分たちが多正面作戦を戦っている。上手に戦えば、もっと小さなコストでもっと大きな成果を上げられるはずだ。
――報道によると、中国側は、大々的な経済改革を実施すべきだというアメリカの要求を一旦受け入れていたのに、態度を翻したとされている。
一般論として言えば、中国を本当にその気にさせない限り、構造改革を断行させることはできない。アメリカが圧力をかけて実行させることは不可能だ。中国側が改革の必要性を信じ、改革が自国にダメージを与えることはないと納得しなければ、たとえ改革を約束しても、いずれごまかしたり、骨抜きにしたりするだけだ。
――中国指導部は、改革が必要だと思っていないのか。
以前は、中国共産党で会議が開かれるたびに、習近平(シー・チンピン)国家主席が権力を固めたら改革に乗り出すと言われ続けていた。私はそのときから眉唾物だと思っていた。習が改革を目指しているようには見えなかった。
実際、中国の株式相場が暴落したとき、中国政府は本来取るべき行動と正反対の行動を取った。そしてこの前の党大会では、誰も改革の話をしなくなった。
いま中国の経済改革派は全く影響力を持っていない。このグループの中には、トランプを救世主のように考えている人たちもいる。トランプが習の慢心を揺さぶれば、自分たちが新しい選択肢を提案するチャンスが訪れるのではないかと考えているようだ。
彼らも、トランプのことが好きなわけではない。それでも、トランプというドラゴンが襲来して村を焼き尽くせば、自分たちが好きなように村を再建できると期待している。だから、ドラゴンよ来たれ、と思っている。中国の改革派が置かれている状況は、それくらい厳しいと言わざるを得ない。 
米中貿易戦争 5/14
米中貿易戦争は、両国で合意がまとまり、まもなく決着するとみられていた。ところがアメリカが中国製品への関税引き上げを決定したことで、状況は一変した。
トランプ大統領は5日にツイッターで、10日午前0時1分(日本時間同日午後1時1分)から、中国から2000億ドル(約22兆2000億円)相当の輸入品に対する関税率を現行の10%から25%に引き上げるほか、現在は課税対象外となっている3250億ドルの中国製品についても「間もなく」25%の関税を課す可能性があると表明した。
関税率引き上げの理由については、中国が貿易協議での「約束を破った」からだとしている。
この報復として「必要な対抗措置」を講じる方針だとしていた中国は13日、6月1日から600億ドル(約6兆6000億円)相当のアメリカからの輸入品への関税率を最大25%に引き上げると発表した。
一方で、米通商代表部(USTR)のロバート・ライトハイザー代表と中国の劉鶴副首相による貿易協議自体は、米ワシントンで9日から2日間の日程で予定通り行なわれたものの、米中間の溝を埋めることができずに終了した。
世界トップの経済大国であるアメリカと中国は昨年、互いの輸入品に対し数十億ドル相当の関税を課す報復合戦を繰り広げ、企業活動や消費者に不安の影を落とし、世界経済を圧迫した。
では、米中貿易戦争の中心的な課題をいくつか説明しよう。
(1) 米国の貿易赤字はどのように拡大したのか
不公正な貿易慣行を押し付けているとして中国を非難するアメリカは、中国との貿易戦争を開始した。両国の関税合戦が始まったのは、昨年7月だ。
アメリカが中国を非難する理由は、中国による米企業の知的財産権の侵害だけではない。中国政府が助成金で国内企業を不当に優遇しているとして、中国の経済政策そのものの変更を望んでいる。
   ○米国の対中貿易
さらにアメリカは、419億ドル(約4兆6000億円)という巨額の対中貿易赤字を抑えるため、中国側に今より多くの米国製品を購入するよう求めている。
貿易赤字とは、輸入額が輸出額を上回っている状態のこと。この貿易赤字の削減こそが、トランプ大統領の貿易政策の要だ。
(2) これまでにどんな関税が課されたのか
アメリカは昨年、不公正な貿易慣行を押し付けているとして中国を非難し、同国からの輸入品2500億ドル相当に関税を課した。すると中国もこれに対抗する格好で、アメリカからの輸入品1100億ドル相当に関税を課した。
トランプ大統領は昨年9月、2000億ドル(約22兆3500億円)相当の中国からの輸入品に10%の追加関税をかけると発表。さらに、両国が通商協議で合意に至らなかった場合には今年1月に税率を25%に引き上げるとしていたが、その後の交渉に進展がみられたため、税率引き上げは延期されていた。
   ○貿易戦争のこれまでの動き
ところが、ここにきてトランプ大統領は「中国との貿易交渉は継続するが、進展が遅すぎる。中国は再交渉をしようとしているが、ノーだ!」と不満をツイート。米政府は10日、中国からの輸入品2000億ドル相当への関税率を現行の10%から25%に引き上げる制裁措置を発動した。
加えて、現在は課税対象外の中国製品3250億ドル相当に対し、税率25%の関税を追加適用する手続きを開始した。
(3) 課税対象となる品目は?
貿易戦争の開始以降、アメリカによる関税のあおりを受けている中国製品は、機械からオートバイに至るまで、多岐にわたる。
昨年9月には、魚やハンドバッグ、衣料や靴を含む2000億ドル相当の中国製品に10%の関税が課された。
これらの品目は、10日に発動されたばかりの関税率引き上げ対象に含まれる。
   ○追加課税対象とみられる品目
中国は、アメリカが「経済史上、最大の貿易戦争」を始めたと非難し、化学薬品から野菜やウィスキーに至るまで、米国製品を標的にしてきた。
中国はさらに、きわめて戦略的に、米与党・共和党の支持基盤で作られる製品や、大豆のようにどこでも購入ができる品目を、課税対象に選定している。
(4) 市場への打撃は?
米中貿易戦争はここ1年の間、金融市場に不安の影を落とす大きな要因となってきた。その不安の影は投資家心理に重くのしかかり、損失をもたらしている。
2018年には、香港ハンセン物価指数は13%以上、上海総合指数は25%近く下落した。
今年に入ってからはやや回復傾向にあり、香港ハンセン物価指数は12%、上海総合指数は16%と、それぞれ値を上げている。
   ○米中貿易戦争開始以降の株価
2018年に6%近く値を下げたダウ平均株価は、今年はすでに11%ほど上昇している。
ロイター通信によると、中国人民元相場は昨年、米ドルに対して5%以上、下落したものの、今年はおおむね安定的に推移している。
(5) 他にはどんな貿易紛争が起きているのか
米中貿易戦争は、他国や世界経済に連鎖的な影響を及ぼしている。
国際通貨基金(IMF)は、米中貿易における緊張の高まりが、「世界経済の成長率が著しく落ち込んだ」一因だと指摘。4月には、2019年の世界経済成長率見通しを下方修正した。
特にアメリカや中国にとって重要な貿易相手国や、貿易におけるサプライチェーンで重要な役割を担う国なども間接的な影響を受けるかもしれない。
   ○トランプ政権発足以来のその他の貿易紛争
中国との貿易をめぐる論争は、アメリカが過去1年間に他国と繰り広げてきた一連の貿易戦争の1つだ。
消費者に米国製品の購入を促すため、トランプ大統領はこれまでメキシコやカナダ、 欧州連合(EU)からの輸入品に課税してきた。これらの国も、報復措置として米国製品に関税を課した。 
NY株、反発 207ドル高 米中摩擦への警戒やわらぐ 5/14
14日のニューヨーク株式市場で米国株は2営業日ぶりに反発した。ダウ工業株30種平均は午前中から上昇を続け、終値は207ドル高の2万5532ドルだった。米中貿易摩擦への警戒感がやわらぎ、市場は様子見モードになった。ダウ平均は前日に617ドル下げたため、利益確定を狙った買い戻しも入りやすかった。
S&P500種株価指数は0.8%高、ハイテク株の比率が高いナスダック総合株価指数も1.1%高とともに買いが先行した。アップルやボーイング、キャタピラーなど、中国への収益依存度が高く、前日は大きく値下がりした銘柄も幅広く買われた。三菱UFJ銀行のチーフ金融エコノミスト、クリス・ラプキー氏は「市場は貿易摩擦の悪い情報にまみれてきたが、最悪の時は過ぎた」とみる。
週明けから緊張が続いた市場につかの間の安心感をもたらしたのは、トランプ米大統領のツイッターだった。14日早朝に「適切な時が来れば、中国と取引ができるだろう」と投稿した。
トランプ氏のツイートは金融政策にも及んだ。「中国は企業活動の維持のため市場にお金を注ぎ込み、利下げをするだろう」とコメント。「米連邦準備理事会(FRB)も同じことをすれば我々の勝ちだ!」と続け、FRBに公然と利下げを要求した。ツイートを受けて市場の利下げ期待が強まったことも投資家心理の好転につながったとみられる。米中当局の発言に相場が左右される状況は当面続きそうだ。 
「つまらないことで口げんか」米中摩擦 5/15
米中貿易摩擦をめぐり、トランプ大統領は「中国とは、つまらないことで少し口げんかをした」と述べ、通商協議は決裂していないとの姿勢を強調した。この発言には、株価下落など金融市場の動揺を鎮める狙いがあるとみられている。一方で、今後の交渉については「アメリカはとても強い立場にあり、中国も取り引きしたがっている」と依然、強気な姿勢を示している。 
トランプ氏、FRBに利下げ要求 貿易戦争「中国に勝つ」 5/15
トランプ米大統領は14日、中国との貿易戦争を念頭に、米連邦準備理事会(FRB)が利下げすれば「ゲームオーバー(戦いは終わり)だ。米国が勝利する!」とツイッターに投稿した。中国が経済を下支えするために利下げすると予測し、FRBにも同じ措置を取るよう要求した。
トランプ氏は、米国の関税拡大で打撃を受ける中国が財政支出を増やすほか「失いつつあるビジネスを埋め合わせするため、例によっておそらく利下げするだろう」との見方を示した。
FRBが利下げをすれば米国が優位になり「どんな場合でも中国が合意したがる!」とし、中国から譲歩を引き出せるとの持論を展開した。
過去にもトランプ氏は中国との貿易戦争で生じる米国経済への副作用に対応するため、FRBが金融緩和策を取って政権を支援するよう公然と要求したことがある。
トランプ氏は14日、ホワイトハウスで記者団に米中貿易戦争をめぐり「我々は中国と『ささいな口げんか』をやっている」と主張した。好調な米国経済や増える関税収入を引き合いに「我々は(中国に)勝っている」と繰り返した。強気の姿勢と楽観的な見方を強調することで、株式市場の動揺を抑え込もうとしているとみられる。 
土壇場で中国が強硬に出た2つの理由——中国側は持久戦の構え 5/15
合意寸前とみられていた米中貿易協議は事実決裂した(5月10日)。
この5カ月間の交渉で対米妥協を続けてきた中国政府を、土壇場で「翻意」させた理由は何か。内幕情報と識者の分析から、2つの理由が浮かび上がる。
原則で妥協せずと強気の副首相発言
第一は、合意文書に調印すれば、「共産党指導の堅持」という中国の最高指導方針を否定しかねないとの懸念。
それを解くカギはいくつかあるが、まず中国代表の劉鶴副首相の発言である。ワシントンでの協議終了直後、劉氏は中国メディアとのインタビューで、
「中国は原則にかかわる問題では決して譲歩しない」
と“強気”の発言をした。会見を開くこと自体が異例だが、朱建栄・東洋学園大教授は発言をこう読み解く。
「慎重な性格の劉氏はもともと、こんな強気の発言はしない。それに北京首脳部の事前了解なしにこんな発言はできません。劉氏は、交渉が妥結できるとは最初から考えていなかった。発言は(協議決裂後の)北京の新方針と作戦を明らかにするためでした」
新華社通信(5月12日) によると、中国が今回の協議で求めたのは次の3点だという。
1.合意後の追加関税の即時撤廃
2.アメリカ製品の輸入規模の縮小
3.協定本文での中国の主権と尊厳の尊重
劉氏が言う「原則にかかわる部分」の「原則」についてはさまざまな解釈ができるが、中国の核心的利益に関係するのは3の「中国の主権と尊厳の尊重」だ。
人民日報系の「環球時報」も今回の交渉に先立つ5月7日、「国家の核心的利益と人民の利益は断固として守り抜く」とし、この原則では「絶対に妥協しない」と強調した。劉発言と符合する内容である。
進めていた法改正の約束を撤回
では「中国の主権と尊厳」とは何を指すのか。ロイター通信 (5月7日)が、そのヒントを与えてくれる。ざっと紹介しよう。
2018年12月の首脳会談以来、5カ月間に及ぶ閣僚級協議では、中国の産業補助金削減や知的財産権保護、為替政策の透明化など7分野で協定文が作成され、150ページの文言を英語と中国語で互いに詰める段階まで進んでいた。つまり中国は自国の法制度を変更してまでアメリカの要求に応える準備を進めていた。
ところが5月3日にアメリカ政府に届いた中国側の修正文書は、
1.知的財産・企業秘密の保護
2.技術の強制移転
3.競争政策
4.金融サービス市場へのアクセス
5.為替操作
など、アメリカが要求した「法律改正の約束」を撤回する内容だった。
それまで「歴史的な取り引きは間近だ」と早期妥結を示唆してきたトランプ大統領が5日になって「対中制裁関税を引き上げる」とツイートしたのは、この修正文書をライトハイザー通商代表らから知らされたためだった。
統治モデル崩すと警戒
もうひとつある。
香港英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト (5月6日)によると、合意案は中国側にとって譲歩を強いられる点が多すぎ、習近平国家主席はそれを聞いて拒否を決断、「起こり得る結果の責任はすべて自分が引き受ける」と、交渉チームのメンバーに語ったという。
対米交渉をめぐり、習指導部の姿勢はこの1年揺れに揺れてきた。
2018年8月には、対米強硬路線が優勢になったとみられたが、10月のペンス副大統領による「米中新冷戦」演説の後は協調路線に転換。
しかしここにきて、「譲歩しすぎ」として対米交渉を中心的に担っていた劉鶴批判が強まる。合意文書を文言通り実行すれば、「産業育成に関わる共産党の統治モデルそのものが崩れかねない」という警戒が広がった。
土壇場での翻意は、習自身が「共産党指導の堅持」という基本原則にこだわったことをうかがわせる。これは、憲法にも明記されている最重要の政治路線の一つであり、絶対に妥協できない原則。
中国は1989年6月の「天安門事件」30周年を控え、政治的に敏感な時期に入った。天安門事件は、民主化をめぐる党指導部の分裂が最大の背景であり、基本原則を揺るがす事態は避けねばならない。
日米半導体摩擦と酷似
第二の理由として矢吹晋・横浜市立大学名誉教授は、「1980年代の日米半導体交渉からくみ取った学習効果」を挙げる。
「地方政府への補助金カットなどはいくらでも妥協できます。問題の核心は次世代高速通信規格『5G』をめぐる覇権争いです。注目すべきは、中国国内法の改正を求めた文書調印にこだわったこと。日米半導体協議では協定文書によって、日本はアメリカに身ぐるみはがされ、結局デジタル経済で完全に後れをとってしまいました」
日米半導体協定は1978年、米半導体メーカーが、日本の輸入障壁や政府補助に注文を付けたのが端緒。半導体の対米輸出は、米ハイテクと防衛産業の基盤を脅かすという安保上の理由も挙げられた。「国家主導の産業政策」といい「米ハイテク、防衛産業への懸念」といい、米中貿易摩擦と酷似している。
日米は1986年7月、
1.日本は国内ユーザーに対し外国製半導体の活用を奨励
2.日本政府は対米輸出される6品目の半導体のコストと価格を監視
3.米商務省はダンピング調査を中断
などを盛り込んだ「日米半導体協定」に調印した。
だが、協定を結んだものの、摩擦は消えない。レーガン米政権は翌1987年4月、
1.日本の第三国向け輸出のダンピング
2.日本市場での米製品のシェアが拡大していない
を理由に、日本製のパソコン、電動工具、カラーテレビなどに、関税を100%に引き上げる措置を発動した(同年6月解除)。
「失われた20年」の再来恐れる
この協定がもととなり、日本は対日アクセス促進措置をとるなど、協定に従って次々に妥協を強いられていく。結局、協定が1996年7月に失効するまで、約20年もの時間がかかったのである。
中国経済がこのまま6%台成長を維持すれば、約10年で中国はGDP総額でアメリカを抜き、世界一のGDP大国に躍り出る。中国からすれば、日米半導体摩擦のように、協定に縛られ妥協を強いられていけば、成長の手足が縛られ身動きできなくなる。
その結果、すでに危険水域に入っている債務危機でバブルがはじける事態を招けば、日本同様「失われた20年」を繰り返すことになってしまう。米中合意文書はその引き金になりかねない。その懸念こそ、サインを踏みとどまらせたのである。
中国側は「持久戦」の構え
交渉決裂で、アメリカは「第3弾」の関税引き上げ発動に続き、全中国製品に高関税をかける「第4弾」の準備に入り、中国側も報復措置を発表した。高関税の応酬再開で、交渉の行方は見通せず、2021年の米大統領選にも影響を及ぼす可能性もでてきた。
前出の朱教授は中国側の今後の出方について、「北京は『持久戦』の構えです。10年スパンで、アメリカとの新冷戦を回避する戦略を貫く一方、戦術面では対抗か妥協かの二択ではなく『闘いながら妥協を求める』新方針で臨むでしょう。再選を目指すトランプ大統領の足元を、じっと睨んでいます」。 
●「人民元安で関税引き上げ分相殺」は中国の切り札になるか?危うさはらむ諸刃の剣 5/15
米中貿易戦争が激化する中、株式市場を中心に動揺が広がっている。
5月13日、中国政府は、現在は5〜10%の追加関税が課されている600億ドル分のアメリカ製品について、6月1日から最大25%へ引き上げる方針を発表した。5月10日に2000億ドル分の中国からの輸入について10%から25%へ追加関税を引き上げたトランプ米政権への報復措置である。
先に「弾切れ」となるのは中国
その直後、トランプ政権は、かねてより宣言している約3000億ドル分の中国からの輸入に対し、最大25%の追加関税を課す計画を正式に表明している。いよいよiPhoneを含む携帯電話やノートパソコンなどの消費財も直撃することになる。
こうした制裁の応酬が続くと仮定した場合、同額同率の関税をかけ合っていればアメリカからの輸入額の少ない中国が先に弾切れになるため、中国は通貨政策や各種許認可など貿易以外の「対抗策」を視野に入れてくるだろう。
市場で注目されやすいのは、人民元相場の動向である。
最近の主要通貨の対ドル変化率(4月30日〜5月13日)に着目すると、最も上昇している通貨は円(+1.94%)、最も下落している通貨は人民元(▲2.09%)だ。
関税引き上げは通貨安で相殺できる
トランプ大統領が2000億ドル分の中国からの輸入に関し10%から25%へ引き上げることを表明したのは5月5日だが、やはりその時点から人民元は下げ足を早めている。
13日には一時、約4カ月ぶりの安値をつけている。過去1年を振り返っても、米中貿易協議により緊張感の高まったタイミングで人民元がまとまった幅で下落したことが注目されてきた【図表1】。
一方、2018年12月1日の米中首脳会談で協議延長に伴う追加関税の引き上げ先送り(2019年3月末までの90日間)が決まった際、人民元は騰勢を強め、その後も「合意近し」との報道を意識し堅調に推移してきた。
こうした人民元相場の動きすべてを中国当局の意思と整理するのは乱暴だろう。
しかし、10%の関税引き上げは10%の通貨安で相殺することが可能である。「アメリカからの輸入への課税」という手段が限られている中国からすれば、「すでに課された関税を消す」という発想は戦術として自然であり、そのための最も手っ取り早い方法が自国通貨安となる。
国有企業への産業補助金などもそれに類する一手だが、まさにその点をめぐって協議がこじれている現状を踏まえれば、表立っては難しいだろう。
チャイナ・ショック再来の悪夢
だが2015年8月(チャイナ・ショック)の一件もあり、中国が元安を追求するにも限度はある。通貨の先安観が強まり、資本流出が制御不能な状態にまで強まった場合、株を中心として国内の資産価格が激しい調整を迫られる恐れがある。
そういった経緯もあり、2018年11月には「1ドル=7.00元」の攻防が話題となった。
「1ドル=7.00元」に経済的な意味はまったくないが、これを超えれば市場が騒ぎ、チャイナ・ショックの再来、結果的には外貨準備を大幅に費消することにつながりかねない恐れは確かにあった。
本来、為替レートの変動は、需給が「主」で、レートは「従」である。
しかし、人民元の場合、政府の恣意性も影響する分、レート(ここで言えば元安)が「主」となり、資本流出を引き起こすこともある。この時は需給が「従」となる。
そして、資本流出(需給)自体は当然、「主」ともなり、元安という「従」も引き起こす。いったん、この循環に入ると実弾(外貨準備)を通じた決済ルート、流動性の引き締めを通じた金利ルートなど、あらゆるアプローチによる通貨防衛が必要になる。
さらに心配なことは、現状では中国の経常黒字減少、見通せる将来における赤字化という論点も浮上している(2019年4月のIMF世界経済見通しは2022年の赤字化を予想)。つまり、為替レートを本来規定し「主」となり得る需給が、元売り超過になりつつある。
このような状況で政策的に人民元を押し下げるにも、やはり限度は出てくる。2018年の中国における資本純流出入の状況【図表2】を見ても、当局が余裕で構えていられるほど、安定した資本流入が確保されているわけではない。
このような状況を踏まえると、「アメリカによる制裁関税→元安で相殺」という対応は有益ながらも、使用限度はあると考えられる。
アメリカの強硬策は「人民元安誘導」を容易にする
この点、中国にとっての救いはトランプ大統領自身が米連邦準備制度理事会(FRB)に金融緩和を求める圧力をかけており、(その圧力が効いたのか定かではないが)FRBが実際にハト派(金融緩和に積極的)傾斜を強めていることだろう。
米金利は緩やかに低下しており、ドル相場が上昇しそうな雰囲気はない。ドル高につながる米金利の上昇が抑制されていれば、中国としてはある程度は元安への誘導を展望することも可能になる。
FRBがハト派傾斜を強めている背景に、トランプ大統領の主導する保護主義があることは滑稽である。結局、中国への強硬策を採るほど、(米金利が低下するので)中国は元安へ誘導しやすくなり、追加関税の影響を相殺しやすくなるという見方もできる。
不毛と言わざるを得ない状況だが、アメリカの家計や企業といった民間部門にとってみれば「何が起きるか分からない」状況が半永久的に続く中で、リスク回避姿勢を強めざるを得ないことは間違いない。トランプ大統領は溜飲が下がるかもしれないが、結局、保護主義を追求するほどアメリカの実体経済が割を食う実情は否めない。
なお、米中協議の過程において人民元相場の安定をめぐっては合意が成立している、との報道が多いのは気がかりである。
2019年3月10日には中国人民銀行の易綱総裁が記者会見で「為替をめぐって多くの重要な問題を議論し、双方は多くの重要な問題で認識が一致した」などと述べていた。そう考えると、人民安が進むこと自体が再び協議の争点と化し、事態の混迷を招く可能性はある。
いったんもつれてしまった糸を元に戻すのは容易ではない。 
米国激怒! 習近平が突然「喧嘩腰」になったワケ 5/16
米中貿易戦争はやはり激化せざるをえない、ということが今さらながらに分かった。双方とも合意を求めるつもりはないのかもしれない。
劉鶴副首相率いる中国側の交渉チームは5月にワシントンに赴いたが、物別れに終わり、米国は追加関税、そして中国も報復関税を発表。協議後の記者会見で劉鶴は異様に語気強く中国の立場を主張した。だが、交渉は継続するという。
4月ごろまでは、5月の11回目のハイレベル協議で米中間の貿易問題は一応の妥結に至り、6月の米中首脳会談で合意文書を発表、とりあえず米中貿易戦争はいったん収束というシナリオが流れていた。それが5月にはいって「ちゃぶ台返し」になったのは、サウスチャイナ・モーニング・ポストの報道が正しければ、習近平の決断らしい。習近平はこの決断のすべての「責任」を引き受ける覚悟という。
では習近平はなぜそこまで覚悟を決めて、態度を急に反転させたのだろうか。
第11回目の米中通商協議ハイレベル協議に劉鶴が出発する直前の5月5日、トランプはツイッターで「米国は2000億ドル分の中国製輸入品に対して今週金曜(10日)から、関税を現行の10%から25%に引き上げる」と宣言。さらに「現在無関税の3250億ドル分の輸入品についても間もなく、25%の関税をかける」と発信した。この発言に、一時、予定されていた劉鶴チームの訪米がキャンセルされるのではないか、という憶測も流れた。結局、劉鶴らは9〜10日の日程で訪米したのだが、ほとんど話し合いもせず、トランプとも会わず、物別れのまま帰国の途についた。
サウスチャイナ・モーニング・ポストなどは、トランプがこうした態度に出たのは、中国側の譲歩が足りないことに忍耐が切れたからであり、譲歩を拒んだのは習近平自身にすべて責任があると報じた。匿名の消息筋の話として「交渉チーム(劉鶴ら)は、次のハイレベル協議で、(妥結のために)習近平により多くの譲歩をするよう承諾を求めたが、習近平はこうした提案を拒否した」「責任は全部私(習近平)が負う」とまで言ったという。この習近平の断固とした姿勢を受けて、中国側交渉チームは、ワシントンに提案するつもりだった「最後の妥結案」を直前になって強硬なものに変更した。これにトランプのみならず、穏健派のムニューシンまで激怒し、今回の関税引きにつながった、という話だ。ならば、習近平に貿易戦争を終結させる意志はないということだろうか。
ではなぜ、劉鶴をあえてワシントンに送ったのか。
ホワイトハウスの発表によれば、トランプは習近平から「美しい手紙」を受け取ったそうだ。その中には習近平の「対話継続」の要望がしたためられていたという。手紙には、依然、協議が妥結することを望むとあり、「我々はともに努力し、これらのことを完成させましょう」とあったそうである。
トランプはこれに対し、次のように発言している。
「中国側は、交渉を最初からやり直したい、といい、すでに妥結に至っていた“知財権窃盗”の問題など多くの内容について撤回を要求してきた。こんなことはあり得ない」
「中国側が交渉のテーブルに戻りたいなら、何ができるのか見せてもらおう」
「関税引き上げは我々の非常にいい代替案だ」
これに対する中国側の立場だが、劉鶴がワシントンを離れる前の記者会見でこんな発言をしている。新華社の報道をそのまま引用しよう。
「重大な原則の問題において中国側は決して譲歩しない」「目下、双方は多くの面で重要な共通認識に至っているが、中国側の3つの核心的な関心事は必ず解決されなければならない。
1つ目は、全ての追加関税の撤廃だ。関税は双方の貿易紛争の起点であり、協議が合意に達するためには、追加関税を全て撤廃しなければならない。
2つ目は、貿易調達のデータが実際の状況に合致しなければならないことで、双方はアルゼンチンで既に貿易調達の数字について共通認識を形成しており、恣意的に変更すべきではない。
3つ目は協議文書のバランスを改善させること。どの国にも自らの尊厳があり、協議文書のバランスを必ず図らなければならない。今なお議論すべき肝心な問題がいくつか存在する。昨年(2018年)以降、双方の交渉が何度か繰り返され、多少の曲折があったが、これはいずれも正常なものだった。双方の交渉が進行する過程で、恣意的に“後退した”と非難するのは無責任だ」
「中国国内市場の需要は巨大で、供給側構造改革の推進が製品と企業の競争力の全面的な向上をもたらし、財政と金融政策の余地はまだ十分あり、中国経済の見通しは非常に楽観的だ。大国が発展する過程で曲折が生じるのは良いことで、われわれの能力を検証することができる」
このような自信に満ちた強気の発言は、劉鶴にしては珍しく、明らかに“習近平節”だ。
つまり、習近平は、米国との貿易戦争、受け立とうじゃないか、と改めて宣戦布告した、といえる。これは、3月の全人代までの空気感と全く違う。3月までは米中対立をこれ以上エスカレートさせるのは得策ではない、という共通認識があったと思われる。だが、習近平の全人代での不満そうな様子をみれば、習近平自身は納得していなかっただろう。貿易戦争における中国側の妥協方針は李克強主導だとみられている。
劉鶴をワシントンにとりあえず派遣したのは、中国としては米国との話し合いを継続させる姿勢はとりあえず見せて、協議が妥結にこぎつけなかったのは米国側の無体な要求のせい、ということを対外的にアピールするためだったのだろう。
では貿易戦争妥結寸前、という段階で習近平が「俺が責任をもつ」といってちゃぶ台返しを行ったその背景に何があるのか。李克強派が習近平の強気に押し切られたとしたら、その要因は何か。
1つは台湾総統選との関係性だ。米中新冷戦構造という枠組みにおいて、米中の“戦争”は貿易戦争以外にいくつかある。華為(ファーウェイ)問題を中心とする“通信覇権戦争”、それと関連しての「一帯一路」「中国製造2025」戦略の阻止、そして最も中国が神経をとがらせているのが“台湾問題”だ。
台湾統一は足元が不安定な習近平政権にとって個人独裁政権を確立させるための最強カード。その実現が、郭台銘の国民党からの出馬表明によって視野に入ってきた。もちろん国民党内では抵抗感が強く、実際に郭台銘が総統候補となるかはまだわからないが、仮に総統候補になれば、勝つ可能性が強く、そうなれば、中台統一はもはや時間の問題だ。郭台銘は「中華民国」を代表して中国と和平協議を行う姿勢を打ち出している。だが、その「中華民国」とは、今の中国共産党が支配する地域を含むフィクションの国。双方が「中国は1つ」の原則に基づき、統一に向けた協議を行えば、フィクションの国が現実の国に飲み込まれるのは当然だろう。そもそも郭台銘に国家意識はない。大中華主義のビジネスマンであり、しかも共産党との関係も深い。彼は共産党と自分の利益のために台湾を売り渡す可能性がある。つまり今、台湾問題に関して、中国はかなり楽観的なシナリオを持ち始めている。
貿易戦争で中国側が全面的妥協を検討していたのは、そのバーターとして米国に台湾との関係を変えないでもらおうという狙いがあったからだ。だが中国に平和統一に向けたシナリオが具体的に見え出した今、米国にはそんなバーターに応じる余裕はない。台湾旅行法、国防授権法2019、アジア再保証イニシアチブ法に続き、台湾への武官赴任を認める「2019年台湾保障法」を議会で可決した。となると、中国にすれば、台湾のために貿易交渉で米国に屈辱的な妥協にこれ以上甘んじる必要性はない。妥協しても米国は台湾に関しては接近をやめないのだから。
もう1つの可能性は、劉鶴の発言からも見て取れるように、貿易戦争が関税引き上げ合戦になった場合、「中国経済の見通しの方が楽観的」と考えて、突っ張れば米国の方が折れてくるとの自信を持っている可能性だ。
中国経済に関していえば、第1四半期の数字は予想していたよりも良かった。私は、これは李克強主導の市場開放サインや減税策に海外投資家が好感したせいだと思っているので、李克強の対米融和路線を反転させれば、また中国経済は失速すると思うのだが、どうだろう。
さらに、もう1つの背景として、大統領選挙の民主党候補にジョー・バイデンがなりそうだ、ということもあるかもしれない。バイデンは中国が長らく時間をかけて利権づけにしたパンダハガー(「パンダを抱く人」=親中派)政治家であり、実際彼は「中国は我々のランチを食べ尽くすことができるのか?」と語り、中国脅威論に与しない姿勢を示している。来年の秋にバイデンが大統領になるなら、習近平は妥協の必要がない。中国は今しばらく忍耐すればいいだけだ。むしろ、トランプを挑発して、その対中姿勢を不合理なほど過激なものにさせた方が、企業や一般家庭の受ける経済上のマイナス影響が大きくなり、トランプの支持率が落ちるかもしれない。次の大統領選で民主党政権への転換の可能性はより大きくなるかもしれない。
トランプがファーウェイ問題や一帯一路対策で、企業や周辺国に“踏み絵を踏ます”かのような圧力をかけるやり方は、一部では不満を引き起こしている。アンチ中国派のマレーシアのマハティール首相ですら、米中貿易戦争でどちらかを選べ、と迫られたら、「富裕な中国を選ぶ」(サウスチャイナ・モーニング・ポスト、3月8日付)と答えている。強硬な姿勢をとっているのはトランプの方だ、というふうに国際世論を誘導しようと中国側も懸命に動いている。
さて、私はこういった背景に加えて、若干の党内の権力闘争の要素も感じてしまうのだ。
というのも、サウスチャイナ・モーニング・ポストの報道ぶりが、いかにも今回の貿易戦争の決裂は全部習近平の一存で決まった、とわざわざその責任に言及しているからだ。サウスチャイナ・モーニング・ポストは香港で発行されている日刊英字新聞である。アリババに買収されて以来、中国寄りの報道になっているが、厳密に言えば、曽慶紅や江沢民に近い。米中通商協議が決裂し、そのツケがマイナス影響として国内の経済、社会の表層に表れた場合は、習近退陣世論を引き起こそう、などという曽慶紅ら、長老らの狙いを含んだ報道じゃないか、という気がしてしまった。
いずれにしろ、習近平が「責任は全部、俺がかぶるから」と言って、交渉のちゃぶ台返しを行ったのだとしたら、今後の中国の経済の悪化次第では、習近平責任論は出てくるだろう。あるいは、その前にトランプに対する米国内の風当たりが強くなるのか。
つまり貿易戦争の勝敗は、トランプと習近平のそれぞれの政治家としての命運もかかっている。その勝敗の行方を決める次のステージが大阪で行われるG20の場だとしたら、ホストの日本もなかなか責任重大だ。 
米中貿易戦争によりiPhone値上げやApple株下落があるかも 5/16
どっちもやめて〜。
今まさに火の手が上がっている、アメリカと中国との関税を巡る貿易戦争。そしてその結果、iPhoneの値上がりが海外にて予測されているのです。
モルガン・スタンレーにてアナリストを務めるKaty Huberty氏は金曜日のレポートにて、関税の引き上げは「Appleのサプライチェーン全体に大きな影響を及ぼす」可能性があると結論づけています。
予想に反して増税される?
昨年のApple(アップル)でCEOを務めるティム・クック氏の発言を覚えていれば、この流れには驚くことでしょう。クック氏は中国とのあらゆる種類の貿易戦争に反対しつつ、Good Morning Americaのインタビューにて「トランプ政権はスマートフォンなどへの関税について、アメリカにいい影響をもたらさないと認識している」と語ったのですから。
残念ながら、Appleの先行きは不透明です。そして、トランプ政権は中国からの輸入品への関税の拡大を宣言しています。The Streetによれば、Huberty氏は「中国から米国に輸出される残りの2670億ドル(約29兆円)の商品に25%の税金を課すことは、Appleのサプライチェーン全体に大きな影響を及ぼすだろう」と指摘しています。
約1万7500円の値上げ?
もし関税が製品価格に転嫁されれば、1000ドル(約10万9500円)のスマートフォンが1160ドル(約12万7000円)になるかもしれません。Appleのハイエンド向けスマートフォンはここ2年で売上を落としていますが、Appleはいやいや値上げをするかもしれません。そうでもしないかぎり、大変な輸入コストがかかってしまいます。
しかしこれは売上の減少、さらには株価の下落をもたらす可能性があります。Huberty氏は「(Appleの)2020年通期の一株当たり利益となる 12.67ドルを、約23% (あるいは3ドル)引き下げるだろう」としています。iPhoneの値上げもAppleの苦境もどちらも見たくないのですが…いまは、トランプ政権と中国政府の出方を見守るしかありません。 
 
 
 2019/4

 

4/18 米通商代表部は対中追加関税の品目別適用除外の第3弾を発表。 
台湾TSMC、約1割減益 4〜6月期見通し 4/18
半導体受託生産の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)は18日、2019年4〜6月期の連結営業利益が前年同期に比べ1割前後減る見通しと発表した。スマートフォン(スマホ)の販売不振や仮想通貨向けの需要減が続き、4四半期連続の減益となる。ただ決算会見で同社は19年後半の回復に自信があると強調。中国スマホ需要の貢献が膨らんでいるもようだ。
「1〜3月だけでなく4〜6月も世界経済の(減速の)影響を受け、需要が落ち込む」。18日に台北市内で開いた決算説明会で、魏哲家最高経営責任者(CEO)はこう述べた。
TSMCは電子機器の頭脳となる半導体の受託生産で世界シェア5割超を占める。米アップルのスマホ「iPhone」をはじめサーバーやゲーム機など、あらゆる製品に同社製の半導体が搭載される。18年12月期まで7期連続で純利益が過去最高を更新したが、スマホ需要が失速した昨年後半から需要減に苦しむ。
同日開示した19年4〜6月期のドルベースの収益見通しから試算すると、売上高は2350億台湾ドル(約8500億円)前後とほぼ横ばいとなる。営業利益は750億台湾ドル前後と約1割減る見通しだ。在庫が膨らみ収益性が悪化している。
一方、魏氏は会見で「4〜6月期の先は(業績は)回復する」と強調した。同日発表した19年1〜3月期の営業利益は前年同期比34%減で、4〜6月期は減益幅が縮小する。「ハイエンドのスマホが伸びている」(魏氏)という。
同社は具体的な顧客名は明らかにしなかったが、市場では中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)傘下の半導体設計・開発大手、海思半導体(ハイシリコン)の貢献が増大しているとの見方が出ている。既に売上高全体の1割弱に達しつつあるもようだ。
ファーウェイは減速するスマホ市場でも好調を維持し、スマホ向け半導体を開発するハイシリコンは既に世界水準の技術力を備えるとされる。iPhone向けの不振を補う救世主となりつつある。
TSMCはアップルや米半導体大手のクアルコムなど米企業を主要顧客として成長してきた。ただ中国顧客の貢献は年々上昇し、18年12月期の売上高に占める中国顧客の比率は17%と前年比6ポイント増え、過去最高水準に達した。
ただハイテク分野の米中の覇権争いでファーウェイはトランプ米政権の標的となっている。貿易摩擦で需要全体が上向かないなか、ファーウェイ依存が深まればリスクを抱え込むことになる。 
米、対中関税で適用除外21品目を追加 4/19
米通商代表部(USTR)は18日、中国製品に発動している制裁関税のうち、適用除外とする製品を新たに21品目追加した。中国以外の国から調達しにくい機械部品などを企業からの要請に基づいて認めた。米国内への悪影響を和らげるため適用除外の品目を順次発表しており、今回で3回目となる。
対象は、2018年7月に発動した340億ドル(約3.8兆円)分の中国製品に対する25%の追加関税。生産機械に使う鉄製やアルミの特殊部品などの適用除外を認めた。輸入した会社は既に支払った関税が還付される。
USTRは関税を課した製品のうち、米国企業の申請に基づき個別に審査している。国内で調達しにくい製品などを対象から外し、審査が終わり次第、順次発表する。 
中国は「世界第2の経済大国」なのか?〜過大評価に国内でも自重論〜 4/23
中国は本当に「世界第2の経済大国」なのか。経済規模と国力を同一視し、中国を超大国と見なす風潮には同国内でも自重論が出ている。ある経済閣僚経験者は公の場で「未来のナンバーワンなどと自称してはならない」と警鐘を鳴らした。
中国のシンクタンク「中国・グローバル化センター(CCG)」、国連中国代表部などは4月14日、グローバル化に関するフォーラムを北京で開催。これに参加したCCG名誉会長の陳徳銘・元商務相は多国間協力における自国の位置付けについて「(世界)ナンバー2と考えてはならず、まして、未来のナンバーワンなどと自称してはならない」と語った。
陳氏はさらに、中国は約14億もの人口を抱える「非常に特殊な国」であるとした上で、「どんな1人当たりの経済指標でも14億を掛ければ、世界1位か2位になるし、どんなに大きい経済規模でも14億で割れば、世界70〜100位になる」と述べ、自国経済の過大評価を戒めた。
経済全体の規模ではなく、1人当たりの数値を経済発展の基準とするのは当たり前だが、習近平体制下では、国内総生産(GDP)の規模が世界2位であることを主な根拠とする大国主義的宣伝が展開されており、元主要閣僚という有力者がこうした冷静な見解を公言するのは珍しい。
香港の有力紙サウス・チャイナ・モーニング・ポストも21日の論評で陳氏の発言を肯定的に紹介するとともに、(1)中国経済が今後も米国を上回るペースの成長を続けるとは限らない(2)経済規模イコール国力ではない─と主張した。
論評は、米国の1人当たりGDPが5万ドルを超えているのに対し、中国は9000ドル台にすぎず、世界平均(約1万2000ドル)にすら及ばないと指摘。さらに、国力は経済規模だけではなく、技術力や軍事力、文化・芸術などのソフトパワーを含むもので、中国は依然として、多くの面で先進諸国の大半に大きく遅れているとの見方を示した。
今年来日した中国のある政治学者も日本のメディア関係者らとの懇談で、中国超大国論を前提とした質問に対し、「中国経済が規模の面で米国を抜いたとしても、実質的に追い付くには時間がかかる」と答えていた。経済発展の質が重要ということであろう。
日本では中国超大国論が広がっていることから、東京のある大学教官は「中国が超大国でも先進国でもないことを学生に分かってもらうのに苦労する」と話すが、当の中国では意外に自国の実情を客観視している識者が多いのかもしれない。 
 
 
 2019/3

 

3/28 米通商代表部は対中追加関税の品目別適用除外の第2弾を発表。 
米中貿易協議は予定調和の「先送り」 3/1
まとまらない対中強硬策に焦るトランプ大統領
2019年2月24日、トランプ米大統領は3月2日に予定していた中国製品に対する追加関税の引き上げを見送り、3月下旬ごろ習近平・中国国家主席と会談して交渉決着を目指すと表明した。
トランプ大統領は2020年11月の大統領選を見据え「中国の不公正貿易に立ち向かう大統領」を演じたいはずであり、「中国に対しては生かさず殺さずの扱いを進めるはず」というのが既定路線であった。この点、今回の先送り(しかも期限の明記無し)は極めて予定調和な結果であったと言える。
「生かさず殺さず」という予定調和
文字通り、今回の決定は先送りであって市場の不透明感が払拭されたわけではないが、当面の懸念が払拭されたという節目でもあるため、米中貿易協議の現状と展望に関し整理してみたい。
2018年から、トランプ政権は対米貿易黒字を抱える国々を主たる対象として矢継ぎ早に制裁を打ち出してきたが、当初から中国との対決色が全面に出ていたわけではない。
まずは2018年2月に洗濯機・ソーラーパネルに対するセーフガードが発動され、ここでは中国と韓国が標的となった。3月、セーフガードは鉄鋼・アルミ製品に対しても発動されたが、ここでは国家安全保障を理由として全世界(一部を除く)が対象とされた。
5月には自動車および同部品に対するセーフガードが検討され、270日間の調査を経て2019年2月に米商務省から大統領へ報告書が提出されたことは前回の寄稿『日米の自動車関税交渉は5月にヤマ場?今後の展開はこうなる』で詳しく議論した通りだ。これも国・地域で言えばEUや日本への強力なカードとして注目されている。
この時点ではまだ「中国狙い撃ち」の色彩は薄く、米中貿易戦争ないし米中貿易協議というフレーズもさほど耳にしなかった。
米中貿易戦争、実質的な開戦は「2018年7月6日」
トランプ政権における保護主義政策が対中貿易摩擦と同義語のように語られるようになり始めたのは2018年6月以降である。
6月15日、米通商代表部(USTR)は、通商法301条(以下301条)に基づき、中国の技術移転策に対する制裁措置として追加関税を賦課する対中輸入500億ドル(1102品目)のリストを公表した。このうち340億ドルについて25%の追加関税が実際に賦課されるようになったのが7月6日であった。就任以来、強い語気で対中強硬策をうたってきたトランプ大統領だが、攻撃対象を中国に限定した上で実際に追加関税を賦課したのはこれが始めてである。
ここから、両国間で追加関税の応酬が始まったことを思えば、米中貿易戦争の実質的な開戦は「2018年7月6日」だったと言えるかもしれない(ちなみに同日、中国は同額・同率の制裁関税を決定している)。
この一連の動きがショッキングだったのは、トランプ政権は5月19日に貿易赤字削減に関する中国政府との共同声明を発表し、追加関税の実施を見合わせるとしていた経緯があったことだ。しかし、この方針は5月29日に突如撤回され、6月15日の追加関税リスト公表、そして7月6日の関税賦課に至った。改めて対中制裁への強い思いを確認する展開であり、ここから「アメリカ vs. 中国」という対立構図が市場の一大テーマとなり始めた。
その後、500億ドルから340億ドルを除いた残額160億ドルに対し25%の追加関税が8月に、さらに2000億ドルに対し10%が9月に決定され、賦課が始まっている。今年に入ってから注目されてきた追加関税の引き上げ期限「3月1日」はこの最後の2000億ドルに対する10%を25%にするか否かという話である。
本来は2019年1月以降に関税が引き上げられる予定だったが、2018年12月の米中首脳会談の結果として、2019年3月1日に交渉期限が設定され、90日間先送りされていた。
「任期のある米大統領」 vs. 「任期のない中国国家主席」
筆者は2018年12月の米中首脳会談後、寄稿『米中貿易戦争の“停戦”は本物か—トランプ再選まで続く「壮大なマッチポンプ」作戦』で以下のように述べた:
「 90日後にまた「30日間の猶予を与えて云々……」という展開も無いとは言えまい。こうした「自分で火をつけて自分で消火を演出する」という、国際金融市場を巻き来んだ「壮大なマッチポンプ」は恐らく再選を賭けた大統領選挙の行われる2020年までは続くのではないか。 」
あれから90日間が経過し、やはりマッチポンプを見せつけられることになった。
全てはトランプ大統領の交渉戦術通りに進んでいるようにも見えるが、実情はそうでもなさそうである。米中両政府は2019年1月以降、3回の閣僚級会合を開催し、第3回目の最終日である2月24日にトランプ大統領から再延期が表明された。だが、このタイミングで公表されるとささやかれていた覚書やこれに付随する共同声明などが出たわけではない。
なかなか合意をまとめられない対中強硬派の筆頭・ライトハイザーUSTR代表に対しトランプ大統領が不満を募らせているとの報道が出ている。協議の成果が覚書という形式になるとのライトハイザー代表の説明に、トランプ大統領は「覚書は好きではない。何も意味しないからだ」と批判、これにライトハイザー代表が覚書の法的拘束力を強弁し大統領の逆鱗に触れたという話が報じられている。
政権内の人間関係の実際のところは知りようがない。だが、こうした動きの背景にはやはり焦りもあると推測され、「任期のない中国国家主席」が「任期のある米大統領」を徐々に押し込み始めているようにも見える。
上述したように、トランプ大統領は2020年の大統領選を念頭に「中国の不公正貿易に立ち向かう大統領」を演じつつ、支持者にアピールを続けたいのであろうが、「覚書程度ではアピールになりえない」「大統領選まで時間がない」という焦りが保護主義派の盟友とも言えるライトハイザー代表にも辛く当たらざるを得ない状況に繋がっているのではないか。
不透明感が色濃い状況は全く変わらず
注目の「3月1日」が延期されたことで金融市場には安堵が拡がっているが、米中協議が金融市場の不安材料でなくなったわけでは全くない。
今後、仮にアメリカ(USTR)の求める覚書が打ち出されたとしても、例えば(1)遵守を巡る不安、(2)遵守したとしても効果を巡る不安が市場心理にのしかかることが目に見えている。
例えば(1)。覚書という形式に至らなかったのはそれが備える法的拘束力に関し米中間で合意が取れなかった、言い換えれば「技術移転の強要など、構造改革の遵守について厳格性を強いられるのを中国が嫌った」という見方が成り立つ。
しかし、仮に覚書の法的拘束力を認めた上で中国がこれを受け入れた場合でも不安がある。その場合、米国側はPDCAサイクルに基づいて着実にその進捗をフォローするはずであるが、これが円滑に進む保証は全くない。
かつて欧州債務危機においてギリシャは国際金融支援で求められた四半期ごとのコンディショナリティを遵守せず、その都度、市場不安が定例的に高まるという局面があった。この先、中国が覚書を受け入れても遵守を巡って市場が不安を抱くという展開が容易に想像される。
次に(2)だ。理論的には中国が覚書を受け入れ、そして遵守しても米国の経常赤字ないし貿易赤字が消える可能性は低い。貯蓄・投資(IS)バランス上、投資過剰(貯蓄不足)という米国経済の構造が変わらない限り、二国間交渉で中国からの輸入を制限しても、その分は他国からの輸入増加に振り変わるだけである。
例えば、度重なる貿易摩擦を経て輸出自主規制や輸入拡大ひいては通貨高を甘受してきた日本の対米貿易黒字がなくなっただろうか。その間にアメリカの経常収支や貿易収支の赤字体質は改善されただろうか。全く変わっていない。たとえ日本からの輸入を制限しても、ISバランスが変わらなければ、アメリカは日本以外からの輸入を膨らませるだけだ(事実としては日本の対米黒字が減る過程で中国のそれが増えた)。
現状、アメリカのISバランスを見ると政府部門の巨大な貯蓄不足が海外部門の巨大な貯蓄過剰(≒経常赤字)と裏表である。
拡張財政に邁進してきたトランプ政権はこの理論的かつ基本的な事実を踏まえ、必死に時間と政治資源を費やしても、最終的に欲しい結果(アメリカの貿易赤字解消)が得られる可能性が低いことを認識する必要がある。今後、トランプ政権は攻撃的な二国間交渉を通じて日本や中国やEUの対米輸入の強制的な拡大を強いるのだろうが、自国の(政府部門も含めた)過剰な消費・投資体質を変えない限り、徒労に終わるだろう。
中国に関しては、やや事情が異なる部分もあるのが厄介だ。
アメリカ側が最も毛嫌いする、巨額の補助金などによるハイテク産業育成策「中国製造2025」は、そもそも通商問題ですらない。次世代先端技術を巡る覇権争いなのだとすれば、対米貿易黒字がどうであろうと争いは続く。どちらも覇権を譲るつもりはないであろうから、最悪、トランプ政権後も続く恐れがあるだろう。 
 
 
 2019/2

 

2/24 トランプ大統領は3/1とした交渉期限を延長させることを表明。 
米中貿易戦争でトランプとアメリカが失ったもの 2019/2
<関税を武器にしたアメリカと中国の貿易戦争は、トランプの思い通りの効果をあげるどころか、正反対の結果をもたらしている>
2018年にドナルド・トランプ大統領は中国との貿易戦争を宣言した。洗濯機やアルミニウムをはじめ、アメリカに輸出される中国製品のほぼすべてに、現在では10〜15%の追加関税がかかる。
それは中国製品に対する通常の関税への追加分であり、家具やトイレットペーパー、ニンニクなどダンピング関税と相殺関税が課されている製品にも追加して課税される。
米国貿易代表部(USTR)はウェブサイトで以下のように説明している。
「アメリカ合衆国は、市場を歪める国家主導の強制的な技術移転、知的財産の侵害、および米国商業ネットワークへのサイバー攻撃について中国と対決する措置を講じている。目標は、不公正な中国の経済慣行に対処し、すべてのアメリカ国民に成功のチャンスを与える平等な競争の場を作り出すことである」
ご立派な目標を掲げてはいるが、過去30年間、関税と国際貿易法に関わってきた弁護士として、私はこの貿易戦争を危険で、軽率で、効果のないものと考えている。
2018年7月6日に追加関税が発効した後に起こることとして予想されていたのは(1)中国に輸入される米製品に対する中国の報復関税、(2)中国以外の国を経由することで生産国を偽装しアメリカに輸出される中国製品の増加、(3)アメリカの消費者にとって中国製品の価格上昇、の3点だった。
トランプ政権が予測していなかったのは、2018年後半にアメリカに輸出された中国製品の量が増加したことだ。他の予想外の結果もあった。一部の中国企業は国内生産していた製品を国外で生産するために、東南アジアの新会社に投資した。中国の国営企業が、たとえばベトナムにある会社に投資すると、ベトナムで製造された製品は中国に対する追加関税を課されることなくアメリカに輸出できる。
つまりアメリカの輸入業者が製品の原産国を米国土安全保障省の税関国境保護局に申告する際、製造会社の国籍ではなく、製品の製造国を記載ればすむわけだ。さらに中国企業が韓国など、アメリカが自由貿易協定を結んでいる国に工場を開設すれば、そこで製造したものは韓国製となり、アメリカの関税が免除される。
そういうわけで、「平等な競争の場を作る」というトランプの政策は失敗した。むしろ、結果は意図と正反対になっている。中国はアメリカに輸出する製品を生産するために、国外の工場への投資を増やしている。
中国による報復関税のせいで、貿易戦争は中国に輸出している米企業に悪影響を与えている。中国は世界最大の大豆輸入国であり、アメリカは世界最大の大豆輸出国だ。中国が大豆に追加関税を課したとき、アメリカの農家は、最大の市場を失った。中国は現在、ブラジルから大豆を購入しつつ、自国の農家に大豆の栽培を奨励している。その結果、トランプは大豆を売りそこなったアメリカの農家に対して数十億ドルの補助金を認めた。損失を被ったのは納税者だ。
大豆は販売ルートが失われる一例にすぎない。中国はアメリカ以外の国から品物を輸入する可能性がある。食品から航空機、機械まで、米企業は世界第2位の経済大国という市場を失うことになる。
この貿易戦争の範囲は、中国製品に対する追加関税だけにとどまらない。現在、記録的な数のアンチダンピングおよび相殺関税措置が適用されるとともに、中国に対する調査が行われている。米国際貿易委員会(ITC)のウェブサイトによると、170品目を越える中国製品に対して反ダンピング関税と相殺関税措置がとられている。この数は、他のすべての外国に対する関税措置の合計を上回る。
現在は調査の対象になっている輪ゴムやスチール製クギなどの中国製品に対しても、反ダンピングまたは相殺関税措置がとられる可能性がある。
対中貿易交渉でトランプは90日間の「停戦」に合意、追加関税を10%に維持しながら交渉を続けることになった。3月1日までに交渉が合意にいたらなければ、中国製品の大半に10〜25%の追加関税が課されるだろう。
トランプ政権が予測不可能であることは、もう十分にわかっている。トランプの貿易戦争が3月1日までに終結するとは私には思えない。中国との「平等な競争の場を作る」というトランプの試みが、勇気ある行為なのか、それとも無謀な試みなのかは歴史が判断するだろう。
今、私たちに必要なのは、国際交渉の達人だ。特にアメリカの生産者、輸出業者、そして消費者の未来は交渉の行方にかかっている。アメリカの鉄鋼とアルミニウム産業の関係者を別にすれば、この貿易戦争で得をする者は誰もいない。 
米中貿易摩擦は自暴自棄、長続きはしない 2019/2
米中貿易摩擦の落ち着きどころは?
筆者は政治の専門家ではないので、あまり政治色の強い記事を書くことは本意ではない。しかし昨今の米中貿易摩擦に関する展開を見ていると、半導体/エレクトロニクス業界への影響が無視できなくなり、この問題がどこまでエスカレートするのか、どんなことに留意すべきか、考えざるを得なくなってきたような気がする。ここでは、現状を整理しながら、米中貿易摩擦の落ち着きどころについて考えてみたいと思う。
米中貿易摩擦は、2018年4月にトランプ政権が中国の知財侵害に対する制裁として、総額500億米ドルに相当する約1300品目に25%の関税を課する、という原案を発表したことから始まった。1300品目の内訳としては、産業機器の一部、テレビなどの家電製品、自動車、化学品や医薬品などが含まれており、コンピュータや携帯電話機、衣料関連は除外されていた。
   図 米商務省データ
図は2017年の米国における中国からの輸入品の内訳を示したものだが、上位の3つを除外して、4番目以降の輸入品目を対象に関税措置を検討していることが分かる。コンピュータと携帯電話機を対象から外したのは、Apple、HP、Dell製品のほぼ100%がHon Hai Precision Industry(鴻海精密工業)などEMS企業の中国工場で量産されている、という現状に配慮した結果だろう。こんなものに関税をかけたところで、Appleなどが米国内生産に回帰しよう、などと考える可能性は極めて低い。衣料関連も同様で、トランプ大統領が時々かぶっている帽子も「Made in China」かもしれない。同大統領の長女が設立したアパレルブランドも、Washington Post紙によれば、ほぼ全ての製品がバングラデシュやインドネシア、中国で製造されているという。これらを米国内生産に切り替えよう、という発想はやはり現実的ではなさそうだ。
これに対して中国は、米国からの輸入品に報復関税を課する方針を発表、128品目、豚肉やワイン、果物などの農産品が対象に含まれた。
   図 米商務省データ
食品/農産物は、米国から中国への輸出品の14%を占めている(上図より)。米国から中国への輸出金額1299億米ドル、これは輸入金額の5055億米ドルに比べて4分の1程度でしかないため、金額的なインパクトは米国側の関税措置ほど大きくはないが、トランプ政権を支持する農業従事者にとっては大きな打撃と言えそうである。
その後、米国は2018年7月に2000億米ドルの追加関税を指示。対象は6000品目にも及び、その中には産業用ロボット、通信機器、電子部品なども含まれている。これに対して中国が報復措置を発表し、米国側がさらに関税額を引き上げる、という応酬が続いた結果、米国は中国から輸入する5055億米ドルの製品の半分程度に関税をかけ、中国は米国から輸入する1299億米ドルの製品の7割近くに関税をかける、という事態にまで発展した。
この結果、両国間の輸出入には当然のようにマイナス影響が出始めた。顕著な例で言えば、中国から米国への産業用ロボットの出荷は約5割減を記録し、米国から中国への大豆出荷は約4割減少した。それだけではない。GDP世界1位の米国と2位の中国が引き起こした貿易摩擦は、2018年末から発生しているグローバルな株安現象の一因にもなっている。どこからどこまでが貿易摩擦による影響である、と断じることはできないが、「輸入を制限すれば国内生産が活性化する」などという発想は、世界経済にとって迷惑千万であることは間違いない。
日米貿易摩擦でも空振りに終わった関税処置
そもそものキッカケとなった関税措置の原案は、「米国企業に対し、中国企業への技術、知財の移転を強要する中国の政策に対応するのが目的だ」とトランプ氏はコメントしていた。だが、こんな関税措置でこの目的が達成されるとは到底思えない。古い例で恐縮だが、かつて米国は日本からのPC輸入を制限する目的で、100%の関税を課していた。当時、米国向けPCで最大の実績を誇っていた東芝は、関税が課せられた後も青梅工場でのPC生産を従来通り継続し、最後にMPUだけ抜き取って米国向けに出荷していた。MPUのないPCはPCではないので、100%関税を課せられない。MPUなしのPCは東芝アーバイン工場が受け取り、ここでMPUを装着して出荷する、という作業が行われていたのだ。当時は米国内でのPC生産を活性化させたい一心で100%関税、などという保護貿易を行っていたが、実際には効果が現れず、今ではHPやDellも生産を中国に委託している。
不可解な関税対象も
今回はPCや携帯電話機が関税措置の対象から外されているが、テレビが対象になっているのは不可解だ。米国企業は軒並み、1990年代までにテレビの生産から撤退している。2002年に創業したVIZIOは例外だが、同社はファブレス企業で、2016年には中国のLeEcoに買収された。結局、米国内でテレビを生産している企業は1社もなく、輸入品に関税障壁を設けたところで恩恵を受ける企業は存在しないだろう。米国の消費者が割高なテレビを買わされるだけのことではないだろうか。
電子部品に関税をかけることに至っては、さらに理解できない。電子機器の生産に欠かせない電子部品に関税をかければ、米国内での機器生産コストがこれまで以上に割高になり、コスト競争力の低下に拍車がかかるだろう。そもそもトランプ政権は、米国内に製造業を回帰させたくてさまざまな政策を打ち出しているはずであり、電子部品の輸入制限はそれと矛盾するようにしか見えない。
自動車については、EV(電気自動車)で中国に攻勢をかけられる前に関税障壁を作っておきたい、というのがトランプ政権の本音だろう。この分野では米企業のTeslaが健闘しているが、EV市場そのものは中国が世界市場の過半を占めており、中国国内での生産がすでに活性化している。次世代通信技術の5G(第5世代移動通信)と同様、米国にとって中国の技術力が脅威に感じられるのだろう。筆者としては、このような保護貿易を容認したくないのが本音だが、EVと5Gに関しては関税障壁を作りたくなる気持ちが(他の事例に比べれば)何となく理解できる。
恩恵を受ける人は皆無
かつてこの連載でも主張させていただいたが、経済圏は「G(グローバル)の世界」と「L(ローカル)の世界」に類別される。Gの世界はグローバル経済圏で競争が行われ、大企業同士が規模やコストを競い合う。PC、携帯電話機、テレビなどの民生機器市場はこの代表的な例であり、世界市場に向けて同一の製品が大量に出荷される。どこで生産されたのか、あるいは出荷先の地域にニーズを合わせて、といったことは重要視されず、生産コストが割安な中国や東南アジア地域でこれらの電子機器が大量に生産されるのが通常である。
これに対してLの世界は、特定の地域を意識した世界で、産地を重要視する農林水産業や、その地域でないと実現できないサービス業などがこれに当てはまる。生産地あるいは消費地に、地域の特長が現れるのがLの世界である。
トランプ政権が行おうとしているのは、Gの世界を無理やりLの世界に押し込もうとする行為であり、被害者が続出する一方で恩恵を受ける人は皆無と言ってよいだろう。事実、さまざまな経済統計や株式市場からはネガティブな数字が多く発表されており、発起人であるトランプ大統領が守りたかった農業従事者にも悪影響が出る始末である。日系企業も、米国向けの生産拠点を中国外に移す動きが出始めた。筆者も含めて、この自暴自棄な関税措置は長続きしない、と考える人は多いようで、大手企業各社のコメントを見る限り、いつでも元の状態に戻せるような対策を講じているようだ。
ただ、目が離せない状況であることに変わりはない。政治的なコメントは本意ではないが、経済界への影響が無視できない以上、注視し続ける必要がありそうだ。 
 
 
 2019/1

 

2019年米中貿易戦争はどう展開していくのか 2019/1
「金融市場はドナルド・トランプがアメリカ大統領である事実にようやく気づいた」。2008年の金融危機を的確に予測し「悲観論博士(Dr. Doom)」とも称されているニューヨーク大学のノリエル・ルービニ教授はアメリカ経済が貿易摩擦の影響懸念が高まった2018年12月、このようにプロジェクトシンジケートに記述した。
アメリカ経済は足元では堅調に推移しているが、株価は特に2018年第4四半期以降、乱高下を繰り返し、ビジネスの先行き不透明感は高まっている。2018年の株価は通年でリーマンショックが起きた2008年以来となる下げ幅、12月のみの数値では大恐慌最中の1931年以来の下げ幅を記録した。この不安定なジェットコースター相場は、当面、続くことが予想される。
2019年にアメリカ経済がリセッション入りすることはないとの見方がエコノミストの間では支配的だ。だが、FRB(連邦準備制度理事会)による政策金利引き上げの可能性に加え、減税などの景気刺激策の効果が2019年後半ごろから減退することが見込まれる中、トランプ政権の今後の経済政策に注目が集まっている。
2018年もトランプ政権に関わる政策リスクは存在していたが、好調な経済がそれを帳消しにし経済的影響は限定的であった。トランプ政権の経済政策の中でも、直近で最大リスクとして懸念されているのが、米中貿易摩擦の急速なエスカレートだ。
トランプ政権の通商政策は、2017年は計画段階(Plan)、2018年は実行段階(Do)であったが、2019年は通商対策の影響が徐々に判明し、その評価段階(Check)に入る。そして、早ければ2019年中に政策を改善または改悪する段階(Action)にも入ってくる。米中貿易摩擦についても、戦いは序盤であるものの、すでにビジネスにその影響が出始め、評価段階に入っているといえよう。
貿易赤字を抱えるアメリカにとって「貿易戦争は好ましい、楽勝だ」とトランプ大統領は2018年3月、自らのツイッターで発信した。確かにトランプ大統領は中国に対する追加関税を2018年より発動し、思惑どおり中国経済にダメージを与え始めている。だが、中国はアメリカに対して報復関税を発動するなど対抗し、アメリカにもその影響が及び始めている。
中国の対米輸出は、中国のGDP(国内総生産)総額の約4%を占める一方、アメリカの対中輸出はアメリカのGDP総額の1%弱と、中国の同数値と比べても小さい。これらの輸出に関する数値を比較する限り、追加関税は中国のほうがアメリカよりも被害が大きい。
IMF(国際通貨基金)は2018年10月発行の「世界経済見通し」で米中両国の2019年GDP成長率を前回予想より0.2%いずれも下方修正した。通商政策の不確実性の高まりによる株価下落などは、消費者や企業のマインドを悪化させ、消費や投資にも響き、アメリカ経済にも悪影響を及ぼす。さらには中国経済の減速が、中国市場で販売を手がけるアメリカ企業の業績悪化をもたらし始めている。
つまり、米中貿易摩擦は現在、「囚人のジレンマ」に陥っている。アメリカと中国はいずれも追加関税を発動しない貿易関係が自国経済にとって最も望ましい。だが、アメリカは中国の不公正貿易慣行を問題視し、追加関税を発動。そして中国もそれに対抗し追加関税を発動し、米中の追加関税の応酬は最終的に両国経済に悪影響を拡大していくことになる。
アメリカ産業界そして経済への悪影響が顕著に表れたのが、新年早々に起きた「アップルショック」だ。アップルが2019年第1四半期の業績見通しを6〜10%下方修正したことに加え、2018年12月の米ISM製造業景況指数の大幅低下の発表も相まって、2019年1月3日のダウ平均株価は約3%下落した。アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)は、下方修正の理由として同社の売上高の約2割を占める中国の景気減速を挙げ、その要因に米中貿易摩擦も指摘した。
さらに投資家の景況感を悪化させたのが、ホワイトハウスのケビン・ハセット米大統領経済諮問委員会(CEA)委員長の、米中貿易摩擦による業績の下方修正はアップルにとどまらない、との発言だ。自らの発言が株価下落に追い打ちをかけたのを受け、同委員長は後日、その影響は限定的であると発言をやや訂正した。
だが、同委員長が当初発言したとおり、アップルは氷山の一角であり、中国で事業展開するほかのアメリカ企業にも大いに影響が及ぶ可能性が高い。アップル以外にもすでに中国経済の業績への影響懸念を明らかにしているのがスターバックス、フェデックスなどだ。そのほかにも各社の中国ビジネスの規模から、大手企業ではキャタピラー、ボーイングなどの株価が下落した。
まだその可能性は低いが、今後、中国市場におけるアメリカ企業に生じるさらなるリスクは、中国国民によるアメリカ製品のボイコットだ。
カウンターポイントリサーチ社調査によると、約5年前、サムスンは中国スマホ市場で15%以上の市場占有率でトップシェアを維持していた。だが、その後、低価格のファーウェイに市場を奪われ急激に市場シェアを失った。それにとどめを刺したのが、2017年、在韓米軍の高高度ミサイル防衛システム(THAAD)配備だ。中国国営メディアの呼びかけもあり、中国では配備地を提供した系列会社を抱えるロッテに加え、サムスンなど韓国製品のボイコットが起きた。今日、中国スマホ市場におけるサムスンの市場占有率は1%にも満たない。
米中貿易摩擦は中国政府もアメリカ側に配慮しているためか、中国人による大規模なアメリカ製品ボイコットには至っていない。仮に、2018年12月にアメリカの要請でカナダにて逮捕されたファーウェイの孟晩舟・最高財務責任者(CFO)の身柄がアメリカに引き渡されれば、中国国民の間で反米感情が高まり、アップル製品などアメリカ製品のボイコットの引き金となるリスクがあろう。
米中貿易協議は2019年1月7〜8日、中国で開催された次官級会合に続き、同年1月末にはロバート・ライトハイザーUSTR代表と劉鶴副首相の会合がワシントンで開催される見通しだ。
ライトハイザーUSTR代表が米中貿易協議をアメリカ政府代表として率いることは、中国政府にとってようやくアメリカ側の担当窓口が明確化したといった面で安心材料である。これまでは、ウィルバー・ロス商務長官、スティーブン・ムニューシン財務長官がアメリカの交渉で中心的役割を果たしたものの、通商交渉で大統領の信任を得ていない両者との協議は前進しなかった。2018年12月、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで開催された米中首脳会談の夕食の場で、トランプ大統領は皆の前で「彼が私の交渉官だ」と叫んだという。
ライトハイザーUSTR代表は、直近で米韓FTA(自由貿易協定)再交渉やUSMCA(新NAFTA)交渉をまとめ上げて、大統領から絶大の信頼を得ているのだ。だが一方で、ライトハイザーUSTR代表は大統領と異なり貿易赤字解消など短期的な解決策ではなく、中国の国家資本主義に基づく不公正貿易慣行の是正といった構造的問題に対する中長期的な解決策を求めることが想定され、やや食い違いが見受けられる。
なお、中国も構造的問題の改革は避けたいがために、アメリカからの輸入自主拡大(VIE)など短期的な解決策で合意に至ることを望んでいるに違いない。ライトハイザーUSTR代表の求める構造的問題については2019年3月1日までに合意に至ることは容易ではない。現在、ベストシナリオとして考えられているのが、両国が今後の取り組み内容にコミットする中、交渉を延長し、1974年通商法301条の第3弾追加関税の引き上げ時期を交渉に合わせて延期することだ。
トランプ大統領は、2016年大統領選で自らを当選に導いたラストベルト(さび付いた工業地帯)の労働者の要望に真摯に応えようとする姿勢がみられる。2020年大統領選に向けたキャンペーンが徐々に活発化し、アメリカ経済にも影響が出てくる中、大統領は成果を見せる必要があり、どれだけの期間、ライトハイザーUSTR代表と中国側の交渉に辛抱するかが今後の米中協議の行方を左右するであろう。
ワシントンにあるピーターソン国際経済研究所のチャッド・ボーン上級研究員は、アメリカ単独では中国の構造的問題は解決しないと主張する。その理由として、経済学者マンサー・オルソンが提唱した「フリーライダー問題」を挙げている。仮に中国の構造的問題をアメリカ単独で解決したとしても、米企業だけでなく、同じ構造的問題に直面している中国で事業を行う欧州企業や日本企業といった他国の企業も恩恵を享受することになる。つまり、欧州や日本はフリーライダーとなり、アメリカが単独で解決するインセンティブに欠けるという。
オバマ政権下においても、中国との構造的問題解決を狙った米中投資協定の交渉が失敗に終わったのも、フリーライダー問題が原因だと同研究員は指摘する。さらには農産品については、中国がアメリカ産穀物に関税をかけたとしても、ブラジルなど他国から調達することも可能だ。したがって、アメリカは多国間で連携しなければならないという。
アメリカ議会では誰もが中国の国家資本主義政策を問題視しているが、議会共和党も政権が単独で対中関税をかける対策には同意していない。トランプ大統領はライトハイザー代表が進める交渉にいずれ介入し短期的な解決策合意を迫らない限り、2019年はアメリカのさまざまな産業への被害が拡大することが見込まれる。アメリカ産業界、そして議員の地元選挙区からも被害を訴える声が、今後、さらに高まることが予想される中、トランプ政権に残された交渉時間は限られているかもしれない。 
 
 
 2018/12

 

12/1 米中首脳会談で貿易問題が議論された。議論を延長し、90日間まで(2019/2/28まで)は関税のこれ以上の引き上げを延期することとした。2019/1/1に第3弾関税を25%に引き上げ予定だったが議論の間は延期されることになった。中国が農産品、エネルギー、工業製品などを大量に購入することで合意し、農産品はすぐに輸入を開始することに合意した。クアルコムによるNXPセミコンダクターズの買収は、中国独禁当局が一度拒否したが、再度申請されれば審査するとした(クアルコムは12/3に再申請しない旨を表明した)。米国側は下記5点を90日以内に解決したいとしている。米企業への技術移転の強要 / 知的財産権の保護 / 非関税障壁 / サイバー攻撃 / サービスと農業の市場開放。国家資本主義の柱である産業補助金の見直しやハイテク分野での政策見直しは、中国側の反発により、協議の対象から外された。貿易問題ではないがペンス副大統領がAPECの際に上げていた、南シナ海およびイスラム教徒の問題も議題から消えた。上記5点のうち技術移転の強要とサイバー攻撃は行っていないと中国は主張している。中国商務部の王受文 副部長は第1弾、第2弾の500億ドル分の制裁措置を「取り消す方向で協議する」と述べた。台湾問題については、1つの中国という原則をアメリカが維持していくことも申し合わせた。ブルームバークは中国は大豆などは輸入する必要があり、その輸入先がアメリカに切り替わるだけで、輸入額は変わらないだろうと分析している。また、アメリカ側も、中国が購入する分だけ、他の国がアメリカ以外から購入するようになり、結果として、米中共に輸出入額の総額はあまり変化しない可能性もある。中国とアメリカでの発表内容に若干のずれがあり、例えば、アメリカ側は90日以内に解決できなければ関税を25%に上げると言っているのに対して、中国側は90日の話を発表せずに両国は合意に達し、お互いに新たな関税をかけるのを停止したと発表した。アメリカ側は論点を5点上げているのに対して、中国側は貿易問題とのみ発表している。
12/2 トランプ大統領が、中国は自動車への輸入関税の引き下げ・撤廃に同意したとTwitterに投稿した。
12/3 中国外交部報道官が、米中首脳が関税措置全廃への取り組みを経済チームに指示したと述べた。2019/2/28まではアメリカ側の交渉責任者は対中強硬派のライトハイザー通商代表に変更になった。クドロー国家経済会議委員長は、自動車関税の件は、合意の文書はなく、中国政府は合意を確認していなく、関税は0%になると予想しているが、公約のようなものであり、公約は必ずしも貿易合意ではないが、中国側が検討し、恐らく実行するものと述べた。知財権侵害と技術移転の強要に関して合意にかなり近づいていると述べた。ムニューシン財務長官は、詳細は詰めていないが、中国は1.2兆ドルを超える輸入拡大の意向を示したと述べた。
12/4 トランプ大統領は、自分は Tariff Man (関税の男)であるとTwitterに投稿した。90日の猶予期間については延長する可能性もあると示唆し、延長されなければ追加関税を課すと明言した。ポンペオ国務長官は、ロシア・中国・イランなどの厄介者が利益を得る事態に歯止めを掛ける観点から、国際協定からの脱退を進める方針を示した。世界貿易機関のカール・ブラウナー事務局次長は、世界的な貿易システムは危機的な状態にあるとの認識を示した。誰もが好き勝手に行動すれば、すべてが終わりになると警告した。JPモルガンは、12/1の米中首脳会談は実は何一つ合意していないと分析した。世界同時株安になり、アメリカ株のS&P 500は1日で3.24%下落した。2018/10/10の3.29%下落以来の大きな下落。
12/5 中国とアメリカには発表のずれがあったが、中国側が交渉期限が90日以内であることを初めて公式に認めた。交渉内容の詳細は12/6以降に発表するとした。中国が大豆とLNGの輸入再開の準備を始めた。しかし、関税がどうなるかは未確定。
12/6 アメリカ政府の要請でカナダ司法省は、アメリカが経済制裁を科すイランに製品を違法に輸出した疑いで、ファーウェイの創業者の娘で副会長兼CFOの孟晩舟を逮捕した(逮捕自体は12/1の米中首脳会談の頃。駐カナダ中国大使館は重大な人権侵害だと批判した。取引は、アメリカ連邦政府が任命したHSBC担当監視官がHSBCにて発見した。アメリカ農務省は、25%の関税措置により綿花の対中輸出が8〜9月は49.7%減少したと発表した。アメリカ商務省が発表した2018/10の貿易収支の赤字額は2008/10以来の大きさであった。モノとサービスの輸出が0.1%減で、輸入は0.2%増になった。赤字縮小のために、中国に対して関税措置を行ったが、逆効果であった。孟晩舟の逮捕以降、中国国内では彼女の逮捕やファーウェイの排除に対抗して「Appleは中国から出て行け」などと抗議するアメリカ製品の不買運動が広がっていると報じられている。香港のタブロイド紙の蘋果日報は12/8、「中国の複数の企業が、米Apple社のスマートフォンであるiPhoneの使用を中止するよう従業員に通知した」と報道した。
12/7 日本政府は、セキュリティ上の懸念から、中央省庁や自衛隊などが使用する製品・サービスからファーウェイとZTEを事実上排除する見通しであると報道された。
12/8 中国外交部の楽玉成副部長は、ファーウェイの件で、カナダの駐中国大使を呼び出し、釈放しなければ重大な事態を招き、その全ての責任はカナダが負うと抗議した。12/9、アメリカの駐中国大使を呼び出し、米国の行為は中国国民の合法的かつ正当な権益を重大に侵害していると強烈な抗議を申し入れ、中国は米国の行動を見極めてさらなる対応をすると述べた。中国人民解放軍の戴旭大佐は、航行の自由作戦で南シナ海をアメリカの戦艦が通過した際に、2隻の軍艦を派遣し、武力攻撃をすべきだと述べた。中国の2018/11の対米黒字は過去最大を更新した。
12/10 中国は、カナダの元外交官マイケル・コブリグおよび北朝鮮との文化交流を行っているカナダ人のマイケル・スパバを拘束した。報道されたのは、マイケル・コブリグが12/11、マイケル・スパバは12/13。日本の携帯電話キャリアはファーウェイおよびZTEの基地局を使用しない方針と報道された(携帯電話端末は対象外)。ソフトバンクは既存の4Gの基地局も、ファーウェイからエリクソンやノキアに切り替えるとした。携帯通信インフラの市場シェアは、2017年はファーウェイが1位、ZTEが4位。
12/11 劉鶴副首相、ムニューシン財務長官、ライトハイザー通商代表部代表が電話会談を行い、7/6に第1弾の関税措置として自動車の関税を15%から40%に引き上げていたのを、実施時期は未定だが15%に戻すことに合意した(3日後、3ヶ月間一時停止と発表された)。トランプ大統領は、ファーウェイCFO逮捕の問題が、貿易交渉や安全保障に影響するならば米司法省に介入すると述べた。ただし、このようなことを行うと、将来の経済問題で、アメリカとの交渉を有利に進めるために、アメリカ人の拘束が進むと非難された。カナダの裁判所は、ファーウェイCFOの保釈を認めた。
12/12 中国が中国製造2025を見直しを検討し、外国企業の参加を認め、達成目標時期を2035年に先送りすると報道された。
12/13 中国が大豆の輸入を開始したとブルームバークが報道した。日本政府は、ファーウェイやZTEを念頭に、電力・水道・金融・情報通信・鉄道などインフラ14分野で、民間企業・団体に情報漏洩や機能停止の懸念がある情報通信機器を調達しないよう求めると報道されたが、菅義偉官房長官は、この報道に関して、政府調達のみで、現段階で民間企業に要請を行う予定はないと述べた。ジョン・ボルトン大統領補佐官は、ヘリテージ財団にて講演を行い、中国は賄賂や不透明な合意を利用してアフリカ諸国を戦略的に借金漬けにし、隷属状態にしているが、アメリカは世界史上最も非帝国主義的な超大国であり、アフリカ大陸全般に無差別に援助することはせず、独立・自立・成長というビジョンで、アメリカの国益にかなう国々に優先的に投資すると述べた。
12/14 中国財政部は、アメリカに対する自動車の25%および自動車関連製品の5%の追加関税措置を2019/1/1〜3/31の間は停止すると発表した。米通商代表部は、90日間の交渉が不調に終わった場合、第3弾関税措置を10%から25%に引き上げる日は、2019/3/2と発表した。
12/17 アメリカのシアWTO大使は、中国の不公平な競争の慣行は外国企業や労働者に悪影響を与えWTOルールに違反していると指摘した。中国の張向晨WTO大使は、国家の安全保障上の懸念を口実にした保護主義だと指摘した。EUのファンヒューケレンWTO大使は、WTOが深刻な危機状態にあり、アメリカの貿易制限政策を批判した。日本・スイス・カナダもアメリカの通商政策を批判した。WTOはアメリカの貿易政策の焦点が、自国の安全保障を支え、自国経済を強化するための政策に移っていると指摘する報告書をまとめた。アメリカ農務省は、貿易戦争で打撃を受けている農家を支援するため、最大120億ドルの第2弾の補助金の支払いを始めたと発表した。農家はトランプ氏の大統領選勝利を後押しした支持層の1つ。
12/18 ムニューシン財務長官は、米中両国は90日間の期限内(2019/3/1まで)に合意事項を文書化することに注力していて、2019/1に会合が実施されると予想していると述べた。
12/28 米通商代表部は対中追加関税の品目別適用除外を発表。 
 
 
 2018/11

 

11/1 トランプ大統領と習近平国家主席(総書記)が電話会談を行い、貿易問題や北朝鮮問題で非常に良好な対話が出来、12/1のG20での米中首脳会談で良い対話が出来るとTwitterで投稿した。
11/9 スティーブン・ムニューシン財務長官と劉鶴副首相が電話会談を行ったが進展は無かった。ピーター・ナヴァロ米大統領補佐官が、金融機関は米中の貿易問題の早期解決を促すような圧力をかけるなとワシントンで講演した。この講演以降再び世界同時株安となったが、トランプ大統領は11/12に、民主党による大統領ハラスメントの見通しが株価下落の原因であるとTwitterに投稿した。
11/12 トランプ政権が、関税発動に加えて輸出規制や知財侵害に対する起訴を検討しているとウォール・ストリート・ジャーナルが報道した。
11/13 対立緩和のため、12/1の米中首脳会談で成果を出せるように、劉鶴副首相が訪米を検討しているとサウスチャイナ・モーニング・ポストが報道したが、訪米はしなかった。李克強首相がアメリカ側と交渉する意思があり、双方が受け入れ可能な解決策を見つけ出す知恵が双方にあると確信していると述べた。ラリー・クドロー国家経済会議委員長が、結論は分からないが、あらゆるレベルで協議を続けているとCNBCのテレビインタビューで答えた。
11/14 ブルームバーグやロイターの報道によると、アメリカからの要請に対して、中国側が譲歩案を提示した。案の提示は夏以来。案は外国投資家の一部業界への株式投資制限の緩和など、中国が既に行った改革の焼き直しであり、アメリカ側が求めている中国製造2025に対する修正は含まれていなかった。142の項目が書かれていて、今後対策を取ることに前向きな分野、すでに取り組んでいる分野、聖域とされる分野の3つのカテゴリーに分かれていた。まだ道のりは長く12/1までに話し合いをまとめるのは難しいと思われるが協議は続けていると関係者はコメントした。
11/15 交渉中は2019/1の10→25%への関税引き上げを保留するとフィナンシャル・タイムズが報道したが、アメリカ合衆国通商代表部の報道官が予定通り25%に引き上げると否定した。
11/16 トランプ大統領が中国が貿易合意を求めており、追加関税を課す必要がなくなる可能性もあるが、現時点での中国側の提案は互恵的ではなく受け入れることが出来なく、142項目に加えて重要な4〜5項目を追加で回答して欲しいと発言した。トランプ大統領の発言の直後、ホワイトハウスの役人が、話し合いがすぐにまとまる見通しの訳ではないので、発言を深読みしないで欲しいとも言った。
11/17 アジア太平洋経済協力会議で習近平国家主席(総書記)が保護主義と単独主義が世界経済に影を落としていると述べてアメリカを牽制し、マイク・ペンス副大統領が中国が不公正な貿易慣行を是正するまで制裁関税を続ける方針を表明した。マイク・ペンス副大統領は、貿易慣行・関税・輸入枠・技術の強制移転・知的財産権の侵害・南シナ海などの航行の自由・イスラム教徒弾圧などの人権問題が米中の間で問題になっていると述べた。11/18に閉幕したが、米中の対立が深く、アジア太平洋経済協力会議では1993年からの首脳会議を開催以来初めて首脳宣言を採択できなかった。11/19に中国外交部報道官が、アメリカが怒った態度でスピーチをし、建設的な雰囲気を破壊したため、首脳宣言を採択できなかったと述べ、王毅外相もアメリカが保護主義を正当化して押しつけたのが原因だと述べた。11/23に5日遅れで議長声明を公表し、恒例として首脳宣言に盛り込んでいた「保護主義と貿易をゆがめる手段と闘う」とする記述は削除された。
11/19 アメリカ合衆国商務省産業安全保障局が人工知能・ロボット・マイクロプロセッサなどに対する輸出規制のパブリックコメントの募集を始めた。特定の国は明記されていないが、中国を念頭に置いたものであるとされる。
11/20 米通商代表部が通商法301条に基づく報告書 UPDATE CONCERNING CHINA'S ACTS, POLICIES AND PRACTICES RELATED TO TECHNOLOGY TRANSFER, INTELLECTUAL PROPERTY, AND INNOVATION にて、中国が不当な慣行を是正していないとの見解を表明した。中国は建設的に対応しておらず、政策を変更する意思がないことを中国側は明確にしたと書いた。11/22に中国商務部報道官は根拠のない批判であると述べた。
11/21 OECDが、もし、米中が第4弾の関税措置を発動して全商品に関税をかけた場合、2021年にかけてアメリカは1.1%、中国は1.3%、世界は0.8%GDPが押し下げられると予想した。
11/22 アメリカ政府が日本などの同盟国に対してファーウェイの通信機器を使用しないように要請したとウォール・ストリート・ジャーナルが報道した。イギリス政府は11/6に、オーストラリアは8/23に、ニュージーランドは11/28に、ファーウェイの機器を国内で使用しないように要請していると報道されていた。ドイツ政府は12/7に排除しないと表明した。トランプ大統領が、改めて2019/1から25%に関税を引き上げると中国を牽制し、アメリカの関税はアメリカの輸入業者が支払い、製品価格に転嫁され、アメリカの消費者が支払うものであるにもかかわらず、中国は大量に関税を支払うことになるため取引をしたがっていると述べた。
11/23 中国商務部の王受文 副部長がWTO改革に関する記者会見で、中国は開発途上国であり、中国は貿易において特別な優遇をされる必要があり、先進国とは異なるルールで貿易を行って良いと改めて主張した。欧米諸国は世界第2位の経済大国であるが故に貿易で中国を特別扱いするべきではないと主張している。
11/26 トランプ大統領はウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューで、12/1の米中首脳会談で税率引き上げの延期に応じる可能性は極めて低く、予定通り1/1から25%に引き上げ、さらに全品目を対象とした第4弾関税も発動し、その税率は10%か25%にすると述べた。トランプ大統領は、ゼネラル・モーターズが7工場閉鎖することに対して、アメリカの4工場は閉鎖するが、中国の工場は閉鎖しないため、中国での生産を停止しオハイオ州に戻るように補助金を出さないと予告する形で圧力をかけていると述べた。ウォール・ストリート・ジャーナルはゼネラル・モーターズが中国工場を停止できないのは、トランプ大統領が仕掛けた関税合戦のため中国向けは中国で製造しなくてはいけなくなっているからであると分析している。
11/27 ラリー・クドロー国家経済会議委員長が、米中首脳会談は12/1の夕食会になる予定と述べ、依然意見は対立しているが、取引できる可能性がかなりあると考えており(なお同一の会見を楽観的と要約したメディアと懐疑的と要約したメディアがある)、行き詰まりを打開する好機であり、習近平国家主席(総書記)は本腰を入れて、新しい考えをわれわれに提示することができると述べた。ただし、中国側はアプローチを大きく変えていないため、これまでの反応に失望しているとも述べた。麻生太郎財務大臣が、10/4のマイク・ペンス副大統領のハドソン研究所での講演がアメリカ政府としての主張であり、中国政府は公式に反論していなく、それゆえ、アメリカの対中戦略が進んでいき、対立が長期化すると述べた。そして、対中強硬論はトランプ大統領の思いつきではなく東部エスタブリッシュメントの意見として捉える必要があり、11/12にペンス副大統領が来日した際に日本政府に説明したと述べた。米議会の報告書によると、新疆ウイグル自治区ではイスラム教徒100万人が再教育施設に強制収容されているが、崔天凱駐米大使は、あくまでもISILと同等であるテロリストへの再教育であり、アメリカが本件で制裁の発動に踏み切れば中国側も報復措置に出ると警告した。また、貿易摩擦において、中国政府が保有する米国債を武器として使うことを真剣に検討しているとは思わないと述べた。
11/28 ロバート・ライトハイザー通商代表が、7/6の第1弾関税の時に米中共に自動車関税を25%引き上げて、アメリカ側が27.5%に、中国側が40%になったが、アメリカ側が40%にして中国と同じにすることを検討していると述べた。また、中国が意味のある改革案を携えて交渉のテーブルに着こうとしていないと述べた。
11/29 トランプ大統領が、中国との通商交渉妥結に近づいているものの、自分が望んでいるかは定かでないと発言した。ウォール・ストリート・ジャーナルが、12/1にトランプ大統領と習近平国家主席(総書記)の合意が得られるかは不透明であるが、2019年春まで追加関税の発動を停止した上で、中国経済政策の大幅な変更を見据えた新たな協議を行う方向で合意を探っていると報道した。この発言の直前の段階では道のりは長いとTwitterに投稿していた。中国商務部報道官が、米中首脳会談で前向きな結果を期待していると述べた。
11/30 中国の政府系英字紙チャイナ・デーリーは論説記事で全員が理性的であれば米中首脳会談にて通商合意をまとめることが可能との見解を示した。中国当局者はコンセンサスが着実に高まっているとの認識を示した。アメリカ株はS&P 500が11月最後の週で4.16%上昇し、約7年ぶりの上昇幅であった。 
 
 
 2018/10

 

10/4 マイク・ペンス副大統領がハドソン研究所で講演を行い中国を強く批判した。中国が政治及び経済において自由が拡大することを期待して、中国がアメリカ経済にアクセスすることを許可し、WTOに加盟させたが、不適切な貿易慣行・関税・輸入枠があり、通貨操作し、技術を強制移転させ、知的財産を窃盗し、不適切に補助金を配布し、自由で公正な貿易とは相容れない行動を行っていると批判した。中国製造2025を通じて、人工知能などの先端技術の90%を支配するために、アメリカの知的財産を取得するように中国政府が指示をしたと批判した。さらには軍事技術まで取得しようとしていると述べた。南シナ海や尖閣諸島など軍事力を行使していると述べた。監視社会を構築し、国民の自由と人権を奪っている。キリスト教・チベット仏教・イスラム教などを宗教弾圧している。借金漬け外交を行い、借金を返せなくなった国から港などを取り上げようとしている。また、Supermicroの超小型マイクロチップ埋め込み疑惑やGoogleのドラゴンフライ計画(英語版)なども牽制し、アメリカでスパイ活動や宣伝工作を行い、中間選挙に干渉したと述べた。
10/17 アメリカは中国への優遇を理由に万国郵便連合からの脱退を表明し、中国はこれに反発した。
10/24 米欧州陸軍の元司令官ベン・ホッジスが避けられないわけではないが、15年以内にアメリカが中国と戦争になる可能性は極めて高いと述べた。
10/30 12/1にG20にて予定されている米中首脳会談で対立が緩和できない場合、全品目を対象とした第4弾の関税措置を12月初旬に発表し、2019年2月上旬に発効することを検討していると報道された。
10/31 2018/10は世界同時株安になり、アメリカのS&P 500は下落率-6.94%(9月終値2913.98、10月終値2711.74)で2011/9以来の下落率だった。日経平均株価は下落率-9.12%(9月終値24120.04、10月終値21920.46)で2016/6以来の下落率。上海総合指数は下落率-7.75%(9月終値2821.35、10月終値2602.78)。アメリカ合衆国労働省が毎週発表する新規失業保険申請件数(季節調整済み)は2009/3/28以降減り続けているが、2018/9/15の20.2万件を底にして第3弾の関税措置を発動以降は増加傾向(景気悪化)になった。 
米中貿易戦争の終結には「体裁」が必要、80年代の日米摩擦と同じ 2018/10
米中貿易戦争で、失うものがより多いのは中国だ。そのため同国政府は、米政権の要求を受け入れざるを得ないと考えられる。ただし、負けるにしても中国の「面目」は保たれなければならない。1980年代に起きた日米貿易摩擦のときの日本と同じように──。
外国為替証拠金取引(FX)情報サイト「デイリーFX」のアナリストであるレネー・ミューは、米中貿易戦争で当初から問題になったのは、「どちらがより多くを失うか」だったと指摘する。そして、その時点で考えられたのは、次の3つのシナリオだ。
1. どちらも勝者となる:米中両国が貿易に関する主な問題について合意に達し、両国経済への影響が限定的なものにとどまる(この筋書きはすでに破綻)
2. どちらも敗者だが、一方が大敗する:紛争は貿易の分野にとどまるものの、関税に関する主な問題を解決することができない
3. どちらも大敗する:貿易紛争にとどまらず、南シナ海紛争など政治に絡んだ問題にまで発展する
ミューによれば、「マイク・ペンス米副大統領の発言からみて、状況は現在、シナリオの2番目から3番目に移行しつつある」という。
「貿易戦争が長く続くほど、米中はより多くを失うことになるだろう。成長の鈍化は中国経済の回復力を弱める可能性がある。第3四半期の国内総生産(GDP)の伸び率は前年同期比6.5%増で、予想されていた6.6%を下回った」
さらに、「ルイスの転換点」に直面し、「中所得国の罠」に陥っている中国には、米国との貿易戦争を戦うのに十分な準備が整っていなかった。
「中所得国のわな」は、新興国の経済成長が中所得国になった時点で停滞することだ。「ルイスの転換点」は、農村部の余剰労働力が都市部に供給され、農業が労働力不足になること。転換点を超えると賃金が上昇し、労働集約型産業の競争優位が失われることになる。
中国の労働力はインドやベトナム、インドネシアほど安価ではなくなっている 。このことは、鈍化する中国の経済成長にさらなる圧力をかけている。
中国政府は9月末、1585品目に対する輸入関税率を11月1日から引き下げると発表した。全体の関税率は平均で、昨年の9.8%から7.5%に低下することになる。対象となるのは繊維製品、金属、鉱物、機械、電気設備だ。また、中国はこれに先立ち、医薬品や自動車、自動車部品の大半について、関税を引き下げている。
貿易戦争に勝つのは、米国になりそうだ。だが、1980年代に起きた日米貿易摩擦のときの日本と同じように、中国の面子は保たれなければならない。
米国は当時、日本に対する貿易赤字の一因が、自国の貯蓄率が低いことと巨額の財政赤字であることを認め、これらの問題に対処することを約束。それに対し、日本は関税を引き下げ、米国製品に対して市場を開放することに合意した。これは、双方の勝利であるように見えた。そして、日本の面目を維持することに役立った。  
米中貿易戦争に振り回されるベトナム 2018/10
「ゾウが戦うと、アリが死ぬ」。これはクメール族のことわざだが、過熱する米中貿易戦争における危機感を言い表している。世界の二つの超大国が関税を巡り対立し、他の国々、特にアジアの国々が踏みつぶされる危険にさらされているように見える。トランプ政権は中国の不公正貿易慣行に制裁を加え貿易赤字を3750億ドル削減しようとする中で、米国の同盟国を含むアジアの国々にも被害を及ぼしている。ゾウの足元にいるアリのように先を争って避難することを余儀なくさせている。
ベトナムの状況を考えてみよう。米中はそれぞれ、対ベトナム戦争の歴史を有しているが、現在ではベトナムにとって最も重要な貿易相手国であり、ベトナムが活気のないコメとコーヒーの生産国から製造拠点へと転換するのを促している。貿易戦争が勃発した際、人民元の急落はベトナム通貨の取り付け騒ぎとベトナム株式市場の下落を引き起こした。中国の安い消費財が流入し、米国の保護主義がまん延してベトナムを支える輸出に影響を及ぼす恐れがあるとのうわさが広がった。また、その輸出のうち約50億ドルは中国の付加価値供給網に組み込まれており、米国の制裁関税にさらされることで影響を受ける可能性を意味していた。
その後まもなく、異なる反応が起こり始めた。中国と取引をしている多くの国々の企業が、貿易戦争の脅威を踏まえ、生産拠点を中国から東南アジアに移し始めたのだ。7月中旬には、こうした展開の兆候が示されていた。ある訪問者の一団が、ベトナム北部の海岸に現れたのだ。白いシャツに濃い色のネクタイをした男性たちは、観光客ではない。繊維からエレクトロニクスまで、様々な業界の日本企業72社の社員であり、経済の安全地帯を求めて来訪したのだった。
貿易戦争の最初の被害者の中に、日本の経営者たちも含まれるだろう。だが、生産を中国からシフトするというのは、決して新しい現象ではない。ここ数年、中国の工場における賃金が急激に上昇し、外国企業も中国企業も、生産コストを下げるために少なくとも事業の一部を東南アジアに移し始めている。ベトナムの成長は外国からの投資を呼び込めるかにかかっている。そのため、現在の米中の政策は、ベトナムの成長を加速させる可能性がある。「多くの企業にとって、貿易摩擦は、これまで考えたことのない変化を模索するきっかけとなる」と、香港の法律事務所の税務貿易パートナーは言う。
中国から米国への輸出品は、特にハイテク産業において、膨大な外国製の部品と原材料から成る、中国で組み立てられた複雑な製品である。米国に輸出された「中国製」のノートパソコンには、例えば、韓国製のディスプレーと、日本製のハードドライブと、台湾製のメモリーチップが使われている可能性があるのだ。関税は、こうした国際供給網のあらゆる部分に悪影響を及ぼすことになる。日本や韓国、台湾など、アジアの先進諸国・地域はグローバル化が進んでいるため、今回のような保護貿易主義の応酬に簡単に巻き込まれてしまう。
台湾が、最も被害を受ける状況にあるかもしれない。ワシントンにあるスティムソン・センターによれば、中国の中間財輸入の18%を台湾が占めており、これは台湾の国内総生産(GDP)の約14%に相当する。経済学者、蔡明芳氏は次のように話している。「トランプ政権の関税措置は、台湾企業の東南アジアへのさらなる移転を促す」
貿易戦争がもたらす、すべての痛みや転換を予測することなど誰にもできない。ベトナム政府は慎重になっており、今後5年間で成長がわずかに減速すると予測。他方では、ベトナムが中国リスクを避けようとする企業を誘致し、輸入元を中国以外にも分散したい米国の購買担当者をも引き寄せるかもしれない。「かつての共通認識は、TPPが起爆剤になるというものだった」と、資産運用会社のチーフ・エコノミスト。「しかし、貿易戦争こそが、水門を開けることになるかもしれない」。ベトナムでは、ゾウが戦うと素早い(または幸運な)アリに繁栄の機会をもたらすのかもしれない。 
 
 
 2018/9

 

9/18 アメリカの第3弾の関税措置の発動予告をうけ、中国は世界貿易機関に申し立てを行った。
9/21 中国がアメリカとの貿易協議を拒否。
9/24 米中が第3弾の関税措置を発動。アメリカは2018年は10%に留めるとした。当初は6031品目の予定だったが、5745品目に減らした。中国側は、当初5%, 10%, 20%, 25% の4種類の予定だったが、10%の物は5%に、20%や25%の物は10%に変更した。アメリカはレアアースなど、中国は原油などを草案から外した。中国は米中貿易戦争に関する白書を発表し、外資系企業に技術の強制移転を求めているとアメリカが主張する件に関しては、強要しておらず事実の歪曲だと主張した。 
激化する米中貿易戦争、日本への影響は?政府の方針は? 2018/9
悪化する米中間の貿易摩擦問題。この二国に次いでGDP3位の日本にも、影響が及ぼうとしています。日本は過去にアメリカとの間で重大な貿易摩擦問題を経験しているので、今回の米中貿易戦争も他人事とは言い切れないでしょう。グローバル化が進み外交関係も複雑化した現代、大国同士の対立は世界全体に影響を及ぼします。アメリカと中国という2つの経済大国の関係が緊迫している今、日本にはどのような影響があるのか解説していきます。
日本を取り巻く貿易戦争の概要
日本とアメリカの関係
アメリカは、中国だけでなく日本との間にも貿易赤字を抱えています。そのため、トランプ大統領は日本に対して赤字の削減を再三要求し、関税協議を迫っています。日本は今までその要求に応じませんでしたが、これ以上は同盟関係に悪影響を及ぼすと判断した政府は関税協議を視野に入れ始めました。
9月24日に両国の代表者同士で貿易協議が行われたほか、関税協議の是非を話し合うため同月26日には安倍晋三首相とトランプ大統領の会談も行われました。
日本への影響は?
米中の貿易摩擦は、当然二国間だけでの問題ではありません。
例えばアメリカ向けの中国製品の一部には、日本企業の製品が使われています。財務省の貿易統計 によると、半導体などの電子部品やプラスチックなどが中国に多く輸出されているようです。アメリカが対中国関税引き上げを行えば、日本から中国への輸出も減ると予想されます。
さらにトランプ大統領は「アメリカファースト」を実現するため、日本やヨーロッパからの自動車とその部品への関税を引き上げようとしています。仮にこれが実現すれば、世界経済に深刻な影響を与えることが予想されるので、日本とEUを含む各国は強く反対しています。
また、アメリカは日本に対してFTA(自由貿易協定)の協議入りを強く求めています。これは、FTA交渉を通じて牛肉やジャガイモなど農産物の対日輸出拡大を図るためだともいわれています。
もしも日本がこれらの農作物にかかる関税を引き下げることとなれば、日本国内の農業は大きな打撃を受けることになるので、政府はTPP(環太平洋連携協定)の関税水準を超えて引き下げる予定はないと発表しています。しかし、アメリカがその条件をのむとは限らないので、どこまで日本の主張を押し通すことができるのか、今後の交渉に要注目です。
日本政府の方針は?
懸念点はどこか
日本政府は貿易戦争の防止が最優先事項だと考えています。アメリカ、中国、日本は世界の国内総生産(GDP)上位3か国。米中の関係が悪化している今、日本まで同様の争いに関わることとなれば、世界経済に大きな混乱を呼ぶことになるからです。
とはいえ、日本国内の産業もしっかりと守らなければならないので、当然アメリカからの要求を全てのむことはできません。政府は特に、自動車への追加関税回避を試みています。日本からアメリカへの輸出品目のうち、自動車は4割ほどを占めています。アメリカは自動車へ25%の追加関税をかけることを要求していますが、もしそれが実現すれば日系の自動車メーカーの利益は半分失われてしまいます。
日本の主要産業である自動車産業を保護するためにも、政府は自動車への追加関税を回避しようとしているのです。
対する日本の選択は?
自動車に関しては、アメリカに対して輸出量を規制するという案があります。輸出数量規制は過去に成功事例があるので有力な案だと思われていますが、一度導入すると見直しが難しいので日本経済にも打撃をもたらす諸刃の剣となってしまいます。
日本政府はアメリカ産の原油やLNG(液化天然ガス)の輸入量を増やして対米貿易を均衡化することや、アメリカへ1,000億円のインフラ投資をすることで自動車への追加関税を回避すべく話を進めていますが、うまくいくかは分かりません。
そのほかに有力視されている案は、過去にEUがアメリカに対してとった手法を参考にするというものです。EUは今年7月にアメリカと関税引き下げ交渉の開始で合意した際、自動車関税追加の先送りを引き合いに出し、アメリカに対してうまく要求を通すことに成功しました。
これは、協議を始めることで通商交渉を有利に運んだ例だといえます。日本政府も、アメリカとの関税協議が半ば避けられない状況となった今、EUのように交渉を有利に運ぶ策を講じなければならないと考えているのです。
まとめ
激化する米中間の貿易戦争は、世界中の国々に大きな影響をもたらします。当然、日本も例外ではありません。貿易構造の変化からくる経済の変動は私たちの生活にも影響します。今後の日本政府や世界の動向からは目が離せません。
米中貿易戦争はまもなく終結する! 2018/9
アメリカが中国へ制裁関税第3弾、2,000億ドルへ
今朝の一般紙一面はみんな「アメリカが中国へ関税第3弾」と大騒ぎです。この米中貿易戦争は、トランプ大統領が仕掛けたのですけれども、アメリカ企業が中国に進出したときにその技術をパクって知的財産権を侵害している、けしからんから制裁をするというので始まったわけです。
そこで今年の7月に、第1弾としてアメリカが340億ドル相当の中国製品に関税をかけた。それに対抗して中国が同じ規模の報復関税、340億ドルをかけた。その翌月、8月の第2弾ではアメリカがまた160億ドルをかけたら中国も報復ということで、同じ160億ドル分の米国製品に関税をかけました。
金額を合わせて子供の喧嘩なのですけれども、トランプ大統領は「これで言うことを聞かなかったら第4弾だ」と言い出しています。でも、私はこの第3弾くらいのところで中国が折れるのではないかと思っていたのです。
なぜかというと、制裁関税、報復関税の規模なのですが、第1弾が340億ドルずつ、第2弾が160億ドルずつ、第3弾はアメリカが中国製品に課すのが2,000億ドル分です。
アメリカの関税2,000億ドルに対し、600億ドルしか課せられない中国
ところが中国はこれに対する報復額が600億ドルなのです。アメリカが2,000億ドルを課すと言っているのに、中国は600億ドル。今まで金額を合わせてきたのに合わせられなかった。なぜ合わせられなかったかと言うと、中国がアメリカから輸入している額が1,500億ドルしかないのです。全部にかけても500億ドル足りない。すでに500億ドルかけてしまっていますから、余地は後1,000憶しかないのです。だから少し残すために600億と出してきている。
要するにアメリカはバンバン中国製品を買っているのですが、中国はアメリカ製品をあまり買っていないのでネタ切れになってしまったということです。
だからこれはトランプの方が強いのですよ。いっぱい輸入しているから、かけられる製品もたくさんある。
中国製品をたくさん輸入しているアメリカに対し、中国のアメリカからの輸入額は1,500億ドル
ただアメリカにも弱味はあるのです。何かと言うと、第1弾の制裁関税というのは自動車、航空、宇宙、原子炉、ロボットなど、つまりアメリカに産業基盤があって、中国製品を抑えれば自国で作ることができたという、トランプ大統領の製造業の復権という政策、まさにそのものだったのです。
第2弾は、半導体関連や鉄道車両、化学製品など。これは別に中国から買わなくても、例えば日本のメーカーなどから鉄道車両を買えば良いわけです。大した被害は無い。
ところが今度、第3弾については家具、食料品、皮製品といった、日本でもそうなのですけれど、安い家具や衣類はみんな中国製なのですよ。
こういうものに関税をかけると割高になってしまう。日本から家具を買うと、中国製より高くなってしまいます。
アメリカの弱点〜トランプ支持層の多くが購入しているのは安い「メイド・イン・チャイナ」
アメリカでトランプを支持している人というのは、まさにメイド・イン・チャイナの安い服の恩恵にあずかっている人がたくさんいます。そうすると、そういう人たちの生活費が増えますから、「ふざけるな」ということになってしまします。今回の第3弾も、当初は25%の関税をかけると言っていたのが、今回の発表だと10%にして後で上げていくという発表になっています。
トランプ大統領も少し譲歩の姿勢を見せている。そろそろこの辺りが最後の落としどころだったのですが、24日まであと5日くらいしか無いので、第3弾が発動されてしまう可能性は少し高まってきたかなとは思うのですが。
トランプ大統領は不動産屋をやっているときから「ネゴシエーション&ディール」と言っていました。新聞の翻訳では、「交渉と取引」としていますが、私は「恫喝と強要」と訳しています。そういうビジネススタイルなのです。脅して、最後に「良し」と言って手を握るという。
基本的にはチキンレースを仕掛ける人なのです。だから私はもうそろそろ落としどころに行くのではないかと思っているのですが、中国も中国なのです。皆さんご存知の通りこれまで散々、もうパクリばかりだったのですから。そのためトランプは「そういうことはやるな」と中国に対してこんな戦争を仕掛けているのです。 
 
 
 2018/8

 

8/23 米中が第2弾の関税措置を発動。 
米中貿易戦争の世界、日本経済への影響 2018/8
激化する米中貿易戦争
米中間での深刻な貿易摩擦問題、いわば米中貿易戦争は、足元で一層激化してきている。トランプ政権は中国の知的財産権侵害を理由に、中国からの500億ドル(約5.5兆円)相当の輸入額に対して25%の追加関税を導入することを6月に決めた。さらにトランプ政権は、中国からのほぼ全ての輸入品に追加関税を課す可能性さえ示唆している。
中国から米国への財の輸出総額は2017年で5,050億ドル、一方、米国から中国への財の輸出総額は1,300億ドルだ。中国はWTO(世界貿易機関)のルールに従って、他国から追加関税を課された場合には同額、同率の報復関税を課す方針を維持している。この下では、中国の米国からの輸入額は米国の中国からの輸入額の4分の1程度であるため、両国の経済規模の差を考慮しても、米国の追加関税から中国が受ける経済的打撃よりもかなり小さい打撃しか米国に与えることができない計算となる。トランプ政権が、中国との貿易戦争では米国側が有利と考え、強気で交渉に臨んでいる根拠はこの点にある。
貿易戦争の本質は2国間の覇権争い
米中貿易戦争は単なる貿易不均衡の問題ではなく、その底流にあるのは先端産業を巡る2国間の熾烈(しれつ)な覇権争いだ。中国が製造業で世界の強国を目指すとして2015年に発表した「中国製造2025」が、米国を強く警戒させた。国家の強権の下で産業育成を進める中国が、いずれ先端分野で米国を追い抜いてしまうとの懸念から、米国は関連した中国の産業をたたくいわば口実として貿易問題を利用しているという側面もあるのではないか。これは、自動車、半導体、スーパーコンピューターなど、各時代の日本の先端産業が次々と米国の攻撃対象となった、日米貿易摩擦と重なる面がある。
先端産業で米国が中国に優位に立たれてしまえば、それは先端技術に強く依存する軍事力の優位もまた揺らいでしまう。この点から、中国の先端産業あるいは軍事力が米国にとってもはや脅威でなくなるまで、米国は中国をたたき続けるだろう。そのため、米中貿易戦争は長期化が必至である。
米国にも打撃が及ぶ「ブーメラン効果」
ところで米国が2017年に中国から輸入した品目を概観すると、最も金額が大きかったのが携帯電話で、704億ドルであった。第2位がコンピューターの455億ドル、第3位が衣料品の364億ドルである。通信機器、コンピューター周辺機器、玩具・スポーツ用品、家具などがそれらに続いている。このように、中国からの輸入品の上位は、米国の消費者が直接購入する消費財で占められている。
こうした品目を追加関税の対象とした場合、米国消費者の生活を圧迫し、政治的に大きな失点となる可能性がある。そこで500億ドルの追加関税導入では、トランプ政権は消費財をその対象から極力外した。対象品目のうち消費財の比率はわずかに1%であり、52%が資本財、43%が中間財だったという。
しかし今後米国が中国に対する追加関税の範囲をさらに広げていった場合には、中国から輸入される消費財もその対象に多く含まれるようになり、輸入品の価格上昇で米国の消費者にも悪影響が及ぶことは必至だろう。中国に対する制裁関税措置の影響が米国に跳ね返ってくる、いわゆる「ブーメラン効果」が現実味を増してきている。
米中貿易戦争の影響は世界経済、日本経済に大きな打撃
ところで、トランプ政権は7月に、中国からの輸入品2,000億ドル(約22兆円)相当について新たな関税対象のリストを公表した。こうして関税対象を大幅に広げる場合には、もはや消費財を除外することは無理だ。実際のところ、今回示された関税対象リストには、野球のグローブ、ハンドバッグ、犬の首輪、デジタルカメラなど消費財が並んでいる。この措置が実際に講じられれば、その悪影響は米国経済そして世界経済全体にも及ぶだろう。
IMF(国際通貨基金)はトランプ政権による追加関税が与え得る世界経済への悪影響を試算し、7月18日に公表している。IMFがその試算の前提としたのは、米国がすでに実施した鉄鋼輸入制限、中国の知的財産権侵害を理由とした年500億ドル相当の中国製品への追加関税に加えて、米トランプ政権が検討している2,000億ドルの対中追加関税、輸入車への25%の追加関税が、今後実際に発動されるとするものだ。
この場合、世界のGDPは2年間で0.5%程度押し下げられる計算となる。国別の影響を見ると、先進主要国の中で最も大きな影響を受けるのは、制裁関税を仕掛けた張本人の米国で、輸入価格の上昇による個人消費の悪化などから、GDPは0.8%押し下げられる。中国を含むアジア新興国のGDPは0.7%、中南米のGDPは0.6%、ユーロ圏は0.3%それぞれ押し下げられる計算だ。そして日本のGDPについては0.6%の押し下げ効果となる。
このようにすでに視野に入っている、比較的現実味がある前提で試算しても、米国の追加関税導入によって世界経済はかなりの打撃を受ける。当事者ではない日本についても、0.5−1%とみられる潜在成長率とおおむね同規模のGDP押し下げ効果が見込まれるのである。この場合、米中貿易戦争は日本経済が景気後退局面へと陥るきっかけとなってしまうだろう。
自動車産業への影響が最大か
さらに米中貿易戦争が日本の産業に与える影響に注目した場合、最も大きな打撃を受けると予想されるのは自動車産業だ。その理由は、第一に、自動車産業は、中国における日系企業の現地生産規模では最大であり、米中貿易戦争の影響から中国経済が悪化した場合に最も大きな打撃を被る。第二に、日本の自動車産業は、貿易戦争の結果として米国経済が悪化する場合にも大きな悪影響を受ける。第三に、トランプ政権が自動車輸入関税を課すことを決めれば、自動車産業には大きな打撃となる。
米中貿易戦争の影響で日本が誇るリーディング産業である自動車産業がその国際競争力を大きく低下させることになれば、日本経済の将来にとっても損失は極めて大きなものとなるだろう。 
米中は「貿易戦争」から「経済冷戦」へ 2018/8
激しさを増している貿易戦争が、トランプ大統領の強硬姿勢と中国の手詰まり感から早期の解決も見通せないでいる。だが、注意すべきは事態がトランプ大統領主導の「貿易戦争」から議会主導の「経済冷戦」へと深刻化している点だ。
米中の関税の応酬による貿易戦争は第2幕を迎えた。8月23日に双方が160億ドル相当の輸入品に25%の追加関税を発動した。9月にはさらに米国は2000億ドル相当、中国は600億ドル相当の輸入品に追加関税を課す構えだ。
貿易戦争は激しさを増しており、トランプ大統領の強硬姿勢と中国の手詰まり感から早期の解決も見通せないでいる。
8月22日、ワシントンで行われた事務レベル協議も何ら進展がないまま終わった。これは協議前から当然予想されていた結果だ。元々、この協議は中国商務次官が米国の財務次官と協議を行うという変則の形となった。中国側の発表では「米国の要請で訪米する」とのことだったが、これは中国特有のメンツを守るための発表で、実情は違う。米中双方の思惑はこうだ。
「 <米国側>  トランプ大統領としては中間選挙まではこの対中強硬姿勢を続けている方が国内的に支持される。今、何ら譲歩に動く必要がない。しかも、米国は戦後最長の景気拡大で、余裕綽々で強気に出られる。
<中国側>  習近平政権としては、対米強硬路線が招いた今日の結果に国内から批判の声も出始めており、それが政権基盤の揺らぎにつながることは避けたい。対米交渉の努力を続けている姿勢は国内の批判を抑えるためにも必要だろう。また、貿易戦争による米国経済へのマイナス影響で米国国内から批判が出て来るのを待ちたいものの、時間がかかりそうだ。しかも、中国経済の減速は明確で、人民元安、株安が懸念される。金融緩和、インフラ投資での景気てこ入れも必要になっている。米中貿易摩擦の経済への悪影響はできれば避けたい。 」
このように、事態打開へ動く動機は米国にはなく、中国にある。
ただし、そこに中国のメンツという要素を考えると、取りあえず次官級で落としどころに向けての探りを入れるというのが今回の目的だ。
トランプ政権としては、この時点で本気で協議を進展させるつもりは毛頭ない。本来の交渉者である米通商代表部(USTR)はメキシコとの北米自由貿易協定(NAFTA)協議のヤマ場でそれどころではない。所管外でも対中強硬論者の財務次官に、人民元問題も持ち出すことを口実に、協議の相手をさせた、というのが実態だ。
「11月、APEC(アジア太平洋経済協力)、G20(20カ国・地域)の際、米中首脳会談か」といった米紙報道も、そうした一環の中国側の観測気球だろう。
中国としては落としどころへの瀬踏みをしていき、ある程度見通しが立った段階で、切り札の王岐山副主席が事態収拾に乗り出す、とのシナリオを描きたいのが本音だろう。
ただし、こうした米中双方の追加関税の応酬という貿易戦争にばかり目を奪われていてはいけない。米国議会が主導する、対中警戒を反映した動きにも注目すべきだ。
8月13日にトランプ大統領が署名した「国防権限法2019」がそれだ。
かつて私は、「米国」という主語をトランプ氏とワシントンの政策コミュニティを分けて考えるべきで、後者が“経済冷戦”へと突き進んでいることを指摘した。(参照:関税合戦は序の口、深刻度増す“米中経済戦争”)。
まさに後者の動きがこれだ。
これは米国議会の超党派によるコンセンサスで、現在のワシントンの深刻な対中警戒感の高まりを反映したものだ。トランプ大統領は短期で「ディール(取引)」をするために、その手段として追加関税という「こん棒」を振りかざすが、それとは持つ意味が違う。
中国の構造的懸念を念頭に、貿易以外の分野も広く規制する。昨年12月に発表された「国家安全保障戦略」で明らかになった、現在の米国の対中観を政策に落とし込んだものだ。
議会の原案に対してトランプ政権はむしろ緩和のための調整を行って、大統領署名に至った。
メディアで特に報道されているのは、そのうちの対米投資規制の部分で、中国を念頭に置いて、対米外国投資委員会(CFIUS)による外資の対米投資を厳格化する。先端技術が海外、とりわけ中国に流出することを防ぐためだ。
このCFIUSによる対米投資の審査は、既に2年前から権限強化を議会の諮問機関から提言されている。実態的にもトランプ政権になってからこれまでに11件の対米投資が認められなかったが、そのうち9件が中国企業によるものであった。これをきちっと制度化するものだ。
そのほかこの法案には、中国の通信大手ZTEとファーウェイのサービス・機器を米国の行政機関とその取引企業が使用することを禁止する内容も入っている。
また国防分野では、国防予算の総額を過去9年間で最大規模の79兆円にする、環太平洋合同演習(リムパック)への中国の参加を認めない、台湾への武器供与の増加などの方針が示された。
ここまでは日本のメディアでも報道されているが、今後日本企業にも直接的に影響する大事な問題を見逃している。それが対中輸出管理の強化だ。
輸出管理については、これまで国際的には多国間のレジーム(枠組み・取り決め)があった。これに参加する先進諸国は、大量破壊兵器や通常兵器に使われる可能性のあるハイテク製品の輸出については規制品目を決めて各国が審査する仕組みだ。こうしたこれまでの仕組みが中国の懸念に十分対応できていないというのだ。
キーワードが「エマージング・テクノロジー」である。
「事業化されていない技術」という意味であろう。例えば、AI(人工知能)や量子コンピューターなどの技術がそうだ。
こうした技術は未だ製品として事業化されていないので、現状では規制対象にはなっていない。しかし、そういう段階から規制しなければ、将来、中国に押さえられて、軍事力の高度化につながるとの警戒感から、規制対象にしようというものだ。今後、具体的にどういう技術を規制すべきか、商務省、国防省などで特定化されることになっている。
問題はこの規制が米国だけにとどまらないということだ。
当初、米国は独自にこの規制を実施する。しかし米国だけでは効果がない。そこで、本来ならば国際レジームで提案して合意すべきではあるが、それは困難で時間がかかる。そこで当面、有志国と連携して実施すべきだとしている。その有志国には当然、日本も入るのだ。
今後、日米欧の政府間で水面下での調整がなされるだろうが、日本企業にも当然影響することを頭に置いておく必要がある。
またこの法案とは別に、商務省は中国の人民解放軍系の国有企業の系列会社44社をリストアップして、ハイテク技術の輸出管理を厳しく運用しようとしている。中国の巨大企業のトップ10には、この人民解放軍系の国有企業である「11大軍工集団」が占めており、民間ビジネスを広範に展開している。米国の目が厳しくなっていることも念頭に、日本企業も軍事用途に使われることのないよう、取引には慎重に対応したい。
かつて東西冷戦の時代には「対共産圏輸出統制委員会」による輸出管理(ココム規制)があった。一部に「対中ココム」と称する人もいるが、そこまで言うのは明らかに言い過ぎであることは指摘したとおりだ(ちなみに、かつてあった「対中ココム」とは、共産圏のうち、中国に対してだけ緩和するための制度である。従って「対中ココムの復活」というのは明らかに間違い)。
ただ一歩ずつそうした「冷戦」の色合いが濃くなっているのは確かである。「冷戦」とは長期にわたる持久戦の世界である。目先の動きだけを追い求めていてはいけない。
こうした対中警戒感は、ワシントンの政策コミュニティの間ではトランプ政権以前からあった根深い懸念であった。しかし、習近平政権が打ち出した「中国製造2025」が「軍民融合」を公然とうたって、軍事力の高度化に直結する懸念がより高まったのだ。従って、こうした動きは、追加関税のような中国と「取引」をするような短期的なものではなく、構造的なものだと言える。
トランプ大統領による関税合戦よりも、もっと根深い本質がある、米国議会主導の動きにこそ目を向けるべきだろう。日本がそれにどう向き合うかも問われている。
最後に、前出の7月11日のコラムにおいて、「今後、個別事件に要注意」と指摘したところ、その後、FBI(米連邦捜査局)による摘発が相次いでいる。7月中旬には元アップルの中国人エンジニアが自動運転に関する企業機密を中国に持ち出そうとした事件、8月初旬には元ゼネラル・エレクトリック(GE)の中国国籍のエンジニアが発電タービンに関する企業秘密を窃取した事件などだ。
悪い予想が的中して複雑な気持ちではあるが、ハイテクの世界では、ある意味、日常的に起こっていてもおかしくない。それを捜査当局が摘発するモードになってきていることは今後も要注意だ。
トランプ氏の言動にばかり目を奪われていてはいけない。米国議会、情報機関、捜査機関など、「オール・アメリカ」の動きが重要になってくる。それが米国だ。 
米中貿易戦争で米国産大豆はどこへ行くのか? 2018/8
米国と中国の通商問題が、貿易戦争に発展しています。2018年7月6日、米国は通商法301条に基づく制裁措置として、中国からの輸入品340億ドル相当に25%の追加関税を発動しました。通商法301条は、外国による不公正な貿易慣行に対して制裁を科すもので、今回の措置は中国の知財侵害による被害への報復とされています。中国も米国からの輸入品に対し、即座に同規模の報復関税を発動しました。これに対し米国は対中関税の追加措置案を公表し、さらにその税率の引き上げ検討を発表、対する中国も追加の対米関税リストを発表するなど、まさに報復合戦の様相です。
この米中貿易戦争によって大きく価格が下落したのが、中国による報復関税の対象となった米国産の大豆です。米国の大豆輸出のうち6割が中国向けであり、輸出減少が懸念されたためです。シカゴ商品取引所の大豆価格は、米中の貿易紛争懸念が高まる前の3月時点の価格から一時は約2割下落し、2008年12月以来の安値を更新しました。
これほど大豆が値下がりした理由は、大豆の貿易が輸出入とも、米中を含む特定国に大きく偏っているためです。輸入は中国が世界の6割以上と圧倒的なシェアを占める一方、輸出はブラジルが4割強、米国が4割弱と2カ国で8割を占めます。中国が輸入する大豆のうち、米国産は3分の1を占めており、大豆貿易における両国の影響が極めて大きいことが分かります。
大豆の約9割は搾油用で、重量の約2割は大豆油、約8割が大豆かすとなります。大豆油は食用、大豆かすは家畜の飼料に用いられ、大豆かすが不足すると食肉価格が上昇します。中国では豚肉価格の上昇による「豚肉インフレ」が社会問題につながった経験もあり、自給率が1割強しかない大豆の輸入を大きく減らすことは好ましくありません。一方、米国ではトランプ政権の支持基盤である中西部を中心に30万人以上の大豆関連雇用への影響が懸念されており、トランプ政権にとって大きな痛手となる可能性が指摘されています。大豆は米中双方にとって政治問題につながる重要な商品であり、今後の展開への注目が高まっています。
もっとも、足元では実際の荷動きにおける影響は限定的です。というのも、中国では大豆を、春〜夏は南米のブラジルやアルゼンチンから、秋〜冬は北米の米国から輸入しています。これは、北米の収穫期が秋、南米は春であるため、出荷の最盛期が異なるからです(図表1)。夏場はもともと米国産の輸入時期ではないため、中国は南米からの輸入で十分な量を確保できます。また、欧州を中心に、中国以外の国・地域が貿易戦争で南米産に比べて割安になった米国産の輸入を増やしているため、米国の大豆輸出は好調です。
しかし、中国が例年米国産の輸入を増加させる秋以降、この状態が維持されるのは難しいと見ています。中国では大豆の国家備蓄の放出や大豆かす代替の飼料原料の輸入、豊作が続く南米からの大豆輸入量増加が見込めるものの、これまで輸入していた米国産を全量代替することはほぼ不可能です。また、大豆の消費先である搾油工場は中国沿岸部に集中しており、穀物メジャーの資本が入っているものが少なくありません。穀物メジャーは北米の集荷事業、南米の集荷事業、中国の搾油事業と一連の機能を有しています。米国産の中国向け輸出量が減少するということは、米国産の売り先確保に苦戦するということでもあり、全体最適を求めれば、米国産の中国向けを大きく減らすことは得策ではありません。そして、足元では米国産の価格下落により、南米産との値差が広がっています。今後、さらに値差が拡大した場合、契約や配船などを変更する手間やコストを考えると、25%という追加関税で産地を変更するインセンティブがどの程度あるかというのも疑問です。
結論から言えば、中国はこれからも米国から一定量の大豆を調達せざるを得ないと考えます。中国の大豆輸入は過去10年間で約3倍に増加しました。そして、この増加分の約6割がブラジル産、約3割が米国産です。米国産が中国の輸入に占めるシェアは低下しましたが、輸入量は概ね増加しており、その重要性は高まっています。この貿易戦争によって、中国は南米産の輸入量をさらに伸ばすことになりそうですが、市場構造を鑑みると、米国産の多くが中国に向かうという流れは、変わらないのではないでしょうか。 
 
 
 2018/7

 

7/6 アメリカが中国から輸入される818品目に対して340億ドル規模の追加関税措置を発表。中国も同規模の報復関税を発動。
7/10 アメリカは中国の報復関税に対する追加措置として、中国からの衣料品や食料品など6,031品目に対し2,000億ドル規模の追加関税を検討することを発表。リストアップされた品目には、近年アメリカに輸入されていないものも含まれており、課税対象品目は上限に達しているものと考えられている。
7/13 アメリカはZTEの販売禁止措置を解除。中国税関総署は2018年上半期の対米貿易額を発表。上半期の対米貿易黒字額は1,337億ドルと前年同期比で13.8%増加した。 
 
 
 2018/6

 

6/2 閣僚会議を受けてアメリカはZTEの販売禁止措置解除を発表。
6/8 G7主要国首脳会議が開催。
6/16 アメリカ側が中国から輸入される自動車や情報技術製品、ロボットなど1,102品目に対し、7/6から段階的に500億ドル規模の追加関税措置を行うと発表。中国側も課税された際の対抗措置として自動車や農産物など659品目(後に2回合計878品目に変更)について追加関税措置を行うと発表。
6/20 アメリカは中国製、日本製、ドイツ製、ベルギー製、スウェーデン製の一部品目を対象に鉄鋼輸入制限の初の除外を発表。 
トランプ発の貿易戦争、最大の敗者は米国 2018/6
貿易戦争に勝者はいない。しかし、はっきりしているのは、世界中を相手にトランプ発の貿易戦争を仕掛けた米国が「最大の敗者」になることだ。トランプ政権は、鉄鋼・アルミニウムに高関税を課す輸入制限を一時猶予していた欧州連合(EU)、カナダ、メキシコにも拡大した。高関税を自動車にまで課すことも検討している。これに対して、主要7カ国(G7)の財務相・中央銀行総裁会議は6カ国がトランプ政権の保護主義に集中砲火を浴びせ、米国は孤立に追い込まれた。
世界最大の経済大国の保護主義による貿易戦争は、世界経済に大きな打撃を及ぼす。それは米国経済を直撃するだけでなく、超大国の信認を失墜させる。貿易赤字を2国間で解消しようする誤った思考は、トランプ政権の反経済学の姿勢を世界に露呈している。
カナダ西部のウィスラーで開かれたG7財務相・中央銀行総裁会議は、異例づくめの会合になった。本来、世界経済や金融・通貨情勢について話し合う会議だが、議論は貿易問題に絞られた。アルゼンチンの通貨安、イタリアやスペインの政治混乱による南欧リスクなど緊急課題は素通りし、トランプ政権の保護主義に批判が集中した。
トランプ政権が鉄鋼・アルミの輸入制限をEUと北米自由貿易協定(NAFTA)を構成するカナダ、メキシコに拡大し、これらの国・地域が報復措置を打ち出すことになったばかりだ。このトランプ発の貿易戦争の拡大は、世界経済に影響するだけに、G7財務相・中央銀行総裁会議でも最重要の討議テーマにせざるをえなかった。共同声明は出されなかったものの、議長声明で米国を名指しで批判したのも異例である。
最も強く反発したのは、NAFTA再交渉中のカナダだった。モルノー財務相は「米国の考え方はばかげている」とまで述べた。鉄鋼生産の4割強が対米輸出だけに、直接的影響が大きい。対米批判の先鋒役を担ったのは当然である。フランスのルメール経済・財政相が「世界経済に危険な結果をもたらす」と警告すれば、ドイツのショルツ財務相は「国際法違反だ」と批判した。
安倍・トランプの蜜月関係からトランプ政権には遠慮がちの日本もさすがにこの国際潮流に乗り遅れるわけにはいかなかった。麻生財務相も「一方的な保護主義的措置はどの国の利益にもならない」と警告の列に加わった。
これに対して、ムニューシン米財務長官は「これ以上、巨額の貿易赤字を許容できない」という立場を崩さず、G6の主張に耳を貸さなかった。G7の主要同盟国との関係より、11月の中間選挙を優先するトランプ政権の「米国第一主義」を鮮明にしている。
トランプ政権の鉄鋼・アルミ輸入制限は、米国の「安全保障」のためというのが名目だ。しかし、肝心の米欧同盟に亀裂が深まったのだから、米国の安全保障には逆効果ということになるだろう。
EUは1日、世界貿易機関(WTO)に提訴した。トランプ大統領が輸入制限を打ち上げると、EUはすかさず報復関税を打ち出す構えを示していた。20日には、ハーレー・ダビッドソンのオートバイなど代表的な米国製品の28億ユーロ規模の輸入に高関税を課す。
EUは土壇場まで妥協を模索していた。通商担当のマルムストローム欧州委員がロス米商務長官やライトハイザー米通商代表部(USTR)代表と会談して、発動回避をめぐり折衝してきた。トランプ大統領が関心のある米国産液化天然ガス(LNG)の輸入拡大を調整の念頭に置いてきただけに、トランプ政権の強硬措置に怒りを隠さない。
とくに、地球温暖化防止のためのパリ協定やイラン核合意からの離脱など、トランプ大統領による国際合意からの離反が相次いでいるだけに、今回の強硬措置で米欧同盟の亀裂は深刻になる恐れがある。
米欧同盟の亀裂は、その核心である北大西洋条約機構(NATO)の運営に響くことも考えておかなければならない。もともとトランプ大統領はNATO軽視の言動が目立っていただけになおさらだ。米欧関係が揺らげば、中東に進出するロシアの台頭を許す結果になり、混迷する中東情勢をさらに泥沼化させかねない。
貿易赤字の解消で、トランプ政権が照準を合わせているのは中国である。米中間で調整は続いているが、貿易赤字解消を超えてハイテク分野の覇権争いがからむだけに、調整は難航必至である。トランプ政権が知的財産権侵害への制裁として、6月中旬にも追加関税を発動すると表明したことで、米中貿易摩擦が再燃する気配である。
とくに追加関税の対象品目に「中国製造2025に関連する分野を含む」と明示していることに中国は反発する。習近平政権は、ロボットなど先端技術を、巨額の補助金をてこに2025年までに国産化する目標を打ち出している。米国による補助金廃止の要求を中国は受け入れない。米中間のハイテク覇権争いは激化する様相をみせている。
中国をめぐる知的財産権問題は、米国だけでなく、日欧も共通の問題を抱えているが、トランプ発の貿易戦争が世界に広がったことで、知財問題をめぐる「対中国包囲網」は形成しにくくなっている。
米中貿易戦争がどう展開するかは、6月12日の米朝首脳会談にらみの面がある。北朝鮮には中国が最も大きな影響力をもっている。トランプ政権内にも、国際政治の季節に「米中貿易休戦論」もある。これからの朝鮮半島情勢を決める米中首脳会談と、米中のハイテク覇権争いは複雑にからみ合っている。
世界経済が大きな打撃をこうむるとすれば、トランプ流保護主義が自動車に及ぶときだろう。トランプ政権は、自動車にも高関税を課すことを検討している。それは、日本とドイツなど欧州の自動車産業を直撃することになる。仮に高関税が課せられることになれば、裾野の広い日欧の自動車関連産業への影響は計り知れない。
安倍首相は国会での党首討論で、トランプ流保護主義が鉄鋼、アルミから自動車にまで拡大しようとしていることについて「全ての貿易行為はWTOと整合的でないといけない」と述べ、批判した。
日本としては、この批判を7日のトランプ大統領との首脳会談で直接、ぶつけるしかない。首脳会談は米朝首脳会談の準備のためにだけあるのではない。同盟国の首脳としての「友情ある説得」が求められる場面だ。G7各国首脳も日本の経済界も安倍首相がトランプ大統領に直言できるかどうか注視している。
トランプ発の貿易戦争で最大の敗者になるのは、中国でも欧州でも日本でもない。保護主義を世界にまき散らした当の米国である。世界が報復合戦による貿易戦争に陥れば、世界経済全体の足を引っ張ることになる。とりわけサプライ・チェーンなどグローバル・ネットワークが高関税で分断されてしまう危険がある。
その打撃を最も大きくこうむるのは、グローバル経済の核にある米国経済そのものだ。それは米国の消費者と雇用を直撃することになる。世界の先頭を切って出口戦略に動いている米連邦準備理事会(FRB)の政策運営を難しくする。対応を誤れば、リーマンショック10年後の世界の市場を再び揺さぶることにもなりかねない。
米国にとって経済への打撃以上に大きいのは、信認の失墜である。保護主義の張本人という汚名は永遠に消えることはない。保護主義を防ぎ、自由貿易の先頭に立つべき超大国・米国が保護主義の先頭に立つのは、異常としか言いようがない。
超大国・米国が信認を喪失する一方で、第2の経済大国・中国の台頭を許すことにもなる。事実、習近平政権は保護主義を防ぎ、自由貿易を推進すると声高に主張し始めている。国家資本主義の中国に、米国が自由貿易の盟主の座を取って代わられるとすれば、大いなる歴史の皮肉というべきだろう。
トランプ発の貿易戦争を防ぐには、多国間主義の連携によって、トランプ封じをめざすしかないだろう。超大国の暴走は単独では防げない。世界経済に影響力をもつ日欧中の連携が欠かせない。
まず「米国第一主義」の矛盾を突くことである。トランプ大統領が主張する「米国第一主義」は、グローバル経済の現実から大きくかけ離れている。「米国第一」と考えて打ち出す保護主義は結局、米国経済を痛めつけることになる。
「貿易赤字は損失」という考え方で保護措置を取るのは大きな誤りである。グローバル経済の相互依存が深まるなかで、2国間の貿易赤字を対象にするのは意味がない。こうした経済学の基礎的知識すら持ち合わせない政権がいまなお存続しているのは驚きである。
何事も2国間主義で解決しようとするのは、結局、米国のごり押しを許すことになる。トランプ流2国間主義を多国間主義に引き戻すうえで、日欧中の連携が決定的に重要になる。まず、環太平洋経済連携協定(TPP)と東アジア地域包括的経済連携(RCEP)を結合し、米国に参加を呼び掛ける。そして日EU経済連携協定をできるだけ早く実効あるものにする。多国間主義の複層的連携がいかに世界経済を活性化させるかを実証することである。
多国間主義の連携で、要の役割を担っているのは日本である。日本の多角的な外交力が試されている。 
 
 
 2018/5

 

5/3 北京にて貿易摩擦解消のための米中閣僚級会議が開催。
5/17 ワシントンにて米中閣僚会議が開催。
5/22 中国が閣僚会議を受けて輸入される自動車および自動車部品などの関税の引き下げ措置を発表。 
 
 
 2018/4

 

4/1 中国がアメリカから輸入する果物など128品目のアメリカ製品に15%-25%の報復関税措置を行うことを発表。
4/16 アメリカ商務省は、ZTEがアメリカによるイランに対する制裁措置に違反し、イランにアメリカ製品や技術を輸出していたとして、アメリカ国内において向こう7年間の販売禁止措置を発表。 
米中貿易戦争が製造業に与える影響は? 2018/4
トランプ大統領が通商法301条に基づき、中国からの輸入品に600億ドル(約6兆5400億円)の関税を課す貿易制裁措置を命じる文書に署名したことに端を発する米中貿易戦争は、未だ先行きがわからない。5月3日と4日には、北京西部の釣魚台国賓館で米中通商協議が行われたが、物別れに終わった。今後、製造業にどんな影響があるのだろうか。「華夏経緯網」(3月27日付)が業界ごとに分析をしている。貿易戦争が本格化した際に影響が考えられる分野は、鉄道や産業用ロボットなどのハイエンド製品から物流を支えるコンテナまで幅広い。
まず、中国が近年力を入れている鉄道関連だが、先進国に関連設備を輸出している企業は少ないものの、2017年の車両、軌道設備、信号設備などの米国への輸出額は31億8600万ドル(約3377億1600万円)に達し、対米輸出の29.1%を占める。しかし、国有の中国中車以外に輸出している企業は少なく、主戦場は中国国内にある。特に高速鉄道を米国市場に売り込むことが難しいことから、影響は大きくないとしている。
産業用ロボットについては、中国の17年の生産量は約11万台に達するが、中国メーカー産はそのうちの4万台で、販売額は50億元(約850億円)に過ぎないという。輸出額は3億元(約51億円)にも満たず、中国メーカーの影響は限定的だ。しかし、ロボットは日系をはじめとする外資が強いため、対米輸出をしている企業に影響が出る可能性がある。
建設機械は、対米輸出の5%程度に過ぎないし、主要部品の多くは、日本やドイツから輸入しているという。三一重工は、17年の米国での売上は5億元(約85億円)に過ぎず、売上高の1.5%にも満たない。中国最大手の徐州工程機械も17年の対米輸出は600万ドル(約6億3600万円)に過ぎず、中国の建設機械業界への影響も限定的だ。むしろ影響を受けるのは、世界最大手の米キャタピラーだ。4月24日に発表された18年1〜3月期の決算では最高益を実現したが、トランプ大統領の鉄鋼に対する輸入制限により、原材料費が膨らみ利益率を圧迫するとの懸念がある。アジア太平洋地区の売上が20%を占めるため、影響は小さくなさそうだ。
繊維機械については、大手・卓郎智能はアジアや欧州を主戦場としているので、売上高における米国市場の割合は約4%、傑克股份も同5%と、影響は少ない。
コンテナについては、世界最大手の中集集団の北米地域における売上は全体の10%程度だが、コンテナの需要は輸出などの経済統計に左右されるため、長期的には年間200万個の需要が見込め、貿易戦争による影響があるという。
3C製品(パソコン、通信、電子製品)向けの自動化設備で影響が大きいのは、アップルのサプライチェーンに関わっている企業だ。アップルの製品は中国で生産・組み立てられているので、米国に輸出する際に関税を課せられることになれば、アップルの利益率にも影響を与えるだろう。ただしすべての大手設備メーカーがアップルのサプライチェーンに関わっているわけではないので、やはり影響は限定的だ。
より影響が大きいのは、集積回路だ。中国における17年の集積回路の輸入額は2601億4000万元(約4兆4223億8000万円)だが、米国からが約半分を占める。貿易戦争が開戦すれば、半導体設備など関連企業が影響を受ける可能性がある。
工具は、巨星科技の米国での収入が60〜70%を占めるため、一定の影響を受けるとしている。
石油ガス設備も、大手・傑瑞股份が影響を受けるとしている。15年の同社の米国での売上は全体の約2%に過ぎなかったが、16年は約10%まで拡大させているし、一部の部品を米国から輸入している。また、将来的にシェールガスの採掘で優位性のある米企業と技術提携する際に影響を受けるとしている。
こうしてみると、中国の製造業に与える影響は限定的なようである。しかし、中国には米国に輸出する外資企業も少なくない。そうした企業への影響は不透明だ。『ウォールストリートジャーナル』(4月9日付)は「中国にとって貿易戦争の最大のリスクは恐らく、世界の製造業者が中国を対米輸出の信頼ある拠点とはみなさなくなり、他へと移転することだ」と指摘している。一方、同紙(4月12日付)にはアリババグループの馬雲(ジャック・マー)会長が「勝者なき米中貿易戦争」と題して寄稿している。馬氏は「アリババのミッションは、どこでも商売をしやすくすることであり、その中心となるのが中小企業の支援だ」と言及したうえで、「この貿易戦争は米国の何百万もの中小企業や農家に悪影響を及ぼす」と警鐘を鳴らす。これは中国の中小企業とて例外ではないだろう。まさに“勝者なき”貿易戦争である。先行きが見えない以上、企業は何らかの対策を立てる必要があるのかもしれない。 
 
 
 2018/3

 

3/1 アメリカが通商拡大法232条に基づき鉄鋼、アルミニウム製品に追加関税を行う方針を発表。課税幅は鉄鋼25%、アルミ10%。アメリカの安全保障を理由にするもので、中国を含めたほとんどの国が対象となった。
3/23 アメリカによる鉄鋼、アルミ製品への追加関税措置が発動。中国商務省は、128品目のアメリカ製品に対し約30億ドルの追加関税をかける報復措置の計画を発表。 
勝者なき貿易戦争を懸念、日米で円高株安進行 2018/3
トランプ米大統領が22日、最大600億ドル(約6.3兆円)規模の中国製品に対し関税を課すことを目指す大統領覚書に署名したことを受け、金融市場に不安が広がっている。
ドル/円JPY=は2016年11月以来となる1ドル104円台に下落。米国株式市場は2%強値下がりし、23日の東京市場でも日経平均株価の下げ幅は1000円を超え、2万0500円台に突入した。
2月の相場急変を比較的短期間で乗り切ったのは、堅調な世界経済のおかげだが、貿易戦争は景気に大きな悪影響をもたらしかねない。対象国からの輸出が減ったとしても、米国も安い輸入品が使えなくなる。
リスク回避のドル安が進めば、インフレを抑えるために米利上げペースが速まる可能性がある。米国も例外ではない世界同時株安は勝者なき「Lose-Lose」経済への市場の警戒感を示している。
市場関係者の見方は以下の通り。
<三菱UFJモルガン・スタンレー証券 投資情報部長 藤戸則弘氏>
米国と中国の貿易摩擦が、貿易戦争にステップアップしようとしている。国内総生産(GDP)で世界1位と2位の大国間の軋轢(あつれき)は、世界経済に影響せざるを得ない。資源小国の日本の経済は、自由貿易を前提に成り立っているため、その影響はとりわけ大きくなりそうだ。今年度決算で最高益となる見込みの企業の多くが、中国で利益を稼いでいる。米国の高関税によって中国経済が停滞すれば、電子部品、工作機械、建機など、広範な銘柄に影響が及ぶ可能性がある。貿易問題は円高に作用しやすい。さらに円高になれば企業業績の前提レートも円高方向に修正され、外需企業には下振れ要因となる。ポンペオ米国務長官、ボルトン安保担当大統領補佐官という外交面でのタカ派人事が伝わっており、地政学リスクへの警戒感が高まる可能性もある。米国の通商政策に振らされる状況は、しばらく続きそうだ。トランプ大統領は秋の中間選挙を意識しており、旗を降ろすとは考えにくい。今は中国やメキシコがターゲットになっているが、いつ日本に矛先が向いてもおかしくない。鉄鋼、アルミへの高関税発動を前に欧州連合(EU)や韓国が適用を除外されたのに、日本は除外されていない。今後は、日本政府の米国への働きかけが重要だ。高関税から適用を除外されるようになれば、相場にも落ち着きが出てくる。来期の下振れを織り込んでも、日本株のバリュエーションは安い。日経平均の2万円割れは売られ過ぎと言えるため、現時点では想定しなくていいだろう。相場の落ち着きとともに中長期資金が流入してくれば、5月の大型連休にかけて2万3000円付近へのリバウンドもあり得る。
<三井住友信託銀行 マーケット・ストラテジスト 瀬良礼子氏>
米連邦準備理事会(FRB)は3月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で利上げし、来年、再来年の利上げペースも加速が予想されていた。通過後にドルが売られたのは「FOMCが思ったほどタカ派的でなかったからだ」との解説もあったが、違和感を感じていた。振り返ってみると結果的に米国の通商問題に対する警戒感の方が強かったということなのだろう。米国と中国の「貿易戦争」懸念がどこまで大きくなるか不透明な部分がある。ただ、今のところ中国が理性的な対応をとっている。ドルはいったん104円近辺を下値めどとみてもいいのではないか。トランプ大統領の言動を読み切るのは難しく、政権運営に一段と不透明感が強まれば104円を割りこむこともあるだろう。ただ、米景気は悪くなく、利上げサイクルに入っている状況を考えれば、一気に100円を試すような感じもしない。日本の機関投資家の運用難の状況は続いており、4月になれば新年度を迎えた投資家からの対外証券投資などが円高の動きに歯止めをかける可能性がある。中期的には2016年の米大統領選前にもみあった102─103円レベルが一つの下値めどになりそうだ。向こう3カ月の中心レンジは102─107円とみている。104円を中心として、どちらかと言えば上方向を広くとりたい。徐々に不透明感が解消し、市場が落ち着いてくれば、米経済の強さに世の中の目線が回帰していくとみる。
<岡三アセットマネジメント シニアストラテジスト 前野達志氏>
報復が報復を呼ぶ貿易戦争に近づいた。米国企業を含め、製造業の世界的なサプライチェーンが寸断されてしまうシナリオが現実に近づいた。今後は中国が米国からの輸入品に何らかの制限をかけることが考えられる。これを受け、トランプ米大統領がさらに関税を課す範囲を広げる話になるかもしれない。世界の株式市場は身構え始めている。もっとも、日本からの鉄鋼・アルミの米国輸出はそれほど大きい訳ではない。鉄鋼で25%、アルミニウムで10%の追加関税を課すという232条に関する日本企業への直接的な影響はそこまで大きなものではない。日本は高性能品を手掛けているため、(関税を猶予する対象国から)除外されたのだろう。とはいえ、世界経済が鈍化すれば日本企業の業績にも悪影響が出る。米国においても、保護主義的な政策によりインフレが加速することで、利上げペースが速まる可能性も高まる。まずは中国の出方を注視する必要がある。報復関税の動きが警戒されるが、中国も本格的な貿易戦争は望んでいないはずだ。中国側が輸出の自主規制を模索し、それが現実のものになれば、徐々に株価は戻していく。この方向に行くのであれば、足元の日本株の水準は買い場だが、この先どう転ぶかは見通しにくい。米国のドル安政策も根底的なものとして意識せざるを得ない。為替が1ドル103円、100円まで円高が進む可能性も十分に考えられる。最悪の場合、日銀の金融政策も円安政策と指摘され、米国側からの圧力で修正を余儀なくされるといった話が出てくるかもしれない。足元の日本株に対しては日銀のETF(上場投信)買いの効果なども見込まれる。今後3カ月の日経平均の予想レンジとしては2万円から2万3000円とみている。
<FXプライムbyGMO 常務取締役 上田眞理人氏>
今朝のドル/円は2016年の米大統領選以来初めて105円を下回った。心理的節目を下回った後は勢いよく戻るのが通常のパターンだが、今回はそういう流れになっていないことから判断して、ドル安/円高方向に潮目が変わったとみている。米中貿易戦争に対する懸念が広がっているが、米国は中国のみならず世界を相手に保護貿易主義を貫く意向であり、米国発の通商摩擦は長引く可能性が高い。米国の保護貿易主義によってグローバル経済が停滞するのは間違いない。トランプ氏が唯一成果をあげた米税制改革(減税)の景気押し上げ効果も、グローバル経済の停滞によって相殺されるだろう。また、政治面では米国と北朝鮮の対話が期待されていたが、そこで重要な役割を担う中国と米国が通商面で衝突していれば、対話の進展も危ぶまれる。こうした通商面、政治面のリスクは、金融市場のリスク回避行動を強め、株が一段と売られ債券が買われる展開となるだろう。世界の投資家にドルが敬遠されるなか、ドル離れした資金の行き先はまずユーロやポンドとなるが、リスク回避の円買いも続くとみている。レベル感ではとりあえず103円が下値めどとなるが、トランプラリーの全てがはげ落ちるとすれば、101円前半までドル安が進んでもおかしくない。今年上半期のレンジは100―108円と予想する。
<エンパイア・エクセキューションズ(ニューヨーク)社長、ピーター・コスタ氏>
市場は貿易関連の材料に極めて敏感になっている。貿易戦争に勝者はいないことから、市場はそれ(トランプ米大統領による対中関税措置への署名)にやや驚き、嫌気した。神経質になる材料には事欠かないが、前向きな気分にさせられる決算シーズンも終わり、現在は好材料が少ない。
<アムンディ・パイオニア・アセット・マネジメント(ボストン)のポートフォリオ・マネジャー、ジョン・キャリー氏>
足元の市場心理は過度に弱気だ。ハイテク分野では、オラクルの失望を誘う決算やフェイスブックの問題がある。さらに、世界貿易では関税への懸念がある。投資家にとり、あまりにも不透明要素が多すぎる。米連邦準備理事会(FRB)は経済見通しをやや下方修正した。経済成長については「堅調(solid)」から「緩やか(moderate)」という表現に変更した。一方、これまで通り利上げ継続は表明しており、そのためFRBが経済成長や潜在的な経済成長をどのように捉えているかを巡り若干疑問が生じた。しばらくの間は調整局面となる可能性がある。安心感を与える材料は見当たらない。今後数週間に発表される企業決算が予想よりも良好な内容となれば、不透明感が払しょくされるだろう。
<ワシントン・クロッシング・アドバイザーズ(ニュージャージー州)のシニアポートフォリオ・マネジャー、ケビン・キャロン氏>
これ(トランプ米大統領による対中関税署名)が見せかけの行動で、実行に至らないならば、懸念は解消されるだろう。一方で、中国による報復措置がとられ、対立が深まれば、貿易や資本フローが阻害され、短期的に株式市場にネガティブとなるだろう。長期的にみれば、世界的な不均衡を解決するのにポジティブな動きとなる可能性もある。ある国が他国に対して多額の赤字、もしくは黒字を長期にわたって抱えているのは正常ではない。これが米中関係であり、持続可能な関係ではない。 
 
 
 -2018/2

 

2018/1/12 中国税関総署が2017年の対米貿易額を発表。対米貿易黒字額は2,758億1,000万ドルと過去最高を更新。
1/22 アメリカが緊急輸入制限(セーフガード)を発動し、太陽光発電パネルに30%、洗濯機に20%以上の追加関税を課すことを発表。2016年にアメリカが輸入した太陽光発電パネルの国別シェアは1位がマレーシアで、2位が中国。 

2017/4/7 習近平国家主席(総書記)が訪米して行われた米中首脳会談では、貿易不均衡の問題を解消するための米中包括経済対話メカニズムの立ち上げが合意されるとともに、アメリカの対中輸出を増やすための100日計画策定が取り決められた。しかしながら同年7月に行われた閣僚級による包括経済対話メカニズムの交渉は進展を見ないまま頓挫した。
2017/8/1 トランプ政権は、中国に対し不公正な貿易慣行がないかアメリカ通商法スーパー301条に基づく調査を始める検討に入った。
2017/9/18 ロバート・ライトハイザー アメリカ合衆国通商代表は講演中で、外国企業が中国に進出する際に技術移転を強要し、その上で不公正な補助金で輸出を促進する中国が国際的な貿易体制の脅威になっていると主張。これに対して中国の高峰報道官が企業間の取引の話であり、中国政府による干渉は一切ないと反論を行った。
2017/11/9 トランプ大統領が訪中して行われた米中首脳会談では、対中貿易赤字削減のために総額2535億ドルの商談が調印されるも殆どは覚書や協議書であった。

2016  2016年アメリカ合衆国大統領選挙の期間中、のちにアメリカ合衆国大統領になるドナルド・トランプは、選挙期間中に、中華人民共和国との間の膨大な貿易不均衡を問題として取り上げ始めた。
 

 

 
 
 
 
 

 



2019/5
 
 
 

 

●諸話
●米中貿易摩擦はアジアに何をもたらすか 2018/11
はじめに
筆者は、昨年の本誌第11号と12号に「東アジアの経済発展と今後の展望」と題する論考を載せた。そこでは過去半世紀にわたる世界経済のもとでの東アジアの成長の構造を論じ、その成長の先頭に立った中国が2013年に打ち出した「一帯一路」構想の世界経済における意義と課題を扱った。だがそれから1年が過ぎて、世界経済は構造転換を加速させているように思えてならない。
トランプ政権が採る一方的な通商政策は、各国を身構えさせ、また世界経済の先行きへの不安を募らせるだけでなく、アメリカの国際的威信を失墜させ、逆に中国の立場を強めている。「アメリカ第一」で多くの国が翻弄され続けているが、立ち止まって冷静に事態を直視すれば、その先には新たな構図が現れてきているように思う。
指摘するまでもないが、この3月、トランプ・アメリカ大統領は安全保障を名目に、鉄鋼とアルミニュームの輸入品に一方的な制裁関税を課す大統領令を発した。制裁の最大のターゲットは、世界第2位の経済規模をもった中国である。制裁関税の発表に、世界のメディアは「貿易戦争」が到来すると、世界的なリスクの増大を報じている。
実際、トランプによる今回の保護貿易主義の外交政策はどのような帰結をもたらすのだろうか。また、世界経済、とりわけアジアにどのような状況をもたらすのだろうか。本稿では、昨年の拙稿の展望の上に、いよいよ本格化したように見えるトランプの保護貿易主義のアジアへの影響を、米中関係を軸に据えて再度論じることにしたい。
1.トランプ米大統領の1年と今
ドナルド・トランプが、過激なスローガンを掲げてヒラリー・クリントン候補とのアメリカ大統領選を制したのは2016年11月である。彼は次期大統領として就任を待たずに、フォード、GM, FCA USのビッグ3、さらにトヨタの巨大自動車企業にアメリカ労働者の雇用を増やせと国内生産を強要し、「ラストベルト」(Rust Belt)の支持者に向けて自らの力を誇示した。2017年1月20日の大統領就任式を終えて23日に執務を開始するや、すぐさまTPP離脱の大統領令に署名した。その後は、アメリカ社会と世界に不寛容と分断を迫る様々な政策に乗り出し、地球温暖化対策のパリ協定からの離脱も強行して、オバマ前大統領の成果をことごとく否定してきた。他方、この間、政権内では幹部が次々と辞任し、政権幹部の顔ぶれは今では「アメリカ第一」を地で行く人物で占められるようになった。対外通商政策の分野では、大統領選で政策アドバイザーを務めた対中強硬派の保護主義者、P.ナバロが再び復権を果たしている。
こうして、大統領就任2年目に入って、純化したトランプ政権が誕生したと言っていいのではないか。自国優先のトランプ流通商交渉に本格的に着手した感が強い。トランプのアジア政策では、これまで核開発を強行する北朝鮮問題もあって通商問題は陰に隠れてきた。その通商問題が前面に現れた。本年3月23日には、トランプ政権は自国の安全保障を根拠にして通商拡大法232条に基づく輸入関税を発動し、鉄とアルミニュームの輸入品にそれぞれ25%と10%の追加関税を一方的に課し、各国に貿易収支の2国間での均衡に向けた代替措置を求めた。これは実に36年振りの、アメリカが従来推し進めてきた多角的通商ルールを否定する措置である。国際ルールに従えば、WTOの反ダンピング関税やセーフガードなどの手続きが進められねばならなかった。
だが、この措置からはアジアに対するトランプ通商戦略が見事に浮かび上がる。鉄とアルミへの輸入関税が発表されると、中国、EU、ドイツ、ブラジル、ロシアなど各国がその違法性に触れ、対抗措置を表明した。実際はEU加盟国のほか、韓国、カナダ、メキシコ、オーストラリア、ブラジル、アルゼンチンの7カ国・地域への関税適用は猶予されたが、強固な同盟関係にあるはずの日本は外された。追加関税のリストには中国、ロシアなどと共に日本が含まれた。北朝鮮問題を抱える韓国はアメリカ軍撤退の脅しに屈して米韓FTAの再交渉を認め、追加関税の猶予と引き換えに鉄鋼製品の輸出枠の設定を受け入れた(日経2018.3.27;朝日3.28)。もっとも、その合意の翌日には「北朝鮮の非核化が合意されるまで保留する」と、トランプ流の脅し文句が添えられている(日経2018.3.30夕刊)。
結局、トランプ通商戦略とは、民主主義の大義や同盟関係とは無関係の「アメリカ第一」の赤裸々の自国優先主義であり、2国間取引による脅迫外交である。そして、WTOルールを重視するEU諸国も自国製品の輸入関税適応の除外を要求することで、トランプ流外交戦術に乗せられるしかなかった。
   図1.アメリカの貿易赤字額と中国と日本のシェア
ところで、トランプのアメリカの雇用問題に対する認識は、貿易赤字とメキシコなどからの移民、特に不法移民の流入にその元凶をみるものである。近年のアメリカの貿易赤字は規模の順に、中国、メキシコ、日本、ドイツが続き、次いでベトナム、アイルランドなどとなる。これらの国は「不公平な貿易行為」によってアメリカに損害を与えてきたということになる。図1は2010〜17年のアメリカ貿易赤字額とそれに占める中国と日本のシェアを示している。2010年の赤字幅は6,340億ドル、そのうち中国と日本のシェアは43.1%(2,730億ドル)と9.4%(598億ドル)であった。これが17年では7,961億ドルに拡大し、シェアはそれぞれ47.1%(3,752億ドル)と8.6%(688億ドル)となる。
シェアでみると中国と日本は共に2010年代中ごろのピークから若干の減少が見られる。ただし、絶対額では日本はピークを過ぎたようにみえるが、中国は増勢傾向に歯止めがかかってはいない。いずれにせよ、アメリカの貿易赤字は中国が半分近くのシェアを占め、日本を加えると50〜60%を占める。中国についてはそれだけではない。トランプ大統領が2017年12月に発表した国家安全保障戦略は、中国を「競争国」と位置付け、同国は経済と軍事の両面でアメリカに挑戦する国とされている。経済はもちろん軍事、技術面においても、アメリカを脅かす存在として認識されている。
トランプは通商拡大法232条の発動日前日の3月22日、中国製品が知的財産権を侵害しているとして、通商法301条によるさらなる制裁措置を決断している。これにより中国製品約1300品目(500〜600億ドル)が25%の高関税を課せられる可能性が強まった。アメリカ通商代表部(USTR)は4月2日にこの1300品目を公表し、それらが航空機、自動車、産業ロボットなどの産業機械、半導体などであって、中国が産業高度化を目指す戦略品目に焦点を合わせたものであることを明らかにしている。膨大な貿易赤字が作られる中国との貿易構造の是正は、大統領選での彼の公約である。その実行の第1歩が対中鉄鋼輸入制限である。
これに対して中国政府は、通商拡大法232条が発動された3月23日、すぐさま対抗措置を採った。輸入額でほぼ同規模となるワイン、ドライフルーツ、豚肉などへの25%の追加関税を発表し、4月2日には報復関税の発動に踏み切った。また4月4日には、通商法301条への対抗措置として、アメリカのWTO提訴を発表し、またアメリカの制裁と「同じ強度、同じ規模」の報復措置として、アメリカ産の大豆、牛肉、綿花、トウモロコシなどの農産品106品目を公表した(日経2018.4.4;同4.5)。中国は、トランプ大統領の輸入制限の動きを当初よりWTO違反であるとする一方、対抗姿勢を鮮明にして報復措置に言及している。両国の水面下での交渉が伝えられるが、全面対決の危険性が増している。そして今や、アメリカと中国の貿易摩擦問題は単に貿易赤字額の削減問題でなく、技術開発競争の問題へと移行していることが明らかになりつつある。
2.中国の習近平体制と東アジア経済
中国では昨(2017)年10月、5年に1度の第19回共産党大会が開催された。習近平共産党総書記は演説において「(中国が)世界の舞台の中心に立つ時が来た」との認識を示し、また3時間半に及ぶ彼の政治活動報告では「中華民族の偉大な復興」が謳われ、「強国」が20回以上、「一帯一路」は5回にわたって言及された(青山瑠妙、日経経済教室、2017.11.8)。本年3月5日から16日間に及ぶ全国人民代表大会(全人代)では習近平国家主席は、第19回共産党大会が「中華民族の偉大な復興」の青写真を描いたと演説し、また3月11日にはケ小平が設けた国家主席の任期を撤廃する憲法改正を実現した。憲法改正案が公表された2月25日以降、自由主義諸国では批判的報道が次々と流された。日本の新聞は「習一強体制」が確立したと一斉に報じ、イギリスのエコノミスト誌はカバーストーリーで「中国が独裁から専制政治へ歩を進めた」と書いた(The Economist, Mar.3-9, 2018, p.9)。
振り返るなら、習近平国家主席は第1期任期最終年の昨年、共産党内で「一強」体制を作り上げると同時に「偉大な中華民族の復興」へ向けた実績作りを進めてきた。5月には北京で「一帯一路」国際会議を開催し、参加国数は130を超えた。29カ国からは首脳が参加し、ロシアからはプーチン大統領が参加した。日本は自民党の二階俊博幹事長が出席している。こうした実績の下に同年10月の共産党大会が開かれ、本年3月の全人代での国家主席の任期廃止案が採択されたのである。習近平国家主席の盤石な「一強」体制は、統治の正統性を「偉大な中華民族の復興」においている。その対外政策が「一帯一路」である。
トランプ政権による中国製品に対する高関税政策はまさにこの時期に歩調を合わせるように進められ、発動に至っている。トランプの保護主義政策は、これまでの中国の成長構造に強引な修正を迫るものであり、習近平が乗り越えねばならない最大の外交問題となった。
ところで、本誌11号で論じたように、東アジア経済は過去四半世紀に急速に域内統合を進め、その特徴は部品、加工品を中心とする中間財貿易が中心であった。消費財輸出の割合の多いヨーロッパや北米とは、国際分業の構造が大きく異なる。しかも、図2が示すように、東アジアの貿易はアメリカ依存から中国依存へ劇的に転換している。2000年には東アジアの総貿易額に占める対中貿易シェアが対日シェアを上回り、2005年には対アメリカシェアを上回って、今では対中貿易が東アジア貿易の半分に迫っている。東アジアは中国貿易を軸にして発展する構造に変わっている。
   図2.東アジア構成国の対米中日貿易の構成変化 1993-2012
ここで、中国の貿易構造をみてみよう。図3は2016年の中国の地域別貿易収支を示している。主な輸出先は輸出規模の順で東アジア、北米(これはほぼアメリカと考えてよい)、ヨーロッパ、東南アジアであるが、北米への輸出規模は最大の東アジアに迫るもので、次いでヨーロッパとなる。ここで注意を要するのは、輸出先としての先進地域と新興地域との貿易構成の違いである。中国の最大の輸出品は、国連の標準国際貿易分類(SITC)で7(機械輸送機器類)と6(原料別製品)であり、2016年でそれぞれ46.8%と25.3%であった。
製品輸出のトップ3の輸出先は順にアメリカ17.7%、香港、14.7%、日本6.2%であった。輸入はSITC7(機械輸送機器)、同2+4(粗材+動植物油)、同3(鉱物燃料)であり、国別のトップ3は韓国、日本、アメリカである(UN国際貿易統計年鑑2016版第1巻、pp.130-31)。大雑把に言えば、この貿易構造は韓国、日本を中心にアジアの先進地域から部品や加工品を輸入し、完成した機械機器類、さらにハイテク部品をアメリカとヨーロッパに輸出するというものである。東南アジアとの貿易では主に中間財が取引されている。
   図3.中国の地域別貿易収支(2016年、10憶米ドル)
だが、注目したいのは、今世紀に入って生まれている中国、そして東アジア経済の質的変化である。とりわけ中国では「二重の自立化」といえる現象が起こっている。中国が日本を超えて世界第2位の経済大国に躍り出たのは2010年(統計的には2009年)であるが、2000年代に入ると、経済は対外依存度と外資依存度で共に低下が始まった。図4は中国の貿易比率(輸出+輸入/GDP)と外資系諸指標を1992〜2015年についてみたものである。
中国の貿易比率は1990年代から2005年の64%に向かって大きく上昇している。しかしその年をピークに減少に転じ、2015年の比率は36%である。外資系企業の貢献度も低下傾向にある。同じ期間に貿易に占める外資系企業シェアは2006年の59%をピークに36%へ、国内工業生産高に占める外資系企業シェアも2003年の36%をピークに26%(2011年)へ、固定資産投資に占める外資系企業シェアは既に1994年に17%のピークに達し、今では1.5%へ低下している。最近の中国は経済成長率が低下し「新常態」に関心が注がれるが、中国経済における「二重の自立化」は中国指導部が自信をえる指標に違いない。
   図4.中国の貿易比率と経済における外資系諸指標 1992-2015
対外的依存度の低下は東アジアでみても起こっている。世界金融危機を挟んで2007年頃から2009年頃を中心に、IMF、アジア開発銀行(ADB)などで盛んに行われたデカプリング(decoupling)あるいはアンカプリング(uncoupling)の議論がある。これは1997年のアジア通貨危機後に高成長に復帰した東アジア経済が先進国、特にアメリカの景気変動と連動性を弱めているか否か、つまり自立し始めているか否かの議論であった。言うまでもなく、東アジアに誕生した消費市場と域内分業の拡大が東アジアの域外依存度を下げる傾向を強めたことは間違いない。
東アジア、とりわけ中国のアメリカ依存はもちろん大きい。だが今世紀に入っての時系列でみれば、アメリカ依存度は低下傾向にある。トランプ大統領の貿易制限は、中国が経済的に自立性を高め、また習近平国家主席が盤石な政治基盤を確立し、その正統性に「偉大な中国民族の復興」と「一帯一路」の成否が問われる段階に課されている。このタイミングは注目されねばならない。では、トランプ大統領が乗りだした「不公正」な貿易相手国への高関税政策に、中国はどう対処しているのだろうか。次にそれを探ることにしたい。
3.習近平体制のアメリカ保護主義への対応
トランプの保護貿易政策に対する習近平体制の対応を、新聞報道などに頼りながら確認しよう。
本年2月16日、アメリカ商務省はトランプ大統領に対して中国製鉄鋼・アルミ製品の輸入制限を勧告した。同製品の輸入増加は「国家の安全保障上の脅威」であるというのである。これに「中国は強く反発し、米国が実際に発動すれば対抗措置に踏み切ることを示唆」した。3月初めには、2人の政治局員をアメリカに派遣して、アメリカの輸入制限措置への回避に動いた。日経新聞はこれについて、「5日に開幕する全国人民代表大会を前に、摩擦緩和を図ろうと躍起だ」、「中国の焦りの背景には経済の外需依存がある。・・・習指導部は成長の大幅減速を受け入れる準備ができていない」と北京とワシントンの2人の特派員による記事を載せている(日経2018.3.2)。
だが、全人代開会初日の3月5日、中国外務省の報道官は、トランプ政権が考えているような制裁関税を各国が課せば国際貿易秩序は大きな影響を受けるとして反対し、しかし、鉄鋼とアルミの輸入制限で中国が損害を被るならば、「我々(中国)は他の国々と共に自らの利益を守るために適切な措置をとる」と声明を出し、「中国の利益に損害をもたらすなら絶対に座視しない」とアメリカへの強い立場を表明した。9日には、王毅外相が記者会見で、貿易戦争の回避を訴えると同時に、輸入制限が出されるなら「必要な対応をとる」と報復措置を示唆し、同時に「中米間に競争はあっても敵になる必要はない」など、アメリカへの配慮を見せた。これについて日経新聞は「2月には共産党トップ25の政治局員が訪米したが、目立った成果は見えていない。対米関係の安定を演出しようとする王氏の一連の発言は、焦りの裏返しとも言えそうだ」(日経2018.3.9)との解説を加えている。
3月23日にアメリカが貿易制限を発動すると、中国政府は直ちに対抗措置として最大25%の追加関税対象となる128品目を発表し、同時にWTOルールの遵守を強調し「対話を通じて解決すべき」との立場をとった。しかし、25日には、ムニューシン・アメリカ財務長官が「トランプ大統領は中国との貿易戦争は恐れていない」とフォックス・ニュースのインタビューに答え、ブルームバーグニュースによると、翌26日に中国商務省が協議を申し入れたにもかかわらず返答をしなかった(Bloomberg News, 2018.4.2)。こうして、中国政府は4月2日にアメリカ産豚肉やワインに報復関税を発動するに至った。しかも、アメリカが通商法301条に基づく制裁への報復措置の発動を6月以降とする方針を示して「交渉の余地を残し(た)」ことに対して、中国商務省報道官は「一方が脅迫する状況でのいかなる交渉も受け入れられない」。アメリカが「343条の制裁を発動している以上、中国も発動して初めて『対等』になる」との立場を堅持した(日経2018.4.3)。
ただしその後、変化が見られる。4月10日の博鰲(ボアオ)アジアフォーラムでは習近平国家主席が基調演説を行い、中国の市場開放を強調して、10項目の重要案件を発表した。金融、自動車産業での外資参入規制の緩和、自動車の輸入関税の大幅引き下げ、知的財産の保護などが公表された(人民網日本語版2018.4.10)。トランプ大統領は、習近平演説のこの市場開放策を評価して「感謝」の文字を彼のツイッターに書き込んでいる。習主席演説について、日経新聞は「自由貿易の『守護者』演出」、国際社会の共感意識か」、「『大人の中国』入念に演出」などの見出しを付けて報道した(日経2018.4.10;同4.14)。
この間の中国の姿勢について報道は、「中国は低姿勢を貫き、話し合いで貿易戦争を回避する道を探っている」、「中国は米国の高圧的な姿勢に一貫して対処している」、「国内では『軟弱だ』との批判すら出るが、あくまで交渉による解決を優先する姿勢をみせ(ている)」(日経2018.3.28)などと伝えている。米中貿易摩擦が尖鋭化する4月4日における王受文中国商務省次官の記者会見の報道は興味深い。「会見は冗談や笑顔もこぼれ、報道発表とは思えない和やかな雰囲気。中国側は繰り返し『交渉での解決』を訴えた。中国は5日から3連休に入る。連休前に双方が制裁と報復のリストを交和したのは米中の『あうんの呼吸』を感じさせた」と(日経2018.4.5)。中国のそうした対応をどう理解したらいいのか。
その「狙いは米国・欧州の分断だ。中国による知的財産侵害や技術移転強要は日米欧共に問題視する。日米欧が共同歩調を取るのが中国にとって最悪だ」というのが同じ新聞の解釈である(日経2018.3.24)。中国の一面での強硬姿勢は、アメリカでのトランプ流の強硬姿勢が個人的要素だけでなく彼への支持率の上昇があるように、中国で高まるナショナリスティックなメディアや世論への対応の側面もあるだろう。また、トランプの保護主義に危機意識を共有する日本やヨーロッパ諸国との連携の面もあるだろう。実際、今月4月16日に東京で行われた日中ハイレベル経済対話では、貿易戦争の回避の必要性で認識を共有している。だが、アメリカの貿易制限に強い姿勢で臨みながら、同時に極めて冷静に対処できているのはそれだけではないのではないか。もちろん様々な側面からの考察が可能である。次にそれを考えてみたい。
4.習近平体制の対外政策
習近平とその体制をどう評価するか。「中華民族の偉大な復興」、経済と軍事における「強国」の建設、専制政治への回帰などに注目が集まっている。だが、トランプの保護主義への中国の対応に関しては、習近平体制と彼の「一帯一路」構想の誕生に注目すべきだろう。
国家主席に就任して構想したのが陸と海のシルクロードからなる「一帯一路」構想である。その誕生には世界第2位に成長した中国の国力、国内の過剰生産問題、資源安全保障政策、少数民族対策など様々な要素が入り混じっている。しかし、この構想が、当時のアメリカのオバマ政権が推し進めたTPP対策の側面があったことは忘れてはならない。
端的に言って、TPPは成長する中国外しの自由貿易協定(FTA)であった。2015年10月、TPPの大筋合意を受けてオバマ大統領(当時)がホワイトハウスから発した声明にはその意図が明快に記されている。「中国のような国に世界のルールを書かせるわけにはいかない」のである。この12カ国によるTPPはトランプ政権の誕生により潰え去り、その後アメリカを除く11カ国のTPPとなったが、TPPが「一帯一路」構想に与えた影響は無視できない。習近平体制は2012年11月の共産党総書記に就任し、翌13年3月に国家主席となることで公式に始まった。この時期、TPP交渉がアメリカ主導で進み、日本の交渉参加は同じ年の7月であった。
中国はTPPが実現すればどう対処するか、強い精神的プレッシャーの中で、その交渉を外部から眺めなければならなかった。中国の成長はアジア太平洋経済の中で実現している。アメリカは最大の輸出先である。その成長の基礎の上で中国を除く、中国に差別的な秩序が作られようとしている。この危機的な事態に中国は何としても打開策を見つけねばならない。
当時、TPPに対して中国国内では様々な意見が出されていた。南開大学の楊棟梁教授に従えば、4つの見方に整理できる。1アメリカ陰謀論、2加入悲観論、3連繋反撃論、4改革深化論である。1は、中国に不利な貿易ルールの策定、中国外しであり、TPPは中国包囲網を作ろうとする策動だと考える。2は、中国の経済的実力ではTPPルールへの参加はできず、中国が取り残されるという悲観的見解である。3は、TPPがアメリカの政治経済的意図の隠された貿易協定であり、それへ対抗しうる地域連合の構築を考えるものである。TPPはWTO の停滞を引き起こす経済協定であり、中国は国際秩序を遵守しつつ各国と経済的政治的連携強化を図ることでTPPに対処しうる。4は、TPPを外圧効果と捉えて国内改革を推し進め、機が熟せば参加するというものである(楊棟梁、AJジャーナル(国士舘大学)11号、2016)。実際、これらの見方が混在しながら対策が考えられていたのだろう。
話を戻せば、中国はTPPへの対処法を探る中で「一帯一路」構想を誕生させたのである。さらに遡るなら、2012年11月、中国共産党総書記に就任した習近平は6名の中央政治局常務委員と共に、国家博物館で開催中の「復興の道」展を見学している。そして次のような重要談話を発表している。「過去を振り返ると、立ち遅れれば叩かれるのであり、発展してこそ自らを強くできる。・・・私は中華民族の偉大な復興の実現が、近代以降の中華民族のもっとも偉大な夢だと思う」。この言葉は、中国の近代史を顧みて習近平が改めて肝に銘じた実感であるとともに、彼自身が現在置かれた状況を踏まえての実感でもあろう。また、彼は次のようにも述べていた。「中国共産党結成100周年までの小康社会の全面完成という目標は必ず達成でき、新中国成立100周年までの富強・民主・文明・調和の社会主義現代化国家の完成という目標は必ず達成でき、中華民族の偉大な復興という夢は必ず実現できる」と(人民網 日本語版2012.11.30)。
筆者は1年前、トランプ政権の誕生を受けて「トランプ大統領の『アメリカ第一』はアジア新興経済をどこに向かわせるか」と題する小論を書いた(世界経済評論Impact No.804, 2017.2.27)。そこでは、中国に高関税を主張するピーター・ナバロ・カルフォルニア大学教授(当時)に注目し、中国からすればTPPもトランプの保護主義も本質では違いがない、「『一帯一路』の意義は変わらない」と。だとすれば、トランプ大統領の脅迫外交に対しては、十分に練られた交渉シナリオがあってもおかしくない。
中国は、当時既に一方でアメリカとの貿易構造を分析して対策を練り、他方で新たな外交政策を準備していたはずである。「一帯一路」は今では、100を超す国と国際機関と協力関係を持ち、71の国と「一帯一路」協定を結んでいる。アジアインフラ投資銀行(AIIB)を設立し、その加盟国数は80カ国に達し、アジア開発銀行(ADB)の67カ国を大きく上回る。それは3の連繋反撃論に沿っている。博鰲アジアフォーラムでの習近平の基調演説は、4の外圧を利用した改革深化論に沿う構造改革の表明と理解できる。トランプの脅し外交への、単なる譲歩ではない。
確かにアメリカとの貿易戦争は短期的に大きな被害を受けるだろう。それは、アメリカも同じである。既にアメリカでは製造業、農業、輸送業などの多くの業界がトランプの保護主義外交に危機感を表明している。中国は、貿易戦争で自国が被る甚大な経済的被害も、不満のベクトルはアメリカに向かうと読んでいるだろう。国内に盤石な政治基盤を作り上げた習近平体制はトランプ政権にむしろ余裕をもって、しかも強い立場で対峙できる。国際外交の場でも、中国に勝算がある。「一帯一路」は、国際開発協力構想として提起され、保護主義による世界経済の停滞あるいは縮小にも対応しうるインフラ市場創出対策である。中国の「一帯一路」への期待はむしろ高まるに違いない。トランプ流恫喝外交には国際ルールを尊重し、その擁護のために強い立場に立ち、同時に冷静に自国経済の市場開放に向けて改革を進めることである。それはトランプの求めるものと重なる。中国の面子はどちらにしても保たれ、また国際社会のルールを擁護する側に立って、世界経済における指導的立場を得られるだろう。
おわりに
IMFは今年度4月の『世界経済見通し』を発表した。見通しでは、今年度の経済成長率が3.9%、2016年中頃から始まったグローバル経済の上昇は広く底堅く、すべての地域で成長が期待される一方、米中貿易摩擦のリスクが注目される。アメリカのワシントンで同じ4月に開催された20カ国・地域(G20)財務省・中央銀行総裁会議では、アメリカを除く圧倒的多数の国が自由貿易の意義を強調し保護主義に反対したが、声明は見送られた。保護主義の危険性はトランプ政権の耳には届かないからである。同じ4月、東京では日中ハイレベル経済対話が8年振りに開催され、日本と中国は「貿易戦争の回避への協力が必要との認識を共有した」。
ところで、アメリカが貿易赤字を抱える東アジアの国で中国と日本に続くのは、2017年の順位ではベトナム、マレーシア、韓国、タイ、台湾などである。バンコクの日経特派員の記事によると、タイはトランプ政権が保護主義の対象に自国を加えるのではないかと不安を募らせている。アメリカ財務省の為替報告書で監視リストに載せられる可能性があるからだという(日経2018.4.10)。他方、ASEAN内には、もしかすれば米中摩擦によって中国企業がASEAN地域に向かい、ASEANの市場を拡大させるかもしれないとの期待もあるという。トランプ政権がどこまで保護主義を強めるか、また、その影響が何をもたらすか、世界中で不透明感が漂う。しかし、アメリカを除く西側先進国、さらに新興国は、複雑な思いを抱く国が多いにしても、中国の果たす役割に期待を抱かざるを得ない。
確かなことは、中国がその核となって成長するアジアが、今ではインドやASEAN諸国が加わって市場を拡大していることである。もはやアジアは単なる世界の工場ではない。世界の市場の役割を担っている。トランプ政権の「アメリカ第一」の保護主義は当面の大きな脅威と危機の可能性を世界にもたらしているが、中国の「冷静な交渉姿勢」は新たな期待を抱かせるものである。
中国は深刻な国内問題を抱え、「一帯一路」にも様々な課題がある。しかし、トランプの保護主義は、中国そしてアジアの国々が新たな段階に踏み出す契機を与えているのかもしれない。オバマ政権で通商代表部の代表を務めTPP交渉に関わったマイケル・フロマンは、トランプのTPP離脱が中国指導を助長する、「最大の戦略的失態のひとつ」という(ブルームバーグニュース 2017.11.6)。フロマンの評価はアメリカからみたトランプである。だが、アジアそしてその他の世界からみても、トランプの保護主義は中国の指導を助長し、また世界経済の構図を加速的に変化させる契機となる可能性が強い。 

 

●米中貿易摩擦の行方と世界経済への影響 2019/2 
要旨
両国が互いに関税引上げに踏み切るなど、米中の貿易摩擦がエスカレートしている。米国の対中交渉の目的が、トランプ米大統領の大統領選挙公約時の対中貿易赤字の削減から、ハイテク分野での覇権争いへと拡大していることが問題を複雑にしており、短期間で交渉が決着することは難しいとの見方が増えている。
このままの状態が続けば、両国の景気に深刻なダメージを与え、それが日本を含めた世界全体に波及していく懸念がある。いずれかの時点で、米中両国は共倒れになるリスクを回避し、世界経済への悪影響を阻止する行動をとる必要があるが、そのギリギリのタイミングは確実に近づいている。
1.トランプ米大統領の保護貿易政策
2017 年に大統領へ就任して以降、トランプ米大統領は選挙戦で掲げていた公約の実行に次々と着手してきた。それが歴代の政権が築き上げてきたものを一気に反故にしてしまう行為であってもお構いなしで、移民の受け入れ制限、環境問題の軽視とパリ協定からの脱退、大幅減税や大規模なインフラ投資といった財政膨張策などが実行された。米国第一を標榜しつつ、政権の支持率上昇につながるかどうかが政策実行の決め手となっており、典型的なポピュリズムに基づいた政策運営であった。
中でも、保護貿易政策の推進は、米国内において投資を増やし、雇用を創出するとして、経済政策の目玉の一つとして掲げられている。トランプ大統領は、各国との不公平な貿易を是正し、米国の被った不利益を取り戻すために通商交渉を進めるとしており、大統領就任後にTPP(環太平洋パートナーシップ協定)から脱退し、鉄・アルミの輸入関税を引き上げ、NAFTA(北米自由貿易協定)の内容を米国有利の条件に修正した。また、WTO(世界貿易機関) から脱退する姿勢を見せているほか、近いうちにEUとの間で貿易交渉を開始し、日本とはTAG(物品貿易協定)の締結を巡って協議を始める予定である。
そして、現在、強力に推進しているのが中国に対する、貿易戦争とも呼ばれる強硬な通商交渉であり、その行方次第では世界経済に多大な悪影響を及ぼしかねない懸念がある。
ここで保護貿易について簡単に整理しておくと、保護貿易とは、一般的には、自由貿易に反対し、貿易取引に対して自国に有利になるように何らかの制限を課すべきという考え方による政策である。その目的・動機については、主要なものとして、1幼稚産業の保護・育成、2雇用の増加、3国際収支改善の3点が挙げられる(図表1)。
   図表1 保護貿易の目的・動機
幼稚産業の保護・育成のため / 幼稚産業は、自由貿易の下では先進国との競争に勝てないため、関税その他の手段によって輸入品との競争から保護する必要がある
雇用拡大のため / 雇用を維持し、増加させるためには、輸入関税などによって需要を輸入品から国産品に転換させる必要がある
国際収支改善のため / 国際収支を改善させるために、関税などで輸入を抑制し、補助金などで輸出を促進させる必要がある
こうした保護貿易の目的・動機は、時代と状況によって様々だが、大雑把な言い方をすれば自国の企業や産業を守るための政策であり、トランプ大統領が進める政策についても基本的には一致する。そして、その手段としては、下記のようなものが想定される(図表2)。
   図表2 保護貿易のための手段
輸入品に対し関税をかける、引き上げる
輸出国の補助金を受けた特定の輸入品に割増関税や付加税をかける(輸入課徴金)
輸入数量を制限する
輸出の自主規制を求める
自国の輸出品に補助金を交付する
国産品を優先的に扱う
為替を管理する
このうち、中国に対して仕掛けられたのが、関税の引上げである。米国の引上げに対して中国が即刻対抗措置を発動、それに対して米国が再び制裁措置を発動という形で、2019 年1月時点で第3弾まで実行されている(図表3)。当初は、両国とも影響の小さいものを選んで対象とし、第2弾までは両国の対象金額は同額であったが、米国の輸入額に対して中国の輸入額が圧倒的に小さいため、第3弾では中国は米国からの輸入品全額(2017 年の米国の統計において約1,100 憶ドル)に追加関税を課すことになっている。これに対し、米国は対中輸入の約半分(2,500 億ドル)に追加関税を発動している。
その後、トランプ大統領は中国との交渉が進展しなければ第3弾の関税の追加引上げを実施し(10%→25%)、第4弾(残り全額を対象とする)の発動に踏み切ることを示唆していたが、2018 年12 月初の米中首脳会談において、いったん発動は見送ることで合意された。それでも、90 日間の交渉期間(交渉期限は3月1日)を設け、それで合意ができない場合には、第3弾の関税の追加引上げが実行される予定である。
   図表3 米中の関税引上げリスト
2.米中貿易摩擦の背景〜2つの異なる目的・動機が併存
前章で、トランプ大統領の保護貿易政策の目的・動機は、基本的には自国の企業や産業を守るためであると説明したが、これはTPP脱退、NAFTA再交渉や現在保留中の対EU、対日交渉において当てはまるものであり、対中交渉では性格がやや異なっている。
中国に対する通商交渉の目的・動機には、大きく2つの要素がある。ひとつは、再選を目指すトランプ大統領にとって重要な課題であり、「大統領選での公約」の実現に加え、貿易赤字を削減することで、米国内の雇用や投資を増加させ、特定地域(ラストベルト)での「支持率を上昇させる」ことである。
米国の貿易収支は、景気拡大による輸入増加により赤字幅が拡大中である。中でも、対中赤字は、関税引上げ前の駆け込み輸入もあって、厳しい交渉を行っているさなかでも史上最大額を更新している(図表4)。
   図表4 米国の主要国別貿易収支
そしてもうひとつの要素が、経済、技術面などにおいて米国の優位な地位を維持することであり、この第二の目的・動機が加わることで、事態が複雑になっている。
もう少しかみ砕いて言えば、国家主導で産業育成を進める中国が米国にとって経済的な脅威となる前に叩いておこうとするものである。これは、トランプ大統領自身の考え方というよりは、対中強硬派が強く主張しているものであり、その目的を達成する手段として通商問題を利用しているのである。
このため、中国に対しては貿易赤字の縮小のみならず、「中国製造2025」*1 の見直し、国有企業への政府補助金停止、中国の知的財産権侵害や外国企業への技術移転強要の停止といった不公正な取引慣行の是正などを要求している。具体的な分野としては、昨年12 月の米中首脳会談において、1米企業への技術移転の強要、2知的財産権の保護、3非関税障壁の撤廃、4サイバー攻撃の停止、5サービスと農業の市場開放の5つが取り上げられた。
したがって、中国に対して矢継ぎ早に行った関税の引上げも、その根拠となった法律は、保護貿易を推進するための法律の中でも、不公正な貿易慣行への対抗措置となる通商法301 条に基づくものとなっている(図表5)。
   図表5 保護貿易を推進するための法律
通商法201 条 (緊急輸入制限条項) / 輸入の急増によりアメリカの産業が重大な被害を受けた場合、一時的な関税引上げや輸入制限、対米輸出自主規制などにより国内産業を救済することができる。セーフガードとも呼ばれ、2018 年に太陽光パネルと洗濯機に対して16 年ぶりに発動。
通商拡大法232 条 (国防条項) / 安全保障上の脅威を理由に貿易相手国・地域に対する制裁を認める米国の法律。輸入増加が米国の安保を脅かすと商務省が判断すれば、大統領は関税引上げなどの是正策を発動できる。2018 年に鉄鋼とアルミニウムの輸入に対して36 年ぶりに発動。また、トランプ大統領は自動車輸入に関して通商拡大法232 条に基づく調査を開始するよう指示。
通商法301 条 / 外国による不公正な貿易慣行に対し、大統領判断で一方的に関税引上げなどの制裁措置が取れる法律。不公正かどうかは大統領の補佐機関である米通商代表部(USTR)が調査・判断し、制裁措置の発動は大統領が行う。いずれも大統領権限によるもので、議会の承認は必要ない。2018 年に中国に対して発動。
スーパー301 条 / 通商法301 条を強化するものとして1988 年に成立した時限立法で、特定国を指名して交渉する。日本を主な適用対象として規定された(当時は、通信衛星・スーパーコンピュータの政府調達、木材の技術基準が指名された)
(注)なお、スーパー301 条は2001 年に失効している。
こうした米国から中国への圧力のうち、情報通信業などのハイテク産業に対する圧力は他の業種と比べても強く、裏返せば米国が中国の脅威を最も警戒している分野であるといえる。
これまでもハイテク産業を巡っては、米国はスパイ容疑、サイバー攻撃などで中国の政府、企業を何度も批判していたが、特に2018 年に入ってからはそれが顕著となっている(図表6)。また、中国への圧力の強化については、与党共和党のみならず野党民主党からも支持されており、2018 年8月には中国に対する強硬策が多く盛り込まれた2019 会計年度(18 年10 月〜19 年9 月)の国防権限法2019*2 が成立した。
足元でも、2018 年12 月初の米中首脳会談で協議再開を決めたのとほぼ同じタイミングで、ファーウェイ副会長のカナダでの逮捕事件が発生しており、問題の根深さがうかがえる。
   図表6 米政府の中国ハイテク産業への圧力(2018 年)
2018 年 4 月 / 米連邦通信委員会は国内の通信会社に対し、ファーウェイ、ZTE を念頭に安全保障上の懸念がある外国企業から通信機器を調達するのを禁じる方針を決定。米商務省は、ZTE が米国による対イラン制裁措置に違反し、イランに米製品や技術を輸出していたとして、7年間の米国内での販売禁止措置・米企業との取引禁止(部品供給を停止する措置)を発表(7月に解除)。
2018 年 8 月 / 米政府機関が、ファーウェイ、ZTE など中国の通信5社の製品またはその部品を組み込んだ他社製品の調達を2019 年8月から禁止する国防権限法2019 が成立(2020 年8月からは5社の製品を使う企業との取引も打ち切る)。こうした動きは他国にも広がり、日本政府も中央省庁の情報通信機器の調達において同調する方針を表明。日本の民間携帯大手も5Gで中国製機器を採用しない方針を表明。
2018 年 12 月 / イランとの違法取引をめぐる詐欺の疑いで、米国の要請に基づきカナダがファーウェイ副会長を逮捕、米国が身柄引き渡しを要求。
このように米国が様々な分野において優位性を維持し、中でも現在の米国企業の稼ぎ頭である情報通信業などのハイテク産業において覇権を維持することが目的であれば、米中貿易摩擦の解決は簡単なものではなく、対立の長期化は必至と考えられる。また、米中通商交渉の統括責任者が、昨年12 月に実務派のムニューシン財務長官から、対中強硬派のライトハイザーUSTR(米国通商代表部)代表に交代していることや、筋金入りの対中強硬派であるナバロ大統領補佐官(通商担当)も交渉の主要メンバーに加わっていることから判断しても、対中圧力が簡単に緩和される可能性は低そうである。
一方の中国の習近平政権も、3月に全国人民代表大会(全人代)を控えて大幅な譲歩が難しいうえ、いったん目標として掲げた中国製造2025 の内容を米国の圧力によって修正したとなれば、国内での政治的な地位が揺らぐリスクがあり、安易な妥協はできないであろう。
3.両国経済および世界経済への影響
このように、両国の対立がエスカレートするリスクがある中で、懸念されるのが景気への影響である。
一般的に、保護貿易を強化した場合には、それが輸入を抑制し、国内生産の増加を促すため、景気にとってプラスとなるはずである(図表7)。しかし、その効果が出るまでにある程度の時間がかかることに加え、経済規模の小さい新興国の場合ならいざ知らず、米中ほどの経済大国になれば貿易相手が対抗策を講じることは必至であり、対立の深刻化は景気へのマイナスの効果の方が短期的には大きいと考えられる。
   図表7 保護貿易主義の経済への波及
保護貿易の強化
→ 金融市場の動揺  資産価格下落  → 景気にマイナス
  企業マインド悪化 設備投資減少    短期間で影響が出る
  貿易量の減少   企業業績悪化
  コストの増加   物価上昇・消費減
→ 製品競争力向上  輸入減・生産増 → 景気にプラス
  産業の育成・保護 生産増       効果が出るまで時間が必要
たとえば、2018 年になってから、両国の通商交渉の行方を巡って株式市場が一喜一憂して乱高下を繰り返しており、株価の下落幅が大きくなれば、逆資産価格を通じて景気にマイナスに寄与する。また、両国の対立が深まる中では、企業が政治リスクを回避するために慎重な経営判断を下すようになり、設備投資の抑制につながる。さらに、相手国への輸出が落ち込むことで国内生産が悪化する一方で、相手国からの輸入品価格が高まるため、コスト増加が企業業績や個人消費にマイナスに効くと考えられる。
以上は、一般的な保護貿易の及ぼす影響であるが、ここでもう少し、米中両国の産業構造も考慮して、具体的な影響を想定してみよう。 トランプ大統領が主張するように不公平な競争状態の下で、輸入品と競合を続けている製品では、関税引上げで国内製造業の価格競争力が回復し、産業が復活する可能性はある。実際、鉄鋼・アルミ製品への関税引上げ後は、米国の鉄鋼生産が回復し、雇用者も増加しているという動きが観察される。また、米国内での生産規模の大きい自動車産業においても、生産が増加する可能性はある。
その一方で、パソコン、スマートフォンなど米国を代表する情報通信機械類は、中国の安い労働力を利用して組み立てることで多額の利益をあげているケースがあり、こうした企業では、中国から国内に生産拠点を移転させると製造コストが膨らむため、利益が大幅に減少することになりかねない。また、そもそも米国内に生産機能が一切ない場合には、高い関税を払ってでも中国から輸入を続けるしかない。
同様に、中国からの輸入に頼っている衣料品、軽工業品、食料品などでも、国内生産への切り替えは難しく、中国以外の国からの調達に切り替えることも容易ではない。企業のグローバル化、水平分業化が進んだ結果、国境をまたぐ最適なサプライチェーンが構築済みであり、これが崩壊すると再構築するには相当の手間とコストが発生することになる。また、トランプ大統領が次期大統領選で落選すれば政策が一気にひっくり返る可能性があり、企業としても新規の投資には慎重にならざるを得ない。
このため、米国での関税引上げは、国内生産復活と製造業の雇用者増加のプラス効果が一部で見込まれる半面で、企業の利益を押し下げるか、企業が関税引上げ分を消費者に転嫁するのであれば、家計の負担が増えて需要が落ち込むというマイナス効果が見込まれる。そしてプラス効果とマイナス効果を比較した場合、マイナス効果の方が圧倒的に大きいというのが大勢の見方であり、米国内でも小売業ばかりでなく、製造業の中にも関税引上げに反対する意見が増えている。最もわかりやすいのは、米ゼネラル・モーターズ(GM)が昨年11 月に米国内の4拠点を含む北米5工場(3つの完成車工場と2つの部品工場) で生産を停止したケースであり、これは鉄鋼・アルミニウムへの追加関税による原材料費の上昇が一因となっている。
中国においても、米国への輸入に頼っている大豆などの輸入品価格が上がるというマイナス効果に加え、価格競争力を失って米国への輸出が減る、もしくは関税引上げ分を輸出企業が負担するのであれば、企業の利益が目減りするというマイナス効果を被ることになる。もちろん、中国における米国企業や日本企業の対米輸出品も対象となる。
このように、代替の効かない製品まで含めて全ての輸入品を対象にした関税の引上げ合戦は、両国にとって消耗戦以外の何物でもないと考えられる。さらに、こうした報復合戦が、中国以外の国や地域との間にも広がっていけば、自由貿易を危機にさらすことになると同時に、世界の貿易が縮小し、各国の景気を悪化させることになりかねない。
IMF、OECDが米中貿易摩擦の両国および世界経済への効果を試算している(図表8、9)。
   図表8 関税引上げの影響〜IMF試算(短期的影響)
   図表9 関税引上げの影響〜OECD試算
これらによれば、現段階までの関税の引上げにとどまるなら、米中両国の景気および世界経済への影響は比較的軽微にとどまる見込みである。しかし、今後も関税の引上げ合戦が続けば、徐々にマイナスの影響が強まり、株価の急落など金融市場の混乱にまで至れば世界経済の悪化(おそらく世界同時不況)の懸念が高まる。
米国の貿易統計から両国の足元の輸出動向をみると、中国からの輸出は関税引上げ前の駆け込みもあって秋以降に急増している(図表10)。一方、米国からの輸出は夏場以降に急速に落ち込んでいるが、これは主に大豆などの農産品の減少によるものであり、米国の製造業への直接的な影響はまだ見られない。両国の輸出が本格的に落ち込むのは、おそらく2019 年に入ってからになると思われる。
もっとも、そうした先行きを懸念して、すでに企業の景況感が悪化し、企業活動も慎重になりつつある。両国の製造業の購買担当者指数をみると、中国ですでに活動の拡大と縮小の分かれ目である50%を下回っており、米国では依然として水準は高いものの、足元で急速に低下している(図表11)。このままの状態が続けば、足元では金融市場や企業マインドへの影響にとどまっていたマイナス効果が、実体経済にも着実に広がっていくと懸念される。
   図表10 米中の輸出動向(米国統計による)
   図表11 米中の購買担当者指数(製造業)の推移
4.今後の動向〜世界経済の悪化は回避するべき
以上みてきたように、このまま対立が続けば、両国景気にとって、深刻な悪影響が出ることは間違いない。特に、米国に対する輸出量が多い中国経済への打撃が大きいと考えられる。このため、中国は数値目標の導入も含め、エネルギー、農産品の購入を増やすことで対米黒字の削減に応じる姿勢をみせている。
とはいえ、不公正な貿易慣行への見直しを強く要求する米国の姿勢が軟化する可能性が低い半面で、中国も製造2025 の大幅な変更を受け入れる余地はない。このため、米中貿易摩擦は短期的に完全な形で解決することは難しい情勢である。
しかし、そもそも米中両国には、世界第一位と第二位の経済大国として、自らの対立が世界経済を悪化させることを回避する義務があるはずだ。少なくとも、現状の対立点について、かつて日米間の貿易交渉がそうであったように、短期間での決着を図るのではなく、時間をかけて打開していく必要がある。両国に大国としての自覚があれば、お互いに共倒れになるのはギリギリで回避されるのではないか。そして、そのギリギリのタイミングは着実に近づいている。  

*1 製造業の中でも特に重視する分野を10 大産業として特定し、次世代産業として国を挙げて育成することで、2025 年に中国が製造強国入りすることを目指す習近平国家主席の掲げる戦略的な産業政策。2015 年3月の全人代で製造大国から製造強国への転換を目指す方針が示唆され、同年5月に正式に公布された。
*2 米国の国防予算の大枠を決めるために毎年策定される法律で、法案は上下院を通過した後、大統領の署名を経て成立する。
 
 
 
 
 

 

●餓鬼
●餓鬼 1 
1
仏教で説く六道の一つの餓鬼道に住むもの。あるいは人間とともに住む餓鬼もいるといわれる。常に飢えと渇きに苦しみ悩まされ、餓鬼の腹は出て皮と筋と骨ばかりで、長い間食物について聞くことも見ることもなく 、たとえ見たとしても食べることはできない。また食べようとして口のところにもってくると炎となってしまうこともあるといわれる。さらに子供の貶称に用いることもある。
2
《〈梵〉pretaの訳。薜茘多(へいれいた)と音写》生前の悪行のために餓鬼道に落ち、いつも飢えと渇きに苦しむ亡者。「餓鬼道」の略。《食物をがつがつ食うところから》子供を卑しんでいう語。「手に負えない餓鬼だ」
3
サンスクリットpretaの漢訳。鬼とも訳す。六道、三悪道の一つ。前生の悪行や貪欲(どんよく)な性質の報いとして餓鬼道に生まれるといい、飲食に苦しみ、食う物が得られないものを無財餓鬼 、膿血を食べたり、残り物や施し物を食べることができるものを有財餓鬼という。
4
仏教においては、最高の境界である仏から最下位の地獄までを十位に分かち、餓鬼はその下から2番目の悪趣(あくしゆ)(悪い境界)の住人である。絶えず飢えと渇きに苦しみ 、咽喉はきわめて細く、腹部はふくれた姿で表されている。飲食物を口に近づけるとすべて炎となり、口に入れることはできないのである。天、人、修羅(しゆら)、畜生(ちくしよう)、餓鬼 、地獄を六道とも六(悪)趣とも言い、行いの善悪によって六道の中で生死を繰り返すのが輪廻(りんね)である。
5
生前の悪業の報いで、餓鬼道に落ちた亡者もうじや。体はやせ細り、のどは針のように細く、また、手にとった食物が火に変わってしまうため常に飢えに苦しんでいるとされる。「餓鬼道」の略。食物に飢えている者。また、貪欲な者。〔食物をむさぼることから〕子供を、卑しめて言う語。俗に、子供の意。
6
サンスクリット語プレータpretaの訳で、悲惨な状態にある死者をさす。原語は単に「逝ける者」を意味し、死者の霊をさす漢語「鬼(き)」に相当したが、仏教世界観において、迷いの生存形式である六道(ろくどう)の一つ(餓鬼道)となった。そこに住む者は絶えず飢餓に苦しめられるので「餓鬼」の熟語を生じ、咽(のど)は針のごとく細く、腹は山谷のごとくに膨れているなどと形容される。施餓鬼会(せがきえ)や盂蘭盆会(うらぼんえ)などでは彼らへの供養(くよう)が行われる。なお、俗に子供を餓鬼と称するのは、彼らが絶えず腹をすかせている存在だからである。[定方 晟]
7
「がきどう(餓鬼道)」の略。生前犯した罪の報いによって、餓鬼道に落ちた亡者。飲食しようとする食物はたちまち炎に変わるため飲食することができなくて、常に飢えと渇きとに苦しんでいるなどとされる。後世を弔う者もなく、苦しんでいる無縁の亡者。(比喩的に)飢えてやせ、または異様な姿をしている人、飲食をむさぼったり、物惜しみしたりする人、転じて人を卑しめののしる語。(食物をむさぼるところから)子供を卑しめていう俗語。「がきやみ(餓鬼病)」の略。
○餓鬼に苧殻(おがら) / 力のない者が折れやすい苧殻をふりまわすように、何の力にも頼りにもならないことのたとえ。
○餓鬼の断食(だんじき) / (断食をしようとは思わなくても、おのずから断食の状態になる餓鬼であるのに、の意から)あたり前のことなのに、特別のことをしているかのように人前をつくろうことのたとえ。
○餓鬼の飯(めし) / 盂蘭盆(うらぼん)に無縁仏のために供える食物。
○餓鬼の目に水見えず / (常にのどがかわいて苦しんでいる餓鬼には、かえって求めている水が目にはいらない、の意から)物を熱望しすぎて、かえって求める物が近くにあるのに気づかないこと。また、物事に熱心すぎて、かえって肝心の物を見落とすことのたとえ。
○餓鬼の物を=びんずる[=びんずり] / (「びんずる」は「引取(ひんど)る」の変化か。餓鬼の縁で賓頭盧(びんずる)にかけて)貧しい者から金品を強引にうばい取ることのたとえ。
○餓鬼も人数(にんじゅ) / つまらない人間でも、時には人並みなこともあり、多少の役割は果たすこと。また、多く集まればその勢いもあなどりがたくなることをたとえていう。
8
「餓鬼」には二つの意味があります。「生前の悪行が元で餓鬼道(がきどう)に落ち、いつも飢えと渇きに苦しむ亡者」「子供を卑しむ語」の二つです。
餓鬼道(がきどう)とは三大悪の一つで、生前の悪行や貪欲な性質の報いとして、死んだ際に落ちる場所とされています。飲食に苦しみ食べるものを得られない餓鬼を「無財餓鬼」と呼び、施し物や残り物を食べることのできる餓鬼を「有財餓鬼」と呼びます。
また、これらは妖怪の一種ともされ、骨と皮ばかりの痩せ細った体に丸く膨らんだ腹を持つ姿で描かれます。山中などで急な飢餓感に襲われる現象を「餓鬼憑き」と呼び、妖怪の伝承の残る地域も存在しています。
9
「食べ物を餓鬼のようにむさぼり食う」とか、子どもをののしって、「この餓鬼め」と使われる、この「餓鬼」という言葉は、『仏教辞典』によると「生前に嫉妬深かったり物惜しみやむさぼる行為をした人の赴(おもむ)く所である。餓鬼の悲惨な状況は種々に描写されているが、飲食物を得られない飢餓状況にあることは共通している」とある。だから、この言葉は、私たち日本人には、ある種の恐ろしさを持って受け止められてきたと言っていいだろう。
確かに「飽食の時代」という言葉が象徴するように、近年日本の国は、表面的には「飢餓」の恐れから解放されたかに見える。しかし、歴史をひもとけば、どれほど飢餓に苦しめられてきたかが分かるであろう。ひとたび飢饉が起こると、「餓鬼草紙」に描かれるような凄まじいすがたをさらしながら、人は、生きることになるのである。だから、何としても、食べることに困らない生活を実現しようと頑張ってきたのである。
ところが、日本の豊かさがマスコミで取り上げられていたころ、日本に住む、イタリア出身の修道女の言葉が、ある新聞のコラムに紹介されていた。それは、「日本は豊かな国です。でも、人々の心が必ずしも満たされずに悩んでいることは、一人ひとりに会うとすぐ分かってしまうのです」というものだった。
実は、このことを教えるのが、「餓鬼」という言葉なのである。何故なら、食べ物をむさぼり食う「餓鬼」のすがたは、食べても食べても満たされることのないすがたでもある。そのことが、「飢餓状況」にあるということだ。この「餓鬼」という言葉から教えられることは、私たち人間には、どれほど物質的に豊かになっても、満たされることのない欲求があるということだ。そして、その欲求が満たされないかぎり、心が満ち足りるということはないのである。
欲望を満たすことが生きる意味ではない。お釈迦様のことを「満足大悲の人」(中国・善導大師)とよぶのだが、それは、お釈迦様が、生きることに満ち足りた人であったからである。そこに、私たちの生き方の指針があるのではないだろうか。
10
餓鬼とは、生前において強欲で嫉妬深く、物惜しく、常に貪りの心や行為をした罪のむくいで、餓鬼道に落ちた死者のことであります。餓鬼道とは、仏教で説く六道、あるいは三悪道の一つで、ここに落ちた者は、常に飢えと乾きに苦しみ、腹は膨れあがり、のどは針のように細く、食物、飲物を手に取ると火に変わってしまうので、決して満たされる事がありません。餓鬼の苦しみを鎮める方法があり、それは施餓鬼会、施餓鬼供養、お施餓鬼です。子供を餓鬼、悪餓鬼、餓鬼大将と呼ぶのは、子供は貪るように食べることがあるため、餓鬼が比喩的に用いられるようになりました。
11
常に飢えと渇きに苦しむ亡者のこと。。ⓈpretaⓅpetaの訳。薛茘多へいれいた、閉戻多、薛茘などと音写し、鬼とも訳す。梵語Ⓢpretaは元来、死後祖霊それいになるまでの死者の霊を意味し、その間食物などの供物が必要とされた。転じて、仏教では飲食物の飢餓に悩む死者の霊の意味となり、中国では死者の霊を鬼と称したことから餓鬼と意訳された。餓鬼は当初、悪業の報いとして死後に受ける飢餓に苦しむ姿として描かれ(『十誦律』)、また布施の功徳により生天することができる死者霊的存在として扱われた(『餓鬼事経』)。やがて、輪廻の枠組みの中で、業報に応じて死後赴く五道(五趣。阿修羅あしゅらを除く)、六道(六趣)の一つの世界として位置づけられ、『正法念処経』)では、地下にある餓鬼世界の場所や餓鬼に二種あって、一種は人中に住し、他方は餓鬼世界に住すこと、慳貪けんどん・嫉妬しっとなどを原因として餓鬼世界に生まれ変わること、それぞれの業報によって三六の種類があることなどが詳細に説明される。また、地獄・畜生ちくしょうと共に三悪道さんあくどう(三悪趣)の一つともされる(『雑阿含経』)。この餓鬼世界をモチーフとした『盂蘭盆経』や『救抜焰口餓鬼陀羅尼経』は、先祖供養としての盆行事や、餓鬼や三界万霊供養としての施餓鬼会を生み出した。
餓鬼の言及
…ある量を表すときの単位につける接頭語で、1015倍の意味。記号にはPを用いる。国際単位系(SI)でSI接頭語の一つとして採用されている。例えば、光が1年間に進む距離 、すなわち1光年は9.46×1015mであるが、これは9.46Pm(ペタメートル)と表せる。…
…[鬼と仏教] 〈おに〉の観念に仏教が及ぼした影響は小さくない。仏教では〈死者〉(プレータpreta)の漢訳語に〈鬼〉の字を使っている。ただし、この死者は六道輪廻(りんね)のうちにあり 、絶えず飢えているので、〈餓鬼〉という熟語で呼ばれている。…
…古代インドの宗教に現れる死者霊。〈去った者〉〈死者〉を意味する語で、バラモン教では、とくに死亡してから1年間、つまり火葬をはじめとするさまざまな儀礼と 、最後に行われるサピンディー・カラナ(合霊祭)によってピトリpitṛ(祖霊)の列に加えられるまでの間の死者霊を指す。祭祀の対象となる祖霊に昇格する前の不浄の死者霊である。ところが死者に対し上述の一連の儀礼が 、子孫が絶えてしまうなどの理由で行われない場合、死者霊は不浄のまま、さらに攻撃的になってさまようことになる。…
…地獄で亡者を責める役柄の鬼は、千葉県匝瑳(そうさ)郡光町の広済寺で行われる鬼来迎(きらいごう)に登場するが、この鬼に責めてもらった病弱な者は、鬼の持つ霊力によって健康になるという信仰もある。地獄の鬼は京都市の壬生(みぶ)寺に伝承されている大念仏狂言の《賽の河原》《餓鬼角力(がきずもう)》にもみられる。この他 、鬼は田楽や能・狂言にも登場する。…
…さらに、このような儀礼による供物を絶たれた霊は飢渇にさいなまれ、あさましい物を食し、あさましい姿をとると考えられた。プラーナに現れるこのプレータの姿は 、仏典にみられるプレータ(餓鬼)の姿に等しい。ただし、ヒンドゥー教のプレータは祭祀を絶たれた者であるのに対し、仏教のそれは、前世で食物に対するむさぼりの心の強かった者が餓鬼道に落ちるというように 、業と輪廻の世界観で合理化されているのが特徴である。…
…また家族とは無関係であるが、自己の屋敷地にかつて住んでいた他人の霊を屋敷先祖、屋敷ボトケとなかば家族的に扱いながらも、これを無縁仏視してまつることもある。台湾の漢族にみられる中元節の餓鬼は横死した人 、恨みを残して死んだ人、夭折した人、死後の世話をしてくれる子孫をのこさずに死んだ人などの霊であるが、無縁仏の性格を考えるうえに参考となる。ホカドン 、トモドン、お客ボトケなどのいい方も無縁仏の概念に一つの規定を与えている。…
餓鬼仏さまと食平等
皆さまは"餓鬼仏(がきぼとけ)さま"って聞いたことがありますか?
「"餓鬼"は聞いたことがあるし、"仏さま"も知っています。でも二つを合わせた"餓鬼仏さま"ということばは初めて聞きます」。
こんなお答えが返ってきそうですね。子供の頃、悪いことをした時などに「このガキ!」などと近所のおじさんに怒鳴られた経験のある方もいらっしゃるでしょう。子供心にも"餓鬼"はあまり良い響きのことばではなかったのではないでしょうか。
餓鬼は、インドのことばで「プレータ」(preta)といって、もともとは「先に逝った人」とか「死者」を意味することばでした。それが、だんだん「貪る心をもった死者の霊」の意味をもつようになりました。そして、その果てに、死者だけでなく、比喩的に「貪りの心をもつ人」にも使われるようになったのです。
「餓鬼道」ということばも聞いたことがあると思いますが、これは「生前中に貪りの心をもった人が死後赴くところ」です。実際にあるかないかはともかく、死者が行く六つの世界の下から2番目にあるとされています。
これからお盆を迎えますが、お盆には、よくお施餓鬼(せがき)の法要が併せて行なわれます。もともとお盆とお施餓鬼は全く異なるルーツをもちますが、「餓鬼に供養する」ということで一緒に行なうことが多いのです。お寺には大きな施餓鬼棚(せがきだな)が設けられ、その上に「三界万霊(さんがいばんれい)」と書かれた位牌や五色の施餓鬼旗(せがきばた)が置かれ、餓鬼飯(がきめし)と呼ばれるお膳と水、山海の珍味や新鮮な野菜や果物などが供えられます。ご家庭でも仏壇の前に新ゴザを敷いた机を置いて、お寺と同じように飾ります。私の住む地方では、多くのご家庭で、その机の下に別にお盆が置かれ、そこにもお膳が供えられます。これは餓鬼仏さま用です。
"餓鬼仏さま"とは、"餓鬼"と"仏さま"との熟語ではなく、"餓鬼"を仏として崇めて、"さま"を付けたことばと考えられます。無縁仏もそうですが、日本では亡くなった人を"ほとけ"と呼ぶ習慣があります。供養をいつも受けているご先祖さま方と違って、供養を受けることのない無縁仏の霊は、お腹が空いて仕方ありません。せっかくご先祖さま方に供養をしても、お腹を空かせた霊が指をくわえて周りで見ていたら、ご先祖さまも落ち着いて召し上がることはできません。私たちだって、もしそういう状況に置かれたら、せっかくのご馳走も味わうことができませんよね。それで、ご先祖さま方に差し上げるように、餓鬼仏さまたちにも供養をして差し上げるのです。
子供の頃から、寺では「食平等(じきびょうどう)」ということをよく聞かされました。「自分だけが美味しいものを食べられればよい」、「自分だけがよい思いをしたい」というのは餓鬼のはじまりです。「美味しいものはみんなで仲良く平等に」という食平等の優しさを教えてくれるのも、餓鬼仏さまを供養するお施餓鬼の大事な意味だと思います。ぜひ皆さまも、お盆には餓鬼仏さまへのお膳もご用意下さい。 
餓鬼の由来
「あの子は餓鬼大将だ」
「まだ餓鬼のくせして、生意気な奴だ」
などと、もっぱらいたずら盛りの子どもたちをののしっていう場合に、「餓鬼」を使う。
しかし、元来「餓鬼」というのは、生前の罪のむくいで、餓鬼道におちた亡者のことである。餓鬼道とは、仏教で説く六道、あるいは三悪道の一つで、ここにおちた者は、不浄のところにおり、常に飢えと渇きに苦しむ。しきりに水や食物を欲しがるが、腹ばかりふくれあがり、のどは針のように細く、物を飲み食いしようとするたびに、その水や食物は濃い血膿や炎と化してのどに通らない。まことに悲惨きわまる、やせひからびた姿として描かれることが多い。
餓鬼には「無財餓鬼」と「有財餓鬼」との区別がある。前者は常に物を欲しがる類であるが、後者はあり余るほど豊かな金品に恵まれながら、けちんぼで一層欲心をつのらせ、そのためにかえって苦しむ類である。前述のように、子どもを「餓鬼」と呼ぶのは、無財餓鬼の性格から来たものであろう。
お寺で行われる法会の一つに「施餓鬼会」というのがあるが、これは、飢えに苦しむ生類や弔う者もいない死者の霊に、飲食物を施し供養するためのものである。  
六道の辻 [ 「六道」の説明 ]

 

●餓鬼 2 
仏教の世界観である六道において餓鬼道(餓鬼の世界)に生まれた者。原語の preta はかつては死者の霊を指したが、仏教において輪廻転生の生存形態である六道に組み込まれた。preta は鬼とも訳される。
餓鬼は、三途・五趣(五道)・六趣(六道)の一つ。餓鬼は常に飢えと乾きに苦しみ、食物、また飲物でさえも手に取ると火に変わってしまうので、決して満たされることがないとされる。ただし、天部と同じように福楽を受ける種類もいるとされる。
餓鬼の住処
餓鬼の本住所は、閻魔王が主である閻魔王界である。
正法念処経 / 「正法念処経」巻16によれば、餓鬼の住処は2つある。
1 人中の餓鬼。この餓鬼はその業因によって行くべき道の故に、これを餓鬼道(界)という。夜に起きて昼に寝るといった、人間と正反対の行動をとる。
2 薜茘多(餓鬼)世界の餓鬼。閻浮提の下、500由旬にあり、長さ広さは36000由旬といわれる。しかして人間で最初に死んだとされる閻魔王(えんまおう)は、劫初に冥土の道を開き、その世界を閻魔王界といい、餓鬼の本住所とし、あるいは餓鬼所住の世界の意で、薜茘多世界といい、閻魔をその主とする。余の餓鬼、悪道眷属として、その数は無量で悪業は甚だ多い。
餓鬼の種類
無威徳鬼と有威徳鬼の2種類があり、無威徳鬼は飢渇に苦しめられるが、有威徳鬼は天部と同じく多くの福楽を受ける。
阿毘達磨順正理論
「阿毘達磨順正理論」31は、3種×3種で計9種の餓鬼がいると説く。少財餓鬼と多財餓鬼の2つを有財餓鬼ともいう。
1 無財餓鬼 - 食べることが全くできないもの。飲食しようとするも炎などになり、常に貪欲に飢えている。唯一、施餓鬼供養されたものだけは食することができるといわれる。
2 少財餓鬼 - 膿、血などを食べるもの。ごく僅かな飲食だけができる餓鬼。人間の糞尿や嘔吐物、屍など、不浄なものを飲食することができるといわれる。
3 多財餓鬼 - 人の残した物や、人から施されたものを食べることができるもの。天のような享楽を受ける者もこれに含む。多くの飲食ができる餓鬼。天部にも行くことが出来るものは富裕餓鬼ともいう。ただし、どんなに贅沢できても満ち足りることはないといわれる。
「一に無財鬼、二に少財鬼、三に多財鬼なり。この三(種)にまた各々三(種)あり。無財鬼の三は、一に炬口鬼、二に鍼口鬼、三に臭口鬼なり。少財鬼の三は、一に鍼毛鬼(その毛は針の如く以て自ら制し他を刺すなり)、二に臭毛鬼、三に癭鬼なり。多財鬼の三は、一に希祠鬼(常に社祠の中にありその食物を希うなり)、二に希棄鬼(常に人の棄つるを希うて之を食すなり)、三に大勢鬼(大勢大福、天の如きなり)」
正法念処経
「正法念処経」では36種類の餓鬼がいると説かれている。
1 鑊身(かくしん)、私利私欲で動物を殺し、少しも悔いなかった者がなる。眼と口がなく、身体は人間の二倍ほども大きい。手足が非常に細く、常に火の中で焼かれている。
2 針口(しんこう)、貪欲や物惜しみの心から、布施をすることもなく、困っている人に衣食を施すこともなく、仏法を信じることもなかった者がなる。口は針穴の如くであるが腹は大山のように膨れている。食べたものが炎になって吹き出す。蚊や蜂などの毒虫にたかられ、常に火で焼かれている。
3 食吐(じきと)、自らは美食を楽しみながら、子や配偶者などには与えなかった者がなる。荒野に住み、食べても必ず吐いてしまう、または獄卒などに無理矢理吐かされる。身長が半由旬もある。
4 食糞(じきふん)、僧に対して不浄の食べ物を与えたものがなる。糞尿の池で蛆虫や糞尿を飲食するが、それすら満足に手に入らず苦しむ。次に転生してもほとんど人間には転生できない。
5 無食(むじき)、自分の権力を笠に着て、善人を牢につないで餓死させ、少しも悔いなかった者がなる。全身が飢渇の火に包まれて、どんなものも飲食できない。池や川に近づくと一瞬で干上がる、または鬼たちが見張っていて近づけない。
6 食気(じっけ)、自分だけご馳走を食べ、妻子には匂いしか嗅がせなかった者がなる。供物の香気だけを食すことができる。
7 食法(じきほう)、名声や金儲けのために、人々を悪に走らせるような間違った説法を行った者がなる。飲食の代りに説法を食べる。身体は大きく、体色は黒く、長い爪を持つ。人の入らぬ険しい土地で、悪虫にたかられ、いつも泣いている。
8 食水(じきすい)、水で薄めた酒を売った者、酒に蛾やミミズを混ぜて無知な人を惑わした者がなる。水を求めても飲めない。水に入って上がってきた人から滴り落ちるしずく、または亡き父母に子が供えた水のわずかな部分だけを飲める。
9 悕望(きもう)、貪欲や嫉妬から善人をねたみ、彼らが苦労して手に入れた物を詐術的な手段で奪い取った者がなる。亡き父母のために供養されたものしか食せない。顔はしわだらけで黒く、手足はぼろぼろ、頭髪が顔を覆っている。苦しみながら前世を悔いて泣き、「施すことがなければ報いもない」と叫びながら走り回る。
10 食唾(じきた)、僧侶や出家者に、不浄な食物を清浄だと偽って施した者がなる。人が吐いた唾しか食べられない。
11 食鬘(じきばん)、仏や族長などの華鬘(花で作った装身具)を盗み出して自らを飾った者がなる。華鬘のみを食べる。
12 食血(じきけつ)、肉食を好んで殺生し、妻子には分け与えなかった者がなる。生物から出た血だけを食べられる。
13 食肉(じきにく)、重さをごまかして肉を売った者がなる。肉だけを食べられる。四辻や繁華街に出現する。
14 食香烟(じきかえん)、質の悪い香を販売した者がなる。供えられた香の香りだけを食べられる。
15 疾行(しっこう)、僧の身で遊興に浸り、病者に与えるべき飲食物を自分で喰ってしまった者がなる。墓地を荒らし屍を食べる。疫病などで大量の死者が出た場所に、一瞬で駆けつける。
16 伺便(しべん)、人々を騙して財産を奪ったり、村や町を襲撃、略奪した者がなる。人が排便したものを食し、その人の気力を奪う。体中の毛穴から発する炎で焼かれている。
17 地下(じげ)、悪事で他人の財産を手に入れた上、人を縛って暗黒の牢獄に閉じ込めた者がなる。暗黒の闇である地下に住み、鬼たちから責め苦を受ける。
18 神通(じんつう)、他人から騙し取った財産を、悪い友人に分け与えたものがなる。涸渇した他の餓鬼に嫉妬され囲まれる。神通力を持ち、苦痛を受けることがないが、他の餓鬼の苦痛の表情をいつまでも見ていなければならない。
19 熾燃(しねん)、城郭を破壊、人民を殺害、財産を奪い、権力者に取り入って勢力を得た者がなる。身体から燃える火に苦しみ、人里や山林を走り回る。
20 伺嬰児便(しえいじべん)、自分の幼子を殺され、来世で夜叉となって他人の子を殺して復讐しようと考えた女がなる。生まれたばかりの赤ん坊の命を奪う。
21 欲食(よくじき)、美しく着飾って売買春した者がなる。人間の遊び場に行き惑わし食物を盗む。身体が小さく、さらに何にでも化けられる。
22 住海渚(じゅうかいしょ)、荒野を旅して病苦に苦しむ行商人を騙し、品物を僅かの値段で買い取った者がなる。人間界の1000倍も暑い海(ただし水は枯れ果てている)の中洲に住む。朝露を飲んで飢えをしのぐ。
23 執杖(しつじょう)、権力者に取り入って、その権力を笠に着て悪行を行った者がなる。閻魔王の使い走りで、ただ風だけを食べる。頭髪は乱れ、上唇と耳は垂れ、声が大きい。
24 食小児(じきしょうに)、邪悪な呪術で病人をたぶらかした者が、等活地獄の苦しみを得た後で転生する。生まれたばかりの赤ん坊を食べる。
25 食人精気(じきにんしょうき)、戦場などで、必ず味方になると友人を騙して見殺しにした者がなる。人の精気を食べる。常に刀の雨に襲われている。10年〜20年に一度、釈迦、説法、修法者(仏・法・僧)の三宝を敬わない人間の精気を奪うことができる。
26 羅刹(らせつ)、生き物を殺して大宴会を催し、少しの飲食を高価で販売した者がなる。四つ辻で人を襲い、狂気に落としいれ殺害して食べる。
27 火爐焼食(かろしょうじき)、善人の友を遠ざけ、僧の食事を勝手に食った者がなる。燃え盛る炉心の中で残飯を食べる。
28 住不浄巷陌(じゅうふじょうこうはく)、修行者に不浄の食事を与えた者がなる。不浄な場所に住み、嘔吐物などを喰う。
29 食風(じきふう)、僧や貧しい人々に施しをすると言っておきながら、実際に彼らがやってくると何もせず、寒風の中で震えるままにしておいた者がなる。風だけを食べる。
30 食火炭(じきかたん)、監獄の監視人で、人々に責め苦を与え、食べ物を奪い、空腹のため泥土を喰うような境遇に追いやった者がなる。死体を火葬する火を食べる。一度この餓鬼になった者は、次に人間に転生しても必ず辺境に生まれ、味のある物は喰うことができない。
31 食毒(じきどく)、毒殺して財産を奪ったものがなる。険しい山脈や氷山に住み、毒に囲まれ、夏は毒漬けと天から火が降り注ぎ、冬には氷漬けと刀の雨が降る。
32 曠野(こうや)、旅行者の水飲み場であった湖や池を壊し、旅行者を苦しめた上に財物を奪った者がなる。猛暑の中、水を求めて野原を走り回る。
33 住塚間食熱灰土(じゅうちょうかんじきねつかいど)、仏に供えられた花を盗んで売った者がなる。屍を焼いた熱い灰や土を食べる。月に一度ぐらいしか食べられない。飢えと渇き・重い鉄の首かせ・獄卒に刀や杖で打たれる三つの罰を受ける。
34 樹中住(じゅちゅうじゅう)、他人が育てた樹木を勝手に伐採して財産を得たものがなる。樹木の中に閉じ込められ、蟻や虫にかじられる。木の根元に捨てられた食物しか喰えない。
35 四交道(しきょうどう)、旅人の食料を奪い、荒野で飢え渇かせた者がなる。四つ角に住み、そこに祀られる食べ物だけを食べられる。鋸で縦横に切られ、平らに引き延ばされて苦しむ。
36 殺身(さつしん)、人に媚びへつらって悪事を働いたり、邪法を正法のごとく説いたり、僧の修行を妨害した者がなる。熱い鉄を飲まされて大きな苦痛を受ける。餓鬼道の業が尽きると地獄道に転生する。
餓鬼への供養
餓鬼への供養として施餓鬼法がある。食物に『救抜焔口陀羅尼経』に説かれる陀羅尼によって加持すると餓鬼の苦を取り除くとされる。一般的には盂蘭盆供養の一つとして行われところから盆行事と混同されているが、施餓鬼法自体は本来は特定の月日の行事ではなく、僧院等では毎夜行われることもある。
民間信仰における餓鬼
仏教の布教とともに餓鬼が市井に広まると、餓鬼は餓鬼道へ落ちた亡者を指す仏教上の言葉としてではなく、飢えや行き倒れで死亡した人間の死霊、怨念を指す民間信仰上の言葉として用いられることが多くなった。こうした霊は憑き物となり、人間に取り憑いて飢餓をもたらすといい、これを餓鬼憑きという。
俗語の転用
子供は貪るように食べることがあるため、その蔑称・俗称として餓鬼(ガキ)が比喩的に広く用いられる。餓鬼大将・悪餓鬼など。  

 

●餓鬼 3 
よく子供のことを「ガキ」とか「ガキンチョ」といわれ、「ガキ大将」とか「ガキの使いやあらへんで!!」といいますが、もともと仏教の餓鬼から来ています。
私たちが生まれ変わり死に変わりを果てしなく繰り返す世界を「六道(ろくどう)」といいますが、その六道の一つを「餓鬼道(がきどう)」とか「餓鬼界(がきかい)」といい、ある行いをすると、餓鬼道に堕ちて餓鬼に生まれます。
では餓鬼道とは一体どんな世界で、どのような原因によって堕ちるのでしょうか。また堕ちない方法はあるのでしょうか?
お釈迦さまの『正法念処経』や龍樹菩薩の『大智度論』、 源信僧都の『往生要集』などによってみてみましょう。
餓鬼の姿と特徴
餓鬼というのは、骨と皮ばかりにガリガリにやせ細り、お腹だけをぷっくりと膨らませ、肌は黒く、鬼のような顔の醜いすがたの生き物です。種類によって大きさはまちまちで、30cm位の餓鬼もいれば、人間と同じくらいの餓鬼、山のように大きい餓鬼も存在します。
餓鬼は、いつもお腹をすかせているので、何か食べたくて仕方がありません。ほとんど何も食べていないので、ダイエット中くらいとは比較にならないほどお腹がすいています。
そのため、食べ物を見つけると、猛ダッシュで駆けよります。シャッと手を出して食べ物をつかみ、無我夢中で口にほおばろうとしますが、食べ物は、ボッと青白い炎になってしまい、食べられません。
火にならない場合も、口が針のように小さい為に食べられなかったり、口から火を噴いているために食べられなかったり、のどにこぶがあって、それが食道をふさいで食べられなかったり、飲み込んだものが火になって体を焼いて出てきたり、色々な餓鬼がいます。とにかく共通しているのは、いつも、食べたくて食べたくて仕方がないのにひもじい毎日を送っているところです。
もちろん喉もカラカラなので、水を見つけると、駆け寄って一心に飲もうとするのですが、水も口に近づけると火になってしまい、飲めません。そのためいつも喉がカラカラで、飲みたくて飲みたくて仕方がありません。
こうして、過去の行いによって、色々な種類の餓鬼がいますが、とにかく何でもいいから食べたい飲みたいという食欲にかられて、蛾などの昆虫や、人や動物の排泄物などを食べたり飲んだりして命をつないでいるあさましく醜い生き物です。
その上、餓鬼に生まれた場合の寿命は、人間界の一ヶ月を一日として、500年です。計算すると約1万5000年です。
餓鬼道は、もともと地下深くにありますが、餓鬼は人間界や天上界にも出てきているときがあります。餓鬼に取り憑かれると、自分のことしか考えず、欲深くなるので、よく昔は公家や貴族に取り憑いている絵が描かれていましたが、私たちも餓鬼にとりつかれないように気をつけましょう。
では、死んだ後、餓鬼に生まれるのは、どんな行いをした人なのでしょうか?
餓鬼道に堕ちる行い
どんな行いをすると、餓鬼に生まれるかについては、具体的なことが色々と説かれています。
例えば、貪欲にお金を集めたり、動物を食べるために殺すと、顔や目がなく、手足が短くて胴体が大きく、大きな胴体の中が火で焼けている餓鬼になります。
家族で自分だけ美味しい物を食べて、夫や妻や子供に与えないと、山のように大きくて、食べ物を見つけることができない餓鬼になります。
さらに、家族が見ている前で自分だけ美味しいものを食べると、匂いだけで食いつなぐ餓鬼になります。
酒を水増しして売ると、水辺に走り寄って水を飲もうとすると、後頭部を金棒で鬼に殴られて飲めず、橋を渡る人の靴からしたたり落ちた水をすばやく飲んで命をつなぐ餓鬼になります。
訪問してきた営業の人から商品をだましとると、植物が生えず、砂しかない海の中州に生まれて、暑い日差しに照らされながら、食べるものも飲むものもなく、わずかの朝露で命をつなぐ餓鬼になります。
このように、生前、布施の精神が乏しく、ケチで、他人のものを盗んだり、お金や食べ物を自分だけ楽しもうとする欲の心によって、餓鬼に生まれるのです。
餓鬼道に堕ちない方法
このように、餓鬼に生まれる原因は、欲の心ですから、欲の反対の布施に心がけて、欲の心がなくなれば、餓鬼道に堕ちなくても大丈夫です。
布施とは、他人に親切にすることで、お金や物を人に与えたり、手伝ったり、心をかけたりします。また、仏法を伝えるのは、法施といって、相手に本当の幸せを届けることになる、極めて尊い布施です。
布施をやってみて、もし欲の心がなくならないようであれば、さらに、六道輪廻の根本原因の心をなくして、欲の心あるがままで、六道輪廻を離れることもできます。その場合は、当然餓鬼道にも生まれません。 

 

●餓鬼 4 
仏教に登場する、常に飢えに苦しんでいる亡者。別名「薜茘多(へいれいた)」とも。
「餓鬼」は一言で言えば、悪いことをした人間が死後生まれ変わった存在です。仏教の世界では、死んだ生き物は別の生き物に生まれ変わるとされているのですが、その際生前の行いの善し悪しによって生まれ変わる生き物の種類が変わります。全ての生き物は大まかに6種類に分けられていて、「餓鬼」はその中の1種類なのです。
「餓」えた「鬼」、とあるように、彼らは常に飢えと渇きに苦しみ続けています。しかも、食べ物を食べようにも手にとっただけで燃えて無くなってしまうので、その苦しみを自らの手で解消することは不可能です。その為、体は骨と皮だけ、お腹はぷっくりと膨れ上がる等、極端に飢えた人間そっくりの姿をしています。ただ、全ての餓鬼が何も食べれないのか、というとそういう訳ではなく、餓鬼の中でもいくつかのランク分けがされていまして、ランクの高い餓鬼ほどより多くの食事にありつけたりします。
一番下のランクの餓鬼は無財餓鬼(むざいがき)と言い、その名の通り何も口にすることができません。逆に食べ物をいくらか食べることのできる餓鬼を有財餓鬼(うざいがき)と言い、さらに有財餓鬼は少財餓鬼(しょうざいがき)と多財餓鬼(たざいがき)の2種類に分類されています。少財餓鬼は死体や糞尿などの汚れたものしか食べることができませんが、多財餓鬼は大抵のものは食べることができます。なんと神様の住む世界にも行くことができます。無財餓鬼や少財餓鬼とはえらい違いですね。
そんな羨ましい限りの多財餓鬼ですが、そうは言っても餓鬼は餓鬼。どんなに良い暮らしが出来たとしても餓鬼であることに変わりはなく、いくら食べても満腹になることはないのです。そう考えると、贅沢のできる多財餓鬼の方が逆に辛いかもしれませんね。ほら、一度手を染めると元には戻れない的な・・・いえ、別に深い意味はありません、決して。
このように、食べられる量や質の違いで3種類に分けられている餓鬼ですが、これはあくまでも全体的な分類に過ぎません。5世紀頃に作られたとされる「正法念処経(しょうぼうねんじょきょう)」という書物には、なんと36種類もの餓鬼が存在すると記されています。しかも、この罪を犯したものがこの餓鬼になる、といった細かい解説がされていて、結構しっかりしてます。その36種類の餓鬼とは、以下のとおりです。
1.鑊身餓鬼(かくしんがき)
私利私欲で動物を殺したにも関わらず、全く反省しなかった人がこの餓鬼になります。手足が細く、身長が普通の人間の二倍もあるという大柄な餓鬼なのですが、この餓鬼の最大の特徴は、常に火の中で焼かれていることです。飢えで苦しい上に熱さでさらに苦しいというなんとも哀れな餓鬼ですが、後々登場する餓鬼と比べればこれでもまだいい方だったりします。
2.針口餓鬼(しんこうがき)
欲張りな心を持つがゆえに、困っている人に物を与えなかったりした人がこの餓鬼になります。針口餓鬼はその名の通り口が針の穴のように小さく、食べたものが炎になって吹き出してしまうため、物を食べることができません。また、蚊や蜂にたかられており、なおかつ常に火で焼かれています。つまり、飢えと熱さと虫で三重苦。2番目にして鑊身餓鬼の苦しみを超えてしまいましたが、まだまだ序の口です。
3.食吐餓鬼(じきとがき)
自分は美味しい物を食べていながら、家族にはそれを分け与えなかった人間がこの餓鬼になります。荒野に住んでいる餓鬼で、食べ物を食べること自体はできるのですが、鬼たちによって無理やり吐かされてしまうので結局食べることはできません。ちなみに身長は約3.6km。でかいってレベルじゃない。
4.食糞餓鬼(じきふんがき)
仏教に入り出家した人に対して、汚れた食べ物を与えた人間がこの餓鬼になります。この餓鬼は糞尿の池の中で蛆虫や糞尿を食べているのですが、それすらも満足に食べることはできず、また次に生まれ変わっても人間に戻ることはほとんどできないという、まさに踏んだり蹴ったりな餓鬼なのです。ある意味一番辛い餓鬼かも知れない。
5.無食餓鬼(むじきがき)
自分の権力を振りかざして、罪のない人を牢屋に閉じ込めて餓死させた挙句、反省もしなかった人間がこの餓鬼になります。無食餓鬼は鑊身餓鬼と同様に全身を火に包まれており、何も飲み食いすることができません。特に水に嫌われており、水を飲もうと池や川に近づくと一瞬で干上がってしまいます。雨が降ったらどうなるんですかね?
6.食気餓鬼(じっけがき)
自分だけご馳走を食べて、家族には匂いしか嗅がせなかった人間がこの餓鬼になります。匂いしか嗅がせなかった罰として、この餓鬼はお供え物の香りしか食べることができません。他人にやったことを自分が罰として受ける、といったタイプの餓鬼は結構いたりします。
7.食法餓鬼(じきほうがき)
金儲け等のあくどい理由のために、人々に悪の道へと走らせるような間違った説法をした人間がこの餓鬼になります。食法餓鬼は食べ物を食べることはできませんが、代わりに「説法」を食べることができます。身体的特徴としては身体が大きく、皮膚の色は真っ黒で、長い爪を持っています。また、人の入らないような過酷な土地に住んでいて、常に虫にたかられており、いつも涙を流しているそうです。なんというかもう、悲惨という他ありませんね。餓鬼の世界は大変です。
8.食水餓鬼(じきすいがき)
お酒を水で薄めて売ったり、蛾やミミズを混ぜたりするなどの、酒に関する悪行を行った人間がこの餓鬼になります。この餓鬼は水を飲むことができないのですが、水に入って上がってきた人間から滴り落ちてくる水や、子供が親の墓前に供えた水をわずかに飲むことができます。限られた水滴しか飲めないというかわいそうな餓鬼ですが、上記の方たちに比べたら全然マシな気がしてなりません。
9.悕望餓鬼(けもうがき)
善良な人々が苦労して手に入れたものを、詐欺まがいの手口で奪った人間がこの餓鬼になります。手足はボロボロ、顔は黒くしわだらけで、その顔は伸びた頭髪で覆われています。親の供養のために供えられたものしか食べることができず、常に前世に対する後悔の念にさいなまれて泣いているそうです。「親への供物しか食べることができない」というのもまた皮肉な話ですな。
10.食唾餓鬼(じきたがき)
仏教に入っている人に対して、宗教上の理由で食べてはいけないとされている物を、食べていいものだと偽って与えた人間がこの餓鬼になります。食唾餓鬼は人が吐いた「つば」しか食べることができません。・・・それってキスを迫って来るってことだろうか。うわぁ。
11.食鬘餓鬼(じきまんがき)
仏堂などに供えられる、花で作られた装飾具である「華鬘(けまん)」を盗んで自分のものにしてしまった人間がこの餓鬼になります。華鬘を盗んだ、ということで華鬘しか食べることができません。ちなみに、現在の仏教では華鬘は専ら金属や木の皮などで作られていて、花で作られた華鬘というのはほとんどありません。哀れなり、食鬘餓鬼。
12.食血餓鬼(じきけつがき)
肉を食べるためにしょっちゅう生き物を殺し、なおかつ家族には肉を与えなかった人間がこの餓鬼になります。食血餓鬼は生き物から出た血だけしか食べられないのですが、それってつまり血を求めて誰それ構わず襲い掛かるということでしょうか。なんと恐ろしい。
13.食肉餓鬼(じきにくがき)
肉を売る際に重さをごまかして売った人間がこの餓鬼になります。肉だけを食べることができる餓鬼で、十字路や繁華街などによく出没します。精肉店で万引きをしている人がいたら、その正体は食肉餓鬼かもしれません。
14.食香烟餓鬼(じきかえんがき)
質の悪いお香を販売した人間がこの餓鬼になります。食香烟餓鬼の「香烟」とは中国語で「お焼香の煙」を意味する言葉で、お供えされたお香の香りだけを食べることができます。食気餓鬼とよく似ていますが、あちらはお供え物全ての香りを食べられるのに対し、こちらはお香の香りしか食べることができません。まあ、お供え物のそばには大抵お香がありますけどね。
15.疾行餓鬼(しっこうがき)
お坊さんであるにも関わらず、病気の人に与えるべき飲食物を自分で食べてしまった人間がこの餓鬼になります。死体しか食べられないため、墓地に現れて墓を荒らしまわるはた迷惑なやつです。また、大量の死者が出た場所に一瞬で駆けつけるという特殊能力を持っています。肉が食えて、しかも特殊能力持ちとはなかなか恵まれてる餓鬼ですね。
16.伺便餓鬼(しべんがき)
村や町を襲撃して人の財産を奪うなどの略奪行為を行った人間がこの餓鬼になります。この餓鬼は人が排便したものを食べて、その人の気力を奪ってしまいます。また、体中の毛穴から炎が吹き出しており、全身を焼かれています。燃えている餓鬼はこれで4体目。どんだけ燃やすのが好きなんですかね。
17.地下餓鬼(じげがき)
悪事を行って他人の財産を奪い、さらに人を縛って暗い牢獄に閉じ込めるという罪を犯した人間がこの餓鬼になります。地下餓鬼は暗闇に包まれた地下の世界に住んでいて、常に鬼たちから苦しい罰を与えられています。何を食べられるのかは資料に載っていないため、残念ながら不明です。これ以降、何を食べられるのかわからない餓鬼が何体か出てきます。考えるのが面倒になったのだろうか。
18.神通餓鬼(じんつうがき)
人から奪った財産を悪い友人に分け与えた人間がこの餓鬼になります。この餓鬼は神通力を持っていて、苦痛を受けることがありません。しかし、他の餓鬼から嫉妬されていて常に周りを囲まれているため、彼らの苦痛の表情をいつまでも見ていなければならないのです。まあ、こんな能力があれば嫉妬も受けますよね。
19.熾燃餓鬼(しねんがき)
城の破壊、人の殺害、財産の強奪を行い、さらに勢力を手に入れるために権力者に取り入った人間がこの餓鬼になります。熾燃餓鬼は身体から出る火に燃やされていて、山や人里を走り回りながら苦しみ続けています。火だるま状態で山や人里を駆け回るとか迷惑すぎる。
20.伺嬰児便餓鬼(しえいじべんがき)
自分の子供を殺されたことを恨み、「夜叉(やしゃ)」という鬼神に生まれ変わって他人の子供を殺して復讐しようと考えた女の人がこの餓鬼になります。この餓鬼は生まれたばかりの赤ん坊のもとに現れて、その子の命を奪ってしまいます。って、結局殺すんじゃないすか!やだーー!
21.欲食餓鬼(よくじきがき)
美しく着飾って売春、買春をした人間がこの餓鬼になります。この餓鬼は人々の遊び場に現れ、人を惑わして食べ物を盗んでしまいます。また、身体が小さく、何にでも化けられるという能力を持っています。私もそんな能力を手に入れてみたいです、はい。
22.住海渚餓鬼(じゅうかいしょがき)
各地を旅している貧しい行商人を騙して、品物を安値で買い取った人間がこの餓鬼になります。人間の世界の1000倍も暑い海の中の、砂が積もって島のようになったところに住んでいて、朝露を飲んで飢えをしのいでいます。ちなみに住海渚餓鬼が住むこの海は、猛烈な暑さの影響で水は枯れて無くなっています。それって海と言っていいんでしょうか。
23.執杖餓鬼(しつじょうがき)
権力を振りかざして悪行を行った人間がこの餓鬼になります。地獄の王である「閻魔王(えんまおう)」の使い走りとして働いていて、食べ物は風だけしか食べることができません。特徴として、頭髪が乱れており、上唇と耳は垂れ下がっていて、声が非常に大きいです。閻魔王の使い走り・・・ちょっと羨ましいかも。
24.食小児餓鬼(じきしょうにがき)
病気を治すための呪術を使う際、邪悪な呪術を使って病人を騙した人間が、「等活地獄(とうかつじごく)」という所で罰を受けた後にこの餓鬼になります。この餓鬼は生まれたばかりの赤ん坊を食べようと襲い掛かってきます。ちなみに、等活地獄の刑期が終了するのは地獄の時間で500年、人間の世界の時間に換算するとざっと1兆6653億1250万年後です。その後にまだ餓鬼としての罰が残っているとか、考えたくもないですね。
25.食人精気餓鬼(じきにんしょうきがき)
戦場などで、味方になると友人に言っておきながら見殺しにした人間がこの餓鬼になります。この餓鬼は常に刀の雨に襲われていて、人間の精気を食べて暮らしています。また、10〜20年に一度だけ、仏教徒が敬うべき三つの要素「三宝(さんぽう)」を敬わない仏教徒の人間の精気を奪うことができます。三宝とは、「仏様」、 「仏様の教え」、「仏教の教えを守っている出家した人たち」の三つのことで、それぞれの名をとって「仏法僧(ぶっぽうそう)」と呼ばれています。仏教徒になるにはこの三つを敬うことが前提条件であり、仏教徒になっているにも関わらずそれを敬っていないというのはたいへん罪深いことなのです。なので、そんな人間は食人精気餓鬼に精気を奪われても仕方ないのです。10〜20年とスパンはかなりありますが。
26.羅刹餓鬼(らせつがき)
殺した生き物を料理して大宴会を開催し、少量の食べ物を高値で売った人間がこの餓鬼になります。十字路で待ち構えて人を襲い、その人を狂気に陥れて殺して食べてしまいます。おそらく全餓鬼の中で最も凶暴な餓鬼。出現場所が「十字路」というありふれた場所なのもまた恐ろしいですね。
27.火爐焼食餓鬼(かろしょうじきがき)
善い友人との関係を遠ざけ、お坊さんたちの食べ物を勝手に食べてしまった人間がこの餓鬼になります。火鉢や囲炉裏などの火爐の火の中で残飯を食べて暮らしています。さるかに合戦の栗を思い出しますね。
28.住不浄巷陌餓鬼(じゅうふじょうこうはくがき)
仏教の修行者に宗教上の理由で食べてはいけないものを与えた人間がこの餓鬼になります。汚れた場所に住んでいて、嘔吐物などの汚れたものを食べています。まさに汚れづくしです。
29.食風餓鬼(じきふうがき)
お坊さんや貧しい人たちを助けると言っていたにも関わらず、実際に彼らがやって来ると助けるどころか外に放り出して寒風に当たらせて凍えさせた人間がこの餓鬼になります。執杖餓鬼と同じく、風だけしか食べることができません。彼らも使い走りにしたらどうですかね、閻魔様。
30.食火炭餓鬼(じきかたんがき)
監獄に収容されている人々に様々な苦しみを与え、空腹に耐え兼ねて土を食べるような境遇に陥れた監獄の監視人がこの餓鬼になります。この餓鬼は死体を火葬する際に使われる火を食べています。また、食火炭餓鬼になった者は次に人間に生まれ変わっても必ず辺境の地に生まれてきて、味のある物は一生食べることができなくなってしまいます。生まれ変わっても救いがないなんて・・・ この餓鬼には絶対なりたくないですな。
31.食毒餓鬼(じきどくがき)
財産を奪うために人を毒殺した人間がこの餓鬼になります。食毒餓鬼は険しい山脈、もしくは氷山に住んでいます。その周りは毒に囲まれていて、夏は毒の中で空から降ってくる火に苦しみ、冬は氷の中で刀の雨に苦しめられます。まさに責め苦のオンパレードですね。受けたくはないですが。
32.曠野餓鬼(こうやがき)
旅行者の水飲み場となっている湖や池を破壊して人々を苦しめた上、財産をも奪っていった人間がこの餓鬼になります。水を奪った罰として、猛烈な暑さの中で水を求めて野原を走り回る苦しみを受けます。湖や池を破壊するってなかなかの重労働な気がしますが、そんなことまでして欲しかった財産とはなんだったのか。
33.住塚間食熱灰土餓鬼(じゅうちょうかんじきねつかいどがき)
仏様にお供えされた花を盗んで売ってしまった人間がこの餓鬼になります。死体を焼いた時の熱い灰や土を食べて暮らしていますが、月に一度程度しか食べることができません。また、飢えの苦しみに加え、重い鉄でできた首枷(拘束具)をつける、鬼たちに刀や杖で身体を叩かれるという三種類の罰を受け続けなければなりません。なかなか苦しい生活を送っていらっしゃるこの餓鬼ですが、とにかく名前が長い!「食熱灰土餓鬼」だけでよかったんじゃないですかね。
34.樹中住餓鬼(じゅちゅうじゅうがき)
この餓鬼は木の中に閉じ込められていて、常に虫にかじられて苦しんでいます。また、食べ物は自分が閉じ込められている木の根元に捨てられたものしか食べることができません。閉じ込められているのにどうやって根元にある食べ物を食べるんだとか思ったそこのあなた、気にしてはいけません。
35.四交道餓鬼(しきょうどうがき)
旅人の食料を奪って、その人を飢えさせた人間がこの餓鬼になります。この餓鬼は十字路に住んでいて、そこに祀られている食べ物だけを食べることができます。また、罰としてのこぎりで縦横に切られ、さらに平らに引き伸ばされるという苦しみを受けなければなりません。バラバラにされてもペッタンコにされても死なないとか、餓鬼の生命力は半端ないですな。当の本人にとっては全然嬉しくないでしょうが。
36.殺身餓鬼(せっしんがき)
人に媚を売って悪い事をしたり、間違った教えをさも正しいかのごとく人々に伝えたり、お坊さんたちの修行を邪魔したりした人間がこの餓鬼になります。殺身餓鬼は罰として、真っ赤になった熱い鉄を飲まされる苦しみを受けています。また、もし次に生まれ変わったとしても、次は必ず地獄の亡者に生まれ変わるため苦しみから逃れることはできません。食小児餓鬼と同じく地獄で罰を受けるタイプの餓鬼ですが、あちらとは順番が前後しています。だから何か変わるのかというとそういう訳ではないのですが、後に地獄に行く殺身餓鬼の方が精神的に辛いかもしれませんね。

とまあ、こういったラインナップなのですが、正直言って無駄に数だけ増やしているような気がしてなりません。まあ、仏教はとにかく数を増やすのが大好きな宗教ですので仕方ありません。何せ、10の7乗×2の122乗、つまり10を37218383881977644441306597687849648128回かけた数を表す「不可説不可説転(ふかせつふかせつてん)」なんて単位を作っちゃうくらいですから。そこが仏教の面白いところでもあるので、私は嫌いではないのですが。
基本的に餓鬼は悪人の生まれ変わりであるため、自力でその苦しみから逃れることはできません。しかし、私たち人間の手によって餓鬼たちを苦しみから救い出す方法があります。それが施餓鬼(せがき)です。一年に一回、7月15日の中元(この日に贈る贈り物を「お中元」という)の日に死者を弔う行事が全国各地で広く行われているのですが、各寺院では同じ日に餓鬼を弔う法会である施餓鬼を行い、死者とともに供養しています。この施餓鬼供養を受けることで、餓鬼たちは苦しみから逃れて極楽へと旅立つことができるのです。
ちなみにこの施餓鬼はほぼ全てのお寺で行われていますが、浄土真宗のお寺のみ施餓鬼を行っていません。餓鬼に対して優しくない!と思うでしょうが、浄土真宗的に言えば私たちが救おうと考えている頃にはもう仏様がお救いくださっているだろう、ということなので全く問題ないのです。さすがは他力本願の浄土真宗、仏様は偉大です。
さて、散々お話したとおり「餓鬼」とは悪人が死後生まれ変わって亡者になったものです。ですが、私たちのすごく身近なところに「餓鬼」と呼ばれている存在がいますよね?
はいそうです、人間の子供のことですね。
印象の悪い子供のことを俗に「餓鬼」と呼ぶことが多いのですが、もちろん彼らは餓鬼ではなく人間です。ではなぜ「餓鬼」と呼ぶのか?それは、食べ物をバクバクと貪り食う子供の様子が、飢えに苦しむ餓鬼が食べ物を食べている様子に似ているため、子供を「餓鬼」と呼ぶようになったのです。まあ、確かに似ていないこともないですが・・・ にしてもちょっと言い過ぎのような気がします。「有財餓鬼(うざいがき)」とかもう狙ってるとしか思えませんよね。   

 

●餓鬼 5 
●餓鬼って何?誰? 
たいていのお寺では宗派に関係なく施餓鬼(せがき)会(え)あるいは施食会(せじきえ)と言った行事を行っています。各お寺にとっての年中行事の中の最大の行事となっています。うちのお寺でも勿論やっていますが、お施餓鬼を中心に一年が動いていると言っても過言ではありません。
お寺の本堂のことを「道場」と申します。それは仏道の修行の場という意味です。よく道場と言うと、剣道や柔道などの武道の道場を意味しますが、その由来は仏教の本堂が本家なのです。
今日のような施食会のほかに、お正月やお盆、お彼岸などにもお寺にお参りされますね。 特に本堂は仏道の場だけに普段とは違ったやや緊張した敬虔な気持ちになるものです。それはご本尊さまをはじめ多くの仏様に見つめられているという気持ちからでしょう。
ですから皆様は本堂にお入りになって法要行事に参加された以上是非何かを持ち帰って下さい。「何か」と言っても形のあるものはダメですよ。本堂には色いろ高価なものがありますので形のあるものはダメです…冗談ですよ。「何か」といっても、それは精神です。形のない精神、つまり仏教の教えを是非何か一つでも持ち帰って頂きたいのです。
帰る時には教えの何かをお持ち帰りになる。でも来るときは別ですよ。来るときは「形のあるもの」をお忘れになりませんように。そう、言わなくても分かりますね。重いモノよりも軽いモノの方が有り難いのですね…冗談ですよ。
冗談はさしおいて、では、形のない餓鬼についてのお話をしましょう。ご承知のとおり地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の世界を六道と言います。仏界に至らない迷いの世界のことです。その中の餓鬼道は下から2番目の世界で、特に欲得に溺れた者が堕ちている世界とされています。
本堂の正面に供養棚を設置し多くの僧侶の読経の下、飢渇の餓鬼達を集め、種々無量の食べ物を与えその飢えを満たせてあげます。陀羅尼のお経があってはじめて食べ物が飢渇の喉を通るのです。われわれの目には見えないけれどそこには無数の餓鬼が集まっているとされるのです。貪欲、渇愛に溺れ成仏できない有縁無縁の餓鬼達に、気の毒に…可哀そうに…との思いも俄かに湧いてくる気さえしてまいります。目に見えない哀れな餓鬼ども…。
しかし、そこには目に見えないそれら多くの餓鬼の他に実は多くの目に見える餓鬼が集まっているのですよ。それは一体誰でしょうか?それはそこに集まっているすべての施主の人達のことなのです。まちがいなくあなた方もそのうちの一人なのです! どうです、驚きでしょう。ショックですか?
まさかねえー。自分が餓鬼などとはこれまで思ったことも無かったし、言われたこともありません。しかしちょっと失礼千万だよねえ… などと思っておられるかも知れませんね。でも、実際に本当の餓鬼があなたの心の中に住んでいるのです。いや間違いなく全ての人の心の中に住んでいると言ってもいいでしょう。ただ人によって餓鬼の程度もまちまちで、比較的おとなしい餓鬼から、ひどい餓鬼になるとその人自身の破滅をもたらすこともよくあるのです。
餓鬼の正体、それは、物欲や名誉欲からくるところの欲そのものなのです。欲の無い人っていませんものねえ。ただ問題はその程度なのです。小欲のうちはよろしいが油断するととんでもない貪欲・渇愛に満ちた立派?な餓鬼になるのです。そのせいで大きな問題を起こしたり、事件を起こしたりすることにもなりなねません。(一時世界一の大金持ちになったそうですが、その欲得がとどまるところ知らず、今拘置所に入っている人がいますね。文字通り餓鬼道に堕ちてしまっているのです。)
ではどうすればその貪欲餓鬼を諌めることができるのでしょうか。それにはただ一つ「布施」をすることです。布施とは見返りを一切求めない純粋な慈愛の行為のことです。苦しんでいる者や有縁無縁の餓鬼に布施することが自分の中の餓鬼心を仏心に変えていく最も効果的な行為とされています。お寺の施餓鬼会法要に参加するということは、つまり施食棚の餓鬼に「布施」することであり、同時に自分の中の餓鬼にも供養していることになるのです。
餓鬼も修羅も畜生もそして地獄も仏も全て我がこの身の内に宿っていることを自覚することが肝心なのです。まさに、「仏道をならふというは、自己をならふなり」です。
その布施の功徳をご先祖さまに向けるから「回向」と言います。「回向」とは回して向けると書きますね。つまり仏様に向けた功徳がまた巡り巡って自分に返ってくることにもなるということです。そのための法要が「施餓鬼会」なのです。
今では「施食」と言うようになってしまいましたが、法要の意味は餓鬼に施すことであり、餓鬼とは欲に飢えて迷っている者のことであり、特に人間である以上、誰でも心のなかには、地獄から仏様までが宿っていることを自覚することがだいじです。
誤解のないように最後にもう一度申しあげますが、ご先祖様が餓鬼ではなく、餓鬼道に堕ちている救われない者を布施する功徳を皆さま方のそれぞれのご先祖様に回向するのが施餓鬼会の意味なのです。
毎年同じように修行される施食会の法要ですが、毎年飽きないのはなぜでしょうか。それは宗教行事だからです。毎朝お仏壇のご先祖様にお灯明やお線香を手向けることが飽きないのと同じです。
大震災に遭われた子供が言っていました。毎日普通に当たり前だと思っていたものこそ幸せだったことがわかりましたと。毎朝仏様ご先祖様にごあいさつできることこそがほんとうは最高の幸せだったのです。
毎年この日当山でも施食会に参加できることが幸せなのです。年中行事で日にちが決まっています。そんな報恩感謝の施食会に参加できないことは何か特別なことが起きたことになります。それが悪いことであってはなりません。
来年のことをいうと鬼が笑うと言いますが、良いことをいうと仏が笑うのです。来年の施食には又是非お会いしましょう。「お会いする」と言ってあの施食棚の上からではダメですよ。是非健康に気を付けてお過ごしください。 
●餓鬼道 
1
六道の一。餓鬼の世界。常に飢えと渇きに苦しむ亡者の世界。「大海に浮かぶといへども、潮なれば飲むこともなし。是れ又―の苦とこそおぼえ候ひしか」〈平家・灌頂〉
2
六道・三悪道の一。飲食が自由にならず、飢えに苦しむ世界。 「慳貪けんとんと、嫉妬の者、−に堕おつ/往生要集」
3
〘名〙 仏語。五道、または六道の一つ。餓鬼の世界、またはその状態。餓鬼界。餓鬼。往生要集(984‐985)大文一「第二明二餓鬼道一者、住処有レ二」。今昔(1120頃か)四「地獄に堕ぬと見れば餓鬼道に堕ぬ」 〔大智度論〕
餓鬼道の言及
…天、人、修羅(しゆら)、畜生(ちくしよう)、餓鬼、地獄を六道とも六(悪)趣とも言い、行いの善悪によって六道の中で生死を繰り返すのが輪廻(りんね)である。この人生において物質上の 、とくに食物についての欲望の強い人、むさぼりの心のつよい人は死後、餓鬼道に落ちるのである。このことから他人をいやしめて餓鬼と呼んだり、生きながら餓鬼道に落ちると言ったり 、また、子どもは普通、食欲が旺盛であるので、子どもを餓鬼と呼んだりする。…
…業によって趣き住む所なのでこれを六趣(ろくしゆ)ともいうが、六道は悪趣ともいって苦の世界である。すなわち天道、人(にん)(間)道、修羅道、畜生道、餓鬼道 、地獄道をいい、このうちとくに畜生道、餓鬼道、地獄道を三悪趣(さんなくしゆ)(三悪道)という。天道は天人の世界で人間の世界の人道より楽多く苦の少ない世界であるが 、天人にも死苦があり、死に先立って五衰をあらわす。…  
●お盆のいわれ「餓鬼道に落ちるのは?」 
お盆は正しくは「盂蘭盆会(うらぼんえ)」といいいます。「盂蘭盆会」というのは「盂蘭盆経」というお経に説かれた物語に基づいています。
お釈迦様のお弟子に目蓮という方がいました。目蓮尊者と呼んでいます。目蓮は心のやさしい方で、亡くなった母の事が忘れられず、いつも育ててくれた恩を感謝していました。ある日、目蓮は、その亡くなった母がどこに行っているのか神通力で探してみました。神通力というのは目に見えないところを見通せる力のことです。
そしたら餓鬼道に墜ちて、飲まず食わずで皮と骨ばかりになって苦しんでいるのを発見しました。餓鬼道というのは、むさぼりの心や行為をした人が死んで生まれ変わる世界とされる、地獄みたいな、ところだと思ってください。
目連は悲しんで、食べ物を、亡き母のもとへそれを持って行きました。母は食べようとしますが、口に入れる前に燃えてしまい、食べる事ができません。
目蓮はさらに神通力でその母の餓鬼道に墜ちなければならない理由を知ろうとしました。そこには、生前目蓮の知らなかった母の一面がありました。
母は目蓮にこそ、この上もなくやさしい人でしたが、他人に対しては、ものをとりこむ一方で、施したり、恵むという事を一切しない人でした。
つまり目蓮を育てるため、目蓮を食べさせたいがために、母親が餓鬼道に堕ちたのだと知った目連は、お釈迦様になんとか自分の母親を救えないものかと、泣きながら尋ねました。
するとお釈迦様は、修行僧達の修行が7月15日に終わるので、この7月15日に、お釈迦様のおられる塔にお供物を盆にもってささげて、すべての修行僧達に、ごちそうをふるまいました。
するとその結果、目連尊者の母親は餓鬼道から救われたそうです。
それを知った修行僧達は大いに喜び、歓喜の踊りを踊ったということです。この踊りが「盆踊り」の始まりだといわれています。それ以来、7月15日が先祖を偲ぶ日として定着していったようです。
以上がお盆のいわれとなります。
そして実は、「盂蘭盆」という言葉はもともと古代インドの言葉なんですが、「さかさま」という意味があるそうです。
ここで考えてみますと、目蓮は、母親が我が子かわいさに、私(目蓮)(だけ)を食べさせたいがために餓鬼道に落ちたことを知りました。ではその当の目蓮は・・・、実は、その当の目蓮でさえ、「『母親(だけ)』をすくえないものか」とお釈迦さまに泣きながら頼んでいます。
このことは、目蓮自身も母親と同じ餓鬼道に墜ちる身であるということを教えてくれています。
「母親が餓鬼道に落ちた理由」を目の当たりにしながら、目蓮はやはり、餓鬼道に落ちた全てのものではなく、母親(だけを)を救おうとしていたのです。
これは、私自身にも当てはまるのではないでしょうか?
私がお盆の時に偲ぶ・思うのは、せいぜい近しい方だけではないでしょうか?私の近しい方以外(他人)を偲んだり、思うことはそうないのではないでしょうか?
つまり、私自身は目蓮同様、目蓮の母親同様、どうあがいても餓鬼道に墜ちる身であるということを教えてくれています。
「盂蘭盆会」=「さかさま」
お釈迦さまは、すべての修行僧達にごちそうをふるまう・・・。
う〜ん・・・深いと思いませんか・・・? (※偽経とは言われていますが・・・。)  
 
 

 

●布施 
●布施 1 
「布施」とは、お釈迦さまがあらゆる善を6つにまとめられた「六波羅蜜」の中でも、一番最初にあげられる重要な行いです。
「布施」とはどんなことなのでしょうか。
布施とは
「布施」というのは、ほどこしをすることです。「お布施」というと、お寺に払うお金だと思っている人がありますが、必ずしもそういうことではありません。
まず、お釈迦さまは『増一阿含経』に「如来は二種の施しを説く。法施及び財施なり」と説かれています。布施を大きく2つに分けると、法施と財施の2つだ、ということです。
まず、「財施」とは、財を施すことです。「財」というのは、お金はもちろん財ですが、お金以外にも物、労力も入ります。お金だけでなく、お米や野菜、衣類やその他、何かをプレゼントしたりするのも財施です。
また、お金や物がなくても、あたたかいまなざしや優しい笑顔、何かのお手伝いも財施となりますので、布施を一言で言えば、親切のことです。
ところが、財施は相手が大事です。
財施の3通りの相手
例えば、悪人にほどこしをすれば、ますます世の中が悪くなるかもしれません。
また、なまけものにほどこしすれば、ますます堕落してしまい、遊び人にほどこしをすれば、ますます身の破滅です。
お釈迦さまは、財施の相手として「福田」を説かれています。
「福田」の田とは、田んぼのことです。田畑に種をまくと、いったん自分の財産が減ったように感じますが、やがて秋になって何倍もの収穫があります。田畑は私たちの命をつなぐ米や麦を生み出す土地ですが、私たちの心の糧となる福徳を生み出す「福田」を、お釈迦さまは3通り教えられています。
それは、「敬田」「恩田」「悲田」の3通りの人々です。
「敬田」とは、敬うべき徳を備えた人のことです。具体的には、まずは仏様、正しい仏教の先生です。「恩田」とはご恩をこうむった人です。仏様以外にも両親や学校の先生などです。「悲田」とは、お気の毒な人です。病気になった人や妊婦の人など大変な状況の人です。
これ以外の人に何かを施しても布施になりませんがこれらの三通りの相手に施しをすれば、大きな幸せがかえってくると教えられています。
心をこめた親切は、親切をした人に報われます。幸せになるのは、施しを受けた人よりも、むしろ、施しをした人です。
次に、このような福田に対して、同じお金や同じ物を与えていても、布施の功徳が大きく変わってくる、重大なポイントがあります。
布施の重要ポイント
それは布施をするときの心です。布施は、お金や物の量よりも、心が大事なのです。
ある時、ツルゲーネフという、ロシアの作家の門の前に、乞食が立ったことがありました。
しかし、ツルゲーネフも、その時自分がその日食べるものがない状態で何とか何か分けてやりたいと思っても、何もありませんでした。
それで、乞食の手を握って「兄弟」と手を握ったそうです。あとからその乞食は、「長い間乞食をしていたけれども、あのとき以上にうれしい頂きものしたことはなかった」と述懐したそうです。
一体、ツルゲーネフは何を施したのでしょうか。何もなくとも心からの親切が、どんなに周りを明るく、和やかにするか分かりません。
逆に、100円くれたとしても、乱暴に投げつけられたら嬉しくないのではないでしょうか。
ではここで、「それなら友達に100円おごろうと思っていたけど、ツルゲーネフのように心だけにして、100円はやめておきます」という人があれば、この内容を正しく理解しているでしょうか?
もし、お金がある人が心がある場合、ほどこしが増えるはずだからです。お金や物の「量」よりも、一番大事なのは、「心」だということです。
布施の心構えとは?
ところが、せっかく何かを施しても、布施にならなくなってしまう心がけがあります。それは、「これだけ親切したから、これくらいは見返りがあるのではないか」という心です。これは、商売であって、親切ではありません。
「これだけやっているのに何もしてくれない」などと思ったら、よけい腹が立って不幸になってしまいます。
そこでお釈迦さまは「三輪空」といって他人に親切した時、この3つを空じなさい、忘れなさい。と教えられています。
施者とは私が、受者とは誰々に、施物とは何々をということです。
布施は、心が大事ですから、このような心がけで親切をしてこそ、本当の布施なのです。
法施とは
次に、布施に2つある「財施」と「法施」のうち、「法施」とは何でしょうか?「法施」は、「法」を「施」すと書きますように、仏法を施すことで、仏教の話をすることです。
法施の相手は、三田に限られませんので、対象は全人類です。お釈迦さまが一生涯説き明かされた仏教を、私たちも一生懸命話をします。
財施もすばらしいのですが、法施はさらにすばらしい善です。
『法句経』には、「法施は一切施中に勝る」とあります。
また『大般若経』には、「財施は但だよく世間の果を得るのみ。人天の楽果はかつて得るも還た失し、今しばらく得といえどもしかも後必ず退す。もし法施をもってせば未だかつて得ざるものを得、いわゆる涅槃なり」と教えられています。
これを分かりやすく言った言葉に「財は一代の宝 法は末代の宝」という言葉があります。
「財は一代の宝」とは、お金や物を与える財施は、相手を生きている間だけ喜ばせるものだということです。
お金をもらうと喜びますが、お金は、死んでいくときはもっていけません。生きている間だけの宝ですから、しばらくの間、一時的に私を喜ばせるものです。
ところが「法は末代の宝」といわれるのは、法施を受けて、仏教を聞くと、絶対の幸福に生かされますから、不滅の幸せを頂くことになります。
永遠に変わらない幸を頂くということは、末代の宝を施されるということです。
そんな50年や100年の宝ではありません。火事にあえば焼けることもなければ洪水に流されることもない、泥棒にとられる心配もない、死によっても崩れない絶対の幸福です。
ですから、仏教を聞かせて頂くということは、何千万円のお金をもらうよりも、もっともっと幸せなことなのです。
ですから法施は財施よりもケタ違いにすばらしい布施行なのです。 

 

●布施 2 
梵語では「檀那(旦那)(ダーナ、दान、dāna)」といい、他人に財物などを施したり、相手の利益になるよう教えを説くことなど、「与えること」を指す。すべての仏教における主要な実践項目のひとつである。六波羅蜜のひとつでもある。布施には「財施」「法施」「無畏施」の三種がある(大智度論)。布施をする人をダーナパティ(dānapati)といい、施主(せしゅ)、檀越(だんおつ、だんえつ、だんのつ)、檀徒(だんと)などと訳される。なお、菩提寺にお布施をする家を檀家(だんか)という言葉も、檀那、檀越から来たものである。また、古くは皇族などが自らの領地(荘園)などを寺院に寄せる(寄付する)ことを施入(せにゅう)(する)ということがある。
布施の種類
大智度論など、伝統的には、次のような種類が挙げられている。
○財施とは、金銭や衣服食料などの財を施すこと。
○法施とは、仏の教えを説くこと。
○無畏施とは、災難などに遭っている者を慰めてその恐怖心を除くこと。
その他に、雑宝蔵経に説かれる財物を損なわない七つの布施として、次の行いが説かれる。布施波羅蜜では「無財の七施」という。
1. 眼施:好ましい眼差しで見る。
2. 和顔施(和顔悦色施):笑顔を見せること。
3. 言辞施:粗暴でない、柔らかい言葉遣いをすること。
4. 身施:立って迎えて礼拝する。身体奉仕。
5. 心施:和と善の心で、深い供養を行うこと。相手に共振できる柔らかな心。
6. 床座施:座る場所を譲ること
7. 房舍施:家屋の中で自由に、行・来・座・臥を得させること。宿を提供すること。  

 

●布施 3 
布施とは
「布施」というのは、ほどこしをすることです。「お布施」というと、お寺に払うお金だと思っている人がありますが、必ずしもそういうことではありません。
まず、お釈迦さまは『増一阿含経』に「如来は二種の施しを説く。法施及び財施なり」と説かれています。布施を大きく2つに分けると、法施と財施の2つだ、ということです。
まず、「財施」とは、財を施すことです。「財」というのは、お金はもちろん財ですが、お金以外にも物、労力も入ります。お金だけでなく、お米や野菜、衣類やその他、何かをプレゼントしたりするのも財施です。
また、お金や物がなくても、あたたかいまなざしや優しい笑顔、何かのお手伝いも財施となりますので、布施を一言で言えば、親切のことです。
財施の3通りの相手
例えば、悪人にほどこしをすれば、ますます世の中が悪くなるかもしれません。
また、なまけものにほどこしすれば、ますます堕落してしまい、遊び人にほどこしをすれば、ますます身の破滅です。
お釈迦さまは、財施の相手として「福田」を説かれています。
「福田」の田とは、田んぼのことです。田畑に種をまくと、いったん自分の財産が減ったように感じますが、やがて秋になって何倍もの収穫があります。田畑は私たちの命をつなぐ米や麦を生み出す土地ですが、私たちの心の糧となる福徳を生み出す「福田」を、お釈迦さまは3通り教えられています。
それは、「敬田」「恩田」「悲田」の3通りの人々です。
「敬田」とは、敬うべき徳を備えた人のことです。具体的には、まずは仏様、正しい仏教の先生です。「恩田」とはご恩をこうむった人です。仏様以外にも両親や学校の先生などです。「悲田」とは、お気の毒な人です。病気になった人や妊婦の人など大変な状況の人です。
これ以外の人に何かを施しても布施になりませんがこれらの三通りの相手に施しをすれば、大きな幸せがかえってくると教えられています。
心をこめた親切は、親切をした人に報われます。幸せになるのは、施しを受けた人よりも、むしろ、施しをした人です。
次に、このような福田に対して、同じお金や同じ物を与えていても、布施の功徳が大きく変わってくる、重大なポイントがあります。
布施の重要ポイント
それは布施をするときの心です。布施は、お金や物の量よりも、心が大事なのです。
ある時、ツルゲーネフという、ロシアの作家の門の前に、乞食が立ったことがありました。
しかし、ツルゲーネフも、その時自分がその日食べるものがない状態で何とか何か分けてやりたいと思っても、何もありませんでした。
それで、乞食の手を握って「兄弟」と手を握ったそうです。あとからその乞食は、「長い間乞食をしていたけれども、あのとき以上にうれしい頂きものしたことはなかった」と述懐したそうです。
一体、ツルゲーネフは何を施したのでしょうか。何もなくとも心からの親切が、どんなに周りを明るく、和やかにするか分かりません。
逆に、100円くれたとしても、乱暴に投げつけられたら嬉しくないのではないでしょうか。
ではここで、「それなら友達に100円おごろうと思っていたけど、ツルゲーネフのように心だけにして、100円はやめておきます」という人があれば、この内容を正しく理解しているでしょうか?
もし、お金がある人が心がある場合、ほどこしが増えるはずだからです。お金や物の「量」よりも、一番大事なのは、「心」だということです。
布施の心構えとは?
ところが、せっかく何かを施しても、布施にならなくなってしまう心がけがあります。それは、「これだけ親切したから、これくらいは見返りがあるのではないか」という心です。これは、商売であって、親切ではありません。
「これだけやっているのに何もしてくれない」などと思ったら、よけい腹が立って不幸になってしまいます。
そこでお釈迦さまは「三輪空」といって他人に親切した時、この3つを空じなさい、忘れなさい。と教えられています。
施者とは私が、受者とは誰々に、施物とは何々をということです。
布施は、心が大事ですから、このような心がけで親切をしてこそ、本当の布施なのです。
法施とは
次に、布施に2つある「財施」と「法施」のうち、「法施」とは何でしょうか?「法施」は、「法」を「施」すと書きますように、仏法を施すことで、仏教の話をすることです。
法施の相手は、三田に限られませんので、対象は全人類です。お釈迦さまが一生涯説き明かされた仏教を、私たちも一生懸命話をします。
財施もすばらしいのですが、法施はさらにすばらしい善です。
『法句経』には、「法施は一切施中に勝る」とあります。
また『大般若経』には、「財施は但だよく世間の果を得るのみ。人天の楽果はかつて得るも還た失し、今しばらく得といえどもしかも後必ず退す。もし法施をもってせば未だかつて得ざるものを得、いわゆる涅槃なり」と教えられています。
これを分かりやすく言った言葉に「財は一代の宝 法は末代の宝」という言葉があります。
「財は一代の宝」とは、お金や物を与える財施は、相手を生きている間だけ喜ばせるものだということです。
お金をもらうと喜びますが、お金は、死んでいくときはもっていけません。生きている間だけの宝ですから、しばらくの間、一時的に私を喜ばせるものです。
ところが「法は末代の宝」といわれるのは、法施を受けて、仏教を聞くと、絶対の幸福に生かされますから、不滅の幸せを頂くことになります。
永遠に変わらない幸を頂くということは、末代の宝を施されるということです。
そんな50年や100年の宝ではありません。火事にあえば焼けることもなければ洪水に流されることもない、泥棒にとられる心配もない、死によっても崩れない絶対の幸福です。
ですから、仏教を聞かせて頂くということは、何千万円のお金をもらうよりも、もっともっと幸せなことなのです。
ですから法施は財施よりもケタ違いにすばらしい布施行なのです。 

 

●布施 4 
布施というとお坊さまにお経を読んでいただいてお礼をするものと、一般には考えられているが、そんな簡単な話ではない。
自分が帰依し、あるいは先祖をまつってくれている寺を檀那(だんな)寺と呼び、その寺に所属している信者を檀家と呼び、さらには妻が夫を呼ぶときの言葉になったりというように檀那という言葉は、日本人に親しまれてきた。この檀那は梵語(ぼんご)の「ダーナ」を音写したもので訳して「布施」となった。
布施には財施(ざいせ)と法施(ほうせ)があり、財施はお金であったり、お米や野菜や衣類などという、いわゆる「物」であり、法施は仏の教えであったり、愛の言葉やほほえみというような「無財(むざい)の七施(しちせ)」とよばれる慈悲の心の施しをいう。その施しをするときの大切な心得は、見返りを期待してはならない、ただやれというのである。無所得の布施を浮きぼりさせるために有所得の汚れた布施を眺めてみよう。『倶舎論(くしゃろん)』に不純な布施の七つが挙げられている。
一、随至施(ずいしせ)―あまりにしつこく乞われるので断りきれずにする布施。
二、怖畏施(ふいせ)―それをしないと具合が悪くなりそうなので、しかたなくする布施
三、報恩施(ほうおんせ)―恩返しのためにする布施
四、求報施(ぐほうせ)―返礼を期待してする布施
五、習先施(しゅうせんせ)―習慣であり、先例にもとづいてする布施
六、希天施(けてんせ)―その功徳によって天界に生まれたいと希望してする布施
七、要名施(ようみょうせ)―名声を高めるためにする布施
ああ何と、人間の心の奥にうごめく醜い心を、浄頗璃(じょうはり)の鏡にうつし出すようにとらえたものと感心する。
若き日、旅先で得がたいといわれる墨蹟を求めることができ、よい土産とばかりに書をよくする大先輩に贈った。“わしゃいらんけれど、人にやってもいいから貰っとくわ”という先輩の言葉に、思わず「先生にさしあげたくて求めてきたものです。人にやるならさしあげません」という言葉が私の口からとび出し、ハッとした。「ありがとう、大事にします」という一言を期待している私に気づいたのである。まさに求報施である。“ひとにあげようが、捨てようがお好きなように”といえない自分の姿に気づくことができ、すまなかったという思いと共に、仏法に出会わせていただいているお蔭で、そういう汚れた自分に気づかせていただくことができたことをありがたいと思ったことである。
三百年近い本堂の立てなおしをしたときのこと。檀信徒の方々にお願いするにあたり、私は建設委員の方々にたのんだ。
「一度だけ袋を配り、いかほどでもよいからお気持ちを入れていただき、集めてください。一切発表は致しません」と。建設委員が言った。
「それでは資金が集まらない」と。私は言った。
「名前を出すか出さないか、またはあの人がこれだけ出したから負けないようにとか、そういう寄付の集め方ではなく、ほんとうの浄信による布施で建てたいから」
と。名前や寄付額を発表するかしないで寄付金の額を変えるなどは、「要名施」そのものといえよう。無所得の浄信のむずかしさを思うことである。
布施というはむさぼらざるなり。むさぼらずというは、へつらわざるなり。(要約)
この道元禅師の言葉に出会ったとき、私はぎくりとし、立ちどまり、幾度も読み返し、その凝視するところの深さに驚いた。わずかなお賽銭を投げるにさえ、山ほどのたのみごとをする。条件づきの布施の心のどまん中には「わが身かわいい」思いがとぐろをまいている。財施ばかりではない。たとえば無財の七施の一つである「和顔施(わげんせ)」、つまりほほえみさえも、貪りやへつらいの心がしのびこむ。
幼な子の無垢なるえみのまばゆさに
たじろぎつおのが姿かえりみる
これは「えみ」という勅題(ちょくだい)(平成十八年)によせて詠じた私の歌である。
たとえば捨つるたからを しらぬ人にほどこさんがごとし
これも道元禅師は布施の心の中で説かれている一節であり、「捨」という言葉に注目したい。「行捨(ぎょうしゃ)とか不害(ふがい)の心を忘れると、善は押しつけとなり、おせっかいとなり、悪に転ずる(要約)」と語られた太田久紀先生の言葉を、重く心にいただきたい。自己満足にすぎなかったのではないか、相手のお荷物になっていなかったかと。 

 

●布施 5 
現代で日本で「布施」というと、まず思い浮かぶのが「お布施」でしょう。
法要などで、「お坊さんにいくらお布施したらいいの?」とか、そういう場面で使われることが多いですかね。
あるいは、「怪しげな新興宗教団体が”お布施”と称してお金を集めています!」みたいな、ロクなイメージじゃないですね。
敬虔なクリスチャンであり、作家でもある曽野 綾子さんが、”宗教が本物かどうかを見分ける方法”という4つの視点を提示していらっしゃいます
1教祖、指導者が質素な慎ましい祈りの生活をしているかどうか。
2自分が生き神さまだとか、仏の生まれ変わりだとか言わないかどうか。
3宗教の名を借りて金銭を集めることを強要しないかどうか。
4宗教団体の名で、選挙と政治を動かすような指令を出さないかどうか。
今回のトピックに関係するのは、 3. の、「宗教の名を借りて金銭を集めることを強要しないかどうか」というところに引っかかってきそうです。
また、1−4まで、非常にすっきりした判断基準のように見えます。が。
曽野綾子さんはカトリックなんですが、そもそもカトリックが上記の1−4まで、全部引っかかってくるような気がします。
1 教祖、指導者が質素な慎ましい祈りの生活をしているかどうか。
 →教祖のイエスはともかく、歴代の教皇は豪華な衣装を着ていますね。
2 自分が生き神さまだとか、仏の生まれ変わりだとか言わないかどうか。
 →イエス・キリストは「神の独り子」ですし、釈尊は生まれ変わりどころか、「仏陀である」という宣言をしていますね。
3 宗教の名を借りて金銭を集めることを強要しないかどうか。
 →「強要」という解釈が難しいですが、カトリックで言えば、サン・ピエトロ大聖堂の改修費で贖宥状の発行をするなど、かなり強要っぽい感じがします。東大寺大仏殿の造営など、行基菩薩は全国行脚して”勧進”でお布施集めをしています。
4 宗教団体の名で、選挙と政治を動かすような指令を出さないかどうか。
 →これも「指令」の解釈が難しいですが、そもそも「指令」どころか、宗教のほとんどは古来より祭政一致ですんでね。モーセもマホメットもそうですし、あとは歴代の教皇も世俗権力には汲々としていたのは歴史的事実です。釈尊は、数カ国の国王の帰依を受け、政治・外交のアドバイスを行っていたことは経典にも残っています。
というわけで、曽野綾子説に従うと、仏教もキリスト教もイスラム教も邪教になってしまいます。
「いやいや、上の4つの目安は新興宗教に対しての見分け方なんだよ」という意見もあるかもしれませんが、キリスト教も仏教も発生当時は新興宗教ですからね。その後の、宗教改革で誕生した新宗派も発生当時は新興宗教でしょう。
・・・というわけで、曽野綾子さんの揚げ足取りになってしまって、恐縮なのですが。
この問題は、曽野綾子さんの悟りの限界を示していると同時に、世間一般の、”お布施”に対する誤解もだいたい似たようなものだと推測されるんです。
根本の問題は、「お金に色をつけて見ている」ということだと思います。要は、お金=穢れている、という図式です。
お金そのものは、物質なので善も悪もないんです。根本的なところは、やはりお金というものは、価値の表現手段である、ということだと思います。
カトリックは特にこの部分でミスをしているというか、この価値観(「お金=穢れている」)のせいで、いまだに南欧を中心としたカトリック国はPIIGSなどとからかわれるほど債務危機に陥っていますよね。
上記のことを踏まえつつ、もう一点、挙げるとすれば、布施は、施す人の物質界への執着を取り除く効果があるという視点です。
釈尊は弟子たちに対し、「お布施を受けるときは堂々たる態度で」と言っていましたが、これは要するに、「施す人に対して、物質界への執着を取り除く・功徳を積む機会を与えているのだ」ということだと思うんです。
これは、いわゆる”法施(ほうせ)”と言いまして、仏法を伝える(実践する機会を与えている)という見方もあるかと思います。
今回は、布施のなかでも特に金銭についてのついての布施(財施・ざいせ)について書いてみました。
要点を整理すると、
1 布施という行為は、価値に対する敬意の表現行為であり、お金そのものに善悪があるわけではない
2 布施は、施す側にとっても修行になるものであり、受けとる側は、施す側に修行の機会を与えている(法施・ほうせ)という側面がある
ということでした。それにつけても、「じゃあお布施は全部いいことなの?」という問題はやはり残ってきますね。 

 

●布施の種類 三施、無財の七施 
布施というと、「葬儀のときにお寺にいくら包んだらいいのか」、なんてイメージがあるかもしれません。イオンがお布施を含めた葬儀の費用を明確化して物議をかもしたりしていましたね。
でも、本来の仏教用語での布施というのは、現代的に言いえば「愛を与えること」ということだったのです。もっと単純化して「善いことをする」と言い換えてもいいかもしれません。
釈尊は出家修行者もしくは在家であっても理解が進んでいる信者に対しては、無我や無常などの難しい教えを説いていたのですが、そこまで理解がいかない一般信者に対しては、施論・戒論・生天論(せろん・かいろん・しょうてんろん)を説いていました。
「 施論・戒論・生天論とは、簡単にいえば、「善いことをして悪いことをしなければ天国へ還れます」という実にシンプルな教えです。 *インドでは天国へ行くことも「生まれる」と考えます 」
   諸悪莫作(しょあくまくさ)・・・もろもろの悪を作(な)すこと莫(な)く
   衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)・・・もろもろの善を行い
   自浄其意(じじょうごい)・・・自ら其(そ)の意(こころ)を浄(きよ)くす
   是諸仏教(ぜしょぶつきょう)・・・ 是(これ)がもろもろの仏の教えなり
こちらも超シンプルな教えです。最後の”是諸仏教”の説明で「これがもろもろの仏の教えなり」とありますが、ここの部分から「過去にも仏はいたのだ」という過去七仏の思想に行き着きます。ゆえに上記の言葉は過去七仏が説いた共通の教えということで、七仏通誡偈(しちぶつつうかいげ)とも言います。
では、布施には具体的にどのような種類があるのか。まずは一番シンプルなもので三施という思想があります。
三施とは、
   財施(ざいせ)・・・財物・衣類・食物を寄進すること
   法施(ほうせ)・・・仏陀の教えを伝えること
   無畏施(むいせ)・・・人々の恐れを取り除いてあげること
この3種類ですね。分かりやすいので説明は不要かと思います。
釈尊の時代は出家修行者は乞食(こつじき)をして生活しておりましたので、出家修行者は在家信者から食べ物の提供、つまり財施を受けておりました。反面、出家修行者は、在家信者に対して「布施行を実践する機会を与えている」という意味で法施の実践をしていたわけです。
三施以外の考え方として、財物がなくてもできる布施行として「無財の七施」という考え方があります。これは例の六波羅蜜の布施波羅蜜(ふせはらみつ)の内容ということになります。
   眼施(げんせ)・・・やさしい眼差しで人に接する
   和顔施(わげんせ)・・・笑顔で人に接する
   言辞施(ごんじせ)・・・柔らかい言葉遣いで人に接する
   身施(しんせ)・・・身体を使ってできることで人に接する
   心施(しんせ)・・・柔らかな心で人に接する
   床座施(しょうざせ)・・・座る場所を譲る
   房舍施(ぼうじゃせ)・・・泊まる場所を提供すること
というわけで、またぞろぞろと漢字が出そろってきましたが、
「 要は、布施というのは、「他人のため、社会のため、神仏のために自分ができうる善をなしていくこと」ということになりますね。 」
・・・と、ここまでの解説はgoogleれば他にもいくらでも出てきます(いつもの調子ですね)し、たいていが道徳的な説明になっております。
それでは、スピリチュアル的観点から、布施の本義とはいかなるものであるのか、ということを考えてみましょう。
まず、布施とは「愛を与えることである」と冒頭に述べましたが、最大の愛を与えている存在は他ならぬ神仏ということになります。そして、神仏に近づいてゆくのが本当の意味での出世であり成功である、とスピ哲では繰り返し述べておりますね。
ゆえに、布施をするのはそれが善いことだからする、というのはいわば道徳の範疇ですが。
「 スピリチュアル的に観察すると、布施(愛を与える)という行為をしたまさにその瞬間にあなたが神仏に近づいている(=本当の成功)ということ、これが最大の見返りなんです。ゆえに、与えた瞬間に与えられている、ということになるんですね。 」
それから、布施にはいろいろな種類があるということを前半に述べましたが、実は、最大・最強・最勝の布施は法施なんです。ここを常に意識しておくと、あなたの霊格を飛躍的に高めることができます。
法施とは、仏陀の教えを伝えること、もっと広く言えば、真理知識を伝えること、ということになります。
この世では宗教は何やらアヤシイということで、特に日本では宗教家は隅っこにいるようなイメージですが、天上界では真逆でありまして、菩薩(天使)以上の境涯のスピリットの多くが宗教家、あるいはもう少し広く言えば、思想家・スピリチュアリスト、という人口構造になっております。
なぜこうなっているかというと、
「 人間の本質は魂(スピリット)であり、その本質部分を善導する仕事(布施)が最も価値ある仕事ということになるんですね。ゆえに、法施こそが最大・最強・最勝の布施行ということになるんです。 」
多くの方は、職業として宗教家やスピリチュアリストになるというわけにはいかないと思いますが、
「 ふだんの生活や仕事の中で、人と接する中でできうる限り、真理価値の高い言葉・行為で接していくこと、それがあなたにとっての最高・最大・最勝の成功に繋がっていくのだ、ということを心に留めておくといいですね。 」  

 

●「無財の七施」〜誰でも出来る仏道修行 七つの施し 
「施」とは、布施(ふせ)のことです。ほどこしをすることです。読経のお礼としてお寺さんにさしあげるのも布施の一つで、そのことだけをさす言葉ではありません。仏教では布施を施すことを最も大切な仏道修行としております。「施しは無上の善根なり」と云う言葉もあります。施しとは、物でもお金でも、今それを必要とする人々のために心を込めて捧げることであります。しかし、どんなに尊い仏道修行でも、無いものは捧げることが出来ません。ここに財持が無くても出来る施しがあります。無財の七施といい、自分自身の善根をみがくように努めたいものです。観世音菩薩(観音さま)とか虚空蔵菩薩(虚空蔵さま)と云われる菩薩と云うことは、求道者、仏道修行者と云う意味を持つもので、仏教の信者として六波羅蜜(六度=布施(ほどこし)・持戒(規律)・忍辱(たえしのぶ)・精進(努力)・禅定(おちつき)・智慧(学ぶ))を実践実行しなければならないとされています。
その第一にあげられている「布施」こそが、菩薩であることの必須条件なのです。普通に「布施」と云えば、財施、法施、無畏施の三種類があります。この三種の中の「財施(ざいせ)」と云うのは、貪(むさぼ)る心とか、欲しいと思う心、恩にきせる心を離れて、お金や衣食などの物資を必要とする人に与えることをいいます。「法施(ほうせ)」とは、物質財物をあたえるのではなく、教えを説いてきかせると云った、相手の心に安らぎを与えること、精神面でつくすことをいい、僧侶などが行うべき最も大切なことです。「無畏施(むいせ)」とは、恐怖や不安、脅(おび)え慄(おのの)きなどを取り除いて、安心させることをいいます。しかし世に中には、施すべき財もなく、教える智慧もなし、ましてや人様の恐れおののきなどを取り除いてやることなど思いもよらない、という人の方が圧倒的に多い。それでは信仰があっても、仏教の実践など到底出来ないことになってしまいます。しかし、「雑法藏経」というお経の中で、釈尊は「財力や智慧が無くても七施として、七つの施しが出来る」ことを教え示されておられます。無財と云うのは、費用も資本もそして能力も使わないで実行できる布施のことなのです。
その七つの布施とは、
一、眼施(慈眼施)
慈(いつく)しみの眼(まなこ)、優しい目つきですべてに接することである。
二、和顔施(和顔悦色施)(わがんえつしきせ)
いつも和やかに、おだやかな顔つきをもって人に対することである。
三、愛語施(言辞施)
ものやさしい言葉を使うことである。しかし叱るときは厳しく、愛情こもった厳しさが必要である。思いやりのこもった態度と言葉を使うことを言うのである。
四、身施(捨身施)
自分の体で奉仕すること。模範的な行動を、身をもって実践することである。人のいやがる仕事でもよろこんで、気持ちよく実行することである。
五、心施(心慮施)(しんりょせ)
自分以外のものの為に心を配り、心底から、共に喜んであげられる、ともに悲しむことが出来る、他人が受けた心のキズを、自分のキズのいたみとして感じとれるようになることである。
六、壮座施(そうざせ)
わかり易く云えば、座席を譲(ゆず)ることである。疲れていても、電車の中ではよろこんで席を譲ってあげることを言う。さらには、自分のライバルの為にさえも、自分の地位をゆずっても悔いないでいられること等。
七、房舎施(ぼうしゃせ)
雨や風をしのぐ所を与えること。たとえば、突然の雨にあった時、自分がズブ濡れになりながらも、相手に雨のかからないようにしてやること、思いやりの心を持ってすべての行動をすることである。
以上が無財の七施であるが、すべて仏の立場に立っての慈悲の実践なのです。
お金が無くても、地位が無くても、何の持ち合わせが無くとも、簡単なようで難しいことではあるが、いつでも、どこでも、誰に対してでもできることです。世の中には、「布施」と云うことは、持てる者が、持たざる者に対して「めぐむ」ことであると考えている人が非常に多い。布施をめぐむと考えることから、他のために一生懸命につくしても「してやったんだ」という気持ちが、心のすみのどこかにつくってしまうのでしょう。これでせっかくの布施の行も、施(ほどこ)しとはならなくなってしまうのです。他のものの為につくしても、役立つことが出来たとすらも考えようとしないのが、本当の意味で布施ということになるのです。布施という難しい仏教語を使うからややこしくなるのかもしれません。「よろこんでもらうこと」と言い換えたら分かりやすいのだとも思います。  よろこんでもらう方法は、なにも「無財の七施」に限ったことではありません。人の喜び、悲しみを、「我が喜び、我が悲しみとする心」に、菩薩としての道が開かれるのです。人を喜ばすことを考えて、それを実践すること「布施」を私たち法華信徒の仏道実践の徳目の一つとしたいものです。先ずは、一心に唱えるお題目が、自分だけのためのものでなく他が為の「化他の題目」を心がけたいものですね。 

 

●布施の功徳 
注目されている御住職?
先日、車を運転しながらラジオを聞いていたら、或る女性レポーターが、「今日は、いま注目の御住職をご紹介します」と言ったので、「何が注目されているんだろう?」と興味を持って聞いていました。
女性レポーターが、「ラジオの前の皆さんは、何が注目されていると思われますか?」と、視聴者に問いかけるので、益々興味を引かれ、耳をそばだてて聞いていると、彼女は、おもむろにこう言ったのです。
「実は、これからご紹介する御住職は、最近、無料の人生相談を始められたそうなんです。そうしたら、それがたちまち評判となり、沢山の相談が寄せられるようになったそうなんです」
こう言って、無料の人生相談を始められたという御住職を紹介されたので、私は、呆気にとられ、思わず失笑してしまいました。
何故失笑したのかと言いますと、まさか無料の人生相談がそれほど注目されるとは、夢にも思っていなかったからです。
勿論、毎日配達されてくる新聞には、時々「僅かな相談料でお悩みを解決します」とか「30分の相談料はお幾ら、1時間はお幾ら」と言う誘い文句を印刷した折り込み広告が入ってきたり、新聞の広告欄に、そういう寺院が紹介されていたり、テレビによく出てくる六星占術師が来県し、一時間幾らで人生相談が受けられるというような記事が載っていたりしますので、有料の人生相談がある事くらいは存じております。
しかし、仏法を知らない世間一般のカウンセラーや、四柱推命、風水、占星術、易、手相、人相、骨相、姓名判断など、様々な占いによって未来を予測する占い師、或いは、仏法の裏付けのない霊感や霊視に頼る一部の霊感者や霊能者などは論外として、いやしくもみ仏を信仰する僧侶の立場にある者が、悩み苦しみを持つお方から人生相談を受けるとなれば、当然、そのお方を導く手立ては仏法(悟り)しかありません。
仏教では、この世の真理である「法(理法)」と、真理を悟って一切の苦を解脱した「仏」と、仏が説かれた法(仏法)を伝える「僧(僧伽)」の三者を、「三宝」と言って、この世で最も尊いものの代名詞の如く説いていますが、三宝は常に不二一体であり、法を離れた仏も、仏を離れた法も、仏と法を離れた僧もありません。
法舟菩薩様が、『道歌集』の中で、
  仏法僧 法をはなれて仏なく
    法をはなれて また僧もなし
  仏法僧 僧をはなれて衆生なく
    衆生はなれて また僧もなし
と詠っておられるように、僧侶が悩み苦しむ人々を導く依りどころは、占いでも霊感でもなく、仏法(悟り)以外にはありえません。
而して、この仏法は、相談するお方の立場から言えば、スーパーでお野菜やお魚や果物を買うように、お金を払って買うものではありません。
また相談を受ける僧侶の立場から言えば、相談料を頂いて売るものではなく、あくまで悩み苦しむお方に施すべきものです。
つまり、三宝の一人に数えられる僧侶が行う人生相談は、それが仏法によるものである以上、無料であるのが当たり前なのです。
無料だからと言って、世間から注目を集めるようなものではありませんし、そのようなものであってはならないのです。
無料の人生相談が注目されるのは、有料の人生相談が世の中にあふれ、それが当たり前のように受け止められているからであり、当たり前の事が当たり前に為されていない証拠と言えましょう。
仏法を知らない占い師や霊感者ならいざ知らず、少なくとも仏法を知っていながら、有料の人生相談を当たり前と受け止めている僧侶がいるとすれば、嘆かわしい限りと言わざるを得ません。
何故なら、相談料の名目で対価を求める僧侶に、相談者が抱える問題を根本的に解決し、悩み苦しみから救えるとは到底思えないからです。
見返りを求めない無所得の心
仏教に、「四摂法(ししょうぼう)」(注1)という、苦しむ人々を救済(済度)する四つの手立てがありますが、四摂法の最初にあるのが布施です。
また「六波羅蜜(ろくはらみつ)」(注2)という、菩薩に成る為の実践徳目の最初にあるのも、やはり布施です。
「四摂法」や「六波羅蜜」の最初に布施がおかれているのは、布施が、人々を救済する手立てとして最も重要視されている実践徳目だからですが、私達僧侶が、法の施しをする時に心しなければならない事が一つあります。
それは、施しをした相手から見返りを求めてはならないという事です。どんなに立派な法の施しをしても、無所得の心でしなければ施しにはならないからです。
布施の功徳は、三毒煩悩の一つである貪りの心を離れさせる事にあり、法を惜しまない、物を惜しまない、一切を惜しまないのが、布施の心です。
布施は、あくまで布施する側から布施される側への一方通行であって、施す者は、その見返りを求めてはならないのが布施の大原則です。
法舟菩薩様は、『涙の渇くひまもなし』の中で、
人は誰でも施しをするときには、一切無所得の心をもってしなければなりません。施しによって利益を得ようとか、名利のためにするというのであれば、それは結果の期待というものであって、せっかくの施しも功徳とならず、相手ばかりか自らの心をも害(そこ)ねるもととなりましょう。
と説いておられますが、要するに、真の施しとは、ただ与えるだけであって、与えれば、もうそこでお終いです。そこから先の見返りを求めれば、その行為は、施しではなく、取引になります。
皆さんは、お賽銭箱にお賽銭を入れた後、「私のお賽銭はどのように使われるのだろうか?」とか「これだけお賽銭をあげたのだから、きっとご利益を頂けるだろう」などと考えるでしょうか?
お賽銭を入れたら、もうそこでお終いです。お賽銭の使い道やご利益の事まで考えるのは、執着以外の何ものでもありません。それでは、せっかくのお布施が取引になってしまい、皆さんの功徳にはなりません。
ましてや僧侶が、相手から相談料の名目で対価を要求し、法を説くなどという事は、断じてあってはならない事です。
布施は人のために非ず
そもそも布施行は、人の為にする行為ではなく、自分自身の為にするものであり、この世のみならず、あの世までも相続されてゆく善根の種蒔きなのです。
相手の為に布施をしているのではなく、その人のお蔭で善根の種蒔きをさせて頂いているのですから、本来ならお礼を言って感謝をしなければならないところであり、お金をとって人生相談を受けるなど、もっての外と言わなければなりません。
法舟菩薩様が、同書の中で、
「人間は、人の世話をさせていただくのに、あれもした、これもした、といって怒ったり後悔するような世話ならば、初めからしないことであります。世間にはよく、世話をしてやったのに礼も言わないといって怒る人がありますが、自分が善いことをして徳を積ませていただきながら、礼を言ってもらおうと期待することが愚かであり、間違っているのであります。人生とはこだまであり、人から礼を言ってもらおうと思わなくとも、誠でした行いならば、感謝の心が返って来るのは当然のことであり、またそれが善の果報というものでありましょう。従って、人に世話になっても礼をいうことの出来ない人間ならば、自分の徳を損じるばかりか、懺悔しなければならないときが必ずまいります」
と説いておられるように、せっかく功徳の種蒔きをさせて頂きながら、如何にもお金を施した、物を施した、法を施した、あれもこれも施したと考えるのは、布施の意味をまったく知らない証拠と言わねばなりません。
また真心でした施しなら、結果を求めなくても、必ず何らかの形で返ってきます。すぐに返ってくるか、徐々に返ってくるか、忘れた頃に返ってくるか、或いはどのような形で返ってくるかはわかりませんが、必ずより良き結果となって報われてきます。
しかし、対価を求めるような施しなら、いくら施しても、よりよき報いを得る事は出来ないでしょう。というより、対価を求める施しは、もはや施しではなく、取引行為になりますから、功徳の種蒔きにはならないのです。
無畏施の心を示した人々
一口に布施と言いましても、財施、法施、無畏施(むいせ)の三つがあります。
仏教では、これを「三施」と言いますが、「財施」とは、富める人が貧しい人々に金銭や、衣類、飲食などを施すことをいい、「法施」とは、正しい法(おしえ)を説き聞かせて迷いを転じて悟りを開かせることをいい、「無畏施」とは、他人が危難急迫するときに、わが身や財産を顧みず、これを投げうって救済することを言います。
今年(2013)10月1日午前11時半頃、JR横浜線の踏切の先頭で、電車の通過を待っていた近くの会社員、村田奈津恵さん(44歳)が、遮断機の下りた踏切内に倒れている男性(74)に気付いて助けようとして電車にはねられ、死亡するという痛ましい事故がありましたが、彼女の心を動かしたのは、危難に直面する人を目の当たりにして、手を差し延べずにはいられない無畏施の心でした。
平成13年(2001)1月26日(金曜日)の午後7時14分頃、JR山手線の新大久保駅で、泥酔してプラットホームから線路に転落した男性を救助しようとして線路に飛び降りた日本人カメラマンの関根史郎さん(当時47歳)と韓国人留学生の李秀賢(イ・スヒョン)さん(当時26歳)が、折から進入してきた電車にはねられ、3人とも死亡するという悲しい事故がありましたが、この二人を動かしたのも、やはり無畏施の心でした。
更に遡れば、昭和22年(1947)9月1日、大村湾から長崎市に入る手前の長崎県時津町にある打坂峠で、長崎自動車の木炭バスが突然エンストし、ブレーキが効かなくなってズルズルと後退し始め、あわや崖下に転落するという時、車掌として勤務していた鬼塚道男さん(当時21歳)が、自らの体をバスの下に投げ出し、車止めとなって30名の乗客の命を救って亡くなるという痛ましい人身事故がありました。
当時は貧しい時代で、鬼塚さんの死に対し、何も報いる事ができず、また鬼塚さんの死は一部の人にしか語り伝えられなかったため、次第にその出来事は忘れ去られようとしていました。
ところが、24年後、乗客の証言に基づいて、その事件が小さな新聞記事になり、たまたまそれを目にした長崎自動車の社長が、大きなショックを受け、「こんな立派な社員がいた事を、我々役員は決して忘れてはいけない」と、その日のうちに役員会を招集し、会社で打坂峠のそばに記念碑とお地蔵さんを建てて供養する事になりました。
それ以来、鬼塚さんの供養祭が毎年行われ、打坂地蔵尊は、いつも美しい花で飾られ、お線香の煙が絶えないそうですが、鬼塚さんを突き動かしたのも、やはり已むに已まれぬ無畏施の心だったのではないかと思います。
鬼塚さんの事故の更に40年ほど前の1909年(明治42年)2月28日には、北海道の塩狩峠に差し掛かった列車の客車の最後尾の連結器が外れ、客車が暴走しかけるという事故が起こりました。
客車にはハンドブレーキがついていましたが、ハンドブレーキだけでは完全に停まりませんでした。
ちょうどその客車に乗り合わせていた鉄道院(旧国鉄の前身)職員の長野政雄さん(当時30歳)が、自らの体を線路に投げ出し、体をブレーキにして客車の暴走を食い止めたため、大事故は未然に防がれましたが、残念ながら、長野さんは、帰らぬ人となりました。
この事故の顛末を主題にして書かれた三浦綾子さんの小説『塩狩峠』の主人公となった長野さんは、キリスト教会の集会には欠かさず出席するほどの熱心で敬虔なクリスチャンで、いつ自分が神の愛の為に身を捧げる事になってもいいようにと、片時も放さず遺書を身につけていたそうです。
現在、塩狩峠の頂上付近にある塩狩駅近くには、顕彰碑が立てられ、いまも現地を訪れて、長野さんの冥福を祈る人が絶えないそうですが、彼の行動も、やはり神の愛と無畏施の心に突き動かされた行動であった事は間違いないでしょう。
顕彰碑には、次のように刻まれているそうです。
「苦楽生死 均(ひと)しく感謝。余は感謝して全てを神に捧ぐ」
無財の七施
このような無畏施の心を示された人々はみな、人間が到達し得る究極の愛(慈悲)の姿を私達に教える為に遣わされた神仏の使者とも言えましょうが、それだけに、誰も彼もが、このようは無畏施の行動をとれる訳ではなく、これは、神仏に選ばれた者にしか為し得ない聖なる行動と言っていいでしょう。
しかし、だからと言って、この人たちの真似は出来ないと思う必要はありません。「無財の七施」と言われる、誰にでも出来る立派な施しがあるからです。
1、眼施(げんせ) やさしい眼差しで人に接すること。
2、和顔施(わがんせ) にこやかな笑顔で人に接すること。
3、愛語施(あいごせ) やさしい言葉で人に接すること。
4、身施(しんせ) 荷物を持ってあげるなど、自分の体でできる奉仕をすること。
5、心施(しんせ) 人の気持ちを思いやり、心をくばってあげること。
6、床座施(しょうざせ) 席や場所を譲ってあげること。
7、房舎施(ぼうしゃせ) 自分の家を提供してあげること。
「無財の七施」のように、施すお金や物がなくても、何がなくても、施しの心さえあれば、いつでも、どこでも、誰でもすぐに実践できるのが、布施行なのです。
道元禅師が、「布施というは貪らざるなり。我物に非ざれども布施を障(さ)えざる道理あり。その物の軽きを嫌わず。その功の実(じつ)なるべきなり。然あれば則ち一句一偈の法をも布施すべし。此生佗生(ししょうたしょう)の善種となる。一銭一草の財をも布施すべし。此世佗世(しせたせ)の善根を兆(きざ)す。法も財(たから)なるべし。財も法なるべし」(注3)と説いておられるように、たとえ、施すものがどんなに粗末な物であっても、僅かなお金であっても、道端に咲く名もなき一輪の草花であっても、計り知れない功徳を頂けるのが、布施行です。
そればかりか、人が施す姿を見て心から喜ぶ事も、また立派な布施行となります。
以前、電車に乗った時の事です。高校生が数人、座席に座って、携帯電話をいじりながら友達同士で話をしていましたが、そこへ一人のおじいさんが乗ってきたのです。すると、一人の男子生徒が、おじいさんの姿を見るや、すぐに席を立ち、「おじいちゃん、こっちへおいで」と言って、何のためらいもなく、おじいさんに席を譲ってあげたのです。
彼は、知らず知らずの内に、無財の七施の一つ、床座施を実践していたのですが、その光景を眺めていた私は、心の中で「素敵な光景を見せてくれて、ありがとう」と彼にお礼を言いました。周りの人たちの心にも、きっと幸せな気持ちが波紋となって広がっていったに違いありません。
このように、相手の尊い布施行を見て、讃え、喜び、自らもそうなりたいと願う心を起こす事も、尊い布施行の一つなのです。 合掌  
 
 

 

●盂蘭盆会
●盂蘭盆会 1 
7月15日を中心に7月13日から16日の4日間に行われる仏教行事のこと。盂蘭盆、お盆ともいう。また、香港では盂蘭勝会と称する。『盂蘭盆経』(西晋、竺法護訳)、『報恩奉盆経』(東晋、失訳)などに説かれる目連尊者の餓鬼道に堕ちた亡母への供養の伝説に由来する。もともとは仏教行事であるが、唐代の道教の隆盛期に三元の一つの中元節の流行とともに儀礼の融合が進んだ。日本における日付については、元々旧暦7月15日を中心に行われていたが、改暦にともない新暦(グレゴリオ暦)の日付に合わせて行ったり、一月遅れの新暦8月15日や旧暦のまま行っている場合に分かれている。父母や祖霊を供養したり、亡き人を偲び仏法に遇う縁とする行事のこと。
語義
盂蘭盆は、サンスクリット語の「ウランバナ」(ullambana、उल्लम्बन)の音写語で、「烏藍婆拏」(『玄応音義』)、「烏藍婆那」とも音写される。「ウランバナ」は「ウド、ランブ」(ud-lamb)の意味があると言われ、これは倒懸(さかさにかかる、逆さ吊り)という意味である。
一方、古代イランの言葉(アヴェスター語)で「霊魂」を意味する「ウルヴァン」(urvan)が語源だとする説もある。古代イランでは、祖先のフラワシ(Fravaši、ゾロアスター教における精霊・下級神)が信仰され、それが祖霊信仰と習合し、「祖霊」を迎え入れて祀る宗教行事となったとする。
2013年、仏教学者の辛嶋静志は盂蘭盆を「ご飯をのせた盆」であるとする説を発表した。それによると、盂蘭盆経のうちに「鉢和羅飯(プラヴァーラ〈ナー〉飯)」という語があり、これが前述の旧暦7月15日・安居(雨安居)を出る日に僧侶たちが自恣(プラヴァーラナー 梵: pravāraṇā)を行うことに関連付けられる。古代インドには自恣の日に在家信者が僧侶へ布施をする行事があったとし、それと盂蘭盆経が説く行為とが同じものであるとしている。また、盂蘭盆の「盂蘭」はご飯を意味する「オーダナ (梵; 巴: odana, 特に自恣の日に僧侶へ施されるご飯を強調する)」の口語形を音写したものであり、それをのせた「盆(容器の名)」が「盂蘭盆」であると説明する。
起源
背景
盂蘭盆の行事は中国の民俗信仰と祖先祭祀を背景に仏教的な追福の思想が加わって成立した儀礼・習俗である。旧暦7月15日は、仏教では安居が開ける日である「解夏」にあたり、道教では三元の中元にあたる。仏教僧の夏安吾の終わる旧暦7月15日に僧侶を癒すために施食を行うとともに、父母や七世の父母の供養を行うことで延命長寿や餓鬼の苦しみから逃れるといった功徳が得られると説く。一方、道教の中元節とは、宇宙を主るとされる天地水の三官のうち、地官を祀って、遊魂などの魂を救済し災厄を除くというもので、仏教の盂蘭盆とほぼ同時期に中元節の原型が形作られた。
本来的には安居の終った日に人々が衆僧に飲食などの供養をした行事が転じて、祖先の霊を供養し、さらに餓鬼に施す行法(施餓鬼)となっていき、それに、儒教の孝の倫理の影響を受けて成立した、目連尊者の亡母の救いのための衆僧供養という伝説が付加されたと考えられている。
目連伝説
盂蘭盆会の由来に目連の伝説がある。仏教における『盂蘭盆経』に説いているのは次のような話である。
安居の最中、神通第一の目連尊者が亡くなった母親の姿を探すと、餓鬼道に堕ちているのを見つけた。喉を枯らし飢えていたので、水や食べ物を差し出したが、ことごとく口に入る直前に炎となって、母親の口には入らなかった。哀れに思って、釈尊に実情を話して方法を問うと、「安居の最後の日にすべての比丘に食べ物を施せば、母親にもその施しの一端が口に入るだろう」と答えた。その通りに実行して、比丘のすべてに布施を行い、比丘たちは飲んだり食べたり踊ったり大喜びをした。すると、その喜びが餓鬼道に堕ちている者たちにも伝わり、母親の口にも入った。
歴史と習俗
中国
盂蘭盆会に関する最早期の資料は竺法護訳の『般泥恒後潅臘経』、『仏説盂蘭盆経』、『経律異相』などで仏教上の儀礼としては六朝梁の頃には成立していた。
咸淳5年(1269年)に南宋の志磐が編纂した『仏祖統紀』では、梁の武帝の大同4年(538年)に帝自ら同泰寺で盂蘭盆斎を設けたことが伝えられている。『仏祖統紀』は南宋代の書物なので梁の武帝の時代とは、約700年の隔たりがあり、一次資料とは認め難い。しかし、梁の武帝と同時代の宗懍が撰した『荊楚歳時記』には、7月15日の条に、僧侶および俗人たちが「盆」を営んで法要を行なうことを記し、『盂蘭盆経』の経文を引用していることから、すでに梁の時代には、偽経の『盂蘭盆経』が既に成立し、仏寺内では盂蘭盆会が行なわれていたことが確かめられる。
唐代から宋代には中国の民俗信仰を土台として盂蘭盆、施餓鬼と中元節が同じ7月15日に行われるようになり、儀礼や形式、作法などにも共通性が見られるようになるなど道教の行事との融合が進んだ。
南宋代になって、北宋の都である開封の繁栄したさまを記した『東京夢華録』にも、中元節に賑わう様が描写されているが、そこでは、「尊勝経」・「目連経」の印本が売られ、「目連救母」の劇が上演され好評を博すほか、一般庶民が郊外の墓に墓参に繰り出し、法要を行なうさまも描かれている。
ただし、中国の歴代王朝は制度的には仏教と道教を明確に分ける宗教政策をとっており、特に唐代からは儒仏道の三教を認めつつも互いに競わせたという歴史的要因から、あくまでも国家祭祀などではこれらを区分することを建前とした。
日本
日本では、この「盂蘭盆会」を「盆会」「お盆」「精霊会」(しょうりょうえ)「魂祭」(たままつり)「歓喜会」などとよんで、今日も広く行なわれている。この時に祖霊に供物を捧げる習俗が、いわゆる現代に伝わる「お中元」である。
古くは推古天皇14年(606年)4月に、毎年4月8日と7月15日に斎を設けるとあるが、これが盂蘭盆会を指すものかは確証がない。
斉明天皇3年(657年)には、須弥山の像を飛鳥寺の西につくって盂蘭盆会を設けたと記され、同5年7月15日(659年8月8日)には京内諸寺で『盂蘭盆経』を講じ七世の父母を報謝させたと記録されている。後に聖武天皇の天平5年(733年)7月には、大膳職に盂蘭盆供養させ、それ以後は宮中の恒例の仏事となって毎年7月14日に開催し、孟蘭盆供養、盂蘭盆供とよんだ。
奈良、平安時代には毎年7月15日に公事として行なわれ、鎌倉時代からは「施餓鬼会」(せがきえ)をあわせ行なった。また、明治5年(1872年)7月に京都府は盂蘭盆会の習俗いっさいを風紀上よくないと停止を命じたこともあった。
現在でも長崎市の崇福寺などでは中国式の盂蘭盆行事である「(普度)蘭盆勝会」が行われる。  

 

●盂蘭盆会 2   
子供の頃、私はお盆の正式名称である「盂蘭盆(うらぼん)」を、月遅れの8月にするのが「ウラ盆」で、東京のように7月にするのは「オモテ」のお盆だと勘違いしていました。
季節的な宗教行事として定着しているお盆ですが、その起源はインドに求められ、中国で変形して、さらに日本風にアレンジされたものだといえます。一つの行事にも、壮大な歴史を感じますね。
さて、そもそも「盂蘭盆」という言葉は、サンスクリット語の「ウランバナ(逆さに吊される苦しみ)」を起源とすると言われています。また、最近は、イラン語の「ウルヴァン(死者の霊魂)」という語が語源だという説もあるようです。インドでは、長い間子孫から供養されていない精霊は、地獄のような世界に落ちて逆さ吊りの苦しみを味わっている。その精霊に飲食を捧げて供養し、その苦しみの世界から救うという風習が、古くからあったといいます。
『盂蘭盆経』には、お釈迦さまの10大弟子の1人である目連尊者が、餓鬼道に落ちた母の苦しみを救おうとして、お釈迦様の教えに従って祭壇を設け、三宝(仏・法・僧。悟りを開いた人・仏の説いた教え・仏の教えに従い成仏を目指す出家者)に供養して母を救ったということが説かれています。そして、これが盂蘭盆会の起源だとされています。
余談ですが、お経というのにはお釈迦さまがお説きになったのを弟子たちが思いだしてまとめたようなものから、お釈迦さまが亡くなって千年以上経ってから後に中国や日本で作られたものまで多種多様です。この『盂蘭盆経』も、中国で作られたといわれるお経です。余談ついでに、目連尊者というのは、『観無量寿経』〜王舎城の物語などでご存じの方もおられるのではないでしょうか?我が子であるアジャセによって牢獄に幽閉されたビンバサーラ王のもとへ神通力を使って通い、説法をしたのも、この目連尊者です。
目連尊者は「神通第一」と呼ばれ、修行を積んで様々な神通力を使いこなせる境地にいたると、まず最初に亡き父母の様子を観て、その恩に報いようと考えました。あれだけ自分を大切に育ててくれた母だから、きっと極楽で幸せに暮らしているに違いないと、極楽世界の中に母親の姿を求めました。しかし、極楽にその姿はありませんでした。それでは、きっと天の世界に違いないと探しましたが、やはり見つかりません。その後もあちこちの世界を探しましたが、どこにも見つかりません。やがてようやく母親の姿を見つけることができましたが、なんとそこは餓鬼の世界でした。餓鬼の世界というのは、生前に欲深かった者が死後に行く世界で、ここに落ちた亡者は、飲食もできずに、飢えと渇きに苦しむところです。目連尊者の母親は、飲むものも飲めず食べるものも食べられず、ガリガリに痩せて大変苦しんでいました。まさに、逆さにつるされたような苦しみ(「ウランバナ」)を味わっていたわけです。目連尊者はお母さんを助けたい一心で、神通力を使って飲み物や食べ物を母親のところに送りましたが、母親がそれを口にしようとすると燃え上がり、飲むことも食べることもできません。その様子に号泣し、何をしても母親を苦しみから救えない無力さを悲嘆した目連尊者は、お釈迦さまを訪ねて、「私にとっては、とても愛情あふれていた母が、一体なぜ餓鬼に生まれたのでしょうか? 救い出す手段はないのでしょうか?」と教えを請いました。
お釈迦さまは「お母さんは罪を犯していた餓鬼の世界に落ちたんだよ。その罪は『慳貪(けんどん。物欲が深く、他人に対して惜しみをする)の罪』だよ」と教えられたのでした。母親は、我が子を一所懸命に慈しみ育てます。そんな母親がどうして地獄に? 最近、「児童虐待」などということが話題になり、信じられないような行為を我が子にする父母が後を絶ちませんが、目連尊者の母親がそうだったわけではありません。
目連尊者は裕福な家の一人子として、父母の熱愛をうけて成長したといいます。しかし、母親は自分の子供を愛するがゆえに、他人の子供に対して物惜しみをしたりしていました。我が子に一所懸命なのが過ぎれば、自分の子さえよければ、よその子を押し退けてでも我が子を優先する、というふうになってしまいます。わが子を愛するあまり、歪んだ見方・考え方になっていったのでしょう。その執着した愛の結果として、母親は餓鬼道に落ちることになったのです。お釈迦さまは、目蓮尊者に母親を助ける手だてを授けました。「7月15日は、90日間の安居(道場や洞窟に籠もって修行を行う)が終わり、たくさんの僧が一堂に集まり、過去の罪を懺悔してさらに仏道の修行に勤しむ日(「自恣日」)です。この日、僧たちに、飯・百味(多くの飲食物)・五果(五種の果実)・水・灯明・寝具などを供養しなさい。いかにあなたが親を思う気持ちが強く、母を救いたいと思っても、母の罪は深いから、どうすることもできないのだよ。天神、地神、邪鬼、外道、道士、四天王神たちでも、救うことはできないのだ。しかし、たくさんの僧への供養によって、あなたの母はもちろん、父も今は亡き過去7世の父母や親族たちも、罪を免れ、苦しみから救われるでしょう」とお教えになったといいます。喜んだ目連尊者は教えられたとおり衆僧に供養をして、過去7世の父母に報恩追善の誠をささげ、無事、餓鬼道にあった母は救われたといいいます。
さらに、目連尊者は、「私の父母たちは、三宝の功徳の力のお陰で救われました。もし、これからのすべての人たちが、私と同じように願ったときも、またこのようにしたら救えるものでしょうか」と尋ねました。お釈迦さまは、「お前は、私が正に説こうと思うことを尋ねたね。もし、僧侶、国王から始まって庶民にいたるまで、孝行をしたいと願うなら、自分を産んでくれた父母と、過去7世の父母のために、7月15日の僧自恣の日に、百味飲食を供えて、十方衆僧に施しなさい。そうすれば、その者たちも天の世界の楽しみを享受するようになるでしょう」と答えられました。このように、安居の終わった7月15日の僧自恣の日、自分を産んでくれた父母や先祖の霊などのために、衆僧に対してさまざまな供養をしたのが盂蘭盆の始まりだと言われています。
盂蘭盆は、中国に渡ると、先祖供養が主体となりました。玄奘三蔵の片腕として仏典の漢訳に携わった玄應は、このことを「仏教が俗に順うことではあるが」と書き残しているといいます(『玄應音義』)。日本では、推古天皇14年(606)に行われたのが最初で、次いで斉明天皇3年(657)に飛鳥寺(元興寺)の西に須弥山を作り孟蘭盆会を設けたと記録されているそうです。日本でも、やはり先祖供養の行事として定着し、今日に至っています。
「お墓には曾祖父さんしか入ってないし、新しい仏さんはいないから、お盆なんて関係ないよ」と言うあなた? お盆は、亡くなった自分の先祖を尊び供養するということだけではありません。今、私たちが生かされているのは、過去の世の人々、現世の人々のお陰であることを思い起こし、あらゆる精霊を供養し、父母はもちろん、お世話になっっている現世のすべての人やものに感謝しましょう。そういう気持ちが、自らを豊かにし、また次の世へとつながっていくのではないでしょうか。  

 

●盂蘭盆会 3 
盂蘭盆会(お盆)の起源は、餓鬼の世界におちた母を救うことだった!?
盂蘭盆(うらぼん)は「逆さ吊り」「鎮魂」という意味の言葉が語源
盂蘭盆という言葉は、インドの古代語の言葉で「ウラバンナ」の音訳であり「逆さに吊り」の意味、また、ペルシャ語で「ウラヴァン」の音訳で「霊魂」という意味があるのだそうです。そして、盂蘭盆会は「逆さに吊るされたような苦しみを解く」という意味合いがあり、現在は先祖供養の習慣が日本に残っています。
現代の盂蘭盆の由来である盂蘭盆経にある物語では、釈迦の内弟子である目連が厳しい修行の末に神通力を得て、亡き母のいるあの世を見渡したところ、餓鬼の世界におちて飢えと乾きに苦しむ母の姿を見ることとなりました。まさに逆さに吊るされたような苦しみを味わっている母。目連はその神通力で母を救おうと食べ物や飲み物を送るのですが、餓鬼の世界にいる母がそれを口に運ぼうとした途端に燃えてしまったり、凶器と化して母を傷つけてしまったのだとか。目連の神通力でも母を救うことはできませんでした。
嘆き悲しんだ目連は、釈迦に母を救いたい気持ちを相談します。釈迦の「7世の父母と、苦難にある人のために懺悔した全ての修行僧に施し与えること」という教えを受け、目連は多くの食べ物や飲み物、寝床や灯りを捧げたそうです。そして、それによって目連はさらなる徳を積み、7世の先祖、餓鬼の世界にいる母を救いました。そして、その日が7月15日だったということです。
盆、盂蘭盆の起源は、目連の施し与えた功徳による先祖供養
施し与えることで徳を積み、亡くなった先祖を救った目連の行いが、仏教の教えとともに日本に根付いたということのようです。盂蘭盆の時期に帰省して家族で先祖を偲び、迎え火や送り火、お供え、精霊馬など、様々な形でおもてなしすることがそれにあたります。そして、盆踊りやこの時期の花火も先祖供養や鎮魂の意味合いがあります。
慳貪という罪で餓鬼の世界におちた母を救う、先祖供養の始まり
さて、目連ほどの徳の高い人物の母がなぜ、餓鬼の世界におちたのでしょうか。それは、母の目連への強い愛情が化した、陥りがちな罪と言えるものでした。出家した我が子を含む修行僧が、生活に必要な最低限の食料などを乞う、乞食行をしに来た時のこと。信者は全ての修行僧に分け隔てなく与えることで徳を積むことが出来るのだそうですが、目連の母は我が子だけに多くの食べ物を盛ってしまい、それは慳貪(けんどん)と言われ、無慈悲で自分の利益にのみ貪欲である行いにあたることから、餓鬼の世界におちたということでした。
いかがでしたか?盆、盂蘭盆は、家族が集まり先祖へのおもてなしとともに、手を合わせて冥福を祈るというイメージが強く印象にありますが、それ以前に、後世を生きる私たちの行いも先祖供養につながるという教えでした。お盆時期の帰省や家族で集まることが難しい方は、先祖へ思いを寄せながら、自分自身の行いについて振り返る時間としてみてはいかがでしょうか。 

 

●盂蘭盆会 4 
一般には、「お盆」と言われ、毎年7月13日から15日(地域によっては8月13日から15日)までの3日間祖先の 御霊 (みたま) をまつり、その冥福を祈る行事で、また「魂祭り」「お精霊祭り」とも言い、 その由来は「盂蘭盆経」というお経によっています。 梵語 (ぼんご) (古代インド語)ウランバナの音訳、「逆さまに 吊 (つる) されるような苦しみ」を除くという意味の行事です。
「盂蘭盆経」によりますと、お釈迦さまの十大弟子の一人で「神通第一」といわれる 目連(もくれん) さまが、ある日、亡くなった自分の母親のことを神通力を使って見ていると、なんと母親は餓鬼の世界に落ちて、苦しみにあえいでいました。びっくりした目連さまは、お釈迦さまのところへとんで行き、どうしたらよいかを相談しました。するとお釈迦さまは、「90日間の雨季の修行を終えた僧たちが7月15日に集まって 反省会を行うから、その人たちにごちそうをして、心から供養しなさい」とおっしゃり、そのとうりにすると、目連さまの母親は餓鬼の苦しみから救われました。
お釈迦さまはさらに「同じように、7月15日にいろいろな飲食を盆にもって、仏や僧や大勢の人たちに供養すれば、その功徳によって、多くのご先祖が苦しみから救われ、今生きている人も幸福を得ることができ よう」とお説きになりました。
これがお盆の行事の始まりです。お盆には精霊棚を飾ってご先祖をお迎えし、 菩提寺 (ぼだいじ) の和尚(おしょう) さまに 回向(えこう) していただき( 棚経 (たなぎょう) )、また菩提寺へ行ってお墓参りをして、数多くのご先祖を心からご供養いたしましょう。 

 

●盂蘭盆会 5 
7月13日から5日間が七十二候の「蓮始開(はすはじめてひらく)」。蓮の花が咲き始める頃という意味ですが、蓮の花は7月〜8月にかけて咲く夏の花。仏教では、蓮は泥の中に生まれても汚れなく清らかに咲くことから「清浄無比の花」と尊ばれています。
多くの仏典に「蓮華(れんげ)」の名で登場し、仏像の台座にもその形がよく使われています。お盆の盆棚にも蓮の花を模した盆花を飾り、蓮の葉はご先祖様や仏様にお供え物を捧げるための器として使われます。
また、7月15日はお盆。一般的には8月半ばに月遅れで行いますが、都市部では7月という家も多いのです。お盆は、先祖の霊を迎える日で、13日は迎え盆(お盆の入り)にあたります。盆棚を設え、お墓参りに行き、その帰りに玄関で迎え火を焚いて祖先の霊をお迎えします。そして、お盆の間ゆっくりと過ごしたら、16日には精霊送りで霊をお送りします。8月のお盆の精霊送りには盛大な行事が多く、京都の「五山送り火」や奈良の「大文字送り火」、長崎の「精霊流し」などは有名です。
さて、お盆の正式名称は「盂蘭盆会(うらぼんえ)」。ちょっと日本語らしくないですね。それもそのはず、「盂蘭盆」はインドのサンスクリット語の「ウラバンナ(逆さ吊り)」、ペルシャ語の「ウラヴァン(霊魂)」からきた言葉だといわれています。「逆さ吊り」が語源といわれると驚きますが、次のような由来が伝えられています。お釈迦様の弟子のひとり、目連尊者(もくれんそんじゃ)は神通力によって亡き母が地獄に落ち、逆さ吊りにされて苦しんでいると知りました。どうしたら母親を救えるか、お釈迦様に相談したところ、お釈迦様は「夏の修行が終わった7月15日に僧侶を招き、多くの供物をささげて供養すれば母を救うことができるであろう」といわれました。目連尊者がその教えのままにしたところ、その功徳によって母親は極楽往生が遂げられたということから、精霊を供養する盂蘭盆会の行事が生まれたといわれています。
この盂蘭盆会の行事が日本の祖霊信仰と融合し、日本独自のお盆の風習がつくられていきました。 

 

●盂蘭盆会 6 
盂蘭盆会とは,
盂蘭盆会(うらぼんえ)とは、現在ではいわゆる「お盆」のことです。7月や8月の夏に祖先の霊をおもてなしして供養する仏教行事のひとつとして広く行われています。
全国的には8月に行われることが多く、この行事に合わせて故郷へと帰省する人も多くみられます。現在の盂蘭盆会(お盆)は家に先祖の精霊が帰ってくるためおもてなしをする、と考えますが、この盂蘭盆会の考え方は元々仏教には存在しませんでした。
盂蘭盆会の意味,
元々の盂蘭盆会の意味と、日本での変遷に簡単にご紹介します。盂蘭盆会の由来は、「Ullambana (ウランバナ)」というサンスクリット語からきています。「ぶら下げる」または「吊るす」という意味を持つ言葉です。
釈迦の弟子目連(もくれん)が、餓鬼道におちた母の苦しみを除こうとして僧たちを供養したという「盂蘭盆経(※)」の伝説に基づきます。
お釈迦様の弟子である目連尊者(もくれんそんじゃ)という僧侶がいました。目連尊者には生涯にわたって他人のことを思いやることがなかった母がおりました。その母は亡くなった後に餓鬼(がき)の世界へと堕ち、逆さまに吊るされ苦しむこととなりました。そんな、母の姿を見た目連尊者は、死後の母に食べ物や飲み物を与え、少しでも苦しみから解放させてあげようとしました。しかし結果的に、母をさらに苦しめる結果となります。お釈迦様に相談すると、「僧侶の夏の修行が終わる7月15日に僧侶を招きごちそうを振る舞い、供養すれば母を救うことができるであろう。」といわれました。その教えのままにしたところ、その功徳によって母が極楽往生を遂げます。つまり「自分の母だけでなく、餓鬼の世界に堕ちてしまった沢山の人を救う気持ちで供養しなさい。」と諭したというお話です。
これが、盂蘭盆会の由来です。逆さ吊りの苦しみから救うための供養がもとになっているのです。
盂蘭盆経はインドには原典が存在せず、中国発祥の行事ではないかといわれており、盂蘭盆会が日本へ伝わったのが7世紀頃で、その後日本の民間の祖霊信仰と融合して、現在の日本独自の盂蘭盆会(お盆)の形になったのではないかとされます。
盂蘭盆会(お盆)の時期,
通常は7月13〜15日または、8月13日15日の3日間が盂蘭盆会(お盆)の時期です。また、新暦ではなく旧暦の7月13〜15日に行う地方もあります。盂蘭盆会(お盆)の期間は地域によって異なります。
盂蘭盆会(お盆)の過ごし方,
盂蘭盆会(お盆)の風習は地域や仏教の宗派によって異なりますが、一般的に行われている過ごし方をご紹介します。盆棚(精霊棚)をつくって盆提灯を飾ります。
さらに、盆花や季節の果物、野菜などをお供えし、門前で麻幹(おがら)を燃やして迎え火を焚き、先祖の霊をお迎えします。お迎えするまでにお墓参りをしておきます。盆提灯は先祖や故人の霊が迷わず帰ってくる目印として飾ります。盂蘭盆会(お盆)の期間中に、通常は15日に僧侶を招いて棚経(たなぎょう※)をあげていただき、16日に門前で送り火を焚いて先祖の霊をお送りします。お盆の間は一日3回精進料理をお供えして、家族も同じ料理をいただきます。※棚経とは提寺の僧侶が、檀家をまわってお経をあげること。
盂蘭盆会(お盆)のお布施,
盂蘭盆会(お盆)の棚経にはお布施が必要です。地域やお寺との関係によって異なり、一概にいくらとはいえませんが5,000円〜20,000円を目安とするようです。新盆(にいぼん)のような特別な場合には30,000〜50,000円など金額を多めにします。またお布施とは別に「お車代」やお膳(お食事)を用意します。
現在では、定額料金で盂蘭盆会(お盆)や新盆の読経を手配できるサービスもあります。
読経・法話、開眼法要や納骨法要、宗派指定料、お車代、お膳料、心付けが全て含まれているため安心です。
新盆(にいぼん)について,
四十九日の忌明け後に初めて迎える盆を新盆、または初盆(はつぼん)と呼びます。新盆は故人の霊が初めて家に戻ってくるため、通常のお盆よりも早く準備して丁寧にお迎えします。 1日〜7日の間に盆棚を作り、近親者は盆提灯(※)を贈るのが習わしですが、最近では代わりに現金を贈るのが一般的です。新盆を迎える家は、親族や故人と親しかった人を招いて、僧侶に棚経(たなぎょう)をあげていただき盛大に供養します。 新盆に限り、清淨無垢の白で御霊を迎えるとして、白木で作られた提灯(新盆提灯)を最も多く使われます。新盆用提灯を使うのは1回限りです。
盂蘭盆会(お盆)の盆棚、精霊棚,
盂蘭盆会(お盆)には「盆棚」あるいは「精霊棚」とよばれる精霊(や先祖)をお迎えする祭壇を作ります。棚には真菰(まこも)のござを敷き、位牌や三具足を置きます。 昔は内庭や別途、精霊棚を作りましたが、現在では仏壇の前に台を用いてお飾りするのが一般的です。
盂蘭盆会(お盆)の供物,
地域により盂蘭盆会(お盆)のお供えものは異なります。きゅうりの馬、茄子(なす)の牛、精進料理のご膳、盆団子(白玉団子)、そうめん、季節の野菜や果物、型菓子、故人の好きだったものなどを備えるのが一般的です。
型菓子とは餅米を炒って粉にしたものを木型に詰めて抜く蓮・菊・末広などの形をした菓子のことです。
きゅうりの馬は精霊馬(しょうりょうま)で、足の速いきゅうりの馬に乗って、先祖の霊が、早く家族のもとに帰ってこられるようにという願いが込められています。
一方で、茄子で作る牛精霊牛(しょうりょううし)は、歩みの遅い茄子の牛で、ゆっくりと供え物をもって帰ってほしいという願いが込められています。
13日には「迎え団子」、14日は「おはぎ」、15日には「そうめん」、16日に「送り団子」を供える説もあります。
お供え物にはかなり地域差があります。
盆団子でもきなこをかけたり、丸のまま積み上げたりなど、味も形も地域によって様々です。
「水の子」と呼ばれるお供えも広く用いられます。水の子とは、餓鬼道に落ちた無縁仏に対するお供えです。 洗った米と、賽の目に刻んだ茄子やきゅうりを混ぜて、はすの葉の上に盛り付けます。
盂蘭盆会(お盆)の精進料理,
精進とは、仏の教えにより仏道修行に努めることです。肉や魚などを避けて、野菜・山菜・穀類を中心にした粗食を食することも修行の一つと考えられています。その際の料理が精進料理です。酢の物、白和え、ごま和え、野菜や山菜の天ぷら(精進揚げ)などを思い浮かべる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
精進料理は出汁をベースに調理します。出汁は主に、昆布、干ししいたけ、かんぴょう、切り干し大根、高野豆腐を使います。
豆腐や納豆、ゆばなどのタンパク質や、ごま・くるみ・植物油などの脂質、そして季節の野菜を組み合わせて料理します。精進料理には「五辛(ごしん)五葷(ごくん)」という食べてはいけない食材があります。五辛は辛味のある野菜、五葷は臭味のある野菜を指し、「にら・ねぎ・玉ねぎ・にんにく・らっきょう」の5つです。
まとめ,
盂蘭盆会(うらぼんえ)=お盆の由来や過ごし方などをご紹介しました。お盆には、基本的には精進料理をお供えします。ご先祖様をもてなす意味では、精進料理と合わせて、生前お好きだった物をお供えしても問題ないとするようです。また、家庭には色々な事情もあるため家族の食事に合わせてお供えすることも多いものです。 精進料理のレシピは検索するとたくさんみつかります。精進料理に欠かせない高野豆腐のレシピなどをお盆の時期に試してみても良いかもしれません。  

 

●薮入り 
「薮入り」とは、住み込みの奉公人や嫁いできた嫁が実家へ帰る事ができる休日のことで、お正月の1月16日とお盆の7月16日が藪入りの日にあたりました。江戸時代に広がった風習で、昔は奉公人に定休日などなく、嫁も実家に帰ることはままならなかったため、藪入りだけが、大手を振って家に帰ったり、遊びに出かけたりできる日だったのです。
「薮入り」の由来
藪入り前日の1月15日、7月15日は、それぞれ小正月、お盆という重要な祭日です。そこで、奉公先や嫁入り先の用事を済ませ、その翌日の16日は、実家の行事にも参加できるよう休みが与えられたようです。現在のように定休日がなかった時代に、正月と盆の薮入りは、奉公人たちにとって大変貴重で待ち遠しい日でした。
薮入りの日、主人は奉公人に着物や小遣いを与え、親元に送り出します。親元では親が首を長くして子どもの帰りを待っていて、親子水入らずのひとときを過ごしたのでしょう。また、親元に帰れない者も芝居見物などに出かけ、年2回だけのお休みを楽しんでいました。嬉しいことが重なった時「盆と正月が一緒に来たよう」といいますが、昔の奉公人には、この2つの薮入りは本当に楽しみだったに違いありません。
戦後、労働スタイルが変化し、日曜日などの定休日ができると藪入りはすたれましたが、藪入りの伝統は正月休み・盆休みの帰省として残っています。
地獄の鬼もお休み
お盆の時期は、霊が里帰りして地獄にいないので、地獄番の鬼もお休みです。その頃に畑に耳をつけると、ゴーッという地熱の沸くような音がするそうで、地獄の蓋が開いて霊が飛び出してくるので、仕事をしてはいけない日とされました。
仏教では藪入りの日を「閻魔の賽日」といい、「地獄の蓋が開き亡者も責め苦を逃れる日」であり、「罪人を責めていた地獄の鬼さえもこの日は休むから、人も仕事を休む」と考えられました。
「薮入り」の語源は?
藪の深い田舎に帰るからという説、奉公人を実家に帰す「宿入り」がなまったという説などがありますが、定かではありません。また、正月の「藪入り」に対し、お盆のほうを「後(のち)の藪入り」ともいいます。
関西では6がつくので「六入り」、九州では「親見参」(オヤゲンゾ)などと呼ぶところもあります。 

 

●迎え盆と精霊送り 
お盆は先祖の霊をお迎えして供養し、またお戻りいただくという行事で、お正月と同じくらい重要な行事とされてきました。一般的に、お盆の入りの8月13日は迎え盆、お盆の明けの16日は送り盆で精霊送りをしますが、どのようにしたらよいのでしょうか。
迎え盆 〜ご先祖様の霊をお迎えする
盆棚(精霊棚)
盆棚は精霊棚(しょうりょうだな)ともいわれ、ご先祖様の精霊を迎えるために位牌を安置しお供えをする棚です。8月12日の夕刻または13日の朝に作ります。飾り方は地域や家庭の習慣によって異なりますが、一例としてご紹介します。
・ 机などを置いて真菰(まこも)で編んだゴザを敷き、四方に笹竹を立て、縄を張って結界を作ります。
・ 縄にはほおずきを吊るし、先祖の道を照らす提灯代わりにします。
・ 位牌を並べ、線香を焚き、ろうそくを灯し、キキョウ、ユリなどの盆花を飾ります。
・ 水や、季節の野菜、果物、砂糖菓子、そうめんなどを供えます。
・ 精霊馬(しょうりょううま。きゅうりで作った馬、なすで作った牛)※を供えます。
※ご先祖様はきゅうりの馬に乗り、なすの牛に荷物を載せて、あの世とこの世を行き来するといわれています。また、来るときは馬で早く、帰るときは牛のようにゆっくりとという意味もあります。
迎え火
13日はお墓参りし、お寺で迎え火の火種をいただいてきます。そして、家の門口や玄関に焙烙(ほうろく)の器を置き、オガラと呼ばれる皮をはいだ麻の茎を折ってつみ重ね、火をつけて燃やし合掌します。これを迎え火といい、オガラを燃やしたその煙に乗って先祖の霊が家に戻って来るのを迎えます。外から内に入るように火をまたぐと、先祖の霊を迎えたことになります。
また、このオガラの灰をタンスに入れておくと、着るものに困らないともいわれています。オガラは花屋やスーパーなどで手に入ります。
精霊送り 〜ご先祖様の霊をお送りする
送り火
16日に送り火を焚いて、家に迎えた先祖の霊にお帰りいただきます。迎え火を焚いた同じ場所で、オガラをつみ重ねて火を付け、内から外に出るように火をまたぎます。
また、昔は川や海のかなたにあの世があると考えられていたので、地域によっては海や川に送り火を流して精霊送りを行います。わらで作った舟にお供え物や飾り物を乗せた精霊舟や、たくさんの灯篭を流して精霊を送るとともに、病気や災いも一緒に流すという意味があります。
今でも全国各地で、精霊送りの行事が行われています。
・ 長崎「精霊流し」8月15日 爆竹と鐘の音が響く中、初盆の霊をのせた精霊船を極楽浄土へ送り出します。
・ 奈良「大文字送り火」8月15日  高円山に「大文字」の火を燃やし、戦没者の慰霊と世界平和を願います。
・ 京都「五山送り火」8月16日 京都を囲む五山に「大文字」「舟形」「妙法」「左大文字」「鳥居形」を型どった火を燃やし、ご先祖様をお送りします。
・ 京都「嵐山灯篭流し」8月16日 遠くに「大文字」「鳥居形」の送り火を眺めつつ、桂川に精霊をのせた灯篭を流します。
・ 福井「敦賀とうろう流しと大花火大会」8月16日 気比の松原で行われるお盆の風物詩。盛大な花火とともに灯篭を海に流します。 

 

●施餓鬼会 
●施餓鬼会 1
施餓鬼は仏教における法会の名称である。または、施餓鬼会の略称。
餓鬼道で苦しむ衆生に食事を施して供養することで、またそのような法会を指す。特定の先祖への供養ではなく、広く一切の諸精霊に対して修される。 施餓鬼は特定の月日に行う行事ではなく、僧院では毎日修されることもある。
日本では先祖への追善として、盂蘭盆会に行われることが多い。盆には祖霊以外にもいわゆる無縁仏や供養されない精霊も訪れるため、戸外に精霊棚(施餓鬼棚)を儲けてそれらに施す習俗がある、これも御霊信仰に通じるものがある。 また中世以降は戦乱や災害、飢饉等で非業の死を遂げた死者供養として盛大に行われるようにもなった。
水死人の霊を弔うために川岸や舟の上で行う施餓鬼供養は「川施餓鬼」といい、夏の時期に川で行なわれる。
由来
不空訳『救抜焔口陀羅尼経』に依るものである。釈迦仏の十大弟子で多聞第一と称される阿難尊者が、静かな場所で坐禅瞑想していると、焔口(えんく)という餓鬼が現れた。痩せ衰えて喉は細く口から火を吐き、髪は乱れ目は奥で光る醜い餓鬼であった。その餓鬼が阿難に向かって『お前は三日後に死んで、私のように醜い餓鬼に生まれ変わるだろう』と言った。驚いた阿難が、どうしたらその苦難を逃れられるかと餓鬼に問うた。餓鬼は『それにはわれら餓鬼道にいる苦の衆生、あらゆる困苦の衆生に対して飲食を施し、仏・法・僧の三宝を供養すれば、汝の寿命はのび、我も又苦難を脱することができるだろう』と言った。しかしそのような金銭がない阿難は、釈迦仏に助けを求めた。すると釈迦仏は『観世音菩薩の秘呪がある。一器の食物を供え、この『加持飲食陀羅尼」』(かじおんじきだらに)を唱えて加持すれば、その食べ物は無量の食物となり、一切の餓鬼は充分に空腹を満たされ、無量無数の苦難を救い、施主は寿命が延長し、その功徳により仏道を証得することができる』と言われた。阿難が早速その通りにすると、阿難の生命は延びて救われた。これが施餓鬼の起源とされる。
一方で目連「盂蘭盆経」による釈迦仏の十大弟子で神通第一と称される目連尊者が、神通力により亡き母の行方を探すと、餓鬼道に落ち、肉は痩せ衰え骨ばかりで地獄のような苦しみを得ていた。目連は神通力で母を供養しようとしたが食べ物はおろか、水も燃えてしまい飲食できない。目連尊者は釈迦に何とか母を救う手だてがないかたずねた。すると釈迦は『お前の母の罪はとても重い。生前は人に施さず自分勝手だったので餓鬼道に落ちた』として、『多くの僧が九十日間の雨季の修行を終える七月十五日に、ご馳走を用意して経を読誦し、心から供養しなさい。』と言った。目連が早速その通りにすると、目連の母親は餓鬼の苦しみから救われた。これが盂蘭盆の起源とされる(ただしこの経典は後世、中国において創作された偽経であるという説が有力である)。
この2つの話が混同され、鎌倉時代から多くの寺院において盂蘭盆の時期に施餓鬼が行われるようになったといわれる。
施餓鬼法
不空訳『救抜焔口陀羅尼経』に基づく修法で、池の畔、樹木の下などの静かな場所で東方に向かい3尺以下の壇を儲けて修する。陀羅尼と五如来(宝勝・妙色身・甘露王・広博身・離怖畏)の名号念誦の加持力によって、餓鬼の罪障を滅し、飢渇を除き、天人道や浄土へと往生させる。 なお餓鬼は夜間に活動するとされるので、日没以降に行う。また吉祥木である桃・柳・石榴の側では行わない。本堂内陣では行わない。灯明をともさない。香華を供えない。鐘を鳴らさない。数珠を摺らない。声高に真言を唱えない。作法終了後は直ちに後ろを向いて振り返らないなど独特の禁忌のある作法を本義とする。これらの決まりは餓鬼が吉祥木や灯明、香華、鐘や数珠の音、大声や人の視線を嫌うことに由来する。 このような施餓鬼法は密教系の修行道場では、行者の修行が円満に成就するようにと毎夜行われる。
ただし中世以降は盂蘭盆行事等と習合したことで施餓鬼は日中に盛大に行われるようになり、上記のような禁忌のない作法が行われるようになる。このような法会には餓鬼は直接列することができないので、供養した食物は本義に従って水中や山野に投じて餓鬼等に施すのを常とする。 施餓鬼は多大な功徳があるとして、その功徳を先祖へと回向する追善として行われるようになり、これらから盂蘭盆行事となっているが、両者は混同してはならないとされる。  
●施餓鬼会 2
「おせがき」は、「 施餓鬼会 (せがきえ) 」「 施食会 (せじきえ) 」などといわれ、各宗派を通じて行われる仏教行事の一つです。 その由来は、『 救抜焔口餓鬼陀羅尼経 (くばつえんくがきだらにきょう) 』というお経によるといわれています。
それによると、釈尊の十大弟子の一人である 、 阿難尊者 (あなんそんじゃ) が、ひとりで瞑想している時、口から火を吐く一人の恐ろしい餓鬼があらわれ、「お前は3日後に死んで、我々と同じ恐ろしい餓鬼道に落ちる。」と言いました。恐れおののいた阿難尊者が、どうしたらそれを免れることができるかを釈尊に尋ねたところ、釈尊は、「その苦から免れたければ、三宝(仏・法・僧)に供養しなさい。また無数の餓鬼たちに食物をほどこして供養した 功徳 (くどく) により、餓鬼も救われ、その功徳によってお前も救われるだろう。」と答え、姿を消しました。
施餓鬼会 (せがきえ) は、釈尊に教えを請い、寿命を延ばすことのできた 阿難 (あなん) の説話にもとづく行事であり、その求めに応じて釈尊が示された修法が施餓鬼会のはじまりとされています。
そして餓鬼だけでなく、先祖代々や広く無縁の 諸精霊 (しょしょうれい) を供養し、また同時にみなさん自身の 福徳延寿 (ふくとくえんじゅ) を願うわけです。
ぜひこの施餓鬼会の機会に、心からお念仏を 称 (とな) え、自他ともに救われる 功徳 (くどく) を積んでいただきたいものです。
本来、施餓鬼会の期日は定められていませんが、お寺の年中行事のひとつとして、お盆の頃におこなわれることが多く、施餓鬼棚に「三界万霊牌」や初盆の戒名を記した位牌を置き、浄水や食物を供え、五如来の「施餓鬼幡」を立てて法要を営むのが習わしです。
施餓鬼会は、無縁仏や餓鬼に施しをするとともに、新亡の霊や先祖代々の諸霊を供養する法要でありますが、さらに日頃の自分自身に巣くう「餓鬼」の心を反省し、自他ともに生かされている身をしっかり受け止め、救われる功徳をお互いに積んでいくことが大切なことであります。
今日ではお盆の前後に行われることが多く、先祖追福のために、また一切の生物の霊を慰め、あわせて自分自身の 福徳延寿 (ふくとくえんじゅ) を願う法要です。 
●施餓鬼(施食会) 3
施餓鬼の意味
施餓鬼(せがき)とは、法会(ほうえ)の一つで、文字通り、餓鬼に施しを行うことを意味します。
法会とは、寺院に僧侶や信者が集まり、お勤めをする会式(えしき)いわゆる儀式のことです。
そして、餓鬼(がき)とは、生前に悪行を行い地獄に落ちた魂や生前食べ物を粗末にしたり、俗世で供養してもらえなかったりして無縁仏となってしまった霊が、地獄に落ちて鬼となってしまったもののことです。餓鬼の世界のことは「餓鬼道(がきどう)」と言い、六道の一つとなります。
餓鬼は地獄で、常に飲食をすることができないため、飢えと渇きにもがき苦しんでいるため、食物や飲み物をお供え物として捧げ、法要を執り行います。言い換えると、地獄にいる餓鬼に対して施しを行い、この世にいる自分たちの極楽往生を願うのが施餓鬼となります。
宗教/宗派のよる施餓鬼の違い
施餓鬼は宗派によって少し異なります。まず、「悪人正機」を教えの一つとしている、浄土真宗では施餓鬼は行いません。
ここで言う「悪人」とは、単に罪を犯した人、悪い人のことだけを指しているわけではありません。自分が煩悩だらけの人間であり、自身でもそれを自覚し、自分ではどうしようもないと考えている人も悪人であるとされています。
そして、「正機」とは、悪人は阿弥陀如来の本願にすがり、念仏を唱え、信仰を深くすることで、仏様が救ってくださり、必ず極楽往生するということです。言い換えると、この世に生きている人は皆悪人ではあるが、信仰を深め、功徳を積むことで極楽浄土に行けるということになります。そのため、悪人は地獄に落ちて餓鬼になるという考えと結びつきにくいとされており、施餓鬼は執り行いません。
また、「只管打坐(しかんたざ)」として、余念を交えず、ただひたすら坐禅をする厳しい修行を行う曹洞宗においては、施す側と施される側に貴賎(きせん)いわゆる身分の高い、低いは存在しないという考えがあるため、施餓鬼のことを「施食会(せじきえ)」と言います。
お施餓鬼(施餓鬼会)を行う時期
餓鬼は特定の月日に行う行事ではないため、施餓鬼を行う時期は、地域や宗派によって異なりますが、一般的にお盆(盂蘭盆会)の時期に行われます。年に2回行うところでは、お盆とお彼岸の時期に行うことが多いようです。
執り行い方は様々で、寺院で盛大に執り行われたり、僧侶が檀家の家を訪れて執り行われたりします。法会の内容も様々で、寺院で読経をあげたり、寺院の僧侶の他、招待した僧侶による法話やトークイベントを開いたり、寺院で食事会を開き、檀家同士のコミュニケーションの場としたりします。
施餓鬼は仏教にとって大切な行事の一つであるため、たくさんの寺院が力を入れています。
施餓鬼法会に関する疑問
Q: 施餓鬼法要のお布施の相場はいくらくらい?
一般的に3,000円〜10,000円程度です。地域性や寺院により大きく異なってきますので、事前に菩提寺の僧侶や地域の方に確認されることをお勧めします。なお、卒塔婆をお願いする場合は、卒塔婆料として更に3,000円〜10,000円程度をお包みすることが多くあります。
Q: 施餓鬼法会のお布施の表書きの書き方は?
寺院からの指定がない場合は、熨斗袋(金封)に包み、表書きは「お布施」とします。寺院によっては、行事毎に表書きが決められている場合があります。お布施の金額と同じく、事前に菩提寺に確認をしましょう。ちなみに、「施餓鬼料」を表書きにするケースは、寺院の決まりごとになります。なお、お供え物を持っていく場合の表書きは「御供」となります。
Q: 施餓鬼法会の際の服装は喪服が良いの?
一般的に、施餓鬼は寺院の行事の一つなので、平服で良いとされていることが多いです。白、グレー、紺色、黒などの落ち着いた色のシャツやスカート、もしくはワンピースであれば良いでしょう。実は、服装に関しても、寺院や地域により決まりがある場合があります。マナー違反の服装ではなくても、周囲の方々との服装との違いに心地の悪さを感じてしまうこともあります。念のために、事前に確認をしてから参加されることをお勧めします。
Q: 施餓鬼法会は新盆(初盆)のみ行うの?
施餓鬼法会は、ご自身のご先祖様や故人のために開かれる行事ではありませんので、毎年行われます。寺院により行われる日が異なりますので、事前に確認をしましょう。寺院によっては、年間行事として寺院内の掲示板に掲示していたり、案内が送られてきたりします。
Q: 施餓鬼法会に数珠は必要ですか?
法会でのお参りの時に使いますので、必ず持参するようにしましょう。なお、数珠の貸し借りはできませんので、気をつけましょう。
お盆の準備について
僧侶の読経を手配する / お盆の法要では、僧侶(お坊さん)にお経をお唱え(読経)いただく必要があります。読経いただく僧侶にお越しいただくために、僧侶を手配しなければなりません。また、お越しいただいた僧侶には、お気持ちとして、僧侶にお布施をお渡しする必要が出てきますので、僧侶の手配とともに、お布施の準備をするようにしましょう。
精霊棚・お供えを設置する / 精霊棚を設置し、お盆のお供えをします。精霊棚の意味と飾り方について、詳しくは、下記より詳細をご覧ください。
先祖の霊を迎える / お盆の際には、先祖の霊を迎える準備をします。詳しくは、迎え火と送り火に込められた意味とそのやり方の記事をご覧ください。
香典返しを用意する / お盆の法要で、香典をいただいた方には香典返しを用意する必要があります。詳しくは初盆のお返し品の選び方と送る際のマナーの記事をご覧ください。
,まとめ
施餓鬼は、ご自身のご先祖様のために執り行うものではなく、無縁仏や地獄で苦しんでいる餓鬼に対しての慈悲をかけた施しとなります。これは、自分自身の徳を積むためであると同時に、広く慈悲の心を持つことで自身の先祖のためにもなるされています。
直接ご先祖様を供養することとは異なりますが、宗派によってはとても大切な儀式となりますので、ご先祖様を供養するときと同様、心を込めて行いましょう。 
●施餓鬼会 4
東京では七月、盂蘭盆を行い、その前後に「施餓鬼会」を行いますが、「施餓鬼会」というのは、餓鬼〈弔う者のない無縁の亡者〉のためにいろいろな種類の飲食を施す法会で、「施食会」ともいいます。
本来「施餓鬼会」というのは、別に期日を定めずに随時行う法会でありますが、いつの頃からか盂蘭盆会と同じように考えるようになり、東京方面では七月のお盆の頃、他の多くの地域では八月のお盆の頃に行います。
施餓鬼会の起源については、インドでお釈迦様が説法している時、十大弟子の一人に「阿難(あなん)」というお方がおられました。この方が、ある晩、静かな所で修行をしていますと一人の餓鬼が現れました。その姿は醜く、痩せていて、口からは火を吐き、喉は針のように細く、腹は異常に脹れていて、髪の毛は乱れ、爪は鋭く、それはそれは恐ろしい形相をしていました。そして、食べ物を食べようとして口へ運びます。そうすると食物は火となって食べることが出来ず、絶えず苦しんでいます。その餓鬼が来て、
「お前は三日以内に死んで餓鬼道に墜ちるだろう。」
といったのです。それを聞いた阿難は大変に驚き、早速お釈迦様にそのことについて相談いたしました。
するとお釈迦様は、
「十万の僧を供養せよ。」
とのお教えでした。阿難は多くの僧侶を集め供養しました。三日以内に死ぬといわれた阿難は、その供養の功徳により長寿を得ることができたといいます。このように、阿難が供養したことから始まった法要と言われております。
その作法などは宗派によって、或は地域によって多生異なりますが、一般には道場の外側の方に供養壇、即ち施餓鬼壇を設け、五色の幡(はた)にそれぞれ如来の名前を書き、この壇の回りに懸け、壇上には「三界万霊」と書いた大きな位牌を安置し、食べ物やお水をお供えするのであります。
また、水死した人のために、川の中に船を浮かべ、或は水辺で施餓鬼法を修し、お供え物を流したり、紙で作った小舟を流したり、船形の灯篭を流したりして、水死した人ばかりでなく、その年に亡くなられた方々の霊、或は三界万霊に供養を営む寺院などもあります。
始め、延命・長寿の法要であったものが、何時しかお盆と一緒に行うようになりました。  
●施餓鬼会 5
新年度が始まり早2カ月が過ぎました。地球の温暖化の影響でしょうか、インドでは気温が50度を超える日々がありまさに異常気象といえるでしょう。ここ長野においても5月にもかかわらず30度を超す日が数日ありました。気温の変化に体調を整え日々を過ごしてまいりたいと願っております。
さて、今回は施餓鬼会について通称「おせがき」といわれます、全国的にも有名なご法要のお話をさせていただきます。この「おせがき」は特に定められました時期はございませんが、多くの場所ではお盆にあわせて開催されております。上記の場合は盆施餓鬼と呼ばれ、文字通り、餓鬼に施すためのご法要であります。
餓鬼とは、物惜しみや嫉妬などによります行いの報いで、飲むことや食べることが出来ない、飢えに苦しんだ世界に落ちた衆生のことであります。「おせがき」の由来のお経に、餓鬼たちを救う話が収められております。
お釈迦様のお弟子の阿難が、焔口(えんく)という名前の餓鬼から、「お前の命はあと三日だ、それを免れるにはすべての餓鬼に食べ物と飲み物を施しなさい」と告げられました。困り果てた阿難にお釈迦様は、少量のお供えでも無限にかわる陀羅尼を授けました。その陀羅尼によって餓鬼に供養したことで、餓鬼たちは苦しみから免れ、阿難は自らの命を永らえたと説かれております。
尚、法要においては施餓鬼壇の前で陀羅尼をお唱えし、ミシハギやシキミを用い壇に供えた佛飯や野菜そして果物などに水をまくご法要を行います。この供養によって餓鬼の飢えや苦しみが消除されるというわけであります。また、この功徳を先祖や今は亡き方々へと振り向けることも、重要なことです。