TPPと農業

どんな法律にも
得をする人 損をする人が生れます

農業で 働く人たち どちらになるのでしょうか
 


食料・農業と日本のTPP戦略
 
 
 
TPP11署名へ 農業に打撃の不安募る 1/25
米国抜きの加盟11カ国による環太平洋連携協定(TPP)は、交渉が妥結し3月上旬の署名が固まった。欧州連合(EU)に続く広域通商協定になる。局面が大きく動く中、改めて食料安全保障、食料自給率向上の重要性を考えるべきだ。
TPP11の首席交渉官会合は、大筋合意後に結論を持ち越した論点を最終決着させ、署名式を3月8日にチリで開くことを決めた。各国の国内手続きを経て、早ければ2019年の発効を目指す。
今回の最終決着で当面、注目すべきは参加していない米中2大経済大国の動きだ。前後して北米自由貿易協定(NAFTA)見直しの協議が再開し、25日からは東京で日米経済対話の事務レベル会合も行う。
NAFTA見直しでは、米国とカナダの対立が激しさを増す。経済対話では米国産牛肉の対応が焦点だが、2国間協議の姿勢を鮮明にする米国の姿勢に変化が出るのか。30日には、大統領就任1年を迎えたトランプ氏が内外に今後の指針を明らかにする一般教書演説がある。TPPに言及するのか、無視するのか。TPPに対抗する形で中国・習近平政権の「一帯一路」戦略も進む。日中韓3カ国をはじめ16カ国の広域通商交渉で構成する東アジア地域包括経済連携(RCEP)への影響も見定める必要がある。
東京大学大学院の鈴木宣弘教授はTPP11影響度の政府試算は過少過ぎると主張。「影響がないように国内対策を取るので影響がない、では説明にならない」と指摘する。生産現場の率直な気持ちも同じではないか。
TPP11合意は品目で影響度が全く異なる。米は国別枠で米国が抜けるため当初の12カ国によるTPP協定に比べ輸入量は大きく減る。
問題は畜産・酪農分野だ。特に乳製品のTPP枠(生乳換算7万トン)は国別がない大枠で米国込みの数字だ。これがニュージーランド(NZ)など酪農大国で埋められた上に今後、米国から新たな輸入枠を求められれば、国産乳製品市場は大きく縮小しかねない。生乳流通改革で需給調整機能が不透明になる中でどうするのか。EU対応も含め国産チーズ振興に支障が出かねない。
牛・豚肉のセーフガード(緊急輸入制限措置)でも課題が多い。米国参加を前提にした当初の発動基準を変更しないため、輸入増加への「防波堤効果」が薄まる。肥育経営への支援措置を拡充するとはいえ、関税引き下げが国内畜産農家に及ぼす打撃は避けられない。
24日からは国会論戦が始まった。改めてTPP11、日EU、日米協議などの行方、農業への影響度、国内対策の有効性を議論すべきだ。食料安保の在り方、国是である45%への自給率引き上げはどこに消えたのか。安全保障としての食料問題を一大テーマに、国会での建設的な議論が欠かせない。 
 
 
TPP法案、参院審議入り 首相「様々な商品安く」 6/1
米国を除く環太平洋経済連携協定(TPP)参加11カ国の新協定「TPP11」の関連法案が1日午前の参院本会議で審議入りした。安倍晋三首相は「様々な商品をより安く手に入れることができるようになる」と意義を訴えた。政府・与党はTPP11の承認案とともに今国会での可決を目指す。
TPP11は輸出入にかかる関税を引き下げたりビジネスのルールを整えたりして、国境をまたぐ貿易や投資を促す。
TPP11が発効するには署名した11カ国のうち6カ国が国会承認など国内手続きを終える必要がある。日本では承認案と関連法案を国会で通す必要がある。憲法の規定により、条約締結に必要な国会の承認案は参院送付後30日以内に参院が議決しなければ自然成立するルールがあるため、今国会での成立が確実になっている。
一方、関連法案には自然成立のルールがないため、参院で法案を可決する必要がある。今国会で承認案と関連法案が可決すれば、各国の手続きも加速して年内にも発効する見通し。
TPPは米国を含む12カ国で2016年に署名したが、トランプ米大統領が就任直後に離脱して発効できなくなった。残る11カ国が再交渉し、米国が要求を通した22項目の効力を凍結するなど内容の一部を修正。TPP11として今年3月に署名した。 
 
 
「丁寧な審議」はどこへ TPP11関連法案 6/26
米国を除く環太平洋連携協定参加国による新協定(TPP11)を巡る国会審議が大詰めを迎えている。政府・与党は近く、残る関連法案を参院本会議で成立させる方針だ。だが、農家が抱く懸念が払拭(ふっしょく)されたとは言い難く、拙速な行動は避けるべきだ。
TPP11は、参加11カ国中6カ国が国内手続きを完了して60日後に発効する。日本が国内手続きを終えるには、協定の承認案と関連法案の成立が必要になる。協定の承認案は13日の参院本会議で可決された。関連法案は14日の参院内閣委員会で本格審議入りした。政府・与党は今週にも、参院本会議で採決に踏み切る方針だ。
関連法案は、肉用牛と肉豚の経営安定対策(マルキン)の補填(ほてん)割合の9割引き上げ、加糖調製品を国の調整金徴収の対象に加える措置、著作権の存続期間を70年に延長するなど、必要な関連法案の改正を一括したTPP整備法の改正案だ。
参加国のうち、既にメキシコが国内手続きを終え、ニュージーランドやオーストラリアは議会での手続きを進めている。日本は交渉を主導した立場もあり、「国内手続きを早く完了させ、早期発効への機運を高めたい」(政府関係者)という。
だが、あまりに拙速と言わざるを得ない。米国を含む元のTPPは一昨年、衆参両院に特別委員会を設け、計130時間以上審議した。今回は承認案が6時間、関連法案が17時間余りで衆院通過。参院の承認案審議はわずか5時間半だった。
TPP11は日本農業にかつてない大幅な市場開放を迫るものだ。農林水産業が受ける影響の政府試算は妥当か、今の国内対策で大丈夫か──。一連の論点について、政府から必ずしも十分な説明はなく、農家の懸念は拭いきれていない。
例えば日本政府の試算では牛肉の生産額は最大約399億円、豚肉が最大248億円減少する。これに対してカナダ政府の試算は、対日輸出が豚肉で約530億円、牛肉で約310億円増える。「日本の試算は過小評価ではないか」という野党の追及に、政府は「コメントは控えたい」(茂木敏充TPP担当相)と述べるにとどまる。
7月にも日米の新たな貿易協議が行われる。今秋に米中間選挙を控え、強硬なトランプ政権の要求をかわせるのか。新たな論点も浮上し、むしろ一段と慎重な審議が必要になっている。
「一層の国民理解を得られるよう、引き続き、積極的な情報提供と丁寧な説明を行っていく」「(農業者や中小企業者の)不安や懸念にしっかり向き合う」。関連法案が審議入りした5月8日の衆院本会議で、安倍晋三首相はこう強調した。
政府・与党はいま一度、この首相の言葉を思い出すべきだ。懸念を置き去りにしたまま、関連法案の採決に踏み切れば、農家の理解を得るどころか、農政不信を増幅させるだけだろう。 
TPP関連法案、採決目指す与党「46万人の雇用に」 6/26
安倍晋三首相は26日、米国を除く11カ国による環太平洋経済連携協定(TPP11)の関連法案を審議する参院内閣委員会に出席した。首相は「我が国のGDPを8兆円押し上げ、46万人の雇用につながる」と経済効果を強調。与党側は十分な審議をしたとして、同日中に採決したい考えだ。
TPPをめぐっては、いったんは米国を含む12カ国で合意したが、トランプ米大統領が昨年1月に離脱。TPP11は、工業品や農産物の関税撤廃・削減など主要なルールをそのままに、今年3月に改めて11カ国で署名した。
トランプ氏はTPPへの復帰に否定的だが、首相は「米国の参加は大きな力を持つ。保護主義によるものではなく、TPPへの復帰こそ米国の経済や雇用にとってもプラスになる」とし、今後も復帰を働きかけていく方針を示した。
与党は26日の参院内閣委の理事会で、TPP関連法案の採決を提案した。野党側は首相らの答弁をみて判断すると回答。採決については引き続き、与野党で協議することになった。
一方、安倍政権が今国会の最重要法案と位置づける「働き方改革関連法案」をめぐっても、26日に首相が出席する質疑が参院厚生労働委で行われる。与党は委員会前の理事会で、改めて同日の採決を提案した。
両法案に反対する野党側は、与党が採決を強行する場合、TPP担当の茂木敏充経済再生相や加藤勝信厚労相に対する問責決議案を提出して対抗することも視野に入れる。問責決議案は法案審議よりも優先されるため、採決を先送りできる。ただ、問責決議案は1回しか提出できないため、提出については与党の出方を慎重に見極める方針だ。 
 
 
TPP11関連法が成立 国内手続き完了は2カ国目 6/29
米国を除く11カ国が署名した環太平洋連携協定(TPP)の関連法が29日、参院本会議で自民、公明両党と日本維新の会などの賛成多数により可決、成立した。これで国内手続きはほぼ終わり、メキシコに続いて2カ国目の完了となる。他国の作業が順調なら年内にも発効する。政府は多国間の自由貿易圏づくりを推進し、保護主義的な政策に突き進むトランプ米政権のけん制材料としたい考えだ。
11カ国の国内総生産(GDP)を合わせると全世界の13%を超える。政府は貿易や投資が活発になって実質GDPが年7兆8千億円押し上げられ、雇用は46万人増えると見積もった。 
 
 
TPP手続き完了 食料安保へ重大な責務 6/30
環太平洋連携協定の新協定(TPP11)関連法が成立した。これで先の協定承認と合わせ、批准への国内手続きが完了した。超高水準の貿易協定は早ければ年内にも発効する公算だ。農業への打撃が懸念される。「国策」として推進した政府・与党は、農業を守る重い責務を忘れてはならない。食料安全保障の後退は許されない。
TPP11の国会審議は衆参合わせても48時間。短いだけでなく、内容的にも物足りない。「不安や懸念にしっかり向き合う」とした安倍晋三首相の発言からは程遠い論議だった。
3点を指摘する。第一は、米国が抜けたとはいえ、TPPでの日本の関税撤廃水準は95%に上り、過去結んだ貿易協定のどれよりも突出していることだ。政府は国内対策が機能すれば、生産減少を防げ、食料自給率にも影響しないとの見解だが、楽観的と言わざるを得ない。
中でも、一層のグローバル競争に引きずり込まれる畜産酪農への影響が心配される。畜産酪農の農業産出額は3・2兆円で米の倍近い。総産出額の3分の1を占め、日本農業の中核といえる。地域経済に占めるウエートも高い。一方で農家の高齢化などで生産基盤の弱体化に直面し、立て直しが喫緊の課題だ。
伝統的な対策だが、体質強化を急がなければならない。生産施設投資への集中かつ継続的な支援が重要だ。搾乳ロボットをはじめ、近年の技術革新の普及は生産性向上の武器になる。農家に過度の負荷をかけることなく導入を進めるべきだ。
今回法案が成立した肉牛、肉豚の経営安定対策(マルキン)の9割補填(ほてん)は守りの要になる。ただ、あくまで所得の目減りを抑えるものだ。これが発動されない経済環境をつくることが肝要である。影響を中長期に監視し、必要なら機動的に対応しなければならない。
第二は、米国への備え。7月下旬にも閣僚級の新たな貿易協議が始まる。元々強硬派だった米農業団体は、トランプ大統領が踏み切った報復関税への中国や欧州連合(EU)の対抗措置のしわ寄せを受けている。11月の中間選挙を控える政治の季節に、主張をますます先鋭化させるのは必至だ。その不満のはけ口をトランプ大統領が日本に迫る展開が怖い。
参院内閣委員会は関連法案の議決に当たり、付帯決議を採択した。この中で「TPPの合意水準を上回る米国からの要求は断固として拒絶し、わが国の国益に反するような合意は決して行わないこと」と明記した。国会の意思は重い。政府は“守るべき一線”の覚悟を決めて協議に臨まなければならない。
第三は、食料安全保障だ。食料・農業・農村基本法は第二条2項で食料の安定供給を「国内の農業生産の増大」を基本にすると定めている。農政の根幹を再確認する必要がある。グローバル時代だからこそ、政府・与党が果たすべき責務である。 
 
 
延長国会に望む 基本農政の議論始めよ 7/2
今国会の会期が7月22日まで32日間延長されたが、安倍晋三首相が掲げる「熟議」とは程遠い状態が続く。国会は国民を代表する国権の最高機関であり、与野党は審議を尽くし、民意を反映した国会運営を果たさなければならない。貿易自由化の加速など環境激変に対応する基本農政の議論も必要だ。
会期延長は与党が主導して決まった。だが、今国会の審議時間が足りなくなった背景には、森友・加計学園を巡る問題で、安倍首相をはじめ関係者が真摯(しんし)な姿勢で臨まず、答弁をはぐらかして時間を浪費したことがある。会期を延長して「安倍一強」の巨大与党が数の論理で法案審議を押し切る構図を繰り返すならば、国民の理解は到底得られない。
米国を除く11カ国による環太平洋連携協定の新協定「TPP11」関連法の審議時間は衆参両院で合計約48時間だった。2年前の米国を含む元のTPP協定の時の3分の1どまりである。わが国の食と農を守る骨太な議論をできたのか疑問である。
安倍政権が最重要法案と位置づけるカジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備法案には、慎重な世論が多い。自民党が参院に提出した公選法改正案も、選挙区に擁立できない合区対象県の候補者を救済する目的が透けて見える。
政府提出の農林関連9法案は全て成立した。だが、野党が共同提出した主要農作物種子法を復活させる法案は、衆院農林水産委員会で6月6日に審議しただけで止まっている。国民の主食である米や麦、大豆の種子生産の在り方を定めるものであり、関係者の関心は高い。延長国会で審議するべきだ。
政府が6月に閣議決定した経済財政運営の基本方針「骨太方針」に食料安全保障の確立が盛り込まれた。だが、食料安保の確立や食料自給率の向上のための具体策は示していない。食料・農業・農村基本法に基づき2015年3月に閣議決定された食料・農業・農村基本計画は20年に見直される。TPPなど貿易自由化が加速する中、見直し議論をいつ、どのような形で行うかを含めて、国会でも議論を始めるべきだ。
安倍政権は経済政策「アベノミクス」で規制緩和と自由化を成長戦略のエンジンとし、「岩盤規制」突破の象徴として農業・農協改革を官邸主導で矢継ぎ早に推し進めた。この結果、規模拡大などの農業の構造改革に偏った農政となっている。
だが、競争力強化の産業政策と中山間など条件不利地域の社会政策を農政の両輪と唱えてきたのは政府・与党ではないのか。労働力不足の問題は農業を直撃し、野菜や果実、酪農などの生産基盤の弱体化が顕在化しつつある。基本計画見直しに向けた課題は山積みだ。
残された会期中に生産現場目線で農政を総点検し、バランスのある農政への軌道修正を図る機運を高めるべきだ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


2018/7
 
 
 
●食料・農業と日本のTPP戦略 2017/3 
 
1 TPPの経緯と概要
では、1つ目に入ります。皆さんも既にご承知だと思いますけれども、TPPには、日本をはじめ太平洋を囲む12カ国が参加をしています。
TPP交渉の経緯
TPP交渉の経緯です。TPPは非常に長い歴史があり、1999年にニュージーランドとシンガポールが締結した2国間のFTA(自由貿易協定)からスタートしています。2003年にチリが入り、2004年にブルネイが入り、専門家の間ではP4(pacific4)と呼ばれている4カ国のFTAができたわけです。このFTAは、環太平洋戦略的経済連携協定という長い名前です。ですから、TPPの元は1回発効しています。それにアメリカが興味を持ち、アメリカ、オーストラリア、ペルー、ベトナムが入って、2010年に交渉が始まりました。そして、マレーシアが入りました。その後、2012年にメキシコ、カナダが入って、最後に入ったのが日本です。こういう拡大を経ています。
2015年に交渉が妥結しているわけですが、最初に小田切先生からご紹介がありましたように、私はこれにかなり関わっておりまして、2008年から2013年の間、農林水産省の国際交渉官としてTPPを担当しておりました。
臨場感をお伝えするために、写真をご覧ください。これは、2012年のロシアでのTPP閣僚会合の写真です。2012年の1年間は内閣官房国家戦略室に併任になっておりました。安倍首相からもらった辞令です。これは、併任が終わる併任解除の辞令です。そういうかたちで、実際に交渉に関与をしております。その経験を踏まえてお話ししたいと思います。
日本は農産品の8割で関税撤廃
TPPの結果です。日本は農産品の8割で関税を撤廃しているわけですが、日本が参加するにはいろいろな条件があるわけですが、これはあまり知られていません。まず、「95%以上」の関税を撤廃しなさいということが、入る段階で決まっています。一切の自由化をしない「除外」をしてはいけませんよというのも決まっています。これは公表されていないですけれども、決まっています。
「交渉終結権」というものがあります。これもあまり知られていないのですけれども、メキシコ、カナダ、日本は最後に入った国ですから、それを除く先行9カ国だけが先に交渉を終えることができます。だから、メキシコ、カナダ、日本が駄々をこねると置いていってとっとと交渉を終結することが決まっています。
最後に秘密保持契約です。これは知られているかもしれませんけれども、交渉経過は協定発効後4年間は非公開です。こういう人様に言えないようなことがかなり書いてあるので、秘密になっているということです。
自由化の内容です。日本の関税撤廃率が95%という基準は、全品目に適用されたものです。下が完全撤廃率ですけど、日本の工業品は100%関税を撤廃しています。農産品は82%で関税を撤廃しています。これを、日本が今まで締結したEPA、二国間の自由貿易協定と比べると、今までは56%だったのですが82%になっているので、一気に26%もアップしました。こういう条件を課されて日本が交渉した結果、これだけ上がっているということです。
重要5品目は国会決議に抵触
次に、コメ、牛肉など、農産品の重要5品目の扱いです。アメリカの輸出割合が高い牛肉、豚肉は7割の関税を撤廃しています。TPP合意には「除外」や「再協議」はありませんので、国会決議では、重要5品目について「除外又は再協議」ということが書いてあったのですが、これは残念ながら守られていないということです。
関税撤廃率を見ますと、牛肉が74%、豚肉が67%、米が26%、砂糖が24%、麦が18%、乳製品が16%となっています。牛肉、豚肉の撤廃率が高いのが特徴です。
農業への影響は総じて限定的
農業への影響はどうなのかというと、これは意外かもしれませんけれども、農業全体で見ると影響は限定的だといわれています。私も農林水産省にいましたけれども、交渉参加前にすごい影響が出るという試算を公表したのです。それで農業者の方の不安が広がった実態があります。このために、合意後に、影響は小さいという試算を出しているのですけれども、それが信用されていないわけです。そういう問題があります。
具体的にデータをお見せします。関税撤廃したときの農林水産物の生産減少額です。2010年の試算では、関税を全廃すると4.5兆円生産額が減って、自給率は14%になります。これは、TPP参加国以外の影響も入っています。中国のコメが入ってくるとか、そういう想定になっているわけです。このときは、農林水産省が参加反対だったので、影響を大きく見せたいのでこういう試算を出しているわけです。
次に交渉に入るのが決まった2013年の試算では、生産額は3兆円減って、27%の自給率です。実際は、関税撤廃の例外を多く取りましたので、2015年の試算では自給率は39%で変わらず、減少額も最大で2000億円ぐらいです。
私の考えでは、実際の影響は、恐らく自給率はほとんど変わらないという試算に近いと思っていますが、あまりにもぶれが大きいので、あまり信用されていないということです。
他方で畜産物への影響は大きい
次に畜産物です。畜産物への影響は大きいです。トータルではあまり大きくないと申し上げましたが、品目別では関税撤廃率の高い畜産物の生産減少額が最大です。政府の試算ではそうなっています。
具体的に言うと、牛肉、豚肉が一番大きく、乳製品、麦、砂糖です。米は、いろいろな対策もあるので、政府は生産への影響はゼロだと説明しています。 
 
2 安倍政権のTPP戦略
次に、安倍政権がどういう考えでTPPを進めているのかという話に移ります。日本はTPPだけではなく、いろいろな枠組みで自由貿易交渉をしているわけです。TPPはご承知のとおりですけれども、RCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership、東アジア地域包括的経済連携)では、東南アジアを交えた16カ国でやっています。日中韓FTA、日EU・FTAもあります。これを頭に入れていただいて、話を聞いてください。
日本のTPP参加の真の狙い?
日本のTPP参加の真の狙いは何かということです。普通に考えると、経済的メリットを追究していることになります。相手国が関税撤廃するから、車の輸出が伸びるからやっているということになりますが、そうでしょうか。その他に、実は戦略的メリットもあり、TPPに入っていない中国やEUが日本とFTAを結ぶようになるのでやっているという話もあります。更に、政治的メリットもあり、日米同盟の強化や中国への牽制のためだということもいわれています。
そういうことで、どれが本当の安倍さんの狙いなのかを、3つの視点に分けて考えてみたいと思います。
○1-1 経済効果は大きくない
経済効果は、あまり大きくないことが分かっています。TPP参加国の平均関税率は低いのです。中国などが入っているRCEPは相手国の関税が高いので、以前は、経済産業省や経済界も、関税撤廃の経済効果が一番大きいRCEP、東アジアFTAがいいと言っていたわけです。関税撤廃の経済効果のデータがありまして、東アジアを含めたRCEPを16カ国でやると、相手国の平均関税率は25%なので、日本の経済効果はGDPが5兆円伸びます。TPPだと関税率は17%なので3兆円しか伸びません。日・EUでは関税率は5%なので、日本のGDPの伸びは1.3兆円です。
○1-2 日本の輸出は伸びない
TPPで日本の輸出が伸びると言われていますが、それは嘘です。合意をする前は関税全廃と言われていたのですけれども農産品を例外にしたので、TPPによる関税分野の経済効果は、1.8兆円に減りました。輸出よりも輸入が増加して貿易赤字が増えることが、政府の試算にも書いてあります。
この部分をデータでお見せします。TPPの経済効果は、関税を全廃したら輸出よりも、輸入のほうがより増えて、TPPに入るときの試算ですら3000億円の赤字になっていました。これが合意を反映した場合では、いろいろ細工をして数字を水増ししているわけですけれども、やはり貿易収支は500億円のマイナスです。これは政府の資料にちゃんと書いてあるのですが、安倍さんにとって都合が悪いから、あまり言及していません。
○1-3 米国への自動車輸出は増えない
アメリカへの自動車輸出は増えないという問題もあります。私がTPPをやっていたときは、日本がTPPに参加するのは、アメリカの自動車関税を撤廃してもらって、既にアメリカとFTAを結んでいる韓国に追いつくというのがお題目だったのです。
ところがTPPをやってみたら、アメリカの関税撤廃は自動車で25年後、トラックで30年後です。韓国にはずっと負け続けるわけです。具体的にデータを見ると、アメリカの自動車の関税率は2.5%ですが、韓国に対しては来年関税を撤廃します。それに対して日本は25年後なので、2042年ぐらいにしか関税はなくならないのです。アメリカのトラックの関税は25%ですけれども、韓国は後5年もするとなくなります。日本がなくなるのは2047年です。今後25年から30年は、韓国にずっと負け続けます。これでは、なぜTPPをやっているのかよく分からないということです。
○2 TPPは中国やEUを動かす梃子
私は、安倍さんが考えているのは経済のことではなくて、ほかのことだという主張をしたいわけです。具体的に言うと、これは戦略的効果と言われていることですけれども、TPPは中国やEUを動かす梃子(てこ)だということです。
中国やEUは、日本の自動車の競争力が強いので、日本とのFTAにはもともとは消極的なのです。FTAをやってもいいけれども、日本の自動車に対する関税はやめないというのが主張です。私はEUとの交渉も昔はやっていましたけれども、「日本の自動車が強すぎるので交渉自体をしたくない」というのが、EUの立場でした。
それに対して、日本がTPPに参加すると、これらの国は一転して日本とのFTAを推進するようになったわけです。日本のTPP参加は、EUや中国の姿勢を変える梃子だということです。これは経済産業省の方がよく言っている主張なのですが、実際にそうなっているので、正しいわけです。
時系列的に見ると、安倍首相は2013年3月に記者会見をしてTPP参加を表明しました。そうしたら、同じ月に日中韓FTAの交渉が始まりました。翌月には、日EU・FTAの交渉が始まりました。さらに、5月にRCEPの東アジア16カ国のFTAの交渉が始まりました。日本がTPPに参加するというそぶりを見せただけで、ほかの国は置いていかれると大変だから、嫌だったけれども態度を変えて交渉するようになっているわけです。
○3 日本のTPP参加のドミノ効果
日本がTPPに参加するとドミノ効果が起こることについて、簡単にご説明します。
これは仮想的な例ですが、アメリカと中国が日本に何かを輸出することを考えてください。日本でものをつくると1kg当たり45円です。アメリカは25円でつくれますが、日本はこれに100%の関税を掛けているので、日本に輸入すると値段が倍になると考えてください。中国でつくると20円ですが、関税がかかるので40円になる。この場合、日本は中国から輸入しますから、中国が日本に対しての輸出国です。
ところが、日本がTPPに参加すると、全く同じ想定の下でアメリカからの関税はなくなります。中国からの関税はかかったままですから、日本の輸入先は中国からアメリカに転換するわけです。中国は黙っていません。こういう状況を解消しようと、TPPに入ってもいいし、日本と別な協定を結んで、日本の関税を撤廃させることになります。アメリカだけを優遇する協定を結ぶことによって、ほかの国も日本に引き付ける効果があるわけです。これがドミノ効果です。
○4 TPPによる対米協調と対中牽制
最後に、政治的な話です。TPPは対米協調と対中牽制の手段だという話です。
これも経緯をたどると、2009年9月に鳩山由紀夫内閣は、アメリカ抜きのRCEPを推進しました。このときは「東アジア共同体」という言い方でした。そうしたところ、翌年2010年の4月に、普天間基地の問題で日米関係が悪化しました。同年の9月、菅直人政権のときには、尖閣問題で日中関係が悪化しました。それで菅さんが「TPPに入る」と言いだしたわけです。「TPPに入る」と言いだしたのは、尖閣問題で日中関係が悪化した直後の話なのです。ですから、非常に政治的な動きだったということです。菅さんの民主党政権のときも、アメリカと関係を改
善して中国を牽制するという気持ちでTPP参加を検討しました。
安倍さんはもっとはっきりしています。交渉参加を表明したときに、「自由、民主主義、基本的人権、法の支配という普遍的価値を共有する国々と経済的な相互依存関係を深めていくことは、わが国の安全保障に大きく寄与する」と明言しています。これは、安倍さんが大好きなフレーズです。これを見ると明らかです。自由や民主主義や基本的人権がないのは中国ですから、これは中国をターゲットにしているわけです。中国を囲い込んで、中国に対して優位に立つためにやっているということを、ここでちゃんと言っているわけです。 
 
3 ポストTPPのシナリオ
3番目の報告のポイントは、ポストTPPのシナリオです。安倍さんは今までTPPを一生懸命推進してきましたが、大方の予想を裏切って、ドナルド・トランプさんが大統領に選ばれました。不透明感が非常に漂っています。これからどうなるかという話をしたいと思います。
安倍政権の農業戦略
安倍政権の今までの農業戦略はどうだったか。安倍政権は、ほかに比べてTPPに異常に熱心です。TPPの批准は、安倍政権が取り組んでいる農業・農協改革を後戻りできなくさせる効果があるのです。これを「ロックイン効果」と言うのですが、世界的にも言われていて、FTAをなぜやるかというと、構造改革を促して、国内の反対勢力が後戻りできないためにFTAをやるのだということがよく言われています。
それで成長戦略の成果づくりです。これは私が勝手に言っているわけではなく、具体名を出すと、今、安倍さんの首相秘書官をやっておられる宗像直子さんという経済産業省出身の方の、十数年来の持論です。そういう方が安倍さんのバックに付いているわけですから、当然こういう話が出てくるわけです。私もその方と一緒に、TPPの参加協議をやっていました。
全ての基点はTPPなので、発効しないと安倍さんの戦略が全部崩れてしまいます。具体的に言うと、TPP協定が発効すると、先ほど説明した対外的な効果があります。それは戦略的効果です。EUや中国が日本とのFTAをやってくれるようになる。それからもう1つが、政治的効果です。アメリカと仲良くして、束になって中国に逆襲します。
それに加えて、TPPをやると国内的な効果があるわけです。TPPをやることによって、弱い農業を改革しなければいけないという大義名分ができます。農協も今のままではいけないということで、反対する農協を、TPPを根拠に抑え込むことができるわけです。農業改革、農協改革をすると、成長戦略という成果にもつながるのです。
私は、安倍政権の成長戦略はほとんど成果が出ていないと思っていますが、農業・農協改革だけは非常に熱心にやっているわけです。これはTPPに必要だから、TPPの裏側だから、TPPで必ずやらなければいけないのです。これをやることによって、「成長戦略を何もやっていない」という批判を回避できるからです。
トランプ大統領で発効に暗雲
しかし、ちょっと話が変わってきました。トランプさんが大統領に選ばれましたので、そのもくろみが狂いつつあります。
TPPが発効するには、参加国のGDP合計の85%以上を占める6カ国が批准しないといけません。このため、TPPの発効には日米両国の批准が不可欠です。トランプ氏の大統領当選で、発効が不透明になっているのは皆さんご承知のとおりです。具体的なGDPを見ると、アメリカは60%、日本が17%で、この両国がそれぞれ全体の15%以上を占めているので、この両国は発効には必ず必要です。さらにカナダやほかの国がありますけれども、このうちの6カ国を揃えてGDPで85%を超えないといけないので、アメリカか日本のどちらが欠けてもTPPは発効しません。
米国のポストTPPのシナリオ
アメリカはどう出てくるかで、あえてポストTPPと書きました。まだどうなるか分からないのですが、アメリカには3つの選択肢があると思っています。
1つ目は、TPPの再交渉です。トランプさんは、今のTPPは「ゴミ箱に捨てる」と言っていたわけですから、今のままではできないです。アメリカに有利なものに変えることもあるかもしれません。しかし、これでは今まで言っていたことと違います。
2つ目としては、TPPを放棄してしまうこともあるかもしれません。しかし、これもまずいのです。アメリカがほかの国に後れを取ったままになります。これは後で詳しく言います。
3つ目として、日米でFTA、自由貿易協定をやる可能性があります。私はこれが一番あり得るシナリオだと思っています。それは、トランプさんの側近のマイケル・フリンさんという元国防総省の情報局長が、「トランプ氏は自由貿易論者だが、TPPは米国にとり悪い取引だ。私は多国間の貿易協定より2国間の協定のほうがよいと考える。日本との2国間協定も議論すべきだ」と言っているわけです。だから、ちゃんと根拠はあるわけです。
日豪EPAが日米FTAを牽引
私がそう考える理由は、フリンさんが言っているだけではなく、ほかにもあります。日本とオーストラリアで既に自由貿易協定、EPAという経済連携協定があるので、これによって日米FTAが促進されます。日本とオーストラリアのEPAは2年前に発効しているのですけれども、オーストラリア産の冷凍牛肉の関税はこれによって19.5%に下がるのです。TPPが未発効なら、日本がアメリカ産牛肉に課す関税は38.5%で、今のままです。アメリカがオーストラリアに負けないためには、日本とのFTA締結が不可欠です。
実は日本に対する牛肉の主要輸出国は、アメリカとオーストラリアがほとんどを占めていて、非常に競っているわけです。アメリカやオーストラリアにとっても、日本は大事な顧客です。どういう関税の約束をしているかというと、今まで全ての国に対して38.5%です。しかし、オーストラリアとの協定はもう発効しましたので、1年目にいきなり28.5%に下げて、最終的に19.5%まで下げるという約束をしているわけです。発効をしているからどんどん下がっていくわけです。
TPPが2018年に発効すると仮定すると、TPPにはアメリカもオーストラリアも入っていますから、アメリカは、オーストラリアとのEPAに追いつき追い越すような約束を勝ち取っているわけです。TPPでは関税率がどんと、いきなり27.5%に下がって、最終的に9%まで下がるので、これがあればアメリカとオーストラリアは同じ条件で何の問題もなかったわけです。
ところが、オーストラリアとのEPAは発効しましたが、アメリカはTPPをやらないことになると、アメリカに対する牛肉関税は38.5%、オーストラリアは19.5%ですから、アメリカは倍のハンディを受けることになります。私は、アメリカはこれを絶対に許容しないと思います。アメリカの牛肉業界は、非常に政治力が強くて、特に共和党の有力応援団体ですから、「これは何とかしろ」と必ず言ってきます。
米国にとっての利害得失
最後に、アメリカにとっての利害得失を考えます。TPPがいいのか、2国間がいいのかということですけれども、これは私なりの整理ですが、アメリカにとってのTPPのメリットは、アジア諸国が参加して包囲網をつくることで、中国の牽制には有効です。ルールづくりで中国を追い込むという面もあります。
ところが、これは12カ国でやっており、多国間の利害調整が必要なので、アメリカも譲歩する必要があるわけです。アメリカの利益追求が困難です。一番不満を持っているのは、農業ではなく、医薬品の特許です。アメリカは製薬会社が強いので、それを保護する規定をしたかったわけですけれど、オーストラリアなどに抵抗されて譲ってしまいました。アメリカの共和党の議員はすごく怒っています。
オバマさんは、このTPPを追究したわけです。中国を囲い込むことを優先して、自分は少し譲りますというアプローチを採ったわけです。ところが、私が見るところ、トランプさんはFTAのアプローチで、多国間の利害調整は不要なので、アメリカの自国の利益だけをがんがん2国間交渉で追究してくる。対中包囲網の形成にはどうも関心がなさそうなので、2国間FTAでは中国への牽制効果は限定的です。要するにアジア諸国を味方に付けて、囲い込むことはないわけです。 
 
4 まとめ
そういうことで、駆け足になりましたけれども、私の報告のまとめをしたいと思います。
私の主張の1点目は、日本が受諾した異例の参加条件によって、TPP合意での農産品の関税撤廃率は8割まで上がりました。今まで5割、6割だったので非常に上がっています。ただし、日本の農業への影響は、コメを守っていることもあって総じて限定的なのです。けれども、アメリカの輸出関心が高い畜産物、牛肉、豚肉ではかなり譲歩しています。
安倍政権がTPPで追究しているのは、意外かもしれませんけれども、経済的なメリットではなくて、戦略的、政治的なメリットであると思います。安倍政権は、トランプさんが当選してTPPが危うくなったにもかかわらず批准に固執するのは、農業・農協改革をTPPを根拠にロックインして、成長戦略の成果づくりが狙いなのだろうと思います。
特に、日本でTPPを批准すれば、発効するかどうかは別として、日本国内の議論はもう終わりになります。国権の最高機関で決着したわけだから、これから「TPP反対」とか、「農協改革反対」とかはなしよと言えます。それが狙いなわけです。
最後に、TPPの発効はかなり怪しくなってきましたので、その場合、アメリカは日米FTAによって、日本に農産物の市場開放を要求する可能性がかなりあると考えています。 
 
 
 
  
 
●農業におけるTPPの影響 
 
TPPって何? 〜コメは聖域〜
正式名称は「環太平洋経済連携協定」ですが、簡単に言えば、「貿易について、国家間のルールを決めよう」としています。むしろ「今までルールはなかったのか?」という疑問が出ると思いますが、今までのルールは、日本とオーストラリア、日本とインドなど、二国間での取り決めが多かったのです。今回は、「環太平洋」と名付けられているように、「主に太平洋に面する国々」が集合してのルール決めとなります。
ではなぜ、多国間で取り決めを行わなければならないのでしょうか? それは、国の貿易をスムーズに行うためです。
二国間のルールがたくさんある状況では、「A国とはこのルールなのに、何で隣国B国では全然違うルールなんだ!」と不満がでたら面倒ですよね。それよりも、統一したルールの中での貿易の方が、よりスムーズに貿易を行えます。多くの国同士が、同じルールの中で貿易するメリットを享受するため、今回のTPPには多くの国が参加しています。現在のメンバーは、最初に始めたシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドに加えて、途中から交渉に参加した日本や米国、カナダ、マレーシアなどです。
ここで注意しなければいけないのは、議論に加わっている日本や米国も含めて、正式にはまだ、「ルールに従うという契約を結んでいない」状態だということです。
国際的なルールを決める際には、まず各国の代表者が集まってルールを決めます。しかし、この段階では「代表者間の合意」でしかなく、各国の国民の意思は反映されていないですよね。なので代表者が決めたルールを一度国内に持ち帰り、国民の指示を得て成り立っている議会で承認される必要があるわけです。議会での承認が得られると、「ルールに従うという契約を結んだ状態」となり、つまりよくニュースで聞く「批准」という段階になります。
2016年9月末現在、日本や米国など交渉参加国は、この「批准」を待っています。TPPの中身は決定しており、それを各国議会で承認する段階なのです。
TPPの主な目的は、「関税」という貿易の制限となる障壁を取り払うことです。人件費の違いや大規模生産によって安く作られた海外の品物に対して、価格が高い国内の品物が負けてしまわないように、税金をかけて海外の品物の値段を上げます。この税金が「関税」で、は国内の農家を守るためのものなんですね。例えば、コメは日本人の主食であるために国内の農家数が多く、農産物の中でも特に慎重に扱われる「聖域」と呼ばれる重要品目の一つとなっています。「聖域」とは”特別な例外”で、コメを含めた重要五品目と呼ばれます。
なぜこれらが特別扱いを受けるのかというと、例えばコメの場合、農家数が多く、政治家にとっては選挙の時に大きな組織票となるからです。コメ農家を優遇する政策をすれば次回の選挙でコメ農家から投票されやすくなるということですね。こういったまとまった票のことを「票田」と言い、地方の選挙区ではこの票田が重要視されるため、米農家を優遇せざるをえない状況となっているのです。事実、国から米農家に対して毎年大量の補助金が出ています。こういった事情もあり、国側としてもコメという「聖域」を守りたい気持ちがあるのです。
今回のテーマである「TPP」は、関税をいかに下げ撤廃し、障壁のない自由な貿易環境を作れるのか、というのが話し合いの重要な的となっています。
国内の農家を守るために大切な「関税」をなぜ撤廃してしまうことを目指すのか? その問に答えるためにTPPの具体的なメリットを見てみましょう。
 
農業分野におけるTPPの影響とは 〜豚肉は安い〜
TPPの国内農業におけるメリットをまず整理してみます。スーパーで販売している豚肉を思い浮かべてみて下さい。実際に豚肉を手に取って比べた時、国産の方が品質は良いかもしれませんが、安いブラジル産を購入することもあるのではないでしょうか。食品の安全性よりも、現実の懐事情の方が、私たち消費者にとって重要な要素になることがあります。
TPPによって関税が取り払われると、外国産の安価な豚肉が大量に出回ります。何を購入するかを決める権利は私たち消費者にあり、豚肉を安く手に入れられることがTPPのメリットの一つとして考えられます。一方、国内の農家は、関税が無くなれば今までよりも安く作物を輸出することができ、日本の高品質な生産物を輸出できるチャンスがもっと生まれます。今までは国内向けだった商品を、海外に売り出すビジネスチャンスになるのです。
次に、デメリットです。前述したように、筆者のような安い物を好む消費者が多くなると、国内の畜産農家は立ち行かなくなります。なぜなら、安価なブラジル産の豚肉に押し負けて、国内産の豚肉が売れなくなるからです。もしTPPによって外国産の豚肉がスーパーを席巻するようになれば、国内の畜産農家が大打撃を受けることは間違いないでしょう。それによって失業するような畜産農家が出てくることは、TPPの大きなデメリットの一つと考えられます。
また、ルールの変更は関税の撤廃に留まりません。遺伝子組み換え食品の表示義務などが緩和され、企業にとって不都合なことは表示しなくてもいいようになる可能性があります。さらに残留農薬の規制基準も緩和されます。つまり食品の安全性が低下してしまう懸念もあるのです。
 
TPPの賛成派、反対派 〜トランプも反対!、ヒラリーも反対!!
国内では農業業界をまとめているJAが基本的にTPP反対の立場をとっています。これは当然のことで、先ほどから述べているように、TPPは国内農家にとって大きなリスクとなる存在だからです。
また、日本でも世間を騒がせている米国の大統領選挙ですが、ここでもTPPの賛成・反対を巡って議論が繰り広げられており、民主党代表のヒラリー・クリントン氏、共和党代表のドナルド・トランプ氏、両者とも2016年9月末現在はTPPに反対を表明しています。ここまで様々な駆け引きが行われてきた交渉も、最後の最後で批准に至らず終わる可能性もあります。
ここまでの動向を探ってみると、TPP賛成派は多くないようにも思えてきますが、日本政府や交渉参加国を含めた各国は、TPP締結に向けて前進しています。それはTPPを農業以外の分野で考えると全く別の側面が見えるからです。例えば、農業関係者の間では激しいブーイングが起きている一方で、輸出によって利益を得ている自動車業界はTPPによって関税が無くなればさらなる恩恵を受けられると考えられています。
「あっちを取れば、こっちが損する」という板挟みの状況で、TPPの議論は難しい局面を迎えています。