実権 安倍天皇

象徴 今上(平成)天皇

実権
行政 お役人に忖度を迫る
立法 国会軽視 お友達・順番こ大臣
司法 お友達を送り込む
日銀 お札刷り放題 お札の中間貯蔵施設
国の予算と借金 増えるばかり 潤うのは誰
財政健全化 国難 あの世往き
外交 トランプ腰巾着
マスコミ 平伏す

三選目指し 予定通りなら
2021/9 後は野となれ山となれ 退位
 


安倍首相と天皇陛下
 
 
 
象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば 2016/8/8
戦後70年という大きな節目を過ぎ、2年後には、平成30年を迎えます。
私も80を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。
本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。
即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。
そのような中、何年か前のことになりますが、2度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。既に80を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。
私が天皇の位についてから、ほぼ28年、この間かん私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行おこなって来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井しせいの人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。
天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。
天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯もがりの行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き、その後喪儀そうぎに関連する行事が、1年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。
始めにも述べましたように、憲法の下もと、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。
国民の理解を得られることを、切に願っています。  
 
 
天皇陛下を怒らせた安倍首相の大失策 2016/8/10
天皇陛下のお言葉をめぐり、さまざまな論評がおこなわれている。
しかし、そのお言葉の核心を言い当てたものは見当たらない。
核心とは何か。
それは、天皇は国事行為を行うだけの単なるお飾りではない。
天皇は国民の象徴であるとともに、国民統合の象徴である。
というお言葉の一節である。
今上天皇ほど、憲法に定める象徴天皇制について真剣に思いをめぐらすお方がいただろうか。
今上天皇が生前退位を唱え出したのは、高齢によりその任務が思うように出来なくなったことにあるが、その事は、取りも直さず、天皇は政治の言いなりになってはいけない、という強い思いがあるからだ。
その思いは、お言葉が発表された8月8日の夜8時から放映されたNHKスペシャル「象徴天皇・模索の歳月」のなかのエピソードで見事に証明されている。
すなわち、あの番組では繰り返しあるエピソードが流された。
高齢化を心配する天皇陛下を心配した宮内庁高官が、象徴天皇であるから何もしなくてもよろしいのです、天皇であり続けるだけでいいのです、国民もそのところは良く理解してくれるでしょう、と、生前退位に反対する意見を述べた時、「それは違う」と強く否定された、そういうエピソードのことだ。
そのようなやり今上天皇と宮内庁高官の間で行われていたのだ。
これを要するに、お飾りだけなら、いっそ退位した方がいいということだ。
今上天皇のこの二律背反的な思いこそ、こんどのお言葉の核心なのだ。
そして、その思いの根底には天皇陛下の安倍首相に対する強い怒りがある。
国民統合の象徴としての天皇のなすべき事は何か。
それを日々考え、被災地訪問や平和の旅を繰り返し、国民と共にあろうと努めてきたのに、それをことごとく否定する政策を進める安倍晋三という男は一体何様だ。
自分の目の黒いうちに勝手な真似はさせない。
しかし、それが高齢でかなわなくなりつつある。
そうであれば、いっそ生前退位をし、天皇の思いを継続させたい。
これこそが、今度のお言葉の核心なのだ。
国民統合の象徴としての今上天皇を怒らせた安倍首相は大失策をおかした。
他の失策なら、弱小野党と御用メディアを相手にごまかして乗り切る事が出来ても、国民統合の象徴としての天皇を怒らせる失策をおかしたまま、首相を続けることは出来ない。
もはや安倍首相はこれまでの安倍首相ではいられない。
これまでの政策を改めるか、さもなければ首相の座をよりふさわしい政治家に譲るしかないだろう。
ここまでの強い政治的メッセージを発した今上天皇は憲法に定める天皇の政治的行為禁止に反する事にならないのか。
そのおそれはある。
しかし憲法違反を繰り返す安倍首相にその事を批判することは出来ない。
ここでも安倍首相は天皇陛下にかなわないのである。 
安倍政権、天皇の生前退位を是が非でも回避の「狡猾」な抵抗 2016/11/22
やはり、安倍晋三政権は、今上天皇の生前退位について、結論の引き延ばしを図っているようだ。
天皇陛下の生前退位をめぐる「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」(座長・今井敬経団連名誉会長)は、専門家からの意見聴取を始めた。対象は皇室制度や憲法、歴史分野の学者、ジャーナリストら計16人で、3回に分けて実施する。国事行為を代行する「摂政」設置や退位の是非、退位を恒久的に制度化する是非など8項目に関し意見を求め、来年初めに見込まれている論点整理に向けて検討する。
しかし、そもそも生前退位を「公務の負担軽減等」と言い換えるあたり、本質的な議論を避けようとする意図が見え隠れしている。
歴史研究者からは、次のような声も聞こえてくる。
「天皇が代替わりすると、時の内閣も替わってきたという歴史的経緯がある。安倍政権はそれを強く意識しているのではないか」
明治以降の歴史を見ると、不思議な法則が浮かび上がってくる。10月に『日本人が知らない「天皇と生前退位」』(双葉社刊)を上梓した八柏龍紀氏に聞いた。
「まず、孝明天皇から明治天皇に替わった1868年に、江戸幕府から明治政府に替わっていますが、その明治天皇は1912年の夏に崩御され、元号は『大正』になります。そして、このとき第2次西園寺内閣は陸軍の二個師団増設問題により、総辞職に追い込まれています。この時代は桂太郎と西園寺公望が交代で政権を担当し『桂園時代』と呼ばれていますが、第2次西園寺内閣の後に組閣した第3次桂内閣も『憲政擁護・門閥打破』を掲げた民衆の憲政擁護運動が高まり、62日間で総辞職。これがきっかけで桂園時代は終焉を迎えるという大きな変動が起こります」(八柏氏)
大正天皇が1926年冬に崩御され、元号は「昭和」になる。
「1926年は加藤高明首相が1月に、現職総理のまま病で急逝。若槻礼次郎が組閣しますが、その翌年には、片岡直温蔵相の『東京渡辺銀行が破綻致しました』という失言をきっかけに金融不安が顕在化し金融恐慌が起きました。そのとき、経営危機に陥った台湾銀行を救済する緊急勅令案を、若槻内閣の外交政策に不満を持っていた枢密院が否決したことで、若槻内閣は総辞職に追い込まれています」(同)
そして、昭和天皇が崩御された1989年は竹下登内閣だったが、消費税導入やリクルート事件への世論の反発で、内閣支持率が5%前後という歴史的な低さとなり、6月に総辞職に追い込まれた。次に成立した宇野宗佑内閣は、首相の女性問題もあって国民の不信が高まり、夏の参議院選挙で自由民主党は結党以来の惨敗を喫し総辞職した。在任期間は69日と短命な政権だった。
「天皇が替わると内閣が総辞職」というジンクスを安倍政権も意識?
元号の変わり目は時代の変わり目なのか。元号が変わる年には、ことごとく内閣が総辞職している。天皇は戦前も戦後も「日本国民統合の象徴」的存在だが、代替わりとともに国民のエネルギーが大きく吹き出し、内閣さえも吹き飛ばしてしまうのかもしれない。
そのためか、安倍政権が天皇陛下の生前退位に関する“お気持ち”を受けて、まず行ったのは、自民党総裁の任期の延長だった。政治制度改革実行本部は10月19日の役員会で、現行の最長「連続2期6年」から「連続3期9年」へと変更する改正案を、来年3月5日の定期党大会で図ることを決めたという。
「天皇が替わるときに内閣は総辞職する」という不思議な法則を、もしかしたら安倍首相も強く意識しているのかもしれない。今上天皇の生前退位のご意向が示されてからの安倍政権の動きは、こうした歴史が繰り返されることを懸念しているように見える。
「本書にも書きましたが、天変地異に対し祈りのために譲位した清和天皇に見られるように、時代と天皇は常に共鳴し合う関係のように思われます。天変地異の鎮撫をはかり、被災者や犠牲者に祈りを捧げるといった日本古来の天皇の務めがあり、それを今上天皇は深く理解し行動なさっています。そして、多くの国民もまた、そのことを今上天皇・皇后のお姿から感じとっているのではないでしょうか。こうした歴史の底流にあるダイナミズムを止めることは難しい」(同)
そう考えると、公務削減のみを前面に押し出そうとする安倍政権の動きは、少し方向が違っているのではないか。  
新聞・テレビが報じられない天皇陛下「安倍総理への不満」 2017/1
「内閣と相談しながら」の真意
宮殿中で最も広い部屋「豊明殿」。
昨年末の天皇誕生日、白銀色のシャンデリアが桃色の絨毯を美しく照らすこの部屋で、国会議員など約470人が集まり、「宴会の儀」が催された。
ずらりと並んだ長テーブルを、日の出蒲鉾や若鶏の松風焼き、鯛の姿焼きなどが彩る華やかな席。しかし、13時の天皇のお出ましから数分後、その部屋に場違いな緊張が走った。安倍晋三総理のあいさつである。出席した議員が言う。
「一同が見守るなか、モーニングを着た安倍総理が前方に歩み出たとき、会場全体の空気が張りつめました。出席者はみんな思ったのでしょう。陛下と総理、ふたりはいったいどんな思いで向き合っているのか、と。あいさつは、感謝を述べ、健康を祈る当たり障りのない内容で、陛下はもちろん微笑んで聞いていらっしゃいましたけれど……」
昨年夏から続く「天皇の生前退位」問題。天皇が「退位の制度化」や「皇室典範についての議論」を望んでいることは明らかだが、官邸がその意を汲むことはなく、安倍総理と天皇の間の溝は深まり続けている。
それゆえ安倍総理をはじめとする官邸の面々は、天皇が現状への不満を述べるのではないかと、誕生日に先立つ会見に戦々恐々だった。宮内庁関係者が言う。
「陛下の会見の文案は、いつも陛下ご自身が深夜まで文章を練って推敲を重ねています。皇后陛下に少し意見を聞くことがあるくらいで、あとは発表直前に法律に反した部分がないか専門家に確認させるまでほとんど内容がわからず、官邸にも情報がほぼ入らない。この問題を担当する杉田和博官房副長官は、昨秋に官邸から送り込んだ西村泰彦宮内庁次長を使って情報収集しましたが、芳しい成果は得られなかったようでイライラしっぱなしでした」
だが蓋を開けてみれば、天皇は退位についてこうふれるにとどまった。
〈(天皇としての)この先の在り方、務めについて、ここ数年考えてきたことを内閣とも相談しながら表明しました。多くの人々が耳を傾け、各々の立場で親身に考えてくれていることに、深く感謝しています〉
一見すると穏当な内容。「安倍総理もホッとしたでしょう」(自民党中堅議員)。しかしこの穏やかな言葉の「裏」には、安倍官邸に対する違和感や不満が鬱積しているのではないか――多くの関係者はそう見ている。
昨年7月に天皇から直接、退位について相談を受けた、学習院幼稚園時代からのご学友、明石元紹氏はこう語る。
「陛下は、幼い頃から慎重な言葉遣いをされる方。そんな方が、わざわざ『内閣とも相談した』という表現を選んだことには意味があると、私は受け取っています。つまり、『内閣と相談したにもかかわらず、自分の思いが十分に伝わっていない』ということです」
モノマネするなんて
前出の宮内庁関係者も、この表現について、経緯を振り返り指摘する。
「昨年『おことば』が発表された後、官邸から『生前退位は憲法違反ではないか』という声が漏れ伝わりました。これは陛下にとっては聞き捨てならないことです。そもそも風岡典之宮内庁長官(当時)は、'15年秋の段階で安倍官邸に退位の意向を伝え、同年の天皇誕生日での記者会見を打診しました。このときは折り合いがつかずに会見が流れてしまいましたが、その後、官邸と宮内庁は時間をかけて『おことば』の内容をすり合わせました。摂政をどう位置づけるかなどをめぐってかなり攻防があったそうです。ところが、それだけの調整をさせておきながら、『おことば』を発した後に『憲法違反』などという話が出るのはハシゴ外しもいいところ。『内閣とも相談』という表現は、内閣に『その話はもう終わっているはずだ』とクギを刺す意味と取ることができます」
もちろん'15年時点での打診も、突然思いついて出てきたものではない。時間をかけて考え、タイミングを見計らってきた。皇室の関係者が語る。
「陛下は、生前の三笠宮(崇仁)さまと天皇制について話し合っているなかで、在位20年となる'08年前後から譲位について考えていたようです。'10年には『宮内庁参与会議』で譲位について口にされました。リベラルな民主党政権でなら、新しい皇室の形が実現できるのではないかと考えていたようです。しかし当時は政権が短命でうまくいかなかった。安倍政権が安定し、安全保障の問題がひと段落したタイミングで『おことば』の打診を行ったのです」
試行錯誤を続けてきた天皇にとって、安倍総理の態度は誠意を欠くものと映っている。
亀井静香衆院議員は昨年末に開かれた自身の政治資金パーティで、安倍総理の思いを象徴するようなエピソードを披露した。亀井氏は、天皇が公務を増やしすぎたことが退位問題につながった、公務を減らすことが先決だという見解を披露し、こう続けた。
「官邸で、晋三総理とこの問題について相当長く話しましたが、総理も私とまったく同じ認識です。総理は、こんなふうに(亀井氏、杖をつく素振りをする)陛下の真似をして『あんなことまでして、本当に危ない』と言っていました。その通りなんですよ」
天皇の公務を「自分で増やしすぎたのなら減らせ」といわんばかりの意見、そして天皇の姿を真似する――こうした安倍総理の不敬な心根は、その後の行動にも表れている。10月に組織された有識者会議のヒアリングメンバー選定がそれだ。
安倍の本音は「面倒臭い」
全国紙政治部デスクが言う。
「当初、官邸の事務方が挙げてきたメンバーに、安倍総理が自ら、お気に入りの識者である平川祐弘東大名誉教授や渡部昇一上智大名誉教授などを加えさせたのです。有識者会議で退位賛成派と反対派を拮抗させ、8割が退位に賛成する世論を抑える意図があると見られても仕方ない。櫻井よしこさんも、安倍総理のお気に入りだから入っているのでしょうが、そもそもこの件の専門家とも言えない。雰囲気づくりのための人選だと思います」
また、退位に賛成する私立大学の教授も、匿名を条件に本誌に自身の経験を語る。
「私は一度ヒアリングメンバーの内定を受けました。担当の職員が二人でやってきて、質問項目を渡されたのです。ですが、答えを用意して連絡を待っていると、担当者が内定を取り消したいと告げてきた。理由を聞くと、『左右のバランスを取るため』などと言う。『私は右と左、どっちなの?』と尋ねたら、黙ってしまった。職員にも後ろめたさがあったんでしょう」
まさに、結論ありきのお手盛り有識者会議。正面からの議論を避け、国民の目の届かない場所で自分の思いを通すのが「官邸のやり方」だ。
そして、本来なら天皇が踏み込んでほしかった「根本的な問題」は、完全に置き去りにされている。皇室ジャーナリストの久能靖氏が指摘する。
「『おことば』では、皇室の安定性について触れられていました。つまり陛下は、皇族の数が少なすぎると心配しているのです。本来なら、女性宮家創設や女性天皇、女系天皇、つまり皇室典範の改正についても議論してほしいと思いますが、有識者会議ではその話はほとんど出ていません」
だが、安倍総理は皇室典範の問題には絶対に踏み込みたくない。前出の自民党中堅議員が言う。
「皇室典範の議論をはじめると、反対議員が出てきて党内が混乱することは必至。長期政権を目指す安倍さんにとって、退位の問題は『混乱の種』でしかないんですよ」
天皇制について根本から議論してほしい――天皇自らが発した思いは、安倍政権によって、都合よく「矮小化」されてしまっている。
天皇の不満に安倍総理が正面から向き合う日は来るのか。 
天皇と安倍総理が「決定的に対立する日」 2017/1
「現在、政府の行っていることは、陛下のご意向とはまったくズレています。昭和の初めに生まれたいち日本人として心配に思い、陛下の思いを伝えようと考えました」
こう語るのは、学習院の幼稚園からこれまで天皇と親しくしてきた、ご学友・明石元紹氏である。
2016年8月に「おことば」が発表されて以来、注目を集める天皇の生前退位問題。安倍官邸の退位への「消極性」は際立ち、天皇と官邸の意向はまったく嚙み合わない。
そんな官邸を揺るがす「事件」が起きたのは12月1日のこと。新聞各紙が、明石氏が今年の夏に天皇から退位について相談を受けたことを報じたのだ。明石氏が言う。
「7月21日、陛下から電話がありました。『自分が生きているうちに退位したとしても驚くようなことではない』『摂政は感心しない』『自分だけでなく、以降も生前退位をできるようにしたい』と本心を吐露されました」
明石氏が4ヵ月以上も経ってこのことを明かしたのは、政府があまりに天皇を軽んじているように見えるからだという。
「8月、陛下の思いを伝えようと官邸にうかがいました。杉田和博官房副長官が応対してくれましたが、彼は事前に話すことを決めていたようで、『制度化は難しい』と。『結論ありき』に思えました。その後の議論を見ても、陛下のこれまでの行動の意味を真摯に汲み取ろうとしているとはとても思えません」
退位に消極的な官邸にとって、天皇の「真意」が漏れ出る報道はきわめて都合が悪い。
「麻生太郎副総理は、学習院人脈を通じて明石氏に『法案は有識者会議の答申を待って国会に提出する。これ以上の発言はお控えいただきたい』と伝えた。いわば『圧力』です。政府と陛下の考えに齟齬があることが明らかになってはいけないから、担当の杉田さんを筆頭に情報管理に必死なのです」
そんななか、12月14日には、退位についての有識者会議で、生前退位を「恒久法化」するのは難しいとされた。前出の官邸スタッフが明かす。
「官邸の意向が影響しています。総理は以前から、麻生副総理や菅義偉官房長官に『陛下には、有識者会議の答申を踏まえた特措法を受け入れていただきたい』と話し、意思統一を図っている」
天皇の思いには反するものだが、なぜ政権は恒久法化を避けるのか。皇室ジャーナリストの久能靖氏が解説する。
「安倍総理は皇室典範の改正に話題が及ぶのが怖いのです。現政権は保守的な層が支持基盤ということもあり、女性・女系天皇誕生につながる典範改正の議論は避けたい。有識者会議を引き延ばし、やり過ごそうとしている」
こうして天皇の真意に気付かないふりを続ける官邸が戦々恐々とするのが、12月23日の天皇誕生日を前にした会見だった。
「陛下が何をお話しになるのか、杉田さんは会見を前にすっかり緊張状態。誕生日会見での発言の大半は陛下ご自身が書いており、宮内庁長官すら直前まで見ることができない。官邸は、宮内庁次長として送り込んだ西村泰彦元警視総監などを駆使し、必死で情報収集中しました」
もうひとつ官邸が恐れるのが、2月23日の皇太子誕生日だ。宮内庁クラブの記者が言う。
「天皇陛下は『おことば』発表の3〜4年前から、退位について皇太子、秋篠宮さまと3人でよく話し合われてきたそうです。お二人は陛下のお気持ちをよく理解している。実際、秋篠宮さまは11月の自身の誕生日で、『おことば』について〈私もそのお考えに、非常に同じような気持ちを持っております〉と陛下を援護する発言をされた。皇太子殿下の誕生日でも、発言があるかもしれない」
天皇と安倍総理の「決裂」の表面化は近い。 
2017年どうなる、どうする?
  藤井聡(内閣官房参与)と適菜収(作家)新春対談
適菜 国民が狂っているから、安倍みたいなものがもてはやされる。毎日新聞の編集委員の伊藤智永さんが『月刊日本』という雑誌に書いていたのですが、安倍が天皇陛下を茶化してからかったというんですね。引用すると、「ある有力政治家の話ですが、彼が官邸の総理執務室で安倍さんと生前退位の話をしたら、安倍さんはカーペットに膝をつきながら、『こんな格好までしてね』と言ったらしいのです。ちょっと何て言うか、天皇陛下が被災者の方々に寄り添うお姿を、そういう風にちゃかしてみせるというのは……。信じがたいですね」。
藤井 ………。
適菜 自分の肩書きで責任をもって書いてるから、ガセとは思えませんね。
藤井 生前退位の話も、そもそも譲位ですが、たかが有識者ごときが賛成反対を論ずること自体が意味が分からない。少なくとも反対するなら、「逆賊」のそしりを免れ得ないと覚悟しながら、反対を表明すべきです。
適菜 産経だか日本会議系だかで、天皇陛下を批判している学者みたいなのもいますよね。
藤井 百歩譲って「諫言」(目上の人物をいさめる言葉、の意)であればありえるかもしれませんが、通常はそれは「切腹」すら覚悟せねばならない話。今は時代が違うとは言え、そんな空気が一切残っていないのを目の当たりにすれば、もうこの国は日本ではないんだなとすら思ってしまう。
適菜 私が危惧しているのは安倍と橋下の接近です。カジノ建設と改憲の手伝いを取引にしているという話は出ていますが、下手をしたら、橋下が民間大臣になるということもあり得る。将来、総理大臣になる可能性も完全には排除できない。そうなったときに皇室が狙われる可能性があります。橋下はかつて大統領制を唱えていたし、基本アナーキストでしょう。反皇室の石原慎太郎ともつながっていた。日本の伝統文化に対する橋下の発言を振り返れば、日本に対する強烈な憎しみが根底にあることがわかる。安倍は橋下がそういう人間であることを承知のうえで、蜜月の関係を築いているわけです。
藤井 参与は、内閣に対する正式のアドヴァイザーです。一方で、「国の事なんかどうでもいいし、ウソをついて人を騙すのが当たり前」と思っている人間には、アドバイスなんて到底出来ないのは当然。そして「橋下」という人間は、自分はまさにそういう人物だと自著の中で断言している。だからそんな人間が万一内閣に入ることがあったら、参与の職務を全うすることは実質的に不可能となってしまいますね。
適菜 橋下はテレビ番組で、「日本は外国人政治家を招聘すればいい」と言っていた。国籍は関係ないと。
藤井 それは凄い。「国境や国籍にこだわる時代は過ぎ去った」わけですね。そうなりゃ「外国人参政権はいかがなものか」どころの話しじゃないし、蓮舫さんの二重国籍問題も何ら問題ない、ということになります。
適菜 日本の総理大臣が中国人や韓国人になるかもしれない。度を越してますね。橋下は「竹島を韓国と日本で共同管理しろ」とか、「日本人と握手できるかわからない」と言うような人物です。「能や狂言が好きなのは変質者」と、日本の伝統文化を思いきり嫌う。
藤井 そんな主張をする方は「政治家の資質」はないと言う他ありません。もちろん「私人」なら、そういう輩もいる、という話でしょうが。
適菜 どの角度から見ても詐欺師に決まっている人物を、重用しているのが官邸です。これが現在の日本の政治状況です。
藤井 ところでまさに今、戦後レジームが抜本的に変わろうとしています。アメリカとの関係、ロシアとの関係も変わろうとしている。無論、今、アメリカとの関係については、お互いの「許せない」という感情を乗り越え、取るべき責任や国境を度外視して地球市民として戦争を反省し、未来を向いていこう、その第一歩を広島とパールハーバーへの訪問から踏み出そう——そんな空気が日本にはある。
適菜 それが全否定されたのが2016年でしたね。安倍はかつてのブロック経済化により戦争になったんだから、グローバリズムで行くといったあたりで思考停止していますが、そういう花畑的な思考が完全に通用しなくなった。世界各国が大慌てで対応している中、日本だけが逆噴射している。非常に危険な状況です。しかもそれを「新しい」とか「特別な」といった軽い言葉で乗り切ろうとする軽薄さはすごいですね。
藤井 ナチスのヒトラーも、「ハイル・ヒトラー」っていう言葉一発で全部、乗り越えていったわけです。僕は、戦前を全否定するわけではないですが、「一億総玉砕」という言葉の中にあるメンタリティと似ています。適菜さんは、そういう問題が安倍さんの言葉遣いの中にあるというご指摘かと思いますが、一般には(例えば、ネット右翼などがその典型ですが)、「安倍さんの『本心』は、人気を獲得した上で本当に日本の国益のために働きたいと考えている、そのための手段として、耳障りのいいことを言っているのだ」と指摘されています。
適菜 確かにそういうことを言う人もいますね。憲法改正という大きな目的のために、今は財界の言いなりになっているだけだとか。
藤井 僕には何が真実なのかは断定できませんが、少なくとも憲法改正について言うなら、外国人の政治家の招聘を平然と口にするような人物と組んだら、真っ当なものには絶対にならない。
適菜 そもそも安倍の憲法観自体がデタラメですから。道徳観を憲法に組み込もうとしたり、憲法自体を理解していない。自民党が2012年に作った憲法草案は小学生の落書き以下ですよ。さすがに自民党内からも批判が出ましたが。谷垣禎一が「あれは盛りすぎた」って。伊吹文明も「非現実的だ」と切り捨てた。いい加減に作っておいて、正式には取り消していないわけですよね。安倍と橋下が組んで、憲法改正したら、文字通り日本は崩壊します。だから今は保守は護憲に回るべきです。
藤井 当然、悪いところは改正すべきだと思いますから、僕は「改憲派」に分類することもできます。だけど一方で、とにかく何でもいいので、変えりゃいいという意見は阿呆そのもの。絶対賛成できない。
適菜 むしろ危険です。
藤井 例えば橋下氏は大統領制の導入を主張していましたが、これは恐るべき意見。何が危険かわからない人も多いと思いますが、そもそも大統領とは元首(へッド・オブ・カントリー)。一方で「内閣法制局」も日本の元首は天皇という見解を認めている。だから橋下氏は皇室を廃止すると言っているのに等しいわけです。日本にとってこれほど恐ろしい主張はない。
適菜 議院内閣制の否定にもなりますね。
藤井 仮初めにも憲法改正について意見を表明するなら、最低限の常識、見識を持たねばならない。大統領制や外国人政治家を推奨する人物には、そういう見識がないと断定せざるを得ない。
適菜 しかも橋下の場合は、平気でウソをついたり、グラフの数値を改ざんする確信犯的な詐欺師ですからね。
藤井 そもそも憲法は日本国家を縛りつけるものになる。デマやウソに基づく雰囲気やノリで改正していいはずがない。でも「橋下人気」なる世論エネルギーも活用しながら憲法が改正されれば、そうなるでしょうね。
適菜 一番タチが悪いのは「改革バカ」です。改革すれば幸福になると信じるのは左翼の発想ですよ。「9条を変えろ」とエサを与えられると、そこしか見ていないで興奮するネトウヨが大勢いるわけです。でも、9条のほかに何を変えようとしているのかを見なければならない。
藤井 憲法は成文法だけど、慣習法を軸に成文化されている。したがって、日本国家の歴史と伝統を軸に作り上げねばならない。憲法改正をしなければならない基本的なロジックは、GHQがあれを書いて、日本がそれを翻訳して作ったということにおいて、その憲法と国体(つまり、日本の伝統に基づくインスチテューション)との間に乖離がある、それを埋める改正が不可欠、というもの。だから、日本の伝統文化を否定するような、国体を否定するような人物が作る憲法は絶対に認められない。
適菜 それが一番大事なことです。憲法とは安倍が考えているように「私たちの理想や国のありかた、未来について語るもの」ではありません。それは国家権力を縛る機能だけではなく、国家の秩序の根本規範、つまり国の形を表現する規範です。そこには当然、伝統による正統性が必要になる。だから、安倍政権下で改憲が目指されるということ自体がグロテスクなんです。
藤井 安倍さんを弁護するとしたら、こういう可能性はある。憲法を変えるためには第一歩を踏み出さなければならない、そのためにはエネルギーが必要だから、橋下人気を使って3分の2を獲得して憲法を一部改正し、憲法が変わるんだという風潮を作りあげてから橋下を切り捨て、そして本来の方向に憲法を変える――。そのために今、橋下と結託をしているだけだ、という可能性です。
適菜 限りなくゼロに近いですけどね。というより、ゼロです。 
 
 
 
 
安倍政権が天皇陛下の意向を忖度しない理由 2017/1/26
ジャーナリストの田原総一朗氏は、天皇陛下の退位問題について、持論を展開する。
天皇陛下の退位をめぐり政府が設けた有識者会議は、1月23日の会合で「論点整理」を公表することになっている。結果は、いまの陛下に限って退位を可能にする特例法の制定が軸になるのだろうが、これにはおそらく反対の国民が多いのではないだろうか。実は私も反対である。
もっとも、正式に皇室典範の改正をしようとすれば有識者会議の間でさまざまな意見が出て、まとまるのに大変時間がかかり、現在の天皇には時間的に間に合わない危険がある。だから、まずは特例法で対応し、後に必ず皇室典範の改正を行うという二段構えにすべきだ。憲法2条に「皇位は(略)国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」と定めているからだ。
元最高裁判事で東北大学名誉教授の藤田宙靖(ときやす)氏は18日の朝日新聞のインタビューで「退位を認めるには典範改正が必要だという主張がありますが、私は特別法でも可能であろうと考えます」と述べているが、
「ただ、私が強調したいのは、退位を特別法によって実現しようとするのであれば、その法律は必ず、今後の天皇にも適用されうる法的ルールを定めたものでなければならないということです」
「憲法がわざわざ『皇室典範』と法律名を特定して書いている背景には、安定的な皇位継承のためには明確な法的ルールが必要であり、政治状況や社会状況に応じて、時の政権や多数派の主導による安易な代替わりがあってはならないという意味が込められていると考えるからです」
と、力説している。
もう一人、特例法に異議を訴えるのが明石元紹氏だ。幼稚園時代からの天皇の遊び相手で、学習院初等科から高等科まで同級生だった「ご学友」である。明石氏は、退位について天皇から直接電話で聞いているのである。その内容を文藝春秋2月号で、次のように書いている。
「今度の話(退位)については、ずいぶん前から考えていた。明治以前には、途中で譲位をしたり、いろんな形でいらした天皇がたくさんいる。それがいろんな結果を生んだのは確かだ。けれど、譲位は何度もあったことで、僕がいま、そういうことを言ったとしても、何もびっくりする話ではない」
そして天皇は、こう話したという。
「この問題は、僕のときだけではなくて、将来を含めて譲位ができるようにしてほしい」
明石氏は天皇が皇室典範の改正を求めていると理解し、そのことを仲介者を経て杉田和博官房副長官に伝えたが、杉田氏は「今上陛下一代限りの退位であれば、合意を取りまとめることができるでしょう。しかし、将来まで含めた恒久的な制度については、国会議員の総意を得るのは大変難しい」と答えたという。明石氏は有識者会議の設置前から特例法という政府の方針が決まっていたのではないかと、不満を込めて書く。
なぜ、政府は天皇の意向を無視するかたちで、特例法でまとめようとしているのか。もしも皇室典範の改正となれば、女性天皇、女系天皇、女性宮家の問題なども議論しなければならず、そうなると反対意見などが多く出てきてまとまらなくなる。杉田官房副長官はこのように説明したようだが、実は女性天皇、女系天皇、女性宮家などには安倍首相自身が反対しているのではないか。杉田官房副長官が独断で説明できるはずがないからだ。 
安倍首相が“天皇のおことば”を日本会議系御用学者に事前漏洩!  2017/1/28
  生前退位めぐり天皇への反撃を依頼か
今国会でも焦点となっている天皇の生前退位問題。国民の大多数が皇室典改正を含む恒久的法制化を支持しているが、安倍政権はあくまで今上天皇の一代限りの特別法での対処で強行するつもりらしい。
そんななか、安倍政権の“逆賊”丸出しの裏工作が明らかになった。生前退位の検討は周知のように、昨年8月8日に公開された天皇の「おことば」と呼ばれるビデオメッセージを受けてのものだが、その公開の前に、官邸が安倍首相とべったりの日本会議系学者に「おことば」の内容を漏洩し、カウンター的な動きを依頼していたというのだ。
その学者というのは、八木秀次氏。安倍政権下で教育再生実行会議委員を務め、首相のブレーン中のブレーンとして知られる日本会議系極右“御用学者”だ。生前退位問題でも、この間、「天皇は在位しているだけで十分」と、今上天皇が「国民の象徴」として考え抜いてきた数々の公務と人権を完全否定して、生前退位に猛反対。もちろん皇室典範改正などもってのほかとの立場で、右派の“退位反対キャンペーン”を牽引してきた。
しかし、だとしても、官邸が自ら天皇の「おことば」を事前に漏洩するなんていうことがありうるのか。事実なら、国家公務員の守秘義務違反の可能性もある。
だが、これはどうも事実らしい。この問題は、26日の衆院予算委員会で民進党の細野豪志代表代行が質問したのだが、これにはれっきとした証拠があった。ほかでもない八木氏自身が昨年10月18日に発売されたムック「別冊宝島 天皇と皇室典範」(宝島社)のインタビューのなかで得意げに語っていたのだ。
「天皇陛下の『おことば』が発表されたのは8月8日午後3時のことですが、その前の週の夕方、官邸から私のもとに電話が入りました。電話をくれた担当者は安倍総理とも打ち合わせをしたということでしたが、『おことば』の概略や背景事情を知ることができました」
ようするに、これは官邸スタッフがたまたま漏らしたという話ではなく、安倍首相の指示のもと、積極的に八木氏に「おことば」の内容を報告していたということではないか。これは完全に安倍首相の事前漏洩である。 
天皇陛下と安倍政権の戦いがまた表面化 2017/3/28
天皇陛下が退位され、皇太子殿下が即位されたら、それぞれのお住まいを入れ替える方針だと、3月25日、NHKで報道された。さらに今日は、譲位前に公務の一部を皇太子殿下に委譲する方針だという報道が出ている。これらは、天皇陛下のご意向を踏まえ、宮内庁が検討を進めているらしい。
今日の産経新聞によると、安倍首相はこれをNHKニュースで知って驚愕したという。菅官房長官も記者会見で「まったく承知していない」と不快感を隠さなかったという。
天皇陛下と安倍政権の間には、決して埋められない亀裂が生じている。安倍政権は、天皇陛下から一切の意思を奪い、完全に官邸がコントロールできるロボットにしようとしている。だから宮内庁は、天皇陛下のご意向を、官邸を通さずマスコミにリークするしかなかったのだろう。
国会の合意を受け、政府は天皇陛下の退位に関する「特例法」の法案作りに入っている。だがこの調子では、政府は国会合意に沿った法案を出してくる保証はない。官邸のロボットにならない天皇に「復讐」するために、退位を今後の「先例」とならない、「一代限り」で「例外的」な扱いとする、天皇陛下に対する侮辱以外の何物でもない法案を作ってくる可能性は十分あり得る。
天皇陛下と、逆賊安倍政権の熾烈な戦争は現在も続いている!
天皇の敵は安倍政権である。
天皇の味方は我々、国民である。
我々は朝敵政権の監視を絶対に怠ってはならないのだ!  
天皇陛下の言動まで監視している安倍政権の恐怖政治 2017/5/29
今日発売の週刊ポストと週刊現代の最新号(6月10日号)が、そろって特集記事を書いている。
前川前文科省事務次官の内部告発の動きを官邸は事前につかんでいて、秘密警察を使って前川潰しを徹底したと。
週刊誌が書くまでもなく大手新聞もこれまで断片的にそう報じて来た。
そして、これから週刊誌は次々と今度の前川前次官の反乱に関する安倍・菅暴政コンビの情報操作と恐怖政治の実態を次々と書くだろう。
私も、そのようなメディアの公開情報で知ったのだが、前川前次官は筋金入りの反骨官僚だったようだ。
小泉改革までも批判していたらしい。
加計学園の獣医学部承認についても、ここまで行政が安倍首相に捻じ曲げられてはいけないと常日頃考えていのだ。
たとえそれを公の場で口に出さずとも、官邸は危険視して目をつけていたに違いない。
突然文科省の天下り問題が報道され、そして大騒ぎになって前川次官辞職にまで発展した時、私は、どこの省庁でも行われている天下りであるのに、なぜ財務省や経産省のそれがまったく問題にされずに、ここまで文科省だけが騒がれるのか。それは文科省が三流官庁であるからであり、財務相や経産省へ広がらないように一罰百戒の見せしめだと考え、その事をメルマガで書いた事があった。
しかし、そうではなく、いまから思えば、あれは加計学園疑惑を批判する前川潰しだったというわけだ。
安倍官邸は現役・OBの警察官僚を人事で掌握し、安倍政府に楯突く官僚を排除し、意のままに動く官僚たちだけを重用してやりたい放題して来たのだ。
その安倍政権が共謀罪を強行採決し、その安倍政権が東京五輪まで続くのである。
暴政ここに極まれり、である。
そして、その暴政は天皇陛下にまで及んでいる。
私が書きたいのは、その事である。
週刊現代の最新号で、前川前次官の反乱を書いた特集記事とは別の小さな記事があった。
その記事は、天皇陛下が安倍首相の退位特例法に不満を持っている事をスクープした毎日新聞について書いている記事だ。
そこにはこういうくだりがある。
「・・・報道を即否定した西村(宮内庁)次長は元警視総監。官邸では同じ警察官僚出身の杉田和博内閣官房副長官がにらみをきかせており、この二人が事実上、天皇の言動を監視する『お目付役』を、安倍総理から申し付けられてている・・・」
「安倍総理は陛下の積極的な言動を恐れており、その対応を西村・杉田両氏ら元警察官僚に命じ、情報管理の徹底を図っていますが、そうした措置が、ますます陛下のご不信を募らせる結果になっていると言えます」(宮内庁幹部のひとり)
なんと安倍・菅暴政コンビは天皇陛下まで容赦しないのである。
まさしく国家権力のクーデターである。 
「天皇陛下よりトランプが大事」な安倍晋三はニセ右翼だ! 2017/10/15
50年ほど前、早稲田大の学生だった頃、友人たちから「右翼!」と言われた。
理由は分からない。保守系政治家と特別親しい政治学者・吉村正先生のゼミに入っていたこと。「学生会館の管理運営権を学生に与えろ!」という、妙ちきりんな学生運動に反対したこと。そのくらいしか思い当たるフシがないのだが、当時、若者は「左翼病」。右を見ても左を見ても、大学生は「左翼」だった。
それが、どうだろう?
最近、安倍内閣に批判的なことを書くと、ネットで「左翼の新聞記者」と名指しで批判される。批判するのは結構だが、当方、「右翼」でも「左翼」でもない。
ただし、天皇制は支持している。
「天皇陛下のもと、何人も平等であること」が必要だ、と思っている。民主主義の「自由と平等」は相いれない価値観である。徹底的に「自由」を追求すれば、「平等」ではなくなる。徹底的に「平等」になれば、「自由」はなくなる(事実、安倍内閣下の「儲(もう)ける自由」で、所得格差という「不平等」が起こっている)。
「天皇陛下のもと」という前提があってこそ、「自由と平等」がほどよく生かされる。これが天皇制と心得ている。

「右翼」「左翼」という言葉はどこから生まれたのか?
それはフランス革命期の「憲法制定国民議会」(1789年7月9日)に由来する。議長席から見て議場右側に「国王の拒否権あり・二院制(貴族院あり)」を主張する保守・穏健派が、左側に「国王の拒否権なし・一院制(貴族院なし)」を主張する共和・革新派が陣取ったという。
それ以来「右翼」「左翼」という言葉で、保守vs.革新が色分けされた。
「右翼」には保守主義、反動主義、王党派、国家主義、ファシズムなどが含まれ、「左翼」には進歩主義、社会自由主義、社会民主主義、社会主義、共産主義、アナキズムなどが含まれる。
かなり「曖昧な色分け」ではあるが、「国王との距離感」が"色分け"の大事な要素になっている。

安倍さんは「保守派」と言われる。ネット右翼の圧倒的な支持を得ている。
「美しい国」「戦後レジームからの脱却」「憲法改正」......。戦前の「大日本帝国」を理想と考えているように見える。憲法を改正して、戦争ができる国を目指し、天皇陛下を「元首」にしようとしている。「日本会議」という強力な右翼団体の影響を受けているし、総合的に見ても安倍さんは「右翼」と言ってよいだろう。
しかし最近、それが怪しくなってきた。
安倍さんの「右翼」は"見せかけ"ではないか?と思うようになった。安倍さんは皇室とも距離があるように見える。聞くところによると、歴代首相は年に何回か、天皇陛下とお話をする。国事行為をされた天皇陛下にそれ相応の報告をする。しかし安倍さんには、そうした話を聞かない。
その半面、安倍さんは「排他主義のトランプ大統領」にご機嫌伺いをする。何を言われても「ご無理ごもっとも」である。韓国でさえ、北朝鮮の対応でトランプ氏と距離感を保っているが、安倍さんは「トランプ一直線」である。
嫌韓、嫌中が愛国心!と勘違いするネトウヨではないが、排他主義が好きなのか? トランプ流差別主義に加担する。まるで、トランプ大統領が日本の「元首」であるかのようだ。
日本の「正統右翼」は明治の昔から、西欧帝国主義に反対してアジアの独立を目指した。外交面で不平等条約の改正を求めた。
今の安倍さんは「正統右翼」とは正反対の立場ではないか?
日米安保条約があったとしても、何から何まで、トランプ氏の言いなりなっていいのか? もし、トランプ氏が暴走して、日本の国益を傷つけたら、日本は安保条約を破棄することができるのか?

安倍さんは「嘘(うそ)つき」である。デフレ脱却、地方創生、待機児童ゼロ、女性活躍......。あらゆる政策が失敗しているのに、成果が上がったかのように見せかけている。アベノミクスで税収が膨らみ、社会保障を成長の果実で賄う! と胸を張っていたが、今度は「消費税」の使い道を問う解散だ!と平気の平左である。これじゃあ、詐欺師ではないか。
「希望の党」の小池百合子代表も嘘をつくだろうが、安倍さんは特別だ。味方の「右翼」まで平気で騙(だま)す。
もはや病気の範疇(はんちゅう)ではないか? 
譲位を巡り、天皇を侮辱する安倍晋三 2017/12/5
天皇陛下の退位が再来年4月30日、新天皇の即位が5月1日と決まった。
日付が違うことで、「空位」の時間が生じるのではないかという懸念もあったが、これは退位が「4月30日が終わる瞬間」、即位が「5月1日が始まる瞬間」に行われる、つまり同時であるため問題はないらしい。
だが問題は、「5月1日」という即位の日程だ。
当初、政府は「1月1日」とする方針を示した。
これは政府が宮内庁にも相談せず、天皇陛下のご意向など一切無視して勝手に決めたもので、宮内庁の西村泰彦次長は定例記者会見で「1月1日は皇室にとり極めて重要な日。譲位、即位に関する行事を設定するのは難しい」と難色を示した。
宮内庁が退位を巡って公の場で言及するのは異例の事態であり、しかもこれを表明したのが、官邸が宮内庁をコントロールするために送り込んだ人材だったはずの西村というのも、実に皮肉な話だった。
再来年の1月7日は、昭和天皇の崩御から30年の式年祭が行われる。今上陛下は父親である昭和天皇の三十年祭を自ら執り行いたい意向であることは明らかで、その1週間前に退位させるというのは非常識としか言いようがない。
宮内庁もこの点には特にこだわりを見せ、年度替わりの節目でもある「4月1日即位」案を提示、官邸側に年末年始と3〜4月の皇室行事を示し、どちらが皇位継承に伴う陛下と皇太子殿下の負担が少ないか説明したという。
ところが、官邸は1月1日即位案を撤回したものの、宮内庁、つまりは天皇陛下のご要望である4月1日即位案にも乗ろうとしなかった。
理由は「メンツ」、ただそれだけである。
天皇退位特例法には、退位の期日を「政令」で決めるとしている。政令は閣議決定によって定められ、その主体は内閣であり、トップは首相ということになっている。官邸幹部は「最後は政治が決めるんだ」と言い放ったという。
つまり完全に「国民主権」の意識で、政治のトップが天皇よりも上だと信じ切っているのである。
しかも官邸は、もともとは天皇の退位すら認めず「摂政」で済まそうとしており、しぶしぶ退位を認めることになっても「一代限りの特例」にするつもりだった。それが事実上の恒久制度化まで妥協を強いられたため、ここでも「メンツを潰された」という恨みの念を抱いていた。
さらには、4月1日即位案の一報を朝日新聞が報じたことから、安倍晋三が「朝日が報じたとおりにはさせない」と思ったのではないかという推測まである。
官邸は秘かに「1月1日」「4月1日」以外の日程案を探り、9月には5案になっていたという。
この作業は宮内庁には全く知らされずに行われた。そして、退位・即位の日程を決める皇室会議が12月1日に行われることが宮内庁に知らされたのが、わずか10日前の21日夜。しかも宮内庁の山本信一郎長官はこの日の報道で初めて「5月1日即位案」を知り、「まったく知らない。分からない」と記者団に硬い表情で繰り返した。
5月1日案が表に出てから、皇室会議による決定までたったの10日。これでは報道各社の世論調査も間に合わず、4月1日と5月1日のどちらがいいかを国民に問うこともできない。もちろん、政府はこのタイミングも計算していたはずだ。
そして12月1日の皇室会議には、どういうつもりかメンバーではない菅官房長官が本来宮内庁長官の据わる位置に陣取ってにらみを利かせており、そんな異常な状況の中で4月30日退位・5月1日即位という日程が決められてしまった。
安倍政権の本音はこうだろう。
「天皇よりも政治の方が上なんだ! さんざん安倍政権に楯突きやがって、これ以上天皇の言うことなんか、聞いてたまるか! 何の意味もない5月1日即位という日程にしてやったぞ! ザマー見やがれ!!」
何の意味もない5月1日即位という日程を正当化するために、予算案審議や統一地方選が終わった後で静かな環境で迎えられるだの、連休が増えるだのということまで報道されているが、そんなものは全く理由にならない。
そもそもこの日程では、高森明勅氏が指摘しているように、新天皇即位の行事の集大成であり、最も重要である大嘗祭に新穀を献上する田んぼを選定する際に大きな支障が起こることが懸念されている。
安倍晋三は、大嘗祭の重みを全く理解していないのだろう。
というか、安倍は「大嘗祭」が読めるかどうかも分かったものではない。 
なぜ天皇陛下の退位は4月末日になったか 2017/12/11
12月1日、政府は約25年ぶり8回目となる皇室会議を開き、天皇陛下の退位日を2019年4月30日とする意見を決定した。この日程は安倍晋三首相と宮内庁とのバトルの結果のようだ。日本国憲法第9条の最後の守護者となった「平和の象徴」に対して、安倍首相はどんな態度で挑むつもりなのか――。
「改元の日はメーデー(労働者の日)ですよ」
「などてすめろぎは“平和の象徴”となりたまひし」(なぜ天皇陛下は“平和の象徴”になってしまわれたのか)
安倍晋三首相は、天皇皇后の「おことば」を聞くたびに、そうつぶやいているのではないか。天皇退位の日程が決まった。それを巡っても宮内庁と政治はバトルを繰り広げていたと、有識者会議で座長代理を務めた御厨貴が、朝日新聞(12月1日付)で語っている。
安倍官邸は当初、平成30年の大みそか、退位、元旦、即位・改元にしたかったが、これに宮内庁が抵抗した。年末年始には皇室行事が重なるから、3月末日退位、4月1日即位にしたいと主張して、その日程をメディアにリークしたのだ。
だが、今度は官邸がそれをひっくり返して、4月末日退位、5月1日即位にした。御厨も「改元の日はメーデー(労働者の日)ですよ」と驚いている。何としても宮内庁、その後ろにいる天皇・皇后のいいなりにはならないという、安倍の強い「決意」がうかがえる。
『週刊新潮』(12月14日号)は、侍従職関係者に、天皇の思いをこう代弁させている。
「陛下は、“心残りがあるとしたら……”という言葉を口にされています。具体的には、女性宮家を創設できなかったこと、そしてアジアで訪問していない国があること、ですね」
安倍首相は、女性宮家が固まれば、女性天皇の議論も深まることを恐れたのだといわれている。当然ながら、訪問していない国「韓国」に対しても、安倍はいい感情を持ってはいない。
天皇陛下のお気持ちは「忖度」しなかった
秋篠宮も、皇位継承のあり方という天皇が提起した問題がほとんど進んでいないことに言及して、「議論が進んでいない、確かに進んでいないのですけれども、そのこともやはりこれはある意味で政治との関係にもなってくるわけですね」と語っている。
天皇とは学習院初等科から高等科まで「ご学友」だった榮木和男も、こう話す。
「安倍政権になってからいろいろなことが進まなくなったという状況があって、陛下が焦りのようなものを感じておられたのは当然そうだと思います。自分たちが言いださないと、誰も何もしてくれないということがだんだんわかってこられた。それで、異例かもしれませんが、ああいう形の『お気持ち表明』になったんじゃないでしょうか」
天皇が政治的な発言をすることは憲法上制約されている。十分に知りながら、こうした発言をせざるを得なかった天皇の気持ちを、安倍は「忖度」することはなかった。
「皆さんとともに日本国憲法を守り」
私は1945年(昭和20年)生まれだから、昭和天皇が現人神(あらひとがみ)であった時代は知らない。長じても天皇についての関心は全くといっていいほどなかった。
大学時代は70年安保の嵐が吹き荒れていた。学生運動はまったくやらなかったノンポリだったが、「天皇の戦争責任を問え」「天皇は差別の根源」などというアジ演説を後ろで聞いていた。
出版社に入ってから金達寿の『日本の中の朝鮮文化』(講談社)を読み、東洋史学者の江上波夫に会って「騎馬民族征服王朝説」を聞かされ、天皇も日本人のルーツも朝鮮にあるのかと、漠とだが、考えるようになった。
それでも天皇にさほど関心が増したわけではない。それが変わったのは、やはり昭和天皇が崩御して明仁天皇が即位した時からだった思う。即位後の朝見の儀で、以下のような勅語を発したのだ。
「皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓い、国運の一層の進展と世界の平和、人類福祉の増進を切に希望してやみません」(『明仁天皇の言葉』近重幸哉著・祥伝社より)
憲法第99条に、天皇や国会議員、裁判官などは憲法尊重擁護義務があるから、至極まっとうな言葉なのだが、すごく新鮮な気がしたものだった。
「タブー」となっているルーツにも言及
その後も誕生日会見で、「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています」と、ウルトラ保守の中で“タブー”となっているルーツについても触れた。
「さきの戦争」の悲惨さを忘れず、憲法を遵守し平和を守り抜く。そうした強い思いが天皇皇后にはある。だが、翻って、われわれ日本人はそのことをどれだけ真剣に考えてきたのか、忸怩たるものがある。
沖縄を始め、フィリピン、パラオなど、さきの戦争の激戦地を回る慰霊の旅を続けてきた。
内田樹は、2016年8月8日の「おことば」の中に「象徴」という言葉が8回使われたことに注目する。とくに印象的だったのは「象徴的」という言葉だった。象徴とはそこにあるだけで機能するもので、それを裏付ける実践は要求されないから、これは論理的に矛盾していると内田はいう。
「しかし、陛下は形容詞矛盾をあえて犯すことで、象徴天皇にはそのために果たすべき『象徴的行為』があるという新しい天皇制解釈に踏み込んだ。そこで言われた象徴的行為とは実質的には『鎮魂』と『慰藉』のことです」(『街場の天皇論』東洋経済新報社)
鎮魂とは、さきの戦争で斃(たお)れた人々の霊を鎮めるための祈り。慰藉とはさまざまな災害の被災者を訪れ、彼らと同じように床に膝をつき、傷ついた生者たちに慰めの言葉をかけること。
天皇の「おことば」は、象徴という言葉が何を意味するか考え抜き、儀式の新たな解釈を提示した画期的なものだと内田はいう。
A級戦犯に送った追悼メッセージ
だが、この時も安倍官邸の対応は冷ややかだった。以前から、平和憲法を守ろうという天皇皇后に対して、主権在権(力)を目指し、いつでも戦争のできる「普通の国」にしようと、改憲をもくろむ安倍との確執は、見えないところで火花を散らしていたのである。
2014年、安倍はA級戦犯として処刑された元日本軍人の追悼法要に、自民党総裁名で追悼メッセージを送っていた。
連合国による裁判を「報復」だとし、処刑された者たちを「昭和殉教者」と慰霊する法要で、安倍は戦犯たち全員を「自らの魂を賭して祖国の礎となられた」と書いてあったという。
その2カ月後、皇后が80歳の誕生日前のコメントで、中学生の時A級戦犯に対する判決いい渡しをラジオで聞き、その時の強い恐怖を忘れることができない、その怖れは、「恐らくは国と国民という、個人を越えた所のものに責任を負う立場があるということに対する、身の震うような怖れであったのだと思います」。
私見だが、国や国民に対して責任を負うということは、どれほど身の震えるような重大なことか考えたことがあるのかと、安倍に向けていいたかったのであろう。
日本では、どうしても記憶しなければならないことが4つある
天皇はことあるごとに、「終戦直後よくいわれた平和国家、文化国家という言葉は私達の世代のものには懐かしい響きがあります。これをもう一度かみしめてみたい」(41歳の誕生日を前に)と語っている。
皇太子時代にも、「日本では、どうしても記憶しなければならないことが4つあると思います。昨日の広島の原爆、それから明後日の長崎の原爆の日、そして6月23日の沖縄の戦いの終結の日」。
それに終戦の日である。平和のありがたさをかみしめ、平和を守っていきたいと結んでいる。
激戦地サイパンを訪れた時も、「日本には昭和の初めから昭和20年の終戦までほとんど平和な時がありませんでした。この過去の歴史をその後の時代とともに正しく理解しようと努めることは日本人自身にとって、また日本人が世界の人々と交わっていくためにも極めて大切なことと思います」。
2015年には日本兵約1万人、米軍兵士約2000人が命を落としたパラオ共和国のペリリュー島を訪問して、悲しい歴史があったことを決して忘れてはならないと述べている。
中でも沖縄への思いは強く、何度も訪れている。1996年の記者会見では、「沖縄の問題では、日米両国政府の間で十分話し合われ、沖縄県民の幸せに配慮した解決の道が開かれていくことを願っております」。
生前退位の恒久化や皇室典範改正を無視
戦後70年にあたる15年1月の「ご感想」では、日本人のほとんどが忘れかけていることにまで言及したのだ。
「この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切だと思っています」
こうした発言を見ていけば、改憲には反対という姿勢が明確になる。それに反発している安倍官邸は、「おことば」で触れられている生前退位の恒久化や皇室典範改正を無視した。
安倍自民党の改憲草案では、天皇を「日本国の元首」としているが、内田にいわせれば、絶対的存在にして、「それと同時に国民から隔離して、その意思を伝える手立てを奪」い、傀儡として操作し、何をすべきかを決めるのは天皇ではなく、天皇へアクセスできる少数の者たちで、戦前のような「独裁制」をつくろうとしていると喝破する。
「陛下をトランプさんに会わせていいものか」
『週刊新潮』(11月30日号)は、9月に「皇后の乱」があったと報じている。
トランプ米大統領が来日した際、皇居に招かれて天皇皇后両陛下に会ったが、その調整が行われていた9月頭ごろ、美智子皇后が「陛下をトランプさんに会わせていいものか」という懸念を周囲に漏らしていたというのだ。
トランプ信奉者の安倍は、そんな話が今頃になって流れることに、「面白くない」と憤っていると新潮は報じている。
トランプと並んで写真を撮られ、その会話の中身や写真をツイートされ、「日本のエンペラーに会ったぜ! グレイト」などと書かれるのが心配だったようだ。
だが、トランプは国賓扱いではなく、公式実務訪問賓客という扱いになったので、宮中晩餐会を催し、両陛下がトランプと席を一緒にすることはなく、美智子皇后の心配は杞憂(きゆう)に終わった。
まだまだ天皇皇后と宮内庁VS.安倍首相という「犬猿の仲」は予断を許さないようだ。宮内庁関係者がこう語っている。
「陛下ご自身、『皇室の安定的な存続』や『象徴天皇のあり方』に頭を悩まされてきました。そこから、女性宮家創設や生前退位について前向きに検討するよう、折に触れて官邸へ“ボール”を投げて来られたのですが、安倍政権はそれを喫緊の課題と受け止めることはなかった」
日本国憲法第9条の最後の守護者
この日本国のトップのバトルの勝者はどちらになるのだろうか。
内田は、憲法を擁護する天皇と、現代憲法はみっともないから早く廃絶して、立法府、司法府を形骸化して、独裁体制をつくることにジタバタしている安倍首相では、「両者の語る言葉の重さの違い、国民に向かうときの誠実さの違いは、日本人なら誰でもわかると思います」と、安倍には全く分がないという。
私もそう思いたい。だが、残り時間の少ない安倍首相が、さきの選挙で得た議席数を背景に、「国難だ、国難だ」といい放ち、なりふり構わない改憲へ突き進む恐れなしとはしない。
天皇を日本国民統合の象徴としたのはアメリカで、日本人のあずかり知らないところで決められた。だが現在、日本人の多くは、天皇を平和の象徴として、日本国憲法第9条の最後の守護者として敬意を寄せていることは間違いない。
戦前を美化し、強い日本を取り戻そうなどといい放ち、日本を再び戦火の渦に巻き込もうとする安倍政権に対して、「ノー」を突きつけている天皇皇后を孤立させてはならない。
戦後一度も手にしたことのない「国民主権」なるものを自分たちの手でしっかりつかみ取り、安倍政権打倒はもちろんのこと、アメリカから日本の「主権」を取り戻すために何ができるのかを考える時である。
戦後初めてといってもいいだろう、天皇皇后から日本国民に突きつけられた難問を解く時間は、それほど残ってはいない。 
 
 

 
2017/12
 
安倍首相と天皇陛下 2015/6/5
ここのところ、安倍晋三首相の歴史観や首相が進める安全保障法制の整備、憲法改正を非難し牽制する意味で、天皇陛下や皇族方のご発言を政治利用する傾向が内外のメディアにある。陛下や皇族方が首相の示す方向に強い違和感をお持ちであるのに、首相はそれに背いてことを進めようとしているという内容だ。
『週刊文春』5月21日号は、5月1日付で侍従長が川島裕氏から河相周夫氏に交代したとする記事で、宮内庁担当記者の次のような弁を紹介している。
「天皇陛下を八年間にわたり補佐してきた川島さんは、退任会見で『象徴天皇』という言葉を繰り返し述べ、『ありがたい制度』と表現しました。今上陛下は、改憲して天皇を国家元首に変更しようとする現政権の動きに違和感を覚えているとも言われていますが、川島さんの発言は、象徴天皇制を維持すべきとする陛下のご意向を暗に代弁しているように感じられました」
どこの報道記者か知らないが、奇妙な発言だ。自由民主党の憲法改正草案(平成24年4月)は「天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」(第1条)と規定しているが、これは象徴天皇制を否定したものではない。天皇は現行憲法と同様に「象徴」と位置づけられている。直前に「日本国の元首」とあるが、これも天皇に政治的実権を与え、政治判断して頂こうというものではない。国家元首とはかつては行政権の主宰者というほどの意味であったが、今日では国家の対外的代表者という意味で落ち着いている。
現行憲法でも天皇は対外的代表者(第7条1号、5号、8号、9号、10号)だが、国家元首の規定を欠いており、学説や運用上の混乱をもたらしてきた。自民党案はそれを確認したものに過ぎない。違和感を覚えようがない内容だ。仮に陛下が違和感をお持ちであれば、自民党案の真意をご説明申し上げるのがメディアや宮内庁の役割ではないか。敢えて天皇陛下と安倍首相を対立させ、陛下に首相を批判させる役回りをして頂こうとの意図が窺える。
米紙『ニューヨーク・タイムズ』(電子版)は4月20日の社説で安倍首相の訪米について、その成否は「戦争遂行への決定、中国・韓国に対する野蛮な占領、大虐殺、戦時の売春宿で性奴隷ないし『慰安婦』として数千人の女性を強制的に働かせた奴隷制を含む戦時の歴史に安倍氏が誠実に向き合うかどうかにかかっている」「しかし、日本は過去の批判を拒否しようとするならば、広い役割を確実に果たすことはできない」として、次のように述べている。
「日本の明仁天皇と彼の家族が安倍氏を明らかに批判するよい例を示している。徳仁皇太子は将来の世代に『歴史が正しく伝えられていく』ことが必要と明言している」
意味不明の内容だ。皇太子殿下が、この社説がおどろおどろしく取り上げている「大虐殺」や「慰安婦=性奴隷」を史実として受け止め、それらが「後世に正しく伝えられることが必要」と述べられたような印象を与えるが、殿下は「大虐殺」「慰安婦」など一言も、おっしゃっていない。今年2月20日の記者会見で、戦後70年に当たって「戦争と平和へのお考え」を問われて「私自身、戦後生まれであり、戦争を体験しておりませんが、戦争の記憶が薄れようとしている今日、謙虚に過去を振り返るとともに、戦争を体験した世代 から戦争を知らない世代に、悲惨な体験や日本がたどった歴史が正しく伝えられていくことが大切であると考えています」と述べられているだけだ。また、次のような発言をされたにとどまる。
「先の大戦において日本を含む世界の各国で多くの尊い人命が失われ、多くの方々が苦しい、また、大変悲しい思いをされたことを大変痛ましく思います。 広島や長崎での原爆投下、東京を始め各都市での爆撃、沖縄における地上戦などで多くの方々が亡くなりました。亡くなられた方々のことを決して忘れず、多くの犠牲の上に今日の日本が築かれてきたことを心に刻み、戦争の惨禍を再び繰り返すことのないよう過去の歴史に対する認識を深め、平和を愛する心を育んでいくことが大切ではないかと思います。そしてより良い日本をつくる努力を続け、それを次の世代に引き継いでいくことが重要であると感じています」
「我が国は、戦争の惨禍を経て、戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ、平和と繁栄を享受しています。戦後70年を迎える本年が、日本の発展の礎を築いた人々の労苦に深く思いを致し、平和の尊さを心に刻み、平和への思いを新たにする機会になればと思っています」
ここに安倍首相に対する非難の言葉を探すのは難しい。先の大戦で多くの尊い命が失われたこと、その犠牲の上に今日の日本が築かれたこと、戦争の惨禍が繰り返されないようにしなければならないこと、これらは皇太子殿下のみならず、戦後に生きる日本国民共通の認識だ。安倍首相も同様だろう。『ニューヨーク・タイムズ』は首相を「右翼」「国家主義者」と決めつけ、歴史を直視せず、修正しようとして中学校教科書の記述を改めさせたと批判がましく書いている。そしてその安倍首相を苦々しく思っている存在として天皇陛下や皇太子殿下を登場させるのだが、明らかに無理がある。首相はこの社説が殊更に強調しているような慰安婦に関する国際的誤解を解き、史実に基づいたものに改善しようとしているだけだ。文字通り「歴史を正しく伝えよう」としている。社説はためにするものだ。
この傾向は日本のメディアにも見られる。朝日新聞出版の発行する週刊誌『AERA』5月4―11日号は、「天皇、皇后の平和と憲法に込める思い お言葉がいま際立つ理由」と題する記事で「集団的自衛権の行使容認が閣議決定され、戦争放棄をうたう憲法9条の改正も視野に入るなど、日本社会の右傾化が懸念されるなか、天皇、皇后両陛下の言葉こそ、平和の最後の砦のようになっている」とし、次のように締め括る。
「戦後70年を迎え、戦争を体験した世代が少なくなった。歯止めを失ったように、日本社会の憲法や平和に対する考え方は急速に変容している。本来、政治とは一線を画すはずの両陛下の言動が際立って見えてくるのは、その社会の裏返しにほかならないのだ」
安倍政権の下で日本社会が右傾化する中、本来であれば政治的発言を慎むべき立場にある両陛下が右傾化にブレーキを掛け、「平和」のために已むに已まれぬ思いで発言なさっているという筋書きだ。私は本誌昨年5月号のコラムで両陛下の憲法についてのご発言が政治利用される恐れを指摘して「違和感」を表明したことがあり、この記事でも「メディアに政治利用された」とコメントしている。