検閲 不都合な新聞広告 「●●」黒塗りします

朝日新聞 広告料が欲しい 
不都合な広告文字は 「●●」黒塗りします 
我慢できない不都合 広告料我慢 掲載拒否もします 
 
検閲します  ということは 
当然 新聞記事へも手心を加えます
 


朝日新聞「週刊新潮の広告」一部黒塗りで掲載へ
 
  
  
  
自称 リーディングペーパー 
弊社の検閲の物差しが 社会の物差しです
 
 
 
吉原 日本の文化 
従軍慰安婦 話題作り 外圧創りを旨とする
  
  
   
3.11 原発メルトダウン 
所員が原発から撤退 日本人非難を旨とする
  
  
  
パンとサーカスを充実 
ニュースも面白おかしく 
記事にするかどうかのサジ加減も 「●●
  
  
  
国策に迎合 
大昔に戻るか 
民に不都合な記事は 「●●

 
2014/9  
 
●朝日新聞、一部黒塗りで掲載へ週刊新潮の広告 (2014/9/4)  
「週刊新潮」を発行する新潮社は3日、朝日新聞から9月11日号(4日発売)で同紙を批判する内容の新聞広告について、一部を黒塗りにすると連絡があったことを明らかにした。朝日新聞は従軍慰安婦問題に関する報道を批判した先週号の週刊新潮について、広告の掲載を拒否していた。黒塗りになるのは「売国」「誤報」との文言。一方、従軍慰安婦問題の報道に関し朝日新聞を批判した先週号の広告を掲載拒否された週刊文春は、11日号(同)でも批判記事を掲載。発行元の文芸春秋は同紙から広告の黒塗りの連絡があったかについて「個別の案件で回答できない」としている。  
●朝日新聞、週刊文春と週刊新潮の伏せ字広告掲載 (2014/9/4)  
朝日新聞は東京本社発行の4日付朝刊で、同紙を批判する記事を載せた週刊文春と週刊新潮の9月11日号(4日発売)の広告について、一部の文字を伏せた状態で掲載した。名古屋本社と大阪本社発行の紙面でも週刊新潮の広告で伏せ字があった。対象となったのは、政府事故調査・検証委員会による東京電力福島第1原発・吉田昌郎元所長の「聴取結果書(吉田調書)」や、朝日新聞社元幹部の中国出張などに関する記事の見出しで、週刊文春では「不正」「捏造(ねつぞう)」、週刊新潮では「売国」「誤報」の文字が黒丸や白丸で伏せられていた。朝日新聞はこれまで、従軍慰安婦問題に関する同紙の報道を批判した先週発売の週刊文春と週刊新潮の広告掲載を拒否していた。  
 
朝刊の9面に載った『週刊新潮』の広告には、一部に「●●」と黒塗りでつぶされた箇所が。同誌では朝日を批判する特集を組んでおり、「売国ご注進」という箇所と、ノンフィクション作家・門田隆将氏のコラム「吉田調書”誤報”で朝日はもはや生き残れない」が問題視されたようです。また、11面の『週刊文春』の広告でも「美人秘書と中国●●出張していた若宮啓文前主筆」と黒塗りにされたと見られる箇所があります。 
●毎日新聞がサンデー毎日の広告「黒塗り」掲載 (2014/2/18)  
新聞紙面に載った週刊誌の広告の一部が「黒塗り」されることは珍しくないが、そのほとんどが性的表現に関するものだ。  
ところが、2014年2月18日の毎日新聞朝刊掲載の広告では「人し」という意味不明な単語が載った。しかもその広告は、自社で発行している「サンデー毎日」のもので、「自社の広告が『黒塗り』になる」という異例の事態だ。  
舛添氏の女性蔑視発言を特集 / 2月18日の毎日新聞朝刊に掲載された広告とサンデー毎日3月2日号の目次。「人殺し」の部分が黒塗りになっている  
毎日新聞に載ったサンデー毎日の広告では、一番右の目立つ部分に東京都の舛添要一知事の写真を載せ、「『任せていいのか』列島を覆う『二大』不安」「声に出して読むと恥ずかしい『舛添語録』」「『生理中の女は異常』『人しは女がうまい』」といった大見出しや小見出しを掲げた。  
実際に販売されているサンデー毎日の誌面でも同様の見出しを確認できる。当然ながら誌面は黒塗りになっておらず、広告の黒塗りの部分が「人殺しは女がうまい」だったことがわかる。  
記事では、舛添氏が過去に行った女性蔑視ともとれる数多くの発言を特集。その中に「これが舛添語録だ」というコーナーがあり、舛添氏が雑誌「BIGMAN」(世界文化社)1989年10月号で 「人殺しがうまいのも実は女の方なんですよ。たとえば、中国の動乱で、今の状況で3000人殺せば片付くといったら、ケ小平は弾圧を3000人でとどめるわけ。もし、女が指揮者だったら、カッとなってもっと多くの人民を殺していたかもしれない」と発言したことが紹介されている。この発言から見出しを取ったようだ。  
サンデー毎日のウェブサイトでも「人し」  
新聞に広告を掲載するためには、各社が定める「広告掲載基準」を満たす必要がある。毎日新聞社広告局がウェブサイトで公表している基準では、「全般規定」の項目の中で、「紙面の体裁をそこない品位を落とす広告表現、意図や目的が不明瞭な広告は掲載しません」と定めている。その一例として「公序良俗、社会道義、モラルに反する内容」「他者を誹謗しまたは中傷、冒涜する内容」が挙げられている。また、「人権」の項目には、「個人の信用・名誉を尊重しなければならないことは当然ですが、著名人の場合であっても度を超した表現については改稿を求める場合があります」とある。  
「人殺し」という表現は、これらの基準に抵触すると判断された可能性もある。ただ、広告局が表現を改めるように求めた結果の「黒塗り」なのか、サンデー毎日編集部が自主規制する形で最初から「黒塗り」の原稿だったのかは明らかではない。この点について、毎日新聞社社長室の広報担当者は「ノーコメント」。  
ただ、朝日新聞に掲載された広告や、サンデー毎日のウェブサイトに掲載されている中吊り広告でも「人し」となっている。真相は不明だが、広告審査でサンデー毎日ウェブサイトの書き換えが指示されるとは考えにくく、黒塗りは編集部の自主規制の可能性もある。 
●朝日新聞に文春の「黒塗り」広告東電社長人事「誤報」指摘に反発? (2011/5/26)  
読売新聞が東京電力次期社長の名前を誤報した問題が、週刊誌の広告に飛び火した。週刊文春が誤報の背景を解説する記事で、朝日新聞も同様に誤報をしたと指摘。これが朝日の反発を招いたのか、朝日新聞に掲載された文春の広告では、朝日の名前が「黒塗り」にされたのだ。  
朝日新聞は、広告の原稿を黒塗りされた状態で受け取ったと説明しているが、読売新聞に掲載された広告は、どういう訳か黒塗りされていない。  
「『西沢俊夫新社長』読売●●はなぜ間違えた」  
毎週木曜日の新聞各紙の紙面には、木曜日発売の週刊文春、週刊新潮などの広告がいっせいに掲載される。通常、両誌は朝日新聞と読売新聞には同じサイズで広告を出稿するので、同じ内容の広告が両紙に載るはずだ。ところが、2011年5月26日朝刊は違った。「『西沢俊夫新社長』読売朝日はなぜ間違えた」という見出しがあるが、これが朝日新聞では「『西沢俊夫新社長』読売●●はなぜ間違えた」と、いわゆる「黒塗り」の処理がされていた。  
文春の記事は、読売新聞が5月20日朝刊の1面トップで「東電社長に築舘氏」と題して掲載した記事が「想定外の大誤報」(文春)になった背景を報じたもの。読売新聞の記事では、「原発事故の責任を取って清水正孝社長(66)が辞任し、後任に築舘勝利常任監査役(69)を宛てる人事も固めた」と報じたものの、同日午後の決算会見では、西沢俊夫常務(60)が6月末の株主総会で昇格する人事が発表された。読売新聞は、5月21日朝刊1面に、「20日朝刊で『東電社長に築舘氏』との記事を掲載しましたが、誤りでした。おわびします」との「おわび」を掲載し、誤報を明確に認めている。  
だが、文春の記事では、朝日新聞も同様の誤報をしていたと指摘。記事では、「読売関係者」と名乗る人物が、読売の誤報の背景を「現場の記者は反発したものの、ある編集委員がネタを掴(つか)んで押し込んだようです。記事では東電の最終赤字が1.5兆円と書かれていますが、実際は1.2兆円」と解説する中で、朝日新聞についても、「実は、朝日も同日の夕刊で社長人事と赤字額を同じように間違えていました」と言及している。  
次期社長人事「誤報」と言えるかは微妙  
誤報を指摘された5月20日の夕刊(東京本社4版)を見ると、1面に掲載された「東電、赤字1.5兆円」という見出しの記事で、清水社長の退任の意向についても触れている。その中で、次期社長について、「後任には元副社長の築舘勝利常任監査役(69)、武井優副社長(61)らがあがっている」と、断定的な表現を避けてはいるものの、西沢氏ではない名前を挙げている。赤字の額は実際とはズレがあるものの、人事についての表現が「誤報」と言えるどうかは微妙だ。  
ある朝日新聞OBは、「誤報」とまで言われるのは心外だといった反発が、今回の「黒塗り」の背景にあるのでは、と推測する。  
もっとも、朝日新聞広報部では、「黒塗り」の経緯について、「お尋ねの広告は、広告主が作成したものです。内容については広告主にお尋ねください」と説明する。元々「黒塗り」された状態で広告が出稿されたとの主張だ。広告主といえば普通は文春を指すと思われる。文春は読売と朝日と別々に広告を作って出稿するという不思議なやり口をしたことになる。 
●「慰安婦」「吉田調書」偽りの謝罪 (2014/11) 
朝日新聞社が九月十一日、記者会見を開き東京電力福島第一原発事故をめぐり政府の事故調査・検証委員会がまとめた吉田昌郎元所長の「聴取結果書(調書)」に関する記事を誤りと認めて取り消しました。  
会見に臨んだ木村伊量社長は「所員の九割が吉田氏の待機命令に違反し撤退した」とする五月の報道を否定し「東電社員がその場から逃げ出したかのような印象を与える間違った記事になった」として記事そのものを取り消し「読者及び東電福島第一原発で働いていた所員の方々をはじめ、みなさまに深くおわびいたします」と述べました。  
私がまず気になったのは朝日新聞が誰に謝っているのかということでした。彼らはまず「読者と東電所員」に謝っています。しかしこの出来事の本質を考えると、まず謝るべきは日本国民全員だったのではないでしょうか。確かに東電と所員は朝日報道に直接巻き込まれて濡れ衣を着せられたわけですから、彼らへの謝罪は当然だと思います。  
しかし、朝日新聞の記事によって「福島の英雄」たちは実は怖くて逃げ出していたのだ、と世界中の外国のメディアは発信しました。今年四月に韓国で起こった大型旅客船「セウォル号」の転覆・沈没事故になぞらえ、「韓国のセウォル号に匹敵する責任放棄だ」と報じた外国メディアもありました。セウォル号では事故後、乗客を置き去りにして船長はじめ乗員が逃げたという失態が起きましたが、それと命を懸けて事態の収拾に尽くした「福島の英雄」が同列視され貶められたのです。これは日本人全体の名誉に関わる問題です。その意味で朝日報道の罪は重く、まず彼らは日本国民全員に謝罪すべきだったのです。
相変わらずの自己弁護  
記者会見を受けた翌日十二日朝刊を見ても言い訳と自己弁護は相変わらずでした。なぜこんなことになったのか、という経緯の説明では、機密を扱う記者の数を絞り込んだため、チェック機能が働かなかった─と説明しています。しかし、ジャーナリズムを掲げる新聞社としてこんな説明は通用しないでしょう。特ダネやスクープを手掛ける際、出来る限りの少人数の精鋭で、絞り込んで取材に臨むのが常だからです。  
ニューヨーク・タイムズを出し抜いてウォーターゲート事件をスクープした際、ワシントン・ポスト紙で核心を掴んで取材したのは二人だけでした。その二人が厳しい二重三重のチェックを互いに課しながら、情報の真偽を確かめ事実を確定し、積み上げてスクープをものにしたのです。そうした事例と比べると今回、朝日が「取材源を秘匿するため、少人数の記者での取材にこだわるあまり、十分な人数での裏付け取材をすることや、その取材状況を確認する機能が働かなかった。紙面掲載を決める当日の会議でもチェックできなかった」とした説明が如何にお粗末か。もしこれが本当なら朝日の記者は、たとえ精鋭であっても情報の真偽すら確認する能力を有しないということになります。  
朝日が「撤退した」と述べた東電職員は六百五十人にのぼり、福島フィフティーと呼ばれた人は実際には六十九人を数えました。だから総勢七百人以上の現場関係者がいることになる。ところが、ジャーナリストの門田隆将氏は、朝日は誰一人としてインタビューをしていないと指摘します。  
さらに記事の作成過程も問題だらけです。確かに吉田所長の調書には《私は、福島第一の近辺で、所内に関わらず、線量の低いようなところに一回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2F(福島第二原発)に行ってしまいましたと言うんで、しょうがないなと》という件が出てきます。  
しかし、その前後を読んで見ると、調書はこうなっています。  
《本当は私、2Fに行けと言っていないんですよ。ここがまた伝言ゲームのあれのところで、行くとしたら2Fかという話をやっていて、退避をして、車を用意してという話をしたら、伝言した人間は、運転手に、福島第二に行けという指示をしたんです。私は、福島第一の近辺で、所内に関わらず、線量の低いようなところに一回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに行ってしまいましたと言うんで、しょうがないなと。2Fに着いた後、連絡をして、まずGM(幹部)クラスは帰って来てくれという話をして、まずはGMから帰ってきてということになったわけです。いま、二号機爆発があって、二号機が一番危ないわけですね。放射能というか、放射線量。免震重要棟はその近くですから、これから外れて、南側でも北側でも、線量が落ち着いているところで一回退避してくれというつもりで言ったんですが、確かに考えてみれば、みんな全面マスクしているわけです。それで何時間も退避していて、死んでしまうよねとなって、よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです。いずれにしても2Fに行って、面を外してあれしたんだと思うんです。マスク外して…》  
つまり、吉田所長は2Fに行けと言っていないけれども、行くとしたら2Fかという話をした。それが、伝言ゲームのように2Fに行け、と伝わった。そこで幹部から帰ってくることにした─というわけです。  
朝日の記事ではこうしたくだりは悉く削られています。吉田所長は「考えれば2Fに行った方がはるかに正しい」─とも語っていますが、それも記事にはありませんでした。実際に1Fに戻って仕事をしている幹部もいました。逃げたのであれば戻っては来ないでしょう。最後まで読めば、誰もがわかる。なのに、朝日は吉田所長の「2Fに行った方がはるかに正しい」というのは事後的な感想に過ぎず、必ずしも必要なデータではないと考えて盛り込まなかったと説明しましたが言い逃れです。  
当時、原発の二号機が危機的な状況にあるという認識が吉田所長には強くありました。もし、ここでサブチャン(圧力抑制室)が爆発などしようものなら、強い放射能が拡散されてしまう。その時に第一原発の屋外などに職員がいようものならとても危険だ。第二原発に行った方が良かったと考えたわけでしょう。それが「(1F周辺で)何時間も退避していて、死んでしまうよね」という発言になったのです。  
一方で、今いる免震棟は屋外よりも一番安全な場所ではあっても食べ物も足りない、トイレもないという過酷な状況が続いていました。限界に近い状況のなかで、踏みとどまって頑張っている職員、主としてホワイトカラーの人達をこのまま残しておくのが妥当なのか。自分自身が撤退する気は毛頭無いが、必要な人数だけ残して、それ以外の人達は今のうちに安全なところへ退避させたほうがいいのではないかと考えて、決断するわけですね。  
調書には、最初四十人くらい行方不明者が出たと聞かされたとき「本当に行方不明になったら自分はここで腹括って死のう」と考えたという件がありました。吉田所長らは死ぬ覚悟をしていたのです。  
予想外の困難に命がけで立ち向かった人達に対して「逃げた」─それも所長の命令に違反して─という報道は人間的に許せない。朝日の記者の人間教育はどうなっているのか、とさえ考えてしまいます。反原発のためなら、人間の名誉や誠実さなどは無視しても良いのか、という思いもこみ上げてきます。何よりもまず全体状況を把握したうえでの判断がない。なぜか。それは自分達の思惑に沿って報道することを優先したからだと言わざるをえません。  
記事の取り消しが遅れた理由を見ても朝日の説明は狡猾だと感じました。他社は報道したけれども肝心の調書を全て持っていない。自分達は調書を持っている。だから自分達の判断が正しいという考えは変えずに訂正しなかった─というのです。  
吉田氏と事故調との間には調書を公開しないという約束がありました。政府には吉田氏との約束を守らなければいけないという思いが、当然、あるわけです。従って公開しないだろう、公開できないだろうから他社は入手出来ないだろう。従って朝日新聞の判断を出しても否定されることはないだろうと考えていたとしか思えません。その一方で紙面では政府に吉田調書を公開せよ、と突きつけているわけです。こうした姿勢は公正ではありません。尊大で狡い姿勢だと思います。
他人事で論じて欲しくない  
吉田調書をめぐる報道と慰安婦をめぐる報道は根本的にとてもよく似ています。ある特定の意図がまずあって、それに向けて見合った事実を当てはめていく─そのために公正な判断は後回しにされてしまうという共通点です。  
九月十四日付朝刊に星浩特別編集委員が「(日曜に想う)事実と正直に向き合いたい」と題して次のようなことを書いています。  
《政治記者の仕事は、取材でできるだけ多くのファクトを集め、寝る前の風呂に入る時に、日本の明日、一週間後、一カ月後、一年後、十年後がどうなるかを考える。それを毎日、更新していくことだ…(中略)…だから、今回の慰安婦問題と「吉田調書」報道の記事取り消しは、悔しくてしようがない。慰安婦問題の吉田清治氏の証言が事実かどうか、なぜもっと早く点検できなかったのか。吉田調書を、なぜ思い込みを捨てて淡々と読み込めなかったのか。池上彰氏のコラム掲載を見合わせたことも併せて、私たちは猛省しなければならない》  
星氏は今回の二つの問題を完全に自分とは切り離しているようです。「なぜもっと早く点検できなかったのか」とありますが、他人事のように言わないでほしい。朝日を代表するコラムニストがなぜ、これまで点検しなかったのか、というのが私達の抱く当然の疑問です。  
私自身の体験でいいますと、一九九六年秋に横浜で開かれた教職員の講演会で「慰安婦は強制連行ではない」と講演したことがありました。当時は朝日の主張がまかり通っていた時代で、かなり激しいバッシングにあいました。私の発言が正しいことは、今は広く認識されていますが当時はそうではなかった。事実をいっているのに散々叩かれ、排除される。慰安婦の強制連行は間違いない、日本が悪い、こうした方々を助け、賠償しなければならない。こういう主張が大手を振ってまかり通っていたのです。では、このように主張した人達は例えば秦郁彦氏の研究に目を通していたのか。事実は何かとまじめに考えてきたのか、といえば決してそうではありませんでした。  
秦氏の調査結果は九二年に、またその前に済州新聞の女性記者のレポートも明らかにされていました。私はそれらを読み「慰安婦は強制連行ではない」と確信し、その他の取材ももとにして発言していました。では朝日の人たちはどうだったのでしょう。「朝日新聞」という看板の影に隠れて、秦氏の研究などに真摯に目を通すことがなかったのではないでしょうか。星氏は「事実をできるだけ集めて考える」という記者としての教育を受けたそうですが、朝日がやってきたことはそれとは逆で一方の事実だけを集めて論陣を張っていたといわざるを得ません。
未だ謝罪なき慰安婦報道  
慰安婦問題についても記者会見で木村社長らは謝罪しました。しかし、この謝罪は記事を撤回することが遅れたことに対するお詫びに過ぎません。撤回したのは吉田清治氏の証言を取りあげた記事だけで、それ以外の記事に対するお詫びはありません。また八月五日と六日の両日に掲載された検証特集記事の中身について、会見では「自信を持っている」と述べています。国際社会の対日非難や日韓関係に与えた影響や禍根などは第三者委員会に委ねるということで、朝日自身の反省などは全く語られませんでした。特に批判を浴びている植村隆記者の記事には全くといっていいほど触れず、真摯な反省は伝わって来ませんでした。  
勤労女子挺身隊と慰安婦を結びつけた植村隆元記者の記事は意図的に「挺身隊は慰安婦ではない」という事実に目をつぶったとしか言いようがないものです。八月の検証特集記事で、朝日は、慰安婦について十分な学問的研究がなされていなかったと強調しました。しかし、あの当時生きていた韓国の人達は、勤労女子挺身隊と慰安婦が全くの別物だということは常識として知っていました。それは誰かに確認すれば簡単に確認できる類いの話です。吉田清治氏の吹聴した済州島の女性狩りもそうです。前川惠司氏のように朝日新聞にいながら自分が聞く限り、嫌がる女性を強制的に連れて行って慰安婦にした例は全くありません─といった記者もいたわけです。朝日社内でも強制連行はなかった、という意見があったわけです。そう考えると植村氏の報道は意図的な捏造だとしか考えられません。
報道ステーション検証の問題点  
同じ朝日系のテレビ朝日の報道ステーションは記者会見があった当日に慰安婦問題の特集を放送していました。朝日新聞が慰安婦報道で誤報を認め謝罪した─という内容でしたが、番組では名乗り出た慰安婦として金学順さんを報道していました。しかし、金学順さんが女子挺身隊と全く関係がなく、家が貧しく十四歳の時にキーセン学校に親から四十円で売られたこと、さらに十七歳のときにキーセン宿のオーナーによって日本軍のいる慰安所にまた売られたことなどは一切触れずじまいでした。  
彼女はそのことを訴状にも書いていましたし、一度たりとも「自分は女子挺身隊の一員だったが騙されて慰安婦として強制連行された」とは言っていませんでした。ここは朝日が作り上げた部分ですが、朝日新聞もテレビ朝日も頬被りしたままです。  
植村氏が挺身隊と慰安婦を結びつけ、強制連行したと書いた。このことがどのような感情的な反発を韓国側にもたらしたのか。これも記者会見で説明はありませんでした。小学校を卒業したくらいの女の子から二十代前半のうら若き女性達を強制連行して軍の慰み者にしたと書いたのですから、それが事実ならどこの国の人だって怒る話です。  
朝日新聞は今になって慰安婦問題は女性の人権問題であると言い始めています。確かにその通りです。慰安婦という存在を日本は未来永劫作らない、繰り返さない。繰り返してはいけないという思いはほぼ全員が共有しているといってよいでしょう。慰安婦として売られた貧しい女性達に対する同情もほぼ全員が共有しています。  
しかし、日本がこのことで責められる唯一の理由はそれが軍などによる組織的な強制連行だったということと、もうひとつは十二、三歳のいたいけな少女まで対象にしたという二点があるからです。これはいずれも朝日がつくり出した事実無根の─捏造と言っていいでしょう─物語によってもたらされたものです。そこのところを無視して女性の人権問題だというのは明らかに論点のすり替えです。  
女性の人権問題であるということは万人が認める話ですし、日本人は皆反省しているといっていいでしょう。ただ、女性の人権問題だという以上、中国や韓国、米国やドイツなどにも同じような話はあって見逃すことはできないはずです。占領中の在日米軍も然り。朝鮮戦争の米軍も、ベトナム戦争における韓国軍など、同じような話は少なくないわけで、同様に反省を求めていかなければ筋が通らない。日本だけが批判されるのは、紛れもなく朝日がつくり出した前述の二点が原因だと強調したいと思います。その種を蒔いた朝日は全く答えていないのです。  
朝日新聞は慰安婦を性奴隷だと規定したクマラスワミ報告は吉田清治証言だけで成り立っているのではない、という論法を取っています。これも自己弁護以外の何者でもありません。クマラスワミ報告の出発点も紛れもなく日本軍による強制連行と、挺身隊と慰安婦を混同したことに原点があります。  
朝日が審議を委ねるという第三者委員会にはどのような人が集められるのか。リベラルで朝日寄りの識者らが集められて朝日の「自己弁護」に利用されたり、都合の良い結論が導かれるようでは見識が問われることになるでしょう。
本末転倒の朝日報道  
ジャーナリズムにおいては事実を事実のままに伝えることが大事です。コップを上から見ると丸く見えるが横から見ると四角に見え、視点を変えて斜め上から見るとコップの全体像となる円柱に見える。このように、視点を工夫することで実態を言葉で伝えていくのがジャーナリズムです。  
しかし、朝日はそういう努力をしていないように思えます。むしろ、自分達の信じるひとつのイメージを故意に作り上げようとするのが、朝日新聞なのではないでしょうか。  
結論があって、そこに到達するために報道をしている感じがします。事実を伝えるよりも先にイデオロギーを伝える、そのために事実を活用している。どうしても本末転倒に思えます。  
私は先月号の座談会で朝日新聞のしたことは廃刊に値するといいました。その気持ちに変わりはありません。  
しかし、大事なことは廃刊が目的ではないのです。問うべきは十分な反省もできないで、きちんとしたジャーナリズムができるのか、ということなのです。  
はじめは英文も出していませんでした。後に会社のウェブで公表しましたが、朝日新聞は日本の名誉を傷つけたことをもっと真摯に受け止め「日本に批判が集中している慰安婦問題で、私達は致命的な誤報をしました。日本のメディアとして非常に恥ずかしいことだ」というメッセージを自ら世界に発信すべきだと思います。  
今、韓国では「右翼から攻撃されている朝日新聞を何とか助ける方法はないか」といった議論が起きているそうです。反日の旗を掲げる韓国メディアに擁護される朝日の姿が朝日問題を象徴しているようです。日本のメディアとして、朝日新聞の存在意義はどこにあるのかと問いたい思いです。  
池上彰さんの原稿掲載が中止になった─誰が見てもおかしな判断ですが─時、多くの朝日の記者が疑義を唱えたそうです。良いことですが、「では、疑義を唱えた朝日の人は慰安婦問題についてどう考えているのか」と思ってしまいます。  
三十二年間もの長期にわたって事実を正さずに頬被りできる感覚自体が新聞社としてどうなのか。吉田証言について事実に真摯に向き合えと朝日新聞は訴えてきました。その自分達は事実にこれほどの長期間、頬被りできる。そして今なお自己弁護に明け暮れている。「この新聞は果たして大丈夫なのか」という思いが強まるのは当然です。 
●朝日、社説や天声人語でも謝罪…吉田調書など (9/13)  
東京電力福島第一原発事故を巡り、所長の命令に反して所員の9割が原発から撤退していたとする記事を朝日新聞が取り消すなどした問題で、朝日は13日朝刊の社説や1面コラムで、改めてこの問題について触れ、それぞれ謝罪した。  
1面では、朝日が抗議書を送っていた新聞社や雑誌などに謝罪したことも明らかにした。また、「誤報」により誤った印象が海外に広まったことへの対応として、木村伊量ただかず社長名のおわびを、英語版に加え、韓国語、中国語にも翻訳し、外国語サイトに掲載した。  
社説では、原発事故の吉田昌郎まさお元所長(昨年7月死去)の調書に関する記事を過去の社説でも取り上げていたことを挙げ、「社説を担う論説委員室として、読者や関係者の方々にかさねて深くおわびします」と謝罪。いわゆる従軍慰安婦報道についても「1997年に一度検証をしながら、吉田清治氏の証言を虚偽だと断定し取り消せなかったのは、反証となる事実や異論への謙虚さが欠けていたからではないか」と記した。  
1面コラム「天声人語」でも謝罪。慰安婦報道について「池上彰さんのコラム掲載を見合わせたのは最悪だった」などとした。 
●朝日新聞「慰安婦」「吉田調書」…社長、誤報認め謝罪 (9/12)  
東京電力福島第1原発事故を調べた政府の事故調査・検証委員会(政府事故調)による吉田昌郎(まさお)元所長(故人)の聴取結果書(吉田調書)を巡り、朝日新聞が5月20日朝刊で「所員の9割が吉田氏の待機命令に違反し、福島第2原発に撤退した」と報じた問題で、同社の木村伊量(ただかず)社長が11日記者会見した。「その場から逃げ出したような間違った印象を与える記事と判断した」として記事を取り消すとともに謝罪。自身の進退にも触れ「私の責任は逃れられない。編集部門の抜本改革など道筋がついた段階で速やかに進退を判断する」と述べた。  
検証後「進退を判断」  
過去の従軍慰安婦報道について「慰安婦狩り」をしたとする吉田清治氏(故人)の証言を取り消すなどした検証記事(8月5、6日朝刊)で謝罪がなかったことなどに批判が出ていることについても、木村社長は「誤った記事で訂正は遅きに失したことを謝罪したい」と、この問題で初めて謝罪した。一方で、自身の進退を問う理由は「言うまでもなく吉田調書報道の重みだ」と述べ、慰安婦報道の問題より大きいとの認識も示した。  
会見は東京・築地の同社東京本社で行われた。木村社長らによると、吉田調書を巡る当初の報道では、調書に吉田元所長が「福島第1原発の近辺への退避を指示した」との証言があるのに加え、独自に入手した東電の内部資料には福島第1原発内の線量の低い場所で待機するよう指示したとの記述があったとして、福島第2原発への退避を「待機命令違反」と報じたと説明。ただし、この指示が所員に伝わったかどうかは、当時の所員から一人も取材で事実を確認できないままだったという。吉田元所長が調書で否定している「撤退」という言葉を記事で使ったことについては、「約10キロ離れた福島第2からはすぐに戻れないため『撤退』と表現した」と説明した。  
しかし、8月に入って他の新聞社が「命令違反はなかった」との報道を始め、社内で検証したところ、吉田氏の指示が多くの所員に伝わっていなかったことが判明したという。杉浦信之取締役編集担当は「当初は吉田氏の指示があったという外形的な事実だけで報道したが、所員が命令を知りながら意図的に背いて退避したという事実はなかった。秘匿性の高い資料で直接目に触れる記者やデスクを限定して取材を進めた結果、チェック機能が働かなかった」と釈明した。 
●韓国、速報はせず朝日新聞の慰安婦問題謝罪で (9/12)  
朝日新聞が11日、慰安婦に関する誤報について初めて謝罪し、日韓関係などに及ぼした影響に関しても検証する方針を明らかにしたことについて、韓国の聯合ニュースは速報で伝えず、事実関係のみを報じた。  
慰安婦に関しては敏感に反応する韓国メディアの対応としては異例といえる。  
朝日新聞が紙面で、慰安婦をめぐり「強制連行」があったとする過去の報道の一部を取り消したことについて韓国メディアでは、誤報そのものを問題視せず朝日新聞の釈明や主張を肯定的に評価しようとする報道が目立っていた。  
韓国政府も事実上、朝日新聞の「慰安婦報道」を対日外交における圧力材料として利用してきた経緯がある。朝日新聞の11日の記者会見に関して正式なコメントを出していないが、対応が注目される。 
●朝日新聞 誤報「痛恨の極み」…記事取り消し、異例の会見 (9/12)  
東京電力福島第1原発事故を調べた政府事故調の吉田調書を巡る朝日新聞の報道は11日、報道機関のトップが記事の取り消しと謝罪の記者会見を開く異例の事態に及んだ。会見に臨んだ木村伊量(ただかず)社長は「(報道がなければ調書が)世に知らされることがなかったと意義を大きく感じていただけに、誤った報道になり痛恨の極み」と口を真一文字に結んだ。【奥山智己、堀智行、関谷俊介】  
社長、報道陣200人を前に  
東京・築地の朝日新聞東京本社で開かれた会見には、報道陣約200人が集まった。  
会見には、編集担当の杉浦信之取締役と、知的財産・広報・ブランド推進・環境担当の喜園(よしぞの)尚史(ひさし)執行役員が同席。冒頭、木村社長が座って経緯を説明する文章を読み上げ、途中で3人が起立して「読者と東電の皆さまに深くおわびします」と6秒間頭を下げた。  
政府事故調が吉田昌郎元所長(故人)を聴取した調書を巡り、5月20日朝刊の1面トップで「所長命令に違反原発撤退」と報じた。記者の資質が誤報を招いたのではという質問に、木村社長は「チェック体制はどうだったか……」と一瞬言葉を詰まらせ、「第三者委員会だけでなく(いろいろ)検証し、委員会(の検討結果)を踏まえて結論を出したい」と述べた。  
所員が逃げ出したような印象を記事が与えたとの指摘には、杉浦取締役は「意図的ではない」と強調した。  
報道後、週刊誌などから「誤報」と指摘され、抗議してきた。しかし、先月に産経新聞などが吉田調書を入手し、朝日新聞の報道を否定する記事を掲載するようになってから記事の点検を始めたといい、喜園執行役員は「抗議の根底が崩れたので、抗議文は撤回します」とした。  
一方、過去の従軍慰安婦報道にも質問が集中。木村社長は厳しい口調で「8月5日付の検証紙面でおわびすべきだったと反省している」と話した。自発的な検証能力について問われると、「大変、厳しいご指摘だ。いろんなご批判を頂戴している。我々の立場は8月5日の紙面で示したが、さらに検証を続ける。自浄能力があったかどうかも、痛切な反省に立って検証していく」と語った。  
吉田調書と慰安婦問題の報道の影響による購買停止について問われ、喜園執行役員は「具体的にはこの場で申し上げないが、通常よりは多い」と明かした。  
池上さんコラム掲載問題…「編集担当に委ねた」  
記者会見では、ジャーナリストの池上彰さんの連載コラム「新聞ななめ読み」をいったん不掲載にした経緯について、杉浦信之取締役編集担当が「自分の判断だ」と述べた。  
ななめ読みは当初8月29日朝刊掲載予定で、池上さんが朝日新聞の慰安婦報道検証を取り上げたが、朝日新聞は前日に不掲載を決めた。杉浦取締役は「過敏に判断しすぎた。判断が間違っていた」と話し、下を向いた。  
木村伊量社長は「内容は朝日に厳しいものとの報告を受けたが、編集担当の判断に委ねた」と述べた。週刊誌記者から「木村社長の判断もあったのでは」と質問が出たが「私の指示ではない」と強い口調で述べ、改めて杉浦取締役が「私自身の判断」と言う場面もあった。  
記事のどの部分を問題視して不掲載としたかについても質問が飛んだが、杉浦取締役は答えなかった。  
朝日新聞は今月4日朝刊で読者へのおわびや池上さんのコメントとともに「ななめ読み」を掲載し、6日朝刊では市川速水報道局長名で、おわびと経緯を説明する記事を載せた。 
●「朝日が支えた『河野談話』を潰せ」 (9/11)  
『オックスフォード・ハンドブック国際法の歴史』(オックスフォード大学出版会)最新版の記述に、福井県立大学教授で「救う会」の副会長、島田洋一氏は驚愕した。  
「『奴隷売買者(slavers)』の項に近現代の代表例として日本軍の慰安所が記述されていたのです。オックスフォードの概説書は、国際法を学ぶ世界の研究者が参照する権威ある書物です。そこに慰安婦が現代の奴隷売買の唯一の例として記された。しかも、『当時奴隷制を禁じる慣習法はなかった』という日本政府の抗弁が卑怯な言い逃れだとばかりに脚注に書かれています」と島田氏。  
右の政府弁明は98年6月、国連人権委員会の「現代的形態の奴隷制」最終報告書、通称マクドゥーガル報告に際して行われたものだった。  
奴隷制は行動の自由も金銭的自由も与えず人間を物として扱う制度であり、慰安婦は断じてそれに該当しない。その点を曖昧にして、奴隷制を禁じる法律はなかったなどという的外れの説明は有害無益である。  
国益をかけて真実を主張する勇気もないこの無責任な弁明は、外務省と内閣府の男女共同参画局の共同作業から生まれたと考えられる。先の公務員人事で、男女共同参画局長に、武川恵子氏が就任した。一見地味に見える局だが、国際社会に発信するメッセージの作成に極めて重要な役割を果たす部署なのである。武川局長と外務省の動きを、歴史の事実と日本の名誉に関わる問題として注視し続けなければならないゆえんである。  
国際社会に広がった慰安婦の「強制連行と酷い扱い」での対日非難は、朝日が今日まで強力に支え続ける河野談話が基になっている。にも拘わらず、国内にはまだ、河野談話は見直すべきではないという考え方が少なくない。そう主張する人々には、国際社会で日本がどのように非難されているかをまず知ってほしい。  
荒唐無稽な話  
96年4月、国連人権委員会で採択されたクマラスワミ報告は河野談話を引用し、慰安婦を「日本軍の性奴隷制度」と断じ、これまた朝日が喧伝した吉田清治氏の体験談も多用している。共に信用出来ない河野、吉田両氏の談話と言説に依拠するクマラスワミ報告の生々しい記述は、何も知らない国際社会の善意の第三者を日本への憤怒の情に駆り立てた。  
そこには「連行された村の少女たちは非常に若く、14歳から18歳が大半だった」、慰安婦の個室の多くは「広さ91センチ×152センチ強」で「1日60人から70人の相手をさせられた」、「軍医は兵隊が女性たちに加えたタバコの火傷、銃剣の刺し傷、骨折などはほとんど診なかった」などと書かれている。  
朝鮮人の少女が抗議すると、「中隊長ヤマモト」が「剣で打て!」と命令し、「私たちの目の前で彼女を裸にし手足を縛り、釘の突き出た板の上に転がし、釘が彼女の血や肉片で覆われるまでやめなかった。最後に彼女の首を切り落とした」と、元慰安婦チョン・オクスン氏が証言している。チョン氏はさらにもう一人のヤマモトもこう言ったと主張する。  
「お前ら全員を殺すのは、犬を殺すより簡単だ」「朝鮮人女が泣いているのは食べていないからだ。この人間の肉を煮て食わせてやれ」  
性病の拡散防止のため、「殺菌消毒」として「少女の局部に熱した鉄の棒を突っ込んだ」、揚げ句、日本軍は「この守備隊にいた少女の半数以上を殺害」したとも語っている。  
こんな荒唐無稽な話は、日本人は誰も信じない。この種の行状は日本民族のそれではない。右の証言がチョン氏の体験に基づくとしたら、それは朝鮮民族や、陸続きで幾百年も朝鮮を支配した中華文化の反映ではあり得ても、断じて、日本人の行いではない。  
古来、日本人はどんな罪人に対しても、朝鮮民族や漢民族とは異なり、これ程野蛮な責め苦を与えたことはない。英国人女性旅行作家、イザベラ・バードは『コリアと近隣諸国』で朝鮮の刑罰を「残酷な鞭打ち、罪人は死ぬまで鞭打たれる」と描写した。朝鮮に長期間滞在し、李王朝の高宗と親交のあった米国人宣教師、H・B・ハルバートは「(鞭打ち刑には)巨大な櫂状の棒が使われ、猛烈な勢いで振りおろされて囚人の脚の骨を砕く」と書いた。  
朝鮮統治において日本人は朝鮮人の刑罰の凄惨さに驚き、罪人処罰の方法を緩和し、朝鮮統治開始から10年後の1920年4月には鞭打ち刑を廃止した。だが、国連報告は、日本人には考えられないおぞましいばかりの刑罰を、日本軍が子供のような少女たちに与えたと決めつけているのだ。この恥辱に私たちは耐えられるのか。  
だが、これとてクマラスワミ報告の一部にすぎず、同報告は英語圏の対日非難の序章にすぎない。  
諸悪の根源  
先に触れたマクドゥーガル報告は、クマラスワミ報告の2年後に出された。同報告は慰安所は「レイプ・センター」で、「奴隷にされた女性たちの多くは11歳から20歳」「毎日強制的にレイプ」「厳しい肉体的虐待」で「生き延びた女性はわずか25%」と明記、これは日本の「人道に対する罪」だと断定し、責任者を特定して訴追せよ、国連人権高等弁務官が乗り出し、他国も協力し、訴追の立法化を進めよと勧告した。  
朝日が吉田証言に頬かぶりを続けた32年間に、河野談話を確固たる拠り所として、最悪の状況が生まれたのだ。中国と韓国が手を結び、アメリカでの対日歴史戦が加速した。07年に米下院が採択した対日非難決議にも河野談話が引用された。オランダ、カナダ、EUの非難決議も同様だった。そしていま、ワシントンの保守系シンクタンク、ヘリテージ財団の上級研究員でさえ、「日本軍による女性の強制連行は事実」と主張する。  
8月29日には、サンフランシスコの中華街に、中国系住民らによって新たに慰安婦像を設立する準備が進行中であることが明らかになった。対日歴史戦で、韓国系団体を統合して中国が前面に躍り出たのだ。  
同じ日、国連人種差別撤廃委員会も慰安婦の人権侵害問題で最終見解を発表し、日本政府に元慰安婦と家族に誠実な謝罪と十分な補償をし、責任者を法的に追及せよと求めた。この最終見解を軽視して、またもや好い加減な弁明をしてはならない。その場合、日本は国連によって未来永劫、法的責任を問われることになる。外務省と男女共同参画局は、その恐ろしい程の深刻さを認識せよ。  
河野談話という日本政府の正式談話を取り消さない限り、私たちはありとあらゆる国際社会の非難を浴び続ける。正確な事実を発信して、たとえ幾年かかっても河野談話を潰さなければならない。当然、諸悪の根源である河野談話を支え続けた朝日も許されない。 
●いまだに慰安婦誤報を謝罪しない 朝日新聞幹部の責任問題に発展するから? (9/5)  
慰安婦問題の誤報を「謝罪すべきだ」とした池上彰さんの連載原稿については、朝日新聞は、掲載拒否の誤りを認めて謝罪した。しかし、慰安婦誤報そのものについては、いまだに謝罪がないのはなぜなのだろうか。  
「過ちを訂正するなら、謝罪もするべきではないか」。拒否から一転掲載された池上彰さんの連載「新聞ななめ読み」では、朝日新聞の慰安婦報道検証記事についてこう苦言を呈した。  
世論の7割「誤報が日本の評価を貶めた」  
朝日新聞は、検証記事で、吉田清治氏が慰安婦の強制連行を証言したとする一連の報道に誤りを認め、それらを取り消した。池上さんは、これに対し、遅ればせながら過去の報道を朝日が自己検証したことを評価した。「裏付けできなければ取り消す。当然の判断です」として、朝日が報道を訂正したことも支持している。  
しかし、そこに謝罪の言葉がなかったことについては、「せっかく勇気を奮って訂正したのでしょうに、お詫びがなければ、試みは台無しです」と嘆いた。  
さらに、池上さんは、検証記事そのものも不十分だったことを強く指摘した。それは、産経新聞が1992年に吉田証言に疑問を呈したとき、朝日は証言の裏付けがないことに気づいていながら、そのときになぜ訂正・謝罪をしなかったのか、についての検証がなされていないからだ。  
朝日が今になって訂正したことについては、「遅きに失したのではないか」と厳しく批判している。  
慰安婦報道の誤りが長年放置されたことについて、読売新聞の世論調査によると、国際社会における日本の評価に「悪い影響を与えた」と思う人が71%にも達している。それだけ不満が強いわけだ。  
にもかかわらず、木村伊量(ただかず)社長ら朝日の幹部が誤報したことすらいまだに謝罪しないのはなぜなのか。92年ごろの時点で訂正しなかった理由について、検証作業で分からなかったのか。  
名誉棄損による集団訴訟の動きが出る?  
こうした点について、朝日新聞社の広報部に取材すると、次のようなコメントが返ってきただけだった。  
「読者にお伝えしなければならないと判断した事柄については、当社の紙面や朝日新聞デジタルでお知らせします」  
謝罪しない理由については、憶測の範囲を出ないものの、経済学者の池田信夫さんはブログで、「それは謝罪したら、木村社長の進退問題になるからだ」と指摘した。池上彰さんの原稿問題に至っては、社内からはツイッターでの批判を超えて責任を問う声まで高まっていると報じられており、さらに謝罪しづらい雲行きになっているのかもしれない。木村伊量社長が記者会見して説明するのも、ハードルが高そうだ。  
とはいえ、報道の誤りを放置したことの責任を問う声は、社外からも確実に高まっているようだ。  
週刊新潮の2014年9月4日発売号によると、法曹やマスコミの関係者から朝日に対して集団訴訟を起こそうという動きが出てきた。慰安婦の強制連行があったかのような誤報による名誉棄損で損害賠償などを求めるというのだ。記事では、10〜20人の新聞購読者からなる原告団を結成し、1年後にも訴訟を起こすことを検討しているとする。さらに、100万人単位で補助参加人の署名を募ることも考えているという。  
ネット上では、日本軍兵士らの遺族らの被害を訴えれば、十分訴訟になるのではないかとの声も出ている。 
●「反省なき朝日のダブル吉田ショック」 (9/4)  
「朝日新聞」が「ダブル吉田ショック」に見舞われている。責任あるメディアとして朝日がこのダブルショックから立ち直るには、相当の覚悟と努力が要るだろう。  
吉田ショックの第1は、慰安婦問題の元凶、吉田清治氏の虚偽発言だ。日本軍が女性たちを強制連行し慰安婦にしたという事実無根の捏造を吹聴した吉田氏を、朝日が大きく取り上げ、その嘘を実に32年間放置した。嘘は韓国や中国に利用され、アメリカで慰安婦像の建造が続く中、遂に朝日は8月5、6日、吉田証言は虚偽だった、記事16本を取り消すと発表した。32年間の頬かぶりの末に、虚偽だと認めざるを得なかった。これが第1の吉田ショックである。  
第2の吉田ショックは、東京電力福島第一原発の吉田昌郎元所長と東電社員らにまつわる歪曲報道の発覚である。  
朝日は5月20日、非公開の政府事故調査・検証委員会による吉田所長の調書をスクープし、朝刊1面トップで「所長命令に違反、原発撤退」「福島第一所員の9割」などの見出しで報じた。「11年3月15日朝、第1原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第2原発へ撤退していた」との内容だ。  
命令違反と断じた根拠として朝日は、「本当は私、2F(福島第2)に行けと言っていないんですよ。福島第1の近辺で、所内にかかわらず、線量が低いようなところに1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが」という吉田所長の証言を引用している。  
2面では、「担当記者」の木村英昭氏が「再稼働論議、現実直視を」として「暴走する原子炉を残し、福島第一原発の所員の9割が現場を離脱したという事実をどう受け止めたら良いのか」「吉田氏は所員の9割が自らの待機命令に違反したことを知った時、『しょうがないな』と思ったと率直に語っている」と書いた。  
朝日報道で評価一変  
「命令違反」で「現場を離脱した」無責任な東電社員や下請け企業の従業員らが動かす原発など信用出来ない、再稼働は許さないという強い意思が読みとれる。  
同じ紙面の他の記事も、「待機命令に反して所員の9割が第二原発へ撤退」という表現を繰り返し、しかし、東電はこうしたことを報告書に記さなかった、「幹部社員を含む所員9割の『命令違反』の事実は葬られた」と報じている。  
朝日報道は、国際社会の評価を一変させた。原発事故に対処した人々はそれまで、困難なミッションに果敢に立ち向かった勇気ある人々として世界中で賞賛されていたのが、「実は逃げていた」「福島の原発は日本版セウォル号だった」などと蔑まれ始めた。  
こうした中、8月18日、「産経新聞」も調書をスクープし、朝日報道を真っ向から否定した。「『全面撤退』明確に否定」「命令違反の撤退なし」など、朝日とは正反対の見出しで報じたのだ。  
吉田所長に長時間取材して『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP研究所)を書いた門田隆将氏は、現場を取材すれば、命令違反で所員が逃げるなどあり得ないとわかると強調する。  
過日、雑誌『正論』誌上での鼎談で氏はこう述べた―「NHKにしても共同通信にしても原発に食い込んでいる記者、ジャーナリストは一発で朝日報道が嘘だとわかっていました。現場の人たちはもちろん、そうです」。  
同じ吉田調書に基づきながら、なぜ両紙の報道は正反対になるのか。産経を読むとその理由が明らかになる。朝日は吉田所長の発言の一部しか伝えていなかったのだ。たとえば、朝日が引用した前述の「本当は私、2Fに行けと言っていないんですよ」の発言の後、吉田所長はこう質問されている。  
―所長の頭の中では1F(福島第1)周辺で(退避せよ)と……。  
吉田所長は次のように答えた。  
「線量が落ち着いたところで一回退避してくれというつもりで言ったんですが、考えてみればみんな全面マスクしているわけです。何時間も退避していては死んでしまう。よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しい」  
2Fの選択を正しいと評価しているではないか。所長は憤然と語る。  
「逃げていないではないか、逃げたんだったら言えと。本店だとか官邸でくだらない議論をしているか知らないですけども、現場は逃げていないだろう」  
所員が自分の命令に違反して撤退したなどとは、所長は全く考えていない。それどころか繰り返し、彼らの勇気を讃えている。3号機の爆発直後、所員を危険な現場に送り出さざるを得なかったときのことだ。  
「注水の準備に即応してくれと、頭を下げて頼んだ。本当に感動したのは、みんな現場に行こうとするわけです」  
日本人非難を旨とする  
朝日、産経両紙の詳細な報道を読めば、どう見ても、吉田証言を途中で切って命令違反だと結論づけた朝日よりは、吉田証言の全体像に基づいて命令違反はなかったとした産経のほうが信頼出来る。  
朝日の手法は歪曲報道の典型である。全体像の一部を切り取って、そこだけを拡大して報道すれば、事実とかけ離れた内容になり得る。この種の歪曲はしてはならないと、記者は早い段階から通常は教わるものだ。  
政府はこれまで吉田調書を非公開としてきたが、2つの新聞が既に報じたことから、9月にも全文公開に踏み切ると発表した。  
命がけで危険な作業を担った所員を不当に貶める朝日報道の実態は産経報道が明らかにしたと思うが、調書全面公開で朝日の歪曲報道はより鮮明になる可能性がある。朝日にとって第2の吉田ショックであろう。  
2つの吉田証言を巡る朝日流報道に共通するのは、日本を不当に貶めていることだ。事実を出来る限り公正に報ずるというメディアの責任を放棄して、日本と日本人非難を旨とする反日イデオロギーに凝り固まっているのではないかとさえ疑わざるを得ない。  
さて、もうひとつの吉田所長の重要証言にも注目したい。彼は、巨大地震に襲われてから津波が押し寄せるまでの56分間、1Fの原発には水漏れも機器の損傷もなかった、異常が発生すれば警報が鳴るが、それもなかったと明確に語っている。これは、国会事故調査委員会(すでに解散)の田中三彦元委員など一部の人々が、地震で配管が破断したと主張してきたことを全面的に否定するものだ。1Fは地震にも耐えられなかったとして原発反対を唱える人々の主張は、現場にいた吉田所長の証言によって否定されたわけだ。政府の吉田調書全面公開を待ちたいと思う。 
●「福島第一原発の「吉田証言」で「朝日」と「産経」が全面対立」 (8/30)  
3・11で福島第1原子力発電所所長として過酷な現場を指揮した吉田昌郎氏の調書をめぐって、「朝日新聞」と「産経新聞」が正反対の報道をした。「朝日」は5月20日、「所長命令に違反原発撤退」の大見出しで、「所員の9割に当たる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロメートル南の福島第2原発へ撤退していた」と報じ、「産経」は8月18日、「命令違反の撤退なし」の見出しで朝日を全面否定した。  
生前の吉田氏に長時間の取材をした門田隆将氏が、朝日報道が国際社会に投げ掛けた波紋について語った。  
「朝日報道の結果、国際社会のメディアは福島第1で命懸けで働いた人々は実は逃げていた、『福島原発事故は日本版セウォル号だった。職員の9割が無断脱出』(韓国、エコノミックレビュー)などと非難し始めました。朝日はなぜ事実を曲げてまで日本をおとしめたいのかと考えてしまいます」  
非公開の吉田調書を独自入手した上での両紙の報道がなぜ、これほど違うのか。「幹部社員を含む所員9割の『命令違反』の事実」(「朝日」5月20日朝刊2面)はあったのか否かを焦点に、両紙の報道を比べてみる。  
朝日が命令違反が起きたとしたのは2011年3月15日のことだ。11日に大地震と大津波が起き、12日には1号機が水素爆発した。14日には3号機が爆発した。そして2号機も危機的状況に陥ったのが15日午前6時すぎだった。指揮本部の免震重要棟からも脱出しなければならないときだと判断した吉田氏は「各班は、最少人数を残して退避!」「(残るべき)必要な人間は班長が指名」と大声で指示した(門田隆将『死の淵を見た男』PHP研究所)。結果、職員の多くが第2原発に移った。朝日はその場面に関する吉田証言を以下のように報じた。  
「本当は私、2F(福島第二)に行けと言っていないんですよ。福島第1の近辺で、所内にかかわらず、線量が低いようなところに1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに着いた後、連絡をして、まずはGM(グループマネージャー)から帰ってきてということになったわけです」  
これらが朝日の「所長命令に違反原発撤退」という見出しになり、「幹部社員を含む所員9割の『命令違反』」があった、東京電力はこの事実を隠し続けていたとの報道になった。  
他方、「『全面撤退』明確に否定」の見出しで、朝日報道を否定した産経は、前述部分の吉田証言をより詳細に以下のように引用している。  
朝日が報じた「線量が低いようなところに1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが」の段落の後に、吉田氏は続けて次のように語っていたというのだ。  
「線量が落ち着いたところ(場所)で1回退避してくれというつもりで言ったんですが、考えてみればみんな全面マスクしているわけです。何時間も退避していては死んでしまう。よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しい」  
2Fならマスクなしで体を休めることも可能だ。2F退避の判断は正しかったと言って職員を評価し、命令違反との認識など毛頭ないではないか。  
吉田氏は、「撤退」という言葉は「使いません、『撤退』なんて」と言い、「本店から逃げろというような話は」と問われ「全くない」とも明言した。  
氏が「撤退」と言ったかのように非難した菅直人氏らについて、「アホみたいな国のアホみたいな政治家、つくづく見限ってやろうと思って」と反発し、菅氏を「あのおっさん」「馬鹿野郎と言いたいですけども。議事録に書いておいて」とも語っている。  
ここまで読めば、慰安婦問題と同じく、朝日はまたもや事実を歪曲したと言われても弁明できないだろう。朝日も主張するように、政府に、吉田調書の全面公開を求めたい。 
●「不都合な史実に向き合わない『朝日新聞』は廃刊せよ」 (8/28)  
8月5、6日の紙面で、「朝日新聞」は吉田清治氏(故人)の「慰安婦強制連行」の証言を虚偽とし、関連記事を取り消すと発表した。  
世紀の大誤報を報じた朝日の紙面から伝わってきたのは、しかし、反省なき自己弁護だった。5日の1面、「慰安婦問題の本質直視を」と題した杉浦信之編集担当の主張が、朝日の利己的視点を余すところなく伝えている。  
氏は、「『慰安婦問題は朝日新聞の捏造だ』といういわれなき批判」が起きていると書いた。事実はその真逆で、いわれなき批判を浴びているのは、過去と現在の日本人と日本国である。このままいけば、恐らく未来の日本人も日本国も、いわれなき批判を浴びせられ続けるだろう。被害を受けているのは日本国民と日本国のほうで、朝日ではない。  
杉浦氏は「慰安婦問題は朝日の捏造」ではないと言うわけだが、果たしてそうか。同問題で日本が世界中から非難され始めたそもそもの理由は、日本政府や軍が組織的に女性たちを強制連行したとされたからだ。日本非難の最大の根拠、女性たちを「強制連行」したと書いたのが朝日だった。軍命で部下と共に済州島に行き、泣き叫ぶ女性たちを強制連行したという吉田氏を1982年、最初に紹介したのも朝日だった。以来、16回も吉田氏について報じたそうだ。その一部、92年1月23日夕刊の「窓・論説委員室から」のコラム、北畠清泰氏の一文だ。  
「吉田さんと部下、10人か15人が朝鮮半島に出張する。総督府の50人、あるいは100人の警官といっしょになって村を包囲し、女性を道路に追い出す。木剣を振るって若い女性を殴り、けり、トラックに詰め込む」「国家権力が警察を使い、植民地の女性を絶対に逃げられない状態で誘拐し、戦場に運び、1年2年と監禁し、集団強姦し、そして日本軍が退却する時には戦場に放置した。私が強制連行した朝鮮人のうち、男性の半分、女性の全部が死んだと思います」  
歴史に無知蒙昧  
包囲、木剣、監禁、集団強姦、その果てに女性全員の死。恐ろしい証言だ。事実なら、絶対に許されない。  
しかし、右記事の約3年前の89年8月14日に吉田証言は出鱈目だと、韓国の女性記者・許栄繕氏が済州新聞で述べていた。にも拘わらず、朝日は92年に前述の記事を掲載したのだ。  
このあとすぐ、4月30日には秦郁彦氏も現地取材に基づいて吉田証言は嘘だと産経新聞に書いている。  
ところが朝日はその翌月、5月24日にまたもや吉田氏の韓国への「謝罪の旅」を懲りもせず報じたのだ。  
「1942年(昭和17年)、『山口県労務報国会下関支部』の動員部長になり、国家総動員体制の下、朝鮮人を軍需工場や炭鉱に送り込んだ。朝鮮半島に船で出かけては100人単位でトラックに詰め込んだ。3年間で連行、徴用した男女は約6,000人にのぼり、その中には慰安婦約1,000人も含まれていた、という」  
80年代に当の韓国現地新聞が嘘だと断じた吉田氏の主張を、90年代になっても、恰も事実であるかのように朝日は伝え続けたわけだ。だがそれだけではない。  
『週刊新潮』が96年5月2・9日合併号で吉田氏を追及し、証言は嘘だったという告白を引き出した。吉田氏は語っている。  
「秦さんらは私の書いた本をあれこれ言いますがね。まあ、本に真実を書いても何の利益もない」「事実を隠し、自分の主張を混ぜて書くなんていうのは、新聞だってやることじゃありませんか」  
本人の告白を受けてからは、朝日は歯切れが悪い。97年3月31日の紙面で、吉田氏が済州島で女性205人を無理矢理連行した、とする本を出版したことに触れて、「この証言を疑問視する声が上がった」、しかし、「真偽は確認できない」とするにとどめている。強制連行の「生き証人」、吉田氏を温存し続けたいという朝日の切望が滲み出ていると思うが、どうか。  
それにしても、朝日人士は揃いも揃って歴史に無知蒙昧なのだろうか。日本統治下において朝鮮半島の警察官の多くは朝鮮人だった。吉田氏が語った100人規模の警官は、実際に動員していればその殆どが朝鮮人警察官のはずである。彼らが、同胞の女性たちが木剣で叩かれ強制連行されることを許すはずがない。それがどれほどあり得ないことかを、朝日人士は見抜けなかったのか。  
「職業的詐話師」と秦氏が喝破した吉田氏の嘘を、2014年までの32年間、事実上放置した朝日は、その間、捏造の「強制連行」説の拡散を黙認したと言われても仕方がない。朝日批判は「いわれなき」どころか、十二分の証拠があるのである。  
杉浦氏は朝日元記者への「名指し」の「中傷」についても主張しているが、これも受け容れられない。件の元記者、植村隆氏は、91年8月11日、挺身隊と慰安婦を結びつけて報じた張本人だ。当時は研究が不十分で、両者を混同した「植村氏の記事には意図的な事実のねじ曲げはない」と朝日は主張するが、到底信じられない。その詳細は8月7日号の本誌当欄で詳述したので、そちらを参照してほしい。  
壮大なすり替え  
杉浦氏は、慰安婦問題の本質は女性たちが「自由を奪われ、女性としての尊厳を踏みにじられたこと」だとも書いた。たしかに慰安婦の女性たちは本当に気の毒だ。二度とこのようなことは繰り返さないと日本国民は決意している。しかし、日本が非難されているのは、軍と政府が女性を強制連行したとされているからだ。その強制連行説を吉田氏が捏造し、朝日が報道して32年間実質的に放置した。それがすべての始まりである。  
だが、いま、朝日は軍の強制連行から、普遍的価値としての女性の尊厳へと壮大なすり替えを行っている。  
誤魔化しは好い加減にすべきであろう。杉浦氏の言説に見る論点ずらしは、朝日全体の特徴でもあろうか。8月13日の社説「戦後69年歴史を忘れぬ後代の責務」は、昨年8月15日の全国戦没者追悼式での安倍晋三首相の演説への批判だった。朝日社説子は、首相が「アジア諸国への加害」に触れなかったことに関して、「不都合な史実には触れない」「歴史書き換えの一歩が潜んでいるのではないか」と批判した。  
この言葉こそ、朝日新聞に相応しい。朝日は自社の報道が生み出した「不都合な史実」に向き合うべきだ。朝日が持ち上げた吉田証言は96年、国連のクマラスワミ報告、07年、アメリカ下院の対日非難決議などで証拠として採用され、国際社会における対日非難の土台となっている。  
史実を曲げてまで日本を深く傷つけた朝日は、全力で国際社会に事実を伝えたうえで、廃刊を以てけじめとすべきだ。きちんとけじめをつけられないとすれば、朝日再起の道は、本当にないだろう。 
●“慰安婦誤報”を32年間放置したメディアの死に弔辞を送る (8/26)  
「朝日新聞が死んだ」──8月5日、6日両日の紙面で従軍慰安婦問題について、連日2面にわたる“遺言記事”を掲載し波紋を呼んでいる。32年前に慰安婦問題の火付け役となった証言を偽証と位置づけ、世紀の大誤報であることをようやく認めたのだ。日韓関係の悪化に拍車をかけたメディアの死に何を思うのか?  
弔辞  
まさかこんな形で、朝日新聞が、大マスコミの看板を下ろす日が来るとは思いもよりませんでした。あまりにも急な別れで、言葉もありません。  
忘れもしません。8月5日に突然、「慰安婦問題を考える」と題して、慰安婦報道に寄せられたさまざまな疑問の声に答えたのが、最後の言葉でした。あなたは過去に、“慰安婦問題の先鞭”として、強制連行に直接、携わったという吉田清治氏の証言を、82年9月2日大阪本社版朝刊で紹介しましたね。  
「済州島で200人の若い朝鮮人女性を『狩り出した』」  
というセンセーショナルな見出しとともに、吉田氏の証言を掲載。トータルで16回にわたって、広く慰安婦問題を世に訴えかけました。  
〈(朝鮮)総督府の五十人、あるいは百人の警官と一緒になって村を包囲し、女性を道路に追い出す。木剣を振るって女性を殴り、蹴り、トラックに詰め込む〉  
〈吉田さんらが連行した女性は、少なくとも九百五十人はいた〉  
こうした発言は世界に発信され、韓国は、今も既成事実として、日本に謝罪と賠償金を求めています。  
ところが、この期に及んで、読者に向けてこのように説明しましたね。  
〈吉田氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します。当時、虚偽の証言を見抜けませんでした。済州島を再取材しましたが、証言を裏付ける話は得られませんでした〉  
なぜ32年間も外交問題に発展した発言を検証もせず放置してきたのでしょうか?理解に苦しみます。  
それもこれもあなたの頑固な性格が招いてしまったのかもしれません。90年代には、周囲の指摘に耳を貸さず、「挺身隊」と「慰安婦」の違いを混同したこともありましたね。  
〈太平洋戦争に入ると、主として朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した。その人数は8万とも20万ともいわれる〉(92年1月11日付)  
これも20年以上が経過してからようやく釈明したのですから、あなたらしいやり方と言えます。  
〈女子挺身隊は、戦時下で女性を軍需工場などに動員した『女子勤労挺身隊』を指し、慰安婦とはまったく別です。当時は、慰安婦問題に関する研究が進んでおらず、記者が参考にした資料などにも慰安婦と挺身隊の混同がみられたことから、誤用しました〉  
最後まで謝罪をせずに“誤用”と言い切るのですから、その意固地ぶりには脱帽です。  
91年8月11日の朝日新聞大阪本社版では、元朝日新聞の植村隆記者が韓国の支援団体が聞き取りした元慰安婦の体験談を、録音テープを聞いただけで、  
「思い出すと今も涙元朝鮮人従軍慰安婦戦後半世紀重い口開く」  
という“スクープ記事”に仕立て上げたこともありましたね。  
かつて「クオリティペーパー」と言われていたあなたの発言は、常に世論をリードしてきました。今でも販売部数760万部を誇り、その影響力は国内外に絶大なものがあります。  
あなたがこれまで16回も吉田証言を取り上げたことで、慰安婦問題は韓国でも広く知られるようになり、韓国政府や慰安婦支援団体は、「天下の朝日新聞」に背中を押されて、「外交問題」として日本に痛烈な抗議を展開しています。  
今では韓国内だけではなく、米国にまで慰安婦像が設置され、「日本軍が強制連行して性奴隷にした20万人の婦女子が慰安婦に──」などという大風呂敷を広げた主張が碑文に盛り込まれ、世界中に喧伝されています。  
93年には日本軍による強制連行を裏付けるような文書は発見できなかったにもかかわらず、元慰安婦へのおわびと反省の意を表して、政府は河野談話を発表しました。96年の国連人権委員会のクマラスワミ報告では、慰安婦制度を「性的奴隷制」と指摘されましたし、日韓両国の中学歴史教科書にも、「慰安婦強制連行」が書き加えられて、子供たちは日本軍の“非道行為”を学びながら育ちました。  
創刊から135年、「社会の公器」としての役割を終え、どうか安らかにお休みください。合掌 
●「慰安婦報道を22年放置した朝日新聞は廃刊し謝罪すべし」 (8/23)  
8月5、6両日、「朝日新聞」が自社の慰安婦報道を検証し、報道の一部は虚偽だったとして、記事を取り消す旨を発表した。日本軍や政府が女性たちを強制連行したという慰安婦報道のいわば旗振り役だった「朝日」の検証はしかし、極めて不十分で責任逃れの感を否めない。  
「朝日」の主張を支えてきた柱の一つが吉田清治氏(故人)の、軍命によって済州島に出掛け「女の狩り出し」を命じたという「告白」証言だった。  
この話は、しかし、1992年3月には現代史家の秦郁彦氏が現地調査で虚偽であることを報じている。にも拘わらず、「朝日」はその後、今日まで吉田証言を放置し、約22年後のいま、ようやく取り消したのである。  
この間、「朝日」の慰安婦報道には私も、西岡力氏ら少なからぬ人々も批判や反論を展開してきた。そうした批判に頑なに背を向け、22年間放置したことの説明はない。  
もう一つ、「朝日」があまりにも長い間、頬かぶりした問題がある。植村隆元記者の記事である。氏は91年8月11日の「朝日新聞」(大阪版)で「日中戦争や第二次大戦の際、『女子挺身隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』のうち、一人がソウル市内に生存」という記事を書いた。  
同記事は慰安婦として名乗り出た女性についてのスクープだったが、挺身隊が慰安婦にされたという内容が韓国世論を激しく刺激しないはずがない。  
女子挺身隊は主として15歳から24歳までの女性が構成する真面目な勤労奉仕隊である。慰安婦とは何の関係もない。にも拘わらず、植村氏は両者を結び付けた。  
氏の記事を具体的に想像してみよう。中学を卒業したばかりの少女から20代前半までのうら若い女性たちを外国の軍隊が戦場に連行し、売春を強制したということだ。これでは世論が怒りで沸騰するのは当然である。  
時間がたつにつれ恐ろしいほどの悪影響を及ぼした事実誤認を書いただけでなく、植村氏の記事には極めて重要な、決定的ともいうべき情報が欠落していた。その重要情報の欠落は状況から判断して意図的と言われても弁明出来ないのではないか。  
前述の記事で氏が報じた女性は、記事が出た3日後の8月14日にソウルで実名、金学順を明らかにして記者会見し、「生活苦のために14歳で母親にキーセンの検番に40円で売られた。3年後、17歳で検番の義父に、また売られ、日本の軍隊のある所に行った」と語った。彼女は同年12月6日に日本政府を訴えた。東京地方裁判所に出した訴状にも家が貧しく14歳でキーセンになったと書いている。  
植村氏は上の提訴から約20日後の12月25日、金氏の大きなインタビュー記事を再度報じた。  
「日本政府を相手に提訴した元従軍慰安婦・金学順さん返らぬ青春恨の半生」との見出しが躍るこの記事でも金氏が親に売られた事実は書かれていない。  
親に売られた気の毒な身の上に同情しない人は居ないが、そのことと日本軍による強制連行は無関係だ。記者会見および訴状から、彼女は挺身隊とは無関係だ。にも拘わらず、植村氏はこの2つの点に全く触れていない。訂正記事も出していない。  
「朝日新聞」は同件をどう説明したか。当時は女子挺身隊と慰安婦は混同されており、植村氏も誤用したと書いている。「朝日」のこんな説明を受け入れるわけにはいかない。  
かつて、文藝春秋社はユダヤ人ホロコースト問題で雑誌「マルコポーロ」を廃刊にした。「朝日」の慰安婦報道の罪深さを考えれば「朝日」こそ廃刊し、日本人だけでなく韓国国民にも謝罪すべきである。その上で新たな陣容で新しい新聞を立ち上げるのがメディアの良心というものだろう。 
●「不都合な真実に頬かぶりする朝日」 (8/7)  
「朝日新聞」の綱領には「不偏不党の地に立って言論の自由を貫き」、「正義人道に基いて国民の幸福に献身し」、「真実を公正敏速に報道」するなどの美しい言葉が並んでいる。  
だが同紙の慰安婦報道を検証すれば、綱領は誇大広告の域を超えた虚偽声明に思える。朝日が「国民の幸福に献身し」、「真実を公正敏速に報道」した事例はどこにあるのかと問わざるを得ない。  
朝日の慰安婦に関する誤報と、それを指摘されても訂正しない頑なな姿勢こそが、過去、現在、未来の日本国民を不名誉と不幸の淵に追いやるのである。韓国人を激怒させた挺身隊=慰安婦という報道の誤りを幾度指摘されても、朝日は未だに訂正せず、頬かぶりを続ける。  
このような朝日によって、シンクタンク「国家基本問題研究所」(国基研)の意見広告が事実上の掲載拒否に遭っている。  
6月20日、政府は河野談話作成経過に関する検証報告を発表したが、同報告は、詳しく読めば読むほど不十分な内容だった。そこで国基研は、さらなる検証が必要で、河野洋平氏と談話作成に深く関わった内閣外政審議室長らを国会に招致し、説明を求めるべきだと考え、「『河野談話』の検証はまだ終わっていません」と題する意見広告を作成した。  
同広告の主旨は以下のとおりだ。  
慰安婦問題を巡って「セックススレーブ(性奴隷)20万人」という事実無根の中傷が世界中に広まっており、検証はなされて当然だった。  
しかし、その内容は、河野氏と外務省の謝罪外交の失敗を覆い隠すものであり、これでは、汚された日本人の名誉は回復されない。  
平成4年1月の訪韓で、宮澤喜一首相は8回も謝罪したが、その時点で慰安婦強制連行の有無を政府は調べていなかった。  
「私は女の狩り出しを命じた」(吉田清治氏)というありもしない証言と朝日新聞の誤報で激高した韓国世論におもねって、政府はその場しのぎで謝った。  
国益と名誉を回復するために、談話作成に責任を負う河野氏と外務省関係者の国会での説明が不可欠だ。  
「スペースがない」  
読売、朝日、毎日、産経、日経の全国紙5紙に右の意見広告掲載を国基研が申し入れたのが7月4日だった。朝日を除く4紙は7月17、18、19日のいずれかに広告を掲載した。ところが朝日だけ、7月29日現在、掲載に至っていない。  
その間の7日に、朝日から国基研宛に質問状が届いた。意見広告の文中に1「平成4年1月の訪韓で、宮澤喜一首相は8回も謝罪」、2「朝日新聞の誤報で激高した韓国世論」とあるが、裏付け資料はあるかとの問いだった。  
国基研は、1 については「平成4(1992)年1月18日の朝日が報じている」と回答した。同日朝刊のコラム「時時刻刻」で朝日自身が、宮澤喜一首相が「『謝罪』『反省』に8回も言及した」と明記している。  
2 についてはこれ以上ないほど、確かな証拠がある。当欄でも複数回指摘したが、植村隆記者が、平成3年8月11日、ソウル発の記事で慰安婦とは無関係の女子挺身隊を慰安婦と結びつけて以下のように報道した。  
「日中戦争や第二次大戦の際、『女子挺身隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』のうち、1人がソウル市内に生存していることがわかり、『韓国挺身隊問題対策協議会』が聞き取り作業を始めた」  
植村記者が取り上げた右の女性がその3日後、ソウルで記者会見した。彼女は金学順という実名を公表し、生活苦のために14歳で親に売られたと語った。  
金学順氏は、勤労奉仕の若い女性たちで構成する挺身隊とは無縁の人だ。従って、彼女が女子挺身隊として戦場に連行された事実はあり得ない。そもそも、女子挺身隊の若い女性たちが連行され慰安婦にさせられた事実は、一例もない。全くない。にも拘わらず、貧しさ故に親に売られた金学順氏を材料にして、植村記者は日本と日本軍を貶める偽りを報じたのだ。この誤報を朝日は社説及び天声人語で取り上げ、拡散した。  
国基研はこのようなことを指摘して朝日の問いに答えた。すると、パタリと音沙汰がなくなったのである。意見広告掲載について他紙との事務手続きが進む中で、朝日だけがなしのつぶてとなった。  
そこで国基研が問い合わせると、「(国基研の希望する)7月17、18の両日は広告スペースがない」との回答だった。国基研は、いつでもよいからスペースがある時点での掲載を希望する旨伝えたが、7月29日現在、朝日からの連絡はない。恐らく、これからもないのであろう。朝日は事実上、掲載を拒否したのである。これを世間では頬かぶりという。  
まるで朝日と双子  
それにしても、世界には同類がいるものだ。アメリカのリベラル紙「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)も都合の悪い事実を指摘されると、朝日同様、頬かぶりする。  
米ジョージタウン大学教授のケビン・ドーク氏は、今年3月2日のNYTの社説に反論を送った。社説は「安倍氏の危険な修正主義」との題で、安倍首相が「南京大虐殺」を否定し、慰安婦への謝罪をご破算にするつもりだと非難する内容だった。  
これらは事実でない。そこでドーク氏は、1安倍首相は南京大虐殺を否定していない2一国の首相に対してこのような事実誤認の非難は許されない3安倍首相の発言や、首相が象徴するものは、近隣諸国とりわけ中国を戸惑わせるかもしれないが、軍事行動を取っているのは日本でなく中国である4日本は60年以上、民主主義を貫く信頼に値する国だ─などと書いて投稿した。  
3月10日、NYTから質問が届いた。氏の文章の後に、「それでも彼(安倍首相)は(放送作家でNHK経営委員の)百田尚樹氏と共著を出版し、共著本で百田氏は南京大虐殺は捏造だと語っている」とつけ加えてもよいかというのだ。何が何でも安倍首相を「歴史修正主義者」として貶めたいとの意図が読みとれる、姑息な手法である。  
「百田氏の見解は首相と無関係」としてドーク氏が拒否したのは当然だった。しかし、これっきりNYTからはなしのつぶてとなったのだ。  
NYTは日本政府から抗議を受けて、小さな、そしてどう見ても不十分な訂正記事は出したが、ドーク氏の投稿に関しては無視が続いた。そこでひと月余り後、氏が問い合わせると、「投稿を掲載するスペースがない」と回答してきた。まるで朝日と双子のようだ。  
自らの嘘や事実誤認に頬かぶりする恥知らずのメディアが、洋の東西を問わず跋扈していることを心に刻みたい。