炎天

収束の見られない コロナ感染拡大
怖い 外出自粛

炎天 猛暑
室内も30度 頭が眩む 気力も失せる

台風9-11号 3個
日本を冷やしに来てくれそうだ

 


炎天
 0102030405060708091011121314151617181920・・・
 2122232425262728293031323334353637383940・・・
 41424344454647484950515253545556575859・・・
炎昼
 0102030405・・・
 
 
 
 
 

 

●炎天
太陽の日差しが強く焼きつけるような空のこと。夏の風物詩として季語にもなっている。炎天下は炎天の下(もと)、つまり焼き付けるように強い太陽の日差しの下という意味であり、炎天とは異なり地上の状態を指す表現である。なお、「炎天下の下(もと)」や「炎天下の中」は重複表現である。
(「えんでん」とも) 仏語。欲界の第三重天。夜摩天(やまてん)。燃えるように暑い盛夏の空。また、その天気。炎日。《季・夏》。田氏家集(892頃)中・夏日納涼「夏日閑居要二竹榭一、炎天暑服愛二蕉紗一」 〔孔融‐雑詩〕。
夏の焼けつくような空・天気。「炎天下」《季 夏》「―の空美しや高野山/虚子」  
 1

 

炎天に母仕度せり鵜飼ひ舟
炎天を網代に組んでゐたりける
炎天の砂丘の果に海を置く
原点があり炎天に杭があり
炎天の仕舞ひわすれし画架白し
   炎天に尾を突きさしてやんま翔つ
   炎天の一番下を乳母車
   炎天に立ちゐて何かやり過す
   炎天下十字架まつり地鎮祭
   炎天に清められたる起工式
聖水をもて炎天の地を鎮め
司祭出で土地の祝福炎天下
炎天に虚子記念館起工せり
炎天や虚子鎮座ます鍬入るる
地の神も鎮まり炎天下のみそぎ
   炎天といへど嬉しや起工式
   炎天下てふもかしこみ起工式
   炎天の少女雀斑さらしをり
   炎天来て明治初年のヒ(けら)を前
   炎天や猫ノラのおん名はノモヒデオ
すべて知る眼や炎天の一野犬
炎天は獣の舌の這うごとく
炎天の正午に生れた女の子
会者定離炎天を来て風に逢ふ
電話口より炎天に呼び出さる
   炎天やうり坊六匹乱入す
   炎天の車軸に立てば見ゆるもの
   炎天下原爆ドーム罅育つ
   ビルとビルつなぐ炎天八十歩
   皆同じ心に集ふ炎天下
炎天や羽化の白さのタージ・マハル
炎天に立つクレーンの音刻む
炎天を噛みつくごとく馬来たる
注連切つて鉾の炎天開きたり
炎天より垂れきて蜘蛛の糸なりき
   炎天を直視す若き伝道者
   火葬より他は炎天にでも置くか
   炎天に出るを戸惑ふ着るもので
   炎天の沈黙破る救急車
   炎天の大樹戦ふごとくあり
化粧して後は野となれ炎天へ
炎天を家庭の事情ということば
炎天をふくらんでくるぽぽポパーイ
炎天へ手足さしこむように行く
炎天へ手足落として来たような
   鷺飛んで炎天撓ふ川の上
   炎天のこれ以上もう歩けぬぞ
   炎天の大穴に砂落ちにけり
   炎天の鳩求愛の忙しさよ
   旅の途のワインに酔へり炎天下  
 2

 

球児らに炎天力与へけり
炎天に紛れぬやうに髪結ぶ
喪の帯をしめ炎天を怖れざる
遺訓めく炎天の地を行くことは
炎天の人形焼買ふ浅草寺
   これだけはままにならぬと炎天下
   ぼそぼそと悔み云ふなり炎天下
   炎天に立ち止り自己確かむる
   虚子の見し炎天の如色ガラス
   炎天を甚平鮫の泳ぐかな
ランボオの忌ぞ炎天に立ちくらむ
燃え始め脳かも知れぬ炎天下
炎天を来て一岳の威と対す
炎天下焼香といふわかれかな
炎天の電車都会を逃げてゆく
   出てすこし胸張るこころ炎天下
   御柱街道炎天の下ひたつづく
   炎天のすべり台から異星人
   「ケイタイ」で呼び戻さる炎天の往診医
   炎天下八角の朱南円堂
炎天下埋めむための穴を掘る
全快す大炎天へ枕干し
炎天や胸に杭打ち込まれおり
炎天よりドタリと手足投げる猫
炎天の鋸屑たまる製材所
   赤ちゃんが先頭切って炎天へ
   炎天をいるかの顔ですたすたと
   むきだしの肩で難波へ炎天へ
   炎天にほどよく濡れし象の鼻
   急く足に影まとひつく炎天下
炎天のゴリラは内弁慶である
炎天の負け牛空を見て退る
責め道具見て炎天にもの言はず
炎天を歩いて来たる黍団子
炎天のはじまる朝日上りくる
   炎天や運動場を横切つて
   炎天や空のうしろで輪がまわる
   炎天に歯医者の器具のひんやりと
   炎天に港湾道路続きをり
   業平のあらはれきたる炎天下
炎天の一歩に拾ふ車かな
恋文と古靴燃やす炎天に
マングローブの花の流るる真炎天
炎天やアレキサンドル・ロムの像
闘牛の牛炎天へ引き出され
   炎天から降り来たりし籠梟
   炎天の饒舌に人遠くなる
   炎天や顔の真赤な子が歩く
   炎天や少年は目を研ぎ澄まし
   炎天やリンガに眼ありにける 
 3

 

炎天下息荒くゆく僧ありて
散歩するひとことしゃべり炎天に
炎天や家族総出のペンキ塗り
しらこゑを放つ家あり炎天下
炎天や音のなかりし兎小屋
   赤松の幹炎天に曲りをる
   炎天のビル歪みわれ揺れてをり
   炎天の碑映すコンパクト
   炎天を来て鳥たちの水飲み場
   拡げゆく墓地炎天になるほかなし
ものの影みな懐に炎天下
炎天を突き刺す鉄路匂ひをり
真炎天完璧ならぬ獄の塀
炎天来て茶粥御膳に渇癒やす
炎天を抜け切れず消ゆ渓こだま
   炎天下出ものはれもの落着かず
   炎天や産気づいたる犬がゐて
   炎天や用事があれば出掛けたり
   炎天に手かざして読む遊女塚
   蟻は餌を吾は炎天に影を曳く
退院の荷なれば軽し炎天下
炎天に鍵掛け詩人の家ひそか
修道女現れて炎天清々し
炎天を舞ひて鴎の影もたず
炎天やサンバリズムで孫来たる
   鍛冶場出て火の酔さます炎天下
   炎天の影曳きてゆく遍路杖
   手賀沼のあをこひしめく炎天下
   炎天や鏡の前の空いてをり
   炎天に方向音痴なりしかな
みな同じ貌して着きぬ炎天下
目より塩噴くかも知れぬ炎天下
炎天に奥美濃の山立ちあがり
右ひだり傾ぐ炎天盥舟
炎天のいのちに水をまゐらせむ
   炎天のゴンドラに硫黄匂ひくる
   炎天へ再び藤棚より出づる
   炎天や命あるもの二三翔ぶ
   炎天をゆらゆら姉の歩み来る
   炎天の札所の隅に海女の墓
炎天の大佛の髪なほ巻きて
書展出て炎天のうす墨の色
炎天やふんばつてゐる大鳥居
炎天をキリンの素直さ持ち歩く
雀等の炎天によく話し込む
   炎天下来るたび母の墓ちぢむ
   川風が炎天少し遠ざけて
   廃材を運ぶ炎天子は鎹
   炎天をまっさかさまに尾長の死
   炎天となる一隅の雲たぎち  
 4

 

炎天をあるけば老のしみじみと
炎天を来て老僧のひとりごと
炎天下思はぬ知らせに言葉なく
炎天や軽鳧の逃るる橋の下
海神の作炎天に放置せる
   まなこより人はわとろへ炎天下
   人幅に覗く炎天草田男忌
   炎天の入口幽らし一歩出づ
   炎天に鴟尾の鎮もる真田庵
   炎天やわたしは象の影の中
炎天へ扇神輿を揺さぶれり
炎天下ものともせずに句碑を尋む
炎天をこぼれて青き松葉かな
ゆがみつつ近づく列車炎天下
人文字のきびきび変はる炎天下
   どうしても読めぬ句碑あり炎天下
   炎天の百壱才の黄泉の路
   炎天下庭木に鳥も鳴かずなり
   炎天や踏切りの音響きをり
   炎天へ一歩踏み出す深呼吸
炎天に鉄材下ろす地の響き
炎天や唸りを上げて草刈機
仏舎利塔出て炎天によろめきぬ
炎天は百丈岩の上にあり
妻遙かにて炎天を分ち合ふ
   炎天を来しわが影も意地通す
   炎天に脳細胞が融けてゆく
   切札を使ひ果して炎天下
   真炎天夫淡々と癌告ぐる
   炎天の一路つらぬく熔岩原野
師の影がゆく炎天の男坂
炎天を来て荷崩れのごとく坐す
一点を見て炎天の冥きかな
炎天を来て影もなくバスを待つ
球場のドーム真白し炎天下
   一塵もなき炎天でありにけり
   炎天行く眼差しに足追ひつかず
   炎天や雇用促進寮の建ち
   炎天を一列の僧ふり向かず
   駅前も駅前通りも炎天下
炎天に聲なし木津川の長堤
鋭角や炎天に透く鳶職のひと
炎天のどれも無口に六地蔵
真炎天花車めく霊枢車
誰か逸れる炎天のフォークダンス
   炎天や蝶の頭の中は水
   炎天を帰りて顔を取り戻す
   炎天がすは梟として存す
   炎天の西より入る高野山
   炎天へ深い柄杓が立ててある  
 5

 

炎天に妻の魂ただよえる
炎天下ガラス一枚隔てたる
炎天をふるさと便と正露丸
炎天にして墨壺の置かれあり
集ふことこの炎天の下にさへ
   太陽を怖れ炎天怖れざる
   若き日は二度と帰らず炎天下
   炎天に放り出されし朝散歩
   炎天を来て炎天をないがしろ
   炎天に立つ所得し師弟句碑
黄鐘の鐘炎天にひゞきたる
炎天より戻りきゆつくと刃物研ぐ
炎天におはぐろとんぼ迷ひ来し
炎天や三里の灸の煙立つ
炎天を行くやわが影剥がしつつ
   跨がりし馬上炎天どかとあり
   炎天の真白きビルに見下ろさる
   炎天の奈良まち当てもなく歩く
   炎天や荷よりも重き影をつれ
   炎天や金色となる風の道
炎天下のつぺらぼうとなり通る
炎天に農の一念草毟る
炎天や大河の口に砲を据ゑ
炎天の突端に佇ち青飛沫
炎天の街の歪みに迷ひ込む
   炎天下青紫蘇の葉を噛みつ行く
   炎天に荒刃研ぎ出す八ヶ岳
   炎天を来てみづいろの無菌室
   炎天に掘りゐし穴を埋め戻す
   炎天の悪の華なり金閣寺
炎天や荷台にむすぶ赤き布
真炎天泥炭燃えて煙幕めく
ガウディ家の炎天の土間ふと暗し
雲一つなき炎天の地に立てり
炎天下勝つも負くるも校歌かな
   炎天や武蔵の遺墨遺品見て
   炎天の寺炎天をまぬがれず
   炎天の原爆ドーム骨だらけ
   炎天下音立て歩く砂利の道
   炎天やぐにゆぐにゆ曲るフラミンゴ
炎天やもの食ふ音はきりんの子
炎天を歩く覚悟の旅であり
炎天を棒のごとくに歩きけり
わだかまり融けてしまひぬ炎天下
炎天を来て仰ぎたる合戦図
   炎天の鴉は羽を落しけり
   炎天の一本道を影ひとつ
   炎天に出る装身具みな外し
   炎天に銀の鏡のすべり台
   炎天に下馬の立札猛々し  
 6

 

炎天をゆく矍鑠の歩幅かな
炎天を截りひらきたる羽音あり
白炎天竹百幹の觸れ合はず
炎天やバックミラーに歪む街
炎天にひびく槌音風一陣
   炎天の影のそれぞれ動きをり
   蟻の影ことごとく絶え炎天下
   茅淳ノ海鋼びかりの炎天下
   高級車並め炎天の精養軒
   炎天を来て沢音に近づけり
炎天の山門の幅くぐり出づ
わが影の濃きに躓く炎天下
炎天を来てまなうらを白くせり
炎天の真ン中に太陽のあり
炎天に疼いて来たる釣り心
   炎天や鴉木つ端をふりまはし
   炎天秋風疊の上も山河なり
   炎天にかしづくごとく畑の婆
   青炎天正面にある姫路城
   炎天下釣りする人の動かざる
一瑕瑾なき炎天を讃美せり
炎天や僧形消えて道残り
炎天の芯の暗さやくすり噛む
炎天のそしらぬ顔の残りをり
炎天の辻に真白き犬ねまる
   炎天をゆきて古書肆の陰に入る
   炎天の船なき沖を眺めゐる
   炎天に並ぶ羅漢の石頭
   炎天の雀ほそりて遠くとばず
   大釜に湯の滾りゐる炎天下
炎天へ有線放送ゆうせん人の死を告ぐる
炎天下波郷の墓に風添へて
炎天の波郷の墓の低きかな
炎天を貼りつけてゐし潦
炎天下人見知りする児に泣かれ
   野の涯を見据ゑ炎天行くばかり
   ゆつくりと炎天になつてゆく時刻
   炎天を手拭ひとつ花を売る
   炎天の坂老体を振り絞る
   炎天や芯まで翳る憩ひせん
炎天の川窪ませて飛込めり
お国替への玉串捧ぐ炎天下
寺町の寺探しゐる炎天下
火葬場を出て炎天に影もなし
炎天の無煙火葬場荒涼と
   炎天の火葬相剋相容れず
   炎天下球追ふ人も見る人も
   砂時計めく炎天の砂丘かな
   餌を咥へ炎天鴉鳴かずなる
   炎天に練習船の出航す  
 7

 

炎天や汲みて重たき神の水
炎天の大字小字よりメール
炎天やリユツクはみだす高野槙
いつよりか炎天怯む二と覚ゆ
炎天を来て公園の蛇口かな
   炎天や絞つたかたちのままのおれ
   炎天を刺身ぶら下げ夫戻る
   炎天を怯ませてゐる赤子の声
   炎天を駆けて光の筋となる
   火を焚いてゐる炎天の小漁港
炎天に古稀矍鑠とゴルフかな
釣鐘のぶ厚き縁や炎天下
只今只烏賊一杯の真炎天
人の影もつともくらし炎天下
炎天や肩の力を抜けといふ
   對岸の遙かの聲を炎天に
   炎天の馬が運べる畊運機
   炎天の萎縮してゐる影法師
   シースルービル炎天に立つてゐる
   炎天のエーデルワイス石に影
炎天に立ちし柱の二、三本
炎天を自転車で来し人迎ふ
炎天の屋根シーサーの大目玉
炎天の朴の葉そよりとも揺れず
炎天を眺めて膝の笑ひけり
   炎天を自転車の来て去りてゆく
   炎天に暖房が利き出す車
   淺草に舟であがりぬ炎天下
   炎天下弁慶の像見得を切る
   炎天を来て人悼む酒呷る
炎天に影持つものは影を持ち
真炎天人倚らしむる松の影
植ゑ替への葱の干さるる真炎天
石一個断固と座り炎天下
炎天や老いて喪服を涼しげに
   少女寂ぶ影炎天のはしにおき
   炎天の色なきほのほ文を焼く
   炎天の予防接種に行くといふ
   炎天の窓を背に上司われを呼ぶ
   炎天のわが影われを蔑むか
炎天に犀の鼓動を感じをり
炎天に買ひ来し水のちやぷちやぷす
炎天へ無言の塔の林立す
炎天やあなどりがたき狸坂
東京の街の黙すや炎天下
   炎天に真つ赤な路面電車行く
   炎天や脚立の下の大薬缶
   炎天や一途に座る百度石
   炎天の牛舎の外に黒長靴
   炎天下電線埋設工事中 
 8

 

炎天や大桟橋に不死男句碑
炎天より男が覗く小町井戸
炎天を来て提出の書類不備
電柱の影に先客真炎天
真炎天悟りきつたる顔になり
   炎天や走れば乗れるバスの距離
   炎天や棘の鋭き枝払ふ
   衛兵の毛皮帽子よ炎天下
   炎天の葱死んだふりして生きる
   炎天をやうやくバスに拾はれし
誰もゐず炎天首にガーゼ巻く
即身仏観て炎天に目をつむる
炎天の宙に電工身を晒す
炎天へ重き扉を押しにけり
アスフアルト六十二度の炎天下
   炎天下潤してゆくシースルー
   炎天や身巾二つの沈下橋
   炎天や女男の瓦の静もれる
   自転車の相撲取ゆく炎天下
   炎天を来し路地裏に赤子泣く
炎天を来て飴玉に労られ
ライダーは死神を連れ炎天下
炎天や子の反抗の幼くて
炎天の何処へも寄らず還暦来
炎天へ出でずと決めて深息す
   炎天下モデルのやうに歩み来る
   炎天へ出づる覚悟の化粧かな
   挨拶の喪主の影なき炎天下
   炎天の橋によろめく山鴉
   炎天に負けてはならぬ母達者
炎天や少しつめたき耳の穴
眞炎天鉛のやうな影踏みて
炎天をこもり木石にもなれず
炎天に鐘無き半鐘台聳ゆ
炎天のこめかみきゆつと締まりけり
   間延びして鴉の鳴けり炎天下
   炎天下人は黙して去りゆけり
   炎天を来て黒白の記憶のみ
   炎天下ウインドーには老い写る
   どうせ見るなら炎天のコロシアム
白衿の白を盾とし炎天下 ほんだゆき
炎天やぱらり立読む「バカの壁」
椰子の実を房ごと売れり炎天下
火の国の火の山の今炎天時
炎天下晴後曇一時雨
   雨の江戸発ちて炎天下の尾張
   炎天に出でて一人の影つくる
   炎天や斧にて丸太真二つ
   炎天の一転風神雷神図
   炎天を来れば芭蕉の視線あり 
 9

 

炎天に涸れたる泪袋かな
炎天に干鱈を売るも会津なる
炎天をゆく古墳山古墳道
炎天下村内すべて牛の糞
炎天の砂より逃れ海に入る
   炎天や地は静けさを極めたる
   炎天や救急警報にしひがし
   炎天をひたすら歩き会ひにゆく
   炎天を來て苔臭き茶をすする
   しのび鳴く蟲炎天の野にひろく
厚朴の葉のひまに炎天青くふかし
炎天の孤松ぞやがて鳴りいづる
青栗をゆする炎天のかぜ冷えぬ
炎天や狭き巷に籠居する
炎天のみどり濃き土手息苦し
   炎天へ出でむ発止と膝を搏ち
   炎天に負けぬ化粧で畑仕事
   炎天にいよよ鋭きダヴイデの眼
   炎天の砂州に烟のあがりをる
   舌の先乾かすやうに炎天下
炎天下命の綱の医師を訪ふ
神殿の列柱に唸る炎天下
炎天の岩に印せし登高距離
炎天の原爆ドームに空見上ぐ
炎天に被爆樹の葉の緑濃し
   炎天を足音気にせぬ靴で訪ふ
   炎天に触れむと石階千余段
   炎天下米寿の歩みゆるぎなし
   ポストまで行かねばならぬ炎天下
   炎天下聖句ひとつを持ち歩く
炎天を来たりし母の寝息かな
我が訪はねば無縁墓かな炎天下
炎天の力点となる高気圧
太陽のほか炎天になにもなし
炎天を何処に出でし留守電話
   湖見えてより炎天の道急ぐ
   炎天下戻りし牛の大涎
   マンモス館出て炎天の暗さかな
   音絶ゆる一瞬のあり炎天下
   炎天の水の動きや大田螺
炎天を来てコンビニに救はるる
炎天下ひとりの黙をもち帰る
炎天の糸杉並木聖地へと
遮断機が下りて炎天振りかぶる
炎天の渋谷の人波発酵す
   炎天を行くやひとすぢではなくも
   近道を迷ひあぐねて炎天下
   炎天下泳ぐごと人来たりけり
   炎天の遥けき橋の無音なる
   炎天や反りを強めて石の橋 
 10

 

炎天や烏鳴き問ひ鳴き答へ
炎天の塩噴いてゐる野球帽
日が昇り炎天の日の始まれり
炎天の羅漢みな泣き伏しにけり
炎天にはりつく告知モノクローム
   炎天に追討ちかけし工事音
   稚児肩の強力さんや炎天下
   炎天を来て天国と地獄絵見む
   炎天をとぶ白鷺の澄みとほり
   邂逅やこの炎天を来ればなほ
炎天の去りゆく山の深さかな
炎天下働くは人のみにあらず
炎天や北半球といふ運命
炎天に水ぶつかけてやろかしら
炎天や古刹の庭の西遊記
   炎天を分けて太宰と林太郎
   炎天を消して津軽の「雀こ」
   炎天の屋根の二人に声も無し
   逝きし人に似しと目に追ふ炎天下
   呼び戻す吾子炎天を恐れては
わが影と行くほかはなし炎天下
炎天下字を書くときは口つむり
岸壁の藻の黝ぐろと炎天下
校庭に球音高し炎天下
炎天やフィルムを延べしごとき道
   炎天に捨てられし蛇ミイラ化す
   ハッスルの還暦球児炎天下
   炎天下すこやかに児の育ちゆく
   炎天下の婚に星型コニファーも
   ビル谷間炎天へ火を吐く壁画
彼の男手術こばみて炎天へ
炎天下棒高とびの砂けむり
炎天下顔失ひてすれ違ふ
炎天と同色のビル落成す
炎天下ガイドの口の早まりし
   炎天を行きて介護の日々偲ぶ
   炎天へ着物で一歩踏み出せり
   炎天をオランウータンの綱渡り
   炎天下大道芸の赤ふどし
   炎天を来て梵妻にもてなさる
炎天を来し老僧の黒衣かな
炎天を来て図書館の貝となる
炎天に昇天の魂かぎりなし
ちりちりと髪の燃えさう真炎天
炎天を来て六道図てふものを
   炎天に何んの蔓やらからみたり
   炎天をてくてく歩くこと一里
   自動ドアー出て炎天に立ち竦む
   ドンキホーテの槍炎天に草田男忌
   炎天を行く先のありしかと行く 
 11

 

炎天に鉦の余音や野辺送り
横向きし獅子の石像炎天下
淡墨の人魚の像や炎天下
炎天の木陰に群れし尾長猿
炎天へ船の中より傘さして
   釣りし魚炎天を打つ響きあり
   炎天の草生は秋のきりぎりす
   炎天を回すからくり時計かな
   炎天の死者へみんなが目をつむる
   炎天を人に紛れるまで歩く
裾からげ大道芸人炎天下
炎天の河童の皿を裏返す
炎天下ど根性もて少年兵
炎天の宿をたよりのまちおこし
若沖を見て炎天に切れ目なし
   繋がれし人乗せて行く炎天下
   炎天の跳ね橋音もなく開く
   高層ビル炎天支え照り返す
   炎天を働き通す花時計
   炎天を来てカツ丼の蓋をとる
炎天に見栄も誇りもやかれたり
炎天の起重機ビルを食ひ尽くす
抉られし山炎天に臓腑見せ
幅二間くらやみ坂も真炎天
アンカーに炎天の坂もう一つ
   炎天にとつて返して涼気過ぐ
   炎天に背を屈みゐる農夫かな
   炎天の地球廻して観覧車
   岡持の行く炎天の老松町
   炎天に老人かざすスポーッ紙
炎天を朴歯の下駄でのし歩き
道を問ふ人見あたらず炎天下
炎天下竜神太鼓地に響く
炎天下六打の鐘にこころ足る
炎天の極楽橋を渡りきる
   炎天下背筋の伸びた老紳士
   炎天を鴉は黒に徹し飛ぶ
   炎天の一点景としてポスト
   炎天下経を唱へて歩みけり
   太子様のお笠も杖も炎天下
玉音放送意味分らずに炎天下
炎天の電柱鴉不在なり
炎天ヘドア開け放ち牧師館
炎天へ自虐の一歩踏み出せり
炎天の青田はむしろ暗いもの
   炎天を来て入る岡本太郎館
   炎天にぶつかつてゆく波の音
   炎天へ車より足下ろしけり
   炎天に嬉嬉と愛車を改造す
   覆ふものなく大仏は炎天下 
 12

 

炎天に工事騒音絶食中
炎天の御手洗作法なき子らに
数式の不意に解けたる炎天下
電柱の直立といふ炎天下
炎天の屋根石すこし動きけり
   炎天を予約の医者へ急ぎ行く
   お忘れなくスポーツドリンク青炎天
   首都炎天戦終りし日のごとく
   炎天を来て聖堂の小暗さに
   炎天のドラムステツクよく弾む
炎天の右翼よ我が師を悼め
左義長の炎天をも突き上げり
炎天をちょろりとなめて青蜥蜴
炎天や蔵ヘランプをとりに行く
炎天へ足垂れている黄金蜘蛛
   炎天のわれも一樹となっている
   今は昔の炎天牛窓本蓮寺
   炎天に山あり山の名を知らず
   炎天を来てかたばみの花へまず
   炎天やぐちゃっと河馬がおりまして
炎天の男錨の匂いして
肉弾という肉があり炎天なり
棒もつて炎天へ飛び上りたる
炎天の言葉継ぎゆく石畳
炎天や四股名を刻む力石
   炎天に圧されて影の縮みけり
   輪切りして曝す「回天」炎天に
   象老いて炎天に波打つてをり
   忍者風のUVカット炎天下
   炎天にコーラ売る児の歯の白し
黒を着て行かねばならぬ真炎天
水分の補給忘れず炎天下
炎天下ビート弾けるジャズ祭
何見むと炎天に立つ軍馬像
炎天の辨當の蓋カバ啼けり
   炎天を来て吊鐘がしんとある
   炎天に働く人の尊しや
   炎天に槌や鉋の音高し
   炎天の鏡に影のなかりけり
   炎天の京にお帰り囃子かな
炎天や商店街の時計塔
炎天や戦前戦後耐へて生き
炎天に明治の単線走りをり
いつぱいのコーヒー炎天をきて長居
歩くほかなく歩きをり炎天下
一本の芯の高層炎天下
   円陣を解き球児散る炎天下
   炎天を来て観音へしづかな瞳
   炎天や堂島川の大曲り
   無期徒刑うたれしをとこ炎天下
   炎天の石一つ積む遊女墓  
 13

 

卒哭の塔婆を抱き炎天下
炎天や仏に水を奉じけり
炎天や位牌を黙の観月橋
炎天をくるエルメスの紙袋
新宿の炎天のガム踏んじやつた
   炎天に矢印を持ち立つ男
   炎天来てコローの森の深緑
   炎天や平和の礎に生者われ
   炎天下対すはロダン「地獄の門」
   国恨む兵墓整列炎天下
炎天下記憶の底に飢の日々
炎天へ伸び半鐘の鉄梯子
炎天に甍家並みの遺産かな
炎天を逃げ飛び込めば武家屋敷
炎天や葉の鈍色を愛づるなり
   炎天や開けつ放しの閻魔堂
   師の訃報胸に炎天さまよへり
   炎天下挑戦的な靴の音
   炎天や刃秘めたる外科病棟
   炎天をまつすぐに来て母の家
息つぎの口は三角炎天下
炎天に手拭濡らし地引網
己が影ふみ炎天の北野坂
炎天の沖に出たがる帆が並ぶ
陽関を出づ炎天とただ炎気
   炎天を戻りて何もかも白紙
   炎天の蝶の精根飛びつづけ
   炎天の色は冷めたし凌霄花
   峽も炎天花よりも蝶の彩さまざま
   麻酔より覚めて炎天憂ひをり
炎天の岩もわれらも息づけり
炎天を夜の星空につなぎたし
炎天に出て行く人に声をかけ
炎天や大道芸は影持たず
銅像となりて立つなり炎天下
   炎天を来たる頬骨張りてゐし
   炎天や鎌首あげてクレーン車
   君の目と炎天によろめいてをり
   炎天の塔はるかなる古都白し
   炎天や窯場への道坂多く
炎天の石工おのれの影穿つ
炎天下街はゴーストタウンめき
炎天やグリコの走者静止して
炎天にいどむ色にて夾竹桃
炎天や墓も大きく紀伊国屋
   井が深し炎天を来て覗く時
   何か降る底ぬけ晴れの炎天下
   炎天の端はした盲導犬の行く
   炎天や血を売りし手がコッペ買ふ
   潮鳴りに雄松林の真炎天  
 14

 

炎天や耳鳴りだけの無音界
戰爭中はと話し出す炎天下
赤も黄も嫌はるるなり炎天下
炎天を来て心音を整へる
霊柩車炎天押して扉開く
   炎天をけむりのごとくすれ違ふ
   炎天のわが影を押し進め行く
   炎天下石もて滅菌してゐたる
   炎天の日のモザイクのマリア像
   炎天や娑伽羅竜王どこにゐる
炎天の白鬚橋のあをみたる
炎天のカラクリ時計へ肩車
炎天を訪ね訪ねてくひな塚
炎天を来て誰よりも元気者
炎天のマウンドシャドウピッチング
   炎天や息ひそめたるガスタンク
   炎天を来て石段の高きこと
   炎天下ピサの斜塔をたづね得し
   炎天下踏み出す影をさがしをり
   ふらふらと又炎天へ出てゆける
我も汝も戦争知らず炎天下
炎天下バンダナ巻けば老とても
炎天の熱気鎮めて月のぼる
炎天や貨車のブレーキ鉄の音
炎天へ勝利の校歌湧く涙
   炎天より戻るに一人殖えてゐる
   炎天の日を跳ね返す駐車場
   炎天を穴より覗く飼ひうさぎ
   炎天や象形文字の鳥けもの
   家にこゑ忘れて来たり炎天下
炎天のどこかにふかく礼拝す
炎天に干す俎板とたましひと
炎天下鳩も鴉も来なくなり
炎天を支ふ老杉藩祖廟
炎天下満車のコインパーキング
   整列のかけ声揃ふ炎天下
   炎天を支へきれずに降らすもの
   同穴を果さんとゆく炎天下
   炎天のをとこがをとこ翳らせて
   炎天へ出て恋ひはじむ伎芸天
炎天に男の旅は怯むなし
めりめりと地を踏み歩く炎天下
炎天にマイケルジャクソン追悼碑
炎天にバス待つ人のまばらなり
炎天下多佳子旧居の石の門
   炎天を来てしばらくのまくらがり
   炎天を消して托鉢僧の行く
   炎天を来し弓袋寝かされし
   太陽の光重たし炎天下
   炎天下驢馬は優しき目を伏せる 
 15

 

スカイツリーの炎天衝くや鳶職とびの業
炎天下草縮みをり河川敷
炎天下のビル解体をテロかとも
駐在も魞覗きゐる炎天下
炎天に棒一本の日影かな
   炎天と油絵は同質かもしれず
   看護師の前髪に炎天の匂ひ
   少年が鉄棒見上ぐ炎天下
   炎天来てフォークダンスの輪に入りし
   ロダン像泰然として炎天下
炎天に水欲り絶ゆる命あり
炎天の菓子屋横町影溶くる
炎天のB52てふジュラルミン
炎天や影ゆるぎなき大欅
炎天やかげおくことはゆるされず
   なに見るとなき炎天のひとり佇ち
   電柱の影さへちぢみ真炎天
   出棺の曲弾き了へて炎天へ
   師の句碑に弟子や孫弟子青炎天
   黒揚羽ひとり舞台や炎天下
牛積みし貨車長々と炎天下
昼顔や開かぬ踏切炎天下
炎天下狂ひ咲きたる藤の花
炎天下古紙回収の車去る
叫ぶかに炎天の雀唄ひ出す
   炎天下耐へて無言の喫煙所
   炎天を臓器移植の箱走る
   炎天に立ち向かふかに鶏頭花
   炎天の日本列島ゆらぎをり
   鼠取りの巡査は元気炎天下
炎天や石の羅漢を焦しをり
炎天に長崎の鐘のみ響く
炎天を延ひづつて来る生魑魅
佐多岬沿ひに漕ぎだす炎天下
くらがりを抜け炎天の天守閣
   炎天や巡回バスに客ひとり
   炎天を背負うて来たる部活の子
   影ばかり歩いておりぬ炎天下
   炎天のむつとかむさり退院す
   昇る日にはや炎天のきざしあり
炎天に外出止められ八十翁
大狸に十円供へ炎天へ
炎天に近づく心地歩道橋
炎天のサイゴンの町行商女
箭を咬ます藁一筋や炎天下
   炎天を来て荷崩れのごとく座す
   炎天を裏から剥す悉皆屋
   炎天下道ゆつくりと坂がかり
   炎天下曳き出されゆく貨車ながし
   炎天の墓に卒塔婆を立てにけり 
 16

 

黙々と稼ぐ自販機炎天下
炎天の地から生まれて来たる風
炎天下来しこと確か宅急便
炎天の熊野の鴉身じろがず
炎天の空へと田稗突き立ちぬ
   炎天を驢馬で下り行く岬道
   西に北に炎天続く旅続く
   炎天やこの高気圧何処か行け
   炎天の犬山城の見えしより
   忠烈祠の衛兵不動炎天に
炎天に地球の自転止まりさう
炎天に一歩踏み出すまでの笑み
炎天下煙草吸ふのもためらひて
シーレ展炎天に出てふらつけり
炎天のペコちゃん人形話好き
   五百羅漢声なき声を炎天に
   炎天下贖罪のごと畠を打つ
   観音の腰を洗ふや炎天下
   墓に焚く炎天の火の涼しかり
   炎天の蟻のごとくに会葬者
石仏にすがるふじ壷炎天下
形あるものみな溶けるかに炎天下
炎天にハチ公バスが灼けて着く
炎天に口をすぼめてをりにけり
炎天に目の前を行く脹脛
   鉾組んで炎天に陰生まれけり
   炎天に生き生き跳ねる鉾の縄
   炎天をくぐりて来たる入浴車
   炎天下焦げつきさうな救急音
   炎天のスクランブルを駆け抜けぬ
炎天の横断ひとり遅れまじ
炎天を漕ぐやからすの羽根ぢから
炎天や地に生きし義姉地に還す
炎天へ翔つ絶壁の蒼鷹
炎天の奥を起重機さぐりをり
   炎天へ脚立伸ばして誰もゐず
   炎天は喝采に似て俳優碑
   炎天のソーラーパネル畏まる
   原子炉の溶けて流るる炎天下
   炎天にすつぽり光発電す
草も木も土もなき道炎天下
炎天に踏み出す吾の屈折率
炎天や吾に鋭き犬歯欲し
炎天の瓦礫に向かひ合掌す
炎天を太郎の太陽笑ひけり
   炎天に音の消されしひるひなか
   炎天をヘルパーの押す車椅子
   真炎天齢の順に間引かれさう
   炎天は群青極め草田男忌
   大仏の掌大き炎天下  
 17

 

球場の砂持ち帰る炎天下
炎天に夫は農夫のボランティア
手裏剣を投げる眼差し炎天下
炎天を喜ぶ洗濯もの干して
炎天にかかる鉄橋川遊び
   炎天を行くや聖書の他持たず
   炎天を前傾姿勢で急く農婦
   炎天や微妙にずれる句読点
   庭の苔黒くかたまる炎天下
   後ろ髪ゴムで結びて炎天下
炎天の皿をひからせ皿廻し
炎天に鍔広帽の裸婦の像
炎天や海一枚の布となり
炎天や五階へとどかぬ木々の影
炎天を来てお絞りの熱きこと
   葉脈の息づきけはし炎天下
   炎天を来しそれぞれの顔をして
   踏み出せし一歩にくらみ炎天下
   炎天の埃洗へば白髪ふゆ
   己が影見つめて歩く炎天下
炎天に威を崩さざる天守かな
車降り立ち炎天につかまりぬ
オペラ座の放射路迷ふ炎天下
炎天の黒衣の母に子のすがる
炎天下額拭ひて草むしる
   炎天をまつかな顔で会ひにくる
   炎天の中を総身の息づかひ
   炎天を行く誰もがユダの裔
   炎天の己が影踏みこころ急く
   炎天や我が身を脱けてゆく何か
蓋開けてマンホールあり炎天下
炎天下無機物になり済ましゐる
炎天の明石漁港や船の錆び
炎天に決意の固き散歩かな
炎天をまた影持たぬ人が行く
   炎天や両の眼のずり落つる
   炎天に数多く建つ道祖神
   炎天に百千の鋲清洲橋
   紙コップ握りつぶして炎天へ
   炎天の雲の若さや草田男忌
炎天や働いてきて美味き飯
五輪凱旋パレードや炎天下
目の届くかぎり雲なき炎天下
炎天を行く地下足袋の黒光り
炎天へ髪ととのへて討つて出づ
   炎天の影を小さく歩きけり
   炎天へ原発ドーム白光す
   炎天や一歩すすめば一歩過去
   ぼろぼろのジーンズ干され炎天下
   炎天の別れなりけり肯へず 
 18

 

八十の大志いだきて炎天へ
蜂が蜘蛛曳摺りゐたる炎天下
炎天を来て山門の風の贅
電柱工事ゴンドラ動く炎天下
サッカークラブ午前も午後も炎天下
   道路工事のオーライの笛炎天下
   口開けて鴉居並ぶ炎天下
   一呼吸置き炎天へ踏み出せり
   炎天をさらりと来たる薬売
   炎天や舗装仕立の黒びかり
炎天に完全停止の風と居る
草田男に永遠の炎天忌の今日も
炎天の蒸気機関車大汽笛
一呼吸して歩き出す炎天下
猛禽の眼もて監督炎天に
   炎天に躓く映画館を出て
   炎天の坂道を来て次の坂
   炎天下無心に走る球児かな
   炎天を横切つてゆく救急車
   草田男の沖登四郎の沖真炎天
炎天に踏み出づ己が影睨み
炎天を少し窺ひすぐ降参
風を跳び炎天を蹴るソーラン祭
炎天をものかは蝶の戯むるる
炎天の広野を歩む女一人
   炎天に舞納めたる揚羽の死
   丹田に力を込むる炎天下
   水揚げのポンプの唸る炎天下
   炎天の下を山風来たりけり
   炎天下人も鴉も痩せにけり
目測のわづかに狂ふ炎天下
微動だもなき衛兵や炎天下
炎天下まぼろしの志士駆くる影
参道はどこも真つ直ぐ炎天下
炎天下杭一本の男振り
   炎天や穂孕みの田を満水に
   炎天や我が影踏みて坂下る
   炎天の炙り出したるビルの影
   炎天に更なる火焔溶鉱炉
   炎天に光る山家の黒瓦
炎天に怯みてゐたる物の影
一球に集ふ衆目炎天下
右左違ふ顔して炎天下
炎天や近くて遠きマーケット
炎天の底に真水のやうに座す
   炎天や赤子を庇ふごとく父
   炎天に大道芸の火を噴けり
   炎天より垂るる鉄鎖の端つかむ
   炎天に浮かぶ先生のにが笑ひ
   飛ぶの字の何処が飛ぶのか炎天下 
 19

 

炎天の衛兵の黙忠烈祠
砂浜に火を焚くサーファー炎天下
炎天下ベルリンの壁寺に立つ
炎天に哀叫カンムリエボシドリ
炎天や舟子同士の棹捌き
   炎天や片手でつぶす紙コップ
   炎天のコート勝者の安堵顔
   炎天を待たず逝きけり好敵手
   炎天へ気丈な影を連れて出る
   炎天へ無防備のまま挑みけり
炎天のファウルチップに度胆抜く
炎天をゆく足ばやの黒衣かな
一糸乱れぬ炎天の杉襖
5回目で沈む水切り炎天下
南口出て炎天の丸の内
   雲水のさつさつ歩く炎天下
   炎天の皿ひかりけり皿廻し
   炎天のひと影淡きともおもふ
   雲水の棒のごと立つ炎天下
   炎天の南大門に人少な
炎天や電柱の世はまだ続く
炎天の中行く報道写真展
炎天や口に炎を吐く大道芸
真炎天勝者敗者の影分かつ
炎天を戻りてはづす装身具
   黙祷や一人ひとりの真炎天
   炎天を来て言行の整はず
   炎天に力の入る杖の音
   炎天や島の離さぬ雲一朶
   炎天を抜け来し蹠ほてるかな
狛犬の阿吽も喘ぐ炎天下
炎天の雀静かに水を呑む
怯ゆる目満つ炎天の家畜市
ショートする思考回路や炎天下
真炎天来し方の道一途なり
   炎天をどこまでいけば許される
   炎天の死角尾のあるもの動く
   炎天を肩で押しゆく影法師
   炎天や百人番所の長廂
   炎天を来て心搏を確かむる
もたさるる携帯傘や炎天下
炎天やうなりの荒き救急車
炎天や不動の釣師影持たず
炎天を来て硬骨の人惜しむ
炎天下大樹といふは閑かなり
   炎天のほか空港に何もなし
   炎天にじゆわつと誰もゐなくなる
   吊橋のどこを歩くも炎天下
   炎天の大輪の薔薇棘隠し
   をんをんと雲ひとつなき炎天下 
 20

 

まぼろしは何炎天の石舞台
訳あり甚平炎天に吊るし売り
石伐りのたがね谺す炎天下
炎天や井戸を祓ひて家を閉づ
炎天や行くといふのに来るといふ
   家族一人預け炎天帰りけり
   炎天下自販機の前で飲むコーヒー
   炎天や獅子像吠ゆる日本橋
   炎天や卒塔婆の文字真新し
   炎天に立ち向ふ者のみならず
原爆の慰霊碑に立つ炎天下
炎天の釣り人の影流されし
炎天を届きし文を読む三度
炎天に立ち向ふかの靴の音
炎天や己も遺失物のごと
   炎天や引き潮の磯匂ひ立つ
   炎天を百年の槙怯まざる
   炎天や岐阜城めざすロープウェー
   炎天や帽子を深くいざ出陣
   炎天を来て検診の血を抜かる
瓦礫みな祈る形に炎天下
炎天下赤信号の長きこと
飛行機雲炎天の瀬を上りゆく
炎天の塊として歩くかな
炎天のみな波打つてゐるごとし
   炎天の赤信号や死者渡る
   鴉たたかふ炎天の声あげて
   炎天を来て先づ尿を採られけり
   炎天を無駄足踏んで帰りけり
   炎天の石に忘れて花鋏
炎天を切り裂きブルーインパルス
炎天のおでこの広い自由人
炎天を四角に畳み切手貼る
炎天のバス停前に保育園
炎天を西郷どんのやうに行く
   炎天や近道出来ぬ大手町
   電線の影のみが影真炎天
   深呼吸ひとつしてより炎天へ
   起重機の起重機を吊る真炎天
   炎天や鉄塔つづく避雷針
土砂降りの雨炎天を崩しけり
炎天や蜆蝶閑かに交はりぬ
炎天やせっせと剥がす屋根瓦
炎天を舞ふ一点の黒き蝶
炎天寺らしくなりたる暑さかな
   炎天を抜け青春の夢抜けきれず
   炎天へ楔打ち込むタワーかな
   炎天へ書類袋を翳し出づ
   炎天を来て冷たきは足のうら
   核心を衝かれて帰る炎天下 
 21

 

炎天へ柩車音なく発ちにけり
炎天へ歩む一歩のいとほしき
自転車の道化師急ぐ炎天下
炎天や雲の溶けゆくみなと街
炎天下出会ひ頭を笑ひ出す
   炎天を来て教会の畳敷
   炎天人一歩ひとりの己が道
   炎天のまぶたの重しビルの谷
   炎天の重さに白き傘たたむ
   建材を吊り上ぐクレーン青炎天
信号を渡り損ねし炎天下
揚浜は塩の山なす炎天下
炎天を売りに出したる男かな
炎天や鉱夫像より炭坑の唄
警官に呼び止められし炎天下
   炎天をのがれ駆け込む地下通路
   垂訓のこゑ炎天の奥よりす
   炎天を弾くドームの角度かな
   炎天下土掘る人に家族あり
   炎天に光る産着とピアスかな
ちまき食へ豚饅食へと炎天下
一村が討死にしたる炎天下
炎天の杖の短く影のあり
炎天の川の昏みを覗き込む
喪服の背正し踏み出す炎天下
   炎天や田に人影のなくなりぬ
   海遠しただ炎天下なる暮し
   炎天や万籟絶ゆる住宅地
   炎天の砂利の置かるる捨田かな
   炎天の波へ頒け入るタグボート
炎天の道の焦げゆくデジャヴかな
炎天とめどなし兜太無き熊谷
節電を出て炎天へ浮気もん
炎天に人を待たせてをりにけり
炎天の消したる河原雀かな
   炎天下の自衛隊員拝みたし
   車窓には無人の田畑炎天下
   炎天の地べたに小犬鼻つけて
   炎天と言ふ静けさのありにけり
   炎天の砂場に立てる赤シャベル
炎天や六分遅れのバス着いて
炎天を来て幽霊の観世音
炎天の自虐燃えないゴミ分ける
炎天やさるすべりの花衰へず
炎天や人影のなき漁師町
   炎天を憑かれしごとく遍路来る
   炎天や貨車連結の錆こぼす
   炎天や球児にもらう応援歌
   炎天や目的地まで遠かりき
   言の葉の我が身はなるる炎天下 
 22

 

炎天や口をつぐみし石地蔵
炎天下大悪人となりし旅
火星見し目に炎天は眩し過ぎ
炎天の道苦にならず水羊羹
退路なかりし日の師を思ふ真炎天
   具志堅用高像炎天へ両拳
   炎天や青き異形の蔵王堂
   炎天下猫一匹も来ぬ公園
   研ぎ上げて刃の匂ひたつ真炎天
   炎天に黒きたましひ蝶の舞ふ
炎天の浅間の土になるべかり
炎天や太陽も死のあるといふに
炎天を会はねばならぬ人がゐる
遮断機とふ容赦無きもの炎天下
炎天をゆく水晶の数珠を掌に
   炎天下訪へば砂漠のピラミッド
   一樹目指しひたすら歩く炎天下
   炎天のプールに誰も見ぬ大学
   負けて泣く青春愛し炎天下
   炎天の重さを傘に帰宅の歩
焦ぐる香の音なき町や炎天下
炎天へ七つ道具を腰に巻き
呼び込みの声炎天のアメ横に
東海道の品川宿や炎天下
入院する妻に付き添ふ炎天下
   入院する妻に付き添ふ炎天下
   炎天の聖火ランナーに応募する
   炎天をきて骨髄に針うたる
   炎天に予約の検診人まばら
   炎天に波打つてゐるアスファルト
炎天に鳩オクターブ低く鳴く
炎天や東京タワーの脚の反り
真炎天モノクロ写真のやうに侍ち
炎天を曲がれぱかの世の見えてきし
炎天に切字といふはなかりけり
   炎天や経を読む声磴にまで
   炎天に燐寸のほむら見失ふ
   炎天や己も遺失物のごと
   炎天に縄がいつぽん垂れてゐる
   炎天や長いタイトル流行る本
新聞紙に胡坐の研師炎天下
炎天や逃水の玻璃もくもくと
長雨と別れたばかり炎天下
炎天の京の幽霊飴下げて
村中の音の消えゆく炎天下
   炎天に決して過去にはならない木
   改札を出で炎天の人となる
   炎天下坂下る人上る人
   この乳房憂し炎天に沸騰す
   踏み出してただ炎天のあるばかり 
 23

 

炎天下京都のロダン何思ふ
タクシーの空車連なる炎天下
炎天下蔭を追いつつコンビニヘ
炎天や狛犬かたく口閉ぢて
炎天の俄に変り豪雨かな
   一句得て悔いなく帰る炎天下
   炎天やまなじり濡れて裸馬
   雑草も悄気りコロナ禍炎天禍
   晩年も炎天もわが肩の上に
   なつかしき炎天に頭をあげてゆく
炎天より僧ひとり乗り岐阜羽島
炎天の老婆に無事を祝福され
烈日の光と涙降りそゝぐ
紅蜀葵肱まだとがり乙女達
鳶鳴きし炎天の気の一とところ
   あきなひ憂し日覆は頭すれすれに
   帯売ると来て炎天をかなしめり
   炎天にテントを組むは死にたるか
   炎天下おなじ家から人が出る
   吸殻を炎天の影の手が拾ふ
炎天の原型として象歩む
炎天下亡き友の母歩み来る
なつかしく炎天はあり晩年に
かじかみて酔を急ぐよ名もなき忌
炎天より入り来し蝶のしづまらず
   まっすぐにきて炎天の鯨幕
   炎天や裏町通る薬売
   そのあとの籐椅子海へ向きしまま
   炎天の石を叩けば鉄の音
   炎天へ打つて出るべく茶漬飯
炎天の段差に落ちてなほ歩む
炎天のふり返りたる子どもかな
胃カメラをのんで炎天しかと生く
あおむけの蟹炎天を掻きむしり
あのひとが欲しい炎天下の瓜よ
   あはあはと富士容あり炎天下
   あひづちも遅れがちなる炎天下
   あやふきを炎天の亀しかけたり
   いきいきとして炎天の草の露
   いさぎよし炎天重き担ぎ荷は
いつとなく若くなくなり炎天下
いはれなき懣り炎天の坂あるさヘ
うつむいて炎天の草を刈る風がうごかない
かつと炎天街路樹稚し横浜市
かの日炎天マーチがすぎし死のアーチ
   からす来て炎天の巌落着きぬ
   きらきらと炎天光るものこぼす
   くさめして炎天老うる齢ならず
   こひびともかもめも炎天のこんじき
   こんじきの棺炎天の湖わたる  
 24

 

しのび鳴く虫炎天の野にひろく
しんかんと炎天ザイル垂るるのみ
しゞみ蝶紫失せて炎天下
すぐ他人なり炎天に別れしひと
そよそよと白髪やしなふ炎天下
   つきまとう炎天の蠅われになにある
   てむかひしゆゑ炎天に撲ちたふされ
   とらわれの蟹炎天を掻きむしり
   とりあへずこちらの方へ炎天下
   どくだみの花炎天の水に咲く
どこまでも炎天ひとに縋られず
なつかしき炎天に頭をあげてゆく
にんげんに祭り雀に真炎天
ねむり子を抱き炎天を追ひ行けり
はぐれ猿来て炎天の鏡立つ
   はらからと喪服を灼かる炎天下
   はりつめし炎天先駆する柩車
   ひそかにてすでに炎天となりゆくも
   ひたすらに炎天を行き伊良湖岬
   ふりむかばわれ炎天の魚とならむ
みすぼらしき尾や炎天に牛尿る
みちのくに春色おそし牧の草
むしろ旗より炎天のデモ縮む
わが行手より炎天の火の匂ひ
アイシャドウ濃く炎天の一帆追ふ
   コウモリをさし炎天に殺意湧く
   シャツ干せば炎天の富士も夫もあはれ
   ターバンを巻くも巻かぬも炎天下
   ダリの絵の時計脈打つ炎天下
   トラック遠く走り炎天しづまれる
ニコライの鐘降るごとし炎天下
バスに跳ねる炎天の尾や明治村
バス停めて祈りの時刻炎天下
バーベキュー男が焼けり炎天下
ピカソ館出て炎天を登りゆく
   ピラミッド下りるは怖し炎天下
   ワイシャツ干す炎天の他触れさせず
    一人ゆく潔きかな炎天下
    一塵もなき炎天でありにけり
    一睡もせず炎天がはじまれり
九十九の渦を炎天に逆立たしむ
予後の身に炎天といふ試金石
仏壇を負う男炎天の山脈見えぬ
何も降らぬ鳩の楽土の炎天下
佛像に飽き炎天の石跨ぐ
   作務衣の紐三つ目結うて炎天へ
   円覚寺炎天へ鐘撞きにけり
   出し店の雫滴々炎天下
   切れ目なき炎天どこまでが戦後
   刮目の新炎天を人は避く  
 25

 

午後二時の炎天くらし簾の外に
厚朴の葉のひまに炎天青くふかし
原爆忌へ一歩つまづく炎天下
口すこし裂けしと思ふ炎天下
古き代は見えず炎天の大河のみ
   古き帆を張り炎天の風恃む
   同齢なりしと炎天に死をつぶやけり
   君みうしなふ炎天のチーズ市
   君ら征きしはまぼろし炎天のまぼろし
   吸殻を炎天の影の手が拾ふ
吾が影をわが支へとし炎天下
哭かむまで炎天の澄みまさりけり
回転扉ひらりひらりと黒炎天
土煙炎天に立て羊追ふ
地下街を出て炎天に翅音あり
   地獄劇息詰めて見る真炎天
   城もまた三界火宅炎天下
   埒もなし炎天に蔓ひきまはす
   域の内暗し炎天の世をへだて
   塩ふける梅干を炎天の簀に曝らし
墓地炎天雑草浅草区をうずむ
夢殿の八角の影真炎天
夢殿を出て炎天に捉へらる
大道芸炎天に置く銭の箱
妻恋し炎天の岩石もて撃ち
   妻遥かにて炎天を分ち合ふ
   子のグリコーつもらうて炎天下
   完璧な炎天となり吾を入れず
   宿敵をいかんともせず炎天下
   寸鉄のヘヤピンを挿し炎天へ
屋上の気球炎天の海遠望
屋根師らの尻の小さし真炎天
屋根貧しき涯炎天の接収港
山中の氷らぬ池や浮寐鳥
山荘の炎天茅渟の海へ伸ぶ
   山頂や三百六十度の炎天
   己が首持てる石像炎天に
   師の逝きて炎天の端に残さるる
   師を送り来て炎天のよるべなし
   帯売ると来て炎天をかなしめり
幸福肌にあり炎天の子供達
影さへも亡び炎天の幾礎石
往生の道炎天を貫けり
心もどる炎天の松見あげては
心太くふ炎天の人の餓
   心棒に狂ひを生ず真炎天
   心炎天の花掴み病みこけてゐる
   扉さびし炎天・ほとけそして錠
   手がかりとせむ炎天にふくらむ波
   打って出るおもひ強かり炎天に 
 26

 

抱き合ふ榾の中より大炎
捨て台詞吐き炎天へ鴉翔つ
放牛のまわりに烏炎天下
旅なればこの炎天も歩くなり
日もすがら焦土のけむる炎天下
   日日いらだたし炎天の一角に喇叭鳴る
   日本人の髪は黒くて……炎天下
   日蝕の別の炎天とはなりぬ
   明日死ぬ妻が明日の炎天嘆くなり
   映画出でホセとまぎるゝ炎天下
書展出て炎天のうす墨の色
果実の言葉炎天をゆく少女らより
梅桜炎天ひくく光りけり
梅雨晴の白百合多き山路かな
棘もつ木伐つて炎天くつがへす
   棟木上ぐ鬨炎天の真洞かな
   槍穂高色を違へて炎天下
   歩おとろふ父に炎天容赦なし
   歯を抜いて炎天の真中が冥し
   死して炎天悪妻にして悪母なり
死して鎧ふ巨き炎天の墓石なり
死ぬ日まで炎天の野を蝶舞へり
死のときのひとりのごとし炎天ゆく
殺意にも似し炎天の気貴さよ
水に流すには非ず炎天水を流す
   水脈の果て炎天の墓碑を置きて去る
   水鏡して炎天はいづこにも(善通寺・御影の池)
   水飲むや口中くらき炎天下
   氷挽く泡だちてゐる炎天に
   求職の列炎天に蔭もたず
汗し働く基地の炎天生々し
波追うて波の重なる炎天下
泥染の泥の炎天はじまれり
活火山炎天にあり石を投ぐ
浮游する炎天の群に降るべきか
   海に船見えず炎天身に痛し
   涯しなき青田炎天白濁す
   涸れつくし母炎天の礫めく
   湯地獄の底轟きて真炎天
   濯ぎ石炎天をのせはじめけり
瀕死の病婦に彼等あたえしもの炎天
火を焚いて故意に炎天濁しけり
炎天が婆の命を剥ぎとりぬ
炎天が曲げし農夫の背と思ふ
炎天が校庭広くしてをりぬ
   炎天こそすなはち永遠の草田男忌
   炎天といのちの間にもの置かず
   炎天といふしづけさに在所あり
   炎天となるおん墓のうらおもて
   炎天となる一隅の雲たぎち 
 27

 

炎天となる赤縞の日除かな
炎天なれば蜘蛛の餌の食ひのこりもよ
炎天に跫音きえて哄笑はのこる
炎天にあがりて消えぬ箕のほこり
炎天にあるきだしをり舌出して
   炎天にあるき神つくうねり笠
   炎天にいつまでも見え見送れる
   炎天にいま逢ひそれも過去のごとし
   炎天にうすかげろふは一縷の詩
   炎天におとろへし火をまた焚ける
炎天にきりんの首の漂へり
炎天にそよぎをる彼の一樹かな
炎天にたはむれあせし牛の舌
炎天にちよと出てすぐに戻り来し
炎天につかへてメロン作りかな
   炎天につよく生まれて甲斐わらべ
   炎天になめらかなりき松の幹
   炎天にはじけ出されし訃報かな
   炎天にはたと打つたる根つ木かな
   炎天にひるがえらむとす葉の勁さ
炎天にふるへてゐたる蝶の舌
炎天にぶつかつてゆくひろびたひ
炎天にもってゆかれし大飛球
炎天にわん〜と鉦鳴らし行く
炎天にテントを組むは死にたるか
   炎天にモスク剥落とめどなし
   炎天に一樹の影の地を移る
   炎天に上りて消えぬ箕の埃
   炎天に乱打されをる太鼓かな
   炎天に乾びきつたる怒りあり
炎天に何もなし人生きて群れ
炎天に何置く台の引出され
炎天に出づ名曲に潤ひて
炎天に出でてわが身のあたらしき
炎天に出んとて咳をこぼしけり
   炎天に即して松のいさぎよし
   炎天に吊らるる背骨ひとつらね
   炎天に吾が生き墓石自若たり
   炎天に哭けとこそあり捨て寝墓
   炎天に嘆き一すぢ昇り消ゆ
炎天に四人目の孫名も面倒なり
炎天に墓を晒して鬼舞へり
炎天に夢呆けの貌ありにけり
炎天に大軋りして埠頭貨車
炎天に尻うち据ゑて栄螺割る
   炎天に山風の香や吉野口
   炎天に待つ群衆の皆跼む
   炎天に心おくれて憩ひける
   炎天に怒りおさへてまた老ふも
   炎天に抱く卒塔婆の木の香かな 
 28

 

炎天に揺れゐて草のしづかかな
炎天に旅人憶良の山指さる
炎天に槍投げてをる草田男忌
炎天に気の触る雀など居らず
炎天に水強くあり北信濃
   炎天に池を置き去る鰻番
   炎天に汽笛なりて沖ふと近し
   炎天に消ゆる雲あり鳶高く
   炎天に深谷ありぬ鞍馬寺
   炎天に火を焚いて来し眼あり
炎天に火山を置けりきりぎりす
炎天に焔となりて燃え去りし
炎天に焚きたる火より猫走る
炎天に無聊のわれを投じたる
炎天に燕湧き翔ち伊良湖岬
   炎天に父の聲母の聲まじる
   炎天に犬身振ひの骨の音
   炎天に獄衣干しけり監獄署
   炎天に瑞の太枝を引きずりゆく
   炎天に生木を焚きてゐたりけり
炎天に目のしたたかな油賣り
炎天に眠る峡谷(キャニオン)無韻なり
炎天に眩むや髄細りたり
炎天に眼なほ在り捨て鰈
炎天に穴一の穴の日かげかな
   炎天に窪む石あり塩くれ場
   炎天に立つ師も弟子も遠くして
   炎天に笠もかむらず毒蛇捕り
   炎天に筵たたけば盆が来る
   炎天に繋がれて金の牛となる
炎天に耳の動くはさみしけれ
炎天に耳鳴りのごと乗る木馬
炎天に聲を拡げて物売れり
炎天に肥煮る釜のたぎり哉
炎天に肩落し消ゆ誓子はも
   炎天に莚たたけば盆が来る
   炎天に菊を養ふあるじかな
   炎天に蒼い氷河のある向日葵
   炎天に蓮池青き焔むら立ち
   炎天に蓼食ふ虫の機嫌かな
炎天に訣る洋傘の絹の艶
炎天に誰も見てゐぬ雀影
炎天に谺す深井汲みにけり
炎天に道を余して引き返す
炎天に鉄のたたずむ自噴井
   炎天に鎮まりて赤煉瓦館
   炎天に雁来紅の沸き上る
   炎天に雄鶏の胸硬く死せり
   炎天に電柱一本づつ退屈
   炎天に鰈が生きて片眼かな 
 29

 

炎天に鰯いきいき売りすすむ
炎天に鹿沼麻緑蔭に鹿沼土
炎天に麦屑を焼く焔かな
炎天に黒き喪章の蝶とべり
炎天に鼻を歪めて来りけり
   炎天のあらがふ蔓に肱張りて
   炎天のいつか夕ばむ川面かな
   炎天のいづこか昏き喪明けなる
   炎天のいづこか笑ふ閻魔寺
   炎天のうしろこゑなきひとりごと
炎天のうしろ思へり孔雀鳴く
炎天のうすきまなざし稲の穂や
炎天のうたごえおこる鐵骨の中
炎天のかすみをのぼる山の鳥
炎天のくるぶしに田がやはらかし
   炎天のこぼしてゆきし日照雨かな
   炎天のごと物足らぬ生死かな
   炎天のしじまに光る塩湖あり
   炎天のしづまり返り川流る
   炎天のすでに秋めく己が影
炎天のその崖見るが一大事
炎天のたいせつにある木たくさん
炎天のつばくらばかりいきいきと
炎天のとかげのわれを知る呼吸
炎天のところどころに湿める家
   炎天のどこかつまづき三時過ぐ
   炎天のどこかほつれし祭あと
   炎天のどこにも触れず戻り来ぬ
   炎天のどの角度より逃がれんや
   炎天のにわとり雌をおさへけり
炎天のはしばしを海打ちにけり
炎天のひとつの墓に心寄す
炎天のひとりに立ちし埃かな
炎天のほどをはだけて憩ひるも
炎天のむなしさ己が影を追ひ
   炎天のわが影ぞ濃き喜雨亭忌
   炎天のわづかなる風土管を抜け
   炎天のをとこがをとこ翳らせて
   炎天のイブは片目をつむるかな
   炎天のガスタンク抱きたき勝利
炎天のキヤラメル工場迷彩のこす
炎天のパパイヤよりぞ睡魔かな
炎天のポストは橋のむかふ側
炎天のポストヘ無心状である
炎天のポプラ逆立つ鱒の水
   炎天のレールの襞へ油たらす
   炎天の一戸一戸の患者訪ふ
   炎天の一揖に人を葬りしや
   炎天の一枚に照り子を送る
   炎天の一樹一影地にきざむ 
 30

 

炎天の一点として飛べるなり
炎天の一片の紙人間(ひと)の上に
炎天の一隅松となりて立つ
炎天の七里ケ浜のエロスたち
炎天の三輪山に入る鳥一つ
炎天の下さはやかに蛭泳ぐ
   炎天の下に睡蓮花を閉づ
   炎天の下りて上る墓地のみち
   炎天の中こぎゆくや車曳
   炎天の中の空より声かへる
   炎天の中ほどを日のすすみゐる
炎天の中空を雲押し来り
炎天の乾飯食める雀かな
炎天の伊吹立ちくる板艾
炎天の光へ水をさげてゆく
炎天の八方砂丘なだれ合ふ
   炎天の割れるものならわれしやんせ
   炎天の卒ほがらかに號令す
   炎天の原型として象あゆむ
   炎天の号外細部読み難き
   炎天の号外裏面なかりけり
炎天の嚢中の銭うらがなし
炎天の土の栖は影もたず
炎天の地に救ひなき死馬の体
炎天の地蔵の頭撫でて過ぐ
炎天の地軸に立てて杖はこぶ
   炎天の坂に輓馬の頸力む
   炎天の坂や怒を力とし
   炎天の埃洗へば白髪ふゆ
   炎天の墓しんしんと酒を吸ふ
   炎天の墓を思い出にわが生身
炎天の墓を電車が迅く過ぐ
炎天の大仏へ妻と胎内の涼しさに
炎天の大器の縁の欠けてをり
炎天の大榕樹下の市をなす
炎天の奥へ奥へと歩むなる
   炎天の女体アパートヘ一筋道
   炎天の妻子遠しといまはいわず
   炎天の孤松ぞやがて鳴りいづる
   炎天の室戸怒濤の鬼薊橋本夢道
   炎天の室津は道に塩噴ける
炎天の富士となりつつありしかな
炎天の屋根に影ひく煙りかな
炎天の屋根塗れり蟇とつくばひて
炎天の山が黙つてゐたりけり
炎天の山に対へば山幽らし
   炎天の山河を蔽ふ宙の濤
   炎天の山荘に老郵便夫
   炎天の岩にまたがり待ちに待つ
   炎天の峠こえくる一人かな
   炎天の島このほかに港なし 
 31

 

炎天の島より放つ荼毘の船
炎天の巌の裸子やはらかし
炎天の巨石や落つる刻を待つ
炎天の市にとゞろと法鼓かな
炎天の師の墓に影預けけり
   炎天の平たき町を通りけり
   炎天の底の蟻等ばかりの世となり
   炎天の底びかるまで斧を研ぐ
   炎天の底濁るかにくもりけり
   炎天の弧にも爆痕ある如し
炎天の影ことごとく殲滅す
炎天の影なき橋を渡りけり
炎天の影もちあるく港町
炎天の影を恃まず一樹立つ
炎天の影を離さず霊柩車
   炎天の影先立ててわが蹤けり
   炎天の心音たしかむ被爆の地
   炎天の戸口に音すひとりづつ
   炎天の振子に縋る悪の翳
   炎天の撫牛なでて安らなり
炎天の散り葉に触りて覚めにけり
炎天の旅孔雀の尾持ち歩く
炎天の旗竿に旗なかりけり
炎天の日々あらたなり阿修羅像
炎天の日の入り込まぬ蝉の穴
   炎天の日暮れてをりし躙口
   炎天の暗さ負目の蝶かがよふ
   炎天の未来の刻を地に経る
   炎天の杜の中うつろありけり
   炎天の来し方遠くけぶりをり
炎天の杭なり海を恋ひにけり
炎天の板ひらひらと家が建つ
炎天の梨棚がめりめりさがりくる
炎天の梯子昏きにかつぎ入る
炎天の樟を越えつつ兜虫
   炎天の樹下りんりんと山蛙
   炎天の欅生死を見下ろせり
   炎天の水くぼませて簗を打つ
   炎天の沙吸ひ入れて壺眠る
   炎天の洗面器空子が寝入れば
炎天の浜に火焚けば蟹隠る
炎天の浜白泡を長く保つ
炎天の海、底岩の彩たゞよふ
炎天の海見たき日の白帽子
炎天の海高まりて島遠し
   炎天の深ささみしむ胸反らし
   炎天の湖ひとところ夜のごとし
   炎天の湖遠し夫立てば立つ
   炎天の澄みたるものに弥勒仏
   炎天の濤に照られて月消ゆる 
 32

 

炎天の火の山こゆる道あはれ
炎天の火を消す水の荒びかな
炎天の火ロ金輪際を行く
炎天の焚火まつたく音をなさず
炎天の焚火埃りの荒々し
   炎天の熊笹の道いゆくなり
   炎天の熱気持ち込む市営バス
   炎天の犬捕り低く唄ひ出す
   炎天の現実女靴みがき
   炎天の甃(いし)そり返るロゴス見き
炎天の田の母を呼ぶ嬰児の目
炎天の田の隅に吊り盆燈籠
炎天の白皚々の塩湖かな
炎天の目となつて来る葵紋
炎天の真ン中に太陽のあり
   炎天の真水掛け合ふ海女親子
   炎天の石ころがれりこんにちは
   炎天の石の剛直安土城
   炎天の石の時間のゆっくりと
   炎天の石仏にわが貌さがす
炎天の石光る我が眼一ぱいに
炎天の石動かせて挺子しなふ
炎天の石柱に手を触れんとす
炎天の石灰馬が掲示を嗅ぐ
炎天の砂利に小鳩は首なき影
   炎天の空にきえたる蝶々かな
   炎天の空へ伸び立つ藤の蔓
   炎天の空へ吾妻の女体恋ふ
   炎天の空美しや高野山
   炎天の署名小鳥の籠さげて
炎天の群蝶を喰ふ大鴉
炎天の羽音や銀のごとかなし
炎天の老婆に無事を祝福され
炎天の老婆氷塊さげ傾ぐ
炎天の肩車より父を統ぶ
   炎天の胸の扉あけて我を見る
   炎天の能楽堂草擦る音か
   炎天の自然発火やいくところ
   炎天の船ゐぬ港通りけり
   炎天の船笛何ぞ荒涼たる
炎天の艪音こきこき遠ざかる
炎天の色は冷めたし凌霄花
炎天の色やあく迄深緑
炎天の芯の暗さやくすり噛む
炎天の花が散るなり百日紅
   炎天の花火に故山応へけり
   炎天の花火涼夜を約束す
   炎天の草に沈める鉄の棒
   炎天の草負うて人ころびたり
   炎天の荷車にさす油かな 
 33

 

炎天の菊を縛して花見せず
炎天の葉知慧灼けり壕に佇つ
炎天の葛くぐりゆく水のこゑ
炎天の葬列につく手を垂れて
炎天の蓮裏返るまで吹かず
   炎天の薄雲とほる肺の陰画
   炎天の蝶黄塵に吹かれけり
   炎天の蟻迅き地のあるばかり
   炎天の街へ呼びかけ献血車
   炎天の街角に犬立ちもどる
炎天の表紙の裏のピラミッド
炎天の袋かがやく林檎畠
炎天の裏側は風吹いてをり
炎天の裸木リヤ王の白さなり
炎天の認定被爆者席二百
   炎天の谿深く舞ふ一葉あり
   炎天の貌を小さく戻りけり
   炎天の身に方寸の飾りなし
   炎天の軸とし立てり孤寥の白
   炎天の農夫の頭石に負けず
炎天の道のはるかを修道女
炎天の道行く泉あれば飲み
炎天の道贖罪のごとく行く
炎天の遠き帆やわがこころの帆
炎天の遠揺れ犬の精悍に
   炎天の遠目にしかと琴抱へ
   炎天の邑にいく筋も道絡む
   炎天の郷土にあたま晒しをり
   炎天の酒徒が見送る磧越ゆ
   炎天の酔顔頷く旧師の前
炎天の野に近くとぶ鴉かな
炎天の金輪際をゆく鳥か
炎天の鎖をひいて疾走す
炎天の隙間を風の来たりけり
炎天の雨樋修理に友死せり
   炎天の雲のゆきたる岩照りぬ
   炎天の顔見えてゐて顔見えぬ
   炎天の風のきこゆる油田帯
   炎天の香なり臭木の香にあらず
   炎天の馬あれつのる峠かな
炎天の馬くさめせり瓦斯行きて
炎天の馬の背中は急流か
炎天の駅みえてゐる草の丈
炎天の高みの黝む緑樹帯
炎天の鬱たる嶺々は尖がくる
   炎天の鴉散らばる恐山
   炎天の鶏まつ毛なきまばたきを
   炎天の鷹の声なり紛れなし
   炎天の鹿に母なる眸あり
   炎天の黄河ゆるゆる曲り来る 
 34

 

炎天の黒人霊歌けむらへり
炎天はときに富嶽を蔵すかに
炎天はまぶし目を伏せ旅疲れ
炎天は影よりほかになかりけり
炎天は打楽器ひびき合ふごとし
   炎天は晴男の意地一周忌
   炎天は蒼し廃墟に貌よごれ
   炎天ふかく濃き青空を見定めぬ
   炎天へ一歩の蟇の指ひらく
   炎天へ出て恋ひはじむ伎芸天
炎天へ出る身構へのひと呼吸
炎天へ出揃いチェホフ忌の家族
炎天へ妻着て出づるジャワ更紗
炎天を山梨にいま来てをりて
炎天へ朝から震う糞尿車
   炎天へ炭車影ごと突つ放す
   炎天へ無頼の青田もりあがる
   炎天へ産まるるときはたれも泣く
   炎天へ立ちてはならぬ葡萄蔓
   炎天へ花かゝげそめやぶからし
炎天へ蜥蜴みづから色失ふ
炎天へ蝙蝠傘を挿入す
炎天へ遠き部屋にて水を煮る
炎天へ遠山をおく竹の幹
炎天へ鉄のベンチを引きずり来る
   炎天も幾度か眼に余りけり
   炎天も老いもがらんとしてをりぬ
   炎天や「うごけば寒い」吾が墓石
   炎天やいくたび人の死に逢ひし
   炎天やいつまでのこる法隆寺
炎天やおもて起して甑岳(こしきだけ)
炎天やかばんの中の受信音
炎天やきらり〜と水車
炎天やくらきところを家といふ
炎天やこの道のみは歩まねば
   炎天やしかとふまへし火口丘
   炎天やただ行くといふ意志あるのみ
   炎天やつぼみとがらす月見草
   炎天やなお抗わず税負う屋根
   炎天やのめりて悪もなさぬなり
炎天やのめりて登る廃伽藍
炎天やひかりとぼしき車馬のかげ
炎天やひしと蔦這ふ石館
炎天やひそかに鹿に囲まれし
炎天やひとりとなつて風の声
   炎天やむくろの蝉のうらがえり
   炎天やゑた村の上に鳶の鳴く
   炎天やをすめすの綱大まぐはひ
   炎天やケセラ辻潤の背徳歌
   炎天やピカソゲルニカ残しけり 
 35

 

炎天やマキンタラワのおらびごゑ
炎天や一念一歩山深し
炎天や一重瞼が恋しくて
炎天や世にへつらはず商へる
炎天や人が小さくなつてゆく
   炎天や内がわ曇る焼酎壜
   炎天や切れても動く蜥蜴の尾
   炎天や別れてすぐに人恋ふる
   炎天や前世のやうに異国を過ぎ
   炎天や動かしてみる己が影
炎天や十一歩中放屁七つ
炎天や厩の軒の古草鞋
炎天や口から釘を出しては打つ
炎天や口をつぐみし石地蔵
炎天や吹かれ通しの末枝の葉
   炎天や命あるもの二三翔ぶ
   炎天や地に分配の塩こぼれ
   炎天や大樹になりたきイブの裔
   炎天や天火取りたる陰陽師
   炎天や子の手にぎりて何めざす
炎天や家に冷たき薬壺
炎天や小路を廻る薬賣り
炎天や屋台の丈の屋台蔵
炎天や屋根なす浪の大室戸
炎天や山寨の鼓おどろおどろ
   炎天や幌馬車一つ黒きのみ
   炎天や恋ゆき死なばよかるらむ
   炎天や我が毛穴より我が涙
   炎天や投げつけし如き人の影
   炎天や摩崖仏驚破崖を墜つ
炎天や昆虫としてただあゆむ
炎天や棒高跳びの棒倒る
炎天や森の青々樅梢
炎天や死にし血生き血よりも濃し
炎天や死ねば離るゝ影法師
   炎天や水に磧に橋の影
   炎天や水を打たざる那覇の町
   炎天や海にこもれる海の音
   炎天や渡頭の舟の枯れ〜に
   炎天や牧場ともなき大起伏
炎天や犬は背かず吾に蹤く
炎天や瓦をすべる兜蟲
炎天や生き物に眼が二つづつ
炎天や田の口細き水零れ
炎天や病臥の下をただ大地
   炎天や相語りゐる雲と雲
   炎天や秋蚕の為の桑の出来
   炎天や空にも地にも花槐
   炎天や笑ひしこゑのすぐになし
   炎天や笠頼母しき鰻掻き 
 36

 

炎天や精を切らさず一飛燕
炎天や縄で氷を提げてきし
炎天や耳を削がれし気球たち
炎天や肩より匂ふナフタリン
炎天や胸に二トロのペンダント
   炎天や葵咲かせて異人墓地
   炎天や藤村顔の犬寝ておりぬ馬籠坂
   炎天や藺の花ひらく水の上
   炎天や蛙が鳴けば水思ふ
   炎天や蛙鳴きゐる寺の中
炎天や蜥蜴のごとき息づかひ
炎天や行くもかへるも熔岩のみち
炎天や裏町通る薬売
炎天や誰が子はだしの放し飼
炎天や貝殻山を踏みしだき
   炎天や道路工事の異国人
   炎天や金策つきし鞄置く
   炎天や釘打つ音の頭に刺さり
   炎天や鉄線の弧は橋を釣る
   炎天や鋲のつらなる鉄の船
炎天や鍋釜持たぬ野猿の顔
炎天や鎌を背にして海女あるく
炎天や長城嶺を直下せり
炎天や開かずの踏切てふに待つ
炎天や雫たらして岩兀と
   炎天や青田の中に村ひそむ
   炎天や顔遠くして杉に立つ
   炎天や鰻つかめば鳴くきこゆ
   炎天や鳶交る声谺して
   炎天や鴉があるく森の底
炎天や麹町なし水巴なし
炎天ゆく手提の中に鏡持ち
炎天ゆく水に齢を近づけて
炎天より僧ひとり乗り岐阜羽島
炎天より幼な燕の聲したたる
   炎天より金魚の貌をして戻る
   炎天をあるきて己れ光らしめ
   炎天をいただいて乞ひ歩く
   炎天をいよいよ青しきりぎりす
   炎天をぐわらんぐわらんと鐘樓かな
炎天をこのみて歩く布衣の肩
炎天をさ迷ひをれる微風あり
炎天をすぎゆく風のうすみどり
炎天をふわりと歩き転生す
炎天をゆきて戻りて掌がさみし
   炎天をゆき目ン玉をおとしけり
   炎天をゆくや彼の地に眼ひらきて
   炎天をゆくわが息の聞かれけり
   炎天をゆく明眸を失はず
   炎天をゆく死者に会ふ姿して 
 37

 

炎天をゆく胎内の闇浮べ
炎天をゆく食はむため生きむため
炎天をマリオネットのごと歩し来
炎天を一人悲しく歩きけり
炎天を一枚の鴉落ち来る
   炎天を一歩す心きまりけり
   炎天を三半規管に従ひて
   炎天を味方につけぬ勝投手
   炎天を墓の波郷は立ちてをり
   炎天を帰りみぢんに葱きざむ
炎天を愉しみゐるは雀のみ
炎天を憩ひの場とす服役し
炎天を断つ叡山の杉襖
炎天を来しよこがほで押し黙る
炎天を来し人に何もてなさん
   炎天を来し人小さきドアに消ゆ
   炎天を来てアポロンの喉ぼとけ
   炎天を来てクーラーに冷やさるゝ
   炎天を来てスーパーの深海魚
   炎天を来てビルといふ影の箱
炎天を来て地獄絵に見入るなり
炎天を来て大阪に紛れ込む
炎天を来て押売の声つまづく
炎天を来て水音の如意輪寺
炎天を来て炎天を振りむく子
   炎天を来て無類の妻の目の涼しさ
   炎天を来て燦然と美人たり
   炎天を来て砂浜を更にゆく
   炎天を来て紛れなき金閣寺
   炎天を来て苔臭き茶をすする
炎天を槍のごとくに涼気過ぐ
炎天を歩きまはりて妻なき如
炎天を泣きぬれてゆく蟻のあり
炎天を真つ黒な傘さしてをり
炎天を真直に来てふり向かず
   炎天を瞶むや刻のうしろより
   炎天を耕し寡黙深めけり
   炎天を蠍色にて立ちにけり
   炎天を行くやうしろは死者ばかり
   炎天を行くや身の内暗くなり
炎天を行く食はむため生きむため
炎天を負ひて二百五十歩かな
炎天を遠く遠く来て豚の前
炎天を避けきし蜂の逐ひ難し
炎天を鉄鉢と為す茄子の花
   炎天を領せし加賀の國一揆
   炎天を駆けて降園時間なり
   炎天を駆ける天馬に鞍を置け
   炎天を黒衣まとひて神の使徒
   炎天ヘズボンの折り目踏み出せり 
 38

 

炎天下おなじ家から人が出る
炎天下おのが影より羽音して
炎天下かくれもなくて船世帯
炎天下とほき一樹の吹かれをり
炎天下ひとつの屋根の焦げており
   炎天下また爆音下クレーン動く
   炎天下亡き友の母あゆみ来る
   炎天下仕立ておろしの喪服着て
   炎天下剣のごとく城光り
   炎天下吃りし君のなまめきぬ
炎天下吸ひし煙草の苦かつた
炎天下大きな犬と出会いけり
炎天下島に尉ゐて太鼓打つ
炎天下廃磔像に悴むか
炎天下急ぐ気のなく歩きをり
   炎天下歯ぢからといふ力失せ
   炎天下歯塚は玉のごとくなり
   炎天下死者には影も声もなし
   炎天下渚のごときひとの腕
   炎天下焔のごとく城立てり
炎天下無言で父に叱らるる
炎天下甘ずつぱくて少女の瞳
炎天下生ける者には黒き影
炎天下痛み快楽にすりかはる
炎天下穴に沈めり穴堀りつゝ
   炎天下蟻地獄には風吹かず
   炎天下貌失なひて戻りけり
   炎天下起重機少し傾いて
   炎天墓地磨かれたるはかなしめり
   炎天広場群衆はみな遠くあり
炎天来て肋截るべく告げられぬ
炎天無心どの墓もわれをふりむかず
炎天焦土人群れやすく散りやすく
炎天翔ぶ翼に無数の鋲かゞやき
炎天行かすかにきしむ鳩の羽
   炎天行く真つ赤なものを身に纏ひ
   炎天見る武人埴輪の面持ちに
   炎天青く子の顔遠く旅にある
   無人の境行くが如くに炎天行く
   熱もつてゐる炎天を来し一書
父倒る炎天透けて音もたず
父母の墓炎天の真只中に
父母の墓遠く炎天に水こぼす
物言はぬ額炎天の笑ひ受く
犀星碑まで炎天の土不踏
   犬撫でて炎天けもの臭くせり
   猫、炎天の獲物へと近付けり
   獨房の窓に炎天青く妻を追う
   獨立の大記念塔炎天下
   璃瑠蜥蜴棲む炎天の巌幽し 
 39

 

瓜売の売り仕舞ひけり炎天下
甘蔗丈けて炎天の道つづきけり
生きてゐてがらんどうなり炎天下
生きて渇く蟹よ炎天の蟹売よ
生くるべし炎天を航く車椅子
   白い声発す喪のごとき炎天に
   白炎天鉾の切尖深く許し
   目をぎゅっとつむって開いて炎天へ
   目隠しをされた駱駝が炎天下
   目鼻なき大炎天の正午なり
真炎天雀憶せず足許へ
眠る子を背に炎天の河馬の前
眼が裂けてをる炎天の鴎かな
碑まぶしく読み炎天を去りがたき
磐石に炎天の香ありにけり
   祭絵馬より炎天の溢れ出づ
   積砂利の中冷めきつて炎天に
   空知川見えては光る炎天に
   窖にこころ横たふ炎天下
   笑ひ声消ゆことはやし炎天に
網走も炎天の下箒草
縛られ地蔵縛られつづく真炎天
罷り出ておろおろするな真炎天
老眼に炎天濁りあるごとし
耳より声出す炎天の曳かれ牛
   肉声の集まる炎天下の墓標
   胸なめゐし猫炎天に啼き上げし
   胸の上炎天までを一樹なし
   自動ドアはじかれ出でて炎天下
   自称ゴッホ橋に絵を売る炎天下
舟べりにゐて炎天の暗くあり
船半ば塗られ炎天の海動かぬ
草取はせず炎天を唯眺め
葉を巻いて炎天の虫栖みにけり
葛の蔓つるに絡みて炎天へ
   蓮の風立ちて炎天醒めて来し
   薄紅葉して炎天は昨日のこと
   虫瘤の意気壮んなり真炎天
   蜂の巣を見つけ炎天子がわめく
   蜜と乳賜ふカンナの白炎天
螺子ひとつ買ふのみに出づ真炎天
蟻一疋どちみても炎天の土
行乞の真上炎天うごかざり
解剖室の水流されて炎天へ
言葉たくみに炎天を遁れ来し
   診察は束の間炎天また戻る
   詩想・微風まとひつくのみ青炎天
   豚炎天に哭き八方の釘ゆるむ
   貧農が炎天干の胡麻むしろ
   赤い旗振る炎天の貨車押せり 
 40

 

身の丈の業負いてゆく炎天下
軽子職なし炎天仰ぐ遠花火
軽装がベスト炎天あるく旅
透視了へ炎天の鉄骨錆びたり
通院の炎天の道ゆく他なし
   遊牧の民が火を焚く炎天下
   過ぎ去りし炎天かかえこむ産後
   遠颱風炎天の奥軋み鳴り
   邃く暗し炎天死後もかくあらむ
   野ざらしに見ゆ炎天の蟹港
金策や炎天に顔突き出して
釘抜くや炎天に穴ひとつ増える
銭かぞふ男炎天濁しけり
銭落ちし音炎天のどこか破れ
長城を踏み炎天を忘れをり
   隠岐からの船炎天に牛おろす
   離農家族炎天に犬をのこし去る
   雲過ぎる炎天さらに奥ありて
   電柱の一列炎天はじまれり
   電線の影あるのみの炎天を
靄晴れて暑き空なり百合の花
青栗をゆする炎天のかぜ冷えぬ
青萱の石にみだるる炎天下
靴のみは無傷炎天下の轢死
頭にふるる炎天の風故郷なり
   風のある炎天に出づ主義に生く
   風見鶏時折動く炎天下
   飴うりが飴うりに炎天に笛をふく
   高原を馬馳け吾子馳け青炎天
   高山もこの炎天の下に臥す
高野山よりお使ひや炎天下
髪染めて偽りの身を炎天に
鬼に随き炎天の道あるばかり
鮑とる萬葉の濱炎天下
鮒を蘭にさして通れり炎天に
   鯛泳ぐとも炎天の彩褪せず
   鳥なんぞになり炎天に消えなむか
   鳥の眼で飲む炎天の水飲場
   鳥棲まず風が果ゆく黒炎天
   鳩に襲はる愉しさ炎天の一少女
鳴門炎天激怒しおこる貧乏渦
鳶鳴きし炎天の気の一とところ
鶴嘴の地固め唄や炎天下
黒眼鏡かけ炎天の墨絵かな
齢おもふたび炎天のあたらしき
   あなぐらにこころ横たふ炎天下
   ぶな林から炎天へ懸巣とぶ
   ろうろうと炎熱の地にこもるもの
   「アルプスヘの道」も炎天と見えにけり
   「歩む人」炎日胸に咲き凋み 
 41

 

あはあはと富士容あり炎天下
いきいきとして炎天の草の露
いきいきと火の燃ゆるなり炎天下
いくたび来てカドミ死神通炎天に
いさぎよし炎天重き担ぎ荷は
   かぐろくて網は炎天より干さる
   くさめして鳥肌たちぬ炎天下
   けふの日の炎熱額にのこるかな
   こんじきの棺炎天の湖わたる
   すぐ決る炎天の柩坦ぐ役
すこし窶れて炎天を仰ぎけり
たかだかと揺れて炎暑の木と思ふ
だれも光りに歳月越えて来し炎天
つよき火を焚きて炎暑の道なほす
てのひらを置くや炎熱さめざる巌
   てむかひしゆゑ炎天に撲ちたふされ
   どくだみの花炎天の水に咲く
   なつかしき炎天に頭をあげてゆく
   のがれ得ぬ一事や瞭然炎天下
   はぐれ猿来て炎天の鏡立つ
はりつめし炎天先駆する柩車
ひそかにてすでに炎天となりゆくも
ひとつゐる鵜に炎日のすさまじき
ひとりごち炎天を歩きゐし乞食
ふところむなしくあるいて炎天
   まがなしき炎天の青爆心地
   まんまへの炎天に人はひりくる
   みちのくの炎天といふたぎつもの
   みちのくの炎天白き河わたる
   むしろ旗より炎天のデモ縮む
やつとお米が買へて炎天の木かげをもどる
ゆふべ死んで炎天を来る黒い傘
ゆるやかに炎暑の琴の音の粒
わが行手より炎天の火の匂ひ
ゴリラ留守の炎天太きゴムタィヤ
   ダム工事にて炎天の川濁る
   トラック遠く走り炎天しづまれる
   ナン焼きし熱の炎暑に残りけり
   バスに跳ねる炎天の尾や明治村
   ポケツトに義手入れ歩く炎天下
マラソンの行き炎天の道があり
メンバーの揃ひ炎天ものかはと
モスク凌ぐ戦没兵像大炎天
一人も客なき電車炎天過ぐ
一人ゆく潔きかな炎天下
   一睡もせず炎天がはじまれり
   下北の首のあたりの炎暑かな
   乳母車軋ませ炎天どこへでも
   亀裂走る炎天の街は我が故郷
   予のグリコ一つもらうて炎天下 
 42

 

人弔ひ来て炎天の埃臭し
人絶えて炎天の石壇風渡る
今日は炎暑の牛の鼻環のほか忘る
仰臥して四肢を炎暑に抑へらる
会釈して僧の離るる炎暑かな
   伸びゆく蔓草のとりつくものがない炎天
   何ものもとどかぬ高貴炎天は
   何も降らぬ鳩の楽土の炎天下
   俄かなる炎天となりぬ恋路駅
   傘肩に炎天ゆくや旅の果
働きて生く炎天を穿孔し
兄弟のやうに炎暑の欅立つ
先折れの巨松や炎暑夢もなし
共に語りて輪血に行きし真炎天
冷房と炎天の間出で入るも
   出し店の雫滴々炎天下
   出てすこし胸張るこころ炎天下
   出航の汽笛炎天の影を孕み
   函嶺を幾つかに割る炎天下
   切り結ぶものある炎天下を行けり
刮目の新炎天を人は避く
前後なきかなしみ炎天の太鼓の音
劫濁のごと炎天の硫気孔
動くもの青炎天の肥車
千部会のけふ炎熱もさめてゆく
   午後二時の炎天くらし簾の外に
   半眼にして炎天に歪みある
   原爆忌へ一歩つまづく炎天下
   受験の子に炎天の手毬唄
   古き代は見えず炎天の大河のみ
古き帆を張り炎天の風恃む
只今只烏賊一杯の真炎天
同じ田に同じ水の香炎暑来る
向日葵のただ一茎の炎天下
吸殻を炎天の影の手が拾ふ
   哭かむまで炎天の澄みまさりけり
   喜劇見て炎天のもの皆歪む
   嘴すこし開け炎天を鵜が過ぐる
   嘴のべて鵜か炎天もまたさびし
   土地を売る噂のどこも炎暑かな
地熱の汗炎天の汗より鹹し
坂削る貌炎天に痩せられぬ
城の石垣を炎天より垂らす
埴輪出土炎天に歓喜のこゑ短く
基地臭し炎天の犬尾をはさみ
   塩の道なり炎天を耄(ほう)け行く
   墓地ゆきて眼くらむ炎暑螽?をきく
   声なくて炎天歩む街の広場
   声なりしやと炎天を顧る
   夏痩の吾が炎天の影うすし 
 43

 

大き炎天金は覚めたる色にこそ
大工材を見つめ考ふ炎天にて
大炎天踏み鎮め神となり給ふ
天壇の炎天の谺かへりくる
妻恋し炎天の岩石もて撃ち
   密林の樅の黝む炎天下
   富士見えてゐて炎天は別にあり
   寸鉄のヘヤピンを挿し炎天ヘ
   導火(みちび)噴く青炎天を目路の涯
   尺八細音暗き家出で炎天へ
尾は未だ窓を過ぎざる炎暑かな
尾根のしづけさ行く炎天の雲の下
屋根貧しき涯炎天の接収港
山中に見る炎天の深どころ
嶺青し地平は同じ炎暑のなか
   川白く泡立つ炎暑師の墓へ
   巨き死やその葬りさへ炎天下
   市民不在の炎天に塩掻き出され
   帯売ると来て炎天をかなしめり
   年たけて越ゆべかりける炎暑かな
幸福肌にあり炎天の子供達
庇影より炎天の土起る
底抜けの炎天を我が誕生日
影さへも亡び炎天の幾礎石
影のみがわが物炎天八方に
   御柱街道炎天の下ひたつづく
   心もどる炎天の松見あげては
   急流にのめりてそそぐ炎暑かな
   惜しや桐蔭炎天にわが校歌残る
   戦車の後炎天のマラソンひそと
手がかりとせむ炎天にふくらむ波
手術衣のわれに似合はず真炎天
撥かざすとき炎天のよかりけり
教師僧として炎天に出てゆけり
敢て歩む炎天の駅までの道
   斃すべき敵あり炎天無帽でゆく
   方丈記炎暑の事を詳記せず
   旅なればこの炎天も歩くなり
   旅の傘炎天の焼跡にさす
   旅粮食ふ青炎天にめつむりて
日日いらだたし炎天の一角に喇叭鳴る
日記買ふこと一心に炎天下
早起山を越え炎天を茶屋に休む人
昆布干す炎天海の紫紺なす
星が出て雑多な歌謡の炎日閉ず
   暗きまで炎天隙間なきひかり
   暮色にもなほ炎天のつづきをり
   書を売つて炎天の下寂寥に
   會釈して炎天の女童ふとあはれ
   朝市のはや炎天となりゐたり 
 44

 

本土人としてくぐる炎暑の守礼の門
杉の秀に炎天澄めり円覚寺
杭のごと打たるることば炎天下
松裂かれしまゝにして炎天浮く蜻蛉
板子一枚炎天円空海を伏せて
   枝にかけし魚籠の飴色炎暑去る
   桜島炎天に透き徹りけり
   梅干舐む炎天遠く出でゆくと
   梅雨果の炎天佛と拝みたり
   棕梠立てり炎天の風海へ落とし
棟木上ぐ鬨炎天の真洞かな
森鬱とゆくてにちかむ炎暑かな
歩を返す炎天や母亡かりけり
死して鎧ふ巨き炎天の墓石なり
死者を吹きよせ炎熱の湖の風
   母燕細し炎天へ翔けいづるとき
   水に流すには非ず炎天水を流す
   水平にクレーン休めて炎暑のスト
   水替へしが炎天の塵はやうかぶ
   水脈の果炎天の墓碑置きて去り
水鏡して炎天はいづこにも
永平寺出て炎天の女体かな
汗し働く基地の炎天生々し
汗一滴見せぬ土工の炎天掘り
池中なる炎天蒼ざめゐて深し
   汽車の煙炎天流るるとき青し
   沖端ゆく炎天のしたしさに
   沙漠より道来てどこも炎天下
   泣きあゆむ靴炎天におとたてぬ
   浮游する炎天の群に降るべきか
海の鳥みるみる高む炎暑かな
涯しなき青田炎天白濁す
涸れつくし母炎天の礫めく
滝しぶき寒し炎天を来て遊ぶ
澤づたひ雪の童女がついてくる
   瀕死の犬いま炎天の水を舐む
   火のレール炎天下にて撃ち曲げらる
   火の国の火の山の今炎天時
   灸すふる女身炎天くもりたり
   炉を石で囲み炎暑は昔より
炎天おもきものを蟻がひきずる
炎天かくすところなく水のながれくる
炎天がかすむと穴掘梟は
炎天がすは梟として存す
炎天が曲げし農夫の背と思ふ
   炎天が近づく太鼓橋登る
   炎天せまるわれとわが影を踏み
   炎天といふ充実をふりかぶり
   炎天となる一隅の雲たぎち
   炎天と海とに面し天主堂 
 45

 

炎天に人影絶ちし座像釈迦
炎天に跫音きえて哄笑はのこる
炎天にあるきだしをり舌出して
炎天におされ九頭龍川は見し
炎天におとろへし火をまた焚ける
   炎天にさからふことをせざりけり
   炎天にさがす魂匣旅終る
   炎天にさらす山岨修那羅道
   炎天にたはむれあせし牛の舌
   炎天にはじけ出されし訃報かな
炎天にひかる碍子の痛烈に
炎天にもつこかつぎの彼が弟子
炎天にわが形影の立ちほそり
炎天にテントを組むは死にたるか
炎天にバスとゞまれば蚕屋匂ふ
   炎天に一筋涼し猫の殺気
   炎天に乱打されをる大鼓かな
   炎天に乱打されをる太鼓かな
   炎天に人のほのほや広小路
   炎天に仄めかずして烏蝶
炎天に何置く台の引出され
炎天に依然運河の高水位
炎天に働きて尿きらきらと
炎天に光る松ほど美き樹なし
炎天に冥きこゑごゑ蜂巣箱
   炎天に出づ名曲に潤ひて
   炎天に出て洩らしたる微笑かな
   炎天に出でてわが身のあたらしき
   炎天に出帆告ぐる蒸気の翳
   炎天に函嶺の紺滞る
炎天に刃向ふごとく崖削る
炎天に力消尽して走る
炎天に匂はんばかり山上湖
炎天に古鏡かくれて光りけり
炎天に可美真手命(うましまでのみこと)立ち給ふ
   炎天に名所写真師半平和
   炎天に向けソ聯材裏返す
   炎天に和す雑草の花あまた
   炎天に哭けとこそあり捨て寝墓
   炎天に声のかたまり巌運ぶ
炎天に声を拡げて物売れり
炎天に妄執の雪降らしたり
炎天に妻言へり女老い易きを
炎天に家具をつらねて曳き出す
炎天に容れられずして鈍(おぞ)烏
   炎天に容れられたりし歩みかな
   炎天に干すものの皆色濃しや
   炎天に微風常来ぬ海の上
   炎天に怒りおさへてまた老うも
   炎天に恋ひ焦れゆくいのちかな 
 46

 

炎天に愛しみあへり鶴と女
炎天に房州を恋ふ日蓮像
炎天に手を腰汽車の来るを待つ
炎天に拝みて本地垂迹よ
炎天に昼月無用の光り加へ
   炎天に松の香はげし斧うつたび
   炎天に樹樹押しのぼるごとくなり
   炎天に死せざる風を怪しめり
   炎天に水無き山の登りかな
   炎天に池を置き去る鰻番
炎天に混みあふ檻と空の檻
炎天に清流熱き湯なれども
炎天に火を焚く何の慰めぞ
炎天に火を焚く墓と墓の間
炎天に火山を置けりきりぎりす
   炎天に点る電球見るに堪へず
   炎天に焔となりて燃え去りし
   炎天に焚きたる火より猫走る
   炎天に焚く火を火とは思はずに
   炎天に焚火燃えゐる遺棄されて
炎天に犬尻ふりて欠伸せり
炎天に現れて聳ゆるは紫金山
炎天に生身(いきみ)さらして生(なま)枯るる
炎天に産みてやまざる飛行雲
炎天に発破雷管手ぐさにす
   炎天に白き物あり木の子なり
   炎天に白き祝詞を拡げ読む
   炎天に白雲といふ浮遊物
   炎天に眠る虎斑の色褪せず
   炎天に眩むや髄細りたり
炎天に眼をさらし哭かじとす
炎天に石切唄の切れつ端
炎天に秋気まざまざ都府楼趾
炎天に積まるる苦力二人は逃げ
炎天に窃かに鵙の尾を振れる
   炎天に立ちたる樫の無傷の葉
   炎天に立つ師も弟子も遠くして
   炎天に紅消えゆくや合歓の花
   炎天に紅立ちのぼる合歓の花
   炎天に繋がれて金の牛となる
炎天に罵声の如き鴉声あり
炎天に聳えて寒き巌哉
炎天に聳て高き巌哉
炎天に聾ひてをり蟻地獄
炎天に腕を上げて杉立てり
   炎天に船笛の翳のみ湿る
   炎天に芥焼く火ぞすさまじき
   炎天に花なき瓶の水を捨つ
   炎天に苦鹽の色の漲れり
   炎天に英彦山の瘤りう〜と 
 47

 

炎天に莚たたけば盆が来る
炎天に菊を養ふあるじ哉
炎天に蒼い氷河のある向日葵
炎天に襞多彩なる火口壁
炎天に解く磯臭き菰包
   炎天に訣る洋傘の絹の艶
   炎天に身を跼めきる砂利負女
   炎天に逸るドリルを抑へゐて
   炎天に金色の翅落ちゐたり
   炎天に鉄船叩くことを止めず
炎天に鉄路鳴りをるしゞまかな
炎天に鎮まりて赤煉瓦館
炎天に鏡きらめく神輿哉
炎天に雁来紅の沸き上る
炎天に雷蝶の羽摶つ音
   炎天に青淵の風ふと立ちぬ
   炎天に頭はづさず獅子憩ふ
   炎天に顔百並べ写真撮る
   炎天に鰯いきいき売りすすむ
   炎天に鳥糞まみれ平和像
炎天に鴉の啼きし濁りあり
炎天に鵙も蚯蚓も現るる
炎天に黄土を積みて家となす
炎天に黒き喪章の蝶とべり
炎天の松をほのぼの見の
   炎天の「虚無僧(ぼろ)」脛浄しそれでよし
   炎天のかくふさはしき土佐に来し
   炎天のかく大いなる欠伸に逢ひぬ
   炎天のかすみをのぼる山の鳥
   炎天のけふくらきまで光堂
炎天のここに農夫の墓たまり
炎天のごと物足らぬ生死かな
炎天のさびしさ怒りとも違ふ
炎天のさめし青さに鷺舞うて
炎天のした蛇は殺されつ光るなり
   炎天のしづまり返り川流る
   炎天のすこし弱気となりゆくも
   炎天のすつぽりつゝむ無住の島
   炎天のただ一匹の蟻見つむ
   炎天のつばくらばかりいきいきと
炎天のどこかほつれし祭あと
炎天のねむげな墓地を去らんとす
炎天のはてもなく蟻の行列
炎天のむなしさ己が影を追ひ
炎天のわが影ぞ濃き喜雨亭忌
   炎天のアルカリ地帯真白なり
   炎天のガスタンク抱きたき勝利
   炎天のトロも土工も善しと見る
   炎天のトンネルに入りては出づる
   炎天のポプラ逆立つ鱒の水 
 48

 

炎天のレールの襞へ油たらす
炎天のレールまつすぐ
炎天の一創午後はひろがりゆく
炎天の七夕竹を去らぬ人
炎天の三重より奈良へ歩き出す
   炎天の下つよきもの石と木と
   炎天の下に蟲鳴き恐山
   炎天の中にほつちり富士の雪
   炎天の中の空より声かへる
   炎天の中より婆にこゑかけらる
炎天の亀の子束子うづくまり
炎天の人なき焚火ふりかへる
炎天の何するかこの深き穴
炎天の作岩よりも焼けてあれ
炎天の児が自転車にまたがり泣く
   炎天の八ツ手影濃きあたりかな
   炎天の勝鬨橋や松の間
   炎天の十字路ぞふと人絶えたる
   炎天の古井戸に土詰まりゐし
   炎天の古墳の草に火を放つ
炎天の古松傾き合へるさま
炎天の右に傾く八ツ嶽
炎天の号外細部読み難き
炎天の噴湯を見れば太初なり
炎天の四隅を眺め航を待つ
   炎天の地に救ひなき死馬の体
   炎天の地下灯ともして街をなす
   炎天の地表鏡の内傾く
   炎天の坂や怒を力とし
   炎天の城や四壁の窓深し
炎天の城や雀の嘴光る
炎天の塔仏画には紅日輪
炎天の墓を思い出にわが生身
炎天の墓を電車が迅く過ぐ
炎天の奥へ奥へと歩むなる
   炎天の孤高の松のただしづか
   炎天の学校の銀杏いよいよ青く
   炎天の家に火を放け赤子泣く
   炎天の寂しさ虫の鳴くごとき
   炎天の少女の墓石手に熱く
炎天の山に對へば山幽らし
炎天の山毛欅次々に倒れ来る
炎天の山河を蔽ふ宙の濤
炎天の山荘に老郵使夫
炎天の山荘に老郵便夫
   炎天の岩にうち据ゑ胡桃割る
   炎天の岩にまたがり待ちに待つ
   炎天の岩もわれらも息づけり
   炎天の島このほかに港なし
   炎天の崖崩しをり十餘丈 
 49

 

炎天の嶺も刑窓も奥深し
炎天の巖の裸子やはらかし
炎天の川が焦土を挟るごと
炎天の巨きトカゲとなりし河
炎天の底の人間の一人なる
   炎天の底の蟻等ばかりの世となり
   炎天の影ことごとく路に侍す
   炎天の影の濃くして鉄鉢も
   炎天の影ひいてさすらふ
   炎天の影先立ててわが蹤けり
炎天の戸口に音すひとりづつ
炎天の手の小竹(ささ)凋(しほ)る葉を巻きて
炎天の旅孔雀の尾持ち歩く
炎天の日ざしのふかく麻に澄む
炎天の映る鏡に帰り来ず
   炎天の景をプ口ペラ妨げず
   炎天の暗き山家が落ちつきて
   炎天の暗さ負目の蝶かがよふ
   炎天の有刺鉄線影も鋭く
   炎天の木槿や遺訓いまに生き
炎天の松の下にて待つ人等
炎天の松ゆきゆけど海鳴らず
炎天の松を讃へて男老ゆ
炎天の松冷やかに鳥を抱く
炎天の梯子昏きにかつぎ入る
   炎天の樫が根を張る家の底
   炎天の機械も何かつかさどる
   炎天の歩けば揺るる街の線
   炎天の水に抜け羽根猛禽舎
   炎天の永きをトタン打ち止めず
炎天の汀を行けば逃げ果せむ
炎天の沖の帆昏く思ほゆる
炎天の沖の漁棄て逢ひに来る
炎天の河にむかへる宿の欄
炎天の油倉庫の朝から火事
   炎天の波波を追ふただ正し
   炎天の泣顔に似て笑ひをり
   炎天の洗車に吾は滝行者
   炎天の洗面器空子が寝入れば
   炎天の浜白泡を長く保つ
炎天の海、底岩の彩たゞよふ
炎天の海上に来つ生き延びて
炎天の海崖ゆらぐかと仰ぐ
炎天の海澄む海を飲みたけれ
炎天の深く一羽のとべるあり
   炎天の深閑として甕・土管
   炎天の清々しさよ鉄線花
   炎天の火の山こゆる道あはれ
   炎天の火を消す水の荒びかな
   炎天の火口金輪際を行く 
 50

 

炎天の焚火の焔めくれつつ
炎天の熱き茶胸を通りけり
炎天の牛が遮る幕石店
炎天の犬や人なき方へ行く
炎天の犬捕り低く唄ひ出す
   炎天の甍に垂るる松一枝
   炎天の甍垂れたり武田菱
   炎天の田の隅に吊り盆燈籠
   炎天の白き遠さにとり巻かる
   炎天の眼に漲りて鉾の紅
炎天の瞳細まりて昏し虎
炎天の石仏にわが貌さがす
炎天の石光る我が眼一ぱいに
炎天の石炭の山影もたず
炎天の砂打ち沈みゐる如し
   炎天の砂掬ふ音堪へがたし
   炎天の砂搬ぶことを繰返す
   炎天の砂洲ひとゐずばいかならむ
   炎天の稗をぬく種田山頭火
   炎天の空へ吾妻の女体恋ふ
炎天の窓誰も居ず刑吏の黒
炎天の筏はかなし隅田川
炎天の絶景として鹿立つも
炎天の絶頂安全旗色もなく
炎天の罠ある方へ行かむとす
   炎天の老婆氷塊さげ傾ぐ
   炎天の航夜のごとく寝しづまり
   炎天の船火事衰ふるにまかせ
   炎天の色浅くして且つ深し
   炎天の花の鮮たな墓離る
炎天の花火に故山応へけり
炎天の花火涼夜を約束す
炎天の草原独り子が通る
炎天の菊を縛して花見せず
炎天の葡萄山から母戻る
   炎天の蒼さやひとのわれ寂し
   炎天の蓮裏返るまで吹かず
   炎天の薬舗薄荷を匂はする
   炎天の蜥蜴小心翼々たり
   炎天の蝙蝠洞を出でにけり
炎天の蝶のあひびき誰も見ず
炎天の蝶をかなしき眸にとらヘ
炎天の蝶鄭重に靴のさき
炎天の蝶黄塵に吹かれけり
炎天の蟋蟀石の上に死す
   炎天の街のまんなか鉛煮ゆ
   炎天の表紙の裏のピラミッド
   炎天の衰ふる時麩売り来る
   炎天の裸木リヤ王の白さなり
   炎天の記憶あくまで無音なり 
 51

 

炎天の誰も笑はぬ黙劇(パントマミム)
炎天の谷かけかすむ栃代山
炎天の谿深く舞ふ一葉あり
炎天の跳ね橋の今静かなる
炎天の身を支へをり膝頭
   炎天の道橋上も土ぼこり
   炎天の道毒水にいでゝ渇す
   炎天の道行く泉あれば飲み
   炎天の遠きものほど眼遣る
   炎天の遠き帆やわがこころの帆
炎天の遠目にしかと琴抱へ
炎天の郷土にあたま晒しをり
炎天の酒蔵越えてからす猫
炎天の野に近くとぶ鴉かな
炎天の野路や溜飲鳴りさがる
   炎天の隈に向けし眼疲れけり
   炎天の隙間を風の来たりけり
   炎天の雀は細身東原
   炎天の雀翔ぶときほの白し
   炎天の雲に眼ほそめ古娘
炎天の雲のま下に高嗤ふ
炎天の電線家に導かれ
炎天の顔もだしをり何か負ひ
炎天の顱頂ただかざす掌一枚
炎天の風に揺れざる保育園
   炎天の首尾一線やコウ翔ぶは
   炎天の馬衣は緋ならめ髑髏は白
   炎天の高みの黝む緑樹帯
   炎天の高声憎悪してやまず
   炎天の鬱たる嶺々は尖がくる
炎天の鶴に真対ひ征く日なし
炎天の鷺うすあかし舟の上
炎天の鹿に母なる眸あり
炎天は処理涼風は処理せざる
炎天ふかく濃き青空を見定めぬ
   炎天へつぶやく憲法第九条
   炎天へまひるの炎つつつつと
   炎天へ出づる回転扉より
   炎天へ出てゆく胸につかへること
   炎天へ出でゆく気力ととのへて
炎天へ古葉をはなつ竹の山
炎天へ孤児の孤影を引つぱり出す
炎天へ槍をつけたる藪からし
炎天へ無頼の青田もりあがる
炎天へ蜥蜴みづから色失ふ
   炎天へ蝶まつすぐにまつすぐに
   炎天へ踏み出してすぐ意を決す
   炎天へ遠山をおく竹の幹
   炎天へ閾を見据ゑ出稼ぎに
   炎天へ龍舌蘭の花の棹 
 52

 

炎天もよかりし命ありしことも
炎天も葬りの後の夕やつれ
炎天やあたり木もなき町の中
炎天やいつ揚げきりし凧
炎天やくるりくるりと跳鬼(チャム)の舞
   炎天やけがれてよりの影が濃し
   炎天やこころ勇めば風が添ふ
   炎天やこと待ちとほす墓の群
   炎天やその名欠け失せ墓標群
   炎天やたらりたらりと石運ぶ
炎天やとどまるところあるごとく
炎天やなお抗わず税負う屋根
炎天やのめりて悪もなさぬなり
炎天やのめりて登る廃伽藍
炎天やひろげてたたむ鯨幕
   炎天やまれに白波寄せ来る
   炎天やみな袋負ふ苦力群
   炎天やむくろの蝉のうらがえり
   炎天やベートゥヴェン曲飛沫挙げて
   炎天やマキンタラワのおらびごゑ
炎天やモナ・リザを描きしひとの嘆き
炎天や一念一歩山深し古舘曹人
炎天や僧形遠くより来る
炎天や力のほかに美醜なし
炎天や十一歩中放屁七つ
   炎天や友亡きのちも憂苦満つ
   炎天や啼いた鴉がもう見えず
   炎天や四山望楼を載せて立つ
   炎天や土をかむつて小草の芽
   炎天や地に立命のわれと影
炎天や大薄雲の反りゆく
炎天や孑孑水をまきちらし
炎天や少年の日の白孔雀
炎天や幾谷寂と八路軍
炎天や引きしぼられし弓の弦
   炎天や彷彿として伊良子崎
   炎天や御歯黒どぶの泡の数
   炎天や恋ゆき死なばよかるらむ
   炎天や戦死の家の太柱
   炎天や手鏡きのふ破れて無し
炎天や早や焦土とも思はなく
炎天や暗くつめたき水をのむ
炎天や木の影ひえる石だゝみ
炎天や枳殻をわたる烏蝶
炎天や梅干食うて尼が唇
   炎天や死にし血生き血よりも濃し
   炎天や浮み出でゝはたまる泡
   炎天や海にこもれる海の音
   炎天や海士が門辺の大碇
   炎天や淵を囲みて光る岩 
 53

 

炎天や濡れて横切るどぶ鼠
炎天や煙草畑のうすみどり
炎天や田の口細き水零れ
炎天や病臥の下をただ大地
炎天や白扇ひらき縁に人
   炎天や目をやるたびに人遠し
   炎天や真のいかりを力とし
   炎天や眼窩の抜けし羅漢像
   炎天や砂利道行けば蝶の殻
   炎天や笑ひしこゑのすぐになし
炎天や筋肉像に欠けしもの
炎天や精を切らさず一飛燕
炎天や草に息つく旅の人
炎天や蟻這ひ上る人の足
炎天や誰のうしろも森見えて
   炎天や金潤ひて銀乾く
   炎天や釘打つ音の頭に刺さり
   炎天や鏡の如く土に影
   炎天や長城を背に墓一基
   炎天や長城嶺を直下せり
炎天や雀降りくる貌昏く
炎天や青き葉裏の青き虫
炎天や青田に動く人の影
炎天や額を蝉のたちゆける
炎天ゆくいまだ墳墓の地も得ずに
   炎天ゆく手提の中に鏡持ち
   炎天より幼な燕の聲したたる
   炎天より降り来たりし籠梟
   炎天をいただいて乞ひ歩く
   炎天をいただく嶺の遠き数
炎天をうちかむりゐる大干潟
炎天をうつせる墓石なほ磨く
炎天をさ迷ひをれる微風あり
炎天をすすみがたなの昼の月
炎天をたたへて老はのがれ得ず
   炎天をただひたすらにいゆくなり
   炎天をなほも行かむと口噤む
   炎天をゆくわが息の聞かれけり
   炎天をゆく死者に会ふ姿して
   炎天をわたるや鷺の只一羽
炎天を一枚の鴉落ち来る
炎天を乱さざるべき歩みかな
炎天を人とべりいのちいみじくも
炎天を伏目に歩み川に出づ
炎天を借りに来しかば碓擡げ
   炎天を剥ぐや名の橋くぐるたび
   炎天を嫌うてをらぬ庭のもの
   炎天を憩ひの場とす服役し
   炎天を戻りし足袋を洗ひけり
   炎天を断つ水槽の彩ひとで 
 54

 

炎天を来しと上気し座につける
炎天を来し人に何もてなさん
炎天を来し島に知人たゞ一人
炎天を来たる一心日記買ふ
炎天を来てビルの扉をいくつ押す
   炎天を来て内陣に盲ひたる
   炎天を来て大阪に紛れ込む
   炎天を来て水の香の濃きところ
   炎天を来て水甕を佳しとせり
   炎天を来て湯を浴びる音を立て
炎天を来て老身の滾りけり
炎天を来て身をひたすレモンの香
炎天を来て鍵穴に鍵を当つ
炎天の砂漠が影を吸ひ尽くす
炎天を横切りし鳥の嗚咽きく
   炎天を歩き頭の闇増やす
   炎天を歩けばそぞろ母に似る
   炎天を歩みて生命濁りけり
   炎天を泣きぬれてゆく蟻のあり
   炎天を照り返したる沙漠哉
炎天を砂(いさご)に張つて一休寺
炎天を網代に組んでゐたりけり
炎天を老人がゆく国破れ
炎天を蠍色にて立ちにけり
炎天下氷雪を売る標あり 
   炎天を行く口枷をはめし犬
   炎天を行く犬紅き舌を垂れ
   炎天を行く賭けごころなしとせず
   炎天を行く黒髪を赤く染め
   炎天を計るカレーの辛さもて
炎天を走れる童女見れば快し
炎天を逃れて来り部屋くらく
炎天を遠く遠く来て豚の前
炎天を避けきし蜂の逐ひ難し
炎天を鉄鉢と為す茄子の花
   炎天を鏡中に嵌めやや昏し
   炎天を降りきて厚き肉をさける
   炎天を駆ける天馬に鞍を置け
   炎天下くらくらと笑わききしが
   炎天下の岩蘚厚しすべて既往
炎天下ぽつりと明日を約しけり
炎天下元服松の裔に凭る
炎天下哭けば年寄る女たち
炎天下大木の挽き切られたる
炎天下子のやはらかき手を携ヘ
   炎天下廃磔像に悴むか
   炎天下本買ふ一日糧抜くとも
   炎天下歯ぢからといふ力失せ
   炎天下死者には影も声もなし
   黙々と列につきゆく炎天下
 55

 

炎天下生きては古ぶ顔かたち
炎天下老禰宜かしこみかしこみて
炎天下蟻地獄には風吹かず
炎天下鏡面に地火紅し三つ
炎天下鳩いつせいに歩きをる
   炎天充つ青年と影を同じうし
   炎天奔流何に留意のひまもなく
   炎天悲報同じく瞳黒き戦禍の民
   炎天来し漁夫畳にて肌冷やす
   炎天来て明治初年の(けら)を前
炎天歩く警笛ばかり浴びせられ
炎天歩む吾は「残留の歌声」ぞ
炎天老婆髪はもとより爪白く
炎天行かすかにきしむ鳩の羽
炎天行き蹴つまずいたは
   炎天行く声なき自讃くりかへし
   炎天行く真つ赤なものを身に纏ひ
   炎天行けず双眼鏡の力借る
   炎天行をんなをまじへ愉しげに
   炎天見る膏薬に五十肩刺させ
炎日に人肌粘し光る滝
炎日に色うしなへり師の訃報
炎日のおのれ自身もけぶりゐる
炎日のその木漏日の棘棘し
炎日のもと来しなげき流人帖
   炎日のわたる穴居の真上かな
   炎日の墓地をまなかに村なせる
   炎日の庭石重み失へり
   炎日の流木挽けりふぐり揺り
   炎日の糞ころがしの青さかな
炎日の蝶越えゆけり有刺柵
炎日も燻ゆ泥地獄沸々と
炎日やどこかきらりと沙漠の目
炎日や人栖みくらきビルデイング
炎日や岸を削れる大黄河
   炎日や廃堂孤絶影なさず
   炎日や泥色ふかき包頭市
   炎日や焼き亡ぼさむ天の火や
   炎日や糸杉の穂のよぢれやう
   炎日をかくす蝗のほむらかな
炎暑このしづけさ雀鳴くことも
炎暑に生れ党は三十父なる牛
炎暑に耐ふ時が失意を流しゆく
炎暑の田しづかに暑さあつめをり
炎暑兆す市空妻も時計捲く
   炎暑去る地中にふかく樹の根満ち
   炎暑去る沃土を愛す百姓ら
   炎暑寂ぶ鶴飼橋は父祖の橋
   炎暑日の眠れるに似て脱ぎ草履
   炎暑来て著し明治の青表紙 
 56

 

炎暑来て黄河の雷魚食らひけり
炎暑来る花の静かな正視に耐へ
炎暑火を焚けば少しは罪消えむ
炎熱のいただきたまが四方より来
炎熱の基地へ反る松ガス工忌
   炎熱の山のとりでをよぢて攻む
   炎熱の疲れを凌ぐおのが魔羅
   炎熱や勝利の如き地の明るさ
   無人の境行くが如くに炎天行く
   熱湯を捨て炎天の地に加ふ
片壁が残る病院跡炎天
牛の身の山越えてゆく炎暑かな
物言はぬ額炎天の笑ひ受く
甑てふ炎天の山青尽くす
生きるにも死ぬにも眩む
   生き死にの上や炎日めぐりをり
   男の顔なり炎天の遠き窓
   発掘の趾を晒せり炎天下
   白桔梗眼にあり炎暑極まりぬ
   白炎天鉾の切尖深く許し
白鷺の炎天銀細工として舞ヘり
白鷺の羽領布振るや炎天に
目つぶしといふ炎天のありしこと
目眩(めくるめ)くまで炎日の潟平ら
盲杖のこつこつと青炎天下
   看護婦の眼のらんらんと炎天見る
   眼が裂けてをる炎天の鴎かな
   眼を張りて炎天いゆく心の喪
   矢田川も庄内川も炎天下
   短冊を書く炎天に負けまじと
石が口あけ炎天に何を呼ぶ
石を切り出す炎天を掘り下げて
石伐場底を晒して炎天下
砂を舞う蝶炎日の海へは出ず
破れたる帆や炎天の泊の帆
   祭絵馬より炎天の溢れ出づ
   私葬了りぬ正午のサイレン炎天へ
   稜線の牛炎天へ尾をふる見ゆ
   積砂利の中冷めきつて炎天に
   突風が吹きて炎天たちまち失せ
窖にこころ横たふ炎天下
立ちゆらぐ風炎天の一墓群
竹馬の黄を炎天に放置しぬ
築地川あたりをいゆく炎暑かな
籠囚の身の炎天に出でがたき
   紅き紙鳶炎天深く掲げたり
   継ぎあての帆も炎天の沖に出て
   罪を負ふごと炎天下石負ひ来
   美しき炎暑をいゆく胸張りて
   羽抜鶏眺めて炎暑極まりし 
 57

 

聖十字あとかたもなし額炎暑
聖水を撮(つま)む炎天来た眼玉
肉親の肉なき骨や炎天下
肥溜に魚の眼ひかる真炎天
肩に栗鼠のせ炎天を買物に
   船着きし島のざはめき炎天下
   色もたぬ火を踏みにじる炎天下
   若者はどこにでもゐる炎天にも
   英霊となり炎天をかへり来給へり
   草のたくましさは炎天さらにきびしく
草ひばりしげし山刀伐真炎天
草田男の死の炎天は父の空
荼毘煙勢いて真炎天濁る
荼毘終へて炎天何処に帰らむか
菜園にかがみて炎暑また愉し
   葬送る炎暑の蹠ぴつたり佇ち
   薄咳をして炎天を通りけり
   薄紅葉して炎天は昨日のこと
   薪割るや炎天すこし手が狂ひ
   藪枯らし炎天の花慎しき
藺草焼く火か炎天に波打てる
虎を小脇に馴らす仏の炎天に
蛇が殺されて居る炎天をまたいで通る
蜂の巣を見つけ炎天子がわめく
蜑さむく不漁し炎暑の煙上ぐる
   行く方やふと人途絶え炎天下
   街中や炎天強き鋼の香
   街角のどこからも見ゆ炎暑の城
   衣売りに炎天へ出る妻たのしげ
   裏窓の炎天をゆく夫の距離
西の院までの炎熱白渚
言葉たくみに炎天を遁れ来し
記憶うするるを怖れ炎天静かに行く
詩想・微風まとひつくのみ青炎天
豆腐屋の小躯炎天にて尿る
   象の炎天蟻の炎天ややちがふ
   豪華なる炎天にてもあるべきか
   足あやふし炎天の岩ぐらと揺れ
   足の下にも炎天はありにけり
   足音なき老人の歩みの炎天下
跡・跡の字のみ炎暑の毛越寺
身から出る塩舐め炎天下に旨し
軽子職なし炎天仰ぐ遠花火
道に火を焚いて恪(らを)売る炎暑来ぬ
遠くの鉄を打ちはじめたり炎日に
   遠颱風炎天の奥軋み鳴り
   邃く暗し炎天死後もかくあらむ
   那古かけて炎天何ぞ帆の多き
   野鼠啖ふ鷹炎日を冠とす
   鉾過ぎし炎天架線工夫吊り 
 58

 

銃後炎熱茂吉の歌集購ひもどる
鍛冶屋町炎天鍛冶の火も見えず
長城は胡に高くして炎天下
隣家にて踏む炎天のトタン屋根
離農家族炎天に犬をのこし去る
   青萱の石にみだるる炎天下
   音へ音酬い炎暑の石工徒弟
   頭にふるる炎天の風故郷なり
   頭に繃帯炎天身丈つまるかな
   頭古くこの炎天を庭とせり
顔といふもの消え炎天の女たち
風のある炎天に出づ主義に生く
風のごとくにことごとく炎暑光
首環鳴る犬炎天は嘸やさぞ
駱駝ゐて静かなるかな炎天下
   高山もこの炎天の下に臥す
   鬼に随き炎天の道あるばかり
   鮒を藺にさして通れり炎天に
   鯛泳ぐとも炎天の彩褪せず
   鳥なんぞになり炎天に消えなむか
鳥の眼で飲む炎天の水飲場
鳥睦みつつ査として炎暑かな
鳶鳴きし炎天の気の一とところ
鴉群れゐて炎天に屍なし
鶏の骨たゝく炎天の一方澄み
   鶏市の高座の男大炎天
   鶴嘴の地固め唄や炎天下
   麝香草炎熱骨に徹るべし
   黒揚羽炎天に翅濁すなり
   黒眼鏡かけ炎天の墨絵かな
龍階の苔炎天に黄なりけり 
炎天へ突っ立つ避雷針一本
炎天に歓喜の虹かかりけり
炎天の燕も狂う暑さかな
炎天の球児となりて慟哭す
   炎天の空に歓声甲子園
   炎天の砂に誓言幼恋
   炎天下総勢九人球を追ふ
   球を追ふ総勢九人炎天下
   炎天やビル陰ばかり遠回り
炎天や溶け出しそうなミニ団地
炎天を戻りて鳴らすのどぼとけ
炎天や揺れることなしかずら橋 
ブロックの壁壊されてゆく炎天  
人生の楽しみ炎天下のカレー
   炎天下車天国徒歩地獄 
   炎天の白球へ跳びグラブ挙ぐ
   炎天や駅のオブジェは波形に
   新宿発炎天からの逃避行
   炎天に右往左往の穴一
 59

 

炎天の産土神詣で幼児臥す
炎天や狂いもせずに腕時計 
垂れるもの垂れ犬歩む炎天下
炎天のベル押し教典売りに来る
炎天を来て年金のこと話し出す
   炎天下裸形の女街に満ち
   炎天なれど猫のTシャツ胸を張り
   炎天や影もかげ欲し我が真下 
   炎天下交差点急ぐひと無帽 
   炎天や大和なでしこひた走る
炎天を吹き抜けし風秋けはひ
炎天の煙草のけむり濃く立ちて
炎天の輝ける一歩アテネかな
地下鉄を出て炎天の九段坂
炎天に戦敗れし子供の眼
   炎天に連山正しゅう全快す
   炎天や大型トラック疾走す  
   賢治像の項垂れみちのく炎昼
   みちのく炎昼賢治の像の項垂れ
   うずくまる地にタンゴムシ炎天下
口紅を引き炎天を歩み初む
炎天や渓間の玉堂美術館
炎天やつひに北国沸騰点
炎天や日本列島横臥せり
右隅に決まるスマッシュ炎天下
   切株が墓石のごとく炎天に
   炎天に浅間の煙白く見ゆ  
   炎天の墓碑置き去りし水脈の果
   戦友の墓碑炎天の水脈の果
 

 

 
 
 
 
 

 

●炎昼
夏の暑い昼下がり。《季 夏》。
やけつくような夏の午後の暑さ。
日差しが照りつける、真夏の暑い昼間。
真夏の昼間。炎天の炎と昼間の昼からできた言葉。
真夏の灼(や)けつくように暑い昼をいう。日盛に近いが、語感の強さもあって、一日で最も暑いという印象を与える。比較的新しい季語で、山口誓子が昭和十三年刊行の句集名に『炎昼』を使って以来広まったという。  
 1

 

炎昼の女体のふかさはかられず
いちにんの愚者炎晝の木をよじて
つよき火を焚きて炎昼の道なほす
みじろぎもせず炎昼の深ねむり
ハドソンも炎昼くらむ疲れ濃し
   レール無音にして炎昼悲痛に似る
   一瞥をくれ炎昼の銃器店
   侮りて出て炎昼の火刑かな
   口あけている炎昼のドラム缶
   女の身炎昼に影なくし立つ
家中に玩具踏み場もなき炎昼
布施がらを焚けば炎昼まほらあり
影と同速出前の青年炎昼馳す
待つはかなし炎昼へ出て鮮明に
忽然来て炎昼のさみしさよ
   押入に炎昼古き花鋏
   杖に石ふれ炎昼の百歳婆
   氷切る炎昼の背は鷲となり
   注射し守る炎昼石廊に臥しいるを
   漫陀羅図掛けて炎昼忘れをり
炎昼いま東京中の一時打つ
炎昼に軋む二本の樹のごとし
炎昼に黒羽丈なす尾長鶏
炎昼のおのれの影に子をかくす
炎昼のきはみの櫛を洗ひけり
   炎昼のきはみ女の尻うちてぞ
   炎昼のくらさ御堂の大太鼓
   炎昼のここに岬つき友は亡し
   炎昼のこつんと己が奥歯なる
   炎昼のしづかに巨き牛*たおる
炎昼のすらりと越前竹人形
炎昼のつぶやく如き蝶とゐて
炎昼のなか大股にモデル来し
炎昼のはるかに雨戸くられをり
炎昼のふくらみすぎし旅鞄
   炎昼のゆけどとどかぬ天涯見ゆ
   炎昼のエンジン音は父の挽歌
   炎昼のチェスはさびしき遊びかな
   炎昼の一点を見る測量士
   炎昼の二児守ることに明け暮れし
炎昼の人声絶えし魚市場
炎昼の公園動くもののなし
炎昼の刻まもりしは吾のみか
炎昼の城に無数の弓狭間
炎昼の多感な駅夫レールに出て
   炎昼の女体のふかさはかられず
   炎昼の屋久島俄かなる山雨
   炎昼の山見て部屋の中歩く
   炎昼の岩場垂直徹しをり
   炎昼の干鱈の茶漬かっ込めり 
 2

 

炎昼の影を縮めし祈りかな
炎昼の径いつぱいに牛がくる
炎昼の時間の檻に入るごとし
炎昼の杉生ふ山の匂ひかな
炎昼の松風棕梠と吹き通う
   炎昼の梁怖ろしき蔵二階
   炎昼の海がくぼみぬ造船音
   炎昼の海しんかんと母の視野
   炎昼の無縁仏みな声を持つ
   炎昼の玩具転がしある一間
炎昼の病ひふかみに落ちにけり
炎昼の眼窩をくらく逢ひにゆく
炎昼の石みなゆらぐ渡船場址
炎昼の石担ぐ息ふれあへる
炎昼の砂利ふみて来し遺影かな
   炎昼の空気をぬすむ一角獣
   炎昼の窪に発光せる土工等
   炎昼の絶壁虫の鳴きにけり
   炎昼の胎児ゆすりつ友来る
   炎昼の胸もと暗く茄子炒め
炎昼の葬ねむたかりかなしかり
炎昼の軒塞ぎたる乳房かな
炎昼の追ひかけてくるムンクの目
炎昼の運河の筏動かざる
炎昼の雲きそひたつ青胡桃
   炎昼の電車重たく橋渡る
   炎昼の頭に負担なき戦記物
   炎昼の馬に向いて梳る
   炎昼の黒牛舌を見せず食む
   炎昼へたましひ一人歩きせり
炎昼へ製氷の角をどり出る
炎昼やするめのごとく部屋にゐる
炎昼やてのひらほどの島浮ぶ
炎昼やとぼしけれども蔵書あり
炎昼やまんがの中は音ばかり
   炎昼やわが文字の上を馬蹄音
   炎昼やタールが見えぬ火に煮ゆる
   炎昼や乏しけれども蔵書あり
   炎昼や力尽して松が立ち
   炎昼や妻へのたより懐に
炎昼や少しジュラ紀の匂う窓
炎昼や庄司の甕に梅醸す
炎昼や廃墟に文字のいのちあり
炎昼や忌のすだれ垂れ犬通る
炎昼や手掴みで売る油揚
   炎昼や法師に父母をゆだねたり
   炎昼や海の太陽茄であがる
   炎昼や猫も自愛の四肢伸ばす
   炎昼や白髪歳に先んずる
   炎昼や硝子の束の運ばるる 
 3

 

炎昼や虚に耐ふるべく黒髪あり
炎昼や蛸壺暗き口開いて
炎昼や身ほとりの木はむらさきに
炎昼や逢ひてこころに友失ふ
炎昼や食べ残したる犬の餌
   炎昼や黒眼もたざる石膏像
   炎昼ゆく身の内側を起しつつ
   炎昼よ炎えよ炎昼草田男亡し
   炎昼をこもり賜ひし朱筆かな
   炎昼をどこまで鎖引き摺つて
炎昼をへたばりをると誰が云ひし
炎昼をゆくや拳のなか暗く
炎昼を国引に似て雲ちぎれ
炎昼を来てくらくらと喪の花輪
炎昼を睡りて勁し雑木山
   炎昼を睡りて息の濁りけり
   炎昼を縞シャツの縞歪め来る
   炎昼を郷ひろみ風刑事来る
   炎昼を静止しているなにもかも
   炎昼ヘバスよりぞ吐き出されたる
炎晝のゆけどとどかぬ天涯見ゆ
炎晝の函に口あり薄紙かむ
炎晝の木橋波うつボタ地帯
炎晝の火傷の街をペンキ屋が青に
牢獄の裡炎昼のこゑを絶ゆ
   白猫に炎昼の光古びたり
   鉄抛る炎昼の耳底痺れ
   電線の影炎昼の盲壁
   髪に蜂触れし炎昼の憤り
   鹿跳ねて炎昼くらき影生まる
まんじゆうに何も起こらぬ夏の昼
夏の昼しばらく口を開けてゐる
夏の昼のマンドリン弾きは理髪師よ
夏の昼酒呑み地蔵頭に手
夏真昼回り舞台の静止せる
   夏真昼死は半眼に人を見る
   夏真昼死者も縁者も化粧して
   空腹のまま伏見まで夏の晝
   窓をうしろにして膝長い夏の昼
   さをしかの耳のさとさよ夏の昼
しづかにて恐し炎昼の癩の群
すれ違ひざま炎昼の弱法師
みじろぎもせず炎昼の深ねむり
一音もなき炎昼の昼寝覚む
古風な櫛しつかと挿してゆく炎昼
   喪の家に竈火熾れる夏の昼
   夏の昼といふまさびしき刻ありぬ
   夏の昼オルガンの音は勢ぞろひ
   太梁に炎昼怖ろし蔵二階
   女の身炎昼に影なくし立つ 
 4

 

寝て覚めて炎昼何の音も無し
巌群の乾きてくらし朱夏の昼
日本人のごと炎昼尾長こゑひそむ
朱のポスト炎昼の犬舌を垂る
松は松の竹は竹の匂いして炎昼
   楪の大樹の前の夏の昼
   濤かぶる炎昼の岩鵜を翔たす
   炎昼いま東京中の一時うつ
   炎昼にあそぶ漁師の眼ひそめ
   炎昼の*まちは太古や蓮の花
炎昼のいづこも巌が海劃る
炎昼のいのちつぐべき物の音
炎昼のうしろ手つけば敷居あり
炎昼のきはみの櫛を洗ひけり
炎昼のきはみ女の尻うちてぞ
   炎昼のここに岬つき友は亡し
   炎昼のこもれば病むと異ならず
   炎昼のはるかに雨戸くられおり
   炎昼のひかりの果ての磧
   炎昼のふくらみすぎし旅鞄
炎昼のマツチ黒煙噴きて燃ゆ
炎昼の人に飢ゑたる壁鏡
炎昼の光の中に浮び臥す
炎昼の刻まもりしは吾のみか
炎昼の割目のやうに沖の舟
   炎昼の壁摩り来たる印度牛
   炎昼の奈落地下鉄全燈点け
   炎昼の女体のふかさはかられず
   炎昼の山重なりてうすうすと
   炎昼の川の真しぶき合戦碑
炎昼の松は大蛇となりにけり
炎昼の歯のなきくらさわが口に
炎昼の港泊船ただ白く
炎昼の火事の炎の聳えけり
炎昼の物しゆくしゆくと煮えいたり
   炎昼の白きひかりに島ひそと
   炎昼の眼窩をくらく逢ひにゆく
   炎昼の砥石のくぼみ開田村
   炎昼の笛吹川へ田水落つ
   炎昼の胎児ゆすりつ友来る
炎昼の航陸上のつづきかと
炎昼の蝶の低さに車椅子
炎昼の軒塞ぎたる乳房かな
炎昼の逢瀬後頭に砲鳴れり
炎昼の闇なす土間の大水甕
   炎昼の雲きそひたつ青胡桃
   炎昼の音なきわざに針仕事
   炎昼の魚むしり食ふ石切場
   炎昼の麻痺の顔々相似たり
   炎昼へ製氷の角をどり出る 
 5

 

炎昼も地に垢面の眠りこけ
炎昼やとぼしけれども蔵書あり
炎昼やわれにさびしき兵のさが
炎昼や傑作一人体の滅
炎昼や天馬として飛べ飾馬
   炎昼や妻へのたより懐に
   炎昼や師を売る銀貨三十枚
   炎昼や日照る石また昃る石
   炎昼や死を伝へむと巷に佇つ
   炎昼や法師に父母をゆだねたり
炎昼や畳掃く音すぐ離れ
炎昼や白鷺妻とくちづけす
炎昼や虚に耐ふるべく黒髪あり
炎昼や身ほとりの木はむらさきに
炎昼や逢ひてこころに友失ふ
   炎昼や餌を欲る鷺の嘴みがく
   炎昼をこもり賜ひし朱筆かな
   炎昼をどこまで鎖引き摺つて
   炎昼を佇ちてあがなふ米すこし
   炎昼を睡りて息の濁りけり
炎昼を雨戸半閉め臥暮し母
炎昼玻璃ごし白く寂しく熔接焔
狂ひ声して炎昼の貨車長し
癩家族炎昼に眼をひらき住む
白く淡し炎昼の癩患者たち
   盲者の眼炎昼の地へもの問ふがに
   眉すこし剃る炎昼のこととして
   腰湯して音も立てずに夏の昼
   集め焼く供華炎昼に炎を持たず
   髪に蜂触れし炎昼の憤り
鬣を不思議と思ふ炎昼なり
鹿跳ねて炎昼くらき影生まる 
炎昼や腰たよりなき有馬筆
 
 
 
 

 

 
 

 

 
 
 
 
 

 


 
2021/8/5