日本の国力

人口 / 日本の人口1人口2現状と課題少子化1少子化2・・・
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産業別就業者数

雑学の世界・補考

人口

日本 の人口に関する主な指数
         1980 年    2015 年    2045 年 
年少人口割合   23.5 %    12.6 %    10.7%
生産年齢人口割合 67.4 %    60.7 %    52.5% 
老年人口割合    9.1 %    26.6 %    36.8%
後期老年人口割合  3.1 %    12.8 %    21.4%
年少人口指数   34.9     20.8     20.4
老年人口指数   13.5     43.9     70.2
従属人口指数   48.4     64.7     90.6 
老年化指数    38.7     210.6     344.3 

年少人口(0〜14歳)
生産年齢人口(15〜64歳)
老年人口(65歳以上)
後期老年人口(75歳以上)
年少人口指数=年少人口÷生産年齢人口×100
老年人口指数=老年人口÷生産年齢人口×100
従属人口指数=(年少人口+老年人口)÷生産年齢人口×100
老年化指数=老年人口÷年少人口×100、高齢化率 = 老年人口割合
 
日本の人口 1

 

総務省統計局がまとめる国勢調査(国調)または各都道府県による人口統計値を表したもの。日本はOECD諸国の中で最も少子高齢化が進んでおり、世界のどの国も経験したことのない速度で人口の少子化・高齢化が進行している。日本の総人口は2015年(平成27年)の国勢調査によると、2016年(平成28年)10月1日時点の確定値で、127,094,745人で,2010年(平成22年)の前回調査から962,607人(0.8%)減少した。  
平均寿命
最新の生命表である「平成27(2015)年完全生命表」によると、平均寿命(0歳における平均余命)は、男性:80.75年、女性:86.99年で、前回2010(平成22)年の完全生命表と比較して、男性は1.20年、女性は0.69年上回った。
平均寿命の年次推移をみると、第二次世界大戦前は50年を下回っていたが、戦後初の1947年(昭和22年)の第8回生命表の平均寿命は男性:50.06年、女性:53.96年と50年を上回った。その後、約60年経過し、男は28.50年、女は31.56年延びている。65歳における平均余命は、男性:19.41年、女性:24.24年となっており、平均余命の年次推移をみると各年齢とも回を追うごとに延びている。  
人口の推移 1910(明治44)年 - 2015(平成27)年
   年         総人口    前年比増減率
1910(明治43)   50,984,840   -
1915(大正 4)   54,935,755   7.7%
1920(大正 9)   55,963,053   1.9%
1925(大正14)   59,736,822   6.7%
1930(昭和 5)   64,450,005   7.9%
1935(昭和10)   69,254,148   7.5%
1940(昭和15)   73,075,071   5.5%
1945(昭和20)   71,998,104  -1.5%
1950(昭和25)   83,199,637  15.6%
1955(昭和30)   89,275,529   7.3%
1960(昭和35)   93,418,501   4.6%
1965(昭和40)   98,274,961   5.2%
1970(昭和45)  103,720,060   5.5%
1975(昭和50)  111,939,643   7.9%
1980(昭和55)  117,060,396   4.6%
1985(昭和60)  121,048,923   3.4%
1990(平成 2)  123,611,167   2.1%
1995(平成 7)  125,570,246   1.6%
2000(平成12)  126,925,843   1.1%
2005(平成17)  127,767,994   0.7%
2010(平成22)  128,057,352   0.2%
2015(平成27)  127,094,745  -0.8%


日本の人口は、明治の初めまでは、約3,000万人程度で推移していた。
日本の出生率低下は戦前から始まっていたが、戦時中の出産先送り現象のため終戦直後の1940年代後半にはベビーブームが起き、出生数は年間約270万人に達した。ちなみに、1947年(昭和22年)の合計特殊出生率は4.54。
しかし、1950年代には希望子供数が減少し、1948年(昭和23年)に合法化された人工妊娠中絶の急速な普及をバネに出生数は減少し、1961年(昭和36年)には、出生数159万人(合計特殊出生率1.96)にまで減少した。
その後、出生数が若干回復傾向を示し、1960年代から1970年代前半にかけて高度成長を背景に出生率は2.13前後で安定する。このとき、合計特殊出生率はほぼ横ばいであったが、出生数は増加し、200万人以上となったため第二次ベビーブームと呼ばれた。
1973年(昭和48年)がピーク(出生数約209万人、合計特殊出生率 2.14)で。1974年(昭和49年)には人口問題研究会が主催し、厚生省(現:厚生労働省)と外務省が後援して世界人口会議に先駆けた第1回日本人口会議では、人口爆発により発生する問題への懸念から「子どもは2人まで」という趣旨の大会宣言を採択するなど人口抑制政策を進めた。国際連合総会では1974年(昭和49年)を「世界人口年」とする決議をし、ルーマニアのブカレストで開催された世界人口会議では主として発展途上国の開発との関連において人口対策を論議し、先進国、発展途上国共に人口増加の抑制目標を定めて人口対策を実施する旨の「世界人口行動計画」を満場一致で採択した。第一次オイルショック後の1975年(昭和50年)には出生率が2を下回り、出生数は200万人を割り込んだ。以降、人口置換水準を回復せず、少子化状態となった。
その後さらに出生率減少傾向が進み、1987年(昭和62年)には一年間の出生数が丙午のため出産抑制が生じた1966年(昭和41年)の出生数約138万人を初めて割り込み、出生数は約135万人であった。1989年(昭和64年・平成元年)の人口動態統計では合計特殊出生率が1.57となり、1966年(昭和41年)の1.58をも下回ったため「1.57ショック」として社会的関心を集めた。同年、民間調査機関の未来予測研究所は『出生数異常低下の影響と対策』と題する研究報告で2000年(平成12年)の出生数が110万人台に半減すると予想し日本経済が破局的事態に陥ると警告した。一方、厚生省(現・厚生労働省)の将来人口推計は出生率が回復するという予測を出し続けた。1992年度(平成4年度)の国民生活白書で「少子化」という言葉が使われ、一般に広まった。さらに、1995年(平成7年)に生産年齢人口(15-64歳)が最高値(8,717万人)、1998年(平成10年)に労働力人口が最高値(6,793万人)を迎え、1999年(平成11年)以降、減少過程に入った。
その後も出生率の減少傾向は続き、2005年(平成17年)には、出生数が約106万人、合計特殊出生率は1.26と1947年(昭和22年)以降の統計史上過去最低となり、総人口の減少も始まった。2005年(平成17年)には同年の労働力人口は6,650万人、ピークは1998年(平成10年)の6,793万人であったが、少子化が続いた場合、2030年には06年と比較して1,070万人の労働力が減少すると予想される。
その後、若干の回復傾向を示し、2010年(平成22年)には出生数が約107万人、合計特殊出生率が1.39となった。なお、2011年(平成23年)の概数値は、出生数が約105万人、合計特殊出生率が1.39であった。
しかし15歳から49歳までの女性の数が減少しており、そのため合計特殊出生率が上昇しても出生数はあまり増加せず、2005年(平成17年)に出生数が110万人を切って以降、出生数は110万人を切り続けていたが2016年(平成28年)の出生数は推計で98万人で、1899年(明治32年)の統計開始以降初めて、100万人を割り込み2017年(平成29年)の出生数が94万人と100万人の割り込みが続いている。  
丙午(ひのえうま、へいご)
干支の組み合わせの43番目で、前は乙巳、次は丁未である。陰陽五行では、十干の丙は陽の火、十二支の午は陽の火で、比和である。
丙午生まれの迷信 / 由来
「丙午(ひのえうま)年の生まれの女性は気性が激しく夫の命を縮める」という迷信がある。これは、江戸時代の初期の「丙午の年には火災が多い」という迷信が、八百屋お七が丙午の生まれだとされたことから、女性の結婚に関する迷信に変化して広まって行ったとされる。江戸時代には人の年齢はすべて数え年であり、もしも八百屋お七が寛文6年(1666年)の丙午生まれならば、放火し火あぶりにされた天和3年(1683年)には18歳になる計算となるが、西鶴などの各種の伝記では16歳となっている。しかし浄瑠璃作家紀海音が浄瑠璃「八百やお七」でお七を丙午生まれとし、それに影響された為長太郎兵衛らの『潤色江戸紫』がそれを引き継ぎ、また馬場文耕はその著作『近世江都著聞集』で谷中感応寺にお七が延宝4年(1676年)に掛けた額が11歳としたことが、生年を寛文6年(1666年)とする根拠となった。紀海音は演劇界に強い影響力を持ち、文耕の近世江都著聞集も現代では否定されているものの長く実説(実話)とされてきた物語で有り、お七の丙午説はこのあたりから生じていると考えられている。
迷信1 / 子供が極端に少ない年
丙午(ひのえうま、へいご)は、干支の一つ。前回が1966年だったから次に回ってくるのは、2026年。この年生まれの女性は、気性が激しく、夫を尻に敷き、夫の命を縮めるとまで言われる。 特に江戸時代中期に盛んに信じられており、1846年(弘化3年)の丙午には、女の嬰児が間引きされたという話が残っている。1906年(明治39年)の丙午生まれの女性の多くが、丙午生まれであることが理由で結婚できなかったと言われている。この迷信は現代でも信じられており、1966年(昭和41年)の丙午の年は、子供を設けるのを避けた夫婦が多かったため、出生数は136万人と、他の年に比べて極端に少なくなった。その反動により翌年は急増した。
迷信2 / ”ひのえうま”の年になぜ出生数は減ったの?
十干(じっかん)でも干支(えと)でも、陽の火に該当する丙(へい)と午(うま)の年度は、60年度に1度訪れることとなる。直近の”ひのえうま”は1966年。陽の火が重なるこの年度に生まれた女性は気性が激しすぎて夫を不幸にする、と言われており(迷信と言われているが)、これがそもそもの出生数の減少の要因となったようだ。
具体的にどの程度減少したのか。以下の図をご覧いただきたい。
これを見るとわかると思うが、丙午に該当する1906年と1966年に大きく出生数が減少しているのがわかる。1906年については、わずかほどではあるが、割合にして約4%減少しているとのこと。また、1966年については25%減少しており、昭和においても迷信が根強く残っていたことがわかる。
迷信3 / 日本に66年生まれの午年が少ないわけ
戦後日本の出生率グラフにはおのの跡が鮮明だ。緩やかに下降したグラフに突然くちばし形の陥没が出現する。出生率が急減した1966年の跡だ。その年の出生者は約136万人。65年の182万人、67年の194万人と比較すると確かに驚くべき減少だ。衝撃が大きかったのか66年の出生率1.58人は、それ以下に落ちた1989年の「1.57ショック」が発生するまで日本の人口政策のマジノ線だった。
66年にどんな曲折でもあったのだろうか。破壊的な地震・津波のような自然災害はなかった。ただし60年に一度の丙午年だった。その年に生まれた子どもは不幸になるという俗説が伝えられる午年だった。当時日本ではこれを盲信したあげく妊娠を忌避したり堕胎を決めた夫婦が多かったという。
だが、俗説のせいにだけするにはグラフの陥没はとても目立った。そこで出てきたのが「証券不況」の後遺症という経済的解釈だ。好調だった上場企業が65年に倒産し戦後の経済成長とともに大きく上がっていた株価が急落し、好況を謳歌した証券会社が最大の厳しさを経験したのが証券不況だ。その余波で出産計画をあきらめたり先送りする若い夫婦が増えたという推論はしてみる価値がある。
証券不況直前に日本は東京五輪に備え地下鉄・高速道路・新幹線・港湾などインフラに大々的な投資をした。五輪がカラー画面で衛星中継されるやカラーテレビが飛ぶように売れた。五輪は投資と消費の転換点だった。だが、五輪が終わった後に投資が一段落すると成長率が急落した。63年に10.5.%、64年に13.1%まで上昇した日本の経済成長率は65年には5.2%まで落ち込んだ。それまで五輪インフラを作るために負債が増え、急いで財政支出を減らしたのが禍根だった。66年生まれが懐妊した時期はそれだけ不明瞭で不安だった。
65年11月に日本政府が危機対策として実行したのが戦後初の赤字国債発行だ。今日1000兆円に達する国の借金のバベルの塔の出発点だった。経済運用の悩みの種であるデフレや未来の国民生活の破壊者である財政破綻の開始が五輪だったと話す日本人が少なくない理由だ。少し行き過ぎなようだがあきれる話だけではない。
東京五輪のように高度成長期に開催された88年のソウル五輪、2008年の北京五輪は開催国がスポーツ行事を発展の姿を誇示する場であり跳躍の踏み石にしようとしたという点で似ている。五輪開催国では国内総生産(GDP)に占める総固定資本費用(公共投資と民間設備・住宅投資など固定資本投資の合計)の割合が急激に大きくなる。それ自体が成長を刺激する。これらの国には五輪自体がもうひとつの大規模公共投資事業だった。
だが、生産性と経済効率化のための改革に留意しなければ五輪後の深刻な後遺症に苦しめられることになりかねない。2016年と2018年それぞれ夏と冬に五輪を控えたブラジルと韓国も見直さなければならない教訓だ。歴史がそうであるように失敗は繰り返される。 
出生数と死亡数
厚生労働省の人口動態統計によると、1980年(昭和55年)以降20代の出生率は低下し、30代の出生率は上昇しているが、全体の出生率は下がり続けている。また、1980年(昭和55年)ごろまでは、20代後半で産む割合が5割以上であったが、それ以降減少し、2003年(平成15年)には30代前半よりも低くなり、2009年(平成21年)には、約3割にまで減少している。さらに、30代後半で産む割合が増加傾向であり、2009年(平成21年)には約2割にまで上昇している。1980年(昭和55年)以降、未婚率、平均初婚年齢、初産時平均年齢は上昇している。1972年(昭和47年)から2002年(平成14年)までの調査では、完結出生児数は2.2人前後と安定した水準を維持しており、合計特殊出生率は低下しても、結婚した女性に限れば産む子供の平均の数は変わらなかったが、2005年(平成17年)の調査から出生児数の低下がみられ、2010年(平成22年)の完結出生児数は1.96人まで低下した。
2002年(平成14年)の第12回出生動向基本調査によると、結婚持続期間が0-4年の夫婦の平均理想子供数と平均予定子供数は上の世代より減少しており、少子化の加速が懸念される。
日本の合計特殊出生率
1971年(昭和46年)-1974年(昭和49年)のベビーブームを含め、ほぼ2.1台で推移していたが、1975年(昭和50年)に2.00を下回ってから低下傾向となり、2005年(平成17年)には1.26にまで落ち込んだ。その後、2006年(平成18年)には6年ぶりに上昇し、2002年(平成14年)と同率となり、2017年(平成29年)現在では1.43となっている。ただし、厚生労働省は、2000年代後半に30代後半であった人口の多い団塊ジュニア世代の駆け込み出産や、景気回復などを上昇の要因に挙げており、景気の悪化による影響に注意したいと述べている。
地域特性と少子化
厚生労働省の1998年(平成10年)から2002年(平成14年)までの人口動態統計によると、市区町村別の合計特殊出生率は東京都渋谷区が最低の 0.75 であり、最高は沖縄県多良間村の 3.14 であった。少子化傾向は都市部に顕著で、2004年(平成16年)7月の「平成15年人口動態統計(概数)」によれば、最も合計特殊出生率が低い東京都は全国で初めて 1.00 を下回った(発表された数字は 0.9987 で、切り上げると1.00となる)。一方、出生率の上位10町村はいずれも島(島嶼部)であった。首都圏(1都3県、東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県)については、20-39歳の女性の約3割が集中しているにもかかわらず、出生率は低く次の世代の再生産に失敗している。そのため、「都市圏の出生率が低くても地方から人を集めればいいという安易な発想は、日本全体の少子化を加速させ、経済を縮小させる。」との指摘がある。  
年齢別人口
年齢3区分別の人口は、年少人口(0-14歳)は1743万5千人で前年に比べ15万人の減少、生産年齢人口(15-64歳)は8373万1千人で69万1千人の減少となっているのに対し、老年人口(65歳以上)は2660万4千人で84万3千人の増加となった。
総人口に占める割合は、年少人口が13.6%、生産年齢人口が65.5%、老年人口が20.8%となり、前年に比べ、年少人口が0.2ポイント、生産年齢人口が0.6ポイントそれぞれ低下し、老年人口が0.6ポイント上昇している。
総人口に占める割合の推移は、年少人口は、1975年(昭和50年)(24.3%)から低下を続け、2006年(平成18年)(13.6%)は過去最低となっている。生産年齢人口は、1982年(昭和57年)(67.5%)から上昇を続けていたが、1992年(平成4年)(69.8%)をピークに低下している。一方、老年人口は、1950年(昭和25年)(4.9%)以降上昇が続いており、2006年(平成18年)(20.8%)は過去最高となっている。  
将来の人口推計
日本の総人口は今後長期的に減少していくが高齢者人口は増加を続け、2042年に3878万人でピークを迎え、その後は減少に転じると推計されている。
「2005年(平成17年)10月1日の国勢調査」に基づく「2055年までの将来の人口推計」が、2006年(平成18年)12月に公表されたが、近年の出生率低下や寿命の延びを反映して、前回の2002年(平成14年)推計よりも少子高齢化が一層進行し、本格的な人口減少社会になるとの見通しが示された。
人口推計(2019年2月20日公表)
【平成31年2月1日現在(概算値)】
総人口     1億2633万/前年同月比   減少 ▲27万人  (▲0.22%)
【平成30年9月1日現在(確定値)】
総人口     1億2641万7千/前年同月比 減少 ▲26万1千人 (▲0.21%)
○15歳未満人口 1543万1千/前年同月比  減少 ▲17万7千人 (▲1.13%)
○15〜64歳人口 7544万/前年同月比    減少 ▲52万4千人 (▲0.69%%)
○65歳以上人口 3554万6千/前年同月比  増加  44万人  ( 1.25%)
日本人人口   1億2425万9千/前年同月比 減少 ▲41万9千人 (▲0.34%)  

     2008     2010     2012     2014     2016     201818



日本の人口 2

 

総人口 
将来推計−現状のまま推移した場合、100年後には現在の3分の1まで急減
国立社会保障・人口問題研究所は、「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」において、日本の将来推計人口を算定している。
将来推計人口とは、基準となる年の人口を基に、人口が変動する要因である出生、死亡、国際人口移動について仮定を設け、推計した将来の人口である。将来の出生、死亡の推移は不確実であることから、それぞれ中位、高位、低位の3仮定を設け、それらの組合せにより9通りの推計を行うことができる。
例えば、基準となる年の人口を2010年10月1日の総人口1億2,806万人とし、出生推移を中位(合計特殊出生率について、2010年に1.39の実績値が2013年まで推移し、その後、2024年までに1.33に下降、その後、2060年までに1.35まで上昇)、死亡推移を中位(平均寿命について、2010年には男性79.64歳、女性86.39歳が、2060年には84.19歳、女性90.93歳まで上昇)、国際人口移動については、日本人は2004年から2009年までの入国超過率の平均値を、外国人は1970年以降の入国超過数の平均値として算定する。
その結果に基づけば、総人口は2030年の1億1,662万人を経て、2048年には1億人を割って9,913万人程度となり、2060年には8,674万人程度になるものと推計され、現在の3分の2の規模まで減少することとなる。さらに、同仮定を長期まで延長すると、100年後の2110年には4,286万人程度になるものと推計される。
   図表2-1-1 日本の将来推計人口
将来推計−出生率が回復した場合、人口減少が収束して1億人程度で安定
仮に合計特殊出生率が回復し、将来的に人口減少が収束する状態に到達する将来像について推計してみる。
具体的には、出生の仮定だけ変化していくものとし、合計特殊出生率が2030年までに人口置換水準である2.07まで急速に回復し、それ以降も同水準を維持すると仮定する。なお、死亡の仮定は中位とし、国際人口移動の仮定は加味しないものとする。
その結果としては、2060年には総人口が1970年代前半の水準である1億545万人となるものと推計される。さらに、2090年代半ばには人口減少が収束し、2110年には1960年代後半の水準である9,661万人程度となり、微増・ほぼ横ばいになるものと推計される。
   図表2-1-2 日本の将来推計人口(将来の人口減少が収束する場合)
現在までの総人口の推移−2005年から死亡数が出生数を上回るようになった
戦後以降の現在までの総人口の推移をみると、まず1940年代は1947〜49年に起きた第一次ベビーブームの影響により、総人口は大きく増加を始めた。
1950年代は、多くの先進諸国と同様に多産少死から少産少死へとシフトする人口転換が起きた。合計特殊出生率は3.65(1950年)から2.04(1959年)へ急激に低下し、出生数も年間234万人(1950年)から年間163万人(1959年)へ急激に減少した。一方死亡数は、長寿化に伴い年間91万人(1950年)から年間69万人(1959年)へ減少した。その結果、総人口は増加していった。
1960年代は高度経済成長の中、総人口は安定的に増加を続けた。合計特殊出生率は2.0〜2.2程度で推移し、一方、死亡数は年間70万人程度で推移し続けた。その結果、総人口は1967年には1億20万人となり、初めて1億人を超えた。
1970年代は第二次ベビーブームの影響もあり、再び総人口が大きく増加し、出生数は1973年には209万人となった。しかし、合計特殊出生率が1974年に人口置換水準(親世代と子世代の人数が等しくなる出生率の水準。日本の場合は2.07)を下回り、70年代末には1.77(1979年)まで低下したため、出生数は減少することとなった。
1980年代においても総人口は緩やかに増加し続けた。70年代同様に、合計特殊出生率の低下に伴い出生数が減少し続けたが、依然として死亡数を上回っていた。なお、合計特殊出生率は1989年にひのえうま(1966年)を下回る1.57を記録した。合計特殊出生率が低下を続けた要因として、ライフスタイルに対する価値観の多様化や女性の社会進出に伴う未婚化・晩婚化の進行等が指摘されている。
1990年代から現在にかけて、総人口は2008年に最多の1億2,808万人となった。しかし、同年前後から死亡数が出生数を上回り推移するようになり、減少に転じた。直近の2014年は1億2,708万人となっている。合計特殊出生率は90年代以降も緩やかに低下を続け、2005年には過去最低の1.26となったが、その後は微増に転じ、直近(2014年(概数))は1.42となった。また、出生数は合計特殊出生率の低下に伴い減少を続け、一方、死亡数は65歳以上の高齢者の増加に伴い増加を続けた。そのため、死亡数が出生数を上回る結果となった。なお、直近の2014年(概数)には死亡数が127万人、出生数が100万人となった。
   図表2-1-3 日本の総人口・出生数・死亡数の長期的推移
   図表2-1-4 日本の出生数・合計特殊出生率の長期的推移
普通出生率の国際比較−日本は最下位グループに属している
日本の出生率を世界と比較すると、2005-2010年平均の普通出生率は8.7で世界201か国のうち199位(下から3位)となっており、最下位のドイツ(8.4)やイタリア(9.5)と並び著しく低い状況である。
   図表2-1-5 世界201か国における普通出生率(2005-2010年平均)
総人口の国際比較−現在の日本は10位だが下降を続けている
世界人口における日本の総人口の順位は年々低下している。1950年は世界人口25.26億人のうち8,412万人(世界人口比3.3%)で世界5位に位置付けられていたが、1980年には世界人口44.49億人のうち1億1,706万人(世界人口比2.6%)で7位に後退し、直近の2013年は世界人口71.62億人のうち1億2,730万人(世界人口比1.8%)で10位まで後退している。
さらに将来の人口推計をみると、2030年は世界人口84.25億人のうち1億1,661億人(世界人口比1.3%)で13位、2050年は世界人口95.51億人のうち9,604万人(世界人口比1.0%)で20位と予想されており、そのとおりに推移した場合にはプレゼンスの低下は避けられない。
   図表2-1-6 人口上位20か国の推移(1950,1980,2013,2030,2050年) 





人口構成 

 

将来推計−現状のまま推移した場合、高齢者は40%、子どもは10%以下
2014年の年少(0〜14歳)人口比率は12.8%である。現状を基準にした国立社会保障・人口問題研究所の中位推計では、2060年には年少人口比率は9.1%まで低下し、その後同程度の水準で推移し続けることが見込まれる。
生産年齢(15〜64歳)人口比率は61.3%である。同じ推計では、2060年には50.9%まで低下し、その後も微減を続ける。
高齢化率(65歳以上)は26.0%である。現状のままでは、2060年には39.9%にまで上昇し、その後も微増を続ける。
将来推計−出生率が回復した場合、高齢者は25〜30%、子どもは17%
2030年までに合計特殊出生率が2.07に回復した場合、年少人口比率は2020年頃に12.7%となり、その前の年から0.1ポイント上向いており、トレンドに変化がみられ、その後、2060年には15.6%、2110年には17.2%にまで回復すると推計される。
   図表2-2-1 年少人口比率・生産年齢人口比率・高齢化率の将来推計
同様の場合、生産年齢人口比率は2050年代初めに上昇のトレンドに変化し、その後、2060年には51.4%、2110年には56.2%にまで回復する見込みである。
高齢化率は、出生率が回復した場合、2040年代後半にピークアウトし、2060年には33.0%、2110年には26.6%まで低下すると推計される。
人口ピラミッドの比較−出生率が回復した場合、バランスの良い長方形に
2060年(中位推計)−現状のまま推移すれば、2060年には現役世代(20〜64歳)は47.3%、高齢者(65歳以上)は39.9%となり、花瓶形の人口ピラミッドが形成されると見込まれる。 2060
年(出生率回復)−2030年に合計特殊出生率が2.07まで上昇し、それ以降同水準が維持されると仮定した場合、人口ピラミッドの形は改善され、各年齢区分でバランスの良い長方形に近い形となる。
   図表2-2-2 日本の人口ピラミッド(将来推計)
もし50年後に1億人程度の人口規模が維持されると仮定した場合、その時点の人口構造は65歳以上が3分の1、65歳未満が3分の2となり、年齢階層数と年齢階層別の比率がほぼ等しくなって、人口の不均衡はほとんど解消される。この場合、不均衡が続く場合に比べて格段に様々な課題に対する解決の道筋がつけやすくなると考えられる。
現在の人口構成−総人口は1億2,708万人、新生児数は100万人
総務省「人口推計」によると、2014年10月1日現在の日本の総人口は1億2,708万人、そのうち65歳以上の高齢者人口は3,300万人、高齢化率は26.0%で、高齢者の人口・割合共に過去最高となっている。また、75歳以上の人口は1,592万人、人口比率は12.5%である。一方で、年少人口(0〜14歳)は1,623万人、人口比率は12.8%、また、厚生労働省「人口動態統計」における2014年(概数)の新生児数は100万人となり、いずれも過去最低となっている。生産年齢人口(15〜64歳)は7,785万人である。
これまでの推移−人口ピラミッドは不安定な花瓶型へ
戦後から1960年前後にかけての日本は、戦後復興による急速な経済発展、医療技術の進歩、栄養や生活環境の改善により、人々の生活水準が向上したほか、福祉の面においても、生活保護や児童福祉、障害者福祉等の施策が推進された。かつての家庭では、家計を支えるために多くの子どもを持つ傾向が強かったが、人々の生活が豊かになるにつれて、子どもの数は次第に減っていった。
戦後の出生率は低下し続けていたが、1957〜58年頃から徐々に低下は収まりはじめ、1960年頃から暫くの間は出生率2.0前後で推移した。出生数が減ることにより年少人口の割合が減った結果、日本の人口ピラミッドは底広の三角形から底が縮んだ壺形へと変化している。また、1960年前後は死亡率の低下も落ち着いた時期でもあり、それまでの多産少死から少産少死段階へと人口転換が進むことになった。
   図表2-2-3 日本の人口ピラミッド
1960年以降、出生率はほぼ横ばいのまま推移していた。団塊の世代が親年齢になった時期である1971〜74年には、第二次ベビーブームにより、毎年200万人を超える出生数がみられ、1970年代に入って2.1程度の合計特殊出生率を維持していたが、オイルショック後の1975年に2.0を割り込み1.91まで下がり、それ以降一層の出生率の低下が続いた。また、平均寿命の延伸や社会保障の充実等により65歳以上の高齢者層も次第に厚みを増してきている。
低下し続ける出生率は1982〜84年にやや回復したものの、1985年以降、再び低下すると、バブル経済期を通じて出生率の低下傾向は続いた。現在に至る少子化の始まりといえる。1989年にはひのえうまの年(1966年)の合計特殊出生率1.58を下回る「1.57ショック」が起きるなど少子化が社会的に強く認識されるようになった。第二次ベビーブーム以降、出生数は減少を続けたため、1990年頃には人口ピラミッドは不安定な壺形へと変わり始めた。
1990年代以降、バブル経済崩壊後の経済停滞期を通じて、合計特殊出生率の低下はさらに進み、1993年には1.46と1.5を割り込み、出生数も118.8万人と120万を割り込んだ。また、65歳以上の高齢者層が13.6%と厚みが更に増す一方で、年少人口比率は16.7%まで低下した。
さらに2003年には1.29と1.3を割り込むまで合計特殊出生率は低下し続け、2006年からは若干回復しているものの、1.3〜1.4程度で推移している。既に子どもを産む若い女性の人口が減少しているため、出生数の減少は続いており、一方で、団塊世代は2012年から65歳を超え始め、団塊ジュニア世代は40歳代に入り始めており、人口ピラミッドの壺形から花瓶形へ変わりつつある。2014年の出生数(概数)は約100万人と戦後最低の出生数となり、100万人を切るところまで近づいている。
高齢化率の国際比較−日本の高齢化の進展は世界一速い
日本は1985年以降、急激に少子高齢化が進行し、2010年時点でドイツを抜いて世界1位の高齢化国となった。高齢化率が7%を超えると高齢化社会と言われるが、日本は1970年に7.1%で、その後も高齢化率は上昇し続け、1994年には14.1%となっており、7%台から2倍の14%台となるまでの期間は24年である。同様に国際比較するとドイツが40年、イギリスが46年、スウェーデンが85年、フランスが126年であり、日本の高齢化速度が非常に速いということがわかる。
   図表2-2-4 諸外国の高齢化率の推移 



人口急減・超高齢化の問題点 

 

人口急減・超高齢化が経済社会に及ぼす影響としては、主に以下の4つが挙げられる。多少の人口減少は仕方ないではないかという考え方、人口は様々な人々の選択の結果であって良いとか悪いとかいう問題ではないという考え方などもあり得るところであるが、ここでは、急速な変化の影響と、望ましい選択が十分にできていない可能性を指摘する。
経済規模の縮小−人口オーナスと縮小スパイラルが経済成長のブレーキに
経済活動はその担い手である労働力人口に左右される。人口急減・超高齢化に向けた現状のままの流れが継続していくと、労働力人口は2014年6,587万人から2030年5,683万人、2060年には3,795万人へと加速度的に減少していく。総人口に占める労働力人口の割合は、2014年約52%から2060年には約44%に低下することから、働く人よりも支えられる人が多くなる。定常状態に比して労働力人口減が経済にマイナスの負荷をかける状態を「人口オーナス」という。高度成長期において、生産性が上昇していくだけでなく、労働力人口が増加することによって成長率が高まっていく状態(「人口ボーナス」)の反対の状態である。
また、急速な人口減少が、国内市場の縮小をもたらすと、投資先としての魅力を低下させ、更に人々の集積や交流を通じたイノベーションを生じにくくさせることによって、成長力が低下していく。加えて、労働力不足を補うために長時間労働が更に深刻化し、ワーク・ライフ・バランスも改善されず、少子化が更に進行していくという悪循環が生ずるおそれもある。
こうした人口急減・超高齢化による経済へのマイナスの負荷が需要面、供給面の両面で働き合って、マイナスの相乗効果を発揮し、一旦経済規模の縮小が始まると、それが更なる縮小を招くという「縮小スパイラル」に陥るおそれがある。「縮小スパイラル」が強く作用する場合には、国民負担の増大が経済の成長を上回り、実際の国民生活の質や水準を表す一人当たりの実質消費水準が低下し、国民一人一人の豊かさが低下するような事態を招きかねない。
   図表2-3-1 人口オーナス・縮小スパイラルのイメージ図
基礎自治体の担い手の減少、東京圏の高齢化
市区町村毎の人口動向を人口1,000人当たりの出生数(普通出生率)でみると、1980年時点では人口1,000人当たりの出生数が10人以上の地域の割合は92%であったが、2010年には同割合が7.8%へと急速に低下している。
さらに、地方圏から大都市圏への人口移動が現状のまま推移する場合、2040年に20〜30代の女性人口が対2010年比で5割以上減少する自治体が896市町村(全体の49.8%)、うち2040年に地方自治体の総人口が1万人未満となる地方自治体が523市町村(全体の29.1%)と推計されている(日本創成会議人口減少問題検討分科会推計)。これは、地方圏以上に出生率が低い東京圏への人口流入が続いていくと、人口急減・超高齢化の進行に拍車をかけていくということであり、今後、地方圏を中心に4分の1以上の地方自治体で行政機能をこれまで通りに維持していくことが困難になるおそれがある。
また、東京圏においては、現状が継続すると、2010年総人口は3,562万人であったが、2040年には3,231万人に減少し、高齢化率も2010年20.5%から2040年には34.6%に上昇すると推計されている(国立社会保障・人口問題研究所推計)。これまで地方圏で人口減少と高齢化が先行してきたが、今後は大都市圏、特に東京圏においても人口減少や高齢化が急速に進行していくことが分かる。人口が集中する東京圏での超高齢化の進行によって、グローバル都市としての活力が失われる一方で、多数の高齢者が所得や資産はあっても医療・介護が受けられない事態を招きかねない。
社会保障制度と財政の持続可能性
世代間の扶養関係を、高齢者1人に対して現役世代(生産年齢人口)が何人で支えているかということで考えると、高齢者1人を支える現役世代の人数は、1960年では11.2人であったが、少子高齢化により、1980年には7.4人、2014年では2.4人となった。現状が継続した場合、2060年、2110年時点では高齢者1人に対して現役世代が約1人となる。このように、高齢者と現役世代の人口が1対1に近づいた社会は、「肩車社会」と言われている。なお、仮に、合計特殊出生率が回復する場合であれば、2060年に1.6人、2110年には2.1人で支えるということになる。
こうした少子高齢化の進行による「肩車社会」の到来に伴い、医療・介護費を中心に社会保障に関する給付と負担の間のアンバランスは一段と強まることとなる。
また、家計や企業等の純貯蓄が減少する一方、財政赤字が十分に削減されなければ、経常収支黒字は構造的に縮小していき、国債の消化を海外に依存せざるを得ない状況となる。その結果、利払い費負担が増加するおそれがあるとともに、国際金融市場のショックに対して脆弱な構造になる。財政健全化の取組が着実に実行できなければ、財政の国際的信認を損ない、財政破たんリスクが急速に高まることも考えられる。
   図表2-3-2 高齢者1人を支える現役世代(生産年齢人口)の人数
理想の子ども数を持てない社会
国立社会保障・人口問題研究所の出生動向基本調査によれば、2010年に夫婦にたずねた理想的な子ども数は2.42人で、現存子ども数は1.71と理想と現実にはギャップがある。1977年の同調査では、理想的な子ども数は2.61人で現存子ども数は1.85であった。
さらに、2002年の同調査では、理想的な子ども数を1人以上と答えた人に、なぜ子どもを持つことが理想なのかたずねたところ、約82%の人が「子どもがいると生活が楽しく豊かになるから」と回答(複数回答)し、次いで約56%の人が「結婚して子どもを持つことは自然なことだから」と回答し、約40%の人が「好きな人の子どもを持ちたいから」と回答している。また、1972年の出産力調査では、子どもについてどのような意見を持っているのかたずねたところ、約41%の人が「子どもがいると家庭が明るく楽しい」と回答し、次いで約18%の人が「子どもは老後のささえ」と回答し、約13%の人が「子どもは国の将来の発展にとって必要」と回答している。
   図表2-3-3 子どもを持つことを理想と考える理由
高齢者を支える社会保障制度が整備される以前においては、子どもを老後の支えや国の支えと考える発想が一般的だった中で合計特殊出生率も高かった一方、社会保障制度が充実している現在においては、そうした発想に代わって、子どもを持ちたいから、自然なことだからという考えが多数を占めるようになっているにもかかわらず、合計特殊出生率は大きく低下しているのである。 


市区町村別の人口動向 

 

市区町村別普通出生率の将来推計―現状のまま推移した場合、50年後の人口が現在より9割も減少する地域も出てくる
直近の2010年の普通出生率の全国値は8.36であり、人口1,000人当たりの出生数が10人以上の地域の割合は7.8%となっている。前述の通り、これは世界的に見て最も低い水準に属している。市区町村別普通出生率について、一人の女性が一生の間に産む子どもの数である合計特殊出生率が現状のまま推移するケースと、2030年に合計特殊出生率が全国平均で2.07まで回復するケースの2つのケースに分けて、将来推計を行う。
合計特殊出生率が現状のまま推移したケースの普通出生率の推計は、2040年までは国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(平成25年3月推計)」の結果を用い、2040年以降はコーホート要因法により、2040年時点の生残率・純移動率・子ども女性比の数値を固定して推計を行った。
推計の結果、全国の普通出生率は2020年7.04、2040年6.35、2060年5.65と低下し続ける姿となる。
普通出生率10以上の市区町村数は2010年の136(7.8%)から2060年は15(0.9%)まで大きく減少する。一方で、普通出生率5以下と極めて低い市区町村数は2010年の204(11.7%)から2060年は700(40.2%)まで増加する。特に東北や東京圏では全国平均よりも普通出生率の低下が進み、普通出生率5以下の市区町村数は、東北5県では2010年の28(16.7%)から2060年の107(63.7%)、東京圏1都3県では2010年21(9.9%)から2060年106(50.0%)まで増加する。普通出生率推計値が2060年に最も低くなる地域では、2060年の推計人口が2010年の人口のおよそ1割〜3割程度まで減少すると見込まれる。
   図表2-8-1 市区町村別普通出生率の将来推計−現状のまま推移した場合
   図表2-8-2 2010年の普通出生率 最下位10市区町村
   図表2-8-3 2060年普通出生率推計値 最下位10市区町村−現状のまま推移した場合
   図表2-8-4 東北及び東京圏の2010年普通出生率
   図表2-8-5 東北及び東京圏の2060年普通出生率推計値−現状のまま推移した場合
市区町村別普通出生率の将来推計―合計特殊出生率が回復した場合、全国の半分以上の地域が普通出生率10以上まで回復する
2030年に合計特殊出生率が全国平均で2.07まで回復するケースの普通出生率の推計は、国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(平成25年3月推計)」を参考に、2030年に合計特殊出生率が全国平均で2.07まで回復した場合の総人口(2060年1億545万人)と一致するように、各市区町村の女性子ども比率(=子ども/女性)を一律に上昇させて推計を行った。
推計の結果、全国の普通出生率は2020年8.56、2040年9.51、2060年10.67と上昇し続け、1990年の9.9よりも回復し、現在に至る少子化が始まる前の10以上の値まで上昇する。
普通出生率10以上の市区町村数は2010年136(7.8%)から、2060年931(53.5%)まで増加する。特に九州7県では全国平均よりも普通出生率の増加の幅が大きく2010年27(11.6%)から2060年177(76.0%)となる。東京圏1都3県では2010年11(5.2%)から2060年84(39.6%)、東北5県では2010年3(1.8%)から2060年49(29.2%)となる。
出生率が高い地域の特徴として傾向の異なる2種類の地域である場合が多い。1つ目は東京都御蔵島村や沖縄県など南方の離島の地域である。2つ目は福岡市に隣接する粕屋町や四日市市に隣接する朝日町やなどの平地が中心であり、都市近郊で交通の利便性が高く、面積が狭い地域である。また、普通出生率が最も高い地域では、2060年の推計人口が2010年よりも増加する地域が多い。普通出生率5以下の市区町村数は2010年204(11.7%)から2060年34(2.0%)まで減少する。
   図表2-8-6 2010年の普通出生率 最上位10市区町村
   図表2-8-7 2060年普通出生率推計値 最上位10市区町村−出生率が回復した場合
   図表2-8-8 東北、東京圏、九州の2060年普通出生率推計値−出生率が回復した場合
   図表2-8-9 市区町村別普通出生率の将来像−出生率が回復した場合
現在までの市区町村別普通出生率の推移−1980年代から90年代にかけて大幅に低下
1980年から現在までの普通出生率の全国値をみると、1980年の普通出生率は13.5であるが、1990年に大幅に低下して9.9になり、2010年には8.4まで減少している。
また、普通出生率10以上の自治体は1980年には92.0%であったが、2010年には7.8%まで急激に低下している。逆に普通出生率5以上10未満の自治体は1980年の7.8%から2010年には80.5%まで増加し、普通出生率5未満の自治体は0.3%から11.7%まで増加している。
   図表2-8-10 現在までの市区町村別普通出生率の推移 









人口をめぐる現状と課題 

 

現在の日本がかかえている人口問題 
急速な高齢化の加速
2014年における65歳以上の高齢者人口は過去最高の3,300万人、高齢化率(総人口に占める割合)は26.0%と過去最高となっている。
65歳以上の高齢者人口は、1950年には総人口の5%に満たなかったが、1970年には国連の報告書において「高齢化社会」と定義された水準の7%を超え、1994年にその倍の水準である14%を超えて「高齢社会」といわれ、さらにその後も上昇を続けている。2005年には20.2%と20%を超え、2013年には25%を超えた。
また、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」の出生中位(死亡中位)推計によると、高齢化率は2024年に30.1%となる予測であり、20%から30%へ上昇する期間(19年間)は10%から20%まで上昇した期間(20年間)よりもさらに短くなる見込みである。
高齢化社会と言われ始めた1970年以降、高齢者人口は年々増加を続けてきたが、死亡数も増加することから、2020年以降になると高齢者人口は、約3,600〜3,800万人の間でほぼ横ばいで推移する。ただし、総人口の減少が進むため、高齢比率は長期にわたって上昇を続ける。
   図表3-1-1-1 高齢化の推移と将来推計
生産年齢人口の減少
日本は、1974年に出生率が2.05と人口置換水準である2.07を下回り、その後も出生率の低下傾向が続き、生まれる子どもの数が減り続けたため、全人口の年齢構成が変化することとなり、0〜14歳の年少人口の割合は徐々に減少し、65歳以上の高齢者層の割合が増加してきた。その結果、1990年代半ばには、15〜65歳の生産年齢人口が減少に転じ、2008年からは総人口が減少することとなった。
1990年代に出生率が1.5を下回るなど厳しい少子化により、生産年齢人口減少が加速化し、2013年には前年に比べて116.5万人減少しており、32年ぶりに8,000万人を下回った。国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」の出生中位(死亡中位)推計によると、生産年齢人口は2013年から2020年までには約50万人、更に2030年までは約100万人も減ると推計されている。また、2040年以降は高齢者人口も減少に転じ、年少人口は1,000万人を割るとも推計されている。
   図表3-1-1-2 人口構造の推移と見通し
少子化の流れ
一般に将来推計人口として利用されている中位推計(出生中位・死亡中位)では、合計特殊出生率は、2010年の実績値1.39から2014年まで概ね1.39で推移し、その後2024年の1.33に至るまで緩やかに低下し、以後やや上昇して2030年の1.34を経て、2060年には1.35になると仮定している。その後もほぼ横ばいで推移されるとみられ、人口置換水準の2.07にはかなりのかい離がある。
現状のまま推移した場合は、年少人口や生産年齢人口の割合が低下し続け、こうした人口減少・超高齢化により、経済や社会にひずみが生じてくるおそれがある。ただし、今後は高齢者人口の増加が小さくなると推計されており、少子化の流れが変われば、子どもの数が増え、社会全体が若返り、人口構造が変わる可能性はある。
平均寿命と健康寿命
2013年の日本人の平均寿命は男性が80.21年、女性が86.61年であり、また、健康寿命(日常生活に制限のない期間)は、男性71.19年、女性74.21年となっている。平均寿命と健康寿命の差は、2001年は男性8.67年、女性12.28年、2013年は男性9.02年、女性12.4年とその差は広がってきており、平均寿命の延びほど健康寿命が延びていないことがわかる。
   図表3-1-1-3 健康寿命と平均寿命の推移
子どもを持ちたいという希望
2010年「出生動向基本調査」では、夫婦にたずねた理想的な子どもの数は2.42人、夫婦が実際に持つつもりの子ども数は2.07人となっているが、1970〜90年代の理想子ども数は約2.6人でほとんど変化がなく、1990〜2000年代に若干下がっている。実際、合計特殊出生率は1.3〜1.4であり、理想の子ども数との差が大きく、かつ開いていることから、子どもを持ちたいという希望がかなえられることが大切である。
   図表3-1-1-4 平均理想子ども数と平均予定子ども数の推移 



どうして日本では少子化が深刻化しているのか 

 

少子化の変遷
戦後の日本は経済成長による所得水準の向上、国民皆保険・皆年金など社会保障の充実、医療技術の向上等により豊かな生活環境が整ってきており、1960年頃からはそれまでの多産少死から少産少死への人口転換が進み、1975年前後までの合計特殊出生率は人口置換水準前後の2.1前後で推移してきた。
1971〜74年の第二次ベビーブーム以降、第一次オイルショックによる経済的な混乱や、人口増加傾向を受けて静止人口を目指す考え方が普及したこと等により、生まれる子どもの数が減少し続けるようになり、1975年に合計特殊出生率は2.0を割り込む1.91にまで低下した。低下し続ける合計特殊出生率は1980年代初めにやや回復したものの、80年代半ばから再び低下し続け、人口置換水準からのかい離も大きくなっていった。
   図表3-1-2-1 出生数・合計特殊出生率・人口置換水準の推移
80年代以降の少子化の要因
非婚化・晩婚化・晩産化
少子化に影響を与える要因として、非婚化・晩婚化及 び結婚している女性の出生率低下などが考えられる。1970年代後半からは20歳代女性の未婚率が急激に上昇したほか、結婚年齢が上がるなど晩婚化も始まり、1980年代に入ってからは、30歳代以上の女性の未婚率も上昇しており、晩婚と合わせて未婚化も進むこととなった。年齢別出生率を見ると、1950年・70年は20代半ばでピークを迎える山型の曲線を描いているが、次第にそのピークが推移していき、出産年齢が上昇するとともに、出生率の高さを示す山が低くなっていくなど、出生率の低下と晩産化が同時に進行していることがわかる。また、1980年代以降は、晩婚化・晩産化により、20代の出生率が大幅に下がり、30代の出生率が上昇するという出生率の山が後に推移する動きがみられるようになった。さらに、デフレが慢性化する中で、収入が低く、雇用が不安定な男性の未婚率が高いほか、非正規雇用や育児休業が利用できない職場で働く女性の未婚率が高いなど、経済的基盤、雇用・キャリアの将来の見通しや安定性が結婚に影響することから、デフレ下による低賃金の非正規雇用者の増加などは、未婚化を加速しているおそれがある。
   図表3-1-2-2 年齢別出生率の推移
   図表3-1-2-3 年齢別未婚率の推移
女性の社会進出・価値観の多様化
1985年に男女雇用機会均等法が成立し、女性の社会進出が進む一方で、子育て支援体制が十分でないことなどから仕事との両立に難しさがあるほか、子育て等により仕事を離れる際に失う所得(機会費用)が大きいことも、子どもを産むという選択に影響している可能性がある。また、多様な楽しみや単身生活の便利さが増大するほか、結婚や家族に対する価値観が変化していることなども、未婚化・晩婚化につながっていると考えられる。
少子化への取り組み
1990年の「1.57ショック」により厳しい少子化の現状が強く認識されるようになったものの、最初の総合的な少子化対策である「エンゼルプラン」がまとめられたのは1994年、少子化社会対策基本法が制定されたのは2003年であった。1970年代から整備された高齢者向け社会保障制度に比べて、少子化対策は非常に遅れをとっている。
少子化社会に関する国際的な意識調査によれば、「あなたの国は、子どもを産み育てやすい国だと思いますか」の質問に対して、日本では4割以上が「そう思わない」と回答しており、国際的に見てその割合は相当に高い。
   図表3-1-2-4 子どもを産み育てやすい国だと思うか 



少子化対策に関する現行制度 

 

現行制度までの経過
1990年の「1.57ショック」(合計特殊出生率が1.57と「ひのえうま」という特殊要因により過去最低であった1966年の合計特殊出生率1.58を下回ったこと)を契機に、政府は、出生率の低下と子どもの数が減少傾向にあることを強く認識し、対策の検討を始めた。
1994年に最初の総合的な少子化対策となる「今後の子育て支援のための施策の基本的方向について」(「エンゼルプラン」)が関係省庁の合意で策定された。エンゼルプランでは、少子化の要因として晩婚化の進行と夫婦出生力低下の兆しを挙げ、これらの背景には女性の職場進出、子育てと仕事の両立困難、育児の心理的・肉体的負担増大、住宅事情、子育てコストの増大などがあると指摘した。そして、保育サービスの充実を中心とする7項目について具体的対応策を列挙し、特に、保育サービスの拡充は「緊急保育対策等5か年事業」に基づき重点的に実施した。
その後、少子化問題への国民的議論が喚起されたとはいえ、出生率の低下は止まらなかった。1999年には、改正版ともいうべき「重点的に推進すべき少子化対策の具体的実施計画について」(「新エンゼルプラン」)が関係省庁の合意で策定された。新エンゼルプランは、エンゼルプランと緊急保育対策等5か年事業を見直したもので、エンゼルプランと比べて固定的な性別役割分業を前提とした職場優先の企業風土の是正という点をかなり大きく扱うこととなった。
少子化社会対策基本法
新エンゼルプランの後、2001年7月には、働き方改革重視の視点から「仕事と子育ての両立支援等の方針」が閣議決定され、「待機児童ゼロ作戦」が開始されるなど、政府は次々と対応策を講じてきたが、この間も出生率の低下は止まらなかった。そこで、政府一体となり少子化対策を推進するため、少子化対策関連の立法化を初めて進めることとなった。
2003年7月に成立した「少子化社会対策基本法」は、今後の少子化の目的、基本的理念、施策の基本的方向、国・地方公共団体・事業主及び国民の責務を定めている。同法は、国の責務のひとつとして大綱のとりまとめを課していることから、少子化社会対策会議のもとで「少子化社会対策大綱」が策定された。同大綱を受けて、新エンゼルプランに代わる新たな実施計画として「少子化社会対策大綱の具体的実施計画(子ども・子育て応援プラン)」が策定された。子ども・子育て応援プランは、少子化の流れを変えるための「4つの重点課題」と「28の具体的行動」を提示し、計画の実施期間である2005〜2009年の5年間に講ずる施策や数値目標、実現した場合の将来の社会の姿(おおむね10年後)を示すなどした。
次世代育成支援対策推進法
「少子化社会対策基本法」と同時に成立した「次世代育成支援対策推進法」は、地方公共団体や企業(常時雇用労働者101人以上)が、次世代育成支援のための取組を促進するよう、行動計画の策定を義務付けた法律である。10年間の時限立法である同法は、特に男性を含めた働き方の見直し等の観点から事業主が子育て支援を進めるよう促している。
なお、同法は2014年4月に一部改正され、法律の有効期限を2025年3月まで10年間延長するととともに、子育て支援の実施状況が優良な事業主について厚生労働大臣が認定する新制度(特例認定制度)を創設するなど、次世代育成支援対策の更なる推進・強化が図られている。
子ども・若者育成支援推進法
少子化対策の一つに若者の自立支援、特にニートや引きこもり等の社会的自立が困難な子どもや若者への取組が大きな問題となっている。2010年4月に成立した「子ども・若者育成支援推進法」では、教育、福祉、雇用等の関連分野における子ども・若者育成支援施策の総合的な推進と、ニートやひきこもり等困難を抱える若者への支援を行うための地域ネットワークづくりの推進が図られている。とりわけニートやひきこもり等に対して、関係機関が現場レベルにおいてより一層連携して支援する地域協議会の仕組みが定められたことが特色である。
子ども・子育て支援法
2010年1月には、「子ども・子育てビジョン」が閣議決定された。同ビジョンでは、エンゼルプラン、新エンゼルプラン、子ども・子育て応援プランに次いで、2010〜2014年度の5年間を対象とした4番目の少子化対策プランとして、子ども手当等の経済的支援も含めた包括的な子育て支援策が打ち出された。さらに政府は「子ども・子育てビジョン」の確実な実現に向けて「子ども・子育て新システム」を構築することとし、少子化社会対策会議およびその下位会議で制度設計を行った。そうした検討なども踏まえながら、社会保障・税一体改革の一環として、2012年8月に子ども・子育て支援法など関連3法が成立することとなった。
同法では、認定こども園・幼稚園・保育所を通じた共通の給付を行うこと(「施設型給付」)、小規模保育等(家庭的保育、事業所内保育、居宅訪問型保育)への給付を行うこと(「地域型保育給付」)、認定こども園制度を改善すること、さらに、地域の実情に応じた子ども・子育て支援(利用者支援、地域子育て支援拠点、放課後児童クラブなどの「地域子ども・子育て支援事業」)を充実することを定めており、従来の少子化対策関連法以上に対策の量的拡充や多様化、予算措置を行っていることが特徴である。サービスの実施主体は市町村であり、市町村は地域のニーズに基づく計画策定、給付・事業を行うこととしている。また、市町村においても「子ども・子育て会議」を設置することが努力義務とされた。
   子ども・子育て支援法の種類 
 
国や地方自治体の少子化対策への取組み 

 

国と地方自治体の役割分担
国は、法制度の創設・改正、全国統一的な指針や基準の作成、必要な予算の確保等、制度の枠組みと基盤づくりを行っている。施策の実施は、都道府県や、住民に最も身近な地方自治体である市町村が、地域や住民のニーズに応じながら担当し、児童手当等をはじめとした家庭・個人への直接給付、妊娠・出産支援、母子保健・小児医療体制の充実、地域の子育て支援、保育サービスの充実、放課後対策、子育てのための住宅整備、働き方の見直し、ワーク・ライフ・バランスの促進など、子育て支援施策の多くが、地方自治体、特に市町村を中心に実施されている。
直近の取組
子ども・子育て支援新制度
2015年4月施行の子ども・子育て支援新制度の主なポイントは、1認定子ども園、幼稚園、保育所を通じた共通の給付である「施設型給付」及び小規模保育、家庭的保育等への給付である「地域型保育給付」の創設、2認定こども園制度の改善、3地域の子ども・子育て支援の充実、といった3点である。新制度では、質の高い幼児期の学校教育・保育を総合的に提供し、地域の子ども・子育て支援を充実させ、全ての子どもが健やかに成長できる社会の実現を目指している。また、新制度では、基礎自治体である市町村が実施主体となり、「施設型給付」等の給付や「地域子ども・子育て支援事業」を計画的に実施し、市町村による子ども・子育て支援策の実施を国と都道府県が重層的に支える仕組みとなっている。
次世代育成支援対策推進法一部改正(対策の推進・強化)
次世代育成支援対策推進法は、2005年に施行され、地方公共団体及び事業主に対し、次世代育成支援のための行動計画の策定を義務づけ、10年間の集中的・計画的な取組を推進している。2014年には、次世代育成支援対策推進法を一部改正した。改正内容としては主に、1法律の有効期限を2025年3月まで10年間延長、2新たな認定(特例認定)制度の創設の2点である。2については、事業主のうち特に次世代育成支援対策の実施の状況が優良なものについて、特定認定を受けた場合、行動計画の策定・届出義務に代えて、当該次世代育成支援対策の実施状況の公表を義務付けることとなる。
地域少子化対策強化交付金
結婚・妊娠・出産・育児の切れ目ない支援を行うため、地域の実情に応じて地域独自の先駆的な取組を行う都道府県及び市区町村を国が支援することを目的とした「地域少子化対策強化交付金」が、2013年度補正予算で創設された。都道府県及び市区町村は、1結婚・妊娠・出産・育児の切れ目ない支援を行うための仕組みの構築、2結婚に向けた情報提供等、3妊娠・出産に関する情報提供、4結婚・妊娠・出産・育児をしやすい地域づくりに向けた環境整備を事業内容とする計画を定め、それに基づいて事業を実施することとされている。また、2014年度補正予算では、新たに「結婚・妊娠・出産・育児への前向きな機運醸成」を対象に加えるとともに、交付上限の引上げを行った。
結婚・子育て資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置
2015年度税制改正において、直系尊属(贈与者)が、子・孫等(受贈者)名義の金融機関の口座等に、結婚・妊娠・出産・育児に必要な資金を拠出する際、この資金について、子・孫等ごとに一定額を非課税(1,000万円まで(うち結婚関係は300万円まで))とする措置を導入した。期間は2015年4月から2019年3月までの間となっている。また、資金使途としては、1結婚関係では挙式等費用、新居の住宅費、引越費用、2妊娠・出産・育児関係では不妊治療費用、出産費用、産後ケア費用、子の医療費、子の保育費(ベビーシッター費用を含む)となっている。
教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置
祖父母(贈与者)が、子・孫(受贈者)名義の金融機関の口座等に、教育資金を一括して拠出し、この資金について子・孫ごとに1,500万円(学校等以外の者に支払われるものについては500万円)までを非課税とする措置である。期間は2013年4月から2015年12月までの間となっているが、2015年度税制改正において、2019年3月まで非課税措置は延長された。高齢者世代の保有する資産の若い世代への移転を促進することにより、子どもの教育資金の早期確保を進め、多様で層の厚い人材育成に資するとともに、教育費の確保に苦心する子育て世代を支援し、経済活性化に寄与することが期待されているものである。
地方公共団体における少子化対策の重点的取組施策
都道府県・市区町村が実施する少子化対策等の現況を把握するため、内閣府で2014年9月に「地方公共団体における少子化対策等の現況調査」を実施した。
調査結果によると、地方公共団体においては、少子化対策のうち、「待機児童の解消(認定こども園、幼稚園、保育所への施設型給付の拡充)」、「子育て支援のメニュー拡張(小規模保育への支援等)」について、特に重点的に施策を行っている。今後、強化していくことが必要と考える施策については、「出会いの機会の提供や相談・支援体制の整備(多様なイベントの実施、結婚支援センターの運営等)」、「子育て支援のメニュー拡張」、「保育サービスの充実(保育士の処遇改善・人材確保対策等)」といった、多様なメニューと質の向上に対してのニーズが高い。さらに、地方公共団体が実施する少子化対策に対する国の支援・促進事業については、「結婚・妊娠・出産・育児の切れ目ない支援の強化」へのニーズが高い。
また、少子化対策関連予算については、過去10年間に「増加傾向」又は「若干増加傾向」にある地方公共団体は約76%であった。この中で、どの程度増加したかというと、平均で約1.5倍増加している。さらに、増加した少子化対策関連予算は、「子ども医療費の無償化」や「保育サービスの充実」へ充てている地方公共団体が多い。なお、増加した少子化対策関連予算の財源は、「歳出の見直し・振替」を行うことで確保している地方公共団体が多い。
   図表3-1-4-1 地方公共団体における少子化対策関連予算の傾向
認定こども園の設置状況、保育所の民営化
都道府県別に認定子ども園の設置状況をみると、地域によって大きく異なっている。また、設置主体別の保育所施設数の推移をみると、保育所の公営の割合は減少し、民営の割合は増加傾向にある。民営は社会福祉法人・医療法人が大半を占めており、その他の法人(営利法人(会社)等)は増加傾向にあるものの、その割合は低い。
   図表3-1-4-2 認定こども園等の数、保育所(公営・民営)数 

諸外国における少子化の状況 

 

   図表3-1-5-1 先進諸国における合計特殊出生率の推移
   図表3-1-5-2 先進諸国における合計特殊出生率の推移(1990-2010年)
主な先進諸国における少子化の状況
多くの先進諸国の合計特殊出生率は、1965年前後から低下し、1980年頃までには人口置換水準を下回るまで低下した。1985年頃からは、出生率が回復する国も見られるようになり、1990年頃からは、出生率の動きは国によって特有の動きをみせるようになった。その特徴は、出生率が1.8前後から人口置換水準をわずかに下回る程度にまで回復している国と、出生率が1.5を下回る極めて低水準で推移する国に大別できることである。近年では、出生率が低水準で推移する国において、若干出生率が回復する動きがみられるようになっている。
スウェーデン、フィンランドといった北欧諸国は、比較的高水準の出生率を維持し、少子化の程度は小さい。例えばスウェーデンは、出生率が1960年代にわずかに上昇したのち、1970年代まで次第に低下し1983年には1.61まで低下した。その後は上昇に転じ、1990年には人口置換水準まで再び上昇したが、1990年後半には一転して下降に転じ、1999年には1.5まで低下した。2000年代には再び上昇に転じ、近年では1.9台を超える水準で推移している。
フランスは、西欧諸国において近年比較的高位の出生率を維持している国である。1960年代半ば頃までベビーブームにより出生率が上昇し、1970年末にかけて急激に低下した。1980年代は1.8台を維持し、1993年には1.66まで低下した。1990年後半には上昇に転じ、2000年以降は1.9台まで上昇し、近年では2.0台を維持している。
イギリスは、出生率が1960年代にかけて2.5を超える出生率を維持するが、1970年代には低下し、1980年代はおおむね1.8台で推移した。1990年代には緩やかに低下し、2000年には1.69まで低下するが、その後は回復傾向となり、近年では1.9台で推移している。また、アメリカは、1950年代後半から1960年代前半にベビーブームによる出生率の急激な上昇がみられた。その後、1970年代は低下し、1980年代は1.8台で推移したが、1980年代後半から上昇に転じ、1990年代から2000年代にかけては2.0台で推移している。
ドイツやイタリア、スペインといった南欧諸国は、我が国と同様に出生率の低い国々である。アメリカやイギリスと同様に、出生率が1960年代にかけて上昇したのち、1970年代に急激に人口置換水準を下回った。1990年代後半頃からわずかに上昇するものの、長期にわたって1.5以下で低迷している。
韓国、台湾、香港、シンガポールは、日本より出生率が低い水準で推移している国々である。出生率は、1970年の時点ではいずれの国も我が国の水準を上回っていたが、1980年代にかけて急激に下降し、1990年代以降は1.5以下の水準で緩やかに低下を続けている。香港や台湾の両国は、2000年代以降一時的に1.0を下回る年もあったが、それ以降は上昇に転じており、直近では1.3前後で推移している。
その他の諸国の状況
ロシアは、アメリカと並び1940〜50年代から総人口が1億人を超えていた国だが、戦後半世紀でアメリカほど増加はしていない。1950年に1億280万人であったのが1993年には1億4,884万人となり、それ以降は緩やかに減少を続けている。なお、直近の2010年は1億4,362万人となっている。近年は少子化状況が続いており、1950年代前半は2.85と西欧諸国並みであったのが、1960年代後半頃から人口置換水準を下回るようになり(1965〜70年平均:2.02)、直近では1.44(2005〜10年平均)と1.5以下で推移している。
ロシアを除く東欧諸国(※1)は、ロシア同様に総人口が1990年代前半にピークを迎え(ピーク時:1991年1億6,268万人)、それ以降は緩やかに減少を続け、直近の2010年は1億5,257万人となっている。また、合計特殊出生率についても、ロシア同様に近年少子化状況が続いている。1950年代は、ルーマニア、ブルガリア等をはじめ6か国が2.5〜2.9程度、ポーランド等3か国が3.5程度で推移していたが、1960年代から低下を始め、1990年代前半には大半の国が人口置換水準を下回るようになった。直近では1.3〜1.5の水準(2005〜10年平均)で推移している。
中国は、総人口が1950年に5億4,378万人であったのが2010年には13億5,982万人と約2.5倍に急増している。一方で合計特殊出生率については大きく低下しており、主な先進諸国と同様の経過をたどっている。1950年代前半は6.11(1950〜55年平均)で、1960年代末までは6.0前後で推移していたが、1970年代に入ると一気に低下し、半分以下の水準となった(1975〜80年平均は3.01)。1980年代以降は更に水準を下げ、80年代は2.0を多少上回る水準で推移し、それ以降は1.56(1995〜00年平均)、1.55(2000〜05年平均)、1.63(2005〜10年平均)と1.5をわずかに上回る水準で少子化状況が続いている。
インドは、総人口が1950年は3億7,633万人であったのが、2010年には12億563万人と約3.2倍に急増している。合計特殊出生率については、1950年代は5.6〜5.9程度で推移していたが、1960年代半ば頃から低下し始め、その後は上昇することなく低下し続けており、近年では2.66(2005〜10年平均)で推移している。
シンガポールを除く東南アジア諸国(※2)は、総人口が1950年には1億6,696万人であったのが、2010年には5億9,202万人と増加している。上昇率は1995年頃まで対前年比2.0〜2.8%台、それ以降は1.3〜1.8%台で推移している。また、合計特殊出生率については、1960年代まで各国5.0〜7.0程度の水準を推移していたが、1970年代以降多くの国が減少に転じた。直近ではタイが1.49、ヴェトナムが1.89、マレーシアとミャンマーが2.07、インドネシアが2.5、フィリピンが3.27であり、各国で水準が大きく異なっている。
南米諸国(※3)は、総人口が1950年には1億1,246万人であったのが、2010年には3億9,402万人と増加している。上昇率は80年半ば頃までは対前年比2.0〜2.8%台、90年代以降は1.0〜1.9%台で推移している。合計特殊出生率については戦後半世紀で減少を続けてきたが、近年はまだ少子化状況に至っていない。1950年代前半は5.66(1950〜55年平均)で、1960年代末までは5.0台で推移していたが、それ以降は減少に転じ、直近では2.19(2005〜10年平均)となっている。
アフリカ諸国(※4)は、総人口が1950年に2億2,883万人であったのが、2010年には10億3,108万人と急増している。上昇率は対前年比2.0〜2.8%台で一貫して推移している。合計特殊出生率については世界的にも高く、戦後半世紀の間で先進諸国ほど低下していない。1950〜55年平均が6.6であったのに対し、2005〜10年平均は4.88という状況である。

(※1)ロシアを除く東欧諸国は、ベラルーシ、ブルガリア、チェコ、ハンガリー、ポーランド、モルドバ、ルーマニア、スロヴァキア、ウクライナの9カ国を指す。
(※2)シンガポールを除く東南アジア諸国は、ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、タイ、東ティモール、ヴェトナムの10か国を指す。
(※3)南米諸国は、アルゼンチン、ボリヴィア、ブラジル、チリ、コロンビア、エクアドル、フォークランド諸島、フランス領ギアナ、ガイアナ、パラグアイ、ペルー、スリナム、ウルグアイ、ベネズエラの14カ国を指す。
(※4)アフリカ諸国は、東部(エチオピア、ケニア、モザンピーク等)、中部(コンゴ民主共和国、カメルーン、アンゴラ等)、北部(エジプト、モロッコ、アルジェリア等)、南部(南アフリカ、レソト、ナミビア等)、西部(ナイジェリア、ガーナ、マリ等)の5地域を合わせた58か国を指す。 

少子化対策に成功している海外事例 

 

北欧諸国やフランスなどでは、政策対応により少子化を克服し、人口置換水準近傍まで合計特殊出生率を回復させている。
例えば、フランスは家族給付の水準が全体的に手厚い上に、特に、第3子以上の子をもつ家族に有利になっているのが特徴である。また、かつては家族手当等の経済的支援が中心であったが、1990年代以降、保育の充実へシフトし、その後さらに出産・子育てと就労に関して幅広い選択ができるような環境整備、すなわち「両立支援」を強める方向で進められている。
スウェーデンでは、40年近くに渡り経済的支援や「両立支援」施策を進めてきた。多子加算を適用した児童手当制度、両親保険(1974年に導入された世界初の両性が取得できる育児休業の収入補填制度)に代表される充実した育児休業制度、開放型就学前学校等の多様かつ柔軟な保育サービスを展開し、男女平等の視点から社会全体で子どもを育む支援制度を整備している。また、フィンランドでは、ネウボラ(妊娠期から就学前までの切れ目のない子育て支援制度)を市町村が主体で実施し、子育てにおける心身や経済の負担軽減に努めている。
一方、高い出生率を維持しているイギリスやアメリカといった国では、家族政策に不介入が基本といわれる。アメリカでは税制の所得控除を除けば、児童手当制度や出産休暇・育児休暇の制度や公的な保育サービスがないながらも、民間の保育サービスが発達しており、また、日本などで特徴的な固定的な雇用制度に対し子育て後の再雇用や子育て前後のキャリアの継続が容易であること、男性の家事参加が比較的高いといった社会経済的な環境を持つ。
   図表3-1-6-1 合計特殊出生率が回復した先進諸国における合計特殊出生率の推移(1990-2010年)
家族関係政府支出を見ると、日本では現物給付よりも現金給付の割合が高い特徴がある。そして、現物給付の割合が大きい国は、出生率においても高い傾向がある。
   図表3-1-6-2 家族関係支出(現物給付・現金給付)の構成割合(%)
   図表3-1-6-3 家族関係政府支出の現物給付率と合計特殊出生率の相関
なお、合計特殊出生率が高いフランスやスウェーデンでは婚外子や同棲の割合が高いが、これはフランスのパクス(PACS、連帯市民協約)やスウェーデンのサムボ(同棲)といった、結婚(法律婚、教会婚)よりも関係の成立・解消の手続が簡略で、結婚に準じた法的保護を受けることができる制度があるためである。日本での婚外子とは意味合いが異なることに注意が必要である。また、同国では数多くの移民を受け入れているが、出生率の急激な回復に関わらず、移民の人口比率は過去10年間でフランスが10%〜11%台、スウェーデンが12%〜16%台とほぼ横ばいで推移している。 


人口推計 

 

人口推計とは
「人口推計」は,5年毎に行われる国勢調査による人口を基礎(基準人口)として、出生・死亡(「人口動態統計」)、出入国(「出入国管理統計」)、転出入(「住民基本台帳人口移動報告」)等の人口動向から各月・各年の人口を算出するものである。
国立社会保障・人口問題研究所(社人研)による将来推計人口では、人口変動要因である出生、死亡、国際人口移動について、それぞれの要因に関する実績統計に基づいた人口統計学的な投影手法によって男女年齢別に仮定を設け、将来の人口を推計している。過去の傾向に基づいて推計するため、出生率や平均寿命、平均初婚年齢、生涯未婚率等の仮定値の設定によって推計値は変わってくることとなり、これまでは実績値が推計値を下回っていたが、最近は実績値が上回る傾向にある。
社人研中位推計では、出生率が2014年までに概ね1.39で推移し、その後2024年までに1.33に低下し、その後1.35で推移すると仮定した場合に、2060年には人口が約8,700万人(高齢化率39.9%)と現在の3分の2の規模まで減少すると推計されている。
今回の推計
前章で紹介した未来委員会の事務局の推計は、将来、人口減少が収束する状態に到達するための仮定として、2030年までに年齢別出生率の合計が人口置換水準である2.07に回復し、それ以降も同じ水準が維持された場合には、50年後の2060年までに人口が1億人程度となり、2090年代半ばには人口減少が止まるであろうというシナリオが成立し得る推計として行った。
2030年の女性の年齢別出生率において、その合計が社人研の中位推計である1.34から2.07に比例的に上昇するという仮定をおくと、ピークを上につり上げた形の曲線が描かれることになる。
   図表3-1-7-1 2030年の女性の年齢別出生率
コーホート要因法
将来人口推計の基本的な手法はコーホート要因法である。これは、年齢別人口の加齢に伴って生ずる年々の変化をその要因(死亡、出生及び人口移動)ごとに計算して将来の人口を求める方法である。
既に生存する人口は、加齢とともに生ずる死亡と国際人口移動を差し引いて将来の人口を求め、新たに生まれる人口は、再生産年齢人口に生ずる出生数とその生存数、人口移動数を順次算出し、翌年の人口に組み入れる。
基準人口、将来の出生率(及び出生性比)、将来の生残率、将来の国際人口移動率(数)に関する仮定の設定は、各要因に関する統計指標の実績値に基づいて、人口統計学的な投影を実施することにより行われている。将来の出生、死亡等の推移は不確実であることから、複数の仮定を設定し、これらに基づく複数の推計を行うことによって将来の人口推移について一定幅の見通しを与えている。
   図表3-1-7-2 コーホート要因法による人口推計の手順
地域別将来推計人口の推計方法
日本の地域別における将来推計人口を推計する場合には、総人口の推計と同様にコーホート要因法により行う。総人口を推計する場合、社会増減の要因として出入国による国際人口移動率を考慮しなければならないが、地域別人口の場合は転出入による移動率を考慮する必要があり、地域間の移動率が地域別の将来推計人口に大きく影響してくる。
また、全国的に各地域別の推計値を求めた場合は、推計対象とした自治体の男女・年齢別推計人口の合計が、全国推計の男女・年齢別推計結果と一致するように一律に補正している。
   図表3-1-7-3 地域別将来人口推計の手順
具体的な地域人口の将来推計
過去のデータに基づく人口の生残率を用いて期待人口を計算し、それと実績値を比較して差分がある場合、出生、死亡以外の人口増減要因は移動であるので、その差分から、純移動数、純移動率を計算することができる。生残率と純移動率について、過去のトレンドなどを踏まえて何らかの仮定の数値を設定すると、足元の実績値から将来に向けて推計値を計算することができる。
   図表3-1-7-4 地域人口推計の例 



人口の変動要因 

 

人口の変動要因
人口の変動には死亡数と出生数の差による「自然増減」と、流出数と流入数の差による「社会増減」の二つの側面があり、出生数が多い場合は自然増となり、流入数が多い場合は社会増となる。社会増減は、地方自治体や地域ブロック単位の人口においては、住民の転入数と転出数の差を表しているが、総人口においては外国人と日本人の移動の差によるものである。
自然増減の推移
戦後の人口転換で日本は低出産・低死亡の社会が形成されたことにより、出生数は全体的に低下する傾向にある中、死亡数は1980年代後半まではほぼ横ばいで、その後緩やかな増加傾向で推移している。1980年代頃から深刻になってきた少子高齢化により、生まれてくる子どもの数は次第に減少すると同時に、人口に占める高齢者の割合が増えてきたことから死亡数も右肩上がりの傾向となっている。2007年以降は死亡数が出生数を上回る自然減の状態となり、その差は拡大を続けながら現在に至っている。
3大都市圏における社会増減の推移
東京圏への転入転出超過の推移は、1960年代、1980年代、2000年代に大きく波打っていることがわかる。大阪圏は高度成長期には東京圏に次ぐ転入超過があったが、それ以降は僅かながら転出超過が続いている。名古屋圏は転入も転出も必ずしも多くない。
   図表3-1-8-1 出生数・死亡数の推移
   図表3-1-8-2 3大都市圏の転入・転出超過数の推移(1954-2014年)
東京圏における出生率と社会増減の推移
東京圏における出生率について、1980年代以降、東京都は全国平均に比して0.25〜0.3ポイント程度低位で推移しており、また、千葉県・埼玉県・神奈川県は、1980年代以前は全国平均を上回っていたが、その後は全国平均を下回って推移している。
一方で、東京圏に住む若年層(20〜39歳)の総数に占める割合は、1990年初頭に男性30%超、女性28%超にまでたかまり、その後も漸増し、直近では、男性31.9%、女性30.9%に達している。
東京圏の出生率が一段と低下する中で、特に女性の東京圏への転入が進んでいることは、人口減少にマイナスに寄与している可能性が高いと推測される。
   図表3-1-8-3 東京圏の出生率の推移
   図表3-1-8-4 東京圏に住む若年層の推移 



日本で暮らす外国人 

 

日本の総人口と在留外国人の関係
人口推計を行う上で日本の総人口に含まれる外国人は、本邦内に常住している者(当該住居に3か月以上にわたって住んでいるか、又は住むことになっている者)を対象とする(外国政府の外交使節団・領事機関の構成員及びその家族並び外国軍隊の軍人・軍属及びその家族は含まれない)。在留の外国人に関する国別・地域別などの詳しい情報は、法務省が「在留外国人統計」で把握している。
   在留外国人の用語解説
 
在留外国人の総数
2014年における在留外国人数は212万1,831人であり、この20年間で約60%増加した(1994年、129万2,306人)。2009年から2012年にかけてリーマンショックや東日本大震災の影響で一時減少したが、2013年以降は増加に転じている。増加率に変動はあるが、概ね年2〜3%程度で増加を続けている。
日本の総人口1億2,708万人(2014年10月1日時点)に占める割合は、1.67%となっている(1994年、1.03%)。
   図表3-1-9-1 在留外国人数(地域別)
出身地域別の推移
在留外国人数を地域別にみると、アジア地域が167万6,343人と全体の81.1%を占め、以下、南米地域(11.8%)、北米地域(3.0%)、ヨーロッパ地域(2.9%)、オセアニア地域(0.6%)、アフリカ地域(0.6%)の順となり、アジア地域と南米地域で在留外国人総数の9割以上を占めている。
長期的推移をみると、アジア地域はほぼ一貫して増加を続けている。南米地域は1990年代から増加するようになった。2009年から2012年にかけて在留外国人総数は減少したが、2013年にはアジア地域が再び増加したことに伴い、増加に転じている。
都道府県別居住地の推移
都道府県別の居住地をみると、直近の2014年は東京都が43万658人(全国の20.3%)と最も多く、次いで、大阪府、愛知県、神奈川県、埼玉県、千葉県、兵庫県、静岡県、福岡県、京都府の順になっている。これら10都道府県合計の在留外国人数は、153万2,393人と、日本全国の7割以上を占めており、この割合は過去20年間ほぼ変わっていない。
   図表3-1-9-2 在留外国人数(都道府県別)
在留資格別の推移
在留資格別でみると、「一般永住者」(原則10年以上継続して日本に在留している等の要件を満たし、永住を認められた者)が67万7,019人(31.9%)と最も多く、次いで、「特別永住者」が35万8,409人(16.9%)、「留学」が21万4,525人(10.1%)と続いている。
長期的推移では、「一般永住者」が2000年代頃から増加する一方、「特別永住者」は減少傾向にある。
「定住者」(特別な理由(例:日本人配偶者との離死別により在留資格変更を余儀なくされる等)を考慮し、5年を超えない範囲で一定の在留期間を指定して居住を認める者)は若干減少傾向にある。
「専門的・技術的分野での就労を目的とする在留資格」(人文知識・国際業務、投資・経営等の活動)は、過去20年間緩やかに増加を続けている。
また、2010年7月1日から新たな研修・技能実習制度が開始されたことに伴い、「技能実習」の在留資格者が年々増加している。
なお、「研修」とは、国の機関、JICA等が実施する公的研修や、実務作業を伴わない非実務のみの研修で在留する資格を指す。また、「技能実習」は、講習による知識修得活動及び雇用契約に基づく技能等修得活動(技能実習1号)又は技能実習1号活動に従事し、技能等を修得した者が当該技能等に習熟するため、雇用契約に基づき修得した技能等を要する業務に従事する活動(技能実習2号)で在留する資格を指す。技能実習期間は、技能実習1号、技能実習2号の期間を合わせて最長3年である。
   図表3-1-9-3 在留外国人数(在留資格別) 


不妊治療 

 

不妊治療は、健康保険が適用される一般不妊治療と適用されない生殖補助医療に大別される。
一般不妊治療には、排卵誘発剤などの薬物療法、卵管疎通障害に対する卵管通気法、精管機能障害に対する精管形成術の3種類が挙げられる。治療患者数は、厚生労働省「平成14年度厚生労働科学研究費補助金厚生労働科学特別研究「生殖補助医療技術に対する国民の意識に関する研究」報告書」(2003年4月)によると、排卵誘発剤の薬物療法だけでも推計226,400人(2003年)といわれている。
生殖補助医療には、人工授精、体外受精、代理懐胎の3種類が挙げられる。
人工授精は、精液を直接子宮腔に注入し、妊娠を図る治療法である。精子提供者が夫か、別の精子提供者かにより、配偶者間人工授精(AIH)と非配偶者間人工授精(AID)に区別される。治療件数は、AIDでは3,700件(2012年)である。1回当たりの治療費は1〜3万円程度である。
体外受精は、採卵手術により、排卵前に体内から取り出した卵子と精子の受精を体外で行う治療法である。治療方法には体外受精・胚移植(IVF-ET)、凍結胚・融解移植、顕微授精などが挙げられ、最もよく知られているのが体外受精・胚移植(IVF-ET)である。これは採卵により未受精卵を体外に取り出し、精子と共存させる(媒精)ことにより得られた受精卵を、数日培養後、子宮に移植する(胚移植)治療方法である。また、体外受精を行った際、得られた胚を凍らせてとっておき、その胚をとかして移植する治療方法として、凍結胚・融解移植が存在する。凍結胚・融解移植を行うことで、身体に負担のかかる採卵を避けながら、効率的に妊娠の機会を増やすことが可能である。さらに、体外受精では受精が起こらない男性不妊の治療のため、顕微授精(ICSI)という卵子の中に細い針を用いて、精子を1匹だけ人工的に入れる治療方法も存在する。体外受精の治療件数は326,426件(2012年)にのぼり、10年前の85,664件(2002年)から大きく増加している。アメリカの体外受精は16万件程度といわれており、同国の総人口が3億人弱であることをふまえると、日本の不妊治療件数は相当に多いといえる。なお、治療費は平均的に30万円から40万円程度である。
   図表3-1-10-1 不妊治療の種類とその概要
日本では1980年代後半から晩婚化・晩産化が進んでいる。人間は高齢期になるほど卵子数が減少し、精子の質も劣化していくことから、高齢期に生殖補助医療を行っても、必ず妊娠できるものではなく、産まれてくる子どもにもリスクがあり万全ではない。
   図表3-1-10-2 女性の加齢と卵子数の変化
   図表3-1-10-3 男性の加齢と精子の質の劣化
そうした妊孕性の知識の普及について先進諸国の状況を比較した国連の統計によれば、日本は最低の水準となっている。妊娠・出産等に関する正しい医学的な知識を普及させ、若年のうちから自らライフプランを設計できるようにする取組が求められる。
   図表3-1-10-4 妊孕性の知識(国・男女)別)
生殖補助医療において、第三者の精子や卵子を用いて行う場合(非配偶者間の場合)、法的な親子関係をめぐり問題が生じ得る。日本には現在、生殖補助医療を規制する法律は存在しない。日本産婦人科学会等の関係団体においては、人工授精・体外受精は容認する団体がある一方、代理懐胎はその治療法自体が否認されている状況である。関係団体では問題が生じる都度に会告を出し、会員にその遵守を求めているが、会告は任意団体における自主的なガイドラインであり、強制力はない。
   図表3-1-10-5 我が国の関係団体における生殖補助医療の容認・否認状況
先進諸国の動向を見ると、1980年代から90年代にかけて生殖補助医療の実施条件や親子関係の規定について法整備が進められてきた。
イギリスは法整備について先進的であり、1990年に「ヒトの受精及び胚研究に関する法律」を制定し、生殖補助医療を行い出生した子についての親子関係を明確にしている。
その他ヨーロッパ諸国では、フランスは1994年の「生命倫理法」、ドイツは1989年の「養子斡旋及び代理母斡旋禁止法」と1990年の「胚保護法」、スウェーデンは2006年の「遺伝的な一体性等に関する法律」と2002年に改正の「親法典」で、それぞれ生殖補助医療を規制している。3か国とも非配偶者による精子提供を容認する一方で、ドイツは卵子提供を禁止している。
アメリカは生殖補助医療を包括的に規制する法律がなく、アメリカ生殖補助医療学会等の学会のガイドラインや各州の州法、裁判所判例等で対応している状況である。
   図表3-1-10-6 諸外国の生殖補助医療における実施条件等
人工妊娠中絶の実施数は、近年減少傾向である。2012年には、約19万7千件と20万件を切った。
人工妊娠中絶の実施率を年齢(5歳階級)別で見ると、30歳代は一貫して減少傾向であるが、20歳未満や20歳代は近年横ばい傾向である。
   図表3-1-10-7 人工妊娠中絶数の推移
   図表3-1-10-8 年齢(5歳階級)別人工妊娠中絶実施率の推移
   図表3-1-10-9 諸外国との人工妊娠中絶件数の比較 








人口急減・超高齢化の経済成長への影響 

 

人口規模、人口の急減及び人口構成が経済成長にどのような影響を与えるかについて、経済成長を考える際に一般的な考え方である成長会計に基づいて考える。成長会計では、経済成長を決める要因は、労働投入、資本投入及び全要素生産性であるとされる。
人口が減少することは、労働投入の減少に直接結びつく。技術進歩などによる生産性上昇に伴って成長率が上昇するのに加えて、人口増によって労働力人口が増加して成長率が高まることを「人口ボーナス」と呼び、この反対の現象を「人口オーナス」と呼ぶ。今後、人口オーナスに直面し、成長率が低減することが懸念される。また、人口減少は資本投入へも影響を及ぼす。例えば、人口が減ることで必要な住宅ストックや企業における従業員1人当たり資本装備は減少することになる。また、高齢化が進むことで、将来に備えて貯蓄を行う若年者が減少し、過去の貯蓄を取り崩して生活する高齢者の割合が増えることで、社会全体で見た貯蓄が減少し、投資の減少にもつながる。
生産性についても、生産年齢人口が増えていく経済と減っていく経済について比較すると、生産年齢人口が減っていく経済では生産性が落ちる可能性が指摘されている。例えば、人口規模が維持されれば、多様性が広がり、多くの知恵が生まれる社会を維持することができる。また、人口構成が若返れば、新しいアイディアを持つ若い世代が増加し、さらに経験豊かな世代との融合によってイノベーションが促進されることが期待できる。逆に言えば、人口が急減し、高齢化が進む社会においては、生産性の向上が停滞する懸念がある。
人口の減少や高齢化の進行は以上のように、経済成長に対して3つの経路を通じて影響を与える可能性がある。
   図表3-2-11-1 経済成長と人口規模の関係
また、人口構成の変化も経済成長に影響を与える。現在の財政や社会保障制度を前提とすれば、人口急減・超高齢化の進展の下では、社会保障負担の増大などを通して現役の働き手の世代の負担増加を続けていく懸念がある。負担と受益の関係が大きく損なわれると、経済へ悪影響が生ずるおそれがある。世の中の仕組み、制度や政策は、その時々の状況にあわせて見なされていくものではあるが、問題は人口の規模や構成といった大きな変数が急激に変化していくその速度である。急激な変化の中で、世の中の仕組みが柔軟に変わっていかない場合には、いろいろな歪みが生ずることになり、また、急速に仕組みが変わっていく場合には、将来の展望を描きにくくなる。いずれの場合であっても、安定して持続的に経済活動を行っていく上ではマイナスになり得る。
以上のように、人口急減や高齢化の進行は、経済へ与える影響が非常に大きいと考えられる。もっとも、日本が直面する状況は、過去に例のない新しい事象である。人口急減・超高齢化の流れを緩和する取組の重要性はもちろんであるが、ある程度の人口減少・超高齢化のなかでも経済発展を持続できるよう、過去のパターンにとらわれず、新しい発想で立ち向かっていく必要があると言えよう。
   図表3-2-11-2 日本の人口推移
   図表3-2-11-3 日本の一人当たり実質GDP推移 


今の豊かさは将来も続けられるか 

 

経済成長の実力(潜在成長率)
日本の潜在成長率は、<図表3-2-12-1>のとおり低下傾向にあり、今の傾向が続くならば将来は1%を下回る成長率が定着せざるを得ないと考えられる。経済成長の要因を労働投入、資本投入とTFP(全要素生産性)の寄与度に分けて分析するのが成長会計であるが、潜在成長率低下の要因を成長会計に従い3つに分解すると、2001年から2010年の潜在成長率に対する労働投入の寄与度はマイナス(▲0.3%)であり、資本投入の寄与度、TFPの寄与度も低い伸びにとどまっている(それぞれ+0.5%、+0.6%)。
近年、経済成長の実力が低下している主な理由としては、1980〜1990年代に土地をはじめとする資産価格の高騰・急騰を経験したこと、その後モノの価格が上昇しない「デフレ」が続くようになり経済・金融全体が停滞気味になったこと、2000年代頃から新興経済との競争が厳しさを増したこと、2000年代後半以降交易条件の悪化によって海外への所得移転が続いたことなどがあげられる。
ただし、最近ではこれら課題への対応が進んできていることや、2020年開催の東京五輪に向けた投資や海外からの人の往来が増していることなどによって、若干景気は上向くようになっている。このため需要の不足(潜在成長率と実際の成長率の差をGDPギャップという。下図参照。)が解消されつつあり、これを契機として潜在成長率が上向くことが期待される。
   図表3-2-12-1 日本の潜在成長率の推移
   図表3-2-12-2 GDPギャップの推移
これまでの経済成長
<図表3-2-12-3>は、1970〜2009年までの40年間について、西暦の各10年代ごとに、一人当たりGDPの初期水準とその後の平均成長率の関係を表したものである。
   図表3-2-12-3 一人当たりGDPの水準と成長率の関係
主要国の一人当たり実質GDPの初期水準(1970、1980、1990、2000年)とその後の10年間の平均成長率の関係は傾向線(上図の黒い斜線)で示されているが、日本は近年、この傾向線から下方に位置しており、本来達成すべき伸び率が達成できていない。このことから、現在の日本の生産性(TFP)は、目指すべき成長・発展の経路に対して、上昇力が弱く、下方に離れた経路上にあるといえる。
また、日本の1970年代〜2000年代にかけての傾向線(上図中の黒い点を結んだ線)は、主要国全体としての傾向線と比べ傾きが急である。これは、日本が改革を進めずに主要国の傾向線に回帰しない場合には、成長率が一段と低下する可能性があることを示唆している。こうした日本の傾向線を主要国全体の傾向線に回帰させていくような、大きな改革努力が必要であることを意味していると言える。
生産性の向上のための改革
生産性を向上させていくためには、イノベーションを通じて、経済全体の効率性を高めていくことが重要である。イノベーションは単なる技術革新だけでなく、新しいビジネスモデルの構築や社会経済の変革をも含む幅広い範囲での創意工夫であるととらえられる。
現在の生産性は目指すべき成長・発展の経路に対して上昇力が弱く、下方に離れた経路上にある。この状況を突破するために、2020年代初頭までに集中的な改革を行い、その上昇力(傾き)を高めるとともに、新たな経路へ移行する必要がある。そうした成長・発展の力は、つまるところ一人ひとりの「人」の力から生み出される。「人」を育て、その多様性を活かし、大切にしていくことができるかどうか、必要な改革の焦点はそこにあるといえる。
   図表3-2-12-4 一人ひとりの多様性の発揮によるイノベーションの創造 



デフレによる問題 

 

デフレ脱却の必要性
近年の日本経済は、長きにわたって持続的に物価下落が継続する状態である「デフレ」に悩まされてきた。デフレは単に物価が下落するということにとどまらず、経済全体に様々な影響を与える。
デフレは物価−モノの金銭上の価値−の問題なので、金融政策をはじめとする政策対応が重要となる。特に、デフレ脱却に向けた政策としては、「期待」に働きかけることが重要だということが分かってきた。「期待」に働きかける取組によって、期待インフレ率が上昇し、それにより実際の需要・生産が増大するという経済の好循環が徐々に実現しつつある。
デフレは、モノとカネの相対的な関係で決まる部分が大きいが、人口が急減し、モノに対する需要が急減すれば、やはりデフレになると考えられる。そうした意味でも、早期のデフレ脱却が望まれる。
デフレが各分野に与える影響
デフレは経済全体に様々な影響を及ぼしていると考えられる。
個人消費に関しては、デフレ下では、家計は継続的な物価下落を織り込み、消費を将来に先送りするため、貯蓄が積み上がり、モノが売れなくなる。消費が停滞すれば、それに伴い、生産も停滞し、企業業績へ影響を与えるほか、新たな設備投資を抑制するなど、経済全体にマイナスの影響を与えることとなる。
企業にとっては、物価の持続的な下落は、実質金利の高止まりを意味する。企業の期待成長率を実質金利が上回り、新たな設備投資を抑制することにつながる。また、新規の設備投資の減少が、個々の企業の生産性の停滞を招き、経済成長にとり、マイナスの影響を与えることとなる。
   図表3-2-13-1 デフレ脱却に向けた政策効果のフローチャート
   図表3-2-13-2 名目GDPの推移
雇用に関しては、賃金を引き下げることは容易ではないため、企業は正規雇用を抑制し、全体に占める非正規雇用のウェイトを高めることで人件費を抑制しようとする。非正規雇用者の増加は、不安定な立場に置かれる労働者を増やし、またそれに伴い消費が減少する。
   図表3-2-13-3 経済の好循環の姿
政府の財政運営に関しては、経済活動が停滞することによる税収の減少がもたらされる。これにより、財政健全化へ向けた取組が遅れ、政策の機動力が低下し、国民福祉へのマイナスにつながる。
将来への展望
デフレから脱却した場合には、モノの価値がカネの価値よりも低下する状態から脱することになり、消費するよりも貯蓄する方が得するという状態ではなくなる。このため、消費を無理に先送りするのでなく成長に応じた経済活動が行われ、それと合わせて企業も設備投資を行い、民間部門の活性化によって政府部門も税収によって適切な公共サービスの提供を行うことができることになる。人口急減・超高齢化の流れを断ち切るためには、思い切った改革が必要である。そうした意味でも、経済の循環の早期の正常化が求められている。 


格差の問題 

 

格差の現状
格差を測る指標の一つに「ジニ係数」がある。これは、所得の分布について、完全に平等に分配されている場合と比べて、どれだけ偏っているかを、0から1までの数値で表したものである。仮に完全に平等な状態であれば、ジニ係数は0となり、1に近くなるほど不平等度が大きくなる。
近年、人口構成の高齢化、単身世帯化が進む中で、ジニ係数で見ると緩やかに格差が拡大してきている。これは、高齢者の所得には人生を通じて働いて積み重ねてきた結果が反映されるため、もともとジニ係数が大きくなるところ、高齢者の比率が高まると全体のジニ係数が高まることになるという理由と、若年層において近年正規・非正規労働の分化などが生じているために格差が広がる傾向にあることが主な理由である。
ただし、社会保障制度などを通じた再分配後のジニ係数はほぼ横ばいとなっており、社会保障制度などが再分配機能を発揮していることがわかる。
高齢化の進展を和らげる人口問題への取組、若年層の貧困問題の適切な対応、社会保障制度の持続可能性の確保など、格差の問題は、重要な経済・社会政策の真価が問われる重要な問題である。
   図表3-2-14-1 ジニ係数の推移
   図表3-2-14-2 年齢階層別ジニ係数の変化
成長と格差
経済成長と格差の関係については、市場原理の下で経済成長すると、勝者と敗者に分かれるために、格差を拡大させるという面と、一方で、経済成長が停滞すれば再分配に充てられる果実が生まれないため、それに伴い格差が固定化するという面がある。
また、所得格差が拡大すると、経済成長が低下する、という方向性での分析がある。近年、多くの先進諸国では、過去30年で富裕層と貧困層の格差が最大となる一方、中長期的な成長率が低下しているとされる。成長のエンジンは人的資本であり、格差の存在、程度が人的資本の蓄積に悪影響を及ぼさないことが重要である。
また、経済成長の果実の分配は、市場原理に委ねても相応に進むという考え方がある。経済にはそういう面もあると考えられるが、人口急減・超高齢化へ向かっている日本の状況に照らせば、前述のとおり、社会保障制度などによる再分配をきちんと行いながら、人口問題や若者層の貧困問題へ適切に対応していくことが重要である。
地域の格差
日本では戦後、三大都市圏を中心とした都市圏と、農漁村を含む地方圏との間での所得格差が続いてきた。そして、こういった所得格差と人口移動の間には密接な関係があり、より所得の高い魅力的な地域に、地方から若年層を中心に人口が流出してきたと考えることができる。
一方で、都市圏と地方圏の格差を考える際に、単純に所得格差のみを比較してよいのかという問題もある。地域によって生活に必要な費用は異なり、また物価の違い、住宅環境の違いなどがある。単に所得の金額だけを比較してどちらが豊かかを論じることは必ずしも適切ではないであろう。
なお前述したとおり、近年、経済の水準というよりも経済状況の好不況が、若年層の人口移動や出生率に影響を及ぼす傾向が出てきているとみられる。
   図表3-2-14-3 東京圏における転入超過数と所得格差の推移 


世界の中の日本経済の位置 

 

世界でのプレゼンス
世界経済における日本のプレゼンスは弱まりつつある。世界のGDPに占める日本の割合の推移をみると、1980年に9.8%だったものが、1995年には17.6%まで高まった後、2010年には8.5%になり、ほぼ30年前の位置付けに戻っている。現在のまま推移した場合には、国際機関の予測によれば、2020年には5.3%、2040年には3.8%、2060年には3.2%まで低下する。こうした「現状のまま推移した場合」の予測を変えていく努力が求められる。
   図表3-2-15-1 世界経済(GDP)に占める国・地域別割合の推移
なお、約10年前の経済財政諮問会議の専門調査会報告によれば、やはり長期的に世界のGDPに占める日本の割合は低下していくと予測していたが、当時の報告よりも現時点での見通しはさらに厳しくなっているといえる。報告は、1995年から2004年の実質GDP成長率等のトレンドが今後も継続するという仮定を置き計算した場合、世界経済に占める日本のシェアは、2030年には2004年の4分の1程度に大幅に低下すると試算した。経済規模では、2014年頃に中国に追い抜かれ、2030年頃にインドにほぼ肩を並べられ、2030年には、米国、中国、ユーロ圏に次いで、世界で4番目となっていると見込まれていた。構造改革が進まない場合、2030年には、一人当たりGDPでみても、米国やユーロ圏を大きく下回り、韓国が日本を上回っていると見込んでいた。実際には、中国に名目GDPでは2010年に抜かれており、当時の予測よりも早いペースで日本経済の立ち位置が弱くなってきているといえる。
日本のブランド力
グローバル化が進み、ヒト、モノ、カネ、ジョウホウの往来が自由になってくると、単に価格が安いことだけでは競争力を持たなくなってくる。品質や特徴的な価値が改めて見直されるようになると、日本の良さが再認識される可能性がある。日本独自の自然や歴史・文化を背景とした個性、日本発のビジネスの仕組みを発展させた新たなビジネスモデル、ロボットなどの先進的な技術などの組み合わせによって、改めて競争力を強めていく余地は十分にあろう。
世界への貢献
少子化、高齢化、低成長はいずれの先進諸国でも直面している課題である。日本の少子化や高齢化は特に深刻であるが、これらに起因する諸課題への解決の処方箋が得られれば、それは他の先進諸国に先駆けたモデルを提示するものとなる。
世界でのプレゼンスを維持し、政治、経済、金融などの領域でしっかりと地位を占めて積極的な役割を果たすとともに、新たなフロンティアにおいて独自の貢献をしていくことが期待される。 
地域別の人口動向の特徴 

 

地域ごとの高齢化率・出生率
現在の日本の人口動向の特徴としては、高齢化が進行しており、平均寿命のさらなる延伸が続いていること、少子化の流れが止まらず、子どもの数の減少が続いていること、両方の要因から生産年齢人口が減少していることなどがあげられる。
2014年の人口推計によると、全国の高齢化率は26.0%、合計特殊出生率は1.42である。都道府県単位でみると、高齢化率が高い地域は秋田県32.6%、高知県32.2%、島根県31.8%、山口県31.3%、和歌山県30.5%などであり、低い地域は沖縄県19.0%、東京都22.5%、愛知県23.2%、神奈川県23.2%、滋賀県23.4%となっている。また、合計特殊出生率の高い地域は沖縄県1.86、宮崎県1.69、島根県・長崎県1.66、熊本県1.63などであり、低い地域は東京都1.15、京都府1.24、北海道・奈良県1.28、宮城県1.30などである。
このように、高齢化や少子化の状況には地域によって、大きな違いがある。
自然増減・社会増減でみた特徴
地域における人口動向の変動要因は、出生・死亡による自然増減と転入・転出による社会増減があり、増減傾向や増減幅などは地域により違いがある。自然増減・社会増減を毎年見ることができる都道府県データについて、高齢化率と出生率が高い又は低い都道府県を組み合わせ、特徴的なところについて自然増減・社会増減の推移を見てみると以下のようになる。
   図表3-3-16-1 人口増減と自然増減数・社会増減数の推移
例えば、秋田県は2014年に全国一高齢化率が高く、出生率は全国で10番目に低い。秋田県では1970年代以降1990年代末まで毎年数千人単位で社会減が続いた。これに伴って、自然増も減らし、1990年代半ばには自然増がなくなり、自然減に転じた。1990年代末以降は社会減が縮小しているが、自然減は収まらず、直近では約8,000人程度の自然減が生じている。その結果、1980年代前半から人口減少が始まり、2005年以降は年間10,000人以上減少している。
島根県は2014年に全国で3番目に高齢化率が高いが、出生率は全国で3番目に高い。島根県では秋田県ほどではないが小幅な社会減が1970年代から続いている。また、秋田県より遅れて1990年代前半には自然増がなくなり自然減に転じている。その結果1980年代前半から人口減少が始まっているが、2000年代半ば以降は5,000人程度の人口減少が続いている。
東京都は、2014年の高齢化率が全国で2番目に低いが、出生率は全国一低い。東京都の場合、1970年代は100,000人以上の自然増であったが年々その数は減少し、2012年からは自然減に転じている。逆に社会増減は1970年代には100,000人以上の減少しており、1985年に一度社会増に転じたものの、1986年以降は再度社会減となったが、1996年から2014年までは継続して増加している。その結果、1990年代半ばまでは人口増減を繰り返したが、それ以降は人口が増加しており、1990年代末以降は約50,000人から100,000人程度の人口増加が続いている。
沖縄県は2014年の高齢化率は全国一低く、出生率は全国一高い。沖縄県では、1970年代は15,000人以上の自然増であり、その数は減少しているものの、2013年でも5,000人の自然増をしている。社会増減は1990年代前半までは減少の傾向だが、それ以降は小幅ながら社会増の傾向が見られる。
高齢化率が低く出生率が高い沖縄県では、伝統的な相互扶助の文化が根付いており、親密な人間関係に基づいた地域の子育て力が確保されているほか、保育施設が充実し、特に認可外保育施設の入所割合が高いなど、働く女性の育児支援が整っているという特徴がある。
市区町村ごとの高齢化率・出生率
市区町村ごとの高齢化率及び出生率を市区町村単位で見てみる。
高齢化率で最上位10位までの町村では50%を超えている。高齢化が進行している市区町村と、前章で見た普通出生率が低位の市区町村はほぼ一致する。
また、2010年で人口が1,000人を下回っている市区町村数は26であり、沖縄県が5、長野県が4、東京都・奈良県が3などとなっている。
2010年で合計特殊出生率が1を下回っている市区町村数は12であり、東京都が9、埼玉県が2、大阪府が1となっている。
   図表3-3-16-2 2010年の高齢化率 上位10市区町村
   図表3-3-16-3 2010年の人口 下位20市区町村
   図表3-3-16-4 2008年-2012年の合計特殊出生率 下位10市区町村 



少子化動向の地域差 

 

出生率の地域差
2014年の全国各地域の合計特殊出生率をみると、東海・北陸、中国・四国、九州・沖縄地域の都道府県は全国平均(1.42)より高い水準で推移している。中でも沖縄県は目立って高い水準を維持している。
一方で北海道・東北、関東、近畿地域の都道府県は、全国平均よりも低い水準で推移しているところが多い。合計特殊出生率が全国平均より低いのは11県(北海道、宮城、秋田、埼玉、千葉、東京、神奈川、京都、大阪、兵庫、奈良)である。
合計特殊出生率上位5県(沖縄・宮崎・島根・長崎・熊本)の人口は日本の総人口のわずか5.05%を占める一方、下位5県(東京・京都・北海道・奈良・宮城)は19.75%を占める状況である。
   図表3-3-17-1 全国各地域における合計特殊出生率の推移
大都市部(政令市等)の合計特殊出生率をみると、所在する都道府県の出生率より概ね低い傾向を示している。特に、札幌市、仙台市、京都市、大阪市、神戸市、福岡市等が著しく低い。ただ、浜松市、岡山市、広島市、北九州市、熊本市のように、全国平均よりも出生率が高い例もみられる。出生率の地域差は、都道府県間だけでなく、都道府県内の都市部と周辺地域における人口構成の違い等により生じることが確認できる。
   図表3-3-17-2 大都市部(政令市)における合計特殊出生率の推移
出生率に地域差が生じる理由については判明していないことが多い。
東京圏や政令市などの大都市部では、平均初婚年齢や第一子出生年齢について都市が所在する都道府県や全国平均のそれらより高い状況である。こうしたことは、出生率の地域差の要因の一つと考えられる。
一方で九州・沖縄地域は出生率が高く、出生率の低い北海道・東北地域は出生率が低いことについては、その理由は明確でない。親との同居・近居、出産・子育てに対する価値観、地域の伝統、雇用状況、東京圏との遠近などの影響が指摘されている。
少子化対策の実施状況
これまで行われてきた少子化対策は、主に待機児童対策といった保育サービスの充実が中心であり、地域で似通った内容であった。しかし少子化の要因は、地域ごとに大きく異なると考えられることから、多様な少子化対策のメニューを地域の実情に応じて柔軟に組み合わせ、実施していくことが求められる。
少子化対策に注力している地域では、出生率に相応に効果が発現していることが確認できる。
内閣府が実施したアンケート調査「地方公共団体における少子化対策等の現況調査について」(回答団体:1,535団体/1,788団体)によると、1総合的な政策立案・推進等を担当する部署の設置、2関係部署間での業務連携、3少子化対策関連予算の増額、4少子化対策に従事する人員の増員、の4点に取り組んでいる団体と取り組んでいない団体とでは、積極的に取り組んでいる(=合計点数が高い)団体の方が過去10年間で合計特殊出生率に改善傾向が認められた。
   図表3-3-17-3 地方公共団体における少子化対策への取組状況と出生率の関係
さらに、重点的に取組んでいる施策には、現状で(6)待機児童の解消や(7)子育て支援のメニュー拡張を挙げる団体が多い。
次に、今後強化が必要と考える施策には、(1)結婚に関する支援体制の整備、(7)子育て支援のメニュー拡張、(8)保育サービスの充実が挙げる団体が多く、少子化対策のメニューの多様化と質の向上に対するニーズが多いといえる。
そして、今後他団体や国との連携が必要と考える施策には、それらに加え、(4)安心・安全な周産期医療体制の充実へのニーズが多い。広域的な取組みを要する課題については、基礎的自治体単独では困難が伴うため、連携協力が重要になっているといえる。
   図表3-3-17-4 地方公共団体における少子化対策の重点的取組施策 



地域別の経済動向 

 

地域別経済動向の統計データの概要
地域経済の状況を示す統計データは、都道府県別と市区町村別があり、経済の活動主体や所得、生産・支出等に関するデータがあるが、主要なものとしては以下の表のようなデータがあげられる。都道府県別には、一定期間に域内で生み出された付加価値の合計金額を示すGDP(Gross Domestic Product)も推計されているほか、利用可能なデータは比較的多い。一方、市区町村には、GDPのような域内の経済活動の指標を一本化した経済指標は存在せず、利用可能なデータ数も少なく、地域の経済の動向をみるためには限られたデータをうまく組み合わせながら、バランスよく時系列、地域間の比較をする視点が重要となる。
   図表3-3-18-1 統計データ:都道府県別
   図表3-3-18-2 統計データ:市区町村別
農業統計、工業統計、商業統計でみた市区町村の過去・現在の状況
「農業産出額」、「製造品出荷額等」及び「小売業年間商品販売額」の3つの統計データについて、市区町村別に1975(1974)年時点のデータを基準(=100)として、1980(1979)年・2010(2006、2007)年の2時点のデータを指数化し、過去(1980(1979)年)と現在(2010(2006、2007)年)の状況を比較した。
※各項目のデータに欠損がある場合、近傍地点のデータと同値と見なした。全ての地点のデータが欠損の場合、各時点の指数を100とした。
農業産出額
農業産出額については、1980年時は全国的に1975年に比べ増加傾向にあったが、2006年時は全国的に1975年に比べ減少傾向にあり、約30年の間で1975年比75%未満の地域が大半となっている。他方、北海道、南九州、東京近郊の一部の市町村では、大きく増加している。
農業産出額の全国に占める割合の高い市区町村をみると、1980年と2006年では大きく入れ替わりが生じている。かつては米どころが多数を占めたが、最近は野菜果物等で特徴を出している産地が上位になってきている。夏秋トマト生産量全国一位(平成24年)の茨城県鉾田市、甘藷生産量全国二位(平成18年)の鹿児島県鹿屋市、生乳生産量全国一位(平成18年)の北海道別海町及び甘藷生産量全国一位(平成18年)の鹿児島県南九州市等が2006年時の上位に位置付けている。
また、1980年に比べ2006年においては上位10市区町村の農業産出額が全国に占める割合が増加しており、農業を頑張っている地域とそうでない地域との差が大きくなってきているものとみられる。
   図表3-3-18-3 農業産出額(指数)マップ
   図表3-3-18-4 全国に占める農業産出額の割合が高い上位10市区町村
製造品出荷額等
製造品出荷額等については、1980年時は1975年に比べ全国的に増加傾向にあったが、2010年時は1975年に比べ50%以上減少している地域が北海道、東北日本海側、北陸、山陰、四国等多数見受けられる。一方、東北太平洋側、名古屋圏、九州等は大きく伸ばしている。
2010年時の上位市区町村をみると、1980年時に比べ上位10市区町村はすべて入れ替わっており、県内最大の工業団地を有し、医薬品、半導体、自動車組み立て工場を含む自動車関連企業等が立地し飛躍的な発展を見せている岩手県金ヶ崎町や、自動車産業やIC産業等の企業立地の実現により工業都市として発展している福岡県宮若市や、半導体、家電製品製造の拠点工場が立地し先端技術産業を中心に発展している大分県国東市や、新潟東港が建設されたため港湾部に金属加工業、食品製造産業などの企業が集積し工業地帯を形成し発展を続けている新潟県聖籠町や、電子機器メーカーを誘致したことで発展を続けている山梨県忍野村等があげられる。
   図表3-3-18-5 製造品出荷額等(指数)マップ
   図表3-3-18-6 製造品出荷額等の指数の高い上位10市区町村
小売業年間商品販売額
小売業年間商品販売額は、全般的に増加を続けているが、ベッドタウン化が進んでいる地域を中心として大きく伸ばしている。
上位の市区町村を1979年と2007年とで比較すると大半は入れ替わっているが、市内に限らず周辺市町や県外からも多くの人々が訪れる大型商業施設を有する岐阜県本巣市は両時点において上位に位置付けている。一方で、2007年の上位の市区町村をみると、高速道路からのアクセスの良い場所に大型商業施設を有し周辺市町や県外から人々が集まる鳥取県日吉津村、大型商業施設を有し熊本市通勤通学圏の住宅地として発展している熊本県菊陽町、仙台市通勤通学圏の住宅団地を中心に人口が増加している宮城県利府町等がある。
   図表3-3-18-7 小売業年間商品販売額(指数)マップ
   図表3-3-18-8 小売業年間商品販売額の指数の高い上位10市区町村 







東京への人口・経済の集中 

 

現在の日本が直面している基本的な課題、すなわち、人口急減、超高齢化に向けた流れは着々と進行しており、全国の人口総数を時系列でみてみると、東京圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)の人口は、1975年以降、増加を続けているのに対し、他の地域は横ばい、若しくは減少の一途をたどっている。東京圏に在住する人口の総人口に占める割合は、約24%から約28%まで約4%上昇し、特に2000年代に入ってからこの10年ほどで約2%上昇している。
他方、圏域別の転入超過数をみると、高度経済成長期(1960年代)、バブル経済期(1980年代後半)、2000年代と3度の大きな波が訪れているのがわかる。(図表3-3-19-1参照)東京圏の転入超過数は、その他の地域(他圏域以外の道県)と反比例するように推移しており、地方部からの人口集中を顕著に表している。
   図表3-3-19-1 圏域別の転入超過推移
この背景には、経済動向、特に働く場所の問題があると考えられ、1980〜1990年代にいったん差は縮まったが、1990年代末からまた拡大してきていることを以下に示す。
経済動向について、県内総生産をみてみると、東京を含む関東圏は、全国に占める県内総生産のシェアが1975年に35.5%であったのが、2008年には40%に達するなど2010年まで終始トップのシェアである。一方、関東圏の次にシェアを占めている近畿圏は、1975年に18%に達して以降、徐々に減少を続け2005年には15.5%までシェアを落としている。中部圏、九州圏が微増し、その他の地域は減少している。以上のように各圏域の圏内総生産減少分の多くが関東圏へ流出しており、東京に経済活動が集まっている。(図表3-3-19-2参照)
   図表3-3-19-2 地域ブロック別県内総生産の全国に占める割合
総務省統計局が事業所・企業統計調査(1975〜2006年)及び経済センサス基礎調査(2009年)において調査している従業者数をみると、東京を含む関東圏は、全国に占める従業者数のシェアが1975年に33.0%であったのが、2009年には36.7%までシェアを伸ばし続けており、ここ30数年間トップのシェアを占めている。一方、関東圏の次にシェアを占めている近畿圏は、1975年に17.7%を占めていたが、徐々に減少を続け2009年には16.2%までシェアを落としている。両者の差は、1975年時に15.3%であったが、2009年時には20.5%まで広がっており、関東圏外の地域から事業所進出、あるいは東京での新規起業が進み経済の中心が東京へ集中する傾向にあるとみられ、地方から働く場所が減少しつつあると読み取れる。(図表3-3-19-3参照)
   図表3-3-19-3 地域ブロック別従業者数の全国に占める割合
2000年代に入ってからの人口集中の特徴としては、20歳代後半から30歳代は1990年代以前、転出超過で推移していたが、人口減少に伴って転出・転入ともに絶対数は小さいものの、今まで地方から転入してきて地方に戻っていたのが戻らなくなったことがあげられる。(図表3-3-19-4参照)
   図表3-3-19-4 年齢階層別東京圏への転入・転出超過数
全国の年齢層別の総人口に占める東京圏の割合をみてみると、男性若年層(20〜39歳)より女性若年層の方が1990年代以降、東京圏の割合が増加しており、女性若年層の東京圏への転入超過は目立って多くなっている。(図表3-3-19-5、3-3-19-6参照)
   図表3-3-19-5 全国の年齢階層別総人口に占める東京圏の割合の推移
   図表3-3-19-6 東京圏の20〜39歳人口の総人口に占める割合
また、北海道の男女別若年層人口の全国に占める割合を例にみると、郡部において若年女性比率が大きく低下しており、道内の市部を経由せず、東京圏へ転出しているとみられる。同様に中国圏、四国圏においても郡部における若年女性比率は大きく低下しており圏域内市部を経由せず、東京圏へ転出しているとみられる。(図表3-3-19-7参照)
   図表3-3-19-7 北海道、中国地方、四国地方市部・郡部の20〜39歳人口の総人口に占める割合 






国土政策・地域政策 

 

国土政策・地域政策の変遷
戦後日本の国土政策・地域政策は、国の主導による「国土の均衡ある発展」、「地域間格差の是正」を基調とした、5次に渡る全国総合開発計画(全総)及びその具体施策としての地域振興、産業立地・振興、大都市圏・地方圏の社会資本整備等により実施されてきた。政策の大きな流れは、戦後復興期から高度成長期にかけて、まず大都市圏への投資を集中的に行い、その後地方圏への投資を行うというものであった。そして、近年では地方分権の進展などにより、地域の自主性に基づく、地方の主導による国土政策・地域政策が指向されている。
戦後の地域開発の最も主要な柱は地域間格差の是正であったが、地域間格差が生じた大きな要因は、高度成長期に生じた地方部から都市部への人口移動であったと考えられる。戦後復興期に大都市圏を中心とする地域への産業基盤整備が重点的に行われた結果、企業や行政機関、教育機関などが大都市圏に集中し、特に、地域間の成長・発展力に格差が生じ、若年層を中心として地方から都市に流入する。そうした生じた地域間格差と都市の過密化、地方の過疎化に対処するために、その後、地方部の産業基盤整備が進められることとなった。
図表3-3-20-1は1960年以降の都道府県別1人当たり行政投資の中から、三大都市圏の中心である東京都、大阪府、愛知県と地方圏の例として鳥取県と青森県の5都府県の推移を、全国平均を100とした指標で表したものである。行政投資とは国、地方公共団体等が行う道路や上下水道の整備など、社会資本への投資であるが、指標が100を上回っていれば、全国平均よりも大きな行政投資が行われたことを示している。この図からは以下の3点を読み取ることができる。第一に、三大都市圏においては、1970年代初め頃までは、大きな1人当たり行政投資が行われたが、その後は1980年代後半からのバブル経済期の一時期などを除き、全国平均を下回っていることである。第二に、鳥取県と青森県の1人当たり行政投資が1970年前後に増加に転じ、バブル経済の一時期を除き、全国平均を上回るようになったことである。第三に、東京都と大阪府、愛知県の1人当たり行政投資は概ね似たような軌跡を辿っているものの、大阪府と愛知県が概ね全国平均以下であるのに対し、東京都は1980年代半ばと2000年代半ばに1人当たり行政投資が増加傾向に転じ、全国平均以上となっている点である。ここから、近畿圏、中京圏では起こっていない東京独自の一極集中の動きを読み取ることができる。
   図表3-3-20-1 1人当たり行政投資の推移
全国総合開発計画に基づく地域開発施策などにより、工場・教育機関等の地方分散、中枢・中核都市の成長が進展し、社会資本も整備され、長期的にみれば、大都市圏への急激な人口流入は収束に向かい、地域間の所得格差もかなり縮小に向かった。さらにその後、個性豊かな地域社会の創造に価値を置く考えや、地方にできることは地方に任せるべきとの考えなどが重視される傾向が強まり、地域政策の方向性は地域の主導へと転換してきている。
地域経済の課題
しかしながら、「国土の均衡ある発展」と「地域間格差の是正」が一定程度達成され、これからは地方主導の時代であるとされる一方、地方では少子高齢化と人口減少による自治体財政の悪化と地域経済の衰退に直面している厳しい現状がある。
   図表3-3-20-2 市区町村の高齢化率と財政の関係
図表3-3-20-2は横軸に市区町村の高齢化率を、縦軸に住民1人当たり歳出と税収を示し、両者の関係を表したものである。この図からは、少子高齢化が進み、高齢化率が高い団体ほど、1人当たり税収は少なくなる右下がり傾向が読み取れる一方、高齢化率が高い団体ほど、1人当たり歳出は多くなる右上がりの傾向を示している。例えば、高齢化率が全国で最も高い群馬県南牧村(57%)や、高知県大豊町(54%)、徳島県上勝町(52%)では、1人当たり歳出に占める1人当たり税収の割合が1割にも満たない。同様の団体(岩手県、宮城県、福島県を除く)は南牧村などを含めて217団体があり、1743団体の約12%を占めている。今のままで高齢化がさらに進行していけば、1人当たり税収はますます減少していく一方で、1人当たり歳出はますます増加していく。すなわち、地方の財政的自立性は失われ、国からの交付金や補助金への依存度が高まらざるを得ない状況にある。
2000年の地方分権一括法施行により、国と地方の役割分担は大きく見直され、地方の自立が制度的にも担保された。平成の市町村大合併、国庫補助負担金、地方税財源、地方交付税の三位一体改革が行われるとともに、規制改革による特区制度などの地域活性化施策が推進されている。しかしながら、地方分権改革により基礎自治体への権限委譲、財源移譲が進められたとしても、少子高齢化と人口減少への対策を早急に講じなければ、基礎自治体が自主性を発揮するための体力そのものが衰退することは避けられず、地域経済活性化の担い手としての基礎自治体の自立は困難と言わざるを得ない。国土政策・地域政策は人口に対する視点とこれに基づく取組を基調とすることがますます重要になってくると同時に、各自治体の政策においても同様の視点、取組が強く求められる。 

 
少子化 1

 

少子化 
1.出生数が減少すること
2.出生率の水準が特に人口置換水準以下にまで低下すること(故に、単なる出生率の低下とは異なるとされる)
3.(高齢化の対義語として)子どもの割合が低下すること
4.子どもの数が減少すること
を指し、いずれの意味であるかは文脈にもよる。
長期的に人口が安定的に維持される合計特殊出生率(1人の女性が一生の間に産む子の数)を人口置換水準(Replacement-level fertility)という。国際連合は先進諸国の人口置換水準を2.1と推計している。人口学において少子化とは、合計特殊出生率が人口置換水準を相当長期間下回っている状況のことをいう。
経済発展と生活水準の向上に伴う出生率と死亡率の変化には、多産多死から多産少死、少産少死へ至る傾向があり、人口転換と呼ばれる。多産少死のとき人口爆発が生じることは古くより知られ、研究が進められてきた。日本では江戸時代前半(約3倍増)と明治以降(約4倍増)の2度、人口爆発が起きた。
かつて少産少死社会は人口安定的と考えられていたが、1970年代に西欧諸国で出生率が急落して以降、将来の人口減少が予測されるようになった。多くの先進諸国では死亡率が下げ止まる一方で出生率の低落が続き、1980年にはハンガリーが人口減少過程に入った。  
原因 

 

20世紀の前半までは感染症の予防法も治療法も確立されていなかったので、妊産婦死亡率・周産期死亡率・新生児死亡率・乳児死亡率・乳幼児死亡率・成人死亡率はいずれも著しく高かった。また生活習慣病の予防法も治療法も確立されておらず、臓器の機能不全を代替する人工臓器や臓器移植の医療技術も確立されていなかった。そのような社会状況では平均寿命は50歳前後が限界であり、死亡率の高さを補うために健康で妊娠出産能力がある女性は、10代の後半頃から40代頃まで産める限り産むという、多産多死の社会だった。十代の出産も高齢出産も21世紀初頭の現在よりも実数で多かった。
20世紀の後半になると産業と経済の発展、政府の歳入の増大と社会保障支出の増大、科学と技術の向上、医学と医療技術の向上などがあった結果、感染症の予防法と治療法が確立され、妊産婦死亡率・周産期死亡率・新生児死亡率・乳児死亡率・乳幼児死亡率・成人死亡率はいずれも著しく減少した。そのうえ生活習慣病の予防法や治療法、そして人工臓器や臓器移植の医療技術も確立されたので、平均寿命は著しく上昇し、その一方で逆に合計特殊出生率は著しく低下し、多産多死の社会から少産少死の社会に移行した。
20世紀の後半以後、こうした医療技術の確立は、先進国だけでなく開発途上国にも低開発国にも普及した。先進国では大部分の国が合計特殊出生率が2人未満になり、開発途上国でも2人未満の国や2人台が大部分になり、低開発国でも20世紀前半の先進国よりも低くなっている。
内閣府の「少子化に関する国際意識調査」は、アメリカ、フランス、韓国、スウェーデン、そして日本という5カ国のおよそ1000人の男女を対象として2005年に行った少子化についての意識調査の結果を報告している。これによると、「子供を増やしたくない」と答えた割合は53.1%と、他の4カ国と比較して最も多かった。(他国の増やしたくないと答えた割合はスウェーデン11%、米国12.5%、フランス22.6%、韓国52.5%)。「子供を増やしたい」と答えた割合が最も少ないのも日本であった。子供が欲しいかとの問いについては、いずれの国も9割以上が「欲しい」と回答している。
同調査において示された「子供を増やしたくない理由」は、
・子育てや教育にお金が掛かりすぎるから - 韓国68.2%、日本56.3%、米国30.8%
・高年齢で生むのが嫌であるから - スウェーデン40.9%、韓国32.2%、日本31.8%
などとなっている。
経済的発展
都市化の進行
世界における都市化率の増加も、主要な要因のひとつだとされている。都市住民は田舎住民よりも、子供をあまり持たない傾向がある。都市住民は、児童を農場労働力として必要とはせず、また都市では不動産価格が高いため大家族は費用がかさむ。
高等教育の普及
経済的理由により子供が生まれたときの十分な養育費が確保できる見通しがたたないと考え、出産を控える傾向がある。子育てにかかる費用が高いことも要因として指摘されている。国民生活白書によれば子供一人に対し1300万円の養育費がかかると試算している。
家族計画の普及
・マーガレット・サンガー - 1914年(大正3年)に産児制限(birth control)を提唱。
・優生保護法 - 1948年(昭和23年)公布。翌年の改訂で「経済的理由による人工妊娠中絶」が合法化される。
政策的なもの
政府によっては少子化推進政策を取るところもある。たとえば中国の一人っ子政策など。
晩婚化
未婚化・晩婚化の進展がより強く少子化に影響しているという側面もある。また近年の欧米の研究では、高齢により男性の精子の質も劣化し、子供ができる可能性が低下し染色体異常が発生しやすくなることなども報告されている。
「家族」の過剰な称揚
家族人類学者のエマニュエル・トッドは、『家族』というものをやたらと称揚し、すべてを家族に負担させようとすると、それが重荷になってかえって非婚化や少子化が進む、としている。
日本
厚生労働省が発表したデータによると、平均初婚年齢は、昭和50年には女性で24.7歳、男性で27.0歳であったが、平成27年には女性で29.4歳、男性で31.1歳と、特に女性を中心に晩婚化が進んでいる。また、初婚者の年齢別分布の推移では、男女とも20歳代後半を山とする逆U字カーブから、より高い年齢に分散化した緩いカーブへと変遷しており、さらに、女性ではカーブが緩やかになるだけでなくピークの年齢も上昇している。
日本における少子化の原因としては、未婚化や晩婚化などに伴う晩産化や無産化が挙げられる。
低所得者層の増加による影響
中小企業庁は「配偶者や子供がいる割合」は概ね所得の高い層に多く、所得が低くなるに従って未婚率が高くなるという傾向があり、低収入のフリーターの増加は、結婚率、出生率の低下を招く」と分析している。現実として、30歳代は男性の正規就業者の未婚割合が30.7%であるのに対して、非正規就業者は75.6%となっている。
女性の高学歴化説
日本では1947年-1949年の3年間(1944年-1946年の3年間は戦争激化と戦後の混乱のため統計なし)は、戦地や軍隊から家族の元に戻った男性の妻の出産や、戦地や軍隊から戻った男性と結婚した女性による出産が多いという特殊な社会条件があり、合計特殊出生率は4人台だったが、その後は減少し、第二次世界大戦終結から16年後の1961年には史上最初の1人台の1.96人になった。1963年以降は、丙午である1966年(1.58人)を除いて、1974年まで2人台であったが、1975年に1.91人と再び1人台を記録して以降2013年まで1人台が継続されている。
合計特殊出生率の算出対象である15-49歳は、1961年では1912-1946年生まれであり、1975年では1926-1960年生まれであり、女性の大学進学率は1940年生まれでは10%未満、1950年生まれでは10%台後半、1960年生まれでは30%台前半、1970年生まれでは30%台後半であり、全体として戦後女性の高学歴化と少子化は同時に進行しているが、必ずしも因果が証明されてはいない。  
歴史が示す少子化問題(古代ローマの事例) 

 

少子化問題は古代ローマ時代にもあった。アウグストゥスは紀元前18年に「ユリウス正式婚姻法」を施行した。現代の考え方とは違って既婚女性の福祉を図るというより、結婚していない場合様々な不利益を被らせるというものであった。すなわち女性の場合、独身で子供がいないまま50歳をむかえると遺産の相続権を失う、さらに5万セステルティウス(現在の約700万円)以上の資産を持つことが出来ない、又独身税というのもあって2万セステルティウス(現在の約280万円)以上の資産を持つ独身女性は、年齢に関わらず毎年収入の1パーセントを徴収された。
男性の場合にも元老院議員等の要職につく場合既婚者を優遇し、さらに子供の数が多いほうが出世が早い制度を作っていた。それがために中には売春婦と偽装結婚してまで法の目を潜り抜けようとした者もいたという。いずれにしてもこの少子化のいう問題は社会が成熟してくると起きてくる問題だった。  
各国における少子化の状況 

 

欧米の先進諸国は世界でもいち早く少子化を経験した地域である。ヨーロッパの人口転換は戦前に終了していたが、アメリカ合衆国では1950年代後半にベビーブームが起きた。
1960年代には欧米は日本より合計特殊出生率が高かったが、1970年代には日本の緩やかな低下とは対照的に急激な低下が起こり、1980年代前半には日本ともほぼ同水準に達した。ただし、欧米では移民を受け入れていたので、これが人口低下には直接通じなかった。
1980年代中頃までは多くの国で出生率は低下し続けたが、1980年代後半からはわずかに反転あるいは横ばいとなる国が増えている。アメリカやスウェーデンなどは1990年に人口置換水準を回復したが、その後再び低下した。多くの国では出生率回復を政策目標とはせず、育児支援などは児童・家族政策として行われている。
南欧では1970年代後半から合計特殊出生率が急低下し、イタリア・スペインでは1.1台という超低出生率となった。伝統的価値観が強く、急激に進んだ女性の社会進出と高学歴化に対応できなかったことが原因とみられる。1990年代後半以降、法制度面の改善と規範意識の変革により、出生率の持ち直しが見られる国もある。
東欧・旧ソ連では計画的な人口抑制政策や女性の社会進出が早かったことなどから、もともと出生率が低かった。また1980年代以降、経済停滞や共産主義体制の崩壊などの社会的混乱による死亡率の上昇が生じ、20世紀中に人口減少過程に入った国が多い。
韓国、台湾、香港、シンガポールなどのNIESでは1960-1970年代に出生率が急激に低下し、日本を超える急速な少子化が問題となっている。2003年の各国の出生率は、香港が0.94、台湾が1.24、シンガポールは1.25、韓国は1.18である。家族構成の変化や女性の社会進出(賃金労働者化)、高学歴化による教育費の高騰など日本と同様の原因が指摘されている。
中国やタイでも出生率が人口置換水準を下回っている。多くのアジア諸国では出生率が人口置換水準を上回っているものの低下傾向にある国が多い。
アメリカ合衆国
アメリカ合衆国では、1985年以降出生率が上昇に転じ、1990年以降合計特殊出生率2.0付近で横ばいになっている。これはヒスパニック系国民の出生率が高いためであり(2003年で2.79)、非ヒスパニック系白人やアジア系の出生率は人口置換水準を下回ったままである。
しかし一方で非ヒスパニック系白人の出生率も2000年以降1.85程度と(2003年で1.86)、人口置換水準以下ではあっても日本・欧州や一部のアジア系(日系人など)よりは高い水準にあり、かつ低下傾向ではなく横ばい状態にある。
また、かつて非常に高かった黒人の出生率は1970年代以降急激に下降し、白人やアジア系の水準に近づいている(2003年で2.00)。なお、アメリカでは欧州各国のような国が直接的に関与する出産・育児支援制度などはほとんどなく、基本的には民間の企業やNPO、財団法人などが少子化対策に対応しているケースが多い。
40歳から44歳の米国人女性のうち、子供がいない人の割合は2014年6月時点で15.3%となり、2012年の15.1%を上回った、女性(とそのパートナー)の晩婚化と晩産化に伴い、少子化が進んでいる。
イギリス
イギリスは1960年代後半から出生率が下がり1990年代後半まで1.6人前後で推移していた。トニー・ブレア労働党政権以後、フレキシブル制度の奨励をはじめとする労働環境の改善やマーガレット・サッチャー保守党政権下で発生した公教育崩壊の建て直し(具体的には予算の配分増加・NPOによる教育支援)、外国人の出産無料などが行なわれた。
その結果2000年以降イギリスの出生率は持ち直し、2005年には1.79人にまで回復した。1990年代前半のスウェーデンのように経済的支援だけに目を向けた出生率維持の色が濃厚な短期的少子化解決政策ではなく、父母双方が育児をしやすい労働体系の再構築や景気回復による個人所得の増加を併せた総合的・長期的な出産・育児支援政策の結果として出生率が上がったことは現在国内外でかなり高く評価されている。
フランス
フランスでは長く出生率は欧州諸国の中で比較的高い位置にあったが、1980年代以降急速に下がり1995年には過去最低の1.65人にまで低下した。その後政府は出生率を人口置換水準である2.07人にまで改善させる事を目標と定め、各種の福祉制度や出産・育児優遇の税制を整備した。
女性の勤労と育児を両立することを可能とする「保育ママ制度」、子供が多いほど課税が低くなる『N分N乗税制』導入や、育児手当を先進国最高の20歳にまで引き上げる施策、各公共交通機関や美術館などでの家族ぐるみの割引システムなどが有名。この結果低下したフランスの出生率は2006年に欧州最高水準の2.01人にまで回復した。
むしろ、事実婚や一人親家庭などの多様な家族のあり方に対して社会が寛容である事、シングルマザーでも働きながら何人も子供を生み育てることが可能な労働環境と育児支援が法整備されていることが最大の特徴と言える。
スウェーデン
スウェーデンでは出生率が1980年代に1.6人台にまで低下し、早くに社会問題となった。そこで、女性の社会進出支援や低所得者でも出産・育児がしやすくなるような各種手当の導入が進められた。また婚外子(結婚していないカップルの間に誕生した子供)に嫡出子と法的同等の立場を与える法制度改正も同時進行して行なわれた。
結果1990年代前半にスウェーデンの出生率は2人を超え、先進国最高水準となった。この時期、出生率回復の成功国として多くの先進国がこのスウェーデン・モデルを参考にした。
しかし1990年代後半、社会保障の高コスト化に伴う財政悪化により政府は行財政改革の一環として各種手当の一部廃止や減額、労働時間の長期化を認める政策をとった。結果2000年にはスウェーデンの出生率は1.50人にまで急落した。
その後はイギリスと同様男女共に働きつつ育児をすることが容易になる労働体系の抜本的見直しや更なる公教育の低コストを図り、2005年時点で出生率は1.77人まで再び持ち直した。更に翌2006年には出生率1.85人、出生数10万6000人とおよそ10年ぶりの高水準にそれぞれ回復している。
ドイツ
ドイツも、2005年時点で出生率が1.34人と世界でもかなり低い水準にある。東西分裂時代より旧西ドイツ側では経済の安定や教育の高コスト化などに伴う少子化が進行しており、1990年ごろには既に人口置換水準を東西共に大幅に下回っていた。
その後ドイツ政府は人口維持のため各種教育手当の導入やベビーシッターなど育児産業の公的支援、教育費の大幅増額などを進めた。しかしドイツでは保育所の不足や手当の支給期間の短さ、更に長く続く不況による社会不安などが影響して2000年の1.41人をピークに再び微減傾向にある。出生数も2005年に70万人の大台を割り、その後大きな成果は挙げられていない。
ドイツは既に毎年国民の10-15万人前後が自然減の状態にある人口減少社会であり、2005年は約14.4万人の自然減であった。このまま推移すると2050年には総人口が今より1,000万人あまり減る事が予想されている。またドイツはヨーロッパ有数の移民大国・外国人労働者受け入れ国家であるが、その移民や外国人労働者の家族も同様に少子化が進んでおり、ドイツにおける移民の存在は出生率にほとんど影響していない。
単なる人口減だけでなく、優秀なエンジニアも大量に少なくなる試算が出ており、ドイツ人はこの状況に危機感を持っている者が多い。2014年の欧州議会議員選挙では多くの国で移民反対を主張する政党が支持を伸ばしたのに対し、ドイツでは(高い技術を持ったという条件はあるが)移民を支持する政党が支持を伸ばした。
イタリア
イタリアでは1970年代後半から大幅に出生率が落ち込み、1990年代には既に世界有数の少子国となっていた。イタリアの場合他の国とは少し異なり著しい地域間格差(経済的に豊かで人口の多い北部と人口減少が続き産業の乏しい南部での格差)、出産・育児に関する社会保障制度の不備、女性の社会進出などに伴う核家族化の進行そして根強い伝統的価値観に基づく男女の役割意識の強さなど、かなり個性的な問題が背景にあった。
こうした中でシルヴィオ・ベルルスコーニ政権は出産に際しての一時金(出産ボーナス)の導入や公的教育機関での奨学金受給枠拡大、医療産業への支援を行なった。結果2005年に出生率は1.33人にまで回復したが、依然として出生率そのものは世界的にかなり低い水準に留まっている。
イタリアをはじめとして南欧や東欧では男女の家庭内における役割意識など保守的価値観が強く(婚外子の割合も英米仏、北欧と比べてかなり低い)、行政施策だけでは抜本的な少子化解決につながらないとの見方が有力である。
オランダ
オランダは1970年代から1980年代にかけて出生率が大きく下がり、1995年には過去最低の1.53に低下した。そこで政府は子育てがしやすい社会の再構築のため、数々の施策を試みた。北欧と同様、法律婚によらなくても家庭を持ち子育てが可能となるような政策が広く知られている。
具体的には『登録パートナー制度』と呼ばれ、養子を取ることや同性同士でも子育てが認められるなど、伝統的なリベラル国家オランダらしい制度が知られている。また世界でもいち早くワークシェアリングや同一労働同一賃金制度を取り入れ、パートタイム労働者であってもフルタイム労働者と同等の社会的地位・権利が認められるようになった。これは家計の維持のしやすさや家庭で過ごす時間の増加につながり、ひいては出生率回復の大きな原動力となった。
また、オランダでは国籍に関係なく18歳以下の子供を持つ家庭においては税制上の優遇措置もしくは各種育児手当支給のいずれかを選択できるようになっており、これにより東欧系やインドネシア(旧植民地)系、南米スリナム系はもちろん旧住民(主に白人)の高い出生率が維持されている。2000年以降オランダの出生率は1.73-1.75人で推移しており、欧州諸国の中でも比較的子育てのしやすい国として注目されている。
ロシア
ロシアではソ連崩壊後、妊娠中絶や離婚の増加で出生率が低下し、他にも社会情勢の混乱による死亡率上昇や他国への移住による人口流出のため、1992年に主要国で最も早く人口減少過程に入った。以降、人口の自然減が続き、ウラジーミル・プーチン大統領は演説で「年間70万人の人口が減っている」と述べた。
ロシアの人口は2001年時点で1億4,600万人だったが、2009年現在は1億4,200万人となっている。プーチン大統領は「2050年には1億人すれすれになる」と予測していた。他方で資源バブルや欧米資本による工場建設などを背景に経済成長は著しく、国家全体でも1人あたりでもGDPの増大が続いている。
ソ連時代には200万人を超えていた出生数は1999年には121万人に減少した。2000年にプーチン大統領が就任して以降、プーチン大統領による少子化対策が行なわれるようになり2006年には大胆な少子化対策を打ち出した。2007年以降に第二子を出産した母親に、その子が3歳になった日以降に25万ルーブルの使途限定資金を支給することにした。(25万ルーブルの使途は、マイホームの購入・改築、教育、年金積立のいずれかである。)このほかプーチン大統領は、児童手当や産休中の賃金保障額の引上げなども行なった。ウリヤノフスク州知事であるセルゲイ・モロゾフ知事は、2007年以降、9月12日を「家族計画の日」を制定し、「家族計画の日」で受精して9か月後にロシア独立記念日である6月12日に出産した母親に賞品を贈与するという。
これらの対策により1999年には121万人まで減少した出生数は2008年には171万人までに増加し、2003年には79万人でピークを迎えた減少数は2008年には10万人にまで減少して改善した。合計特殊出生率は、1999年に最低の1.16を記録した後上昇し、2012年には1.6となっている。他にも近年は医療水準の向上や経済の再建による社会の安定等により死亡率は低下し、また中央アジア諸国からの移民による社会増数も増加しており、これに伴い1992年以降続いている人口減少はその後改善傾向にあり人口減少問題に解決の兆しが見えている。
ロシアの少子化は、ロシア軍にも影響を与えている。ロシアでは徴兵制度が敷かれているが、若者の間では徴兵逃れが蔓延している上、少子化の影響で軍の定数すら維持できない状態にある。ロシア軍は、破綻寸前の徴兵制度から志願制に移行しつつある。
タイ
国家統計局の2013年の調査では、過去45年来、毎年100万を超える出生届が出されていたが、2012年は80万件を下回った。
シンガポール ■>■韓国
韓国は1960年頃6.0人,1970年頃に4.53人だった出生率が、経済発展と同時に急落。1987年に1.53人で最低水準を記録した後 1992年には1.76人を記録して再び下落, 2000年に出生率が上昇して1.47人を記録したが、2001年から下落反転して1.30を記録し, 2002年には1.17人、2003年には1.18人と推移した。はじめは人口急増による失業者増大などを恐れ出産抑制策をとっていた政府も21世紀に入って急激な少子化を抑えるため姿勢を一転させる。具体的には2005年のこども家庭省新設、大統領直属の少子化対策本部立ち上げ、出産支援を目的とした手当導入などが挙げられる。
しかし韓国では他の東アジア先進地域(台湾やシンガポール、香港など)と同様女性の社会進出に伴う晩婚化の進展や未婚女性の増加、そして社会福祉システムが起動不備。加えて韓国の私的教育費はOECD加盟国最高水準という状態で、激しい受験戦争や高学歴化に伴う家庭の負担増加は韓国を更なる少子国に追いやった。
2005年の出生率は1.08人と事実上世界最低水準に落ち込み、現在のところ韓国の少子化対策は不調気味であると言える。加えて韓国では経済成長の蔭り, 1997年 IMF通貨危機その後の雇用不安によって晩婚化や子供のいない家庭が深刻化し、政財界を悩ませている。
2005年度では34万件の人工妊娠中絶があり、これは韓国の新生児の78%にあたる。2009年に大統領府の主宰する会議は出生率低下に対する対応策の一つとして堕胎を取り締まると発表した。女性団体らはこれに反対している。
2018年には出産や育児の手当など、少子化対策の財源を確保するため『少子化税』の導入を検討している。
2018年8月22日、韓国統計庁が発表した「2017年出生統計」によれば、韓国の合計特殊出生率は1.17人で過去最低を更新。OECD加盟国の中でも最下位となった。
中国
中国では、人口抑制政策である1人っ子政策が1979年に開始され、あわせて「晩婚」「晩産」「少生(少なく産む)」「稀(1人目と2人目の時間を開ける)」「優生(優秀な人材を産もう)」の5つのスローガンが掲げられた。この方針が人口ピラミッドの年代別の人口バランスに影響を与え、今後の推移予想から、2050年時点で65歳以上の人口が4億人を越えると見られている。この政策は、男子を望む家庭が多いことから、男女比:119対100という出生構成比にゆがみを生じさせている。また将来の労働力となると期待される、14歳以下の人口の減少にもつながっている。
国際連合人口部によると、中国の生産年齢人口(15-59歳)は、2015年頃にピークを迎え(67.6%)、2020年頃から急激に減少し、2050年には50.0%、2100年には46.9%まで減少すると、少子高齢化になることが予測されている。中国の人口は2030年頃の14億6000万人がピークとなり、2100年には10億人にまで減少すると推測している。実際には生産年齢人口のピークは2013年であり減少に向かっている。
総人口の伸びが止まると65歳以上の高齢人口比率が極端に増えるため、「八四二一」問題(八四二一家庭结构老人的赡养问题)と呼ばれる、将来「1人の子どもが、2人の親の面倒を見、4人の祖父母と、8人の曾祖父母も支える」という深刻な社会構造の到来が懸念されている。
今後確実に訪れると考えられる超高齢社会をにらんで出生計画の方針に変更が見られ、一人っ子政策は2016年の廃止され第二子まで許されるようになった。しかし出生数の増加は政府の期待値には届いていない。
日本
日本政府は平成16年版少子化社会白書において「合計特殊出生率が人口置き換え水準をはるかに下まわり、かつ、子供の数が高齢者人口(65歳以上人口)よりも少なくなった社会」を「少子社会」と定義している。日本は1997年に少子社会となった。日本の人口置換水準は2.08と推計されているが、日本の出生率は1974年以降2.08を下回っており、日本の総人口は2005年に戦後初めて自然減少した。
国立社会保障・人口問題研究所の予測(2012年時点)によると、2060年には日本の総人口が約8,670万人にまで減少しているが、出生率は1.35と低水準のまま回復しないという状況になっている。  
少子化の影響・対策 

 

・日本の生産年齢人口は1995年に8,717万人となり、以後減少している。女性や高齢者の就労率上昇が続いたにもかかわらず、労働力人口も1998年にピーク(6,793万人)を迎え、以後減少傾向にあり、生産年齢人口(15-64歳)に対する高齢人口(65歳以上)の比率の上昇が年金などの社会保障体制の維持を困難にする。
・人口減少と首都圏一極集中(東京一極集中)により、過疎地の増大と地方都市の荒廃をもたらす。増田寛也元総務大臣が座長を務める民間研究機関「日本創成会議」の人口減少問題検討分科会は、日本の896市区町村で2040年に、出産適齢期の若年女性が2010年時点の半分以下に減ると試算している。これらの地方公共団体は、社会保障の維持や雇用の確保が困難となり、地方公共団体そのものが消滅する可能性が高いと指摘される(「消滅可能性都市」と呼ばれる)。
少子化対策
少子化対策には、
1.育児休暇制度の拡充
2.出産後の再就職支援
3.保育施設の拡充
4.出産・育児を支援する各種給付金制度の拡充
5.高齢者の再雇用制度の整備
6.外国人労働者の受け入れ
などがある。
オーストラリアでは1980年代から、日本では1990年代から、家族・子供向け公的支出がGDP比でほぼ毎年増加しているが、いずれも出生率は低落傾向が続いている。
EU諸国では高負担・高福祉の社会保障政策が確立していて、妊娠・出産・育児に対する制度的・金銭的な支援が豊富であり、イギリスを除いて、私立学校がなく、義務教育終了以後も、高校・大学・大学院の学費が公費負担されることから、育児に対する親の個人的な金銭負担が軽く、出産を避ける要因にはならないのだが、日本の場合EU諸国と比較して、妊娠・出産・育児に対する制度的・金銭的な支援が貧弱であり、義務教育終了以後の、高校・大学・大学院の学費が親にとって負担が大きく、出産を避ける原因の一つになっていると推測される。
個別の施策と出生率の関係を厳密に定量化することは難しく、高福祉が少子化を改善するか否かは総合的な観察からも明瞭な結論は導かれない。
ヨーロッパではスウェーデン、フランスなど、子育て支援によって出生率が回復している。
スウェーデン
スウェーデンでは1980年代後半に出生率が急激に回復したことから少子化対策の成功例と言われ、日本において出産・育児への充実した社会的支援が注目されている。しかし、前述した通り、スウェーデンは高コストであった従来の出生率改善策を放棄しており、より長期的な観点に立ったイギリス式モデルによる改革を行っている。
デンマーク
デンマーク政府による育児・教育投資によって、2013年現在では出生率は1.9超まで回復している。教育費は小学校から大学まで無料であり、大学生は月額およそ7万円の生活手当てが支給される。これは、大学生がアルバイトなどで勉学を疎かにせざるを得ない状況を回避するためである。子供は社会の財産であると言う観点から、子供手当てが無駄な支出だという声は聞かれない。この子供手当てによって、多少の支出を要するデンマークの保育園や幼稚園の費用を埋め合わせる事ができる。
出産・育児休暇は男女で56週間とれるだけでなく、給料も支払われる。なお、デンマークの最高税率は、所得税・地方税をあわせて51.5%である。また、VAT(付加価値税)は、25%である。
日本
日本政府は出生力回復を目指す施策を推進する一方、少子高齢化社会に対応した社会保障制度の改正と経済政策の研究に取り組んでいる。
2003年9月22日より少子化対策を担当する国務大臣が置かれている。詳細は内閣府特命担当大臣(青少年育成及び少子化対策担当)、内閣府特命担当大臣(少子化・男女共同参画担当)、内閣府特命担当大臣(少子化対策担当)を参照。
2000年、経済企画庁は「人口減少下の経済に関する研究会」を催し、女性・高齢者の就職率の上昇および生産性の上昇によって少子化のマイナス面を補い、1人あたりでも社会全体でもGDPを増大させ生活を改善していくことは十分に可能、との中間報告を公表した。
出生力回復を目指す施策
1980年代以降、政府・財界では高齢者の増加による社会保障費の増大や、労働人口の減少により社会の活力が低下することへの懸念などから抜本的な対策を講じるべきだとの論議が次第に活発化した。政府は1995年度から本格的な少子化対策に着手し、育児休業制度の整備、傷病児の看護休暇制度の普及促進、保育所の充実などの子育て支援や、乳幼児や妊婦への保健サービスの強化を進めてきた。しかし政府の対策は十分な効果を上げられず、2002年の合計特殊出生率は1.29へ低下し、第二次世界大戦後初めて1.2台に落ち込んだ。出生率低下の要因は、学費などの養育費用の増加、長時間労働、高学歴化、晩婚化、未婚化、雇用形態の流動化、時間外労働、低賃金、片親世帯・高齢者・障がい者支援の不足による出産の阻害、離婚率の増加、養育費の未払い、産業革命以後の人口の激増、子供が出来にくい体質が関連している可能性がある。また長時間労働は自己の力で解決は難しいため何らかの対策が求められている。2003年7月23日、超党派の国会議員により少子化社会対策基本法が成立し、同年9月に施行された。衆議院での審議過程で「女性の自己決定権の考えに逆行する」との批判を受け、前文に「結婚や出産は個人の決定に基づく」の一文が盛り込まれた。基本法は少子化社会に対応する基本理念や国、地方公共団体の責務を明確にした上で、安心して子供を生み、育てることのできる環境を整えるとしている。2003年、政府は次世代育成支援対策推進法を成立・公布し、出産・育児環境の整備を進めている。2010年、少子化が進行する中、安心して子育てられる環境を整備するという目的で子ども手当の創設された。  
議論されている少子化対策 

 

共働き夫婦支援
日本の少子化の一因として、正社員減少などによる家計の減少による経済的な問題が指摘されている。そのため、共働きで子育てをしやすい環境を構築することが少子化抑止につながる、との意見があり、保育所の拡充、病児保育の拡充、父親の子育て参加支援等の推進が求められている。この政策を実施する場合、共働きを阻害する配偶者控除を廃止することも議論されている。
選択的夫婦別姓制度導入
日本では、選択的夫婦別姓制度を導入することによって少子化に歯止めをかけることができるという意見がある。婚姻数の増加のためには、独身男女が婚姻に意識を向けるための制度の導入が望まれることから、選択的夫婦別姓制度の導入が望まれる、という意見である。
なお、この制度については、大手新聞の調査で賛成が反対を大幅に上回り過半数を占めている調査が見られる他、2012年の政府の調査でも賛否は拮抗しつつも若い世代では賛成が多数となっている。しかし導入に関してはその是非が議論されている段階である。
また、別姓での結婚を実現するためなどの理由で、夫婦が事実婚の形で子どもを持った場合、夫婦の片方のみしか親権を持てない(共同親権を持てない)ことが問題となる。この問題は、男性の育児への参加意欲をそぐようなことも考えられ、女性の育児負担も解消されず、少子化は加速される、といった議論もある。
移民受入
人口減少下において労働人口および消費人口を確保するための施策として、移民を積極的に受け入れることが挙げられる。
2012年当時の少子化対策担当大臣であった中川正春は2012年2月23日に報道各社とのインタビューにて、「北欧諸国や米国は移民政策をみんな考えている。そういうものを視野に入れ、国の形を考えていく」と発言し、出生力回復を目指すだけでは人口減少を食い止めることは困難であるとの認識を示した。
2014年2月24日、内閣府の「選択する未来」委員会は、外国からの移民を毎年20万人ずつ受け入れることで、日本の人口1億人を100年後も維持できるという試算を示した。
日本では移民受け入れには反対する人が多く、断固反対だという人が半数近くになったアンケートがある。
人工中絶禁止
女性の人工中絶を禁止することが少子化対策になるのではないかという意見がある。  
 
少子化 2

 

日本の人口構造
我が国の総人口は、2017(平成29)年で1億2,671万人となっている。年少人口(0〜14歳)、生産年齢人口(15〜64歳)、高齢者人口(65歳以上)は、それぞれ1,559万人、7,596万人、3,515万人となっており、総人口に占める割合は、それぞれ12.3%、60.0%、27.7%となっている。
国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口(平成29年推計)」は、我が国の将来の人口規模や年齢構成等の人口構造の推移を推計している。このうち、中位推計(出生中位・死亡中位)では、合計特殊出生率は、実績値が1.45であった2015(平成27)年から、2024(平成36)年の1.42、2035(平成47)年の1.43を経て、2065(平成77)年には1.44へ推移すると仮定している。最終年次の合計特殊出生率の仮定を前回推計(平成24年1月推計)と比較すると、近年の30〜40歳代における出生率上昇等を受けて、前回の1.35(2060(平成72)年)から1.44(2065年)に上昇している。
この中位推計の結果に基づけば、総人口は、2053(平成65)年には1億人を割って9,924万人となり、2065年には8,808万人になる。前回推計結果と比較すると、2065年時点で前回の8,135万人が今回では8,808万人へと673万人増加している。人口が1億人を下回る年次は前回の2048(平成60)年が2053年と5年遅くなっており、人口減少の速度は緩和されたものとなっている。  
出生数・出生率の推移
我が国の年間の出生数は、第1次ベビーブーム期には約270万人、第2次ベビーブーム期には約210万人であったが、1975(昭和50)年に200万人を割り込み、それ以降、毎年減少し続けた。1984(昭和59)年には150万人を割り込み、1991(平成3)年以降は増加と減少を繰り返しながら、緩やかな減少傾向となっている。2016(平成28)年の出生数は、97万6,978人となり、1899(明治32)年の統計開始以来、初めて100万人を割った。
合計特殊出生率をみると、第1次ベビーブーム期には4.3を超えていたが、1950(昭和25)年以降急激に低下した。その後、第2次ベビーブーム期を含め、ほぼ2.1台で推移していたが、1975年に2.0を下回ってから再び低下傾向となった。1989(昭和64、平成元)年にはそれまで最低であった1966(昭和41)年(丙午:ひのえうま)の数値を下回る1.57を記録し、さらに、2005(平成17)年には過去最低である1.26まで落ち込んだ。
近年は微増傾向が続いているが、2016年は1.44 と前年より0.01ポイント下回った。  
未婚化の進行
婚姻件数は、第1次ベビーブーム世代が25歳前後の年齢を迎えた1970(昭和45)年から1974(昭和49)年にかけて年間100万組を超え、婚姻率(人口千人当たりの婚姻件数)もおおむね10.0以上であった。その後は、婚姻件数、婚姻率ともに低下傾向となり、1978(昭和53)年以降2010(平成22)年までは、おおよそ年間70万組台で増減を繰り返しながら推移してきたが、2011(平成23)年以降、年間60万組台で推移しており、2016(平成28)年は、62万531組(対前年比14,625組減)と、過去最低となった。婚姻率も5.0と過去最低となり、1970年代前半と比べると半分の水準となっている。
2015(平成27)年は、例えば、30〜34歳では、男性はおよそ2人に1人(47.1%)、女性はおよそ3人に1人(34.6%)が未婚であり、35〜39 歳では、男性はおよそ3人に1人(35.0%)、女性はおよそ4人に1人(23.9%)が未婚となっている。長期的にみると未婚率は上昇傾向が続いているが、男性の30〜34歳、35〜39歳、女性の30〜34歳においては、前回調査(2010(平成22)年国勢調査)からおおむね横ばいとなっている。  
家族関係社会支出(各国対GDP比)
我が国は、1.31%(2015(平成27)年度)となっている。国民負担率などの違いもあり、単純に比較はできないが、フランスやスウェーデンなどの欧州諸国と比べて低水準となっており、現金給付、現物給付を通じた家族政策全体の財政的な規模が小さいことが指摘されている。  
世界各国の出生率
諸外国(フランス、スウェーデン、アメリカ、イギリス、ドイツ、イタリア)の合計特殊出生率の推移をみると、1960年代までは、全ての国で2.0以上の水準であった。その後、1970(昭和45)年から1980(昭和55)年頃にかけて、全体として低下傾向となったが、その背景には、子供の養育コストの増大、結婚・出産に対する価値観の変化、避妊の普及等があったと指摘されている。1990(平成2)年頃からは、合計特殊出生率が回復する国もみられるようになってきている。
特に、フランスやスウェーデンでは、出生率が1.5〜1.6台まで低下した後、回復傾向となり、直近ではフランスが1.92(2016(平成28)年)、スウェーデンが1.85(2016年)となっている。これらの国の家族政策の特徴をみると、フランスでは、かつては家族手当等の経済的支援が中心であったが、1990年代以降、保育の充実へシフトし、その後さらに出産・子育てと就労に関して幅広い選択ができるような環境整備、すなわち「両立支援」を強める方向で政策が進められた。スウェーデンでは、比較的早い時期から、経済的支援と併せ、保育や育児休業制度といった「両立支援」の施策が進められてきた。また、ドイツでは、依然として経済的支援が中心となっているが、近年、「両立支援」へと転換を図り、育児休業制度や保育の充実等を相次いで打ち出している。
アジアの国や地域について、経済成長が著しく、時系列データの利用が可能なタイ、シンガポール、韓国、香港及び台湾の合計特殊出生率の推移をみると、1970年の時点では、いずれの国も我が国の水準を上回っていたが、その後、低下傾向となり、現在では人口置換水準を下回る水準になっている。合計特殊出生率は、タイが1.4(2013(平成25)年)、シンガポールが1.20(2016年)、韓国が1.17(2016年)、香港が1.21(2016年)、台湾が1.17(2016年)と我が国の1.44(2016年)を下回る水準となっている。  
国の少子化対策
○ エンゼルプラン(1995(平成7)年度〜1999(平成11)年度)
1990(平成2)年の「1.57ショック」を契機に、政府は、仕事と子育ての両立支援など子供を生み育てやすい環境づくりに向けての対策の検討を始め今後10年間に取り組むべき基本的方向と重点施策を定めた「今後の子育て支援のための施策の基本的方向について」(エンゼルプラン)(文部、厚生、労働、建設の4大臣合意)が策定された。
○ 新エンゼルプラン(2000(平成12)年度〜2004(平成16)年度)
1999年12月、「少子化対策推進基本方針」(少子化対策推進関係閣僚会議決定)と、この方針に基づく重点施策の具体的実施計画として「重点的に推進すべき少子化対策の具体的実施計画について」(新エンゼルプラン)(大蔵、文部、厚生、労働、建設、自治の6大臣合意)が策定された。
○ 次世代育成支援対策推進法(2003(平成15)年7月〜)
家庭や地域の子育て力の低下に対応して、次世代を担う子供を育成する家庭を社会全体で支援する観点から、2003(平成15)年7月、地方公共団体及び企業における10年間の集中的・計画的な取組を促進するため、「次世代育成支援対策推進法」(平成15年法律第120号)が制定された。同法は、地方公共団体及び事業主が、次世代育成支援のための取組を促進するために、それぞれ行動計画を策定し、実施していくことをねらいとしたものである。この法律は、2014年(平成26)年の法改正により、有効期限が更に10年間延長されるとともに、新たな認定制度の導入など内容の充実が図られた。
○ 少子化社会対策基本法(2003(平成15)年9月〜)
少子化社会対策大綱(2004(平成16年)6月〜2010(平成22)年1月) 2003(平成15)年7月、議員立法により、「少子化社会対策基本法」(平成15年法律第133号)が制定され、同年9月から施行された。同法に基づき、2004(平成16)年6月、「少子化社会対策大綱」が閣議決定された。
○ 子ども・子育て応援プラン(2005(平成17)年度〜2009(平成21)年度)
2004(平成16)年12月、少子化社会対策大綱に盛り込まれた施策の効果的な推進を図るため、「少子化社会対策大綱に基づく具体的実施計画について」(子ども・子育て応援プラン)を決定し、国が地方公共団体や企業等とともに計画的に取り組む必要がある事項について、2005(平成17)年度から2009(平成21)年度までの5年間に講ずる具体的な施策内容と目標を掲げた。
○ 「新しい少子化対策について」(2006(平成18)年6月〜2007(平成19)年度)
2005(平成17)年、合計特殊出生率は1.26と、過去最低を記録した。こうした予想以上の少子化の進行に対処し、少子化対策の抜本的な拡充、強化、転換を図るため、2006(平成18)年6月、「新しい少子化対策について」が決定された。「新しい少子化対策について」では、「家族の日」・「家族の週間」の制定などによる家族・地域のきずなの再生や社会全体の意識改革を図るための国民運動の推進とともに、子供の成長に応じて子育て支援のニーズが変化することに着目して、妊娠・出産から高校・大学生期に至るまでの年齢進行ごとの子育て支援策を掲げた。
○ 「子どもと家族を応援する日本」重点戦略(2007(平成19)年12月〜)
2007(平成19)年12月、少子化社会対策会議において「子どもと家族を応援する日本」重点戦略(以下「重点戦略」という。)が取りまとめられた。重点戦略では、就労と出産・子育ての二者択一構造を解決するためには、「働き方の見直しによる仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)の実現」とともに、その社会的基盤となる「包括的な次世代育成支援の枠組みの構築」(「親の就労と子どもの育成の両立」と「家庭における子育て」を包括的に支援する仕組みの構築)に同時並行的に取り組んでいくことが必要不可欠であるとされた。働き方の見直しによる仕事と生活の調和の実現については、2007年12月、「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」及び「仕事と生活の調和推進のための行動指針」が政労使の代表等から構成される仕事と生活の調和推進官民トップ会議において決定された。
○ 少子化社会対策大綱(子ども・子育てビジョン)の策定(2010(平成22)年1月〜2015(平成27)年3月)
「新しい少子化社会対策大綱の案の作成方針について」(2008(平成20)年12月、少子化社会対策会議決定)を受け、2009(平成21)年1月、内閣府に「ゼロから考える少子化対策プロジェクトチーム」を立ち上げ、同年6月には提言(“みんなの”少子化対策)をまとめた。その後、2009年10月に発足した「子ども・子育てビジョン(仮称)検討ワーキングチーム」において検討が行われ、2010(平成22)年1月、少子化社会対策基本法に基づく新たな大綱(「子ども・子育てビジョン」)が閣議決定された。
○ 子ども・子育て支援新制度本格施行までの経過(2010(平成22)年1月〜2015(平成27)年3月)
2010(平成22)年1月の少子化社会対策大綱(「子ども・子育てビジョン」)の閣議決定に合わせて、少子化社会対策会議の下に、「子ども・子育て新システム検討会議」が発足し、新たな子育て支援の制度について検討を進め、2012(平成24)年3月には、「子ども・子育て新システムに関する基本制度」を少子化社会対策会議において決定した。これに基づき、政府は、社会保障・税一体改革関連法案として、子ども・子育て支援法等の3法案を2012年通常国会(第180回国会)に提出した。社会保障・税一体改革においては、社会保障に要する費用の主な財源となる消費税(国分)の充当先が、従来の高齢者向けの3経費(基礎年金、老人医療、介護)から、少子化対策を含む社会保障4経費(年金、医療、介護、少子化対策)に拡大されることとなった。国会における修正を経て成立した子ども・子育て支援法等に基づき、政府において子ども・子育て支援新制度の本格施行に向けた準備を進め、2014(平成26)年度には、消費税引上げ(5%→8%)の財源を活用し、待機児童が多い市町村等において「保育緊急確保事業」が行われた。
○ 待機児童の解消に向けた取組(2013(平成25)年4月〜)
都市部を中心に深刻な問題となっている待機児童の解消の取組を加速化させるため、2013(平成25)年4月、2013年度から2017(平成29)年度末までに約40万人分の保育の受け皿を確保することを目標とした「待機児童解消加速化プラン」を新たに策定し、2015(平成27)年度からの子ども・子育て支援新制度の施行を待たずに、待機児童解消に意欲的に取り組む地方自治体に対してはその取組を支援してきたところであり、その結果、待機児童解消に向けた「緊急集中取組期間」である2013年度及び2014(平成26)年度において、約22万人分(当初目標値20万人)の保育の受け皿拡大を達成した。今後、女性の就業が更に進むことを念頭に、2017年度までの整備量を上積みし、40万人から50万人とすることとし、待機児童の解消を目指すこととしている。
○ 少子化危機突破のための緊急対策(2013(平成25)年6月〜)
2013(平成25)年3月から内閣府特命担当大臣(少子化対策)の下で、「少子化危機突破タスクフォース」が発足し、同年5月28日には、「『少子化危機突破』のための提案」が取りまとめられた。この提案をもとに、同年6月には、少子化社会対策会議において「少子化危機突破のための緊急対策」(以下「緊急対策」という。)を決定した。緊急対策では、これまで少子化対策として取り組んできた「子育て支援」及び「働き方改革」をより一層強化するとともに、「結婚・妊娠・出産支援」を新たな対策の柱として打ち出すことにより、これらを「3本の矢」として、結婚・妊娠・出産・育児の「切れ目ない支援」の総合的な政策の充実・強化を目指すこととされた。緊急対策を着実に実施するため、2013年8月から内閣府特命担当大臣(少子化対策)の下で、「少子化危機突破タスクフォース(第2期)」(以下「タスクフォース(第2期)」という。)が発足した。緊急対策やタスクフォース(第2期)政策推進チームの「少子化危機突破のための緊急提言」(2013年11月)において、地域の実情に応じた結婚・妊娠・出産・育児の切れ目ない支援の重要性が盛り込まれたこと、全国知事会からの強い要望も踏まえ、「好循環実現のための経済対策」(2013年12月閣議決定)において「地域における少子化対策の強化」が盛り込まれ、2013年度補正予算において「地域少子化対策強化交付金」が創設された(30.1億円)。
○ 「選択する未来」委員会(2014(平成26)年1月〜11月)
人口減少・少子高齢化は、経済社会全体に大きな影響を及ぼすものであることから、2014(平成26)年1月、経済財政諮問会議の下に、「選択する未来」委員会が設置された。人口、経済、地域社会の課題への一体的な取組等について精力的に議論が進められ、同年5月に中間整理が、11月に報告がまとめられた。
○ 放課後子ども総合プランの策定(2014(平成26)年7月〜)
保育所を利用する共働き家庭等においては、児童の小学校就学後も、その安全・安心な放課後等の居場所の確保という課題に直面している。このいわゆる「小1の壁」を打破するためには、児童が放課後等を安全・安心に過ごすことができる居場所についても整備を進めていく必要がある。加えて、次代を担う人材の育成の観点からは、共働き家庭等の児童に限らず、全ての児童が放課後等における多様な体験・活動を行うことができるようにすることが重要であり、全ての児童を対象として総合的な放課後対策を講じる必要がある。このような観点から、文部科学省及び厚生労働省が連携して検討を進め、2014(平成26)年7月に「放課後子ども総合プラン」を策定した。このプランにおいては、2019(平成31)年度末までに、放課後児童クラブについて、約30万人分を新たに整備するとともに、全ての小学校区で、放課後児童クラブ及び放課後子供教室を一体的又は連携して実施し、うち一体型の放課後児童クラブ及び放課後子供教室について、1万か所以上で実施することを目指している。
○ 地方創生の取組(2014(平成26)年9月〜)
人口急減・超高齢化という我が国が直面する大きな課題に対し、<1>「東京一極集中」の是正、<2>若い世代の就労・結婚・子育ての希望の実現、<3>地域の特性に即した地域課題の解決という3つの視点を基本として、魅力あふれる地方を創生していくことが必要である。このため、2014(平成26)年9月3日に発足した第2次安倍改造内閣において、地方創生担当大臣を新設するとともに、「まち・ひと・しごと創生本部」を発足させた。さらに、同年11月には、「まち・ひと・しごと創生法」が成立し、12月27日には、日本の人口・経済の中長期展望を示した「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」と、今後5年間の目標や施策の基本的方向、具体的施策を取りまとめた「まち・ひと・しごと創生総合戦略」を閣議決定した。これらを勘案し、地方自治体において、地方版のまち・ひと・しごと創生総合戦略が策定されている。2015(平成27)年12月24日には、政策についての情勢の推移により必要な見直しを行い、「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の改訂を行った。
○ 新たな少子化社会対策大綱の策定と推進(2015(平成27)年3月〜)
新たな少子化社会対策大綱の策定に向けて、2014(平成26)年11月に、内閣府特命担当大臣(少子化対策)の下で開催した「新たな少子化社会対策大綱策定のための検討会」において検討を進め、2015(平成27)年3月に「提言」を取りまとめた。政府は、この提言を真摯に受け止めて検討を行い、同年3月20日に新たな少子化社会対策大綱を閣議決定した。新たな大綱は、従来の少子化対策の枠組みを越えて、新たに結婚の支援を加え、子育て支援策の一層の充実、若い年齢での結婚・出産の希望の実現、多子世帯への一層の配慮、男女の働き方改革、地域の実情に即した取組強化の5つの重点課題を設けている。また、重点課題に加え、長期的視点に立って、きめ細かな少子化対策を総合的に推進することとしている。2015(平成27)年6月に、内閣府特命担当大臣(少子化対策)の下、大綱が定める重点課題に関する取組を速やかに具体化し、実行に移すための道筋をつけるため、有識者による「少子化社会対策大綱の具体化に向けた結婚・子育て支援の重点的取組に関する検討会」を開催し、検討を行った。同検討会は、同年8月に、「提言」を取りまとめ、これを踏まえ、地域における結婚に対する取組の支援や、少子化対策への社会全体の機運醸成等の具体的施策が行われた。
○ 子ども・子育て支援新制度の施行(2015(平成27)年4月〜)
2012(平成24)年に成立した子ども・子育て関連3法に基づく子ども・子育て支援新制度について、2015(平成27)年4月1日から本格施行された。この関連3法とは、「子ども・子育て支援法」(平成24年法律第65号)、「就学前の子どもに関する教育、保育等の総合的な提供の推進に関する法律の一部を改正する法律」(平成24年法律第66号)、「子ども・子育て支援法及び就学前の子どもに関する教育、保育等の総合的な提供の推進に関する法律の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(平成24年法律第67 号)をいう。
○ 子ども・子育て本部の設置(2015(平成27)年4月〜)
2015(平成27)年4月の子ども・子育て支援新制度の施行に合わせて、内閣府に、内閣府特命担当大臣(少子化対策)を本部長とし、少子化対策及び子ども・子育て支援の企画立案・総合調整並びに少子化社会対策大綱の推進や子ども・子育て支援新制度の施行を行うための新たな組織である子ども・子育て本部を設置した。
○ 子ども・子育て支援法の改正(2016(平成28)年4月〜)
2016(平成28)年通常国会において、子ども・子育て支援の提供体制の充実を図るため、事業所内保育業務を目的とする施設等の設置者に対する助成及び援助を行う事業を創設するとともに、一般事業主から徴収する拠出金の率の上限を引き上げる等の「子ども・子育て支援法」(平成24年法律第65号)の改正を行い、同年4 月に施行された。
○ ニッポン一億総活躍プランの策定(2016(平成28)年6月〜)
2015(平成27)年10月より、「夢をつむぐ子育て支援」などの「新・三本の矢」の実現を目的とする「一億総活躍社会」の実現に向けたプランの策定等に係る審議に資するため、内閣総理大臣を議長とする「一億総活躍国民会議」が開催された。2016(平成28)年5 月、同会議において「ニッポン一億総活躍プラン」(案)が取りまとめられ、同年6月2日に閣議決定された。同プランにおいては、経済成長の隘路である少子高齢化に正面から立ち向かうこととし、「希望出生率1.8」の実現に向け、若者の雇用安定・待遇改善、多様な保育サービスの充実、働き方改革の推進、希望する教育を受けることを阻む制約の克服等の対応策を掲げ、2016 年度から2025(平成37)年度の10年間のロードマップを示している。結婚支援の充実に関しては、2016年10月より、内閣府特命担当大臣(少子化対策)の下で「結婚の希望を叶える環境整備に向けた企業・団体等の取組に関する検討会」を開催し、地方公共団体と連携した企業・団体・大学等の取組について議論が行われた。同年12 月にまとめられた提言においては、環境整備に当たってまずは働き方改革が重要であるとした上で、両立支援や多様な交流の機会の提供、結婚につながる活動に対する支援などの企業等における自主的な取組例や、働き方改革・子育て支援の推進、地方公共団体と連携した自主的取組に対する支援などの国・地方公共団体の支援の在り方とともに、特定の価値観や生き方を押し付けたり推奨したりしないことなど取り組むに当たっての留意点等が示された。
○ 「働き方改革実行計画」の策定(2017(平成29)年3月〜)
「ニッポン一億総活躍プラン」において、一億総活躍社会に向けた最大のチャレンジと位置付けられた働き方改革については、働き方改革の実現を目的とする実行計画の策定等に係る審議に資するため、2016年9月より、内閣総理大臣を議長とする「働き方改革実現会議」が開催された。時間外労働の上限規制の在り方など長時間労働の是正、同一労働同一賃金の実現などによる非正規雇用の処遇改善等をテーマに討議が行われ、2017年3月に「働き方改革実行計画」が取りまとめられた。
○ 「子育て安心プラン」の公表(2017(平成29)年6月〜)
25歳から44歳の女性就業率の上昇や、保育の利用希望の増加が見込まれることから、2017年6月に「子育て安心プラン」を公表し、2018(平成30)年度から2022(平成34)年度末までに女性就業率80%にも対応できる約32万人分の保育の受け皿を整備することとしており、2017年12月に閣議決定された「新しい経済政策パッケージ」では、これを前倒しし、2020(平成32)年度末までに整備することとしている。
○ 「新しい経済政策パッケージ」の策定(2017年12月〜)
少子高齢化という最大の壁に立ち向かうため、政府は2017年12月8日、「人づくり革命」と「生産性革命」を車の両輪とする「新しい経済政策パッケージ」を閣議決定した。このうち、「人づくり革命」については、幼児教育の無償化、待機児童の解消、高等教育の無償化など、2兆円規模の政策を盛り込み、子育て世代、子供たちに大胆に政策資源を投入することで、社会保障制度を全世代型へと改革することとした。また、これらの施策の安定財源として、2019(平成31)年10月に予定されている消費税率10%への引上げによる財源を活用するとともに、子ども・子育て拠出金を0.3兆円増額することとした。  
 
 

 

 
日本人が「絶滅危惧種」になる日

 

呑気な人々
日本が少子高齢社会にあることは、誰もが知る「常識」である。だが、その実態を正確にわかっている日本人は、いったいどれくらいいるだろうか?
私は仕事柄、国会議員や官僚、地方自治体の首長、経済界の重鎮たちと接する機会が多いのだが、政策決定に大きな影響力を持つ彼らであっても、正確にはわかっていない。
人口減少問題への対策を担う閣僚からしてそうである。たとえば、地方創生担当相の山本幸三氏は、「地方創生はまず少子高齢化に歯止めをかけて、地域の人口減少と地域経済の縮小を克服して、将来にわたって成長力を確保することを目指しております」と語った(2016年8月3日の就任記者会見)。
だが、残念なことに、「少子化」は止まりようがない。今後の日本社会は、子育て支援策が成果を挙げ、合計特殊出生率(1人の女性が生涯に出産する子供数の推計値)が多少改善したところで、出生数が増加することにはならないのである(その理由は後述しよう)。
「高齢化」に至っては、すでにこの世に存在する人が歳を重ねる結果起きるのだから、これに「歯止めをかける」などというのは、何やら“危ない話”(ある程度の年齢に達した人にはいなくなってもらう……云々)を想定しているかとあらぬ誤解を受けそうだ(ただし、山本氏の名誉のために言うならば、「少子高齢化に歯止めをかける」と口にする国会議員、地方議員は数知れない。全国各地の議会や行政の会議で、認識不足や誤解による議論が重ねられ、どんどんトンチンカンな対策が生み出されている)。
地方自治体職員からも、実に呑気な発言が聞かれる。
先日、関東のある地方都市を訪れた際(私は全国の市町村から、講演やシンポジウムのパネリストとして頻繁に招かれもする)、「わが市は積極的に子育て支援策に取り組み、近隣自治体から子育て世帯がどんどん転入して子供の数も増えています。小学校の校舎不足に悩むなんて嬉しい悲鳴です」と自慢げに話す自治体幹部と出会った。
また別の講演先では、「うちの市長は20万都市構想を掲げている。何とか都会からの移住者を増やしたいがどうすればよいか」と、地元財界の有力者が相談を持ちかけてきた。
これらなどは、現実を見ていない典型例と言ってもよい。数年後には、東京を含めた全ての自治体で人口が減る。日本が消えてなくなるかもしれないといわれているときに、一部の自治体の人口が増えただの、減っただのと一喜一憂している場合ではない。もっと、日本全体の人口減少を見据えた長期的政策を考えるべきである。 
“論壇”の無責任な議論
かたや、いわゆる“論壇”でも、人口減少への対策に関して実にピント外れな議論が目立つ。典型的なのが、「労働力不足は、AI(人工知能)の応用や移民の受け入れで解決する」とする楽観的な主張だ。
たしかに、目の前にある人手不足は、機械化や移民による穴埋めで幾分かは対応できるかもしれない。だが、日本の労働力人口は今後十数年で1000万人近くも少なくなると見込まれる。そのすべてを機械や外国人に置き換えることにはとうてい無理があろう。
最近は、悲観論が語られることを逆手に取ったような論調も多くなってきた。人口減少を何とかポジティブに捉えることが、現実を知らない聴き手にはウケるのかもしれない。「人口減少は日本にとってチャンスだ」、「人口が減ることは、むしろ経済成長にとって強みである」といった見方がそれである。
もちろん、少子高齢化が進んでも経済成長している国はある(そもそも、戦後日本の経済成長は、人口の伸びによるものではなく、イノベーション〔技術革新〕による産物だったとされる)。
「人口が減るからといって、豊かな暮らしができなくなるわけではない。生産性を向上させ、同じ労働時間で付加価値の高い仕事を行えるようにすればよいのだ。労働者1人あたりの国内総生産(GDP)が伸びさえすれば、個々の所得は増える」──短期的な視座に立てば、こうした見方も成り立つ。私も労働生産性の向上は重要だと考えており、否定するつもりはない。
ただそれは、人口減少の如何にかかわらず目指すべきことだ。労働生産性が向上すれば、人口減少問題が直ちに解決するわけではないだろう。
そしてその見方が、気休めのような都合のよいデータをかき集めて、人口減少そのものに全く問題がないかのような幻想を抱かせようとするのであれば、あまりに無責任であり、非常に危うい考えであると言わざるを得ない。
今取り上げるべきなのは、人口の絶対数が激減したり、高齢者が激増したりすることによって生じる弊害であり、それにどう対応していけばよいのかである。経済が成長し続けたとしても、少子化に歯止めがかかったり、高齢者の激増スピードが緩んだりするわけでは断じてない。
先にも述べたように、日本の少子化は簡単には止まらない。このままでは、日本という国家が成り立たなくなる。楽観論を声高に語る人々が、日本という国がいかに危ない状況に置かれているかを知らぬわけはなかろう。見て見ぬふりをするつもりなのだろうか?
われわれは決して楽観論に逃げ込むことがあってはならない。“不都合な真実”であっても目を背けず、それに立ち向かう選択をしなければならないのである。 
日本の人口はやがて2000人に
人口減少をめぐっては、近年、衝撃的な2つの数値が相次いで公表された。
その1つは2015年発表の国勢調査で、人口減少が実際に確認されたことだ。総人口が約1億2709万5000人となり、5年前の前回調査に比べて約96万3000人減ったのだ。1920年の初回調査から約100年にして、初めての減少となった。
もう1つは、翌2016年の年間出生数が初めて100万人の大台を割り込み、98万1000人にとどまることである。
もちろん、ここ数年で日本が消滅するわけではない。だが、50年、100年の単位で将来人口推計を見ていくと、ぞっとするほど日本人は少なくなる。国立社会保障・人口問題研究所(以下、社人研)が「日本の将来推計人口」(2017年)を5年ぶりに改訂したが、本書ではこの最新データを駆使して、日本の未来図を描いていくことにする。
2015年時点において1億2700万人を数えた日本の総人口が、40年後には9000万人を下回り、100年も経たぬうちに5000万人ほどに減る。この推計はメディアでも繰り返し取り上げられているのでご存じの方も多いだろうが、こんなに急激に人口が減るのは世界史において類例がない。われわれは、長い歴史にあって極めて特異な時代を生きているのである。
あまり知られていないが、この社人研の推計には続きがある。
一定の条件を置いた“机上の計算”では、200年後におよそ1380万人、300年後には約450万人にまで減るというのだ。世界的に見れば人口密度が非常に高かったはずの日本列島は、これからスカスカな状態になっていくということである。
300年後というのは現在を生きる誰もが確認しようのない遠い未来の数字ではある。が、450万人とは福岡県(約510万人)を少し小ぶりにした規模だ。日本の人口減少が地方消滅というような生易しいレベルの話ではないことはお分かりいただけよう。
この“机上の計算”は、さらに遠い時代まで予測している。西暦2900年の日本列島に住む人はわずか6000人、西暦3000年にはなんと2000人にまで減るというのである。ここまで極端に減る前に、日本は国家として成り立たなくなることだろう。それどころか、日本人自体が「絶滅危惧種」として登録される存在になってしまいかねないのだ。
要するに、国家が滅びるには、銃弾一発すら不要なのである。「結婚するもしないも、子供を持つも持たないも、個人の自由だ」と語る人々が増え、子供が生まれなくなった社会の行き着く果てに待ちうけるのは、国家の消滅である。 
「静かなる有事」が暮らしを蝕む
言うまでもなく、人口が激減していく過程においては社会も大きな変化を余儀なくされる。それは、時に混乱を招くことであろう。
日本の喫緊の課題を改めて整理するなら4点に分けられる。1つは、言うまでもなく出生数の減少だ。2つ目は高齢者の激増。3つ目は勤労世代(20〜64歳)の激減に伴う社会の支え手の不足。そして4つ目は、これらが互いに絡み合って起こる人口減少である。まず認識すべきは、社会のあらゆる場面に影響をもたらす、これら4つの真の姿だ。
ところで私は、政府や政府関係機関の公表した各種データを長年、膨大に集め、丹念に分析を試みてきた。本文で詳しく述べるが、そこから見える日本の未来図は衝撃的だ。
最近メディアを賑わせている「2025年問題」という言葉がある。人口ボリュームの大きい団塊世代が75歳以上となる2025年頃には、大きな病気を患う人が増え、社会保障給付費が膨張するだけでなく、医療機関や介護施設が足りなくなるのではないかと指摘されている。
だが、問題はそれにとどまらない。2021年頃には介護離職が増大、企業の人材不足も懸念され、2025年を前にしてダブルケア(育児と介護を同時に行う)が大問題となる。
2040年頃に向けて死亡数が激増し、火葬場不足に陥ると予測され、高齢者数がピークを迎える2042年頃には、無年金・低年金の貧しく身寄りのない高齢者が街に溢れかえり、生活保護受給者が激増して国家財政がパンクするのではと心配される。
少子化は警察官や自衛隊員、消防士といった「若い力」を必要とする仕事の人員確保にも容赦なく襲いかかる。若い力が乏しくなり、国防や治安、防災機能が低下することは、即座に社会の破綻に直結する。
2050年頃には国土の約2割が無居住化すると予測される。さらに時代が進んで、スカスカになった日本列島の一角に、外国から大量の人々が移り住むことになれば、武力なしで実質的に領土が奪われるようなものだ。
人口減少にまつわる日々の変化というのは、極めてわずかである。「昨日と今日の変化を指摘しろ」と言われても答えに窮する。影響を感じにくいがゆえに人々を無関心にもする。だが、これこそがこの問題の真の難しさなのだ。ゆっくりとではあるが、真綿で首を絞められるように、確実に日本国民1人ひとりの暮らしが蝕まれてゆく──。
この事態を私は、「静かなる有事」と名付けた。 
大人たちは何かを隠している
では、われわれはこの「静かなる有事」にどう立ち向かっていけばよいのだろうか?
出生数の減少も人口の減少も避けられないとすれば、それを前提として社会の作り替えをしていくしかないであろう。求められている現実的な選択肢とは、拡大路線でやってきた従来の成功体験と訣別し、戦略的に縮むことである。日本よりも人口規模が小さくとも、豊かな国はいくつもある。
戦略的に縮んでいくためには、多くの痛みを伴う改革を迫られるだろう。しかし、この道から逃げるわけにはいかない。国家の作り替えを成功に導くには、社会の変化を先取りし、まずもって人口減少社会の実態を正しく知らなければならない。
書店には少子高齢社会の問題点を論じた書物が数多く並ぶ。しかし、テーマを絞って人口減少社会の課題を論じるにとどまり、恐るべき日本の未来図を時系列に沿って、かつ体系的に解き明かす書物はこれまでなかった。それを明確にしておかなければ、講ずべき適切な対策とは何なのかを判断できず、日本の行く末を変えることは叶わないはずなのに、である。
拙書『未来の年表』が、その画期的な役目を果たそう。
具体的な構成として、まず第1部は「人口減少カレンダー」とし、2017年から約100年後の2115年まで、年代順に何が起こるのかを示した。ひと口に「少子高齢化」と言っても、いつ、どのように進み、人口はどのように減っていくのか。それがもたらす未来に迫っていく。
「来年のことを言うと鬼が笑う」という諺があるが、人口の将来推計、そしてそれに基づく諸現象の予測は、どこぞの“未来予想”とは異なり、極端に外れることはない。
第2部では、第1部で取り上げた問題への対策を「日本を救う10の処方箋」として提示する。日本最大のピンチと私が考える「2042年問題」(高齢者の激増期)を乗り越えるための提言と言ってもよい。われわれが目指すべきは、人口激減後を見据えたコンパクトで効率的な国への作り替えである。
本書刊行時の2017年から2042年までに残された時間はちょうど25年。国の作り替えにかける時間としては、それは決して「潤沢な時間」ではない。未曾有の人口減少時代を乗り越え、豊かな国であり続けるには、1人ひとりが発想を転換していくしかない。
私事だが、中学・高校生の討論会に招かれて話したときの女子中学生のこんな言葉が忘れられない。
「大人たちは何かを私たちに隠していると思っていた。実際、いままで学校の先生から、本当のことを教えてもらっていなかった!」
若い世代になればなるほど、人口減少問題を「自分たちの問題」として捉え、強い関心を持っている。本書は、できる限り“不都合な真実”も明らかにした。読者にとって知りたくなかった未来を突き付けることになるかもしれない。だが、敢えてそれに挑んだのは、この国の行く末を憂えるからである。
年配者の中には、「自分たちは“逃げ切り世代”だから関係ない」と決め込んで、人口減少や少子高齢問題に無関心な人も少なくない。だが、これを読めば、誰もが決して逃げ切れないことに気付くはずだ。さらには日本社会が突き進む将来の悲惨な姿、及び、そうならないための施策が様々な詳細データから存分にわかってもくるだろう。
そして、日本社会が進むべき道を示し、具体的な解決策やヒントが必ずや見つかるに違いない。少子高齢化と人口減少に楽観論や無関心は禁物である。本書がこの国を変える一助となることを願ってやまない。 
 
「日本の人口減少は喜ぶべき」 ジャレド・ダイアモンド

 

UCLA教授が語る少子高齢化の克服法
日本は今後、世界でも例を見ないスピードの高齢化と人口減少という大きな問題を抱えている。一方、世界では深刻な経済的な格差は広がり続けている。この難題にわれわれ人類はどう向き合うべきか。
筆者は2017年からから2018年にかけて、世界各地の「知の巨人」たちのもとを訪ね、来たるべき未来について対話を重ねてきた。知の巨人8人へのインタビューは『未来を読む AIと格差は世界を滅ぼすか』(6月17日刊、PHP新書)として出版される。
その一部を連載としてお届けする2回目は、『銃・病原菌・鉄』でピュリッツァー賞を受賞したカリフォルニア大学ロサンゼルス校教授のジャレド・ダイアモンド氏。  
日本は人口減少を喜ぶべき
——日本では、これから起こるであろう人口減少が問題視されています。われわれはこの問題にどう向き合うべきでしょうか?
ダイアモンド:日本では人口減少は悪いことだと見なされていますが、じつは喜ぶべきことです。なぜなら、日本における最大の問題の一つが資源不足だからです。資源に対する需要は人口に比例します。日本の外交政策にとって、1世紀にわたる難題はまさにこの資源の輸入でした。もちろん経済的にも大きな問題ですから、人口減少は日本にとってアドバンテージ(利点)になるのです。
——ただ、人口減少とは労働人口が減っていくことも意味します。現在の日本ではすでに深刻な人手不足が問題視され始めています。このままでは将来の社会保障が破綻するのではないか、という懸念も聞かれます。
ダイ
アモンド:人口減少のマイナスの影響について懸念する人は、私とは正反対の考え方をしています。人口減少が「全世代における労働人口の減少」を意味するのなら、それ自体がアドバンテージであることに変わりはありません。
——まさにその点が問題です。日本は人口減少と同時に、超高齢化が進行しているからです。超高齢化を迎えた日本が社会を維持するためにはどうすればよいのでしょうか。
ダイアモンド:日本のように平均余命が長い社会は人類史上ありませんでした。これは歴史的にユニークな発展です。高齢化を活用するのは、とても簡単なことです。高齢者が非常に優れていることもあれば、その逆もあります。もし1キロメートルを3分20秒で走って欲しかったり、400キロの荷物を持ち上げたりできる従業員が必要であれば、高齢者を雇っていては駄目です。一方、経営や管理の経験が豊富で、アドバイスをするのに長けている従業員がほしければ、若者ではなく高齢者を雇ったらいいのです。そうした高齢者は、すでに人生の目的をある程度達成していることが多いため、人を踏みにじる野心によって問題を起こすことは少ないと思います。若者にはエネルギーがあるものの、まだ人生の目標を達成していないため、自我が強い。日本には、60歳や65歳で会社を辞めなければならない定年制がありますね。もし私が金正恩で日本を破滅させたかったら、定年退職制を維持させたいと思うでしょう。アメリカにもかつては定年退職制がありましたが、雇用における年齢差別禁止法(ADEA)が制定された1960年代に廃止されました。私はあと数カ月で81歳(取材時)の誕生日を迎えますが、幸運にも退職しなくてもいい。大学(UCLA:カリフォルニア大学ロサンゼルス校)でまだ教鞭を執っています。日本は世界で最も高齢者が多い国です。定年退職制という馬鹿げた制度を続けるのではなく、働き続けたいと思う高齢者の雇用機会を確保し、彼らを最大限に活用する方法を見つけるべきです。 
ノーベル受賞者は移民が多い
——ダイアモンド教授は、15〜19世紀にかけて中国が欧州と伍せなかったのは「統一の弱み」が現れたからだ、と述べられています(2017年11月28日付「日経新聞」)。中国の皇帝は対外進出に消極的になる一方、欧州では多額の出費を厭わない多様な国王が存在し、コロンブスの新大陸発見などに結び付いた、と。将来が不透明な現代においても、多様性をもつことはリスクを分散させる一つの解になると考えてよいでしょうか。
ダイアモンド:そのとおりです。多様性は日米において両極端であり、功罪の両面を指摘できます。日本は民主国家の大国の中で、おそらく世界で最も人種的に均一な国でしょう。そのため、人間の多様性は低いですが、一方で異なるグループ間の対立は起きにくい。他方、人間の多様性も高いアメリカでは、日本では見られない異なるグループ間の対立が頻発します。その一方で、異なるグループの存在は文化の多様性につながり、文化的なクリエイティビティを生みやすい利点があります。アメリカのアートが発達しているのもそのためです。人間の多様性は、移民問題にも関係しています。日本は最小限の移民しか受け入れていませんが、アメリカは主要な国の中ではおそらく最も移民が多い国です。アメリカでは、国民は2種類のグループに分かれると考えます。1つはエネルギーに溢れた、積極的にリスクをとりたがる人たち。もう1つは、これまでやってきたことを続けたがる野心のない人たちです。移民はまさに、前者のリスクをとる人たちの象徴といえます。リスクを恐れる人は移住しません。
——よく言われるように、移民こそアメリカという国家の活力の源泉であるということですね。
ダイアモンド:その結果が、ノーベル賞の受賞者数でアメリカが世界を断トツにリードしていることに表れています。アメリカのノーベル賞受賞者は、人口比と不釣り合いなほどに移民が多い。彼らは科学的クリエイティビティが突出しているのです。ところが日本は、人口比や科学研究・開発の投資比でいうと、スイスやフランス、スウェーデンよりもノーベル賞受賞者の数が少ない。日本で期待するほどイノベイティヴな結果が出てこないのは、移民への消極性と関係があるように思います。 
持続可能な経済はつくれるか
——経済、文化、環境面を考えたときに、50年後、100年後の世界はどのような姿になっているでしょうか。最後に、ダイアモンド教授が描く「明日以降の世界」を教えてください。
ダイアモンド:われわれが今問われていることは、「持続可能な経済をつくれるか」「世界中の生活水準が一定のレベルで平等を達成できるか」ということだと思います。われわれは環境を破壊し、資源を消費し尽くそうとしています。また、各国で消費量には格差があり、これを放置するかぎり、世界は不安定なままです。これからの30年でこの難題に対する答えを出すことができるか。もし成功しなければ、50年後、100年後の世界は「住む価値がない」ものになっているといっても過言ではないでしょう。 
 
2055年には1億人割れを予想… 2018/7

 

○ 国立社会保障・人口問題研究所の推計では日本の人口は2055年には1億人を割り込み9744万人となる。
○ 2065年時点の日本の人口は8808万人、そのうち38.4%が65歳以上、75歳以上ならば25.5%。
○ 高齢者人口のピークは2040〜2045年。2020年以降は65〜74歳の人数よりも75歳以上の人数の方が多くなる。
日本の高齢化の現状、さらには将来予想をまとめた「高齢社会白書」の最新版が内閣府から2018年6月に発表された。その公開資料をもとに、日本の年齢階層別の人口の現状と今後の推移予想を、独自算出した値も加え、確認する。
今白書では国立社会保障・人口問題研究所の推計を用い、2065年までの人口・年齢階層別構成推移を算出している。それによると2065年時点では全人口の38.4%が65歳以上となり、2017年時点の27.7%から10%ポイント以上も増える形となる。より高齢な75歳以上(後期高齢者)に限れば13.8%から25.5%と、比率では2倍近くの増加となる。
総人口は2055年には1億人を割り込み9744万人、その後もさらに減少を続け2065年には9000万人を切ると推計されている。そしてそのうち3400万人近くが65歳以上の高齢者。
高齢者人口そのものは2040年過ぎでピークを迎えるものの、それより下の世代、そして総人口も減少をしているため、高齢者比率は増加。2035年にはほぼ3人に1人が高齢者(65歳以上)、そして2065年には約2.6人に1人が高齢者となる。
高齢者の中でも65歳から74歳(前期高齢者)と75歳以上(後期高齢者)の比率・数の推移も、高齢化の内情を推し量る上では欠かせない。多くの統計では「65歳以上」でひとまとめにされることが多く、その内情までは分からないからだ。次に示すのはその区分を明確化した上で高齢者の人数と対全人口比率を示したもの。65歳以上人口の推移でも、中を見ると微妙な変移が起きているのが確認できる(なお高齢化率の算出に際して1950〜2015年では年齢不詳を除外して計算している)。
高齢者人口のピークは2040〜2045年。以降は少しずつではあるが減少していく。一方で前期・後期高齢者比率は団塊の世代が後期高齢者に到達し始める2020年に逆転し、以降は「高齢者の中でも、65〜74歳の人数より、75歳以上の人数の方が多くなる」状況が継続することになる。2065年時点では「65〜74歳」の2倍近くの数の、「75歳以上」の高齢者が存在する計算。切り口を変えれば、全人口の1/4強が75歳以上となる。
極度な高齢化は生産や納税と福祉介護のバランスを崩し、社会構造の変革(生産人口比率の減少を伴う、このような高齢化の状況下では大抵において悪化を意味する)を強要されてしまう。負担が大きい若年世代が支えきれなくなるのは容易に想像ができる。とりわけ雇用や資産、社会保険料の面の観点で、現状ですでにその雰囲気が強い。少子化対策も合わせ「百年の大計」の言葉通り、先々を見据えた政策が強く求められるのは言うまでも無い。  
 
少子高齢社会

 

日本の現状
高齢者人口の推移1956年に国際連合が作成した報告書のなかで、老年人口(65歳以上人口)比率が4%未満を「若い人口」、4%以上7%未満を「成熟した人口」、7%以上を「高齢化した人口」と呼んでいる。近年では、老年人口比率(以下高齢化率)が7%以上14%未満の社会を「高齢化社会」、14%を超えた社会を「高齢社会」、21%を超えた社会を「超高齢社会」と呼んでいる。
日本の高齢化率は、平成25年版高齢社会白書によると、65歳以上人口は3000万人を超え、平成24年10月1日現在、24.1%であり、「超高齢社会」となっている。また、極端な出生率の低下による子ども数の減少が加わり、近年では「少子高齢社会」という呼び方がされている。
平均寿命が男性79.9歳、女性86.4歳と世界でも有数であることから「長寿社会」とも呼ばれている。
高齢化の国際比較 日本の急激な高齢化スピード
主要国の65歳以上人口比率海外に目を向けて、欧米先進諸国の高齢化の状況をみると、おおむね1950年頃には高齢化社会となっている。だが、その時点における日本の高齢化率をみると、それらの国々の約半分にすぎなかった。 しかし、2000年時点での高齢化率では、我が国が諸外国を追い越して17.4%と最も高く、スウェーデンが17.2%、ドイツが16.3%、フランスが16.1%と続いている。
今後もこれらの国々の高齢化率は増加傾向にあり、2020年頃から20%を超え始め、2040年から2050年頃にそれぞれピークに近い超高齢社会となることが予測されている。グラフには示されていないが、国連統計によるとスペインやイタリア等のいくつかのヨーロッパ諸国も2050年には高齢化率が30%を超えた高率になることが予測されている。
高齢化スピードを比較してみるために、高齢化率が7%から14%へと倍増するまでの所要年数を調べてみると、フランスが114年と最も遅く、次いでスウェーデンの82年、アメリカの69年、イギリスの46年、ドイツの42年といった順であり、これらに比べると日本は24年という極端に短い期間で高齢化が進行している。グラフを見ても明らかなように、日本の高齢化率は1970年頃から急激な右肩上がりとなっている。2030年で30%を超え、2050年には39.6%になると予測されている。
出生率の低下による少子化
人口等推移・予測近年、出生率の低下により、子どもの数が減少している。合計特殊出生率(一人の女性が一生に産む子供の平均数)の推移をみると、第1次ベビーブームにあたる1949(昭和24)年に4.32であったものが減少しはじめ、1973(昭和48)年の第2時ベビーブームで出生数は増加したものの、それ以降は出生率・出生数ともに減少傾向が続いている。平成期に入ってからは、人口を維持するのに必要な水準(人口置換水準)である2.08をも下回るようになり、2005(平成17)年に過去最低の1.26を記録し、2012(平成24)年の時点で1.41となっている。
日本の総人口は現在をおおむねピークとして、今後は長期にわたって減少していくことが予測されている。
アメリカ合衆国を除く先進国では、日本と同様に合計特殊出生率の低下が見られ社会問題となっているが、フランスやスウェーデン、イギリス、オーストラリア、デンマークなどでは1990年代以降顕著な出生率の上昇が見られる一方で、ドイツやイタリアなどは、依然として出生率が低水準に留まっており、少子化問題は二極化の方向を見せている。
少子高齢化の要因 
我が国の急激な少子高齢化の主たる要因としては、出生率の低下による少子化と平均寿命の伸長の二つがあげられる。
出生率低下・出生数減少の背景にはさまざまな要因が考えられるが、主たる要因として女性の晩婚化と出産年齢の高齢化、さらには未婚化という社会現象が考えられる。
平均寿命の伸長は、2段階の死亡率低下によってもたらされた。まず、戦後の栄養状態の改善や公衆衛生の発達、抗生物質の開発普及をはじめとする医学・医療技術の発達、医療施設の整備、医療保険制度の整備、感染症の予防対策などによって、乳幼児や若年者の死亡率が低下し、平均寿命の延びがもたらされた。次いで、近年における平均寿命の延びは、国民の健康への配慮が高まった事や目覚ましい医療技術の発達により、脳血管疾患における死亡率の低下や病を抱えながらも延命が図られるようになり、主に中高年における死亡率が改善されたことが影響している。
家族構成の変化と一人暮らし高齢者の急増
国税調査における平均世帯人員の値の推移では、1920(大正9)年から1955(昭和30)年までの間では大きな変化はみられず、約5人前後で推移していた。しかし、昭和30年代になってから減少しはじめ、平成期に入ると3人を下回ってしまい、2010(平成22)年には2.42人となっている。平均世帯人員数でみる限り、半世紀の間にほぼ半減している。この家族規模の縮小が生じた要因としては、戦後の復興期からの産業化による被雇用者の増加、それに伴う労働者の地理的移動性の増大、大家族制から夫婦家族制への移行、そして近年では単身者世帯の増加が大きく影響している。
65歳以上の高齢者のいる世帯に限ってみると、我が国の高齢者の典型的な同居形態といわれていた「三世代世帯」は1975(昭和50)年の54.5%が2010(平成22)年の16.2%へと減少している。それに比べて「夫婦のみ世帯」は同時期に13.1%から29.9%へ、「単独世帯」は8.6%から24.2%へ、「親と未婚の子のみの世帯」は9.6%から18.5%へと増加している。高齢者だけで構成されていると考えられる「単独世帯」と「夫婦のみ世帯」が半数を超えている。
高齢化の地域間格差
人口の高齢化には地域間における大きな格差が認められる。原因は、1955(昭和30)年頃より始まった高度成長期における、農村地方から大都市圏や都市部への若年世代を中心とする労働人口の移動である。この人口移動により、大都市圏や都市部では人口過密の問題が、地方では人口過疎と若年層が都市部へ移動したことによる高齢化の問題が出現することとなった。
高齢者福祉施策の総合化と少子化への取組み
平均余命の伸びという、人類が昔から望んできた輝かしい成果を、それぞれの人が活かせるように高齢者支援が適切に進み高齢者が元気であれば、社会全体が元気になり得る。介護サービスにさまざまな活動支援を連携させることで、介護予防につなげたり、より自己実現を支援しうる満足度の高い介護サービスの展開につなげるなど、高齢者福祉施策の総合化が求められている。同時に現役、子育て世代の働き方の見直しとしてのワーク・ライフ・バランスの促進や、未婚者に対する少子化対策等を積極的に実行に移し、共生社会の実現にむけて、持続可能な社会保障制度の確立が重要である。  
 
少子高齢化で未曾有の国家崩壊へ

 

年間40万人ずつ減る日本人。なぜ誰も真剣に向き合わないのか?
少子高齢化で日本は壊滅する
2018年9月、厚生労働省は平成29年(2017年)人口動態統計(確定数)の概況を発表している。これによると、2017年に生まれた子どもの数は過去最少の94万6,065人となっていた。日本では生まれてくる子どもがどんどん減っているのが裏付けられた。
それと同時に高齢化の影響で、死亡者数も増えている。
2017年の死亡者数は最多の134万397人。出生から死亡を差し引いた自然増減数は39万4,332人の減少である。分かりやすく言うと、日本人が1年間で約40万人近くも消滅している。
過激なまでの少子高齢化が現実になっている。それなのに、誰も少子高齢化を真剣に考えようともしない。
その結果、日本は地方から死んでいき、やがて都市部をも少子高齢化の弊害が覆い尽くすようになるのだ。少子高齢化で認知症が這い回る地獄絵図が日本に生まれるのは、このままではそう遠くない未来でもある。
どれだけ警鐘が鳴らされても誰もが放置してきた
政府は、じわじわと社会保障費を削減に動いている。具体的にどうやって削減しようとしているのか。
クスリは今後ジェネリックに切り替えられる。介護保険料は段階的に引き上げられる。健康保険(協会けんぽ)の国庫補助も削減される。あるいは、生活保護も段階的に引き下げられる。生活保護については、2018年10月から子どものいる世帯や母子世帯の生活保護基準がすでに引き下げられている。
こうした施策が同時並行で起きている。
なぜ政府がこうした施策を急いでいるのかというと、少子高齢化が待ったなしで進んでおり、このままでは社会保障費がパンクしかねないからだ。すべては少子高齢化で起きている問題の緊急対応なのである。
また、消費税は10%に引き上げられることも決定している。2018年10月15日の臨時閣議で「法律で定められたとおり、平成31年10月1日に現行の8%から10%に2%引き上げる」と方針が定められた。
安倍首相は消費税率10%への引き上げに備えた対策を早急に講じるよう指示している。なぜ国民の誰もが反対する消費増税が強行されるのかというと、やはり少子高齢化による社会保障費の増大に苦しんでいるからである。
この他にも、政府は「生涯現役社会」を掲げ、未来投資会議で雇用義務付けを65歳から70歳に引き上げる方向で検討に入っているのだが、これもまた少子高齢化によって労働人口が減ってしまうことによる対応策である。
「移民を入れない」と言いながら外国人の単純労働を許可して2025年までに50万人超の外国人を入れようとしているのも、やはり少子高齢化による労働者人口の減少の対応策である。
今、目の前で起きている日本の問題の少なからずは、突き詰めれば少子高齢化に起因している。
政府のやっていることは単なる「応急措置」
しかし、政府のやっていることは、根本的な少子高齢化対策ではなく、単なる「応急措置」であることに気づかなければならない。
結局のところ、少子高齢化問題を解決するためには「子どもを増やす」以外はすべて問題を複雑化するだけなのである。
社会保障費を削減したら生活苦に落ちる国民が続出し、新たな社会問題が増えることになる。消費税の引き上げも、やはり貧困と格差の問題をより加速させてしまい、これまた新たな社会問題を引き起こす。
2025年までに50万人超の外国人を入れようとする施策はより無謀なものだ。移民の大量流入を歓迎した欧州はどうなったのか。文化的な軋轢や対立や衝突が先鋭化して国が分断されてしまうほどの問題をも生み出したではないか。
解決策は「子どもを増やす」
では、少子高齢化を解決するためには、どうすればいいのか。答えは極限的なまでに簡単なものである。「少子」なのだから、これを「多子」に切り替えればいいだけの話だ。
「子どもを増やす」
単純に考えると、これこそが少子高齢化の最もシンプルかつ正当な方法である。少ないから問題になっているものは、増やせばそれで解決する。自明の理だ。子どもがどんどん増える社会になると、少子高齢化問題は20年で解決する。
子どもを増やしたければ、若年層が子どもを生みたいと思えるような環境を次々と整えていけばいい。
「子どもを生み育てたら報奨金や一時金や祝い金で祝福する」
「子どもを生み育てたい国づくりをする」
「子どもにかかる税金や費用を極限まで低くする」
「子どもを生むことが経済的メリットになる社会にする」
「子育てを母親や夫婦だけに押し付けず、地域で支援する」
「家族・地域・社会・企業・政府すべてが子育てを応援する」
「時間のある高齢層こそ子育て支援人員とする」
「同棲世帯でも支援の対象にする」
「母子家庭も厚く保護して困窮しないようにする」
「養子制度も充実させる」
「大企業には託児所・保育室設置を義務付ける」
「交通機関は母子が移動しやすい空間や席を作る」
「子どもが遊びやすい安全な街づくりにする」
「上記の政策と共に子どもを生もうというキャンペーンを張る」
国も企業も個人も、できることはたくさんある
「子どもを増やす」という目標が明確になると、そのためにどうすればいいのかというアイデアは無数に出てくる。国も企業も個人も、できることはたくさんある。
とにかく、子どもたちが増えると思われる政策に的を絞って次々と実行していき、キャンペーンを繰り広げ、社会も企業も政府も含めて「1億総子育て社会」に入れば、日本の少子高齢化はたちどころに解決する。
それをしようとしないで、それ以外の小手先で問題を解決しようとするから得体の知れないことになってしまうのである。
日本が今すぐしなければならないのは「子どもを増やす」ことである。子どもを増やすためには、すべての政策をここに振り向けなければならない。
なぜ政治家も官僚も「子どもを増やす」ことに着目しないのか
子どもを増やす方向に政策を向けて全力で邁進すれば、やがては内需が戻り、社会が活性化し、土地も株式も上がり、イノベーションも進み、歳入も増える。
こんなシンプル極まりないことが気づかないほど、政治家も官僚も劣化している。いや、劣化ではなくて、もしかしたら日本をわざと破壊するために、このシンプルな答えに気づかないフリをして問題を複雑化しているのか。日本人を減らし、日本という国を歴史から抹殺しようとしているのか。
そう思われても仕方がないほど、政治家も官僚も「子どもを増やす」ことに着目しようとしない。
無能だから気づかないのか、それとも日本を破壊するために気づかないフリをしているのか分からないが、いずれにしても日本はこのまま少子高齢化を放置すると地獄のような社会に突き進むことになる。
地方は崩壊し、税金は次々と上がり、社会保障費は削られ、内需は減少し、社会は停滞し、時代遅れの国になり、劣化した国になり、やがて日本は世界的影響力も存在感も縮小して取るに足らない国と化す。
誰もそんな未来を望んでいないはずだ。
人口が増えるだけで問題は解決する
少子高齢化は平成で一気に進んだのだが、「子どもを増やす」という単純明快な政策が行えないのであれば、日本の次の世代は沈みゆく。逆に「子どもを増やす」という単純明快な政策に政府が向かえば、日本は浮上する。
人口動態は国の未来を表す。子どもが多ければ多いほど国は躍動し、未来は可能性が拓ける。
日本の人口は「産めよ増やせよ」政策で2億人になってもいい。人口が2億人になるのであれば、単純に考えて内需も2倍になる。それだけで、地方は蘇り、不動産価格も株価もうなぎのぼりに上がっていく。
日本国民と政府がそこに気づくかどうか……。
もし日本を何とかしたいと思っているのであれば、すべての問題に優先して少子高齢化に取り組むように政府に働きかけなければならない。
たった1つの方策「子どもを増やす」
「人口が減ってもロボット化すればいい」みたいなものでは日本は絶対に復活しない。あるいは高齢者に死ぬ直前まで働いてもらっても日本は絶対に復活しない。よそから移民を大量に入れても付随する問題の方が大きくなる。
こうしたやり方は問題の本質から外れている。
少子高齢化で未曾有の国家崩壊に落ちていく日本を救うただ一つの方策は、「子どもを増やす」である。それをしないから日本は苦しんでいる。核心に向かって真正面に取り組まないから衰退している。
すべての日本人は子どもを増やすことによって恩恵を受けられるのだから、強力にそれを推し進めるべきなのである。
今からでも手遅れでもないし遅くもない。まだ人口は1億2,000万人を維持しているのだから、ここから「子どもを増やす」政策に入れば2億人も達成できる。
人口が増えれば日本はそれだけで復活する。 
 
「少子高齢化で社会が破綻」は大いなる誤解だ

 

日本の人口減少は不可避です。このまま推移すれば、2100年には人口5972万人と現在の半分以下になると推計されています(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)報告書」、出生中位(死亡中位)推計)。これはちょうど1925年(大正14年)の人口5974万人(総務省統計局「大正十四年国勢調査結果の概要」)とほぼ同等です。
人口減少の原因のひとつに、未婚化による少子化があるのは事実ですが、今後出生率が大幅に改善したところで、10年や20年で人口ピラミッドの形を変えることは不可能です。出生率を上げて人口を安定させることは社会にとって必要なことでありますが、人口学的には、それが実現するには100年かかると言われています。その間、人口は減少し続けるわけで、そろそろ私たちは、その現実を直視し、そうした未来を前提に適応戦略を考えないといけないフェーズに来ていると思います。
日本はこれから「多死社会」へと突入する
人口減少は、少子化だけが引き起こすわけではありません。実は、今後は死亡者増がいちばんの要因になります。以下のグラフからわかるように、日本はこれから「多死社会」へと突入するのです。2023年から約50年連続で、年間150万人、毎日4千人以上が死んでいく計算です。そして、2071年には死亡率は19.0に達しますが、これは明治期の日清・日露戦争時期とほぼ一緒です。戦争もしていないのに、戦争中と同等の人が死ぬ国になるのです。しかも、2060年以降は全死亡者の9割が75歳以上で占められることになります。
しかし、太平洋戦争後の1951年から2011年まで死亡率10.0未満が60年間も続いたこと自体がむしろ稀有だったとみるべきで、戦後の日本の人口増加というものは、ベビーブームだけではなく、「少死」によるものだったと言えるでしょう。
人口減少すると労働力が不足するという問題があります。高齢者比率の増加に伴い、現役層の15〜64歳の生産年齢人口比率が下がり続けるからです。内閣府「平成30年版高齢社会白書」によれば、65歳以上高齢者1人に対する生産年齢人口(15〜64歳の者)は、2015年の2.3人から、2065年には1.3人へと激減します。現役層1人がほぼ1人の高齢者を支えるということです。
しかし、この計算には大事な視点が抜けています。支えられるべきは高齢者だけではなく、0〜14歳の子どもたちも含めないといけません。子どもたちを含めて計算すると、すでに2015年時点で1.5人の生産年齢人口が年少+高齢人口を支えないといけないことになります。
さらに言えば、15〜64歳までの全員が働いているわけでもなく、生産年齢人口という年齢属性でみるのは無意味なのです。進学率も高まり、15〜19歳は8割以上が無業者です。大事なのは、有業者が無業者(子どもや高齢者および現役層であっても病気などの理由で働けない層含む)をどれだけ支えられるかという視点でしょう。
有業者と無業者のバランス
今回は、最新の2017年就業構造基本調査に基づき、15歳以上の有業人口と、全年齢を対象とした無業人口の割合を算出するために、以下のような計算をします。
【(15歳以上有業人口)÷(全年齢無業者人口)×100%】
要するに、子ども含む無業者1人をどれだけの有業者が支えないといけないかという「有業人口依存指数」です。
0〜14歳の年少人口含む生産年齢人口依存指数でみると、頂点の1990年代頭のバブル期と比べて半分以下に激減しますが、高齢者人口比率が上がるわけですからそれは当然です。一方、有業人口依存指数は、1950年代から現在に至るまで、むしろ増えていることがわかります。頂点は、生産人口と同様バブル期ですが、それでも無業者1人を1.1人の有業者が支えていたことがわかります。それ以前の1950〜1980年代にかけては、有業者1人が1人以上の無業者を支える社会であり、むしろ昔のほうが有業者にとって負担の大きい社会だったのです。
今後、各年齢別の人口減少推計にあわせて、2017年時点の年齢別就業率が同等で推移すると仮定すると、総人口が半減するにもかかわらず、実は有業人口依存度はほとんど変化しません。つまり、人口の絶対数は減っても、支える人と支えられる人のバランスは均衡を保つと言えるのです。
さらには、最新の就業構造基本調査では、「現在無業だが、すぐにでも働きたい」という新規就業希望者数も明らかにされていますが、この潜在労働力人口が男女合わせて862万人も存在します。これら全員が就業するというのはあくまで理想論ですが、計算上それを最大と考えると、2035年には生産人口指数を抜いて、無業者1人を1.3人の有業者が支えられる社会になります。
65歳以上の有業者数が最も構成比が高い
高齢者人口比率が上がることばかりに目がいきがちですが、有業者の年齢構成はここ60年で大きく様変わりしています。もともと20代メインだったものが1980年代40代へ移行し、現在は65歳以上の有業者数が最も構成比が高くなっています。現在比率としていちばん働いているのは高齢者であり、2017年の65歳以上有業数858万人は、日本史上最高記録です。
もっとも、これは、1956年時点で20歳だった人がそのまま現在65歳以上の有業者に移行しているだけとも判断できます。戦後若者だった人たちは、今もなお60年以上働き続けていると言えるのです。
単純に年齢構造だけで判断するのではなく、働く1人が(何らかの理由で)働けない1人を支えればいい社会だと視点を変えてみる。すると、夫婦ならば子ども2人を支えられるということですし、独身者なら働くことのできない80歳以上の高齢者を支えればいいということでもあります。もちろん有業者それぞれ収入額も税支払額も異なります。高齢者と若者の働きとを同列に扱うのも無理がありますが、少なくとも仕事の有無関係ない生産年齢人口指標よりは意味があると考えます。
繰り返しますが、日本の人口減少と高齢化は不可避です。しかし、それだけを取り出して悲観的になる必要はありません。ボリューム層である高齢者をどう支えるかという視点より大事なのは、彼らを支える側としてどう機能させられるか、生きがいを持って働ける環境作りができるか、という部分でしょう。真の働き方改革とはそういうものではないでしょうか。
働く意欲のある高齢者にとって働ける場所があるということは、健康維持や現在増加中の熟年離婚防止にも波及します。なぜなら、働くことは、人とのつながりを生み、自己の社会的役割を実感できる機会を作り出すからです。高齢男性の孤立死や高い病気罹患率は、ひとえにこの社会的役割の欠落によるものです。誰の役にも立っていないと感じた瞬間、人間は肉体より先に心の死を迎えるのです。同時に、高齢有業率の改善は、年金の支給開始の後ろ倒しや支給資格の見直し、高齢者の医療費自己負担増など社会保障費の問題をも解決できるきっかけともなります。
追加就業希望者にも注目
もうひとつ、最新の就業構造基本調査で新たに加えられた「追加就業希望者」というデータにも注目してみます。現在、就業者でありながら、さらに追加で働きたいという人たちを指します。いわば複業希望者数にも該当します。
2017年の実績では、全体就業者の6%以上の男女合計424万人の追加就業希望者がいました。20〜40代の働き盛り世代で約50万人ずつ均等に存在します。今後、複業解禁する企業の増加でこの数はさらに拡大するでしょう。
追加就業と新規就業のいわゆる「未活用労働力」は合計1287万人に達し、これは現在の労働力を最大2割近く押し上げる力があります。これは、人口の絶対数は減っていても、実質の就業人口は増え続けることを意味します。これこそ、超高齢国家で非婚少子化国家である日本が、目指すべき方向性ではないでしょうか。
AI(人工知能)などテクノロジーの進歩により、雇用が240万人減るという試算もありますが、私はそうは思いません。むしろAIによる就職マッチングサービスの実現等で、未活用労働力の稼働率を上げるかもしれません。技術革新とともに消滅する仕事がある一方で、絶えず新しい仕事を創出してきたのが人類の歴史だったわけです。さらに、雇用だけが働くということを意味しません。年齢関係なく新たに起業してもいいでしょうし、プレイヤーの立場ではなく投資などでサポートする側にまわることも含まれます。従来の概念では「遊ぶ」領域すら、未来では働くことに変化しているかもしれないのです。
もちろん就業者数だけが増えればよいという話ではありません。バブル崩壊以降就業者数は増えていても、1人当たりの所得は減り続けています。消費力をあげる観点からも、個人所得の拡充が求められることは言うまでもありません。
ソロ社会は人とつながる社会である
人口減少問題に際しては、相変わらず次々噴出する政治家の失言同様「結婚しないのは自分勝手」「子どもを産まないことは悪」という世間の声も絶えません。結婚もせず、子を産み育てない人たちを社会のフリーライダー扱いにして、「家族vsソロ」「子有りvs子無し」が対立する構造こそ不毛です。
人口は減っても働き手は増える社会。支えられる高齢者以上に支える高齢者が増える社会。結婚してもしなくても、子があってもなくても、あなたが働けば、あなただけじゃなく、誰かもう1人を支えられると皆が信じられる社会。自分のために働いたり、消費したりすれば、結果として、誰かのために役立つ循環性のある社会。私が言い続けている「ソロ社会は人とつながる社会である」というのは、そういう社会であってほしいと思います。 
 
「少子高齢化」から「無子高齢化」へ

 

少子化は進む一方なのに待機児童問題が解消されないのはなぜなのか。性別役割分業によるかつての成功体験に縛られ、子育てを「個人の責任」「母親の責任」とする日本社会は、少子高齢化どころか無子高齢化に突入すると警鐘を鳴らす。
世界の少子高齢化の先頭をひた走る日本だが、出生率の低下が社会的な問題として認識され、政府が本格的な少子化対策に取り組み始めたのは、文部、厚生、労働、建設の4大臣合意によって1994年に策定された「エンゼルプラン」からだ。その後、どの政権も保育園の整備・拡充を掲げ、自治体も努力を重ねているが、保育園に入れない待機児童はなかなかゼロにならない。
その一方、少子化の進展は急速で、地方では保育園の定員割れが広がり、保育園の閉鎖も始まっている。ここ15年の間、毎年500前後の小中高校が閉校になっているのだ。出生数は2016年に初めて100万人を下回り、17年には94.6万人まで減った。18年は90万人を下回るのではないかとささやかれている。それにもかかわらず、待機児童がゼロにならないのはなぜだろうか。実は待機児童は一部の地域に集中している。この背景には、いくつかの複合的な要因がある。
妻の収入が不可欠な時代
第1に人手不足の中で女性の働く場が広がり、出産後も就労を継続する女性の増加傾向がみられる。また、いったん出産で退職しても、子どもが小さい間に再就職したいと考える人が増えていることがある。
第2に1990年代に比べ、明らかに若い世代の所得が減っている。「収入が伸びている」と言われるが、それは所得減少の底を打ったここ数年のことにすぎず、1990年代の水準には及ばない。子どものいる世帯にとって、妻の収入は不可欠となっている。
第3に晩婚化・晩産化が進み、子どもが大きくなるまで待つと、親の年齢も30代後半から40代となり、再就職するのが難しくなる年齢に近づいてしまう。つまり、子どもが大きくなるまで待てないのだ。それが先に挙げた早期再就職の流れと結びついている。
保育園ができると、預けたい人が増える
第4に保育園は作れば作っただけ新たな需要が掘り起こされる。近くに保育園ができれば、そこに子どもを預けて働く利便性が増す。そうすると今までどうするか迷っていた人も「預けて働きたい」となる。世の中は人手不足で、都市部であれば子どもの預け先さえ見つかれば仕事はいくらでもあるからだ。
第5に仕事と人口の偏在もある。地方だけでなく都会の周辺部でも若い世代が減少する一方で、通勤に便利な都心部に若い世代が集中して住みだしている。日本全国が人口減少に直面する中で、首都圏、特に東京23区は若い世代の流入により人口が増えている。このため、東京の合計特殊出生率は全国で最低レベルであるにもかかわらず、児童数は増えている。
さらに人口が減少している地域でもその減り方はいびつである。例えば関西全域、大阪府でも人口は減少しているが、大阪市だけはタワーマンションの建設ラッシュで人口は増えている。しかも都心部は地価が高く、保育所を作りたくても作れない。言ってみれば野放図な都市開発が待機児童問題を悪化させているのだ。
第6に保育士不足がある。保育士が不足しているのは、女性の仕事の多い都市部である。ということは、保育士という職業が他の仕事に比べて魅力ややりがいがあり、待遇などが良くないと、わざわざ保育士として働くことを選ばないことになる。ところが保育士の処遇は雇用者として働く女性の平均収入と比べて低い。さらに子どものけがや親との関係、人手不足による恒常的な長時間労働など就労条件はあまり良くない。最近は保育士に対する給与加算などで待遇の改善が図られているが、一部の法人では理事長や園長などの経営陣がその加算分を独り占めにし、保育士に配分していない事例もある。
また待機児童が多く、財政力のある都会の自治体が人件費の加算や住居費の補助までして全国から保育士を集めている。そのことがさらに地方から若い女性を奪って都市に集中させ、人口バランスを崩していることも忘れてはならない。
第7に保育士が長時間労働になりやすいのは、親がそれだけ長時間働いている、ということがある。最近は「女性の活躍」「働き方改革」と言われているが、結局、片働き時代の男性の働き方(専業主婦の妻が家事育児をすべて担う)が標準のままである。
子育てしながら働ける条件に恵まれた親(男女ともに)は、まだごく一部である。
専業主婦のお陰で社会保障コストを抑制できる?
実は保育園が日本でフルタイムの雇用者の勤務にも対応できるように整備され始めたのは、エンゼルプラン以降でしかない。それまでは、保育園が午後5時閉所など、フルタイムで働く人にとってはあまりに非現実的なサービスだった。保育園の後のベビーシッター(二重保育)や祖父母の援助など保育園以外の育児資源を確保できる人しか、子どもを産んで働き続けることは不可能だった。
延長保育や病児保育などが徐々に広がり、保育園に子どもを預ければなんとかフルタイムの仕事を続けられるようになったのは、2000年代に入ってからである。なぜ、90年代まで保育園の整備が進んでいなかったのだろうか。
その背景には日本が性別分業・片働き型社会で成長を遂げてきた成功体験がある。エンゼルプランのわずか15年前の1979年、自民党から「日本型福祉社会」という研究叢書(そうしょ)が出されている。そこには専業主婦が介護や育児を担うことにより、日本の税や社会保障費用を低く抑えられているということや、「ポストの数ほど保育園を作れば国が破産する」とまで書かれている。
そのたった10年後の1989年の出生率は、「ひのえうま」の迷信によって出生率が極端に低かった1966年(1.58)を下回る1.57まで落ち込み、「1.57ショック」と騒がれた。だが、かつての成功体験に縛られ、片働き社会の価値観を引きずったままの日本では、働き方改革は進まなかった。出生率の低下はそれ以降も続き、2005年には史上最低の1.26を記録した。その後は若干回復傾向にあるが、出生数減少にブレーキをかけるには至っていない。30年たっても少子化対策はいつも小出しで、抜本的な対策は講じられないままである。
待機児童問題を保育園だけで解決しようとするのには無理がある。育児休業制度や働き方の改革などの子育て環境、そして社会全体の仕組みを変える必要がある。
子どもを育む寛容性を失った社会が行き着く先
少子化は進む一方なのに、待機児童問題は解決できないままだ。しかも、政府は2019年度からの保育の無償化を打ち出している。それは保育の需要をさらに掘り起こし、待機児童を増やすことになるだろう。選挙のアピールのために、小手先で細切れの施策を打ち出したことがさらに事態を悪化させる可能性がある。また国の基準を満たさない認可外保育所も無償化の対象とするなど、子どもの安全や命を脅かしかねない事態も考えられる(保育所での子どもの死亡事故は続いている)。
日本の少子化が急速に進んだ背景には、人口の多かった団塊ジュニアやポスト団塊ジュニアの未婚率が上がったことがある。それは企業が生き残りのために、正社員採用を絞り、若者の非正規化を進めたために起こったのだ。不安定な雇用や低い収入しか得られなかった若者が、どうやって安心して子育てできるだろうか。
最近は人手不足で若者の就職状況が良く、すっかり忘れられているが、日本の失われた20年は若者を犠牲にして、少子化を一層進めた時代でもあったのだ。安定した職を得て、子どもを持ちたいと望む人が、安心して結婚・出産できる環境を一日も早く整備しなくてはならない。
子どもを「社会の子」として捉えず、「子育ては個人の責任」、ひいては「母親の責任」とし、子どもを育む寛容性を失った日本は、少子高齢化どころか、無子高齢化へと突き進んでいる。このままでは、誰が日本の子育て支援施策の司令塔か分からぬまま、待機児童対策はおろか、日本の未来さえ見えない時代が始まりつつある。 
 
日本人は「人口減少」の深刻さをわかってない

 

最近、ニュースなどで「人口減少社会」というキーワードをよく見掛ける。
実際に、日本は8年連続で人口減少が続いている。少子高齢化が叫ばれて久しいが、ここにきて、「少子化=人口減少」が明らかに目に見える形で表れてきている。
縮小する経済、深刻化する供給過多
今年3月30日、国立社会保障・人口問題研究所が衝撃のデータを発表した。2030年にはすべての都道府県で人口が減少し、2045年までに日本の総人口は1億0642万人になると予想している。
2015年の総人口が1億2709万人だったから、今後30年で2000万人以上減少することになる。とりわけ、ひどい落ち込み方をするのは都市部より地方で3割減が当たり前と見込まれている。
高齢化も確実に進む。65歳以上の人口比率は東京都や神奈川県といった首都圏でさえも、現在の高齢者数に比べて1.3倍に増える。
ちなみに、2045年以降も人口減少は続き、47年後の2065年には8808万人、65歳以上の老年人口比率は38.4%となり、ほぼ4割が高齢者になる。
生産年齢人口比率は51.4%に落ち込み、現在(2015年)の60.7%を大きく下回る。働ける人が2人に1人の時代になりつつあるということだ。
さて、こんな人口減少社会は日本にどんな影響をもたらすのだろうか。大きく分けて次のような項目が考えられる。
1デフレが続く
現在、日本銀行が実施している異次元緩和は、将来のインフレ期待を刺激してデフレから脱却しようとしている。
しかし、今後の人口減少、高齢化社会の到来を考えれば、誰だって気前よくおカネを使うわけにはいかない。将来インフレになるかもしれないという「インフレ期待」を演出しても、国の衰退を肌で感じる以上、デフレマインドは消えないし、生活防衛のために無駄な消費はできないのだ。
デフレの原因が人口減少だけではないにしても、この問題を素通りしては解決できない。人口減少は税収の減少をもたらし、巨額の財政赤字の原因とも密接な関係がある。
2経済が縮小する
今のままではあと10年そこらで、労働力人口が500万人減少すると予想されている。実際に、文部科学省の「18歳人口の将来推計」によると、2028年に22歳になるのは106万人。今年50歳になる1968年生まれの人が18歳になる1986年の18歳人口は185万人。10年後の2028年の106万人と比較すると約80万人も少ない。
労働人口が減少すれば、消費の中心となる人口が着実に減少していくことになる。流行とか消費に興味がなくなった年金生活の高齢者ばかりの社会では、経済が縮小していくのは当然のことだ。深夜営業や年中無休が売り物だったコンビニや牛丼チェーン店も、すでに人手不足が深刻で24時間営業や365日営業が困難になりつつあると言われる。アマゾンが始めた無人のコンビニも、実は日本にいちばんニーズがあるのかもしれない。
社会全体の高齢化とともに起こること
3チャレンジしない「責任回避社会」がはびこる
人口減少社会では、若者の比率がどんどん減少して、企業の管理職や政治家、行政をつかさどる官僚や役人も、すべてが年寄り中心の社会になっていく。チャレンジよりも安定志向が強く、現在の生活レベルを脅かすことには臆病になる。
もともと日本企業は、昔から海外転勤する場合でも、ほとんどの社員が数年で日本に帰国してしまう。韓国や中国のように、海外の勤務地に1度就いたら、そこに骨を埋めるようなマインドは持ち合わせていない。
実際に、日本企業が海外に進出する場合には、ほとんどの企業が現地のスタッフに運営を任せる「現地化」の推進で、日本企業の知名度を上げてきた。しかし、そのビジネスモデルが今後も通用するのかといえば大いに疑問だ。
日本の場合、役所や病院、銀行、保険会社などなど、何らかの手続きや契約に行くと山のように同意書を書かされる。それらの書類の山は、ほとんどが相手の企業や役所の担当者の「責任回避」のためのものと言っていい。
イベントやテレビCMも数人のクレーマーによる抗議の電話だけで、イベントを中止し、放映を自粛してしまう。人口減少社会では、そうした傾向がさらに強まることが予想される。どうすれば自分たちが責任を取らずに済むのか――社会全体の高齢化とともに、責任回避のマインドがはびこる。ここでもまた経済の縮小が起こってしまう。
責任回避社会は、物事の意思決定にも時間がかかる。日本企業の多くは意思決定が遅いばかりに、グローバルなビジネスチャンスを失ってきた。日本企業の中にまったく新しい価値観を持った人材を投入しなければ、グローバルでは勝てない時代が来ているのだ。
4不動産価格の崩壊が示す人口減少の影響
バブル時代、あるいはその後に購入したマンションや一戸建ての値崩れ現象が、都心の一部を除いて現在も起こっている。都心から1時間圏内であってもバブル時代にローンを組んで5000万円前後で購入した不動産が、現在では2000万円にも満たない。とりわけ、一戸建てはわずか30年程度で住宅の価値はゼロに近くなる。
自分や家族が住んでいた住まいだから、3000万円程度の資産の目減りは仕方がないと思うかもしれないが、ここまで不動産価格が目減りしてしまう国は世界でも珍しい存在だ。しかも、ローンを支払って返済してきたことを考えると、ローン金利だけで2000万円ぐらいは余計に支払っている可能性も高い。
つまり、首都圏など人口密集地でマイホームを取得した平均的な日本人は、生涯資金のうち数千万円は“消滅”していることになる。マイホームは、投資ではなく「消費」だと言われるゆえんだが、生涯資金の相当の部分を消滅させてしまっているのが、日本人の平均的な姿なのだ。
いずれにしても、欧米のように土地よりも建物の価値が維持されている不動産市場とは異なり、日本では土地価格しか残らないということだ。
こうした背景にあるのが、人口減少社会だ。アベノミクスが始まって以降、どんどん住宅やマンションが建設されているが、人口が減少していくというのに誰が住むのか。外国人投資家の先行投資の対象になっている都心部の不動産ブームも、いつまで続くのか不透明だ。
実際に、都心の一部を除いて住宅やアパート、オフィスは余っている状態だ。
都心の一等地では、オフィス空室率2%といった報道がされているものの、全国的に見れば7軒に1軒が空き家状態で、全国の空き家率は13.5%(2013年現在)に達している。空き家やアパートなどの空室が増えている原因は、言うまでもなく過疎化であり、人口減少社会が起因している。
日本の住宅価格は、2010年に比べて2040年には平均で46%下落するというシミュレーションもある。少子高齢化が進む今後は、共同住宅で積立修繕金が不足して、建て替えもできない物件がどんどん増えていくことも予想される。
今後は、建て替えられない老朽化したマンションに住み続ける高齢者が都市部を中心にあふれかえることになる。
5「2018年問題」に揺れる教育現場
人口減少社会の最前線といえば、やはり教育現場だろう。
前出の人口問題研究所の地域別将来推計人口では、2042年には高齢者増加のピークを迎え、地方都市の多くで運動会や遠足が廃止され、「受験」で苦しむ子どもの数は少数派になりそうだ。
東京大学は25年後でも難関校であり続けるだろうが、早稲田、慶応といった有名私立大学でさえも定員割れに陥るかもしれない。現実に、有名私立校も含めて都心部に学校があった大学などが、2010年代に入ってから「関東ローカル化」を推進していると報道されている。
地方の大学進学希望者の多くが、経済的な理由から学費の少ない国公立大学に流れており、やむをえず都心にあった名門私立大学も、学校を地方に移してローカル化することで定員を確保しようとしている。
いずれにしても、教育産業全体が衰退していくことになるのは間違いない。実際に、大学受験業界の現場では18歳以下の人口が加速度的に減少する「2018年問題」という課題が、業界のリスクとされている。
行き着く先は社会保障制度の崩壊?
こうしたさまざまなリスクに加えて、今後とりあえず直面せざるをえなくなるのが、人口減少および高齢化社会の進展による税収不足だろう。
とりわけ、人口減少で直面するのが、税収減と社会保障費の負担増だ。2018年度の社会保障関係費は33兆円の予算だが、将来的にはどこまで膨れ上がるのか想像もつかない。1990年度の決算数字では、わずか11兆5000億円しかなかったことを考えると10年間で10兆円ずつ増えている勘定になる。
2038年には、社会保障関係費だけで50兆円を超えることになる。2018年度の税収は前年と比べて3兆円増えて59兆円に達するようだが、縮小する経済の中で今後税収が増えていく可能性は低い。税収も伸びないが、社会保障関係費はどんどん膨らんでいく――。
人口減少社会を解決するにはどうすればいいのか。残念ながら、その答えは意外とシンプルかもしれない。かつて、欧州でも同じように人口減少に直面したときに、ほとんどの国は移民を増やす方法を採用した。しかし、その背景には高度なスキルを持ったIT技術者など高度人材の獲得競争があったからだといわれる。
人口減少そのものを解決する方法
人口減少社会では、経済成長に限界がある。経済成長を軌道に乗せるには、人口減少そのものを解決するしか方法はない。その方法としては、次のような方法が考えられるが、いまや選択肢は数少ない。
1 出生率を飛躍的に増やす
人口統計の常識からすると、一度人口減少が始まった国が、再び人口を増加させて現状回復させるためには100年かかるそうだ。つまり、尋常な方法では出生率は高くならない。結婚して第2子ができるまでは、国家もしくは企業が夫婦の面倒を見るといった、型破りな政策を打ち出すぐらいのインパクトがないと、日本の人口は増えないのではないか。
先進国の中で、数少ない少子化を克服した国にフランスがあるが、行政のバックアップと子育てをサポートする民間企業のコラボが機能しているようだ。たとえば、「男の産休」は7割が取るといった社会的コンセンサスができている。
その点、日本では女性活用社会といいながら安心して子育てもできないし、そもそも保育園や学校でも、責任回避のツールになっている連絡帳だの、PTAだの煩雑な手続きやイベントが多すぎる。女性が、子育てと仕事を両立させられる社会をつくらなければ、日本は永遠に沈んでいくだけだろう。
安倍政権も、教育システムにメスを入れようとしているが、それをやるなら国家公務員のキャリア、ノンキャリア制度を直ちに全面廃止して、エリートではない人が子育て行政の現場に立たなければ解決にはならない。
2 ロボットやAIによる生産性向上で人口減少に勝つ
安倍首相が、人口減少の対策として掲げたのが「ロボットやAI(人工知能)の活用」だが、最近のトレンドとして機械化できるものはロボットに任せて、ビジネスはAIに任せる。そのうえで、国民に対しては最低限生活できるおカネをばらまく「ベーシックインカム」を充実させる、という方法が話題になっている。
とはいえ、人口減少をロボットやAIがカバーするには限界があるし、抜本的な解決策にはならない。かつて、米国ホワイトハウスの金融担当者が「時給20ドル未満の労働者はAIに仕事を奪われるだろう」と予測したが、外国から優秀な人材が入ってこない日本の現状では、それだけのシステムを構築する技術が育つとも思えない。
ちなみに、日本の高齢化がピークになる2040年代には、コンピューターが全人類の知性を超える「シンギュラリティ(技術的特異点)」がやってくるといわれている。その頃には、行政を人間に代わって遂行する「汎用AI」が、4000万人にも達するといわれる高齢者の存在を、不要とする決断を下すかもしれない。
3 単純労働者も含めて海外から「移民」を受け入れる
シリア難民が欧州に押し寄せて、欧州全体が混乱に陥ったのは2016年のことだが、日本は世界的にも外国人労働者を移民として積極的に受け入れていない国として知られている。とはいえ、実はすでに200万人を超す移民人口がある。2015年の「移民人口」データで見ると、世界のベスト5は次のようなランキングになる(資料出所:世界銀行 World Bank)。
<世界の移民人口 国別ランキングベスト5>
   1位 米国……4662万人
   2位 ドイツ……1200万人
   3位 ロシア……1164万人
   4位 サウジアラビア……1018万人
   5位 英国……854万人
   28位 日本……204万人
デフレからの脱却への数少ない道
ちなみに、日本の在留外国人数は2017年6月末の段階で中長期在留者数は213万人。特別永住者数などを合わせると全部で247万人になる。この数字が多いか、少ないかは判断の分かれるところだが、実際に日本で暮らす外国人はもっとはるかに多い印象がある。
人口減少社会の解決法として最も近道といえば、言うまでもなく移民受け入れの増加だろう。米国情報大手のブルームバーグは、日本が早期に外国人の人材を受け入れていれば、超大国になっていただろうとする社説を出したことがある。とりわけ、IT(情報技術)やAIなどの高度なスキルや才能を持つ優秀な人材の獲得競争は、10年以上前から世界的に起きていたことであり、その流れに乗り遅れた日本は今後、そのツケを払わなければならない。
移民の受け入れは、治安悪化、賃金下降を招きデフレを強める、神社がモスクに変わったり、日本の文化を守ることが難しくなったりする、といったデメリットがあることは間違いない。しかし、コンピューターなどの才能や知識を持った高度人材を受け入れるためには、どうしても移民規制を緩和するしかないだろう。
人口減少社会の影響は、確実にわれわれの生活を変化させている。街にあった学習塾やコンビニ、ラーメン店が閉鎖され、代わりに有料老人ホームや高齢者向け業務サービスを届ける施設に代わっている。人口減少社会の経済に対する検証を公平な立場から、より正確に精査すべき時期がきている。
しかも、この少子高齢化は日本だけではなく、お隣の韓国や中国までもが抱える課題になりつつあるといわれる。すでに外国から多数の移民を受け入れてきた欧米各国では解決済みの問題かもしれないが、国境に“高い壁”を築いてきた日本にとって、まさにこれから解決しなければならない重大な課題と言っていいだろう。
ひょっとしたら、人口減少社会の解決こそが、長年苦しんできたデフレからの脱却への数少ない道なのかもしれない。アベノミクスや異次元の金融緩和では、デフレ脱却できない可能性が高いのだ。 
 
人口減少は本当に危機か?

 

人口減少危機論のウソ
私ごとで恐縮だが、筆者はセクシュアリティと少子化・人口減少問題を専門としている。専門分野の研究に没頭していると、どうしても他分野には目が届きにくくなる。
そんなとき、信頼できる専門家の存在はありがたい。筆者の場合、文芸評論なら小谷野敦氏、アニメ・映画評論なら岡田斗司夫氏、経済評論なら高橋洋一氏には全幅の信頼を置いている。
そんな中、高橋洋一氏がついに人口減少問題について語った。その名も『未来年表: 人口減少危機論のウソ』(扶桑社新書)。
少子化や人口減少は「国難」ではなく、そこから生じる「弊害」はいかようにも対処可能で、むしろ少子化や人口減少の危機を過剰に煽ることが問題解決を誤らせると、筆者は長年考えてきた。
ゆえに、本書は得心のいく議論ばかりであった。
すでにベストセラーになっているので、内容についてご存じの方がいるかもしれないが、高橋氏の議論に耳を傾けてみよう。
氏によれば、人口減少問題は「大した問題ではない」(40頁)。
国力を国内総生産(GDP)と定義すると、「GDP=みんなの平均給与✕総人口」となる。
人口が減るとGDPも減るのは当たり前だが、実生活では「だからそれがなんなの?」という話に過ぎない。
なぜなら人口減少は、GDP成長率に対して最大7%の影響がでるかどうかの程度に過ぎず、ほとんど影響はないからだ(50頁)。
たとえば人口減少が経済にマイナスに作用する「人口オーナス」は、女性や高齢者の積極登用やAIによる生産性向上によって回避できる(54頁)。
さらに、ひところはやった「デフレは人口減少が原因」説にも根拠がない(むしろデフレは金融緩和で解決できることが、アベノミクスによって実証された)。
そのうえで、出生率の推計や人口減少の動向も「想定内」に収まっており、「まあ人口は減るだろうが、出生率もこれからほとんど横ばいだろうから、社会保障の設計には支障は何もない」(68頁)というのが、高橋氏の考えである。
ここまでは、非の打ち所のない、完璧な人口減少社会論ではなかろうか。
人口減少で困るのは誰か
では、大した問題ではないはずの人口減少が、なぜこれほどまで「危機」とされるのか。
高橋氏は、人口が減り続けたら困るのは地方公共団体の関係者だと冷徹にみている(12頁)。なぜなら人口が減ると、行政規模の簡素化のため市町村を合併しなければならないからだ。私見ながら、教育関係者もこれに含めて良いかもしれない。
また人口減少の危機を煽る世間の評論家も、なんでも人口減少のせいにすれば、誰も傷つかないので、いい方便になる(16頁)。
こうした人たちは、人口減少の危機を高唱することで、本を売り、名前を売り、政策を売りこむことができる。
人口減少危機論の背景に、これら利害関係者のポジショントークがあることは、かつて経済学者の小塩隆司氏も、『人口減少時代の社会保障改革』(2005,日本経済新聞社)のなかで指摘していた。
高橋氏によれば、実は政府も「人口増加のストーリーを地方公共団体の関係者に示しておけば、彼らはきっと満足するだろう」というのが本音であり、出生率が上がらず、人口問題政策が失敗しても、何らダメージがない。
それは政府が「人口減少は大きな問題ではない」と考えているからであり(22頁)、働き方改革や子育て安心プランなどの少子化対策も、「(人口減少を不安視している)国民の要望に応える」という政治的な意味があって取り組んでいるに過ぎない。
要するに少子化対策や人口減少対策は、人口減少危機論に煽られた国民の不安に応えるポピュリズム的政策にすぎないといっているわけである。
公務員改革やアベノミクスの懐刀と目される高橋氏の発言だけに、きわめて説得力がある。
加えて本書は、筆者の年来の主張にも近く、多言を要しないほどの傑作に思える。
出生率を増やすには
ただそんな高橋氏も、日本で出生率を増やすのに最も効果的な対策(と考えられているもの)として人工妊娠中絶の禁止・抑制をとりあげている。
これを強制的に実施すれば人口は増えるだろうが(おそらく年間10万人ほど)、政府はそこまで踏み込んでおらず、人口政策にはさほど力を注いでいないと判断している。
そこで取り上げられる統計は、教育社会学者の舞田敏彦氏がグラフ化した、OECD35カ国における婚外子の割合と出生率の相関関係であり、両者の相関係数がプラス0.5になるというものである。
高橋氏は、婚外子の割合が高い社会では、人工妊娠中絶が抑制されると想定しているのだろう。
もっともOECDを「先進国」扱いし、地球規模では一部に過ぎない先進国だけを対象にした統計から相関関係や因果関係を安易に論じることについて、筆者は『子どもが減って何が悪いか!』(2004)以降、注意を促してきた。
ただし、そんな国際比較のデータであっても、使い方によっては、有意義になることもある。
女性下降婚率が高い国では、出生率も高くなる?
今回は、筆者自身が行った格差婚と少子化の関連について、論じ直してみよう。
筆者がほぼ1年前に投稿した「なぜ若者は結婚しないのか?コスパの悪さだけではない『日本の現実』」では、女性の(学歴)下降婚率が高い国では、出生率が高くなる傾向があることを指摘した。
この議論に対しては、女性の高学歴化と社会進出が進んだ社会で、女性が結婚相手を探そうとすれば、自分より社会的地位の低い男性をも選ばざるを得なくなるので、女性下降婚が増えるのではないか、という疑念がありうる。
つまり女性の下降婚率は、女性の社会進出の代替指標に過ぎないと反論できるわけである(実際、そうした意見を複数の方からいただいた)。
これを検証するには、女性の社会進出を表す指標を用意して(15歳以上の女性労働力率が代表的)、女性の社会進出が出生率に与える影響が一定だと仮定しても、女性下降婚率の高い社会で出生率が高くなる傾向があるかどうかを調べればよい。
これを検証するには、重回帰分析という手法を使うことになる。ここでは前回調べた25カ国を対象として、女性下降婚率と、女性労働力率が合計特殊出生率に与える影響を比較した。
この結果をみると、女性労働力率が高くなると出生率は下がる傾向がある(β=−0.354)。このことは、特段おかしな結果ではない。
特筆すべきは、女性労働力率を統制しても(=女性労働力率が一定と仮定しても)、女性下降婚率が高くなると、出生率も高くなる傾向があることである(β=0.419, 統計的に有意)。
先の反論に対しては、いちおうデータで再反論できたことになる。この25カ国に関する限り、女性下降婚率が出生率を高める効果は、さらに確定的なものになったといえそうだ。
こうした検証に開かれているところが、社会科学のよいところである。
むろんこういうデータは、世界全体で収集することが理想である。たとえば国連あたりが全加盟国に女性下降婚率や、前節で見たような婚外子の割合の報告を義務づけてくれたら、合計特殊出生率の因果関係も、いまよりずっと容易に検証できるはずだ。
そんな日が来るとありがたいのだが、まぁ初春の夢ということにしておきたい。 
 
人口減少社会

 

社会において出生数よりも死亡数の方が多く継続して人口が減少していく時期。日本においては、2000年代後半、もしくは2010年代以降、その局面に入ったとされる。
経済との因果関係
経済成長
人口が減少すると経済成長率が減少するという意見がある。
日本は1999年から労働力人口が減少に転じているが、成長率が大きく低下したという事実はない。ロシアは1992年をピークに10年以上人口が減少し続けているが、日本より高い成長を続けている。ロシアでは1995年以降、ほぼ毎年80万人以上の人口の自然減が続いているが、1999-2008年まで実質GDPで平均6.75%の成長を続けている。
森永卓郎は「OECDの統計を見ると、人口増加率と生産性の上昇率は明らかに反比例となっている。つまり、人口が減れば労働生産性は上がる」と指摘している。原田泰も「本来、人口が減少することは、生産性を高めることである。人口が減れば、土地生産性は高まるはずである」と指摘している。
「人口減少によって国内市場が縮小する」という議論については、経済学者の高橋洋一も「人口の少ない国でも高い一人当たりGDPを維持している国もある。人口減少でむしろ都市における土地・住宅の過密問題・混雑問題が解消される。環境問題に人口減少は有効である」と指摘している。
「一人当たりGDP」は、人口が少ないほうが増加する傾向がある。資本の量が一定であれば、人数が少ないほうが「一人が使う資本」は大きくなり、一人当たりの生産は上昇する。一人当たりが生み出した付加価値が増えれば「一人当たり実質GDP」は増えることになる。飯田泰之も「1950年代に発見されたこの経済成長理論を背景に、中国は『一人っ子政策』を進めたと言われている」と指摘している。
原田の話によれば、「人口が減少するということは、生産者が減る一方で、消費者も減るということである。同率で減少すれば、一人当たりの豊かさに変化はない。国全体の経済力は、もちろん小さくなる。国民にとって大事なのは、一人ひとりの豊かさであって国全体の経済力ではない」と指摘している。原田は「人口が減少すること自体には問題はないが、現実には高齢化を経て人口が減る」と指摘している。
生産年齢人口
三菱総合研究所政策・研究センターは「人口減少は国内消費を縮小させたり、労働力人口を減少させる」と指摘している。
経済学者の竹中平蔵は「労働者が2倍になればGDPはおそらく増えるが、労働者が半分になればGDPはおそらく減る。ただし、労働者が2倍に増えても機械の劣化によって生産性が低下したり、人口が増えても労働者が増えなければ、GDPは必ずしも2倍に増えない」と指摘している。
原田は「人口減少社会とは生産年齢人口が減少していく社会であるが、そのためにもより多くの人が働く必要がある」と指摘している。
森永は「女性・高齢者が働ける環境が整えば対応できるため、極端な人口減少が起きない限り労働力の問題は深刻化しない」と指摘している。
飯田も「人口減少が問題になるのは、女性・高齢者の社会参加が十分に達成された後の話である」と指摘している。
国家財政
三菱総合研究所政策・研究センターは「働く若者世代の人口が減っていけば、所得税などの税収は減少する」と指摘している。
経済学者の松原聡も「少子高齢化によって税収が減る一方で、支出は増える」と指摘している。
消費
少子高齢化の影響について、大和総研は「高齢になるほど所得から消費に回す比率が高くなるため、家計貯蓄率の低下を招く」「教育支出を減少させる一方、(高齢者の増加は)娯楽需要を増加させ、医療・介護に関連するビジネスが生まれる可能性がある」と指摘している。
物価
国際決済銀行(BIS)、フィンランド銀行の調査担当者であるミカエル・ジュセリウス、エロッド・タカッツは先進22カ国の1955-2010年のデータを基に、高齢化はインフレーション圧力が高まる可能性があると指摘している。
その他の影響
原田の話によると「人口減少によって、住宅環境が改善する。また、緑地・公園が増えれば快適な環境が実現できる」と指摘している。森永卓郎は「住宅事情が向上し、通勤の混雑・交通渋滞は緩和される」と指摘している。
原田は「人口が多いということは人々に利益を与える天才を生む可能性を高めるかもしれないが一方で人々に害を与える天才を生む可能性も高める」と指摘している。原田は「人が多いから貧しくなったと考えることはできないだろうか。欧州・北米の豊かさには、人の少ない豊かさがある。人の少ない豊かさを考えても良いのではないか」と指摘している。
日本
日本でこの言葉が広く用いられるようになったのは、2005年(平成17年)12月に「平成17年(2005年)国勢調査」の最初の集計結果である速報人口を総務省統計局が公表したころからである。この中で統計局は、「1年前の推計人口に比べ2万人の減少、我が国の人口は減少局面に入りつつあると見られる」とし、社会的に注目を集めた。2009年(平成21年)の時点では統計局は実際に人口減少の局面に入ったのは2008年(平成20年)であると推定していた。
その後「平成22年(2010年)国勢調査」の結果をもとに改定された人口推計によると、日本の人口は2007年(平成19年)から2010年(平成22年)まではほぼ横ばいで推移していたものが2011年(平成23年)に26万人の減少となり、その後の月別でも相当数の減少が続いていることから、2012年(平成24年)1月の時点で統計局は2011年(平成23年)が「人口が継続して減少する社会の始まりの年」と言えそうだとしている。
統計局が最初の「人口減少」の発表をおこなう前後から、「日本が将来人口が減少する社会になることは確実である」という予測がなされ、それを前提とした社会変化や影響を考察した報告が官庁や学術会議において提出されている。
2014年(平成26年)2月24日、内閣府の「選択する未来」委員会は、外国からの移民を毎年20万人ずつ受け入れることで、日本の人口1億人を100年後も維持できるという試算を示した。
具体的な影響
自動車保有台数の減少により、国内市場は縮小傾向にある。国内新車販売台数(登録車+軽自動車)は、1990年(平成2年)に778万台でピークを打ち、2014年(平成26年)は556万台に減少し、今後もさらに増える要素は見られないという点は一般的な見方となっている。これはエコカーの普及や少子高齢化問題、人口の都市部集中(とりわけ東京一極集中)などの要素が複合的に関連している事象ではある。
上記に伴うガソリンなどの燃料の内需減少が長期化する見通しにより、2015年(平成27年)の出光興産と昭和シェル石油の経営統合など、石油元売の再編にも拍車をかける一因と論じられた。  
 
日本の高齢化

 

高齢者の割合が最も高く、他のすべての国を上回ると考えられている。2017年、日本の人口の27.7%が65歳以上で、13.8%が75歳以上である。日本では、出生率が低下し、平均寿命が伸び、劇的な高齢化が続き、2011年に人口が減少し始めた。日本政府は高齢化が経済や社会サービスに悪影響を与えることを懸念し、出生率を回復させ、高齢者の社会的な活躍を支援する政策をとっている。
高齢化の動態
65歳以上の日本人は、過去40年間でほぼ4倍、2017年には約3500万人に達し、日本の人口の27%を占めている。同時期に、14歳以下の子供の数は、1975年の人口の24.3%から2018年には12.3%に減少した。1997年の高齢者の数は子供の数を上回り、2014年には大人用のおむつの売上が赤ん坊用のおむつの売上を上回った。高齢化社会と呼ばれる日本社会の人口構成の変化は、2000年に高齢化社会になり2017年に高齢社会へと変化した韓国に抜かれるまでもっとも短い期間で起こった。
現在の出生率を元に人口を予測すると、2060年までに65歳以上が人口の39.9%を占め、総人口は2010年の1億2,800万人から2060年には9,284万人に減少する。東北大学の経済学者は、全国の絶滅へのカウントダウンをつくった。これによると、3776年には、日本に子どもが1人しか残っていないと推定される。これらの予測もあり、安倍晋三内閣総理大臣は、1億人で人口減少を止めると述べた。
原因
日本の人口の高齢化は、世界で最も低い出生率と最も高い平均余命の結果である。
日本の総出生率(生涯に各女性が産む数)は、1974年以来、その人口を維持するために必要な2.1を下回り続け、2005年には1.26という歴史的な低水準に達した。2013年の出生率は1.43であり、回復の兆候があるようにみえるが、専門家は、出生率が好転しているのではなく、産むタイミングと数が変化し統計的に回復しているように見える「テンポ効果」を反映していると考えている。結婚の減少、労働環境の悪化、女性の社会進出、賃金の低下、終身雇用の職の減少、男女の賃金格差、狭い居住スペース、高額な子供の養育費等の経済的、文化的要因が出産の減少に影響を与えている。
ほとんどの夫婦は2人以上の子供を抱えている。しかし、結婚や親になることを先送りしたり、完全に拒絶する若者の数が増えている。1980年から2010年にかけて、結婚していない人口の割合は、22%から30%近くに増加した。そして2035年までに、4人に1人は出産適齢期を過ぎてから結婚することになるとされている。日本の社会学者の山田昌弘は、20代後半から30代後半の未婚の大人を指すためにパラサイト・シングルという言葉をつくった。
日本の平均寿命は84歳で世界最高である(女性は87歳、男性は80歳)。第2次世界大戦末期平均寿命は、女性54歳、男性50歳であり、医学と栄養の改善により、65歳以上の人口の割合は1950年代から着実に増加した。1980年代まで死亡率は低下し、平均寿命が伸びた。しかし、死亡率はそこから上昇し、2016年には1000人あたり10.3人に増加した。主な死亡原因は、癌、心臓病、および脳血管疾患であり、工業化社会に共通のパターンである。
影響
人口動向の変化は、世代内および世代間の関係を変え、新しい政府の責任を創出し、日本の社会生活の多くの側面を変えている。労働年齢人口の高齢化と衰退は、将来の労働力、経済成長の可能性、国民年金や医療サービスの充実に懸念を引き起こしている。
社会
人口が少なくなると、混雑した首都圏はより住みやすくなり、経済成果の停滞は労働人口の減少にとってむしろ有利にはたらくかもしれない。しかし、低い出生率と高い平均寿命によって、標準的な人口ピラミッドは逆転し、若者が相対的に少なくなり、自身の家庭を築くとともに、高齢者を支えないといけない。2014年には、高齢者の扶養比率(65歳以上の人口に対する15歳から65歳の割合、つまり、老齢人口に対する労働人口の割合を示す)は40%であり、5人ごとに2人の高齢者を扶養することを意味する。これは2036年までに60%、2060年には80%近くに増加すると予想されている。
高齢者は伝統的に成人した子供が世話をすると期待されており、夫婦が世話をする三世代家族を政府は依然として奨励している。2015年には、15歳から29歳までの177,600人が高齢の家族の面倒をみていた。しかし、若者の日本の主要都市への移住、女性の労働への参加、および面倒をみる費用が増加し、老人ホーム、デイケアセンター、在宅医療プログラムなどの新しい解決策が必要である。毎年、日本は400の小学校・中学校を閉鎖し、そのうちのいくつかを高齢者ケアセンターに転換している。多くの高齢者が一人で孤独に暮らし、毎年数千人が死後数日から数週間気づかれずに死亡しており、この現象は孤独死といわれる。
政治
東京都市圏は、地方からの移住により、日本国内で唯一の人口が増加している地域である。2005年から2010年の間に、日本の47の都道府県のうち36が、5%以上も縮小した。多くの農村部と郊外地域は放棄された家屋が問題になっている(全国で800万戸)。かつて総務大臣であった増田寛也は、若い人、特に若い女性たちが農村部から、東京、大阪、名古屋に移住し、それらの都市には現在すでに日本の人口の約半分が集中している。2040年にかけて日本の市町村の約半数が消滅する可能性があると推定している。政府は、地域活性化対策特別委員会を設立し、特に札幌、仙台、広島、福岡などの地域拠点都市の開発に注力している。
都市への移動と人口減少は、選挙権の大きな地域格差を招いている。いくつかの過疎地区は、都市と比較し国会への選挙権が実質3倍あり、一票の格差と呼ばれている。2014年に最高裁判所は投票権の格差が憲法に違反していると判決を下したが、農村部の有権者に依存している保守的な与党は、必要とされる再編を中々進められないでいる。
高齢者の割合の増加は、政府の支出に大きな影響を与える。1970年代初めには、公的年金、医療費、福祉サービスの費用は日本の国民所得の約6%に過ぎなかった。しかし、1992年には国家予算の18%が費やされるようになり、2025年には国民所得の28%が社会福祉に費やされると予想されている。慢性疾患の発生率は年齢とともに増加するため、医療制度や年金制度は厳しい状況になるだろう。1980年代半ば、政府は医療と年金の政府と民間部門の相対的負担を再評価し、政府の費用を管理する政策を確立した。
経済
1980年代から労働力の不足は、女性の社会進出につながった。米国国勢調査局は、2030年までに日本の労働力が18%減少し、消費者が8%減少すると、2002年に推定した。高齢の世代が退職し、若い世代が少なくなり、2015年度末の日本の求人倍率は1.25倍となった。労働市場はすでに労働者が不足している。
1980年代と1990年代の労働力不足の結果、多くの日本企業は定年を55歳から60歳または65歳に上げた。今日、多くの従業員は退職後も働くことを選べる。退職者が増加し、国民年金制度に負担がかかっている。1986年に政府は年金給付の年齢を60歳から65歳に上げ、年金制度の疲弊は、退職を引き延ばし、そうできない人は貧困に追いやってきた。定年退職の年齢は将来さらに高くなる可能性がある。2000年に発表された国連人口部の調査によると、労働者数からの退職者の減を補うためには、日本は退職年齢を77歳に引き上げるか、2050年までに1700万人の正味移民を許可する必要がある。
農業や建設などのあまり就職の人気のない産業は、他の産業よりもさらに労働者不足が深刻である。日本の平均的な農家は66.6歳である。建設労働者の3分の1が55歳以上で、10年以内に退職すると予想される人も多く、30歳以下の労働者は10分の1である。
生産性が日本の労働力の減少率より速くならない限り、労働力人口の減少は、経済の縮小につながる。OECDは、オーストリア、ドイツ、ギリシャ、イタリア、スペイン、スウェーデンの同様の労働力不足が、2000年から2025年にかけて欧州連合 (EU) の経済成長を年率0.4%低下させると予測している。日本では、労働不足により、2025年まで経済成長が毎年0.7%ポイント低下し、その後も日本は0.9%ポイントの成長減となると予測されている。
政府の政策
日本政府は、子育てを奨励し、特に女性や高齢者の労働力を増やす政策で、人口問題に取り組んでいる。家族形成を促す施策には、保育所の拡充、子供のいる家庭への補助、地域行政が主催する結婚活動(婚活)などがある。マタニティハラスメント対策として、長い出産休暇など妊娠差別に対する法的保護など、より多くの女性を職場に留めるための政策もある。しかし、女性たちの労働を促す政策は、アベノミクスの経済復興計画の一部であるが、文化的な障壁、固定観念に阻まれている。
ワーク・ライフ・バランス
日本は、出生率を高めるため、ワーク・ライフ・バランスにその政策を集中させてきた。これらの課題に対処するために、日本は、2010年6月に施行された育児・介護休業法では、理想的なワーク・ライフ・バランスとして、夫婦がより多くの子どもを育てられる環境を提供する目標を設定した。
この法律は、父親に、子供の出産後に最大8週間の休暇を取る機会を与え、就学前児の従業員には次のような手当を与えている。子供の怪我や病気、従業員の要請に基づいて月間24時間を超える超過時間、従業員の要請に基づいて夜間に働くことの制限、従業員の勤務時間短縮と従業員のフレックスタイムの機会などが含まれる。
この法律の目的は次の通り。女性雇用率(65%から72%への増加)、週60時間以上の労働者の割合(11%から6%に減少)、年間有給休暇の取得率(47%から100%への増加)、育児休暇の割合(女性の場合は72%から80%、男性の場合は6%から10%への増加)、6歳未満の子供がいる家庭での育児と家事に男性が費やす時間(1日1時間から2.5時間に増加)。
他国との比較
日本の65歳以上の人口は、1970年の人口の7.1%から1994年の14.1%までの24年間で約2倍になった。2018年に韓国が18年で2倍になるまで最も早く高齢化した国であった。イタリアでは61年、スウェーデンでは85年、フランスでは115年かかった。また、日本には他のどの国よりも100歳以上の人がいる(2014年には58,820人、10万人あたり42.76人)。世界の100歳以上の老人のうち約5人に1人が日本に住み、そのうち87%が女性である。
日本とは対照的に、より開放的な移民政策により、オーストラリア、カナダ、米国は出産率が低いにもかかわらず労働力を増やすことができた。人口減少の解決策としての移民の拡大は、日本の政治指導者や国民によって拒否されている。理由としては、外国人犯罪の恐れ、文化的伝統を守りたい、日本国民の民族的な同質性を信じることが挙げられる。
日本は人口の高齢化で、世界をリードしているが、東アジアの他の国々も同様の傾向にある。中国では、何十年もの間の近代化と一人っ子政策のため、2020年には人口がピークに達するだろう。韓国では出生率がOECD加盟国(2014年の1.21)で最低になることが多いが、2030年に人口はピークに達すると予想されている。シンガポール、台湾、香港などでも、出生率を過去最低水準から引き上げ、高齢化対策のために苦労している。世界の高齢者(65歳以上)の3分の1以上が東アジアと太平洋の地域に住み、日本での高齢化の問題は他の地域でも問題になりつつある。
インドの人口は、日本とまったく同じように高齢化しているが、50年遅れている。1950年から2015年までのインドと日本の人口と、2016年から2100年までの推定と組み合わせると、インドは高齢化において日本より50年遅れているようである。  
 
高齢化社会

 

総人口に占めるおおむね65歳以上の老年人口(高齢者)が増大した社会のこと。65歳以上の高齢者人口(老年人口)が総人口に占める割合を高齢化率(こうれいかりつ)という。
人類社会は、一定の環境が継続すれば、ある一定の面積に生存している人口を養っていく能力に限界が訪れる。そして、人口を養う能力の限界に達し、ある程度の時間が経過すれば、必ず高齢化が顕在化してくる。高度に社会福祉制度が発達した国家にあっては、その負担に応じるため労働人口が子孫繁栄よりも現実にある高齢化対策に追われるため、少子化が進行して、さらなる高齢化を助長していく場合が多い。
高齢化と少子化とは必ずしも同時並行的に進むとは限らないが、年金・医療・福祉など財政面では両者が同時進行すると様々な問題が生じるため、少子高齢化と一括りにすることが多い。
国際連合は2050年には世界人口の18%が65歳以上となると予測している。OECD諸国においては現加盟国の全てにおいて、2050年には1人の老人(65歳以上)を3人以下の生産人口(20-65歳)にて支える超高齢社会となると予測されている。
高齢化率による分類
高齢化社会という用語は、1956年(昭和31年)の国際連合の報告書において、当時の欧米先進国の水準を基に、7%以上を「高齢化した (aged)」人口と呼んでいたことに由来するのではないかとされているが、必ずしも定かではない。一般的には、高齢化率(65歳以上の人口が総人口に占める割合)によって以下のように分類される。
高齢化社会 高齢化率  7% 〜 14%
高齢社会  高齢化率 14% 〜 21%
超高齢社会 高齢化率 21% 〜

主要先進国の人口年齢分布 (国際連合人口部 2015)
       2015年           2050年
       0-14 15-59 60-  80-以上
全世界    26.0% 61.7% 12.3% 1.7%   21.3% 57.2% 21.5% 4.5%
日本     12.9% 54.1% 33.1% 7.8%   12.4% 45.1% 42.5% 15.1%
ドイツ    12.9% 59.5% 27.6% 5.7%    12.4% 48.3% 39.3% 14.4%
フランス   18.5% 56.3% 25.2% 6.1%   16.8% 51.4% 31.8% 11.1%
イタリア   13.7% 57.7% 28.6% 6.8%   13.0% 46.3% 40.7% 15.6%
韓国     14.0% 67.5% 18.5% 2.8%   11.4% 47.1% 41.5% 13.9%
スウェーデン 17.3% 57.2% 25.5% 5.1%   17.4% 53.0% 29.6% 9.5%
英国     17.8% 59.2% 23.0% 4.7%   16.6% 52.7% 30.7% 9.7%
米国     19.0% 60.4% 20.7% 3.8%   17.5% 54.7% 27.9% 8.3%
高齢化のメカニズム
国・地域の人口構成は、発展途上段階から経済成長とともに、多産多死型→多産少死型→少産少死型と変化し、これを人口転換という。
発展途上段階では、衛生環境が不十分で乳幼児の死亡率が高いこと、単純労働の需要が大きいため初等・中等教育を受けていない子供も労働力として期待されること、福祉環境が貧弱なため老後を子供に頼らなければならないことなどから、希望子ども数が大きい。また育児・教育環境や生活水準に比して予定子ども数も大きい。このとき人口ピラミッドは、底辺が高さに比べて大きい三角形の形状に近似し、ピラミッド型と言われる。
経済成長は衛生状態の改善と医療水準の向上をもたらすため、乳幼児の死亡が減り、平均寿命が延びる。そのため人口ピラミッドは、ピラミッド型を保ったまま拡大し、人口爆発が生じる。
経済発展による社会の変化が進むと、知的労働の需要が増して子供の労働需要が減退すること、福祉環境の充実により老後の生活を社会が支えるようになることなどから、希望子ども数が減少する。また育児・教育環境や生活水準に比して予定子ども数も小さくなる。一方、平均寿命の延びは鈍化するが、中年以下の死亡率はさらに低下する。このとき年少人口の低位安定と高齢人口の増加により、人口ピラミッドはつりがね型になる。
近代以降、人口爆発を経験した先進諸国は、人口安定的と予想された少産少死社会の実現を目標としてきた。しかし1970年代に急激な合計特殊出生率低下が生じて以降、出生率人口置換水準(2.08)は回復されず少子化が起きた。年少人口は減少し続け、1990年代後半には人口ピラミッドは口がすぼんだ壺型へと変化し、高齢化率が急上昇している。
このように、高齢化は総人口および年少人口が安定または減少する中で、高齢人口が相対的に増加していくことによって生じる。
平均寿命
平均余命とは、一定期間の(例えば1年間における)各歳のごとの死亡率が今後とも同じと仮定して、ある年齢の人が平均して後何年生きるかを表したものであり、特にゼロ歳の平均余命を平均寿命という。
平均寿命の延びの主な要因としては、乳幼児死亡率の低下、抗生物質による結核の死亡率の低下、公衆衛生の普及により生活環境が整備され伝染病による死亡率の低下、などである。また、最近の平均寿命の延びに大きく寄与しているのは、成人病、特に脳血管疾患の減少による中高年層の死亡率の改善である。
日本の高齢化
日本は、国勢調査の結果では1970年(昭和45年)調査(7.1%)で高齢化社会、1995年(平成7年)調査(14.5%)で高齢社会になったことがわかった。また、人口推計の結果では、2007年(平成19年)(21.5%)に超高齢社会となった。
日本は平均寿命、高齢者数、高齢化のスピードという三点において、世界一の高齢化社会といえる。総務省が発表した2018年9月15日時点の推計人口によると、65歳以上の人口は3557万人となり、総人口に占める割合は28.1%と過去最高を更新、人口の4人に1人が高齢者となった。
日本の少子高齢化の原因は、出生数が減り、一方で、平均寿命が延びて高齢者が増えているためである。日本の人口構成を人口ピラミッドで見ると、第1次ベビーブームの1947-1949年(昭和22-24年)生まれと第2次ベビーブームの1971-1974年(昭和46-49年)生まれの2つの世代に膨らみがあり、出生数の減少で若い世代の裾が狭まっている。また、第1次ベビーブームのいわゆる団塊の世代が、2012年から2014年にかけて高齢者の定義である65歳に到達するため、高齢化のスピードが最も早まる。それ以降は徐々に高齢化のペースは弱まるが、2020年には高齢化率は29.1%、2035年には33.4%に達し、人口の3人に1人が高齢者になると推計されている。
日本の高齢化率
1935年(昭和10年)の高齢化率が4.7%と最低であった。1950-1975年は出生率低下によって、それ以降は、死亡率の改善により高齢化率が上昇した。先進諸国の高齢化率を比較してみると、日本は1980年代までは下位、1990年代にはほぼ中位であったが、2010年(平成22年)には23.1%となり、世界に類を見ない水準に到達している。
また、高齢化の速度について、高齢化率が7%を超えてからその倍の14%に達するまでの所要年数(倍化年数)によって比較すると、フランスが115年、スウェーデンが85年、比較的短いドイツが40年、イギリスが47年であるのに対し、日本は、1970年(昭和45年)に7%を超えると、その24年後の1994年(平成6年)には14%に達している。さらに総務省は2007年(平成19年)11月1日の推計人口において、75歳以上の総人口に占める割合が10%を超えたことを発表した。このように、日本の高齢化は、世界に例をみない速度で進行している。
■高齢化社会の課題
1995年に高齢社会対策基本法が成立し、内閣府に高齢社会対策会議が設立されている。
シルバー民主主義の到来高齢化社会の進展に伴い、政治家が高齢者を重視した政策を打ち出さなければならなくなり、現役労働者である若年・中年層よりも、引退し年金を受け取っている高齢者を優遇せざるを得ないという政治状況になりつつある。これは、一般にシルバー民主主義と呼ばれている(初出は1986年に発表された内田満著の「シルバー・デモクラシー」(有斐閣)と考えられる)。顕著な例としては、後期高齢者医療制度への反発が第45回衆議院議員総選挙における自民党大敗および民主旋風の一因になった。しかし、高齢者への偏重は若年層の不満を招き、世代間の対立を招く可能性があるという意見もある。  
 
日本の超高齢社会の特徴

 

超高齢社会とは
超高齢社会とは、65歳以上の人口の割合が全人口の21%を占めている社会を指します。この割合は、次の式で求めることができます。
老年人口(高齢者人口)÷総人口×100
国全体の高齢化率は、先進国の方が高く、発展途上国の方が低くなる傾向があります。高齢化率が高い国としては、スウェーデン、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ合衆国などが挙げられますが、これらのどの国よりも、日本の高齢化率は高いのです。現在の日本は、世界に先駆け、超高齢社会に突入していることになります。
日本の高齢化率の動向
高齢化の進行具合を示す言葉として、高齢化社会、高齢社会、超高齢社会という言葉があります。65歳以上の人口が、全人口に対して7%を超えると「高齢化社会」、14%を超えると「高齢社会」、21%を超えると「超高齢社会」と呼ばれます。
ではここで、日本の高齢化率の動向について、みてみましょう(グラフ)。
日本は、1970年に「高齢化社会」に突入しました。その後も高齢化率は急激に上昇し、1995年に高齢社会、2010年に超高齢社会へと突入しました。今後も高齢者率は高くなると予測されており、2025年には約30%、2060年には約40%に達すると見られています。
超高齢社会の問題
日本は現在、高齢人口の急速な増加の中で、医療、福祉など増加する高齢人口の問題に対応することが、喫緊の課題となっています。このような高齢社会の到来の中で、従来の医療制度、老人保険制度では対応しきれない問題が生じ、高齢者の医療は若年者の医療と異なった立場で取り組む必要性が生じてきています。
例えば、日本における急速な高齢化は、医療や福祉の分野でも非常に影響が大きい問題です。人口の比率が変わると、疾病構造が変化しますし、要介護者の数が急増することなどがわかっています。その上で、家族制度などを含めた「社会構造の変化」もあります。
例えば、家族構成についてみてみると、現在の日本は核家族化が進み、単独世帯、夫婦のみの世帯、夫婦ともに65歳以上の世帯などが増加しているのが現状です。特に都市部では、生涯未婚あるいは離婚による単身独居者が多く、都市部の高齢化が進んだことによって単身の高齢化率は上昇しました。そのため、介護できる者がいない、あるいは老いた者が老いた者の介護をする「老々介護」の世帯が多くなっています。結果的に、在宅で介護をすることが、難しくなっています。自宅における介護能力が、減少しているのです。
このような背景により、高齢者がいったん障害を抱えた場合には、自宅での生活を選択するのか、施設での生活を選択するのかが、重要な選択となります。
また、現行の社会保障制度は、負担を将来世代へ先送りしている点が問題であるという指摘もあります。そのため、現在の高齢者と将来世代が、ともに納得した不公平感のない「ヤング・オールド・バランス」の実現が、大きな課題となってきています。
超高齢社会を地域で支える
高度経済成長の流れによってより、都市でも地方でも、いわゆる「地域社会」が崩壊してしまったといわれています。そのため、地域社会の地縁や、地域で生活するインフラが、徐々に失われてきました。
地域住民同士の絆の希薄化、仲間力が弱体化し、孤立する方が多く見受けられるようになり、孤立死の問題などが出てきます。
こういった問題を解決していくためには、地域社会全体で超高齢社会を支えていく必要が出てきます2)。
高齢者を地域で支える「地域包括ケアシステム」とは
地域包括ケアシステムとは 団塊の世代が75歳以上となる2025年を目途に、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される仕組みのことを言います(図)。高齢者の尊厳の保持と、自立生活支援が目的です。
今後は、認知症高齢者が増えることも予測されていることから、地域包括ケアシステムの構築が重要となります。地域包括ケアシステムは、地域の自主性や主体性に基づいて地域の特性に応じて作り上げることが必要となります。  
 
「無子高齢化」は、政府が非常事態宣言を出すべき深刻度 2017/8

 

「家族の歴史」が途切れる
お盆休みの時期、親族が集まってお墓参りをする人も少なくないだろう。新幹線の混雑や高速道路の大渋滞もまた、夏の風物詩≠ニいったところだろうか。
だが、こうした光景もいつまで続くか分からない。少子高齢化の影響で、最近では親族が極端に少ないというケースも増えてきた。親族の中に子供がひとりもおらず、「一番若い人でも40代半ば」などといった例も珍しくなくなった。
言うまでもなく、自分がこの世に存在するのは、先祖がいたからである。代々引き継がれてきたそんな多くの「家族の歴史」がいま、途切れようとしているのだ――。
少子化をめぐる状況は極めて厳しい。2016年の年間出生数は100万人の大台を割り込み、97万6979人にとどまった(厚生労働省の人口動態統計月報年計による)。
100万人割れしたことだけでもショックだが、むしろもっと懸念すべきは、今後も出生数に歯止めがかかりそうにないことだ。これまでの少子化によって、出産可能な年齢の女性が、今後大きく減ることが確定的だからである。25〜39歳の女性人口は2065年には現在の半分ほどになる。これでは多少、合計特殊出生率が回復したとしても、とても出生数増にはつながらない。
国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、年間出生数は2065年に55万7000人、2115年に31万8000人にまで落ち込む。もはや、「跡継ぎのいなかった『○○家』が絶えた」といったレベルの話ではないことが分かるだろう。
すでに空き家や所有者不明土地の増大が社会問題化しているが、このままならば、やがて日本列島のいたるところに無縁墓が広がる。
日本の少子化がいかに厳しいかは数字が物語る。先に、昨年の年間出生数が90万人台になったことをご紹介したが、課題はそれだけではない。婚姻件数は戦後最少を記録し、30代以下の母親の出生数が軒並み前年を下回ったのだ。際立っているのが第1子で、1万8000人減となった。
母親の年齢別に見てみると、20代後半から30代で1万6000人近くも減っている。ただでさえ子供を産める年齢にある女性が少なくなっているのに、子供を持とうと考える人が少なくなったのでは、いよいよ出生数の減少が加速してしまう。
要するに、日本は「無子高齢国家」に突き進もうとしている。政府が非常事態宣言をしてもおかしくない危機なのである。
子供が生まれてこない社会には未来はない。その影響は、われわれの暮らしのあらゆる分野に及ぶ。具体的にどのような影響が生じるのかについては拙著『未来の年表 人口減少日本でこれから起きること』に詳しいので、是非そちらをお読み頂きたい。
「置くには置いた」という印象
少子化対策は一刻の猶予も許されない。ところが、安倍晋三政権からは相も変わらず、危機感が伝わってこない。その象徴的なシーンが、8月3日の内閣改造後の記者会見であった。
支持率が低下し、政権としての巻き返しを図る重要な局面で、しかも、年間出生数の100万人割れが明確になった直後の会見だった。にもかかわらず、安倍首相からは最後まで、少子化に対する言及が全くなかったのである。
出産可能な年齢の女性が減っていくことに歯止めを掛けるわけにはいかない。よって、われわれは当分の間、出生数の下落を「現実」として受け入れざるを得ない。しかしだからといって、少しでも現状を改善しようとしなかったならば、取り得る選択肢はますます少なくなる。
政府が当面すべきことは、出生数が減る勢いを少しでも抑えることである。
少子化が難しいのは、対策が後手に回れば確実に将来の社会の支え手不足に直結する点だ。子供たちが社会に出るまでには20年近い年月を要する。いま対策を講じなければ、その影響は後の世代に間違いなく現れる。そうした意味においては、ただちに着手すべき「喫緊の課題」なのである。
求められるのは、地道な政策の積み重ねだ。取り組みを成功させるには、トップリーダーの強い意志を国民に示すことが不可欠である。それだけに、今回の内閣改造にあたっては、安倍首相の姿勢が大きく問われていた。極めて残念である。
もちろん、今回の内閣改造で少子化対策担当相のポストを廃止したわけではない。だが、それは「置くには置いた」といった印象をぬぐえない。松山政司一億総活躍担当相が兼務することになったのだが、松山氏は情報通信技術(IT)やクールジャパン戦略、科学技術など数多くの政策を担っており、どう見ても、少子化対策に本腰を入れる時間的な余裕があるとは思えない。
政府の世論調査によれば、結婚や出産を希望している人は男女とも9割近くにのぼる。一方で、希望しながらも叶わないでいる。その原因・理由は、雇用の不安定さや出会いの少なさ、保育所不足などさまざまだ。政府としては、その1つ1つにきめ細かく対応していくしかないだろう。
そこで大きな課題となるのが、財源の確保である。
財源不足が言い訳≠ノなってはならない
ところが、この点においても安倍政権の姿勢を見ると、首をかしげざるを得ない。歴代政権も同じではあったが、財源不足を理由に、おざなりの対策でお茶を濁し続けているのだ。
政府や与党は「新規財源がなければ、予算のつけようもない」と公言してはばからない。消費税増税に逃げ込み、「増税が先送りされたから、やりようがない」と決め込んでいる。財源不足を免罪符として開き直っている印象すら受ける。
少子化とは、国家を根底から揺るがす「静かなる有事」である。財源不足を言い訳≠ニして後回しにされることがあってはならない。
逼迫した国家財政を考えれば、青天井に投入せよとは言わない。ただ、国の意志として真っ先に国家予算を確保し、少子化対策に取り組むのが政治を担う者の責務であろう。財源が足りないなら、他の事業を廃止、縮小してでも税財源を獲得すべきだ。
税財源の確保を諦めたのだろうか。「教育国債」や「こども保険」といった安易な財源策に逃げようという姿勢も見られる。こうした手法は、財源を見つけようともせず、何もしないでいるよりはマシかもしれないが、「新規財源を獲得できたら行う」という思考から脱するものではない。
少子化をめぐる状況の深刻さを考えれば、一般財源で思い切った予算確保をしないかぎり、政府の本気度は国民に伝わらないだろう。いつまで、このような姿勢をとり続けているつもりなのだろうか?
政府は「国民希望出生率1.8」の実現を掲げているが、安心して産み、育てられる社会を取り戻さなければ、出生数の回復など望めるはずもない。政権が悲壮な覚悟をもって取り組んでこそ、「少子化に歯止めをかけなければ!」という社会の気運も芽生えるというものだ。
対応が年々遅れている間にも、少子化は確実に進行してゆく。この危機を私が「静かなる」と形容した一つの理由が、この点にある。
今ほど、政治家たちの姿勢と力量が問われているときはない。 
 
高齢化の世界最先端を走る日本が向かう未来 2017/4

 

かつて、1954年から1973年にかけての日本の高度経済成長は世界に衝撃を与え、その後発展途上地域の経済発展のモデルにもなった。だが今度は、資産バブル崩壊後の1990 年代後半からデフレに突入していまだに抜けきれず、欧米諸国を「明日はわが身」という不安に陥れた。そして今、世界の最先端を走る日本の少子化高齢化がどこへ向かうのか、あとを追う国々は固唾をのんで見守っている。シリーズの最終回にあたって、空前の高齢化に突入しつつある世界の現状と将来を最新のデータで整理したい。
延びる寿命
「今日直面している世界人口の高齢化は、人類史上前例のないものである。高齢化は今後長期間にわたってつづき、かつてのように若者が多い人口構造に戻ることはない。急速な高齢化に対する備えを考えるべきときだ」
国連は2016年6月高齢化する世界人口:1950-2050(英語版)と題する報告書を発表し、その中で以上のような警告を発した。米国国立高齢化研究所(NIA)に委嘱して、先進・途上両地域を問わず、平均余命、性差、健康、死亡率、医療制度、労働力、年金、貧困など世界の抱える高齢化の問題を包括的に分析したものだ。
近年の急激な高齢化は「平均余命の延びによる高齢人口の増加」と「少子化の進行による若年人口の減少」の2つが重なって発生したものだ。この背景にあるのは、生活環境や栄養面などの改善と医療技術の進歩である。
世界の高齢者の人口に占める割合は、他のどの年齢層よりも急速に増加している。国連人口推計(2015年改訂版)によると、世界の総人口に占める65歳以上は、2015年には8.5パーセントだったのが、2050年には21.6パーセントになる。日本は26.3パーセントから36.3パーセントになり、依然として世界の高齢化の最先端を走っていることに変わりはない。
2020年までには、歴史上はじめて65歳以上の人口が5歳未満の子どもの数を上回る。65歳以上の世界人口は2015年時点で6億1000万人だが、2050年までに3倍以上の21億人に増加すると予測される。80歳以上の「超高齢者」も、2015から2050年までに3倍以上の4億4660万人に増加する。
世界の平均余命(男女計)は1950年から2015年の間に、51歳から71歳に約20年も延びた。これが2050年までにさらに7歳近く延びて78歳近くになると予想される。つまり、人類は100年の間に27歳も長生きするようになる。日本は2050年までに83.3歳から88.1歳に延びる。
高齢化は、21世紀前半は先進地域を中心とした問題だが、後半は途上地域にとっても大きな負担になってくる。それまでに、公的な年金や医療補助などの高齢者福祉制度が整備されるかは、国によって大きなバラつきが出るだろう。
ただ、膨大な資金が必要なことから、多くの低所得国では実効ある制度の構築や実施は困難とみられ、深刻な社会問題を引き起こすことは避けられない。寿命の延びは、不老長寿を追い求めてきた人類にとっては大きな勝利だったが、それが高齢化となって跳ね返り人類の新たな足かせになってきた。
死亡率の低下
少子化の進行はベビーブームとの関係が深い。第二次世界大戦終結後、海外から兵士や居住者が帰還し、国内でも戦争で産み控えていた人たちが子どもをつくった。このため1946年以降、戦争に関与した国々でその前後世代に比べて一時的に人口が急増する現象が起きた。ベビーブームである。米国では1946〜1964年の19年間、英仏では1946〜1974年の29年間、ドイツでは1955〜1967年の13年間がその時代だ。
ところが、日本では1947〜1949年のわずか3年間で終わった。この間の出生数は800万人程度。いわゆる「団塊世代」だ。十数年後、この世代が生産人口(15〜64歳)に達して、1950年代半ばからはじまる高度経済成長の担い手になっていく。これが、労働力増加率が人口増加率を上回る「人口のボーナス」で、経済成長を後押ししたとされる。
1950年から1959年の10年間に日本の人口は激変した。女性が生涯に産む子ども数である合計特殊出生率(TFR)は、4.32から2.04へと半減した。産業は2次、3次産業へ移行し、子どもの高学歴化や教育期間の長期化に伴って晩婚化も進んだ。
生活環境や公衆衛生の整備によって、乳幼児死亡の低下に弾みがついた。歴史を振り返ってみると、乳児死亡率が下がると、将来を考えて子どもを多くつくる必要がなくなって出生率が低下する。その結果、養育・教育費の負担が減って経済の発展をうながす。日本の乳児死亡率は1960年には1000人当たり39.8人もあったのが、1975年には19人になり、2015年には1.9人で世界の最低水準になった。
経済の成長につれて出生率が低下して若年人口が減少していく。ついに1990年、日本では早くも人口ボーナスが終わった。短かったベビーブームのツケでもある。他のアジア諸国では、20年遅れて、2010〜2015年にシンガポール、タイ、中国、韓国などがボーナスを失った。
日本は、1970年代末から若年人口の減少がはじまり、少子化問題がクローズアップされた。少子化に伴う労働力供給の減少、年金や保険などの国民負担率の上昇、家族の形態の変化などが重荷になってきた。さらに経済への影響も懸念されるようになった。人が減れば、少なくとも既存の消費市場は縮み、子どもに関連する産業の収益は悪化する。その結果、税収が減って国家財政が維持できなくなり、社会保障などの制度は崩壊していく。
少子化は日本だけではなく、多くの先進国が抱えている問題だ。特に、欧州や東アジアでは日本と同様に少子化が進行している。世界の国・地域のTFRは過去半世紀で半減して、2.45にまで下がった。さらに減りつづけて2050年には2.2人になる予想だ。15年時点で最低は台湾の1.12。日本も1.43で204ヵ国・地域中189位と下から数えた方が早い。先進地域では、人口が増減なしの静止状態になるのは、TFRが 2.07とされる。
高齢化への挑戦
報告書を取りまとめたNIAのR. J.ホーデスNIA所長は「寿命が延びたといっても、必ずしも彼らが健康的に生活しているという意味ではない。老齢人口の増加は、これから取り組まねばならない多くの課題が増えることを意味する。急速な高齢化は、短期・長期の医療ニーズ、年金制度、労働力不足、交通体系の整備など国民生活に大きな影響を及ぼすからだ」と述べている。
全世界の病気の23%は65歳以上に集中している。この負担の多くは、がん、慢性呼吸器疾患、心臓病、関節痛、そして認が知症などの精神障害だ。この結果、患者のみならずその家族、さらに国家的な医療システムや経済にも悪影響がおよぶ。
2015年の調査では、がんは世界で1750万人に発症して870万人が死亡した。2005年からの10年間でがんの死亡は33%増加したが、その16%は高齢化によるもの、13%は人口増によるものとされる。男性では前立腺がんがもっとも多く(160万人)、次いで気管支・肺がん(120万人)だった。女性では乳がんによる死亡(240万人)がもっとも多かった。
国際アルツハイマー病協会が発表した「世界アルツハイマー報告書2015」によると、世界の認知症患者の数は約4680万人で、これが2050年には1億3200万人に達し、現在の3倍近くになる可能性がある。日本でも2025年には認知症患者が700万人を超え、高齢者の5人に1人かかるとする予測を厚労省が発表している。
世界が注目する日本の取り組み
日本は世界のどの国も経験したことのない「長寿大国」の道を走りつづけている。2050年には1人の生産年齢人口(15〜64歳)が、ほぼ1人の若年(14歳以下)と高齢(65歳以上)の従属人口を支えるという異常事態になる。
2050年に日本人の平均寿命は、男性で84.9歳、女性は90.3歳。2050年までに新たに566万人の高齢者が増える。都市では、2.5人に1人が65歳以上、4人に1人が75歳以上。100歳以上人口は15年の5万3000人から44万1000人に増える。
このときに、日本はどうなっているのだろう。その未来図は、「安定している」か「破綻している」の両極端の意見に分かれる。日本の技術力は高く潜在的女性労働力もあり、ロボットの導入や大規模な移民受け入れでしのげる、という楽観論がある。
その一方で、人口が減るので所得税が減る、会社も減るので法人税が減る。他方、介護・医療・保険などの社会保障費は急増する。すでに持続可能な社会の維持は困難、という悲観論も根強い。今のところ決定的な少子高齢化を止める手立てはない。国際社会は「日本なら何とか解決策を見いだすだろう」と見つめている状況だ。
この1年間で日本の人口は29万人も減った。2016年の日本の出生数は1899年統計開始以降はじめて100万人を割り込んだ。急激な人口変動に対してさまざまな警鐘が鳴らされているが、国民の間にもうひとつ危機感が感じられない。それがもっとも大きな問題かもしれない。 
 
日本にとって人手不足はどれほど深刻なのか

 

最近、人手不足が日本経済の制約要因になりつつあるとの見方が増えている。
失業率は完全雇用とされる3%程度での推移が続いていたが、2017年2月には2.8%と1994年12月以来の2%台に低下、3月も2.8%だった。また、有効求人倍率は2013年11月以降、求人数と求職者数が一致する1倍を上回り続け、2017年3月には1.45倍と約26年ぶりの水準まで上昇している。
日銀短観2017年3月調査では、全規模・全産業の雇用人員判断DI(過剰−不足)がマイナス25で、バブル崩壊直後の1992年以来の人手不足感となっている。宿泊・飲食サービス、小売、運輸・郵便など労働集約的な業種が多い非製造業、人材の確保が難しい中小企業の人手不足感が特に強い。
こうした中、スーパーや百貨店の営業時間短縮、ファミリーレストランの24時間営業の取りやめ、宅配業者のサービス縮小などが相次いでいる。
人手不足はどれほど深刻なのだろうか。
労働需要の強さが人手不足の主因
人手不足は労働市場の需要が供給を上回る状態を示すため、需要の拡大によって生じる場合と供給力の低下によって生じる場合がある。
「失業者=労働力人口−就業者」で表される。労働力人口は15歳以上の人口のうち、就業者と職を求めているが失業中の人の合計である。就業者が増加すれば失業者が減少することは言うまでもないが、労働力人口が減少しても失業者は減少する。実際、失業者は2009年7〜9月期の359万人をピークに8年近くにわたって減少を続けているが、2013年初めまでは高齢化の進展や職探しをあきらめる人の増加によって労働力人口が減少していたことが失業者の減少をもたらしていた。
しかし、その後は就業者が増加に転じ、失業者減少の主因が就業者の増加に変わってきている。2016年10〜12月期の失業者数は204万人とピーク時から156万人減少した。この間に労働力人口は35万人増加しており、このこと自体は失業者の増加要因となるが、就業者が188万人増加したため、失業者が大幅に減少したのである。
また、就業者数の伸びは自営業主、家族従業者が長期にわたって減少を続けていることによって抑えられているが、労働需要の強さをより敏感に反映する雇用者数の伸びが高い。2012年10〜12月期を起点とした今回の景気回復局面における雇用者数の増加ペースは1990年以降では最も速くなっている。
さらに、内閣府の「企業行動に関するアンケート調査」によれば、今後3年間の雇用者数の見通しは、2013年度調査から4年連続で増加率を高めており、2016年度調査では2.5%となった。実質経済成長率、業界需要の実質成長率の見通しが1%前後でとどまる中、雇用者数の見通しの強さが際立っている。このことも企業の採用意欲の高さ、労働需要の強さを示したものといえるだろう。
高齢者と女性の労働参加で労働力人口は上振れ
日本は少子高齢化が進む中ですでに人口減少局面に入っており、人口動態面から労働供給力が低下しやすくなっていることは確かだ。生産年齢人口(15〜64歳)は1995年をピークに20年以上減少を続けており、団塊世代が65歳を迎えた2012年以降は減少ペースが加速している。しかし、生産年齢人口の減少が労働力人口の減少に直結するわけではない。労働力人口は生産年齢人口に含まれない65歳以上の人がどれだけ働くかによっても左右されるためだ。
労働力人口は1990年代後半から減少傾向が続いてきたが、2005年頃を境に減少ペースはむしろ緩やかとなり、2013年からは4年連続で増加している。15歳以上人口の減少、高齢化の進展が労働力人口の押し下げ要因となっているが、女性、高齢者を中心とした年齢階級別の労働力率の大幅上昇がそれを打ち消している。少なくとも現時点では労働力人口の減少が経済を下押しする形とはなっていない。
団塊世代が2007年に60歳に到達することが意識され始めた2005年頃から、労働力人口の大幅減少を懸念する声が急速に高まった。しかし、65歳までの雇用確保措置を講じることが義務付けられた「改正高年齢者雇用安定法」が2006年4月に施行されて、2007年以降に団塊世代が一気に退職するような事態は起こらなかった。高齢者の継続就業とともに女性の労働参加が拡大したことも労働力人口の減少に歯止めをかけた。
10年前の2007年12月に公表された厚生労働省の雇用政策研究会の報告書 では、2017年の労働力人口は「労働市場への参加が進まないケース 」で2006年と比べ440万人減少、「労働市場への参加が進むケース 」でも101万人減少すると見込んでいた。当時は筆者も含めほとんどの人は労働力人口が減少すること自体は避けられず、急速な減少に歯止めをかけることが課題と考えていた。
しかし、実際の労働力人口は予想を大きく上回り、2016年には6673万人と2006年の6664万人から9万人の増加となった。「労働市場への参加が進まないケース」の見通しと比較すると2016年の労働力人口は400万人以上も多い。さらに、「労働市場への参加が進むケース」の見通しと比べても100万人程度上回っている 。
なお、実質経済成長率の想定(2006〜2017年の平均)は、「労働市場への参加が進まないケース」で0.9%程度、「労働市場への参加が進むケース」で2.1%程度となっていたが、実際の実質経済成長率(2006〜2016年の平均)は0.5%であった。経済成長率は当時の想定を大きく下回ったにもかかわらず労働市場への参加が予想以上に進んだことになる。
潜在的な労働力はまだある
このように、現時点では予想されていたほど労働供給力の低下は顕在化しておらず、労働需要の拡大が人手不足の主因となっている。これに対応するためには現在就業していない潜在的な労働力を活用することが不可欠である。
潜在的な労働力として、まず考えられるのは、就業を希望しているにもかかわらず求職活動を行っていないために非労働力人口とされている人である。2006年の非労働力人口は4358万人だったが、このうち就業希望者が479万人(女性354万人、男性124万人)いた 。2016年の非労働力人口は4432万人となり、10年間で74万人増加したが、このうち就業希望者は380万人(女性274万人、男性106万人)と女性を中心に大きく減少した。労働力人口が10年前とほぼ同水準を維持しているのは、少子高齢化の進展で労働力人口の減少圧力が高まる中でも、就業を希望しながら非労働力化していた人の多くが労働市場に参入したためと考えられる。
就業希望者の非求職理由をみると、女性は「出産・育児のため」が全体の3分の1を占めている。このことは育児と労働の両立を可能とするような環境整備を進めることで、非労働力化している女性の労働参加をさらに拡大することが可能であることを示している。実際の労働力人口に就業を希望する非労働力人口を加えて潜在的な労働力率を試算すると、女性は20〜54歳の年齢層で80%台となるが、実際の労働力率は2016年時点では概ね70%台にとどまっている。
男性については、25〜59歳の労働力率が現時点で90%台となっているため上昇余地は小さいが、60歳以上の労働力率はさらなる引き上げ余地がある。
労働力人口を2026年まで維持することは可能
ここで、4月10日に国立社会保障・人口問題研究所から公表された最新の将来推計人口をもとに、今後10年間の労働力人口を試算した。
まず、悲観ケースとして、男女別・年齢階級別の労働力率が2016年実績で一定とすると、高齢化の影響で全体の労働力率は2016年の60.0%から2026年には57.4%へと低下する。15歳以上人口の減少ペースは今後加速するため、15歳以上人口に労働力率を掛け合わせた労働力人口は2026年には6200万人となり、2016年よりも473万人減少する(年平均でマイナス0.7%)。
一方、楽観ケースとして、男女別・年齢階級別の労働力率が10年後には現在の潜在的労働力率まで上昇すると仮定すると、全体の労働力率は2016年の60.0%から2026年には62.1%まで上昇する(男性:70.4%→71.3%、女性:50.3%→53.5%)。15歳以上人口は大きく減少するものの、2026年の労働力人口は6706万人となり、2016年よりも33万人の増加(年平均でほぼ横ばい)となる。労働力率を潜在的な水準まで引き上げることができれば、今後10年間は少なくとも量的な労働供給力は低下しないことになる。
もちろん、現在就業を希望している非労働力人口を全て労働力化することは現実的には厳しいかもしれない。ただ、過去を振り返ってみると、女性は現実の労働力率の上昇に伴い潜在的な労働力率も上昇している。このことは現時点の潜在的労働力率が必ずしも天井ではなく、様々な施策を講じることによりさらなる引き上げが可能であることを示している。
また、日本の男性高齢者の労働力率は国際的にすでに高水準にあり、これ以上長く働くことは非現実的という見方もあるかもしれない。しかし、かつて日本の労働者(男性)は今よりも長く働いていた。1970年代前半まで男性高齢者の労働力率は60〜64歳で80%台、65〜69歳で60%台半ばと、現在よりも高い水準にあった。もちろん、当時は定年がない自営業者の割合が高く、現在とは労働市場の構造が異なっているが、平均寿命が当時から10歳以上延びていることからすれば、60歳以上の労働力率をさらに引き上げることは非現実的とはいえないだろう。
正規労働者への転換、労働時間の増加も有効
雇用者数が高い伸びとなっているにもかかわらず人手不足が解消されない一因は、雇用者数に一人当たりの労働時間を掛け合わせた労働投入量があまり増えていないことだ。前述したように雇用者数の伸びは1990年以降の景気回復局面で最も高いが、非正規化の進展などにより一人当たり労働時間が減少しているため、労働投入量の増加ペースは1990年以降で最も低い。
この問題を解決するためには、一人当たりの労働時間を増加させることも考えられる。働き方改革で長時間労働の是正が大きな課題となる中で、労働時間を延ばすことはこれに逆行すると思われるかもしれない。しかし、長時間労働の問題は一部の産業でフルタイム労働者を中心に過剰な残業をしていることであり、パートタイム労働者などの非正規労働者の中には就業時間の増加を希望する者も少なくない。労働力調査によれば、就業時間の増加を希望する就業者は全体では約6%に過ぎないが、非正規の職員・従業員は13%(269万人)が就業時間の増加を希望している。
また、近年は「自分の都合のよい時間に働きたいから」などの理由で自ら非正規を選択した労働者の割合は増加傾向にある。しかし、その一方で「正規の職員・従業員の仕事がないから」という理由による不本意型の非正規労働者も全体の15%程度(296万人)存在する(いずれも2016年の数値)。
すでに就業している人の労働時間を増やすことや、非正規から正規への転換は雇用者数には影響しないが、一人当たりの労働時間が増加することによって労働投入量を拡大させる効果がある。
一部の業種で人手不足が事業の継続や拡大の支障となりつつあることは事実だが、当面は賃上げによる人材の確保、非正規労働者の正規労働者への転換などで対応することが可能だろう。また、ここまで見てきたように、人口の減少ペースは今後加速するが、潜在的な労働力を十分に活用できれば10年程度は現在の労働力人口の水準を維持することができる。人手不足による経済成長への悪影響を過度に悲観する必要はないだろう。 
 
2030年 高齢化と労働力不足が引き起こす問題

 

「2030年問題」とは、2030年に日本に生じうる社会的問題を総称した言葉です。人口が減少し超高齢化社会へと人口動態が変化することで、社会に変化が起こることが予測されています。この時代を生き抜くための心構え、働き方、ライフスタイルに焦点をあてつつ考えてみましょう。
2030年に日本人口の1/3が高齢者に!
2030年問題とは、2030年を迎える頃に表面化するいろいろな問題のことを指します。原因の根本にあるのは、人口構造の変化です。2015年の日本の人口構成と、国立社会保障・人口問題研究所が発表した2030年の人口構成を見てみましょう。
2015年における日本の総人口は1億2,709万人。そのうち65歳以上の高齢者は3,386万人で、高齢者比率は26.6%。世界の先進地域における高齢化率は17.6%(内閣府調べ)となっており、当時の世界でも最も高い数値となっています。
しかし、その高齢化の流れは更に進み、2030年における日本の総人口予測は約1億1,912万人と減少するうえに、その内の31.1%にあたる約3,715万人が65歳以上の高齢者となります。つまり、3人に一人が65歳の高齢者となります。
日本における高齢化の進行について
まずは、WHO(世界保健機構)による高齢化社会についての定義を見てみましょう。
【高齢化社会】  高齢化率7%〜14%
【高齢社会】   高齢化率14%〜21%
【超高齢化社会】 高齢化率21%以上
※高齢化率とは総人口における65歳以上人口が占める割合を指す
日本は1970年の調査で7.1%を記録し、高齢化社会へ突入。その後1995年に14.5%を記録し高齢社会に。さらに2007年には21.5%へと進み超高齢化社会へと踏み出しました。
高齢化社会へ突入してからわずか37年で超高齢化社会へと進んだ国は、世界各国の中でも日本だけ。そのスピードは群を抜いていると言われており、国をあげて取り組むべき優先課題とされています。
直接的な課題は労働者人口が減少すること
超高齢化社会へ突入することにより、何よりも問題視されているのが「労働力人口の減少」です。
生産活動の中核となる生産年齢人口(15歳から64歳の人口)は、2015年には7,728万2千人存在していますが、2030年においては6,875万4千人と852万8千人の減少が見込まれています。
労働力が減少することで日本の経済活動は鈍化します。そして、起こることはGDP(国内総生産)の低下です。人口が減ることがGDPの低下に直結するわけではありませんが、生産年齢人口は稼ぎ手であると同時に、消費の担い手でもあります。そのため、企業は人口減が進むと国内内需の増加を見越した新規の投資を手控えるため、経済成長率が鈍化するのです。
経済成長率が鈍化すれば国際競争力は下がるうえに、税収も下がることに。そうなれば国民の生活を支える社会保障費が不足し、様々な問題が発生することが予測されます。
すでに労働力不足が顕在化している業種
航空業界
航空業界では2030年頃にベテラン機長らの大量退職が見込まれており、パイロットの数が不足することが指摘されています。原因はパイロットを育成するには一人につき数億円と言われる育成費がかかるため、景気の悪かった時代に採用・育成を見送らざるを得なかった事情が背景にあります。
IT業界
経済産業省が発表した「IT人材育成の状況等について」によると、今後IoTやAI技術、市場が拡大することが予測されているのに対して、2030年までにIT人材の平均年齢は高齢化の一途を辿り続け、将来的に40〜80万人の規模で人材不足が懸念されています。
観光業界
2030年に訪日客数6000万人・消費額15兆円とする目標を表明している観光業界。現時点でも約6割の旅館・ホテルが人手不足を感じており、深刻な人材不足が現在からも顕在化しています。
介護業界
65歳以上の高齢者が人口の31.1%を占める社会において、介護サービスの需要はさらに高まりますが、現時点でも深刻な人材不足が顕在化しているため、介護人材における外国人労働者の導入なども検討されています。
社会で起きうる大きな3つの変化
2030年に生ずるおそれがあるとして、特に懸念されている3つのリスクを見ていきます。
高齢者の貧困が深刻化するリスク
現在の年金制度は、現役世代が収める保険料が高齢者の年金支給に充てられる「賦課方式」が基本となっています。つまり、現役世代の支払った保険料が積み立てられるのではなく、そのまま年金受給者へと渡る制度です。
しかし、2014年においては一人の年金受給者を20歳から64歳の2.2人が支えていますが、2025年においては1.8人に減少することが財務省の試算で発表されています。2030年においてはさらに支える人数が減少し、受給世代が増加することから、より逼迫した状況になることは確実に。そのため、受給開始年齢の引き上げや、支給額の減額も想定されます。
そのため、年金収入だけを頼りにしている高齢者世帯の生活はダイレクトに影響を受けるため、食費や住居費など基本的な支出をまかなうことも難しい状況になりえます。
高齢者世帯における生活面でのストレス
日用品の買い物、ちょっとした力仕事などが発生したときでも、高齢者にとっては負担となる場合もあります。特に地方では大型ショッピングセンターの出店により、生活圏にある個人商店などが閉店に追い込まれる流れは加速しています。そのため、日用品の買い物さえ困難となるいわゆる「買い物弱者」の問題が今後さらに増加していくことが想定されています。
地方都市の衰退
地方から都心部へ若者が流出していく流れが止まらないため、若年人口の減少は都市部以上に問題視されています。税収が減少することはもとより、森林の手入れ、私道の整備を行う労働力が確保できないため、荒廃する地域も出てきます。過疎地域が広がればさらに社会的な不安が増すおそれがあるため、都心部との経済格差が拡大することが想定されています。
医療サービスにおける問題
さらに、医療サービスに対する負担も懸念される材料です。
現在の健康保険制度では自己負担が1〜3割、残りは国が負担する仕組みですが、総人口に対する高齢者の比率が高まることで国の医療費負担が重くなって、健康保険制度が立ち行かなくなる可能性が指摘されています。
医療業界における人材不足も深刻化
そもそもサービスを提供する医療機関も十分な人材を確保できず、経営が難しくなっていくリスクもあります。問題を解決できないままにケアを必要としていく高齢者だけが増え続ければ、希望する治療を受けられない人も出てくるでしょう。
現時点でも、医療従事者は都心部に集中し、地方都市における医師・看護師不足が深刻化しています。そのため、充分な医療サービスを受けるには、都市部へ転居せざるを得ない。しかし、金銭的な負担を負いつつ、住み慣れた街を離れるストレスを抱えながら......そんな時代が、現実となる可能性があります。
いつまでも働き続けることが明るい未来を生み出す
これらの諸問題の解決策は「出生数を増やす」こと。現在1.4程度の合計特殊出生率を2025年までに1.8にする目標を掲げ、これは国全体で取り組まなければならない大きなテーマです。しかし、個々人で対策する方法はあります。それは「長く働き続ける」ということです。
高齢者がいつまでも現役で活躍し、労働力を提供する流れは徐々に浸透しつつあり、一部の企業ではすでに定年退職年齢を引き上げる動きが始まっています。そのため、70歳もしくはそれ以上まで働くことがスタンダードとなる社会の実現は充分想定されることです。
現在でも、65歳を過ぎた後も仕事を続けたいと考える方が一定数おり、労働者として活躍できる年齢は広がりを続けています。それは経済的な理由に限らず、働き続けることによって得られる暮らしの充実、適度な労働による満足感、そして社会のつながりを感じられることも退職年齢を上げている理由の一つです。
そのための企業課題としては、現在行っている業務の見直しを行い、高齢者に任せる業務の仕分けを行うこと。そして、従業員自身やその家族が疾病、介護が必要になったときにサポートできるような人事制度を設けることなどが求められています。
これからの日本は当分の間、人口減の方向に向かうのは既定の事実といえます。それでも次の世代に明るい社会を残すためにも、働き続け、健康であり続けることがもっとも重要と言えるかもしれません。  
 
「数字」で見る日本の労働力の現状 2018/5

 

人手不足の問題がクローズアップされています。実際のところ、国内の労働者の総数はどれほどなのでしょうか。今回は、具体的な数字やその推移を見ながら、日本の将来を考えてみましょう。
総務省によると、15〜64歳までの「生産年齢人口」は、2015年は7592万人だったのに対し、2030年は6773万人、2050年には5001万人まで減少するとの推計値が出ています。この数字には、この年齢に属するけれども働いていない人の数字も含まれます。一方、実際に働いている「就業者数」は、高齢者の働き手が増えたことなどから、今のところ増加傾向が続いていますが、今後はそれも減少に転ずる見通しです。
このままでは人手不足が経済成長の大きな制約となりかねません。対策待ったなしの日本は、これからどのような手を打つべきなのでしょうか。就業者数、労働力人口のデータを深掘りしながら探ります。
医療・福祉の就業者数が増え、建設、製造は減少
まず現状の国内の就業者数から見ていきましょう。2002年3月の就業者数の総数は6297万人、2018年3月は6620万人ですから、この16年間で約323万人増加したことになります。2007年までの戦後最長の景気拡大と、その後、リーマンショックを乗り越えた戦後2番目の長さの景気拡大が大きな原因です。
ではどんな業種が就業者を増やしているのでしょうか。とても興味深い内容です。
業種別 就業者数(万人)
              2002年3月  2018年3月    差
総数              6297     6620     323
農業,林業            242      204    -38
非農林業            6055     6416    361
建設業              628      501    -127
製造業             1238     1081    -157
情報通信業            156      225     69
運輸業,郵便業          323     337     14
卸売業,小売業         1081     1053    -28
金融業,保険業          161     167     6
不動産業,物品賃貸業       99     133     34
学術研究,専門・技術サービス業  207     235    28
宿泊業,飲食サービス業      397     417    20
生活関連サービス業,娯楽業    246     232    -14
教育,学習支援業         266     312    46
医療,福祉            467     799    332
複合サービス事業         76      58    -18
サービス業(他に分類されないもの) 375     455    80
公務(他に分類されるものを除く)  218     233    15
最も増えているのが「医療、福祉」で、332万人の増加です。先ほどもみたように就業者の総数はこの16年間で323万人増えていますが、「医療、福祉」はそれ以上に増えているということです。社会の高齢化に対応した介護ニーズなどが大きく拡大してきたことがうかがえます。一方で、建設業は127万人減、製造業は157万人減となっています。
建設業も製造業も人手不足と言われていますが、16年間の就業者数の推移を見ると、大幅に縮小していることが分かります。
建設業が減っているのは、働く人の高齢化が考えられます。また、他業種でも求人が多いため、仕事のきつい建設業からの転職も考えられます。製造業に関しては、ロボット化などの生産性の向上が進んでいることに加え、零細業者の高齢化により後継者がいないなどの問題があります。全体的には、日本が得意とするモノ作りからサービス業への就業人口のシフトが顕著というところです。
次に、都道府県別の就業者数の増減を見てみましょう。2002年と2017年を比べて就業者数の増加が多いのは、1位が東京都の135万人増、2位が神奈川県の46万人増、3位は愛知県の25万人増となっています。
就業者数と人口の推移 増加数上位10都道府県
       就業者数(千人)         2017年人口(千人)
       2002年  2017年  増加数
東京都    6,330  7,682  1,352    13,515
神奈川県   4,387  4,851   464     9,126
愛知県    3,715  3,964   249     7,483
埼玉県    3,621  3,792   171     7,267
千葉県    3,103  3,251   148     6,223
大阪府    4,208  4,339   131     8,839
兵庫県    2,592  2,710   118     5,535
福岡県    2,383  2,501   118     5,102
沖縄県     573   691   118     1,434
京都府    1,271  1,313    42     2,610
このほか、大阪府、兵庫県、福岡県、沖縄県などが増加しています。つまり、主に増えているのが、表にある人口を見れば分かるように、沖縄を除いては大都市圏だということです。
逆に、就業者数が減少しているのは、1位が北海道の8.9万人減、2位が新潟県の8.5万人減、3位が長野県で7.7万人減となっています。北海道や新潟、長野などの比較的人口の多い県も人口減少ですが、よく見ると、人口の少ない県は、減少数は小さいものの、母数が小さいため比率的には大きな人口減少が進んでいると言えます。
就業者数と人口の推移 減少数上位10都道府県
       就業者数(千人)          2017年人口(千人)
       2002年  2017年  減少数
北海道    2,665  2,576   -89     5,382
新潟県    1,250  1,165   -85     2,304
長野県    1,187  1,110   -77     2,099
秋田県     564   488   -76     1,023
福島県    1,040   978   -62     1,914
山形県     627   566   -61     1,124
青森県     697   648   -49     1,308
岩手県     703   655   -48     1,280
山口県     728   684   -44     1,405
長崎県     705   664   -41     1,377
■■「道州制」で都道府県が競争する仕組みに
都道府県別の就業者数を見ると、人口の多い都市部ほど増加数が多く、人口の少ない地域ほど減少していることが分かりました。経済が比較的盛んで、仕事のあるところに、より人が集まり、逆に経済がそれほど活発でない地域からは人が減り、より経済が不活発になるということです。これは同一都道府県内でも同じ傾向がみられます。このままでは、人口がある程度増え続ける都市部とゴーストタウン化してしまう地域との二極化が進みかねません。
では、どのような手を打てばよいのでしょうか。私は、各都道府県の間での競争を促すべきだと考えています。例えば、米国であれば州によって税制や法律が大きく異なりますので、各州の特徴や姿勢が明確に現れていますね。雇用を増やそうと企業を呼び込みたい州は、独自の判断で大胆な優遇策を採ることも可能です。
それに対して、日本では、地方自治体が法律の範囲内で条例を制定することは可能ですが、内容にはほとんど差がありません。つまり、各地域は、アクセスの利便性や観光資源などといった地理的な差くらいしかないのです。
そこで各都道府県が、それぞれ税制や法律などの特徴を出せるようにして、自由競争をさせるようにすべきです。究極的には道州制にして地方分権を強化し、中央政府は米国のような、国防、外交、ナショナルミニマムの福祉政策を中心に行う政府にすることが、地方活性化において有効なのではないかと私は考えています。つまり、地方独自の「知恵」を出しやすくするのです。
その上で、政府としては「日本はどの産業を重点的に伸ばしていくべきか」を考えなければなりません。都道府県ごとの競争を促しながらも、日本全体では海外と競争していかなければならないからです。
すでに、優秀な人材が海外に流出したり、日本企業も生産拠点を海外に移したりといった産業空洞化の流れが進んでいます。それを阻止するためにも、どの産業に注力すべきか、「選択と集中」が必要です。
さらには、思い切って法人税を大幅に減税したり、大胆な規制緩和を行ったりといった「成長戦略」を打ち出すことが肝要です。
例えば、先ほどの業種別の就労者数の中で私が気になったのは、「農業、林業」です。2002年3月の242万人から、2018年3月は204万人まで、約15%減少しています。このままでは、近いうちに200万人を切るでしょう。
2017年の農業就業人口の平均年齢は66.7歳。このまま10年も経てば、日本の農業が衰退していくことは間違いありません。
政府は、「強い農家」をつくる政策を考えなければなりません。これまでの日本の政策は、「弱い農家をどう守るのか」ということに主眼がおかれ、毎年多額の補助金を支給してきましたが、そうではなく日本の農家が作る農産物を世界的に競争力あるものに生まれ変わらせる必要がある。安心安全な日本の農産物が世界でも通用するような輸出産業に育てていけるよう大幅なコスト改革をすべきではないかと思うのです。
日本の農産物そのものは、味もよく極めて高品質ですから、世界的に見ても競争力があります。ただ、やはり価格も高いですから、今後は効率化を図って価格を下げることが課題になるでしょう。そこで農地の集約化を進めるため、集約化のために土地を供出するなど協力してくれた農家には補助金ではなく年金を出すなどの政策も、一つの手ではないでしょうか。そして、その農地で働きたい限り働いてもらえばいいのです。
農産物が「売れる」ようになれば、日本を代表する輸出産品になる可能性も大いにあります。そうなれば、今まで以上に若い人たちが農業に参入してくれるでしょうし、農業人口も増えていく可能性がある。すると、さらに強い農業になるという好循環に入るのではないでしょうか。
政策全般に言えることですが、弱者を守ることは確かに正しいことです。しかし、産業的に弱いものを、弱いままに守ることが本当に日本経済にとって良いことなのかどうか。私は、もっと産業を強くする努力をすべきなのではないかと思います。
高齢者、外国人労働者の活用でカバーする
日本の労働力を考える上で、重要なキーワードの一つに「高齢者の活用」があります。
近年、年金受給開始年齢を従来の65歳から68歳などに引き上げる案が話題になっています。また、受け取り年齢を70歳を超えても可能なようにするという案も出ています(現状も原則的には65歳が受給開始年齢ですが、60〜70歳の間で受け取り始めるタイミングを選べます)。こういった話題は、年金財政が逼迫しているからこそ出てきているわけですが、65歳以上でも働いておられる方は増加しています。働きがい、生きがいという観点からも高齢者雇用のあり方を見直す時期がきているのです。
さらに、雇用という観点で高齢者をいかに活用するかということは非常に大切ですが、「15〜64歳まで」という生産年齢人口の定義自体が、それほど大きな意味を持たなくなりつつあるとも感じます。
もう一つ、人手不足問題を「外国人労働者」でカバーすればいいのではないか、という話もあります。
外国人労働者数は年々増加しており、厚生労働省の調べでは、2017年は約128万人に上ったとのことです。2008年は約49万人でしたので、10年で2倍以上に増えています。これには、留学生のアルバイトなどの資格外活動や、技能実習生なども含まれています。
移民に対しては抵抗感の強い日本ですが、私は、就労が認められた在留資格を得た外国人に対して、10年の長期滞在ビザを発行すればよいのではないかと考えています。日本に長期滞在中は、医療保険や年金にも加入してもらい、その間、医療サービスを受けられるほかに、年金保険料を支払った人には、将来の年金受給資格を与えるようにするのです。
高齢者や女性の活用が進んでも、日本人だけでは人手不足問題はカバーしきれないでしょう。人口が減少していく中で、数百万人単位の数が必要なのです。労働力確保のために外国人労働者を活用することは、今後ますます重要になってくるでしょう。
生産年齢人口が減少の一途を辿り、人手不足に陥る中で、政府はどのような政策をとるべきか。働き方改革で生産性を向上させることは必須ですが、それだけでは解決しません。日本で反対論も多い移民の受け入れについての議論も避けては通れないでしょうが、まずは10年のビザなどの支給でこの難局を乗り切ることを考えるべき時が来ていると思います。
あらゆる策で人手を確保しながら、地域の競争によって産業を活性化させる。踏み込んだ政策を打ち出す時期にいることは間違いありません。 
 
圧倒的労働力不足問題に企業はどう対応するのか?

 

企業視点から見た人材戦略(採用と定着戦略)の重要性を、背景にある社会環境から考えてみました。今後、日本社会はますます労働力不足に悩むことになっていきます。そんな中で企業がこの問題にいかにして対応していくかは、働き手が企業を選ぶ上でも注目すべきポイントとなっていると思います。
まず根本的な避けられない社会課題は<人口減少問題>です。国内の人口は2015年時点で1億2,709万人となっていますが、ここから減少の一途をたどり、2060年には1億人を割るところまで落ち込むことが予想されています。
そしてそれに伴って起きるのが<労働力不足問題>。また人口減少に伴って、労働力の中心となる生産年齢人口(15歳〜64歳)は、2015年現在7728万人(ピークは95年の8726万人)でしたが、2051年には5000万を割り込んでいく予測です。
10年後の2025年には複数の産業において計583万人の労働力が不足するという統計が出ています。
推測されるのは今後さらに<売り手市場が加速>していきます。2017年12月の有効求人倍率(季節調整値)は前月比0.03ポイント上昇の1.59倍。3カ月連続の上昇で、1974年1月(1.64倍)以来約44年ぶりの高水準。
世界的な景気拡大を背景に、自動車など製造業を中心に幅広い産業で求人が増えてきました。2017年平均の求人倍率は前年比0.14ポイント上昇の1.50倍と1973年に次いで過去2番目の高い水準と言われています。 確かにもちろん景気の立て直しによる求人数の増加もあるとはいえ、求職者数の減少の方が気になっています。これからの時代は求職者数の減少から来る求人倍率向上への影響は大きく、恒常的な人材不足は避けては通れません。
今後、続くであろう過去に類を見ない「圧倒的労働力不足問題」をどのように解決していくのか。
多くの企業の人材戦略の主戦場は「一人当たりの生産性向上」「女性の活用」「シニアの活用」「外国人の活用」「リモートワーク推進」・・・・ など多岐に亘っています。
おそらくシンプルに対策は下記の3点に集約されていきます。
[1]、新しい種の労働力の確保(人材の量的改善)
[2]、労働力の生産性向上(人材の質的改善、組織マネジメント改善)
[3]、[1][2]の土台としての環境整備
の3つです。国家社会全体の生産性対策においては当然、産業構造の変化も踏まえた総合的な政策が重要ですが、特に企業組織においては理念やビジョン、戦略、ビジネスモデル、組織構造などによっても、[1]〜[3]のどこに力を入れて対策を打つべきなのかも変わってくると思います。
[1]、新しい種の労働力の確保(人材の量的改善)
いわゆるダイバーシティと言われている年齢、性別、人種など、あらゆる枠組みを超えて、組織として様々な人材を活用できる状態になっているかどうかです。戦略面からしっかりと考えた上で、企業文化や制度面において、どういった類の人材をどのように活用するのか、そこにどう対応するのかを明確にしていきながら、打ち手を考えていく必要があります。
[2]、労働力の生産性向上(人材の質的改善、組織マネジメント改善)
マネジメント、コミュニケーション、人材開発などの部分です。一人ひとりを成長させ、最大の能力を発揮できるようにマネジメントする。またチーム内、チームを超えたコミュニケ―ションを活発に起こしながら、創造性が発揮できる、イノベーションが起こせる風土をつくる。常に自社の戦略から見た時に生産性の課題がどこにあるかを特定して、そこに取り組み続けるということが大切になっていきます。
[3]、[1][2]の土台としての環境整備
[1]にあるように多様な人材が働ける環境整備、また[2]にあるように生産性を高めることができる環境整備が実現できているかどうか。特に技術的な設備投資という観点でIT活用は[1]、[2]の面で大きなインパクトを与える可能性があります。また近年では社員にとっての生産性向上を意図したオフィス環境の整備に努める企業も増えてきました。
やはりここで理解すべきことは、企業として「勝てる戦略」「ビジョン実現のプロセス」をどんなに描いたとしても、結果として「優秀な人材の採用と定着=労働力の確保」を実現できなければ、戦略は不実行になり、ビジョンが実現できないということです。
いかに自社独自の勝てる人財戦略(採用と定着)を持つかが、日本企業の生存戦略において非常に重要な課題となることは間違いなく、今まで以上にますます企業が優れた人財戦略(採用と定着)を実行しているかが、 売り手市場における「優秀な人材」と言われる人材層の企業選択に大きな影響を与えていくことになるでしょう。 
 
労働力不足対策より「本当に足らぬ人数」の見極めが先だ

 

人口減少社会にどう対応するのか。安倍政権が、その「処方箋」として位置付ける「ニッポン1億総活躍プラン」をまとめた。
「1億総活躍社会」はあまりにテーマが大きく、それが何を意味するのかは、いまだ国民に浸透したとは言い難い。
だが、プランは「国際的には『人口が減少する日本に未来はないのではないか』との重要な指摘がある」との危機感を示しており、政府の狙いが少子高齢化で減り始めた労働力人口の確保にあることは明らかだ。
総務省によれば、2015年10月1日現在の生産年齢人口(15〜64歳)は約7,708万人で、前年よりも77万人も減った。すでに景気回復に伴って人手不足に悩んでいる企業も多く、このままでは社会が回らなくなるとの思いであろう。
「1億総活躍社会」について、安倍政権は「名目GDP600兆円」、「介護離職ゼロ」、「希望出生率1.8」という3大目標を打ち立ててきた。これを労働力確保の視点で捉え直せば、すべてが結びつく。
「介護離職ゼロ」は言わずと知れた、40〜50代の働き盛りが親の介護で仕事を辞めなければならない状況に歯止めをかけようということである。だが、プランが打ち出した具体策は、要介護の家族を抱える人たちの負担の軽減よりも、介護職員の処遇改善に比重が置かれた。賃金を月額1万円程度アップするのだという。
介護の現場は仕事の厳しさの割に賃金が安い。このため恒常的な人手不足が続いている。こうした根本部分を直さない限り、介護の受け皿は増やせず、介護離職もなくならない――という理屈の展開である。すなわち、「介護労働者を確保しなければ、すべてが始まらない」との考え方だ。
実は、メディアはあまり大きく取り上げていないが、プランは介護労働力について、外国人材の活用を「積極的に進めて行く」とも書いている。安倍政権は1億総活躍プランの議論と同時進行で自民党に特命委員会を設置し、単純労働者の受け入れ解禁の検討を行ってきた。4月26日に集約された特命委員会の報告書は、介護人材を念頭に「必要性がある分野については個別に精査して受入れを進めていくべき」と結論付けており、本音はむしろ、賃上げによる日本人の就労促進よりも「今後の介護は外国人に委ねよう」というところにありそうだ。
次に「希望出生率1.8」だ。これは言うまでもなく、少子化に歯止めをかけることで将来的な労働力を増やして行こうということである。出産を機に辞職する女性は少なくない。一方で多くの女性が出産後も働き続ける状況となれば待機児童の増加という新しい壁が立ちはだかる。子育て環境の劣悪さを懸念して、出産そのものを諦める人もいる。結果として、女性労働力の確保を困難にし、あるいは少子化が進むという「負のスパイラル」になっている。
待機児童対策の遅れを批判するブログが世間の注目を集めたこともあり、これを解決すべくプランが打ち出したのが、待遇改善による保育労働力の確保であった。保育士の処遇を月額6千円程度引き上げ、職務経験を積んだ人には最大月額4万円程上積みするという。「介護離職ゼロ」と同じ発想である。
そして、3つ目の「名目GDP600兆円」だ。これは、労働力の確保が、結果としてそれを達成することでもあるということだ。要するに「労働力の減少に歯止めをかけられなければ、日本の経済成長はない」と言いたいのだろう。プランは高齢者の就労にも触れている。定年退職後に、やり甲斐のある仕事がなかなか見つからないという現実への対応だ。
プランは、非正規社員と正社員の賃金格差の是正や残業時間規制といった働き方改革にも踏み込んだのが最大の特徴だが、それも女性や高齢者の働き方のバリエーションを増やすことが、働き手自体を増やすことになるという判断からであろう。
出生数の減少に歯止めをかけるには時間がかかる。それまでの間、女性と高齢者の就労を促進していくのは現実的な政策だ。女性や高齢者によって社会の縮小スピードをやわらげなから、同時に出生数増につながる政策を講じていくしかない。そうした意味では「1億総活躍社会」が目指す方向性は間違っていない。
ただ、気掛かりなのは、労働力が本当はどれぐらい足りないのかという議論が見えないことだ。 現在の社会の仕組みを前提として、 すべてをこれまで通りに行っていこうと考えるのであれば、現在の労働力人口が比較基準となる。 内閣府の推計は、労働力人口は女性や高齢者の就業が進まなければ2030年までに900万人近く減るとしているが、絶対数はこの通り減るとしても、それが不足する人数と一致するとは限らない。
例えば介護だ。プランは高齢化が進むことを織り込んで「25万人の介護人材の確保に総合的に取り組む」としているが、健康寿命の延びによって要介護者の見通しが変われば、介護ニーズの量そのものが変わるだろう。機械化による省力化をどの程度織り込むかによっても数字は大きく異なってくる。介護保険制度とは別に、ボランティアを活用したような保険外の介護の仕組みが普及すれば、必要となる職員数はさらに変わる。
さらに考えなければならないのが、ただ働き手を増やすだけでなく、人口減少下であっても生活の豊かさを実感できるようにしなければならないという点だ。労働力人口が減るということは、「超人手不足」状態が延々と続くということである。すごく単純に考えれば売り手市場であり、賃金は上がるはずだ。ところが、現実には不本意な非正規労働に追いやられている人はなくならない。
こうした状況を少しでも改善し、労働人口が減っていく中でも経済成長させていくには、これまで以上に生産性を向上させなければならない。まず、すべきは安い商品を大量生産する「 発展途上国型ビジネスモデル」との決別であろう。高付加価値商品を小人数で生み出すモデルに転換するのである。
発展途上国型ビジネスモデルは、日本が周辺諸国に比べて技術力で圧倒的に勝り、若くて安い労働力が安定的に確保できた時代にあってこそ成り立ってきた。いまや、オートメーション化された近代的な工場を建設すれば、どの国にあっても画一的な製品を作ることが可能だ。発展途上国型ビジネスモデルに固執する限り、日本は賃金が安い国々と勝負し続けなければならず、日本人の賃金をどんどん切り下げざるを得なくなる。とても太刀打ちできず、このような競争は長続きしない。
一方で、女性や高齢者の就労がかなり進んだとしても、労働力人口の絶対数が減っていくことは避けられない。
数少なくなる労働力人口が少しでも厚遇で働くことができるようにするには、日本が人口減少社会に応じた産業構造に転換した場合、どの分野にどれぐらいの人手が足りなくなるのかをしっかりと見極めて、育成する産業分野を絞り込んで投資し、さらにそれに応じた人材教育を行っていくビジョンが必要だ。
経済界には「労働力不足の解決には、外国人労働者を受け入れるしかない」との意見も根強いが、いま日本が取るべき道は、現在の社会をベースに人数の辻褄合わせをすることではない。
目の前の課題にばかり目を向けていたのでは、イノベーションや労働生産性を向上させるための新たなチャレンジを妨げ、結果的に日本社会全体の足腰を弱くすることになる。
労働力人口の減少を必要以上に恐れず、小さくともキラリと輝く国≠目指して知恵を絞るときである。 
 
中小企業の人手不足の原因とは? 2016/6

 

安倍晋三総理が就任以来唱えている「アベノミクス」。掲げた目標はいくつかありますが、その中で「達成した」と胸を張って言っているのが、「雇用の改善」です。日本の労働状況を推し量る「労働力調査」によると、直近(2016年4月)では完全失業率は3.2%で、さらに低くなりました。これはほぼ「全員雇用」と言ってもいい数字です。さらに、他の数値でも軒並み良い成績をあげています。
アベノミクスにより成功した雇用改善
就業者数・雇用者数の増加
就業者数は6396万人(前年同月に比べ54万人の増加) 17か月連続の増加
雇用者数は5679万人(前年同月に比べ101万人の増加) 40か月連続の増加
完全失業者の減少
完全失業者数は224万人(前年同月に比べ10万人の減少) 71か月連続の減少
完全失業率は変わらず
完全失業率(季節調整値)は3.2%  前月と同率
この数字を見る限り、失業者は減って雇用者数は増加しているのですから、雇用はずいぶん改善されたということになるのでしょう。
しかし、一向に改善しない人手不足の現状
しかし、実感されているように、人手不足は相変わらず続いています。右記のグラフをご覧ください。2015年までのデータですが、完全失業率はグンと下がっているとともに、正社員の比率も下がっています。これは、団塊の世代が大量に退職したため労働人口が下がり、同時に正社員率も低下していったわけです。この現象は経済の動向としてはごく自然なことです。そして、非正規社員の増加(主婦のパートなど)によって、雇用者数は増えたものの賃金の水準は上がらなくなりました。そして、この状況下、人手不足は依然として続いています。
就業者数も雇用者数も増えているのに、深刻な人手不足が続く4つの理由
アベノミクスによって就業者数も雇用者数も増えているのになぜ、人手不足が続いてしまっているのか?これには主に4つの理由があります。
理由1:労働力人口の減少
労働力人口というのは(15〜64歳)の年代を指します。もうおわかりかと思いますが、少子高齢化によってその年代の人口がガクッと減ってきているわけです。
理由2:有効求人倍率の高さ
有効求人倍率は、別記事でも詳しく解説していますが、就職のしやすさを表す数字です。これがずっと1.0を上回っている状況が続いています。つまり、求人側にとってはライバルが多く競争が激しくなっているのです。
理由3:技能を持った人間の不足
これは産業構造にも関係してきます。かつて日本の工業を支えていた「個人の技術力」よりも効率化とコスト減を優先させるようになったため、技能・技術を持った労働者が育たなくなりました。「人手不足ではなく人材不足」とも言われるゆえんです。人材育成に力を入れることができなかったツケが回ってきたのかもしれません。
理由4:低価格競争で人件費が削られてしまう
よそが値下げしたからうちも、とデフレが進行していると値下げ競争は激化します。値下げによって下がった利益をどこでカバーするか。当然、人件費にもそのお鉢が回ってきます。ということで賃金が下がり、思うように人が集まらなくなってしまいました。
人手不足によって発生している深刻な問題
人員を補強したくても人が集まらないから、現場に携わる従業員の負担が増える。仕事がきつくなり、辞めてしまう。さらに人手不足なる……こういった負の雇用スパイラルがさまざまな業界で起きています。低賃金がこれに加わると、状況はさらに悪化します。日本の企業は人材確保・訓練・引き留めが企業の経営課題であるのに、アメリカは社会保険関連コストの負担増大が課題という調査結果もあります。(14年3月実施 日経リサーチとGEキャピタルの共同調査)
人手不足は、日本が抱えた深刻な問題なのです。
求職者から見ると、「正直、待遇や条件が見合わない求人が多い」という声が聞かれます。「あの条件じゃ誰も来ない」と社内から声も上がります。派遣やアルバイトは健康保険くらいしか保証がありませんし、契約期間が短ければスキルもさほど上がりません。人が少なくなると、非正社員にも責任ある仕事を回さざるを得ません。そして売上が悪いと責任を追求される。責任者からパワハラなどを受けるケースも多発しています。営業強化のノルマを非正社員にも押しつけるから、新人イジメにもつながります。人手不足による、負のスパイラルです。困ったものですね。また、ある企業で聞いた話です。
実話〜人手不足で倒産してしまった例
「幹部が一生懸命営業を頑張り大型案件を受注できそうなところまでこぎ着けた。しかし現場を見ると人手が足りていない。まあ、求人をかければ何とかなるだろうと、正式に受注契約を結んだ。ところがいくら募集をしても見込み人数が集まらず、人手が決定的に足りない。このままだと納期が遅れ、発注元から多額のペナルティを科せられる。関係ない部署や管理職まで狩り出して乗り切るが、社内の不満が高まり、退職する社員が続出してしまった。」
この企業は幸いなことに納期を厳守できたから何とか倒れずに済みました。もし納期遅れによるペナルティが発生したら、それが原因となって倒産する危険性すらあるのです。店舗閉鎖、資金繰りの行き詰まりなどは容赦なくやってきます。
「人材不足倒産」は現実に起きています。厚労省の労働経済動向調査の労働者過不足DI(指数)は依然として高止まりしています。あなたが実感している悩みは、確実に日本全体を覆っているのです。この深刻な人手不足問題を解消するためには、求人活動の方法論を見直し、すぐに最適な手段を講じる必要があります。 
 
失業時代から労働力不足時代へ 2017/4

 

長期にわたって失業に悩んできた日本経済が、急に労働力不足に悩むようになりました。アベノミクスによる景気の回復が影響していることは疑いありませんが、じつは景気変動よりも本質的な、少子高齢化による現役世代人口の減少が、さらに大きく影響しているのです。
後から振り返ると、アベノミクスが失業時代から労働力不足時代への転換点であった、という事になる可能性も高いと思われます。そうなると、従来はデフレが問題だったのがインフレが問題となり、経済対策も需要喚起から供給力強化へと、180度舵を切る必要が出てくるかも知れません。そうなると、資産運用に際しても、企業経営に際しても、従来とは全く異なる視点が必要になってくるでしょう。
失業の時代から労働力不足の時代に、大きな転換が生じている
バブル崩壊後の日本経済は、長期にわたって需要不足に悩み、政府と日銀は失業問題と取り組んで来ました。国民が勤勉に働いて大量のモノ(財およびサービス、以下同様)を作り、倹約に励んでモノを買わなかったため、大量のモノが売れ残ったのです。
売れ残ったモノは、海外に輸出されましたが、それには限度がありましたから、企業はモノを作らなくなり、人を雇わなくなり、失業者が増えました。これを雇ったのが政府の公共投資です。その後遺症として、巨額の財政赤字が残りました。つまり、財政赤字と貿易黒字は、失業が吸収された結果だったのです。
経済学者の間では、成長率低迷の主因が供給サイドにあったという論者もいましたし、供給サイドの問題を解決しようとして小泉構造改革なども試みられましたが、多くのエコノミスト(本稿では景気の予測を本業とする人々の意味)は、成長率低迷の主因が需要不足であると考えていました。
しかし、アベノミクスが登場すると、急に労働力不足が問題となり、失業問題が解消してしまったのです。アベノミクスによる経済成長がわずか4.5%(年率1.1%)という緩やかなものであったにも関わらず、急に労働力が余剰から不足に変化したことは、衝撃的な出来事でした。
その背景には、少子高齢化に伴う現役世代人口の減少がありました。現役世代が負っていた失業という重荷を、団塊の世代が「定年により永久失業」することで引き受けてくれたので、現役世代がフルに働く時代に転換したのです。
もちろん、現役世代人口の減少は急に始まったものではありませんでしたが、労働力余剰(失業者、社内失業者、潜在的な失業者に加え、失業対策の公共投資で雇われている人、雇用維持のための出血輸出で仕事にありついている人、等を含む)が余りに大きかったので、影響が顕在化しなかったのです。
強いて言えば、ITバブル崩壊時とリーマン・ショック時の失業率が同じであったことが筆者には印象的でした。ショックの大きさは後者が遥かに大きかったのに、失業率が前者並みで済んだのは、団塊の世代が引退していたからだったのです。しかし、そのことに気づいた人は多くありませんでした。
そして今回、アベノミクスによる景気回復で、急に労働力不足が顕在化して、人々を驚かせた、ということになりました。川の水量が徐々に減少し、川底の石が顔を出すような浅さになった時点で、アベノミクスという少し大きめの石が登場したので、急に石が見えてきて人々が驚いた、といったイメージでしょうか。
労働力不足は今後も着実に進展
今後についても、景気が大幅に悪化しないとすれば、少子高齢化による労働力不足は着実に進展していきます。加えて、労働力不足を加速させかねない事態も起こっています。一つは、パート労働者の勤務時間短縮の動きです。今ひとつは、違法残業に対する風当たりの強まりに伴う残業規制の動きです。
労働力不足によりパートの時給が上昇しています。そうなると、専業主婦が「130万円の壁」などを意識して、働く時間を短縮することになりかねません。「価格が上がると供給が減る」という、経済学入門の教科書には載っていない事態が発生しかねないのです。これが一層パートの需給を逼迫させて時給を高める、という循環(好循環と呼ぶか悪循環と呼ぶかは立場により異なりましょうが)が生じる可能性もあります。
パートの時間短縮の動きは、「106万円の壁」の出現によっても加速されかねません。社会保険の加入要件が、一部労働者については130万円から106万円に変更になり、さらには106万円の適用範囲が今後も拡がる予定になっているわけです。
今ひとつの違法残業規制の動きは、どこまで本格化するか、現時点では不明ですが、飲酒運転の規制が一つの事故を契機として一気に強まったことを考えると、今回も一気に違法残業の規制が進むかもしれません。そうなれば、その分を新たな労働力の調達で補う必要が出てくるため、相当大規模な労働力の新規需要が突然出現する可能性が出てくるわけです。
賃金の上昇がインフレの圧力に
労働力不足は、賃金を上昇させます。特に、非正規労働力の価格は需要と供給の関係を敏感に反映しますから、既に値上がりが始まっています。この流れは、加速することこそあれ、止まることはないでしょう。
これが、ワーキング・プアと呼ばれる人々の生活水準を引き上げることになり、同一労働同一賃金が、労働力需給の引き締まりによって、自動的に実現していくとすれば、素晴らしいことですね。期待しましょう。
労働力を確保するため、企業が非正規社員を正社員に転換する動きも見られはじめています。正社員になりたがっている非正規社員も多いですから、これも素晴らしいことですね。
正社員については、「釣った魚に餌はやらない」ということで、現在までのところ、それほど上昇していませんが、新卒の採用市場が売り手市場の様相を強くしていることを考えると、初任給には引き上げ圧力がかかっていることでしょう。そうなれば、正社員全体の給与水準も上昇していくかもしれません。
上記のように、企業の人件費負担が上がっていくことは疑いない所でしょう。そうなれば、人件費コストを売値に転嫁しようという動きが出てきます。インフレ圧力が強まるのです。
なお、正社員の給料がどうなって行くのかは、予測が困難です。予測する材料がほとんどないのです。かつての日本企業は、「従業員の共同体」でしたから、企業が儲かれば従業員に気前よく分配されていましたが、最近では「会社は株主のもの」という風潮から、利益は配当に回され、賃上げには回さない、という企業が増えているのです。
「儲かっても賃上げしない」なら、「労働力不足でも賃上げしない」ということなのか否か、過去の事例が参考にならないため、今後の推移が要注目です。学生が就職先を選ぶ時に、「社員の生涯賃金」にまで注目しているのか否か、中途採用が増加して中途採用市場における労働力需給が全体の賃金に影響するようになっていくのか、といった辺りがポイントになるのかも知れませんね。
モノの需給逼迫によるインフレ圧力も強まる見込み
今ひとつ、モノの供給が労働力不足で制約されて、需給関係が引き締まり、価格に上昇圧力がかかる可能性もあります。昨今の日本経済の状況からすると、需要がそれほど強くないので、需給関係の逼迫からインフレになるとしても、たいしたことはなさそうですが、賃金上昇との相乗効果でインフレが進むとすると、安心はできません。
労働力が不足すると、輸入できる財は別として、サービスなどは需給ギャップが逆転し、需要超過による値上がり圧力がかかるようになります。現在のインフレ率が低いからと安心していると、今後の推移を見誤るかも知れません。現在のインフレ率が低いのは、景気回復初期に特有の要因も影響しているからです。
不況期には、設備も人も低稼働ですから、景気が回復を始めても、需要の回復に応じて速やかに供給を増やすことができます。しかも、稼働率を上げるだけですから、追加的なコストが不要です。材料費だけで製品が作れるのです。しかし、ある時から労働力が不足するようになり、残業が発生するようになります。そうなると、残業代が必要になりますし、生産量も大幅には増やせないので、需要超過となり、値上がり圧力が生じるのです。
氷に熱を加えていくと、最初は氷が溶けるだけで温度は変化しませんが、氷が溶け終わると突然温度は上がりはじめ、水が沸騰すると突然温度の上昇が止まります。経済活動も、似たような所がありますので、過去のデータだけに頼っていると危険です。
資産運用方針の大転換が必要
これまで、長期にわたるデフレの時代、資産は銀行に預けておけば良かったので、資産運用について真剣に学ぶインセンティブは決して大きくありませんでした。しかし、これからは違います。老後資金を黙って銀行に預けておくだけでは、老後の生活が守れない可能性が高まりつつあるのです。
株や外貨はインフレには強いが、値下がりリスクがあるので持ちたくない、という人は多いと思います。しかし、これからは現金もインフレによる目減りリスクがありますから、同様に危険なのです。そこで、株や外貨や現金などをバランス良く持つ「分散投資」を検討する必要が出てくるわけです。
企業にとっても、労働力不足は必ずしも災難ではない
企業経営者は、労働力不足と聞くと、困ったことだと考えるかもしれませんが、そうとも限りません。ライバルも同様に労働力不足に悩んでいるということは、たとえばこれまで低賃金を武器に安売り競争をしかけてきたライバルが、安売りをやめるかも知れません。
宅配便の即日配達競争を繰り広げていた業界が、労働力不足を契機として3日に1度の配達になるかも知れません。ライバルも3日に1度の配達なら、客を失うこともなく、単にコストが下がるだけですから、各社の経営はむしろ改善するかも知れません。
また、環境の変化はライバルに打ち勝つチャンスとも言えます。ライバルより早く省力化投資を行えば、競争力が増すかも知れません。社員を大切にして離職率を下げれば、それだけでライバルより優位に立てるかも知れません。
長期的な戦略としては、1日4時間しか働けない高齢者や子育て中の女性を雇ってみることも、有益かもしれません。将来は、そうした人々が貴重な戦力になると思われるので、今のうちから準備をしておく、という意味です。就業規則なども整備しておく必要があるでしょうし、周囲の社員との関係も考えて、様々な対策を今のうちから検討しておくことが、将来きっと役に立つでしょう。
経済対策も、従来型の公共投資ではなく、労働力不足を悪化させずに経済を活性化していく政策が必要になってくるでしょう。  
 
「労働力減少と企業」 2015/10

 

今日私が話すタイトルは「労働力減少と企業」です。全体のタイトルは「人手不足時代の」と付いておりますので、私も本来ですと「人手不足時代の企業」とすべきかと思いました。ただ、そうする上では、私の考えとしては、いろいろなコーション、注意しなければいけないことがあるのではないかと思っています。
確かに、人口の減少は既に始まっています。あるいは生産年齢人口といわれている15歳〜64歳の人口、これはまた後で見ますように大きく減少していますし、今後もこの減少は続くだろうと思っております。しかし、そのことが人手不足になるのかならないのかというのは、まさに経済が今後どのように運用されていくのか、景気の動向はどうなのかということに大きく左右されます。
労働力人口の方も減少した。しかし、今度は企業における採用についても減少して、日本経済が縮小均衡に陥らなければいいなと思います。それに陥らないためにはどうしたらいいのかということも、目配りをしていかなければならない課題ではないかと思っております。
と言いますのも、例えば人口が減少する、これによって労働力人口が減少するわけですが、ある意味では人口の減少、即、消費者の減少となる可能性があるわけです。そうすると、今までの1人当たりの所得が同じであれば、その分だけ消費が低迷してくる。消費が低迷してくると、それによって特に消費財、サービス産業においては逆に人が余ってくるという可能性もあるのではないか。
あるいは、これだけ経済のグローバル化が進展してきているということになると、日本企業が国内だけで生産活動をしているわけではない。時には海外の方がむしろ多くの人を雇っているということが進展していくと、日本の人口は減少して、海外でみんな人を雇うということになってきます。そうすると、日本の労働市場そのものもまた、需給逼迫というよりも、どちらかというと、人口は減少しながら、労働力が余ってくる可能性もなきにしもあらずと思っています。
こういったことを避けるためにはどうすればいいのかを考えますと、消費をいかに回復していくか、給与や所得の引き上げと連動して、企業における生産性をいかに上げて競争力を高めていくのか、やはり企業が日本に残ろうという意思決定を誘引するような取り組みも必要ではないかと思っています。今日はそういうことを含めて話をさせていただきたいと思います。
1 最近の雇用情勢
1—1.雇用者数の推移
足元において、今、雇用情勢がどうかということは、申し上げるまでもなく、ちょっと人手不足の状況が生まれてきていると言えるかと思います。完全失業率は、1973年、第1次オイルショックのときからこういう動きを示してきました。もう一方が有効求人倍率です。ハローワークで1人の求職者に何人の求人があったかというもので、これが上昇するということは求人の方が増えているということになります。
失業率を見ますと、3.4%というのが2015年(今年)8月の足元における数字で、かなり失業率が下がってきました。しかしそれでもまだ、1997〜1998年時点よりは高い。どうも失業率というのは、需要不足や人手不足だけを反映しているとは限らない面がございます。
一方において求人がありながら、片方で求職者もいる、いわゆるミスマッチというものが拡大していくということになれば、どうしても失業率は上がるということで、今の3.4%は、ほぼ完全雇用の状態に近づいていると思うような水準ですので、やはり人手不足の基調に入ってきているのではないかと思います。
あるいは求人倍率を見ても1.2を超えたということで、バブル景気のとき、1980年代末に近づこうとしていますので、人手不足を多くの企業が感じられていることになるのかと思います。
また、日銀の短観では、雇用人員の判断DIを見ても、大企業においても、中堅企業においても中小企業においても、ゼロよりも下ですから、かなり不足の基調に入ってきています。一時2008〜2012年はどちらかというと過剰だと言っていた企業において、不足気味だというふうになってきているわけですから、間違いなく人手不足の状況が、マクロ経済の好転もあってか、進展してきているのかと思います。
こういったものが人口減少の中において、どうして起こっているのか、最近の企業の雇用動向について見てみようと思います。
1988年から10年おきに、それぞれの産業で何人雇ってきたのか、雇用者数を示しています。産業計で見ると1988〜1998年の10年間で4538万人が5368万人に増えており、830万人ほど増えたことになります。さらにこの後、1998〜2008年、リーマンショックまでを見ると、5368万人が5546万人と178万人増えています。
しかし、その後リーマンショックによって46万人減り、2010〜2014年で95万人増えました。ただし、業種によってこの動きは全く違っていて、まさに産業構造の転換が進んできたことが見て取れるかと思います。
建設業では、1988〜1998年に112万人増やしました。ところがその後、1998〜2008年には109万人減らしたということですから、前の10年間で増やした部分が今度は削減されて、帳消しになっています。さらにはリーマンショックの後、31万人減少ということで、最近の景気の中で2万人ほど、ほんのわずか増えたということです。長期的に、1998年以降を見てみますと、140万人ぐらい減らしたことが見て取れるかと思います。
さらに減っているのが製造業です。かつては1200万人を超える雇用者、働く人たちがいたわけですが、ついに直近では1000万人を割るというところまで減りました。1998〜2008年に174万人減らしました。また、リーマンショック後の2008年〜2010年では76万人。そして足元でも減らしています。これだけ減らしているわけで、260万人強を減らしていて、それだけ大きな変化が起こっているのだと思います。
実はこの間、産業の生産の方はどうだったかを見ますと、必ずしもマイナスにはなっていません。それだけ、こういったところでは生産性がかなり伸びたという見方もできるわけです。
一方で、雇用を増やしている産業はどこかと見ると、明らかに増やしているのが医療・福祉の分野です。2008年からの数字しか取っておりませんが、その間も56万人、さらに101万人と大きく増やしてきています。
ここがどうして2008年からなのかということですが、それ以前には、医療・福祉は必ずしも大きな産業ではなく、サービス業の中に含まれていたのです。それを別掲しますというような状況にまでなってきたわけで、今、建設の410万人に比べて、倍までとは言いませんが、医療・介護における雇用はかなり大きくなっているかと思います。
これを地域別に見ますと、地方において雇用を増やしている産業が、唯一医療・介護です。高齢者が増えたことが、逆に看護師、介護士といった、若い人たちの雇用をつくってきたということで、製造においても、建設においても、地方においては大きな雇用の減があったわけで、これを医療・介護が補ってきたといえます。その分だけ医療・介護・福祉に対する期待が、産業、特に雇用面においてあるのですが、今後どうなのだろうということを考えてみます。
65歳以上の高齢者人口は増え続けるわけではありません。われわれはステージを三つに分けて考えています。
ファーストステージ、セカンドステージ、そしてサードステージ。ファーストステージは、高齢者の絶対数が増えていくというものです。セカンドステージは高齢者が横ばいになるというもので、サードステージになると高齢者の数が減少するというものです。
実は日本の高齢社会は、高齢者の数が減少しながら若者の方がそれ以上に減少するということで、高齢者の比率は上がっていくけれども、絶対数はむしろそのうち減少になります。もう既に足元においては高齢者数の減少を記録している自治体も増えているわけです。
これはNHKの「クローズアップ現代」という番組で、住民基本台帳に基づいて調査したもので、基礎自治体において、65歳以上の人口が2010年以降、どう推移したのかを見ています。
既に2割の自治体で65歳以上人口が減少を始めている。そういったところでは、介護施設を造っても、なかなか入居者がいません。そこで、例えば四国の社会福祉法人がそちらを閉じて、世田谷に新たにオープンしたなどといったことをよく聞くようになりました。
今後、高齢者の絶対数が大きく増加するのは、団塊の世代の多い大都市圏、特に1都3県になってきます。1都3県においては、介護も医療も今後ますますそのニーズが高まっていくだろうと予想されますが、それは日本全体で言えることではありません。
恐らく多くの地方自治体において、今、第2局面に入ってくるだろう。そして2040年以降については、第3局面、高齢者の数が減少していくという中での高齢化の進展を考えなければいけないことになるだろうと思います。
1—2.雇用条件・報酬の推移
一方、給与など、労働者の雇用条件はどうなってきたのかを見てみると、厚生労働省の『毎月勤労統計』によりますと、1996年には月あたり28万5000円ほどでした。それが実はその後ずっと下がってきていて、平均給与で26万円まで下がりました。これを会社の人たちに話しますと、わが社においては、社員の給与は、伸びてはいないけれど下がってはいないとよく言われます。
そこでこれを、一般労働者、要は多くの正社員を含む労働者と、短時間労働者(パート労働者)の二つに分けてみたらどうか。
一般労働者は、確かにリーマンショックの後に大きく減少することはありましたが、長期的に見ると伸びているか横ばいと見て取れます。さらにはパート労働者の月あたり給与で考えますと、むしろ右上がりです。個別に見ると右上がりになっているのに、どうして全体では、全雇用者の給与は右下がりなのでしょうか。
言うまでもなく、パートの月給の低い人たちの比率が大きく増加した、まさに構成比が変わったからで、企業においては、この分だけ1人当たりの給与は、パート労働者を増やすことによって、ある意味では節減することができたと言えるかもしれません。
ただし、パートはあくまでも短時間労働者、労働時間の短い人ということなので、時間当たりに換算したらどうかということはまた別のもので、ここではあくまでも月給というレベルで考えています。
こちらは総務省の統計で、民間給与総額ということで見てみると、確かに1980年から1997〜1998年まで右上がりでした。ところが、その後はほぼ横ばいです。あるいは消費者物価の方は下がって、実質の民間給与総額は上がっていることになるかもしれません。
われわれ労働経済学をやっている者がよく言うことは1997〜1998年、ここに労働市場の大きなターニングポイントがあったということです。
1997〜1998年というのは何があったときか。一つは北海道拓殖銀行の倒産、あるいは山一證券の倒産という金融危機がありました。「まさか北海道の日銀が倒産するとは」と、地元の人たちは北海道拓殖銀行のことを比喩して言ったわけですが、そういった大きな変化が起こっています。
特にどうも企業のガバナンスがこの辺から変わってきたのではないかと言われます。思い出しますのは、トヨタ自動車の当時の会長で、日経連、その後、経団連の会長であった奥田氏がおっしゃった言葉、「どうも世の中、大きく変わってきている。今までは企業がリストラを進めると、その企業の株価は下がった」と言っていました。
いよいよ人に手を付けなければならないところまで企業は経営的に追い込まれたのかというメッセージとして受け止めていたということでした。
ところが、1996〜1997年から起こるようになったのは逆の現象で、企業がリストラをやると言うと、今度は株価が上がる。逆にリストラをやらない、わが社は人が大切だと言うと株価が下がってしまうというような、どうも株価とリストラの関係が、リストラをすると株価が下がるという関係から逆転するというようになったと言われるぐらい大きく変わってきました。
その分だけ、実態として見てみると、株主の間に大きな変化が起こってきている。それは特にファンドを中心とした、外国人株主のウエイトが1998〜1999年から急激に上がってきたといわれています。
そこではROEが大切だということから、人件費をもし削減できるのだったら、それを進めるべきではないか、企業の利益を優先させるべきだ、企業が誰のためにあるのかというところまで言われるようになった。まさに株主のためです。それまでは社員のためですと言っていて、そこに大きな変化があったのではないかと言う人たちもいる。
それぐらい、人件費総額の抑制が好むと好まざるとに関わらず、強く望まれるようになりました。
これは「経済好循環のための政労使会議」の中で使われた図ですが、この動きを見ていきますと、リーマンショックの後は経常利益がガタンと落ちましたが、これを除いて見ると、どうも増えてきている。にもかかわらず雇用者報酬という総額で見ると、必ずしもこれが連動しないという動きになってきていることが表れています。
よく日本では生産性三原則の重要性が労使の間で主張されてきました。労働者と企業の経営者の間に、まずは労使が協力して企業の生産性を上げるという労使の協力の重要性が確認されてきました。そして同時に、それによって生産性が上がって企業収益が上がったら、今度はそれを労使で配分していくということで、これによって共に豊かな関係が築かれていく、日本でいう良好な雇用関係、労使関係の背景にそういったものがあったということです。
それはまさに、企業収益、経常利益と雇用者報酬が割と似たようなパラレルの関係を描いてきたからですが、1998〜1999年から、その間に大きく乖離が生まれてきているということがいえます。
これが今度の一昨年、去年に開かれた政労使会議でも、企業がもし儲かっているのであれば、その部分を設備投資とともに、労働者に配分してください、そして、労働者の賃金を上げることによって、生産性の向上と消費支出を増やし、内需を拡大することによって、まさに景気の好循環をもたらしていく必要があると主張されるようになっていったということだと思います。
公益(代表)の3人が政労使とともに参加していましたが、私もその1人でしたが、そういった議論がこの場で確認され、春闘に少なからず影響を及ぼしていったのではないかと思います。
この議論の背景にどんなものがあったのか。この図は名目賃金を2000年から各国の水準を取っています。ここでは製造業について描かれていますが、製造業で見るとほぼ横ばいの水準が続いています。一方、ドイツにしろ、イギリスにしろ、アメリカにしろ、フランスにしろ、賃金は上がっています。この差が消費者物価であった、デフレであったのかもしれませんが、こんな動きがどうも見られそうだ。
左側のグラフが日本を示しています。ピンクの線が生産性、グリーンの線が消費者物価、ブルーの線が1人当たりの雇用者報酬です。これで見てみますと、生産性の方は確かに他の国に比べると上がりは遅いかもしれない、あるいはヨーロッパと同じ程度であったかもしれません。
それに対して1人当たりの雇用者報酬(名目)は下がりました。この位置関係、生産性が一番上で、賃金(雇用者報酬)が一番下となっています。
他方、EU、ヨーロッパの各国を平均で見ると、一番上に来ているのが1人当たりの雇用者報酬、そして労働生産性が一番下で、位置関係が日本とは逆転していることが分かると思います。アメリカにおいても同じです。一番大きく伸びたのが1人当たりの雇用者報酬です。ところが、下の方に生産性がある。生産性以上に、名目の賃金(雇用者報酬)は大きく増加していたのだと思います。
ただし、ここで注目しなければいけないのは、先ほどの企業の経常利益で、これが日本国内の労働者が働いて稼いだ所得なのかということが問題になってきます。
海外で営業、生産活動をして、そのお金・利益が国内の方にもたらされている可能性があるということになると、まさにそこが議論の分かれてくるところです。日本社員の賃金を考えていくのかどうかというところも議論の対象で、全社的に考えてみますと、もしかしたらシェアリングが労働者と会社の間でなされているかもしれない。
この図では、なるべく日本国内における生産性と賃金をとっています。日本国内だけで見ると、収益は上がっているように見えるのだけれども、給与の方は横ばいか下がっているという状況もあるかもしれないという、かなり複雑な動きになってきています。これも春闘等々で考えていかなければならなくなるのではないかということです。
1—3.労働分配率と雇用調整
もう一つ、今の議論との関連で注目していかなければならないのが労働者への配分です。労働分配率。ここでは、GDPベースでの話になっています。全体のGDPのうち、労働者への雇用者報酬の比率がどう変わったのかというもの。
これについては皆さんご存じのとおり、日本では長期的に見て下がっています。一時期、1983年のころは70%を超えていて、国際的にもかなり高い水準を取っていました。これがずっと下がるということです。
では、他の国はどうか。他の国では、ドイツは横ばいか若干下がり気味かなと思うのですが、アメリカにおいて、あるいはフランスにおいても、どちらかというと右下がりという関係が生まれていそうです。よく日本でいわれたのが、景気が悪くなっても日本企業は労働者の生活、あるいは雇用を保障するという観点から、どうしても労働分配率は上がるということです。
今度は景気が良くなってくると、その分だけ企業の取り分が増えて、今度は労働分配率は下がるという波を描いていましたが、その波は20〜30年というロングタームで考えると、ほぼ横ばいというのが、経済学が今まで教えてきたところです。
ところが、今まさにOECDでも問題視されているのですが、全般的に、ほとんどの先進国において、労働の取り分や分配率の方が下がっています。
企業の方はグローバル化していく。ところが労働者の方は、必ずしもそれほど国を超えた移動が頻繁になっているわけではないということで、グローバル化というのは、資本が豊富で、労働が相対的に希少価値である先進国では、ある意味で、労働者にとって不利な影響をもたらすのではないかといった指摘も行われています。
こういう動きの中で、企業としては、資本市場も国際化し、人件費を抑制するようなことが求められてきたのだと思います。これがまさに失われた20年の間に進展してきた。そういう動きだったと思いますが、その中で何が起こってきたのか。
これもよく経済学で使う概念ですが、雇用調整速度という概念をよく使います。雇用調整速度とは、例えば景気が悪化して企業が抱えた過剰雇用を解消していくスピードはどうかという概念です。
例えば、日本は、1980年から1996年の間、0.21でした。これが1997年以降、先ほどのターニングポイント以降には0.30まで上がりました。この速度の逆数1/0.21は、過剰雇用を解消するまでに5年間を要するという数字として使われます。
ところが、0.3ということですから、今は3.3年で、かつては5年かかっていたのが3.3年で解消されるというように、非常にスピードアップしてきている。
これはある意味では、正社員の雇用は一見守られているように見えるけれども、そこでも雇用が削減されたり、さらには有期雇用の雇い止めという形での調整が進んできたと言えるのではないかと思います。
アメリカは0.67ですから、1.6年ぐらいで解消してしまいます。やはりレイオフ制度を持っているアメリカは、早いスピードで雇用が調整されるということが分かりますが、イギリスも0.45だったのが0.70まで上がっています。スピードアップしています。
ドイツは別なのですが、フランスも0.44が0.52となってきている。どうしてドイツはスピードアップしていないのかというときに、よく言われるのが、経営の意思決定のボードの中に労働者の代表が入っていることによって雇用調整のチェックがなされていくからだといわれていますが、そこは今研究が進んでいるところです。
総じて多くの国でスピードアップして雇用調整がなされるようになった。このことは何を意味するかというと、失われた20年の間に、かなりぎりぎりの雇用調整を進めてきた、人員削減が進んできたということです。
今回のように少しでも景気が回復して仕事が増えていくことになると、今度は急激に人手が足りなくなり、一斉に求人が増えていくということがあります。
その一方で、生産年齢人口の減少により、働ける人数は、天井が低くなってきていると言えます。従って、雇用調整で人数を増やすという局面に入ったときには、すぐに天井にぶつかってしまうという側面が今の状況を描写しているのではないかと見て取れます。
2 労働力人口の減少
15歳以上人口(生産可能年齢人口)がどうかというのを見ると、1975年には8400万人でした。日本の人口のピークは2007年にあったといわれています。ここから既に、0歳以上の全体の人口は減少局面に入っている、日本は人口減少社会に入っていることになります。ただ、15歳以上で見ると、それでも若干増えるか、このところは横ばいとなった。
ところが、そのかなりの部分は65歳以上人口の増加で、今まさに団塊の世代が60代後半になってきました。この世代は1年間に270万人もいます。今、1年間に生まれてくる子どもが100万人前後ですから、270万人もいた団塊の世代が15〜64歳を抜けるという状況になってきています。
その中で大きくその人口が減少し出すのですが、私もグラフを描いて驚きました。ピークが1997〜1998年にあり、そのときに15歳〜64歳の人口は8700万人ぐらいいた。ところが現在、7800万人ですから、この間に900万人が減っているわけです。生産年齢人口では、既にかなり天井が下がってきていると言えます。
こちらに描いてある図は、雇用者数が棒グラフです。これも1997〜1998年がピークでした。ここから下がって、2007〜2008年のリーマンショックの前に増加して、またリーマンショックを挟んで下がったということで、ここのところまた増えています。最近の日本の労働市場では、働く人たちの数が景気の善しあしに大きく左右されてきていることがお分かりになるかと思います。
その一方で、15歳以上で実際に働いている人たちの比率はどうか。これで見ると、かなり下がったと考えざるを得ない。64%ぐらいあったものが60%を切るという状況まで下がってきています。特に65歳以上の高齢層の増加が労働力率を下げています。労働力率はあくまでも15歳以上人口に占める労働力の割合ということになっており、ここに影響が出てきているということが言えると思います。
そして、もう一つ見ておかなければいけないのは、男性社員にとっては非常に厳しい状況が起こっていることがお分かりになると思います。企業に雇われて働いている男性の数(雇用者数)を見ますと、1997〜1998年、そして先ほど見たように一度2007〜2008年に上がりましたが、その後また下がっています。特に正社員について見てみると、常用雇用はかなり下がった。それに比べて一方的に上がったのが女性で、右肩上がり。
もちろん図では測っている尺度が違いますが、女性の雇用者、働いている人たちの数が急激に増えている。正社員に限定しても増えている。2013年から常用雇用の調査項目を総務省統計局「労働力調査」が変えたので、連続して見られないのですが、こんな動きになっています。
男性の雇用が増えないで、女性の雇用が増えていく影響はどこに表れているか。まず、産業別に見ると、建設や製造といった男性社員の比率の高い産業が雇用を減らしたということです。建設の場合、日本では9割近くが男性です。女性は1割。100万人減らしたのは、ほとんどが男性だったことになります。
あるいは製造、これも日本では7割が男性です。アメリカに比べても他の国に比べても、建設も製造もいずれも、男性比率が高いのが日本の特徴だと言われます。まさに産業によって性別分担がなされていると見える。
一方、医療・介護は7割が女性です。看護士・介護士に代表されるように、7割が女性。そこが雇用を増やしたわけですから、先ほど見たように全体の女性の雇用が増えていく。これは、一つは産業構造が変わったから。もう一つは、個別の企業で、特に採用、若い人たちの中で、女性の比率が上がっていくという二つを合わせた結果、どうも全体で女性の雇用が増えてきていると言えそうです。
3 男性の就業率の推移
ちょっと驚くのは、男性の25〜29歳、30〜34歳、35〜39歳、この年齢層の人口に占める、働いている人たちの比率の推移です。1992〜1993年までは94%、さらにさかのぼって第1次オイルショックまで行くと97%。ほとんどの、この年齢の男性が働いていたことになります。
ところが、急激にこれが1995〜1996年から低下していき、96%あったのが、今は88%。それでも、景気の持ち直しによって、アベノミクスの影響があったのかどうか分かりませんが、このところ働くこの年齢層が若干増えましたが、それでも以前に比べ就業率は大きく低下し、働いていない人の割合が男性で高まっています。
逆に100%から88%を引いた12%が、この年齢層でも無業、働いていない人たちになっています。なぜか。ターニングポイントは、バブルが崩壊した直後の1991〜1992年に就職した人たちです。そこで正社員に就けなかった、あるいは一度正社員に就いても、自分の満足する企業に就けなかったから会社を辞めた人たちが急激に増えた。その人たちが非正規化して非正規労働者になると、この比率も上がっていく。
他の国でも、フランスでもドイツでも、若いときは有期雇用が多いけれども、年齢とともに無期の方に転換していくという、正社員への転換が図られていきますが、日本の非正規の特徴は、そうなっていないことです。むしろ固定化していくということで、一度、非正規化になると、そこから脱却することが非常に難しいという状況になって、今見たような、仕事を諦めてしまおうという人がこれだけ増えたのではないか。
同じように30〜34歳も2000年ぐらいから急激に落ちます。この人たちもバブル崩壊の後、就職した人たちで、学卒時の景気の善しあしが生涯にわたって影響を残していくという状況になっている。いかにして、こうした人々の意欲と能力を発揮できる状態を作っていくかが重要になっています。
25〜34歳において、今働いている男性85%の中で、どれだけが非正規労働者の占める比率かというと、15%を超えるようにまでなってきています。不安定雇用、そして所得が低いということで、これが大きく少子化に影響しているという分析もあります。
自分は結婚したい、しかし今後を考えるととても生活できない、まず親が許してくれないということがあって生涯未婚が増えてきているのではないかという指摘もあります。さらには、自分は3人、子どもが欲しいと結婚した人たちで考えていても、それを1人で我慢していく。今、世帯主の非正規化の比率が急激に上がった。
かつては非正規というと、もっぱら主婦パートという形の人たちが大多数を占めていました。当時は、世帯においても、あるいは会社においても、正社員、夫の仕事の給与の足りない部分を補っていく役割で、あえて時間給で換算しても、大きく賃金率に差があっても、それを社会として問題視してこなかったということがあったのではないかと思います。
ところが、実は自分の妻だけがパートとして賃金が安いだけではなく、ついに自分の子どももそうなったということで、初めてお父さんみんなが問題視する。そして一家を支える世帯主までがそこに含まれるようになりました。なぜ奥さんのときには問題視しなかったのか、自分の子どもや世帯主がそうなると問題視するのか。そこで社会問題として労働市場の二極化という問題が懸念されるようになったのだと思いますが、それだけ変化があります。
その一方で、今、企業が雇用の増加として期待しているのが、女性と高齢者だと思います。例えば、60〜64歳で働いている人たちの比率を見ますと、これが大きく上がっています。高年齢者雇用安定法などの法律改正。年金の支給開始年齢までは、企業に希望者全員の継続雇用をお願いしました。この影響もあると思いますし、景気の回復ということで、リーマンショックのときには一時横ばいになっていたのですが、それが再び上がり出すという状況が見て取れます。
65〜69歳もそうです。この層でも50%くらいがいまだに働いていることになります。この数字をヨーロッパで見ると、みんな驚きます。フランスの60代前半の男性の就業率は、今は30%にまで上がってきましたが、1990年代の初頭は10%台だったのです。10%が30%に上がりました。
さらにさかのぼって1960年ぐらいを見ると、実は日本の今と同じように70%ぐらいの人たちがこの年齢層では働いていた。70%が10%になって30%に増えた。これはどういうことか。どうしてそんなに上がったり下がったりするのか。これはやはり政策と関連していると言われます。
どういう政策か。例えば1980年代までとってきたのは、若者の失業が大変であるとすれば、高齢者は早く引退して若者に雇用機会を譲るべきだという論調が強かった。公的年金の支給は65歳からでも、60代前半あるいは60歳になる前の58歳から、自分は、例えば肩が痛い、頭が痛くて働けないと自己申告すれば、これによって障害年金を受けることができるということがありました。
これがフランスです。その分だけ社会保障がジェネラスで、それによって早く引退してしまおうという人たちが増えた。
ところが、この政策は失敗だったといわれるようになりました。若者に雇用機会を譲るはずだったのですが、実は若者の失業率は改善しなかった。結果的に何が起こったかというと、高齢者が引退しただけで終わったということです。
企業で働く人たちがそれだけ減っただけで終わってしまった。むしろ今、議論されてきたのは、アクティブエージングだ、日本を見習えという書き方をされます。これによって今までの緩やかな社会保障制度を厳格に運用しようということ、あるいは年金の支給開始年齢を引き上げようということによって、この層の働く人たちを増やそうということをやっています。
フランスの担当大臣が日本に来て話をしたことがあります。日本の高齢者対策というのは簡単だと言っていました。日本では、働く側は意欲が非常に高い。従って、対策としては、会社の方に働き掛ければいいではないかと。継続雇用の重要性を問えばそれでいいではないか。フランスはそうはいかない。両面を見なければいけない。
雇う方の大切さと同時に、今度は働くことの重要性を労働者の方にも問うていかなければいけない、その分だけ、うちはやりづらい。どうすれば働く人たちの意欲、高齢者の就業意欲を高めることができるのか、そのマジックがあったら教えてくれと言われましたが、どうしてでしょうか。仕事以外、知らないと言う人もいますが、どうも必ずしもそうではないのではないかと思います。
労働力人口の減少という中において、これまでの経験を大切にしようと。しかし、だからといって今までの若いときと同じような働き方、同じ給与水準は難しいだろうと思います。
あるいは、ロボット化が大きく進展してくることになれば、まさにロボット・スーツの開発で、それを身に着けることによって、今までは重い物は持てなかったのが、IT化の力を借りながら、そういう人たちが働けるような状況をいかにつくっていくかということも、その大きな対策になってくると思います。
4 女性就業率の推移
男性の就業率が25〜35歳でもこの分だけ下がりました。グリーンの線は失業率で、人口に占める失業者の割合を見ると上がっています。また、非労働力、仕事もしていないし職探しもしていないというのが赤い線で、これが上がってきていて、今この年齢層でも人口の6%ぐらいになっていると言えそうです。まさに中年のフリーターが増えてきていると言われているのはここです。
そういった人たちに対して、ヨーロッパではいろいろな社会参加を促してきました。そして、いろいろな対策・施策も取られてきました。こういった人に対して、能力開発から採用、そして就業までマンツーマンの支援を、例えばNPOやソーシャル・ビジネスの人たちがやっているのがイギリスやヨーロッパの国々では見られます。
仕事から離れてしまうと、どうしても無業が継続しやすいことから、そういった人たちにいち早く寄り添って、伴走型のアドバイスをしていく。1年間は教育訓練を進めながら、一方において、これを就業に結び付けていく。
例えばロンドンのダブルデッカーのバスは、市が運営しているわけではありません。委託です。民間企業やNPOに委託するのですが、私の知っているNPOも、今まで1年間、長期に無業だった人を受け入れて1年間いろいろなトレーニングをします。朝の生活を正すところからやります。
そして1年たって免許を取って、今度はダブルデッカーの運転手にソーシャル・ビジネスが直接採用し、そこで働いてもらうということを行ってきました。まさにインクルージョンという形で、社会参加をどう進めていくかという形でも、そういった取り組みが行われています。
日本でも、やはりマンツーマンのやり方で、中には有期雇用でいいから採用してもらって、その人たちの能力開発を国が支援しながら、ジョブホッピングしていく。その会社で正社員に転換していくというような支援の在り方も既に検討していますし、実行されていますが、そういうものを強化していくことも必要ではないかと思います。
その一方、働く人が増えているのが女性です。女性の働いている人たちの比率、25〜34歳。35〜44歳は、ここのところずっと横ばいだったのですが、2010年以降を見てみますと、上がるようになってきました。ただし、未婚のまま仕事を続けるという人たちがかなり増えてきていて、小さい子どもを持ちながら継続雇用をしている人たちの比率はどうかということを見ると、必ずしも大きく改善していないということが出てきます。
第1子出産前後の妻の就業経歴がどう変わったか、幾つかのタイプに分けています。妊娠前から無職で、子どもを産んだ後も無職、ずっと無職を続けている人たちは、明らかに、1985〜1989年に第1子を産んだ人たちに比べて減ってきています。多くの女性が、少なくとも妊娠前は仕事をしている人たちが増えているということです。
ところが、出産で退職した人たちも、また増えている。育児休業制度がこれほど充実してきているのに、どうして辞める人が増えているのか、政府が言っているのと、どうも違うではないかということが気になります。
育児休業の取得率が80%、90%という数字をよく見かけますが、これは、分母が子どもを産んで復職した人、あるいは継続就業している人、その中で何パーセントが育児休業を取ったかということです。それが90%ということは、実は取らないで働き続けた人が10%ですから、子どもを産んで仕事を辞めてしまう人は、分母にも分子にも入ってこないという数字になっているのです。
それで見ますと、就業継続率が下の二つを足したもので、第1子を1985〜1989年に産んだ層が24%、2005〜2009年に産んだ層は27%で、若干上がりました。育休を取って継続就業する人たちが増えたということで、育休を利用しないまま継続就業をする人は減っています。何かおかしいと私も思いまして、調べました。その結果分かったことは、妊娠前にその人がどういう仕事に就いていたかによって、継続就業の率が大きく違うということです。
正規の職員・社員であった人に限定して見ますと、1985〜1989年に生んだ人に比べて2005〜2009年では、40%が52%になっていて、今、仕事を続ける人は過半数になっています。われわれは、いつもこれを考えていたのだなと思います。企業によっては、大手企業ではこれが80%や90%に上がっています。
ところが、パートなどの育休の権利を持っていない人たちが、かなり多い。この人たちで見ると、横ばいか、むしろ下がったということで、この二つを合計してしまうと、先ほどのような数字になる。パートの比率が上がったということは、育休できない人たちの比率が上がったということで、ここでも非正規問題がある。
ただ、パートの人たちが育休を利用できるようにするかどうかについては、企業でも賛否両論があるのではないかと思いますので、この点をどう考えていったらよいかが問題になってきます。
さらには、子どもを産んで一度退職した人たちがいつ、どのタイミングで再就職しているのかを見ています。これも私どもで行っている調査で、同じ個人をずっと追跡調査をするパネル調査を行っています。1993年から20年強、同じ人を調査してきました。当時25歳だった人に45歳の今まで、毎年毎年この質問に答えてもらっています。
その結果分かってきたことは、1960年代生まれの一度辞めた人が復職する比率がグリーンの線でした。ところが1970〜1980年代生まれの人になりますと、1〜2年の離職期間で戻ってくる人たちが増えている。こちらまでいくと、実は継続就業する人の方が多く、必ずしも60年代の方が低いわけではないのですが、少なくとも短期間のうちに離職を解消して職場に戻る。
ただし、一度辞めてから。給与で見ると、これは相当のダウンになります。子どもを保育所に預けてといいながらも、この大部分はパート就業という形で戻っていっているということがあり、継続就業をいかに進めていくかが重要なのではないかと思います。
その中で指摘したのがヒラリー・クリントン、そしてラガルドさんの提言だったわけです。日本も、女性が男性並みに働けば、今の潜在成長率の低下を回避することができる、GDPは16%上がると言っています。
あるいは、IMFでは、G7並みに日本の女性が働くようになれば、1人当たりGDPを4%、北欧並みに働けば8%上げることができる。どうやって労働力の減少を食い止めるのか、女性労働力率をヨーロッパ並み、北欧並みに高めていくことが、日本全体の成長率の根源になると言ったのです。
自らやってみようということで、その研究を進めているのですが、もう一つ、女性が仕事を続けるとなったときに、さらに少子化が進展していくのではないかという懸念があります。
国単位で見たときに、女性の労働力率を15〜64歳でとった場合に、何パーセントの人が働いているのでしょうか。そして出生率です。一つの点が一つの国を示しています。右側の図で、国際比較で見ると右下がりになっている。右下がりというのは、多くの女性が働いているという中において、出生率は低いということです。これは、子どもを取るのか仕事を取るのかという二律背反になります。
だとすれば、女性が働きに出れば、GDPは短期的には上がるかもしれないけれども、もしかすると長期的には少子化がさらに進展する可能性があるのではないかという懸念が持たれます。
ところが、これは1970年代のことでした。1985年、2000年代以降になると、同じグラフに同じ国を取っても変わってきています。この場合は右肩上がりですから、多くの女性が働いている国の方が、出生率も高いという傾向が出てきている。ただし、何もやらなくてもこうなったわけではなく、それなりに働き方改革を各国が進めてきたということがあります。
従来、仕事を取るのか子どもを取るのかというものであったのが、今やこういった国においては、仕事も取れるし子どもも取れるというように、二律背反から両立可能な働き方への改革が進んできたということになります。
一方、どちらとも進んでない国ですが、それが多いのは南欧だといわれます。例えばギリシャやスペイン、イタリア、こう言うと財政の話をしているのではないかと言われることがあるのですが、その三つの国がここにあります。要は、仕事と子育てというような性別役割分担が割とはっきりしていて、男女の賃金の差が大きい国において、これが起こっているということです。
もう一つ、出生率の低い国が東アジアです。南欧、地中海文化圏と並ぶ東アジア文化圏で、日本、韓国、そして台湾、シンガポールといった国です。シンガポールはちょっと違うのですが、日本、韓国においては、女性が働いている比率が低く、性別役割分担がはっきりしている。これを右上に位置する国のように持っていくために何が必要かを考えると、やはり働き方改革、ワークライフバランスの推進で、これが男女を問わず必要となってくるということです。
女性の継続就業、就労促進によって少子化が懸念されたわけですが、両立のための環境整備を進めることによって、少子化に歯止めがかかる、その結果、両方とも持続可能な成長に持っていくことができるということですが、これはマクロの話です。
女性の2003年と2013年における、働いている人たちの比率(雇用就業率)、年齢カーブでいわゆるM字と言われるものです。点線が2003年、実線が2013年で、10年間でこれだけ働く女性が増えたということになります。
気になるのは、もう一つの正規雇用就業率の線です。実は雇用就業率は、正規も非正規も全部込みの数字でした。ところが、正規に限定したらどれだけ働いているかを見ると、確かに上昇していますが、その上昇幅は非常に小さい。上昇したほとんどは、実は非正規だったということが分かります。
5 非正規雇用の増加と無限定正社員
こうなってくると、正社員として働き続ける社会をどうやってつくっていくかが問題になってきます。その場合に、非正規からの転換の問題、非正規の雇用条件をどう改善するのかということが言われますが、同時に進めていかなければならないのが、正社員における拘束と保障の関係で、働き方の拘束をいかに和らげていくかということです。
よく言われる言葉が「無限定正社員」というものです。会社は選べるけれども、いつ働くのか、勤務時間、あるいはどれだけ働くのか、残業を含めた労働時間、どこで働くのかという勤務地、転勤の問題、そして何を仕事とするのかという職務、配置転換などは、全て会社が自由に選択し、拘束する、これが無限定正社員です。
採用の段階において限定が付いてないことが特徴だと言われます。若い人たちが多いということであれば、これに耐えられるかもしれません。ところが、高齢層、中高齢層、あるいは女性が増えてきたりすると、こういったものに耐えられない。そうなってしまうと、非正規にしかなれないといった状況になっていることはないのでしょうか。
非正規の雇用条件の改善という問題と並んで考えなければいけないのが、正社員の働き方についての改革ではないかと思います。年間の労働時間は1735というのが日本の時間です。アメリカより短い、韓国よりは短いではないかということですが、しかし、これらの数字には、かなりパート労働者が含まれています。
パートも含めた平均労働時間は右下がりです。前川リポートで約束した1800時間を割ること、短縮することは達成しました。ただ、その理由はパート労働者が増えたからです。
一般労働者に限定すると2000時間で、ほとんど変わっていないという状況が起こっています。週休2日制になったではないかとよく言われます。確かに働く日数は減りました。しかし、平日の残業時間がその分延びたというのが、この裏側にあるということです。結果的にこれだけ長時間労働のような問題が起こってきている。
さらには教育訓練の費用、掛けるコストも節約されてきているということです。自己啓発が重要だといっても、自己啓発を実際にやっている人たちはそう多くない。労働者数の減少とともに、その人々の能力はどうなのかというように質の方も問われる状況になっていると思います。
6 労働力人口の減少とマクロ・シナリオ
最後に、マクロ経済とミクロ経済においてどういうインプリケーションを持っていくのかをまとめて終わりたいと思います。
実質の経済成長率について、今後2012〜2020年、2020〜2030年ということで、二つのケースを想定して経済成長シナリオを考えています。一つは経済成長が、参加(働き方改革)も適切に行われて、高齢者、女性、そして先ほど見た若い人たちの働き方改革が進むことによって就業率を高めることができたら、どうなのか。
それが進まずに、今のままであったとすれば、どうなるのか。その結果、高齢化の影響は大きく就業率を引き下げてしまうだろうと言われています(厚生労働省「雇用政策研究会」)。こうなってくると、まさに縮小均衡のシナリオになっていくと思います。
実はいろいろ計算・シミュレーションをしてみると、かなり働き方改革によって、違ってきます。今のままの状況であれば、2020年に、2012年に比べて323万人ほど働く人たちは減るだろうという予想になっています。
ところが、その改革が進むと、340万人増ですから、ネットで現在と比べても21万人増加する。2020年になっても今の状況をほぼ維持できることになります。2020年というと、まさに東京オリンピックの開かれる年です。その5年後にどうなっているのかということだけでも、これほど差が出てくるということです。
さらに2030年ということで考えていくと、650万人ほど増えますが、それでも167万人は今に比べれば減るだろうということです。この減り方は、まさに成長率がどうなるのか、働き方改革がどう進んでいくかにとって非常に重要です。
7 働き方改革による雇用量の拡大と質の向上
では、働き方改革というのは生産性にどういう影響を及ぼすのか。よく心配されるのは、残業しなくなったら、さらに人手不足になるではないか、そうなると企業は回らないよと言われます。
ところが、正社員に占める女性の比率を企業別に見て、その企業におけるROEはどうかを見ていますが、これを見る限りにおいては、右上がりの傾向があります。
さらには、管理職に占める女性の比率が高い企業の方が、ROEが高い。女性の活用が進むと、ROEを上げると言われていますが、しかし、これには疑問が出てきます。因果関係が逆ではないのか。ROEを上げている企業で、女性が活躍しているのではないかという疑問が、皆さんからも出されると思います。しかし、そうではありません。
なぜか。擬似実験の結果がそれを示しています。今まで、ダイバーシティ経営もしていなかった、あるいはワークライフバランスを進めていなかった企業が新たにこれらを実施したら、その後、生産性やROEはどう変化したか、実施しなかった企業に比べてどのような違いが起こったかを見れば、その効果がわかるはずです。
そこで、この図は、1998〜2003年に新たに導入した企業において、企業のTFP(Total Factor Productivity)、生産性がその後どう変わってきたのかを追跡調査した結果を示しています。未導入のままの企業のTFPに対して、1998〜2003年に導入した後、2007年ぐらいから効果が出てきます。導入してダイバーシティを進め、ワークライフバランスを進めて間もないころは、実はコストや労力が掛かります。
しかし、これは投資である、単なるコストではありません。その成果が4〜5年たったころから表れてくるということになります。
何が重要かというと、無駄な仕事を省いたかどうか、仕事の見直しをして、実は必要のない仕事を明日まで残業してと、社員にやらせていないかを検証してみることです。明日まで残業してと。ところが明日になったら、それは必要なかったということはないだろうかということです。
まさにこれは、実は役所でしばしば言えるのではないか。国会対策ということで答弁を100も用意しておきながら、使われるのは一つあるかないか。
だとすれば、どういう質問をするのかというのはルール上予め提示することになっているわけですから、ちゃんと前もって提供してくれと。それに対する無駄な仕事は減らしましょうというのもあるわけですが、それぞれ民間企業、特にホワイトカラーの仕事では、どうなっているのでしょうか。
ドイツが、あれだけ生産性が上がっているにもかかわらず、労働時間は短い。フランスも、週35時間制を取っておきながら、1人当たりの生産性がアメリカよりも高い。ポール・クルーグマンが不思議だと言いました。何が不思議なのか。どうすれば時間当たりの生産性を高めることができるのか。
人は残業すれば1人当たりの生産性が上がるというのは本当かということを、まずもう一度見直す必要があると言っています。無駄なことはやめよう。仕事の内容も見直し、所定内の時間で終わらせる努力が必要です。単に時間短縮だけではありません。
同時に、第3次産業の生産性が日本は低いといわれます。本当でしょうか。日本ほどサービスの質が高い国はないわけです。
生産性は何で測るかというと、物的生産性ではありません。あくまでも、経済で捉えるのは付加価値生産性です。ただでサービスをやっても、付加価値の増加にはつながらない、生産性の向上にはつながらないということです。サービスをやったら、その分、付加価値が取れるようにするにはどうしたらいいのかということです。
なぜフランスのスーパーではあんなに生産性が高いのかというと、スーパーで長い列をつくって、お客の方が待っているわけです。その分、確かに働く方の生産性は高いかもしれない。何といっても、日曜日は営業しませんよというふうになれば、お客は長い列をつくっても、平日に買わなければいけないわけです。
みんなで、24時間営業しましょう。お客がいないにもかかわらず、真夜中まで働きましょうということをやってきたとすれば、生産性が上がるとは思いません。付加価値が高まるとは思いません。
そうだとすると、働き方についても、そういった意識改革が必要ではないかと思います。このことが生産性の向上につながるというのは、実は今の分析結果が示しているところです。
あるメーカーにおいてやったのは、まさに1カ月、1週間、1時間ごとの仕事を、ホワイトカラーの全社員に付けてもらいました。1カ月たってから、どれが必要な仕事だったか、どれが不要な仕事だったかを考えてみると、3割ぐらい不要だったものが出てきたということです。やはりそこから考えていく。ホワイトカラーの生産性向上というのは、一体何であるのか。
ドイツで、あれだけ短時間でも生産性が高い理由として、この間、読んだ本に書いてあったのは、まず整理整頓です。無駄なものは周りに置いていない。そこからホワイトカラーは始めています。
「あのファイル、どこに行ったのだ」ということに時間がかかっているのでは、生産性も何もあったものではない、無駄なものを捨てるところから考えていく必要もあるのではないかということです。もちろん、その進め方は職種によって、業種によって違うかと思います。
唯一言えることは査定です。企業における上司の査定が、いかに働く者の行動を変えているかということです。
例えば残業をしている人に対して、上司が、頑張っている人だというように、プラスのポジティブなイメージを持っていると部下が思ったら、長時間働いている人の比率が高い。あるいは責任感の強い人だと考えていると思ったら、長時間労働者は多いということです。
ところが、ネガティブなイメージ、仕事が遅い、中には残業代を稼ぎたいやつだと上司が思っていると部下が考えていれば、逆に長い時間残業している人は減っています。やはり、上司が自分をどう評価しているのか、どう受け止めているかが重要です。
企業の人事部に、この評価について、残業している者についてポジティブな評価をしているかと聞くと、人事部は少なくとも全くそれはしていない。労働時間の長さに関係なしに評価はしていると言います。
だとすれば、それを明確にしていくべきです。ワークライフバランスを進める上での三原則ということが言われます。
一つは、経営者、トップが、働き方による生産性向上、ワークライフバランス、仕事と個々人の生活のバランスを取れるように、そして男女、年齢に関わりなく働けるような状況をつくることが大切だということをいつも主張していること。年頭の挨拶にそれが出てくるかどうかが重要だと言っています。
二つ目は、中間管理職です。管理職の査定に部下の残業時間が入っているかどうか。部下が残業をすると、上司が計画的に仕事を与えていないということによってペナルティーを受ける。有給休暇を取れないと部下が言うとしたら、上司にバツを付けるというものになっているか。管理職が計画的に必要な仕事を指示しているかが重要になります。
そして一般社員同士の、お互いに仕事をカバーし合うとか、個々人の生活に応じて必要な時間は違うというのを尊重しているかどうか。こういったものがあってこそ、仕事の効率は上がるし、さらにワークライフバランスが進み、労働力人口が減少する中でも、活力ある企業を維持できるのではないかと思います。
企業の戦略として、ワークライフバランスの推進を位置づけたらどうかというのが、私からの提案です。 
 
人手不足倒産 2018/9

 

1.人手不足とは?
人手不足とは、「企業を経営する際に従業員が不足し、事業が行いにくい、もしくは行えない状態となる」ことです。
人手不足が深刻化すると、消費者側から求められる製品やサービスに対する需要に対して、生産や提供を行う企業側の供給が間に合わないという現象が発生します。
よく耳にする、人手が足りなくて仕事が回らないという悩みがまさにその状態です。
「人手不足倒産」とは?
人手不足が深刻化し、事業が回らなくなり倒産にまで追い込まれることを「人手不足倒産」といいます。倒産する企業の数自体は低い水準が続いていますが人手不足が原因の倒産件数は増加しているのです。
倒産に至るほど人手が不足する原因には、
•新規雇用がうまくいかない
•事業の主力として働いていた従業員が退職し、事業自体がストップしてしまう
などがあります。人手不足が特に深刻なのが、ファミリーレストランやファストフードなどの外食産業。客単価が安い分、時給を上げにくいため人員を確保できず、閉店に追い込まれる店舗も多く見られます。
2.人手不足による雇用の現状
人手不足によって企業の存続自体が難しくなりつつあります。現在、各業界の雇用状況はどのようになっているのでしょうか。正社員・非正規社員の雇用状況について、業種ごとに解説します。
正社員採用が増加している業界ランキング
まず正社員としての雇用状況について見てみましょう。
厚生労働省が平成29年度に発行した「労働市場分析レポート平成28年の求人倍率の概要」の「新規求人数(正社員)の増加率と産業別内訳(寄与度)」では正社員としての求人数は平成21年を境に右肩上がりに上昇しています。
平成28年の正社員有効求人倍率は0.86で、集計開始の平成17年以降過去最高となりました。平成28年時の「正社員求人数の増加率」業種ごとにおける上位3位は、下記のとおりです。
•1位 医療・福祉(介護施設など)
•2位 建設業
•3位 製造業
1位:医療・福祉(介護施設など)
正社員の求人数増加率が最も多いのは、医療・福祉関係で1.5%。同資料によると平成27年の増加率は1.6%ですのでやや減少しています。資格職が多いこともあり収入が安定しているため、求職者からも人気の高い業種です。
2位:建設業
建設業は医療・福祉に次いで2位の1.0%。平成27年は0.1%以下だったのに対して、大幅な上昇を見せています。パートタイムを含む全体の順位としては平成28年度は0.4%で5位となりましたが、正社員に限定した調査では倍を超える結果です。専門的な知識が必要となる職種が多いため、正社員としての雇用が必要になっていると考えられます。
3位:製造業
続いて正社員の増加率が高かったのは「製造業」の0.8%です。
•平成26年は1.7%と高水準
•平成27年は0.8%と大幅に減少
•平成28年は変化無し
でした。パートタイム含む全体の増加率は、
•平成26年 1.0%
•平成27年・平成28年 0.3%
と減少しています。
卸売業、小売業は若干の増加傾向
上位3位に続くのは「卸売業,小売業」の0.7%。過去4年間の増加率を見ると、
•平成25年 0.3%
•平成26年 0.5%
•平成27年 0.8%
とゆるやかに増加しています。パートタイムを含む全体としては、平成26年に増加率が半減して以降、停滞の傾向が見られます。
外食産業、宿泊は安定した水準
「宿泊業,飲食サービス業」は平成28年度0.6%とわずかな増加率です。過去と比較すると平成26年のみ0.2%に落ち込んだのを除くと、平成27年度は0.7%となり、安定した数値を保っています。パートタイムを含む増加率は若干の増加傾向があり、正社員よりも非正規社員の雇用に需要があることがうかがえます。
アルバイト・パートなど非正規雇用が不足している業種ランキング
平成30年4月に帝国データバンクが行った調査によると、正社員・非正規社員を含む全体の傾向として、人手不足を感じている企業が多いということがわかりました。
平成30年4月時点で「非正規社員が不足している」と回答した企業は32.1%。平成29年度では29.6%という結果でしたので、若干の増加が見られます。
「不足している」との回答が多かった業種の上位です。
•1位 飲食店
•2位 飲食料品小売
•3位 電気通信
1位:飲食店
人手が「不足している」との回答が最も多かったのは「飲食店」で77.3%。平成29年度調査は80.5%だったため比較すると下がっていますが、8割近い高数値です。平成30年に帝国データバンクが発表した「外食関連業者の倒産動向調査」では「飲食店」は707件と過去最多を記録。原因は人手不足によるものと予想されます。
2位:飲食料品小売
飲食店に続き、人手不足に関する回答が多かったのは「飲食料品小売」で73.1%。平成29年度は59.4%でしたので比較すると13.7ポイント増です。
3位:電気通信
3位は「電気通信」で58.3%。平成29年度は38.5%でしたので、前年比19.8ポイント増となっています。
人手不足による転職市場への影響
多くの企業が人手不足を実感するなか、転職市場にはどのような影響が出ているのでしょうか。
厚生労働省の調査によると、地域によって差はあるものの平成21年を境に有効求人倍率が右肩上がりに上昇し、それに伴い、就職率も同様の上昇を見せています。
同じく厚生労働省の調査では正社員・非正規社員を合わせた平成28年の有効求人倍率は1.36倍となり平成3年の1.40倍以来、25年ぶりの高水準です。転職市場の現状は過去数十年以来の売り手市場であるといえます。
大手企業への就職者が増加
このような転職売り手市場で、「常に買い手市場」といわれる大手企業への転職も増加しているといわれています。
平成30年の厚生労働省発行資料によると2010年以降、転職者が大企業へ転職するケースが増加しており特に「中企業→大企業」「小企業→大企業」の転職は増加が著しくなっています。
反対に「大企業→小企業」「小企業→小企業」の転職は減少しています。これを見ると小企業の人手不足はより深刻化していると推測されます。
「人手不足」の英語表現はいくつかありますが、最も直訳に近いのは「Lack of manpower (workforce) 」。lack of 〜(〜に欠けている)に manpower / workforce(人手、労働力)を当てはめた表現です。
この他に、not enough(足りない)を使って「Not enough staff」 という表現もできます。
3.「人手不足倒産」の件数は? 日本の深刻な現状
人手不足が深刻化している昨今、事業自体がストップし、事業縮小やがては倒産にまで至るというケースが後を絶ちません。
帝国データバンクは、「従業員の離職や採用難等により人手を確保できず、収益が悪化したことなどを要因とする倒産」を「人手不足倒産」として、平成25年から平成29年の5年間で起こった倒産について調査しています。
この調査結果をもとに、日本の「人手不足倒産」の現状を見ていきましょう。
業種別倒産件数ランキング
同調査による平成25年から平成29年の5年間における累計倒産件数を業種別に順位付けすると、以下のようになります。
•1位 建設業
•2位 サービス業
•3位 製造業
•4位 運輸・通信業
•5位 小売業
上位3位の業種について、過去数年の傾向について詳細を解説します。
1位:建設業
倒産件数が最も多かったのは「建設業」で平成29年度は31件と過去最多です。5年間の累計でも129件と、他を大きく引き離して1位という結果が出ています。
2位:サービス業
建設業に次いで多かったのが「サービス業」で平成29年度は27件。ただし平成28年度と比較すると18.2%の減少が見られており、年度によってバラつきがある業種といえます。5年間の累計は106件です。
3位:製造業
平成29年度は16件で、5年間の累計は38件です。平成28年度と比較すると166%と増加が著しく、平成28年以前と比較しても急激な上昇が見られました。
都道府県別倒産件数ランキング
続いて、同調査による都道府県別の「人手不足倒産」件数について解説します。5年間の累計件数に順位をつけると次のような結果になりました。
•1位 東京都
•2位 大阪府
•3位 福岡県
•同数4位 北海道、静岡県、愛知県
1位:東京都
東京都は47都道府県中、群を抜いて倒産件数が多く49件。平成29年度は13件で、前年度比18.2%増です。東京都は人口も企業数も多いため、このような結果になったのではないでしょうか。
2位:大阪府
大阪府は2位で26件でした。平成29年度は10件で、前年度と比較して25.0%増加しています。東京の約半分の件数ですが、大阪も大都市のため上位の数値となっているようです。
3位:福岡県
福岡県は25件で、大阪府と僅差です。首都圏と比較すると人口は少ないものの、企業数が全国でも上位の福岡県は、全体的に働き手が足りていない可能性があります。
地方の状況は?
地方で「人手不足」倒産による件数が目立つのは、北海道・静岡県・愛知県の22件、宮城県の14件です。
首都圏(東京、神奈川、埼玉、千葉)はすべて上位10位内に入っていますが、そのほかの地方でも「人手不足」倒産する企業は少なくありません。同調査では明らかにされていませんが、人口に対する企業の割合が関係しているのではないでしょうか。
4.なぜ人手不足に? 解消できない理由・原因
このように、大都市以外でも「人手不足」倒産が起こっており、人手不足は全国的な問題となっています。なぜこのような事態が起こっているのでしょう。
原因や解消できない理由には、高齢化などの社会問題や労働環境の変化などの事象が関係していました。
1 生産年齢人口の減少
社会で働くのに適した年齢である15〜64歳までの人口を「生産年齢人口」といい、この生産年齢人口の減少が企業の人手不足を引き起こす原因のひとつと考えられています。
NHKが番組内で発表した調査によると生産年齢人口は1995年にピークを迎え、その後減少の一途をたどり、2015年時にはピーク時より1,000万人も減少しているといいます。
今後も増加の見込みはなく2050年にはさらに2,000万人以上の減少が予想されているのです。
2 機械化してもAIやIT、IoTを扱える技術者が少ない
企業のなかには、人手不足の対策としてAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット化)を取り入れているところもあります。有効な手段に見えるのですが、そこに落とし穴がありました。
2017年6月に行われたロイター企業調査によると、「AIやIT(情報技術)、IoTを扱う人材が不足している」(輸送用機器)といった結果が出ています。
高度な機能を持つシステムは複雑な操作を理解する必要があり、扱える人間が限定されます。しかし技術を扱う専門的知識を持つ人材が不足しているのです。
3 短期的な人手不足への対応に懸念
一方で、人手不足が進んでいく現状に焦り、急速に人員を増加することへの懸念も上がっています。
2016年のNewsweek日本版の記事によるとある与党議員は「『短期的な人手不足で雇用を増やすと、5年後以降に大幅な人員余剰になる可能性があり、それを懸念する声が多かった』と明らかにした」そうです。
人手不足でも賃金が上がらない原因は?
人手不足を解消するため、賃金を上げたらよいのでは?と考える人も多いでしょう。しかし企業には、賃上げに踏み切れない理由があると東京大学社会科学研究所の玄田有史教授は指摘しています。
何か起こった際賃下げできない
一度賃上げをすると、不況に逆戻りした場合に賃下げできず、賃下げを行えば従業員のモチベーションが低下します。これにより、賃金の増減を嫌う企業が多いそうです。
年齢とともに賃金を上げる制度を廃止する企業の増加
高齢化による高所得者の増加は企業に負担をかけるため、年齢とともに賃金を上げる制度を廃止する企業が増えているのです。
就職氷河期に新卒となった層
就職氷河期に新卒となった層の多くが、
•就職できない
•希望の職に就けず早期退職した
などと見られています。その結果就職氷河期に新卒となった層に十分な教育や訓練がされずスキルが不足したのです。これも原因のひとつとされています。
5.今後はどうなる? 人手不足の対策
多くの企業が人手不足を懸念し、対策を行っていますが、なかなか解消につながらないのが現状です。今後はどのような方法で改善を目指すのでしょうか。定年退職者の雇用や、AIの導入など、現在進みつつある取り組みについて解説します。
1 高齢者の雇用を拡大
2 AIやロボットの活用
3 外国人労働者の採用
1 高齢者の雇用を拡大
定年後も非正規社員として企業に残る人が増えています。数十年前と比べて、最近の60代・70代はまだまだ仕事をするのに支障がない人が多く、仕事を続けたいと考えている人も多いのです。
高齢化が急増し定年を迎える労働者も増加し続けているという現実を受け国家をあげて人手不足対策に有効な手段としてシニア世代の就業支援に取り組んでいます。
2 AIやロボットの活用
前述したとおり、人手不足に対してAIやロボットなどの導入を進めている企業も増えています。しかしAIやIoTは複雑な機能を持つため、それを扱う技術者の数が追いつかないという声がありました。
また、専門的技術者を必要としない機械、たとえばコンビニのレジなどへの導入がまだ行き届いていない企業も少なくはありません。自動車の自動運転などに代表される新技術を有効に活用しようという声もあがっています。
コンビニにおける無人レジ
大手コンビニチェーンのローソンでは本格的なAIの導入を進めており、2017年12月に無人レジなどの最新設備を設置した、次世代型の実験店舗を東京都内にオープンさせました。
「オープンイノベーションセンター」という実験施設で、ここで試験した技術を2018年春以降に実店舗で導入していくとのことです。
店舗では深夜帯の人手不足が深刻化していました。こうした人手不足の問題を、無人レジやICタグを使った自動支払いなどの技術を使って解消しようという試みが行われているのです。
3 外国人労働者の採用
人手不足の解消には、外国人労働者の採用も有効だという意見もあり、すでに、就労ビザを持たず、技能実習生として労働している外国人が多数います。
日本国際交流センターの毛受敏浩氏は、不安定な状況の外国人労働者を安定した仕事に就業させ、国内に定住できるようにすることが人手不足問題の重要な解決策になるのでは?と指摘しています。
まとめ
人手不足は全国的な問題として年々深刻化しており、程度の差こそあれ、どの業界もどの地域も、他人ごとではなくなりつつあるのです。
「人手不足」倒産に追い込まれることによる、自殺者数や貧困家庭の増加など、二次的被害も懸念されています。
まずは企業が勇気を持って賃上げや労働環境の改善に取り組むこと、また、それを政府や行政が一体となってサポートしていく姿勢が求められているのかもしれません。  
 
人口減少日本 2017/6

 

鈴木敏文氏 「人口減少論」
セブン&アイ・ホールディングス前会長の鈴木敏文氏は言う。
「これまで日本で人口は増え続けてきたが、人口減少の時代へ本格的に突入します。経営者が従来の考えに安住していたら、会社はすぐに立ち行かなくなるでしょう。
人口減少は確実に起きるとわかっていて、避けられるものではない。まずは頭を切り替えることが先決です。社会が大きく変わっていく中で、企業経営者はなにをすべきかを真剣に考えていかなくては生き残れない」
日本社会がいまだ経験したことのない急激な人口減少が、いよいよ本格的に到来する。
国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の最新統計によれば、これからは毎年のように世田谷区の人口(約89万人)が丸ごと消えていくほどのペースで人口減少が進み、日本は間もなく「人口8000万人台」時代へ突入する。
当然、これから消費は激減し、市場のパイが一挙に縮むことは必至。もはやなにが起きてもおかしくない「激変時代」が幕を開ける。
鈴木氏が続ける。
「これまでも、そしてこれからも、経済というのは絶えず変化し続けるものです。かつてダイエーが『日本一』と言われていたのに、変化に対応しきれなかった。大切なのは、いまある状況を前提にしてものを考えるのではなくて、絶えず変化に対応し続けることです。
私がコンビニをやっていた時も、『コンビニは3万店で飽和状態』と言われました。しかし、私はそんなことは絶対にないと言い、銀行サービスを始めたり、プライベートブランド商品を作ったり、変化に対応して新しい価値を生み出してきた。
経営者というのは、真面目に生きている真面目なひとたちが安心して生活できる社会を作ることを考えていかなければいけない。そこに向かってなにをするのか。経営者は常に、未来に向けて準備をしなければいけない。変えることは努力がいることだが、それができないと生き残れない」
もう止められない人口激減ニッポン――。
鈴木氏が警告するように、動きを止めれば座して死を待つのみ。自覚した日本の名だたる有名企業は一斉に準備を始め、すでに動き出している。
「日本最強企業」であるトヨタ自動車も、その例外ではない。
ピーク時(1990年)には日本全体で800万台近くあった新車販売台数が2030年代には400万台に半減するとも言われている中、トヨタも来たるべき「人口8000万人時代」に備え、国内販売の抜本的対策として『J−ReBORN(リボーン)計画』なるものを始動させた。
トヨタ幹部が言う。
「表立って発表しているものではないですが、経営陣の力の入れようは相当で、『創業80年にして最大の改革』と銘打っています。販売店関係者を集めた会議では、豊田章男社長みずから『販売店もリボーンしなければいけない』と語り、ディーラーに発破をかけている。
実はトヨタ内では、現在150万台水準で推移している国内販売台数が、10年後には130万台ほどにまで落ちるリスクがあるとの危機感がある。そのため、20万台の新たな需要を作り、150万台を維持するための施策をまとめたのがこの計画。
具体的には、クルマやレンタカーなどバラバラになっていたID情報を統合して利便性を上げたり、若者がクルマを購入しやすいように中古車販売に力を入れたりする予定です」
コンビニはどうなる?
トヨタは計画の詳細について'15年秋から販売店に周知を始め、今年がまさに計画を「実行」に移す段階。当然、ライバルも遅れを取るまいと動き出している。特に鼻息が荒いのが、カルロス・ゴーン会長率いる日産自動車である。
「日産自動車は大型商業施設のららぽーとに販売店を初出店して、従来はつかみ切れていなかった新しい家族層などを顧客に取り込み出した。今年からは数百億円規模を投資して既存店を改装して旗艦店を作る予定で、カネの投入の仕方も大胆になっている。
しかも、この国内販売改革の陣頭指揮を執っているのが、星野リゾートの星野佳路社長の妻でもある専務執行役員の星野朝子氏。ゴーン氏がみずからスカウトし、『ゴーンが惚れた女』と言われるやり手です。
昨年にはフォルクスワーゲングループジャパンの社長だった庄司茂氏をスカウトし、国内ディーラー網を再建する本部長に抜擢する仰天人事まで断行した。人口減少という危機に乗じて、日産はトヨタの牙城を一気に崩そうとしている」(日産関係者)
限られたパイをどこが取るか――。
縮む市場を奪い合う競争が激化しているのは、小売業界も同じである。
これからの日本では人口減少とともに高齢化が進み、2025年にも3人に1人が65歳以上という「超高齢社会」に突入する。若者の旺盛な消費が期待できない中、小売業界ではスーパー、コンビニの「仁義なき戦い」が勃発している。
「これまでの人口増加社会では、巨大スーパーが駅前にあり、銀座などの都心部には巨大百貨店があった。家族は子ども連れで休日に百貨店で買い物を楽しみ、主婦がスーパーに買い物に出たが、人口減少と高齢社会の到来でこの構図が大きく崩れている。
シニア層の買い物は徒歩15分圏内なので、まず百貨店から客が消えて、車で行くイオンなどの大型スーパーも厳しくなってきた。
そこに、コンビニが生鮮食品や冷凍食品の取り扱いを増やすなど『ミニ・スーパー化』を進め、スーパーの需要を喰っている。
スーパーは宅配などに力を入れて対抗しているが、セブン−イレブンやローソン、ファミリーマートのコンビニ3強は商品力で圧倒して、スーパーは突き離されている」(流通アナリストでプリモリサーチジャパン代表の鈴木孝之氏)
そんなコンビニ戦争では、ローソンが親会社の三菱商事、ファミリーマートが伊藤忠商事との連携を強化しており、さながら「大手商社の代理戦争」とも化してきた。
しかし、「勝ち組」のコンビニも安泰ではなく、ここへきて新たなライバルとしてドラッグストアが参戦してきた。
「いま最も勢いに乗って、攻めまくっているのがドラッグストアです。彼らは調剤で粗利を取れる分、食品や菓子などはコンビニではできない破格の安値で売り出すことができる強みを存分に生かす戦略。
飲料、菓子などの安売り特価商品を店頭などに並べて集客したうえ、冷凍食品なども取り扱う『コンビニ化』を進め、一気にコンビニから客を奪おうとしている。
特に地方は攻勢で、宮崎県発のコスモス薬品や石川県発のクスリのアオキは、年間数十店から100店舗のペースで急拡大する見込み。
業界大手にはイオン系のウエルシアHD、マツモトキヨシHDなどがいますが、今後はさらなる業界再編で巨大化していく。コンビニ3社には大きな脅威になる」(前出・鈴木氏)
建設業界の大問題
干上がった砂漠のオアシスさながら、人口減少時代には需要のあるマーケットに、業界の垣根を越えてあらゆる企業が群がる。業界内でパイを仲良くわけあう「馴れ合い」で生き残れる時代ではない。
「鉄道業界でも、JR九州が『越境』して東京の新橋にホテルを開業する方針を示すなど、従来の縄張りを越えたビジネス展開が加速しています。
JR西日本も三菱重工業の不動産事業を買収して東京に進出し、近畿日本鉄道は博多に進出する動きを見せている。東急電鉄はアジアの住宅開発に進出し、ハウスメーカーの牙城を崩そうとしている。
これからはあらゆる業界で、マーケットを『越境』する流れが止まらなくなる」(ビジネスリサーチ・ジャパン代表の鎌田正文氏)
ここで下のグラフをご覧いただきたい。
これは社人研が一定の仮定のもと、日本の人口が「西暦3000年」までにどのように推移をするかの試算結果をグラフ化したもの。
新聞やテレビは50年後(2060年代)くらいまでの数値しか報道しないが、日本の人口は100年後にはほぼ「半減」するなど、「その先」には目を覆いたくなる破滅的な世界が広がっていることがわかる。
牛丼チェーン『すき家』などを運営するゼンショーHD社長の小川賢太郎氏は言う。
「これからは人口減少社会へ対応するのは当たり前で、むしろ経営者はみずからこの国をどう作っていくのか、という国家百年の計を持つことが大事になってくる。
また、経営者も従業員も優秀な人材であるほど、より豊かな生活を求めて海外に移ってしまう可能性がある。経営者は市場がシュリンクするなどと頭を抱えている場合ではなく、社員がやりがいを持てる夢を示さなければいけない。
われわれは、これまで日本で蓄積した技術や人材、パワーを、今度は世界の70億人に問うていこうと言っています。われわれの商品やサービスで、世界の食のインフラ作りに貢献する。そういうやりがいがあれば、社員もモチベーションが上がると思うのです。
どうせ数年で交代するから、自分の時代だけ良ければいい。そんなことを考えているサラリーマン経営者の会社は厳しい」
ニッポンではこれから、「生まれる子」の数も激減する。昨年は約97万人で、1899年に統計をとり始めてから初の100万人割れとなったばかり。さらに、これが50〜60年後にはほぼ半減、100年後には約32万人へと落ち込む見込みである。
企業では同時にベテランの大量退職も進むので、企業の「人材獲得競争」はおのずと激しくなる。鹿島建設社長の押味至一氏も危機感を隠さない。
「建設工事に従事する経験豊富で有能な技能労働者の引退と新たな入職者の減少が同時に進むことにより、専門技術やノウハウが次世代の担い手へ伝承されなくなることを懸念しています。このような懸念から、当社グループは建設業のあり方そのものを見直す『鹿島働き方改革』を推進していく。
これは、技能労働者の処遇改善や工期を遵守しつつ、工事現場の『週休二日』に挑戦する取り組みです。このような取り組みを通じて、若年層の建設業への入職促進と育成に努めていきたい。
また、生産性向上に向けては、既製の部材を活用し省力化を図るプレキャスト工法の導入や、AIやIoTなどを取り入れた自動化施工技術の開発なども進めています」
宅配大手のヤマトHDが人手不足問題から大幅減益に追い込まれたように、人口減少は企業の業績を直撃する。若者が激減して「国力」が大きく萎んでいく中で、いったいどれだけの企業が生き残っていけるのか……。
競争か共存か
学習塾大手で『東進ハイスクール』『四谷大塚』などを運営するナガセ社長の永瀬昭幸氏が言う。
「私は一人の教育者として、次世代の若者たちに夢を持ってもらいたいと思っています。しかし残念ですが、人口が減り、国力が衰退する中で夢を語ることは難しい。私はこのままでは日本が消滅するという危機感すら覚えています。
かつてローマ帝国も少子化の危機にありましたが、初代皇帝アウグストゥスが徹底した少子化対策を打ち出すことによって、その後数百年に及ぶ繁栄を勝ち取りました。
日本でも第三子以降の出生に政府が1000万円支給するなど、抜本的な少子化対策が喫緊で必要だと思います。
一方、一人の経営者としては、国内での教育ビジネスにはまだまだ成長余地はあると思っています。東進ブランドはいま高校生の部門でトップシェアですが、それでも国内シェアは12%にすぎません。企業努力をすればこのシェアを3割、4割と伸ばしていくことができるでしょう。
海外に進出していく前に、まだまだ国内でやるべきことはたくさんあるし、伸びシロもある。われわれも、さらなるサービスの充実に力を入れていく」
人口減少時代の企業経営は、トップが戦略と決断をひとつでも誤れば、会社が一気に「即死」に追い込まれる危険がある。しかも、少ないパイを奪い合う生存競争では、多くの企業が敗者に堕ち、勝ち残れるのは上位1〜2社だけ。
多くの敗者の残骸のうえに、少数の勝者が君臨する。これが未来の企業勢力図のリアルだ。
サントリーHD社長の新浪剛史氏も言う。
「少子高齢化・人口減少によりマーケットの大きな伸長は望めない中で、他社では真似できない唯一無二の商品を開発し、お客様のニーズにお応えしていくことが重要。
たとえば、高い品質の本当においしいビールやウイスキーを飲みたいという需要は大きく、現在の厳しい市況の中でも『ザ・プレミアム・モルツ』やジャパニーズウイスキーなど、プレミアムな酒類製品は好調だ。
また、トクホ、天然水、緑茶などの飲料やサントリーウエルネスが展開する健康食品など、お客様の健康に貢献する飲料・食品には、今後さらに高い成長が期待できる。グローバル化を進める上でも国内事業は企業にとって足腰であり、しっかりと取り組む必要がある」
実はこうした人口減少時代の到来を受けて、これまでの常識では考えられない、まったく新しい「競争の形」も生まれてきている。
たとえば、飲料業界。新浪社長が語った通り、アサヒグループHD、キリンHD、サントリーHDによる商品開発競争が激しいが、業界内では並行するように「競争から共存へ」という新しい生き残り戦略が始まっている。キリンHD幹部は言う。
「たとえば、うちはライバルのアサヒとビールの共同輸送を始めているほか、日本コカ・コーラグループとも共同配送や共同調達を進めている。
磯崎功典社長は、『現在のような大手4社体制がいつまでも維持できるとは思えない』と公言し、闘うところは闘うが、手を組むべきところは組まないと共倒れするとの危機感を持っている。今年9月からは、アサヒ、サントリー、サッポロと北海道で共同配送も始める」
実はこうした「競争と共存」戦略は各業界に広がっていて、製薬業界では武田薬品とアステラス製薬が医薬品の共同保管・輸送を決定。化学業界でも、東レ、三井化学、出光興産などがトラック輸送で提携を始めた。
航空業界にいたっては、長年のライバルであるJAL(日本航空)とANA(全日本空輸)HDの「強制的協調」が始まる可能性もある。
損保、不動産は業態転換へ
というのも、人口減少化での地域航空会社対策を検討してきた国土交通省の研究会が、この6月にまとめた『中間とりまとめ』で〈航空会社間において、競争という次元ではなく、協業を行うことが必然〉と断言。
異例のことながら、JALとANAが手を取り合うことで、航空業界を存続させることを要請してみせたのである。
地域路線では「協調」しながら、海外路線ではライバルとして争う――それが航空業界の未来図になるかもしれない。ANAHDの片野坂真哉社長は言う。
「人と人、地域と地域をつなぎ、地方創生と連動した大都市圏から地方への流動を促進する。都会から地方への新しい需要を創出するために、日本が誇る各地のさまざまな魅力を積極的に発信していく。
長い目で見れば国内の航空需要が鈍化していくことが予想される中、訪日需要の取り込みや新規需要の開拓も必要となってくる。最近では、LCC(ローコストキャリア)が一つの大きなブームになっている。
(ANA傘下の)バニラエアは成田・首都圏を、また(同傘下の)Peach Aviationは関西マーケットを中心に新たな需要を掘り起こしており、この流れは当面続くだろう。
全世界の中で、北東アジアにおけるLCCのマーケットシェアは10%程度に留まっているが、欧州等は30%程度の水準にあり、拡大の余地がある。新規需要を余すところなくANAグループに取り込むことが最大のポイントだ」
人口減少という大きな波を乗り越えるべく、「業態転換」に走る企業も出てきている。
典型的なのが、保険業界。あいおいニッセイ同和損保の金杉恭三社長が、「高齢社会の到来にともない、高齢のドライバーが増加する。
当社は急発進、急ブレーキ等の運転挙動を捉えるテレマティクス技術によって、高齢者にさまざまな運転アドバイスサービスを行うことで、高齢者の安全なカーライフをサポートしていきたい」と言うように、損保ビジネスは「保険」から「サポート」への事業転換が進んでいる。
SOMPOHD幹部も言う。
「これまでの損保ビジネスは事故があった時に金銭面で補償するものだが、いま進めているのは事故を防ぐためのサポート。運転情報をデータで収集して、安全運転しているほど保険料を安くするという、テレマティクス技術を使った商品などを開発している。
医療分野が『未病』を進めているように、損保も『予防事業』への拡大を始めた」
不動産業界では、「ハード」から「ソフト」への転換を急いでいる。
「住宅もオフィスも供給過剰で大きく伸びが期待できない中、三井不動産などは千代田区、港区などに坪1000万円超の高級マンションを作り、そこでコンシェルジュ的なサービスを含めた『ソフトウェア』を売り物にするビジネスを始めている。
さらに、これまでのように箱モノを作るだけではなく、箱の中の商売で直接収益を得るビジネスモデルにシフトする動きも出ている。典型的なのがホテルや物流倉庫で、NTT都市開発やサンケイビルなどの大手も積極的です」(オラガ総研代表の牧野知弘氏)
越境進出、共存戦略、業態転換……。見てきたように人口減少に対応すべく、企業はあの手この手を繰り出しながら、生き残りに必死になっている。一方で、人口減少を逆手にとって、積極果敢に攻め込もうという企業も出てきた。
証券と生保が喰い合う
野村グループCEO(最高経営責任者)の永井浩二氏は言う。
「2025年には『団塊の世代』がすべて75歳以上となり、社会保障費の公費負担への依存に限界がくるため、国や制度に頼るのではなく、『自分の老後は自分で守る』という気運が広がってくる。
また、投資の世界では『インフレ時には有価証券で、デフレの時はキャッシュで』が鉄則で、日本の投資家はこれを忠実に守ってきたが、長い目で見れば、デフレが終焉しインフレ期待が高まることで『貯蓄から資産形成へ』と流れが変わる。
そうした中、資産形成層に対しては、長期に亘る積立型の投資を通じて広く投資のメリットを実感して頂けるよう、金融・経済知識の普及や各種マーケティング活動等にこれまで以上に積極的に取り組んでいく。
また当社は慶応義塾大学と共同で『長寿・加齢が経済及び金融行動に与える影響(ファイナンシャル・ジェロントロジー)に関する研究』プロジェクトを立ち上げ、金融分野での老齢期及び老齢化のプロセスの研究を始めた」
高齢社会では社会保障制度が崩壊するため、自前での資産運用ニーズが高まり、そこに商機が出てくるということ。明治安田生命保険の根岸秋男社長も言う。
「国内生命保険市場においては、少子高齢化の進展による生産年齢人口の減少などにより、死亡保障へのニーズは中長期的に縮小すると予想しています。
一方で、高齢化・単独世帯化の進展、女性就労率の上昇、公的年金制度の所得代替率の低下などにより、医療・介護分野や貯蓄性商品に対するニーズがさらに高まり、生命保険会社への期待はますます大きくなるとも考えている。
これらをふまえると、今後10〜20年のスパンで、国内生命保険市場が縮小するとは考えていない。
当社としては国内生命保険マーケットでは、『高齢者・退職者』『女性』『第三分野(医療・介護など)』『投資型商品』を4つの重点マーケットと位置付け、積極的に商品・サービスを提供する。
具体的には高齢者・退職者向け新商品の開発、女性向け商品・サービスの提供、投資型商品(外貨建て保険)の提供、健康情報等を活用した商品・サービスの研究・開発などに取り組んでいく」
当然、これからは資産運用ニーズを証券会社と生命保険会社がガチンコで取り合うことになる。
熾烈な生存競争は始まったばかり。どんな大企業であっても、生き残れる保証はない。  
 
人口減少「放置」 日本経済は詰んでいる 2016/4

 

止まらない日本の衰退。今後も人口減少やそれに伴う労働力不足などにより、状況はますます厳しさを増すと言っても過言ではないでしょう。この流れを止める手はあるのでしょうか。メルマガ『国際戦略コラム』の著者・津田慶治さんは、まさに今この時点で政府が打たなければならない対策について、独自の視点で論じています。
現状
日本の衰退は、家電産業の衰退で63兆円もの産業が半分以下になったことが大きい。観光として、外国人が2,000万人も訪日したが、1人10万円を使ったとしても2兆円程度の規模であり、航空機代で30万円としても6兆円であり、家電産業の63兆円を代替できない。この家電は、多くの部品産業も下に抱えていたので、多くの雇用も失われたのである。
日本の衰退の大きな原因は、家電などの製造業の衰退で、給与が安いサービス産業が代替として大きくなり、そのため非正規雇用の安い労働力に頼る産業しか雇用先がなくなったことによる。
この事実が重い。それを金融政策や財政政策でヘリコプターマネーまでも導入しようとしているが、それだけでは製造などの高付加価値産業が復活するはずがない。その上に、非正規雇用の低賃金を問題にしているが、正規雇用の賃金が下がるだけで、全体的な低賃金の問題は解決できないであろう。
そして、手を拱(こまね)いている間に、人口減少問題が追い打ちをかけてきた。労働人口が毎年20万人も減る事態になり、この労働力不足問題も解決しないと、日本の衰退は急速に進むことになる。
親戚が人材派遣業をしているが、最初に雇用問題が起きるのは、時給が安い建設、農業、港湾、飲食店やコンビニなどであり、多くの外国人研修生や在日外国人を派遣しているが、それでも足りないという。もう一歩進めないと、労働不足になり、現場が回らなくなると。
日本人労働者は、比較的賃金が高い倉庫や夜間勤務が多く、その仕事に優先的に回しているようだ。日本語の問題がキーになっている。
現時点の失業率は3%程度であり、ほとんど完全雇用状態である。国民総生産を維持するためには、労働者数を維持して、その労働者が生産する価値を上げるしかない。しかし、価値を上げるためには、製造業の構築が重要になる。サービス産業でも、高付加価値な高級ホテルなどが重要になる。
しかし、非正規雇用が40%にもなり低賃金であり、高付加価値なホテルやスーパーを利用できない方向になってきた。ここに大きな問題があるのだ。作っても利用客がいない。
この大きな問題を無視して、政治家も評論家も小手先の金融政策や財政施策、同一労働同一賃金などの問題に血眼になっている。問題の本質を忘れている感じを受ける。
労働力不足問題
一歩一歩、本質の問題を解決することが重要なのである。最初は、労働力不足問題であり、女性の社会進出を促進することが第1で、そのために子供の保育は、国の責任としていくしかない。
ウーマノミックスと口では安倍首相は言うが、実態はほとんど変わっていないことが判明したのが、「保育園落ちた。日本死ね」のお母さんの叫びである。子供の貧困問題が起きる原因は、母親に非正規雇用の低賃金と保育所に入れない問題のミックスで襲いかかることによる。
第2に移民などの労働力増強である。移民に対して日本国民の反発が大きいので、政治家も移民政策を推進できないでいる。しかし、移民政策にも段階がある。労働者数の拡大が重要であり、最初の1歩は日系人の労働者で、第2歩は外国人研修制度であり、第3歩としては、企業の期限を設けた労働ビザの発給である。4歩目は日本語や技能資格による在日期間の長期化などを制度として確立することである。
知的労働者には、永住権が3年で与えられるが、その延長上に技能資格が上位にある外国人労働者も同様な扱いができるようにすることである。このように技能などが高い労働者を日本は確保することである。
移民問題で、大きいのはテロなどの危険性が増すことであるが、宗教上の理由が大きい。仏教は自己の人格を高める方向にあるが、イスラム教やキリスト教は神との関係が重要であり、他宗教に寛容ではない。このため、仏教国民には、その理解が難しい。このため、なるべく、理解可能な仏教徒を中心に移民政策を進めることが重要である。親日仏教国とFTAを結び、移民政策を行うことだ。
同一労働同一賃金
移民労働者は、多くが非正規雇用になるので、非正規問題は移民労働者も共通になる。
移民を受け入れる各業界毎に、国際条約から内外民平等があるので、移民受け入れ時同一労働同一賃金にするために、各個人に技能等級を付けておくことが必要になる。
そして、この制度は、国内の同一労働同一賃金政策でも利用でき、かつ、業界全体で育成プログラムを統一化して、業界標準を作る必要がなる。当面、コンビニ、農業、建設、港湾や飲食業界では必要になる。
正規労働者賃金も、技能等級+管理能力等級の賃金体系にして、非正規労働者でも管理業務を担わせるなら、管理等級の賃金を払うことである。これで透明化ができるし、同じ労働者が同一業界他社へも転職もできるようにしておくことだ。
今後、日本人労働者の減少が続くことになり、管理業務を日本人労働者がおこない、外国人労働者が技能面を行うようになると見ている。その時点で欧米と同じ様な社会構造になるのであろう。
付加価値を上げること
付加価値を上げるためには、サービス産業では高級ホテルなどを誘致して、労働単価を上げることである。外国人観光客でもセレブ層に日本に来てもらう努力が必要になるが、高級ホテルは需要があると見る。しかし、高級スーパー、デパートは現時点では、今以上は無理かもしれない。
しかし、製造業の方が付加価値は上げられるが、今ある製品では付加価値を上げることは難しい。イノベーションを起こして、その製品を実用的な価格にして普及することが重要である。日本には多くの途上製品がある。セルロース・ナノ・ファイバー、燃料電池自動車、EV車や人工光合成、IPS細胞などであり、米国発の人工知能なども候補になるが、この成熟を待つしかない。
その立ち上げができるまでの繋ぎとして、日本が強い自動車の車検期間を長くしたり、安全等の規制を緩くして自動車価格を抑えることなど規制緩和が重要になる。日本の強い産業の競争力や販売数量を上げる施策などで、内需拡大を行うことである。規制緩和を日本産業の競争力向上に向けることが重要だ。
自動車の公的な規制が強くて、価格や維持費が掛かりすぎていることで若者の車離れを引き起こしているように思う。また、企業は海外拠点で作っている安い車を国内でも生産して、販売数を上げる努力が必要であると思う。
今後の政策の基本
金融政策や財政政策では、日本が抱える根本問題を解決しないと理解して、根本問題の解決を優先的に行う必要がある。金融政策は時間稼ぎであると、量的緩和を提案した時に最初に述べたことである。
アベノミクスの第3の柱である構造改革に、企業経営者の法人税率削減などの提案に多くの時間が割かれ、私が期待した移民政策や女性活用政策、規制緩和政策に十分な時間が投入されていない。
このため、量的緩和で稼いだ時間がとうとう尽きたようである。
政治家にも民間委員にも、日本の百年の大計を構想している人がいないのが残念である。どうして、これだけ統計が確立した日本で、その統計を見て根本的な問題点を把握しないのであろうか?
人口統計で、日本が10年後陥る問題は、現時点でわかっているではないか、それに解決案を作り、国民を説得していくのが、政治家の役割である。それを放棄している。そのため、日本は衰退の道を加速度をつけて、転がり下っている。早く根本原因を見極めて、政策対応しないと手遅れになるぞ。
非常に心配である。さあ、どうなりますか? 
 
人口減少社会とこれから起こる変化

 

日本の現在の人口は1億2700万人、これが2050年には9,700万人、2100年には5,000万人にまで低下すると予測されます。この人口減少を受けて、2014年5月、元岩手県知事で元総務大臣の増田寛也氏は、2040年には896の自治体が消滅するという報告書 通称「増田レポート」を発表し、全国の自治体関係者に衝撃が走りました。では、この人口減少はどのようなものか、そして企業経営にどのような影響を及ぼすのか、さらに「増田レポート」も指摘しなかった事実について述べました。
1 人口減少の現実
現在1億2700万人の人口は、2050年には、9,700万人、2100年には5,000万人にまで低下すると予測されます。15歳〜64歳までの生産年齢人口は、ピークの1995年には8,717万人でした。その後低下し2015年には7,682万人と1,035万人も減少しました。2030年には6,773万人(2015年に対し-909万人)、2050年には5,001万人(2015年に対し-2,681万人)まで減少します。全人口のうち65歳以上の人口が占める割合(高齢化率)は、現在の26%が、2050年には39%、2100年には42%にまで上昇すると言われています。
つまり高齢者の割合は現在の1.5倍にもなります。これは先進国で最も高い値です。
しかし他の国も2050年までに高齢化率は上昇し、現在の日本の26%を上回ります。原因は、合計特殊出生率(出生率)の低下です。
ただし、先の人口低下のグラフは出生率が現状のままであればという前提です。出生率が変われば、以下のように人口は変化します。
出生率が現状とほぼ同じ1.34程度の中位推計の場合、2110年には人口は4,286万人になります。出生率がさらに低下し、1.1にまで低下した低位推計では、2110年に人口は約3,000万人、逆に出生率が1.6にまで回復した高位推計では、人口は6,000万人、出生率が人口置換水準2.07にまで回復した場合、9,136万人になります。
実は、日本の人口は江戸時代後期から明治維新にかけては3,000万人代でした。その後急速に増加し、1945年の敗戦時は7,200万人でした。2100年には、この明治維新前後の人口に戻ってしまいます。
2 人口問題への対処が遅れた原因
日本の少子高齢化が後手に回った背景には、人口問題の歴史的な変化があります。つまり、つい30年前までは人口増加が最大の課題でした。
18世紀 人口制限しなければ、人口は幾何級数的に増大(マルサス)
【人口増加が問題】
1918年 米騒動
1927年 人口食糧問題調査会が増加する人口に対し海外移住を検討
1937年 日中戦争勃発 過少人口論「産めよ、殖やせよ」
【人口増加が国策】
1947年 第一次ベビーブーム 人口抑制論高まる
【人口増加が問題】
1948年 優生保護法により人工中絶が合法化
1955〜1964年 年金制度と高齢者福祉が最重要課題
1975年 出生率が人口置換水準2.07を下回る。
1980年代 出生率の急落
【人口減少が問題】
1988年 人口問題審議会が少子化問題を取り上げる。
1990年 合計特殊出生率が1.57となる。「1.57ショック」
2001年 森首相 施政方針演説で少子化対策を重点課題に。
2005年 出生率が1.26にまで低下。
2008年 人口がピークアウト
2014年 増田レポート「2040年自治体の半分が消滅」
【地方消滅問題】
(1) 人口増加が課題
人口問題については、戦前には過大から過少へと激しく振れました。そして戦後は一貫して人口増加が問題と考えられていました。また世界的には今でも増加する人口が大きなリスクと考えられています。そのようなムードから、日本では、1975年に出生率が人口置換水準を下回り、人口低下が始まっても、深刻な問題ととらえていませんでした。また、現実の人口がしばらく増加していたことも、対応が遅れた原因です。
(2) 年金制度問題
1960年代は、高齢者人口の増加に対応するため、年金と高齢者福祉が重点課題でした。1961年には国民年金法(保険料の徴収)が適用開始され、国民皆年金制度が確立されました。その後、1985年に基礎年金制度が導入され、現在の年金制度の骨格ができました。
3 地方の課題
1960年代 ベビーブーム世代が就職年齢に達し、農村部から三大都市圏に集団就職し、都市部の人口が増加
【三大都市圏に集中】
1970年代 消費者の持ち家志向と住宅市場の振興のため郊外の宅地開発が活発に。三大都市圏の近郊に分譲住宅を開発
モータリゼーションが発達し、地方では公共交通機関のない地域でも分譲住宅を開発
【郊外の開発】
1980年代 貿易黒字対策と内需拡大のため、地方への公共投資が増加自治体規模に合わない公共事業が増加「ハコモノ」行政
地方債を発行し自治体が下水道などインフラ整備に投資
【地方の公共事業の増加】
1988年  ふるさと創生事業で各自治体に1億円給付
1990年代 地価高騰により、マンション需要が増加
2000年 大規模店舗法廃止、大型ショッピングモールが隆盛、商店街の衰退が加速
2006年 平成の大合併により3,232あった自治体が、1,820に減少
【地方財政の悪化】
2007年 夕張市が財政再建団体に指定、実施的に財政破綻
2014年 増田レポート「2040年自治体の半分が消滅」
三大都市圏への人口集中と持ち家推進のため、郊外の宅地開発が発達しました。
さらにモータリゼーションの発達と郊外の大規模ショッピングモールの発展により、商店街や小規模店が消えて行きました。
郊外の発展と公共事業の投資により、自治体の担当範囲が拡大し、財政負担が増加しました。
人口減少と地場産業の衰退により夕張市が財政破綻し、他にも大阪市など破たん寸前の自治体も少なくありません。
(1) 「地方消滅」増田レポートの衝撃
増田レポートとは、2014年5月、元岩手県知事で元総務大臣の増田寛也氏が「日本創生会議」で発表した報告書です。2010年の国勢調査から推計した結果、2040年には896の自治体が消滅する可能性が高いことがわかり、全国の自治体関係者に衝撃が走りました。原因は、東京への一極集中が続き、地方の若者が移動するためです。東京圏は1960年代から一貫して人が集まり、戦後からの累計では1,147万人の若年人口が地方から東京圏へ流出しています。しかし東京の出生率は1.13と、全国平均の1.43より大幅に低く、若者が来ても子供は増えず、東京の高齢化は進行しています。地方は若者がいなくなり、今後は高齢者すら減少するため、人口は大幅に縮小します。そして必要な行政サービスを提供できる下限の人口1万人を割り、自治体が存続できなくなります。増田レポートの目新しい点は、今までは日本全体の人口減少、少子化が議論されてきましたが、地方に目を向けたことと、その結果、より深刻な問題があることを提言した点です。
出産・子育てに関する東京の問題は以下の4点です。
1 住居、通勤、保育などの環境が地方より悪い。
2 出産に伴い退職せざるを得ないケースが多い。
3 晩婚化が進み、30代後半で一人目を出産すると年齢的に2人目以降をあきらめる。
4 教育費が高い。
(2) 政府の「まち・しごと・創成本部」
増田レポートを受けて、政府は「まち・しごと・創成本部」を創設し、「地方創生」と「少子化対策」に取り組んでいます。
• 地方移住の推進
• 若者の正社員化促進
• 結婚・出産・子育て支援
 目標1 : 2025年までに合計特殊出生率=1.8
 目標2 : 2034年までに合計特殊出生率=2.1
• 小さな拠点形成(都市のコンパクト化)
政府の政策案はちょっとわかりにくいので、増田氏の著作から彼の提言を見てみます。
1 ITの駆使とサービス産業の生産性向上 地方での雇用創出
 ITを活用して、地方でも仕事ができるような環境をつくる。
2 世界的ローカルブランド「匠の技」の創出 地方のものづくりを海外に発信
 燕市などのように地域の中小企業の技術をブランド化して、海外と取引する。
3 街のブランド化(世界オンリーワン)病院中心の街やロケの街など
 地方の都市にユニークな特徴を持たせて、人を呼び込む。
4 地方の暮らしやすさを発信 都会と異なる価値観の提供
5 圏内2地域居住でIターン・Uターンの間口を広げる
 両親が山間地に住んでいる人に、まずその近くの中核都市に移住してもらい、週末に両親のもとに通えるような環境を作る。
6 スーパー広域合併(30万人都市構想とコンパクトシティ)
 地方に30万人規模の中核都市を重点整備し、人や都市機能を集約する。
7.アクティブシニアCCRC(Continuing Care Retirement Community)地方への移住
 60代の元気なシニアの地方への移住の推進
8 3人目以降の子供に現金給付
先に述べた地方の歴史から考えると、二つの課題が見えてきます。
   ・ 内需拡大、持ち家政策推進のため、無秩序に広がった郊外の住宅地が、人口減少社会に突入し、人の密度が減少するため、行政サービスのコスト負担が過大となる。
   ・ 内需拡大のため、地方債を発行して肥大化し危機的な状況にある地方財政を、中核都市に人を集中することで立て直す。
(3) 増田レポートに見る国の指向
岡田知弘・京都大学経済学部教授は、増田レポートが「道州制に向けたステップ」であり、「周到に準備された」と指摘しています。増田レポート発表の前に、増田氏と菅義偉官房長官は事前にすり合わせを行い、発表に先立って、メディア関係者に消滅可能性がある自治体のデータを事前送付しています。地方紙の多くがこのデータを1面トップに掲載したことで、自治体消滅、地方消滅をめぐる議論は一気に加熱しました。
このタイミングでレポートを出した狙いは、大きく2つはあります。
ひとつは、増田レポート発表1週間後の2014年5月15日に発足した第31次地方制度調査会の雰囲気づくりです。実際、ある委員からは「道州制を見据えた議論を展開すべきではないか」との提言が出て、畔柳信雄会長は「自然に道州制の議論にもなる」と記者に答えました。
もうひとつは、2015年度から開始される国土形成計画「国土のグランドデザイン2050」を推進し、社会資本投資の「選択と集中」を進めるためです。人口30万人規模の「高次地方都市連合」の形成や、集落再編の手段として「小さな拠点」構想が盛り込まれました。
では、これまでの日本の地方活性化策はどこに問題があり、安倍首相は「地方創生」の先に何を目指しているのでしょうか。
(4) 増田レポートへの批判
・ 東京への一極集中は経済的な合理性
増田レポートでは、首都圏の大地震のリスクから、東京一極集中を止めることを提言しています。しかし人口が密集する地域に人が集まるのは、仕事や生活の利便性などの経済的な合理性があるからです。「規模の利益」を考えると、各地域の人口が均等に減少した「広く非効率な社会」よりも、人口が集積する地域に集まって暮らす方が効率的です。東京一極集中に歯止めを掛けるという考え方が、経済的な合理性に反していれば、結果としてうまくゆかないかもしれません。
・ 本質は地方消滅ではなく、「地方自治体の破綻」
数々の地方都市の街づくりのプロジェクトにかかわる、木下斉(きのした・ひとし)氏は、「地方消滅という言葉が一人歩きしている」と指摘をしています。木下氏の主張は以下のようなものです。
「地方消滅」の議論では、
   ・ 地方そのものの衰退問題
   ・ 地方自治体の経営破綻の問題
   ・ 国単位での少子化問題
この3つが全て混在して取り扱われている。
東京から地方へ人口が移動すれば、地方が活性化し地方自治体も存続、少子化も解消することになっているが、そんなに簡単ではないと言います。つまり消えるのは、「地方そのもの」でなく「今の単位の地方自治体が、今のまま経営していたら潰れる」ということです。つまり、地方消滅ではなく、「地方自治体の破綻」です。
「自治体は、人口減少より先に財政破綻の問題と向き合う必要がある」と木下氏は主張します。財政非常事態宣言を解除できていない自治体は全国に存在しています。2040年を待たずに、財政問題のために自治体が消滅するかもしれません。それは今までの地方政策と自治体運営のミスが原因です。
・ 根拠と処方箋が問題
「地方自治体が今のままでは破綻する」という警告は重要ですが、その根拠と処方箋に問題があると木下氏は主張します。人口問題だけではなく、政治・行政の運営・経営にも問題があるからです。
人口問題については、地方から考えるのではなく、大都市部の出生率問題と向き合うべきです。日本より人口が少ない国でも公共サービスを立派にやっている国はあるわけですから、できないはずはありません。
国のモデル事業に取り組んで、幸せになった地域がどれだけあるのでしょうか。せっかく地道な努力を行って成果を出していた取り組みが、ある日、国からの莫大な予算を与えられ、そのために潰れてしまった事例すらあります。「地方創生」に必要な方法論は、意識的に国からの支援や方法論から出来る限り自立して、人口の縮小と向き合い、それを打開しようとしている地方にこそあると木下氏は主張します。
また、前出の岡田知弘・京都大学経済学部教授は、増田レポートの問題を以下のように述べています。
・ 増田レポートのデータ分析の方法
このシミュレーションは「東京への人口の一極集中が続く」という前提に立っているが、その根拠となっているのは、2005年から2010年の間の人口移動率から算出した20〜39歳の女性の減少率です。中長期的な人口移動をみると、人口が東京に集中する時期には波があります。そのため、シミュレーションの際は一般的には中間値をとりますが、増田レポートでは最大値がとられています。
・ 地道な取り組みを無視
東日本大震災(2011年)後に活発になった、若者の「田園回帰」について考慮されていません。また一部の自治体が取り組んできた取り組みも考慮されていません。実際には一部の過疎地域では、移住サポートや医療・教育支援により人口増加に転じた自治体もあります。この分析だけで、自治体消滅の可能性を言うには無理があるのではないかと岡田氏は主張します。
・ 20〜39歳女性の半減という偏った指標
自治体を構成しているのは、若い女性だけではなく、ほかの年齢層の女性や男性もいるのに、20〜39歳女性が半減するという推計だけでは自治体の「消滅」を判断できないのではないでしょうか。このように無理な推計を基にするから「東京都豊島区が消滅する」などという笑い話のような結果が出てくると岡田氏は言います。
・ 道州制の布石
安倍首相がその先に見据えているのは「道州制」の導入です。現行の都道府県制を廃止し、10程度の州と州都を置き、基礎自治体も人口30万人程度にくくり直す構想です。
そして
   ・ 国は外交、軍事と通商政策
   ・ 州政府は経済開発や公共事業、高等教育政策
   ・ 基礎自治体は住民の生活に近い初等教育や医療、福祉を担う
という「役割分担」を図ります。
(5) 増田レポートが指摘しなかったこと
・ 起きなかった第三次ベビーブーム
実は国が人口問題に対して後手に回ったのは、団塊世代ジュニアによる第三次ベビーブームを想定していたからです。ところがバブル崩壊後の日本で第三次ベビーブームは起きませんでした。
・ 少子化の原因は非正規雇用の増加
人口減をもたらす最大の要因は少子化です。その大きな原因が非正規雇用の増加と、前出の岡田氏は言います。2010年の内閣府調査によれば、非正規雇用の20〜30代男性の既婚率は6%に満たない状況です。非正規雇用は、地方より東京・大阪などの大都市圏に多く、これを解決しない限り少子化問題は改善されません。
・ 製造業の撤退が招いた地方の衰退
地方の中核都市には、大手企業の1工場が多くの従業員を雇用し、地域経済が成り立っている都市が多くあります。また自治体は地域を活性化させるため、積極的に企業誘致を行ってきました。
例 亀山市のシャープ液晶工場
しかし業績不振や環境の変化により、工場が海外へ移転したり工場が閉鎖されると、その街の雇用や経済は大きな影響を受けます。あるいは増田氏が指摘するように、米軍も利用している三沢飛行場がある青森県三沢市、原発施設がある青森県六ヶ所村などは、所得の高い、若い人たちの雇用の場があるため消滅可能性が低い自治体となっています。
・ 優秀な人材の東京集中の流れ
地方の成績優秀な若者は、高校、又は大学進学を機に大都市に移住します。
高度な教育や環境を提供できる大学は限られ、多くの若者が東京の大学に進学します。
その結果、就職の際に東京、又は東京に本社のある企業に就職します。
特に安定志向の若者は、大企業や官公庁への指向が強く、ますます地方への回帰が減っているのではないかと考えられます。また地方の中堅企業は、東京では知名度が低く、高い技術や安定した経営の企業でも、人材の確保に苦労しているのが現状です。
・ 優秀な人材の争奪戦が始まる
現在日本の景気は回復基調にあり、今後東京オリンピックなどのイベントのため、需要が拡大すると予測されます。また日本政策金融公庫によれば中小企業の業況判断は、2014年10月〜12月期は16.9でしたが、1年後の2015年10月〜12月期は26.8と大きく改善しています。若者の数が減っている上、優秀な子供は東京の大学に進学します。知名度の低い地方の企業にとって、優秀な人材の獲得はより困難になり、人材の獲得競争が激化すると予測されます。
すでに少子高齢化の影響により、若者の人口は大幅に減少し、今後も減少が続きます。しかも若者は大手企業や官公庁など安定志向が強く、中小企業の採用は非常に苦戦しています。一方今後は単純労働の製造業は海外に移転し、ルーチンワークの事務作業はコンピューターに置き代わり、より創造的な仕事が人に求められるようになります。このような時代、いかにして意欲的な若者が来るような環境をつくるか、企業の競争力に大きな影響を与えるようになります。  
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆとり教育
独身貴族
結婚率
結婚年齢
初産年齢
離婚率
 
人口問題・諸話

 

日本の人口、自然減が過去最多44.8万人 出生は過去最少の92.1万人 2018/12
日本の厚生労働省が発表した人口動態統計の年間推計は、人口の「自然減」が44万8000人と過去最多の水準となった。
2018年に生まれた子どもの人数は推計で92万1000人だった。これは統計が始まった1899年以降で最少。前年より2万5000人減少した計算になる。出生数が100万人を下回ったのは3年連続。
2018年の死亡数は戦後最多となる136万9000人。
日本は「超高齢社会」となっており、人口の20%以上が65歳以上だ。今年の人口は1億2400万人だが、2065年までに約8800万人に減少するとの予測もある。
安倍首相は、2060年時点でも人口1億人を維持する考えを示しており、政府は少子化対策を打ち出している。 
労働人口
少子高齢、人口減少、高齢化、労働力不足。何も新しい言葉ではありません。
みな「いつか来る」と思っていること。そう思っていても、何かすぐに支障が出るわけではないので、対策を後回しにしがちです。
例えば、食品添加物は「あまり良いものではない」と分かっていても、少しだけなら、すぐに健康に影響を及ぼすわけではないから、と見過ごしがちです。深刻な事態になってからでは遅い!今、考えるべきことです。人口減少は比例して消費を減少させます。
今後も若い世代がSNS上の自己肯定で満足し、リアルな物に対する所有欲を失っていく傾向は続くでしょう。今のところ消費が順調な高齢者が同調しないとも限らない。
そして、もし急激にAIの実用化が進んだ場合、2030年のシナリオは真逆になる可能性もあります。労働人口は減っても、労働力は余っているかもしれない。
AIは、今まで自動化の対象としていた単純労働以外の分野に入ってきます。知識・経験からの判断・発想までもAIの分野となりえます。
大失業時代が訪れることに対する準備が必要かもしれません。 
深刻!人手不足で疲弊する職場
 「マネージャーが店長兼任して休日出勤」「改善訴えても根性論でねじ伏せられる」
少子高齢化による労働力人口の減少に伴い、企業の人員不足は深刻な状況だ。働き方改革も伴い、残業や長時間労働の規制が進む中、現場では「人員不足によるしわ寄せ」が起きている。現場の従業員の声をみていきた。
「とにかく仕事が終わらない。何時まで経っても客先から抜けられず、常に3件位の物件を同時並行して作業していた。人員不足の為、誰も助けてくれない」(システムコンサルタント 30代後半男性 正社員 年収430万円)
「体や心を崩すスタッフも多く、離職者が後を絶たない」
「現在は人員不足が深刻で、マネージャーが店長職を兼任し、休日出勤や、残業などを行いやっと店舗営業ができている様な状況。時間外、休日もオーナー、上司からの電話は当たり前」(店長 30代後半女性 正社員 年収360万円)
「常に人員不足であり、入れ替わりが激しいので、人員不足を既存スタッフで埋めていく。既存スタッフの負担が大きく、月9 日の公休の内、半分休めればいい方です。体や心を崩すスタッフも多く、離職者は後を絶たない状況です」(その他、40代後半、男性、正社員、年収450万円)
有休も消化できず、時間外や休日も呼び出されているという口コミも。足りない人員を補充するわけでもなく、既存のスタッフで膨大な仕事量を片付けていかなければならない。残業や長時間労働を制限している企業も多いが、人手不足の現場では「やらざるを得ない」状況だろう。
人員不足の中「豪遊している様子をSNSで発信する経営者」
人員不足の現状を改善しようとしない経営者への不満も目立った。
「人員不足が目立つため、派遣に頼りきり。社員は身を削って働いているように感じる。人員不足であるが新店舗をオープンさせ、問題の解決をしようとせず、売り上げを追いかけている。退職者も多く、ワンマン経営で先は見えないと感じる」(ショップスタッフ、20代後半、女性、正社員、年収350万円)
「経営者の意向がコロコロと変わり急な施策や、計画性の無い入荷などにより現場が振り回される。人員不足で高熱が出ても出勤を求められる社員がいる中、豪遊している様子をSNSで発信する経営者についていけない」(店長、30代後半、女性、正社員、年収360万円)
「人員不足で新人二人と店舗運営をしても売上目標は高く、届かないと社長からものすごく怒られる。環境整備を整えて欲しいと言っても、『言い訳するな!』と言われ特に改善もなし。根性論でねじ伏せられて終わり」(店長、30代前半、女性、正社員、年収310万円)
仕事はボランティアではない。環境改善を訴えても何も変わらないのであれば、無理にその会社にしがみつく必要もない。幸い有効求人倍率は高いため、他の企業への転職を視野にいれてもいいだろう。  
「労働力」低下で国力減退 人手不足倒産拡大 2018/10
人手不足で労働力を確保できなければ、日本経済は成長力低下に直面する。労働力の投入が0.2%減れば、日本の潜在的な国内総生産(GDP)は0.1%押し下げられるという民間試算もある。経済の成長力低下は「国力」の減退に等しく、日本の国際的な地位が揺らぐことにもなりかねない。
経済の実力を示す潜在GDPは、「労働力」「資本」「生産性」の3要素に左右される。潜在GDPの伸び率が「潜在成長率」で、日本の潜在成長率は現在、1.1%程度とみられる。労働力は労働力人口と労働時間をかけ合わせて求められる。資本は設備投資で増え、生産性は技術革新などで向上する。
人手不足は労働力人口の減少につながる問題だ。内閣府の平成29年版「高齢社会白書」によると、働き手世代(15〜64歳)を示す生産年齢人口は28年時点で7656万人だったが、37年は7170万人、42年は6875万人へと落ち込む。人手不足と労働力人口の減少が加速する見通しだ。
大和総研の試算では、資本や生産性の水準が変わらないとした場合、労働力の投入が0.2%減ると潜在GDPは0.1%下押しされる。投入が0.4%減れば潜在GDPは0.3%押し下げられる見通しだ。
潜在GDPの減少は、日本経済の供給力の縮小や、実質経済成長率の鈍化につながる。日本の実質成長率は現在1%台。さらに成長率が鈍化すれば、「(6%台の)中国や(2%台の)米国に置いていかれる」(大和総研の近藤智也シニアエコノミスト)。
さらに、近藤氏は成長率が国力の伸びを示しているとした上で、「(国力の弱まりが顕在化すれば)国際社会での日本の外交力や政治力の低下につながる恐れがある」と警鐘を鳴らしている。 
労働力不足の日本、「今後受け入れる移民の大半は中国人になるだろう」 2019/1
少子高齢化の進んでいる日本では労働力不足が大きな社会問題となっている。その問題を解決するため、日本は外国人労働者の受け入れを拡大する方向に舵を切ろうとしているが、中国メディアの快資訊は16日、「日本が受け入れる移民の大半は中国人になるはずだ」と伝えている。
記事は、日本では2019年から多くの外国人移民を受け入れるよう政府が決定したことを紹介し、「2030年に日本の20−40歳までの人口のうち、外国人移民の数が約10%に達するだろう」という専門家の意見を伝えた。
続けて、現在の日本では120−125万人もの労働力が不足していて、日本政府は2024年までに35万人の移民を受け入れるように計画しているが、120−125万人に対して35万人の移民では「焼け石に水」であると主張。そして、もし日本が移民を受け入れなければ、2045年までに1600万人の労働者が不足すると見られていると紹介した。
また、2010年から17年の期間中に「外国人技能実習制度」で日本の技術を学んだ外国人労働者の大部分が中国、ベトナム、インドネシアの人たちであったが、今後日本がさらに多くの外国人労働者を受け入れるとすれば、「中国人はその主力となる」と分析し、「今後の日本が受け入れる移民の大半は中国人になるはずだ」と論じた。
近年は日中の経済格差がなくなってきているため、日本で働いても中国で働いても、稼げる額にそれほど大きな差はなくなってきている。また、今後の中国でも労働者が不足してくると見込まれているため、中国人労働者がどれだけ日本にやってくるかは未知数なのではないだろうか。 
 
 

 

 
産業

 

業種別 就業者数(万人)
              2002年3月  2018年3月    差
総数              6297     6620     323
農業,林業            242      204    -38
非農林業            6055     6416    361
建設業              628      501    -127
製造業             1238     1081    -157
情報通信業            156      225     69
運輸業,郵便業          323     337     14
卸売業,小売業         1081     1053    -28
金融業,保険業          161     167     6
不動産業,物品賃貸業       99     133     34
学術研究,専門・技術サービス業  207     235    28
宿泊業,飲食サービス業      397     417    20
生活関連サービス業,娯楽業    246     232    -14
教育,学習支援業         266     312    46
医療,福祉            467     799    332
複合サービス事業         76      58    -18
サービス業(他に分類されないもの) 375     455    80
公務(他に分類されるものを除く)  218     233    15
業種と人口
企業数
業種と企業数
規模と企業数
求人数
倒産数
 
農業人口

 

農家人口 (単位:万人)
         平成22年   27年   28年   29年   30年
農家人口        650.3  488.0  465.3  437.5  418.6
  うち 女性    329.4  244.9  233.5  219.7  209.5
  うち 65歳以上  223.1  188.3  184.7  182.3  182.1
対総人口比(%)     5.1   3.8   3.7   3.5   3.3
農家人口に占める   34.3   38.6   39.7   41.7   43.5
  高齢者(65歳以上)割合(%)
総人口に占める    22.8   26.2   26.9   27.4   27.9
  高齢者(65歳以上)割合(%)

農業就業人口及び基幹的農業従事者数 (単位:万人、歳)
         平成22年   27年   28年   29年   30年
農業就業人口      260.6  209.7  192.2  181.6  175.3
  うち女性     130.0  100.9   90.0   84.9   80.8
  うち65歳以上   160.5  133.1  125.4  120.7  120.0
  平均年齢     65.8   66.4   66.8   66.7   66.8
基幹的農業従事者   205.1  175.4  158.6  150.7  145.1
  うち女性     90.3   74.9   65.6   61.9   58.6
  うち65歳以上   125.3  113.2  103.1  100.1   98.7
平均年齢       66.1   67.0   66.8   66.6   66.6

新規就農者数 (単位:千人)
         平成22年   27年   28年   29年   30年
新規就農者       50.8   57.7   65.0   60.2   55.7
  うち女性     11.6   14.7   15.8   15.2   13.2
  うち49歳以下   17.9   21.9   23.0   22.1   20.8
新規自営農業就農者  40.4   46.3   51.0   46.0   41.5
  うち女性      8.7   11.5   12.0   10.7   8.9
  うち49歳以下   10.1   13.2   12.5   11.4   10.1
新規雇用就農者     7.5   7.7   10.4   10.7   10.5
  うち女性      2.6   2.6   3.1   3.8   3.7
  うち49歳以下    5.8   6.0   8.0   8.2   8.0
新規参入者       2.9   3.7   3.6   3.4   3.6
  うち女性      0.3   0.6   0.7   0.7   0.7
  うち49歳以下    2.1   2.7   2.5   2.5   2.7

■■日本の農業人口、200万人割れ
農林水産省がこのほどまとめた16年農業構造動態調査によると、2月1日現在の農業就業人口は前年比8.3%減の192万2200人だった。
およそ四半世紀前の1990年には480万人を超えていたが、その4割程度にまで落ち込んだ。高齢者の離農が進んでいる上に、政府が旗を振る若者の就農も伸び悩み、農業の担い手減少に歯止めがかからないためだ。
担い手のほぼ半分を占める70歳超の高齢者の離農が進み、若年層との世代交代もみられない。
生産現場ではTPPや国による減反見直しに対する不安も根強い。農業の生産基盤の維持に向け、経営の安定化に向けた政府の対策が問われそうだ。  

農業を魅力ある就業先とするために 2016/10

 

農業に関心を持つ人が増えている。土を耕し、家畜に接し、自然に触れる喜びを感じる人もいるだろう。窮屈な会社勤めから解放されたいという人もいるだろう。農業就業者人口の減少に危機感を持った農林水産省も新規就農者対策に力を入れ始めている。しかし、憧れや期待だけでは、就農できないし、就農しても長続きしない。農業には農家出身者以外の人の新規就農を拒んでいる制度があるうえ、就農後適切な所得を得ることができなければ離農が起こるだけである。
農業が高齢化しているのは、農業収益が減少しているので農家の子弟が農業を継ぎたがらず、残された農業者が農業を継続せざるを得ないからである。しかし、人口減少で全国のほとんどの自治体が消滅されると言われたが、秋田県で唯一存続できると判定された自治体はほぼ全戸が農家である大潟村である。大潟村にはどのような秘密が隠されているのだろうか?本稿では、新規就農を阻んでいる制度的な障害をいかにして減少していくのか、農業収益を向上させるための方策とは何かについて、論じたい。
1.農業就業の動向
次の図は1955年から10年ごとの農家、農業従事者の推移を示している。
   (図)農家数と農業従事者数の推移
1985年以降は販売農家(年間販売額が50万円以上の農家はすべて対象)に限定されているが、農家戸数は604万戸から133万戸へ、農業従事者数は1932万人から340万人へ、それぞれ大きく減少している。特に減少が著しいのが農業従事者数である。
農業人口が減少していることに農業界は危機感を募らせている。農業者の高齢化が進行していることを問題視する声が強い。1960年当時、60歳以上の高齢農家の比率は2割程度だった。次の図が示すように、現在では、農業者のうち70歳以上が約半分の47%、60歳以上が約8割の77%を占めている。しばらくすると農業者がいなくなるのではないかという心配がある。
   (図)農業者の年齢構成(2015年)
もちろん、今いる農業者が高齢化しても若い農業者が参入してくれば、農業者全体としては高齢化しないし、農家人口も減少しない。しかし、2014年で新規に就農した人は農業従事者の1.7%に相当する57,650人に過ぎない。高齢農業者が引退するのに、これを補充するような新規就農が生じないので、農業人口は減少する。しかも、新規就農者のうち、60〜64歳が13,850人、65歳以上が12,710人で、46%が60歳以上である。つまり、日本の新規就農は、60歳で定年退職した人たちが実家の農家を継いでいるというのが約半分近くに上っているのである。80歳以上の人が農業をリタイヤして60歳以上の人が参入するというのが新規就農の実態である。高齢農業者の再生産である。
もちろん、若年者の就農もないわけではない。これらの人は自宅への就農という形だけでなく、農業法人に雇用されるという形で新規就農している。これを新規雇用就農者と呼んでいる。新規雇用就農者の多くは若年層である。
   (図)新規就農者の年齢別割合(2014年)
2.衰退する農業
GDP(国内総生産)に占める農業生産は1960年の9.0%から1.0%へ減少している。耕作放棄地は現在40万ha、東京都の面積の約2倍に匹敵する数値となっている。農地資源は食料安全保障の基礎である。その農地面積は1961年609万ヘクタールとピークに達した。その後、公共事業などで110万ヘクタールの農地が新たに造成されたにもかかわらず、農業外からの転用需要、農業内の事情による耕作放棄により、現在の全水田面積を上回る260万ヘクタールの農地が消滅した。水田に米を作付けさせないという減反政策は農地の減少に拍車をかけた。今では、農地面積は450万ヘクタールにすぎない(2015年、農林水産省「耕地及び作付面積統計」)。終戦直後、600万ヘクタールの農地を持ちながら、7千万人の人口さえ養うことができなかった。1億2千万人の人口を抱える現在、今の農地の数字は決して安心できるものではない。
農家戸数のうち主として農業で生計を立てている主業農家は28万戸で、農家戸数(216万戸)のわずか13%(販売農家の22%)に過ぎない。(2016年、農林水産省「農林業センサス」)
   (図)主副業農家の割合 (注)
・主業農家とは、農業所得が主で、調査期日前1年間に自営農業に60日以上従事している65歳未満の世帯員がいる農家。
・準主業農家とは、農外所得が主で、調査期日前1年間に自営農業に60日以上従事している65歳未満の世帯員がいる農家。
・副業的農家とは、調査期日前1年間に自営農業に60日以上従事している65歳未満の世帯員がいない農家。
後継者不足の結果として生じる高齢化や耕作放棄地の増加などの農業の衰退は、農業収益が低下していることに原因がある。農業収益が低下しているので、後継者が出てこなくなり、今の農業者が高齢化する。また、作物を植えても、儲からないので、農地は耕作放棄地される。
売上高に相当する農業総産出額は1984年の11兆7千億円をピークに減少傾向が続き、2014年には8.4兆円(農林水産省「生産農業所得統計」)とピーク時の約3分の2の水準まで低下した。農業が作りだした付加価値(GDP)に相当する農業純生産は1990年の6.1兆円から2014年には2.8兆円(農林水産省「生産農業所得統計」)へと半減した。これを農業従事者数で割ると、一人あたりの年間所得は83万円に過ぎないことになる。
   (図)農産物販売金額の内訳(2014年)
特に、減少が著しいのが米である。農業総産出額に占める米の割合は、1960年ころはまだ5割もあったのに、2010年には、とうとう20%を切ってしまった。米の構造改革は進まなかった。日本農業の最大の問題は、販売農家のうち79%が販売目的で米を作付しているにもかかわらず、米の販売金額は農産物全体の販売金額のうち17%しかないことだ。これは米農業が多数の零細農家によって営まれている非効率な産業であることを示している。
図は、さまざまな農業の中で、米だけ農業所得の割合が著しく低く、農外所得(兼業収入)と年金の割合が異常に高いことを示している。酪農の場合、農家所得のほとんどは農業所得である。つまり、酪農家は専業農家あるいは主業農家である。これに対して、米を作っているのは、サラリーマン(兼業農家)や年金生活者である。
農業には二つの種類があると言ってよい。米などの土地を多く利用する産業と野菜や果樹など土地をそれほど使わない産業である。日本の農業についてみると、前者の農業の衰退が著しく、後者の農業が健闘していることである。米作農家の農業所得はほとんどないのに対して、それ以外の農業では農業所得は大きい。一人あたりの年間所得は83万円に過ぎないのは、米に大量の農業従事者がいて、これが農業の平均所得を押し下げているからである。
   (図)営農類型別年間所得と内訳
3.高齢化はチャンス
所得とは、価格に販売量を乗じた売上高からコストを引いたものである。したがって、価格を上げるか、販売量を上げるか、コストを下げれば、所得は増加する。
米などの土地利用型農業の場合、コストを下げる一つの手段が、農地集積による規模拡大である。しかし、日本の場合、農地面積が多くなれば、それだけでコストが十分に下がるかというと、必ずしもそうではない。“零細分散錯圃”という問題があるからである。
零細分散錯圃とは、一農家の経営農地があちこちに分散している実態である。これは、一つの場所に農地がまとまって存在していれば、自然災害を一気に受けてしまうため、危険分散を図るとともに、上流と下流に各農家の水田を分散させ公平な河川水の利用を行わせるとの観点から、あみ出された、江戸時代の知恵であった。
しかし、この古い時代の知恵が農業の近代化、合理化を著しく阻害している。現在比較的規模の大きい農家でも、点在している農地を借りて規模拡大しているために、耕作地が点在している。2006年の農林水産省の調査によれば、調査経営体202の平均を見ると、経営面積は14.8ヘクタール、これが28.5箇所に分散しており、1箇所の面積は0.52ヘクタール、最も離れている農地と農地の間の距離は3.7キロメートルとなっている。
圃場が分散していると、機械の移動に多大な時間が必要となる。これは労働コストを増加させるだけではなく、播種、田植え、収穫等の作業適期が短期間に限られる農作業の場合には、作業時間の減少となるため、規模拡大は進まなくなる。また、圃場が小さいと、狭いところで機械を操作しなければならず、労働時間・コストが増加する。
同じ農地面積でも、四隅の数が少ないほど、すなわち、圃場の規模が大きく、数が少ないほど(たとえば10アール×10圃場よりも1ヘクタール×1圃場)労働時間・コストは減少する。ある農業生産法人は、「1ヘクタールの畑一枚」と「10アールの畑10枚」では、面積は同じなのに、生産コストは30%も違うと述べている。農林水産省の生産費調査から、10ヘクタールで規模の利益はなくなるという主張がある。規模を拡大しても、限界があるというのだ。しかし、これは、零細分散錯圃が大きな原因であり、一つに圃場がまとまれば、さらに規模を拡大してもコストは低下していく。
農家戸数が減少するということは、全農地面積が同じであれば、1農家当たりの経営規模が拡大するということであり、むしろ歓迎すべき現象である。これを反映して、最近規模拡大のテンポが増えている。平均的な販売農家規模は、1985年から2000年まで、1.3ヘクタールから1.6ヘクタールに、0.3ヘクタール拡大したにすぎないが、それから同じ期間を経過した後の2015年には、2.2ヘクタールに増加している。
ある新潟の農業生産法人は、近所でお葬式があるたびに、農地が出てくると語っている。90ヘクタールで米と麦を生産している千葉県の農家は、2013年1億3千万円を投じて、米の乾燥、調整、貯蔵、袋詰めなどを行う、ライスセンターを建設した。高齢化と後継者不足で、周辺の農地がどんどん出てくる可能性がある。あと5年くらいで、経営規模は150ヘクタールにまで、行くのではないかという予想をしている。それを見越した、ライスセンターへの投資だった。
高齢農家が退出し、担い手に集落のほとんどの農地が集積されていけば、零細分散錯圃は解消し、現在の米生産費調査結果以上に、コストは低下する。現に大きな規模の農業経営体しか残っていない地域では、これらの経営体の間で農地を交換し合い、まとまりのある大きな圃場を実現している例がある。
高齢者だけが残るという限界集落の問題が指摘されて、久しい。都府県の農業集落の平均農地面積は28ヘクタールである。もし、限界集落の高齢者が、農業を継続できなくなったときに、一人の新規就農者を導入すれば、一集落一農場という、零細分散錯圃もない、合理的・効率的な大規模農場経営が可能となる。その新規就農者が、一人で寂しいというのであれば、その集落に住む必要はない。近くの町に住んで、農作業が必要な時に、集落の農場へ通作すればよい。近いところでの“二地域居住”である。沖縄の離島で大規模にサトウキビを栽培している企業的な農家は、普段は本島に住んで農作業の時だけ離島に通っている。
4.ベンチャー企業による新規参入を認めない農地法
農業人口の減少が新規参入のチャンスだとしても、簡単には新規就農できない。農業には、農業への参入を阻害している農地法という制度が存在するからである。農地改革によって小作農に農地の所有権が与えられ、農村の構成員のほとんどが1ヘクタール程度の自作農となった。所有権を与えられた元小作農は保守化し、保守政党を支える基盤となった。終戦直後、小作農の地位向上を求めて、農村に社会主義運動がわき起こった。しかし、これは、農地改革の進展とともに、風船の空気が抜けるように、急速に勢いを失っていった。GHQ(連合国最高司令官総司令部)は当初農林省が提案した農地改革に関心を持たなかった。しかし、小作人に農地の所有権を与えることで、農村を保守化し、共産主義からの防波堤にできると気付いてからは、マッカーサーは農地改革の積極的な推進者となった。
GHQは、さらに農地改革の成果を確固たるものとすべく、農林省に農地法の制定を要求した。しかし、戦前から小作人の開放と並んで、“零細な農業構造の改革”を使命としていた農政官僚たちは、農地改革の成果を固定することを目的とした農地法の制定に抵抗した。地主階級の代弁者だった与党自由党も、逆の立場から農地法には反対した。
しかし、のちに総理大臣となる池田勇人は、GHQと同様、農村を保守党の支持基盤にできるという農地改革・農地法の政治的効果にいち早く気付いていた。農家戸数を減少させて農業の規模拡大を進めるよりも、小規模のままの多数の農家を維持する方が票田になる。池田は、自由党の内部をとりまとめ、農地法の制定を推進した。
農場の「所有者」とその「経営者」、「耕作者」は同じである必要はない。素人よりもプロが経営すべきであり、所有者(出資者)は農場に投下した資本で配当を得ればよい。これは、ブラジルなどで普及している農業経営である。
今では借地なら一般の株式会社も農業を営める。しかし、いつ返還を要求されるかわからない借地には、誰も投資しようとはしない。また、大きな機械投資をして参入しても、借地では、数年後農地の返還を求められると、投資は無駄になってしまう。
1952年農地法の基本理念は耕作者が所有者であるべきだとする「自作農主義」である。「所有者=耕作者」である自作農が望ましいとするため、農地の耕作や経営は従業員が行い、農地の所有は株主という、株式会社による農地の所有は認められないことになる。
当初、農地法は法人が農地を所有したり耕作したりすることを想像すらしていなかった。しかし、節税目的で農家が法人化した例が出たため、これを認めるかどうかで農政は混乱した。ようやく、1962年に「農業生産法人制度」が農地法に導入されたが、これは農家が法人化するものを念頭に置いたものであり、株式会社形態のものは認められなかった。株式会社を認めたのは2000年になってであり、これについても、企業の株式保有は25%未満(昨年度50%に緩和)であること、役員の過半は農業に常時従事する構成員であることなどの要件があり、また、株式譲渡を制限した会社に限定された。
農業に新しく参入しようとすると、農産物販売が軌道に乗るまでに機械の借入れなどで最低500万円は必要であるといわれている。しかし、友人や親戚から出資してもらい、農地所有も可能な農業生産法人である株式会社を作って農業に参入することは、これらの出資者の過半が農業関係者で、かつその会社の農作業に従事しない限り、農地法上認められない。
このため、新規参入者は銀行などから借り入れるしかないので、失敗すれば借金が残る。農業は参入リスクが高い産業となっているのである。株式会社なら失敗しても友人や親戚等からの出資金がなくなるだけである。「所有と経営の分離」により、事業リスクを株式の発行によって分散できるのが株式会社のメリットだが、現在の農業政策はこの方法によって意欲のある農業者、企業的農業者の参入を可能とする道を自ら絶っているのである。
農家の子弟だと、たとえ郷里を離れて東京や大阪に住んでいようと、農業に関心を持たない人であろうと、相続で農地は自動的に取得できる。耕作放棄しても、おとがめなしである。それなのに、農業に魅力を感じて就農しようとする人たちには、農地取得を困難にして、農業という「職業選択の自由」を奪っているのだ。
逆に言うと、農政は農家の後継者しか農業の後継者としてこなかった。農家の子供が農業は嫌だと言ってしまえば、農業の後継者はいなくなる。これが高齢化の一因でもある。これでは、本当に農業をやりたいという意欲のある若者が、参入できない。日本では農家以外の新規就農者は全体の15%に過ぎない。これに対し、デンマークでは、新規就農者の6割が非農家出身である。
農政は新規就農者のために多額の予算を投下している(農林水産省は、青年就農者1人に年間150万円、最長7年間、計1,050万円を交付する事業を推進している)が、自らの制度が新規就農を阻んでいることに気がつかない。出資によるベンチャービジネスを認めれば、新規就農者は自由に資金を調達できるので、多額の補助金を新規就農者に与える必要はない。
農地制度にはもうひとつ問題がある。ゾーニング規制の不徹底である。
土地には強い外部性が存在する。まとまりのある農地の中に建物が出来ると、機械や水の利用が非効率となったり、施肥、農薬散布、家畜飼養等をめぐる他の住民とのトラブルが発生したりするなど、農業生産のコストが増大してしまう。また、農地が耕作放棄されて草木が繁茂すると、病虫被害が生じる。高い建物ができると、隣の農地は日陰地となる。他方で、農地の中に住宅などが建つと、道路、下水道、学校等の社会資本を、効率的・集中的に整備できなくなってしまう。特に農地改革後、農地が細分化して所有されるようになると、個々の小地主の農地売却という行動により外部不経済が甚しくなった。
このため、ヨーロッパでは、土地の都市的利用と農業的利用を明確に区別するゾーニングが確立している。その下で、他産業の成長が農村地域からの人口流出をもたらしたので、自動的に一戸当たりの農地面積は増加した。
わが国でも「都市計画法」で市街化区域と市街化調整区域が区分され、「農業振興地域の整備に関する法律」(農振法)により指定された“農用地区域”では、転用が認められないことになっている。しかし、これらのゾーニング規制は十分に運用されなかった。農家が、農地転用が容易な市街化区域内へ自らの農地が線引きされることを望んだからである。彼らは農地を宅地などに転用して巨額の利益を得た。ゾーニング規制が十分でないと、農家は転用期待を持つし、農地価格は宅地価格と連動して高くなる。この結果、農地の売買による規模拡大は、行われなくなった。
我が国で農業の規模が拡大しないのは、二つの原因がある。第一に、ゾーニング規制が甘いので、簡単に農地を宅地に転用できる。農地を貸していると、売ってくれと言う人が出てきたときに、すぐには返してもらえない。それなら耕作放棄しても農地を手元に持っていた方が得になる。耕作放棄しても固定資産税はほとんどかからない。第二に、減反政策で米価を高く維持しているため、コストの高い農家も農業を続ける。以上から、主業農家が農地を借りようとしても、農地は出てこない。つまり、農地のゾーニング徹底と減反廃止という政策を実行しない限り、農地を集約することは困難である。
これに対して、フランスでは、ゾーニングにより都市型地域と農業地域を明確に区分し農地資源を確保するとともに、農政の対象を、所得の半分を農業から得て、かつ労働の半分を農業に投下する主業農家に限定し、農地をこれに積極的に集積した。また、土地整備農村建設会社(SAFER)が創設され、先買権(買いたい土地は必ず買え、その価格も裁判により下げさせられる)の行使による農地の取得及び担い手農家への譲渡、分散している農地を農家の間で交換して1か所にまとめて農地を集積する等の政策が推進された。1960年から2013年にかけて、食料自給率は99%から129%へと上昇し、農場規模は17haから2010年には53haへと拡大した。
食料安全保障の見地から農地資源を確保するためにも、ゾーニングを徹底したうえで、企業形態の参入を禁止し、農業後継者の出現を妨げている農地法は、廃止すべきである。これが、シンプルな農地制度改革である。
5.農業生産・貿易の特徴―北海道は日本一の農業地域ではない
北海道、東北、関東、九州を上げ、生産額の多い順に並べよというクイズが出たら、ほとんどの人が北海道を一位に挙げるのではないだろうか?正解は、関東、九州、東北、北海道の順である。アメリカでも一番生産額の多い州を聞くと、コーン・ベルト地帯のアイオワを挙げる人が多いだろう。しかし、断トツの首位はカリフォルニアである。
また、世界最大の農産物輸出国はアメリカだが、農産物輸出国の上位10各国のほとんど(2014年で7か国)は同じ地域に属している。その地域を当てなさいというと、南北アメリカ、アフリカ、アジアなどと答える人が多い。実は、ヨーロッパである。世界第二位の農産物輸出国は、国土の小さいオランダである。土地資源に恵まれていると思われるオーストラリアは15位にすぎない。
北海道、アイオワ、オーストラリアに共通するのは、小麦、トウモロコシ、ビートやサトウキビ(砂糖の原料)、イモ、大豆など、食品製造業の原料農産物を生産していることである。これらの作物に関しては、土地も広いので他の地域よりも効率が良い生産を行えるが、これら農産物の価値は低い。これに対して、関東、カリフォルニア、オランダの共通点は、野菜、果物、花など付加価値の高いものを生産していることである。
世界最大の農産物輸出国はアメリカだが、最大の輸入国はどこかと聞くと、中国と答える人が多い。実はアメリカである。牛肉の輸出国として、アメリカ、ブラジル、オーストラリアなどがあるが、最大の牛肉輸入国はどこだろうか?アメリカである。アメリカは、ハンバーグ用の低級牛肉はオーストラリアから輸入する一方で、トウモロコシなどの穀物で肥育した高級な牛肉は、日本などへ輸出している。
カナダは33万トン牛肉を輸出して、30万トン輸入している。EUは24万トン輸出して、38万トン輸入している。オーストラリアでさえ、1万トンの牛肉を輸入している。ただし、日本は、和牛という高級牛肉を持ちながら、76万トンの輸入に対して、輸出はわずか千トンに過ぎない(2013年)。
世界の農産物貿易の特徴は、日本がトヨタ、ホンダ、日産を輸出して、ベンツ、ルノーなどを輸入しているように、同じ農産物を輸出し合っていることである。これを伝統的な“産業間貿易”と区別して“産業内貿易”という。米についても、アメリカは350万トンの輸出を行いながら、高級長粒種ジャスミン米を中心にタイなどから80万トンの米を輸入している。ワインについても、アメリカのワイン店にはカリフォルニア産だけでなく、フランス産、チリ産など世界各国のワインが並んでいる。つまり、同じものでも品質に違いがあれば、双方向で貿易が行われるのである。日本のようにただ農産物を輸入するだけというのは、世界的には極めて異常である。
6.日本農業のポテンシャル
日本農業は規模が小さくアメリカやオーストラリアと競争できないという主張がある。農家一戸当たりの農地面積は、日本を1とすると、EU6、アメリカ75、オーストラリア1309である。実は、これは日本の農業界が100年以上も言い続けている主張である。だから高い関税が必要だというのだ。
規模が大きい方がコストは低い。しかし、規模だけが重要ではない。この主張が正しいのであれば、世界最大の農産物輸出国アメリカもオーストラリアの18分の1なので、競争できないことになるはずである。
この主張は、土地の肥沃度や気候・風土の違いを、無視している。オーストラリアの農地面積は我が国の90倍もの4億ヘクタールだが、穀物や野菜などの作物を生産できるのは、わずか5千万ヘクタールに過ぎない。それ以外は草しか生えない肥沃度の低いやせた土地で、牛が放牧され、脂肪身の少ない牛肉がハンバーガー用にアメリカに輸出される。オーストラリア産牛肉の一番の輸出先はアメリカである。これに対して、アメリカ中西部の肥沃なコーン・ベルト地帯では、トウモロコシや大豆が作られ、これを飼料として作られた脂肪身の多い牛肉は、日本などに輸出されている。
また、小麦が作られるところでもオーストラリアの農地は痩せているので、単位面積当たりの収量はイギリスやフランスの4分の1に過ぎない。
さらに重要なのは品質の違いである。米については、ジャポニカ米(短粒種)、インディカ米(長粒種)がある。アメリカでは中粒種がカリフォルニアで生産されている。アメリカ国内で中粒種の価格は長粒種の約二倍である。短粒種はさらに高い。短粒種の同じ品種の米でも気候風土によって品質に差がある。香港では、同じコシヒカリでも日本産はカリフォルニア産の1.6倍、中国産の2.5倍の価格となっている。日本の国内でも同じである。コシヒカリでも新潟県魚沼産と一般産地では1.5倍以上の価格差がつく。日本の米の品質は国際的にも高く評価されているのである。それなのに、国内の米価を維持するために、農業界はやっきになって米生産を減少しようとしている。減反政策である。
2014年度国産米価はカリフォルニア米を下回った。主食用の無税の輸入枠10万トンは1万2千トンしか輸入されなかった。日本の商社は日本米をカリフォルニアに輸出した。米の関税は撤廃しても競争できると主張する生産者も出てきた。12 CopyrightⒸ2016 CIGS. All rights reserved.
   (図)米価推移
カリフォルニアの米生産はどうだろうか?
日本米と品質が近いアメリカの短粒種(ジャポニカ・タイプ)の生産量は、2013年で14万トンにすぎない。しかも、産地のカリフォルニアはここ数年深刻な干ばつに見舞われている。州全体の水使用量の8割を使用する農業への打撃は大きい。シエラネバダ山脈の雪解け水が少なくなっただけでなく、それを補てんするため、カリフォルニア農業は地下水のくみ上げを年々増やしてきたため、地下水が枯渇しかかっている。農業地域では一月に3センチという急激な地盤沈下が起こり、道路が波打っているところもある。
プランクトンが蓄積した太平洋の海底が隆起したため、土は肥沃である。しかし、乾燥した農地を灌漑するため、川などから水を農場に引きたいアーモンド農家などの農業と、川に水を放流させて、稚魚を海に下らせて太平洋での回流を期待するサケ・マス漁業者との間で、水紛争が起こっている。日本ではカリフォルニアの米産業は一大産業のように受け止められているが、カリフォルニア農業のなかで米はアーモンドどころか、レタスやブロッコリーよりも小さい13番目の極めてマイナーな農業にすぎない。カリフォルニアでアーモンドは第二の作物になっている。これは世界のアーモンド輸出の8割を占めている。
米生産が行われてきたサンホアキン・バレーという同州最大の農業地域では、一面のアーモンド畑となっている。米と同様、アーモンド生産にも大量の水が必要となる。アメリカの農家にとって特定の作物に対する思い入れはない。他の作物の利益が高くなれば簡単に作物を転換する。サンホアキン・バレーではアーモンドの苗木がどんどん植えられている。収益性の高いアーモンド生産が拡大し、これに水が優先的に利用されれば、米農業の縮小が予想される。カリフォルニアの水不足は深刻で、一時的なものではない。また、シリコン・バレーやサンフランシスコの不動産価格の高騰でサンホアキン・バレーでは農地が宅地に転換されている。サンホアキン・バレーの農地自体が縮小している。いずれカリフォルニアから米生産が消滅するときが、来るだろう。
   (図)カリフォルニア州農業生産額内訳(2013年)
7.本格的な輸出のために
いくら国内市場を高い関税で守ったとしても、国内市場が高齢化と人口減少で縮小する中では、海外市場を開拓しなければ、農業は生き残れない。これは農業に限らない。世界の市場に通用するような財やサービスを提供できれば、国内の人口減少を問題にしなくてもよい。最善の人口減少対策はグローバル化である。
TPP交渉で、日本の農産物の関税は相当維持されたが、他国の関税のほとんどは撤廃される。また、動植物の検疫を理由として輸入を制限する行為についても、一定の規律が加えられる。日本酒などのブランド名も保護される。現在よりも輸出がより容易になる。通関に必要な時間も大幅に短縮される。これは鮮度の維持が必要な農産物の輸出に有利である。
輸出可能性のある国産農産物は何か?ヨーロッパのように、土地の狭い日本でも、品質の良いもの、付加価値の高いものの輸出可能性は高い。では、そのような国産農産物は何か?野菜や果物も輸出されているが、日持ちの面で難点がある。それよりも、国内の需要を大幅に上回る生産能力を持つため、生産調整(減反)が行われており、それがなければ大量の生産と輸出が可能な作物で、日本が何千年も育ててきた作物で、国際市場でも評価の高い作物、米がある。日本が持つ高品質農産物の代表である米の輸出を本格化すれば、日本は農業立国として雄飛できる。
8.米農業を衰退させた農政
しかし、米の輸出を行うためには価格競争力を向上させなければならない。それを阻んでいるのも農政である。
池田内閣の所得倍増計画が閣議決定された翌年の1961年に作られた“農業基本法”は、農業の規模拡大によってコストダウンを図り、“農業”所得を増加させて、農業と工業の所得格差の是正を図ろうとした。つまり、農業の構造改革による生産性向上を目指したのだった。しかし、このシナリオは、政府自身によって否定された。
1960年頃、ほとんどの農家は米を作っていた。農地面積が一定で規模を拡大することは、農家戸数を減少させるということである。農家人口を減らして規模拡大・構造改革を行うというのは、政治的に人気のない政策である。なにより、農民票が減ってしまう。
組合員の圧倒的多数である米農家の戸数を維持したい農協は、農業基本法の構造改革に反対した。当時は食管制度により政府が米を買い入れていた。戦後日本政治上最大の圧力団体である農協は、生産者米価引上げの大政治運動を展開した。米価が上がれば農協の販売手数料収入も増加する。与党自民党は、最大の支持団体である農協の意向を無視できなかった。農政は農家所得の向上のため、規模拡大ではなく米価を上げた。水田は票田となった。
1967年まで年率9.5%の生産者米価上昇が実現した。しかし、需給を考えることなく、米価を上げたために、生産は増え、消費は減少した。この結果、1970年頃から深刻な米の過剰を招くことになり、とうとう減反政策が導入された。95年に食管制度が廃止された後は、供給量を削減する減反によって高米価が維持されている。
   (図)米の規模別生産費と所得(2014年)
1俵(60kg)あたりの農産物のコストは、1ha 当たりの肥料、農薬、機械などのコストを1ha 当たり何俵とれるかという単収で割ったものだ。規模の大きい農家の米生産にかかる費用(15ha 以上の規模で実際にかかるコストは1俵あたり7,012 円)は零細な農家(0.5ha 未満の規模で15,201 円)の半分以下である(2014年)。また、単収が倍になれば、コストは半分になる。つまり、規模拡大と単収向上を行えば、コストは下り、所得は上がる。
生産者米価引き上げによって、本来ならば退出するはずのコストの高い零細農家も、小売業者から高い米を買うよりもまだ自分で作った方が安いので、農業を継続してしまった。零細農家が農地を出してこないので、農業で生計を立てている農家らしい農家に農地は集積せず、規模拡大は進まなかった。主たる収入が農業である主業農家の販売シェアは、野菜では80%、酪農では93%にもなるのに、米だけ38%と極端に低い。また、農業資材を安く購入するために農家が作ったはずの農協は、高い資材を農家に押し付けてきた。
図が示す通り、都府県の平均的な農家である1ヘクタール未満の農家が農業から得ている所得は、トントンかマイナスである。ゼロの農業所得に20戸をかけようが40戸をかけようが、ゼロはゼロである。20ヘクタールの農地がある集落なら、1人の農業者に全ての農地を任せて耕作してもらうと、米価が低下した2014年でも1,100万円の所得を稼いでくれる。この一部を地代として、農地を提供した農家に配分した方が、集落全体の利益になる。地代を受けた人は、その対価として、農業のインフラ整備にあたる農地や水路の維持管理を行う。農村振興のためにも、農業の構造改革が必要なのだ。
秋田県大潟村の平均農家規模は20ヘクタール以上である。夏場の稲作だけで1,000万円以上の所得があるので、農家の子弟は東京の大学で勉強しても卒業後は大潟村に帰って農業を継ぐ。農業収益が高ければ後継者はできるし高齢化はしない。もちろん耕作放棄も起こらない。これが大潟村が消滅しない理由である。
減反政策は単収向上も阻害した。総消費量が一定の下で単収が増えれば、米生産に必要な水田面積は縮小し、減反面積が拡大するので、減反補助金が増えてしまう。このため、財政当局は、単収向上を農林水産省に厳に禁じた。1970年の減反開始後、政府の研究機関にとって単収向上のための品種改良はタブーとなった。今では、日本の米単収はカリフォルニア米より、4割も低い。50年前は日本の半分に過ぎなかった中国にも追いつかれてしまった。日本でも、ある民間企業がカリフォルニア米を上回る収量の品種を開発し、一部の主業農家はこれを栽培している。しかし、多数の兼業農家に苗を供給する農協は、生産が増えて米価が低下することを恐れ、この品種を採用しようとはしない。減反廃止でカリフォルニア並みの単収の品種を採用すれば、コストは4割削減できる。規模拡大と単収向上で、稲作の平均コストは5〜6割低減できる。
   (図).各国の単収比較
高い米は消費者から敬遠された。同じ穀物でも、パンやうどんの原料となる小麦の消費は増えているのに、米の消費はどんどん減少していった。米の1人当たり年間消費量は一貫して減少し、1962年度の118キログラムから2014年度には55キログラムへ、実に半減した。このため、人口増があったものの、米の総消費量は1963年度の1,341万トンから、2014年度には879万トンに減少した(農林水産省「食料需給表」)。米農業は4割近い市場を喪失したのである。
麦については、消費者価格(製粉メーカーへの国の売渡価格)が60年代から引き下げられ、その後も低い水準に抑えられたことで、麦の消費量は60年の6百万トンから今では8.5百万トンに増加した。この結果、麦供給の9割はアメリカ、カナダ、オーストラリアからの輸入麦となった。国産主体の米の需要を減少させ、輸入麦主体の麦の需要を拡大させる外国品愛用政策を採ったのだから、自給率低下は当然だろう。現在では約500万トン相当の米の減産を実施する一方、約700万トンにも及ぶ麦を毎年輸入している。
2014年度国産米価はカリフォルニア米を下回った。その国産米価は、供給量を減少するという減反政策で維持されている価格である。減反を廃止すれば、価格はさらに下がる。単収も上がる。主業農家に限って直接支払いをすれば、その地代負担能力が上がって、農地は主業農家に集積し、コストが下がる。品質について国際的にも高い評価を受けている日本の米が、減反廃止と直接支払いによる生産性向上で価格競争力を持つようになると、世界市場を開拓できる。
日本からの輸出価格が60kg あたり1万2千円だとすると、商社が国内価格8千円で買い付け輸出に回せば、国内の供給量が減少して価格は1万2千円まで上昇する。8千円のときの国内生産量が8百万トンだとすると、1万2千円では12百万トン程度に拡大するだろう。輸出は4百万トン以上となり、輸出金額は約8千億円程度になる。
9.農業と工業は違う?
「農業は工業とは違う」という主張がなされる。これに続けて、農政共同体は「だから保護が必要だ」という。
しかし、農業への投入物は、化学肥料、農薬、農業機械など工業の生産物が多い。最近では、GPS、センサー、ロボット、コンピューターなど最先端の工業技術が農業の現場でも使われている。工業といっても、セメント業と自動車業とは、農業と工業の差以上に開いているかもしれない。
自然や生物を相手にする農業には、季節によって農作業の多いときと少ないとき(農繁期と農閑期)の差が大きいため、労働力の通年平準化が困難だという問題がある。これは、農業が工業と違う大きな特徴である。農業は、一定の原料と労働を投入すれば、毎日同じ量の製品を生産できる工業とは異なる。米作でいえば、1週間しかない田植えと稲刈りの時期に労働は集中する。農繁期に合わせて雇用すれば、他の時期には労働力を遊ばせてしまい、コスト負担が大きくなる。
しかし、日本には、これを克服させる自然条件が備わっている。標高差と南北の長さである。
傾斜があり、区画が小さい農地が多い中山間地域では、農業の競争力がないと考えられている。しかし、中山間地域では標高差があるので、田植えと稲刈りに、それぞれ2〜3カ月かけられる。これを利用して、中国地方や新潟県の典型的な中山間地域において、夫婦二人の経営で10〜30ヘクタールの耕作を実現している例がある。
都府県の米作農家の平均0.7ヘクタールから比べると、破格の規模である。この米を冬場に餅などに加工したり、小売へのマーケティングを行ったりすれば、通年で労働を平準化できる。平らで農作業を短期間で終えなければならない、平均10ヘクタール程度の北海道の水田農業より、コスト面で有利になるのである。
野菜作でも、青果卸業から農業に参入した鳥取県の企業は、中海干拓から大山山麓までの800メートルの標高差を利用して、200ヘクタールの農地で、ダイコンの周年栽培を中核にした経営を実現し、ローソンのコンビニ・チェーン店に、おでん用ダイコンの周年供給を果している。山梨県のぶどう農家は、標高250メートルの農地と500メートルの農地を使い、ぶどうの開花時期を10日ほどずらすことで、作業の分散を図り、より多くのぶどう作りに取り組んでいる。
   (図).農作業平準化イメージ
標高は、規模やコストだけに、作用するのではない。作物の品質にも、良い効果を発揮する。中山間地域である新潟県魚沼地区のコシヒカリが、高い評価を得てきたのは、標高が高く、日中の寒暖の差が大きいからである。食味の良い米だけではなく、中山間地域では、鮮明な色の花の生産も行われている。高収益を上げられるワサビは、標高が高くて冷涼な中山間地域に向いている。
また、日本は南北に長い。亜熱帯の沖縄から亜寒帯の北海道まで、日本は広く分布している。同じ砂糖の原料でも、サトウキビ(沖縄、奄美諸島)とビート(北海道)を同時に生産できる国は、日本のほか、中国とアメリカくらいしかない。
南北に長いため、作物の生育がずれる。この日本の特性を活かし、ドールというアメリカの企業は、ブロッコリーを生産している農業生産法人に資本参加することにより、日本に点在する7つの農場間で、一定の作業が終わるごとに、機械と従業員を南から北の農場へ段階的に移動させることで、年間の作業をうまくならしている。労働の平準化と機械の稼働率向上によるコストダウンである(現在は日本企業に経営譲渡)。ドールは、同じく南北に長いカリフォルニアなどでも、同じような取り組みをしている。標高差や南北への展開がなくても、早生、中生、晩生の品種を組み合わせれば、作期を長期化することもできる。
南北に長いという日本の特性を活かすといっても、個々の農家が、全国に展開する農場を管理することは、現実的ではない。ドールのように、全国を視野に入れることが可能な企業が、農業生産法人に資本参加することにより、生産面は農業生産法人の現場責任者に任せながら、全国に散在する農業生産法人や農場間で、労働の平準化と機械の稼働率向上を行うなど、主としてマネージメントを担当する主体として、参入すれば、成功する可能性は高いだろう。企業と農家は、ウィン・ウィンの関係を築くことができる。
あるいは、より緩やかな形態として、コンビニが成功したように、生産や経営は個々の農家に任せ、自らは日本南北に展開する農家をフランチャイズ化して、種子を供給したり、労働者を派遣したり、機械をリースしたり、農家に技術指導したり、農産物を統一ブランドで販売したりするような、農家間の総合マネージメントに特化した組織も、有効だろう。
農業の人材派遣会社を作って、農作業にノウハウを持つ人材を、農繁期を迎えた農家に、南から北へと順番に派遣してはどうだろうか?すでに人材派遣を活用している農家もある。しかし、農作業のノウハウを教えて、やっと使えるようになると、別の人に代わってしまうという問題がある。全国から農業経験のある人や農業研修を受講した人を募って、かれらを農業人材バンクに登録し、これから野菜作り、米作り、農業機械修理などに優れた人を、個別の農家のニーズに合わせて派遣してはどうだろうか。農業における人的資本の形成にも資することになろう。
また、農業機械バンクを作って、人材派遣と同様、機械を南から北へと順番に農家にリースする方法も考えられる。一年に一回しか使わない機械を、年間複数回利用できれば、農業機械バンクにとっては機械の償却コスト、農家にとってはリース代金を、大幅に削減できる。現在の農業は、農業機械がないと成り立たない。しかし、故障したときに、修理工が少なく、また、次々にモデルチェンジが行われるので、部品を調達できないという問題もある。単に、機械をリースするだけではなく、修理や補修というサービスを付帯すれば、農業機械銀行の機能は、一層充実するだろう。
協同組合は、このような組織として有効かもしれない。というより、本来の協同組合は、このような役割を果たすための組織なのである。日本各地で、これらの農業者が、機械の共同利用、資材の共同購入や農産物の共同加工・販売のために、会社などを自主的に設立する動きが高まっている。2013年農家は自由に農協を設立できるように制度が変更されたので、今ではJA以外の農協を設立することも可能である。
終わりに
農業への関心が高まっているが、新規就農はなかなか進まない。農業への参入と農業収益の向上を阻んでいる農政が存在するからである。逆にいうと、農政についての改革を行えば、農業への参入が進み、農業収益も向上する。それは農地のゾーニング制度の確立と農地法と減反の廃止である。  
 
日本の食料

 

食料自給率
「瑞穂の国」の日本人がごはんを食べなくなり、食料自給率(カロリーベース)は39%(2012年)まで落ち込んでいます。さらにTPPに加入すれば13%にまで下がるという試算(農水省)も出ています。 異常気象や人口増加などで世界的な食料不足が深刻な問題となっている中、このまま食料を海外に依存していてよいのでしょうか。食料自給率が何を意味するのか、少し考えてみましょう。
食料自給率39%は最低水準
日本の食料自給率は2009年で40%、2012年には39%と主要先進国の中でも最低の水準です。1960年には79%あった自給率が、半世紀ほどの間で半減してしまい ました。
この原因としてあげられるのが、米の消費が減り、肉類や油脂をたくさん使う料理を食べるようになった「食の欧米化」です。さらに「外食」が増えたことなど、日本人の食生活の変化が自給率に大きく影響しています。
とくに肉類や牛乳・卵など畜産物は飼料のほとんどを輸入に頼っているため、国産でも自給率は極端に低くなってしまいます。
ちなみに今日のごはんは何を食べましたか?かつ丼の食料自給率は46%、ラーメンは10%、スパゲティ(ナポリタン)13%、豚しょうが焼きは11%という自給率です。国産でまかなえるごはんが入ると自給率はグッとUPしますね。
近い将来、食料争奪戦が始まる?!
みんなで食料自給率をアップさせよう!といわれても ピンときませんよね。今の私たちの豊かな食生活は半分以上を外国に依存して、日本は世界最大の農産物輸入国となっています。
しかも、大豆、トウモロコシ、豚肉などの主要品目についてはアメリカ、カナダ、ブラジルなど特定の国に大きく依存しており、異常気象による凶作や輸出禁止措置 などがあると、日本の食料需給はすぐに大きな影響を受けてしまうリスクがあります。
また、世界の人口は71 億人を突破し(2013年8月現在)、 2050年には96億人(国連推計)と予測されています。世界の食料生産量が伸び悩む中、約8億7千万人が慢性的な栄養不足に苦しんでいます。
さらに、中国やインドなどでは食生活が変化し、日本と同じく畜産物や油脂類の消費が増え、穀物類の輸入が増大しているため、世界の食料市場はとても不安定です。
地球温暖化や世界的な異常気象、原油価格の高騰、水不足、家畜伝染病、輸出国の輸出制限などなど、食料の輸入は突然止まってしまう恐れがあります。
もし、食料不足に陥った場合は自国への供給を優先し、輸出規制するのが当たり前。地球規模で食料難になれば、 いつ食料の争奪戦が始まってもおかしくありません。
一人一人の心がけで自給率をアップ
食料不足は深刻な問題です。不測の事態に対して、食料 自給率が39%しかないというのは国としてとてもキケンな状態です。米や麦、牛肉や豚肉、乳製品や地域の重要な産業を支えている甘味資源作物(サトウキビ、テンサイなど) など、今まで以上輸入に依存してよいものでしょうか。
国は2020年までに50%まで引き上げようという目標を 掲げています。だから私たちができることは、自分たちが食べるものは自分たちの国で作り「食料自給率をアップさせること」です。
国産のもの、旬のものを食べることを心がけること。 私たち一人一人の行動が、食料自給率をアップさせる力になります。
身近で食べものが得られることの大切さを今一度考え、日本の豊かな農地と自然環境を次世代に引き継ぐためにも、農業をもっと大切に、食べもののこと、もっと真剣 に考えてみましょう!
国で食料を増産することは、日本のためにも、将来の地球のためにも必要なことなのです。
私たち全農は、日本の「食」を支えるのが使命と考え、食料自給率アップに努めます。
日本の農業の現状
「食料自給率」でわかるように、今、日本はカロリーベースで食べものの60%以上を輸入に頼っています。その背景には私たちの食スタイルや国内の農業生産の状況など、さまざまな要因があります。
国産の食料を支える農家の人の高齢化や耕作放棄地問題など、農業の生産現場は危機的状況にあります。これからも将来にわたって安全・安心な国産農畜産物をお届けするために、国内農業の現状をふまえ私たちが生産振興で取り組もうとしていることを紹介します。
1%の人たちが支える国内生産
日本の総人口は約1億2778万人で、65歳以上の高齢者が占める割合は約23%です(2011年総務省統計)。一方、農業就業人口のうち、基幹的農業従事者数(ふだんの仕事が主に農業)は、2010年は205万人でしたが、2011年には186万人と200万人を下回りました。65歳以上の高齢者が占める割合は59.1%で、全体の平均年齢は65.9歳まで上昇し、高齢化が進んでいます。
また、農家数の推移をみると、2005年に300万戸を下回る284万戸、2012年には232万戸と52万戸減りました。
これは、これまで日本の農業を支えてきた昭和ひとけた生まれの世代が農業現場から引退していることが原因とみられています。高齢化はもちろんのこと、農業の就業人口が減ってしまう理由としては、後継者がいない、安い農産物が輸入されるようになって収入が減った、などがあります。
農業は天候に左右され、労働時間も長く、作物を育てるのに必要な費用もかかります。国内生産される食料は全人口の約1%の人たち(その約60%が65歳以上の高齢者)によって支えられているという状況です。
食べものを作るだけじゃない田畑の役割
日本の耕地面積は1961年の609万ヘクタールをピークに、宅地化などによる減少が進み、2010年には459万3千ヘクタールと約150万ヘクタールも減少してしまいました。
農家の高齢化が進むとともに、耕作放棄地も増え続け、2010年には滋賀県の面積に匹敵する39万6千ヘクター ルにものぼっています。いちど耕作放棄地となり、荒れて人手が行き届かなくなった田畑を元に戻すためには大変な時間と労力が必要となります。
また、水田をはじめとする農地は食料を生産するだけではなく、さまざまな種類の生きものが棲める環境をつくり、洪水や土砂災害も防ぐという多面的な機能をもっ ています。その結果、私たちは住みやすい環境で安心して暮らすことができます。農水省の発表によれば、この多面的機能の価値は年間8兆2226億円(日本学術会議試算)にもなります。
このまま農地が減り続けると、台風やゲリラ豪雨など異常気象の中、水田がダムの役割を果たして洪水から守ることができなくなり、災害の規模も高まってしまいま す。
農業を続けることは、災害などから国土を守り、豊かな自然環境を保全することにもつながるのです。
全農は「元気な産地づくり」に取り組みます
私たち全農では、これまでも農業生産振興の取り組みを県行政や中央会と連携してすすめてきましたが、平成25年度より県単位でJAと協力した全農としての生産振興対策に計画的に取り組んでいます。
具体的には右表のように各県のこれまでの経過や特長を生かした施策を実行し、息の長い地域生産振興につなげ、元気な産地を1つでも多く作っていきます。
国内農業生産確保のコンセンサスを!
「食料自給率」でも見たように、日本の食料自給率を100%にすることは、当面、現実的とはいえま せん。国が目標としている食料自給率も50%(2020年時点)です。
現実的には、穀物・園芸・畜産のそれぞれのジャンルのなかで、何をどれだけ国内生産で維持・拡大し、何をどれだけ輸入に依存するのか、国民的合意を得る議論をしたうえで国家戦略として整理することが必要ではないでしょうか。
全農は、「元気な産地づくり」に取り組み、国内生産の活性化に努力していきます。
農産物の流通の現状 (その1)
単身世帯の増加や高齢化などの社会環境を背景にして、消費者の購買行動に変化が起こり、食品の流通では中食・外食向けのウェイトが高まっています。
一方、「日本の農業の現状」でわかるように、農家の高齢化や耕作放棄地問題など農業生産の現場は危機的状況にあります。
全農は、消費者ニーズに対応し、現在の流通実態に即した事業施策を展開して、国内農業の活性化をはかる努力をしていきます。
私たち全農は生産者と消費者がWIN-WINとなる事業展開を指向します。
日本における食料流通の現状
1世帯あたりの食品の購入方法の推移
右の図表を見てわかるとおり、1世帯当たりの月間食品購入金額は、20年前と比較すると約20%減少しています。これは、単身世帯をはじめ家族が3人以下の世帯が増加していることや、高齢化がすすんでいることが影響していると考えられます。月間食品購入金額が減少する一方で、調理食品や外食の購入が増加してきているのは、上記の理由に加え共働き世帯が増加していることも影響していると思われます。
食品の購入先別割合の推移
食品の購入金額が全体で減少しているなかで、消費者の食品の購入先をみると、スーパー・量販専門店の小売段階におけるシェア率が高くなっています。米・パンなどの穀類は50%を超え、野菜・肉類については、70%以上に増えてきています。
国内の食料流通実態
農業生産現場から消費者の最終消費までの食料の流通実態を見てみると、以下の表のとおり国内の農業生産額は8.5 兆円、最終消費額が73.5 兆円となっております。食品の価格には、加工・流通の過程で60兆円を超える付加価値がついています。
JA全農の目指す方向
一世帯あたりの食品購入額の減少、中食・外食の増加に伴う加工向需要拡大などの現状をふまえ、食料流通における付加価値をできるだけ生産者サイドが獲得することが農業所得の向上や再生産価格※確保につながり、その事業に全農グループが係わることで消費者に対しても安心・安全を担保します。
生産者にも消費者にもWin-Win となる事業をめざし、JA全農は次の施策を展開していきます。
加工・業務用需要への企業との連携も含めた対応の強化
・第一弾として平成25年12月にキユーピー(株)との共同出資の「カット野菜等の青果加工品の製造および販売」会社(社名(株)グリーンメッセージ)を設立します。JA全農は青果物素材の周年手配、キユーピー(株)は製造・販売ノウハウの発揮を基本に「定時・定量・定価格」という業界ニーズに対応した事業の拡大をします。(順次、全国3工場展開)
・平成26年に仙台に炊飯工場を新設し、宮城県産米の量販店・生協学校給食への供給をおこないます。今後企業とのアライアンス(提携)を積極的に模索します。
全農ブランド商品の新発売
・カット野菜、チルド野菜・惣菜、畜産加工品、冷凍食品など第一弾として70 品目の「全農ブランド商品」を平成25年11月に新発売、今後順次、品目数を300程度まで拡大する予定です。
農産物の流通の現状 (その2 米と青果物の流れ)
「農産物の流通の現状(その1)」でわかるように、一世帯あたりの食品購入額の減少、中食・外食の増加に伴う加工・業務用需要の拡大など、食品流通は大きく変化しています。今回は、米と青果物(野菜・果実)の流通実態を解説し、そのなかで全農が取り組んでいる施策を紹介します。
私たち全農は現在の流通実態に即した事業施策を展開し、国内農業の活性化を目指します。
主食用米における流通の現状
米の流通実態
生産者が収穫した米は、JAや集荷業者によって集荷されます。JAグループでは、この集荷の段階で、農産物検査員が米の品質等の検査をおこなったうえで出荷します。集荷されたお米は、パールライス卸などの卸業者によって精米され、量販店や生協などを通じ、消費者の皆様へ供給されます。米の消費量については、加工・外食が全体の53%程度と高い水準を占める実態にあります。
稲作農家の経営の厳しさ
10aあたりの全算入生産費※と粗収益(農林水産省「農業経営統計調査」)を比較すると、規模拡大にともない、 単位面積当りの生産費は低減していますが、規模拡大にともなうコスト増分をカバーする利益が出ていない状況がわかります(下図参照)。※全算入生産費:米の生産に係る労働費(家族労働時間を賃金換算した費用)・資本利子(「総資本額−借入資本額×4%/年」で疑似的に計算)・地代(自作地地代を疑似的に計算)などすべてのコストを計算したもの。
野菜・果実における流通の現状
野菜・果実の流通実態
野菜・果実の流通は、卸売市場に加え、量販店・食品メーカー・加工業務事業者などの実需者が市場を介さず購入するルートもあり、多様化がすすんでおります。また、中食・外食向けの加工業務用需要の産地へのニーズは、定時・定量・定質・定価格が基本であり、卸売市場を介するこれまでの青果物流通の仕組みに加えて、生産者と実需者を結ぶ新しい流通が求められております。
全農が取り組むこと
全農は、重点卸売市場との契約取引の拡大や、生協・量販店等への営業強化など、実需者に接近した販売を強化します。とりわけ、加工・業務用実需者への販売の拡大に向け、カット野菜製造会社である(株)グリーン・メッセージの設立(25年12月予定)を皮切りに、各県本部が連携したリレー出荷体制の構築など安定的な原料確保に取り組みます。また、今後、新たなカット・加工施設への投資・出資、将来の二次加工進出も検討していきます。
農産物の流通の現状 (その3 食肉と鶏卵の流れ)
国産畜産物相場は、回復基調に転じたものの、円安などの影響から飼料等資材価格は高水準で推移しています。今回は、シリーズ第4回の「農産物の流通の現状(その2 米と青果物の流れ)」と同様に、食肉と鶏卵の流通実態を解説し、そのなかで全農が取り組んでいる施策を紹介いたします。
食肉(牛肉・豚肉・鶏肉)における流通の現状
食肉の流通実態
食肉の輸入割合は、牛肉が最も高く、国内流通量の約60%、豚肉が約50%、鶏肉が約25%のシェアを占めています。食肉の消費面で見てみると、中食・外食、加工品の割合が多く、国内品と輸入品の価格差が大きいため、高級品は国内産を、外食チェーンなどの大衆品は輸入肉を使用するといった棲み分けがすすんできています。また、現在の法体系では、(1)串刺し生鶏肉が冷凍で輸入され、国内で調理・加熱された「焼き鳥」に鶏肉の原産地表示は不要、(2)海外で下処理(1次加工)した豚肉を輸入し、国内で製造されたハム等の原産国表示は不要などの対応となっています。
畜産農家の経営の厳しさ
食肉の消費量は、増加傾向となっておりますが、消費者の低価格指向を受けて、豚肉は牛肉から、鶏肉は牛肉・豚肉からの移行がみられるとともに、輸入が増加してきております。牛肉の全算入生産費※と1頭当たりの粗収益を比較すると、飼料価格高騰などのコスト転嫁がすすんでいない状況がうかがえます。
全農グループが取り組むこと
牛肉・豚肉およびその加工品は、JA全農ミートフーズ(株)、鶏肉関連は全農チキンフーズ(株)、その他県域のグループ会社も含め、国産畜産物を安定的に生協量販店など実需者に提供しています。
(1)毎月29日は「肉の日」のキャンペーン、またアニメキャラクター「ゼウシくん」を活用したキャンペーンなど国産畜産物の消費拡大運動を積極的におこないます。
(2)また、全農グループの直接販売する手段として、国内での直営焼肉店舗の展開、海外への和牛レストランの展開もすすめております。
(3)肉質向上、多頭産技術など、革新的な技術・商品開発に、日夜、取り組んでいます。
鶏卵における流通の現状
鶏卵の流通実態
鶏卵の流通概要をみると、家庭用の殻付卵はほぼ国産品が占めています。これは日本人の生食文化に対応できる国産鶏卵の安全性に起因する部分が大きいです。一方、中食・外食に使用される鶏卵・液卵は輸入品が使用されるケースもあり、自給率100%とはなっておりません。
全農グループが取り組むこと
全農グループでは、指定産地・飼料等、生産部門と連携した取り組みを実践し、品質の向上に努めるとともに、安全面では各種衛生管理や検査などの科学的な根拠にもとづきバックアップ体制を整えています。また、飼料米やエコフィード(未利用資源)をはじめ、「おいしさ」を切り口にしたこだわり商品などを開発していきます。  
 
なぜ?食い止めたい!深刻な若者の農業離れ

 

農業就業人口が減少している原因のひとつは、若者の農業離れです。先進国の中でも圧倒的に食料自給率が低い日本。実に食料全体の6割を輸入に頼っています。少子高齢化のために人口が減少し続けている日本に比べ、世界の人口は増加の一途を辿っています。世界的に見ると農地不足、食糧不足の国が多く、将来的にそれぞれの国が輸出を制限する可能性もあります。食料自給率を上げるためには農業就業人口を増やすことが重要で、そのためには若者の農業離れを食い止めることが必要不可欠です。
現代農業の現状… 高齢化と若者離れ
農業就業人口がどのように推移しているのか、その現状を確認してみましょう。農林水産省による農業構造動態調査および、5年毎に行われている農業センサスの調査によると、2010年には260万人だった農業就業人口数が、2015年には209万人に、翌年2016年には200万人を割る192万人に、2017年の概算値では181万人になっています。2010年から2015年の間の離農者はおよそ50万人。その後も毎年平均で9万人が離農しており、このままの減少傾向が続くと5年後の2020年には45万人の離農者が出ていてもおかしくありません。農業就業人口のうち65歳以上は、2010年だと160万人、2017年は概算値で120万人。2010年の時点で65歳以上の割合が全体の61%だったのに対し、2017年では66%と5%も上昇しています。農業人口が減っているにも関わらず65歳以上の割合が増えているということは、高齢を理由に離農する人口もさることながら、就農する若者がかなり少ないことを表しています。農業就業人口の平均年齢は2016年で66.8歳です。平均年齢が定年退職の年齢を超えているため、このまま若者の農業離れが続くと、この先はさらに農業就業人口の高齢化が進み、農業は衰退の一途を辿ります。就農する若者を増やすための対策が、現代農業の急務と言っていいでしょう。
農業をやりたい?農業のイメージとは?
仕事として農業をやりたいと思う人がどのくらいいるのか、100人の男女を対象にアンケートを実施しました。
農業は甘くない!仕事としては敷居が高いイメージ
100人中74人が仕事として農業をやりたいとは「思わない」と答えました。
• 1年365日、休みがないと思う。天候にも左右されるし、安定した収入の確保ができるのかが心配で、踏み切れない。(30代/個人事業主・フリーランス/女性)
• 祖父母が専業農家で、体力・天候その他いろいろな要因で苦労している姿を見てきました。それと同じ苦労、努力を自分が背負っていく自信はありません。(30代/専業主婦(主夫)/)
天候による収入の不安定さに言及している回答が圧倒的に多かった印象です。では、仕事としてやりたいと「思う」と回答した人の意見も見てみましょう。
• 自然の中で、はっきりとしたやりがいを感じることができるからです。(30代/パート・アルバイト/女性)
• 本業から脱サラして農業に転職までする勇気はありませんが、週末を利用して複数人数で共同経営したり、運営は第三者に委託したりという形で農業に関わりたいとは漠然と思っています。(30代/正社員/男性)
自然の中でやりがいを感じたいという人が多いようです。
全体的には、農業は収入、時間、体力などさまざまな点を考慮に入れても、仕事にするのは厳しいと感じている人が多いことがわかりました。
稼げるとは限らない!農業離れの原因とは?
若者の農業離れが続いている原因のひとつは、初期費用やその後の経費がかかる割に、必ずしも稼げるとは限らないからです。就農するには土地や農機具が必要です。農園の規模にもよりますが、就農のための初期費用は数百万円単位になるのが一般的。新卒からの就農はもちろん、脱サラからの就農でも年代が若いほど貯金の額は低い傾向にあります。農家になるための初期費用の高さは、若者にとってハードルが高いと思われる要因になっています。費用面をクリアして就農したとしても、それで食べていけるかは実力と運次第です。おいしくて立派な野菜を育てる知識はもちろんのこと、育てた野菜を売るための販路をどう築いていくかが重要で、経営者としての腕を問われます。また、農業は体が資本ですから体力がなければ続けられません。毎日朝早くから起き出して仕事をするのが基本です。会社員のように決まった休みはなく、1人農家や家族経営の場合は特に休みがなくなることも珍しくありません。常に屋外で活動するため、夏は暑く冬は寒いという労働条件のなか、毎日農作物と向き合って働き続けられる体力が必要です。資金、収入、体力などさまざまな面をクリアできないと継続していくことが難しい点が、若者の農業離れにつながっています。
就農をめざす若者を増やすための秘策は?
深刻な若者の農業離れを解消するために、国ではさまざまな支援を用意しています。研修中の2年間で150万円を支援してくれる農業次世代人材投資事業の支援、就農する青年を支援するために5年間で150万円を支援してくれる青年等収納計画制度のほか、農機具や施設の導入に際して無利子で支援してくれる経営開始型の施策もあります。農業は特に最初の数年は利益が上がらないことが少なくありません。資金援助をしてもらえる期間内に農業や経営に関するノウハウを身につけて事業を軌道に乗せることが、就農成功の近道。これらの施策は若者の就農に対するハードルを下げるひとつの要因になるでしょう。ここ数年では「スマート農業」をいかに浸透させていくかにも注目が集まっています。スマート農業とは、ドローンやロボットなどのIT技術を農業に導入することで農作物の生産効率を上げる農業のことです。農業は自然が相手ですから、完全に生産性をコントロールするのは難しいです。しかし、最新技術を導入することによって、重労働の軽減や人手不足を解消することができれば、これまでの農業に対するネガティブなイメージを覆すこともできるでしょう。
まとめ
農業就業人口の減少は、日本で暮らす私たち全員にとって見過ごすことのできない事態です。これを食い止めるには若者の就農が欠かせません。高齢化と人口減少を食い止めるために、若者にとって希望のある農業の姿を提示していくことが重要です。これまでの農業を引継ぐとともに新しい風を吹き込むことが、農業界の活性化につながります。どうすれば誰にとっても魅力的な仕事になるのか、これから考え続けていかなければならない課題と言えるでしょう。  
 
農業・諸話

 

数字で見る「日本の農業」
人手不足や高齢化による「日本の農業の未来」が危惧される一方で、農業に新たに参加する人の数は近年増加傾向にあり、小売チェーンや私鉄、銀行などの他業界企業が農業ビジネスに参入しています。このように、日本の農業の現況は、一部のデータだけで捉えることはできません。
農業人口
農林水産省の発表データによると、日本の農業人口は減少し続けています。しかし、新たに農業に参加する「新規就農者数」は近年増加傾向にあります。
            H23  H24  H25  H26  H27 (千人)
新規自営農業就農者数  47.1  45.0  40.4  46.3  51.0  
新規雇用就農者数    8.9  8.5  7.5  7.7  10.4
新規参入者数      2.1  3.0  2.9  3.7  3.6

その理由の一つとして挙げられているのは、法人等の組織経営体の増加です。平成21年に農地法が改正されてから2,222の法人が新しく農業に参入しています。
農業就業者の年齢と耕地面積
農業従事者の「高齢化」も深刻な問題です。平成27年の農業就業者の平均年齢は67歳と、平成23年に比べ1.1歳高くなっています。一方で、農家世帯員である「新規自営農業就農者(※1)」と、土地や資金を独自に調達し新たに農業経営を開始した「新規参入者(※3)」のうち49歳以下の割合は、5年前と比べてそれぞれ+10.6%、+25.6%と増えており、全体的に若い新規就農者が増えている傾向にあります。
耕地面積については、平成23年に比べ縮小していますが、一経営体当たりの耕地面積は拡大していることから、農業の大規模化が進んでいることが分かります。
農業のIT化
いままでの農業は人の力に頼る要素が大きく、ベテランの勘や経験に基づいた技術や知識の共有が困難でした。そのため、農業は新規参入へのハードルが高いと考えられていました。しかし現在、農林水産省によりスマート農業化が推進されていることや、作業の自動化、暗黙知の見える化、農地環境や作業内容のデータ化など、業務を効率的に進める上での経営判断を、データを基に行うという動きが始まっています。また、これらのテクノロジーを活用するためのクラウドサービスを提供する企業も増えています。 
農業人口減少理由 2018/9
日本の農業人口の減少が止まらない
日本の農業就業人口が減少している事は、皆さんはご存知だろうか?今回は、何故農業人口がこれほどまでに減少しているかを述べていきたい。
日本の農業人口の推移
日本の農業人口の減少理由を述べる前に、日本の農業人口の推移を確認して欲しい。
農業就業人口は、毎年減少しており、平成28年には、200万人を下回った。
そして、そのうちの65歳以上の農業就業人口も減少し続けている。しかし、見てほしいのが、農業人口の60%が65歳以上の農業人口で構成されていることだ。これらより、日本の農業人口の高齢化が進んでいることが改めて確認できる。
そんな中、日本の農業をこれら支える新規就農者の数を見ると、毎年55万人近く就農していることが分かる。しかし、農業人口の減少分と増加分を比べた時に、減少分の方が上回ることから、新規就農者が定着していないことがわかる。いかに、農業が難しいことかが伝わってくる。
農業人口の減少理由
[1]高齢による離農
先ほど述べたように、日本の農業人口の60%以上は、65歳以上の高齢者が支えている。また、平成22年には、農業就業人口の平均年齢は、65,8歳になっている。単純にリタイアの時期を迎えた高齢者農業人口が離農しているのだ。問題は、そのリタイア時期の方々が日本の農業の6割を支えている事にある。もっと若い人達が農業に取り組み、平均年齢を下げていかなければ。
[2]後継者がいない
[1]に付随するように、2世代で農業をしている農業人口も減少しているのも、農業人口の減少の理由でもある。
[3]儲けにくいから
これが、根本の原因であると筆者は思う。新規就農者・後継者が現れないのは、単純に「農業が儲からない」事が理由であると思うからだ。儲からないのには、2つの理由がある。
1 安い農産物が輸入され、市場に出回り、農産物の価格が下がっている。
2 天候など外部影響を受けやすい商品であるため、収穫高が安定していない。
結論
農業を選ぶ理由作りをしていく必要がある。儲からない・肉体労働と選びたくない理由が出てくるが、農業を選ぶ理由づくりをしていかなければならない。例えば、儲かるような仕組み作りをすることで、金銭的なモチベーションを向上させたり、消費者の購入後の感想が聞けるような仕組みづくりをすることで、農家の人のやりがいを作るなどである。これらの仕組み作りを政府だけでなく、会社でも作る必要がある。 
 
林業労働力の動向

 

林業従事者数
森林の有する多面的な機能を発揮するために必要な森林の整備等を担うのは、主に山村において林業に従事する方々です。国勢調査(総務省)によると、 林業従事者の数は長期的に減少傾向で推移しており、平成27年(2015年)には4万5千人となっています。
また、林業の高齢化率(65歳以上の割合)は、平成27年(2015年)は25%で、全産業平均の13%に比べ高い水準にあります。一方で、若年者率(35歳未満の割合)をみると、全産業が減少傾向にあるのに対し、林業では平成2年(1990年)以降増加傾向で推移し、平成27年(2015年)には17%となっています。
新規就業者の推移
新規就業者数は、「緑の雇用」事業を実施する以前は年間平均約2千人であったものが、事業実施以降には約3千3百人にまで増加しています。平成28年度(2016年度)は3,055人となっています。
林家戸数 (単位:万戸)
        昭和55年 平成 2年   12年   17年   22年   27年
林家戸数     111.3  105.6  101.9   92.0   90.7   82.9
林業就業者 (単位:万人)
        平成 2年   7年   12年   17年   22年   27年
林業就業者     10.8   8.6   6.7   4.7   6.9   6.4
  うち65歳以上  1.1   1.6   1.7   1.2   1.2   1.4
林業従事者 (単位:万人)
        平成 2年   7年   12年   17年   22年   27年
林業従事者    10.0   8.2   6.8   5.2   5.1   4.5
  うち65歳以上  1.4   1.9   2.0   1.4   1.1   1.1
新規林業就業者 (単位:人)
        平成24年   25年   26年   27年   28年
新規林業就業者  3,190  2,827  3,033  3,204  3,055  
 
なぜ林業は衰退したのか

 

世界一安いのに売れない国産材
日本の林業産出額は1980年の1兆1582億円をピークに減少傾向にあり、2012年には4000億円を下回った。林業従事者は1980年の14万6000人から5万1000人まで減少。手入れがされず荒廃した森林が日本中で増えている。
なぜ、林業は衰退してしまったのか。そもそも、現在の日本の林業は、戦後、国が主導して形づくられたものだ。戦中・戦後には軍需物資や復興のために広葉樹が大量に伐採され、そのかわりに、建築用木材として経済的価値が高い、スギやヒノキなどの針葉樹を植林する「拡大造林政策」がとられた。しかし、これらの木が育つ前の1964年に木材輸入が自由化され、安価な外国産材が市場を席巻してしまった。
現在、世界的な木材需要の逼迫で外国産材は高騰しており、国産材のスギは「世界一安い」とさえ言われている。それにも関わらず、国産材の供給量はこの10年、横ばいで推移している。
不足する経営的視点
「極端な表現ですが、我々が携帯電話のない社会に戻れないように、外国産材のない木材・建築業界はもはや成り立たないのです。問屋への電話一本で、ミリ単位に加工された外国産材が、短納期で届くシステムができあがっている。一方で国産材は、流通量が少なく質も不安定で、トータルで見ると高コストです。経済合理性だけで考えれば、国産材を使う意味はほとんどありません」。そう指摘するのは、国産材を使った家具の製造・販売で成長するワイス・ワイスの佐藤岳利代表だ。
拡大造林政策期(この政策は1996年まで続けられた)は、森林組合をはじめとした林業事業者の仕事は森林整備(新植、保育、間伐等)が中心だった。林業事業者の多くは補助金・助成金に依存するようになり、木材の生産・販売や丸太の製材など、マーケットと接するビジネスは需要がないこともあって疎かにされていった。戦後に植林された人工林が伐期を迎えている今も、この体質は変わらない。
佐藤氏は言う。「商売には、作る(製造)、伝える(広報・宣伝)、届ける(販売・流通)という3つの異なる能力が求められます。林業も同じです。木を育てて伐採し、商材の価値を伝え、求めやすい流通経路を構築する必要がある。しかし、このような経営的視点を持った林業事業者は非常に少ないというのが現状です」
林業×◯◯というチャンス
では、林業を再生するために大切なことは何か。佐藤氏は自身の事業経験をもとに、いくつかの視点を挙げる。
まずは「連携」だ。「事業者に伝える能力や届ける能力がないのであれば、その力に長けている人々とチームを作り補うべきです」。例えば、佐藤氏が「もっとも注目すべき林業のひとつ」と言う岡山県西粟倉村は、東京の森林マネジメント会社であるトビムシと、木材加工・販売を行う「西粟倉・森の学校」を設立。地元の間伐材を使った、個人でも簡単に施工できる床材「ユカハリ・タイル」などのヒット商品を生み出した。ワイス・ワイスも、全国の木材産地と密接に連携して、家具を製造している。
また、経済合理性だけでは測れない森林の多面的価値に注目すべきだと説く。森林は木材供給だけでなく、地球温暖化の緩和や土砂災害の防止、水源涵養といったソーシャルな価値、さらには食料や文化、健康などを育む場所でもある。
「このような多面的価値を読み解いて、地域それぞれの特性や資源を林業と組み合わせる、つまり林業×◯◯を追求することが大切ではないでしょうか」。グリーンツーリズムや民泊、森林セラピー、レストランなど、すでに色々な試みが登場している。お金を払って林業体験をする「木こり体験ツアー」もその事例と言えるだろう。「ヨーロッパの農家の半分以上が収入を農業以外から得ていることは有名ですが、日本の林業もそれ単独ではもはや成り立ちません。収益源を複線化する必要があるし、その際に林業×◯◯の視点が求められます」
さらに、事業者自身がこうした森林の多面的価値を生活者に伝えていくことも重要だろう。佐藤氏は伝統工芸品を例に出して説明する。「中国の工場で大量生産された茶碗も、日本の伝統工芸品の茶碗も、機能は全く同じです。しかし、値段が高くても伝統工芸品を買おうという人は多いでしょう」。林業でも同じで、職人や産地に住む人の想いや、森林を守るというソーシャルな問題意識が、ユーザーやファンを増やすきっかけになりえる。実際にワイス・ワイスは、国産材を軸にトレーサビリティの担保された「フェアウッド」のみを使用して家具やインテリアを製造することで、さまざまな企業や生活者の共感を得て、成長している。
30年先の未来への責任
地方創生が叫ばれる今、林業に対する注目度はかつてなく高い。ビジネス化を検討する企業も多いだろう。だからこそ、佐藤氏は事業者の覚悟を問う。
「木が成長するには短くても30年、100年かかることもざらです。時間軸が他の産業と圧倒的に異なり、経済効率性だけで判断できるものではありません。30年後の未来を常に考え、夢とロマンを持ち、確固たる哲学を持って頑張れる人でなければ、林業再生は不可能でしょう」 
 
日本の森

 

日本の森の「少子高齢化」
1990年から2010年までの20年間で、世界全体で日本の国土面積の4倍に当たる広大な森林が失われたとされる。世界規模で森林の荒廃が進む中、2006年の国連総会において、「持続可能な森林経営」を目指し、2011年を「国際森林年」とすることが決まった。
「持続可能な森林経営」とは、森林から得られる恩恵を将来にわたって受けられるように、森林を賢く利用し、管理していくこと。今年1月24日から2月4日にかけて、米国ニューヨークで第9回国連森林フォーラムの閣僚級会合が開かれ、国際森林年が正式にスタートした。9月には国連総会における特別イベントが予定されている。
日本でも10月から11月にかけて国際森林年記念会議が開かれるほか、全国各地で、また官民あわせて様々な取り組みが行われる。何しろ日本は、先進国の中でトップと言ってよいほど森林に恵まれた国だ。
日本の国土は約3800万ヘクタールあり、このうち森林面積が2500万ヘクタール、国土全体に占める割合は3分の2にもなる。「森林大国・ニッポン」は決してイメージだけの話ではなく、数字の上からもまさにその通りなのである。
国連食糧農業機関(FAO)が発行する『世界森林資源評価2005』によると、先進国の中で森林率が6割を超えている国は、日本のほかにフィンランド(74%)とスウェーデン(67%)の2カ国しかない。ちなみにロシアは48%、ドイツや米国、カナダは3 割台にすぎず、イギリスにいたっては1割台である。
ただし、これは森林の“ 量”に限っての話である。その森林がどれほど健全であるか、どれほど上手に森林を活用しているかといった“ 質”を問われたら、また別の数字を見なくてはならない。
「高齢化」の時代に突入した日本の森
間伐が必要な時期に突入しているにもかかわらず、放置されたままの針葉樹林。急峻で木材の運び出しが困難なため残材が打ち捨てられた山。地形を考えずに無造作な直線で敷設された林道網――。
今、日本の多くの山でこうした光景が見られる。それはすなわち、日本の森林と林業が実は根深い問題を抱えていることを物語っている。
日本の森林面積2500万ヘクタールのうち、1300万ヘクタールが天然林で、1000万ヘクタールが人工林である(残りは竹林や伐採跡地)。この1000万ヘクタールという人工林の面積は、実はそれだけでドイツ1国が持つ森林面積に匹敵するほどに広い。
しかし、日本は森林容積、すなわち木材蓄積量が豊富である割に、木材生産量が極めて少ない。2006年のドイツの生産量6200万立方メートルに対し、日本はその3分の1以下の1700万立方メートルだ。豊富な森林資源を抱えながらも活用が遅れているというのが、日本の現状である。
「現在は少産少死の時代。やがて少子高齢化時代を迎えようとしています」
東京大学大学院農学生命科学研究科の白石則彦教授はこう切り出す。日本の人口構成について話しているのではない。日本の森林の状況をこう言い表してみせたのである。
日本の森林と林業の歴史を振り返ったとき、ターニングポイントになったのは、第2次世界大戦である。明治から大正、そして昭和の初期にかけて、日本の森林では膨大な量の木が切り出された。戦時中は軍需物資として使われ、戦後は空襲で焼かれた住宅の復興のため建材に用いられた。その結果、終戦からしばらくすると、日本の山はその多くがハゲ山と呼んでもいいほどに荒廃してしまったのだ。
1960年代、日本が高度経済成長期に入ると、政策主導で大量の植林が行われた。日本各地の山々にはスギやヒノキが次々に植えられ、住宅建材の需要に応えるための単一樹種の森が次々と生まれていった。しかし、70年代以降、国産材よりも安い外材が輸入されるようになると、やがて国産材は太刀打ちできなくなり、日本の人工林は手入れが行き届かずに荒廃してしまったのである。
「日本の人工林には、高度経済成長期に植えられた30 年生から50 年生の木々が極端に多く、それ以前からある高齢林も、その後に植えられた若齢林も少ない。その林齢構成は、少産少死型の日本の人口ピラミッドによく似ています」
森以上に課題を抱える日本の林業
そして、高齢化の進捗で新たな問題が生まれたように、森林にも解決すべき問題があると、白石教授は指摘する。「正確に言うと――」と、白石教授は続ける。
「問題は森林にあるというより、林業のほうにあるのです」
日本には森林蓄積が十分にある。将来へ向けて、これを適切に管理していくのが林業の仕事だ。しかし、その担い手となる林業従事者の数の落ち込みが、近年あまりにも激しい。
林業の就業人口は1970年以降、5年間に約2万人のペースで減っているという報告がある。2005年の数字で、林業従事者は約4万7000人。しかもその内訳を見ると、26%つまり4分の1以上が65歳以上の高齢労働者となっている。全産業の平均は9%だから、林業従事者の高齢化率がいかに突出しているかが分かる。
労働災害の発生率も深刻だ。1年間に発生する労働災害による死傷者数(労働者1000人当たり、休業4日以上の傷病が対象)は、1990年が30.2人、2008年が29.9人。全産業平均の発生率が1990年に4.6人、2008年には2.3人まで減少しているのに比べて、あまりに高い数字だ。
しかも、ほかの産業は、ほぼ20年間で、建設業(11.3→5.3)、製造(6.6→3.0)、木材・木製品製造業(17.4→8.3)が半減ペース、発生率が比較的高いといわれる鉱業(22.6→14.0)でも4割ほど減少しているのに、林業だけが全産業平均より10倍以上の水準で高止まりしている。労働安全への取り組みは林業では急務なのだ。
危険と隣り合わせでありながら、林業従事者の賃金は他産業に比べて低い。林業従事者の収入は日給ベースが多く、1日1万2000円程度という。年間200日働いたとして、年収は250万円ほど。熟練したからといってもなかなか増収は見込めない。「危険な作業なのに低賃金という現状を変えない限り、林業従事者の減少を食い止めるのは難しいでしょう」というのが白石教授の認識だ。
ここで、日本の森林が抱える課題がはっきりと見えてくる。林齢構成のピークにある30〜50年生の木々は間伐を施すべき時期にある。が、労働力不足のためにまともな間伐ができないのである。あるいは、山の木をすべて切ってしまう「皆伐」を行った後、再植林をせずにハゲ山のまま放置するケースが続出している。
日本には今、4万人程度の林業従事者がいるが、白石教授の試算によれば、この人数で維持管理できる森林面積は160 万ヘクタール程度という。日本の人工林1000 万ヘクタールのわずか6分の1だ。今後、様々な施策により生産性の向上が見込めるにしても、「現状の林業労働者で担える森林面積は300万ヘクタールが限界では」と、白石教授はみている。
袋小路に入り込んだ日本の林業。だが国も黙って見ているわけではない。この状況を打破すべく、2009年に「森林・林業再生プラン」を打ち出した。白石教授も同プランの基本政策検討委員として名を連ねている。
林業経営の専門家を育てる
「森林・林業再生プラン」は、三つの基本理念を掲げている。
一つ目は、「森林の有する多面的機能の持続的発揮」。森林・林業に関わる人材を育成し、森林所有者の林業への関心を呼び戻し、森林を適切に整備・保全する。それによって、水源のかん養や地球温暖化の防止、生物多様性の保全、木材生産など、森林の持つ多面的な機能が持続的に発揮できるようにする。
二つ目は、「林業・木材産業の地域資源創造型産業への再生」。林業・木材産業を国の成長戦略の中に位置付け、木材の安定供給や加工・流通体制を整備し、林業と木材産業を山村地域の基幹産業として育成する。
三つ目は、「木材利用・エネルギー利用拡大による森林・林業の低炭素社会への貢献」。建材や家具などの木材加工品の素材として、あるいはバイオマス燃料として利用することにより、化石燃料の使用を減らし、低炭素社会の実現に貢献する。また、木材の利用を拡大することで、林業や木材関連産業が活性化し、ひいては森林の整備・保全を推進する。
この三つの理念の下、具体的な施策が打ち出された。まず、森林の管理や木材生産を効率化するため、路網(林道)と林業機械を組み合わせた作業システムの導入を進める。各地域の条件に応じた路網設計技術を整備・体系化していく。また、林業経営の技術や知識を持った専門家である「フォレスター」を育成するため、日本型フォレスター制度を創設する。同時に、森林施業プランナーや路網設計者など、森林・林業に携わる現場技術者を育成する。
輸入材に負けない効率的な加工・流通体制づくりや、木質バイオマスの利用拡大なども重要な施策だ。官庁や自治体、公共施設が、国産材やバイオマス燃料を先行して導入して、民間への普及を促していく。
このほか、森林計画制度の見直し、森林情報の整備、経営の集中化、管理放棄地に対するセーフティーネット体制の構築など、制度面での改革に取り組む。同時に、森の循環利用を目指し、伐採・更新に関するルール作りも急務といえる。
「森林・林業再生プラン」では、こうした施策によって、現在は20%台にとどまっている木材自給率を、10年間で50%に高めることを目指している。
数ある施策の中でも早急に着手すべきなのが、日本型フォレスターをはじめ、現場技術者、路網設計者などの人材育成制度の整備である。日本の林業は、将来に視点を置いた「森林管理」や、その担い手を育てる「人材育成」という考え方がこれまであまりなかった。戦後の復興需要が旺盛で、とにかく木を切れば売れたため、長期的な視野での森づくりが置き去りにされてしまったのである。
ドイツにみる林業の未来像
「今の日本の林業に必要なのは、100 年先を見据えた森づくりのビジョンです」。こう語るのは、「森林・林業再生プラン」の策定に深く関わった内閣官房国家戦略室内閣審議官の梶山恵司氏だ。
「日本には戦後の植林によって生み出された豊富な森林蓄積がある。今こそ、この森林資源を活用した持続可能な林業の基礎をつくり、地域に立地する内需型産業を育てるときなのです」
とはいえ、循環する森づくりへの道は平たんではない。「そもそも日本には、林道網の整備方法や間伐・運搬などの施業技術といった、林業に必要な知識や理論が体系化されていません。なければこれからつくるしかない。日本の林業は明治維新と同じ。まさにゼロからのスタートです」と、梶山氏は覚悟を見せる。
林業の基盤を整備する上で、参考になるのがドイツだ。この国も日本のように2 度の大戦で国土が荒廃した上、戦後の賠償のために大量の木が切られる憂き目にも遭っている。だがその後は、林業の再建に向けてインフラを着実に構築していった。
林業を基幹産業に育てたドイツ
ドイツでは、木を切り、再植林を繰り返す「100年」単位での森づくりの思想を軸に据え、効率的に林業をサポートする林道網を高い密度で整備し、機械化を進め、林産業では丸太1本を使い尽くす木材のカスケード利用法を追求していった。こうして、森づくりの林業から、製材工場、住宅メーカー、建材メーカーなどの木材加工産業に至るまでの一気通貫の産業構造を打ち立て、機能させていったのである。
人材育成の面でも、ドイツは制度が定着している。パブリックセクターが林業の人材育成を担い、マイスター(職人の資格制度)に代表されるような現場での育成制度も充実。マイスターは、マネジメントも重要な要素とされ、単に技術だけでなく、経営管理まで含めて学ばないと認定されない。2009 年にはドイツのフォレスターを招き、北海道から九州までの五つの地域でモデル事業が実施された。「百聞は一見に如かず」。ドイツ側の森づくりに向けた広い視野と知識、技術、そして熱意に、日本の林業関係者は大いに刺激を受けたという。
地域主導で「再生」を果たす
林業再生における課題の一つは、森林組合の改革だ。これまで森林組合は、公共事業をはじめとする画一的な事業を主に担い、森林所有者という個人の経営についてはあまり目を向けていなかった。しかし、これからは森林所有者を集約し、彼らに代わって森林経営・管理を行うことが、森林組合に求められている。所有者が個別に行っている間伐などの施業を集約し、計画的に実施することで、生産性は大きく向上する。
すでにこうした取り組みを始めている地域もある。京都府の日吉町森林組合は、組合が主導して森林所有者を束ね、間伐の効率を上げる「提案型集約化施業」を実施している。当初、所有者に間伐を呼びかけても反応は鈍かったが、森林の写真を撮影して実態を知ってもらい、その段階で施業プラン(見積書)を提示すると賛同を得やすかったという。こうして組合は、時間をかけて所有者との間に信頼関係を築くことで間伐の受託事業を拡大、今や事業量全体の7割を占める。先進的な事例として全国から注目を集めている。
自治体と森林組合がタッグを組んで森林資源を活用した新たなビジネスモデルを構築し、地域再生へ力強く歩み出したところもある。岡山県西粟倉村は、「百年の森林構想」を掲げ、地元で切り出した原木を使い、住宅用建材だけでなく、村に工房を作り、オフィス家具や雑貨など多彩な商材のデザイン・加工に乗り出した。
これらの商材は、地元に設立した商社「森の学校」が直接消費者や企業に販売する。新事業は順調に軌道に乗り、5年で累損を一掃できる見込みだ。何よりも若い人たちが集まり、村に活気が戻ってきているという。
結局のところ、林業は地域に根ざした産業であり、地域の人々が主導して取り組まない限り、「再生」は果たされない。東大の白石教授は、地方自治体の行政担当者の役割はとても大きいと指摘する。
「森林組合と自治体が協力して、地域の林業・林産業の将来像を描き、政策を行っていくことが重要です。地域の森林特性を的確に把握して、『ここは保全林にする、ここは経済林にする』というように区割りを明確にして、それぞれに必要な施策を立て、実行していくことが求められます。行政担当者の指導力が望まれる部分になるでしょう」
日本の森「百年の計」はなるか
日本の林業は、手探りの中、再生への道を歩み出した。だが実は、あまり時間は残されていない。「30〜50 年の壮年齢の木が手入れ不足で使い物にならなくなってしまう前に、動き出さなくてはならない。この10 年ほどが勝負かもしれません」と白石教授は警鐘を鳴らす。
梶山氏も、自治体・企業・市民が一体となった林業再生に大きな期待をかけている。「従来の日本型林業のように40 年や50 年で皆伐し、建材として使わない部分は打ち捨てるという時代は終わりました。木材の活用を生産者、消費者が一緒に知恵を出し合って進めていくことが、持続可能な森づくりにつながるのです。ちょうど震災によって、再生可能エネルギーに対する関心が高まっており、木材チップなどのバイオマス資源の利用も広がっていくと期待しています」
国際森林年の今年は、日本の森林再生・元年になるのか。それは、この国に住むどれだけ多くの人々が、森の現状に目を向け、その未来像を思い描けるかどうかにかかっている。  
 
林業再生の道

 

第一章 日本林業の現状
第一節 事業としての林業
林業とは、森林に入り、主として樹木を伐採することにより木材を生産する産業であり、第一次産業の一つである。平成24 年度の林業産出額は3916 億9 千万円であり、国内総生産の0.042%を占めている。林業産出額の構成には、木材生産の他に木炭製造やキノコの栽培が含まれ、木材生産とこれらを足した額で林業産出額が計算される。平成24 年度の林業産出額は前年比−6.0%であり、ピーク時の2 割に留まっている。図1− 1 は、林業産出額の推移を示す。栽培きのこ類生産はほとんど減っていないが、木材生産が大幅に減少している。
   図1− 1 林業産出額の推移
林業産出額の減少に伴い、林業従事者数1も減少しており、平成22 年度国勢調査によると51200 人である。これは、昭和40 年度林業従事者数の26%である。林業従事者の高齢化率(65 歳以上林業従事者) は21%、日本の全産業の高齢化率は27%であるから高齢化率は低い。ここ10 年程は若年者の林業就業者が増え、若年者率(35 歳未満林業従事者)は18%に推移している。これは林野庁によって平成15 年度から実施されている「緑の雇用」事業が要因だと考えられる。「緑の雇用」事業については、第四節で述べる。
日本の森林面積は国土面積の67%であり、そのうち民有林2が69%(内訳としては、私有林3が58%、公有林4が12%)である。なかでも私有林には、主に「林家」、「林業経営体」の2 つの森林管理主体がある。「林家」とは保有山林面積が1ha5以上の世帯を指し、「林業経営体」とは、「保有山林面積が3ha 以上かつ過去5 年間に林業作業を行うか森林施業計画を作成している」、「委託を受けて育林を行っている」、又は「委託や立木の購入により過去1 年間に200 ㎥ 以上の素材生産を行っている」のいずれかに該当するもの6を示している。平成22 年度世界農林業サンセスによると、林家数は約91 万戸、保有林面積は私有林の39%にあたる521 万ha である。また林業経営体数は約14 万経営体、保有林面積は約518 万ha となっている。日本の森林保有の特徴として林家の森林所有面積が小規模であることがあげられる。林家全体のうち、1~5ha の山林を所有する林家が68.1%を占めており、施業7を行ったとしても、所得よりも施業に要する経費が上回ってしまう。そういったことによって、現在では森林・林地の所有者の不明確化、放棄地の増加が起こっている。森林の適切な整備、保全が行われていない森林が増え、森林の有する多面的機能の発揮に影響を及ぼすと危惧されている。行政等が森林に手を加えようとしても、所有者不明のため、施業を行えないことも多い。これらのことは、林業の再生を妨げているとして、施業を行ううえでの課題となっている。
林業には、地拵え・植付け、下刈り、除伐、間伐、主伐8の5 つの施業段階がある。主伐が行えるようになるまで早くても50 年かかり、長期的な管理・運営をしなければならないことは林業の特徴である。私有林における施業は、林家や林業経営体が行う場合と、森林組合や民間事業体が行う場合の2 種類が基本である。例外として、森林の公益的機能を発揮するため、公的主体が私有林の森林整備を行うこともある。森林組合と民間事業体は、主に森林所有者等からの委託又は立木購入によって、造林や伐採等の作業を担っている。9図1− 2 には、林業作業の委託面積割合を示す。現在は、植林・下刈り・間伐等の森林の維持、造林を森林組合が担い、主伐を民間事業体が担っていることがわかる。
   図1− 2 林業作業の委託面積割合
森林組合とは、森林組合法10に基づいて設立された森林所有者の協同組織であり、森林組合法で定める、組合員の経済的社会的地位の向上を図ることと森林の保続培養、森林造成等に関して重要な役割を持つものとして位置づけられている。森林組合と森林所有者が契約を結び、それに基づき、森林組合が施業を行っている。そのため、施業全体を任されている場合は、森林組合の自由度が高くなるが、多くの場合、施業実施には所有者の意向が大きく反映される。森林組合が施業を行い要した経費を、森林所有者は出資する形で賄う。なお、国や県、地方自治体の補助事業を受ける条件が整っている場合、森林所有者の最終的な費用負担額は、要した経費から補助金額を差し引いた金額となる。平成23 年時点で、森林組合数は672 組合、組合加入率は69%と高く推移している。一方、民間事業体は、事業体自身の経営を目的とし事業を展開していくことを基本とする。事業体自身で森林を所有し自ら事業を行っている場合を除けば、民間事業体の主な事業は、木材の販売を伴う素材生産事業11となる。事業体によっては、国有林を中心に事業を展開している民間事業体も存在する。近年では森林の成熟度が増してきたため、森林組合も素材生産事業に参入している。
林業の施業には、森林所有者が自ら施業する場合、森林組合、民間事業体が施業を行う場合の3 つが主に存在するが、それぞれどのように利益を得ているのだろうか。
第二節 林業経営
林業の施業には、森林所有者が自ら施業を行う場合(自伐家)、森林組合が施業する場合と民間事業体が施業する場合の主に3 つの場合が存在する。森林組合と民間事業体は同じ施業内容を行うこともあるためどのように利益が発生するのか、自伐家と森林組合・民間事業体の2 つに分け述べる。
自伐家は、地拵え・植付けから間伐・主伐まで全ての作業を自ら行い利益を得ている。木材を売った価格から、育成に要した費用等を引いた額が利益となる。農林水産省の「林業経営統計調査」によると、山林を20ha 以上保有し家族経営により一定程度以上の施業を行っている林業経営体の場合、平成20 年度の1 経営体当たりの年間林業粗収益は178万円で、林業粗収益から林業経営費を差し引いた林業所得は10 万円であった。12 表1− 1には、林業所得の内訳を示す。
   表1− 1 林業所得の内訳
10 万円で生計を立てることは難しく、林業を主として行っている林家、林業経営体は少ない。平成24 年度の国税庁の統計によると、山林所得が主たる個人が970 人であるのに対し、山林所得が従たる個人は2010 人である。自伐家が専業で林業をしていくことは困難な状態にあるといえる。
次に森林組合、または民間事業体に委託した場合の収益について述べる。森林組合・民間事業等が行う施業には、木材の販売を行わないもの、木材の販売を伴うものの2 種類がある。木材の販売を行わないものは、植付け、下刈り、除伐、切捨間伐などの様な施業を中心とする。それに対し木材の販売を伴うものは、搬出間伐、皆伐などの山から木材を出す施業を中心とする。ここでは、木材の販売を伴うものに関して、利益がどのように出るのか述べる。
まず、搬出間伐について述べる。搬出間伐では多くの場合、何らかの補助事業を活用し、施業が実施されている。森林所有者の負担は前章で述べたとおり、施業に要した経費となり、木材の販売代金、補助事業の適用があれば補助金額を差し引いたものが森林所有者の費用負担額となる。木材の販売代金が大きければ、プラスとなった金額が森林所有者の収入である。なお、木材を販売していても、費用が多くかかり、森林所有者の負担となる場合も存在する。
次に皆伐について述べる。皆伐とは、対象となる区画にある森林の樹木を全て伐採することである。皆伐は、大きく分けると2 つの形をとる。1 つ目は、山の木を事業体が買い取る方式である。この場合、皆伐を行う事業体が森林所有者の山にある木を地形要因( 道からの距離や屋根・谷等の地形) や木の状態( 木の太さや高さ、曲がり具合など)等を考慮し、木材伐出に要する経費を計算し、木材の価格を提案、提案が通れば木材を買い取る。この時点で森林所有者の収入額が決定することとなる。
2 つ目は、森林所有者から皆伐事業を請け負う方式である。この場合、事業体はかかる経費を所有者に負担してもらい、木材代金が所有者の収入となる。
第三節 木材使用の現状
山から伐りだされた木は何に使われているのだろうか。まず、伐りだされた木が消費者に届くまでの流れを述べる。
   図1− 4 木材流通形態
図1− 4 は、木材の流通形態である。森林所有者の枠には、受託して施業を行う森林組合が当てはまり、素材生産業者には、民間事業体や皆伐を行った場合、森林組合も含まれる。従来、素材生産業者が原木市場へと運ぶ段階を担っていたが、現在は直接、製材工場等へと流通する形も増加してきている。製材工場等への直接流通では、市場手数料などの経費を抑える効果がある反面、市場が担ってきた与信管理等を、木材を売買するものが自らの判断で行わなければならないため、既存の原木市場を介す流通形態も用いられている。
平成24 年度の木材生産額は、1,933 億3 千万円であり、スギが生産量の約63%を占める。次に施業によって伐りだされた木は何に使われているのか見ていく。日本の木材は、品質や用途別にA 材、B 材、C 材、D 材の4 種類に分けられる。基本的に、A 材は製材、B 材は集成材や合板、C 材はチップや木質ボードに用いられる。D 材は搬出されない林地残材などをいい、木質バイオマスエネルギーの燃料などとして利用することが期待されている。13 平成24 年度の木材需給表によると、パルプ・チップ材が最も多く、次に製材用材が続いていることから、C 材とA 材が多いと分かる。日本での木材用途では、建築・土木が約43%、紙・板紙が約42%、家具・建具5%、木箱・梱包5%、その他4%となっている。国産材の需要の過半が建築用材であり、住宅を中心とする建築用材の需要拡大が木材全体の需要拡大に大きく貢献するとみられている。平成24 年度の新設住宅着工戸数は89万3 千戸で、そのうち49 万3 千戸が木造であり、木造住宅は、55%を占める。また、平成23 年に内閣府によって実施された森林と生活に関する世論調査によると、今後住宅を建てたい、買いたいといった際にどんな住宅を選ぶか聞いたところ、「木造住宅( 在来工法又はツーバイフォー工法など14)」と答えたものが81%となり、「非木造住宅( 鉄筋、鉄骨、コンクリート造りのもの)」と答えた者の15%を大きく上回った。15 このことから、今後も木造建築への注目が高まっていくのではないかと考察できる。木造建築には外材が使われることもあるが、柱など土台となる部分には国産材が使われることが多い。図1− 5 は、木材( 用材) の供給量を国別に表した図である。日本の木材自給率は低い。しかし、製材用材を海外から輸入( 外国が輸出) するにはコストが高くかかるため、国産材の割合が多く、住宅用の建材として大きな役割を果たしている。
   図1− 5 木材( 用材) 供給量
外材が多く日本で用いられるなか、国産材も海外で用いられている。平成25 年の木材輸出額は、前年比32%増の123 億円であった。輸出先は中国が最も多く、フィリピン、韓国、台湾、米国と続く。中国では、高度経済成長、国民所得の向上、堅調な住宅建設等から木材消費量が増加傾向にある。消費の増加が供給を上回り、中国の木材供給では追いつかない状態になっている。中国の都市部では集合住宅が中心であり、木造建築物の割合は低いが、別荘用を中心に木造戸建て住宅も建築される傾向にある。韓国では香りの良さからヒノキの内装用としての利用が高まっている。これらのことから、国産材は国内でも海外でも住宅用として主に用いられていることがわかる。
第四節 林業政策
林業が衰退しているといわれている今、どのような林業政策がうたれているのだろうか。日本では、林業の就業者数を増やすため、平成15 年度より林野庁によって、「緑の雇用」事業が実施されている。「緑の雇用」事業とは、厚生労働省が実施した緊急雇用対策であり、「緑の雇用担い手育成対策事業」のことを指す。「緑の雇用」事業には、緑の青年就業準備給付金事業、「緑の雇用」現場技能者育成対策事業、震災復興林業人材育成対策事業の3つの事業で、林業就業者を増やすために政策がうたれている。緑の青年就業準備給付金事業は、平成25 年度から実施された制度である。
1. 緑の青年就業準備給付金事業
原則45 歳未満で林業へ就業し、生活保護等生活費の獲得のための給付を受けていない就業意欲のあるものを対象とする。林業大学校等において、必要な知識の習得等を行い、経営も担い得る人材として、安心して研修に専念できるよう給付金を給付する。最大2 年間、1 年につき最大150 万が給付される。
2. 「緑の雇用」現場技能者育成対策事業
林業自治体の新規就業者の確保や育成からキャリアアップまで研修を通じて、研修生1人あたり月額9 万円等支給する。また、木材生産の生産性の向上を図るため、林業機械・作業システムの高度化技能者の育成を支援も行っている。
3. 震災復興林業人材育成対策事業
被災地では離職者等が増加し、安定した就業先の確保が必要となっている。被災地域の本格的な雇用振興を図るため、産業政策と一体となった雇用面での支援を行う。
「緑の雇用」事業実施以前の林業新規就業者数は、年間平均約2 千人であったが、平成15 年度以降の林業新規就業者数は、約3 千4 百人にまで増加し、平成24 年度は3,190 人となった。また、平成23 年に閣議決定された「森林・林業基本計画」に基づき、林業の長期的・広域的な視点に立った構想を描くことを主な業務とするフォレスター制度もあり、林業を持続に向けた政策もうたれている。フォレスターとは、国が認定した地域の森林・林業の牽引者となる森林・林業に関する専門知識・技術について一定の資質を有した技術者を指す。「緑の雇用」事業で新規就業者を増やし、フォレスター制度で林業の持続を促す政策をとり、林業の再生に向け取り組みがなされている。
林業の施業段階には、国、県、市町村の補助事業があり、受ける条件が整っていれば、補助金を得ることができる。補助制度は、各都道府県、各市町村で異なっているため、ここでは記述しない。
次に、木造住宅の普及促進を目的とした政策について3 つの事例をあげる。1 つ目は、地域木造住宅市場活性化推進事業である。地域材を活用する木造住宅を振興するため、都市部の大消費地等における地域材を活用した展示住宅の整備や地域材活用に関する技術研究への助成を行う。この事業は、産地証明等がなされている地域材の使用、高い普及効果が見込まれること、当該展示住宅を活用した実務者への啓発を要件とした展示住宅の整備や、木材生産現地研修会の実施に補助金を交付するというものである。16 平成20 年度から開始されている。2 つ目は、長期優良住宅普及促進事業である。平成21 年6 月から開始され、中小住宅生産者による木造の長期優良住宅を対象に補助金を交付する制度である。補助を受けるためには条件があり、年間の新築住宅供給戸数が50 万戸程度未満の事業者によって建設される一定の木造住宅であること、「長期優良住宅の普及の促進に関する法律」に基づき、所管行政庁による長期優良住宅建築等計画の認定を受けるものであること、住宅履歴情報の整備、建設過程の公開などさまざまな条件が設けられている。3 つ目は、大工育成塾である。大工就業者は年々減少傾向にあり、特に若年層の減少が著しい。そこで、社団法人大工育成塾が国土交通省の支援を受け、大工職人の育成を行っている。平成15年に塾が開始され、育成期間は3 年間である。平成21 年には33 人が育成塾を卒業している。これら3 つのように木造建築物を推進する政策もみられ、木造建築に注目が高まり、需要面からも林業再生にむかっていることがわかる。
第二章 林業衰退の要因
第一節 木材生産量の減少
林業産出額の推移をみてみると、昭和55 年にピークを迎え、それ以来、減少傾向にある。しかし、木材生産量でみた場合、林業産出額の最高値以前に、ピークを迎えており、昭和55 年に林業産出額が最高値をとった理由として、木材価格の高騰が考えられる。図2− 1 は国産材丸太価格と生産量の推移を表す。
   図2− 1 国産材丸太価格と生産量の変化
スギ生産量は昭和36 年に、ヒノキ生産量は昭和41 年にピークを迎え、以降減少している。それに対し、木材価格は、スギ中丸太・ヒノキ中丸太ともに高騰しており、価格のピークは昭和55 年である。つまり、昭和55 年に木材生産額が最高値となった要因は木材価格である。ではなぜ木材生産量は減ったのだろうか。
昭和20~30 年代頃から、戦後復興のため木材需要が増加し始める。需要増加に伴い、国産材の供給不足が発生したため、また、国産材の価格高騰を安定させるため、昭和35 年から段階的に木材輸入の自由化が始まった。昭和39 年には木材輸入が完全に自由化され、大量に安定供給できる外材が市場を圧巻していった。さらに昭和48 年2 月、固定為替相場制度が廃止され、外材が輸入されやすくなった。しかし、木材輸入完全自由化だけが木材生産減少を引き起こしたのではない。
日本では、林業が好調期を迎えていた昭和30 年代には、年間6,000 万㎥ を越える木材生産量であった。この当時、日本の森林蓄積は20 億㎥ ほどであり、その中で年間6,000万㎥もの木を伐採していこうとすると、30 年余りで日本の全森林を皆伐してしまうほどの過伐状態であったことになる。森林は伐採し、植林したとしても、育つまでには時間がかかる。成長量をはるかに上回る伐採を繰り返した結果、日本の木材生産量は戦後、右肩下がりの減少をたどったと考えられる。そして、現在では、外材が木材供給の中心となっている。
   図2− 2 木材供給量の変化と内訳
第二節 木材利用の減少
日本の木材需要は、住宅・建築用材が多くの割合を占めており、国産材が外材と比べ優位性を保っている点でもある。しかし、近年は木造建築物が減少している。図2− 3 には住宅の構造別住宅数別割合を示す。
   図2− 3 住宅の構造別住宅数別の割合
木造建築の割合が減少傾向にある理由として、2 つの理由があげられている。1 つ目は、木造建築物に対する法規制の強化である。日本では、建造物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、公共の福祉の増進に資することを目的に、建築基準法が定められている。昭和25 年に公布された建築基準法では、高さ13m 、または軒高9m を超える建築物は主要構造部を木造としてはならないとされた。また、昭和30 年に閣議決定された木材資源利用合理化方策では、建築不燃化の促進が掲げられた。防火地域の拡大及び防火建築帯造成の促進を努めると共に用途規模により建築物の木造禁止の範囲を拡大することが定められた。さらに、建築学会総会で「防火・耐風水害のための木造禁止」の決議がなされ、非木造建築物の推進が後押しされている。これらのことから木造建築物に対する規制が強化され、木造建築数が減少したと考えられる。2 つ目は、森林資源の枯渇である。第一節で述べたとおり、日本の森林伐採が進み、利用できる森林資源がなくなったため、木造建築物が減少したと考えられる。
第三節 過去の成功
戦後から高度成長期にかけて、住宅や紙の需要が高く、木材価格は高騰しており、伐れば伐るほど売る時代が続いていた。その結果、人力主体の伐採であっても、原木市場と介した流通経路であっても十分に採算がとれる状態であった。現在問題とされている路網の整備や人材確保においても、人力であったため路網が未整備でも施業が可能で、林業機械を用いる技術が必要ではなく、特別な訓練を受けなくても施業が出来た。それゆえ、人材も地元の人を雇用することで対応していた。十分に採算が取れる状態であった日本の林業システムは変わることなく、外材の輸入が完全自由化し、国産材の材価が下落しても、下落したことを問題として、林業システムの改革努力を怠ってきた。戦後から、雇用形態や人事管理、生産管理にも変わりはそれほどない現状だ。近年は、人工林の大半を占める森林小規模所有者が多く、不在村所有者も増えている。このことが森林組合等の施業を困難にしている。森林組合等が施業を行うとき、それぞれの都道府県、市町村に応じて補助金が出されるが、森林の施業する規模に制限があり、施業効率化のため森林組合等は大規模で施業を行うように努めている。森林組合等が伐採をしようとしても、路網の整備が行き届いていない部分があれば、森林所有者に路網整備の確認をとることが必要なり、不在村所有者の増加や小規模所有者が多いことは、施業を遅らせる結果となる。これらのことから、過去に経営努力をせずとも、採算がとれる状態であったことが、現在の施業に影響を与えていることがわかる。
第三章 林業活性化の動き
第一節 森をつくる
第二節 森を守る
第三節 木を用いる
林業の再生を目指し、木材利用の大半を占めている建築において、木造化が進み、また、今まで捨てられていたD 材や、質が悪いとされていたB 材、C 材の利活用が進んでいる。
昭和25 年、建築基準法により、大型建築物の木造建築が禁止され、大型木造建築物は姿を消した。しかし、平成22 年、木の耐火性能が工場したとし、国の公共建築物をできるかぎり木造化すると定めた公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律が制定される。これにより、学校などの公共施設や、大型建築物の木造化が進んでいる。平成24年、竹中工務店は、横浜都市みらいから、国内初となる防火木造の大型商業施設の建築を受注し、平成25 年に「サウスウッド」を完成させた。学校施設に着目してみると、昭和60 年度から文部科学省により、学校施設の木造化や内装の木造化が進められた。平成24年度に建設された効率の学校施設では、20%が木造で整備され、非木造であった公立学校施設のうち、69%が内装の木質化を行った。このように木造化が進む中、木材の活用促進で注目を浴びている2 つの事例について述べる。
1 つ目は、岡山県西粟倉村の村役場が中心となった「株式会社西粟倉村・森の学校」が中心となった取り組みである。岡山県西粟倉村は、平成24 年10 月時点の人口が1,455 人、面積が57.93 ㎢ の村である。村の森林率は94%と、日本国内でみても高く、昔から林業が主な産業であった。また、村の森林のうち、人工林率が84%と高く、林業の施業を必要とする森林が多いことも伺える。しかし、森林の手入れが行き届いてない状況だった。このこともあり、西粟倉村では、平成20 年、「百年の森林(もり) 構想」が打ち立てられた。この構想は上質な田舎づくりを実現するため、森林の再生に資源を集中するという方針であった。具体的には林業の川上・川下の改良があげられている。株式会社西粟倉村・森の学校は、川下に関する事業を主にしており、平成21 年に設立され、平成22 年4 月より本格始動した。林業を再生させるため、「株式会社西粟倉村・森の学校」は、木材流通の構造に変化を加える。西粟倉村で生み出される資源から製品をつくり、売り出すという6 次産業化を進めたのだ。西粟倉村では、伐られた木材は、村外の原木市場に丸太のまま出荷していた。木材の価格は原木市場で決められ、また輸送コストがかかるため、西粟倉村の林業従事者に入ってくる収入は少なくなってしまう。そこで、「ニシアワー」というブランドを作り、自ら付加価値をつけること、流通段階のコスト削減により、森林再生の糸口をつかみ始めた。「西粟倉村・森の学校」の企画・営業部門の平均年齢は29 歳であり、全員が村の外からきた移住者である。設立前、高齢化の進んでいた西粟倉村では、若い人材を確保するため、社長である牧大介氏が東京・大阪などで挑戦者募集説明会を開催した。多くの若者が牧大介氏の計画に賛同し、西粟倉村に移住する結果へとつながった。移住者の住む住居は、当時70 件あった空き家のオーナーに、役場の課長が交渉することによって、賄われた。I ターン者には、1 件2 万円を基本的な家賃として設定し、受け入れ制度が整えられた。現在は50 人ほどが村に移住し、森林・林業の再生にむけて活動している。
「ニシアワー」ブランドの主要な製品は、ひのきとすぎが用いられた「ユカハリ・タイル」であり、それを筆頭に主に都市部で広がり始めている。この活動が始まって1 年後には、村の木材による収入は2 倍にまで増加し。地元経済にも明るい兆しが見え始めた。「ニシアワー」ブランドの製品を作る工場では、20 人の雇用創出へとつながり、事業の拡大が進んでいる。地域資源を活かし、6 次産業化をはかることで、林業の活性化へとつながった。
2 つ目は、都市部にある木材を活かした活動である。「一般社団法人 TOKYO WOOD 普及協会」の地産地消型の木造建築の推進による林業の再生が話題となっている。東京都の総面積は2,188 ㎢ であり、そのうち約4 割が森林面積である。昭和35 年ごろまで、東京の家の多くは、多摩産材によって造られていた。東京都のあきる野市の沖倉製材所の社長である沖倉喜彦氏は、「東京の森は“ 宝の山”。」という。巨大な住宅市場に隣接する東京都の木材を利用することができれば、森林の再生を行うことができるという考えだ。

1 林業従事者とは、就業している事業体の日本標準産業分類を問わず、材木、苗木、種子の育成、伐採、搬出、処分等の仕事及び製炭や製薪の仕事に従事する者で、調査年の9 月24 日から30 日までの一週間に収入になる仕事を少しでもした者等をいう。
2 個人有・会社有・社寺有などの私有林と町村有・県有などの公有林との総称。民林。
3 個人または法人が所有する森林。
4 国の所有する森林。
5 1ha=100m×100m= 10,000 u である。
6 平成22 年度世界農林業サンセスにおいて、定義づけられている。
7 施業とは、作業を行うことであり、林業の作業を行うときは、施業が用いられる。
8 地拵え、植付け・・伐採跡地を整理し、苗木を植え付けること。植付けは植栽ともいう。下刈り・・植栽した苗木の育成を妨げる雑草や形質の悪い植栽木を伐採すること。除伐・・植栽木の生育を阻害する雑木や形質の悪い植栽木を伐採すること。間伐・・一部の植栽木を伐採・搬出し、本数を調整すること。主伐・・木材として利用するため、育成した樹木を伐採・搬出すること。
9 平成26 年版森林・林業白書P.102 より引用。
10 昭和53 年に制定された法律。森林所有者の協同組織の発達促進により、森林所有者の経済的社会的地位の向上並びに森林の保続培養及び森林生産力の増進を図り、国民経済の発展に資することを目的とする。
11 素材生産事業とは、立木を購入し、伐木、玉切り、集材、運材し、主として素材のまま販売する事業のこと。
12 平成26 年度版森林・林業白書より引用。
13農林中金総合研究所 日本の木材需給と森林・林業再生の課題より引用。
14 在来工法とは、木造軸組工法ともいい、単純梁形式の梁・桁で床組や小屋梁組を構成し、それを柱で支える柱梁形式による建築工法である。ツーバイフォー工法は、木造の枠組材に構造用合板等の面材を緊結して壁と床を作る建築工法である。
15 平成26 年度版 森林・林業白書P.170 より引用。
16 国土交通省「地域材活用木造住宅事業について」より引用。 
 
「自伐型林業」 森林再生への挑戦

 

輸入材急増で荒廃した日本の森林
日本は国土の約7割が森林である。「緑の列島」とも称され、人々は古来より森をエネルギーや建築資材、生活物資の供給源として利用してきた。日本人なら誰でも知っている民話「桃太郎」が「おじいさんは山に柴刈りに」で始まるように、山の草は農業にとって不可欠だった。農地に草を鋤(すき)込み、田畑の地力が維持されていたのである。森林資源の過剰な利用がかつては日本の森林問題の中心であった。
こうした状況は1960年代から大きく変化した。化学肥料の普及と原油輸入によって草や薪炭の利用が激減し、日本人の日常生活から森が遠のいてしまった。建築資材や製紙用チップといった産業用材も、経済成長と貿易自由化に伴って海外から大量に輸入されるようになった。55年に96%だった日本の木材自給率は、70年に50%を割り込み、2002年には最低の18.8%まで低下した。日本国内で利用する木材の8割以上が輸入されるようになったのである。
日本の森林の約4割は、建築に利用されることを目的に植林された人工林だ。その多くが戦後の1950年代以降に植えられたものである。夏の暑さが厳しく雨が多いアジアモンスーン気候の日本では、人工林の育成には、下草刈りやツル植物の除去、間伐などの施業が不可欠である。しかし、森林資源が利用されなくなるにつれ、施業が実施されない森林が増加。森の中が暗くなり、下層植生が育たず、土壌の流出や生物多様性の低下など森林環境の悪化も指摘されている。つまり、日本では森林資源の過剰利用から過少利用へと問題点が移り、資源の持続的な利用が大きな課題となっているのである。
資源の過少利用は就業人口を激減させ、働き手の高齢化を招いた。林業は若者にとって魅力のない産業となり、「危険、きたない、きつい」の頭文字をとって「3K職場」の代名詞とも言われるようになった。林業の衰退は山村における人口減少の一因ともなり、多くの若者が大都市部へ職を求めて移動していった。
森林所有者も高齢化に伴って自らの森林に立ち入らなくなり、所有権の境界が不明になって私有林が登記されないという事態も各地で見られるようになった。
林業復活の新しい風
ところが最近、林業に新たな二つの風が吹き始めている。一つは、大規模木材加工工場の原料基盤が国産材にシフトし、バイオマス発電所の稼働も相まって木材生産量が増加していることである。海外からの丸太価格上昇や円安、一方で、戦後に植林した国内の人工林が利用時期を迎えていることも国内生産活性化の背景にある。大規模な木材需要が生まれたことで、安定的な木材供給が求められ、それに応えるような施策が展開されるようになった。高性能な林業機械を用いた生産性の向上や、流通合理化といった大規模な生産・流通を促進する政策である。これまで間伐支援が中心だったが、2014年に主伐(木材としての利用を目的とした伐採)が奨励されるようになり、17年には木材自給率が36%まで回復している。
二つ目の風は、都市から山村に移住して林業を始める20〜30歳代の若者の増加である。この動きは2000年代になって「田園回帰」という言葉で注目されてきたが、11年の東日本大震災以降さらに強まっている現象である。「東京に住みお金を持っていても、大地震になるとコンビニエンスストアに物がなくなり、生きていく術を持っていないことに気づいた」という若者が多い。農山村への若者の人口環流、その中で「3K職場」と忌み嫌われた林業になぜ、現代の若者が就業しているのであろうか。筆者はこれらの若者たちの姿を追って、日本各地の林業の現場を訪ねてみた。
他の仕事と林業を組み合わせる若者移住者
都会から移住した若者の就業には、いくつかの業種を組み合わせた自営複合で生計を成り立たせている点に特徴がある。林業と組み合わされる職業は、農家やアウトドアスポーツのインストラクター、飲食店経営者、写真家、華道家、木工家、出版業者、ITを用いたサービス業者など多様な自営業である場合が多い。
例えば、カヌーのインストラクターと林業を仕事にする30歳代の女性の場合をみてみよう。夏の休日はインストラクターとして稼げるものの、台風が来襲すると収入が激減する不安定な仕事であるという。林業は大きな収入は見込めないものの、冬期の堅実な収入源となり、両者を組み合わせることで生活全体を安定させることができる。樹木の伐採は時期を融通することができ、客の都合で時期が限定される仕事と合わせやすい。林業は副業として他の自営業とマッチングしやすいのである。チェーンソーと軽トラックで薪(まき)生産から始めることができ、初期投資が少ないことも参入を容易にしている。
また、林業が有する仕事自体に魅力を感じる若者が多かった。間伐後に森に光が差し込む美しさ、先人の営みの上に作業し、未来へのつながりを実感できる充実感、水源の環境を守る使命感など、都会の仕事にはない魅力があるという。薪生産から優良な建築材生産へとレベルを上げていく技術習得の奥深さに面白さを感じる若者もいた。
森林を持たずに参入可能な「自伐型林業」
移住者による自営的な小規模林業は「自伐型林業」と称されるようになり、普及のためのNPO法人が2014年に設立された。法人の名称は、「持続可能な環境共生林業を実現する自伐型林業推進協会」である。独自研修やフォーラムの開催、自治体への助言などを通じて、「自伐型林業」を日本各地に広げる活動を行なっている。
「自伐型林業」とは何か。「自伐林業」との違いが重要である。「自伐林業」とは、かねてより森林を所有する林家が自らの所有森林で木を育て、主に家族労働力で伐採を行う林業である。丹念な作業で世代を超えて森を育てる林業であるが、後継者全てが自家林業を継承するわけではなく、世代交代の難しさに直面している。そうした中、登場している「自伐型林業」は、森林を所有していない都市の若者であっても、家族や仲間と自営の林業ができるところに意味がある。「森林を所有していない者であっても」という点が、「自伐型」のゆえんである。
自伐型林業は、自伐林家がこれまで蓄積してきた技術を継承している。具体的に言うと以下のような特徴がある。
• 丹念な育林・伐倒
• 小規模機械による搬出
• 必要な分を少しずつ切っていくため、運搬用の作業道も小規模で、山への負担が少ない
• 狭い道幅でも壊れない道作り
• 少しずつ間伐を行う多間伐
• 通常の伐採林齢(40〜50年)の2倍以上の伐採林齢で主伐を行う長伐期施業
• 主伐における小面積皆伐または択伐
こうした「自伐型林業」の施業には、土砂崩壊や土砂流出を抑止する防災的な役割,森林内の植物や生物を保全する役割などがある。政策的に推進されている短伐期の大規模林業に比べて、自伐型林業は森林に与える負荷が少なく、環境保全面で優れていると言えよう。
森林所有者と移住者のマッチングが鍵
「自伐型林業」が広がるか否かは、所有森林のない若者が森林所有者の信頼を得て、施業や経営を任せてもらえるかどうかにかかっている。
森林所有者と移住者の関係性には、さまざまなタイプがある。立木を購入、あるいは一定価格で間伐を受託している場合もあるが、金銭を介さず両者の関係性が構築されている事例も多い。例えば、所有者が気軽に入れる道を作ったり、山菜や薪を所有者に採ってきたりすることで、作業を任せてもらうなどである。地方自治体の中には、域内の所有者と移住者を引き合わせる仕組みを構築する例も見られるようになっている。自治体は「自伐型林業」支援を過疎対策(=地域政策)として位置づけている。
一方、国においても森林所有者から木材が安定的に供給されるための制度的な仕組みも始まろうとしている。2018年5月に制定された森林経営管理法では、森林所有者が適切に管理できない森林は「意欲と能力のある林業経営者」へ経営権を委譲させる制度が導入され、さらに主伐が促進されることとなった。あくまでも林業を成長産業として捉える振興策の位置づけである。
日本は近年、豪雨や地震による自然災害が多発している。災害が多い国で行う林業を誰がどのように担うのか。今は、将来の森林の姿を左右する分岐点である。筆者は、20世紀型の大規模林業ではなく、若者たちによる小規模な「自伐型林業」の広がりに期待している。 
 
森林保護の系譜

 

国有林の伐採反対
「世界でもっとも美しい森は」と問われれば、ちゅうちょなく「東北地方のブナ林」と答える。各国の代表的な森林を訪ねてきたが、ブナ林ほど美しい森はなかった。春は、新緑が太陽光を反射してキラキラ光る。雪解けとともに、山裾から山肌を緑に染め上げながら新緑が駆け上る。そして、山も谷も黄金色に包み込む秋。雪のなかにどっしりと腰を落とし、大きな枝を張った真冬の姿もいい。
山形県の朝日連峰のふもとで、一面に伐られたブナ林の凄惨(せいさん)な姿を目撃したのは、1970年のことだった。この森で伝統的な狩猟をつづけるマタギからの連絡で知った。駆けつけると、山肌がバリカンで刈り込んだように皆抜され、クマタカが巣をかけたブナの大木も消えていた。
林野庁が「拡大造林」の名のもとに、「役に立たない」としてブナ林を伐ってスギやヒノキの植林地にかえようとしていた。山で生きる地元の人たちやブナ林が好きでたまらない仲間が集まって、ブナ原生林の伐採反対運動を起こし、ついに伐採中止に追い込んだ。
その10年後には、青森と秋田にまたがる白神山地のブナ林でも、伐採用林道の建設計画が持ち上がった。地元民が反対に立ち上がり、93年には白神山地を世界自然遺産に登録することに成功した。日本の森林の美しさを世界に知らせるきっかけになった。
ブナ林の保護運動は、人と森の関係を考える上で大きな転機になった。各地で森林伐採の反対運動が勢いづいた。ブナ林は大きく傷ついたが、市民運動によって辛うじて救われた。一連の反対運動のころから「緑」という言葉が日本人の心に戻ってきたような気がする。
貴重な日本の森林
日本の森林の被覆率は、先進地域のなかではフィンランド、スウェーデンについで世界3位だ。だが、これだけ人口が多い工業先進国で、国土の3分の2以上を森林が占めるのは奇跡である。
国際自然保護団体のコンサベーション・インターナショナル(CI)などの組織が、とくに生物多様性が高く、しかも破壊の危機に瀕している地域を「生物多様性ホットスポット」として指定している。指定されたのは世界で35地域。日本列島も含まれる。
ホットスポットはすべてを合わせても陸地面積の2.3%に過ぎない。この狭い地域に、地球上でもっとも絶滅が心配されている哺乳類、鳥類、両生類の75%、高等植物の50%が生息する。
狭い国土にもかかわらず日本は生物多様性が豊かだ。陸上哺乳類の130種のうちの36%が日本にしか生息しない固有種。しかも、このうちの80%は森林、あるいは林縁部を主な生息地にしている。また約7000種の野生植物の4割にあたる約2900種が日本だけに生育する。日本はガラパゴス諸島よりも固有種が多い。
木と森の文明
日本には世界的にみても特異な「木と森の文明」が発達した。縄文遺跡から発掘される木製品には30種を超える樹種が使われ、住居、農機具、生活雑器、燃料、武器、丸木舟のように用途によって木の特性が使い分けられた。
日本人の木への愛着は現代にまで引き継がれている。日本には、「御神木」という言葉があるように、木は信仰心や宗教心とも結びついてきた。うっそうとした巨木に被われた木造の神社や仏閣を見たときに感じる畏敬や懐かしさは、日本人ならではの感性だろう。重要文化財に指定された建造物の9割は木造であり、このうち国宝に指定されたものはすべて木造だ。
森林や樹木やそこにすむ動物が、これほど詩歌や文学作品に登場する国も珍しい。4500首が収められた万葉集の3分の1は、樹木や花の自然を詠(よ)んだものだ。同書が編纂(へんさん)された7世紀から8世紀にかけて、天皇から庶民までそれぞれの詠み人が自然に想いを寄せていた。
日本列島は、春から秋の植物の生育期に降水量に恵まれ、豊かな森を育む条件がそろっている。地球上で、亜寒帯から温帯、亜熱帯まで植生の変化が見られる地域は、ユーラシア大陸の東端地域しかない。しかし、中国東海岸、朝鮮半島、ロシア沿海州などの近年の大規模な森林破壊で、連続した森林地帯は唯一日本だけに残る。
水田が守った国土
水田がこの森を守ってきた。水田は多種多様な生き物に生息の場を提供して、主食であるコメの生産を支えるだけでなく、水害などの災害防止にも大きな役割を果たしてきた。とくに地形の複雑な日本では、水田の維持には膨大な水の管理と、多発する土砂災害を防ぐために森林が必要だった。水田の背後の里山からは木材や竹材をはじめ、燃料、堆肥、飼料など生活資材、さらに山菜や果実、野生動物などの食料を得てきた。
江戸時代以来、幕府や藩によるきびしい森林保護制度が定められた。時代を追って、伐採の規制が強化され、植林が推進されるようになった。 1666年に幕府が発した「諸国山川掟(おきて)」 では、森林開発の抑制とともに、災害防止のために河川流域の造林を奨励している。
徳川家康が天下統一して以来、17世紀には江戸城、駿府城、名古屋城をはじめ、武家屋敷、町屋、寺社の建築ブームが起きて、大量の木材が伐り出された。その結果、平野の水田開発が進み、山林の荒廃が広がって水害や土砂流出災害の多発を招いた。そのために管理と植林が奨励されたのだ。
江戸時代の森林保護制度
島崎藤村『夜明け前』の主人公は、中仙道の木曾馬籠宿で代々つづいた庄屋の当主。明治維新に希望を抱き、規制の厳格な山林を自由に使うことを夢見てきたが、新政府によって山林は国有化されて伐採が禁止された。維新後の世相に適応できず失意のままに死んでいく。
そのなかで、江戸時代の山林保護が語られる。木曽谷では、尾張藩が森林を保護するために森林の利用区分を定めていた。村民の立ち入りが許されない「留山」、鷹狩り用のタカの生息地を守る「巣山」、自由に利用できた「明山」。罰則は「木一本、首一つ」といわれるきびしいものだった。
岡山藩に仕えた儒学者の熊沢蕃山は、1870年に「生態学」(エコロジー)を打ち立てたドイツの生物学者E・ヘッケル(1834〜1919年)の約200年前に、生態学の概念に匹敵する自然の原理に迫っていた。
著書『大学或問』のなかの極めつきは、はげ山を森林に戻す秀逸な方策だ。「草木のないはげ山に林をもどす方策がある。一つの峯、一つの谷を順に木を生やすことを考えて、ヒエをまいてその上に枯れ草やカヤなどをちらして置く。鳥たちがやってきてヒエをついばむ」
「鳥のフンに混じっていた木の実はよく発芽する。上を枯れ草で覆っておくことは、鳥が見つけにくいようにして、鳥を長く引きとめておくためだ。こうすれば、30年ほどで、雑木が茂るようになる。雑木が茂れば村人は薪(まき)の心配をしなくてすむ」
軍備増強と森林破壊
明治維新後、政府は1897年に「森林法」を制定して、森林の伐採を規制した。しかし、監視が緩んで各地で森林が乱伐され、ふたたび森林の荒廃の時代がはじまった。明治中期は、日本の歴史でもっとも森林が荒れていたといわれる。建築用以外にも、近代化に欠かせない電柱と枕木は膨大な木材需要を生んだ。さらに、工事の足場や杭、鉱山の坑木、造船用材、桟橋などのために木材需要が膨れ上がった。
だが、日清・日露戦争後は、木材需要の増大を背景に各地で林業生産が盛んになった。天然林の伐採とともに木材の再生産を目的とした植林が行われた。1907年には政府によって植林が奨励され、その後は民有林への植林に補助金が支出されるようになった。
30年代には軍備の増強に伴い、軍艦の造船、軍事施設、坑木などのために大量の木材が必要になり、大量伐採に拍車がかかった。そうした伐採は、保護されてきた景観保全の風致林、社寺林、防風林にまでおよんだ。
戦後の森林の荒廃と復旧
第2次世界大戦の戦中・戦後の国土の荒廃は、明治中期にも劣らぬほどに激しいものだった。空襲などによって森野面積の約2割が失われた。焦土と化した戦後日本の復興には、大量の木材が必要で天然林の乱伐がつづいた。
戦争で焼失した約223万戸(全戸数の約2割)の再建、600万人を超えた海外からの引き揚げ者らの住宅建設、さらにインフラの整備や工場建設などが重なった。当時のマスコミはこぞって「豊富な国内の木材資源を戦後復興に生かせ」と、伐採をうながす論陣を張った。政府は伐採を加速させた。
各地にはげ山が出現した。終戦直前の44年にヒットした童謡の「お山の杉の子」(作詞・吉田テフ子)には「丸々坊主のはげやまは / いつでもみんなの笑いもの」という一節がある。
森林の荒廃によって、各地で台風などによる大規模な山地災害や水害が発生した。キャサリン台風(47年)、ジェーン台風(50年)、狩野川台風(58年)、伊勢湾台風(59年)などの直撃によって多くの死傷者を出した。
国土の保全や水源林の保全が緊急の課題になった。終戦の翌年には、植林や治山事業が公共事業に組み入れられた。50年には「国土緑化推進委員会」が組織されて伐採跡地への植林が進められ、全国植樹祭もはじまった。植林が一応終わるまでには約10年の年月を要した。
官製森林破壊
1950年代半ば以降は、石油、ガスへの燃料転換によって薪(まき)や炭の需要が下がったものの、逆に経済拡大に伴って建築用材やパルプ用原料の需要が急増した。これに対応する目的で林野庁は「拡大造林政策」を打ち出した。ブナ林を伐って、建築用木材として経済的な価値が高く、成長が速いスギやヒノキなどの針葉樹に置き換えれば、将来の木材供給能力が高まるという発想だ。
樹齢100年を超えたブナが広い面積で伐られていった。チェーンソーであれば、直径50センチの木でも5分もあれば切り倒せる。どう考えても造林で次世代の樹木が育つのには間に合わない。結局、拡大造林政策は大失敗に終わった。東北の豪雪地帯では植林した針葉樹は育たなかった。
スギやヒノキなどの針葉樹は、密植することでまっすぐ木が育つ。育つのにつれて間引いて間隔を開けていく。そして材木にしたときに節ができないように、下の方の枝を落とす。これを「間伐」と「枝打ち」という。材として商品価値を高めるための必須の作業だ。
拡大造林政策は、林野庁の主導のもとに行われた「官製の森林破壊」にほかならなかった。このときに、林業関係者から「ブナ征伐」という言葉が盛んに聞かれた。この結果、1954 年当時、全森林に占める人工林の割合は27%に過ぎなかったのが、85年には44%を超えた。
この間に1700万本とも推定されるブナが「征伐」された。森林面積に占める人工林の割合は、世界全体で約3.5%。日本でいかに植林が急ピッチで進められたのかがわかる。現在、植林した木が手入れの必要な時期を迎えているのに、人手不足から十分な手当てができない。そのまま放置しておくしかない。
木材自由化の失態
森林の恵みは人間の占有物ではない。森林にすむ無数の生き物の生活の場でもある。人工の針葉樹林には餌となる木の実もなく、動物たちは生きていけない。森林破壊は多くの野生生物を道連れにしたが、それを顧みる余裕はなかった。植林の苗や樹皮を食べることができるシカやカモシカが爆発的に増加した。ドングリの代替食を求めてツキノワグマが里に出てくるようになった。
政策の効果が上がらなかった一方で、経済成長で需要が急増して国産材の価格が高騰した。これを抑えるために、1964年には木材の輸入がすべて自由化され、安価な外国の木材が入ってきた。国産材は外材に駆逐されていった。国産材の自給率は50年に90%あったのが、一時は20%を割り込むまでに追い込まれた。
外材の大量輸入は、国内の森林破壊を海外に輸出する結果を招いた。あくなき木材輸入は戦後復興とともにはじまった。まず、60年代にフィリピンの山を伐り尽くすと、次にインドネシア、マレーシアのサバ州やサラワク州、パプアニューギニアへと、新たな産地を求めて移動していった。国際社会から「切り逃げ」と批判されるほど、東南アジアの森林資源を荒廃させる原因をつくった。
林業の衰退
日本の林業産出額は1980年の1兆1582億円をピークに減少をつづけ、2014年には4500億円を下回った。この間、林業従事者は最盛期14万6000人の3分の1にまで減り、手入れされずに荒廃した森林が全国で増えている。台風や集中豪雨のたびに洪水や土砂災害の大きな被害が出るのは、こうした森林破壊によるものだ。
現在、世界的な木材需給の逼迫(ひっぱく)で外国産材は高騰しており、国産材のスギの価格は乱高下しているものの、80年のピーク時から4分の1程度になった。「世界一安い材」と皮肉られている。国産材の供給量はこの10年、横ばい状態だ。拡大造林政策以来、森林組合などの林業事業者の多くは補助金・助成金に依存するようになり、人工林が伐期を迎えている今もこの体質は変わらない。これだけ森林資源が豊かな日本で林業は衰退をつづけている。
ブナの森
ブナ林の衰退は、日本の森林保護運動の引き金になった。ブナ林は北海道南部から鹿児島県まで分布し、日本の天然林面積の17%を占める。日本の温帯林を代表する落葉広葉樹林だ。樹高が約30メートル、胸高直径が1.5メートルに達する。近年では、34の自治体が「市町村の木」に指定しているほど人気がある。この多くは、ブナ林の保護運動をきっかけに指定されたものだ。
ブナは「橅」「椈」「桕」などさまざまな漢字があてられるが、「橅」が使われることが多い。これは和製漢字(国字)で、ブナは腐りやすく歩合(木材として活用できる割合)が低いことから「分の無い木」という意味でこの漢字がつくられたという。
ブナは材の木目は美しいが、加工してからの狂いが大きいのが難点とされる。20世紀の後半までキノコ栽培の原木や薪(まき)が主な用途だった。それ以外には、ベニヤ材、玩具材、楽器の鍵盤などに用いられてきた。ブナ材が家具やフローリング材に用いられるようになったのは、加工技術が進んできた近年のことだ。
ブナの保護運動
私のブナとの出会いは、土屋典生(つちや・のりお)と知り合ったことがきっかけだった。彼は東北のブナに魅せられて、厳冬期を除いて山の中でほぼ自給自足に近い生活を送っていた。私が東北の秘境のブナ林を訪ねることができたのは、彼のおかげだ。土屋のところに、朝日連峰のふもとの山形県西川町大井沢にすむマタギの志田忠儀(しだ・ただのり)から緊急の連絡が入ったのは1970年のことだ。
志田は17年に大井沢に生まれ、クマ猟や山菜採りで生活してきた。「最後のマタギ」といわれた。山小屋の管理や遭難救助隊員としても働き、最後はブナ林の保護活動に尽力した。高名な登山家や大学の研究者からもガイドとして頼りにされた。
志田の家に泊めてもらい、山の話を聞くのが何よりも楽しみだった。野生動物や森の知識には圧倒された。住民が230人しかいない山里の大井沢には自然博物館があり、収蔵品の大部分は志田が収集したものだ。世界で標本が2つしかない冬虫夏草(キノコの一種)もある。
2016年5月、101歳で亡くなった。その2年前には自叙伝『ラスト・マタギ』(角川書店)を出版した。そのなかで、ブナ林の保護に立ち向かった苦労が語られている。1950年にこの一帯が磐梯朝日国立公園に指定されたころ、「家から一歩外に出れば原生林がうっそうと生い茂り、ブナはいくら伐(き)っても伐り尽くせないと思っていた」という。
地元民は斧とのこぎりで伐採していたから、伐るにも限度があった。そこに、1960年代に入って、チェーンソーを持った林野庁の下請け労働者がやってきて、伐採量はいきなり膨らんだ。わずかな間に、標高1000メートルほどまでが皆伐されてしまった。
山の幸に依存してきた地元民の生活も脅(おびや)かされはじめた。山菜は採れなくなり、クマは餌を求めて里に出没するようになった。伐採の制限を町長に掛けあい、地元の営林署(現・営林管理署)に何度も足を運んだが、のらくらした返答しか返ってこなかった。
志田が私に救援を求めたのはこうした事情があったからだ。ちょうど71年に、全国の85もの団体が集まって「全国自然保護連合」(荒垣秀雄会長)を結成して、運動の全国展開を図っていたころだ。私も連合の裏方をしていた。
結成の会合に参加してこうした動きを知った志田は、その直後に「朝日連峰のブナ等の原生林を守る会」を結成した。私たちもその東京支部を結成して、日本自然保護協会など多くの団体を巻き込んで運動を進めていった。その後も伐採はつづいたが、志田が林野庁長官にまで直談判し、最終的に伐採は76年に止まった。
それまでは、営林署が絶対的な権力を振るう国有林の集落で、地元民が「お上」にたて突くことなど考えられなかった。志田とともに立ち上がった地元の人びとの勇気も忘れるわけにはいかない。
高まる森林伐採反対
森林伐採に反対する運動は全国に広がっていった。1977年には北海道の知床国立公園内の国有林の伐採反対運動に火がついた。町長が全国に呼びかけて、土地を買上げて植林する「100平方メートル運動の森・トラスト」がはじまった。私も「地主」のひとりだ。2010年には、予定地の100%を取得し、計約861ヘクタールに木が植えられた。いずれ森林となって後世へ引き継がれる。
南の九州では、屋久島のスギの保護運動が起きていた。島には樹齢1000年を超えるスギの巨木が点在する。屋久杉の伐採は16世紀に遡(さかのぼ)るほど長い歴史がある。江戸時代には、短冊形に加工した板が屋根材として年貢代わりに出荷された。樹脂分が多く腐りにくい屋久杉は、建築資材として人気が高かった。
林野庁は1957年、屋久杉の立木の伐採を解禁し、木材需要の急増に伴い、60年代から屋久杉の伐採がはじまった。斜面を丸裸にする皆伐方式によって原生林の破壊が進められていった。伐採量がピークに達した66年に、樹齢4000年とも推定される縄文杉が発見され、にわかに脚光を浴びるようになった。
貴重な巨木が伐り倒されるのに危機感を抱いた地元民や島の出身者たちが、72年に「屋久島を守る会」を結成して保護活動を開始した。しかし、当時の屋久島は伐採が主産業であり、活動は孤立無援で行われた。
ところが、79年には過伐による土砂災害が相次ぎ、80年には石油備蓄基地の建設計画が浮上した。乱開発に対する島民の反発が高まって伐採計画は見直され、国や県も、国立公園区域や保護林の拡大などの保護策を打ち出した。
屋久島の原生林の残る一帯は80年にユネスコの「人間と生物圏計画」の「生物圏保存地域」に、92年には林野庁によって「森林生態系保護地域」に指定された。93年には白神山地とともに日本で最初の世界自然遺産に登録された。2001年になって、屋久杉伐採は幕を閉じることになった。
国民の高い関心
公益財団法人日本自然保護協会は、1949年に結成された「尾瀬保存期成同盟」が前身だ。尾瀬にダムを建設する計画が持ち上がり、尾瀬ヶ原が水没の危機にさらされたとき学者や登山家などが反対に立ち上がった。ダム計画は土地を所有する東京電力が96年に放棄して決着。同盟は51年に「日本自然保護協会」に発展した。
協会の発足以来これまでに、国立公園(多くは国有林を含む)内での破壊や開発を阻止するため関係機関に提出した意見書、要望書などは191件にのぼる。北は利尻礼文サロベツ国立公園内の湿原開発、南は西表石垣国立公園の空港建設や原生林の伐採まで、日本列島の全域にわたる。
この大部分は、地元の反対運動の要請で提出された地域だ。以前なら林野庁の恣意的な運営にまかされていた国有林を、地元民が守るために立ち上がった結果でもある。その意味では、全国各地で多くの人々が保護活動で闘っている証がこの数字にこめられている。同協会自然保護部の志村智子部長は、この間の変化を「国の機関が意見書などを真剣に受け止めてくれるようになったからだ」と評価する一方で、まだ自治体のなかには古い「お上」意識が残っているという。
内閣府は2014年に「国民が自然にについてどの程度関心があるか」の世論調査を実施した。その結果、「非常に関心がある」と「ある程度関心がある」が併せて89.1%という高い率だった。比較する調査は見当たらないが、おそらく国民の9割が自然に関心を抱くのは、世界でも例がないだろう。 
 
林業・諸話

 

林業を目指す若者の増加が日本の森林の未来を守る?
林業に関わる人々の動きにフォーカスしていきたい。林業に関連する組織の組員数(技術者も含む)は昭和42年度の約81,000人から、平成22年時には5,700人まで激減した。だが、林業の現場で活躍する人々に関してはいえば、若年層の動きが活発化しつつある。
「林業」は若者に入りやすい!?
農業との比較で興味深いデータがある。農業就業人口の65歳以上が占める比率が約65%以上に対して、林業は約20%と低い。更に林業の新規就業者は毎年3,000人前後で推移しており、35歳以下の労働人口に限れば、平成2年以降は増加傾向で推移し、現在約20%と全産業の中でも高い数字を残している。その背景には、平成15年からスタートした「緑の雇用」(林野庁のキャリアアップ支援制度)の存在があるが、比較的自由に仕事に取り組める環境面にも要因があるように感じる。  これまで若年層の農業従事者に取材をしてきたが、3年以内で別職種に就くというケースが極めて多い。  その理由は、「収入面」、「地域住民との付き合い方」、「生活のイメージが違った」といったものに加え、最も大きいのは「どこまでいっても縦割りで、販売ルートやノウハウに関しても県外から来た”よそ者”には強い疎外感を感じる」というものだった。
30代新規参入者が感じた林業と農業の違い
兵庫県朝来市に農業で移住した後、現在は同県で林業に関わる広尾さん(仮名・30代)は林業と農業のスタンスの違いをこう分析していた。 「両方を体験した私の感覚でいえば、農業はガチガチに固められた思考が浸透していて、その点がネックでした。一方、林業には比較的柔軟性があるというのが所感ですね。私は小売業からの転職組で、数字や流通には強いんです。農業で自分の培った経験を活かし、作った農作物を売り込もうとしても、なかなか取り合ってくれなかった。林業の場合は、流通改善やネットを使いPRをしたいというこちらの意見に関して、むしろ歓迎してくれたという現実がありました。収入面では大差ないですが、休みや自分の時間は増えたのも大きい。やりがいも違うので、どちらが良いというわけではありませんが、林業のほうが総合的な自由度は高いと思います。その辺りも若い人が増えている要因ではないでしょうか」  国税庁の調査(平成25年分)で見ると、30代の林業者の平均収入は約300万円と充分な数字とは言い難い。しかし、専業農家の年収が200万に届かない現実を考慮すれば、決して低い水準ではないだろう。むしろ農業ほど国から手厚い保護を受けていないことを加味すれば、伸び代は残しているといえる。そういった状況がうまく伝わっていないのは、ひとえに訴求力やアプローチの仕方に寄る所が大きいように感じる。
林業従事者を増やす上での課題
今後は、いかに魅力あるコンテンツを作り伝達していくか、という点が課題となるはずだ。グリーンバナー推進協会事務局長の榎本氏は、農業や食、といった分野と住み分けするのではなく、“共存”していくことに未来があると提言する。「林業に就きたい、という人は年々増えてきています。しかし、今の段階では収入面や仕事量が充分でないという現実もある。絶対数が増えても収入や仕事量を確立するには、林業単体で物事を考えるのではなく、他業種との連携も鍵といえるでしょう。  例えば、森林土壌を活かした農園の野菜やフルーツを販売する事業「森の恵」を当協会でもスタートさせました。森林の間伐で出た木材を粉砕して堆肥にすることで林業振興と農業土壌の改良が同時に進む仕組みです。他にも山菜をブランド化して飲食店と提携したり、消費者参加型のイベントを開催することで地域起こしを図る。こういった動きは双方にとって良い方向に導けるはずですし、将来的な職の創出にも繋がる。若い人が安心して飛び込める業界になるため、少しずつ改善されてきたという手応えは感じています」。  林業を取り巻く環境の厳しさと変化、また環境保護のために人材の確保が必要であるという事実を強く認識した。本稿が少しでもその“気づき”の入り口となれば、と願いを込めて結びとしたい。 
林業の将来性と課題
先行きが細い、就業人口が減っているなど、ネガティブな印象が強い日本の林業ですが、実は近年若い人の就業人口が増加し、地方創生事業やドローンやITシステムなどを組み込んだ「スマート林業」など、ポジティブな風が吹いていることをご存じでしょうか。林業の将来性と課題、林業の新たな可能性についてお話いたします。
これまでの日本の林業について
戦後ピークだった林業の就業人口は、国内樹木の需要低下や安い外国産材の台頭、木製のものが鉄筋や他の新素材にとって代わるようになり、すっかり下火になったようなイメージがありました。
実際、林業の就業人口は1960年代以降衰退の一途をたどり、長い間危機的状況となっていました。
そこで林野庁は、小人数や経験の浅い林業従事者でも扱える高性能林業機械などの導入を後押し、緑の雇用制度などで若い人にも林業を知ってもらおうと、業界全体で底上げをしました。
その結果、「林業ベンチャー」なる言葉とともに全国あちこちの山から、新たな事業や木の使い道を考え「林業の新たな可能性」とともに息を吹き返した状態になってまいりました。
林業の新たな可能性について
林業の新たな可能性として、「スマート林業」や「第六次産業」などが挙げられます。
スマート林業とは、GISという地理情報システムを使った森林データ化の標準化を目指すなど、ドローンを飛ばして、人の手で何日もかかっていた森林の調査などを実施して林業作業の効率化を図るものです。
「第六次産業」は、林業と異業種を組み合わせた多角的業務提携を組む事により、木材の新たな使い道の開拓と、地域活性などを目的としたものです。どちらもまだ取り組みが始まったばかりで実用化している森は多くありませんが、全国でセミナーを実施するなどをして認知度が広がりつつあります。
林業の将来性の高さについて
スマート林業や第六次産業など一歩先を行く林業の他にも、もっと身近な点で積極的な利用方法が考え出されています。
例えば、「国産材を使用した家」としてハウスメーカーと林業がタッグを組むなど、「質のいい日本の木材」として海外へ輸出されるなど、「品質」と「信頼」にウエイトを置いた「日本国産の木材」に対しての市場の需要が増えてきています。
それに伴い、林野庁主導で若手の林業従事者を確保するべく全国各地で就業相談窓口を設けるなど、林業体験などの努力を実施した結果、若年層の就労人口も増えつつあります。
森と生きてきた日本人が、今再び「林業」を再評価している時期にあるのです。 
 
漁業人口

 

海面漁業経営体数、漁業就業者数 (単位:万経営体、万人) (* 東北3県を除く)
       平成20年 21年 22年 23年*24年*25年 26年 27年 28年 29年
海面漁業経営体数 11.5 10.8 10.4 9.1 8.9 9.5 8.9 8.5 8.2 7.9
漁業就業者数   22.2 21.2 20.3 17.8 17.4 18.1 17.3 16.7 16.0 15.3
  うち65歳以上  7.6 7.6 7.3 6.4 6.4 6.4 6.1 6.0 5.9 5.9  
漁業就業人口 2015/3
農林水産省の漁業センサスから漁業就業人口のランキング。ここでは「海面漁業」「湖沼漁業」「内水面養殖業」に従事する人数を比較している。内水面養殖業とは「内水面において行う養殖業で,池中養殖,ため池養殖,水田養魚,いけす養魚を行う事業所をいう」という意味。ちなみに海無し県である栃木県、群馬県、埼玉県、山梨県、長野県、岐阜県、滋賀県、奈良県の海面漁業就業人口は0人で、全てが湖沼漁業か内水面養殖業となっている。
全国の漁業就業人口は195,651人で、人口1000人あたり1.54人。最も漁業就業人口が多いのは長崎県で10.29人。2位は青森県で8.17人。以下、北海道、高知県、愛媛県と続いている。総数ベースで見ると漁業就業人口が最も多いのは北海道で30,640人。これに長崎県が14,371人で続いている。
震災と原発事故で漁業に深刻な影響が出ている岩手県、宮城県、福島県の海面漁業従業者数の変化を見ると
県     2008年    2013年   減少率
岩手県      9948人  6289人  37%
宮城県   9753人  6516人  33%
福島県   1743人   343人  80%
全国   221908人 180985人  18%

となっていて、被災3県、なかでも福島県で漁業就業人口が大きく減っている。分布地図を見ると、北日本と西日本で漁業就業人口が多く、本州中央部で少ない。    
漁業就業人口ランキング
都道府県  漁業就業人口    偏差値
      総数  人口1000人当り
長崎県   14,371人 10.29人  84.28
青森県   10,906人  8.17人  75.07
北海道   30,640人  5.64人  64.07
高知県   4,175人  5.60人  63.91
愛媛県   7,546人  5.37人  62.89
島根県   3,716人  5.29人  62.56
佐賀県   4,307人  5.13人  61.83
岩手県   6,521人  5.04人  61.43
鹿児島県  7,519人  4.48人  59.00
三重県   7,922人  4.32人  58.33
徳島県   3,233人  4.20人  57.79
熊本県   7,106人  3.95人  56.69
大分県   4,306人  3.66人  55.43
山口県   5,178人  3.65人  55.39
和歌山県  3,020人  3.08人  52.95
石川県   3,376人  2.91人  52.20
宮城県   6,600人  2.84人  51.86
香川県   2,766人  2.81人  51.74
宮崎県   3,032人  2.71人  51.31
沖縄県   3,747人  2.65人  51.05
鳥取県   1,499人  2.59人  50.81
福井県   1,856人  2.33人  49.68
静岡県   6,127人  1.65人  46.69
新潟県   3,612人  1.55人  46.27
広島県   4,238人  1.49人  46.02
富山県   1,479人  1.37人  45.51
秋田県   1,313人  1.25人  44.97
福岡県   5,353人  1.05人  44.10
兵庫県   5,400人  0.97人  43.76
岡山県   1,817人  0.94人  43.62
滋賀県   1,203人  0.85人  43.22
千葉県   4,997人  0.81人  43.04
茨城県   2,283人  0.78人  42.92
山形県    838人  0.73人  42.72
愛知県   5,192人  0.70人  42.56
京都府   1,501人  0.57人  42.02
長野県    576人  0.27人  40.71
神奈川県  2,336人  0.26人  40.65
福島県    499人  0.26人  40.64
山梨県    170人  0.20人  40.40
岐阜県    339人  0.17人  40.25
奈良県    206人  0.15人  40.18
大阪府   1,127人  0.13人  40.08
栃木県    208人  0.10人  39.98
東京都   1,063人  0.08人  39.88
群馬県    135人  0.07人  39.82
埼玉県    282人  0.04人  39.70
全国   195,651人  1.54人

        単位人口:人口1000人あたり (2013)   
 
消滅に向かう日本漁業 2016/5

 

日本の漁業は、何十年も衰退の一途を辿っています。その衰退は、皆さんの漠然としたイメージよりも遙かに深刻な状態です。過疎化が進む漁村に行くと、若手漁業者が50代、60代というようなところも少なくありません。高齢漁業者の子供たちは、すでに別の職業に就いています。多くの漁村が、縮小再生産どころか消滅に向かっているのです。
漁業者「17万人」、実はかなりの過剰推定
かつては漁業が花形産業であった時代もあります。下の写真は1936年のおさかなカルタです。漁船40万隻、漁業者200万人だそうです。「昭和13年統計によれば、漁業年額496773000圓、製造年額245774000圓、世界全産額の50%を占む」とあります。
平成27年現在の漁業者は16.7万人ですから、当時の10分の1以下です。この数字には、実際に漁業で生計を立てていない人が大量に含まれています。地方の漁村に行けば、何年も使われていないような朽ち果てた漁船が、漁港に放置されているのを良く目にします。漁業には定年がありません。引退をしても、退職金が出ないどころか、船をスクラップにする経費がかかります。ほとんど海に出ない高齢者が、そのまま組合員を続けているケースが多くみられます。
現状を放置すると、漁業者はどこまで減るのか?
漁船の性能は日進月歩ですから、若者を中心にバランス良く17万人の漁業者がいるなら、それほど心配する必要はありません。17万人という数字以上に、未来につながらない状態が継続しているということが、日本漁業が直面している危機の本質です。
下の図は漁業従事者を年齢別に分けた統計です。2013年までが実測値で、それ以降は、現在の新規加入のトレンドを元に簡単なモデルで予測をしたものです。漁業者を年代別に分けてみると、29歳以下の新規就業者が途絶えた状態が何十年も続いた結果として、高齢化が進んでいることがわかります。
儲からないどころか赤字の漁業
若者はどうして漁村から去って行ったのでしょうか。「若者が贅沢になって、きつい仕事を嫌がるようになった」ということがよく言われるのですが、筆者は生産性が低すぎる今の漁業の仕組みに問題があると考えます。漁業の生産性があまりにも低いために、若者が漁業を継ぎたくても継げなかったのです。
漁業経営調査報告によると、平成26年の個人経営の海面漁業は、年間の漁労所得が225万円となっています。一家を養って行くには厳しい金額です。
個人経営漁業では、家族総出で労働をすることが前提になっています。この無償の家族労働に対して、その土地の同等の労働賃金を支払うと317万円の支出となります。つまり、家族労働の価値を考慮すると93万円の赤字なのです。
筆者の知り合いの岩手県の牡蠣生産者が、自分の労働時間と手取りから時給を計算したところ、200円に届かなかったそうです。彼の場合は黒字の分だけ、まだましなのですが、土木工事をすれば日当14000円がもらえます。いくらやりがいがある仕事でも、漁業をやる人が減ってしまうのは仕方がないと思います。
漁業の高齢化と生産性の関係
すべての漁村で過疎高齢化が進行しているわけではありません。大勢の若者が元気に働いている漁村も少数ながら存在します。そういう漁村には、必ず安定して収入が得られる漁業が存在します。漁業の生産性と高齢化の関係を、統計から見てみましょう。生産性の指標として「販売金額が300万円未満の経営体の割合」、高齢化の指標として「65歳以上の漁業従事者の割合」を市町村別に計算して、漁業従事者が50人を越える市町村についてプロットしたのが下の図です。
販売金額が300万円未満の経営体の割合が高い自治体ほど、65歳以上の割合が高いという正の相関関係があります。漁村の過疎化を食い止めるには、若者が希望を持って参入できるように、漁業の生産性を改善することが重要なのです。
漁業を断念せざるを得ない若者達
「息子に跡を継いでほしいのだけど、漁業がこれでは継がせられない」と忸怩たる思いを抱えている漁業者も少なくありません。先日、19歳の若者から手紙をもらいました。底引き網漁船の息子として育ったので、高校を出たら漁業を継ぐつもりだったのに、両親から「燃油代は上がり、魚価は安くなる一方。漁業には未来がないから大学に行け」と説得されて、大学に進学したそうです。しかし、漁業への夢を捨てきれず、私の本を読んで、日本の漁業が復活する可能性があるかを質問してきたのです。
離島などの若者と話をしてみると、地元志向が強いことに驚かされます。こういう場所では高等教育機関が無いために、多くの若者は高校や大学に通うために村を離れます。その後、村に帰りたいと思っても仕事がないのです。安定した職業といえば、役場、小中学校の先生、農協職員ぐらい。これらの職は、毎年、求人があるわけではないので、狭き門なのです。もし、漁業で地方公務員並みの安定した収入が得られるなら、地元に戻って漁業をしたい若者は大勢います。
労働力不足にあえぐ養殖業
漁業人口の減少と高齢化は、すでに一部の漁業の存続を厳しくしています。日本の養殖の現場では、繁忙期には村総出で作業をすることが前提でした。漁村から人がいなくなると、人海戦術が成り立たず、生産自体が立ち居かなくなりつつあります。
たとえば、牡蠣の養殖では、殻剥きをする職人が集まらず、苦労しています。先日訪問した宮城県のある養殖業者は、「剥き子さんは皆80歳を超えている人ばかりで、あと何年、生産を継続できるかわからない」と心配そうでした。すでに人手不足が生産のボトルネックになっているのです。わかめの芯取り作業や牡蠣の殻剥き作業などは、一ヶ月ほどの季節労働なので、それだけでは生活できません。
漁村では人手不足と過疎化が同時に進行しています。労働力は欲しいけれど、安定した生活を保障するだけの生産性がないのです。漁業の存続には、省人化と生産性の向上が求められているのですが、現状では期待薄です。沿岸漁業の場合はほとんどが家族経営です。父ちゃん、母ちゃん経営体には、一般企業では当たり前な研究開発(R&D)という概念がありません。漁業者は良くも悪くも職人です。道具や手順を自分なりに改良することはできても、イノベーションを起こして産業構造を変えるのは苦手です。
焼け石に水の漁業就業者フェア
漁村の人手不足解消のために、漁業就業フェアなどが頻繁におこなわれています。こういったフェアの実績は、何人が会場に訪れたかで評価されており、実際に漁業に参入した人数は公開されていません。これらの取り組みを否定するつもりはありませんが、毎年、8千人の漁業者が減少している状況で、数百人をフェアに動員しても、問題の解決にはなりません。非生産的な漁業の現状を変えない限り、部外者の参入は容易ではないからです。
テレビなどのマスメディアは、若者が新しく漁業に参入してきた成功事例ばかりを伝えます。新しく漁業に参入して頑張っている若者を大々的に取り上げる一方で、「なぜ漁村の過疎化が進んでしまったのか」という構造的な話には触れません。地元の漁業を応援したいという気持ちはわかるのですが、結果として、漁業が上手くいっているような印象を国民に与えて、漁業の現場の深刻な問題を見えづらくしてきました。
漁村の活性化には、生産性の改善が不可欠
漁業の生産性の低さを放置しておけば、漁村の衰退はどこまでも続きます。生産性を改善して、新規参入が出来る状況をつくることが急務です。
一次産業の生産性の話をすると、「大切なのはお金ではなく、やりがいだ」と反論されるケースもあります。筆者は「やりがいがある仕事だから、生産性が低くても構わない」という考えは間違えていると思います。いくらやりがいがあっても、生活できなければ職業とは呼べません。「やりがいがあるけど食えない漁業」よりも、「やりがいもあるし、利益も出るような漁業」の方が良いとは思いませんか?  
 
漁業法改正 2018/11

 

これまでの漁業制度のメリットとデメリット
是々非々の議論をするための前提として、まずは、漁業の現状について説明をします。これまでの日本の漁業制度では、日本全国に数多く存在する漁協に、前浜の漁場の自治権(共同漁業権)を与えて、その漁場の中でのルールは漁業者の話し合いで決めることになっています。このような漁獲規制の方法はTerritorial Use Right for Fisheriesと呼ばれ、多くの国に導入されています。
日本での自主管理の代表的な成功事例としては、由比のサクラエビを挙げることができます。サクラエビの自主管理は1970年に始まりました。漁業者による資源の奪い合いを防ぐために、水揚げ金額を全員で均等に配分するプール制度を導入して、安定した利益を上げています。今年は、小型で未成熟のエビが多くなったために、11月は禁漁をすることになりました。
このように漁業者が主体的にルールをつくると、非合理的な決まりになりづらいし、みんなで決めたことは守られやすいという利点があります。しかしながら、サクラエビのように自主管理が機能している漁業はむしろ例外です。
当事者の話し合いで決める方式は、当事者の数や多様性が増すと、合意形成のハードルが跳ね上がるのです。下の図は三重と愛知付近の共同漁業権の区画を示したものです。共同漁業権が設定されているのは緑の線で囲まれた部分です。沿岸に沿って、細かく区割りされていることがわかります。
一つの区割りの中で完結している資源なら、「当事者の話し合いで決める」というやり方は機能します。しかし、複数の区割りをまたぐような資源、特に巻網や定置網など複数の異なる漁法で利用される資源の場合は、利用者が顔を合わせる機会がないので、当事者の話し合いで決める方法は機能しません。
サクラエビが自主管理をできたのは、定住性の小規模資源だからです。サクラエビは狭い範囲に生息していて、由比と大井川の二つの漁協しか漁獲できません。二つの組合が連携をして規制をすれば、他の漁業者に横取りされることなく、大きくなったエビを自分たちで確実に獲ることができるのです。
共同漁業権の外側では企業経営の大型船が操業
共同漁業権は沿岸の狭い海域にしか設定されていません。その外側では、大型漁船も含めて自由に魚を獲ることができます。県をまたいで操業する大規模な漁業(大臣許可漁業)の中でも、漁獲量が多い沖合底引き網漁業と大中巻網漁業についてみてみると、その大半がすでに会社経営体になっています。今回の法改正で企業の参入のハードルが下がると報じられていますが、それは養殖の話。天然資源を漁獲する漁業に限ってみると、大型漁業はすでに企業化が進んでいるのです。
大規模経営体と小規模経営体が、規制が不十分なままで魚を奪い合えば小規模経営体に勝ち目はありません。かつては、サバは日本全国の沿岸で豊富に獲れたのですが、沖合の大型船の漁獲で減少し、八丈島のサバ棒受け漁業は消滅してしまいました。
共同漁業権の仕組みだけで、沿岸の小規模漁業を守ることが出来ないのは、沿岸漁獲量の推移からも明らかです。
このような事態を防ぐには、以下の2点が必要です。
1)水産資源を十分な水準に維持すること
2)小規模漁業の漁獲を確保するために、予め漁獲枠を配分しておくこと
今回の法改正で、個々の漁船に漁獲枠を予め配分しておく個別漁獲枠方式(IQ方式)が導入されることになりました。IQ方式なら、早獲り競争に劣る小規模漁業でも、獲り分を確保することが出来ます。また、ライバルの動向を気にせずに、魚の価値が高くなる時期まで待って操業することも可能になり、魚の質の向上や収益の増加も期待できます。
今回の漁業法改正では共同漁業権の仕組みはそのまま残ります。なので、これまでの沿岸漁業の既得権を剥奪するような改正ではありません。IQ方式を適切に運用して、大型漁業の漁獲を抑制すれば、早獲り競争で不利な小規模漁業の生き残りに寄与することになります。
漁業法改正の問題点
IQ方式の導入は、日本の漁業の復活に不可欠なものです。今回の法案は、全体としては悪くない出来なのですが、運用に関する細かい部分に粗が目立ちます。残念ながら、現在の法案にはいくつか問題があり、運用しだいでは漁業に大きな害をなすと考えます。
1) 過剰漁獲枠の問題:科学の独立性
1997年から日本でも7つの魚種に漁獲枠が設定されています。しかし、資源水準に対して、過剰な漁獲枠が設定されていて、資源管理の体を成していません。例えば、サンマの場合、今年は予想以上に漁獲量が伸びて10万トン程度の水揚げなのですが、日本政府が設定しているサンマの漁獲枠は27万トンです。サンマのみならず、サバ類、マアジ、スルメイカなど他の魚種でも、最近の漁獲実績を3−5割ぐらい上回る大盤振る舞いの漁獲枠が設定されています。全体の漁獲枠が過剰に設定されている現状で、漁獲枠を個別配分したところで管理効果は期待できません。
過剰な漁獲枠が慢性的に設定されている背景には、業界・行政・政治からのプレッシャーがあると思います。資源評価のプロセスを、業界・行政・政治から独立させて、透明性を高めていく必要があります。資源評価機関の独立性を確保できる法案にすることが望ましいです。
2) 不透明性な漁獲枠配分ルール:小規模漁業を軽視する漁獲枠配分の可能性
法案では、大臣が沖合漁業と沿岸漁業(都道府県ごと)に漁獲枠を配分し、都道府県の中では知事が船毎に漁獲枠配分をおこなうことになっています。しかし、漁獲枠をどの様なルールに基づいて配分をするかについては、何の記述もありません。小規模漁業に十分な漁獲枠が配分されれば、IQ方式によって、小規模漁業は守られますが、小規模漁業への配分が少なければIQによって小規模漁業が淘汰されることも考えられます。
クロマグロで実際におこったことですが、水産庁の一存で、大型船の漁獲実績が多い年を基準に過去の実績に応じて配分してしまいました。その結果、沿岸漁業者の不満が爆発し、デモや訴訟といった事態に発展しています。IQ方式に移行すると、数多くの魚種で同じことが繰り返される可能性が高いでしょう。
FAO 責任ある漁業の行動規範(6.18)やSDGs14などにも小規模漁業への配慮の重要性が明記されています。大型漁船優先の配分にならないように、日本の漁業法においても、「小規模伝統漁業者の雇用に配慮して配分をする」と明記すべきと考えます。
3)当事者参加が必要なのに海区調整委員の選挙を廃止:
漁業者が獲りたい漁獲量と、資源の持続性の観点から許容される漁獲量には、大きな差があるのが普通です。なので、どの様な配分をしても漁業者は不満を感じることになります。少しでも不満を和らげて、納得感を高めるには、合意形成のプロセスに漁業者を参加させる必要があります。例えば、ノルウェーでは、漁業者の代表が話し合って漁獲枠の配分を決定します。日本でもいきなり同じ事は出来ないかも知れませんが、漁業者の関与を増やしていく努力が必要です。
漁業の調整を行う海区調整委員という制度があります。これまでは漁業者の選挙で選ばれた委員がいたのですが、選挙制度が廃止され、都道府県知事が任命するのみになりました。確かに、海区調整委員が持ち回りの名誉職になってしまい、選挙が形骸化している海区もあるのですが、当事者参加の仕組みを無くすべきではありません。むしろ、いろんな人が参加できるように間口を広げるべきでしょう。
4)漁船のサイズ規制撤廃は資源回復した後の話です
これまでは、魚の獲りすぎを防ぐために、漁船の大きさを規制してきました。トン数が決められた中で、魚を多く獲るには、船倉をできるだけ大きくする必要があり、結果として、住居スペースが切り詰められることになります。
IQ方式に移行して、個々の船が漁獲枠で規制をされるようになると、漁船の大きさの規制は不要になります。もし、個別漁獲枠方式が機能しているなら、漁船のサイズ規制は取り除いて、十分な住居スペースが確保できるように自由に漁船をつくっても問題がないことになります。
理屈の上ではそのようになるのですが、実際に日本のIQ方式が機能するかは未知数です。前述の過剰な総漁獲枠が是正されないことも想定されます。過剰な漁獲枠を個別配分しても、規制としての効果は得られないばかりでなく、大型化した船が過剰な漁獲枠を消化して、更に資源減少が加速することも考えられます。漁船サイズなどこれまでの規制を撤廃するのは、IQ方式が機能をして、資源回復が確認できた後にすべきです。現時点でサイズ規制を撤廃するのはリスキーです。
まとめ
以上見てきたように、全体としては評価できる内容なのですが、運用に関する部分に粗が多く、運用次第では、資源の減少を加速させたり、小規模漁業を衰退させたりすることになります。クロマグロの漁獲枠の運用などを見ると、かなり悲惨なことになる可能性もあります。  
 
漁業を取り巻く状況の変化と漁業経営

 

我が国の社会・経済状況の変化の中で、漁業を取り巻く状況もまた変化してきています。しかし、こうした変化は、近年になって突然起こったものばかりではありません。この節では、漁業生産や水産物消費を取り巻く状況の変化について、やや長期的な視点を含めて振り返り、そうした変化の中での漁業経営の推移についてみてみたいと思います。
1漁業生産をめぐる状況の変化
戦後の漁業の発展と転換点の到来
戦後、我が国の漁業は、高度経済成長の中で大きく発展しました。魚価は一貫して上昇し、無動力船がほとんどだった沿岸漁業においても動力船の導入が進みました。また、漁労技術の進歩等を背景に、我が国の漁船の操業域は、沿岸から沖合、沖合から遠洋へと拡大していきました。その結果、昭和31(1956)年には約450万トンだった我が国の海面漁業生産量は、わずか15年間のうちに倍増し、昭和46(1971)年には900万トンを超えました(図T−2−1)。また、同じ期間に、海面養殖業生産量は18万トンから61万トンと3倍以上も伸びました。
しかしながら、昭和50年代に入ると、我が国の漁業生産をめぐる社会的・経済的状況は大きく変化し、我が国の漁業は転換点を迎えます。
昭和48(1973)年に起こった第1次オイルショックによって高度経済成長期は終焉を迎え、昭和54(1979)年の第2次オイルショックの頃を境として漁業の拡大を支えた魚価の急激な上昇は止まりました(図T−2−2)。また、昭和50年代に入ると多くの国々が200海里経済水域を設定し、当該水域内での外国漁船の操業を規制するようになったため、我が国の多くの遠洋漁船がそれまで操業していた漁場からの撤退や操業規模の縮小を余儀なくされました。
   図T−2−1 部門別漁業生産量の推移と漁業を取り巻く状況の変化
   図T−2−2 遠洋・沖合・沿岸漁業の平均魚価の長期的な推移
資源管理のための努力と資源状況の変化
高度経済成長期までの我が国の漁業は、魚価の向上と漁場の拡大に支えられて成長してきました。しかし、昭和50年代後半からは、海外漁場の縮小とオイルショックによる操業経費の増大を背景として、我が国周辺水域の水産資源を適切に利用し続けていく必要性が強く認識されるようになりました。これにより、漁業者による自主的取組として資源管理型漁業が推進され、漁業者間の協力による漁場利用の合理化など、資源管理の取組が本格化しました。
その後、平成8(1996)年には、「海洋生物資源の保存及び管理に関する法律*1」に基づく漁獲可能量(TAC)制度が導入され、現在、我が国周辺水域の7魚種*2を対象として漁獲量の管理が行われています。また、平成14(2002)年から、資源状態の悪化が懸念される魚種の回復を促すため資源回復計画による資源管理を実施し、平成23(2011)年からは、資源管理の取組を総合的・一体的に行うため資源管理指針・計画体制を推進しています。
2013年漁業センサスによれば、全漁業経営体約9万5千に対し、漁業管理組織に参加して資源管理に取り組んでいる経営体数は延べ12万5千と、1経営体当たり1つ以上の漁業管理組織に参加して資源管理に取り組んでおり、漁業者は、資源管理のために多くの努力を払っています(図T−2−3)。
一方、我が国周辺水域の資源状況は、資源変動の大きいマイワシ等の多獲性浮魚類を中心として中長期的に大きく変動してきました。また、近年では、海水温の上昇や水温分布の変化によるものと考えられる魚の分布海域の変化や資源水準の変動がみられるようになってきており、資源管理に当たっては、こうした点にも留意する必要が生じています。
*1 平成8(1996)年法律第77号
*2 サンマ、スケトウダラ、マアジ、マイワシ、サバ類(マサバ及びゴマサバ)、スルメイカ及びズワイガニ。
   図T−2−3 漁業管理組織に参加する経営体数の推移
国際経済とのつながりの深まり
戦後、貿易の自由化や国際的な輸送網の発達等のグローバル化が進展する中で、我が国漁業と国際経済とのつながりも様々な面で深まってきました。
昭和48(1973)年、ブレトン・ウッズ体制の崩壊により、円が変動相場制に移行し、さらに昭和60(1985)年のプラザ合意以降、円高ドル安方向への動きがみられました。この結果、昭和60(1985)〜平成7(1995)年の10年間に我が国の食料品輸入は大幅に増えて、水産物の輸入量も158万トンから358万トンへと急増し、我が国の漁業は、輸入水産物との競合を一層意識せざるを得ない状況となってきました(図T−2−4)。
また、特に近年では、原油や魚粉の国際価格の動向が漁業生産のコストに大きな影響を与えています。原油の国際価格は国際的な政治・経済の動向により、魚粉の国際価格は主要な生産地であるペルーにおけるペルーカタクチイワシ(アンチョビー)の漁獲状況により、それぞれ大きな影響を受けて変動しており、今後ともその動向は予断できません(図T−2−5)。さらに、内外の経済の動向を反映した為替相場の動向も、こうした輸入品の国内価格に影響を与えています。
このように、国際経済とのつながりが深まるにつれて、漁業者の生産性向上に向けた努力だけでは克服することが困難な要素が大きくなってきており、国内のみならず、国際的なエネルギー情勢や為替相場の動向、海外の漁業生産及び市場の動向などを意識した漁業経営が求められていることにも留意が必要です。
   図T−2−4 我が国の水産物の輸出入の長期的な推移
   図T−2−5 原油価格と魚粉輸入価格の推移
漁業者の高齢化と後継者不足
高度経済成長期における第2次産業及び第3次産業の発展とそれに伴う産業構造の変化は、漁業を担う人々にも大きな影響を与えてきました。従来、漁業の担い手の主体となってきたのは、漁家、すなわち漁業を家業として営む家で生まれ育った子弟です。しかし、第2次産業及び第3次産業が発展し、これらの産業で労働力需要が高まる中、高い所得を求めて漁村から都会に出る若者が増え、家業である漁業を継ぐ漁家の子弟は大きく減少しました。また、核家族化や少子化が進み漁家の子弟の数も減少したことから、漁業の後継者となり得る若者の人数自体も減っています。
この結果、平成25(2013)年の40歳未満の漁業就業者数は約3万人と、昭和38(1963)年のおよそ1割程度にまで減少しました(図T−2−6)。一方、この間の60歳以上の高齢漁業者の数は、約7万人から11万人の間で大きく減少することなく推移しており、こうした変化が漁業就業者の高齢化につながっています。
しかしながら、近年では、過去に漁業者の2割余りを占めていたとみられる昭和一桁世代の引退が進む一方で、一定数の若い新規就業者が継続的に漁業に参入してきていることから、40歳未満の漁業者の割合が徐々に増えつつあり、高齢化の進行は鈍化しています。
   図T−2−6 漁業就業者数の長期的な推移
若い漁業者の割合が増えつつある中でも、後継者が確保できている漁業経営体は多くありません。2013年漁業センサスによると、海面漁船漁業を営む個人経営体のうち、後継者がいる経営体は14%にとどまっています。これを漁船漁業の階層別にみてみると、特に漁船規模が5トンまでの階層では、後継者がいる経営体の割合が10%前後となるなど、規模の小さい経営体ほど後継者不足に直面していることが分かります(図T−2−7)。
   図T−2−7 海面漁船漁業を営む個人経営体のうち後継者がいる経営体の割合
また、農林水産省が平成27(2015)年12月〜28(2016)年1月に実施した「食料・農業及び水産業に関する意識・意向調査」(以下「食料・農業及び水産業に関する意識・意向調査」といいます。)において、後継者のいない漁業者にその理由を複数回答で尋ねたところ、68%が天候や魚価の変動の影響を受けやすく収入が不安定であることを、また44%がもうからないことを挙げており、漁業経営をめぐる厳しい状況が後継者不足につながっていることがうかがわれます(図T−2−8)。
   図T−2−8 漁業後継者がいない理由(複数回答)
2水産物消費をめぐる状況の変化
我が国における1人当たりの年間水産物消費量と人口の変化
戦後、我が国の1人当たりの年間水産物消費量*1は、経済発展に伴って大きく増加し、昭和50年代以降も増減を繰り返しつつ漸増してきましたが、平成13(2001)年度の40.2kg/人をピークとして急激な減少に転じ、平成26(2014)年度には27.3kg/人と、昭和30年代後半と同じ水準まで減少しています(図T−2−9)。
   図T−2−9 1人当たりの年間水産物消費量の長期的な推移
*1 農林水産省では、国内生産量、輸出入量、在庫の増減、人口等から「食用魚介類の1人・1年当たり供給純食料」を算出。この数字は、「食用魚介類の1人当たり年間消費量」とほぼ同等と考えられるため、ここでは「供給純食料」に代えて「消費量」という用語を用いる。
また、国民1人1日当たりの魚介類と肉類の摂取量を年齢階層別にみると、若い世代ほど魚を食べず、肉を食べる食生活に移行している傾向がみられます(図T−2−10)。特に、近年では40代以下の世代の魚介類の摂取量が50代以上の世代のそれと比べて顕著に低くなっています。また、最近15年間の間に、ほぼ全ての世代で魚介類の摂取量が減り、反対に肉類の摂取量が増えています。
さらに、近年、我が国全体が人口減少という新たな局面に入ったことが強く認識されるようになりました。人口が減少すれば、その分食料の消費量全体が減少し、水産物の消費量にも影響があるものと考えられます。
   図T−2−10 年齢階層別魚介類及び肉類の1人1日当たり摂取量の変化
「 我が国の人口の減少による水産物消費量への影響
我が国の総人口は、近年横ばい傾向で推移していましたが、現在では既に減少局面に入っています。総務省によれば、平成27(2015)年10月1日現在の我が国の総人口は1億2,711万人でしたが、国立社会保障・人口問題研究所は、10年後の平成37(2025)年にはこれが645万人減の1億2,066万人に、更に平成47(2035)年には1,499万人減の1億1,212万人になると推計しています。人口が減少すれば、たとえ1人当たりの水産物消費量は減少しなくても、水産物消費量全体は減少することとなります。
また、同時に高齢化も進行し、我が国の65歳以上の高齢者の人口は、平成36(2024)年頃には30%を超えると見込まれています。過去には、水産物の消費には、年齢を重ねることで1人当たりの消費量が増える、いわゆる「加齢効果」があるといわれていましたが、近年では、この効果はみられなくなっています。 」
消費行動の変化
近年の1人当たりの水産物消費量の減少には、どのような背景があるのでしょうか。家計消費全体の動向をみると、収入の減少傾向に伴い、食料品全体に対する支出が減少してきています(図T−2−11)。また、食品を選ぶ際に価格を重視する経済性志向も、特に若い世代を中心に強くなっています。
   図T−2−11 世帯当たりの用途別消費支出額の推移
また、(公財)食の安全・安心財団の推計によれば、食に対する支出額に占める外食と中食への支出額の割合を示す「食の外部化率」は昭和50年代から急速に高まり始め、近年では45%前後で安定的に推移しており、食生活のかなりの部分を外食や中食で済ませる状況が定着してきています(図T−2−12)。
   図T−2−12 食の外部化率の推移
さらに、いわゆる魚屋さんが次第に姿を消し、消費者が水産物を購入する場はスーパーマーケット等の量販店が主体となってきています。特に大手量販店においては一定の規格を満たす魚を常に安定的に供給することが求められますが、我が国の沿岸漁業の漁獲物は、魚種の構成、サイズや生産量が不安定なため、大手量販店等を中心とした流通には乗りにくいという事情があります。こうした事情も背景として、大手量販店の魚売り場には、安定的な供給が可能な冷凍輸入品等も多く並ぶようになっています。
魚の消費量が減少する一方で、消費者の間には、魚を積極的に食べたいという意識も強くあります。「食料・農業及び水産業に関する意識・意向調査」では、68%の消費者が、「今後、魚介類を食べる頻度を増やしたい」と答えました(図T−2−13)。
また、水産物の消費を増やすためにはどのような取組が有効と考えられるかについて尋ねたところ、「切り身や3枚おろしなど前処理済みの商品を増やす」、「調理方法やレシピの提供を増やす」というように、家庭での調理を前提としつつ手間の省略を可能とするものや、「鮮度の高い商品を増やす」、「旬や産地を特定した商品を増やす」というようにこだわりの商品を求めるものが上位を占めたほか、「価格を安くする」という経済性志向、「調理済みの商品を増やす」、「骨を抜いた商品を増やす」といった簡便化志向もみられました(図T−2−14)。
女性の社会進出、単身世帯の増加、高齢化の進行などによりライフスタイルが変化する中、調理等に十分な時間や手間をかけられない事情がうかがわれる一方、価値観の多様化により、多少高価であっても本当においしいものを食べたい、時間があるときには自分で手間暇をかけて料理したいといった意向もあるものと考えられ、消費ニーズが多様化しているものとみられます。
   図T−2−13 消費者の魚介類を食べる頻度に対する意向
   図T−2−14 水産物の消費を増やすために有効だと思われる取組(複数回答)
世界の水産物消費の拡大
世界に目を転じれば、健康志向の高まり、新興国を中心とした動物性たんぱく質摂取量の増加、水産物流通システムの整備等により、世界の水産物消費は一貫して拡大してきており、世界人口の増加が続く中で今後も水産物消費の拡大が予想されています(図T−2−15)。
   図T−2−15 世界の肉類と魚介類の年間供給量の推移
訪日外国人観光客の増加
近年、世界各国から我が国を訪れる外国人観光客が急激に増えてきています。平成27(2015)年には、平成24(2012)年の約2倍となる、約2千万人の外国人旅行者が日本を訪れました。観光庁の「訪日外国人消費動向調査」によれば、26%の訪日外国人が、訪日前に最も期待していたこととして「日本食を食べること」を挙げました(図T−2−16)。また、実際に日本に来て最も満足した食事を尋ねると、寿司や魚料理と答えた人が合わせて34%となりました。このように、寿司をはじめとする日本食は、外国人観光客の強い関心を集めています。
また、魚を食べることだけではなく、豊かな海に囲まれた島国である我が国ならではの漁村とその伝統文化も、他国の人々をひきつける有力なコンテンツです。「訪日外国人消費動向調査」によれば、訪日外国人に、今回の訪日で体験したことと次回の訪日で体験してみたいことを尋ねたところ、今回の訪日で自然体験や農漁村体験をした人は6%でしたが、次回の訪日の際にこうした体験をしてみたいと答えた人は15%にのぼり、2度目以降の訪日では漁村を含め自然豊かな地方を訪れ、その土地ならではの体験をしたいと考える人々が多いことをうかがわせています(図T−2−16)。
   図T−2−16 訪日外国人の消費動向
3漁業経営の状況の変化
沿岸漁業の経営状況の長期的な推移
生産と消費の両面にわたる中長期的な状況の変化の中で、漁業の経営状況はどのように変化してきたのでしょうか。ここでは、多くの漁業者の生活の場であり漁業の根拠地である津々浦々の漁村と特に密接な関係にある沿岸漁業の経営状況をみていくこととします。
高度経済成長が終焉を迎える昭和49(1974)年からの沿岸漁船漁家の経営状況について10年ごとにみてみると、漁労収入から漁労支出を除いた漁労所得は、昭和49(1974)年から昭和59(1984)年にかけて伸びた後、平成6(1994)年まではほぼ横ばいとなり、その後は漸減してきています(図T−2−17)。これは、漁労収入が大きくは伸びない中で、漁労支出が増加傾向で推移してきたことによります。
漁業生産にかかったコストである漁労支出の内訳をみると、近年、油費が生産コストに占める割合が増加傾向にあり、約2割となっています(図T−2−18)。また、新たな漁船の建造などの設備投資を示す減価償却費の割合が長期的に減少してきており、漁船が高船齢化する中にあっても、漁業生産に必要な設備の更新が進みづらくなっている状況がうかがわれます。
今後の方向性としては、いかにして漁労収入を伸ばしながらコストを抑えて所得を確保していくか、すなわち漁業経営力の強化をどう実現するかという点がポイントとなりますが、そのためには漁業という産業の担い手である漁業者の自律的・主体的な取組が非常に重要となります。この点については、第3節で詳しく考えてみたいと思います。
   図T−2−17 沿岸漁船漁家の経営状況の変化
   図T−2−18 沿岸漁船漁家の漁労支出の内訳の変化
漁業就業者当たりの生産性の変化
漁業就業者が長期にわたって大幅に減少する中、沿岸漁船漁業における漁業者1人当たりの生産量は漸増傾向で推移してきており、漁業就業者当たりの生産性は向上してきています(図T−2−19)。この背景には、漁労技術の向上、水産資源と漁業者数のバランスの変化等があるものと考えられます。個々の漁業者の経営にとって生産性の向上は望ましい方向性であると考えられますが、多種多様な鮮度の高い魚を消費者に安定的に供給するという我が国漁業の役割を十分に果たしていくためには、漁業全体として、まとまった量の生産を確保していくことも必要です。このため、水産資源を適切に管理しつつ、漁業就業者の確保を図りながら生産性を向上させていくことが重要です。
   図T−2−19 沿岸漁船漁業における漁業就業者1人当たり生産量の推移 
 
外資系になった漁業 半数が外国人の現場では

 

「うちの若手は外国人が半分でさ」 知り合いにこう言われたらまずイメージするのは外資系企業ではないだろうか。 ところがこれは金融機関やIT企業の話ではない。ある冬の味覚の全国一の産地、漁業の現場で起きている現象だ。
外国人が支える冬の味覚
広島県の安芸津漁港(東広島市)。取材班が訪れたのは師走。冬の味覚、カキの水揚げが週6日で行われていた。広島県は言わずと知れた全国一の生産量を誇るカキの産地だ。
午前6時半。「オハヨウゴザイマス」 迎えてくれたのはフィリピンと中国からの技能実習生。生産者の美野英正さん(44)と実習生2人が漁船に乗り込む。5分ほどでカキいかだに到着した。
実習生の2人は竹で組まれたいかだの上をするすると歩いて行く。手慣れた様子でカキがつるされたワイヤーを船のクレーンに取り付け、引き揚げる。1時間余りで約200キログラム分のカキが水揚げされていった。
安芸津漁協のカキ生産者は9軒。今ではすべてが実習生を受け入れている。漁協のカキ生産組合長を務める美野さんの父親・洋次さん(69)は「中には生産者と実習生だけってところもおる。日本人の若い人らは、汚い、くさい、いう感じで来てくれんけえ」と話す。安芸津のカキ生産者が実習生の受け入れを始めたのは10年ほど前。今では実習生を常時25人以上、受け入れているという。
2人に1人が外国人
私たちは担い手不足が深刻な20代〜30代に注目して広島県内の漁業従事者の内訳を分析した。すると。なんと約2人に1人が外国人になっているのだ。
特に目立つのが2010年から2015年にかけての変化だ。外国人の人数が4倍に急増することで若手の漁業者全体の人数も増加に転じている。5年間で一気に"依存"が進んでいることが見てとれる。
担い手不足で廃業の過去も
安芸津漁港では、水揚げが終わると、実習生の2人が殻をむいて身を取り出す「カキ打ち」の作業に。かつては近所の主婦らパートの仕事だったこの作業。今では「打ち子」も高齢化してほとんどが60歳以上になり、働く人も年々減っているという。
実際、広島県内の漁業従事者は日本人に限ると10年間で30%減少している。外国人の実習生を受け入れていなければどうなるのか?という疑問がわく。安芸津漁協にもかつて20余りのカキ生産者がいた。それが高齢化などを背景に廃業が相次ぎ、現在は半分以下の9軒になっている。
カキが食べられなくなる?
組合長の美野さんは、外国人がいなくなると、今までどおりにカキが私たちの食卓にのぼらなくなる可能性すらあると言う―。
「日本人の若い子らにも、会社勤めができん子育て中とか、年取ってからだけでもカキやらんか?って誘うんじゃけど見向きもされん」 一方、作業場で自身もカキを打つ妻の澄江さん。「でも実習生の子らがいてくれればね、私らが年取っても続けられるけえね」
広島県内では2013年に江田島市で、カキ養殖会社の中国人技能実習生が社長と従業員の2人を殺害、7人にけがをさせ、無期懲役の判決を受けるという事件が起きた。
これについて美野さんに聞いてみた。「安芸津でも実習生が来日して1週間くらいでおらんようになったということもあったけど。でも、気にならんですよ。うちに来とる子らはやる気もあるしね」
土佐のカツオを釣るのも外国人
広島だけではない。全国の漁業従事者もこの10年間で大きく減少している。こうした中、漁業が盛んな各地で外国人の働き手の割合は急速に大きくなっているのだ。
「3人に1人が外国人」の高知県で実習生が働くのは伝統のカツオ1本釣りの船の上だ。受け入れのため早くも19年前に室戸市に研修センターが設置された。今では毎年50人ほどの実習生が訪れる。センターで約3か月間、日本語や漁業の知識について学ぶと実習生たちは船上の人となる。そこで1年、2年と経験を積み、3年目になれば立派な1本釣り漁師になるという。小型の船であれば乗組員はだいたい10人。そのうち2人が外国人という漁船も多い。
多くの船で漁師不足に頭を抱える中、3年という実習期間で帰国するのがもったいないという声も聞こえてくる。
和食は外国人なしに成り立たない?
実は漁業の外国人依存はさらに進んでいるという指摘もある。遠洋漁業では外国人を漁船員として雇用し、水揚げなどの際に一時的に日本の漁港に上陸できる「マルシップ」という制度があるためだ。
特に外国人への依存度が高いと思われるのが、かつお節の原料となるカツオを主に南太平洋の漁場で収穫し、日本各地の港に水揚げする「海外まき網漁業」だ。
鹿児島大学水産学部の佐々木貴文准教授によると、巻き網漁船の乗組員の約4割がインドネシアやパプアニューギニアなどの外国人だと言う。国内で生産されるかつお節の原料となるカツオのうち、実に6割がこの漁法によってまかなわれていることを考えると外国人への依存度の高さがうかがい知れる。
「日本が誇る和食文化に欠かせない、だしを取るためのかつお節の多くが外国人がいないと手に入らないということです。さらに言えば、水揚げした後、カツオを削って加工する水産加工会社にも多くの外国人が働いている。和食とはいったい何かとさえ考えさせられる」(佐々木准教授)
マルシップ制度で働く外国人は、国勢調査や住民基本台帳に含まれないため、全体像を把握するのは困難だ。
さまざまな漁業の現場で働く外国人がいないと私たちの日々の食卓はどうなるのだろうか。 
 
漁業政策、本当のポイントは資源管理にあらず 2017/10

 

「規制改革ありき」で進む議論。漁業の実態を踏まえているのか。
国政選挙において漁業政策の内容が選挙の争点として注目されたことはない。漁業生産額は農業の20%以下、漁業就業者数(漁家世帯員も含めて)は総人口の0.2%にも満たないのだから当然であろう。実は、たったそれだけの就業者数で水産物の自給率が55〜60%であり、10倍以上の就業人口のいる農業の40%前後を上回るのだが、「頭」数の少ない産業であるがゆえに票計算からすれば、選挙戦で話題にするまでもないセクターである。マニフェストにもあまり記載がなく、政策内容を気にするのは漁業関係者ぐらいである。
捻じ曲げられた風説が流布されている
しかし、マイナーな分野とはいえ、「食」の観点からは消費者にとっても重要な産業である。それに昨今、漁獲量の減少を受けて消費者の不安を煽る内容がメディアに流れ、それに併せて「漁業の未来は資源管理対策で決まる」かのような捻じ曲げられた言説が流布されている。せっかくだから、漁業政策のエッセンスについて触れておきたい。
魚の資源量は、漁獲行為の如何に関わらず、気象・海洋環境の変動のなかで増えたり減ったりし、海流の変化によって魚の回遊ルートが大きく変わったりもする。そのことと市況との関係が影響して、大漁貧乏になったり、大不漁により経営が厳しくなったり、時には不漁だけど魚価上昇で儲かったりする。そうした乱高下が繰り返されるうちに、経営的に耐えられない漁業者が徐々に廃業し、漁業の産業規模は縮小する。日本では、こうした特性に併せてデフレ基調が強まったため漁業の構造不況が顕著となった。
漁業において、魚という資源を利用する以上、資源管理対策が大切であることは言うまでもない。しかし、水産資源については科学的に解明されていないことが多く、どれだけ漁獲して良いのかなどを不確実な情報で判断せざるを得ない。また資源管理対策の実施によって漁獲量を抑制しても、自然環境や変動する資源量をコントロールできないし、周期的あるいは突発的に起こる資源危機に直面したとき漁業経営を救済できない。
漁業の経営対策をどうするか
したがって漁業政策は、そうした特性を踏まえて資源管理対策を実行しながら、それでも自然環境や経済環境に翻弄される漁業者の経営をどう安定化させるかといった点が課題となる。同時にそれは、国民への食料供給体制を守る、ということにもつながる。経営対策つまりセーフティネットをどう構築するかは、本来政策論争の争点になる。
そこで思い出そう。かつて民主党が経営対策としての「戸別所得補償」をマニフェストに掲げ、選挙を制したときのことを。このたびの選挙でも、民進党政策を受け継ぐ形で希望の党が農政に「戸別所得補償」を掲げている。漁業においてはある程度決着が付いたと私は理解しているが、やはり経営対策をどうするかはいつでも争点になり得ると思うのである。
わが国では、漁業共済、漁船保険といった経営危機・事故に関わる保険制度が高度成長期までに整備されていた。しかし、これだけでは激変する今日の自然環境や、新自由主義的経済環境のリスクに耐えられず、担い手が育たないとの議論が起こるようになった。民主党政権以前の自公政権下で、である。
そして、平成20年度から新規の保険制度である「漁業経営安定対策」がスタートした。「漁業経営安定対策」は経営規模が一定以上の「中核的担い手」が施策の対象であり、漁業共済制度に上乗せする収入保険制度であった。
しかし、直後の総選挙(平成21年)で民主党政権が誕生し、「漁業経営安定対策」は取り下げられた。その代りにマニフェストを実現するべく「資源管理・漁業所得補償対策」が政策の柱となった。これは、資源管理に取り組む漁業者らのリスクを緩和させる経営対策である。ただし、その仕組みのベースの部分は、自公時代に生み出された「漁業経営安定対策」の「積み立て式収入保険制度」であり、民主党が掲げる、所得(収入−コスト)を補償する直接支払い制度ではなかった。なぜなら、戸別所得補償というのは、経営規模に対して平均的なコストを確定できる稲作経営には可能であったものの、いろいろな漁を組み合わせて多様な生業を成り立たせている漁家経営への適用には無理があったからである。
とはいえ、収入保険への加入条件は、自公政権下で限定されていた「中核的担い手」から計画的に資源管理に取り組む漁業者全てに対象が広げられ、かつ国の積立額が3倍になり、この対策への加入率は一気に高まった。文字通りの所得補償ではなかったが、資源管理と併せた新規的な内容となり、民主党政権としても一定の成果を挙げた。
そして、平成24年に再び自公政権になり、名称が「資源管理・漁業経営安定対策」に変わったが、内容に変更はなく、今に至っている。この対策は弱点もあるが、今や実行力を持つようになり定着している。漁業政策のなかで、政権交代によってブラッシュアップされた数少ない例である。
水産族議員は風前の灯に
以上は一例であるが、漁業政策は漁業の特性と実態を踏まえなければ「実」のあるものにならないことを示唆している。政−官−業の間にあるトライアングルの関係が堅実に働き、摺り合わせができなければ、実行力ある政策などは創出されないのである。ちなみに政−官−業の関係はマスコミから既得権益の温床として性悪説扱いされるし、改革派議員や野党からは守旧派的行為と見なされるが、所謂癒着のトライアングルは随分前に公務員倫理規程の強化で吹き飛ばされている。
むしろ、漁業に関しては実行力のある政策策定が進むのは、票につながらないのに汗をかく一部の水産族議員がいるからである。たとえば、自民党では浜田靖一前衆院議員、鈴木俊一前衆院議員らである。公明党、民進党、共産党にも僅かながら熱心に漁業者の声に耳を傾ける議員が存在する。だが、与野党問わず風前の灯火になっている。
今回、突然の解散ということもあり、かつ野党再編があったことで、各党のマニフェストが出揃うのは遅かったが、自民党は政権党であることから総合政策集「J-ファイル2017」の内容は充実していた。それもそのはず、漁業においては、新規の政策ではなく、自公政権下で実施されてきた一連の漁業対策の内容がほぼ列挙されているからだ。漁業安定対策の他、資源管理、多面的機能、漁船の建造、魚食普及などさまざまな支援策や外国船への監視強化策である。さすがに予算規模は記されていないが、この内容に気を悪くする漁業関係者はおそらくいないだろう。漁業者に寄り添った内容になっているからだ。
漁業権自体は企業の投資活動を阻んではいないが……
しかし、安倍政権は漁業者に「ムチ」も準備していた。官邸意向を忖度する奥原正明・農林水産省事務次官が規制改革推進会議の提言を受けて、自民党小泉進次郎前農林部会長とともにJA、農業改革に取り組んできたが、今年度に入って、その規制改革の矛先を漁業に向けているからである。
規制改革に向けての下準備はまず自民党内にあった。党内に行政改革推進本部(部長:河野太郎前衆院議員)が立ち上げられていたが、その中に行政事業レビューチームの水産庁担当班(主査:小林史明前衆院議員)を設置し、本年7月27日に「区画漁業権の運用見直し」という提言をまとめている(※河野太郎氏ブログ「区画漁業権の運用について」)。区画漁業権とは、公有水面で養殖業を営むための権利のことであるが、この提言は、区画漁業権の運用を巡って養殖業に参入したい企業、参入した企業が漁協からひどい目にあわされているので漁業を成長産業にするために行革が必要だという趣旨である。一方、7月20日に規制改革推進会議のなかに水産ワーキンググループ(WG)が発足し、年内に提言を出す予定である。
こうした行革・規制改革関連の「横槍」のしかけは以前からあり今に始まったことではない。10年前にもあったが不発に終わっている。今回の審議事項の内容も目新しさはない。だが、農協改革を見ると今回は官邸が妥協せず、何らかの形で改革の成果を残そうとするという見方がある。
他方、加計学園問題の発覚により官邸主導の特区・規制改革に疑問符が打たれるようになり、漁業に関しても野党から牽制球が投げられるようになった。たとえば、民進党から希望の党に移った玉木雄一郎前衆院議員が、水産WGの動きを察知し、今月「政府の規制改革会議と自民党、次は漁業権がターゲットに!」、「漁業権が企業の手に?」、「農協と同じような『改革のための改革』にならないよう厳しくチェックします」という見出しのチラシを配信している。
なお、「区画漁業権の運用見直し」の提言を読むと、区画漁業権の運用が企業の投資活動を阻害しているという趣旨は伝わる。だが、いろいろと論(あげつら)うことで漁協が漁業権を盾に悪事を働いているというプロパガンダにしか感じず、結果、それが違法なのか、規制緩和を求めているのか、規制強化を求めているのかが分からない。
ちなみに漁業権自体は企業の投資活動を阻んではいないが、漁業権に関わる漁場利用者らは、応分の漁場管理費を漁協に納め、一部の者が身勝手な行為をして漁場をあらさないようにさせる相互監視の関係になっており、また海難事故などのときに助け合う相互扶助の関係にもなっている。その関係が投資活動を阻害しているというのならば、漁場の平和や安全を別のスキームでどう担保するのかを対案として出さなければならない。これを無視すれば漁場内に「憎悪」が生まれ、地域社会に分断が生じ、結局、漁業者は安心して操業できないから生産性が落ちる。過去の歴史が証明している。
どうやら、漁業においては、政党間の健全な政策論争よりも、政権内で都市型議員や改革派議員が守旧派を崩しにかかるという構図ばかりが浮かび上がってくる。不毛な政争に見える。もし、その大義が成長産業化というのならば、まずは、マクロ経済政策や食環境の改善で消費が伸びる状況を導く方が先である。輸出を否定はしないが、漁業は和食文化と深く関わる内需向け産業であるのだから。
「改革ありき」で進められているとされる水産WGのことはさておき、国会等では、漁業の実態を踏まえた冷静な議論がなされることを望む。 
 
日本漁業

 

日本漁業 1
遠洋漁業
世界の海が漁場。船上生活はおおむね50日から1年にもおよぶ。
遠洋カツオ一本釣り漁 / 主に赤道付近の南太平洋と東の北大西洋が漁場
遠洋マグロはえ縄漁 / いまやマグロは世界的人気。資源保護と日本の伝統漁で新たな視点が求められてる。
遠洋トロール漁 / ハイテク機器搭載の船上加工工場。資源管理も徹底しつつある。
遠洋イカ釣り漁 / 巨大な加工船がペルー沖など世界の海を渡っていく。
海外まき網漁業 / 中西部太平洋海区にて、カツオ・マグロの群れを、まき網により捕獲する。
沖合漁業
日本の200カイリ水域が中心の漁場となる。獲る魚や漁法の種類によって、操業日数は日帰りから1ヶ月ぐらにの幅がある。
近海マグロはえ縄漁 / 漁場は北西洋と南大西洋のミクロネシアやマーシャル諸島、ソロモン諸島付近。
大中型まき網漁 / 日本の二百海里水域内。
沖合底曳き網漁 / 漁場は日本の二百海里のやや沿岸より。
サンマ棒受け網漁 / 千葉県以北の大西洋側沖合で、漁の期間は7月から12月まで。
沖合イカ釣り漁 / 太平洋と日本の二百海里内を、イカの動きに合わせて移動する。
近海カツオ一本釣り漁 / 釣竿で頭上に跳ね上げ針をはずす、「跳ね釣り」が主流。
沿岸漁業
沿岸部で古くから行われてきた漁のかたちを受け継ぐ。さまざまな漁法があり、獲る魚の種類も多彩。漁場が近いため日帰りが基本。
定置網漁 / 自然の恵み、魚たちの習性を肌で感じる「待ちの漁」
まき網漁 / 魚の群れを探し、網で囲い込んで獲るまき網漁。
小型底曳き網漁 / 船で袋状の網をきいて多彩な魚を獲る。
釣り漁 / 漁の原点、海に生きる醍醐味あふれる漁法。
養殖業 / 魚を育て、需要期に安定的に魚介類を供給する。
刺網漁 / 魚の通り道に網を仕掛けてからませる、古くからの漁法。
沿岸イカ釣り漁 / 光に集まるイカの習性を利用してライトを照らしながら漁をする。
採貝・採藻 / 海に潜ったり、船の上から人の手によって貝類が海藻類をとる漁。
タコつぼ漁 / 岩陰にひそみしがみつくタコの習性を利用した漁法。
日本漁業 2
1. 遠洋漁業:排他的経済水域
○ 他国に邪魔されず、漁業や発掘などを自由に行うことができる水域
排他的経済水域(EEZ)は、自国の海岸線から200海里(約370km)範囲のことで、その国にはEEZ内の水産資源・鉱物資源を探査、開発する権利があります。近年、小笠原諸島の西之島新島が噴火活動により拡大したことで日本のEEZが約50平方キロメートル広がるといわれています。.
○ EEZにより、漁場を失った日本の遠洋漁業
世界中の海はつながっています。17世紀、オランダの国際法学者バインケルスフークが、当時の軍艦の大砲が届く範囲の3海里(約5.6km)を領海と定める「着弾距離説」を主張します。それ以来、海についての交渉が重ねられてきましたが、1976年に欧米が中心となって「200海里漁業水域」を設定。それまで「広い公海、狭い領海」を主張し、遠洋漁業の漁獲量を伸ばし続けてきた日本にとって、これはたいへん不利な出来事でした。このころから日本の遠洋漁業は減少に転じました。
○ 国土の12倍以上のEEZを有する「海洋大国」
四方を海に囲まれ6,000以上の島々からなる日本は、国土の12倍以上にあたる約447万平方キロメートルのEEZを有しています。日本のEEZの面積は世界第6位、まさに海洋大国といえます。日本の領海および排他的経済水域には、世界の全海洋生物の14.6%にあたる3万3,629種もの海洋生物がいます。こうした海が日本の漁業を支えているのです。.
2. 沖合漁業:地球規模で変化する海洋環境
○ 消えたマイワシとスルメイカの豊漁
日本の周辺を含む北太平洋のマイワシ漁は1980年代初頭をピークにして、そこから急激に減少。日本の沖合漁業は大きな打撃を受けました。一方、スルメイカの生産量は大きく増加したと報告されています。こうした漁獲量の急激な変動は、エルニーニョ、太平洋十年規模振動といった地球規模の環境変動が原因で、それにより稚魚が育たなくなったといわれています。ペルー沖でエルニーニョが発生すると、湧昇流が弱まって餌となるプランクトンが減少し、それを食べるペルーカタクチイワシも減少すると考えられています。
(エルニーニョ / 太平洋赤道域の日付変更線付近から南米のペルー沿岸にかけての広い海域で海面水温が平年に比べて高くなり、その状態が1年程度続く現象のこと。 太平洋⼗年規模振動 / 太平洋の海面水温にみられる、十年から数十年程度の不規則な周期をもつ変動。 湧昇流 / 海⽔が深層から表層に湧き上がる現象のこと)
○ 海水温上昇により漁場が変わる
地球温暖化の影響と思われる海流の変化や海水温の上昇が続くと、回遊魚の漁場が変わるといわれています。日本近海の2016年までのおよそ100年間にわたる海域平均海面水温(年平均)は、100年で1.09℃上昇しています。これは世界全体の平均海面水温の上昇率(100年で+0.53℃)よりも大きくなっています。海水温の上昇によりサンマの漁場が北に移動し、2095年には日本周辺の漁場が大幅に縮小するという研究報告もあります。ただ、漁業資源などの変化については未解明な部分が多く、今後の研究成果が待たれています。.
3. 沿岸漁業:進む高齢化と後継者不足
○ 沿岸漁業は土地に根づいた地場産業
沿岸漁業は少人数、日帰り中心、小型船舶などで行われる「その土地の独自の地場産業」として、古くから日本の漁業を支えてきました。養殖を含めると漁業全体の約4割を占め、漁業に従事する人の8割以上は沿岸漁業です。大半は家族経営で行われており、とれる魚介類の種類も多種多様。季節に応じた漁を行い、漁法も漁場(地域)によって異なります。
○ 「とる漁業」から「つくり育てる漁業」へシフトチェンジ
1980年代初めまで、沿岸漁業は「とる漁業」が中心でした。しかし平成に入ってからは、海の環境の変化や乱獲のために漁獲量が減少しました。この反省から、現在では自然の力だけに頼らず、養殖場の設置などを進め、環境を保護しながら資源を回復させる漁業へのシフトチェンジが進んでいます。こうした人の手による「つくり育てる漁業」は大きく分けると2種類あります。いけすで大きく成長させてから出荷する「養殖漁業」と、ある程度まで成長させてから海に放流し大きくなるのを待ってからとる「栽培漁業」です。
(養殖漁業と栽培漁業/ 「養殖漁業」はたまごや稚魚から育て、いけすで大きく成長させてから、出荷します。「栽培漁業」は魚が最も弱い稚魚の時期に人の手で保護し、ある程度の大きさになるまで育ててから海に放流。大きくなるのを待ってからとります。1960年代に瀬戸内海で試験的に行われて成功したため、70年代後半から全国に広まりました。)
○ 高齢化と後継者不足の克服がカギ
沖合・遠洋漁業の漁業生産量が急激に縮小したことで、漁業全体に占める沿岸漁業の比率は高まっています。そのため沿岸漁業が拡大したように見えますが、じつは一部の養殖業や大型定置網等を除き、近年は経営者も生産量も減っているのです。また、漁業就業者の高齢化率(65歳以上)は35%で、全産業平均の10%を大きく上回っています。さらに、約14万人いる漁業就業者のうち、男性のおよそ半数は60歳以上と、高齢化が進んでいます。新たな漁業就業者の減少や、漁業経営が厳しいために漁師の子が必ずしも漁業に就くとは限らなくなっていることも原因です。漁船の老朽化も問題です。沿岸漁業では、経営者の減少と高齢化の同時進行を食い止めることが必要です。
日本漁業 3
1. 海のチカラを引き出す、資源管理
○ 魚は永久不滅の自然の食糧?
魚は自然の産物。海を上手に管理することができれば、魚は永久的に活用できる食料になります。一方で、資源としての魚は、開発などによる環境破壊や乱獲など、人間活動のダメージを受けやすいこともあり、資源管理に対する取り組みの重要性が高まっています。
○ 秋田県のハタハタ漁に見る「脱・危機」
しょっつる鍋で有名な秋田県のハタハタは、かつて秋田県の底びき網漁獲量の半分近くを占める重要な魚種でしたが、生産量が急速に減少し、ハタハタが秋田県でほぼとれなくなるところまでに追い込まれました。そこで、秋田県の全漁業者が平成4(1992)年9月から3年間の全面禁漁を行うことで合意。沖合底びき網漁船を減らすとともに小型化し、また沿岸定置網と刺網の数を削減したほか、操業禁止区域も設けました。さらに秋田県では、自主的に漁獲量を規制する制度によってハタハタを管理することにしました。これにより、取り組み前は70トンしかなかった秋田県のハタハタの漁業生産量は、禁漁を解禁した直後の平成7(1995)年には143トンとなり、平成25(2013)年には1,509トンにまで回復しました。
○ 高い評価を受けた⽇本の資源管理
秋田県のハタハタ漁の例は、生態系の回復力が残っている状態であれば、適正な資源管理によって魚介類が生きるための環境や魚介類そのものの数を回復できることを証明しました。日本の漁業者が古くから行ってきた、みんなで合意しながら地域で資源管理を行う方法は、小規模な漁業者が多数存在する地域での有効な方法として、国際的にも高い評価を受けています。.
2. 日本固有の魚食文化の継承
○ 古くから日本の食生活を支えてきた魚
日本の海は広く豊かで、多くの種類の魚がとれる世界的にも恵まれた海域です。黒潮と親潮がぶつかり合う三陸沖の漁場には、サバやサンマ、マイワシなどプランクトンをエサとする魚が集まります。すると、それらを食べにカツオやマグロなどが回遊してきます。漁獲量の8割を何種類の魚種で占めるかを比較すると、アイスランド5種類、ノルウェー7種類に対し、韓国は22種類、日本は18種類。日本人がいかにたくさんの種類の魚をとり、食べているかがわかります。私たち日本人は昔から魚をおもなたんぱく質として利用してきました。現在でも動物性たんぱく質の1/3以上を魚介類からとっています。ふだんから栄養や機能に優れた魚をとる日本の食生活は、健康や長寿社会を担う重要な役割を果たしています。
○ 郷土色豊かな食文化をもつ日本
日本の伝統的な食である「和食」がユネスコの世界無形文化遺産に登録されたことは、魚の鮮度や味を生かした郷土料理が全国各地に受け継がれていることと無関係ではありません。魚を中心とした食生活の中で蓄積されてきた知恵や知識を総称する日本の「魚食文化」には、魚を食べるだけではなく、魚をとる技術、処理技術、目利き、加工・保存方法、調理道具や調理方法なども含まれます。漁業は安定した食料の供給に欠かせない産業であるとともに、こうした日本の魚食文化を担う大事な産業なのです。
(世界無形⽂化遺産 / 芸能や伝統⼯芸技術などの形のない⽂化で、⼟地の歴史や⽣活⾵習などと密接に関わっているものが対象。「和食」以外ではメキシコの伝統料理や地中海料理が⾷に関する世界無形⽂化遺産として認定されています。)
3. 未来を担う新しい漁師
○ 若いチカラの台頭
近年、暮らし方や働き方についての価値観が多様化していることで、漁業就業が注目されています。毎年2,000人前後が新たに漁業の世界に参入し、そのうちの約2/3が40歳未満の若い世代で占められています。都会でサラリーマンをしていた人が漁業へ転職する例も少なくありません。全漁業就業者数に占める若い漁業就労者の割合も年々増える傾向にあり、後継者不足や高齢化が進む漁村地域にも新しい風が吹き始めています。
○ 海外では、漁業は成長産業
海の資源管理に成功したアイスランド、ノルウェー、ニュージーランド、オーストラリア、韓国などでは、漁業は成長産業とされています。ノルウェーでは国民の平均年収の2倍近くあるという収入の高さから、漁師は人気の職業です。若い人たちが漁業に参加する機会が増えれば、日本の漁業も活気づくことでしょう。
○ 国・県のサポート制度も充実
若く新しい力を受け入れる地域は、専門的技術や知識をスムーズに身につけられるよう、さまざまな取り組みを進めています。実践的な漁業技術や知識を教育し、即戦力となる漁業就業者を育成する漁業学校もその一つ。漁業に絞ったカリキュラムを組み、短い期間で戦力となる漁業者を育成しています。漁業学校は北海道、静岡県、佐賀県、宮崎県にあり、寮などの設備も充実、他の都道府県からも広く学生を受け入れています。国も平成25年度から漁業学校等で必要な知識や技術の習得に取り組む若者に対し資金を給付する事業を開始したほか、「漁業就業フェア」の開催や漁業体験などへの支援を通じて、新規漁業就業者の確保に努めています。. 
 
漁業・諸話

 

日本の漁業の問題点
日本の食文化を支えている水産業。古くからの歴史を誇っており、世界に誇れる技術や経験を蓄積させてきたことで、日本の社会的な発展を大きく担ってきたと言っても過言ではありません。その状況の中でも、日本の漁業は成長段階から、衰退の一途をたどるようになっていました。衰退の問題点を考えるうえで、業業に従事している人口に着目する必要があります。漁業に携わる人がいなければ、その分野は成り立つことができず、長きにわたって築き上げられた技術と経験を次世代に継承することが不可能になってしまいます。それと同時に、現代人の食生活を根本的に支えるものを失うことを意味します。
日本における漁業の人口はピーク時に100万人いましたが、現在は20万人を割り込んでいました。その割り込んでいる状況を鑑みても、減少の一途をたどっています。また平均年齢は60歳を超えているので、限界集落化が加速する悪循環も問題視されるようにもなっています。漁業における高齢化問題が進行している限り、日本の漁業はいずれ消滅の危機にさらされます。
そのような問題点を解決するために、現在の技術を継続的かつ安定的に稼動させることが肝要です。日本には、水産品を加工する世界トップクラスの国内市場があります。その市場を活用することで、漁業の高齢化を解消する糸口を掴むことが可能です。日本は、海外では食べない水産品を加工するノウハウを十分に持っており、加工による付加価値を提供できる強みを持っています。その強みは、市場を最大限に応用させることで、漁業に関連するサービスを世界に向けてしっかりと発信することです。水産資源を丁寧に管理することに成功すれば、市場を活性化させることに直結します。それと並行して、水産業の人口が減少していても、効率的に水産品を加工・販売することが可能となります。漁業を復活させるかは、国内市場の効率化やノウハウの発信を継続することが大切です。
漁業権
漁業権は、名前の通り漁業を行う権利のことです。漁業権は知事によって、各地域の漁業協同組合を対象にして認可されているものです。ですので、個人に対して認可されることはありません。
内水面、つまり湖沼や河川などに関しての漁業権については水面を管轄する漁協から入漁券と呼ばれるチケットを購入することで得ることは可能です。この場合には、厳格な取り決めによって一定期間において漁業を行うことが出来ます。淡水魚の場合に主な漁獲ならびに養殖対象魚・生物となるのはウナギ・鯉・アユ・ニジマス・サワガニ・すっぽんなどが該当します。
海の場合、一般にも許可している漁協はごく一部の限られた漁協だけです。ですので、個人が釣りをするのであればルールを守ったうえであれば問題はありませんが漁を行うことや漁と疑われるような行為をすることは法律で禁じられていることになります。また、湖沼や河川でもルールを守らないと処罰対象となりますので、注意しておくことがいえるでしょう。
漁業権を日本国内で取得するのであれば、漁師は特に国家資格や民間資格が必要な職業ではありません。ですので、漁師になるための試験があるわけではないです。しかし商売として漁業をするときには漁業権を取得する必要があります。取得方法は、日本国内においては日本の各地にある漁業協同組合のもとに管理されているため漁協に加盟し、売り上げの一部を支払うなどをします。そうすることで、漁業権を取得することが可能となります。
漁業権以外に漁業を行うにあたっては海や湖での場合は沿岸漁業で船を出して漁をするうえで欠かせない小型船舶操縦士免許が必須です。小型船舶操縦士免許は、20t未満の小型の船を操縦できるようになる免許のことです。
小型船舶操縦士免許は、海域内で守るべきルールや気象の知識・救助の方法などについての知識があることを証明するために設けられている資格のことです。車の免許証と同じことであり、これがなうと船の操縦ができません。もしも個人事業主として自分の船で活動を行う場合には、必ず小型船舶操縦士免許を取得しなければいけない決まりとなっています。 
漁業生産量は30年間で半減 2018/8
2017年度の「水産白書」によると、過去30年間、世界の漁業生産量は食品流通の国際化や健康志向の高まりを背景として約2倍に拡大したのに対し、日本の同生産量はほぼ半減した。特に近年、海洋における漁船漁業において中国などアジア諸国の台頭が著しく、かつて世界をリードした「漁業大国・日本」は国・地域別で8位に後退している。
日本の漁業・養殖業生産量は世界一だった1984年(1282万トン)をピークにその後約10年間で急減し現在も緩やかな減少傾向が続く。2016年の同生産量は前年比6%減の436万トンとなった。84年以降の減少は沖合のまき網漁業でのマイワシの漁獲減によるものとされ、水産庁は白書の中で「これは海洋環境の変動による影響が主因」と分析している。
世界の漁船漁業の漁獲量を国・地域別にみると、日本は329万トンと前年と同じ8位にとどまった。全体の2割近くを占める中国(1781万トン)やインドネシア(658万トン)、EU(28カ国、544万トン)などに大きく水を空けられたままだ。過去20年間、EU、米国など先進国・地域の漁獲量が横ばいまたは減少傾向にあるのに対し中国、インドネシア、ベトナムなどアジアの新興国による増加が続き日本のシェアは縮小してきた。
2016年の世界の漁船漁業の国・地域別漁獲量
 国・地域名 (単位:万トン)
1 中国      1781
2 インドネシア   658
3 EU(28カ国)    544
4 インド      508
5 米国       493
6 ロシア      477
7 ペルー      381
8 日本       329
9 ベトナム     279
 その他      3752

1984年以降、世界の漁船漁業の漁獲量は日本の減少分を中国などが補ってほぼ横ばいに推移している。一方、世界の漁業生産急増分のほぼ半分を養殖生産が占めるが、日本の養殖生産は全体の3割以下にとどまっている。 。 
 
建設業者数 2016/6

 

建設業には
   ・総合建設業
   ・職別工事業(設備工事業を除く)
   ・設備工事業
が含まれており、その下にさらに細分化された分類がある。全国の建設業者数は51万5080軒で、人口10万人あたり405.31軒。経済センサスで集計されている全事業所数は568万9366軒であり、全事業所の9.1%を建設業が占めている。主な産業の事業所数は以下の通り。
業種                 軒数
卸売業,小売業           1,407,414
宿泊業,飲食サービス業        728,027
建設業               515,080
生活関連サービス業,娯楽業      490,081
製造業               487,191
医療,福祉              446,890
不動産業,物品賃貸業         385,072
サービス業(他に分類されないもの)  365,457
学術研究,専門・技術サービス業    232,305
教育,学習支援業           224,081
運輸業,郵便業            134,954
金融業,保険業            87,088
情報通信業              66,309
公務(他に分類されるものを除く)    39,734
複合サービス事業           34,876
農業,林業              30,662
電気・ガス・熱供給・水道業      8,642
漁業                 3,520
鉱業,採石業,砂利採取業        1,983

全国で最も建設業者が多いのは福井県で、人口10万人あたり628.23軒。2位以下は新潟県、長野県、山形県、島根県と地方の県が続いている。一方、最も少ないのは奈良県で、人口10万人あたり279.87軒。これ大阪府や沖縄県、東京都、兵庫県、神奈川県と続いており、大都市圏で建設業者が少ない。
分布地図を見ると東北から北陸の日本海側を中心に本州中央部で建設業者が多い。そこから離れているが建設業者が多い島根県は1人あたり公共事業費が日本で最も多いところだ。
相関ランキングでは共働き率や自動車普及率(2台以上)、持ち家住宅敷地面積と正の相関が高く、核家族率や人口集中度などと負の相関が高い。
これは、人口がまばらで大家族が広い家に住んでいるところで建設業者が多いことを意味しており、僻地振興の手段として建設業が重視されたことと関係がありそうだ。公共事業費とも正の相関があり、それを裏付けている。  
 
2025年 建設技術者11万人が不足する 2018/4

 

2025年、建設技術者は約11万人の人手不足
建設技術者の人材紹介事業を行うヒューマンタッチ株式会社は、2025年までの建設技術者の人材不足問題について独自試算をまとめた。
それによると、建設技術者は2015年の31万人から24.3万人と、今後10年間で6.7万人減少し、2025年時点では本来必要とされる人数よりも、およそ11万人超が不足するという。一方で、ICT導入などの生産性向上などが進めば、建設技術者の不足数は6万人弱まで縮小し、およそ5.5万人分の需給ギャップが改善すると結論づけた。
「建設業界の企業経営者は、働き方改革と生産性向上の複合的な取り組みによって、労働者確保と労働環境の向上を推進することが非常に重要」と語る同社の本和幸社長に、今後の建設技術者の人材需要について伺った。
2025年の建設投資額は横ばいか微減
——2025年の建設技術者不足を試算した理由は?
本和幸 当社が今後も建設技術者の人材紹介事業を行う上で、そもそも建設技術者の需要動向がどうなっていくのか、未来予測を立てる必要がありました。それから個人的には、昨年話題になった講談社現代新書の『未来の年表 人口減少日本でこれから起きること』(河合雅司著) を読みまして、日本の未来は楽観できないなと。日本の生産人口は2015年対比で2025年には558万人減少するといわれていますが、建設技術者の減少はかなり深刻になると懸念して、当社なりに試算してみたわけです。
——データの試算方法は?
本 建設経済研究所の建設市場レポート、厚生労働省の雇用動向調査、そして社内データをもとに予測を立てました。現在でも建設技術者は不足していますが、2015年の段階で有効求人者数と有効求職者数の差は約4万7,000人。2015年の実際の就業者数は31万人でしたので、2015年に必要とされた建設技術者数は約35万7,000人という計算です。今後、建設技術者が増える要因としては、他産業からの転職、建設系学校からの若者たちの入職が考えられますが、一方、建設技術者が減少する要因としては、毎年1%が他産業へ転職するほか、65歳での定年退職など約6万7,000人が減少すると推測されます。それを差し引くと建設技術者数は2015年の31万人から、2025年には24万3,000人に減少するという推計です。2025年時点での必要な建設技術者数予測値は、2015年とあまり変わらない約35万6,000人なのですが、実際の就業者数の予測は24万3,000人、つまり、約11万4,000人が不足するという危機的な状況になるわけです。建設業界の投資が減少すれば、建設技術者不足はそれほど深刻ではありません。しかし今後、新築現場が減少しても、橋梁、トンネルなど社会インフラの老朽化や、マンションの老朽化を考えれば、維持修繕の工事が増加するため、2025年の建設投資額は横ばいか微減にとどまると考えられます。
建設技術者の人手不足5.5万人分を改善する生産性向上
——建設技術者不足に必要な対策は?
本 国も建設業界も全力をあげて取り組んでいる「生産性向上」です。国土交通省はi-Constructionなどで生産性を20%向上させ、必要人数を減少するという取り組み展開しています。生産性が向上しなければ、働き方改革による残業削減や週休2日制の導入によって、むしろ必要とされる建設技術者の人数が増加する可能性もあります。もっと建設技術者が不足するかもしれないというわけです。建設業の労働時間を年間製造業の平均レベル(1,958時間)とした場合、生産性を20%向上できたと仮定すると、必要な建設技術者の人数は約30万1000人となり、約5万8,000人の不足に留まります。生産性向上をしない場合のシミュレーションより約5万5,000人分も改善します。より改善するためには、さらなる技術革新・ICT導入で生産性を25%〜30%アップしなければなりません。
——25%〜30%の生産性向上は可能ですか?
本 20%アップの目標達成は相当厳しいと思います。ただ、大手ゼネコンを中心に技術開発も進んでいるので希望もあります。土木、建築それぞれの現場で、安全管理や点検検査、現場経験の少ない若手職員の業務支援など、さまざまな新技術を試験導入しています。たとえば、建設業の未経験者でも「スマートグラス」を現場で着用すれば、熟練技術者のアドバイスを受けながらスムーズに作業を進められるようになるかもしれません。ドローンやICT建機だけではなく、建設現場の生産性向上の余地はまだまだあると思います。BIMやCIMでもAIの活用で、上流から省人化が進められていくと期待しています。しかし、独自アンケートによると「建設ICTについて具体的な情報を持っている」と回答した建設技術者は3割に満たず、まだ、建設業界全体に浸透しているとは言えません。そこで教育事業を担ってきた当社としても、建設技術者向けにCPDS認定セミナーを定期的に開催しているところです。
工期平準化と建設技術者の定年延長
——生産性向上のほかにも人手不足対策は?
本 今回のシミュレーションでは65歳定年で計算していますが、思い切って70歳定年にすれば、さらに建設技術者の不足をおさえることが可能です。2016年の建設技術者の平均有効求人倍率は4.76倍。建設業界全体の離職率は39.7%と高く、長時間労働と休日出勤が問題で、現役世代の延長が求められます。現在、多くのゼネコンでは60歳が定年で、再雇用で65歳まで働く方が多いです。まだ65歳まで定年延長しているゼネコンはそれほどありません。しかし、建設技術者はすでに高齢化しており、31万人の従事者のうち、55歳以上が31.4%です。将来的には65歳定年は避けられませんし、さらに70歳までシニア層の活躍が必要になってくると思います。
——65歳以上は健康上からも現場に入りにくいのでは?
本 今はそうですが、バイタルデータによる心身状態の管理も可能になってきていますので、本人の自己申告だけではなく、ITを活用した健康管理で安全性を担保できるようになっていくと思います。そこまで安全・健康管理を強化していけば、若者に対しても建設業のイメージアップや入職促進に効果がでてくるはずです。もちろん安全・健康管理への取り組みと同時に、女性が働きやすい環境、年収の向上などで離職率を減らす必要もあります。
——工期の平準化も必要?
本 工期の平準化については、発注者と受注者の間に意識の乖離があります。工事が集中していることで現場監督が多忙になっています。ゼネコンが適正な工期で受注して、現場監督や技能労働者として働く方々の週休2日を確保することが重要です。それであふれた業務について省人化・効率化する検討が必要です。発注をかける側が全体的なバランスを取ることで現場監督にも負担がかからない仕組みが理想的ですが、国、地方自治体、デベロッパーなど発注者が工事発注をすりあわせすることは至難の業です。ここの交通整理は今後の課題でしょう。
建設技術者の転職理由と人材流動性
——建設技術者の人手不足の中、人材紹介会社の存在意義は?
本 インフラや建物の老朽化対策、災害復旧など、重要な責務を負っている建設技術者の人材不足は日本の根幹を揺るがす大問題だと思っています。ですから、せめて今現在、建設技術者として働いている方々は他業界に流出させてはいけないという想いが強いです。そこで、人材紹介会社の役割は大きいと考えています。残業100時間、土曜出勤が当たり前、給与も低い、という状況では建設業界そのものに嫌気がさし、他業界に転職してしまう可能性があります。そういう方々に対して、もっと働きやすく、給料が高い転職先を提供していくことで、建設業に人材を留めたいと考えています。
——建設技術者の転職理由で多いのは?
本 「年収を上げたい」という希望が一番多いです。今の技術で正当に評価され、年収を上げることへの期待感が強いですね。一方、残業を多くしたいかと言えばそうではなく、残業歓迎という建設技術者は年々減少傾向にあります。ライフワークバランスが取れた範囲での年収アップを希望される技術者が増加傾向にあります。
——年齢別に転職意欲に違いは?
本 転職希望者の年齢は年々あがって40代〜50代の建設技術者が増えています。スキルや経験が伴っていれば、この年齢でも正社員としての転職が成功するケースもあります。正社員でなければ、65歳以上でも企業とマッチングするケースはあります。若い建設技術者ほど残業時間の多さに不満をもっています。35歳以上の建設技術者はそれほど働き方への不満はなく、給与面での不満が大きいです。
——今後の建設技術者の転職動向を予測すると?
本 数年前に比べると建設技術者の転職は当たり前になりつつあります。人材の流動性は今後も加速化していくと予測しています。転職市場が活性化すれば、建設技術者の待遇も上がり、建設業界全体としても明るい未来につながると思います。今後は、ICTや働き方改革に取り組む会社と、そうした活動に熱心でない会社の二極化が広がっていくと予想できます。熱心である会社は建設技術者の人材確保も優位になっていくでしょう。 
 
建設業界の人手不足状況 2019/2

 

建設業界の人材過不足率を長期的に見ていく
「建設労働需給調査」の調査概要、および過不足率の算出方法は先行記事の「建設業界の人手不足状況をグラフ化してみる(2014年3月時点)」にある通り。まずはじめに時系列データを容易に取得可能な1994年分以降について、月次の全体的な過不足率の推移を確認する。これは中長期的な変移を見ることから、季節調整を行った上での値を採用する。また、いわゆる金融危機が発生した2007年以降に限ったグラフも併記する。数字そのものはプラスの値が大きいほど不足感が強く、マイナスほど過剰感が強い。
大勢としては「景況感の好転による不足感」「金融危機で過剰感」「震災をきっかけにした復興需要や政情変化などによる不足感」「過度な不足感からの安定化への動き」といった昨今の流れが見て取れる。
金融危機ぼっ発直前の2006年9月に一度不足感のピークを迎えるも、それ以降は不況化に伴い建設需要も低迷し、併せて人材も過剰気味となる。リーマンショックを経て2009年10月には最低値のマイナス2.0%を示し、以降は徐々に回復の兆しを見せる。
グラフの限りでは東日本大地震・震災の2011年3月が一つのトリガーに見える。震災直後は混乱状態にあったものの、数か月後から復興需要に併せる形で人材不足が顕著化し、過不足率は1%台を推移する。そして政情の変化(2012年冬)、東京オリンピック開催決定(2013年9月)、さらには消費税率改定に伴う個人向け住宅を中心とする駆け込み需要の発生(2013年後期に顕著化)など、建設市場の需要拡大と人材不足を後押しする事象が相次ぎ、それに伴い過不足率も上昇していく。
ここ数年に限れば、データをすぐに取得できる1993年以降では最大の値を示した2014年3月のプラス3.4%をピークとし、そこから低下する動きを示していた。その当時と比べると人材不足の声がややトーンダウンしている現状も、数字の上で裏付けができる。
現時点で最新となる2019年1月の全体的な季節調整済みの過不足率はプラス1.4%。全体としてはやや不足感がある状態。2018年9月は【中国と九州で建築関連の需要が急増したけれど】でも指摘したように、7月の豪雨に関連する需要が急増したことが原因らしく中国地方と九州地方で大規模な不足感の増加が生じ、結果として全体値もプラス1.9%と大きく跳ねた形となった。2018年11月はさらに同年9月に発生した北海道での大規模な地震に関する需要が関係しているものと考えられる(地域別では季節調整値で北海道は2.7%と高い値。ただし関東も2.6%と高値を付けている)動きが生じ、プラス1.8%を計上した。
今回月は前回月比でプラス0.1%ポイントを示し、不足感はやや強まった感はある。季節調整値の地域別過不足率を確認すると、北海道、北陸、中部で1.0%ポイント以上の増加を示しており、北海道は2.9%に達する形となった。先の地震がまだ続いている可能性は否定できない。
動向としては直近で底値を打った2014年10月のプラス0.5%から大きく上昇を見せた2014年の年末までの上昇から反転し、その後数か月は小幅なもみあいに終始する形となっていた。その後、大きく下落した2015年9月から続き下げを見せ、直近の底値を探る形だった。少なくとも過度の不足感からの脱却、状況の鎮静化は継続中、さらにプラスマイナスゼロのライン付近でのもみあい、その後やや上昇するも勢いは弱い流れ。
そしてその後の動きも併せ、この数年来の動向を見るに、昨今ではプラス1%を天井とするボックス圏の動きに移行したと見てよかった(特に2015年初頭以降)。2016年11月はその1%を超えたプラス1.1%を示し、やや上振れした感があり、注意が必要な値の動きだったが、その後はボックス圏内での動きを継続していた。
しかしながら2017年9月以降はそのボックス圏の上限であるプラス1.0%を超えた動きを続け、半年ほど上放れ、つまり人材不足の強まりが数字として表れる状態となっていた。2018年3月には再びボックス圏内に収まり、4月もそのままだったが、2018年9月はプラス1.0%を超え、1.9%という高値を付けた。今回月は前回月から値を積み増しした1.4%となっている。ボックス圏を超えた値で、人材不足感が強い状態に違いなく、留意が必要だ。
業種別過不足率動向
続いて示すのは、震災直前の2010年12月以降における、8職種それぞれの過不足率動向。
建設業界全体での動向とはまた別に、業種別でもそれぞれ異なる動きを示していることが分かる。例えば電工は2014年初頭度に突然大きな不足感に見舞われたが、それも鎮静化したこと(ただし慢性的な不足感はほぼ継続している)、型わく工やとび工は2013年の春先から不足感が強まり(消費税率改定に伴う住宅需要の急増に伴うものだろう)、高止まりのまま推移していること、鉄筋工(建設)は震災を機に不足感が強まり大きな不足感が生じていたが、昨今では2014年後半同様に過剰感が生じていた、そして2017年後半以降は再び大きな不足感に転じていることなど。
一方で、全体値の推移からも分かる通り、おおよその職種で不足感が蔓延していることに違いは無い。最新分となる2019年1月ではすべての職種で不足感があり、型わく工(土木)(建築)と配管工以外で前回月からの不足感の増加が確認できる。
「建設労働需給調査」の今後の予想項目を見る限り、2015年の春先がピークで、現在は不足感の点では沈静化に向かいつつあるようだ…との言い回しが以前はテンプレート化していたが、今回月も併せ最近では事情が異なる。2019年3月の見通しでは前年同月比で「困難」「やや困難」が増え「普通」「やや容易」「容易」が減っている。2019年4月見通しでは「困難」「普通」が増え「容易」が減っている。明らかに「困難」系の増加が目に留まる事態となっているが、このような現象は今回月で25回連続となっており、建設労働需給に関して風向きが変わったと断じることができよう。
他方残業・休日作業を実施している現場数、いわゆる強化現場数の動向を確認すると、「前工程の工事遅延」の率が26.0%と高い値を示しており、工程そのものが押している感は強い。また「無理な受注」も18.6%となり、決して低い値では無い状態。
数字には表れていないものの、ちまたでは質的な問題、そして外装などにリソースの重点配備がされたことで、相対的に内装業者の手薄感が強まり、リフォーム市場などにおいて人手不足感が強まる様相が確認されている(国民生活センターでも2014年10月末付で、関連事案を報告している。【住宅の新築工事・リフォーム工事等での遅延トラブルが増加−人手不足による放置や、倒産による放棄の事例も−】)。また最近では【ボルト不足で建築中止も 政府が異例の安定供給要請】がよい例だが、工作材料不足などに代表される、建築業界に対するこれまでの軽視姿勢の悪影響も体現化し始めている。 
 
建設業界人材動向 2018/3

 

2017年の建設業の就業者数は前年より6万人増加して498万人となる
2018年1月30日に公表された総務省統計局の「労働力調査(基本集計)2017年平均結果(速報)」によると、2017年の建設業の就業者数は前年より6万人増加して498万人(前年比1.6%増)にまで回復しました。 これを職種別に見ると、建設技術者の就業者数は前年と同じで30万人、建設技能工は前年より5万人増加して331万人(同1.5%増)になっています(=図表1)。 厚生労働省の「一般職業紹介状況」によると、2017年の有効求人倍率は建設技術者が5.61倍(同0.85ポイント上昇)、建設技能工は4.13倍(同0.75ポイント上昇)と、前年以上に人手不足感が強まった状況でしたが、建設業各社は採用要件の緩和等や採用チャネルの多様化など等、より積極的な人材採用戦略を展開することにより人材を確保したものと思われます。
   図表1 職種別の建設業就業者数の推移(単位:万人)
建設業就業者の高齢化進む、初めて7人に1人以上に
また、労働力調査によると、建設業就業者の年齢層別の推移を見ると、65歳以上の就業者数の比率は2016年の13.8%から0.7ポイント上昇して14.5%となり、初めて7人に1人を超えたことが分かりました。 一方、44歳以下の年齢層ではいずれの層も比率は低下しており、建設業においても高齢化が進んでいます(=図表2)。 このような現状を踏まえると、短期的には、定年年齢の見直し等などで高齢者層の活用を図ると同時に、中長期的には、残業時間の削減や週休2日制の導入等といった労働環境の整備を進めて、若年層の人材を確保することが重要になると考えられます。
   図表2 建設業就業者の年齢層別比率の推移
2018年1月の建設業界の雇用関連データ(2018年3月2日公表)
(1)建設業の就業者数・雇用者数・新規求人数
○ 就業者数は508万人(前年同月比101.4%)、雇用者数は418万人(同102.7%)と、いずれも前年同月より増加
○ 公共職業安定所(ハローワーク)における新規求人数は68,949人(同102.3%)と18カ月連続で前年同月を上回り、建設業界における人材需要は活発な状況が続いている
(2)建設技術職の雇用動向
○ 公共職業安定所(ハローワーク)における建築・土木・測量技術者(常用・除くパート)の有効求人倍率は前年同月比0.94ポイント上昇して6.50倍となった。32カ月連続で前年同月を上回っており、厳しい人手不足の状況は長期化している
○ 有効求人倍率の先行指標となる新規求人倍率を見ると、前年同月比1.06ポイント上昇して8.08倍となり、今後も厳しい人手不足の状況が続く可能性が高い
○ 有効求人数は前年同月比106.9%と26カ月連続で前年同月を上回り、建設技術者への人材需要は高水準が続いている。一方、有効求職者数は前年同月比91.4%となり、減少傾向が長期にわたって続いている
○ 充足率は前年同月比で0.6ポイント低下して3.6%となり、公共職業安定所(ハローワーク)で建設技術者を採用することが非常に困難な状況が続いている *充足率=(就職件数/新規求人数)×100(%)
(3)建設技能工の雇用動向
○ 公共職業安定所(ハローワーク)における建設・採掘の職業(常用・除くパート)の有効求人倍率は、前年同月比0.96ポイント上昇の4.80倍となった。33カ月連続で前年同月を上回っており、建設技能工についても厳しい人手不足の状況が長期化している
○ 有効求人倍率の先行指標となる新規求人倍率は前年同月比1.21ポイント上昇して5.84倍となり、今後も厳しい人手不足の状況が続きそうである
○ 有効求人数は前年同月比108.6%と25カ月連続で前年同月を上回り、建設技能工への需要は高水準が続いている。一方、有効求職者数は前年同月比86.9%となり、長期的に減少傾向が続いている
○ 充足率は6.4%で前年同月より1.5ポイント低下しており、公共職業安定所(ハローワーク)で建設技能工を採用することが非常に困難な状況が続いている *充足率=(就職件数/新規求人数)×100(%)
2018年1月の雇用関連データのまとめ(2018年3月2日公表)
(1)主要な雇用環境指標の推移
○ 就業者数、雇用者数ともに61カ月連続で増加 就業者数は6,562万人(前年同月比92万人増)と大幅な増加となり61ヶ月連続で前年同月を上回った。雇用者数も5,880万人(同92万人増)で同じく61ヶ月連続で前年同月を上回っており、好調な雇用環境が続いている。
○ 完全失業率は前月より0.3ポイント低下して2.4% 完全失業率(季節調整値)は前月より0.3ポイント低下して2.4%。完全失業者数は159万人(前年同月比38万人減少)で、92カ月連続で前年同月を下回った。
○ 最も就業者数が増加したのは「宿泊業、飲食サービス業」、減少したのは「卸売業、小売業」 最も就業者数が増加したのは「宿泊業、飲食サービス業」であり、前年同月比で23万人の増加となった。一方、最も減少したのは「卸売業、小売業」であり、前年同月比で30万人の減少となった。
○ 正規社員数は38カ月連続で前年同月を上回り3,447万人となる 正規の職員・従業員数は3,447万人(前年同月比40万人増)となり38ヶ月連続で前年同月を上回った。非正規の職員・従業員数は2,119万人(同72万人増)と大幅な増加となり、非正規社員の比率は38.1%に上昇した。
○ 完全失業率(季節調整値)は「15歳〜24歳」の女性で最も改善 男性の完全失業率は2.5%で前月より0.3ポイント低下、女性の完全失業率は2.2%で前月比0.5ポイントの低下となった。 年齢層別・男女別に完全失業率を見ると、「15歳〜24歳」の女性が前年同月比で1.9ポイント低下の3.5%となり、最も大幅な改善となった。
○ 「勤め先や事業の都合による離職」の減少傾向が続く 完全失業者を求職理由別に見ると、「勤め先や事業の都合による離職」が24万人で前年同月比9万人の減少となり、60カ月連続で前年同月を下回った。 また、自発的な離職(自己都合)も同19万人の減少で67万人となった。
(2)有効求人倍率・新規求人倍率・正社員求人倍率の推移
○ 有効求人倍率は前月と同じで1.59倍 公共職業安定所(ハローワーク)における有効求人倍率(季節調整値)は前月と同じく1.59倍であった。 先行指標となる新規求人倍率(季節調整値)は2.34倍で、前月と比べて0.04ポイント低下しており、人材の需給関係はやや落ち着きつつある。 また、正社員の有効求人倍率も1.07倍で、前月と同じであった。
(3)職業別有効求人倍率の推移
○ 公共職業安定所(ハローワーク)における専門的・技術的職業の有効求人倍率は前年同月比0.23ポイント上昇して2.37倍となり、専門職・技術職の人材不足の状況が続いている
○ 最も有効求人倍率が上昇したのは「建設・採掘の職業」であり、前年同月比で0.96ポイント上昇して4.80倍となった
○ 次いで、「建築・土木・測量技術者」が対前年同月比で0.94ポイント上昇して6.50倍となった 
 
建設業・諸話

 

建設業就業者が増加 17年は3万人増の498万人 2018/1 
建設業への就業者が増えている。総務省が30日まとめた労働力調査(基本集計)結果によると、建設業就業者数は17年(1〜12月)時点の平均で498万人に上り、前年時点の平均より3万人増(増減率0・6%増)となった。今後の人口減少で産業間の人材獲得競争が厳しさを増す中、国土交通省や建設関係企業・団体が最優先に取り組んでいる担い手確保策が一定の成果を出したもようだ。
労働力調査の結果によると、17年平均で全体の労働力人口は47万人増(0・7%増)の6720万人となり、うち就業者は65万人増(1・0%増)の6530万人に上る。総務省はこれらの結果について、政府が「1億総活躍社会」と銘打って推進する女性や高齢者を中心とした就業者の確保策が一因になっていると分析している。
17年平均の調査結果で建設業就業者数の内訳を男女別に見ると、男性が2万人増(0・5%増)の422万人、女性が2万人増(2・7%増)の76万人となった。うち女性の増加率は、主要計13産業別で「サービス業」(6・1%増)、「学術研究、専門・技術サービス業」(5・3%増)、「教育、学習支援業」(3・4%増)に次ぐ4番目に高い水準となった。
建設業就業者の内訳を主な業務内容別に見ると、管理職が20万人、技術者が30万人、会計などの事務従事者が79万人、営業職が27万人、生産工程従事者が40万人となった。
建設業就業者のうち、自営業者や家族従業者を除いた雇用者数は、4万人増(1・0%増)の407万人に上る。うち男性が2万人増(0・6%増)の340万人、女性が2万人増(3・1%増)の67万人となった。 
建設業の現状 
わが国の建設投資は、平成4年度の84兆円をピークに長期減少傾向が続いており、平成22年度は約41兆円と平成4年度の半分程度まで減少しましたが、その後増加に転じ、平成27年度は約48兆円の見通しとなっています。建設投資は一定の回復をみせてはいるものの、平成27年度の建設投資額はピーク時の6割以下であり、依然として低い水準での推移となっています。
建設業許可業者数は、平成11年度末の60万業者をピークにその後減少を続け、平成26年度末には47万業者とピーク時の8割程度まで減少しており、建設業就業者数についても同様に、平成9年平均の約685万人をピークに減少を続け、平成27年平均では約500万人とピーク時の7割程度まで減少しています。
また、少子高齢化はわが国全体の問題でありますが、特に建設業においては、就業者数のうち約3割が55歳以上である一方、29歳以下は約1割であり、全産業を大幅に上回るペースで高齢化が進展しています。このため、将来にわたる担い手不足が強く懸念される状況にあり、処遇改善や教育訓練の充実・強化等その対応が急務となっています。新規高卒の入職者は平成4年度には3.4万人、平成27年度には1.8万人となり、平成4年度と比較すると5割強程度まで減少しています。
本会傘下協会の会員企業数は、平成28年6月末現在で18,860社となっており、そのうち法人企業は18,389社(全体 の97.5%)、個人企業471社(同2.5%)であり、法人企業で資本金10億円以上は96社(同0.5%)、同1億円以上10億円未満が440社(同2.4%)同5,000万円以上1億円未満か1,916社(同10.4%)、同1,000万以上5,000万円未満が14,479社(同78.8%)、同1,000万円未満が1,458社(同7.9%) となっています。
本会会員数は、建設投資の減少が長く続いたことにより減少傾向を辿っておりますが、本会会員企業は、わが国の良質な社会資本整備の主役として活躍するとともに、地域の基幹産業として地域経済の発展並びに雇用の維持に大きく貢献しています。
また、地域の安全・安心を守るという地域建設業の社会的責任を果たすため、台風、地震、豪雨・豪雪等の災害時における応急復旧活動を行うとともに、環境美化・保全活動、地域住民とのふれあい活動等様々な社会貢献活動に積極的に取り組んでいます。 
建設業界の人材不足解消 2014/3 
エヌ・アンド・シーは2014年2月26日、首都直下地震と防災・減災対策に関する意識調査結果を発表した。それによると関東在住の就労者から成る調査対象母集団において、現在生じている建設業界の人材不足の解消のために、もっとも有効な手段として挙げられたのは「給与水準を上げること」だった。7割近い人が同意を示している。次いで「安全・健康に働けるように取り組む」「長時間労働を抑制する」が続いている(【発表リリース:「首都直下地震と防災・減災対策に関する意識調査」】)。
今調査は関東在住の20歳から59歳までの就労者に対し、2014年2月1日から4日にかけて携帯電話を使ったインターネット経由で行われたもので、有効回答数は2000件。男女比、10歳区切りの世代構成比は均等割り当て。調査実施機関はネットエイジア。
【正社員の不足感強し、建設・製造は現場が足りない…企業の人手不足感】や【需要増に応じられない、企業の維持強化が困難…人手不足の影響を探る】などでも解説している通り、ここ一、二年における景況感の好転化、東京オリンピック招致をきっかけにした大規模な公共事業の展開への施策、さらには「コンクリートから人へ」のフレーズに代表される、この数年間で決定的となった建設業界へのバッシングによる建設業界の萎縮に伴い、同業界では多方面で人材の不足が叫ばれ、需要と供給のアンバランス間が生じている。建設業界側も対応に苦慮する一方、とりわけ、景況感の転換直前までの数年間の苦境(「当時の」国が率先する形でのバッシングにおける、卑下の対象とされた)の経験から、容易に規模の拡大などを行ってもすぐに再び状況が悪化してしまうのではないかとの疑心暗鬼があり、拡大施策に踏み切れない、及び腰になってしまうとの意見も多い。
このような状況の中で、建設業界が現在抱えている人材不足問題の解消のためには、どのような施策が必要と思われるか。今調査対象母集団に尋ねた結果が次のグラフ。これはあくまでも就業者全体に聞いた結果であり、専門家の分析や建設業界関係者限定の意見では無いことに留意しておく必要がある。
最上位の回答は「給与水準を上げる」で68.2%、次いで「安全・健康に働けるように取り組む」で56.4%。この二つが半数以上の回答率を示している。4割以上で仕切るとさらに「長時間労働を抑制する」「福利厚生を充実させる」が続く。
これらの改善条件は見方を変えれば、今の建設業界において少なくとも就労者全体からは、不十分である、あるいは水準が低いとの認識があることが分かる。だからこそ人が集まらず、人材不足となる、それゆえに原因を取り除けば状況の改善は図れるというものだ。
提示された選択肢のチョイスも一因だが、「その他」「当てはまるものなし」の回答率が少数でしかないのも合わせ、ごく普通の、建設業界に限らず人材の確保が容易になる方法、見方を変えれば人材が集まりやすい魅力的な業界を構築するための、基本的な施策が上位を占めている。一方で「各種プロモーションの展開」や「外国人労働者」の活用といった、現状に直接手を触れて改善を模索する「以外」のやり方に対する同意率は低めに留まっている。「その前にやるべきこと、リソースを注入すべきことがあるだろう」という次第である。
回答者の少なからずは建設業界とは遠い立ち位置で就労していることになるが、それでも現状とその改善のための方法はある程度的を射たものとなっているようだ。無論これらの方法を実践するのには、多くの経営リソースが必要になる。そして経営リソースを多分に投入するためには、企業、業界そのものの安定感、将来性が欠かせない。そこに本文中で触れた「過去の経験から会得してしまった疑心暗鬼感」が障害となって立ちはだかっている。
国土基盤ストックの維持管理・更新費動向【東京2020オリンピックを「老朽インフラ更新」の大義名分にしてしまおう】などで解説している通り、今後日本では高度成長期に構築した公共施設・インフラの更新需要が大量に発生する。ゲームの世界のように永遠に保たれる施設・インフラなど無い。黙っていても増加する需要に対し、これまで通り建設業を卑下するような風潮や施策を続けていては、言葉通り国そのものが立たなくなり、身動きすら取れなくなる。
まずは国が率先して建設業の重要性を再認識し行動に移すと共に、不合理的なバッシングの旗振りの動きには「しかるべき対処」をし、世の中の空気を変えていく必要がある。それが果たされていくうちに、建設業界側も中長期的な視野で、各種改善の施策にリソースを割くことができるようになるに違いない。 
正社員の不足感強し、建設・製造は現場が足りない 2014/1 
帝国データバンクは2014年1月20日、人手不足に関する企業の意識調査結果を発表した。それによると調査対象母集団の企業においては、正社員数に関しては4割近く、非正社員は1/4近くについて不足感を覚えていることが分かった。業種別では正社員は建設、人材派遣・紹介業、非正社員では飲食店での不足感が強い。また部門別では生産現場や営業部門で人手不足が強く問題視されている(【発表リリース:人手不足に対する企業の意識調査】)。
非正社員が足りない、正社員はもっと足りない
今調査は2013年12月16日から2014年1月6日にかけて行われたもので、有効回答企業数は1万0375社。回答企業規模は大企業23.3%、中小企業76.7%。
直近の景気ウオッチャー調査の結果を基にした記事【駆け込み需要と飲食先行きの低迷と…2013年12月景気ウォッチャー調査は現状上昇・先行き下落】などでも触れているが、昨今の景気回復機運と共に、一部業種で人手・人材不足が報告されている。雇用市場の改善の表れでもあるため、一面では喜ばしい話ではあるが、企業そのものの業務機会の損失や、果ては通常の業務遂行そのものまで困難な状態に陥る場合があるため、一概に喜んでばかりもいられない。
今調査では正社員と非正社員それぞれの人員数に関して、現状が十分適正な数か、それとも過不足が生じているかについて尋ねている。
定年退職者への嘱託でこれまでの業務を引き継いでもらえること、派遣社員の利用に対するバッシングなどもあり、非正社員の不足感はさほどではない(とはいえ1/4近くに達している)。一方正社員では36.8%もの企業が不足感を覚えており、人数的に充足しているとの答えは半数程度に留まっている。
この不足感を実感している企業の比率について、正社員・非正社員それぞれ業種別に見たのが次のグラフ。例えば建設の正社員は59.7%とあるので、建設業の企業の6割近くは、正社員の不足感を覚えていることになる。
正社員の不足感がもっとも大きいのは建設業。先ほどまで消費税率の引き上げに伴う住宅建設ラッシュがあったこと、今後オリンピック開催に伴う建設需要、さらには公共施設・インフラの更新に伴う修繕・建て直し需要が多分に見込まれる、一部ではすでに実体化していることもあり、企業を支える人材の不足感は否めない。
人材派遣・紹介業の不足は一見すると意外感もあるが、昨今の人手不足に伴いこの業態の需要が高まっていることを考えれば納得は行く。また情報サービスも上位に来ているが、リリースによればソフトウェア業界全体の人材不足が問題視されており、それが数字に反映される形となっている。
非正社員では飲食店が最上位。人材派遣・紹介が続き、旅館・ホテル、医療品・日用雑貨品小売、飲食料品小売など、対面業務関連が上位についている。リリースでは上位陣の業種では特に若年層の確保に苦慮しているとの言及があり、需給のミスマッチが指摘されている。
最前線で働く人の不足
この不足感について、どの部門で人手付属を覚えるかについて聞いた結果が次のグラフ。
労務系、デスクワーク系の業種を合わせた上での部門別集計のため、やや雑多な結果となっているが、生産現場での不足感がトップ、次いで営業部門が続いている。いずれにせよ、企業の最前線で働く人たちの人手が足りない。次いで高度な技術保有者の不足を覚える声が大きく、一部で技術・技能を持つ者を重く見なかったことのツケが出始めているともいえる。
業種別に部門単位での不足感を見ると、各業種の実情が良くわかる。当サイトでよく取り上げられる建設・製造・金融の3業種に絞って状況をグラフ化したのが次の図である。
建設、製造業のような肉体系的、いわゆる第二次産業の業種では生産現場の不足感が圧倒的に強い。さらに高度な技術保有者の不足感も強く、現場で人員・人材が共に不足している感がある。後者よりも前者の方が高い値を示していることから、「とにかく人手が足りない」という切迫感の強さがうかがえる。
一方、デスクワーク的な色合いの強い第三次産業では、営業部門の不足感が強い。これもまた見方を変えれば企業における最前線部隊に他ならず、第二次産業同様「現場の働き手」が不足していることが分かる。また金融に限った話だが、経営・企画部門のような、比較的高度な技能と経験が求められる人材も不足しているのが印象的。
詳しくは別の機会で解説するが、特に建設、製造の業種では急激な需要の増加と、これまでの需要を抑えるべきとの市場環境(特に公共施設・インフラの整備と更新に対する批判を通じた、建設業への強い圧力)から、人材・人員の不足感は極めて強い。
短期的には離職者を抑え、待遇を改善して中途採用や再雇用も含め人手を増やすと共に、中長期的には人材の育成体制の整備・充実をはじめとした、従業員を常に育て続ける環境作りが求められよう。 
 
 

 

 
製造業

 

製造業は我が国GDPの2割弱を占める基幹産業であるが、近年、生産拠点の海外展開や一部業種における競争構造の大きな変革等に伴ってGDP比率は低下している。今後も海外市場の拡大が見込まれる一方、新たなイノベーションや技術を産み出し、他産業への高い波及効果を持つ製造業は、日本経済にとって2割という数字以上に大きな意味合いを持っていると考えられる。実際、米独等も次世代型製造業への転換政策を打ち出しており、製造業の重要性を見直しつつある。
いわゆる6重苦の一部解消や企業業績の改善に伴って、国内への新規投資や国内回帰の動きも見え始めているが、一方で引き続きグローバルな地産地消の傾向が進んでいることも事実である。むしろ、企業は海外拠点と国内拠点の役割の明確化を進めている。一般に国内拠点はマザー機能の役割が高まっているが、その傾向は業界ごとに様々で、「国内に残す」分野と「海外で稼ぐ」分野は二極化している。
製造業が今後も我が国の成長を下支えするためには、国内に残す分野の輸出競争力を維持強化しつつ、海外で稼ぐ分野についても投資収益を国内拠点の強化等のために還元し、絶え間ない技術革新等を通じて新たなイノベーションのタネを産み出し続けることが重要と考えられる。
加えて、国内製造業の基盤として、技能人材の育成やOB世代や女性の活躍促進、地域の中核となって地方創生を支える中堅・中小企業の支援、新たな輸出の担い手としてのものづくりベンチャーの育成も重要である。 
 
1 製造業の重要性

 

1 製造業を取り巻く環境
製造業は第1節で分析をした経常収支黒字への貢献などのみに留まらず、サービス業など他産業への波及効果、サプライチェーンの集積メリット、地方の雇用確保の意義を有するとともに、技術革新をリードしイノベーションを生み続ける場として我が国において重要な役割を担っている。
1我が国製造業の役割
国内総生産(名目GDP)における産業別構成比の2003年と2013年を比較すると、「製造業」は19.5%から18.5%へと減少してはいるものの、19.9%の「サービス業」に続く比率となっている(図121-1)。製造業の減少は金額にすると8.3兆円となっており、産業別に見ると微減している産業が多い中、「電気機械」が4.5兆円と大きく減少していることが分かる。一方、「鉄鋼」は増加しており、「輸送用機械」や「一般機械」、「非鉄金属」はほぼ横ばいとなっている(図121-2)。
   図121-1 名目GDPにおける産業別構成比の推移
   図121-2 製造業GDPの産業別内訳の推移
また、製造業は他産業へ波及効果が大きいのも特徴であり、生産波及の大きさは「全産業」が1.93、「サービス業」が1.62なのに対し、「製造業」は2.13と、1単位国産品の最終需要が発生した際には、2.13倍の生産波及があるということが分かる(図121-3)。また、国内生産額(売上に相当)の産業別構成比をみると、「製造業」が30.8%と一番比率が高くなっており、「サービス業」の22.9%、「商業」の10.0%と続いており、我が国において製造業の役割が重要であることが見て取れる(図121-4)。
   図121-4 国内生産額の産業別構成比
さらに、我が国における製造業は地方において集積がなされている点に特徴があり、地方における雇用・所得の源泉となっている。産業が集積することによって、地域の企業間における物理的な距離が近くなる。集積されている域内では他地域間との取引と比べて、輸送コストが安く済むだけでなく、企業間におけるすり合わせ型の開発・生産を容易にし、熟練工などの人材育成の基盤になり得る。これらの集積メリットは競争力のある製品を産み出す一因となり、企業収益の向上に資することで労働者の所得向上にも結び付いていると考えられる。
都道府県別に人口1人当たりの所得と製造品出荷額(従業員4人以上の事務所)の関係を見ると、ゆるやかな正の相関関係が確認できる。すなわち、県民人口に対して製造品出荷額が大きい、製造業が盛んである地域ほど県民所得水準が高いということであり、製造業は地方における雇用確保のみならず所得向上においても重要な役割を果たしていると分析できる。
製造品出荷額および所得が高い県として、中部地方を中心とした製造業が盛んな県である愛知県、三重県、滋賀県、静岡県などが挙げられる。愛知県や静岡県は古くから輸送用機械を端緒として産業集積が形成された県であり、三重県や滋賀県は電気電子機器などについての工場誘致をはじめとして集積を進めてきた県である。集積の経緯は各地域で様々であるが、集積された地域を有する県ほど高水準の県民所得を実現していると解釈できる(図121-5)。
   図121-5 都道府県別人口1人当たりの所得と製造品出荷額
2経済成長を牽引する製造業
実質経済成長率は、成長会計の手法を用いて1労働投入の伸び、2資本投入の伸び、3技術進歩(TFP(全要素生産性:Total Factor Productivity)の伸び)の3つに分けることができる。そのうち、1労働投入については、昨今の急激な少子高齢化の進行に伴い、生産年齢人口が減少傾向にあり、今後もさらなる減少が見込まれている(図121-6)。また、2資本投入についても、資本ストックの伸びは鈍化している(図121-7)。
   図121-6 生産年齢人口の推移
   図121-7 資本ストックの推移
3技術進歩を示す指標の1つであるTFPは、1労働投入や2資本投入など生産要素の増大では説明できない部分(残差)を示すものであり、TFPの伸びを維持・拡大することは、今後の経済成長を支える重要な要素であると考えられる。
1970年代以降の製造業・非製造業における経済成長を要因分解すると、TFPの牽引者は製造業であることが分かる。製造業においては、2000年から2011年の実質経済成長率は1.50%となっており、非製造業の0.42%と比較すると高い成長率となっている。そのうち、製造業のTFPは1.99%と我が国の経済成長を牽引していることが分かる(図121-8)。
また、技術進歩により製造業がドライバーとなり、サービス業などの三次産業や一次産業へも波及するものと考えられる。たとえば、製造業で開発された自動化技術がサービス業にも適用されることで、サービス業の効率性の向上にも貢献することなどが挙げられる。製造業には技術進歩を通じて、新しいビジネスモデルの提案や、異分野との連携など、培ってきた能力を活用して引き続き経済成長を引っ張っていくことが期待されている。
   図121-8 実質経済成長率の要因分解(左:製造業、右:非製造業)
このように、製造業は長く我が国の稼ぎ頭であることから、製造業のポテンシャル低下は日本経済全体の成長を妨げる可能性があり、我が国が持続的な発展を遂げるためにも、今後も成長を牽引していくであろう我が国製造業の重要性について改めて見直す必要がある。
製造業で培われた制御技術を農業に適用
植物工場は高度な施設型農業の一形態で、光・温度・湿度・CO2濃度・水分・養分などの生育環境を人工的に管理し、年間を通じて計画的な収穫を目指している栽培施設である。植物工場には、閉鎖環境で太陽光を使わずに環境を制御して生産を行う「完全人工光型」と、温室等の半閉鎖環境で太陽光の利用を基本として、雨天・曇天時の補光や夏季の高温抑制技術等により生産する「太陽光利用型」の2つがある。いずれのタイプにおいても、コンピュータを用いて積極的に生育環境をコントロールする。具体的には、栽培者が制御盤を用いて制御用コンピュータにて環境設定を行うと、各種センサで生育環境を把握し、温湿度であれば空調機、養分であれば追肥装置などを用いてコントロールする。これにより、計画的で効率的な農業の実現を目指している。植物工場の要素技術に関して日本は世界のトップレベルであり、植物工場でのセンサ・モニタリング技術や制御技術などの中には、製造業(生産システム)における技術が適用されているものも少なくない。植物工場は、日本国内で50か所(2009年)から198か所(2014年3月時点)に急速に拡大している。現状では実証用の小型施設も多いが、約3割の施設において黒字化を実現していると言われており、産業規模の拡大が期待されている。植物工場などの"スマートアグリ"によって、「勘と経験」の農業から「科学と実績」に裏打ちされた計算できる産業へと向かっており、製造業における技術が農業の生産性向上に役立っている。 
2 世界における製造業の重要性の見直しの流れ

 

海外移転の流れが日米欧共に進む中、アメリカやドイツにおけるデジタル化による製造業の競争力強化の動きなど、世界的にも製造業の重要性が見直されている。
1各国における製造業に占める地位・重要性
日本・米国・ドイツ・中国・韓国に加えて、英国・フランスを加えた計7か国の各国GDPに占める製造業比率を見ると、中韓は製造業の割合が30%程度、次いでドイツや日本が20%程度と総じて高く、米国、英国、フランスは約10%となっている(図121-9)。
また、就業者に占める製造業の比率は中国が30%程度、日本、ドイツと韓国は20%弱、米国、英国、フランスは約10%となっている。2000年代を通じて、中国がほぼ横ばいなのを除いて、いずれの国も減少しているが、特に英国、フランスの減少幅が大きくなっている。ただし、米国においては、2010年を頭打ちに2012年に微増している(図121-10)。こうした背景には、効率的に生産する体系が取られるようになったことが考えられるが、近年では米国・ドイツを始めとする各国において製造業の重要性が見直されつつある。
   図121–9 GDPに占める製造業比率の主要国比較
        農業 |鉱業 |製造業|建設業|卸小売|運輸倉|その他
            公益         飲食  庫通信
日本   2003  1.4%  2.7% 19.5%  6.4% 14.0% 10.3% 45.8%
     2013  1.2%  2.0% 18.8%  5.6% 14.2% 10.4% 47.8%
米国   2003  1.0%  2.8% 13.3%  4.6% 12.4%  7.7% 58.2%
     2013  1.4%  4.3% 12.1%  3.7% 11.7%  7.5% 59.3%
英国   2003  0.8%  4.4% 12.8%  6.8% 17.9%  9.0% 48.3%
     2013  0.7%  4.4%  9.7%  6.1% 16.4%  8.1% 54.6%
ドイツ  2003  0.9%  2.8% 22.1%  4.3% 12.2%  8.9% 48.9%
     2013  0.9%  3.9% 22.2%  4.6% 11.1%  9.2% 48.2%
フランス 2003  2.1%  2.7% 14.2%  5.2% 16.4%  7.8% 51.7%
     2013  1.7%  2.5% 11.3%  6.0% 14.8%  7.7% 56.0%
中国   2004 13.5%  8.5% 32.5%  5.0% 10.1%  5.8% 24.6%
     2013 10.0%  7.2% 29.9%  6.9% 11.8%  4.8% 29.5%
韓国   2003  3.5%  3.1% 26.7%  6.8% 12.7%  8.0% 39.1%
     2013  2.3%  2.5% 31.1%  5.0% 11.9%  7.1% 40.1%

   図121–10 就業者数に占める製造業比率の主要国比較
      2000    2005    2010    2012
日本    20.5%   18.0%   17.2%   16.9%
米国    14.4%   11.5%   10.1%   10.3%
英国    16.9%   13.2%    9.9%    9.8%
ドイツ   23.8%   22.0%   20.0%   19.8%
フランス  18.8%   16.1%   13.1%   12.8%
中国         28.2%   27.9%   28.0%
韓国    20.3%   18.1%   16.9%   16.6%

主要各国における2013年の輸出金額の内訳を見てみると、どの国においても、製造業の輸出が9割程度となっており、輸出を牽引していることが分かる。特に、韓国においては99.4%、中国は98.6%とほぼ全ての輸出が製造業となっている。業種別の輸出を見てみると、我が国においては、「自動車等」と「電気・電子機器」が各々約2割と輸出の稼ぎ頭となっており、「化学・医薬品」が約1割となっている。ドイツも「自動車等」が一番高く18.1%となっており、「化学・医薬品」と「電気・電子機器」がほぼ同額で続いている。米国、中国、韓国では「電気・電子機器」が、イギリス・フランスにおいては「化学・医薬品」が一番の稼ぎ頭となっている。また、米国とフランスは「航空・宇宙」の割合が他国と比較して高くなっている(図121-11)。
製造業の製品輸出金額の推移を見ると、リーマンショックの際に各国とも大きく落ち込んだものの、全体的に増加傾向にある。特に、著しく成長を続ける中国の輸出金額が突出して高くなっており、2013年には約2.2兆ドルとなっている。また、米国はリーマンショック後、2010年から堅調に輸出を伸ばしている(図121-12)。
   図121-11 主要国における輸出金額の内訳(2013年)
   図121-12 主要国における製造業の輸出金額の推移
各国における研究開発投資額の対GDP比は、主要先進国においてはほぼ横ばいの状況が継続している。我が国においては2000年以降3%を超えている。2009年以降は韓国が最も高くなっており、2011年には4.0%となっている。近年では、ドイツにおける研究開発投資が増加傾向にある(図121-13)。
また、日本・米国・ドイツ・中国の4カ国の研究開発投資の産業別内訳を見ると、我が国においては、「電気・電子機器」が28.4%と一番多く、「自動車・輸送用機器」の22.7%が続いており、製造業が全体の87.9%を占めている。ドイツは「自動車・輸送用機器」が37.0%と大きくなっているが、製造業の合計は85.6%と我が国と近い。一方、米国においては、IT産業を含む「運輸・倉庫、情報・通信業」が他国と比較して大きくなっていることが特徴である(図121-14)。
   図121-13 主要国における研究開発投資額のGDP比
   図121-14 主要国における産業別研究開発投資の比率(2011年)
2主要国における次世代型製造業への転換への取組
製造業では、旧来の労働集約型から自動化などによる省人化が進んできたという経緯があり、単なる雇用の受け皿としては存在しにくくなってきた。しかし、これまでに述べたように、製造業が経済成長のために果たす役割は大きい。そのため、これまでの延長線上で製品を提供するだけではなく、先進分野の先行的な開発や新たなビジネスモデルの創出など、世界各国においても次世代型製造業への転換が進み始めている。以下では米国、ドイツ、中国、韓国の状況を見ていく。
(ア)米国
(a)米国の製造業の特徴
先程述べたように、2013年の米国のGDPにおける製造業比率は12.1%と、我が国などと比較しても高くはなく、設備投資額の推移を見ても製造業は全体の15%程度で推移しており、2011年は16.8%となっている(図121-15)。一方、製造業の利益率においては、2010年は10.1%と我が国や他国の製造業と比較しても高い水準となっている(図121-16)。
   図121-15 米国における設備投資額の推移
   図121-16 日米製造業の利益率の推移
米国における内外直接投資額は、非製造業分野の対外直接投資が近年活発である状況が継続しているが、製造業分野の対内直接投資に関しては、リーマンショックで落ち込みはしたものの近年増加傾向にあり、2012年の対内直接投資は、非製造業分野における金額と同程度となっている。また、2005年以降、製造業においては、対外直接投資よりも対内直接投資の方が多い状況が継続しており、米国における製造業への期待が高まっている様子がうかがえる(図121-17)。
   図121-17 米国における内外直接投資額の推移
製造業の対内直接投資を業種別に見てみると、シェール資源開発の活発化などにより、「化学」や「機械」における投資が増加しており、2012年に「化学」は約400億ドルの対内直接投資があった(図121-18)。また、対外直接投資においても、「化学」、「機械」の投資が多い状況が見て取れる(図121-19)。
   図121-18 米国製造業における対内直接投資の推移
   図121-19 米国製造業にける対外直接投資の推移
このように、米国の製造業のGDP比率や投資状況などは他産業と比較して高い状況ではないが、ITとの融合などを通じて今後の成長を担っていく大事な役割を果たすとともに、雇用創出にも貢献すると考えられており、製造業の国内回帰の動きが見られ始めている。
(b)米国が製造業を重視する背景
米国で大きな問題となっている経済格差を解消するため、オバマ政権は中間層支援を重視している。中間層の所得増加を促すためには、中間層が主要な役割を担っている製造業における雇用復活が求められる。そのため、オバマ政権は、米国内における製造業の雇用復活を掲げており、2013年から2016年(第二期)までに製造業における100万人の新規雇用創出目標を設定した。2013年1月から2014年12月の2年間において、製造業の就業者は34万人増加している。また、2014年末には失業率は5.4%となり、リーマンショック前とほぼ同水準まで回復した(図121-20)。
   図121-20 米国の雇用者数と失業率の推移
2015年の一般教書演説では、「中間層重視の経済(Middle Class Economics)」が強調されている。そのなかで、連邦法人税の実効税率を現行の35%から原則28%に引き下げることが示されており、特に国内製造業に対しては、優遇措置として税率25%とする方針が掲げられている。
(c)米国製造業が重視する分野
2011年6月に大統領科学技術諮問委員会(PCAST)は、アドバンスト・マニュファクチャリングに関する報告書を発表した。これを受け、オバマ政権は産官学メンバーから成るアドバンスト・マニュファクチャリング・パートナーシップ(AMP)を設立し、2012年(2014年度予算)以降、アドバンスト・マニュファクチャリングは、科学技術分野の優先項目の1つとして挙げられ、予算を重点化している。
アドバンスト・マニュファクチャリングとは、情報・オートメーション・コンピュータ計算・ソフトウェア・センシング・ネットワーキングなどの利用と調整に基づき、物理学・ナノテクノロジー・化学・生物学による成果と最先端材料を活用する一連の活動のことであり、既存製品の新しい製造方法と新技術による新製品の製造の両方が含まれる。ナノテクノロジー+バイオロジー、ロボティクス、先端材料開発、サイバー・フィジカル・システムが2016年度予算においてアドバンスト・マニュファクチャリングの重点項目として挙げられている(図121-21)。2014年10月には、アドバンスト・マニュファクチャリングの一層の強化、イノベーションの促進、雇用の創出及び投資の誘致を目的とし、新たな計画を発表した。
   図121–21 科学技術分野の優先項目の変遷
2012年に打ち出されたNational Network for Manufacturing Innovation(NNMI)の構築に向けて、全米各地に産学官連携の研究開発拠点「製造イノベーション研究所」の設置を進めている。今後10年間で、全米45か所の設置を目指しており、2015年2月時点で、5か所が設置され、3か所の設置が公表されている(図121-22)。
将来の製造業を牽引すると見込まれている先端技術・素材や新たな製造方法の研究開発を強化しており、アドバンスト・マニュファクチャリングを重視した取組を通じ、新たな市場の創出と先行を目指していると考えられる。
   図121–22 「製造イノベーション研究所」の一覧
(d)米国製造業に関する今後の政策
2010年、国家輸出イニシアチブ(National Export Initiative:NEI)を立ち上げ、「今後5年間で米国からの輸出を現状の2倍に拡大し、200万人の雇用増加の実現を目指す」ことが表明された。NEI立ち上げ以降、米国企業による輸出は4年連続で増加し、2013年の輸出額は過去最高の2兆3,000億ドルに到達した。米商務省では、輸出により、2009年半ば以降の経済成長の約3分の1が後押しされたと評価している。
輸出を通した米国企業の成長、雇用の創出、競争力の拡大の可能性を最大化することを目標とし、NEIの次期フェーズとして1海外市場での顧客開拓に対するビジネス支援、2企業による輸出業務の効率化、3輸出受注時の資金調達支援、4輸出や輸出関連投資を地域社会の成長戦略に取り入れるための支援、5公平な競争を確保しつつ、米国企業のために世界各地において市場の開拓を促進することが推進されている。
このように製造業企業の米国内回帰を促すとともに、米国企業の成長、雇用創出などを目的として、輸出促進に取り組んでいる。近年、米国からの輸出は電気電子分野などで力強く伸びており、米国の安定した経済成長に大きな役割を果たしていると評価されている。
米国の立地競争力の向上
米国の立地競争力は、シェール革命によってもたらされたエネルギー・原材料コストの低減により向上した。2013年時点で、米国における天然ガス価格は、日本の4分の1以下であり、欧州諸国と比較しても約3分の1となっており、産業用電力価格においても日本や欧州と比較して2分の1以下となっている。2035年の予測を見ても、各国価格が下がるものの、2013年の米国価格までは下がらず、引き続き米国のエネルギーコストに関する優位性は保たれると予測されている。政府による国内回帰を推奨するための税優遇措置、アドバンスト・マニュファクチュアリングを推進する取組とも重なり、企業の国内回帰を後押しする要因の1つとなっていると考えられる。   図 エネルギー価格の比較
米国自動車産業における国内回帰
フォード・モーターは、2011年、全米自動車労働組合(UAW)との2015年までの新たな労働協約に基づき、メキシコでの中型トラックの製造をオハイオ州の工場に移管することを発表した。その後も、米国内工場に投資を行い、2011年以降、15,000人以上の雇用を創出した(2015年2月時点)。また、ゼネラル・モーターズ(GM)も、2011年、電気自動車の製造を、欧州からメリーランド州、ミシガン州の工場に移管する計画を公表した。その他にも、電気自動車、高級車を中心に米国内での生産体制を強化し、新たな雇用を創出している。GMは、製造拠点の他に、ITイノベーションセンターをテキサス州、ミシガン州、ジョージア州、アリゾナ州の4か所に新たに建設することを公表している(2012年9月以降)。これまで外部委託していたIT業務を内製化する方針を示しており、合計4,000人規模のIT技術者の新規雇用を進めている。各拠点は、IT人材が豊富、生活費がより安い、ハイテク産業が存在しているなどの観点を考慮して選択された。同センターでは、ウェブテクノロジー、エンドユーザーアプリケーション・システム、ディーラー・工場システム、自動車テクノロジーを含むGMの事業及びITニーズに関するあらゆる側面をサポートしている。今後、自動車産業を含めた製造業の製造・開発現場では、IT技術がイノベーション創出に重要な役割を果たすとみられている。
(イ)ドイツ
(a)ドイツの製造業の特徴
ドイツの製造業の対GDP比率は2000年代を通じて安定的に推移している。2003年の22.1%に対して、2013年も22.2%となっており、製造業が継続して重要な役割を担っている。
ドイツ企業の利益率は、「製造業」においては2007年から2009年にかけて低下傾向にあったが、2010年以降回復傾向を示し、2012年の利益率は4.1%となっており、「農林水産業」の7.6%よりは低くなっているが、「サービス業他」の3.1%より高い状況が継続している(図121-23)。
   図121-23 ドイツ製造業の利益率の推移
また、ドイツにおける製造業に関連した対内直接投資額は、2008年にマイナスとなって以降、2010年にかけて回復傾向にあったが、2012年には再びマイナスに落ち込んでいる。また、対外直接投資額についても、2009年にマイナスに落ち込んで以降、2010年に一旦回復したものの、2011年、2012年共にマイナスとなっており、内外投資ともに活発であるとは言えない状況にある(図121-24)。
   図121-24 ドイツにおける内外直接投資額の推移
(b)ドイツの製造業振興策と重点分野
ドイツの製造業振興は、同国初の包括戦略として2006年に発表されたハイテク戦略、及びハイテク戦略の後継戦略として2010年に発表されたハイテク戦略2020に基づき、研究開発及びイノベーション政策を中心に推進されている。ハイテク戦略は、ドイツが科学技術分野において世界のリーダーに返り咲くことを目的に策定されたものであり、製造業を含むイノベーション推進政策の基本方針が示されている。
ドイツがハイテク戦略を策定するに至った背景には、多くのドイツ企業が低コストのインフラ、低賃金の労働力を求めて拠点を海外に移転する傾向がある中、もはやコストでは競争できないという危機感があった。ハイテク戦略においては、今後はコストではなく、先端技術によるアイデアや製品で競争力を維持し、雇用促進や生活水準の維持を図ることが重要であり、イノベーションを通じて新製品・新サービスを提供し、成長の機会を捉え、世界において競争優位に立つことを目指すとしている。
ハイテク戦略2020においては、社会的でグローバルな挑戦課題として、1気候・エネルギー、2健康・栄養、3交通・輸送、4安全、5通信・コミュニケーションの5つが掲げられており、各課題解決のためのプロジェクトを実施することにより解決を図ることを目指している。これら5つの挑戦課題の解決のために、10年から15年の期間で取組むべき10の「未来プロジェクト」(図121-26「ドイツにおける製造業振興策の歴史」参照)が設定されている。その中に、「次世代自動車システム」や「インターネットベースのサービスの提供」、「Industrie4.0」などが含まれている(図121-25)。Industrie4.0を始めとしたデータ社会への対応については第3節で詳しく分析する。
   図121–25 ドイツのハイテク戦略
(c)ドイツの製造業振興策の成果
2006年のハイテク戦略及び2010年のハイテク戦略2020を通じて、ドイツはイノベーション拠点としての国際的な地位を強固なものとしてきている。すなわち、2007年から2010年にかけてハイテク戦略に基づき、重点技術分野と関連した横断的活動に対して、連邦政府により総額146億ユーロが投資された。ドイツ連邦教育研究省(BMBF)はハイテク戦略の成果として、1ハイテク戦略の旗艦プログラムである「先端クラスター競争プログラム(SCW)」の成果は、発明900件、特許300件、学術論文450件、学士及び修士の研究業績1,000件、起業社数40社に達し、2SCWで採択された15のクラスタープロジェクトにおける助成総額は約12億ユーロ、そのうち、民間が半分を負担しており、特に本プロジェクトで助成を受けた中小企業の研究開発投資は大企業より大幅に増加し、国の助成総額の1.36倍の投資が行われ、3産業全体での研究開発費が大きく増加し、ドイツ企業の2008年時点の研究開発費は7.4億ユーロと、2005年と比較して2008年は19%増となった、と公表している。
また、連邦教育研究省はハイテク戦略2020の成果として、12005年から2011年の間に研究分野の新規雇用は19%増加し、92,000人分の雇用が新たに創出され、2ドイツの研究立地としての関心も高まり、大学における外国人留学生が初めて25万人を上回り、3国内での研究開発投資の総額の約25%は外国企業が占めた、と公表している。
(d)ドイツの今後の製造業振興策
2014年8月には、ハイテク戦略2020の後継戦略として新ハイテク戦略が発表され、2015年以降のドイツの科学技術・イノベーション推進の基本政策が示された。同戦略では、イノベーションは経済的繁栄のドライバーであるとともに生活の質を向上させるものであり、引き続きドイツが世界のイノベーションリーダーとしての地位を確保し続け、創造的なアイデアを具体的なイノベーションとして迅速に実現することを目標に掲げている。また、同時に、イノベーションは産業国家・輸出国家であるドイツのポジションを一層強化するとともに、持続可能な都市の発展、環境にやさしいエネルギー、個人個人に適した医療、デジタル社会などの新たな課題への解決にも貢献するものとしている。
新ハイテク戦略では、先端クラスターやネットワークの国際化、産学連携の促進に対して連邦政府による支援を実施することが盛り込まれるとともに、中小企業に対して積極的に支援を行い、ドイツでは遅れているといわれる起業の促進に注力することが示されている。また、ハイテク戦略2020において設置された未来プロジェクトは新ハイテク戦略でも継続されている。
新ハイテク戦略の5つの柱として、1価値創造と生活の質に関する6つの主な挑戦(Priority Challenges)、2産学官のネットワーク構築と流動、3産業界のイノベーション推進、4イノベーションにやさしい環境、5透明性を挙げている。
これまでのハイテク戦略を通じて、産業界での研究開発投資の拡大は、ほとんどが大企業によるものであったため、新ハイテク戦略においては、政府の支援により中小企業の研究開発支援に継続して取り組むとしている。中小企業への具体的な支援としては、1中小企業支援イノベーションプログラム(ZIM)の申請課程の簡略・最適化、2産業共同研究(IGF)を発展させたプロジェクト助成の実施、3革新的中小企業支援イニシアチブによる中小企業のハイリスク研究の支援、4イニシアチブ「Mittelstand-Digital(ミッテルシュタンド-デジタル)」による中小企業へのICT導入支援、5EUのHorizon2020でのEurostars、EUREKAへの助言サービスの5つを掲げている(図121-26)。
   図121–26 ドイツにおける製造業振興策の歴史
(e)ドイツの産学連携促進
新ハイテク戦略においても、産学官連携が柱の1つに掲げられているように、ドイツでは産学官連携が活発に行われている点が特徴の1つとして挙げられる。ドイツの研究開発機関のうち、産学連携と深くかかわる代表的な研究開発機関として、フラウンホーファー研究機構及びシュタインバイス財団が挙げられる。
1949年に創設されたフラウンホーファー研究機構は、応用技術の研究開発に特化した研究機関である。フラウンホーファー研究機構の研究収入のおよそ3分の2は、産業界との契約及び公的資金による研究プロジェクトであり、残りの3分の1が連邦及び州政府からの資金である。政府からの資金は産業界との契約金額に連動しており、企業からの受託研究収入が増えるほど、政府からの資金が増える仕組みとなっている。
また、フラウンホーファー研究機構の特徴の一つに、大学との緊密な関係が挙げられる。同協会の傘下にある66か所の研究所の所長は、全て大学教授が兼任しており、多くの学生もフラウンホーファー協会の活動に参画している。フラウンホーファー研究機構の活動は民間企業との契約に基づくものが多いことから、若手人材が大学卒業後に当該企業へ就職する流れが確立している。
一方、シュタインバイス財団は、1971年にバーデン・ヴュルテンベルク州が中小企業への技術コンサルティングを目的として設立した。同財団は、技術コンサルティングサービス(TCS)という学際的なコンサルティングを行い、適任教授を紹介・仲介する役割を担ってきたが、1982年に、シュタインバイス財団の組織改革に伴い、技術コンサルティングサービスがシュタインバイス技術移転センター(STC)へ改組され、具体的な問題解決(プロジェクト)を財団自ら行うこととなった。
シュタインバイス財団は、企業の問題解決や応用研究のためのプロジェクトを受託しており、「顧客メリットの追求」が組織のアイデンティティーとなっている。STCは、受託プロジェクトの活動のために大学や公的研究機関等に拠点が設置され、設置先機関の教授や研究者が、兼業規則の範囲内でSTCの所長を務めている。STCはプロフィットセンターとして運営されており、原則2年連続して赤字を出すSTCは閉鎖される仕組みとなっている。すなわち、企業側のニーズを的確に捉えて、それにあわせてサービスを提供するための仕組みが運用されている点に特徴がある。
また、シュタインバイス財団は、1998年にベルリンにシュタインバイス大学を開学した。同大学は、「理論と実践の両立」を重視しており、学生が企業の具体的なプロジェクトに直接参画しながら理論も併せて学ぶという仕組みが取られている。企業にとってはプロジェクトによる課題解決とともに、有能な学生を獲得する機会として機能している。
ドイツの産学連携による共同研究プロジェクト
Innovationsallianz Green Carbody Technologies (InnoCat®)は、フラウンホーファー研究機構やフォルクスワーゲン社が中心となって、60以上の自動車産業に関連する事業者や研究機関が参画した共同研究プロジェクトである。車体生産工程における省エネ・省資源化の改善をテーマに、車体生産に関する新技術や新工程を迅速に産業として活用することを目的として、BMBFの支援により進められた。フラウンホーファー研究機構とフォルクスワーゲン社の主導の下、2010年から2013年までの4年間で省エネ・資源効率化をテーマとした5つの連合プロジェクト(省エネ生産の考案、プレス技術、製造機械開発、車体生産、塗装技術)及び30の専門プロジェクトにおいて、車体生産工程におけるエネルギー消費の半減を目標に共同研究が推進された。本プロジェクトを通じて、将来の自動車製造工場モデル(InnoCat®-Referenzfabrik)が構築された。また、5つの連合プロジェクトの個別成果は、フォルクスワーゲン社の生産現場への活用が進められている。   図 InnoCat®- Referenzfabrikのイメージ
ドイツの研究開発エコシステム1 産学の研究開発体制
ドイツの研究開発体制は、我が国と比較して産学の連携体制がしっかりと構築されている点が大きな特徴である。例えば、ドイツの工科大学では実学主義に則り、大学周辺に教授が経営するエンジニアリング会社やスピンオフカンパニーが存在する。学生は、学位・修士・博士取得前にエンジニアリング会社の業務に従事するとともに、修業後もこうした企業で実学経験を積んでから、大手製造事業者に就職する(その場合、採用直後からチーフエンジニアとして数十人の部下を抱える)。大学も企業ニーズオリエンテッドに、基礎研究は大学と共同研究(成果を公表)、最新技術等秘匿情報を含む場合は、エンジニアリング会社で受託研究(成果は非公表)等し、産業界と学界で資金と人材が流動するエコシステムができている。例えばアーヘン工科大学は自動車の内燃研究機関ではドイツ一の実績があり、同工科大学の教授が市内に立地する内燃機関のエンジニアリング会社「FEV」のCEOを務める。同教授の卒業生は、卒業後、属する企業は違えど1つのコミュニティを形成し、国際標準化に向けた検討等、産業界を引っ張る議論をリードする構図となっている(図)。   図 ドイツの研究開発エコシステム
ドイツの研究開発エコシステム2 産学官連携のシステム(内燃機関の例)
ドイツには、内燃機関に関するアカデミックな基礎研究の領域と産業化開発の途中段階の「競争前領域の研究活動」を繋ぐ組織として、FVVという産学連携組織が存在する。これは、フォルクスワーゲンやボッシュなどの大企業から従業員10人以下の中小企業まで、エンジン開発に関わる約165社が加盟する組織である。こうした産学官連携組織は、内燃機関のみならず、プラスチックやビール醸造等、約100の技術分野ごとに存在しており、それらの組織群が「AiF」という代表組織を組成している。AiFは民主導でドイツ連邦経済エネルギー省のカウンターパートを担っており、産業界の声を取りまとめ、政府の研究開発予算を要求する役割を有する。我が国では、NEDOや産総研といった独立行政法人を通じたトップダウンにより国家プロジェクトによって大規模な研究開発事業を実施するが、ドイツでは民間側からのボトムアップによってプロジェクトを組成しており、トップダウン構造に比べ産業界のニーズオリエンテッドな研究開発が実現しやすい構造となっている(図)。   図 ドイツの産学官連携の仕組み
(ウ)中国
(a)中国の製造業の特徴
中国では、製造業のGDP比率は微減傾向ではあるが約3割と他国と比較すると高く、また、製造業の就業者数は2012年は28.0%と、ここ10年間はほぼ横ばいの状況が継続しており、製造業の占める割合が高くなっている。設備投資額の推移を見ると、2003年以降一貫して増加している状況において、製造業の占める割合は、2003年に26.4%だったが、2013年には33.1%と比率も上昇していることからも分かるように、製造業における設備投資は大幅に増加している(図121-27)。
   図121-27 中国における設備投資額の推移
一方、内外直接投資においては、非製造業の内外直接投資額は増加傾向が継続しているのに対し、製造業の対内直接投資は2011年の521億ドルをピークに減少傾向にあり2013年は456億ドルとなっており、中国への他国からの投資が頭打ちになっている状況がうかがえる(図121-28)。
   図121-28 中国における内外直接投資額の推移
(b)中国が製造業を重視する背景
近年の経済成長の鈍化に伴い、中国では経済発展の「新常態(ニューノーマル)」への適応が求められている。高度成長から安定成長への移行、量から質への構造改革などを進めていくためには、これまで中国の経済成長の原動力となってきた製造業を高度化し、「製造大国」から「製造強国」への転換が重要となる。
第12次5か年計画(2011年〜2015年)では、「経済発展モデルの転換の加速」を主要目標とし、その実現のため、1主な方向は経済構造調整、2核は技術イノベーション、3出発点は民生の改善と保障、4重要な注力点は資源節約型・環境保護型社会の構築、5大きな原動力は改革開放、とするとしている。
(c)中国製造業が重視する分野
第12次5か年計画において「戦略性新興産業」として、環境技術などの次世代技術分野を重視している。1省エネ・環境産業、2次世代情報通信産業、3バイオ産業、4ハイエンド設備製造産業、5新エネルギー産業、6新素材産業、7新エネルギー車産業から構成されており、これらのGDPに占める割合を2015年には8%、2020年には15%とする目標が掲げられている。
当産業の発展に当たっての最重要課題は、先進国に比べて後れを取っているイノベーション力の引き上げにある。そのため政府は、1資金調達インフラ整備、2大学における関連学科の新設、3関連産業クラスターの構築および地域開発との連動の3点を中心とした政策に着手している。
具体的には、2011年以降、国家発展改革委員会が中心となって「新興産業創設計画」を推進しており、小微企業(小微企業の分類基準は業種によって異なるが、例えば、製造業では従業員数が300人未満、年間売上高が2,000万元(約3.8億円)未満の企業を、情報伝送業やソフトウェア・ITサービスでは、同100人未満、1,000万元未満の企業を指す)が戦略性新興企業へと発展することが期待されている。
「新興産業創設計画」は、中央財政の専門基金が、地方政府に割り当てた資金や一般から調達した資金を元に合同で投資企業を設立、あるいは株式を購入することで、新型企業を支援・育成する政策である。2013年までに設立を支援した創業投資企業数は141社、投資した創業企業数・金額は422社・390億元に達している。
また、科学技術発展を促すため、中国政府は研究開発投資を積極的に行っている。景気変動にもかかわらず、研究開発投資額は一貫して増加傾向にある。また、その内訳を見ると、企業の投資が約75%を占めており、企業の技術開発支援が中心になっていると考えられる(図121-29)。
   図121-29 中国における組織別科学技術研究費の推移
(d)中国製造業に関する今後の政策
2015年3月に、新たな産業振興の基本方針「中国製造2025」を公表した。これまでの労働集約型の単純なものづくりを行う「製造大国」から、産業の高度化により、2025年までに「製造強国」への転換を図ることを目指している。
具体的には、先端分野への優遇策の拡充、研究開発の奨励、企業の技術改良や新興産業の促進などを行うことが掲げられており、特に、情報ネットワーク、半導体、新エネルギー、新素材、バイオ、航空エンジン、ガスタービンなどの分野に注力することが示されている。
今後、産業育成のために、総額400億元(約7,650億円)の新興産業向け基金や中小企業向け私募市場などを整備する方針である。
(エ)韓国
(a)韓国の製造業の特徴
韓国ではGDPのうち製造業が約3割を占めており、さらに2006年頃から若干上昇傾向にある(図121-30)。また、製造業の利益率は、2000年頃には約15%あり、その後は減少しつつあるものの2010年以降も約10%前後で推移しており、2013年は9.2%となっている(図121-31)。日本やドイツなどと比較すると、GDPに占める製造業の割合が高い上に高水準の利益率を維持しており、韓国の製造業は韓国経済を支える中心的な産業となっている(前掲図121-9)。
   図121-30 韓国におけるGDP産業別構造の推移
   図121-31 韓国製造業の利益率の推移
(b)韓国における製造業発展の変遷
2014年6月、韓国政府は官民共同で「製造業革新3.0戦略」を推進することで、韓国における製造業の改革を進めていくことを発表した。
これまでの韓国における製造業発展の変遷を振り返ると、1960年から70年代前半の韓国では、軽工業を中心に国内市場向け生産を伸ばし、輸入の代替によって製造業の発展を遂げてきた。しかし、1970年代後半に入ると、国内市場の発展が限界を迎え始め、組立や装置産業を中心として日米独を始めとする製造業先進国に対する追撃型戦略へと転換し、輸出を増やすことで著しく発展を遂げてきた。
今回新たに発表された「製造業革新3.0戦略」では、スマート生産方式の導入や融合新産業の創出によって、製造業先進国を先導することが目標とされている(図121-32)。具体的なマイルストーンとして、2017年までに官民共同で計約24兆ウォン(約2兆6,000万円)を投資し、2020年までに韓国国内1万か所にスマート工場を設置することを掲げている。また、こうした「製造業革新3.0戦略」を通して、2024年には輸出1兆ドルを達成することが目標とされている。
   図121–32 韓国における製造業発展の歴史
(c)韓国政府による製造業への研究開発投資と注力分野
2000年以降、韓国における研究開発投資は拡大傾向が続いており、先程も述べたとおり、2009年からは主要国の中で名目GDPに占める研究開発投資額の割合が最も高くなっている(前掲図121-13)。2013年度の政府による研究開発投資額は約16兆9,000億ウォン(約1兆8,000億円)になっており、2015年度においてもさらに拡大していく計画を掲げている(図121-33)。
韓国政府による研究開発投資のうち、約15%が「情報」への投資となっており、最も割合が高い。以降は「医療」が12.7%、「エネルギー・資源」が10.5%、「機械」は9.7%となっており、これら4分野で全体の約半分を占めている(図121-34)。
また、人材育成の継続的な強化や北東アジアと連携することでより高度な研究開発を進めることも検討されており、官民共同で韓国製造業の発展を進めている。
   図121-33 韓国政府による研究開発投資の推移
   図121-34 韓国政府による研究開発投資の内訳(2013年度)
今回、「製造業革新3.0戦略」において韓国政府が推進している融合新産業では、将来的なIoT(Internet of Things)市場の世界的な拡大を見据えて、IT分野などを始めとする先端産業にこれまでの製造業で培った生産工程を導入することが検討されている。また、UAV(無人航空機)やAGV(無人搬送機)など、現行の規制では市場化に障壁が残る分野の発展を促進するために、製品の実証実験が取り組みやすいような環境を整えることが掲げられている。具体的には、新製品の導入に向けた実証実験を行うために、一時的に規制を緩和する特区などを定めることが想定されている。
一方、製造業先進国と比較して発展が遅れている核心素材・部品の開発やエンジニアリングデザイン(製品設計)といった分野においては、海外企業の国内誘致やM&Aの活性化、人材育成が進められる方針となっている。
このように、各国において製造業の役割は重要とされており、次世代型の製造業への転換に向けて動きを加速させていることが見て取れる。我が国においても、今後も製造業が経済を牽引し続けるために、今までのやり方にとらわれず、製造業の発展に向けて官民一体となって取組を強化していくことが求められている。
製造業の成長率向上に向けてのインドの政策
インド経済はITサービスなどのサービス業が牽引役となっており、貿易や直接投資に占める製造業の割合が、輸出向けの組立型産業を抱える中国、タイやマレーシアなどの他の東アジア諸国と比較して相対的に低い点が特徴である。このような状況の下、2011年11月に、インド商工省産業政策推進局が「国家製造業政策」を公表し、製造業の成長率を12%から14%に引き上げ、2022年までに製造業のGDP比率を16%から少なくとも25%に引き上げる方針を打ち出した。また、2014年9月にはモディ首相が「メイク・イン・インディア(インドでものづくりを)」という製造業促進の産業政策を掲げた。8億人を数える35歳以下の若者のエネルギーと進取の気性を活かすことで、インドを世界の製造業の中心にすることを目指し、外資系企業にインドへ向けた投資の促進や生産拠点の誘致を促している。 
3 国内の立地競争力の強化

 

これまで、国内の製造業の役割や各国における製造業の見直しなどを通じ、製造業の重要性や次世代型製造業への転換の必要性を述べてきたが、製造業を今後も維持・拡大していくには、国内設備や研究開発への投資を促すことのできる立地環境が重要となる。しかし長い間、いわゆる六重苦と言われる「為替の安定」、「法人実効税率の高さ」、「経済連携協定への対応」、「労働規制・人手不足」、「環境規制」、「エネルギーコスト」の問題、さらに長期間のデフレ経済が日本企業を苦しめてきた。
事業環境の改善などの観点で必要とする事項を2014年6月時点で聞いてみると、「為替レートの安定」、「法人税減税などの税制面の改善」との回答が約6割ある(図121-35)。円高是正に代表されるように、そのうちいくつかはその後解消の方向に向かっているが、エネルギー問題や人材不足のような、依然として大きな課題もある。いずれにせよ六重苦の解消は国内の立地競争力の強化において重要である。
   図121-35 事業環境の改善などの観点で必要とする事項(製造業)
1法人実効税率の引下げ
実際に、六重苦は解消に向けて進んでおり「為替の安定」においては極端な円安が是正され、法人実効税率は2.38%引き下がり、37.00%(標準税率ベース)から34.62%に引き下がった。(*東京都ベースでは、38.01%から35.64%となった。)
また、法人実効税率の更なる引下げに向けて、2014年6月24日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2014〜デフレから好循環拡大へ〜」で、次の指針が示された。
「日本の立地競争力を強化するとともに、我が国企業の競争力を高めることとし、その一環として、法人実効税率を国際的に遜色ない水準(図121-36)に引き下げることを目指し、成長志向に重点を置いた法人税改革に着手する。
そのため、数年で法人実効税率を20%台まで引き下げることを目指す。この引下げは、来年度から開始する。財源については、アベノミクスの効果により日本経済がデフレを脱却し構造的に改善しつつあることを含めて、2020年度の基礎的財政収支黒字化目標との整合性を確保するよう、課税ベースの拡大等による恒久財源の確保をすることとし、年末に向けて議論を進め、具体案を得る。
実施に当たっては、2020年度の国・地方を通じた基礎的財政収支の黒字化目標達成の必要性に鑑み、目標達成に向けた進捗状況を確認しつつ行う。」
それを受けて2015年度の税制改正においては、国・地方を通じた法人実効税率(現行34.62%)は、2015年度に32.11%(▲2.51%)、2016年度に31.33%(▲3.29%)となる。(*東京都ベースでは2015年度に33.06%となる。)
   図121–36 法人実効税率の国際水準
       法人税率 2000年    2014年
OECD          約34%    24.98%
アジア         約28%    22.17%
日本(標準税率ベース)  約41%    34.62%→32.11%
日本(東京都ベース)   約42%    35.64%→33.06%
■■2経済連携協定への対応
我が国はこれまで、14の国・地域との間でEPAを発効させてきた。2015年1月15日にはこれまでの二国間EPAパートナーで最大の貿易相手国となる豪州との間でEPAが発効し、2015年2月10日には日モンゴルEPAが署名に至った。また、現在3か国・5地域(TPP、日EU・EPA、RCEP、日中韓FTA、AJCEP(サービス貿易章・投資章)、日カナダEPA、日コロンビアEPA、日トルコEPA)との交渉が進行中である(図121-37)。「日本再興戦略(2013年6月14日閣議決定)」では、FTA比率(貿易額に占めるFTA相手国の割合)を現在の19%から、2018年までに70%に高める」ことを決定しており、引き続き交渉を進めていく。
   図121–37 経済連携協定への対応
3エネルギーコスト
このように六重苦は着実に解消に向かっている一方で、特に「エネルギーコスト」と「人手不足」については、課題が残っているのも現状である。人材関連については、本節の「3.(1)ものづくり基盤の強化に向けた人材育成・活用」で詳しく分析する。
「エネルギーコスト」については、東日本大震災以降、高騰する燃料価格などを背景に、製造業などの産業用に係る電気料金の平均単価は約3割上昇している(図121-38)。
   図121-38 産業部門における電気料金の推移
電力消費の多い製造業にとって、エネルギー価格の上昇は経営に直接影響を及ぼしており、エネルギー価格の上昇による収益への影響を業種別に見てみると、「鉄鋼業」は87.8%、「非鉄金属」は86.9%と9割近くが収益が減少すると回答しており、逆に、影響が少ないのは「一般機械」や「電気機械」であるが、それでも約7割は収益が減少すると回答している(図121-39)。
また、エネルギー価格の上昇により収益が減少すると回答した企業に、エネルギー価格が10%上昇した場合の営業利益の減少率を聞いてみると、収益が減少する割合の高かった「鉄鋼業」は、「20%超」の企業が11.9%、「10%超〜20%以下」が7.3%あり、「非鉄金属」も「20%超」の企業が9.6%、「10%超〜20%以下」が10.6%と、影響度も高いことが分かる(図121-40)。
   図121-39 エネルギー価格の上昇による影響
   図121-40 エネルギー価格が10%上昇した場合の収益への影響
エネルギー価格の上昇により、営業利益に大きな影響が出ることが分かった一方で、価格上昇分を取引価格に転嫁できていない企業が多いのが現状である。「まったく転嫁できなかった」と「ほとんど転嫁できなかった」を合わせると「電気機械」と「輸送用機器」は9割を超え、「一般機械」、「非鉄金属」も8割を超えている(図121-41)。
   図121-41 エネルギー価格上昇分の取引価格への転嫁
このようにエネルギーコストの負担が減らない状況の中で、省エネルギーに向けた設備投資が活発化している。省エネルギーに向けた設備投資を「既に行っている」と回答した企業は51.7%に上っており、「今後行う予定」としている企業も15.1%となっている(図121-42)。また、実際に行っている設備投資の内容としては、「LEDや空調などの入替」が最も多く79.2%となっており、46.0%は「生産設備の入替」を行っていると回答している(図121-43)。
   図121-42 省エネルギー向けた設備投資
   図121-43 省エネルギー設備投資の詳細
これまで述べてきたように、製造業を取り巻く環境は著しく変化してきているが、国内の立地競争力が高まりつつあり、また、第1節でも述べたように雇用環境が改善し、賃金にも波及してきている中で、国内拠点の在り方を改めて見直し、我が国の製造業が有する技術力や現場力を維持・強化しつつ、情報化社会に対応していく柔軟性、時代に即した人材育成などを通じ、デジタル化も見据えた次世代型の製造業の転換が求められている。
地域工場・中小企業等の省エネルギー設備導入補助金
平成26年度補正予算において、エネルギーコスト高を乗り越えるための企業の体力強化と、省エネルギー投資の促進による経済活動の活性化を目的とし「地域工場・中小企業等の省エネルギー設備導入補助金」が緊急的に措置された。本事業では、最新モデルの省エネルギー機器などの導入支援(A類型)として、1最新モデルかつ2旧モデルと比較して年平均1%以上の省エネルギー性能の向上が確認できる機器などの導入を支援するとともに、地域の工場・オフィス・店舗などの省エネルギー促進(B類型)として、工場・オフィス店舗などの省エネルギーや電力ピーク対策、エネルギーマネジメントに役立つ既存設備などの改修・更新に対しても支援を行っている。 
 
2 事業環境の変化に対応した国内拠点の在り方

 

1 国内のものづくり拠点の動向
1国内におけるものづくりの見直し
第1節において設備投資動向の分析にもあったとおり、景気の回復に伴い2014年度の設備投資は前年比で増加した。2014年度の資金計画において、2013年度よりも資金配分を高める使途は、「国内設備投資」が52.6%と最大となっており、「海外設備投資」が26.3%、「研究開発」が25.4%と続いている(図122-1)。設備投資の中でも国内への配分を増やしていく傾向が見て取れる。
   図122-1 2014年度資金計画において2013年度との比較で資金配分を増やす使途(製造業)
国内への投資が増加傾向にあるが、設備投資の目的は変化しつつあり、「能力増強」は2007年をピークに減少している。2014年には20.9%となっており、逆に「維持・補修」が増加し、2013年以降最大の投資目的となっている(図122-2)。また、「新製品・製品高度化」や「合理化・省力化」も増加傾向にあり、海外展開が進む中で国内拠点の競争力を維持・強化していくため、国内生産の製品の高付加価値化や新しい技術の導入、また、効率化に向けての投資を行っている様子がうかがえる。
実際、国内での新規投資は様々な業界で進んでいる(図122-3)。例えば(株)堀場製作所においては、新しい開発・生産拠点を建設予定であり、新生産方式の導入により、生産能力2倍、納期3分の1を実現する見込みである。また、グローリー(株)は貨幣処理機の組立・製造のほか、生産技術開発拠点の集約なども目的とした新規投資を行う予定である。
   図122-2 設備動機ウェイトの推移(製造業)
   図122–3 国内新規投資の事例案件
企業名 投資概要・検討状況
(株)堀場製作所(京都市南区)製品:エンジン排ガス測定装置
○滋賀県大津市に所有する工場用地に、湖西最大の開発・生産拠点「HORIBA BIWAKO E-HARBOR」を建設。投資総額は約100億円。
○新生産方式を導入することにより、生産能力2倍・納期1/3を実現見込み。
グローリー(株)(兵庫県姫路市)製品:貨幣処理機
○姫路本社内に、新工場を建設(約30億円)。
○製品の組立・製造のほか、生産技術開発の拠点集約等を目的とする。
ファナック(株)(山梨県忍野村)製品:工作機械 ○栃木県壬生町に、工作機械や産業用ロボットの頭脳となる数値制御(NC)装置の生産拠点を新設。
シチズン時計(株)(東京都西東京市)製品:時計の部品
○長野県佐久市に、新工場を建設(約30億円)。
○生産状況に応じて生産能力の増強、雇用の増員(100名程度)を計画。
(株)安川電機(北九州市八幡西区)製品:産業用ロボット
○自動車関連を中心とした需要増に対応するため、福岡県中間市の事業所内に、新たなロボット工場を新設し、大型ロボットを生産。
○拠点は日本と中国となるが、円安でコスト構造が変化し、一部で中国に勝てる水準になっているとの見方もあり、国内需要増にも対応するため、中国以上に、国内の生産能力を引き上げる可能性。
(株)東芝(東京都港区)製品:NANDフラッシュメモリ
○NANDフラッシュメモリ用の四日市工場の第5棟第2期ラインを構築。
○第2棟の立て替え(2015年中400億円)、生産設備導入(2015年中立ち上げ、2016年量産開始、数千億円)。
(株)ソニー(東京都港区)製品;CMOSイメージセンサー
○CMOSイメージセンサーの需要増加に対応するため、海外のファウンドリ(半導体製造受託会社)への委託ではなく、国内における生産能力の強化を選択実施。
また、国内への投資意欲の高まりとともに、海外生産拠点の国内回帰に向けた動きも見られる。過去2年くらいの間に、海外から国内に生産拠点を戻した企業は全体の13.3%となっている(図122-4)。海外から国内に生産拠点を戻した理由としては、「品質や納期など、海外のものづくり面での課題があった」が34.4%と最も高く、「円高是正で、日本国内で生産しても採算が確保できるようになった」と「人件費高騰などにより、海外の生産コストが上昇した」が共に24.4%と次に多くなっている(図122-5)。
ただし、後述するようにグローバル最適生産の動きに変わりはなく、その前提の下で、為替や課題などを含む様々な要素を加味し生産地を調整する中で、国内生産に一部が振り分けられているという状況であり、国内回帰のパターンとしては、国内向け製品の海外生産を国内に戻しているものと、海外向け製品であっても国内生産に戻すものがあると考えられる。
   図122-4 国内回帰の実績(過去2年くらい)
   図122-5 国内へ生産を戻した理由
技術の総本山である黒部に本社機能を一部移転することで、組織を超えた連携強化によるシナジー効果を発揮
 YKK(株)
ファスナー、スナップ・ボタンなどのファスニング事業や窓、サッシ、ドアなどの建材商品を扱うAP事業を手がけるYKKグループは、東京の本社機能の一部を富山県黒部市に移転させることを決定、先発隊としてすでに110名近くが黒部で仕事をスタートさせている。同社の本社移転の計画は5年前の2011年に遡る。同社は「お客様の側でつくって売る」ことをモットーに、1959年から海外生産に踏み切り、現在は世界71カ国・地域に拠点を構え事業を展開している。生産の9割以上が海外という現状を踏まえ、「本社はどこに置くべきか」という議論を展開している最中に東日本大震災が発生した。BCPの観点からも地震の比較的少ない黒部に移転し、ものづくりの側にも本社機能を置くことで、組織を超えた連携強化によるものづくりのシナジー効果が発揮できるのではと考えるようになった。また、2015年3月の北陸新幹線開業が黒部移転を後押しした。現在、技術開発、商品開発の拠点も世界20拠点に展開しているが、これら世界中に分散している技術の「本山」を束ねているのが黒部にある拠点で、黒部はYKKグループの「技術の総本山」という位置づけにある。さらに、黒部には同社の競争力の源泉ともいえる工機技術本部があり、材料開発、設備開発、機械部品製造により、ファスニング事業・AP事業向けの専用機械を国内外のYKKグループ各工場に供給している。ノウハウが凝縮された製造設備を内製することで、材料から製品に至るまでの一貫生産体制を可能とし、しかも製造設備は黒部のみで生産することで技術流出を防いでいる。このように、黒部の工場は同社のマザー工場であり、技術の重要な拠点となっている。そのため、黒部へ本社機能を一部移転するにあたり、同社は、製造・技術とシナジー効果を生み出す本社機能を選択的に移転させている。たとえば、法務部門であれば、訴訟に関する部門は東京に残すが、知的財産グループは黒部に移転し、ものづくりと知財のシナジー効果を高めるといった具合である。黒部への本社移転を契機に、同社は若者も住みたくなる魅力ある黒部の街づくりに取り組もうと、街に溶け込み、街と一緒に変化してゆく単身寮の建設や「パッシブタウン黒部モデル」という自然環境を活かしたローエネルギーの集合住宅の建設を計画している。同社の創業者の理念でもあり、企業精神にもなっているのが「善の巡環」という利益を現地に還元し、利点を分かち合う、地域との共存共栄の考え方である。同社の本社機能一部移転は、東京から地方へ単に機能を移し替えるのではなく、社員のワークライフバランスの確保や地域創生も視野に入れた壮大なプロジェクトなのである。
中国等における人件費高騰と事業環境上の課題
中国を始めとする海外拠点において、人件費高騰による生産コスト増が顕著となっている。1995年からの上昇率をみると、北京では7.3倍、上海においては7.5倍と、ジャカルタの2.4倍やハノイの3.9倍と比較しても、特に中国の都市部での人件費の高騰が著しい(図1)。また、中国における事業の課題や懸念事項において最も高い項目が、「労働コストの上昇」となっており、約8割が主要課題として挙げている。他にも「他社との厳しい競争」や「法制の運用が不透明」や「知的財産権の保護が不十分」との声も半数近くに上っており、中国での事業展開の課題は少なくない(図2)。   図1 アジア主要都市における人件費の推移 図2 中国事業展開における主要課題の推移
(ア)国内向け製品の国内への生産回帰
2000年代後半からの極端な円高などによりグローバルな地産地消の流れに反し、白物家電などを中心に国内向け製品を海外で生産し輸入をしている例は少なくない。業種別の逆輸入比率を見てみると、2014年度は「電気機器」が29.6%と他の主要業種と比較して高くなっている。2011年度以前は3割を超えていたが、近年の円高是正の中、逆輸入が少し落ち着いてきた様子がうかがえる(図122-6)。
   図122-6 業種別の逆輸入比率
実際に海外で生産をしていた国内向け製品を切り替えた事例としては、パナソニック(株)が卓上IH調理器を中国から戻した事例やダイキン工業(株)が中国メーカーに委託していた家庭用エアコンの一部の生産を国内に戻した事例などがある(図122-7)。
為替やコストなどの要因により、国内の立地競争力が増したことに加えて、国内の既存生産設備での生産が可能であることなどが重なり、国内に生産を戻すことができたと考えられる。
   図122–7 国内向け製品の海外生産を国内生産に戻した事例
企業名 投資概要・検討状況
パナソニック(株)(大阪府門真市)製品:卓上IH調理器等
○卓上IH調理器について、中国から神戸工場へ生産移管。
○今後、エアコン、洗濯機、食洗機(卓上型)、電子レンジの国内市場向けの海外生産を一部国内に移管することを検討中。
ダイキン工業(株)(大阪市北区)製品:エアコン
○中国メーカー(格力電気)に生産委託していた家庭用エアコン(80万台)の一部(25万台)の生産を、滋賀製作所(草津市)に移管。
キヤノン(株)(東京都大田区)製品:複写機
○全社として、2013年実績43%の国内製造比率を、2年で50%超、3年で60%に戻す方針。
○従来アジアの工場で生産していた1高付加価値複写機の一部を茨城県取手工場へ、2ハイエンドのカラープリンタの一部を滋賀県長浜工場へ移管。
(株)沖データ(東京都港区)製品:プリンター
○中国深センで生産している日本国内向けA3モノクロプリンターの全数を、福島事業所(福島市)に順次移行。
○高付加価値品を中心に、順次国産機種を増やす予定。
本田技研工業(株)(東京都港区)製品:原動機付自転車
○原動機付自転車の一部の生産について、2015年度末までに東南アジアから熊本工場に移管予定。
(株)ナカノアパレル(東京都中央区)製品:衣料品
○従来は中国製生地を利用していたが、円安により、中国生地の価格メリットが薄れたことから、自社開発による国内生地を中国の縫製工場に持ち込み、縫製品を輸入するという加工貿易スタイルに変更。
(イ)海外向け製品の国内への生産回帰
海外向け製品の生産を現地生産から国内に戻し、輸出に切り替える例も存在する(図122-8)。例えば、日産自動車(株)などの各自動車メーカーは北米市場が好調であることを受け、一部の車種を国内からの輸出に切り替える動きも見え始めている。グローバルに展開をしている企業においては、既存設備を有効活用しながら、効率やコストを考慮して生産地を検討し、利益の最大化を目指していることが指摘できる。
   図122–8 海外向け製品を国内生産に戻した事例
企業名 投資概要・検討状況
日産自動車(株)(神奈川県横浜市)製品:自動車
○北米向けSUVのローグについて、現在北米で生産しているが、国内生産・輸出で対応することを検討中。
TDK(株)(東京都港区)製品:車載部品
○中国で生産している自動化可能な車載部品などの一部(3割)について、国内生産に移管することを検討中。自動化が難しいものについては、東南アジアに移管を検討。具体的な品目や規模感は検討中。
○スマートフォンや自動車向け電子部品の国内切り替えを検討。
中小企業製品:素形材
○主に、マンホール・溝蓋など、鋳物を製造する中小企業の鋳造会社では、排水部材の一部について、鋳造工程を中国に外注していたが、為替の影響で価格差がなくなったことから、自社生産に切り替えた。
○中小企業の鋳造会社では、冷凍機用コンプレッサーの部品について、海外に取られていた受注が自社に戻ってきた。
○船舶部品等の製造・加工組立などを行う中小企業の鋳造企業では、船舶鋳物部品について、海外に取られていた受注が自社に戻ってきた。
○自動車用鋳鉄部品を製造する中小企業の鋳造会社は、自動車の足回り部品の受注が自社に戻ってきた。
○産業機械向け鋳物製品を製造する中小企業の鋳造企業は、精密加工機の足回り部品について、海外に流れていた受注の一部が自社に戻り、受注全体が増大。
円安による内需拡大をきっかけに、一個流しといったデリバリ対応力、自主企画製品によるブランド化に磨きをかけ、川口鋳物産業の復活を主導
 伊藤鉄工(株)
b伊藤鉄工(株)(埼玉県川口市)はキューポラの町として知られる川口市に立地する、1931年創業の鋳物メーカーである。排水金具やマンホール蓋といった量産品から、フェンスや照明灯、レリーフや モニュメントまで多彩な製品を取り扱っている。同社は海外から調達しているものが多かったが、急速に進む円安局面を受けて、中国の協力企業から購入していた排水金具や排水トラップ、継ぎ手などを順次内製(国産化)に切り替えている。2014年春に1ドル100円の水準に達した頃から、国内でつくっても採算が取れるようになったという。もともと、厳しい納期に対応するためのデリバリを考慮すると、多少中国より高くても国内でつくる方がメリットは大きく、一段と円安局面が進んだ現行の為替水準であればコストは中国と同等以下となり、なおさら国内でつくるメリットが大きくなるという。依然として海外からの調達品が多い同社にとって、円安はむしろ経営面でのデメリットが大きいというが、日本に仕事が戻り内需が拡大することは、中長期的にみて同社にもメリットがあるという。しかし、同社は為替レートではなく、3Dプリンタや1個流しといった新しいものづくりの有り様の変化に着目している。大ロット生産は在庫を持つ必要もあり海外生産が主流にならざるをえないが、1個流しなどのものづくりが主流となり、デリバリが厳しくなればなるほど、国内でものづくりを行うチャンスやメリットは大きくなるとみている。また、同社が中心となって立ち上げた、川口鋳物職人の匠の技によるFerramica(フェラミカ)という鋳物調理器具によるBtoC市場向けの市場開拓にも力を入れ、円安局面を追い風に海外市場開拓も視野に入れている。
2グローバル展開における国内拠点の役割
このような動きは若干あるものの、大きな流れとしてはグローバル最適生産、地産地消の動きには変わりがなく、国際分業はますます進んでいくと考えられる。また、アジアを始めとした海外生産の技術レベルも向上してきている中で、国内の立地競争力を維持・強化していくためには、国内拠点の役割を明確にし、海外拠点と差別化していく必要がある。
アンケート調査により、大部分を国内に残す方針である部門を聞いてみると、「企画・経営管理」が79.4%と一番多く、「研究開発(基礎)」、「マザー工場(基幹部品生産など)」、「研究開発(応用・試作)」と続いている(図122-9)。
   図122-9 大部分を国内に残す方針とする部門(機能)(製造業)
また、国内生産拠点の役割を尋ねてみると、「海外拠点との差異化を図るための拠点」と位置づけている企業が多くなっている(図122-10)。また、海外との差異化拠点としての具体的な役割としては、新しい技術や製品など新たな価値創造を生み出す「イノベーション拠点」、海外へ移管する生産技術や海外工場のバックアップを担う「マザー工場」という回答で7割を超えており、国内拠点は海外拠点をリードしていく役割を担っており、高付加価値化につながる高度な技術や新しい技術の開発力が求められていると考えられる。また、多品種少量生産や短納期生産などに柔軟に対応できる「フレキシブル工場」という回答も多くなっている(図122-11)。
   図122-10 国内生産拠点の今後の役割
   図122-11 海外との差異化拠点の役割
国内生産回帰で設計から生産、保守までの一貫生産体制を整え、収益創出となるイノベーション拠点を強化
 沖電気工業(株)
プリンターや複写機などはもはや中国などの海外生産が主流とみなされている中、同社グループ企業の(株)沖データは中国深圳の工場で生産している日本国内向けA3モノクロプリンターの生産を福島事業所へ移管し、今後も高付加価値品を中心に国産化率を高める方針を打ち出した。これは昨今の円安という為替レートの変動を踏まえたものではなく、国内需要が多い製品の設計から生産、保守までの一貫生産体制を整えることで、製品開発力の強化を目指したものである。実際に、中国生産と比較すると、市場での不具合は3分の1に減少し、生産性も10%上昇している。今後も、高品質や短納期の実現はもちろんのこと、迅速で柔軟な対応力、改善力、物流効率化を実現し、新商品立ち上げ時の設計変更や納期変更といった事態にも対応できる体制の構築を目指す。また、今回の国内回帰により雇用を60名増加させ2015年度も雇用増を予定している。地元人材の雇用拡大により福島の復興に貢献できると考えている。サービス思考のビジネスモデルが注目を集める中、同社はそれに加えて従来からのハードウェアの生産による付加価値提供が収益の源泉であると考えている。生産現場での日々の1つ1つの改善、改革、工夫によりお客様の付加価値を作りだし、それが収益に繋がるという“生産現場こそが収益創出の最前線”という認識の下、福島事業所は同社にとっての「イノベーション拠点」であり、かつ、福島での改善・改革を海外拠点に展開していく「マザー工場」としての役割を果たしている。生産現場そのものが競争力の源泉であるとの考え方は、同社のEMS事業にも共通している。2012年10月に田中貴金属工業(株)からプリント配線板事業及び鶴岡工場を買収し、OKI田中サーキット(株)注3として再スタートを切ったが、約300人いた従業員全員の雇用を維持し、買収後わずか1年で高度な技術力と高い生産効率を併せ持つ多品種少量生産工場としての位置付けを確たるものにした。最先端技術への戦略投資に加えて、「収支の見える化」を図ることで現場で働く社員一人ひとりのコスト意識を高め、「カイゼンの見える化」も図ることでコストダウンの効果を“喜び”として実感できるようにした。こうした地道な取組こそが強い製造ラインをつくりお客様の“喜び”(価値創出)にもつながっている。ものづくりの原点を忘れないことが、国内においても世界に負けない強い工場が存続しうる理由と考えられる。
“Made in Aso”というファクトリーブランドを掲げるマザー工場がグループのものづくりと地域経済を牽引
 (株)堀場エステック
(株)堀場エステック(以下、STEC)は自動車、環境、医用、半導体、科学の5つの事業領域を手掛ける(株)堀場製作所を親会社に持ち、HORIBAグループにおける半導体事業を担う中核企業である。同社の阿蘇工場は熊本空港から約5キロという好アクセスの工業団地に立地しており、半導体分野の主力製品である半導体製造装置用のガス・液体流量制御機器(マスフローコントローラ、以下MFC)や医用分野の主力製品である血液検査装置などを生産する、HORIBAグループ最大の生産拠点かつマザー工場という位置づけにある。STECは(株)堀場製作所が1974年に他社と共同出資し、(株)スタンダードテクノロジとして設立された。阿蘇工場は1988年に竣工し、当時シリコンアイランドとして半導体産業が盛んであった九州には、同社の顧客である半導体製造装置メーカやエンドユーザである半導体メーカの工場が数多く立地していた。半導体事業は景況の波が激しいことから、雇用の安定を図るために京都の(株)堀場製作所本社工場から医用分野の製品生産ラインを阿蘇へ移管することを決断し、2011年5月に約20億円を投じて新棟の増築に着手した。当時はまだ円高で、東日本大震災直後ということもあり国内の景況も芳しくなかったため、周囲からは「海外ではなく、国内に新工場をつくるのか」と驚きをもって受け止められたという。同社の主力製品であるMFCは量産製品でありながら、顧客の要望に合わせて作り込むカスタム品である。取扱うガスの種類や流量、継ぎ手の形状などが顧客によって異なり、しかも超短納期での対応が求められる。このような多品種変量生産かつ短納期のものづくりこそ国内工場の真骨頂であり、海外では生産できないという。また、MFCは難度の高い金属加工を必要とし、かつ、クリーンルームで使われる半導体製造装置向けの製品であるため、研磨して鏡面加工に仕上げなければならないパーツもある。レベルの高い機械加工サプライヤーの集積も、日本のものづくりの強みとなっている。多くの地方自治体が少子化による人口減少に直面している中、阿蘇工場が立地する西原村は人口7千人の小さな自治体であるものの人口は増えており、内閣府が公表した市区町村別の経済指標のランキング(2010年)で全国1位となったことで注目を集めている。過去の製造品出荷額等や従業者数の伸びが構成指標の一つとなっているが、1988年に設立されて以来、設備増強を繰り返し、着実に生産と雇用を増やしてきた。工場内には、阿蘇工場が世界一の品質を生み出しているという自負をもって「Made in Aso」という看板が随所に掲げられている。「Made in Japan」 ではなく「Made in Aso」というファクトリーブランドを掲げるところに、地域との共存共栄を目指す同社の姿勢が現れている。
グローバルマザー拠点としての役割の拡大
 日産自動車(株)
電気自動車(EV)リーフなどを生産している追浜工場(神奈川県横須賀市)は、海外における生産能力の拡大が続く中、かつての主力生産工場としての役割から先進的・効率的な生産方法を実践したり、グローバル人財を育成したりするグローバルマザー拠点へと変化してきた。地産地消、最適地生産を実現させていくには人財が大事という考えのもと、2006年に世界トップクラスの品質と生産性を実現するために、全世界の生産拠点を対象とした人材育成の核と位置付けられるグローバルトレーニングセンター(GTC)を立ち上げた。車両製造、物流、品質保証のGTCとして、グローバルに採用するマスタートレーナー制度という人財育成方式に基づき、国内外の生産拠点から選抜された人財に対し、座学及び技能訓練による研修を実施している。GTCでの研修を終え、マスタートレーナーの資格を取得した卒業生は、自拠点に展開するリージョナルトレーニングセンターにて、グローバルに標準化された教育内容、訓練器材を使用して、現地従業員の人財育成にあたる。GTCは追浜工場の敷地内にあり、学んだ内容を工場の中ですぐに体験できるメリットもある。これまで新車の立ち上げなどで問題が起きた際には、日本から緊急で人を派遣して対応をしていたがGTCで事前研修を実施したり、また、マネジメントレベルのための研修なども行っている。国内拠点はマザー工場として、確立した製造技術を海外工場へ移転する役割だけに留まらず、人材育成、新製品・新技術の開発や設計、グローバル調達などが集約されグローバルマザー拠点としてさらに役割を拡大させていくことが考えられる。 
2 「国内に残す」、「海外で稼ぐ」分野の棲み分け

 

製造業のGDPは1997年の約114兆円をピークに2000年代は100兆円前後で推移をしていたが、2009年に約83兆円に大きく落ち込んだ後は、90兆円前後となっている。業種別に見てみると過去20年の間に多くの業種は減少の一途をたどっており、特に「電気機械」は1994年は18.4兆円だったが2013年には11.1兆円まで減少しており、「繊維」も1.7兆円から0.6兆円と減少率が高い。一方で、「輸送用機械」や「一般機械」はリーマンショックで落ち込みはするものの、ほぼ同額で推移している(図122-12)。
   図122-12 業種別GDPの推移
これは、1990年頃から地産地消や最適地生産の流れの中で、製造業における製造拠点の海外シフトが進行していることが1つの大きな要因と考えられる。2013年度において現地生産を行う企業の割合は内閣府の東京、名古屋の証券取引所第一部及び第二部に上場する企業を対象としたアンケート調査によると約7割となっている(図122-13)。また、製造業の対外直接投資額は、2013年は4.1兆円と我が国全体の31.3%を占めており、製造業の対外直接投資額の推移を見てみても、リーマンショックの影響により2009年から2010年は全体的に投資額が落ち込んでいるが、2011年以降は、活発に海外投資を行っている様子がうかがえる。業種別では、「輸送機械器具」、「化学・医薬」、「電気機械器具」の投資額が大きくなっている(図122-14)。
   図122-13 海外で現地生産を行う企業の割合と現地生産比率
   図122-14 製造業の業種別対外直接投資の推移
海外生産が増加しているのに加え、仕入れ先が海外現地法人と同国である割合を指す海外現地調達率も徐々に増加傾向にあり、2013年は約60%に達している(図122-15)。
製造拠点を海外に据える最終財メーカーには、開発コストや輸送コスト、リードタイムなどの観点から中間財メーカーを近くに引き寄せたいという思いがあり、中間財メーカーも取引の維持・拡大のためには最終財メーカーの近くにいたいと考えることで、最終財メーカーを追う形で国内中間財メーカーの海外進出が進んでいる状況にある。また、海外で技術力の高いメーカーと提携することも、海外現地調達率の高まる一因になっていると考えられる。特に後者の傾向が強く見られるのは、「木材・紙パルプ」といった分野であり、約70〜80%を現地から調達している(図122-16)。逆に、日本からの調達率が高いのは「窯業・土石」や「情報通信機械」で4割以上が日本からの輸出となっている(図122-17)。
   図122-15 海外現地法人における仕入れ額の内訳
   図122-16 産業毎における海外現地調達率
   図122-17 産業毎における日本からの調達率
また、国内の鉱工業品の総供給量は2009年に大きく落ち込んで以降、少し回復してはいるものの2008年以前の水準には達していない中、輸入が増加し、国産品の出荷が伸び悩んでいることで輸入浸透率が高まっている状況もうかがえる。一方、輸出依存度は2010年以降はほぼ横ばいで約20%となっており、出荷指数を見ても輸出向けと国内向けどちらも横ばいであることから、近年の円安状況下においても大きな輸出増加には至っていない状況が見受けられる(図122-18・19)。アンケート調査で円安シフト後の輸出数量の変化をたずねると、「変わらない」が67.8%と多く、「大きく伸びた」と回答した企業は3.1%、「やや伸びた」と回答した企業は25.9%であった(図122-20)。また、製品の輸出価格を変更したかを聞いてみると、93.0%が「変えていない」と回答しており、「下げた」は3.7%、「上げた」が3.3%となっている(図122-21)。
   図122-18 輸入浸透率と輸出依存度
   図122-19 輸入浸透度(前年比)の要因分解
   図122-20 輸出数量の変化
   図122-21 製品の輸出価格
国内外での稼ぎ方が変化している中、企業は海外拠点と国内拠点の明確化を進めてきているが、各産業ごとに取り巻く環境や産業のコスト構造、発展状況などが違うため、輸出拠点も含め「国内に残す」分野と「海外で稼ぐ」分野の棲み分け方は大きく異なっている。このような状況の中、今後も製造業は引き続き我が国経済を支える屋台骨としての役割を継続し、さらなる発展を遂げていくことができるのだろうか。業種ごとの分析を通じ、検証を行う。
1「自動車」
自動車産業はグローバル化が進んでおり、日系メーカー12社の2014年の生産は合計2,725万台で、うち海外生産は1,748万台と、6割以上が海外で生産されている。リーマンショック以降この傾向は強まっており、2004年に5割であった国内生産比率は、足下では4割まで低下している(図122-22)。現在、自動車産業は、需要のある消費地の近くで生産を行う「地産地消」を基本としており、国内での需要が500万台前後で伸び悩む中で、旺盛な海外需要には海外生産の拡大によって対応している状況が明確になってきている。
こうした状況の中で、輸出比率(国内生産のうち輸出向け台数比率)は、緩やかに減少傾向にあるが、その背景には、一部で為替による影響の抑制やコスト削減を図るために、日本から海外に生産を移転し、更なる「地産地消」を進める動きがみられるところである(図122-23)。なお、国内乗用車メーカー6社の輸出比率や生産台数の推移を見てみると、本田技研工業(株)のように「地産地消」の傾向がより強く、輸出比率を大きく引下げたメーカーもあれば、トヨタ自動車(株)のように国内生産を一定程度保っているメーカーもある。また、マツダ(株)や三菱自動車工業(株)のように輸出比率を保っているメーカーや、日産自動車(株)のように輸出比率は保っているが、国内生産台数が減少し海外生産比率が高まっているメーカーや、富士重工業(株)のように輸出比率が上昇しているメーカーもあり、各社の状況には相違がみられる(図122-24・25)。
   図122-22 国内生産比率
   図122-23 国内生産のうち輸出向け台数比率
   図122-24 国内乗用車メーカー6社の輸出比率の推移
   図122-25 国内乗用車メーカー6社の生産台数の推移
自動車メーカーが海外での生産を検討するに当たっては、現地での部品調達コスト等を考慮して、1工場で約20万台の生産に見合う需要があることが、生産ラインを設置する目安とされている。こうした中で、現地生産拠点のない地域や現地生産での供給能力の不足に対して、輸送コスト、生産コスト、関税などを総合的に考慮して最も効率的な場所で生産を行う「最適地生産」が行われ、例えば、タイからは東南アジア、中近東、オーストラリアに向けて輸出がなされ、メキシコからは北米・南米向けの輸出がなされるなど、海外の地域拠点から近隣の国々への輸出も活発に行われている(図122-26)。こうした「地産地消」と「最適地生産」の組合せを背景として、マクロな動態としては、日本からの輸出比率の減少、海外生産の増加が見られるが、自動車メーカーに共通して、日本を「マザー工場」として位置付け、日本での生産を戦略的に維持する取組が行われている。
   図122–26 日系自動車「生産」拠点のグローバル展開(2013年)
自動車メーカーは、こうした中で、生産する車種ごとに最適生産地を選択している。為替の動向や工場の稼働率、需要の動向など様々な要素を考慮しつつ、国内での生産を選択するに当たっては、以下の特徴が見られる。
(ア)国内での需要
「地産地消」の考え方の下で、国内で販売される車種は基本的に国内で生産がなされる。海外から逆輸入をしているのは年間約5万台程度と、ごく一部にとどまる。
(イ)量産効果
高級車種など、生産台数が比較的少なく、また需要地にばらつきがある車種については、量産効果を活かすため国内での生産を優先する傾向が見られる。
(ウ)先進技術の採用
ハイブリッド自動車など、先進的な技術が使われている車種については、生産現場と一体となった技術開発や、生産のノウハウの保持、部品の調達等の観点から、一貫して国内で生産される傾向がある。高い技術力があり、また製品開発を共同で行うサプライヤーが国内にいることも踏まえ、特に燃料電池自動車など先進技術を採用し量産化が始まったばかりの車種について、生産から開発へのフィードバック等を通じて、製品品質や量産技術の向上に取り組んでいる事例がある。
(エ)生産技術の進化
ロボット化などの新たな生産技術の導入や工場の環境負荷削減の新たな取組などは、日本の工場で試行した生産技術を海外の工場に展開している事例がある。
自動車部品に関しては自動車メーカーの海外進出に伴い、現地調達率の向上や現地での競争力強化に貢献するため、海外現地生産を決断することもあるが、技術や品質の熟度、国内外での輸送費を含めたコスト比較などを勘案して、国内生産に留めるものと海外生産を行うものとが区別されている。
一次サプライヤーにおいては、生産技術面や提案力、性能、価格などの総合的判断で海外においても日系メーカーと一緒に進出している傾向が強い一方で、二次以下のサプライヤーからの調達は、汎用部品を中心として地場メーカーから行っている部品も少なくない。自動車部品の中でも、国内で生産をし、海外生産拠点へ輸出しているものがあるが、これらには、1量産開始から間もない先端技術を使用している、2設備が高価であったり、多品種少量生産や量産効果が高いなど国内での集中生産にメリットがある、3輸送効率が良いなどの特徴がみられる。
自動車業界は信頼性の担保が特に重要な製品であり、また、製品の輸送コストが大きいこともあり、生産拠点の構図はすぐに変わるものではない。国内に信頼性が高く、技術力のあるものづくりができる人材を今後も育成していくことが、日本における自動車産業の競争力を維持・強化していく上で重要である。
自動車産業における取引のオープン化と生産性の関係
自動車産業では、完成車メーカーと部品メーカーとの間に、部品の仕様などをすり合わせる技術的な必要性から、密接な関係が構築され、各部品について、系列内の特定の取引先との安定的な取引が行われている傾向がみられる。特に我が国の自動車産業は、欧米と比べて系列メーカーによるクローズな取引構造に特徴があり、競争力の源泉の一つとされてきた。一方、近年、差別化要素の少ない部品を中心として、取引のオープン化が進んでいることが指摘されている。例えば、郷古(2015)では、国内乗用車メーカー主要8社と一次サプライヤーの部品ごとの取引関係を分析し、同じ部品を2つ以上の完成車メーカーに納入するサプライヤーの比率が増加していることを明らかにしている(図1)。つまり、我が国自動車産業の完成車メーカーとTier1と呼ばれる一次サプライヤーとの取引関係がオープン化してきていることが実証されている。クローズからオープンへの取引構造の変化は、我が国自動車産業の国際競争力に影響を与える可能性がある。その点、メーカーのパフォーマンスと取引構造との関わりがどのようになっているのか注目される。例えば、池内・深尾・郷古・金・権(2015)では、自動車部品メーカーを取引関係のある完成車メーカーの数で4つのグループに分けて、各グループに属する企業が所有する工場(事業所)のうち当該部品を製造している工場のTFPの平均値の推移を分析した。その結果、2000年以降、2社以上の完成車メーカーと取引のある一次サプライヤーの工場の生産性が上昇しているのに対し、一次サプライヤーでない自動車部品メーカーの工場や1社の完成車メーカーのみとしか取引していない一次サプライヤーの工場の生産性はほとんど変化しておらず、両者の間の生産性格差が拡大していることを明らかにしている(図2)。さらに当該論文では、多くの完成車メーカーと取引関係を持つ部品メーカーと、そうでない部品メーカーとを比較した結果として、企業規模や外資比率といった構造的な要因のみでなく、R&D活動への取組や輸出比率などの企業行動、そして生産性や利益率、生存確率などの経営パフォーマンスにも大きな違いが見られるという興味深い指摘をしている。   図1 同じ部品を2つ以上の完成車メーカーに納入するサプライヤーの比率 図2 取引先完成車メーカー数別自動車部品メーカーのTFP指数(対数)
自動車部品産業における取引のグローバル化における日欧の相違
近年、自動車産業においては、TIER1と呼ばれる一次サプライヤーの規模の拡大、取引先のグローバル展開が指摘されてきているが、ここでは、日米欧のセンサーを納入している一次サプライヤーの納入先である完成車メーカーの広がりを見てみたい。(図1)   図1 日米欧一次サプライヤーのセンサー納入先   上記の絵で見られるように、我が国のサプライヤーの取引先は、我が国の完成車メーカーが中心であるのに対し、欧米のサプライヤーの取引先は、グローバルに広がっている。この背景として、欧米サプライヤーが、複数の完成車メーカーに標準仕様の製品を大量に販売することなどにより、コスト競争力を高めているのに対し、我が国のサプライヤーは、取引先とのすり合わせにより、完成車メーカー毎に異なる仕様に対応し、性能を高めていることを重視していることも一因であると指摘する声もある。「我が国の一次サプライヤーの取引先が、我が国の完成車メーカー中心であることにより、我が国の二次サプライヤーにも、個々の完成車メーカー毎の品質基準や仕様に対応する必要が生じており、二次サプライヤーの企業体力が低下しているといった指摘もある。近年、完成車メーカー毎の仕様の標準化の必要性が検討されつつあるところ、こうした動きが、今後、サプライヤーにどのような影響を及ぼすかといった点も含めて、動向を注視していく必要があろう。」   図2 国内外の一次サプライヤーと二次サプライヤーの関係
2「一般機械」
一般機械の分野は自動車と並んで我が国製造業による輸出の稼ぎ頭であり、2014年の貿易収支は約7.5兆円の黒字となった。現在も引き続き輸出が堅調に推移する背景について、以下で分析する。
(ア)工作機械
工作機械は、製造業の基盤的設備であるため、工作機械の性能の優劣が、生み出される製品の競争力を大きく左右し、その国の工業力全体にも大きな影響力を及ぼす重要な基幹産業である。我が国における工作機械の生産台数は年間10万台程度であり、国内生産比率は約90%と他産業と比較して非常に高い水準を維持している(図122-27・28)。一部メーカーにおいては、地産地消のため現地生産を行っているが、高度な熟練技術者や高精度な工作機器等を提供するサプライヤー等、進出先において十分な産業活動の基盤を必要とすることも特徴の1つである。
   図122-27 我が国の工作機械生産台数
   図122-28 工作機械業界の国内生産比率
一方、世界の工作機械(切削型+成形型)市場規模は、中国の高度成長により2011年には過去最高の917億ドルを記録し2000年と比べ2倍以上に伸長した。しかし、その後の中国経済の後退等により2014年は755億ドルに留まっている。なお、中国における工作機械(切削+成形)の購入額は1990年代後半から増加し、2002年から世界最大の購入国となっている(図122-29)。その半数は日本やドイツから輸入をしていることもあり、我が国の工作機械受注額ベースでは外需が6〜7割で近年は推移している(図122-30)。
   図122-29 国別工作機械購入額の推移
   図122-30 受注額の推移と外需比率
我が国工作機械業界の生産拠点が主に国内で展開されている大きな理由として、高い技術を持つメーカー、ユーザー、サプライヤーが国内に集積している点が挙げられる。工作機械は技術統合型の製品であり、複数の高度な技術力を要求する部品群のインテグレーションによって製造されている(図122-31)。例えば工作物や工具を取り付け回転させる「主軸」と呼ばれる部材は、加工の際に発生する変位や振動を抑制するために、十分な剛性の確保、熱対策、高い組立精度の確保等が必要となる。「NC(数値制御)装置」は、自動運転プログラムにより工作機械の運動を高精度に制御したり、必要な補正等を行う重要な機能を担う。「リニアガイド」「送りモーター」と呼ばれる部材は、加工時の工具や工作物にかかる加工負荷に耐えつつ正確な位置決めを行うための部材である。これらはいずれも高い技術力を要する高機能な部材であり、それぞれ国内に競争力の高いサプライヤーが存在する。また、機械構造のフレームを構成する鋳物部材については一部中国や韓国等からの輸入品が存在するが、「キサゲ」と呼ばれる、金属表面に微小なくぼみを付ける最終工程を国内の熟練工が行うことにより、金属表面の摩擦抵抗を小さくし、部材の滑らかな移動を可能にするといった高付加価値化が行われている。さらに、各々の部品の性能を最大限に活かし、工作機械としての機能・性能を確保するためには、最終組立において熟練した技術を持った技能者が改善・微調整を繰り返しつつ、造り込みを行っていくとともに、徹底した精度管理を行う必要がある。こうした技術力の高いサプライヤー、競争力のある工作機械メーカーが自動車、電機電子、一般機械、精密機械などの国内に集積するユーザーからの高度な要求に応えるという環境が実現していることから、国内で工作機械の生産を継続するインセンティブとなっている。
   図122-31 工作機械の主要部品とキサゲ作業
こうした技術的な側面に加え、工作機械はアフターサービス等での差別化も行われている。海外へ輸出する際にもメンテナンスサービスの提供が1つの重要な要素となっており、きめ細やかなサービスを実施することによりユーザーの機械のダウンタイムの短縮化に対応している。また、新たなサービスとして製品提供とサポート体制を一括で請け負うことで、ユーザー側での操業中のデータを収集・分析することによる効率的なメンテナンスやアドバイスなどのサービスに繋げたり、ユーザーニーズの吸い上げを行うことで次の製品開発に活かすことができる循環ができあがりつつある。製品寿命が長いため、こうしたメンテナンスを含む手厚いサポート体制を通じて顧客と密接な関係を構築し、設備更新の際に継続受注を獲得する事例も少なくなく、大規模なシェア構造の変化が起こりにくいとも言える。
(イ)ロボット
我が国は産業用ロボットの年間出荷額、国内稼働台数ともに世界一のロボット大国である。2013年の国内ロボットメーカーの出荷額は約5,400億円であり、その大半が製造業向け産業用ロボットとなっている(図122-32)。特に産業用ロボットについては、輸出向け比率が急増しており、出荷額の67%が輸出に回っている。日本企業は産業用ロボットの世界シェアトップを長期にわたって維持しており、2013年のシェアは4割程度となっている(図122-33)。
   図122-32 産業用ロボット出荷額の推移
   図122-33 世界の産業用ロボット市場規模と日本企業シェア推移
産業用ロボットの世界市場は金額ベースで直近5年間に約60%成長している。特に中国市場は直近10年間で32倍と急速に拡大しており、今後中国市場における競争激化が見込まれる。
工作機械業界同様、ロボット業界においても競争力のあるユーザー、メーカー、サプライヤーが国内に集積していることから、国内でロボットを生産し海外に輸出する体制が構築されてきた。一方でロボットは工作機械と異なり、中国における自動化ニーズ拡大等によって海外への出荷台数が急激に増加しつつあり、汎用ロボットにおいては中国での生産にシフトする動きもあり、国内生産比率は低下していくことが懸念される。
しかし、我が国はロボットの生産において世界一であると同時に、ロボットの活用においても今後、さらなる成長が期待される。具体的には、中小企業における産業用ロボットの活用や、医療や介護、農業といった多様な分野におけるロボット活用の拡大が見込まれる。我が国は、少子高齢化やインフラ老朽化等の社会課題に世界に先駆けて直面する課題先進国であり、こうした課題を解決するためにロボット利活用を進めるべきフロンティアを多く抱えているのである。また、日本人は伝統的にロボットの受容性が高いとも言われている。例えば、鉄腕アトムのようなアイコンの存在は、欧米と比べて人型ロボットへの抵抗感を小さくしているとも考えられ、その結果として、日常生活においても、Pepperのようなヒト型ロボットや家庭用の掃除ロボットなどの活用が進んでいくと考えられる。このように、様々な分野でロボットを活用し続けることで、我が国は世界一のロボット利活用社会だけでなく、世界のロボットイノベーション拠点となることを目指していく。
3「電子電機」
電子電機産業の地産地消・最適地生産の構図は、白物家電の高級機種は国内で生産し、それ以外の品種は海外で生産を行っており輸出は少ないというのが従来の姿であった。これに対し、先程国内回帰の部分でも述べたように、最近の円高是正などに伴って、逆輸入をしていた製品を国内生産へ切り替え、地産地消とする国内回帰の傾向が見られるようになってきた。他方、テレビや携帯などのいわゆる黒物家電においては、部品は国内生産している部分もあるが、基本的には海外生産が中心となっている。一方で、電子部品・デバイス産業の輸出額は着実に伸張している。
世界の市場規模と日系企業のシェアを見ても、「電子部品・デバイス」は比較的高いシェアを維持していることが分かる(図122-34)。「電子機器」市場においては、市場規模が相対的に小さい「AV機器」市場では依然として高いシェアを保っているが、「通信機器」や「コンピュータ及び情報端末」市場では十分なシェアを得られていない。
また、エレクトロニクス産業の主要10社の売上高と営業利益率を見てみると、「黒物」と「電子部品・デバイス」の売上高は約10兆円とほぼ同レベルであるが、営業利益率には大きな差があり、「白物」は営業利益は「黒物」ほど低くはないが売上高は半分以下であることから、「電子部品・デバイス」がエレクトロニクス産業の稼ぎ頭であることが見て取れる(図122-35)。
   図122-34 世界の市場規模と日系企業のシェア(2013年)
   図122-35 エレクトロニクス産業主要10社の売上高と営業利益率
このように同じ電子電機産業の中においても、状況が大きく異なっていることが分かる。特に現状の差が大きい「情報通信機械」と「電子部品・デバイス」の輸入浸透度と輸出依存度の推移を見ると、「情報通信機械」は輸入浸透度が2007年から高まっており2014年には50%を超えた。輸入浸透度の前年比を要因分解してみると、輸入浸透度の上昇には、「国内減少要因」が「輸入増加要因」を上回り寄与していることが見て取れる(図122-36)。
また、国内メーカーはOS・ハードなどを全て独自設計する自前主義や垂直統合などにより、グローバルな水平分業体制への変化に対応が遅れ、急拡大したスマートフォン市場で国内メーカーは厳しい状況を強いられているのも大きな要因の1つと考えられる。
一方で、「電子部品・デバイス」は輸出依存度は微減傾向ではあるが、2014年も32.4%と輸入浸透度との差は大きい。出荷指数を見ても、2012年から大きく拡大しており、特に国内向けの需要が特に伸びていることが見て取れる(図122-37)。
   図122-36 情報通信機械の輸入浸透度と要因分解
   図122-37 電子部品・デバイスの輸出依存度と出荷
これまで分析してきたように「電子部品・デバイス」が電子電機産業を牽引しているが、その中でも特に電子部品は国際競争力が高く、今後も成長が見込まれる分野である。電子部品の世界シェアは高く、コンデンサなどは特に高いシェアを確保している。先程も述べたとおりスマートフォンは国内でもシェアが低い状況ではあるが、国内外を問わずスマートフォンの多くに日系メーカーの電子部品が使用されている。これは、一般論として、同種の製品について多くの顧客と取引してノウハウを蓄積すると共にニーズをつかみ、また、スマートフォン以外にも多種多様な製品向けに部品を供給してリスクを分散できていることなどが理由として挙げられる。
元々高い技術力を持っている日系メーカーには、その要素技術を活用して世界で市場が伸びている製品群に活用できる部品を展開することが求められる。海外の電子部品メーカーも技術力を上げつつあるが、現在優位にある日系メーカーは、ユーザー企業と開発段階から関わることで将来のニーズをいち早くキャッチし、常に技術革新をリードすることで競争力を保っていくことが重要である。
首都圏から熊本へ技術者が移動し、開発と生産が一体となって世界初の裏面照射型CMOS イメージセンサーの開発に成功、地域経済の要となる存在へ
 ソニーセミコンダクタ(株) 
ソニーセミコンダクタ(株)(熊本県菊陽町)は2001年にソニー国分、ソニー大分、ソニー長崎の3社が合併してできたソニーセミコンダクタ九州にソニー白石セミコンダクタやルネサス山形セミコンダクタが統合され、ソニー商品の性能を左右する半導体や画像処理センサーなどの生産を手がけている。2001年に設立された熊本テクノロジーセンターでは、デジタルスチルカメラや一眼レフカメラのCCDやCMOSといったイメージセンサーなどが生産されている。当初、九州に限らず、東北なども視野に生産展開先を検討していたが、新工場立ち上げを支援する鹿児島テクノロジーセンター(旧ソニー国分)に近いこと、熊本県が半導体関連産業の誘致に非常に熱心であったこと、水資源が豊富で交通アクセスも良かったこと、熊本県などから優秀なエンジニアが確保できることも決め手となり、熊本県菊陽町のセミコンテクノパーク(工業団地)が選ばれた。現在、熊本テクノロジーセンターのエンジニアの過半数は熊本県内出身者である。一方で、リーマンショックが発生した2008年にソニーはプレイステーション向けなど先端MOSロジックLSIの単独生産から撤退し、東芝と高性能半導体の生産合弁会社を設立した。同時に最先端のMOSロジックプロセス開発は中止し、ソニーの技術者に猛烈な危機感をもたらした。折しも、従来比2倍の高感度と低ノイズという裏面照射型CMOSイメージセンサーの開発、量産化技術を確立させるため、ソニー本体の研究開発機能を熊本テクノロジーセンターに移管し、約170名の開発メンバーを熊本に呼び寄せ(ソニーセミコンダクタに出向)、半導体スペシャリストの技術者集団が生産現場に入り込み生産現場と一緒になって量産化技術の確立にこぎ着けた。それらエンジニアには最先端MOSロジックの開発に関わった方が多かったと聞く。通常は生産現場にこれほど多くの開発エンジニアが配置されることはほとんどないという。当初技術者も困惑していたものの、「厚木で開発していたら世界で勝てない、現場(熊本)と一緒にやろう」という経営トップの判断の下、熊本に技術者を集結させた。結果的にこれが奏功し、生産現場と一体となった開発によって短期間で量産化にこぎつけた。裏面照射型から進化した積層型CMOSイメージセンサーの需要拡大に対応するため、ソニーグループでは2015年度(発表ベース)には長崎テクノロジーセンター(約1,280億円)、熊本テクノロジーセンター(約170億円)、山形テクノロジーセンター(約425億円)の国内3拠点に総額1,875億円の大規模設備投資を行う。最も大規模な投資が行われる諫早市には、既に設備メーカーなどの関係者が集まり、宿泊施設はほぼ満室なところも多く飲食店も活気が出ているという。国内拠点維持が難しくなっていた半導体事業に危機感を強め、開発と生産が一体となって裏面照射型CMOSイメージセンサーの量産化に成功したことがトリガーとなり、熊本を起点に、長崎、山形と、地域経済の活性化を生み出す好循環につながっている。
4「航空機」
(ア)高付加価値産業としての航空機産業とその産業構造
航空機産業は、高い性能要求、高い信頼性要求の観点から、厳しい技術的要求を満たすことが求められる。その結果、航空機における技術発展は、機械、電気、電子、素材等の分野の技術的な発展を促し、こうした他産業への技術波及を通じ、我が国製造業全体の更なる発展に貢献している。
一方、我が国航空機産業(民間)は、防需を通じて技術を獲得、向上させ、機体・エンジンの国際共同開発を通じ、1980年代から大きく発展(図122-38)、今後も、ボーイング737や787、エアバス320等の増産及び国産旅客機MRJ(三菱リージョナルジェット)の量産開始等により、大幅な売上増加が見込まれる。
   図122-38 日本の航空機生産修理実績と民需比率の推移
しかしながら現状において、我が国航空機関連企業は、機体分野では、ボーイングやエアバスといった完成機メーカーの製造パートナー(部品サプライヤー)、エンジン分野ではGE、Pratt & Whitney(P&W)及びRolls-Royce(RR)の製造パートナー(部品サプライヤー)として位置するに留まっており、完成品メーカーとはなっていない。また、装備品(電子機器、油圧機器、内装品等の航空機の内部構成品)分野においても、欧米メーカー(United Technologies corporation(UTC)グループやSafranグループ等)の部品サプライヤーとして位置している(図122-39)。こうした我が国の航空機製造業の産業規模は、現在約1.5兆円強で、米国10分の1以下、国内で見た場合、自動車産業の30分の1以下となっている。
   図122‒39 航空機関連産業の構造
こうした背景には、日本国内に長らく完成機メーカーが不在であり、必然的に、欧米メーカーの傘下に入る形にならざるを得なかったことがある。また、産業構造の特色として、初期投資コストが極端に高い一方、完成機の製造ロットが小さいために(B787やB777といった中大型機で月産10機前後、B737といった小型機で月産40機前後)、投資回収にかかる時間が長いハイリスク事業である点や、新機種開発やモデルチェンジのタイミングが自動車ほど頻繁にはないため、参入機会が限られているという点が挙げられる。さらに、安全規制への対応のため、装備品及び部品については、耐空性・安全性について十分保証されたものでなければ使用することができないこと、製造者に対して厳格な品質管理及び品質管理システムの認証取得が求められることに加えて、信頼を勝ち得たサプライヤーからの乗り換えが起こりにくいことが挙げられる。
こうした参入障壁の高さは、大きな先行者利得の長期間の継続を意味する。例えば、完成機メーカー向けに主翼、胴体等の機体構造部品を納入する我が国の重工メーカーは、30年以上継続して完成機メーカーとの取引を継続している上に、製造分担割合を継続的に上昇させてきている(B767の機体構造の約15%、B777の機体構造の約21%、B787の機体構造の約35%)(図122-40)。また、エンジンについても、小型機向けのV2500エンジンにおける国際共同開発への参加を皮切りに、各重工メーカーは継続的にエンジンの国際共同開発に参画、参画レベルを向上してきている。
今後、世界の民間航空機市場は年率約5%で増加する旅客需要を背景に継続して増加する見込みであり、今後20年間の市場規模は約3万機・4〜5兆ドル程度と、現在と比較してほぼ倍増する見通しで(図122-41)、これに伴って、我が国からの航空機生産額や航空機部品輸出は増加しており、特に輸出は2014年には対前年比30%の大幅増となっている(図122-42・43)。
   図122‒40 ボーイング787の製造分担割合
   図122‒41 ジェット旅客機の運航機材構成予測
   図122-42 我が国の航空機生産額の長期推移
   図122-43 我が国の航空機部品輸出額の推移
今般、世界的な需要増加に対応した量産規模の増大に対応しつつ、さらには、新たな開発のスタートも重なり、各重工メーカーにおいては、国内を中心に積極的な設備投資を行っている。航空機産業は、高い技術力に基づく高い信頼性を要求されるため、重工各社は専ら技術や人材が集積している国内で生産を行い、完成機メーカーへの輸出を続けることが予想される。
現在、輸出額全体に占める航空機部品輸出額の割合は0.8%と小さいが、直近10年で約4.4倍に伸びている分野であり、今後も長期にわたって着実に輸出額を増加させることが見込まれる点において、航空機製造業は注目すべき分野と言える。他方で、航空機向けの素材メーカーに目を転じると、完成機メーカーによる素材サプライヤーの誘致活動も行われており、例えば炭素繊維等のメーカーには、主にコストと摺り合わせ技術の必要性の観点から、欧米の組み立て工場との近接性を重視する傾向も見られ始めているほか、ホンダジェットに降着システム(ランディングギア)を供給している住友精密工業(株)のように、認証というハードルを越えるため北米に進出している事例もある。
(イ)完成機事業と今後の展望
三菱重工(株)は2008年に三菱航空機(株)を設立し、三菱リージョナルジェット(MRJ)により、60〜100席の短距離路線用のリージョナル・ジェット市場に参入することを決定した。すでに6航空会社から400機以上の受注を得ており、2015年に初飛行を予定しているが、エンジンや装備品といった、多くの重要かつ付加価値の高い部品を輸入に頼っている状況である。航空機産業にとっては、完成機事業が成長の原動力であり、今後、我が国航空産業の裾野拡大のためにも、完成機の開発・製造で得た経験も踏まえ、とりわけ我が国の装備品メーカーを育成していくことが重要である。
また、本田技研工業(株)の航空機事業子会社(米国)であるホンダ・エアクラフト(株)が、2015年に初号機納入を予定している小型ビジネスジェット機「ホンダジェット」では、エンジンと機体両方の開発に取り組み、エンジン事業におけるGEとの合弁なども手法も活用しつつ、米国連邦航空局(FAA)による認証も乗り越えた。
MRJ、ホンダジェットともに、初めての開発として、生みの苦しみを十分に経験しており、今後、日本メーカーが主導する旅客機の開発をさらに進めていくに当たっては、この蓄積や、MRJの審査を通じ更なる拡充が図られる我が国の認証体制を最大限活用することで、展望が開けてくるものと考えられる。また、完成機の外国への輸出を円滑化するなど、完成機事業を支える事業環境をより一層向上させるため、米国・欧州等との航空安全に関する相互承認が充実することも期待される。
航空機全体としての完成機事業が成長するためには、ものづくりの面だけではなく、自動車とは比較にならないほど多く、かつ高品質が求められる部品サプライヤの管理を的確に行う事業の高度化に加え、ユーザーである航空会社に安定した運航を保証するためのアフターサービス網の構築や航空会社へのファイナンスメニューの提供といったサービス分野にも広がる総合産業となっていく必要がある。それには非常な困難が伴うが、今後、我が国航空機産業がさらなる飛躍を遂げるためには、完成機事業が成長の原動力となり、これまで素地を築いてきた機体部品、エンジンに加え、装備品における完成品メーカーを育成し、また、関連素材、関連サービスといった航空機関連産業全体のレベルアップと成長を牽引していくことが期待される。
航空機MRO事業の活性化
航空機は高い安全性を長期にわたって確保する必要があり、MRO(航空機の整備・修理・オーバーホール)は、航空会社にとっては乗客への責任として、不可欠なものである。また、航空機メーカーにとっても、顧客(航空会社)への責任であると同時に、部品寿命が相対的に短いエンジンや装備品分野の完成品メーカーにとっては、長期的に重要な収益源となっている。近年、航空分野の自由化に伴う格安航空会社(LCC)の台頭や、年率5%で増加する旅客需要の増加を受けた世界的な航空機の運航機数の増加によって、航空機MRO市場は年々拡大するとともに、世界的に大規模なMRO事業者が誕生してきている。他方で、これまで我が国では、海外のMROと比較して、大規模なMRO事業は成立していなかった。その理由は、人件費や施設費、土地代が高いといった理由のほか、製造業としての航空機やエンジン、装備品の完成品メーカーが長らく不在であったことにあると考えられる。こうした中、国産旅客機であるMRJの開発によって、三菱航空機(株)が完成品メーカーとしての地位を得ることになる。MRJのローンチカスタマー(最初の顧客)であるANAは、三菱航空機と連携し、政府、沖縄県の支援を得て、那覇空港に新たに航空機のMRO拠点を整備することとなった。アジア地域におけるMRJやA320といった小型機の整備拠点として国内外の需要を取り込み、沖縄の経済活性化に加え、MRJと相まって日本の航空機産業の成長の底上げに繋がることが期待されている。また、(株)IHIは、従来から航空機エンジンの国際共同開発に参画し、完成品メーカーの重要なパートナーとしての地位を占めてきた。そのことにより、V2500を始めとするエンジンの整備市場に参入することができ、競争力のあるMRO事業を展開してきた。V2500の後継となるPW1100G-JMなどの新たなエンジン事業への参画や、IoTを活用したエアラインとの整備データの共有など更なる事業の拡大が期待される。国内に競争力のあるMRO事業が成立することは、航空会社に裨益するだけでなく、メーカーにとっても事業の裾野拡大や研究開発へのフィードバックの観点から事業の高い相乗効果を持つ。また、アップグレード需要にも視野を広げれば、より高い航空機産業の成長に繋がる。そのため、日本国内での競争力あるMROの発展に向け、メーカー、航空会社と政府のさらなる連携が求められる。
航空機の材料技術・加工技術における競争力強化(KUMADAIマグネシウム等)
マグネシウムは、比重がアルミニウム合金の約3分の2と軽いため、機体重量が燃費に対して大きく影響する航空機に適した材料と目され、現在の航空機の主要材料であるアルミニウム合金に部分的に取って代わることが期待されていた。しかし一般的に、マグネシウムはアルミニウム合金と比べて、1発火しやすい、2強度が低い等の課題があり、航空機材料にマグネシウムが適用されるためには、これらの課題の解決が必要とされている。こうした中、熊本大学で開発されたKUMADAIマグネシウムは、軽量というマグネシウムの特長を残しつつ、発火しやすいという課題を克服し、さらに強度が従来のアルミニウム合金を超える素材として、有望な材料となっている。また、日本発の材料であるため、国内で川上(材料)から川下(加工)までのサプライチェーンを構築することで日本の航空機材料の競争力強化を実現できる可能性がある。その実現に向け、経済産業省の研究開発プロジェクト等で、材料開発(合金開発)・加工技術開発を行っている。また、KUMADAIマグネシウムを採用する可能性のある企業として、米国ボーイング社と平成26年5月より共同研究を行っており、実用化の道筋をつけながら開発を進めている。また、同様に、加工プロセスまで視野に入れた競争力強化を踏まえて、海外の完成機メーカーと連携を進めながら研究開発を行っている例として、東京大学で行われているCMI(Consortium for Manufacturing Innovation )の取組がある。CMIは、日本の航空機メーカーが共通して抱える課題であるチタンや複合材料等の難削材(切削加工が困難な材料)を高効率で切削する等、加工生産性の向上に寄与できる技術開発に着目し、実際に加工を担う企業や工作機械、工具、切削油等のメーカーが参加し、さらにこれまで現場で実用化されることが少なかった大学での切削理論を企業の生産活動に応用することで、生産の現場と直結する形で課題解決に取り組んでいる。CMIの取組においても、実際に開発された技術をスムーズな実用化につなげるため、三菱重工、川崎重工、富士重工等の我が国の航空機関連メーカー、東京大学が、完成機メーカーである米国ボーイング社と連携して研究開発を行っている。
5「鉄鋼」
「鉄は国家なり」という言葉を引くまでもなく、鉄鋼は一国において他産業の基盤となる産業であり、たとえば金属製品の90%以上に鉄が使用されている。また、自動車に次いで我が国で第2位の輸出品目であり、2014年の輸出額は約4兆円、我が国輸出総額の5.4%を占める。国内出荷分の産業別鋼材使用量は、建設48%、自動車22%、造船9%、産業機械6%、電気機械4%となっている(図122-44)。
高炉一貫製鉄所の設備投資に要する費用は巨額であり、かつ、稼働後は生産量を柔軟に調整することができない。そのため、現在の国際的な過剰供給構造、それによる鋼材価格の低迷等を考慮すれば、海外に高炉一貫製鉄所を新規に単独で立ち上げることは当面現実的ではない。一方で、中長期的に内需の大幅な伸びが見込めないことから、国内で上工程の大きな能力増強を行うことも期待しにくい。
近年、国内の粗鋼生産量は1億1,000万トン前後で推移しているが、近隣国では中国と韓国が急速に生産量を拡大し、両国の内需の減少とも相俟って、両国から各国への輸出が大幅に増加し、通商摩擦が増加している(図122-45・46)。
こうした状況の下、国内の高炉各社は、規模の拡大を図る近隣国メーカーとは異なり、価格競争力等強化のため、生産量を維持しつつ生産拠点を集約するとともに、集約先設備などの国内生産基盤の強化を行う取組を進めている(図122-47)。また、特殊鋼電炉メーカーも、品質向上等のため国内で積極的な設備投資を実施している。
   図122-44 産業別に見た鋼材使用量
   図122-45 中国・韓国企業の生産能力と国内消費
   図122-46 アンチ・ダンピング措置(2015年3月末時点)
   図122-47 高炉各社の設備集約の動き
製造業の海外生産拠点拡張に伴い鋼材の輸出は増加傾向にあり、2014年は粗鋼生産量の約4割(4,200万トン)を輸出している。同時に、溶融亜鉛めっきなどの下工程については、顧客である日系自動車メーカーからの現地生産の要請に基づき、積極的に海外での投資を行っている。現地化要求等が年々強くなる中、母材を国内で生産し、一部の最終工程を海外で実施するというモデルが将来にわたって定着するのか、注目される。
地産地消型で日本国内で鉄スクラップのリサイクルを担う普通鋼電炉メーカーは、現在のところ国内での外国材との競合はまだ僅かであるものの、設備稼働率が低く、電力料金の大幅値上げ、中長期的な建設需要の減少等の課題に直面している。2014年前半に3社が事業撤退を行ったが、同業他社との提携、製鋼工程の集約、不採算事業からの撤退など、価格競争力や収益力の強化を図るための取組も一部で進められている(図122-48)。
   図122–48 普通鋼電炉メーカーの近年の主な動き
6「化学」
化学産業の特徴として、エチレンセンターではナフサから複数の石油化学基礎製品が連産される構造であり、例えばエチレンが約3割に対してプロピレンが約2割生産されることから、その構造に応じて石油化学誘導品の生産体制も整える必要がある(図122-49)。また、石油化学基礎製品は配管で別工場に供給することが最も効率がいいことから、ユーザーの近くにエチレンセンターを設置することが求められ、地産地消が基本である。
   図122–49 化学産業の構造
このような産業構造において、業界で生き残っていくためには、メーカー各社それぞれが競争力を有する分野を持っていることが重要である。汎用化学品において技術やノウハウにより競争力を有している分野もあるが、機能性化学品において高いシェアを有する分野も多く存在している(図122-50)。
   図122–50 我が国化学メーカーが競争力を有する分野の事例(リチウムイオン電池)
各社の強みを活かすためには、エチレンセンターをある程度国内に維持していかなくてはならない。現在は、中国では需要に対してエチレン生産量が追いついていないこともあり、我が国国内で使用しきれないエチレンやその誘導品を中国へ輸出している。しかし、今後、米国や中東の安い原料から生産された化学品が中国に入り、エチレン等の輸出が厳しくなる恐れがある。一方で、エチレン等の生産量を減らすと強みのある機能性化学品の原材料を供給できなくなる可能性もある。
また、コンビナートはエチレンセンターを中心に形成されており(図122-51)、各地域にエチレンセンターがなくなると、周りの産業にも影響が出ることになる。
さらに、このような状況において国内需要が減少することを加味すると、2012年の生産量が610万トンなのに対し、2020年には470万トンほどまで減少する可能性はあるが、上記の理由から、国内産業としてある程度の規模は残す必要があると考えられる(図122-52)。
このように強みと規模をバランスよく持ち続けることが求められ、そのためには競争力を持った高機能素材の開発が重要となる。
   図122–51 エチレンセンターの立地
   図122-52 国内のエチレン生産量
7「繊維」
繊維は、かつては我が国経済を支えた産業であり、その後、貿易摩擦やグローバル化の洗礼を最も早く受けた産業である。そのうち海外展開が徹底的に進み、今では基本的には、利益率が高ければ国内、低ければ海外という棲み分けが明確であり、生産において汎用品は海外、先端素材を含む高付加価値品は国内で行っている。また、技術流出防止などの観点から研究開発は国内に残っており、デザイン・企画についても安全・安心や品質面において厳しく評価する消費者の存在もあり国内で行っている。このような傾向が全体的にはあるが、同じ繊維業においてもアパレル製品と炭素繊維では大きく環境が異なるため、別々に分析をする。
(ア)アパレル製品
アパレル製品は、日本から生地を輸出して、縫製して輸入をする日本企業の持ち帰りビジネスが多いことで、輸入浸透率や逆輸入比率が極めて高くなっていると考えられる(図122-6参照)。特に縫製工程は大量生産・人件費削減による低コストの追求が大命題であり、東南アジアから南アジアへと、安く豊富な労働力を求めて我が国アパレルメーカーは次々と生産拠点を移している。実際、繊維製品の輸入元シェアトップが中国であるのに変わりはないが、2009年以降急激にシェアを落としており、逆にベトナム、インドネシアやタイ、さらにはバングラディッシュやミャンマーのシェアが増加している(図122-53)。一方で、衣料品のライフサイクルが短期化し、多品種少量生産の傾向が高まってきていることにより、素早く、臨機応変に対応ができる国内に生産を切り替える動きも見られ始めている。こうしたトレンドを踏まえれば、オーダーメイド生産等顧客ニーズに応じた柔軟な生産への対応を進めるとともに、縫製の自動化などの技術開発を進めることにより、今後アパレル産業の国内生産基盤を強化していくことも可能と考えられる。
また、メイドインジャパンの繊維製品をブランド化する動きも広まっており、多品種少量生産への対応に加えて、質の良いアパレル製品の提供や接客を重視しているなどサービスとの融合度が高い製品などは国内で事業継続していく可能性もあり、そのようなビジネスモデルの構築が急務となっている。
   図122-53 繊維の輸入国の変化
(イ)炭素繊維
化学繊維の用途の2000年度から2013年度の変化を見てみると、「衣料用」は減少傾向にあり、一方で自動車や航空機など向けの「産業資材用」が26%から33%へと大きく増加し、カーペットやカーテンなどの「家庭・インテリア用」も増加している(図122-54)。
   図122-54 化学繊維の用途の変化
化学繊維の中でも特に炭素繊維は、開発の継続的実施などによる技術力の高さや、高性能、品質安定性などの面から我が国が産業競争力を持つ代表例の1つであり、国内メーカーが世界の炭素繊維(糸)のシェアの約60%(2013年)を持っている(図122-55)。今後の市場規模予測を見ると、2014年は約1,800億円なのに対し毎年20%程度の拡大が継続するとされており、2020年には4,000億円を超える見込みとなっており(図122-56)、国内生産や輸出はさらに増えると考えられる。
また、鉄の4分の1と軽く、鉄の10倍の強度を持つ性質などから、自動車や航空機などの軽量化や、エネルギー消費やCO2の削減に向けて各産業での活用が活発化している。今後、さらに高い品質が求められる航空宇宙分野などにおける世界需要も拡大が予想されるため、高性能・高品質な炭素繊維を生産することができる我が国の生産・輸出は増大する傾向にある。
このような先端繊維素材の開発には高い技術力が必要であり、国内に研究開発拠点・製造拠点があることが、国際競争力を維持していくのには重要である。
   図122-55 炭素繊維の世界各社の生産能力(2013年)
   図122-56 炭素繊維の需要及び市場規模予測
以上見てきたように、地産地消型産業や国内に強みがあり輸出が多い産業、また、国内の既存設備や産業集積を最大限活用していく産業など、それぞれ「国内に残す」分野は異なっているが、グローバルな最適地生産の流れの中、内需の供給と共に、時代の流れに遅れることなく、顧客のニーズに応えることのできる製品を高い技術力をもって開発し、研究開発拠点だけではなく生産技術や新しい技術を活用できる生産拠点は国内に残し、我が国が強みを持つ分野において輸出でも稼いでいくことが期待される。また、企業方針によって、国内へのこだわりが強い企業があることによって、現在の産業構造や国内集積が残っており、他産業への波及にも繋がっているが、今後世界的な流れに乗り国内から出ていく可能性も考えられる。これに対し、国内立地環境の整備を進め、今後も我が国に立地する製造業が世界をリードし続けるための基盤強化が必要である。
アパレル業界における国産表示制度
我が国の消費者は、世界的に見ても商品に対し非常に厳しい目をもっており、安価でありながらも、安全・安心・高品質な商品を求めている。一方、我が国のアパレル企業や小売事業者は、自らの商品のこだわりや商品にまつわるストーリーを消費者に伝えることができておらず、また製造事業者も製品の魅力や特徴を十分に発信することができていない。こうした状況の中、2013年夏頃より、(一社)日本ファッション産業協議会が、高品質な国産品をプロモートするため、新しい表示制度の在り方について検討を開始し、2015年1月に織り・編み、染色、縫製の3工程を日本国内で行っているアパレル製品を対象として、企業から申請のあった商品に対し、認証ラベルを付す 「J∞QUALITY認証事業」を運用することを決定した。なお、経済産業省も、制度設計や運用体制の整備の議論に参画した。国内外の消費者に対して国産品の魅力・価値を分かりやすく情報発信することで、「J∞QUALITY」が、消費者が高品質で感性豊かな商品を選ぶための一つの指標になることが期待される。本事業は、2015年2月から申請受付を開始しており、7月から認証商品が市場に投入される。
一流の技術を持つ地方の工房をメイドインジャパンの顔となるブランドに〜日本初のファクトリーブランド専門のファッションブランド「ファクトリエ」を立ち上げる
 ライフスタイルアクセント(株)
日本には欧州の有名アパレルのOEMを手がける工房がいくつもありながら、日本国内におけるアパレル製品の国産比率は僅か3パーセントしかない。しかも、国内のアパレル工場は過剰な原価抑制を強いられ、倒産や人員削減が続き、このままではメイドインジャパンの技術が途絶えてしまうという危機感を背景に、ライフスタイルアクセント(株)(熊本市)は全国から厳選した20の提携工場(2015年5月現在)がつくる国産衣料品のみを扱うブランド「ファクトリエ」を2012年に立ち上げた。商品は主にネット通販で提供している。ファクトリエの商品には生産した工場の名前がブランドとして入る。そして、工場に価格決定権を持たせている。しかも、「配達まで約1週間いただく」「送料もいただく」「返品は受け付けない」「セールもしない」「完売したら終わり」という一般的なファッションブランドやECとは真逆の条件で商売している。「ものづくりの価値は作り手にある」という考えの下、工場が適正利益を得られるしくみとする一方、提携工場には「原材料にも妥協せず、思いっきりいいものをつくろう」と呼びかけ、ものづくりを極めてもらう。ファクトリエなら工場と消費者がダイレクトにつながるので、思いっきりいいものをつくっても市場価格の半額くらいで売ることができる、だから必ず顧客はいる、と考えた。ライフスタイルアクセント(株)の山田社長は、ものづくりの工場が生き残るには、各工場が自社ブランドをつくり、自分たちの「顔」をつくるべきで、日本にもファクトリーブランドが必要だと主張する。そして、顧客に迎合するのではなく、新たな価値の提供による顧客創造、市場創造こそが必要だと考えている。2014年12月に、ファクトリエで販売している商品を実際に手にとって試着もできるフィッティングスペースを銀座に開設した。わかりにくい場所にあるにもかかわらず、5ヶ月足らずの間に1,500人もの来店者があり、しかも半数の客はその場で商品の購入を決めて申し込みをし、1着10万円のトレンチコートが1週間で100着売れて完売した。口コミとリピーターで、売上げは前年の4倍規模にまで拡大している。しかも、顧客の大半はこれまで通販で衣類は購入したことがなかった顧客層である。ファクトリエは、妥協しないメイドインジャパンの品質や、ファクトリーブランドといったストーリー性に共感する新たな客層を確実に掘り起こしている。ファクトリエは地方のアパレル工場にも元気を生み出している。ファクトリーブランドとして名前が出ることで、地元での知名度も上がり、適正利益を得られるビジネスモデルなので新規採用にも踏み切ることができる。実際、ファクトリエが提携している工場の約半数で雇用が生まれており、10年ぶりに2名以上を採用した工場もある。提携工場の見学ツアーなども実施し、顧客には生産現場を実際に見てもらい、工場の働き手には顧客の反応を目にすることでモチベーションを上げてもらう。今後は海外への販路拡大にも力を入れ、世界に通用するメイドインジャパンのファクトリーブランドへと育てていく。
中堅・中小企業の国際展開
 競争力の源泉は国内生産しつつ、幅広い顧客獲得を求めて需要地に海外展開
国内拠点と海外拠点の役割の差別化は、中堅・中小企業でも積極的に行われている。ジーンズのデニム生地を製造するカイハラ(株)は、2014年に同社として初めてとなる海外生産拠点をタイに設けた。進出のきっかけは、国内工場の生産能力が海外製造小売(SPA)からの注文に対応できなくなっていたことに加え、24時間稼働する同社工場の労働力確保が、国内の人口減少により困難になってきているといった事情がある。海外進出にあたっては、高い品質と新しい製品を求める顧客には国内生産で対応、汎用製品の生産は海外工場で行うといった役割分担を図っている。主に自動車のオートマチックトランスミッションに搭載される湿式摩擦材を生産する(株)ダイナックスは、開発段階から顧客とのすり合わせが必要であり、当該顧客の現地生産が進展していることから自ずと海外展開が進んでいった。一方、摩擦材の母材である紙製品は同社製品の競争力の源泉であり、全て国内生産し海外生産工場に供給する体制となっている。(株)フルヤ金属は、携帯電話部品等の素材となる単結晶製造に用いるイリジウム製の“るつぼ”を供給する世界トップシェアのメーカーである。原料から高純度イリジウムを精製する工程は付加価値の高い同社のオンリーワン技術であることから、同社は現時点で海外生産拠点は有していない。また、イリジウムの主要産出国である南アフリカの鉱山から資本参加を得るなど、顧客への安定供給体制確保に努力している。これらの3社は、特定の分野でグローバルに高いシェアを持つグローバルニッチトップ企業であるが、海外展開の形態に差異は存在するものの、いずれも製品の競争力の源泉となる技術は国内に残す一方、海外での活動と一体となって競争力を維持している点で共通している。換言すれば、基幹技術を国内に起き、技術のブラックボックス化を施した上で、原料調達や顧客満足向上のための海外展開を行っている。長期的には縮小が見込まれる我が国製造業のあるべき姿の1つではないだろうか。 
3 海外展開と海外利益還元促進

 

地産地消や最適地生産の流れは変わらず、国内市場は縮小傾向にあり海外市場は拡大していく中で、海外拠点の今後の役割はさらに拡大していくと考えられる。これまで述べてきた国内に残すべきもので国内の製造業を維持・発展させていくと同時に、海外でも稼げるビジネスモデルを確立し、経済の好循環化に繋げていくことが求められる。
1海外展開の拡大
これまで述べてきたように、海外展開は拡大傾向にあり、海外生産比率も向上してきた。今後3年間の海外拠点の見通しを尋ねてみても、海外売上においてはどの業種も約6〜7割が増加を見込んでいる。海外営業利益は海外売上より少し増加の割合は減るものの、約半数が増加、約3割が横ばいと見込んでいる。
また、海外設備投資の見通しは、「輸送用機械」と「鉄鋼業」は増加との回答が7割を超えており、今後も積極的な設備投資を継続していく方向性が見て取れる。一方で、海外での研究開発の見通しは、横ばいという回答がどの業種も一番多く、増加と回答しているのは一番多い「輸送用機械」でも36.0%に留まっている。
海外従業員数の見通しにおいては、「鉄鋼業」では73.3%が増加を見込んでおり、減少との回答はなかった一方で、「電気機械」は43.5%が増加、15.2%が減少、「一般機械」は46.9%が増加、6.8%が減少となっている。海外生産能力の見通しも「鉄鋼業」は87.5%が増加と回答しているのに対し、「電気機械」は58.0%、「一般機械」は52.9%の増加となっており海外従業員数の見通しと同様の傾向が見られる(図122-57)。
このように、海外製造拠点の役割は今後も拡大が見込まれており、特に「輸送用機械」や「鉄鋼業」においては、海外展開の規模を拡大していく傾向が他業種より強いことがうかがえる。
   図122-57 海外拠点の今後3年間の見通し
海外拠点への移転を決定する要因について、市場要因をみると、大企業では「海外市場の拡大」を挙げる企業が最も多く、「取引先の海外展開」が続いている。中小企業も大企業と同じ傾向がみられ、「取引先の海外展開」、「海外市場の拡大」の割合が高く、拡大する海外市場に応じて、海外拠点を設けていくという地産地消の流れが継続していくものと考えられる。また、「人材の確保」に関して、中小企業は大企業の2倍程度高くなっており、国内における人材確保に対する課題が指摘できる。
続いて、環境要因をみると、企業規模にかかわらず「為替レート」を挙げる企業の割合が最も高く、「法人税の実効税率の高さ」が続いている。六重苦問題のうち、「為替レート」、「法人税の実効税率の高さ」は、先に述べたとおり、国内の立地競争力の強化の観点から重要な役割を果たしているが、企業の海外移転を決定する際にも大きな影響があると指摘できる(図122-58)。
   図122-58 海外拠点への移転を決定する要因
上記のような要因で海外展開が決定されることになるが、海外生産拠点の移転や増設の際に考慮することと考慮しないことを尋ねてみると、考慮することとしては、「連結ベースの利益最大化」との回答が64.0%と最も多くなっている。その他にも、「国内生産の維持・拡大」が38.9%、「国内還流利益の拡大」が34.0%と続いている。一方で、考慮しないことととしては、41.2%が「輸出の維持・拡大」を挙げており、その後、「国内サプライチェーン(川下・川上)の維持拡大」、「国内雇用者の給与増加」が続いている(図122-59)。
これまでも述べてきたように輸出のみで稼ぐ構造は変化してきており、輸出の維持・拡大に重きを置くのではなく、地産地消・最適地生産の流れの中で海外展開を行い、連結ベースで利益最大化を目指していく企業の姿勢がうかがえる。
   図122-59 海外生産拠点の移転・増設時に考慮すること
最も新しい海外生産拠点の新設・増強前後の国内拠点の変化を聞いてみると、ほとんど変化がないと回答している企業が最も多くなってはいるが、「国内取引先からの調達額の変化」と「国内生産量の変化」においては、減少が増加を10ポイント以上上回っており、「国内雇用数の変化」や「国内利益の変化」と比較して国内事業に与える影響が大きいということが分かる(図122-60)。
また、正規雇用者数が減少すると回答した企業が実際に行っている雇用調整としては、「新規採用を抑制した」が65.3%と最も多く、「希望退職を募った」が31.6%と続いているのに対し、「海外拠点への配置転換を行った」は10.5%に留まっている(図122-61)。
   図122-60 海外生産拠点の新設・増強前後での変化
   図122-61 正規雇用者減少時の雇用調整
海外拠点の新設や増強に伴う、1「海外から国内に還流させた利益(配当金やロイヤリティなど)」と、2「従来の国内生産で稼いでいた利益のうち、海外移転に伴う減少分」と「海外移転に伴い圧縮した人件費」の合計金額とを比較すると、「化学工業」は「2が多い」との回答が20.8%と最も少なく、「1が多い」が41.7%と海外展開した際に国内により多くの利益がもたらされると考えられる。「電気機械」や「金属製品」も「2が多い」より「1が多い」方が多くなっている。一方で、「鉄鋼業」においては、「2が多い」との回答が62.5%に上り、「1が多い」との差が大きい(図122-62)。
   図122-62 海外拠点の新設や増強に伴う国内への影響
また、海外現地法人と国内法人の売上高経常利益率を比較すると、2008年を境に「海外現地法人」の方が高い利益率を得ていることが分かる(図122-63)。
さらに、海外現地法人の売上高計上利益率を業種別に見てみると、「化学」は6.6%、「輸送機械」は4.6%と平均より高くなっているが、「鉄鋼」は-1.0%と赤字になっており、「金属・非鉄金属」も0.4%と利益率が低くなっている(図122-64)。海外展開を開始してからの期間など、フェーズによる違いはあるにせよ、業種によって海外展開から利益を拡大できている業種とそうでない業種があることが見て取れる。
   図122-63 海外現地法人と国内法人の売上高経常利益率
   図122-64 業種別における海外現地法人の売上経常利益率
海外進出が継続して拡大していく一方で、為替環境や経済情勢の変化や経営悪化など海外からの撤退を余儀なくされる企業も存在する。「撤退は考えていない」企業が56.3%と半分以上を占めてはいるが、4割近くは「撤退または撤退の検討あり」と回答している(図122-65)。
また、海外からの撤退または撤退検討の際に直面した課題を聞くと、「資金回収が困難」が38.3%と最も多く、「現地従業員の処遇」が31.8%、「法制度・会計制度・行政手続き」が29.5%となった(図122-66)。海外進出をする際には、撤退する可能性があることも考慮し、進出先を決定する必要がある。
   図122-65 海外からの撤退の検討
   図122-66 海外からの撤退時、撤退検討時に直面した課題
海外展開先の事業再編のリスク
新興国の経済発展に伴う需要拡大などにより、大企業のみならず、中小企業の海外展開も加速傾向にある。一方で、海外展開を果たした企業のなかには、進出国・進出地域における人件費や物価の高騰と言ったビジネス環境の悪化や、新興国の台頭による新規市場の登場などにより、第三国・同一国内の別地域への移転や、進出国・地域からの事業撤退や縮小などの事業再編を行わざるを得なくなる企業も少なくない。中小企業庁は中小企業の海外展開における事業再編事例に関する事例集を取りまとめた。海外に直接投資先を持つ中小企業が直面している事業運営上の課題としては、「現地人員の確保・育成・管理」や「人件費の高騰」、「採算性の維持・管理」などが挙げられる。また、「販売先のれる。確保」を挙げた企業も多く、市場動向や顧客ニーズを把握しきれないまま、販路開拓、拡大が思うように進まず、販売不振に陥る企業も出てきているものと考えられる。   図1 海外における事業運営上の課題   事業運営上の課題を抱えている中、実際に事業再編を行った、または検討している主な理由は業績不振であり、その具体的な理由としては「人件費の上昇」が最も多く、次いで「パートナーとの不調和」、「主要顧客の販売不振」、「製品需要の低迷」などが挙げられた。また、海外現地法人の実質的な経営を任せた「パートナーの不正」が発覚し、ヒト、モノ、カネ、情報といった経営資源を損失したり、現地経営者との信頼関係が著しく悪化したりしたために、事業再編を決断した企業もあった。さらに、「品質の確保困難」、「新規事業の失敗」、「管理人材の確保困難」など、日本本社や海外現地法人自身に内在する問題を主な理由として挙げている企業もいくつかあった(図2)。   図2 事業再編を行った、または検討している主な理由   このように海外進出後に様々な課題に直面し、事業再編を余儀なくされる企業も少なくない。実際に事業再編を経験した経営者からその教訓を踏まえてどのような点に留意するべきか「進出前」、「事業運営上」、「事業再編時」に分けて取りまとめた内容を紹介する(図3)。   図3 事業再編の概要と留意点
2国内への海外利益還流と障壁
海外子会社からの配当金やロイヤリティなどの収入は海外展開の拡大に伴い増加していることで、第1節で述べたとおり、直接投資収益を中心に第一次所得収支の黒字が拡大し、サービス収支の赤字は縮小している。これからも海外展開が継続して増加していく中で、海外で稼ぐ利益がさらに拡大していくことが見込まれる。
日本企業が海外で稼いでいる額はリーマンショックで大きく落ち込んではいるが、その後、2010年には2007年以前の水準まで回復しており、その後拡大を続けている。そのうち国内へ還流している比率を見てみると、約6〜7割を国内へ還流し、残りの3割が海外への再投資に回ってる状況が近年続いている(図122-67)。
   図122-67 海外で稼いだ利益の還元と再投資
国内に還流をしている日本側出資者向支払額の業種別推移を見てみると、2004年度においては「製造業」の比率が最も高く8割を超えており、その後減少傾向が続いていたが、2011年には底を打ち、2012年に再び62.5%に増えており、海外で稼ぎ国内へ還流する流れの多くは製造業で生み出されていることが継続していることが指摘できる(図122-68)。
   図122-68 日本側出資者向支払額の業種別推移
今後の海外子会社からの収益の取扱方針を聞くと、これまでも半分以上が「国内への利益還元を優先」しており、今後はさらに国内還元させていく方向と回答している。逆に、「海外での利益保留を優先」との回答はこれまでの21.3%から今後は15.1%へ減少しており、利益を現地に貯めるのではなく国内外を問わず有効に活用していきたい様子がうかがえる(図122-69)。
   図122-69 海外子会社における収益の取扱方針
また、国内へ還元した海外子会社からの配当金の使用用途の方針については、使用用途が未定で「分からない」との回答が一番多いが、方針が決まっている中では「研究開発、設備投資」が多く、短期的(今後1〜2年)には19.2%、長期的(今後3〜5年)には21.8%と高く、さらに研究開発や設備投資を増やして行く方針である(図122-70)。
海外展開により稼いだ利益を国内に還流し、研究開発や設備投資へ利用することにより、次の稼ぎ手となる製品を生み出すことに繋がることが期待されている。
   図122-70 現地法人からの配当金の用途について
一方で、国内還元を妨げる障壁も存在する。国内還元が困難な理由を聞いてみると「送金規制がある」という回答が企業規模にかかわらず、約半数と最も多い。大企業は「国際的な二重課税の問題がある」が24.3%と次いでいるが、中小企業は「回収のための事務手続きが煩雑・分かりにくい」という回答が23.8%と2番目に多くなっている(図122-71)。海外における税制や税務当局側の執行の問題に加え、中小企業においては専門知識を有する人材の確保や海外の制度などに関する情報収集が厳しく、結果的に対応できていないことも、国内還流を妨げる要因の1つとなっている可能性がある。
   図122-71 国内還元が困難な理由
グローバルな税務ガバナンス強化の必要性
日本企業が海外子会社と取引を実施する場合には、国際的な課税ルールに従うことが求められる。中でも、海外の関連企業との取引価格が通常の取引価格(独立企業間価格:ALP, Arm's Length Price)と異なる場合に課税する「移転価格税制」については、近年では多額の追徴課税事案も発生しており、今後はこのような国際的な課税問題も経営上の重要な課題の1つとして認識し、適切な対策を講じる必要がある。
移転価格課税を回避するためには、海外子会社の納税状況等の即時的な把握など、税務面でのガバナンスの強化が求められる。経済産業省が2014年9月に実施したアンケート調査によれば、日本親会社における税務部門が10名未満に止まる企業は過半数を占め、また実際に海外子会社の状況の把握についても不十分な面がある(図1)。一方、国際的には多国籍企業の租税回避行為の防止のために国際課税ルールを見直す「BEPS(Base Erosion and Profit Shifting、税源浸食と利益移転)プロジェクト」と呼ばれる取組が2012年より進められている。本取組の一つとして掲げられている「移転価格課税の文書化」に係る報告書は、企業グループ全体に係る情報を記載した文書を親会社が作成し、それを各国税務当局に共有することを求めている。この点につき、経済産業省の研究会では、海外事業展開を行う日本企業にとっては、進出先国の税務当局による恣意的な情報の解釈や疎明のための事務負担の増大等が懸念されるとの意見があった。今後、日本企業がこうしたルールの見直しに対応していく上では、グローバルな税務ガバナンス体制の強化が求められていくと考えられる。   図1 日本企業の税務部門の現状
新興国における課税事案
新興国に事業を展開する日本企業には様々なリスクが存在しているが、税務上では新興国に設立した海外子会社と日本親会社との取引に係る国際的な二重課税が問題となっている。経済産業省が2015年2月に実施した、海外現地法人を有する日本企業に対するアンケート調査によれば、特に中国・インド・インドネシアにおいて数多くの課税事案が発生しており、またその主な課税の根拠は移転価格税制・PE課税※・ロイヤリティであることが明らかになった(図1・2)。典型的な課税事案の例としては、以下のようなものがある。
・単純な受託生産を行っている中国子会社が、利益の源泉となる「無形資産」を有していると中国税務当局から指摘され、移転価格課税を受けた。
・自律的にビジネスを行っているインド子会社が、日本親会社のPEであるとインド税務当局から認定された。
加えて、新興国においては税務執行手続の面でも問題がある。例えば、頻繁な税制改正や遡及適用、事務手続きの煩雑さ、地域や税務担当官による見解の差異、救済措置の機能不全等が税務上のリスクとなっている。企業の対応としては、進出先国に特有の税務リスクの把握、それを加味した上での事業計画や組織体制の検討、適切な文書管理等の事前の対策を講じることが効果的である。また、問題が生じた場合の適切かつ早急な対処法についても事前に定めておくことが望ましい。図1 課税事案発生国(過去6年以内)   図2 課税事案の根拠(過去6年以内) 
4 我が国製造業の「稼ぐ力」の強化に向けて

 

国内拠点の絶え間ない技術革新による高付加価値化・効率化を実現するためには、製造業のサービス化やIT・ビッグデータの活用などが必要である。これらの活用を通して従来にない付加価値を創ることで、稼ぐ力を強化していくことが必要である。そのためには、研究開発拠点の強化などを通じて技術力を高めることが求められる。海外生産拠点が拡大している一方で、研究開発拠点の多くは国内に残る傾向が見られ、2012年度の研究開発拠点数の割合は国内が96.5%となっており、2009年度から横ばいの状況が続いている(図122-72)。
また、事業規模別に海外に研究開発拠点を持っている割合を見てみると、「大企業」においては22.7%が海外に研究開発拠点がある一方で、「中小企業」は1.7%となっている(図122-73)。
   図122‒72 国内/海外の研究開発拠点数の推移
   図122-73 海外研究開発拠点の有無
このように海外に研究開発拠点を持っている企業は多くはないが、実際に研究開発拠点がある国としては、大企業は「米国」が57.1%と最も高く、中国の45.2%、ドイツやタイと続いていることから、先進国やアジアを中心に拠点を置いていることが見て取れる。一方で中小企業は「中国」が50.9%と研究開発拠点を置いている企業が一番多く、タイと米国が16.4%となっている(図122-74)。
   図122-74 研究開発拠点を持っている国
米国と中国に研究開発拠点を設置する理由については、「海外市場の獲得」が一番多く、「海外の人材や情報の獲得」、「海外企業との共同研究の推進」と続いている(図122-75)。一方で、米国、中国において注目している技術領域を聞いてみると、「自動車」や「産業機械」は両国ともに高くなっているが、米国においては「医療機器」や「デバイス」が続いて高くなっており、中国は「素材・材料」が高いなど国ごとに注目している分野に特徴があることが見て取れる(図122-76)。
   図122-75 米国、中国に研究開発拠点を設置する理由
   図122-76 米国、中国で注目している技術領域
先程述べたように研究開発拠点は大半が国内に残ってはいるが、我が国製造業における研究開発費は2007年には約12.2兆円あったのに対し、2012年には10.7兆円と減少している。リーマンショック時の落込みを経て、その後、全体額は回復傾向にはあるが、以前の水準には戻っていないのが現状である。産業分類別に見てみると、2007年と比較して「情報通信機械」の研究開発費は28.4%減少しており、「電子部品・デバイス・電子回路製造業」においても21.1%減少している。他の産業についても、横ばいで推移している「医薬品」を除いては、微減傾向にあることが分かる(図122-77)。
   図122-77 産業分類別の研究開発費
今後3年間の国内研究開発投資の見通しを聞いてみると、最終製品の業種にかかわらず、横ばいとの回答が多くなっているが、「医療機器・医薬品業種向け」は44.4%が増加の見通しを立て、減少の7.3%を大幅に上回っており、今後も研究開発に力を入れていく様子がうかがえる。また、近年、研究開発投資の全体額が減少傾向にあった情報通信機器においても、「電気機器業種向け」は最終製品がB to B、B to Cにかかわらず約3割が増加と回答しており、研究開発投資額が以前の水準に近づくことが期待される(図122-78)。
   図122-78 今後3年間の国内研究開発投資の見通し
研究開発投資は投資効果がすぐに現れるものではないが、今後、我が国の技術力を維持・強化していくには重要な役割を果たすと考えられる。「稼ぐ力」を持ち続けるためにも、研究開発を継続的に行うことが求められ、国内における研究開発拠点の立地環境の強化も含め積極的に取り組んでいく必要がある。
研究開発やマザー機能などとして国内拠点の役割が明確に位置づけられると、その役割を果たすべく国内新規投資が促進される。日本国内にある有形・無形の集積を強みとして活用しながら、新技術の開発などを通じて高付加価値化・効率化を目指し、我が国独自の製造業の基盤を築いていくことで、他国が真似できない競争力を手に入れることが可能になると考えられる。
研究開発拠点として注目を集めるシンガポール
シンガポールは強固な研究開発能力を持つ知識集約型経済を目指しており、世界からも注目されている。特に1バイオメディカル・サイエンス、2環境・水技術、3双方向デジタルメディア、4クリーン・エネルギーといった分野を重要視しており、2010年2月に策定された新成長戦略では、高い技能を有する国民、革新的経済、特色あるグローバル都市が目標とされている。現在シンガポールでは、アジア主要国の中でも香港に次ぐ低い法人税率(2012年時点において17%)を設定しているほか、日本をはじめ、米国、中国、豪州など13の国および地域とのFTAを締結しており、経済連携枠組構想を積極的に推進している。加えて、外資企業の誘致や産業振興を図る目的で様々な優遇措置を設けている(図)。  
図 シンガポールにおける優遇措置の一覧
優遇措置    /    概要
パイオニア・インセンティブ / (PC-M/PC-S:Pioneer Incentive) パイオニア・ステータスの認定を受けた企業には、最長15年間にわたる法人所得税の免税措置が適用。経済開発庁(EDB)所管。パイオニア・ステータスは原則として政府の裁量により付与されるものであるため、EDBは、製品の種類、投資規模、技術レベルなどを主に考慮してパイオニア・ステータスの付与を判断。
地域統括本部制度(RHQ) / 地域統括サービスと認定される所得(経営、サービス、販売、貿易、ロイヤルテイ)の増加分に対して、最大5年に限り、15%の優遇税率が適用される。EDB所管。
国際統括本部制度(IHQ) / IHQはRHQを超える事業を行う企業に適用。認定所得に対する優遇税率とその適用期間は、EDBとの協議によって、弾力的に決定・適用。
グローバル・トレーダー・プログラム(GTP) / 認定された石油製品、石油化学製品、農産物、金属、電子部品、建築資材、消費財などの国際貿易に携わる会社でシンガポールをオフショア貿易活動の拠点として位置付け、経営管理、投資・市場開拓、財務管理、物流管理の機能を有する会社に対し、特定商品のオフショア貿易による収益に対して5%または10%の軽減法人税率が適用。
租税条約 / シンガポールは69か国と租税条約を締結しており、シンガポールの地域統括会社は同租税条約の適用を受け得る。例えば、インドとの租税条約では、一部のキャピタルゲインへの非課税措置などが含まれており、シンガポール経由で投資することにメリットがある。
各種補助金 / クリーン・エネルギー、バイオメディカル分野などにおける各種補助金制度がある。
こうした取組を通じて、シンガポールはリーマンショック以降も堅調な成長率を維持し続けている。また、シンガポール経済を主導するのは政府系企業(GLC)と多国籍企業であり、周辺諸国に対して積極的な投資活動を展開している。
あらゆるものにロボット技術を活かし「移動の自動化、自由」という新たな価値の実現を目指す企業
 (株)ZMP
(株)ZMP(東京都文京区)は、ロボットや自動車等の自動運転技術の開発を行う企業である。現在、自動車等の先進運転支援(ADAS)、自動運転技術開発用プラットフォーム「RoboCar」シリーズ及びセンサ・システムや物流支援ロボットの開発・販売等を手がけている。同社は、2001年に家庭用の二足歩行の人型ロボットの開発をするため、谷口社長が1人で創業した企業である。2004年に、家庭用の人型ロボットを開発・販売した後、ロボットのコスト低減を図る過程で、好きな場所に音楽を運んできてくれる二輪の音楽ロボットを開発。この音楽ロボットがきっかけとなり、谷口社長は「移動の自動化」に大きな価値があることに気づく。そこから、人を運ぶことへと発想を広げ、自動車等の自動運転技術の開発を強化していった。2008年に自動運転車「RoboCar」を開発し、現在、自動運転の技術開発用のプラットフォームとして進化させている。同社は、標識やGPS 等の情報に頼らず環境マッピングと自己の位置推定を同時に行う技術を活かし、国内外大手企業とのアライアンスも加速させている。例えば、大手企業と提携し、高性能なセンサや自動運転用コントローラの開発を進め、先進運転支援や自動運転の開発環境やソリューションの提供をしている。今後は、自動車だけでなく、建設機械、農業機械、物流等にまでアプリケーションを広げていく予定である。例えば、建設機械、農業機械では、すでに定番の機械(ブルトーザー、芝刈り機等)があるので、それらの自動化というイメージは湧きやすいが、物流分野は、自動化をイメージできる機械がないので、身近にある手押し台車に注目し、自動化した物流支援ロボット「CarriRo」を開発している。谷口社長は、「『Robot of Everything』。あらゆるものにロボット技術を応用し、安全で、楽しく、便利なライフスタイルを創造し、総合ロボット会社として、日本発でいち早く事業化・産業化を目指したい。また、2015年5月に世界初となるロボットタクシー(ロボタク)事業を推進する新会社を設立し、自動運転技術により、高齢者など運転が難しい方々の社会課題の解決や地方創生につなげたい。ロボタクが普及すれば、空いている時間とスペースを有効活用するサービス業等も生まれ、新たな産業や観光の創出にもつながる。「移動の自由」や「マイスペース」は、人間が本来持つ願望であり、それらを安価で身近にできれば、皆がいきいきとして生活ができるようになる。」と強い想いを語った。
再生医療の規制改革で研究開発拠点としての魅力が向上
医薬品医療機器等法(旧薬事法)および再生医療等安全性確保法が2014年11月に施行され、世界に先駆けて再生医療の迅速な審査制度が実現することとなった。また、再生医療等安全性確保法の下で行われる、自由診療又は臨床研究における細胞培養加工について、医療機関から企業への外部委託が可能となった。再生医療のための細胞は個体差が大きいことから、従来の医薬品や医療機器とは別に「再生医療等製品」という分類を設け、安全性確保のもとで一定の効能があると推定できた段階で条件及び期限付で承認されることとなった。これにより、再生医療等製品の審査の迅速化が図られた。具体的には、国の承認を得るまでにかかる期間が従来の7年程度から大幅に短縮され、実用化で先行する欧米でも同程度かかるが、日本では早ければ2〜3年程度で市販できると期待されている。米ナスダック上場のイスラエル企業、プルリステム・セラピューティクスは胎盤からつくった細胞を培養し、足の血流が悪くなる病気の治療薬を開発する。2015年内にも日本企業と提携し、安全性を確かめる臨床試験(治験)に入る計画だ。胎児由来の細胞を使って脳梗塞の治療薬を開発する英リニューロンも日本に進出する。「実用化を短期間で認める独自の制度ができ、日本は非常に魅力的になった」(ジョン・シンデン最高科学責任者)とし、2015年内にも治験に入る見込みだ。(出典:日本経済新聞、2015年1月6日) 国内外のアカデミア、産業界は、規制改革により日本は世界で最も再生医療に適した環境が整備されたと見ており、日本での再生医療製品の治験実施や市場参入を検討している内外企業が急拡大している。規制緩和などによって立地条件が整えば研究開発が加速する一例であると指摘できる。 
 
3 国内生産基盤の維持強化

 

1 ものづくり基盤の強化に向けた人材育成・活用
製造業は我が国において今後も重要な役割を担い続けるものと考えられるが、製造業の稼ぎ方が変化してきている中で、製造業に求められている人材にも変化が起きている。また、少子高齢化により労働人口の減少が続いており、特に中堅・中小企業では必要とする人材の確保が容易ではなくなることが考えられる。製造業の更なる発展のためには、ものづくりの基盤となる人材の育成・活用を積極的に進めていくことが重要となっている。
1製造業に求められる人材の変化
少子高齢化に伴い、生産年齢人口の減少が進んでいる。1990年代後半から生産年齢人口の減少が続いており、8,276万人いたリーマンショック前(2008年)と比較しても2014年には7,804万人と5.7%減となっている(図123-1)。
   図123-1 我が国における生産年齢人口(15〜64歳)の推移
また、製造業における就業者数は直近10年間で約1,150万人から約1,050万人へと11%ほど減少しており、生産年齢人口の減少割合以上に製造業における就労人口は減少している(図表123-2)。
また、業種別に就労人口の推移を見ると、おおむね減少傾向にあるのが見て取れるが、「繊維」においては、1995年では108.9万人の就業者がいたものの、2010年には34.2万人となっており、特に減少傾向が強いことが分かる。一方、「輸送機械」においては、2000年頃に就労者が減少したものの、その後増加傾向にあり、108.0万人となっている(図123-3)。
   図123-2 製造業の就業者数の推移
   図123-3 製造業における業種別就労人口の推移
製造業における職種部門別の内訳をみると、近年は「製造部門」に従事する割合が減少傾向にあるのに対し、「研究開発部門」に従事する割合が増加している(図123-4)。生産ラインの効率化が進み、製造部門に必要な人材は減少する一方で、国内でのものづくりの役割として高付加価値品へのシフトやグローバル展開におけるマザー機能等が重要になる中で、研究開発に携わる人材が増えていると考えられる。
   図123-4 製造業における職種部門別内訳の変化
このように製造業に求められる人材が変化しており、この傾向が今後も継続すると、職業間のミスマッチが起こると想定される。2010年から2020年にかけての変化を予測計算してみると、男性・女性ともに、「生産工程・労務作業者」や「販売従事者」が減少し、「専門的・技術的職業従事者」や「事務従事者」が増加、また、女性においては「管理的職業従事者」も増加することで、男性で約30万人、女性で約10万人程度の職種転換が必要と考えられる(図123-5)。次世代型の製造業への転換を加速していくためにも、時代に合った人材育成が求められている。
   図123-5 2010年から2020年にかけての職種別の製造業就業者数の変化
2製造業に求められる人材育成・活用
製造業における就業者数が減少傾向にある中で、実際に不足している人材をみると、「技能人材」を挙げる企業が最も多く、中小企業では78.4%、大企業においても59.5%が不足していると感じている。また、大企業・中小企業ともに「経営人材」や「IT人材」の不足を感じている企業の割合も高い一方で、「期間工」の不足を感じている企業の割合は10%以下となっている(図123-6)。
実際に不足している人材として最も多く挙げられた技能人材に関して、技能人材のタイプ別の過不足感をみると、「高度熟練技術者」(特定の技能分野で高度な熟練技能を発揮する技能系正社員)、「技術的技能者」(開発・設計・品質管理などに携わる技能系正社員)が「不足」又は「やや不足」と感じている企業は全体の約6割となっている。また、「管理・監督担当者」(製造現場のリーダーとしてラインの監督業務などを担当する技能系正社員)も約半数の企業が不足を感じているのに対し、「一般技能者」(上記3つのタイプに当てはまらない一般的な技能正社員)は6割以上の企業が「適切」と感じており、約15%の企業が「やや過剰」又は「過剰」と感じていることが分かる。(図123-7)。
   図123-6 不足している人材
   図123-7 技能系社員の過不足状況
人材不足を見据えての企業の取組状況をみると、企業規模にかかわらず、「定年延長や定年廃止によるシニア、ベテラン人材の活用」が約7割と最も多くなっている。また、大企業では「女性が長く働き続けることができる職場環境の整備」、「多様な働き方の導入による介護や育児などの時間制約への配慮」、「ITの活用や徹底した合理化による業務プロセスの効率化」に取り組む企業の割合も高く、大企業が中小企業に比べて人材不足に対応した取組を進めている状況がうかがえる。(図123-8)。
   図123-8 人材不足を見据えての取組
続いて、新たな人材確保の観点から各企業における新卒採用や若手の教育における課題をみると、「自社の知名度が低く、応募者が集まりにくい」、「採用基準に達する応募者が少ない」が企業規模にかかわらず多くなっている。また、中小企業では「入社後の教育に時間やコストをかける余裕がない」が31.1%、「採用活動に時間やコストをかける余裕がない」が20.9%となっているなど、中小企業は大企業に比べると課題を感じている企業の割合が高くなっている(図123-9)。
   図123-9 新卒採用・教育の課題
国内の従業員の年齢構成に対する認識をみると、「各世代の均等がとれた、バランス型」と感じている企業は21.5%であり、全体の6割強の企業が不均等な年齢構成となっていると認識していることがうかがえる。具体的には、「平均年齢が高く、シニア世代中心の逆ピラミッド型」という企業が31.1%と最も高く、「30〜40歳代の中堅世代が不足している、世代断絶型」が22.8%と続いている(図123-10)。
   図123-10 国内の従業員の年齢構成
製造業における就業者数が減少し、製造業に求められる人材が変化する中で、製造業において必要となる人材育成・活用のあり方も、多様化することが求められている。今後、企業の基礎的体力の維持・強化から成長する海外市場を見据えたグローバル人材の育成までの幅広い視点に関して、若者・学生や現役世代から企業のOB世代までを対象として、多様な人材育成・活用の取組を進めていくことが重要となっている(図123-11)。
   図123–11 製造業における人材育成・活用
国立高等専門学校におけるデジタル・マニュファクチュアリング技術を身に付けた人材育成の取組
 (独)国立高等専門学校機構
(独)国立高等専門学校機構では、内閣府並びに経済産業省の後援により、同機構が設置する51高専を対象とした第1回目「3Dプリンタ・アイディアコンテスト」を2014年12月19日に実施した。これは51高専が保有している3Dプリンタを高専教育の場で積極的に活用することを目的としており、デジタル・マニュファクチュアリング技術を浸透させ、地域で貢献できるアイデア豊かなものづくり人材育成のために、地域企業と高専の連携によるものづくり教育のツールとしての普及を目的とする。第1回目は「IT関連グッズ」をテーマとして、予選応募作品25チームから選抜された本戦作品21チームにより、学生によるプレゼンテーションと展示審査が行われ、北九州工業高等専門学校の学生が提案した、スマートフォンを杖にはめ込み利用することで、転倒時に警報と家族にメールを送る機能を備えた「スマートステッキ」が最優秀賞を獲得した。2015年度は第1回目と同じ競技テーマで、8月に東北大学川内キャンパスを会場に開催する予定にしている。
ものづくり日本大賞受賞企業の特徴と受賞効果
「ものづくり日本大賞」は我が国産業・文化を支えてきたものづくりを継承・発展させるため、製造・生産現場の中核を担っている中堅人材や、伝統的・文化的な「技」を支えきた熟練人材、今後を担う若年人材など、ものづくりの第一線で活躍する人材を顕彰する制度である。2005年に創設され、経済産業省、厚生労働省、文部科学省、国土交通省の4省で連携して実施している。経済産業省においては、1製造・生産プロセスの革新、2従来にない画期的な製品・部品や素材の開発・実用化、3伝統的な技術の応用、4海外展開、5ものづくり人材の育成支援、の5つの分野で我が国ものづくり産業に貢献した人材に対して、第5回までに約2,800件の応募の中から、31件の内閣総理大臣賞、81件の経済産業大臣賞を選定している。今回、過去5回の受賞者を対象にアンケート調査を行い、ものづくり日本大賞受賞企業の特徴と受賞効果について分析を実施した。受賞者の所属企業は「中小企業」が6割強と「大企業」を上回っている(図1)。また、応募地域は企業数の多い「関東」、「近畿」、「中部」が多くなってはいるが、その他の地域からも少なくない(図2)。   図1 受賞者の企業区分   図2 受賞者の応募地域  応募の目的としては、「自社の製品・技術を広く社会にアピールするため」が半数を超えており、「自社ブランド力・認知度・信用力を高めるため」や「本事業への応募が従業員・ものづくり現場の意欲向上につながるから」という回答が続いている(図3)。   図3 応募目的   受賞後の効果としては、「従業員の意欲向上」において効果があったとの回答は企業規模を問わず9割を超えている。「マスコミからの取材が増加」や「企業信用力の向上」も中小企業では8割以上が効果を実感しており、また、「売上高の増加などの業績向上」や「求人・採用面でのメリット」も約半数が効果があったとしており、全体的に中小企業の方が高い効果を感じていることが分かる(図4)。受賞者からは「講演依頼が国内外からあり、会社の認知度はかなり上がったと感じている」、「メーカーなど他社の視察も増え、技術の信頼の向上につながった」や「受賞をきっかけに、審査委員や他受賞者など業界外のネットワークができた」など具体的な受賞効果の回答も多数得られた。このように、ものづくり日本大賞の受賞により、応募目的を達成できている企業が多く、一定の効果をもたらしていると考えられる。   図4 受賞したことによる効果   ものづくり日本大賞では受賞企業の決定後、表彰式やものづくり展の開催も行っており、2013年度に開催した第5回ものづくり日本大賞においては、内閣総理大臣賞の表彰式を首相官邸にて、また、ものづくり展を国立科学博物館にて開催している。さらに、2015年2月には初めて過去5回の受賞者が集まる交流会を開催し、31案件、57名の受賞者と審査委員、経済産業省関係者の間で交流を深めた。今後も、ものづくり日本大賞の認知度をさらに向上させていくとともに、受賞者同士の交流により新たな技術やビジネスへ繋がることが期待される。
伝統技術の応用による新しい市場開拓
2014年11月に「和紙、日本の手漉(てすき)和紙技術」が国連教育科学文化機関の無形文化遺産に正式に登録された。伝統的に受け継がれてきた技術力の高さや優れた品質が世界的に評価されている。和紙以外にも我が国には「ものづくり遺産」とも言えるものづくり大国を象徴する伝統技術が数多く残っている。ものづくり日本大賞においても伝統技術の応用部門として地域に根ざした文化的な技術や、熟練人材により受け継がれてきた伝統的な技術の工夫や応用によって、革新的・独創的な製品を開発された方々を顕彰している。2009年の第3回ものづくり日本大賞で内閣総理大臣賞を受賞した(株)小松ダイヤモンド工業所は、伝統的なダイヤモンド研磨技術を活かし、世界で初めて本真珠にカットを施した元の真珠とはまったく異なる輝き、質感をかもし出す「華真珠」を開発した。その美しさは「真珠は白くて丸いもの」という固定概念に縛られないため、海外ジュエリー業界から高く評価されている。ダイヤモンドは重さが重要なためできるだけ薄く削る技術が要求され、そこで培ったノウハウがミラーボールのように面を削り出し、一面ずつ磨いて仕上げていく「華真珠」に生きている。今後は、「華真珠」という材料を宝飾加工メーカーに製造販売するだけでなく、ネックレスといった最終製品の加工を手がけ、ブランド化を目指している。また、2013年の第5回ものづくり日本大賞において経済産業大臣賞を受賞した(株)能作は高岡銅器の伝統を活かし、純度100%錫製の「曲がる金属の食器」という新しいコンセプトを創出した。純錫は低融点金属であり、鋳造が難しいが、高岡の伝統的な鋳造技術と鋳物職人の高い技術力により、試作品を完成させた。しかし、試作品はあまりにも柔らかく力を入れると曲がってしまう欠点があった。この欠点を逆に利点とした製品作りを目指し、ユーザー自身が好みや用途に合わせて自由に曲げて使う機能を持つ新しい製品が生み出された。高岡の伝統技術を生かしながら斬新な発想に基づいて開発された錫製食器は国内のみならず、パリ・ニューヨーク・上海などの海外市場においても注目を集めている。さらに、曲げて使えばよいという発想は医療現場との連携も生み出した。錫の抗菌性・柔らかさを活かして「錫製フレキシブル手術用具」を開発した。手術用具の進入角度を自在に変形調整できるため、深奥患部にも対応可能で、手術の難度軽減、円滑化にも貢献している。このように今までの伝統技術に現在の消費者視点を加え新しい伝統工芸品を生み出し、今まで以上に付加価値の高い新たな市場を創出している企業も多い。伝統産業の良さや技術を継承しつつ、時代のニーズにも合った製品を世界へ更に発信していけることを期待したい。
衰退懸念があった地場産業を最先端製品に応用することで生き残りをかける
 和歌山県北部地域
和歌山県伊都郡高野口町とその周辺の橋本市・かつらぎ町・九度山町は県の北東部に位置し、明治時代からパイル織編物の生産地として発展してきたが、日本全体の繊維産業と同様に1980年前後をピークに衰退し、90年代の円レートの変動やアジアからの低価格衣料品の輸入拡大、更には海外への製造拠点の移設により、急速に規模が縮小した。その中で、パイル織物の技術を基礎とし、高度な製品管理技術や開発の体制を構築することで、パイル織物を従来にはない用途に応用する取組が行われている。和歌山県の橋本市にある妙中パイル織物(株)では得意とするコットンベルベットの技術を応用して、液晶パネルの製造に不可欠なラビングクロスの製造を行っている。ラビングクロスに用いられる生地は高密度かつ均一な毛並み方向と高い清浄度が求められる。従来の衣料用生地では不必要であった、高度な清浄度要求に応えるため、製造ラインに改良を加える等、顧客の要求を満たすことで、大型の受注にこぎつけ、現在では同社の主力製品の一つとなっている。また、同じく橋本市に位置する青野パイル(株)でもパイル生地の生産技術を応用し、OAプリンターの高速化・コンパクト化に寄与する新規プリンター・トナー・シール部材を開発し、大手のプリンターメーカーの高性能機種に採用されている。従来、プリンター・トナー・シール部材には不織布が用いられていたが、当社のパイル生地を用いることで、シール材とドラム面との接触摩擦を大幅に軽減し、現像ドラムの高速運転を可能にした。また、製品構造の軽密度により軽量化やコンパクト化にも寄与できるため、高評価を受けている。一方で、産官の連携によるパイル織物の活用方法の研究も進められている。県工業技術センター、オーヤパイル(株)、エコ和歌山(株)は連携してアクリル製のパイル生地が微生物を付着しやすい性質に着目し、一つのパイル生地を複数の微生物群の住処とすることで、汚泥を処理する技術を開発した。従来の微生物による汚泥処理は微生物の増殖に伴い、増えすぎた汚泥を引き抜く必要があった。しかし、パイル生地を用いることで微生物を食べるイトミミズが生息できるようになり、汚泥の発生量を適切にコントロールすることができるようになった。実証実験の結果では設置からおよそ3年半で従来のシステムと比較して83%もの汚泥の発生を抑えることができた。今後、この技術の普及により、パイル生地の需要拡大が期待されている。地場産業のチャレンジが今後の地方創生を支えることを期待したい。
地方の中小企業が長年培った技術と大企業OB人材の経験が融合することで実現した組織強化
 小西化学工業(株)
小西化学工業(株)は和歌山市に本社のある従業員数95名の中小企業。中間体と呼ばれる化学反応の中間生成物製品の研究開発・製造・販売を行っている。中間体をはじめとする化学業界ではインド・中国企業の台頭が目覚ましく、生き残りをかけて新たな技術領域への進出や高度な要求に対応できる社内体制の構築が必要であった。そのため、積極的な技術領域の拡大、転換を進め、2003年にはボーイング社の製造するボーイング787の機体に使用される炭素繊維複合材料の強化に用いられる多官能エポキシ樹脂の製造受託を受けた。現在でも主力製品の一つであるスーパーエンプラ(PES)の原料となるビスフェノールSの生産等で培ったスルホン化技術によって、水処理膜等に応用が期待される機能性スルホン化ポリマーの開発に成功した。同社では現在も積極的に組織改革や技術領域の拡大に努めている。例えば、更なるマネジメントや経営判断、社内の各組織のレベル向上と人材育成を目的として、複数の大手化学メーカー(住友化学、花王、三井化学、三洋化成など)OBを雇用することにより、大企業で蓄積されてきた経験やネットワークの移植を目指している。少子高齢化と生産年齢人口の減少が進む中でシニア世代の一層の活躍が期待される。また、同時に、中小企業では、経営戦略の見直しや新事業展開、海外進出、IT活用、生産効率化、品質管理などの様々な経営課題へのチャレンジが求められている。退職後も自らの知識・経験・ノウハウを活かしたいという意欲を持つ大企業OB人材が中小企業の現場と融合することで、組織強化と技術領域拡大が実現し、地方に元気な中小企業を創出することが地方創生への近道かもしれない。
大企業の休眠特許と町工場の熟練技術のコラボレーション。従来にない軽量で耐久性の高い、抗菌性の繊維製品の開発に取り組む
 林撚糸(株)
和歌山県橋本市にある林撚糸(株)は、ニット・織物・パイル織物等の衣料用や精密機械部品等に用いられる資材用の糸の製造を行っている従業員数7名の小規模事業者である。同社は従来保有していた撚糸技術を基に繊維に多くの空気を含む糸の製法を確立し、この糸を用いて高機能手袋「ATSuBOuGu®」(アツボウグ)を開発した。「ATSuBOuGu®」は耐熱性、保温性に優れており、アーク溶接の火玉(約1200℃)が当たっても燃えることがない。また、綿手袋、革手袋と同様の作業性を担保しつつ耐切創性も優れていることから、工業用途をはじめ、アウトドア用、山岳用にも用いられている。山岳用ではヒマラヤの高地での使用実績もある。最近では(公財)わかやま産業振興財団のコーディネーター(大企業OB)の仲介で、富士通(株)が特許を保有する「チタンアパタイト」の紹介を受け、この物質を用いた製品の開発を進めている。「チタンアパタイト」は東京大学と(株)富士通研究所で共同開発された光触媒で、花粉・細菌・ウィルスなど空気中の有害物質をとらえて分解する機能を有する。同社はこの機能に着目し、軽くて丈夫な和紙に担持させたうえで糸にすることで、抗菌機能を有する糸及びこれを用いた製品の開発に取り組んでいる。このように、同社は従来の技術に磨きをかけるだけではなく、地域の公的機関を利用しながら、未利用の外部技術を自社の技術と融合されることで付加価値の高い製品の開発に積極的に取り組んでいる。地方の町工場と大企業の有機的な連携が実現したモデルケースと言える。
ベテラン技術者を中心に技術・技能伝承や業務改善に取り組み、短納期化・新規顧客獲得に成功 
 (株)上島熱処理工業所
社員約50名のうち10名が65歳以上と高齢者が多く活躍する金属熱処理の会社である(株)上島熱処理工業所は、創業以来「お客様の熱処理工場として、お客様が自慢したくなるような性能と品質を提供する」をモットーとしている。創業時から定年の考え方はない。技能・技術は年齢を重ねることで向上するものであり、意欲がある限り現役でいてもらう、という現社長の考えもあり、体力や集中力が低下して、自分の誇りを維持するだけの仕事が出来なくなったときに自分自身でリタイヤする時期を決めるというシステムである。現在、社員は82歳の工場長を筆頭に、70代3名、60代6名のベテランがいる一方で、20代、30代の若手社員も半数を占めるというように幅広い年齢構成となっている。『「一つの技術」を「カミジマ最高レベル」で「二人以上」で出来るように』という考えのもと、品質維持のための階層別の多彩な人材育成が徹底されている。これは、高度な技術である熱処理を、技術伝承を通して枯れさせることなく、常に複数名が対応できるようにしようという社長の考えである。実際の現場では、ベテラン社員と若手社員が「親方・子方」のペアとなり、「親方」が「子方」にOJT 教育を行い、学歴や経験にかかわらず熱処理の基本をじっくりと時間をかけて習得してもらう。それは、取り扱う製品の多くは一品ものであり、過去の取り扱い製品の熱処理条件などをデータベース化して管理しているが、実際に行う際には最終的にはその処理時間などを目で見て判断する必要があるからである。このようにデータのみで判断できない部分は、親方の指導のもと、現場できめ細かく、技術・技能の伝承を行っている。現在、我が国製造業の多く企業では技術者の高齢化により、「技術・技能の伝承」が大きな課題となっている。(株)上島熱処理工業所の親方・子方制度のような取組はその一翼を担っているといえるのではないか。
3大企業のOB等人材の活用によるものづくり現場のカイゼン活動
人材不足を見据えた取組として、定年延長や定年廃止による自社のシニア、ベテラン人材の活用を考える企業が多くみられたが、社内人材にかぎらず、知識や経験が豊富な大企業のOB等人材を活用した取組が広がりつつある。今後、高いスキルを有する大企業のOB等人材の活用が進むことになれば、意図せざる海外への技術流出を防ぐという効果も期待できると考えられる。
そこで、ものづくり企業における大企業のOB等人材の必要性をみると、大企業では「必要としている」が22.4%であり、そのうち「すでに採用実績がある」が76.1%となっており、関心の高い大企業においてOB等人材の活用が既に進んでいることがうかがえる。中小企業では「必要としている」が25.4%であり、必要性を感じている企業の割合は大企業より少し高くなっている。このうち「すでに採用実績がある」は64.8%であり、大企業に比べると低くなっているが、中小企業では「今後採用を検討している」が21.8%と大企業を大幅に上回っている。(図123-12・13)。
   図123-12 大企業のOB等人材の必要性
   図123-13 大企業のOB等人材の採用予定
続いて、大企業のOB等人材に対して期待する項目をみると、大企業では「マネジメント力の向上」が29.7%と最も高く、「技術開発力の向上」と「営業力・販路開拓力の向上」の18.9%が続いている。中小企業では「技術開発力の向上」が26.4%と最も高く、「マネジメント力の向上」が23.8%で続いており、企業規模に関わらず人手が不足する技能人材、経営人材に関して、大企業のOB等人材の活用を考えている企業が多くみられる(図123-14)。
また、中小企業の大きな特徴として、「生産管理能力の向上」が23.1%と大企業と比較して大幅に高くなっている。大企業が生産管理は社内人材で対応できていると考えている一方、中小企業では生産管理能力の向上に取り組むにあたり、社内人材ではなく、大企業のOB等人材を活用する必要があると考えている企業が多いことがうかがえる。
   図123-14 大企業のOB等人材に対する期待
我が国製造業の国内生産基盤の維持強化の観点から、中小企業の生産性向上が求められている。中小企業ではリードタイムの短縮、在庫削減等の取組余地が大きく残っていると考えられ、中小企業の生産管理能力の向上として、ものづくり現場におけるカイゼン活動を通じた生産性向上に取り組む中小企業を増やしていくことが重要である。しかしながら、中小企業においては、カイゼン活動のノウハウなど、生産管理能力の向上に資する社内人材が不足しており、大企業のOB等人材が活躍できる仕組みが必要になっていると考えられる。
具体的に、大企業のOB等人材を採用する際の課題をみると、中小企業では「適当な人材を見つけにくい」が55.2%と最も高く、「報酬・処遇の決め方が難しい」が54.4%と続いている。大企業では「(中小企業と)企業文化があわない」が53.5%と最も高く、「報酬・処遇の決め方が難しい」が46.5%と高くなっている。大企業のOB等人材の活用にあたり、適当な人材を見つけにくいという中小企業側と、中小企業と企業文化があわないとする大企業側のマッチングに関する環境整備が求められていると指摘できる(図123-15)。
   図123-15 大企業のOB等人材を採用する際の課題
これまで述べてきたとおり、大企業のOB等人材が中小企業において活躍できる仕組みづくりが必要となっているが、ものづくり現場における経験が豊富な大企業OBであるベテラン、シニア等人材を活用して、地域の中小企業に対するカイゼン活動に取り組む事例は全国的に広がっており、すでに群馬県、長岡市、山形大学等において先進的な取組が進められている。
他方、カイゼン活動の取組を全国の中小企業に拡大していくにあたり、大企業のOB等人材は自らが培ってきた特定分野におけるスキルに偏ることが多く、幅広い業種の中小企業に対する汎用的なカイゼン活動の指導に合わないことも少なくないため、大企業のOB等人材が自らの出身業種以外の企業にも教えられるようにカイゼン活動のスキルについて再教育を行い、地域の中小企業に対して分かりやすく効果的なカイゼン活動を導入していくことが望まれる。加えて、大企業のOB等人材と中小企業のマッチング機会の拡大も1つの課題であることから、支援体制の構築にあたって地方自治体や地域の産業支援機関、大学、金融機関が中核となり、地域一体となって取組が進められていくことが重要である。
企業OBの中小企業向け改善インストラクターとしての再活用
 群馬県
群馬県では、いわゆる熟練の技能とは異なる、総合的な管理技術を持ったものづくり人材を育成するため、東京大学ものづくり経営研究センターと連携して、2010年に全国初となる、カイゼン活動を行う企業OB等人材を養成する「群馬ものづくり改善インストラクタースクール」を開校している。スクールのカリキュラムは金曜、土曜を中心に計19日間で構成され、カイゼン手法を学ぶだけではなく、現場実習を通じた指導技術の習得にも力を入れているところが特徴となっている。本スクールを通じて、企業OBの受講生は、これまで身に付けてきた現場改善の手法を中小企業の現場改善に必要な技術として学び直し、俯瞰的な視点からものづくりの良い流れをつくる技術を習得したインストラクターとして養成されている。2014年度までに7期を開講し、企業OBと県内企業から派遣される現役人材を合わせて80名を超える修了者を輩出している。修了した企業OB人材は、群馬県が実施する「ぐんま改善チャレンジ」事業を通じて、2名1組のチームで県内の中小企業に派遣され、群馬ものづくり改善インストラクターとして、中小企業のカイゼン活動の支援を行っている。現場に問題があるとはわかっていても、派遣先の中小企業の多くは、どうやって解決してよいかわからないという課題を抱えている。最大5回(1日を1回とする)までのインストラクターの指導によって、生産効率向上や在庫削減等のカイゼン活動を実践し、中小企業が自らカイゼン活動に取り組むきっかけ作りとして成果を上げている。加えて、これまでに派遣を行った66社(計330回)の中小企業ほぼすべてにおいて具体的なカイゼン実績が出ており、地域の中小企業が企業OB人材を活用し、企業OBも生き甲斐を感じ、ものづくり現場のカイゼン活動を通じて、生産性向上を実現するという全国のモデル事例として考えられる。
中小企業・小規模事業者人材対策事業
 カイゼン指導者育成事業
経済産業省では、中小企業のものづくり現場で活躍できる企業OB等のカイゼン指導者を育成する「中小企業・小規模事業者人材対策事業(カイゼン指導者育成事業)」を2015年度から開始している。本事業は、全国からモデル地域・業界を選定し、「企業OBや現役人材をカイゼン指導者として育成するスクールの運営」に要する経費、「育成したカイゼン指導者を中小企業に派遣」に要する経費について国が補助を実施するものである。全国を代表する地域・業界におけるカイゼン活動の重点的な支援を通じて、成功事例を多く創出することにより、中小企業のものづくり現場におけるカイゼン活動が、全国に普及していくことが期待される。   図 OB人材等による生産性向上活動
4女性活躍とダイバーシティ推進の取組
(ア)我が国製造業における女性の就労状況
我が国の女性の就労状況について、2014年の「労働力調査」(総務省統計局)の年齢階級、職業別就業者数を用いて、就業率(就業者数÷15歳以上の人口)を算出することにより、業種・職種ごとの就業率における男女の水準の差やM字カーブの状況を分析する。
まず、全産業における年齢階級別の就業率を見てみると、30歳代の女性の就業率について、30〜34歳が68.0%、35〜39歳が68.3%と、他の年齢階級に比べて低下しており、いわゆるM字カーブを描く様子が見て取れる(図123-16)。
   図123-16 全産業における年齢階級別就業率(2014年調査)
次に、製造業及び非製造業における年齢階級別の就業率を見てみると製造業については、女性の就業率は男性に比べてどの年代も大きく下回っており、男性は25〜29歳から40歳代を通じて20%を超えているのに対し、女性は一番多い40歳から44歳でも9.5%と男性の半分にも及ばない低い水準である。ただし、M字カーブは生じていないことが分かる(図123-17)。一方、非製造業についてみると、女性の就業率は男性とほぼ同等の高い水準となっているものの、30歳代の就業率は低下しており、M字カーブが生じている様子が見て取れる(図123-18)。
   図123-17 製造業における年齢階級別の就業率(2014年調査)
   図123-18 非製造業における年齢階級別の就業率(2014年調査)
また、第1子出産前後の就業状況については、2005年から2009年には出産前の就業者が7割を超えている一方で、第1子出産後には就業者が26.8%まで減少しており、出産前に就業していた女性の約6割が出産後に離職していることになる。1985年から1989年と比較すると、出産前の就業者数は1割ほど増加しているが、出産後の離職率は約20年間変化がない状況が継続していることが指摘できる(図123-19)。
   図123-19 第1子出産前後の就業状況
職業別就業者数については、製造業では、特に、「生産工程従事者」、「事務従事者」、「運搬・清掃・包装等従事者」に女性就業者がみられるが、「事務従事者」、「運搬・清掃・包装等従事者」は男性就業者と同等の水準であるものの、「生産工程従事者」は男性に比べて低い水準となっている。また、「販売従事者」、「専門的・技術的職業従事者」、「管理的職業従事者」については女性が非常に少ない状況となっている(図123-20)。
   図123-20 製造業における職業別就業者数
また、新規学卒採用者に占める女性の割合を業種別に見てみると、女性の採用がない「製造業」企業は54.3%にも上り、「建設業」の73.1%に次いで高くなっている。「宿泊業・飲食サービス業」では約7割が採用の80%以上が女性となっており、業種によって女性採用の割合が大きく異なっている(図123-21)。製造業は女性の採用が増える余地が大きいと考えられる。
   図123-21 新規学卒採用者に占める女性割合(2010年度)
このように製造業における女性の就労については、まず、女性の割合が圧倒的に少なく、採用段階から大きな男女差が生じていること、次に、女性はほとんど従事していない職種が存在しているということなどが課題として挙げられる。
(イ)政府の取組
政府では、女性の活躍推進を最重要課題の一つに掲げ、「2020年までに、女性が指導的地位に占める割合を30%にする」ことを目標に様々な施策に取り組んでいる。
現状としては、我が国における役員・管理職の女性比率は、「管理的職業従事者」が11.2%、「役員」が2.1%と先進国の中で最低水準となっている。フランスやノルウェーが上場企業に対し、取締役会のクォータ制(女性比率30〜40%)を導入するなど各国が積極的な取組を進める中、我が国も女性活躍推進に向けた取組を加速させていく必要がある(図123-22)。
   図123-22 管理的職業従事者及び役員に占める女性の割合
また、2013年6月に策定された「日本再興戦略」、2014年6月に改訂された「「日本再興戦略」改訂2014」においては、待機児童対策や女性の活躍を促進する企業の取組を後押しするための施策を掲げ、取組を進めている。
例えば、企業における女性登用の「見える化」のため、有価証券報告書に役員の男女別人数と女性比率の記載を義務付ける内閣府令が2015年3月31日に施行された。
なお、働く場面での女性の活躍推進のための取組を加速化させるため、事業主たる国・地方公共団体、民間事業主といった各主体が、女性の採用状況や幹部への登用の状況など、女性の活躍に関する現状を自ら把握・分析し、数値目標の設定を含めた女性の活躍推進のための行動計画を策定・公表することなどを定めた「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律案」が2015年通常国会に提出された。
経済産業省では、女性の力を経済活性化につなげるために、「ダイバーシティ経営企業100選」と「なでしこ銘柄」の選定を2012年度から実施している。
「ダイバーシティ経営企業100選」は、女性を含め多様な人材の能力を活かして、イノベーションの創出、生産性向上等の成果を上げている企業を表彰し、ダイバーシティ経営の裾野の拡大を図る取組である。2012年度に43社、2013年度に46社、2014年度に52社を選定した(図123-23)。
   図123–23 ダイバーシティ経営企業100選(2014年度表彰企業)
「なでしこ銘柄」は、各社の取組を加速化していくことを狙いとして、東京証券取引所と共同で、「女性活躍推進」に優れた上場企業を、「中長期の企業価値向上」を重視する投資家にとって魅力ある銘柄として業種毎に選定する取組である。2012年度に17社、2013年度に26社、2014年度は選定枠を拡大(企業数が相対的に多い業種については2社選定)し、40社を選定した(図123-24)。
   図123–24 なでしこ銘柄(2014年度選定企業)
また、各省庁及び各業界においても、建設業(けんせつ小町)、運輸業(トラガール)、農業(農業女子)といったこれまで女性活躍が少なかった分野において、表彰、普及啓発を行うなど女性が働きやすい職場作りに向けた取組を推進しており、製造業においても、素形材産業を始め、同様の取組を進めていく必要性が高まっている。
(ウ)ダイバーシティと女性活躍の推進の意義
ダイバーシティと女性活躍の推進を図る意義・効用は大きく次の4つがあると考えられる。
1つ目は、女性の積極的な採用・登用により、多様な市場ニーズに対応した商品やサービスの開発が促進されることである。2つ目は、組織の多様性を高めることによって、世界中の様々な市場への適応力を高め、リスクに対する耐性を高められることである。現に、「取締役会に女性が一人でもいる企業は、そうでない企業に比べ、破綻リスクが20%低くなっている」という調査結果もある。3つ目は、取締役会のダイバーシティがコーポレートガバナンスにおける重要な要素と認識されるようになっており、資本市場における評価の獲得、長期・安定的な資金調達につながることである。欧米の機関投資家の多くはダイバーシティを含むESG(環境・社会・ガバナンス)要因を考慮した投資を積極的に採用している。4つ目は、企業の採用・登用において、その母集団を拡大することにより、優秀な人材の確保につながることである(図123-25)。
   図123–25 企業経営におけるダイバーシティ推進のメリット
ダイバーシティと女性の活躍推進を図ることで、様々な効果がもたらされると考えられるが、実際、役員会の女性比率が高い企業は、女性役員がゼロの企業よりもROE(株主資本利益率)、EBIT(利払い前・税引前利率)が高いという調査もある(図123-26)。
また、経済社会における女性の参画が進んでいる国ほど、一人当たりGNIが上昇する傾向も見られる(図123-27)。
   図123-26 女性役員の存在とROE、EBITの関係
   図123-27 一人当たりGNIとジェンダーギャップ指数
製造業は他産業と比較しても女性の活躍が進んでいるとは言えない。女性活躍を始めとしたダイバーシティ推進への取組が、企業の継続的な発展に寄与することが期待される。
理系女子応援イベントの開催 (一社)日本自動車工業会、(株)マイナビ
製造業における女性活躍が進んでいない理由として、理系に進学する女性や製造業に興味を持つ女性が少ないことも指摘されている。近年、これらに対応するためのさまざまな取組が始まっている。自動車業界では、将来にわたり自動車産業を支える人材の育成を図るため、働く女性の裾野を広げていくことが課題となっている。このため、(一社)日本自動車工業会と(株)マイナビは、自動車メーカーで働く女性のキャリアをイメージしてもらうことに加え、理系学問と仕事との繋がりを知ってもらい、進路選択の幅を広げることを目的として、理系女子応援イベント「MY FUTURE CAMPUS 1Dayイベント−『 Drive for the future 〜あなたの想いを走らせる仕事〜』」を2015年3月28日に開催した。本イベントでは、2〜3人の女性技術者が講義やパネルディスカッションを行う「レクチャールーム」、女性技術者と対話が楽しめる「フリートーク女子会ルーム」という2つのコンテンツが設けられた。参加者となる女子学生が、日本を代表する産業の一つである自動車業界で活躍する女性社会人や理系分野の女性が活躍する企業の話を聞いて、自分の将来を考えてもらえるようなイベントとし、中学生から大学院生までの幅広い層の女性176名の参加があった。なお、2015年度は年2回(関東及び関西)の開催が検討されているとのことである。このような、採用段階のみならず、理系への進学や職業意識の醸成に向けた取組は、他業種においても参考になると考えられる。
女性や外国人などの多様な人材の積極的な採用への取組 
 JFEホールディングス(株)
JFEホールディングス(株)は、JFEスチール(株)、JFEエンジニアリング(株)、JFE商事(株)を連結子会社とする持株会社であり、グループ従業員数は57,210人(連結ベース、2014年3月末現在)である。ダイバーシティ推進室の設置(JFEスチール(株))、企業内保育施設の設置(JFEエンジニアリング(株))、育児休業者を対象としたミーティングの開催(JFE商事(株))など、グループ会社それぞれの業態やニーズに応じた取組が評価され、2013年度、2014年度と2年連続で「なでしこ銘柄(後述)」に選定された。鉄鋼事業を担うJFEスチール(株)では、女性や外国人などの多様な人材の積極的な採用を進めており、これらの人材の定着と戦力化を図るため、2012年1月、本社に「ダイバーシティ推進室」を設置した。同社ではこの「ダイバーシティ推進室」を中心として、女性の若手社員と一定のキャリアを積んだ社員との意見交換会を開催するなど細やかなフォローを行うとともに、制度面でも、法定を超える育児休業期間の設定や保育料補助制度の導入など、出産・育児をサポートし、職場への円滑な復帰を図るような取組がなされている。「男の仕事」というイメージが強い製鉄所の現業職においても、2012年度から本格的に女性社員の採用を開始した。2013年には22名、2014年には23名の女性社員を採用し、現在、新卒採用全体に占める女性の割合は約10%となっている。同時に、採用した女性が働きやすいよう環境の整備も行っている。製鉄現場の環境整備は、女性専用の休憩室やシャワールームの設置から始められ、バルブ位置を低くする、作業補助具の拡充を図るなど、作業面での作業負荷をより軽減するような工夫もなされている。このような設備の改善については、男性社員からも積極的な提案・協力があるという。製鉄現場で働く女性社員が、出産・育児を経て、勤務を継続できるよう、このような環境作り・仕組み作りは今後も続けられる。こういった取組の広がりが、女性の活躍を後押しし、それがどのように企業活動に寄与していくのか、注目される。
キャリア教育アワード
経済産業省では、「一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育」である「キャリア教育」の取組を推し進めている。具体的には、「職業体験活動」や「インターンシップ」といった職業に直接触れる体験だけでなく、国語・算数・理科などの授業の内容と実社会とのつながりを理解させる活動なども含まれる。「キャリア教育アワード」は、企業や経済団体による教育支援の取組を奨励・普及するため、2010年度に創設した表彰制度であり、2011年度より最も優秀と認められる取組には経済産業大臣賞を授与している。第5回キャリア教育アワード(2014年度)で優秀賞を受賞したスリール(株)は、「仕事と子育ての両立」について体験する機会の不足からくる「共働きへの漠然としたネガティブイメージ」を払拭するべく、職業選択前の大学生に対して「仕事と子育ての両立」のリアルを伝えるインターンシッププログラム「ワーク&ライフ・インターン」を実施している。プログラムの核となる「両立体験プログラム」では、4ヶ月間にわたり月に数回、実際に共働き家庭にインターンに行くことで、「どうやって両立を実現させるか」などをリアルに体験する。共働きの家庭は学生にとってロールモデルとなり、ワーキングマザーとの会話から、長期的なキャリアに対する新しい視点を得ることができる。女性にとって、将来の結婚や出産といったライフイベントにおいて、仕事を続けるかどうかは大きな選択である。このような取組が広まることによって、「キャリアを諦めずに仕事と子育てを両立できる」ということを具体的にイメージできるようになるのはないか。
「素形材産業の競争力強化に向けた女性の活躍推進の取組指針」の策定
素形材産業の競争力の一つの源泉は、優れた技術・技能を支える人材にある。少子高齢化による生産労働人口が減少する中、素形材産業に求められる新たなニーズに対応していくためには、男女を問わず広い裾野から活躍できる人材を取り込むことが重要である。しかし、一方で子育てや介護なども考慮したワークライフバランスを実現し、男女・年齢を問わず誰にとっても魅力的な職場環境を創出することが課題である。このため、経済産業省では、素形材企業の経営者や有識者、また他業界から成る「素形材産業における女性の活躍推進に向けた検討委員会」を開催し、素形材産業において女性の活躍推進を図る上での課題、その効果等を整理し、実際に女性が活躍している企業の取組例等を踏まえて、素形材産業の競争力強化に向けた女性の活躍推進の取組の方向性について、指針という形で策定した。
指針のポイント
1.マネジメント意識の改革◇女性活躍推進等に関する経営トップによる方針の明確化◇理念・ビジョンの社内への浸透
2.誰もが働きやすい職場環境の整備(男女ともに働きやすい職場)◇仕事と育児・介護等の両立が可能な環境整備◇女性の体力面への配慮や作業の危険性を軽減するようなハード面での対策等作業環境の整備
3.適材適所での人材活躍(男女を問わない社員の能力発揮)◇適材適所による製造部門や技術部門等幅広い職域への女性活躍の拡大◇意欲ある人材に技術・技能の習得・向上の機会提供等人材育成の仕組み作り◇複線的なキャリア形成を可能とする仕組み作り
4.人材獲得の裾野拡大(男女を問わない優秀な人材の確保)◇幅広い学校への積極的なPR等女性の継続的な採用◇パート等から正社員への登用・再雇用・中途採用
なお、本指針を活用してもらい、素形材産業の競争力強化に向けた女性の活躍が推進されることを目的として、(一財)素形材センター主催、経済産業省後援による「素形材産業における女性活躍推進セミナー」を2015年4月24日に開催した。本セミナーでは、指針を策定した「素形材産業における女性の活躍推進に向けた検討委員会」座長による基調講演「女性の活躍が企業の競争力を高める」と、女性活躍推進に積極的に取り組んでいる素形材企業等の経営者らを迎えパネルディスカッションを行い、全国の素形材企業等の関係者ら96名の参加があった。
女性目線を生かして誰もが簡単に操作できる熟練技不要の「ダイヤモンド工具研削盤」を開発 
 (株)光機械製作所
(株)光機械製作所は、三重県津市内において工作機械の製造・販売を主業とする。専用研削盤の製造や切削工具のOEM生産を主力とし、高い技術力を生かして品質の高い製品づくりに努め、アジアのみならずアメリカやヨーロッパなど、海外へも輸出している。ダイヤモンド工具研削盤は、物質の中で最も硬いダイヤモンドを刃先に持つダイヤモンド工具をダイヤモンド砥石というツールを用いて研削する機械である。その高い硬度と刃先の仕上げ精度から機械の操作には熟練者の勘と経験が必要とされた。しかし、製造現場において2007年問題など熟練者の引退が増え、同研削盤についても熟練工でなくても簡単に操作できる製品へのニーズが高くなっていた。そこで、同社は2011年に「熟練技不要のダイヤモンド工具研削盤」の開発に着手した。通常の開発の場合には機械・制御等専門の男性の担当者で進めることが多いが、この新しい研削盤の開発には設計者、機械オペレーター、経営サポートから選抜した女性7名が関わり、新たな発想でプロジェクトを進めた。「誰もが簡単に操作できる」というのは、「腕力が弱い女性でも楽に使える」、「機械に熟練していない人でも使える」ということであり、開発にはこういった女性視点が役立った。具体的には、女性社員の意見や感覚をもとに工夫され、1軽いハンドル操作、2押し易いボタンやそのレイアウト、3勘頼みの加工判断を画像で行う機能、4見やすい画面など、従来なら職人でなければ操作が難しかったものからシンプルな操作の機械となった。さらに、できあがった新製品は従来型のものから外観も機能も大きく異なり、機械のフォルムもゴツゴツしたものからソフトな美しいものに変わった。また、同社では、社内「ものづくり道場」により、キサゲ(金属の平面を手作業で微細に削り仕上げること)等の熟練技能を若手、女性へ伝承し、高品質なものづくり、新製品開開発につなげるという取組もあわせて実施している。今後、これまで男性中心であった職場でも女性が活躍していくためには、このような、女性でも扱いやすい工具の開発といった同社の取組は大いに参考になるだろう。
障がい者は“戦力”、全社員の“インクルージョン”で、知らないが故に生まれる誤解や偏見をなくす 
 (株)エフピコ
エフピコグループは、食品トレー容器の生産から配送・販売、関連資材の販売を行っている。また、スーパーなどから回収したトレーを白いもの、柄もの、不適品などに正確に分別した後、その中から選別したものを砕いて丁寧に洗浄し、溶かしてペレット状にし、それを原料に戻して表面に新しいフィルムを貼ることによって完成する「エコトレー」を製造している。トレーのリサイクルには1990年から取り組んでおり、当初はトレーの選別を機械で行っていた。しかし選別の精度が十分でなかったため、障がい者による手選別を導入することとした。スーパーなどから回収したトレー群をラインに投入するところから、危険物や不適品の除去、白物と柄物の区別、最終的な選別に至るまで、1ライン合計6名の障がい者が担当する。高速で流れるベルトコンベアを止めないように、各作業には速さと正確さが求められる。1つのことに集中して取り組み、正確な作業ができるという知的障がい者の特性が活かされており、機械での選別と比べて選別誤差が格段に縮小された。このように、福祉事業としてではなく、戦力として障がい者を雇用することで障がい者の能力を高めるとともに、会社の利益の中核となる基幹業務で能力を発揮することを可能としている。 
2 地域を支える中堅・中小企業

 

ものづくり基盤の強化に向けて、人材育成・活用が重要であるが、これまで述べてきたとおり、少子化に伴う生産年齢人口の減少が続くことに加え、地方から都市部への人口流入も進んでおり、これらが地域の経済社会に及ぼす影響が大きくなると見込まれる。2014年における都道府県別の転入・転出超過数をみると、東京都は大幅な転入超過であるが、東京都以外で転出者数より転入者数が多いのは首都圏を中心とした6県のみであり、これら以外の40道府県では転出者数の方が多くなっている(図123-28)。
こうした状況の中、地域創生の観点から2014年12月27日に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生総合戦略」では、地方における安定した雇用を創出することが基本目標の1つに掲げられるなど、地方における雇用の受け皿としての企業の役割が期待されている。
   図123-28 都道府県別の転入・転出超過数(2014年)
我が国における企業の総雇用者数をみると、総企業数の約386万社における常用雇用者数は3,759万人である。常用雇用者数を企業規模別にみると、雇用者数1,000人以上の大企業では1,196万人、雇用者数が1,000人未満の中堅・中小企業では、2,563万人が雇用されており、中堅・中小企業における雇用者数は大企業に比べて2倍程度多くなっている(図123-29)。
また、本社所在地域別に雇用者数をみると、雇用者数1,000人以上の大企業は三大都市圏に立地している割合が高く、雇用者数5,000人以上の大企業では、全体の6割超が三大都市圏に立地している。他方、雇用者数1,000人未満の中堅・中小企業では地方部に本社を構える企業の割合が高く、地方における雇用の受け皿となっている。特に、雇用者数が100人以上〜1,000人未満の中堅企業は、雇用数が945万人と大企業と同程度の雇用者数を有しつつ、地方部に立地する割合が高く、地方の雇用創出において、重要な役割を果たしていることがうかがえる。
  図123-29 中堅・中小企業の地域別の雇用者数
地方における雇用の受け皿として重要な役割を担う中堅企業には、国内の製造拠点を中心に製造しながらも特定分野の製品・技術に強みを持ち、ニッチな市場において国際競争力を有する企業が多数あり、地域経済の中核的な機能を果たすと同時に、我が国の輸出を支える優れた企業が多くみられる。このような中堅企業を各地域において振興、創出していくため、製造業における中堅企業の位置づけについて考察を行うこととする。
なお、ここでは製造業における中堅企業の定義として、年間売上高が1,000億円未満又は常用雇用者数が301人以上1,000人未満の企業を中堅企業(ただし、中小企業は除く)とする。
   図123–30 本白書での中堅企業の定義(製造業)
企業規模 / 定義
大企業 /  売上金額が1,000億円以上、又は常用雇用者数が1,000人以上の企業。ただし、中堅企業、中小企業は除く。
中堅企業 / 売上金額が1,000億円未満、又は常用雇用者数が301人以上1,000人未満の企業。ただし、中小企業は除く。
中小企業 / 売上金額が1,000億円未満、又は常用雇用者300人以下(ゴム製品製造業は900人以下)の企業
(参考1)ドイツの経営学者ハーマン・サイモンは、ドイツの中堅企業の中から特に優良な企業を「隠れたチャンピオン(HiddenChampion)」と呼び、1特定の分野で世界シェアが第1〜3位、又は欧州で第1位、2売上高が40億ドル未満、3一般的にあまり知られていない、以上の3点を満たす企業と定義している。
(参考2)経済産業省が2013年度に実施したグローバルニッチトップ企業100選では、大企業のうち直近の会計年度の売上高が1,000億円以下の企業を中堅企業としている。
1製造業における中堅企業の位置づけ
全国の製造業の総企業数434,130社のうち、中堅企業数は約3,204社であり、製造業全体に占める中堅企業の割合は約1%である(図123-31)。
業種別に中堅企業数をみると、産業中分類別で最も多いのは「食料品製造業」524社で全体の16.4%を占めている。企業数の多い業種では、「輸送用機械器具製造業」が303社で9.5%、「電子部品・デバイス・電子回路製造業」が261社で8.1%、「化学工業」が256社で8.0%となっている(図123-32)。産業小分類別に企業数の多い業種をみると、「自動車・同附属品製造業」が247社で最も多く、「その他の食料品製造業」が212社、「パン・菓子製造業」が128社と続いている(図123-33)。
   図123-31 製造業の総企業数における中堅企業の割合
   図123-32 産業中分類別の中堅企業数
   図123-33 産業小分類別の中堅企業数
製造業全体の従業者数約1,004万人のうち、中堅企業における従業者数は約223万人であり、約22%を占めている(図123-34)。中堅企業1社平均では約696人を雇用していることになり、雇用の受け皿としての観点から、重要な役割を果たしていることがうかがえる。
従業者数が多い業種をみると、産業中分類別では企業数が多い「食料品製造業」が最も多く、約37万人で全体の16.7%を占めている。続いて、「輸送用機械器具製造業」が約22万人、「電子部品・デバイス・電子回路製造業」、が約19万人、「化学工業」が約18万人となっている(図123-35)。産業小分類別に従業者数の多い業種は、「自動車・同附属品製造業」が約18万人で最も多く、「その他の食料品製造業」が約17万人、「パン・菓子製造業」が約9万人と続き、いずれも企業数と同じ傾向がみられる(図123-36)。
   図123-34 製造業の総従業者数における中堅企業の割合
   図123-35 産業中分類別の中堅企業の従業者数
   図123-36 産業小分類別の中堅企業の従業者数
売上金額では、製造業全体の総売上金額の約343兆853億円のうち、中堅企業の売上金額は約77兆9,766億円であり、製造業全体の22.7%を占めている(図123-37)。
業種別では、産業中分類別に売上金額の大きな業種として、「食料品製造業」、「化学工業」、「輸送用機械器具製造業」の3業種が、製造業における中堅企業全体の売上金額に占める比率が10%を超えており、企業数や従業者数と同様に中堅企業の中では大きな位置づけとなっている(図123-38)。
付加価値額では、製造業全体の総付加価値額の約56兆4,659億円のうち、中堅企業の付加価値額は約13兆7,813億円であり、製造業全体の24.4%を占めている(図123-39)。
業種別では、産業中分類別に付加価値額の大きな業種として、「化学工業」、「食料品製造業」、「輸送用機械器具製造業」の3業種が、売上金額と同様に製造業における中堅企業全体の付加価値額に占める比率が10%を超えている(図123-40)。
以上について、中堅企業と中小企業を足し合わせてみると売上金額は約187兆5,967億円であり、大企業の売上金額である約155兆4,886億円を大きく上回っている。同様に、付加価値額においても、中堅企業と中小企業を足し合わせた金額は約38兆1,098億円であり、大企業の付加価値額の約18兆3,561億円を上回っており、経済効果の観点からは大企業以上に中堅企業と中小企業が重要な役割を担っていることがうかがえる。特に、中堅企業は製造業の総企業数に占める割合が1%程度にもかかわらず、売上金額、付加価値額とも製造業全体の2割超を占めており、雇用の受け皿としてだけではなく、経済効果の観点からも中堅企業が重要な役割を果たしているといえる。
   図123-37 製造業の企業規模別の売上金額
   図123-38 産業中分類別の中堅企業の売上金額と構成比
   図123-39 製造業の企業規模別の付加価値額
   図123-40 産業中分類別の中堅企業の付加価値額と構成比
雇用者1人あたりの経済効果を企業規模別にみると、中堅企業の雇用者1人あたりの売上金額は3,499万円であり、大企業の7,466万円の半分程度であるが、中小企業の1,914万円の2倍程度となっている。同様に、雇用者1人あたりの付加価値額は618万円であり、大企業の881万円と中小企業の425万円の概ね中間となっている(図123-41)。また、中堅企業は売上金額の全体平均3,418万円、付加価値額の全体平均562万円のいずれも上回っており、大企業ほどではないが、高い経済効果を生み出すことができるといえる。
   図123-41 規模別の従業者1人あたりの売上金額・付加価値額
2地方で活躍する中堅企業
製造業企業の立地地域を企業規模別に比較すると、大企業は三大都市圏に立地する企業の割合が圧倒的に高く、全体の約82%が三大都市圏の立地となっている。中堅企業と中小企業は大企業と比較すると、三大都市圏以外の地方部への立地も多く、中堅企業は全体の約47%、中小企業は全体の約59%が地方部に立地している(図123-42)。
同様に雇用数をみると、大企業では三大都市圏に立地する企業の従業者数が全体の約83%を占めている。中堅企業と中小企業は大企業と比較すると、地方部に立地する企業の従業者数も多く、中堅企業は全体の約43%、中小企業は全体の約59%となっている(図123-43)。
このように、立地地域、従業者数ともに大企業は全体の8割超が三大都市圏に集中する一方、中堅企業は地方部で活動する企業の割合が高いことが特徴となっている。
   図123-42 製造業企業数の地域別・企業規模別の割合
   図123-43 製造業従業者数の地域別・企業規模別の割合
製造業企業がどのように立地地域を選定しているかについて、経済産業省が実施したアンケート結果をみると、中堅企業は「創業の地」が75.2%と最も高く、中小企業も同様に「創業の地」が最も高い割合78.6%となっている。大企業においても「創業の地」が51.7%と最も高いが、大企業では「交通アクセスのよさ」41.7%、「情報アクセスのよさ」25.0%が、中堅企業や中小企業と比較して大幅に高くなっている(図123-44)。
大企業は、都市機能を重視した立地理由を選択する割合が高く、これを受けて三大都市圏に立地する大企業が多くなっている一方、中堅企業は、創業の地に残って地域に根付いたビジネスを展開しており、地方部に立地する企業が多くなっていると考えられる。
   図123-44 本社の立地理由
製造業企業の売上金額を地域別にみると、大企業では三大都市圏に立地する企業が全体の約86%を占めている。中堅企業と中小企業は大企業と比較すると、地方部に立地する企業の割合が高く、中堅企業は全体の約38%、中小企業は全体の約54%が地方部に立地する企業となっている(図123-45)。
付加価値額も同様の傾向がみられ、大企業では三大都市圏に立地する企業が全体の約84%となっている。中堅企業と中小企業は大企業と比較すると、地方部に立地する企業の割合が高く、中堅企業は全体の約38%、中小企業は全体の約55%が地方部に立地する企業となっている(図123-46)。
上記のとおり、売上金額、付加価値額のいずれも大企業は全体の8割超が三大都市圏に集中する一方、中堅企業は大企業よりも地方部の割合が高く、地域経済に与える影響が大きいことがうかがえる。
   図123-45 売上金額の地域別・企業規模別の割合
   図123-46 付加価値額の地域別・企業規模別の割合
都道府県別の売上金額における中堅企業の位置づけをみると、33道県が全国平均より高くなっている。特に島根県、石川県、宮崎県では製造業全体の4割強を中堅企業が占めており、中堅企業が大きな役割を担っていることがうかがえる(図123-47)。
同様に、都道府県別の付加価値額における中堅企業の位置づけをみると、23都府県が全国平均より高くなっており、山形県、石川県、宮崎県では中堅企業が高い割合を占めている(図123-48)。
   図123-47 都道府県別の売上金額における中堅企業の割合
   図123-48 都道府県別の付加価値額における中堅企業の割合
中堅企業が地域で担う役割に関して、製造業企業における調達額のうち主力工場が立地する都道府県と同一都道府県内から10%以上調達している企業の割合をみると、中堅企業の約7割、中小企業の約8割が同一都道府県内の企業から10%以上調達を行っている(図123-49)。他方、大企業の約4割は同一都道府県内の企業からの調達率が10%以下であり、地元との関連性が低い一方、中堅企業は地域に根付いたビジネスを行っており、地域経済の中核を担う位置づけとして重要な役割を果たしているといえる。
   図123-49 全調達額のうち主力工場と同一都道府県内から調達している割合
地域を支える中核機能を担う中堅企業 
 多摩川精機(株)
多摩川精機(株)(長野県飯田市)は、長野県飯田地域の中小企業が精密機械加工の技術を結集し、地域一貫生産体制を可能とする共同受注体制「エアロスペース飯田」とともに飯田地域の航空機産業発展に貢献する中核企業である。多摩川精機は民間航空機用センサ、モータ、アクチュエータ並びに宇宙用製品の研究開発を行うとともに、徹底された品質管理のもとに生産を実施している。「エアロスペース飯田」との受発注関係を有するなど、共同受注生産体制の構築において重要な役割を果たしており、地域に対する貢献度が高く、地域の中核機能を担う中堅企業の代表例といえる。
3中堅・中小企業の発展に向けて
これまで地方における雇用創出や地域経済の担い手として重要な役割を担う中堅企業の位置づけをみてきたが、地域を支える中堅・中小企業を取り巻く事業環境をみると、新興国や途上国が急速な成長を遂げており、ヒト・カネ・モノ・情報の流れが、これまでにない速さで世界的に広がりをみせている。地方にあってもグローバル化は不可避のトレンドであり、特に、地方の中核を担う中堅企業の発展にあたって、グローバル市場は挑むべき方向であると考えられる。
そこで、企業規模別に輸出の有無をみると、中堅企業は「輸出している」が半数を超える56.7%であり、中小企業の「輸出している」33.0%と比較して、多くの中堅企業が輸出を行っていることがわかる(図123-50)。他方、大企業は「輸出している」が96.7%であり、海外からも稼いでいることがうかがえる。地方部に多く立地しており、地域に根付いたビジネスを行う中堅企業、中小企業ではあるが、大企業に成長するには国内市場に加えて、輸出を通じて海外市場で稼ぐことが重要となっている。
   図123-50 企業規模別の輸出の有無
輸出を行っている企業における直近の輸出金額の伸びについて、「大きく伸びた」と「やや伸びた」を足し合わせてみると、中堅企業は33.5%、中小企業は27.4%となっている一方で、大企業は53.6%と半数を超えている。特に「大きく伸びた」とする大企業は10.7%と中堅企業や中小企業に比べて大幅に高く、大企業は輸出を通じて海外市場での稼ぎを伸ばしていることがうかがえる(図123-51)。
   図123-51 企業規模別の輸出の伸び
続いて、企業規模別に今後3年間の海外売上高の見通しをみると、「増加」、「やや増加」を考えている企業の比率は、大企業が87.8%と高い一方で、中堅企業は46.2%、中小企業は19.7%となっている(図123-52)。大企業の多くが成長する海外市場での稼ぎを増加させることを考えているのに対し、中堅企業の約3分の1、中小企業の約3分の2が「なし」となっており、海外市場で稼ぐことが検討されていない状況がうかがえる。
今後、中堅企業が地方の中核として、地域経済や我が国経済をけん引していくにあたり、成長するグローバル市場で稼ぎを出していくことが重要となっている。特に、中堅企業の中には、特定分野の製品・技術に強みを持つ企業も多く、競合相手の少ない特定分野に特化することで「グローバルニッチトップ企業」として、海外市場で稼いでいくことが期待される。
   図123-52 今後3年間の海外売上高の見通し
以上のように、中堅・中小企業が我が国の輸出の担い手となって成長する海外市場において稼ぐことにより、調達面・雇用面における地方への大きな波及効果が期待できる。今後、地方における雇用創出や地域経済の担い手として、極めて重要な役割を果たす中堅企業の振興を図るとともに、このような中堅企業をより多く創出していく観点から、関係省庁が連携し、一貫した政策を通じて地域を支える中堅・中小企業を積極的に支援していくことが重要である。
成長する海外市場で稼ぐグローバルニッチトップ企業
経済産業省では、特定分野の製品・技術に強みを持ち、海外への輸出を中心に高い海外市場シェアと利益率を両立する、このような優れた企業を「グローバルニッチトップ企業100選」として2013年度に初めて顕彰を行っている。グローバルニッチトップ企業の特徴として、特定の製品分野でトップクラスの世界シェアを確保し、海外市場での稼ぎ手であると同時に、雇用等の観点から我が国の経済への貢献に対する高いポテンシャルを有しており、今後、このようなグローバルニッチトップ企業をより多く創出していくことが重要である。「グローバルニッチトップ企業100選」の表彰企業概要
・津田駒工業(株)(石川県金沢市)
1909年創業以来、最先端の織機開発にこだわりグローバルブランドへ
1909年の創業以来、高品質な織物を織る織機の開発において、シャットル織機、レピア織機、ジェットルームと常に最新技術の開発にこだわり業界をリードしてきた。世界的な人口増加の中で成長する繊維産業において、主力製品であるジェットルームの売上は9割が海外市場向けであり、すでに60カ国以上へ輸出され、その織物は世界的な高級ブランド衣料から産業資材まで幅広い分野で使用されている。津田駒ジェットルームの最大の強みは、1分間に1,000本以上の緯糸を織り込む高速性と、あらゆる織物を製織する汎用性、10年、20年と高品質の織物を織り続けることができる耐久性であり、その織機稼動を支える部品加工技術と高度かつ独自の電子制御技術である。加えて、グローバルなネットワークを持つサービス体制によって、市場から高い信頼を得ている。さらにわが国唯一のサイジングマシンメーカー(ジェットルームの経糸に糊付けをする機械)として、近年流行の極軽量ダウンジャケットなどに使われる極細糸に糊付けする世界初の「低張力制御」技術を確立するなど、長繊維糸用サイジングマシンの世界シェアは9割を占める。また、1937年からスタートした工作機械関連製品も、わが国の工作機械業界の成長とともに技術開発を進め、今日、高精度NC円テーブルの生産額では国内の4割程度のシェアを占めている。また、航空機産業の拡大に伴い、従来からある工作機械周辺装置の技術展開を進め航空機等の大型部材用の物流システム(APC=オートパレットチェンジャ)の製品群の拡大を図っている。さらに複雑な電子制御と機械構造を持つ織機開発のノウハウを活用して日本初の炭素繊維複合素材の自動積層機や、スリッター、ドレープ装置など開発に成功し、航空機産業に採用されるなど、優れた技術とグローバル経験を活かした新規事業の展開を進めている。
・ダイソー(株)(大阪府大阪市)
1915年の会社設立から独創的なものづくりを通じて、ダップ樹脂のオンリーワンメーカーに
会社設立の1915年当時に、世界最新技術であった電気分解法によるかせいソーダの工業化技術を確立し、日本におけるクロール・アルカリ事業の開拓者として、わが国の産業振興へ貢献してきた。創立100周年を迎える現在まで、独創性を重んじたものづくりに取り組み、事業領域を基礎化学品から高機能化学品、ヘルスケア関連まで幅広く事業を展開している。代表製品の一つである、飲料パックの印刷用UV硬化インキなどに配合されるダップ樹脂は、愛媛県の松山工場にて原料であるアリルクロライドから一貫生産しており、現在の世界市場のシェアは100%を誇っている。ダップ樹脂は、電気絶縁性、耐熱性、耐薬品性など多くの優れた物性を持つことから、建材や高度な品質レベルが要求される電子・電気部品まで幅広い産業分野に使用されている。また、UV硬化インキに配合することで優れた速乾性等の特性が得られるため、多くの飲料パックの印刷にも使用されるなど身近な製品でもある。この汎用性のあるダップ樹脂の製造にあたり、独自に開発した重合、精製技術の積み重ねによる製造コストの削減、様々な分子量のダップ樹脂の高品質かつ安定的な生産に成功することで他社に競り勝ち、今では海外市場を含め、ダップ樹脂のオンリーワンメーカーとしての地位を築いている。
地方の中核となる中堅・中小企業への支援パッケージ
中堅・中小企業の振興とグローバル展開を後押しすべく、政府は2014年12月に省庁横断的となる「地方の中核となる中堅・中小企業への支援パッケージ」を取りまとめている。今後、地方の中核となる中堅・中小企業が、グローバル市場を目指した戦略を実現しやすい環境を整備するため、関係省庁が連携して、人材の確保・育成から、製品開発・生産、活躍舞台の国際化まで、一貫した支援を実施することが重要である。具体的には、中堅・中小企業による海外展開を支援する観点から、海外販路を開拓してグローバルニッチトップ企業を目指す企業の製品やニーズに合わせて、(独)日本貿易振興機構(ジェトロ)が海外ビジネス経験の豊富な民間出身の専門家を派遣し、海外輸出の戦略づくりから成約に至るまでの一貫した支援を実施するなど、多様な施策がまとめられている。   中堅・中小企業の発展に向けた施策体系  
3 新たな担い手の育成

 

1ベンチャーを取り巻く環境
我が国の産業が、「稼ぐ力」を取り戻し、激しい国際競争に打ち勝っていくためには、成長分野への投資や雇用のシフトが重要である。既存企業の改善だけでは、日本企業の体質や慣行を一変させることは困難であることから、産業の変革のためにはベンチャー企業の育成が必要となる。産業の変革の旗手たるベンチャー企業が、技術、アイデア、人材を最大限に活用し、新たなフロンティアに果敢にチャレンジすることで、既存の大企業や地域を巻き込んだイノベーションの発生が期待される。
ただし、我が国の開廃業率は、英米の約半分程度であり、新陳代謝が進んでいないのが現状である(図123−53)。また、米国では、経済を牽引する代表的な企業の約3分の1は、1980年以降設立の新しい企業であり、こうした新しい企業の時価総額は約3.8兆米ドルと米国GDPの2割を超える規模になっている。一方我が国では、企業数は約8分の1、民営化・合併・ホールディングス化などの新規設立以外の企業を除いた時価総額は約700億米ドルにしか満たない状況である(図123−54)。
ベンチャー企業が次々と生まれ、世界をリードする新産業が創出され、経済のメインプレーヤーとして十分に活躍していくことが経済の好循環を回すうえで極めて重要である。
   図123-53 開廃業率の比較
   図123-54 世界トップ2,000社(Forbes Global 2,000)のうち、1980年以降に設立された企業数と時価総額の比較
2ものづくりベンチャーを取り巻く環境
ベンチャーといえばIT関連企業が多くを占め、ものづくり分野は少ないのが現状である。ITベンチャーと比較してものづくり分野で起業がしにくい点には、試作品の作成・改良に手間とコストがかかる、設備投資など大規模なコストがかかる、投資回収まで時間がかかる等が挙げられる。
一方で、ものづくり分野でも起業がしやすい環境が整ってきている。新ものづくり研究会報告書(2014年2月)でまとめたように、3Dプリンタなどのデジタルファブリケーション機器の普及により、試作品がすぐにできるようになり、また、クラウドファンディングや量産工場等とのネットワークにより、大企業のような設備投資や工場、サプライチェーンを持たずに量産品を作り、販売することができるようになったことで、ものづくりの裾野が拡大しており、ものづくりに参入するプレイヤーが拡大しつつある。
具体的には、デジタルファブリケーション機器やそうした機器を備えたファブラボなどの拠点の普及、部品調達・試作・製品試験・少量生産まで可能な設備があり資金調達・技術や事業のメンタリングが受けられる「DMM.make AKIBA」の登場、さらに、部品のモジュール化、ネットによるグローバルな仕入れ交渉の容易化、組み込み用のオープンソース・ソフトウェアの登場、量産工場における最低受注量の低下により、設備産業である製造業への参入のハードルが低下している。
また、新しい製品をいち早く紹介するメディア、新製品をいち早くグローバルに小売店に展開する販売事業者の登場、ソーシャルメディアの普及、グローバルなECサイト(Amazon等)が普及したことで、「CES」などの展示会に出品してマーケティング・PRを行い、クラウドファンディングにより商品を開発・生産・グローバルに販売、SNS等を通じて販売事業者を獲得又はECサイトで世界同時販売していくことが可能になった。
こうした環境変化に伴い、「さっさと作って、さっさと売ってみる」という「新しいものづくり」のやり方で、世界市場に対して新しい製品を提供するベンチャー企業等が登場してきている。こうした企業の特徴は、意思決定の早さ、それに伴うアイデアの実体化と商品化のスピードの早さである。イノベーションへチャレンジする、新分野でチャレンジするこうした企業、担い手を育成することが我が国産業の新陳代謝のためにも重要である。
上記問題意識を元に、経済産業省では2014年度に「フロンティアメイカーズ育成事業」を実施。先輩起業家等が公募により選定したものづくりベンチャーの卵をメンタリング(伴走型)支援し、ものづくりベンチャーの卵が新しいものづくりをグローバルに実施しその過程を報告することを通じて、ものづくりベンチャー創出・育成における課題を調査した。以下では、こうした調査等を基に、ものづくりベンチャーと彼らを取り巻くエコシステムの課題と今後の方向性をまとめる。
3ものづくりベンチャーと彼らを取り巻くエコシステムの課題と今後の方向性
アイデアソンやハッカソン、メイカソン等の隆盛によって、ものづくりに参入するプレイヤーが拡大しつつあるものの、ビジネスの担い手はまだまだ少ないのが現状である。
こうした現状を打破するには、先輩起業家から後輩起業家へのメンタリング(伴走型)支援が非常に重要である。特に、ものづくりにおいては、量産化のノウハウ、量産工場等とのネットワーク、試作品や量産品のPR、クラウドファンディングにおけるノウハウ等が成功率を高めるために必要であり、メンタリング(伴走型)支援の仕組みを構築できれば、ものづくりベンチャーの成功率を上げていくことができると思われる。なお、メンタリング(伴走型)支援の仕組みの構築においては、アクセラレーターの存在が重要であるが、日本ではまだ少ないのが現状である。
また、日本には製造大企業や町工場の集積などがあり、量産・製品開発拠点として大きな力をもっているが、ものづくりベンチャーとの協業はまだ十分とはいえない。製造大企業や町工場の集積とものづくりベンチャーとのネットワーク構築を促し、日本での量産・製品開発環境を向上させることで、国内外を問わずものづくりベンチャーを集積させ、日本でものづくりベンチャーの永続的なエコシステムを形成すること、日本がグローバルなエコシステムのコアとなることが重要である。
なお、ものづくりベンチャーに求められる能力の代表的なものとして、1製造に関する基本言語・知識、2試作品や量産品のPR能力、3プロジェクトマネジメント能力、等が挙げられる。
製造に関する基本言語・知識について、ものづくりベンチャーは、国内外の工場に試作や量産を依頼することが多いが、その際に、基本言語・知識を理解していないがために会話がかみ合わず、適正なコストや工数、実現可能なデザインと設計との乖離が発生することが往々にしてある。特に、少量の試作品と量産を見据えた量産試作品で実現可能なことの違い、量産化に伴う工場選定や品質コントロールに関する知識は、不可欠なポイントである。
試作品や量産品のPRについて、特に、試作段階からのPRの重要性を理解し、いかに世間の注目を集め、メディアが積極的に取り上げてくれるのかなどを熟知しておくことは、リソースの少ないベンチャー企業が製品を世界に認知してもらい、買ってもらう上で非常に重要なポイントである。
プロジェクトマネジメント能力について、ものづくり分野ではIT分野と異なり、設計・開発、試作、量産にいたるまで、異なる専門分野を職能として持つ人材・主体との連携が必要であり、全体をマネジメントするプロジェクトマネージャーの存在が重要である。
さらに、IoTベンチャーが登場してきており、ユーザーとのインターフェースとなるプロダクトからユーザーの情報を獲得し、ユーザーへの付加価値の高いサービスの提供につなげているなかで、ハードとソフトの両方を組み合わせて、ビジネス全体をデザインできる能力がますます重要になってきている。
「商品企画にPR戦略は必要不可欠」誰もが話題にしたくなるような製品設計と緻密なPR戦略
 (株)Cerevo
「1か国で100台しか売れなくても、100か国で100台売れば1万台になる。」代表である岩佐氏がこう語るように、グローバルニッチに稼ぐのが家電ベンチャーの(株)Cerevoだ。汎用な部品を他社から調達し、顧客ニーズのコアとなる設計は自社で実施、SNS等により世界のニッチなマーケットを把握し、機能を絞った製品をスピーディーに投入している。グローバルニッチ戦略で注目を集めることが多い(株)Cerevoであるが、それを支えるのが、緻密なPR戦略だ。技術的に良いものを作るのももちろん重要であるが、その先の売り方を考えながら製品開発をしなければ、売れる商品は作り出せない。例えば、2015年1月に開催された「CES」において(株)Cerevoが出展した「SNOW-1」は、「Top Tech of CES 2015 award」のSports & Fitness部門を受賞した。「SNOW-1」は、Bluetooth通信モジュール等を搭載したスマートフォン連携型のスノーボードバインディング。荷重センサーで足裏荷重バランスを計測、ボードのたわみを分析することで、滑りのテクニックを可視化することができる。市場調査としてスノーボーダーが集まるコミュニティサイトでの交流などで、製品のコンセプトに確かな手応えを感じて開発に踏み切った。また、開発段階では、外付けのアタッチメントで十分という社内意見もあったが、話題にしてもらうためには、多少コストがかかったとしても、バインディングとして一体化をすることで、ビジュアル的な訴求力を追求することが大事であると判断、バインディングとしての製品化にこだわった。さらに、ベンチャーでありながら、PR経験者が在籍、プレスリリース、展示会への出展方法等に関して、PR方法を商品企画の段階から構想し、積極的な仕掛けを繰り返している。ニッチ層が強烈に欲しがるものを作ること、そのうえで、皆が興味を持ち話題にしてくれるような製品設計にすることで、製品のコモディティ化が急速に進み、価格競争に陥りがちな社会でも、値崩れをおこさずに稼ぎ続けるのが(株)Cerevoの強みである。大企業と比べて資金が限られているベンチャー企業にとって、自社製品を戦略的に市場にアピールする(株)CerevoのPR戦略は大きな参考になるだろう。
安価な義手を世界中に届けたい
 イクシー(株)
一般の人にも手が届く安価な義手作成を目指し設立されたイクシー(株)(以後、exiii)。筋電義手「handiii」を開発するベンチャー企業で、立ち上げたのはソニーとパナソニック出身の技術者。在職中の2013年6月に、本業とは別に趣味でものづくりをしたいという話で盛り上がり、創設者の一人である近藤氏の大学時代の研究テーマであった筋電義手で、2013年7月に開催されたジェイムス・ダイソン・アワードのコンテストに3人で応募したのがきっかけ。ここから、「Maker Faire Tokyo 2014」の展示会など、目標を決めては試作のクオリティーを上げる活動を行ってきた。開発を進めるうちに製品の実用化を目指すには、3人がフルコミットしなければ不可能だと感じ、2014年の6月頃にそれぞれ退職、exiii創業に至った。創業の決め手は森川氏という、実際に手をなくした方から実用化してほしいという希望の声を聞いたためで、まずは森川氏に製品を届けることを目標とする。現在開発中の筋電義手は、スマートフォンによる動作制御、モーター数の削減による軽量化、3Dプリンタの活用等によって、従来100万円以上した筋電義手を低価格化することを目指している。義手であることを隠すのではなく、一つの個性としてアピールする事を目指したデザインは非常にスタイリッシュなもので、「iF GOLD award 2015」にも選出、世界的にも認められている。また、2015年1月にはクラウドファンディングにおいて、5日で目標額の70万円を達成。最終的には目標額の5倍となる350万円を調達し、開発を加速化させている。非常にニッチな市場ではあるが、グローバルに見れば十分にスケールする市場。exiiiが安価だが高性能な義手を世界に届ける日も近い。
こだわり抜いたデザインでグローバルニッチに勝負
 zecOO(ゼクウ)
これまでにない電動バイクが秋葉原で誕生した。その名も「zecOO(ゼクウ)」。一般的な電動バイクは近距離移動や宅配等を想定したものが中心であったが「zecOO」は電動バイクのイメージを180度変えた。まず、目を引くのがこれまでにないバイクと強く印象づけさせるようなデザイン性である。デザインには一切の妥協をせず、熟練した職人の技とともにすべてハンドメイドで組み立てられている。非常に特徴的なこのスタイリングは、そのユニークなメカニズムによって成立している。電気バイクならではの斬新なフレーム構成や、バッテリーの重量を少ない姿勢変化で受けとめるためのハブセンターステアリングは、その代表例である。部品やその配置の調整には困難が伴ったが、デザインだけは譲れないという思想を貫き通し、「zecOO」は体現された。また、電動バイクの大きな魅力のひとつは、その圧倒的な加速性能である。「zecOO」のパワーユニットは、最大トルク144Nmを生み出すものを搭載、電動バイクならではのスムーズで途切れのない加速感を生み出すことを可能にした。税抜き価格888万円、限定49台の発売と究極にグローバルニッチな製品であるが、海外から広く注目を集めているという。ニッチかつ高額な製品でもベンチャーがチャレンジできる環境が整ってきたことで、今後もこのような企業が増えることが期待される。
センサーとLEDを内蔵した光るスマートシューズシステム「Orphe」
 (株)no new folk studio
9軸モーションセンサー、Bluetoothモジュール、100個以上のフルカラーLEDなどを内蔵した「光る靴」が誕生した。スマートシューズシステム「Orphe」は、もちろんただ靴が光るだけではない。スマートフォンやタブレットのアプリを使い、LEDを制御、自由自在なコントロールが可能なのである。また、動きに応じた音楽演奏、映像演出のコントロールをするなど、ダンスパフォーマンスに新たな表現手法を提供できる可能性がある。さらに、ユーザーがデザインしたカラーパターンや音などをインターネット上でシェアするサービスや搭載されたセンサーによってダンサーのモーションを記録し、コンテンツ提供する予定としている。オープンな環境下でパフォーマーたちによる独創的な開発が進んでいくことが期待される。大量の電子部品を靴に内蔵することにはかなりの苦労が伴ったが、靴職人を開発チームに招き入れ、エンジニアと靴職人が綿密に連携を取ることにより、ミニマルなデザインの中にインターフェースとしての機能とスニーカーとしての機能を両立させることに成功した。既にクラウドファンディング「Indiegogo」での資金調達に成功しており、2016年には一般販売も予定している。靴という現代社会においては究極的にウェアラブルなものが、デバイスとして世に送りだされる。今後、あらゆるものがウェアラブルデバイス化していく流れのひとつの象徴と言ってよいだろう。
クラウドファンディングで市場規模を把握、「適量生産・適量販売」でグローバルに勝負
 (株)FOVE
世界初の視線追跡機能を搭載するヘッドマウントディスプレイ(HMD)を開発中の(株)FOVE。3次元の仮想空間を360度見渡すことができ、内部カメラがユーザーの眼球の動きを検知することで、視線による3次元上の座標特定・操作を可能とするものである。同社は、日本企業として初めて「Microsoft Ventures」によるアクセラレータープログラムに採択された。そのうえで、同社はクラウドファンディング「Kickstarter」に2015年5月に出展し、わずか3日で目標金額の25万米ドルの調達に成功した。Microsoftという強力な後ろ盾がありながらもクラウドファンディングを行うのには、もちろん資金調達という目的もあるが、VRユーザーが視線追跡機能を本当に必要としているのか把握をするためのマーケティングの観点から行う意味合いが強いという。同社への資金提供者のひとりである(株)ABBALabの小笠原氏が「クラウドファンディングで調達することができた資金の10倍は市場規模があると考えてよい」と語るように、どれだけの市場規模があるのか推し量ることが資金調達とともにできるようになったのである。クラウドファンディングによって、資金集め、製品PR、市場規模を把握した後は、「適量生産・適量販売」でグローバルに稼いでいく。このような流れが、ものづくりベンチャーの世界でますます加速化していくものと思われる。
「緩まないねじ」で有史以来のねじの構造に革新を起こす、ものづくりベンチャー企業
 (株)NejiLaw
(株)NejiLaw(東京都江東区)は、ねじ等の接合技術の開発やライセンシングを手がけるベンチャー企業である。有史以来、ねじは、我々の生活のあらゆる場面において、あまりにも身近な存在で、誰もがその構造を変えようとは思わなかったが、同社は従来とは全く異なる発想で革新を起こそうとしている。ねじには「緩み」という問題があり、多くの場合、螺旋構造で摩擦力によって緩みにくくするものであった。しかし、同社は螺旋構造がないボルトを、特殊な三次元構造で左右回る向きが異なるナットで締めることで、構造的に「緩まないねじ」を開発することに成功した。このナットのバリエーションは多数有り、いずれも緩みを生じさせるような作用があった際には、それがどのような向きの作用であってもナット同士が、より強固に締め付け合うように結合して、機械構造的に緩まない状態になる。さらには、ナット1つでも同様の効果を発揮するタイプまで開発している上、「緩まないボルト」も発明しており、ねじやボルトに関連した100 件を超える構造、製造から検査プロセスにわたる広範な知的財産を創出している。これらの「緩まないねじ」は、ねじの緩みから生じるトラブルや事故等を低減することで安全・安心に貢献しつつ、点検等によるメンテナンスコストを大幅に削減することにつながるものであり、東京都ベンチャー技術大賞を受賞するなど外部からの評価も高い。また、現在、(株)産業革新機構や大手が運用するファンドからも大型出資を得て、大手企業との量産システムの確立に向けた共同開発も進めている。同社代表取締役社長の道脇裕氏は、「自社での製造販売のみならず、ライセンス供与、製品・分野ごとのパートナーとの共同事業運営も視野に、緩まないねじを含むファスニング関連分野に係るものづくり全体のイノベーションの実現を目指す」としている。
世界のニッチ市場で勝負するものづくりベンチャー「フロンティアメイカーズ」
ものづくり分野でも起業がしやすい環境が整ってきており、新ものづくり研究会報告書(2014年2月)でまとめたように、3Dプリンタなどのデジタルファブリケーション機器の普及により、試作品がすぐにできるようになり、また、クラウドファンディングや量産工場等とのネットワークにより、大企業のような設備投資や工場、サプライチェーンを持たずに量産品を作り、販売することができるようになったことで、ものづくりの裾野が拡大しており、ものづくりに参入するプレイヤーが拡大しつつある。こうした環境変化に伴い、「さっさと作って、さっさと売ってみる」という「新しいものづくり」のやり方で、世界市場に対して新しい製品を提供するものづくりベンチャー企業等が登場してきている。経済産業省では、こうしたものづくりベンチャー企業等を「フロンティアメイカーズ」と名付け、2014年度に「フロンティアメイカーズ育成事業」を実施した。先輩起業家等が公募により選定したフロンティアメイカーズの卵10名(9件のプロジェクト)をメンタリング(伴走型)支援し、ものづくりベンチャーの卵が新しいものづくりをグローバルで実施しその過程を報告することを通じて、ものづくりベンチャー創出・育成の過程や課題等を調査し、最終的な活動の成果報告をリアル(東京、大阪、仙台、福岡の4地域)とネット(フェイスブック)で実施した。
自動車や半導体で使われていた工業材料を「感性素材 BLANC BIJOU」としてフランスでブランド化、日本の素材力で新たな市場を開拓
 NiKKi Fron(株)・(株)hide kasuga
1896年創業のNiKKi Fron(株)(長野県長野市)は自動車や半導体の製造に必要とされる工業用材料をつくるものづくり老舗企業で、強酸でも変質しない耐熱性、耐薬品性に優れたフルオロポリマー(フッ素樹脂)という素材を扱っている。2009年にその創業家四代目社長に就任した春日秀之氏は、この素材が持つ「永遠の白さ」に着目。100年経っても変質しない純白、独特の手触り感(質感)、蛍石という希少な鉱石から作られる希少性といった神秘性に市場価値を見出し、感性素材「BLANC BIJOU」(フランス語で白い宝石という意味)として世の中に送り出した。まず、アートの分野で使える素材としてフランスでブランドを立ち上げ、2012年に世界屈指のインテリアの見本市【メゾン・エ・オブジェ】でグランプリの「ハイライト・マテリアル」を受賞。そして、蛍石の原石からパウダー状に粒子化し、成形、焼成、表面仕上げ、切削、職人の手による仕上げという一連のプロセスを前面に打ち出すことで、「BLANC BIJOU」はアートとしてのみならず、日本のものづくりの底力としてフランス人を魅了した。世界ブランドとして発信していくため、NiKKi Fron(株)の工場も115周年記念事業としてリニューアルし、永遠に白い素材を生み出す工場にふさわしい空間を作り出し、この素材に魅了されて長野までやってくる海外からの来訪者に感動を与えている。フランスで認知された「BLANC BIJOU」の国内ブランド化に全力を注ぐため、春日氏は現在NiKKi Fron(株)の経営を離れ、(株)hide kasuga 1896という「BLANC BIJOU」の企画運営をする会社を立ち上げ、三越・伊勢丹百貨店などで取り扱われる商品開発にも成功している。自動車産業や半導体産業の内製部品として人目に触れることがなかった素材を感性素材として商品化することで、足元に眠る日本の素材力をもっと昇華させて付加価値を生み出すことができるはず、と春日氏は主張している。
デザインとエンジニアリングの両分野に精通するデザインエンジニアが集うクリエイティブ・イノベーション・ファーム
 (株)タクラム・デザイン・エンジニアリング
(株)タクラム・デザイン・エンジニアリング(東京都港区)は、デザインとエンジニアリングの両分野に精通するデザインエンジニアを中核に、建築家やグラフィックデザイナー、サービスデザイナー等の多様なプロフェッショナルが集うクリエイティブ・イノベーション・ファームである。同社は、田川代表が、大学でエンジニアリングを学んだ後、英国Royal College of Art(RCA)のInnovation Design Engineering (IDE)に留学し、デザインとエンジニアリングの両分野を体系的に学んだことから、当時の日本では完全に分断されていたデザインとエンジニアリングを一貫して出来ないかと考え、2006年に共同創業。現在、東京表参道をベースに、英国ロンドンにも拠点を設け、総勢40名のメンバーが、多様なプロジェクトに取り組んでいる。ハードウェアからソフトウェア、サービス、スペース、ブランディング、組織の教育プログラムまで、さまざまな企業・ベンチャー・組織から、多様な相談が日々持ち込まれており、プロジェクトでは、チェンジメーカーたちと協力し、創造と変革に取り組んでいる。特に、具体的なメソッドとして、製品の新たなコンセプトを生み出し、そのコンセプトを短期間で具体的な製品やサービスに育て上げる「プロトタイピング」を重視している。今後、コンシューマー向けビジネスの処方箋の一つとして浸透していく可能性が高い。田川代表は、「デザインエンジニアリングは、才能がある人だけが出来ることではなく、体系化したプロセスとして、人材育成の再現性を高めることが重要。今後は、BTCトライアングル、すなわち、ビジネス(Business)、テクノロジー(Technology)、クリエィティブ(Creative)の3要素の混合・配合率を柔軟に変えることで、ゼロから1を生み出すことが求められる。その中で、我々が人材輩出のプラットフォームとなり、10年で多くの人材を育て、産業にイノベーションを起こす。日本、東京を世界と伍して戦えるデザインエンジニアリングの拠点として、新たな産業が立ち上がる局面に関わりたい。」と強い想いを語った。
4大企業発ものづくりベンチャーや大企業とものづくりベンチャーの連携
大企業には人材、資金、技術等が潤沢にあるが、既存事業の収益目標もあるため、既存事業と市場が重なる、もしくは既存事業に将来置き換わる可能性がある新しい事業や製品分野に資源投入しにくい傾向にある。また、会社の競争力の源泉ともなっている確立されたブランドイメージを大事にするため、斬新なアイデアや製品を世に出しにくいという面もある。
こうした状況を打破するための方策としては、大企業発ものづくりベンチャー、大企業とものづくりベンチャーとの連携、大企業の経営層の事業評価の方法の改革等が考えられる。
まず、大企業発ものづくりベンチャーであるが、別会社として新規事業・製品を既存事業・製品と切り分けることで、既存事業との関係や確立されたブランドイメージとの関係などで世の中に出すことができないアイデアや製品について、実現することが可能となる。
また、大企業とものづくりベンチャーとの連携であるが、大企業には有効活用されていない知財・アイデア・技術・人材が存在し、こうした資源をベンチャー企業に拠出し、それにより新しい事業や製品を世に出していく事例も出てきている。特に、イノベーションを起こすマインドを持っているにもかかわらず、大企業に長年在籍しながら世の中に自分が設計した製品を出したことがない人が大企業には少なからず存在している。そうした人材がアイデアの事業化・製品化にチャレンジする場として、ベンチャー企業を活用することも重要であると考えられる。
なお、大企業発ものづくりベンチャー、大企業とものづくりベンチャーとの連携においては、ベンチャーの優位性でもある意思決定のスピードや既存事業に将来置き換わる可能性がある新しい事業・製品の実現力という強みを消さないように、大企業本体があまり口をださないことが重要である。大企業がベンチャー企業に対して、一定程度の裁量を与え、市場調査や試作を高速で回転させることが求められている。
最後に、大企業内で既存事業に将来置き換わる可能性がある新しい事業や製品を実現するためには、新しい事業や製品については、既存事業並みの大きな目標を設定せずに、市場が無い新しい事業や製品に合った目標を設定すべきである。新規事業に既存事業と同程度の売上や収益を求めることは、「生まれたての子供に弁護士になれ」と言っているようなものである。
社内に埋もれたアイデアを活用、意志ある社員が自ら提案してチャレンジできる環境に
 ソニー(株)
ソニー発の圧倒的な製品はこのプログラムから誕生するかもしれない。2014年4月に始まった「Sony’s Seed Acceleration Program」(通称:SAP)はそんな予感を少なからず感じさせるプログラムである。CEO直轄組織である新規事業創出部によって運営される同プログラムは、組織内で自らの意欲的なアイデアを製品化できずにもがいている社員に変革のきっかけを与えるものだ。今までも同様の部署やプロジェクトはあったものの、トップダウン・ボトムアップどちらか一方の活動だけではうまくいかないことが多かった。しかし今回の取組は、ボトムアップの活動をトップダウンでサポートするという体制でできあがった部署。SAPでは、オーディションという形でやる気のある人が自ら提案をして、それを実現する可能性が社員に提示されている。採択されれば、既存部署から離れて3か月の開発期間が与えられるとともに数百万円の予算がつく。また、社内外の起業家や投資家がメンターとして後押しをする。大企業のなかでは、研究開発から製造販売までが遠くなりがちで、アイデア・試作段階からフィードバックを繰り返せるこの仕組みは企業にとっても、採択された個人にとっても、新たな成長の可能性を切り開く可能性を秘めている。応募条件は、既存事業以外のものであれば受付けており、多少既存事業と近くても多くのチャレンジが必要であれば制限しない。実際、すでに多くのプロジェクトがオーディションで採択されている。また、グループ社員であれば誰でも応募することができるとともに、チーム内に1人でもグループ社員がいれば、あとは社外のメンバーがチームに入ることも認めている。ただのアイデアコンテストに終わるのではなく、実際に開発期間が与えられ、その後の起業、JVなどの出口までストーリーを示すことで、社員にも本気度が伝わっている。今までは、「社内でできないから、外に行って個人レベルでやる」という社員もいたが、SAPによって社内で挑戦できる仕組みができた。今後は、副業や知的財産などの契約関係をうまく整理して他の企業との連携を深めることで、さらなるイノベーションが誕生する余地がある。SAP自体が、アイデアを製品としてなかなか世に出せないことに対する課題意識・危機感から始まった草の根運動とトップの想いと社員への信頼が一致して実現されている。開始から1年が経過し、社内の雰囲気も確実に変化した。「社内でできない理由」がなくなった今、自由闊達なアイデアがソニーを駆け巡っている。
大企業の技術・資源を活用し、競争激しい「スマートロック」市場で存在感を発揮するベンチャー企業
 Qrio(株)
ここ1〜2年、世界中で「スマートロック」の開発競争が活発化している。スマートロックとは、スマートフォン等のモバイル機器のアプリから、住宅等の鍵の施錠・開錠ができる電子鍵を指し、セキュリティ面での課題が解決されれば、将来的に確実な成長が見込まれるとして、「IoT(モノのインターネット)」分野の中でも特に注目されている。このスマートキー分野では欧米企業が先行していると言われているが、日本国内にも有望な企業が存在する。その一つが、2014年12月に設立したばかりのベンチャー企業、Qrio(株)(東京都港区)である。同社が開発したスマートキー「Qrio Smart Lock」は、海外の他社製品に比べて小型でデザイン性が高く、高度な暗号技術によりセキュリティ性能も高いとして評価されており、同社が2014年12月に支援者募集を開始したクラウドファンディングのプロジェクトでは、目標金額の17倍近い2,500万円の調達に成功した。同社は、多数の大手企業を出資者とするベンチャーキャピタル「(株)WiL」が、その出資者の一つ「ソニー(株)」と合弁で設立した異色のベンチャー企業で、WiL社の設立者の一人である西條晋一氏が代表者を務めている。WiL社では、日本の大企業の豊富な資源を国内外のベンチャー企業と結びつけてイノベーションを促すことをミッションの一つとしており、Qrio設立はその一環という位置づけである。「日本の大手企業には、高度で多様な技術が蓄積されており、それを活かせる豊富な人材・設備も揃っている。一方で、ベンチャー企業の界隈には、先見性を持ち新しいビジネスモデルを構築する能力を持つ人材が少なからず存在する。その両者を結びつけることができれば、世界に通用する『日本発メガベンチャー』を生み出すことができるのではないか。」Qrioの事例は、このような仮説を実例をもって証明しようとしている。実際に「Qrio Smart Lock」は、製品開発や試作・量産においてソニーの経営資源を存分に活用することで、プロジェクト発足から半年程度で実用レベルの試作機を完成、さらに1年以内に販売開始という早期の事業化を実現している。このようなスピードと製品の完成度は、ベンチャー企業が一から体制を構築していては不可能である。また、大企業単体であっても意思決定の面から実現不可能であった。大企業の豊富な資源とベンチャーのスピード感を掛け合わせることによって、はじめて実現できたプロジェクトである。
大企業で眠る技術をベンチャーが活用、日の目を見ない技術を日の当たる場所へ
大企業で眠っていた技術を活用し、製品開発をするベンチャーが現れようとしている。その名を「Listnr(リスナー)」という製品は、設置場所付近で鳴った音をクラウド解析し、処理を実行するIoTデバイス。インターネット接続機能とマイクを搭載した小型のデバイスで、録音した音声はクラウド上に存在するサーバーへ自動でアップロードされる。サーバー側の音声認識エンジンで音声を解析し、特定の音声を認識した場合に本体のLEDが光って通知するほか、スマートフォンのアプリへ通知を送信したり、スマート家電の操作を自動的に行なったりすることが可能となる。開発当初は乳児の泣き声から「泣く」「笑う」「叫ぶ」「喃語(乳児が発する意味のない声)」といった4パターンの感情を認識し、スマートフォンアプリ上のアイコンで乳児の感情を通知する機能、スマートフォンからコントロールできる照明システム「Philips hue」をフィンガースナップ音(指を鳴らす音)で操作できる機能を提供する予定である。また、APIを公開し、開発者はListnr対応サービスやアプリを自由に開発できるようになる。APIは録音した音声ファイルを指定したサーバー(開発者が独自で実装するサーバー)にアップロードできるほか、同社が提供する音声認識サーバーの解析結果をAPI経由で自在に利用することも可能となる。この製品の肝でもある、乳幼児音声から感情認識するソフトウェアはもともと(株)パナソニックの技術である。同社の研究開発部門が製品化の出口を探り同社をスピンアウトした(株)Cerevoの岩佐氏と開発を模索していた矢先、Listnrの元となるアイデアを引っさげて江原理恵氏が「DMM.make AKIBA」の門を叩いたことをきっかけにプロジェクトは大きく動き出した。同製品は未だ開発中ではあるが、今後(株)ABBALabの投資、(株)Cerevoの協力人員増加を予定しており、2015年内の発売を目指しているところである。大企業で眠っていた技術を生かし、グローバルニッチな分野で勝負をかけようとするものづくりベンチャーが出てきた。また、このようなベンチャーに自社技術を提供しベンチャーならではのスピード感を利用して製品化をサポートする大企業、そして資金的・技術的な支援をするアクセラレーターが出始めた。ものづくりベンチャーを育む環境は着実に整備されつつある。
5地場の中小製造企業との連携
自社で生産設備や量産化の技術を持たないことが多いものづくりベンチャーにとって、地域の中小製造企業はアイデアの製品化を実現する上で大事なパートナーである。特に、我が国の地域の中小製造企業は世界的に見ても高い技術力を有する企業が多く、日本は世界で有数の試作・量産がしやすい拠点となるポテンシャルを有している。
逆に、地域にとって、ものづくりベンチャーは経済の牽引役として大きな役割を果たすポテンシャルを持っている。国内市場が縮小する中で、取引量の減少に直面している地域の中小製造企業等にとっては、規模こそ小さいものの新たな取引先となる可能性を持っている。特に、製品の試作段階から量産まで一貫して受注できた方が規模も稼げ中小製造企業にとっては望ましいものの、製品の試作段階の取引規模だけでも十分に利益確保をする仕組みは構築可能であり、今まで想像もしなかったような技術の使い方や新しいことをしようとするベンチャー企業に触れることで、中小製造企業の社内活性化にもつながる効果がある。
このように、ものづくりベンチャーと地域の中小製造企業との連携は大きな可能性を有するものの、まだ十分に顕在化していないのが現状である。
要因としては、雇用と設備を抱える地域の中小製造企業にとってものづくりベンチャー企業との取引は、大企業との取引と異なり、新規かつ単発、小規模であることが多いため、リスクが高い割には、規模も利幅もあまり期待できないことが多く、連携を受け入れる企業が少ないことが挙げられる。また、ものづくりベンチャーを受け入れる地域の中小製造企業が可視化されていないことも要因として挙げられる。例えば、企業のHPを見ても、設備一覧があるだけで、どういった加工に強みを持っている企業なのかが一見して分からないことが多いことなどがある。多くのものづくりベンチャーは国内で連携先企業を探すことに難航しており、結果として、海外企業をパートナーとして選ぶケースも存在している。
解決の方向性としては、自社技術のPRのためにものづくりベンチャーと組む事例があるように、地域の中小製造企業にとってのメリットを明確化すること、新規かつ単発、小規模な取引でも稼げる仕組みを構築すること、埋もれがちな地場の中小製造企業の発掘、ハードウェアアクセラレーターと地場の中小製造企業ネットワークのハブとなる人物におけるネットワーク構築等が考えられる。
ベンチャーのアイデア実体化の障壁を取り去るパートナー
 (有)安久工機
(有)安久工機は、医療機器や試験装置等、幅広く機械類の設計や試作を請け負う大田区の中小企業。早稲田大学や東京女子医科大学と提携して人工心臓の開発等を行う等、試作の領域での評価は高い。また、大学と提携して教育活動にも従事している。従業員数6名の同社であるが、個人事業主やベンチャー企業からの問い合わせは一日数件程度あり、その多くは試作に関する相談である。試作製作にあたっては、特にヒアリングが重要であるという。依頼者が妥協できない点や、どの程度の精密性・耐久性が必要かといった点を試作品に盛り込むためである。依頼者から提示された設計図やヒアリングを通し、加工しにくい部分は加工しやすいように改良、材料の選別を行っていく。CADや3Dプリンタ等の普及でものづくりのハードルは下がりつつあるが、こうした機器では対応できない部分がものづくりの世界にはいまだ存在する。その代表例が寸法公差であり、CADの図面からはわからない。また、製品用途によって加工時の精度や強度は変わるため、材料選び等も重要になってくる。「ベンチャー企業に必要なのは、やる気とアイデア」と同社の代表・田中氏は語る。そのうえで、作りたいものに対し、最適な技法はなにかということを知っていることが大切であるという。また、こだわりも必要ではあるが、意見をすりあわせての作業においては、時には人の意見を聞くという素直さもベンチャーには求められている。ベンチャーとの取引採算は既存取引先と比較するとそれほど高くはないものの、「新分野進出・新技術の導入といった面ではメリットがある」という。自社に新たな風を吹かせ続けるためにも、ベンチャーとの取引は、今後も当社において主軸のひとつを担っていく。
ベンチャーとのコラボレーションで自社技術をPR
 武州工業(株)・ビーサイズ(株)
自動車向けの吸気系、ヒーター用のパイプを筆頭に、医療機器用のパイプまで手がける武州工業(株)であるが、近年はベンチャーやデザイナーとのコラボレーションで注目を集めている。例えば、「1人家電メーカー」として有名なビーサイズ(株)の主力製品であるLEDデスクライト「STROKE」は当社とのコラボレーションによって生まれた製品。「STROKE」はシンプルかつ高いデザイン性が売りのひとつであるが、通常、パイプを曲げた部分は直線部分より太くなってしまい、当初このデザインを実体化するのは非常に困難であった。これを解決したのが同社の高いパイプ加工の技術であった。同社は、基本的にベンチャーやデザイナーからの依頼は断らない。依頼者と相談しながら、自社開発の設備や治具を巧みに使い、その高い技術力でアイデアの実体化を手助けしてくれる、ベンチャー企業にとって頼もしいパートナーである。一方、当社にとってもベンチャーやデザイナーと取引することにはメリットがある。技術水準の高いデザイナーたちとコラボレーションすることで、世間に自社の技術力をPRすることができるというメリットである。実際、ビーサイズが脚光を浴びるにつれ、同社の知名度も上昇、ベンチャー企業以外からも問い合わせや受注が増加しており、その効果を実感しているという。一般的に、ベンチャー企業は自らのアイデアやデザインへのこだわりが強い傾向にある。中小企業側がそうした彼らの性格を理解し、コラボレーションすることは非常に重要である。一方のベンチャー企業も、単に設計や試作を行うだけではなく、アイデア段階のものをどのようにしたら実体化できるのか把握するための、金型やパイプ加工等の技術的な素養を高める必要がある。当社のように、ベンチャーのアイデアを実体化してくれる中小企業が増え、脚光を浴びることはベンチャー企業、中小企業双方にとって望ましいと思われる。
「ソレコン」による人材育成と新たな市場創出のための取組
 タカハ機工(株)
タカハ機工(株)は、ソレノイドを構成部品の金型からプレス、プラスチック射出成形・切削・組立まで社内一貫生産体制で対応できる中小企業である。ソレノイドとは電磁コイルに電流を流すことにより発生する磁力を応用し、プランジャー(可動鉄芯)を直線運動させる電気部品であり、自販機のつり銭機構、ドア等のロック機構、安全スイッチ等の電気製品に利用されている。同社が2014年5月から開催しているソレノイド活用のコンテスト「ソレコン」は、技術的な視線での審査になりがちな製造業のコンテストとは一線を画すもので、審査員長に吉本興業所属のクリエーターでもある明和電機代表取締役社長の土佐信道氏を迎え、ソレノイドを使った製品のうち斬新な発想に対して表彰をする新しい形式をとっている。同社の狙いは、デジタルファブリケーションの流れの中で増加するIoTベンチャーとのコラボや起業を目指す個人や学生の人材育成である。今後は、コンテストだけではなく、3Dプリンタ、レーザーカッター、CNC等の設備を一般開放し、個人起業家、学生、事業者が発想した製品について設計、試作の段階から、量産を見据えた量産試作、材料選定、加工条件、単価設定等に関するアドバイスを提供する量産化最短ラボ「デジタルファクトリーパーク(仮称)」を2015年秋頃にオープンする予定である。今回の新たな取組は、多くのものづくりベンチャーたちが、深圳のEMSを活用して試作・量産をしている現状を見ていられず、信頼性の高い製品は日本メーカーが担うべきとの強い想いから始めたものという。ものづくりベンチャーが実現したいアイデアや設計を形にするための知恵出しをすることで、彼らのパートナーとして共に世界でチャレンジをしていきたいと考えている。
ものづくり中小企業との連携により研究開発を推進するベンチャー企業
 (株)チャレナジー
(株)チャレナジー(東京都墨田区)は、次世代風力発電機の研究開発を手がけるベンチャー企業。同社の清水社長は、2011年の東日本大震災をきっかけに、再生可能エネルギーを広げていく必要があると感じ、強風や風向変化への対応が可能となる次世代風力発電機の原理を考案。多くの関係者から支援を受けながら、研究開発を進めている。中でも、(株)チャレナジーを開発・試作面で全面的にサポートしているのが、墨田区で少量・多品種の金属加工業を営む中小企業(株)浜野製作所である。同社は、2014年にものづくりベンチャー向けのインキュベーション施設「Garage Sumida(ガレージ・スミダ)」を立ち上げた。同施設は、3Dプリンタやレーザーカッターなどの標準的なデジタル工作機械を備えているだけではなく、浜野製作所の熟練した職人が設計にアドバイスするとともに、板金加工やプレス加工などによる試作にも対応している。更に、浜野製作所が持つ墨田区を始めとする企業ネットワークを活かして、板金・プレス以外の試作ニーズにも幅広く応えていくことが可能である。チャレナジーも浜野製作所と連携することのメリットを感じ、その効果を最大限に享受するために「Garage Sumida」に入居、本社としている。一般的に、ものづくりベンチャーの開発する製品のうち、3Dプリンタやレーザーカッター等で試作が完結するものはほぼなく、実際に量産・事業化まで見据えた場合には、設備や技術を持つ既存企業との連携が必要不可欠である。また、既存企業の側でも、ものづくりベンチャーとの連携は新たなビジネスチャンスを創出する可能性を秘めている。ものづくりベンチャーと既存のものづくり企業の連携によってどのようなロールモデルが築けるか、「Garage Sumida」を舞台に、チャレナジーと浜野製作所の挑戦が始まった。
多様な地域企業が集い、「この地域でしか生まれ得ない製品」を生み出す「コア・ブースター・プロジェクト」
 情報科学芸術大学院大学(IAMAS)
近年、デジタル工作機械や設計ツールの低価格化、クラウドファンディング等の資金調達・情報発信手段の多様化などにより、製品開発・事業化の敷居が下がってきていると言われている。そして、そのような環境変化を背景として、アイデアや具体的なニーズを持つ個人や異業種の企業が、設備・技術を持つものづくり企業を巻き込みながら短期間・低コストで製品を開発し事業化する動きが活発化している。今のところ、このような新しい動きが目立つのは、東京をはじめとする大都市圏であるが、一方で、大都市圏以外の「地域」においても、大都市圏とは異なるアプローチで新しいものづくりを実践する事例が登場している。岐阜県大垣市にある情報科学芸術大学院大学(IAMAS)では、小林茂教授が中心となり、「コア・ブースター・プロジェクト」を実施している。このプロジェクトは、地域内のものづくり企業をはじめ、ソフトウェアエンジニア、デザイナーなど、分野の異なる多様な主体が集まってチームを組成し、短期間で製品を開発、事業化を目指すプロジェクトである。ソフトウェア業界などでは以前から、技術者等が集って短期間で製品・サービスを開発する「ハッカソン」と呼ばれるイベントが頻繁に開催されているが、ここ数年はものづくり分野にも広がり、同様のイベントが開催されるようになってきている。コア・ブースター・プロジェクトも、基本的にはこの「ハッカソン」の流れを汲むプロジェクトである。ただし、通常のハッカソンでは製品・サービスを「作る」こと自体に重きが置かれ、参加者がその製品・サービスを実際に事業化することは稀であるのに対し、コア・ブースター・プロジェクトでは始めから「事業化」を前提とした実践的な内容となっている点が特徴的である。さらに、一般的なハッカソンは「個人」単位で参加するものが多いのに対し、コア・ブースター・プロジェクトでは地域の「企業」単位での参加が基本となっており、参加企業各社の技術・資源を活用することで、個人レベルではできないような技術的に高度な製品を生み出すことも可能となっている。このため、同プロジェクトには、新事業開発を本気で志す地域の企業が多数集まっている。そこには歴史ある枡メーカーや家具メーカーなど、この地域特有の地場産業企業も複数参加しており、その技術を活用することで、まさに「この地域でしか生まれ得ない製品」が生み出されている。「現在、例えばIoTなどの分野では、世界中で画期的なアイデアに基づくこれまでにない製品(ガジェット)が次々と生み出されており、この動きは今後も加速していくと考えられる。一方で、日本の「地域」には、世界中でそこにしかない技術が地場産業という形で蓄積されている。これらのアイデアと地域の産業・技術が結びついていくことで、『地域でしか生まれえない製品』を生み出すことが可能であり、そうした事例を積み重ねていくことが、地域におけるものづくりの可能性を広げていく」と、小林茂教授は語っている。地域の多くの企業にチャレンジをしてもらうには、やはり成功事例を作っていくことが何よりも重要である。コア・ブースター・プロジェクトのような取組が地域の企業や社会の意識を変革していくひとつのきっかけになることが望まれる。
林業×デジタルものづくり「飛騨の森から今までにないワクワクを」
 (株)飛騨の森でクマは踊る(通称:「ヒダクマ」)
日本の国土の67%、飛騨市においては実に93%を森林が占めている。しかし、この豊富な資源をあまり有効活用できていないのが我が国の実情である。戦後大量に植林された木が安価な輸入材に押され、輸送費などのコストを考えた結果、使われずに放置されているのだ。整備がされなくなった森はやがて荒れ果て、土地が痩せた結果、保水力が低下、土砂災害を生みやすくなり、森の生態系も破壊してしまう。これを防ぐためには、木々の間引きをし、定期的に光が入るようなメンテナンスをする必要がある。そのために、今までにない、木材を「使う」ビジネスモデルが求められている。これに対し、飛騨市、(株)トビムシ、(株)ロフトワークがそれぞれの強みを掛け合わせ、(株)飛騨の森でクマは踊る(通称:「ヒダクマ」)を設立、地域資源をグローバルに展開し、今まで収益が出しにくかった林業を価値あるものに変える取組が始動した。ヒダクマの事業のなかでも特徴的なのが、飛騨の伝統である高度な木工技術とデジタルファブリケーションの融合である。例えば、伝統技術のひとつである「組木」を3Dデータベース化し、オンラインサービスを提供、世界中の建築家やデザイナーが飛騨の匠の技とコラボレーションできるような仕組みの構築を模索している。また、飛騨古川の古民家を改装し、デジタルものづくりカフェ「FabCafe HIDA」を2015年8月にプレオープン予定。デジタル工作機器を使いながら地域の職人と交流ができる新たなコミュニティ形成を目指している。「木を木のまま運んだら負け」と(株)トビムシの竹本氏が語るように、地域内で加工をし、建材、割り箸、床材等、捨てる部分がない使い方をする。そのうえで、作った製品は地域内で完結させず、都市部の人たちが地域のファンになるような売り方をしていく。そのためには、飛騨の特性を生かせるクリエイターが集まって、アイデアを生み出し、かたちにしていく連鎖が必要である。すでに木工パーツと異素材を3Dプリンタでつなぐプロダクトの開発が始まっており、伝統技術が新たな進化を遂げる可能性が広がりつつある。日本中の森でクマが踊り出す。その第一歩が飛騨で始まった。
市内のクリエーターと企業をマッチング、デジタルファブリケーションを有効活用し、創造性豊かなプロジェクトを発信する
 神奈川県横浜市
市内に集まった多様なクリエーターと独自ノウハウの強みを活かした新たな高付加価値ビジネスを模索している企業をマッチングさせ、今までにない創造性豊かな新プロジェクトを創出する取組を横浜市が始めた。「創造的産業振興モデル事業」という名のこの取組は、2013年秋から始まった。マッチングコーディネーターが企業の状況・課題を把握した上で事業プランを企業に提案、その事業プランに最適なクリエーターをマッチングする。例えば、人造でサファイア・ルビーなどの結晶の製造を得意とする(株)信光社では、無垢のルビーで指輪を開発中である。日本では天然の方が好まれるが、中国やアラブでは純度の高さから人工宝石の方がピュアと評価され、高値で取引されるためだ。しかし、今までは宝石を加工してアクセサリーとして販売するためには、デザインや価格設定を含む商品開発と販路獲得の課題があり同社としてもジュエリー分野は撤退し、腕時計のサファイアトップや、LEDなどの基盤部品などの事業に移行していた。そこで、マッチングコーディネーターである(株)トーン&マターの広瀬氏は3Dプリンタを活用することを提案。デザイナーが検討し出力した3Dモデルを企業側に提示し、技術的に作成可能か、不可能ならデザインをどう修正すればよいのか、コストの主要素である磨く面の数とデザインの制御等のすりあわせを行った。デザイン、3D出力、すりあわせと、試作を高速で検証することにより、3か月という短期間でルビーの指輪の試作品を製作することができた。広瀬氏は「デジタルファブリケーションの力で、部品メーカーとしてエリアに潜んでいる高い技術力とデザインを結びつけ、価値の変換を行い新しいクリエイティブ産業として育成していきたい」と本事業の狙いを語る。今まで交わることのなかったクリエーターと高い技術力を持った企業、ここにデジタルファブリケーションが掛け合わさることで、今後、横浜発の魅力的な製品・サービスが世界中に発信されることに期待したい。
地域における「デジタルものづくり」の動き
(一社)九州地域産業活性化センター及び九州経済産業局では、2014年度に「デジタルものづくり研究会」を開催した。九州には3Dプリンタやレーザーカッターなどの機材が利用可能な工房・ファブラボの開設が相次いでおり、デジタル化やネットワーク化が進む中で3Dプリンタなどのツールがどのように活かされ、ものの作り方やビジネスがどのように変化していくのか、また、地域におけるファブスペースを拠点としたネットワークの形成、新たな生産スタイルによるビジネス創出と価値創造の実現に向けたデジタルものづくりのビジネス展開・モデル化のための仕組み作りについて、地域ものづくり企業やファブラボの参加のもと検討した。
日程     テーマ   開催地
10月 1日(水) 3Dプリンタとものづくり革新のゆくえ」 福岡市
10月23日(木) 「3Dプリンタの新たな可能性」 福岡市
11月15日(土) 「オープンネットワーク時代のものづくり」 北九州市
11月27日(木) 「地産地消型ものづくりと人材育成1」 福岡市
12月10日(水) 「地産地消型ものづくりと人材育成2」 福岡市

例えば、第4回の研究会に登壇した(株)三松(福岡県筑紫野市)は3次元データを活用した多品種小ロット生産と職人技をうまく融合させている。同社は1972年創業の板金加工会社。板金加工技術をベースに、半導体装置やコインパーキング、携帯電話基地局などのメインフレームを製造してきたが、近年では企画開発から製造までトータルで装置全体を製造するまでに事業領域を拡大し、客先のニーズに応じたサービスを展開している。同社では、従業員が高い技術を身につけるために「三松大学」という独自の教育カリキュラムや試験によって技術向上を図るとともに、「多品種少量生産の進行」と、設計に不可欠な「CADデータの重要度上昇」を契機に生産管理のシステム化に取り組んできた。3Dプリンタを例にしてもCADデータがないと工作機械は動かず、ものづくりは成立しない。設計した3次元CADデータは生産情報の宝庫なので、そこから作業現場に必要最適な情報を提供するシステムを構築している。特に溶接ロボットのように職人技が必要な工程では、職人技術をサポートするために様々なプログラムの条件設定が必要となるので、この条件設定のプロセスが職人技術のデジタル化につながっている。さらに、3次元CADデータがより一層重要なインフラ機能となるなかで、これを応用する形で、多品種におよぶ部品の共通化、3Dプリンタの活用、社外との連携などの展開を模索している。また、同じく第4回に登壇し、「ホームセンターと電子工作をつなぐ」をコンセプトに設立されたファブラボ太宰府(福岡県太宰府市)の運営母体は、ホームセンター「グッデイ事業」を展開する嘉穂無線(株)(福岡県那珂川町)。関連会社で「電子工作(エレキット)事業」を行う(株)イーケイジャパン(福岡県太宰府市)内に2014年9月20日に開設した。ファブラボ太宰府の特徴は、「ホームセンター事業」と「電子工作事業」という小売とメーカーのそれぞれの機能をつなぎ、活かす役割を持っていることで、かつ企業主体でファブラボを作った国内で最初の事例である。この組み合わせにより、デジタルものづくりの関心層が女性や子供にも拡がりつつある。また、これまでは、売れるかどうか分からない中、企画段階での試作の金型製作コストが課題となって商品化してこなかった個人のものづくりが、「ファブラボで試作」→「グッデイで販売」→「売れたらエレキットで量産」という流れを作り、売ることのハードルやリスクを下げて、マーケティングに根差したものづくりを促進するという好循環を作っていくことを目指している。九州に整備されつつあるものづくり拠点、日本の強みとして地域に蓄積されてきた産業の技術や人材などの資源を活かしながら、革新や新事業を創出していくためには、多様な人材のコラボレーションやトライアンドエラーを加速するオープンネットワークの環境整備が求められる。生まれたアイデアや試作品を商品化するための地域企業とのネットワーク構築、商品開発から販売までの一連のハンズオン支援のための産業支援機関との連携、地域の課題を解決するコミュニティの形成に継続して取り組んでいく必要がある。
6シードアクセラレーター・投資家
ものづくりベンチャーの創出・成長のために、メンタリング(伴走型)支援を行うアクセラレーター等の存在は非常に重要であり、海外では、アメリカの「Bolt」、「Dragon Innovation」、「Highway1」、中国の「HAXLR8R(ハクセラレーター)」といった、ものづくり分野のアクセラレーターが隆盛をしており、応募者が殺到、多くの起業家を輩出している。
一方我が国では、本格的なアクセラレーターの担い手がまだ少ないのが現状である。2014年11月にオープンした「DMM.make AKIBA」に入居している(株)ABBALabが提供する「ABBALab Farm Program Scholarship」はその数少ない例である。特にシード期のベンチャーを対象にしており、50〜1,000万円程度の資金を投入、初期の量産までサポートをし、クラウドファンディングやその後のVC出資につなげる役割を担っている。また、様々なジャンルのメンターやパートナー企業による座学講義、実習講義、メンタリングを受けさせることで、試作や製造、企業経営に必要なノウハウや知識を起業家たちに供与している。
また、ものづくりベンチャーにとって、成長のための大きなハードルの1つとして資金調達がある。ものづくり分野は一般的にIT分野よりもお金がかかり、資金回収にも時間がかかるため、ものづくりベンチャーに出資をするエンジェル投資家やVCがまだ少ないのが現状である。なお、VCの投資対象となるためには、製品販売の実績が重要であるが、クラウドファンディングはこうした次の投資に向けた実績作りの一環にもなっている。
以上のように、シードアクセラレーターやものづくりベンチャーに出資をするエンジェル投資家やVCを増やしていくことが、我が国におけるものづくりベンチャーの創出・成長のために必要である。
DMMが設備を、(株)ABBALabが資金とノウハウを、そして(株)Cerevoが先達としてメンターの役割を果たす一大拠点「DMM.make AKIBA」
2014年11月、秋葉原にハードウェア開発に必要な最新機材を取りそろえた一大拠点がオープンした。「作れない言い訳をなくすための施設を作りたかった」と同施設に入居する(株)ABBALab代表でもあり、DMM.makeの統括プロデューサーを務める小笠原氏は想いを込める。総額約5億円の工作機械や性能検査に必要な最新の機材を備え、100台程度の少量生産まで行うことが可能な施設を秋葉原のど真ん中に作ったことも驚きではあるが、シードアクセラレーションプログラムを提供する(株)ABBALabとものづくりベンチャーの先駆者である(株)Cerevoがメンターとしてベンチャーたちの育成に携わっていることが他の施設とは一線を画する大きな特徴である。特に、(株)ABBALabが同施設に入居したことは特筆すべきことである。IT分野への投資家やアクセラレーターが主流を占めるなかで、製造業分野のアクセラレーターはまだまだ稀有な存在である。同社が提供する「ABBALab Farm Program Scholarship」は、トライアウトに合格し、その後の定期的な成果報告で、都度支援継続か否かが問われる厳しいプログラムである。資金提供金額に応じて、株式の一部や商品の販売権、商品に関わるライセンスなどに関するリターンが設定される。支援資金は50〜1,000万円と量産試作まで行うには十分な金額である。その後のクラウドファンディングやVC出資などにつなげていく橋渡しの役割を同社が担っている。ものづくりベンチャーにとって、同社の存在はたいへん貴重である。特に、シード期のものづくりベンチャーに投資をするVCは現在の日本では皆無に近い。IT系のシード・アーリーステージのベンチャーに資金は流れるが、製造業のシード・アーリーステージには流れ込まない。この流れを変えるのが(株)ABBALabであり、多くのものづくりベンチャーが世界にはばたくことをサポートすることで、このステージに流れこむエンジェル投資家やVCが現れるきっかけになるだろう。また、同社は現在、シード期のものづくりベンチャーを投資対象とするファンドを組成しようと計画しているところであるが、この動きに興味を示し、協力をしようとしているのは、残念なことに欧米や台湾の企業であり日本企業からの色よい返事はないそうだ。欧米や台湾企業が、今までの「大量生産・大量消費」の時代から、「適量生産・適量消費」に舵を切り、ものづくりベンチャーに対しても投資対象として、またビジネスパートナーとして、大きく評価をし始めているなかで、日本企業は世界の大きな動きから取り残されつつある。今チャレンジをすれば、まだまだ主導権を握れるチャンスはあるはずであり、我が国製造業の底力を見せるには、今が正念場である。
7今後に向けて
IoT時代を迎え、ソフトとハードの両方を見据えた新しいビジネス構築が重要性を増しており、政策的な対応も両方を見据えて進めることが必要である。
また、ベンチャー企業にとって、先輩起業家から後輩起業家へのメンタリング(伴走型)支援は非常に重要である。特に、ものづくりにおいては、量産化のノウハウ、量産工場等とのネットワーク、クラウドファンディングにおけるノウハウ等が成功率を高めるために必要となる。国内でメンタリング(伴走型)支援の仕組みを構築し、ものづくりベンチャーの成功率を上げ、我が国の得意なものづくりで成功例を蓄積していくことが、ベンチャーエコシステム形成のために求められている。
一方で、ものづくりベンチャーの集積地として、資金調達のしやすさからシリコンバレー、量産・製品開発のしやすさから深圳、等という形で地域間競争が始まっている。日本においても、量産・製品開発のノウハウ・設備を持つ製造大企業や地場の中小製造企業の集積を発掘、製造大企業や中小製造企業の集積とものづくりベンチャーやアクセラレーター等関係者間のネットワーク構築を促し、量産・製品開発のしやすさを向上させることで、国内外を問わずものづくりベンチャーを日本に集積させ、日本でものづくりベンチャーの永続的なエコシステムを形成すること、日本がグローバルなエコシステムのコアとなることが重要である。 
 
平成27年国勢調査

 

用語の解説
労働力状態 / 15歳以上の人について、調査年の9月24日から30日までの1週間(以下「調査週間」という。)に「仕事をしたかどうかの別」により、次のとおり区分したものをいう。
労働力率 / 15 歳以上人口(労働力状態「不詳」を除く。)に占める労働力人口の割合をいう。
従業上の地位 / 就業者について、調査期間中にその人が事業を営んでいるか、雇用されているかなどによって、区分したものをいう。
産業・職業 / 「産業」とは、就業者について、調査週間中、その人が実際に仕事をしていた事業所の主な事業の種類によって分類したものをいう(「休業者」(調査週間中仕事を休んでいた人)については、その人がふだん仕事をしている主な事業所の事業の種類)。
「職業」とは、就業者について、調査週間中、その人が実際に従事していた仕事の種類によって分類したものをいう(「休業者」については、その人がふだん従事している仕事の種類)。
国勢調査の集計に用いている産業分類・職業分類は、それぞれ日本標準産業分類及び日本標準職業分類を基にしている。
T 年齢別人口
15〜64歳人口は平成7年をピークに減少が続き、7628万8736人、22年から5.9%減
平成27年国勢調査による10月1日現在の我が国の総人口(1億2709万4745人)を年齢3区分別にみると、15〜64歳人口は7628万8736人(総人口の60.7%)、65歳以上人口は3346万5441人(同26.6%)、15歳未満人口は1588万6810人(同12.6%)となっている。
15〜64歳人口は、平成7年(8716万4721人)をピークに一貫して減少しており、平成27年は22年と比べると474万3064人減少(5.9%減)となっている。
また、総人口に占める割合は、15〜64 歳人口は63.8%から60.7%に低下、65 歳以上人口は23.0%から26.6%に上昇、15 歳未満人口は13.2%から12.6%に低下している。
65 歳以上人口の割合は調査開始以来最高、15 歳未満人口の割合は調査開始以来最低となっている。(図T−1、表T−1)
   図T−1 年齢(3区分)別人口の推移−全国(昭和60 年〜平成27 年)
   表T−1 年齢(3区分)別人口の推移−全国(昭和60 年〜平成27 年)
U 労働力人口
労働力率は平成22年に引き続き、男性で低下、女性で上昇
15 歳以上人口(1億975 万4177 人)の労働力率は60.0%となっている。平成22年と比べると、1.2 ポイント低下しており、12 年以降低下が続いている。
労働力率を男女別にみると、男性が70.9%、女性が50.0%で、平成22 年と比べると、男性は2.9 ポイント低下しているのに対し、女性は0.4 ポイント上昇している。(表U−1)
   表U−1 労働力状態、男女別15 歳以上人口の推移−全国(昭和60 年〜平成27 年)
女性の労働力率は、25〜29歳で比較可能な昭和25年以降初めて8割超
男女別労働力率を年齢5歳階級別にみると、男性は25 歳から59 歳までで90%以上となっている。一方、女性は25〜29 歳の労働力率が81.4%となり、比較可能な昭和25 年以降初めて8割を超えた。また、平成22 年でM字カーブの底となった35〜39 歳の労働力率が68.0%から72.7%となり、M字カーブの底が上昇した。
女性の労働力率の推移について、いわゆる男女雇用機会均等法が施行される直前の昭和60 年から年齢5歳階級別にみると、25 歳から64 歳までで平成2年以降上昇傾向となっている。(図U−1、表U−2)
   図U−1 年齢(5歳階級)、男女別労働力率−全国(昭和60年、平成22年、27年)
   表U−2 年齢(5歳階級)、男女別労働力率の推移−全国(昭和60年〜平成27年)
V 従業上の地位
男性は「正規の職員・従業員」が64.9%と最も高く、女性は「パート・アルバイト・その他」が43.4%と最も高い
15 歳以上就業者(5891 万9036 人)について、従業上の地位別の割合をみると、「雇用者(役員を含む)」が15 歳以上就業者の87.4%、「自営業主(家庭内職者を含む)」が9.2%、「家族従業者」が3.4%となっている。
また、雇用者の内訳をみると、「正規の職員・従業員」が15 歳以上就業者の53.6%、「労働者派遣事業所の派遣社員」が2.7%、「パート・アルバイト・その他」が26.0%となっている。
雇用者の内訳を男女別にみると、男性は「正規の職員・従業員」が64.9%と最も高く、女性は「パート・アルバイト・その他」が43.4%と最も高くなっている。(表V−1)
   表V−1 従業上の地位、男女別15 歳以上就業者−全国(平成27 年)
20歳から39歳までは男女共に「正規の職員・従業員」の割合が最も高いが、女性は40歳以上で「正規の職員・従業員」より「パート・アルバイト・その他」の割合が高くなる
15 歳以上就業者について、従業上の地位別の割合を男女、年齢5歳階級別にみると、「正規の職員・従業員」は、男性の20 歳から59 歳までで5割を超えている。一方、女性は20 歳から34 歳までで5割を超えるものの、35 歳以上で5割以下となっている。
「パート・アルバイト・その他」は、男女共に15〜19 歳が最も高い割合(男性56.5%、女性74.0%)となっている。また、男性は30 歳から59 歳までは1割以下となっているが、女性は25〜29 歳を除く全ての年齢階級で3割以上であり、15〜19 歳及び40 歳以上で「正規の職員・従業員」を上回っている。(図V−1、表V−2)
   図V−1 従業上の地位、年齢(5歳階級)、男女別15 歳以上就業者の割合
   表V−2 従業上の地位、年齢(5歳階級)、男女別15 歳以上就業者
      −全国(平成27 年)
W 産業・職業
1 産業
「医療、福祉」に従事する者の割合は平成22年に引き続き上昇
15 歳以上就業者について、産業大分類別の割合をみると、「製造業」が16.2%と最も高く、次いで「卸売業、小売業」が15.3%、「医療、福祉」が11.9%などとなっている。
「医療、福祉」は、平成22 年と比べると1.6 ポイント上昇しており、産業大分類別では最も割合が拡大している。(図W−1−1、表W−1−1)
   図W−1−1 産業(大分類)別15 歳以上就業者の割合の推移
   表W−1−1 産業(大分類)別15 歳以上就業者の推移
      −全国(平成12 年〜27 年)
産業大分類 実数(千人)          割合(%)     22-27年差
      平成12年 17年  22年  27年 12年 17年 22年 27年
総数    63,032 61,530 59,611 58,919 100.0 100.0 100.0 100.0 0.0
農業|林業  2,955 2,767 2,205 2,068  4.7  4.5  3.7  3.5 -0.2
漁業      253  214  177  154  0.4  0.3  0.3  0.3 -0.0
鉱業|採石|砂利 46   31   22   22  0.1  0.1  0.0  0.0 0.0
建設業    6,346 5,441 4,475 4,341 10.1  8.8  7.5  7.4 -0.1
製造業   11,999 10,486 9,626 9,557 19.0 17.0 16.1 16.2 0.1
電気|ガス   338  295  284  283  0.5  0.5  0.5  0.5 0.0
 |熱供給|水道
情報通信業  1,555 1,613 1,627 1,680  2.5  2.6  2.7  2.9 0.1
運輸業|郵便業3,218 3,171 3,219 3,045  5.1  5.2  5.4  5.2 -0.2
卸売|小売業 11,394 10,760 9,804 9,001 18.1 17.5 16.4 15.3 -1.2
金融業|保険業1,751 1,514 1,513 1,429  2.8  2.5  2.5  2.4 -0.1
不動産|賃貸 1,065 1,118 1,114 1,198  1.7  1.8  1.9  2.0 0.2
学術|専門  1,974 1,910 1,902 1,919  3.1  3.1  3.2  3.3 0.1
 |技術サービス
宿泊|飲食業 3,803 3,664 3,423 3,249  6.0  6.0  5.7  5.5 -0.2
教育|学習  2,606 2,675 2,635 2,662  4.1  4.3  4.4  4.5 0.1
医療|福祉  4,274 5,332 6,128 7,024  6.8  8.7 10.3 11.9 1.6
第1 次産業  3,208 2,981 2,381 2,222  5.2  4.9  4.2  4.0 -0.3
第2 次産業 18,392 15,957 14,123 13,921 29.5 26.4 25.2 25.0 -0.2
第3 次産業 40,671 41,425 39,646 39,615 65.3 68.6 70.6 71.0 0.4


各産業に分類されるものは次のとおり。
「第1次産業」…「農業、林業」及び「漁業」
「第2次産業」…「鉱業、採石業、砂利採取業」、「建設業」及び「製造業」
「第3次産業」…「電気・ガス・熱供給・水道業」、「情報通信業」、「運輸業、郵便業」、「卸売業、小売業」、「金融業、保険業」、「不動産業、物品賃貸業」、「学術研究、専門・技術サービス業」、「宿泊業、飲食サービス業」、「生活関連サービス業、娯楽業」、「教育、学習支援業」、「医療、福祉」、「複合サービス事業」、「サービス業(他に分類されないもの)」及び「公務(他に分類されるものを除く)」なお、「分類不能の産業」はどの産業にも分類されないため、割合の算出において、分母から「分類不能の産業」を除いている。
「製造業」に従事する者の割合は滋賀県が高く、全国に比べて10ポイント以上高い「建設業」に従事する者の割合は福島県が高い
15 歳以上就業者について、産業大分類別の割合を都道府県別にみると、「製造業」(全国16.2%)は滋賀県が26.7%と最も高く、次いで愛知県が25.3%、静岡県が24.9%などとなっている。「農業、林業」(同3.5%)は青森県が10.8%と最も高く、次いで高知県が10.3%、宮崎県が10.2%などとなっている。
また、「建設業」(同7.4%)は福島県が10.8%と最も高く、次いで宮城県で10.5%、岩手県で10.1%などとなっている。(表W−1−2)
   表W−1−2 主な産業(大分類)別15歳以上就業者の割合−都道府県(平成27年)
産業大分類別の女性の割合は「医療、福祉」が最も高い
15 歳以上就業者について、産業大分類別に男性の割合をみると、「電気・ガス・熱供給・水道業」が85.5%と最も高く、次いで「鉱業、採石業、砂利採取業」(84.3%)、「建設業」(84.1%)などとなっている。一方、女性の割合は「医療、福祉」が75.9%と最も高く、次いで「宿泊業、飲食サービス業」(62.3%)、「生活関連サービス業、娯楽業」(60.4%)などとなっている。
年齢5歳階級別の割合をみると、「建設業」は60 歳以上の男性で約2割を占めている。「医療、福祉」は40 歳から54 歳までの女性で約3割を占めている。平均年齢をみると「農業、林業」が62.1 歳と最も高く、「情報通信業」が41.8歳と最も低くなっている。(表W−1−3)
   表W−1−3 産業(大分類)、年齢(5歳階級)、男女別15歳以上就業者
      −全国(平成27年)
2 職業
「専門的・技術的職業従事者」の割合は平成12 年以降上昇「販売従事者」の割合は平成12 年以降低下
15 歳以上就業者について、職業大分類別の割合をみると、「事務従事者」が19.0%と最も高く、次いで「専門的・技術的職業従事者」が15.9%、「生産工程従事者」が13.5%などとなっている。
「専門的・技術的職業従事者」は、平成22 年と比べると1.4 ポイント上昇しており、12 年以降上昇している。一方で「販売従事者」は、平成22 年と比べると0.8ポイント低下しており、12 年以降低下している。(図W−2−1、表W−2−1)
   図W−2−1 職業(大分類)別15歳以上就業者の割合の推移
   表W−2−1 職業(大分類)別15歳以上就業者の推移
      −全国(平成12年〜27年)
「事務従事者」の割合は東京都が23.0%と最も高い
15 歳以上就業者について、職業大分類別の割合を都道府県別にみると、「事務従事者」(全国19.0%)は東京都が23.0%と最も高く、次いで神奈川県が21.7%、千葉県が21.4%などとなっている。
また、「農林漁業従事者」(同3.6%)は青森県が11.5%と最も高く、次いで高知県が10.8%、岩手県が10.3%などとなっている。(表W−2−2)
   表W−2−2 主な職業(大分類)別15歳以上就業者の割合−都道府県(平成27年)
「農林漁業従事者」は男女共に65歳以上の割合が最も高い
15 歳以上就業者について、職業大分類別に男性の割合をみると、「建設・採掘従事者」が97.6%と最も高く、次いで「輸送・機械運転従事者」(96.6%)、「保安職業従事者」(93.7%)などとなっている。一方、女性の割合は「サービス職業従事者」が68.2%と最も高く、次いで「事務従事者」(60.1%)、「専門的・技術的職業従事者」
(48.1%)などとなっている。
年齢5歳階級別の割合をみると、「農林漁業従事者」は男女共に65 歳以上の割合が最も高く、男性が31.0%、女性が19.6%となっており、「農林漁業従事者」の5割以上を占めている。(表W−2−3)
   表W−2−3 職業(大分類)年齢5歳階級、男女別15歳以上就業者−全国(平成27年)
X 夫婦の労働力状態
夫婦共に「就業者」の世帯は1308 万450 世帯で、夫婦のいる一般世帯の47.6%を占める
夫婦のいる一般世帯注1)(2873 万3178 世帯)を、夫婦の就業・非就業別注2)にみると、夫婦共に「就業者」の世帯は1308 万450 世帯となっており、夫婦のいる一般世帯に占める割合は、47.6%となっている。また、夫婦とも「雇用者」の世帯は1006万5974 世帯(夫婦のいる一般世帯の36.6%)となっており、その割合は、平成22年に引き続き、上昇している。
一方、夫婦共に「非就業者」の世帯は602 万899 世帯となっており、夫婦のいる一般世帯に占める割合は、21.9%となっている。(表X−1)
   表X−1 夫婦の就業・非就業別夫婦のいる一般世帯−全国(平成12年〜27年)
Y 外国人就業者の産業・職業
1 外国人就業者の産業
男女共に「製造業」の割合が最も高い
15 歳以上外国人就業者(80 万7996 人)について、産業大分類別の割合をみると、「製造業」が32.3%と最も高く、次いで「卸売業、小売業」が9.6%、「宿泊業、飲食サービス業」が9.1%などとなっている。
男女、国籍別にみると、「製造業」の割合が高くなっているのは「ブラジル」(男性66.1%、女性62.3%)、「ペルー」(男性61.6%、女性58.0%)などとなっており、両国では、約6割を占めている。「教育、学習支援業」の割合が高くなっているのは「イギリス」(男性55.3%、女性53.8%)、「アメリカ」(男性44.4%、女性53.5%)などとなっている。(図Y−1−1、表Y−1−1)
   図Y−1−1 国籍、産業(大分類)、男女別15歳以上外国人就業者の割合
   表Y−1−1 男女、国籍、産業(大分類)別15歳以上外国人就業者の割合
      −全国(平成27年)
2 外国人就業者の職業
男女共に「生産工程従事者」の割合が最も高い
15 歳以上外国人就業者について、職業大分類別の割合をみると、「生産工程従事者」が30.7%と最も高く、次いで「専門的・技術的職業従事者」が13.1%、「サービス職業従事者」が11.3%などとなっている。
男女、国籍別にみると、「生産工程従事者」の割合が高くなっているのは「ブラジル」(男性64.2%、女性61.2%)、「ペルー」(男性61.6%、女性57.0%)などとなっており、両国では、約6割を占めている。「専門的・技術的職業従事者」の割合が高くなっているのは「イギリス」(男性73.4%、女性66.8%)、「アメリカ」(男性65.5%、女性70.0%)などとなっている。(図Y−2−1、表Y−2−1)
   図Y−2−1 国籍、職業(大分類)、男女別15歳以上外国人就業者の割合
   表Y−2−1 男女、国籍、職業(大分類)別15歳以上外国人就業者の割合
      −全国(平成27 年) 
 
生産年齢人口減少に直面する中小製造業 / 「IoT」 2017/5

 

米トランプへの反発が世界中で湧き上がり、移民問題に対する議論も深刻化している。英国EU離脱の争点となった移民問題は、欧州各国に伝搬し、ドイツやフランスや欧州各国も揺れ、移民問題は世論を二分する『歴史的な大問題』に発展している。米国を筆頭とする『国民第一主義』が世界のトレンドとなり、『製造国内回帰(リショアリング)』を国家戦略に掲げる国が増えている。
この傾向により、労働者不足が世界中で深刻化するだろう。勿論、我が国にとって労働者不足は、直面する重要な危惧であり、その原因は少子高齢化による「生産年齢人口」の減少である。「生産年齢人口」とは、労働する年齢層(15〜64歳を世界で使っている)人口のことであり、日本の生産年齢人口は1995年をピークに、大幅な減少を続けている。
総人口に対する割合も過去のピーク70%から、現在は60%を割り込んでいる。労働者不足は、ローカルに根を張る中小製造業の経営を直撃し、会社の存亡も危惧される。東京一極集中が続けば、地方都市の荒廃も避けられず、地方に錨(いかり)を下ろす中小製造業にとっては致命的な労働者不足が待ち受けている。
中小製造業は、戦後の高度成長時代にゼロからスタートしたオーナー企業が一般的である。創業以来一貫して労働者の確保には苦労してきたが、幸いにして番頭さんや職人さん、優秀な社員に恵まれ、企業発展を実現した創業者にとって、最後の難しい人事課題は「後継者」であった。首尾よく2代目3代目にバトンが渡った企業でも、新社長を支える人材確保は容易ではない。
労働者不足の打ち手として、外国人労働者の活用(移民の促進)が叫ばれているが、この案は非常に容易な発想であり、現実的ではない。外国人労働者の供給元と思われる中国・アジアの安い労働力が豊富に存在しているような錯覚が日本を支配しているが、事実とは違う。アジアの中小企業経営者は、ここ数年で労働者人件費が高騰し、鉄板など原材料が品薄高騰する予測をたてている。
この予測は、アジアでは常識とされており、日本の労働者不足を移民で補うことは難しいことが理解できる。ここからは、日本のものづくりの歴史に遡って、労働者不足に対する特効薬を探してみたい。日本は1968年にGDP世界第2位の経済大国に躍り出た。
戦後20年の短い間に、日本は各企業が揃って設備投資を繰り返し、飛躍的な生産性向上を成し遂げた結果である。1968年以前、日本の先を歩いていたのは当時の西ドイツである。日本と同じ敗戦国ドイツは、日本以上の工業技術力を持ち、日本より進んだ設備投資を行い急速な経済発展を行っていた。
そのドイツを追い越す日本の原動力は、日本人の団結の力がものづくりに反映されていたからである。意外と思うかもしれないが、日本人とドイツ人は非常に異なる価値観を持っている。個人の役割を明確にし、長期目標を組織的に着実に実行するドイツと、相手の立場も考えながら、目的遂行のためには身分を超えて協力し合い、目先の成果を追求する日本。
戦略型のドイツと戦術型の日本では、その遺伝子が全く違う。日本がドイツを追い越したのは、目的達成(戦術思考)で団結する力の勝利である。戦後一貫して、日本の労働者不足を解決する方法は、外国人労働者ではなかった。
日本のものづくりは、ずっと労働者不足だったが、移民に頼らず、日本人同士が団結し徹底的な設備投資とイノベーションを行い、最新設備を効果的に使う努力を続けてきた。労働者不足を背景に、日本の工場はNC化・自動化が進み、世界最高峰のオートメーション工場が随所に誕生し、第3次産業革命を成し遂げたのである。このような歴史認識に則って、これからの労働者不足への対応策は、『IoT活用でのイノベーション』である。
日本の遺伝子を蘇らせ、労働者不足をバネにするのは、かつてと同じであるが、かつてのNC化・自動化だけでなく、『ものづくりのサービス業務』に焦点を当てることが必要であり、この合理化を目標に、徹底的なIoTイノベーションを実現することである。IoTや人工知能など第4次産業革命の最先端技術は、サービス産業に極めて有効な特効薬である。ものづくりの現場においては、▽顧客との打合せ ▽営業と技術の社内打合わせ ▽見積もり ▽エンジニアと生産現場との打合わせ ▽外注・調達 ▽加工段取り ▽検査 ▽出荷……など、意外なほど人手に頼った『サービス業務』が存在する。
ものづくりのイノベーションを、最新機械による『加工の進化』だけに焦点を当てた時代は終わった。これからのものづくりイノベーションは、加工を取り巻く『サービス業務』に焦点を当て、人海戦術から人工知能へ、アナログからデジタルへ、第4次産業革命の技術を労働者不足の特効薬としてものづくり現場に取り込むことが必要である。特効薬には2つの種類がある。
【その1】『IoT戦略型イノベーション』…過去システム(レガシー)を否定し破壊的にイノベーションをすすめるので、大手企業が対象である。ドイツのインダストリー4.0の思想である。
【その2】『IoT戦術型イノベーション』…過去システム(レガシー)を破壊せず、段階的に成果を出しながらイノベーションを進めるので、中小製造業でも容易に導入が可能である。
今回の題目を…IoTが少子高齢化と労働者不足を救う…と題したが、この実現には、【その2】が有効的であることは、言うまでもない。
「IoT」とは何か
みなさんは、最近各種メディアを賑わしている「IoTとは何か?」について明確に答えられますか?「Internet of Things」の略で、よくある解説の言葉を借りれば「モノのインターネット」と訳します。パソコンやスマホなどの情報通信機器に限らず、すべての「モノ」がインターネットにつながることで、皆さんの生活やビジネスが根底から変わるというのです。
ある日上司から、「君、わが社でIoTを検討してくれないか」「とりあえずセンサーに繋げてみてはどうか」「人工知能は活用できているのか」などと無茶振りされる被害者が増えています。「インターネットに繋がったからって儲かるの?」「判りやすいコスト削減効果はあるの?」と言いたくなる、曖昧な指示も多いようです。
一方、実際に世界で起きているIoTの潮流をみていると、「IoTによってビジネスモデルが変わった」「全体の作業工程が3分の2に減った」などの声が聞こえてくるし、自社のサービスにとどまらず、他社を巻き込んだサービスをも実現している事例も聞こえてきます。こういった情報の渦中におかれたビジネスマンからすると、IoTは「実態がよくわからないもの」となっているのではないでしょうか?
私は『IoTNEWS』というIoT専門のウェブサイトを運営していて、IoTの最新動向について、日々、いろいろな方にお会いしてインタビューを行ったり、オピニオン記事を書いていたりしますが、実際にIoTへの関心が日に日に高まっていることを強く感じます。
そんななか、日本のビジネスマンは、最近になって「IoT」という言葉を知り、「何だ、それは?」「また何かはじまったのか?」と驚いているところだと思います。しかし驚いていても世界は待ってくれません。
一方で、基本的な内容とその本質について、ゼロから理解できる内容はあまり普及していないのが現状です。しかし、IoTは、思っている以上に複雑な内容。基本や本質を理解せず、IoTについて考えるとワケがわからない状態になります。
そもそも「IoT」って何?
拙著『図解2時間でわかるIoTビジネス入門』(あさ出版)でも詳しく解説していますが、IoTのわかりづらさの一つに、「モノ」の定義が曖昧なことが挙げられます。
個人の生活においては、冷蔵庫や洗濯機がインターネットにつながることかもしれないという一方で、生産現場においては工場のラインがインターネットにつながることや、物流におけるトラックがインターネットにつながることであったりします。
「そんなに大雑把に言ったら、全部モノじゃないか!」と言いたくなるでしょうが、実はその通りで、IoTにおける「モノ」とは「ありとあらゆるモノ」を指します。つまり、IoTとは、「ありとあらゆるモノがインターネットに接続する世界」のことを言っています。
ここで強調したいのは、「ありとあらゆるモノ」だということです。中途半端に「これはIoTでいうモノに当たる」「これは違う」と定義づけようとすると、視野を狭め、ビジネスにおけるチャンスも逃しかねません。イスや机など、一見するとインターネットにつながる意味がなさそうなモノであってもIoTでは例外なく「モノ」だと考えることが、IoTを理解する上では重要です。
では、「ありとあらゆるモノ」がインターネットにつながると、何がよいのでしょう。それを理解するには、IoTの全体像を理解しなければなりません。IoTビジネスにおいては、以下のサイクルが基本的な流れとなります。
1 「センサー」でモノから情報を取得する(センシング)
2 インターネットを経由して「クラウド」にデータを蓄積する
3 クラウドに蓄積されたデータを分析する。必要であれば「人工知能」が使われる
4 分析結果に応じてモノがアクチュエートする(ヒトにフィードバックする)
では、具体的に説明しましょう。
まず1ですが、「センサー」には、温度センサー、湿度センサー、加速度センサー、人感センサー、音声を取得するもの、静止画や動画を取得するものなど様々な種類があります。これらによって、モノから情報を取得することがIoTのスタートです。
次に、「2モノから得た情報を、インターネットを経由して『クラウド』に蓄積」します。インターネット上にはサーバというコンピューターがあり、クラウドとは、これ全体を指す概念です。たとえば、皆さんが使っているトークアプリ『LINE』もクラウドを使用しています。クラウド上にデータを保存しているため、パソコン、スマホなど様々な機器で情報を出し入れできるのです。
そして、「3蓄積されたデータを人工知能が分析」し、分析結果に応じて「4モノがアクチュエート」します。かんたんにいえば、モノから得た情報を分析して、モノが作動してヒトに最適なフィードバックをすることです。分析結果に応じた情報がスマートフォンに表示される、分析結果に応じてモノが動作する(温度、湿度、外気温などの情報を分析し、エアコンが最適な状態を保つなど)といったことが挙げられます。
IoTビジネスで大切なのは「フィードバック」
IoTビジネスを考える場合、この「フィードバック」を意識することがもっとも重要です。IoTとは、ただ単にモノがインターネットにつながることで「モノから情報を取得できる」だけでなく、それを利用してどうフィードバックするか、つまり「どういう社会問題を解決するのか? 誰の課題を解決するのか?」までを考えるべきです。
たとえば、「スマートロック」というインターネットとつながったカギがあります。スマートフォンのアプリを開き、ボタンをタップするだけでカギを開けられるものです。スマートロックのメリットは、「カギの複製が必要なくなる」「遠方からでも必要に応じてカギを開けられる」などが挙げられます。
一方で、この機能を聞いて、「自宅のカギをスマートロックに変えたい」と考える人はどれくらいいるでしょうか?おそらく、そんなに多くないはずです。
しかし、フィードバックまでを考えると、そのメリットは大きく変わってきます。たとえば、「介護」の分野への応用を考えてみましょう。たとえばスマートロックは、インターネットにつながっているので、そこから高齢者の「外出状況」や「回数」を把握できます。また、「夜間にカギが開いたら、介護者に知らせる」など、徘徊対策にもなります。
ご存知の通り、介護者不足は深刻な問題です。自宅のカギがインターネットにつながることで、実はここまでのフィードバックが考えられるのです。これがIoTによるモノがインターネットにつながる大きなメリットであり、ビジネスとしての可能性でもあるのです。
こうしたフィードバック(課題解決)までを考えることが、IoTビジネスを行う上でのポイントです。しかし、自社で何かしらのIoTを活用した取り組みを行ったとしても、並大抵の課題解決では、IoTは効果を発揮しません。
このとき、大切なのは、「圧倒的なコスト削減や利便性」です。たとえば、IoTサービス・商品によって、これまで毎月数千円かかっていたものが数百円となったり、これまでかなり手間を取られていた作業が必要となくなったり、そういった突出した利便性、コスト削減についての訴求を考えることで、自社のIoTへの取り組みが加速することが考えられます。
「本質」を理解し、「仲間づくり」を促進する
ここまでで、IoTの概要やポイントをご理解いただけたでしょうか。
しっかりとIoTの「本質」を理解することが肝要です。表面的な理解では、IoTをビジネスとして取り入れることはできません。また、「仲間づくり」も大切です。IoTビジネスを考える際、センシングからアクチュエーションまで、すべてを自社で完結できないこともあるでしょう。しかし、決してすべてを1社で行う必要はありません。
モノづくりが得意な企業、クラウドや人工知能において長けている企業があると思いますが、それぞれの得意分野を生かして、他社と組むことで、IoTによるイノベーションを起こすことは可能です。IoTの本質を理解し、自らの立ち位置を明確にして、不得意なところを誰と組む(仲間をつくる)かを考えることが大切なのです。 
 
製造業が直面する人手不足 2019/2

 

先日、株式会社帝国データバンクから発表された調査によると、2018年は人手不足による倒産件数が過去最高件数を記録したことが発表されました。人手不足は日本全体が抱える社会問題なのです。
製造業でも、人手不足が長らく課題とされてきましたが、近年はその傾向がさらに加速しています。なぜ人手不足は社会的な問題に発展しているのでしょうか。今回は、社会全体と製造業界の両視点から、人手不足の原因と対策について解説します。
労働人口の減少や業界イメージの低下。人手不足の原因
課題を解消するとき、最初に行うべきは「原因の特定」です。原因を取り違えてしまうと、効果的な対策を講じることはできません。
製造業の人手不足が解消していない理由は、その原因が多岐にわたるからです。人手不足の原因は、企業単位や業界単位だけではなく、社会全体としても存在しています。さまざまな原因が組み合わさっているからこそ、人手不足の抜本的な解消が難しくなっているのです。まずは、人手不足が発生する代表的な原因をいくつか解説します。
原因1.「労働力人口の減少」と「東京一極集中」
社会的な人手不足に陥っている根本的な原因は、「労働力人口の減少」だと言われています。労働力人口とは、総務省統計局によると、「15歳以上の人口のうち就業者(休業者も含む)と失業者の合計」とされており、現職か否かに関係なく「働く意思のある15歳以上」とする解釈が多いです。
労働力人口の減少は、少子高齢化が進行している影響とされています。実際に、日本の人口推移と労働力人口をまとめた表が以下となります。
国内人口が減っていくにもかかわらず、高齢化率(総人口に対して65歳以上の人口の割合)の上昇と、労働力人口の総数と割合も同時に低下しているのがわかります。これからも労働力人口の減少に拍車がかかると考えられていますが、ひとつの企業が、この問題の抜本的な対策を講じるのは簡単ではないでしょう。
また地方企業にとっては、「東京一極集中」も人手不足を加速させる原因となっています。東京一極集中とは、企業や産業、商業をはじめ、高等教育などが東京圏に集中している状況です。地方の若年層は進学や就職を機に上京する傾向にあり、昨今は20代後半〜30代の人も東京への移動が見られるなど、東京への過度な人口集中が発生しているのです。
原因2.ITなど新しい領域での「知識とスキルの不足」
労働力人口の減少にともない、人数自体が足りていないケースもありますが、「熟練の従業員がいない」状態を指す人手不足もあるでしょう。経営者が求める理想のスキルを有した、熟練従業員が不足している状態です。
従来の製造現場では、ほとんどの工程を手作業で行ってきた企業が多く、勤続年数の長い熟練従業員は難易度の高い作業を少ないミスで行えますが、熟練度の低い従業員は簡単な作業しか行えず、ミスも比較的多くなってしまいます。
また、近年は産業用ロボットやITの技術が進歩しており、こうした新しい技術について造詣の深い従業員が少ないことも「知識とスキルの不足」が生じている一因です。従来の手作業による知識やスキルであれば、社内で少しずつ育成していけば、徐々に熟練度を高めていけました。しかしIT知識などの新しい分野では、社内に教育を行える人おらず、育成がままならない現状も慢性的な人手不足を招いています。
原因3. 3Kに代表される「製造業界イメージの問題」
現在、労働力人口の減少のあおりを受けて、各企業、業界で人材の獲得競争が激しくなっています。また新しい産業も成長を続けており、「デジタルネイティブ」と呼ばれる若い世代の興味関心は、IT産業に移りはじめています。
企業は人材を獲得するために、「働きやすさ」を押し出した福利厚生や制度を整備するなど、求職者から選ばれるための努力が必要になってきています。しかし、製造業界は「きつい、汚い、危険」の総称である「3K」のイメージを払拭しきれておらず、典型的なライン作業などのルーティン作業への忌避感もあわさり、求職者に人気の業界とは言えないでしょう。
このように、「労働力人口の減少」や「現場の知識とスキル不足」、「業界イメージの問題」などに代表される原因が、人手不足を引き起こしていると考えられています。
人数増加と育成を両立する。これからの人手不足対策
人手不足を解消する最も一般的な方法は、採用活動を活発にすることです。求人媒体や採用サイトへの出稿を多く行えば、求職者に会社を知ってもらうことができ、人材の獲得につながりやすくなるでしょう。
しかし、人手不足は単純な「人数の不足」だけではなく、「スキルや知識をもった人材の不足」でもあります。人数の増加と人材の育成を両立するためには、どのような対策が考えられるのでしょうか。次に、現在期待されている人手不足対策をご紹介します。
対策1.社内環境を整備して離職を防止する
人手不足を解消するためには、「いかに人を増やすか」と同じくらい、「いかに人を減らさないか」も重要です。
経営資源の代表格である「ヒト・モノ・カネ」の中でも、特に重要なのが「ヒト」と言われるほど、現職の従業員は企業の宝です。退職者が出てしまうと、その人材にかけてきた教育費などの投資コストが無駄になってしまうだけではなく、空いた役職を補てんするために新しい人を採用したり、人材の再配置を検討したりする必要が生じ、企業にとって大きなマイナスとなってしまいます。
野村総合研究所による調査によると、退職する理由として多く挙げられているのが、対人関係と業務への不満です。社内の良い雰囲気を醸成する、業務課題を把握して改善に取り組むなど、社内環境を変えることで、退職者の数を減らすことができます。これからは新しい人材の採用が難しいからこそ、貴重な人材を減らさないための取り組みが重要です。
対策2.「生産性向上」と「属人性の排除」産業用ロボットやIT技術の活用
現在、社会的に最も注目が集まっているのが、「産業用ロボットやIT技術の活用」です。過去の産業用ロボットは対応できる業務領域が狭く大型であったことから、担当作業が明確に分けられていて、大きな工場を有している大企業しか活用できていませんでした。しかし、技術の進歩にともなって、ロボットの対応できる業務の拡大と小型化、低コスト化が進み、中小企業でも活用が可能になりました。
また情報処理技術も普及し、ロボットの稼働データをインターネットを通じて蓄積、管理することで、工場全体の稼働状況を最適化できる「スマートファクトリー」を実現する企業も現れています。
産業用ロボットやIT技術活用がもたらす代表的なメリットは「生産性向上」ですが、副次的なメリットとして「育成コストの低下」や「過酷労働からの開放」なども挙げられます。産業用ロボットの導入プロセスにおいて、各作業の分析や人とロボットの役割分担は必須です。これまで熟練者に依存していた作業をロボットに任せられれば、属人性の排除に加え、身体を酷使する作業を減らして、ロボットの点検など低負荷の作業に置き換えられます。
対策3.外国籍や女性など幅広い人材の活用
労働力人口が減少しているなか、これまでと同様の採用をしていても、十分な人手の確保は難しいでしょう。そこで企業が取り組むべきとされているのが、幅広い人材の活用です。
製造業では、長時間立ちっぱなし、重い製品を何度も持ち運ぶといった過酷労働がともなうこともあるため、その環境に耐えうる人しか従事することができませんでした。しかし、産業用ロボットやIT技術を活用することで過酷作業をなくし、ロボットの点検など低負荷の作業を創出できれば、女性や外国人労働者、高齢者でも雇用できます。
女性の社会進出や外国人労働者の増加は、これからますます進んでいくと考えられています。人手不足に悩む企業は、こうした人材が活躍できる社内環境の整備や、ロボットの活用を検討してみるとよいでしょう。
自社の課題に合わせた対策を講じると高い効果が得られる
人手不足は社会的な課題と深く関係しているため、一朝一夕で解決することはできません。しかし、原因を正しく把握できれば、効果的な対策を講じることができます。働く人の総数が減っているのであれば、幅広い人材の活用を目指し、スキルや知識不足であれば、育成の充実化などを行うとよいでしょう。
産業用ロボットの活用は、人手不足の解決策のなかでも、特に注目が集まっている手法です。ロボットにはさまざまなタイプがあり、それぞれ得意な作業が異なるため、自社の現場に最適なタイプを導入することで、高い効果を得ることができます。人手不足に悩んでいる際は、産業用ロボットの導入を検討してみてはいかがでしょうか。 
 
工場の人手不足問題 2018/10

 

近年、日本中の工場で“人手不足”が深刻化。常時の採用活動に追われているメーカーも多い状況です。この記事では、日本の製造業界が人手不足に陥る、1根本的な原因、2本質的な対策を提示いたします。記事に記載している内容を実践して頂くことで、工場への求人応募者を数倍に跳ね上げることも決して不可能ではないでしょう。
日本の工場が人手不足に陥る原因
日本の工場が人手不足になってしまう根本的な原因は、ザックリ言うと3つ。
1 東日本大震災の復興需要・東京オリンピックの建設需要
2 労働者人口の減少
3 製造業に対するイメージの悪化
それぞれ説明してゆきます。
1 東日本大震災の復興需要・東京オリンピックの建設需要
震災やオリンピックの影響で、とりわけ東日本の製造業は需要が多い状況。しかし需要が増えているにも関わらず、従業員数がそのままであれば、当然ながら人手不足に陥ってしまいます。工場の経営者の立場からしても、東京オリンピック後には景気が落ち込むと考えられるため、あまり好条件・好待遇で求人を出せないという事情があるでしょう。
2 労働者人口の減少
少子化に伴い、労働者人工も減少しています。さらに現在は、かつてないほどの東京一極集中。地方で育った若者が、東京での就業を希望することも多いため、地方の工場が人材を確保するのは非常に困難です。
3 製造業に対するイメージの悪化
おそらく製造業界におけるイメージ悪化が、人手不足の最大要因でしょう。高度経済成長期の製造業は“花形の職業”でしたが、現在における製造業のイメージはそれほど高くないというのが実情。製造業のイメージがこの数十年の間に、じわじわと下がってしまった理由を時代背景を踏まえた上で簡単にまとめると、以下のようになります。
1 バブル崩壊後、大規模リストラと海外への製造拠点移動
2 海外メーカーとの争いと技術者のモチベーション低下
3 日本の製造メーカーも価格競争に巻き込まれることになった
4 待遇を良くしないと求職者が来ない
   1 バブル崩壊後、大規模リストラと海外への製造拠点移動
特別優れたマーケティング戦略を立てなくても、バブル時代の製造業は製品を簡単に売ることができました。しかしバブル崩壊後はモノが売れない時代に突入。製造業界に“冬の時代”が到来し、以前まで気にかけてなかった経費の大幅削減を余儀なくすることに。さらに日本人の賃金が上昇。国内生産したものを販売する際、海外製品に“価格負け”するようになりました。その結果、大手製造メーカーの多くは中国や東南アジアへ製造拠点を移すことに。幸いなことに海外で製造した製品であっても、日本の製造メーカーがしっかりと管理していれば、
・ 一定の品質
・ 手頃な価格
を実現できました。しかし海外へ製造拠点が移ったことで、国内の工場では、
・ 生産ラインの停止
・ 工場の閉鎖
といった大規模リストラが起こることに。バブル崩壊後の製造不況に畳みかけるように、日本人の雇用が奪われてゆきました。このようにして、日本の“古き良き製造業”は終焉を遂げたのです。
   2 海外メーカーとの争いと技術者のモチベーション低下
日本の製造業が行った采配、
・ リストラ
・ 海外生産
の影響で業績が回復。ただし物が売れない状況は変わっておらず、ここにきてリストラの影響がジワジワと現れることに。技術者は“売れるモノ”しか作らせてもらえず、モチベーションが低下。凡庸なアイデアしか出せなくなったのです。かつての電機メーカーは、斬新な発想が受けて大ヒットした商品も多かったのですが、経営効率化の影響で遊び心を失ってしまいました。また海外の工場からも人材が流出。外資メーカーとして、日本企業のノウハウがそのまま転用される問題も出てきました。やはり現地の従業員からすれば、「日本メーカーは、我々の国で労働力をピンハネして作った製品を世界中で売っている」と解釈してしまうのも無理のないことです。バブル崩壊後の日本の大手製造業の戦略は、国内の経済だけでなく、海外の従業員をも疲弊させてしまったのです。
   3 日本の製造メーカーも価格競争に巻き込まれることになった
日本の製造業は今まで、高品質の製品を高すぎない価格で売れたことが生命線でした。しかし近年の“検査値の改ざん問題”などから『日本の製品=高品質』という、長年疑うことすらしなかった“絶対的な方程式”が崩れ去ろうとしている現状があります。“検査値の改ざん”が世界的に報じらた以上、今後はより激しい価格競争の流れになるでしょう。そのような状況に陥ることに薄々気づいている人は多かったものの、根本的な打開策を提示しないままに進んでしまったため、現在の日本の製造業は厳しい状態にあります。
   4 待遇を良くしないと求職者が来ない
労働人口が減少している現在、求職者は仕事を選び放題。求職者側の立場が強い“売り手市場”の状態です。今後の展望としては、好待遇を用意できない工場は採用活動を行ったところで、ほとんど応募者が集まらなくなるでしょう。
【優秀な人材を募集したくても待遇を用意できず、人材が集まらないために業績が伸び悩み、待遇も改善しない】といった“負の循環”に入ってしまっているメーカーも多々。
さらに人材が見つかったとしても、一人前になるまでに長期間を要する業界だという問題もあります。人材が一人前になる前に、待遇の悪さが原因で転職されてしまうことも日常茶判事。高待遇を維持するには、十分な利益をあげなければなりません。しかし、そのために長時間労働を従業員に強いた場合は、インターネットで“ブラック企業”の評判が広がり、採用応募者が大幅に減ってしまいます。
製造業の人手不足の本質は“若者の不安”の現れ
工場における人手不足の本質は、やはり“若者が抱く不安”にあると言えます。工場で働くことに対するネガティブなイメージを列挙すると、
1 3K(きつい・汚い・危険)な印象
2 給料が安そう
3 休日が少なそう
4 学ばないといけない専門知識も多そう
5 上司や先輩が怖そう
6 根性論がまかり通ってそう
7 社会的ステータスが低そう
8 異性にモテなさそう
などが挙げられます。しかしこれらは、あくまでも“単なるイメージ”。上記8点のネガティブなイメージに全く当てはまらない工場が存在するのも事実。工場に対する印象がポジティブなものに変われば、人材不足の問題はガラッと改善するはずです。
政府も工場のイメージアップ戦略に積極的
イメージアップ戦略によって人手不足問題を解決するにあたり、求職者への十分なアピールが大事。政府の「ものづくり白書」においても、【ものづくり人材の確保と育成】をモノづくり産業の大きな課題として挙げてます。その課題の打開策として政府は、
1 「専門的な技術を学べるポリテクカレッジ(職業能力開発大学校/職業能力開発短期大学校)のカリキュラム見直し」
2 「ものづくりマイスターと連携したモノづくりの魅力を発信するイベントの実施」
3 「女性技術者の育成」(※)
などを挙げています。
※ モノづくり業界への女性進出 / “男くさい”印象を持たれがちな製造業ですが、近年は「理系女子(リケジョ)」が積極的に支援されてます。中部経済産業局は、ものづくり女子の活躍応援サイトを運営。製造業に携わる女性のPR活動を行ってます。
日本の工場における人手不足問題への本質的な対策
工場の人手不足問題を解決するにあたり、若者の工場に対するイメージアップを推し進めることが重要。要するに、工場に対するイメージを、
1 3K(きつい・汚い・危険)とは無縁
2 給料は意外と高い
3 休日は意外と多い
4 専門知識をしっかり学ぶと大企業以上にキャリアが安定する
5 上司や先輩は優しくてイイ人
6 根性論ではなく、無理なく効果的な育成プランでレベルアップできる
7 社会的ステータスが高い
8 実は異性にものすごくモテる
といった風に、ポジティブなものに変えてゆく必要があります。
   具体的なイメージアップ戦略
上記8つの素晴らしいイメージを若い人たちに伝えるために、「何をするべきか?」という疑問に対する回答は様々ですが、【積極的にメディアに露出】するのも得策と言えます。我々“Mitsuri”をはじめ、工場の魅力を最大限アピールするWebメディアがいくつか存在します。それらのWebメディアでは、アナタの工場の魅力を大量の求職者に向けて無料で効果的に宣伝できるのはもちろんのこと、競合する工場の魅力を分析する際にも役立ちます。Webメディアを積極的に活用することは、工場の人手不足問題の解決に向けた“大きく確実な一歩”と言えるでしょう。 
 
ニッポン絶望工場 2016/8

 

外国人労働者の悲鳴が聞こえる
近年、外国人の働く姿を見かける機会がますます増えてきた。
都会のコンビニエンスストアや飲食チェーン店では、外国人の店員が当たり前になった。建設現場でも、外国人作業員をよく見かける。田舎に行けば、農業や水産加工業などで外国人は貴重な戦力だ。
外国人が増えていることは統計でも明らかだ。
日本で暮らす外国人の数は昨年1年間で約11万人増え、過去最高の約223万人に達した。こうして増加した外国人の半分以上は「実習生」と「留学生」として日本にやってきている。実習生は15パーセント増えて約19万3000人、留学生も同じく15パーセントの増加で約24万7000人となった。私たちが普段見かける外国人労働者も、その多くは「実習生」や「留学生」として入国した人たちだ。
実習生と聞けば、日本に技術を学びに来ている外国人のように思われるかもしれない。しかし、実態は短期の出稼ぎ労働者である。留学生にも、勉強よりも出稼ぎを目的とする者が多く含まれる。
では、外国人の出稼ぎ労働者たちは、なぜ「労働者」ではなく、「実習生」や「留学生」として日本にやってくるのか。
少子高齢化によって、日本の労働人口は減り続けている。とりわけ体力が必要で賃金の安い仕事は働き手が不足している。しかし、「単純労働」を目的に外国人が入国することは法律で許されない。そこで「実習生」や「留学生」と偽って、実質的には単純労働者が受け入れられているのだ。
私が「外国人労働者」をテーマに取材を始めたのは2007年、ある月刊誌で連載を始めたことがきっかけだった。
すでに当時から、一部の職種で人手不足は深刻化しつつあった。外国人実習生の数は15万人を超えていた。実習生と同様、バブル期の人手不足によって受け入れられ始めた日系ブラジル人の出稼ぎも、全国で30万人以上に上っていた。翌2008年には、東南アジア諸国から介護士・看護師の受け入れも開始されることになっていた。
そうやって外国人労働者はどんどん増えているというのに、世の中の関心は現在にもまして低かった。
欧米諸国を見れば、外国人労働者や移民の受け入れは、国論を二分するテーマになっている。やがて日本でも、外国人労働者や移民の受け入れが大きな議論となるに違いない。そう考え、以来私は、10年にわたって外国人が働く現場を訪ね歩いてきた。
生臭さが充満する職場で…
私には今も忘れられない光景がある。外国人労働者の取材を始めた際、最初に訪れた北海道猿払村で目にした光景だ。
猿払村は、日本最北端の宗谷岬からオホーツク海沿いに少し下った辺りにある。人口は3000人に満たないが、ホタテの水揚げ量で全国一を誇る「ホタテの町」だ。ホタテの殻を剥く作業には人手が要るが、地元では確保できなくなっていた。そこで村では、約100人の実習生を中国から受け入れ、人手不足を補うことにした。
実習生の働くホタテの加工場は、殺風景な海岸にポツンとあった。そこに足を踏み入れた瞬間、私は思わず息を止めた。加工場には潮の香りとホタテの生臭さが充満していて、むせ返りそうだったのだ。
そんななか、中国人実習生たちは顔色ひとつ変えず、黙々とホタテの殻剥きに励んでいた。皆、20代の若い女性である。一緒に働く地元の日本人女性たちは60〜70代で、作業のスピードは明らかに実習生たちのほうが早い。
「実習生なしでは、この加工場、いや村はもうやっていけない」
加工場の経営者が漏らした言葉に、私は軽い衝撃を受けた。外国人労働者なしでは「やっていけない」職場が、日本のあちこちで増えていくに違いないと悟ったからだ。少子化による人手不足は、なにも猿払村や水産加工業に限った話ではないのである。
あのときの私の予感は現実のものとなった。コンビニや飲食チェーン店のような目につく職場だけではない。外国人頼みの現場は、むしろ私たちが普段、目にしない場所に数多く存在する。コンビニやスーパーなどで売られる弁当やサンドイッチの製造工場、宅配便の仕分け現場、そして新聞配達……。いずれも日本人が嫌がる夜勤の肉体労働ばかりである。
コンビニは24時間オープンしてもらいたい。
弁当はできるだけ安く買いたい。
宅配便は決まった時間にきちんと届けてもらいたい。
新聞は毎朝毎夕決まった時間に配達してほしい。
しかし、私たちが当たり前のように考えているそんな“便利な生活”は、もはや低賃金・重労働に耐えて働く外国人の存在がなければ成り立たなくなっている。いや、彼らがいなくなれば、たちまち立ちゆかなくなる。
そうした実態は、日本人にほとんど知られていないのではなかろうか。
「反日化」と「復讐」
取材を続けながら、私が強く実感することがある。それは就労先としての「日本」という国の魅力が、年を追うごとに低下しているという現実だ。
かつての日本は、世界第2位の経済大国として君臨していた。途上国の人々にとって日本は「夢の国」であり、その日本で働くことには憧れもあった。
しかし近年、アジア諸国を中心として多くの途上国が急速な経済成長を遂げた。ひとことで言えば、経済格差が縮まったのである。日本は「夢の国」から「安い国」へと転落し、カネを“稼ぐ”ための場所から“使う”ための国へと変わった。“爆買い”で有名になった中国人観光客を見れば、そのことがよくわかる。
日本に出稼ぎにやってくる外国人の顔ぶれも大きく変化した。かつて実習生や留学生の7割を占めた中国人は減少が止まらない。中国の経済発展で賃金が上昇し、日本への出稼ぎ希望者が減ったからだ。そして日系ブラジル人も、ピーク時の半分近くまで激減している。
代わって増えているのが、経済発展に乗り遅れた国の人々だ。
たとえば、ベトナム人である。
2010年末には約4万2000人に過ぎなかった在日ベトナム人の数は、わずか5年で約14万7000人と、10万人以上も急増した。ネパール人も約1万8000人から約5万5000人へと増えている。さらには、ミャンマーやカンボジアといった国々の出身者も増加中だ。彼らが今、「実習生」や「留学生」として増えている外国人労働者の正体なのである。
職業に貴賎はない。とはいえ、誰もがやりたがらない仕事はある。そうした最底辺の仕事を彼らが担っている。今後も、外国人頼みの職種は増えていくことだろう。老人の介護は外国人が担い、外国人の力なしにはビルや家も建たない時代が近づいている。
日本人の嫌がる仕事を外国人に任せ、便利で快適な生活を維持していくのか。それとも不便さやコストの上昇をがまんしても、日本人だけでやっていくのか。私たちは今、まさにその選択の岐路にいる。
貧しい国に生まれ育った外国人であろうと、彼らも同じ人間である。日本人にとって嫌な仕事は、彼らも本音ではやりたくない。これまで私は、日本に憧れてやってきた若者たちが、やがて愛想を尽かして去っていく姿を何度となく目の当たりにしてきた。“親日”の外国人が、日本で暮らすうち“反日”に変わっていくのである。
「実習生」や「留学生」だと称して外国人たちを日本へと誘い込む。そして都合よく利用し、さまざまな手段で食いものにする。そんな事実に気づいたとき、彼らは絶望し、日本への反感を募らせる。静かに日本から去っていく者もいれば、不法就労に走る者もいる。なかには凶悪な犯罪を起こす者すらいる。
自分たちを食いものにしてきた日本社会に対し、彼らの“復讐”が今まさに始まろうとしているのだ。
“奴隷労働”が支える新聞配達
「外国人技能実習制度」(実習制度)で来日した実習生が、日本でひどい待遇を受けているとの報道は多い。「実習」という名のもと低賃金・重労働の仕事に就き、しかも残業代の未払いやパスポートの取り上げといった人権侵害を受け、悪い企業の餌食になっているというのだ。欧米の人権団体などには、日本の実習生を「現代の奴隷」と呼ぶところまである。
しかし私に言わせれば、出稼ぎ目的の留学生たちが置かれた状況のほうが、実習生よりもずっとひどい。彼らは多額の借金を背負い入国し、実習生もやらない徹夜の重労働に明け暮れる。そうして稼いだアルバイト代も、留学先の日本語学校などに吸い上げられるのだ。
現在、日本で最底辺の仕事に就き、最も悲惨な暮らしを強いられている外国人は、出稼ぎ目的の“偽装留学生”たちだと断言できる。
実習制度の問題については頻繁に取り上げる新聞やテレビも、留学生の実態についてはほとんど報じない。確かに“偽装留学生”たちは「留学」と偽って日本で働こうとしたかもしれない。だが、そんな彼らを餌食にしているタチの悪い輩が存在する。日本語学校は留学生たちからボッタクり、企業は“奴隷労働”を強いている。にもかかわらず、メディアは知らんぷりである。
新聞やテレビが留学生問題に触れないのには理由がある。それは、そもそも新聞が、留学生たちの“奴隷労働”に支えられているからだ。
新聞配達は、人手不足が最も進んだ職種の1つになっている。留学生の存在なしには、配達すらできない現場も少なくない。とりわけ都会では、配達員がすべて留学生という新聞販売所まであるほどだ。
かつて都会の新聞配達といえば、地方出身の日本人苦学生によって成り立っていた。大手紙の新聞奨学生となれば、大学や専門学校の学費は負担してもらえ、そのうえ衣食住も保証された。しかし、最近では希望者が激減している。新聞配達の仕事では、真夜中から早朝にかけて朝刊、加えて午後には夕刊の配達も待っている。人手不足でアルバイトなど選び放題の時代、若者に敬遠されるのも当然だろう。
そうした日本人の働き手の減少を補っているのが、ベトナムをはじめとする途上国出身の留学生たちなのである。
もちろん、留学生が新聞を配達しようと構わない。しかし、新聞配達の仕事は「週28時間以内」では終わらない。つまり、留学生たちは初めから違法就労を強いられることになる。
こうした留学生の問題を紙面で取り上げれば、みずからの配達現場で横行する「違法就労」にも火の粉が及ぶ。そのことを恐れ、新聞は「留学生」がいくら日本でひどい目に遭っていようが、記事にしようとはしない。そして、新聞社と資本関係のあるテレビ局も、新聞に気を遣い、留学生問題については触れない。
新聞配達の現場で今、何が起きているのか。私は東京都近郊の朝日新聞販売所の経営者と交渉し、ベトナム人留学生の新聞配達に密着取材させてもらうことにした――。
ベトナム人が支える新聞販売所
午前3時、シーンと静まり返った住宅街に原付バイクのエンジン音が響いていた。ハンドルを握るアン君(20代)は、1年前にベトナムから来日し、日本語学校に通いながら新聞配達を続けている。
奨学生としての生活は厳しい。午前2時に起きて朝刊を配り終えた後、午前中は日本語学校で授業を受ける。そして午後から夕方にかけては夕刊の配達がある。その後、アパートに戻って夕食を食べ、日本語学校の宿題と向き合う。睡眠時間は毎日3時間ほどだ。仕事が休みになるのは月4日と新聞休刊日だけで、大晦日も元旦も配達があった。
「スピード、大丈夫ですか?」
バイクを後ろから自転車で追いかける私を気遣い、アン君がマスク越しに声をかけてきた。柄モノのマスクはベトナムに残した彼女からのプレゼントだ。
気温は零度近くまで冷え込んでいた。アン君の顔はマスクとマフラー、ヘルメットで隠れている。新聞配達の姿を見ても、彼が外国人だとわかる人はほとんどいないだろう。
配達する朝刊は約350部、夕刊が200部以上に及ぶ。外国人であっても、配達部数は日本人と変わらない。バイクのカゴと荷台に分けて積む新聞の重さは約20キロ。1回ではすべて積みきれず、配達の途中で販売所に戻って積み直さなくてはならない。
「朝、起きるのは大丈夫です。でも、雨の日は大変。風の(強い)日も大変です」
アン君はベトナムでも日本語学校に通っていたが、言葉はまだ流暢とは言いがたい。配達先の表札にも読めない漢字は多い。そのため仕事中は、いつも「順路帳」が手放せない。絵と記号を使って、配達の順路が記された帳面である。
バイクを止めては前のカゴから新聞を抜き取り、配達先のポストに入れていく。そんな作業が延々と続く。
4時半頃になると、空が白んできた。しかし、道行く人は皆無だ。聞こえてくるのは、他紙の配達員が運転するバイクの音だけである。そんななか、1軒の配達を終えたアン君が、踵を返して私に尋ねてきた。
「新聞配達がいちばん楽しい日は、いつか知っていますか?」
日本人の友だちは1人もいない…
答えに窮していると、彼は笑顔で言った。
「雪の日です。配達に10時間もかかりました」
最初は皮肉かと思ったが、配達を終えた後に話を聞いて理解した。
アン君は以前、大雪のなかで配達したことがあった。ベトナムの故郷では、ほとんど雪は降らない。何度もバイクで転んでしまったが、それでも配達をしないわけにはいかない。仕方なく歩いて配達していると、見かねた近所の人たちが次々と手伝ってくれたのだという。
日本にやってきてからずっと、アン君は販売所と日本語学校の往復だけの生活を送っている。接する機会のある日本人といえば販売所の従業員と日本語学校の教師や職員くらいで、日本人の友だちも一人もいない。そんな彼にとって、思わぬかたちで経験することになった日本人のやさしさが身にしみたのだった。
アン君が働く販売所では、数年前からベトナム人奨学生を受け入れてきた。販売所を経営する男性は、彼らの働きぶりに満足しているという。
「ベトナム人の若者は皆、真面目です。不着(配達漏れ)もほとんどなく、むしろ日本人よりも優秀。ベトナム人抜きでは、うちの店はもう成り立ちません」
男性の販売所には10の配達区域があるが、そのうち8つはベトナム人留学生の担当だ。確かに、ベトナム人抜きでは「成り立たない」状況である。
アン君は、朝日新聞販売所に奨学生を送り込む「朝日奨学会」に採用された後、この販売所に配属された。朝日奨学会では、彼のような外国人奨学生のことを「招聘奨学生」と呼ぶ。招聘奨学生となると、日本人の奨学生と同様、学費を負担してもらえ、アパートも提供される。
一方、販売所にとっては、日本人よりも外国人の奨学生を採用したほうが金銭的なメリットがある。日本人奨学生の場合、奨学金と給料、アパート代などで月25万〜26万円程度の負担となるが、外国人だと月4万〜5万円ほど少ない。外国人が通う日本語学校は、大学よりも学費が安いからだ。
そもそも、最近では日本人の若者で新聞奨学生を希望する者は少ない。珍しく希望者がいて採用しても、仕事が嫌になって短期間で辞めてしまうケースが多い。販売所を逃げ出しても、ほかにアルバイトはいくらでもある。
その点、外国人の場合は、途中で逃げ出す心配がない。人生をかけて来日している彼らは、簡単に日本を離れるわけにもいかない。販売所を辞めたところで、学費が免除され、しかも衣食住の心配もない新聞奨学生を上回るアルバイト先など、そうそう見つからないからだ。
社会人の日本人を雇えば、奨学金の負担はなくなる。ただし、販売所の仕事はアパート付きが基本だ。フルタイムで一人雇えば、首都圏では最低でも月30万円前後はかかってしまう。それでも日本人を雇いたい販売所は多いが、希望者は現れない。そのため仕方なく、外国人に頼る状況が生まれている。
新聞販売所で働く外国人留学生のなかでも、際立って多いのがベトナム人だ。とりわけ朝日新聞の販売所では、ベトナム人頼みの状況が著しい。朝日奨学会東京事務局が、組織的にベトナム人を奨学生として採用しているからだ。この2〜3年は毎年春と秋、100人単位での受け入れが続いている。ちなみに同事務局で採用する日本人奨学生は、1年で100人にも満たない。つまり、ベトナム人奨学生の数が日本人の2倍以上に達しているのだ。
「朝日」と「ベトナム人」
朝日奨学会が招聘したベトナム人は、2年間にわたって日本語学校に通いながら新聞配達の仕事に就く。なかには、日本語学校を卒業した後も、専門学校や大学に進学して新聞配達を続ける者もいる。
最近では朝日奨学会とは無関係に、個々の販売所が来日中のベトナム人留学生をアルバイトとして雇うケースも急増中だ。そうしたアルバイトを含めれば、首都圏の朝日新聞販売所だけで少なくとも500人以上のベトナム人が働いていると見られる。
仮に500人が一人300部の新聞を配達していれば、首都圏の朝日新聞だけで15万部がベトナム人によって配られていることになる。それにしても、なぜ「朝日」と「ベトナム人」なのか。
朝日奨学会による外国人奨学生の受け入れは、もともと「中国人」がターゲットだった。1982年、朝日新聞東京本社と「中国の関係機関が、友好事業の一環」(朝日奨学会東京事務局)として始めたのである。
その後、中国のほかにも韓国やモンゴルからも新聞奨学生を受け入れるようになる。だが、これらの国からの受け入れは盛り上がらなかった。そんななか、唯一成功したのが「ベトナム」だった。
ベトナム人が奨学生として受け入れられ始めたのは、1990年代初めのことだ。きっかけは、朝日新聞系の週刊誌「アエラ」に載った一本の記事だった。記事では、当時としては珍しく日本に留学経験のあるベトナム人が、母国でつくった日本語学校が紹介されていた。その記事を見た朝日新聞販売所の経営者が、日本語学校の校長に会うためわざわざ現地を訪ねた。
バブル期ではあったが、販売所に人が足りないわけではなかった。事情を知る関係者によれば、その経営者は純粋にベトナム人の人材育成を目指していたのだという。
「日本が貧しかった時代、朝日に限らず新聞奨学生は、地方の若者にとってはありがたい制度でした。恵まれない家庭の子どもたちでも、都会の大学で勉強することができた。彼(経営者)も元新聞奨学生なんです。1990年代初めのベトナムは、今にもまして貧しかった。日本語学校で勉強しても、日本に行くチャンスなどほとんどありません。そんな若者たちに彼は、日本で学べる道を開こうとしたのです」
経営者と日本語学校の校長は意気投合した。そして帰国後、経営者が朝日奨学会に話をつけ、ベトナムからも招聘奨学生を受け入れることになった。
ベトナム人奨学生の受け入れだけが成功したのも、この経営者の存在が大きかった。奨学生は来日後、新聞配達に必要な原付バイクの免許を取得する。もちろん、試験は日本語で受ける。そのサポートから始まって、仕事を始めた後の悩みの相談まで、経営者はまさに親代わりとなって時間を割いた。
一方のベトナム人たちも、招聘奨学生となる道をつくってくれた経営者や販売所、さらには出身校であるベトナムの日本語学校の期待に応えようと、懸命に仕事と勉強の両立に励んだ。その結果、日本語学校を卒業後、国立大学に合格するような奨学生も相次いだ。
そんな話がベトナムに届くと、現地の日本語学校にはさらに優秀な学生が集まるようになっていく。ベトナムでは政府関係者の子弟でもなければ、海外留学など高嶺の花だった。しかし、新聞奨学生になれば、日本という先進国への留学の道が開かれるのだ。
販売所でも、ベトナム人は次第に評価されていった。働きぶりは真面目で、しかも学業でも優秀な成績を収める。奨学会がベトナムの同じ日本語学校に絞って受け入れていたこともよかった。仕事や勉強、生活面に至るまで先輩が後輩に指導する態勢ができたことで、販売所から逃げ出して不法就労に走るような者もいなかった。
こうして朝日新聞を通じ、ベトナム人が日本に留学する道が開かれた。するとベトナムの若者の間で、「日本に行けば、働きながら勉強できる」という噂が広まっていく。
もちろん、朝日の招聘奨学生の場合は、あくまで「仕事」よりも「勉強」がメインである。しかし、そのほかの留学希望者は必ずしもそうではない。時が経つうち「仕事」と「勉強」の比重がすっかり逆転し、「日本に留学すれば働ける」という話に変わっていく。
一方、日本では人手不足が急速に進んだ。政府も2008年に始めた「留学生30万人計画」の実現に向け、途上国出身者であっても留学生を喜んで受け入れた。そんな日本の状況に目をつけ、ベトナムでは留学を斡旋するブローカービジネスが広まった。そして「日本留学ブーム」が巻き起こる。つまり、現在のブームに火をつけたのは「朝日新聞」だったのである。
留学生を送り込むブローカー
朝日奨学会によるベトナム人奨学生の受け入れが大成功すると、各紙の新聞販売所で「留学生」が注目を集めるようになった。過去数年間で朝日に限らず販売所の人手不足が深刻化したからだ。
出稼ぎ目的で来日している“偽装留学生”にとっても、新聞販売所の仕事は悪くない。なんといっても、日本語のできない留学生が就ける仕事は限られる。多くは徹夜の重労働で、時給は最低賃金レベルである。しかも「週28時間以内」という留学生アルバイトの制限をかいくぐるためには、2つ以上の仕事をかけ持ちする必要がある。その点、1つの仕事で月20万円近くを稼げる新聞配達は、留学生には魅力的なのだ。
留学生を販売所に斡旋する業者も生まれた。そうしたブローカーはベトナム人に限らず、さまざまな国から来た“偽装留学生”たちを販売所に斡旋する。最近では、新聞販売所で働く留学生の国籍もかなり多様になった。ベトナムに加え、ネパールやインドネシア、ミャンマーなどの出身者もよく見かける。
現地の日本語学校と提携し、組織的に販売所に留学生を斡旋するような業者もある。ビザ取得のため日本の日本語学校に留学させ、新聞配達の仕事に使うのだ。朝日奨学会がベトナムで始めたビジネスモデルを真似てのことである。
だが、新聞配達の仕事は決して楽ではない。朝日奨学会によるベトナム人の受け入れがうまくいったのは、前述したように関係者らの全面的なバックアップがあったからなのだ。
ブローカーが斡旋する他の留学生たちには、そうした支援は望めない。日本語にも不自由な外国人が、いきなり販売所に放り込まれるのだ。販売所で働く日本人とコミュニケーションは取れず、仕事もなかなか覚えられない。原付免許もないため、配達は自転車でやることになる。仕事の大変さは原付の比ではない。新聞配達に自転車で密着した私にはよくわかる。
当然、配達時間も長くなる。嫌になって仕事を辞め、さっさとほかのアルバイトへと移っていく留学生も少なくない。すると販売所は、また新たに留学生を探す必要に迫られる。そうした悪循環も、人手不足のなかで生まれている。
もちろん、新聞を留学生が配ること、それ自体に問題はない。だが、違法就労が横行しているとなれば話は違ってくる。
完全にアウト
私が仕事に密着したアン君の朝刊配達は、午前6時に終わった。午前2時に出勤し、広告の折り込みなどをした後、配達に3時間少々かかった。朝の仕事時間は約4時間である。その後、夕刊の仕事を午後2時から始めた。配達を終えたのが午後5時だ。この日の労働時間は合わせて7時間だった。そしてアン君は週6日働いている。
日曜日は夕刊がない。しかし、休みが日曜と重なるときもある。また、夕刊配達を終えた後、翌日の朝刊分の広告の折り込みなどで居残るケースも少なくない。アン君によれば、仕事時間は平均して「週40時間」程度になるという。
新聞奨学生も「留学ビザ」で来日している。新聞配達はアルバイトという扱いだ。そのため仕事は「週28時間以内」しか許されない。アン君の場合、週12時間は違法に働いていることになる。
アン君だけが特別なのか。それを確かめようと、私は50人以上のベトナム人に直接会って話を聞いた。OBを含め皆、首都圏の朝日新聞販売所で奨学生として働いた経験者である。
労働条件は配属された販売所によって大きく違った。配達する朝刊の数も300部から550部程度まで開きがあった。新聞配達だけでなく、チラシのポスティングや古紙回収、朝日奨学会が外国人奨学生にはやらせないよう指導している集金業務までやっている者もいた。
また、新聞の配り忘れである「不着」1軒につき、販売所から数百円の罰金を取られていたりもする。経営者の方針次第で、仕事の中身から待遇までまったく違ってくるのである。
ただし、1つだけ共通していたことがある。それは私が取材したベトナム人の奨学生経験者全員が「週28時間」を超える仕事をしていた、ということだ。なかには、週50時間近くも働いている奨学生もいる。
もちろん、朝日新聞の販売所で働くベトナム人奨学生のすべてが法律に違反していると言うつもりはない。しかし少なくとも、アン君が特別なケースでないことは確かである。
朝日奨学会は販売所に文書を配布し、「週28時間」の労働時間を守るよう求めている。だが、実態はまったく伴っていない。アン君が働く販売所の経営者も、彼が週28時間以上の仕事をしていることを認めた。
「確かに、法律に定められた時間以上の仕事をベトナム人奨学生はやっています。ほかの店に聞いてもらっても同じだと思いますよ。そもそも(奨学会が販売所に求める)一日5時間(週5日、夕刊のない日曜は3時間で計28時間)では販売所の仕事は終わりません。配達の現場を多少でも知る人なら、誰でもわかっているはずですけどね」
ほかにも数人の販売所経営者に話を聞いたが、答える内容はほぼ同じだった。販売所の仕事は、とても「週28時間以内」で終わるようなものではないのだ。留学生に法律を守らせようとすれば、彼らの仕事だけを減らし、特別扱いする必要が生じる。だが、そんな余裕は今の販売所にはない。
経営悪化の煽りを受ける外国人労働者
この数年で、新聞販売所の経営は軒並み悪化している。定期購読者と広告の両方が減っているからだ。アン君が働く販売所では、毎日約1500部が売れ残る。朝日から購入する朝刊の実に3割に達する数である。こうして売れ残る新聞のことを、関係者は「残紙」と呼ぶ。
なぜ、売れもしない新聞を販売所は新聞社から購入するのか。そこには販売所と新聞社の力関係が影響している。売れ残るからといって、販売所は簡単には新聞社に部数カットを言い出せない仕組みなのだ。ちなみに、朝日に限らず新聞社の「公称部数」は、こうした残紙も含んだ数字である。
購読者が減ったため、アン君の販売所では最近になって配達の区域分けを1つ減らした。そのぶん一人が担当する区域は広がり、配達部数と労働時間が増えた。
なにもアン君の働く販売所に限った話ではない。経営状態が悪化しているため、どこの販売所でも人件費は安く抑えたい。たとえ留学生が日本人より安価な労働力であっても、無制限に数は増やせないのだ。
実は、「週28時間以内」という労働時間の制限は、ベトナム人を雇う販売所にとっては都合がよいシステムでもある。実際にはそれ以上の仕事をしていても、法律を逆手に取って残業代を支払わないですむ。週28時間を超える分の残業代を出せば、販売所が公に法律違反を認めたことになるからだ。こうして日本人には残業代が支払われても、ベトナム人は「未払い残業」に甘んじることになる。
結局、移民を受け入れられる態勢ではない?
今、日本でも移民の受け入れをめぐっての議論が始まっている。だが、私から見れば、受け入れ賛成派、そして反対派にも大きな勘違いがある。それは、「国を開けば、いくらでも外国人がやってくる」という前提で議論を進めていることだ。
日本が「経済大国」と呼ばれ、世界から羨望の眼差しを注がれた時代は今や昔なのである。にもかかわらず日本人は、昔ながらの「上から目線」が抜けない。
日本で働く外国人労働者の質は、年を追うごとに劣化している。そのことは長年、現場を見てきた身から断言できる。
本書で取り上げてきた実習生、介護士の問題もそうだ。日系ブラジル人の場合は、年齢が若く、可能性を秘めた人から母国へ帰国している。留学生に至っては、出稼ぎ目的の“偽装留学生”の急増は目立つが、本来受け入れるべき「留学生」は決して増えていない。すべては、日本という国の魅力が根本のところで低下しているからなのだ。そんななかで、「移民」受け入れの議論が始まった。
移民の受け入れを主張する人たちに尋ねたい。「あなたたちは、いったいどこの国から、どれだけの数の人たちを、どんな条件で受け入れるつもりなのか」と。
安倍晋三首相は、移民の受け入れを繰り返し否定している。だが、裏では着々と準備が進められてもいる。人手不足に直面する経済界の声、さらには米国などからの「外圧」に押されてのことだ。
2016年3月に開かれた自民党「労働力確保に関する特命委員会」の初会合では、テレビのコメンテーターとしても有名な米国人エコノミストからこんな提言があった。
「日本の大学で、日本語で授業を受けて卒業した留学生に対し、自動的に日本の永住権を与えるべきだ」
エコノミストは「移民」に対して日本人のアレルギーが強いことをわかって、「永住権」という言葉で置き換えている。だが、永住権の付与は移民の受け入れと同じことだ。
「大卒の留学生」に限って受け入れると聞けば、もっともらしく響く。もちろん、このエコノミストも「留学生30万人計画」で急増する“偽装留学生”の実態は知っているはずだ。金さえ払えば、彼らに卒業証書を出す大学はいくらでもある。そんな大学を卒業したところで、日本語は不自由で、単純労働者としてしか使えない。つまり、出稼ぎ目的の偽装留学生≠移民にまでしてしまう抜け道を提案しているのだ。
人手不足は、低賃金・重労働を嫌がって日本人が寄りつかない仕事ほどひどい。そのことを素直に認めたうえで、なぜもっと正直な議論をしないのか。いつまで外国人を騙し、都合よく利用するつもりなのか。これでは日本が国ぐるみで「ブラック企業」をやっているも同然だ。
私は移民の受け入れをいっさい拒むべきだといっているわけではない。ただし「移民は一日にしてならず」である。今やるべきことは、将来「移民」となる可能性を秘めた外国人労働者、留学生の受け入れ政策について、一から見直すことだ。現状の制度は、嘘と建て前のオンパレードなのである。
単純労働者受け入れの裏口である「外国人技能実習制度」では、依然として「国際貢献」や「技能移転」といったお為ごかしがまかり通っている。「日本人と同等以上」と定められた実習生の賃金は、官民のピンハネのせいでまったく守られていない。ピンハネ構造を改め、実習生の再入国を認めるだけで「失踪」の問題は大幅に減り、現場にも役立つ制度になるはずだ。
経済連携協定(EPA)を通じての外国人介護士・看護師の受け入れにも、改善の余地は大きい。せっかく優秀な人材を集め、多額の税金まで遣って育成しながら、日本は「国家試験」というハードルを課して追い返してきた。受け入れの目的すら定義せず、意味不明な政策を取り続けてきた結果である。
「留学生30万人計画」は即刻中止すべきだ。出稼ぎ目的の留学生が歓迎される国など、世界を見回しても日本だけである。 
 
人材不足が赤字体質になる12の原因

 

企業の人手不足はNEWSになるほど大きな問題だが、ウチの会社も「人手不足が経営課題だ」と言い切れる人は少ないだろう。
なぜなら、売上が上がらない理由は社員の能力が低いかもしれないし、利益が出ないのは販売価格が安いという理由かもしれない。
つまり、単なる頭数が足りないという人手不足ではなく、優秀な人材が不足しているという認識が強いのではないだろうか?
また、多くの経営者は、人材不足を解決するためには、給料を上げることや、手当てを充実させることが正しいと思っていないだろうか?
つまり、優秀な人材を確保するというためには、今よりも人件費を上げるしかない!と考えてしまうため、人材不足を解消することが難しいと感じるのではないだろうか?
当記事を読めば、人材不足による収益の低下にはどのような原因があるのか?また、人材不足がコスト増加につながっている要素には何があるのか?ということを具体的に理解できるだろう。
1.人手不足が深刻な問題と言われる理由
まず初めに、一般論として人手不足が経営課題だと言われる理由を見ていこう。これらのデータは一般的な内容であるのか?あなたの会社にも当てはまる課題であるのか?ということがわかるだろう。
1-1 多くの中小企業で共通している経営課題は“人手不足”
まず下記の表を見て欲しい。下記のグラフは商工中金が行った全国の中小企業4490社を対象にアンケート調査を行い「現在自社が課題としているものは何か?」に対する集計結果をまとめたものだ。
   非製造業(サービス業)の企業が現在抱えている経営課題のリスト
上記のグラフを見てみると、経営者の悩みの大半が[人手不足]であることがお分かりになるはずだ。特に[人手不足]に関してのみ、3年連続で急激な上昇を見せている。
このデータの面白いところは、[現在抱えている経営課題]であるところにある。つまり、どの会社も人手不足の問題を解決できていないどころか、ますます人手不足で悩む会社が増え続けていることを表している。
さらに、政府が労働時間を削ることを目標と掲げているため[職場に押し寄せる業務負担]が、今後も増え続けていくだろう。
1-2 人手(人材)不足が原因で発生する業績不振や事業規模の縮小
言葉遊びをするつもりはないが、多くの企業で問題となっているのは一般論としての人手不足という頭数の話ではないはずだ。
そうではなく、収益を上げられる人材が不足しているという課題ではないだろうか?
そこで、以下の表をご覧いただきたい。Business Labor Trend 2016.7に掲載された調査結果だ。
この調査は人材不足を感じている1253社を対象に「人材不足が経営にどのような影響をもたらしているのか?」に対して、[実際に多くの会社で発生している経営課題]を集計した結果だ。
   人手(人材)不足が職場にもたらす問題・課題リスト
上記のグラフを見れば、人手(人材)不足が原因で、生産力が大きくダウンする原因となっている事がお分かりになるだろう。売上の取りこぼし、技術力の低下、クレームの増加、人件費の増加などの回答が多い。
1-3 慢性的な人手(人材)不足が職場に及ぼすマイナスの波及効果
では更に、人手(人材)不足が職場に及ぼす直接的な効果についても見てみよう。同調査では、以下のような、人手(人材)不足が職場にもたらすマイナスの効果が報告されている。
   人手(人材)不足の現状
上記のグラフを見てみると、ほぼ9割弱の企業が、人手(人材)不足のマイナス面の影響を受けていると答えている。上記のグラフを簡単にまとめると以下のような課題カテゴリに分割することが出来る。
   人手(人材)不足が企業活動に与えるマイナス面
   モチベーション低下   職場雰囲気や仕事モチベーションが低下してしまう
   管理コスト増加     時間外労働や休職の増加によって財務体質が悪化する
   人材品質の低下    従業員を訓練する機会が減少し、人材品質が低下してしまう
   離職率の増加      従業員不満足によって離職者数が加速する
上記の中で、離職者が増加することに注目して欲しい。
つまり、人材不足の企業は社内従業員の不満を生み、管理コストを増加させ、人材不足を加速させる状態になっていくということだ。そして、最終的に離職が離職を生む[デス・スパイラル]の状況に陥る。
この状況になってからはもはや手遅れなので、「社内で辞めたいという社員の話が増えてきたな。」と感じれば、迅速に対策に乗り出すことが大切だ。
2.人材不足で悩んでいる業界と事業規模について
さて、ここまで読んでいただけると、人材不足の課題は、優秀な人材が定着するように離職率を改善することから始めなければいけない!ということに気付いていただけるだろう。
更に次のデータを見てもらえば、ほとんどの会社が、人材の定着に悩んでいる事を表している。今は大丈夫と考えておられる方も、一度は目を通してほしい内容だ。
2-1 飲食・ホテル・サロン経営では2人に1人が3年以内に離職
   離職率が高い業種ベスト5  高卒者   大卒者
   宿泊・飲食業         66.1%    50.5%
   娯楽・生活関連サービス業   60.5%    47.9%
   教育・学習支援業       59.4%    47.3%
   医療・福祉          51.4%    38.4%
   小売業            48.5%    37.5%

特にサービス業に至っては、非常に人材の定着が難しく、なんと「2人に1人以上が3年以内に辞めてしまう。」という結果になっている。他の業種でも人材の定着化は、年々深刻化している。
2-2 大企業でさえ2割を超える離職率となっている!
   平成25年度3月卒業生の離職率
上記のグラフは厚生労働省が報告している新規学卒者(平成25年度3月卒業者)の離職率を表している。このグラフを見れば、大企業でさえ、新卒者が3年以内に離職している割合は2割を超えていることがおわかりになるだろう。
多くの新卒者は大企業に入社することを目標として学んできているのにも関わらず、入社後のたった3年で離職率が2割を超えてしまっている。
2-3 従業員数100人規模以下の中小企業の離職率は4割以上
上記の棒グラフの中身をじっくりと従業員規模別に見てみよう。すると、従業員規模が小さくなるにつれて、離職率は上昇傾向にあることが分かる。つまり、離職率の問題は、規模が小さい中小企業であればあるほど深刻な問題となっている。
そこで、人材不足を解消するためには、人材が不足している。という課題から、人材が定着しいる。という状況を作り出さなければいけない。
つまり、人手不足だから採用を強化する!という、頭数を揃えればなんとかなる!という入口の戦略ではなく、人材不足を解決するためには、出口戦略としての離職率を改善することが先決に取り組まなければならない。
すぐに辞めてしまう正社員やアルバイトを見つけるために、求人広告に投資して無駄なコストを支払っている場合ではない!
では、離職率の増加(人材不足)が経営にどのようなマイナス面を及ぼすかを見ていこう。
3.人材不足が経営を赤字体質にする12の要素
自社の利益が減ってしまう原因には人材不足が強く関係している。
赤字体質の原因を発見するためには、収益の低下とコストの増加という2つの方向からの視点が必要だ。
人材不足を解消すれば、以下に記載の12の要素は実際に全てを金額に換算することが可能だ!
以下の記事では、離職率28%から4%に落としたことで、売上が上がったというサイボウズの事例も紹介している。
3-1 人材不足が自社の収益の低下につながる7つの要素
収益の低下につながる7つの要素では、特に長年働いてきた社員が離職することで影響が出やすい。つまり、売上を上げられる社員の離職によって、どのような人材不足の課題が発生するのか?というこを確認してみよう。
1:採用までの空白期間に業務負担が発生
当たり前だが、新たに求人を出して採用に至るまでには、それなりの日数と人員を要する。また、足りない人員を補充するために時間外労働も発生する。すると、職場に残された社員の業務負担はかなりのものとなってしまい、職場の不満が蓄積されていく。
2:売上の取りこぼしが発生
採用したからと言って、新しく採用した人が前任者と同じパフォーマンスを発揮できる訳ではない。結果、注文や受注を断ることが増え、売上の取りこぼしが発生する。しかし、経営層からは取りこぼしを無くせと厳しい指示が飛び板挟みになってしまう。
3:製品・サービス品質の低下
せっかく育てた人員が辞めてしまうという事は、担当する作業の熟練度もリセットされてしまう。工場のライン工であれば問題は少ないが、人材がサービス力に直結する業種であれば、自社の価値を大きく下げ、職場全体の売上・生産性は大きくダウンする。
4:優秀な社員の離職は職場のやる気を下げる
辞める人は何も新人ばかりでない、むしろ優秀な人材の人の方が、活躍のフィールドを広げる為に、別の新天地を求めることも多い。職場で中心的な人物が辞めることは職場をリードしてくれてきたキーパーソンを失うことになり、職場の活力が落ちてしまう。
5:時間が足りずに教育機会が減少
全く回っていない職場では、悠長に職業訓練や研修をしている余裕はほとんどない。「そんな時間があるのなら、溜まっている業務を少しでも処理しよう。」という心境になる。すると、職場で場当たり的な対処ばかりになり、根本的な改良・改善ができなくなる。
6:離職者が担当していた顧客の流出
出ていくのは人材だけではない。業種にもよるだろうが、担当していた顧客も共に引き抜かれることになる。特に営業・サービス系の職種では、大型の顧客や古参の顧客を引き抜かれ、売上が大きく減少する事になる。売上的にも精神的にも大きな打撃を受ける。
7:技術・ノウハウの減少
ライバル企業への転職や独立開業することになれば、今まで教えてきたノウハウや技術を盗まれることにつながる。もしそれがオンリーワンの価値であれば、市場価値が大きく下がり、取引先や顧客との値下げや交渉が困難になっていく。
これら7つの要素は、全てコストを出すことが可能な内容ばかりだ。
3-2 人材不足がコスト増加につながる5つの要素
では、人材が不足しているから採用を強化しようと考える前に読んでいただき内容をご紹介しよう。ここでは、新人の採用を強化することで発生するコストの増加と考えていただければ良い。
1:新人が増えることで生産効率が低下
1時間当たりの作業量も度重なる離職によって大きくダウンする。新人ばかりの職場では、人数は多いのに、作業が全く回らない。そして人件費だけが高くなっていくという管理者泣かせの状況になってしまう。赤字体質の職場にならないよう注意が必要だ。
2: 採用・求人広告コストの増加
新たな人材を登用するためには、求人広告や各種採用媒体の運用コストが新たにかかることになる。打ち合わせや資料を見ておくなどの作業は当然かかる。金銭的なコストはもちろん、現場にとっては、時間的コストもかなりのボリュームを負担しなければいけない。
3:面接による時間コストの現場負担
また採用の人数が大きければ、面接コストも馬鹿にならない。大企業や正社員主体の業種でもなければ、当然人事は現場が兼任している所がほとんどだ。面接と言う時間的コストによって、業務作業時間は削られていく。
4:新人教育のための時間コストの増加
会社の人材の定着率が悪く、入れ替え比率が高ければ、当然、社員1人で割った教育コストは跳ね上がる。研修を外部委託しているような場合であればなおさらだ。社員に投資したコストを無駄にしないように改善していくことが重要だ。
5:新人を現場で教育することによる時間コスト
新人社員が増えると、作業に関する指示は細かくしなければいけないし、仕事能力が十分ではない為、成果物の確認もたびたびしなければいけない。つまり、金額に換算されることは少ないが、OJTにより職場の作業にあてる時間が新人教育によって大部分とられていく。
3-3 人材不足に悩んでいる会社は人件費コストが高くなる
ここまでご覧になられた方は、いかに離職率を低下させるということが、会社の利益を守ることにつながるのかを実感されたと思う。
人材不足解消の取り組みをせずに、放置しておくと、あなたの職場は以下のようになってしまう。
   ○ 人材不足初期
   • 自社製品・サービスの品質低下
   • 獲得できていたはずの売上の取りこぼしの発生
   • 職場の作業効率悪化による時間外労働の増加
   ○ 人材不足中期
   • 職場への業務負担が増え人間関係が悪化
   • 教育機会の減少による人材成長の停滞
   • モチベーション低下による生産効率の悪化
   ○ 人材不足末期
   • 離職がとまらなくなり人材不足の常態化
   • 採用・教育コスト増による財務体質の悪化
   • 赤字体質から抜け出すためサービス残業の増加
人材不足を放置していると、最終的に赤字体質の会社になってしまう。このデス・スパイラルから抜け出していくために、顧客満足度や集客と言う外の視点だけでなく、従業員管理と言う内部マネジメントにも目を向けていくことが重要だ。
内部管理を改善することは、従業員満足度を上げることにつながる。それは従業員のためだけでなく、会社にとっても、教育コスト・採用コスト削減につながり、人件費の割合が低い黒字体質の会社経営の実現に最終的につながっていくのだ。
まとめ
人材不足を考えるにあたって、単なる社員の頭数だけで考えてはいけないことをここまでご覧になられた方は再確認して頂けたのではないだろうか?
職場が人材不足に陥ることで、
• 自社のサービス力・生産性の低下が起こり、残業や休日出勤が増え、人件費をはじめとする財務体質が悪化し、サービス残業を余儀なくされる。
• その赤字体質が従業員満足度を下げ、更に人材が流出し、残された社員にそのしわ寄せがきて、最終的に業務が破たんする。
これは新たに求人を出して、新人社員を採用しても、失った自社資源は戻らないどころか、ますます自社資源の流出が止められなくなる。だからこそ、離職率の高い会社では、残された社員に業務負担が集中し、最終的に破滅の道に突き進んでしまうのだ。
そうならない為にも、人事担当だけでなく、現場・管理職・経営幹部が一丸となって、事前に離職者を減らす取り組みについて対策を講じることが重要だ。  
 
工場、製造業の人材不足の理由と影響と対策

 

工場やメーカと呼ばれるような製造業でも、人材不足の問題は深刻です。人材育成に時間のかかる業種でもある製造業は、団塊世代の大量退職などの影響を受けており、今後の事業継続が困難となるような会社もあるほどです。そんな製造業の人材不足を解消する方法について考えてみましょう。
製造業は日本の基幹産業に位置づけられている
トヨタなどの自動車製造業や、日立などの電機製造業なども、製造業に位置づけられており、日本の基幹産業として政府もその動向を注意深く確認しています。
東芝が経営不振に陥り、海外の支援先を探す場合にも、東芝が他国のものになってしまわないか注意深く支援先を探していたというニュースがありました。
これは他の業種の大企業ではあまりない動きです。
それだけ製造業を日本政府が重要視しているという見方ができます。
製造業がGDP(国内総生産)に及ぼす影響も大きく、生産在庫の多さや稼働率を示す鉱工業指数が発表される度に株価が変動するような状態です。
製造業の動向が、日本経済への影響をも与えていると言えるでしょう。
高度成長期からバブル期まで、日本の製造業は成功しすぎた
日本の製造業は高度成長期からバブル期までの長い間、いい時代が続いたと言えるでしょう。鉄鋼業や石油化学など、基盤となる製造業で高品質な製品を量産したことで、戦後の復興に大きな貢献をしてきました。
そうした基盤の上に自動車産業や電機機器の製造業なども大きく発展してきました。特に自動車は、生産台数上位のドイツやアメリカなどに迫る勢いで発展をしてきたことはよく知られています。その大きな武器は、他国にはない「低価格で高品質」を実現してきたからと言っていいでしょう。
安くて壊れない自動車は世界中で評価され生産台数を伸ばしていきました。
そんな自動車産業と同じように発展してきたのが電機機器産業です。こちらでも多くのユニークな商品を開発して、世界を驚かせてきました。
このように、日本の製造業は長い間ヒットを量産してきたと言えます。それによって世界からお金を集め、日本が発展してきたと言っても過言ではないでしょう。
しかし、バブル崩壊後に製造業が経験したものは、正に今までの成功があだとなったものと言うことができます。
バブル崩壊後のリストラで、ユニークな商品が出なくなった
バブル期の製造業は、作った商品は飛ぶように売れていたので、特に販売戦略と言ったものを考える必要がありませんでした。
しかし、バブルが崩壊し、物が売れない時代に突入すると、製造業はその影響を真っ先に受ける業界となります。今まであまり気にしていなかった経費の部分も大きく見直しすることとなります。
日本人の賃金が上昇したため、国内で生産したものを販売する時には、海外製の安い製品に価格面で勝てない状況が起こるようになりました。
そのため、大手製造業の多くは人件費の安い中国や東南アジアへ製造拠点を移すと言った措置に出るようになります。
海外で製造したものでも、管理を日本の製造業が行うことで一定の品質を保つことができたため、価格を抑えた販売ができます。
しかし、海外へ製造拠点が移ったことで、国内の工場などでは、生産ラインの停止や工場の閉鎖などのリストラが起こるようになります。
これは、バブル崩壊で物が売れない状況に追い打ちをかけるように、日本での雇用を次々と奪っていきました。
この時、製造業は本社だけが海外生産で黒字を出し、工場などの製造拠点を子会社化したりして経営効率化を進めたことで、国内からも批判が出るようになります。
みんなで一丸となっていた昔の製造業には戻れなくなってしまっていたのです。
落ちるモチベーションと海外メーカとの競争
日本の製造業が行ったリストラ、海外生産で一時的に業績はよくなりました。
しかし、物が売れない状況は変わっていません。こうしたリストラは想定以上のものを奪っていきました。
まずは売れるものしか作らせてもらえないため、画一的な発想しかできなくなってしまったことによる技術者のモチベーションの低下です。
電機メーカなどの多くはその奇想天外な発想が受け大ヒットした商品も多くあったため、経営効率化などを進めた結果、遊び心を失ってしまったと言えるでしょう。
また、海外の工場などからも人材が流出し、海外メーカとなって日本の製造業のノウハウを盗用するような事態も出てきます。
現地で働く人にとっては、いくら日本メーカとはいえ、自分たちで作ったものをピンハネして世界中で売っているとみられても仕方がありません。
バブル崩壊後の日本の製造業のつじつま合わせとも思える経営で、現場で働く人たちは疲弊していきます。
経営が立ちいかなくなる事態が次々と発生
そのような経営を続けていた結果、多くの製造業が海外製造業の傘下に入ることになります。
自動車産業や電機機器製造業などや鉄鋼業も合併などを繰り返すことになります。最近では中国の影響力が強く、以前は工場を作り製造を委託していた立場だったのですが、経営不振の買収に名乗りを上げるほどの勢いになっています。
こうした事態に陥る経緯として、高度成長期やバブル期に「いい製品を作れば、顧客は買ってくれる」という製品の品質にこだわりすぎたため、積極的な販売戦略を立ててこなかったことによるものと考えられます。
このため、家電やスマートフォンなどの世界的な需要があるにもかかわらず、日本の電機産業が負け続けた結果があると言えます。
価格競争をせざるを得なくなった製造業界
今まで、高品質を謳ってそれなりの価格で製品を売ることができたことが唯一の救いではあったのですが、昨今の検査の不正などから、その品質を担保していると説明することが難しくなってきました。
価格は高いけど高品質ということで日本製を売っていたのですが、製造後の検査の不正が世界的に報じられてしまっていますので、これからの製造業はさらに厳しい価格競争の時代へと突入するものと考えられます。
長らくいい時代が続いてしまったことにより、こうした世界情勢の変化に製造業の大手はついていけなくなってしまっていると言ってもいいでしょう。
そんな状況に薄々気づいてはいたものの、誤魔化しなどを行い抜本的な改革を行うことなく続けてしまっていたために現在の惨状を招いているとも言えます。
現在の人手不足は条件が良くないと求職者が来ない
労働人口が減って来てしまっている現在、求職者は仕事を選ぶことができます。求職者側の立場が強くなってきています。
そのため、有利な条件を提示できない企業は採用活動を行っても人が集まらないという状況が今後より深刻となっていくことが考えられます。
条件を良くして、優秀な人材を集めたいと考えても業績が伴わないと、というジレンマに悩まされ、人材が集まらないために業績も悪くなるという悪循環に陥ってしまっている製造業の経営者の方も少なくないでしょう。
また、採用が決まっても製造業は職人の技術を必要とするものも多く、一朝一夕には一人前になることが難しい業界でもあります。待遇に不満を持って、離職してしまうケースも多いでしょう。
労働条件を維持できる業績を上げ続けるためには、厳しい競争で常に勝ち続けなければなりません。長時間労働などを強制すれば、ネットなどで評判が拡散し、さらに求職者が来なくなってしまうという状況になってしまいます。
経営者の悩みは少なくありません。
外国人技能実習生を活用するという方法もある
日本の基幹産業と政府が位置づけていることもあり、製造業への外国人技能実習生の受け入れを行っております。他の業種と異なる部分は、その適用範囲の広さにあります。
食品製造業や繊維衣服製造業、機械金属加工、電気製品組み立てや溶接など多くの業種に適用しています。
その業種は、毎年増えており、今後も適用できる業種が増えていくものと思われます。
多くの外国人技能実習生は日本に来るだけでも一定の基準をクリアしており、さらに日本の製造現場で実習を行います。
また、海外の工場などが子会社や取引先がある場合、現地との協調なども行ってくれるような期待もできます。
外国人技能実習生は規定する作業しかできない
そのような期待ができるからといって、何でもやらせてもいいというわけではありません。
外国人技能実習生は、規定の作業を実習するために来日しております。実習を行う職種を大きく外れた業務に従事させることはできません。
技能実習生の実習計画などを監理団体に提出するなど、日本人を雇用した場合にはない手続きを踏まなければならなりません。
こうした部分で二の足を踏んでいる経営者の方は、ぜひ弊社にお気軽にご相談下さい。
外国が身近に感じられるのも外国人技能実習生のいいところ
日本人だけの職場であれば、見方が固まってしまいます。
しかし、文化が違う外国人から見れば、新たな発想で問題解決のカギを持っているかもしれません。そんな文化の違いが良い方向に向く可能性もあります。
製造業であれば、ものづくりの発想が重要です。トヨタのカイゼンが世界で受け入れられたように製造現場からの効率化や発想の転換により、製造現場の問題が解決するかもしれません。
そんな中に、外国人を異分子ととらえるのではなく、面白い発想を持っている人と考えてもよいのではないでしょうか?
今後の製造業には外国人技能実習生が不可欠
今後の製造業には、外国人技能実習生がより一層重要な役割を持つようになっていくでしょう。それは決して悪いことではありません。むしろ外国人の発想を日本式にまとめて競争に勝ち抜くチャンスとも言えるでしょう。
外国人技能実習生の受け入れは、日本の製造業が行ったリストラで必要以上のものを失った時とは逆の、受け入れによって必要以上のものが得られる可能性を多く秘めているのです。 
 
あなたの職場に人が足りない「本当の理由」は? 2016/11

 

お金さえあれば、人手不足はなんとかなる?
「来月のシフトをいかに回すか」「目下のスタッフ不足にどう手当てするか」といった現実的な課題に追われている店長・企業は、どうしても「いかにいい人材をたくさん採用するか」に目を奪われがちです。
そこでまず誰もが考えるのは、アルバイト募集への「応募者数」を増やすことでしょう。「応募者の数を増やすこと」を考えた場合、店長・企業が取るアクションは、だいたい限られています。
誰でもすぐに思いつくのは「採用のための予算を増やして、募集広告を多く出す」という方法でしょう。これ以外にも、時給を上げたり、交通費支給を謳ったり、働く側のニーズに合わせて雇用条件を調整するような方法もあります。大きな会社であれば、テレビCMを打ったりしてブランドイメージを高めることもあるかもしれません。
人手が足りない店長ほど、「出口対策」が足りない
とはいえ、これらの手段はすでにやり尽くされていますし、やればやるほどコストが膨らむため限度があります。また、一店長には裁量が与えられていないことも多いので、「ウチにももっと予算があれば募集広告を出せるのに…本部が現場の苦労をわかっていない!」と不満を抱いている人も多いかもしれません。
この点については個別の事情もあるので、これ以上は踏み込まないことにしましょう。それ以前に考えていただきたいのが、「本当にこれだけしか人手不足対策はないのか?」ということです。私はそうは考えていません。
アルバイト人材の獲得競争が激しい時代にあって、人手不足を解消する施策は3通りあります。1つは応募数・採用数を増やす入口対策。これについてはすでに見たとおりです。
2つめが、生産性の向上です。できる限り1人あたりの生産性を高めて、必要な人員数を減らすという努力は、会社レベルでも現場レベルでも、相当に進められていることでしょう。また、サービスの自動化・機械化などによる効率アップも、店長の守備範囲を大きく超えている部分でしょうから、これ以上は触れません。
そして3つめの最重要オプションが、アルバイトの離職をできる限り防ごうとする出口対策です(下図)。この出口対策こそが、今回の調査を通じて見えてきた“最も大切”なことの1つです。
頭のどこかに「アルバイトはどうせ辞める。辞めたらまた補充するだけだ」という発想はありませんか?「入口」ばかりに目が向きがちで、「出口」を十分に意識できていない店長ほど、人手不足に困っているように思います。
冒頭のダイアローグのように、5人辞めたことから目をそむけて、3人採ることに躍起になっていませんか?これは言ってみれば、蛇口をひねって水量を増やすことばかりに目を奪われ、肝心のバケツに「穴」が開いていることに気づいていないような状態です。
今回の調査によれば、直近3年以内にアルバイトを辞めた人のうち、なんと50%以上は入社から半年までのあいだに離職しています(下図)。
また、総務省統計局のデータで正社員と比較してみても、離職率の高さは一目瞭然です(下図)。
どんなにコストをかけて「入口対策」をしても、ごく短期間のうちに辞められてしまっては、まったく意味がありません。じつはこの早期離職を防ぐことこそが、最も重要な対策になってくると私は考えています。
人材確保のカギは「辞めさせない仕組み」
この先、人手不足が深刻化していくとすれば、採用コストは上がる一方でしょう。アルバイトの定着率を上げることで、削減が期待できる採用コスト(求人広告費など)を試算してみました(下図)。
たとえば、1000店展開規模の飲食店で必要なスタッフ人数が20人だとします。年間定着率が5ポイント上がれば(年間離職率が5ポイント下がれば)1店舗あたり3〜5万円、全体では年間3000〜5000万円の削減が可能となります。店舗数1万店展開のコンビニ(必要スタッフを12人として)であれば、年間にして5億4000万〜9億円のコストダウンです。
ただ、企業や職場にとって重荷となるのは、このような目に見えるコストだけではありません。当然ながら、スタッフが一人前になるまではなかなか時給分の働きは期待できないでしょうし、その人を教育するために、店長や周囲のパフォーマンスがある程度は犠牲になります。つまり、人を採用することによって、必ずそこには隠れた育成コストも発生しているわけです。
ちょっと厳しい言い方ですが、新人アルバイトが数ヵ月足らずで離職する状態が慢性化している職場は、「採用コスト・育成コスト」をまるまるドブに捨てているにも等しいのです。
アルバイト人材を安定的に確保するためには、人の育成をしっかりと行い、離職(とくに短期間での)を防止する「出口対策」が必要です。これにより、長期間にわたって働く人材が増えれば、自ずと職場のパフォーマンスも高まります。
アルバイト歴の浅い10人よりも、高いスキルを身につけた5人で職場がスムーズに回るのであれば、店長としても願ったり叶ったりなのではないでしょうか?
「長く働き続けたい職場」をつくれていますか?
では、アルバイトに辞められないために、どんな「出口対策」が考えられるでしょうか? たとえば「時給アップ」はどうでしょうか?
今回の調査では、じつは時給がアルバイトの離職防止に与える影響は、それほど高くないという結果が出ています。また、時給が同じでも、アルバイトが長続きする職場とそうでない職場があります。だとすると、「ウチは時給が安いから『出口対策』なんて無理だよ!」などとは言っていられないかもしれません。
では、アルバイトが長続きする職場には、どんな特徴があるのか?調査の結果として見えてきたのは、アルバイトの成長段階それぞれに応じて、やはりそれなりの“正解”がありそうだということです。アルバイトの成長には、次の4つのステージが考えられます。
(1)採用ステージ(募集・面接の段階)
(2)新人ステージ(入社1ヵ月未満の受け入れ段階)
(3)中堅ステージ(入社1ヵ月以上の成長段階)
(4)ベテランステージ(リーダー・教育係の段階)
今回の調査によれば、長続きする職場(=定着率の高い職場)では下図のような共通点が見られます。
さらに大切なのは、このそれぞれがお互いに結びつき合っているということです。どれか1つに注力すればいいというものではなく、それぞれの局面での取り組みがほかのスタッフにも影響を与えるような構造になっています(下図)。
したがって、本当の出口対策は、4つのステージを見据えた職場づくりにほかなりません。これは裏を返せば、どれか1つでも欠けている部分があれば、たちまちに悪循環が生まれ、アルバイトが長続きしない職場になりかねないということです。
その意味で、「人手不足が“原因”になって職場がダメになっている」のではなく、「職場づくりができていないから、人手不足という“結果”になっている」という発想の転換が必要なのです。
まとめ
   人手不足に悩む店長ほど、採用ばかりに目が行きがちである
   アルバイトの離職を防ぐ「出口対策」が盲点になっている
   スタッフを採用する以前に、定着を促す「職場づくり」が重要である 
 
人材不足にどう立ち向かうか 2017/11

 

製造業に求められる4つの変化の方向性
日本電機工業会(JEMA)では、ファクトリーオートメーション(FA)に関わる工業会として、IoT(モノのインターネット)による製造業の革新に対して、関係者に対して製造業の将来像を示し、今後重要となる対応策について検討している。その一環として2017年5月に提言書「2016年度版 製造業2030」を発表しており、その周知を図る目的で、2017年9月28日にシンポジウムを開催した。
本稿では、その中で経済産業省 製造産業局 ものづくり政策審議室 課長補佐の安藤尚貴氏の講演「Connected Industries推進に向けた我が国製造業の課題と今後の取り組み」の内容を紹介する。
人材確保が切実な課題に
経済産業省が2016年末に実施した調査によると、現在の国内製造業で顕著にみられるのが、人材不足の問題である。調査した企業の内、8割が課題だと認識しており、約2割がビジネスにも影響しているとする。この人材不足対策として、現在は半分以上が「定年延長などによるベテラン人材の活用」という一時的な対応策で乗り切っている状況である。ただ、今後に向けては「抜本的な手法の転換」が必要になる。
これらの状況を反映し、今後の対策としては「ITの活用などによる効率化」「ロボットなどの導入による省力化」に取り組むとした回答が合計4割を超えた。今後はITやロボットを活用した合理化・省力化が必須となる見込みである。
また、生産プロセスなどのデータ収集・活用については、中小企業で3分の2の企業が製造現場で何らかのデータを収集しており、この割合は前年に比べて26%増加した。ただ、生産工程の見える化やトレーサビリティー管理など、収集したデータの具体的な活用はこれからのようで、国としてもこのデータの活用について積極的に支援をしていく方向だという。
製造現場から収集されたデータ(リアルデータ)について、安藤氏は「バーチャルデータに比べてリアルデータは従来整備された形で蓄積されておらず活用できる量は少ないものの、今後莫大なものになる見込みだ。さらに1つ1つの価値が非常に重要なものとなり、このデータの利活用を進めていくことが大きな意味を生む」と述べる。そのため「日本の強みや機会を生かせる戦略分野でリアルデータのプラットフォームを創出・発展させることができれば、世界の課題解決と日本の経済成長にもつながる可能性がある」と安藤氏は強調する。
製造業における4つの変化の方向性
製造業のバリューチェーンは今後「製造現場・ハードウェア」「ソリューション」「IT基盤・ソフトウェア」の3つの層に分類されるようになるという。従来、製造業はまさにハードウェアを作ることに特化し製造現場だけを意識していればよかった。しかし、IoTなどの発展によりハードウェア以外の領域で価値を生み出すことが求められている。特に今後の競争の主戦場になり、利益の源泉となるだろうとみられているのが「ソリューション層」である。そのためモノづくり企業のソリューション分野への取り組みが進んでいる。
「日本のモノづくりの変化の方向性についてまとめると、4つの変化の方向性が存在する」と安藤氏は強調する。4つの変化の方向性は以下の通りである。
1.単にいい「モノ」を作るだけでは生き残れない時代に入り「ものづくり+(プラス)企業」になることが求められる
2.「顧客価値の実現」の手段が、技術革新によって「モノの所有」から「機能の利用」へと変化
3.モノを他のモノやサービス、情報と結び付けて価値拡大を図るなど、利活用方策である「サービス・ソリューション」が差別化要因として重要となり、その実現に向け重要と考えられる「思考」「行動特性」「手段」を整理する
4.我が国の死守すべき強みである強い現場の維持・向上に向け人手不足対策、レジリエンス対策が重要になっている
そうした中で、安藤氏は顧客基点による全体最適のための「デザイン思考」「システム思考」の重要性を強調。「さまざまなモノを作るときに、顧客の要求に加えて、設計、生産の各部門の専門性を超えてプロダクツをうまく設計できる人材の重要性が高まっている」(安藤氏)と指摘した。
さらに人材不足対応については、単純に現場の人間に代替だけでITやロボットなどを活用するのではなく「人間が付加価値の高い仕事に移行することを促すことが重要だ」と安藤氏は述べる。生産性の向上や労働時間短縮による働き方改革につなげるような取り組みが重要とする。また、IoTによる現場の見える化を通して、日本が得意とする「カイゼン」活動の一層の加速実現も可能としている。さらに、現場だけでなくホワイトカラーの業務、特に間接部門業務の生産性向上を目指した取り組みも重要であることを強調した。
Connected Industriesの目指すもの
続いて「Connected Industries」についての基本的な考え方を解説した。「Connected Industries」のコンセプトは「さまざまなつながりにより新たな付加価値が創出される産業社会」であり、デジタル化が進展する中、日本の強みである高い「技術力」や高度な「現場力」を生かしたソリューション志向の新たな産業社会の構築を目指すものだ。さらに「現場を熟知する知見に裏付けられた臨機応変の課題解決力、継続的なカイゼン活動などが生かせる人間本位の産業社会を創り上げる、ことなどを目指している」と安藤氏は紹介する。
また以下の3つの考え方を柱としている。
1.人と機械・システムが対立するのではなく、協調する新しいデジタル社会の実現
2.協力と協働を通じた課題解決
3.人間中心の考えを貫き、デジタル技術の進展に即した人材育成の積極推進
Connected Industriesの実現に向けて経済産業省 製造産業局では、技術力や現場力を生かしたスマートものづくり実現に向け、国際標準などの基盤整備や、受発注・設計・生産および産業保安などのデータ共有の優先事例創出を支援する。
また「産官学による体制を構築し、ユースケースの創出、規制・制度改革、産業セキュリティ、国際標準化への貢献、中小企業への導入支援、人材育成、国際協力、データ利活用、技術開発による協調領域の最大化などの政策的課題を掲げて、その対応策を実施している」と安藤氏は述べている。 
 
工場の人手不足と解消法

 

強まる人手不足感
日本政策金融公庫総合研究所の製造業を調査対象とした2017年4月の従業員判断指数(「不足」の割合から「過剰」を引いた値)はプラス19.4で、1995年の調査開始以来最高を記録しました。
その背景には景況感の高まりのほか、労働生産人口の減少があると同研究所は分析しています。
製造業に対するイメージ
製造業と言うと「力仕事があるのでは?」「休日が少なそう」「専門の知識がなければ採用されないのではないか」という不安や疑問が先行しがちです。製造業の本来の状況を伝えていかなければ、根本的な人材不足解消は見込めないと言います。
この状況を受け、国や企業は、製造業のイメージアップに取り組み始めています。それが、製造業での労働環境を整備するための「5S活動」です。これは「整理・整頓・清掃・清掃・躾(しつけ)」を意味していて、労働環境を整え、安全・快適に働けるように工場を改善する取り組みです。
人手不足対策の背景
GDPに占める製造業の生産額の比率は、2015年でほぼ20%。その推移を見ると、国内経済のサービス化の流れから比率はゆるやかな下降傾向にあります。しかし、まだまだ日本の経済のために製造業は強くあってほしいもの。また「ものづくり日本」という言葉にあるとおり、優れた設計開発から職人技とも言える丁寧できめ細かな仕上がりの技術は、経済的な競争力として維持・発展させたい資産でもあります。
これまで製造業は工場の海外進出をすすめてきましたが、限定的とはいえ、為替の関係や国内生産技術の高さの見直しなどで、付加価値の高い製品を中心に製造拠点を国内に回帰させる動きもあります。
少子化が人手不足に拍車をかける
日本社会の大きな課題でもある少子化問題も、大きく影響しています。仕事の数は増えても、若者の数が増えなければ人手不足は解消されません。また、大手企業へ就職したい安定志向の強い若者も依然多く、中小企業では人材の確保がしづらくなっています。
工場の働き方改革
日本の製造業はまだまだ国内の働き手を必要としていることから、工場などの現場改善が求められます。
工場での人材管理の重要性
人手の確保が難しいのなら辞めさせないこと、それには現場の安全や衛生の確保のほか、スキルアップの機会を提供するなどでモチベーションの向上を図ることではないでしょうか。しかし、現実は難しいものがあります。
人材サービス会社が製造業の人事部門にヒアリングした結果によると「人材の定着(17.0%)」「能力開発・キャリア形成」(16.0%)「労働時間管理(長時間労働)」(15.5%)を人事上の課題として挙げています。
関心の高いテーマとしては「メンタルヘルス対策」(45.5%)「高齢者雇用」(45.5%)「多様な人勢・働き方の活用」(41.5%)「ワークライフバランスの取り組み」(36.5%)「労働力不足」(32.5%)となりました(日研トータルソーシング・製造業200社調査)。
これらの結果を見る限り、抜本的な働き方改革が求められているのは明白で、早急に手を打つべき事項であると理解できます。
工場改革の兆し
このような状況を放置しておくことで、近い将来に人事上の大きなリスクを抱えることになるのは間違いなさそうです。
そこまで至らなかったとしても、忙しさのあまり後輩を指導できず後継者が育たなかったり、高齢の労働者への配慮で課題が増えたりすることが予想されます。いずれにせよ、現在より状況が悪化することが見込まれます。
ITやAIの導入
こうした問題を解決する手段としては、機械化や自動化の導入が考えられます。従来は人手削減のイメージがありましたが、労働者人口が縮小する現在では、「人と機械の共存」がテーマとなります。機械化や自動化が労働者の削減に直結するとは限らないと言えるでしょう。両者が一体となって生産性を高め、若い世代に技術が伝承される環境を作ることが一番大切なのです。
一例として、これまで人が介在していたルーチン作業などをロボット化することを考えてみましょう。その効果として中堅クラスの労働者や技術者に後輩の育成や、業務の改善プランの時間が増えれば生産性が向上します。さらに給与に反映されるまでに至れば、「創意」と「やり甲斐」が両立できる理想の状況が生み出されることになるでしょう。
製造工程以外でも伝票や図面の電子化や、すでに稼働している機械をインターネットに接続してデータ管理をするIoT(モノのインターネット)などは、効率化やトラブル回避の最適手段で、テーマや対象はかなりあるはずです。
ポイントは、付加価値が低く、生産性の悪い業務を積極的に機械化・自動化、そしてIT化するということです。その結果、残る創造性を求められる仕事を技術者が担当することになり、現在の人材の能力の最大化が図れることになるわけです。
人手不足の解消
人手不足を解消するためには、労働環境を見直すだけでなく、企業側と職を得たい人をつなげることが大切です。政府の「ものづくり白書」(2015年版)でも「ものづくり人材の確保と育成」がモノづくり産業の大きな課題として提示されています。
その課題を解決する取り組みとして、白書では「専門的な技術を学べるポリテクカレッジ(職業能力開発大学校/職業能力開発短期大学校)のカリキュラム見直し」や、「ものづくりマイスターと連携したモノづくりの魅力を発信するイベントの実施」「女性技術者の育成」などを例として挙げています。
相互理解
今、日本の企業は全体的に人手が不足しています。特に製造業・運送業・接客業・医療などの人手不足が目立ちます。どれも、専門のスキルがなければ就職できないのではないか、体力勝負のきつい仕事が待っているのではないか、というネガティブなイメージを持たれがちです。
しかし実情はまったくイメージと違う場合が多いです。モノづくりの現場は、国も連携して改善しつつあります。モノづくりに興味があるなら、町の商工会議所や公民館で、まずはワークショップ体験をしてみてはいかがでしょうか。
人材育成の重要ポイント
○ 即戦力になるように効率の良い教育を行うこと
○ 組織の一員として工場の方針を理解し、自ら創意工夫しながら成長する自発的人材を育成すること
○ 出来るだけ長く工場に居続けてもらい、すぐに辞めないような仕組みを作ること
この3つが、中国の工場における人材育成の重要ポイントと考えられます。
教育はOJTとOFF/JTを織り交ぜて行う
OJTは一般に、職場に一定期間配属させ、実際の業務を経験させ、教育する事で早く現場の業務を覚えるには有効ですが、これだけでは、どうしても業務を体系的に理解することがむずかしく、また通常の流れと異なった突発業務も入ってくるので、教育方法としては完全ではありません。
そこで会社全体や、個別業務の流れなどを体系的に習得させる教育方法としてOFF/JTも織り交ぜて実施します。OFF/JTでは会社の方針、社会人としてのルール、仕組み(仕事のルール)などの教育が主体となります。
OJTはよく、間違った解釈で、職場に配属したまま何のフォローもされないままになってしまうケースがありますが、そこは配属先の管理者に理解してもらい、OJT計画書を作成、日々の結果を記録するなどのきめ細かい管理が出来るような運用ルールが必要になってきます。
人事制度との連携が重要
実は教育制度と人事制度は、切っても切れない関係です。制度相互を連携させ、社員のモラールアップ・動機付けの効果が得られるような仕組みを構築します。
具体的には、一定の教育を受けることによって、職能資格や技能認定資格が与えられ、基本給や手当のアップ、昇格の判断基準となるような仕組みを作って、結果を社員にも見えるよう公開することが必要です。それによって、達成感や、将来の見通し、次へチャレンジするという意欲が湧いてきます。
また、個人面接、罰則制度、優秀社員の表彰制度、改善提案制度、誕生会、憩いの場を設けるなどの配慮も、出来るだけ長く工場に居続けてもらうための有効な手段ではないかと考えられます。
PDCAを回す仕組みが必要
半期毎、一年ごとに教育計画をきっちり立てることが必要です。
○ 工場の方針に沿って、教育の方針と目標値を定める
○ 誰に、何を、いつまでに、どのような教育を行うかを決める
○ 進捗を、定期的にチェックし、教育の効果を図るための試験や、アンケートを実施し不足している部分を見直し、次の教育計画にフィードバックさせる
というPDCAサイクルを回すことが重要なのです。工場の規模や業務内容にもよりますが、100人以上の社員のいる工場では、教育専門の部署を設け教育担当者を置くくらいの配慮が必要になって来ます。 
 
 

 

 
 
製造業・諸話

 

製造業の就業者、51年ぶり1000万人割れ 2013/2 
総務省は1日、2012年12月の製造業の就業者数が前年同月比35万人減って998万人(原数値)となり、51年ぶりに1000万人を下回ったと発表した。労働力人口全体の減少に加えて、企業が生産拠点の海外移転を積極化した影響が大きい。国内では製造業が調整を進めた分の雇用を成長したサービス産業が吸収しており、産業構造は大きく変化している。
製造業の就業者はピークだった1992年10月の1603万人からほぼ一貫して減少してきた。1000万人を割るのは61年6月以来。就業者全体に占める製造業の割合が最も高かったのは70年代前半の27%超で、これが昨年12月には16%まで落ち込んだ。特に2008年の米リーマン危機以降は世界景気の減速を受けた輸出の冷え込みで就業者の減少が加速した。
昨年12月の全体の就業者数は前年同月から38万人減って6228万人。建設業の就業者も14万人減の490万人と減少幅が大きかった。昨年から47〜49年生まれの団塊世代が65歳に達して退職者の増加が見込まれており、就業者数は今後も減少が予想されている。
製造業の就業者が減る背景には労働力人口の減少のほかに、国内市場の縮小も影響している。例えば国内販売台数が低調な自動車は国内生産の増加を見込みづらい。
アジアは市場拡大が見込めるほか、人件費が安いため、各社は経営資源を現地生産の拡大に投じるほうが効率的と判断している。自動車の国内生産台数はピークだった90年(1348万台)から近年は3割程度減少して推移している。 
正念場を迎える日本の製造業 2018/4 
日本の製造業は、今まさに正念場を迎えている。経済産業省が発表した「2017年版ものづくり白書」では、直面する2つの主要課題を具体的に指摘している。1つは、これまでの強みだった現場力が、人材不足の顕在化により維持・向上が難しくなっていること。もう1つは、これまでも大きな課題になっていた、付加価値の創出・最大化を苦手にすることによる収益率の低さだ。
これらの課題を解決すべく、政府が打ち出したのが日本版第4次産業革命となる「Connected Industries」だ。デジタルツールの活用によって、ネットワークを通じた付加価値の創出と、技術力や現場力を生かす人間本位の産業の在り方を目指すとしている。
果たして日本の製造業は、この正念場を乗り切ることが可能なのか。日本のモノづくりの現場を大企業から中小企業に至るまで数多く見てきた、神戸国際大学 経済学部 教授の中村智彦氏に話を聞いた。
間もなく団塊世代が労働者市場、消費者市場の両方からリタイアする
中村氏が、日本の製造業だけでなく国全体で大きな課題になっていると指摘するのが人材不足だ。「団塊世代の中心層が、あと2年で70歳を超える。そうなると労働者市場、消費者市場の両方からリタイアする。そこまでに対策しなければ、今よりもさらに大きな影響が出るようになるだろう」(同氏)。
これまでも日本の人材不足は指摘されてきたが、結果としてあまり大きな問題になって来なかったという印象を持つ人も多いだろう。中村氏は「今まで人材が足りていたのは、団塊世代が定年を迎えた後も再雇用されて、その穴を埋めてきたからだ。しかし、70歳を超えれば再雇用を続けなくなる可能性が高い。今後は、男性労働者だけで200万〜300万人足りなるという調査もある」と強調する。
出生率の低下による人口減少も加速度的に進む。2020年の日本の人口は、150万人の死亡数に対して、出生数は100万人にとどまる見込みだ。「単純計算で1年間で50万人減る。これは地方の政令指定都市の人口に匹敵する数だ。既にソフトランディングが難しいところまで来ている」(中村氏)という。
3つの対策を組み合わせることが必要
中村氏は、この極めて厳しい状況に対して「『女性のさらなる社会進出』『外国人労働者の活用』『デジタル技術や自動化などの大胆な導入』という3つの対策の組み合わせで対処すべきだ」と訴える。
日本の製造業にとってもこれら3つの対策が必要であり、だからこそ「デジタル技術や自動化などの大胆な導入」に力を入れる企業も多い。Connected Industriesでも挙げられている、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)、ロボットの活用はその代表例だろう。
その一方で、AIやIoT、ロボットが人から仕事を奪うという意見も多く聞かれるようになっている。「しかし、ロボットの専門家は『ロボットだけで日本の深刻な人口減少という課題は解決できない』と言っている。女性や外国人労働者を含めた人の力と、デジタル技術や自動化を組み合わせなければ問題は解決できない」(中村氏)。
日本の製造業は、これまでにもさまざまなデジタル技術や自動化の導入を進めてきた。2次元の図面から3D CADへの移行、半導体製造プロセスや電子回路基板の実装ライン、産業用ロボットを用いた組み立てなどはその代表例だろう。これらの取り組みでは、アナログ技術や手作業でやってきたことを理解した熟練者が携わっていた。これらの熟練者がいれば、デジタル技術や自動化で何らかの不具合が起きたとしても、基本原則を理解しているので適切な対処ができた。しかし、熟練者がリタイアし、デジタル技術や自動化が当たり前の世代だけになれば、異常が起こった時の対応で後手に回ることも多くなる。
中村氏によれば、ある製鉄メーカーでは、現在でも作業員が溶鉱炉の窓を開けて温度を確認するという作業プロセスを続けているという。もちろん、さまざまなセンサーを付けているのだが、熟練者であればセンサーの数値よりも先に溶鉱炉内の異常を把握できるという。そして、この作業は必ず次の世代にも受け継がれている。万が一計器が故障していても、そのときに作業員が気付ければ異常に対処できるわけだ。
必須となるデジタルツール、それを使いこなす人の役割も重要に
中村氏は「日本の製造業の強みは、熟練者の持つ技術やノウハウの伝承にある。これをブラックボックス化せずに、導入しようとしているデジタル技術や自動化と組み合わせられれば、強みとして昇華できるはずだ」と説明する。
その一方で、熟練者をただ代替する形でデジタル技術や自動化を導入しようとすることは危険だと警鐘を鳴らす。「ただ単に導入するだけでは、中国や東南アジアなどの海外企業に対する競争力にはならない。市販されているデジタル技術や自動化そのものはどこでも導入可能であり、日本よりも若年層が多い東南アジアなどの方が吸収力が高く、素早く、うまく使いこなすだろう」(中村氏)。
熟練者の技術やノウハウをデジタル技術や自動化にうまく取り込んでいる事例は幾つもある。ある歯ブラシの工場では、毛先のそろい方などを画像認識で検品しているが、ベースになっているデータは女性従業員による目視結果だという。歯ブラシがモデルチェンジするときには、従来の画像認識のアルゴリズムでは検品ができないが、女性従業員の目視検品であれば柔軟に対応できる。そしてこのデータを基に、また新たに画像認識のアルゴリズムを作り直すというわけだ。
ある塗装ラインに用いられているロボットは、塗装を行う途中で、スプレーの先端を上下にピッピッと振るような動きをする。これによって泡のつまりが抜けて塗装の品質を維持できるのだが、基になったのは塗装の名人の作業内容だった。名人自身もなぜやっているのかを説明できない動作だったが、塗装品質を確保する上で大きな効果があったというのだ。
デジタル技術や自動化を導入したからと言って、人の仕事が奪われるわけではない。その時に知恵を絞って新しいことを生み出すのが、機械にない人間の価値だからだ。喫緊の課題である、団塊世代の技術やノウハウを、デジタル技術や自動化と組み合わせる上で、「SOLIDWORKS」をはじめとするデジタルツールが必要になることは間違いない。デジタルツールを活用することで、今までは分からなかった新しいことが分かるというメリットもある。
中村氏は「ただし、デジタルツールはあくまで“ツール”だ。何かを生み出すには、ツールを使いこなす人の役割が重要だ。デジタル技術や自動化を導入しても、そこに変わりはない」と述べている。 
日本のものづくりの状況や課題 
日本のものづくりの力
製造業の国内総生産に占める割合は、18.7%(2014年度)あり、サービス業に次ぐ日本経済を支える大きな産業となっています。製造業の歴史は米国・欧州、次いで日本が長く、その間さまざまな課題に直面し乗り越えてきました。 日本が戦後70年の間に解決してきた環境問題やエネルギー問題のノウハウは、新興国にない大きな優位性と言われています。   産業別GDPの構成比
日本のものづくりの現状と課題
現在、日本の製造業の置かれている立場は厳しい状況です。2002年時点では航空・宇宙産業などで高い競争力を持つ北米に次ぐ2番手でしたが、この10年で国際競争力が低下してきています(下図)。低コストで生産ができる新興国の台頭、デジタル化などにより複雑な製造工程を必要としないものづくりが増加したことなどが要因と言われています。特に、大量生産型でライフサイクルが早い家電など消費者製品の分野で大きな打撃を受けています。機械的な構造を持った製品(事務機械、自動車、工作機械など)は、製造工程が複雑なため、日本の競争力を維持できていますが、これも楽観視できない状況です。複雑なものを現場の力でつくり上げるという強みをどう生かすかが鍵となります。   製造業の国際競争力の推移
これからのものづくり
製造コストを下げるために人件費の低い海外への移転が進められてきました。しかしその国の人件費が上がるにつれ、次の移転先を検討するという悪循環に陥り、長期的にはコスト削減にならないのでは、という見方もあり、国内への回帰が検討されはじめています。また、日本は今後一層少子高齢化が進み、労働人口の減少が危ぶまれている状況です。 このように前提が変わっていくときこそ、抜本的にものづくりの方法を変えていくチャンスです。これからは単なるコスト競争ではなく、付加価値を創造することが必要とされており、労働集約型のビジネスからの転換が求められています。変化する環境の中で製造業が培ってきた強みを生かして新たなものづくりのあり方をつくることがこれからの突破口と言われています。   日本の将来推定人口
業界を取り巻く状況が刻一刻と変化する中、日本の製造業がどのように進化していけるのか、それを支える企業がどのように貢献していけるのか、今それを考えるタイミングに来ています。 
人手不足からの事業縮小は製造業にも 30年に潜在成長率ゼロ試算も 2017/6 
人手不足で生産やサービスを制限するケースが運輸業だけでなく、製造業も含めて広がりを見せてきた。このまま労働力不足が継続すれば、2030年には日本の潜在成長率はゼロ%ないしマイナスに落ち込むとの試算もある。
一方、人口減少は市場規模の縮小を招き、製造業を中心に雇用の固定化は「人余り」につながるとの予測もある。将来の日本経済は、労働需給のミスマッチがさらに拡大しそうだ。
深刻化する投入労働力の減少
国立社会保障・人口問題研究所によると、15歳から64歳までの労働力人口は、2017年の7578万人から27年には7071万人に減少。さらに30年には6875万人まで落ち込む。
日本総研・主席研究員の牧田健氏は、現状の生産性を前提とすると、労働投入量の減少に伴い、2030年代終わりには潜在成長率が現在の0.8%程度からゼロ%に低下。2040年代に入ると、マイナスに転落すると予測する。
ある経済官庁の幹部は、人手不足が特定の業種から幅広い分野に広がるようなら、生産や成長率に悪影響が出る可能性があり、そうした点を注視していくとの見解を示した。
実際、6月ロイター企業調査では、あらゆる業種で事業制約への懸念がうかがえる結果となった。人手不足により今後3年間、事業を制限せざるを得なくなるとみている企業は全体の17%に達した。
自動車メーカーでは「製造現場で派遣の期間工確保に困窮している」状況で、「現場技術者の不足による受注活動の制約を懸念している」(金属製品)、「人手不足により納期遅延となり、受注を失した」(機械)との声もあった。 
<AI普及に技術者不足のハードル> 
政府は、女性や高齢者の労働市場への参加を促進し、労働力不足に対応しようとしているが、日本総研の牧田氏は、その程度のプラス要因では急速な労働力人口の減少を補えないとみている。
民間企業では、製品やサービスの高度化と合わせ、人手不足への対応策としてAI(人口知能)やIoT(モノのインターネット化)の導入を始めているところもある。
しかし、「AIやIT(情報技術)、IoTを扱う人材が不足している」(輸送用機器)といった声が聞かれる(6月ロイター企業調査)。
政府は高度外国人材の呼び込みや、中堅技術者の学び直し、小学校でのプロミング授業の導入などを打ち出しているが、効果を期待できるのは20年代に入ってからとなりそうだ。
内需縮小にらみ、雇用固定化には二の足
一方、足元における人手不足と全く対照的な「人員過剰」を心配する声も、産業界では出ている。
ある与党議員は、製造業経営者を呼んだ勉強会で、2020年以降に予想される国内市場の急速な縮小を展望すると、「短期的な人手不足で雇用を増やすと、5年後以降に大幅な人員余剰になる可能性があり、それを懸念する声が多かった」ことを明らかにした。
今年4月に発表された人口推計では、総人口が現在の1億2681万人から2020年までに180万人減少、2030年までには1千万人弱減少する見通し。
ロイター企業調査でも「日本では生産量が低減するため、現在の人手不足は大きな支障ではない」(輸送用機器)との声や、「日本人の人口減少に対し、外国人労働力の利用を真剣に考えるべきだが、内需縮小の中で将来的にどれぐらいの補充が必要になるか判断が難しい」(化学)と悩む声が聞かれた。
ただ、冷静に見守る考えを示す政策当局者もいる。日銀の岩田規久男副総裁は22日、青森市で講演し、「むしろ省人化投資などが次第に増加することで、労働生産性を向上させ、わが国経済の一段の成長を促していく要因になる」と語った。
他方、今後の日本経済でウエートが高まるのは、高齢化に伴って介護・医療、サービス分野だとの見通しも根強くある。こうした分野では人手不足が恒常化する可能性がある一方、製造業の現場では自動化の推進で人員余剰を招くリスクもある。
つまり、産業分野によって「不足」と「余剰」が入り混じるまだら模様になっている可能性があるということだ。
第一生命経済研究所・首席エコノミストの熊野英生氏は「AIやIoT、ロボット化で短期的に対応しても、長期的にはやはり人口問題への抜本対策を講じる以外に解決の道はない」と指摘している。 
素材産業、フル生産できず 人手不足、製造業に波及 2018/4 
素材メーカーが人手不足でフル生産できない状況に追い込まれている。各社は採用条件を良くするなどして対応を急ぐが、人手確保は容易でない。このままでは機械メーカーなど製品の供給先の生産に悪影響が出る恐れもある。サービス産業で深刻化した人手不足問題は製造業にも波及した。
三菱製鋼室蘭特殊鋼(東京)は現在、月9万トンの鋼材を製造するが、設備は能力の1割を余している。2017年春から建設機械向けに需要増が続く中で「顧客の注文に十分対応できていない」(親会社の三菱製鋼の広報担当者)状況だ。北海道室蘭市の工場で中途採用を試みたが、うまくいかず、今年4月に過去最多の約20人の高卒を採った。フル生産には今秋までかかる見通しだ。
半導体の材料を製造するシリコンテクノロジー(東京)は長野県佐久市の工場の生産が能力の半分程度にとどまる。製品表面の研磨や最終検査といった工程に必要な人手不足が妨げとなっている。外国人労働者を積極的に雇い、現在100人弱の従業員を19年までに計30人増やす方針だ。だが親会社カーリットホールディングスの広報担当者は「どの産業も好況で、人が集まらない」と危ぶむ。
繊維大手の東洋紡は昨年、敦賀事業所(福井県敦賀市)で半導体関連部品と次世代ディスプレー「有機EL」向けのフィルム増産を発表した。自動車メーカーなどの旺盛な需要に応えるためで、計約50人の新規雇用が必要になった。ただ、福井県は電子部品などの製造業が好調で、全国的に見ても有効求人倍率は高い。このため社宅費を1年間無料にするなどして人材を確保したい考えだ。
素材産業の動向に詳しいソニーフィナンシャルホールディングスの渡辺浩志エコノミストは「海外でも作れる素材は輸入品に置き換えられ、日本企業しか作れない製品では、建機や電機など幅広い産業の生産が抑制される可能性もある」と警鐘を鳴らす。今後は人工知能(AI)の活用といった現場の人手を減らす投資も増すとみている。 
製造業、9割超が人手不足 ロボなど現場革新急務−経産省調査 2018/3 
製造業で人手不足の深刻化が止まらない。経済産業省のアンケートでは9割超の企業が人材確保に問題があると回答し、2016年度の約8割からさらに増えた。特に技能人材の不足は、現場力を維持・強化する上で大きな課題となる。約3割の企業は、ビジネスにも影響が出ているという。足元で需要が堅調に推移する中、ロボットやIoT(モノのインターネット)による現場革新が急務だ。
経産省製造産業局が17年12月に実施した人材確保に関するアンケートでは、94・2%が人手不足を認識していることが分かった。数値は16年度(16年12月実施)の80・8%から10ポイント以上伸び、深刻さが浮き彫りとなった。回答社数は、約4300社。
経産省は19日に開く審議会で、製造業を取り巻く課題として調査結果を公表する。
また、アンケート回答企業の32・1%が、人手不足により「ビジネスにも影響が出ている」とした。こちらも16年度の22・8%からさらに増え、課題の重大さを物語る。
背景の一つが堅調な市場動向だ。足元で一部変調の兆しはあるものの、モノづくりの需要は総じて高水準に推移。
ある機械部品メーカー経営者は半導体市場の拡大などに触れ、「人がもっといれば売り上げを増やせる」と唇をかむ。
打開策としてロボットやIoTに期待がかり、経産省も導入支援に動く。だが、「どうしても人でないと難しい工程がある」(同じ経営者)のが難点だ。それでも、超高齢化社会の中で労働力の増加は望めない。
製造業は属人的な工程をいま一度見直し、モノづくりを抜本的に変える必要性に迫られている。 
 
 
 

 

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産業別就業者数
産業別就業者数(男女計、就業者数計=6,664万人、2018年平均)
 
産業別就業者数(男性、就業者数計=3,717万人、2018年平均)
 
産業別就業者数(女性、就業者数計=2,946万人、2018年平均)