金子(きんす)のこと 家老に任せてござる 

お江戸あずかる 大大名
格式第一  恥ずかしい振舞いはできぬ
お籠も 動く差配所にござる

偶(たま)の物見遊山 家来も家族 大事にしておる
金子のことなど 家老に任せてござる
疑念のこと 大目付に任せる覚悟でござる


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
説明責任“丸投げ”で時間稼ぎ 批判軽視のツケ 5/20
自らの政治資金に関する疑惑について、「第三者の目で厳しく見てもらう」と、一切の説明を先送りにした舛添要一知事。説明責任を果たしたとは言いがたく、批判が収束するまでの時間稼ぎにほかならない。弁護士に「公正な調査を依頼する」と述べ、報酬については自らのポケットマネーから出すと説明したが、人選は自ら行うともしており、調査の中立性にも疑問符が付く。一連の疑惑は高額な海外出張費への批判をきっかけに噴出した。当初は「ルール通りにやっている」と出張費の正当性を主張していた舛添氏。批判の声がやまないとみると、「事務方に任せていた」と責任を押しつけ、縮減策も都職員でつくる検討チームに“丸投げ”してしまった。私的な飲食費などの計上は「会計責任者の勘違い」と釈明し、弁護士に説明責任を丸投げした今回の構図と重なる。「私は都民の信頼を失っている」。舛添氏は会見で、自らの言葉が都民に届かないことを嘆いたが、相次ぐ批判にも「都民って、だれですか。1350万人もいる」と述べ、真摯(しんし)に向き合わなかったツケが回ったとしか言いようがない。都民の信頼を失い、語る言葉を失った政治家は、果たして「政治家」と呼べるのか。疑念を払拭できなければ、“決断”を迫られる日も遠くはないだろう。 
 
大目付
江戸幕府及び諸藩の役職の一つ。古くは惣目付(そうめつけ)、大監察(だいかんさつ)とも呼ばれた。
江戸幕府では職制上は老中の下に属し、大名・高家及び朝廷を監視して、これらの謀反から幕府を守る監察官の役割を持った。江戸時代初期には柳生宗矩のような大名からも選ばれていたが、後に石高3千石から5千石級の旗本の中から選ばれるようになった。大目付は、旗本の職の中でも江戸城留守居・御三卿家老に準ずる最高位とされた。そして、旗本でありながら万石級(大名)を監視することから、その在任中は万石級の格式を与えられ、「○○守」の官位が叙任された。江戸時代中期になると、従来の監察官としての色彩よりも伝令(幕府の命令を全国の大名に伝える役)や殿中(江戸城中)での儀礼官としての色彩が濃くなり、名誉職・閑職とみなされるようになっていった。また、兼帯といって道中奉行・宗門改役・鉄砲改役など5つの役を兼任した。定員は5名。道中奉行を兼帯する大目付は5人の中では筆頭格である。また、京都所司代・大坂城代等と同様に将軍を代理する立場にある。若年寄に属する目付の上位に位置し、権威だけはますます強くなった。  
 
大名行列
江戸時代、大名が参勤交代などの公の外出のときに整える行列で、定められた儀衛をそなえたもの。家格・石高・時代によって異なるが、普通、先払い・髭奴・金紋先箱・槍持・徒士・籠・馬回り・近習・刀番・簾番・草履取り・傘持・茶坊主・牽馬・騎馬供・徒士の順で構成。
 
 

 
2016/5