気違い放飼いサファリパーク社会

気違いが幼子5人を殺した 
 
学校の門を閉める 
警備員を配置する 
防犯カメラ・非常ベルを設置する 
ボランティアが通学路を巡回する 
役所はバックアップの予算をつける 
 
健常者が檻に入って 
気違いを野放しにする話ばかり 
 
健常者が安心して働ければ 
気違いの人権も守れる社会が創れる 
人権にも順序があってよい 
「人権」避けてお金で不況対策か


   
象の鼻 
窓を開けてサファリパークに入った 
好奇心か象が鼻を入れてきた 
あわててパワーウインドーを閉めた 
鼻を窓に挟んでしまった 
象はあわてた 
緩めて離して急発進
   
檻 
動物を囲う・飼う 
罪人を囲う・更正させる 
監禁
 
檻とは健常者が入る安全地帯 
サファリパーク社会が良い社会
   
人権 
権利は皆にある 
殺す側にも 
殺される側にも
 
不運 
殺され損 
死人に口なし 
気違いに弁護士 
これが良い社会
   
役人 
予算 簡単だお金・税金で解決 
人権 面倒だ手をつけない 
気違いを檻に入れる 面倒だ手をつけない 
健常者 がまんして気違いと付合え
 
役人の子供 
弁護士の子供 
新聞屋の子供 
でも殺されないと無理か
 
ついに新聞屋の子供が殺された 
普段の木鐸がじゃまして本音も言えない 
方向転換する良い機会なのに 
かわいそう 
2004/5
 
 

 
2003/2004

 
気違い
本来は発狂した人間、端的に状態が著しく常軌を逸した人間。漢字では気違い、気狂い、瘋とも表記する。気が違う、気が狂う、キ印、狂人とも表現する。動詞にすると、「気違いじみる」(自上一)などと使われる。転じて統合失調症患者、知的障害者、または理性が欠如した者に対する、俗称として使われる。現代社会において、差別用語とされる。  
江戸時代に精神病の呼称として平安時代からの「物狂い」に加えて「きちがひ(幾知可比)」としてこの言葉が生まれた。当時の公文書、少なくても仕置に関する公文書(たとえば判例集の御仕置裁許帳)では、江戸時代はじめ1670年代から1680年代までは「気違」が使われていたが(のちに「乱気」や「乱心」が使われるようになる)、罵り言葉としてもしばしば使われる一方で、「○○キチガイ」といった表現は「○○愛好家」「○○マニア」といった肯定的な意味で使われている。  
テレビ等の日本のメディアで使用が忌避される単語だが、特に法律で使用が禁止されているわけではない。特に1970年代ごろまではテレビや書籍、漫画などのメディア媒体や一般の会話でも日常的に使われていた。1974年以降一時期、統合失調症、気分障害などの精神障害者の家族らで構成される精神障害者家族会の会の一部から、家族は萎縮し、回復治療期に、テレビ・ラジオでこの語を聞いた精神障害者がショックを受けることにより、治癒を妨げる等の医学的根拠を理由に大阪の各放送局が激しい抗議を受けたことが発端となり、以降使用自粛につながった。テレビ・ラジオを一日中モニターする体制を整え、NHK、民放を問わず、時には団体幹部の独断でも抗議するという激しさであった。このため、現在ではほとんどの放送局で放送禁止用語とされるか、あるいは放送を自粛すべき言葉とされている。これが転化して放送禁止用語=差別用語とみなされるようになった。スタジオには「気違いは禁句」と書いた紙を貼り出して誤って使用したりすることがないように努めている。例えば『新・荒野の素浪人』第22話「くノ一情話」(1974年5月28日放送)でこの語を使用していたため、放送局で最初に抗議を受けた毎日放送では謝罪し、1974年8月からスタジオに「きちがいというコトバは禁句」の掲示板を常設することになった。一般社会においても差別用語とされる。  
現在ではテレビはもちろん、書籍や漫画、一般の会話でも使用されることは減っている。昔の名作ドラマや、アニメがソフト化などされる際によくこの言葉が入っているので、以前はカットされる動きがあったがボイス部分に不自然な空白(無音)が生まれるため、最近では「原作を尊重する」意味で手を加えないことも多くなっている(冒頭に「お断り」のテロップが入る)。昔の漫画や書籍が近年になって復刻される際にも、「きちがい」や「気が狂う」という表記は「気が変になる」「気がおかしくなる」など、比較的穏当な表現に差し替えられるか、全く別のセリフに置き換えられることが多い。ただし、一部の復刻本では「当時の表現を尊重」し、断り書きを載せた上であえてそのままにしている場合もある。現代の漫画や書籍においては「きちがい」と堂々と書かれることはほとんどないものの、「き○がい」など一部を伏字にした上で書かれる例もある。一方当事者らは、一部ではあるが精神障害者患者会やその会員の中には、自らをきちがいを元に造った造語「キーサン」と名乗ったり使用することがある。  
「気」という言葉の意味は日本語的に広い解釈があり(たとえば「病気」「気が弱い」など)、「気」という物の概念の広さから、ほかの人と違う考えを持っている、あるいは若干ずれた考えを持っているという意味も含むという本来の趣旨とかけ離れ、単に世間から見て異常な行動を取る人物、または社会的に容認されない行動、もしくはその人物そのものを指す意味に(悪意的あるいは過剰的に)理解された事情もあり、この言葉を用いることにマスコミ・報道関係が過剰に反応するのはナンセンスであるという意見や、単なる言葉狩りという意見もある。沖縄国際大学の山口真也准教授はJ-CASTニュースの取材に対し、団体が言ってくる言ってこないで対応を変えるのはおかしいとし、差別とは何かをしっかり考えて言葉を使うべきとテレビなどの自主規制の方法に疑問を投げかけている。日本民間放送連盟も同じテーマの取材に答えており、状況に応じて必要があれば使われてもいいはずとした一方、表現で傷つく人もいる以上放送できないのは仕方がないと回答している。  
医学的根拠  
理由の出典元の「封印作品の謎」で記述されている医学的理由の出典元は『「続・差別用語 用語と差別を考えるシンポジウム実行委員会編 汐文社 ISBN 9784811300979』である。関東学院大学法学部教授丸山重威のWebサイト「ジャーナリズム・マスコミュニケーション・世界の平和と私たちの暮らし」の中の『また「戦友」を失った…「ジャーナリスト・江上茂さん」のこと』(2010年2月25日閲覧)によると、「用語と差別を考えるシンポジウム」は1975年に日本新聞労働組合連合、日本出版労働組合連合会、日本民間放送労働組合連合会、映画演劇関連産業労組共闘会、日本放送作家組合、日本俳優連合、放送芸能者協会、全日本視覚障害者協議会の8団体が主催したシンポジウムで、その記録に用語タブーの実態や資料を紹介し、本質的な問題を加えたものが江上茂(ジャーナリスト)と丸山重威が手で出され、その後の「続・差別用語」、「新・差別用語」は実質江上茂が手がけた。  
「続・差別用語」に寄せられた精神科医、吉川修のコメントによると、あくまで毎日放送の説明であって医学的には合点がいかないとしている。第一にこの言葉がストレス、病状悪化、ショックを与えるか否かはその情況によるからで、一般に、自分とは場面や状況で言われたこの「言葉」「音声」が患者の病状を悪化させるとは考えられないとしている。精神病者も軽い調子で使っている。  
抗議団体の実態  
当時、大阪の放送局に対し激しい抗議をした精神障害者家族会の一部の団体の実態は、大阪府や大阪市など行政機関に絶大な影響を持っていた。団体幹部には精神科病院内で激しい闘争を行なっていた経験があり、若い頃から部落解放同盟での活動を行なっている。  
参考  
三河物語  
大久保彦左衛門の『三河物語』に、「波切孫七郎ト申は、無レ隠武辺之者、又ハ気チガ(イ)者ナレバ」とある。三河一向一揆の際に、主君の徳川家康に逆心した家臣を指していたようである。  
趣味  
趣味などに常識を超えて没頭する者のことを「○○キチ」と表現するが、現在ではこれらも望ましくない表現とされている。「オトキチ」「カーキチ」「碁キチ」「雀キチ」「パチキチ」「トラキチ」など。この使用法が一般には浸透しており、侮蔑の意味でもなんでもないため、テレビなどで素人が言ってしまう放送禁止用語としては最もよく見られる。古いテレビ番組や映画などでも顕著に見うけられ、放送ではよく削除されている。例外として「釣りキチ三平」があり、このことから熱烈な釣り愛好家のことを釣りキチ、あるいはツリキチと自称する例は多い。 
【気違・狂気】精神状態が普通でなくない人。物事にひどく熱中すること。マニア。 
気違いに刃物 非常に危険に思われること。 
気違いの水こぼさず 狂人も部分的には正気で思いつめたことは忘れない。 
【気違雨】 晴れたかと思うとまた急に降って来る雨。 
【気違草】 植物「なべわり(鍋破)」の異名。 
【気違沙汰】 狂人のようなとんでもない行動。 
【気違染みる】 狂人のように見える。狂気じみる。 
【気違茄子】 植物「ちょうせんあさがお(朝鮮朝顔)」の異名。 
【気違花】 時節でない時に咲く花。くるいばな。 
【気違病院】 精神病院の古い俗称。 
【気違日和】 晴雨の定まらない不順な天候。 
【気違水】 酒。