【錦】美しくうるわしいもの、秋の紅葉。 
錦の御旗 他に対して自己の主張などを権威づけるものとしてかかげる名分。 
錦を飾る/錦を着て故郷へ帰る 立身出世して故郷へ帰る。 
故郷へ錦を飾る 故郷を離れていた者が、立身出世してはなやかに故郷に帰る。 
錦を着て夜行く 成功しても知人にその姿を見せなければ甲斐がない。 
闇の錦 他事には少しも心をかけない。 
闇夜の錦 無駄なこと、やっても意味のないこと。 
夜の錦 夜、美しい錦の着物を着ても誰も見る人もなく一向に映えないこと。甲斐がないこと。 
綴れの錦 乞食などのまとうぼろのことをからかっていう。 
錦の袋に糞を包む 外観が立派なのに内容が伴わない。
錦を衣(き)て夜行くが如し ( 錦を衣て夜歩くが如し[ =着て〜] ) 
立身しても故郷に帰らないということは、錦を着たのに誰にも見られないのと同じで、甲斐がないことである。故事/「漢書−項籍(項羽)伝」「富貴不帰故郷、如衣錦夜行」楚の項羽が関中を手に入れたとき、韓生(かんせい)が、そこ を都とすることを勧めたが、項羽は帰郷の心が強く、それを否定して言ったことから出た言葉。 
 
有名な鴻門の会があってから数日後のことである。劉邦と、秦都咸陽の一番乗りを争って、ついに目的を達した項羽が、ニコニコ顔で咸陽に入城していた。そして、このとき、かれは、劉邦と対照的な性格をよく示した。 
まず、劉邦が助けた秦王の子嬰を殺してしまった。それから、秦の宮殿を焼きはらった。三日間、燃えつづけたというその火を酒の肴に、かれは女を抱いて戦勝を祝った。また始皇帝の墓をあばいた。劉邦が封印しておいた財宝をうばい、秦の美女を手に入れた。そして、よく東の空を眺めるのだった。 
せっかく、帝王への第一歩をふみ出しながら、自らその足元を崩していくような、そのやり方をみて、謀将の范増がいさめても、かれは聞かなかった。長い戦いの後で、かれは望郷の念にかられていた。そこで、秦から奪った財宝と美女をことごとく収めて、故郷へ帰ろうとしたのである。韓生というものが、これをいさめた。 
「関中は、山河を阻隔し四面塞絶し、地勢堅固なうえ、地味もゆたかですから、ここに都をおいて天下に覇をとなえ、諸侯に号令すべきです。」 
しかし、項羽の目に映った咸陽は、焼け落ちた宮殿、さんざんに破壊されて、荒涼たる焦土と化した瓦礫の山であった。それよりも、早く故郷に帰って、自分の成功を誇示したかった。東の空を眺めて、かれは言った。 
「富貴にして故郷に帰らざるは、錦を衣て夜行くが如し、誰かこれを知るものぞ。」 
いくら立身出世しても、故郷に帰らなければ、このさまを故旧に知らせることができない。そう思って、項羽は諫止を聞入れなかった。 
韓生は、項羽の面前を下がると、人に言った。 
「楚の人は、沐猴(さる)にして冠するのみ、といわれているが、なるほど、その通りだった。」 
(猿は冠や帯をつけても、長くは我慢していられないことから、楚人の性格が狂躁で粗暴なことにたとえたもの。) 
これが、項羽の耳に入り、韓生は即座に煮殺されてしまった。こうして、項羽は一時の成功に酔い、富貴を故郷の者に誇示しようとして、やがて天下を劉邦に奪われたのだった。だが―、「錦を衣て夜行くが如し」―錦を着ても、知る者がない、自分の出世を知らせたい。項羽のこの言葉は、どこか人間通有の弱点を示していた。 
そして、この言葉から、「錦を衣て故郷に帰る」「錦を衣て昼行く」(「三国志」魏志)―立身出世して故郷に帰る―という言葉まで生まれた。項羽は所詮、帝王の器ではなかった、そう書いた史家も、やはり項羽のことがどこか気になったことであろう。 
「錦を衣て夜行く」は、「漢書」の「項籍伝」の記載で、「史記」の「項羽本気」では「錦」を「繍」(刺繍した美衣)に作っている。 
   
花の錦 花の美しいのを錦に見立てる。 
紅葉の帳 一面に紅葉して錦のようであるさまを帳に見立てる。 
紅葉の錦 紅葉の美しさを錦に見立てる。 
秋の錦 秋の紅葉の美しさを錦に見立てる。 
春の錦 春、百花が美しく咲いているさまを錦に見立る。 
昨日のつづれ今日の錦 この世の栄枯盛衰の激しさ。 
情けの錦 美しい情愛を錦にたとえる。 
錦上に花を添える 美しい物の上に更に美しい物を加える。 
草の錦 紅葉した草を錦に見立る。
   
【高麗錦・狛錦】高麗風の錦、多くが紐や剣を入れる袋、畳の縁などに用いた。 
【大和錦・倭錦】奈良時代の唐風な錦に対して平安時代以後日本で織った錦。 
【繧繝錦】錦の一種で文様の周囲を各種の色でくまどった様式の総称。近世は赤地に黄、緑、青、紫など二種類以上の色糸を横糸として用い、ひし形、棒縞などの文様を織り出した織物をいう。天武天皇の頃に始まり装飾および畳縁地に用いられる。 
【東京錦】中国から渡来し、のちにわが国で模倣して作った錦。 
【唐錦】唐織りの錦。紅色のまじった美しい模様をしているので紅葉などにたとえて用いることが多い。 
【紅錦繍】赤色の錦の縫いとり。赤地の錦で縫いとりをした敷物。もみじなど、あざやかな紅色をしたものの形容。「紅錦繍の秋の色」 
【蝦夷錦】紺、赤、縹色などの緞子地に、色糸と金・銀糸とを交ぜ用い、雲竜などの模様を織りだした錦。もと中国産で満州樺太を経て北海道に渡り、日本にもたらされた。
   
【佐賀錦】紙に金箔を張って細く切ったものを縦糸にし、絹の色糸を横糸に織り込んで、幾何学文様や絵模様を織り出した手織りの錦織物。江戸中期、佐賀鹿島藩の鍋島家の殿中での創始。 
【木綿錦】縦糸に絹、横糸に木綿を用い、絵緯を押さえる搦み糸に本絹糸を用いて、糸錦風に織った織物。 
【小車錦】牛車の形を織り出した錦。黒地に黄糸で織り出すものと黄地に黒糸で織り出すものとの二種。伊勢神宮の御衣に用いる。 
【上代錦】わが国で七、八世紀に行われた錦。法隆寺、正倉院に伝えられたものが現存。中国から伝わった技術で、経錦・緯錦の二つの型がある。
  
【綴錦】強く張った縦糸に太い独楽撚の絹糸を一本、横糸にはもっと太い彩糸を三本という割合で構成し、花・鳥・風物・人などを織り出した錦。ふつうは平織で、遺品は上古にも見えるが、近世京都西陣で初めて製作され特産となる。 
【錦上織】綴錦の一つ。文様を平、綾、繻子などの種々の組織に織り出したり、縫取り模様にしたりすること。京都西陣の特産。 
【蜀江模様】 京都の西陣で織り出す、蜀江の錦に似た模様。 
蜀江の錦 上代錦の一つ、横糸に色糸を用いて文様を表した錦で、赤地に連珠文をめぐらした円文の中に花文、獣文、鳥文などを織り出したもの。奈良時代、中国から渡来。法隆寺に現存。
   
【紅錦】紅色の錦。 
【錦帯】錦で織った帯。 
【東京の茵】寝殿の座臥用の調度の敷物。東京錦の縁をつけた方形の茵。 
【赤地】地色に赤を用いた織物、工芸品。転じて、赤い色の下地。 
赤地の錦 赤い色の厚手の絹織地に、金糸銀糸で模様を織り出したもの。 
【錦機】錦を織るはたおり機。錦の織物。 
【小紋】錦、綾などで細かい模様を織り出したもの。 
【十三階】古代の位階制度。大織・小織・大繍・小繍・大紫・小紫・大錦・小錦・大青・小青・大黒・小黒・建武の一三の位階の総称。冠位十三階。
  
【礼服】即位、朝賀などの大礼に参列の諸官が着用する服装。その具には玉冠、大袖、小袖、単、表袴、大口袴、裳、綬、玉佩、笏、錦下沓、烏皮履などがある。天皇をはじめ五位以上の男女官人の着用したもの。 
【錦心】錦のように美しい心。 
【錦色】錦のような美しい色。 
【錦上】錦の上。美しい物の上。 
【綾錦】美しい衣装やぜいたくな衣服。 
【錦絵】浮世絵の多色刷り木版画の総称。精巧な技術により多くの色を正確に刷り分けて、錦のような美しいいろどりを示す。 
【平袈裟】錦、金襴または金紗で作り、他色を交えないで一色で仕立てた七条の袈裟。 
【文目】物事の論理的な筋道。物事を順序立てて考えること。
   
【西陣】(応仁の乱の際に西軍の山名宗全が陣を置いたところから)京都市上京区新町通以西千本通に至一条通以北の地域の総称。 
【錦帯橋】 山口県岩国市、錦川の下流にかかる橋。五連のアーチ型で木造。延宝元年岩国藩主吉川広嘉の創設。 
【西陣織】京都西陣の地で産する織物の総称。錦、金襴、繻子、緞子など精巧な高級織物。 
【花錦】花の美しいさまを錦に見立てる。 
【錦光山】京都粟田の陶家、製品。 
【錦字】女から男に贈る恋文。 
【錦袋円】江戸時代、江戸下谷池の端の勧学屋で売り出した丸薬の名。痛み止め気つけ毒けし。
  
【錦袋子】江戸時代、中国・明から渡来したという秘薬。万病にきくとされ、元禄年間に盛んに用いられた。 
【錦卵・錦玉子】和風料理の一つ。ゆでた卵を卵白と卵黄に分けて別々に裏ごしして味をつけ、好みの形に二段につめて蒸した料理。 
【銀襴】錦地に銀糸で模様を織り出した織物。 
【銀襴手】錦手に銀彩を加えた磁器。 
【錦縁】錦を用いた畳の縁。 
【延命袋】福の神が持っているという宝物の一つ。腹部をふくらませ口をくくった形の錦の袋。 
【大和表具】わが国の正式の掛物の表具。元来、神像・神号・宸翰などに用いられた。上・中・下とも大高檀紙で一文字は大和錦を用い、風帯は麻を組んだもの。大和表装。 
【薩摩錦】マダラガ科のガ。

  
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