口説きの伊呂波(いろは)

 
  
四十八文字いろはの口説き 女の性(さが)は三つ顔をもつ  
ひとつ幼い ねんねのお面  
ふたつ香し(かぐわし) 女人(にょにん)のお面  
聞いてください この思いの丈を  
三つ噛みつく 鬼夜叉の面   
四十八文字いろはの口説き 聞いてたしなめ世の男ども
  
  
色に染めてね 貴方の好きな  
路地ばたに咲く 真っ白な花  
肌に感じる 似た者同士  
似合いの二人 顔すり合わす 
惚れた弱みで みな目をつむる  
下手なあいづち 指からませる  
問わず語りか 私独り言  
   力のかぎり 強く抱きしめて  
   律儀に守る 心の扉  
   拭いきれない 心の乱れ  
   流転もさだめ 初めての恋  
   女になるわ 振り返らない
  
  
私貴方を すべて独り占め  
勝気な女 内気を隠す 
選り取り見取り 貴方の好み 
立てば芍薬 歩む百合の花 
蓮華の花で 二人の世界 
そばにおいてね 何時いつまでも  
   つきまといたい 煩わしいか 
   ねんねじゃないわ 感じる移ろい  
   ない物ねだり あきらめました  
   埒もないこと 皆放り出す  
   無理な願いが 女にさせる
  
 
浮かれ一時 何も見えぬ 
今に生きるわ 貴方放さない  
野辺を埋める 真っ赤な花  
女の性は 炎に燃える  
悔しいけれど  追いかける  
やっと出会えた 大好きな人  
負けたくないが 優しさに負ける 
   今朝は一人か どこへ行ったの  
   振り返らない 面影ひとつ  
   声が聞こえぬ ささやき言葉  
   笑顔も消える 別れの時か  
   手の冷たさが 鬼夜叉にする
 
 
愛の終わりは きっと来るもの  
避けたいけれど 潮時が来る 
季節も終わり 木枯らしが吹く  
夢も覚める 温もりはない 
目と目をそらす 心すれ違い  
身から出たさび 紅葉を散らす 
静かになんか 私死ねないわ  
   遠慮いらない 行ってください 
   一人に慣てる また人探し 
   もうお別れね 消えてください  
   背中を向けて 涙のみ込む 
   過ぎた思い出 思い出を消す  
運命ね
 
 
ひとつ言葉で真心伝え 似合の二人思いを語れ 
見つめて強く手を握り締め 死ぬる思いを温めて(ぬくめて)示せ 
何時か芝居花見に舟遊び 無理は言いわけ茶屋飯食わせ 
七宝届けよ櫛とかんざし 八重の願いがさし叶うもの 
苦労お披露目親類縁者 嫁ぐ白無垢角隠し見よ 
百年の恋気を引き締めて 千にひとつも浮気をするな 
万にひとつも願えば叶う 億土はいずこ二人で歩め 
蝶(兆)よ花よといついつまでも
 
 

 
2012/9  
 
 
角隠し 1  
和式の婚礼の儀において、花嫁が文金高島田(ぶんきんたかしまだ)と呼ばれる、日本的な高い髷(まげ)を結った髪の上に、頭を覆う形で被る帯状・幅広の布を言う。(長方形型の一枚の布を、前ひさしを覆うようにして付け、後ろにまわして髷のところでとめる。)素材は白絹であることが多い。  
白無垢(しろむく)・色打掛(いろうちかけ)のどちらに対しても用いることができるが、最近では白無垢には綿帽子(わたぼうし)と呼ばれる頭部の数倍の大きさの楕円状の帽子を、色打掛には角隠しを用いることが多い。お色直しを経て、1度の式でそれぞれ両方を着ることもある。  
目的  
様々な由来(後述)が諸説紛々であるためにはっきりしないが、現在では俗説として次の2つが言われることが多い  
女性が嫁入りするにあたって、怒りを象徴する角を隠すことで、従順でしとやかな妻となることを示す。  
かつて女は嫉妬に狂うと鬼になると言われていたため、鬼になることを防ぐための一種のまじない。  
由来  
角隠しは江戸時代後期〜明治初期にかけて広まった風習であり、その由来については様々な説がある。  
『七十一番職人歌合』に記されているように、室町時代の米売りや餅売りの女性たちは、桂包(かつらつつみ)または桂巻(かつらまき)と呼ばれる白い布を被っていた。これは頭部に商品を載せて運ぶため、髪が商品を汚さないため、あるいは髪を汚さないようにするためなどの目的があったと考えられる。この桂包または桂巻が起源になったとする説。  
隆房卿艶詞絵巻に描かれているように、鎌倉時代以前より高貴な身分の女性が外出する際には、頭の上から身体をすっぽりと覆う被衣(かづき)と呼ばれる袿(うちぎ)あるいは薄い衣を、袖を通さずに被っていた。室町時代になると、小袖の襟を前に下げた形で用いられるようになり、この被衣が起源になったとする説。  
浄土真宗において、寺を参る際に女性は髪の生え際(すみ)を隠すとされていた。これを「すみかくし」といい、黒い布で頭を覆う形であったが、婚礼にも用いられるようになり、角隠しと呼ばれるようになったとする説。  
江戸時代後期に歌舞伎役者の格好を見た女性達が真似をし、広まったとする説。  
 
角隠しの語源・由来 2  
江戸時代、能楽で女の生霊が嫉妬で鬼形になることから、また怒りの形相が角を生やした鬼に似ていることから、「つの(角)」という語は女性の嫉妬や怒りのたとえに用いられた。  
角の意味から見た場合、被る目的は花嫁の嫉妬心を抑えるためで、語源もその意味からと考えられる。  
しかし、角隠しを被る風習の由来については諸説ある。  
風習の由来を元に見た場合、このような物を被る習慣が先にあり、顔のすみ(角)を隠すところから「すみ隠し」と呼ばれていたが、「つの」と関連付けられ「つの隠し」に変化したとも考えられる。  
 
角隠し 3  
浄土真宗門徒の女性が報恩講の参詣に用いた被り物です。幅およそ12cm、長さ72cmの白絹を前髪にかぶせ、左右を二つ折りにして、髷の後ろ上で留めるものでした。現在では、婚礼のときに花嫁がかぶる頭飾りとして広く知られています。  
女性は嫉妬に狂うと角が生えて鬼になるという言い伝えから、鬼になるのを防ぐために、結婚式でかぶるようになったといいます。また、角隠しには「角を隠して夫に従順に従う」という意味が込められているそうです。花嫁が被り物をかぶるのには、元々長い髪には霊力が宿るとされていたため、新しい家に嫁ぐ際に、災いを一緒に持ち込まないようにするという考えもあったといいます。そのような様々な考えや防寒の目的で、角隠しが花嫁衣裳のひとつとして今日まで残っています。  
 
角隠し 4  
角隠し(つのかくし)は、和式の婚礼の儀において、花嫁が文金高島田(ぶんきんたかしまだ)と呼ばれる、日本的な高い髷(まげ)を結った髪の上に、頭を覆う形で被る帯状・幅広の布を言う。(長方形型の一枚の布を、前ひさしを覆うようにして付け、後ろにまわして髷のところでとめる。)素材は白絹であることが多い。  
白無垢(しろむく)・色打掛(いろうちかけ)のどちらに対しても用いることができるが、最近では白無垢には綿帽子(わたぼうし)と呼ばれる頭部の数倍の大さの楕円状の帽子を、色打掛には角隠しを用いることが多い。お色直しを経て、1度の式でそれぞれ両方を着ることもある。  
角隠しの由来には数多くの説ある。  
角隠しには「角を隠して夫に従順に従う」という意味が込められている。その昔、女は嫉妬に狂うと角が生え鬼になる、という言い伝えがあり、鬼になるのを防ぐおまじないとしてお寺に参る際に角隠しをかぶったことが由来とされる説。  
「桂巻き」と呼び、その女性たちの事を「桂女(かつらめ)」と呼んでいた。桂女はいわゆる巫女のような存在で、祝い事などがあると出向いて行き、祝い言を述べたり、お祓いなどをしたりしていた。また、位の高い人が行う「結婚の儀」の際にもお供として付いて行った。後に結婚式を挙げる側の女性が被る衣装となっていったとされる昔、宮中に仕える女性が髪の毛を長い布で包み上げ、前で結んでいた巻き方を  
神に仕える聖女は白ずくめの装束で、角隠しもその一つとして考えられ、結婚式でも神を祭る際にこれを着用したという説。  
結婚する相手以外に顔を見せないという習慣によるもの。  
昔、女性が外出する際にほこりよけとして髪を覆ったものが花嫁衣裳にも取り入れられたとされる説。  
髪の毛の不浄を隠すためにつけたもの。長い髪の毛には霊力が宿ると考えられており、新しい家に嫁ぐ際に災いを一緒に持ち込まないようにとされたもの。  
元々「角」という言葉には古代の子供の髪型の「あげまき」という結髪をさす意味がある。情勢の結髪が室町後期から安土桃山時代にかけて定着したときに結髪と角の関係も受け継がれたと考えられる。これが現代に受け継がれて角隠しの由来になった説。  
角の字には「額(ひたい)の骨」の意味があり、頭部にかぶる白い布が「額を隠す」様子から角隠しと呼ばれたという説。  
「角」とは顔の「すみ」のことで、髪の生え際を隠すことから「角(すみ)かくし」と呼ばれていたものが角隠しに変わったという説。  
これだけの説があるということは、はっきりとした由来は分からないということだと思います。  
角隠しの歴史  
室町後期から安土桃山時代にかけての武家婦人の外出着に、小袖を頭から被って着る「被衣(かづき)」が現れる。これが角隠しの起源となる。次第に、江戸時代の「綿帽子(わたぼうし)」真綿で作られたもの、「練帽子(ねりぼうし)」練絹という精練した絹で作られたもの、幕末頃から明治にかけて「揚帽子(あげぼうし)」今の角隠し、へと変化していった。  
尚、能面の般若は女性の怨霊を表現する面といわれています。  
 
「職人歌合」に描かれた女性たち  
宮崎監督は室町時代の女性について、以下のように語っている。  
「女達も『職人尽しの絵』にあるように、より大らかで自由であった」(演出覚書)「街頭で物を売っているのは女たちです。男と女の力関係のようなものは、江戸時代に作られた関係がいつの時代でも同じだと思い込んでいるところがあるんですけれども、室町時代の女たちはもっと自由でかっこいいですよ。」(九七年三月十日、制作発表記者会見での発言)  
「職人尽絵」とは、十六世紀中期(安土桃山時代)以降の作品で、職人たちを描いた屏風絵などであるが、監督の指すものは中世に描かれた「職人歌合」のことであろう。室町時代には著名な『三十二番職人歌合』『七十一番職人歌合』の二作品がある。それぞれ室町時代の中・後期に描かれ、様々な職人たちが職業に則した歌を交わす構成となっている。『七十一番職人歌合』には、何と百四十二人もの職人が登場する。しかも、女性が大変多い。作中に登場する女たちの性格や衣裳は、この絵巻に触発されたものと言える。  
作中に登場する米売やタタラ場の女たちは、皆頭に白い被物をしているが、これも史実と一致している。白い被物は「桂包」または「桂巻」と呼ばれるもので、その起源は桂女の格好である。  
桂女は、元は鵜飼であったが、何らかの理由で芸能民に転じたとされる。鵜は、水に潜って魚を捕ることから「水=神界」と「地上=俗世」を繋ぐ聖なる鳥と考えられており、鵜飼も神の使いとして扱われていた。桂女は特殊な結び方の白い布を頭に巻いて、その上に鮎を入れた桶を乗せて売り歩いていた。これが、市庭に出入りする女性商人に広まったらしい。これは遍歴民女性特有のスタイルだったようだが、後世の花嫁の「角隠し」の起源となったとも言われている。  
作中の女たちが着ている身幅が広く袖が短い着物は、「小袖」と言われるもので、質素で活動的な生活に適していて無駄がない。また、エボシ御前が着ている扇模様の染め抜きを施した小袖は、扇売が多用した「扇散らし」と言う染型である。これらは、中世の女性職人の典型的なファッションである。  
なお、織豊政権期から近世以降の「職人尽絵」では女性職人が激減していることから、女性の社会的地位が他の遍歴民と共に下がってしまったのではないか、とする説もある。  
 
 
角隠しと綿帽子  
和装なら、角隠しか綿帽子でしょう。女性が文金高島田という高い髷を結ったときに頭を覆うように被ります。白無垢、色打掛けどちらにでも使うことが出来ますが、最近は白無垢に綿帽子、色打掛けに角隠し、というスタイルが多いよう。  
「角隠し」という名前の由来には諸説ありますが、「怒りを現す"角"を隠すことで、従順でおしとやかな妻となります」という事を宣言する意味、また、昔女性は嫉妬に狂うと「鬼」となるといわれていたので、それを防ぐの一種のおまじないとして用いられる、などという説もあります。  
豪華なかんざしをつけてとても華やかに見えます。色打掛との相性は抜群です!  
女性が文金高島田という高い髷を結ったときに深く被る白い布の事を言います。綿帽子と角隠しには格の上下はありませんが、基本的に綿帽子は白無垢のときに用います。  
起源は室町時代の女性の外出着といわれていますが、時を重ねるにつれて海外の文化であるウェディングドレスのベールと同様に、「挙式が終わるまで新郎以外の人に顔を見られないように」という風習が取り入れられ、和装の結婚式の風習もだんだんと変化していったといわれています。  
綿帽子をつけるのは挙式のときのみで、祝宴のときには外します。  
暑い時期には涼しげな素材で作られた綿帽子もお目見えするので、暑いときでも安心!  
最近は、オーガンジー素材の綿帽子など、個性的なものをも増えているので、個性を求める方はぜひお試しあれ!  
 
 
神前式では綿帽子又は角隠しを 
神前式での挙式は、綿帽子又は角隠しを必ずつけることが慣わしとなっています。  
この綿帽子や角隠しには様々な意味や思いが込められています。  
綿帽子は浄化と神聖化するという意味があり、魔よけのために被ったとも言われています。角隠しもさまざまな由来や意味がありますが、よく知られているところでは、嫉妬心から女性が鬼になることを戒めるためだとか。(昔は嫉妬に狂った女性は鬼になると言われていたそうです。)  
また昔の日本の風習で、結婚相手以外の男性に顔を見せないという慣わしからきているともいわれています。だから伝統的な神前式では綿帽子又は角隠しを付ける習慣があり、披露宴では外すことになっているのでしょう。綿帽子は白無垢のときだけ許されていましたが、最近は色打掛でもつかえる同色の綿帽子もあります。黒引きを着て、ヘアスタイルは洋髪にするコーディネートも流行っていますが、神前式を行うなら角隠しを合わせましょう。  
今、流行の神前式といえども、慣わしを知っているのと知らないのでは大違いです。沢尻エリカさんだって、綿帽子代わりのようなユリのヘッドドレスをつけたぐらいですから!日本のトラディッショナルな部分にも敬意を示しつつ、自分らしい和装花嫁になってくださいね。  
 
白無垢に角隠し  
白無垢は綿帽子が正式ですか?本当は角隠しはダメなのですか?白無垢→綿帽子(白)又は角隠し赤無垢→綿帽子(赤)又は綿帽子(白)又は角隠し色打掛→角隠し振袖→角隠し上記のように認識していました。私は結婚式に白無垢を着ます。その時、綿帽子ではなく、角隠しを付ける予定でした。しかし、ある場所で「白無垢には綿帽子が正解で、角隠しは間違い」と記載されていました。どこで読んだのか覚えていないのですが、気がかりになっています。白無垢に角隠しをしている人はたくさんいますが、本当は間違いなのですか?  
 
婚礼衣裳業をしています。伝聞やネット情報は間違ってたりする場合があります。とくに婚礼衣裳などは時代とともに移り変わりしてゆきます。伝統を継承するだけではなく、未来も考え発展していくものだと思います。  
綿帽子も角隠しもどちらも正式です。綿帽子はもともと江戸時代の身分の高い女性の外出のときに防寒や塵よけでした。それを白無垢のときに使用したのが始まりです。しかし、今では羽二重やちりめんのほかに紗などさまざまなものもあり夏場の挙式にも綿帽子は使用します。  
角隠しは歴史はもっと新しく明治時代以降に登場したといわれています。当時結婚式といえば黒振袖が一般的だったことからほとんどが角隠しをしていました。よく言われていることが、結婚式や嫁ぎさきでの花婿の前で角をださぬようにといわれたりします。また戦前くらいまで一部の地域では姑さんも角隠しをして婚礼をする地域もありました。また、かつぎという両手で頭をを隠すようなものもあります。これが綿帽子の原型ともいわれたりもします。  
 
角隠しって知ってる?  
お嫁さんが頭に付ける白い帯だけど、何故あれを[角隠し]って言うのか?嘘みたいな話だけど、女性には角があるという共通認識があって、『角があることを分かった上で結婚するのよ、その角を隠して結婚式を上げているんだ。』と再認識し合っているのです。(日本の昔の人は賢い・偉い!)  
では外国には(角隠し)の認識は無いのか?  
私の知る範囲では、その認識はほとんど無い、あるとしてもさりげなく、『怒ると恐い、見境が無くなる、ヒステリーは女性の特権で、男はひたすら耐えろ』と、随筆などで(ポロっと)言うだけらしい。  
少なくとも、結婚式という晴れの舞台で、わざわざ「女には角があるのよ」と皆で確認し合う習慣は国外には存在しないようです。  
結婚式での角隠しの習慣はないけど、社会生活の中でそれを習慣として戒めている(制度化してる)ものはあるようです。  
例えば、イスラム教で、女性が黒い服を身に着けると同時に顔全体を目だけ出すだけで頭全体に黒い布で覆うでしょ、あれも角隠しと似たような意味を持っているかもしれない、なんて考えるのだけど、どうだろうか?  
もう一つ面白いことがある。悪魔とか鬼に性別があることです。  
小悪魔とは、女性にしか使わないでしょ。小悪魔は女性の代名詞であって、多かれ少なかれどの女性も持っており、少しだけ小悪魔性を発揮する女性は「可愛い!」と男性の眼には映るらしいから始末におえない!  
これに対して、大悪魔は、ほとんどの場合、男性に対して使われるらしい。  
ですから、稀に女性の大悪魔が居た場合には、わざわざ「女の大悪魔」とか「女大悪党」とか「妖女」とかいう言葉を使う習慣が定着しています。  
更に、鬼は大体に於いて性別は男性ですが、鬼の名前で女性名刺があります。それは、夜叉(ヤシャ)ですね、あれは日本国では女性ということになっている気配があります。元々はインドの猛悪な鬼神だそうですが、そのインドで性別があったのかどうか、私は知りません!  
もう一つありました。仏教関係者からはお叱りを受けるかもしれませんが、般若(面)も鬼女の面ですから、般若は女性名詞かも。