中華料理

調理法味付け切り方海老蟹類野菜魚貝材料冷菜揚げ物あんかけ鍋で焼く蒸す煮るゆでる菜譜(メニュー)茶宴料理・・・
調理法 
    絶えずかき回しながら炒める 
  炒菜・生炒/200度以上の油で油通した後素早く炒る 
  滑炒/強火で手早く炒める 
  乾炒/小量の油でこげめのつくまで揚げて炒める  
  炒飯 チャーハン 
  炒海瓜子 あさりの炒め 
  清炒海螺 つぶ貝とアスパラの炒め 
  清炒魚片 白身魚のあっさり炒め 
  炒北寄貝 北寄貝のあっさり炒め 
  炒絲瓜 ヘチマの炒め 
    料理関係で色々な意味に使われ 
  焼飯/ごはんを炊く 
  焼水/お湯を沸かす 
  紅焼/まず油に炒めてから調味料を入れ、水を加えゆっくり煮つめる 
     醤油と少量の砂糖を使って味付けし片栗粉でトロミをつけた料理法 
  乾焼明蝦 大正海老のチリソース 
  乾焼蝦仁 芝蝦のチリソース 
  乾焼伊府麺 生姜・葱風味かわり焼きそば 
  紅焼魚翅 フカヒレの姿煮 
  紅焼豚脚 豚足の醤油煮 
    蒸す 
  青蒸/魚の一匹のまま蒸す時などに使う 
  蒸冬節丸 中に海苔とかアサリを入れてサツマイモで作った皮で包んだ芋団子 
  清蒸魚 蒸し魚、魚はあかはた(紅斑魚)、メジナ、石鯛など
  
    少ない油でこんがり焼く 
  生煎饅頭 小籠包を焼いたようなもの 
  煎荷包蛋 目玉焼き 
呑    たくさんの油で揚げる 
  砂鍋雲呑鶏 ワンタン入りチキンスープ 
  菜肉雲呑 昔懐かしいラーメンのスープ味 
  鮮蝦炸雲呑 エビの揚げワンタン 
    普通は主材料を煮えたぎった油の中に入れ、強火で炒める 
  油爆/いちど湯や油で火を通し再び熱い油で炒める 
  醤爆/油でかるく揚げてから中国味噌で炒める 
  塩爆/油爆と同じだが塩味の合せ調味料で素早く炒る 
  葱爆/材料を油通しした後生の葱と一緒に炒める 
  葱爆蟹腿 越前ガニの炒め 
  醤爆核桃鶏丁 クルミ入り鶏肉を甘みそで炒め 
  醤爆鶏丁 とり肉の甘みそ炒め 
  葱爆肝片 豚レバー薄切りの葱入り強火炒め 
炸    油で揚げること 
  清炸/醤油酒塩等の下味だけをつけて強火で揚げる 
  乾炸/調味料を材料にしみこませてから揚げる 
  炸軟/衣をつけて180度ぐらいでゆっくり揚げる 
  脆炸/皮にあめを塗り乾かして油中で動かし揚げる 
  炸醤麺 ジャージャン麺 
  酥炸響鈴 湯菜包み揚げ 
  椒塩炸鱸魚 魚の空揚げ胡椒風味 
  椒塩炸豆腐 豆腐の空揚げ胡椒風味

 

味付け 
酸    お酢の味 
  酸辣湯 五目千切り野菜ととき卵で作る酸味のある辛いスープ 
辣    とんがらしの辛い味 
  酢辣双味 菊花蕪と胡瓜の中国風ピクルス 
  辣子鶏丁 とり肉のピリカラ炒め 
  麻辣湯 
麻   
舌に痺れる辛い味  
  麻婆豆腐 味付けは辣・麻両方はいている
  
    香ばしい 
  魚香季魚 魚のチリソース 
  魚香茄子 四川風マーボー茄子 
  香菜干絲 押し豆腐の細切りに香菜をあえたもの 
  魚香鶏絲 とり肉の甘辛炒め 
咸    塩の味 
甜    甘い味 
  甜麺醤 テンメンジャン 
  甜点心 甘い点心 
怪   何味でも言えない味 
  怪味豆腐 豆腐の空揚げごまソースかけ 
麻辣 舌に痺れる辛い味とトウバンジャンと辛みをミックスした味 
  麻辣湯 
糖酢 甘くて酸っぱい味 
  糖醋肉塊 酢豚 
  糖醋鯉魚 山東料理、鯉のから揚げの甘酢あんかけ 
  糖醋蟹剪 かにの爪甘酢だれかけ 
  糖醋魚條 白身魚の甘酢たれかけ

 

切り方 
   さいの目きり、肉丁はさい目に切った肉 
  腰果鶏丁 鶏肉とカシューナッツ炒め 
  宮保鶏丁 鶏のカシューナッツ炒め 
  醤爆鶏丁 とり肉の甘みそ炒め 
  醤爆核桃鶏丁 クルミ入り鶏肉の甘みそ炒め 
   ぶつ切り、角切り、鶏快は鶏のぶつ切り(快の正しい漢字は土へん) 
   長方形のぶつ切り、胴切り、輪切り、魚段は胴切りの魚 
    薄切り、スライス 
    千切り、細切り、土豆糸は千切りのジャガイモ 
  青椒牛肉糸 牛肉とピーマンの細切り炒め 
  棒棒鶏糸 バンバンチー 
   柏子木切り、たんざく切り 
  土豆条 短冊形に切ったジャガイモ 
    みじん切り 
  姜末 ショウガのみじん切り 
  肉末粉糸 豚挽肉と春雨の煮こみ 
   突き砕いたり、すりおろしたりして、どろどろの状態、おろし 
  蒜泥 ニンニクをすりつぶしたもの 
  土豆泥 ジャガイモを突き砕いたもの
材料

 

海老・蟹類 
青蟹   日本の渡り蟹よりも厚みがある 油醤青蟹 蟹の中国味噌煮 
大閘蟹  日本では上海蟹と言うが中国では通じない 清蒸大閘蟹 上海蟹蒸し 
蟹粉   蟹のばらした肉 蟹粉豆腐 蟹肉と豆腐の煮こみ 
蟹黄   蟹肉のオレンジの部分を使う 蟹黄魚翅 蟹黄とフカヒレの煮こみ 
龍蝦   伊勢海老日本でも高いが中国でも高い 四味龍蝦 四種類のたれ付き 
明蝦・車蝦   乾焼明蝦 チリソース煮 
蝦仁   芝海老 清炒蝦仁 蝦の強火炒め 
河蝦   河や湖にいる海老 油爆河蝦 えびの空揚げ 
蝦子   おもに河えびの卵 蝦子海参 えびの卵とナマコの煮こみ 
肉類 
肉    豚肉 筍炒肉糸 たけのこと豚肉の細切炒め 
牛肉   牛肉 洋葱牛肉 牛肉と玉ねぎの炒め 
羊肉   羊肉 A羊肉 羊肉のしゃぶしゃぶ 
鶏    鶏肉 白果鶏丁 銀杏と鶏肉の炒め 
田鶏   カエル 醤爆田鶏 カエルの中国味噌炒め
材料

 

野菜 
白菜   白菜 蟹粉白菜 蟹肉と白菜の煮こみ 
洋葱   玉葱 洋葱牛肉 牛肉と玉葱の炒め 
絲瓜   へちま 炒絲瓜 ヘチマの炒め 
黄瓜   きゅうり 三鮮黄瓜 きゅうりと三種 
蕃茄   トマト 蕃茄蝦仁 蝦とトマトの炒め 
白果   銀杏 白果鶏丁 銀杏と鶏肉の炒め 
菜芯   芯取り、広東では菜胆 菜芯豆腐衣 芯取りと湯葉の炒め 
・菜   中国野菜、鍋に使ったりする 
捲心菜  キャベツ 鶏油捲心菜 キャベツの鶏油煮 
雪菜   塩漬けにした物を使う 雪菜豆腐 雪菜と豆腐の煮こみ 
豆苗   エンドウの若葉 生・豆苗 エンドウの若葉の強火炒め 
芹菜   セロリ、日本のセロリとは違う 芹菜牛肉 セロリと牛肉の炒め  
・菜   純菜 西湖D菜湯スープ 
草頭   うまごやし 生E草頭 強火炒め 
山薬   やまいも 抜糸山薬 やないもの飴だき 
荷葉   はすの葉で包んだもの 荷葉蒸肉 味付け肉のはすの葉包み蒸 
葱    ねぎ 葱爆牛肉 葱と牛肉の炒め 
韮菜   にら 韮菜炒蛋 にらと卵の炒め 
韮黄   黄色いにら柔らかい 韮黄肉糸 豚肉と黄色ニラの炒め
材料

 

魚貝 
鯉    こい 糖醋鯉魚 鯉丸揚げの甘酢あんかけ 
青魚   中国産 川糟青魚 老酒の粕漬け魚のスープ 
草魚   日本ではあまり食べない 紅焼草魚 草魚の醤油煮 
黄魚   いしもちではないがいしもちでいい 干煎黄魚魚の両面焼き 
鰻魚   うなぎ 栗子鰻魚 栗とうなぎの煮こみ 
・魚   たうなぎ 韮黄・魚 黄ニラとたうなぎのいため 
桂魚   清蒸桂魚 魚の蒸し 
石斑魚  はた 清蒸石斑魚 ハタの蒸し 
帯魚   たちうお 乾酢帯魚 たちうおの揚げ物 
・魚   マナガツオ 乾煎・魚 マナガツオの両面焼き 
鮑魚   あわび ・油鮑魚 あわびのかきソース煮 
蚶子   赤貝などのこども 蚶子 中華風刺身 
扇貝   ホタテ 生炒扇貝 ホタテの炒め 
蠣    かき 姜葱鮮蠣 かきの葱と生姜炒め 
鮃    イカ 宮保鮃魚 イカの中国官僚炒め
材料

 

材料 
麺    小麦粉製品 
粉    米製品は麺状でも粉 沙河粉 米の粉が原料の広州名物、きしめんのような薄くて幅広の麺 
蛋    卵 
皮蛋   ピータン 松花皮蛋 ピータン 
火腿   中華ハム 蜜汁火腿 金華ハムの蒸し 
魚翅   フカヒレ 蟹粉魚翅 蟹肉とフカヒレのスープ 
粉糸   春雨 肉末粉糸 挽肉とはるさめの煮こみ 
豆腐   日本の絹ごし中心 麻姿豆腐 
豆腐干  押し豆腐 煮乾糸 押し豆腐の千切りスープ 
木耳   きくらげ 木耳肉 きくらげと卵の炒め 
銀耳   白きくらげ上より高級 氷糖銀耳 白きくらげのシロップ漬け 
海参   ナマコ 蝦子海参 川えびの卵とナマコの煮 
燕窩   燕の巣 燕窩湯 つばめのスープ 
海J皮  海月 海J皮 くらげの前菜 
魚肚   魚の浮き袋 紅焼魚肚 魚の浮き袋の煮こみ 
干貝   干し貝柱 大蒜干貝 にんにくと干し貝柱の蒸し煮 
熊掌   熊の手のひら 紅焼熊掌 熊手の煮こみ  
蹄筋   豚アキレス筋 蟹肉蹄筋 蟹肉と豚アキレス筋の煮 
竹・   きぬがさだけ 竹・上湯 きぬがさだけのすましスープ 
髪菜   海草 髪菜干貝 髪菜と干し貝の蒸し煮 
紛皮   でんぷんで作る皮 鶏糸粉皮 粉皮と鶏肉の前菜 
魚唇   魚のくちびる 紅・魚唇 くちびるのとろ火煮 
辺尖   干し春たけのこの頭 辺尖豆腐 辺尖と豆腐の煮こみ
 料理

 

冷菜 
併盆   二種類以上盛り合わせ 三併盆 三種冷菜の盛り合わせ 
滷    たれのような物の中で弱火でゆっくり煮込 滷鶏肝 砂肝の滷をしたもの 
醤    醤油や唐辛子味噌などに漬てゆっくり煮詰める 杭州醤鴨 杭州地方の家鴨の拌 
     冷たい物をあえる 拌黄瓜 きゅうりの和え物 
酔    生きたまま老酒などに漬けて生のまま食べる 酔蟹 蟹の老酒漬け 
糟    老酒の酒かすなどに漬けたもの 糟鶏 鶏肉の酒かす漬け 
炒菜・生炒200度以上の油で油通した後素早く炒る 生炒鶏片 鶏肉の片切炒め 
滑炒   強火で手早く炒める 滑炒蝦仁 芝蝦の強火炒め 
乾炒   小量の油でこげめのつくまで揚げて炒める 乾焼牛肉糸 牛肉の揚げ炒め 
油爆   いちど湯や油で火を通し再び熱い油で炒める 油爆肚 胃袋の炒め 
醤爆   油でかるく揚げてから中国味噌で炒める 醤爆肉 豚肉に味噌炒め 
塩爆   油爆と同じだが塩味の合せ調味料で素早く炒る 塩爆青蟹 蟹の塩味炒め 
葱爆   材料を油通しした後生の葱と一緒に炒める 葱爆牛肉 牛肉の炒め
 料理

 

揚げ物 
清炸   醤油酒塩等の下味だけをつけて強火で揚げる 清炸牛肉 牛肉の強火揚げ 
乾炸   調味料を材料にしみこませてから揚げる 乾炸肉條 豚肉條切揚げ 
炸軟   衣をつけて180度ぐらいでゆっくり揚げる 軟炸鶏塊 鶏ぶつきり衣揚げ 
紙包   下味をつけ材料をセロハンなどに包で揚げる 紙包蝦片 蝦片切の包み揚げ 
脆炸   皮にあめを塗り乾かして油中で動かし揚げる 脆皮全鶏 鶏の丸揚げ 
油淋   下味つけた材料に油を掛けながらゆっくり揚る 油淋鶏 鳥の揚げ物
 料理

 

あんかけ 
脆溜・炸溜黄金色まで揚げて多めの調味料でからめる 炸溜梅子肉 條切肉の揚げ炒め 
軟溜   蒸たり煮たりした物にスープや油でたれ汁を作り掛ける 軟溜草魚(西湖醋魚) 
醋溜   揚げた材料に甘酢の汁を掛ける 醋溜肉片 揚げ豚肉の甘酢がけ 
糟溜   揚げた材料に酒かす入りのたれを作りからめる 糟溜魚片 揚げ魚の酒かす入り汁掛ける
 料理 
鍋で焼く 
貼    片面焼き 鍋貼餃子ぎょうざ 
煎    両面焼いた後調味料いれて少し煮て出来上がる 煎糟黄魚 石もちの両面焼き
 料理 
蒸す 
青蒸   魚の一匹のまま蒸す時などに使う 青蒸魚鯛 鯛の蒸し物
 料理 
煮る・ゆでる 
焼    強火中火弱火、強火の順に煮こむ 紅焼海参 なまこの醤油煮 
燉    弱火で3時間沸とうさせないで煮るスープなど 青燉鶏塊 鶏肉の蒸スープ 
煮    強火で煮たあと弱火で煮る 煮乾糸 押し豆腐スープ 
・    しゃぶしゃぶ ・羊肉羊肉のしゃぶしゃぶ 
・    とろみ煮 成都素・ 野菜のうま煮 
・    弱い火で長時間煮る 杭州・鶏 鶏の煮こみ 
・    フタをして 油・筍若 たけのこの蒸し煮 
乾焼   四川の煮こみ 乾焼蝦仁 蝦のチリソース煮 
紅焼   醤油味の煮こみ 紅焼肉塊 豚肉の塊煮 
・    形のある物を煮こむ 紅焼翅・ フカヒレの姿煮
 
菜譜(メニュー)

 

 
三色垪盤 サンセビンバン 三種冷菜の盛り合わせ/Three-Colors Combinations 
棒棒鶏  バンバンチー 蒸鶏細切りゴマソース掛け/Pong Pong Chicken with Pepper Sauce 
海蟹皮  ハイチェピー くらげの酢の物/Jelly-Fish 
雲白肉  ユンパアロウ ボイル肉ガーリックソース掛け/Sliced Pork with Garlic Sauce 
冷鮑魚  ロンパァオユイ 煮染めアワビの薄切り/Sliced Cold Abalone 
松花皮蛋 スンホァピータン ピータン/Preserved Duck Eggs
 
紅焼排翅 ホンシャオパイツー フカヒレの姿煮込み/Braised Shark's Fin with Gravy 
芙蓉魚翅 フーロンツイユー 卵入りフカヒレスープ/Shark's Fin with Fu-Yung 
蟹黄魚翅湯ハイホァンユイツータン カニ卵入りフカヒレスープ/Shark's Fin with Crab Eggs 
三糸魚翅湯サンスーユイツータン 三種の具入りフカヒレスープ/Shark's Fin Soup 
干貝魚翅湯干し貝とフカヒレのスープ
 
紅焼鮑魚 ホンシャオパァオユイ アワビの煮込み/Braised Abalone with Gravy 
清炒蝦仁 チンツォーシャーレヌ 小海老の塩あっさり炒め/Fried Shrimps,Salt Saute 
乾焼蝦仁 ガンシャオシャーレヌ 小海老のチリソース/Fried Shrimps,Chili Sauce 
蚕豆蝦仁 豆と芝海老のオイスターソース炒め 
栗子蝦仁 むき海老と栗の炒め 
清炸鮃圓 チンザーユィユェン いかのダンゴ/Fried Cuttlefish Balls 
黄瓜鮃片 ホァングァユィペェン いかと胡瓜炒め/Sauteed Cuttlefish & Cucumber 
豆鼓鮮貝 トゥチーシェンベイ 活貝柱のブラックビーンズ炒め/Sliced Scallop,Black beans Saute 
芙蓉鮮貝 ホタテと卵の炒め 
螟油海瓜子ハァオユーハイクァツ あさりのオイスターソース/Clams and Vegetables in Oyster Sauce 
干烹明蝦 ガンポンミンシャー 車海老ブツ切り老酒炒め/Prawn with Chinese Sake Sauce 
糖醋蟹剪 タンツーハイチェー かにの爪甘酢だれ掛け/Braised Shark's Fin with Gravy 
豆鼓蟹腿 トゥチーハイトォイ タラバガニのブラックビーンズ炒め/Fried Crab,Black beans Saute 
芙蓉蟹  フウーロンハイ かに玉/Crab Meat Egg"Fu-yung"& Fried Eggs 
芙蓉蟹蛋 かに玉 
宮保鮮蠣 生カキの唐辛子炒め 
干貝炒腐皮干し貝柱と湯葉
 
青椒肉糸 チンジャオロウスー ピーマンと豚肉の細切り炒めShredded Pork with Green Peppers 
回鍋肉片 ホイコウロウペェン 肉、キャベツの味噌炒めFried Pork & Cabbege with Peking Sause 
魚香肉片 ユイシャンロウペェン 肉の薄切り四川味炒めFried,Sliced Pork,Szechwan Style 
搾菜肉糸 ザーツァイロウスー ザーサイと肉の細切り炒めFried,Shredded pork with Preser.Vege 
古老肉  クーラァオロウ スブタSweet Sour Pork 
韮菜肝片 ジュンツァイガンペェン ニラレバ炒めLeeks & Liver Saute 
生菜包肉茉峇センツァイパァオロウスン 肉のミジン切りレタス包みMinced Pork with Lettuces 
粉絲肉未 マーボー春雨 
鎮江肴肉 豚すね肉の塩漬けハム 
乳猪   ユイジュー 子豚の丸焼き
 
青椒牛肉糸チンジャオニューロウスー ピーマンと牛肉細切り炒め/Shredded Beef with Green Peppers 
金醤牛肉糸チンジャンニューロウスー 牛肉の細切り中華味噌炒め/Fried,Shredded Beef with Peking Sauce 
蝠油牛肉糸ハァオユーニューロウス 牛肉の細切りオイスターソース炒め/Shredded Beef in Oyster Sauce 
雀巣牛柳 バスケット入り牛フィレ肉の辛口炒め 
生菜包牛肉牛肉のレタス包み 
洋葱牛肉 牛肉と玉ねぎの炒め 
芹菜牛肉 セロリと牛肉の炒め 
葱爆牛肉 葱と牛肉の炒め 
乾焼牛肉糸牛肉の揚げ炒め 
清炸牛肉 牛肉の強火揚げ
 
宮保鶏丁 ゴンパオチーティン 若鶏の各切唐辛子炒め/Diced Chicken with Pepper & Cashew nuts 
醤爆鶏丁 ジャンパオチーティン 若鶏の各切味噌炒め/Diced Chicken with Soy Sauce 
沙茶鶏丁 シャーチャチーティン 若鶏の台湾風味炒め/Diced Chicken,SHA-CHAN Saute 
油淋鶏腿 ユーリンチートォイ 若鶏もも肉風味ソース掛け/Oil Dripped Chicken 
軟炸子鶏 ナンザーツゥチー 骨抜き若鶏のカラ揚げ/Fried Boneless Chicken 
白切鶏  パーッチッカイ 生けしめのまるごと茹でた鶏料理 
北京烙鴨 ペーチィンカァオヤー 北京鴨丸焼き/Roasted Duck Peking Style 
醤鶏沙拉 テリヤキチキンサラダ 
鶏柳白菜 鶏ササミのあっさり煮 
滷茶鶏蛋 マーブル玉子プーアル茶の香り
 
蕃茄魚片 ホァンチェユイペェン 魚の切り身とトマト炒め/Sauteed Fish & Tomato Sauce 
糖醋魚條 タンツーユイティァオ 白身魚の甘酢たれ掛け/Sweet-Sour Whole Fish 
豆酥鮮魚 蒸し魚の台湾風 
糖醋鯉魚 鯉丸揚げの甘酢あんかけ 
川糟青魚 老酒の粕漬け魚のスープ 
紅焼草魚 草魚の醤油煮 
干煎黄魚 魚の両面焼き 
栗子鰻魚 栗とうなぎの煮こみ 
韮黄・魚 黄ニラとたうなぎのいため 
清蒸桂魚 桂魚の蒸し 
清蒸石斑魚ハタの蒸し 
乾酢帯魚 たちうおの揚げ物 
乾煎・魚 マナガツオの両面焼き
 
什錦鍋肥 スーチングォーパ 五目だれのおこげ/Crisp Rice with Mixed Meats 
蝦仁鍋肥 シャーレヌグォーパ エビだれのおこげ/Crisp Rice with Shrimps-Tomato Sauce 
海参鍋糟 干しナマコ入りおこげ
 
粟米湯  シューミータン コーンスープ/Corn and Egg Soup 
粟米羹  ソクマイカン コーンスープ 
蛋花湯  タンホアータン 玉子スープ/Egg Soup 
三鮮湯  サンシェンタン 三種具入りスープ/Noodles with Three Meats Soup 
素菜湯  スーツァイタン 野菜のスープ/Vegetables Soup 
蟹黄魚翅湯ハイホァンユイツータン カニ卵入りフカヒレスープ/Shark's Fin with Crab Eggs 
三糸魚翅湯サンスーユイツータン 三種の具入りフカヒレスープ/Shark's Fin Soup 
鶏圓湯  鶏肉団子と白菜の澄ましスープ
 
八宝菜  パーパァオツァイ ハッポウサイ/Sauted,Vegetables Combination 
炒青菜  ツォーチンツァイ 青菜の強火炒め/Green Vegetables in Peking Style 
沙拉打  シャーラーダ グリーンサラダ/Chinese Green Vegetables Salad 
魚香茄子 ユイシャンチェズ 茄子の四川味炒め/Eggplants in Hot Sauce  
麻婆豆腐 マーボードウフ マーボー豆腐/Bean Curd with Minced Pork in Hot Sauce 
蝠油豆腐 ハァオユードウフ 豆腐と野菜のオイスターソース煮/Bean Curd with Oyster Sauce 
蝦仁豆腐 シャーレヌドウフ 小海老と豆腐の煮込み/Bean Curd with Shrimps 
沙田柚  サーティンヤウ ザボンの皮の土鍋煮込 
菜花沙拉 菜の花のサラダ 
涼冬瓜  冬瓜の冷製 
醋浸鮮茹 キノコの中国風マリネ 
老少豆腐 エビ・挽肉・卵と豆腐の蒸し物 
地蛤豆腐 地蛤と豆腐のあっさり煮込み 
鹹菜毛豆 枝豆に雪菜の漬物をあえたもの
 
拉麺   ラーメェン ラーメン"Lha-men"Noodles 
但々麺  タンタンメェン 四川タンタンメン/"Tan Tan"Noodles with Red Pepper 
什錦湯麺 スーチンタンメェン 五目そば/Noodles with Mixed Varieties in Soup 
山菜湯麺 シャンツァイタンメェン 木の子ラーメン/Mushroom Noodeles 
炸醤麺  ザージャンメェン 挽肉味噌だれ麺/Noodles with Minced Pork  
搾菜肉糸麺ザーツァイロウスーメェン ザーサイと肉細切りそば/Noodles with Fried,Sliced Pork and Preser Vege 
韓信麺  カンシンメェン 揚肉うま煮そば/Noodles with Fried Pork 
叉焼麺  チャーシューメェン チャーシューメン/Noodles with Roast Pork 
什錦炒麺 スーチンツォーメェン 五目焼きそば/Mixed Chow-Mein 
牛肉炒麺 ニューロウツォーメェン 牛肉の広東風焼きそば/Fried Noodles with Sliced Beef 
什景涼麺 五目冷し中華 
少子麺  四川田舎風焼きそば
 
什錦炒飯 スーチンツォーファン 五目チャーハン/Mixed Fried Rice 
蝦仁炒飯 シャーレヌツォーファン えびチャーハン/Fried Rice with Shrimps 
什錦桧飯 スーチンホイファン 五目うま煮ごはん/Stewed Mixed Rice 
蟹粉粥  ハイフェンチュー カニ入り五目ぞうすい/Stewed Mixed Rice 
韓信飯  カンシンファン 揚肉玉子入り中華飯/Original Mixed Rice 
白飯   パーファン ライスRice
 
蟹肉焼売 かにシューマイ 
蝦餃   エビ入り蒸し餃子 
春捲   はるまき 
叉焼包子 肉まん 
米焼売  シューマイ 
粽子   ちまき 
魚翅餃  フカヒレ入り肉蒸し餃子 
寿桃包子 ももまん 
芝麻球  ゴマダンゴ 
杏仁豆腐 牛乳羹のデザート 
協枝レイシー 中国フルーツ 
紅豆沙  ホンダウサー ぜんざい風甘味デザート 
豆魚捲  もやしのユバ巻き焼き 
伊茸魚捲 生ユバの魚すり身巻き 
西米椰露 タピオカ入りココナツミルク 
雲芋団子 大和芋のふわふわ揚げ 
水煮牛圓子牛肉団子と春雨の四川山椒風味 
娜王鍋炸 揚げカスタードバニラ風味 
蘿葡絲酥餅 大根パイ、大根の細切りと中国ハム火腿の絲切りをパイ生地に包んで焼上げる 
寧波湯団 胡麻餡の白玉団子を金木犀の花びらの砂糖漬けを浮かせた甘い透明なスープに浮かせたもの
 
紹興酒 
杏露酒 
桂花青酒 
老酒 
ジャスミン茶 
ウーロン茶
【杏仁】きょうにん(あんにん) 杏子(あんず)の核中の胚を乾燥したもの。薬用。脂肪油、配糖体アミグダリンなどを含み、杏仁油、杏仁水の原料。 
【焼売】しゅうまい 点心の一つ、広州や香港では広東語「シウマーイ」、北京では「シャオマイ」と発音される。香港では「干蒸燒賣(コンチェンシウマーイ)」という呼び方も一般的。豚の挽肉とえびのみじん切りを主体とし、練り合わせて味付けした中身を薄い小麦粉の皮で短い円柱状に包み、蒸籠や蒸し器などで蒸かして仕上げ、好みで酢・醤油・辛子などをつけて食べる。
 
茶文化成立期の茶宴料理 

 

一、魏晋南北朝料理概観および問題の提起
今日、用いられている茶果という言葉は晋代(265-420年)にすでに使われ始め、それは茶宴の料理を指すと考えられている。そこで中国の茶文化成立期にあたる魏晋南北朝の史料を精査し、この時期に成立した茶宴の料理の茶果について、その構成と調理法を検討することが本稿の課題である。  
本論に入る前に、まずこの時代の豊富な料理を概観してみる。  
漢魏以来、調理技術の発展に随がって、料理の種類が大いに増えてきた。馬王堆漢墓から豊富な飲食品が出土され、文献では贅沢な宴会を描写するとき、「食前方丈」という甚だしく奢侈な比喩表現がよく用いられる。『南史』巻30 何胤伝に、初、胤侈於味、食必方丈。後稍欲去其甚者、猶食白魚、䱇脯、糖蟹、以為非見生物。疑食蚶蠣、使門人議之。(中略)汝南周顒与胤書、勧令食菜、(中略)故胤末年遂絶血味。  
とある。飲食に贅沢だった何胤は、珍しい料理を除いても、まだたくさんの料理が残っていた。しかしその何胤は晩年になって、菜食主義者になってしまった。何胤の食生活の変化はその時代の思潮をうかがう絶好の事例であろう。  
この晋代の料理の豊富さは弘君挙の「食檄」に具体的に反映されている。「食檄」はすでに散逸したので、唐宋の類書からその残編断簡を集めて読んでみよう。  
催厨人作茶民、熬油煎葱、例茶以絹。当用軽羽拂取飛麺、剛軟中適、然後水引。細如委綎、白如秋練。羹杯半在、財得一咽、十杯之後、顔解体潤。(『太平御覧』巻860 飲食部・餅)蒸太湖夭頭之白蘭、肉乳之豚、飢倉之鶏、色如玳瑁、骨解肉離。(『北堂書鈔』巻145 酒食部・蒸篇)  
大市覆􄱝之蒜、東里独姥之醯、大塩雑以薑椒、叛奴使之春韲。(『太平御覧』巻855 飲食部・韲)又取􅖟湖独穴之鱧(􅖟音攝)、赤山後陂之蓴、伺漉冷􄋬、及熱応分。食畢作躁、酒炙宜伝、酒便清香、肉則豆不啅、􄍎肶若披繙、急火中炙、脂不得熏。聞香者踟躅、干咽者塞門。羅奠椀子、五十有餘。牛詔、搗炙鴨、脯魚、熊白、􄍎脯、糖蟹濡台、車螯生甜、滋味遠來。百酔之後、談悶不除、応有蔗姜、木瓜、元李、楊梅、五味、橄欖、石榴、玄拘、葵羹、脱煮各下一杯。(『太平御覧』巻849 飲食部・食)  
この贅沢な宴席は茶から始まり、果実のジュースで終わり、メインである中段は酒と珍しい料理で溢れていた。  
現在、甘い果実は飯や酒に合わないため、デザートとされ、料理として使われることは稀である。  
しかし魏晋南北朝の酒宴には果実が積極的に設けられていた。のちほど論ずる塩漬けのスモモである「白李」は、酒の肴とされる場合、蜂蜜をかける。わざわざ甘くしてから食べるのである。また、ヒシの実について、晋・郭義恭『広志』に、「以蜜蔵之、味酸甜、可以為酒啖」とあり(北魏・賈思勰『斉民要術』巻10 五穀・果􄡞・菜茹非中国物産者の「薕」条)、蜜漬けにしてから酒宴に設ける。  
南朝梁・陶弘景は、「又有榠􄖽、大而黄、可進酒、去痰」といい(『重修政和経史証類備用本草』巻23果部中品)、新鮮なものが肴とされるようである。  
『斉民要術』巻10 五穀・果􄡞・菜茹非中国物産者の「藷」条に、ヤマイモについて、「蒸、炙皆香美。賓客酒食亦施設、有如果実也」とある。ヤマイモは果実ではないが、この史料はヤマイモを蒸したり、炙ったりする調理法を示すばかりではなく、果実は宴席に一般的に設けられることを明確に伝えている。当時の飲食嗜好かもしれないが、甘い果実は酒の肴になり、宴席に頻繁に登場していた。  
できる限り豊富な飲食物を集めることは宴席の特徴の一つであろう。しかし晋代にはこの特徴に逆行する宴席が誕生した。晋・王隠『晋書』に、桓温為楊州牧、性倹素、毎讌惟下七奠􄕲茶果而已。(『太平御覧』巻867 飲食部・茗)とあり、南朝宋・何法盛『晋中興書』に、陸納為呉興太守時、衛将軍謝安常欲詣納。納兄子俶怪納無所備、不敢問之、乃私蓄数十人饌。安既至、所設唯茶果而已。俶遂陳盛饌、珍羞必具。及安去、納杖俶四十、云、汝既不能光益叔父、奈何穢我素業。(『茶経』巻下七之事)とある。  
いつも七皿の茶果で宴会を開くことは桓温の質素を好む性格のシンボルとなっていたし、茶果でもてなすことを通じて陸納の素朴な性格を表していた。料理について数量上の「七皿」や性質上の「果」を特徴として桓温と陸納は宴会を開き、この新たなスタイルの宴会は茶宴であると筆者は考えている1)。晋代(265-420年)にはその時代の思潮を背景とし、豊富な酒宴の料理から茶にふさわしい品種を選んで、茶宴の献立を組み立てたと思われる。この茶宴の料理を茶果と呼び、後世では茶食・茶菜・茶点などの名称も用いられる。そして、南朝陳には茶果は宮廷の元旦の朝会にまで浸透してきた。唐・魏徴他『隋書』巻13 音楽上によると、太建六年(574年)十一月に、徐陵などの大臣は来年元旦の朝会の儀礼を制定して、陳の宣帝に報告した。その儀礼の飲食の順序は酒、膳の後に茶果となっていた。  
帝(宣帝)御茶果、太常丞跪請進舞七徳、継之九序。其鼓吹雑伎、取晋宋之旧、微更附益。とする。  
少なくとも晋や南北朝における茶果は、独自性のあるスタイルの料理として認められていた。唐・段公路は『北戸録』(崔亀図注)巻2 食目に、南朝食品について叙述して、「果奠合子」、すなわち蓋付きの菓子入れに盛った食品を列挙している。茶果と同じスタイルの食品と思われる。  
又果奠合子有寒具(『証俗音』、由癒内円呼為環餅、亦呼寒具。鄭玄注『周官』有寒具、未知是由癒否。力田反、力走反。)、百支䊦、截餅、黄方柏饊(饊、『急就篇』、飴餳。『説文』、熬稲􅥩餭也、音散、桑但反。『広雅』釈琿、饊也。『証俗音』云、今江南呼饊􄨊。已煎米以糖餅之者為􅚭琿也、音浮流。)、白甘脆、赤牒棗、剥棗、胡麻糖、雀頭糖、廉薑、鬼目蜜、檳榔(周成『雑字』曰、檳榔、果也、似螺可食。)、益智、甘蕉、甘欖、枸縁、楊梅。今瓊崖高潘州以糖煮嫩大腹檳榔、辯州以蜜漬益智子食之、亦甚美(按『字苑』曰、雜蔵果也、音素感反。顏之推云、今以密蔵雜果為粽)。  
この「果奠合子」にある果の種類をまとめてみると、穀物で作られた点心と蜂蜜や砂糖漬けの果実で構成されている。  
合子、あるいは盒子とはふた付きの器である。ここで盒子に盛られる「果」と称せられるものには、果実および果実の加工品とともに、多種類の穀物で作った食物も記されている。  
明代(1368-1643年)にいたって、新たな茶宴の料理の分類がある。明・宋􄋥、宋公望『竹嶼山房雑部』巻1 養生部第一・茶制では、木の実で加工される食品に「茶果」と、野菜で加工される食品に「茶菜」と名づけている。  
茶宴の料理につながる研究は、管見の限り、拙稿の「中国佐茶食品的形成和発展」(関 1992:35-40)だけであり、歴史上の喫茶のさいに設けられた食品を概観したものである。布目潮渢氏は、茶果で客人をもてなすと指摘したが、茶果の具体的な構成には触れていない。(布目 1995:91-93) 
二、果実類の茶果

 

1、果実の栽培と食用  
「果」について、後漢・許慎『説文解字』巻11 木部に「木実也。従木、象果形在木之上」とあり、果は木の実であると主張している。  
『周易』巻9 説卦に唐・孔穎達は「艮」について、「為果􄡞、木実為果、草実為􄡞、取其出於山谷之中也」と注をつけ、木本植物の実は果であり、草本植物の実は􄡞であると分類している。  
後漢・班固『漢書』巻24 上食貨志上にある「瓜瓠果􄡞」について、「応劭曰、木実為果、草実為􄡞。張晏曰、有核曰果、無核曰􄡞。臣瓚曰、案木上曰果、地上曰􄡞」と注釈している。後漢・応劭は孔穎達と同じ意見であるが、三国魏・張晏は種の有無によって果と􄡞を分けている。晋・臣瓚(姓は不明)は果実の実る位置によって分類しているが、木本植物と草本植物(あるいは藤本植物)の二種類に分けたようである。果が木の実であると考える許慎は、『説文解字』巻14 瓜部に「瓜、􄡞也」と解釈している。すなわちウリ科の植物の実である瓜は藤本植物の􄡞である。  
以上の史料から見ると、果についての説明はそれぞれ多少異なるが、植物の果実を指していることは疑いない。中でも、木の実は果で、草の実は􄡞であるという見方は普遍的に認められているが、􄡞という言葉は生活の中ではほとんど使われず、実際には植物の果実は全て果と呼ばれている。  
現在は、果実を「液果」と「乾果」の二種類に分けている。液果の特徴は果皮が多肉で汁液に富み、内部に種子を持つことで、いわゆる果物である。液果はまたの名を漿果、多肉果、湿果、水果という。乾果とは成熟後、果皮が乾燥して木質または革質となったものである。乾果には閉果と裂開果とがあり、さらに前者には穎果、翼果、堅果、痩果など、後者には莢果、刮ハなどがある。日常生活の中で言うところの乾果には干した果物も含まれる。液果は干して加工するほかに、蜜や飴や砂糖などに漬けることもできる。乾果はいろいろな調理法に適用される。つまり「果」という食品は植物の果実及びその加工品を指すことができる。  
狩猟採集時代に果実は重要な食物であった。前漢・劉安『淮南鴻烈解』巻19 修務訓には「古者民茹草飲水、採樹木之実、食􄽘蚌之類」とある。農業園芸は採集から発展した。『毛詩』巻4 鄭風・将仲子には、「将仲子兮、無踰我園、無折我樹檀」とあり、前漢・毛公の伝に「園、所以樹木也」とある。『説文解字』巻12 囗部にも「園、所以樹果也」とある。つまり果樹の畑が「園」と呼ばれる。  
果園という言葉が文献によく現れている。周・韓非『韓非子』巻4 説難に「(彌子瑕)与君游於果園、食桃而甘、不尽、以其半啗君」とあり、前漢・韓嬰『韓詩外伝』巻7 に「果園梨栗、後宮婦人以相提擲、士曾不得一甞」とある。これらの史料は、果園の存在だけではなく、少なくとも一部の果実が当時の高級品であったことをも示している。  
果実の生産は社会経済や食生活の中で重要な地位を占める。『爾雅』巻6 釈天に「穀不熟為饑、蔬不熟為饉、果不熟為荒、仍饑為薦」とある。果実の収穫が悪いと、穀類や野菜の取り入れが悪いのと同じく、生活に大きな影響を与えるという認識を明確に反映している。果実は糖分・澱粉・繊維・植物蛋白・植物脂肪などの栄養素を含み、主食である穀物の栄養素に似ている。凶作などの原因で主食が不足しているとき、採集される果実は主食の代用品となる。前漢・史游『急就篇』巻2 の「園菜果􄡞助米糧」の注に、木実曰果、草実曰􄡞、言圃園種菜及果􄡞、貧者食之以兌飢饉、故云助米糧也。というし、晋・􄇏含『南方草木状』巻上では甘蕉が「飢えを療やす」という。ともに果実の主食の代用品としての役目を強調している。  
農耕社会では、人々の生活が天候に大いに左右された。広い中国では、天災のない年はほとんどない。その上、人災はもっと恐ろしい。もっとも典型的な人災は戦争であり、よって飢饉が引き起こされる。両晋南北朝は人災と天災とが頻繁に発生した時代であった。『斉民要術』巻4 種梅杏第三十六に、『嵩高山記』曰、東北有牛山、其山多杏。至五月、爛然黄茂。自中国喪乱、百姓飢餓、皆資此為命、人人充飽。とあり、河南省登封県の北にある中岳嵩山には牛山があり、杏を大量に植えている。戦争のとき、食糧のない人々はその杏の御蔭で生きてきた。果実はいろいろな役割を果たし、主食の補充品や代用品にもなるが、しかし一般的には副食として、主に嗜好品として食べられている。馬王堆漢墓には多種の果実が副葬品とされている。  
133 号竹簡には「棘一笥有縑嚢一」とあり、棘は棗で、347 号竹笥に棗を盛っている。  
134 号竹簡には「梨一笥」と、353 号竹笥に梨を盛っている。  
135 号竹簡には「戌一笥」と、戌はにわうめである。  
136 号竹簡には「脯栂一笥」と、栂は梅で、460 号竹笥に梅の種子が残っている。  
139 号竹簡には「元栂二笥其一楊栂」とあり、133 と229 号陶缶には楊梅と梅を盛っていた。(湖南省博物館他 1973:141)  
嗜好食品の果実は換金性が高く、市場を通じて果園の経営者は簡単に果実で十分な穀物を入手できた。前掲『斉民要術』巻4 種梅杏第三十六に続いて、案杏一種、尚可賑貧窮、救飢饉、而況五果、􄡞、菜之饒、豈直助糧而已矣?諺曰、木奴千、無凶年。蓋言果実可以市易五穀也。と書いている。諺までになったことは、当時の社会にはその考え方が一般的であったことを物語っている。晋・習鑿歯『襄陽記』には果園の経営、果実の販売は産業となり、その高い利潤で豊かな生活を支えたという記事がすでにみえる。  
(李)衡毎欲治家、妻輒不聴、後密遣客十人於武陵龍陽氾洲上作宅、種甘橘千株。臨死、敕兒曰、汝母悪我治家、故窮如是。然吾州里有千頭木奴、不責汝衣食、歳上一匹絹、亦可足用耳。……呉末、衡甘橘成、歳得絹数千匹、家道殷足。(晋・陳寿『三国志』巻48 呉書・孫休伝の南朝宋・裴松之の注)  
この商品化された果実から徴税するのも当然なことであろう。『漢書』巻12 平帝紀には、元始元年(紀元1年)、「置少府海丞、果丞各一人」とあり、唐・顔師古の注には、「海丞主海税、果丞掌諸果実」とある。果実に対する専門の税収機関を設けていることは、果実の栽培、流通、加工が社会経済の重要な部分であったことを表していると考えられる。加えて果実が盛んに食用される状況もうかがえる。
2、加工法について  
中央アジアとの交流及び南方の開発は、中原地方に見られる果実の種類を豊かにした。宋版の題記によれば、永興元年(304年)、􄇏含は『南方草木状』を完成した2)。書名から判断しても分かるように、この書物は南方、すなわち広東・広西・北ベトナム一帯の珍奇な植物を記したもので、現存するもっとも古い植物学の専門書といわれている。  
6世紀30年代ごろ、北魏の賈思勰は黄河中・下流域の農業技術を反映する『斉民要術』を著した。  
この書物には、中原地方の果実である棗・㮕棗・桃・桜桃・葡萄・李・梅・杏・梨・栗・榛・奈・林檎・柿・安石榴・木瓜の栽培方法が記され、巻10「五穀・果􄡞・菜茹非中国物産者」では百四十九目に分けて中原地方以外の食用植物を中心に紹介している。農業技術だけでなく、食品加工技術も含まれている。  
加工技術によって、食品の種類が増加するとともに、保存食品として年中いつでも、流通の範囲内でならどこででも食べることが可能になった。以下、『南方草木状』と『斉民要術』を基本史料とし、加工法を軸にし、果実類の茶果を考察してみたい。
第一、干す。  
乾燥とは果実に一番よく使われる加工法と思われ、馬王堆漢墓の136 号竹簡にある「脯栂」は干し梅である。乾燥と言っても様々な方法がある。『斉民要術』巻3 種棗第三十三には、曬棗法、先治地令浄。(有草莱、令棗臭。)布椽於箔下、置棗於箔上、以朳聚而復散之、一日中二十度乃佳。夜仍不聚。(得霜露氣、乾速、成。陰雨之時、乃聚而苫蓋之。)五六日後、別択取紅軟者、上高廚而曝之。(廚上者已乾、雖厚一尺亦不壊。)択去􅛵爛者。(􅛵者永不乾、留之徒令汚棗。)其未乾者、曬曝如法。とあり、棗を日干しにすることを記している。次は陰干しの乾燥法を使う記述である。  
作乾葡萄法、極熟者一一零疊摘取、刀子切去蔕、勿令汁出。蜜両分、脂一分、和内葡萄中、煮四五沸、漉出、陰乾便成。(『斉民要術』巻3 種桃奈第三十四)この干し葡萄の例から見ると、味付け後、保存のために陰干しの乾燥法が用いられている。味付けする前、下準備として果実を乾燥することもある。『斉民要術』巻3 種棗第三十三に、『食経』曰、作乾棗法、新菰蒋、露於庭、以棗著上、厚三寸、復以新蒋覆之。凡三日三夜、撒覆露之、畢日曝、取乾、内屋中。率一石、以酒一升、漱著器中、密泥之。経数年不敗也。とあり、日干しと陰干しとを組み合わせて使うことも特徴である。現在、酒漬けの料理法は「酔」といい、この『食経』の記述に似ているものは「酔棗」という。
第二、蜜漬け。  
味付けの果実には蜜漬けの加工品がもっとも豊富である。次の史料によって三国時代の貴族の間で蜜漬けの果実はいかに大事にされていたかがわかる。『呉歴』に、亮後出西苑、方食生梅、使黄門至中蔵取蜜漬梅、梅中有鼠矢、召問蔵吏、蔵吏叩頭。(『三国志』巻48 呉志・孫亮伝の注)とあり、長江流域の下流にある呉国は宮廷に蜜付けの梅を貯蔵している。皇族はもちろん、貴族にも愛食されていたことがうかがえる。  
呉国の宮廷に貯蔵している蜜付けの梅は、当地で加工されたものと思われるが、北方の魏国の場合、南方の果実を食用するには、輸入に頼るしかない。貴重なので献上されることもしばしばある。  
『南方草木状』巻中に、建安八年(203年)、交州刺史張津嘗以益智子(ミョウガ科の草の実)粽餉魏武帝。とある。献上することは、単なる手に入りにくいものを持参するということではなく、時として服従の意のシンボルともなる。  
晋代にいたって、蜜漬けの果実の魅力は一層高まった。『南方草木状』巻下に、枸縁子(マルブッシュカン)、形如瓜、皮似橙而金色、胡人重之、極芬香、肉甚厚、白如蘆􄡅。女工競雕鏤花鳥。漬以蜂蜜、點燕檀巧麗妙絶、無以為比。泰康五年(284年)、大秦(ローマ)貢十缶。帝以三缶賜王ト、助其珍味、夸示於石崇。とある。石崇や王済を先頭とする、何ものをも憚るところのない放恣な生活がこの時期を特徴づける。貴族たちが富の比べ合いをする物語は有名である。蜜漬けの果実がその荒唐な戦いに巻きこまれることは、その果実の珍しさを表わしている。精巧な花や鳥などの模様を彫ることは果実の加工と直接の関係がないかもしれないが、味付けしやすくするために果実の表面を浅く切る方法を用いていた。『斉民要術』巻10 五穀・果􄡞・菜茹非中国物産者の「梓􅔌」条に、「刻鏤其皮、蔵、味美於諸樹」とある。
三、塩漬。  
塩漬の果実について、『斉民要術』巻10 五穀・果􄡞・菜茹非中国物産者の「楊梅」条に、『食経』蔵楊梅法、択佳完者一石、以塩一升淹之。塩入肉中、仍出、曝令乾􄉄。取􅓩皮(タンガラ)二斤、煮取汁漬之、不加蜜漬。とある。最後のところで蜜漬けにしないことを強調しており、蜜漬けの加工法がより一般的に行われていることを表している。また、同前掲書巻4 種李第三十五に、作白李法、用夏李。色黄便摘取、於塩中􄔌之。塩入汁出、然後合塩曬令萎、手捻之令褊。復曬、更捻、極褊乃止。曝使乾。飲酒時、以湯洗之、漉著蜜中、可下酒矣。とある。この「白李」とは塩漬のすももであり、蜜漬けにしなかったが、酒の肴とするときは蜜をつけて食べる。
第四、油と麨。  
「油」と名づけられる果実の加工品がある。『釈名』巻4 釈飲食第十三に、奈(カラナシ)油、擣奈実、和以塗緒縺A燥而発之、形似油也。杏油亦如之。とあり、よって果肉を泥状にして乾燥させたものを油と呼ぶことがわかる。この「奈油」「杏油」以外、『斉民要術』にはまた「棗油」、「梅油」が見られる3)。加工法からみれば、以上の「油」と呼ばれるものは、粉を意味する「麨」と名づけられる果実の加工品と同じ種類のものであると分かる。例えば『斉民要術』巻4 種梅杏第三十六に、作杏李麨法、杏李熟時、多収爛者、盆中研之、生布絞取濃汁、塗盤中、日曝乾、以手摩刮取之。可和水為漿、及和米麨、所在人意也。とある。  
このように加工された果実の粉はジュースを作ることもできるし、また、米の粉と混ぜて菓子の材料とすることもできた。
第五、煮る。  
果実を煮る例は少なかった。『斉民要術』巻4 插梨第三十七には「凡醋梨、易水熟煮、則甜美而不損人也」とある。果物の酸味を和らげるために果物を煮ると強調している。
第六、煎じる。  
漢・楊孚『異物志』には、砂糖黍を煎じて氷砂糖の石蜜を加工する記録がある。  
甘蔗……又煎而曝之、既凝、如氷、破如博棊、食之、入口消釈、時人謂之石蜜者也。(『斉民要術』巻10 五穀・果􄡞・菜茹非中国物産者「甘蔗」の条)砂糖黍は果実でないが、中国では果物として食用されている。砂糖は唐代から作られたという説が一般的に認められている。この史料によって、技術は粗末と言っても、南方では漢代以前から簡単な技術で砂糖のような甘い食品を生産していたことは確実である。当時この甘い食品は嗜好食品の中でも希少であり、今でも砂糖で作った嗜好食品を糖果と呼んでいる。
第七、蒸す。  
周・晏嬰『晏子春秋』巻8 景公謂晏子東海之中有水而赤晏子詳対第十三に、景公謂晏子曰、東海之中、有水而赤、其中有棗、華而不実、何也。晏子対曰、昔者秦繆公乗龍而理天下、以黄布裏烝棗、至東海而捐其布、破黄布、故水赤、烝棗、故華而不実。公曰、吾詳問子何為。対曰、嬰聞之、詳問之、亦詳対之也。とある。これは有名な故事で、漢・晋時代以来の書物にも「蒸棗」という言葉がしばしば見える。ただしそれは神話で、棗を蒸すかどうかについては証拠にならない。  
蒸す加工法が果実の加工に用いられることはいうまでもなく事実である。  
『異物志』曰、餘甘(アンモ)、大小如弾丸、視之理如定陶瓜。初入口、苦澀、咽之、口中乃更甜美足味。塩蒸之、尤美、可多食。(『斉民要術』巻10 五穀・果􄡞・菜茹非中国物産者「餘甘」条)この蒸しアンモは塩味で、生物より美味しく、飽きることがない。
第八、焼く。  
栗はよく焼かれるが、栗と似ている良耀草の実も焼かれた。  
良耀草枝葉如麻黄、秋結子如小栗、􄉂食之。(『南方草木状』巻上)
第九、擦る。  
『斉民要術』巻4 種梅杏第三十六に、「杏子人、可以為粥」とある。同書の巻9 醴酪第八十五に「杏酪粥」の例があり、後ほど詳しく言及する。現在、擦りつぶした杏仁で作ったもっとも有名な料理は、周知の「杏仁豆腐」である。
第十、発酵する。  
発酵によって、桃から酢を作り、楊梅から酒を作った。梨や木瓜などで発酵食品を作った。『斉民要術』巻9 作􄡈、蔵生菜法第八十八に、梨􄡈法、先作漤(盧感反)、用小梨、瓶中水漬、泥頭、自秋至春。至冬中、須亦可用。又云、一月日可用。将用、去皮、通体薄切、奠之、以梨漤汁、投少蜜、令甜酢。以泥封之。若卒作、切梨如上、五梨半用苦酒二升、湯二升、合和之、温令少熱、下、盛。一奠五六片、汁沃上、至半。以􄲹置杯旁。夏停不過五日。又云、卒作、煮棗亦可用之。とある。「梨􄡈」とは乳酸発酵による梨の漬け物である。湯を加える梨や一度煮た棗でこの風味の即席食品もできる。  
以上のような多様な加工方法を用いることにより、さまざまな果実食品を作り出し、またこれらの加工法は今日まで使われているものも少なくない。『斉民要術』巻4 種梅杏第三十六に、『食経』曰、蜀中蔵梅法、取梅極大者、剥皮陰乾、勿令得風。経二宿、去塩汁、内蜜中。月許更易蜜。経年如新也。とあり、先ず梅を干し、そして塩を加えて二日間漬けて、さらに蜜に漬ける。今の蜜餞の加工工程とほぼ同じであることから、その時代の技術水準がかなり精錬されていたことがうかがえる。
三、果菜類の茶果

 

1、果菜と精進料理  
「果菜というのは、未熟な果実を野菜としてたべるものである。」(中尾 1975:93)果菜の利用は多面的な点が特色である。未熟な果実を野菜として加熱してから食べたり、完熟果の甘い品種を果物として生食したり、種子そのものが目的のものが相当あり、また熟れた果実は容器として加工される。サバンナ農耕文化は果菜を開発した。中国の大部分はサバンナ農耕文化に属するため、果菜が中国に集中しているとも言える。近代農業ではほとんど無視されている果菜が、古代中国ではつねに利用されていた。『斉民要術』には果菜の種類が豊富であり、果菜が植物の食材の中で大きなウエイトを占めている。それゆえ果菜は中国食物史の研究において無視できない存在である。  
果菜という言葉は前漢時代から文献に現れるようになった。『史記』巻129 貨殖列伝に「佗果菜千鐘」と言い、「果菜謂雑果菜、於山野采取之」と唐・張守節は解釈している。『史記』に引き続き、『漢書』にも同じことを記している。『漢書』巻91 貨殖列伝に「它果采千種」とある。また、『後漢書』巻76 循吏伝に、(仇覧)勧人生業、為制科令、至於果菜為限、鶏豕有数、農事既畢、乃令子弟群居、還就黌学。とあり、地方官の仇覧は民の生業を大事にし、それに関することを行政に取り入れた。果菜の栽培も含まれている。  
古代中国の果菜という言葉は近代科学の概念ではなく、日常生活の用語である。だから果菜と呼ばれるものの範囲は広く、果実と野菜の総称にもなるし、それで造った料理を指すこともできる。南朝梁・蕭子顕『南斉書』巻49 張沖伝に、沖父初卒、遺命曰、「祭我必以郷土所産、無用牲物。」沖在鎮、四時還呉園中取果菜、流涕薦焉。とある。張沖の父親は死を目前にしたとき、将来故郷の特産品を自らへの供え物としてほしく、ただ動物類を用いないようにと言った。従って張沖は故郷の果菜を供え物にして父親を祭った。この「果菜」は「生物」に対応する意味で、精進料理のことを強調している。同じ用例は唐・姚思廉『陳書』巻27 姚察伝にもある。  
文帝知察蔬菲、別日乃独召入内殿、賜菓菜(下略)陳の文帝は菜食主義者の姚察に菓菜という精進料理を賜った。また姚察は死を前にしたとき、張沖の父親のように自分への供え物について、つぎのように言いつけた。  
且吾習蔬菲五十余年、既歴歳時、循而不失。瞑目之後、不須立霊、置一小牀、毎日設清水、六斎日設斎食菓菜、任家有無、不須別経営也。(同前掲)姚察は幼い頃から仏教を信じ、梁朝が滅ぼされてから50年余り、生臭いものをいっさい口にしなかった。ここの菓菜も精進料理のことを指している。  
これから検討する対象となる果菜は果実と野菜の意味で、果実については前に論じたため、野菜の加工法を中心に考察して行くつもりである。  
2、加工法について  
野菜の種類は極めて多かったが、生食できるものが多いし、農耕社会にとってあまりにも日常的なものなので、丁寧に記録する価値がないとされ、逆に文献に現れる詳細な加工法は少ない。『斉民要術』で野菜を集中的に紹介している部分は、「素食」と「作􄡈、蔵生菜法」の二篇である。論証の便宜上、料理法によって漬物、蒸し物、蒸し焼き物、煮物、羹、揚げ物、焼き物の7 種類に分けて考察する。
第一、漬物。  
一言で漬物と言っても、それぞれの作り方は異なる。同じ材料で異なる作り方の場合と、同じ作り方で異なる材料を用いる場合を別の種類とすれば、「作􄡈、蔵生菜法」の節に収められている漬物は59 種に及び、ほかの節に散見されるものがまた多数ある。豊富な種類の漬物が記載されることから、漬物は食生活において重要な地位を占めていたことが窺える。  
􄡈とは主に乳酸発酵による野菜の加工法であり、現在風にいうと漬物である。酵素と調味料は豊富な漬物の味を左右する要因である。当時用いられている酵素は、キビの粥、ざら麹、酢漿、大麦の飯、女麹、米の粥、丹柄、烏梅、赤小豆と餅米の炒り粉に酒を混ぜたもの、酒粕、米のとぎ汁のうわずみ、乳などがある。『斉民要術』巻3 種胡􄊴第二十四に、作胡􄊴􄡈法、湯中渫出之、著大瓮中、以暖塩水経宿浸之。明日、汲水浄洗、出別器中、以塩、酢浸之、香美不苦。亦可洗訖、作粥清、麦䴷末、如䖆芥􄡈法、亦有一種味。作裹􄡈者、亦須渫去苦汁、然後乃用之矣。とある。胡􄊴とはコエンドロのことで、最近日本の中華料理店にも見られるようになり、中国では「香菜」と呼ばれている。このコエンドロの作り方には3 種の加工法を含むが、その一つの「裹􄡈」は不明である以外、ほかの2 種の主な区別は酵素であろう。前者は酢で、後者はキビの粥とざらこうじである。  
こうじは酒・醤油・味噌の造りにも用いるが、女麹もそうである。『斉民要術』には各種のこうじおよびそれで造った酒が、巻7 造神麹並酒第六十四に詳細に記載されている。しかしそのタイトルの下に「女麹のことは巻九の蔵瓜にある」と注をつけている。漬物を記録する巻9 作􄡈、蔵生菜法第八十八に、女麹の加工法を収めていることは漬物とこうじ、特に女麹との緊密な関係を示している。  
もっとも基本的な調味料はもちろん塩であるが、塩以外には、ごま油、豆􄋬、蜂蜜、胡芹、小蒜、葱、橘皮、石榴、懸鈎子、廉薑、胡􄊴などが用いられていた。酵素と調味料とはっきり区別できない場合もある。例えば木耳􄡈に用いられる醤清。  
木耳􄡈、取棗桑楡柳樹邉生猶軟湿者、乾即不中用。柞木耳亦得。煮五沸、去腥汁、出置冷水中、浄洮。又著酢漿水中洗、出細縷切訖、胡􄊴、葱白、少著、取香而已。下􄋬汁、醤清及酢、調和適口、下姜、椒末、甚滑美。(『斉民要術』巻9 作􄡈、蔵生菜法第八十八)􄋬汁や醤清(たまり醤油)は酵素と調味料の役割を同時に果しているのではないかと考えられる。  
「作􄡈、蔵生菜法第八十八」に醤に関わるのは醤清(たまり醤油)しかない。それでも厳格な意味での醤ではない。よって、醤漬けの漬物がないかという疑問が生じる。当然そうではない。『斉民要術』巻2 種瓜第十四に、種越瓜、胡瓜法、(中略)並如凡瓜、於香醤中蔵之亦佳。とある。同前掲書巻3 荏蓼第二十六に、「蓼(タデ)作􄡈者、長二寸則剪、絹袋盛、沈於醤瓮中」とあり、さらに同前掲書の種􄋐荷芹曉第二十八には、􄋐荷(ミョウガ)の根について、「九月中、取旁生根為􄡈、亦可醤中蔵之」と記している。これらの史料に醤の具体的な種類は明らかにしていないが、当時、瓜類の果菜は一般的に醤で保存、あるいは加工していたことが分かる。また、醤の種類は豊富であり、基本的にはどんな醤でも漬物に用いられる。よって醤漬けの品物も豊富なはずである。  
もちろん特定の醤を要求する漬物もある。『斉民要術』巻2 種瓜第十四に、冬瓜は「削去皮子、於芥子醤中、或美豆醤中蔵之、佳」とあり、芥子醤(カラシ醤)が指定されている。根茎類と果菜類の野菜がよく漬物に用いられる。『斉民要術』にある16 項目の栽培野菜には根茎類の野菜は「種芋」、「蔓菁(菘蘆􄡅附出)」、「種蒜」、「種薑」、「種􄋐荷芹曉」の5 項目、果菜類は「種瓜」、「種瓠」の2 項目がある。  
漬けるということは貯蔵と調理の二つの役目を受け持つ。漬物は直接食用にされるし、料理の材料としても用いられている。『斉民要術』巻9 作􄡈、蔵生菜法第八十八に、葵、菘、蕪菁、蜀芥鹹􄡈法、収菜時、即択取好者、菅、蒲束之。作塩水、令極鹹、於塩水中洗菜、即内甕中。若先用淡水洗者、􄡈爛。其洗菜塩水、澄取清者、瀉著甕中、令没菜把即止、不復調和。􄡈色仍青、以水洗去鹹汁、煮為茹、與生菜不殊。とあり、葵(フユアオイ)、菘(ウキナ)、蕪菁(カブ)、蜀芥(タカナ)などの野菜は料理の材料として塩に漬ける。保存食材としての役目を強調している。  
漬物を加熱して料理を作り出すことができるが、素材を加熱してから漬物をつくる場合もある。同前掲に、作湯􄡈法、菘菜佳、蕪菁亦得。収好菜、択訖、即於熱湯中煠出之。若菜已萎者、水洗、漉出、経宿生之、然後湯煠。煠訖、冷水中濯之、塩、醋中。熬胡麻油著、香而且脆。多作者、亦得至春不敗。とある。萎れていた野菜を洗い、湿らせて一晩おき、新鮮さを取り戻した上で、これを熱湯にひたしてすぐ冷水ですすぐ。素材に対しての工夫を施した。このように処理された素材の色や歯ごたえはよくなり、この技術は現在でも使用されている。  
また、速成させるためにも加熱する。同前掲に、作卒􄡈法、以酢漿煮葵菜、擘之、下酢、即成􄡈矣。とある。もともと発酵することによって生じる酸味が、即食の「卒􄡈」において酢を加えることに変わった。すしの作り方の変化と同様であろう。次の海苔の漬物も通常の発酵法を使わず速成された例である。  
紫菜􄡈法、取紫菜、冷水漬令釈、与葱􄡈合盛、各在一邊、与塩、酢。満奠。(『斉民要術校釈』巻9 作􄡈、蔵生菜法第八十八)  
主材料の海苔は葱􄡈と混ぜることによって、漬物の味が加えられ、紫菜􄡈ができあがる。料理法から見れば、和え物に属すべきだが、「􄡈」の味であることは確かである。
第二、蒸し物。  
蒸す調理法を紹介する巻8 蒸缹法第七十七には、野菜の料理が一つしかない。  
蒸藕法、水和稲穰、糠、揩令淨、斫去節、与蜜灌孔裏、使満、溲蘇麺、封下頭、蒸。熟、除麺、寫去蜜、削去皮、以刀截、奠之。又云、夏生冬熟。雙奠亦得。このレンコンの蒸し物は現在「糖藕」と名づけられ、よく食べられている。巻3 蔓菁第十八(菘、蘆􄡅附出)にも野菜の蒸し物を収めている。  
蒸乾蕪菁根法、作湯淨洗蕪菁根、漉著一斛甕子中、以葦荻塞甕裏以蔽口、合著釜上、繋甑帯、以乾牛糞燃火、竟夜蒸之、麤細均熟。謹謹著牙、真類鹿尾。蒸而売者、則収米十石也。鹿の尾は中国古代の有名な食材である。鹿尾に似ているという表現からこのカブの蒸し物はかなりおいしいと窺える。賈思勰は、さらに「然此可以度凶年、救饑饉。乾而蒸食、既甜且美、自可籍口、何必饑饉」(同前掲)といい、おいしいため常食としてカブを勧めているが、やはり当時のカブは凶作の年に救荒食品にすることが一般的である。カブが非常食として漢代に重視された史料もある。漢の桓帝は長興二年(154年)六月にカブのことに触れた詔を下した。  
蝗災為害、水変仍至、五穀釜登、人無宿儲。其令所傷郡国種蕪菁為助人食。(『後漢書』巻7 孝桓帝紀)『斉民要術』巻10 五穀・果􄡞・菜茹非中国物産者にも救荒食品とされる水生植物と穀物と混ぜて造る料理がある。『詩義疏』曰、藻、水草也、生水底。有二種、其一種、葉如鷄蘇、莖大似箸、可長四五尺;一種莖大如釵股、葉如蓬、謂之「藻」。此二藻皆可食。煮熟、􄔌去腥気、米麺糝蒸為茹、佳美。荊揚人饑荒以當穀食。  
藻といっても水生植物としか断定できない。食材と料理法から見ると餅類に近い点もある。救荒食品であるか嗜好食品であるかについては、見方が異なるが、非日常的な食品であることは明確である。そこで救荒食品とされるのは中国の主食観念にもとづくからである。穀物が足りなければ、これは救荒食品になるが、豊作の場合は嗜好食品になるだろう。  
『斉民要術』巻9 素食第八十七に「薤白蒸」というラッキョウともちごめなどで造ったものがある。  
以上の四つの蒸し物から見ると、現在の点心に通じるものは三つある。偶然かもしれないが、古今ともに蒸し料理は高級な手の込んだ料理であることに変わりはない。
第三、蒸し焼き物。  
缹・執・腤などの料理法は実に似ていると、繆啓愉氏は指摘している。(繆 1982:486)宋・丁度『集韻』に「缹、􄰻、火熟之也。或作􄰻、亦書作退」(巻6 上声下・有第四十四)、「煮魚煎肉曰執」(巻4 上声・清第十四)、「腤、水、烹也」(巻4 上声・覃第二十二)とある。賈思勰は精進料理と思われるものに限って缹という文字を使用していることから、生臭い物と精進とを区別してそれぞれの文字を用いたようである。例えば『斉民要術』巻9 素食第八十七に、缹茄子法、用子未成者、子成則不好也。以竹刀骨刀四破之、用鐵則渝黒。湯煠去腥気。細切葱白、熬油令香、蘇彌好。香醤清、擘葱白與茄子倶下、缹令熟。下椒、薑末。とある。同篇に記載されている「缹瓜瓠」(ウリとナガユウガオの蒸し焼き)、「缹菌」(エノコの蒸し焼き)という料理には肉を加えているが、精進料理の一章に収められているわけは、「缹瓜瓠、菌、雖有肉、素両法、然此物多充素食、故附素條中」(同前掲)ということである。やはり生臭い料理と精進料理とを分けている。
第四、煮物。  
現在水を伝熱媒介として加工される料理は極めて多く、料理のタイプも多様である。しかし『斉民要術』に詳細に紹介されているものは少ない。それは、賈思勰は詳しく記載する必要がないと考えているからではないかと思われる。つまり、水を伝熱媒介として使用することはもっとも原始的な料理法の一つであり、そしてこのごく簡単な料理法は主に粗末な料理に用いられている。  
『斉民要術』巻9 素食第八十七に、料理法の部分に唯一の煮物が記録され、それは生姜の蜜煮の「蜜薑」である。  
蜜薑、生薑一斤、浄洗、刮去皮、笇子切、不患長、大如細漆箸。以水二升、煮令沸、去沫。与蜜二升煮、復令沸、更去沫。椀子盛、合汁減半奠。用箸、二人共。無生薑、用乾薑、法如前、唯切欲極細。  
これ以外に、巻10 五穀・果􄡞・菜茹非中国物産者にもまた何種類の煮物がある。やや詳しく記しているのは「藤」條にある『南方草物状』から引いた「野聚藤」の煮物の作り方である。  
野聚藤、縁樹木。二月華色、仍連著実。五六月熟。子大如羮甌。里民煮食。其味甜酢。  
とある。それ以外の記載は極めて簡単である。例えば「羊蹄」(ギシギシ)條に「煮為茹、滑而不美」(『斉民要術』巻10 五穀・果􄡞・菜茹非中国物産者)と、「菟葵」(イエニレ)條に「􅕗啖之、滑」(同前掲)と、「隠荵」(スイカズラ)條に「蔵以為􄡈、亦可淪食」(同前掲)というようなもので、ほとんどほかの書物から引用したものである。
第五、羹。  
『斉民要術』巻8 に「羮􄠋法第七十六」という一節があり、漢・王逸は「有菜曰羮、無菜曰􄠋」という(『楚辞補注』巻9 招魂の注)。羮の作り方は肉を使うのが基本であるが、巻9 素食第八十七に、精進料理の羮が3 例あり、羮􄠋法第七十六にも「胡麻羮」という精進料理の羹がある。葱とニラの羮の作り方を読んでみる。  
葱韮羮法、下油水中煮葱、韮五分切、沸倶下。与胡芹、塩、􄋬、研米糝粒大如粟米。(『斉民要術』巻9 素食第八十七)
第六、揚げ物。  
『斉民要術』巻9 素食第八十七に、「膏煎紫菜、以燥菜下油中煎之、可食則止。擘奠如脯」とあり、海苔の揚げ物である。
第七、焼き物。  
灰の中に入れて食材を焼く料理法は賽という。『斉民要術』巻10 五穀・果􄡞・菜茹非中国物産者の「􅝃」(ヒルガオ)條に、「根正白、著熱灰中、温噉之」とある。ヒルガオの採集について、『詩経』にも記録が残されている。 
四、穀物製品と茶果

 

1、果と穀物製品  
晋・葛洪『字苑』には「􄊍獵、膏糫は果である」(􄊍獵、膏糫、果也)とある(唐・慧琳『一切経音義』巻30)。この􄊍獵、膏糫の加工法について、『斉民要術』巻9 餅法第八十二には、膏環、一名􄊍􄊋、用􄉽稲米屑、水、蜜溲之、強澤如湯餅麺。手搦團、可長八寸許、屈令両頭相就、膏油煮之。とある。『集韻』巻5 上声上・語第八には「􄊋とは蜜餌であり、或いは獵となす」(􄊋、蜜餌、或作獵)とあり、南朝梁・顧野王『大広益会玉篇』巻15 米部には「糫とは餅である」(糫、餅也)とある。つまり膏環(膏糫)或は􄊍􄊋(􄊍獵)とは、はちみつと水で糯米の粉をこねて油で揚げる食品で、現在の点心類に属する。よって晋代における「果」とは、穀物の製品という意味も持っている。  
「果」という文字の使用はこのようにしだいに広がり、この語意の境界は曖昧になった。そして、意味を明確にするために果から派生字が出てきた。『史記』巻99 叔孫通伝には「古者有春嘗菓」とあり、ここで草冠を付す「菓」という文字をあてることで、植物であることを強調していると考えられる。しかし「果」はもともと指事文字であり、木の上に実があると表しているため、再び草冠を付すのは、蛇足である。また餅餌類を指す「􄨕」「妄」の形声文字も作られた。『大広益会玉篇』巻9 食部には「􄨕とは餅子である」(􄨕、餅子也)とある。『広韻』巻3 果韻には「妄とは餅妄類の食品である」(妄、餅妄食)とある。多種の文字があるけれども、「菓」は果実の意味で一般的に使用され、「果」は果実の意味を含めて、幅広く使用されているが、ほかの文字はあまり使用しない。
2、調理法について  
『斉民要術』は穀物類の製品を餅、糉瞹、煮癰、醴酪、�u57131 .飯、餳餔の6 類に分けている。この分類にそって、穀物製品を考察してみたい。
第一、餅類。  
餅について、『説文解字』巻10 食部には「餅とは小麦粉の􄨍である」(餅、麪􄨍也)と、そして「􄨍とは稲の餅である」(􄨍、稲餅也)とあり、巻6 䰜部には「饗とは稲の粉の餅である。餌とは饗の食へんになるもので、耳の声とする」(饗、粉餅也。餌、饗或従食耳声)とある。さらに『釈名』巻4 釈飲食には詳細に解釈している。  
餅、并也、溲麪使合并也。胡餅作之大漫沍也、亦言以胡麻著上也。蒸餅、湯餅、蝎餅、髄餅、金餅、索餅之属、皆随形而名之也。餌、而也、相黏而也。就形名之也。(成容鏡曰、本書以溲麪使合并訓餅、而此文云、餌、而也、相黏而也。蓋謂溲麦屑蒸之曰餅、溲米屑蒸之曰餌。画然為二。)  
つまり、餅とは小麦粉で作ったもので、餌とは米の粉で作ったものである。『斉民要術』の餅の材料は小麦粉と米の粉と雑穀の粉の3 種類に分けられるため、辞書の定義によれば、『斉民要術』の餅類には餌やそれ以外のものも含んでいる。『斉民要術』巻9 餅法第八十二にある「棉門」はあわと小麦粉で作った餅である。  
棉門、以粟飯􅥮、水浸、即漉著麺中、以手向簸箕痛􄔌、令均如胡豆。揀取均者、熟蒸曝乾。須即湯煮、笊籬漉出、別作􄠋澆、甚滑美。得一月日停。  
「棉門」は保存食品の湯餅であり、『斉民要術』以前の晋・束晢の「餅賦」は「湯餅」を中心とした文章であるが、色々な種類の餅が列挙され、その豊富さがうかがえる。  
礼仲春之月、天子食麦、而朝事之􄞌、煮麦為麺。内則諸饌不説餅、然則雖云食麦、而未有民、民之作也、其來近矣。若夫安乾􄊍􄊋之倫、糺耳狗后之属、剣帯案成、􅥨􄨌髄燭、或名生於里巷、或法出乎殊俗。(『太平御覧』巻860 飲食部・餅)  
また束晢は四季に対応して曼頭・薄荘・起溲・湯餅が最も適当な季節の餅類の食品であると考え、さらにその時代に餅食が盛んになった理由も分析している。その理由は、まず、元来庶民の食べ物であった餅類が上流社会の人々に注目されたことで、また外国、あるいは中原以外の地方の餅類が中国に伝わってきたことである。  
漢代から皇帝や貴族達の餅を盛んに食べている史料が出始めた。そしてこの風習に応じて、少府に属する「湯官」と呼ぶ官職が設けられた。『漢書』巻19 百官公卿表第七上に、少府、秦官、掌山海池沢之税、以給共養、有六丞。属官有尚書、符節、太医、太官、湯官、導官(下略)とあり、顔師古の注に「太官主膳食、湯官主餅餌、導官主択米」とある。秦代にあったこの制度は南朝まで残っていた。『宋書』巻39 百官上に、「太官供食物、湯官供餅餌及五孰果実之属」とある。  
湯官は餅餌類と果実類を含める嗜好食品の責任者ではないかと思われる。嗜好食品としての餅餌が愛食されている。『南史』巻62 朱􄇗伝に、好飲食、極滋味声色之娯、子鵝缹鰌不輟於口、雖朝謁、従車中必齎飴餌。とある。朱􄇗は豪奢で、食道楽を大事にする者である。彼が餅餌を好む記述から餅餌の高級さを示すことができる。蒸し、焼き、油で揚げる等の調理法で加工された餅餌、或いは「乾点」は、携帯や保存などに便利である。朱􄇗が食べていたのもそれであろう。実例として『斉民要術』巻9 餅法第八十二にある細環餅、截餅を挙げてみる。  
細環餅、截餅、(環餅一名寒具。截餅一名蝎子。)皆須以蜜調水溲麺。若無蜜、煮棗取汁、牛羊脂膏亦得。用牛羊乳亦好、令餅美脆。截餅純用乳溲者、入口即碎、脆如凌雪。  
細環餅の生地は小麦粉であるが、添加物によって多種できている。豊富な生地は餅餌の加工技術の素晴らしさを反映していると考えられる。現在中国における点心の生地の製法は「発酵」、「水調」(水で小麦粉をこねること)、「油酥」(油で小麦粉をこねること)、「蛋粉」(卵で小麦粉をこねること)、「米粉」(大概は湯で米の粉をこねること)の5 種に分けている。『斉民要術』にはこの5 種類の生地が全て記載されている上に、また乳汁を用いた生地のことも載せている。乳製品は遊牧民族に限らず、北方の代表的な飲食物である。北方の人々が身近な牛乳などで小麦粉をこねて点心を作ることはごく自然なことと見られるが、南方の人々の立場から見ると、これは普通の点心の生地とは言えない。  
餅餌は常食としてもされるし、種類も豊富であるため、穀物類の茶果の中で最も重要な部分であろう。
第二、糉瞹類。  
糉瞹とは、ちまき類の食品である。晋代には端五や夏至の時節に相応しい食品として食生活に定着している。晋・周処は『風土記』及びその自注に次のように述べている。  
『風土記』曰、仲夏端五、方伯協極。享驚用角黍、亀鱗順徳。注云、端、始也、謂五月初五也。四仲為方伯。俗重五月五日、与夏至同。胆春孚雛、到夏至月、皆任啖也。先此二節一日、又以菰葉裏黏米、雑以粟、以淳濃灰汁煮之令熟、二節日所尚啖也。(中略)裏黏米一名糉(子弄反也)、一名角黍、蓋取陰陽尚相苞裏未分散之象也。(隋・杜台卿『玉燭宝典』巻5)  
つまり角黍とは、まこもの葉でもちごめとあわを包んで煮込むものである。『食経』には「粟黍」と名付け、もう一種の角黍を具体的に記している(『斉民要術』巻9 糉瞹法第八十三)。この2 種を比べると『風土記』のほうが現在のちまきの造り方に近い。両方とももちごめとあわを用いることが特徴であり、筆者が幼少の頃、故郷の沈陽では、祖母が常に粘り気に富んだあわだけで、ちまきを造ってくれたものである。  
また、『食次』には同類の瞹という食品も紹介されている。  
『食次』曰、瞹、用􄉽稲米末、絹羅、水、蜜溲之、如強湯餅麺。手搦之、令長尺余、広二寸余。四破、以棗、栗肉上下著之偏、与油塗竹􄲵裹之、爛蒸。奠二、􄲵不開、破去両頭、解去束附。(『斉民要術』巻9 糉瞹法第八十三)  
蜜と水で糯米の粉をこねて、この生地の表面に果実をまぶす。それを竹の葉で包んで蒸しあげる。  
『北戸録』に見られる百支瞹は同種類の食品であると考えられる。百支はまた百枝といい、狗脊・防風などの別名もある。唐・韓􄍺『金鑾密記』に「白居易在翰林、賜防風粥一甌、剔取防風得五合余、食之口香七日」(唐・馮贄『雲仙雑記』巻五)とあり、宋・蘇頌『図経本草』に「又宋亳及江東出一種防風、其苗初春便生、嫩時紅紫色、彼人以作菜茹、味甚佳」とある。(『重修政和経史證類備用本草』巻7 草部上品)防風はよく食用される上に、評判もよく、百支瞹は防風を加えたちまき類の食品であろう。  
さらにちまきと茶が同時に供されることもあった。それは南朝斉の武帝が詔勅を発して太廟の供え物の具体的な種類を規定した時のことである。『南史』巻11 后妃・斉宣孝陳皇后伝に、永明九年(491年)、詔太廟四時祭(中略)昭皇后薦茗粣炙魚。並生平所嗜也。とある。粣はちまきのことである。武帝は太祖の蕭道成の妻である劉智容の供養に彼女の好みであった茶・ちまき・焼き魚を供えた、とあり、これらの飲食物を一度に食したかどうかまでの記述はないが、劉皇后が生前に茶を飲みながらちまきを食べたとしても不思議ではない。
第三、煮癰類。  
『斉民要術』巻9 煮癰第八十四に、『食次』曰、宿客足、作癰籷。癰末一升、以沸湯一升沃之、不用膩器。断箕漉出滓、以癰箒舂取勃。勃、別出一器中。折米白煮、取汁為白飲、以飲二升投癰汁中。又云、合勃下飲訖、出勃。癰汁復悉写釡中、与白飲合煮、令一沸、与塩。白飲不可過一囗。折米弱炊、令相著、盛飯甌中、半奠、杓抑令偏著一邉、以癰汁沃之、与勃。とある。  
癰籷についての解釈は多岐である。熊代氏はすすりだんごと訳しているが(西山 1984、p.201。)、繆啓愉氏は点心類の食品と推論している。(繆 1982:520)最近西沢治彦氏は「本文を読んでも今ひとつイメージがわかないが、要するにコメの屑とコメを材料にして作る「だんご」で、塩で味をつけて食べるものである」という。(田中他 1997:209)前掲文によると、癰籷の造り方について、重湯のような液体を攪拌して、泡を立てる。そしてご飯の上に癰汁と泡を加えて出来上がる。癰籷は沖縄のブクブクーと類似する料理であると筆者は考えている。
第四、醴酪類。  
『斉民要術』の醴酪とは飴と杏仁粥を混ぜたものである。杏仁粥の作り方は『斉民要術』巻9 醴酪第八十五に記載されている。  
煮杏酪粥法、用宿穬麦、其春種者則不中。預前一月、事麦折令精、細簸揀。作五六等、必使別均調、勿令麤細相雑、其大如胡豆者、麤細正得所。曝令極乾。如上治釜訖、先煮一釜麤粥、然後浄洗用之。打取杏人、以湯脱去黄皮、熟研、以水和之、絹慮取汁。汁唯淳濃便美、水多則味薄。用乾牛糞燃火、先煮杏人汁、数沸、上作豚脳皺、然後下穬麦米。唯須緩火、以匕徐徐攪之、勿令住。煮令極熟、剛淖得所、然後出之。預前多買新瓦盆子容受二斗者、抒粥著盆子中、仰頭勿蓋。粥色白如凝脂、米粒有類青玉。停至四月八日亦不動。渝釜令粥黒、火急則焦苦、旧盆則不滲水、覆蓋則解離。其大盆盛者、数捲亦生水也。  
この杏酪粥は常食の粥ではなく、かなり手の込んだ嗜好食品であった。晋代の醴酪は寒食節の時令の食品になった。晋・陸􄳩『􄌋中記』に「寒食三日作醴酪、又煮粳米及麦為酪。擣杏子人煮作粥」とあり、隋代の杜台卿は醴酪について「今世悉作大麦粥、研杏人為酪、別者一錫沃之也」と注をつけた。(『玉燭宝典』巻2)粥に砂糖など甘い調味料を入れて食べる習慣は最近では衰退する傾向があり、以前はよく見かけた嗜好食品としての飴売りもほぼ姿を消してしまった。それは砂糖などの甘い調味料が普及して日常化されたことに伴った連鎖反応と思われる。
第五、􄌫飯類。  
晋・呂忱は『字林』に「􄌫」について「水澆飯也」と解釈し(『玉燭宝典』巻2)、上海の「泡飯」や日本の「茶漬け」に連想しやすい。  
『斉民要術』によると飯はいろいろな穀物を使用していたことが分かる。まず『斉民要術』巻9 􄌫飯第八十六にある「菰米飯」の例を挙げてみる。  
菰米飯法、菰穀盛韋嚢中、擣瓷器為屑、勿令作末、内韋嚢中令満、板上揉之取米。一作可用升半。炊如稲米。  
菰米とは「こも」といういね科の多年生水草の実である。炊いたいろいろな飯は液体に浸けて食べる。『斉民要術』は「漿」にこだわり、巻9 􄌫飯第八十六に、「寒食漿」が紹介されている。  
作寒食漿法、以三月中清明前、夜炊飯、鶏向鳴、下熟熱飯於甕中、以向満為限。数日後便酢、中飲。因家常炊次、三四日輒以新炊飯一椀酘之。毎取漿、随多少即新汲冷水添之。訖夏、􄌫漿並不敗而常満、所以為異。以二升、得解水一升、水冷清俊、有殊於凡。  
漿は穀物を発酵して作られたものである。飯を寒食漿に浸けて、しばらく置いて飯が水分をある程度吸収してから食べる。  
「􄌫飯」に用いる飯はさらに干し物まで加工することもある。その干し飯は「糒」という。馬王堆漢墓の竹簡によると、11 個の笥と七つの袋にある「糒」が副葬品とされている。  
113 号竹簡には「棘楝一笥有嚢」とあり、棘は棗で、「棘楝」とは「棗糒」のことである。後漢・崔寔『四民月令』にも「棗糒」という食品がある。棗糒は棗と飯とを混ぜて干した物である。その具体的な作り方について、『斉民要術』巻9 􄌫飯第八十六に、粳米棗糒法、炊飯熟爛、曝令乾、細篩。用棗蒸熟、􄋼取膏、溲糒。率一升糒、用棗一升。とある。馬王堆漢墓の竹簡には棗糒の以外にまた5 種ある。  
114 号竹簡には「楝三笥」とあり、蜜の糒のことである。  
115 号竹簡には「唐壗于楝一笥」とあり、クログワイの糒のことである。  
116 号竹簡には「白楝二笥」とある。  
117 号竹簡には「稲糒一笥有嚢二」とある。  
118 号竹簡には「稲楝一笥有嚢二」とある。(湖南省博物館他 1973:139 − 140)  
1973(編)『長沙馬王堆一号漢墓』北京:文物出版社。  
馬王堆漢墓竹簡には豊富な干し飯の種類とその干し飯の高級さが反映されている。『斉民要術』巻3 雑説第三十にも「是月(4 月)也、可作棗糒、以禦賓客」とあり、客をもてなす食品とされることから棗糒の貴重さを表している。  
糒は保存食品として、一般的には携帯食品とされる。『四民月令』に「五月多作、以供出入之糧」とある(『斉民要術』巻9 􄌫飯第八十六)。軍糧はその重要な用途の一つであろう。『史記』巻109 李将軍列伝に、大将軍(衛青)使長史持糒醪遺広、因問広、食其失道状、青欲上書報天子曲折。とある。普通の干し飯は簡単な食べ物であるが、工夫すれば、単なる保存食品から嗜好食品に変わる。次の史料にある干し飯は「棗糒」に負けない珍しい食品と言える。  
『玄晏春秋』曰、衛倫過予而讌論及於味、命僕取糗以進予。予嘗之曰、吾知之矣。麦其主者也、有李奈杏味。三果不同、予焉得兼之。倫曰、吾之将来、家実多故。杏時将発、故糅之以杏汁。李奈時発、又糅之以李奈汁。故有三果之味也。(『太平御覧』巻860 飲食部・糗糒)この李奈杏の味を持つ干し飯は嗜好食品として誰もが認めるところだと思う。また、茶との相性がよいと考えられる。  
『斉民要術』の漿に浸ける食べ方に対して、『史記』の史料は糒と醪とセットになっている。古代の中国には六飲といわれる飲料がある。『周礼』巻5 天官・漿人に、「漿人掌共王之六飲、水・漿・醴・涼・医・􅢧入于酒府」という。􄌫飯を浸ける液体が大事にされていた。
第六、餳餔類。  
餳餔類に収められるのはみずあめとみずあめを主材料とする食品である。みずあめが嗜好食品として朱􄇗に好まれたことは前述したが、馬王堆漢墓にも多種の甘い食品を副葬品として納めている。  
97 号竹簡には「孝疇一資」とあり、121 号竹簡には「唐一笥」とあり、出土した笥に「糖笥」と書く木製の札がある(湖南省博物館他 1973:139、140)。『斉民要術』巻9 餳餔第八十九にある「煮白餳法」を通じてその加工技術を見てみる。  
煮白餳法、用白芽散􄞝佳、其成餅者則不中用。用不渝釜、渝釜則餳黒。釜必磨治令白浄、勿使有膩気。釜上加甑、以防沸溢。乾􄞝末五升、殺米一石。米必細笛、数十偏浄淘、炊為飯。攤去熱気、及暖於盆中以􄞝末和之、使均調。臥於冠甕中、勿以手按、撥平而已。以被覆盆甕、令暖、冬則穰茹。冬須竟日、夏即半日許、看米消減離甕、作魚眼沸湯以淋之、令糟上水深一尺許、乃上下水洽訖、向一食頃、使抜冠取汁煮之。毎沸、輒益両杓。尤宜緩火、火急則焦気。盆中汁盡、量不復溢、便下甑。一人専以杓揚之、勿令住手、手住則餳黒。量熟、止火。良久、向冷、然後出之。  
『斉民要術』には異なる原材料によっていろいろなみずあめを造っていた記述が見られるが、この白傍はもっとも基本的なものである。  
前掲『北戸録』に黄方柏饊がある。饊とはおこし、即ち米を炒って飴と和したものである。『急就篇』巻2 顏師古の注に、饊之言散也、熬稲米飯使發散也。古謂之張皇、亦目其開張而大也。とある。『食次』にある「白繭糖」と「黄繭糖」も饊類の食品である。  
『食次』曰、白繭糖法、熟炊􄉽稲米飯、及熱于杵臼浄者舂之為瘍、須令極熟、勿令有米粒、幹為餅、法、厚二分許。日曝小燥、刀直噺為長條、廣二分、乃斜裁之、大如棗核、両頭尖。更曝令極燥、膏油煮之。熟、出、糖聚丸之、一丸不過五六枚。(『斉民要術』巻9 餳餔第八十九)  
炊いたもちごめを十分について、平に延ばす。少し乾いてから棗の核ほどの大きさと形に切る。これをさらに十分乾燥したら、油で揚げて、5、6 個をあめの中で転がして一つにする。これで「白繭糖」の出来上がりである。  
『北戸録』にはまた「胡麻糖」と「雀頭糖」がある。それらはみずあめに胡麻あるいは雀頭を混ぜて出来た嗜好食品であると考えられる。「胡麻糖」は伝統的な菓子として今でも人気がある。雀頭とは高級な香辛料であり、『江表伝』に「是歳(魏の黄初二年、221年)魏文帝遣使求雀頭香……」という記事がある(『三国志』巻47 呉書・呉主伝の注)。みずまめに香辛料を入れることはよく用いられる加工法である。  
唐・杜佑『通典』巻25 職官には、「晋太官令有餳官、果官吏各二人、自後無聞」とある。餳官の仕事の内容は明確に記されていないが、宮廷の飴や果実などの嗜好食品を加工・管理する役人であろう。 
五、まとめ

 

本稿では「果」と呼ばれる食物を糸口として、両晋南北朝時代の茶果の構成及びその加工法を考察した。  
狩猟採集時代には、果実は主な採集対象であり、経済生活と食生活の上で大変重要な役割を担っていた。農業技術の発展にしたがって、採集による食料生産は社会経済の中での地位が下がり、果実の常食としての役割も減少したが、嗜好食品として重視された。  
果実はおいしくて、最初の嗜好食品になったと思われる。そのため「果」が「おいしい」の代用詞になった。『国語』巻16 鄭語には、「声一無聴、物一無文、味一無果」とあり、三国呉・韋昭の注には、「五味合、然後可食。果、美也」とある。この史料で「果」の意味だけではなく、一種の美食意識も伝えた。この美食意識のポイントは様々な味を調和することにある。  
食品の加工技術の発展にしたがって、果実を材料としていろいろな食品が加工された。『斉民要術』には棗・李・杏・奈・林檎などを粉末状にして、米や麦などの粉と一緒に調理することが紹介されている。『斉民要術』巻4 奈、林檎第三十九に、作林檎麨法、林檎赤熟時、擘破、去子心蔕、日曬令乾。或磨或擣、下細絹篩、麤者更磨擣、以細尽為限。以方寸匕投於椀水中、則成美漿。不去蔕則大苦、合子則不度夏、留心則大酸。若乾噉者、以林檎一升、和米麨二升、味正調適。とあり、林檎の粉と米の粉を混ぜて、嗜好食品を作っている。具体的な作り方は記されていないが、材料から見ると、点心類のものであるはず。ここから果実と点心との一つの接点が窺える。また、果実およびその加工品と穀物の製品は同じく嗜好食品である。  
漢代の張騫、班超らが西域に遣わされてから、中国と中央アジアの交流は一層頻繁になった。西域からは沢山の食材や調理法が中国に輸入され、大勢の胡人が中原で飲食店を営んだ。特に小麦粉の製品は中国人の食生活に強い影響を与えた。その中でもっとも有名な食べ物は胡餅であり、今日も一般的に食べられている。もう一方南方の開発により、南方の豊富な米類の点心は、漢魏時代の文化・政治・経済の中心地である北方にまで伝わった。漢魏両晋南北朝時代には、穀物製品は大きな発展をとげた。  
果実及びその加工品・果菜の料理・穀物の製品は、酒宴に常に設けられていたが、さらに茶宴に吸収され、茶果の主体となった。  
茶果のスタイルを左右する要素について以下の三つが挙げられる。
一、茶との相性。 
主食、副食の考え方のもとで主食の相性によって副食を選ぶ。言い換えて言うと、穀物で作られた「飯はん」によって相性のいい料理「菜さい」が選ばれる。酒宴にも穀物の主食があるが、この主食は名実相伴わず、酒宴の主役は酒に担うためである。そして酒宴の料理は酒の相性によって決められる。同様茶宴の料理は茶にふさわしいかどうかによって選択する。  
そこで「擂茶」のことを思い出した。1994年第2 回国際茶文化研討会が湖南省常徳市で開催された。ある日、立派なレストランで「擂茶」を飲んだ。10 余種の料理も出たが、すべて地方の人々が日常的に食用する「擂茶」の料理である。漬物と野菜の煮物と点心のみであって、もっとも一般的な炒め料理は一つもなかった。料理の種類は贅沢なほど豊富であるが、料理の素材は質素である。古今の茶宴料理のスタイルはあまり変わっていないのではないかと思われる。  
二、伝統文化と時代思潮。 
中国では木食の考え方は古来あり、漢魏以来道教の流行と共に一層強まった。  
『山海経』巻2 西山経にある「名曰􅔳木、食之多力」について、晋・郭璞は戦国の尸佼の著と言われる『尸子』を引用して、「木食之人、多為仁者」と注をつけ、木食と人性を結び付けている。  
木食と人性と結ぶ考え方はどこから生まれたかについて検討したい。  
『礼記注疏』巻53 中庸にある「天命之謂性」について、漢・鄭玄は「天命謂天所命生人者也、是謂性命。木神則仁、金神則義、火神則礼、水神則信、土神則知」と注釈し、唐・孔穎達はさらに「皇氏云、東方春、春主施生、仁亦主施生」と説明している。また、漢・董仲舒『春秋繁露』巻13 五行相生に「東方者木、農之本、司農尚仁」とある。つまり五行思想に基づいて考えると、仁には季節の春や方位の東方や木にあてる。そして人間は仁なる木を食用すると、仁の性はその人に移るという発想が生ずる。いわゆる「木性仁、故木食之人亦為仁者。」(戦国・尸佼『尸子』巻下清・汪継培注)である。  
魏晋南北朝の社会はこの考えを普遍に受け入れていた。この考えに対して、晋・葛洪『抱朴子外篇』巻1 逸民に次の異議を収めている。  
然時移俗異、世務不拘、故木食山棲、外物遺累者、古之清高、今之逋逃也。  
これは役人が隠逸を批判する話であるが、この後文では逸民は反論している。やはり「木食」(菜食の意)は清高のしるしとして認められている。晋および晋以前に限らず、南北朝やそれ以後の時代にもそのように考えている。例えば、南朝斉に褚伯玉という人は呉郡の瀑布山に隠居しているが、呉郡の長官の王僧達に無理矢理に誘われた。そして丘珍孫という人は山に戻らせようと要請する手紙を書き、王僧達に出した。その手紙の中で「木食」に触れている。  
聞褚先生出居貴、此子滅景雲棲、不事王侯、抗高木食、有年載矣。(中略)夫却粒之士、􄨇霞之人、乃可􄤱致、不宜久羈。君当思遂其高歩、成其羽化。(梁・蕭子顕『南斉書』巻54 高逸・褚伯玉伝)  
「木食」と隠居と道教の神仙とはつながっている。道教の流行は魏晋南北朝時代の社会思潮の特徴である上に、喫茶の成立にも強い影響を与えた。さらに茶宴の料理の構成も左右したと考えられる4)。  
三、酒宴への反動と補助。 
早期の茶宴は酒宴との対立関係がよく強調される。そして一方贅沢な酒宴に対して、茶宴は「倹素」や「素業」でアピールされた。酒宴の「食前方丈」と表現される料理の豊富さに対して、茶宴は「七奠􄕲茶果」といい、料理の数からもその質素な特徴を強調する。さらに茶果という用語自身はすでに質素な印象を人々に与える。前述のように茶果は植物性の材料を中心に調理されるし、古来植物性の食材は質素なイメージを持つ。また質素を強調することによって贅沢の象徴としての肉食が否定されるためであろう5)。しかし仏教の考えと異なり、精進料理のように肉食を絶対的に排除することは茶果になかった。  
茶宴と酒宴との関係について、対立を強調するよりも、その異なるスタイルが食生活において補完関係にあることがより大切であり、それだからこそ茶宴と酒宴はともに悠久の食生活史において共存してきたと思われる。
ところで、前出にある何胤のことにもう一度触れたい。飲食に贅沢だった何胤は晩年になると菜食主義者になってしまった。精進料理は茶宴とほぼ同じ時代に成立したが、茶果と比べると、動物性の材料を完全に排除する。精進の茶宴もあるが、茶宴は全て精進ではない。といっても、茶宴は酒宴に対応する飲食様式であり、前述のように設けられた茶果はやはり精進料理のイメージが強かった。そしてもともと贅沢な肉料理の上に、精進料理や精進料理と肉料理の間に位置する茶果が加わることにより、中国料理史から見れば、魏晋南北朝にはあらゆる宴席料理のスタイルが揃うようになった。本稿では茶宴の料理を考査したが、茶果の視点から魏晋南北朝の食文化を考査したことにもなる。どちらにしても始めの試みである。 
  
注  
1)茶宴について別所に論じるつもりで、ここで具体的な論述を避ける。  
2)『南方草木状』について、著者の問題を含めていろいろな異説がある。  
3)「棗油」と「梅油」は『斉民要術』巻3 種棗第三十三と種梅杏第三十六にある。  
4)喫茶と道教との関係について「茶:薬から嗜好品への道」(関 2001:201-237)を参照。  
5)茶や茶宴の倹の精神について「魏晋南北朝における喫茶の文化」(関 2002:283-314)を参照。  
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