上布

 

麻は人類最古の衣料といわれ、紀元前3,300年の頃から使用されていたと伝えられている。古代エジプトではすでに麻の栽培がおこなわれ、麻布を作り出していたといわれ、それは古代エジプトの遺跡にみられる麻栽培や織女を描いた壁画、そしてファラオのミイラが麻布で包まれていたことで知られている。中国でも5,000年以上前の栽培の歴史があるといわれている。 
日本でも、飛鳥・奈良時代に衣料として広く愛用されていたことが「日本書紀」に記され、時には神前の衣として万葉集にも読まれている。麻の中で、古くから世界的に名が通っているものに、中国の苧麻、エジプトの亜麻、印度の黄麻等が挙げられる。 
古い時代から日本で広く賞用された麻製品のひとつに「上布」がある。上布は、手積み(麻を細かく裂いて繋ぎ、撚り合わせる)した細かい糸を産地独特な技法で織りあげ、加工した高級な麻布のことで、越後上布(小千谷縮)、近江上布、能登上布、宮古上布、八重山上布が有名である。
 
 
越後上布と小千谷縮 
越後地方(新潟)では、1680年頃上杉氏が原料からむし(苧麻)の栽培を奨励したことにより、越後上布の生産が盛んになった。寛永10年(1670年)明石藩の浪土、堀次郎将が小千谷に移住して、越後上布の改良を試み緯糸に強い撚りをかけて布を織り、仕上げで布にしぼを作ることに成功し「小千谷縮」の起源となった。縞や花模様等を織り出す工夫がされた。上布と縮布の違いは、縮布が緯に強い撚糸を使う点にあり、他は原料使い方すべて同じである。からむし(苧麻)の手績糸を地機で織り、雪晒しを行って仕上げたもので、昭和50年「越後上布」「小千谷縮」として重要無形文化財指定を受けた。
 
近江上布 
近江上布は、鎌倉時代に京都の職人が移り住み技術を伝え、江戸時代に入って彦根藩の保護政策のもと、農家は副業として着尺地、蚊帳地等を盛んに生産し、近江商人が全国に売歩いて有名になった。近江上布も昭和52年に伝統的工芸品指定を受けたが、その技法は経に苧麻糸を緯に手績みの大麻を使い地機で織りあげる。絣糸の染色は櫛押捺染または型紙捺染によると定められている。愛知川を中心とする湖東地区で着物、服地向けの上布、ふとん、座布団、シーツ向けの縮等が生産されているが、手績糸は影を潜め、苧麻糸(紡績糸)使いが主体となっている。
 
能登上布 
能登地方は平安時代から苧麻を栽培し、江戸時代中頃迄は近江上布向けの原料としたが、1814年に近江より職人を招き技法を導入し、能登上布の生産を始めた。能登上布は、能登縮または安部屋縮(出荷港の名)とも呼ばれ、主な生産地は石川県鹿島町・鹿西町・羽咋市等で、明治初期には麻織物の生産全国一を誇った。能登上布は海晒しの麻織物としても有名である。織りあげた布の糊を落とすため、海水に一昼夜漬けては乾かす作業を4 〜 5回繰り返した後、けやき製の木の箱に数反ずつ入れて桐の杵でつく。次いで、桶でお湯をかけながら足でよくもみ踏み4 〜5時間寝かし、海水に広げ布を膨らませながらよく晒し、真水で十分濯いだ後、海岸の岩場で天日に晒す。この海晒しは、3〜4月に行われこの時期岩場は白一色で雪景色を想い起こさせたといわれる。
 
宮古上布1 
宮古島で栽培した苧麻を手績して糸を作り、手括(てくぐ)りや絣糸とし、琉球藍と蓼藍を混ぜた液で染め、高機で織りあげたもので、重要無形文化財指定を受けている。宮古上布には白絣もあるが、南国の自然をモチーフとした織り柄と黒に近い濃藍とが大きな特徴で、その艶のある深い藍の色合いは、織り上がった布地を水洗いして澱粉をまぶし、木槌で1万回も叩き続ける「きぬた打ち」や染めては乾かし染めては乾かす作業を1週間も繰り返す丹念な布染めによって生まれるものである。宮古上布の生産は、16世紀後半から続けられているが、現在着尺の生産は大幅に減少している。 
宮古上布2 
苧麻(方言でブー)を原料とした織物で、宮古上布の起源は稲石という女性が、進貢船を難破から救った夫の昇進に感謝し、尚永王に「綾錆上布」といわれる布を織り、献上したことにはじまる。苧麻などの繊維から糸をつくることを績む(うむ)という。染料には藍を使用した紺地の上布が特徴である。絣模様を 1本1本指先で揃える緻密な柄が織られた。明治期に奄美より締機を用いた絣技法が導入され、細かな十字絣の「蚊絣」による宮古上布が織られるようになった。
 
八重山上布1 
17世紀初め、薩摩への献上布として知られていた八重山上布は、石垣島が産地である。経苧麻糸、緯苧績糸(おうみし・手績糸)を使い、同島産の紅露芋の色素で絣を焦茶に染めたもので、わが国唯一の茶絣上布となっている。平成元年4月に伝統工芸品指定を受け、その技法は苧績糸または苧麻糸を使い、絣染色は手括りか、手擢りこみによる先染とし、緯糸の打ち込みは手投抒(ひ)を使って平織とすると定められている。 
八重山上布2 
起源は定かでないが、薩摩の貢納布のため織られたことがはじまりと考えられる。宮古上布同様厳しい人頭税の下、八重山の女性達も過酷な労働を課せられた。貢納布として宮古島は藍地・八重山は白地を織るよう指定された。 原料は苧麻で絣は手括りのものと、染料にクール(紅露)を使い刷毛で直接糸に摺り込む(捺染) 摺込絣がある。仕上げに海水に晒す海晒しによって白地はより白く、絣の色はより濃く仕上げられる。
 
中国の苧麻(チャイナグラス)

 

苧麻は、中国で最も古い歴史を持つ植物繊維で新石器時代の遺跡から、4700年以前の布と紐が出土したことから、5000年以上の栽培の歴史があるといわれている。漢・唐・宋の時代には、貴族や官史用とされ、烏帽子も高級な麻布で作られていた。 
19世紀後半から欧州や日本で、苧麻工業が相次いで勃興したが、原料は総て中国産苧麻で賄われた。揚子江流域に広大な栽培適地を持ち、豊富な労働力により生産が大いに振るい、チャイナグラスとして広く各地へ供給され、その名を高めた。現在は生産が減少し、国内用と一部日本にも輸出されている。
 
日本の古代の麻は大麻と苧麻が利用されていた。大麻も苧麻も縄文、弥生時代の遺跡から、種子・織物・編物が出土している。縄文・弥生時代には大麻の使用が多く、古墳時代(3〜6世紀)中期以降は、苧麻の使用が増えたようだ、日本書紀・万葉集の歌に登場することで知ることができる(「庭に立つ麻手刈り干し布さらす東女を忘れたまふる」)。
 
醍醐天皇の延長5年に越後の国他25ケ国で生産された麻布を、庸・調としたとの記載が延喜式にも見られ、麻は古代国家の納税手段として重要な役割を果たしていた。 
鎌倉時代には、源頼朝が勅使に、東国の名馬や絹糸とともに、越後上布千反贈ったと、吾妻鏡に記されている。武家社会の一般衣料以外にも武家社会の軍需にも沢山使われるようになった。陣幕・旗差物・馬具・網唐に用途が急増した。陣幕は矢を通さぬこと、兜や鎧の裏地としては、汗に強いことから、麻を最適として需用が広がった。
 
江戸時代に入ると四季を通じての衣服ではなく、冬は木綿に変わった。その需用は蚊帳の普及で支えられ、また武士の礼装に使用されるようになり、麻の需用は元禄・享保年間に最盛を極めた。その後、綿・合繊が普及するまでは、重要な繊維だった。
 
エジプトの亜麻

 

エジプトの亜麻は苧麻とともに最も古い繊維作物といわれ、エジプトでは紀元前ナイル河畔で栽培が行われ、亜麻布として衣料やミイラの包布・帆布等として利用された。亜麻の栽培・加工の技術は、紀元前2000年から同1200年頃、ギリシア・イタリアに伝えられ、次いで欧州・東欧・旧ソ連へと広がり、これらの国々では気候が適していたこともあって定着し、衣料・インテリア用品(特に、テーブルクロス・ナプキン)・帆布・縫糸等に広く利用され、綿が普及するまで最も重要な繊維として、ヨーロッパで使用された。
 
インドの黄麻

 

印度の黄麻は、17世紀に印度の家内工業として興り、英国で開発された紡績機械を導入したことで、工業化に弾みがつき、麻袋を主とした世界的な需用に支えられ、発展した。原料黄麻の栽培中心地は、ガンジス河とプラマプトラ川の三角洲地帯で、肥沃な土壌と繊維を採取するための水浸醗酵が極めて便利であったことから大いに栄え、潤沢に原料が供給された。現在、合繊繊維の普及で需用は減退しているが、インドの他、バングラディシュ・中国・タイ等で生産が続けられ、コーヒー豆、砂糖、肥料等、各種用品の包装用として賞用されている。
 
サイザル・マニラ麻

 

サイザル麻は、原産地メキシコから1900年代にアフリカ、ブラジル等に伝わり生産され、マニラ麻も同時期フイリピンで生産され、両種ともその繊維が強いこと、水中での耐腐性に勝れることから、船舶用のロープ・漁網糸等として広く各国で賞用されました。合成繊維の普及によりこれら用途は激減し、製紙用等に転用され、特に紙幣用紙としてその特性を発揮している。

 


  
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名称 | 種類 > 産地 | 用途

 

 
大麻/Hempヘンプ | アサ科一年草 
 中国・フランス | 下駄の鼻緒・蚊帳・衣料・混紡地・畳縦糸
   
亜麻(あま)/Flaxフラックス/リネン | アマ科一年草 
 中国・フランス | 服・シャツ・帆布・魚網・ホース・芯地
 
苧麻(ちょま)/Ramieラミー/からむし | イラクサ科多年草 
 中国/ブラジル/フィリピン | 服・シャツ・寝装具・資材・魚網・芯地
   
Juteジュート/黄麻(こうま) | シナノキ科一年草  
 インド/バングラディシュ/中国 | 麻袋・括糸・導火線・ヘキアンクロス・カーペット
 
マニラ麻/Abacaアバコ | バショウ科多年草  
 フィリピン/エクアドル/コスタリカ | ロープ・魚網・インテリアマット・機能紙
 
SisalHempサイザル麻/ヘネケン | ヒガンバナ科多年草 
 ブラジル/中国/メキシコ | ロープ・敷物・マニラ麻の代用
 
Kenafケナフ/洋麻 | アオイ科 
 インド | 麻袋・綱・製紙原料

 

 
苧麻奨励卑見/田代安定氏述 台湾日日新報 大正5年(1916/7/3-11/7)
総叙(上)  
苧麻は亜細亜特産の蕁麻科宿根草にして必ずしも熱帯植物と限るものには非ず其の原生地は支那、朝鮮、日本、安南、暹羅、緬甸、前印度、後印度、ヒマラヤ山下に亘り又馬来諸島即ち蘭領印度及び比律賓群島に連亘せる形跡を示し馬来人種は之を「ラミー 」と唱え支那人は即ち「苧麻」と名け印度人は「レーア」と唱え其原生植物は素と馬来諸島産と亜細亜大陸産と二種に別れ欧洲人は往昔支那原産種に対しては「チャイナグラス 」と名け印度原産種に対しては其土人語なる「レーア」なる名称を用い馬来諸島原産種に対しては其の土人語の「ラミー」なる語を使用し又最初の程は植物学者間に於て苧麻即ち「チャイナグラス 」と「ラミー」とを根元的別種の植物と為し又植物学名を甲乙二種類設けて使用し居たる時代あり然れども爾後多年の実験に依り畢竟此両植物の根元的徴候は唯一にして倶に変種の範囲を離れざるものに過ぎずとのことにて右様複雑なる理論は解除さるることと為り今日に於ては所謂苧麻は此植物に対する漢名の総括名詞と為り欧洲人の普通語としては左の三名を適宜共通併用することと為れり即ちRhami「ラミー 」馬来語Rhea「レーア」印度語China-grass「チャイナグラス」を綜合して「シノニーム」(異名)的に用い居れり而して馬来諸島のラミー草と支那大陸産のチャイナグラスとは元と別学名を附し居たる丈け植物形体上に於て多少の差ありと雖も語調の平易簡便なる故か所謂苧麻に対しては欧米人其他一般の貿易界はラミーなる名称を専用しつつあり其の影響我が日本人にも浸染し日本人中にても国語、農学、漢名の素養に関係遠き人には単にラミーなる一語を知りて他の各称あるを知らざる者あるの奇観を呈し居れり 
又前述の如く苧麻は亜細亜原生植物中の一にして到る処に多少宛の野生即ち原生品あり或は亜細亜以外にも其の植物系区播布せるものあるべしと雖も是は皆植物学上の参考材料品たるに過ぎずして実用的繊維採収用の苧麻は此の野生物植其儘のものに非ずして人工改良を経て其の形態著しく進化せる即ち人力自然淘汰的の経歴を有せる普通農産植物中の一に化成せるものなり今該生産物に対する殖産興業上の卑見を表叙するに臨み尚お茲に該植物の由来及び素質関係を序述し置かんと欲す 
抑々支那大帝国は往古希臘、羅馬の勃興時代寧ろ其以前埃及全盛時代東西遠く相隔て印度、波斯と共に互角の勢いを以て制度、文物相並て発展し農業造林、畜産、工業等の殖産事業も之に伴うて著々隆興進歩の跡を等うし即ち米穀及び繊維、油料其他各植物の栽培業著しく発達し繊維料野生植物の利用厚生法の種々発明されしものありしことは彼の詩経等にも往々散見する所にして此時代に相前後して苧麻栽培法の如きも其端緒開け居たるかと想像さるる所なり而して漢代三国、唐、宋、隋朝時代は最も支那の文物隆盛時代にして野生植物の利用栽培法の如きは著るしく其進歩発達の実跡を収め来り米穀の優良種桑樹果樹の改良種等の豊富を来すに至ると共に苧麻の人工改良法も随って進化せしや疑を容れざる所なり而して支那に於ては即ち桑、楮、漆樹等と共に農家経済植物の殖育業は殆んど其の全国に普及し殊に湖南、湖西、四川浙江、浙西、泉洲、福州等苧麻の特産地なるが如し自国使用の外年々歳々欧洲に輸出して彼地の工業原料に充る産額亦著大なり是れ「チャイナグラス 」の名を貿易界に於て博取する所以なり  
 
総叙(下)  
我が日本には苧麻の野生品多しと雖も是は野態其儘にして実用に当らず尚普通雑草と選ぶなきなり而して日本に於ても古来苧麻の栽培業開け農作物中の一に充て来る処なり即ち此苧麻は固より野生品の種苗を採て栽培せるものに非ずして往昔或る時代支那大陸の人工改良種を移植したるものたることは自から論を俟たざるなり唯だ直接に支那本国より種苗を輸致したるか或は三韓即ち朝鮮を経由して入り来りしものか未詳と雖も其の植物は支那原産の人工改良種なるに外ならざるなり且つ日本人の栽培せる苧麻が外国来の植物たることは次の苧麻に対する日本語に就て見るも明かなり即ち苧麻(漢名)日本名伽羅麻、唐糸、唐麻以上の如く支那、朝鮮方面よりの移植品たることは即ち日本語にて十二分に証明され居れり此植物の日本に移植されて以来植物性繊維としては其の用途範囲の拡大にして一国の富源涵養上に密接の関係ある農作物たるに拘わらず如何なる故か他の大麻の如く栽培業遂に今日迄大成するに至らずして止み其植育区域は或る地方にのみ限られて其の用途の如きも極めて狭義的解釈の下に埋没され居るの状況あり故に日本人中には能く苧麻なる植物を知らざる人多くして甚だしきに至っては農学専業の人にして苧麻に対する知見至って貧弱にして迂遠なるものも少なからざるの傾きあり亦各農業家、工業家にしても苧麻栽培及び調査の思念至って冷薄にして旧来該繊維の応用法開け居る地方は即ち越後布の奈良晒、沖縄上布等にして世人一般に越後布を袗衣に用い薩摩上布(沖縄上布)を極力珍重愛用しながら其織布原料が果して苧麻繊維なるに思い及ぶ者なく何故に越後上布及び沖縄上布が繊麗優美にして夏衣として人肌に適可なるやの元由を了解し居る者は殆んど無きが如し若し此が他の植物繊維ならんか斯く堅靱無比にして耐久力に富める美術的織布を製出し得ざるなり 
今日の如く外国と直接貿易の影響峻劇ならざる旧封建時代に於ては国家財政上の刺戟感応微く随って殖産興業上の思念一局部に限らるるもの多くして邦土全体に対する国産興起の企図心を惹起す機会殆んど皆無にして所謂国家経綸なるものも産業奨励なるものも即ち封建的規模の下に成立ち居るものにして各藩個々別々に農商工の基礎を特設し居たるが為め或藩に於ては積極的方針の下に隆興して一藩の名産と為り或藩に於ては消極的方針の零以下にありし地方少なからず之を以て苧麻は尚未だ日本全土の特有産物と為るに遑あらずして廃藩置県の維新時期に遷入し而して明治維新後今日に至り既に殆んど五十星霜に垂んとするに臨んで尚お苧麻殖産の観念は茫昧乎として社会事物以外に閑却され農業界、工業界共に昧然として其の感想を引起すの時期に達せざる混沌界中に彷徨しつつありと云うべき一奇観を呈しつつあるは吾人の頗る慨歎に堪えざる所なり 
又独り苧麻のみならず本邦財政界の利害に直接の関係ある草綿の研究調査亦同一状態を呈し農業専門の諸校試験地等他植物の研究其極度に達し居るに拘らず是等重要植物の思念は比較的冷薄にして用意の余りに消極的に過ぐるが故に其指導奨励の根基となる所の素養経験豊富を欠き且つ此種の産業奨励上の精神的応果も我が社会に対しては尚お極めて稀薄なるの感なき能わず況んや地方農民及工業事業家に於てをや 
右の如き状態なるに拘わらず一方に於ては近年苧麻繊維の需要本邦に於ても著しく激増し知らず識らずの間に苧麻繊維の我工業原料として支那大陸より年々歳々輸入するもの莫大の数量に上り統計年鑑に記載する所に依れば右の如く近三年間は年々四百五十万斤乃至五百万斤の間を上下し其価格七八十万円の間に在り然れども実際に於ては尚お此以上に入来り金額は百万円以上に達しつつあるが如し一昨大正三年帝国製麻会社の原料消費額は支那苧麻六十万円に上れりと云えば一会社丈けの需要額にして尚斯くの如し此他の各麻問屋其他大阪市中の各肆店に於ける販売額亦著大にして其原料は殆んど支那苧麻なり我が日本は斯くの如く年々多額の苧麻を支那より輸入して各種の需要を充たし而して我が内国産は僅かに其何分の一にも当らざる貧弱なる少産額に過ぎずして且つ其生産地は僅か数県に止り旧来の越後上布沖縄上布等の原料に充るの量に過ぎず是れ苧麻事業奨励の必要由て起る所以なり  

 

用途の範囲(上)  
苧麻は支那、朝鮮、日本等に於ては古来衣服用織布原料として使用され日本に於ては越後布と沖縄即ち先島上布は美術的反布として我が邦内にては頗る有名なるものなれども織布原料以外の需要往時は皆無なりしなり然るに欧洲人は此一種の繊美なる植物性繊維を猶絹糸の如く衣料以外広き方面に於て応用上の新意匠を凝らし殊に仏蘭西人は彼の里昂府に於て著大の絹布工場を有する等よりして自然該繊維利用法発明の動機と為り即ち人造絹糸類似品の専売特許は夙に其の名声を世界に発揮し且つ苧麻剥皮機械の発明者フオール氏を生ぜしより苧麻栽培業は南欧農業界の一部分に加わり来るに至れり然れども苧麻は前述の如く元と亜細亜特産植物にして其の領土東西趣を異にするが故か或は他に事故あるが遂に今日迄欧洲に於ては猶其の生産額大成するの域に溌達せず此繊維は常に支那、安南、緬甸、印度等渾て東部亜細亜より輸入して彼等工業界の原料を充たしつつあり然れども彼等は学術素養を巧みに利用して種々の工芸原料に充る方法を発明し近年其最も著しきものは苧麻紡績糸にして猶之を絹糸の如く綿糸の如く広き範囲の方面に応用し猶且つ化学作用に依りて草綿に髣髴たる一種の苧麻糸絮を製出し之を原料としてラミー紡績綛なるものを世界各邦に輸出しつつあり 
欧洲に於ては仏、独、白、英の諸国は各所に苧麻紡績機械工場を設け我が日本には今回の欧洲戦争起るまでの間は近年独逸綛なる名称の苧麻紡績綛を輸入して織布原料に充て其製造品は洋服地、ハンケチ、メリヤス肌著、越後晒布、近江晒布、座蒲団表地、靴縫糸、各種の皮革縫糸、漁網、綛●、窓掛布、テーブル掛布等に使用し近両三年間著しく其需要拡まり来りて多方面の註文に応じ且つ我が日本人の手に於ても種々之が販路拡張の競争に腐心し随って之に伴う機械の製造及び新発明器の専売特許を得るもの等を出し就中大阪市東区西九条下之町石井鉄工場主人石井長次郎氏は今去六年前彼の有名なる仏国フオール氏式苧麻剥皮機械を基礎として同剥皮洗滌機械を製出して専売特許権を得て諸方の註文に応じつつあり又之に関連して欧洲諸国の苧麻紡績機械を参考折衷して其贅を去り短を補い一種の簡便なる苧麻紡績機械の全部を製出し得るに至れり欧洲製品に比すれば第一価格廉直に出来上りて機械の冗贅の部分を省除し更に主要部を添加して完成したるものにして即ち其の穫せる生茎を剥皮せる機械以外に右苧麻紡績機械全部其工場据附に適する丈けのものを最も精確に製作し得るを以て今日我が日本に於て苧麻紡績工場を各地方に新設するには敢て独逸其他欧米より高価の舶来機械購入の必要なき程度まで発展し居れり  
 
用途の範囲(中)  
苧麻綿絮及び漂白法紡績綛糸等のことを詳述すれば説岐径に亘りて此論綱の大要目に蛇足を添うるの恐れあるを以て此事は後章に譲り先ず此処には本邦今日のラミー工業に関する現状を括述し置くことと為さん我が工業界の一部分に於ては幸に近年ラミー即ち苧麻紡績と云うことに著目し先ず愛媛県下今治町大元苧麻紡績株式会社なるもの去今約四年前に創立せられ資本金十五万円の小会社なりと雖も其事業は年々引続きて目的を進行し此工場には嘗て人に聞く所にては前記大阪石井鉄工場製の機械のみにて組織されありとのことなりしも現に大元社員より直接聴取する所に依れば最初独逸製機械を据附けたりと云う然れども之等の話は何れも一概に偏信するを得ず現場を一目せざれば真否判明し難し且つ斯くの如き事項は即ち枝葉の問題にして日本に苧麻紡績会社の設立せられ居ることすら知らざる諸紳士当事者少なからざるを以て聊か参考の為め紹介し置くのみ又一方には京都市鐘ケ淵紡績会社に於ても元来綿糸紡績を以て成立し居るものなれども同所に於ても既に苧麻紡績と云うことに一先鞭を著け年々多少の同細糸を製出し織布原料に当てつつある所なり 
右の如く日本に於ても規模こそ小なれ既に苧麻紡績営業の端緒開け居る所にして猶之を綿糸紡績の如く各府県及び朝鮮、台湾等に該事業を奨励拡張し行くことは此模範的先決問題に準じて実行上に便宜なる所以なり然るに世間往々説を為すものあり苧麻紡績業は一時熱心に従事せし者ありしも皆収支計算相償わず失敗に終りて中止せりと予を以て見る時は是は大に事実を取違えたる誤説たるを免れざるものにして此風評を高むるの理由は別に炳乎として火を睹るよりも明かなるものあり即ち蒸気機械力に依ては具体的紡績業を営む者は前記大元株式会社と鐘ケ淵紡績会社等なり又特に富士紡績会社に於て営みしとの説あり今治の大元会社は其紡績製品の販路年々発展して綛糸は越後地方にも需要多く其他織布原料として供給しつつある所にして近年は皮革殊に製靴上の縫糸として最も需要多き所にして遠く濠洲に向って輸出を試みつつある所なり又苧麻業の失敗説伝わるものは左の関係に外ならざるなり  
 
用途の範囲(下)  
仏国人某がラミーを原料として人造絹糸を発明して専売特許を得たりとの風評は明治十年頃より盛んに伝播する所にして其頃より我邦人中に此顰に倣うて苧麻繊維の漂白法及び製綿法を熱心に研究する者各地方に競起し初めの程は化学素養に乏しき素人熱心家好事家投機的山師思想家の手に成るもの過半にして所謂虎を画て猶猫にだも類せさる陋劣極まる製品を持廻りラミーの効用を吹聴して醵金の材料に充てし者少なからず又時には甘く其罠に罹りて大金を投出し資財を傾けたる者も少なからず而して近年に至りては其手段方法多少発展して是等の思想家は化学者に委託し若くは其化学者自身が論文若くは贏利目的の為め此研究に従事する者頻出し遉かに化学作用を経たる製品丈け以前と趣を異にし虎を画て虎の真形に迫る繊美優良見る者をして驚歎讃賞措く能わざる有価品を製出するもの年々各所に現われ来り又全く無学無資格の者にして其化学者より伝受を受け美麗なる標品を製出して或は斯業株式会社を企画し或は財産家を巧みに籠単して大金を投出せしめ中途にして漸次失敗の徴候現われ来り范漠として其末路を晦まし不得要領に終りしもの過半にして其終を全うせし者皆無の状態なりしを常とせり遠き明治年間に止らず今日の大正年間に至っても猶此種のラミー狂熱者少なからずして苧麻紡績業の失敗と伝説せるものは多く此の点に対するの誤解なり予も時々此種の人人に接見し其試製品なりと誇示する所の標品を検閲すれば実に驚歎措く能わざる程立派なるものなり而して試に之は何に使用するの目的なりやと聞けば即ら人造絹糸にしてハンケチ其他の絹マガヒ織布原料に充つと答う併し之を綛糸に再製せば一英斤若干価にて出来上るやと反問せば判然たる答弁の出来ざる者もあり又約何円にて仕上がると答うる者もあり 
而して欧洲開戦前独逸綛の日本に入り来るものの倍以上高価に当るものあり乃ち製品は如何に美麗と雖も販路梗塞して前進するの活路を開き能わざる所謂此一事にて既に洞知するに足るものあり是れ諸学者の研究的試験製品若くは所謂熱心家なる者の自称発明品中には世間常在のことにして一国一地方の生産物としては尚お其間に多大の径路遠く相隔離せるものを含有し実地経済上の貿易品としては斯る煩雑なる手数及び特別経費等を要せずして以上諸製品より更に経済的に大纏め的に出来上る方法あり例えば製紙用パルプの如きも若し機械力に由らずして或る学者個人の手工力若くは素人熱心家の手を以てする時は其製品丈けは稍々パルに近きもの出来上るべきも到底収支計算相償わざる一の好事的標品たるに止まると同理由にして苧麻漂白及び製綿法等の如きも現に欧洲の各工場に於て実地経済的に製出されつつある所のものは其原料さえ安価に入手して販路さえ渋滞せざれば猶綿糸及び絹糸紡績等と同様に著々発展の績を奏する理由のものなり 
以上と同じ事柄を燥返す様なれども近時京都辺の織物師が自己の手許にて苧麻の粗皮を漂白して綛糸製造迄を親らし而して之を其目的の織布原料に充るものあり此種の類も往々徒らに労多くして効少なき結果を現わし遂には苧麻製糸は到底収支相償わずと匙を投じて望洋の歎を発する者なきに非ざるべし是れ畢竟機械力の順序正しきシステマチカール製造法に由らざるが故なり我が工業界には往々斯くの如き局面的研究のみに齷齪として身魂を徒らに消耗して世界的大局面を広く包容して工業経済の大基礎を立るの要素秘訣を看破せず漫然岐道に彷徨して大道闊歩の根本的発展策を講ずるに至らずして資力欠乏し遂に失敗に終る者亦少からず  
 
粗製繊維の用途  
苧麻は粗製繊維のままにて用途亦頗る広汎なるものにして支那、朝鮮、安南、印度、日本等亜細亜方面の用途は化学作用を経ざる天然的繊維原形の儘直に工業原料に充てて多大の用途販路を開き居るものにして成立ち居れり試みに其用途範囲の較著なるものを拾い挙げ見れば則ち支那、朝鮮方面にては専ら衣服用の粗布を織り其中には我が奈良晒布に類似して洋服地等に充て得らるものあり日本にては旧来越後及び沖縄上布原料等の如き極めて狭く限られ居ると或る地方農民等の常用服等に使用する等に止まり居りしを以て其栽培面積も常に小部分に限られ来りし所以なるが近年に至りては苧麻繊維の利用法大に発展して左の如き広き範囲の下に多大の需要供給を来すに至れり即ち蚊帳、漁網、下駄鼻緒、各種の衣服原料、細索原料、以上各品の原料として年々四五百万斤の苧麻繊維を支那より輸入するものにして紡績工業は尚お極めて小規模のものたるに過ぎざるを以て其原料の七八分通りは此天然繊維の儘用途なり、其各一品にても需要額著大にして殆んど旧来の大麻の如き場合に使用さるるを以て年々歳々益々其の販路の膨大を加え来る所以なり此需要が斯く拡まり来る所以は維繊の素質大麻よりも寧ろ使用し易くして且つ大麻に劣らず強勒にして形観美麗なるを以てなり 
紡績綛の原料は其繊維を機械力にて短切し一応パルブ同様のものに煮崩し後之を綿絮と為し此綿絮より細糸を引出すものなるを以て此目的の為めには固より脩長繊美なる繊維を得るの必要なく敢て故らに立派なる繊維を要せずと雖も此繊維原形の儘にて使用するものは其繊維の品質を選択するの必要あり又衣服料等に充るには成るべく糸質の細小にして脩長なるが此に適当するものにして例えば沖縄上布の原料としては糸質尤も微細軽軟にして脩長ならざるべからず越後布に於ても亦同段なり是には普通品は不向にして此目的に伴う優良品ならざるべからず台湾苧麻の中にも此に適当するものあり支那上海方面より輸入する普通品は長三四尺にして稀に五尺に達するものあり台湾の山岳地等新墾土壌に出来たるものは長五六尺以上時としては七八尺に達するものあり又苧麻の中には数多の変種ありて其変種に由りて多少繊維の細粗優劣の差あり 
凡そ大麻を使用する場合には大抵苧麻を使用し得られ且つ価格彼に比すれば安価に得らるるを以て向来苧麻繊維の需要は益々拡まり行くの見込みあり故に苧麻は天然形粗製繊維のままと化学作用に由れる改造繊維の両品共に需要販路の著大なるものと知るべし然り而して台湾苧麻年々の総産量は二三百万斤の間を上下し其価格三四十万円乃至五十万円に亘り此生産物は全部粗製繊維のまま対岸支那に於て使用さるるものなり又近年支那より日本に輸入する所の四五百万斤七八十万円のものは全部粗製繊維のまま使用さるる目的に相伴うものなり粗製繊維にしても需要額著大にして此在来採製法も亦如此或る程度までは尚有望なり而して紡績加工改正繊維の用途に於ては将来の用途殆んど無定限なり故に向来苧麻栽培の目的は此両種類に別たるるなり 又将来欧米諸国に於て若し粗製繊維の需要註文等増加し来るに於ては其の供給用として特に苧麻栽培を拡張するの必要起る場合もあるべし而して其の剥皮仕上法に於ては徒らに旧套を墨守せず新式機械力に由らずんばあるべからず  

 

棉花関係(1)  
苧麻は前説の如く大麻、亜麻、綿花の場合に代用し得られ又人造絹糸に彷彿たる美術的工業品の原料に供し得らるるを以て将来本邦の農産植物中にて著大の新産物たらしめ得べき確実なる実力を具有するものの一は先ず苧麻繊維なり本邦に於ては棉花の輸入額著大にして近数年間の統計を検すれば大略左の如き驚歎すべき巨大額に上り居れり 
右大正元年以降草棉の外国より輸入し来るもの年々六百万担即ち六億斤以上にして此価格二億円以上と為れり是れ本邦輸入品中の最大巨額を占むるものにして日本は草棉の栽培業発達せず且つ草棉適地に乏しきは気象土壌の関係と其作附段別寡少なるが為め棉花の生産量僅少なるものあるに拘らず綿花の需要頗る拡大にして年々歳々産業の発達するに伴い棉花の輸入額は益々膨大するの原理を有し即ち棉花の為に年々我が国貨を二億円以上ずつ外国に仕払いつつある次第なり 
此輸入棉花を原料として製出せる綿布、綿糸等の外国に向って輸出せるもの年々莫大の数量にして試に大正三年の同輸出価格を通計すれば実に一億三千余円の大金に上り此分は一応工業原料として輸入したる棉花を以て製出したる我が国産品にして其価格として外国より我に入り来る所の総金額即ち一億余円に上れるを以て差引勘定二億数千万円の棉花を購入して殆んど其半額以上は再び貨幣と為して我に返り来るもの故実際の所は本邦内に於ける棉花の需要額は大約一億円強と見積れば大差無きものなり然れども尚お此一億円は本邦財政上の為めには又実に大金額と謂わざるを得ざるなり 
此事実上の一億円強に相当する本邦消費用の棉花輸入量を省節防圧するの直接手段としては即ち草棉栽培奨励業にあり而して日本は草棉栽培には至って不得意の国なり我が内地各府県に於ては往時は草棉栽培業も相応に発達し且つ経験も積り棉花生産の府県も亦ありしなり然るに我が内地は人口増殖の劇甚なるに伴い漸次に地価暴騰し地面の用途多端多忙となりて草棉の如き薄利の農作物は顧るに遑あらずと云う状勢の下に草棉栽培業は遂に殆んど地を払って自然と減少するに至れり是に向って草棉栽培の奨励は敢て能わざるにあらざるも殆んど不可能的状況の下に彷徨しつつあり  
 
棉花関係(2)  
草棉は元と熱帯植物なりとの理論よりして割出したる観念として台湾に向って一時草棉栽培の奨励且つ各個人の栽培熱急に勃発して台湾を以て本邦棉花生産地の主脳地に充てんと欲し草棉殖育地各所に競起せしも遂に今日まで刷然面目を一新すべき棉作業の効果の較著なるもの現われ出でず之が営業的植栽家は未だ全く失敗の歎声を発するものなしと雖も今日の状勢にては猶未だ之を本島の特産物に充て外国綿輸入防止の一助に充つべき見込みは確定せざるなり今其所以を茲に一言し置かん  
元来台湾は一適地を特選して斯道に素養あるものの手に由りて栽培すれば最優等の棉花を生産し非常なる好成績を奏することあり殊に熱帯諸国産の木状棉即ち埃及、暹羅、伯拉爾、アップランド、シーアイランド等の栽培には頗る有望と為す所あり然れども台湾の島坐其ものより云えば恰かも颶風と北冬信風の中心点に置かれ年々此被害は免れ難き所なり且つ加うるに他の気象の関係上乾湿期不適良にして其中庸を得難く即ち嘉義以南所謂南部台湾に於ては一年中六箇月間は過度の乾燥季継続し六箇月間は過度の雨季継続し此の変調的気象の影響にて草棉の発育及び棉花の成熟を傷害すること実に諸人想像の外にあり其の乾燥期中は寧ろ却って発育上には有利なれども雨期に際すれば風水害之に伴うの外に場所に依りては其植物の根腐或は棉花の腐朽墜落を来すことあり而して位置の選定宜しきを得たるものは此被害を免がるることあり然れども此気象上の被害以外寧ろ夫れより更に著大の憂患は虫害なり従来栽培者が失敗の基いとなりしものの十中八九は皆此の虫害の為めなり此虫害は非常に劇甚なるものにして害虫の種類亦多く繁殖力旺盛にして我内地人の殆んど想像も及ばざる所なり  
台湾に於ける草綿の栽培には右の如く二種の大患害相伴うものありて其一なる気象の被害は則ち天為にして人力の得て左右し得べきものにあらずと雖も亦人力の意匠学術の応用に由りて亦避け得るの方便は猶他の農作物に於けるが如く全然能わざることにはあらざるなり虫害に於ては如何に被害劇甚なりと雖も猶煙草、米穀、甘蔗等の害虫駆除と共に農学上の真理に照し根本的に駆除方法を確立して是に従事せば仮令一朝一夕に急功を奏し難きも人力を以て害虫駆除の目的を達し難しと云うことは斯道専門家の分としては公言し難きことなれば此害虫は注意黽勉其の宜しきを得れば又人力を以て省除し得らるること自ら論を俟たざることに帰著すべきものなり  
 
棉花関係(3)  
近年台湾草棉栽培熱突如として勃興し復た突如として暴風の止みし如く其事業熱冷却し且つ失敗し声続々頻起せし其因由を尋れば或は虫害の為めと謂い理論喋々たりと雖も之を窮竟すれば以上の諸因之が素を為すは勿論なりと雖も予輩の見る所に於ては右以外更に原因の較大なるもの之に伴い居るものあり即ち  
第一 台湾全体に対する綿作業の秩序的大方針確乎整然たるもの立ち居らざりし結果も亦其一なり  
第二 草棉なる農作物の栽培方法不備の結果も亦其なり即ち整地植栽方法の不研精、手入方法の不備、枝条剪定及び収穫法の不研精其他普通農学上の対照比較不備の点  
第三 植栽地選定の粗漏不注意の結果も亦其一なり、草棉栽培は何れの邦国たるを問わず土地の選定に深く注意せざるを得ず第一地下水層の浅き部分は根腐、萎縮病、葉巻虫、諸害菌の発生免れ難し第一礫層土壌磽●地等は避けざるべからず第一颶風及び北東信風直衝の場所は避けざるべからず且つ人力を以て之を防止する方法設備を講ぜざるべからず第一年々風水害に罹り易き地勢地位の場所は避けざるべからず其他土地選定に注意すべき事項多し  
第四 栽培人選定粗漏の結果も亦其一なり草棉栽培は農業中にて最も一種の専門技術経験熟練を要する事業にして正式農学校を卒業するか若くは是に準等の学術経験を要し第一気象学上の研究対照、土壌土地の研究、肥料の配合土質と肥料との研究、排水法、灌水法の意匠、害虫駆除法、外国草棉裁培地との比較研究其他農学上の完全なる素養ある人を以て之に充てざるを得ず  
第五 栽培業を農学上の素養に乏しき者に放任せし結果も亦其一なり  
第六 種子の授受のみに満足して其種類の郷土、特性に留意せずして注意粗漫の結果も亦其一なり例えば台湾の如き乾燥爍熱の強烈なる土地に上海、天津綿の如き軽鬆なる砂壌地に生育せる種類の種子を場所を構わず単純に蒔附れば不成績を来すことは固より瞭然たり又印度綿と□央米国、埃及綿等とは自から其植物の素性を異にせり之を同一方法にて同一畑地に栽培すれば其植物の特性上何れか不結果を生ずれば免れざる原理なり  
第七 栽培者に対する条約不備の結果も亦其一なり  
第八 其土地に生産せる棉花の販路啓発指導不備の結果も亦其一なり凡そ新生産物に対しては最初其販売取引先に対する方法を確定せずして漫然之を等閑に附する時は自然事業資金の注入渋嗇と為り経費不足の為め充分の肥料をも施すことを敢て為さず害虫駆除風水害防止の設置も自然消極的粗懶に打過ごし成績良好のものも失敗に終ることあり  
 
棉花関係(4)  
草棉栽培業熱の最初旺盛なりしに似ず中途に事業熱冷却し逡巡不振中に漸次対草棉意念閑却され行くものは台湾の土地其物が斯業には元々楽観的土境にあらざることは一は島の位置が然らしむるものにして彼のテキサス、フロリダ、カリフォルニヤ等の如き草棉特産地に等しき美土にあらず埃及、印度昿原等の如き天然的に放置するも尚お其植物が相当する収穫を授け与うと云うが如き気象安静にして天為的憂患の少き土地とは固より同日の論にあらずして草棉栽培には各殊の困難相伴うことは天数の免れざる所なれども前述の如く其栽培上に相当の秩序的方法手段を為し農業上の法則に能く準拠して意匠宜しきを得るときは将来に於ては旧来の悲観的感念を一転して草棉思想を楽観的に向道感化せしめ多少台湾の特産物たらしむることは得らるべき見込みありと雖も大体上から之を論ずれば畢竟本邦棉花輸入額の大部分を台湾一島の生産物のみにて補充し得らるる程度迄臻達することは前途尚遼遠にして且つ其の間には多少の疑問なき能わざるを以て吾人の執るべき殖産業の方針としては先ず台湾に対する草棉問題は従来の如く熱中腐心するを暫らく避け寧ろ冷静の観念を以て専ら外国草棉原産諸国に就て更に充分なる見学講習上の素養を積み農芸科学上の実地試験栽培に活智を注ぎ先ず功を晩成に帰することに著目点を納め置き然るべきものと思惟する所なり  
 
朝鮮棉花栽培業の好成績及意見  
翻って朝鮮に対する棉花生産業を観るに本邦に於ては草棉栽培奨励は台湾に対する意念を移して寧ろ朝鮮に注ぎ鋭意努力せば熱帯種草棉の成功は別問題とし暖帯地方に生育し来れる種類に於ては漸次其収穫率を高め若干の年数を積まば支那綿に等しき棉花の生産地たらしむることは単に理想に止らず事実上一の特産物と為り外国綿輸入防止の一部分を補い得べきことは台湾に向って之を望むよりも寧ろ却て順調的に相応の効果を収め行くことは見易かるべし併しながら元々朝鮮の地位が暖温帯に非ずして敢て草棉の郷土として見るべきものには非ざるを以て著しき多大の生産額には上らざるべし之を以て観る時は我が日本帝国は今日以外更に他の熱帯国を領有せざる限りは到底棉花の輸入額を多大に減少することは恐らく不可能の問題なるべし即ち他の新らしき方法手段を講じ以て新産物を振興し以て外国綿輸入額省節の一部分を補うことに満足するの外なかるべし是れ本邦に苧麻栽培及同紡績工業特殊の必要起る所以なり  

 

草棉輸入減少策(上)  
棉花の輸入額を減少せんが為め本邦内に草棉栽培業を奨励し以て現在の我が領土内を其主産地に化成せしめんとの観念は斬新なる一卓見として大に同感を惹起す所なりと雖も前述の如く熟ら我が邦土の位置を注視するに本州、四国、九州、沖縄、台湾何れも東洋中颶風及び北東風の略ぼ中心圏内に亘坐し棉花に最も忌む所の風害なる一大障害物の附纏い居るものあり 又前述の如く朝鮮の草棉栽培業に一縷の望みを属すべきものありと雖も棉は元と熱帯植物の人工化育の結果暖温帯地方に生育し得るが如く漸化し来りしものなるを以て朝鮮の全部に就て之が殖育上の目的を期し得難きものあり且つ其地面に対する収穫率を著しく高め生産額を膨大せしめ難き疑問あり北海道なる昿地域ありと雖も其位置北隅に偏倚し草棉の殖育には気温不足の欠点あり  
 
カロリン及マルシャル諸島草棉栽培の意見  
新領土所謂裏南洋即ちカロリン、マルシャル諸島は比較的颶風圏に遠ざかり純熱帯地にして草棉栽培には理想的好適地と想像さるる所なりと雖も惜しい哉其面積過小にして著大生産額を出し得る能わざるべし但し該群島の中のポナペ等には約三十町許りの原野ありとのことなれば若し甘蔗の代りに棉花栽培地に充てなば或は意外の好結果を奏するや図り難し即ち此の地はキドニー、キャラボニカ、暹羅改良棉、埃及棉、シーアイランド、アップランド等の中にて優良種を選択して最佳の貴重棉花の特産地に充てなば渺爾たる一小島を宝土化せしむるの一手段あるべし而して我工業界上に一種の特益を与うるや瞭然たりと雖も其の総産額に又限りあり若し栽培後の成績良好なれば本邦内にて唯貴重の棉花産地としては有望なるも一国の財源に割当れば恰も九牛の一毛に等しきものならん  
本邦に於ては棉花生産の大見途大略右の如き状態にして如何に草棉栽培業を積極的に奨励するも到底多大の棉花輸入額を防止し得ることは先ず不可能に近き問題と諦らむるの外なかるべし然しながら今後多数の年月を経て農事改良、学術応用の力に由りて或は如何なる発展を来すや図り難しと雖も今日の状態に於ては先ず難題の方なり併し向来支那大陸及び南洋諸邦に我が永代租借地権利を完全に掌握し得て此に草棉畑を拡張するに至らば亦別問題なりと雖も現時の儘の国籍上に就て云えば[前説の外余地なきが如し  
草棉と苧麻とは全く類性を異にする植物なれども化学作用を経たる物質上の用途は殆ど同一様に応用されつつある所にして其●は彼の人造樟脳と樟樹樟脳若くは人造青●と木藍青●よりも品質近似し即ち苧麻製の綿絮は恰か]も埃及綿、シーアイランド、アップランド綿と見違う程形観肖似し猶脱脂綿として医科施術材料に使用するを得べく而も品位は草棉より優良なり其他綿絮としては他の各種の方面に使用するを得べく又繰□としては即ち紡績綛の最佳原料にして而も其綛糸の品質は綿糸よりは数□□靱にして光沢に富み如何なる繊細なる織物原料にも適し其の百二十番以上二百番迄の糸は亜麻糸と同一用途に供せられ織布としては遥にリンネル布より光沢に富み美麗高尚にして数倍の耐久力を有し即ち一方にはリンネルに代用されて品質彼に優り又更に化学作用に由りて精製すれば一種の人造絹糸となりて絹布を欺く繊麗なる美術的織布の原料に充て得べく即ち棉花、亜麻、絹糸の代用品として応用し得べき価値を有し且つ色素の染附能くして任意に美麗なる花紋を織出すに適し織布用植物性繊維としては右の如く独特の優点を有すること世界無双なり是れ近年ラミー繊維の広く諸邦に珍重されて需要販路の著しく広まり来りつつある所なり  
 
草棉輸入減少策(下)  
凡そ植物性繊維中にて織布原料として大麻、草棉以外に繊細緻密なるものは比律賓群島特産のアバカ即わちマニラヘンプ鳳梨糸、米国のプロメリア繊維等なりと雖ども他は各多少の癖性を有し苧麻の如く死んど万能力を具うるが如くなる能わず即わち大麻は繊細なるもラミーの如く繊麗高尚なる能わず世人が衫中の最粋美品として一反三四十円乃至其の以上の高価を仕払いても尚お夏月の晴著として愛用する所の薩摩上布即ち先島上布は何故に然るかと云えば全く苧麻を以て織成されたるが故なり此に次での越後布亦然り綿糸は如何に繊細に仕上ぐるも綿布は何処までも綿布にして高等衣服に列する能わず  
又マニラヘンプ及び鳳梨、プロメリア繊維等の織布は繊巧美麗人目を眩惑するが如きものありと雖も苧麻布、亜麻布に比すれば軟弱にして経済的衣服原料としての資格に乏しく且つ鄙俗の蛮的臭味を多少脱し難くして高尚の体観を欠き亜麻布は一見苧麻布と相伯仲し其精巧に織成されたるものに於ては却って苧麻布を凌ぐ外観を呈するもの時に無きに非ずと雖も之を洗浣する毎に光滑漸次消脱し年数を経れば破締を生じ易く実用的経済上の点に於て遠く苧麻布に及ばず是れ苧麻が植物性織布用繊維中の首魁に仰がれ得べき特長を有する所以なり 右は苧麻が織布原料としての長点を列叙するものに過ぎずと雖も前文中反復述ぶるが如く尚お他の用途に於て綿絮の儘にても皮革の縫糸、裁縫糸、細条用としても又粗製原形繊維のままにても細引、呉蓙、畳縫糸、蚊帳、漁網下駄鼻緒等の大麻代用としても其需要範囲頗る広く将来に用途発展の望多し  
苧麻を以て優に棉花の代用品に充て得らるる理由は前陳の如く明瞭にして尚お其の証例を挙ぐれば即ち向後海外輸出用及び内国用のメリヤス肌著、ハンカチーフ、洋服地、靴縫糸、各種の皮革製品縫糸、織布用唐綛代用品としても亦日本衣服用の諸反布原料、坐蒲団表地と窓掛、テーブル掛等の諸材料としても絹糸の交和料としても漸次需要増加の特質を有し斯く苧麻繊維の用途拡まり行かば自然的に棉花の使用額は減少すべき原理にして即ち知らず識らずの間に間接的棉花輸入の抑制力を増加する所以なり然れども唯漫然其の自然の形行に一任し袖手傍観して荏苒無為徒らに年月を空過する時は苧麻繊維利用の範囲は依然として或る方面の商売間若くは工場に限られて尚お引続き年々歳々其の原料を支那より輸入し苧麻繊維の為めに巨額の国貨を海外に仕払い行くに止り而して棉花の輸入は依然として旧態を改めず尚お一方の動物繊維たる羊毛と共に専ら舶来品に依頼して我が工業界の消長興廃を其場其場の景況に左右さるるが如きは吾人今日の日本人として甚だ無定見無経綸至極の次第ならずや 棉花と云い苧麻と云い羊毛と云いマニラヘンプと云い是等一国の経済財政界に重要の関係ある所の物産品にして之を漫然放置する時は向来益々其輸入額を膨大ならしむるの不利を増加するに過ぎざるのみ故に我が斯道当事者は之が牽制保護策に努力せざるを得ず即ちマニラヘンプの如き夙に台湾及びカロリン群島等に移植試験の好成績を奏し居るものは同諸島に於て極力之が殖育業務を奨励し苧麻の如き温帯、暖帯、熱帯を通じて安全なる発育を遂げ且つ棉花輸入の省減上に較大の実力を有するものは我が内地、朝鮮、沖縄、台湾等に就て大いに之が栽培、工業両途の奨励を加え本邦較著の物産に化成せしむる様事業発展策を講ぜすんばあるべからず  

 

苧麻事業奨励の急務(1)  
我が日本にて古来栽培し来る所の苧麻は野生品を直に採て移植せるものにあらずして往古何れの時代か支那、朝鮮の間より其種苗を伝播して猶桑、楮と同様に日本各地方に播布したるものたるべきは敢て論を俟たずして明かなり殊に我が開国祖の一根源地たる出雲の接近地越後即ち越の国方面に苧麻織布業即ち越後布の独り嶄然として他国に頭角を現わし来るは其の沿革調査上に史家一顧の価ある一異事項と認むる所なり其所謂越後機なるものの構造形体の古朴なる唯尋常一様の普通日本式機杼と認取し難きものあり  
同地方の苧麻には白銀、赤銀の二種類あること吾輩幼少時来伝聞する所なり此白銀とは草葉の新芽帯白緑色にして台湾語の青心種なるものに略ぼ符合し赤銀なるものは新芽帯紅色にして台湾語の紅心種なるものに略ほ符合し元は清国産なり朝鮮産は果して何れに属するや此朝鮮産と雖も元は上古時代支那本土より移植せしものなるべし我が●たる神代人代の初期盛んに朝鮮方面を経由して改良式機業の日本に伝来せしは国史に明記さるる所なり其際養蚕に伴う桑樹改良種と共に苧麻も輸致されたるものには非ざるかと稽えらるる所なり又沖縄県名産の薩摩上布即ち先島上布の原料植物苧麻は旧琉球藩政時代古く支那より其種苗を直輸入せしものたるには相違なかるべくして是は福州系統なり又其の織機の構造往時の越後機に近似する点多きは考古学上の一参考資料なるべし  
日本にて苧麻業の主眼地は北は越後南は沖縄と判定して恐らく大誤差なかるべし双方共支那大陸に古代外交上の関係最も接近する地方なり而して嘗て前章中にも述べし如く其中間なる関東、関西、京畿、南陽地方は苧麻事業未だ充分発達するに遑あらずして明治維新の創業と為り九州殊に鹿児島、宮崎諸県下の如きは沖縄と交通相連絡すると共に他地方よりは苧麻の播布著しき所以を来すものならん日本にては古来桑園の著しく発達す□るに伴わず苧麻畑の面積は大正五年□今日に至るまで微々有耶無耶の間に□小限度に止り苧麻は栽培機業共に萎□振わず農業界外に殆んど除却されつ□ある所なり徳川幕府の末期に当り農□界の大偉傑佐藤玄海、信淵の代に当□苧麻、蓖麻子等の諸品に至るまで其□熱誠なる殖育奨励説を衆に率先して□に後進者を鼓舞励発するの心算を画きたるは事実に現われ居るも其の隔世□之が接歩者消絶して不面目にも大正昭大の今日に至るまで苧麻事業は茫然五里霧中にあるの形跡あるは吾輩の頗る遺憾と為す所なり  
 
苧麻事業奨励の急務(2)  
苧麻は熱帯、暖帯、温帯を通じて之を主要農作物に充ることを得るの一植物なるを以て南欧諸国に於ても夙に之が栽培に著手し近年北米合衆国は農事試験植物中の一主要品に属し孜々汲々之が試験成績の研究に熱中しつつある所なり而して米国に於ては原料種苗を日本より輸入して「ラミー 」以外チョマ(苧麻)「カラムシ」なる名称を使用しカラムシなる日本語が彼等の学芸報告にも応用されつつある所なり以上欧米諸国にては栽培成績は猶東洋諸国に於るが如く良好なりと伝称さるる所なりと雖も其生産額は猶未だ東洋諸国の如く大成発展するに至らず彼等の工業原料は多く支那産を仰ぎ輸入しつつあるが如し又墨西哥国にも「ラミー 」ありとのことなれども猶未だ産額等は大成するに至らず之を以て我が日本農業界に於ては斯業発展上に尚お十二分の余地を留むる一大快事を頌賀せざるを得ず何となれば凡そ貿易界、農業界、工業界のことは世界各国優勝劣敗互に輸贏を主とする所謂武器入らずの一大活戦場なるを以てなり 苧麻は前述の如く我が日本全国何れの方面にも殖育の目的を果し得べき植物なり而して元と暖国本位のものなるを以て南に向って進む程収穫量を増し北に向うに随って減少す即ち旧来山形信州、越後等の如き北国も苧麻の一生産地なれども西南地方に比すれば草茎の延立頗る鈍く収穫亦一年中二回以下先ず一回にして一段歩の収量少く且つ繊維の歩留も減ず而して西南地方殊に九州、沖縄其他同近海諸島に於ては猶台湾と同様に一年中三回の収穫を得られ種子島の如きは四回の収穫ありと云う此に次で収穫量の豊富なるは四国、山陽道諸国なり而して収穫量こそ多少の差はあれ彼の朝鮮の如きも同じく苧麻生産地の一部分なるを以て今後本邦各府県に於て殆んど全国挙って苧麻栽培業を奨励し一方には該繊維原料を以て主とする所の紡績機械工場を増設し工業栽培相俟て事業範囲を拡張し其生産品は単に我が内国需要を充すに留らず一方には繊維天産物のまま販路を開き或は紡績綛或は織物と為し例えば濠洲、米国、露国、南洋等海外諸国に輸出し又一方には旧来年々多額の国貨を仕払いつつある所の支那大陸よりの輸入を防ぎ又間接には勉て我邦民にも苧麻紡績製品を広き方面に使用する様に仕向け行かば知らず識らずの間に棉花製品の需要我邦民間に減少して苧麻製品を以て其の一部分の用を足し又外国向きの需要品にも多少苧麻製品加わるに至り随って我が内国の消費用としても移出用製品原料としても漸次棉花の需要減じ来ると共に苧麻原料が其不足分を補うに足るべく自然的に棉花の輸入額を減退せしむるの一方便と為るや明かなり  
 
苧麻事業奨励の急務(3)  
前述の如く苧麻は比較的低温の気候にも能く生育する植物にして其の野生品の北陸地方迄播布すると等しく栽培品も亦北陸地方に能く発育する所なり唯だ収穫の回数及び収量の減少するのみ而して今後之れが栽培奨励を行うには北陸地方は敢て其の最適地と云うにあらずして地面と収穫との利害関係上寧ろ同方面には尚お苧麻以外の適当品を以てすることと為し苧麻の殖育奨励は関東以西を略ぼ起点地とし南沖縄県諸島に到る間の各府県を以て之に充て然るべきものと思惟する所なり関東方面にては茨木、群馬、埼玉、千葉、東京府下、神奈川県等を初めとし静岡、愛知、三重、和歌山諸県等の如き太平洋瀕岸の高温地は最も之に適すべく又兵庫、広島、岡山、山口、高知、愛媛香川諸県は恰も其適地内に位し九州一帯に於ては我が本州の最暖域にして将来苧麻の主産地たらしめ得るは因より論を俟たず殊に宮崎県の如きは広漠たる未開墾地を尚お剰し拓殖業中の主眼品として苧麻栽培を奨励するに最も適当の位置と認むる所なり  
宮崎県は旧来苧麻の生産地にして近時相応に産出額を増加しつつありとのことなれば該地方に大規模の苧麻紡績工場を創設し同県下重要農作物中に苧麻を加うる時は地方産業発達上著大の効益を呈すべし鹿児島、熊本、長崎、佐賀、福岡、大分の各県亦苧麻を以て重要農作物中の一に充つるを得べし鹿児島県下種子島の如きは其の島民古来苧麻栽培の習慣素養を有し多く農民の常用衣料に供し来る所にして予が先年踏査したる時は一年四回の収穫を為すと云うものあり三回は普通にして其栽培成績は殆んど沖縄県諸島に等しきものあり其他の南海諸島亦然り  
鹿児島県下大島群島は旧来世人が知る如く砂糖、細布の特産地なり又園芸植物百合、鉄蕉の外国輸出原料の主産地たりと雖も苧麻栽培業は未だ拡まり居らず今後之が殖育業に著手せば亜熱帯圏内に在りて熱帯植物の過半が満足に生育するの地域なるを以て猶他の熱帯植物に於けるが如く旺盛なる繁茂を遂げて優良の繊維を産出するに至るや論を俟たず同島は地勢険峭にして平野に乏しく普通農作物増殖の余地少なきを以て苧麻の如き急傾斜の丘陵地と雖も毫も栽培上に故障なき植物は蓋し同島無比の適当品にして其の生産額も比較的多量に上るに至るべし  
沖縄県は旧来苧麻の主産地にして彼の有名なる薩摩上布本名先島上布の原料は即ち苧麻にして其栽培地は沖縄本島の一部分にして同地方にては古来苧麻に対する専門的素養を有し極めて地盤の堅硬瘠薄なる過石灰土壌たるに拘らず人工改善の余力を以て最優等の苧麻繊維を産出せしめ全部之を上布原料に充てつつある所なり唯旧来の栽培目的が単に上布一名細縞織成の少範囲に限られ居るを以て其生産額を増殖することを敢て為さず常に原料は欠乏を告げつつあり而して此世に著名なる上布の織成地は宮古、八重山の両群島に限られ居るものにして此両群島にては殆ど苧麻を栽培せず其の織布原料は全部沖縄本島に供給を仰ぎつつあるの奇習慣を有せり是れ敢て別に理由の存在せるに非ず唯古今治習上全く然らしむるものなり沖縄県の苧麻栽培業は往古支那大陸福州地方より伝播せるものかと想像さるる形跡を有し其種苗亦彼地より直輸入せしものの如し 

 

苧麻事業奨励の急務(4)/其2 沖縄及薩南諸島の部  
沖縄島民は苧麻栽培に対しては特殊の技能熟練性を有し優良の繊維を生産して之を上布原料に供しつつあり而して其頗る奇に堪えざる一習慣として特記すべき点は此栽培区域最小部分に限られ居る一事なり即ち同県に於ける苧麻の特産地は沖縄本島中頭地方茶谷、読谷山の両間切にして其栽培法は他の諸国と一種趣を異にし普通一般に苧麻は多く山畑地に種植せる農作物なれども該地方に於ては海岸接近地等の空昿たる平野畑地内に栽培し硬質の土埴土に多量の肥料(良好堆肥)を使用し全く肥料の力に依りて最優繊美の繊維を生産せしめつつあり且つ其整地耕耘手入に精細なる意匠を凝らし一種の専門的栽培法行われ居れり而して此他の地方に於ては殆んど苧麻生産地なるもの稀有にして僅に島尻、国頭地方等に於て点々少量ずつ栽培するに過ぎず同県下宮古、八重山の両群島は前述の如く彼の有名なる先島上布の主産地たるに拘わらず其原料たる苧麻繊維は全部右茶谷、読谷山地方に仰ぎつつあり故に該繊維は非常なる貴重品として取扱われ其価格亦我が内地等の数倍以上なり而して紺上布は宮古島の特産とし白地紺飛白及び赤繍色縞は八重山島の主産物と為せり宮古島は台湾の澎湖群島に類似せる平坦の珊瑚礁より成立つものにして人口夥多、既に耕地面積に剰余なしと雖も八重山群島は面積広大にして人煙稀疎夥多の草原林藪不毛地を余し加うるに土壌亦沃饒にして嘗て苧麻を栽培せし形跡に就て調査するに茎長殆んど一間以上に舒暢し台湾の生蕃地以上の好収穫ある部分多し故に向後同島に之が栽培奨励を施行する時は同島の一大主産物と為るべきは勿論又一方に於ては其名産たる先島上布機業の発達上著大の効益を呈するならん  
而して我が九州の南海諸島亦苧麻殖育の好適地にして就中鹿児島県下種子島、屋久島、大島群島等は沖縄諸島と同一の好成績を奏すべし殊に種子島の如きは旧来島民其の栽培法に熟練し且つ気候土壌の能く之れに適応せるあるを以て将来較著なる苧麻生産地たらしむることを得べし又前述の如く大島群島は其本島は概して地勢険哨にして峻嶺高丘過半部を占め普通平野畑の農産物増殖の道極て困難なるを以て其丘陵山岳地に栽うるに苧麻を以てせば平野地に匱乏なる農産物の代りに此山畑地新産物を以て土地経済を補充するを得べし  /td>

 

其3 朝鮮の部  
我が日本本州と略伯仲の広面積を有する所の朝鮮合邦以来同地の殖産興業年を逐て駸々緒に就き来り夫の草棉栽培奨励法の如き近年著大の効果を顕現しつつある苧麻に於ても亦同様の発展を期待する所なり  
朝鮮は現に苧麻生産地の一部分なり同地は素より暖燠地に非ずと雖も古来多少苧麻栽培行われたるものにして又其植物は既に歴代其土地気候に馴熟し土人亦之が栽培に馴れ来る所なるを以て同地に於ても今後苧麻を普通農作物中の一に加え更に其の栽培採収法に改良を加うるときは今後同地の一特産物と為るべきなり但だ其地域に於ては気温低卑の憾なき能わずと雖も仮令面積に対する収穫量等寡少なりとするも我が北国にて栽培するものに略ぼ等しき成績を奏し来るべきことは瞭然たり元と熱帯植物たる草棉の栽培ですら既に有望なりとすれば此一方に於ては中部支那を郷土として世上に現われ来る所の苧麻に於ては寧ろ草棉以上其土地適応の植物たるや論を俟たざるなり  
 
学術試験の必要/各府県苧麻試験業の設備  
旧来我が内地の各農業試験場、農学校等に於て苧麻は諸他の農作物と共に固より其試作品中の一に加えありと雖も概して他の農作物程には猶未だ其試験設備整わずして即は例えば苧麻の種類試験、肥料試験、種類標本園等を特別に設けあるもの稀にして又苧麻剥皮機械の各種類を備附け之が仕上げ試験其他農芸化学上の各種試験施行され居るもの極めて稀にして寧ろ皆無の外観を呈しつつあるは今世農業界上の一大恨事にして直言すれば本邦の一欠点と云うも敢て誣言に非ざるべし彼の米国農事試験場等の如きは未だ其現場を見ずと雖も苧麻の栽培及び同植物に関する農芸化学上の試験材料は頗る豊富なるが如し其他南欧仏国等の如きも苧麻試験に重きを置き又爪哇農事試験場等に於ても苧麻試験の機関備わり居るあり、本邦に於ては苧麻を一般農業試験界より殆んど除外せる状態にて或る場所に於ては唯一の植物標本として若干株園内に栽附あるに止り敢て之が坪刈り試験を行ったり或は各種の肥料を試施して其収穫の多寡を検較したり或は桑樹の如く各種類を園内に蒐集して其収穫量の多寡繊維の優劣等を比較したり又各種の剥皮機械を備附て其経済的試験を施行したり之が専門的研究を遂げ其成績を年報中に詳記せるもの甚だ稀少なるの感なき能わざるものあり今後本邦各府県に於て苧麻事項を奨励振興するに就ては一方には官設たると私設たるとを問わず農事試験場、農学校等に於ては苧麻に関する種々の知識証例を提供するに足るべき学術資料及び実地研究問題の質問応答に支障なき丈けの根素を整え置かずんばあるべからず  
又苧麻は平素其根株を以て苗に充て分根法繁殖を主とする所なれども今後若し之が大農場を創設するには播種繁殖法に依らざるを得ざるを以て此播種試験は頗る多趣味なるのみならず又人工改良新種類を得るに適切の方法なるを以て播種栽培に於ける発生率、生長度等の諸試験は最も必要と認むる所なり而して又苧麻に関する各種の書籍、試験報告類を之等の場所に備附置くの必要あり其他各国の種類製品等を一場内に蒐集し置き苧麻栽培者臨時の必要に応じ得らるるの設備を整え置くの必要あり  
去る明治十五六年頃農商務省に於て清国苧麻主産地及び仏国等の栽培製造同商工業等全体に亘りて精細なる調査報告を刊行して広く四方に配布し且穴山書店に於て発売を許可されたることあり此際は苧麻に限らず凡て此類の特殊農産物原料等に就て熱烈真摯なる調査試験、材料蒐集等に精神拡張の旺盛時期なりしなり即ち故品川弥次郎氏大輔前田正名氏故岩山敬義氏等局長時代なり爾後時代の進歩に伴い是等殖産興業上の根本的発展資料上の諸機関は曩時に数層倍の隆振拡張の実跡顕表せざるを得ざるの順序的道理なり而るに事実は全然其反比例的に退歩して即ち意気消沈荏苒弥久委爾振わざるの形跡尚依然として大正年間の今日に現在するは吾人一般頗る遺憾長歎息に堪えざる所なり  

 

台湾之部(1)/其1 苧麻奨励の理由  
我が内地、朝鮮等の如き熱帯地に遠ざかる各地方に於て猶殖育奨励の目途を発展し得る苧麻を特に他の熱帯植物の殖育以外に本島に於て奨励の必要を認むるは左の較著なる三理由あるを以てなり  
(一)輸出用重要物産の増殖を図らんか為め(二)台湾は古来苧麻の特産地なるが為め(三)台湾に農工業発展の道を講じ我が内地人の移住増殖を促進せんが為め  
要之、其一輸出用重要物産の増殖を図らんが為め即ち台湾領有以来茲に二十又一年を加う而して領台以前其統計を注視すれば台湾は物産豊富の一宝島と認められ来りしものなるが由来本島の四大重要物産と標榜され居るものは之を砂糖、樟脳、茶、米と為せり此の四大物産は領台前既に相応なる発展力を有し其産額比較的多大にして領台後引続き之が改良発展に主力を注ぎ砂糖産額の如きは曩時に倍●し尚お将来に発展の余地を留めつつあり樟脳、茶、米何れも数百万円の生産額に上り我が財源補充上に著大の効益を援くるものなり然るに此以外の物産としては領台後多星霜を重ぬるの今日に至るも尚お一品百万円以上の価格に上る輸出用新物産は林投帽を除くの外顕著なるもの未だ興起せざるなり乃ち依然として右諸品に止れり吾人亦慨嘆に堪えざる一憾事なり又一品五十万円の価格に上る農産輸出品も猶尠少にして稍々是に近きものは年々四十万円内外の輸出価を有する苧麻即ちラミーあり木材は別として吾人の立場上領台後二十余年に対する較著物産の新増殖を企画せざるを得ず而して其の最も順調的に此実効を奏し易きものは即ち苧麻なり  
従来台湾は物産多種類の地にして其中には我が内地に無き所の特産品尠少ならざるなり今本問題の繊維科植物に就て言えば内地在来品とを併せ其の最も較著なるものは即ち(一)黄麻(二)苧麻等の如きものあり黄麻は我内地にても古来農家の副産物として少量ずつ栽培する所のツナソ一名イチビにして台湾にては内地と全く趣を異にし之を普通特産畑作品として大農的大規模栽培の旧慣性を有し其年の生産量も亦尠少ならざりしなり然るに近年に至りて反比例的に其作附面積減少し産額著しく減退しつつあり是れ明かなる理由の之に□うものあるが故なり以上二品の生産額を対比すれば左の如き者あり  
右四年間各一年間の生産額は三百五十万乃至四百五十万斤平均とし作附面積は二千甲乃至二千五百甲の間を上下し此年間に於ては猶其以前の如く年々の栽培量略ぼ一定して大変化なかりしが爾後著しく減少せり  
右五年間各一年の生産約百三十万乃至百九十余万斤にして段別附面積約千七百乃至二千甲内外なり此間亦著しく増減の変化なきものと云うべし 而して以上の黄麻、苧麻二品を対較する時は黄麻は苧麻より栽培面積も生産額も数字上に於ては優勢なる時代ありしと雖も大正二年以後は黄麻の生産額著しく減少し本島の著大特産品たるの資格を消失するに至れり其然る所以は米作、甘蔗其他の農業発展せる反響も其一部分を占め又黄麻は元来至て薄利の農作物にして収支計算上他の農作物に及ばざることも主なる原因とし又農作物として適地の要求が今以上多大の広面積を許さざるの一点あり即ち水分に乏しき乾燥地、瘠薄土等には不適当の植物なるを以て旧来の二三倍以上其生産額を増大せしめ得ざるの欠点あり故に之が人工改良を加うるも金額百万円以上の大産物たらしむるを得ず本島在来繊維植物としては中庸生産額の一特有産物中に列し置くの外なかるべし  
苧麻に於ては全く黄麻と趣を異にし其栽培適地を需め得易きこと殆んど無際限にして且つ前章中にも述べし如く苧麻は熱帯、暖帯、温帯共に好適する強性の一植物なるを以て台湾にては平野より山岳嵩高地に至るまで之が栽培地に充て得べく所謂生蕃地内に於ても猶其主産地域に供し得らるるを以て其奨励経営の方法宜しきを得れば則ち生産額としては今日の茶、樟脳以上多額に上らしめ得べき特質を具有するものなり且前述の如く其需要額販路に於ても棉花の如く殆んど無際限の余裕を有するものにして他の或る生産物の如く生産過剰販路停滞の憂少きものなり我が観る所に於ては将来台湾の重要物産中茶、樟脳等と相比肩して年額百万円以上の較著輸出品たらしめ得べき至近の殖産業品は則ち此苧麻と認定する所なり
 
台湾之部(2)/其2 台湾は古来苧麻の特産地  
抑々台湾は古来苧麻の特産地として有名なる一海島にして台湾の苧麻は欧米人も普く認識する所なり而して過去現在の生産額より云えば其生産額は年々二三百万斤輸出価格四五十万円の間を上下するに止まり所謂名高の骨高の批点無き能わず然れども将来発展上の余地は十二分に綽々たる余地を止むる真に前途有望なる一種特別の農林地兼用栽培品中の一に列し得らるる一植物也  
前章中に屡々論ぜし如く苧麻は猶我が内地全部に於ても充分栽培の目的を達し得られ又朝鮮に於ても栽培し得らるるものなれども之等の地方に於ては到底我が台湾の苧麻に匹敵すべくもあらず乃ち左に其概況を叙述せん  
(一)先ず台湾の旧慣より述ぶれば苧麻は平野よりは山岳地の生産物と為り居れり其故は平野は米作、甘蔗、黄麻、落花生等の如き他の普通農作物に土地の使用多望なるが故に苧麻畑に充つるに遑あらざるの状態にあり而して此栽培を専ら山岳地に於てする所以のものは雑木林新墾地に之を種植するに最も便利にして極めて多量の腐蝕土を含有せる沃壌地に之が無肥料栽培を行い極めて粗懶放逸なる天然力放任的事業の下に多大の余贏を得んとするの一習慣が都合能く成功され居るを以て各自其顰に倣うて此粗放的習慣を繰返しつつ年功を重ね居るものなり  
(二)台湾の苧麻は蕃産物として有名なるものにして即ち生蕃人の栽培が盛んにして生蕃人は古来苧麻栽培に熱心なる習慣性を有し其の需要目的は二様に別たれ居るなり即ち一は自己の衣服原料として居家必要の一植物とし一は繊維販売の為めにして即ち此繊維を土人部落に持出して物品交換の資料に充つる為めなり斯の如く台湾の苧麻は生蕃人と普通土人との両人族の手に成る生産物なり  
(三)此の普通土人と生蕃人との手に成る所の台湾苧麻は如何に販売さるるかと云えば皆全部厦門、汕頭等の対岸地方支那大陸に向って後来輸出用に充て来るものにして此習慣は大正五年の今日に至るまで千遍一律的に旧套を墨守して一定不動に繰返されつつあるものなり  
(四)利用販売の方法 台湾苧麻は前述の如く生蕃人と普通土人と両部落に於て栽培され其生産物は全部剥皮粗製繊維のまま対岸支那に輸出さるるものにして本島内にては此繊維の利用方法未だ拡からず其輸出方法は土人仲買商若くは同麻問屋に於て各地方の生産品を買収し之を専ら福州、厦門港に向け搬出するものにして又汕頭地方に直輸出するものもあり而して其の船積法は右各港より本島に土人用雑貨を搭載し来れる船舶の帰航の際他の荷物少き時苧麻を購入して所謂之を帰り駄賃的に持帰る者にして時価は其度毎に変更し四時多少の変動ありと雖も茲に多年間其購入価は比較的高価にして大抵毎も百斤二十円以上此近数年間は二十二三円或は二十五六円最近年は二十七八円に暴騰し居りしが大正四年に至りて珍らしく百斤十七八円台に低下せしも大体の標準価として数年間を通観すれば寧ろ二十二三円以上を通価と看作して大差なき状況を呈し来りつつあり右習慣の下に近年苧麻の輸出額は年々二百万斤台にして其金額約四十万円内外を上下し明治四十年の如きは三百四十五万六千五百五十七斤其価格五十六万二千百八十七円に上りしことありと雖も如斯は例外にして平年は約二百万斤代三十余万円乃至四十余万円の間なり  
 
台湾の部(3)/苧麻事業革新の急要  
右対岸南支那の一地方に対する苧麻の輸出額は実に破格的著大額と云うべし而して是は何に消費する為めの需要かと云えば夏袗用苧布の原料に充るを主とす此苧布は如何なる品質のものかと云えば中流人以下向きの粗布にして又我が奈良晒布の如く漂白せるものありと雖も是は広東産とか伝聞する所なり而して此苧麻布が年々夥多同地方より台湾に輸し来りて本島人の夏袗用に充てつつある所なり此原料は過半台湾産なりと云う  
以上の如き状況の下に台湾苧麻は栽培され来るものにして年々歳々対岸地方の需要状況に由りて常に其作附面積を伸縮し栽培程度を折衷するものにして即ち生産過剰を生ぜざらしむる様にし且つ対岸の時価崇貴なる時は急に其作附面積を拡張し低落せる時は減縮すと云う状況を呈し来り居れり是れ一方より見る時は頗る機敏老練なる商法駆引に伴随せる産業組織なるが如しと雖も亦一方に於て国産発達上の点より之を見る時は其瞑々中に及ぼす所の国産発達を阻礙するの弊害は実に多大にして台湾産業の一大弊慣と判定せざるを得ざるものあり故に此弊慣打破の方法を講じ之が刷新法を施すにあらざれば向後幾年を経過するも台湾ラミー即ち苧麻の産業発展は全然期待し得べからざること猶火を睹るよりも明かなり即ち左に少しく其理由を述べん  
 
(1)品質の粗製濫造及び価格の不一定  
苧麻は元来各殊の繊維植物中にて糸質最も繊美優良にして絹糸に類似せる特質を有し其用途は繊巧緻密の美術的織布の原料たるを主とし其他「ガス」糸の代用品、脱脂綿、漁網、蚊帳原料等として大麻、亜麻、草棉、絹糸等の補充品として必要の品なり然るに台湾苧麻の南支対岸に於ける需要向きは其剥皮法の巧拙糸質硬軟等を問うに遑あらず唯斤量の多きを以て主眼とし品質粗悪にして多少高価なるも其当座々々の織布原料に充てて幾分の余贏さえあれば可なりとするものなるを以て品質の改良は固より必要なる所以なり又旧来台湾より出す産額位のものは消費上支障なきを以て粗製濫造品も精製品も玉石混淆的に販路開け居るものなり然れども其需要地は福州、泉州、広東方面の南支地方に限られあるものなるを以て●し其生産額旧来の倍以上に及ぶ時は或は販路停滞を来すに至るやも図り難きものあり是れ苧麻殖育発展上に一故障の相伴うものなきを得ざる不安の現状を未来に包有しつつあり而して一方に於ては支那大陸は元来苧麻の主産地にして同国の著大輸出品の一として殆んど世界の需要を充たしつつある所なり此輸出港は専ら上海にして即ち中部支那なり又其品質は略ぼ一定して価格亦甚しき乱高下なきを以て世界の苧麻需要者は常に安心して之を購入しつつある所なり然るに台湾産苧麻は元と其栽培の目的が右の如く粗放的需要地の為めに行われ居る一手販売的のものなるが故に他の刺戟に関る丈け品質は極めて不一定なるを以て我が内地を初めとし世界的需要向きとしては極めて不適当不安心なる生産物たる素質を免れざる所以なり  
 
台湾の部(4)/(2)旧来内地人即ち母国人が苧麻事業に不明晰なる欠点  
我が在台内地人中には往々苧麻栽培業に意ある者なきにあらずして之が栽培に従事せる者亦多少ありと雖も其生産品販売上の点に於て尚お極めて迂遠にして第一其販路を眇目的に南支対岸地方のみに著目し我が母国に向って之を搬出し以て日本工業界原料の不足を補わんとの思念に乏しく又或は欧米諸国に向って之が原料輸出を試みんと企図する者なく唯台湾土人等の販売法に作顰して彼等と競争販売の妄念を引起し其目的を果すには勢土人商売仲買人の手を経由せざるを得ずとの姑息的に依るを最捷径とし実地に当れば往々収支上の不引合を招致して失敗を呼起し事業中止を来す者亦少なからざるの跡を繰返す者亦無き能わざるの状況あり是れ畢竟起業計画迂遠の応果に外ならずと雖も亦南支対岸輸出のみを主眼とせる眇目的観念の影響なり故に台湾に於ける苧麻栽培を悲観するの余り自然苧麻思想冷薄と為る所以なり  
凡そ人間の弱点として最も免れ難き一事は猶緑葉を喰むの虫は其身色緑に化すと云うが如く久しく母国を離れて台湾の如き異風土の地に永住する者は官民の別なく知らず識らずの間に台湾化して内地的観念を消失する者少なからず即ち此苧麻の如きも我が内地に於ける苧麻観念自然と消耗して土人本位に同化し仮えば苧麻に対する観念を下すにも台湾の苧麻は元と対岸地方への輸出を主として栽培するものなるを以て漫りに其産額の増殖を促す時は生産過剰の驚慌を惹起すの恐れを免れ難しと猶烏龍茶の生産過剰を憂慮すると同一観念の下に拘束されつつ其台湾的同化範囲内に拘束され居るを自ら暁らざるに至る者亦少からざるの同化病者を往々生じ易き傾きあり該栽培業者の如きは殊に此同化病を防止するの覚悟最も強固ならざるべからず  
台湾苧麻業の過去現在共に眇目的観念の下に拘束されて依然千遍一律的に旧套を墨守し萎爾新発展の徴候なきに拘らず前述の如く苧麻は台湾の土壌気候に最適当の植物にして平野栽培は内地よりは乾燥地過半にして水分に乏しく栽培困難の場所少なからず且つ石灰分過剰の土地少なからずして之に対する相当の肥料を施すに非ざれば成績不良を免れずと雖も●し土地の乾燥を防ぐ設備を整え其土地を能く耕耘して熟化せしむる時は斯る場所と雖も内地に倍●する好苧圃に化成せしめ易し但し内地に比し風害頻至強烈なるを以て其注意は固より必要とす  
 
台湾の部(5)/(5)台湾は随所苧麻栽培に適す  
右は台湾平野即ち普通土人部落の田畑間若くは荒廃地等を新墾せるものに対するの状況なりと雖も旧来土人が過半苧圃に充て来りつつある所の山岳地若くは其間に挟まる所の丘陵殊に所謂蕃界蕃地と称する方面の如きは苧麻の発育非常に良好にして殆んど内地に於て其比を見出し能わざる好成績を呈しつつあるものあり生蕃人の苧圃は殊に其優良地を使用するが故に猶一層発育は盛なり斯る方面に於ては一度苧苗を栽附置けば十年以上無肥料にて多量の収穫を継続し得らるる美良区域あり斯る所に生育する苧麻は其草茎五六尺以上七八尺に伸暢するものあり収穫は一年三回以上にして四回施し得らるる部分もあり而して斯くの如く部分頗る夥多にして全島を通じて幾万町を得らるべき殆んど無尽蔵の面積を有しつつあり  
苧麻は前章述ぶるが如く熱帯地より温帯地に至るまで尚お栽培し得らるる植物なるを以て高山□にまで其栽培区域に充て得られ旧来□蕃人が苧圃に充て居る地域は海抜四千尺以上或は実測せば五千尺以上の高地もあるべし元来苧麻は土地の乾燥を忌み元と桑樹と同科目に属する同類性の生育性理を有するものなるが故に凡て桑樹の栽培に適当せる地は苧麻にも亦良適にして即ち苧麻の栽培は台湾に於ては低平の海岸接近地よりは崇高地の方発育良好にして凡て海抜二三百尺以上三千尺までの間は最も其好適地とし四千尺以上の降雪地に於ても猶栽培し得らるべきも四千尺以下の如く理想的収穫は不判明なるも比較的苧麻栽培の好適地は台湾に於ては他の植物の其よりも求め得易くして凡て蕃界蕃地と称する部分の苧圃を一目すれば如何に苧麻が適良植物なることは如何なる人と雖も立ろに判断し得らるべし是れ台湾が将来苧麻の主産地たるべき素質を天然的に享有し苧麻を以て本島繊維料植物中の主眼として之が殖育奨励の必要を認むる所以なり  
以上蕃地蕃界地の状況は旧来の無肥料栽培の成績に就ての見解にして畢竟栽培上の労少くして収益多き一例を挙ぐるものにして亦天然繊維のまま之を使用するに適佳なる原料を得るの部分たるを示し若し亦之を紡績綛原料に供するも其丈け良好質綿絮を得らるるは瞭然たる訳合なり又向後単に紡績製綿上の原料に充つる一方向の目的用品としては平野中の中下等畑地に於てするも其面積に対する収穫量の収支計算さえ償えば猶苧圃に充るの土地綽々たる余裕ありと看作し然るべきものなり  
 
台湾の部(6)/(6)苧麻の栽培工業を奨励して将来輸出用主産物たらしむべき事  
苧麻繊維の年々歳々世界各邦に需要拡まり行くの趨勢駸々たるものあることは前諸章中に述ぶる所の如し我が内地工業界の原料を充たし支那大陸よりの輸入を減少防遏することに於ても亦棉花輸入制限上の一補助に充ることに於ても其天然繊維の儘たり加工品たり之を広く海外諸国に輸出用原料の補助品としても台湾に於ける苧麻栽培奨励の必要は固より論を俟たざる所なり尚お向う近数年間は其の天然繊維のまま我が母国たる内地に輸送する丈けにても原料不足を告ぐるや図り難しと雖も亦一方には台湾に於ても寧ろ百尺竿頭一歩を進め本島の或る適地毎に苧麻紡績工場を創設し若干の加工品を製出して之を輸出品中の一に加え一方には其工場に於て若干の苧圃即ち自作園を有し他方に於ては在住内地人、土人、生蕃人共に苧麻栽培を奨励して授産業の一助に充て其の生産物を工場に買収して苧麻殖育の観念を促進しなば単に天然的繊維の生産量増加を図るよりも寧ろ該植物殖育上の目途を伸暢することは迅速に効果を収め得らるべしと認取する所なり  
抑々台湾は領台当時は能く其の地勢島況の内情不判明なりしも漸々領有後の年数を重ぬるに従い本島は地利自然の配置上東洋暴風圏の中心点に坐する果して自然的現象年々歳々実地に現われ来り且つ地勢峻削にして島の面積不相応の崇山高嶺他国に殆んど例なき一奇景観を呈示し随て気象の関係平調を得難くして風水害等の影響劇甚にして畢竟農林業のみを以て理想通りの殖産志望を満たし得難き土境たることを暁得すると共に台湾は工業と農林業と相俟って事業の発展を期し得べきことを吾人に感知せしむるに至れり即ち其一証を挙ぐれば現に糖業に徴較して明かなり即ち台湾糖業の発展は工場を主とし蔗園之に伴随して開拓されしに依れり即ち茲に何噸製能力の工場あれば勢い其能力に匹敵する丈けの蔗園を殖し甘蔗を栽培せざるを得ず斯業に就て古き事跡を稽考すれば工場先ず蔗園に先ちて建設され一時原料採取に困苦せしものも亦少なからずと雖も工場に促進されて蔗園の開拓されしもの少なからず之等は好模範として挙ぐべきことにあらずと雖も其の一例を挙ぐる時は此の如き状態のものにして苧麻工場即ち該紡績機械工場創建さるれば必ず之に伴う苧園を開拡せざるを得ず而して其位置は糖業に殆んど無関係の山間丘陵地、谿谷地或は蕃界地等に於てするを妨げず又原料運搬の点に於て苧麻は其収穫せる園内に於て直に剥皮して工業原料に充て得らるるものなるを以て運搬上の労費著しく省減し得らるるものなり故に加工生産品の汽車搬出にさえ甚だしき不便なき地なれば糖業よりも遥かに陬邑僻遠の地に於てするも亦妨げなきものなり  
苧麻に限らず凡て台湾に於て機械工場の増設は産業発展上の最捷径にして工業が主に立て農林業の発展を促進せしむべく仕掛くることは今日の一要務たるべし即ち一方向きに天産物其儘の生産力増殖のみに腐心するよりは寧ろ加工品の増殖を図ることを主とし其土地に於ける工業原料用植物の殖育を勧奨する時は栽培業の発達迅速を促すの一動機と為るべきこと見易き理由なり但し葫蘆●製麻工場の如きものは此例に収め難しと雖も原料蒐集の位置さえ其宜しきを得れば成功期し得易き也一方には苧麻栽培業を勧奨して其作附面積を旧来の蕃地、蕃界、山岳地方に拡張して該繊維を我が内地の工業原料として母国へ搬出し以て本島重要輸出品中の一に充て一方には或る程度の紡績工場を建設して其粗製繊維を之が原料に充て加工品輸出の道を我が邦国以外の海外需要地に向って開き即ち苧麻の天産物と人工品と両種の輸出法を図り行かば茶、米穀等と比肩すべき著大特産物中の一に収め得らるべきなり  

 

台湾の部(7)/(7)苧麻興業を基礎とし内地人移住奨励策(上)  
台湾に於ける大正三年十二月の内地人静態在住者は男女総計十四万一千余人なり大正四年以降約十五万人内外と仮定し之を領台初年以降二十年間に割当れば毎一年中七千五百人平均の増加率と為る而して領台初即ち明治二十八年より同三十七年迄十年間は創業時代とし母国人口の増加率最も稀少なりし時期とし三十八年以降十年間は略ぼ百事整頓即ち守成時期に属するものにして人口増植の激進を来すべき時機に際会せるものなり而して明治三十七年迄の十年間の内地人総人口は五万人強あり一箇年間五千人平均爾後十年間は年々一万人平均の増加率と為り居れり  
北海道の人口増加率は明治二年開拓使創設の際内地人在住者四万八千余人にして同十一年には十五万八千五百七十五人の統計を示し居れり即ち此の十年間に於ける増加率毎一年一万一千人平均にして同じく同道の創業時代に属す而して明治十二年以降二十一年迄の十年間は台湾よりは尚創業時代に近き性質を帯び即ち半守成時代に属し居れり同二十一年の現在内地人口は二十五万四千五百二十四人の統計を示しあり此間毎年中の増加率は九千五百九十四人強と為り居れり同二十年間に於て台湾は領有以来二十年にして約十五万、北海道は著手以来二十年間にして二十五万人、而して一年間の増加率は大同小異にして著しき甲乙なき現象を示し北海道は台湾に比し面積約三倍し且つ初期若干年間は官庁保護移住のことありと雖も元と無人の郷に新たに内地人が移住して一国の基を創開せるものなり  
台湾は領台当時既に二百七十万近き土人、生蕃人ありしを以て内地人が其間に転住するは北海道の如き単純的なる能わざる事故も含有せるあり内地人転住人口の増加率としては北海道に比し遜色なしと雖も北海道は此の著手後第二十年以降増加率に於て長足の進歩を為し明治二十二年以降四十一年に亘る第二期二十年間に於ては百十三万人以上に達し一年中四万人平均に増加しつつあり台湾の領有後二十一年以降二十年間に於ては果して如何なる結果を表示するや不明なりと雖も其増加率の如何に拘らず大正五年約十五万人余は内地人の転住数比較的遅緩にして在来土人の三百三十余万人に比し僅に其の二十分の一にして過少の感なき能わず現時台湾の内地人総人口僅かに十五万人にして土人三百三十余万人なるは実に寂莫の感あるのみならず事実上支障を来すこと少なからず且つ是等を仮に一庁下に割当つる時は僅かに一万二千余人平均に過ぎず又以上自然的増加率の標準に依る時は今より向う十年を経過せざれば二十五万人に満たざるの順序にして即ち大正十四年に及んで初めて明治二十一年に於ける北海道の人口に匹敵するに至るの推算と為り居れり然らば如何なる方法に依りて今母国人の台湾転住法を促進し得べきや即ち台湾移住民を急速的に増加し得べきやと言わば其見易き簡便法は殖産興業の急発展策を講ずるにあり農林業、工業、鉱業の勃興即ち是れなり  
此目的を以て農林業の急発展策を図らんと欲せば尚車の両輪に等しき各種工業の奨励之に伴わずんばあるべからず而して此目的の工業は主として大規模機械工場の多数創設を指すものなり即ち苧麻紡績工場の如きも其一に加うべきものにして此職工はなるべく内地人を使用し別に職工保護方法を設け尚布哇出稼人に対する傭主の保護方法より更に一層優待的のものにして家屋と土地を貸与し勉て家族制度に重きを置き自然的土著移住民に化成せしむるの方策を講ずるに在り又其の工場と直接の関係を有する所の農林業も勉めて内地人を以て労働者に充るが如くし開墾手芸共に其の境区内に多数内地人を移住せしめ傭主と一種の特約を設け其生活に相当する丈けの家屋と土地を貸与し其部落の増大なるに従い学校、布教所等を設け尚現時某製糖会社の内地人部落の更に進化せるものを各地方に多数現出するの方便を講ずるを要す是れ即ち我が京都府下鐘ケ淵紡績会社及び富士紡績会社等の如く多数職工を要する大工場を設け唯だ其職工の取扱法に於て移住奨励促進の機関を添附するにあり  
又苧麻問題の序でに附述すべきことは其他パルプ製造所、製紙会社、林木醋酸乾餾所、炭酸加里製造所等の如きは森林工業中の最も著大なるものにして其林木伐採の跡地に於ける造林業、開墾拓殖業に関して我が内地職工、農夫等を使用すべき余地充分にして其の労働者は唯臨時傭人夫と為さずして移住団体転籍的家族を併せる常傭人と為し生活上に充分の便宜を与え各所に内地人移住団体を競起せしめ必要上之に伴う肆店を設け病院を開き郵便取扱所等を設置する時は如何なる山間僻地と雖も内地人の移住者増加すべきなり各事業主は半義務的、半利益的の興業発展策を図らば一挙両得の拓殖法行わるべき也  
 
台湾の部(8)/(7)苧麻興業を基礎とし内地人移住奨励策(下)  
台湾に於て我が母国人移住転籍の奨励策としては固より苧麻興業以外尚他に多数の事業並に方法ありと雖も今苧麻興業奨励案を叙述するに際し該業も亦移住民促進策の一手段としては多大の関係あるを以て此序内地人増住策の一端を啓述し置かんと要するものなり世人一般は台湾を植民地と称し而して本邦新植民地の一部分に列せられつつある所なり而るに我が一植民地と公表され来る所の台湾には固有土著民即ち本島人が前述の如く現に三百四十万人内外ありて全部に播布し其一方に我が母国人の転住者としては領台後既に二十年の多星霜を重ぬるの今日に於て僅に十五万人内外とは豈寂莫の至に堪えざるべけんや諸君顧みて如何の感ある台湾の面積は我が筑紫一島即ち九州に等し九州の総人口は七百九十三万二千七百十八にして台湾の人口約三百四十六万地勢亦正味多くして人口少く台湾は地勢峻峭の部多くして之を人体に喩えば骨多く肉少きに等く殆ど地勢崇峻と雖も亜熱帯地の高山は猶温帯地の平野に等しき気候清涼人類の棲住に却て和適の健康地多し而して此高山上に傾斜緩漫の拓殖業用地亦寡からず約海抜三四千尺は猶町村部落の開設に適し随って内地的農林業の実施に充て得られ其事業中の一部分たる苧麻栽培の如きは内地の高山上と同日の比にあらずして恰も其の理想的適地寧ろ平野に優れるものあり是等の内容を更に審検精査するときは或は我が九州、四国中間の人口繁殖即ち植民用地に充て得らるべし  
本邦新植民地の一部分に列せらるる以上は如今寡なくともせめて三十万人以上の移住転籍者充実し居る位の程度に達しあらば真に吾人の幸栄にして亦名実相伴う満足を表し得らるるも既往現在の比例のままにては頗る浩歎を発せざるを得ざるものあり今や吾人此点に省顧嘱目して一新意匠を凝らさざるを得ざる時機に逢遭し此急要の眼前に横わり居るものあり豈勇奮努力明世発々の一滴に報いるの義務を発揮せざるべけんや  
凡そ新土地に母国人を移植するに単に其の移植のみを主点として事業是に附属し各人の渡船土著費全部を甲者が負担するときは其費用莫大にして一戸当り数百円更に間接の雑費を総算するときは猶数千円の資金を要し例えば千戸以上に対しては数十万円乃至数百万円に上り而して乙者其徳沢に浴するの程度比較的稀薄にして労費多き割合に実益寡少なるの遺憾を免れず中途に望洋の歎声を発するの類例亦諸国に少からず  
若し茲に一新事業起り其事業が主と為りて多数の母国人を要し其業主若くは一種の法人団若くは一団の事業其物が主と為て母国人の渡来心を惹起し此に対して其主格者が乙者に対して相当の徳義を守り各人衣食住に安全の方便を授くるときは猶電気の磁石に引附らるるが如く或は蟻の糖塊に群がるが如く狗譬えば北辰あり衆星これに向うが如く所謂人気の集合体が動機と為て理想以上の母国人渡来心を招致するの一基礎開発されて知らず識らずの間に母国人の一大群団が各所に顕現しこれを積算して一統計を作くるときは短年月間に猶鼠算的に新植民人口の増加を来すや瞭然なり而して其新渡来者に対しては猶北海道移民の如く勉て転籍法を施すときは母国人の戸口往時に倍●するに至るべし  
此主格者と為るべき事業は各殊多類にして枚挙するに遑あらずと雖も現に糖業の如きは即ち其一好模範を造り得べき素質を具有するものにして其組織に一更革を加うるときは新町村的物質動体的物共に目前に顕表し来るべきなり本問題の苧麻事業は猶懐孕前の理想児に等しきものなりと雖も其将来の彼岸到達迄は母国人増住上の好結果を奏呈すべきは杜撰の予言にあらざるべしと信認する所なり 此他各殊の農村業、新旧工業或は鉱業の一部亦前同例に作準詩sせば同結果を顕現すべきは瞭然たり今苧麻の事を論ずるの序一言植民政策の素望を聊か表叙し置くものなり  

 

台湾の部(9)/(8)台湾に対する苧麻奨励の方法順序  
台湾に於ける苧麻業奨励の方法順序は大正四年我が内地出張復命書第一綴中に大体の要領を秩序的に叙述し置けり然るに本篇は経営上の範囲更に広大なるを以て尚お欠漏を補い茲に改めて卑見を啓述することと為さん  
保護金下附の弊害 抑々普通殖産奨励と云えば必ず工業に於ては保護金の下附農林業に於ては種苗配布を以て其の適切の一捷径と為し殆んど千遍一律的に旧套を墨守し来る所なり予は元来此姑息的勧業政策には全然反対の意見を抱有するものなり凡そ若干の資金を注入して事業を営むものは最初より其事業発展に相当する資金を備附け其目的の業務に取掛るもの故官庁下附金の多少に由りて事業の隆替を打算するが如き薄志弱行的頭脳は断然撤去して経営に従事せしむるの自治的志操の養成を寧ろ奨励するの方針を取り行かずんばあるべからず即ち保護金の恩典なきが為め進行を期し難しと言うが如きは一の痴狂児的手段と看作すの外なきのみ保護金下附の弊害は其当業者の精神を鈍らすに止らず是に伴う自治独立志操を薄弱ならしめ却て徒らに狡智を助長せしむるの悪因縁を授くるの基と為るべきのみ故に苧麻事業奨励に於ても亦旧套を襲用せざる手段に由りて進行するを必要と認むる所なり但し各地方庁等に於て之が奨励機関の設備上必要の臨時経費を地方政庁に交付するが如きは亦敢て妨げざる所にして即ち是等間接的経費は営業者に対する己人的保護金とは全然素質を異にするものなり  
種苗配布の不必要並弊害 又苧麻栽培業を奨励せんが為め尚旧套を襲用するの方法に倣い其種苗を徒に有志者営業団体等に配布するは実に迂愚の姑息策を繰返すものと認定するの外なきのみ他の外国産新植物にして官庁の手を経るに非ざれば如何なる方法を講ずるも原産地に於て購入し能わざるものに限りては亦論外なりと雖も此の如き植物は殆んど稀にして大抵のものは相当代金を以てするときは敢て難なく購入し得らるるものにして又格外高価のものに非ず況んや苧麻の如きは台湾全島に古来頒布し一定の標準価あるものなり且つ台湾苧麻中には優良変種夥多にして殊に外国より種苗を購入して配布するの必要なきものなり  
但し南洋苧麻の如き新種類に於ては特別配布の必要ありと雖も是等は第二期的殖産原料に充るも猶未だ晩しとせざるものなるを以て先ず最初官庁に於て移植試験を十二分に経験したる上にて果して台湾の風土に適応し品質収量共若し支那系苧麻に優る独特の点ある時は追て一新種類として配布すべき場合あるべしと看作し然るべきもの也  
旧来其の林業たると農業たるとを問わず産業奨励と云えば必ず種苗配布と云うこと是に伴い即ち種苗配布を以て唯一の適切韜略と為し来る所なり且つ栽培上の収支計算経営方法不確定なるに拘らず唯だ漫然種苗のみを多量に配布しても一向何等の効果挙らざるのみならず如斯は寧ろ却って貴重の種苗を河溝中に抛棄して塵埃に委せしむるに等しきのみならず財政の真理上より言えば不経済此上もなきことにして経費の一部分を路上に遺棄すると同一理に帰すべきのみ故に産業奨励に於て種苗配付の旧慣を襲用するは徒らに勧業政策の弊患を増大ならしむるの拙策たるを免れざる場合多きを以て向来は深く前轍に艦み全然此の陋患刷新の道を講ぜざるべからず即ち物質の給与方策を撤去して精神上の奨励法を必要と認むる所なり例えば其奨励品に対する一定不抜の大方針を確定し一方には産業組合法の如き法則上の準拠的機関の制定若くは農学専門的知識の指導等を以て物質的交付品に代用し其奨励主格者は恰も将帥の三軍を率いる軍令戦術の尊厳に等しき高邁精悍の識見を以て衆に臨まざるべからず  
 
台湾の部(10)/(8)苧麻奨励の方法順序(続き) 種笛配付の不必要及精神的保護案  
凡そ何等の農林業振興及び諸経済植物殖育の目途を達せんとするに就ては種苗配布よりも寧ろ他の政策上の方針を確定し整然たる秩序的発展方法を一定し即ち金銭と種苗の姑息的保護に代ゆるに他の政務上に於ける間接的便宜を与うるを以てするに若くはなし即ち物質的授与物の代りに精神的保護に宜しく全力を注ぐべきなり精神的保護とは即ち例えば我が内地人が苧麻栽培の為め或る山丘地若くは官有林野の一部分を払下又は借区を出願したる際は其蕃地たると行政区域たるとを問わず勉めて敏速に之が解決を与え其の可否を決するに半年以上一年間に亘りて尚可否を決せずして其有志者に厭倦の念を惹起さしむるが如きことなき様特殊の故障なき以上は可成速かに其請願を容れ起業上に便宜を与うるを以て一の奨励法と看作し又一方には苧麻業政策の方針を具体的に制定し即ち販路拡張上の便宜、営業組合法の組織、山間鄙避地等に対する事業家生命財産の保護若くは苧麻栽培業に対する実際的及び学術研究上の材料授与即ち此種の印刷物配布の普及等を図り勉て其営業上の安心と参考資料の供給を以て保護金及び種苗配布に代用し農務、商工上の取扱保護政策を完備することに十二分の精神を注き以て本島在住人一般が政府の間接的援護に安堵して該業発展に勇奮努力するが如く仕向くるを以て斯道奨励上の最捷径一秘訣を認取する所也  
若し然らずして従来の如く徒らに其の種苗配布を以て奨励上の能事足れりと為す時は単に財政上の不利多大なるのみならず其被授者は官授品に対する依頼心何時までも去らずして種苗の取扱を疎懶にし殊に大面積栽培者の如きは是に供給する為めの種苗養成所即ち苗圃の維持費に過大の経費を要し若し又種苗を他より買上げて下附する時は其購入費実に多大の金額に上るべし然るに之に反して其種苗を自力採取養成に一任する時は如何なる大規模農園を開く者にしても起業の当初其資金綱目中に第一種苗購入費なる一目を設け置き此範囲内に於て一方には自家造苗法即ち種苗養成所を設け最急速的に苧園創設の必要あるものは他の栽培者より相当代価を以て其入用丈けの種苗を購求すれば即ち可なり全体に於て種苗費には大抵程度あるものにして他の開墾費、栽培費等に比すれば如何なる大面積を充填しても其費額は僅少なるものなり而して最も不経済的にして且つ一時に数百町歩若くは数千町歩の大農園を開くに当りて種苗不足の念なきが如くするには播種造苗法を以てするに若くは無し苧麻の種子繁殖法は台湾に於ては尚お未だ全く行われざる所にして之れに関しては聞く者殆んど信用せざる程幼稚の状態なれども苧麻の播種法は我が内地及び外国にては普通の事として行われ居る所なり 官庁に於て苧麻奨励の為め其苗株を事業家に配布する代りに種子造苗法を指導訓諭し且つ之が参考材料を授くるの方便を講ずること亦斯業振興上の一捷径なり凡そ何れの地方を問わず官庁が民営業者に対する要訣は姑息的授与品策を避け自治独立的精神の養成に重きを置き猶教育家が学童に対する精神修養の薫陶に於けるがごときものあり  
 
台湾の部(11)/(9)苧麻奨励の方法順序(続き) 種苗配附の代りに苧麻播種迄苗法の奨励  
台湾に於ては旧来の習慣上茶樹繁殖法と同じく苧麻の播種法は全く除却されある所にして台湾人の苧園開設法は其根株を購入して苗株に充て来るものなり故に若し急速に五十甲乃至百甲以上の苧園を開かんとするには第一其苗株の採集に多大の手数を要し且つ運搬上の不便実に言うべからざるものあり故に向来大規模苧園を敏速、咄嗟の間に創設せんとするには其準備として開墾に先ち予め播種苗圃を設くるの必要あり又此種苗販売のみを以てするも一己の営業と為し得る丈の見込ある一事業なり、農事試験場及び各庁農会苗圃等に於ては此の播種試験を種々の方法に依りて施行し其試験成績を或は印刷配付し或は現場を公衆に観覧せしむるの必要あり是れ向来本島に於て欠くべからざるの緊要事項なり  
或る内地新来の事業家が台湾の或る地方に於て曩日台湾苧麻の種子を採取して自身に内地風の播種法を施せしに果して非常なる好成績を奏せり苧麻の種子は極めて最少なるものにして一株に数十万粒を簇著し若し一甲の苧園を以て全部種子用に充る時は数石の種子を採取し得られ数百千甲の苧麻園に栽え満たし得る丈けの苗株を造り出さるるの便益あり此苗株は発生後僅かに数箇月にして移植用に充て得られ翌年よりは即ち繊維採取用の収穫を見得らるるものなるを以て此播種造法は台湾の如き大規模苧園を創設するに尚お綽々たる余裕ある空地を余すの土疆に於ては最も必要と認むる所なり  
又或一種の杞憂者は定めて言わん若し苧麻の播種造苗を以てする時は猶烏龍茶の如く退化悪変を来すの恐れなきやと其説一理あるに似たりと雖も茶樹も台湾を除けば印度大陸の如き爪哇、錫倫等紅茶主産地にして世界の茶貿易の魁主に立ち居る所の原料木と皆播種造苗より成れる一本一株式の珈琲栽培と略ぼ同式のものに由りて成り而して其茶の品質は世界第一等の優位を占め居れり但し鳥竜茶丈は此問題外なり況んや苧麻に於ては播種の度毎に種類悪変の憂なく又越後布、先島上布等の原料用としては果して其の可否如何を知らず自余の需要に於ては此播種に由て成れる植物繊維に於ては毫も変差なきことにして殊に紡績綛材料用としては根分け植附のものも播種生のものも等差なき所以なり即ち一応苧麻繊維に寸断して煮崩しパルプ、草棉と同体に化せしむるものなればなり  
又例えば南洋「ラミー」たり印度苧麻たり若し此を主眼とせる一大農園を開設せんとするに際しても其原植物が園内に一株あれば忽ち理想通り幾万本の苗株を自己の手許にて自由に造り出し得らるる訳合なり但だ他の種類と花粉の混淆せざる丈けの距離と注意を要するの一事あるのみ又苧麻の改良新種を造出さんと欲する者は其の目的品若干種を集植して花粉媒助法を行う時は名殊の新種類発生すべし而して其の中より優等品を選抜して是を原苗に充る時は其の繁殖の目的を自由に期し得らるべし  
右の如く播種殖育の効益較著なること瞭然たるを以て殊に台湾の如き気候温暖植物繁殖力の旺盛なる土地に於ては労費最も寡くして功益多大なる此播種繁殖の経済法指導奨励の必要あり
 
台湾の部(12)/(10)苧麻奨励の方法順序(続き) 苧麻奨励の主要は団体的大農園の創起に在り  
向後台湾に於て苧麻を以て本島の主要産物に化成せしめんとするに就て茲に予め述べ置くべき一要件あり苧麻をして本島主産物たらしめんとするには唯漫りに苧麻栽培の必要を鼓舞勧説するを以て固より全功を奏すべきものにあらず吾が期待する所の苧麻奨励業なるものは猶糖業に於けるが如く専ら内地人団体より成立つ所の会社組織若くは組合業団にして大農的苧園の較大なるものを蕃地蕃界及び土人部落の各所に創設して各農場より数十万斤乃至数百万斤の繊維若くは同紡績綛糸を生産せしめ之を綜合して輸出用に充て以て台湾在来の茶、米、樟脳等と略ぼ同格の主要物産たらしむるにあり又個人的農場等は各自其の自由経営に任すべきものにして或は特約上之を会社に購入し或は苧麻問屋に転売するなり所謂塵埃積んで山を為すの自然的増殖法に由るものもあるべし  
法人団体の苧麻栽培業は故らに勤説指導を加えざるも既に数年前より内地に於ては其の企図者夥多にして唯種々の事情に制せられ或は台湾の事情不明なるが為め或は土地払下若くは借区等の結解予想外に齟齬するが為め踟●逡巡空しく年光を移し来るものもあり然るに今後若し台湾に於て苧麻業奨励の曙光一般人民間に発現さるるに於ては平素是等の熱心積り来りて脾肉の歎声を発しつつある所の各団体は之を抑制せんと欲するも抑制し能わざる趨勢に逐われて勇住邁進する者簇出すべきは掩うべからざるの事実として現われ来るべきなり此機に当り即ち此に対して相当便宜を与うる時は苧麻奨励の目途は自ら期せずして一大発展機に入り来るべきなり当事者の主人格に居る者は多少気五月蝿に堪えざる繁忙は免れずとしても邦家の大利源を開発し一国の財源補充の基礎を鞏固ならしむるの新事業我が領土の一部分に興起するに於ては事務の煩雑等は素より顧みるに遑あらざるなり然るに若し台湾起業に対する内地人気の勃発せる時機に際し若し此奮興心を抑制するが如き消極的方針を執る時は復元の意気銷沈時代に後戻り台湾の産業界は萎靡振わざるに終了すべきなり  
以上は苧麻を以て向来台湾の主要産物たらしめんとするには猶糖業の如く法人団体より成る所の大農場を各所に群起せしめ過半は我が内地人の共同事業として大成を期するに非ざれば此の目的の発展し得ざるものと認定せるものなり而して猶糖業の本島人経営の新興製糖会社、林本源製糖会社の如き大規模苧園も其間には起るならんと仮定する所なり然れども他の奨励業の如く本島人の小農家に至るまで干渉強誣するは極めて不得策にして且つ彼等も甚だ煩雑厭倦の念に堪えざるべしと思惟する所なり故に旧来の苧麻専業本島人に対しては左の如き意見を抱有するものなり  
旧来本島人が一習慣を為し来る所のものは前章中に詳述せるが如く彼等が南支対岸地方に向って年々歳々輸出し来る所の台湾苧麻の売買方法其他の取扱いは依然彼等の自由に任せ是に対し毫も干渉的行為を敢てするものを避け粗製繊維の儘対岸輸出を主とするものは其相当の利益を収め営業を継続しつつあるの裏面には国家経済の原理より之を見る時は即ち本島物産隆興の要旨に適い我が輸出品統計面上に於ては少なからざる国益を奏呈しつつあるものなり如斯一種の固有習慣に対しては不関焉の放任主義を執り行く若干年後の暁に於ては自然淘汰的の趨勢上第二期的新思想の苧麻業と一致協同の時機に遷移し来るの新現象を呈示し来ることあるべし故に右様特殊旧慣の下に苧麻専業に従事しつつある所の一部分の本島人に対しては今故らに新式事業の改正法等を強ゆるは却って薮蛇的手数を煩わすの陋を免れざるのみ即ち自由放任主義を執り行き然るべきものなり  
又苧麻奨励の意義を単純狭義的に解釈し本島人全部に向って戸毎村毎に之が強誣的勧誘を繰返し又我が在台内地人に向っても戸々分業法の如き最小限度の眇目的誘掖を加え之を漫然無経営的に放置する時は多少栽培者が増加しても其生産品は依然旧套墨守の下に粗製品のまま南支対岸に搬出することのみに偏寄し幾年を経るも台湾苧麻業の刷新期を見るの機会なきに終るべし故に一部の苧麻専業本島人に対しては其自由に任して毫も干渉を加えず自然淘汰の時期早晩来るべきものと看作し本題の台湾苧麻刷新業奨励案なるものは前説の如く専ら今後新たに起らんとする所の法人団体若くは一個人にしても大規模の栽培を開始する者に重きを置き殊に旧来の生蕃地開発若くは我が内地人の団体移住者等に対する一の新事業として指導奨励の道を拡充せんと欲するものなり  
 
台湾の部(13)/(11)苧麻奨励の方法順序(続き) 同業及び産業組合特設の必要(上)  
苧麻を台湾の主産物たらしめんとするには価格及び品質の査定、販売取引其他の事を統一せる同業組合機関の創設なきを得ず即ち茶業に於て茶商公会あり糖業に於ては各会社にて事実上の同業組合的営業行われつつあり又本島人組織の福竜行に於けるが如き竜眼肉輸出同業組合の如きものあり苧麻に於ても此種の営業統一的機関の必要あり  
農商務省に於ては明治三十三年三月法律第三十五号を以て「重要物産同業組合法」発布され即ち重要物産の生産製造又は販売に際する営業を為す者は同業者又は密接の関係を有する営業者相集りて本法に依り同業組合を設置し得ることと為り同法第八条に依り(一)組長一名、副組長若干名(一)評議員若干名を置くことを得るの規定を設けられあり次で同三十六年に亘りて同施行細則を発布され四十二三年に及んで各種の追加案に依りて完成さるるに至れり又同省に於て産業組合法は明治三十三年法律第三十四号を以て発布され本法に於て組合員の産業及び其の経済の発達を図る為左の諸目的を以て設立す  
一、組合員に於て産業に必要なる資金を貸与し及び貯金の便宜を得せしむること(信用組合)  
二、組合員の生産したる物に加工し又は原品のまま之を売却すること(販売組合)  
三、産業又は生計に必要なるものを購売し之に加工し又は原品のまま之を組会員に売却すること(購買組合)  
同第六条に曰く、産業組合には所得税及び営業税を課せず(安定曰く是等は物質授与的保護の代りに精神的事業奨励の雅量を加味せる一種の保護政策と看作すべきものなり)  
同省産業組合法施行規則は明治四十二年八月農商務省令第三十五号を以て発布され其第一条に曰く信用組合の区域内に住居する者に非ざれば加入の予約を為すことを得ず是れ適当の条項と謂うべし産業組合登記取扱手続は明治四十二年司法省令第十七号を以て発布せらる 台湾産業組合規則は明治三十九年法律第三十一号を以て発布せられ同施行規則は大正二年二月府令第十三号に依りて制定せられ其内容は内地のものと大同小異なり又台湾に於ては糖業奨励規則、蚕業奨励規則、樟樹造林奨励規則あり産業奨励上或る場合或る時代に於ては必要免れざる過去の歴史を有するは亦已むを得ざることとしても今後新物産の発展奨励上仮令緊要の必要起るも此種の積極的奨励法規多種類此限りあるの島地内に競起輻湊する時は恰も容器の小なるものに過多の物質を投入するが如く猶仮令ば小形の硝子瓶中に数百尾の金魚を放游せしむるが如く其瓶内の金魚呼吸上に障害を生じ往々窒息斃死を生ずるが如き不時の異変を来すに等しき煩累弊患を惹起すべき恐れあり換言すれば奨励規則の要素としては土地の使用権に於て特別の恵沢を授くる譲歩的容捨を忍ばざるを得ざるものあり即ち土地に於て既に積極と積極との衝突を来すの恐れあり又物質的保護物件の恩恵的交付を忍ばざるを得ざるものあり故に如何に新物産繁殖の必要ありとするも既往同質の恵与的主旨の奨励規則増設のことは即ち一の考え物にして現在より以上寧ろ新たに手出しせさざを得策と認むる所也  
要は本島重要物産同業組合及び苧麻産業組合の特設施行該業発展上適切の必要あることにして斯道奨励上欠くべからざるの主要事項なり苧麻の如き工業原料用の植物性繊維は価格品質の略一定せるもの随時絶えず需要者に供給し得らるるに綽々たる余裕なきを得ざるを以てなり  
 
台湾の部(14)/(12)苧麻奨励の方法順序(続き) 同業及び産業組合特設の必要(下)  
本問題の苧麻奨励法の如きは前にも反復縷述せし如く精神上の保護政策を執り冷静的頭脳を以て斯業に臨み自由政策を根素として勉めて当業者の独立自治的営業に窮苦を感ぜしめざる様即ち其の自由営業に間接的保護の精神を移し与え宏恢なる鯨綱遠●き廻し的政策の下に精悍真摯の態度を以て之を監視すると共に一方には若干の庇護的恵沢に霑わしむる様の方針を執り行がば即ち苧麻事業の発展隆興は草木の膏雨に霑うが如く漸々其彼岸点に到達し得るに至るべし  
旧来台湾の苧麻販売営業は全部本島人の手に成るものにして其販路は前述の如く専ら南支対岸地方に対する輸出用として取扱われ来るものにして此輸出元方なる麻問屋の如きものありと雖も皆雑業附属の兼業にして純麻問屋と看作すべきものなし其内にて比較的苧麻を一肆店内に集蓄して稍問屋に近き体を為すものは新竹街にして同街には苧麻及扱店数戸あり其他苧麻生産地の市街には是に類するものありと雖も何れも其実質は南支対岸地に搬出用の仮集蓄所仲買店たるに過ぎざるものと謂うも可なり又新竹庁下苗栗街に苧麻営業組合事務所なるものあり本島人の経営に成る所にして是は旧苗栗庁管内の苧麻生産品全部を支配する一の監督機関にして専ら苧麻仲買商取締を兼ねて其の粗製濫造の弊を匡正して一方には価格の統一を保たしめんが為め去今四五年前故家永庁長の指導に由り施行されたるものにして未だ大成するに至らず旧来の苧麻販売業に弊患ありと称し且つ其形跡あるものは即ち仲買商の行動にして此の仲買商は直接農家と取引するものにして常に動もすれば其生産品を破格の廉価に買い倒し種々の圧迫を加え不正の荷造法を行い唯斤目を増大ならしむる狡獪手段を取り随って農家に粗製濫造の狡智を助長せしむるの媒介者と為り居る者あり即ち此仲買商は皆本島人中の成る買出し人なり 向来台湾苧麻を我が内地に移出し若くは諸外国に直輸出して広き方面の工業原料に充て本島の重要物産たらしめんとするには第一其製品の多数同一様に正整するを主要とし且つ其の原価に於て甚しき不平均濫高下なき様需要先の安心信用を得ることに努めざるべからず此目的を全うするには苧麻生産業の一般を管理する所の営業上の公徳を維持するに適切なる組合機関の設備なきを得ず抑々同業組合法と産業組合法とは自ら素質に多少の相違ある所にして台湾に於ては何れも此法規の詩s普及最も必要にして産業奨励上の一大基礎なり  
曩に農商務省に於て発表せる重要物産同業組合法なるものは我が新領土台湾に於ては共普及最も必要にして苧麻に限らず凡て過去、現在、未来の重要各物産に対し台湾重要物産同業組合法なる新法案を特設普及せしむることは実に今日の急要にして即ち本問題の苧麻事業の如きも即ち其中の一部分に加えて此現行実施法を督励し殊に苧麻に於ては価格品質の統一を保持して広く内外諸国の工業原料に充つるの必要あるものなれば同業奨励上の第一著手としては宜しく此件に重きを置くべきものと認取する所なり  
 
台湾の部(15)/(13)苧麻奨励の方法順序(続き) 苧麻栽培及採糸業学芸試験急要(上)  
内地各府県農事試験場及び各農学校等に於て苧麻に関する学術的試験普及の必要を勧告すると共に台湾に於ても亦重要農作物中の一に加え殊に本島は古来苧麻の特産地たるの故を以て向後更に更めて具体的試験の著手あらんことを希望する所なり旧来既に此試験には各方面にて著手しつつあるものの猶未だ他の農作物程には熱烈なる研究積まれざるが如き観あり啻に観あるのみならず具体的試験現行され居らざる場所寧ろ多きに居るが如し又多少試植は為しつつあるも猶全島を代表すべき程度の研究欠け居るなきやの点少なからざるが如き感なき能わざるものあり斯道の知識に乏しき吾人に如斯意想を惹起さしむるは真に遺憾に堪えずして苧麻の主産地たるべき天然的地位に在りながら斯く苧麻のことが領台後二十星霜を経過するの今日に於て閑却され居るは豈痛歎に堪えざるべけんや  
台湾に苧麻事業を奨励する以上は一方には各官庁、各農会等に於ても之が模範的指導機関の確固優勢なるものを具備し置かざるを得ず其の試験設備の方法は斯道専門家の方寸にあることにして無知識の素人側より之を喋々嘖々するは即ち釈迦に説法より以上多罪僣越免れ難きも愚人千慮の一得上万一の参考として左に卑見を表述し置ん即ち  
(一)苧麻各種類標本園施設のこと  
苧麻は敢て云う迄もなく植物学者間の種類としては固より一属一種の植物にして所謂苧麻なるものは単独種に外ならずと雖も此の一植物中の変種は極めて多品なり現に台湾にて栽培する所の苧麻中にも紅心、青心、白苧其他種々多様の名称方言ある丈け品類は夥多なり而して此の名称が異り居るに随いて草茎の大小、色彩の変異、収穫の多寡、繊維の硬軟、美悪亦一様ならず斯くの如く複雑なる差点あると共に栽培上の利害得失上にも多少の関係あるべきは暸然たるに付即わち其各変種を試験園内に蒐集して区劃を設け即ち之が種類試験を遂ぐるは斯業発展研究上に多大の功益あらんと想惟する所なり又我が内地各府県在来の各変種或は沖縄諸島の苧麻或は支那大陸原産地の各変種等を台湾の各試験園に栽植して其の優劣試験を遂ぐるの必要あり、又印度大陸、爪哇、南欧産等は東京駒場農科大学には先年来蒐集栽培しあり然れども已に多年を経て或は種類変化花粉混淆等の為め純素質を多少離れ居るや図り難きを以て向来台湾にて若し是等の外国種を試作するには更に改めて其原産地の純正種を輸致するの必要あり、又南洋中蘭領印度固有のラミーは同じく同地方より其純正種を移植して此分は特に別園を設けて純正試験を遂ぐるの必要あるべし即ち支那苧麻と南洋苧麻との優劣比較研究は台湾に於ては欠くべからざるの試験材料と認むる所なり  
 
台湾の部(16)/(14)苧麻奨励の方法順序(続き)  
(二)土壌、肥料比較研究の必要  
苧麻は旧来台湾に於ては略ぼ二様の栽培法より成立つものと認めらるるなり即ち一は山岳地の雑木林開墾地に於ける無肥料栽培法にして天然的に多量の腐植土を含有せる新開地を焼払い或は刈り開きたるまま直ちに苧園に充つるものにして斯の如き土地は極めて肥沃にして場所に由りては十年間以上無肥料にて多量の良好繊維を収穫し得らるる部分あり一は普通土人部落即ち行政区域内の田畑地を苧園に充るものにして此部分に於ては多少の施肥栽培法行われ居るものあり即ち我が内地及び沖縄県諸島の栽培法と略ぼ同組織なるも其施肥耕耘法の程度は彼より遥かに幼稚粗漏にして尚お精密を欠くの点少なからず故に之等の土壌地域に対する試験法としては肥料及び耕耘試験の研究最も緊要にして其中には農芸化学上の範囲に立入りて精細なる研究を積むの要件多大なるべし又一方には旧来苧園に充て得ざる所の瘠薄地等に対する特別試験も台湾に於ては最も必要の点多かるべし即ち紡績用繊維の採取目的に充る苧園は此種の瘠悪土に於ては肥料の効力に由りて収穫量さえ多からしむる研究さえ積れば其の繊維は敢て脩長ならずとも実用に供し得らるるを以てなり  
(三)繊維採取試験の研究  
又一方には諸国発明の剥皮採糸機械の各種類を一通ずつ備附置き其使用比較試験の研究は苧麻発展上に密接の関係ある緊要事項なり現時日本には仏国フヲール氏式剥皮機械の改造品製作されつつある所なりと雖も米国式其他の各機械の使用試験を精細研究するの必要あり  
(四)播種造苗及根分採苗試験の必要  
苧麻播種造苗法の必要は前に詳述せし如く栽培試験中の緊要事項なり苧麻奨励上の一要素としても此の播種試験の模範的装置は当業者指導上に最も適切の関係あり又旧来の根分採苗法も尚多様の比較試験を積るの必要あるべし  
(五)苧麻に関する各国書籍及報文の蒐集並に台湾各試験の成績報告刊行配布  
台湾苧麻栽培収穫上の標準及び経費上の収支計算其他苧園に対する一般の経済調査材料は多く本島人に就て聴取筆録せるものを基礎として成るもの過半にして我が内地人の手に於て実地経験上より割出して編成せるもの極めて稀少なり即ち本島人を大宗師と仰ぎ内地人が主に立て苧麻栽培の経験説を発表せるものは極めて寂々寥々たるの感あり之が反比例的に内地人の試験成績若くは実地経験説が一般公衆人の大宗師として仰信さる如く成り居らざれば指導奨励上の手腕を鈍らすの恐れあり又本島各地方土人に就て内地人が各農作物の収穫率裁培上の年中行事其他経済調査を遂ぐるには其答弁区々にして正鵠を得ること極めて困難なり甚しきに至りては曖昧模糊中に没却して真相を捕うるに由なきに終らしむるものあり其事情に疎きものは其説を真面目に偏信して極めて実際に遠き事を真実と誤認して台湾農業の標準基礎と為す者も少からず又時としては敢て事実を隠蔽するに意なきも実際数学上の観念に乏しき土百姓的土人も多きが故に我が手許に於て実地試験を遂ぐるに非ざれば到底正確なる収支計算率等は調成し能わざること□帰著するなり是れ試験業の必要ある所以なり  

 

台湾の部(17)/改良式苧麻剥皮機械使用奨励法(1)  
古来其の名の高き割合に事業の微々振わざる所謂台湾苧麻を一転して本島重要物産中の一に列し茶、樟脳、米穀等と等しき第一流輸出品たらしめんとするには先ず第一に其繊維採取法の改正より図らざるべからず  
本島旧来の習慣としては苧麻は黄麻と共に人手剥皮法を襲用せるものなるを以て収穫の度毎に多大の手数と雑費を要し之が為めに一家族一個人にて広面積の苧園を持つことは不可能に属し恰も我が内地の煙草栽培家が一家にて大農場を管理し能わざると同一状況を呈し来る所なり是れ其剥皮法に多大の労力と費用を要するが故なり若し在来式に依りて強いて大苧園を管理せんとする時は昼夜兼業にて剥皮仕上げに従事するも其出来上り高至って寡少なるを以て例えば一農家にて一甲以上の苧麻を有する時は其の収穫仕上げ多日に亘り苧茎の成熟度不整一にして収穫時機を失し其の次回の収穫期に多大の影響を及ぼし到底一個人にて大農場を持し能わざるの不便あり又一会社一組合或は一個人にて大苧園を有せんとする時は其剥皮仕上に多数の延人夫職工等を要し経費過大にして極めて薄利の農業たるの恐れあり  
苧麻は台湾に限らず旧来東洋諸国にては其の仕上法千遍一律的に人手仕上げ法行われ来り機械力作業は殆んど行われ居らざる所なり台湾は比較的剥皮法発達し居り手製法としては殆んど一点間然する所なき程度迄に妙技の三昧に達し慧巧敏捷観者をして賞歎措く能わざるものありと雖も理財上の裏面より観る時は極めて不経済なる一陋習を頑迷不霊的に蒙昧乎として繰返しつつあるものに外ならざるなり即ち産業上の経済本義上より云えば其の操作如何程精錬巧妙なるも一人にして一日間の出来上り高は極僅少額にして仮令之を請負作業に附するも其労力に伴う一人前の労賃不廉にして繊維原価に多大の影響を及ぼす所以なり是れ独り台湾のみならず沖縄県諸島及び我が内地諸府県に於ても亦同一轍の手製法にして唯其附属器具並に操作上に各地多少の変異巧拙敏鈍の差あるに過ぎざるのみ即ち苧麻剥皮法は一般に概して猶幼稚時代に彷徨しつつ旧慣墨守の範囲内にあるもの過半なり右手工剥皮法を因循墨守する間は到底苧麻業の新発展は期待し得べからざるなり  
欧米諸国に於ては農林業の細技末芸に至るまで凡て機械力に由りて人の労力を省き経済上の本義に適う様に各自新意匠を凝らし即ち繊維科各植物の採糸法に於ては其植物毎に相当の新式機械を発明して皆之を適用しつつあり彼のサイザル、ヘンプの如きも機械力応用の発達に由りて漸く世界的大産物と為り来るに至れり苧麻即ちラミーは元と亜細亜植物にして欧米産品に非ざるを以て他の繊維科植物程に採糸機械の意匠尚お未だ其微妙を極むるの程度に達せず完全無欠と称すべき改良式機械の発明品は未だ発表され居らざるが如しと雖も相応の実用に適する機械は既に数年前より使用されつつある所なり其中にて多年間欧米人間に持て囃されつつある所の有名なるものは仏国人フォール氏発明の苧麻及び麻尼刺ヘンプ剥皮機械なるものなり此のフォール氏は苧麻採糸機械の貢献者として頗る著名の人にして一号二号三号四号五号なる五種類の植物繊維採収機械を発明し且つ自ら販売者と為りて四方の註文に応じつつあり其中一号と三号は苧麻剥皮専用目的のものとし五号は竜舌蘭即ち「アガヴ 」採糸用とし二号四号は亜麻其他のものなり尚お此剥皮機械の内容は後部に詳説すべし  
 
台湾の部(18)/改良式苧麻剥及機械使用奨励法(2)  
仏国フォール氏式植物繊維採製機械の較著なるもの約五種類にして其の中一号と三号は苧麻剥及仕上の為めに専用せられ世界諸邦に好評を博しつつある所なり其内容左の如し  
(甲)第一号採糸機械  
苧麻及マニラヘンプ採糸専用品 (一)日中の作業能力(九時間作業) 苧麻の生茎消費量 約四三〇〇キログラム(即九五五三英斤) 此繊維歩留(乾燥量) 約一二五基(即二七五英斤) (二)同職工二名(老幼或は男女) (一日中の労働九時間平均) (三)機械原動力約一馬力半 採糸機械一台に対する分 若し三台連接すれば二馬力にて足る (四)機械原動力燃料 石炭、石油発動機、水力電気の中適宜又薪柴 (五)採糸機一台分一組の売価 一〇五〇法(即我邦貨約四〇六円三五銭) (六)原動力「インシン」一組の代価は不掲示 此原動力機は凡そ一馬力半乃至二馬力の能力あるものなれば何式にても応用し得らるるを以てなり 又同採糸機一時間作業に対する能力標準は左の如し 六十九分間(内九分間)は原動力発動燃火準備等にして残り六十分即ち正味一時間が採糸作業而して第二時間以下は此準備用九分間を要せざるものなり 此一時間分の生茎消費量 五四二基五(即一三七一英斤) 是より生ずる乾燥純繊維量 一五基八(即三五英斤強)  
(乙)第二号採糸機械  
原書中に省除しあり使用目的異るが故ならん (丙)第三号採糸機械甲種普通型 苧麻、黄麻、亜麻採糸兼用機 (一)一日中の作業仮定時間(十時間) (二)同作業能力 苧麻生茎消費量 一七六〇〇基(即三九一〇〇英斤) 此繊維歩留(乾燥量) 六二〇基(即一三七七英斤五二) (三)同職工二名(老幼男女) 一日中の労働十時間平均 (四)採糸器一台一組の売価 六〇〇〇法(即我二三二二円) (五)機械原動力及同インジン価格不掲示  
(丙)第三号機械乙種最大型  
苧麻、黄麻、亜麻採糸兼用機 (一)一日中の作業仮定時間(十時間) (二)同作業能力 苧麻生産消費量 二六五〇〇〇基(即五八六二四英斤) 此繊維歩留(乾燥量) 九二五基(即二〇五六英斤) (三)同職工二名(老幼男女) 一日中の労働十時間平均 (四)同機一組の売価 八〇〇〇法(即我三〇九六円)  
(丁)第四号機械  
原書中に第二号と共に省除しあり (戊)第五号機械 竜舌蘭即ちアガヴ属各植物採糸器苧麻と関係なきを以て省除しあり  
右フォール式繊維採製機械中第一号と三号は苧麻即ちラミー採糸用に専用されある所にして其第一号は小型にして原動力の微少なる丈け製糸能力も多大ならざれども使用上簡便にして経費寡少なるに比しては頗る経済的なるを以て欧洲諸国にては多年間此機械を専用し来り一時流行盛んなりしものの如し而して其三号機械は大小二型に分たれ何れも第一号に比すれば能力数倍にして大農場等には寧ろ此品を備附るが得策ならんと認むる所なり第一号の原価四百円内外なるに比し第三号は二千円乃至三千円なるも原料一日分の消費量は四万乃至六万英斤弱にして其の採糸量千三百乃至二千英斤以上の乾燥繊維を一日中に採取し得らるるの便益あり 右第一号は既に先年本邦に輸入し来りて去今五年前大阪市下九条石井鉄工所主人に由りて其の改造折衷式機械を製作されつつある所なり而して第三号は未だ本邦に於て製作さるるに至らず  
 
台湾の部(19)/改良式苧麻剥皮機械使用奨励法(3)石井式苧麻洗浄剥皮機械の事  
大阪市西区西九条下之町石井鉄工所主人石井友次郎氏は距今五年前(大正元年?)仏国人フヲール氏式苧麻剥皮機械を研究して多少の折衷を加え之を苧麻洗浄剥皮機械と命名して専売特許権を得たり即ち機械大体の組織は仏国製も略ぼ同様なれども是に繊維洗浄用ポンプを添附して其のローラにて苧茎を圧搾する際絶えずポンプより噴水して苧麻茎皮間に附著せる一種の「ゼラチン 」状ゴム液を洗浄し去るものにして旧来台湾土人等が製出せる苧糸に固著し居る膠質状粘液全部を除去し得るを以て繊維の使用取扱上に頗る便益なり即ち其機械の内容及び価格等は左の如し  
(一)機械一台の原動力一馬力半  
此原動器は石炭若くは薪柴使用の蒸汽機関を以て成るものにして又石油発動機或は水力電気力を以てするも可なり若し此の採糸機三台を連接する時は二馬力の原動力にても猶自由に運転し得るを以て一台よりは寧ろ三台を同室内に並列し据附くるを経済法と為す所なり  
(二)此機械は全部鉄材鋳造機にして縦径約三尺、幅二尺、高三尺内外の簡便機械一箇より成立つものなり  
茎皮の圧搾機は鉄製ローラにして其運転数の最大速度は一分時間七百回転なり然れども終日に亘りて其最高速度のみを連用する時は仏国製フヲール式と雖も機械力之に堪えず早く破損するの恐れあるを以て数日間連用する場合は其速度を幾分減少し用うるの必要あり  
(三)職工一日中二名使用(老幼男女の別なし)  
(四)採糸一日中の能力 九時間作業と仮定する時は一日中苧麻生茎約四百貫目を消費す即ち二千五百斤にして英斤なれば三千三百三十三英斤三三なり乾燥繊維の歩留は大阪市附近に栽培せる苧茎を以てする時は原料百斤より三斤の繊維歩留あり併し是は幼茎を使用せるものにして之を以て標準と為す時は一日中の原料消費料四百貫目に対して繊維歩留約八十三斤強、又全熟茎なれば生茎百斤に付四斤にして四百貫目に対しては百斤平均なり  
右は我が内地京阪地方の苧麻茎を以てするものにして若し沖縄、台湾等の暖燠地生産の完熟茎を以てする時は其繊維歩留は生茎百斤に付四斤仕上り四百百目にては約百斤の乾燥繊維を得らるる割合なり  
(五)剥皮機械一台の売価三百五十円 但し苧茎繊維洗滌用ポンプ代金共此中に含有す  
(六)大阪台湾基隆港間運賃荷造費共約十五円  
(七)原動力一馬力半インヂン一台価格 一、蒸汽機関一組約六百五十円 二、石油発動機二馬力一組三百五十円 三、水力電気(電動機一馬力半)一組百八十五円  
但し此原動力機各種は右剥皮機械の附属にして其製出価格は概算にして尚お之より安価に製出するを得べし普通一般は蒸汽機関なり  
此機械の用法は蒸汽力にてローラを廻転せしめ其傍側に苧麻を刈取たる生茎を積重ね葉を去りたる後円茎のまま五六箇ずつ手に握りローラの間に挟めば直ちに之を圧搾して繊維と為すものにして最後に掘り居る部分を持直しローラに挟めば全部繊維のある部分は洗浄されつつ採糸し得らるるものにして同時にゴム質の「ゼラチン 」状のものは除去さるるなり  
此フヲール式一号機械の組織に就て一欠点を憚りなく述ぶれば即ち苧茎をローラに挟むに五六茎ずつ手に握りながら圧搾し又其の握り詰め居る一短部を一旦手放して握り返えし前後二回反転する丈けが尚お不完全の点あり若し然らずしてローラに投入したるまま放置して機械自ら之を他の一方に送り出すが如くなり居れば一点の申分なしと雖も此一点は尚お慊焉たらざるを得ざるものあり然れども此のフヲール式一号機械は欧洲にては苧麻剥皮用機械として一般に歓迎され且つ流行機中の一にして之を人手剥皮法に比すれば其便益霄壌も啻ならずして幸いに其の改造機が我が大阪市石井鉄工所にて安価に製作されつつあるを以て剥皮機械の端緒を開くに於ては宜しく此軽便機械を利用すべきなり而して一箇所に三台並列し用うる時は頗る有利と認むる所也  
 
台湾の部(20)/改良式苧麻剥皮機械使用奨励法(4)  
人手剥皮法と機械力との優劣比較(上)  
旧来の人手剥皮法と機械力剥皮法との経済比較関係等は大正三年内地出張調査書第一綴植物性繊維篇中に詳述し置けり宜しく参照すべし 台湾の旧慣法に由れる人手剥皮仕上法の大要を述ぶれば則ち栽培者自身に剥皮するものと他より職工を傭入れて請負仕上げ法を用うるものと二様あり、栽培者一家族の手許にて自己仕上げを為す者は一日中一人にて其の乾燥繊維十斤を取出し得る者は非常の老練快手腕家に非ざれば能わざる所にして最優等者と称せらるるものにして猶僅かに七八斤を出でず不熟練の者は一日中二三斤、中庸者にして四五斤と云う標準にして例えば一甲の苧圃を収穫するにも其剥皮仕上げの為め多日を費し短期日間に整頓し得ざるの不便あり而して其剥皮仕上方法は大略左の如し即ち苧麻茎の収穫期に達したるものを見定めたる上之を鎌にて茎の土際より刈取り一種の竹刀を以て葉を払い落し其円茎のまま縛して数把と為し之を採糸所に運搬し或は一応之を浸水し或は其まま直に剥皮する者あり其使用器具は即ち  
(一)苧仔刀一名麻刀 鉄製の両釼刀にして長四寸半幅一寸長六寸内外の木柄を附す一箇の価約十銭強  
(二)抱管即ち拇指用環 竹管にして長三寸七八分径八寸許り右(一)の麻刀を使用する隣拇指(右手)に嵌め苧皮を除去するものとす  
(三)攀指(木質除去用拇指環) 是径共八九分のもの竹製  
(四)直圏 人指用環にして木質を除去する際指に嵌むるもの真鍮製にして長一寸五六分径六七分  
(五)湾圏 中指及び無名指環真鍮製にして湾曲し長一寸五分径八分内外  
右の如き軽便なる小器具を用いて剥皮するものにして其の代価も極めて僅少額にして足り且つ半分は竹製にして自家に適宜に製作す猶其外に剥皮の際使用する人の腰掛台あり此代価約七八十銭なりとす  
苧麻の剥皮法は苧園の傍側若くは自家に其の収穫せる生茎を運搬し暫時之を浸水して少量ずつ取揚げ剥皮するものなり多くは婦女子の作業にして前記の各器具を指頭に嵌め其の生茎を一箇ずつ手に握り其中腹部の外皮を縦に割き之を両折して木質部を抽出除去して茎皮のみを手に残し乃ち此粗皮のまま凡そ十条ずつ一把と為し之を高さ一尺以上に多数積上げ其上より他の苧茎を覆い更に其上より屡次灌水して稍々醗酵を促し数時間若くは一夜間位放置して茎皮を柔軟ならしめ然る後採糸するものあり或は右の手数を省き生茎のまま直に剥皮するものあり各地方の習慣に由り多少ずつ方法を異にす  
採糸法は指頭を傷けざる様右の器具を嵌め麻刀に粗皮を当てて左手にて強く引く時は滓渣除去されて繊維のみ手に残る其の一端を軽く結束して清水にて洗滌し数時間日光に乾燥し即ち此の仕上げを終るものなり  
又前述の如く収穫の際他より剥皮仕上げ職工を傭入れ請負的採糸法を施行する者あり本島各地方には此作業を営業的に各家に傭われ廻行する者もあり其契約方法は苧麻の乾燥繊維仕上り高一斤当り三銭五厘乃至五銭にして別に食料を給す旧時は一日分の食費約十銭平均と為す所なりしも現時は尚お高価に上るべし其の請負賃は地方に由りて各差あり一斤当り約四銭平均とすれば百斤に付四円なり一人一日分の仕上高十斤平均とすれば十日間にして百斤を取出し食費一円(一日十銭宛)なり即ち五円にて仕上るの割合なれども一人にて一日中十斤、平均は事実上極めて認め得難き事なれば最優良職工にして先ず七斤平均と仮定すれば十四日半分の労力にて百斤仕上り此食費一円四十余銭と為るの割合なり若し其の請負料百斤五円の時は食費とも百斤の繊維に対し六円五十銭弱なり然れども食費一日十銭平均は毎地方必ず然るを得ずして若し之を十二銭とする時は右十四日間にては一円六十八銭なり  
何れにしても苧麻の乾燥繊維を百斤仕上げんとするには一日十斤平均としても一人の労力にて十日間を要し八斤平均なれば十三日間強に上り請負にしても自家製造にしても百斤当り六七円の費用は免れざるなり右フヲール式機械なれば百斤当り二円内外或は其以内にて出来上るなり  
 
台湾の部(21)/改良式苧麻剥皮機械使用奨励法(5) 
人手剥皮法と機械力との優劣比較(下)  
苧麻に於ける人手剥皮法は前説の如く其の附属器具も小資金にて出来上り且つ操作至って簡便なれども是は小農組織に伴う小規模作業にして大農場には不適当なるのみならず一見経済法に似て事実上極めて不経済の一陋習たるを免れ難し而して其不経済の点左の数様に別たるるなり  
即ち一家族中にて行うには其剥皮仕上げに多日を費し総収穫を短期間に終え能わざるを以て苧麻の発育上次回の収穫に大影響を及ぼすの恐れあり即ち前回の収穫期不揃いなる時は苧茎の成熟随って不揃いとなるの恐れあり又大農場にて人手剥皮法を執る時は日給傭人夫にしても請負仕上にしても夥多の労力人員を要し例えば一区十甲以上の苧園に対しては其の繊維採収費莫大にして収支計算不相償に至るの恐れあり若し機械力に由る時は僅少人夫にて短日間に仕上げ得るの便益あり  
若し一区数百甲の大苧園に於て短日期間中に一回の収穫採糸茎を仕上げんと欲するには仏国フォール式第三号剥皮機械を使用するを適策と認むる所にして其能力は即ち前述の如く  
甲種普通型は一日十時間作業にして苧麻生茎一万七千六百英斤を消費し此繊維歩[留は六百二十斤  
乙種最大型は同十時間作業にして同生茎二万六千五百英斤を消費し此繊維歩留は九百二十五英斤と云う割合にして甲は個人馬力インジン乙は十二馬力インジンを要す但し此機械は尚お未だ日本に渡来せず甞て試用したることはなきものなるも完全機械と認め少なし所なり。右は百甲以上の大農場に対する剥皮]機械は前述の如くフォール式第三号甲乙両品の中を用うるを有利と認むる所なれども此機械は尚未だ我が内地に渡来せず且つ使用したることなきもの故早晩仏国より現品を輸到して一応の試運転を経たる上ならでは営利的工場には直ちに用い難きものなり故に苧麻の大規模栽培に従事する者は此機械を購入して試運転を兼ねつつ実地上に応用するの必要あり仮令多少の欠点ありとするも既にフォール氏の発明改善式機械として発売され居る以上は強ち不完全不経済の機械にはあらざるべし若し之を深く疑う時は所謂疑心暗鬼を生ずると同段にて無際限に疑懼心起るべきも此新機械を購入したるが為め大失敗を来すが如きことは恐くあらざるべし  
去りながら又一方より云えば苧麻奨励の主格者の位置に立つ所の各試験場各政庁に於ては当業者保護の為めにも邦家産業奨励の旨趣上より云ても此種新機械の購入試運転等の設備は其の奨励主格者の務義としても免れざるべからざるの最要点なるべし右仏国フォール式各機械以外例えば米国、英国、独逸、白耳義其他凡そ苧麻剥皮採糸機械として世上に現われ居るものは全部蒐集購入して之が試運転を遂げ其適否利害上の判決を下し其地方人民及び当業者に相当の指導便宜を与え以て機械力応用の新知識を開□することに努力勇奮以て斯業刷新上の基趾を鞏固ならしめざるべからず  
右は苧麻剥皮機械に関する一種の根本的論理にして即ち一方には此の主義を抱持し又一方には目前実地に行われ易き最捷経断案を以て此の機械問題の解決に臨まざるを得ず  
 
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台湾の部(22)/改良式苧麻剥皮機械使用奨励法(6)  
只今台湾なり何処なり急速に苧麻大農園を開設して其の生産物の収穫に著手し短兵急的に事業収支計算上の整理を著け行かんとするの際其の純益上に直接の関係ある剥皮採糸作業は如何なる方法を執り行くべきやと言わば我が所見に於ては多少の不便欠点は忍びても仏国フォール式第一号剥皮機械力の便に依るに若くはなし舶来品ならば或は尚お可なるや図り難しと雖も仏国より之を新たに輸致するは容易の業にあらず殊に欧洲戦争中は途中困難にして到底急用に応じ難し然るに石井式剥皮機は即ち同品を改造して多少の折衷を加え洗滌用ポンプを添附せるものにして価格も遥かに安価なるを以て右仏国製品の代りに即ち同品を使用すれば機械力剥皮仕上の目的は原産地製と同様に達し得らるるものなり更に之に優れる良機械を得らるることある場合は別として然らざる以上は先ず我が大阪鉄工場にて随時註文次第自由に製作し得らるる該品を使用するに若くはなし  
欧洲諸国にても多く此のフォール式第一号機械を選用し来る処にして好評を博しつつあるを以て是れと同型の石井式剥皮機を使用せば其功益多大なるべし而して此機械は前述の如く一台据附くれば一馬力半の原動力を要し若し三台並接して連用すれば二馬力にて足れるを以て若し一時に多量の収穫仕上げを為すか又は一区域内に大苧園を開設する場合は此三台連用の方法を執ること最も経済的として且つ作業迅速に竣成し易かるべし其経済比較次の如し 一農場に該機一台を据附くる時は剥皮機の代価三百五十円にして原動力のインジン一組約五百余円合計八百余円なり三台連用と為す時は剥皮機の代価千五十円原動力一組約六百五十円にして此合計千七百円なり一台の時は作業職工一日中に二名平均三台連用とする時は職工約四名(内三名は剥皮機三台の為三名又他の一名は機関師として)置くの必要あり而して経済上の利害に於ては該機一台を据附くる時は人手剥皮法に比すれば其の便益上に於ては固より雲泥の差ありと雖も機械力としては尚お多少薄利の憾みは免れざるなり三台連用する時は職工約二名を増すにしても第一原動力インジンの石炭若くは薪柴費を減ずること多大にして繊維の仕上の高は甲に殆んど三倍し且つ作業を迅速に仕上げ得るの利益あり  
前説の如く剥皮機一台一日九時間作業の能力は苧麻の生茎四百貫目を消費すとすれば三台連続する時は千二百貫なり此の乾燥繊維仕上り高約二百斤なり右機械力と苧麻面積との関係を対照計算すれば大略左の如し  
右植附後一二年間春季第一回の収穫量五千斤を石井式剥皮機一台にて仕上ぐる時は二日間作業にして即ち一日中に約五反(二千五百斤)分、又三台一組にて仕上ぐる時は約六時間半にて一甲分の収穫量を仕上げ得る割合なり或は七時間と仮定するも可ならん 夏季第二回の収穫量三千五百斤に対しては一台一組なれば一日半未満の作業にて結了すべし三台一組なれば約四時間強の作業にて結了すべし  
秋季第三回の収穫量千五百斤に対しては一台一組なれば約六時間未満にて結了すべし三台一組なれば約二時間未満にて結了すべし  
裁培後三年乃至五年間第一回の収穫量七千斤に対しては一台一組なれば約三日間未満の作業にて結了すべし三台一組なれば約一日間中に仕上げ得べし其第二回の収穫量五千斤に対しては一台一組なれば約二日間にて結了すべし三台一組なれば約六時間強にて仕上ぐるべし  
其第三回の収穫量三千斤に対しては一台一組なれば一日と二時間強三台一組なれば三時間強にて仕上るべし以下省略す  
 
台湾の部(23)/改良式苧麻剥皮機械使用奨励法(7)  
石井式苧麻洗滌剥皮機械は其の繊維の歩留及び原動力其他の諸経費を尚お未だ充分遺憾なきまでに精算を遂ぐるの材料を得るに遑あらずと雖も同工場に於て大体査定する所の材料に依て之を概算すれば略ぼ左の如き標準と為れり  
苧麻剥皮機械一台 三百五十円  
蒸気機関一馬力半 六百五十円 合計 一千円也  
右一日十時間中石炭用量約二百五十斤此代価約一円(一万斤四十円の割)剥皮作業九時間にして一時間火力準備用  
右一台一組なれば一日中の作業人夫二名平均此賃銀約八十銭(一名四十銭平均)三台一組なれば一日中の作業人夫四名平均此賃金一円六十銭(一名四十銭平均)又用水量は一台に付約一石二斗十時間四十二石にして是れは繊維洗滌及び汽関用  
右の標準に依り一日分の作業及び機械能力の収支計算を見る時は即ち  
甲剥皮機械一台一組 (一)原動力一馬力半 一日十時間中石炭使用料二百五十斤(内一時間は火力発動用剥皮作業九時間)石炭代金一円(一万斤四十円の割) (二)蒸汽機関其他機械油料及手入費約十銭 (三)作業人夫二名一日十時間中の賃銀八十銭(一名分四十銭) (四)用水量十二石(一時間一石二斗平均)此雑費約三十銭(用水設備は此外) (五)苧麻生茎四百貫目運搬費約二十銭 (六)採取繊維乾晒仕上費約十銭 合計二円五十銭 (六)苧麻生茎消費量約四百貫目即ち二千五百斤 (七)同乾燥繊維仕上量(即歩留)約百斤(生茎百斤に付四斤の割合) (八)繊維百斤価格十五円内外此採取仕上費約二円五十銭差引残収益金十二円五十銭(約四倍の収益)即百斤の仕上費二円五十銭と為す  
右差引残収益金中より裁培費、収穫費、機械購入運搬据附費等を日割宛に計算し収支歩合初めて判明すべきものにして凡そ五箇月間以上を継続すれば略ぼ資金の償却期に達し六箇月以上を継続すれば全部償却後の純益期に達すべきものにして事業当初は在来旧式の人手剥皮法に比すれば多大の資金を要し甚だ不経済なるに似たりと雖も事実上の真正純益は数箇月後に於ては旧式法に倍●するのみならず約一年間以上使用を継続する時は真に霄壌のみならざる大利益を生ずることを各人自然感知するに至るべし今試みに此機械を百日間継続使用するものと仮定せば其事実上に現わるる所の結果大略左の如し  
(一)苧麻剥皮採糸作業日数百日間但し日取月数等に拘わらず正味百日間に亘る作業日数を合計せるもの看作すべし (二)作業延人夫二百名(一日二名平均)此賃銀額八十円(一日八十銭平均) (三)石炭使用量約二万五千斤此価格約百円(一万斤四十円平均) (四)用水量千二百石(一日十二石平均)此使用雑費約三十円(一日三十銭平均) (五)機械油料及び修繕費約二十円 (六)苧麻生茎運搬費約二十円収穫地より剥皮工場迄一日二十銭平均 (七)採製繊維乾晒仕上費約二十円一日二十銭平均 右合計百七十円(一日二円七十銭平均即百斤二円七十銭平均にて継続的に出来上るもの) (八)苧麻生茎消費総量四万貫目即ち二十五万斤 (九)同苧園面積約五十甲、一甲一期間の収穫量五千斤平均 (十)苧麻繊維出来上り高約一万斤 (十一)同価格約千五百円(百斤十五円平均)作業総費二百七十円を差引残収益金一千二百三十円也即百斤当り一円七十銭にて出来上るものとす  
右は百日間の剥皮採糸費を概示せるものにして其見積収益一一二〇円中より栽培畑地其他の雑費を差引くべきものなり  
 
台湾の部(24)/改良式苧麻剥皮機械使用奨励法(8)  
フォール式第一号機械を最も経済的に使用するには前述の如く一台一組にして据附くるよりは三台並列を以て一組と為すを頗る有利と為す所なり石井式洗滌剥皮機に於ても亦然り其の標準左の如し  
乙剥皮機械三台一組  
(一)苧麻剥皮機械三台 千五十円 (二)原動力機関(二馬力) 一組 九百五十円合計二千円也 (三)一日十時間中石炭用量三百五十斤此代価約一円四十銭 (四)蒸汽機関其他油料及び手入費約三十銭 (五)作業人夫四名 一日十時間中の賃銀一円六十銭(一名四十銭) (六)用水量三十六石 此雑費約九十銭(用水設備は此外) (七)苧麻生茎十二百貫目運搬量約六十銭 (八)採取繊維乾晒仕上費約三十銭 右合計五円十銭 (九)苧麻生茎消費総量千二百貫目即ち七千五百斤 (十)一日中同苧園面積約一甲半(一甲一期間の収穫量五千斤均平均)の仕上を為す (十一)苧麻繊維出来上高三百斤 (十二)同価格約四十五円 一日中の作業旅費五円五十銭を差引残収益金三十九円九十銭(約六倍強の収益)即百斤に付一円七十銭にて出来るものとす  
右三台一組一日分の作業収支計算は大略此の如しと雖も若し之を百日間連続作業と為す時は一台一組よりは実に較大の純益あり即ち左表に依りて其の事業経済上に雲泥の差ある一端を知るべし又一台一組と為す時は苧麻繊維百斤分の採製費約二円七十銭なれども三台一組と為す時は百日間百斤に付一円七十銭平均にて仕上るの割合となる也  
三台一組作業百日間  
(一)作業延人夫四百名(一日四名平均)此賃銀額百六十円(一日一円六十銭) (二)石炭使用総量約三万五千斤 此価格百四十円(一万斤四十円の割) (三)用水量三千六百石 此雑費約百二十円 (四)苧麻生茎十二万貫目即ち七十五万斤運搬費六十円 (五)採取繊維乾晒仕上費三十円 (六)機械油料及手入費三十円 (七)機械修繕費三十円 右合計五百十円 (八)苧麻生茎消費総量十二万貫目即七十五万斤 (九)同苧園面積百五十甲分 一甲当り一期の収穫量約五千斤平均 (十)苧麻繊維出来上高三万斤 (十一)同価格約四千五百円 百日間の作業費費五百十円を差引残収益金三千九百九十円也即繊維百斤に付一円七十銭にて出来上る  
右の内より剥皮機三台及び原動力機関一組の購入費約二千円を差引も尚千九百九十九円即ち約二千円の剰余あり即ち此剰余金額を栽培費の中に属するも凡百日間の剥皮作業を継続すれば大抵該機械購入据附の諸雑費は略償却し得る割合にして百日間以後の継続作業に於ては更に数層倍の純益を生じ其作業を永続するに従い台湾在来の旧式手製法に新式機械力の優る理因を何人も明白に暁和するに至べし而して此機械購入据附費の償却期は尚お前の一台一組のものにしても凡そ百日間以上の作[業を連続すれば大抵然るものにして凡そ四五箇月間を経れば確実に償却し得られ三台一組にする時は但三ケ月内外にして其期に達し四箇月を経れば工場建設費も略ぼ償却し得らるるに至るべし是れ機械力ノ功益偉大なる所以なり右の理由を稽考すれば何人も旧式の人手剥皮法と洋式機械力との優劣□敏鈍実に霄壌も啻ならざる利害得失の点を立所に感□□することを□へし]  
 
台湾の部(25)/改良式苧麻剥皮機械使用奨励法(9)  
前に述べしは原動力汽缶に石炭を使用する常式法に依りて収支計算を示せるものにして不経済法なりと雖も尚お右の如く相応の純益あり若し此の燃料を薪柴にする時は更に幾分の純益の増すべし元来石井式剥皮機は或は水力電気或は石油発動機を以てするも同一の効力を現わすものにして左に其使用地域と時の都合に依り各自適宜意の向う所に随って選択すべきなり尚お参考の為め各原動力の種類及び価格を左に表示す 
(一)原動力一馬力半のインジン各種類(即ち剥皮機械一台分に関するもの)蒸汽汽缶一組六百五十円(石炭或は薪柴使用のもの) 石油発動機二馬力一組三百五十円(是は一馬力半に匹敵し兼用するものにして即ち一馬力半に代用す) 水力電気原動機一馬力半百八十五円 右三種類中何れにしても使用者の任意にして皆石井鉄工所製品の売価とす  
(二)剥皮機三台連用時の原動力 蒸汽汽缶二馬力一組九百五十円(石炭或は薪柴使用のもの) 石油発動機四馬力五百六十円(此原動機中間のものなき故大を以て小を兼ぬ故に価格高し) 水力電気原動機二馬力半二百五十円 右の如く原動力は各種類何れにても  
適宜採用し然るべきものにして此の三種類の中にて原動機の価格安価にして使用上最も便利なるは水力電気の如しと雖も亦場所に由りてば全然之を使用し能わざる地方あり且つ非常の手数掛り却って不経済と為るものあり即ち臨機地の利に由りて使用すべきものなり又石油発動機は其の機械安価にして且つ使用上にも極めて便利なりと雖も位置に由りては四時絶えず石油を得るに不便の場合あり若し石油発動機を使用する際は其一日間の用量左の如し  
(一)剥皮機械一台分  
一日十時間石油用量四升五合一升約三十銭平均と見積れば約一円三十五銭  
現今の所にては石炭の用量一日十時間二百五十斤(一万斤四十斤なれば一日約一円内外の石炭代価を要す)此経済上の利害得失は各事業家臨機応変的意匠を凝らし然るべきものなり 現今我邦人中にも石井式剥皮機械の出来居ることを知り居る人は極めて稀にして台湾に於ても殖産専業界の人と雖も該機を詳知する人は皆無同然と云うも差支えなかるべく而して偶々書籍其他にて之を聞知するも馬耳東風的に受流し居る人勝にて台湾産業刷新上に此一利器を利用せられざるは寔に遺憾の至りと云うべし然り而して偶々余等の談話に依りて新たに之を知れる人々の中には原動力に由り該機械が廻転すと云うを甚だ苦にし人手により自由に廻転すべき安価にして且つ軽便なる手繰機械の発明されんことの企望心を有する人少なからざるが如きも今日の所にては未だ此理想に都合能く当嵌るもの発明さるるに至らず但し同じく大阪の或鉄工所にて数年前「敷島式苧麻剥皮機械なるもの「発明されたるも此機械は前述の如く即ち手繰り機械にて原動力の装置を要せざるものの由なるも余は未だ之を実見せず且つ尚お不完全の点ありとて広く世上に紹介さるるに至らずして遂に止みたるが如し  
石井式剥皮機械を手繰仕掛けに改造せるものも合せて鋳造しては如何と余も嘗て石井鉄工所主人に勧説せしことありしが其際若し格別の必要あらば製作しても差支えなきも強いて其の必要を認めずと余り気乗りのせざる模様にて其よりは尚お一層大規模の苧麻紡績機械の材料を更に今以上迅速に製出せる多能力の新式機械の発明に重きを置きたるものの如し余の理想も亦大規模の装置に専ら望みを属し居るものなり併し、小現模の手繰機械の新発明も亦他方の需用者に対しては必要なるべし  
 
台湾の部(26)/苧麻紡績機械の件  
苧麻紡績機械は本邦に於ては未だ広く世人に知らずして、紡績機械と云えば必ず草棉用のものと一概に看作し居る人過半にして内地工業界に熟通せる人々は絹糸紡績、亜麻紡績機械のことを暁知せる者ありと雖も苧麻紡績と云うことは世人の意識尚お極めて幼稚の観念を有し居る者少なからず然るに欧洲諸国に於ては既に一昔前より此事も開業され居るものにして仏国製苧麻紡績機械一組を購入せんと欲せば其原価十七万円以上二十余万円なりと云う独逸製亦同様高価にして此機械を原産地より購入して我が内地等に新工場を建設せんとするには実に多大の資本金を要し手薄き事業家等には実行容易にあらずして偶々企図者あるも中途に逡巡蹉躓する者少なからず現今の所にては純粋の苧麻紡績工場なるものは愛媛県下今治の大元紡績会社が具体的営業を継続しつつある位のものなり此他には京都鐘淵棉花紡績会社に苧麻の一部分を加え□富士紡績会社にて苧麻糸製□を兼業せしことあり而して苧麻紡績素製品の需用は日に月に駸々乎として増加し来り殊に近来欧洲戦争の結果露国其他よりの苧麻製品の註文多大にして大元紡績会社等にても之に忙殺されつつありと聞き及べり  
苧麻紡績機械は欧洲より購入せんと欲せば右の如く数十万円の大金を支払うにあらざれば入手し能わざる所なれども俗に所謂灯台許暗しの諺に違わず誰か知らん現に我が大阪市西区西九条下之町石井鉄工所主人石井友次郎氏は右剥皮機械の新鋳造に前後して夙に是等各種の欧米式機械に多少の改良折衷を加えて新機械を鋳造し其中には所謂苧麻紡績機械なるものも既に彼れ是れ一と昔前より製作し近年に至りては益々其の佳境に入り三昧悟道に達し徒らに欧人の糟粕を嘗むるのみを以て足れりとせず更に自家の新機軸を出して彼等の陋を去り拙を捨てて自己の長を以て之を補い一種軽巧慧機なる新式機械を鋳造し今や苧麻紡績機械も全部同所[に於て製出されつつある所なり昨大正四年十二月余が現に□んで検知する所のものは約十二台一組にて成立ち居れり十二台とは即苧麻の粗繊維を切断するものあり●崩用の釜より漂白用器あり「パルプ」状に分解せるものあり草綿と同形体の綿絮に化成せしむるものあり此の綿絮を原料に充てて其により普通綿紡績機械の如く綛糸を引出すものあり彼れ是れ此全部の機械を数え上ぐれば約十二台計りとなるなり而て其価額格如何を問えば三四万円乃至五六万円にして稍々小規模と為せば二万円にても出来上り又全部にあらずして一部分の要用機械のみを別ち註文に応ずることも出来るが如しなり居れり  
右の如く既に我が大阪市内に於て此種の苧麻紡績機械の自由自在に出来得る様に成来り居る今日に於ては最早欧米人に向って我貴重の国貨を仕払い敢て何を苦しんで古人遼東白首の猪児を購入するの愚を学ぶを要せんや宜しく之等の新現象に注目警省して産業界の沈滞を挽回振興すべきなり是より苧麻繊維の機械其の他の伴に移らん]  

 

台湾の部(27)/苧麻栽培上の目的定議(1)  
前説に由りて今後の苧麻栽培は其の繊維の使用目的大体二様に大別さるることを感知せしなるべく又然らざるも既に今日に於ては何人に於ても皆暁得し居る所なるべし尚お今此事に就て卑見を述べ置かんと欲す  
二様の目的とは即ら一は従来通り其繊維完形のまま他の麻類と同様に使用するものにして即ち在来式織布の沖縄上布、越後晒布、奈良晒布其他蚊帳用漁網用、下駄鼻緒等の如く普通大麻と同様に使用するものにして嘗て前日も述べし如く此の目的品に対して需要界一般の好評を博し且つ価格を上らしめんとするには其の要素左の如し  
(一)第一に繊維の脩長繊美なるべき事繊維の長さ短くも三四尺以上なるを要し尚お五六尺以上に達する寸尺長き程珍重さるるの習慣を有す  
(二)繊維の外観形態優美軟細にして茎間に結節等少くして光沢に富み殆んどカナビキ麻に等しきを優等と為す所なり  
(三)右の如く特別に優美繊長ならざるも凡そ其長さが三四尺以上にして普通大麻の如く使用し得らるるものなれば此品質の醜美好悪は問うに遑あらず唯専ら原料の豊富ならんことを要すと云う条款の下に広き方面に使用されつつあるものもあり  
右要するに在来普通苧麻繊維の常体にして我が内地産も支那産も朝鮮産も亦台湾産も皆此の需要目的に何時にても合格する様出来居るものにして即ち普通苧麻の常態なり  
台湾旧来の苧麻は殆んど全部常態中の真常態を具有するものにして即ち寸尺著しく短矮なるものは皆無なり渾て他国産に比し概して繊維脩長にして五六尺以上殆んど一丈に等しきかと思わるる形態上の美観を呈するものあり是れ一は気候暖燠にして凡ての植物が自然的に旺盛なる発育を遂ぐるに伴う結果と一は山岳地方腐植土に富める土壌に生育せるもの亦然るなり即ち繊維の長さに於ては東洋苧麻中の関取りとも云うべき特徴を有し居れり然らば品質に於ても亦同じく東洋苧麻の関取りかと云えば決して然らざるなり寧ろ其の反対の事実を有し従来台湾苧麻の評判は肝腎の我が母国内地の貿易界に於ては甚だ不評判にして且つ需要界に於ても常に擯斥されつつありし所なり  
其説に曰く、台湾苧麻は繊維粗硬にして織布用には極めて不適当なり偶々繊細なるものなきにあらずと雖も至て稀少にして纏りたる大量を得るに困難にして且つ其仕上げ荷造法不良にして粗硬のものと錯雑し又種類一包中に混錯して青白色糸赤褐色素、過熟糸未熟糸、長短精粗混合して一把と為し実地使用上甚だ不便にして品質極めて不一定なり而して毎も価格過高にして之を工業原料に供用せんとするに不安心なり且つ仕上法粗悪にして茎皮に多量のゴム質粘液固著して之が分離洗い落しに甚だしき手数を要し不経済なるを以て寧ろ支那苧麻を使用するに若くはなしと云うにあり  
右に反し支那産は仕上法一定して茎皮にゴム質の固著せるもの少く繊維鬆散して何の目的にも使用し易く且つ質軟細にして粗大堅固ならず大抵品質価格も一定して一時に数百万斤を使用する場合にも忽ち集り易くして且つ最初より一定の予算を立て事業を設立するに失敗危険の恐れなしと云うにあり然れども支那産中にても其生産地に由りては略ぼ台湾産に等しき繊維粗大堅硬にして粘液多く固著せるものもあり如斯は大体稀少にして価格も安く需要も寡少なり 我が内地産苧麻は台湾産の如く粘液繊維に固著せるもの寡く且つ糸質軟細にして織布用にも他の使用上にも適良なり台湾苧麻が右の如くなる所以は猶次条に引続き詳述せん  
 
台湾の部(28)/苧麻栽培上の目的定義(2)  
台湾苧麻が従来我が内地の貿易界、工業界に於て不評判不信用を来せる原因は多端なりと雖も之を括言すれば即ち左の理由に外ならず  
台湾人は苧麻なる植物の分類鑑定には頗る特長にして殆んど我が内地人等の夢想だも及ばざる程其の鑑別力に富み農学専門家と雖も遠く及ばざる程種類の公別法に精通し尚お台湾茶樹の名称種類を暗記するに等しきものあり而して期く其の種類鑑別の知識を有しながら其実地栽培に於ては亦内地人の夢想だに及ばざる程空疎散漫にして一苧園内に必ず同一種類を選栽するにあらずして多種類混淆雑植するもの多し  
又台湾旧来の米作と同一様に米種の佳良なるものを精選し台湾米の品質を優尚にし需要者の評判を能くすると云うことは殆んど眼中に置かず唯だ一甲の用地より一石にても収穫の多からんことを主とし其一石の米穀は勉めて目方の重からんことを要し即ち優等米よりは風味劣悪の赤米其他の品を以て田の過半部に填栽するを以て得策と為し来りし時代を重ね来りしが如く  
苧麻に於ても亦青心、白苧等は繊維の品質良好なれども比較的収穫少く或いは著しく少収穫と云うにはあらざれども紅心苧に比すれば繁植力と云い健強性と云い収穫量と云い固より遠く及ぶ所にあらず畢竟苧麻栽培の要は対岸南支那地方に売口さえ好ければ事足るものにして其の地面より一斤にても収穫の多きを可とし一斤の繊維は一匁にても目方の多からんことを要し如何に良好種と雖も繊維歩留り目方が軽ければ不利益とし又青苧、白苧、赤苧を合併して一斤把と為し或は百斤包となしても其買受人は此混淆荷物に向って小言を謂うものなく皆満足して対岸諸港に船積荷物と為し行くが故に敢えて何の必要ありて一種類つつを別荷と為すべけんや又単に青心苧のみを以て貿易荷物に充てんと欲しても元々栽培数の少きものにして固より出来ざる相談を敢てするに外ならざるを以て斤目重くして数量豊富なる赤苧の過半量を加交して一荷と為すの警巧なるに若くはなしとの論理に伴なう結果に外ならざるなり  
当原産地に於ては斯る一定議の下に栽培され荷造され販売され来りつつある所の台湾苧麻にして原産地人の眼より之を見る時は唯尋常一様のことにして敢て奇とするに足らず欠点と為すに足らず固より当然のことにして栽培者も販売者も買受人も自ら満足しつつ先天的一習慣を為し来りしものと謂うの外なきのみ然るに台湾の一島内を離れ厦門、福州方面を引除くの外に於ては此台湾式自我的筆法は何処に於ても一向融通の利かざる一特有物産と看作さるることを免れ能わざるものにして遉がに熱帯地方の植物繊維丈け糸質堅靱にして抗破力耐久力には富むの優点ありとするも其に引代え難き糸質の粗硬粘液の固著繊維の不一定常に価格の支那産輸入品に比して過高なるは台湾苧麻を目宛てにして我が内地工業界の原料に安心して充得難きは甚だ遺憾なりと即ち一珠玉には相違なきも余りに瑕瑾多過ぎて使用部分の正味寡少にして価の高過ぎると云う批評の下に台湾苧麻が旧来我が母国本土に移出の端緒開け難かりし所以なり  
右の如き状況の下に台湾苧麻は我が内地各府県麻問屋其他一般の貿易界工業界に於て不向きなりしが昨今に至り愛媛県下大元苧麻紡績会社に於て台湾苧麻繊維の使用試験に著手せしも僅少荷物中にも赤苧青苧混錯し居るを以て不安の念絶えざる所なりと云う紡績に於ては其関係なきが如くなるも信用上に多大の影響あり況んや繊維原形のまま一の麻糸原料として大麻の如く広き範囲の需要に対するに於てをや即ち今後台湾苧麻を対岸南支那以外の需要向に充てんとするには青心苧なり白苧なり紅心苧なり混植栽培、混淆荷造の如き陋弊慣を一新せる著手方法に由らずんばあるべからず  
 
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台湾の部(29) 苧麻栽培上の目的定義(3)  
前述の如く苧麻は繊維原形のまま紡績機械に全く無関係の旧来一種の麻として用い来りし即ち織布、漁網、小牽絛其他該茎皮より採出したる自然形繊維のまま需要先を拡め一地方の重要物たらしめんとするには旧来厦門方面対岸南支那向きに於けるが如き粗慢の方法にては多方面の安心信用を得ることは甚だ見易からざるなり即ち苧麻をして一地方の主産物たらしめんとするには紅心種なれば寧ろ同品一方向きに栽培し且つ荷造法も他品を混錯せざる様にし又青心種ならば同じく同品一方向きに栽培し荷造にも其中に紅心種の繊維を混和せざる様にし而して植物種類の選栽方に於ては敢て何と限らずして其の需要地先きの希望に随い或は織布原料として白苧青苧が需要に適う時は専ら該品を栽培し又若し漁網、細引、下駄鼻緒類等の如き繊維は敢て細美繊麗ならざるも唯堅靱なる苧麻糸でさえあれば宜しと云う需要向きに対しては即ち紅心種を選栽するも然るべく其辺は適宜裁培家の手加減にあることなるべし或は一人にて多種類を兼栽するものも唯其畑地と荷造丈けは最初より一定の見込みを立て玉石混合的旧弊式を襲用することを宜しく避くべきなり  
該目的に伴う地所及栽培上の関係  
原形のまま使用目的の繊維を得るの目的を以て苧麻栽培を為すには台湾に就て云えば蕃地内蕃界地等の如き山岳地樹林地四時乾燥の憂い少き沃野或は他の農作物にも猶お有利なる熟畑地、相応の腐蝕土を含有せる厚表土層地等は凡て此目的の為めの苧麻栽培地に充るに適すべし其の理由如何と云えば右の如き土地は皆寸尺脩長にして糸質繊麗細美なる苧麻繊維を得るに順調的に栽培発育上の目的を期し行き易きを以てなり  
繊維原形のまま使用目的の需要者は何人も皆可成繊維の丈け長くして美麗なるものを優等品として愛好するの自然的希望心を有するなり此種の目的に伴う理想的栽培地を求め得易きは台湾島の先天的特有長所にして且つ其の上熱滞地的気候なる気象上の天恵併せて之に伴うものあるを以てなり将来のことはイザ知らず今日に於ける東洋の状態にては此の苧麻繊維の需要目的なるもの前説の如く天然形麻糸と人工綿絮即ち紡績加工品の両途に相半ばして別れ或る場合は甲が多く或は乙が多きことあるべしと雖も初期若干年間は寧ろ自然形繊維の需要額が較大なるや図り難し而して段々年霜を積りて苧麻利用の工業即ち該繊維を恰も製紙用の「パルプ 」原料の如く精練加工を経て略ぼ普通草棉と同目的の如く化学製品としての原料の需要増大し来りて漸次原形繊維の用途は縮少されて工芸化学原料の方に移り行くに至るや図り難し  
右両用途に対し苧麻栽培家の立場よりして之を見れば畢竟は該繊維を●崩して「パルプ」状綿絮と為す原料としても草茎短矮貧弱なるものより肥大脩長なる優美繊維を以て之に充れば所謂大は小を兼ぬると同理にて之に越したる適良品はなき訳合なり但し折角脩長に出来居るものを短切して煮崩すは一方より言う時は即ち勿体なくして栽培に沃壌地を費したるが不経済と云う一論理之に伴随するの差あるのみ紡績綛用一方向きの苧麻栽培には前目的のもの程に敢て肥沃地も要せざれば優美脩長なる繊維をも得るに及ばざる訳合にして従前の苧麻生産物と稍々趣を異にする点あり尚お詳細は次条に述べん  
 
台湾の部(30)/苧麻栽培上の目的定議(4)  
繊維原形のまま使用目的の苧麻栽培は前述の如く台湾に於ては大恵的庇護の力に依りて自然的発育を遂ぐるの部分多く其栽培法も旧来通り殆んど無施肥料にて日的想応の繊維を収め得らるることは即ち現時生蕃人の苧園の如く蕃地附近及び山岳地方高地山畑新開墾業者の苧園の如く天然腐蝕土の地層を耕耘し若くは雑木林薮地を焼払い半墾地に植栽せるもの過半にして斯くの如く天恵的自然沃壌に於ては一期十年以上根株の栽替えを要せずして年々理想的収穫を継続し行かるるものあり然れども一般農業の常規上より見れば即ち懶農法にして濡手粟攫主義農業とも名くべきものにして好模範とは称し難かるべきも若し之に充るべき土地さえ充分にあらば短兵急的に苧麻産額の増加を図るには亦適切の一手段たるべし而して斯る土壌に生育せる苧糸は概して軟細繊美にして繊維原形のまま織布用等に供するには極めて良適の植栽法に該当し恰も比律賓群島のアバカプランテーショーン(マニラヘンプ)に彷彿たる簡便式と云うべきなり  
紡績専用繊維目的の地所関係  
苧麻紡績用繊維とても別に異る性質の原料を使用するにあらずと雖も紡績と云えば即ち「ツムグ」の意味にて此繊維をツムグには何れ其の原形を崩潰せしめて機械力化学作用に由りて一応製紙用「パルプ 」の如く変態せしむるものなるを以て此原料に折角立派に出来居る長さ四五六尺もあるものを使いつぶすには如何にも勿体なきものにして斯る美繊維は其の美形のまま他の目的の事に供用するに若くはなしと云う訳にて紡績専用には即ち茎長二三尺以下のものにても尚お充分用足ること故其の原料さえ豊富にあれば猶パルプ原料と同様に其の目的は達し得らるる所以なり凡そ植物繊維なるものは其の植物の種類異なる毎に各自組織異るものにして即ち錦葵科植物皮の繊維は専ら羅網を為すの特質を有し木槿皮、黄槿皮、アンバリーヘンプ等の如く又桑科植物の繊維は即ち楮皮、構皮、桑皮、プレッドフルート果樹皮等の如く又蕁麻科植物は即ち苧麻皮、蕁麻皮、紅頭苧木等の如く特質を有し其中にて苧麻繊維は野生品であれ栽培品であれ各変種であれ糸に硬軟多少の差ありても之を総括すれば同組織より成立つ繊維にして紡績綛又脱脂綿等と為りたる時は一応化学作用を経て熟知せるもの故其の目的に使用さるる所以なり而して其中にて非常に貴重繊維なる苧布を織る原料の如きは或は優良種苧麻の純粋糸を要するや図り難しと雖も普通洋服地肌著シャツ類等の織布原料としては尚お彼の人造絹糸の原料の如く強ち優良苧皮糸のみに限らざる訳合なり  
苧麻は元と桑樹と略ぼ同性質を有し表土層勉めて深厚にして礫磧層に遠かりて土性軽鬆にして固著堅硬なる沃土を好む植物なり然れども其の植物の性質は至って強健にして如何なる乾燥地瘠薄土等にも能く生育するものなり但だ如斯悪土に植栽する時は年々の発芽数は依然夥多なる茎短矮にして旺盛に舒暢せず且つ茎瘠細にして株立は自然粛寂にして繁茂著しからず故に面積に対する収穫量は自ら著しく寡少ならざるを得ざる所以なり然れども此を紡績原料として使用するには敢て故障なきものにして唯段別と収穫量とに於て経済上の差著大なるものあるのみ然れども苧麻紡績工場を多方面に新設し恰も旧来の草棉紡績工場の如く夥多の加工品を製出し一方には我が国内の広き需要を充たし一方には此の加工品を海外諸国に輸出せんとするには其の原料の蒐集吸入に彼是れ毛嫌い的選択は敢てするに遑あらざるに至るべし故に此目的の進行上に絶えず渋滞なく原料供給を継続し行かんとするには到底全部ながら其美醜妍悪を深く問うに遑あらざるなり而して従来苧園に落題し来りし所の旧式栽放ち無手入式にては到底苧麻の栽培に適せずと為し来る所の廃棄地利用法を農学上の新伎倆に由りて開発の道を講ぜざるべからず  
 
台湾の部(31)/苧麻栽培上の目的定議(5)  
紡績専用の繊維のみを得る目的にて苧麻を植栽するには従来の如く強ち茎立の脩長なる地所のみを特選するを要せず即ち該草が無難に生育して相当に繁殖する所なれば事足る所以なり而して此目的に供せらるる土地は即ち台湾にては第二三流以下の原野、丘陵、荒廃地等にして瘠薄地にても可なる訳なり但し此苧園に落第的地を及第的地に編入するに就ては左の条款を守り行かざるべからず  
(一)裁培上に無障碍の表土層必ず二尺以上の層厚を有する地所ならざるべからざること  
(二)農業上礫層地と唱うる所の全部石礫のみを以て表土層を為す所は全然使用すべからざること  
(三)茶樹も尚満足に生育し得ざるが加き強駿性土壌は全然忌避すべきこと  
(四)嘉義、台南諸庁下海岸方面の「アルカリ」土壌地は全部植栽すべからざること  
(五)地下水層二尺以内にあるか若くは雨期中数日間潴水の恐れある排水工事に見込みなき地所は全然避くべきこと  
(六)粘板岩の粉砂より成る土壌にして他の土壌を全く含有せざる土地は全然避くべきこと  
(七)其土質地勢の如何に関らず六箇年以上使用権の見込不確定の地所は全然忌避すべきこと 理由凡そ一度苧麻を栽附れば約五箇年間は収穫を継続せざれば耕耘植栽の資金に数倍するの純益生ずる期間短く大苧園なれば損失を招くの恐れあり  
右の外忌避すべき土地の種類多かるべし此処には唯概端を示すのみ又本島にて第二三流以下の土地にして此栽培地に充つべき地種の一端を数え上げ見れば大略左の類なるべし 
(一)看天田等にして用水不便且つ地力衰粍して米作の収益少く甘蔗作には無論不適当の場所  
(二)地方衰純せる畑地にして従来式の本島人諸農作物の収穫少く地租の滞納生じ易き地所  
(三)多年間無肥料耕作を連続して地方衰粍の極に達して之を放棄したる荒廃地にして地盤石礫少き粘土層若くは砂壌地にして排水の見込ある地所等  
(四)小起伏多き丘陵高原等にして雑草の繁茂力に乏しく若くは白茅満生して他の農作物の為め開墾の見込少く牧畜造林業等にも不適当の地所  
(五)乾燥甚だしき廃地又は原野丘陵等にして恰も酸性土壌の如く植物の発育なる純粘土地又に砂質壌土等より成る地所  
右は唯其の一端たるに過ぎずと雖も凡そ此の種の土地にして普通農林業の著手見捨られある土地にして尚お苧園開設に充て得べき土地の種類多かるべし而して右の如き既に他の農林牧畜業等の為め殆んど匙を投じ若くは見捨られある土地に就て苧園の開設を企図するは普通在来の方法を以てしては危険至極にして大失敗を招くは素より論を俟たざるなり然れども如斯土地も若し農学上の純正科学力若くは是に相当せる微妙の実地経験力に由りて之を経営せば多少の苦心労力経費は免れざるにしても一好苧園に化成せしめ得べし即ち左に其の経営著手上の要略を叙せん  
(一)台湾の土地は従来吾輩多年の実験実査に依れば如何なる地盤堅固瘠薄にして何植物も育ち得ざる土地も若し硬粘土地なる時は耕耘して多量の堆肥、緑肥等を畦内に敷埋め一方には日光の暴射を遮ぎる緑皮原料植物例えば刺桐樹、アカシオ属、田青、樹豆、キャッサバ即ちタビヲア木の如き類のものを間植すれば其の落葉腐朽する毎に自然土地を肥沃化せしめ殊に「コロタラリ、ストリクタ 」の如きものは其の特効著大にして驚くべき土地の良化力を助け一方には中耕の度毎に追肥の敷入れに勉力すれば其中耕部に根先伸暢して新芽を発し本根株と同様に繁茂し遂には土地の全面を苧茎にて蔽庇するに至り中耕し能わざるに至るを以て其以後は全面に堆肥類を散布し地表を覆い置けば自然乾燥を防ぎ苧茎は益々繁茂して第二流以上の土地に植栽せるものの如き壮観を呈するに至るべし即ち沖縄県北谷、読谷山間切の苧圃と同類の良園に化成すべき前例あり殊に赤埴硬粘土なれば如何なる瘠薄堅硬にても前途頗る多望にして灰色粘土地之に次ぐも亦有望なり純砂地、砂質壌土も亦三様なりと雖も其取扱上には多少の折衷なきを得ず  
 
台湾の部(32)/苧麻栽培上の目的定議(6)  
第三四流以下の悪瘠地を良化せしむるには庇蔭と施肥の効力偉大にして尚お前条に引続きて之を述ぶれば帥ち  
(二)諸植物の生育し能わざるが如き乾燥性土壌をして滋潤沃化せしむるにも右地方衰耗の瘠廃地の回復改善法に於けるが如き庇蔭と施肥の力に由るものにして庇蔭其の宜しきを得る時は自然と乾燥性薄らぎて滋潤を添うるに至るべし其は尋常の方法にては寸効なきに終る場合あるべしと雖も土地に滋潤力を与うる様特別の意匠を加うる時は此経営も成功し得る所以なり此の庇蔭植物の選択には多大の関係あるものなれども例えば刺桐樹、沖縄糸芭蕉コロタラリア、ストリクタ、キャッサバ即ちタピヲカ木、田菁、アルベチア、モリユツカナ樹ビルマネム樹等の如きものは尚お乾燥瘠悪土に堪え育て繁茂するものにして土地に滋潤力を与うるの効験は著大となるべし即ち刺桐葉は多大の緑皮力を有するのみならず滋潤力を与うるに亦有効なり  
芭蕉は乾燥地に生育すと雖も沖縄糸芭蕉は極めて強健性にして其の繁茂力に依りて其土地を潤おすの力は確かに較著なり田菁、金合歓本等は余りに乾燥強き堅硬土に播栽する時は容易に発育し難くして毎も矮小体に終ることありと雖も銀合歓に比すれば田菁の方は堪乾性繁茂力優りて時としては矯小に終ることあるも之を密植すれば著しく長茂することあり而してキャッサバは斯る目的に植栽する場合は固より其根の収穫製粉等は全く犠牲的に見捨てざるを得ず唯他の緑肥植物の代りに之を利用せざるべからず而して其の壮美なる枝葉の繁茂は土地の滋潤を助くるの効力大なり然れども此種の矮態庇蔭のみにては乾燥に打勝つの力尚お欠如する所あるを以て其以外に喬態庇蔭木の必要あり  
喬態庇蔭木としては前述の刺桐は第一等なるもビルマネムは土地に由りては単独発育を遂げ難く矯小体にして漸次萎縮し終る場合ありと雖も其樹下にキャッサバ田菁の如きものあれば其に助けられて長茂することあり又アルベチャ、モリユツカナは颶風にはビルマネムと同様に脆弱にして耐え得難しと雖も全部枯稿することなく枝幹切断後新葉芽の発生回復力は亦迅速なり而して庇蔭の効力はモリユツカナ木優勢なり此他尚お適当の木多かるべし  
右の如く極端的の乾燥性土地を以て苧園に充んとするには自ら其の農園設計も異ならざるを得ず即ち庇蔭木を用うれば其れ丈け地坪は減少せらるる割合にして一甲の苧園も約其の十分の二三は或は苧植の植栽範囲を減殺せらるることあるべし又斯る乾燥地に全く庇蔭植物を要せず単に苧麻のみを以て両面を満たす時は著しく発育力を抑圧せられ単に短茎矮生株立の寡少なるに止らず水分欠乏の為め繊維粗硬木質化して綿絮原料としても劣等且つ収穫著く減少するの恐れあり  
(三)右は直接普通農学範囲以外に脱出せる他の一般樹芸に亘る点も加わり居ると雖も本条の乾燥地、瘠悪土等を肥壌化し滋潤化し収穫量を増加せしむるには専ら農学専門上の学術的真技術を要すること専一にして或場合は農芸化学の力に由る点多く或る場合は農園専修科の技術に一任すべき点多く即ち耕耘方法、肥料調合施肥方法の如何に由て目的の成否を解決さるること多大なるべし  
又凡て台湾の農園殊に開墾拓殖事業地は従来農学専門上の真技術を十二分に発揮伸暢せしむるに満足なる余地を与えざるのみならず是を尊重信頼する念慮冷薄幼稚にして該専門家を聘傭して起業する者は実に寂々寥々にして多くは其素養実力に乏しき台湾育ちの見馴れ聞馴れ俄習得者或は僅少期間の伝習者或は口巧者手巧者の純粋素人を以て此種植物栽培等の主任者若くは技術家に充てて即ち農学士に代用し農科大学乙科得業士に代用し高等農林学校得業士若くは県立農学校出身者に代用して唯慧巧機活を主とする者に由て成るの弊慣を養成し尚お進んで此の積弊を襲用しつつ苧麻裁培に著手せんと企図するが如きは恰も隴を望んで蜀を得んと欲するに等しく又林業専門家にして農園の経営に容喙干渉して恬として顧みるを悟らざる類に於ては固より云うべき限りにあらずして我が苧麻栽培の為め荒廃地利用、強性乾燥地、第三四流以下の瘠薄地利用説を唱道するは全く内地各農学出身者を基本としての立説に外ならざるなり  
 
台湾の部(33)/苧麻栽培上の目的定議(7)  
紡績専用苧麻繊維は従来の原形のままの用途需要とは自ら趣を異にし恰も本邦目下の外国綿輸入の如く其の原料の需要額広大無辺にして殆んど際限なきものにして我が内国に同紡績工場競起して其原料の幾分の一は台湾より仰ぐと仮定したる時又一方より見れば抑々我が内地に於ては何の必要に迫りて苧麻紡績の新工場を興すかと云えば内地人の需要は大抵或る程度に制限さるるは無論のことなれども畢竟此の需要主眼点は該紡績加工品を欧米、南洋其の他外国向きの輸出用品のみならず最近数年間は以上諸国より註文引受けの為已むを得ず紡績工場を拡張して之が責め塞ぎ的寧ろ急利博取的に苧麻を使用すと云うが如き時期に際会せるものにして斯る輪環的時運は固より永続するものに非ざるを以て欧洲戦争鎮定後此日本加工品の得意先地を払て減少するとしても苧麻其物は寧ろ繊維原料のまま諸外国に彼地の紡績工場原料として輸出額の増加し来る時代亦其時に起る場合もあるべし此時に当って苧麻繊維は支那より一転して日本人の殆んど一手専売的品と為り其の原料の栽培地は即ち日本、本州、四国、九州、沖縄諸島、台湾、朝鮮と云う広き範囲に亘りて拡められ其中にて台湾は恰も苧麻の特産地として経営其の宜しきを得れば日本の第一流主産地に列し得べく之に次ぐか或は台湾の右に出ずるか図り難きも兎も角苧麻の大産地は朝鮮総督府管内ならんかと推想さるる所なり  
右他地方の事は暫く措き台湾本位に立戻りて論ずれば此紡績用原料は需要頗る多大にして此栽培に充る土地は前述の如く如何に台湾と雖も従来の如く天然腐蝕土のみに富める濡手粟攫的栽培法のみにて事足るべきにあらず即ち本条の第三四流以下の瘠悪地利用法も実行せざるを得ず而して此智力学力実地演習的栽培法の端緒は今日より誰か若干の率先者起りて建業成功の模範を示しつつ後進者を斯道に嚮導鼓励し行くの必要時期に達し居れり沖縄県下沖縄本島は諸君の知るが如く其過半部は磽●土瘠薄土にして地層深厚の天然沃壌地少く平野は多く石灰分多き赤埴土にて成り敢て沃野千里を以て目すべき土地にあらず而して農作物能く豊熟し古来砂糖の特産地にして蔗田の豊美人目を驚歎せしむるに足るものあり又其一部分に於ては繊美なる苧糸を産出し有名なる先島上布の原料に充てつつある所なり而して其苧園を検視すれば地層浅薄盤土堅硬にして最少劣悪の瘠地たりしは論を俟たざりしなり而して今日に於ては人力に由りて肥沃なる美園に化成し居れり是れ全く年々歳々多量の堆肥を敷施し其前に施せし堆肥地中に尚お残存し居る中絶えず追肥料を投入して地力の衰退を防遏し居るが故に毎も沃壌地の本質を失わずして苧麻の如きも立派なる好発育を遂げ居れり向後台湾も亦此沖縄の如く各農場内に多量の堆肥を施用するの習慣を養成せば現今痩悪地として見捨て居らるる土地も全く面目を一新せる良苧園に化成するに至るべし  
或人等は苧麻は支那と競争マニラヘンプは馬尼剌と競争の恐れありと推断を下す所なりと雖も台湾に於ては苧麻もマニラヘンプも台湾は台湾丈けにて左眄右顧の必要なく極力之が増殖奨励に従事せざるを得ざる必要何処までも伴い居る地域にして折角満足に最上成績を有し居るものの奨励を猶予するの必要なきものにして昔杞国人が天吾が頭上に落ち来るなきやとの狐疑心を惹起して人を迷わすと同段にして此両麻は台湾の主要生産物として将来大成功を期せずんばあるべからざる台湾の精神的繊維植物なりマニラヘンプに於ては恒春移植以来十余年間の好成績台北方面放置的植栽の下に尚お能く好発育を遂げ苧麻に於ては本島数百年間の実地経験に依り此栽培法は三百余万の本島人独特の好技能を先天的に其の移住当時より伝家の一技術として具有し来る所なるを以て我が母国人之が主宰者と為りて此の天賦の好技術者たる農民を助手として使役せば我が内地に於て無経験の農夫を使役するよりも猶寧ろ便宜なり  
 
台湾の部(34)/苧麻栽培上の目的定議(8)  
紡績専用苧園開設上の準備要件として主に立つものは左の数条なり  
(一)園内の堆肥小屋の創設及び堆肥の新調は他の農園の倍以上ならざるべからず  
(二)各種人造肥料、過燐酸石灰、木灰、骨粉其他高等肥料の蒐集備附充分ならざるべからず  
(三)欧米式改良農具の蒐集備附充分ならざるべからず  
右各種の設備中著手前第一著に予備し置くべきものは斯道専門家の聘傭にして出来得る限り例えば農科大学の本科即ち純正農学士を技師若くは農場長に専用し是に若干の技手助手を附属し其の人員は殆んど全部内地各府県の高等農林学校農学科得業士若くは府県立農学校卒業者にして可成各農事試験場若くは農学校等に於て実地演習経験に富めるものを以て組織すべきこと、事実上の専門技術に関することは一切農学校出身の主任技師即ち技師長に一任し庶務、会計諸員は一切専門技術家の権限範囲内に立入るべからざることを要し即ち農芸技術上のことに一切容喙干渉するを避くべき義務を固く守るべきこと  
斯の如くして凡て中流以下瘠悪土地に新たに紡績専用苧園を開設せんとするに際しては第一に完全堆積肥料の調製より先きに著手し普通農園に比すれば三四倍以上の堆肥を予め貯蔵し置かざるべからず即ち一方には腐蝕土代用を兼ぬるものを其の土地全面に満布せしむるを主とするもの故多日数を経過して熟化し過ぎたるものも一向差支なき所以なり又単に堆肥のみならず各種水肥の貯蔵も併せて必要にして堆肥小屋と水肥溜池の構築には最初より全力を注ぐを要す、例えば過燐酸、乾血、骨粉、智利硝石、硫酸アンモニア、油糟、木灰、石灰其他の肥料調合熟化法等に就ては全部農学専門家に一任して事務会計諸員は唯其の伎倆の巧拙当否を間接に監視討究して直接干渉容喙せざることにして完功を期することに努めざるべからず  
世の拓殖業者開墾業当事者及び指導者は毎も農学専門上の伎倆討究に重きを置くの念慮比較的冷薄にして動もすれば農学要素上のことを殆んど度外視し甚だしきに至りては眼中に置かずして唯農場技術上の事も庶務、会計員を以て之を兼弁し素人頭脳を以て植物栽培上の秘釈真理に立入り蔗園米作を除くの外は頻りに無施肥料栽培説を主張し肥料を用いずして立派なる収穫物を収め是を事業収支計算上の六韜三略的賢明案と自負偏信せる者往々少なからざるが如き観を免れずして経営失敗の基を招致することあり  
加之一体に農園と肥料と云うことに就て肥料に金を掛くることを甚だしく気遣い多量に肥料を使用すれば事業上の収支計算破壊の基と為ると誤解する者亦少なからずして各自可成肥料を使用せざることに意匠を凝らし肥料を嫌忌すること猶毛虫、毒蛇を見るが如き者あり而して其一方には交際費、接待費、建築費、旅費運動費等には寸金を惜まず莫大の資金も一向心に苦にせざる者多く其に反して斯道専門家の俸給、肥料の購入費、施肥、除草手入費には寸金の支出にも猶多大の意志を費し消極的倹吝節約を主とし百円の肥料を購入するにも猶過大の浪費を濫出するが如く苦心研究する者亦少なからずして凡て努めて無施肥料説を歓迎するの陋慣を一洗して著手に取掛らざれば苧園開設にしても亦他の新植物栽培業と同一轍の失敗に終るべきなり凡そ肥料なるものは逐一現金引替えにて市店より購入するのみにて用足るものにあらず即ち雑草の刈集め不潔物塵埃の蒐集牛馬の飼養、豚、羊、鶏糞の利用亦即ち肥料の原料にして是等の経営意匠は揮て農学専門家の権能範囲内に一任せざるべからず然らざれば台湾第三四流以下の瘠悪棄廃地を良畑化せしめ苧園に充てて失敗なからしむることを期し難し即ち沖縄本島の人工改良的畑地の前例に徴して人工改良の効果は確かに悪地を化して農作物豊熟の地たらしめ得ることを知るべし  
 
台湾の部(35)/苧麻栽培上の目的定議(9)  
前述の如く台湾第三四流の瘠悪土、荒廃地として農家に持て余され若くは見捨てられある土地に於て新たに紡績用苧園を開設し以て廃物利用的農業を営まんとするには内地各農学校を正式に卒業せる諸員の技倆を十二分に応用し即ち農芸化学、農園専科、気象観測畜産獣医等の大意にも熟通せる各員の学才実験素養上の力を借りて耕耘術、施肥法、肥料の調合選択を主として地力人工改良法を図り地価低廉なる悪地を化して永久肥料分に富る上畑高価地に改良し栽附当初苧麻の繁茂力微弱にして収穫寡少なりしもの年数を経るに随って其収穫量旧来の苧園に遜色なき迄に良化せしむるの目的を達し得ることは台湾の天恵的気候と土壌に於ては敢て不可能の冒険業にあらずして又尋常自然の経過として見易き問題なるべし唯斯くの如き土地に於ては山岳地内の斧斤未だ嘗て入らざる雑木林草薮地等を開墾したるが如き天然的に肥沃豊鬆なる天恵的宝土に於けるが如き苧茎人頭以上に聳立し人目を驚かすが如き長茎繊維は出来ざるべきも亦出来るの必要なきも一甲当りの収穫量は旧来の無肥料若くは変則的施肥苧園よりは或は倍量を得らるるに至るや図り難し即ち此の目的の為めには面積と収穫の経済関係さえ理想に適えば事足るもの也若し此目的用地にして白茅密生せる傾斜緩漫の昿野なる時は其の当初の開墾整地費に充分思い切たる経費を投棄せざるべからず若し茅根半殺的犁返しに留め置く時は年々歳々茅根の蔓延甚だしくして其の都度除草手入に過大の費金を要すべし故に斯くの如き場所は其農具も極めて鋭利なる改良式プラオハーロー等を使用し耕地内に寸根なき程度までに深耕法を施し一時に多金を費して後年の手入費を省節する方便を講じ置くを得策と為す  
普通の草埔荒廃地なれば一甲三四十円にて出来上るものも茅野なる時は同程度の開墾にては栽附後芽根の滅絶期まで非常の労力と費用を要すべし仮令一甲百円を要するも寧ろ最初に完全なる耕墾を施し若し甚だしき乾燥の恐れなき地所なれば苧麻を密植して十二分の敷肥追肥を施し枝葉繁茂の力に由りて茅草衰絶の勢を添え乾燥強烈の地なれば前日述べし如き緑肥兼用の疵蔭木を間植し其庇蔭力に由りて表土の乾燥を防ぎ又間接に芽草の繁茂力を減殺せしむるの効力を与うべし  
苧園開設に対する苧苗需要供給のことは前日既に詳述し置けり即ち従来の如く分根採苗法のみに依りて若し新たに大面積植附を為す時は其根苗の採収購入運搬共に莫大の手数経費を要するのみならず突然多量の苗根を一地方又は遠地より取寄するにしても殆んど不可能的に困難支障免れ難き恐れあり故に此の困苦を避け即時理想通りの多苗を設け即ち播種造苗法を行うに若くはなし  
播種迄苗は自己の苗圃内にて幾百万株を要する場合も自由に苗株を採り得らるるものにして紡績用繊維目的の為めに開園するには殊に此播種造苗法適当なり但し前述の如き芽野新墾地若くは他の第三四流以下堅硬瘠薄土等に新植するには若し播種苗なる時は発生後日尚浅き軟弱なる細小苗にては其土地に打勝ち繁茂力を逞うし難き恐れあるを以て可成二年生苗の根基鞏固にして茎稍々長熟したる強壮苗を選用する心掛けなくんばあるべからず  
台湾に於ては茶樹の如きは烏竜種を播種すれば時茶に変化すとの俚語深く栽茶家の神経を悩ます如く苧麻も若し播種せば悪化しわせざるかの狐疑心を引起す者あるや図り難しと雖も苧麻に於ては是れ実に杞国人蒼天墜落の愚慮と同段にして殊に紡績用繊維の採収上には一向何等の故障影響なきことなり  

 

台湾の部(36) 将来台湾苧麻生産額予定案(1)  
将来苧麻を我が帝国の特有産物たらしめんとするには前述の如く其の生産地は左の数部に別たるべし、即ち日本本州、四国、九州、沖縄諸島、台湾、朝鮮、此中にて日本本州に於ても尚お相応に多大の広面積を此の栽培に充つべき諸府県あるべし、九州に於ては宮崎大分殊に宮崎県の如きは人煙稀疎沃野千里の該草栽培に充つべき余地豊富なりとの説あり朝鮮は吾輩未だ踏査せざる不案内の地なるを以て同国内に於て果して何程の生産額を得らるるや不明なりと雖も聞く所に依れば旧来苧麻の生産額及び其作附面積も相応に著大にして同人民の衣服原料は其不足額を海外に仰ぎ輸入すと云う将来日本本州に次で比較的多大なる苧麻の生産国たらしめ得べきは実に朝鮮ならんと認取する所なり、而して台湾に於ては将来政務方針の執り行き様と事業界の趨勢上とを稽考し其の生産増加額の程度も略ぼ算定し得らるることは土地使用の関孫と民度上よりの点より見ても我が内地よりは猶凡ての制度が単調的にして複雑ならざるを以て遥かに簡易にして殊に旧来生蕃地なる名称の下に普通行政区域外に置かれ来る処の山岳地方全島中の約二分の一以上を占め平素号して三分の二と為す所なり、而して此の三分の二なる生蕃地は過半六七千尺以上の崇嶺高峯の攅立匝聳せるものより成り開墾拓殖に適せざる部分多しと雖も将来農墾地に使用し得らるる面積亦比較的多大なり  
行政区域内の耕地面積は七十余万甲にして内田地三十五万余甲、畑地三十七万余甲にして此中に苧麻栽培面積二千甲以内あり、然り而して将来本島の苧麻栽培業を最大限度に拡張せんとすれば右行政区域内の七十余万甲中に就て少くも約二万甲は此に充るを得べし即ち七十万分の二なり旧来の苧園二千甲弱に一万八千甲を増すの割合なり如斯方針を執りても他の一般農業其他に著しき故障影響を及ぼすの恐れなかるべし而して行政区域内に散在せる森林原野にして尚お開墾農業地に充て得べき余地数万甲あるべし、東西両海岸に面せる丘陵草野森林中苧園に充つべき新開用地少くも尚お五千甲以上は故障なく得らるべし、今仮りに五千甲と為す時は全島中の行政区域内に於て右二万甲を省節して総計一万五千甲の苧園を得るは敢て不当の割出しにあらざるべし一甲当り年々乾燥繊維の収穫量千五百斤平均と為す時は一万五千甲に対しては二千二百五十万斤なり而して百斤の価格十五万円平均と為す時は三百三十七万五千円なり  
又現今の蕃地内の山丘雑木林内を開墾して苧麻を植附及び旧来生蕃人の苧園を是に合併し且つ彼等に苧麻業を奨励し是等の作附面積約一万甲と仮定し蕃地内なれば事実に於ては一甲の土地より約二千斤平均の繊維を得らるるは無論なりと雖も亦同じく仮に一千五百斤平均とすれば一千五百斤なり此価格百斤十五円とすれば二百二十五万円なり是れを前の行政区域内の一万五千甲と合併すれば台湾島内の苧園総面積二万五千甲にして此繊維総産額三千七百五十万斤と為り其価格五万六十二万五千円なり  
将来台湾に於て苧麻の生産額果して此理想に略ぼ近き程度に達する時は今回苧麻奨励卑見案の端初に予述せし如く台湾の四大産物たる砂糖、米、樟脳茶に匹敵する一新主産物の発現増加する所以にして林投帽の一時百五十万円の輸出額に達し芭蕉実の生産量駸々長足の進歩を来□るありと雖も是等は時に貿易界、需要界に大激変を生じ易き動的貿易品たるの性質を離れざるものにして苧麻とは固より共に日を同うして語るべき種類のものにあらず先ず正札附掛直無し的の台湾代表的の主産物は即ち砂糖、茶、樟脳、米、苧麻五大産物と看作し得べきものにして繊維植物中にても斯道専門的知識に迂疎なる諸員の●々せる所謂サイザルヘンプ、黄麻竜舌草等は又別問題として論ずべき台湾の気象地質上より割出し精細なる頭脳識見の人と時とを俟て決すべき他日の予備懸題にして苧麻を除いては寧ろ「マニラヘンプ 」に就て斯道専門家の公明なる判決を仰ぎ然るべきものなり、而して第二期の奨励用品は其時代に及んで更に述ぶる所あるべし  
 
台湾の部(37)/将来台湾苧麻生産額予定案(2)  
将来台湾全島に就て苧麻の作附面積二万五千甲を得んとするには其の面積の由て生ずる所の起因を明かにせざるを得ず、之が詮攻法は如何にすべき乎と云わば現在の各庁別に割当て其各庁管内の地形人口執政の繁閑民度の如何を討究折衷して大体の見込を算定せざるを得ざるものあり故に是れより各庁別に卑見を叙述することと為さん  
台東平野は台湾の後半面にして領台前は支那政府より特に台東州を置き拓殖に著手せし所なり、領有後之を二分して二庁を置き統治拓殖の半ばにして南半部を台東庁に属し北半部を花蓮港庁と為し尚お大濁水渓を挟んで宜蘭管内大南□に境界を接せり、此一帯の延長七十余里に亘り我が内地の和歌山、宮崎の諸県下に地形類似匹敵し一大県を設置するに足るの地積を有せり  
明治二十九年八月より十二月に亘りて予は台東植民地予察調査の任命を負び一部団体を組み□ら平野面積の検測に従事す此時恰も匪魁劉永福剿滅後にして狡漢李阿隆尚お残喘を保ち多羅国蕃に長として新城に割拠し一部の余威を振う吾が一行初め□莱原野の米崙山を本拠地とし後新城に移りて李阿降宅に寝処し日々多羅国蕃と会見親眤し苧麻の事を併せ研究す該蕃苧麻の栽培織布の業に熟長し将来台東山野に苧麻植育の有望なる所以を暁知し又木瓜蕃に入り益々苧麻を以て台東一帯の主要産物に列するに足るの見込みを更に確固ならしむ□□至れり 今は□□□の大平原二庁の分割さるるを以て即ち之を庁別にして他庁と共に順を逐うて卑見を表叙せん  
(一)台東庁下 台東庁下は東海岸南半部沃野の過半を占め尚お人煙稀疎空昿たる平野将来の拓殖上に綽々たる余裕を留め漫波高丘逶●として生蕃地界の中央山脈に接壌し珈琲、印度茶、アバカ其他の熱帯新植物の植育境たるべき資格を有するの外に尚お苧園に適する余壌の散在するもの其人口田園の寡少なる丈け他地方と趣を異にするもの多き所以なり新開園、公埔峡野の如きは昿[野の較著なるにして其の他既耕地中亦適所少なからず是れ以上の土地関係は細部に亘り難き事情の顧みざるを得ざるものあり。  
元来台東の地は未来永劫的殖産業経営の府庫地にして今日論じ尽すは尚お時期の過早問題に属す即ち第二期刷新後の殖産業地なり、然れども偶々我領有地として見る以上は凡そ熱帯新植物中にて同地主産物として経営参画の必要あるもの苧麻以外猶□くも十余品はなきを得ざるものあること気象、土壌が黙々暝々中に暗示しつつある所にして是等の目的の為めに故障影響を及ぼさざる限りの範囲内に於て苧園用地を求むれば]  
行政区域内 約三千五百甲乃至四千甲  
生蕃地内 約三千甲(内二千五百甲)  
蕃地界に於ては呂家、射馬干諸社より大南社間の深林高丘其他将来有望の苧麻植育用地多し チーク、欅樹、マホガニー樹等の如き国有林用地内に於ける官営造林業を施設するの場合あるとして其間隙空地には「アバカ」間作は許容し得らるるも苧麻は「アバカ」と反対に根株蔓延密生的性質の植物にして地力衰耗を及ぼすの恐れあるを以て間作品には適せず、苧園の為めには単純農作式に依りて純開墾用地を宛行わざるを得ざるの差あるも苧園用地は前表の如き程度なれば他の農作物には故障影響を及ぼすの憂いなかるベし  
 
台湾の部(38)/将来台湾苧麻の生産額予定案(3)  
(二)花蓮港庁下 花蓮港庁下は自然的土壌に於ては他の各植物の舒茂すると同様に無論苧麻の好発育を遂ぐるは瞭然たり殊に多羅国蕃木瓜蕃の栽培せる苧麻は頗る優美なる繊維を生産しつつある所なり然れども其の平野の北半部は天然のままにして嘗て本多林学博士の一見浩歎せし如く領台後猶未だ人工防風林の具体的設備なく東海岸直衝の北東信風颶風を障蔽すべき天為的防備用に充つべきものだもなく加礼宛原野より呉全城平野間は一面開放的地勢を為し繊維植物の如きは七脚川以西の山脚地を除くの外は果して安全なるや否やを期し難き点あり又呉全城馬太鞍渓の平野は本島太古以来の渓澗氾濫の瘡痍猶未だ癒えず地盤不鞏固にして時に地形の変化を生じ苧麻の如き多年連作に由り事業創設費の償還収益に多大の関係あるものは冒険作業に過るの憂患多し大巴●、水尾間の平野は庶園に多用なり、山脚の一部分亦若干の苧園を得べし而して璞石閣、観音山原野の一部分亦若干の理想地域ありとして阿眉蕃、平埔旧蕃部落を綜合し大小数百箇所の苧園出現後其面積を合計すれば約千甲内外或は其以上の統計を示し得るに至るべし乍去此種の刷新的生産物の発現期は今日に於て期待すべき限りにあらずして万般の根素大刷新後即ち第二期産業発展品中の一に加うべきものなるべし而して生蕃地内は生蕃人の苧園と将来内地人の新墾地を併せ五百甲と仮定し置けり  
(三)宜蘭庁下 宜蘭は産馬地に喩れば苧麻に於ては恰も台湾の驥北に該当するものにして、領台八十年前はカフスランの昿野に哈仔難蕃族離群雑処して治外の郷たりしもの、支那民族の遷住と共に昿土拓殖の基趾初めて成り農耕畜産の業開け米穀菜蔬の種芸に件うて苧園亦併せ起り即ち苧麻の特産地と為り来れるものなり、元来宜蘭平野は粘板岩砕粉を混和せる沖積層土を以て形成せられ土壌軽鬆沃饒にして地層厚く桑楮深根性の植物に適すると共に其の発育性理を等うする所の苧麻には天恵的適地にして生長力の豊美なるものあるが上に土民の栽培法先天的素養を之に応用せるが故に渠等の苧園は新竹其他の山岳地方に於けるが如き半蛮的粗放のものにあらずして文明流景観を顕現し所謂「システマチカール、ラミー、プランテーション 」に近き模範的苧園として見るべきもの亦少からず、然らば宜蘭平野に尚お進んで幾千甲の大苧園を新設し得らるるかと云えば其の事は一疑問と云わんより寧ろ不可能的問題なりと答うるの外なかるべきのみ何となれば明治二十八年領台の際吾輩踏査の日人口十二万と称し瀰望万頃の田園亦平野の殆ど全部を塞填し殊に米の主産地を以て自ら処する土彊なり乃ち平野に於ては今以上苧園の増設を企図し得べからざるの一地方と看作さば当らずと雖も遠からざるの見解ならん  
既成墾地に於ては右の如き状勢あり但だ将来に対する方策として尚お経営の余地を留むるものは南●の林野、叭里沙の奥部、蘇●、冬瓜山、礁渓、頭囲、坪林尾間の峡野丘陵第二期の殖産業、刷新期に伴い起るべき苧園用地を是等諸方面に就て求めば尚お綽々たる余裕あるは瞭然たるの原理に基き茲に行政区域内一千甲、生蕃地内一千甲と算出予定せし所以なり  
何れにしても宜蘭は台湾苧麻の本源地にして且土壌の是れに適応せる部分多し大小南●の地味如何は知らずと雖も叭里沙原野より引続き渓頭蕃地の峡野林薮間の土壌雑草繁茂の状は苧麻マニラヘンブ等の類若し専門的技術を応用し正当の方法を以てせば其発育繁殖性の旺盛なるべきは深き疑問を要せずして好成功を期し得べきなり  
 
台湾の部(39)/将来台湾苧麻の生産額予定案(4)  
(四)台北庁下 台北庁下は苧麻 の栽培地としては本島平野中の最適当地にして領台の際余の入来りし時は台北城附近にも苧園亦多し当時殖産局技師原熈君(現駒場農科大学教授)と共に土人宅に往来して苧麻研究に従事せしことあり、爾後時代の変遷に伴い当時の苧園は雲散霧消して殆んど形跡をも認めざるに至れり  
土壌気候としては即ち苧麻の理想的適地なりと雖も今日の既墾地は他の農業上の用途繁多にして之に充るの余地無き状態を現示しつつあり大屯山、竹仔湖、金包里方面に亘る火山質土壌其他基隆、水返脚、深坑、文山堡、擺接堡、三貂堡等の山脚丘陵平野の間何れも好適地たるは論なしと雖も果して何程の苧園用地を得らるるや疑問容易に決し難きものあるを以て今仮りに五百甲と為し置く所なりと雖も事実は或は石橋敲き渡り以上過慮の消極的心算たるを免れざるべく早晩台北庁下に於ても猶数千甲の苧園出現し来るに至るべし殊に台牝庁下の行政区域内は紡績用短繊維の生産適地多かるべく蕃地内に於ては新竹、桃園諸庁下と同様脩長繊維の主産地として東は宜蘭境西は三角湧境の蕃地一帯に就て得らるべき総甲数は前表に示すが如き些々たる五百甲の比にあらざるべし  
殖産業の真理に迂疎なる粗脳者は或はアロウルート澱粉植物の有望なるを聞て甘蔗採取区域に影響なきやを過慮せしが如く苧園面積の増殖台湾北部の主産物たる茶園面積に影響を及ぼし茶業奨励に故障を来すなきやの狐疑を引起すや図り難きも是れ亦杞国人墜天の疑懼と等しきのみ  
(五)桃園庁下 挑園庁下旧来の苧麻生産地として公表すべきものは即ち三角湧、大●●、馬武督、感菜硼方面の生蕃地及び蕃界山脚地にして何角も優良なる繊維を生産し殊に先年三時湧山奥大豹社社生蕃人の苧園を見しれは茎長殆んど一丈近く舒長し同社宿泊中試みに採糸せしに繊美優良質の繊維を得たることあり亦大●●ギヘン社其他ガオガン蕃の苧糸蕃布頗ぶる優等質のものあり往年大頭目タイモミツセル生存中は眤懇にして常に彼れの宅に宿泊し同人も亦余を親友視して苧麻調査等には十二分の便宜を与え居たるを以て大●●方面は苧麻殖育上至適の要区たることを夙に認定し置きたる一部分なり、又咸菜硼赤柯坪方面の蕃界土人苧園は定めて諸人も知るならん発育優良繊維脩長にして一年四回の収穫を安全に得られ労寡くして功多き殖育適地なり又三角湧、大●●、感菜硼支庁下の各土人部落は蓋し苧麻の府庫産地に充て得らるべく但だ酸性土壌強性区域亦少からざるを以て土人部落は之を消極的に見積り行政区域五百甲と仮定し而して現今の生蕃地内が即ち将来の苧園主眼点地と看作し生蕃地内一千甲と算定し置けり即ち第二期の産業奨励区域は専ら此の蕃地内にあるものにして他日大厦櫛比人煙繁昌の新町村地に化成するの暁は随って運輸至便物産殷富の一行政区域たるべきなり其の時に至らば苧園の如きは数千甲以上に達すべきなり  
(六)新竹庁下 現時台湾苧麻の覇権を掌握する地は即ち新竹庁下にして生産額に於ては台湾苧麻の大関を以て自ら居り其の現今の生産額は苧園面積約一千甲弱にして繊維産額約五千余万乃至六十万斤内外に達し新竹庁に次で生産額の著大なるものは宜蘭、阿●台南諸庁にして其の統計左の如し  
宜蘭庁 二二三甲余 二二四九〇五斤 
 阿●庁 一八六甲余 二四〇四一一斤  
台南庁 一八二甲余 一七五四五六斤  
右の如く台湾苧麻の大産地として指目され居る他の三庁は新竹庁に比すれば作附面積に於て僅かに其五分の一以下繊維額に於て其の三分の一以下に過ぎず以て新竹庁下民の如何に苧麻栽培業に熱心にして該生産物販売業の発展他地方に超越し居る一端を概見するに足るべし、而して其生産地は専ら大湖、南庄、樹杞林(内湾)等蕃界及び同生蕃地内山岳地開墾畑にして腐植土の天恵に由りて此の隆勢を誘起せるものなり生産額に於ては正に台湾中の覇主大関たるに外ならずと雖も繊維の品質に於ては反比例的に台湾苧麻中の庸劣品と指目され価格亦低廉にして畢竟其実質は玉石混合の苧麻人生産地にして栽培者も商売も専ら収穫の饒多にして斤目の重からんことを主眼とするの傾きあるは習慣の然らしむる所にして新竹庁下の苧麻業は全部本島人の専有業にして内地人にして斯業上に嶄然頭角を現わす者は尚お絶無なり 以上は既往現在の実況にして苧麻なる一産物上より之を露骨的に評論すれば為お極めて幼稚未開にして剥皮仕上法の粗●陋劣なるは我内地工業界、貿易界に於ては擯斥嫌忌さるる所にして旧来需要の途開けざりしものなり唯台湾島内にて生産額最大にして対岸南支那地方の輸出向適品と謂うに過ぎざるのみ  
唯旧来苧麻業の熱心素養に富める特殊の地方なるを以て将来斯業の指導奨励に於ては理想的適地にして行政区域内に於て現今の一倍即ち二千甲、生蕃地内に於て更に一千甲の苧園を増大発展せしむることは敢て架空の理論にあらずして事実行い得易く且つ若干年後に於ては前表の統計額に達せしめ得べきこと亦難きにあらざるべし  
 
台湾の部(40)/将来台湾苧麻の生産額予定案(5)  
(七)台中庁下 台中庁下は旧来の統計上にては台北庁下と共に苧麻不生産地中の大関として他の幕内に祭込まれある所にして統計面にては  
台中庁 二甲 二〇〇〇斤  
台北庁 一甲七〇 一一八〇斤  
と云うが如き最も消極的生産額を表示し居る所なれども事実は必ず然るべからざるものあるべし是れ尤も行政区域のみを眇視せる一部の現象たるに外ならざるべく見受けらるるものにして同生蕃地内の産出額と自ら該統計とは関係なきものなり生産見積り縦し冷酷に過ぎるとしても事実苧麻の少産地たるには論なきものにして畢竟既往今日は吾輩の眼中に置くべき事項にあらず其地勢、気候、土壌上より云えば将来台中も亦苧麻生産地として重きを置くべき一地方にして余の心算に於ては行政区域内-一千甲、生蕃地内五百甲と仮定する所にして此一千甲は胡蘆●支庁下、東勢角支庁下、東轄地、藍興堡、猫羅堡、員林、北斗支庁下、又他支庁下中にも多少の好適地を得らるべし嘗て胡蘆●街附近の一苧園を検視するに苧麻適地たる徴候は充分に現われ居れり唯だ台中庁下に於ては米田と蔗園用地が其の主眼産物の枢要区域にして将来の苧園用地は無論山岳地に接近せる丘陵若くは米、蔗に用い難き剰余地域ならざるべからず而して此目的適地は全管内中或は数千甲を得らるるや図り難し、生蕃地内は現時の生蕃人苧園と共に約五百甲内外を将来の内地人開墾地と併せ見積る所なりと雖も事実或は地倍数以上に達するや図り難し 
(八)南投庁下 南投庁下生産の苧麻は産額こそ夥大ならざるも品質に於ては嘉義、阿●、台南産と共に優等品の主産地として一般公評の帰著する所なり現時台湾統計の示す所は苧麻作附面積百甲余、同繊維十五万余斤なり而して余の将来の見込みとして仮定せる所は即ち行政区域内一千甲、生蕃地内一千甲にして右行政区域内は埔里社集集、林●埔各支庁下を主眼殖育用地と看作せるものにして此三支庁下は苧麻の為めに、先天的至好適地たる気象土壌の関係を享有せる地方と認取さるる所なり埔里社、集集支庁下の各地は敢て論なく林●埔支庁下の如きは猶人煙稀疎耕耘未だ洽からざる丘陵峡野にして多大の苧園用地を得らるべきもの点々散在せるを認めつつある所なり又北港渓堡、埔里社捕、五城堡、沙連堡凡そ庁下の全区域に亘りて苧園に充て得べき適地多きは各庁中にて一異観を現示するの観ありて将来土人部落中に一千甲の苧園統計を現わし出すは敢て誣強の見解にあらざるべし  
又生蕃地に於ては霧社蕃は領台前より苧麻栽培の粗先株と云うべき先天的素養を有し比較的優良質の繊維を採製し蕃布の織成に長熟する所にして将来其知識の発達に伴い苧麻殖育業の奨励至適の一人族にして彼等の天才を巧に利用せば前途有望の苧麻主産地たらしむるを得べし又埔里社平野の熟蕃人部落より霧社間の丘陵林野間には苧園新開用地少からずして其の間には漸次内地人の新墾地も多方面に出現し来ると共に苧麻生産額増加し来るに至るべし北港渓東勢角境界間の蕃地内亦霧社と同景況の下に同目的進行し得らるべき地域夥多なるべし  
南蕃即ちブヌン蕃族は旧来黥面蓄族と全然風俗習慣を異にし植物性繊維応用の企念稍々趣を異にし渠等は衣服原料等には専ら獣皮を巧みに利用して革衣、革帽其他製革技能に長じ乃ち狩猟本位の民族にして未だ実地は踏査せずと雖も他の蕃族の如く苧麻栽培は古来彼等の急要視せざる所にして即ち狩猟本位の先天的習慣を有し来る所なりと雖も将来は此習俗一新の時代に移り行くの外他道なき渠等の前生涯に対しては自然苧麻栽培の念慮増発し来らざるを得ざるの時運に到達すべく亦渠等のみならず我が内地人の苧園開拡業も其区域内に発展せざるを得ざるものあり  
 
台湾の部(41)/将来台湾苧麻の生産額予定案(6)  
(九)嘉義庁下 嘉義庁下は統計上には苧麻の生産額寡少なりしと雖も優良品の特産地として当事者に歓迎さ□る所にして繊維価格亦崇貴なり其主産地は中埔、竹頭崎支庁管内各庄と為す所にして殊に公田庄阿里山蕃達邦社間の高地苧園の如きは実に台湾中の理想的模範園とも称讃すべき完全良美の好発育を遂げ海抜三千尺内外の高地畑にして苧麻が斯く優美に繁茂舒長して優質繊維を授くるに於ては本島将来の苧麻奨励上唯一の一好模範地と謂うべきものにして嘗て之を往観したる時は本島人自営の苧園とは思われざる程優等の好成績を現出し居れり是れ敢て施肥人工の周到なる結果然らしむるにあらず天然的地層土質の良適なるが上に所謂蕃地の雑木林間に挟まる沃野を新墾し多量の天然腐蝕土を層土深く含有せる天恵力と森林山岳地界の空気湿潤なるものあるとの両天恵自ら其効果を所栽植物に表示せるものにして斯る地域を選定し苧園を創開したる人の先見亦多とするに足るものあり此偶然的模範園ある以上は其の附近一帯の地は敢て論なく量と同質の地層脈の連絡せる部分は遠隔の地所と雖も亦同結果を現わす所以にして但だ腐蝕土含有量の多寡附近に樹木の有無等に由りて天然的のままにては種植品の発育上各多少の差はある所以なれども地層土質同一なれば其以上のことは人工施肥耕耘等の手加減に由り自由に斟酌出来る訳合にして畢竟阿里山中腹及び同山脚には是と同状の地所多数あるべき所以にして雨量多寡等の差は自ら免れずとしても既に地質苧麻に適良と云う先決問題の伴う地所は渾て苧園開設に有望と認定し然るべき道理ならん、又方面を転じて中埔及び店仔口支庁管内の土地亦公田庄方面に彷彿たる好適地多かるべしと認取する所なり殊に中埔管内は公田庄達邦庄方面に劣らざる好適地あるが如く認めらるる所なり  
更に又方位を転じて前大埔、後大埔方面の如き丘陵峡野山岳間錯せる昿空たる新墾に余裕ある地□中に拡充し得らるべき苧園用地も多大なるべし是等を綜合して行政区域内二千甲、生蕃地内一千甲と遠近将来の為め仮定せし所以なり嘉義庁管内は比較的米、蔗田に応用し難き地勢険急の山岳地丘陵面積多し此種の地域は其の地方特産物たる油茶樹、茶園等拡張の為め充分に使用しても尚お余りあり各種の造林に使用しても広き行政区域内に将来苧園面積千甲以上の苧園其管内統計に上るの程度に達しても猶九牛の一毛に過ぎずして他植物の栽培に故障を来すが如き憂いなかるべし、殊に阿里山蕃山中達邦社、知母労社方面の蕃地内及び公田庄間の高地林野間に多大の適地を得らるべく大湖山、蕃仔路各庄の山野及び中埔支庁管内は恰も其の主眼点地に属すべく次で竹頭崎、梅仔坑、大坪頂各庄方面亦将来の殖育用地として数えられ得べく其他店仔坑支庁管内前大埔より後大埔に亘りては好適地殆んど無際限なるべし 今試みに之れを地方別に仮算すれば即ち打猫東堡、大目根堡、嘉義東堡、茄苳南堡、多羅国東西両堡等には尚お余地多かるべく其他各堡に亘りて前途殖育上の目的を伸暢するに至らば二千甲内外の苧園は自ら統計面積に計上し得らるるに至るべし、加之阿里山蕃地及び同山脚の土地と後大埔の蕃界諸地に於て亦一千甲以上を得らるべし  
凡て嘉義庁下の中央鉄道線(打狗台北間以東の平野以外の丘陵山腹地谿谷間森林間等に挟まる山畑地は最も苧麻に適応する土壌区域多きが加し我が此の予定面積は固より目下緊急に果し得べき心算にはあらずして即ち第二期産業方針刷新の時期を期待するものに外ならざるなり  
 
台湾の部(42)/将来台湾苧麻の生産額予定案(7)  
(一〇)台南庁下 台南庁下は宜蘭に次げる苧麻の特産地として就中●●●支庁下の苧園は全島中に有名にして其中には又良質の繊維を生産し台湾貿易界上常に南部苧麻の牛耳を執りつつある所なり、聞く所に依れば領台前は苧麻の作附面積広大にして其の生産額も著大なりしと云う而して爾後糖業の隆興、米作の改良発展等に伴いて自然土地の使用も繁多となり苧麻業等如きもののみに偏寄するに遑あらざるに至り且つ価格暴落等の恐れある為め一時其の生産額も減少せしが近時対岸地方苧麻の買収価格の騰貴に連れて復た苧麻栽培者増加し現今は其の生産額十七万斤価格四万余円に上り該作附面積百八十余甲に達し居れり是れ果して精算数なるや概算なりや知るべからずと雖も●●●地方は古来苧麻の特産地にして附近庄民亦斯業に熟練し居るは正確の事実にして該地方は地域昿大にして阿●庁下楠仔仙渓東里及び羅漢門外里に遠く接壌し尚お昿空たる殖育用地を余し残せるあり、又保東里、内外新豊里、新化南里、永豊、崇徳里及び鳳山支庁管内の諸適地を合計すれば将来行政区域内に於て猶一千甲以上の苧園面積を得らるるは敢て無謀の心算にあらざるべし、例えば●●●支庁管内に於ても或は一千甲以上に達するに至るや図り難し然れども先ず是れを五百甲と仮定し他の方面に於て亦五百甲以上を得ることは最も見易も問題なるべし  
該庁下の既耕田園地内に於ては既に甘蔗、米作其他諸農作物の為めに殆んど寸分の余地なかるべしと雖も嘉義、阿●両庁下に接壌の丘陵谿谷其他高地山畑地には猶綽々たる余裕あるべし、即ち●●●苧麻に劣らざる苧麻の新生産地各所に現われ来るに至るべし (一一)阿●庁下 阿●庁下は旧来苧麻の栽培業猶未だ広く播布し居らずと雖も将来は其の主眼生産地たる素質を具有するの一大広区なるを以て特に同庁下は之を上下二大区に別って叙述することと為さん  
(一)上区 直轄地、阿里港支庁、蕃薯寮支庁、甲仙埔及六亀里支庁下  
(二)下区 潮州支庁、東港支庁、枋寮支庁枋山支庁、恒春支庁  
一区 現時阿●庁下の苧麻生産額は略ぼ台南庁下と伯仲し統計上にては即ち左の如くなり居れり(但両前三年) [図表あり 省略]  
右統計面にては阿●庁下の方稍々多し而して此の生産地は専ら阿里港、蕃薯寮、甲仙埔方面にして何れも良好繊維を産し台湾苧麻中の優等品に列し価格も亦高貴なり、其種類も五語所謂紅心種なるものとは異りたる白苧と称する繊維軟細優美にして稍々沖縄苧麻に近似するもの多し、該地方の苧園は平野田園の間隙に挟まるもの過半にして其発育極めて良好豊美にして一年中四回収穫行われ居る地方あり阿里港支庁下は粘板岩粉砕土壌を以て地盤を構成する部分多しと雖も水田に適する土粘土地を苧園に充るもの成績最も良好也  
又甲仙埔方面は多く蕃界の高台野強質赤粘土地を以て苧園に充て亦佳好品を産す何れも将来苧麻殖育業に適当の区域と為す、又大丘園、後堀仔昿野等の剰余地を殖育用地に加うれば恐らく此四庁管内にて一千甲内外の大生産地たらしむることを得べし、然れども大小数百所の合計面積なり阿●庁下にては該方面を苧麻の主眼産地と為し又下区と仮定する地分中にも有望の地点多し  
 
台湾の部(43)/将来台湾苧麻の生産額予定案(8)  
(一二)阿●庁下 同庁下「上区」の概要は前述の如し、更に「下区」の概要及び澎湖島の部を叙述すべし  
下区 現今の阿●庁は元と蕃薯寮、阿●、恒春の三庁を合併せるものにして其地形狭長北は台南庁下●●●方面に接壌し南は恒春鵞鑾鼻燈台所に至り東は巴□衛を以て台東庁に界し地形狭長にして「バイワン 」「チャリセン」の両蕃地を負い其南北の延地約四千里内外に亘れり今此処に下区と仮定するものは前章中に表示せし如く潮州支庁以南の三支庁下を総括せるものにして従来苧麻の生産地にあらず、然れども近き将来に於ける生産地としては即ち見逃すべからざるの枢要区にして苟くも苧麻殖育の事を論ずるに於ては豈之れを軽々除外するを得べけんや請う今順次南進して将来のことに論及せん  
潮州支庁下は潮州庄を中心とし内埔港東上里の全部之に属し南は東港支庁管下に接す其平野は粘板岩砕粉を以て平野の土壌を構成し礫層地多くして理想的苧園を得難し担し其蕃界蕃地には好地域多し  
東港支庁下は港東中里及び港東下里の一部之れに属し海岸地域多しと雖も蕃界に接近する部分は潮州支庁下原野に接壌して各所に多少の苧園用地を得らるべし、枋寮、枋山両支庁下は海岸に直瀕し平野極めて狭小にして蕃地過半なり即ち苧園の如きは蕃人区域内の事業なり  
恒春支庁下に至りては元独立庁を置かれありし一地方丈けありて其区域広大にして猶人煙稀疎土彊未開にして満目荒涼草野茫々として岩山丘陵起伏参差して処々森林あり土性乾燥磽●地多しと雖も亦其間に沃壌地少からずして種植品の能く繁茂豊熟せる部分あり即ち苧園好適地として将来現われ来るべき徴候を具有せる部分亦少からざるべし、恒春は台湾未開境中の最辺隅にして交通猶極めて不便、物産極めて匱少にして土民貧困諸般の産業界亦不振にして今日尚お諸業発展の域に達せず即ち苧麻栽培の如きも未だ土民間に行われずと雖も今後之れが殖育上の指導奨励の道を開拡せば或は土民生計の資を補い地方殷富の一助と為るや図り難し是れ其の行政区域に関する大体の所見なり而して所謂恒春蕃地なるものは其区域広大にして昿野深林其の丘陵山脈の遠く台東界、阿●界に連亘するに伴い将来の拓殖上に綽々たる余裕を留めり、比較的営利貨殖の思想に慧敏なる該生蕃人は苧麻の有利植物たることを一度暁知するに至らば彼等は挙げて之が栽培業を競い営み翕然として其の恵徳に浴するの一方には思掛なく恒春商端の生蕃地より苧麻の大産物汽車の積荷として新たに現われ来るに至るべし、嘗て行政区域に編入さるる所のテラソ、クアル、竜鑾、巴姑留諸社の如きは余壌既已に乏し、而して牡丹社以北ニイナイ地方に至りては地域広大気候清冷にして土壌沃饒各種の新植物殖育の好望寰区たる中に苧麻の如きは其生産物中の最も較著なるものとして現われ来らしめ得らるべしと予想さるる所なり而して其目的の成否如何は唯だ当事者方針の立て様と手腕の利鈍一点にあり  
阿●庁下他の生蕃地内恒春生蕃地の事は一種特別にして将来林業農林共に多望の一府庫区として将来第二期産業刷新期の暁に至りて其実価を発露すべき予定区域たるは固より論なしと雖も尚お他のチャリセン蕃、スボン蕃、上十八社及び一部のブヌン、ツヲー族生息区域内亦早晩苧麻生産地の一部分に化成せしめずんばあるべからず否寧ろ化成し来るべき自然的位置を占むるものなるべし  
(附)澎湖島 台湾十二庁中澎湖の一庁下は其位置の関係上各種繊維料植物の殖育に好適当区域たるは少く常識ある者は何人も知る所なるべしと雖も就中苧麻の如きは殖育断念の外なかるべし即ち北東信風の連次期其の茎葉の傷損は姑らく措き鹹雨塩風の被害は到底満足なる繊維を採り得可らざるなり  
 
台湾の部(44)/将来台湾苧麻の生産額予定案(9)  
台湾十二庁中澎湖庁を除き他の十一庁下は皆苧麻生産地に列すべきものにして即ち台湾本島は全部苧麻の栽培に適する位置に居れり唯地籍地理の関係上斯業の為め実地使用し得らるべき或る定限面積を仮定して前章中に約二万五千甲を表示したるものなり此中一万五千甲は旧来の行政区域内とし一万甲は旧来の所謂生蕃地内に就て求め得らるる心算中の一部分を表示し置けるものなり此面積に対する繊維生産量は一甲当り一年中三回収穫と仮定し此合計約一千五百斤平均と看作す時は即ち二万五千甲の苧園より年々三千七百五十万斤の繊維を生産し此中繊維原形の儘即ち在来苧麻糸のままにて恰も普通大麻の如く需用さるるもの約二千斤内外と仮算し其中にて特等品約一千斤並等品約一千斤と見積り此通価を  
特等品 百斤に付二十円(一斤二十銭)長四五尺以上繊美軟弱の最優等品  
普等品 百斤に付十四五円(一斤十四五銭)  
と為し又紡績機械専用の短劣繊維を約一千七百五十斤内外と看作し此の通価を百斤七八円乃至十五六円の各等に見積の優等品は十二三円乃至十四五円の価格を有するもの約一千万斤内外と仮定し劣等品は七八円乃至十一二円とし其平均価を百斤十二三円平均と為し右大麻代用品二千万斤と紡績専用品千七百五十万斤とを共算合併して百斤十五円平均の通価を維持するものと看作せば其総産額三千七百五十万斤に対し年年生産価の額即ち五百六十二万五千円と為る、台湾中に苧園総面積二万五千甲に上るに至りし時は苧麻殖育業発展の結果漸く一島中の新利源を増加する訳合にして此中より旧来台湾苧麻が本島人の手に由りて対岸南支那地方に輸出され来るものを大正四年刊行の統計書に依れば苧麻輸出産量百六十三万九千五百十九斤、同価格四十三万九千七百七十六円なり右斤量は暫く措き価格に於て遠き将来の台湾苧麻生産額最澎大時期到来の暁に於ける前記五百六十二万五千円より差引く時は即ち五百十八万五千二百二十四円の新財源を増加せるものと為るなり  
此時に当れば台湾の主要物産たる砂糖、茶、樟脳、米穀等に稍等しき新主要物産と為り将来台湾の主要物産たる官営針葉樹材の輸出価格は如何なる程度に膨脹増進すべきや今推想し能わざる処なれども比較的年々多大の新財源と為て統計表上に数百万円の生産価格を現わし来るべきものと看作し置き他の物産にては一時輸出価格百五十万に及びたる林投帽の将来は果して従前の楽観時代尚お永久に継続すべきや否一疑問なり芭蕉実亦同疑問中にあり、而して樟油加工生産品輸出額の発展は尚お前述多望なりとし其他植物性生産品中にて輸出価格一品数百万円に上るべきもの近き遠き両将来の間に果して幾許品を計上し得るに至るべきや不安の念なき能わざるものあり  
台湾島内にて植物性繊維より向来年年百万円以上の価格あるものを生産せしめんとするには異常の刷新法を施すにあらざれば従前に比し面目を一新することは容易に期し得べからざることにして如何なる有望の新植物も事実上の有望新産物と為すは比較的至難の事項たるを免れざるなり尚お他に「サイザルヘンプ 」「マーゲー」「タンピコ」繊維、「マニラヘンプ」の如きものあり是れを理想的に活用発展せしむるは主管其人の当否経営手腕の如何にあり是れ第二期刷新時機の暁を期待する所以也  
訂正 前号恒春支庁管内中汽車の積荷とあるは汽船の積荷の誤りに付訂正す  

 

台湾の部(45)/台湾蕃地内苧麻殖育問題の解釈(1)  
台湾全面積の三分の二を占むと伝称する所の所謂生蕃地なるものは事実二分の一即ち全島中の半面積に磅●せる未開地を有効的に使用するに就て吾輩は平素二様の希望を抱有する所なり、一は即ち旧蕃地内の殖産興業にして是は尋常一様の事なり一は我が内地在住の母国人中の若干部分を生蕃地内に移住殖民のことなり是は不易易に似て比較的決行し易き事なり今本題の苧麻を述ぶるに先ち此処に此第二案の概要を叙し置かん、抑々現時本島在住の内地人約十五万人真に寂寥の至りと謂うべし嘗て本篇の前章中に近き将来に平野区域内に更に十五万人の増加策を図りて合計三十万人と為し度き事を述べ置けり、而して今又近き将来に於て此所謂蕃地内に更に十五万人以上の内地人移住を見んことを要望する所なり而して蕃地なる不祥の名称を一日も早く撤去して普通行政区域たらしめ町村制の実現あらんことを期待する所なり 統計面積にては台湾の生蕃人十三万人弱即ち数字に於て十二万九千余人と為す所なり而して生蕃と云えば世人十中の八九は悪鬼夜叉の代名詞の如く誤解する者あり事実大に然らざるなり約十三万人の台湾生蕃中にて約三万四千余人は温柔緬羊の如くなる「アミ 」「ヤミ」の両人族にして之を差引きたる九万四千余人を撫御に複雑の手数を要する山蕃人と為す山蕃中にて純正兇蕃と称すべきものは約三万人の黥面蕃族と為す残り六万余人は半開半蛮の偽兇蕃と為す此中南蕃種族約四万余人、高山蕃族約二万余人あり  
右各蕃族中にて古来苧麻栽培利用法の先天的素養を有する者は実に黥面蕃族と為す、是に次で苧糸の利用法に堪能なる者は南蕃族と為す是に次いでは「サイセット」族なり高山蕃族は獣革利用の特技に長ずるが故に植物性繊維に対する観念随て冷薄にして阿里山蕃を除くの外は敢て苧麻類の必要彼等の平素に伴わざりしなり南蕃族は原来海岸向きの平野蕃にして漁農兼業の楽天的人族にして苧麻栽培等に齷齪たるを要せず其中の「ヤミ 」族は野性植物の繊維を巧みに利用するの天才に長ずと雖も苧麻の如き農作物の為に労働するの必要を認めざる者なり彼等は十把一束的に生蕃と称せらるるも其の素性習俗は趣舎万殊にして複雑多様なり即ち一概に律すべからざるものに似たりと雖も其の人種は元と馬来系統にして苧麻には多少の縁故ある南洋民族の一枝族人類たるに外ならざるのみ  
彼等が栽培せる苧麻は支那大陸民族固有の苧麻と畢竟同種族のものにして成り蘭領印度諸島固有の所謂南洋苧麻とは別種類なり、然り而して支那苧麻の播布区域は頗る広汎にして思い掛けなき多方面に亘り居れば蓋し比律賓群島も亦其の一部分ならん此台湾蕃と人類祖族上の系統を他に求むれば比律賓群島蕃最も関係近邇し「ボルネオ 」の「ダイヤー」族本島の「ア、タイヤル」肖似点を除くの外は過半比律賓系に成る彼等故栽培品も亦人族の祖先系に相伴うもの多からん  
唯疑問は古来黥面蕃が其の裸身に纏う原始的衣服の主材料に充て来る所の苧麻は彼等の祖先が創世紀時代より之が栽培上の素養を積り来りしものか或は曩時和蘭領有時代に支那的植物を其手に由りて播布したるものか或は支那大陸民族が侵占移住の際夙に生蕃部落に播布せしものか此点は今日吾輩の調査知識範囲にては頗る蒙昧乎として猶五里霧中に彷徨し彼岸の方位をも発見するに由なき状態中にあり然れども黥面蕃の頭脳は敢て低脳的人族にあらずして比較的怜悧多能にして●愚ならざるを以て唯漫然山野の雑草を移植して衣服原料に充るが如き煩雑の手数を親ら繰返すの迂陋を敢てするが如き彼等にあらず故に彼等が苧園の苧麻は既に他人の手に由りて改良されたる優等植物を直に採て植栽し労少くして功多き農園法を累代伝え来りしものたるには論なけん  
 
台湾の部(46)/台湾蕃地内苧麻殖育問題の解釈(2)  
台湾の生蕃人は古来苧麻を栽培して彼等の衣服原料に充て来る所なり而して前述の如く此習慣を特有する者は黥面蕃なり即ち所謂北蕃にして其占住区域は南は南投庁下埔里社平台野の背面に起り台中、新竹、台北、宜蘭の山奥を経て東南背面花蓮港の南端高山上に至りて止む其人数約六千余戸、三万余人にして現今の行政区域を遠く隔離せる山岳地方に其占住区域を拡め古来該山郷の主人公として他の人類界を俯瞰睨視して累代不覇独立の自治族制を形為して酋長制度の下に各社要害堅固の崇嶺白雲界中に割拠して武陵仙民と趣舎を異にし互に尚武殺伐の気性を養成して多年下略の善人族を悩し来りつつある所なり、而して其一方には農耕拓殖の業を奮励し勤勉多能にして婦は機業に長じ自ら織て其の衣を製し居常孜々汲々生計の資を得るに苦攻倦まず労働虚日なし、黥面蕃の族制に伴う所の農園間作品中の一なる苧麻のことに是より論及せん  
台湾の生蕃殊に黥面蕃族は明治二十八年領台の当時猶現今の如く苧糸を以て織成せる一種の原始衣料を製し其の裸体を纏い居れり此の苧麻使用の淵源は果して往古何れの時代に起りし乎●として尋ね得べからざるなり和蘭領有時代は如何なる風俗なりしか、鄭成功時代は如何なりしか知り難しと雖も古き風俗の連綿継続するものたるには論なきなり古代は彼の太平洋諸島民の如く「ブレッド、フルート 」樹皮を以て身を纏いしもの一進化して構樹皮を剥ぎ取り之を搗き拡げて紙状と為し漂白して我が古代の白妙の栲衣の如くし初め純素なりしもの漸く絢を為すの智巧開け来りて草根木汁を以て画彩を施すに至れり台湾生蕃も嘗て栲の白妙時代を経過せしや否は知らずと雖も苧布は純素時代は遠く過ぎ去って猶太平洋諸島土人に於けるが如く種々の草根樹液を採て染料に供し巧みに色彩を施し太平洋土人より数等進歩したる機業時代の人と為り所謂蕃布を織成して原始的工業品の一として他人種と原始貿易即ち物品交換の端緒を開きつつあり斯く彼等は族制社会進化の度発展せる人族なるが故に徒らに野生植物の茎皮を捜索して其原料を齷齪乎として蒐集するが如き迂陋を繰返すことを為さず其の纏身原料の既に一定せる社会生活の人族に相当せる開墾種芸の術にも亦熟長し苧麻栽培の業盛んに開け即ち蕃社の所在地附近には他の五穀と共に苧園の設けあり  
生蕃人の苧麻栽培法は他の米、粟、芋薯と共に多少原始農業の範囲は脱せざる者たるには論なしと雖も人類界社会進化の原理に伴い野蛮人は五感の感応鋭くして視感、真感、聴感等社会熟長界に生活せる人より却って比較的に鋭敏なるの常習あるが如く台湾蕃人の如き未開鄙僻郷に他の人類界を隔離して孤立的に生存する人族は自己の衣食住に鋭意智能を凝さざるを得ざる人類自無の原則に伴い其の開拓農業の如きも比較的巧妙の意匠を凝らし成るもの少なからず即ち彼等の陸稲畑の如き粟作地の如き他の進化人族の其より却て豊美優秀観者をして歎賞措く能わざらしむるものあり  
若し内地より新たに来りて蕃社を往観せる者偶々彼等の苧園を過ぐるあらば其の茎葉の偉大にして高く人頭を圧し寸隙なく多茎叢生の状を一見して快感を惹起するならん人●し之を誇張の言と思わば請う一日を費し屈尺奥の「ウライ 」社に行きて其真相を検すべし又本島土人の剥皮採糸法が無意識に初めて見る者は何人も多分其の操作の巧妙軽便に感心する者蓋し寡からざらん而して生蕃人の該繊維採取法を見て右と比較したらば所謂二度喫驚的に生蕃人の方が尚お寧ろ簡単にして手工の敏捷と時間の経済に妙を得て其製品の却て繊麗清浄なるに讃歎の思いを惹起すならん  
 
台湾の部(48)/台湾蕃地内苧麻殖育問題の解釈(3)  
生蕃人の苧園は猶彼等の米、粟、芋薯種作地の如く最初其地域の選定に充分の思慮を費し所謂切替畑として勉めて長く地力衰耗の恐れ寡き部分を捜検して開墾に著手するものにして多くは斧斤未だ嘗て入らざるが如き茂林深草の間を刈払い其刈払いたる枝葉草茎等の乾枯するを待て一応火焼し其跡地を掃整して地上に灰燼腐朽物等を略ぼ過不及なく撒布せしめ別に犂き起すが如きことを為さずして適当の距離に孔を掘り是れに栽附くるものにして其の表土層中に多量の腐植土肥料分を含有するが上に地上にも営養分堆層を為せるを以て普通土人部落の施肥熟畑地より寧ろ却て肥料分豊富にして多年間連作するも急速に地力衰耗を来すの憂い少きものなり斯る土地に栽附けたる苧麻は前述の如く肥大なる長茎叢生して多年間満足なる収穫を得らるる所以なり  
生蕃人の農業は固より生蕃なる名称相当の人類社界原始的農業中の一種類にして学術の進歩せる農学上の原則より云えば幼稚なる変則的種芸に外ならずと雖も唯だ営利貨殖のみを主とする所謂事業上の経済向き一方より云えば漫りに侮り難き有利なる一簡便法にして即ち兵法に例えば佚を以て労を待に等しき一生産業と謂うも亦不可なけん 昨今は其の如何を知らず往年苧園の豊美なるもの多かりしは三角湧生蕃地にして栽培者の多かりしは大●●、新竹方面各蕃社なり、又苧布の比較的優良品を多く産出せしは埔里社の社蕃社にして彼等は其位置の稍高山上にある故気候冷涼の関係上防寒用織布の必要に伴い随って蕃布も意匠を凝せるもの少からざりしなり、而して往事は繊維の美良にして洒白法巧妙を得且つ繊布巧妙にして優等質蕃布を多量産出せしは花蓮港背面の多羅国蕃人にして昨今は其如何を知らず曩時の苧麻繊維は遥かに土人部落の産品を凌駕するもの蕃産物交換品中の一として他に搬出され居たるなり、彼等の漂泊法は所謂夜露晒しにして木瓜蕃亦斯業に熟長して苧園亦優良のもの多かりしなり是に次で該繊維と蕃布の優良なるものを多量に搬出し居たるは東勢角蕃と総称せる各蕃社なりしなり  
アタイヤル種族が最初苧麻を用いたるは其の纏身用織布の原料としての必要より起りしか否かを知らずと雖も彼等は該繊維の利用範囲比較的に広くして彼等の習俗に伴う有名なる首袋即ちタウカンの原科亦苧糸にして此のタウカンなるものは畢竟雑品携帯用の網嚢にして即ち我が内地九州地方の山村農家等に使用し来りし方言カガリの異種同様品にして生蕃人以外の人族が風呂敷代り提籃代りに携帯するに頗る便利の品なるを以て随って需要者多く即ち蕃産物交換品の一として多く販売さるる所にして既已に遠く野蛮人時代を通り抜け去て営利心に抜目なき彼等は是を一の貿易品として製作し蕃布と其原料繊維と併せて常に販売の目的を如才なく遂げつつある所なり随って若し間暇と労力の余地さえありて販売の見込み確立して他人族に欺き倒されざる丈けの安心保護の道さえ完整の曙光を認むるに至らば苧麻殖育業は其の先天的素養に長け居る一種の勤農的人族なるの故を以て嘗て獰猛教化し難き兇蕃として世人に持て余されし黥面蕃部落も早晩台湾苧麻殖育区域中の一部分中に列し得らるるに至るべし  
世人口を開けば即ち蕃人授産なることを唱言す亦併せて蕃人実業教育なることを喋説する者少なからず是れ何れも必要問題にして共に其趣旨は可なりと雖も是れ決して単純軽易の問題にあらず、実行上の事実は極めて複雑多端にして恰も飴の箸にて砂糖を舐むるが如き甘き話柄なりと雖も其の実行上の方法順序に至りては台湾執政経済上の一部分にして深慮遠謀を要することなり老練精緻なる頭脳を以て之が経営参画の任に臨むにあらずんば薮蛇引出し以上の失敗の基となるのみならず却って徒労徒費に属し後継者を悩ますの幣跡を増加するの虞れあり  
 
台湾の部(49)/台湾蕃地内苧麻殖育問題の解釈(4)  
台湾生蕃の授産法と実業教育なる問題に対しては固より台湾の大問題にして今回の苧麻奨励卑見とは全く別問題なるを以て其の範囲極めて宏汎なり、然れども苟も台湾に苧麻殖育上の目的を伸暢して之を近き遠き両将来の本島主産物中の一に充んとするには現時の所謂土人部落なる行政区域内のみに制限的束縛を加うるを得ず苧麻の殖育としては寧ろ気象、土壌、地理上の関係上より見るも却って現時の所謂生蕃地内に於て経営上に綽々たる余裕を留むるもの多し故に生蕃地内に於て之が経営策を考究すべき点多端にして要は治蕃策の当否如何を附帯して決せらるべき問題にして苧麻の如き一植物の殖育業に於ても所謂蕃人授産と実業教育とには密接の関係相伴うことなれば苟も母国人として台湾のことを思う以上は其の意見抱負の異る点は腹蔵なく之を露述して当事者の参考に供せざるを得んや乃ち愚人千慮の一得亦一顧の必要なくんばあるべからず、即ち今授産と実業教育と苧麻との関係を聊か此処に叙述し置かん  
前述の如く本島の生蕃人は各種族共に概して開墾と農業には事実は幼稚ながら比較的実用経済向きに適当せる一種の知識を練磨し巧みに彼等の天才を実地上に応用して好成績を収めつつある処なり、即ち南洋土人的農業の寧ろ一進歩を来せるものを彼等の族制社会間に実施し来り労費少くして功益多き軽便農業を祖先以来累代継続して子々孫々に伝え即ち是が先天的素養の資と為りて或る他の人族以上多大の実地経験を積み来れるものあるが故に其中には確然動かすべからざる植物栽培上の真理を暝々中に発見されあるもの亦自ら少なからざる原理を抱有するものあるべきは素より争うべからざるの事実なるべし  
前文を換言すれば人族称は生蕃なりと雖も農業に於ては一種の老練家揃いの集合体を以て彼等の一社会を組成するものなり、斯る人族に対し便ち苧麻栽培法たり他の農作物たり蕃人授産或は実業教育の為め実際農業の学術経験に乏しき年少教師若くは其の推薦者に老農夫と見込まるる無学旧思想の人夫体実業教師を蕃社内に入れ住わしめ生蕃人を急速に普通一般の内地的農民化せしめんと企図し所謂杓子定現的に第一著に人糞使用法を強制執行し剰え無理に越中鍬其他日本式農具の使用を厳命し或は例えば苧麻の如き既已に彼等多年の実地経験に由り巧妙なる簡易栽培法に熟長して著々好成績を呈しつつあるものに対し強いて其実業教師自己流儀の種栽法に改めしめんとし是に従わざる時は叱責鞭撻を加うるが如きことを敢てする時は生蕃人は或は表面上には其指揮命令に服従し唯々諾々慎重の態度を執り容易に反抗的行動を表示せざるとしても裏面に怨嗟憤恨の意を挟み又其の一方には軽侮嘲弄の意を惹起し教師先生は実業の真理を了解せざる低能者無知識者と看作し所謂生蕃思想を以て一般の内地人本島人を浅量短識者と誤解的罵詈を擅にする様に立到るが如きこと是れなしと限らざるなり領台後既に稍々此例に類似せる蕃人授産、実業教育を試行し屡次失敗を繰返したる事跡は恐らく二三に止まらざるべし  
陸稲栽培法の如きは其三昧悟道に達し居る斯道のオーソリチー老練蕃に対し強いて水田開拓を奨励し将来我が内地人の移住拓殖用に枢要無比の良区域を徒らに蕃公野郎共の濫用地に費し塞ぎ後年内地人の移住区域を縮小減耗するの迂策を敢てする事の如きは蕃公共が所謂浅量短識の実現者と指定するの外なき失計と云うべきものなり、畢竟将来の人族関係は北海道のアイヌ的天数と大径庭なかるべき人類に対する授産、保護、利用の諸点に就ては彼等を愛育統治する上にも其の一方には旧来の台湾生蕃地は我が母国民族の町村制度実行区域たる下調成即ち其準備思想本位を以て彼に臨まざるを得ず  
 
台湾の部(50)/台湾蕃地内苧麻殖育問題の解都(5)  
前文は語未だ達するに至らずして已矣故に前旨を補充して語達するに至て已まんと欲す乃ち台湾生蕃の農業法は其祖先と密接の関係ある南洋土人的農業の形見的現像が台湾島内に存在し居るものと看作し置けば当らずと雖も遠からざるべし、例えば彼等が苧麻の栽培法も比律賓群島の有名なる「アバカ 」即ち「マニラヘンプ」の栽培や葉巻煙草即ち「マニラタバコ」の如き原始的農業を加味せる彼等間には千遍一律的同筆法の雑木林地開墾天然腐植土地を以て施肥熟畑地に代用するの方法にして其植物は何たるに拘らず種芸方法は略ぼ同一式にして多年の実験力に由りて多大の功益を巧みに収め来るものにしてアバカの如きマニラタバコの如き今日でこそ多少欧米人の意匠も加味され来り居るものあるべしと雖も近き既往時代は其の土蕃人が居家必要上の附属植物として猶お台湾蕃人の煙草、●草、苧麻栽培に彷彿たる原始的農作物中の一たりしには論なきなり  
今台湾蕃人に対し苧麻殖育業を以て一の授産的奨励品に充んとするには其の栽培法の如きは彼等が先天的素養に長け居る慣手段のままに一任し其販路上に於て安心すべき保護指導を与え売買上の第二者たる買受人が不正行為を敢てせざる様統治者に於て充分厳正なる制裁を加え需用増加の道を拡めて生蕃人に販売上の便益を授け行く時は既に営利思想に熱烈なる族制習俗の発達せる家庭趣味を了解し居る彼等は競うて苧園面積の拡充に著手し各社相当の生産額を増加するに至るべし  
尚お此処に一言添え置くべきことは単に栽培法のみならず其剥皮採糸法に於ても嘗て前文中に述べし如く却って其単純原始的なる丈けの特長を有し支那人族的即ち本島普通土人の簡単に似て事実複雑不経済なる剥皮法に比すれば第一多数の器具を要せず労力少くして普通土人の採製品の如く繊維にゴム質粘液の附著凝結せるもの少くして剥皮と同時に鬆散なる糸状繊維と為りて現われ出で即ち我が内地需用者の一般に希望する所の繊維が却って生蕃人に於て採製されつつあるが故即ち彼等に対しては其の剥皮採糸法も強いて他人族の様式を干渉的教授することを避け又彼等の小群割拠的小社会に極めて不適当なる欧洲式剥皮機械の使用奨励等を最初より強いるが如きことも亦併せて避け置くべきことなり  
台湾生蕃の全体に亘る苧麻剥皮法は未だ其全部は知らずと雖も北蕃の一部分に行われ居る剥皮法は前述の如き簡便にして経済向きに最も能く適えるものにして予は之をマニラ土人が「アバカ 」採糸法に対比して茲に一議論を挟み置かんと欲す  
抑々世界に著名なる所の「マニラヘンプ」は如何にして採収されつつあるかと云えば同群島の土蕃式採糸法に由りて製出されあるものにして其の器具と作業法は実に話にも成らざる程幼稚的生蕃式のものにして其の簡易軽便より由て生ずる所の此様式勢力は今日尚お比律賓詳島を圧倒し即ち当業者界の全部に亘りて現行されつつある所なり斯く論ずれば前きに欧洲式苧麻剥皮機械の効力と採用を主唱したると矛盾し自家撞著を敢てするに似たりと雖も台湾に於る苧麻の大農園に対しては「マニラヘンプ 」の例を襲用し難き明確なる理由の別に存するものあり、第一大農園に於て生蕃式を応用せんには過多の剥皮職工即ち一日中数百人の人夫を要し不経済の上実行不可能のことと為るなり、然るに生蕃人に対しては元々少人数にして其の生産総額に於ても小程度のものなるを以て各戸分業的のものに対しては或は北蕃式を採用して有益なる場合もあるべし、然れども本文の論旨は生蕃人の栽培採糸法には勉めて彼等の熟長せる慣例のままに一任し漫りに不完全なる改良的干渉を加うべからずと云うに在り  
此一篇は殆んど北蕃即ち黥面蕃に対する苧麻関係を略叙したるを以て台湾全部の蕃人に対する苧麻事項は次章に於て論述を全うせんと欲す  
 
台湾の部(51)/台湾蕃地内苧麻殖育問題の解釈(6)  
台湾旧来の蕃産物即ち生蕃人の手に由りて現われ出る所の生産物中にて較著なるものは即ち●草、薯榔、籐、金石斛、木斛等にして植物性繊維より成るものは蕃布、苧麻繊維、月桃草細工品等なり而して此蕃布と苧麻の主産地は北蕃即ち黥面蕃区域なり、他種属の生蕃部落よりは苧麻繊維の生産は殆んど省除され居る所なり、然り而して本問題の趣旨とする所の生蕃人に対する苧麻殖育業奨励なるものは尚お北蕃以外他の各種族即ち全台の蕃人にも亦此目的を拡充せんと要する者なり請う今他の蕃族に対する所見を左に表叙せん  
他の蕃族とは即ち南蕃、高山蕃、阿眉「ヤミ」族なり此処に所謂南蕃は恒春蕃阿●蕃、卑南蕃等を総括せるものにして南蕃種族は黥面蕃に比すれば其の占住区域平野の土人部落に接近し居るが故に衣服材料の如きも多く土人部落より供給を受け機業の思念微薄にして其の平素の服飾中にても或る部分は極めて原始的寧ろ蛮的にして南洋土人殆んど「ボリネジアン 」人族の夫れに等しきものありと雖も或る部分は支那的材料を以て充たし已に彼等が先天的固有材料自給の念は殆んど消失し居ると共に苧麻の如きも親ら労働して栽培するよりは却って台湾人より其の出来上りたる繊維を購入したる方が便利なりと云うが如き習慣を既に久しき間襲用し居るが如し而して世俗一般に首袋と唱え居る携帯用網嚢の製作及び其手工の精巧は遠く北蕃人を凌駕し彼等は此を殆んど貿易品中の主なるものとして製造し其一年中の販売額(多く現品交換)も実に莫大なるものあり  
原来南蕃は台湾蕃中にて最も営利貯蓄心に長けたる商売思想の著しく発達せるものにして他人族の想像の及ばざる程貨殖射利心には抜目なき利巧者にして凡て理想以外の事多し即ち水牛を繁殖して之を土人に貸附け或は高価に売払い或は金銭米穀を貸附て其の余利を収め居る者あり農業に於ても多少此趣を有するものあり、而して彼等は全族農業には頗る勤勉多能にして其の為めには各自寸暇を惜み一年三百六十余日中殆んど閑散の虚日なき程にて此点の社会状態は恰も我内地の山村農家と殆んど大差なくして或点に於ては却って発達し居るものあるやも図り難し向後若し苧麻の栽培が有利にして其路が他人族に渋滞なく著々拡まり行くことを一度彼等の脳裏に浸染するあらば南蕃族区域は将来苧麻特産地の一部分に化成するやも図り難し 嘗て大津前蕃務総長は此に見る所ありマニラヘンプ即ちアバカ芭蕉の殖育を手近く恒春蕃に向て其端緒を開き見んと欲し故小山謙氏の恒春支庁長たりし時此旨を論し我が旧任地内に繁殖中のアバカ苗若干株の無償配布を受け該苗を諸蕃社に試栽せしめられし事あり而して斯業尚日浅き央ばに同氏台湾を去ると共に霧消的に廃絶するに至れり向後苧麻に於ても亦此例に殖育奨励の目的を達し得らるべし恒春下十八社の所在地は過半苧麻適地にして上十八社は磽●地亦少からずと雖も亦適地寡からざるべし又チャリセン(阿●蕃)卑南蕃は其の地域広大なる丈け苧園面積も随って多数得らるべし  
高山蕃は前述の如く「ツオー」「ブヌン」の両蕃族を総称せるものにして旧来土人に対する葉煙草の専売貿易商的人族にして苧麻の如き植物性繊維は殆んど彼等の眼中になき所なりと雖も亦比較的能く営利思想を了解せり其点には抜目なき彼等なるを以て一度栽培上の有利と販路渋帯なく他人族間に於て開け行くことを暁知せしならば彼等の各部落中にも如才なく此栽培採糸業者増加し来るに至るべし  
阿里山蕃は南蕃中「ツオー」族の一部分に属し概して天稟慧機にして能く事理を解するの良智良能に富み農業手芸の業に併せ長熟し農作物亦見るべき佳品多し併し南蕃は往時渾て温順質にして北蕃の如く標悍獰猛質のものにあらず、但だ近時南蕃が兇蕃中に伍入するものあるに拘らず独り阿里山蕃が超然旧態を変更せず各蕃中にて常識の特能者として他人族に安心を能うる所以のものは一は明確なる理由の掩うべからざるものあるが故にして彼等が長く温順平和を示し居るは決して偶爾にあらざるなり前撫墾署長にて令名高かりし林学士斎藤音作君(現時朝鮮林業課長)薫陶の賜と其後継蕃人馴化者石田警部の教育徳沢の然らしむるものと断定するの外なきなり、斎藤林学士は阿里山針葉樹林発見創意者及び台湾林業界の元勲恩師として確かに銅像建設の義務を台湾現住内地人は負わずんばあるべからざるものなり斎藤林学士の徳化に霑濡して多年其則りを踰えざる所の阿里山蕃人は苧麻殖育業も亦彼等が常識の発達力に由りて他日奏功の跡を呈すべきは瞭然なり  
 
台湾の部(52)/台湾蕃地内苧麻殖育問題の解釈(7)  
台湾蕃人中「アミ」「ヤミ」の両人族共に平地蕃にして阿眉蕃は領台当時或る軍人に由りて東蕃と命名されしものなり彼等の占住区域は北花蓮港より南卑南平野の北端に到り又其一部分は恒春地方に転住区域を拡め居れり其の戸数四千五百余、人口三万四千余にして漁農兼業を以て其の生活の資を求め居る者なりと雖も概言すれば極めて程度の低卑なる一種の一農民と謂うべきものにして人類の天稟としては夫の北蕃南蕃等に対比すれば気性温柔魯直にして標悍獰猛の兇性なき代に居常恬焉競わす晏如振わず恰も楽天的真逸民たるの批評は免れざるものにして随って能力作用も卑南蕃、黥面蕃等の如く緻密ならずして粗懶悠長は其特質なりとしても農耕上には比較的熱心にして又多種類の植物栽培に熟長す、其の服装の如きは多く材料を他人族に求め自家織成のもの殆んど皆無にして況んや苧麻栽培の如きは元々其意中になき所にして彼等が無気力なる性質相当の農作物を以て其生計の資を助け充たし居れり而して恒春阿眉を除くの外は各戸広面積の農園を有することは遠く他蕃の及ばざる所にして向後若し其開墾地の全部に地租を課するとせば従来の如き呑気太平楽的なる農作法のみにては忽ち税原に窮すべきに付多少苧麻の如き面積に対比して収入価格の多大なる農作物を加え以て其耕作面積に或る程度の限制を附するに安便なる新習慣を養成せしめ行く一の牧民的執政方針の下に生活するに適当なる新智識を授くる下用意として是等の入り安くして行われ易き方便を漸次講じ行くの必要あるに伴い苧園の如きも亦其一に充て然るべきものなり但し其栽培採糸方法の如きは思慮の堅緻なる黥面蕃等とは大に趣きを異にし唯其の殖育の必要有利を説き示し放任的奨励は徒らに失敗の害を助長するに過ぎざるの恐れあるを以て他蕃族と趣を異にし当事者充分なる指揮監督の下に刺戟的教訓を与えざるべからず然る時は将来阿眉蕃部落よりも多少の苧麻繊維を生産し来るに至べし  
以上の如く本島各種の生蕃人に苧麻殖育を奨励するは言簡にして行い易き一便法にして其の功益点の帰著する所は左の数目的に伴う殖産上の一要項なるべし  
(一)将来生蕃人授産の目的を暢達する為め  
(二)本島生蕃人に将来耕地面積の制限を附し早晩納租島民に化成せしむる予定的準備の為め  
(三)限りある小数の治化外異人族と雖も其の少数相当の一定生産物を有効的に産出せしめ我が輸出用物産中の一部分を補充するの目的を達せんが為め  
(四)苧麻販売組合人は生蕃人自作品をも其の販売品中の一部分を補わんが為め  
右の如く一国一地方の生産物全体より之を見る時は極めて微々たる一方面の生産物を徴収するに少からざる心力を労費し此事に齷齪するに似たりと雖も既已に本島の統計上に於て約二万二千余の戸数約十三万の人□に上る異種島民の保護政策としては暫く利益経済問題を省除して見るとしても今日に於てこそ野獣悪鬼同様の有害人族が本島の或る一部分に潜伏して我が母国人の殖産興業本島在来島民の安心立命の妨害を絶えず及ぼしつつあるものに似たりと雖も●し今刷然所見を一変し此有害人族視する所の少数異人族をして其の反対的に一部の有効人族と看作し茲に新機一転して此異人族を皇化未治の或る暗黒開発上の導火線的物に利用し漸次之を内地の附属の山村農民化せしめ行かんとするには其の生産額は多大ならずとしても異人種保護撫育上の一方便として其の産業奮励の必要を認むる所以なり  
 
台湾の部(53)/台湾蕃地内苧麻殖育問題の解釈(8)  
抑々本題の主眼点は畢竟旧来世人が理蕃地と唱うる皇化未洽の治外法権的社会の下に一種の異人族が占住して自己の祖宗伝来の一国土と自称し居る本島一部分の山岳地方内にも亦苧麻殖育の必要を認むるが故に此の所謂生蕃地に対する方法如何の疑問解釈上の参考案を表叙するに在り即ち我が趣旨とする所は素より敢て僅々十余万に過ぎざる所の生蕃人本位の授産的殖育業に区区齷齪するを以て能事足れりと為すに非ずして要は折角台湾を領有せし以上は此腫物に手を触るべからず的の未開混沌界広区域を長く何時までも蕃公天狗連の擅有物に附し置くべきにあらず彼等が多年白雲堆裏に傲然割拠して蛮威を逞うし下界人是より内に入るべからずと戒厳令的制限を設け他人族の侵入を威嚇し来る所の鬼門関を早く蹴破して皇権を拡張し我が母国人の自由拓殖地化せしむるにあり  
●し此の山岳地方に或る見解に於ては野獣的或る意味に於ては熊襲的、土蜘蛛的異人種が跋扈跳梁するものなかりせば所謂蕃地なる本島内部に磅●せる山岳地は即ち純然たる我が国有林野区域の一部分にして山林局直轄の大小林区署範囲内に属し得られしならんも普通行政の布設上に一大障害物たる擬天狗連一異人類が蟠居して鵄張を擅にするの一段は恰も眼の上の瘤同様厄介者には相違なきも世の中のことは即ち一害一利にて一方の支那人族の為めには悪鬼猛獣啻のみならざる此の生蕃人が本島林野界の各要所毎に占侵止めの関門的哨兵線を張り居りしが為め台湾の森林地は尚お今日に至る迄依然として鬱蒼たる翠色を保ち得来りしものにして●し鬼賊同様の蕃公なかりしならば全面赭禿の無木不毛の郷に化し満目荒涼恰も火災を経たる一焦土に等しき山河のまま吾人は之れが引渡しの不幸を忍びつつ甘んじて満足せざるを得ざりしならん曩時支那人の為め自由行動妨害物即ち異人種の関守山蕃人が各要塞守護の為め台湾には不可思議調子外れ的に広面積の森林界が尚お存在し居る所以なり此の点から負け惜み的に評言すれば今日吾人共が目の上の贅瘤視して持て余しつつある所の生蕃人は国家百年の大経済原理には正に合格し居る多恩の森林監守の職責は充分に尽し来し間接的勲功は未来永劫没すべからざるものあり 
但だ彼等が他人族を眼中に置かず且つ彼等の天地開闢以来未だ嘗て他人族の教育を受けず其の先天的自我独尊主義を用捨なく他人族に振る舞いて自己理想のまま他人族界に向って常に首狩りを行い此人道に外れたる現行犯罪悪を以て彼等の社会制裁上には尚お未だ現行犯処罰令の布設なきのみならず却って此を人生無比の最大快事として奨励を加え寧ろ善行賞を付与するの習慣が歓迎されつつあるは他人族の為めには頗る不便至極にして乃ち他人族中の主治者は対対的極力之が懲戒的威圧を加うるのみに止らず全然此の非人道行為を教訓廃止せしむる方策を彼等の全族に向って厳行せざるを得ざるものあり然り而して此効果は比較的満足に収め得らるることは既已に経験に徴して明瞭なる証跡の較著なるもの多々なるを以て此非行匡正には一転の疑問を挟むの余地なきものなり又前章中にも反復叙述せし如く彼等は此の首狩行為の一悪習を引抜き其先天的長所のみを挙ぐれば種族に由りて多少の差はありと雖も概して比較的頭脳緻実にして●愚ならず寧ろ慧敏にして良智良能に富み天才縦横□勤勉多芸にして恥辱を知り義理を重んじ農林業に耐能にして多大の経験を積み工匠の術に長じて前途の進化発達に充分の余地を有し庠序学校の功果比較的有望の一異人族たる徴候を具有するものあり亦将来兵員としての真価を認め得らるべきものあり況んや苧麻栽培の如きは彼等の為めには恰も朝の茶の子一つにも当らざる一些事にして綽々たる余裕の存在するものあり況んや他の農林其他の工匠業に於てをや由是観之時は台湾の生蕃人も亦或る点に於ては一の有効人類にして捨つべからざるの一土人族なり  
 
台湾の部(54)/台湾蕃地内苧麻殖育問題の解釈(9)  
前章中に台湾蕃族の功罪比較論及び又或る点より見る時は我領土内拓殖上の一障害物たるの反対に或る方面より之を見れば一の有効土人族たることを叙述し置けり、即ち之を善用すれば我が味方的善良民たらしむることを得べく且つ巧に之を利用すれば領土拓殖上の機械的一好助手と為り亦母国人が旧蕃地内に拓殖上の土地使用権を拡張するに目の上の贅瘤如たる一障害物の障害点を一方には減少し且つ一方には事実の障害物を単に害虫駆除的に絶滅法を取らずして深林密莽間方位不明の道案内者担夫等に使用し壮丁は漸次兵員に徴収する様にせば母国人が其地理風土に熟通するの暁は敢て腕力沙汰に及ばずして自然淘汰的に人族勢力の新陳代謝が実現され来るは猶北海道の「アイヌ 」に徴較するも明かなり  
台湾蕃は「アイヌ」種族に比較すれば前述の如く天稟の脳力緻実慧機にして才智に富み教育の力と実地訓練の感化力に依りて日本人化し易く且つ常識の発達に綽々たる余地を有する者なるを以て従前の如く彼等が自族領有区域内として其の四至の境界に鉄条網的縄張線を設け他人族の闖入占住を許さず若し之を冒す者ある時は保安条例式蕃界払い門前払いを強請し客若し服従せざる時は好し伝家の宝刀を以て汝等が首に加えんと云うが如き蛮勇勢力を漸次に分離撤回せしむる様我が内地人勢力範囲を拡張し彼等の封建的割拠主義を廃絶して純正被治者の位置に立たしめ我は弾丸硝薬に代うるに各種の内地人勢力を以て之に臨み優勝劣敗の末彼等は現時の熟蕃人の如く多方面に散住して其の得意の農業、手芸を営み漸次我が治化の恵沢に浴して各山村の純農民に化成せしめ得ることは敢て言論上の理想にあらずして実地行い得らるる確実事項なり  
先年故森尾恒春庁長其の管内の下十八社蕃中先ず七社を行政区域に編入し普通土人取扱に仕向け故障なく好成績を収めしことあり即ち「テラソ」蚊蟀、老仏、クアル諸社の生蕃部落にして是等は多年来和蕃化し居たる者なりしと雖も其以前は純生蕃として彼等領土の占有権を主張し居たる者なり「チナケ 」社、高士仏社等当時編入見合せの分は却て後日思掛けなき煩擾を惹起したることあり、是は南蕃即ち「バイワン」種族に関する一例なれども黥面蕃に於ても一足飛びには行い得難きも純農民的和蕃たらしめ得ることは既に前例多々有之ことにして即ち「ウライ 」蕃の如きは其中の一に列すべきものにて彼等が農業の如きは依然たる純生蕃式なりと雖も其苧園の豊美採糸法の巧妙点は広く他人族の目にも留まり他人の賞讃を受くる毎に彼等は心に悦び若し需要者との自由契約行わるるあらば既に貨殖趣味を了解する所の彼等は勇んで其の苧園拡充に従事すべきなり、又桃園、新竹其他諸庁管内の生蕃人も亦ウライ蕃の如き例に由りて内地人と直接親近を重ね来るに伴い自然内地人開墾地も其の接近地に興起し来りて相互に人族観念を投却して事業本位生産物本位と為り其の間に生蕃人は内地人の恵沢に霑うて生計の資豊かとなり内地人は彼等を利用して附近四方の地理探究の便益を得来り初期は互に有無相通用して拓殖の歩武を進め而して未来永劫上の帰著点は畢竟内地人の優勝成績を奏呈するに至るべし  
 
台湾の部(55)/台湾蕃地内苧麻殖育問題の解釈(10)  
本題の主趣は敢て生蕃人に苧麻栽培を奨励するのみを以て能事足れりと為すものにあらずして其の事実は寧ろ其の反対的に旧来生蕃人の占住区域地内即ち台湾本島面積の殆んど二分の一が彼等蕃族の為めに多年封鎖されあるものを一般国民の為め公開して我が母国人の拓殖興業地に充てんと要するに外ならざるものにして旧来の所謂生蕃人は毒にもなれば薬にもなると云う種類の人族にして其の多毒性なるの反対には薬の効能見た様なれども用い様に由りては相応用立つ人類にして無理に撲滅の必要なく之を善用して彼等にも相当生活費の幾部分に充る様便利を計ると共に此を一種の山村農民と看作て彼等部落よりも若干の苧麻を生産せしめ異人族保護の道は出来得る限り博愛的に立置き一方の論者をして云わしむれば我が説は偽善主義の批難を免れざるべしと雖も要は専ら我が母国人の移住拓殖区域を旧来の所謂蕃地内に広く拡張遺了なからしめんと欲するにあり  
台湾の全面積は我が九州六県に略ぼ等しきものありて九州の総人口は七百七十余万殆んど八百万人に垂たるものあるに比し台湾の現在人口は約三百七十万内外にして尚お九州の三分の一に満たずして統計面にては人煙稀疎の境土たるには論なしと雖も其の地勢我が九州と趣を異にし所謂中央山脈なるもの島の南北に縦亘して中央部亀背状に隆起突立して各部六七千尺以上一万尺に達し徒らに骨多くして肉部の正味少き地形を為し人類の棲息に耐うる部分九州に比して著しく狭小なるものあるが上に旧来の土著島民約三百四十万の大多数を以て其の生蕃地以外の平野面積の全部を塞填して東海岸面の外は殆んど余地を留めず、即ち我主治者の位置に居る母国人の移住拓殖用地欠乏して実に寒心に堪えざる状勢を為すものあり、但だ其の間に多少人口稀少の空昿地を散点するものあるを以て即ち其の間に吾人の拓殖区域を選定しつつある所なり 三百四十余万の土著民族が占住せる蕃地以外の平野区域内には猶我が内地の町村区域内に林野地を余せるが如く比較的多数広面積の樹林草野の散在せるものを総計すれば数十万町歩に上るものあり、乃ち我が皇祖伝来大和民族の同胞たる五千五百余万人(台湾、朝鮮の人口を除く)の母国民の一部分を此天授の剰余区域内に移殖する時は少くも尚お五十万人以上或は百万人内外の内地人部落を新調し得るやも図り難き林野広区域を領台当時天は日本帝国の為め一片の雅量を垂れ賜いて大和民族の植民用地に無償下附の恩恵を与え授け之を  
明治天皇の有司百官に我が母国本土臣民の使用地に宜しく善用すべしとの天旨を暗示黙命せしものなり、即ち国家百年の利害に関する領土処理問題中の主要事項なり若し此の剰余区域の使用主権が他人族に移り母国民の移住拓殖主権の扶植不如意に立至る時は今日の利害は目前に現われざるも未来永劫旧時の蕃池以外には百万人以上の移住拓殖用地は求め得られざるの不幸に陥る所以なり、未雨に先ず●戸の綢繆は東洋古賢の広き意味に於ける鑑戒なり苟くも母国民を代表して本島に在官する者は深く此点に艦み将来母国民に怨嗟恨慨の念を惹起さしむるが如き失計を遺さざることに省顧自覚せずんばあるべからず  
前章中に本島の現行政区域内に母国民の新移住を約十五万人現蕃地内に約十五万人と表示せしものは右等剰余区域使用の主権力を満足に扶植し得られざる時に対する最消極的計算にして此の計算の下に将来本島苧麻生産総額を計上せるものに外ならざるなり即ち現行政区域内に於て苧麻面積一万五千甲現時の蕃地内に於て約一万甲合計二万五千甲と為せしもの即ち是れなり 右の如く台湾蕃地以外の我が母国民移住に枢要の剰余樹林草野は不幸にして主権区域著しく減耗し来りつつあるを以て不見識ながらも已むを得ず生蕃地内に向って出来得る限り我が母国民の新拓殖用地を拡充するの歩武を進め行かざるを得ざるの天数に遭遇し来りつつある未来の趨勢を今日に於て認取し居る所なり  
 
台湾の部(56)/台湾蕃地内苧麻殖育問題の解決(11)  
今日に於て蕃地移住開墾業の拡張と言えば実際の事理に暗き者は或は時勢不釣合なる架空の理論妄説と指笑驚倒する者あるや図り難し、然れども前章嘗て述べし如く蕃地に於ける殖産興業に伴う移住開墾は素より尋常一様の事にして敢て異常の珍事項と認むべき点なきものなり但だ其の緩急順序の手加減に多少の差あるに過ぎざるのみ即ち左に其の二三の例を挙げ以て吾輩の言辞を鮮明にせん  
民営事業にして一番素人に解り易きものは大●●及びウライ山中に於ける三井合名会社の造林、開墾業と感菜硼支庁下赤柯坪に於ける永井造林、開墾業其他各地の樟脳製造業等なり之を反感的に見れば何れも隘勇線以内の安全地域内にして三井及び永井造林地の如きは今日に於ては猶土人部落も同様の生蕃人住居地以外にして是れこそ即ち平凡なる尋常一様の平安区域なりと云う者あらんも矢張り事実は蕃地の一部分なり  
(一)三井合名会社の桃園庁下大●●八結方面の事業地は蕃地の関門内にして即ち母国人が蕃地内に興業殖産の端緒を開いて徐々著々其の目的を伸暢しつつあり、同会社のウライ造林地は元と土倉竜二郎が明治三十二三年頃同山中生蕃人等が出草首狩の隆盛時代に開墾造林業に著手し其に伴う内地人の仮移住を実行しつつありし遺跡にして中途より三井に之を譲渡したるものなり  
(二)桃園庁感菜硼支庁下赤柯坪に於ける永井造林地は其の著手当時は蕃公□住区域の権力範囲内にある深林密□を薙ぎ払い普通人族の事業地化せしめたるものにして今日往て見る時は往昔より土人部落の一部分なりしに相違なしと認むべきも其の背後の山巓深林中には尚お蕃公の蟠居徘徊しつつあるものなり、而して蕃人と折合附き夥多の台湾人と内地人住居して一部落を為し著開墾業を進行し殊に苧麻は蕃山中に於て非常なる優良品を生産しつつある所なり  
(三)官営業にて生蕃地内に開墾植栽の業を実行し故障なく成効し来りしは旧恒春熱帯植物殖育場なりし一昨年以来の変動は全く之には関係なき別原因にして蕃地内拓殖業としては其の方法さえ当を得れば右の如く好成績を奏し既に十年間此事に経過したる実証あり  
(四)阿里山及び八仙山製材業の如き亦然り阿里山生蕃人は温和にして熟蕃同様なりと言う者あらんも前章中に述べし如く阿里山蕃とても先年斎藤音作氏(林学士)と石田常平氏の熱誠懇篤なる撫蕃教育の結果にして唯偶然にあらざるなり、殊に八仙山は右と趣を異にする黥面蕃区域中即ち兇蕃地の内部に拓殖業の端緒を開きしものなり事尋常に似て尋常にあらず凡て方法経営其の宜しきを得れば蕃地内の造林、伐木、拓殖共に如斯好成績を奏する標本較著なるものあり  
右は其の二三の例題に過きずと雖も蕃地拓殖と言ても敢て驚く程の珍異事項に非ず、官業は特別なりとしても民営業も既に前例の如くして著手したるものは蕃地開拓の実景を現わし居るものなり唯最初の期間は其の著手方面の選定及び方法の緩急順序手加減の必要なるのみにして是が大成すれば即ち前述の如く内地人勢力の目的は十二分に拡張し行わるるものなり 唯だ蕃地拓殖は苧麻なり何業なり其の旧来の主人公人族たる生蕃人を直接労働人夫に使用せんと企画するも抑々不可能的考案にして此の労働者なるものが即ち内地人の必要因て生ずる所以にして即ち土著移住的人員を以てすべきものにして蕃人関係の取締方法の規程設定の巧拙如何にあるのみ亦生蕃人を直ちに労働者に見込難き所以は次章に於て詳述せん  
 
台湾の部(57)/台湾蕃地内苧麻殖育問題の解釈(12)  
苧麻栽培たり其他何業に拘らず蕃地内事業を開始するに於て其の在来主人公たる生蕃人を全部の作業人夫に見込此蕃丁の労力を目的にして成功を期せんと欲するは事実不可能と締らむるの外なかるべし即ち其訳は左の如し  
元来台湾の生蕃人は非常に熱烈なる先天的素養に富める純粋農民にして其名こそ生蕃なれども彼等は幼少時代より老終期に至るまで男女共殆んど農業に全心を尽し終歳農業の為めには殆んど寸暇なきものにして亦平素斯業の為めに寸暇を惜みつつあるものなり、即ち一年三百六十余日中朝に星を戴て家を出で夕に月を荷うて家に帰ると云う習慣を為し白昼蕃人家屋に行き閑散にて家に在る蕃奴を見受くることは彼等の祭日か雨天か特に農暇の日にあらざれば容易に得べからざることなり故に旧来生蕃撫育に於て主管者が頗る苦心したる一事は茲に蕃童学校を設け学齢児童の募集意の如く成り難きことにして殊に校内寄宿生の応募者少きには各教員等の大に困苦せし処なり、是れ彼等が教育を受くるを嫌うにあらず其の父兄は児童を出校せしむるを心理関係上より頑固に忌避するにあらず彼等の答辞は極めて単純なる一言にて之を尽し居れり  
学童父兄曰く吾等生蕃人も是非普通の人並に字を書き書を読み物を数うる知識を得て旧来の如く吾々の文盲に乗じて支那人族より詐偽欺瞞行為を擅にせられ多大の損害を受けし前轍を踏まざる様せめて児童たりとも新教育を受けしめ度き希望は一同皆万々なり然れども如何せん少数の家庭にては終歳児童を学校に出し置かば吾々糊口の資とする農業の時機を誤り家計上に差支えを生ず故に或る農期丈け欠席休業を許与え呉れば無論教員先生に御一任致度又寄宿舍に入るる時は児童は面白がるべきも家計に差支うるを以て大抵の遠路は健歩を厭わずと云々 一例を挙ぐれば彼等の農業の為めには斯く時間を惜む習慣を有するものなり彼等の一生涯中斯く農業に多忙なる所以は其の切替畑制度なるを以て或る年限には新畑地の開墾に一家挙げて従事し又年中行事極めて秩序的にして即ち年首は粟他の整地播附除草次で初夏粟の収穫に次で陸稲作の著手又苧園薯圃其他の雑農業あり男子は其の余暇を以て狩猟に出で(首狩出草は此外)女児は終歳農業斉家に余念なし  
以上の諸点より見る時は生蕃は蛮人に非ずして一種の勤勉なる山村の一農戸なり蕃社は即ち質朴なる古代的農村なり此の古代的農村の民は終歳自家の農園作業に多忙にして元と不慣なる出稼的労働人夫には仮令い適しても四時間断なく使役の目的てと為し難き者にして普通台湾人と同一様に之を苦力に充て得難きことは既に従来の経験に徴して明かなり又各蕃社の戸数人口は何れも寡少にして一寒村の状態を為し一社内にて多数の壮丁労働人夫を得ることを得ず故に若し蕃地内に於て稍々大規模的農林業を営まんとするには此の生蕃人夫を全く目的てにせずして他より移住的労働者を募集して団体的一部落を開き其の一群団を以て事業に著手するを可とす、又支那人族と生蕃人とは元と人族関係上犬猿啻のみならざる間柄にして一旦親眤したる後に於ても動もすれば資性の相違上悶著を惹起し易く従来の実験に徴して此憂いは免れ能わざるものあり、又本島領有の根本的定義上より云うも向来新たに植民する処の土境に故らに固有人族を播布するよりは寧ろ新陳代謝的人口増殖の急要迫り居る処の母国人を以てするに若くはなし、而して生蕃人は全部労役夫に充て難しと云うにあらずして其中の一部分若干人は或る程度迄は使用し得べしと謂うにあり  
 
台湾の部(58)/台湾蕃地内苧麻殖育問題の解釈(13)  
旧来生蕃地として区劃せる内部には樹林草野のみにて全く人類の棲息せざる部分もあり即ち内地の普通大林区署管内の純国有林野と寸差なき光景を呈せる方面もあり又所謂生蕃人部落各所に散在して内地の山村寒落と同一状を為せる部分もあり、即ち要害竪固の地に割拠して蕃社を構成せるものもあり地勢位置の如何に拘らず其土地の領有権は全部自己の一国土と看作し居るものもあり或は其よりは観念淡泊にして唯他人族の占侵使用を濫りに許し難しと認定し居るものもあり蕃地内の状態も種々多様にして他人族の通行若くは移住等の為め生命危険の区域もあり又不危険方面もあり必ずしも蕃地内全部鬼門関内と見るべきにあらずと雖も彼等の所謂狩猟区域なるものもあり伐木拓殖禁制区域なるものもあるを以て蕃地内の事は主人格たる蕃人の承諾を得たる上ならでは不意の災変を免れざることは公衆の一般に知る所なり  
蕃地内に於て何植物を栽培するにも其の内部に住棲するには一村落の状態を為せる群団住居を可とす且つ仮小屋的のものにあらずして堅固なる安全家屋を可とす例えば爰に戸数三十戸以上の蕃社ある附近若くは其の蕃社の直属区域内に蕃人と円満なる交渉済の地に広面積の苧麻園を新設するにしても栽培者は蕃社内に雑居するは不可にして全く別に一区域を設け出来得る限りは其蕃社の戸数よりも優勢なる大部落を構成し少くも三十戸乃至五十戸以上の屯田的住宅を構えて附近蕃社をも威圧する丈けの勢力あるものを以て自治制部落を新設し其の余力を以て拓殖地域を拡充するを可とす一は遠く普通市街を離るれば不時の疾病起りし際も医師を迎うる能わず故に其の群団中に医業専門者も加え置くを得策とす又児童教育も欠かざる丈けの設備を要するを以て少戸数のもの蕃地内各所に分散するよりは大戸数の一大優勢のものを以て四隣を威圧し蕃人の軽侮を受けざる丈けのものを以てするを可とす  
若し三十戸以上の蕃社四五社集りて一群を為す方面に於て拓殖に従事するものは少くも五十戸以上の大群団三四箇所に可成隣接して優勢を占め共同診察所、学校、郵便取次所等の施設あるを要す如斯して其の四隣地に大苧園を開設する時は其の労働者は此団体住民を以て組織し例えば五十戸を以て成る三部落隣接する時は一戸より壮丁一名平均とすれば百五十人の強健者を得らるるものとし実際は一戸に二名若くは一名半の壮丁ありとして疾病者等を見込て即ち一名平均とし壮丁以外の婦女子家族中より亦若干の作業者を得らるるものとし壮丁は或る場合に於ては戦闘力にも堪うる覚悟を有するものとして完全なる利器の運用力を養成し内地人団長を設け置くを要す 蕃地内作業者は必ず家族集団を以て成立つものとし独身壮年者は蕃人に対する弊害の醸成者と為り易き恐れあるを以て蕃地住居は家族携帯者たるべき規程を設け置くを可とす其の作業群団は必ず内地人を以て組成すべきことなり、前章述ぶるが如く支那人族は人族関係上生蕃人とは先天的感情の衝突を惹起し易く且つ人族自然性情の不同よりして生蕃人の反抗心を挑激するの基いとなり治安上の障碍少からざるを以て仮令労働上の不便ありとしても蕃地内に於ける民営拓殖業は今後必ず全部内地人を以て組成し最初の間暫く其の不便を忍べば少く其作業に習熟する時は自然に趣味を生じて毫も労働上の不便を感ぜざるに至るべし、元と犬猿啻のみならざる天然性情の一致せざる大陸系統の一枝族を其間に交和する時は純「モンゴリア 」人種と純馬来人種と人種上の天稟相違の点よりして或る一時は互に融和親睦しても長き融和を保ち難し、而して其の中庸の天稟を享有する所の我が母国入は爪哇、比律賓諸島に於ても他の南洋諸島に於ても自然的性情の一致融和し易くして且つ永久継続の鞏固なる点は世界一般人の公評として是認する所なり  
 
台湾の部(59)/台湾蕃地内苧麻殖育問題の解釈(14)  
茲に苧麻生産増額の必要を認め蕃地内も猶其生産地の一部分に加えんとする見解を述ぶるに際し其蕃地利用上の基礎整理の点を予め表叙し置かざるを得ざるものあり即ち其大要左の如し  
台湾の将来に対する主副生産物の事を議するに当り全島総面積の約二分の一を有する旧来の所謂生蕃地を全然除外する能わず若し之を除外して論ずる時は即ち台湾の半面積たる現時の行政区域内のみと為る而して台湾の島より生ずる農商工産物は当分と云う字義の下に蕃地内のものを除外し置く時は其の生産物区域の範囲極めて狭小にして地域上にては我が九州の僅に二分の一に過ぎず斯くては発展程度極めて小にして増殖の見込杜絶せるの感を免れ難し又蕃地と云て別に異なりたる地性を有するものにあらず唯生蕃人の占住区域に属するが故に仮りに此名称存在するに過ぎざるものにして其の土地の実質は即ち多く島の内部の山岳地方にして猶我が内地の山梨、木曽、日光山、紀州熊野奥山、大台ケ原、宮崎県下椎葉山大分県日田其他の山岳地方と同一地勢のもの攅重匝列して或は高山、深谷、大沢、昿野を以て成立つものにして此に開拓を加うれば則ち我が山村陬郷と同形のものに化成し人工を加え難き険嶺崇峯は永久国有林区域内に猶我が大林区署保護林と同状に旧態の儘拓き残さるる部分となるべきのみ是以外の部分は或は天然林の儘残り或は人工林地と為り或は田園町村と為り或は牧場鉱区と為り或は旧生蕃人の住在部落と為り現時の行政区域とは無境界のものと為りて即ち旧来全島の約半面積を蕃人の為めに封鎖され居りしもの一般公衆の為め開放さるの暁に至りて初て我九州六県の面積と為り即ち本島全部使用の日に達すべきものなり但だ実用面積に於ては九州に比すれば高山区域広大なるを以て県制区域としては二県分を其天然地勢の為めに殺減さるるの已むを得ざるものあるべし即ち正味面積は約四県分にしか当らざるや計り難しと雖も尚五県分の真価はあるべし  
旧来蕃地全島の二分の一と唱えられ来るものの範囲内に領台後漸次内地人の事業区域拡り来りて其の蕃地内も曩時の蕃地よりは幾分縮少し行くこと自然趨勢の然らしむる所たることは在台諸人は何人も皆暁知する所なり即ち阿里山、八仙山製材業の如き大●●、ウライの三井造林業の如き其他普通行政区域と同化若くは半同化区域各所に散在せり  
蕃地内の事業は右の如く既已に幾分は著手されある所にして此例にて出来得ざることはなかるべしと雖も全部の生蕃地を秩序的に開発し行かんとするには基礎鞏固の蕃地管理上の正則的機関の設備なきを得ず而して此の機関の下に一方には蕃人化育の歩を進め一方には其の土地を管理しつつ拓殖興業を奨励すると共に其棲住者保護の道を開き与え又一方には蕃人生活上の保護と共に其の兇行反抗を抑制するの主管者と為り庠序学校の教育と相俟て治蕃事務を進行せざるを得ず而して此目的を伸暢するには今より向う若干年間治蕃上の臨時特別機関を創設するの必要を認む其の方法は多種類ありと雖も今回の本題目は苧麻に関する業務上の一部分なるを以て此事を専一的に表叙し難きものあり然れども蕃地内に苧麻生産額を増大せんと欲するには畢竟此の理蕃機関の整備したる上ならでは完効期し難き故近き将来若くは今日に於て此の特別機関創設の必要伴うものあるを認むる所以なり  
生蕃人は旧撫墾署政策の如く最初より全く威圧を加えずして徒手空拳彼等の棲住区域に闖入して柔撫一方向きの文治策を以て対する時は猶無邪気の腕白児童の心を和らげ懐くるが如く或る場合に於ては一時的殊功を奏することありと雖も此の懐柔主義一方向きに偏倚する時は猶頑是なき児童に対して其の養育法の寛厳適度を過つ時は徒らに痴矯性を増長せしむるの弊習を助成するの失敗を招き易きが如く動もすれば徒労徒費に属し又其の直接任務に当る者は動もすれば蕃人負贔に傾き自身蛮化して万事蕃族本位と為り却って自己の同胞たる母国人に対して峻厳冷酷の態度を表示し親ら蕃狂病に罹り正当踏み行くべき軌道を脱線して自己精神の蛮毒に魔化され居ることを暁知するに遑あらずして同胞母国人に多大の不便迷惑を掛け及ぼす類例少からず故に向来の対蕃策は既往撫墾署時代の覆轍に艦み寛厳中庸の態度を以て彼等蛮族に対する厳正中立的統治策を以て臨み行かざるを得ず尚お詳細は後日に譲る  
 
台湾の部(60)/湾蕃地内苧麻殖育問題の解釈(15)  
現時既に多少の端緒は開きつつある所の蕃地に於ける苧麻栽培其他の作業を営むに於て前述の如く単に蕃人懐柔策一方向きに偏寄し専ら彼等の歓心を得るを以て能事足れりとし猶腫物に触るるが如く小心翼々一時を僥倖し目前の便益を図るを以て長策とし対蕃策の要素と為すが如き痴者はなかるべしと雖も深く前轍を鑑みずんばあるべからざる事なり  
右と反し支那文章中には半獣的人類とまで形容され来る所の本島生蕃人は単に武力の膺懲のみにては統治上の急功を期し難き人類にして且つ之れを全部討滅することも至難にして往昔支那大陸の三苗の如く良民に化せしめ難き一種の有害動物と悲観するものありと雖も是は又一の極端論にして敢て斯る非人的人類にあらず使ち撫御其の宜しきを得れば寧ろ早晩吾儻の忠良民族に同化せしめ得る有用人族の素質は具有する者共なり但だ如何せん其の治化に浴する迄の間は当時の懲伐のみにては恰も諸葛蛮酋七擒の古轍を繰返すも猶完功を期し難き往時の南蛮遠征を追想せしめ易き形行を呈することを免れ難き変幻出没極りなき南洋土人的性行を急速の短期間中に脱し難き変調子的人族たるは万人の普く暁知する所ろならん  
今回は畢竟苧麻植育に附帯せを討蕃策の一部分なるを以て遺憾ながら単刀直入的に我が懐抱の全部を此に表述し難き事情あると且つ多少憚る所あるを以て此事は他日に譲ることと為し唯往年嘗て企画する所の対蕃策旧稿の一部を野人献芹の寸志として附載し置くことと為さん実は予も嘗て樺山前総督と故児玉総督時代蕃地統治策寧ろ一編の整理案を献議書として前後二回呈出せしことあり当時我が第二回案は幸にして排却されざりしと雖も百事多端の際と所謂時世に先ち過ぎる説なりしを以て一時当局の詮衛評議に上りしも採用実行の運びに至らずして止みしものなり乃ち台湾に於ける吾が昔時の夢物語として其一部分を左に転録し以て本編に聊か蛇足を添うることと為さん  
蕃地管理局創設の議  
是は明治二十九年軍政解け民政に移りたる際樺山前総督に呈出したる一編の卑見書にして今は其の原稿も散失して復尋ね得べからざるに至れり吾が心事としては畢生の遺憾なり其大意は当時の生蕃地内に普通行政を布かるる迄の間若干年間臨時特別機関として之を設け置くの予定案にして其人員の組織は即ち陸海軍退職士官及び下士、憲兵等の休職者と山林局及び各大林区署に於て多年の実験を積める労功者にして廃官と為り若くは退職して閑散の地に在る血気壮盛者にして一技一能を具え伏櫪脾肉の歎ある諸士諸員を招集して此の任に充るにありしなり  
該管理局の業務は専ら蕃地の地形測量、用材其他山林調査等内地大林区署事務の一部、内地人の移住開墾、道路開鑿、生蕃人の教育、撫御其他首狩兇行の取締匡正法、農林、鉱業の奨励経営等にして管理局長は陸海軍退職将官中の適任者を以て充るの理想案なりしなり  
但だ此意見書は第二回に於て児玉総督に呈出せし如き正式に秘書掛りの手を経ざりしを以て猶未だ総督の検閲幹部の詮衡を経るに遑あらずして樺山総督は内地に帰還され桂総督は常に内地にあり其の間空疎紛雑にして是等の書篇も不幸にして散失するに至れり  
又児玉総督時代第二回に呈出せしものは明治三十四年三月二十三日附にして即ち台湾林野監督署及び管理主務課設立の件なりしなり是は原稿尚存在し当時参事官評議にも上り一時我が進退をも是に由りて決するの覚悟を以て其の形行を伺い同時に熱帯植物殖育場創設の議案を併せて二通提出中殖育場案は故障なく採用裁可され主眼の林野監督署案は其詮議中に上京し次で恒春殖育場を自ち担当したるを以て台北を去りて任地に赴き其れと共に監督署案は自然立消体に終了するに至れり其の内容は尚お今日多少の参考に資すべき点あるべきを以て所謂愚人千慮の一得あるや図り難しとして次回に其一部分を附録することと為さん  
 
台湾の部(61)/台湾蕃地内苧麻殖育問題の解釈(16)  
前回中に大略叙述したる林野監督署創設案は吾生昔年の夢物語りとして一瞥看過すれば何も云うべき限りにあらずと雖も当時此事の実行され居らば或は今日十余万人の生蕃人に我が母国人拓殖権の伸暢を障害さるるが如き不便利を感ずることなかりしのみならず此十四五年間中には生蕃人は殆んど熟蕃化して山村の一良民と成り居りしならん北蕃区域に於ては樟脳製造が主なる直接関係事業にして此事は先ず官権普洽して民意彼等の感覚と疏通すれば其第一の桂角釈然心境を去り互に和睦一致して蕃人は反抗心消脱し内地人を高等人族視して唯々其の命令に服し我が山村民が区長、村長に対するが如き態度を以て其の支配を受け平心安堵して其恒産を治め内地人も旧蕃地内を平心闊歩して左眄右顧警戒の念を挟ずして各自の目的事業を自由に拡張し得たるならん  
由来北蕃人に於ける唯一の危険は所謂首狩の癖習なり此癖習を匡正廃止せしめて全く其の痕跡を絶たしむるに至る主なる根本的要素は専ら学校教育に基く修心上の心理改善にありと雖も亦其以外の官権と高等人族の徳化力を以て此目的の彼岸点に達することも亦決して不可能事にあらざるなり。要は此種諸目的の機関設備にあり往年嘗て撫墾署員が徒手空拳所謂扇子一本主義にて蕃地内を横行し蕃酋、蕃丁、蕃婦、蕃童等と懇親熟するに当りて蕃社内秘蔵の首棚取除けを勧諭せしことあり蕃族深く其の陋習蛮慣を慚愧して惜気なく此を取除けて供養塚体のものと為せしことあり又或る蕃社に於ては威嚇を用い強制的取除けを命じて難なく成功せしこともあり、併しながら此事は一の呼吸物にして今日は萃駝も要せざるべきが外科施術に熟練せるものが人体を随所切解して全治百一を誤らざる位の程度に蕃人柔撫策の熟和したる上ならでは出来ざることなれども其著手方法が露骨に失せず老練巧妙を得るに達する時は首狩の策源物質たる首棚の取除けが市街清潔法の如く公徳心公義心に制せられ詩sされ得るに至るべし首棚を有せざる他蕃族に至りては治化固より論なきことなり  
蕃地内の平和其統治機関の整備に伴い夙に其際より始終同一轍に進行し来り居りしならば苧麻殖育の始めとしギナ樹其他の熱帯薬用植物、各種の工業原料植物、各用材の伐採造林業等も是と併行して多大の発展を来し居たるならん、然るに当時蕃地管理及び蕃人化育の根本的機関の設備創始の実行を欠きしが為め不幸にして図らずも蕃地内の平和を見るの機会を得ずして最初或る部分は彼等の井蛙管見的妄念未だ脱去せずして自我独尊的跳梁跋扈を擅まにし兇行蕃害猶絶えざるものあるに拘わらず北蕃の一部分以外の各蕃人は内地人の威徳に畏服して平和を現示し居たるもの中途に意外の波瀾を惹越し端なく硝煙弾雨中に干戈相見ゆるの時代を経過せざるを得ざるの生蕃歴史を留むることに立至りしは一方より見る時は転た遺憾の至りと云うべきなり、然れども人生の事は総て雨降って地固るの比喩に違わず之を諸国の文明史上に徴するも一度、二度、三度位は凡そ此種の歴史を繰返したる後初めて太平記編纂の材料を授け得るに至るが天下の常則なるを以て既往は敢て深く追糺するの限りにあらず今後悉皆蕃族平治の実跡を挙ぐるの新意匠を蛮霧瘴煙堆裏に施し深林密莽間に鬱積せる磐根錯節間に日本利刀の光鋩をサーチライトの如く満たし輝かすの大手腕を揮い土蜘蛛遺類の蕃族を摂伏帰化せしめて蕃地蕃界の名目を除去し苧麻其他の農林産物の殖育業等自由発展を得るの曙光を認め来るの刷新時期に臻達せしむることを鋭意奮行せざるを得ず是れ領台二十一年後に於ける本島守成時代に残り居る聊か創業臭味を帯べる一新事業なり  
 
台湾の部(62)/生蕃地内苧麻殖育業解釈の結論(17)  
台湾生蕃地苧麻殖育上の解釈に一心を罩め本道進行途中不図精神興奮の余り遂に知らず識らずの間に恍然軌道を踏外して時々岐径に迷入し殖育界の岐径を悼然独歩して生産業の銷沈を悲観するの余り覚えず豪語詭論の声を大にも過せしも其の蔭に潜む所の出草蕃人等の娟嫉猜疑を招き平素彼等の非行を善道に導かんと欲する異人族を見るの明に乏しき兇蕃の為め或は誤て馘首の禍に罹るや図り難きを以て今蕃地に深入りすることは取止め猶他日を期することと為し生蕃論は茲に中止し置かん但だ終りに臨んで前述の往年嘗て企画せる所の第二回呈出案の一部分を我が前生の形見的紀念として聊か表示し置かんと欲す今日は既に要きな事と雖も所謂愚人千慮の一得としての微臣献芹の孤衷を留むるに過ぎざるのみ  
写し  
台湾領有以来茲に七星霜を経過し本島統治経営上の諸機関日に整備を告げ来り今や進んで樟脳専売の実施を見るに至り之が材料たる樟木の供給其他林野事務の機関として総督府に殖産課あり地方庁に於ては或は農商課或は拓殖課或は殖産課なる名称の下に之が事務を処理し各弁務署に第三課を置き蕃人蕃地事務を主として負担するの傍ら林野に関する事項を取扱い行くに止り尚未だ林野全般の事務を専門的に掌る特別機関の設けあらざるなり是れ我新領土経営に対する主要の一機関欠け居れるものにして之が為めに林野事務の不振林野主副産物処理上の損害、拓殖業途の障碍等実に枚挙に遑あらざるなり依て此際至急其特別機関制定のことを評決して斯道の基礎を確立し一定の方針を以て著々事務を挙げ行くの方法を講ぜずんばあるべからず本官平素深く此に慨する所あり寤寐之が方法を考究する多年なりと雖も偶々一説を案出すれば又之れに伴う故障の蟠まるあり思い転輾反覆して遂に匆々日月を空過し慎重事を慮るの余り遂に荏苒当務の要機を誤り痛く自ら懺悔に堪えざる所なり日常執務の傍ら審思復考の結果我が台湾に対する林野事務の適当機関は林野監督署の設立に若くはなきことを暁得し自ら僣越を憚らず敬んで表述に及ぶ所以なり伏て望むらくは鄙見の大要を洞察し此機速に裁決あらん事を  
明治三十四年三月 技師 田代安定 台湾総督男爵 児玉源太郎殿  
右は当時建議案の綱領にして本篇は即ち大意説明書と第一項と第二項に別ち実行予算書及び監督署創設位置の地点図のものにして尚お大要は即ち  
第一項 理由 (一)弁務署第三課即殖産事務 (二)同第二課即警察事務 (三)樟脳業合併統一の件 (四)森林保護取締の件 (五)林野産物処分即森林収入の件 (六)官行造林業の要旨即チーク、紫檀、マホガニー木等の造林及びキナ木、コカ木セイロン肉桂等薬剤樹木の栽培及び製造業等 (七)林野官民有区分整理の件 (八)林区署制度に準する蕃地管理の件 (九)林野の開墾移住に関する件  
第二項 組織 (一)林野の監督及処分 (二)林野の経営及利用即営林事務 (三)同検測事業 (四)同開墾移住の取扱 (五)生蕃人の統御化育に関する事項 (六)樟脳製造業に関する事項 (七)苗圃に関する事項 (八)林業試験に関する事項  
右本署の位置は台北、台中、台南、台東、宜蘭の五箇所にして此に十六支庁二十四派出所を置くの予定なりしなり  
今回は苧麻問題の為め思掛けなく生蕃論の岐道に深入せしと雖も苟も蕃地内に苧麻栽培たり其他の事業を興起して迅速に完功を期せんとするには矢張り今日向来と雖も或る期間内は前述の如く蕃人蕃地の統治特別機関なきを得ず但し今言明するの限りにあらず  

 

結論(1)  
専門家以外の普通人にして専門家の言明すべき農作物の一なる苧麻に関する奨励卑見を発表せしは吾等の分限上より見れば頗る放胆的言辞に過ぎ便ち僣越不遜の罪を免れ難しと雖も本篇の初めに叙述せし如く今日本邦に於ては百事用意周到にして殊に農林工業の如きは斯道専門家其研精の三昧に悟入し多士済々各技術専門の粋を凝らし殆んど一点の抜目なしと雖も聖人も猶過失ありと云うが如く如何なる故か此苧麻の事には公衆各自の観念が概して冷静恬淡過きて吾不関焉の態度あるは当に見逃すべからざる事実なり故に斯道専門家に対しては甚だ失礼、又技術家以外の産業当事者に対しては実に不敬なりと雖も所謂愚人千慮の一得亦なきにしもあらざるを以て是等諸名士、諸貴紳、諸当路者、諸営業者等に対し吾人薮医者的野人が手製の興奮剤一二服分を献呈し以て其精神過労の為め苧麻を見るの眼力□然微薄にして恰も酔眼朦朧たるが如き憾あるものを猛然省覚せしめんが為めなり  
凡そ此種の専門業に関する事は吾人同類の素人眼を以て千里眼的透視を遂げたる方が却って要領を得易くして肯綮に当ること多きが常なるを以て吾人は此種彫虫の細技には元々素人なるを以て故らに盲蛇に怖じず的の大決心を発揮して此厚顔不遜なる放胆的言論を大方の君子に向って臆気なく露骨的に吐露せるものなり  
篇初の言を再び繰返すに似たりと雖も元と本邦は熱、暖、温三帯の気候を具有し此の三帯の地方中何処にも適する苧麻の主産地即ち世界苧麻王の位置に立たんと欲せば諸外国人も挙げて其当籤権を譲り競うて月桂冠を捧呈すべき位置にありながら自棄晏如始終不競の態度に年光を空過するは今日の一大欠点にして吾人頗る不満足に堪えざる所なり是れを以て吾人局外に立つ者及ばずながら国家報効的精神を発揮して聊か一片の婆心を表叙し以て当路者諸君の耳目に刺激を与え感激心を惹起さしめんと欲するものなり即ち口に苦く耳に爽かならざるの詩人的諷刺は時と場合に由りては其人の為めに至忠至誠の天真侠義にして是れなくんばあるべからざる刷新思想発動機の導火線たるを離れざるものなり  
我が内地諸府県に於ける苧麻殖育の必要、該農事試験普洽の急務、該紡績工業の競起、朝鮮に於ける苧麻事業奨励の急務等は前諸章中に於て屡次反復既に詳述し置けり而して台湾に於ては以上諸地と一種趣を異にし古来苧麻生産国として世に有名の土地にして其だけ旧套習慣の深く浸染するものありて之が改良発達を図るには旧来の関係深く其根柢に附帯して在台内地人の観念も此旧套範囲に引附けられ易くして革新的興業は非常の果断的決心を発揮せざれば猶緑葉を喰むの昆虫は其自色緑に化するが如く凡て我が内地より突然玄海以南の荒波を凌ぎ航し□□□初て台湾の地を踏む者は所謂内地頭脳が天真爛漫として無垢其儘存在し耳目に触るるの百事百物感覚鋭敏にして諸弊の蟠亘や各殊の欠点を看破するの能力偉大にして衆物の表裏精粗燦然其脳裏に映現し吾心之全体大用無不明矣も亦限ある新渡台際の若干月間にあり而て著台後約半箇年間以上を経過すれば此鋭敏聡慧なる内地的の達観的頭脳は知らず識らず漸次消失して先住者たる先入主に同化されて曩初著台際の鋭利なる革新思想は遂に実行の時機を失し万事に就て感覚遅鈍となり加之渾て先入主の説に撼蕩されて初め利刀の如くなりしもの忽然豹変して湾式化し猶泥鰌の捕え難きが如く為り代り先入主連の大渦中に捲き込まれ終るに至るを常とす斯くては尚お向う幾星霜を経過するも遂に旧套洗新の時機なきに止み苧麻の如き新産物増殖業も其根柢より改進を加えざれば到底完功を期待し能わざるの恐れあり故に諸方面に亘りて台湾の部は反復縷述を重ね置く所以なり  
 
結論(2)  
内地及び朝鮮に於ける苧麻殖育の奨励卑見は篇初に述べ置きし通りにして内地の方は農業上の専門知識に富める諸士の輻湊せる本源地なるを以て農商務省之が奨励との主格者となれば猶先年の蚕茶業奨励の如く偉大なる功績を収め得べきは論を俟たざるを以て唯其必要の主点を一の参考案として注意を促し置けるものなり朝鮮は旧来多少苧麻の生産地なりと雖も同地は我領土としては尚創業時代にして其殖育上の基礎さえ整頓するに至らば著手上の効果は定めて著大なるべしと想意する所なり唯台湾に於ては前章の如き事情あるを以て此事情に鑑み尚多少の詞を補い置かざるを得ざるものあり即ち前述の如く台湾は古来苧麻の特産地にして其多年の習慣と実験を有する丈け其丈け事情の之に附帯し居るものあり即ち今是等の諸事を要に補述し置かん  
 
(一)土人式栽培及収穫量の観念  
台湾に在住する我が母国人は十中八九分通りは唯台湾土人が旧来土人式に栽培せる苧麻のみを一方向きに眇目視して其以外の観念を新たに惹起すの胸中閑日月を有する者寡くして却て土人本位にて苧麻全体のことに思い亘り居る者あり便ち其点に於て左に二三の類例を挙げ置かん  
例えば収穫の点に就て云う時は在台内地人は動もすれば何庁下の土人団にては一年中一甲千斤内外の収穫あり然るに一甲の地よりより以上多量に取るる筈なし、或は夫れより少量に取るるは疑問なりなど此土人の収穫量なるものを一厘一毛の掛直なし正札附物価の如く或は一の成文律の如く確信じ総て之を本位として苧麻思想を割出す者あり即ち湾化頭脳の結果に外ならずと雖も抑も此土人の苧園が如何なる状態に於て成立居ものかと云えば或は無肥料栽培者もあり或は其真正収穫量を隠蔽して実際収量を内地人等に明示せざる者もあり或は収支計算的頭脳を以て栽培に従事せずして其一甲若は何●の畑より果して何斤の収穫あるか茫然として計算し能わざる者もあり而して内地人殊に官吏より尋問さるれば知らずと答うること能わざるを以て大凡の当てズッポーを以て百、或は千と数字的文句を並べ立て以て其場々々の責塞ぎ当座逃れを為さざるを得ざることあり一度甲の者に一年何斤と答えたらば又乙の者に違った数字の答えを為すと譴叱を受くるの恐れあり且つ自己の信用上に不利益なるを知り居るが故何れの内地人も同一の標本的答辞を平素調成し置かざるを得ざることと為り此答辞を聞取りて甲者の筆記したるものが即ち其地の収穫率本位と成りて逐次他に拡まり行くものもあり又彼等土人間に於ても此筆法にて互に応答し居る者もあるべし而して我が内地人商人、事業家其他の人にして此土人収穫量の正当若くは準正当のものと確信し或は標準数量として自己成案の六韜若くは見込材料と為し他の内地人の見積れる一甲若くは一町歩の収穫量に却て疑惑を生じ何庁下の土人団は一年何斤取れるに比し斯く取れる筈なしなど総て土人本位以外他に心境を配り注がざる者あり、畢竟此種の土人収穫量数字の偏信を惹起す素起りは他と比較の材料と為るべき内地人の精細なる試験栽培若くは実験家の実地収穫量を表示して正当なる根基鞏固の純木材料乏しきが故なり  
(二)同価格の観念  
台湾に久しく在住し若くは先住者に就て苧麻価格の調査示教を受くる人々中には往々我内地の苧麻価格が百斤約幾何なるかを知らず台湾土人の苧麻取引価のみを眇視して是れを殆んど一定不抜の台湾苧麻価格の大本位と看作し之が将来並に内地及び外国関係のこと等も考慮するの観念なく一点張りに土人取引価を以て栽培上、販売上に於ける心算も凡て其を本位と為すの妄念容易に脱化せざるもの多し即ち在台一般の人に記憶さるる所の苧麻価格は百斤二十二三円台の大勢を多年間継続し来り又或時は二十五六円乃至二十七八円等と其高価を誇称するが如き風体もありしなり而して昨今に至りては百斤僅に十七八円乃至十五六円に暴落したりと落胆し斯く暴落しては苧麻栽培は到底前途の見込なしなど唯土人間取引のみを本位として苧麻問題を軽率に解釈し他を顧るに遑あらざる者少からず実に迂闊空見の甚しきものなり故に此種の謬見を一掃するに非ざれば到底苧麻栽培業の隆興を期し得べからざるなり  
 
結論(3)  
前に台湾苧麻取引価格のことを述べ掛け置きしが尚引続き其事を述了せん前述の如く母国を離れ来って台湾の事のみを偏視し居る者は動もすれば其観念迄も湾化して土人間本位を基礎として自己の心算を推定せる者亦少なからず即ち苧麻価格のことに就て云えば其百斤二十何円とか云うは本島人と厦門福州間の彼等仲間の取引価にして而も此価格は対岸より荷物を積み来れる戒克船等の帰航便に積荷なき時即ち船足塞ぎに苧麻を積み行くものにして厦門地方の販売景気良好なる時は破格の高価にて買占め行くことあり又不景気の時は安価にて買取り行くことあり土人仲間同志にては古来の習慣にして其れにて事足ることなるべし、然るに我が内地人が不見識にも貰い泣き的に是に感動されて苧麻の価格云々等を噪わぎ立つは実に歎息すべき貧弱観念と謂うべきなり、其れと云うも畢竟猶未だ苧麻に関する我内地の現状が不案内の人に限りて斯る誤念を惹起す訳合にして無理からざることなるが又人に由りては能く内地の苧麻状態を熟知して吾等と歎息を同うする者ありと雖も比較的却って台湾眇視的理想の人過半なるは寧ろ事実にして実に奇怪千万の現象なり  
更に話柄を一転すれば今日将来共在台者にして苧麻の事に思い及ぶ者は一定の思想方針を確立し台湾の苧麻は我が内地に移出して工業界の原料に充て一方には年々支那大陸に向けて巨額の金貨を仕払い数百万斤の苧麻繊維を上海方面より輸入し以て本邦工業の資に供しつつある国家的不経済を匡済するの精神を確定すると共に営利の点に於ては勉めて其価格を安直にして数量の多きを以て余羸あらしむることに専ら意を属し而して此移出用の繊維原料は自作園より之を取出すか若くは一種の期間栽培方法を設け旧来南支対岸方面と取引材料に充て来る所の一部分の苧麻原料は全く眠中に置かず其儘放置して我が取引上に用いる所の苧麻は我が手にて自出すべき確乎たる一見識を立て置かずんばあるべからず  
又更に進んで浦塩斯徳、香港、米国欧洲等の諸外国と直接取引法を立て猶台湾の烏龍茶、包種茶の如く砂糖の如く大々的著眼点を四方八方に配り勉めて貿易上の大舞台に向って活動発展するの方針を以て苧麻栽培を奨励し或は栽培に従事し或は其販路拡張に尽力し茶、砂糖と比行並進して此天賦の苧麻好生産地たるの素質を具備し居る所の台湾島より此一大産物を徹頭徹尾搬出し得る様斯道に関係ある在台朝野の諸人は全力を注ぎ然ることと吾輩は信認期待する所なり 以上の目的を伸暢するには台湾現時の行政区域内と旧来の生蕃地とを併せて此生産地に使用せさるを得ず其使用程度は前章中に再四反復縷述し置けるを以て今更ら敢て再述するの必要なかるべしと想惟する所なり、然れども是等の了解力に鈍き人は若し余り苧麻に景気が附き過ぎ更に此殖育を奨励して栽苧者が増加するに至らば本島唯一の財源たる甘蔗採取区域に影響を及ぼすなき乎即ち糖業の隆進に故障を来すなき乎等の狐疑心を惹起し世に杞憂なる熟字の元起なる支那の昔物語りにて有名なる伽話に所謂杞国人の中に蒼天が頭の上より落来りて下界の人類は皆圧殺さるるなき耶と噪立たると同筆法の取越苦労と同一事たるに過ぎずして蔗園適地は固より避けてすべきものとして且つ苧麻は元と甘蔗と植物の性質を異にし蔗作に枢要なる平広畑地よりは寧ろ丘陵、谿間、山腹、樹林、高台野等地勢を異にせる場所に於て適地を得られ易きものにして蔗茎採集区域附近には苧園を設けしめざる様自ら方法を立てざるべからず其代り丘腹若くは山畑樹林開墾地等には充分苧園を拡充し得らるる限り此種の他作物の使用地に余り甚だしく差支えの恐れなき部分を苧園に充ることと為さば台湾現在の農作物上には敢て著しき故障は生ぜさるべきなり、苧麻と云い「アロウルート 」と云い「キャッサバ」等の如き澱粉植物と云い凡て此様に甘蔗、米作其他の在来諸農作の用地に故障なき土地を利用せば即ち可なり又苧麻栽培に関しては平素我が母国の事を始終心に掛けて内地の苧麻繊維需要の状況及び価格等を絶ず査察講究して考業の基礎と為すことに何人も属意せずんばあるべからず  
 
結論(4)  
植物繊維中織布原料として需要の最も著大なるものは即ち草綿、大麻、亜麻、黄麻、苧麻にして我が日本に於ても此需要頗る多し、而して今後本邦工業界の植物性繊維として一大革新機を惹起すべき素質を有するものは即ち苧麻繊維なり、苧麻は数年前までは唯支那麻等の名義の下に他の麻類中の一附属品の如く世人に軽視され殆んど問題外の一麻糸の如く没却され来りしものなりと雖も近今に於てはラミーなる新代名詞の下に一般貿易界工業界に歓迎され来り殊に欧洲開戦後は頓にラミー繊維製品の需要を増大し開戦諸国よりの註文品多大にして旧来苧麻の栽培奨励即ち其殖育業に比較的冷淡なりし所の本邦人に於ては之が原料の蒐集に刻苦焦心し其道の当業者は人知れず取越苦労と実際苦労に思慮を悩ましつつある所なり  
苧麻は原来我が帝国の先天的専売特許国中の世界第一等国たるの資格を享有しながら此天賦の宝産物質を利用開発する智能と新意匠を欠き明治維新以来徒らに多星霜を空過したる感に堪えずと雖も既往の過失は今や咎むるも由なし即ち既往の酔眼朦朧然たりし過失を警醒し悍然蹶起して之が挽回振興策に官民挙て満腔の熱血を注ぎ努力発展せずんばあるべからず 台湾は地域狭少と雖も其面積猶我が九州一島に匹敵す而して内地の山野よりは猶苧麻栽培等に充て得べき適地を有し加うるに気候土壌の恰も先天的に苧麻適地たる原質を享有するものあり豈に奮然省顧せざるなきを得んや  
元来我が内地各府県は苧麻繊維の需要頻繁にして即ち各所に同原料の使用工場興起すべきものあるに対し各府県に於ては大に該植物の栽培奨励に全力を注ぎ可然時機に達し来ると共に又一方朝鮮、台湾等に於ては母国に対する該繊維原料の供給用主産地たるべき一策源地たらしむべき在台内地人の義務負担適地と審判し尚お進んで之が経営の方法を討究するは今日の一急務なり  
在台諸員は我が母国本州諸府県工業界に於て今日苧麻繊維の需要が如何に増大し居るか如何に緊迫し居るや否の思慮を如何に有しつつあるや将た如何に此問題を解釈しつつあるや吾人杞国者の一大疑問と為す所なり諸君の南洋熱と本島此類の殖産業の刷新必要熱と何れが其程度は熱烈旺盛なるや是れ今日の一問題なり、台湾南支等に在留して其周囲の南洋研究は或る実行者の為めには欠くべからざる急要の横わり居るものあるべしと雖も事の緩急順序上より云えば既に我が領土と為りて以来茲に二十余年間の長歳月を重ね送る所の台湾内政の整理即ち島内興業殖産上の基礎整備発展に全力を傾注し集約的に我が財源補充の経済的研究を主眼とすること今日吾人相互に当務の急なるべし  
独り苧麻に止らず尚お他の繊維原料に於ても異種同功を収め得べきもの多種類あり其等は亦自ら各品に就て猶苧麻に於けるが如く殖産奨励の必要あるは固より論を俟たざるなり、而して他の繊維植物のことを述ぶれば又苧麻に於けるが如く事項複雑多端にして談容易にあらざるを以て是等は更に他日を期することと為さん  
 
結論(5)  
近年我が日本工業界の発展と共に動植物繊維の需要著しき増加を来し植物繊維にては前述の如く外国産草綿の輸入其極度に達し二億円以上の金額に上り此輸入綿を以て原料と為せる加工品の再輸出額亦比較的多大なりと雖も其原料は気象、土性此他農業上の関係上本邦内には適地少くして到底輸入を防遏する丈けの殖育目途を成達することは頗る困難と為す所なり、但だ朝鮮に於て草綿栽培の成績比較的良好にてて同殖産当局者の奨励方針も確定し栽培面積拡張の成案も農務専門家に於て夫れ夫れ指定されたるが如く察せらるるを以て遠き或は近き将来に於て朝鮮総督府管内は本邦棉花の主産地に化成し吾輩今日の推測予想以上該品輸入防遏の大部分が朝鮮新領土に於て開発さるるや図り難しと雖も其他の我が現在の国籍内に於ては先ず此目的の成達は殆んど絶望と仮定するの外なきなり草綿のことは今回の問題外に似たりと雖も事実に於ては苧麻と極めて密接の関係ある繊維原料にして常に相対照比較して之が事業経営を画定し行かざるを得ざることと想意する所なり、草綿は前述の如く本邦にては先ず朝鮮に望みを属すべきものにして此外には支那大陸、安南及び南洋諸島の中に就て然るべき適地を発見し永代借地的拓殖業に附帯して其殖育目途を伸暢するの余裕は猶綽々たるものありと雖も是は吾輩一片の理想に過ぎずして未定の事也  
苧麻に於ては右草棉と大に趣を異にし本篇中にも再四縷述せし如く我が内地各府県は勿論朝鮮に於ては又草綿と共に相並で其地域、気象、土性の許す限りの範囲内に於ては相応に著大の特産地たらしむることを得べき同地の習慣と素質を天然的に享有するものあり而して朝鮮以外更に苧麻に於ては将来の主産物たらしめ得べき台湾島あり此台湾と苧麻との関係は猶比律賓群島の「アバカ 」に於けるが如く我が現在の国籍内にては第一等の主眼適地に居るが故今後の苧麻栽培に於ては専ら台湾に重きを置くべき必要を認め来る所にして本篇の過半部は台湾記事を以て塞填せし所以なり  
植物繊維にて今日本邦に需要の著大なるものは草綿と苧麻にして此外にマニラヘンプ即ち「アバカ」なる需要の尨大無限なるものあり、但し「アバカ」は其の用途異りて専ら船艦、諸機械工場等に於ける綱索原料にして其他紐条、漁具用等に用うるも織布料としては本邦にては猶未だ用途少く綱索料としては殆んど無際限にして本邦にて余りある時は外国輸出用に猶当て得べきなり故に以上三品は植物繊維中の三大需要品と謂うべきものなり  
マニラヘンプの需要額は猶草綿及び棉花に於けるが如く将来興業殖産業の発展に伴い其消費量膨大し来るべきは最も見易き理由にして自ら然らざるを得ざる趨勢の潜在すること明かなり故にマニラヘンプの移植殖育業の奨励も亦苧麻と殆んど甲乙なき所以なりと雖も此植物は苧麻の如く本邦随処に繁殖し得られざる一種の純熱帯植物にして今日の所にては沖縄県、台湾及びカロリン諸島ならざれば其適地を得難く而して其生産額は或る程度を超過し能わざる気象上の関係あり故に此「アバカ 」の生産物を本邦人の手に直接収めんとするには区々たる右諸島に移植繁殖のみを以て到底満足する需要供給の目的を完成し能わざることは蓋し識者の夙に暁知する所ならん、便ち其最も安全なる一便法としては比律賓群島等の如き其殖育業に猶充分なる余地を留め且気象、土性上の関係上右海外原産地に於て本邦人の手にて之が大栽培区を創開し以て我が領土内に於て栽培せるものと同一の心持を以て此生産額増加の途を攻究せば前途頗る有望の曙光を認め得るに至るべし  
又マニラヘンプに次で需要範囲の増大し来りて本邦人の手にて栽培するに適当の繊維植物は即ちサイドル、マーケー、タンピコ繊維等なるべし、就中タンピコ繊維は刷毛用としての貴重原料の一にして将来台湾、沖縄等に於ても之が移植繁殖を奨励すべき新植物中の一なるべし、而して苧麻に於ては我が邦人一般に其栽培法に古来暁通し来る所の固有植物なるを以て之が奨励は新種の他植物よりは遥かに実行上に便宜なる所以なり故に苧麻は本邦何れの地方にても朝野挙て之が殖育に協力奮励せずんばあるべからず  
 
結論(6)  
本邦は民度の発展及び工業の隆興と共に動植物性繊維の需要漸を逐うて膨大し来り其発展の初期は草綿の輸入増加著しく人目を惹き外国糖の輸入と共に世の有志者、実業家其他国家経済上に直接の関係を有し若くは是等の事に思念を傾くるの人は何れも感奮憂慮惜く能わざるものの如くして之が改善策の講究に腐心し一時は日本輸入品中の大関我が国貨吸収の大魔物の如く諸志士をして多年間憂憤せしめ来りし外国糖の輸入は偶然台湾の領有に伴うて最初の理想意外に輸入防止の企望を成達し得らるるの機運に立至りたるも特り動植物繊維に於ては依然として具体的の好成案立兼就中草綿の輸入は其嘗て膨脹し初めたるまま遂に緊縮の術に手の下し様なくして急転直下的に進行し恰も一度口を開きたる信玄嚢の括り糸を見失うたるが如く之が拘束に苦心しつつ匆々日子を送り行きつつあるに等しき状況を呈し居たるもの朝鮮の合併に伴い幾分之が善後策の曙光を認め来る所なり、而して苧麻とマニラヘンプに於ては年々歳々其輸入額増加し来るの徴候は既に遠き数年前に萌生せるものありと雖も此現象中に生息する所の諸人は猶茫然其真相を悟らず此状態を漫然雲煙過眼視するの感なき能わざるものあり  
前述の如く本邦に於ては動植物繊維は其原料の供給を全部外国産輸入品に甘んじて仰ぎ奮然蹶起して本邦生産品を以て之に代え充んとするの大決心は朝野共に●然として猶五里霧中に彷徨しつつあるの観なき能わざるなり、即ち動物性繊維に於ては羊毛の輸入なり植物性繊維に於てはマニラヘンプは熱帯植物にてもあり比律賓特産の外国植物にてもあり猶其無気力無定見は恕すべしとしても苧麻の如きに至ては既に往古以来日本の固有植物に化成し居るを知悉するにも拘わらず茫然之が増殖案の基礎を制定することを敢てせず徒らに支那大陸に其需要の供給を仰ぎ偸安姑息的に長年月を消過しつつあるは真に慨然長大息の至りに堪えざるべけんや  
織布原料として苧麻、草綿、大麻、黄麻等と略ぼ等しき経済関係を有する所の動物性繊維のことに関して茲に吾輩平素の感想を告述し置くこと亦無用にあらざるべし仍て此件に就き左に蛇足を添え置かん  
近年我が日本工業界の発展と共に動物性繊維中にては羅紗、モスリン、絨毯フランネル其他毛織用羊毛の輸入近来多大の増加を来し此原料購入の為め外国原産地に向って我が国貨の濫出実に莫大にして之が根本的善後策を講ずるにあらずんば知らず識らずの間に緬羊毛の輸入額は目下我統計年鑑、大蔵省貿易表を一閲する毎に心ある者をして驚胆警心せしむる所の草綿輸入額に等しき増加を来すに至るは猶火を睹るよりも明かなり近時頻りに舶来品の使用を制禁し我国産奨励上に主力を注ぐべき方針を詩sしつつあるは時勢相当の適策なりと雖も●し其一方には国家経済原理の討究に審密なる思想を欠く時は全く舶来品を仰ぐの必要なき程度に達する最優等粋美の羅紗洋服地、セルフランネル其他の絨布類我内国に於て製出され毎回の博覧会、共進会等に於て金牌、名誉賞牌を受くるに至ると雖も其原料たる羊毛の供給を逐一外国原産地に仰ぎ勝ちなる時は恰も底無し柄杓にて舟艇内のアカ水を汲み出すと同様何時までも潮水の浸入を防ぐ能わざるが如く畢竟辻褄の合わぬ勘定沙汰下手の横好き道楽に等しき不経済事業と為る即ち狙公が朝四暮三の陋計を繰返し行くに彷彿たる国家経済の大原理に戻乖し所謂産業奨励上の真精神と自家撞著を来すものに外ならざるなり、而も其羊毛の純良品を得ること意の如くなる能わずして高価なる原料を以て毛織工業を営み行く時は甚だ不経済にして植物繊維の如く安価に之を得る能わざるを以て甚だ不経済なるのみならず其製品尚お欧洲本場のものの如く純粋純美のものを得難きの短点を免れざるが如し、織物の技術は熟練と羊毛の純良なるものを以てすれば漸次に優良品を出し得るの曙光を認め来る時期には早晩達すべしと雖も其原料たる羊毛を始終外国輸入品にのみ仰ぎ行く時は到底外国羅紗輸入防止の目的を完達するの時機に至ること殆んど不可能なるや図り難し、故に吾輩は植物性繊維以上寧ろ動物性繊維就中羊毛の原料たる緬羊放飼業奨励方針の確立に重きを置く所なり而して此牧羊業は専ら満蒙、北支、朝鮮、北海道に其伸暢区域を拡めざるを得ず尚お此事に就ては更に他日を期して評論せんと欲するの腹案を有するものにして苧麻、草綿等の植物性繊維と比較論究すべきものあるを以て今茲に其梗概を叙述し置ものなり(完)   神戸大学附属図書館