死んで花実が咲くものか

 
 
死んで花実が咲くものか  
生きていればこそ良いこともあるだろうが、死んでは再び良いことに巡り会うことも出来ない。 死んだらお終いだ。 
○ 生きていてこそいい時もあるので、死んでしまえば、万事おしまいである。死んで花実が生(な)るものか。
○ 死んだら再びよい目にも会えない。死んでしまったらおしまいだ。
○ 死んで花実が咲くものかとは、どんな状況にあっても、生きていればこそいつかよいこともめぐってくるものだが、死んでしまえばよいことも起こらない。どんなことがあっても生きていなければならないということ。
枯れて死んだ木に花が咲いたり、実がならないことの意味から。死を望む者に対して、むだに命を捨てるものじゃないと言い聞かせる言葉。「花実が咲く」とは、事がうまく運んで良い結果が出るという意味。「死んで花実は咲かぬ」「死んで花実がなるものか」ともいう。
[類義] 命あっての事/命あっての物種/命に過ぎたる宝なし/死ぬ者貧乏/死ねば死に損、生くれば生き得/死んだ者の因果/死んでは一文にもならぬ/死んで骨は光るまい/人の命は万宝の第一
[対義] 一番楽は棺の中/命は鴻毛より軽し/命より名を惜しむ/死ぬほど楽はない
[由来] 江戸時代の浄瑠璃に頻出することばです。もともと「花実」は、そのまま「花と実」という意味で『日本書紀』にも載っています。それが江戸時代に入ってから「名誉と利益、栄華」という意味に用いられるようになり、浄瑠璃では、さかんに「花実を咲かせよう(出世しよう)」とか、「このままでは花実も咲かぬ(うだつが上がらない)」とか「死んで花実が咲くものか(死んではなんにもならない)」と言うようになりました。誰かが言い出したというより、民間で自然発生した、ことわざ、慣用句です。
○ 死んで花実が咲くものかの「花実(はなみ)」は、植物の花と実という意味で、「花実が咲く」は、よい結果を得ること、成功することの例え。そこから「死んで花実が咲くものか」とは、死にたいという人に対して「生きていればなにかいい目にも会える、死んでしまったらこれまでの努力がムダになり、よい目にも会えない」と(いくぶん無責任ではあるものの)生きる希望を与えて死を思いとどまらせようとする感動的なことわざである。「はなみ」は、日本人の一大イベントである「花見」と音が同じなので、「死んで花実が咲くものか」を、「死んだら花見ができない」と勘違いしている人もいるが、ビルの屋上から飛び降りようとしている人に対して、「来年の花見ができなくなるから、よせ」などと思いとどまらせようとするのも、なかなか悪くない説得方法ではある。(CAS)
○ 死んだ木の花が咲いたり、実がなったりすることはない意から。死んでしまっては、どんな場合にも幸せに会えないから、命を捨ててはつまらない。死んでしまったらすべておしまいで、どんなことがあろうと生きていなければいけないということ。類語として、死んで花実がなるものか。死んで骨は光るまい。死ぬ者貧乏、死ねば死に損生くれば生き得。
○ 生きていればこそ幸せにもなれようが、死んでしまってはすべて終わりではないか。何があろうと生きていなければならないということ。
「死」から始まる言葉死骸(シガイ) / 死灰復然(シカイフクネン) / 死角(シカク) / 死活(シカツ) / 死期 / 死去 / 死刑 / 死語 / 死後硬直 / 死屍(シシ) / 死屍に鞭打つ(シシにむちうつ) / 死屍累累(シシルイルイ) / 死児(シジ) / 死守 / 死所・死処(シショ) / 死傷(シショウ) / 死生(シセイ) / 死生命あり(シセイメイあり) / 死せる孔明、生ける仲達を走らす(シせるコウメイいけるチュウタツをはしらす) / 死線 / 死相 / 死蔵 / 死体 / 死地 / 死中に活を求める / 死出(シで) / 死闘 / 死口(しにくち) / 死装束 / 死に体 / 死に花 / 死に花を咲かす / 死に水 / 死に物狂い / 死人 / 死人に口なし / 死ぬ / 死んだ子の年を数える / 死んで花実が咲くものか / 死馬の骨を買う(シバのほねをかう) / 死物(シブツ) / 死文(シブン) / 死別 / 死没(シボツ) / 死歿(シボツ) / 死命 / 死命を制す / 死滅 / 死霊(シリョウ) / 死力
死んでの長者より生きての貧乏  
死んだ後で金持ちになるよりは、貧乏でも生きている方が幸せだ。 
死んでも命がありますように  
どうあっても生き延びたい。死地にあって、生への執着が非常に強い者の願い。 
死んでも死に切れない  
心残りがあって、このままでは死ぬことができない。 
死に花 
死にぎわの名誉。人にたたえられるような立派な死にざま。 
死に花が咲く 立派な死に方をして死後に名が残る。
 
ねんねねんねと (子守歌) 
ねんねねんねと 寝る子はかわいい 
起きてなく子は つら憎い 
うちのこの子は 今寝るとこじゃ 
だれもやかまし 言うてくれな 
だれもやかまし 言わせんけれど 
守(も)りがやかまし 言うて起こす 
七つ八つから 奉公(ほうこう)に出して 
親の権利(けんり)が どこにあろ 
死んでしまいたや この世の中は 
死んで花実が 咲くものか 
死んで花実が 咲くものならば 
八百屋お七は なぜ咲かぬ
  
坂田山心中 (相州神輿甚句) 
せぇ〜大磯〜名代〜は 
春は花咲く 坂田山 
秋は紅葉の その中で 
聞いてくだされ 皆様よ 
吾郎さんと八重子さんの 物語 
東京静岡 その中は 
如何にも遠い 仲なれど 
汽車の線路じゃ あるまいし 
恋と言う字は 墨で書く 
例え両親が 許さぬも 
二人の心が 清ければ 
神や仏が 許すもの 
死んで〜花実がェ〜咲くものか
よいそらよいそら (南那珂郡北郷町) 
よいそらよいそら よいそらよ どうしたお前は 泣く子かえ 
隣のおばさん お茶たもれ おばさんこの茶は 新茶か古(と)茶か 
やらんがらかよ お茶がらか おばさん死にゃっときゃ 七月死にゃれ 
ほたら灯あかす せみゃ経読む よいそらよいそら よいそらよいよ 
なんぼそなたが 泣いたとて そなたの母さん この地にゃおらん 
あの山越えて 海ゅ超えて 二度と帰らぬ おかあさん 
よいそらよいそら よいそらよ 早くねんねせにゃ 俺が噛むど 
よいそらよいそら よいそらよ 親も親かや このよなとこにゃ 
使いも便りも ないとこにゃ どういう生まれか この年までも 
ひとりまる寝を せにゃならぬ わしが友達ゃ 家持ち子持ち 
わたしゃ 流れ船 とこへつく よいそらよいそら よいそらよ 
よいそらよいそら よいそらよ なんでお前は そんなに泣くか 
そんない泣いたら 守りゃせんど いやど馬鹿らし 死んだ方がましじゃ 
死ねばお寺の 土となる わしが死んだときゃ 往還(おかん)端埋(ばたい)きゃれ 
通る人ごち 立ちたもれ よいそらよいそら よいそらよ 
よいそらよいそら よいそらよ 死んでくれるな 十二や三で 
墓に線香も 立てらりょか 死んで花実が 咲きゃせんど 
死んで花実が 咲くものなれば お寺処刑場は 花だらけ 
お山のせみが 鳴くばかり よいそらよいそら よいそらよ 
よいそらよいそら よいそらよ どうしたあんたは じょきな子か 
親はおらぬか 子は泣き死ぬる 親はおれども 極楽へ 
二度と母さん 帰らない 親のおらん子は どこでもわかる 
たもとくわえて 門に立つ よいそらよいそら よいそらよ  
 
花盛り 
死んで花実が咲くものならば 
お寺のお庭は花盛り  
お寺のお墓も花盛り  
  
遊郭 
振られつつひとり寝る夜の明くる間は いかに久しき島原の門 
夕されば門立ちをいさ三筋町 内の妹(いも)には秋風ぞ吹く 
そしてまたお前いつ来なさるの 尻暁ばかり憂きものはなし
 
仰ぐ照る日はまばゆいけれど 月の女神はやんわりと 
抱いてはぐくむ日月潭(じつげつたん) 月に風情の独木舟 
しこの女神が恋乗せりや それを噺して杵の音 
爰にも恋は阿里の山 三千年の昔から 
変らぬみさほかへぬ色 匂ふ桧の香に高い 
恋ならなくに呉鳳さへ 命を捨てて荒しこの 
首の欲しさを休めさせた それをどうしてこなさんは 
死んでくれいと云はしやんす 命惜しいぢやないけれど 
死んで花実が咲くものか 年にお米が二度取れて 
ままになるではないかいな 杣の小唄をアレ聞かしやんせ  
  
吉原 
吉原は紅葉踏み分け行く所 (途中の正灯寺は紅葉の名所) 
もてぬやつつれなく見えし別れなり 
もてぬ夜はなほ恨めしき朝ぼらけ 
いかに久しきものと知る上草履 (上草履を鳴らして来る遊女を待つ客) 
揚げ干しは傾くまでの月を見る (揚げ干しは遊女と約束した客が来ないこと)
  
(遊女)人目があるから人並みに笑ひ顔もしてゐんすが、お前さんのことを思ひ出しんすと、いっそ死にたくなりいす。  
○ 心にもあらで憂き世に永らへば恋しかるべき夜半の月かな  
 あらざらむこの世の外の思ひ出でに  
(客)今ひとたびの勘当の詫びも済み、この二階へも晴れて来て、会はるるやうになりたいものぢゃ。  
(遊女)ホンニ毎晩会はれんした時は、たくさんさうに(粗末に)思ひしたが、日ごろはこのやうなはかないことさへ、たいていの心遣ひぢゃおざんせん。  
(客)さうさなう。  
○ 憂しと見し世ぞ今は恋しき 君がため惜しからざりし命さへ  
(遊女)思ひ直して、たまさかにお目にかかりいすを楽しみに永らへてをりんす。  
(客)ハテ、死んで花実が、  
(遊女)咲きもしんすめえ。  
(客)命あっての物種サ。  
○ 長くもがなと思ひけるかな  
(遊女)とは思ひすが、まだまるで(遊女としての拘束期限が)八年といふ年(ねん)なれば。  
○ いかに久しきものとかは知る  
(遊女)もしそれまでに、ひょっとマア。  
○ 忘らるる身をば思はず誓ひてし  
(遊女)それを思ふと、しんに悲しくなりんす。  
(客)ハテ、たとへこの上どのやうに。  
○ 身をつくしても会はむとぞ思ふ  
(遊女)そりゃほんでおざんすかえ。  
(客)これさ、声が。  
○ 高師の浜のあだ波は掛けじや袖の濡れもこそすれ
 
女郎 
女郎の夜着の内 けふ九重に匂ひぬるかな 
年明きの近い女郎 いかに久しきものとかはしる 
はやる女郎 人こそ知らね乾く間もなし 
心中したる女郎 名こそ流れてなほ聞こえけれ 
心中をいやがる女郎 人の命の惜しくもあるかな 
工面のできぬ女郎 ものや思ふと人の問ふまで 
売られて来る女郎 憂しと見し世ぞ今は恋しき
  
親のために勤めする女郎 憂きに堪へぬは涙なりけり 
お茶挽き女郎 ながながし夜を一人かも寝ん 
振られし客 傾くまでの月を見しかな 
旅へ立つ客 今ひとたびの会ふこともがな 
早く帰らねばならぬ客 暁ばかり憂きものはなし 
夜道を恐がる客 有明の月を待ち出でつるかな 
勤めの身は 知るも知らぬも逢坂の関 
おもしろく会ふ夜 なほ恨めしき朝ぼらけかな
 
怨歌 / 王昭君  
王昭君は烏孫公主同様、漢の政略結婚によって匈奴の王に嫁がされた薄幸の女性である。運命の過酷さから、中国人の間ではもとより、日本人にとっても同情の対象となってきた。古来能をはじめさまざまな分野でとりあげられてきたことからも、その同情の深さが察せられる。  
王昭君は烏孫公主より一世代後、元帝の時代に生きた。父によって皇帝の後宮に捧げだされたが、その寵愛を得ることはなかった。  
漢が匈奴との親睦のために、女性を妃として差し出すことになったとき、後宮から誰を送るのが相応しいか選考が行われた。この際、皇室は一番醜い女を選ぶつもりだといううわさが流れた。匈奴に行かされることを恐れた後宮の女性たちはみな、絵師に賄賂を送って自分を美しく描いてもらったが、王昭君のみは家貧しくして賄賂を贈ることができなかったため、醜く描かれてしまった。  
いざ、昭君が匈奴に向かって送り出されようというとき、元帝は昭君をはじめてみてその美しさに感嘆し、深く悔いたといわれる。だがもとより後の祭で、昭君は泣く泣く匈奴に嫁いだのである。  
これが王昭君にまつわる伝説の前半である。  
後半では、老いた匈奴の単于が死に、王昭君は匈奴の風習に従って息子の嫁にさせられる。烏孫公主も同様の目にあってはいたが、何せ漢の風習からすれば人倫に違うこと甚だしいことである。王昭君は深い嘆きとともに恥の感情にもさいなまれたのであった。  
そんな王昭君の恥と怨みの情を述べた詩が残されている。「昭君怨歌」と題されるものである。  
昭君怨歌  
  秋木萋萋  秋木 萋萋として  
  其葉萎黄  其の葉萎黄す  
  有鳥處山  鳥あり 山におり  
  集于苞桑  苞桑に集ふ  
  養育毛秩@ 毛窒養育して  
  形容生光  形容 光を生ず  
  既得升雲  既に雲に升るを得て  
  上遊曲房  上のかた曲房に遊ぶ  
秋の間葉が茂っていた木も、すっかり色あせて落ちようとしています、山にいる鳥は桑の根本に巣をつくり、羽を養いながら成長して立派な鳥に育ちます、わたくしもそのようにして成長し、雲の上に舞い上がり、天子様の宮殿に仕える身とはなったのでした、(萋萋:草木の茂るさま、曲房:曲線を描いて作られた宮殿)  
  離宮絶曠  離宮 絶だ曠くして  
  身體摧藏  身體 摧藏し  
  志念抑沈  志念 抑沈して  
  不得頡頏  頡頏するを得ず  
  雖得委食  委食を得ると雖も  
  心有徊徨  心に徊徨するあり  
  我獨伊何  我獨り伊れ何ぞ  
  來往變常  來往 常を變ず  
でも離宮は広すぎて、私は天子様の目にはとまりません、身も思いもふさぎ込んで、自由に飛び回ることができず、養ってはいただきましたが、心はゆれるばかりでした、そんな折にどうしたことでしょう、新たな生き方を選んで匈奴に嫁ぐことを決心してしまったのでした、(頡頏:頡は上にまい飛ぶこと、頏は飛び下ること、)  
  翩翩之燕  翩翩たる燕  
  遠集西羌  遠く西羌に集ふ  
  高山峨峨  高山 峨峨たり  
  河水泱泱  河水 泱泱たり  
  父兮母兮  父や 母や  
  道里悠長  道里 悠長たり  
  嗚呼哀哉  嗚呼 哀しいかな  
  憂心惻傷  憂心 惻傷す  
翩翩たる燕のように、わたしはこうして西の方羌の地にやってきました、故郷との間には高山が聳えはだかり、河水が横たわっています、お父様、お母様、道の隔たることがあまりに遠いので、私は悲しみのあまりに、胸の破れる思いがいたします。  
なお、能は「昭君」と題して、今でも各流派において時折演ぜられている。もともと金春流の古い能であったものを、世阿弥が前後二段の複式夢幻能に仕立て直したとされる。昭君が嫁ぐときに実家の庭に植えておいた木が枯れるのを見て、両親は娘の死を予感する。そして嘆き悲しむ両親のもとに昭君の亡霊が現れて慰めるという設定になっている。能の作者はおそらく、この詩から直接のインスピレーションを得て、そのような筋書きを立てたのだとも思われるのである。  
 
 
花になくうぐひす水にすむかはづのこゑをきけば  
 いきとしいけるものいづれかうたをよまざりける 紀貫之 
人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香に匂ひける 紀貫之 
こえぬ間は 吉野の山のさくら花 人ずてにのみ ききわたるかな 紀貫之 
 
色見えでうつろうものは世の中の 人の心の花ぞありける 古今和歌集 
難波津に咲くやこの花冬ごもり 今は春べと咲くやこの花 古今和歌集 
沙羅双樹之花之色、盛者必衰之理を顕す 平家物語 
花は盛りに月は隈なきをのみ見るものかは 徒然草 
吉野山陵ちかくなりぬらん ちりゆく花もうちしめりたる 昭憲皇太后 
花は桜木人は武士 柱は檜魚は鯛 小袖はもみぢ花はみよしの 仮名手本忠臣蔵  
女郎花咲きたる野辺を行きめぐり 君を思い出徘徊(たもとほ)り来ぬ 大伴池主 
高円の野辺の容花おもかげに 見えつつ妹は忘れかねつも 大伴家持 
こち吹かば想いおこせよ梅の花 主なしとて春なわすれそ 菅原道真 
永らへばまたこの頃やしのばれむ 憂(う)しと見し世ぞ今は恋しき 藤原清輔 新古今集 
君がため惜しからざりし命さへ ながくもがなと思ひけるかな 藤原義孝 後拾遺集 
 
たぐひなき花のすがたを女郎花 池の鏡にうつしてぞ見る 西行 
春風の花を散らすと見る夢は さめても胸のさわぐなりけり 西行 
よしの山こぞのしをりの道かへて まだ見ぬかたの花をたづねん 西行 
願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月の頃 西行 
吉野山こずえの花を見し日より 心は身にもそはずなりにき 西行 
吉野山雲と見えつる花なれば 散るも雪にはまがふなりけり 西行 
浮世には留め置おかじと春風の 散らすは花を惜しむなりけり 西行 
仏には桜の花をたてまつれ わが後の世を人とぶらはば 西行 
 
見渡せば花ももみぢもなかりけり 浦のとまやの秋の夕暮 藤原定家 
花の色はうつりにけりないたづらに わが身よにふるながめせしまに 小野小町 
心當てに折らばや折らむ初霜の おきまどはせる白菊の花 凡河内躬恒 
久方の光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ 紀友則 
みよしのの山辺に咲けるさくら花 雪かとのぞみあやまたれける 紀友則 
いにしへの奈良の都の八重櫻 けふ九重に匂ひぬるかな 伊勢大輔 
もろともにあはれと思へ山櫻 花よりほかに知る人もなし 前大僧正行尊 
花さそふ嵐の庭の雪ならで ふりゆくものはわが身なりけり 入道前太政大臣 
花にねてよしのや吉野の吉水の 枕の下に石走る音 後醍醐天皇 
吉野山梢の花の色々に おどろかれぬる雪のあけぼの 秀吉 
咲く花をちらさじと思うみ吉野は 心あるべき春の山嵐 徳川家康 
花咲くと心にかけず吉野山 またこむ春を 思いやるにも 前田利家 
夏の日はなつかしきかなこころよく 梔子の花汗もちてちる 北原白秋 
 
まだ咲かぬ 花のあかりや 蔵王堂 芭蕉 
古寺に 誰が植え捨てし 花一本 芭蕉 
花ざかり 山は日比の 朝ぼらけ 芭蕉 
日に花に 暮れて淋しや 明日檜 芭蕉 
妹が垣根 三味線草の 花咲きぬ 蕪村 
花いばら 故郷の路に 似たるかな 蕪村 
夕風や 白薔薇の花 みな動く 子規 
孤独地蔵 花ちりぬるを 手に受けず 川上三太郎 
よき友は 心の花の 添え木かな 高田好胤 
そのくせに 花はくれない 人は武士 古川柳 
人の行く 裏に道あり 花の山 (株式投資格言)  
 
死のユーモア
大山詣り
江戸の衆、18人が大山詣りに行った。「道中で酒を飲んで暴れたりした者は坊主にしてしまう」という約束が決められた。約束どおり山の方は大変おとなしくすみましたが、帰りの神奈川宿で熊公が酔っぱらって大暴れ。そこで熊公が2階でいびきをかいて寝ている間に、皆して坊主にしてしまった。翌朝、一行はまだ眠っている熊を置いて出発した。目をさました熊は気がつくと自分が丸坊主になっている。驚いた彼は、他の者たちよりも先に籠に乗って江戸に帰り着いた。そして一同のおかみさんを集めて言った。「われわれ一行は帰りに船に乗ったが、ひっくり帰り、全員溺れて死んだ。自分だけ助かったので、皆の菩堤を弔うために坊主になった」と自分の坊主頭を皆に見せた。おかみさんたちは大いに鷲き悲しんで、同じ様に全員が坊主になった。そこに一行が帰ってきて、皆怒り出す。すると一人の老人が、「こんなめでたいことはない」といった。「なにがめでてえんだ」「お山は晴天で、うちに帰えりやみんな、お毛が(怪我)なくておめでたい」
ラクダ
「ラクダ」というあだなの男の所に、兄弟分が訪ねてくると、ラクダは、昨夜食べたふぐにあたって死んでいた。そこへ質屋が通りかかったので、彼は弔いの費用を作るために、屑屋を呼んで家にあるものを買えという。屑屋は買うものがないので「心ばかり」といっていくらか差し出す。続いて月番のところに言って、香典を集めてこいといわれ、やむなく月番のところに行く。月番は、「いやなラクダが死んだから、赤飯を炊くと思って香典を出してくれと頼んでみよう」という。次に、「大家のところに行き、お通夜の真似くらいしてやりたいから、酒と煮しめを持ってくるように言え。くれなかったらラクダの死骸をお届けして、死人にカンカン踊りを踊らせると言え」と言いつけられる。屑屋は仕方なく大家に伝えると、大家は家貸も入れない者に、酒や煮しめが出せるかと言って断わる。そこでラクダの兄弟分は、屑星に死骸を背負わせて大家の家に乗り込み、いやがる屑屋にカンカン踊りを歌わせる。びっくりした大家は酒と肴を約束する。香典、酒が届いたのでラクダの兄弟分は、屑屋に酒を飲ませる。酒がまわった屑屋は、剃刀でラクダの髪を剃り、樽に死骸を納めて焼場までかついで行く。途中で転んだとき、樽の底が抜けたのも知らず焼場に着いて気づき、拾いに戻る。ちょうどそのあたりで酔っ払って寝ていた坊主を詰め込んでくる。坊主は目を覚まし、「ここは一体どこだ」「火屋だ」「ああ冷酒(ひや)でもいいからもう一杯」
お見立て
おいらんの喜瀬川の所によく通った田舎の金持ちの杢兵衛が久し振りにやって来た。しかし喜瀬川は、若い衆の喜助に、「あいつは虫が好かないから病気だといって断わってくれ」という。杢兵衛は、「わしが長く顔を見せなかったから病気になったんだろう。わしの顔を見れば治るだろうから案内しろ」というので、喜助がその旨を伝えると、喜瀬川は「死んでしまった」と言えという。鷲き悲しんだ杢兵衛は、喜助に墓へ案内しろという。やむなく喜助は、杢兵衛を連れて山谷の寺に行く。適当な寺に入り、何回も間違った墓に案内する。そこで杢兵衛は怒り、「どれが本当の喜瀬川の墓だ」「ずらり並んでおりますので、どうぞよろしいのをお見立て願います」
3年目?
大恋愛のすえ結婚したが、亭主の熱心ある看護の甲斐もなく女房は死んでしまった。死ぬ前に亭主が、「もし私が後妻を持つようなことがあったら、婚礼の晩に幽霊になって出ておいて。そうすれば、どうしても私は独身で暮らさなきやならなくなる」と約束する。泣く泣く野辺の送りをすませ、中陰もすみ、百ケ日たたないうちに、親戚のものから再婚をすすめられる。はじめは断わっていたが、とうとう後妻をむかえることになる。婚礼の晩に幽霊が出るはずだったが、ついに出なかった。そのうちに子供も生れ、三局忌の法事をつとめることになった。その晩、八つの鐘がなる頃先妻が幽霊になってあらわれた。黒髪をおどろに乱し、恨めしそうに枕元に座って恨みごとを言う。「なぜもっと早く出ない」「私が死んだとき、ご親戚で坊さんにしたでしょう」「そりや、親戚中集まって、一剃刀ずつ当てて、お前を棺に納めた」「坊さんでは愛想をつかされるから、毛の伸びるまで待ってました」
反魂香(はんごうこう)
同じ長屋に住む浪人が毎晩カンカンと鉦をたたく。熊さんはうるさくて寝られない。文句を言って行くと、「拙者は鳥取の藩士で島田重三郎と申すもの。先頃仙台侯に三股川でお手打になった吉原の高尾大夫と二世の契りを交わした者でござる。今、高尾の菩堤のために、鉦を叩き南無阿弥陀仏と回向をいたしておる次第。鉦を叩き、高尾と取り交わした反魂香を火中にくべると、煙のなかからあらわれる」という。熊さんが、やってみろというので、重三郎が実演する。すると全盛時代の高尾大夫があらわれる。「お前は島田、重三さん…取り交わせし反魂香…」熊さんは心から感心する。そして自分も3年前に女房と死に別れ、やもめ暮らしをしているので、どうかその反魂香を少しほしいと頼んだが、重三郎は断わった。やむなく熊さんは薬屋へ香を買いに行ったが、香の名前を忘れた。間違えて反魂丹をくべたが、なかなか女房のお梅が出てこない。そこで火鉢へごっそりとくべて、煙にむせていると戸をたたいて何か言う女の声がする。「そちや女房のお梅じゃないか」「あたしや隣のお竹だよ。きな臭いが火事じやないかい」
片棒
赤西屋けち兵衛は一代で金を儲け、もう先が見えてきたので、3人の息子のうち誰に財産を譲ろうかと考えた。そこで、「わしが死んだらどんな葬式にしてくれるか」と3人に尋ねた。すると長男は、「お通夜を二晩行い、仮葬、本葬と豪華な葬式をしたい」という。次男は、「葬式の当日に未曾有の儀式をしたい」という。けち兵衛は二人の意見にあきれかえり、三男に聞く。三男は兄二人と違い、このうえなく質素にやりたいという。「会葬者に菓子などを出すのは無駄だから、葬式は発表した時間より2時間前に出してしまう。棺桶も葬儀屋に頼むとお金がかかるし、新しいのを焼いてしまうのももったいないから、物置にある漬物の樽を使おうと思う。人夫を頼むとお金がかかるから、片棒は私がかついで参りますが、あとの片棒に困ってるのです」というと、「なに、心配しなさんな、おれが出てかつぐ」
位牌屋
ずいぶんとけちな人物がいたものである。番頭が、「旦那さま、まことにおめでとうございます」と子供さんの誕生を祝うと、子供ができると金がかかるからめでたくないという。八百屋が菜を売りに来ると、むしろに菜を全部あけさして、からかったあげく買わない。怒った八百屋が行ってしまたあとで、むしろにこばれている菜を拾う。次に芋屋が来ると、「いい芋だ。むかし琉球人が薩摩さまに献上した芋はこういうものだろうなあ、形がいい、これをまけとけ」などと言って芋をたくさん取ってしまう。ある日定吉に「今手が空いているから、仏師屋に行って、注文してある位牌を取ってこい」という。そこで定吉は仏師屋に行き、且那の会話をまねて言う。「いい位牌だ、むかし琉球人が薩摩さまに献上したという位牌はこういうのだろうなあ、一つまけときなさい」といって、出来損ないの小さな子供の位牌を余分にもらって帰ってくる。「馬鹿、何だ、もらうにこと欠いて、子供の位牌なんぞなんにするんだ」「ゆうべ生れた赤ちやんのになさいまし」
死ぬなら今
あるけちな金持が息子を呼んで、「私は一代でこの身代をこしらえたが、ずいぶん人様に迷惑をかけたしひどいこともした。多分地獄に行くことになるので、私が死んだら頭陀袋に小判を3百両入れてもらいたい。地獄の沙汰も金次第というから、お金の威光で極楽へ行けるかもしれない」といい、息子の返事を聞いてそのまま死んでしまった。親の遺言通り3百両入れようとすると、親戚の者が、「天下のご通用金を土葬にしてしまうのはもったいない」といい、芝居に使う小道具を扱う店に行って小判を3百両分買ってきて、これを頭陀袋に入れた。それとも知らない且那さまはあの世に行くと、まず閻魔の庁に呼び出された。罪業の数々が鏡に映る。当然、地獄に行かされそうになる。そこで小判を百両だけ閻魔の懐に入れた。閻魔はそれで極楽にまわそうとしたが、周囲の牛頭馬頭や冥官たちがおさまらないので、そちらにも小判をまきちらし、うまく極楽に行ってしまった。地獄の閻魔大王以下みな大金をつかんだので遊びに行ってしまう。そのうちにこの小判が極楽にまわってきて、偽物であることがわかる。そこで閻魔大王以下地獄の一同は、残らず牢屋に入れられてしまった。地獄には誰もいないので…死ぬなら今。
無常は碁の生き死に
ある所に碁の好きな友二人、昼夜を打ち続けているうちに、両人ともやつれ果て、とうとう冥土に旅立ってしまった。閻魔王が現われて、「お前ら裟婆にても後世のいとなみもせず、朝暮碁に熱中した罪、五逆にもまさっておる。地獄行きに価する」といえば一人が答えて、「私は碁にて生死の無常を観じました」「それは何と観じた」「電光朝露石の火と観じました」という。さてもう一人は、「私は世の中を『手見せ禁』(碁用語)と観じました」といえば、閻魔王、「これ罪人至極なり。沙婆の業にまかせて、八大地獄の石積めにせよ」といい、まず、一人を召し出し、「汝ばかりにも無常を観じたれば極楽へつかわす」といえば、かの者答えて、「願わくは一つ地獄にまいりたい」「それはどうしたわけだ」「沙婆から勝負がつきませんので、もう一番打ちたい」
涙にぬるむ酒の燗
左衛門という男、浮世を酒に暮して楽しんでいたが、ついに病気になってしまった。末期にのぞんで息子に遺言して言う。「わしがこの病いで死ぬことは一生の本望なり。しかれば酒桶を棺にし、酒の粕でよくよくつめ、花水には酒を手向けてくれ。またかねて読んだ辞世の句があるが、そのように葬ってくれ」という。
われ死なば酒屋の蔵の桶の下破れてしずくの漏りやせんもし
これを最後の言葉として死んだ。それから七七目の追善を営み、人々を集め、故人の好物なり酒を呑んでいると、にわかに涙ぐみはじめた。人々これをみて、悲しみはもっともなれど、故人もよいお歳であったと慰める。息子それに答えて、「おやじ末期の遺言に『そちが酒を飲むときはわれに会うと思え。われの魂は酒じゃ』といわれた。ご存知のとおりおやじははっきりした人であったが、どうしたこと只今飲んだおやじの燗が、どんなふうになったかと考えると、あの世のことが思いに上がって悲しゅうござる」
葬礼を奉行と見る
葬礼の来るのを見て、番の者どもは夜回りの奉行衆と思い、下にいてお辞儀をすれば、葬礼の共、さてもそそっかしい者だなといって笑う。するとその番の者、腹を立てて言うには、「やい、そこな葬礼。どこへ持っていく」と咎めれば、「これは火屋へ焼きに行きます」と答える。重ねて番の者、「火葬ならば、火の用心をよくせい」
残り多い妻の別れ
ある老妻に先立たれて独りさみしく暮していますと、友人から気分転換にと酒が送られてきた。幸い心安い人が居合わせたので、ではといって酒樽の栓を開けたが、なかなか出てこない。一人が、「風穴がないからじゃ。樽のうえに錐で穴をあけられよ」と言い、穴をあけてみると、どくどくと出た。時に亭主、樽に抱きついてほろほろと涙を流す。他の人、どうしたことと驚いていると、亭主涙を押えて、「さても心残りでござる。御存じのとおり、女房のやつ、産後に小便が通しなくて死にました。このような療法が前もってわかっておれば、女房の頭にも錐もみし、うまく小便が通じたことでしょう」
病論はいいがち
さる所に出来庵という文盲で才能のある医者がいた。変わった名字であるためその訳を尋ねると、近所のあだなであるという。この医者、どんな病気をみても痰の治療ばかりするので、ある人出来庵に尋ねて、「あなたの治療はいつも痰の薬ばかりつかうが、それでよいものか」「どんな病気にしても人間は疾で死ぬものという。」「しからば、浮気者が大酒を飲んで死ぬのも痰か」「いかにもひょうたんという痰なり」「あるいは盗人に襲われて死ぬのも痰か」「それは大胆という痰なり」「では川に身を投げ、首を括って死ぬのも痰か」「いかにも短気という痰なり」「では幼児が川などで水に溺れて死ぬのも痰か」「それこそ冗談という痰じや」「しからば、夜道山道、辻切追いはぎにあって死ぬのも痰か」「いかにも、誰しもよく慎むべき油断という痰じゃ」
山水の掛け物
よそにもてなしがあり、腰元の須磨が給仕していると、床の間に掛っている雪洲の山水の掛け物を見て、涙をはらはらとこぼす。客それを見て、「どうして嘆きなさる」ととえば、「私のおやじもかかれましたが、山道をかくときに死なれました」という。「そなたの親は絵描きか」といえば、「いや、籠かきでござりました」
落ち目を見るが男
その頃御印文(護符)を頂いた男が、世を去り西方十万億を向いて旅立った。途中六道の辻の方から、誰かが呼んでいるのでそちらを見ると、かって長崎で知りあった友達であった。その男は、「私は沙婆では極楽往生を願わず、ことに遠国なれば御印文ももうけずに、極楽に行くあてがござらん。見れば、そなたの額には、御印文がござる。羨ましいことでござる。どうぞお共させてはいただけないだろうか」という。それはならぬと言おうと思ったが、人は落ち目を見るが男だと思い、やがて額と額とをあわせて、連れだって極楽の東門に行った。そこで仁王殿が出てきて吟味がおこなわれた。「いや、あれは私の連れでございます」といえば、「その方は間違いないからつつと通れ。あとの者はにせに決まった。」「なぜでございます」「証拠には、御印文の字が裏になっている」と追い返された。
極楽の客人
にわか雨のあとの夕方。路地でひょっこりと知った人と出会った。「さてさてこの頃は、ごぶさた申しました。」「手前も昼夜客人があって、忙しさにお見舞いも出来ません」といえば、「それはどうして」「庭前の泉水に、今年は蓮の花が大分咲いたゆえに、昼は方々から見物においでになる」「それはもっともでござるが、しからば夕方にはおいでなされては」といえば、「されば夜分は、極楽から仏様達が遊びにござるゆえに、夜の間も寝ません」
幼き一休の引導
一休が十歳ばかりのとき、住職が田舎に行って留守の間に、旦那があい果てた。そこで人々は引導を頼むために、遺体を運んできた。一休は住職が留守であることを告げたが、それでは、代わりに弟子たちにお願いしたいという。あいにく弟子たちも留守をしていたので、一休は心得ましたと言って、さもおごそかに準備を済ませ、死人の入った棺にむかった。まず死人に指差し、次に自分に指差し、最後に両手を広げて「喝」と言った。この間に住職が帰ってきて、一休の次第を物かげから見ていた。終ってからどのような引導をしたのかと一休にたずねると、一休はそれに答えて、「死人に指を指したのは、汝が死んだことを申し。自分に指差したのは、この小僧に申し。両手を広げたのは、大きな恥をかいたということを申したのです」
どなりこむ
病家、医者を呼んで診せると、医者、「私があずかったからにはご心配いりませぬ」と請け合った。ところが、莫大なお金を使ったのに、とうとう死んだ。病家ではひどく腹を立て、下僕にいいつけ、医者のところにどなり込ませた。しばらくして帰ってきたので、「悪口ついてきたか」「いいえ」「どうしてつかぬ」「なにしろ悪口つく者があまり大勢で、どうしても割り込めません」
葬式を請け合う
小児科の医者、人の小児を薬で盛り殺したので、小児の家ではこれをさんざんあざけった末、「お前がこの子の葬式を立派に出してくれれば、わしらは何も言うまい」といった。医者は連れ帰って葬式をすることを承知し、遺体を薬箱にしまった。ところが、途中、ほかの病家に迎えられ、箱をあけて薬を取り出そうとしたとき、あやまって子供の遺体が見えてしまった。病家では驚いてわけをたずねた。そこで「これは連れ帰って生かすのを請け合ったのでござる」
法律
亡くなった夫のため法事をするのに、僧が、「銀三銭くれたら、必ず西方浄土に行けるようにお経を上げる」という。ところが死者の妻が悪質の銀をくれたので僧は東方に行く経をよんだ。妻は満足せず、良質の銀を換算して不足分を足し、あらためて西方に行くお経をよんでもらった。そして妻は泣いていった。「かわいそうに、たった幾分かの銀子のために、あなたを東に行ったり西に行ったりさせたわね。わたしほんとに辛いわ」
死体を扇ぐ
亭主に死なれたばかりの女のところに親戚の者がお悔やみに行った。するとその女房が夫の遺体をうちわで扇いでいるので、わけをたずねると、「やれ悲しや。あの人は、いまわの際に、『再婚するのは、わしの身体が冷え切ってからにせよ』といいつけましたので」
精進をまもる
ある将校がいつも念仏を唱えていたので、司令官が「戦さに臨んで人を殺さねばならないのに、何で一日中念仏を唱えているのじゃ」というと、「わたしは口で念仏を唱えていますが、腹のなかでは人を殺す気持で一杯です」と答えた。
陰陽生
二人一緒に船に乗っていくうち、死骸が一つ流れてきた。「男の死骸だろうか、女のだろうか」と一人がいうと、もう一人が、「うつぶしているなら男で、仰向けなら女だ」ところが、その死骸は横を向いて流れてきた。「これはどうじや」「これは陰陽生だ」
葬式を請け合う
人の小児を盛り殺した医者、その葬式を請け合い、遺体を袖に入れて帰る。その家ではひょっとしてだまされてはと思い、下僕に後をつけさせた。ところが橋の中ほどに来たとき、その医者が突然死んだ子供を取り出して川のなかに投げ込んだ。それをみた下僕は怒って、「とうしてうちの坊ちやんを捨てた」
とつめ寄ると、医者「ちがうちがう」といいつつ、左の袖をあげて、「お前の家の分はちやんとここにある」
何処に平和が
ある亡者、人間に生まれ変るとき、閻魔王が金持にしてやろうと申しわたした。亡者が、「富は望みません。せめて一生衣食住に不自由せず、平凡に毎日を過ごすことが出来ましたら、満足でございます」というと、閻魔王、座を下りてきて、「そのように安楽なところがあったら、どうかわしも一緒に連れていってくれないか」といった。
賠償
ある医者、さじ加減を間違えて人の息子を死なせ、その代償に自分の息子をさし出した。次にある人の下僕を死なせてしまい、その償いに自分のところにいた下僕を提供した。ある晩、医者の門を叩く者がいた。「うちの奥様が、産後の病いで、苦しんでおられます。どうぞすぐに来てください」という。医者、そっと妻にむかって、「こんどはお前に惚れた人が現われた」
顔回上下
ある勉強嫌いの書生は、読む書物が多いのを恨んでいた。『論語』を読んで顔回の死ぬところに来ると、しきりに誉めたたえて、「よく死んだ、よく死んだ」と喜んだ。ある人が来て、なぜだと聞くと、「あの人がもし死ななかったら、『顔回上』『顔回下』を書いて、読むのが大変だろう。」
閻魔王、名医を探す
閻魔王は地獄の鬼卒に、沙婆へ行って名医を探してくるように命じ、「門前に恨めしそうな幽霊がいない医者が名医だ」と教えた。鬼卒、沙婆に行き、医者の門前を通るが、どこに行っても幽霊がたむろしている。ところが最後にたずねた医者の門前には、幽霊がただ一人しかいない。これこそ名医に違いないと思い切って聞いてみると、昨日店を開いたばかりの医者であった。 
 
死と落語 
お血脈(免罪符のお話し)
日本も時代が移り変わって来て、三つの法でやっとのこと治まるようになった。三つの法とは、仏法に鉄砲に女房。ところが日本に色々な事件があって困りましたとき、本多善光という人が、善光寺を建てました。彼があるとき難波ケ池の淵を歩いていると、池のなかに捨てられていた仏様が手招きしています。そしてこの仏様が「信州へ行きたい」とおっしゃった。そこで彼は昼夜の別なくこれを背負って信州まで運び、これが善光寺の縁起となる。
この善光寺で、お血脈の御印をいただくと、誰でも極楽へ行けるというので、大変なにぎわい。おかげで地獄に行く者もいない。地獄の入り口で待つ閻魔大王は会議を開き、対応策を求めた。
「恐れながら申し上げます。承れば善光寺でお血脈の御印をいただくと、罪が残らず消滅して誰でも極楽へ行けるとか。そこでお血脈の御印を盗みだしたら、極楽へ行く奴も地獄に来るだろうと思います。」
そこで閻魔大王、石川五右衛門を善光寺につかわして、お血脈の御印を盗みだしてくるように命じる。洒落た泥棒があるもので、昼間はお参りをするように見せて入り込み、夜に入り、忍術をもって奥殿に忍び込み、お血脈の御印をを見つけだした。これを持ったらサッサと地獄に行けばよいのに、
「これさえあれば大願成就、かたじけない」
と頂いて、そのまま極楽へ行ってしまった。
後生うなぎ(生類憐れみのお話)
信心に凝った大家のご隠居が、ある日うなぎ屋の前を通りかかると、店の主人がうなぎにキリをさそうとしている。これを見たご隠居さん
「うなぎは、虚空蔵菩薩様のお使いだ。助けるから売っとくれ」
と、買ったうなぎを前の川にもって行き、
「決して人に捕まるんじゃないぞ。南無阿弥陀仏」
と投げ込んだ。あくる日も、そのあくる日も同じことを繰り返してうなぎ屋を儲けさせていたが、
「生き物が殺されるの所に通りかかるのは、これも何かの因縁」
と、しばらくうなぎ屋の前を通るのを避けていた。ところがある日、用事があってうなぎ屋の前を通りかかった。これを見た店の主人、たまたまうなぎがきれていたので、なんでもそのへんにある生き物と、赤ん坊をまな板にのせた。驚いた隠居、この赤ん坊を買い取ると、
「こういう家には決して生まれてくるんじゃないよ。南無阿弥陀仏」
と、前の川へドボーン。
近日息子(忌中の貼り紙)
芝居の初日がいつだったか、小屋に行って見てくれと親に頼まれた息子、小屋に来てみると看板に「近日初日」としてあった。家に帰って初日は明日だが「近日初日」と看板には書いてあったという。これを聞いた父親は、
「近日とは近いうちということだ。なんでも気をきかして、言われる前に先に先にしなければ駄目だ。本当にこごとを言ってると具合が悪くなちゃう」
とこぼす。これを聞いた息子、気を気かしたつもりで、医者を連れてきて診断してもらう一方、葬儀屋を頼んで、長屋の連中に親が死んだと伝えて歩く。
そうこうするうちに長屋の連中が悔やみに来るので、父親はびっくりし、どうなってるかときくと、表に「忌中」と貼り紙があるという。これを聞いた父親、息子をしかりつけると息子は、
「長屋の人もあまり利口じゃないな」
「何が利口じゃねぇ?」
「よおく見ろい、忌中のそばに近日と書いてある」
主従の粗忽(死亡通知)
粗忽な殿様、庭の松を移させた植木屋の仕事振りが気に入って、植木屋たちと酒宴を始める。その時、一緒にいた家臣の三太夫に迎えが来て急遽帰宅すると、国元からの書面で「殿様姉上様死去」の知らせが入っている。殿は植木屋とご機嫌よく酒宴を開いているのに、申し上げねばならんと覚悟を決め、殿様に伝えると、殿様は驚いて、
「姉上はいつ逝去に」。
そこまで書面を読んでいなかった三太夫が、またまた引き返して書面を探すとどこにもない。
「あ、あったった、手前の懐にはいっておる。これでは探してもないはずだ、手前どもは粗忽だな」
というわけで書面を見ると「貴殿姉上様死去」とある。
「これは大変だ、殿様ではない。貴殿というのを殿様と読んでとんでもない間違いをした」
大失態を演じた三太夫はその旨申し述べると、殿様は立腹され
「手打ちには致さん。切腹申しつけたぞ」
「ありがたきしあわせ、早速に小屋に立ち返って切腹つかまつります」
「ああ、待て三太夫、切腹するには及ばん。よくよく考えたら余に姉はなかった」
三人無筆(葬儀の受付)
隠居の葬儀に記帳役をたのまれた熊さん、自分が字が書けないので、女房に「記帳は源兵衛さんにたのみ、お前さんは雑用を手伝いな」と言われて寺に来てみる。困ったことに、あてにしていた源兵衛も字が書けないという。しかたがないので、「隠居の遺言で、記帳は各自銘々に」と苦肉の策を考える。会葬者も一段落したところで、遅れてやって来た辰公が、「すまねえ、字がかけないので書いてくれ」と頼み込んだ。二人は隠居の遺言でなんとかこの場をきりぬけた話しをすると、
「なるほど、それだけの知恵があるんだったら、俺のことも考えてくれ」
「いい考えがある」
「どんな考えだ」
「だから、お前がここに来なかったことにしておこう」
蘇生
学校の生徒がいやがる仲間を誘って、品川沖に釣りに行き二人で小舟を浮かべていると、俄に真黒な雲が出てきて、ポツリポツリと雨が降り初めた。そのうち風が激しくなって大きな山のような波がまいります。むりやり連れてこられた学生は、だからいわんことじゃないと、盛んに愚痴をこぼしていますが、その内に船が大波の上で、クルクルと2、3回まわったかと思うと、下へ下がって、頭から波がドブンとまともにかぶってとても助かる理由はございません。
しばらくすると、耳元で「オーイ、しっかりしな」という声がします。この声に学生は気づいたようでございます。
「おかげさまで助かりました。うかがいますが、ここはどこですか」
「心配せんでも、ここは神奈川だよ」
「わたしどもは品川沖へ参りまして、釣りを致しておりました。すると先刻の暴風で、ご当地に吹き流され、あなた方のおかげで、命が助かりまして、誠にありがとうございます。」
「うん、そりゃまあ運のいいこったねェ、品川沖から神奈川まで流されてきて、命の助かる理由はないが、学校の生徒だけに、再び書生(蘇生)したんだろう」
多勢に無勢(遺体確認)
世の中にはそそっかしい人がいくらでもあるもんで。古着を扱う太兵衛さんと、同居人の武兵衛さんというそそっかしい二人がいました。ある日のこと武兵衛さんは両国の川開きに出かけて行きました。両国はたいした人出でございます。昼のうちからスポンスポンと花火の音。武兵衛、花火の音を聞いていい心もちになっていますと、橋の向こうから一人駆けだして来た奴がある。武兵衛さんの胸のところへ、頭をストーンとぶつけました。
「オヽ痛へ、畜生、気をつけやァがれ」と懐に手を入れますると、財布がない。金を取られた武兵衛さん、詰まらないから帰ろうとしますと、そこに友人の柴田さんがあらわれる。
「どうしやした、武兵衛さん」
「どうしたもこうしたも、今スリに財布を取られ、一文なしになりました。花火を見に来て、見ずに帰るんで」
「そりゃぁお気の毒だ。マア、家へお寄んなさい」
ということで、柴田さんの家に行って、お酒を御馳走になり、大層よい心持ちになりまして、8時まわったろうと思う時分に、往来で恐ろしい人声。何かの間違いだろうと、女中に聞いてみますと、今両国の橋の欄干が落ち、大層人が死んだという。武兵衛も実に驚いて
「ありがたいありがたい。スリに財布をとられなきゃ、おらァ橋の上で、今時分花火を見ているんだ。きっと欄干が取れて、俺も落っこちて死ぬにちげえねぇ。かえって泥棒に合ったほうが、運がいいぐれいなもんだ」
お話しが変わり、太兵衛は武兵衛が帰って来ないので、一日中まんじりもしないでいました。翌朝起きて朝飯を食べ、両国へ探しに行こうと思うところへ
「警察から参りました」
という
「何でございます」
「お前さんの家に、武兵衛という同居人があるそうだネ」
「ヘェ、ございます」
「それがねえ、昨夜両国の橋から欄干が取れて、落ちて死亡したという警察からの通知でした。この召喚状をもって、死骸を引き取りに久松町警察まで、早速出頭なさい」
これは大変と大急ぎで仕度をして路地を出て、しばらくすると向こうから死んだはずの武兵衛がいい心もちで帰ってまいりました。
「おい、太兵衛じゃないか」
「オイ、武兵衛さんじゃないか。言わねえこっちゃねぇ。人ごみに行くてえと、間違いがあるからとあれほど止めたのを、きかなくって出かけるから。お前が死んだって、警察から死骸を引き取りに来いという、この通り召喚状がついている。」
「エッ、こりゃ大変だ。私が死にましたぇ」
「そうよ。サ、おれと一緒に、お前の死骸を引き取りに行くんだ。一緒に行きなせぇ」
という訳で二人は、久松町の警察まで参りました。
「私は下谷町の吉田太兵衛と申します。お呼び出しで、同居人の死骸を引き取りに出ました」
「オーそうか。少々控えておいで。オイオイ向こうに武兵衛の死骸があるから、一寸行って見てきなさい」
「かしこまりました。」
と言うわけで、巡査の案内で遺体とご対面することになる。太兵衛が
「サア、開けるからよく見ねえというと、武兵衛は
「コリゃ私じゃありませんぜ」
「馬鹿を言いねぇ、それだからお前はそそっかしいんだ。自分の死骸を見て、俺じゃねえとは何だ」
こうして、二人は言い合いになりまして、太兵衛が思わず、武兵衛をコツンとやってしまいした。そこで巡査が飛んできまして、二人に事情をききました。
「お前は何という」
「へえ、私は武兵衛と申します」
「ふうん、してこの死骸はなんてんだ」
「これが、私のところの同居人の武兵衛の死骸でございます」
「おかしいではないか、じゃあ武兵衛は二人いるのか」
「いえ、一人でございます」
「だってこの死骸が武兵衛で、引き取りに来たのが武兵衛とはおかしいではないか」
というわけで、巡査が二人を連れて
「これに見覚えがないか」
「えー、そりゃ私の財布で、それが昨夜掏摸に取られたものでございます。それをもっていたからにゃ、あなた泥棒か」
「馬鹿言え、してみるとその死骸は武兵衛ではない。お前の財布をすった賊が橋から落ちて死んだんだろう。」
こうして事がはっきりして、二人を帰そうとしますと、武兵衛は巡査に太兵衛に叩かれた件はどうなるかと、くいつきます。
「さあ、白黒つけて下さいよ」
「いくら言ってもお前は勝てんよ。太兵衛(多勢)に武兵衛(無勢)は勝てぬわい」
不忍の早桶(埋葬)
大家が長屋の与太郎に、お前の世話をよくしてくれた親分さんが死んだから、葬式の準備をしろという。
「ともかくもそのほとけを北枕にして逆さ屏風を立って、線香でもあげておかなきゃ、人が悔やみに来ても、ばつが悪い」
「縁起が悪いなぁ」
「何が縁起が悪い」
「北枕にして、逆さ屏風を立てちゃあ」
「馬鹿なことをいうな、ほとけになったらそうするんだ」
と言うわけで線香を買いに行かせようとしますが、金がない。
「銭がない、呆れ返った野郎だ、線香を買う銭もなくって、とむらいを出せるもんじゃねぇ。どうするつもりだ」
「出さねえつもりだ」
「ほとけをどうする」
「寝かしておく。そのうちに固まってしまうだろう」
「馬鹿いえ、そんなまねをすればほとけが迷わぁ」というわけで与太郎は井戸端に落ちていた早桶を拾ってくる。こんなものは使えないというわけで、大家さん長屋の皆さんから香奠をもらってくるという。しかしそんなことで、しょせん足りるものではないので、余計に銭をもらってくるという。
「長屋のつきあいで、今夜通夜をしてまた明日とむらいに行くとなると、一日暇をつぶさなけりゃならねぇ。それではすいませんから、お通夜もとむらいもお断り申します。そのかわりどうぞ明日休むところを稼いで、その半分でも恵んでやってくれいといやぁ、いやという者もなかろう」
早速金が集まり早桶を買ったが、ほとけ様を一晩でもよけいにおけば金がかかるというわけで、今夜のうちに葬儀をすませたほうがよいという。
「与太郎、寺の方へはなんとか知らせたか」
「何ともいわねえ」
「それはしょうがねえ。しかしだしぬけに担いていってもいいだろう」
というわけで家主が提灯を持ち、与太郎が早桶の後を担ぎ、甚兵衛が前を担いで出かけることになりました。真夜中に3人が、霜のなかをざくざくと踏みしめていくと、自分の足音が、まるであとから何かついてくるような気がします。すばらくして、桶を担いでいる方の肩が痛くなってまいりましたので、与太郎が肩を替えようと力任せに、頭越しに肩を替えたとたん、早桶を吊るしていた縄が切れ、桶が横になって、ほとけ様がにゅうと出た。家主は驚いて与太郎をしかったが、桶の底が抜けてはどうしようもない。与太郎はおぶって行けばいいといいますが、そうもできず家主は与太郎に遺体の番をさせて、甚兵衛と再び早桶を買いに出かけます。
二人が早桶を買って戻って来ますと、与太郎一人で、ほとけの姿がない。家主が理由を問いただすと、
「あんまり二人の帰りが遅いから、一足先に行くといって先行った」
「馬鹿いえ、てめぇ何していた」
「退屈だからほとけ様と話しをしていた」
「嘘をつけ、死んだ者と話しをするやつがあるか」
「嘘じゃねえ、そのうちなんだかしらねぇが、ひょこひょこ動きだした」
「それからどうした」
「だんだん上へあがって森のなかへはいっちまった」
ほとけなくしちゃあ、しょうがねえというんで、甚兵衛さんを見るとじっと黙っている。
「すましていないで、なんとかいったらどうだ」
「すましているわけじゃありません。抜けちまったんです」
「おやおやまた桶の底がぬけたか」
「なに、今度は腰が抜けました」
黄金餅(火葬場)
下谷山崎町に住む西念という坊主、毎日市中を回ってお経を読み、その家の宗旨が法華だというと「南無妙法蓮華経」と唱え、門徒だと「南無阿弥陀仏」と唱えて小金を蓄えていましたが、ある日風邪をこじらせて寝込んでしまう。このとなりに、金山寺味噌を売る金兵衛さんが住んでいまして、坊主の様子が変なので見舞にやってきます。金兵衛さんが坊主に医者にかかれと言っても、薬代を取られると言っていうことを聞きません。水を飲んで治そうとしています。そこで何か食べたいものがあるかと聞きますと、あんころ餅が食べたいという。お安い御用だというわけで、金兵衛あんころ餅をもって帰ってくる。
「さあ、食べよ」
と差し出すと
「私は人前では食べられません」
という。金兵衛しかたなく、自分の家に帰ってみるが、隣の様子が気にかかる。そこで、壁の穴から西念さんの部屋をのぞいてみる。
するとこの坊主、胴巻きから二分金など取り混ぜて6、70両を取り出し、次に頂いた餅を手で延ばして、ありったけの金をその中に包んで、食べはじめた。
「この坊主、一生懸命貯めた金が気にかかって死ぬことが出来ねえんだ。世界の通用金をあの世へ持って行く了見だな。さあ大変だ、目を白黒している。胸へつかえたな」
さあ大変とばかり、金兵衛さんは急いで坊さんの部屋に飛び込んできて、背中をさすったが、ウーンと言ったきりこの世の別れ。こうなると金兵衛さんは、金が入った遺骸が気にかかる。
「今食ったばかりだから、口から出す工夫はないかな。ウンいいことがある、焼き場で取ってやろう。そうすると片付けるのは一人でやらなけりゃいけねえ」
金兵衛さんは遺骸を菜漬けの樽に押し込んで、大家さんの所に出かけて行った。
「坊さんが死ぬ前にいうには、私は土葬が嫌いですから火葬にしてくれといって死んでいきました」
金兵衛がそうするつもりですと言ったら、大家も感激して遺骸の様子を見に来た。そして長屋の杢兵衛さんに
「うちの婆さんに2貫ばかりもらって、樒(しきみ)を1本に線香を1束、土器を1枚と白団子を買ってきて、それから茶碗へ飯を山盛りに盛って、箸を2本差して持ってきてくんなさい」
とことづける。そのうち長屋の連中が集まり始め、その日の夜に皆で遺骸をお寺に運んだ。
お寺で無事お経を上げてもらって、長屋の連中も帰ってしまう。あとに残った金兵衛さん、和尚から焼場の鑑札をもらって、早桶に一人で背負うために連雀をつけ、腰に手拭いに包んだ包丁を差して桐ケ谷の焼場にまいりました。
「おい御坊さん、確かに仏だ、すぐに焼いてくれ」
「並焼きか何だえ」
「値にゃ構はねぇ、安く焼いてくれ」
「おいてきなせぇ」
「すぐに焼いてくれ」
「置いてきなせえ、よく焼いとくから」
「よく焼いちゃあいけねえ。仏の遺言だ、腹は生焼にしてくれ、あんまり良く焼いて後で使えねえと困る」
「何が」
「ナニこっちのこと」
「明日早く骨上げにきなせえ」
焼場を出た金兵衛、一旦新橋まで出たがまた引き返してきて
「おい焼けてるかい」
と聞く。
「何だ、まるで焼芋でも買いに来たようだな」
「仏はどうだ」
「何か入れ物があるか、なければ壷を売ろうか」
「ナニ胴巻きがある」
「何言ってるんだ、骨だよ」
「アゝ骨か、骨は袂に入れる」
「馬鹿ァいつちぁいけねぇ、骨を懐に入れる奴があるか」
金兵衛、骨はどこかと聞くと、火屋にあるので取ってくるという。r>「いや仏の遺言だ、他人が手をつけるべからず」
金兵衛は火屋に入って、遺骸のおなかのあたりを、だんだんと竹の箸でかき回すと、なにやら固まりがある。そこで用意した包丁でついてみると、山吹色の金がバラバラと出た。金兵衛その金を袂に入れ、夢中になって薮のなかに飛び込んだ。この金で目黒に餅屋を出し、繁盛したという黄金餅の由来という一席。
地獄八景亡者戯(死後の世界)
伊勢屋のご隠居さんが鯖にあたって冥土をさまよっていますと、喜ィさんがやってくる。喜ィさんはご隠居の葬式を手伝に来て、自分も鯖にあたって死んでしまった。
「えらい災難やったな」
「しかし死んでみるといろいろ心残りがおまんな」
ご隠居が何だと尋ねると、
「同じ死ぬんやったら、戸棚へ戻した片身の鯖。あれみな食うて死んだらよかったと思うて、それが残念で」
「そんな阿呆なこと。ここへ来る人は、みなもっと大きな心残りを持ってくるのや」
「さよかな。地獄ちゅうたら、どこにおまんのやろ」
「まあ、極楽の近所にあるんやろかい」
「極楽はどこにおます」
「地獄の隣か、なんかやろな」
「ほなその地獄は」
「極楽の隣」
「わからんがな、それでは」
二人は、しゃべりながら歩いていくと、遊び人風の一団が三途の川に来て、係りの者に何かを尋ねている。
「あのう、これが三途の川ですか」
「これが有名な三途の川でございます」
「ヘェー私も裟婆で地獄極楽の絵を見たことがおまんねぇ。それで見ると陰気な川やけど、なかなかきれいでええ川でんな」
「はあ、まあ景色のええ所でございましてな、昔はもっときれいな水が流れていましたんやけど、このごろ、ずっと上手に工場が出来て、ちょっと水が濁りました」
「はあ、こっちも公害問題が起こってまんねんな」
終戦からこっち地獄も変わり、ここで、亡者の着物を剥ぐというしょう塚のお婆さんも、当座は失業保険をもらってましたが、今では閻魔の2号さんをやっている。
いよいよ皆が三途川の渡し場にやってくると、鬼の船頭がいて渡し銭を要求する。この渡し船の料金は死に方と病名によって違うので、亡者もビックリ。
腎臓で死んだ者は160円。腎臓は小便が出んようになる病気だから、シシの160円。
鬼「お前は何じゃ」
「私は肺ガンでな」
「おう肺ガンでたばこ吸うたか」
そうだと答えると、
「640円出せ」
「何でだんねん」
「ハッパ64やろ」
「おい、そこの女子、お前は何で死んだ」
「鬼さん、わたし、お産が悪うて死にました」
「では120円じゃ」
「120円、何でだんねん」
「産で死んださかい、サンシの12や」
「心中は二人で死んださかい、ニシが8。ふぐにあたって死んだ者は四苦八苦の苦しみで、シク36とハック72で、合わせて108、1,080円。」
いよいよ閻魔の前で裁きが始まるが、この日は、何か芸が出来たものは特別に極楽へ行くことできる。しかし医者と山伏と軽業師と歯抜き師の4人は運悪く、地獄に落とされる。
ところが最初の釜ゆでの湯では、山伏が術で湯をぬるくして助かり、針の山では、軽業師が3人を背負って駆け上がって助かった。そこで閻魔は人を呑む鬼に電話をかけ、助けをかりた。この巨大な人呑鬼に合って、歯抜き師がそのデッカイ歯を虫歯だと偽ってみんな抜いてしまい、そのまま4人は一緒に鬼の腹の中に入った。しかし臓器に詳しい医者が腹の中をひっかりまわすので、鬼はなんとかして4人を出そうとするのだが、4人は中で踏ん張って出ない。鬼は閻魔に
「このうえは、あんたを呑まなしょうがない」
「わしを呑んでどうするのじゃ」
「大王(大黄)呑んで、下してしまうのや」 
 
花・華・棚牡丹
上がり花 煎じたばかりのお茶。寿司屋の「あがり」の語源。
朝顔の花一時 朝早く咲き昼には萎んでしまう朝顔の花のように、物事の盛りの時期は短くはかないものであること。
秋しくの花 「あきしべ」の誤りで、菊の異称。
アザミの花も一盛り アザミは華やかさに乏しいが、それなりに花を咲かせ美しい時期もある。少女の頃は魅力が乏しいと感じても年頃になれば美しく変わる時期もある。「鬼も十八番茶も出花」も、同じ。
徒花(あだばな)に実は生(な)らぬ 徒花は花は咲いても実がならないので、表面だけきれいでも中身が伴わなければ成果は期待できないという意味。
いずれアヤメ(菖蒲)かカキツバタ(杜若) どちらもよく似ていて甲乙を付けがたい。
一葉落ちて天下の秋を知る 物事のちょっとした前触れから、その後の大勢をいち早く察知すること。
一花(いっか) しばらく、かりそめ、「一過」から転じたとの説がある。
石に花 あり得ないことのたとえで、「石に花咲く」とか、岩に花とか言います。
弥初花 (いやはつはな)最も早く咲く花。
言わぬが花 差し障りのあることは言わないほうが奥ゆかしいのでは。言わない方がすてきに感じます。
雨後の筍(うごのたけのこ) 雨の後筍が続々と生えてくるように次々と物事が現れる様子。
独活(うど)の大木 体が大きいだけで能力も体力もなく役に立たない人をあざける言葉。
梅に鶯 取り合わせの良い、似合っている様子。
埋もれ木に花が咲く 世間に忘れられていた不遇の人が、一躍脚光をあび、世に出る様子。
卯の花 ウツギの花のことですが、豆腐の絞りかすである「おから」のことでもあります。
売り物には花を飾れ 売りたい品物は美しく飾れと言うこと。婚期にある娘さんに対して言うこともある。
会に合わぬ花 葬儀など大事な行事に飾るべき花が間に合わないとき、役に立たないところから、時期遅れで役に立たないことを言う。
老い木に花 もう花も咲かないだろうと思われる老木に花が咲くことから、衰えたものが再び栄え盛り返すこと。「枯れ木に花」も同じような意味ですね。
雄花 雄しべだけがあって、雌しべのない花(ゆうか)
尾花粥 宮中で8月朔日に疫病を除くとして用いた粥を云う。
男やもめにウジがわき、女寡(やもめ)に花が咲く 妻を亡くした男は世話をしてくれる人がいなくなって、家の中や身の回りが汚くなり、一方夫を亡くした女は、自分のことに時間をかけられるようになるため、身ぎれいになってきて、男達からもてはやされるようになる。花が咲いたように華やかになること。
解語の花 人間の言葉がわかる花という意味で、美人のことを称しています。玄宗皇帝が楊貴妃をさして言った故事による。
花押 中世以降身分ある者が自身の署名の下に押した判。
容花(かおばな) 美しい花の意。万葉集に「ひるがお」をこう詠んでいる。
懸花 花鳥を組み合わせ薬球に似せて作った座敷の飾り。
風花(かぜはな) 初冬に風が立ちちらほら雪が舞うこと。また、晴れた日にどこからか風に送られた雪が舞い降りてくること。
菫花一日の栄(きんかいちじつのえい) 菫花とは「むくげ」の花。この世の栄華は、朝咲いて夕方には萎んでしまうむくげの花のようにはかないものであること。
昨日の花は今日の夢 「昨日の襤褸(ランル)、今日の錦」と同じ意味。昨日までは麗しき花のごとくであったものが、今日になってはそれも夢のごときもの。昨日ボロ布をまとっていたものが今日は錦の着物を着ている様を見ると栄枯盛衰は移りやすいものであることをおもわせる。
錦上花を添える 錦の上に美しい花を添えておくように、立派なことを重ねること。
草の花 千草の花ともいわれ大変種類が多く、また、小さくて可憐な花が多い。
花籠(けこ) 仏具の一つで竹で編んだ花籠、最近は金属製。
喧嘩に花が咲く 喧嘩がいっそう激しくなる様子。
黄金花咲く 万葉集「すろめきの御代栄えむと東なるみちのくの山に黄金花咲く」。黄金の産出を花が咲くのに喩えて言う。
言葉に花が咲く 話がはずむこと。話がはずみすぎて喧嘩になることもある。
心の花 美しい心、風流を慈しむ心、晴れやかな気持ちなどを花にたとえて言う言葉。同時に花の散りやすいところから、変わりやすい人の心を洗わす意味にも使われる。
催花雨 花木の開花を促す春雨。
桜切る馬鹿梅切らぬ馬鹿 樹木の生育をよくする方法を説いたことわざ。
三十九じゃもの花じゃもの 「四十、四十と人は言う、けれど三十九じゃもの花じゃもの。」という俗謡からきたことわざ。まだまだ30代だからこれから人生の花を咲かせましょう。
死に花を咲かせる 立派に死んで死後に誉れを残すこと。死ぬ直後に晴れがましいことがあること。
死んで花実が咲くものか 人間死んでしまってはおしまい。どんなにつらくても生きていさえすればいつかは良いこともあると言うこと。
蕎麦の花も一盛り 蕎麦の花は地味で目立たないけれども、時期が来れば精一杯に咲いて美しく見えることから、娘は誰でも年頃になると、それなりに魅力が出てきて美しく見えること。
霜の花 庭に降りた霜が美しく絵模様を飾るときがある。そんな状態を示した言葉。
末摘花(すえつむはな) 「くれなゐの末摘花の色に出ずとも」と万葉集に詠われます。べにばなの別称です。紅を作るときに紅花の茎の末の花を摘み取ることから末摘花となった。源氏物語の巻名。
すべ(め)らぎ(皇)の花 牡丹の花のこと。
蓼食う虫も好きずき 蓼の葉は辛いのだがその葉を好んで食う虫もある。どうも不似合いなカップルとは思っても、人それぞれ好みは人によって違うのですよ。
高嶺の花 唯見ているばかりで手に取ることの出来ないたとえ。
薪に花(たきぎにはな) 賤しい姿で粗野であっても、どこかゆかしくて優しい風情のある様子。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花 美人の姿を形容する言葉。
棚から牡丹餅 思いがけない幸運が巡ってくること。
他人は時の花 他人は一時の花のように季節が過ぎれば散ってしまうもので、いつもいつも頼みになるというわけではない。
虫媒花 サクラ・ユリのように昆虫により受粉する花。水媒花。
蝶よ花よ 娘を慈しみ愛する様子。
辻が花 縫い締め絞りによる絵模様染めのこと。室町から江戸時代にかけて流行したという。女性や子どもの麻布の単衣物に草花模様を紅色に染めたもの。
月に叢雲(むらくも)花に風 お〜名月じゃワイと見上げれば、雲がかかってしまい、桜の花をと思えば風が吹いている。なんとも思うに任せない様子。
天花粉 木烏瓜から採った白色の粉、幼児のアセモにつけた。
天道花 4月8日の節日に竹竿の先につける花(高花とも云う)。
手活けの花 昔芸娼妓を身請けして妻妾とするとき、「手活けの花」という。
隣の花は赤い 同じ赤い花でも隣の花は自分の家の花よりも赤くきれいに見えることから、同じものであっても他人が持っているものの方が良いもののような気がする例え。
十返りの花 百年に一度花が咲くという伝説から松の花のこと。祝賀の意に用いられた。
時の花 その時節に咲く花。「時の花をかざす」時勢に乗って華やかに栄えること。
常初花(とこはつはな) いつも初めて咲く花のように新しく清楚に感じられる様子。
床花(とこはな) 遊女と馴染みになってから床の中で与える祝儀の金のこと。
常花(とこはな) 永久に咲いている花。
菜の花 アブラナの花のこと。
波の花 食塩の別称。女房詞。
匂いの花 俳諧で名残の折に詠み込む花。名残の花とも。
主ある花 決まった男のある若い女性のこと。
寝て花やろ 麹を室の中に寝かしておくと麹黴(こうじかび)が咲くことから、寝て待っていれば良いことがある、「寝て楽しむ」「楽しい夢を見る」という意味になる。
萩の花摺(はなずり) 萩の花を布帛に摺り込んで染める事、又染まった衣。
花明かり 満開の桜で闇の中でも辺りがほの明るい事。
花筏 水面に散って流れる花を筏に見立てた言葉。
花一匁 子供の遊びのひとつだが最近は見かけない。
花一時 人一盛り(はないっとき ひとひとさかり) 花が美しく咲き栄えるのも僅かに数日間のこと、人も栄えるのは僅かな時期にすぎないということ。
花独活(はなうど) ウドに似るがセリ科の多年草。若葉は食用風邪薬となる。
花漆 油分を含んだ上塗りの漆。
花篝(はなかがり) 夜桜を見るための篝火。
花香 匂い、色、又、お茶の香気。
花鰹 鰹節をこまかく薄く削ったもの。
花簪(はなかんざし) 花枝または造花を簪にしたもの。祗園の舞妓が使う。
花言葉 花詞とも、種々な花に象徴的な意味を含ませた言葉。
花相撲 本場所以外の地方興行の相撲のこと。
花代 芸者さんなどに渡す揚げ代やチップ。
花妻 新婚の妻。
花机 経文、仏具などを載せて仏前に供える机。
花つ月(はなつづき) 陰暦3月の別の呼び名。
花電車 記念行事などで花で飾り立てた電車。 
ストリップなどで行われる女性器を使ったパフォーマンス。花芸とも言う。語源は、路面電車の花電車。花電車は装飾をして走るだけで「客を乗せない」ものであったため、「客を乗せない」が「売春行為は行わない」と共通するとして、もっぱら見せるだけの風俗芸を花電車と呼ぶようになったという。  
花時計 花を植え込んで、大きな時計に見込んだもの。
花に嵐 花が咲くと激しい嵐が吹いて花を散らしてしまうことから、良いことにはとかく邪魔が入りがちであること。
花盗人(はなぬすびと)は風流のうち 花の美しさに惹かれて、つい花の枝を折ってしまうことがあるが、花の美しさに惹かれたあまりのことであるので、風流心の表れであるから、あまりとがめ立てをしないということ。花盗人のいいわけだ。
花塗 上塗漆を塗り放したもの。
花盗人 花泥棒。
花は折りたし梢は高し ほしいけれども手に入れる方法が見つからないこと。
花は桜木 人は武士 花では桜が、人では武士が最も優れていると言うこと。
花は根に 鳥は古巣に 経過はいろいろあっても、最後は元に返ると言うこと。
花も実もある 木や枝には、美しい花だけではなく実を付けることから、外見だけではなく中身も充実していること。また、道理も人情もわきまえた処理の仕方を言う。
花も恥じらう 花さえも引け目を感じるほど若い女性のみずみずしい美しさの様子を表す。花も恥じらう17歳。
花より団子 風流なことより実益を、外観よりは内容を重視する例え。
花を持たせる 相手を立てる。相手に名誉や栄光を譲る。
初花 17、8歳くらいの女の子。または、その季節になって初めて咲く花を言う。
一花咲かす 一時的でもいいから栄華を得、賞賛を得ること。
不香の花(ふきょうのはな) すなわちニオイのしない花、雪のことである。
風姿花伝 世阿弥の最初の能楽の書名。
坊主の花簪(はなかんざし) 髪のない坊主に花簪は必要がないことから、似つかわしくないものの例え。持っていても役に立たないことの例え。
盆花 盂蘭盆の時、精霊棚に飾る花。
増花(ますはな) 前の女よりも愛せる女。失恋した男に「また増花もあるから」と慰めるとき。よりすぐれた花、転じて前の女より良い女のこと。
待つうちが花 物事は、結果はどうなるだろうと待っている間が楽しいということ。
水の花 池や沼の表面に植物プランクトンが大量に発生して水面に浮く現象。
見ぬが花 物事は実際に見ないであれこれ想像しているのが楽しい。
御法の花(みのりのはな) 天台宗では法華経のことをこう呼ぶ。
六日の菖蒲 十日の菊 5月6日の菖蒲では5月5日の端午の節句に間に合わず、9月10日の菊では、9月9日の重陽(ちょうよう)の節句に遅れてしまい役に立たないことから、時期に遅れてしまうと、役に立たないつまらないものになってしまう例え。
六つの花(むつのはな) 六角形の結晶である雪のことを指す。
物言う花 美女のこと。
物言わぬ花 自然の普通の花
やはり野におけ蓮華草 蓮華草は野原に咲いているときが一番美しいのであって、摘んでしまえば意味がない。物事には相等しい場所や時があるのであって人にもその人にあった環境が一番よろしいと言うこと。
闇に咲く花(闇の花) 夜街角に立つ女。街娼
木綿花(ゆうはな) 木綿で作った白い造花のこと。昔女性の髪飾りとなった。
雪の花 雪が降るのを花が散ることにたとえられた。
湯の花 温泉の中から生じてくる沈殿物を言う。
宿花(よみはな) 返り咲きの花。一度咲いた後、二度咲きする花。
落花流水の情 落ちる花は流れる水に身を任せ、また、流れる水は落ちた花をいつまでも浮かべたまま流れてゆきたいという気持ちから、男女が自然に身を寄せ合うようになることの例え。
六花(りっか) 六角に結晶することから雪の別称。
両手に花 二つの良いもの、美しいものを一人で持ってしまうこと。
忘れ花 時季を過ぎてから咲く花。

  
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