読経

 
【読経】(どきょう)声を出して経を読むこと。 
仏教徒が経典を読唱すること。「どきょう」「どくきょう」「どっきょう」などと読み慣わしている。多くの僧侶が声をそろえて読経する場合は「諷経(ふうぎん)」とも言う。「読誦」ともいうが、「読経」は経文を見ながら読唱すること、「誦経」は経文を暗誦することである。  
経典の読誦は、本来、経典の意義を理解し実践するため、また経典を記憶し流布するためのものであったが、大乗仏教になると、しばしば「読誦」そのものに宗教的意義を認めるようになった。  
智の『法華玄義』(巻5上)には、大乗経典の読誦を観行五品(ごほん)の修行の一つに数えでおり、また善導の『観無量寿経疏(観経疏)』(巻4)では、浄土三部経の読誦を、念仏などとともに浄土へ往生するための正行の一つに数えている。  
また中国・日本では、死者供養・祈雨(きう)(雨乞〈あまごい〉、請雨〈しょうう〉)・鎮護国家(ちんごこっか)などを目的とする経の読誦も行われた。  
【看経】(かんきん)声を出さないで経文を読むこと。
   
お経の種類(法事で読むお経は三種類) 
陀羅尼(だらに)とか真言と呼ばれるもので、インドの梵語(ぼんご・サンスクリット語)のお経を、そのまま漢字に音写した呪文のようなお経。字を見ても読経を聞いても意味は全く分からない、禅宗で読む大悲呪(だいひしゅ)とか消災呪(しょうさいしゅ)などはこの類。サンスクリット語はインドでいちばん権威のある言葉で、大乗仏典はこの言葉で書かれたのであるが、インドの仏教は13世紀に滅びてしまったので原典はインドに残っていない。 
漢文に訳されたお経で、般若心経とか法華経などである。字を見れば意味は分かるが、読経を聞いただけではまず意味は理解できない。 
和讃(わさん)と呼ばれるもので、日本語で書かれ、坐禅和讃や菩提和讃などたくさんある。日本で作られたもので、お経は釈尊の説いた教えと定義すれば和讃はお経ではないことになるが、その有用性を考えればお経といえる。
   
世界のお経 
世界中にあるお経を、言語によって分けると基本的なものは三種類ある。漢訳仏典、チベット語仏典と、南方仏教で読まれるパーリ語仏典の三種類。この中で漢訳仏典がいちばん量が多い。もちろん日本では漢訳仏典が主であり、それを読み下しにした国訳一切経などもある。パーリ語は古代インドの言葉のひとつで、釈尊はこの言葉を使っていたと伝えられる。
   
読経の功徳 
葬儀や法事の時に何故お経を読むのか、基本的には読経の功徳を亡くなられた人に回向することである。仏教は読経の功徳を強調する。たとえ一言半句でも、お経を読んだり人に読んで聞かせたり写経したりすることは大変に功徳があるとされ、その功徳をご本尊様や亡くなられた人に回向しているのである。このことは日本だけでなく、世界中の仏教徒が認め実践している。 
法事などで読経をするとき、臨済宗ではまず本尊さまのためにお経を読んでいる、これを本尊回向という。次に亡くなった人を供養するお経を読んでいる。お経をよむ人間にそれだけの力や徳はなくても、お経にはそれだけ大きな功徳がある。
   
白隠禅師の高弟である東嶺和尚は「看経論」のなかで読経の功徳を八つあげている。 
自分が受ける四つの功徳 
1 三昧を助ける。読経の声が心に入り心を正しくする 
2 災いを滅す。善神の守護を受け悪鬼は怖れて近づかなくなる 
3 病をのぞく。読経の声が身体に充ち気血のめぐりがよくなる 
4 心願がかなう。運命が日々に改まり大道に従って生きるようになる 
他の受ける四つの功徳 
1 諸天を歓ばせる。仏教の守護神が力を得て勢力を増長する 
2 迷えるものを救う。悪業を消して菩提心を起こさせる 
3 読経を見聞きしている者を益する。悪念を捨てさせ信心を育てる 
4 人間以外のものを利する。音声の及ぶ所あまねく仏法と縁を結ばせる
   
読経は死人のためになるのか 
読経は死人のためになるという信心は世間一般の常識になっている。しかし、このような迷信を徹底的に打破したのが、実は仏教を説いた釈尊であった。また、親鸞聖人は釈尊の真意を最もきびしく開顕したひとである。 
ある時釈尊に一人の弟子が「死人のまわりで有り難い経文を唱えると、死人が善い所へ生まれ変わるという人がありますが、本当でしょうか」。その時釈尊は、黙って小石を1個拾われて、近くの池の中に投げられました。水面に輪を描いて沈んでいった石を指さして「あの池のまわりを、石よ浮いてこい、浮いてこいと唱えながらまわれば、石は浮いてくるであろうか」 と、釈尊は反問した。人間もまた自業自得によって、死後の果報が定まるのだ。経文を読んで死人の果報が変わるはずがないではないか、というのが釈尊の教えである。読経や儀式で死者が救われるという迷信は、もともと仏教にはなかったのである。孝心あつい親鸞聖人が「父母孝養のために一遍だにも念仏称えたことはない」と言っている。 
お経は釈尊が苦しみ悩んでいる生きた人間を幸福にするために、説かれた説法を弟子たちが後世のために書き遺したもので、死人に説法したものは一つもない。親鸞聖人「正信偈」蓮如上人「御文章」いずれも生きた人間に説かれたもので、死人への説法でないことは明らかなこと。  
読経は無意味なことかと言うと、それを勤める人の精神いかんと言える。厳粛な葬式を縁として我が身を反省し、罪悪観を深め、無常を感じて聞法心を強めればありがたい勝縁となる。蓮如上人「命のうちに不審もとくとく晴れられ候わでは定めて後悔のみにて候わんずるぞ、御心得あるべく候」 と言った。
   
お経の読み方 
木魚を使うときと使わないときの二種類。木魚を使うときには、ポコッと一回たたく間に漢字を一つ読むのが原則となっている。漢字は音読みすると全て一音節で出来ているので、このようなことが可能なのだ。木魚によって声をそろえるとともに、読経の速さを調整している。木魚を使わないときには、節を付けて読むことが多い。とかく分からないと非難されるお経だが、修行して読むには、意味が分からない方がいいという考えもある。和讃は日本語で書かれているので意味がよく分かる。だから、読んでいる時どうしても意味を考えてしまって心がよそ見をしやすい。漢訳の般若心経などを読んでいても、意味が分かるのでやはり無心になりにくい。陀羅尼は字を見ても耳で聞いても、全く意味が分からない。翻訳すればもちろん意味は分かるのだが、読んでいる時には分からない。だから読経三昧になりやすく、他のお経より三倍の功徳があると言われたりする。
   
法華経 
法華経は初期(第一期)大乗仏教の時代に成立した経典であると仏教学者は考えている。初期大乗でも、阿弥陀経、般若経(小品系)の次に成立した。法華経が成立した時代は紀元50-150年あたりにかけて成立したと考えられる。竺法護が「正法華経」を漢訳したのが286年である。それ以前に中国あるいは中国西域(シルクロード)に法華経が伝わっていたのだろう。
   
成立した場所 
法華経がインド圏で成立したことは論を待たない。サンスクリットの写本が、ガンダーラ、ネパール、中央アジアで多数発見されている、インド圏の論書に法華経の引用もある。どこで成立したかについては、インドのカースト制度の及ばない辺境地域ということが言われることがある。理由として「妙法蓮華経信解品第四」の「長者窮子の喩」がとりあげられ、窮子がトイレ掃除から始まり、財産の管理を任せられる職業にまで登用されることが書かれ、生まれが職業を決するカースト制度のインド社会では考えられないことからである。 
次のような考えもある。釈尊の当時はインドの伝統的なバラモン教の統制が弱くなり、思想的に自由な空気があった。仏教やジャイナ教がおこったのもこの時代である。経済の進展により、商人のなかには王権が一目置くような豪商も現れ、庶民階級のヴァイシャである豪商は、司祭者のバラモンや王族のクシャトリヤに対する相対的地位を高めていたとも推測できる。後に、仏教はインド全土に広がり一大勢力をもつに至り、バラモン教は相対的に力を失っていたと考えられる。あるいはインドの一部がギリシャ系の国王の統制下となったこともある。そのような中では、カースト制度が揺らいだことも想像できる。釈尊は四姓平等を説き仏教(出家)教団内にカースト制度を持ち込ませなかった。その仏教がインド全土に広まった。そのようなことを考えれば、インド文化圏のまっただ中で、長者窮子の喩えが比喩として登場する可能性も排除できないと考えられる。
   
成立させたのはだれか 
法華経の成立は紀元50-150年あたり仏教学者は考えている。しかし、釈尊の生没年は、紀元前BC463-BC383年頃(BC566-BC486、BC624-BC544説もあり)とされる。少なくとも、釈尊の時代と法華経の成立には500年の隔たりがある。歴史上の釈尊が説いたものでないことは自明。釈尊の入滅直後に法華経があったならば、部派仏教の経蔵に入っているべきだし、その論書にも解説や引用がなされているはずである。 
釈尊の入滅後、紀元前後のインドに熱心な仏教徒たちがいて、興起しはじめた大乗仏教(阿弥陀経や初期般若経)にも、保守的な部派仏教(小乗仏教)の教義にも満足することがなかった。自分たちはどのような教えを、どのように修行すれば、ニルバーナの境地を得ることができるのか考えた。仏舎利塔を供養し、瞑想し、学問をしながら思惟していた。そんな修行者が瞑想のうちに釈尊にまみえる宗教的体験をし、その体得したものを詩(韻文)にして語った。完全なサンスクリット(梵語)ではなくプラークリット(俗語)かそれに近いサンスクリットだった。このような崩れたサンスクリットを使うということは、教養や才能に恵まれた修行者ではなかったのだろう。それ故、教養や才能に関係なく普くニルバーナが得られる究極の仏教を求めたのだろう。釈尊を渇望し、その功徳が釈尊滅後の世界まで及ぶことを信奉する、信心篤き僧侶か在家だったのであろう。その韻文(偈頌)に感動したサンスクリットに堪能な修行者たちが、その内容を深めて散文(長行)を付加し、新たな韻文も付加して集大成し熟成して法華経は形成された。
 
理趣経 
「理趣経(りしゅきょう)」という経典がある。「般若理趣経」とも言い、真言宗の常用経典である。真言宗の僧侶が執り行う葬儀や法事で読まれるのは、まず間違いなくこの経典だと言ってよい。普通の経典が呉音で読むのに対し漢音で読むため、聞いていて誠に軽快な感じがするお経だ。 
たとえば金剛というのを「こんごう」ではなく、「きんこう」と読んだりする。清浄を「しょうじょう」ではなく、「せいせい」と読み、如来を「にょらい」ではなく、「じょらい」と読む。また一切を「いっさい」ではなく「いっせい」だったりと、聞いただけでは言葉が当てはまらない。 
なぜこんな読み方をするのかと言えば、そこにはいわゆる煩悩の中でも最もやっかいな性欲を大胆に肯定しているように読めたり、どんな悪事を働いても成仏するというような文言があるためで、いわゆる仏教徒にとってはそのまま受け取りがたい内容を含んでいるから、聞いただけでは意味を解せないためとも言われている。がしかし、本当のところは、当時洛陽や長安といった中国の都は漢音を中心にした世界であり、また日本でも平安の初期は漢字は漢音で統一するという時代だったためという。 
ところで、この経典は、通称を「般若理趣経」と言われているので、もともと大乗仏教が西暦紀元前後に新たに生起した頃大乗仏教徒によって新たにまとめられた般若経典の一種でもあり、その流れをくんでいる。だから真言宗ばかりか、たとえば禅宗のお寺さんでも、大般若経転読法会といえば、玄奘訳「大般若経六百巻」の中の五七八巻にある般若理趣分が導師によって読誦されたりする。 
つまり、同じ理趣経でも成立時期が様々なものがあり、玄奘訳は7世紀中頃に訳され、この他7世紀の終わりには金剛智や菩提流志らによって翻訳されている。そして、現在真言宗で常用されている「般若理趣経」は、長安第一の大寺・大興善寺におられた不空三蔵によって、七六三年から七七一年にかけて、あの玄宗皇帝の次の粛宗帝の勅により国家事業として翻訳された。 
その新訳を初めて日本にもたらしたのは弘法大師であろうか。唐の国からこれだけの経巻宝物を持ち帰ったと朝廷に差し出した「請来目録」には、「新訳等の経」の一巻として「金剛頂瑜伽般若理趣経」とあるから、おそらくこの不空訳の「般若理趣経」のことであろう。 
この理趣経は、正式名を「大楽金剛不空真実三摩耶経・般若波羅蜜多理趣品」という。読んで字の如く、「大きな楽しみ、それは金剛つまりダイヤモンドのように堅い、空しからざる、真実なる、三摩耶つまり悟りに至る経典」ということになる。ただ、大きな楽しみとは、私たちの俗世間的な楽しみではなく、この宇宙全体がよくあるようなことに対する楽しみのことであり、堅いというのは菩提心、つまり悟りを求める心が堅固であるとの意であるという。 
「般若波羅蜜多理趣品」は、「般若」が智慧、「波羅蜜多」は完成に至るとの意で、「理趣」とは、そこに至る道筋、「品」は章ということで、智慧の完成に至る道を説く章という意味となる。全体では、堅固な菩提心により智慧の完成を導き、必ず真実の悟りを得て、宇宙大の利益をもたらす道筋を述べたお経だということになる。 
ただ理趣経は、今日では、この経題の前に、読経する人が経典の説き手である大日如来をお招きしてお祀りする啓請と呼ばれる偈文を読むことになっている。だから理趣経のはじめは、「みょーびーるしゃなー」で始まる。「みょー」というのは、帰命の帰の字を略して読むからで、本来は帰命、帰依しますということ。「びーるしゃなー」は、毘盧遮那仏の仏を略して引声して唱える。「帰命毘盧遮那仏」、大日如来様に帰依しますという文言から理趣経がはじまる。 
そのあと、「むーぜん、しょーうじょう、せーいせい」と唱え、煩悩に染まることのない執着のない真理に至る、生まれ生まれてこの偏りのない教えに遇い、常に忘れず唱え教えを受持しますと宣誓しつつ、弘法大師にこのお経の法味を捧げたり、過去精霊の菩提のために唱えることなどを述べてから経題を唱える。
 
如是我聞 
そして、経題を唱え終わると続いて「如是我聞一時薄伽梵(じょしがぶーんいっしふぁきぁふぁん)」と読経が始まる。 
「如是我聞」とは、お経が始まるときの常套句で、かくの如く我聞く。 
この場合の「我」とは、お釈迦様に最後まで随侍したアーナンダ長老のことで、仏滅後の雨安居の際に第一の弟子マハーカッサパ長老のもとで500人の阿羅漢がラージギールの七葉窟に集会して、最初の仏典結集(けつじゅう・お経と戒律の編集会議)が行われた。 
その時アーナンダ長老が長年近くにあって記憶していたお釈迦様の説法を集まった長老たちの前で確認する際に、このように「かくの如く我聞く」と言ってからお唱えした。この言葉がお経の出だしの文句として常用され、大乗経典にもそのまま採用された。 
「一時」とは、あるとき。「薄伽梵」は、バガヴァーンというインド語の音訳で、尊敬すべき人、徳のある人、幸福、吉祥ある人との意味。経典には、ただバガヴァーンという言い方でお釈迦様を表している。この場合のバガヴァーンは、世尊と訳す。またヒンディ語では、最高神との意味もあり、ヒンドゥー教の神様にも使う。 
ところで、今でもインドの仏教徒は、バガヴァーン・ブッダという言い方をする。だから、ヒンドゥー教的な神様という意味しか知らない人には、インド仏教徒はお釈迦様を神様だと思っていると勘違いされることもあるようだ。 
10年ほど前にNHKが企画したNHKスペシャル「ブッダ大いなる旅路@輪廻する大地・仏教誕生」でも、とても良い企画ではあったが、コルカタのベンガル仏教徒にインタビューした際にそのような言辞があった。 
ただし、ここでの薄伽梵は、密教経典を説く教主・大毘盧遮那如来、つまり大日如来を形容している。そして理趣経は、このあと長々と教主大日如来のお徳が口上される。 
つまり、すべての如来のダイヤモンドのような堅い金剛によって加持された永遠なる悟りの智慧を有し、すべての如来の灌頂宝冠を得てこの世の宝を自分のものとした精神世界物質世界の主となり、すべての如来のすべての智慧を自在に駆使して利益する、すべての如来の働きを成し遂げる力を有し、すべての生きものたちの願いをかなえ、そして三世にわたって常に物質的音声的精神的なすべての活動に従事するありがたい如来であると。 
毘盧遮那とは、インド語のヴァイローチャナの音訳で、光り輝く者との意。すべての者に昼夜に問わず光りと恵みをもたらす大きなお日さまを表し、この宇宙の摂理、真理をそのままに尊格にした仏様ということになる。だから、大毘盧遮那如来で、大日如来。この世の中のすべてはこの大日如来の表れであるとも言われる。 
その大日如来が、欲の世界の最も高いところと言われる他化自在天(たけじざいてん)という天界で、この理趣経を説いた。そこは、一切の如来がおいでになり幸福にみちた宝物に溢れた宮殿で鈴や鐸の音が響き、装飾の施された布が揺らぎ、たくさんの宝石、宝珠、円い鏡などに飾られている。そして、そこには、八十億からの菩薩たちが大日如来の説法を聞こうと勢揃いしている。 
それらたくさんの菩薩たちの代表として、悟りを求める心を表す五鈷という法具を持ち一心に精進する金剛手菩薩、つねに慈悲の心で見て人の心の清らかさを見出す観自在菩薩、この世のあらゆるものに宝を見出す虚空蔵菩薩、身体と口と心が常に一体となって永遠に働く金剛挙菩薩、智慧の利剣で人々の煩悩を断つ文殊菩薩、発心してとたんに説法が出来る纔発心転法輪菩薩、人々にこの世のあらゆる宝をを広大に供養する虚空庫菩薩、一切の魔を退治する摧一切魔菩薩がおられた。 
これら八大菩薩の名が掲げられ、ぐるりと八方に大日如来を取り囲み、誠に巧みな意味深い清らかな説法が大日如来によってなされたと記される。そしてこれにて、理趣経が説かれる場の設定に関する長々しい解説、つまり序文が終了する。
 
初段 
「せーいっせいほうせいせいくもんそい・・・」と唱え初段が始まる。「説一切法清浄句門(せーいっせいほうせいせいくもん)」とは、「一切の法の清浄句の門を説きたもう」ということ。「一切の法」とあるが、仏教でいう「法」には様々な意味があり、仏教の教えを表したり、また真理であったり、この世に現れたものを意味する場合もある。ここでの「法」は最後の「現実に存在するもの」を意味する。 
「諸行無常」という言葉があるが、現実に存在するものすべては移り変わっていくというこの無常は、なぜ無常かと言えば、他のものに依存して様々な条件のもとで仮にいま存在しているからであって、不安定だから常に変化している。すべてのものが他とともに存在すると言うこともできるので、すべてのものは相互に関係し、みな繋がった大きな一連の存在と見ることができる。 
こうした自と他の繋がりを見ていくと、自も他もない一体不二の関係性が見えてくる。これを別の言葉で「縁起」ともいい、「空」ともいう。また「清浄」とも言う。このあたりが般若理趣経と言われる所以であって、「清浄句の門」とは、自も他もない「空」という関係性の教えとの意。だから、説一切法清浄句門(せーいっせいほうせいせいくもん)で「すべてのものが自他の区別のない清らかな心の教えを説く」ということ。 
そしてこの後、「○○せいせいくしほさいー」と唱える定型句が十七回繰り返される。これを十七清浄句と言い、男女の性交に関する言葉が登場するので有名なところである。まず「妙適清浄句是菩薩位(びょうてきせいせいくしほさい)(妙適清浄の句は是れ菩薩の位なり)」とあり、「妙適」とは、まさに男女の性交のよろこびを意味する言葉であり、またより大きな楽しみという意味もある。理趣経はこうして男女の性という生命を生み育むおおもとの交わりを、一味一体の清らかなものと見て、それを菩薩の心と表現してより神聖なものと捉える。 
その「妙適」が「妙適清浄」と表現されることによって、単なる男女の合体を性的意味合いから転換して個と宇宙、自と他、内と外という仕切りを取り払った全体として物事を捉える世界観を表現する言葉となり、大きくその意味合いが変わってくる。個々の私情をはるかに超えて自と他の境のない、つまり宇宙のすべてのものとの一体、一つであるとの意識により、より大きなよろこび楽しみへと心を差し向ける手かがりとして男女の性交を意味する言葉を表現している。 
このあとも男女の交歓に関する言葉が四つごとのまとまりとして四組、つごう十六の言葉が唱えられるが、二つ目の清浄句からその具体的な内容に入っていく。まず、「欲箭清浄句是菩薩位」とあり、「欲箭」は快楽を求める矢のような心を意味するが、「欲箭清浄」では、すべてのものと一体一つになる境地を欲し、自他ともによくあらんと強く引きつけられるのは菩薩の心であると述べる。 
同様に、欲の心から相手に触れることを意味する「触」、お互いに結びつき離れがたくなることを意味する「愛縛」、一体となりすべて思い通りになったことを意味する「一切自在主」という言葉が使われ、男女の行為の状況を表現しながら、それぞれ「触清浄」「愛縛清浄」「一切自在主清浄」となると、自他を区別する意識がなくなり一体となり、その心地にいつまでも浸りたいと思い、すべてのものと一つとなり、それらがよくあるようになし、すべてが思い通りにかなう心地にあるのは、それぞれ菩薩の心であると教えられる。 
続いて、欲の心から見たいと思うことを意味する「見」、触れることによる悦びを意味する「適悦」、お互いに離れがたく思うことを意味する「愛」、一切のものが自在になったと思う「慢」という言葉を用いて、男女の関係の情感を表現しながら、「見清浄」「適悦清浄」「愛清浄」「慢清浄」となると、すべてのものと一つとなって世の中を見て、その同体なりとの安楽を得て、慈しみの心を持って愛おしく思い、すべてのものの中にある自分を実感する菩薩の心となる。 
そして、お互いを意識して飾る「荘厳」、触れる歓びから心豊かになる「意滋沢」、愛によって光が差してくる「光明」、すべてが自在になった心地よさから「身楽」という言葉を用いて、男女の関係の心理を表現しながら、「荘厳清浄」「意滋沢清浄」「光明清浄」「身楽清浄」となると、この世のすべてのものと一つになった境地を得てすべてのものが美しく、心満たされ、光り輝き、身体に安らぎと心地よさを実感することに意味が転換される。 
さらに、「色」「声」「香」「味」という、眼・耳・鼻・舌に入り感覚として私たちが貪瞋痴の煩悩でとらえがちなものについても、おのおの「色清浄」「声清浄」「香清浄」「味清浄」となると、覚りに導き入れる姿であり、説法となる音声であり、三昧に導く香りであり、歓喜にいたる法味となる。これら十六に展開された清浄なる心はみな各々が菩薩の境地なのであると唱えられる。 
以上が十七清浄句である。次に、何故ならばとことわりがあり、「一切の法が自性清浄なるが故に般若波羅蜜多も清浄なり」と続く。一切すべてのものが本来別々に存在しているものではないので、般若波羅蜜多という覚りの智慧も自他の対立を離れて清浄であるということ。ここでは般若波羅蜜多の智慧は、本来私たちが獲得すべき智慧として捉えられているという。だから、私たち自身がそのような境地が開かれるように修行をし、自分自分という自己中心的な発想を止めて、自分以外の者との隔たりを超えて、自も他もない一つの全体が存在しているのだという、そういう見方でものごとを見ていかねばならないと強調される。 
そして、次に、この初段本文、とくにこの十七清浄句についての功徳が述べられる。「金剛手よ」、と沢山の聴衆の代表として、金剛手菩薩に呼びかけ、「このような清浄を実現する般若波羅蜜の覚りの境地を聞くことがあるならば、覚りに至るまで、覚りを邪魔する様々な障害も、貪瞋痴の煩悩も、素直に正しい教えを聞けない障り、業によって生じてくる障り、これらを多く積み重ねたとしても地獄に堕ちることなく、さらに重い罪を重ねても消滅する。だからこの教えを大切に受持してよくよく日々読誦し、注意して深く思索するならば、この一生のうちにすべてのものが分け隔てないものだという覚りの心をえて、自も他もない融通無碍となり、心に歓喜を得て、十六大菩薩の功徳を身につけて、最高の覚りを開くであろう」とある。 
本来は悪事を重ねることは覚りの障害の何ものでもないと考えられている。だから沢山の罪を重ね今に至る私たちは、どれだけの果てしない時間を要しても覚りなど手の届かないものだと諦めてしまいがちではないか。だから阿弥陀如来の本願にすがって念仏にたよろうとの気持ちにもなる。しかし、お釈迦様の時代にも、アングリマーラという多くの人を殺し恐れられた極悪凶暴なる者であっても、ひとたび改心して出家し、お釈迦様の教導により修行することによって阿羅漢果を得たという例もある。 
ただし、もちろんのこと、なればいくらでも悪事に走ってもよいとするのではない。この経典に出会い教えを受け入れ唱えた、いま、心あらたまった、そのときにあっては、過去にとらわれず、たとえ過去にいかなる事があろうとも、覚りを求めることを捨てずに日々一歩でも前進し、今生での覚りを得られるほどに精進することを迫る、正にそのことを強烈にアピールするための功徳文なのだと言えよう。唱えれば誰でも簡単に仏になれる、そんな安易な意味でないことは当然のことであろう。 
そして最後に、「しーふぁきぁふぁんいっせいじょらいたいしょうけんしょうさんまーやー・・・」と唱え、初段のまとめに入る。聞き手の代表だった金剛手菩薩が登場して、大日如来の唱えた教えをもう一度復唱し、覚りの心髄としての一字の真言をお唱えになる。 
この金剛手菩薩は、世界のすべての人々を残りなく教化しすべての教えをマスターして、満面の微笑みを浮かべて、左の手は拳にして腰に当てて右手にした金剛杵を揺さぶり、自信に満ちあふれた姿で、すべては一体不二で清らかなものだとすべての人に知らしめようと心静かに願って瞑想に入り、その心髄を現す一字真言「フーン」を唱えた。読誦する場合には、この部分は唱える音調に変化を加えて唱え、最後は「さーんまやーしーん」と各所を引きのばして唱える。そうして、この唱えるとき、正に唱え手もそのままに、この菩薩の瞑想の中に没入するのである。
 
第二段 
「しーふぁきゃふぁん、ひろしゃだじょらい・・・」と始まる。冒頭に「時薄伽梵毘廬遮那如来」とあるように、大日如来が登場する。初段は大日如来の教えを金剛薩埵が代弁して、自と他の壁が解消することによって、どんな煩悩もその本質は清らかなものであり、自分だけの小さな欲から、より多くの生きとし生けるものの幸せのためになる大きな欲に転じていく教えを説いた。ここでは大日如来みずからがお出ましになり、その覚りそのものについてより具体的にお説きになる。 
「一切の如来の静寂法性」とは、静かなる真に完全なる覚りということ。現にいま正にそのあらゆる対立を越えた平等の覚りに至った、その究極の教えを説く、と簡潔にこの段の趣旨を説明する。 
理趣経は、このあとずっと、各段ごとに各々四つずつに内容を分解して教えを展開していく。これは、大日如来の、周りに配置される四仏の覚りの境地をいろいろな角度から解明していくというスタイルで説かれていくため。真言宗の仏様の世界を表す曼荼羅の、金剛界の仏様たちの中心に位置するのが大日如来で、その周りを東南西北の順で四仏が取り囲む。四仏とは、阿閦如来、宝生如来、阿弥陀如来、不空成就如来(釈迦如来)の四人の如来を言い、この四仏は大日如来の智慧を四つに分けたものとも言われる。その四つの智慧とは、 
@[絶対に怒らないと誓った誠に意志の堅い仏・阿閦如来の智慧]大きな円い鏡がすべてのものを映し出すように永遠なる天地宇宙の一切を了解している誠に大きく深い智慧(大円鏡智という)、 
A[世の中の宝を見つけ出す仏・宝生如来の智慧]すべてのどんなものにでも平等に価値を見出す智慧(平等性智という)、 
B[誠に清らかな心で衆生をご覧になる仏・阿弥陀如来の智慧]個々の違いを見出してその尊さに目を向け無限の優しさをたたえる智慧(妙観察智という)、 
C[衆生を救う仕事が円満に成就せしめる仏・不空成就如来の智慧]すべてのものを成長させ育む智慧(成所作智という)を言う。 
そして、この第二段は、大日如来の覚り・大菩提とは、これら四つの智慧の平等なる覚りであると説かれる。ここで言う平等とは、等しいという意味ではなく、初段で述べた清浄と同義で、みな一つ、一体、不二同体ということ。 
四つの平等なる覚りとは、@ダイヤモンドのように堅固でかつ永遠なる覚りがすべてのものに周遍しているから金剛平等の覚りといい、金剛平等の覚りでは、覚りは永遠に不変で滅することもないので、永遠なるいのちの平等に目覚めよと教えられている。みな初めのない輪廻を生きている衆生は、平等にいのちの連続を生きている。誰にも刻一刻、時間が平等に経過していくように、今という瞬間の連続であるいのちは平等なるものと言えよう。 
Aすべてのもの、生きとし生けるものに何でも願いをかなえてくれる宝珠の如く、等しく福徳をもたらすので義平等の覚りといい、義平等の覚りでは、覚りはすべて平等に福徳をもたらすので、すべてのものの無限なる福徳の平等に目覚めよと教えられている。どんなものにも価値がある、使いようによっては宝になる。ゴミから沢山の資源が回収されるように。どんなものにも無限の価値、可能性があり、私たちはみんな違ういのちを生きている、だからこそ一人一人に平等に生きる意味と価値、可能性がある。 
B泥の中から咲く蓮のように、すべてのもの、また生きとし生けるものも本来その本性は清らかなものであるから法平等の覚りといい、法平等の覚りでは、覚りは清く穢れないものであるので、すべてのもの、生きとし生けるものもその本性清浄なることの平等に目覚めよと教えられている。ひとつひとつ、一人一人、みんな違うものを持っている。その違いを優しい眼差しできちんと観察し見つめてみれば、みんな平等に清らかな輝きに充ちている。 
Cすべての働きや行いがみな人間のはからい分別を越えた仏の衆生済度の働きになるので一切業平等の覚りといい、一切業平等の覚りでは、覚りはすべてのはからいを越えたものであるので、不滅の業の平等に目覚めよと教えられている。一人一人すべての過去からの身と口と心による行いの果報・業はすべての者たちの覚り着く先にあってはそれらすべてがその帰結のため、つまり覚りのための行いと見ることが出来る。相互に関係し合っている私たちの業を考えればそれぞれの行いは平等に相互に済度し合っていると捉えることが出来よう。 
このあと、「きんこうしゅじゃくゆうぶんし・・・」と、この段の功徳が説かれる。この四出生の法を聞くことあらばとあり、この四つの智慧の教えを信じ、受け入れ、読誦するならば、いかなる重罪も消滅して、死後地獄・畜生・修羅などの三悪趣に落ちるようなことがあってもそれを乗り越え、自己の完成を求め、覚りを強く求めるならば、無上なる覚りを得ることが出来ると説く。 
そして、最後に、「しーふぁきぁふぁんじょしせっち・・・」と最後のまとめにはいる。世尊大日如来は、真実にして無上なる覚りをすべての人に授けんとされて、大悲の心を抱き、真実の智慧を表す智拳印を手に結び、すべて世界の究極の真理は平等心にあると説き示されて、その心髄を現す一字真言「アク」を唱えた。
 
第三段 
「しーちょうふくなんじょうせーきゃぼーちじょらい・・・」と第三段が始まる。ここに「調伏難調釈迦牟尼如来」とあるように、この段は教主大日如来が、様々な煩悩の火を吹き消して覚り、その教えによって多くの迷える人々さらには教化しがたい者たちをも覚らしめたお釈迦様となって登場する。 
第二段では、真に完全なる覚りとは、@永遠なる堅固広大なるもの、A無限なる価値あるもの、B尊く清らかなもの、Cすべての行いがその計らいを超えて互いに救済しあっているものであり、すべてのものが一体平等なるものと見てきた。第三段では、その@永遠なる堅固広大なるものとしての覚りの意味を展開していく。 
私たち人間は常に苦しみの中にあると、お釈迦様はご覧になった。四苦八苦の苦しみと言うように、生まれた瞬間から生老病死の四苦の苦しみが生じ、これに愛別離苦(愛する者と別れねばならない苦しみ)、怨憎会苦(憎しみ合う者と会う苦しみ)、求不得苦(求めても得られない苦しみ)、五陰盛苦(身と心から盛んに生じる苦しみ)を併せて八苦の苦しみが襲い来る。 
これら四苦八苦を生じる根本の原因となるのが、人の心に巣くっている、貪瞋痴の三毒と言われる三つの根本的な煩悩である。それによって、誰しもが迷い怒り愚かしい心を持つにいたる。お釈迦様は、これら苦しみの原因となる三毒を真実なる智慧を開かれることによって克服なされた。 
カピラ城を出て遊行し、六年間の苦行を経て、菩提樹下で瞑想する修行者シッダールタの前には、沢山の魔が夜ごと襲いかかったと言われる。代表的な魔は、様々な煩悩である煩悩魔、苦しみを起こさせる色受想行識の五蘊の陰魔、死をもたらす死魔、天に住み人の善事を邪魔する天魔の四魔であったと言われる。 
これらが襲い来たとき、お釈迦様は、右手を膝の下に降ろし地に触れて、大地の神にこの世の真理を獲得し解脱せんとの堅い決意が不動なる真実であることを証明して見せたことによって魔は退散していったという。正にこのお姿が前回述べた四仏・四智の一つ「大円鏡智」を象徴する阿閦如来(あしゅくにょらい)のお姿でもある。 
つまり、真実を示すこと、それが魔との戦いに勝利することになった。それと同じように真実の姿、この世のあり様を真実なる智慧によって見るとき、人間の根本的な煩悩である三毒も消えて無くなってしまう。小さな自己の欲求に取り巻かれている人々が、正しく貪瞋痴を制御するためにこの世の中の真実の智慧を授けるのが、この段の教えであると趣旨を説明する。
 
無戯論ということ 
私たちは無意識のうちに、眼と耳と鼻と舌と皮膚から入る刺激に反応して、それが自分にとって好ましい物なら欲の心を、好ましくない物なら怒りの心を生じさせている。心の中で思い巡らす刺激に対して欲や怒りの心から妄想していくのも同じこと。しかしその好ましい物でも、ずっとその刺激が続くと逆に苦しみ、そして怒りに転じていく。 
甘い物が好きで、ケーキを食べたいと欲の心で食べたとしても、三つも四つも食べたらムカムカして、もう食べたくない見たくもないという怒りの心が生じる。それなのにもっと食べたいと思い、吐きだしてまでご馳走を食べるなどという愚かしいと思えることも、中世のヨーロッパの貴族の間では実際に行われていたと聞く。好きな音楽も何時間も聞き続ければ、もう耳にしたくないという怒りの心にも転じる。香りの良いお香でも、沢山焚いてしまえば悪臭に転じていく。 
しかしたとえば同じ欲でも、何か人に喜んで欲しい、助けてあげたいという気持ちから、欲っしていた物を見つけてあげたり、困っている人を助けてあげたようなときに、心から感謝されてこちらもうれしく思うような喜びの心はとても長く心楽しい気持ちでいさせてくれる。さらには、自然の中で少し落ち着いた気持ちで心静かに過ごしたり、坐禅でもして心の中に何もない安らぎ心地よさを経験することは、さらに大きな喜びを永く味わうことが出来る。 
欲や怒りの心は良くないと思っても、特に欲は次々に生じてくるものなので捨てられるものではない。捨てることを考えるのではなく、外からの刺激をどう受け取るか、受け取る側の反応の仕方が問題なのである。物事にとらわれず、蓮の上の水玉の如く周りに囚われず自由に安らかにあるべきだと教えられている。 
無戯論・戯れの論がないとは、小さな自分だけの好き嫌いの感情から欲をつのらせたり怒ったり愚かな思い行為に至ることから離れ、自他の対立を離れ、自他が一体なるものとの認識の元に、自分も周りも、もっと沢山の人たちや生きものたち全体が良くあるように幸せであって欲しいと、大きな欲に心を導いていくことをいう。 
貪瞋痴の三毒をこのように小さな自分の中のとらわれた分別から開放して、より広く大きな、長い時間に亘って喜びを感じられる清らかな心に転じていくことによって、一切法、つまりすべてのこの世の現実世界も、本来このような小さな個による好き嫌いを超えた清らかな存在である。すべてのこの世の現実世界が清らかな広大な永遠なる存在であると目覚めれば、真実なる般若の智慧も開かれていくと説くのである。 
第三段の功徳 
そして「きんこうしゅじゃくゆうぶんし・・・」と、この段の功徳が説かれる。すなわち、この段の聞き手である金剛手菩薩に対し、この欲望を正しく導く教えをよく受けとめ、実践していくならば、たとえ欲望にまとわれた人々を殺害するようなことがあったとしても、地獄の暗闇の世界に墜ちることはないと諭している。ここでの殺害とは、悪業を生む心の中の煩悩を殺害することを意味しており、それによって、自他共々に真実なる智慧を速やかに獲得するからであると説かれる。 
降三世の印を結ぶ 
そこで、金剛手菩薩は、この教えを重ねて明らかにせんとして、心に巣くう頑なな自己に固執した欲や怒りの心を粉砕すべく、三世を支配するというインドの神・シヴァ神を倒した降三世明王の忿怒の形相で、蓮華を持ちその姿が広大な慈悲心から現されたものであることを明かすために微笑みさえ浮かべて、すべての者たちの豊かな人格の形成を念じる。 
降三世の印とは、両手の甲を胸の前に交差させ小指を掛け合わせた形であり、仏の心と迷える衆生の心、さらには、小さな自己と真に広大なる宇宙大の自己との一体不二なることを表している。そして、その心の心髄を表すべく、降三世明王がシヴァ神を打ち倒したときの勇猛なる心・金剛吽迦羅心の一字真言「フーン」を唱えた。

  
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