玉手箱

 

浦島太郎雑話 
 
【玉手箱】 (「たま」は「たまくしげ(玉櫛笥)」の「たま」に同じ)美しい手箱。特に、丹後国の浦島が竜宮の乙姫から贈られて持ち帰ったという箱。あけてはならないという乙姫の戒めを破って箱をあけたところ、中から白い煙が出て、浦島はたちまち白髪の老人に化したという。秘密にして容易に人に明けて示さないもの。 
玉の箱 玉で飾った箱。美しい箱。 
【浦島】浦島伝説に取材した作品。(1)謡曲。脇能物。番外曲。(2)狂言。大蔵流番外曲。祖父と孫が釣った亀を助けてやると、亀の精が現われ、磯辺に箱を置いて消える。二人が箱をあけると白い煙が立ち、祖父は若い男となる。(3)歌舞伎所作事。長唄。二世瀬川如皐作詞。四世杵屋三郎助作曲。文政11年江戸中村座で初演。七変化舞踊「拙筆力七以呂波(にじりがきななついろは)」の一つ。
  
【箱・筥・函・篋・匣】 
物をおさめるための器。多く蓋(ふた)と身とから成る。木、紙、金属、皮革、プラスチックなどで作り、直方体のものが多い。 
厠で大便を受けた容器。しのはこ。転じて、大便。糞。*宇治拾遺‐五・七「はこすべからずと書きたれば」 
三味線を入れる容器。転じて、三味線。また、三味線を入れた容器を持って芸者に従って行く男や芸者をもいう。 
「はさみばこ(挟箱)」の略。 
汽車や電車の車両。「二両目のはこに乗る」 
四角形。箱形。 
川床の両側が切り立った岩になっている地形。 
「はこいり(箱入)」の略。 
「はこいりむすめ(箱入娘)」の略。 
女性の陰部。女陰。
  
【御祓箱・御払箱】 中世から近世にかけて、伊勢の御師が、毎年地方の檀那(だんな)に配ったお祓のお札や薬種、暦などを入れた箱。(御払箱・毎年新しいお札が来て古いお札は不用となるところから「祓(はらい)」を「払(はらい)」にかけたしゃれ)使用人が解雇されること。不用品を捨てること。 
【祓箱】はらえばこ 祓串(はらえぐし)などのお祓を入れた箱。伊勢神宮の御師(おし)が各戸に配って回った。はらいばこ。 
【御札箱】 御礼、護符、大麻(たいま)、幣(ぬさ)などを入れる箱。 
【賽銭箱】 神社仏閣の前などにすえて、参詣人の賽銭を受けるための箱。 
【進上箱】 進上物を入れる箱。品物を入れて贈り物にする箱。 
【建立箱】 寺院や堂塔建立のために、喜捨を募って旅する僧などが背負う箱。 
【外法箱】 市子(いちこ)、口寄(くちよせ)などの巫女(みこ)が呪法、妖術に使う偶像を入れて持ち歩く箱。 
【棺・柩】ひつぎ (古くは「ひつき」。「ひとき(棺・人城)」の変化か)死体を入れて葬る箱。かん。かんおけ。
  
【石棺】せっかん 石づくりのひつぎ。古墳時代に死体を納めた石製の棺。板状の石を組み合わせて箱形につくった箱式石棺が一般であるが、他に大石をくりぬいて身と蓋をつくった舟形石棺、蓋が屋根の形になっている家形石棺などがある。 
【骨箱】 骨を納める箱。(「骨」は「歯」のことで、中に歯がはいっている容器の意から)口。 
骨箱を叩(たた)く 人が語ることをののしっていう語。大きなことを言う。よくしゃべる。 
【経箱】きょうばこ 経文を入れておく箱。経函。 
【棺】かん 死体を納める箱、または桶(おけ)。ひつぎ。龕(がん)。 
棺を蓋(おお)う 死ぬことのたとえ。人生を終える。 
棺を蓋(おお)うて事定まる 生前の真価は死後になって定まる。生きている間は公平な判断ができない。
   
【箱伝授】 上冷泉家で「古今集」の秘伝に関する文書を箱に密封して代々受け継いだこと。代々受け継ぐべき秘伝。金などを箱入りのまま伝え受けること。 
【カルタ箱】 カルタを入れておく箱。 
【当箱】 すずり箱。「すずり」の「すり」をきらっていう。 
【源氏箱】 「源氏物語」を入れて黒棚(くろだな)に飾る箱。 
【色紙箱】 ふたに蒔絵などを施した色紙を入れる箱。 
沈の箱 沈の香木で作った箱。香具の一つ。沈香を入れる二重の箱で、梨子地・蒔絵・堆朱・沈金彫りなどのものがある。上には沈香、下には香木を切るためののこぎり・槌などを入れる。 
【短冊箱】 短冊を入れる箱。 
【共箱】 書画骨董が、作者自筆の箱書のある元来の箱と共になっていること。また、その箱。 
【札箱・札筥】 十種香(じしゅこう)など聞香の競技で、香銘を記した札を入れる箱。守り札を入れる箱。
  
【筆箱・筆匣】 筆を入れておく箱。鉛筆、ペンなどの筆記用具を入れる長方形の箱。 
【茶通箱】さつうばこ 茶道具の一つ。茶通箱点に用いる箱。宇治の茶商の注文品を入れてくる通い箱から考案された。 
【本箱】 背に負うように作られている本を入れておく箱。笈(きゅう)。文箱(ふばこ)。本をしまうための、戸のついた箱型の家具。 
【硯箱・硯筥】すずりばこ 硯、筆、墨などを入れておく箱。すずり。 
【書厨】しょちゅう 本を入れておく箱。本箱。書棚(しょだな)。ただいたずらに読書をするだけで、その本の意味をよく解することができないで応用のきかない人を、あざけっていう語。 
【書櫃】しょき 書物を入れる箱。本箱。書函。 
【扇箱】 扇を入れる箱。近世には足付きの台に載せて、祝いの贈り物にした。扇を入れる代わりに、竹に紙を巻いたものを入れ、年玉用の儀式に用いる場合もある。
  
【御箱・十八番】 とっておきの得意とする芸。その人がよくやる動作やよく口にすることば。 
【火打箱・燧箱】 火打道具を入れておく箱。狭く小さい家をあざけっていう。 
【痴話箱】 (多く情事の仲介となるところから)炬燵(こたつ)をいう。 
【箱止】 料理屋・待合などが、芸者の出入りを禁止すること。 
【箱枕】 箱形の木枕。台形の箱の胴の上に、小枕という小さいくくり枕をのせ、その上に枕当て紙を重ねて結んで用いる。漆塗りの胴に金銀の蒔絵などをしたものや、胴にひき出しなどがついたものもあった。芸妓が売春すること。
 
【箱梯子】 段の裏の下部の空間に、側面から利用する、引き出しや戸棚を設けた階段。段と段との間にとりだし口を設けたものもある。 
【重箱面】 重箱のような四角な顔。角顔。 
【重箱読】 上の字を音で、下の字を訓で読むこと。また、その読み方。「団子」を「だんご」、「王手」を「おうて」と読む類。上を訓で、下を音で読む湯桶(ゆとう)読みに対していう。また、広く、一語の漢字熟語を音訓まぜて読むことにもいう。 
【御物】ごもつ 他人を敬って、その所有の品物をいう語。多く皇室や将軍家などの貴人の所蔵物に対していう。ぎょぶつ。武家や寺家(じけ)で、主人の側に仕えた小姓。また、主人の寵愛を受けた小姓。貴人の家で、衣服などを入れて保存する四角い箱(日葡辞書)。「ごもつぶくろ(御物袋)」の略。
  
【重箱】 食物を入れる木製の四角な容器。二重、三重に重ねられるようにしてあり、漆塗りが多く、蒔絵(まきえ)などをほどこした精巧なものもある。遊里で、芸者や幇間(ほうかん)などが、花代、揚代の二重売りをすること。 
重箱で味噌(みそ)をする 外見がどんなにりっぱであってもその器(うつわ)でなければ役に立たないことのたとえ。外見を整えることや細かい点にとんじゃくしないでおおめに見ることのたとえにもいう。 
重箱の隅(すみ)を杓子(しゃくし)で払う あまり細かい点まで干渉しないで、おおめに見るべきだというたとえ。 
重箱の隅(すみ)を楊枝(ようじ)でほじくる[つつく] 些細な点まで干渉、せんさくしたり、どうでもよいようなつまらない事柄にまで口出しをすること。
 
【木偶箱】でくばこ 人形を入れておく箱。人形箱。 
【道具箱】 道具を入れておく箱。大工道具を入れておく箱。 
【仕事箱】 仕事に用いる道具を入れておく箱。大工の道具箱や裁縫のための針箱の類。 
【救急箱】 急病、負傷などの当座の手当用として薬剤その他を入れておく箱。医療箱。 
【筐底・篋(ケフ)底】きょうてい 箱の底。箱の中。 
【化粧箱】 化粧道具を入れる箱。進物用にする菓子、酒などを入れるため外部を装飾した紙や木などの箱。 
【下駄箱】 玄関などに置いて、下駄や靴などのはきものを入れる。棚のついた箱。 
【長箱】 つなぎ棹でなく、三味線全体を長いまま入れる1Mほどの箱。主として遊里で使用。 
【火縄箱】 船中などでタバコを吸うために、火縄に火をつけて入れておく箱。 
【三衣匣】 三衣を入れる箱。袈裟箱。後世には居箱(すえばこ)と混同することが多い。
 
【私書箱・私書函】 (「ししょかん(私書函)」の「函」がかつて当用漢字になかったため、いいかえた語)郵便私書箱の略。 
【心中箱】 遊女、若衆などから心中立てに贈られた起請文や指、爪、髪などを入れておく箱。 
【目安箱】 広く庶民の要求や不満などの投書を受けるために設けられた箱。戦国時代にも置かれていたというが、享保六年、八代将軍徳川吉宗によって、評定所の門前に置かれ、庶民の利用を奨励した。訴状箱。 
【切溜】 薄く漆塗りにした木製の箱。重箱に似て、ふたのある入れ子造りになっている。切った野菜や煮物、またはその材料などを入れるために用いる。奉公人が食器を入れておく箱。食事時には、そのふたを膳として用いた。箱膳。切り取った草木の枝、花などを水揚げしておく手桶。花桶。
  
【受箱】 ものを受ける箱。新聞や郵便物、牛乳などを受けるため、入口にとりつけた箱。 
【薬箱】 医薬品を入れておく箱。医者が患者の家に往診する時、薬などを入れて持っていく箱。薬籠(やくろう)。 
【鏡箱・鏡匣・鏡筥】 平安時代以後寝殿に設けた理髪の調度の一つ。鏡、領巾(ひれ)、汗手拭(あせたなごい)などを入れる八花形(やつはながた)の箱。鷺足の台の上に置き、櫛笥(くしげ)と並べて置かれた。鏡を入れる箱。 
【香奩】こうれん 婦人の化粧道具を入れる箱。神仏に供える香を入れる箱。香箱。 
【駒入】 三味線の駒を入れる袋や箱。将棋などの駒を入れる箱。 
【御用箱】 江戸時代、幕府・諸大名などの用務に関する文書や金品の類を納め、道中を持ち運ぶ木箱。蓋の表面に「御用」と書いてある。 
【針箱】 裁縫用具を入れておく箱。裁縫箱。
 
【挟箱】 近世の武家の公用の外出に際して、必要な調度装身具を納めて従者に背負わせた箱。 
【荒筥】あらばこ 中古、穀粒をふるい分ける時に用いた農具で、目のあらい箱形の篩(ふるい)。後世の千石通しの類。中古、神事の供物や天皇の供御(くご)、諸国からの献上品などを納めた木箱。材は白木か。一合、二合と数える。 
【百葉箱】ひゃくようそう 気温・湿度などを測定するために、計器を入れておく木造の箱。周囲を鎧戸(よろいど)で囲まれた白ペンキ塗りの箱で、計器の高さが地表から約一・五メートルになるように芝生を植えた地面の上に固定される。 
【唐箱】 中国製の箱。また、中国風に作った美しく珍しい箱。 
【乱箱】みだればこ くしけずった髪を入れる箱。衣類や手回り品などを一時的に入れるうるし塗りで蓋のない浅い箱。 
【車箱】 牛車(ぎっしゃ)の轅(ながえ)の上にすえ、前後に出入口を設けた囲いで、人が乗る部分。屋形。床。箱。
 
【葛・黒葛・葛籠】つづら (葛・黒葛)ツヅラフジなど、じょうぶなつる性の植物をいう。(葛籠)衣服などを入れるツヅラフジで編んだかぶせ蓋の箱。また、竹網代(たけあじろ)で代用し、ときに柿渋・漆などを塗った。金紋・蒔絵のものもあり婚礼用具の一つとされた。つづらこ。襲(かさね)の色目の一つ。狩衣類では表は青黒色で裏は淡青色。 
【茶掃箱】ちゃはきばこ 茶道具の一つ。抹茶を茶入れや薄茶器に入れるのに必要な道具を入れた箱。 
【枕箱・枕筥】 箱形の木枕。箱枕。枕を入れておく箱。人出入の多い家業で用い、通常5個または10個の枕を入れるように作った。 
【櫃】ひつ 上に向かってふたのあく大形の箱。長櫃・折櫃・唐櫃・小櫃など。また、飯を入れる木製の器。飯櫃。おひつ。 
【飯盒】はんごう 合金製で底を深く作った炊飯兼用の弁当箱。軍隊用に作られたが、のち携行に便利なところから、登山やハイキングなど野外の炊飯に用いられるようになった。
  
【塵箱・芥箱】ごみばこ ごみを入れるための箱。 
【勝手箱】 茶道具を入れる箱。文箱(ふばこ)より少し背が高く、中に入れ子、掛け子があり、柄杓(ひしゃく)まで入るようになっている。 
【籠箱】こばこ 底が板で、四面上面には紗(しゃ)や絽(ろ)を張った箱。虫などを入れるのに用いる。 
【小箱・小筥】 小さい箱。漁師の釣具を入れる手箱。鉤笥(ちげ)。 
【琴箱】 琴を入れておく箱。また、琴の胴。 
【ごた箱】 雑多な物をいっしょに入れておく箱。 
【重箱】かさねばこ 幾つも積み重ねるようにした箱。
  
【行李・梱】こうり 使者。つかい。旅行に携える荷物。荷物。竹、または柳などで編んだ物入れ。旅行の荷物を入れるものだったが、今日では、普通、衣類などを入れる。また、小型のものは弁当箱にもした。こり。 
【鍵箱】 鍵を入れておく箱。 
【手箱】 身のまわりの小道具などを入れておく箱。「玉手箱」 
【折箱】 薄くけずった板やボール紙などを折り曲げて作った箱。おり。 
【帳箱】 帳場などに置き、帳簿や書付などを入れておく箱。 
【茶箱】 葉茶を詰めて運送するのに使う大形の木箱。湿気を防ぐために内側・外側に紙を張り渋を引いたり、ブリキを張ったりする。茶をたてる道具一式をおさめる箱。外出・遊山などのとき持ち運ぶ。
  
【段箱】 玄関の式台に上がる段を箱のように作ってあるもの。 
【台箱】 江戸時代、お得意先をまわる髪結が、結髪の道具を入れて持ち歩いた箱。 
【競箱・糶箱】せりばこ 行商人が、商品を種類別に入れて、背負って歩く箱。 
【巣箱】 野鳥が巣をいとなみやすいように野外にかける木の箱。蜜蜂(みつばち)の巣を収めている木箱。 
【砂箱】 機関車に装置されている、砂を貯えた箱。機関車の動輪とレールとの粘着力を一時的に増すために、必要に応じてレールの上にまくための砂を貯えてある。 
【透箱】すきばこ 透し彫りをした箱。すいばこ。 
【印盒】いんごう 印肉を入れる、ふたのある入れもの。印肉箱。印肉入れ。 
【蚕箱】さんばこ 周囲を木枠で囲み、底に少しずつ間隔を置いて板をうちつけた箱。蚕児の飼育に用いる。
  
【通箱】かよいばこ 通帳を入れる箱。商店で、得意先に物を届けるのに用いる小箱。座敷飾りの小箱。厨子(ずし)などの上に飾っておくもので、もとは医者のところに薬を取りに行くのに用いた。 
【釘箱】 釘を入れる箱。 
【空箱】 何もはいっていない箱。あきばこ。 
【押箱】 押鮨(おしずし)を作るときに鮨飯をつめる箱。押しわく。 
【負箱】おいばこ 物を入れ、背負って運ぶための箱。 
【長持】ながもち 長く保つこと。長い間役に立つこと。持久。持続。衣類、調度などを入れて運搬したり保存したりするための蓋のついた長方形の大きな箱。長櫃(ながびつ)。
  
【銭箱】 金、銀銭を入れておくかね箱。錠がかけられる仕掛けとなっており、またこわされないように鋲打、四方鉄がしてある。金銭を投入する丸い穴をあけたものとあけないものがあり、後者は普通千両箱と俗称される。形は大小さまざま。大きな利益を生ずる源として頼みにするものを金箱(あるいはドル箱)というのに対して、小額の利益を生ずる源として頼みにする人のこと。 
【ドル箱】 金を入れる箱。金を提供する人。金主。主要な収入源となるもの。金をもうけさせてくれる人。よく売れる商品。 
【恵比須箱】 下級遊女が客からもらった金などを入れておく箱。えびす。
 
【千両箱】 江戸時代に、金貨幣を保管するのに用いた容器。当初、金千両を収納したところからの名称。後には五百両しか収納できない小型のもの、あるいは一万両も入れられる大型のものもいった。大判、小判、一分金では千両の容積が異なるので、箱の大きさは必ずしも一定したものではない。普通は松・檜・欅など木製のものであるが、まれに青銅製のものもある。 
【金櫃・金匱】きんき 金属製の箱。貨幣などを入れる箱。
   
【富籤】とみくじ 江戸時代から流行した一種の賭博的興行。興行主が富札を売り出し、それと同数の木札を箱に入れ、所定の日に、箱の小穴から錐(きり)で突き刺して当たり番号をきめ、規定の賞金を与えた。興行主は売上額から、賞金の総額・必要経費を差し引いたものを収得する。多く寺社が興行を許されて修復財源とした。江戸では谷中感応寺・湯島天神・目黒不動の富が三富と称されて有名であり、京・大坂辺でも盛行した。古くは「富突」「富」などと呼ばれた。万人講。 
【金箱】 金銭や財宝を入れておく箱。金庫。ぜにばこ。かねびつ。資金、費用などを出す人。金主または金持。金もうけのもとになるもの。またはその人。かなやま。かねぐら。ドル箱。 
【金庫】 金銭や財宝を保管しておく倉庫。かねぐら。金蔵。金銭、財宝などの貴重品や重要書類などを保管し、火災、盗難などから防ぐ装置を設けてある鋼鉄製などの箱または室。

 


  
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浦島太郎雑話

 

 
浦島太郎はエセ民話? 
「浦島太郎」は、日本人なら誰でも知っているおとぎ話だ。「昔々浦島は…」で始まる文部省唱歌「浦島」を知っている人も多いだろう。  
ところが、現在の私たちがよく知っている「浦島太郎」――子供にいじめられていた亀を助けた浦島太郎が亀の背に乗って龍宮城へ行き、玉手箱を土産に帰ると数百年が過ぎ去っている――は、唱歌が発表された前年の明治四十三年から昭和二十四年までの国定教科書「尋常小学読本」の「ウラシマノハナシ」により広まったもので(この種本は月刊絵本「日本昔噺」第18編「浦島太郎」(明治29年2月刊)だそうだ)、それ以前の文献の「浦島太郎」は、またそれぞれ微妙に違った物語なのである。  
最も古い物語では、主人公の名前はそもそも《浦島太郎》ではない。《浦の島子》という。実在の人物としても描かれ、その家系についても触れられている。また、亀に連れられていく先は《竜宮》ではないし、彼を迎える乙女も《乙姫》とは呼ばれていない。島子が《浦島太郎》になり、《竜宮》に行って《乙姫》から《玉手箱》をもらうようになったのは、江戸の御伽草子版の「浦島太郎」以降からである。  
つまり、中世以前は「史実」または「伝説」として語られていて、それが江戸時代頃に「おとぎばなし」となり、近世に「童話」となって定着したというわけだ。よって、「浦島太郎」は民話……伝承文学ではない、とする向きがある。あくまで創作文学だ、というのだ。  
文献に一番最初に現れる浦島太郎――浦島子は「日本書紀」のものだが、その原典は、伊預部馬養という文官の創作小説であったとされる。これは現存しないが、「丹後国風土記」等で逸文を読める。  
では、この物語はゼロから彼の創作なのか……?  
いや、そういうわけでもないらしい。昔から、「浦島太郎」は中国の神仙思想に深く影響を受けた話だと言われてきた。実際、中国に「浦島太郎」そっくりの話もある。>>「洞庭湖の竜女」  
結局、昔から考えられていたように、中国から伝わってきた話に日本にあったものをプラスし、アレンジしたものが「浦島子」なのではないか。  
女ばかりの国に行って官能の日々を過ごす話  
仙界に行って帰ってきたら、超時間が過ぎ去っていた話  
水神の館に招かれ、豊穣を授かる話  
元々あったこれら「異界へ行く話」を混ぜ合わせた中国の幾つかの神仙系の物語に、より原始的・俗的な「漁師が海棲生物を妻にする話」「動物が人間の姿で暮らしている《祖霊の国》に行って結婚する話」を加味したのが日本の「浦島子」なのではないか、と勝手に推理してみたりする。  
目を少し遠くへ転じると、ヨーロッパにもよく似た話が点在しているのだが、「土産の箱を開けてはならない禁忌」というモチーフが出てくるのは、中国、朝鮮半島(韓半島)、日本と、東アジアのものに限られることであるし。(ただ、ヨーロッパにある「土に触れてはならない禁忌」は、朝鮮半島(韓半島)の民話に同じものがある。) 
 
浦島太郎は実在の人物か 

 

浦嶋子を祀る京都の宇良神社の伝える「浦嶋神社縁起書」には、こうある。  
「浦嶋子は雄略天皇の御世二十二年(西暦478年)七月七日に美女に誘われて常世の国に行き、その後三百年を経て淳和天皇の天長二年(西暦825年)に帰って来た。常世の国に住んでいた年数は三百二十七年間で、淳和天皇はこの話を聞いて浦嶋子を筒川大明神と名付け、小野篁[おののたかむら]を勅使として、勅宣を述べたうえ勅命を承って宮殿を御造営し、ここの筒川大明神を鎮座された」  
島子の出発・帰還の年や日付けが明確に書かれている。彼は、実在の人物だったのだろうか?  
「日本書紀」には、神々が天地を作った話でさえ《史実》として書いてある。そんな中に唐突に現れる浦島子の記述は、物語の前半、島子が仙界に行ったところでぷつりと切れている。その帰還が語られるのは中世の「水鏡」だ。現実に日本書紀の雄略帝の時代に存在した人だから、そこでは数百年後の帰還は語られない、というわけである。(数百年後に、ホントに「島子が帰ってきた!」という記事を書いた人たちがいるわけだから、立派。やはり、そのくらいノリがよくないといけないだろう。)  
なお、「丹後国風土記」には、島子は日下部首らの先祖であると書かれている。ただの漁師ではなく貴人であり、実在の人物として現実の系譜に組み込まれてしまっているというわけ。そこに意味を見出し、政治的背景を色々と考察している人もいる。  
それとはまた違った点で、太郎の実在性を探る人もいる。島子が行った仙界を、実は中国や朝鮮のとある島、琉球(沖縄)などと説明して、現実の留学・漂着事件を元にした伝承だと主張しているのだ。  
フジテレビの番組「奇跡体験!アンビリーバボー」では、ミクロネシアのパラオ島にそのルーツがあると主張していた。「浦島太郎」は、潮流でパラオ島に漂着し後に帰還した漁師の体験が元になった物語だというのだ。  
なんでも、パラオ島には海底都市の伝説があり、それが竜宮のルーツだと言う。一人の男が海で泳いでいて亀を見つけ、それに付いて行って海底都市に行き、「地上でこのことを話してはならない」と戒められたが話してしまい、たちまち死んでしまった、という伝説があるそうだ。  
この番組では、海底都市の遺跡らしきものを現実に発見したとし、その近くの海域に磁場の狂った場所があるなど、かなりオカルティックに紹介していたようである。 
 
常世か、竜宮か 

 

「日本書紀」「丹後国風土記」「万葉集」の浦島子は、乙女に導かれて蓬莱山に行った。ここでは、蓬莱山は《とこよ》と読む。つまり、常世だ。  
蓬莱山とは、本来、古代中国に伝わる伝説のユートピアである。そこには不老不死の人々――仙人が住む。「列子」によれば、渤海の東の果てに底無しの谷があって全世界の水が流れ込んでおり(大海の滝である)、底に岱輿・員[山喬]・方壷・瀛洲・蓬莱の五山がある。これは浮島で常に浮動していたので、聖仙がそれを嫌って、三匹ずつの巨亀に支えさせ、固定したという。一般に知られている形では、東の海の果てに方丈、瀛洲、蓬莱の三山がある、ということになっている。  
一方、常世は、スクナヒコナの神が去ったとされ、帝に命じられたタジマモリが時じくの香の木の実――生命の果実を取りに行ったとされる地である。永遠不変の国――つまり冥界であって、遥かな海の彼方にあるらしい。  
同じ海の彼方にある異界ということで、日本では蓬莱=常世と考えられていたようだ。  
しかし、現在の私たちに浦島の行った異界はどこか、と尋ねれば、全員が「竜宮」と答えるに違いない。文献上、浦島の行った地が竜宮になったのは江戸時代の「御伽草子」からである。ただ、物語の結末近くでは突然「太郎は鶴になって蓬莱山へ行った」と書かれているので、この時点で作者の頭の中では竜宮=蓬莱だったのだということがわかる。  
そもそも、竜宮とはなんなのだろうか。  
竜宮は文字通り竜王の住む宮だ。竜王は如意宝珠――か、それに相当する《願いを叶える》アイテムを持っていて、竜宮に至った者はそれを授かり、富を得る。「今昔物語」に、既に竜宮の出てくる話がある。蛇を救って放してやった男が、その化身である乙女に誘われて池の底の竜宮に行く。そして、彼女の父である竜王から少し残しておけばいつまで経ってもなくならない金の餅(金塊)をもらい、それで一生安楽に暮らしたという。この男は戒めを破って一度に全部使って台無しにしたりはしなかったようだ。なお、竜宮から帰ると、数百年とはいかないが、思いがけずかなりの日数が過ぎ去っていた。  
竜宮の由来は仏教にあるという。仏典に竜宮の存在が記されていて、そこから中国、日本と浸透して行ったのだ、と。では、竜宮にいく物語そのものが仏典からのものなのか……?というと、そうとも言いきれない。仏教の浸透していない古い時代の中国の物語では、水の底には水神――竜神、河伯がいて、同じように宝を与えたり娘を嫁に与えたりする。日本の神話でも、山幸彦は籠の目を詰めた籠船に乗って海神(ワダツミの神)の宮へ行き、海神の娘、豊玉姫と結婚する。昔からあった水神に豊穣を授けられる、水神と交わってそれを祖霊とする物語が、仏典に語られた類似の物語に倣って、水神を竜王にすり替えていったということだろう。  
ところで、浦島太郎の行った地を竜宮だと考えると、おかしな事がないだろうか。竜宮は竜王の治める宮のはず。なのに、竜王が出てこないのである。  
風土記版の浦島子の行った蓬山では、一応、亀姫の両親も出てくる。しかしこの父親は竜王ではない。一方、御伽草子版や童話の「浦島太郎」では、竜宮にいるのは乙姫だけ。後はせいぜい、舞い踊るタイやひらめばかり。浦島太郎の竜宮は《女の国》なのだ。  
「浦島太郎」の話群と近しい関係にある「竜宮女房」に登場する竜宮は、「竜宮童子」系の竜宮と同じで、竜王がちゃんといる。なのに、どうして「浦島太郎」の竜宮には竜王がいないのか。  
それは、「浦島太郎」が単に《水神から豊穣を授かる》《水神の娘と結婚して縁を授かる》という物語だけなのではなく、更に《女だけの国へ行き、官能の日々を過ごす》というモチーフをも混合させているためだと思う。  
女だけの国――女人国は、日本では女護ヶ島の伝承があるし、ギリシア神話でもオデュッセウスがキルケの島に行く。チベットにもある。そこは多くの場合海の果ての島であって、男たちに官能と悦楽を与える反面、その身を破滅させる場所である。してみれば、乙姫が玉手箱を渡したのも、はなから男を破滅させるための目論見だったと考えることもできるのだろうか……? 
 
亀と海の民 

 

浦島太郎といえば亀。――といっても、世界各地の類似の物語を見ていくと、主人公を異界へ導くのは山羊や猪といった獣であったり、エイや鯉などの別の水棲生物であったりして、亀に決まっているわけではないのだが、日本の「浦島太郎」のパートナーは、間違いなく亀だ。――何故、亀なのだろうか。  
中国では、亀は神聖とされる獣のひとつだった。固い甲羅は永久不変の象徴であって、大地を支える者とされたし、長寿とも考えられた。「浦島子」には神仙思想――道教的な思想が入っているから、その点で「永遠不変の象徴」として亀が選ばれたのだ、と考えることもできるかもしれない。  
だが、何故その亀が乙女の姿に変じなければならないのか?  
中国の民話には、亀が乙女の姿をとって現れ、男と共寝する話が色々あるそうだ。亀でなくても、たとえば魚やタニシ、蛇などの水棲生物が乙女に変じて妻となる話は数多い。  
これらは、水神との婚姻を表す物語である。  
魚女房、蛇女房、竜宮女房……彼女たちは水に阻まれた彼方――豊穣と魂の源たる異界の祖霊(自然神)であって、人間界を訪れる際には獣の姿をとっている。それと縁を結ぶことは、古い時代の人々には重要なことだった。神とつながり、水の力、豊穣の力を授かることになるのだから。日本神話の山幸彦と豊玉姫の物語もそれを表していて、天の男と地の娘との間に生まれた若者が、今度は水の娘と結ばれる。その間に生まれた子――すなわち天地水(世界の全て)の力を持つ者が天皇(支配者)の血筋である、と説明する。己の一族の《正統性》の根拠となるわけだ。  
大海に小船を漕ぎ出して釣りをし、水神の娘に誘われる浦島の物語には、水神を己の祖霊[トーテム]とする――恐らくは漁労を生業としていた部族の匂いが感じられる。元々は――少なくとも、釣りに行って亀姫に出会う発端部までは、それら海の民の間に語り伝えられていた物語だったのではなかろうか?  
記紀を見ていると、そんな民の存在を如実に感じることもできる。神武天皇の東征で速吸[はやすい]の門[と]に至ったときのエピソードだ。ここは潮流が激しく渦が巻くことで知られているが、天皇一行の前に渦彦という地元の漁師が現れ、その先導役を勤めたので先に進むことができたという。ところが、「古事記」の方の記述では、この漁師は「亀の甲に乗り、釣竿を持った」男として現されているのだ。まさに現在の私たちのイメージする浦島太郎そのものだが、つまり、この地に実際に亀を祖霊[トーテム]とする海の民がいたのだと思えるのである。  
祖霊うんぬんは別にしても、もっと単純に、海の民とこの物語の関連を感じることもできる。  
原典の風土記版「浦島子」では、島子は大海の中で亀を釣りあげ、それが乙女に変わる。沖縄地方の民話「エイ女房」では、漁師がエイを釣り上げて実際に交わり、その後、エイが妻として迎えに現れる。漁師がエイと交わったのは、エイの性器(?)が人間の女性器に酷似しているからだと。  
……勝手な想像かもしれないが、私は、これは実際に行われていた習俗ではないかと思うのだ。  
中国の「洽聞記」に東海に住む人魚の記録があるが、大きなもので1.5〜1.8M。上半身は美麗で色白の女、下半身は魚。鱗には細かい毛が生えていて柔らかく、五色に輝いていたという。おそらくジュゴンか何かの海獣のことなのだろうが、これが人間の男との交接も可能だったというのだ。逆にいえば、男たちがこれら人魚と交わっていたということである。  
つまり、長く海の上で過ごす漁師たちは、捕まえた大型の海棲生物を相手にして己の欲望を慰めることがしばしばあったのではないか?その記憶が、釣り上げた亀が乙女に変じて妻となる、という物語に変わったのではないだろうか。  
「浦島子」では、釣って置いておいた亀が乙女に変わって、向こうからプロポーズしてくる。何故そんなにも彼と結婚したいのか、理由はわからない。だからこそ、後の「浦島太郎」では《亀を助けた》という理由付けをしたのだろう。しかし本当は、島子が釣った亀と交わり、よって亀は島子を夫と定めて乙女の姿に変じたのではないだろうか。 
 
「浦島」は動物報恩譚か? 

 

よく、「浦島太郎は亀を助けて善いことをしたのに、どうしてあんなひどい目に遭わなくちゃならなかったの?」と質問する人がいる。  
だが、そもそも原典の「浦島子」では島子は亀を助けたりしていない。神女が一方的にプロポーズしてきただけである。「浦島」を動物報恩譚に分類する人がいるが、亀を助けてそのお礼に竜宮に招かれ、結婚し……となるのは御伽草子版からであって、厳密には正しくない。亀を助けるくだりがなくても、「浦島」は「浦島」であるのだから。  
そもそも、《太郎》はひどい目に遭ったのだろうか?  
実は文献ごと、話者ごとに色んな考え方、表現があって、一概にそうとも言えないのだ。  
最後に《太郎》が老いて死んでしまうだけの物語がある。これは悲劇だろう。あるいは、死ななかったものの、老いて、《乙姫》に二度とあえなくなって嘆くもの。これも悲劇かもしれない。しかし、中には《太郎》が仙人か神になって異界に去ったと語る、あるいはそれを匂わせるものも結構あって、むしろ「めでたい」としているのだ。現世での生より、異界での永遠の命を欲する思想である。  
あなたは、どう考えるだろうか。 
 
超時間経過の意味 

 

浦島太郎のオカルティックな説と言えば、亀型宇宙船で宇宙人に別の天体に連れ去られたのだ、というものを忘れてはならないだろう。(笑)  
相対性理論では光速に近いスピードで飛ぶ宇宙船の中では時間が遅れる、とされていて、つまり、宇宙船の中では数年しか経っていないのに、外界ではそれ以上の時間が経っていると考える説がある。これをウラシマ効果と呼ぶ。(海外ではアメリカの童話リップ・ヴァン・ウィンクルの名にちなんで呼ぶそうだ。)もっとも、亜光速で移動するにしたって、離陸と着陸のときには減速しないといけないわけだし、実際どうなるかは私にはチンプンカンプンだが。  
どうして、太郎が戻ってくると、数百年もの年月が流れていたのだろうか?  
答えは簡単だと思う。世界中の浦島が訪ねていった世界――異界は、死者の世界だからである。(死者=仙人=妖精=祖霊=神=この世ならぬもの)  
死者には時はない。年もとらないし飢えないし病気にもならない。通常の時間の流れからは隔絶されている。異界にいる間、太郎は現世の側から見れば死んでいたのだ。  
トムソンによるヨーロッパの民話の型では、浦島太郎は四七〇番「忠実な友」に分類されているという。死んだ友人と出かけた男が、帰ってみると数世紀が経過していた、という話だ。  
死者に付いていった男は、死者の世界に取りこまれていた。故に、彼の時間も凍結していたのだ。  
異界から帰ると超時間が経過していた……と語る物語は、つまり生者と死者の対照を示し、死者とその世界が永遠に不変であることを言い表しているのである。 
   
玉手箱の謎 

 

竜宮に招かれて宝をもらった人の話や、あるいは異界に行って帰ると超時間が経過していた人の話は、全世界に枚挙がない。だが、それらと「浦島太郎」には決定的な違いが一つある。それは、玉手箱の存在である。乙姫が「決して開けないで」と言って渡した箱。開けると煙が出て、一度に年老いてしまう。この箱は一体何なのだろうか? 
見るなの禁忌  
神話や民話には、しばしば「見てはならない」という禁忌が現れる。私たちにとっては、「鶴女房」のそれが最も馴染みが深いだろうか。妻が、機を織っている間けっして覗いてはならないと戒める。しかし夫が覗くと、妻は鶴の姿になっている。正体を知られた鶴の妻は飛び去って行く……夫婦の仲は断絶したのだ。もっと古い、神話のエピソードでは、死んだ妻を取り返そうと黄泉に下ったイザナギの話が有名だろう。決して覗かないでください、という妻の戒めを破ってイザナギが部屋を覗くと、そこには醜く腐り果てた妻の死体が転がっていた。このために夫婦は断絶し、妻は生き返ることができなかった。他にも、浦島太郎と同じように海神の館に行って海神の娘と結婚した山幸彦は、妻の出産の際、決して覗くなと妻に戒められたのに、覗いてしまう。すると妻はワニの正体を現してのたうっていたので、夫婦の仲は断絶したのである。  
これらは、全て「隠されていた妻の正体が明かされたので、夫婦仲が断絶する」という話である。浦島太郎の玉手箱も、戒めを破ったために「二度と妻(乙姫)の元に戻れなくなる……夫婦が断絶する」という点では似通っている。ただし、妻の正体が亀だということは、最初から判っていたことなのだけれども。  
民話に現れる他の《見るなの禁忌》には「見るなの座敷」「青ひげ」「マリアの子」等がある。いずれも、多数の部屋のある異界(非日常的な場所)で「どの部屋も開けて見ていいが、一つだけは決して開けてはならない」と戒められる話で、主人公は禁じられた部屋を開けてしまい、その場所にいられなくなってしまう。――追い出されるか、自ら逃げ出すか。これは、浦島太郎が竜宮(蓬莱)に戻れなくなってしまう点と共通している。  
余談だが、ギリシア神話には、女神が他者に箱や籠を手渡し、「決して開けてはならない」と戒める話がいくつかある。例えば、処女神アテナが、彼女の息子(?)エリクトニウスを籠に詰めてアテナイの王の娘たちに預け、決して開けてはならないと戒める。しかし娘たちは好奇心に駆られて籠を開け、中に入っていた蛇を見て、死んだ。(恐怖のあまり自ら死んだとも、蛇に殺されたとも言う。)後述の櫛笥の中の大物主の話とモチーフとしては同じである。また、美の女神が箱の中に美少年を入れ、決して開けてはならないと戒めて冥界の女王に預ける話もある。冥界の女王は箱を開けて美少年に恋し、結果的に美少年は冥界の女王のものに――死なねばならなくなった。また、この冥界の女王は《美の入った箱》を持っていた。これに関しては後述。  
乙姫は、どうして「玉手箱を開けてはならない」と言ったのだろう?  
上述の話の殆どでは、中に「見てはならない、見られたくない」物があったためだった。では、玉手箱の中にも乙姫が「見られたくない」ものが入っていたのだろうか。 
化粧ケースの秘密?  
玉手箱の中には、一体手何が入っていたのだろう。  
風土記版の「浦島子」では、亀姫は箱を渡して、「私のことを忘れずにまた戻ってきたいと思うなら、この箱を決して開けずに中を見ないでください」と言っている。ということは、中には亀姫にとって《見られたくない》ものが入っていたのか?  
「日本書紀」に、神と結婚した娘の話がある。その娘、倭迹迹日百襲姫[ヤマトトトヒモモソヒメ]は、夜にしか来ない大物主の神に向かって「昼も逢いたい、顔が見たい」と哀願した。すると、神は「では、明日の朝になったらお前の櫛笥[くしげ]の中に入っていよう。ただし、私の姿を見ても決して驚くなよ」と言った。翌朝、姫が櫛笥を開けると、中に綺麗な小さな蛇が入っていた。姫が驚いて声をあげたので神は恥怒って去り、姫は死んでしまったという。ギリシア神話のゼウスとセメレの物語によく似たエピソードだが、蛇神が櫛笥の中に入っていた、というのは大変興味深い。  
実は、島子と亀姫を神として祀っている宇良神社には、浦島太郎の玉手箱が現存している。開けてみると、中には当時の女性の化粧道具が入っている。そもそも、風土記版や万葉集版で浦島子に亀姫が渡した箱、《くしげ》――神の蛇が入っていたものと同じ――は、櫛などを入れる女の化粧道具入れのことなのである。  
大物主の神は、何故、わざわざ妻の化粧ケースの中に入っていなければならなかったのだろうか。同じように、亀姫は、どうして化粧ケースを男の島子に渡して、しかも「開けてはならない」と戒めたのだろうか?化粧ケースに、一体何の秘密があるのだろう?  
玉手箱が化粧ケースであることに関しては、こんな解釈をする人もいる。  
化粧ケースを渡すということは、「あなたのためにしか化粧をしません」ということ。それだけ強くあなたを想っているという意思表示である。また、亀姫以外が化粧箱を開けるとすれば、それは島子に他の女ができたときだろうから、化粧ケースを開けることはすなわち島子の心変わり、裏切りを意味するのだ、と。  
しかし、これは捻り過ぎな意見であるように私は思う。「浦島子」が創作文学であることを考えれば、あるいはそれが正解なのかもしれないが……。 
燃やされた皮  
室町時代の絵巻物語に、「天稚彦の草子」というものがある。娘が大蛇と結婚させられるが、大蛇は皮を脱いで天の貴公子の正体を現し、幸せに暮らす。が、妻が禁忌を破ったために夫は天界から戻れなくなり、夫婦は断絶する。妻はあきらめずに夫を追って天界に昇り、試練の果てに天界で再び結ばれるが……という話。ところが、興味深いことに、ここでも《水棲生物(蛇、亀)の配偶者に課せられた、箱にまつわる禁忌》が現れているのだ。  
夫が天界に一時帰ることになり、妻に「この唐櫃[からびつ]は決して開けてはいけない、開けたら私は戻って来れなくなる」と戒めて鍵を渡す。浦島が一時のつもりで故郷に帰り、亀姫が「また帰ってきたいなら箱を開けないで」と言ったのと同じである。そして、「天稚彦の草子」でも、唐櫃が開けられてしまうと、中から一筋の煙が立ち昇るのである。「浦島」と同じに。  
この、箱の中から立ち昇る煙は、一体何なんだろうか。  
「浦島太郎」のことを考えずに推理すれば、私はこれが《皮が焼かれた》際の煙だと考える。  
それは、世界中に伝えられる異類婚姻譚のエピソードだ。人間が獣と結婚する。この獣は、夜になると獣の皮を脱いで美しい人間になるのである。人間は配偶者を永遠に人のままにしておこうと、その皮を焼き捨ててしまう。……物語によってはここでハッピーエンドで終わるが、大抵は、皮(依り代)を焼かれることによって配偶者は現世にいられなくなり(死んでしまい)、異界(冥界)に去ってしまう。人間はいなくなった(死んだ)配偶者を取り戻すために異界へ旅立っていく。  
コーサカスの少数民族オセット人の伝承には、海神の娘を妻にした英雄ヘミュツの物語がある。海の娘は地上の熱に耐えられず、日中は海亀の甲羅を被っており、寝るときにだけ本来の姿を現した。しかし、悪戯者のシュルドンが夫婦の寝室に忍び込んで海の娘の美しい正体を知り、彼女の眠っている間に甲羅を燃やしたので、仕方なく海に帰っていったという。-->「亀女房」  
この、皮を焼くエピソードが変形して、箱を開けると煙が立ち昇ることになったのだと思う。  
唐櫃の中には、天稚彦が脱いだ蛇の皮が入っていたのだ。それが、唐櫃を開けたために消えてしまい、天稚彦は拠り所を失って現世に戻れなくなる。実際、「為相古今集註」に書かれている類話には、それがはっきりと書かれている。異界の存在である天稚彦は、現世ではあくまで蛇なのだ。その皮――蛇の肉体を失ったために、彼は現世では魂だけとなってしまい、異界(冥界)に去るよりなかったのである。  
では、「浦島」における玉手箱の煙は、どうなのだろう?  
私は、多少のイメージの混入はあると考えている。つまり、箱の中には亀姫の脱いだ亀の皮が入っていて、それを焼いた、あるいは亀の正体を見てしまったがために夫婦の仲が断絶した、という、古くから伝わる異類婚姻譚のイメージが。少なくとも、箱の中から《煙が出る》という表現の原型は、遡ればここにあるのではないかと思うのだ。  
唐櫃の中には蛇の皮が入っていた。大物主の神は、蛇の正体を現して妻の櫛笥の中に入っていた。「中を見ないでください」と言って玉くしげを渡した亀姫。――もしかしたら、中には、亀姫自身が入っていたのではないだろうか?ギリシア神話で、オルペウスが死んだ妻エウリュディケを冥界に取り戻しにいったとき、「地上に戻るまでは決して振り向いてはならない」と戒められていたにもかかわらず、振り向いて妻の姿を見、妻は再び冥界に連れ去られて、夫婦は永遠に断絶してしまう。同じように、中に入っていた亀姫を見たために、夫婦は永遠に別れることになったのではないか。――その系統の伝承の断片が、「箱を開けないで」というエピソードになったのではないだろうか?と考えることもできる。現に、中国の類話「洞庭湖の竜女」では、《乙姫》は「私に会いたくなったら、いつでもこの箱に向かって私の名を呼びなさい」と言っている。ここでは、箱は《乙姫》自身と深く関わっているのだ。  
鹿児島県の「天の庭」という民話では、キーチャ殿が死んだ妻を取り戻すために冥界――天の庭に向かう。そこで冥王に小さな袋を渡される。この中に妻が入っているというのだ。「ただし、地上に帰りつくまでは決して開けてはならない」と戒められるが、キーチャ殿はすぐに開けてしまう……。中に入っていたのは一匹のハエで、飛び去ってしまった。それこそが死んだ妻の魂だったのである。 
封じ込められていたもの  
箱から立ち昇る煙の話をしたが、実は、風土記版の「浦島子」では、箱を開けると出るのは《風雲》である。もっとも、箱の《中》から出たのかは判らない。箱を開けると、《芳しき蘭のごとき体》が《風雲に従って》天に翔け去ったとある。これは神仙的なイメージからの描写だろう。孫悟空が金斗雲で天を翔けるように、仙人は雲に乗り、風を伴って空を飛ぶものだろうから。  
(ただ、万葉集版の《白い雲》には、また少し違った、より日本的な解釈がある。それについては後述。)  
ともあれ、風土記版では箱を開けると島子の《若い体》が飛び去った。どこにも《箱の中から飛び去った》とは書いていないのだが、普通に読めば、箱の中に彼の《若さ》(=《美しさ》)が封じ込められていたと解釈できる。あるいは、竜宮で過ごしただけの《時間》が。  
つまるところ、箱の中に《見てはいけないもの》が入っていたのではなく、《解放してはいけないもの》が封じられていた、ということになるのか……?  
「天稚彦の草子」によく似た、ギリシア神話の「エロスとプシュケ」にも、開けてはならない箱が登場する。それは冥界の女王の所持する箱で、中には女神の化粧品が収められている。決して開けてはならないと戒められていたのに、現界に戻る寸前、少女プシュケは、その箱を開けてしまう。箱の中からは霧が立ち昇り、途端に、彼女は意識を失って地に倒れた。箱の中には《深い眠り》(即ち、《死》)が入っていたのである。開けることを禁じられていた化粧道具箱を開けると、《死》に囚われた。そう考えれば、この物語と「浦島太郎」との間に関連を見出すことができる。なお、この後、プシュケは駆けつけた夫に助けられ、神の仲間入りをする。太郎が鶴となって仙界に入ったように。プシュケとは蝶、そして魂を現す名であって(魂と蝶はしばしば同一視される)、彼女の物語は魂の転生を示しているのだ。とすれば、「浦島太郎」の物語は……?  
話が変わるが、福井県に伝わる「浦島太郎」に、面白い描写があった。ここでの乙姫は、太郎に竜宮の珠をくれるのだが、貴重品だからと言って少し削って箱に入れてくれる。(「今昔物語」で箱入りの金の餅を割って渡してくれるのと、同根の描写だろう。)そしてふたを閉めて、「決して開けてはならない、開けたら竜宮の珠が蒸発して消えてしまい、願いを叶える力がなくなってしまうから」と戒めるのだ。竜宮の珠(恐らく如意宝珠)が揮発性だというのも驚きだが、これはまさに、「天稚彦の草子」で、箱を開けると、火をかけたわけでもないのに蛇の皮が焼失してしまうのと同じ考え方ではないか。箱の中の《大切なもの》は、箱から出されてしまうと雲散霧消してしまうのである。  
箱には、ものを永遠に封じ込める力があるということか。若さにしても、竜宮の魔力にしても。ふたを開けない限り、それは永遠にそこに留まっている。だが、開けてしまえば全ては失われてしまう。 
うつぼに宿る魂  
箱の中には、《若さ》や《時間》や《願いを叶える力》など、不思議な力が宿っている。  
実は、竜宮――水の異界と《箱》はしばしば関連している。「花咲か爺」の犬や、「桃太郎」「瓜子姫」。これら不思議な力を持つ《子供たち》は、みな川上から流れてくる。水とそのもたらす豊穣の化身である。彼らは生命の木の化身でもあって、果実や木の切り株に入って流れてくるけれど、しばしば、《箱》に入っても流れてくるのだ。川上から《重箱》が流れてくる。中に白い子犬が入っている。あるいは、中に桃や瓜が入っている。そうでなくても、川を流れてきた桃や瓜は、必ず《箱》の中にしばらく収められるのだ。たんすだったり、臼の中だったり。つまりは容器、空洞――うつぼの中に。そして、《小さ子》として誕生する。  
箱の中には、うつぼがある。不思議な力を留めおき、更に変化成長させることもできる、擬似的な異界――《場》だ。ところが、ふたを開けてしまうと、うつぼはうつぼでなくなってしまう。《場》が消滅し、異界の不思議な力は留まることができず、消え去ってしまう。  
何故、《うつぼ》にそんな力があるのだろう?  
それは、《うつぼ》が《子宮》に通じるモノだから……だと思われる。  
秋田のナマハゲは、祖霊神だ。彼らは、年に一度、大歳に人里に現れるとき以外は、神社の木のうろ(空洞)にいるという。――うつぼは、異界であり冥界なのだ。それは、西欧で冥界がしばしば女神の子宮に例えられることと関連する。魂が還り、また誕生する場所。あらゆる豊穣の生まれいづるところ。そこは女の胎であり、すなわち《うつぼ》なのだ。よって、小さな《うつぼ》である箱や袋、容器の中にも、しばしば魂が宿る。宿らせておくことができる。  
中国の「捜神記」にある話では、異界に行った男が帰り際に異界の妻から渡されたのは、一つの袋だった。「決して開けてはいけませんよ」、と。しかし、後に好奇心に駆られた現世での妻が袋を開けてしまう。中に入っていたのは、一羽の小鳥だった。小鳥は飛び去ってしまい、男は死んだ。小鳥は男の魂だったのである。  
日本神話の英雄ヤマトタケルが死ぬとき、彼はこう歌った。  
愛(は)しけやし 吾家(わぎへ)の方よ 雲居(くもい)起(た)ち来(く)も  
古代日本には、雲を死者の魂とする思想があった。雲となった英雄の魂は懐かしい故郷の方に立ち昇る。  
万葉集版の「浦島子」では、白い雲が《乙姫》の待つ常世に向けてたなびいた。その雲は、僅かに開けた箱の中から漏れ立ち昇ったのだ。 
箱の中の鏡  
民話として伝わる「浦島大郎」を見ていくと、面白いことに気づく。四国から九州に見られるのだが、玉手箱を開けると、中に鏡が入っているのだ。その鏡を見ると年老いた自分が映っている。はたして、男は老いた自分に気づくのである。そもそも、男が漁師ではなく鏡とぎになっていたりして、鏡に強い意味がこめられているようだ。これは何故なのだろう?  
私は、鏡=魂という意味が込められていると思う。  
古くから、日本では神社の御神体を鏡にして《神の魂だ》と言うなどして、鏡と魂を関連させていた。それは、鏡が《光を放つもの》であると同時に《姿を映すもの》だからだろう。世界中に見られる思想だが、影、水影、鏡像といった、本体そっくりの姿を映すものを《本人の分身、魂》と考えるのである。昔の人が写真に撮られると死ぬだの、写真の真中に映ると早死にするだの言っていたのは、そこからきた迷信である。何故なら、魂を写真の中に奪われ、封じ込められてしまったからだ。  
西欧の吸血鬼は鏡に映らないというが、それも同根だろう。吸血鬼は死者であり、魂を持たないからである。しかし、逆に、死者の魂はしばしば鏡や水に引き寄せられる。姿を映すものは、魂を捕えるものでもあるからだ。吸血鬼は流れる水を渡れないし(引き寄せられ、流されてしまうのだろう)、死人が出たときは鏡を伏せ、溜めた水を捨てなければならない。死者の魂がやってくるから。  
箱の中には、鏡=男の魂が入っていた。化粧に鏡はつきものだから、くしげ――化粧道具入れの中にも鏡が入っていたかもしれない。鏡を見たとき、男は自分の魂――真実の姿を知った。本当は、とうに老いさらばえていたのだと。知ったことにより、彼は若い姿を保てなくなってしまったのである。同様のモチーフは、ドイツの民話にもある。だからこそ、「中を見ないでください」と亀姫は言ったのではないだろうか。 
玉手箱の謎  
「浦島太郎」について語るとき、誰もが言う。「太郎は、どうして年寄りにならなければならなかったの?そんな危険な箱を、どうして乙姫は渡したの?」  
この問いに対する私の最終的な結論は、こうである。  
「箱の中には、太郎自身の魂が入っていたから。現世に帰るために、彼の魂は彼自身が所持していなければならなかったから渡した」  
異界(冥界)に生きたまま入った太郎が、乙姫たちと同じ《永遠》を保つためには、体から魂を抜いて、《死ぬ》必要があったのではないだろうか。あるいは、異界に入った時点で既に死んでいた、と。  
なのに「故郷に帰る」と言い張る彼に、乙姫は苦悩したのかもしれない。だから、《箱》を渡した。箱の中には《うつぼ》がある。それがあるかぎり、彼の魂はそれを拠り所として留まり、彼は現世に存在しつづけられる。現世と異界を繋いでおくことができるのである。  
だが、彼は箱を開けた。彼は自分の魂に映る真の姿を見、それによって《あるべき状態》を得た。――すなわち、《老い衰え、肉体が腐り果てての死》を。  
西欧の伝承では、メロウやニクスといった水怪は、水の底の籠やつぼの中に、水死者の魂を閉じ込めている。それは、キリスト教以前の古い思想では、水の底、あるいは彼方にこそ冥界が存在していたからである。乙姫もまた、水の冥界を支配する女神であって、玉手箱の中に死者の魂を保管し、憩わせていたのかもしれない。 
 
番外・玉手箱の秘密 

 

「箱」にこだわらずに"太郎に老いと死を与える乙姫の土産"を考えてみると、また違ったものが見えてくるので、参考までに。  
ロシアの『不死の国』では、乙姫が太郎に渡すのは箱ではなく、二個のリンゴである。現界に帰った太郎が知る辺が無いことを知って絶望し、まず一個を食べると白髭の老人に、二個目を食べると死んでしまう。このリンゴは、明らかに"英雄に女神が与えるリンゴ"である。女神は冥界の存在であって、彼女は愛する男に生命の果実を与える。生命の果実は同時に死の果実であり、これを与えられた男は現世で死に、あの世に再生して女神の夫となる。このモチーフは、【浦島太郎】系の類話の中でも『ギンガモール』や『オジエ・ル・ダノワのロマンス』、『フェヴァルの息子ブランの航海』にも現われている。  
生命の果実=玉手箱なのだとすれば、乙姫が太郎にそれを渡すのは、いわばエンゲージ・リングを渡したというようなことになる。  
また、『不死の国』では乙姫は現界に帰った太郎が苦しむであろうことを予知しており、彼自身が選択できる"救い"としてリンゴを与えている。これもまた、彼女の"愛"だと言えるだろう。 
 
浦島太郎の本当の結末? 

 

御伽草子版には、現在私たちに知られている「浦島太郎」とはちょっと違ったオチがついている。玉手箱を開けた太郎は老人になってしまうだけでなく、鶴に変身して飛び去り、亀となった乙姫と夫婦の神として祀られることになるのだ。というのも、乙姫は太郎が助けた亀自身、その化身なのである。全国に浦島伝説を持つ神社は数多あり、実際に太郎と乙姫が祭神になっている。  
とはいえ、原典の「浦島子」に島子が鶴になる描写は無い。民間に伝わる浦島太郎の物語でも、必ずしも太郎が鶴になることはないのだ。(なるものもあるが。)たまに、《本当は》太郎は最後に鶴になる、と記述された書籍があるが、鶴になる結末が《正しい》のではない。  
太郎が鶴になってしまうのは、風土記版の「浦島子」にある、若さが風雲と共に飛び去った、という描写の発展形だと思われる。これは、中国の神仙思想――尸解仙の思想が込められているという。人が肉体を脱皮のように脱ぎ捨て、魂は仙人となって仙界に飛び去る、という考えだ。御伽草子版は、これを「死――魂が鳥となって飛び去る」という普遍のイメージでアレンジしたのだろう。  
浦島太郎系の物語には、大まかに分けて三つの結末がある。  
玉手箱を開けると老人になり、乙姫の元に帰る事も出来なくなって泣きながらさまよう  
玉手箱を開けると老人になり、その場で倒れて死ぬ  
玉手箱を開けると老人になり、次いで鶴に変身して乙姫の元へ帰る  
あなたは、どの結末がお好みだろうか?  
この他に、やや異なる系統の結末として「玉手箱を開けると箱の豊穣の力が無くなり、貧乏になってしまう」というものもある。  
 
 
番外「浦島太郎」 

 

「浦島」系の物語には、通常版とは結構違った内容の、面白いものもある。福井県の「浦島太郎」もそんな一つだが、最後に、その他のちょっと変わった「浦島」を簡単に紹介しよう。  
謡曲「浦島」  
祖父と孫が釣った亀を助けてやると、亀の精が現れて、磯辺に箱を置いて消える。二人が箱を開けると白い煙がたち、祖父は若返って若い男になる。  
新潟県  
漁師が村人に屋根の葺き替えを頼み、お礼のご馳走にするために魚を釣りに行く。川原で釣っていると美女が現れ、《水底のさかべっとうの浄土》に連れて行く。そこで歓待され、美女の婿となり、子供から孫、玄孫までできる。家の事が心配になって女に送られて帰ると、釣竿が元のままである。家に帰るとまだ屋根の葺き替えの最中。時間が殆ど経っていなかった。  
熊本県  
鏡とぎ師が亀を助ける。大男が来て、殿様の妃を助けたから、と海の中の御殿に連れて行く。帰りに《くのつ》という小鳥をもらう。鏡とぎ師が歩いていると《くのつ》が鳴く。耳に当てると、殿様の病気は御殿の門柱の下にカエルと蛇が敷かれているからだ、と聞こえる。御殿に行ってカエルと蛇を掘り出して舟に乗せて流すと病気が治る。鏡とぎ師は殿様の後継ぎになる。  
鹿児島県沖永良部島  
狩りの上手な弟と漁の上手な兄が道具を取りかえて、どちらが多く獲物を取れるかの競争をする。弟は釣り針を魚にとられる。兄は弁償金を請求するが、払えずに丸三日釣り針を探す。白髪の爺が来て、弟を背負ってにら(竜宮)に連れて行く。そこで三日過ごすが、それは人間界の三百年だった。帰ろうとすると、爺が《年取らぬ息》を込めた箱をくれる。故郷に帰って七十歳の老人に尋ねると、五代前に海に行って行方知れずになった者がいる、と教えてくれる。弟は箱を開け、出てきた煙に乗って昇天する。