天人五衰蛇と十字架十字架はキリスト教の象徴物理学と神都市と日本人神なき国ニッポン観音の光
【天】地上をおおう空間。天地万物の主宰者。万能の神。造物主。自然に定まった運命。生まれつき。めぐりあわせ。キリスト教で神の住む世界。天地人の天で最上の意。 
天勾践(こうせん)を空(むな)しゅうすることなかれ時に范蠡(はんれい)なきにしもあらず  天は勾践を見放すようなことはしない、必ず范蠡のような忠臣が現れて助けてくれる。児島高徳がひそかに桜の幹に書き記して、後醍醐天皇に奉った詩の句とされる。 
天定まって人に勝つ  悪は一時栄えることがあっても結局は滅びる。 
天知る地知る我知る人知る  隠し事というものはいつか必ず露顕するものだ。
 
天高く馬肥ゆ 
秋は空が澄みわたって高く晴れ、気候がよいので食欲も増進し馬もよく肥える。 
天に仰ぎ地に伏す  悲嘆にくれたり懇願したりして身もだえをするさま。 
天にあらば比翼(ひよく)の鳥地にあらば連理の枝  夫婦が深く愛合い互いに離れがたい間柄にある。 
天に偽(いつわ)りなし  天道は厳正である。 
天に口あり地に耳あり  秘密や悪事の漏れやすい。
    
天に口なし人をもって言わしむ  天はものを言わないけれど人の口を通して天意を言わせる。 
天に従うものは存し天に逆うものは亡ぶ  天理に従うものは存続しこれに反する者は滅亡する。 
天に跼(せくぐ)まり地に蹐(ぬきあし)す  高い天の下にも背をかがめ堅い地の上もそっとぬき足で歩く。世の中を恐れて小さくなって生きていくさま。 
天に唾す=天を仰いで唾する 
天に二日(にじつ)なし  太陽が一つであるように一国に二人の君主があってはならない。 
天二物(にぶつ)を与えず  天は一人の人間にそういくつもの長所や美点を与えない。
 
天にも地にもかけがえない 
唯一であって他にないこと。非常に珍重ま、寵愛するさま。 
天にも昇る心地  非常にうれしくて、うきうきする気持。  
天の与うるを取らざればかえってその咎(とが)めを受く 
天の与えてくれるものは取るように定められたものである、取らないとかえって災いを招くことになる。 
天の賜(たまもの) 天の与えるもの。天授。天与。天恵。 
天の網 悪事をした報いはとうてい逃れることができない。天の耳。天網。 
天の濃漿(こんず・こんずい) 天から与えられた美味な飲みもの。甘露。上等の酒。
 
天の時は地の利に如(し)かず地の利は人の和に如かず 好機は地理的有利さに及ばず、地理的有利さは人心の一致にかなわない。事をなすには人の和が第一であるという意。 
天のなせるはなお避くべし自らなせるはのがるべからず 天災・地変は避ける方法があるけれども自分の招いた災いはのがれるすべがない。 
天の配剤 天は善には善果、悪には天罰をそれぞれにかなったものを配する。 
天の美禄 (天からのよい授かりものの意)酒。 
天の眼(まなこ) 天が行う人の善悪・正邪の監視。天の目。 
天の目 太陽。星。
 
天の暦数(れきすう) 
天命を受けて帝王の位をつぐ順序。 
天は高きに居(お)って卑しきに聞く 天帝は高い所いて下界の人々の声を聞き、その善悪を監視し厳正な判断をする。  
天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず 
(福沢諭吉)人間は本来平等で貴賤・上下の差別のあるものではない。 
天は自ら助くる者を助く 天は他人の助けを借りないで自身で努力する者を助けて成功させる。
 
天は見通し 天は善悪ともに隠れるところなく見通している。神は見通し。 
天を仰いで唾する 他人を害しようとしてかえって自身が災いを招くことのたとえ。 
天を恨みず人を咎めず 不遇であると天を恨んだり人を咎めたりしないで、みずから修養に努める。 
天を衝(つ)く 非常に高いこと。すばらしい勢いであること。「意気天を衝く」 
天を幕とし地を席(むしろ)とす 豪放・磊落(らいらく)で天地を家とする意気があること。
 
【天網】天が張りめぐらす網。悪事に対して天道の厳正なことをたとえた語。 
天網恢恢(かいかい)疎にして漏らさず (「老子‐七三章」による)天の網はひろく、その目はあらいようだが、悪人を漏らすことなく捕える。天道は厳正で、悪事をなしたものは早晩必ず天罰を受ける。
 
【面目】世人に対する体面や名誉。世間からの評価。 
面目が立つ 名誉が保たれる。顔が立つ。 
面目丸潰れ 非常に面目を傷つける。ひどく名誉をそこなってしまう。 
面目を失う 名誉を傷つけられる。自分の不手際によって世評を悪くする。体面をそこなう。 
面目玉を踏み潰す =面目を失う 
面目を施す 体面を損わずにすむ。 
【面目次第】面目をていねいにいった語。多く「面目次第もない」で用いる。 
【面目無い】恥ずかしくて人に合わせる顔がない。世間に顔向けができないほど恥かしい。 
【河海】河と海。河海は細流を択(えら)ばず/大人物は度量が広くてよく人を容(い)れることにいう。
 
【嘘】本当でないことを相手が信じるように伝える。いつわり。そらごと。虚言。虚偽。 
嘘から出た実(まこと) はじめはうそのつもりであったことが結果として本当になってしまう。 
嘘で丸(まる)める うそで表面をきれいにみせかける。ごまかす。「嘘で丸めた世の中」 
嘘にも たとい本気でないにしても。ほんの少しでも。かりにも。決して。 
嘘の皮 まったくのうそ。うわべをとりつくろったうそを皮にたとえたもの。 
嘘はねえ 同感の意を表わす語。間違いなくその通りだ。まったくだ。うさあねえ。 
嘘も方便 場合によってはうそも手段として必要である。 
嘘を吐(つ)く うそをいう。
 
天人五衰

 

天人五衰という言葉がある。天人とは天界にすむ住人のことで、天界とは、生きとし生けるものが死後逝かねばならない六道の一番上部に位置する世界のことである。私たちはいま恵まれた人間界に生きてはいるけれども、死後はみないかねばならない来世があると考えるのが世界の仏教徒の常識である。生きてきた善悪の業によって死ぬ瞬間の心があり、その心の次元に従って来世が決まると考える。 
来世には六つの世界がある。家にある仏壇を見ると、みんな下から上にと段があり少しずつ細くなり、また最上部から下にと一段ごとに細くなっている。これは衆生世界の六道を表している。下から、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天、そして一番上の天板が仏界に当たるのであろうか。とにかくそのように出来ている。人間界の部分がいわゆる仏壇の内部であり、三段ほどに分かれ、本尊を祀り、位牌を祀り、御供えをする部分となっている。 
それで、沢山良いことをしてその善業の功徳によって趣く世界が天界であり、人間界よりも勝ったとても快適で、苦しみがなく、常に快楽を感じ続けられる世界でもあるという。寿命は誠に長く、短い四王天の天人でも一日は人間界の50年で寿命は500年、都卒天の一日は人間界の400年に相当し寿命は4000年と、途方もない時間を過ごす。 
しかしだからといって永遠ではなくて、天界の住人ということはまだ衆生の輪廻の世界を抜け出ていないので、いずれは寿命がいたり死後は下の世界に落ちていくしかないのだという。なぜならば、苦しみがないので解脱を望むこともなく、修行をすることもないから功徳を使い果たすだけなのだから。 
ところで、死後は浄土に往生したいと考える方もあるかもしれないが、それも実はこの天界の住人に過ぎない。仏教の世界観の中の浄土教なのであるから、仏国土に往生すると言っても、悟っていない限り仏界にはいけない。浄土という見事な荘厳世界も、実はそこは天界に過ぎない。お釈迦様と同じ悟りの寸前まで修行が完成に近づいた不還果を悟った段階の方のみ、天界から仏界にいけると言うが、そこまで修行するのは、それはそう簡単なことではない。だから天界にいったとしても、みんなそこからやはり一度は下の世界にいたり、また修行をして悟らない限り仏界にはいけない。 
そして、天界で長く快楽の世界で悠々としていたとしても、いざそこから転落するというときにはとてつもない苦しみに襲われるのだという。そのときが近づいてきたときに現れる五つの衰亡の相のことを「天人五衰」と言う。出典によって少しずつ違いがあるが、まず、@頭の花飾りがしぼみ、A衣が汚れ、B脇の下に汗をかき、C目が眩み、D天界の王宮にいても楽しめない。そうなってくるとその七日目に、いよいよ地獄の十六倍もの苦しみが襲い天界から退くときがやってくるのだと言う。 
そんな苦しみを味わうくらいなら、何度でもこの人間界で苦楽を味わい、少しでも功徳を重ね、一生懸命瞑想して一歩でも解脱に近づくように精進した方がよいのではないかと思えてくる。今こうして人間界にあるのは本当はとてつもなく、そのチャンスなのかもしれないと考えなくてはいけない、いやそう考えないことには誠にもったいないと言えるのかもしれない。なぜなら人間界に再生するのもそんなに簡単なことではないと言われるから。 
ところで、現代に生きる私たちは今、ものすごく快適な生活をしている。昔の人が見たら、それは天人の所業のようにも見えるのではないか。どこへ行くにも車があり、新幹線に乗れば昔は何日も歩いた距離をたったの一、二時間で行けてしまう。飛脚が届けた情報の何万倍もの情報をテレビやインターネットで一瞬にして手に入れられる。まるで時空を飛び越えているかのようにいつでも誰とでもどこにいても携帯で連絡が出来る。居ながらにして音楽も舞踊も何でも楽しめる。飛行機で世界中を行き来できる。まさに天人のような生活をしているとは言えまいか。 
そう考えると、私たちもこの世界から退くときには、地獄の十六倍もの苦しみを受けることになるのであろうか。頭に張り巡らしたいろいろな電波が意味をなさなくなったり、肌に心地よい服を着ても心地よさを感じず、暑くもないのに汗をかき、横になっていても目が眩み、どこにいても楽しくないということもあるであろう。まさに天人五衰のような苦しみをおぼえ現代人は最期の時を迎えるのかもしれない。 
あまりにも便利で快適な何でも出来てしまうことに何の感激もなくなった私たちの末路はやはり苦しみがつきまとうのであろう。毎日当たり前のようにこの快適な世界で暮らす私たちではあるけれども、時に、そうした現代の利器を一切放棄した生活をすることも大切なことなのではないだろうか。車に頼らず歩いてどこにでも行ってみる。携帯やインターネットを使わない。テレビを見ない。音楽や映像のない自然との語らいを味わう。そうすることで日常では味わえない、安らぎを感じるということもあるのだろうと思う。そうしてこそ解脱に至る悟りということの意味もつかめることもあるのかもしれない。 
天人五衰 2
仏教用語で、六道最高位の天界にいる天人が、長寿の末に迎える死の直前に現れる5つの兆しのこと。
大般涅槃経においては、以下のものが「天人五衰」とされる、大の五衰と呼ばれるもの。これは仏典によって異なる。
1. 衣裳垢膩(えしょうこうじ):衣服が垢で油染みる
2. 頭上華萎(ずじょうかい):頭上の華鬘が萎える
3. 身体臭穢(しんたいしゅうわい):身体が汚れて臭い出す
4. 腋下汗出(えきげかんしゅつ):腋の下から汗が流れ出る
5. 不楽本座(ふらくほんざ):自分の席に戻るのを嫌がる
このうち、異説が多いのは3つ目で、「身体臭穢」の代わりに
『法句譬喩経』や『仏本行集経』では「身上の光滅す」
『摩訶摩耶経』下では「頂中の光滅す」
『六波羅蜜経』では「両眼しばしば瞬眩(またたき、くるめく)」
となっている。
なお、『正法念経』には、この天人の五衰の時の苦悩に比べると、地獄で受ける苦悩もその16分の1に満たないと説いている。『往生要集』では、『六波羅蜜経』の説に依り、人間より遥かに楽欲を受ける天人でも最後はこの五衰の苦悩を免れないと説いて、速やかに六道輪廻から解脱すべきと力説している。
また、中世の本地物語である『熊野本地』に出る「五衰殿」などは、この天人五衰に由来する。 
天人五衰 3
天人五衰という言葉がある。天人とは天界にすむ住人のことで、天界とは、生きとし生けるものが死後逝かねばならない六道の一番上部に位置する世界のことである。私たちはいま恵まれた人間界に生きてはいるけれども、死後はみないかねばならない来世があると考えるのが世界の仏教徒の常識である。生きてきた善悪の業によって死ぬ瞬間の心があり、その心の次元に従って来世が決まると考える。
来世には六つの世界がある。家にある仏壇を見ると、みんな下から上にと段があり少しずつ細くなり、また最上部から下にと一段ごとに細くなっている。これは衆生世界の六道を表している。下から、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天、そして一番上の天板が仏界に当たるのであろうか。とにかくそのように出来ている。人間界の部分がいわゆる仏壇の内部であり、三段ほどに分かれ、本尊を祀り、位牌を祀り、御供えをする部分となっている。
それで、沢山良いことをしてその善業の功徳によって趣く世界が天界であり、人間界よりも勝ったとても快適で、苦しみがなく、常に快楽を感じ続けられる世界でもあるという。寿命は誠に長く、短い四王天の天人でも一日は人間界の50年で寿命は500年、都卒天の一日は人間界の400年に相当し寿命は4000年と、途方もない時間を過ごす。
しかしだからといって永遠ではなくて、天界の住人ということはまだ衆生の輪廻の世界を抜け出ていないので、いずれは寿命がいたり死後は下の世界に落ちていくしかないのだという。なぜならば、苦しみがないので解脱を望むこともなく、修行をすることもないから功徳を使い果たすだけなのだから。
ところで、死後は浄土に往生したいと考える方もあるかもしれないが、それも実はこの天界の住人に過ぎない。仏教の世界観の中の浄土教なのであるから、仏国土に往生すると言っても、悟っていない限り仏界にはいけない。浄土という見事な荘厳世界も、実はそこは天界に過ぎない。お釈迦様と同じ悟りの寸前まで修行が完成に近づいた不還果を悟った段階の方のみ、天界から仏界にいけると言うが、そこまで修行するのは、それはそう簡単なことではない。だから天界にいったとしても、みんなそこからやはり一度は下の世界にいたり、また修行をして悟らない限り仏界にはいけない。
そして、天界で長く快楽の世界で悠々としていたとしても、いざそこから転落するというときにはとてつもない苦しみに襲われるのだという。そのときが近づいてきたときに現れる五つの衰亡の相のことを「天人五衰」と言う。出典によって少しずつ違いがあるが、まず、@頭の花飾りがしぼみ、A衣が汚れ、B脇の下に汗をかき、C目が眩み、D天界の王宮にいても楽しめない。そうなってくるとその七日目に、いよいよ地獄の十六倍もの苦しみが襲い天界から退くときがやってくるのだと言う。
そんな苦しみを味わうくらいなら、何度でもこの人間界で苦楽を味わい、少しでも功徳を重ね、一生懸命瞑想して一歩でも解脱に近づくように精進した方がよいのではないかと思えてくる。今こうして人間界にあるのは本当はとてつもなく、そのチャンスなのかもしれないと考えなくてはいけない、いやそう考えないことには誠にもったいないと言えるのかもしれない。なぜなら人間界に再生するのもそんなに簡単なことではないと言われるから。
ところで、現代に生きる私たちは今、ものすごく快適な生活をしている。昔の人が見たら、それは天人の所業のようにも見えるのではないか。どこへ行くにも車があり、新幹線に乗れば昔は何日も歩いた距離をたったの一、二時間で行けてしまう。飛脚が届けた情報の何万倍もの情報をテレビやインターネットで一瞬にして手に入れられる。まるで時空を飛び越えているかのようにいつでも誰とでもどこにいても携帯で連絡が出来る。居ながらにして音楽も舞踊も何でも楽しめる。飛行機で世界中を行き来できる。まさに天人のような生活をしているとは言えまいか。
そう考えると、私たちもこの世界から退くときには、地獄の十六倍もの苦しみを受けることになるのであろうか。頭に張り巡らしたいろいろな電波が意味をなさなくなったり、肌に心地よい服を着ても心地よさを感じず、暑くもないのに汗をかき、横になっていても目が眩み、どこにいても楽しくないということもあるであろう。まさに天人五衰のような苦しみをおぼえ現代人は最期の時を迎えるのかもしれない。
あまりにも便利で快適な何でも出来てしまうことに何の感激もなくなった私たちの末路はやはり苦しみがつきまとうのであろう。毎日当たり前のようにこの快適な世界で暮らす私たちではあるけれども、時に、そうした現代の利器を一切放棄した生活をすることも大切なことなのではないだろうか。車に頼らず歩いてどこにでも行ってみる。携帯やインターネットを使わない。テレビを見ない。音楽や映像のない自然との語らいを味わう。そうすることで日常では味わえない、安らぎを感じるということもあるのだろうと思う。そうしてこそ解脱に至る悟りということの意味もつかめることもあるのかもしれない。 
熊野の本地 五衰殿の女御 4
昔、中インドの摩訶陀国(まかだこく)に6万の国があって、その主の名を善財王と申した。この王の他の国王に優れていた点は、第一に内裏の広大さである。この内裏の内の広さは1周するのに7日7夜もかかり、その回廊は1周するのに42日もかかるほどである。
この王に1000人の后がいらっしゃって、それぞれが都を構えて住んでいた。この1000人の后のうち、西の端に住む后は、源中将の娘で、五衰殿の女御(ごすいでんのにょうご)と申した。または善法女御とも申した。この女御は1000人の后中、一番の醜女であった。大王はこの后をただ捨て置いて、この都には通わなかった。なので、垣根も壊れ、扉もない。御簾はあるが、朽ち果てて、ただその残骸があるばかりである。虎や狼が多く乱れ入ってきて恐ろしいこと並々でない。天上の五衰は人間にもあるものだと考えると、寝床に入ってからも涙ばかりが尽きることなく溢れてくる。
五衰とは、天人に死が迫ると現れるという5つの衰えのしるしのことです。その5つのしるしとは、『涅槃経』によると、衣服垢穢・頭上華萎・身体臭穢・腋下汗流・不楽本座。この五つ。天人は輪廻にあるもののなかで最も恵まれた生活を送りますが、その天人もいつかは必ず死を迎えます。これまでの功徳を使い果たした天人は、死を迎え、また別の生を受けます。人間に生まれるか、地獄に生まれるか、餓鬼に生まれるか、畜生に生まれるか、修羅に生まれるか。五衰が現れ、我が身の死を知った天人は、神通力で自分の来世の姿を見てしまい、深く失望します。自分が来世、ひどく恵まれない環境に生まれることを知るからです。そして、天人は失意のさなか、死んでいくのです。
ともかくも、五衰殿の女御。こんな不吉で汚らしい名で呼ばれる后は、よほどの醜女であったのでしょう。
后(五衰殿の女御)は、「人も世も恨むまい。悲しいけれど、これは過去の宿業である」とお思いになって、千手三尺の千手観音を迎え、祈ったところ、観音の御利益は今に始まったことではない、后は生まれ変わりを経ずして、その身のまま、仏と同じ三十二相八十種の美貌を備えた金色の身体となった。その身から光を出して周囲を照らす。見ると、宮中も光り輝くばかりである。
仏がお示しになさることなので、大王は一途にこの宮へ行きたい気持ちになって、行幸された。后の姿を見て、「これは夢か現か」と叫ぶ。大王はこれを見て、ずいぶんと長い間、この宮には来なかったのだと思われた。その間、ただひたすら仏を念じていたことを、后が涙を流し、泣き泣き申し上げたので、大王はこれを聞いて、衣の袂を顔に押しあてて涙を落とされた。それから後は、この后だけを寵愛し、他の后のことは顧みなくなった。
残りの999人の后達は集まって相談したことは、いかばかりであったろうか。1人が思うことでも罪深いのに、まして999人が思ったことの罪深さはいうまでもない。「多勢に無勢」とは叶わぬことをいうが、999人がそれぞれに考えたことをもとに、どうしたものかとみなで計画を練った。
大王は、この后の腹に王子でも王女でもできたらなあとお思いになった。しかし、いまだ1人の王子も生まれないので、大王は嘆いて、仏に祈った。すると、祈ったかいあって、善法女御は懐妊なさった。
残りの后達はこのことを聞いて、相談したことには、「安心できないことですよ。大してよくない仲でも、子を設けたら睦まじくなるもの。まして王子もいまだおられぬところへ、珍しい王子でも王女でもできたなら、私達は永久に捨てられてしまう。どうしよう」と、おのおの、涙に咽んで嘆きあった。后達が西の女御(五衰殿の女御のこと)御懐妊を喜んでいる態で、大王の御前に参って申しあげることには、「后の御懐妊を承りました。王子でも王女でもおできになったら、私達、990人(なぜ990人? 999人でなくて。単なる書き間違えでしょうけれど)みなで大切にお世話申し上げましょう。これよりめだたいことはございますまい」 そうは申し上げたものの、各々の心は嫉妬のほのおで燃え出すばかりである。水ならば漏れて見えないばかりである。だから、『華厳経』には、「女人は地獄の使い、よく仏の種子を断つ。外面は菩薩に似ているが、内心は夜叉のごとくである」といっている。この后達の態を大王はまことと思われて、「よきかな、よきかな」とおっしゃった。
999人の后達は第1から第7に当たる宮殿に集まり、「どうしようか」と嘆きあった。まず生まれてくる王子の果報の程を知ろうとして、ある占い師を召して、この王子のことお問いになった。「菩薩女御(五衰殿の女御のこと)の孕みなさったのは、王子か王女か。またその果報の程を占って申せ。不審に思われるのです」 占い師は、書物を開いて占って申したのには、「孕みなさっている御子は王子でいらっしゃいますが、御寿命は8500歳です。国土安穏にして、この王の治世、万民がみな自由自在で、快楽をもたらす王者であります」
后達は火が出るほど手をきつくつかんで、占い師に仰せられたのには、「この王子のことを大王の御前で私の言うままに占って申し上げなさい。褒美は望み通りに取らせよう。この王子はお生まれになって7日目に九足八面の鬼となって、身体から火を出し、都をはじめ、天下をみな焼き尽くしてしまうでしょう。この鬼は三色で、身の丈は60丈(1丈はおよそ3m)を超えます。大王は食われてしまいます。このように申すのです」。また、「鬼波国より99億の鬼王が来て大風を起こし、大水を出して、天下をみな海にしてしまうでしょうと申し上げなさい」と言って、后達は各々の分に従って、褒美を占い師に与えた。ある后は金500両、またある后は金1000両を与え、それだけでなく、綾錦などの織物類は莫大なほどに与えた。占い師は喜んで、「承りました」と返事を申し上げた。后達は「他言無用」と口止めなさった。占い師は「どうして仰せに背きましょうか」と申し上げて去った。
中1日おいて、后達は大王の御所に参って、相談なさるには、「后の御懐妊のこと、王子か王女か気掛かりです。早く承りたいものです。占い師を召してお聞きなさい。あまりに気にかかりますこと」。そのとき、大王も「もっともなことだ」と思われて、件の占い師を召した。后達は、事前に申し付けていた菩薩女御のお産のことを、「子はどちらか申せ」と言いながら、約束を違えないだろうかと、各々の心のうちはまるで鬼のようである。
占い師は雑書(人の運勢などについての俗説を記した書物)を開いて目録を見てみると、王子の果報のすばらしいことは申すまでもない。「后の御年はいかほどですか」と、占い師が問うと、后は「360歳」と答えられた。占い師は日記にまかせて見ると、涙が出てきてとまらない。「これほどすばらしくいらっしゃる者を、あらぬように申すことの心苦しさよ」とは思うけれども、しかしながら、以前の約束のようにように占って申し上げた。
大王はこのことをお聞きになって、「親となり、子となること、たまたまにも有り難いことである。この世だけのことではない。今日までいまだ子というものを見たことがない。いかなる鬼でも生まれてくるものならば生まれてこい。互いに親と子と知って、1日でも見て後なら、どうなろうとも苦しくは思わない」といって、用いもしなかった。 
 
蛇と十字架

 

東西の風土と宗教 
古代の花粉・土壌の分析から、当時の気候・植生など推察するという、新しく「環境考古学」なる独自の考古学分野を開いた著者の功績は大きい。氏はそれにとどまらず、文明批評・比較文明の分野においても、旺盛で積極的な行動力と鋭利な洞察力、それにすぐれた表現力で、多くの野心的著作を世に問うてきた。その中の1冊で、「蛇」という、アニミズムの時代に東西に亘って信仰の中心であった生き物が、どうして、どのようにその力を失っていったかという、宗教の根源に横たわるナゾに挑戦し「宗教とは何か?」という命題にグイグイと肉薄していくのが本書である。読者は旧約聖書の中で、「エデンの園でイヴが蛇にそそのかされて禁断の木の実を食べる」というもっとも有名な逸話を、なにげなく受け止めていたはずだ。しかしこれこそ「蛇」そして「蛇信仰」が邪悪なものとして排斥される象徴であったという事実を気付かされるだろう。「森」の時代、豊穣の地母神との交合によって、森羅万象を生み出す「蛇」は、不死・再生そして生殖の象徴である主神であった。森を切り開いて興きた文明は、森の滅亡による洪水そして砂漠化で次々に滅んでいった。森の神「蛇」は火と嵐の神「バール」によって殺され、「バールの神」もまた、過酷な世界の峻烈な創造主(ヤァウエ)によって殺戮される。こうして地中海の神々も、彼らを祭る神殿が廃虚と化す前に、つぎつぎと滅んでいく。かつて「肥沃の半月弧」といわれながら(砂漠化した)中東の一角で生まれた一神教こそ、(同根ながら他を決して認めぬ)ユダヤ・キリストそしてイスラム教である。十字架はキリスト教の象徴である。キリスト教の布教の裏に、多くの動物の滅亡があり、異教徒の迫害があり、文明の代償としての、森の滅亡と砂漠化の進行があった。十字架こそ蛇に代表されるアニミズム追放のシンボルだった。一方日本ではどうか? 
森と共存しながら、今に至るまで色濃く「蛇信仰」を保持し続ける「縄文」に発する日本の宗教観・自然観と、砂漠のそれと対比させながら、不毛の時代を救う多神教の復権、すなわちアニミズムルネッサンスを提言する。 
 
十字架はなぜキリスト教の象徴なのか

 

十字架がキリスト教の象徴であるということは、常識的に考えると奇妙である。敵対する異教徒の中には、「彼らは、彼らに値するもの(死刑)を拝んでいる」と皮肉る人もいるが、なぜキリスト教徒は、教祖であるイエスを死に追いやった忌まわしい処刑の道具を、キリスト教の象徴として崇拝するのだろうか。イエスは、死後復活したのだから、十字架は、死の克服の象徴だと言う人もいるが、それならば、なぜ、釘とか槍といった他の処刑道具ではなくて、十字架でなければならないのかが問われなければならない。  
1. コンスタンティヌスはなぜ公認したのか  
実は、十字架がキリスト教の象徴になったのは、イエスが死んでから300年ほどたってからである。よく知られているとおり、キリスト教は、ローマ帝国では長らく迫害されていたが、313年にコンスタンティヌス1世(Flavius Valerius Constantinus − 以下、コンスタンティヌスと記す)によって公認され、後に国教にまでなった。十字架が象徴として認知され始めたのも、『新約聖書』が現在の形で成立したのも、キリスト教の基本的な教義が決まったのもこの頃である。どうやら、コンスタンティヌスに謎を解く手掛かりがありそうだ。  
コンスタンティヌスは、ローマ帝国の西方副帝コンスタンティウスの子供で、母親がキリスト教徒ということもあって、もともと歴代皇帝と比べるとキリスト教には寛大だったが、彼自身は、キリスト教徒ではなかった。転機が訪れたのは、西方正帝マクセンティウスとの覇権争いの時だった。それ以前に信じていた宗教から身の破滅を予言され、無神論者になりかけていたコンスタンティヌスは、PとXを組み合わせたモノグラムの夢(一説によると白昼夢)を見て、これを新たな神の啓示と受け取り、そのモノグラムを兵士の盾に描かせたと伝えられている。  
左のこのモノグラムは、キリストに相当するギリシャ語クリストス(χριστο?)の最初の二文字であるカイとローを組み合わせたもので、キリスト教を象徴する記号だった。ローは、ラテン文字のRに相当するのだが、ギリシャ文字の大文字は、ラテン文字のPと形が同じである。だから、コンスタンティヌスのようなラテン文化圏の人には、キリスト教のモノグラムは、PとXの組み合わせに見えたはずだ。  
コンスタンティヌスが夢に見たこの記号が、いかなる願望の隠喩であったかは、精神分析学的に興味のあるテーマである。キリスト教のモノグラムは、ファルス(phallus)あるいはペニス(penis)の頭文字である(そして、睾丸の付いたペニスを横から見た形に似ている)Pにバツ印をつけた記号とも解釈できる。コンスタンティヌスにとって、それは去勢を意味する記号だったのではないだろうか。  
なぜ、コンスタンティヌスが去勢の夢を見たのかは、後で考えることにしよう。その後、コンスタンティヌス軍は、数の上では圧倒的に劣勢だったにもかかわらず、マクセンティウス軍をミルヴィオ橋の戦いで破り、最終的に、コンスタンティヌスは、分裂していたローマ帝国を再統一して、ローマ皇帝となることができた。かくして、コンスタンティヌスは、キリストの神に感謝して、キリスト教を公認し、その後、キリスト教は、帝国内で急速に普及した。  
こうした歴史的経緯を考えるならば、十字架がキリスト教の象徴になった背景には、イエスが十字架で死んだからという以上の理由があるようだ。去勢の記号としてのXを45度回転させれば、十字架になる。私がこれまで主張してきたように、キリスト教を、人類史の男根期に現れた去勢コンプレックスの宗教と位置付けるならば、なぜ十字架がキリスト教のシンボルとして選ばれることになったのかを理解することができる。  
ローマ帝国では、長い間、十字架による磔刑が、死刑の方法として採用されてきたが、コンスタンティヌスは、これを廃し、絞首刑を採用した。ここからも、コンスタンティヌスが十字架に聖なる意味を見出していたことがわかる。328年に、コンスタンティヌスの母ヘレナは、エルサレムで聖十字架を発見し、その後、十字架に対する信仰が始まった。  
コンスタンティヌスは、325年にニケア公会議を開き、父なる神と子なるイエスと聖霊は全く異なるとするアリウス派を異端として追放し、三位一体の教義を確立した皇帝としても知られている。三位一体とは、神にして人という両義性を帯びたイエスが、神と人の媒介となり、そしてイエスが処刑される、つまり媒介が消去(去勢)されることで、神と人とが一体となる(聖霊降臨)という教義である。  
カトリックでもギリシャ正教でも、キリスト教徒は、よく指を使って十字を描く。その際、指は親指・人差し指・中指の三指を伸ばし、他の二本を折り曲げることで、三位一体を表す。このことは、十字を描くことと三位一体の教義には密接な関係があることを示している。  
十字を描く時、手を、まず上から下へ、次に、カトリックでは左から右へ、ギリシャ正教では右から左へと動かす。どちらの場合でも、上から下に引かれる線は、天上の神と地上の信者を結び付ける媒介的な線、つまりイエスを表し、それに横線を引くことは、イエスの抹殺を表す。キリスト教徒は、十字を切ることで、イエスというファルス的存在を去勢するキリスト教の原点を反復し、神と人との一体を確認しているとみなすことができる。  
2. 去勢がファルス崇拝をもたらす  
去勢とは、ラカンの用語を使うなら、想像的ファルスの象徴的欠如である[注]。子供は、母にファルスが欠如していることに気が付き、母の想像上のファルスとなることで母の欲望を満たすことを欲望する。他方で、ペニス羨望を持つ母も、子供をそうした想像的ファルスとして所有することを欲望する。  
[注] ラカンの用語法では、想像的対象の象徴的欠如が去勢(castration)であるのに対して、女性におけるペニスの欠如のような、象徴的対象の現実的欠如は、剥奪(privation)、子供が空想する乳房の喪失のような、現実的対象の想像的欠如は、挫折(frustration)と呼んで区別される。つまり、ラカンにとって去勢とは、文字通りペニスを切り落とす現実的欠如でもなければ、ペニスがなくなるかもしれないという想像でもなく、母のペニスになる想像が、父によって、言語的・象徴的に禁止されることなのだ。  
この母子相姦関係は、鏡像的段階のナルシシズムの延長上にある。  
近親相姦、ナルシシズム、母親の男根(ファルス)であることは、もしそれが実現すれば、そこでそっくりすべての欲望が終末に達し、何も欲望せず、何も他者に訴えず、そもそも言葉を使う必要がなくなることを意味する。これは人間にとっての一種の死である(ナルシス神話、鏡像段階の袋小路)。したがって、母親と子供の死の抱擁を妨げ、この想像的融合を断ち切る作用をするものが父の名なのである[石田 浩之:負のラカン―精神分析と能記の存在論]  
父の名(Nom du Pêre)とは、父から発せられる否(Non du Pêre)でもあり、想像的ファルスによる母子相姦を禁止する。去勢といっても、文字通り息子のペニスを切り取るわけではない。想像的ファルスが象徴的に欠如するだけである。欠如(する)を意味する英語の“want”が同時に欲望(する)という意味を持つことからわかるように、去勢によって作られる欠如が、欠如を埋めようとする欲望を可能にする。  
欲望は常に欠如に向けられており、欠如を埋める相手を求めている。だから、性感帯は、身体の縁にある[Jacques Lacan:Ecrits tome 2, p.298;Ecrits, pp.817-818]。性交において互いに触れ合うペニスと膣、キスにおいて互いに触れ合う唇や舌、授乳において互いに触れ合う乳首と乳児の口唇、排泄において触れ合う肛門と糞あるいは尿道と尿、視線が出入りする瞼の裂け目、声が出入りする耳たぶや口、これら性感帯に当たる身体の縁は、自分の身体に属すると同時に属さない両義的な性格を帯びる。  
社会システムの境界に侵入する両義的存在者が、センセーションを巻き起こすように、身体システムの境界に侵入する両義的存在者は、エロティシズムを惹き起こすが、社会システムの秩序の体現者が、境界上の両義的存在者をスケープゴートとして排除するように、父は去勢により性的享楽を禁止する。  
イエスも、いろいろな意味で、境界上の両義的存在者だった。神であると同時に人でもあり、ユダヤ教徒であると同時にユダヤ教徒ではなく、ローマ帝国の内部に存在すると同時に外部に存在した。その両義性ゆえに、スケープゴートとして、屠られることになる。キリスト教徒たちは、イエスを失うという去勢体験を経て初めて、イエスが自分たちのファルスであることに気が付いた。  
去勢によってぽっかり空いた穴を、ラカンは対象aと名付ける。対象aは、欠如を埋めようとする欲動を惹き起こす。人々は、イエスの亡骸がなくなったことに気がつくと、聖十字架、聖釘、聖槍、聖杯、聖顔布、聖骸布といったイエスの欠如の痕跡を残す聖遺物を、対象aとして、追い求めた。特にヒトラーは、聖槍を手に入れれば世界を征服できるということで、ペニスと形状が似ているその聖遺物を渇望した。  
日本武尊の伝説も、イエスの伝説と似ている。  
日本武尊化白鳥、從陵出之、指倭國而飛之。群臣等、因以、開其棺[木親]而視之、明衣空留而、屍骨無之。  
日本武尊は白鳥となって、陵から出て、ヤマトの国を目指して飛んで行かれた。群臣たちが、そこでその棺を開いてみてみると、清らかな布の衣服のみがむなしく残っていて、屍は無くなっていた。 [日本書紀 ]  
天使は婦人たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。それから、急いで行って弟子たちにこう告げなさい。『あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。』確かに、あなたがたに伝えました。」 [聖書, マタイによる福音書]  
話をコンスタンティヌスに戻し、なぜ彼がが去勢の夢ないし白昼夢を見たのかを考えよう。フロイトによれば、人が夢を見るのは、願望を充足しようとするためである。同じことは白昼夢についても言える。  
Der Inhalt dieser Phantasien wird von einer sehr durchsichtigen Motivierung beherrscht. Es sind Szenen und Begebenheiten, in denen die egoistischen Ehrgeiz- und Machtbedürfnisse, oder die erotischen Wünsche der Person Befriedigung finden. Bei jungen Männner stehen meist die ehrgeizigen Phantasien voran, bei den Frauen, die ihren Ehrgeiz auf Liebeserfolge geworfen haben, die erotischen. Aber oft genug zeigt sich auch bei den Männern die erotishe Bedürftigkeit im Hintergrunde; alle Heldentaten und Erfolge sollen doch nur um die Bewunderung und Gunst der Frauen werben.  
これらの空想の内容は、非常にはっきりした動機付けによって支配される。白昼夢は、その人の利己的な野心と権力の欲求やエロティックな願望を満足させる情景や出来事なのだ。若い男では、たいがい野心的な空想が、恋の成就に野心をかけている女たちではエロティックな空想が抜きん出ている。しかし、男においてもしばしばエロティックな欲望が背景にはっきり現れる。すべての英雄的な行動と成功も、もっぱら女性たちの賞賛と好意を得ることを目指している。 [フロイト:精神分析入門; Gesammelte Werke Bd]  
男の場合、権力欲も性欲も男性ホルモンであるテストステロンの成せる業である。コンスタンティヌスは、権力への強い欲望を持っていたが、それは、女性にもてたいという欲望と同じであり、したがって、権力は、女性たちの欲望の対象であるペニスによって象徴される。当時、彼の軍は劣勢で、彼の野望は否定されようとしていた。それが、ペニスであるところのPにX(バツ)が付けられていた理由である。  
ファルスは、去勢されることで、かえって欲望の対象になる。結局、コンスタンティヌスは、ローマ皇帝という象徴的ファルスとなることができたわけだが、それと同時に、イエス・キリストも真に普遍的なファルスとなることができた。  
去勢されたファルスは、去勢されたことで無になるわけだが、それたんなる無であってはならず、普遍的な無でなければならない。去勢されたファルスは、ラカンのマテームでは、大文字の他者A(例えば、子供にとっての母)における欠如のシニフィアンSとして、S(A)と記される。ラカン研究者のリチャードソンとマラーは  
S(A)は、数学の集合論における空集合、つまり一つも要素を含まない集合である [John P. Muller & William J. Richardson:Lacan and Language: A Reader's Guide to Ecrits]  
と言うが、これはどう解釈したらよいだろうか。  
空集合は、{0}ではなくて、{φ}と記される。“0”は、ぽっかりと開いた穴の形をしていて、空を表すが、“1”や“2”と同様に、要素の一つとして扱われるので、{0}は空集合ではない。空集合であるためには、“0”から、数字としての特殊性を抹殺しなければならない。斜線は、その抹殺を意味する記号であると解釈できる。この空集合を表す記号は、ファルスのギリシャ語(φαλλο?)の頭文字と同じである [姉歯一彦:優しい類人猿小出 浩之,ラカンと臨床問題, p.212]。イエスもまた、処刑されることで、肉的存在という特殊性を抹殺して、ファルスとして普遍的な存在となった。  
3. キリスト教と仏教の共通点  
イエス・キリストとともに、ガウタマ・シッダールタもまた、人類史の男根期に現れた去勢コンプレックスの宗教の開祖となった。キリスト教の象徴が十字架であるのに対して、仏教の象徴は、卍(まんじ)である。卍は、去勢の(したがって無の)象徴である十字が左に旋回する記号である。仏教以前では、太陽放射を表す記号として使われていたようだが、どちらにしても、それは男性原理を示す記号である。ちなみに、ガウタマ・シッダールタは、自分を太陽の裔と称していた。  
卍には、左卍と、逆方向の右卍があり、右卍が力や理性を表すのに対して、左卍は、慈悲や愛を表す。ヒンドゥー教では、左旋回が太陽の動きとは逆なので、左卍は死を表すとされる。仏教を自発的去勢の宗教と特徴付けるならば、仏教には、左卍がふさわしい。右卍は、ナチスの鉤十字としても知られている。ファルスを断念した左の仏教とファルスすなわち「強い父親」を目指した右のナチスでは、方向が逆であるが、ともに去勢が出発点となっている。  
 
物理学と神

 

無心論者ならばともかく、わたしたちが「神」を感じるのはどんなときだろうか?西欧の科学者でも約半数は(いわゆるキリスト教の神ではない創造主としての)神を信じるということだが、さて自然と接する科学者特に物理学者と神の関係はどんなものだろうか? 
通常私たちは、「物理学者と神」とはまったく無縁、というより敵同士のように思いがちだが、もともと「神はいかに完璧であるか」を証明するのが物理学のスタートであった。ところがいつの間にか物理学は「神の不在」を証明する学問になってしまい、今度はそれを不満とする神が反撃し物理学者が応戦するという繰り返しがはじまったのだという。物理学者である著者は、独特の切り口でしかもわかりやすく、「蜜月と破局」を繰り返す神と学者の関係を、系統立てて暴露してくれる。 
本来「神をたたえる学問」であり「全能の神の存在証明」であった自然科学は、一体いつから神に背むくようになったのだろうか? 
第1期反乱は17世紀にはじまった。いわゆる「近代科学の夜明」がその時である。新しい学問(自然科学)は、まったく意図しなかったのに次第に聖書の矛盾を暴くことになり、困った科学者は、神を「はるかかなたの無限の地」に追放し、「なぜ」と問いかける神の領域と、「こうなっている」と答える人の領域とを分けてしまった。 
第2期の18〜9世紀、人(自然科学者)は増長して、神を不要とするいくつもの悪魔を創造し、ますます神は衰弱していった。いくつもの悪魔とは、パラドックス(詭弁)であり、永久機関であり錬金術などなどであった。 
ところが、老獪な神はどっこい死ななかった。20世紀になって神の反撃がはじまった。物理学者の弱点は「なぜ」に答えられないと気付き、神はその「なぜ」を連発していった。反撃は永久機関であり錬金術の失敗であり、人にはどうにもならない確率の問題であり、宇宙の成立ちであり、フラクタルであり、カオスであり、とどめは量子理論であった。 
株式とかギャンブルという確率性は、科学や物理ではどうにもならない。結局神こそ最大の賭博師であり、人は神の気紛れとそのおこぼれに与っているだけであり、科学者は無力であった。物理学者は宇宙の構造をなぞることはできても、「なぜ出来たか」には無力であった。神はいつも質問を用意し、学者はそれに答えるのに精一杯であった。簡単なところでは煙の立ち上がり方とか天候など、予知や予想を妨げるフラクタルでありカオスにたいしては「複雑系」で対抗しようとしているが、はたして神に勝てるのか?量子論にいたっては、仏教や道教まで駆り出されているのだ。 
実は著者も、「宇宙年齢に関する宇宙論の危機」に、お釈迦様の掌の上でうろうろしているだけの人は、何も新興宗教でなくても既存仏教で充分と言っているくらいである。つづまるところ「神の挑戦とは、結局物理学者の無知であり、事実認識であり、一人相撲である。お釈迦様の掌の上にいるに過ぎない物理学者よ謙虚であれ!」だというのが結論である。 
 
都市と日本人

 

「カミサマ」を旅する 
建築学者である著者は、カミサマとの関連というユニークな視点で西欧の都市と日本の都市の違いを指摘する。西欧の都市にはその中心に神殿があり、しかもどこからでも見えるという都市建築の構造になっているが、日本ではカミサマは都市の外にいるのだという。これは(一神教という)西欧の神と、森から発した八百万の神々との違いもあるが、大きな違いは、古代日本ではカミサマが(都市になる)土地を作ってきたことにあるのだという。 
かつての日本はけわしい山林ばかりで、氾濫して出来たわずか7%の沖積平野が乱流乱床地として、とても住める状態にはなかった。そうした低湿地を住める状態にしていったのがカミサマだったというのである。記紀をはじめ各地の風土記や神社の由来には、神々の国造りの物語や伝承が数多くある。こうした国造りのあと、カミサマはすべて姿を隠してしまう。見えないカミと人を結ぶのが巫女であった。魏史倭人伝にあるように、巫女を通じて初めて国が形成されることになると言う 。 
日本の都市にはなぜか祖廟も社稷もない。その代わり社稷は都市の外に鎮守の森や霊山として大切に守られてきた。社稷のない都市は簡単に滅ぶ。平城京以前の都市はきれいに消え去って、今ではその場所すらわからない。街が消えた後に仏教寺院が進出し、今度は門前市として賑わうことになった。(社稷 社=土地の神 稷=収穫の神)水田農耕が渡来したあと、神と人はその境界線を設け、人は神を敬い祭ってきたが、水田が拡大されるにしたがって次第に神を祭ることがおろそかになり、形骸化されていく。特に今の日本の都市が無秩序なのは、場所としても精神的な依り代としてもカミを失ってしまったためだろう。 
阪神タイガースとトラきちの関係に、新しい神と人をそして新しい都市の姿を見る。カミに詣でる参道は阪神という私鉄であって、決してお上による情報の「上意下達」のルートJRではない。であれば虎の神の休み給う霊地こそ六甲山にほかならない。阪神タイガースが示唆するものは、いまこそ日本は森そして山そして都市にカミを祭ることではないか。 
 
神なき国ニッポン

 

著者は京大工学部建築学科出身の建築学者であり建築家でもあるが、むしろ宗教学者といっても決して言い過ぎでないほど、世界の宗教に対して深い造詣と理解を示している。 
別書では鎮守の森と日本の神々への強い思慕の念を示しているが、氏の専門の建築を通じて、東西の宗教建築と街造りの思想にも鋭い洞察のメスを入れている。タイトルは、キリスト教やイスラムの都市が、すべて寺院を中心に建てられているのに反して、鐘一つ満足につけない宗教不在の日本の町のあり方に疑問を呈しているようにも見える。 
聞き手の平岡龍人は仏教の専門家で、彼が著者に世界の宗教について訊ねる形をとっているのだが、著者の博識で奥深い考察力と、わかりやすい表現力には、通常われわれのそうした宗教に関する知識や認識が、いかに浅薄でいい加減なものだったかを思い知らされ、おおいに反省し感嘆するほかない。 
題名にもかかわらず、8章の中の5章は「アメリカの若者が戦争に行く理由」とか、「イギリス人の家はなぜ城か」「スパゲッティのかわりになぜワーグナーか」「マホメットはなぜコーランを書いたか」など、いささか変わった切り口で世界の生活観・宗教観・倫理観などを提示し、そこから日本の、日本人の生活観・宗教観・倫理観と対比してみせるのだ。 
日本に神々がいなくなったのは、(象徴的な表現だが)大東亜戦争の敗戦によって、いわば欧米の神に滅ぼされたからである。 
本来日本の神々は、いわゆるマニイズム(超自然教・超人間教)やア二ミズム(精霊教)の段階であって、それに宗教というよりも(一切空という)虚無的哲学である仏教が重なったものだが、仏教は多くの宗派に分かれて教義があいまいになり、次第に世俗的な現世利益に堕し、僧は葬式と不可解な念仏の中に逃げ込んでしまう。 
戦後無我夢中の復興の中で、GHQやコミンテルンの謀略にまんまと嵌って、日本人が神々を失っていくのにさしたる時間を必要としなかったのである。こうしたことからも、なぜ日本人が海外で理解されないかという理由がはっきりと浮かび上がってくる。著者は最後に「神様がいないなら創ろうではないか」という。多くの宗教書・教養書では得られぬものを、この本は多く与えてくれるのだ。 
 
観音の光に包まれて

 

宗教学者であり、求道者でもある町田宗鳳師と、86才になる大原弘盟尼との共著とあるが、対話と言うよりも町田師が、大原尼の波乱と不思議さに満ちた一生、それを生んできた感動の「信の世界」を、巧みに引き出した内容と謂えるだろう。 
下手な書評の前に、町田宗鳳師の紹介文をお読みいただきたい。 
 
新しい本が出ました。今度は、曹洞宗の大原弘盟禅尼との対談です。庵主さまは今年八十七歳ですが、その生涯を信仰一筋で貫かれた方です。 
たいていの人間には、信仰はどこかとらえどころがなくて、曖昧なものに留まっていますが、庵主さまにとっては、信仰は石よりも鉄よりも固く、確実に実在するものです。 
一切の迷いを払拭して、そこまでの確信にいたるのは、並大抵のことではありません。庵主さまは、少女のように可憐で小柄な人ですが、お若いときは、じつに激しい修行を重ねてこられました。あそこまで強烈な求道心をもつことは、男僧にも珍しいことです。 
人間には、それぞれの運命があって、ときに過酷な状況に置かれることもあります。そこで踏ん張れるか、挫けるかは、紙一重の差です。その紙一重の差を決めるのは、平生からの信仰心です。 
信仰心というのは、なにかをがむしゃらに信じることではなく、まず自分という存在の小ささや罪深さを自覚することから始まります。でなければ、目には見えないけれど大いなるものに頭を下げるという謙虚さが、身につかないのです。 
近代文明は、信仰を個我の依存心を高めるものとして、疎外してきました。たしかにそういう一面もあるのですが、本物の信仰は人間の自立を促します。 
姫路の田舎に住む老尼の姿に、私が未来の希望を感じるのは、この退廃した世の中に、近代人が立ち戻るべき人間の原点がさし示されているからです。 
 
文中町田師は、無垢無欲な老尼の言葉の一つ一つを、まるで手中の珠玉を慈しむように、やさしく私たちに指し示してくれる。 
昨今テレビで話題を呼んでいる霊能者・霊視について老尼は、自分はその能力はないと否定しているが、違った意味でそうした現象を真っ向から否定する人たちに取って、なんのためらいもなく老尼が語る霊的現象や結果がごく自然に発せられると、素直に信じられるから不思議である。 
ちなみに評者は、いわゆる心霊現象やUFO問題などに対して、否定も肯定もしないいわばニュートラルなスタンスである。見えないから否定するというのは、かつて見えなかった細菌やウイルスを否定するのと同じ頑迷さに通じるし、まだまだ不完全な科学を万能視する偏狭さを示すからだ。 
とは言え、自ら確認しない、出来ないことを無批判で信じ込むことも、避けたい思いも否定しない。 
特に、日本のテレビに共通する興味本位での取り組みからは、どうしても最初から胡散臭さを拭いきれないことも確かで、このことが公平な目を曇らせている。 
ところが、英知の人町田師と無垢の人大原老尼の間で交わされる、穏やかなオーラに包まれた会話の中から、次々と発せられる不思議な現象が、深い信仰心に抱かれた老尼の口から発せられるとき、「この人の言うことなら本当なのだ」とごく自然に想ってしまうのだ。 
老尼の幼少の頃継母から受けた筆舌に尽くしがたい虐待の数々を、何の衒いもなく「蔵何軒分にも相当する深い恩」だとごく自然に言い切れる人がいるだろうか。 
勿論そうした話を巧みに引き出した町田師の並々ならぬ力と、それ以上大原老尼に対する尊敬の念も預かって力がある。 
町田師は、老尼を評して(トルストイの)*「イワンの馬鹿」の信仰心と同じものとしているのだが、その裏に過度の科学万能主義跋扈が生んだ、殺伐とした世情に対して、世襲化し、世俗化し、形骸化して「葬式宗教」に堕した、無力極まりない日本仏教に対する痛烈な批判が読み取れるのだ。 

 


  
出典「マルチメディア統合辞典」マイクロソフト社 / 引用を最小限にするための割愛等による文責はすべて当HPにあります。  
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