仏教経典
仏教経典真言金光明経1金光明経2金光明経3金光明経4理趣経般若心経 
維摩経華厳経勝鬘経三経義疏法華経観音経阿弥陀経観無量寿経 
大無量寿経法句経阿含経両部の大経正信偈正法眼蔵央掘魔羅経 
大法鼓経密教曼荼羅1曼荼羅2曼荼羅3胎蔵生(界)曼荼羅金剛界曼荼羅羯磨曼荼羅九條錫杖経佛説聖不動経遺教経仏説盂蘭盆経・・・ 
大日経 / 巻第一巻第二巻第三巻第四巻第五巻第六巻第七中国密教の種子

時宗・一遍 仏の世界   

 
仏教経典

釈迦の生前の説法を集成されたもので、この時代インドに文字は存在したが経典には使用されず、紀元前アショカ王の時代には師から弟子へ口伝で伝へられた教説を凡そ数百年後に書き写された物が最初でカニシカ王の時代に編纂が進められた、仏教には八万四千とも言われる法門がある、「如是我聞」(注5)私はこの様に聞いた、と作られた経典(仏典)の数は膨大な量になる、ストーラで語源は縦糸の意味であり経(たて)糸の如くに書き込まれた典という、因みに経典は顕教経典と密教経典と呼称が分類されるケースがある、即ち顕教は前述のようにストーラと言われる、かたや密教はタントラと呼ばれている。 
経典の登場には結集(けっじゅう)(注9)が最低4回行われ釈尊入滅の後、十大弟子の中でも大迦葉(だいかしょう)・優婆離(うばり)・阿難陀(あなんだ)が中心となり500人の僧侶が集まった、第2回は約100年後にバイジャーリーに於いて700人、第3回はその100年後アショーカ王時代に1000人が結集し第4回は2世紀頃カシミールに於いて約500人でおこなわれた、結集とは梵語名 sakg ̄ti (サンギーテイ)と言い弟子たちが釈尊の教えの暗記した事項の記憶の確認業務が行われた。 
その後原始仏教は部派に分裂するが各部派とも内容的には三蔵(経蔵・律蔵・論蔵)に集約される、経蔵(Sutta‐pipaka)は法(ダルマ)とも言い釈迦の教説を集大成したものとされる。 
律蔵(Vinaya‐pipaka)は教団の規則の集成で修行者が守らなければならない戒律であり,論蔵は教説の解釈及び研究書。 
これらは口伝によって語り継がれた為に教派や言語の相違により異なる経典が出来た、ちなみに経典と言えるものに経・律・論・疏がある。 
1.経は釈迦如来の説く教義を言う、  
2.律は教団運営の為に釈迦が定めた規則とされる、  
3.論は弟子たちの解釈書であり、  
4.疏(しょ)前1-3の解説書と言う。 
初期の仏教経典で現存する経典は梵語(サンスクリット・sanskrit)パーリ語(p´li)(注10)聖典等少数であるが、釈迦はマガタ語系で説法したと考えられ部派に分裂した後に梵語・バーリ語・ガンダーラ語に翻訳されており、部派共通の経典は存在しない、因みに中村元・前田専學両氏による岩波書店の「仏典を読む」に依れば大乗仏教を初・中・後期に分類しており、初期としてAD150年頃の中観派の祖・龍樹を嚆矢として以下の経典が成立している、また中期は3.5-5世紀に於ける唯識派(瑜伽行)、無着・世親の時代とし、後期は7世紀密教中心の時代に分類されている、初期に於ける主な大乗経典に阿弥陀経・大無量壽経・般若心経・華厳経・法華経等で中期には金光明経が挙げられている。 
現在経典と呼ばれる典籍はインドで生まれ中国で翻訳または創作されたものと、所属宗派の祖師の著述の抜粋が詠まれている書に分類される、初期の仏教聖典でブッダ直接の教えとされる経典を、梵語で´gama (アマーガ)と言いう、阿含と音訳されており意訳すると「伝承」を意味する、因みに阿含経は長・中・雑・増一と形式や内容により分類されている。 
インドに於いて発生した経典は中国に渡り翻訳された、翻訳はおおむね3段階に分類され古訳(鳩摩羅什以前)・旧訳(鳩摩羅什-玄奘まで)・新訳(玄奘以後)とされている。鳩摩羅什344-413年(注4)玄奘602-664年。  
経典は概ね大乗と小乗(上座部)に別れており、上座部は比較的短編で具体例が占めされている、大乗経典は長編で哲学思想をふんだんに盛り込んだ典である、日本に伝わったのは漢訳の大乗経典が大勢を占める、各教団では経典の核心を根本経典というが国及び宗派により異なる場合が多い。 
天台智(ちぎ)により「一切経」と呼ばれる数千部をしのぐ経典の格付け即ち、教相判釈(注8)が行われ五段階に分類したが法華経を最上位にランクした、これを最澄が学び経典の集蔵である一切経・大蔵経は全て釈尊が説いたものであると言う前提に於いて天台宗を興した。 
インドに於いて紀元前一世紀頃仏塔を中心に仏陀を信仰する弟子達が集まり参拝する、集団が大きくなるに従い修行者中心から在家信者を中心とする仏教に変質し始めた。 
在家信者を救済する為には民衆を覚りに運ぶ手段として大乗を自称し旧来の上座部(部派)を小乗と侮蔑した。 
この流れは急速に発展し、新しく考案された哲学や方便を駆使した多くの大乗経典が生み出された。 
しかし上座部仏教以外は釈迦の教えとは言えない面があり、江戸中期の思想史家、富永仲基は釈迦の教えと大乗経典とは何等関係ないと「出定後語(しゅつじょうごご)」に於いて論破した、また明治後半東京帝国大学の村上専精教授も大乗非仏説でこれを肯定しておりこれは現在も覆されていない。 
しかし大乗側はインド人が発明した方便を使って釈迦がまだ弟子たちに説いていない真意・真理・を顕わした教えと説明している。 
大乗経典を仏典と認める為には「真理を説いている理論は全て仏説である」 「真理とは言語表現を超越したものである」の二点を容認しなければ大乗経典は仏教の経典ではなくなると言はれている。  
また大乗・小乗を問わず経典中で釈迦の言葉と証明できる経典は存在しない、特に中国で行われた漢訳経典は梵語の原典を従順に直訳するのではなく自国文化や国民感情や皇帝に於いて弥陀の誓願を四八願に増やしているが、その他・玄奘の「般若心経」・不空の「仁王護国般若波羅蜜多経」善無畏の「大日経」等々、創作を加え恣意的に改訳された著名な経典がある。 
中国に於いては「真経」(注11)すなわち釈尊直伝とされる経典と、「疑経」すなわち中国製との疑いを持つ経典や「偽経」いわゆる偽物と断定される経典があるが、偽経とされる経典の内、護国三部経の一経に数えられている「仁王般若経」を初めとして「延命十句観音経」「盂蘭盆経」「父母恩重経」等は現在も詠まれている、因みに「般若心経」も欧米の研究者の間で偽経説が強い、要するに偽経と言えども秀作を生み出す文化を中国は所持していた、法華経を例にとれば中村元氏は「法華経・東京書籍」の中で鳩摩羅什(注4)訳を翻訳と言うより創作と言えるほどの名文と言われている、日本に於いては白隠(はくいん)慧鶴(えかく)は延命十句観音経」を偽経と承知しながら採用し臨済宗中興の祖と慕われた、方便或は真理を説いている理論は全て仏説である、に該当するかもしれない。 
偽経については六世紀初頭の「出(しゅつ)三蔵記集」には639の経典があり、偽経は26典が挙げられているが、世紀末の「衆経目録」には2257典の内196典を偽経との記述がある(弥勒信仰のアジア・菊池章太・大修館書店)。  
現在我が国に於いて仏教経典は般若心経・法華経・浄土三部経の五経の影響は大きく日本人の行動様式や歌舞伎や落語等の芸能、さらに文学に大きな指針を与えており、その真髄を小説のテーマにした作品は多くわれわれに与える影響は計り知れない。しかし明治政府からは国家神道に偏り、現在の教育制度に於いては公教育から宗教は排除されており教科書に採用されても経典の内容や小説の真髄を説明される事は無い、したがって仏教の知識を持たずに、作品を理解することは困難な場合が多い。 
その他の経典として楞伽(りょうが)経・大集経(だいじゅきょう)・解深密経(げじんみつきょう)等々がある、楞伽経は唯識の立場から如来蔵と阿頼耶識(あらやしき)を融合させ禅も説いている大乗経典である、解深密経は法相宗の重要経典で修行などが説かれ唯識の諸経典に影響を与えている、大集経は空を解き密教的であり如来・菩薩・明王・天などが多く登場する。 
中国の経典に於ける四大翻訳家と言われる三蔵に・鳩摩羅什(注4)(344-413年・35部294巻)・摂大乗論、倶舍論等の真諦(しんたい・499-569年・64部278巻)パラマールタ、波羅末陀(拘那羅陀)・玄奘 (602-664年頃 ・75部1335巻)・不空(705-774年・210部143巻)が言われている。 
また日本語には経典から由来する熟語が多く仏教用語を削除しては日本語とした成立しないとされる。 
我々が日常無意識に使う用語をランダムに挙げてみると、世界・過去・未来・現在・恍惚・縁起・安心・愛嬌・挨拶・融通・悪口・無惨(無慚)・無念・馬鹿・不思議・道具・道場・相続・大衆・真空・乞食・以心伝心・一大事・有頂天・会釈・改心・観察・観念・看病・行儀・機嫌・玄関・降伏・差別・正直・実際・平等・工夫、などなど仏教に無関係と思える仏教用語が膨大な数にのぼる。 
日本に伝わった代表的な経典 
金光明経 / 護国三部経    
理趣経 / 密教 
般若心経 / 護国三部経   
維摩経 
華巖経 
勝鬘経 
三経義疏 
法華経 
観音経  
阿弥陀経 / 浄土三部経   
観無量寿経 / 浄土三部経   
大無量寿経 / 浄土三部経   
法句経 / 上座部・原始仏典 
阿含経 / 原始仏典   
両部の大経 / 密教 
正信偈  
正法眼蔵  
仁王般若経(にんのうはんにゃきょう) / 正式名称は「仁王護国般若波羅密多経」と言い、梵語経典は無くインドではなく中国に於いて成立した可能性の高い経典である、従って経典の起源・時期は定かではく疑経説がある。鳩摩羅什と不空の訳とされる経典がある、日本では「金光明経」「法華経」と共に護国三部経の一経に数えられている、特に不空による仁王護国般若波羅密多経陀羅念誦儀軌に五大明王の哲学が説かれ空海や円珍により請来された。上下2巻・8品で構成され、国家興隆と安寧が説かれ般若経典の結経に位置付けされるが疑経説がある。七福神信仰の起こりとも言える経典であり「七難さって七福来る」と記述がある。  
蘇悉地(そしつじ)経 / 善無畏敬(真言八祖の一人637年-735年)訳の祈祷儀礼が主体で行動(羯磨)金剛杵・五鈷杵などを用い障害難・恐怖などを除去し蘇悉地羯羅経尾も言い、特に天台宗の重要経典でもある。  
瑜祗(ゆが)経 / 正式名称は「金剛峯楼閣一切瑜祗経」と言い高野山金剛峯寺の銘々の基経で真言密教に於いて覚りを開く為の方法を記述した経典ある。 
各宗派の主な経典 -宗派 / 経典名 / 日本の宗祖 / 本尊- 
華厳宗(南都六宗) / 華厳経 / 良弁 / 毘盧遮那仏 
法相宗(南都六宗) / 般若経・般若心経・金光明最勝王経・成唯識論・解深密経(げじんみつきょう) / 法相六祖 / 薬師如来 
律宗(南都六宗) / 大乗経典全てを律蔵に加える、四分律蔵・法華経・梵網経 / 鑑真 / 毘盧遮那仏 
天台宗 / 法華経・阿弥陀経・法華文句・摩訶止観・蘇悉地経・大日経 / 最澄 / 釈迦如来  
真言宗 / 金剛頂経・大日経・蘇悉地経・瑜祇経(ゆぎきょう)・理趣経・要略念誦経(ようりゃくねんじゅきょう)・法華文句、摩訶止観 / 空海 / 大日如来 
真言律宗 / 同上 / 叡尊 / 大日如来 
浄土宗 / 観無量寿経・阿弥陀経・無量寿経・浄土論(無量寿経優婆提舎願生偈・むりょうじゅきょう うばだいしゃ がんしょうげ)世親著 / 法然 / 阿弥陀如来 
浄土真宗・真宗 / 無量寿経・阿弥陀経・観無量寿経・正信偈 / 親鸞 / 阿弥陀如来 
臨済宗 / 般若心経・観音経・金剛般若経・楞伽経(りょうがきょう) / 栄西 / 釈迦如来 
曹洞宗 / 法華経・金剛般若経・正法眼蔵(修証義)・楞伽経 / 道元 / 釈迦如来 
日蓮宗 / 法華経・観音経 / 日蓮 / 釈迦如来 
融通念仏宗 / 華厳経・法華経・浄土三部教 / 良忍 / 阿弥陀如来 
時宗 / 阿弥陀経・観無量寿経・無量寿経 / 一遍 / 阿弥陀如来 
 
注1.仏教の説話を基にした小説は現代も多いが、古くは今昔物語・日本霊異記・日本感霊記・地蔵菩薩霊験記等がある。 
注2.法相六祖とは神叡・玄肪・善珠・行賀・玄賓・常騰(じょうとう)を言う。 
注3.富永仲基(1715年-1746年)大阪商家の出身、三宅石庵に儒学を学び中国古代思想の研究から仏教史想を成立し歴史的に解明する「出定後語」は1745年の著作で仏教哲学者が方便を駆使して自説を拡大したもので大乗仏教は釈迦の説では無いとした、他の著作に「翁の文」がある。 
注4.鳩摩羅什(くまらじゅう)344-413年/大乗仏教の理論を広めた第一人者である、中国仏教に於ける正統性の経典に対する理解をもたらした僧で羅什と呼ばれる事もある。 
シルクロード天山南路の要衝亀慈(きじ)国の王子の一人、7歳で出家しキジルの石窟寺院で佛教を学ぶ、当初は上座部仏教を学が大乗仏教に移り中間派を学ぶ、少年時代中国の侵略を受け17年間の捕虜生活の後、401年長安に呼ばれ経典の翻訳を皇帝から命じられる、父がインドの僧侶(母は国王の妹)の為に梵語に精通しており、竜樹哲学(中間派)を中心に翻訳した経典は294巻(35部)に及ぶ、鳩摩羅什が竜樹哲学の三論・成実論を中心に翻訳した経典は294巻(35部)に及ぶ、・大智度論・中論・坐禅三昧経・大品般若経・般若心経(般若経典)・法華経・阿弥陀経・維摩経など現在読まれている著作、経典は多義にわたるが、空の思想が理解され三論宗が広まる。 
特に法華経は竺法(じくほう)護(ご)訳(239-316)など鳩摩羅什以前にも漢訳は数点存在したが鳩摩羅什訳が出されて法華経は隆盛を見る、これを起点に中国天台宗が興る。  
鳩摩羅什や玄奘は三蔵法師である、三蔵とは経・律・論に精通して者に与えられる。    
注5.如是我聞(にょぜがもん)  是くの如く我聞けり、ほとんどの経典に於ける冒頭にあるが、鳩摩羅什以来とされている、梵語のevammay asrutamで鳩摩羅什以前は聞如是・我聞如是の訳もあるとされる、また「我」とは十大弟子の大迦葉を頂点に行なわれた結集で朗読した多聞第一と謳われた阿難とされる。 
注6.教相判釈 天台智の言う、釈尊の説いた時代を五段階に分類し五時八教説を称えた 1.華厳時21日 2.阿含時12年 3.方等時16年 4.般若時14年 5.法華涅槃時8年(涅槃一昼夜)に分類し法華涅槃を最高とした。 
注7.結集/仏滅後に弟子たちで釈迦の教えの確認作業として結集(梵語 sakg ̄ti サンギーテイ)・合誦(ごうじゅ)即ち、釈尊の遺言を纏める会議が行はれた、第一回は十大弟子の一人優婆離を中心として五百人の結集でラージャグリハ郊外の七葉窟で行はれた他、インドに於いて四度開かれた。さらに仏滅後200年頃はマウリア朝のアショカ王の元で千人結集。更に仏滅後五百年にクシャン朝のカニシュカ王の元で五百人結集が行はれて経・律・論の論議がなされ経典作成が行われた。 
注8.三蔵/経蔵・律蔵・論蔵 
注9.経典には真経・疑経・偽経があり、疑経には「観無量寿経」や「弥勒上生経」・「盂蘭盆経」に護国三部経の1典「仁王般若経」などの著名経典がこの範疇に入り、「仏説父母恩重経」「地蔵菩薩発心因縁十王経」「延命十句観音経」などが偽経に入る、さらに「般若心経」にも疑経説がある、但し大乗経典に釈尊の教えと証明される経典は存在せず優劣には関係は無い、従ってインド発以外の経典を「中国撰述経典」と言う呼称も用いられている。 
注10.パーリ語(p´li)上座部仏教に於ける聖語で大蔵経があり、南伝仏教の地域ではp´li 語から根本経典は翻訳された、p´liは線を意味し、梵語(サンスクリット)の公用語に対して俗語であるが、釈尊が常用した言語であり仏教経典としてオーソライズされている、タイ・ミャンマー・カンボジヤ・スリランカ等に仏典として伝播された。  
真言(しんごん)

サンスクリット語:マントラ(मन्त्र [mantra])とは、大日経などの密教経典に由来し、真実の言葉という意。転じて仏の言葉をいう。真言は音が重要であることから、翻訳せず音写を用いる。漢訳では呪、明呪と訳される。 
真言は密教成立以前から用いられており、古代インドから効能がある呪文として重視されてきた。真言を唱えることで、発願を仏に直接働きかけることができるとされている。真言宗では、心で仏を想い、手で印を結び、三返ないし七返声で唱える(三密)。 
真言宗の「真言」はこれに由来するが、真言宗のみで使われるものではない。般若心経の最後にある「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」も真言であり、日蓮宗や浄土真宗などを除く多くの宗派で読まれている。法相宗では薬師如来への発願で頻繁に唱えられる。禅宗においても、消災妙吉祥陀羅尼や大悲心陀羅尼などが日常的に唱えられる。 
真言にはそれぞれ出典となる経が存在するが、同じ密教経典でも成立の過程が異なる大日経 (胎蔵界) と金剛頂経 (金剛界) では、真言が異なる。例えば大日如来の真言を唱える場合は、両界の真言を連続して唱える。 
なお比較的長い呪文である陀羅尼(だらに)は、長短の違いだけと誤解されることが多いが、その由来はまったく異なる。真言は漢字や梵字で書かれたものが伝わった。
金光明経1(こんこうみょうきょう)

漢訳者の相違と加筆された事から「金光明最勝王経」とも呼ばれているが同一経典と解釈できる、国家権力者の為の経典と言える、奈良時代から平安時代に於いて重要視された経典である、聖武天皇の勅命で法華経等と共に日本各地の国分寺に金光明経を置く事が義務付けされた、密教経典の範疇ではないが呪術的、密教的色彩が強く、この経典を信仰し称えれば四天王等の加護があるとされ、光明皇后が熱烈に信仰した経典で日本に於ける寺院建立に大きな影響を与えた経典である、また経典に依る吉祥悔過会が回を重ねられて天武天皇の時代675年には金光明経による豊穣祈願や、694年には地方にも経典が配布されて読誦指令が出された。 
仏教は儒教等とは異なり個人救済の宗教であり、経典の大部分は個人救済を説いているが、金光明経は国家(集団)救済(正論品11)をも含めて説いている、王者の履行すべき義務を説き鎮護国家を維持する責務をも説かれているが、金光明経の根幹は懺悔すなわち悔過(けか)・鎮魂的な一面を無視することは出来ない経典である、脱線するが正式名称を「金光明経四天王護国之寺」とする東大寺では「きんこうみょう」と発音している。 
金光明経は経典の功徳に始まり妙幢菩薩(Ruciraketu)が登場し述べる形をとり、本生譚にある法隆寺の玉虫厨子に描かれている捨身飼虎や流水長者子の魚を助けた物語も記述されており、最勝会や鳥魚を放す放生会はこの経典を論拠としている、そして最後は釈迦如来・諸尊の賛歌で終了している。  
大乗経典の一典で梵語名Suvarlaprabh´sa (スバルナ・プラバーサ)黄金の輝きと訳され法華経 ・仁王般若経と共に護国三部経の一典に数えられ法華経をベースに密教が形成される触媒的経典と言える、金光明経は日本のみではなくネパール・チベット等に於いても護国を叶える九宝の一典に入れられていると言う。 
また薔薇門・リグ・ベーダ聖典の影響を色濃く受けており、弁才天が登場している、すなわち「大辯才天女品第15」巻10「大辯才天女讃歎品第30」に説かれており陀羅尼を唱える事を推奨している。 
漢訳は5種類存在したが五世紀頃 曇無讖(どんむせん)訳の「金光明経」(4巻)が最古で、義浄訳の「金光明最勝王経」(10巻)が最も読まれた、また不空の訳もあり密教的なのは義浄の影響も考えられる。 
内容的には権力を掌握するまでの過程でライバル排除に犯した罪等による鎮護国家的の「吉祥悔過」・金光明懺法での供養方法や為政の為の国家護持や現世利益・金光明四天王護国寺による国分寺等が記述されている、特徴として鎮護国家的性格から日本では法華経と共に重要視されてきた。 
この経典を基に東大寺や各地の国分寺(尼)や興福寺西円堂等が建立されたが、特筆すべきは金光明懺法に於いてはこの経典を唱えれば懺悔の心を癒してくれるとして、藤原一門が自系以外の長屋王、吉備皇女夫妻や安積(あさか)親王達ライバルを抹殺した怨恨からその怨霊により、地震・飢饉・凶作が重なり、更に政権の中核にいた藤原武智麻呂(むちまろ)(南家)藤原房前(ふささき)(北家)宇摩合(うまかい)式家)麻呂(まろ)(京家)の、光明皇后の四兄弟が、ほぼ時を同じくしてに天然痘で死亡(737年)した事に対する恐怖と悔過、怨霊除去の為に利用されたと思惟される。 
特に興福寺西金堂の建立には光明皇后の母、橘夫人の供養の為とされているが、藤原一門が行ったライバル殺害を懺悔した事により、経典の中で金鼓と記述される華原磬(かげんけい)(興福寺所蔵の国宝)を打ち鳴らして怨霊回避を祈願する願望が強い聖堂であった、また金鼓が光り輝く事から金光明経の経名が出来たとも言はれる。 
また東大寺の正式名称は金光明四天王護国寺で総国分寺とも言い、地方に存在する国分寺(尼)と共に金光明経を基にして創建された事は藤原四兄弟の死との関連が考えられる、「建久御巡礼記」「法華寺縁起」にある衆生に対して光明皇后の湯屋に於ける垢すりの記録も怨霊除去に関係があろう。 
また光明皇后の諱(いみな)は安宿(あすかべ)媛と言い出家して光明子と称した、彼女の金光明経に対する執着が説明出来て井沢元彦氏の言う東大寺が怨霊に対する鎮魂の寺説は否定できなくなる。 
奈良時代の作品で国宝で奈良国立博物館所蔵の「紫紙金光明最勝王経」、高野山竜光院「紫紙金字金光明最勝王経」「細字金光明最勝王経」平安時代が著名である(注1)。 
 
注1.金光明経、経典は京都国立博物館所蔵(白描絵料墨書・巻子装 鎌倉時代)高野山竜光院2点が国宝指定を受けている、その他重文指定は断管を含めて東京国立博物館等に数点存在している。 
注2.金光明最勝王経は金光明経を加筆増幅した経典で全10巻31品から成る。 
注3.護国三部経/法華経・金光明経・仁王般若経を言い、特に金光明経は鎮護国家に対する思想を強調したもので陳の文帝が取り入れたとされる。日本に於いては天武天皇が律令制国家建設の為に仁王般若経と共に重要視したと思はれる。 
注4.仁王般若経/正式名称を仁王護国般若波羅密経といい、不空と鳩摩羅什の訳があるとされるが梵語経典の有無は確認されておらず経典の成立状況は定かではない、国の安泰・隆昌を佛教的に説く教典であるが中国に於いて作られた経典の可能性が高い、七福神信仰の嚆矢と言える経典で「七難さって七福来る」が記述される。 
注5.金光明経には胎蔵界曼荼羅の源流とも考えられる仏が説かれている。 
注6.義浄/ 635-715年、張氏の出身で唐時代の律僧、玄奘三蔵に心酔しインドに渡り約20年間留まり、各佛跡地を歴訪し経典を請来し「金光明最勝王経」「薬師瑠璃光七佛本願功徳経」等漢訳を行う、著作に「南海寄帰内法伝」「大唐西域求法高僧伝」がある。 
 
胎蔵界曼荼羅 >(東)宝幢如来||(南)開敷華王如来||(西)無量寿如来||(北)天鼓雷音如来 
金光明経   > (東)阿弥陀如来||(南)宝相如来||(西)無量寿如来||(北)微妙声如来 
金光明経2

「金光明経」は、ネパールでは九宝の一つに数えられ、日本でも「法華経」「仁王般若経(にんのうはんにゃきょう)」とともに、護国三部経(ごこくさんぶきょう)として信仰されてきた。西域諸国で四天王崇拝、中国で金光明懺法が流行し、日本では国分寺や四天王寺が建立され、最勝会(さいしょうえ)、放生会(ほうじょうえ)が催されたのも、本経の教えに基づくものである。 
まず経の始めに持経の功徳が説かれ、次に妙幢(みょうどうRuciraketu)菩薩が登場し、寿命無量のはずの世尊が、八〇歳で涅槃することへの疑問を呈する。如来は常住なる法身であり、涅槃は方便であることが説明され、妙幢の疑念は除かれる。 
夜、妙幢の夢に金鼓(こんく)が現われ、懺悔(さんげdesana)の偈を出だす。目覚めて後世尊のもとに赴き、憶念した偈を述べる。この懺悔こそが本経の中心思想であり、また光り輝く金鼓が「金光明経」の名前の由来となっている。その後、妙幢の因縁譚、空性説も説かれる。 
以下、非常に長い流通分に入る。まず、四天王などの諸天鬼神が、持経者や持経の国王、人民などを守護することを説いて、護経・流布を勧めている。 
次に、天神は、国王が正法を行えば守護するが、非法を行えば天神に見捨てられ、国が滅亡することを説く。これは、日蓮の「善神捨国」思想にも大きな影響を与えた。 
さまざまな経の功徳や、妙幢への授記などが説かれた後、釈尊の本生譚として、流水(るすいJalavahana)長者子が魚を助けた話、及び摩訶薩〓(まかさったMahasattva)太子が飢えた虎に一身を施し、菩薩行を行じた捨身飼虎(しゃしんしこ)の話が説かれる。後者の模様は、法隆寺玉虫厨子(たまむしのずし)にも描かれており、有名である。同様の話が「賢愚経(けんぐきょう)」などにも見られる。 
最後に、諸仏及び釈尊を讃歎し、一経を結んでいる。 
本経の如来蔵思想は、漢訳(2)(3)、チベット訳(1)(2)のみに存在する「分別三身品」に説かれている。内容に関しては、「法身=如来の自性=如来蔵」という、「宝性論」と同様の理解を示しており、同論の影響を受けたものと考えられる。一方「分別三身品」には、同論に説かれていないアーラヤ識・三性説もあり、増広者が唯識説にも通じていたことを伺わせる。 
抜粋 
妙幢が世尊に対し、夢に聞いた懺悔の偈を述べる箇所から引用する。懺悔による滅罪は、回向(えこうpari.namana)と並んで業報の法則の超越であり、部派仏教では一般的ではない思想である。自らを「偉大な乗り物」と称した大乗仏教は、如来の慈悲をもって、この法則から人々を解放しようとしたのである。 
十方世界においでの両足尊、慈悲深き仏さま、どうか私を受け止めて下さい。過去に私が犯した極悪の業、その一切を私は十力(=仏)の御前で告白(=懺悔)いたします。 
私は父母[の恩]を知らず、諸仏・善を知らず、罪を犯しました。自惚れて、家柄・財産を誇り、若さにかまけて驕り、罪を犯しました。私は罪を省みず、犯した悪業のために腹黒く、悪口雑言を吐いてしまいました。行いは愚かで、心は無知に覆われ、悪友に振り回され、心は煩悩に苛まれました。遊びに耽けったせいで憂いと怒りに悩まされ、自分の財産に満足せず腹をたて、罪を犯しました。下劣な者と交わったため嫉妬の原因となり、他人を裏切り、心貧しく怒ってばかりの私は、罪を犯しました。災いが起きると愛欲は恐れの原因となり、どうにもならなくなって、私は罪を犯しました。心は動揺し、愛欲と怒りに支配され、飢えと渇きに苦しめられ、私は罪を犯しました。飲・食・衣・女を求めたため、種々の煩悩に悶え苦しみ、私は罪を犯しました。 
そのように積み重ねた身口意三種の悪行、その一切を告白いたします。仏・法・声聞に対し、不敬の念があったかも知れません。その一切を告白いたします。独覚・菩薩に対しても、不敬の念があったと思います。その一切を告白いたします。法師や他の徳の高い人たちに対しても、不敬の念があったと思います。その一切を告白いたします。私は無知で、常に正法を誹謗し、父母を敬いませんでした。その一切を告白いたします。愚かで、判断力がなく、傲慢・尊大の気持ちで一杯で、貪・瞋・痴のために[罪を犯しました]。その一切を告白いたします。 
私は、十方世界で十力[持てる諸仏]を供養し、十方で衆生を一切の苦から救い出しましょう。無量の一切衆生を十地に立たせましょう。十地に立った後、一切[衆生]は如来とならんことを。一切衆生が苦海から脱出できるまでは、衆生一人一人のために、何劫でも修行しましょう。一切の業を滅する、この「金光明最勝」という名の甚深の懺悔を、衆生のために説きましょう。千劫の間にたまった極悪の業一切は、一度に現われ出でて(=発露ほつろ)、滅尽に赴きなさい。業障を速やかに滅除する、この清浄の「金光明最勝」という懺悔を、私は説きましょう。
金光明経3

我が国では金光明経は、先ず「護国経典」として広く知られる所となった。聖武天皇の御代に護国経典として取り上げられ、天皇即位の四年後である728年(神亀5年)には、金光明経は全国に頒布され、さらにその十年後、738年(天平10年)の秋には、この経典に基づいて全国に国分寺の建立を発願されたと伝えられている。国分寺を正しくは金光明四天王護国之寺という所を持ってしても、聖武天皇がこの経典の力に寄せた期待が並々ならぬものであったことが察せられる。 
しかし、この経典の基本的性格ということになると、「大集経」「宝積経」などと並んで、なかなか把握しにくい所がある。今日の「大正新修大蔵経」では、「法華部」「華厳部」「宝積部」「涅槃部」「大集部」の何れにも入らず、諸々の経典と同じに「経集部」に入れられている。 
これをもって知られるように、金光明経の思想は一様ではない。いわば一種の折衷的大乗経典で、これに多彩な物語や譬揄が付け加えられたものと、言うことができる。先ず根本には大乗経典の基調としての空思想が力強く流れており、その上に自己の身命に執着せぬ「捨身」の思想、「懺悔」の思想、自己を没却して正しい仏天の加護があるする「王法正論」の思想、それを護持する諸天善神{弁財天:四天王:堅牢地神:四方四仏}等の外護・活躍が縦横無尽に広説され、本経の様相を極めて多彩なものにしている。ある西欧の学者が本経を「仏教のプラーナ(物語)」と呼ぶのはこの為である。 
さらに学者によって指摘されるように、本経には密教的色彩も濃厚である。胎蔵マンダラに近い四方四仏の信仰を持ち、マンダラの土壇作法、三十二味の香薬法、さらに種々のダラニに至ってはその数も極めて多い。ただ本経の成立は四世紀頃とみられるが、如上の密教的要素は歴史的・時期的なものと考えるべきではなく、経典の属する地域的・階層的とみるべきであろう。その点では本経は、グプタ王朝の圧倒的力の下にあった、非アーリア人ないしヴラーティア的階層の仏仏教徒の生活と思想を反映している点が多いのではないかと思われる。 
本経は「法華経」以上に広範なアジア的範囲での広がりを見せた。中央アジアにおいても、その捨身飼虎の説話の多くは壁画に描かれ、我が国法隆寺の玉虫厨子にまで及んでいる。モンゴルにおいては、本経は「金の光」(アルタン・ゲレル)の名の下に広く尊信され、特にその毘沙門天信仰には強力なものがある。 
我が国での広布は前述の通りであるが、薬師寺に始まる最勝会、特に一条天皇の清涼殿に始まる最勝会などは、我が国に於いて護国経典として本経が広まった事のあらわれである。 
広汎に深く尊信された本経はテキストも幸運に多彩に現存している。原点は四世紀頃ほぼ現在の曇無識訳(五世紀始め)の四巻本に近い形でまとまったものと思われる。漢訳はこの他にも義浄訳の十巻本が重要で、中国・日本とも、これが広く行われた。「最勝王」の名はこの訳による。  
金光明経4

わたしがこの経典について調べはじめる前に知っていたことは、聖武天皇が「国分寺・国分尼寺の建立の詔」を発した(741年)とき、全国の国分寺に、金字で書いたこの経典を分け与えそれを奉持することで、仏教思想による国家建設をなさんとした、というぐらいのことがすべてだった。それで、国分寺の正式名称を「金光明四天王護国之寺」という。(国分尼寺のほうは、正式名称を「法華滅罪之寺」というように、「法華経」を根本経典としている) 
この経典はいうまでもなく大乗仏典の一つで、サンスクリット本「Suvarl aprabh sa(黄金の輝き)」が存在しており、それの成立は4世紀ぐらいと考えられているようだ。それの漢訳が数種あるが、最古のものが曇無讖[どんむせん]訳「金光明経」4巻(5世紀初め)である。義浄訳「金光明最勝王経」10巻(長安3年703)が、「最勝王経」という語句の入った、わたしが追及したい経典である。 
漢訳以外に、チベット訳、ウイグル語・満州語・蒙古語などに訳されて東アジアに広く普及したことが知られる。 
内容は、仏の寿命の永遠であること、大乗的空論、四天王ら天部が紹介され活躍すること、王法正論など国家護持をのべるところ、有名な捨身飼虎の話などいろいろあり、親しみやすいが、雑多だとも言える。大乗経典としての理論的な独自性は乏しいが難解ではなく、世俗的な話題が多く分かりやすい。天部が活躍することがおおく、多彩なイメージが展開し退屈させない。国家護持が注目され、仏教立国の経典としてもてはやされた。 
義浄訳の「金光明最勝王経」が日本に舶載されたのは、漢訳ができたわずか15年後だという。そして、国分寺の七重塔に納めて、仏教による律令国家の精神的支柱にしようと聖武が詔を発したのは、その後20余年後のことである。 
ただ、日本の文献資料に最初に出る「金光明経」は、「日本書紀」の天武天皇5年(677)11月に、「甲申[きのえさる 20日]に、使ひを四方の国につかはして、金光明経・仁王経を説かしむ。」と述べられているものである。これは、曇無讖訳「金光明経」がすでに日本に入っていたことの証拠になる。 
「続日本紀」の聖武天皇神亀2年(725)7月17日条には、七道諸国に詔して、神祇の社内を清浄に清掃すべきことを言って、国家平安のために「僧尼に、金光明経を読ましめ、もしこの経が無ければ、最勝王経を転ぜしめよ」と述べている。「金光明経」と「最勝王経」が併記されていることが注目されるわけだが、この頃から、旧訳「金光明経」に対して、新訳「金光明最勝王経」が普及しはじめたと考えられている。 
国分寺建設、総国分寺・東大寺の大仏の完成(749)(ただし、盧舎那[るしやな]大仏は、「華厳経」教理に基づくもの)などの後、宮廷や大寺で「最勝会」や「最勝講」がさかんに行われた。宮中で毎年正月8日から7日間で行われるのを、宮中最勝会とか御斎会[みさいえ]といい、天平神護2年(766)より恒例化し、宮中での年中行事中、第一の大会[だいえ]といわれた。 
華厳経のような深遠・高度な理論的世界をもたない金光明経であるが、四天王など天部の怪神が仏の手足となって護法のためにその怪力・異彩を発揮する面白さがある。造形的にも注目され、仏教美術の重要な部門をつくっている。そういう観点からの関心も持って読んでみるつもり。 
「法華経」と「仁王般若経」とともに、護国三部経などともいわれた。 
「最勝」の語が印象されるのは、義浄訳「金光明最勝王経」によると考えていいのではないか。「最勝会」、「最勝講」などで親しまれた語を、以仁王はその「令旨」のなかに、主語「最勝王」として使うのである。ただし、「最勝王経」は「最勝・王経」(最も優れた、経典の王)の意味であり、「経王」という語も登場するが、最も優れた王という意味の「最勝王」という語は「金光明最勝王経」にはない。  
正倉院文書によれば、金字の経典を書写するために官立の「写金字経所」が設けられ、天平18年(746)10月には、71部710巻の紫紙金字金光明最勝王経が完成した。  
としている。日本を66ヶ国としたのは天長元年(824)という。この71部の紫紙金字金光明最勝王経を、全国の国分寺(正しくは「金光明四天王護国之寺」)に配布・護持した。 
序品第1 
大乗仏典の冒頭の例のとおり、「如是我聞」[かくのごとくわれ聞けり]から始まり、王舎城の鷲峯山[じゅぶせん]の頂に座る世尊(簿伽梵[ぼぎゃぼん])をとり囲んで無数の諸仏、諸天神地祇が座る。その諸仏らの紹介がある。紹介が終わって、世尊(簿伽梵)が立ち上がって述べる。その頌[じゅ]の冒頭に  
金光明の妙法、最勝諸法の王は 甚深にして得て聞きがたき諸仏の境界なり 我まさに大衆[だいしゅ]のために、かくのごときの経を宣説すべし 
とある。諸法[真理]のなかの最も力強い法、という意味で「最勝王経」といっている。すなわち最勝・王経である。最勝王という王の名前ではない。 
如来寿量品第2 
妙幢菩薩が、「如来の寿命は無限だというのに、釈迦の寿命がただの80歳である、というのはどうしてなのだ」という疑問を提出する。妙幢菩薩[みょうどう、Ruciraketu ルチラケーツ]というのは、この金光明最勝王経を通しての主要な役目を負う菩薩である。ここだけでなく、何度も登場し、第28は「妙幢菩薩讃歎品」である。 
さて、まず4如来(「東方に不動、南方に寶相、西方に無量寿、北方に天鼓音」)が、釈迦牟尼仏の寿命が限りないことを説く。その上で、釈迦がこの世に生まれる際に、「人の寿百年」であることを考えて、釈迦の寿命も「短促」にした、そうすることで衆生に涅槃を教えようとしたのだ、と説明する。 
釈迦も頌をもって、4如来の説明を肯定する。  
凡夫は邪見を起こし、我が説く所を信ぜず 彼を成就する為の故に、般涅槃[はつねはん/涅槃に同じ]を示現す  
婆羅門[バラモン]が、妙幢と類似の質問をする。芥子粒ほどの舎利を求め、それを供養すれば大きな功徳があるというが、「仏舎利」は実在するのか、と。釈迦の80歳の寿命と同じ論法で舎利の存在を否定する。 
妙幢の重ねての問に対して、釈尊は次のように言う。  
汝ら、まさに知るべし 
般涅槃して舎利ありと云うは、これ密意の説なり。 
として、「大般涅槃」を説く。その論法は10箇条を挙げることを、4回繰り返す。つまり40箇条挙げるのだが、内容はわたしにはよく理解できない。この箇条で内容を理解することは無理で、大乗仏教のエッセンスを短句にしてまとめて言うことで、“ありがたや、ありがたや”と思わしめるということのように、わたしには思える。  
分別三身品第3 
虚空蔵菩薩の質問、「如何が菩薩摩訶薩、諸々の如来甚深の秘密において、如法に修業するや」に対する答え。化身−応身−法身の三身[さんじん]。如如智。 
この難しい説法が終わったとき、虚空蔵菩薩、梵、釈、四天王ら全員が座から立って、礼拝して、つぎのように、説法の功徳をほめたたえて言う。  
世尊、もし所在のところに、かくのごとき金光明王微妙の経典を講説せば、その国土において、4種の利益あり。如何が4となす。1には国王の軍衆強盛にして、諸々の怨敵なく、疾病を離れ、寿命延長に、吉祥安楽にして、正法興顕せん。2には中宮、妃后、王子、諸臣和悦して争うことなく、奸佞をはなれて、王に愛重せられん。3には沙門、婆羅門および諸々の国人、正法を修業して、病なく安楽にして枉死者なく、諸々の福田において、ことごとくみな修立せん。4には三時の中において、四大調適し、つねに諸天に増加守護せられ、慈悲平等にして、傷害の心なく、諸々の衆生をして、三宝に帰敬し、みな願って菩提の行を修習せしめん。これを4種利益のこととなす。 
夢見金鼓懺悔品第4 
妙幢菩薩は、この説法を聞いて喜んで帰宅し、夢に「大金鼓」を見る。  
夜夢中において、大金鼓を見たり。光明晃曜として猶し日輪のごとし。この光のなかにおいて、十方無量の諸仏、寶樹の下において瑠璃座に坐して、無量百千の大衆に囲繞せられて、説法をなすを見るを得たり。一の婆羅門ありて桴[フ ばち]もて金鼓[こんく]を撃ち大音声をいだすを見たり。  
こういところの、映像的で派手で動きのあるところに金光明最勝王経の特徴がでている。 
それを翌日、世尊の前で、頌をもって報告する。それは大変長いもので、「金鼓」の功徳をほめたたえるだけでなく、自分の汚辱の生活を懺悔し、「甚深の経、最勝金光明」を「演説」して罪業を除く、云々と(頌のなかで)のべる。 
滅業障品第5 
帝釈(インドラ)が、「過去につくった業障罪[ごっしょうざい]をどのようにして懺悔除滅できるか」と質問する。仏(世尊)はそれに答える。その答の内容は複雑で難しく、しかも長いもの。最後に、この「妙経典を講読する」功徳を、その国中に、大臣輔相に4種の益あり、としてその説明をする。沙門婆羅門にも4種の勝利がある、としてその説明をする。  
もし国土ありて、この経を宣説せば、一切の人民皆豊楽を得、諸々の疾疫なく、商估は往還におおくの宝貨を得て、勝福を具足せん。 
現世利益的な言い方で、分かりやすい。 
最浄地陀羅尼品第6 
無礙光焔菩薩が菩提心について問う。釈迦は長大な段階論を説いたあとで、菩薩を守る陀羅尼を教える。無礙光焔菩薩が頌をもって、釈迦をほめたたえる。大自在梵天王が金光妙最勝王経は計りがたいとのべると、釈迦はこの経を聴聞・受持・読誦すべきことを述べる。 
蓮華喩讃品第7 
仏が、菩提樹神善女天に、妙幢が見たという金鼓の夢について教える、という。過去世に存在していた金龍王についての頌をはじめる。その終わりのほうで国王金龍王は妙幢であるという。そして、金龍と金光の二子があったという。 
金勝陀羅尼品第8 
世尊は善住菩薩摩訶薩に対して、「金勝」という陀羅尼を教える。この陀羅尼は「過現未来の諸仏の母」である、という。 
重顕空性品第9 
空性に関する頌。 
依空満願品第10 
如意宝光耀天女が世尊に対して、修業の法を質問した。この天女の質問は、  
我世界を照らす、両足の最勝尊に問いたてまつる菩薩正行の法、ただ願わくば慈をもて聴許したまえ  
というもの。「最勝尊」という表現があることに注目したい。わたしは「最勝王」を探しているのであるから。 
質問に対する答えは、空論を展開するもので難解。たとえば「菩提行」をどのように行ずるか、という梵王の問いに如意宝光耀菩薩は、  
梵王、水中の月の菩提行を行ずるごとく、我また菩提行を行ずる。夢中菩提行を行ずるがごとく、我また菩提行を行ずる。陽炎菩提行を行ずるごとく、我また菩提行を行ずる。谷響菩提行を行ずるごとく、我また菩提行を行ずる。  
と答える。梵王はこの説明を聞いて、如意宝光耀菩薩に「その心は?」と重ねて訊く。答えて曰く。  
梵王、一法としてこれ実相あるものなし。ただ因縁によりて成ずることを得るがゆえに。  
つまり、経典の実質を形づくる大乗仏教の思想・方法論の展開はとくに他の経典と違いがあるのではない。この「金光明最勝王経」が鎮護国家の経典といわれるのは、こういう経文の実質の展開が終わった後で、それを賞賛するのに、「金光明最勝王経」の功徳は国王をはじめ人民・国土の安寧・発展にある、とするからである。 
いま読んでいる「依空満願品第10」では、次のような文句になっている。上で登場してきた梵王が、「無量の梵衆、帝釈、四王、諸々の薬叉」といっしょに立ち上がってこの経典を褒め讃える。自分たちで「この金光明微妙の経典を守護流通[るずう]」しよう。  
所在の国土にもし飢饉、怨賊、非人に悩害せらるるものあらば、我ら天衆みな擁護をなし、その人民をして、安隠豊楽にして、諸々の枉横なからしめん。 
四天王観察人天品第11 
ここで四天王が登場し、この経典が護国の経典であることを述べる。多聞天王・持国天王・増長天王・廣目天王の四天王が、世尊に対してこの経典を護持する国の国王や人民を守ることを誓う、という形式である。 
一例だけ、引用する。  
世尊、もしこの経典を受持し読誦するものあらんに、人王これにおいて供養し恭敬し尊重し、賛歎せば、我らまさにかの王をして、諸王の中において、恭敬し尊重し最第一となし、諸々の余の国王にともに称歎せしめん。 
この四天王観察人天品第11は、金光妙最勝王経の讃歎のみで成り立っているもので、大乗仏教の難解な展開はなく、それだけ短い。こういう品はこれが初めて。 
四天王護国品第12 
前の四天王観察人天品第11を受けて、世尊が四天王の決意を讃える。さらに四天王もそれに応えて、一層詳細に、誓う。いわば、国王の現世利益的な功徳がだんだん強調されてくる。 
そして、次に、王がこの「最勝の経王」を聴受する方式規矩を述べる。  
香水を地にそそぎ、もろもの名華を散じ、師子殊勝の法座を安置し、もろもろの珍宝をもって飾り、種々の寶蓋、幢、幡をはりほどこし、無価の香をたき、もろもろの音楽を奏すべし  
このあとは、法師を迎える儀式の法式を細かく述べる。 
人王の儀式から立ちのぼる香の煙が、「諸天の宮殿に至り」香蓋となる。 
この経が国土にあっても、それを供養・尊重しない場合、見捨てられ、滅びる。「このゆえに名づけて最勝経王という」 
このようにして、金銀や香料やで荘厳に飾り付け、音楽が奏でられ、豪華な宮殿で財宝を贅沢に使って行う儀式が素晴らしい儀式なのだ、という展開となる。 
多聞天王が呪を授ける。薜室羅未拏大王(多聞天王)を称名頂礼する。するとその場に薜室羅未拏王子が現出し、財宝を授けてくれた。(“羅”は正しくは、“口偏に羅”)つまり、この呪は貧窮を除くもの。 
最後に世尊の頌があり、この金光明最勝王経を四天王およびその眷属が守護することを讃めたたえる。 
無染著陀羅尼品第13 
具寿舎利子が世尊に「陀羅尼とはなんの句義ぞや」と質問する。それに対する答え。この品は短い。 
如意宝珠品第14 
世尊が阿難陀に如意宝珠という陀羅尼を授けようといって、紹介する。「一切を擁護し、安楽を得しめん」 
観自在菩薩が「如意宝珠神呪」を説こうといって、呪を紹介する。「求むるところ意の如くならん」 
執金剛秘密主菩薩が立って「無勝擁護」という陀羅尼を説く。「一切の恐怖を」遠離するという。 
索訶世界梵天王が「梵治」という陀羅尼を紹介する。「憂悩を離れる」 
帝釈天主「跋折羅扇爾」(正しくは“爾”は“人偏に爾”)を紹介する。「一切の恐怖と 厄難を除く」 
大弁才天女品第15の1 
弁才天が「洗浴の法」を説く。まず32の香薬を混ぜ搗いて香抹をつくる。その香薬の第一が菖蒲である。菖蒲湯を連想する。壇を築き、荘厳し、「前の香抹を用いて湯に和し」呪をとなえながら「身を洗浴せよ」。 
この品も非常に具体的で、分かりやすく、親しみやすい。 
橋陳如[正しくは、“橋”でなく、りっしん偏]婆羅門による、弁才天の賛嘆。それに応えて弁才天の頌。再び婆羅門の頌。この頌のなかに「天女は最勝にして過ぐるものなし」がある。再々、婆羅門の頌。このなかには「われ、いま、最勝者を讃歎す」という語句がある。 
大弁才天女品第15の2 
先の婆羅門・橋陳如[正しくは、“橋”でなく、りっしん偏]が、前品のつづきで、大衆に向かって、弁才天女の讃歎を続ける。能弁でありたいことを祈る。その一部。  
我が語、滞りなく、速やかに身口の内に入りて、聡明弁才たらしめよ。願わくば、我が舌根をして、如来の弁を得しめよ。 
というぐあい。この「請」をうけて、弁才天が三宝に帰敬すればよいというのだが、そのなかに  
この金光明経微妙の経典を読誦せば、願求することろのもの果遂せざるなく、速やかに成就することを得ん。 
というところがある。 
大吉祥天女品第16 
大吉祥天女が立って、次のように言う。「人のためにこの金光明最勝王経を解説する」ものがあれば、その法師を恭敬する。飲食、衣服などが乏しいことのないようにする、云々。そのあと頌もある。 
仏は「功徳、尽くるなからん」と、吉祥天女を讃める。 
大吉祥天女増長財物品第17 
吉祥天女像を掲げ、荘厳した浄室で、仏名とこの経の名号を称える。すると、「その宅中の財穀をして増長せしめんとす」このことを、吉祥天女自身がのべる。 
この露骨な「増長」法はすごい。現世利益そのもといっていい。増長天など、「増長」という語を時に見かけるが、その意味を初めて知った。富や財宝を増長する、という意味なのだ。 
「像」を掲げる、とはっきり言っているところは、「まさに我が像を画き、種々の瓔珞もて周匝荘厳すべし」となっている。 
堅牢地神品第18 
堅牢地神が金光明最勝王経が流布されるところ(城邑、聚落、王宮、楼観、および阿蘭若、山、澤、空林)を守護することを述べる。「衆生皆安楽を受けん」。「顔容端正」とも言っている。 
寺の方から言って、都合のいい、次のようなところもある。  
もし衆生ありて、この経王を供養せんと欲するためのゆえに、宅宇を荘厳し、ないし一傘蓋を張り、一ゾウ幡を懸くれば、この因縁によりて六天の上に、念の如くに生を受け、七宝の妙宮意にしたがいて受用し、各々自然に七千の天女ありて、ともに相娯楽して、日夜常に不可思議殊勝の楽しみを受けん。 
寺院にたいして物的な寄付、財宝・荘厳を布施すればするほど、「七千の天女」が来て楽しくしてくれるという。 
さらに、神呪を3つ教えてくれる。 
僧慎爾耶薬叉大将品第19 
僧慎爾耶薬叉大将と二十八部薬叉らが、「正了知」について仏に質問する。また一つの呪を紹介し、この呪を「よく受持すれば、われまさに資生の楽具、飲食衣服、華果珍異を給與すべし」という。(仏はそれを讃歎するが、「正了知」を答えてはいない。) 
王法正論品第20 
堅牢という大地神女(第18品が「堅牢大地神」だった)が、「正法正論、治国の要を説き、諸々の人王をして法を聞くことを」得さしめよ、とお願いする。世尊が、語り はじめる。 
力尊幢という王があり、その王子が妙幢であった。力尊幢が妙幢に、自分がその父・智力尊幢から教えを授かって国王となった「王法正論」をこれから教えようという。  
生まれて人世に在りといえども、尊勝のゆえに天となづく 
諸天護持するによりて、また天子と名づくることを得  
これは頌のなかの語句であるが。国王に対して、人のなかでもっとも尊いから天子というと言っている。国家支配の立場にとって、こんなに都合のいい経典はない。  
三十三天の主、力を分かちて人王を助け 
および一切の諸天もまた自在力を資[たす]く 
諸天が力を合わせて人王を守っているということだ。 
ただし王は「正法」を行わないと、三十三天主に「憤怒の心」を生じ、国政を損じ、国土が破壊する。「国人の皆破散すること、象の蓮池を踏むがごとし」 
つまり王は正論を実践しないと、諸天に守られることはないどころか、逆に諸天の怒りを受けて亡ぼされることになる。そこで、詳細に、王としてなしてはならないことをのべる。 
このような経典の論理を、正法正論とか王法正論といわれている。この「品第20」が、「金光明最勝王経」の国家鎮護的性格を表す中心的な部分と考えることができる。 
最後は仏が「人王の治国の要法」を説き給うをききて、みな「歓喜信受」したと。  
善生王品第21 
まえの品第20で「王法正論」を説き、世尊はその続きとして「奉法」[ぶほう]を説く。この王法を「奉持」する法ということ。 
ただ、中身は、過去生の釈迦自身の体験を語る形になっている。善生という王がいて天輪王となった。ある夜、夢に、宝積という法師が「金光微妙の典」を説くのを聞いた。 
王宮をでて、宝積大法師の居所をさがし、「金光微妙の法を説きたまえ」と請う。さまざまな儀規を整えて、宝積大法師は「かの請主善生のためのゆえに、微妙の金光明を演説す」。 
国主善生王は、願をたて、「もろもろの衆生のために、あまねく七宝の瓔珞具をあめふらせる」ことを誓う。「この四州に珍宝のあめふる」をみて、善生王はあらゆる教えと比丘僧を供養したと。ここでも、この金光明経がきわめて現世的で、具体的で、分かりやすいイメージをもって語られている。露骨すぎて、ちょっとうんざりだけれど。 
この過去世の善生は現在は「すなわち我れ釈迦牟尼なり」 
この金光明最勝王経に限らないが、経典の素晴らしさを述べるのに、その経典を読誦・護持することによって奇跡が生じる話を、その経典の中で述べるという自己言及構造は普通のことである。単純化して言うと、「この経典はなぜ素晴らしいか。それは、この経典がどんなに素晴らしいかをこの経典の中で述べているから」という自己撞着的言及になっていることも多い。 
しかし、過去世の物語を延々と展開して、実はそれが現在の釈迦牟尼自身だ、というような複雑な構造を取っているので、その物語の展開の中に巻き込まれてしまって、「自己撞着的」であることを忘れてしまう。 
諸天薬叉護持品第22 
大吉祥天女に世尊が声をかけ、この経を敷演流布すべきことを述べる。梵天帝釈を初めとして、多数の諸天の名を挙げて、この経の奉持者を擁護することを述べる。 
この経を奉持することによって、地味が肥え、作物が豊饒であることをのべるところ。  
この南州の内において、林、果、苗稼の神 
この経の威力によりて、心常に歓喜を得 
苗実みな成就して、処々に妙華あり 
果実ならびに滋繁して、大地に充満す 
この経の威力により、日月の照らす処 
星辰度を失わず、風雨みな時にしたがい 
この贍部州にあまねし、国土ことごとく豊楽にして 
この経のある処にしたがいて、殊勝なること余方に倍す 
授記品第23 
「授記」とは、梵語で和伽羅といい、仏陀が菩薩らに未来世で仏となることを予言して証明することをいう。 
妙幢菩薩とその2子、銀幢・銀光に授記をさずける。そのあと、「十千の天子」と「菩提樹神」に「未来世において、阿耨多羅三藐三菩提を成ずべし」と授記をさずける。 
除病品第24 
菩提樹神善女天へむかって仏が述べる。 
天自在光王の世に、持水という長者は医方をよく心得ていた。その子に流水という者がいた。流水は父・持水に医方を問う。持水は、季節、三薬、八術(アーユルベーダの八術)などを教える。流水はその教えを以て、衆生の病苦を救った。 
長者子流水品第25 
仏の菩提樹神への話が続く。 
長者子流水の妻を水肩蔵という。2子あり、水満と水蔵。野生という大池があり、水が干上がってきて、多数の魚が死にそうである。流水は王・持水に頼んで、大象20頭を借り出し、水生(ジャラーガマー)という大河から水を汲んで、野生大池に入れる。つぎには持水に頼んで、食べ物を大象に積んで池に入れ、魚たちに与えた。最後に池に入って、十二縁起と宝髻仏の名とを演説した。 
この池の魚たちの寿命が尽き、三十三天に往生して「十千の天子」となった。琉水に感謝して「天妙蓮華」など財宝をあめふらせ、膝の深さにまで積みかさなった。 
仏は話し終わって、菩提樹神に次のように言う。流水は仏自身、持水長者は妙幢、水満は銀幢、水蔵は銀光である。天自在光王はなんじ菩提樹神である。十千の魚は十千の天子である、と。 
そして、仏はつぎのような複雑なことを言う。  
われ往昔水をもって魚をすくい、食をあたえて飽かしめ、ために甚深の十二縁起ならびにこの相応陀羅尼呪を説き、またためにかの宝髻仏の名を称するにより、この善根によりて、天上に生ずることを得た。今わがところに来たりて、歓喜して法を聴く。われ皆まさにために阿耨多羅三藐三菩提の記を授け、その名号を説くべし。 
過去世において流水としてなした善根によって自分は仏として天上に生じた。その過去世での登場人物たちであった者たち、とくに、菩提樹神がいまこうして自分のところに来て「歓喜して法を」聴いている。そのゆえに、あなたち皆は未来世で仏となることは間違いないので、「阿耨多羅三藐三菩提の記を授け」ると。 
捨身品第26 
過去世において、世尊は虎に身を投げて捨身行をおこなった。かなり長文の物語になっていて、地の文と頌で同じ内容が繰りされる。 
世尊が自分から、過去世で水と餌で魚を救ったというだけではない。「愛するところの身」を捨てたこともあるとその経験を語る。まず、阿難陀に命じて、自分のすわる座をつくらせる。そこに座って、地をなでると地が裂けて衆宝で荘厳されたところが現出する。阿難陀にその戸を開けさせると、七宝で飾られた函がある。そのなかに「苦行の菩薩の遺身の舎利」が入っていた。 
過去世に大車王の国があった。その富裕な王に3王子があった。3王子が大竹林で7子を生んだばかりの飢えた虎を発見する。末弟はサッタ王子という。兄の2王子は虎から離れるが、サッタ王子は、自ら横たわる。虎は、飢えで衰えていて、身を投げ出した王子を食べることができなかった。王子は、「乾竹をもって頸を刺し、血をいだして、ようやく虎辺にちかずく」。 
兄2王子が心配になってもどってくると、弟サッタの衣服があり、骸骨と髪の毛が散乱 して、血が流れていた。 
母の夫人は不吉な夢を見、「夫人の両乳、忽然として流出」した。王子たちがいないことに気付き、探す。竹林で王子捨身の現場に至る。サッタの遺身の舎利を収め供養した。 
サッタは今のわれ牟尼であり、大車王は父の浄飯、后は母の摩耶である。王子は慈氏(弥勒菩薩)と曼殊室利(文殊菩薩)で、虎は大世主。 
十方菩薩讃歎品第27 
菩薩衆が声をそろえて、仏の偉大な姿と働きを讃歎する。 
妙幢菩薩讃歎品第28 
妙幢菩薩が立って、仏を讃歎する。そのなかに、世尊の「頭髪柔軟にして紺青色なり」とある。 
菩提樹神讃歎品第29 
菩提樹神が頌をもって仏を讃歎する。この神は「善女人」と世尊から呼びかけられている。 
大弁才天女讃歎品第30 
大弁才天女が立って、世尊を讃歎する。 
付属品第31 
世尊が、自分が涅槃に入った後「この法門において廣宣流布し、よく正法をして久しく世間に住せしめん」と、自分の涅槃後のことを依頼する。これに対して60億の菩薩と60億の諸天大衆とが、世尊の教えの護持を誓う。  
理趣経(りしゅきょう)

正式名は不空訳が「大楽金剛不空真実三摩耶経(たいらきんこうふこうしんじ さんまやけい)般若波羅蜜多理趣品」と言い「般若心経」の基と成る経典でもある、玄奘が訳した「大般若波羅蜜多経」600巻から独立した578巻の般若理趣分でその経緯から「般若波羅蜜多理趣品」とも呼ばれる、要するに理趣経の源流は、大乗経典の内最も見古い「般若経」を基本ソフトとしている事から般若の文字が見られる。 
梵語名 Praj4´p´ramit´naya‐⇒atapa4ca⇒atik´(プラジュニャーパーラミターナヤ・シャタパンチャシャティカー)と言い 原典は部分的に残留しておりチベット語訳と玄奘・菩提流支・不空・金剛智等による漢訳六種が現存する、中でも空海が重要視したのが不空の大楽金剛不空真実三摩耶経般若波羅蜜多理趣品で真言宗に於いて必ず読誦されている、これ等を密教経典すなわち広義の金剛頂経に加えられて・大日如来(大毘盧遮那仏)・金剛薩凱を主要な尊格としている。 
真言宗の最高経典は両部の大経であるが主に修法に使用される経典である、勤行(ごんぎょう)に於いて必ず読まれるのが前述の理趣品である、但し当初は秘経であり衆生に詠まれる事は無く般若心経の様に普遍性に欠ける、空海と最澄が袂を分けた原因とされている経典である、密教経典の一経でこの経典の貸与をめぐり二人は決別したと言う、但し空海から最澄への返書には偽書、或は他人宛てとの説もある。 
理趣とは梵語でnaya道理・理の意味を持ち、佛世界の智慧を言い金剛頂経と密接な関連を持っていると言うより広義の金剛頂経の一典に加える説が強い(金剛頂経入門・頼富本宏著・大法輪閣 他)。 
真言宗の経典であるが密教の教義を採用している宗派に於いては例外無く理趣経は詠まれている。 
序説、初段-十七段、流通分から構成されている、中でも一段と十七段がメインである、金剛界曼荼羅の理趣会は初段「大楽の法門」金剛薩凱、の図解である、理趣経に於いては十八の曼荼羅が言われているが、金剛会曼荼羅に説かれる十七尊曼荼羅は十七清浄句を示している、要するに男女の愛情過程を著し総てが清浄としている、十七段は金剛薩埵を囲む妃すなわち欲・触・愛・槾の明妃との絡みを覚りに結び付けている。 
十七段・百字の偈「菩薩勝慧者乃至尽生死恒作衆生利-大安楽富饒三戒得自在能作堅固利」即ち人間の本性は清浄であり、このままで即身成仏出来ると説き、人間の欲望や異性関係の情感を積極的に承認している。 
最澄と空海の離反に付いては仏教には経典を読み教義だけを理解する「浅略釈(せんりゃくしゃく)」と本質を体感する「深秘釈(じんびさく)」がある、密教(真言)の本質は経典の内容を合理的分析や理解する事では無く、師から弟子への伝授・面授を体感する事にあり深秘釈を修める必要があると空海は考えた、特に「妙適清浄(みょうてきしょうじょう)菩薩位」等は浅略釈では官能的な記述があるなど誤解を招きやすい経典を貸与するに付いて空海が拒否した理由の一つとされる、また最澄とは真言密教に於ける最優先課題である即身成仏の行に対する解釈に対立が見られたとも言われる。 
滅罪生善(めつざいしょうぜん)即ち罪科を滅ぼし善を生かす思想が貫かれており、般若経の一典ではあるが金剛頂経、大日経と共に真言宗の最重要経典になっており約24分間の経典は法要・葬儀・勤行には必ず詠まれている、内容は密教経典であり大日如来の法身佛である金剛薩埵、の為に般若の理趣、即ち根本の理法を説いたものとされる経典である、存在する事例は総てが本質的に清い、人間の根底にある欲望の性愛も清く、そのままの姿を肯定する、理趣経の要諦は初段の煩悩即菩提にあり、性愛を肯定する清浄句(しょうじょうく)であろう。 
真言宗に於いては仏事の法要名にもあり、護摩供養とともに重要な祭事とされる。 
経典としても真言密教の重要経典の一典とされ、8世紀後半出された不空訳の「大楽金剛不空真実三摩耶経般若理趣品」が多く利用される、玄奘による訳名は「大般若経第十会、般若理趣分」と言う。 
理趣経を根本経典にした宗派に真言宗立川流がある、鎌倉時代初期に仁寛(にんかん)(後に蓮念(れんねん))より興された流派で19世紀頃まで信仰されていたが淫祀(いんし)邪教として阻害された、立川流とは後期密教すなわちチベット仏教(仏教c)に近い教義で理趣経を重要視し荼枳尼天を崇拝、性交と即身成仏を関連付けている。 
経典は大東急記念文庫・所蔵経典が(白描絵料紙・巻子装 鎌倉時代)が国宝指定を受けている。 
 
注1.十七清浄句 (理趣経)の目次 
第一段 大楽の法門 金剛薩た章/総論 男女合体の清浄さを十七清浄句で顕す。  
第二段 覚証の法門 大日如来章/欲箭、清浄の句 菩薩位である 
   (男女間に起る欲望は清浄) 
第三段 降伏の法門 降三世明王章/触、清浄の句 菩薩位である 
   (男女が触れ合うことは清浄) 
第四段 観照の法門 観音菩薩章/愛縛、清浄の句 菩薩位である 
   (男女離れがたいのも清浄) 
第五段 富の法門 虚空蔵菩薩章/一切自在主、清浄の句 菩薩である 
   (男女が合体し総てを征服した気分に浸るは清浄) 
第六段 実働の法門 金剛拳菩薩章/見、清浄の句 菩薩位である 
   (男女の欲望を見たいと思う心は清浄) 
第七段 字輪の法門 文殊菩薩章/適悦、清浄の句 菩薩位である 
   (男女触合う喜びは清浄) 
第八段 入大輪の法門 さい発心転法輪菩薩/愛、清浄の句 菩薩である 
   (愛のからみの離別しがたい心は清浄) 
第九段 供養の法門 虚空蔵菩薩章/慢、清浄の句 菩薩位である 
   (一切の事を満たされた満足は清浄) 
第十段 憤怒の法門 摧一切魔菩薩章/荘厳、清浄の句 菩薩位である 
   (欲望よって飾り立てる事は清浄) 
第十一段 普集の法門 降三世教令輪章/意滋沢清浄の句 菩薩位である 
   (異性に触れる喜びは清浄) 
第十二段 有情の法門 外金剛部章/光明、清浄の句 菩薩位である 
   (愛情の光明は清浄) 
第十三段 諸母天の法門 七母天章/身楽、清浄の句 菩薩位である 
   (四季を通じて良い体調は清浄) 
第十四段 兄弟の法門 三兄弟章/色、清浄の句 菩薩位である 
   (形を見る心は清浄) 
第十五段 姉妹の法門 四姉妹章/声、清浄の句 菩薩位である 
第十六段 各具の法門 五部具会章/香、清浄の句 菩薩位である 
   (香りを味わう事は清浄) 
第十七段 深秘の法門 五秘密章/味、清浄の句 菩薩位である 
   (味を楽しむ事は清浄) 
注2.正式名称の「大楽金剛不空真実三摩耶経」 大楽=大日如来・金剛=阿閦如来・不空=宝生如来・真実=阿弥陀如来・三昧耶=不空成就如来と言う。 
 
般若心経

法華経と並んで般若心経は最もポピュラーな経典として大乗経典の双壁を為している、 梵語の原典は Praj4´p´ramit´‐hrdaya‐s仝tra (プラジュニャーパーラミター・フリダヤ・スートラ)注3参照 (般若波羅蜜の心髄)でPraj4´=正しい智慧 p´ramit´(波羅蜜多)=真髄、完成と訳される、因みに般若とはバーリ語(p´li)の音訳でpa44´(バンニャー)と言う。 
般若経はBC1世紀頃から1千年に亘り作られた膨大な般若系経典の総称であり、知名度が高い経典は鳩摩羅什訳の「摩訶般若波羅蜜多心経」であり大乗佛教に於ける最初の経典と見られ基本経典中の代表とされ、わが国に於いて法華経・浄土三部経(観無量寿経・阿弥陀経・大無量寿経)と共に最も普遍的な経典とされている。 
一説には仏典数が8万4千典あり、その要約が般若心経であると言われるが、事実は玄奘訳の「大般若波羅蜜多経」600巻(500万字)を262文字に要約され悟りの世界を成文化し経典とされた、但し経典中最も著名な「色即是空・空即是色」などは鳩摩羅什の「摩訶般若波羅蜜経」との関連が論じられている。 
般若経典は「摩訶般若波羅蜜多心経」に代表されるが他に「金剛経」「維摩経」などがこの範疇に入る。 
釈迦の十大弟子の内最上位とも言える舎利子(舎利弗)に語りかける様式で、「空観」に対しての理論書であり一切皆空・六波羅蜜を説き大乗経典の極意とされ佛教の蘊奥とされる、端的に言えば総ての事例には一定不変(実体)の存在は無いと言う、従って執着・煩悩も永久不変ではなく空であり修業などで解決できるとも言える。 
般若心経を理解したような気持ちに成るには西村公朝氏の解説が簡単で、空=大宇宙で 色=総ての諸物件 色の集合が空であり 色即ち空 空即ち色であると言われる。 
舎利弗(舎利子・シャーリプトラ)に応える形式をとり、観自在菩薩(観音)が覚り得た般若即ち真の智慧は全て(五蘊・五の構成要因・注1)が空であると説き、六波羅蜜(六の徳・注2)・般若波羅蜜多(完全な智慧・注3)の完成を説く経典である、すなわち人間の心以外に実在する物は全て空と説き、仮説(仮設)であると実在の否定につながる。 
原典には表題は無く中国に於いて翻訳時に補筆され、更に日本に於いて「仏説摩訶」が加筆されている。 
竜樹(梵語名ナーガールジュナ・2-3世紀頃のバラモン出身)は欲望は苦の原因であり「仏陀に成りたいと思っている間は覚る事は無い」と言う、竜樹は佛性を得ようとする経過を重要視しており、「空」は大乗佛教の根幹であり概総ての佛教哲学に多大な影響を与えている、空の解析は古くから為されており釈尊の十大弟子のの一人須菩提(しゆぼだい Subh仝ti スブーティ)は難解な空論を説いたとされており解空第一とされている。 
要するに六派羅蜜の一項である、智慧(判断・分別)をもって現世に於いて覚りの道を目指す道標とも言える。  
般若心経の要諦である「色即是空・空即是色」は鳩摩羅什が梵語を漢訳したとされ、あらゆる迷いを滅し空の境地に至れば真実の色(現象)眼前に現れる。 
一口で言えば無心になれ、執着を捨てよ、と言う内容で六道にさまよっているかも知れない先祖の追善供養に多く利用されている、「歎異抄」第五条で親鸞が「父母の孝養ためとて、一辺にても念仏まふしたることいまださふらはず」言う様に浄土・真宗では読まれていない。 
古来より多くの写経が行われ皇室や貴族による装飾経(平家納経・長谷寺経や帝が各神社に奉納した紺紙金字般若心経)が作られたが写経する事で鎮護国家に功徳があがり、是大神呪 是大明呪 是無上呪・・・波羅羯諦等、最後部に真言(呪文)らしさがあるが中村元氏の般若経典に拠れば「往ける者よ 往ける者よ 彼岸に往ける者よ 彼岸にまったく往ける者よ さとりよ 幸あれ」と解説されている、阿部龍樹氏は言う「いざ行かん ともに行かん 悟りの境界へ」。 
空海は「般若心経秘鍵」に於いて大般若波羅蜜多経」600巻の要諦説を否定し般若菩薩の真言とする、最後の部分を他の解説では通常呪文としている「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦」を、聞法の覚り・修行の覚り・菩薩の覚り・曼荼羅世界の顕現、と説明されている、さらに「菩提薩婆訶」(ぼじそわか)を菩提心の成就としている。是大神呪(ぜだいじんしゅ) 是大明呪(ぜだいみょうしゅ) 是無上呪(ぜむじょうしゅ) 波羅羯諦(はらぎゃてい)。 
般若心経は陀羅尼ではない、大乗仏教の真髄とも言える空観の理論書である、般若心経は長い真言であり、心理集約の為に唱える呪文と言う人も多いが、唱えれば伴侶の浮気封じ・ご利益があり、況や呪術効果や幽霊や取り付いた悪霊が退散する等と言う経典ではない、重ねて言えば膨大な般若経典の心髄を簡潔に集約した空に対する理論書である。 
玄奘訳が著名であるが注釈書は空海を始めとして多くの書がある。 
法隆寺に伝わる般若心経の梵語原典は小品の貝葉(ばいよう・パットラ・ターラ)に書かれ世界最古である。日本では古くから多心経とも呼ばれ現在に於いても薬師寺・大覚寺など多くの寺院で写経が行はれている。 
般若心経は前述のように浄土系即ち浄土宗・浄土真宗では使われていないが、他では略総ての宗派で重要経典として読誦されている。 
三十三観音の一尊・水月観音の梵語名はudaka-candra-bimbaであり幻・夢・響を意味し「空」に繋がる、般若心経を彫刻や変相図に具現化した観音菩薩と言えよう。 
 
注1.五蘊とは(ごうん)pa4ca‐skandha(パンチャ・スカンダ)佛教に於ける宇宙観を分析する時に使われる。 
1.色 (身体を構成する5の感覚器官・5根) ルーパ/r仝pa/感覚  
2.受 (苦・楽・不苦不楽を受ける作用) ベーダナー/vedan´/感受  
3.想 (知覚作用) サンジュニャー/sakj4´/表象  
4.行 (意思・真理作用) サンスカーラ /saksk´ra/意志  
5.識 (眼・耳・鼻・舌・身・意の認識) ビジュニャーナ/vij4´na/感覚・知覚・思考作用を含んだ認識作用 
因みに「蘊」とは集合体を意味する。認識作用に五根があり眼識・耳識・鼻識・舌識・身識がある。 
注2.六派羅蜜とは悟りの境地・完成 > 徳  
1.布施 
2.持戒(戒律を守る) 
3.忍辱(にんにく・耐え忍ぶ) 
4.精進 
5.禅定(集中・安定) 
6.智慧(判断・分別) 
注3.般若とは 悟りのための智慧・あらゆる真実を見通す智慧を言う、梵語praj4´(プラジュニャー)・バーリ語pa44´(バンニャー)漢訳は慧 
praj4´=般若=智慧 p´ramit´=波羅蜜多=完成 hrdaya=心髄=心 s仝tra=経・聖典 
注4.鳩摩羅什(クマーラジーバ)344-413年、大乗仏教の理論を広めた第一人者である、中国仏教に於ける正統性の経典に対する理解をもたらした僧である。 
維摩経(ゆいまきょう)

西暦1-2世紀の経典で般若経典と共に大乗佛教の最初に登場したと考えられる、正式名称を「維摩詰所説経(ゆいまきつしょせつきょう)」と言い「維摩詰」とは経典の主の名前である。 
在家佛教のトーテムポール的な経典で大乗経典初期の傑作とされ菩薩の理想像を示し出家中心の既存佛教に対する反命題と維摩居士の行動、すなわち保守的な菩薩や仏弟子の思想を悉く論破する姿を表わした経典で旧来の上座部佛教を小乗と言い在家佛教即ち大乗佛教を正当化した経典である。 
原題は清らかな識者の意味を言うが梵語の原典は断片でしか現存しなかったが、近年梵語写本の完本がダライ‐ラマの居たポタラ宮で発見された。 
チベット語訳と三種の漢訳即ちクマーラジーバ(鳩摩羅什)訳、玄奘訳、支謙訳、が現存するが鳩摩羅什訳の人気があり利用度が高い。 
維摩経は十四の章で構成され佛国土・方便・弟子・菩薩・文殊の見舞い・不思議・衆生を観ずる・仏道・不二の法門に入る・香積佛・菩薩の行い・無動佛を見る・法の供養・教えの委嘱 となり、佛国土には観音菩薩・弥勒菩薩・文殊菩薩を始め3万2千の菩薩を多くの修行者にいる樹園の様子から始り舎利弗など十大弟子も登場する。 
世俗間にありながら仏法修行を目指す在家信者の立場から「空」を方便によって理論体系化した経典で聖徳太子も法華経義疏・勝鬘経義疏・と共に三経義疏として重要視した経典である、また維摩経は問疾品が著名で病気療養中の維摩居士を見舞うよう釈尊に依頼されるが舎利弗(第三章)・弥勒菩薩などは経論に於いて維摩居士に適わずしり込みする、文殊菩薩のみが対等に渉りあう物語的(第七章)な経典で、維摩居士は究極の境地「不二の法門」(第九章)を沈黙で示す。 
この経典の中には現在の日常用語が(炎・幻・ひびき・影・夢・浮雲)多く存在する。 
 
注1.Vimala=清らか k ̄rti=名誉 無垢等と訳される。 
注2.維摩居士 維摩経に登場する主人公で本来は金粟(きんぞく)と言う如来で衆生を導くために下化した姿とも言はれる。維摩居士で正式には維摩詰(ゆいまきつ)グリハパティ gnhapati の略称である、維摩経二章に於いて富豪で佛教の教義に精通した在家信者と紹介される、大乗佛教の見地から理想的な人間として記述され、菩薩の化身との説もある。 
居士とは在家の主で資産・尊厳・社会的信頼を得ている者を言う、長者と重なる、離車族とは古代インドの共和制の国。  
菩薩や羅漢の保守的な教義を大乗佛教の核心即ち「空観」を持って論破する。 
維摩居士が病の時釈尊に見舞いに行く命を受け舎利弗始め躊躇する中で見舞いに出向いた文殊菩薩との問答すなわち法には言は無・説、示、識総て無との文殊菩薩に対して維摩居士は真理を悟る「無生法忍」すなわち筆舌に顕わせぬ究極を沈黙で示す「不二法門」は著名である。 
注3.鳩摩羅什(クマーラジーバ)344-413年、大乗仏教の理論を広めた第一人者である。シルクロード天山南路の要衝亀慈(きじ)国の王子の一人、7歳で出家しキジルの石窟寺院で佛教を学ぶ、当初は上座部仏教を学が大乗仏教に移り中間派を学ぶ、少年時代中国の侵略を受け17年間の捕虜生活の後、401年長安に呼ばれ経典の翻訳を皇帝から命じられる、父がインドの僧侶(母は国王の妹)の為に梵語に精通しており、竜樹哲学(中間派)を中心に翻訳した経典は294巻(35部)に及ぶ、梵語に精通していた鳩摩羅什は竜樹哲学を中心に翻訳した経典は294巻(35部)に及ぶ、・大智度論・中論・坐禅三昧経・大品般若経・般若心経(般若経典)・法華経・阿弥陀経・維摩経など現在読まれている著作、経典は多義にわたる。 
特に法華経は竺法(じくほう)護(ご)訳(239-316)など鳩摩羅什以前にも漢訳は数点存在したが鳩摩羅什訳が出されて法華経は隆盛を見る。  
華厳経

「奈良の大仏さん」で親しまれる東大寺・大仏殿の毘盧遮那仏は華厳経(入法界品39‐2)を典拠として造像された如来である、因みに唐招提寺の毘盧遮那仏は梵網経を典拠としている、東大寺の大仏様は華厳経の主尊である、総ての如来・菩薩等を統括する法身仏(注1)・毘盧舎那仏である。 
2-4世紀頃成立したとされる経典で初期大乗経典の象徴的な一典である、原題はBuddh´vataksaka‐n´ma‐mah´vai‐pulya‐s仝tra、「大方広佛(だいほうこうぶつ)華厳経」と言う。 漢訳三種およびチベット訳が現存し、梵語本は「十地品」と「入法界品」の章がそれぞれ独立の経典として現存する。 
経典名の「方広」とは偉大な教えを意味しており、華厳とは美飾すなわち雑華巌飾(ぞうげごんじき)を言う、即ち華厳とは「華は花と菩薩の行動(実践)を言い厳は飾る」と言う意味合いを持つ。 
日本に於いて華厳経を典拠とする華厳宗を指導したのは聖武天皇の招きで来日し大安寺に居住していたインドのバラモン僧・菩提遷那(ぼだいせんな)と考えられる、菩提遷那とは東大寺に於ける毘盧遮那仏開眼法要の導師で開眼筆を使用し開眼作法を行った僧で、孝謙天皇に「宝字称徳孝謙皇帝」の称号を授与した、また光明皇后とも接触があったとされる。 
古い経典であるが1-2世紀頃に現在「品」とされる経典が現れ、完成は4世紀頃と推定される、当初は独立経典群を菩薩の修行過程を説いた「十地経」をはじめ各経典を中央アジアに於いて集成したとされる、覚りを開いた仏の境地を示した論理的、美的世界から清浄を説く非常に難解な経典である。 
膨大な経典であるが要諦は独立経典群を菩薩の修行過程を説いた「十地品」「入法界品」「梵行品」などを集合したとされる。 
漢訳は仏駄跋陀羅(ぶつだばつだら)(覚賢(かくけん))を晋訳若しくは(旧訳)と言い六十巻(418‐420)、・実叉難陀(じつしゃなんだ)訳八十巻(695‐699)、唐訳若しくは新訳がある、これに般若訳四十巻(795‐798)も含まれる、巻数によって六十華厳・八十華厳・四十華厳と呼んで区分されている。 
しかし般若訳の四十華厳は最後の「入法界品」に限られた漢訳である、華厳経は膨大な筆量を持つ経典群で前述の如く元来は独立して成立した各経典が集大成されたものと考えられている、なお法界とは「真理の世界」を言いそこに「入」る事で入法界と言う。 
内容の一部分を語れば、悟りを開いたばかりの佛の境地をそのままに表現したものとされ宇宙の真理・菩薩の功徳などが説かれているが根底に流れるテーマは信にある、「一即一切・一切即一」一瞬の刹那に永久があり、小さな一つの事例に全宇宙があると言う、即ち凡ての現象は個々の事例に見えるが相互に連携しあい融合すると言う。 
ここでの佛は法華経などと異なり史上実在した釈迦如来ではなく毘盧遮那仏が述べられており密教の最高経典である金剛頂経の源流とも言える経典である。 
修養による心の錬摩が慈悲に繋がると説いている、菩薩の修行の段階を説いた十地品(注2)・梵行品(注3)・善財童子の修行遍歴を描いた入法界品などが著名である、入法界品とは長者の子息・善財童子が文殊菩薩の説法を聞き53か所の菩薩から奴隷に至る人達を訪ね歩き最後に普賢菩薩に辿る内容である、したがって東大寺では毎月15日には四十華厳(入法界品)「普賢菩薩行願讃」が読誦されている。 
十地品は菩薩の修行過程が示されており、歓喜地・離垢地・発光地・焔慧(えんね)地・難勝地・現前(げんぜん)地・遠行(おんぎょう)地・不動地・善慧(ぜんね)地・法雲地を言う。 
最後の「入法界品」は善財童子の求道行脚が記述され普賢菩薩に辿り着き、覚りの道を極めるストーリーである。 
「法界」とは真の理を意味し「入」は入る、真理の世界に入るとされる、華厳経の要諦とされる法界縁起とは堀池氏の論を借りれば、対立差別の「事法界」超差別の「理法界」理と事融合の「理事無礙法界」融合調和「事事無礙法界」をもっつて覚の世界を構成していると言う、覚りを開いた佛の心境を表わし歴史上実在した釈迦を超越した宇宙の構造(三千大千世界)を説き一即多、全てに仏性があると説く(一乗主義)、(東大寺史へのいざない・堀池春峰著参照)、因みに法界とは真理の世界をいう。 
この経典にもとづいて中国に於いて華厳宗が成立し、請来した日本に於いても南都六宗の一つとして東大寺に興り、象徴として毘盧遮那佛(大仏)として現存する。  
華厳経はインドに於いて各経典が集合されシルクロードを経て中国に於いて宗派として成立を見た、更に朝鮮に伝わり韓国仏教の根幹経典になっている、覚りを開いた仏の境地を著した論理的、美的世界から清浄を説いたとされるが非常に難解な経典である。 
華厳経を典拠に造像された毘盧遮那は菩薩系で表現された像が多くあり、ガンダーラには都史多天(としたてん)と言う処で修行中や樹下に於いて瞑想する毘盧遮那菩薩の姿がある。 
日本に於いて良弁が嚆矢でありその頃大安寺に居た新羅の僧・審祥(しんじょう)や同じく大安寺に寄宿し東大寺・大仏の開眼導師を務めたバラモン僧・菩提遷那(ぼだいせんな)から学び聖武天皇に進講した。 
華厳経関連の美術品は少なく東大寺、毘盧遮那仏の蓮華座に線刻してある宇宙の構造そのものを描いた三千大千世界程度であろうか。 
 
注1.法身佛/宇宙の真理そのもので悠久の過去から未来まで仏の王者とも言え、毘盧舎那仏・大日如来を言う、報身佛/修行の結果成道し永遠の仏となる、阿弥陀如来・薬師如来などを言う、応身佛/衆生を導く為に顕した佛身で成道と入滅を行い、釈迦如来をさす。 
注2.十地品 菩薩修行の進級過程を言い、1.歓喜地 2.離垢地(汚れ離脱) 3.発光地(明光) 4.焔慧地(輝き) 5.難勝地 6.現前地(真理が見える) 7.遠行地 8.不動地 9.善慧地(好い智慧) 10.法雲地(無限の境地)となる。 
注3.梵行品第十二に記述されている如来の全知全能が説かれれ、「処非処智」(道理と非道理の区別)「去来現在所業報智」(因果と果報)「一切諸禅三昧正受解脱垢淨起智」(禅定を知る)「衆生諸根智」(衆生の希望を知る)「随諸慾楽智」(衆生・仏法の本質を知る)「種種性智」(衆生の方向性を知る)「至一切処道智」(過去の回想力)「無障礙宿命智」(衆生の転生場所を知る)「無障礙天眼智」(涅槃までを知る)「断習気智」(涅槃に到る手段を知る) 
注4.主な漢訳者・実叉難陀(じつしゃなんだ)・仏駄跋陀羅(ぶつだばだら) 
勝鬘経(しょうまんぎょう)

維摩経から少し遅れて登場した経典である、高貴な女性の理想的な姿とした在家佛教の代表的な大乗経典でコーサラ国(舎衛国)の王姫でアヨーデイヤー王妃すなわち勝鬘夫人が釈尊の前で説いて承認されたとされる教典である、すなわち「十大受章・三大願」の説法を同席していた釈尊が承認するという経典で、特筆すべきは在家の女性の説法として著名である。 
正式名称は「勝鬘師子吼一乗大方便方広経(しょうまんししくいちじょうだいほうべんこうきょう)」と言う、原題の梵語名はlr ̄m´l´dev ̄‐sikhan´da‐s仝tra (シュリーマーラーデービー・シンハナーダ・スートラ)で「如来真実義功徳章」から「勝鬘章」まで15章で構成されている、5世紀中盤に求那跋陀羅(ぐなばどら)による漢訳が通常は用いられる、意訳は「秀でた花輪」の意味をもつが梵語原典は失はれているが漢訳二典とチベット語訳が存在する。 
理想の在家佛教を賛歌し真実の教えとして人間はすべて平等に成仏する事が出来ると説く「一乗思想」を唱え、また一切の衆生は煩悩にまとわれているが、本性は清浄無垢で如来の心を備えていと言う「佛性」即ち「如来蔵」説を説いている。 
身・命・財を捨てることに仏の教えがあると言う、またインドのバラモン等土着信仰に於いては女性蔑視が通常化していたが、原始仏教に於いては女性を差別化していなかった様である、しかし紀元前一世紀頃に上座部に於いて女人の五障(注3)が言われ女性差別が元に戻る、そこに阿閦仏や阿弥陀仏信仰が興り解決法として「変成男子(転女成男)」」すなわち男性に性転換がいわれた、これを完全な女性成仏に導いたのが維摩経や勝鬘経であると植木雅俊氏は言う。 
勝鬘経の日本仏教界に在家佛教を積極的に肯定した影響は大きなものがある、聖徳太子の作とされる「三経義疏」の一つとして勝鬘経義疏等の注釈書も多い、太子が三経義疏の一典に加えたことに対して当時は推古天皇の御代であったとの指摘をインド哲学の権威・中村元氏が言われている、これは推古天皇と勝鬘夫人をオーバーラップさせている様だ。 
 
注1.十大受三大願/己を戒め悟りに至るまでの十の戒(十大受章) 1.世尊、菩薩に至るまで犯心を起こさず・2.・・・慢心を起こさず・3.・・・恚心を起こさず・4.・・・嫉心を起こさず・5.・・・慳心を起こさず、・・・蓄財せず等以下略。三大願(三大願章)高邁な哲学で 1.善根を持ち一切生で正法智・2.無厭心を持って衆生を説く・3.身命財を捨て正法の護持。 
注2.コーサラ国/当寺実在した大国で、釈迦族もこの国に従属していたとされる、パセナーデ王・マリッカー夫人も実在したとされる。アヨーデイヤーは現在に於いてもガンジス川支流に存在している。 
注3.女人五障/「法華経」の「信(しん)解品(げほん)」には女人成仏が不可能な理由として挙げられている、即ち・欺・怠・瞋・恨・怨がいわれる。欺とは信じる事を知らない。怠とは仏教徒としての怠け。瞋とは怨む。恨とは嫉妬。怨とは死後も恨みを継続する。 
三経義疏(さんぎょうぎしょ)

下記三経典の注釈書を意味している、聖徳太子の著作とされ(異論も在る)法華義疏(ほつけぎしよ)四巻・維摩経義疏(ゆいまきようぎしよ)三巻・勝鬘経義疏(しようまんぎようぎしよ)一巻の総称を言う。聖徳太子は606年に勝鬘経と法華経を講じた記録もあり、維摩経についての確証は無いが義疏の製作は密接な関係をもっていると考えられる。聖徳太子伝補闕記によれば勝鬘経義疏が611年・維摩経義疏が613年・法華義疏が615年に成立したとされるが確証はない。但し法華義疏4巻は太子の自筆とされる草稿本が現存している。ちなみに法隆寺は元来は法相宗であったが、現在は聖徳宗として独立以後「宗法則」に於いて三教義疏を基軸教典として活動している。
法華経

法華経は久遠実成の釈尊が霊鷲山に於いて説いたとされる経典で、正式名称は妙法蓮華経と言い、大乗経典の内でも最も広く知られており、護国三部経(注1)の一典で般若心経と共に最も普遍的とされる経典であり「諸経の王」と言われる、原題は梵語でSaddharmapulfar ̄ka‐s仝tr( サッダルマ・プンダリーカ・スートラ) 、白蓮華の如き正しい教典という意味であるが正法・妙法などの和訳もある。 
梵語原典、チベット語、漢訳三種が現存するが2世紀頃現在の北パキスタン辺りの在家信者の作とする説もあるが経典としては比較的新しく釈迦入滅後おおよそ千年後に西北インドに於いて成仏否定論に反対の僧達や女性達により大乗仏教の一環として成立しており多くは鳩摩羅什(注3)の訳が使われている、竺法護(じくほうご)訳「正法華経」(239-316)など鳩摩羅什以前にも漢訳は数点存在したが鳩摩羅什(注3)訳が出されて法華経は隆盛を見る、中村元氏は「法華経・東京書籍」の中で鳩摩羅什訳を翻訳と言うより創作と言えるほどの名文と言われている、因みに七世紀の漢訳に闍那崛多(じやなくつた)と達摩蓉多(だつまぎゆうた)の共訳による「添品妙法蓮華経」がある。 
日本仏教に於いてはトーラー五書(注4)に匹敵する経典である、606年聖徳太子が岡本宮に於いて講義した三経義疏のうちの法華義疏(法華経)が嚆矢とされるが聖武天皇・皇后や藤原家の信仰も篤かった、さらに最澄の天台法華宗が根本経典としていることから経典としての知名度は最高位にあり、比叡山で学んだ日蓮の興した日蓮宗(日蓮宗は如来寿量品第十六を最重要視している。)は唯一の経典にしている。 
また女性にも授記(じゅき)即ち成仏が授与されるとあり、女性信仰者も多く提婆達多品(だいばだったほん) に文殊菩薩と智積菩薩の問答に於いて八歳の童女の成仏が記述され女人救済が説かれている為と言えよう。 
法華経を構成する要素は三脚に支えられている、即ち超越した一筋の道・一乗妙法、 ・久遠の釈尊、下化衆生(げけしゅじょう)の・菩薩行が言われるが、思想的両輪(迹門と本門)に方便品の一乗と寿量品の久遠実情の釈迦で構成されている、迹門すなわち方便品はインドが嚆矢である方便を駆使して多様な教えの体系を記述している、菩薩・縁聞・声聞の三乗の法は方便であり一乗真実の法にあると言う。 
他方本門・寿量品は唯一実在が確実な釈迦族の聖者ではなく、久遠実成即ち神格化をデフォルメした釈迦如来である、6年間の修行ではなく無量無辺百千満億那由他劫すなわち無限に限りなく近い過去より覚者であったと言う、さらに現実の大乗佛教の実践道を示していると言えよう。 
法華経は釈迦如来の最終的な教えで他の経典は全て法華経に到達するまでの方便と言う解釈がなされている、経典や解説書を通読後の印象は最高の経典あることを強調されているが法華経中の釈尊はなんと真理の出し惜しみをして弟子達を焦らす人との印象を持った、ただし法華経の要諦は仏性は総ての人間が所持しているに尽きよう。 
序品第一から普賢菩薩観発品第二十八品までの内、方便品第二(方便として@声聞乗・A縁覚乗・B菩醍乗説いたが完成された教義は一乗である、即ち真理はただ一つである)・化城喩品第七・従地涌出品第十五(説法中に多宝如来が智積菩薩等を従え宝塔と共に涌出釈迦の説法を肯定する)・如来寿量品第十六で久遠実成(くおんじつじよう)の釈迦如来を説いている。 
その後半部分の中心は菩提樹下で成仏した釈迦は仮の姿であり、さらに如来寿量品一六本来は五百塵点劫(じんてんごう)という無限大の大昔に成仏していると説いている,因みに五百塵点劫とは正規には五百億塵点劫と言いう。 
また最も新しい部分に中国で加えられた観世音菩薩普門品第二五(観音の功徳を説き、独立した経典でもある)等が知られている。 
法華経二八品の前半部分一四品を迹門(しやくもん)後半部一四品を本門と呼ばれている。 
また法華経の特徴としては彼岸即ち来世ではなく此岸・常寂光浄土(この世の浄土)や女人救済が説かれている、また十界互具(じっかいごぐ)があり縁覚界・声聞界は成仏出来ないとされていたが法華経迹門に記述される二乗作仏(にじょうさぶつ)により成仏が可能となる、十界互具とは天台宗の教義で、十界にある凡てが互いに十界を有した境界があるとされ、いかなる人間も仏界から地獄界までの心があると言われる、すなわち心の内に十界を観て覚りを目指す教義とされる。 
十界を示すと上位四界を「覚り」の世界すなわち ・仏界・菩薩界・縁覚界(個人のみで悟りを開く、独覚)・声聞界(覚者の教えを聞き悟る)、以下を「迷い」の世界を言い輪廻の六道を転生する、・天界・人界・修羅界・餓鬼界・畜生界・地獄界を言う、これを解説して全国を行脚したのが熊野比丘尼であり、テキストが「熊野観心十界曼荼羅」である。 
法華経を基にした平安文学や佛教美術に影響を与え法華曼荼羅・釈迦説相図などがあげられる、特に平安時代末には貴族社会に浸透し白河上皇・後白河上皇等に加え平清盛も熱心な信仰者で平家納経などの傑作が残される。 
法華経を最高経典とした宗教家に最澄・日蓮等が上げられるが、僧侶以外の野心的人物は多く、戦国武将、斎藤道三・2、26事件を煽り現世に幻の化城の実現を目指した北一輝・法華経による世界制覇の実現を目指し、国柱会を興した田中智学に心酔し満州事変を企画した関東軍の石原莞爾・血盟団の井上日召、等々法華経をベースにした野心家が多い。 
法華経の守護神に訶梨帝母(かりていも)別名、鬼子母神(きしもじん)が知られており、江戸末期に太田蜀山人の狂歌「恐れ入谷の鬼子母神と唄われていた。 
 
注1.護国三部経 法華経・金光明経・仁王般若経を言い、特に金光明経は鎮護国家に対する思想を強調したもので陳の文帝が取り入れたとされる。日本に於いては天武天皇が律令制国家建設の為に仁王般若経と共に重要視したと思はれる。仁王般若経 とは正式名称を「仁王護国般若波羅密経」といい、不空と鳩摩羅什の訳とされる経典がある、国の安泰・隆昌を佛教的に説く教典であるが中国に於いて作られた経典の可能性が高く経緯は定かではない、七福神信仰の嚆矢と言える経典で「七難さって七福来る」の記述がある。 
注2.久遠実成の釈迦  法華経如来寿量品第十六に説かれており久遠の過去に釈尊は覚りを得ており実在の釈迦如来は仮の姿と言う。 
Mngad´va(鹿野苑ムリガダーバ)で初説法した実在の釈迦ではなく法華経を論拠とし方便を駆使し神格化された釈迦で、本来の姿(本地)を具体的(迹)な姿すなわち釈迦如来を言う,表現を変えれば宇宙の真理を実在した事のある釈迦如来に投影(変換)された。 
注3.鳩摩羅什(クマーラジーバ)344-413年/大乗仏教の理論を広めた第一人者である、中国仏教に於ける正統性の経典に対する理解をもたらした僧である。 
注4.トーラー五書/旧約聖書の根幹を成す書で39巻の内 1.創世記 2.出エヂプト記 3.レビ記 4.民数記 5.申命記までを言う。 
観音経(かんのんぎょう)

大乗経典の代表的かつ普遍的な経典で「法華経」の内「観世音菩薩普門品第二五」に存在するが、本来は独立経典であつたものを中国に於いて法華経に組み込まれた経典である、ちなみに「普門」とはあらゆる方向に開かれた門を意味する、日本に於いては通名「観音経」と呼ばれ、あらゆる宗派で読誦されている。 
観音経は鳩摩羅什訳の「妙法蓮華経」第二十五品が使われている。   
偈文即ち世尊偈は406年の鳩摩羅什訳には無く601年の闍那崛多と達磨笈多の共訳による「添品妙法蓮華経」に登場する、また竺法護訳にも存在せず梵語原典には記述が無く後に於いて加筆されたとされる。 
釈尊が無尽意(むじんに)菩薩に語りかける形態をとり、観世音との銘々説明(因縁)、無量百千万億(無数)の衆生を前に善男善女誕生に応える二求(にぐ)の成就や、七難・三毒に遭った時観世音菩薩の名を一心に唱えれば、その願いに応じて救済に現れるとされる、七難(注3)とは解釈は分かれるが火難・水難・風難・刀杖難・悪鬼難・枷鎖難(かさ)・怨賊難を言う、また三毒とは貪欲・瞋恚(しんに)・愚痴を言う。 
又三十三(三十三応身)の姿に変化し時空を超越して救済・十九の説法に表れるという、但し梵語原典では十二身であり漢訳に於いては土着信仰の神々や霊を取り入れれ三十五身と成っている。 
現世利益、即ち全ての願いが叶えられるとされることから最も人気の高い経典で密教系の観音の出現以来中国・日本に於いて多くの霊場が成立した。 
普門品の言う観音菩薩の持つ現世利益的な信仰はインド土着信仰を色濃く取り入れており、成仏を目的とする古典仏教とは二律背反と言っても過言ではない、さらに無量寿経に於いて阿弥陀如来の脇侍として宝冠など装いを凝らしして顕れることは方便そのものと言えよう。「念彼観音力ネンピカンノンリキ」観音の名前を称えただ信ずればサルベージが与えられる。 
中国に於いて唐の時代に千手千眼観音の信仰が行き渡ると各地に観音霊場が起こる、日本では西国三十三所を初め多くの霊場が広がりを見せる。 
観音信仰は色濃くヒンズー教色を持っており現世利益を標榜しており釈尊の説いた仏教の得脱とは著しく二律背反と言わなければならない、因みに得脱(とくだつ)とは苦界から脱出して菩提に向かう事とされる。 
偽経とされているが臨済宗に於いては重要視されている「延命十句観音経」と言う42文字の経典がある、経名にある冒頭の延命は白隠により加筆された、「観世音 南無仏 興仏有因(よーぶつうーいん) 興仏有縁 仏法有因 仏法有縁 仏法僧縁 常楽我浄 朝念観世音 暮念観世音 念念従心起(じゅうしんき) 念念不離心(ふーりーしん)」。 
観音菩薩に帰依します  仏とは因果と縁で結ばれている  仏縁により楽しく清浄に暮らせます  朝晩観音菩薩を念じます  念心は離れる事は無い。 
延命十句観音経の他に著名な偽経に「高王観音経」が知られている。 
白隠(はくいん)慧(え)鶴(かく)は「延命十句観音経」を偽経と承知しながら観音講等に採用し臨済宗中興の祖と慕われた。 
 
注1鳩摩羅什(クマーラジーバ)344-413年、大乗仏教の理論を広めた第一人者である、中国仏教に於ける正統性の経典に対する理解をもたらした僧である。 
注2.(法華経・観世音菩薩普門品第二五)によると南無観世音菩薩を唱えると排除してくれると言う七難とは以下を言う。 
(1)大火の難ー煩悩の火や火災 
(2)大水の難ー洪水や誘惑に溺れない 
(3)羅刹の難ー空中で人を食う鬼の国、非常な恐怖 
(4)刀杖の難ー危害 
(5)悪鬼の難ー襲撃 
(6)怨賊の難ー防怨 
(7)忸械枷鎖(ちゅうかいかさ)ー罪の有無に関らず手枷足枷をされる等の難である。 
観音経の最前部分 
爾時無盡意菩薩 即従座起 偏袒右肩 合掌向仏 而作是言 世尊 観世音菩薩 以何因縁 名観世音 仏告無盡意菩薩 善男子 若有無量 百千万億衆生 受諸苦悩 聞是観世音菩薩 一心称名 観世音菩薩 即時観其音響 皆得解脱 (無尽意菩薩が合掌し世尊に聞く 観世音菩薩銘々の因縁を 菩薩に告げる 百千万億の衆生が受ける苦悩に対して観世音菩薩の名を一心に称えれば、その声を聞いて解脱即ち苦悩を免れる)。 
注4.主な三十三応現身/観音菩薩一切の衆生を救済する手段として状況に応じて変化しする、主な変化を挙げると、仏身(如来の姿)・声聞(若者の比丘)・辟支仏身(びゃくし・壮年の比丘)・帝釈天 ・梵天・自在天・毘沙門天・優婆塞身(うばしくしん)・在家信者)・優婆夷身(うばいしん)在家信者女性)・阿修羅身・迦楼羅(かるら)身・緊那羅(きんなら)身・摩?羅迦(まごらか)身・婆羅門(ばらもん)身 ・長者身・居士身・人身(貴人)・非人身(卑身)などに姿を変え救済すると言う、33と言う数は無限の数を意味する。 
注5.主な三十三観音/法華経普門品、所謂「観音経」に於いて観音菩薩が33の姿に変えて衆生を救うとされる、注4、の様に化身せず観音菩薩の姿で変化する、楊柳(ようりゅう)観音菩薩・竜頭観音菩薩・持経観音菩薩・円光観音菩薩・遊戯観音菩薩・蓮臥観音菩薩・白衣(びゃくえ)観音菩薩・水月観音菩薩・滝見観音菩薩・多羅尊観音菩薩・瑠璃観音菩薩・魚籃(ぎょらん)観音菩薩・延命観音菩薩・岩戸観音菩薩・蛤蜊(はまぐり)観音菩薩・合掌観音菩薩・一如(いちにょ)観音菩薩・持経(じきょう)観音菩薩 等がある。 
阿弥陀経(小経)

観無量寿経(観経)・大無量寿経(大経)と共に浄土三部経を形成し阿弥陀如来信仰を説く、梵語名スクハーバティービューハ・極楽浄土の荘厳な情景を著したもので「極楽の荘厳」と訳される、Sukh´vat ̄vy仝ha-s仝tra(スカーヴァテイーヴユーハースートラ)でSukh´は楽しみ・vat ̄は場所・ ̄vy仝haは情景をs仝traは経言う、またSukh´vat ̄vy仝haの異訳に「称賛浄土経」(注5)と言う短い経典も存在する。 
大無量寿経の梵語名も同じであり区別して小スカヴァバティービューハと云う。  一世紀頃に北インドでの成立と推定される。 
漢訳は鳩摩羅什(クマーラジーバ)訳・玄奘訳の称讃浄土仏摂受経の内簡潔な鳩摩羅什訳が多く利用されている、通常は鳩摩羅什までを旧訳で玄奘以後を新訳と言われる。 
梵語本・チベット訳・漢訳二種が現存する、原典は古くから日本に伝わり長期に亘り研究がなされてきた。 
釈尊が舎利弗達十大弟子・阿逸多(あいった)菩薩(弥勒菩薩)・文殊菩薩・釈提桓因(しゃくだいかんいん)(帝釈天)を初めとする1250人を前に於いて西方十万億の佛国土を過ぎた距離にある阿弥陀仏の極楽浄土の荘厳様を説き、次にその浄土に往生する為の方法として阿弥陀仏の名号を唱える事を説く、最後に諸仏がこの説を支持する、また極楽浄土の情景が述べられており、七宝(金・銀・瑠璃・水晶・赤真珠・瑪瑙・琥珀)の池があり底は金砂が敷かれており、妙なる調べの中で飛ぶ想像上の鳥百鵠(びょっこう)・孔雀・オウム・鷺・迦陵頻伽(かりょうびんが)、等が舞う‐‐‐と言い、五濁悪世 注4)の娑婆からの離脱方法等が述べれれている、因みに迦陵頻伽とは翼を持つ菩薩に鳥の下半身の姿で好声鳥・逸音鳥・妙声鳥等と訳される。 
この経典は短編の為か称名に多く用いられる、この経典も如是我聞から始まる(私は釈迦からこのように聞いた)。 
浄土三部経の内観無量寿経は法然の浄土宗が最高経典としており親鸞の浄土真宗・真宗は大無量寿経を一遍の時宗は阿弥陀経を最も重視しており浄土系でも相違がある。 
 
注1.五念門とは浄土に往生する方法で法然が重要視した、阿弥陀浄土を論ずるには五念門があり、礼拝・讃嘆,・作願・観察・廻向の五門があり、特に重要視されるのは観察(浄土を観想)であり、17種の国土荘厳・8種の仏荘厳・4種の菩醍荘厳よりなるとされる。 
注2.鳩摩羅什(クマーラジーバ)344-413年/大乗仏教の理論を広めた第一人者である、中国仏教に於ける正統性の経典に対する理解をもたらした僧である。 
注3.経典の中で阿弥陀如来を賛美し阿弥陀経を推奨した佛は 
東 阿閦鞞(あしゅくひ)佛・須弥相(ゆみそう)佛 ・大須弥(だいしゅみ)佛・須弥光佛・妙音佛 
南 日月燈(にちがっとう)佛・名聞光(みょうもんこう)佛・大焔肩(だいえんけん)佛・須弥燈佛・無量精進佛 
西 無量寿佛・無量相佛・無量幢佛・大光佛・大明佛・宝相佛・浄光佛 
北 焔肩佛・最勝音佛・難沮(なんそ)佛・日生(にっしょう)佛・網名佛 
下 師子(しし)佛・名聞佛・名光佛・達磨佛・法幢佛・持法佛 
上 梵音佛・宿王佛・香上・香光佛・大焔肩佛などが挙げられている。 
注4.五濁(ごじょく)の悪世とは  
1.劫濁(社会の悪 汚濁 疫病 争い) 
   2.見濁(利己主義 邪見)   
3.煩悩濁(猜疑心 心の悪徳)   
4.衆生濁(脱道徳 意識の低下) 
5.命濁(上記の濁り短命)。 
注5.阿弥陀経の異訳に「称賛浄土経」があり当麻曼荼羅伝承で知られる「法如」すなわち当麻寺の中将姫が千部の写経を奉納したとされ、観想・観得したものが浄土曼荼羅(変相図)である。 
観無量寿経

中国や日本の浄土教の拠り所とされる経典である、極楽浄土への往生する為のマニアルとも言える経典である、法然が唐僧・善導が著した「観無量寿経疏」に出会い、浄土宗を興した根幹経典でである、浄土三部経の一経である浄土宗・真宗、浄土真宗の根本経典である、唯一の漢訳は5世紀中盤宋時代・疆良耶舎(きようりようやしや)の漢訳一巻が現存しているが、他には漢訳大蔵経の中にも存在しない、因みに「観」とは観想すなわち仏を思い浮かべる事を云い、弥勒菩薩の兜率天を観想する観弥勒菩薩上生兜率天経などの観経と言う経典類がある。 
経典の成立した場所に関しては梵語経典及びチベット語経典が発見されておらずウイグル語が存在する、インド・中央アジア・中国説が交錯している、観無量寿経を絵画化した浄土変相図(浄土曼荼羅)もインドには存在せず、六世紀頃の作と考えられる中国トルフワンのトヨク石窟第20窟の壁画には阿弥陀浄土を観想する場面のみ画かれている。 
物語は韋提希や阿闍世(あじゃせ)は登場しないで行者の瞑想する様子が描かれている、ただしトルフワンよりインドとの交易が遅く開かれた敦煌石窟に於いては観無量寿経変が存在しており発生場所の確定は難しい、が弥勒上生経(弥勒参照)など観経関連に梵語経典は無、また道教と融合した面が言われており中国に於いて作られた可能性が高い考えられる。 
内容とし阿弥陀浄土すなわち佛国土に於ける観想法を示しているが世界初の小説(物語)との印象を受ける、マガダ国・皇子の阿闍世は悪友(提婆達多、でーばだった 釈迦の従兄弟)の扇動に乗り父であるマガダ国王の頻婆娑羅(びんばさら)王を殺害しようと幽閉する。 
それを悲しんで頻婆娑羅王夫人であり阿闍世の母の韋提希(いだいけ)は息子に内緒で食料を運ぶが発覚して己も幽閉の身となる、この王舎城悲劇の状態に置かれた韋提希は釈迦如来に懺悔して浄土行きを願う所からこの物語は始まる。 
阿弥陀如来の姿形も説かれており「閻浮檀金(えんぶだごん)色(注2)の如く、身の丈六十万億那由他恒河紗由旬(ろくじゅうまんおくなゆたごうがしゃゆじゅん)、仏眼は四天海水の如く」等など説かれている、ちなみに恒河紗とはガンジス河の砂の数を言い、那由他とは千億の数の単位を言う、また由旬は40里を1とする距離の単位を表わす。 
釈迦如来が韋提希に阿弥陀如来の住む極楽浄土に生まれる為の三福十六観を教え極楽への往生の方法を示している。 
釈迦の示した教えは定善と散善の所謂、定散二善である。 
定善とは浄土世界を十三段階の情景を観想して往生する。 
散善は浄土に往生する九種の方法(九品)を述べる、三福十六観の三福とは父母に孝養・慈悲心・三帰を受持して戒の威を守る・菩提心等を浄業と言う。 
十六観とは、 
1.日想観(日没を見て浄土を観想)  
2.水想観(水を見て瑠璃の輝く浄土を観想) 
3.地想観(浄土の土を観想)  
4.宝樹観(宝石に輝く浄土の樹木を観想) 
5.宝池観(宝の水を湛えた池を観想) 
6.宝楼観(宝楼閣を観想) 
7.華座想観(阿弥陀如来の華座を観想) 
8.像想観(像を見て阿弥陀如来を観想) 総ての人は仏心を持っており観想により往生が叶うとされ重要視されている。 
9.無量寿佛観(弥陀の奥の真実を観想)  
10.観世音観(観音菩薩を観想)  
11.大勢至観(勢至菩薩を観想)  
12.普観想観(如来、菩薩、浄土を観想)  
13.自在身観(丈六佛を池に観想) 以上を定心(精神が定まる状態) 
14.上輩観(上品三生を観想) 以下を散心(精神が定まらない状態) 
15.中輩観(中品三生を観想)  
16.下輩観(下品三生を観想)を言う、また三種の業とは過去、未来、現在、三世の諸佛に於ける浄業の正因とされる。 
観無量寿経の情景を描いたものを浄土変相図・浄土曼荼羅(注1)と呼ばれている、衆生が臨終をむかえるにあたり阿弥陀如来が二十五菩薩を従えて来迎するにあたり十一面観音に手に蓮の花が持たれその蓮に包まれて極楽浄土に行けるが、現世に於ける業により十二劫もの長期間に亘りつぼみの中に包まれたままになる事もあると言う。 
定善の悲しく美しい物語に於ける終着駅の実現を目指したのが当麻曼荼羅・智光曼荼羅や建造物では平等院・浄瑠璃寺・三千院・浄土寺などと言える。 
浄土三部経の内、観無量寿経は法然の浄土宗が最高経典としており親鸞の浄土真宗・真宗は大無量寿経を一遍の時宗は阿弥陀経を最も重視しており浄土系でも相違がある。 
 
注1.浄土変相図/通常浄土曼荼羅よ呼ばれるが正式には浄土変相図であり密教の曼荼羅とは異質な内容である。日本に於いて貴族たちの浄土往生願望から多く画かれた変相図は瑠璃光浄土(薬師如来)・兜率浄土(弥勒菩薩)・妙喜国浄土(阿?如来)・盧舎那浄土変相図(大日如来)・普陀落浄土変相図(観音菩薩)等がある、中でも多く制作された変相図が観無量寿経を初めとする浄土三部経の世界を絵画で表したもので、阿弥陀如来の極楽浄土の世界、即ち宝楼閣や宝池など極楽の情景を描き、観無量寿経に於いて十三画や阿闍世王物語などが描かれている。 
代表的な浄土変相図に当麻寺・中宮寺等のものが上げられる。浄土変相図の作品に同じく極楽浄土を画き阿弥陀経をベースとした智光曼荼羅と観無量寿経がベースの当麻曼荼羅と青海曼荼羅がある、但しどの浄土曼荼羅(変相図)も浄土三部経の真髄を伝えている。 
以上の当麻曼荼羅・智光曼荼羅・清海曼荼羅を浄土三曼荼羅とも呼ばれている、清海曼荼羅とは藤原時代に興福寺の僧清海が7日間の超昇寺大念仏行を行い極楽浄土の変相図を画いたものを言う。 
この他瑠璃光浄土を描く変相図に薬師八大菩薩(文殊菩薩・観音菩薩・勢至菩薩・弥勒菩薩・宝檀華菩薩・無尽意菩薩・薬王菩薩・薬師上菩薩)を描かれる事がある。    
本来の曼荼羅と言えるものは密教の最高経典と言える両部大経すなわち大日経と金剛頂経の教義に言う曼荼羅を挙げれば、大日如来を中心として諸尊を配置し図に示したもので、胎蔵曼荼羅と金剛界曼荼羅をあわせて両界曼荼羅(真言宗に於ける正式名称は両部曼荼羅)と言い普門の曼荼羅とも呼ばれる。 
注2.閻浮檀金色/閻浮樹(えんぶじゅ)と言われる森の川から採取したとされる赤黄色をした優れた砂金の色。  
大無量寿経

無量寿経・大経(阿弥陀経の小経に対して)雙巻経などとも呼ばれ浄土三部経の中で最も早く成立し最も大部な経典で、梵語名は阿弥陀経と同じSukh´vat ̄vy仝haでスクハーバチィビューハで極楽(sukhavati)の荘厳で梵語原典とチベット語訳及び五種の漢・呉・魏・唐・宋訳が現存するが、多く使われる経典は洛陽の白馬寺に住んでいた魏の康僧鎧(こうそうがい)の訳が使われている。  
釈尊が十大弟子の一人で秘書的存在の阿難陀([nanda)と弥勒菩薩に語りかけた形式で趣旨は「五濁悪世」(ごじょくあくせ)(注3)からのサルベージを阿弥陀如来に求めた経典である。 
阿弥陀如来がまだ法蔵菩薩(dharmakaraダルマーカラ)という名で修行中の五劫もの期間思惟して、最高の極楽浄土をつくり衆生を救済したいという誓願を起こした因縁から始まり、続いてその誓願が成就してできた過程と極楽浄土の情景を画いて、極楽へ往生する衆生を導くあり方として三輩(さんぱい)を表わす。 
法蔵菩薩の誓願は漢訳と呉訳では二四願であるがその後の康僧鎧訳の四八願に増やされている、日本に於いては阿弥陀四八願の内特に十八願(念仏往生之願・説我得佛、十方衆生、至心信楽欲生我国至十念、若不生者、不取正覚、唯除五逆、誹謗正法)が著名で「十方の衆生が阿弥陀浄土に入る事を念じて念仏するならば往生を遂げさせる」と記される、王本願と言い四十八願総てを網羅していると言えるが十九番 (至心発願)も来迎を約束しており十八番と遜色は考えられない。 
十八番は王本願とも言い日本に於いては「念仏往生の願」「至心信楽(ししんしんぎょう)の願」として最重要視されている、但し支婁梼讖(しるかせん)訳(漢訳)、支謙(しけん)訳(呉訳)、菩提流支(ぼだいるし)の唐訳 法賢訳の宋訳には二十四願には存在せず、康僧鎧の訳にのみ存在すると言う、因みに十八番と言えば日本では歌舞伎の世界に於いて七代目團十郎が「歌舞妓狂言組十八番」を制定して最も著名な「勧進帳」等を置いている、また野球界に於けるエースナンバーは概ね十八番であり日本人は十八番(おはこ)好みで、源は無量寿経にあると思惟される、因みに日本以外の仏教国では四十八願が夫々1/48で平等な扱いをする国が多い。 
前述の念仏往生之願の内「十念」が十回の念仏で往生出来ると解釈され広まったが異論が多い。 
54番目に覚者と成った阿弥陀如来の起源が書かれており、「乃往(ないおう)過去久遠無量(くおんむりょう)不可思議(ふかおもぎ)無央数劫」(むおうしゅこう)と言う無限の過去に錠光如来が現れ、その後五十三尊の如来が現れる、これを世自在王如来と言い当寺国王であった人が世自在王如来に帰依し退位して法蔵菩薩から阿弥陀如来となったと云われる。 
ちなみに浄土三部経とは法華経・般若心経と共に大乗経典の代表的経典である、阿弥陀経・観無量寿経・大無量寿経を言い上座部経典の口伝に対して小説とも言える経典である。 
浄土三部経の内観無量寿経は法然の浄土宗が最高経典としており親鸞の浄土真宗・真宗は大無量寿経を一遍の時宗は阿弥陀経を最も重視しており浄土系でも相違がある。 
東本願寺の御影堂門(ごえいどうもん)の上部に無量寿経の世界がある、釈迦如来を中尊に阿難と弥勒菩薩が守護する三尊様式で顕している。(未公開)親鸞が大無量寿経を重視するのは「説我得仏(せつがとくぶつ) 十方衆生(じっぽうしゅじょう) 至心信楽(ししんしんぎょう) 欲生我国(よくじょうがこく) 乃至十念(ないしじゅうねん) 若不生者(にゃくふしょうじゃ) 不取正覚(ふしゅしょうかく) 唯除五逆(ゆいじょごぎゃく) 誹謗正法(ひぼうしょうぼう)」と言う阿弥陀如来の誓願にあろう。 
最後に五濁悪世の穢土に於いて善を行う意義を説いて、この経典の伝導を弥勒菩薩に託している、この時歓喜を表す六種震動が起こったと言う。 
康僧鎧は弥陀の誓願を四八願に増やしているが、中国に於いて行われた漢訳は梵語原文を直訳するのではなく自国文化や国民感情や皇帝の意を汲み偽経と云えるほど創作的に行われている、康僧鎧の「大無量寿経」を含めて玄奘の「般若心経」・不空の「仁王護国般若波羅蜜多経」善無畏の「大日経」等々著名な名訳経典がある。 
 
注1.劫(こう)/梵語kalpaの意訳で佛教の言う非常に長い期間を言う、盤石(ばんじゃく)劫の一劫とは四十立方里の岩に天人が百年に一度舞い降りて衣の袖で岩面を一度なでる、その岩が磨耗するまでを一劫と言う。また芥子劫も有り芥子の実を百年に一度大きな城都に一粒ずつ落とし満杯になって一劫とする数え方もある。今現在の劫を賢劫と言い過去の劫を荘厳劫(そうごんこう)・未来劫を星宿劫と呼びこれを三世三千佛と言う、曼荼羅に登場する賢劫の千佛はここから由来している。阿弥陀如来は宝蔵菩薩時代に五劫の間修行して如来と成った。 
劫の分類は複雑で宇宙形成から壊滅までの劫を器世間と言い時間を単位とする物を歳敷劫という。 
無限大と言える過去に「錠光如来」が出現し、その後も如来が現れ53番目に「世自在王如来」が現れる、「宝蔵菩薩」は世自在王如来の弟子で師から210億の佛の世界を示され五劫の間思惟した後に極楽浄土を完成して阿弥陀如来となった。 
注2.本願/四弘誓願(しぐせいがん)釈迦の前世に於ける善行動を物語化した本生譚(ジャータカ)が嚆矢とされるが、インドには四弘誓願はなく、中国に於いて起こり日本の浄土教で重要視されている、本願とは総ての菩薩の必須科目で目的を誓願する事である。 
四弘誓願とは菩薩が覚者となる為の必須科目で以下の様になる。  
・衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど) 一切衆生の救済  
・煩悩無尽誓願断(ぼんのうむじんせいがんど) 煩悩を絶つ  
・法門無量誓願学(ほうもんむりょうせいがんがく) 法門(仏法)を学ぶ 
・仏道無上誓願成(ぶつどうむじょうせいがんじょう) 修行し成道を誓う、とされる。 
阿弥陀如来の四八誓願 薬師如来の一二誓願 普賢菩薩の十大願などを言う。 
注3.五濁悪世(ごじょくあくせ)   
・劫濁(時世の汚濁 疫病 争い) 
・見濁(利己主義 邪見) 
・煩悩濁(猜疑心 傲慢) 
・衆生濁(脱道徳) 
・命濁(上記の濁り短命) 
法句経(ほっくきょう)

西欧に於いて「東方のバイブル」と言われ論理性を持ち評価の高い経典である、第一回結集で合誦されたと言う、BC3-4世紀・阿含経の一部で経集(スッタニパータ・Suttanipata)と共に最も初期の経典とされBC3世紀にもさかのぼる。 
主に上座部の経典で最も親しまれた経典で、仏教経典としては世界的に普遍性を持ちキリスト教国に於いても読まれている、形而上学的語彙を駆使する大乗経典との違いは高邁な理論の羅列ではなく簡単明瞭かつ合理的に説かれており世界的にも多く翻訳されいる。 
原典はパーリ語(p´li)でDhammapada(ダンマパダ)とされるが、梵語(suttanipata・ウダーナヴァルガ)・ガンダーラ語・漢訳(法句経・法句譬喩経 等)・チベット語訳も広く普及していたらしい、Dhammaの漢訳は法で真理を意味する、padaは句即ち言葉(道)と訳されている。 
日本には古くから伝えられていたが呪術などを重要視した日本仏教界に軽視された、しかし多くの大乗経典の源流的経典であり見直しが行われている。 
経集と同じく短編の物語を集めた物で423の詩で構成され26章に分類される、体系的には整っていないが仏滅後から最も早く成立しており実在した釈迦の真意に近い経典とされている。 
例1.修練された心に貪欲は起きない。  
例2.恨みは消してのみ静まる。  
例3.愛欲を消し去ることで平安の境地、涅槃に入ることが出来る、 など釈尊の根本真意が実行は限りなく難しいが理解しやすく述べられている。 
 
注1.バーリ語/中期インドのアーリア・ブラークリッツト地方の代表言語で小乗経典の為の言葉ともされ釈尊の説法はパーリ語で行われたとされている。 
注2.経集(スッタニパータ・Suttanipata)/ッタは縦糸を意味しニパータは集成を言う、阿含経(小部)に含まれており釈尊の用いた語彙に最も近い言葉で現された詩集・散文。 
阿含経

初期(原始)仏教の経典の総称で長阿含経・中阿含経・雑阿含経・相応阿含経等があり釈尊の教えを主体に構成されている、釈尊の説いた教えの解釈をめぐり、部派仏教すなわち分裂の時代になるが各部派は其々の阿含経を持つ事になる、因みに部派分裂以前の仏教を原始仏教と言う。 
梵語の´gama(アガーマ)の音訳で「伝承による教へ」を意味し一経典では無く、釈尊が覚者と成った後45年間の教えを各部派が集成したもので、主な教えは「諸行無常」「諸法無我」「四諦」「八正道」「十二因縁」などを言う。  
阿含経には北方系仏教と南方系仏教に広まり前部は長阿含・中阿含・増一阿含・雑阿含があり、南方系には中部・相応部・増支部・小部がある。 
経蔵 Sutta‐pipaka と律蔵 Vinaya‐pipaka、に分類される、仏教初期に於ける上座部仏教の経典で小乗と侮蔑されていた,長阿含経や大涅槃経中に遊行経には釈迦如来が涅槃に入る状況が説かれている。 
両部の大経

大日経と金剛頂経を両部の大経と言い二経典は大日如来の仏徳を説く経典である、また真言宗の呼称の源となった経典でもある、即ち大日経の「真言法経」・金剛頂経の「真言陀羅尼宗」の記述から採られている。 
密教、特に東密の場合は五部秘経・二論とされ五部秘経すなわち大日経・金剛頂経・蘇悉地経(注1)・瑜祗経(注2)・要略念誦経、と二論すなわち菩提心論・釈摩訶衍論(しゃくまかえんろん)を経典としていおり僧侶により常用経典として通読される経典は三〇典を超えるとされるが両部の大経が最高経典である、また大日経・金剛頂経・蘇悉地経の三典を「真言三部経」と言われる、但し両部の大経は修法に利用される経典であり理趣経や般若心経の様に日常の勤行(ごんぎょう)に於いて誦(よ)まれる事は無い。  
両部(界)曼荼羅のうち胎蔵界曼荼羅は大日経を典拠としており、金剛界曼荼羅は金剛頂経を典拠として絵画化して成立している。 
密教の分類方法に純密(純部密教)と雑密(雑部密教)とに分けられるが「両部の大経」は純密に入り、その他の経典(蘇悉地経(そしつじきょう) 瑜祇(ゆぎ)経 理趣経 等)は雑密に分類される。 
経典の成立時期が7世紀初頭(大日経)と中期以降(金剛頂経)との違いがあり、成立した場所も異なる、インドでは胎蔵界曼荼羅については断片的にしか知られていない、したがって成立当初には関連は無きに等しかった、要するにインドに於いては大日経は金剛頂経が生まれるまで利用された程度で金剛頂経に凌駕されていた、従って両部曼荼羅の呼称はインドやチベットに於いては無いと言える、両経には時代や地域に相違があり関連は見られない、相違点として凡てではないが大日経は智法身であり衆生の視点から仏界を述べており、金剛頂経は理法身で大日如来の世界から穢土を俯瞰している様にも見られる。 
中国に於いては善無畏が716年法華経を凌ぐ教えとして「大日経」の解釈書として「大日経疏」を洛陽に於いて著した時を嚆矢とする、さらに720年金剛智により「金剛頂経」が海路長安にもたらされ即身成仏が理論的に可能な真言宗の根幹経典である。 
この両経(曼荼羅)を一体化し体系を理論化したのか恵果であり、それを踏襲したのが空海である、両部不二の思想は恵果による理論を空海が日本に於いて広めた哲学でインドやマントラ仏教すなわち後期密教のチベット等には考えられていない。 
覚りの真髄を解くとされる大日経と実践を解く金剛頂経の両経を両部の大経と言い、密教に於ける最も重要な経典として、「金胎理智不二」「両部不二」と呼び関連付けされている、但し両部大経に付いて真言僧でインド密教学者の津田真一氏は(佛教経典散策・東京書籍)最後の大乗経典的である大日経と、完全な密教経典である金剛頂経とは二律背反と言れている、しかし正木晃氏の指摘から観れば、金剛頂経に不足している論理的思想を大日経(特に住心品)に於いて、恵果から空海の流れの中で両部不二の理論付けを補足しているのかも知れない。 
頼富本宏氏はインド密教(春秋社)の中で「大日経は種々の点で大乗佛教の菩薩道の流れを引く斬新性・段階性を残しているが、梵我一如の大前提から聖俗両極の落差をいわゆるヨーガで無時間的に合一視しようとした金剛頂経とは懸隔がある」と書かれている、要するに異質の経典と言える。   
国宝の「両部大経感得図」179cm×143cm平安時代は藤田美術藤館に存在している。 
下述の大日経で述べるが特筆すべきは大日如来の呼称であるが、漢訳に於いては金剛頂経では金剛界毘廬遮那(一切如来sarvatath´gata・五智如来)とされており、大日如来の記述は大日経に於いても数か所使用されているのみで多くは毘廬遮那である、因みに中国に於いては毘盧遮那如来及び遍照如来と呼称されていたと言う、従う菩薩に付いては大日経では執(しゅ)金剛・文殊・普賢・地蔵・虚空蔵など古来からの名称を踏襲しているが、金剛頂経に於いては金剛法・金剛利・金剛宝菩薩等に変化している。   
大日経 西インド地方に於いて起った経典で、大和の久米寺に存在したとされこれを空海が読み唐留学を決意させた経典とされる、正式名称は「大毘盧遮那成佛神変加持経」(だいびしゃなじょうぶつしんぺんかじきょう)と言い、日本など漢字圏に於いては略して「大日経」で通用するがアジア圏以外に於いては大日経の呼称は無い、一部分を大日如来とした善無畏の訳は全七巻三十六章で構成されている、西インドを嚆矢としている密教の根本経典の一典でこれを図解したのが胎蔵(界)曼荼羅であるが華厳経との関連は深い、この経典の文章で伝授出来ない智慧を図示化したのが胎蔵生曼荼羅である。 
全ての智慧を取得体感する為の経典とされ、毘盧遮那が金剛薩埵の問いに答える形式をとる、儀典・一切智・三密(身・口・意)の構造を主体に説いている、概略は理論編と実践編に分かれ第1章の「入真言門住心品」は理論編で華厳経が反映されており最後の大乗経典とも言われる、究極の悟りの智慧が記述される、実践編として純粋な密教経典となる第2章「入曼荼羅具縁真言品」から第6章「嘱累品」で曼荼羅の手法等が書かれており第7章「供養念誦三昧耶法門真言行学処品」までがあり教理の根幹を説く経典と言える。 
大日経の根幹は菩提心にあり一章入真言住心品「三句の法門」即ち1.菩提心を因となし、 2.大悲を根となし、3.方便を究竟(きゅうきょう)となす、の三句にある、ここでは「利他の方便」を言い他人(世間)に利益を与える菩薩行を言う。   
梵語の原典は存在せず経典の成立時期は定かではない、漢訳は善無畏と弟子で天台教学の碩学で法華経にも精通した一行に拠る大拘廬遮那成仏神変加持経であり、七巻三六章の内、六巻三一章の嘱累品・七巻五章の供養法も要諦とされる、八世紀頃にインドに於いては金剛界曼荼羅に凌駕され消滅に近い状態にあったと言う、注釈書として唐に渡来した善無畏とその弟子の一行訳を基本として復旧させた「大日経疏」を真言宗が採用し、善無畏の孫弟子の智儼(ちごん)による「大日経義釈」を天台宗が採用している。 
空海の「秘密曼荼羅十住心論」は大日経疏を原点とされる。 
胎蔵界曼荼羅は第2章入曼荼羅具縁真言品と第8章転字輪品、第11章秘密曼荼羅品に記述されているが経典と現図曼荼羅とは尊数や呼称に相違がある。 
大日経を典拠とした曼荼羅は他にも存在し円珍請来による「胎臓図像」「胎臓旧図様」などがある。 
梵語名 vairocana 毘盧遮那佛を大日如来と漢訳された事により、インドに於いては大日経の直訳呼称は普遍的ではない。 
大日如来の呼称に付いては金剛頂経に於いて毘盧遮那佛と呼ばれており、大日経では数か所で大日如来と訳され、大部分は毘盧遮那佛と訳されて、訳名は併用されている、梵語名はvairocanaであるが大日経の中で毘盧遮那の一部分を大日如来と翻訳したのは善無畏(637-735)と弟子の一行(673-727)であり、大毘盧遮那成仏神変加持経疏・から大日経義疏が出されて大日如来が日本では普遍化する。 
ちなみに大日経で呼ばれる大日如来の呼称には「胎蔵大日」とか、特にインド、チベットでは明確に知るとされる意味合いから「現等覚(げんとうかく)大日」とも言われている。   
金剛頂経 南インド地方に於いて起った経典で、真言密教に於いて大日経を凌ぐ最高経典とされている、金剛頂経は単独の経典ではなく十万の詩頌(しじゅ)(詩歌)と言う膨大な筆量を持ち「金剛頂経十八会」と言われる経典群(注3)から抜粋されており「初会金剛頂経」すなわち真実摂経(しんじつしょうきょう)を中心として金剛界曼荼羅の中核をなす四大品(しだいほん)(注2)すなわち「金剛界品」「降三世品」「遍調伏品」「一切義成就品」から成るが不空、施護などの異訳も存在する、因みに初会金剛頂経は正式には金剛頂一切如来真実摂経と言い、金剛頂系経典の集合を金剛頂経と呼ばれる事がある。 
南インドで起り教理の実践をとく経典である、密教の創始者の一人龍樹(龍猛)の作と伝えられ、空海が請来した「金剛頂一切如来摂大乗現証大教王経」を言い、密教の根本経典の一典でこれを図解したのが、「金剛頂一切如来真実摂大乗現証大教王経」からの金剛界曼荼羅であり、金剛界曼荼羅に登場する三七尊の即身成仏の過程を示した所謂悟りに到達する為のマニュアル書で「受法者の資格」「壇」「灌頂」「作曼荼羅法」念誦」等があり、智・即身成仏等を説いている、不空による漢訳や金剛智の「金剛頂経義訣」が伝えられる、また円仁請来の「略出念誦法」がある。 
即身成仏のマニュアルとも言える「五相成身観(ごそうじょうしんかん)」が中核にあり、一切義成就菩薩すなわち釈迦の出家以前・菩薩時代を意識した部分がある。菩提心を持つ 1「通達本心(つうだつほんしん)」菩提心を清浄かつ拡大の 2「修菩提心(しゅぼだいしん)」菩提心を堅固にする 3「成金剛心(じょうこんごうしん)」佛性を会得の 4「証金剛身(しょうこんごうしん)」即身成仏の 5「佛身円満」を言われる。 
ちなみに金剛界曼荼羅の典拠である初会金剛頂経は金剛智・善無畏・不空・施護(せご)の漢訳があり善無畏訳が円珍招来の五部心観となり不空訳等が空海招来とされる、円珍は空海が「金剛頂経開題」「教王教開題」を著すなど広義の金剛頂経(金剛頂経十八会)を重要視したのに対抗して初会金剛頂教を前面に挙げたと思惟される。 
真言宗に於いては五部秘経の中でも最重要視されているが独立した経典ではなく膨大経典の中より抜粋された様で、不空が解釈的に翻訳したのが「金剛頂一切如来真実摂大乗現証大教王経」であり、3巻・4部構成が金剛頂経で即身成仏の手法などがある。 
金剛とは梵語の vajra(バジュラ)でヴエーダ聖典では雷を意味する、インドラ神の武器で金剛杵を言い金属の堅固・剛毅・強いと解釈されている、大漢和字典には「五行の金の気、剛毅から剛」とありインドラ神は仏教に取り入れられて帝釈天となる。 
(帝釈天 lakra‐Dev´nam Indra  シャクラデー・バーナーム・インドラ) 
金剛杵は金剛頂経から派生した後期密教の必須アイテムである、古来伝承ではインドラが金剛杵で魔神を退治したと言い金剛杵は雷を起す武器である、種類は多様で刃先が一本-五本(チベットでは九本もある)あり独鈷杵・三鈷杵・五鈷杵とあり武器で無い宝珠鈷杵・塔鈷杵。等を合わせて五種杵と言う、金剛薩凱が通常所持する金剛杵は方便を金剛鈴は智慧を表現する。 
また東大寺に存在する著名な執金剛神の執金剛とは金剛杵を持つ者を意味する。 
因みに金剛頂経の「頂」は諸説あるが峯を意味するシカラ(likhara)の支持が多いようだ、また金剛界曼荼羅では金剛は大日如来の智慧を顕している。  
 
注1.五相成身観/五相の詳細は「金剛頂経」入門・頼富本宏著参照。 
注2.四大品の内金剛界曼荼羅には中央の成身会(羯磨会)から・三昧会・微細会・供養会・四印会・一印会までを金剛界品(六種)から引用される、理趣会は理趣経(六種)から取られ降三世品から・降三世会(十種)・降三世羯磨会が引用されている。 
注3.主な金剛頂経群/「金剛頂瑜伽中略出(しゅう)念誦経(略出念誦経)」「金剛頂一切如来真実攝(しょう)大乗現証大教王経(一切如来真実摂経)」「一切如来真実攝大乗現証三昧(さんまい)教王経(金剛頂大教王経)」。 
正信偈

正確には「正信念仏偈」と言い経典とは言えないが十三世紀の中頃、親鸞の代表作とされる「教行信証」、六巻の内第二巻に於ける七言律の漢詩部分を七世蓮如が広めた、浄土三部経の精神を解説した偈で、浄土真宗・真宗門徒には最もポピュラーに唱えられている偈である、「本願に目覚めた透明な心で、ただ念仏、そこに正信がある」とされる。 
親鸞の思想の真髄とも言えるもので「帰命無量寿如来 南無不可思議光」で始まる、弥陀に帰依を誓う偈を唱え阿弥陀如来の本願を信ずる事にのみ救済される事を漢詩の七言律・六十行・七百二十句で表わした偈である。 
「教行信証」とは「顕浄土真実教行証文類」の略称で1224年に成立した浄土真宗の根幹書である、教・行・信・証・真佛土・化身土の六巻で構成されている。 
偈前の文 / 爾者帰大聖真言 閲大祖解釈 信知佛恩深遠 作正信念仏偈曰 
「しかれば大聖の真言に帰し、大祖の解釈に閲して、佛恩の深遠なるを信知して、正信念仏偈をつくりて曰く」 
(正信偈を語る背景と動機の説明)「しかればだいしょうのしんごんにきし、だいそのげしゃくにえつして、ぶつとんのじんのんなるをしんちして、しょうしんねんぶつげをつくりていわく、」 
 
注1.偈/梵語のgatha(文字化け)偈陀、伽陀を略して偈と言い、仏の言葉・真理の言葉を言う、正信とは正しい信心。 
注2.大聖の真言とは大無量寿経を言い仏から示された偈すなわち真実の言葉。 
 歸命无量壽如來   無量寿如来に帰命し、  
 南无不可思議光   不可思議光に南無したてまつる。  
 法藏菩薩因位時   法蔵菩薩の因位の時、   
 在世自在王佛所   世自在王仏の所にましまして、  
 覩見諸佛淨土因   諸仏の浄土の因、  
 國土人天之善惡   国土人天の善悪を覩見して、  
 建立无上殊勝願   無上殊勝の願を建立し、  
 超發希有大弘誓   希有の大弘誓を超発せり。  
 五劫思惟之懾受   五劫これを思惟して摂受す。  
 重誓名聲聞十方   重ねて誓ふらくは、名声十方に聞こえんと。  
 普放无量无邊光   あまねく無量・無辺光、  
 无碍无對光炎王   無碍・無対・光炎王、  
 清淨歡喜智慧光   清浄・歓喜・智慧光、  
 不斷難思无稱光   不断・難思・無称光、  
 超日月光照塵刹   超日月光を放ちて、塵刹を照らす。  
 一切群生蒙光照   一切の群生、光照を蒙る。  
 本願名號正定業   本願の名号は正定の業なり。  
 至心信樂願爲因   至心信楽の願(第18願)を因とす。  
 成等覺證大涅槃   等覚を成り大涅槃を証することは、  
 必至滅度願成就   必至滅度の願(第11願)成就なり。  
 如來所以興出世   如来、世に興出したまふゆゑは、  
 唯説彌陀本願海   ただ弥陀の本願海を説かんとなり。  
 五濁惡時群生海   五濁悪時の群生海、  
 應信如來如實言   如来如実の言を信ずべし。  
 能發一念喜愛心   よく一念喜愛の心を発すれば、  
 不斷煩惱得涅槃   煩悩を断ぜずして涅槃を得るなり。  
 凡聖逆謗齊廻入   凡聖・逆謗ひとしく回入すれば、  
 如衆水入海一味   衆水海に入りて一味なるがごとし。  
 攝取心光常照護   摂取の心光、常に照護したまふ。  
 已能雖破无明闇   すでによく無明の闇を破すといえども、  
 貪愛瞋憎之雲霧   貪愛・瞋憎の雲霧、  
 常覆眞實信心天   常に真実信心の天に覆えり。  
 譬如日光覆雲霧   たとえば日光の雲霧に覆わるれども、  
 雲霧之下明无闇   雲霧の下明らかにして闇なきがごとし。  
 獲信見敬大慶喜   信を獲て見て敬ひ大きに慶喜すれば、  
 即横超截五惡趣   すなわち横に五悪趣を超截す。  
 一切善惡凡夫人   一切善悪の凡夫人、  
 聞信如來弘誓願   如来の弘誓願を聞信すれば、  
 佛言廣大勝解者   仏、広大勝解の者と言えり。  
 是人名分陀利華   この人を分陀利華と名づく。  
 彌陀佛本願念佛   弥陀仏の本願念仏は、  
 邪見驕慢惡衆生   邪見・驕慢の悪衆生、  
 信樂受持甚以難   信楽受持すること、はなはだもって難し。  
 難中之難无過斯   難の中の難これに過ぎたるはなし。  
 印度西天之論家   印度西天の論家、  
 中夏日域之高僧   中夏(中国)・日域(日本)の高僧、  
 顯大聖興世正意   大聖(釈尊)興世の正意を顕し、  
 明如來本誓應機   如来の本誓、機に応ぜることを明かす。  
 釋迦如來楞伽山   釈迦如来、楞伽山にして、  
 爲衆告命南天竺   衆のために告命したまはく、  
 龍樹大士出於世   南天竺(南インド)に龍樹大士世に出でて、  
 悉能摧破有无見   ことごとく、よく有無の見を摧破せん。  
 宣説大乗无上法   大乗無上の法を宣説し、  
 證歡喜地生安樂   歓喜地を証して安楽に生ぜんと。  
 顯示難行陸路苦   難行の陸路、苦しきことを顕示して、  
 信樂易行水道樂   易行の水道、楽しきことを信楽せしむ。  
 憶念彌陀佛本願    弥陀仏の本願を憶念すれば、  
 自然即時入必定   自然に即の時、必定に入る。  
 唯能常稱如來號   ただよく、常に如来の号を称して、  
 應報大悲弘誓恩   大悲弘誓の恩を報ずべしといへり。  
 天親菩薩造論説   天親菩薩、『論』(浄土論)を造りて説かく、  
 歸命无碍光如來   無碍光如来に帰命したてまつる。  
 依修多羅顯眞實   修多羅に依りて真実を顕して、  
 光闡横超大誓願   横超の大誓願を光闡す。  
 廣由本願力廻向   広く本願力の回向に由りて、  
 爲度群生彰一心   群生を度せんがために一心を彰す。  
 歸入功徳大寶海   功徳大宝海に帰入すれば、  
 必獲入大會衆數   必ず大会衆の数に入ることを獲。  
 得至蓮華藏世界   蓮華蔵世界に至ることを得れば、  
 即證眞如法性身   すなわち真如法性の身を証せしむと。  
 遊煩惱林現神通   煩悩の林に遊びて神通を現じ、  
 入生死薗示應化   生死の園に入りて応化を示すといへり。  
 本師曇鸞梁天子   本師曇鸞は、梁の天子、  
 常向鸞處菩薩禮   常に鸞のところに向かひて菩薩と礼したてまつる。  
 三藏流支授淨教   三蔵流支、浄教を授けしかば、  
 梵燒仙經歸樂邦   仙経を梵焼して楽邦に帰したまひき。  
 天親菩薩論註解   天親菩薩の『論』を註解して、  
 報土因果顯誓願   報土の因果誓願に顕す。  
 往還廻向由他力   往還の回向は他力に由る。  
 正定之因唯信心   正定の因はただ信心なり。  
 惑染凡夫信心發   惑染の凡夫、信心発すれば、  
 證知生死即涅槃   生死即ち涅槃なりと証知せしむ。  
 必至无量光明土   必ず無量光明土に至れば、  
 諸有衆生皆普化   諸有の衆生、みなあまねく化すといへり。  
 道綽決聖道難證   道綽、聖道の証しがきたことを決して、  
 唯明淨土可通入   ただ浄土の通入すべきことを明かす。  
 萬善自力貶勤修   万善の自力、勤修を貶す。  
 圓滿徳號勸專稱   円満の徳号、専称を勧む。  
 三不三信誨慇懃   三不三信の誨、慇懃にして、  
 像末法滅同悲引   像末法滅同じく悲引す。  
 一生造惡値弘誓   一生悪を造れども、弘誓に値ひぬれば、  
 至安養界證妙果   安養界に至りて妙果を証せしむといへり。  
 善導獨明佛正意   善導独り仏の正意を明らかにせり。  
 矜哀定散與逆惡   定散と逆悪とをこう愛して、  
 光明名號顯因縁   光明・名号因縁を顕す。  
 開入本願大智海   本願の大智海に開入すれば、  
 行者正受金剛心   行者正しく金剛心を受けしめ、  
 慶喜一念相應後   慶喜の一念相応して後、  
 與韋提等獲三忍   韋提と等しく三忍を獲、  
 即證法性之常樂   即ち法性の常楽を証せしむといへり。  
 源信廣開一代教   源信広く一代の教を開きて、  
 偏歸安養勸一切   偏に安養に帰して一切を勧む。  
 專雜執心判淺深   専雑の執心、浅深を判じて、  
 報化二土正辨立   報化二土正しく弁立せり。  
 極重惡人唯稱佛   極重の悪人はただ仏を称すべし。  
 我亦在彼攝取中   我また彼の摂取の中にあれども、  
 煩惱障眼雖不見   煩悩、眼を障へて見たてまつらずといえども、  
 大悲无倦常照我   大悲、倦きこと無くして常に我を照らしたまふといへり。  
 本師源空明佛教   本師源空は、仏教に明らかにして、  
 憐愍善惡凡夫人   善悪の凡夫人を憐愍せしむ。  
 眞宗教證興片州   真宗の教証、片州に興す。  
 選擇本願弘惡世   選択本願、悪世に弘む。  
 還來生死輪轉家   生死輪転の家に還来ることは、  
 決以疑情爲所止   決するに疑情をもって所止とす。  
 速入寂静无爲樂   速やかに寂静無為の楽に入ることは、  
 必以信心爲能入   必ず信心をもって能入とすといへり。  
 弘經大士宗師等   弘経の大士・宗師等、  
 拯濟无邊極濁惡   無辺の極濁悪を拯済したまふ。  
 道俗時衆共同心   道俗時衆共に同心に、  
 唯可信斯高僧説   唯この高僧の説を信ず可しと。 
正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)

曹洞宗開祖道元の主著で同宗の根本経典である。仏法の真理・修行のあり方・宗門の規則等を記述したものである。 
道元は1231年8月、京都の深草安養院で弁道話1巻を纏めた後、著述の傍ら23年間にわたって説き続けた。 
「極無自性心清浄法界」への帰依と為す、と言い正伝を説いている、極無自性心とは華厳の境地を言い、清浄法界とは真理の世界から湧き出る聖水とでも訳される。 
また正伝は釈尊を元祖とし十大弟子の上足、摩訶迦葉を第一祖に達磨大師を二十八祖とし、道元を達磨から二十四代目としている。 
道元は百巻を著述の計画であったが未完に終わった様だ。 
本書は全九十五巻からなり、只管打坐(しかんたざ)(ひたすら座禅)本証妙修(本来悟っているものの座禅)修証一等(修行と悟りを区別しないこと)行持道環(修行者と仏とが座禅を通じて一体となること)等の記述で、道元の禅に対する考えが述べられているが、大変難解な著述である。   
 
注1.証は覚り・修は座禅。 
央掘魔羅経(おうくつまらきょう)

「央掘魔羅経」は同名の小乗経典や伝承を素材として、「仏身常住」「如来蔵・仏性」を説く大乗経典であり、手法、内容ともに「涅槃経」の影響を強く受けている。 
ところは舎衛城。人を殺しては指を切り落とす殺人鬼アングリマーラ(指を首飾りにする者)の出没に、人々は恐怖する。彼は師匠の妻の讒言のため、千人を殺害し、指を切り落とし首飾りにすることを師匠に命ぜられていた。自分の母を千人目の犠牲者にしようとしたところに、釈尊が登場し、彼を教化する。と、ここまでは脚色その他出入りはあるものの、大筋伝承通りである。本経の大乗的展開、すなわち主要部分はアングリマーラが帰仏して後、諸天、仏弟子が讃歎に現われるところより始まる。 
釈尊の直弟子や文殊師利などが、釈尊及びアングリマーラを讃歎しつつ、自説を披露するが、「仏身常住」「如来蔵・仏性」を説くアングリマーラは、彼らを次々と論破していく。そのアイロニーに満ちたパラドキシカルな説相には、かの「維摩経」を髣髴とさせるものがある。メインテーマは如来法身及び如来蔵・仏性の「不空」であり、最も多くの分量が割かれている。 
次に、アングリマーラと文殊師利は諸仏国土を訪問し、仏身の無量なることが述べられる。 
経はその後、如来蔵・仏性と作仏との関係、断食肉、及び誹謗者や護経などについて述べ、最後に伝承通りにプラセーナジット王を登場させる。王は軍勢を率いて、殺人鬼アングリマーラを捕らえに来たのであるが、アングリマーラが実は南方世界の如来であり、彼の犯した殺人など一切は、衆生を教化するための幻であったことを告げられる。一同納得し、讃歎、歓喜する。以上が本経の大まかな構成である。 
本経全体を貫くパラドキシカルな性格は、無我説を排して如来蔵・仏性を説こうとする意図に由来する。中期大乗経典にしばしば見受けられる論書的冷たさにも無縁で、「涅槃経」の後裔としての位置を保持している。また「一切の諸仏は釈迦牟尼である」と宣言し、諸仏を釈尊に統一しようとするなどの独自の説も見逃せない。 
「涅槃経」と並んで本経と関係の深い経典に「大法鼓経」がある。しかし「大法鼓経」が「涅槃経」第2類の「如来蔵・仏性説」を継承しつつも、再び「法華経」や「涅槃経」第1類の「如来常住説」へと回帰しようとしているのに対し、本経は「如来蔵・仏性説」に重点を置きまとめあげてある。その点では本経の方が、「大法鼓経」以上に「涅槃経」(特に「涅槃経」第2類)の忠実な後継者であると言える。  
抜粋(1) 
六戒(五戒+不歌舞戒)を否定して、新たに逆説的な六戒を提唱する箇所よりの引用。本経のパラドキシカルな性格がよく伺える。  
世尊は仰った。「それではアングリマーラよ、汝は不邪婬戒を護りなさい」  
するとアングリマーラは世尊に次のような詩でお答えした。「私は不邪婬戒を護りません。人妻といつも遊びます。旗のごとくに赴く先は娼婦の館、あらゆる女とも交わります。三昧の喜びが私の妻、[三昧]以外の法を喜ぶことが人妻との交わりです。勇敢にして真実を喜ぶことが私の息子、慈悲が私の多くの娘たちです。“空”を私の家として、無量の波羅蜜を寝床とし、諸々の煩悩にかしずかれ、密意された秘密の教えを食します。私の庭園は諸々の陀羅尼であり、[七]覚支という華で飾られています。解脱智という実を結び、私の法語が樹木です。これらは家住者たちの最大の娯楽。愚者の理解を越えており、賢者のみの自性の法なのです」  
抜粋(2) 
アングリマーラを捕らえようと赴いてきたプラセーナジット王が、世尊と対話する箇所よりの引用。殺人鬼アングリマーラを南方世界の如来とするところなど、自由な創作活動を行う大乗経典作者の面目躍如たるものがある。  
世尊は仰った。「大王よ、アングリマーラは悪人ではない。方便をそなえた菩薩大士と言われるべきである」  
大王は反論した。「師匠の奥方と不義をなし、師匠の呪咀によって殺人鬼となったのですから、どうして悪人でないことがありましょうや」  
世尊は仰った。「アングリマーラは師匠の妻と不義をなしてはいない。師匠の妻が[アングリマーラの]姿を見て懸想したのであり、[その後あたかも]悪事をなすかのごとくに、師匠の教えで遊戯している[に過ぎない]のだと、ことの顛末を[汝も]判断するようになろう。 
王よ、菩薩とはこのようなものなのだ。例えば象の突進にロバは耐えられない。それと同じく、人中の雄・大象たる如来が密意して語られた説法攻撃には、声聞も独覚も耐えることができない。そうであるから、如来が密意して語られた秘密の[説法]攻撃には、ただ如来のみが耐えうるのである。 
大王よ、この仏国土から南の方角に六二のガンジス河の砂ほどの仏国土を過ぎたところに、“一切の宝で飾られた”という名前の世界がある。その世界には“一切世間の人々がまみえて喜ぶ最勝大精進”という如来・応供・正等覚者が現在おいでで、そこには声聞・独覚もおらず、一乗以外の余乗の名前すらなく、老・病・憂悩もない。一切の快楽をそなえ、衆生たちは寿命無量であり、それら衆生たち一切は無限の威力と光明に満ちあふれている。そこに住する生き物たちもまた無比・無因・無作であり、“一切の宝で飾られた”世界のごときは、例えることもできないのだ。 
大王よ、かの“一切世間の人々がまみえて喜ぶ最勝大精進”如来・応供・正等覚者に合掌し、隨喜なさい。かの如来こそ、ここにいるアングリマーラなのである。仏陀の威神力とはこのようなものであり、仏陀の力は思惟の及ばないものなのだ」  
大法鼓経(だいほっくきょう)

「法華経」の一乗説、「大雲経」の如来常住説、「大乗涅槃経」の如来蔵・仏性説の強い影響下に成立したと考えられる中期大乗経典。また「不増不減経」「央掘魔羅経」との親近性を示し、「大集経」諸品とも関係している。 
経の冒頭に「涅槃の楽」を説く偈が示され、その義を解明しつつ、流れるように教説が展開していく。経は大きく3段に分かれ、第1段は主題の提示と本経の特徴、第2段は「涅槃の楽」の解明の主要部、第3段は如来滅後の護法をそれぞれの中心題目としている。第2段に経全体の六割弱の分量が割り当てられており、本経の中心をなしていることが明白である。ただし第3段の割り当ても二割五分にのぼり、経全体の思想を理解しようとする場合、決して看過できない分量となっている。 
さて、経の中心思想「涅槃の楽」とは、「解脱を得た如来が常住・安楽・有色(=姿・形を具えている)」ということである。如来蔵・仏性思想もこの如来常住思想の下に統一的に理解されており、上記諸経をよく咀嚼したうえで、独自の論理を展開している。 
経題中の「法鼓」は初期仏教以来、仏陀の説法の意味で用いられている。これは衆生の煩悩や邪教徒の説を打ち破る仏陀の説法を、戦いの際に鳴り響き、敵を打ち破る軍隊の太鼓(戦鼓)に擬えたものである。本経においても「法鼓」は仏陀の説法を表わしているが、打ち破られるものが「空性説」であるところに独自の思想がある。すなわち「大法鼓経」という経題は、「如来常住説(及び如来蔵・仏性説)をもって、空性説を打ち破る経」ということを含意しているのである。このように本経は空性説に対する対決姿勢が際立っており、如来蔵系経典群の中でも特異な位置を占めている。また「五千起去」「父少子老」「化城喩」「高原穿鑿喩」「長者窮子喩」を用いつつ、全体に渡って一乗、如来常住を主張している。そのためインド産の確証のある、数少ない「法華経」の註釈書としての性格も合わせ持っており、資料的価値が高い。  
抜粋(1)  
[世尊]「迦葉よ、誰かが“このような経はない”と言ったとしたら、私はその者の師でもなく、その者は私の弟子でもない」 
[迦葉]「世尊よ、大乗の中にも空性の義を説く経がたくさんございます」 
[世尊]「空性を説くものは[小乗・大乗を問わず]何であれ言外の意趣を持っていると知りなさい。このような経こそもはや言外の意趣を持っていないものと知りなさい」  
抜粋(2)  
[世尊]「世俗のアートマンというものを打ち破るために無我を説いたのだ。もしそのように説かなかったとしたら、[衆生は]どうして師[である私]の教説を信じようか。“仏陀世尊は無我をお説きになる”と奇特の想いが生じてから、その後数多の理由根拠をもって[小乗の]教説に導くのである。そのように導いた後、更に[大乗という]上の教えに対しての信が生じ[大乗に]入ったなら、空性の教えなどを学ばせ、精進し勤めさせる。そしてその後、彼らに“解脱は清涼・常住・有色である”と説くのである。 
あるいはまた、世俗の者の中には“解脱は実在する”と言う者もあるが、私は彼らを打ち破るために“解脱は決して存在しない”と説いたのだ。もし師がそのように断見と似たものを説かなかったとしたら、[衆生は]どうして師の教説を信じようか。それ故数多の理由根拠をもって、解脱が滅尽であるから無我であると説いたのだ。その後、解脱が滅尽であるという見解を見て愚か者たちは滅するので、その後で更に私は数多の理由根拠をもって解脱の実在性を説いたのである」  
抜粋(3)  
[世尊]「迦葉よ、私は[滅度の後でも]そのような[徳を具えた]善男子、善女人に法身を示現してあげよう。彼らがどこの聚落、都城、町に住んでいようとも、その場所で私は彼らに[自らを]示現して、“善男子[、善女人]たちよ、如来である私は常住である”と説いてあげよう。 
今日よりこの経を保ち、読み、誦し、他の人たちにも宣布し、“如来は常住・恒常・清涼・不変である”と説き、知らしめ、“世尊は常に住される”と自らの思いが浄らかで、偽善なく偽りなく欺瞞なくそのように知らしめる者、浄心を具えた者に、私は自らを現前に示現してあげよう」  
密教

密教とは呪術・印相・法具・曼荼羅・陀羅尼・真言を集合した神秘性と儀礼を重視した宗教であるが、空海により声明を加えて完成されたのが日本密教である。 
宗教全般に言える事であるが、特に仏教には経典の記述のみでは蘊奥を感得する事が不可能であるとされる、表現を変えれば深遠な覚りの境地は筆舌では表現する事が出来ない、密教はこれをホローして「即身成仏」を目指す教派である、師と弟子の相乗関係が特に重要である、師資相乗即ち師から弟子に教義・儀礼を直接伝持する為に正式には秘密仏教と言う。 
密教と通常の仏教すなわち顕教の相違としては、行は別として顕教すなわち露顕された教義の場合は経典を読み教義を理解する「浅略釈(せんりゃくさく)」に位置付される、密教に於いては本質を体感する「深秘釈(しんびさく)」にあると言う、顕教は三乗いわゆる経、律、論で足りるとされるが、密教(真言)の本質は三密行(身・口・意)にあり、経典の内容を合理的分析や理解する事だけでは無く、「師資相承による灌頂」即ち師から弟子への伝授・面授を体感する事にあり深秘釈を修める必要があると言う、故に正式名称を秘密仏教と言う、因みに後期密教を伝えるチベット仏教に於いては顕教を経と呼称し、密教を密咒と言う意味に表現される。 
密教では「付法八祖」と「伝持八祖」が有ると言われる、インドに興り中国を経て日本に浸透した系譜で八祖の本流として「付法八祖」がある、これは空海の「広付法伝」から取られたと言う、大日如来から密教の説法を受けた金剛薩凱が伝えたと言う伝承があり大日如来・金剛薩凱・龍猛・龍智・金剛智・不空・恵果・空海と継承されたと言う、また同じく空海の「略付法伝」からとされる「伝持八祖」は実在していない大日如来(毘盧遮那如来)と金剛薩凱を省き、善無畏(五祖)・一行を加えている、日本に於いて伝持八祖の制定は御室派が嚆矢で金剛頂経を意識した付法八祖に対して大日経と恵果の位置付けを加味して設けられた。 
日本に於いては密教は現在では初期(雑密)・中期(純密)・後期(タントラ)に分類されている、密教の分類は時代により七世紀以前を初期とし「両部の大経」の成立を以て中期としヒンズー教やジャイナ教と習合した教義を後期とされているが、近年分類に変化を見せ始めている、例を挙げれば無上瑜伽を最高の密教、すなわち後期密教のチベットでは・所作・行・瑜伽 ・無上瑜伽の四分割され、中期を二分している、所作を初期密教とし、行を大日経、瑜伽を金剛頂経とし、二教典の時代即ち両部の大経の時代を中期密教とし、無上瑜伽を後期密教に充てられている。 
雑密は明確に密教として体系化された訳ではない、女性原理を源としてバラモンの真言(マントラ真実の言葉)、明呪、陀羅尼、を唱える事により息災、財福などの利益を得ようとする、因みに純密の正式名称は「正純密教」と言い雑密は「雑部密教」と呼ばれる、雑密の場合主尊は釈迦如来であり、現世利益が標榜されている。 
次に純密は主に空海が請来した日本に於ける密教で両部の大経すなわち大日経、と金剛頂経を根幹とした教義である、大日経は華厳経の世界観を踏襲した教義で毘盧遮那仏(大日如来)を中心とし衆生に即身成仏のご利益をもたらす、 金剛頂経は大日経から約1世紀を経て著された教義で、興隆するヒンズー教に対抗する為に興され多くの尊格を生みだされた、しかし後期密教に於いてはヒンズー教の尊格の頭に「金剛」すなわちVajra(バジュラ)を着けた神々が登場する。 
後期密教(タントラ仏教)別名を無上瑜伽密教とも言われる、インドに於いてはヒンドゥー教の興隆で対抗が困難になると、教義より行動(羯磨)を重要視した原理が強調された、性的儀礼が採用されて無上瑜伽すなわち男尊と女尊が性交する歓喜する仏像が現れた。 
左道密教として儒教と言う文化的遺伝子や、性行為が子孫を生み六道を輪廻する為に解脱が不可能となると言う思想に繋がり、中国や日本では敬遠されたがチベットやブータンに於いて継承されている、インドに於いてはヒンズーを含めてエトス即ち文化的遺伝子に合致していたが、ヒンズー教に吸収されて現在はチベットなどで踏襲されている、但し中国では元王朝の時代があり、蒙古にチベット仏教(仏教c参照)が流入していた為にこん跡は残る。 
日本に於いては左道密教として真言宗立川流と天台には玄旨帰命檀(げんしきみょうだん)が存在した、立川流は鎌倉時代に仁寛(蓮念)より興された流派で19世紀頃まで信仰されていたが淫祀(いんし)邪教として阻害弾圧され消滅した、立川流とは後期密教すなわちチベット仏教に近い教義で理趣経を重要視し荼枳尼天を崇拝、性交と即身成仏を関連付ける。 
密教は瑜伽(ゆが)(注1)すなわち仏・蓮・金・宝・羯の五部曼荼羅にあると言う、因みに瑜伽とは梵語yoga(ヨーガ)の音訳で静寂の境地に入り大日如来(廬遮那成仏)との融合を目指す事。 
仏身観も特殊である、一門別徳の尊すなわち如何なる如来・菩薩・明王に対する信仰でも普門総徳の尊である大日如来に行き着くとされる、これを一門普門と言う。 
真実摂経(初会金剛頂経)を主体にした後期密教は中期密教を踏襲した形態をとるが内容はデフォルメされている、タントラ経典を取り入れたヒンドゥー教に対抗が困難になると、教義はヒンドゥー教により近くなり、さらに行動(羯磨)を重要視した原理が強調された、無上瑜伽すなわち男尊と女尊が性交し歓喜する仏像が現れた、現在チベット仏教は時輪タントラ(カーラチャクラ)を最重要視しているがカーラチャクラタントラはインドに於いて作られた最後の密教経典である。 
欧米を含む諸外国に於いて中期密教はあまり知られておらず後期密教が亡命した14世ダライラマの影響もあり世界的に知名度は高い、特に20世紀後半チベット自治区が開放的になると日本に於いても絵画や教理的な研究や調査が進行している様だ。    
インド発生の密教(tantra)は形態を変えながらネパール・チベット・中国・日本等に伝わるが、インドに於いてはヒンズー教の内にタントラ(tantra)が存在するが仏教の潮流にタントラは存在していない、タントラはヒンズー教に於いてシバ神の妃を性力として崇拝(女神崇拝)する教派の諸聖典を言う場合と、インドに於ける後期密教とその聖典を言うが、広義にはインドの宗教的遺伝子を言う、また後期密教のタントラとは教義及び聖典を言うが、祭式・占い・天文学・医学・薬学など広範囲に及ぶ。 
インドに於ける大乗仏教では密教は最後に創造された哲学で「真言乗」、または「金剛乗」に近い意味を持つ、顕教は「波羅蜜乗」と言われ密教(金剛)と言う意味の呼称は中国か日本で言われ始めたとされる、しかし金剛乗は厳密には「一切如来真実摂経(しんじつしょうきょう)」を論拠とした教義を言う。 
密教は即身成仏を目指すが、「現在に至るまで即身成仏の実例は挙げられない」とインド哲学の権威・宇井伯寿氏は言う。 
現在密教が信仰されていると言える国は後期密教のネパール・チベット・ブータン仏教と、中期密教が信仰される国は日本と限定しても過言ではない程である、日本に於ける密教系宗派は真言宗(東密)と天台宗(台密)、天台寺門宗である、因みに東密は東寺・台密は延暦寺即ち天台宗の略称である。 
 
注1.瑜伽/梵語に於けるyoga(ヨーガ)の音訳で、相応を意味し・心の制御・統一をはかる修行法を言い冥想による寂静の境智に入り大日如来(毘廬遮那成仏)と一体を目指す。 
曼荼羅1

曼荼羅とは要訳すれば「真理の世界を文字で著したのが経典及び儀軌であり、経典の内容を観想(イメージ)して仏画に置き換えた書」即ち「瞑想を行う為の装置」と言える、特に密教に於いて仏の世界を顕した縮図と言える、曼荼羅の起源は4-5世紀頃と考えられ宇宙に於ける根本原理を具体的に顕したものである、当初は仏像数尊を壇に配置されたシンプルな様式であったが長期間の間熟成されて現在の様な曼荼羅となった。 
梵語 malfala (マンダラ)の音訳であり曼陀羅・曼拏羅と記述される事もある、密教的解釈ではmalfa は(心髄・本質)である、 la は(取得)を意味しており宇宙を構成する地・水・風・空・に識(無・真如)を加えた要素を仏像(大曼荼羅)や象徴具いわゆる象徴する具(三昧耶曼荼羅)・梵字(種子曼荼羅)・立体、動き(羯磨曼荼羅)法具等で表現したものであり、最高の覚りに対する真理の広域空間を表現したものであると言われる、また「真髄の所有」「集合と本質」「壇」とも訳されている、要するに曼荼羅が作られた目的は密教僧が灌頂儀礼、観想を行う為の霊的な必須アイテム(item)としてである。 
特に真言密教に於いては即曼荼羅の教えとされる、従って真言宗の別称として曼荼羅宗とも言う。 
凡ての宗教は新旧を問わずcosmology(宇宙論)を除外して語ることはできないが、それを具体性を有し表現された事例は少ない、しかし曼荼羅は明確な具体性を持って絵画・彫刻として表現されている。 
これは広大な無限空間に仏達の世界を明確な体系に整え、組織化したもので大日如来(普門総徳の尊・注8)などの中尊を中心に置き周囲に一切諸仏(如来・菩薩・明王・天)(一門別徳の尊)を配置され、色々な集合体がバランスよく調和させ動感を持たせて法の真髄を表現したものである、また「輪円具足」と言う漢訳もあり宝輪のごとく総てが調和し完備されていると言う。 
壇とは古代インドに於いて築かれた土の祭壇が嚆矢とされる、その後修行者が密教教義を理論的に観想しながら砂で描いたのが始まりで司祭が終了すれば消し去っていたものである。 
チベット仏教では現在に於いても砂曼荼羅として行われている、但しインドから8-10世紀に起った後期密教でチベットに伝播した曼荼羅と、6-7世期の中期密教で中国を経由した日本の曼荼羅とは形状に大きな相違がある、正木晃氏は著書・密教の中で、曼荼羅とは円輪や正方形で構成された装置であるが、本来在るべき最外周円が中国に於いて失われた曼荼羅を空海が請来したと言う意味を述べられている。 
曼荼羅とは密厳浄土すなわち大日如来の浄土、いわゆる密教の経典に忠実に浄土世界を具体化(視覚化)したもので、インドの土着宗教やカトリックの一部と顕教の浄土変相図等に類型的な作品は存在するが、曼荼羅と呼べるものは密教に於いて長期にわたり熟成された作品を言う。 
曼荼羅は密教的に解釈すれば、密教の最高経典と言える両部の大経、すなわち大日経(大拘廬遮那成仏神変加持経)と金剛頂経の教義に言う曼荼羅に概ね限定される、大日如来を中心として諸尊を配置し図に示したもので、胎蔵曼荼羅と金剛界曼荼羅をあわせて両界曼荼羅(真言宗に於ける正式名称は両部曼荼羅)と言い普門の曼荼羅とも呼ばれる。 
日本に於ける曼荼羅は空海が恵果の許しを受け、唐の宮廷画家に依頼して描かせた ・大琵盧遮那大悲胎蔵曼荼羅 ・大悲胎蔵曼荼羅 ・大悲胎蔵三昧耶略曼荼羅 ・金剛界九会曼荼羅 ・金剛界八十一尊大曼荼羅が嚆矢である、百種類を超える曼荼羅が制作されたが両部の大経を視覚化した胎蔵(界)曼荼羅と金剛界曼荼羅が日本に於ける曼荼羅に於ける両輪である、これを併せて両部(界)曼荼羅と呼ぶ。 
両部(両界)曼荼羅とは両部の大経(注10、参照)を図形化したもので、胎蔵界の場合(正式には大悲胎蔵生曼荼羅)七世紀中頃に、金剛界は八世紀初頭に作られたが相互の関連は無かった、両部の大経に付いて真言僧でインド密教学者の津田真一氏は最後の大乗経典的である大日経と、完全な密教経典である金剛頂経とは二律背反と言われる、両部曼荼羅の呼称はインドには存在せず胎蔵界曼荼羅は金剛界曼荼羅が成立するまでの命脈であった。 
要するに胎蔵界曼荼羅はオリッサ州など一部の地方にこん跡を残すのみで、後に出現した金剛界曼荼羅に凌駕されていた、これを連携させて完成の形にしたのは唐の恵果であり、「金胎理智不二」「両部不二」と言いこれを空海が伝授されたもので現存する大部分の曼荼羅はこの写しとされる、ただし胎蔵曼荼羅(西インド)と金剛界曼荼羅(南インド)は発生した場所・時代及びコンセプトが違い中国に於いて「金胎理智不二」「両部不二」とされたと言うが精緻に理論化したのは真言宗の再建の祖覚鑁とされる。 
二律背反とも言われる両部曼荼羅を両部不二とする作業は如来の印相を統一する等の試みが行われた、これを「旋転(せんてん)」と言い天台宗に於いて多く行われたが真言宗では現図曼荼羅を尊重して「不旋転」が多数を占める。 
インドのオリッサ州地方ウダヤギリの塔の遺跡に於いて北面に法界定印(胎蔵界)の大日如来・東面の阿?如来・南面の宝生如来・西面に阿弥陀如来を配置し密教の八大菩薩を配置し融合させている遺跡がある,因みに密教の八大菩薩とは観音菩薩・文殊菩薩(妙吉祥菩薩)・弥勒菩薩(転法輪菩薩、慈氏菩薩)・金剛手菩薩・普賢菩薩・地蔵菩薩・虚空蔵菩薩・除蓋障菩薩を言う。 
他に八百五十五年、円珍が持ち帰った六会(ろくえ)の作品で善無畏の訳による「初会金剛頂経」に比較的忠実な曼荼羅が有り、「五部心観」と言い三井寺に伝わり(国宝)著名である。 
曼荼羅は密教に於いては最も重要なもので奥義習得の証しとなる灌頂の必需品であり本尊と同格の扱いを為されている。 
また通常日本に取り入れられた曼荼羅の呼称について両部・両界また胎蔵界曼荼羅・胎蔵曼荼羅と併用して呼ばれているが、密教の碩学・頼富本宏氏に拠れば 「曼荼羅の美術 東寺の曼荼羅を中心として」に於いて「曼荼羅の典拠となった大日経と金剛頂経のいわゆる両部の大経を意識したものであり、空海もこの用語のみを用いている」即ち金剛頂経には、明確に金剛界曼荼羅を説くのに対して、大日経では大悲胎蔵曼荼羅もしくは胎蔵生(しょう)曼荼羅を説くのにかかわらず、胎蔵界曼荼羅と言う表現は見られないからである」と書いておられる,更に「性霊集」に於いて高野建立の初めの啓白の文で「敬って十方の諸仏、両部の大曼荼羅海会の衆」とある。 
また氏は円仁・円珍・安然など天台密教(台密)が興隆すると修法のテキストにあたる次第類の中に胎蔵界と言う表現が用いられるようになり、両界曼荼羅・胎蔵界曼荼羅が使われる様になったと言はれるが安然以来とも言われている。 
現在では文化庁を中心とした実践資料や美術的なサイトからは両界曼荼羅・胎蔵界曼荼羅が使われているが真言宗では密教教義上からは両部曼荼羅・胎蔵生曼荼羅と呼ぶのが正しいとされている、しかし御室派に所属する岡山県・四王寺の住職・吉田宥正氏などは、両部・胎蔵の呼称を正統としながら、寺院所有の曼荼羅が地域の文化財指定を受けているため、両界・胎蔵界曼荼羅の呼称を用いられているが、通常は真言系寺院に於いては両部曼荼羅・胎蔵曼荼羅を呼称されているケースが多い。 
但し「初会金剛頂経」に忠実とされる国宝・「五部心観」を持つ天台寺門宗・総本山、園城寺では呼称には拘らず併用しているとの事。 
さらにインド哲学・チベット仏教に精通する気鋭の田中公明氏は両部(界)曼荼羅を双方共に原図曼荼羅に区分する記述が多いことに対して「両界曼荼羅の誕生・春秋社」に於いて胎蔵曼荼羅を原図曼荼羅・金剛界曼荼羅を九会曼荼羅と峻別しておられる。 
行動を示す立体曼荼羅すなわち「羯磨」に付いては法相宗・華厳宗・律宗・真言宗等では「こんま」と呼び天台宗に於いては「かつま」と発音されている。 
また阿弥陀如来と無量寿如来の呼称について密教に於いては修行のマニアルでもある「無量寿如来観行供養儀軌」に無量寿如来根本陀羅尼が説かれている為に無量寿如来が呼称されている様である。 
曼荼羅の区分法として「普門の曼荼羅」と「別尊曼荼羅」に区部される事がある、普門(普門総徳)の曼荼羅とは大日如来を中心とした両部曼荼羅を言い、別尊曼荼羅(注8・14)は顕密の曼荼羅(変相図)が存在し密教には、両部曼荼羅から一尊を中尊に選択して構成される場合と、顕教系が知られている、すなわち浄土曼荼羅に代表される変相図が多数で一門別徳の尊を中心として描かれている。 
日本に伝わった代表的な作品と分類 
浄土曼荼羅(浄土変相図・観経変) 
正確に言えば変相図であり曼荼羅とは異質な内容である、貴族たちの浄土往生願望から画かれた変相図は瑠璃光浄土(薬師如来)・兜率浄土(弥勒菩薩)・妙喜国浄土(阿?(あしゅく)如来)・盧舎那浄土変相図(大日如来)・普陀落浄土変相図(観音菩薩)等の様子を表現したもので唐時代敦煌に多く描かれたがトヨク石窟(第24窟)等が嚆矢と考えられる、中でも多く制作された変相図が「観無量寿経」「観無量寿経疏」を初めとする浄土三部経の世界を絵画で表したもので、阿弥陀如来の極楽浄土の世界、即ち宝楼閣や宝池など極楽の情景を描き、観無量寿経の十三画や阿闍世王物語や極楽往生の種類すなわち九品往生などが描かれている、代表的な浄土変相図に当麻寺・中宮寺等のものが挙げられる。 
通常は浄土曼荼羅と呼ばれるが正式には浄土変相図とされる、他に曼荼羅と呼ばれる浄土変相図の作品に同じく極楽浄土を表しているが阿弥陀経をベースとした智光曼荼羅と観無量寿経がベースの当麻曼荼羅と青海曼荼羅がある、但しどの浄土曼荼羅(変相図)も浄土三部経の心を伝えており酷似しているところが在る。 
以上の当麻・智光・清海を浄土三曼荼羅とも呼ばれている、当麻曼荼羅は中央に阿弥陀如来と中心とした極楽浄土があり、観無量壽経の説話・十三観・三観すなわち九品往生が描かれている。 
智光曼荼羅は楼閣と池の間に阿弥陀如来と観音、勢至菩薩・十八聖衆・舞楽菩薩・比丘尼を描いた当麻曼荼羅を大幅に簡素化した変相図である。 
清海曼荼羅は当麻曼荼羅の縮小版で楼閣に阿弥陀二十五菩薩を描いたもので藤原時代に興福寺の僧清海が7日間の超昇寺大念仏行を行い極楽浄土の変相図を画いたものを言う。 
この他瑠璃光浄土を描く変相図に薬師八大菩薩(文殊菩薩・観音菩薩・勢至菩薩・弥勒菩薩・宝檀華菩薩・無尽意菩薩・薬王菩薩・薬師上菩薩)を描かれる事がある。 
他にも曼荼羅と呼ばれる宗教画は多くある、例を挙げれば寺の鳥瞰図(ちょうかんず)や仏像を描いた参詣曼荼羅や熊野三山の本願所寺院に籍を置く熊野比丘尼が勧進に携行し絵解き行脚した、「熊野観心十界曼荼羅」があり三重県を中心に40点以上の曼荼羅が確認されている、天台宗の重要教義である「十界互具」を絵画化された変相図で、人の「心」に内包する十界、すなわち解脱と解釈できる・仏界 ・菩薩界 ・縁覚界 ・声聞界 に輪廻を転生する六道、所謂 ・天界 ・人界 ・修羅界 ・餓鬼界 ・畜生界 ・地獄界 の様子を1葉に画がいた変相図である、同時に熊野三山を画がいた「那智参詣曼荼羅」等も携行した様である。 
胎蔵生(界)曼荼羅 (現図曼荼羅)  
大日経に於ける悟りの内容を理解しやすく図形化したもので、悟りの道順を示すマニュアルでもある。 
大日経は724年善無畏(ぜんむい)が唐に持ち帰り弟子の一行と共に漢訳し完成した経典で、正式には「大毘盧遮那成佛神変加持経(だいびるしゃなじょうぶつしんぺんかじきょう)」と言い全七巻三六章からなり一章「入真言門住心品」(理論の部)七章「供養念誦三昧耶法門真言行学処品」までの経典で、二章の「入曼荼羅具縁真言品」(実践の部)を中心に解釈を広げて製作された大悲胎蔵生曼荼羅は通常略して胎蔵界曼荼羅と呼ばれる事が多いが胎蔵曼荼羅若しくは胎蔵生(しょう)曼荼羅と呼ぶのが真言密教の教義上正統とされる。 
大日経には理論と実践の編があり、実践編の第2章「入曼荼羅具縁真言品」すなわち「具縁品」に於いて金剛薩凱、が大日如来の指示の基に完成したとされる、理曼荼羅、因曼荼羅とも呼ばれ密教寺院では祭壇を挟み東側に置かれる。 
12の院に分類され409尊で構成される、胎蔵曼荼羅は金剛界と違い単独経典の為に基本的に尊像の重複はない。 
インドに於いては胎蔵界曼荼羅は金剛界曼荼羅が顕れて後に凌駕されるが、源流は仏部・観音部・金剛手部の三尊形式の発展形とも言える簡潔な胎蔵の曼荼羅を経て構成され八大菩薩が重要視される、八大菩薩とは観音菩薩、弥勒菩薩、普賢菩薩、文殊菩薩、金剛手菩薩、に地蔵院の地蔵菩薩と除蓋障院の除蓋障菩薩と虚空蔵菩薩とされている、これら菩薩群は大乗仏教の菩薩を採用してとされ前部の四尊を四大菩薩と言い中台八葉院に収まっている。 
曼荼羅には胎蔵・金剛の両部とも大日如来を中心として五仏が置かれるがチベット密教に於ける胎蔵生曼荼羅には他の四仏は存在しないケースが多い、但し金剛界曼荼羅には五仏は存在している。 
金剛界曼荼羅 (原図・九会曼荼羅)  
金剛頂経は膨大な経典から成ると言はれるが、メインは初会金剛頂経で経典の主軸である五相成身観を感得した釈尊は須弥山の金剛摩尼宝頂楼閣に於いて37尊を示した真理を金剛薩?(こんごうさった)が曼荼羅にして示したとされる、金剛曼荼羅は複数の曼荼羅から採用されており特に大日如来像は多く登場している、しかし主体は「金剛頂一切如来真実摂大乗現証大教王経」(不空訳) が金剛頂経で、龍樹(龍猛)の作と言われる、九会曼荼羅とも呼ばれ恵果達が独立した会を集合したとも言われる、初会金剛頂経(真実摂経)の言う 「五相成身観(ごそうじょうしんかん)」即ち覚りの道に入る為のマニュアル書を図形化したものである、中央の成身会を初めとして九の区画に分かれて表現される。 智曼荼羅、果曼荼羅とも呼ばれ密教寺院では祭壇を挟み西側に置かれる。 
前述の中国に渡ったインド僧・善無畏の「初会金剛頂経」系列で五部心観(白描図像マンダラ・注16)と言うもう一つの金剛界曼荼羅が園城寺や高野山にある、円珍が在唐中に恵果の孫弟子で唐密教の大家、青竜寺の法全(はつせん)師から授けられ円珍が自筆で奥書を認めた逸品、長安、天台山に於いて求得した経典・梵夾・法具等と共に請来したもので、空海が先に請来した二典との相違を誇示したものであり「初会金剛頂経」に最も忠実とされ園城寺の所有は国宝に高野山西南院の所有は重文指定を受けている、空海請来の九会金剛界と異なり、六会(大会・三昧耶会・法会・羯磨会・四印会・一印会)からなり五部で構成され仏部・金剛部・宝部・蓮華部・羯磨部の五諸尊を配置している、因みに金剛界・大日如来の結ぶ智拳印と一印会の一印とは同意である。(上段ー尊像、中段ー上部尊像の梵字(眞言)、下段ー三昧耶形、契印、尊名の梵字) 
「五相成身観」とは唯識と空観を液体化(融合)したとされる。  
1「通達本心(つうだつほんしん)」菩提心を己の根幹に持つ 
2「修菩提心(しゅぼだいしん)」菩提心に清浄智を拡大 
3「成金剛心(じょこんごうしん)」菩提心を堅固にする 
4「証(しょう)金剛身」佛性を会得、金剛心を本質に 
5「佛身円満」一切如来の様に即身成仏となる五段階の観法である 
ちなみに金剛とは梵語の vajra(バジュラ)でヴエーダ聖典では雷を意味する、インドラ神の武器で金剛杵を言い金属の堅固・剛毅・強い、と解釈されている、大漢和字典には「五行の金の気、剛毅から剛」とあり仏教に取り入れられて帝釈天となる、金剛杵は雷を起す武器である、また東大寺に存在する著名な執金剛神の執金剛とは金剛杵を持つ者を意味する。 
また金剛界曼荼羅では金剛は大日如来の智慧を顕している。 
その他空海も請来しているが円珍請来によるもので天台系に於いて用いられる「八十一尊曼荼羅」がある、金剛界の成身会を著しているが尊数と姿形が異なり四大明王が加わり81尊で構成されている、五仏も鳥獣上に座しており大日如来が獅子・阿?如来(あしゅくにょらい)が象・宝生如来が馬・無量寿如来が孔雀・不空成就如来が金翅鳥に座している、代表作として根津美術館(重文)に絹本著色217.0cm×209.0cm 鎌倉時代 が存在している。 
羯磨曼荼羅   
梵語名 Karma、(カルマン)の音訳で活動を意味し立体曼荼羅とも呼ばれ、彫刻された尊像などを配置した物で、代表作に空海の創意から作られた東寺講堂に配置される二十一体の羯磨(かつま)曼荼羅などがある。 
この他に梵字で画いた種子曼荼羅・金剛界曼荼羅の三昧耶を単独で画いた三昧耶曼荼羅などが上げられる。 
以上は金剛界の一部を除き大曼荼羅に区分される。 
佛教は発足当初、偶像崇拝宗教ではなかったがインド古来信仰の呪が佛教に入り込み観想法が広がった、佛足跡・宝輪・などから仏像・曼荼羅と変化してきた。 
その他 チベット・ネパールなどでは特に文殊菩薩は普遍的な存在で「法界語自在曼荼羅」通称・法界曼荼羅があり、法界自在文殊として大日如来と同格若しくは化身として中尊の地位を占めており、ナーマサンギーテイ文殊など厚い信仰をあつめている。 
異形の曼荼羅として神佛習合による本地垂迹曼荼羅・星を神像と考えた北斗曼荼羅などが存在する。 
他に別尊曼荼羅(注8・14)・一門の曼荼羅などとも呼ばれる作品もあり大日如来以外の如来・菩薩を中心に描いたものである。 
チベット等では砂曼荼羅が主流で、曼荼羅は師が弟子に灌頂を施す為に画かれるもので、ケリンバと呼ぶ絵師によって行われる、その解説は博士(ゲシェー)と言うチベット仏教の高僧が行い曼荼羅を精通した師を「見諦(けんたい)の阿闍梨」と呼ばれている。 
チベット密教に於いては後期密教を採用しており、本初仏 後期密教に於いて作られたタントラ(Tantra)仏教にある宇宙の根源仏で梵語の[di‐buddha (アーディ・ブッダ)と言い法身普賢 ・金剛薩凱 ・金剛総持 の三尊が最勝本初仏とされている、因みに日本の密教は中期密教であり後期密教とは一部を除き異質とも考えともよいと思う。 
近年曼荼羅は欧米に於いて注目されているが、多くは後期密教系で中期、所謂両部曼荼羅よりも注目されていると言う。  
曼荼羅の形式  
密教の場合形式で分類すると下表のようになり、世界に於ける一切の功徳が具備される「相大(そうだい)」は四種あると言い、四種曼荼羅や略して四曼とも呼ばれている、描かれている世界を念じて現象と真理を会得する為にある、これらは互いにシナジー効果を持ち、即身成仏への案内を図形化したと言える。 
大曼荼羅(尊像曼荼羅)  
密教寺院に必ずといって良いほど、本堂などの道場に掲げてある絵図の曼荼羅。悟りの世界を五色で色彩したもの。 
形(形像)・佛の姿そのまま・佛の世界の観想法/両部曼荼羅(原図曼荼羅・九会曼荼羅)、大日如来の広大な宇宙を現したもの/下部の三昧耶・法・羯磨の集合体 
三昧耶(さんまや)曼荼羅(形象曼荼羅)  
諸尊の徳を現した仏具類などの持物で、仏を表現している曼荼羅。三昧耶はサマヤで、契約・約束・シンボルという意味。 
法曼荼羅(文字曼荼羅)  
諸尊を現す梵字で描かれている曼荼羅。 
羯磨(かつま)曼荼羅   
仏像で現された立体曼荼羅。毘盧遮那如来を中心に、各尊像が配置されている。梵語のカルマンを漢字にしたそうで、活動・作用働きという意味がある。全てのものは活動体で、静止しているものがないという意味(京都・東寺の金堂が有名)。  
密教に於ける曼荼羅 
金胎理智不二とは胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅を融合したもので地・水・火・風・空の五大に識を加えたもの。 
胎蔵曼荼羅(大毘盧遮那大悲胎蔵生曼荼羅) 
理、心を表わす・十二院で構成・大日如来は法界定印を結ぶ/女性的/画面上が東 
金剛界曼荼羅(金剛界九会曼荼羅) 
智、頭脳を表わす・九院で構成・大日如来は智拳印を結ぶ/男性的/画面上が西/金剛界五佛を五智如来と言う/八十一尊曼荼羅/五部心観 
別尊曼荼羅  
大日如来以外が主人公で仁王経などからの作・五大明王・五大力尊等
注1 / 曼荼羅は本来浄土変相図と呼ぶべきで観念的表現の曼荼羅に対して浄土の様子を具体的に表現している。 
注2 / 羯磨 梵語名 Karmaと言い羯磨杵とも言い、三鈷杵を十字に組み合わせた蜜教法具があり仏の行動徳を表わす。 
両界(両部)曼荼羅の比較 (胎蔵界・金剛界)両部曼荼羅(両界)とは最高の覚りの境地を大日如来中心に配置したものであるが、別の表現方法をすれば大日如来の教理の解釈を図表化したものである。 
注3 / 真言密教即ち中期密教を純密と呼ばれる、それ以外すなわち前期密教を雑密(ぞうみつ)として区別される、因みにチベット・ブータンの密教は後期(タントラ)に分類される。通常寺院では胎蔵界を東側に金剛界を西側に配置される、本来制作年代や意図も違う作品を真言宗は同一と理論付けした、これを金胎不二・又は両部不二と呼ばれ普門の曼荼羅とも言われる、これと対照的に別尊の曼荼羅と呼ばれ大日如来を除く諸尊即ち釈迦如来・阿弥陀如来等を中心として、その眷属を配置した曼荼羅もある。 
注4 / 即身成仏 密教に於ける専売教義で無限大の修行・精進を重ねるのではなく、現世に於いて現在の身体を持って仏になれるという、即身成仏には理具成仏・加持成仏・顕得成仏のランクがある。 
・理具成仏とは理念を言い真言密教の修行をし大日如来と同一の境地に到達する事を言う、・加持成仏とは実践を言い修行により仏と境地を同じくする事、・顕得成仏とは結果を言い修行が完成した状態を言う、但しインド哲学の権威・宇井伯寿氏は「即身成仏の実例は挙げられない」と言う。 
注5 / 大日如来の世界の働きを示した用大 三密 心―印を結ぶ  口―真言を唱える  意―念・心を言いう。 
注6 / 大日如来の世界の実体を示した六大は精神の原理として識に実体の原理として五大と言い、空(無限)・風(動き・影響力)・火(浄化力・成熟)・水(清浄)・地(磐石不変)を言う。  
注7 / 原図曼荼羅  空海が請来した作品を正式には原図曼荼羅と言い、五部心観・胎蔵図像・胎蔵旧図様などと区別される。 
注8 / 大日如来を「普門総徳(ふもんそうとく)の尊」と言いその他の尊格を「一門別徳の尊」と言う、密教に於いては大日如来の変化や実動部隊として各尊が存在し釈尊も例外ではない、因みに大日如来を中尊とした原図曼荼羅・九会曼荼羅を「普門の曼荼羅」と言い、その他(注14)を含めた曼荼羅を「一門の曼荼羅」と言われる。 
注9 / 入唐八家 入唐して経典・法具などを招来した八人で空海・最澄・常暁・円行・円仁・円珍・恵運・宗叡を言う。 
注10 / 両部の大経とは大日経と金剛頂経を言う。 
真言密教の最高経典で大日如来の佛徳を説く経典である、また真言宗の呼称の源となった経典である、即ち大日経の「真言法経」・金剛頂経の「真言陀羅尼宗」の記述から採られている、密教経典の分類方法に純密(純部密教)と雑密(雑部密教)とに分けられるが「両部の大経」は純密でありその他の経典(蘇悉地経 瑜祇経(ゆぎ)理趣経 等)は雑密に区分される。 
密教、特に東密の場合は五部秘経・二論とされ五部秘経すなわち大日経・金剛頂経・蘇悉地経(注1)・瑜祗経(注2)・要略念誦経、と二論すなわち菩提心論・釈摩訶衍論(しゃくまかえんろん)を経典としているが、両部の大経は最高経典として揺るぎない。 
両部(界)曼荼羅のうち胎蔵界は大日経を典拠としており、金剛界は金剛頂経を典拠として絵画化して成立している。 
経典の成立時期が7世紀初頭と中期以降との違いがあり、インドでは胎蔵界曼荼羅については断片的にしか知られていない、したがって成立当初には関連は無かった。 
これを一体化し体系を理論化したのか恵果である、覚りの真髄を解くとされる大日経と実践を解く金剛頂経の両経を両部の大経と言い、密教に於ける最も重要な経典として、「金胎理智不二」「両部不二」と呼び関連付けされている、但し両部大経に付いて真言僧でインド密教学者の津田真一氏は最後の大乗経典的である大日経と、完全な密教経典である金剛頂経とは二律背反と言れている。 
大日経 / 大拘廬遮那成(だいびるしゃな)仏神変加持経と言い、密教の根本経典の一典でこれを図解したのが胎蔵界曼荼羅であり、儀典・一切智・三密(身・口・意)の構造を解くものである。梵語の原典は存在せず経典の成立時期は定かではないが8世紀頃にインドから唐に渡来した善無畏とその弟子達の訳を基本としており「大日経疏」を真言宗が採用し、「大日経義釈」を天台宗が採用している。空海の「秘密曼荼羅十住心論」は大日経疏を原点とされる。 
金剛頂経 / 密教の創始者の一人龍樹(龍猛)の作と伝えられ空海が請来した「金剛頂一切如来摂大乗現証大教王経」を言い、密教の根本経典の一典でこれを図解したのが、「金剛頂一切如来真実摂大乗現証大教王経」即ち金剛界曼荼羅であり、智・即身成仏等を説き、不空による漢訳や金剛智の「金剛頂経義訣」が伝えられる、また円仁請来の「略出念誦法」がある。 
真言宗に於いては五部秘経の中でも最重要視されている。五部秘経とは大日経・金剛頂経・蘇悉地経・瑜祇経・要略念誦経を言う。 
注11 / 前述の頼富本宏氏は鶴見和子氏との対談形式の「曼荼羅の思想」で立体曼荼羅から液体曼荼羅と言う理論を構築しようとしておられるが、恵果と空海は異質の両部の大経を「金胎理智不二」「両部不二」として液体化即ち融通したと言える、さらに総ての宗派、すなわち奈良佛教から幅の広いスタンスを持つ天台さらに真言・浄土教・禅宗を液体化し、さらにユダヤ教・キリスト教・イスラムを加えて液体化した曼荼羅が描くことが出来る天才の出現があれば、「未来の人類に道を示す哲学の創造」の構築であり世界の平和に希望が持てるかもしれない。 
注12 / 大日如来の典拠となる大日経には大日如来の呼称は数回であり、金剛頂経に於いては全てが毘盧遮那如来の呼称が使われていると言う(金剛頂経入門・頼富本宏著・大法輪閣)。 
注13 / 竜猛(龍樹)金剛頂経の作者とされる龍猛は中国及び日本に於いては大乗仏教の祖である、南都六宗を初め天台宗・真言宗を加え「八宗の祖」とされている。 
注14 / 別尊曼荼羅 大日如来以外が主人公で仁王経などを典拠としており以下の様な曼荼羅がある。 
如来をベースとした法華・請雨経・宝楼閣曼荼羅など。 
仏眼・仏頂をベースとした仏眼・一字金輪・尊勝・北斗曼荼羅など。 
菩薩をベースとした如意輪・八字文殊・弥勒・五大虚空蔵曼荼羅など。 
明王をベースとした孔雀経・仁王経・愛染・十二天曼荼羅など。 
天をベースとした閻魔天・童子経・吉祥天曼荼羅など。 
その他 春日・垂迹・熊野曼荼羅などである。 
注15 / 子島曼荼羅とは一条天皇の病平癒の祈願に成功した子島真興(こじましんぎょう)が下賜された曼荼羅である、真興とは興福寺の僧で後に吉野に於いて密教を習得する、権少僧都を授かりその年に没する(935?-1004年)。 
注16 / 五部心観の概略 初会金剛頂経の内容が二列三段六種で構成された曼荼羅で、上段に円形の中に金剛界の大日如来を初めとする諸尊を置き、中段には真言文、下段には印相すなわち三昧耶印、羯磨印などが配置されている。
曼荼羅2

仏像は紀元後一世紀頃から造られ始めました。最初は独尊だったものが、次第に三尊形式のものが多く作られるようになりました。南伝仏教やチベットの三尊像は釈迦と二大弟子のものだが、大乗仏教では菩薩が用いられ、脇侍は本尊の属性の一部を代表すると考えられています。 
初期の曼荼羅はその三尊形式が発展したものです。これは現在の胎蔵界曼荼羅に発展していきます。 
初期曼荼羅は下が西・上が東・右が北・左が南となっており、中央に釈迦を中心とした仏部、右側には観音菩薩を中心とする観音部、左側には金剛手菩薩を中心とする金剛部の三つから構成されています。上下は経典によって違うということですが、どの部も関係の深い仏菩薩を一箇所にしています。 
曼荼羅は密教の世界を顕かにしたもので、仏の悟りの世界を現しています。 
紀元前1000-1500年ごろに成立をした、インド最古の「リグ・ヴェーダ」というバラモンの聖典の中で「巻」を意味する語として用いられ、密教では道場・壇といった意味の訳がなされています。 
元々、曼荼羅の原語には[本来・本質・精髄]という意味があるところから、「完成されたもの」という意味になります。 
完成されたものとは、仏の悟りの境界を指し、悟りの座である菩提道場(道場)をいいます。 
曼荼羅を「壇」と訳すのは、インドでは土の壇を築き、その上に一定の様式に従った区画の線を引き、それに仏・菩薩の集合の絵図を描いたのに由来しています。 
弘法大師 空海は密教・仏や悟りの世界は奥深いもので、言葉や文字で容易に説き示すことができないので、知らない人の為に図面をもって示すものと言っておられます。 
インドの高僧 善無畏三蔵と金剛智三蔵が入唐し、善無畏三蔵が「大日経」で金剛智三蔵が「金剛頂経」を漢訳しました。そして、金剛智三蔵の弟子である、不空三蔵が大日経と金剛頂経をまとめ、密教の体系を作り、不空三蔵の弟子 恵果阿闍利、またその弟子の弘法大師と受け継がれました。 
曼荼羅は金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅の2種で一組となります。 
金剛界曼荼羅は「金剛頂経」、胎蔵界曼荼羅は「大日経」が元となって描かれています。 
正式には「界」を抜いて、金剛曼荼羅・胎蔵曼荼羅といいます。 
曼荼羅は2つで1つの密教の世界を現しているものなので、界を付けると2つ世界になってしまうので、本来は界を付けないということです。 
 
大曼荼羅(だいまんだら) / 密教寺院に必ずといって良いほど、本堂などの道場に掲げてある絵図の曼荼羅。悟りの世界を五色で色彩したもの。  
三昧耶曼荼羅(さんまやまんだら) / 諸尊の徳を現した仏具類などの持物で、仏を表現している曼荼羅三昧耶はサマヤで、シンボルという意味。  
法曼荼羅(ほうまんだら) / ほうまんだら 諸尊を現す梵字で描かれている曼荼羅  
羯磨曼荼羅(かつままんだら) / 仏像で現された立体曼荼羅。毘盧遮那如来を中心に、各尊像が配置されている。梵語のカルマンを漢字にしたそうで、活動・作用働きという意味がある。全てのものは活動体で、静止しているものがないという意味(京都・東寺の金堂が有名)。  
四種の曼荼羅は、修行者の体・言葉・心の三つの働きに当てられています。 
手に印【羯磨印(羯磨曼荼羅)】を結び、口に真言【法印(法曼荼羅)】を唱え、心に諸尊の誓願【三昧耶印(三昧耶曼荼羅)】を念ずることにより、仏と一体になる【大印(大曼荼羅)】が完成する。身・言葉・心の行を行い、真実の世界曼荼羅を観想し、悟りを得るということです。 
修行者が修さなければいけない修法が四つあり、その内の二つが金剛界と胎蔵界です。その体験の場で観想と観念を所作し、曼荼羅を媒体に即身成仏を目指すものです。
曼荼羅3

「曼荼羅dkyil 'khor」の意味は非常に奥深いものですが、最も本質的な要素を一言でいえば、本尊=仏陀の智慧の面から御覧になった世界です。これが本来の曼荼羅であり、「智の曼荼羅」といいます。具体的にどのような世界かは、仏陀御自身が様々な密教タントラの中でお説きになっています。  
そうした諸タントラの所説をもとにして、密教行者は、本尊ヨーガの中で曼荼羅を瞑想します。これを「修習義bsgom donの曼荼羅」といいます。私たち密教の実践者にとっては、修習義の曼荼羅を正しく理解して観想することが、一番重要なのです。  
そのような曼荼羅を、実際に目に見える図画として表現したのが、「所描bri chaの曼荼羅」です。砂曼荼羅は、その最も正式な表現方法です。  
曼荼羅について正しく知るには、「智-修習義-所描」という関係性を理解することが大事です。学芸員的な解説はいくらでも出来ますが、一番本質的な要素はこの点に尽きると思います。  
修習義という用語は、一般に馴染みのない言葉ですけれど、要するに私たち密教の実践者が心の中で観想すべき曼荼羅の在り方です。普通に考えると、「砂曼荼羅の図形を、そのまま心でイメージすることかな・・」と思うかもしれませんが、そうではありません。  
修習義の曼荼羅の構成は、大別すると、所依と能依の曼荼羅rten dang brten pa'i dkyil 'khorになります。前者は諸尊の住する環境世界、後者はそこに住する諸尊そのものです。  
所依曼荼羅の修習では、結界を巡らした中に地水火風の輪を重ね、その上に雑色蓮華や雑色金剛などを生起します。それから、雑色金剛の中心部に四角い楼閣を生起し、その細部を観察します。  
能依曼荼羅の修習では、楼閣内陣の中央や四方などの座に主尊と眷属諸尊を生起し、それらの行相を詳細に観察します。どの位置にどのような諸尊を安置するかは、それぞれのタントラや流儀によって異なります。  
以上から分かるように、修習義の曼荼羅は立体的な世界です。砂曼荼羅など所描の曼荼羅は、これを平面で表現したものです。だから、「砂曼荼羅のこの部分が楼閣の壁で、この部分が門・・」といった対応関係を熟知すれば、所描を参照して修習義をイメージできるようになります。  
修習義の曼荼羅は立体的な世界だという話をしましたが、チベット密教の伝統には、それを模型のように表現した立体曼荼羅blos bslang dkyil 'khorというものがあります。例えば、ラサのポタラ宮にも「カーラチャクラ」などの立体曼荼羅が安置されているし、日本で以前に実施されたチベット密教の展覧会で公開されたこともあるので、拝観なさった方も多いと思います。こうした立体曼荼羅は、初心の行者が修習義をイメージするとき、確かに便利です。  
ならば、「立体曼荼羅を使えば、砂曼荼羅から修習義をイメージするような面倒なプロセスは必要ないのでは?」という疑問が、当然湧いてきますよね。ところが、そうでもないのです。  
瑜伽行者は修習義の曼荼羅を、仏陀自身が御覧になっている完全に清浄な世界(智の曼荼羅)に、限りなく近似させて観想しなければいけません。つまり、この世の物質的な限界を遥かに超越した素晴らしい世界を、心の中に立ち上げる必要があるのです。いかに金銀財宝を惜しみなく使って立体曼荼羅を建立しても、それは到底、観想すべき修習義の素晴らしさには及びません。  
砂曼荼羅など平面的・抽象的な所描を参照して、立体的・具体的な修習義を観想するプロセスは、瑜伽行者がこの世の物質的限界を超えた世界を構築するために、イメージを純化させつつ膨らませてゆくちょうどよい機会を与えてくれるのです。  
それとともに、もう一つ、立体曼荼羅より所描曼荼羅の方が優れている点があります。これこそ実践者ならではの視点かもしれませんが、修行者が曼荼羅のどの位置にでも飛び込んでゆき(もちろん、心の中でですよ・・笑)、その位置から見える世界をイメージできる点です。  
密教の本格的な修行を、本尊ヨーガlha yi rnal 'byorといいます。その中でも中心となる行法を、我生起bdag bskyedといいます。これは、行者が自分自身を曼荼羅の主尊として立ち上げる瞑想です。つまり密教の瞑想では、曼荼羅の中央の座からの見え方をイメージすることが、非常に大切なのです。  
立体曼荼羅を見ていると、どうしても外からの視点になってしまいます。それに対し、所描曼荼羅は展開図のようなものだから、慣れれば中央の座からの視点を簡単にイメージできます。もちろんこれは、その本尊の灌頂を受けた密教行者が我生起を実践する場合の話です。一般論として、曼荼羅を外からの視点で拝むのがいけないというわけではありません。  
曼荼羅の話を、実践者の立場から書いてきましたが、いかがでしたか? 様々な機会に曼荼羅の説明を聞いたり読んだりしてきた方は、もしかすると次のように感じるかもしれません。「曼荼羅は全宇宙を象徴するもの。この一番大事なポイントが欠けているのでは?」。  
確かに、そうです。しかし私は、敢えて今まで「宇宙」の話をしませんでした。なぜかというと、初めに全宇宙を象徴する絶対者を設定し、それと自己との合一を目指してゆくような考え方では、密教の正しい実践にならないからです。  
では、曼荼羅と宇宙の関係はどうなのかといえば、こういうことです。最初に書いたように、本来の曼荼羅(智の曼荼羅)は、本尊=仏陀の智慧の面から御覧になった世界です。仏陀は一切智ですから、全宇宙のあらゆる存在(一切法)を直観的に了解なさっています。なので、「仏陀の智慧の面から御覧になった世界」であるならば、それは必然的に全宇宙となるのです。  
つまり、「初めに全宇宙=絶対者ありき」ではなく、「誰でも仏陀の境地を得れば、全宇宙を直観了解することになる」という考え方です。この両者は、似ているようで、大きな違いがあります。  
修習義の曼荼羅は、瑜伽行者が自己を本尊として立ち上げる我生起のプロセスで、智の曼荼羅に近似させて観想するものです。自分自身が本尊であり、曼荼羅の中央の座から自分が見ている世界は、全宇宙そのものである・・・というふうに思念を重ね、本尊の明確な顕現と慢(本尊としての自覚)を修習してゆくのです。  
仏陀が全宇宙のあらゆる存在を直観了解なさるとき、仏陀だけに可能な究極の認識方式 (勝義・世俗二諦同時の現量了解) の特性により、認識の主体と対象は一体のものになります。それゆえ、仏陀の法身 (仏智とその法性) は、全宇宙の森羅万象に遍満しているのです。仏陀御自身の側からすれば、「宇宙=曼荼羅の全体が私である」という感覚になります。  
大日如来や持金剛仏などを「全宇宙そのもの」というのは、そのような意味からです。決して、「初めに絶対者ありき」ではありません。お釈迦様や昔の大成就者たちが仏陀の境地を得て「宇宙=曼荼羅の全体が私である」という感覚になった、その在り方自体が大日如来や持金剛仏なのです。  
そして私たち密教の実践者も、未来に同様の在り方を実現できるよう目指して、修行に精進しなければいけません。本尊ヨーガの中で修習義の曼荼羅を観想するのも、そのために意識を習熟させる訓練と位置づけられます。だから瑜伽行者は、曼荼羅の中心の座からの見え方をイメージするとともに、「そこから見えている全世界も、また自分自身にほかならない」という感覚を修練する必要があります。 
胎蔵生(界)曼荼羅

 

胎蔵(界)曼荼羅は大日経を典拠とし解釈を広げ三句すなわち菩提心・大悲・方便を覚りの道標をとして図形化し慈悲の完成を顕すと言う、また空海の著作「十住心論」を視覚に訴えたものが胎蔵界曼荼羅と言える、但し経典とは尊数及び呼称に相違がある。 
大日経は理論編と実践編に分かれており理論編から作られたと言う、正式名称は「大毘盧遮那成佛神変加持経」(だいびしゃなじょうぶつしんぺんかじきょう)と言い、日本に於いては略して「大日経」と言われる、善無畏の訳は全七巻三十六章で構成されている。 
胎蔵界曼荼羅の正式名称は「大悲胎蔵生曼荼羅」と言い、真言密教では本来の略称は胎蔵生(たいぞうしょう)曼荼羅若しくは胎蔵曼荼羅と呼ばれている。 
胎蔵生曼荼羅の中心である現等覚(げんとうかく)の大日如来の姿形としては他の如来と違い頭に宝冠をかぶり、首には瓔珞(ようらく)・腕には臂釧(ひせん)・腕釧等を付け菩薩と同型をしている、大日如来の五智宝冠は胎蔵界曼荼羅の根幹と成る大日経二章の「入曼荼羅具縁真言品」すなわち具縁品に於いて記述され、髪髻(ほっけい)をもって冠と為しと記述があり初期の大日如来は附けていなかったとも言われる、また壇の東側に掲げられる事から東曼荼羅とも呼ばれる、因みに現等覚とは「明確に熟知」と解釈できる。 
胎蔵界曼荼羅の範疇には「阿闍梨所伝曼荼羅」「摂大軌(しょうだいき)曼荼羅」「広大軌曼荼羅」「玄法寺軌曼荼羅」「青龍寺軌曼荼羅」等がある、また大日経を典経としていないと思惟される曼荼羅もあり円珍請来の「胎蔵図像」「胎蔵旧図様」等がある。 
曼荼羅は当初蓮華形や円形であったが中国に招来される過程に於いて現在の形態となる、源流は仏部(中台八葉院)・蓮華部・金剛手部の三部で構成されていたとも言われ密教の興隆により、仏部が釈迦如来から大日如来に変更されたとされる、従って周囲に従う菩薩は顕教からの金剛手菩薩、観音菩薩、弥勒菩薩、普賢菩薩、文殊菩薩である、これに地蔵院の地蔵菩薩と除蓋障院の除蓋障菩薩を加えて密教の八大菩薩が構成される。 
胎蔵曼荼羅は409尊・12の院により構成されており以下のようになるが中台八葉院を中心に縦のラインで智慧を表現し横のラインに於いて慈悲を現しているとされる、下記に十二院の概略説明を記述するが経典と尊名の相違が場合は原図曼荼羅を優先した。 
中台八葉院―深紅に塗られた八葉の蓮弁の中心に描かれる主尊は法界定印(ほっかいじょういん)を結ぶ大日如来(毘盧遮那)とその役割及び智・徳を分担する下記の4如来で構成される、ここは「華厳経」の蓮華蔵世界の哲学を踏襲している、因みに大日経には蓮弁を白蓮華で描く様に記述がある(白蓮華上に覚りを示す阿字が輝く)が曼荼羅には深紅に画かれている。 
・発心の徳と菩提心を起こさせ宝物で作られた幢(旗)印を持つ宝幢如来(与願印よがん) 
・修行の徳と菩提の華を開き汚れなき開敷華王如来(施無畏(せむい)印) 
・菩提の徳と慈悲の光が無限の慈悲を示す無量寿如来(禅定印) 
・涅槃すなわち覚りと執着を滅する法音を響かせて導く天鼓雷音如来(降魔印(ごうま))の五如来及びその補佐役として普賢・文殊・観自在・弥勒の四菩薩を八葉の蓮弁背負って配置し、九尊で胎蔵界曼荼羅の中核をし大日如来を取り巻く八尊の間に金剛杵を配置され、四隅に瓶(四瓶)が置かれ慈悲心を表し真実の覚りの姿を示す、因みに院を囲む五線は如来の菩提を放つ「五色界道」と言う。 
遍智院(佛心院)中台八葉院の上に位置している、遍智とは総てを知る智を意味する、貪・瞋・痴すなわち煩悩の闇を照らし魔を超越した諸仏心印とも言われる△三角火輪(経典では上下逆の記述▽)を描いた一切如来智印を中心に、向かって右から 
・二十臂に杖や輪を持つ大安楽不空真実(だいあんらくふくうしんじつ)菩薩 
・剣と宝珠を持つ(もつ)大勇猛(だいゆうみょう)菩薩 
・左に諸仏を生み出した佛眼(ぶつげん)佛母(ぶつも) 
・七倶胝佛母(しちくていぶつも)(准胝観音)の四菩薩を置き、小さくゾロアスター教から釈尊に帰依した三迦葉の内の二人、優桜頻(うるびら)迦葉と伽耶(がや)迦葉と一印を小さく配し智慧を作り出すパワーの象徴を表現する、合計7尊(一印六尊)で構成される、因みに中央の一切如来印(遍智印)の△印は男性を著し▽印は女性を著しチベットなどでは遍知印に使用されている、因みに残る三迦葉の一人は那提(なだい)迦葉と言う、但し釈尊の後継者である十大弟子の一人、摩訶迦葉は別人である、また七倶胝佛母(ひちぐていぶつも)とは七千万億の仏を生み出した佛母を意味する。 
金剛手院ー金剛部院・薩凱院とも言い、付法八祖の第二祖である金剛薩凱、を主尊として33尊を配し佛の智慧すなわち大智の徳を著わし、煩悩を打破する金剛杵や剣を手にしている、三列七段構成、21尊の理智的な相をした菩薩の内最下段右で障害の鎮魂を担当する憤怒(ふんぬ)月黶(がってん)菩薩は憤怒相である、金剛部院は経典に於ける秘密曼荼羅品とは尊名の相違は多くある為に原図曼荼羅を優先した。 
金剛薩凱(こんごうさった・金剛手菩薩)は薩凱院とも言われ密教創設者であり重要な院である、大日如来の大智の徳を示す、但し阿闍梨・恵果の系統の曼荼羅は温和に画かれているが経典に従うチベット等の諸尊は憤怒相に著されている。 
右上部から下部へ・発生金剛部菩薩・金剛鉤女菩薩(こんごうこうにょぼさつ)・金剛手持金剛菩薩(こんごうしゅじこんごうぼさつ)・金剛使者・金剛使者女・金剛薩?・金剛軍荼利菩薩・大力金剛菩薩・持金剛峰菩薩・金剛鈎女(こんごうこうじょ)菩薩・金剛使者・金剛鎖菩薩・孫婆菩薩(そんばぼさつ)・憤怒月黶菩薩(ふんぬがってんぼさつ)・虚空無垢持(こくうむくじ)金剛菩薩・憤怒持(じ)金剛菩薩・虚空無辺超越菩薩(こくうむへんちょうおつぼさつ)・金剛牙(げ)菩薩・金剛拳菩薩・離戯輪(りけろん)菩薩・金剛使者・持妙金剛菩薩・金剛王菩薩・大輪金剛菩薩となる。 
上記の内「大日経具縁品」於ける諸尊は・金剛手持金剛菩薩・持金剛峰菩薩・憤怒月黶菩薩・金剛鎖菩薩の5尊で多くは秘密曼荼羅品から引用さ 
蓮華部院―観音院とも言い大日如来の大悲救済示す、大日経と尊数に相違はあるが聖(しょう・正)観音菩薩を主尊に蓮華を持ち慈悲を表した如意輪観音・不空羂策観音等37尊を配置するが「大日経具縁品」於ける諸尊の記述は・耶輸陀羅菩薩・大勢至菩薩・観音菩薩・毘倶胝菩薩(びぐちぼさつ)・白処(びゃくしょ)観自在菩薩・馬頭観音菩薩(何耶掲利婆尊)の7尊みで「大日経」の他に「不空羂索経」などから引用されている、三列七段構成、21尊の観音菩薩の内最下段右の馬頭観音は慈悲相では無く憤怒相である。 
蓮華部発生菩薩・大勢至菩薩・毘倶胝菩薩・奉教使者・聖観音菩薩・蓮華軍荼利・多羅菩薩・多羅使者・大明白身菩薩・蓮華部使者・馬頭観音菩薩・大随求菩薩・蓮華使者・薩凱婆大吉祥菩薩・耶輸陀羅菩薩・使者・如意輪観音・宝供養使者・大吉祥大明菩薩・鬘(まん)供養(くよう)使者・大吉祥明菩薩・蓮華部使者・寂留明菩薩(じゃくるみょうぼさつ)・被葉衣菩薩(ひようえぼさつ)・白身観自在菩薩・豊財菩薩・使者・不空羂索菩薩・蓮華部使者・水吉祥菩薩・焼香供養使者・塗香(とうきょう)供養使者・大吉祥菩薩・白処観自在菩薩で構成される(曼荼羅により使者の数と尊名に相違がある)。 
下図に使者・童子は明示してありません。(蓮華部院の尊像は仏像図典)。 
持明院(五大院)―中台八葉院の真下に位置し五大院とも呼ばれ経典では大日如来の持明使者として勝三世明王と不動明王の2尊が記述されている、梵語のvidy´ヴィドラー(明らかに)を意味する、真言・陀羅尼を有する者即ち智慧を持つ者を意味すると言われる、東寺の羯磨曼荼羅は仁王教からの引用とされるが持明院を参考にして空海の新たな解釈と考えたい、中央に梵経(ぼんきょう)を手にした女性尊の般若菩薩を配し,向かって右から不動・降三世・大威徳・勝三世の憤怒形をした四明王の5尊を配し降伏のパワーを示す即ち自我者を憤怒降伏の姿で般若に導く、金剛手院の智慧と蓮華部院の慈悲の実働部隊でもある。 
般若菩薩は梵語のプラジューニャでバーリ語の音訳でバンニャーから来ている、漢訳を慧と言い、和訳では見識・真実の智慧とされ覚りの母胎である、般若心経の要諦的菩薩である、但し般若菩薩は大日経には記述がなく院の中央は阿闍梨が曼荼羅を観想する場所である。 
虚空蔵院―大日如来の救いが虚空の如く広い範囲に及ぶとされ、虚空蔵菩薩を中央に配し両端に大きく、右に向かって16面に煩悩を断ち切る108臂の金剛蔵王菩薩、左に27面の千手千眼観音の両菩薩の他、十波羅蜜菩薩10尊、菩薩10尊、飛天族6尊の等29尊を配し、全ての徳を生み出す働きを示す、大日経に於いては虚空無垢菩薩・虚空慧菩薩・清浄慧菩薩・行慧菩薩・安慧菩薩のみが記述されている、曼荼羅には他に檀波羅蜜菩薩・戒波羅蜜菩薩・忍辱波羅蜜菩薩・精進波羅蜜菩薩・禅波羅蜜菩薩などが描かれる、因みに十波羅蜜菩薩とは六波羅蜜に・方便・願・力・智を加えた尊像である。 
釈迦院―トラーナに囲まれた説法印の釈迦如来を中心に右に観自在菩薩・左に虚空蔵菩薩・左下に無能勝明王・右下に無能勝妃と実在したと言われる釈迦の十大弟子の内、摩訶迦葉(まかかしょう)・舎利弗(しゃりほつ)・須菩提(すぼだい)・阿難(あなん)・優波離(うばり)に一切如来宝(いっさいにょらいほう)・如来毫相菩薩(にょらいごうそうぼさつ)・大転輪仏頂・無量音声仏頂・栴檀香辟支仏(せんだんこうびゃくしぶつ)等合計39尊を配し密教が顕教を吸収したと言う表現が為される、トラーナとは鳥居の源とされ門相・壇門などとも訳される。 
原図曼荼羅では遍智院・金剛手院・蓮華部院の上部に位置するが大日経や大日経疏(しょ)では最外院に配置されており曼荼羅に於ける釈迦如来の存在感は著しく低い。 
蘇悉地院―功徳・成就の完成を意味し十一面観音菩薩・孔雀王母・不空供養菩薩・不空金剛菩薩・金剛軍茶利菩薩・金剛明王等8尊を配するが経典に於いては蘇悉地院の呼称は無く虚空蔵院に統括されている。 
文殊院―釈迦院の上、最下院の下に位置し、文殊師利菩薩を中心に真実の姿を示し智慧を象徴される菩薩・妙吉祥菩薩・光網菩薩・宝冠菩薩・無垢光菩薩・月光菩薩・妙音菩薩等に使者衆を含めて25尊で形成される、文殊院には小さく観音菩薩と普賢菩薩他2尊が描かれている、経典に於いては五尊のみ記述されている、文殊院も大日経具縁品には文殊菩薩を中心に・光網(こうもう)童子・髻設尼(けいしに)・優婆(うば)髻設尼・質怛羅(しつたら)・地慧(じえ)・召請(ちょうしょう)の五奉教者(ぶぎょうしゃ)が記述され原図曼荼羅との差異が大きく観られる。 
地蔵院―功徳を表す宝珠幢と如意宝珠を持つ地蔵菩薩を主尊に9尊を配し全ての救済を表しているが、経典には宝印手菩薩・宝手菩薩・地蔵菩薩・宝処菩薩・持地菩薩・堅個意菩薩の六尊である。 
原図曼荼羅に於いては地蔵菩薩は日本に見られる僧形ではなく菩薩形で宝珠幢・如意宝珠を手にしている、描かれる九尊の内訳は上から除一切憂冥(じょいっさいうみょう)菩薩(除憂冥菩薩)不空見(ふくうけん)菩薩宝印手菩薩宝光菩薩地蔵菩薩宝手菩薩持地菩薩(堅意菩薩)堅固深心(けんごじんしん)菩薩除蓋障(じょがいしょう)菩薩(日光菩薩)である。 
除蓋障院(じょがいしょういん)―除蓋障菩薩を主尊に九尊を配し金剛手院の智慧を具体化した動き、障害除去の働きを現すが経典とは尊名に相違がある。 
原図曼荼羅の九尊の内訳は上から悲愍(ひみん)慧菩薩破悪(はあく)趣菩薩施無畏菩薩賢護菩薩不思議慧(ふしぎえ)菩薩慈発生菩薩(じほっしょうぼさつ)慈愍菩薩拆諸熱悩(しゃくしょねつのう)菩薩不思議慧菩薩(日光菩薩)合計9尊であるが原図曼荼羅には主尊である除蓋障菩薩は存在しない、経典では障害除去の五項目すなわち五蓋(ごがい)を言い・貪欲蓋・瞋恚(しんい)蓋・昏眠(こんみん)蓋・掉悔(じょうけ)蓋・疑蓋(ぎがい)であるが諸説交錯している。 
外金剛部院(げこんごうぶいん)―最外院とも言い主尊は無く護法神達で占められる、曼荼羅の守護との説も有るが十界曼荼羅とも言われ、佛・菩薩・縁覚・声聞・天人・人・修羅・畜生・餓鬼・地獄・即ち宇宙全体を説き現したと見られる、ヒンズー教の神々や持国天・閻魔天・阿修羅・吉祥天等、東門の両脇に帝釈天・持国天・を中心に守門天・守門天女、南門に増長天・難陀竜王・鳥波難陀竜王・阿修羅王・阿修羅、西門に広目天・難陀竜王・対面天・跋難陀竜王・難破天、北門に帝釈天・毘沙門天を中心に・倶肥羅・倶肥羅女・跋難陀竜王等々203尊が配置される、大日経・具縁品と大日経疏・原図曼荼羅とは尊名に相違がある、また最外院は倶舎論が基調とも言われている。 
その他に・帝釈天・持国天、増長天(四天王)・梵天・婆藪仙など二十八部衆の一部等が置かれている。  
金剛界曼荼羅

金剛界如来の曼荼羅であり菩薩時代(一切義成就菩薩)に一切如来から伝授されたとされる、インドに始まりネパール・チベット等に於いて多くの曼荼羅は製作されたが、インドに於いては金剛界曼荼羅は先に登場した胎蔵界曼荼羅を凌駕して最も重要視されていた、因みに典拠である金剛頂経には「金剛頂経十八会」にも「初会金剛頂経」にも大日如来と言う尊名は存在しないが金剛界如来すなわち大日如来である。 
空海の請来した九会で構成される曼荼羅は現在は日本独自のもので他国には存在しない様だ、金剛界曼荼羅は金剛頂経の内主に「初会金剛頂経」(真実摂経(しんじつしょうきょう))と理趣経から説かれるもので、多くは個々の曼荼羅を集合し二十八ブロックに分類されており、中央の会だけで描かれる場合が多いが日本の金剛界曼荼羅は二八部(ブロック)の抜粋で構成されている、従って胎蔵生(き)曼荼羅と違い特に大日如来に於いて尊像が重複している。 
構成される曼荼羅の内容は、 
・大曼荼羅(仏像で示す) 
・法曼荼羅(微細会等、身密・口密・意密を三鈷杵・梵字{種子}に納める) 
・三昧耶曼荼羅(持ち物で意を現す) 
・羯磨曼荼羅(供養会・行動を示す)で主に描かれている。 
須弥山の上にあり天界中の最高位の宮殿(色究竟(しきくきょう))である阿迦尼陀天(akaniopta)王宮に於いて一切義成就菩薩(いっさいぎじょうじゅぼさつ)が覚りを得て金剛界如来となると金剛頂経にあるが金剛界如来とは大日如来(毘盧遮那仏)を指す。 
金剛界曼荼羅は即身成仏へのマニュアルである、即ち「五相成身観(ごじょうじょうしんかん)」を図形化したもので空と唯識の統合を示していると言う、五相成身観とは・通達菩提心・修菩提心・成金剛心・証金剛心・仏心円満を言う。 
日本の場合1463尊で描かれ九区分に分類されて画かれる事から九会曼荼羅とも言う、前述の初会金剛頂経を典拠として智慧の世界を顕し大日如来は智拳印を結ぶ。 
九会の関連は向上門と向下門があり、向上門は降三世三昧耶会から逆時計回りに成身会へと修行の順位を示す、向下門(こうげもん)は成身会から降三世三昧耶会まで時計回りに教科順位を示している。 
また壇の西側に掲げられる事から西曼荼羅とも言われる。 
金剛界に君臨する如来は五智如来と言い、智慧の佛である。 
金剛界曼荼羅には異形が請来されており「五部心観」と「八十一尊曼荼羅」等がある、前部は成身会を中心とした曼荼羅で正式名称を「哩多僧蘖(りたそうきゃり)五部心観」と言う、五部心観とは善無畏の「初会金剛頂経」に比較的忠実な曼荼羅で円珍が在唐中に恵果の孫弟子である唐密教の大家、青竜寺の法全(はっせん)師から授けられ円珍が自筆で奥書を認めた逸品と転写本があり三十七尊が蓮華座では無く鳥獣座の上に座し中尊は四印会が阿弥陀如来・一印会が金剛薩凱である、六会で成身・三昧耶・微細・供養・一切であるが九会も六会も典拠は金剛頂経にある。 
五部心観は金剛界曼荼羅の原型と言える部分が多いが相違を挙げれば、頼富本浩著・金剛頂経入門・大法輪閣に依れば(1)五部心観では諸尊が獅子や象・馬などに乗るが九会曼荼羅に於いては乗らない、(2)中尊の印に相違があり五部心観の常印に対して九会曼荼羅は智拳印である、(3)一印会に於いて五部心観は金剛薩埵に対して九会曼荼羅では大日如来となる。 
特筆すべきは金剛頂経には大日如来の呼称は無く金剛界毘盧遮那が呼称されている、気鋭の研究者達に依る曼荼羅図典・大法輪閣の金剛界曼荼羅解説に依れば大日如来の呼称は使用されていない、毘盧遮那如来が使われ釈尊とを関連付けされている。 
金剛頂経であるが円珍は空海が広義の金剛頂経(金剛頂経十八会)を重要視したのに対抗して初会金剛頂教を前面に挙げたと思惟される。 
また後部は空海や円珍請来の八十一尊曼荼羅がある、金剛界の成身会を著しているが尊数と姿形が異なり四大明王が加わり81尊で構成されている、五仏も鳥獣上に座しており大日如来が獅子・阿閦如来が象・宝生如来が馬・無量寿如来が孔雀・不空成就如来が金翅鳥に座しており、天台宗に於いて重用されている。 
尚五部心観は転写本を含めて・園城寺の円満院本(巻頭欠落)・高野山、西南院本(巻頭欠落)・武藤家本(中間欠落)・園城寺、法明院本(江戸時代転写)・東京国立博物館本などがある。 
成身会の主な尊像と五尊の智慧(五智如来)(番号1-5は下図{金剛界曼荼羅}で尊像の位置を示す) 
大日如来(金剛界毘盧遮那)中央尊・法界体性智(ほっかいたしょうち)宇宙の真理を現す知慧太陽光の白色密号・遍照金剛 
四方波羅蜜菩薩金剛波羅蜜菩薩宝波羅蜜菩薩法波羅蜜菩薩業波羅蜜菩薩を従える。 
阿閦(あしゅく)如来東尊・大円鏡智(だいえんきょうち)森羅万象を鏡す知慧パワー障害や悪の打破夜明け前の青色密号・不動金剛・怖畏金剛四方金剛菩薩金剛薩凱菩薩金剛王菩薩金剛愛菩薩金剛喜菩薩を従える。 
宝生如来南尊・平等性智(びょうどうしょうち)あらゆる機会平等の知慧財宝・幸運南の太陽光の黄色密号・平等金剛・大福金剛 
四方金剛菩薩金剛宝菩薩金剛光菩薩金剛幢菩薩金剛笑菩薩を従える。 
阿弥陀如来西尊・妙観察智(みょうかんさつち)正しい観察の知慧慈悲・智慧無量寿日没前の赤色密号・清浄金剛・蓮華金剛 
四方金剛菩薩金剛法菩薩金剛利菩薩金剛因菩薩金剛語菩薩を従える。 
不空成就如来北尊・成所作智(じょうしょさち)必要な事を行う知恵作用・結果日没後の緑黒色密号・悉地金剛・成就金剛 
四方金剛菩薩金剛業菩薩金剛護菩薩金剛牙菩薩金剛拳菩薩を従える。 
内四供養菩薩舞・嬉・鬘・歌外四供養菩薩塗・香・華・燈四摂菩薩鉤・索・鎖・鈴四天地・火・水・風周囲・賢劫(けんごう)の千佛。 
九会は以下の様に成る(会とは集合を意味する) 
成身会―流派により根本会・羯磨会などとも呼ばれ一会のみで完成度の高い成身会で根本教理が説かれている、曼荼羅の根幹で中央の円を月輪(がちりん)と呼び五智如来、即ち大日如来を主尊として、・阿閦如来(調伏)・宝生如来(宝を生み出す)・無量寿如来(智慧・慈悲)・不空成就如来(願いの成就)の「宝楼閣」があり、「五色界道」内に四波羅密・四親近(しんごん)菩薩・四供養菩薩を置き合計37尊・周囲に賢劫の千佛・地、水、火、風の四大神・二十天を配置し1061尊で構成される、但し初会金剛頂経には四大神・二十天の記述は無い。東寺では不空成就如来と釈迦如来を同尊と解釈しているが経典上の接点はない。 
五色界道の四隅の外の四供養菩薩とは金剛焼香菩薩・金剛華(け)菩薩・金剛燈(とう)菩薩・金剛塗香(ずこう)菩薩があり、その中間に四摂(ししょう)菩薩すなわち金剛鉤(こう)菩薩・金剛索菩薩・金剛鎖(さ)菩薩・金剛鈴(れい)菩薩が位置する。 
賢劫の千佛名称は概ね佛を称賛する美徳・パワーに関する言葉と言い、天台宗では佛名会(ぶつみょうえ)が行われている。 
三昧耶会―成身会の尊形を曼荼羅の象徴的仏具(三昧耶形)で現した会で賢劫16尊と外院20天の73尊にて心の極地を形成される、梵語samayaの音訳である、本誓、約束、平等、除障、等の意味を持つ。 
三昧耶形に於いて五仏を挙げて於けば・大日如来が五鈷杵の上に鉄塔が画かれている、・阿閦(あしゅく)如来は五鈷杵の上に縦に五鈷杵が置かれる、・宝生如来は三弁宝珠・無量壽如来は五鈷杵の上に独鈷杵開蓮華・不空成就如来は五鈷杵の上に十字金剛杵が画かれている。 
微細会―大日如来の金剛智すなわち智慧は微細に総てに行き渡ると言い、中央16尊以外の各像は三鈷杵・金剛杵の後背を持ち文字で理を表現される、覚りの内容表現を示した会であり73尊で構成される、この会は経典の「金剛智法曼荼羅広大儀軌分」から描かれている。 
供養会―大日如来の智慧と功徳が降り注ぐとされ、五智如来以外は女形でで描き和を表現される羯磨曼荼羅、覚りを羯磨で表現。 
四印会―四種曼荼羅を簡素化して五智仏以外は三昧耶形で表現される、大円鏡智・平等性智・妙観察智・成所作智の総合である、・金剛薩凱・金剛宝菩薩・金剛法菩薩・金剛業菩薩を含め三昧耶形で13尊で構成。 
一印会―大印・大曼荼羅とも言われ大日如来1尊のみによって瞑想の極地を表現される、理趣(煩悩即菩提)の会得者は大日如来と同体を示す、因みに一印とは智拳印と同意である、但し初会金剛頂経に於いては大日如来ではなく金剛薩凱になっている。 
理趣会―この会は初会金剛頂経には無く広義の金剛頂経の範疇に入る「七巻理趣経・大安楽不空三昧真実瑜伽(ゆが)」から取られたとされる、・金剛薩凱、を主尊に愛欲を認知し煩悩即菩提を表現されている、五秘密菩薩とも言い金剛薩凱を中心に欲金剛菩薩・触金剛菩薩・愛金剛菩薩・慢金剛菩薩とその妃で構成される、17尊で構成される、因みに理趣とは道理、教訓を意味する。 
降三世会―金剛頂経の内「降三世曼拏羅広大儀軌分」から取られたとされる、1,の金剛薩凱の所が憤怒調伏の降三世明王に成って77尊で構成される、特徴は外金剛部の四隅は女形で・大威徳明王・軍荼利明王・降三世明王・不動明王が画かれている。 
降三世三昧耶会―降三世会を持物で現した、煩悩除去、発菩提心の表現、73尊であるが、金剛頂経の内「憤怒秘密印曼拏羅広大儀軌分」によるもので大日如来は五鈷杵と宝塔ではなく菩薩形で指定されている。  
羯磨曼荼羅

 

羯磨(かつま)(こんま)とは梵語のkarmanの音訳で行為・行動と意訳される、両界曼荼羅が両部の大経すなわち大日経と金剛頂経を典拠とした内容を仏画に置き換えた作品であるのに対して、経典に差異はないが羯磨曼荼羅は行動・活動を表現している、立体曼荼羅とも呼ばれて覚りの世界を彫刻等で立体的に表現したものである。 
代表作として839年完成したとされる東寺(教王護国寺)講堂の仏像群で、真言密教・空海の教義のみでなく為政者を取り込む戦略的創意を含めて表現された可能性は否定できない、この曼荼羅は密厳浄土を表現されており五つのグループから構成されている、即ち空海の戦略は明王群に於ける不動明王の存在にある、インドに於いては不動尊は存在せず、善無畏が大日如来の教令使として取り上げているが、中国に於いても唐時代に跡が見られる程度の異様な姿形を持つ不動尊を登場させたサプライズ(surprise)にある。 
如来群・菩薩群・明王群・四天王群・天群に分かれている。 
まず中央の1,如来群は金剛界曼荼羅の成身会から引用されており大日如来を中尊として講堂の東北角よりより時計回りに阿閦如来・宝生如来・無量寿如来(阿弥陀如来)・不空成就と配置され何れも国指定の重要文化財に指定されている、以上五尊を五智如来(金剛界の五仏)と呼ばれている。 
向かって右側の菩薩群は中尊を金剛波羅蜜多菩薩として東北角より金剛薩凱・金剛宝菩薩・金剛法菩薩・金剛業菩薩と配置され中尊を除き国宝に指定されている(金剛波羅蜜多(はらみた)菩薩は無指定)この内、金剛波羅蜜多菩薩は両部曼茶羅には存在しない、但し仁王経の新訳には不動明王の関連菩薩である、また金剛波羅蜜菩薩は金剛界に存在する。 
空海は唐で恵果から遍照金剛の名称を受けている、遍照金剛とは大日如来の密号であり空海が自身大日如来の境地に有ることを表現したと思惟される。(ただし弥勒菩薩=転法輪菩薩=金剛波羅蜜多菩薩は同尊とも言われている) 
また空海が唐から持参した「般若波羅密多理趣品」・や彼岸即ち梵語名パーラミター(波羅蜜多)等多様に広がる、大日如来の化身としてこれを取り巻く眷属としての菩薩に金・宝・法・業の四波羅密菩薩の覚り形とも考えられる、ちなみに般若波羅蜜多とは煩悩・誤認を打破する最高の智慧をいみする。 
向かって左側に明王群は中尊を不動明王として東南角より降三世明王(ごうざんせみょうおう)・軍荼利(ぐんだり)明王・大威徳(だいいとく)明王・金剛夜叉(こんごうやしゃ)明王と配置され全て国宝に指定されている、以上五尊を五大明王と言い、各地に在る五大堂にはこの五尊が設置されている。 
この明王群は胎蔵界曼荼羅の持明院(五大院)から引用されているが空海の戦略からか下図の様に異なっている。 
東寺の羯磨曼荼羅は19世紀末にフランス人・ギメの依頼で京仏師により縮小された曼荼羅が製作された、尊像名や配置に小さな相違は見られるが、現在パリのギメ美術館・別館に展示されていると言う。 
東寺の五重塔内にはもう一つの羯磨曼荼羅がある、現在の塔は1644年の再建であるが、空海の構想による創建時の形態を踏襲しており塔内に五智如来を配置された嚆矢とされている、即ち中央の心柱を大日如来として東面に阿閦如来・南面に宝生如来・西面に無量寿如来(阿弥陀如来)・北面に不空成就如来が夫々脇持に密教の八大菩薩すなわち・観音・金剛手・文殊・普賢・弥勒・虚空蔵・地蔵・除蓋障の八大菩薩を従えている、壁面は長谷川等伯の弟子の作とされる真言八祖像や四天柱や天井に金剛界の蜜厳浄土が構成されている。 
東寺講堂は1486年の火災で六尊が焼失し大日如来は1499年桃山時代の作である、また四如来も無量寿如来は古仏材を使用しているが、他は凡て江戸時代の作である(五如来は重文指定・金剛波羅蜜多菩薩は無指定)。 
四天王は四方にガードマンとして一体毎に配置されている東南角より持国天・増長天・広目天・多門天となる。 
東寺の羯磨曼荼羅を同時に見れば、如来・菩薩・群は東尊が東北角より始まり、明王・天・群は東南角より始まっている。 
仁王経(にんのうきょう)等から取り入れたとされる五大明王・梵天・帝釈天等はヒンヅー教の神々であり密教がヒンズーの神々を取り入れた形になっている、不動明王は大日如来の化身とはいえ、インドのドラビィタ人の奴隷がモデルとされており空海の戦略上、羯磨曼荼羅の重要な位置を占めている、新しい思想による曼荼羅の宇宙空間の構成を演出した天才空海の考えを理解することは困難であるが天台宗に於いても円珍・安然達も「不動明王立印儀軌修行次第」を著作する等、不動信仰の興隆に貢献している、不動信仰は目黒不動や成田山神勝寺・法善寺、水掛不動等信仰の広がりを持っている。 
金剛界五智如来を表した羯磨曼荼羅は日本以外には20世紀に入りインドネシア・ガンジュクなどで発見された、いずれも27.5cm以下のブロンズ鋳造の小像で・鳥獣に乗り四面で毘盧遮那(大日如来)、四仏が・阿?如来・宝生如来・無量壽如来・不空成就如来で構成されている。
九條錫杖経

 

修験者の必須の持ち物である錫杖の功徳を説いたものである。六輪・四輪・十二輪の別があり、菩薩道・声聞・縁覚の持ち物・・六波羅蜜・四諦・十二因縁を表す。修験者は六輪・・六波羅蜜に至ってはじめて具体的な行動を伴う修業法となっている。錫杖はしばしば神変大菩薩を象徴する「三味耶形」ともされている。 
魔除をしたい時/錫杖は迷いをうち破るための武器であり、その音はあらゆるものを清めます。山で行ずる時などは決して欠かせません。迷わせる魔ものは外にあり、内にもあります。「過去の悟りも、現在の悟りも、未来の悟りもこの錫杖があればこそ」と説かれ、魔除けのご利益は強大です。何か気になるなあと思った時は、この経典のお力で曇りを払い除けてください。  
九條錫杖(くじょうしゃくじょう) 
手執錫杖(しゅじしゃくじょう) 當願衆生(とうがんしゅじょう) 説大施會(せつだいせえ) 示如實道(じにょじつどう)  供養三寳(くようさんぼう)  
説大施會(せつだいせえ) 示如實道(じにょじつどう) 供養三寳(くようさんぽう) 
以清浄心(いしょうじょうしん) 供養三寳(くようさんぼう) 發清浄心(ほっしょうじょうしん) 供養三寳(くようさんぽう)  願清浄心(がんしょうじょうしん)  
供養三寳(くようさんぽう) 
當願衆生(とうがんしゅじょう) 作天人師(さてんにんじ) 虚空満願(こくうまんがん) 度苦衆生(どくしゅじょう)  法界囲繞(ほうかいいにょう)  
供養三寳(くようさんぽう) 値遇諸佛(ちぐしょぶつ) 速證菩提(そくしょうぼだい) 
當願衆生(とうがんしゅじょう) 眞諦修習(しんだいしゅじゅう) 大慈大悲(だいじだいひ) 一切衆生(いっさいしゅじょう)  俗諦修習(ぞくたいしゅじゅう)  
大慈大悲(だいじだいひ) 一切衆生(いっさいしゅじょう) 一乗修習(いちじょうしゅじゅう)  大慈大悲(だいじだいひ) 一切衆生(いっさいしゅじょう)  
恭敬供養(くぎょうくよう) 佛法法寳(ぶつほうほうぼう) 僧寳一體三寳(そうぼういったいさんぼう) 
當願衆生(とうがんしゅじょう) 檀(だん)波(ぱ)羅(ら)蜜(みつ) 大慈大悲(だいじだいひ)  
一切衆生(いっさいしゅじょう)  尸羅波羅蜜(しらはらみつ) 大慈大悲(だいじだいひ)  
一切衆生(いっさいしゅじょう) 羼提波羅蜜(せんだいはらみつ)  大慈大悲(だいじだいひ)  
一切衆生(いっさいしゅじょう) 毗梨耶波羅蜜(びりやはらみつ) 大慈大悲(だいじだいひ) 
一切衆生(いっさいしゅじょう) 禪那波羅蜜(ぜんなはらみつ) 大慈大悲(だいじだいひ)  
一切衆生(いっさいしゅじょう) 般若波羅蜜(はんにゃはらみつ) 大慈大悲(だいじだいひ) 一切衆生(いっさいしゅじょう) 
當願衆生(とうがんしゅじょう) 十方一切(じっぽういっさい) 無量衆生(むりょうしゅじょう) 聞錫杖聲(もんしゃくじょうしょう)  懈怠者精進(けだいしゃしょうじん)  
破戒者持戒(はかいしゃじかい) 不信者令信(ふしんじゃりょうしん) 慳貪者布施(けんどんしゃふせ)  瞋恚者慈悲(しんにしゃじひ) 愚痴者智慧(ぐちしゃちえ)  
驕慢者恭敬(きょうまんしゃくぎょう) 放逸者攝心(ほういっしゃしょうしん) 具修萬行(ぐしゅまんぎょう) 速證菩提(そくしょうぼだい) 
當願衆生(とうがんしゅじょう) 十方一切(じっぽういっさい) 邪魔外道(じゃまげどう) 魍魎鬼神(もうりょうきじん)  毒獣毒龍(どくじゅうどくりゅう) 毒蟲之類(どくちゅうしるい)  
聞錫杖聲(もんしゃくじょうしょう) 摧伏毒害(ざいぶくどくがい) 發菩提心(ほつぼだいしん) 具修萬行(ぐしゅまんぎょう) 速證菩提(そくしょうぼだい) 
當願衆生(とうがんしゅじょう) 十方一切(じっぽういっさい) 地獄餓鬼畜生(じごくがきちくしょう) 八難之處(はちなんししょ)  受苦衆生(じゅくしゅじょう)  
聞錫杖聲(もんしゃくじょうしょう) 速得解脱(そくとくげだつ) 惑癡二障(わくちにしょう) 
百八煩悩(ひゃくはちぼんのう) 發菩提心(ほつぼだいしん)  
具修萬行(ぐしゅまんぎょう)  速證菩提(そくしょうぼだい)  
過去諸佛(かこしょぶつ) 執持錫杖(しゅじしゃくじょう) 已成佛(いじょうぶつ) 
現在諸佛(げんざいしょぶつ) 執持錫杖(しゅじしゃくじょう) 現成佛(げんじょうぶつ)  
未来諸佛(みらいしょぶつ) 執持錫杖(しゅじしゃくじょう) 當成佛(とうじょうぶつ) 
故我稽首(こがけいしゅ) 執持錫杖(しゅじしゃくじょう) 供養三寳(くようさんぼう) 
故我稽首(こがけいしゅ) 執持錫杖(しゅじしゃくじょう) 供養三寳(くようさんぼう) 
南無恭敬供養(なむくぎょうくよう) 三尊界會(さんぞんかいえ) 
恭敬供養(くぎょうくよう) 顕密聖教(けんみつしょうぎょう) 哀愍攝受(あいみんしょうじゅ) 護持弟子(ごじでし)  
第一条 平等施会(セエ) 
「手に錫杖を執(ト)りて、まさに衆生を願い、大施会(ダイセエ)を設け、如実の道を示し、三宝を供養すべし。大施会(ダイセエ)を設け、如実の道を示し、三宝を供養せん」 
(手に錫杖を持ち、衆生のためを願って分けへだてなく施し、悟りへの道を示して仏法僧を供養せねばならない。衆生のためを願って分けへだてなく施し、悟りへの道を示して仏法僧を供養しよう) 
山伏などが持って歩くこともある錫杖は、カシャカシャと鳴らします。 
それは、危害を加えようとする魔ものやケモノや虫などへの警告でもあり、また、「ごめんください」という挨拶にも用いられます。 
ひいては、み仏方が悟りの瞑想から立ち上がってお慈悲をくださるようにと願うこととなり、私たち凡夫が迷いの眠りから覚めるようにと驚愕させる方法ともなりました。 
錫杖を手にする行者がまずなすべきことは、必要なものを求めている人々へ施すことです。 
施しを布施といい、法施(ホウセ)と財施(ザイセ)があります。 法施とは、迷って行くべき道が見えない人へ教えを説くことです。 財施とは、喉が渇いていれば水を、お腹がすいていれば食べ物をといったように、モノを施すことです。 
たった一つの施しでも、それが万人への救いとなるようにと願い、差別なく行うのを大施会といいます。 施しの中で最高のものは悟りへ導くことです。 なぜなら、悟りは究極の救いだからです。 
そのためには、救いの力があるみ仏を供養し、その教えと法力を供養し、仏法を守ろうとする行者や支える人々を供養せねばなりません。 供養とは、花や線香を捧げる形だけを指すのではありません。 雨風に耐えて咲く花のような忍辱(ニンニク…深い忍耐)、あるいは自分を燃やし尽くして姿がなくなった後に佳い香りを残す線香のような精進を誓い、実践せねば空虚です。 こうした誓いと実践の徳をたむけてこそ、真の供養です。 
私たちがみ仏のお導きによってすなおに霊性を高め、仏性をはたらかせて生きることが最高の供養であり、真の供養となることを確認しましょう。 
「錫杖経」の最初に供養の誓いがあるのは、迷いを離れ悟りへ近づくための六波羅密(ロッパラミツ…悟りへ導く6つの徳)行の最初に布施行があることと一致しています。 
この経典を聴き、唱える人は、自己中心を離れ、縁に応じて、自分のできる布施を実践しましょう。 
さもないと、せっかくの経典との縁が生きません。 そうなっては残念です。 経典は〈導く者〉として、目にし、口にする私たちへ問いかけています。「さあ、どうしますか?」 
第二条 信発願(シンホツガン) 
「清浄な信心をもって三宝を供養し、悟りを求める清浄な心を発して三宝を供養し、人々を教化する清浄な願いをもって三宝を供養せん」 
(まっすぐな信心と、悟りを求めてやまない向上心と、人々を救う願いとによって仏法僧を供養しよう) 
魔除けにもなるお経が、第一条では「他のためになろうとする心」、第二条では「三宝を供養するにふさわしい清浄な心」から始まるのは象徴的です。 どんなに良さそうな願いでも、自分が儲けたり有名になったりしようとする「我がため」だけのものでは、み仏へうまく届きません。 
たとえばきちんと生活できるような収入を願うならば、そうして生きながら、人間として何をなしたいのかが明確でなければなりません。 罹っている病気を治したいのならば、健康を回復してどう生きたいかが、あらかじめ問われると考えるべきでしょう。 
「自分のことだけ」という我欲に発しているのでは、そのことがすでに魔ものを呼ぶ因縁となる可能性が高く、せっかく困窮や病気というモヤを抜けるためにアクセルを踏んでいながら、同時にブレーキを踏むのと同じです。 
誰かの何かのためになりたいという姿勢と、三宝を供養する清浄な心へこそ、み仏のご加護が降ります。 もしかして、「貧しくて、日々を食いつなぐので精いっぱい。何もできない」あるいは「自分は高齢だし、自分が生きるので精いっぱい。何もできない」などとお考えの方がおられるかも知れません。 
しかし、そういう方でも、笑顔を伴った「ありがとうございます」という言葉で感謝の心を伝えることはできるはずです。 笑顔も立派な布施であり、モノがなくとも三宝の供養はいつでも可能です。まず、布施と供養を心がけましょう。 
第三条 六道教化(ロクドウキョウカ) 
「まさに衆生(シュジョウ)を願うべし。天人の師となり、虚空の願を満たし、苦の衆生を度し、法界に囲繞(イニョウ)し、三宝を供養し、諸仏に値遇(チグウ)し、速やかに菩提(ボダイ)を証せん」 
(衆生のために願おう。六道に迷う衆生の師となり、虚空のように無限の願いを満たし、苦しむ衆生を救い、真実世界に遍在し、仏法僧を供養し、諸仏に会って教えを受け、速やかに無上の悟りを得よう) 行者は一心に願います。 
1 み仏のような救済者になろう。 
「天人師」とは、み仏のことです。地獄界や餓鬼界にいると、なかなかみ仏の教えが心へ届かず、天人界と人間界にいる者がもっとも教えに教化されやすいので、そこにいる二者を代表させて六道全体の師とします。 
2 虚空のように限りない願いを成就させよう。 
行者の願いは自他の迷いを解き、共に救われることであり、虚空のように限りありません。迷いも救済の方法も無限ですが、それでは願いの内容が明確にならないので、「五大願」に集約させて誓います。 
「衆生は無辺なり、誓って度せんことを願う。 
福智は無辺なり、誓って集めんことを願う。 
法門は無辺なり、誓って学ばんことを願う。 
如来は無辺なり、誓って事(ツカ)えんことを願う。 
菩提は無上なり、誓って証せんことを願う」 行者はこうした願いの円満成就を目ざします。 
3 苦海に行き悩む衆生を救おう。 
釈尊は、この世はままならない苦の海であると説かれました。根本的な智慧の明かりがない無明(ムミョウ)と、自己中心による煩悩(ボンノウ)とを抱えた者同士が暮らすこの世は、苦の世界です。無明と煩悩を克服し、共に迷いの岸から悟りの岸へと渡(仏教用語としては「度」と書きます)ることこそ、菩薩(ボサツ)を目ざす行者の使命です。 
4 み仏と一体になろう。 
「法界」とは、み仏の眼から観た宇宙万物であり、真実世界です。それはどこか遠くにあるのではなく、み仏の悟りの次元へ入れば、この世はそのまま真実世界である本当の姿を顕します。「繞(ニョウ)」は「廻る」なので、「囲繞(イニョウ)する」とは、その世界の隅々まで行き渡っていることであり、どこにでも居ることです。「法界に囲繞する」のであれば、真実世界のどこにでもいるのですから、それはとりもなおさず、真実世界つまり、み仏と一体になることを意味します。行者の修行は即身成仏(ソクシンジョウブツ)が終着点です。 
5 三宝を供養しよう。 
み仏は、この世とあの世を存在せしめ、人間を人間たらしめている根本的存在なので、「仏宝(ブッポウ)」と言います。仏法は、み仏の教えであり、具体的な救済力なので、「法宝(ホウボウ)」と言います。僧はみ仏と仏法を守り伝える者なので、「僧宝(ソウボウ)」と言います。これで三宝となりますが、「僧宝」は出家修行者だけでなく、信じ、帰依(キエ)する人はすべてひとしく僧宝です。 
6 あらゆるところで、あらゆるみ仏にお会いしよう。 
地獄界では阿弥陀如来様、畜生界では虚空蔵菩薩様が救い主となられます。手を治すのは大日如来様と普賢菩薩様、腹腰なら千手観音様が救い主となられます。前厄の年には勢至菩薩様、八方塞がりの年には地蔵菩薩様が救い主となられます。このように、自他を救う法に入れば、行者は縁に応じた守本尊様方とお会いできます。 
7 速やかに悟りを開こう。 
泳げない人は溺れている人を救えません。明日まで待たないと泳げないならば、今、目の前で溺れている人のためには何の役にも立てません。また、人間の寿命はいつ尽きるか判りません。だから、「速やかに」と願わないではいられないのです。 
第四条 六道教化(ロクドウキョウカ) 
「まさに衆生(シュジョウ)を願うべし。真諦(シンタイ)を修習(シュジュウ)して、一切の衆生を大慈大悲し、俗諦(ゾクタイ)を修習(シュジュウ)して、一切の衆生を大慈大悲し、一乗を修習(シュジュウ)して、一切の衆生を大慈大悲し、仏宝と法宝と僧宝との一体三宝(イッタイサンボウ)を恭敬(クギョウ)し供養せん」 
(衆生のために願おう。仏界の究極的真理を修め習い、一切の衆生を大慈大悲によって抜苦与楽(バックヨラク)しよう。俗界の真理を修め習い、一切の衆生を大慈大悲によって抜苦与楽しよう。中道真実の教えを修め習い、一切の衆生を大慈大悲によって抜苦与楽しよう。仏宝と法宝と僧宝との一体三宝を恭敬し供養しよう) 
行者は一心に願います。 
1 仏界の真理である「空(クウ)」を正しく学び、正しく考え、正しく実践して、一切の生きとし生けるものの苦を抜き去り、楽を与えよう。 
一切のものは因と縁によって、今、かりそめに存在しているだけで、永遠に有り続けるものは何一つありません。たとえばお気に入りの車を考えてみましょう。いかに毎日磨いていても、モノである以上、必ず壊れ、いつかはなくなります。酸性雨に当たっただけでも、塩分や化学物質を含んだ土埃を舞い上げただけでも、腐食します。空の意識がないと、ちょっとしたトラブルで「大事な車を傷つけられた!」と憤り、とんでもない結果を招いたりします。 
こうした〈空の眼〉をきちんと持つためには、正しい修行が欠かせません。仏性を発揮した空の視点から生きとし生けるものを観た時、空を悟らずに我が身を守ろうとするだけの姿勢から発する苦にあえいでいる姿に、大きな悲しみが起こります。そこで、「苦を抜こう」という意志が起こります。また、大きな慈しみが起こり、「楽を与えよう」という意志が起こります。こうして行者は菩薩(ボサツ)の道を歩みます。自分だけが安心・安泰になろうとはしません。第三者的に見ているだけではいられなくなるのが菩薩です。 
2 俗界の真理である「心とモノの扱い方」を正しく学び、正しく考え、正しく実践して、一切の生きとし生けるものの苦を抜き去り、楽を与えよう。 
すべては空であっても、私たちの五感は確かに姿を見、音を聞き、香りを嗅ぎ、舌で味わい、触れて感触を確かめます。そうした刺激へ適切に対応し、適切に自己を表現できなければ、まっとうに生きられません。身だしなみを整えて公の場へ出るのは社会人として当然のたしなみです。はっきりした言葉で挨拶を交わすことも人間関係を円滑にするために欠かせません。おかしな匂いで周囲の人々へ迷惑をかけぬよう気をつけることも社会にある者として当然の心配りです。また、おいしい料理を作って食べる人のためになるのは尊い行為です。肌触りの良い服を作れば赤ちゃんは笑顔になります。 
こうした〈有るもの〉への道理にかなった対処法を身につけなければ、社会人として通用しません。一切は空であるからといって世間の動きと無関係に一人超然としている仙人のような人は、仏法の説く理想の人間像である菩薩とは遙かに隔たっています。 
3 空にも有(ウ)にも偏らない深く広い智慧を正しく学び、正しく考え、正しく実践して、一切の生きとし生けるものの苦を抜き去り、楽を与えよう。 
大きな慈しみの菩薩である弥勒菩薩(ミロクボサツ)様は、56億7000万年もの長い間、浄土から私たちを見守り続け、どうしても悟りきれない最後の一人をも必ず救い上げてくださる使命を持っておられます。 
だから、別名を慈氏菩薩といいます。大きな悲しみの菩薩である観音菩薩様は、どんな悲しみや危機をも見逃さず、癒し、救ってくださいます。だから、大悲観音と称され、代表的なものに狩野芳崖の描いた悲母観音などがあります。こうした方々は、すでに悟りを開いたにもかかわらず、慈悲心の大きさゆえに悲しみや苦しみやストレスに満ちたこの世と常に関わっておられます。その救いの手は、空の真理と有への対処法という二つの真実によって確かなものとなり、私たちはいっときなりともそのご加護から漏れることはありません。何とありがたいことでしょう。 
私たちは、菩薩様方を手本として弥勒様や観音様と同じ菩薩道を歩むべく、この世に生まれたのではないでしょうか。等しく仏性を持っていることがその証拠ではないでしょうか。 
4 仏法僧を尊び、供養して、しっかりと仏道を歩もう。 
み仏が仏宝、教えと法が法宝、それを守り伝える者が僧宝ですが、これは本来、一体です。み仏といってもただ超然としておられるわけではなく、仏身は絶えず説法され、私たちは仏身から切り離されてはいません。また、学び実践しようとする者にとって、み仏の存在と、教えと救済力の確かさは、自明の前提であり、み仏を観じ、教えを理解し、通じる相手へ伝えるという実践のない僧侶はあり得ません。つまり、仏法僧は常に一体です。 
これはプロの僧侶に限ったことではなく、み仏を信じ、救済を願い、教えを学び、共に仏法を守って行こうとする方々はすべて僧宝です。 
錫杖に導かれつつ、しっかりやりましょう。  
佛説聖不動経

 

不動経は密教のお経です。「仏説」の仏とは大日如来のことで、大日如来がお説きになったお不動様のお経という解釈になります。お経はお不動さまのご誓願(衆生救済の誓い)を私達に示されたものであります。お不動さまが何時、何処で、どの様に我々をお導き下さるのか、また、お姿にはどの様な功徳があるのかが説かれています。
爾時大会 にじだいえ  この時、大会に  
有一明王 ういつみょうおう 一人の明王あり  
是大明王 ぜだいみょうおう この大明王は  
有大威力 うだいいりき 大威力あり  
大悲徳故 だいひとくこ 大悲の徳の故に  
現青黒形 げんせいこくぎょう 青黒の形を現じ  
大定徳故 だいじょうとくこ 大定の徳の故に  
座金剛石 ざこんごうせき 金剛石に座り  
大智慧故 だいちえこ 大いなる智慧の故に  
現大火焔 げんだいかえん 大火焔を現わしたまう  
執大智剣 しゅだいちけん 大智の剣を執って  
害貧瞋癡 がいとんじんち 貧瞋癡を害し  
持三昧索 じさんまいさく 三昧の索を持して  
縛難伏者 ばくなんぶくしゃ 難伏の者を縛す  
無相法身 むそうほうしん 無相の法身は  
虚空同体 こくうどうたい 虚空と同体なれば  
無其住処 むごじゅうしょ その住処なく  
但住衆生 たんじゅうしゅじょう ただ衆生の  
心想之中 しんそうしちゅう 心想の中に住したもう  
衆生意想 しゅじょういそう 衆生の意想は  
各各不同 かくかくふどう それぞれ不同なれば  
随衆生意 ずいしゅじょうい 衆生の心に従って  
而作利益 にさりやく しかも利益をなし  
所求円満 しょきゅうえんまん 所求円満せしめたまう  
爾時大会 にじだいえ その時 大会は  
聞説是経 もんせつぜきょう この経を説きたうを聞き  
皆大歓喜 かいだいかんき 皆、大いに歓喜して  
信受奉行 しんじゅぶぎょう 信受し奉行せり  
仏説聖不動経 ぶっせつしょうふどうきょう 仏がお説きになった聖なるお不動様のお経
この大日如来の法会(ほうえ)に一人の明王がおりました。この大明王はに大きな威力があり、人々の苦しみを救おうとする徳のゆえに、青黒(しょうこく)の形で現れ、固い意志の徳のゆえに、金剛石に座り、すぐれた智慧の徳のゆえに、大火焔を現わす。広大なる智慧の剣を執(と)って、憎しみ・怒り・迷いを滅ぼし、固い意志の索(なわ)を持って、教化しがたい頑固者を縛る。執着を離れた法身は空間と同じになれば、その住む所がなく、ただ衆生の想う心の中に住んでいる。衆生の想う心は、それぞれ同じではない。衆生の心に従って、しかも利益をなし、求める所に円満させるであろう。 
その時、法会はこの経の説法を聞き、皆、大いに喜び、仏の教えを信じ受け、理解し、教えを奉じて実行をした。仏がお説きになった聖なるお不動様のお経
不動明王(ふどうみょうおう) 
お不動さまは、真言密教の総徳である大日如来の化身であります。私たちの煩悩や色々な迷いを鎮め、さまざまな障り・災難を払うために大いなる怒りの相を示されております。また、どんな所へでも出向き、すべての人を救済するため、奴僕(ぬぼく)の姿を示されております。お不動さまの右手には、悟りを開くための智慧を表す利剣を持ち、心のあらゆる迷いを断ち切ってくださいます。左手には、索(なわ)を持っておられ、仏教の教えに背く人をも自分の膝元に引き付けて、正しい教えの道に導いてくださいます。私たちが一心にお祈りいたしますと、何人たりとも救わずにはおかないとするお不動さまの大慈悲心によって、ご霊験ご利益をお受けすることができるのです。 
両童子(りょうどうじ) 
両童子というのは、お不動さまの左右に立つこんがら童子とせいたか童子のことを言います。お経には姿やはたらきについて、さまざまに説かれていますが、一般的な姿はこんがら童子は、柔和な顔立ちで蓮華を持っており、せいたか童子は頭に天衣をまとい、キリリと引き締まったお顔で右手に金剛杵を持ち、各々若々しい少年のお姿をしています。「こんがら」はサンスクリット語の「キンカラ」の音写で、「命ぜられたことを何でもする者」という意味です。漢訳では「キンカラ」を「敬い、従順し、慎み深く僅かなこともおろそかにしない」ことを意味するとされます。「せいたか」はサンスクリット語の「チェータカ」の音写で、「人に奉仕する者」という意味で、漢訳では奴僕(ぬぼく)と訳します。お不動さまは、すべての者に奉仕するという誓いに従って、私たちをお救い下さいます。そしてこんがら童子とせいたか童子はお不動さまに付き随い、その随伴者としてのみならず時にはお不動さまに代わって、われわれをお救い下さるのであります。
佛説聖不動經 
爾の時に大會に一りの明王あり、是の大明王は大威力あり、大悲の徳の故に、青黒の形を現じ、大定の徳の故に、金剛石に座し、大智恵の故に、大火焔を現じ、大智の劒を執て貧、瞋、痴を害し、三昧の索を持して、難伏の者を縛し、無想法身、虚空同體なれば、其住處もなし、但し、衆生心想の中に住し給う、衆生の意想、各々不動なれば、衆生の意に隋いて、利益を作し、所求圓滿せしむ、爾の時に大會、是經を説くことを聞き、皆大に歡喜し、信受し、奉行しき 
南無三十六童子 
矜迦羅童子、制咤迦童子、不動慧童子、 
高網勝童子、無垢光童子、計子儞童子、 
智慧幢童子、質多羅童子、召請光童子、 
不思議童子、羅多羅童子、波羅波羅童子、 
伊醯羅童子、師子光童子、師子慧童子、 
阿婆羅底童子、持堅婆童子、利車毘童子、 
法挾護童子、因陀羅童子、大光明童子、 
小光明童子、佛守護童子、法守護童子、 
僧守護童子、金剛護童子、虚空護童子、 
虚空藏童子、寶藏護童子、吉祥妙童子、 
戒光慧童子、妙空藏童子、普香王童子、 
善儞師童子、波利迦童子、烏婆計童子、 
聖無動の眷屬、三十六の童子、各々千萬童を領す本誓、悲願の故に、千萬億の惡鬼、行人を鐃亂せん時、此の童子の名を誦せば、皆悉く退散し去らん、若し苦厄の難あらん呪病患の者は、當に童子の號を呼ぶべし、須臾にして吉祥を得ん、恭敬、禮拜する者の左右を離れず、影の形に随うが如く護り、長壽の益を獲得せん 
南無歸命頂禮大日大聖不動明王 
四大八大諸忿怒尊
 
遺教経

 

「遺教経」(ゆいきょうぎょう)は正式には「仏垂般涅槃略説教誡教」(ぶっしはつねはんりゃくせつきょうかいきょう)といいますが、「仏遺教経」とか、単に「遺経」とも通称されています。 
「仏遺教経」は、その名の示すとおり、釈尊が八十年のご生涯を終えられるにあたって、さいごに示された、いわば遺言とも言うべき教典なのです。 
釈尊のご入滅が近いことを伝え聞いたお弟子達は、急遽クシナガラの釈尊のもとへ向いました。 釈尊はすでに沙羅双樹の下に北枕に右わきを下にして、西に向かって静かに横になられておりました。 
入滅を目前に、集まった多くの弟子達に、「これがわたしのさいごの説法だぞ」と諄々と法をお説きはじめられたのです。 この時、紀元前四百八十六年二月十五日、満月の夜のことでした。 およそ今から二千五百年前、日本の歴史に当てはめてみるとなんと縄文時代です。 
そんな大昔にインドに出世された一人の沙門の説かれた教えがはるか時代を越え広くアジアから日本のみならず世界宗教となって今なお多くの人々の心の支えになっているのです。 それは釈尊が宇宙の真理をさとり、その道理に適った生き方こそ幸福への道だったからです。 
その仏法は、あらゆる存在は一切皆空であるが故に無常で無我であるという厳然たる事実から出発しています。 
そして、人が避けて通れない四苦八苦の現実も八正道の実践によって必ずや安楽への道に通じていると説かれているのです。 
釈尊は49年間におよぶ伝導布教の中で五千四十余巻の経と八万四千の法門を説かれましたが、その悲願は惟ひとつ人類の幸福に他ならないのです。 
そしてその最後の結論がこの「遺教経」に集約されていると言えるのです。 
まさに釈尊が人類のために遺されたさいごの教誡です。 
この教典は漢文で二千五百字ほどで「般若心経」の約十倍ほどですが、今日日本では書き下し文に訳された教典が一般的で案外理解し易い内容となっています。 
その経文の中心的教誡が「八大人覚」(はちだいにんがく)、つまり「八正道」の教えです。 
古来禅門では鳩摩羅什(くまらじゅう)の訳である「遺教経」を大変重んじてきました。 
道元禅師や瑩山禅師も「遺教経」を大変大切にされていました。 
とりわけ道元禅師は、大著「正法眼蔵」の最後に「八大人覚」の巻を著されましたが、このなかでも中心的に説かれているのが「遺教経」からの「八大人覚」の教誡なのです。 
病床にあった道元禅師が、示寂を目前に「八大人覚」を執筆されたのは、禅師にとって「八大人覚」は釈尊とまったく同じ境涯からの「遺訓」であったからでしょうか。  
「もろもろの仏は、とりもなおさず大人である。大人のさとり知るところであるから、これを八大人覚と称するのである。このことをよくさとり知るのが、涅槃のもととなるのである」(正法眼蔵・八大人覚) 
「これを学ばず、これを知らなかったならば、それは仏弟子ではない。これこそ如来の正法眼蔵であり、涅槃妙心である」・・・「われらは、いまや、生々これを習学して成長せしめ、かならず最高のさとりに到達し、さらに、これを衆生のために説くこと、釈迦牟尼仏にひとしくしなければならないであろう」(正法眼蔵・八大人覚) 
道元禅師の遺弟永平寺二世懐弉禅師は、この「八大人覚」の巻の奥書に次のように記されています。 
「もし、かの先師(道元禅師)をお慕い申すならば、せめて、必ずこの巻を書写して、これを護持されるがよろしい。 
けだし、この巻は、釈尊の最後の御教えであるとともに、また、先師の最後の遺教でもあるからである」 
 
釈迦牟尼仏、初めに法輪を転じて、阿若憍陳如を度し、最後の説法に須跋陀羅を度したもう。 応に度すべき所の者は、皆已に度し訖って、沙羅双樹の間に於いて、将に涅槃に入りたまわんとす。 是の時中夜寂然として声無し、諸の弟子の為に略して法要を説きたもう。 
「初めに法輪を転じて」とは、「はじめての説法において」という意味です。 
「阿若憍陳如」(あにゃきょうちんじゃ)と「須跋陀羅」(しゅばつだら)は、人の名前です。 
「度す」とは「済度」のことで、「迷いから救済する」という意味です。 
お釈迦さまは初めての説法においてアニャキョウチンジャを済度し、最後の説法でシュバツダラを済度しました。 
「応(まさ)に度すべき所の者は、皆已(すで)に度し訖(おわ)って」済度しなければならない者達はすべて済度し終えて、「沙羅双樹の間に於いて、将(まさ)に涅槃に入りたまわんとす。」 
沙羅双樹の下でこれからまさに入滅されようとしていました。 
「是の時中夜(ちゅうや)寂然(じゃくねん)として声無し」 
もうすでに夜も更けて、あたりは物音一つしないように静まりかえっており、釈尊のおかくれになるショックで誰一人言葉を発する者はいませんでした。 
「諸の弟子の為に略して法要を説きたもう。」 
その弟子達のために、釈尊はあらためて仏法の大意を説きはじめられたのです。 
最初の一文では、お釈迦さまがはじめて済度されたお弟子がアニャキョウチンジャであり、入滅される直前に最後に済度されたお弟子がシュバツダラであったという、その二人のお弟子の名前を直接あげて、四十九年もの長い間にいかに多くの人々を済度されたかを伝えています。 
釈尊は迦毘羅(カピラ)国で御生誕され、16歳で結婚、29歳で出家、6年間の厳しい修行の結果35歳で摩掲陀(マカダ)国にて成道されました。そして婆羅奈(ハラナ)国の鹿野苑(ろくやおん)でその深遠なる仏法を最初に説き示されたのです。 
実はそのとき阿若憍陳如(アニャキョウチンジャ)を含め、そこには五人の比丘(修行者)がいたのです。 
彼等はかつてお釈迦さまと共に苦行をされていたのですが、お釈迦さまが、「苦行は合理的修行ではない」と苦行に見切りをつけ、修行の方法を中道(ちゅうどう)に変えられたのです。 
その時彼等は、「釈尊は脱落した」と誤解して、釈尊のもとを去って行った修行仲間だったのです。 
一人残された釈尊は菩提樹の下でひたすら坐禅の修行をされたのです。 
そしてついに6年目の12月8日、暁の明星を見て、活然と大悟され、叫ばれたのです。 
「奇なる哉、奇なる哉、一切の衆生悉く皆如来の智慧徳相を具有す」と。 
これを訳すのはヤボの骨頂ですが、愚僧があえて訳せば、「なんと、なんと不思議なことよ、一切の衆生それ自体がまさに仏陀と同じ存在であったとは!」 
こうして真如に目覚めた人「仏陀」・釈迦牟尼如来が誕生されたのです。 
ところが、釈尊は、この深遠な悟りは他人に話しても、とても理解されないだろうと思われ、「この真如の法は自らの心の中にしまっておいて、他の者には語るまい」とされたのです。 
それを知った梵天が、折角の仏法もこのまま釈尊の心の中だけに止まってしまっては、やがて釈尊の死とともに消え去ってしまうだろう。そうなったら何の意味もないことだとして、どうか人々のために広くその法を説き示すよう嘆願されたというのです。 
これを梵天勧請(ぼんてんかんじょう)といいますが、釈尊への畏敬の思いから神話化されたものといえるでしょう。 
それならばと、釈尊はさらに八日間菩提樹の下で禅定に入られ伝導のための悟りの内容と説法の手法をまとめられたのです。 
そしてまずはあの苦行を共にした五人の比丘たちに会ってこの仏法を伝えようと考え、彼等のいるベナレスの鹿野苑へ向いました。 
五人の比丘たちは、苦行から脱落した釈尊がこちらにやってくるのを見て、最初は無視するつもりでいました。ところが、仏陀となられて近づいてくる神々しい姿と威厳に圧倒され、合掌して迎えてしまったのです。 
こうして最初の説法がなされたのです。これを「初転法輪」といいます。 
その五人の比丘のうち最初に済度されたのがアニャキョウチンジャだったのです。 
こうして最初の仏教教団はたった六人の僧伽(そうぎゃ)から出発したのです。 
それから四十九年間、釈尊はインドの各地を巡錫されたのです。 
そして八十歳になったとき釈尊はさいごの伝導の旅に出ました。 
その目指すところは生まれ育ったなつかしい故郷カピラ国でした。 
しかしその途中、クシナガラという町に滞在中、チュンダという鍛冶屋の布施した食事を食べたところ、腹痛を起こされ床に臥されてしまったのです。 
そのとき、シュバツダラという年老いた信者が、釈尊の噂を聞きつけて訪ねてきました。 
侍者のアーナンダは、「世尊はお疲れである」と面会を断ったのですが、その様子を知った釈尊は、「会って質問を聞いてあげよう」といわれ、アーナンダを押しとどめ、親しくシュバツダラに説法されたのです。 
その釈尊の説法を聴いてシュバツダラは直ちに弟子になったのです。 
すなわち釈尊が最後に済度した比丘になったという次第です。 
こうして、「度すべき所の者は、皆已(すで)に度し訖(おわ)った」のです。 
そして、今まさに入滅なされようとしているとき、さいごの説法が始まったのです。  
 
お釈迦様の入滅の様子については、インド各地を伝道して巡り最後の旅となり、クシナガラで入滅にいたるまでの叙述をまとめた経典「大般涅槃経」に記されております。 「私の死後は、自らを灯明とし自らをよりどころとして、他人をよりどころとせず、法を灯明として、法をよりどころとし修行に励まなければならない」と、十大弟子のひとり阿難に告げられております。やがてクシナガラ郊外の2本の沙羅双樹の下で、80歳にして静かに入滅されました。その遺骸は荼毘に付され、お釈迦様にしていた八王国の王達に仏舎利として分配されました。 
入滅後、弟子達が集まり残された教えと戒律を仏典として編集され、釈迦の入滅後2,500年にいたる今日までお経様として伝えられております。  
仏説盂蘭盆経

 

聞如是。                もんにょぜ 
一時仏在舎  衛国祇樹給孤独園。 いちじふつざいしゃ えいこくぎじゅぎつこどくおん 
大目乾連   始得六通       だいもくけんれん  しとくろくつう 
欲度父母   報乳哺之恩。     よくどぶも      ほうにゅうほしおん 
即以道眼   観視世間       そくいどうげん    かんじせけん 
見其亡母   生餓鬼中。      けんごもうぼ     しょうがきちゅう 
不見飲食   皮骨連立。      ふみおんじき    ひこつれんりゅう 
目連悲哀   即以鉢盛飯      もくれんひあい   そくいはちじょうぼん 
往餉其母。                 おうしょうごぼ 
母得鉢飯   便以左手障鉢    ぼとくはつほん   べんいさしゅうしょくはち 
右手搏飯   食未入口       うしゅうふじき    じきみにゅうく 
化成火炭   遂不得食       けじょうかたん    すいふとくじき 
目連大叫   悲号啼泣       もくれんだいきゅう  ひごうたいきゅう 
馳還白仏   具陳如此       ちげんびゃくぶつぐ ぐちんにょし 
仏言 汝母、 罪根深結       ふつごん にょぼ  ざいこんじんけつ 
非汝一人力  所奈何。        ひにょいちにんりき しょなか 
汝雖孝順声  動天地         にょすいこうじゅんしょう どうてんち 
天神地神   邪魔外道道士    てんじんじぎ     じゃまげどうどうし 
四天王神   亦不能奈何。     してんのうじん    やくせのうなか 
当須十方衆僧 威神之力      とうすじっぽうしゅそう いじんしりき 
乃得解脱。               ないとくげだつ 
吾今当為説  救済之法       ごこんとうせつ     くさいしほう 
令一切難    皆離憂苦        りょういっさいなん  かいりうく 
仏告目連                ぶつごもくれん 
十方衆僧   七月十五日      じっぽうしゅぞう   しちがつじゅうごにち 
僧自恣時   当為七世父母     そうじしじ       とういしちせぶも 
及現在父母  厄難中者        ぎゅうげんざいぶも やくなんちゅうしゃ 
具 飯百味 五果 汲灌盆器     ぐ ぼんひゃくみ ごか きゅうかんぼんき 
香油 錠燭 床敷 臥具        こうゆ ちょうそく じょうふ がぐ 
尽世甘美   以著盆中        じんせかんみ    いじゃくぼんちゅう 
供養      十方大徳衆僧。    くよう         じっぽうだいとくしゅぞう 
当此之日   一切聖衆        とうししひ       いっさいしょうじゅ 
或在山間禅定             わくざいせんげんせんじょう 
或得四道果               わくとくしどうか 
或在樹下経行             わくざいじゅきょうぎょう 
或六通自在  教化声聞縁覚    わくろくつうじざい  きょうけしょうもんえんがく 
或十地菩薩大人            わくじっちぼさつだいにん 
権現 比丘 在大衆中        ごんげん びく ざい だいしゅちゅう 
皆同一心   受鉢和羅飯      かいどういっしん    じゅはつわらぼん 
具清浄戒   聖衆之道       ぐしょうじょうかい   しょうじゅしどう 
其徳汪洋   其有供養       ごとくおうよう     ごうくよう 
此等自恣僧者             しとうじしそうしゃ 
現在父母   六親眷属       げんぜぶも       ろくしんけんぞく 
得出三途之苦             とくしゅつさんづしく 
応時解脱   衣食自然       おうじげだつ      えじきじねん 
若父母現在者 福楽百年      にゃくぶもげんざいしゃ ふくらくひゃくねん 
若七世父母  生天           にゃくしちせぶも    しょうてん 
自在化生   入天華光       じざいげしょう      にゅうてんけこう 
時仏勅     十方衆僧       じぶつちょく       じっぽうしゅぞう 
皆先為施主家呪願          かいせんいせしゅけしゅがん 
願七世父母               がんしちせぶも 
行禅定意                ぎょうぜんじょうい 
然後受食                ねんごじゅじき 
初受食時                しょじゅじきじ 
先安在仏前  塔寺中        せんあんざいぶつぜん とうじちゅう 
仏前衆僧呪願竟            ぶつぜんしゅぞうがんきょう 
便自受食時               べんじじゅじきじ 
目連比丘及  大菩薩衆       もくれんびくぎゅう   だいぼさつしゅ 
皆大歓喜                 かいだいかんき 
目連悲啼    泣声釈然除滅    もくれんひたい     きゅうしょうしゃくねんじょめつ 
是時 目連母 則於是日       ぜじ もくれんぼ    そくおぜにち 
得脱一劫    餓鬼之苦       とくだついっこう     がきしく 
目連復白仏言             もくれんふびゃくぶつごん 
弟子所生                でししょしょう 
母得蒙三宝  功徳之力       ぼとくもうsんぼう    くどくしりき 
衆僧威神之力故            しゅそういじんしりきこ 
若未来世    一切仏弟子     にゃくみらいせ      いっさいぶっでし 
亦応奉此盂蘭盆            やくおうぶうらぼん 
救度現在父母 乃至七世父母    ぐどげんざいぶも   ないししちぶも 
為可爾不                いかにひ 
仏言                   ぶつごん 
大善快問                だいぜんざいもん 
我正欲説    汝今復問       がしょうよくせつ    にょこんぶもん 
善男子                  ぜんなんし 
若有 比丘 比丘尼 国王 太子  にゃく びく びくに こくおう たいし 
大臣 宰相 三公 百官       だいじん さいしょう さんこう ひゃっかん 
万民 庶人               ばんみん しょにん 
行慈孝者                ぎょうじこうしゃ 
皆応先為     所生現在父母    かいおうせん      しょしょうげんざいぶも 
過去七代父母 於七月十五日    かこしちだいぶも   おしちがつじゅうごにち 
仏歓喜日     僧自恣日       ふつかんぎにち    そうじしひ 
以百味飲食   安盂蘭盆中     いひゃくみおんじき  あんうらぼんちゅう 
施十方自恣僧 願使         せじっぽうじしそう   がんし 
現在父母    寿命百年無病    げんざいぶも      じゅみょうひゃくねんむびょう 
無一切苦悩之患            むいっさいくのうしげん 
乃至七世父母             ないししちせぶも 
離餓鬼苦                りがきく 
生人天中    福楽無極      しょうにんでんちゅう  ふくらくむこく 
是仏弟子    修孝順者      ぜぶっでし       しゅこうじゅんしゃ 
応念念中    常憶父母      おうねんねんちゅう  じょうおくぶも 
七世父母                しちぜぶも 
年年七月十五日            ねんねんしちがつじゅうごにち 
当以孝慈憶               とういこうじおく 
所生父母                しょしょうぶも 
為作盂蘭盆               いさうらぼん 
施仏及僧    以報父母      せぶつぎゅうそう   いほうぶも 
長養慈愛之恩 若一切仏弟子    ちょうようじあいしおん にゃくいっさいぶっでし 
応当奉持是法             おうとうぶじぜほう 
時目連比丘   四輩弟子      じもくれんびく     しはいでし 
歓喜奉行                かんぎぶぎょう 
こう聞いている。 
お釈迦様が祇園精舎におられたときに。 
目連が初めて六神通を得て 
亡き父母に何かできないかと思った。 
その霊視力をもって 世間を探した所 
亡き母を餓鬼たちの中にみつけた。 
飲食も取れず骨と皮で立っていた。 
目連は悲しみ、すぐ鉢に御飯を盛って 
母のもとへ持っていった。 
母は御飯を得て、左手で鉢を支え 
右手で御飯を食べようとしたが口に入れる前に 
炭に変ってしまい食べることはできない。 
目連は大いに泣き叫び、 
お釈迦様の所に帰って、このことを報告した。 
お釈迦様は言うことには、 
あなたはお母さんの罪は重かったようだ 
あなた一人の力ではどうにもできない。 
あなたの孝順の声が天地を動かし 
天や地の神々、邪魔や外道・道士に 
四天王まで動かしてもどうにもならない。 
まさに十方の修行している僧の力が 
集まれば解脱することができるだろう。 
これから救済の方法を教えよう。 
それですべての苦しみや憂いも消えるだろう。 
お釈迦様は目連にこう言った。 
十方の衆僧が、七月十五日、「僧自恣」の日 
まさに七世の祖先から現在の父母まで 
厄難中者のために 
つぎの物をお供えしなさい。 
御飯、多くのおかずと果物、水入れ、 
香油、燭台、敷物、寝具。 
世の甘美を尽くして盆中に分け、 
十方の大徳・衆僧を供養しなさい。 
この日、全ての修行者は 
或いは山間にあって禅定し 
或いは四道を得、 
或いは木の下で歩き経を上げ、 
或いは六種の神通力で 声聞や縁覚を教化し、 
或いは十地の菩薩が大人になり、神になり 
比丘になって大衆の中にあるのも、 
みな同じ心で、この御飯を頂けば 
清浄戒を守って修行する人たちの 
その徳は大きいだろう。 
これらの供養を「僧自恣」の日に 
父母も先祖も親族も 
三途の苦しみを出ることができて 
時に応じて解脱し、衣食に困らない。 
まだ父母が生きている人は 
百年の福楽が与えられるだろう。 
もう既に亡い時も七世の祖先まで天に生じ 
自在天に生まれ変わって天の華光に入り 
たくさんの快楽を受けられるだろう。 
その時お釈迦様は十方の衆僧に命じた。 
まず施主の家のために呪願して 
七世の祖先の幸せを祈り 
坐禅をして心を定め 
しかる後に御飯をたべよ。 
初めて御飯をたべる時は 
まずその家の霊前に座って 
みんなで祈願をしてから 
御飯をたべなさい。 
その時目連や集まった修行者たちは 
皆大いに法悦に包まれ 
目連の泣き声もいつしか消えていた。 
この時目連はまたお釈迦様に言った。 
私を生んでくれた父母は 
仏法僧の功徳をこうむることができた。 
衆僧の威神力のお陰である。 
将来の全ての仏弟子も 
孝順を行う者もまた、この盂蘭盆を奉じて 
父母から七世の先祖までを救うことができる。 
そのように願って果たされるでしょうか。 
お釈迦様は答えて言う。 
いい質問だ。 
今私が言おうと思ってたことを聞いてくれた。 
善男子よ、 
もし僧、尼、国王、皇太子、 
大臣、補佐官、長官、多くの役人、 
多くの民衆が 
慈悲、孝行をしようとするなら 
皆まさに生んでくれた父母から七世の祖先までの為 
七月十五日の 
仏歓喜の日、僧自恣の日において 
多くの飲食物を用意して盂蘭盆中に安じ 
十方の僧に施して 
祈願してもらいなさい。 
現在の父母の寿命が伸びて病気も無く 
一切の苦悩やわずらいも無く 
また七世までの祖先は 
餓鬼の苦しみから離れ 
天人の中に生まれて福楽が大いにある。 
お釈迦様は善男善女たちに告げて言った。 
この仏弟子で孝順なる者は 
まさに念念の中に常に父母を思い 
七世の父母までを供養しなさい。 
毎年七月十五日に 
常に孝順の慈をもって 
両親から七世の祖先までを思い 
盂蘭盆を用意して 
仏や僧に施して、父母の長養慈愛の恩に報いなさい。 
もし一切の仏弟子とならば 
まさにこの法を奉持しなさい。 
この時目連、男女の出家・在家は 
お釈迦様の話に歓喜し奉行した。 
 

 


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大日経 

 

大毘廬遮那成佛神變加持經 巻第一 
入眞言門住心品第一  
如是我聞。一時薄伽梵。住如來加持廣大金剛法界宮。一切持金剛者皆悉集會。如來信解遊戯神變生大楼閣寶王。高無中辺。諸大妙寶王。種種間飾。菩薩之身爲師子座。其金剛名曰虚空無垢執金剛。虚空遊歩執金剛。虚空生執金剛。被雑色衣執金剛。善行歩執金剛。住一切法平等執金剛。哀愍無量衆生界執金剛。那羅延力執金剛。大那羅延力執金剛。妙執金剛。勝迅執金剛。無垢執金剛。刃迅執金剛。如來甲執金剛。如來句生執金剛。住無戯論執金剛。如來十力生執金剛。無垢眼執金剛。金剛手秘密主。如是上首。十佛刹微塵数等持金剛衆倶。及普賢菩薩。慈氏菩薩。妙吉祥菩薩。除一切蓋障菩薩等諸大菩薩。前後囲繞而演説法。所謂越三時如來之日加持故。身語意平等句法門。時彼菩薩普賢爲上首。諸執金剛秘密主爲上首。毘廬遮那如來加持故。奮迅示現身無尽荘嚴藏。如是奮迅示現語意平等無尽荘嚴藏。非從毘廬遮那佛身或語或意生。一切處起滅辺際不可得。而毘廬遮那。一切身業一切語業一切意業。一切處一切時於有情界宣説眞言道句法。又現執金剛普賢蓮華手菩薩等像貌。普於十方。宣説眞言道清淨句法。所謂初發心。乃至十地次第此生満足。縁業生増長。有情類業壽種除。復有牙種生起。 
爾時執金剛秘密主。於彼衆會中坐白佛言。世尊云何如來應供正遍知。得一切智智。彼得一切智智。爲無量衆生。廣演分布。随種種趣種種性欲。種種方便道。宣説一切智智。或聲聞乗道。或縁覺乘道。或大乗道。或五通智道。或願生天。或生人中及龍夜叉乾闥婆。乃至説生摩羅伽法。若有衆生應佛度者。即現佛身或現聲聞身。或現縁覺身。或菩薩身或梵天身。或那羅延毘沙門身。乃至摩羅伽人非人等身。各各間彼言音。住種種威儀。而此一切智智道一味。所制如來解脱味世尊譬如虚空界離一切分別。無分別無無分別。如是一切智智離一切分別。無分別無無分別。世尊。譬如大地一切衆生依靴是一切智智。天人阿修羅依。世尊譬如火界焼一切薪無厭足。如是一切智智。焼一切無智薪。無厭足。世尊譬如風界除一切塵。如是一切智智。除去一切諸煩悩塵。世尊喩如水界一切衆生依之歓楽。如是一切智智。爲諸天世人利楽。世尊如是智慧。以何爲因。云何爲根云何究竟。如是説已。毘廬遮那佛。告持金剛秘密主言。善哉善哉。執金剛。善哉金剛手。汝問吾如是義。我汝當諦聽。極善作意。吾今説之。金剛言。如是世尊願楽欲聞。佛言菩提心爲因。悲爲根本。方便爲究竟。秘密主云何菩提。謂如実知自心。秘密主是阿耨多羅三藐三菩提。乃至彼法。少分無有可得。何以故。虚空相是菩提無知解者。亦無開暁。何以故。菩提無秘相故。秘密主諸法無相。謂虚空相。爾時金剛手復白佛言。世尊誰尋求一切智。誰爲菩提。成正覺者。誰發起彼一切智智。佛言秘密主。自心尋求菩提及一切智。何以故。本性清淨故。心不在内不在外。及両中間心不可得。秘密主如來應正等覺。非青非黄。非赤非白。非紅紫非水精色。非長非短。非円非方。非明非暗。非男非女非不男女。秘密主心非欲界同性。非色界同性。非無色界同性。非天龍夜叉乾闥婆阿修羅迦楼羅緊那羅摩羅伽人非人趣同性。秘密主心不住眼界。不住耳鼻舌身意界。非見非顕現。何以故。虚空相心。離諸分別無分別。所以者何。性同虚空即同於心。性同於心即同野菩提。如是秘密主。心虚空界菩提三種無二。此等悲爲根本。方便波羅蜜満足。是故秘密主。我説諸法如是。令彼諸菩薩衆。菩提心清淨知識其心。秘密主若族姓男族姓女。欲識知菩提。當如是識知自心。秘密主云何自知心。謂若分段。或顕色或形色。或境界。若色若受想行識若我若我所。若能執若所執。若清淨若界若處。乃至一切分段中求不可得。秘密主此菩薩淨菩提心門。名初法明道。菩薩住此修學。不久勤苦。便得除一切蓋障三昧。若得此者則與諸佛菩薩同等住。當發五神通。獲無量語言音陀羅尼。知衆生心行。諸佛護持。雖處生死而無染著。爲法界衆生不辞労。倦成就住無爲戒。離於邪見通達正見。復次秘密主。住此除一切蓋障菩薩。信解力故。不久勤修。満足一切佛法。秘密主以要言之。是善男子善女人。無量功徳皆得成就。爾時執金剛秘密主。復以偈問佛  
云何世尊説 此心菩提生 復以云何相 知發菩提心 願識心心勝 自然智生説 大勤勇幾何 次第心続生 心諸相與時 願佛廣開演 功徳聚亦然 及彼行修行 心心有殊異 惟大牟尼説  
如是説已。摩訶畏廬遮那世尊。告金剛手言  
善哉佛眞子 廣大心利益 勝上大乗句 心続生之相 諸佛大秘密 外道不能識 我今悉開示 一心應諦聴 越百六十心 生廣大功徳 其性常堅固 知彼菩提生 無量如虚空 不染汚常住 諸法不能動 本來寂無相 無量智成就 正等覺顕現 供養行修行 從是初發心  
秘密主。無始生死愚童凡夫。執著我名我有。分別無量我分。秘密主若彼不觀我之自性。則我我所生。餘復計有時。池等變化。瑜伽我。建立淨。不建立無淨。若自在天。若流出及時。若尊貴若自然。有内我若人量。若遍嚴若壽者若時伽羅。若識。有阿頼耶。知者。見者。能執所觀。内知。外知。礼惟蛇。意生。満童。常定生。聲非聲。秘密主如是等我分。自昔以來分別相應。希求順理解脱。秘密主。講堂凡夫類猶如羝羊。或時有一法想生。所謂持斎。彼思惟此少分。發起歡喜。数数修習。秘密主。是初種子善業發生。復以此爲因。於六斎日。施與父母男女親戚。是第二牙種。復以此施。授與非親識者。是第三疱種。復以此施與器量高徳者。是第四葉種。復以此施。歓喜授與伎楽人等及献尊宿。是第五敷華。彼以此施。發親愛心而供養之。是第六成果。復次秘密主。彼護戒生天。是第七受用種子。復次秘密主。以此心生死流轉。於善友所。聞如是言。此是天大天。與一切楽者。若虔誠供養。一切所願皆満。所謂自在天。梵天那羅延天。商羯羅天。黒天自在子天日天月天龍尊等。及供吠濫。毘沙門。釋迦。毘楼博叉。毘首羯磨天。閻魔閻魔后。梵天后。世所宗奉。火天。迦楼羅子天。自在天后。波頭塵。徳叉迦龍。和修青。商。羯句啅剣。大蓮。倶里剣摩訶尼。阿地提婆。薩陀。難陀等龍。或天仙大圍陀論師。各各應善供養。彼聞如是。心懐慶悦。殷重恭数。随順修行。秘密主。是名愚童異生。生死流轉無畏依。第八嬰童心。秘密主。復次殊勝行。随彼所説中。殊勝住求解脱慧生。所謂常無常空。隨順如是説。秘密主。非彼知解空非空常断。非有非無。倶彼分別無分別。云何分別空。不知諸空。非彼能知涅槃。是故應了知空離於断常  
爾時金剛手復請佛言。惟願世尊説彼心。如是説巳。佛告金剛手秘密主言。秘密主諦聽心相。謂貪心無貪心。瞋心。慈心。痴心。智心。決定心。疑心。暗心。明心。積聚心。闘心諍心。無諍心。天心。阿修羅心。龍心。人心。女心。自在心。商人心。農夫心。河心。陂池心。井心。守護心。慳心。狗心。狸心。迦楼羅心。鼠心。歌詠心。舞心。撃鼓心。室宅心。師子心。●●心。烏心。羅刹心。刺心。窟心。風心。水心。火心。泥心。二顕色心。板心。迷心毒薬心。羂索心。械心。雲心。田心。鹽心。剃刀心。須彌等心。海等心。穴等心。受生心。秘密主。彼云何貪心。謂隨順染法。云何無貪心。謂随順無染法。云何瞋心。謂隨順怒法。云何慈心。謂随順修行慈法。云何痴心。謂随順修。不觀法。云何智心。謂順修殊勝増上法。云何決定心。謂尊教命如説奉行。云何疑心。語常収持不定等事。云何闇心。謂於無疑慮法生疑慮解。云何明心。謂於不疑慮法無疑慮修行。云何積聚心。謂無量爲一爲性。云何闘心。謂互相是非爲性。云何諍心。謂於自己而生是非。云何無諍心。謂是非倶捨。云何天心。謂心思隨念成就。云何阿修羅心。謂楽處生死。云何龍心。謂思念廣大資財。云何人心。謂思念利他。云何女心。謂随順欲法。云何自在心。謂思惟欲我一切如意。云何商人心。謂順修初収聚後分析法。云何農夫心。謂随順初廣聞而後求法。云何河心。謂順修依因二辺法。云何陂池心。護随順渇無厭足法。云何井心。謂如是思惟深復甚深。云何守護心。謂唯此心実餘心不実。云何慳心。謂随順爲己不與他法。云何狸心。謂順修徐進法。云何狗心。謂得少分以爲喜足。云何迦楼羅心。謂随順朋黨羽翼法。云何鼠心。謂思惟断諸繋縛。云何舞心。謂修行如是法。我當上昇種種神變。云何繋鼓心。謂修順是法。我當撃法鼓。云何室宅心。謂順修自護身法。云何師子心。謂修行一切無性弱法。云何●●心。謂常暗夜思念。云何烏心。謂一切處驚怖思念。云何羅刹心。謂於善中發起不善。云何刺心。謂一切處發起悪作爲性。云何窟心。謂順修爲入窟法。云何風心。謂過一切處發起爲性。云何水心。謂順修洗濯一切不善法。云何火心。謂熾盛炎熱性。云何顕色心。謂類彼爲性。云何板心。謂順修隨量法。捨棄餘善故。云何迷心。謂所執異所思異。云何毒薬心。謂順修無生分法。云何羂索心。謂一切處住於我縛爲性。云何械心。謂二足止住爲性。云何雲心。謂常作降雨思念。云何田心。謂常如是修事自身。云何鹽心。謂所思念彼復増加思念。云何剃刀心。謂唯如是依止剃除法。云何彌廬等心。謂常思惟心高擧爲性。云何海等心。謂常如是受用自身而住。云何穴等心。謂先決定彼後復變改爲性。云何受生心。謂諸有修習行業彼生。心如是同性。秘密主。一二三四五再数。凡百六十心。越世間三妄執。出世間心生。謂如是解唯蘊無我。根境界淹留修行。抜業煩悩株。無明種子生十二因縁。離建立宗等。如是湛寂。一切外道所不能知。先佛宣説。離一切過。秘密主彼出世間心住蘊中。有如是慧隨生。若於蘊等發起離著。當觀祭聚沫浮泡芭蕉陽焔幻等。而得解脱。謂蘊處界。能執所執。皆離法性。如是證寂然界。是名出世間心。秘密主。彼離違順八心相続。業煩悩網。是超越一劫瑜祇行。復次秘密主。大乗行。發無縁乗心。法無我性。何以故。如彼往昔如是修行者。觀察蘊阿頼耶。知自性如幻陽焔影響旋火輪乾闥娑城秘密主。彼如是捨無我。心主自在覺自心本不生。何以故。秘密主。心前後際不可得故。如是知自心性。是超越二劫瑜祇行。復次秘密主。眞言門修行菩薩行諸菩薩。無量無数百千倶胝那多劫。積集無量功徳智慧。具修諸行無量智慧方便。皆悉成就。天人世間之所帰依。出過一切聲聞辟支佛地。釋提桓因等。親近敬礼。所謂空性。離於根境。無相無境界。越諸戯論。等虚空無辺一切佛法。依此相続生。離有爲無爲界。離諸造作。離眼耳鼻舌身意。極無自性心生。秘密主。如是初心。佛説成佛因故。於業煩悩解脱。而業煩悩具依。世間宗奉常應供養。復次秘密主。信解行地。觀察三心無量波羅蜜多慧觀四摂法信解地。無対。無量。不思議逮十心無辺智生。我一切諸有所説。皆依此而得。是故智者。當思惟此一切智信解地。復越一劫昇住此地。此四分之一度於信解 
爾時執金剛秘密主。白佛言世尊。願救世者演説心相。菩薩有幾種得無畏處。如是説已摩訶毘廬遮那世尊。告金剛手言。諦聴極善思念。秘密主彼愚童凡夫。修諸善業害不善業。当得善無畏。若如実知我。当得身無畏。若有於収蘊所集我身。捨自色像觀。當得無我無畏。若害蘊住法攀縁。當得法無畏。若害法住無縁。當得法無我無畏。若復一切蘊界處能執所執。我壽命等。及法無縁空。自性無性。此空智生。常得一切法自性平等無畏。秘密主。若眞言門修菩薩行諸菩薩。深修觀察十縁生句。當於眞言行通達作證。云何爲十。謂如幻。陽焔。夢。影。乾闥婆城。響。水月。浮泡。虚空華。旋火輪。秘密主。彼眞言門修菩薩行諸菩薩。当如是觀察。云何爲幻。謂如呪術薬力能造所造種種色像。惑自眼故。見希有事。展轉相生往來十方。然彼非去非不去。何以故。本性淨故。如是眞言幻。持誦成就能生一切。復次秘密主。陽焔性空。彼依世人妄想。成立有所談議。如是眞言想唯是仮名。復次秘密主。如夢中所見。昼日牟呼栗多。刹那歳時等住。種種異類受諸苦楽。覺已都無所見。如是夢眞言行應知亦爾。復次秘密主。以影喩解了眞言能發悉地。如面縁於鏡而現面像。彼眞言悉地当如是知。復次秘密主。以乾闥婆城譬。解了成就悉地宮。復次秘密主。以響喩解了眞言聲。如縁聲有響。彼眞言者當如是解。復次秘密主。如因月出故。照於淨水而現月影像。如是眞言水月喩。彼持明者當如是説。後次秘密主。如天降雨生泡。彼眞言悉地種種變化。当知亦爾。復次秘密主。如空中無衆生無壽命。彼作者不可得。以心迷亂故。而生如是種種妄見。復次秘密主。譬如火燼。若人執持在手。而以旋轉空中。有輪像生。秘密主。應如是了知大乗句心句。無等等句必定句。正等覺句漸次大乗生句。當得具足法財。出生種種工巧大智。如実遍知一切心想。 
母入漫茶羅具縁眞言品第二之一  
爾時執金剛秘密主白佛言。希有世尊。説此諸佛自證三菩提。不思議法界超越心地。以種種方便道。爲衆生類。如本性信解而演説法惟願世尊。次説修眞言行大悲胎藏生大漫茶羅王。爲満足彼諸未來世。無量衆生。爲救護安楽故。爾時薄伽梵毘廬遮那。於大衆會中遍觀祭已。告執金剛秘密主言。諦聽金剛手。今説修行文漫茶羅行。満足一切智智法門。爾時毘廬遮那世尊。本昔誓願成就無尽法界。度脱無餘衆生界故。一切如來。同共集會。漸次證入大悲藏發生三摩地。世尊一切支分皆悉出現如來之身。爲被從初發心。乃至十地諸衆生故。遍至十方還來佛身本位。本位中住而復還入。時薄伽梵復告執金剛秘密主言。諦聴金剛手。漫茶羅位初阿闍梨。應發菩提心。妙慧慈悲兼綜衆藝。善巧修行般若波羅蜜。通達三乗。善解眞言実義。知衆生心。信諸佛菩薩得傳教潅項等。妙解漫茶羅。昼其性調柔離於我執。於眞言行善得決定。究習瑜伽。住勇健菩提心。秘密主如是法則阿闍梨。諸佛菩薩之所称讃。復次秘密主彼阿闍梨。若見衆生堪爲法器遠離諸垢。有大信解勤勇深信。常念利他若弟子具如是相貌者。阿闍梨應自往勧發如是告言  
佛子此大乗 眞言行道法 我今正開演 爲彼大乗器 過去等正覺 及與未來世 現在諸世尊 住饒益衆生 如是諸賢者 解眞言妙法 勤勇獲種智 坐無相菩提 眞言勢無比 能摧彼大力 極忿怒魔軍 釋師子救世 是故汝佛子 應以如是慧 方便作成就 當獲薩婆若 行者悲念心 發起令増廣 彼堅住受教 當爲擇平地 山林多華果 悦意諸清泉 諸佛所称歎 應作円壇事 或在河流處 鵞雁等荘嚴 彼應作慧解 悲生漫茶羅 正覺縁導師 聖者聲聞衆 曾遊此地分 佛常所稱誉 及餘諸方所 僧坊阿練若 華房高楼閣 勝妙諸池苑 制底火神祠 牛欄河中 諸天廟空室  人得道處 如上之所説 或所意楽處 利益弟子故 常昼漫茶羅  
秘密主彼揀択地。除去礫不砕瓦破器。髑髏毛髪糠糟灰炭。刺骨朽木等。及蟲蟻●●之類。離如是諸過。遇良日晨定日。時分宿直諸執皆悉相應。於食前時値吉祥相。先當爲一切如來作礼。以如是偈警發地神  
汝天親護者 於諸佛導師 修行殊勝行 淨地波羅蜜 如破魔軍衆 釋師子救世 我亦降伏魔 我昼漫茶羅  
彼應長跪舒手按地頻誦此偈。以塗香華等供養。供養已眞言者復應帰命一切如來。然後治地如其次第當具衆徳。爾時執金剛秘密主。頭面礼世尊足。而説偈言  
佛法離諸相 法住於法位 所説無譬類 無相無爲作 何故大精進 而説此有相 及與眞言行 不順法然道 爾時薄伽梵 毘廬遮那佛 告執金剛手 善聴法之相 法離於分別 及一切妄想 若淨除妄想 心思諸起作 我成最正覺 究竟如虚空 凡愚所不知 邪妄執境界 時方相貌等 樂欲無明覆 度脱彼等故 随順方便説 両実無時方 無作無造者 彼一切諸法 唯住於実相 復次秘密主 於當來世時 劣慧諸衆生 以痴愛自蔽 唯依於有著 恒楽諸断常 時方所造業 善不善諸相 盲冥楽求果 不知解此道 爲度彼等故 随順説是法  
秘密主如是所説處所。随在一地治令堅固。取未至地瞿摩夷及瞿摸怛羅。和合塗之。次以香水眞言灑淨。即説眞言曰 
南麼三曼多勃馱喃[一]凡眞言中有平聲字。皆稍上聲呼之以下准此。)阿鉢[二合]底[丁以反下同]三迷[二]伽伽那三迷[三]三麼多奴掲帝[四]鉢[二合]吃[二合]底微輸[上]睇[五]達摩 馱睹微戌達(人偏に爾)(六)莎訶  
行者次於中 定意觀大日 處白蓮華座 髪髻以爲冠 放種種色光 通身悉周遍 復當於正受 次想四方佛 東方號寶幢 身色如月減 南方大勤勇 遍覺華開敷 金色放光明 三昧離諸垢 北方不動佛 離悩清涼定 西方仁勝者 是名無量壽 持誦者恩惟 而住於佛室 當受持是地 以不動大名 或用降三世 一切利成就 白檀以塗昼 円妙漫茶羅 中第一我身 第二諸救世 第三同彼等 佛母虚空眼 第四連華手 第五執金剛 第六不動尊 想念置其下 奉塗香華等 思念諸如來 至誠發殷重  漁説如是偈 諸佛慈悲者 存念我等故 明日受持地 并佛子當降  
如是説已。復當誦此眞言曰 
南麼三曼多勃馱喃[一]薩婆怛他蘗多(引二)地瑟(女に宅)[二合]那[引]地瑟祉[二合]帝[三]阿者麗[四]微麼麗[五]娑麼[二合]●●[平六]鉢[二合]吃[二合]底[丁以反]鉢(口に尸の中に復)輸[上]睇[七]莎訶  
持眞言行者 次發悲念心 依於彼西方 繋念以安寝 思惟菩提心 清淨中無我 或於夢中見 菩薩大名称 諸佛無有量 現作衆事業 或以安慰心 勧嘱於行者 汝念衆生故 造作漫茶羅 善哉摩訶薩 所画甚微妙 復次於餘日 摂受應度人 若弟子信心 生種姓清淨 恭敬於三寶 深慧以嚴身 堪忍無懈倦 尸羅淨無缺 忍辱不慳悋 勇健堅行願 如是應摂取 餘則無所觀 或十或八七 或五二一四 當作於潅頂 若復数過此   
爾時金剛手秘密主復白佛言。世尊當云何名此漫茶羅。漫茶羅者其義云何。佛言此名發生諸佛漫茶羅。極無比味無過上味。是故説爲漫茶羅。又秘密主哀愍無辺衆生界故。是大悲胎藏生漫茶羅廣義。秘密主如來於無量劫。積集阿耨多羅三藐三菩提之所加持。是故具無量徳当如是知。秘密主非爲一衆生故如來成正等覺亦非二非多。爲憐愍無餘記及有餘記諸衆生界故。如來成正等覺。以大悲願力。於無量衆生界。如其本性而演説法。秘密主無大乗宿習。未曾思惟眞言乗行。彼不能少分。見聞歓喜信受。又金剛薩。若彼有情。昔於大乗眞言乗道無量門進趣。已會修行。爲彼等故。限此造立名数。彼阿闍梨亦當以大悲心立如是誓願。爲度無餘衆生界故。應當取彼無量衆生。作善提種子因縁  
持眞言行者 如是摂受巳 命彼三自帰 令説悔先罪 奉塗香華等 供養諸聖尊 應授彼三世 無障礙智戒 次當授歯木 若優曇鉢羅 或阿説他等 結護而作淨 香華以荘嚴 端直順本末 東面或北面 嚼已而擲之 當知彼衆生 成器非器相 三結修多羅 次繋筈持臂 如是受弟子 遠離諸塵垢 増發信心故 當随順説法 慰喩堅其意 告如是偈言 汝獲無等利 位同於大我 一切諸如來 此教菩薩衆 皆已摂受汝 成辧於大事 汝等於明日 當得大乗生 如是教授已 或於夢寐中 覩見僧住處 園林悉嚴好 堂字相殊特 顕敞諸楼觀 幢蓋摩尼珠 寶刀悦意華 女人鮮白衣 端正色(女に朱)麗 密親或善友 男子如天身 群牛豊(牛に字)乳 經巻淨無垢 遍知因縁覺 并佛聲聞衆 大我諸菩薩 現前授諸果 度大海河池 及聞所楽聲 空中言吉祥 當與意楽果 如是等好相 宜應諦分別 與此相違者 當知非善夢 善住於戒者 晨起白師已 師説此句法 觀發諸行人 此殊勝願道 大心摩訶衍 汝今能志求 當成就如來 自然智大龍 世間敬如塔 有無悉超越 無垢同虚空 諸法甚深奥 難了無含藏 離一切妄想 戯論本無故 作業妙無比 常依於二諦 是乗殊勝願 汝當住斯道  
爾時住無戯論執金剛。白佛言世尊。願説三世無礙智戒。若菩薩住此者。令諸佛菩薩皆歓喜故。如是説已。佛告住無戯論金剛等言。佛子諦聴。若族姓子住是戒者。以身語意合爲一不作一切諸法。云何爲戒。所謂觀察捨於自身。奉献諸佛菩薩。何以故若捨自身則爲捨彼三事。云何爲三。謡身語意。是故族姓子。以受身語意戒得名菩薩。所以者何。離彼身語意故。菩薩塵訶薩應如是學。次於明日。以金剛薩加持自身。爲世尊毘廬遮那作礼。應取淨瓶盛満香水。持誦隆三世眞言而用加之。置初門外。用漉是諸人等。彼阿闍梨。以淨香水授與令欲。彼心清淨故 
爾時執金剛秘密主。以偈問佛 
種智説中尊 願説彼時分 大衆於何時 普集現霊瑞 漫茶離闍梨 慇懃持眞言 爾時薄伽梵 告持金剛慧 常當於此夜 而作漫茶羅 傳法阿闇梨 如是應次取 五色修多羅 稽首一切佛 大毘廬遮那 親自作加持 東方以爲首 対持修多羅 至齊而在空 漸次右旋轉 如是南及西 終竟於北方 第二安立界 亦從初方起 憶念諸如來 所行如上説 右方及後方 復周於勝方 阿闍梨次廻 依於涅哩底 受學対持者 漸次以南行 從此右旋遶 轉依於風方 師位移本處 両居於火方 持眞言行者 復修如是法 弟子在西南 師居伊舎尼 學者復旋遶 轉依於火方 師位移本處 而住於風方 如是眞言者 晋作四方相 漸次入其中 三位以分之 已表三分位 地相普周遍 復於一一分 差別以爲三 是中最初分 作業所行道 其餘中後分 聖天之住處 方等有四門 應知其分剤 誠心以殷重 運布諸聖尊 如是造衆相 均調善分別 内心妙白連 胎藏正均等 藏中造一切 悲生漫茶羅 十六央具梨 過此是其量 八葉正円満 鬚蕊皆嚴好 金剛之智印 遍出諸葉間 從此華台中 大日勝尊現 金色具暉曜 首持髪髻冠 救世円満光 離熱住三昧 彼東應画作 一切遍知印 三角蓮華上 其色皆鮮白 光焔遍圍遶 皓潔普周遍 次於其北維 導師諸佛母 晃曜眞金色 縞素以爲衣 遍照猶日光 正受住三昧 復於彼南方 教世佛菩薩 大徳聖尊印 號名満衆願 眞陀摩尼珠 住於白蓮華 北方大精進 觀世自在者 光色如皓月 商重那華 微笑坐白蓮 髻現無量壽 彼右大名称 聖者多羅尊 青白色相雑 中年女人状 合掌持青蓮 円光靡不遍 暉發猶淨金 微笑鮮白衣 右邊毘倶胝 手垂數珠鬘 三目持髪髻 尊形猶皓素 円光色無主 黄赤白相入 次近毘倶胝 画得大勢尊 彼服商色 大悲蓮華手 滋栄而未敷 圍遶以円光 明妃住其側 號持名称者 一切妙瓔珞 荘嚴金色身 執鮮妙華枝 左持鉢胤遇 近聖者多羅 住於白處尊 髪冠襲純帛 鉢曇摩華手 於聖者前作 大力持明王 晨朝日暉色 白蓮以嚴身 赫奕成焔鬘 吼怒牙出現 利爪獣王髪 何耶掲利婆 如是三摩地 觀音諸眷属 復次華台表 大日之右方 能満一切願 持金剛慧者 鉢孕遇華色 或復如緑寶 首戴衆寶冠 瓔珞荘嚴身 間錯互嚴節 廣多數無量 左執跋折羅 周環起光焔 金剛藏之右 所謂忙奔 亦持堅慧杵 嚴身以瓔珞 彼右次應置 大力金剛針 使者衆園遶 微笑同瞻仰 聖者之左方 金剛商N羅 執持金剛鎖 自部諸使倶 其身浅黄色 智杵爲●● 於執金剛下 忿怒降三世 摧伏大障者 號名月黶尊 三目四牙現 夏時雨雲色 阿●●笑聲 金剛寶瓔珞 攝護衆生故 無量衆囲遶 乃至百千手 操持衆器械 如是忿怒等 皆住蓮華中 次往西方画 無量持金剛 種種金剛印 形色各差別 普放円満光 爲諸衆生故 眞言主之下 依涅哩底方 不動如來使 持慧刀羂索 頂髪垂左肩 一目而諦觀 威怒身猛焔 安住在盤石 面門水波相 充満童子形 如是具慧者 次應往風方 後画忿怒尊 所謂勝三世 威猛焔囲遶 寶冠持金剛 不顧自身命 専請而受教 已説初界域 諸尊方位等 持眞言行人 次往第二院 東方初門中 画釋迦牟尼 圍遶紫金色 具三十二相 被服袈裟衣 坐白蓮華台 爲令教流布 住彼而説法 次於世尊右 顕示遍知眼 照怡相微笑 遍体円淨光 喜見無比身 是名能寂母 復於彼尊右 円写毫相明 住鉢頭摩華 円照商色 執持如意寶 満足衆希願 暉光大精進 救世釋師子 聖尊之左方 如來之五頂 最初名白傘 勝項最勝頂 衆徳火光聚 及與捨除頂 是名五大頂 大我之釋種 應當依是處 精心造衆相 次於其北方 布列淨居衆 自在與普華 光鬘及意生 名称遠聞等 各如其次弟 於毫相之右 復画三佛頂 初名廣大頂 次名極廣大 及無辺音聲 皆應善安立 五種如來頂 白黄眞金色 復次三佛頂 白黄赤兼備 其光昼普廣 衆瓔珞荘嚴 所發弘誓カ 一切願皆満 行者於東隅 而作火仙像 住於熾焔中 三點灰爲標 身色皆深赤 心置三角印 両在円焔中 持殊及澡瓶 右方閻摩王 手秉壇拏印 水牛以爲座 震電玄雲色 七母并黒夜 妃后等囲繞 涅哩底鬼王 執刀恐怖形 縛拏龍王 羂索以爲印 初方釋天王 安住妙高山 寶冠被瓔珞 持跋折羅印 及餘諸眷属 慧者善分布 左置日天衆 在於輿輅中 勝無勝妃等 翼從而侍衞 大梵在其右 四面持髪冠  唵字相爲印 執蓮在鵝上 西方諸地神 辯才及毘紐 塞建那風神 商羯羅月天 是等依龍方 昼之勿遺謬 持眞言行者 以不迷惑心 佛子次應作 持明大忿怒 右號無能勝 左無能勝妃 持地神奉瓶 虔敬而長跪 及二大龍王 難陀抜難陀 対處廂曲中 通門之大護 所餘釋種尊 眞言與印壇 所説一切法 師應具開示 持眞言行者 次至第三院 先図妙吉祥 其身欝金色 五髻冠其頂 猶如童子形 左恃青蓮華 上表金剛印 悲顔遍微笑 坐於白蓮臺 妙相円普光 周匝互暉映 右過應次畫 網光童子身 執持衆費網 種種妙瓔珞 住寶蓮華座 而觀佛長子 左辺畫五種 與願金剛使 所謂馨設尼 優婆髻設尼 及與質多羅 地慧并請召 如是五使者 五種奉教者 二衆共圍遶 侍衞無勝智 行者於右方 次作大名稱 除一切蓋障 執持如意寶 捨於二分位 當画八菩薩 所謂除疑怪 施一切無畏 除一切悪趣 救意慧菩薩 悲念具慧者 慈起大衆生 除一切熱悩 不可思議慧 次復捨斯位 至於北勝方 行者以一心 憶持布衆綵 而造具善忍 地藏摩訶薩 其座極巧嚴 身處於焔胎 雑寶荘嚴地 綺錯互相間 四寶爲蓮華 聖者所安住 及與大名称 無量諸菩薩 謂寶掌寶手 及與持地等 寶印手堅意 上首諸聖尊 各與無数衆 前後共圍遶 次復於龍万 當畫虚空藏 勤勇被白衣 持刀生焔光 及與諸眷属 正覺所生子 各隨其次第 列坐正蓮上 今説彼眷属 大我菩薩衆 應善図藻 諦誠勿迷忘 謂虚空無垢 次名虚空慧 及清淨慧等 行慧安慧等 如是諸菩薩 常勤精進者 各如其次第 而畫荘嚴身 略説大悲藏 漫茶羅位竟  
時執金剛秘密主。於一切衆會中。諦觀大日世尊。目不暫瞬而説偈言  
一切智慧者 出現於世間 如彼優曇華 時時乃一現 眞言所行道 倍復甚難過 無量倶胝勃 所作衆罪業 見此漫茶羅 消滅盡無餘 何況無量稱 住眞言行法 行此無上句 眞言救世者 止斷諸悪趣 一切苦不生 若修如是行 妙慧深不動  
時普集會一切大衆。及諸持金剛者。以一音讃歎金剛手言  
善哉善哉大勤勇 汝已修行眞言行 能問一切眞言義 我等咸有意思惟 一切現爲汝謂驗 依住眞言之行力 及餘菩提大心衆 當得通達眞言法  
時執金剛秘密主。復白世尊而説偈言  
云何彩色義 復當以何色 云何而運布 是色誰爲初 門標旗量等 廂衞亦如是 云何建諸門 願尊説其量 奉食華香等 及與衆寶瓶 云何引弟予 云何令潅頂 云何供養師 願説護摩處 云何眞言相 云何住三昧 如是發問已 牟尼諸法王 告持金剛慧 一心應諦聽 最勝眞言道 出生大乗果 汝今請問我 爲大有情説 染彼衆生界 以法界之味 古佛所宣説 是名爲色義 先安布内色 非安布外色 潔白最爲初 赤色爲第二 如是黄及青 漸次而彰著 一切内深玄 是謂色先後 建立門(巾に票)幡(巾に識) 量同中胎藏 廂衞亦如是 華台十六節 應知彼初門 與内壇齊等 智者於外院 漸次而増加 於彼廂衞中 當建大護者 略説三摩地 一心住於縁 廣義復殊異 大衆生諦聽 佛説一切空 正覺之等持 三昧證知心 非從異縁得 彼如是境界 一切如來定 故説爲大空 円満薩婆若 
大毘廬遮那成佛神變加持經 巻第二 

 

入漫茶羅具縁眞言品第二之餘  
爾時毘廬遮那世尊與一切諸佛同共集會。各各亘説一切聲聞縁覺菩薩三昧道。時佛入於一切如來一体速疾力三昧。於是世尊復告執金剛菩薩言  
我昔坐道場 降伏於四魔 以大勤勇聲 除衆生怖畏 是時梵天等 心喜共称説 由此諸世間 號名大勤勇 我覺本不生 出過語言道 諸過得解脱 遠難於因縁 知空等虚空 如実相智生 已離一切暗 第一実無垢 諸趣唯想名 佛相亦復然 此第一実際 以加持力故 爲度於世間 而以文字説  
爾時執金剛具徳者。得未曾有開敷眼。頂礼一切智而説偈言  
諸佛甚希有 権智不思議 離一切戲論 諸佛自然智 而爲世間説 満足衆希願 眞言相如是 常依於二諦 若有諸衆生 知此法教者 世人應供養 猶如敬制底  
時執金剛説此偈巳。諦觀毘廬遮那目不暫瞬黙然而住。於是世尊。復告執金剛秘密主言。復次秘密主。一生補處菩薩。住佛地三昧道。離於造作知世間相。住於業地堅住佛地。復次秘密主。八地自在菩薩三昧道。不得一切諸法。離於有生。知一切幻化。是故世称觀自在者復次秘密主。聲聞衆住有縁地。識生滅除二辺。極觀察智。得不随順修行因。是名聲聞三昧道。秘密主緑覺觀祭因果。住無言説法。不轉無言説。於一切法證極滅語言三昧。是名縁覺三昧道。秘密主。世間因果及業。若生若滅。繋属他主。空三昧生。是名世間三昧道。爾時世尊而説偈言  
秘密主當知 此等三昧道 若住佛世尊 菩薩救世者 縁覺聲聞説 摧害於諸過 若諸天世間 眞言法教道 如是勤勇者 爲利衆生故  
復次世尊告執金剛秘密主言。秘密主汝當諦聽。諸眞言相。金剛手言。唯然世尊願楽欲問爾時世尊復説頌曰  
等正覺眞言 言名成立相 如因陀羅宗 諸義利成就 有増加法句 本名行相應 若唵字宇 及與溌磔迦 或頡●●等 是佛頂名號 若掲(人偏に艮)拏 陀耶畔闍 訶娜摩也 鉢也等類 是奉教使者 諸忿怒眞言 若有納麼字 及莎縛訶等 是修三摩地 寂行者標相 若有扇多字 微戌陀字等 當知能満足 一切所希願 此正覺佛子 救世者眞言 若聲聞所説 一一句安布 是中辟支佛 復有少差別 謂三昧分異 淨除於業生  
復次秘密主。此眞言相非一切諸佛所作。不令他作。亦不随喜。何以故。以是諸法法如是故。若諸如來出現。若諸如來不出。諸法法爾如是住。謂諸眞言眞言法爾故。秘密主。成等正覺一切知者。一切見者。出興于世。而自此法。説種種道。随種種楽欲。種種諸衆生心。以種種句種種文。種種隨方語言。種種諸趣音聲。而以加持説眞言道。秘密主云何如來眞言道。謂加持此書寫文字。秘密主。如來無量百千倶胝那多劫。積集修行眞実諦語。四聖諦四念處。四神足十如來力。六波羅蜜七菩提寶。四梵住十八佛不共法。秘密主以要言之。諸如來一切智智。一切如來自福智力。自願智力。一切法界加持力。随順衆生如其種類。開示眞言教法。云何眞言教法。謂阿字門一切諸法本不生故。迦字門一切諸法離作業故。字門一切諸法等虚空不可得故。哦宇門一切諸法一切行不可得故。伽[重聲]字門一切諸法一合不可得故。遮字門一切諸法離一切下遷變故。車字門一切諸法影像不可得蚊。若字門一切諸法生不可得故。社字門一切諸法戦敵不可得故。字門一切諸法慢不可得故。咤字門一切諸法長養不可得故。拏字門一切諸法怨対不可得故。茶[重聲]字門一切諸法執持不可得故。多字門一切諸法如如不可得故。他字門一切諸法住處不可得故。娜字門一切諸法施不可得故。[重聲]字門一切諸法法界不可得故。波字門一切諸法第一義諦不可得故。頗字門一切諸法不堅如聚沫故。麼字門一切諸法縛不可得故。婆字門一切諸法一切有不可得故。野字門一切諸法一切乗不可得故。字門一切諸法離一切諸塵染故。邏字門一切諸法一切相不可得故。縛字門一切諸法語言道断故。奢字門一切諸法本性寂故。沙字門一切諸法性鈍故。娑宇門一切諸法一切諦不可得故。訶字門一切諸法因不可得故。秘密主仰若拏那麼於一切三昧。自在速能成辨諸事。所爲義利皆悉成就。爾時世尊而説偈言  
眞言三昧門 円満一切願 所謂諸如來 不可思議果 具足衆勝願 眞言決定義 超越於三世 無垢同虚空 住不思議心 起作諸事業 到修行地者 授不思議果 是第一眞実 諸佛所開 若知此法教 當得諸悉地 最勝眞実聲 眞言眞言相 行者諦思惟 當得不壞句  
爾時執金剛秘密主白佛言。希有世尊。佛説不思議眞言相道法。不其一切聲聞縁覺。亦非晋爲一切衆生。若信此眞言道者。諸功徳法皆當満足。唯願世尊。次説漫茶羅所須次第。如是説已。世尊復告金剛手而説偈言  
持眞言行者 供養諸聖尊 當奉悦意花 潔白黄朱色 鉢頭摩青蓮 龍花奔那伽 計薩末利 得蘗藍瞻蔔 無憂底羅剣 鉢羅娑羅 是等鮮妙華 吉祥衆所樂 採集以爲鬘 敬心而供養 栴檀及青木 首緒香欝金 及餘妙塗香 盡持以奉磯 沈水及松香 藍龍與脳 白相豚香等 失利婆塞迦 及餘焚香類 券磯世称美 應當隨法教 而奉於聖尊 復次大衆生 依教献諸食 奉乳蝶酪飯 歓喜漫茶迦 百葉甘美餅 淨妙(米+少)糖餅 布利迦間究 及末塗失 諾迦無憂 播鉢食等 如是諸(食+肴)(食+善) 種種珍妙果 蹇茶與石蜜 糖蜜生熟酥 種種諸漿飲 乳酪淨牛味 又奉諸燈燭 異類新淨器 盛満妙香油 布列爲照明 四方総幡蓋 種種色相間 門標異形類 并懸以鈴鐸 或以心供養 一切皆作之 持眞言行者 存意勿遺忘 次具迦羅奢 或六或十八 備足諸寶薬 盛満衆香水 枝條上垂布 間挿華果実 塗香等嚴飾 結護両作淨 繋頚以妙衣 瓶数或増廣 上首諸尊等 各各奉兼服 諸餘大有情 一一皆獻之 如是修供養 次引應度者 灑之以淨水 授與塗香華 令發菩提心 憶念諸如來 一切皆當得 生於淨佛家 結法界生印 及與法輸印 金剛有情等 而用作加護 次應當自結 諸佛三昧耶 三轉加淨衣 如眞言法教 而用覆其首 深起悲念心 三誦三昧耶 頂戴以字 嚴以大空點 周匝開焔鬘 字門生白光 流出如満月 現対諸救世 而散於淨華 隨其所至處 行人而尊奉 漫荼羅初門 大龍廂衞處 於二門中間 安立於學人 住彼随法教 而作衆事業 如是令弟子 遠離於諸過 作寂然護摩 護摩依法住 初自中胎藏 至第二之外 於漫茶羅中 作無疑慮心 如其自肘量 陷作光明壇 四節爲周界 中表金剛印 師位之右方 護摩具支分 學人住其左 蹲踞増敬心 自敷吉祥草 藉地以安坐 或布衆綵色 (丹+彡)輝極嚴麗 一切(糸+貴)事成 是略護摩處 周匝布祥茅 桃坐互相加 右旋皆廣厚 遍灑以香水 思惟火光尊 哀愍一切故 應當持満器 而以供養之 爾時善住者 當説是眞語  
南麼三曼多勃馱喃[一]悪掲娜[二合]曳[平二]莎訶[三] 
復以三昧手 次持諸弟子 慧手大空指 略奉持護摩 毎獻卸誠誦 各別至三七 常住慈愍心 依法眞実言  
南麼三曼多勃馱喃[一]阿[去]摩訶[引]扇底[丁以反下同]蘗多[二]底羯[三]鉢[二合]摩達磨[入]若[引]多[四]阿婆[去][二合]婆[引][五]達麼娑麼多[引]鉢[二合]鉢多[二合六]莎訶[七]  
行者護摩竟 應教令(人+親)施 金銭衆珍寶 象馬及車乗 牛羊上衣服 或復餘資財 弟于當至誠 恭敬起慇重 深心目折慶 而奉於所尊 以修行淨捨 令彼歓喜故 已爲作加護 應召而告言 今此勝福田 一切佛所説 爲欲廣簾益 一切諸有情 奉施一切僧 當獲於大果 無盡大資財 世説溝随生 以供養僧者 施具徳之人 是故世尊説 應當發歓喜 勝力辧(食+肴)膳 而施現前僧   
爾時毘廬遮那世尊。復告執金剛秘密主。而説偈言  
汝塵訶薩 一心應諦聽 當廣説潅頂 古佛所開示 師作第二壇 対中漫荼羅 図画於外界 相距二肘量 四方正均等 内向開一門 安四執金剛 居其四維外 諸住無戯論 及虚空無垢 無垢眼金剛 被雑色衣等 内心大蓮華 八葉及鬚蕊 於四方葉中 四伴侶菩薩 由彼大有情 往昔願力故 云何名爲四 謂総持自在 念持利益心 悲者菩薩等 所餘諸四葉 作四奉教者 雑色衣満願 無礙及解脱 中央示法界 不可思議色 四寶所成瓶 盛満衆薬寶 普賢慈氏尊 及與除蓋障 除一切悪趣 而以作加持 彼於潅頂時 當置妙蓮上 獻以塗香華 燈明及閼伽 上蔭幢幡蓋 奉摂意音楽 吉慶伽陀等 廣多美妙言 如是而供養 令得歓喜已 親対諸如來 而自潅其頂 復當供養彼 妙善諸香華 次應執金箆 在於彼前住 慰喩令歓喜 説如是伽他 佛子佛爲汝 決除無智膜 猶如世醫王 善用以金籌 持眞言行者 復當執明鏡 爲顕無相法 説是妙伽他 諸法無形像 清澄無垢濁 無執離言説 但從因業起 如是知此法 自性無染汚 爲世無比利 汝從佛心生 次當授法輪 置以二足間 慧手傳法螺 復説如是偈 汝自於今日 轉於救世輪 其聲皆周遍 吹無上法螺 勿生於異慧 當離疑悔心 開示於世間 勝行眞言道 常作如是願 宣唱佛恩徳 一切持金剛 皆當護念汝 次當於弟子 而起悲念心 行者應入中 示三昧耶偈 佛子汝從今 不惜身命故 常不應捨法 捨離菩提心 慳悋一切法 不利衆生行 佛説三昧耶 汝善住戒者 如護自身命 護戒亦如是 應至誠恭敬 稽首聖尊足 所作随教行 勿生疑慮心  
爾時金剛手白佛言。世尊若有諸善男子善女人。入此大非藏生大漫荼羅王三昧耶者。彼獲幾所福徳聚。如是説巳。佛告金剛手言。秘密主從初發心。乃至成如來。所有福徳聚。是善男子善女人福徳聚。與彼正等。秘密主以此法門當如是知。彼善男子善女人。從如來口生佛心之子。若是善男子善女人所在方所。即爲有佛施作佛事。是故秘密主。若楽欲供養佛者。當供養此善男子善女人。若楽欲見佛。即當觀彼。時金剛手等上首執金剛。及普賢等上首諸菩薩。同聲説言。世尊我等從今以後。應當恭敬供養是善男子善女人。何以故。世尊。彼善男子善女人。同見佛世尊故。 
爾時毘廬遮那世尊。復觀一切衆會。告執金剛秘密主等諸持金剛者及大衆言。善男子有如來出世無量廣長語輪相。如巧色摩尼能満一切願。積集無量福徳。住不可害行。三世無比力眞言句。如是言已。金剛手秘密主等諸執金剛及大會衆。同聲説言。世尊今正是時。善逝。今正是時 
爾時毘廬遮那世尊。住於満一切願出廣長舌相遍覆一切佛刹蒲淨法幢高峯觀三昧。時佛從定起。爾時發遍一切如來法界哀愍無餘衆生界聲。説此大力大護明妃曰  
南麼薩婆怛他[引]蘗帝弊[ ]毘也。反下同一薩婆佩野微蘗帝弊[二]微濕[二合]目契弊[三]薩婆他[引](口+含)[四]羅吃沙[上二合]摩訶沫麗[五]薩婆怛他[引]蘗多[六]奔昵也[二合][入]闍[引]帝[七]●●[八][二合引]磔怛[二合引]磔[九]阿鉢[二合]底[丁以反]訶諦[十]莎訶[十一]  
時一切如來及佛子衆。説此明已。即時普遍佛刹六種震動。一切菩薩得未曾有開敷眼於諸佛前。以悦意言音。而説偈言  
諸佛甚奇特 説此大力護 一切佛護持 城池皆固密 由彼護心住 所有爲障者 毘那夜迦等 悪形諸羅刹 一切皆退散 念眞言力故  
時薄伽梵廣大法界加持。即於是時。住法界胎藏三昧。從此定起説。入佛三昧邪持明曰  
南麼三曼多勃馱喃[一]阿三迷[二]阻[二合]三迷[三]三麼曳[四]莎訶[五]即於爾時。於一切佛刹一切菩薩衆會之中。説此入三昧耶明巳。諸佛子等同聞是者。於一切法而不違越時薄伽梵。復説法界生眞言曰  南麼三曼多勃馱喃[一]達摩睹[二]薩[二合]婆句痕[三] 
金剛薩加持眞言曰  南麼三曼多伐折[二合][一]伐折[二合]咀麼[二]合句痕[二] 
金剛鎧眞言曰 南麼三曼多伐折[二合][一]伐折[二合]迦[二]如來眼又觀眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]怛他[引]掲多斫吃芻[二合二]尾也[二合]路迦也[三]莎訶[四]  
塗香眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]微輸[上]健杜[引]納婆[二合][二]莎訶[三]華眞言曰南麼三曼多勃喃[一]摩詞[引]妹咀也[ ]二合二毘[二合]蘗帝[三]莎議[四]  
焼香眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]達摩睹弩蘗帝[二]莎訶[ ]三  
飲食眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]阿●●[二]迦羅羅[三]沫隣捺娜弭[四]沫隣捺泥[五]摩訶[引]沫[六]莎訶[七]  
燈眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]怛他[引]掲多[引]喇旨[二合二]薩[二合]●●●婆[去]娑娜[三]伽伽陀哩耶[二合四]莎訶[五]  
閼伽眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]伽伽[上]娜三摩[引]三摩[二]莎訶[三]  
如來頂相眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]伽伽[ ]娜難多薩發[二合]●●[上二]微輸[上]達摩[入]闍[引]多[三]莎訶[四]  
如來甲眞言曰 南麼三曼多曼勃喃[一]伐折[二合]入[二合引]羅[二]微薩普[二合]●●[二]  
如來円光眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]入[二合引]羅[引]摩履[二]怛他[引]蘗多[引][二合三]莎訶[四]  
如來舌相眞言曰 南麼三曼多勃喃一摩訶(引)摩訶[二]怛他蘗多爾訶(口+縛)[二合三]薩底也[二合]達磨鉢[二合]底[丁以反]瑟恥[二合]多[四]莎訶[五] 
息障品第三  
爾時金剛手。又復請問毘廬遮那世尊。而説偈言  
云何道場時 淨除諸障者 修眞言行人 無能爲悩害 云何持眞旨 云何彼成果 如是發問已 大日尊歎言 善哉塵訶薩 快説如是語 随汝心所問 今當悉開示 障者自心生 随順昔慳悋 爲除彼因故 念此菩提心 善除妄分別 從心思所生 憶念菩提心 行者離諸過 常當意思唯 不動摩訶薩 而結彼密印 能除諸障礙 秘密主復聽 繋除散亂風 阿字爲我体 心持阿字門 健陀以塗地 而作大空點 依於●●方  闔以拾梵 思念於彼器 大心弥廬山 時時在其上 阿字大空點 先佛所宣説 能縛於大風 大有情諦聽 行者防駛雨 思惟字門 大力火光色 威猛熾焔鬘 忿怒持遏伽 随所起方分 治地興蔭雲 断以慧刀印 昏蔽尋消散 行者無畏心 或作(草+角+刀)羅剣 以是金剛(木+厥) 一切同金剛 復次今當説 息一切諸障 念眞言大猛 不動大力者 住本漫荼羅 行者或居中 而觀彼形像 頂戴三昧足 彼障當淨除 息滅而不生 或以羅邇迦 微妙共和合 行者造形像 而以塗其身 彼諸執著者 由斯対治故 彼諸根熾然 勿生疑惑心 乃至釋梵尊 不順我教故 尚當爲所焚 況復餘衆生  
爾時金剛手白佛言。世尊如我解佛所説義。我亦如是。知諸聖尊住本漫荼羅位令有戚神。由彼如是住故。如來教勅無能隠蔽。何以故。世尊即一切諸眞言三昧耶。所謂住於自種性故。是故眞言門修菩薩行諸菩薩。亦當住於本位作諸事業。又秘密主。若説諸色彼諸聖尊漫荼羅位。諸尊形相。當知亦爾。是則先佛所説。秘密主於未來世劣慧無信衆生。間如是説不能信受。以無慧故而増疑惑。彼唯如聞。竪住而不修行。自損損他作如是言。彼諸外道有如是法非佛所説。彼無智人當作如是信解。爾時世尊而説偈言  
一切智惟尊 諸法得自在 如其所通達 方便度衆生 是諸先佛説 利益求法者 彼愚夫不知 諸佛之法相 我説一切法 所有相皆空 常當住眞言 善決定作業 
普通眞言藏品第四  
爾時諸執金剛。秘密主爲上首。諸菩薩衆普賢爲上首。稽首毘廬遮那佛。各各言音請白世尊。楽欲於此大悲藏生大漫荼羅王。如所通達法界清淨門演説眞言法句。 
爾時世尊無壞法爾加持。而告諸執金剛及菩薩言。善男子當説如所通達法界。淨除衆生界眞実語句。時普賢菩薩。即時住於佛境界荘嚴三昧。説無(門+亥)力眞言曰  
南麼三曼多勃馱喃[一]三麼多[引]奴掲多[二]●●闍達摩闍多[三]摩詞[引]摩訶[四]莎訶[五]時弥勒菩薩。住發生普遍大慈三昧。説白心。眞言曰。 
南麼三曼多勃馱喃[一]阿爾単若耶[二]薩婆薩[引]捨耶弩蘗多[三]莎訶[四]爾時虚空藏菩薩。入清淨境界三昧。説自心。  
眞言曰 南麼三曼多勃馱喃[一]阿[去]迦[引]奢三麼多[引]弩蘗多[二]徴質怛(口+蘭)[引]●●[三]莎訶[四]爾時除一切蓋障菩薩。入悲力三昧。説眞言曰南麼三曼多勃喃[一]阿[去]薩係多[引]毘[二合]蘗多[二]怛[二合]怛[二合]●●[三]莎訶[四]  
爾時觀世自在菩薩。入於普觀三昧。説自心及眷属。眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]薩婆恒他[上]蘗多[上]廬吉多[二]羯●●(口+寧)麼也[三]●●●若[短聲四]莎訶[五]  
特大勢眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]髯髯索[二]莎[二合]訶[三]  
多羅尊眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]羯婆[二合上]吠[平二]●●●(手+尼)[三]莎訶[四]  
大毘倶胝眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]薩婆陪也怛[二合引]散[平二]薩破[二合]也[三]莎訶[四]  
白處尊眞言曰 南麼三曼多勃鰍喃[一]怛他[引]蘗多微灑也[二]三婆[去]吠[平三]鉢曇摩[二合]摩履[平四]莎訶[五]何耶掲●●眞言 南麼三曼多勃略喃[一]●●[引]陀畔闍[二]薩破[二合]也[三]莎訶[四]時地藏菩薩。住金剛不可壞行境界三昧。説眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]訶訶訶[二]素[上]惟弩[三]莎訶[四]時文殊師利童子。住佛加持神力三昧。説自  
心眞言曰 南麼三多物勃喃[一]係係倶摩迦[二]微目吃底[丁以反二合]鉢他悉体[他以反]多[三]薩麼[二合]薩麼[二合][四]鉢[二合]底[丁以反]然[五]莎訶[六]爾時金剛手。住大金剛無勝三昧。説自心及  
属眞言曰 南麼三曼多伐折[二合][一]戦拏麼訶[引][平二]忙奔計眞言曰 三曼多伐折[二合][一]怛[二合][軽]怛[二合][軽二]若衍底[丁以反三]莎訶[四]  
金剛鎖眞言曰 南麼三愛多伐折[二合][一]満陀満陀也[二]暮[ ]暮也[二]伐折路[二合]婆[去二合]吠[三]薩[引二合]鉢[引二合]底[丁以反]訶諦[四]莎訶[五]  
金剛月黶眞言曰 南麼三曼多伐折[二合][一]頡[二合]吽發[軽二]莎訶  
金剛針眞言曰 南麼三曼多伐折[二合][一]薩婆達麼[入]吠[平二合]達[平二]伐折[二合]素旨[入]泥[三]莎訶[四]  
一切持金剛眞言曰 南麼三曼多伐折[二合][一]●●●[二]發[軽]發髯髯[三]莎訶[四]  
一切諸奉教者眞言曰 南麼三曼多伐折[二合][一]係係緊質[引]也徒[二](金+乞)[二合](人+艮)[二合]●●[二合](人+艮)[二合三]娜[四]鉢也[五]薩[二合]鉢[二合]底[丁以反]然[六]莎訶[七]時釈迦牟尼世尊。入於寶庭三昧。説自心及  
眷属眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]薩婆吃麗[二合]鉢多[三]伽伽娜三摩[引]三摩[四]莎訶[五]  
毫相眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]●●泥[去二]●●[二合引]鉢帝[三]一切諸佛頂眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]鑁鑁鑁[二]●●[軽三]莎訶[四]  
無能勝眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]地[入]√[二合]地[人]√[二合二]√√[三]∽√[二合]∽√[二合四]莎訶[五]  
無能勝妃眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]阿[ ]上鉢[引]爾帝[二]若行底[丁以反]怛(手+尼)帝[三]莎訶[四]地神眞言曰南麼三曼多勃喃[一]鉢[二][合]体他以]梅[無尽反]曳[ ]平二合二莎訶[三]  
毘紐天眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]徴瑟[二合]吠[二]莎訶眞言曰 南麼三曼多勃喃[一][引二合]也[二]莎訶[三]  
風神眞言曰 南麼三曼多勃喃[一][引]也吠[平二]莎訶[三]  
美音天眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]薩[ ]二合底[丁以反]曳[二合二]莎訶[三](示+爾)哩底眞言曰 南麼三曼多勃喃[一](口+邏)[引]吃灑[二合]娑[去]地鉢多曳[平二]莎訶[二]  
閻魔眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]梅[無蓋反]娑[上][三合]也[二]莎訶[三]  
死王眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]没[二][合]怛也[二合]吠[平二]娑訶[三]  
黒夜神眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]迦[引]●●[引]怛[二合]曳[平二]莎訶[三]  
七母等眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]忙怛[一合]弊[毘也反二]莎訶[三]  
釋提桓因眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]鑠吃[引二合]也[二]莎訶[三]鱒増努龍王眞言曰 南麼三曼多勃厭喃一阿[去]半鉢曳[平二]娑訶[三]  
梵天眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]鉢[二合]闍[引]鉢多曳[平二]娑訶[三]  
日天眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]阿[去]怛夜[二合]耶[二]娑詞[三]  
月天眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]戦捺羅[引二合]也[二]婆訶[三]  
諸龍眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]謎伽[上]設(水+寧)曳[平二]娑訶[三]  
雑陀跋難陀眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]難徒鉢難捺瑜[二]娑訶[三]時毘廬遮那世尊。楽欲説自教跡不空悉地一切佛菩薩母虚空眼明妃眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]伽伽[上]郡●●落吃灑[二合][平二]伽伽那迷[三]薩婆覩蘗[二合]多[引四]避娑[去]三婆吠[平五]入縛[二合]羅那[引]謨阿[上]目伽[引]難[去六]娑訶復次薄伽梵。爲息一切障故。住於火生三昧。説此大摧障聖者不動主眞言曰 南麼三曼多伐折[二合][一]戦拏摩訶[ ][上二]薩破[二合]也[三][二合]迦[四]悍[引]漫[引五]  
復次降三世眞言曰 南麼三曼多伐折[二合][一]訶訶詞[二]微薩麼[二合]曳[平三]薩婆怛他[引]掲多微灑也三婆[四]怛K[二合]路枳也[二合]微若也[五]若[急呼六]莎訶[七]  
諸聲間眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]係睹鉢羅[二合]底[丁以反]微蘗多羯麼涅[入]閣多[三][四]  
諸緑覺眞言曰 南麼三曼多勃喃[一][二]普一切佛菩薩心眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]薩婆勃菩提薩[二]訶捺耶[三]夜[二合]吠奢[平四]娜麼薩婆尾泥[去五]莎訶[六]  
普世天等諸心眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]路迦[引]路迦羯[引]也[二]薩婆提婆那伽薬吃沙[二合]健達婆阿[上]蘇荼緊捺摩護伽[上][三]訶[二合]捺耶[四][二合]羯[ ]灑[二合]也[五]微質怛[二合]蘗底[丁以反六]莎訶[七]。  
一切諸佛眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]薩婆他[二]微麼底[三]微枳●●[上四]達摩睹[ ]涅[入]閣多[五]参参訶[六]莎訶[七]吃[引二合]也[二]莎訶[三]●●拏龍王眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]阿[去]半鉢曳[平二]娑訶[三]  
梵天眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]鉢[二合]闍[引]鉢多曳[平二]娑訶  
日天眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]阿[去]怛夜[二合]耶[二]娑訶[三]月天眞言曰南麼三曼多勃喃[一]戦捺羅[引二合]也[二]娑訶[ ]三  
諸龍眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]謎伽[上]設濘曳[平二]娑訶[三]  
難陀跋難陀眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]難徒鉢難捺瑜[ ]二娑訶[ ]三時毘廬遮那世尊。楽欲説自教跡不空悉地一切佛菩薩母虚空眼明妃眞言曰南麼三曼多勃喃[一]伽伽[上]那●●落吃灑[二合][平二]伽伽那迷[三]薩婆覩(口+)蘗[二合]多[引四]避娑[去][三]婆吠[平五]入縛[二合]羅那[引]謨阿[上]目伽[引]難[去六]娑訶復次薄伽梵。爲息一切障故。住於火生三昧。説此大摧院聖者不動主眞言曰南麼三曼多伐折[二合][一]戦拏摩訶[上][二]薩彼[二合]也[三][二合]迦[四]悍[ ]引漫[引五]  
復次降三世眞言曰 南麼三曼多伐折[二合][一]訶訶訶[二]微薩麼[二合]曳[平三]薩婆怛他[引]掲多微灑也三婆[四]怛K[二合]路枳也[二合]微若也[五]若[急呼六]莎訶[ ]七諸聲間眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]係睹鉢羅[二合]底[丁以反]也[二]微蘗多羯麼涅[入]闍多[三][四]諸緑覺眞言曰南麼三曼多勃喃[一][二]普一切佛菩薩心眞言曰南麼三曼多勃喃[一]薩婆勃菩提薩[二]訶捺耶[三]夜[二合]吠奢[平四]娜麼薩婆尾泥[去方]莎訶[六]  
普世天等諸心眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]路迦[引]路迦羯[引]也[二]薩婆提婆那伽薬吃沙[二合]健達婆阿[上]蘇荼緊捺麼護伽[上]徹(口+爾)[三]訶[二合]捺耶[四]粥夜[二曾])羯梶(口+行)灑貢(二形也[髪]微質怛[二合]蘗蟻[丁以反]額[丁上反]1訶[七]一切諸佛眞言曰南 麼三曼多勃喃[一]薩婆他[二]微麼底[三]微枳●●[上四]達摩●●(日+者)[入]闍多[五]参参訶[六]莎訶[七]  
不可越守護門者眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]訥●●[二合]沙[二合二]摩訶[引]路灑[上][三]娜也薩鑁[引平]怛他[引]蘗多[引]然矩[四]莎訶[五]相向守護門者眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]係摩訶鉢[二合]戦拏[二]阿毘目[三]蘗[二]合訶拏[二合]娜耶[四]緊質[引]也徒[五][三]麼耶麼弩娑麼[二合][六]莎訶[七]結大界眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]薩婆怛羅[二合引]弩蘗帝[ ]二満也徒瞞[ ]引三摩訶三摩耶[入]闍[去]帝[四]娑麼[二合]●●[五]阿鉢[二合]底[丁以反]訶諦[六]迦[七]折[八]満[九]捺奢羶[十]薩婆怛他[引]蘗多[引]弩壤帝[十一]鉢[二合]●●達£臘微若曳[十二]薄似[上]底[十三]微矩微矩麗[十][四]麗魯補[十五]莎訶[十六]  
菩提眞言曰 南麼三曼多効喃[一]阿[上]  
行眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]阿[去]  
成菩提眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]暗  
涅槃眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]  
隆三世眞言曰 南麼三曼多伐折[二合][一]詞[去]  
不動尊眞言曰 南麼三曼多伐折[二合][一]悍  
除蓋障眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]阿[去急呼]  
觀自在眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]娑[上]  
金剛手眞言曰 南麼三曼多伐折[二合][一]風[急呼]  
妙吉祥眞言曰 南麼三曼多勃喃瞞  
虚空眼眞言曰 南麼三曼多劾喃[一]嚴[軽呼]  
法界眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]  
大勤勇眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]欠[平]  
水自在眞言曰 南麼三曼多劾喃[ ]一[髯]  
多羅尊眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]耽  
毘供胝眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]勃[二合]  
得大勢眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]参  
白處尊眞言曰 抗麼三曼多勃喃[一半]  
何耶掲哩婆眞言曰 南麼三曼多勃喃[一合]  
耶輸陀羅眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]閻  
寶掌眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]参  
光網眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]髯  
釋迦牟尼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]婆[上]  
三佛頂眞言曰 南麼三曼多物喃[一]●●●[二合]  
白傘佛頂眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]  
勝佛頂眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]苫  
最勝佛頂眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]賜  
火聚佛頂眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]怛[ ]二合  
除障佛頂眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]訶[二合]  
世明妃眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]耽含半含閻  
無能勝眞言曰 南麼三愛多勃喃[一]  
地神眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]微  
髻設尼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]枳脱  
@波髻設尼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]個履  
質多童子眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]弭履  
財慧童子眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]係履  
株疑怪眞言曰 肘麼三曼多勃喃[一]詞娑難  
施一切衆生無畏眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]娑難  
除一切悪趣眞言曰 南麼三曼多劾喃[一]特清[二合]娑難  
哀愍慧眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]微訶娑難  
大慈生眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]諂[勅減反]  
大悲纏眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]閻除一切熱悩眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]縊  
不思議慧眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]汚  
寶處眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]難[上]  
寶手眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]衫  
持地眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]  
復次眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]髯[軽呼鼻聲]  
寶印手眞首言曰 南麼三曼多勃喃[一]泛[普含反]  
堅内意眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]  
虚空無垢眞言曰 南麼三愛多勃喃[一]含  
虚空慧眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]〒  
清淨慧眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]蘗丹[都痕反]  
行慧眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]地  
安慧眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]  
諸奉教者眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]地室[二合][二合]  
菩薩所説眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]吃沙[二合]拏閻剣  
淨居天眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]満弩[軽]軽麼[二]達摩三婆[ ]去微[三]婆[上]迦那[四]三三[五]莎訶羅刹娑眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]吃[二合]計  
諸茶吉尼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]訶[去][二合]訶[上]  
諸薬叉女眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]薬吃叉[二合]尾夜[二合]達  
諸毘舎遮眞言曰 南麼三曼多勃喃[ ]一比旨比旨  
諸部多眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]喁縊喁伊[上]懵散寧[去]  
諸阿修羅眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]●●[知姦反]●●[同上]特耽没[二合]波[二合]  
諸摩羅伽眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]蘗藍蘗羅藍  
諸緊郡羅眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]訶[上]散難微訶[上]散難  
諸人眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]壹車[去]鉢[二]麼弩[軽]麼曳迷[三]莎訶秘密主是等一切眞言我已宜説。是中一切眞言之心。汝當諦聽。所謂阿字門。金此一切諸眞言心最爲無上。是一切眞言所住。於此眞言而得決定 
大毘廬遮那成佛神變加持經 巻第三 

 

世間成就品第五  
爾時世尊復告執金剛秘密主而説偈言  
如眞言教法 成就於彼果 當字字相應 句句亦如是 作心想念誦 善住一洛叉 初字菩提心 筋二名爲聲 句想爲本尊 而於自處作 第二句當知 即諸佛勝句 行者觀住彼 極円淨月輪 於中諦誠想 諸字如次第 中置字句等 而想淨其命 命者所謂風 念隨出入息 彼等淨除已 作光持誦法 善住眞言者 次一月念誦 行者前方便 一一句通達 諸佛大名称 説此先受持 次當随所有 奉塗香花等 爲成正覺故 廻向自菩提 如是於両月 眞言當無畏 次満此月已 行者入持誦 山峯或牛欄 及諸河⊆等 四⊇道一室 禅室大天室 彼漫茶羅處 悉如金剛宮 是處而結護 行者作成就 即以中夜分 或於日出時 智者應當知 有如是相現 聲或鼓音 若復地震動 及聞虚空中 有悦意言辞 應知如是相 悉地總如意 諸佛両足尊 宜説於彼果 住是眞言行 必定當成佛 應一切種類 常念持眞言 古佛大仙説 故應當憶念 
悉他出現品第六  
爾時世尊。復觀諸大衆會。爲欲満足一切願故。復説三世無量門決定智円満法句  
虚空無垢無自性 能授種種諸巧智 由本自性常空故 縁起甚深難可見 於長恒時殊勝進 隨念施與無上果 譬如一切趣宮室 雖依虚空無著行 此清淨法亦如是 三有無餘清淨生 昔勝生嚴修此故 得有一切如來行 非他句有難可得 作世遍明如世尊 説極清淨修行法 深廣無盡離分別  
爾時毘廬滋那世尊説是偈已。觀察金剛手等諸大衆會。告執金剛言。善男子各各當現法界神力悉地流出句。若諸衆生見如是法。歓喜踊躍得安楽住。如是説已。諸執金剛。爲毘廬遮那世尊。作礼。如是法主依所教勅復請佛言。惟顔世尊哀愍我等。示現悉地流出句。何以故。於尊者薄伽梵前。而自宜示所通達法。非是所宜。善哉世尊。惟願利益安楽未來衆生故。時薄伽梵毘廬遮那。告一切諸執金剛言。善哉善哉善男子。如來所説法毘⊂耶称讃一法所謂有羞。若有羞善男子善女人。見如是法。速生二事。謂不作所不應作。衆所称讃。復有二事。謂。所末至令至。得與佛菩薩同處。復有二事。謂住尸羅。生於人天。善哉。諦聽善思念之。我當宜説眞言成就流出相應句。諸流出相應句。眞言門修菩提諸菩薩。速於是中当得眞言悉地。若行者見漫茶羅。尊所印可。成就眞語發菩提心。深信慈悲無有慳悋。住於調伏。能善分別從縁所生。受持禁戒。善住衆學。具巧方便。勇健。知時非時。好行恵捨。心無怖畏。勤修眞言行法。通達眞言実義。常楽坐禅。楽作成就。秘密主譬如欲界。有自在悦満意明。乃至一切欲處天子。於此迷酔。出衆妙雑類戲笑。及現種種雑類受用遍受用。授與自所變化。他化自在天等。而亦自受用之。又善男子如摩醯首羅天。有勝意生明。能作三千大千世界衆生利益。化一切受用遍受用。授輿淨居諸天。亦復自受用之。又如幻術眞言能現種種園林人物。如阿修羅眞言。現幻化事。如世呪術。攝毒及寒熱等。摩怛哩神眞言。能作衆生疾疫災⊃。及世間呪術。攝除衆毒及寒熱等。能變熾火而生清涼。是故善男子。當信如是流出句眞言威徳。此眞言威徳。非從眞言中出。亦不入衆生。不於持誦者處而有可得。善男子。眞言加持力故。法爾而生。無所過越。以三時不越故。甚深不思議縁生理故。是故善男子。當随順通達不思議法性。常不断絶眞言道 
爾時世尊。復住三世無礙。力依。如來加持不思議力依。荘嚴清淨藏三昧。即時世尊。從三摩鉢底中。出無盡界無尽語表。依法界力無等力正等覺信解。以一音聲四處流出。普遍一切法界。與虚空等無所不至。眞言曰 
南麼薩婆怛他[引]蘗帝[毘反一]微濕[二合]目契弊[毘也反二]薩婆他[阿]阿阿[引]闇[四] 
正等覺心。從是普遍即時一切法界諸聲門從正等覺幟之音。而互出聲。諸菩薩聞是已。得未曾有開敷眼發微妙言音。於一切智離熱者前。而説頌曰  
奇哉眞言行 能具廣大智 若遍布此者 成佛両足尊 是故勤精進 於諸佛語心 常作無間修 淨心離於我 爾時薄伽梵 復説此法句 於正等覺心 而作成就者 於國苑僧坊 若在巌窟中 或意所楽處 觀彼菩提心 乃至初安住 不生疑慮意 隨取彼一心 以心置於心 澄於極淨句 無垢安不動 不分別如鏡 現前甚微細 若彼常觀察 修習而相應 乃至本所尊 自身像皆現 第二正覺句 於鏡漫茶羅 大連華王座 深邃住三昧 総持髪髻冠 囲繞無量光 離妄執分別 本寂如虚空 於彼中思惟 作摂意念誦 一月修等引 持満一洛叉 是爲最初月 持眞言法則 次於第二月 泰塗香華等 而以作饒益 種種衆生類 又復於他月 捨棄諸利養 時彼於瑜伽 思惟而自在 願一切無障 安楽諸群生 楽欲成如來 所称讃円果 或満足一切 有情衆希願 應理無障蓋 而生是攀縁 傍生相食 所有苦永除 常令諸鬼界 飲食皆充満 地獄中受苦 種種諸楚毒 當願速除滅 以我功徳故 及餘無量門 数数心思惟 發廣大悲愍 三種加持句 想念於一切 心誦持眞言 以我功徳力 如來加持力 及與法界力 周遍衆生界 諸念求義利 悉皆饒益之 彼一切如理 所念皆成就  
於是薄伽梵。即於爾時説虚空等力虚空藏轉明妃曰  
南麼薩婆怛他[引]蘗帯[毘反一]微濕[二合]目契弊[毘也反二]薩婆他[三]欠[四]弩蘗帝薩[二合]係門[五]伽伽娜剣[六]莎訶[七] 
持此三轉。随彼所生善願皆亦成就  
行人於満月 次入作持誦 山峯牛欄中 寒林或河洲 四⊇獨樹下 忙怛哩天室 一切金剛色 嚴淨同金剛 彼中諸障者 摂伏心迷亂 四方相周匝 一門及通道 金剛互連属 金剛結相應 門門二守護 不可越相向 擬手而上指 先目奮怒形 慇懃画隅角 輸羅焔光印 中妙金剛座 方位正相直 其上大連華 八葉鬚蕊敷 當結金剛手 金剛之慧印 稽首一切佛 敷敷堅誓願 應護持是處 及淨諸薬物 於此夜持誦 清淨無障礙 或於中夜分 或於日出時 彼薬物當轉 円光普暉焔 眞言者自取 遊歩於大空 住寿大威徳 於生死自在 行於世界頂 現種種色身 具徳吉祥者 展轉而供養 眞言所成物 是名爲悉地 以分別薬物 成就無分別  
秘密主。一切世界諸現在等如來應正等覺。通達方便波羅蜜。彼如來知一分別本性空。以方便波羅蜜力故。而於無爲以有爲爲表。展轉相應。而爲衆生。示現遍於法外。令得見法安楽住。發歓喜心。或得長寿。五欲嬉戲而自娯楽。爲佛世尊而作供養。証如是句一切世人所不能信。如來見此義利故。以歓喜心。説此菩薩眞言行道次第法則。何以故。於無量劫勤求。修諸苦行所不能得。而眞言門行道諸菩薩。即於此生而獲得之。復次秘密主。眞言門修菩薩行菩薩如是計都伽。傘蓋。履。眞陀摩尼。安膳那薬。廬遮那等。持三洛叉而作成就。亦得悉地。秘密主若具方便。善男子菩女人。随所楽求而有所作。彼唯心自在而得成就。秘密主。諸楽欲因果者。秘密主非彼愚夫。能知眞言諸眞言相。何以故 
説因非作者 彼果則不生 此因因尚空 云何而有果 當知眞言果 悉離於因業 乃至身證觸 無相三摩地 眞言者當得 悉地従心生  
爾時金剛手白佛言。世尊。惟願復説此正等覺句悉地成就句。諸見此法。善男子善女人等。心得歓喜。受安楽住。不害法界。何以故。世尊法界者。一切如來應正等覺。説名即不思議界。是故世尊。眞言門修菩薩行諸菩薩得是通達法界不可分析破壞。如是説巳。世尊告執金剛秘密主言。善哉善哉。秘密主。汝復善哉。能問如來如是義。汝當諦聴善思念之。吾今演説。秘密主言。如是世尊願楽欲聞。佛告秘密主。以阿字門而作成就。若在僧所住処。若山窟中。或於淨室。以阿字遍布一切支分。時持三浴叉。次於滿月。盡其所有而以供養。乃至普賢菩薩。文殊師利。執金剛等。或餘聖天現前。摩頂唱言。善哉行者。應當稽首作礼奉閼伽水。即時得不忘菩提心三昧。又以如是身心軽安。而誦習之。當得隨生心清静。身清淨。置於耳上持之。当得耳根清淨。以阿字門作出入息。三時思惟。行者爾時能持寿命長劫住世。願闍等之所愛敬。即以訶字門作所應度者。授與鉢頭摩華。自持商而互相觀。即生歓喜 
爾時毘廬遮那世尊。復觀一切大會。告執金剛秘密主言。金剛手有諸如來意生。作業戲行舞。廣演品類。摂持四界安住心王。等同虚空。成就廣大見非見果。出生一切聲聞。及辟支佛。諸菩薩位。令眞言門修行諸菩薩。一切希願皆悉満足。具種種業利益無量衆生。汝当諦聴善思念之。吾今演説。秘密主云何行舞。而作一切廣大成壞果。持眞言者一切親證耶。爾時世尊而説偈言  
行者如次第 先作自眞実 如前依法住 正思念如來 阿字爲自体 并置大空點 端嚴遍金色 四角金剛標 於彼中思念 一切處尊佛 是諸正等覺 説自眞実相 修行不疑慮 自眞実相生 當得爲世間 一切衆利樂 具廣大希有 住於如幻句 無始時宿殖 無智諸有迫 行者成等引 一切皆消除 若觀於彼心 無上菩提心 持眞言業故 於淨非淨果 應理常無染 如蓮出淤泥 何況於自体 得成仁中尊  
爾時毘廬遮那世尊。又復住於降伏四魔金剛戯三昧。説降伏四魔解脱六趣。満足一切智智金剛字句 
南麼三曼多勃喃[ ]一阿[ ]去急呼味●●欠 
時金剛手秘密主等諸執金剛。普賢等諸菩薩。及一切大衆。得未曾有開敷眼。稽首一切薩婆若。而説偈言  
此諸佛菩薩 救世諸庫藏 由是一切佛 菩薩救世者 及與因縁覺 聲闇害煩悩 能遍所行地 起種種神通 彼得無上智 正覺無上智 是故願廣説 此教諸方便 及與布想等 種種衆事業 諸志求大衆 無上眞言行 見法安住者 當得歓喜住 説如是偈已 大日世尊言 普皆應諦聽 一心住等引 大金剛地際 時加持下身 爲説此法故 而現菩提座 長勝阿字同 大因陀羅輪 當知内外等 金剛漫茶羅 中思惟一切 説名瑜伽座 阿字第一命 是爲引摂句 常安大空點 能攝授諸果 行者於一月 結金剛慧印 三時作持誦 摧毀無智城 得不動堅固 天脩羅莫壞 乃至隨自意 増益事成就 行者一切常 漫茶羅中作 金色光明身 上持髪髻冠 正覺住三昧 名大金剛句 金剛蓮華刀 素鵝及金地 眞陀末尼寶 是等衆器物 觀大因陀羅 而作諸悉地 今説摂持法 一切一心聽 行者一縁想 八峯彌廬山 上觀妙蓮華 立金剛智印 瑜伽者於上 字門威焔光 而用置其頂 安住不傾動 百轉所持薬 行者應服之 先世業生疾 是等悉除愈 佛子應復聽 第一字門 雪乳商色 而自臍中起 鮮白蓮華台 而於彼中住 甚深寂然定 秋夕素月光 如是漫茶羅 諸佛説希有 思惟以純白 輪円成九重 住於霏霧中 除一切熱悩 淨乳猶珠鬘 水精與月光 普遍而流住 一切處充満 行者心思惟 出離諸障毒 如是於円壇 等引作成就 乳酪生熟酥 頗胝迦珠鬘 藕水等衆物 次第成悉地 當得無量壽 應現殊特身 一切忠除息 天人威愛敬 多聞成総特 善慧淨無垢 由斯作成就 速証悉地果 是名寂災者 吉祥漫茶羅 第一攝持相 安以大空點 字勝眞実 佛説火中上 所有衆罪業 應受無擇報 瑜祇善修者 等引皆消除 所住三角形 悦意遍形赤 寂然周焔鬘 三角在其心 相應觀彼中 字大空點 智者如瑜伽 以此成衆事 日曜諸眷属 及作一切火 摂取發怨対 消枯衆支分 是等所應作 皆於智火輪 訶字第一実 風輪之所生 及與因業果 諸種子増長 彼一切摧壞 并以大空點 今説彼色像 深玄大威徳 示現暴怒形 焔鬘普周遍 住漫茶羅位 智者觀眉間 深青半月輪 吹動幢幡相 而於彼中想 最勝訶字門 住被漫茶羅 成就所應事 作一切義利 應現諸衆生 不捨於此身 逮得神境通 遊歩大空位 而成身秘密 天耳眼根淨 能開深密處 住此一心壇 両成衆事業 菩薩大名称 初坐菩提場 降伏魔軍衆 諸因不可得 因無性無果 如是業不生 彼三無性故 而得空智慧 大徳正遍知 宣説於彼色 字及空點 尊勝虚空空 兼持慧刀印 所作速成就 法輪及羂索 伽那刺遮 并目竭嵐等 不久成斯句  
爾時毘廬遮那世尊。觀大衆會。告執金剛秘密主。而説偈言  
若於眞言門 修行諸善薩 阿字爲自身 内外悉同等 語義利皆捨 等礫石金寶 遠離衆罪業 及與貪瞋等 當得倶清淨 同諸佛牟尼 能作諸利益 機一切諸過 復次於字 行者依瑜伽 解作業儀式 利益衆生故 内身救世者 一切皆如是 心水湛盈満 潔白猶雪乳 當生決定意 出於一切身 悉遍諸毛孔 流注極清淨 從此内充溢 遍満於大地 以是悲愍水 觀世苦衆生 諸有飲用者 或復身所燭 一切皆決定 得成就菩提 思惟在等引 一切字門 周輪生焔光 寂然而普照 瑜祇光外轉 而遍一切處 利世随楽欲 行者起神通 上身字門 字臍輪中 出火而降雨 倶時而應現 地獄極寒苦 字能消除 熾然 住眞言法故 字爲下身 詞宇爲幟 作業速成競 救重罪衆生 住大因陀羅 作水龍事業 一切摂除等 眞言者勿疑 風遍一切處 一切悉開壞 此種種雑類 各各衆事業 色漫茶羅中 依法而作之 觸心而念持 逮得意根淨 軽擧習經行 中誦獲神足 宴坐觀阿字 想在於耳根 念持満一月 當得耳清淨  
秘密主如是等意生悉地句。秘密主觀此無有形色。種種雑類衆行生。於思念頃纔轉誦之。能作如是一切善業種子。復次秘密主。如來無所不作。於眞言門修行諸菩薩。同於影像。随順一切處随順一切眞言心。悉住其前。令諸有情咸得歓喜。皆由如來無分別意離諸境界。而説偈言  
無時方造作 離於法非法 能授悉地句 眞言行發生 是故一切智 如來悉地果 最爲尊勝句 應當作成就 
成就悉地品第七  
時吉祥金剛 奇特開敷眼 手轉金剛印 流散如火光 其明普遍照 一切諸佛刹 微妙音稱歎 法自在牟尼 説諸眞言行 彼行不可得 眞言從何來 所去至何所 諸佛説如是 更無過上句 一切法帰趣 如衆流赴海   
如是説已。世尊告執金剛秘密主言  
塵訶薩意處 説名漫茶羅 諸眞言心位 了知得成果 諸有所分別 悉皆從意生 分辯白黄赤 是等從心起 決定心歓喜 説名内心處 眞言住斯位 能授廣大果 念彼蓮華處 八葉鬚蕊敷 華台阿字門 焔鬘皆妙好 光暉普周遍 照明衆生故 如合會千電 持佛巧色形 深居円鏡中 應現諸方所 猶如淨水月 普現衆生前 知心性如是 得住眞言行 次於其首上 頂會交際中 標以大空點・而思惟暗字 妙好淨無垢 如水精月電 説寂静法身 一切所依持 諸眞言悉地 能現殊類形 得天楽解脱 逮見如來句 字爲眼界 輝燭猶明燈 像頚小低頭 舌近於齶間 而以觀心處 當心現等引 無垢妙淨清 円鏡常現前 如是眞実心 古佛所宣説 照了心明達 諸色皆發光 眞言者當見 正覺両足尊 若見成悉地 第一常恒体 從此次思惟 轉此字門 邏字大空點 置之於眼位 見一切空句 得成不死句 若欲廣大智 或起五神通 長壽童子身 成就持明等 眞言者末得 由不随順之 眞言發起智 是最勝実知 一切佛菩薩 救世之庫藏 由是諸正覺 菩薩救世者 及諸聲聞等 遊陟他方所 一切佛刹中 皆作如是説 故得無上智 佛無過上智 
轉字輪漫茶羅行品第八  
爾時毘鹿遮那世尊。觀察一切大會。以修習大慈悲眼。觀察衆生界。住甘露王三昧。時佛由是定故。復説一切三世無礙力明妃曰 
怛姪他伽伽娜三迷[ ]一阿鉢[ ]二合底[ ]丁以反三迷[ ]二薩婆怛他[引]蘗多三麼弩蘗帝[三]伽伽那三摩[四]●●落吃灑[二合][ ]平五莎 訶[六] 
善男子以此明妃如來身無二境界。而説偈言  
由是佛加持 菩薩大名称 於法無礙 能滅除衆苦  
時毘廬遮那世尊。尋念諸佛本初不生。加持自身及與持金剛者。告金側手等上首執金剛言。善男子。諦聽轉字輪漫茶羅行品。眞言門修行諸菩薩。能作佛事普現其身。爾時執金剛。從金剛蓮華座。旋轉而下。頂礼世尊而讃歎言  
帰命菩提心 歸命發菩提 稽首於行體 地波羅蜜等 恭礼先造作 歸命證空者  
秘密主如是歎已。而白佛旨。惟願法王。哀愍護念我等而演説之。爲利益衆生故。如所説。眞言修円満故。如是説已。聖廬遮那世尊。告執金剛秘密主言  
我一切本初 號名世所依 説法無等比 本寂無有上  
時佛説此伽他。如是而作加持。以加持故。執金剛者及諸菩薩。能見勝願佛菩提座。世尊猶如虚空無戯論。無二行瑜伽相。是業成熟。即時世尊身諸支分。皆悉出現是字。於一切世出世間。聲聞縁覺静慮思惟。勤修成就悉地。皆同壽命同種子。同依處同救世者 
南麼三曼多勃喃[一]阿 
善男子此阿字。一切如來之所加持。眞吾門修菩薩行諸菩薩。能作佛事普現色身。於阿字門。一切法轉。是故秘密王。眞言門修菩薩行諸菩薩。若欲見佛若欲供養。欲證發菩提心。欲與諸菩薩同會。欲利益衆生。欲求悉地。欲求一切智智者。於此一切佛心。當勤修習 
爾時毘慮遼那世尊。復決定説大悲藏生漫茶羅王。敷置聖天之位。三昧神通眞言行。不思議法。彼阿闍梨。先住阿字一切智門。持修多羅。稽首一切諸佛。東方申之旋轉而南。以及西方。周於北方。次作金剛薩。以執金剛加持自身。或以彼印或以字。入於内心。置漫茶羅。如是第二漫茶羅。亦本寂加持自身故。無二瑜伽形。如來形空性形。次捨所行道二分聖天處。遠離三分住如來位。東方申修多羅。周匝旋轉。所餘二漫茶羅。亦當以是方便作諸事業。復以大日加持自身。念廣法界而布衆色。眞言者應以潔白爲先。説伽陀曰  
以此淨法界 淨除諸衆生 自体如如來 遠離一切過 如是而觀想 思惟字門 寂然光焔鬘 淨月商色 第二布赤色 行者當憶持 思惟字明照 本無大空點 煥炳初日輝 最勝無能壞 第三眞言者 次運布黄色 定意迦字門 當隨於法教 身相猶眞金 正受害諸毒 光叩遍一切 金色同牟尼 次當布青色 超度於生死 思惟麼字門 大寂菩提座 身色如虹霓 除一切怖畏 最後布黒色 其彩甚玄妙 思惟訶字門 周遍生円光 如劫災猛船 寶冠擧手印 能怖一切悪 降伏諸魔軍  
爾時世尊毘廬遮那。従三味起。住於無量勝定佛於定中。顕示遍一切無能害力明妃。於一切如來塊界中生。其明曰  
南麼薩婆怛他[引]蘗帝弊[毘耶反一]薩婆目契弊[ ]同上二阿娑迷[三]鉢迷[四]阿者麗[五]伽伽泥薩麼[二合]●●[平六]薩婆怛羅[ ]引二合弩蘗帝[七]莎訶[八] 
次調彩色。頂礼世尊及般若波羅蜜。持此明妃八遍。從座而起。旋繞漫茶羅。入於内心。以大慈大悲力。念諸弟子。阿闍梨復以羯磨金剛隆。加持白身。以字門及施願金剛巳。常画大悲藏生大漫茶羅。彼安祥在於内心而造大日世尊。坐白蓮華首戴髪髻。鉢爲俗。上被●●。身相金色周身焔鬘。或以如來頂印。或以字句。謂阿字門。東方一切諸佛。以阿字門及大空點。伊舎尼方一切如來母虚空眼。應書伽字。火天方一切諸菩薩。画眞陀摩尼寶。或置迦字。夜叉方觀世自在。蓮華印并画一生補處菩薩眷属。或作娑字。焔摩方。越三分位置金剛慧印。持金剛秘密主并眷属。或書字。彼復棄三分位。画一切諸執金剛印。或書字句。所謂字。次涅哩底方。於大日如來下。作不動尊。坐於石上。手持羂索慧刀。周匝焔鬘擬作障者。或置彼印。或書字句。所謂字。風天方。隆三世尊。摧大障者。上有光焔。大勢威怒猶如焔摩。其形黒色。於可怖中極令怖畏。手轉金剛。或作彼印。或書宇句。所謂訶字[長聲]次於四方。画四大護。帝釈方名無畏結護者。金色白衣。面現少忿怒相。手持檀茶或作彼印。或活字句。所謂作字。夜叉方。名壞諸怖結護者。白色素衣。手持伽。并布光焔。能壞諸怖。或書。彼印或置字句。所謂字。龍方名難降伏結護者。亦如無憂華色。被朱衣面像微笑。在光焔中。而觀一切衆會。或置彼印。或置字句。所謂索字。焔摩方名金剛無勝結護者。黒色玄衣。毘倶胝形眉間浪文。上戴髪冠。自身威光照衆生界手持檀茶。能壞大爲障者。或作彼印。或置字句。所謂吃讖[二合]字。及一切眷属使者。皆坐白蓮華上。眞言者如是敷置已。次當出外。於第二分画釋迦種牟尼王。被袈娑衣。三十二導師相。爲説最勝教施一切衆生無畏故。或袈裟鉢印。或以字句。所謂婆字。次於外漫茶羅。以法界性加持自身。發菩提心彼捨三分位。当三作礼心念大日世尊。如前調色。於第三分。帝釈方。作施願金剛童子形。三昧手持青蓮華。上置金剛慧杵。以諸瓔珞而自荘嚴。上妙●●。爲裙。極軽細者。用爲上服。身欝金色頂有五髻。或置密印。或置字句。眞言曰 
南麼三曼多勃喃[一]鑁 
於其右辺。光網童子。一切身分皆悉円満。三昧手執持寶網慧手持鉤。或置彼印。或書字句。所謂染字。依焔摩方。除一切蓋障菩薩。金色髪冠。持如意寶或画彼印。或置字句。所謂字[長聲]夜叉方地藏菩薩。色如鉢孕遇華。手持蓮華。以諸瓔珞荘嚴。或置彼印。或置字句。所謂伊字。龍方虚空藏。白色白衣。身有光焔。以諸瓔珞荘嚴。手持伽。或置彼印。或置字句。所謂伊字[長聲]  
眞言者宴坐 安化於法界 我即法界性 而住菩提心 向於帝釋方 結金剛慧印 次作金剛事 慇懃修供養 現諸佛救世 三昧耶印等 念一切方所 三轉持眞言 依法召弟子 向壇而作淨 授彼三自帰 住勝菩提心 當爲諸弟子 結法界性印 次結法輪印 一心同彼体 繪帛覆面門 而起悲愍心 令作不空手 円満菩提故 耳語而告彼 無上正等戒 次當爲被結 正等三昧印 授彼開敷花 令發菩提意 随其所至處 而教於學人 作如是要誓 一切應傳授 具徳持金剛 又請白世尊 唯願仁中勝 演説潅頂法 爾時薄伽梵 安住於法界 而告金剛手 一心應諦聽 我説諸法教 勝自在攝持 師以如來性 加持於自体 或復以密印 次應召弟子 令住法界性 大連華王中 以四大菩薩 所加持寶瓶 結支分生印 而用潅其頂 髻中應授與 大空暗字門 心置無生句 胸表無垢字 或一切阿字 髪髻金色光 住白蓮華台 等同於仁者 
大毘廬遮那成佛神變加持經 巻第四  

 

密印品第九  
爾時薄伽梵毘廬遮那。觀察諸大衆會。告執金剛秘密主言。秘密主有同如來荘嚴具。同法界趣。幟。菩薩由是嚴身故。處生死中巡歴諸趣。於一切如來大會。以此大菩提幢。而幟之。諸天龍夜叉乾達婆阿蘇茶緊那羅伽人非人等。敬而遶之受教而行。汝今諦聽極善思念。吾當演説。如是説巳。金剛手白言。世尊今正是時。世尊今正是時 
爾時薄伽梵即便住於身無害カ三昧住斯定故。説一切如來入三昧耶遍一切無能障礙力無等三昧力明妃曰 
南麼三曼多勃喃[一]阿三迷[二]履[二合]三迷[三]三麼曳[四]莎訶[五] 
秘密主如是明妃。示現一切如來地。不越三法道界。円満地波羅蜜。是密印相。當用定慧手。作空心合掌。以定慧二虚空輪。並合而建立之。頌曰 
此一切諸佛 救世之大印 正覺三昧耶 於此印而住 
又以定慧手爲拳。虚空輸入於掌中。而舒風輪。是爲淨法界印。眞言曰 
南麼三曼多勃陀喃[一]達摩睹[二]薩[二合]婆句痕[三] 
復以定慧手。五輪皆等。迭翻相鉤。二虚空輪。首倶相向。頌曰 
是名爲勝願 吉祥法輪印 世依救世者 悉皆轉此輪 
眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]伐折[ ]引二合麼[二合]句痕[二] 
復舒定慧二手。作帰命合掌。風輸相捻。以二空輪加於上。形如伽。頌曰 
此大慧刀印 一切佛所説 能断於諸見 謡倶生身見 
眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]摩訶伽微闍[二]達麼珊捺奢[二合]迦娑訶闍[三]薩迦耶捺[ ]二合瑟致[ ]上二合掣[ ]叱曳反諾[ ]入迦[四]怛他[引]葉多[引]地目訖底[丁以反二合][入]社多[五]微[引]伽達磨[入]社多[六]復以定慧二手。作虚心合掌。屈二風輪。以二空輪絞之。形如商。頌曰  
此名爲勝願 吉祥法螺印 諸佛世之師 菩薩救世者 皆説無垢法 至寂静涅槃  
眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]暗復以定慧手相合普舒散之。猶如鍵。二地輪二空輪相持。令火風輪和合。頌曰 
吉祥願蓮華 諸佛救世者 不壞金剛座 覺悟名爲佛 菩提與佛子 悉皆從是生  
眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]阿[ ]去急呼復以定慧手。五輪外向爲拳。建立火輪。舒二風輪。風爲鉤形。在傍持之。虚空地輪並而直上。水輪交合如抜折 頌曰 
金剛大慧印 能壞無智城 曉寤睡眠者 天人不能壞  
眞言曰 南麼三曼多伐折羅[二合][一]復以定慧手。五輪内向爲拳。建立火輪。以二風輪置傍。屈二虚空相並。頌曰  
此印摩訶印 所謂如來頂 適纔結作之 即同於世尊  
眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]●●復以智慧手爲拳。置於眉間。頌曰 
此名毫相藏 佛常満願印 以纔作此故 即同仁中勝  
眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]阿[去急呼]痕若[急呼]住瑜伽座。持鉢相應。以定慧手。倶在臍間。是名釋迦牟尼大鉢印  
眞言曰 南麼三蔓多勃喃[一]婆[上急呼]復次以智慧手。上向而作施無畏形。頌曰能施與一切 衆生類無畏若結此大印 名施無畏者  
眞言日 南麼三曼多勃喃[一]薩婆他[二]爾娜爾娜[三]佩也那奢娜[四]莎訶[五]後次以智慧手。下垂作施願形。頌曰  
如是與願印 世依之所説 適纔結此者 諸佛満其願  
眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]●●娜伐折時[二合引]怛麼[二合]迦[二]莎訶復以智慧手爲拳。而舒風輪。以毘倶胝形。住於等引。頌曰  
以如是大印 諸佛救世尊 恐怖諸障者 隨意成悉地 由結是印故 大悪魔軍衆 及餘諸障者 離散無所礙  
眞言曰 南麼三曼多勃●●[一毎麼訶風引沫羅底[丁以反二]捺奢婆[二合]吠[平三]摩訶[引]昧怛薄[三合]毘[二合]蘗[二合]底[丁以反四]莎訶復次以智蓬手爲拳。而舒火輪水輪。以虚空輪。而在其下。頌曰  
此名一切佛 世依悲生眼 想置於限界 智者成佛眼  
眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]伽伽那●●洛吃残[二合]棒[上二]迦●●麼三[怛]他引[難]蘗斫吃雛芻[二繊]四詞訶復次以足定手。五輪内向爲拳。而舒風輪。圓屈相合。頌曰  
此勝願索印 壞諸遭造悪 眞言者結之 能縄縛不善  
眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]係係摩訶[引]播奢[二]鉢羅[二合]娑那[ ]也[二合三]薩●●睹[四]微模訶迦[五]怛他[引]蘗多[引]地吃底鼓[丁以反二合][入]社多[六]莎訶[七]復次以定慧手。一合爲拳。舒智慧手風輪。屈第三節。猶如環相 。頌曰 
如是名鉤印 諸佛救世者 招集於一切 住於十地位 菩蝿大心者 及悪趣衆生  
眞言曰 南麼三愛曼勃●●喃[一]阿[去急呼]婆怛鶏[引二合]鉢[二合]底[丁以反]電諦[二]鶴[他]葵蘗黨奢三[菩]提新隔耶[合鉢]布閏迦四[莎]訶[五]即此鉤印。舒其火輪。而少屈之。是謂如來心印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]壤怒婆[二合][二]莎訶 [三]復以此印。舒其水輪。而竪立之。名如來臍印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]阿没[二合]覩婆[二合][二]莎訶即以此印。直舒水輪。餘亦竪之。名如來腰印。  
彼眞言曰 南麼三愛曼勃喃[一]怛他[引]蘗多三婆[二]莎訶復以定慧手。作空心合掌。以二風輪。風屈於内三。二輪亦撚然其二地輪令少屈尚而火輪。此是如來藏印。 
彼眞言曰 南麼薩婆怛他[引]蘗帝弊[毘也反一]●●●●[二]莎[二合]訶即以此靴印散其水輪。向上澄置。名大界印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]麗魯[ ]腹矩麓麗[二]莎訶[三]即以此印。其二火輪。鉤屈相合。散舒風輪。名無堪忍大護印。  
彼眞言曰 南麼薩婆怛他[引]蘗帝弊[毘也反下同一]薩婆佩也微蘗帝弊[二]微濕目弊[三]薩姿婆[引四]欠[五]訖灑[二合]摩訶[引]沫麗[六]薩婆怛他[引]蘗他本(手+尼)[二合][入]社帝[七]●●[八]怛[引二合][軽]怛●●[同上九]阿鉢[二合]底[丁以反]訶諦[十]莎訶[十一]復以風輪。而散舒之。空輪並。入其中。名普  
光印。 
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]入[引二合][引]摩履[平二]怛他[引]蘗多旨[二合三]莎訶[四]又以定慧手。作空心合掌。以二風輪。持火輪側。名如來甲印屈二水輪。二空輪合入掌中。押二水輪甲上。是定如來舌相印。  
眞言曰 南麼三曼多勃喃[ ]一怛他[引]蘗多爾訶[二合二]薩底也[二]合達摩鉢[二合]瑟恥[二合]多[三]莎訶[四]以此印。令風水輪屈而相捻。空輪向上而少屈之火輪正直相。合地輪亦如是。名如來語門印。  
彼眞旨曰 南麼三曼多勃喃[一]怛他[引]蘗多摩訶[引][無各反]吃怛[三合二]微濕[二合]壤[引]曩摩護娜也[三]莎訶[四]如前印。以二風輪。屈入掌中向上。名如來牙印。彼眞言曰南麼三曼多勃喃[一]怛他[引]薬多能[去]瑟羅[三合二][引]G[二合]三参鉢[引二合]博迦[四]薩婆怛他[引]蘗多[五]微灑也参婆[上][六]莎訶[七]又如前印相。以二風輪。向上置之。屈第三節。名如來辯説印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]阿振底也[二合]娜部[二合]多[二][引]三摩[上]鉢[引二合]鉢多[二合三]微輸[上][二合][四]莎訶復次以定慧手。和合一相。作空心合掌。二地輪空輪。屈入相合姥。是如來持十力印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]捺奢麼浪伽[軽]達[二]●●参髯[三]訶[四]又前印。以二空輸輪。屈上節相合。是如來處印。彼眞言曰南麼三曼多勃喃[一]怛他[引]蘗多娑麼[三合]底[二]薩弊[毘反]蘗多[三]伽伽那忙[引]麼[四]莎訶[四]又如前印。以二空輪。在水輪上。名一切法平等開悟印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]薩婆達摩三麼[引二合]鉢多[二合二]怛他[引]蘗弩蘗多[三]莎訶[四]復以定慧手合爲一。以二風輪。加火輪上。餘如前。是普賢如意珠印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]参麼弩蘗多[二]微若達摩[入]社多[三]摩訶[引]摩訶[四]莎訶[五]即此虚心合掌。以二風輪。屈在二火輪下。餘如前。是慈氏印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]阿爾単[ ]若也[二]薩婆薩[引]奢夜弩蘗多[三]莎訶[四]又如前印。以二虚空輪入中。名虚空藏印。  
眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]阿[去]迦[去]迦[引]奢参麼弩蘗多[二]微質怛[二合]●●[三]莎訶[四]又如前印。以二水輪二地輪。屈入掌中。二風輪火輪相合。是除一切蓋陣印障彼眞言曰南麼三曼多勃喃[一]阿[去急呼]薩弊[毘反]蘗多[二]怛[二合三]●●[四]莎訶[五]以定慧手相合。散舒五輪。猶如鈴鐸以空地輪。和合相持。作蓮華形。是觀自在印。  
眞言曰 南愛三曼多勃喃[一]薩婆怛他[引]蘗●●路吉多[二]羯●●麼也[三]●●●●若[四]莎訶[五]如前以定慧手。作空心合掌。猶如未開敷蓮是得大勢印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]髯髯娑[急呼二]莎訶[三]前以定慧手。五輪内向爲拳。擧二風輪。猶如針鋒。二虚空輪加之。是多羅尊印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一][二]羯婆[上二合]吠[平三]莎訶[四]前印擧二風輪。参差相押是[毘]倶胝印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]薩婆佩也怛[引二合]散[二]娑破[二合]也[三]莎訶[四]如前以定慧手。空心合掌。水輪空輪皆入於中。是白處尊印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]怛他[引]蘗多微灑也三婆[上]吠[平二]鉢曇摩[二合]忙[ ]●●[入三]莎訶[四]如前印。屈二風輪。置虚空輪下。相去猶如L麥是。何耶掲哩印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]娜也畔[ ]若娑破[二合]也[二]莎訶[三]同前印。申二水輪風輪。餘如拳。是地藏菩薩印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]訶訶訶[二]蘇[上]怛努[三]莎訶[四]復以定慧手。作空中合掌。火輪水輪交結相持。以二風輪置二虚空輪上。猶如鉤形。餘如前。是聖者文殊師利印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]係係矩忙[二]微目吃底[二合]]鉢他悉体[他以反二合]多[三]娑麼[ ]二合娑麼[二合][四]鉢[二合]底然[五]莎訶[六]以三昧手爲拳。而擧風輪。猶如鉤形。是光網鉤印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]係係矩忙[引][二]忙[引]耶蘗多娑[二合]婆[去]悉体[ ]他以反二合多[三]莎訶[四]即如前印。一切輪相。皆少屈之。是無垢光印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]係矩忙[引][二]微質怛[二合]蘗底矩忙[ ]引[三]麼弩婆麼[二合][ ]四莎訶[五]如前以智慧手爲拳。其風火輪相合爲一舒之。是継室尼刀印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]係係矩忙[引]許[二]娜耶壤難娑[ ]摩[二合][三]鉢[二合]底然[四]莎訶[五]如前以智慧手爲拳。而[ ]申火輪。猶如戟形。是優波髻室尼戟印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]頻[去]娜夜壤難[二]係矩忙[引]計[三]莎訶[四]如前以三昧手爲拳。而舒水輪地輪。是地慧幢印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]係娑麼[二合]壤那計覩[二]莎訶[三]以慧手爲拳而舒風輪。猶如鉤形。是請召童子印。  
彼眞言日 南麼三曼多勃喃[一]阿[去]羯灑[二合]也薩鑁[引二]矩阿[去]然[三]矩忙[引]寫[四]莎訶[ ]五如前以定慧手爲拳。舒二風輪。屈節相合。是諸奉教者印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]阿[去急呼]微娑麼[二合]也曳[平]莎訶[三]如前以定慧手爲拳。而舒火輪。屈第三節。是除疑惟金剛印。彼眞言日南麼三曼多勃喃[一]微麼底掣鵄[曳反]諾迦[二]莎訶[三]擧毘鉢舎那臂。作施無畏手。是施無畏者印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]阿佩廷娜娜[二]莎訶[三]如前舒智手。而上擧之。是除悪趣印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]阿弊[ ]毘反達●●[上]薩●●敦[二]莎訶[三]如前以慧手掩心。是救護慧印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]係魔訶[引]摩訶[ ]二娑麼[二合][二合]底然[三]莎訶[四]如前以慧手。作持華状。是大慈生印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]娑[二合]制妬蘗[二合]多[二]莎訶[三]如前以慧手覆心。稍屈火輪。是悲念者印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]羯●●沒麗[二合]眤多[二]莎訶[ ]三如前以慧手。作施願相。是除一切熱悩印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]係●●[ ]娜[ ]二●●[二合引]鉢多[二合三]莎訶[四]如前以智慧手。如執持眞多摩尼寶形。是不思議慧印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]薩摩舎鉢[ ][二]莎訶[三]如前以定慧手爲拳。令二火輪開敷。是地藏旗印。彼眞言日南麼三曼多勃喃[一]訶詞訶微娑麼[二合]曳[平二]莎訶[三]慧手爲拳。而舒三輪。是寶處印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]係摩訶[引]摩訶[二]莎訶[三]以此慧手。舒其水輪。是寶手菩薩印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]怛怒[二]合婆[上][二]莎訶[三]以定慧手作返。相叉合掌。定手空輪慧手地輪相交。般若於三昧。亦復如是。餘如跋折羅状。是定持地印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]達尼[ ]尼仁反達莎訶[三]如前作五股金剛戟形。是寶印手印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]怛娜[二合][入]喇爾[二合]多[二]莎訶[三]即以此印。令一切輪相合。是發堅固意印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]伐折[二合]三婆[二]莎訶[三]如前以定慧二手作刀是虚空無垢菩薩印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]伽伽娜[引]難多愚者[ ]莎訶如前輪印。是虚空慧印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]斫吃[二合][入]喇底[丁以反二合二]莎訶[三]如前商印。是清淨慧印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]達磨[三]婆[二]莎訶[三]如前蓮華印。是行慧印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]鉢曇摩[二合][上]耶[ ]二莎訶[三]同前青蓮華印。而稍開敷。是安住慧印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]壤弩婆[二合][二]莎訶[三]如前以二手相合。而屈水輪。相交入於掌中。二火輪地輪。向上相特。而舒風輪。屈第三節。令不相著。猶如L麥。是執金剛印。  
彼眞言曰 南麼三曼多伐折●●[一]戦拏[ ]摩訶[引]灑拏[二]如前印以二空輸地輪。屈入掌中。是忙奔鱗印。  
彼眞言曰 南麼三曼多伐折●●[一]怛[二合][軽]怛●●[同上二]若衍底[ ]丁以反莎訶[二]如前以定慧手。諸輸返叉。相糺向於自体。而旋轉之。般若空輪。加三昧虚輪。是金剛鎖印。  
彼眞言曰 南麼三曼多伐折●●[一][二]慕耶暮耶[三]伐折[ ]●●婆[二合]吠[平四]薩婆怛[引二合]鉢[二合]底[丁以反]訶帝[五]莎訶[六]以此金剛C鎖印。少屈虚空輪。以持風輪。而不相葵肯定忿怒月黶印。  
彼眞言曰 南麼三曼多伐折葛蟹露[軽]莎訶如前以定慧手爲拳。建玄二風輪。而以相特。是金剛針印。  
彼眞言曰 南麼三曼多伐折[一]薩婆達磨[入]吠達[二]伐折鬼素旨●●泥弓莎訶[四]如前以定慧手爲拳。而置於心。是金剛風拳印。  
彼眞言曰 南麼三曼多伐折[二合][一]薩破[二合]也伐折[二合]三婆吠[平二]莎訶[三]以三昧手爲拳。擧翼開敷蟹慧手亦作拳。而舒風輪。如忿怒相擬形。是無能勝印。  
彼眞言曰 南麼三曼多伐折[二合][一]訥達沙[二合]摩訶[引]灑拏[二][引]捺耶薩鑁[引]怛他[引]蘗単然矩[三]莎訶[四]以定慧手爲拳。作相撃勢持之。是阿賂目印。  
彼眞言曰 南麼三曼多伐折[二合][一]係阿毘目麼訶鉢[二合]戦拏[二][引]娜也緊旨[ ][引]也徒[三]三麼耶麼弩薩麼[二合][四]莎訶[五]如前持鉢相。是釋迦鉢印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]薩訖麗[二合]奢[入]素捺耶[二]薩婆達塵始多[引]鉢[二合]鉢多[ ]三伽伽那三迷[四]莎訶[五]釋迦毫相印。如上又以慧手指峯。聚置頂上。是一切佛項印。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]鑁鑁[二]●●●[三]發[軽四]莎訶[五]以三昧手爲拳。舒火風輪。而以虚空。加地水輪上単ハ智慧手基申風火輪。入三昧掌中。亦以虚空。加地水輪上。如在刀鞘是不動尊印 
如前金剛慧印。是隆三蝿世印 
如前以定慧手。合爲一相。其地水輪皆向下。而[ ]申火輪二峯相連。屈二風輪置於第三節上。並虚空輪。如三目形。是如來頂印佛菩薩母 
復以三昧手。覆而舒之。慧手爲拳。而擧風輪。猶如蓋形。是白傘佛項印  
如前刀印。是勝佛頂印  
如前輪印。是最勝佛項印  
如前鉤印。慧手爲拳。擧其風輪。而少屈之。是除業佛項印  
如前佛頂印。是火聚佛頂印  
如前蓮華印。是發生佛頂印  
如前商印。是無量音聲佛頂印  
以智慧手爲拳。置在眉間。是眞多摩尼毫相印  
如前佛頂印。是佛眼印。復有少異。所謂金剛標相智慧手在心。如執蓮華像。直申奢摩他臂。五輪上舒。而外向距之。是無能勝印  
定慧手向内爲拳。二虚空輪。上向屈之如口。是無能勝明妃印  
以智慧手承頬是自在天印  
即以此印。令風火輪。差戻申之。是普華天子印  
同前印以虚空輪・在於掌中。是光鬘天子印  
同前印以虚空風輪。作持華相。是満意天子印  
以智慧手。虚空水輪相加。其風火輪地輪。皆散舒之。以掩其耳。是遍音聲天印  
定慧。相合。二虚空輪円屈。其餘四輪亦如是。是名地神印   
如前以智慧手。作施無畏相。以空輪在於掌中。是請召火天印  
即以施無畏形。以虚空輪。持水輪第二節。是一切諸仙印。隨其次第。相應用之如前以定慧手相合。風輪地輪。入於掌中。餘皆上向。是焔摩但茶印  
慧手向下。猶如健是焔摩妃鐸印  
以三昧手爲拳。舒風火輪。是暗夜天印  
即以此印。又屈風輪。是達羅戟印  
如前印作持蓮華形。是梵天明妃印  
如前印屈其風輪。加火輪背第三節。是末離燦底印  
即以此印。令風輪加虚空上。是那羅延后輪印    
三昧手爲拳。令虚空輪直上。是焔魔七母鎚印  
仰其定手。如持劫鉢羅相。是遮文茶印。  
如前伽印。是涅哩底刀印  
如前輪印。以三昧手爲之。是那羅延輪印  
以轉定慧手。左右相加。是難徒。抜難陀。二雲印  
如前申三昧手。虚空地輪相加。是商羯羅三戟印  
如前伸三昧手。虚空地輪相持。是商羯羅后印  
即以此印。直舒三輪。是商羯羅妃印  
以三昧手。作蓮華相。是梵天印  
因作潔白觀。是月天印  
以定慧手。顯現合掌。屈虚空輪。置水輪側。是日天輿輅印  
合般若三昧手。地輪風輪内向。其水火輪。相持如弓。是社耶毘社耶印  
如前幢印。是風天印  
仰三昧手在於臍輪。智慧手。空風相持。向身運動。如奏音楽。是妙音天費拏印  
如前羂索印。是諸龍印  
如前妙音天印。而屈風輪交空輪上。是一切阿修羅印。  
眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]蘗遷延[ ]二莎訶[ ]三内向爲拳。而舒水輪。是乾闥婆印。  
眞言日 南麼三曼多勃喃[一]微輸[二合]●●[引]係[平]二莎訶[三]即以此印。而屈風輪。是一切藥叉印。  
眞言曰 南麼三曼多勃喃[ ]一藥乞釵[二合]濕[二合][二合]莎訶[三]又以此印。虚空輪地輪相持。而申火風。是藥叉女印。  
眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]藥乞叉[二合]尾耶[二合]達[ ][二]莎訶[三]内向爲拳。而舒火輪。是諸毘舎遮印。  
眞言曰 南麼三曼多勃喃[ ]一角比舎[引]遮蘗底[丁以反二]莎訶[三]改屈火輪。是諸毘舎支印。  
眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]比旨比旨[二]莎訶[三]如前以定慧手相合並虚空輪。而建立之是一切軌曜印。  
眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]蘗[二合]醯濕靺[二合]耶[二合]鉢[ ]引二合鉢多[二合二]孺底[丁以反]麼耶[三]莎訶[四]復以此印。虚空火輪相交。是一切宿印。  
眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]娜吃灑[二合]怛[二合二][入]嚢捺[平]曳[三]莎訶[四]即以此印。屈二水輪。人於掌中。是諸羅刹娑印。  
眞言曰 南麼三曼多勃喃[一][引]吃灑[二合]娑[引]地鉢多曳[二]莎訶[三]申三昧手。以覆面門。爾賀觸之。是諸荼吉尼印。  
眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]頡[ ][二合]莎訶[急呼二] 
秘密主如是上首諸如來印。從如來信解生。即同菩薩之幟。其數無量。又秘密主乃至身分擧動住止。應知皆是密印。舌相所轉衆多言説。應知皆是眞言。是故秘密主。眞言門修菩薩行諸菩薩。已發菩提心。應當住如來地。畫漫荼羅。若異此者。同謗諸佛菩薩。越三昧耶。決定堕於悪趣 
大毘廬遮那成佛神變加持經 巻第五 

 

字輪品第十  
爾時薄伽梵毘廬遮那。告持金剛秘密主言。諦聽秘密主。有遍一切處法門。秘密主若菩薩住此字門。一切事業皆悉成就  
南麼三曼多勃喃阿  
南麼三曼多勃喃婆  
南麼三曼多伐折[二合]●●哦伽遮車若社 咤拏荼 多他娜 波頗麼婆 野 奢沙娑訶吃灑[ ]二合右此一轉皆上聲短呼之  
南麼三曼多勃喃阿  
南麼三曼多勃喃娑  
南麼三曼多伐折●●●●●伽 遮車惹社 [ ]咤拏茶 多他[ ]郷波頗麼婆野奢沙娑訶吃灑[ ]二合右此一轉皆去聲長呼之  
南麼三曼多勃喃暗  
南麼三曼多勃  
南麼三曼多伐折●●鑁  
剣欠儼儉 占染瞻 ●●喃湛 擔探胸淡鯵顕鞍隣  
蟹鯵隣杉漆額吃杉峯殿譲巻  
南麼三曼多勃  
南麼三曼多勃喃索  
南麼三曼多伐折●●莫  
却虐 灼綽弱杓 磔圻搦擇 託諾鐸 薄泊漠簿藥 鑠索汗W吃索[二合]皆帯第一轉音入聲呼之伊縊塢烏 哩里狸 翳藹汗奥  
仰壤曩奔 嚢忙 髯喃南鑁 弱搦諾莫  
秘密主如是字門道。善巧法門。次第住眞言道。一切如來神力之所加持。善解正遍知道。菩薩行舞過去未來現在諸佛世尊。已説當説今説。秘密主我今普觀諸佛刹土。無不見此遍一切處法門。彼諸如來。無有不宣説者。是故秘密主。若欲了知眞言門修菩薩行諸菩薩。於此遍一切處法門。應勤修學。於舸遮多波。初中後相加。以等持品類相入。自然獲得菩提心行。成等正覺。及般涅槃。有此等所説字門相與。和合眞言法教。初中後倶。眞言者若如是知。隨其自心而得自在。於此一一句。決定意用之。以慧覺知。當授無上殊勝句。如是一輪。輪轉字輪。眞言者了知此故。常照世間。如大日世尊。而轉法輪 
秘密漫荼羅品第十一  
爾時薄伽梵毘廬遮那。以如來眼。觀察一切法界。入於法界倶舎。以如來奮迅平等荘嚴藏三昧。以現法界無尽嚴故。以是眞言行門。度無餘衆生界。満足本願故。時佛在三昧中。於如是無盡衆生界。從衆聲門。出隨類音聲。如其本性。業生成熟。受用果報。顯形諸色。種種語言。心所思念。而爲説法。令一切衆生皆得歓喜。復於一一毛孔。法界増身出現。出已。等同虚空。於無量世界中。以一音聲法界語表。演説如來發生偈  
能生隨類形 諸法之法相 諸佛與聲聞 救世因縁覺 勤要菩薩衆 及仁尊亦然 衆生器世界 次第而成立 生住等諸法 常恒如是生 由具智方便 離於無慧疑 而觀此道故 諸正遍知説  
爾時法界生如來身。一切法界。自身表化雲遍満。毘廬遮那世尊。纔生心頃。諸毛孔中出無量佛。展轉加持已。還入法界宮中。於是大日世箪。復告持金剛秘密主言。秘密主有造漫荼羅聖尊分位。種子。幟。汝當諦聽善思念之。吾今演説。持金剛秘密主言。如是世尊願楽欲聞。時薄伽梵以偈頌曰  
眞言者円壇 先置於自體 自足而至臍 成大金剛輪 從此而至心 當思惟水輪 水輪上火輪 火輪上風輪 次應念持地 而圖衆形像   
爾時金剛手。昇於大日世尊身語意地。法平等觀。念彼未來衆生。爲断一切疑故。説大眞言王曰  
南麼三曼多勃喃[一]阿三忙[引]鉢多[二合]達摩覩[二]蘗登[底孕反]蘗喃[三]薩婆他[引]層[引]欠[引]暗[五]索[六]含鶴[七]●●[八]梅[急呼九]莎訶[十]●●[二合]鶴[十一]莎訶●●[十二]莎訶[十三]  
持金剛秘密主。説此眞言王已。時一切如來。住十方世界。各舒右手塵摩金剛頂。以善哉聲而称敷歎。善哉善哉佛子。汝已超昇毘廬遮那世尊身語意地。爲欲照明一切方所。住平等眞言道諸菩薩故。説此眞言王。何以故。毘廬遮那世尊應正等覺。坐菩提座。觀十二句法界。降伏四魔。此法界生。三處流出。破壞天魔軍衆。次得世尊身語意平等。身量等同虚空。語意量亦如是。逮得無辺智生。於一切法自在而演説法。所謂此十二句。眞言之王。佛子。汝今現証毘廬遮那世尊平等身語意故。衆所知識。同於正遍知者。而説偈言  
汝問一切智 大日正覺尊 最勝眞言行 當演説法教 我住往由是 發覺妙善菩 開示一切法 風至於滅度 現在十万界 諸佛咸燈知  
爾時具徳金剛手。心大歓喜。諸佛威神所加持故。而説偈言  
是法無有議尽無旨自無住  
於業主生脱 同於正遍知 諸救世方便 隨於悲願轉 開悟無生智 諸法如是相  
時執金剛秘密主。復説優陀那偈。請問毘廬遮那世尊。於此大悲藏生大漫荼羅。決断所疑。爲未來世諸衆生故  
已断一切疑 種智離熱悩 我爲衆生故 請間問導師 曼荼臍羅先 因大牟尼説 阿闇梨有幾 弟于復幾種 云何知地相 云何而択治 云何當作淨 云何彼堅住 及淨諸弟子 惟願導師説 云何已淨相 以何而作護 云何加持地 事業誰爲初 修多羅有幾 云何作地分 幾種修供養 云何花香等 此華當獻誰 香亦復如法 云何而奉獻 應以何花香 諸食與護摩 各以何軌儀 及諸聖天座 願説此教法 身相顕形色 唯次第開演 所尊之密印 及與自敷座 何故名爲印 是印從何生 潅頂復幾種 三摩耶有幾 眞言者幾時 勤修眞言行 當具菩薩道 云何見眞諦 悉地有幾種 及與成就時 云何昇大空 云何身秘密 不捨於此身 而得成天身 種種諸變化 彼後從何生 日月火方等 曜宿星時分 所現諸不祥 生死受衆苦 云何令不起 所起盡除滅 而得常親近 諸佛両足尊 幾種護摩火 幾事而増威 諸佛差別性 唯願導師説 無餘諸世界 友與出世間 彼果及數量 殊勝三摩地 成熟在何所 未成熟云何 復剤於幾時 業生得解脱 正覺一切智 離熱悩世尊 告金剛手言 善哉大勤勇 秘密漫荼羅 決定聖天位 大悲根本生 無上摩訶衍 諸佛最秘密 如汝之所問 大カ持金剛 我今略宣説 漫荼羅初業 佛子應諦聽 十二支句生 大カ持明王 所應最先作 住於本三昧 解了瑜伽道 而作衆事業 阿闍梨有二 通達印眞言 彼相亦如是 深秘顕略分 能知深廣義 可傳者方授 正覺之長子 遠離於世楽 第二求現法 深著痴攀縁 世間漫荼羅 一切爲斯作 諸佛二足尊 潅項傳教者 説四種弟子 時非時差別 一者時念誦 非時倶非倶 具有一切相 佛説親弟子 最初知地相 即所謂心地 我已説作淨 如前修事業 若離於過患 心地無所畏 當得成眞淨 離一切諸過 堅住如是知 見自三菩提 若異於此者 非能清淨地 若住妄分別 行者淨其地 秘密主非淨 以離菩提心 故應捨分別 淨除一切地 我廣説法教 所有漫荼羅 是中所先事 愚痴不知解 非名世間覺 亦非一切智 乃至不能捨 分別諸苦因 應當爲弟子 而淨菩提心 護以不動尊 或用降三世 若弟子不爲 妄執之所動 當成最正覺 無坂喩虚空 初加持是地 依於諸佛教 第二心自在 唯此非餘教 四種蘇多羅 謂白黄赤黒 第五所應念 所謂虚空色 空中而等持 印定漫荼羅 第二持鰹 置於道場地 一切如來座 及諸佛智子 悦意妙蓮華 世間称吉祥 縁覺諸聲聞 所謂邊智者 當知所敷座 荷青蓮葉 世界諸天神 梵衆以爲初 赤色鉢曇華 彼称爲座王 隆此如所應 念居其地分 供養有四種 謂作禮合掌 并及慈悲等 世間與華香 從手發生花 奉諸救世者 結支分生印 而觀菩提心 各各諸如來 彼所生子等 以是無過花 芬妙復光顕 法界爲樹王 供養仁中尊 眞語以加持 三昧自在轉 勝妙廣大雲 法界中世生 從彼雨衆花 常遍諸佛前 其餘世天等 亦當散此華 奉献隨相應 本眞言性類 如是塗香等 亦隨其所應 空水輪相持 是謂吉祥印 彼所奉花等 當自心獻之 若諸世天神 應知在臍位 或金剛拳印 若復蓮華鬘 而在空中獻 導師救世者 乃至諸世天 各如其次第 護摩有二種 所謂内及外 業生得解脱 複有芽種生 以能焼業故 説爲内護摩 外用有三位 三位三中住 成就三業道 世間勝護摩 若異此作者 不解護摩業 彼痴不得果 捨離眞言智 如來部眞言 及諸正覺説 當知白與黄 金剛具衆色 觀自在眞言 純秦隨事遷 四方相重普 輪円如次第 三隅半月輪 而説形亦然 初應知色像 所謂男女身 或復一切處 隨其類形色 不思議智生 是故不思議 應物有殊異 智智證常一 乃至心廣博 當知是其量 座印亦如是 以及諸天神 如諸佛所生 印等同彼生 以此法生印 印持諸弟子 故略説法界 用是爲幟 潅頂有三種 佛子至心聽 若秘印方便 則離於作業 是名初勝法 如來所潅頂 所謂第二者 令起作衆事 第三以心授 悉離於時方 令尊歓喜故 如所説應作 現前佛潅頂 是則最殊勝 正等覺略説 五種三昧耶 初見漫荼羅 具足三昧耶 未傳眞實語 不授彼密印 第二三昧耶 入覩聖天曾 第三具壇印 隨教修妙業 復次許傳教 説具三昧耶 雖具印壇位 如教之所説 未逮心潅頂 秘密慧不生 是故眞言者 秘密道場中 具第五要誓 隨法應潅頂 當知異此者 非名三昧耶 善住若觀意 眞言者覺心 不得於三處 説彼爲菩薩 得無縁觀行 方便利衆生 爲植衆善本 故號仁中尊 於諸法本寂 常無自性中 安住如須彌 是名爲見諦 此空即實際 非虚妄言説 所見猶如佛 先佛如是見 逮得菩提心 悉地最無上 從此有五種 諸悉地差別 所謂入修行 及勝進諸地 世間五神通 諸佛縁覺等 修業無間息 乃至心続淨 未熟令成熟 爾時悉地成 於彼一時頃 淨業心倶等 眞言者當得 悉地随意生 悉地昇空界 如幻無畏者 呪術網所惑 同於帝釋網 如乾闥姿城 所有諸人民 身秘密如是 非身亦非識 又如於睡夢 而遊諸天宮 不捨於此身 亦不至於彼 如是瑜伽夢 住眞言行者 所生功徳業 身相猶虹霓 眞言如意珠 出生意語身 隨念雨衆物 而無分別想 猶十万虚空 離諸有爲行 眞言者不染 一切分別行 鱗了唯有想 如是遍觀察 爾時眞語者 諸佛同随喜 正覺両足尊 説二種護摩 所謂内及外 増威亦如是 諸尊殊類性 觀察當證知 世間諸眞言 今説彼限量 福徳自在等 衆知識天神 彼所説明呪 及與大力印 彼皆現世果 故説有分量 雖成不堅住 悉是生滅法 出世間眞言 無作本不生 業生悉已斷 戦勝離三過 麟角無師者 及佛聲聞衆 菩薩諸眞言 彼量我當説 超越於三時 衆縁所生起 可見非見果 從意語身生 世間之所傳 果數經一劫 等正覺所説 眞言過劫數 大仙正等覺 佛子衆三昧 清淨離於想 有想爲世間 從業而獲果 有成熟熟時 若得成悉地 自在轉諸業 心無自性故 遠離於因果 解脱於業生 生等同虚空  
復次秘密主諦聽。彼密印。形相。敷置聖天之位威驗現前三昧所趣。如是五者。往昔諸佛成菩提法界虚空行。本所誓願。度脱無餘衆生界。爲欲利益安楽彼眞言門修菩薩行諸菩薩故。金剛手言。如是世尊願楽欲聞。時薄伽梵以偈頌曰  
最初正等覺 敷置漫荼羅 密中之秘密 大悲胎藏生 及無量世間 出世漫荼羅 彼所有圖像 次第説當聽 四方普周匝 一門及通道 金剛印遍嚴 中羯磨金剛 其上妙蓮華 開敷含果実 於彼大蓮印 大空點荘嚴 八葉悉円正 善好具鬚蕊 十二支生句 普遍華臺中 其上両足尊 導師成正覺 以入漫荼羅 眷属自圍繞 當知此最初 悲生漫荼羅 從此流諸壇 各如其本教 事業形悉地 安置諸佛子 復次秘密主 如來漫荼羅 猶如淨円月 内現商色 一切佛三角 在於白蓮華 空點爲幟 金剛印圍繞 從彼眞言主 周匝放光明 以無疑慮心 普遍而流出 復次秘密主 觀世自在者 秘密漫荼羅 佛子一心聽 普遍四方相 中吉祥商 出生鉢曇華 開敷含果實 上表金剛慧 承以大蓮印 布一切種子 善巧以爲種 多羅毘倶知 及與白處尊 明妃資財主 及與大勢至 諸吉祥受教 皆在漫荼羅 得自在者印 殊妙作標相 何耶掲理婆 如法住三角 漫荼羅圍繞 嚴好初日暉 當在明王邊 巧慧者安立 復次秘密主 今説第二壇 正等四方相 金剛印圍繞 一切妙金色 内心蓮華敷 台現迦羅奢 光色如淨月 亦以大空點 周匝自荘嚴 上表大風印 靉靆猶玄雲 鼓動幢旛相 空點爲幟 其上生猛焔 同於劫災火 而作三角形 三角以圍之 光鬘相周普 晨朝日暉色 是中鉢頭摩 朱猶劫火 彼上金剛印 流散發焔暉 持以字聲 勝妙種子字 先佛説是法 勤勇漫荼羅 部母商憩羅 及金剛部主 金剛鉤索支 大徳持明王 一切皆於此 大漫荼羅中 印壇諸佛子 形色各如次 隨類而相應 諸業善成就 復次我所説 金剛自在者 謂虚空無垢 金剛輪及牙 妙住與名稱 大忿及迅利 寂然大金剛 并及青金剛 蓮華及廣眼 妙金剛金剛 及住無虚論 無量虚空歩 是等漫荼羅 所説白黄赤 乃至黒色等 印形及所餘 三戟一股印 二首皆五峯 或執金剛鬘 隨色類區別 一切作種子 大福徳當知 不動漫荼羅 風輪與火倶 依涅哩底方 大日如來下 及種子圍繞 微妙大慧刀 或復羂索印 具慧者安布 隆三世殊異 謂在風輪中 繞以金剛印 而住於三處 復次秘密主 先説漫荼羅 諸佛菩薩母 安置檀形像 方正眞金色 金剛印圍繞 最勝漫荼羅 今當示尊相 彼中大蓮華 暉焔遍黄色 中置如來頂 超越於中分 而至三分位 應作如來眼 自住光焔中 遍布彼種子 次一切菩薩 大如意寶尊 謂彼漫荼羅 円白而四出 遍寂極清淨 満一切希願 復次應諦聽 釋迦師子檀 謂大因舵羅 妙善眞金色 四方相均等 如前金剛印 上現波頭摩 周過皆黄暉 大鉢具光焔 金剛印囲繞 袈裟錫杖等 置之如次第 五種如來頂 諦聽今當説 白傘以傘印 具慧者勝頂 囲以大慧刀 普遍皆流光 最勝頂輪印 除障頂鉤印 大士頂髻相 是名火聚印 廣生跋折羅 發生以蓮華 無量聲商 觀察知像類 毫相魔尼珠 佛眼次當聽 頂髻遍黄色 圍以抜折羅 無能勝妃印 以手持蓮華 無能勝大口 而在黒蓮上 淨境界之行 所謂淨居天 置彼諸印相 佛子應諦聽 所謂思惟手 善手及笑手 華手虚空手 畫之如法則 地神迦羅奢 圓白金剛圍 請召火天印 當以大仙手 迦攝驕答摩 末建拏竭伽 婆私倪刺婆 各如其次第 應畫韋陀手 而居火壇内 閻摩但茶印 常處風輪中 沒栗底鈴印 黒夜計都印 達羅輸羅 大梵妃蓮華 倶摩利鑠底 毘瑟女輪印 當知焔摩后 以沒掲羅印 嬌吠離耶后 用劫跋羅印 如是等皆在 風漫茶羅中 島鷲及婆栖 野干等囲繞 若欲成悉地 依法以圖之 涅哩底大刀 毘紐勝妙輪 鳩摩羅爍底 難徒跋難陀 密雲與電倶 皆具清潭色 夾輔門廂衞 在釋師子壇 商羯羅三戟 妃作鉢胝印 月天迦羅奢 淨日蓮華敷 日天金剛輪 表以輿輅像 社耶毘社耶 當知大力者 倶以大弓印 在囚陀羅輪 風方風幢印 妙音楽器印 縛拏羂索 而在円壇中 汝大我應知 種子字環繞 如是等標誌 如次漫荼羅 釋師子眷属 今已略宣説 佛子次諦聽 施願金剛壇 四方相均普 衞以金剛印 當於彼中作 火生漫荼羅 内心復安置 妙善青蓮印 智者曼殊音 本眞言圍之 如法布種子 而以爲種子 復於其四傍 嚴飾以青蓮 圖作勤勇衆 各如其次第 光網以鉤印 寶冠持寶印 無垢光童子 青蓮而未敷 妙音具大慧 所説諸使者 當知彼密印 各如其所應 髻設尼刀印 優波輸羅印 質怛羅杖印 地慧以幢印 彼招召使者 以鴦倶尸印 一切如是作 圍以青蓮華 所有諸奉教 皆掲梨印 復次南方印 除一切蓋障 大精進種子 詔眞陀摩尼 住於火輪中 翼從端嚴衆 當知彼眷属 秘密之標誌 次第應図畫 我今廣宣説 除疑以寶瓶 置一股金剛 聖者施無畏 作施無畏手 除一切悪趣 發起手爲相 救意慧菩薩 悲手常在心 大慈生菩薩 應以執華手 悲念在心上 垂屈火輪手 除一切熱悩 作施諸願手 甘露水流注 遍在諸指端 具不思議慧 持如意珠手 皆住蓮華上 在漫荼羅中 北方地藏尊 密印次當説 先作荘嚴座 在囚陀羅壇 大蓮發光焔 間錯備衆色 於彼建大幢 大寶在其端 是名爲最勝 密印之形像 復當慇懃作 上首諸眷属 無量無數衆 彼諸慕達羅 寶作於寶上 三股金剛印 寶掌於寶上 一股金剛印 持地於寶上 二首金剛印 寶印手寶上 五股金剛印 堅意於寶上 羯麼金剛印 一切皆應住 彼漫荼羅中 西方虚空藏 円白悦意壇 大白蓮華座 置大慧刀印 如是堅利刃 鋒鋭猶氷霜 自種子爲種 智者當安布 及畫諸眷属 印形如法教 虚空無垢尊 應當以輪印 輪像自圍繞 其足在風壇 虚空慧商 在風漫荼羅 清淨慧白蓮 在風漫荼羅 行慧之印相 當以車渠瓶 上挿青蓮華 在風漫荼羅 安慧金剛蓮 在風漫荼羅 略説佛秘藏 諸尊密印竟 
入秘密漫荼羅法品第十二  
爾時世尊又復宣説入秘密漫荼羅法。優陀那曰      
眞言遍學者 通達秘密壇 如法爲弟子 焼盡一切罪 壽命悉焚滅 令彼不復生 同於灰燼已 彼壽命還復 謂以字焼字 因字而更生 一切壽及生 清淨遍無垢 以十二支句 而作於彼器 如是三昧耶 一切諸如來 菩薩救世者 及佛聲聞衆 乃至諸世間 平等不違逆 解此平等誓 秘密漫荼羅 入一切法教 諸壇得自在 我身等同彼 眞言者亦然 以不相異故 説名三昧耶 
入秘密漫荼羅位品第十三  
爾時大日世尊。入於等至三昧。樋未來世諸衆生故。住於定中。即時諸佛國土。地平如掌。五寶間錯。懸大寶蓋。荘嚴門標。衆色流蘇。其相長廣。寶鈴。白払。名衣。幡珮。綺絢垂布而校飾之。於八方隅。建摩尼幢。八功徳水芬馥盈満。無量衆鳥鴛鴦鵠。出和雅音。種種浴池時華雑樹敷栄間列芳茂嚴好。八方合繋五寶瓔縄。其地柔軟猶如綿。觸踐之者皆受快楽。無量楽器自然諧韻。其聲微妙人所楽聞。無量著蔭隨福所感。宮室殿堂意生之座。如來信解願力所生。法界幟。大連華王出現。如來法界性身。安住其中。隨諸衆生種種性欲。令得歓喜。時彼如來一切支分無障礙力。從十智力信解所生。無量形色荘嚴之相。無數百千倶胝那由他劫。布施持戒忍辱精進禅定智慧。諸度功徳所資長。身即時出現。彼出現已。於諸世界大衆會中。發大音聲而説偈言  
諸佛甚奇特 権智不思議 無阿頼耶慧 舎藏説諸法 若解無所得 諸法之法相 彼無得而得 得諸佛導師  
説如是音聲已。還入如來不思議法身 
爾時世尊。復告執金剛秘密主言。善男子諦聽内心漫茶羅。秘密主。彼身地。即是法界自性。眞言密印加持。而加持之。以本性清淨故。羯磨金剛所護持故。淨除一切塵垢。我人衆。生壽者意生。儒童造立者等。株過患。方壇四門。西向通達。周旋界道。内現意生八葉大連華王。抽茎敷蘂綵絢端妙。其中如來。一切世間最尊特身。超越身語意地至於心地逮特殊勝悦意之果。於彼東方寶幢如來。南方開敷華王如來。北方鼓音如來。西方無量壽如來。東南方普賢菩薩。東北方觀自在菩薩。西南方妙吉祥童子。西北方慈氏菩薩。一切蘂中。佛菩薩母。六波羅蜜三昧眷属。而自荘嚴下列持明諸忿怒衆。持金剛主菩薩。以爲其茎。處于無盡大海。一切地居天等。其數無量両環繞之 
爾時行者。爲成三昧耶故。應以意生香華燈明塗香種種膳。一切皆以獻之。優陀那曰  
眞言者誠諦 國畫漫荼羅 自身爲大我 字淨諸垢 安住瑜伽座 尋念諸如來 頂授諸弟子 阿字大空點 智者傳妙花 令散於自身 爲説内所見 行人宗奉處 此最上壇故 應與三昧耶 
秘密八印品第十四  
爾時毘廬遮那世尊。復觀諸大衆會。告執金剛秘密主言。佛子有秘密八印。最爲秘密。聖天之位威神所同。自眞言道以爲幟。圖臭漫荼羅。如本尊相應。若依法教。於眞言門修菩薩行諸菩薩。應如是知。自身住本尊形。堅固不動。知本尊已。如本尊住。而得悉地。云何八印。謂以智慧三昧手。作空心合掌。而散風輪地輪。如放光焔。是世尊B本威徳生印。其漫荼羅三角而具光明。  
彼眞言曰 青麼三曼多勃喃[一]●●[二]莎訶即以此印而屈風輪在虚空輪上如字形。是世尊金剛不壤印。其漫荼羅。如字相。有金剛光。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]鑁[急呼二]莎訶復以初印。而散水輪火輪。是名蓮華藏印蓮其漫荼羅。如月輪相。以波頭摩華而囲繞之。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]索[二]莎訶即以此印。屈二地輪。入於掌中。是如來萬徳荘儼印。其漫荼羅。猶如半月形。以大空點圍之。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]含鶴[二]莎訶復以定慧手。作未開敷華合掌。建立二虚空輪而稍屈之是如來一切支分生印。其漫荼羅。如迦羅捨満月之形。金剛圍之。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]暗[二]莎訶即以此印。屈其火輪。餘相如前。是世尊陀羅尼印其漫荼羅。猶如彩虹両遍圍之垂金剛幡。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]勃陀羅尼[上二]娑沒[三合]底沫羅那羯[三]●●也薩鑁[四]薄伽[軽]底[五]阿[去]迦[引]●●底[六]三麼曳[七]莎訶復以虚心合掌。開散火輪。其地輪空輪。和合相持。是語如來法住印。其漫荼羅。猶如虚空。以雑色圍之。有二空點。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]阿[去]吠娜尾泥[二]莎訶同前虚心合掌。以智慧三昧手。互相加持。而自旋轉。是謂世尊迅疾持印。其漫荼羅。亦如虚空。而用青點嚴之。  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]摩訶[引]瑜伽[軽]瑜擬[宜以反]寧[上二]瑜詣説[三]欠若計[四]莎訶秘密主。是名如來秘密印。最勝秘密。不應輒授與人。除已潅須。其性調柔。精勤堅固發殊勝願。恭敬師長。念恩徳者。内外清淨。捨自身命而求法者 
持明禁戒品第十五  
爾時金剛手。復以偈頌。請問大日世尊持明禁戒。爲眞言門修菩薩行諸菩薩故  
云何成禁戒 云何住尸羅 云何随所住 修行離諸著 修行幾時月 禁戒得終竟 住於何法教 而知彼威徳 離時方作業 及法非法等 云何而速成 願佛説其量 先佛所宣説 令得於悉地 我間一切智 正覺両足尊 爲未來衆生 仁中尊證知  
是時薄伽梵毘廬遮那。哀愍衆生故。而説偈言  
善哉勤勇土 大徳持金剛 所説殊勝戒 古佛所開演 縁明所起戒 住戒如正覺 令得成悉地 爲利世間故 等起自眞実 不生疑慮心 常住於等引 修行戒當竟 菩提心及法 及修學業果 和合爲一相 遠離諸造作 其戒如佛智 異此非具戒 得諸法自在 通達利衆生 常修無著行 等礫石衆寶 乃至満落叉 所説眞言教 畢於時月等 禁戒量緩竟 最初金輪觀 住大因陀羅 當結金剛印 飲乳以資身 行者一月滿 能調出入息 次於第二月 嚴正水輪中 應以蓮華印 而服醇淨水 次於第三月 勝妙火献觀 不求之食 即以大慧力 焼滅一切罪 而生身意語 第四月風輪 行者常服風 緒轉法輪印 攝心以持誦 金剛水輪觀 依住於瑜伽 是爲第五月 遠離得非得 行者無所著 等同三菩提 和合風火輪 出過衆過患 復一月持譲 亦捨利非利 梵釋等天衆 摩毘舎遮 遠住而敬礼 一切爲守護 皆悉奉教命 彼常得如是 人天藥叉神 持明諸霊仙 翊侍其左右 随所命當作 不善爲障者 羅刹七母等 見持眞言者 恭敬而遠之 見是處光明 馳散如猛火 隨所住法教 皆依明禁故 等正覺眞子 一切得自在 調伏難降者 如大執金剛 饒益諸群生 同於觀世音 經逾六月已 随所願成果 常當於目池 悲愍而救護 
阿闍梨眞実智品第十六  
爾時持金剛者。次復請問大日世尊諸漫茶羅眞言之心。而説偈言  
云何爲一切 眞言實語心 云何而解了 説名阿閥梨 爾時薄物梵 大毘廬遮那 慰喩金剛手 善哉摩訶薩 令彼心歓喜 復告如是言 解秘中最秘 眞言智大心 今爲汝宣説 一心應諦聽 所謂阿字者 一切眞言心 從此遍逸出 無量諸眞言 一切戯論息 能生巧智慧 秘密主何等 一切眞語心 佛両足尊説 阿字名種子 故一切如是 安住諸支分 如相應布已 依法皆遍授 由彼本初字 遍在増加字 衆字以成音 支体由是生 故此遍一切 身生種種徳 今説所分布 佛子一心聽 以心而作心 餘以布支分 一切如是作 即同於我体 安住瑜伽座 覇念諸如來 若於此教法 解斯廣大智 正覺大功徳 説爲阿闍梨 是即爲如來 亦即名爲佛 菩薩及梵天 毘紐摩醯羅 日月天水天 帝釋世間主 黒夜焔摩等 地神與妙音 梵志及常浴 亦名梵行者 漏盡比丘衆 吉祥持秘密 一切智見者 法自在財富 若住菩提心 及輿聲智性 不著一切法 説名遍一切 即是眞語者 持吉祥眞言 眞実語之王 持執金剛印 所有諸字輪 若在於支分 當知住眉間 字金剛句 娑字在脣下 是謂蓮華句 我即同心位 一切處自在 普遍於種種 有情及非情 阿字第一命 字名爲水 字名爲火 字名忿怒 字同虚空 所謂極空點 知此最眞實 説名阿闍梨 故應具方便 了知佛所説 常作精勤修 當得不死句  
布字品第十七   
爾時世尊。復告金剛手言  
復次秘密主 諸佛所宣説 安布諸字門 佛子一心聽 迦字在咽下 字在齶上 字以爲頚 伽字在喉中 遮字爲舌根 車字在舌中 若字爲舌端 社字舌生處 字以爲脛 咤字應知髀 撃字説爲腰 荼字以安坐 多字最後分 他字應知腹 娜字爲二手 字名爲脇 波字以爲背 瀕字應知胸 麼字爲二肘 姿字次臂下 奔字住於心 耶字陰藏相 字名爲眼 字爲廣額 縊伊在二眥 塢烏爲二脣 翳藹爲二耳 汚奥爲二頬 暗字菩提句 字股涅槃 知是一切法 行者成正覺 一切智資財 常在於其心 世號一切智 是謂薩婆若 
大毘廬遮那成佛神變加持經 巻第六 

 

受方便學魔品第十八  
爾時執金剛秘密主。白佛言。世尊願説諸菩薩摩訶薩等。具智慧方便。所修學句。令帰依者。於諸菩薩摩訶薩無有二意。雛疑惑心。於生死流轉中。常不可壞。如是説已。毘廬遮那世尊。以如來眼。觀一切法界告執金剛秘密主言。諦聽金剛手。今説善巧修行道。若菩薩摩訶薩。住於此者當於大乗而得通達。秘密主。菩薩持不奪生命戒所不應爲。持不與取。及欲邪行。虚誑語。麁悪語。両舌語。無義語戒。貪欲。瞋恚。邪見等。皆不應作。秘密主如是所修學句。菩薩随所修學。則與正覺世尊。及諸菩薩。同行。應如是學 
爾時執金剛秘密主。白佛言。世尊薄伽梵。於聲聞乘。亦説如是。十善業道。世間人民及諸外道。亦於十善業道。常願修行。世尊彼有何差別。云何種種殊異。如是説已。佛告執金剛秘密主言。善哉善哉秘密主。汝復善哉。能問、如來如是義。秘密主應當諦聽吾今演説差別道一道法門。秘密主。若聲聞乘學處。我説離慧方便。教令成就。開發邊智。非等行十善業道彼諸世間。復離執著我故他因所轉。菩薩修行大乗。入一切法平等。攝受智慧方便。自他倶故。諸所作轉。是故秘密主。菩薩於此。攝智方便。入一切法平等。當勤修學 
爾時世尊。復以大慈悲眼。觀諸衆生界。告金剛手菩薩言。秘密主。彼諸菩薩。盡形壽。持不奪生命戒。應捨刀杖。離殺害意。護他壽命。猶如己身。有餘方便。於諸衆生類中。隨其事業。爲解脱彼悪業報故。有所施作。非怨害心 
復次秘密主。菩薩持不與取戒。若他所攝諸受用物。不起觸取之心。況復餘物不與而取。有餘方便。見諸衆生慳悋積聚不修施福。隨其像類。害彼慳故。離於自他。爲彼行施。因讃時施。獲妙色等。秘密主。若菩薩發起貪心。而觸取之。是菩薩。退菩提分。越無爲毘奈耶法 
復次秘密主。菩薩持不邪淫戒。若他所攝。自妻。自種族。標相所護。不發貪心。況復非道。二身交會。有餘方便。随所應度。攝護衆生 
復次秘密主。菩薩盡形壽。持不妄語戒。設爲活命因縁。不應妄語。即爲欺誑諸佛菩提。秘密主。是名菩薩住於最上大乗。若妄語者。越失佛菩提法。是故秘密主。於此法門。應如是知。捨雛不眞実語 
復次秘密主。菩薩受持不麁悪罵戒。應當以柔軟心語。隨類言辞。攝受諸衆生等。何以故。秘密主。菩提薩初行。利葉衆生。或餘菩薩見住悪趣因者。寫折伏之。而現麁語 
復次秘密主。菩薩受持不両舌語戒。離間隙語。離悩害語。犯者。非名菩薩。不於衆生起離垢之心。有異方便。若彼衆生。隨所見處生著。如其像類。説離間言語。令住於一道。所謂一切智智道 
復次秘密主。菩薩持不綺語戒。以隨類言辞。時方和合。出生義利。令一切衆生。發歓喜心淨耳根道。何以故。菩薩。有差別語故。或餘菩薩。以戯笑爲先。發起衆生欲楽。令住佛法。雖具出無義利語。如是菩薩。不著生死流轉 
復次秘密主。菩薩應當持不貪戒。於彼受用他物中。不起染思。何以故。無有菩薩生著心故。若菩薩。心有染思。彼於一切智門。無力而堕一邊。又秘密主。菩薩應發起歓喜。生如是心。我所應作。令彼自然而生。極爲善哉。數自慶慰。勿令彼諸衆生。損失資財故 
復次秘密主。菩薩應當持不瞋戒。遍一切處常修安忍。不著瞋喜。於怨及親。其心平等而轉。何以故。非菩提薩而懐悪意。所以者何。以菩薩本性清淨故。是故秘密主。菩薩應持不瞋恚戒 
復次秘密主。菩薩應當捨離邪見。行於正見。怖畏他世。無害無曲無諂。其心端直。於佛法僧。心得決定。是故秘密主。郊見最爲極大過失。能断菩薩一切善根。是爲一切諸不善法之母。是故秘密主。下至戲笑。亦當不起邪見因縁 
爾時執金剛秘密主。白佛言。世尊願説十善道戒。断極根断。云何菩薩。王位自在。處於宮殿。父母妻子眷属囲繞。受天妙楽而不生過。如是説已。佛告執金剛言。善哉善哉秘密主。汝當諦聽善思念之。吾今演説菩薩毘尼決定善巧。秘密主。應知菩藏有二種。云何爲二。所謂在家出家。秘密主彼在家菩薩受持五戒句。勢位自在。以種種方便道随順時方。自在攝受求一切智。所謂具足方便。示理舞伎天祠主等種種藝處。隨彼方便。以四摂法。摂取衆生。皆使志求阿耨多羅三藐三菩提。謂持不奪生命戒。及不與取。虚妄語。欲邪行。邪見等。是名在家五戒句。菩薩受持如所説善戒。應具諦信當勤修學。隨順往昔諸如來學處。住有爲戒。具足智慧方便。得至如來無上吉祥無爲戒蘊。有四種根本罪。乃至活命因縁。亦不應犯。云何爲四。謂謗諸法。捨離菩提心。慳悋。悩害衆生。所以者何。此性是染。非持菩薩戒。何以故  
過去諸正覺 及與未來世 現在仁中尊 具足智方便 修行無上覺 得無漏悉地 亦説餘學處 離於方便智 當知大勤勇 誘進諸聲聞 
説百字生品第十九  
爾時毘廬遮那世尊。觀察諸大會衆。説不空教隨樂欲。成就一切眞言自在。眞言之王。眞言導師。大威徳者。安住三三昧耶。円滿三法故。以妙音聲。告大力金剛手言。勤勇士一心。諦聽諸眞言眞言導師。即時住於智生三昧。而説出生種種巧智。百光遍照眞言日 
南麼三曼多勃喃[一]暗  
佛告金剛手 此一切眞言 眞王救世者 成就大威徳 即是正等覺 法自在牟尼 破諸無智暗 如日輪普現 是我之自体 大牟尼加持 利益衆生故 應化作神變 乃至令一切 随思顕生起 悉能爲施作 神變無上句 故當一切種 淨身離諸垢 應理常勤修 志願佛菩提 
百字果相應品第二十  
爾時毘廬遮那世尊。告執金剛秘密主言。秘密主。若入大覺世尊大智権頂地。自見住於三三昧耶句。秘密主。入薄伽梵大智潅頂。即以陀羅尼形。示現佛事。爾時大覺世尊。隨住一切諸衆生前。施作佛事。演説三三昧耶句。佛言秘密主觀我語輪境界。廣長遍至無量世界清淨門。如其本性。表示隨類法界門。令一切衆生皆得歓喜。亦如今者釋迦牟尼世尊。流遍無尽虚空界。於諸刹土勤作佛事。秘密主。非諸有情能知世尊是語輪相。流出正覺妙音荘嚴瓔珞。從胎藏生佛之影像。隨衆生性欲。令發觀喜。爾時世尊。於無量世界海門。遍法界。慇懃勧發成就菩提。出生普賢菩薩行願。於此妙華。布地胎藏荘嚴世界。種性海中。受生。以種種性清淨門。淨除佛刹。現菩提場。而住佛事。次復志求三藐三菩提句。以知心無量故。知身無量。知身無量故。知智無量。知智無量故。即知衆生無量。知衆生無量故。即知虚空界無量。秘密主。由心無量故得四種無量。得已。成最正覺。具十智力。降伏四魔。以無所畏而師子吼。佛説偈言  
勤男此一切 無上覺者句 於百門學滋 諸佛所説心 
百字位成品第二十一  
爾時執金剛秘密主。得未曾有。而説偈言  
佛説眞言救世者 能生一切諸眞言 摩訶牟尼云何知 誰能知此從何處 誰生如是諸眞言 生者爲誰惟演説 大勤勇土説中上 如此一切願開示  
爾時薄伽梵 法自在牟尼 円満普周遍 悉遍諸世界 一切智慧者 大日尊告言 善哉摩訶薩 大徳金剛手 吾當一切説 微密最希有 諸佛之秘要 外道不能知 若悲生漫荼 得大乗潅頂 調柔具善行 常悲利他者 有縁觀菩提 常所不能見 彼能有知此 内心之大我 隨其自心位 導師所住處 八楽從意生 蓮華極嚴麗 円満月輪中 無垢猶淨鏡 於彼常安住 眞言救世尊 金色其光焔 住三昧善毒 如日雑可觀 諸衆生亦然 常恒於内外 普周遍加持 以如是慧眼 了知意明鏡 眞言者慧眼 觀是円鏡故 當見目形色 寂然正覺相 身生身影像 意從意所生 當出生清淨 種種自作業 次於彼光現 円照如電焔 眞言者能作 一切諸佛事 若見成清淨 聞等亦復然 如意所思念 能作諸事業  
復次秘密主。眞言門修菩薩行諸菩薩。如是自身影像生起。無有殊勝過三菩提。如眼耳鼻舌身意等。四大種攝持集聚。彼如是自性空。唯有名字所執。猶如虚空。無所執著等於影像。彼如來成正覺。互相縁起無有間絶。若從縁生。彼即如影像生。是故諸本尊即我。我即本尊。互相發起。身所生身。尊形像生。秘密主觀是法縁通達慧。通達慧縁法。彼等遞潟作業。無住性空。秘密主。云何從意生。意能生影像。秘密主。譬加若白若黄若赤。作意者作時染著意生。彼同類。如是身轉。秘密主又如内觀意中漫荼羅。療治熱病。彼衆生熱病。即時除愈。無有疑惑。非漫荼羅異意。非意異漫荼羅。何以故。彼漫荼羅一相故。秘密主。又如幻者幻作男子。而彼男子又復作化。秘密主。於意云何。彼何者爲勝。時金剛手白佛言。世尊此二人者。無相異也。何以故。世尊非實生故。是二男子本性空故。等同於幻。如是秘密主。意生衆事及意所生。如是倶空。無二無別。 
百字成就持誦品第二十二  
爾時世尊告執金剛秘密主言。諦聽秘密主。眞言救世者。身身無有異分意從意生。令善淨除。普皆有光。被處流出。相應而起遍諸支分。彼愚夫類常所不知。不達此道。乃至身所生分。無量種故。如是眞言救世者分説。亦無量。譬如吉祥眞陀摩尼。隨諸楽欲。而作饒益。如是世間照世者身。一切義利無所不成。秘密主。云何無分別法界。一切作業隨轉。秘密主。亦如虚空界非衆生非壽者。非摩奴闍非摩納婆。非作者非吠陀。非能執非所執。離一切分別及無分別。而彼無盡衆生界。一切去來。諸有所作。不生疑心。如是無分別一切智智。等同虚空。於一切衆生。内外而轉 
爾時世尊。又復宣説淨除無盡衆生界句。流出三昧句。不思議句。轉他門句  
若本無所有 随順世間生 云何了知空 生此瑜伽者 若自性如是 覺名不可得 當等空心生 所謂菩提心 應發超慈悲 随順諸世間 住於唯想行 是即名諸佛 當知想造立 觀此爲空空 如下數法轉 増一而分異 勤勇空亦然 増長隨次第 即此阿字等 自然智加持  
● 哦伽 遮車若社 咤拏荼 多他娜 波頗摩婆 野 奢沙娑訶 仰壤拏曩奔  
秘密主觀此空中流散仮立。阿字之所加持。成就三昧道。秘密主。如是阿字。住於種種荘嚴。布列図位。以一切法本不生故。顕示自形。或以不可得義。現字形。或諸法選離造作故。現迦字形。或一切法等虚空故。現字形。或行不可得故。現字形。或諸法一合相不可得故。現伽字形。或一切法離生滅故。現遮字形。或一切法無影像故。現車字形。或一切法生不可得故。現若字形。或一切法離戦敵故。現社[上聲呼]字形或一切法離我慢故。現字形。或一切法離養育故。現咤字形。或一切法離怨対故。現拏字形。或一切法離災變故。現荼字形。或一切法離如如故。現多字形。或一切法離住處故。現他字形。或一切法離施故。現那字形。或一切法界不可得故。現字形。或一切法勝難諦不可得故。現波字形。或諸法不堅如聚沫故。現頗字形。或一切法離繋縛故。現麼字形。或一切法諸觀不可得故。現婆字形。或一切法諸乗不可得故。現也字形。或一切法離一切塵故現字形。或一切法無相故。現邏字形。或一切法離寂故現奢字形。或一切法本性鈍故。現沙字形。或一切法諦不可得故。現娑字形。或一切法離因故。現訶字形 
秘密主。隨入此等一一三昧門。秘密主觀是。乃至三十二大人相等。皆從此中出仰壤拏曩奔等於一切法。自在而轉。此等隨現。成就三藐三佛陀随形好 
百字眞言法品第二十三  
復次秘密主。於此三昧門。以空加持。於一切法。自在成就最正覺。是故此字。即爲本尊。而説偈言  
秘密主當知 阿字第一句 明法普周遍 字輪以囲繞 彼尊無有相 遠離諸見相 無相衆聖尊 而現相中來 聲從於字出 字生於眞言 眞言成立果 諸救世尊説 當知聲性空 即空所造作 一切衆生類 如言而妄執 非空亦非聲 爲修行者説 入於聲解脱 即證三摩地 依法布相應 以字爲照明 故阿字等類 無量眞言想 
説菩提性品第二十四  
譬如十方虚空相 常遍一切無所依 如是眞言救世者 於一切法無所依 又如空中諸色像 雖可現見無依處 眞言救世者亦然 非彼諸法所依處 世間成立虚空量 遠離去來現在世 若見眞言救世者 亦復出過三世法  
唯住於名趣 遠離作者等 虚空衆仮名 導師所宣説 名字無所依 亦復如虚空 眞言自在然 現見離言説 非火水風等 非地非日光 非月等衆曜 非昼亦非夜 非生非老病 非死非損傷 非刹那時分 亦非年歳等 亦非有成壌 劫教不可得 非淨染受生 或果亦不生 若無如是等 種種世分別 於彼常勤修 求一切智句 
三三昧耶品第二十五  
爾時執金剛秘密主。白佛言。世尊所説三三昧耶。云何説此法爲三三昧耶。如是言已。世尊告執金剛秘密主言。善哉善哉秘密主。汝問吾如是義。秘密主。汝當諦聽善思念之。吾今演説。金剛手言。如是世尊願樂欲聞。佛言。有三種法相続。除障相應生名三三昧耶。云何彼法相続生。所謂初心不觀自性。從此發慧。如実智生。離無盡分別網。是名第二心。菩提。無分別正等覺句。秘密主。彼如実見已。觀察無盡衆生界。悲自在轉。無縁觀。菩提心生。所謂離一切戲論。安置衆生。皆令住於無相菩提。是名三三昧耶句  
復次秘密主 有三三昧耶 最初正覺心 第二名爲法 彼心相続生 所謂和合僧 此三三妹耶 諸佛導師説 若住此三等 修行菩提行 諸導門上首 爲利諸衆生 當得成菩提 三身自在輪  
秘密主。三藐三佛陀。安立教故。以一身加持。所謂初變化身。複次秘密主。次於一身示現三種。所謂佛法僧。復次秘密主。從此成立説三種乗。廣作佛事。現般涅槃。成熟衆生。秘密主。觀彼諸眞言門修菩提行諸菩薩。若解三等。於眞言法則而作成就。彼不著一切妄執。無能爲障礙者。除不楽欲。懈怠。無利談話。不生信心。積集資財者。復應不作二事。謂飲諸酒。及寝床上 
説如來品第二十六  
爾時。執金剛秘密主。白世尊言  
云何爲如來 云何人中尊 云何名菩薩 云何爲正覺 導師大牟尼 願斷我所疑 菩薩大名稱 棄捨疑慮心 當修摩訶衍 行王無有上  
爾時。薄伽梵毘廬遮那。觀察諸大會衆。告執金剛秘密主言。善哉善哉金剛手。能問吾如是義。秘密主汝當諦聽善思念之。音今演説摩訶衍道。頌曰  
菩提虚空相 離一切分別 楽求彼菩提 名菩提薩 成就十地等 自在善通達 諸法空如幻 知此一切同 鱗諸世間趣 故名爲正覺 法如虚空相 無二惟一相 成佛十智力 故號三菩提 唯慧害無明 自性離言説 自證之智慧 故説名如來 
世出世護摩法品第二十七  
復次秘密主往昔一時我爲菩薩行菩薩行住於梵世時有梵天來間我言大梵我等欲知火有幾種時我如是答言  
所謂大梵天 名我慢自然 次大梵天子 彼名簸句 世間之火初 英予名梵飯 予名畢怛 吠濕婆捺羅 復生訶奴 合毘訶那 簸説三鼻覩 及阿闥末拏 彼子鉢體多 補色迦路陶 如是諸火天 次第以相生 復次置胎藏 用忙路多火 欲後澡盥身 訶忙嚢火 浴妻之所用 以蘗廬火 若生子之後 用鉢伽蒲火 爲子初立名 用簸體無火 飲食時所用 當知戌脂火 爲子作髻時 應用殺毘火 次受禁戒時 三謨婆火 禁満施牛時 用素哩耶火 童子婚媾時 以瑜赭迦火 造作衆事業 跋那易迦火 供養諸天神 以簸句火 造房以梵火 慧施扇都火 縛羊之所用 阿縛賀寧火 觸穢之所用 以微吠脂火 熱食之所用 以婆訶婆火 拝日天時用 合微誓耶火 拝月天時用 所謂爾地火 満焼之所用 阿密栗多火 彼於息災時 用那拏火 作増益法時 訖栗旦多火 降伏恕対時 當以忿怒火 召摂諸資財 用迦摩奴火 若焚焼林木 應用使者火 所食令消化 用社咤路火 若授諸火時 所謂薄叉火 海中有火名 縛拏婆目 劫焼盡時火 名曰瑜乾多 爲汝諸仁者 已略説諸火 修習韋陀者 梵行所傳讀 此四十四種 爾時我宣説 復次秘密主 我於往昔時 不知諸火性 作諸護摩事 彼非護摩行 非能成業果 我復成菩提 演説十二火 智火最爲初 名火因陀羅 端嚴淨金相 増益施威力 焔鬘住三昧 當知智円満 第二名行滿 普光秋月花 吉祥円輪中 珠鬘鮮白衣 第三摩多 黒色風燥形 第四廬醯多 色如朝日暉 第五沒拏 多髭浅黄色 脩頚大威光 遍一切哀愍 第六名忿怒 眇目霏烟色 聳髪而震吼 大力現四牙 第七闇羅 迅疾備衆綵 第八迄灑耶 猶如電光聚 第九名意生 大勢巧色身 第十羯微 赤黒字印   
第十一火神[梵名闕其名]  
十二謨賀那 衆生所迷惑 秘密主此等 火色之所持 隨其自形色 築物等同彼 而作外護摩 随意成悉地 復次於内心 一性而具三 三處合爲一 瑜祇内護摩 大慈大悲心 是謂息災法 彼兼具於喜 是偽増益法 忿怒從胎藏 而造衆事業 又彼秘密主 如其所説處 隨相應事栄 随信解焚焼  
爾時。金剛手白佛言。世尊云何火爐三魔地。云何而用散灑。云何順敷吉祥草。云何具縁衆物。如是説已  
爾時金剛手 白佛言世尊 云何火爐定 云何用散灑 順敷吉祥草 云何具衆物 佛告秘密主 持金剛者言 火憾如肘量 四方相均等 四節爲縁界 周匝金剛印 藉之以生茅 繞爐而右旋 不以末加本 應以本加末 次特吉祥草 依法而右灑 以塗香華燈 次獻於火天 行人以一華 供養沒栗荼 安置於座位 復當用潅灑 應當作瀬施 持以本眞言 次息災護摩 或以増益法 如是世護摩 説名爲外事 復次内護摩 滅除於業生 了知自末那 遠離色聲等 眼耳鼻舌身 及與語意業 皆悉從心起 依止於心王 眼等分別生 及色等境界 智慧未生障 風燥火能滅 焼除妄分別 成淨菩提心 此名内護摩 爲諸菩薩説 
説本尊三昧品第二十八  
爾時。執金剛秘密主。白佛言。世尊願説諸尊色像威験現前。令眞言門修菩薩行諸菩薩。觀縁本尊形故。即本尊身以爲自身。無有疑惑而得悉地。如是説已。佛告執金剛秘密主言。善哉善哉秘密主。汝能問吾如是義。善哉諦聽極善作意吾今演説。金剛手言。如是。世尊願楽欲闇。佛言秘密主。諸尊有三種身。所謂字印形像。彼字有二種。謂聲及菩提心。印有二種。所謂有形無形。本尊之身亦有二種。所謂清淨非清淨。彼證淨身離一切相。非淨有想之身。則有顯形衆色。彼二種尊形。成就二種事。有想故成就有相悉地。無想故隨生無相悉地。而説偈言  
佛説有想故 楽欲成有相 以住無想故 獲無相悉地 是故一切種 當住於非想 
説無相三昧品第二十九  
復次薄伽梵毘廬遮那。告執金剛秘密主言。秘密主。彼眞言門修菩薩行諸菩薩。楽欲成就無相三昧。當如是思惟。想從何生。爲自身耶。自心意耶。若從身生。身如草木瓦石。自性如是。蝋於造作。無所識知。因業所生。應當等觀同於外事。又如造立形像。非火非水。非刃非毒。非金剛等之所傷壞。或忿恚麁語。而能少分令其動作。若以飲食衣服塗香華鬘。或以塗香旃檀龍脳如是等類。種種殊勝受用之具。諸天世人奉事供給。亦不生喜。何以故。愚童凡夫於自性空形像。自我分生。顛倒不實。起諸分別。或復供養。或加毀害。秘密主。當如是住。修身念。觀察性空 
復次秘密主。心無自性。雛一切想故。當思惟性空。秘密主。心於三時求不可得。以過三世故。如是自性遠離諸相。秘密主。有心想者。即是愚童凡夫之所分別。由不了知。有如是等虚妄横計。如彼不実不生。當如是思念。秘密主。此眞言門修菩薩行諸菩薩。證得無相三昧。由住無相三昧故。如來所説眞語。親対其人。常現在前 
世出世持誦品第三十  
復次。秘密主。今説秘密持眞言法  
一一諸眞言 作心意念誦 出入息爲二 常第一相應 異此而受持 眞言関支分 内與外相應 我説有四種 彼世間念誦 有所縁相続 住種子字句 或心隨本尊 故説有攀縁 出入息爲上 當知出世心 遠離於諸字 自尊爲一相 無二無取著 不壞意色像 勿異於法則 所説三落叉 多種持眞言 乃至衆罪除 眞言者清淨 如念誦數量 勿異如是教 
嘱累品第三十一  
爾時世尊。告一切衆會言。汝今應當住不放逸。於此法門。若不知根性。不應授與他人。除我弟子具標相者。我今演説汝等當一心聽。若於吉祥執宿時生。志求勝事。有微細慧。常念恩徳。生渇仰心。聞法歓喜而住。其相青白。或白色。廣首長類。額廣平正。其鼻修直面円満。端嚴相稱。如是佛子。應當殷勤而教授之。爾時一切具威徳者。咸懐慶悦。聞已頂受。一心奉持。是諸衆會。以種種荘嚴。廣大供養已。稽首佛足。恭敬合掌。而説是言。唯願於此法教。演説救世加持句。令法眼道。遍一切處久住世間。爾時世尊於此法門。説加持句眞言曰  
南麼三曼多勃欧喃[一]薩姿他[引]勝勝[二]恒[二号]怛[二合三]●●[四]達[五]娑他[引二合]跛也娑他[引二合]跛也[六]勃薩底也[二合][引七]達摩薩底也二合[引八]僧伽薩底也[二合][引九]●●[十]吠娜尾吠[十一]莎訶[十二] 
時佛説此經已。一切持金剛者。及普費等上首諸菩薩。聞佛所説。皆大歡責。信受奉行 
大毘廬遮那成佛神變加持經 巻第七 

 

供養次第法中眞言行學處品第一  
稽首毘廬遮那佛 開敷淨眼如青蓮 我依大日經王説 供養所斧衆儀軌 爲成次第眞言法 如彼當得速成就 又令本心離垢故 我今隨要略宣説 然初自他利成就 無上智願之方便 成彼方便雖無量 發起悉地由信解 於満悉地諸勝願 一切如來勝生子 彼等佛身眞言形 所住種種印威儀 殊勝眞言所行道 及方廣乗皆諦信 有情信擁上中下 世尊説彼證修法 哀愍輪廻六趣衆 随順饒益故開演 應當恭敬決定意 亦起勤誠深信心 若於最勝方廣乗 知妙眞言調伏行 隨善逝子所修習 無上持明別律儀 解了具縁衆支分 得受傳教印可等 見如是師恭敬禮 爲利他故一心住 瞻仰猶如世導師 亦如善友及所親 發起殷勤殊勝意 供養給侍随所作 善順師意令歓喜 慈悲攝受相対時 稽首請勝善逝行 願尊如應教授我 彼師自在而建立 大悲藏等妙円壇 依法召入漫荼羅 隨器授與三昧耶 道場教本眞言印 親於尊所口傳授 獲勝三昧耶及護 爾乃應當如説行 然此契総之所説 攝正眞言平等行 哀愍劣慧弟子故 分別漸次之儀式 於造勝利天中天 從正覺心所生子 下至世天身語印 入此眞言最上乘 導諸密行軌範者 皆當敬重不軽毀 以能蘇益諸世間 是故勿生捨離心 常應無間而繋念 彼等廣大諸功徳 隨其力分相應事 悉皆承奉而供養 佛聲聞衆及縁覺 説彼教門盡苦道 授學處師同梵行 一切勿懐毀慢心 善觀時宜所當作 和敬相應而給侍 説彼教門盡苦道 授學處師同梵行 一切勿懐毀慢心 善觀時宜所當作 和敬相應而給侍 不造愚童心行法 不於諸尊起嫌恨 如世導師契經説 能損大利莫過瞋 一念因縁悉焚滅 倶胝曠劫所修善 是故慇懃常捨離 此無義利之根本 淨菩提心如意寶 満世出世勝希願 除疑究竟獲三昧 自利利他因是生 故應守護倍身命 觀具廣大功徳藏 若身口意衆生 下至少分皆遠離 除異方便多所済 内住悲心而現暖 於背恩徳有情類 常懐忍辱不觀過 又常具足大慈悲 及與喜捨無量心 隨力所能法食施 以慈利行化群生 或由大利相應心 爲俟時故而棄拾 若無勢力廣饒益 住法但觀菩提心 佛説此中具萬行 満足請白純淨法 以布施等諸度門 溌受衆生於大乘 令住受持読誦等 及與思惟正修習 智者制止六情根 常當寂意修等引 毀壞事業由諸酒 一切不善法之娘 如毒火刀霜雹等 故當遠離勿親近 又由佛説増我慢 不應坐臥高妙床 取要言之具慧者 悉捨自損損他事 我依正三昧耶道 今已次第略宣説 顯明佛説修多羅 令廣知解生決定 依此正住平等戒 復當離於毀犯因 謂習悪心及懈惰 妄念恐怖談話等 妙眞言門覺心者 如是正住三昧耶 當令障蓋漸消盡 以諸福徳増益故 欲於此生入悉地 隨其所應思念之 親於尊所受明法 觀察相應作成就 當自安住眞旨行 如所説明次第儀 先禮潅頂傳教尊 請白眞言所修業 智者蒙師許可已 依於地分所宜處 妙山輔峯半巌間 種種龕窟両山中 於一切時得安隠 荷青蓮遍嚴池 大河川洲岸側 遠離人物衆僧閙 篠葉扶疏悦意樹 多饒乳不及祥草 無有蚊虻苦寒熱 悪獣毒蟲衆妨難 或諸如來聖弟子 甞於往昔所遊居 寺塔練若古仙室 當依自心意樂處 捨離在家絶誼務 勤轉五欲諸蓋纏 一向深樂於法味 長養其心求悉地 又常具足堪忍慧 能安饑渇諸疲苦 淨命善伴或無伴 當與妙法經卷倶 若順諸佛菩薩行 於正眞言堅信解 其淨慧力能堪忍 精進不求諸世間 常樂堅固無怯弱 自他現法作成就 不随餘天無畏依 具此名爲良助伴 
増益守護清淨行品第二  
彼作成就處所已 毎日先住於念慧 依法寝息初起時 除諸無盡爲障者 是夜放逸所生罪 慇懃還淨皆悔除 寂根具悲利益心 誓度無尽衆生界 如法澡浴或不浴 應令身口意清淨 次於斎室空静處 散妙花等以荘嚴 隨置形像勝妙典 或心思念十方佛 心目現觀諦明了 當依本尊所在方 至誠恭敬一心住 五輪投地而作禮 歸命十方正等覺 三世十切具三身 歸命一切大乗法 歸命不退菩提衆 歸命諸明眞實言 帰命一切諸密印 以身口意清淨業 慇懃無量恭敬禮  
作禮方便眞言曰  唵[一]南麼薩姿怛他[引]蘗多[二]迦[引]耶[引]吃質[二合]多[三]播娜鑁[無范反]娜難迦弭[四]  
由此作礼眞實言 即能遍禮十方佛 右膝著地合爪掌 思惟説悔先罪業 我由無明所積集 身口意業造衆罪 貪欲恚痴覆心故 於佛正法賢聖僧 父母二師善知識 以及無量衆生所 無始生死流轉中 具造極重無盡罪 親対十方現在佛 悉皆懺悔不復作  
出罪方便眞言曰 唵[一]藤婆播波薩怖[二合][二]娜訶曩伐折羅[引二合]也[三]莎訶  
南無十方三世佛 三種常身正法藏 勝願善提大心衆 我今皆悉正歸依  
歸依方便眞言曰 唵[一]薩婆勃菩提薩怛鑁[引二合二]設●●[平]蘗車弭[三]伐折[二合]達麼[四]頡[二合五]  
我淨此身離諸垢 及眞三世身口意 過於大海刹塵數 奉獻一切諸如來  
施身方便眞言曰 唵[一]薩婆怛他[引]蘗多[二]布闍鉢[二合]跋[無][竭反]多[二合]曩夜怛忙[去二合]難[三]●●夜[二合]夜弭[四]薩婆怛他[引]蘗多室柘[二合]地底瑟咤[勅限反二合]多[引五]薩婆怛他[引]蘗多若難謎阿[引]味設覩[六]  
淨菩提心勝願寶 我今起發済群生 生苦等集所纏繞 及與無知所害身 救摂歸依令解脱 常當利益諸含識  
發菩提心方便眞言曰 唵[一]菩提質多[二]母多播[引二合]娜夜弭[三]是中増加句言。菩提心離一切物。謂蘊界處能執所執捨故。法無有我。自心平等。本來不生如大空自性。如佛世尊及諸菩薩發菩提心乃至蕃提道場。我亦如是發菩提心[此増加句亦同眞言富誦梵本]  
十方無量世界中 諸正遍知大海衆 種種善巧方便力 及諸佛子爲群生 諸有所修福業等 我今一切盡随喜  
随喜方便眞言曰 唵[一]薩婆怛他[引]蘗多[二]本[去]若[尼也反]若嚢[三]努暮捺布闍迷伽参暮捺[二合四]薩[二合]●●三麼曳[五][六]  
我今勧請諸如來 菩提大心救世者 唯願普於十方界 陣以大雲隆法雨  
勧請方便眞言曰 唵[一]薩撃怛他[引]蘗多[引二]睇灑布闍迷伽娑慕捺[二合三]薩[二合]●●三麼曳[四][五]  
願令凡夫所住處 速捨衆苦所集身 當得至於無垢處 安住清淨法界身  
泰請法身方便眞言曰 唵[一]薩婆怛他[引]蘗多[二]捺騰灑夜弭[三]薩婆薩怛[二合]係多[引]他[去二合]耶[四]達麼到薩他以反二合]●●婆[上二合]靺覩[五]  
所修一切衆善業 利益一切衆生故 我今盡皆正廻向 除生死苦至菩提  
廻向方便眞言曰 唵[一]薩婆怛他[引]蘗多[二]理也[二合]怛嚢布闍迷伽参慕捺[二合三]薩[二合]●●[三]麼曳[四][五]  
復造所餘諸福事 読誦經行宴坐等 爲令身心越清淨 哀愍救攝於自他 心性如是離諸垢 身隨所應以安坐 次當結三昧耶印 所謂淨除三業道  
應知密印相 諸正遍知説 當合定慧手 並達二空輪 遍觸諸支分 綴持眞実語  
入佛三昧耶明曰 南麼薩婆怛他[引]蘗帝[一]微濕[二合]目契[二] 唵阿三迷[三]T[二合]三迷[四]三麼曳[平五]莎訶[六]  
纔結此密印 能淨如來地 地波羅蜜満 成三法道界 所餘諸印等 次第如經説 眞言者當知 所作得成就 次結法界生 密慧之幟 淨身口意故 遍轉於其身 般若三昧手 倶作金剛拳 二空在其掌 風幢皆正直 如是名法界 清淨之秘印  
法界生眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]達摩睹[二]薩[二合]婆句痕[三]  
如法界自性 而觀於自身 或以眞實言 三轉而宣説 當見住法体 無垢如虚空 眞言印威力 加持行人故 爲令彼堅固 觀自金剛身 結金剛智印 止觀手相背 逸水火風輪 左右互相持 二空各旋轉 合於慧掌中 是名爲法輪 最勝吉祥印 是人當不久 同於救世者 眞言印威力 成就者當見 常如寶輪轉 而轉大法輪  
金剛薩眞言日 南麼三曼多伐折[二合][一]伐折[引二合]咀麼[二合]句痕[二]  
誦此眞言已 當住於等引 諦觀我此身 即是執金剛 無量天魔等 諸有見之者 如金剛薩 勿生疑惑心 次以眞言印 而金剛甲 當觀所彼服 遍體生焔光 用是嚴身故 諸魔爲障者 及餘悪心類 覩之咸四散 是中密印相 先作三補 止觀二風輪 糺持火輪上 二空自相並 而在於掌中 誦彼眞言已 當觀無垢字  
金剛甲冑眞言曰 南麼三曼多伐折[二合][一] 唵[二]伐折[二合]迦遮[三][四]  
字色鮮白 空點以嚴之 如彼髻明珠 置之於頂上 設於百劫中 所積衆罪垢 由是悉除滅 福慧皆円満  
彼眞言曰 南麼三曼多勃  
眞言同法界 無量衆罪除 不久當成就 住於不退地 一切觸穢處 當加此字門 赤色具威光 焔鬘遍圍繞 次爲降伏魔 制諸大障故 當念大護者 無能堪忍明  
無堪忍大護明曰 南麼薩婆怛他[引]蘗帝薩婆佩也微蘗帝[二]微濕[二合]目契弊薩婆他[引三]欠[四]吃灑[二合]摩詞[引]沫麓[五]薩婆怛他[引]蘗多奔也[二合]社帝[六]●●[七]T[引二合][軽]T[二合]T[同上八]阿鉢[二合]訶諦[九]莎訶[十]  
由纔暖念故 諸毘那也迦 悪形羅刹等 彼一切馳散 
供養儀式品第三  
如是正業淨其身 住定觀本眞言主 以眞言印而召請 先當示現三昧耶 眞言相應除障者 兼以不動慧刀印 稽首奉獻閼伽水 行者復獻眞言座 次應供養花香等 去垢亦以無動尊 辟除作淨皆如是 加持以本眞言王 或觀諸佛勝生子 無量無數衆囲繞  
右攝頌竟下當次第分別説  
現前觀字 其點廣嚴節 謂淨光焔鬘 赫如朝日暉 念聲眞実義 能除一切障 解脱三毒垢 諸法亦復然 先自淨心地 復淨道場地 悉除衆過患 其相如虚空 如金剛所持 此地亦如是   
最初於下位 思惟彼風輪 訶字所安住 黒光焔流布   
彼眞言言 南麼三曼多難  
次上安水輪 其色猶雪乳 字所安住 頗胝月電光  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃鑁  
復於水輪上 觀作金剛輪 想置本初字 四方遍黄色  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃阿  
是輪如金剛 名大因陀羅 光焔淨金色 普皆遍流出 於彼中思惟 導師諸佛子 水中觀白蓮 妙色金剛茎 八葉具鬚蘂 衆寶自荘嚴 常出無量光 百千衆蓮繞 其上復觀想 大覺師子座 寶王以校節 在大宮殿中 寶柱皆行列 遍有諸幢蓋 珠鬘等交絡 垂懸妙寶衣 周布香花雲 及與衆寶雲 普雨雑花等 繽粉以嚴地 諧韻所愛聲 而奏諸音樂 宮中想淨妙 賢瓶與閼伽 寶樹王開敷 照以摩尼燈 三昧總持地 自在之女 佛波羅蜜等 菩提妙嚴花 方便作衆伎 歌詠妙法音 以我功徳力 如來加持力 及以法界力 普供養而住  
虚空藏轉明妃曰 南麼薩婆怛他[引]蘗帝[一]微濕[二合]目契[二]薩婆他[三]欠[四]蘗帝薩[二合]係門[五]伽伽娜剣莎訶[七法應多誦]  
由此持一切 眞実無有異 作金剛合掌 是則加持印 一切法不生 自性本寂故 想念此眞實 阿字置其中 次當轉阿字 成大日牟尼 無盡刹塵衆 普現円光内 千界爲増數 流出光焔輪 遍至衆生界 隨性令開悟 身語遍一切 佛心亦復然 閻浮淨金色 爲應世間故 加趺坐蓮上 正受離諸毒 身被●●衣 自然髪髻冠 若釋迦牟尼 彼中想婆字 復轉如是字 而成能仁尊 勤勇袈裟衣 四八大人相  
釋迦種子心曰 南麼三曼多勃喃婆  
字門轉成佛 亦利諸衆生 猶如大日尊 瑜伽者觀察 一身與二身 乃至無量身 同入於本體 流出亦如是 於佛右蓮上 當觀本所尊 左置執金剛 勤男諸眷属 前後花臺中 廣大菩薩衆 一生補處等 饒益衆生者 右邊花座下 眞言者所居 若持妙吉祥 中置無我字 是字轉成身 如前之所觀  
文殊種子心曰 南麼三曼多勃喃瞞  
若觀世自在 或金剛焼 慈氏及普賢 地藏除蓋障 佛眼并白處 多利毘倶知 忙奔商羯羅 金輪與馬頭 持明男女使 忿怒諸奉教 隨其所樂欲 依前法而轉 爲令心喜故 奉獻外香花 澄明閼伽水 皆如本教説 不動以去垢 辟除使光顯 本法自相加 及護持我身 結諸方界等 或以降三世 召請如本教 所用印眞言 及此普通印 眞言王相應  
聖者不動尊眞言曰 南麼三曼多伐折羅[二合][一]戦拏摩訶[上二]薩破[二合]也[三][二合][四]悍[引]漫[引當誦三遍]  
當以定慧手 皆作金剛拳 正直舒火風 虚空持地水 三昧手爲鞘 般若以爲刀 慧刀入住出 皆在三昧鞘 是則無動尊 密印之威儀 定手住其心 慧手普旋轉 應知所觸物 即名爲去垢 以此而左旋 因是成辟除 若結方隅界 皆令隨右轉 所餘衆事業 滅悪淨諸障 亦當如是作 隨類而相應 次以眞言印 而語召衆聖 諸佛菩薩説 依本誓而來  
召請方便眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]阿[去急呼]薩婆怛[引二合]鉢[二合]底訶諦[二]怛他[引]蘗黨矩奢[三]菩提浙耶[二合]鉢迦[四]莎訶[應誦七遍]  
以帰命合掌 固結金剛縛 當令智慧手 直舒彼風輪 俛屈其上節 故號爲鉤印 諸佛救世者 以茲召一切 安住十地等 大力諸菩薩 及餘難調伏 不善心衆生 次奉三昧耶 具以眞言印 印相如前説 諸三昧耶教  
三昧耶眞言日 鷲麼三曼多勃喃[一]阿[三]迷[二]怛[三]途[三]三麼曳[四]莎訶[五應誦三遍]  
以如是方便 正示三昧耶 則能首増益 一切衆生類 當得成悉地 速満無上願 令本眞言主 諸明歓喜故 所獻閼伽水 先已具嚴備 用本眞言印 如法以加持 奉諸善逝者 用浴無垢身 次當淨一切 佛口所生子  
閥伽眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]伽伽娜三摩[引]三摩[二]莎訶[當誦二十五遍以不動尊印示之]  
次奉所敷座 具密印眞言 結作蓮花臺 遍置一切處 覺者所安坐 證最勝菩提 爲得如是處 故持以上獻  
如來座眞言曰 南麼三曼多勃喃阿[引聲急呼]  
其中密印相 定慧手相合 而普舒散之 猶如鈴鐸形 二空與地輪 聚合以爲臺 水輪稍相遠 是即蓮花印 復次當辟除 自身所生障 以大慧刀印 聖不動眞言 當見同於彼 最勝金剛焔 焚焼一切障 令盡無有餘 智者當轉作 金剛薩身 眞言印相應 遍布諸支分  
金剛種子心曰 南麼三曼多勃喃鑁  
念此眞実義 諸法離言説 以具印等故 即同執金剛 當知彼印相 先以三補 火輪爲中鋒 端鋭自相交 風輪以爲鉤 舒屈置其傍 水輪互相交 而在於掌内  
金剛薩眞言曰 南麼三曼多伐折[二合][一]戦拏摩訶[引][平二]  
或用三昧手 作半金剛印 或以簾契經 所説之軌儀 次當周遍身 被服金剛鐙 身語之密印 前已依法説 以字及點 而置於頂上 思惟此眞言 諸法如虚空  
彼眞言曰 南麼三曼多勃喃欠 應先住此字門然後作金剛薩身  
次應一心作 摧伏諸魔印 智者應普轉 眞語共相應 能除極猛利 諸有悪心者 當見過此地 金剛熾焔光  
降伏魔眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]摩訶[引]沫[ ]●●●[二]捺奢婆[二合]吠[平三]摩訶[引]昧怛也[三合]毘[二合]蘗[二合][四]莎訶[五]  
當以智慧手 而作金剛拳 正直舒風輪 加於白毫際 如毘倶知形 是則彼幟 此印名大印 念之除衆魔 纔結是法故 無量天魔軍 及餘爲障者 必定皆退散 次用難堪忍 密印及眞言 而用結周界 威猛無能覩  
無能堪忍眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]三奔多。弩蘗帝[二]満也徒瞞[引三]摩訶[三]摩耶[去]闍[去]帝[四]娑麼[二合]●●[五]阿鉢[二合]訶諦[六]迦[七]捺[八]満[九]捺奢爾羶[十]薩婆怛他[引]應多[引]弩壤帝[十一]鉢[二合]●●達摩臘微若曳[平十二]薄伽●●[十三]微矩微矩麗[十四]麗魯補微矩麗[十五]莎訶[當誦三遍十六]  
或以第二略説眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]麗魯補微矩麗[二]莎訶[當誦七遍]  
先以三補 風輪在於掌 二空及地輪 内屈猶如鉤 火輪合爲峯 開散其水輪 旋轉指十方 是名結大界 用持十方國 能令悉堅住 是故三世事 悉能普護之 或以不動尊 成辨一切事 護身處令淨 結諸方界等   
不動尊種子心曰 南麼三曼多伐折[二合]悍  
次先恭被禮 復献於閼伽 如經説香等 依法修供養 復以聖不動 加持此衆物 結被慧刀印 普皆遍灑之 是諸香花等 所辨供養具 数以密印灑 復頻誦眞言 各説本眞言 及自所持明 應如是作已 稱名而奉獻 一切先遍置 清淨法界心 所謂字門 如前所開示  
所稱名中塗香眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]微輸[上]健社[引]納婆[二合][二]莎訶[當誦三遍]  
次説花眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]摩訶[引]昧T也[三合][二]毘[二合]蘗帝[三]莎[當誦三遍]  
次説焚香眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]達摩●●弩蘗帝[二]莎訶[當誦三遍]  
次説然燈眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]怛他[引]多引旨[二合][二]薩[二合]●●●婆[去]婆娜[三]伽伽陀哩耶[二合四]莎訶[當誦三遍]  
次説諸食眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]阿●●●●[二]沫隣捺泥[三]摩訶[引]沫履[四]莎訶[當誦三遍]  
及餘供養具 所應奉獻者 依隨此法則 淨以無動尊 當合定慧掌 五輪互相叉 是則持衆物 普通供養印 眞言具慧者 敬養衆聖尊 復作心儀式 清淨極嚴麗 所獻皆充滿 平等如法界 此方及餘刹 首入諸趣中 依諸佛菩薩 福徳而生起 幢幡諸瓔蓋 廣大妙楼閣 及天寶樹王 遍有諸資具 衆香花雲等 無際猶虚空 各雨諸供物 供養成佛事 恩惟奉一切 諸佛及菩薩 以虚空藏明 普通供養印 三轉作加持 所願皆成就  
持虚空藏明増加句云  
依我功徳力 及與法界力 一切時易獲 廣多復清淨 大供荘嚴雲 依一切如來 及諸菩薩衆 海會而流出 以一切諸佛 菩薩加持故 如法所修事 積集諸功徳 廻向成悉地 爲利諸衆生 以如是心説 願明行清淨 諸障得消除 功徳自円満 随時修正行 是則無定期 若諸眞言人 此生求悉地 先依法持誦 但作心供養 所爲既終竟 次經於一月 具以外儀軌 而受持眞言 又以持金剛 殊勝之諷詠 供養佛菩薩 當得遠成就  
執金剛阿利沙偈曰  
無等無所動 平等堅固法 悲愍流轉者 攘奪衆苦患 替能授悉地 一切諸功徳 離垢不遷變 無比勝願法 等同於虚空 彼不可爲喩 隙塵千萬分 尚不及其一 恒於衆生界 成就果願中 於悉地無盡 故離於譬喩 常無垢翳悲 依於精進生 隨願成悉地 法爾無能蔽 作衆生義利 所及普周通 照明恒不断 哀愍廣大身 離障無礙 行於悲行者 周流三世中 施與成就願 於無量之量 令至究竟處 奇哉此妙法 善逝之所到 唯不越本誓 授我無上果 若施斯願者 恒至殊勝處 廣及於世間 能満勝希願 不梁一切趣 三界無所依  
右此偈即同眞言當誦梵本  
誦持如是偈讃已 至誠歸命世導師 唯願衆聖授與我 慈済有情之悉地 復次爲欲利他故 觀佛化雲遍一切 我所修福佛加持 普賢自體法界力 坐蓮華臺往十方 随順性欲導衆生 依諸如來本誓願 淨除一切内外障 開現出世衆資具 如其信解充満之 以我功徳所荘嚴 及淨法界中出生 如來神力加持故 成就衆生諸義利 備足諸佛之庫藏 出無盡寶不思議 三誦虚空藏轉明 及密印相如前説 此眞言乘諸學者 是故當生諦信心 一切導師所宣説 不鷹誹謗生疑悔 
持誦法則品第四  
如是具法供養已 起利無盡衆生心 稽首諸佛聖天等 住相應座入三昧 四種静慮之軌儀 能令内心生喜楽 以眞実義加持故 當得眞言成等引 若作眞言念誦時 今當次説彼方便 智者如先所開示 現前而觀本所尊 於其心月図明中 悉皆照見眞言字 即應次第而受持 乃至令心淨無垢 数及時分相現等 依隨經教已満足 志求有相之義利 眞言悉地隨意成 是名世間具相行 四支禅門復殊異 行者應生決定意 先當一縁觀本尊 持彼眞言秘密印 自作瑜伽本尊像 如其色相威儀等 我身無二行亦同 由住本地相應身 雖少福者亦成就 瑜伽勝義品中説 次應轉變明字門 而以觀作本尊形 逮見身秘之幟 契經略説有二相 正遍知觀最爲先 次及菩薩聖天觀 妙吉祥尊爲上首 亦依彼乗位而轉 以相應印及眞言 
文殊種子所謂瞞字門。已於前品中説  
本尊三昧相應者 以心置心篇種子 彼應如是自觀察 安住清淨菩提心 衆所知識之形像 随順彼行而勿異 當知聖者妙音尊 身相猶如欝金色 頂現童眞五髻相 左伐折羅在青蓮 以智慧手施無畏 或作金剛與願印  
文殊師利眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]係孫倶摩迦[二]微目吃[二合]鉢他悉[二合]多[三]薩麼[二合]薩麼[二合][四]鉢[二合]然[五]莎訶[六]  
合定慧手虚心掌 火輪交結持水輪 二風環屈加大空 其相如鉤成密印 而用遍置自支分 爾乃修行衆事業 當知諸佛菩薩等 轉字瑜伽亦復然 或餘經説眞言印 如是用之不違背 或依彼説異儀軌 或以普通三密門 若能解了旋轉者 諸有所作皆成就  
普通種子心曰 南麼三曼多勃喃迦  
契經所説迦字門 一切諸法無造作 當以如是理光明 而觀此聲眞実義 眞陀摩尼寶王印 定慧五輪互相交 金剛合掌之標式 普通一切菩薩法  
一切諸菩薩眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]薩婆他[二]微沫[ ][三]微枳羅[上四]達摩●●●闍多[五]参参訶[六]沙訶[七]  
字含衆色 増加大空點 如前所宣説 置之於頂上 當得等虚空 説諸法亦然 復於其首内 想念本初字 純白點嚴飾 最勝百明心 眼界猶明燈 大空無垢字 住於本尊位 正覺當現前 乃至諦明了 應當如是見 又觀彼心處 円満淨月輪 炳現阿字門 遍作金剛色 説聲眞実義 諸法本無生 於中正觀察 皆從此心起 聲字如花鬘 焔目囲繞 其光普明淨 能破無明窟 迦字以爲首 或復餘字門 皆當修是法 念以聲眞実 或所持眞言 環列在円明 単字與句因 隨息而出入 或修意支法 應理如等引 縁念成悉地 普利衆生心 方迺作持誦 懈極然後已 或以眞言字 運布心月中 隨其深密意 思念聲眞実 如是受持者 復爲一方便 諸有修福聚 成就諸善根 當習意支法 無有定時分 若楽求現法 上中下悉地 應以斯方便 先作心受持 正覺諸世尊 所説法如是 或奉香花等 隨力修供養  
是中先持誦法略有二種。一者依時故。二者依相故。時。謂所期數満。及定時日月限等。相。謂佛塔図像出生光焔音聲等。當知是眞言行者。罪障淨除之相也。彼如經所説。先作意念誦已。復持満一落叉。從此經第二月。乃修其支方便。然後隨其本願。作成就法。若有障者。先依現相門。以心意持誦。然後於第二月。具支供養。應如是知 
復爲楽修習 如來三密門 經于一月者 次説彼方便 行者若持誦 大毘廬遮那 正覺眞言印 當依如是法  
大日如來種子心曰 南麼三曼多勃喃阿  
阿字門所謂一切法本不生故。已如前説  
是中身密印 正覺白毫相 慧手金剛拳 而在於眉間  
如來毫相眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]阿[去聲急呼]痕若[呼急]  
如前轉阿字 而成大日尊 法カ所持故 與自身無異 住本尊瑜伽 加以五支字 下体及臍上 心頂與眉間 於三摩多 運相而安立 以依是法住 即同牟尼尊 阿字遍金色 用作金剛輪 加持於下體 説名瑜伽座 鑁字素月光 在於霧聚中 加持自臍上 是名大悲水 字初日暉 赤在三角 加持本心位 是名智火光 字劫災焔 黒色在風輪 加持白毫際 説名自在力 字及空點 相成一切色 加持在頂上 故名爲大空  
此五種眞言心第二品中已説[又此五偈伝土度者頗以經意足之使文句周備也]  
五字以嚴身 威徳具成就 熾然大慧炬 滅除衆罪業 天魔軍衆等 及餘爲障者 當見如是人 赫奕同金剛 又於首中置 百光遍照王 安立無垢眼 猶澄明顯照 如前住瑜伽 加持亦如是 智者觀自体 等同如來身 心月円明處 聲鷲與相應 字字無間断 猶如賎鈴鐸 正等覺眞言 隨取而受持 當以此方便 速得成悉地 復次若觀念 釋迦牟尼尊 所用明字門 我今次宣説  
釋迦種子所謂婆字門已於前品中説  
是中聲實義 所謂離諸觀 彼佛身密印 以如來鉢等 當用智慧手 加於三昧掌 正受之儀式 而在於臍輪  
釈迦牟尼佛眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]薩婆吃[二合]奢素捺那[二]薩婆達摩始多[引]鉢[引二合]鉢多[二合三]伽伽那三摩[引]三摩[四]莎訶[五]  
如是。或餘等正覺密印眞言。各依本經所用。亦當如前方便。以字門觀轉。作本尊身。住瑜伽法運布種子。然後持誦所受眞言。若依此如來行者。當於大悲胎藏生漫荼羅王。得阿闍梨潅頂。乃應具足修行。非但得持明潅頂者之所堪也。其四支禅門方便次第。説餘經中所説儀軌。有所虧缺。若如此法修之。得離諸過。以本尊歓喜故。増其威勢。功徳隨生。又持誦畢已。輒用本法而護持之。雖餘經有不説者。亦當通用此意。令修行人連得成就  
復次本尊之所住 漫荼羅位之儀式 如彼形色壇亦然 依此瑜伽疾成就 當知悉地有三種 寂災増益降伏心 分別事業凡四分 隨其物類所當用 純素黄赤深玄色 円方三角蓮華壇 北面勝方住連座 淡泊之心寂災事 東面初方吉祥座 悦楽之容増益事 西面後方在賢座 喜怒與倶攝召事 南面下方蹲踞等 忿怒之像降伏事 若知秘密之幟 性位形色及威儀 奉花香等随所應 皆當如是廣分別 淨障増福円満等 捨處遠遊摧害事 眞言之初以 唵字 後加莎訶寂災用 若眞言初以唵字 後加發攝召用 初後納麼増益用 初後發降伏用 字發字通三處 増其名號在中間 如是分別眞言相 智者應當悉知解 
眞言事業品第五  
爾時眞言行者隨其所應如法持誦已復當如前事業。而自加持。作金剛薩身。思惟佛菩薩衆無量功徳。於無盡衆生界興大悲心。隨其所有資具。而修供養。供養已。又當一心合掌。以金剛諷誦及餘微妙言辞。称歎如來眞実功徳次持所造衆善。廻向發願。作如是言如大覺世尊。所謂知解了積集功徳。廻向無上菩提我今亦復如是。所有福聚。與法界衆生。共之咸使度生死海。成遍知道自利利他法皆満足。依於如來大住而住。非獨爲己身故求菩提也。乃主往返生死。済諸衆生同得一切種智以來。常當修集福徳智慧。不造餘業。願我等得到第一安樂。所求悉地。離諸障礙。一切円満故。復更思惟。令我速當具足若内若外種種清淨妙寶。而自荘嚴。相続無間普皆流出。以是因縁故。能満一切衆生所有希願 
右略説如是。若廣修行者。當如普賢行願。及餘大乗修多羅所説。以決定意而稱述之。或云如諸佛菩薩。自所證知。興大悲願我亦如是發願也 
次當奉獻閼伽。作巌命合掌。置之頂上。思惟諸佛菩薩眞實功徳。至誠作禮而説偈言  
諸有永離一切過 無量功徳荘巌身 一向饒益衆生者 我今悉皆歸命礼  
次當啓白衆聖 説是偈言  
現前諸如來 救世諸菩薩 不断大乗教 到殊勝位者 唯願聖天衆 決定證知我 各當随所安 後復茎哀赴  
次當以三昧耶眞言密印。於頂上解之。而生是心。諸有結護如持。皆令解脱。以此方便故。先所奉請諸尊。各還所住。不爲無等大誓之所留止也。復用法界本性。加持自體。思惟淨菩提心。而住金剛薩身。是中明印。第二品中已説。若念誦竟。以此三印持身。所有眞言行門終墨。法則皆悉円満。 
又應如前方便。觀法界字。以爲頂相。彼服金剛甲冑。由斯秘密荘嚴故。即得如金剛自性。無能祖壞之者。諸有聞其音聲。或見或觸。皆必定於阿耨多羅三藐三菩提。一切功徳皆悉成就。與大日世尊。等無有異也 
次復起増上心。修行殊勝事業。於清淨處。嚴以香花。先令自身作觀世音菩薩。或住如來自性。依前方便。以眞言密印加持。然後以法施心。読誦大乗方廣經典。或以心誦。而請諸天神等。令聽受之。如所説偈言  
金剛頂經説 觀世蓮花眼 即同一切佛 無盡荘嚴身 或以世導師 諸法自在者 隨取一名號 作本性加持  
觀自在種子心曰 南麼三曼多勃喃娑[急呼]  
字門眞實義 諸法無染著 音聲所流出 當作如是觀 此中身密相 所謂蓮花印 如前奉敷座 我已分別説  
次説觀自在眞言曰 南麼三曼多勃喃[一]薩婆怛他[引]蘗多路吉多[二]羯拏麼也[三]●●●●若[短聲四]莎訶[五]  
前以法界心字。遣之在頂。又用此眞言密印。相加。隨力所堪。読誦經法。或避制底漫荼羅等。所爲已畢。次從座起。以和敬相。應接諸人事。又爲身輪得支持故。次行乞食。或檀越請。或僧中所得。當離魚肉。薫菜。及供養本尊諸佛之餘。乃至種種残宿不淨。諸酒木果等漿。可以酸人者。皆不應飲● 
次奉搏食。朗獻本尊。又作随意食法。若故有餘。更出少分。爲済飢乏乞求故當生是心。我爲住持身器)安隠行道。受是段食。如膏車轄。令不敗傷。有所至到。不應以滋味故。増減英心。及生悦沢嚴身之相。然後觀法界心字。遍淨諸食。以事業金剛。加持自身。是中種子。如鑁字眞言所説 
復誦施十力明八遍。方力食之。  
談此明曰 南麼薩姿勃菩提薩喃[一] 唵麼蘭捺泥[去]帝孺忙栗寧[二]莎訶[三] 
如是住先成就本尊瑜伽。飯食訖已。所餘觸食心。以成辧諸事眞言心。供養所應食者。當用不空威怒増加聖不動眞言。當誦一遍。受者歓喜。常随行人。而護念之。  
彼眞言曰 南麼三曼多伐折[引二合][一]怛[二合][軽]阿謨伽[二]戦拏摩訶[ ][上三]裟破[二合][四]怛[二合]麼野怛[二合]麼野[五][二合][軽]悍漫[六]  
彼食竟。休息少時。復當礼拝諸佛。懺悔衆罪。爲淨心故。如是循修常業。乃至依前読誦經典。恒依是住。於後日分亦復如是。初夜後夜思惟大乘。無得間絶。至中夜分。以事業金剛。如前被金剛甲。敬礼一切諸佛大菩薩等。次當逢心如法供養。而作是念。我潟一切衆生。志求大事因縁故。應當愛護是身。少時安寝。非爲貪著睡眠之樂。先當正身威儀。重累二足。右脇而臥。若支體疲懈者。随意轉側無咎。爲令速寤常當係意在明。又復不應偃臥床上。次於餘日亦如是行之。持眞言者。以不虧法則。無間勤修故。得眞言門修菩薩行之名號也。若於數時相現等持誦法中。作前方便。乃至具修勝業。猶不成就者。應自警悟。倍加精進。勿得生下劣想。而言是法非我所堪。如是展其志力。自利利他。常不空過。以行者勤誠不休息故。衆聖玄照其心。則蒙威神建立。得離諸障。是中有二事。不應捨離。謂不捨諸佛菩薩。及饒益無盡衆生心。恒於一切智願。心不傾動。以此因縁。必定得成隨類悉地也  
常依内法而操浴 不應執著外淨法 於觸食等懐疑悔 如是皆所不應爲 若爲任持是身故 随時盥沐除諸垢 於河流等如法教 與眞言印共相鷹 以法界心淨諸水 隨用不動隆三世 眞言密印護方等 住於本尊自性觀 復當三轉持淨土 恒以一心正思惟 念聖不動眞言等 智者黙然應漢浴  
淨法界心。及不動尊種子。刀印。皆如前説  
降三世種子心曰 南麼三曼多伐折[引二合]涸  
此中訶字門 聲理如前説 少分差別者 所語淨除相 降伏三界尊 身密之儀式 當用成事業 五智金剛印  
次説隆三世眞言曰 南麼三曼多伐折[引二合][一]訶訶訶[二]微薩麼[二合]曳[平三]薩婆怛他[引]蘗多微灑也[三]婆[四]怛[二合]路枳也[二合]微若也[五]若[急呼六]莎訶[七]  
如是操浴灑淨已 具三陳耶護支分 思惟無盡聖天衆 三奉掬水而獻之 爲淨身心利他故 敬礼如來勝生子 遠離三蔑分別等 寂調諸根詣精室 或依水室異方便 心住如前所制儀 自身三等爲限量 爲求上中下法故 行者如是作持誦 所有罪流當永息 必定成就摧諸障 一切智句集其身 彼依世間成就品 或復餘經之所説 供養支分衆方便 如其次第所修行 未離有爲諸相故 是謂世間之悉地 次説無相最殊勝 具信解者所觀察 若眞言乗深慧人 此生志求無上果 随所信解修觀照 如前心供養之儀 及依悉地流出品 出世間品瑜伽法 彼於眞實縁生句 内心支分離攀縁 依此方便而證修 常得出世間成就  
如所説優陀那偈言  
甚深無相法 劣慧所不堪 爲應彼等故 繁存有相説  
右阿闇梨所集。大毘廬遮那成佛神變加持經中。供養儀式具足竟。傳度者頗存會意。又欲省文故。刪其重複眞言。旋轉用之。修行者當綜括上下文義耳  
[毘反]弊[毘也反]底[丁以反][入聲][他以反。凡眞言中平聲字皆稍上聲呼之。若諸與下字相連。亦可遂便以入聲昨之。如婆伽梵呼爲薄伽孫之類是也]  
 
中国密教の種子説 / 大日経疏

 

はじめに
種子説と言えば、瑜伽行唯識学派における種子熏習説を想いあたらせる感がある。勿論、それは唯識学の根本思想である頼耶縁起論を説明する概念として、極めて重要といえる。ところで、今ここで採りあげる種子説とは、密教における種子説(種子の概念)である。それは唯識説での種子を「シュウジ」と読み、密教での種子(字)を「シュジ」と読み慣すように、単に読み方の相違だけで区別されるだけではなく、従来唯識説での種子と密教でのそれとは全く相違した概念として捉えられてきたとも言える。しかし、そういった概念は果たして全く無関係な位置にあり、両者間には何等思想的な影響はないのであろうか。そういった疑問から、本論では特に密教での種子説の特性を、『大日経』 1 )(大毘盧遮那成佛神変加持経)を中心に、その解釈『大日経疏』 2 )に焦点をあてて考えてみようと思う。  
さて、密教は広く仏教思想の中で捉えるとインドでは、大乗仏教の最終期の宗教として成立したものである。しかも、その思想や実践の中には、純粋仏教という形式とはほど遠いような他宗教(ヒンズー教など)の影響が色濃く見うけられる。勿論、そういった点も相俟って密教は、従来仏教学研究の中でも、オーソドックスな仏教学の範疇とは一種異質な研究分野として、取り扱われてきたように思われる。思うにそれは、密教学が所謂真言宗の宗学として、研究されている事に端を発している。言いかえれば、それは弘法大師空海中心の密教とその理解に焦点が当てられた研究論が主流であるからだと言えよう。  
確かに、密教では事相と教相とが並修であり、両者は密接な関係があるため、教相のみの研究では真の密教の理解は大変困難であるという難点はある。しかも、その事相は空海によって大成されている以上、どうしても密教研究では、この点を避けて通れないという事情がある。そういった点が相俟て、密教研究は、従来仏教学研究の全体からいえば、他とは一線を画したものとして考えられてきたのである。しかし、密教も仏教思想の一分野である以上、それが仏教思想全体においてどのように位置づけされ、またどのように思想的に成立し展開したのかは、とても興味深いところである。こういった点で、密教研究においては、特にその成立過程を含んで、まだまだ不明確な問題点が多くあるように思われる。  
近年、勝又俊教氏は唯識思想と密教との関係を、その思想的変遷の上で明らかにされようとした。特に氏は、密教の五仏(五智)思想を、唯識の転識得智思想との関連の上で、明解にし、その成立に於て唯識思想が重要な役割を占めていることを指摘されている 3 )。このように、密教思想はその成立において、唯識思想の影響を多大に受けているとは言うものの、その詳細については未だ解明されていない点がある。  
一言に密教といっても、周知のように両部大経という如く、『大日経』と『金剛頂経』の二経によって、その系統が大別される。つまり、この二経典は内容上、思想的にも相違するものであり、それぞれの経典を詳細に検討研究することが、密教の理解につながる訳である。勿論、ここでは両経全般に亘って、そこに見られる種子の意義をとらえることが肝要であるとは思われる。しかし、本稿では就中『大日経』を中心として、その経疏に見られる種子の意義を考えてみようと思う次第である。
1 .大日経とその種子説
さて、『大日経』は8 世紀頃(初唐)に善無畏が漢訳し、その弟子一行が記録した7 巻36品の経典であり、またこの一行は師の講義したこの経典の註釈として20巻の『大日経疏』を著している。中国・日本ではその後盛んにこの大日経の研究がなされている。我国でも、空海がこの経典を重視したため、密教研究ではこの経典が最重要経典とみなされていたのであるが、私見としてはこの善無畏訳の本経よりは、むしろ一行釈の経疏の方がより重要であると思われる。というのも、歴史的にみてこの経典の解釈は、一行釈の域を出ていないからである。つまり、翻訳に直接携わった一行釈は、正統な大日経解釈と考えられ、大日経を研究するというよりは、一行釈を研究理解することが、即ち大日経の真の研究であると従来されてきたからである。  
そういった意味では、中国以後の大日経系密教の実践と思想の成立においては、この一行(683〜 727)の業績は、絶大なものであると言っても過言ではないといえる。
( 1 )『大日経』に見られる種子について  
大日経では、種子という語が処々に見られるが、それらを列挙すると 4 )、  
(a)秘密主。是初種子善業発生。復以此為因……中略……彼護戒生天。是第七受用種子。  
(b)及與因業果。諸種子増長。  
(c)能作如是一切善業種子。  
(d)布一切種子。善巧以為種。  
(e)持以鴿􂠾字声。勝妙種子字。  
(f)一切作種子。大福徳當知。  
(g)如法布種子。而以為種子。  
(h)大精進種子。謂真陀摩尼。  
(i)佛両足尊説。阿字名種子。  
(j)本尊三昧相応者。以心置心為種子。彼応如是自観察。安住清浄菩提心。  
(k)以字門観転。作本尊身。住瑜伽法運布種子。  
などとなる。  
さて、ここで簡潔にその特性を挙げると、1種子は善なるものである。(a・c・k)また優れたものである。(e・f・h)2観法(ヨーガ)として、自心に種子(字)を布置する(種子観)。(d・g・j・k)3種子は増長する。(b・i )などが言えよう。しかし、これらの記述をよくよく考慮すると、どうもここでの種子には、理の側面と事の側面があるということである。つまり、理諦としては自心の内に、能作となる善なる種子がある。(或いは自心に善なる種子をうえつける)ということと、事相としての実践(観法)で、仮に種子の字を自らの心中に布置する(ことで、理の種子に似せる)ということである。この両側面がここでは明らかに見られる。とすると、従来密教の種子説として考えられてきたものは、まさにここでは後者の種子(字)、つまり事相としての種子の意義である。では、前者の理諦から見た種子の意義は、一体どのように理解すればよいのであろうか。私には、むしろここに説かれる善なる種子の特性が、唯識説で説かれる所の種子(無漏種子)に極めて類似しているように思われてならないのである。
( 2 )『大日経疏』にみられる種子について  
 では、次に一行釈の経疏の方ではどうであろうか。経疏は20巻という大著であるが、その中にも、先に述べた種子に関する記述が処々に見られる。経疏巻一には、今修平等三業清浄慧門。一切蘊阿頼耶業寿種子。皆悉梵滅。得至虚空無垢大菩提心。一切如来平等種子。従悲蔵中生法性芽。及至莖葉華果遍満諸法界。成萬徳開敷菩提樹王。・・・ 5 )とあるように、ここでは三密加持の実践によって、五蘊の所依処となる阿頼耶識の中にある諸業の種子(異熟習気)が断滅されることが説かれている。勿論、ここでの文意からすれば、業寿種子とは有漏種子をさしていることが分かる。さらにまた、そういった意味から捉えれば、一切如来平等種子とは正しく平等性智としての無漏種子を示していると考えられるのではなかろうか。とすれば、ここでの文意は、唯識説で言うところの見道初地分得のことを表わしていると言える。また、同巻八に  
所謂花者。是従慈悲生義。即此浄心種子於大悲胎蔵中。萬行開敷荘厳佛菩提樹。・・・6 )  
とあるが、こういった文意を含めて考えると、ここにある平等種子・浄心種子(無漏種子)は、むしろ大悲胎蔵(界)より法爾に生じてくることが分かる。  
ところで、この大悲胎蔵とは極めて如来蔵的な概念と言えるが、ここにみられる種子の特性は明らかに唯識説的な種子の意義をふまえて用いられていることが分かる。さらに、こういったことは、他の箇所にも見られる。同巻二には、  
當知皆是自心實相熏習因縁力也。如最初種子。離微塵許心垢時。即顕如微塵許浄心勢力。雖云善種子生。其實即是不生生。以是堅固性故。在衆生識心終不敗亡。未至自心實際大金剛輪中間。更無住處。離果復成種展轉滋長。然亦不出阿字門。・・・7 )  
とある。ここでもまた熏習・種子などの唯識説独特の用語が見られ、概念においても、ここでの浄心の勢力を持った善の種子は、やはり唯識説で言うところの無漏の種子に符合するのである。  
この無漏種子については、『成唯識論』第二巻には、  
有諸有情無始時来有無漏種。不由熏習法爾成就。後勝進位熏令増長。無漏法起以此為因。無漏起時復熏成種。……中略……然本有種亦由熏習令其増盛方能得果。……中略……其聞熏習非唯有漏。聞正法時亦薫本有無漏種子。令漸増盛展轉乃至生出世心。故亦説此名聞熏習。・・・8 )  
とある。このように無漏種子は、本有・法爾という特性をもっている。確かに、前の一行経疏の文には、本有・法爾などという語句は見られない。しかし、「不生の生」また「堅固性」或いは「衆生の識心に在りて終に敗亡せず」などという言葉は、正にこの本有(法爾)である無漏種子の特性を如実に示す内容として解せるものである。
2 .阿字の聞持とその特性
唯識説では、前の文中にあるように聞熏習(浄法界等流の正法を聞くこと)によって、見道初地に入り無漏慧を発生すると考える訳である。それに対して、密教では聞熏習ということは決して説かれないが、一方で聞持ということによってその特性がみられるように思われる。密教に於ては、真言や陀羅尼は仏の説いた真実の言葉であり、この真言などの真実句を聞き自らの内に持すること(聞持)が、即身成仏の重要な手段と考えている訳である。そういった意味から考えると、まさに密教における三密加持の実践、ここでは特に阿字門(観)の修習(阿字の聞持)が唯識説でいう聞熏習に相応する方法論として重要となってくる訳である。しかも、この阿字観とはまさに種子(字)観であり、自心の内に阿字を観想し、それを修習することにより、究極的には真如を證観し、成仏に到るという観法でもある。従って、ここでの阿字の聞持は、同時に唯識説での聞熏習に対応するものと見てよいと思われる。  
[唯識・瑜伽行]三賢・四善根(凡夫位)→ 聞熏習 → 見道初地分得(聖者位)  
[密教]     行者(凡夫)→ 種子の聞持(阿字観・種子観)→ 即身成仏(聖者)  
さて、ここでこの阿字について些か考えるならば、既に大日経にもあるように 9 )、阿字は最も重要な種子(字)であり、特に古来阿字本不生というように、不生の種子であり、胎蔵界曼荼羅では胎蔵界大日如来を表わすものとされている。経疏第十四巻には、  
又字輪者。梵音云􅌲刹囉輪。􅌲刹羅是不動義。不動者所謂是阿字菩提心也。如毘盧遮那。住於菩提心體性。種種示現普門利益。種種変現無量無辺。……中略……謂観種子字也。其観法如上已具説之。若得見種子字已。即従種子字中而見本尊也10)。  
とある。  
つまり、ここでは阿字とは菩提心であり、その種子の字(阿字)を観ずることで本尊(大日如来)を見る(法身仏を観得する)ことができると説かれているのである。さらにまた経疏第十一巻には  
菩提心為種子。大悲為根。方便為後。此中具説行法也。……中略……浄無比中有種子字。一心正観此種子字。即是誦彼字也。従此得見其心。又見己身。如本尊体相在佛心中。……中略……本尊清浄離諸分別。剤此名見。菩提之心為初成佛種子也11)。  
とあるように、菩提心は即ち成仏の種子となっていることも説かれている。また、経疏第十七巻には  
然此阿字即同種子。如世間。佛両足尊説阿字名種子。種子能生多果。一一復生百千萬数。乃至展轉無量不可説也。然見子識果。因既如此。當知果必如之。今此阿字亦如是。從此根本無師自然之智。一切智業從之而生也。・・・12)  
とある。つまりここでは、阿字を一切智を成ずる能作因としての種子と考えているわけである。  
ここでこれらを総合すれば、  
( 1 )阿字は菩提心であり、成仏(無漏慧)の種子である。  
( 2 )阿字を観察することで、究極的には法身(性)を感得することができる。  
( 3 )阿字は働きの上で、一切智を生ずる能作因の種子であり、そこから一切智(曼陀羅)が生じる。  
このように、ここでは明らかに阿字が根本慧としての種子であり、それは悟りの世界を生起させる潜勢力を有しているものと考えられているのである。  
唯識説では、種子生現行といわれるが、種子が現行するということで、現象が生起すると説かれる訳である。しかし、密教では唯識説で言うような現行法は説かれない。けれども、ここにみられる種子(阿字)は、単なる事相面からの観相対象としての文字ではなく、理諦面から考えれば、それは正に根本慧としての種子であり、悟りの世界(曼陀羅の世界)を顕現し、観照せしめる潜勢性力と言えるものなのである。  
ところで、曼陀羅は密教においては、悟りの世界であり、仏・菩薩の集座する菩提場である。勿論、それは種子によって転じ変現せられる仏界でもある。では、こういった仏界は、逆に唯識説ではどのように意義づけられているのであろうか。『成唯識論』第九巻には、  
菩薩得此二見道時。生如来家。住極喜地。善達法界。得諸平等。常生諸佛大集會中。於多百門已得自在。自知不久證大菩提。能尽未来利楽一切。・・・13)  
とある。この文意からも分かるように、菩薩(行者)が見道に入る時には「如来の家に生じ」て「平等(性智)を得て、常に諸仏の大集会中に生ず」という訳で、この諸仏の大集会の世界こそは、密教の曼陀羅の世界そのものであり、菩薩が見道(通達位)に入って体得される境地そのものを表わしているといえるものである。
おわりに
以上のことからも分かるように、『大日経疏』で説かれる種子は、事相面から言えば、それは観法の実践としての種子(字)である。しかし、その種子の概念は正に唯識で言うところの無漏慧の種子に相当するものとして考えられるものである。そして、それは特に一行自身が、大日経の種子説を解釈する上で、新訳唯識の種子説の概念を巧妙に採り入れることで、密教独自の種子説を確立せしめているような感がある。勿論、本稿では特に一行の『大日経疏』を中心に考えた訳であり、広く密教全般を考えるならば、一方で『金剛頂経』系の金剛界密教においても、その種子の特性を考える必要があるように思われる。  
しかし例えば、不空訳の『金剛頂瑜伽金剛薩埵五秘密修行念誦儀軌』にも、  
當證無量三昧耶無量陀羅尼門。以不思議法。能変易弟子倶生我執法執種子。應時集得身中一大阿僧祇劫所集福徳智慧。則為生在佛家。其人従一切如来心生。・・・  
とあるように、唯識説で説くところの倶生起の我執・法執の有漏種子を断じて無漏への変易が明らかにここでは述べられており、またこの続きの箇所にも、  
纔見曼荼羅。能須臾頃浄信。以歡喜心瞻覩故。則於阿頼耶識中種金剛界種子。具受潅頂受職金剛名号。従此已後。受得広大甚深不思議法。・・・14)  
とあるように、ここでは阿頼耶識に生じる無漏慧の種子を「金剛界の種子」という密教的なタームに置き換えて意味づけている訳である。さらに、同書の別の箇所にも、  
金剛慢者。是大精進波羅蜜。住無礙解脱。於無辺如来広作佛事。及作衆生利益。欲金剛持金剛弓箭。射阿頼耶識中一切有漏種子。成大円鏡智。・・・15)  
とあるように、唯識説で説かれる一切の有漏種子を断滅して、最後に大円鏡智を成ずる転識得智説を引用しており、明らかに金剛頂経の不空訳自身にも新訳唯識の種子説を以って、その種子説を解釈し意義づけているいることが分かる。このように、中国密教の成立に当って、その種子説には唯識学説の種子説が、極めて巧妙に採り入れられていることは重要であると言えよう。  
思うに、中国密教が成立する正にその直前の時期は、玄奘が新訳の唯識論をもたらし、唐代の性相学が隆盛を極めた時代でもあった。そういった点から考えれば、一行や不空等の学匠は勿論その当時の他宗の教学をも大いに研鑽し、これを以て自らの教学を意義づけようとしたことであろう。こういった時代背景のもと、中国密教は、他宗の影響を大いに受けつつも、密教独自の教相(学)を確立し体系化するのである。  
密教の成仏論として、一般に即身成仏と言うことが言われる。しかし、本稿で述べたように、その即身成仏の実践としての、三密加持・阿字観(種子観)は、実は自らの善(無漏)の種子を生起させ、即見道初地に直入するという瑜伽行でもあり、正にそこに密教で説く即身成仏の特異性が発揮されていると言っても過言ではあるまい。  
本稿では、就中密教における種子説を唯識学説における種子説との関係性を中心にして私見を述べた。勿論、密教の思想には如来蔵思想を初めとし、他の多大な影響が見られる訳である。そういった点もふまえて、今後密教思想を他の教学との関係性において、大いに研究する余地はある訳であるが、同時にそれは密教成立の多くの課題を解明する上で、重要な意義を持つものと考える次第である。
[注]  
1 )大正大蔵経(以下大正)第18巻所載。  
2 )大正第39巻所載。  
3 )『唯識思想と密教』勝又俊教(春秋社)p147以下参照。  
4 )(a)大正第18巻p2、中段所載。  
  (b)同巻p21、上段所載。  
  (c)同巻p21、下段所載。  
  (d)同巻p34、中段所載。  
  (e)同巻p34、中段所載。  
  (f)同巻p34、下段所載。  
  (g)同巻p35、中段所載。  
  (h)同巻p35、下段所載。  
  (i)同巻p38、中段所載。  
  (j)同巻p51、中段所載。  
  (k)同巻p52、下段所載。  
5 )大正第39巻p584、中段所載。  
6 )大正第38巻p660、上段所載。  
7 )大正第38巻p596、上段所載。  
8 )新導本『成唯識論』第2 巻p21、2 行目〜 8 行目所載。  
9 )本稿、注4 )の箇所参照。  
10)大正第39巻p725、上・中段所載。  
11)大正第39巻p696、上・中段所載。  
12)大正第39巻p754、中段所載。  
13)新導本『成唯識論』第9 巻、p19所載。  
14)大正第20巻p535、下段所載。  
15)大正第20巻p538、中段所載。