般若心経

お経の題名般若心経1心経2心経3心経(詳細)4心経5心経6心経(新解)7心経8梵文和訳登場人物般若心経の諸説何時作られた「空」生き方真宗門徒現代語訳「死」寂聴の般若心経般若心経秘鍵心経9心経(講義)10チベット仏教と般若心経・・・ 
 

雑学の世界・補考   

     心經 
     觀自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五 
     蘊皆空度一切苦厄舍利子色不異空空不 
     異色色即是空空即是色受想行識亦復如 
     是舍利子是諸法空相不生不滅不垢不淨 
     不増不減是故空中無色無受想行識無眼 
     耳鼻舌身意無色聲香味觸法無眼界乃至 
     無意識界無無明亦無無明盡乃至無老死 
     亦無老死盡無苦集滅道無智亦無得以無 
     所得故菩提薩依般若波羅蜜多故心無 
     礙無礙故無有恐怖遠離一切顛倒夢 
     想究竟涅槃三世諸佛依般若波羅蜜多故 
     得阿耨多羅三藐三菩提故知般若波羅蜜 
     多是大神咒是大明咒是無上咒是無等等 
     咒能除一切苦眞實不虚故説般若波羅蜜 
     多咒即説咒曰 
     羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 
「般若心経」というお経の題名

摩訶 仏説[摩訶]般若波羅蜜多心経 
「般若心経」には、本来題名はなかったようです。しかし、中国人は題名がないとすわりが悪いと考えたらしく、サンスクリット原典の最後にある「智慧の完成の心」という文句を「般若波羅蜜多心経」と訳し、経題として据えたようです。 
ところで、曹洞宗では「摩訶般若波羅蜜多心経」という具合に、「摩訶」という語を頭に付けて呼んでいます。 
私たちが現在読誦している「般若心経」の元である玄奘訳には、「摩訶」という語はついていませんが、鳩摩羅什訳は「摩訶般若波羅蜜大明呪経」と「摩訶」の語がついています。また、「開元録」というお経の目録の二巻目には、支謙(三世紀頃)の翻訳したものとして「摩訶般若波羅蜜呪經一卷」のあったことが紹介されています。 
このような事例から想像しますと、鳩摩羅什訳などには「摩訶」があるのだし、「摩訶」を付け加えたほうが「般若心経」の真価をよりよく表現できると考えて、わが国で付け加えられたのではないでしょうか。 
さらに、真言宗では空海の持ち帰ったサンスクリット原典にしたがって、その上に「仏説」を付けるとのことですが、ここでは呼び慣れている「摩訶般若波羅蜜多心経」について、その意味を考えていきたいと思います。 
まず、「摩訶」というのは、「マカ不思議」などというときの「マカ」のことですが、サンスクリット語の「マハー」の音写語で、「偉大な」という意味です。もちろん、「般若心経」の功徳や力の偉大さ、絶大さを讃えていったものです。そして、この「偉大さ」は、他のお経などと比べて、つまり相対的に偉大だといっているわけではなく、絶対的な偉大さであり、それは大小という概念の分かれる以前の、あるいはそういった考えを超越したものだということに注意していただきたいと思います。 
私たちは普段、あれが大きい、これが小さい、これが少ない、あれが多い、これが劣っている、あれが優れているというように、ものごとを比較し判断しています。しかし、宗教の世界は相対的な世界ではなく、絶対的なものです。ですから、自分の信仰している宗教がすべてで、それ以外は自分の宗教としては存在していないに等しいのです。ところが、世間ではこっちの宗教の方が劣っている、優れている、いや邪教だ、いや正しいなどと争っています。 
かつて、マーガンディヤというバラモン(古代インドの司祭者階級)が、仏教は何を説くのかということを、お釈迦様に尋ねたことがありました。お釈迦様は、自分にはこれを説くということはないし、ものごとにもいかなる見解にも執着することをせず、よく考えて「内心の安らぎ」を得たと答えておられます。 (「スッタニパータ」八三五-八三七。中村元訳「ブッダのことば」) 
こういった対立をすべて超えた絶対平安の境地が「摩訶」ということばの意味だと思います。
般若 仏説摩訶[般若]波羅蜜多心経 
「般若」というのは、サンスクリット語の「プラジュニャー」あるいは東南アジアに伝わった上座部仏教の聖典語であるパーリ語の「パンニャー」の音写語だといわれていますが、ここでは、プラジュニャーを中心に考えていくことにします。 
さて、この「般若」を訳しますと「智慧」ということになりますが、その意味についてはさまざまにいわれています。 
たとえば、それは苦行や瞑想の末に悟りを開いたというときの「悟りの智慧」という意味で、私たちがいろいろ考えたり、思索したり、分析したりした結果の知識とは区別すべきものとされたり、人間本来の浄らかな心・本性を指すもの、といわれたりしています。つまり、「知識」や「判断力」とは違う、いわば「根源的な叡智」だと解釈されているようです。 
ところで、「般若」は「知識」や「判断力」とは違うものなのでしょうか。「般若」が単なる知識ではないことは間違いないと思います。しかし、無関係ではないと思います。 
「プラジュニャー」は、「プラ」と「ジュニャー」から成っており、プラはおそらく「最高の・勝れた」という意味の形容詞「パラ」から来た接頭語で、「前方に、甚だ、大いに、優れた」等を意味し、「ジュニャー」は「知る、察する、認識する」等の意味になるのだそうです。 (金岡秀友校注「般若心経」) 
「ジュニャー」はまさしく「知識」のことですから、「プラジュニャー」つまり「般若」は「大いなる知識」「最高の知識」ということになり、般若の本質は知識であると私は解釈しています。 
それでは、単なる「知識」と「般若」の差は何でしょうか。 
たとえば、ある中学生が社会科で、「基本的人権とは何か」という問題で満点を取ったとします。「人間が人間として当然もっている基本的な権利。日本国憲法は、思想・表現の自由などの自由権、生存権などの社会権、参政権、国・公共団体に対する賠償請求権などの受益権を基本的人権として保障している」 (「大辞林 第二版」 )とでも書けば模範的な答案でしょうが、この中学生が実際の中学校生活では、他の生徒をいじめていたらどうでしょうか。 
この生徒は、基本的人権について、「知識」はあるが、「般若」はないということになります。実際にできなければそれは般若ではないのです。「知識」と「般若」の差は、「知っているだけ」と「実際にできる」ことの差だと思います。「知識」を得て実行し、その体験を生かして知識を深め、また実行し、さらに知識を深め、という不断の繰り返しの中で般若が生まれ、自分のものになっていくのだと思います。
波羅蜜多 仏説摩訶般若[波羅蜜多]心経 
「波羅蜜多」とは、サンスクリット語の「パーラミター」の音写語です。この語の文法的解釈については、高崎直道博士の簡潔にして的確な解説がありますので、以下に示してみます。 
「最高の」「究極の」という意味をあらわす形容詞パラマの派生形の名詞パーラミ(最高のもの)のあとにターという抽象名詞をつくる語尾を附したもので、究極最高であること、究極性、究極最高の状態、完成態などと訳せる。しかし、中国や日本の伝統的教理解釈では「到彼岸」(彼岸に到れる)と解し、彼岸(向こう岸)に度る(渡る)という意味で、単に「度」とも訳す。これは梵語で、「彼方」とか、「他の」という意味のパラという語の派生形(パーラ)に目的格の語尾を加え(パーラム)、それに「行く」「達する」という意味の動詞の過去分詞形(イタ)を合わせてできた語形と解釈するものである。 (高崎直道「般若心経の話」)つまり、「パーラミター」というのは、伝統的には「到彼岸」という意味に解されてきたが、最近の学問的成果によれば、それは「完成」の意味になるというのです。 
しかし、結局この二つは同じことになると思います。智慧を完成するということは彼岸すなわち悟りの世界に到ることになりますし、彼岸に到るということは智慧が完成されているからこそ到ることができたのですから。 
そこで、ここでは両方の意味を汲んで、「般若波羅蜜」を「彼岸に到る智慧の完成」と解しておきます。
心 仏説摩訶般若波羅蜜多[心]経 
「心」の原語は「フリダヤ」といい、「心臓」「精髄」の意味です。ゆらゆらと揺れ動く私たちの心のことではありません。したがって、「心」は般若経という一群の経典類の真髄、エッセンスという意味です。
経 仏説摩訶般若波羅蜜多心[経] 
「経」は、サンスクリット原典にはありません。もともとなかった末尾の文句を経題にしたわけですが、その末尾の文句に「経」という語はついていません。しかし、中国人はやはり最後に「経」がついていないとしっくりこないと考えていたようです。 
ノンフィクションなどではなく、明らかに小説とわかる作品の題名に、「小説何某」としているようなもので妙といえば妙ですが、私たち日本人も明らかにお墓とわかっていても、「先祖代々之墓」と正面に刻しますから、要するに習慣ということでしょうか。 
ところで、「経」は「たて糸」のことで、それが転じて「教えの基本線」という意味になり、「お釈迦様や賢人の教えを経と称するようになった」ということです。 
私たちの人生を布地にたとえれば、実際の毎日の生活が横糸で、その生活を貫いてしっかりとした人生に織り上げるのが縦糸、すなわち「経」であるといえるのではないでしょうか。教えのない、正しいより所のない人生はつまらないものに終わってしまいかねません。 
以上から、「般若心経」の正式名称「摩訶般若波羅蜜多心経」は、「偉大なる彼岸に到る智慧の完成の真髄の教え」とでも理解すればよいと思います。  
 
般若心経1

 

「般若心(プラジュニャーパーラミターフリダヤ)経」は、日本では天台宗・真言宗・臨済宗・曹洞宗・浄土宗などで広く読まれるお経です(宗派によって読み方が異なる)。 
「般若心経」は正しくは「般若波羅蜜多心(プラジュニャーパーラミターフリダヤ)経」と言いますが、インドのサンスクリット語の原典にはタイトルはなく、中国で、結びの言葉に「経」を付加してタイトルにしたのです。 
「般若波羅蜜多」について説く経典は多数あって、それらを総称して般若経典と呼びます。般若経典は紀元前後から作られ始め、12世紀頃まで作られました。「般若心経」はその中の一つで、般若経典の神髄を短くまとめたとする経典です。  
「般若心経」がいつどこで書かれたかははっきりしませんが、インドで観音信仰が広がり、仏教が密教化していった5-6世紀頃ではないかと推測されています。 4-5世紀に生きた鳩摩羅什によるとされる漢訳本があるため、もっと早く成立していたと思われていましたが、最近の研究では羅什訳は後の時代の偽作の可能性が強く、「般若心経」の成立が確実に確認できるのは7世紀初頭頃になってからです。 
「般若心経」には、玄奘訳のように観音菩薩の説法に当たる本文だけからなる「小本」と、本文の前後に物語の基本的な設定に当たる序文やエピローグを含んだ「大本」の2つの系列があります。上の和訳では「大本」だけにある部分は青字で大筋を訳しました。この部分がないと、お釈迦様も登場せず「仏説」としての根拠がないので経典として成立しません。歴史的には、最初に般若経典から神髄だけを抽出した「小本」が作られて、後に経典として体裁の整った「大本」が作られたようです。 
「般若波羅蜜多(プラジュニャーパーラミター)」は「智慧の完成」、「完全なる智慧」という意味です。「プラジュニャー(パンニャー)パーラミター」を「般若波羅蜜多」と音訳しているのは、これが固有名詞と考えるべき特別な智慧だからです。大乗仏教では修めるべき六つの修行・徳目を「六波羅蜜多」と言いますが、その中の最後の最も重要なものが「般若波羅蜜多」です。 
「心」と訳されている「フリダヤ」は、直訳すると「心臓」ですが「神髄」という意味で使われます。つまり「般若心経」とは、「般若波羅蜜多の神髄」であると共に「般若経典の神髄」という意味です。 
「フリダヤ」は「真言」という意味でも使われるので、「般若波羅蜜多の真言」という意味だと解釈する説もありますが、結局はどちらでも同じです。なぜなら、「般若心経」の中に「般若波羅蜜多は大いなる真言である」と書いてあり、「般若心経」の主張は「般若波羅蜜多の神髄は真言である」ということだからです。 
「般若心経」は「般若波羅蜜多」の修行方法を説いており、文章の流れからして、明らかに真言を伝授することを核心としています。 
お釈迦様の生きておられた当時の多くのインドの宗教・思想では、禁欲・苦行や無念無想の瞑想を行って欲望や執着を制御することで解脱ができると考えていたのですが、お釈迦様は、あるがままを観察する瞑想で得られる智慧によって、欲望や執着の原因を理解してそれをなくすことで解脱ができると考えました。 
仏教では何かに集中し、一体化して心を静める瞑想を「止(シャマタ、サマタ)」、何かを観察し、分析する瞑想を「観(ヴィパッシュャナー、ヴィパッサナー)」と呼びます。「六波羅蜜多」の5番目の「禅波羅蜜多」が「止」に、6番目の「般若波羅蜜多」が「観」に相当します。 
「般若心経」は観自在菩薩が智慧第一の長老シャーリプトラに説法するという設定になっています。観自在菩薩はその名前が示している通り、「観」の瞑想に秀でているとも解釈できる大乗仏教の菩薩で、一方シャーリプトラは小乗仏教の智慧を象徴すると考えられる人物です。 
仏教の経典類は「三蔵」と呼ばれる「経」「律」「論」に分類されます。原則としてお釈迦様の説法を記録した「経」に対して、お釈迦様の教えを解釈し、体系化したものが「論」です。小乗仏教の各宗派はそれぞれに「論」を作りましたが、シャーリプトラがお釈迦様の教えを解釈してまとめたことが、「論」の始まりとも言われています。 
「観」の瞑想では、どのように集中するかということと、どうような教説に即して観察・分析し智慧を得るかということが問題になります。以下にこの2つを説明しましょう。
「空」の思想 
「般若心経」が「般若波羅蜜多」の修行で得られる智慧として説いているのは、大乗仏教の「空」の智慧です。つまり、「般若波羅蜜多」の智慧は「空」を理解する智慧であり、瞑想修行の中ですべてを「空」であると洞察するのです。 
「般若心経」が次々と数え上げながら、「空」である、「無い」と否定しているのは、「五蘊」、「十二処」、「十二縁起」、「四諦」など、お釈迦様が説かれたとされる仏教の中心的な教説、教説で使われる基本的な概念で、「法(ダルマ)」と呼ばれるものです。 
小乗仏教(部派仏教)はお経を解釈しながら、世の中のあらゆるものを細かく分析して、真に存在するものを「法」としました。そして、観の瞑想によって「法」を見極め、我々が一般に存在していると思っているものは観念でしかなく、しかも、真に存在しているこの世の「法」(有為法・行)は無常なもので、したがって執着することは苦であり、どこにも私はないのだという智慧を得て、煩悩をなくすことで悟りが得られるとしました。そして、「法」は、悟りと関係した清いものであったり、煩悩と関係した汚れたものであったり、また、生じてはすぐに滅するものだなどと考えました。これら小乗仏教の思想は「アビダルマ論」と呼ばれます。 
しかし、大乗仏教は、小乗仏教が「法」を大切にし過ぎるあまり、これらを実体のように考えていると批判しました。(当時、大乗仏教が批判の対象にしていたのは、小乗仏教の中でも主に「説一切有部」と呼ばれる部派であり、その後、東南アジアで主流となっている「上座部」とは違います。) 「般若心経」は、小乗仏教の「アビダルマ論」を知っている人を対象にして、「法」も含めてすべてのものは「空」であって、もともと真実に存在しているものではないのだから、生まれることも、滅することも、汚れているということも、清らかであるということもないのだと、一つ一つ批判しているのです。 
「般若心経」は決して「五蘊」、「十二処」、「十二縁起」、「四諦」などの仏教の基本的な教説を否定しているのではなく、これら「法」を実体視することを否定しているのです。そして、この「空」を洞察する智慧によってこそ悟りに至ると説いています。 
一連の「空」の説法の中でも最も重要なのは、大本が最初に観自在菩薩が見極めた内容だと語る「五蘊」の「空」です。玄奘訳では「五蘊は空である」と訳されていますが、サンスクリット原典では「五蘊があり、それが空である」と書かれています。つまり、お釈迦様が悟られた五蘊説をまず認め、次にそれを実体と見ることを否定しています。 
五蘊説は「無我」を説く仏教の基本的な教義で、これを理解することが「般若心経」を理解する基本になりますので、長い付加的な説明をつけて訳しました。五蘊の無常を瞑想する修行法は「五蘊観」と呼ばれ、古来、これだけで悟りに至れるとされてきました。 
「色」は一般に「形あるもの」とか「物質」と訳されることが多いですが、自我への執着をなくすために説かれた本来の「五蘊説」の文脈では「体」ですので、ここでは「体」と訳しました。ちなみに「蘊」は「集合体」の意味で、実体ではないということですが、5つ集まっているから集合体なのではなく、五蘊のそれぞれが集合体でどれも自体ではないという意味です。 
また、玄奘訳に「色不異空 空不異色/色即是空 空即是色」という有名な一節がありますが、サンスクリット語の大本などにはこの前に「色性是空 空性是色」などと訳される部分があって、三段階の説明となりました。経文を直訳すると下記のようになります。 
(1) (A) 色は空性であり (B) 空性こそ色である  
(2) (A) 色は空性と別ではなく (B) 空性は色と別でない  
(3) (A) 色なら空性であり (B) 空性なら色である  
似た文が6つ並んでいます。「般若心経」は読経や瞑想修行を目的として、リズムや繰り返しを重視して書かれているので、それぞれの文の違いにはあまり意味がないかもしれません。 
(1)、(2)、(3)は表現は違いますが、論理的には意味はほぼ同じです。ただ、(A)と(B)については、インド仏教の伝統では下記のように大きな意味の違いがあると解釈されてきました。 
(A)は言葉によって実体に執着することを否定する智慧の段階を表現しています。それに対して、(B)は何も存在しないという極端な考え方を否定すると共に、言葉のない体験に執着することも否定する智慧の段階を表現しています。(B)は大乗仏教が重視する智慧で「後得智」と呼ばれるものです。言葉による認識はあっても、それらを実体視せず、執着もない状態であり、最終的には、言葉のない直観的な認識と言葉をともなう認識が完全に一致・両立します。この智慧があってこそ、人を救うことができるのであって、小乗仏教の阿羅漢とは異なる大乗仏教の仏の智慧であると考えられました。 
上の和訳では、(A)から(B)への認識の進展を(1)から(3)の流れの中で表現しようと試みました。
「空」と「真言」の修行 
「般若心経」で述べられている「空」の思想は、思想として勉強するためのものではなく、「観」の瞑想をするための指針です。つまり、小乗仏教では「アビダルマ論」に沿って「観」の瞑想を行うのに対して、「般若心経」では「空」の思想に沿って「観」の瞑想を行うのです。 
ちなみに、南伝アビダルマ(上座部)の修行道は「清浄道論」に、北伝アビダルマ(説一切有部系)の修行道は「阿毘達磨倶舎論」に、大乗仏教の般若経系の修行道は「現観荘厳論」にまとめられています。般若経系の修行道は、北伝アビダルマの修行道を、空思想と菩薩の利他主義の観点から組み直したもので、「五道」という形にまとめられています。 
ただ、「般若心経」は後半部で「真言(呪文・マントラ)」を称えて紹介しています。具体的な説明はしていませんが、「般若波羅蜜多」の修行は「真言」を繰り返し唱える「念誦法」と呼ばれる方法を使った修行なのでしょう。しかし、「真言」を唱えるからといって密教ではありません。 
智慧を得て解脱するためには「観」の瞑想を行うのですが、深い智慧を得るためには、まず、何か一つのものだけに集中し続けて、言葉による認識のない状態でその対象との一体化を目指す「止」の瞑想が必要なのです。小乗仏教でも、まず、呼吸など40種類の対象(四十業処)に集中する「止」を行って集中力を高めてから「観」に移ります。「止」を行う際、集中する対象を指す言葉を繰り返し唱えながら集中することもあります。例えば、呼吸に集中する場合は、「息を吸った、息を吐いた」と繰り返し唱えます。 
これに対して「般若心経」が説いている「般若波羅蜜多」の瞑想法は、「真言」を繰り返して唱えてそれ自身に集中する方法でしょう。まず、「真言」を唱えながら心を「真言」に集中し一体化します。その後、おそらく「真言」を唱え続けながらも、自分が体験していることや外界の存在などの現実を対象にして観察します。日常的な主観を排除して、「般若心経」で述べられている「空」の教説に沿って、自分がそれらに対して妄想や執着を持っているけれども、実際にはそれらが存在しないこと、つまり、「法」も含めてすべては「空」であると理解します。 
「五道」の修行の階梯にそって智慧の深まりを簡単に紹介しましょう。 
最初の「資糧道」では、空の思想を言葉によって知的に勉強します。次の「加行道」では、それを言葉を使いながら「観」の瞑想の中で理解します。分析を進め、集中力もついてくると、しだいに言葉のない状態で洞察を行う「止」と「観」が一体の瞑想になり、直観的にあるがままを認識する「空」の智慧が生じます。そして、瞑想をやめて言葉の世界に戻っても、空の認識が生きた「後得智」が働きます。この段階が「見道」です。さらに瞑想修行を進めて、先天的な煩悩まで取り除いていくのが「修道」です。最終的に、一切の煩悩がなくなると、言葉のない直観と言葉のある認識が一致して、すべてを知る仏の智慧が生まれます。この最後の段階が「無学道」です。  
真言 
「真言」は、それをただ唱えれば何かがかなえられるという魔法の言葉ではありません。本来、「真言」は経典や仏の智慧を心の中に呼び起こして保持するための言葉です。「真言」を唱える瞑想の中で、集中力の高まった直観的な智慧の体験を何度も経験していて初めて、「真言」を唱えることが条件反射的に智慧の体験を導くのです。 
一般に「真言」の内容は、教説を凝縮した象徴的な言葉であったり、祈願や帰依の言葉ですが、「真言」は日常の言葉とは異なっていることが望ましく、言葉の意味よりも響きが重要とされます。そのため、「般若心経」の「真言」も音訳されることが多く、上の訳では、インドの原典の発音をカタカナにしました。 
「波羅蜜多(パーラミター)」は、「完全な」「完成」という意味だと書きましたが、語呂合わせ的には「パーラ」=「彼岸(悟り)」に「イター」=「到った」と解釈できるので、仏教の伝統ではこの解釈もされてきました。 この解釈は「般若波羅蜜多」を擬人的に表現したものですので、自然に「般若波羅蜜多」を人格的に考えるようになりました。  
真言の「ガテー」は「行く」という言葉の過去受動分詞、女性単数の呼格と思われます。「般若心経」のテーマである「智慧(般若)」はインドの言葉では女性名詞です。ですから「ガテー、ガテー、パラガテー」は「彼岸に到った貴女よ」と「般若波羅蜜多」に呼びかけています。「パーラミター」と同じ意味の「パーラガテー」を掛けているのでしょう。 
つまり、 「般若心経」の「真言」は「般若波羅蜜多」の智慧に呼びかけるものであり、修行の目標そのものを意味しています。もともと「真言」というものは智慧を導びき、智慧に等しいものですから、 「般若心経」の「真言」は「真言」そのものであり智慧そのものだと言えます。そして、過去にも菩薩達がこの「真言」を唱えた結果、実際に智慧を完成させて悟りを得て目標を達したのだから、この「真言」はその言葉の内容を実現する力がある真実のものであるということになります。ですから、「般若波羅蜜多」の神髄は「真言」であり、「般若波羅蜜多」=「真言」であるというのが 「般若心経」の主張なのです。 
「智慧」は女性名詞であり、「智慧」によって仏が生まれるということから、「大般若経」では「般若波羅蜜多は諸仏の母」と書かれ、密教の時代には「般若仏母」と呼ばれる女性の仏であると考えられるようになりました。「般若心経」は密教が盛んになり始めた頃に作られたものだと推測されているので、「智慧」を女神のように考えていたという側面がすでにある程度あったのでしょう。 
ただ、密教以前でも、大乗仏教が生まれた当時のインドは、ヘレニズム文化圏の東端にあたり、ギリシャ、イラン(ペルシャ)系の王朝が次々と支配し、その文化の影響を受けていました。仏像が生まれたのはギリシャ彫刻の影響ですし、救いや光の性質を持ったたくさんの仏・菩薩が生まれたのはイランの神々の影響です。当時のヘレニズム文化圏では宗教を超えて霊的な「智慧の女神」に対する信仰が広がっていましたので、「般若心経」にもその影響があったかもしれません。ギリシャの智慧の女神ソフィアの影響を受けて、イランでは河の女神アナーヒターが智慧の女神となりました。アナーヒターは観音菩薩の誕生にも影響を与えたと言われています。  
漢訳 (玄奘三蔵訳を元にした流布本) 
仏説摩訶般若波羅蜜多心経 
ぶっせつまかはんにゃはらみたしんぎょう 
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 
かんじざいぼさつ ぎょうじんはんにゃはらみったじ しょうけんごうんかいくう 
度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 
どいっさいくやく しゃりし しきふいくう くうふいしき しきそくぜくう 
空即是色 受想行識亦復如是 舎利子 是諸法空相  
くうそくぜしき じゅそうぎょうしきやくぶにょぜ しゃりし ぜしょほうくうそう 
不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中  
ふしょうふめつ ふくふじょう ふぞうふげん ぜこくうちゅう 
無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法  
むしき むじゅそうぎょうしき むげんにびぜっしんい むしきしょうこうみそくほう 
無眼界 乃至無意識界 無無明亦 無無明尽  
むげんかい ないしむいしきかい むむみょうやく むむみょうじん 
乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得  
ないしむろうし やくむろうしじん むくしゅうめつどう むちやくむとく 
以無所得故 菩提薩 依般若波羅蜜多故  
いむしょとくこ ぼだいさつ たえはんにゃはらみったこ 
心無礙 無礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想  
しんむけいげ むけいげこ むうくふ おんりいっさいてんどうむそう 
究竟涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故 
くうぎょうねはん さんぜしょぶつ えはんにゃはらみったこ 
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多 
とくあのくたらさんみゃくさんぼだい こちはんにゃはらみった 
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 
ぜだいじんしゅ ぜだいみょうしゅ ぜむじょうしゅ ぜむとうどうしゅ 
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 
のうじょいっさいく しんじつふこ こせつはんにゃはらみったしゅ 
即説呪日 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 
そくせつしゅわっ ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい 
菩提薩婆訶 般若心経  
ぼじそわか はんにゃしんぎょう
和訳 
私はこのように聞いています。お釈迦様が大勢の出家した弟子達や菩薩様達と共に王舎城の霊鷲山にいらっしゃった時、お釈迦様は深い悟りの瞑想に入られました。その時、観音さま(観自在菩薩)は深淵な“智慧の完成(般若波羅蜜多)”の修行をされて次のように見極められました。人は私や私の魂というものが存在すると思っているけれど、実際に存在するのは体、感覚、イメージ、感情、思考という一連の知覚・反応を構成する5つの集合体(五蘊)であり、そのどれもが私ではないし、私に属するものでもないし、またそれらの他に私があるわけでもないのだから、結局どこにも私などというものは存在しないのだ。しかもそれら5つの要素も幻のように実体がないのだと。そして、この智慧によって、すべての苦しみや災いから抜け出すことができました。お釈迦さまの弟子で長老のシャーリプトラ(舎利子)は、観音様に次のように尋ねました。「深淵な“智慧の完成”の修行をしようと思えば、どのように学べばよいのでしょうか?」 それに答えて、観音様はシャーリプトラに次のように説かれました。 
「シャーリプトラよ、体は幻のように実体のないものであり、実体がないものが体としてあるように見えているのです。体は幻のように実体のないものに他ならないのですが、かといって真実の姿は我々が見ている体を離れて存在するわけではありません。体は実体がないというあり方で存在しているのであり、真実なるものが幻のような体として存在しているのです。これは体だけでなく感覚やイメージ、感情や思考も同じです。(つまり、私が存在するとこだわっているものの正体であるとお釈迦様が説かれた「五蘊」は、小乗仏教が言うような実体ではありません。) 
シャーリプトラよ、このようにすべては実体ではなく、生まれることも、なくなることもありません。汚れているとか、清らかであるということもありません。迷いが減ったり、福徳が増えたりすることもありません。 
このような実体はないのだという高い認識の境地からすれば、体も感覚もイメージも連想も思考もありません。目・耳・鼻・舌・皮膚といった感覚や心もなく、色や形・音・匂い・味・触感といった感覚の対象も様々な心の思いもありません。目に映る世界から、心の世界まですべてありません。(つまり、お釈迦様が説かれた「十二処」は小乗仏教が言うような実体ではありません。)迷いの最初の原因である認識の間違いもなければ、それがなくなることもありません。同様に迷いの最後の結果である老いも死もないし、老いや死がなくなることもありません。(つまり、お釈迦様が説かれた「十二縁起」のそれぞれは小乗仏教が言うような実体ではなく生まれたりなくなったりしません。)苦しみも、苦しみの原因も、苦しみがなくなることも、苦しみをなくす修行法もありません。(つまり、お釈迦様が説かれた「四諦」のそれぞれは小乗仏教が言うような実体ではありません。)知ることも、修行の成果を得ることもありません。また、得ないこともありません。 
このような境地ですから、菩薩様達は「智慧の完成」によって、心に妨げがありません。心に妨げがないので恐れもありません。誤った妄想を一切お持ちでないので、完全に開放された境地にいらっしゃいます。過去・現在・未来のすべての仏様も、この 「智慧の完成」によって、この上なく完全に目覚められたのです。 
ですから知らないといけません。「智慧の完成」は大いなる真言、大いなる悟りの、最高の、他に比べるものもない真言であり、すべての苦しみを取り除き(取り除く真言であり)、偽りがないので確実に効果があります。さあ、 「智慧の完成」の真言はこうです。  
「ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スヴァーハー」 
(智慧よ、智慧よ、完全なる智慧よ、完成された完全なる智慧よ、悟りよ、幸あれ。) 
シャーリプトラよ、深淵な、「智慧の完成」の修行をするには、以上のように学ぶべきなのです。」 
この時、お釈迦様は瞑想を終えられて、「その通りです」と、喜んで観音様をお褒めになられました。そして、シャーリプトラや観音様やその場にいた一同をはじめ、世界のすべての者達はお釈迦様の言葉に喜びました。  
読経と写経 
「般若心経」は「真言」の念誦について説いていますが、「般若心経」の「読経(読誦)」や「写経」については何も語っていません。しかし、「般若心経」は明らかに読経しやすいことを配慮して翻訳されています。 小乗仏教では寺院に多額に相当する布施をすることが功徳とされましたが、大乗仏教では一般民衆を対象に布教していましたので、多額のお布施よりも「読経」や「写経」をすることが功徳になるとしました。また、大乗仏教では、お経そのものに対する信仰も生まれました。 
「読経」や「写経」は心を集中させることができますし、仏教の教えに心を向けることで邪念を避けることができるのは間違いないでしょう。   
 
般若心経2

 

大乗仏教の空・般若思想を説いた経典の1つ。宗派によって呼び方は様々あり、この他に仏説摩訶般若波羅蜜多心経、摩訶般若波羅蜜多心経、般若波羅蜜多心経と言う。略称として心経。なお、漢訳には題名に「経」が付されているが、サンスクリットテキストの題名には「経」に相当する「スートラ」の字句はない。 
僅か300字足らずの本文に大乗仏教の心髄が説かれているとされ、一部の宗派を除き僧侶・在家を問わず、読誦経典の1つとして、永く依用されている。 
「般若心経」は一般には600巻に及ぶ「大般若波羅蜜多経」の心髄を治むといわれているが、「大般若波羅蜜多経」(「大般若経」)及び「摩訶般若波羅蜜経」(「大品般若経」)からの抜粋に「陀羅尼集経」に収録されている陀羅尼(Skt:dhāranī)を末尾に付け加えたものである。般若経典群のテーマを「空」の1字に集約して、その重要性を説いて悟りの成就を讃える体裁をとりながら、末尾に付加した陀羅尼によって仏教の持つ呪術的な側面が特に強調されている。 
現在までに漢訳、サンスクリットともに大本、小本の二系統のテキストが残存している。大本は小本の前後に序と結びの部分を付加して増広したものといわれている。現在最も流布しているのは玄奘三蔵訳とされる小本系の漢訳であり、「般若心経」といえばこれを指すことが多い。 
般若心経の「心」とは、サンスクリット「hṛdaya」(フリダヤ、心臓、重要な物を意味する)の訳語であり、同時に呪(陀羅尼、真言)をも意味する語でもある。そのため、般若心経は空観を説く経典であるとされる一方、陀羅尼の経典であるともいわれている。一般に般若経典には、後期の密教化したものは別として、呪文などは含まれていない。それを考慮すると、「般若心経」は、般若経典としては極めて特異なものと言える。またサンスクリット・テキストの題名には経という語はないため、陀羅尼(総持)のために作られた唱文が、中国で経として扱われるようになったのではないかという説もある。 
また「大般若波羅蜜多経」(大般若経)では、第二分功コ品第三十二に「般若波羅蜜多」(という語句・概念自体)が大明呪(偉大な呪文)であると説かれているが、「般若心経」では、付加された雑密の陀羅尼との辻褄合わせのために「般若波羅蜜多咒」という語句が挿入されている。 
陀羅尼は雑密の呪文で、サンスクリットの正規の表現ではないため翻訳できず、仏教学者の渡辺照宏説、中村元説など、異なる解釈説を行っている。
沿革 
西暦2〜3世紀にインドの龍樹が般若経典の注釈書である「大智度論」を著したとされ、般若心経もこの頃に成立したものと推定する説がある。しかしながら、現存する最古のサンスクリット(梵字)本は、法隆寺所蔵の8世紀後半(伝承では609年請来)の写本とされる貝葉本であり、漢訳経典より時代を下る。また、現在チベットやネパール等に伝わる写本も、それ以降の時代のものであり原形については不明で、偽経説もある。 
最古の経典目録(経録)で、東晋の釈道安撰「綜理衆経目録」(梁の僧祐撰「出三蔵記集」にほぼ収む)には、「摩訶般若波羅蜜神咒一巻」及び「般若波羅蜜神咒一巻 異本」とあり、経としての般若心経成立以前から、呪文による儀礼が先に成立していたという説もある。これらは、後世の文献では前者は3世紀中央アジア出身の支謙、後者は鳩摩羅什の訳とされているが、「綜理衆経目録」には訳者不明(失訳)とされており、この二人に帰することは信憑性にとぼしい。前者は現存せず、後者は大蔵経収録の羅什訳 「摩訶般若波羅蜜大明咒經」ともされているが、鳩摩羅什の訳経開始が402年であるため、釈道安の没年385年には未訳出である。またそのテキストの主要部は宋・元・明大蔵経版の鳩摩羅什訳「摩訶般若波羅蜜経」のテキストと一致するが、宋版大蔵経の刊行は12世紀後半であるため、このテキストが鳩摩羅什訳であるということも疑われている。 
649年、インドより帰還した玄奘もまた「般若心経」を翻訳したとされている[1]。 しかし、文献学的にはテキストの主要部分が高麗大蔵経版(13世紀前半)の鳩摩羅什訳「摩訶般若波羅蜜経」からの抽出文そのものであり、玄奘が翻訳した「大般若波羅蜜多経」の該当部分とは異なるため、これも鳩摩羅什訳と同様に玄奘訳であるということが疑われており、偽経説の根拠の一つとなっている。 
現在、玄奘訳の最古のテキストとされるものは、672年に建てられた弘福寺(興福寺)の集王聖教序碑(集字聖教序碑)中の「聖教序」の後に付加されているテキストである。しかしながら太宗が「聖教序」を下賜した648年から大幅に時間が経過している上、跋文に「勅を奉けて潤色せり」という記載があることから、この碑文は玄奘の没後にその偉業を讃えるために鳩摩羅什の訳文を元に玄奘訳としてまとめられたものではないかとする説もある。また、玄奘の弟子である慈恩大師基の「般若波羅蜜多心経幽讃」にもその旨を示唆するような記述がある。 
また玄奘訳とされている「般若心経」は読誦用として最も広く普及しているが、これは鳩摩羅什訳と玄奘訳との双方がある経典は、古来前者が依用されていることを考慮すると異例のことである。なお「大般若波羅蜜多経」転読は頻繁に行われるが、経典のテキストそのものを読誦することは稀である。  
日本における般若心経 
日本では仏教各派、特に法相宗・天台宗・真言宗・禅宗が般若心経を使用し、その宗派独特の解釈を行っている。ただし、浄土真宗は「浄土三部経」を、日蓮宗・法華宗は「妙法蓮華経(法華経)」を根本経典としているため、般若心経を唱えることはない。これは当該宗派の教義上、用いる必要がないということであり、心経を否定しているのではない。例えば、浄土真宗西本願寺の住職であった大谷光瑞は般若心経の注釈を著している。 
天台宗では、「根本法華」として重視している。また最澄作とされる般若心経の注釈がある。 
真言宗では、読誦・観誦の対象としている。日用経典(日課等通常行事用の経典)の1つとしている(般若心経秘鍵を参照)。また、繰り返し読誦する場合は、一回目は、冒頭の「仏説」から読み始めるが、2回目以降の読誦では「仏説」を読まず、「摩訶」から読む慣わしとなっている。この宗派の僧侶には開祖空海が般若心経を重視したために注釈・解釈を著す僧が多く、著作が色々とある。このうち、特に戦後の日本における高神覚昇・宮坂宥洪などの著作が知られている。高神の「般若心経講義」は戦前、NHKラジオ放送で行われたものであり、当時好評を博した。現代日本語で書かれた解釈書としては非常に評価の高いものであり、異なる宗派の僧侶や仏教学者からも評価されている。 
浄土宗では、食事等の際に唱える。 
時宗では、神社参拝及び本山での朝の勤行の後に熊野大社の御霊を祀る神棚に向かい三唱することが必須となっている。日用に用いる場合もある。 
臨済宗では、日用経典の1つとしている。また、一休・盤珪・白隠が解釈を行っている。般若心経とは自分の心の本来の姿を現した経典であるという主張を行うことが多い。 
曹洞宗では、日用経典の1つとしている。開祖道元が解釈しているほか、天桂の「観自在菩薩とは汝自身である」という解釈が有名である。また、良寛・種田山頭火など般若心経の実践に取り組んだ僧も多い。良寛は般若心経の大量の写経を残しており、種田は般若心経を俳句に読み込んでいる。 
修験道では、修験者(山伏などの行者)が「行」を行う際に唱える。 
神道でも唱えるところがある。神社(神前)で読誦の際は、冒頭の「仏説」を読まずに、「摩訶」から読む。また、前もって「般若心経は仏教の全経典の中から選りすぐられた経典であり、それを謹んで捧げます」というような内容の「心経奉讃文(しんぎょうほうさんもん)」を読み上げる場合もある。熊本の熊本城稲荷神社の神拝詞には、大祓詞(おおはらいのことば)、六根清浄大祓(ろっこんしょうじょうのおおはらい)、三種大祓(さんじゅのおおはらい)、の次に般若心経が書かれている。  
仏説摩訶般若波羅蜜多心経 
観自在菩薩行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄。舎利子。色不異空、空不異色、色即是空、空即是色。受・想・行・識亦復如是。舎利子。是諸法空相、不生不滅、不垢不浄、不増不減。是故空中、無色、無受・想・行・識、無眼・耳・鼻・舌・身・意、無色・声・香・味・触・法。無眼界、乃至、無意識界。無無明、亦無無明尽、乃至、無老死、亦無老死尽。無苦・集・滅・道。無智亦無得。以無所得故、菩提薩埵、依般若波羅蜜多故、心無罣礙、無罣礙故、無有恐怖、遠離一切顛倒夢想、究竟涅槃。三世諸仏、依般若波羅蜜多故、得阿耨多羅三藐三菩提。故知、般若波羅蜜多、是大神呪、是大明呪、是無上呪、是無等等呪、能除一切苦、真実不虚。故説、般若波羅蜜多呪。 
即説呪曰、羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶。般若心経  
在家信者 
一般の人々にとっては、「空」を説く経典と言うより、むしろ、「霊験あらたかな真言」の経典として受け止められており、一部には悪霊の力を「空ずる」という解釈もされた。古くから般若心経の利益で病気が治るという信仰があり、既に日本霊異記にその説話が残っている。お守りとして所持したり、病気になったときに写経して平癒を祈願したりした人が多い。 
また、神社で読誦された。亀戸天満宮で塙保己一が般若心経を読んで「群書類従」の成功を祈願したことは有名である。 
江戸時代には、文字を読めない層のために、内容を絵に表した絵心経も製作された。百瀬明治「般若心経の謎」によれば、これは元禄年間に現在の岩手県二戸郡の八幡源右衛門という人が文字の読めない人向けに創作した後、随筆によって諸国に伝播されブームとなったものであり、文字が読める人たちの間でも判じ物的に楽しまれたという。
般若(はんにゃ) 
一般には智慧といい、仏教におけるいろいろの修行の結果として得られたさとりの智慧をいう。ことに、大乗仏教が起こってからは、般若は大乗仏教の特質を示す意味で用いられ、諸法の実相である空と相応する智慧として強調されてきた。 
同じ悟りの智慧をあらわす遍智(へんち、 परिज्ञा parijñā)と区別される。遍智とは文字通り「あまねく知る」ことで、四諦の道理を無漏(むろ)の智によって知ることである。この遍智を小乗のさとりを表すものとして、大乗の般若と区別するのも、般若を存在の当相をそのままに自覚する実践智と考えるからである。 
この般若の意味は、識(しき、विज्ञान vijñāna ヴィジュニャーナ)とも区別される。識とは、いわゆる知識であり、客観的に物の何であるかを分析して知る分析智である。このような知識を克服して、それを実践智に深め、物の真相に体達すること、そのような智をことに般若というのである。たとえば、「生活の智慧」というが生活の知識といわず、「科学の知識」といって科学の智慧といわないようなものである。 
般若波羅蜜 
般若を諸法の実相を体得した実践智として、常に悟りへつづく実践の根底に働くものとみる時、この般若の智慧こそ、仏教のさとりの本質である「自利利他二利円満」を完成するものとして、「仏母」とよばれるものである。「大智度論」 (44) に次のように説明される。 
般若とは秦に智慧という。一切のもろもろの智慧の中で、最も第一たり、無上、無比、無等なるものにして、さらに勝るものなし。 
この意味で、般若は六波羅蜜中の般若波羅蜜 (prajJā-pāramitā) である。布施・持戒・忍辱・精進・禅定などの五波羅蜜の修行によって達せられるのが般若波羅蜜であり、般若波羅蜜の調御により五波羅蜜が達成される。 
智と慧の漢訳 
一般に般若は「智慧」と訳されるが、厳密には中国に翻訳される場合、それは「慧」と訳され、「智」とは区別されていた。 
道倫(どうりん)の「瑜伽師地論記」 に「梵にいう般若とは、これに名けて慧となす。当に知るべし、第六度なり。梵にいう若那とは、これに名けて智となす。当に知るべし、第十度なり」とあって、般若を慧、闍那(若那、jJaana)を智と、それぞれ訳出して、その意味の区別を考えていたことがわかる。 
このことは慧琳(えりん)の「音義」 に「般羅若、正しく鉢羅枳嬢(はっらきじょう)という。唐に慧といい、或は智慧という」といっている点からも明らかであり、般若は慧と訳され、十波羅蜜の第六波羅蜜、智は闍那で第十波羅蜜を、それぞれ示していた。 
智と慧の区別 
この慧と智の区別について、慧遠は「大乗義章」の中で、「智」を照見、「慧」を解了とし、「智」は一般に世間で真理といわれるものを知ること、「慧」は出世間的な最も高く勝れた第一義の事実を照見し、それに体達するものであるとする。 
さらに「華厳経」の註釈である「華厳経探玄記」を書いた賢首(げんじゅ)大師法蔵(643年 - 712年)によれば、智を第十度、慧を第六度にあてて、この中の「智」は因果、順逆、染浄などの差別を決断する作用であるといって「智」を決断作用とし、 
「慧」は諸法の仮実、体性の有無などを照達することであるとして、それを疑心を断じ、しかも事物そのものを体験的に知ることであるとしている。 このように智 (jJaana) と慧 (prajJaa) を区別することは、仏教のインドにおける教えの中に、すでに説かれていたことでもあった。たとえば、仏教教学の基礎であるといわれているアビダルマでは「慧」 (prajJaa) を心の作用として、それは見られる対象を分別し、それが何であるかを決定し、疑心を断じて、そのものを本当に理解する心の働きであるとして、それを「簡択」(けんちゃく、簡はえらぶこと・択はきまりをつけること)の作用をもつ心のはたらきとする。この慧によって決断することを「智」 (jJaana) という。 
聞思修 
この慧の働いてゆく姿を三段にわけて聞慧・思慧・修慧といい、その慧の生じ方によって聞慧・思慧・修慧という。前者は、まず聞き次に考えさらに実際に修行する三段で本当の智慧は完成するから、聞思修の慧という。後者は、慧を得る方法に区別があるので、聞所成慧 (Zrutamayii-prajJa)、思所成慧 (cintaamayii-prajJaa)、修所成慧 (bhaavanaamayii-prajJaa) といわれる。 
実践智としての般若 
このように、仏教が般若の智慧を真実の智慧として、それを悟りの実践智と説くことに注意が必要である。親鸞が「信心の智慧」「智慧の念仏」といったことの意味を考えるべきである。仏教の般若・智慧は、この意味で具体的生活の上に生きて働く智慧であり、信心の働いてゆく姿である。しかも、知識ではなく智慧であるから、自らの分別を離れ、自他対立や差別を超克したものである。 
現実世界では、対話が独言的主張や、雑談や、説得になっているのは、知識の世界にとどまっているだけであり、却って対立を起こし深めている。本当の意味の対話は問題意識を同じくするもの同志がお互いに聞き合うことから始まる智慧の世界であり、そこにこそ本当の問題解決が得られると言えるだろう。 
 
般若心経3

 

説摩訶般若波羅蜜多心経 
観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五蘊皆空。 
度一切苦厄。舎利子。色不異空。空不異色。 
色即是空。空即是色。受想行識。亦復如是。 
舎利子。是諸法空相。不生不滅。不垢不浄。不増不減。 
是故空中無色。無受想行識。無眼耳鼻舌身意。 
無色声香味触法。無限界。乃至無意識界。 
無無明。亦無無明尽。乃至無老死。亦無老死尽。 
無苦集滅道。無智亦無得。以無所得故。 
菩提薩埵。依般若波羅蜜多故。心無罣礙。 
無罣礙故。無有恐怖。遠離一切顛倒夢想。 
究竟涅槃。三世諸仏。依般若波羅蜜多故。 
得阿耨多羅三藐三菩提。故知般若波羅蜜多。 
是大神呪。是大明呪。是無上呪。是無等等呪。 
能除一切苦。真実不虚。故説般若波羅蜜多呪。 
即説呪曰。羯諦。羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦。 
菩提薩婆訶。般若心経。
全知者である覚った人に礼してたてまつる。 
求道者にして聖なる観音(聖アヴァローキテーシュヴァラ)は、深遠な智恵の完成を実践していたときに、存在するものには五つの構成要素があると見きわめた。しかも、かれは、これらの構成要素が、その本性からいうと、実体のないものであると見きわめたのであった。 
シャリープトラよ。 
この世においては、物質的現象には実体がないのであり、実体がないからこそ、物質的現象で(ありうるの)ある。 
実体がないといっても、それは物質的現象を離れてはいない。また、物質的現象は、実体がないことを離れて物質的現象であるのではない。 
(このようにして)およそ物質的現象というものは、すべて、実体がないことである。およそ実体がないといいうことは、物質的現象なのである。 
これと同じように、感覚も、表象も、意思も、認識も、全て実体がないのである。 
シャリープトラよ。 
この世においては、すべての存在するものには実体がないという特性がある。 
生じたということもなく、滅したということもなく、汚れたものでもなく、汚れを離れたものでもなく、減るということもなく、増すということもない。 
それゆえに、シャリープトラよ 
実体がないという立場においては、物質的現象もなく、感覚もなく、表象もなく、認識もない。眼もなく、(耳もなく)、鼻もなく、舌もなく、身体もなく、心もなく、かたちもなく、声もなく、香りもなく、味もなく、触れられる対象もなく、心の対象もない。眼の領域から意識の識別の領域にいたるまでことごとくないのである。 
さとりもなければ、迷いもなく、さとりがなくなることもなければ、迷いがなくなることもない。こうして、ついに、老いも死もなく、老いと死がなくなることもないというにいたるのである。 
苦しみも、苦しみの原因も、苦しみを制してなくすことも、苦しみを制する道もない。知ることもなく、得るところもない。 
それゆえに、得るということがないから、諸の求道者の智慧の完成に安んじて、人は、心を覆われることなく住している。心を覆うものがないから、恐れがなく、傾倒した心を遠く離れて、永遠の平安に入っているのである。 
過去・現在・未来の三世にいます目ざめた人々は、すべて、智慧の完成に安んじて、この上ない正しい目ざめをさとり得られた。 
それゆえに人は知るべきである。智慧の完成の大いなる真言、おおいなるさとりの真言、無上の真言、無比の真言は、すべての苦しみを鎮めるものであり、偽りがないから真実であると。その真言は、智慧の完成において次のように説かれた。 
ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スヴァーハー 
(往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、彼岸に全く往ける者よ、さとりよ、幸あれ) 
ここに智慧の完成の心が終わった。  
 
般若心経4(詳細) 

 

観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 
観自在菩薩、深般若波羅蜜多を行じし時 
 
「菩薩」とは、「菩提薩埵(ぼだいさった)」を略したもので、「ボーディサットヴァ」の音写語です。「悟りを求める者」という意味で、もともとはお釈迦様の前生の行いを創作したジャータカ物語の中で、お釈迦様の前生における呼び名として使われましたが、大乗仏教の発生をになった革新的な仏教者たちが、すべての人間は仏に成りうると確信し、悟りを求めて精進する者すべてを「ボーディサットヴァ」と呼ぶようになりました。以来、求道者一般を指すことばとなり、現在にいたっています。ですから、お悟りを求める心を起こせば、私もあなたも、誰でもが「菩薩」なのです。 
また、菩薩は、自分の信念にしたがい、どのような困難にも敢然として立ち向かって打ち克ち、お悟りに向かって勇敢に邁進するので、偉大な戦士、勇者すなわち「摩訶薩」「大士」とも称せられ、「菩薩摩訶薩」「菩提大士」などと呼ばれることもあります。 
さらに、観自在菩薩、地蔵菩薩、文殊菩薩、普賢菩薩、弥勒菩薩など、菩薩の理念形とでもいうべき偉大な菩薩たちが考え出され、苦しみにあえぐ者たちを救ってくれるという信仰が作り出されるようになります。 
さて、観自在菩薩というよりも、「観世音菩薩」あるいは「観音菩薩」といい、「観音様」といった方が皆さんにはおなじみだと思います。 
このお名前は、鳩摩羅什の訳した「妙法蓮華経観世音菩薩普門品」(以後「観音経」といいます)というお経に出てきますが、同じ菩薩を鳩摩羅什は「観世音」と、玄奘は「観自在」となぜ訳したのでしょうか。 
玄奘の訳した原語は、「アヴァローキテーシュヴァラ」であり、これは「アヴァローキタ(観)」と「イーシュヴァラ(自在)」とに分解できるので、「観自在」と訳した (中村元・紀野一義訳注「般若心経・金剛般若経」)のですが、鳩摩羅什が同様に訳さなかった理由には二つの説があります。 
一つは、「観音経」の意味をとってそのように美しく訳したというものです。 (榊博士「梵語学」)たとえば、「観世音菩薩は、即時(ただち)にその音声(おんじょう)を観じて皆、解脱(まぬが)るることを得せしめん」 (坂本幸男・岩本裕「法華経(下)」)という一節からもうかがうことができると思います。 
二番目の説は、原語が古い時代には「アヴァローキタスヴァラ」だったと推定され、それは「法華経」西域本でも確認できる (本田義英「法華経論」。同「観音の古名について」「龍谷大学論叢」第二九六号)、というものです。「アヴァローキタ」が「観」、「スヴァラ」が「世の中のすべての音」という意味になりますから、「観世音」と訳せるわけです。 
ところで、「観音経」において、観世音菩薩は人間の苦しみの音声を観て、どんな苦しみにあっても、あらゆる姿に変身して救いにきてくれる菩薩としてえがかれていますが、「観る」あるいは「観ずる」というのはどのようなことをいうのでしょうか。 
観光旅行というと、団体でどやどやと押しかけて、旅の恥はかき捨てとばかりに傍若無人に振る舞うというイメージが強く、あまりよい感じはしませんが、本来「観光」というのは、光、すなわちその地方の文化遺産や美しい景色、独特の文化を身をもって体験し、見聞きすることですから、有意義なことであるはずです。そして「観」とは、ただ見るのみでなく、耳で聞き、鼻で嗅ぎ、舌で味わい、肌に触れて感じるというように、五感を総動員し、それによって得た情報を心で知り、考え、楽しみ、感動するという意味に解釈すべきものと思います。 
観音様の場合は、このような仕方で世の人々の苦しみの声を観じ、さらに心眼でも見るというべきだろうと思います。そして、様々の姿で身を現し、自由自在にお救い下さるのです。 
智慧輪の翻訳した「般若心経」では、「観世音自在菩薩」となっていますが、そのようにお呼びするのがふさわしい菩薩様です。 
 
私たちの生きるということを考えてみますと、何らかの情報を入力し、何らかの反応を出力する、つまり、知識を得て、それにもとづいて実行するのが、生きるということです。 
これを観音様に当てはめてみますと、「人間の苦しみの音声を観る」というのが知識を得ること、すなわち智慧のはたらきであり、「様々の姿で自由自在に救済する」というのが実行すること、つまり慈悲のはたらきであると考えてよいのではないかと思います。 
ですから、「観世音」は智慧につながり、静的なイメージ、「観自在」は慈悲の面を表し、動的なイメージというように私は考えています。 
この動的なイメージが強い観自在菩薩が、「深般若波羅蜜多を行じ」ているわけです。 
ところで、少々細かいことになりますが、この部分の訳については、サンスクリットの原典を文字通りに訳すと、「深般若波羅蜜多を行じ」ではなく、「深般若波羅蜜多において行じ」と訳すべきだといわれています。 (立川武蔵「般若心経の新しい読み方」)つまり、「深般若波羅蜜多」は目的ではなく、お悟りに到るための方法手段なのです。生活の立場・方針・考え方といってもいいかもしれません。 
たとえば、人のためになるという立場でいても、その実践は様々になり得ます。医者として僻地医療にたずさわる、建築家として安価で快適な家を設計する、プロ野球の選手として人々を楽しませる、等々、いくらでもあり得ます。人のためになるという立場で行えば、その実践は様々でも、生き甲斐になるという結果は同じことになります。 
このような、生き方の立場・方針が「深般若波羅蜜多」であると考えてよいのではないかと思います。 
また、「深」という形容詞がついているのは、この「般若波羅蜜多」が菩薩の修行徳目である布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧の六波羅蜜の一つである智慧波羅蜜ではなく、これらすべてを含むものとしての般若波羅蜜であることを明示するためであると解釈されているが、最初期にこういう自覚があったかどうかは疑わしい (中村元・紀野一義訳注「般若心経・金剛般若経」)といわれています。 
最初期にはどうであれ、「深般若波羅蜜多」が六波羅蜜全体のことを指すという見解に私も同感です。 
というのも、前述したように「深般若波羅蜜多」はお悟りに到るための方法手段、あるいは生活の立場・方針ですから、その内容の一例としても修行の徳目である六波羅蜜がぴったり当てはまるからです。 
さらに、その具体的な内容は「観音経」に説かれる観世音菩薩の救済の話であると考えたいと思います。 (金岡秀友校注「般若心経」) 
詳しくは、「観音経」を実際にお読みいただくか、奈良康明著「観音経講義」のような書籍をお読みいただきたいと思いますが、ごく簡単に述べたいと思います。 
観世音菩薩は、どんな危機的な状況にあっても、観音の力を念じ、「南無観世音菩薩」と称えれば、その危機から救ってくれます。 
たとえば、大火の中にあってもその火に焼かれることはなく、大水に流されることがあっても必ず水の浅いところにたどり着けるという具合です。 
また、観世音菩薩は、救済する人にもっとも適切な姿形で人間世界に現れて救って下さるのです。たとえば、仏の姿で現れたり、少女の姿で現れたりという具合です。 
このあたりのことをまとめて、原典では「種種の形を以って、諸の国土に遊び、衆生を度脱(すく)うなり」 (坂本幸男・岩本裕「法華経(下)」)といっていますが、ここで出てくる「遊び」ということばには二つの意味が込められています。 (奈良康明「観音経講義」) 
まず、「心から喜んで」救って下さるということです。勤めだからといやいやされるのではないのです。 
次に、「自由自在のはたらき」で救って下さるという意味です。「観自在菩薩」ならではの見事な実践行です。 
このように、観世音菩薩が心から喜んで、自由自在のはたらきによって、私たちを救って下さるという、まさしく身をもって行われるダイナミックな実践が、「観自在菩薩、深般若波羅蜜多を行じし時」ということになるかと思います。 
照見五蘊皆空。度一切苦厄。 
五蘊皆空なりと照見して、一切の苦厄を度したまえり。 
 
「五蘊(ごおん、ごうん)」とは、「五つの集まり」のことで、「私」はこの「五つの集まり」からできている、というのが仏教の存在に関する考え方の一つです。「○○寺△△世××□□大和尚、四大(しだい)不調のところ、薬石効なく遷化(せんげ)いたしました…」という出だしで住職の葬儀の案内をいただくことがあります。「…体調を崩し療養しておりましたが、残念ながら永眠いたしました…」というくらいの意味です。この「四大(しだい)」というのは、「地・水・火・風」の四つの要素で、これらが合わさって「身体」ができているという考え方です。「四大(しだい)」に「空」を加えて「五大」といい、これが万物の構成要素となります。これも存在に関する一つの考え方です。 
「五蘊」という考え方は、「心のはたらき」に重点を置いたものと思います。「色・受・想・行・識」が、「五蘊」のそれぞれの集まり・要素で、「受」から「識」までの四つが、「心のはたらき」にかかわるものです。  
•色蘊…肉体 
•受蘊…感受作用 
•想蘊…表象作用 
•行蘊…意志作用 
•識蘊…認識、概念作用 
初冬のある日、車を走らせていると、「ん、あれは何だ」と前方に広がる風景を見て思いました。雪をかぶった山並みの風景です。何度も見たことのある山並みなのですが、雪が積もって二王子岳(にのうじだけ)や飯豊山(いいでさん)、その前の赤谷の奧の山々がいつもと違う景色に見えたのです。「ん、…」という瞬間、何か見えたのだが、それが何なのかまだわからない瞬間の心の状態が「受蘊」です。その後、「ん、あれは何だ。や…」という、まだ明確にはそれがわからない瞬間が「想蘊」です。そして、「…雪をかぶった二王子や赤谷の山々、その後ろには飯豊山だ」という状態が「識蘊」です。はっきりとそれが何であるかがわかり、概念で判断していている状態です。「こんな美しい景色はめったにお目にかかれそうにない。写真を撮ろう」というのが「行蘊」です。(※飯豊山は新潟県と福島県、山形県にまたがる標高2000メートル級の山脈で、二王子や赤谷の奧の山々は、飯豊山の手前に位置する新潟県側の山々のこと) 
「受・想・行・識」についての解釈は人によってまちまちです。細かいことに深入りしないほうがよいようです。喜怒哀楽に代表される「感情」と知識によって把握しようとする「認識」の複合体が「心」のはたらきの内容です。このはたらきを説明する仕方のひとつが「受・想・行・識」だと理解いただきたいと思います。 
■ 
「空(くう)」というと「からっぽ」「何もないこと」などを連想されるでしょうか。「何もない」というと、「空(くう)」」というよりも「無(む)」といったほうがいいのかもしれません。ただし、禅語録や禅問答で「無(む)」というのは、「空(くう)」の意味だったりします。「からっぽ」というほうが「空(くう)」の意味に近いかもしれません。お茶がからっぽ、酒がからっぽ、財布がからっぽ、などという言い方です。心がからっぽ、なんて言い方をする人もいるようです。 
「空」の原語はサンスクリット語で「シューニャ」といいます。数字の「ゼロ」の原語も「シューニャ」です。「ゼロ」を発見したのはインド人です。それがいつのことか、はっきりとはわからないそうですが、6世紀頃には知られていたと学者は推定しています。(吉田洋一「零の発見」) 
「ゼロ」というのもおもしろい数字です。たとえば、私がコンビニでおにぎりを二つ買ったとします。200円だというので、一円玉を二つ、つまり2円出しました。するとレジ係は、「あと198円お願いします」というではありませんか。「ゼロ」は何もないのだから、200円=2円になるはずだ。私は内心しめたと思って2円出したのです。ダメか。残念。「あなた少しおかしいんじゃないの」と言われそうです。でも、「ゼロ」というのは「何もない、無」ではないのでしょうか。違うんですね。確かに、1とか2とかのようにあるわけではないから、200円ならば十円玉や一円玉を出す必要はないはずです。けれども、ないわけではないので200円は百円玉をふたつ出さなければいけなくて、一円玉ふたつではだめなんですね。 
インド人が「ゼロ」を発見した理由を「空」と結びつけて考えている人もいるようです。「零の発見」の著者吉田洋一先生は、この説に反対しています。少なくとも、「空」と「ゼロ」の原語が同一であることから、同じような概念だと考えてよいのだと思います。「空」というのは、「あるのでもないし、ないのでもない」という存在のあり方です。 
「空」と同じ意味を表す仏教の術語がいくつかあります。「縁起」「無常」「無我」です。いずれも仏教では最重要の概念です。これら三つのほうが仏教の最初期から使われてきました。 
「縁起」は「縁(よ)りて起こる」ということです。私をはじめ、万物は時間的にも、空間的にも相互依存関係で成り立っているという考え方です。宇宙観といってもいいでしょう。たとえば、ここに一本の稲があります。この稲は春には一粒のお米で、そこに土、水、日光、養分、労力、時間、その他もろもろの条件が満たされて、秋には黄金色にたわわに実ったのです。稲は時間的な縁起の産物です。米という「原因(因)」に、土などの「助縁(縁)」がはたらいて、稲が生まれたのです。「因縁」は「縁起」の別の言い方です。 
時系列として相互依存関係をたどって、お釈迦様は「無明」から最終的に「苦」が生じる仕組みを見抜きました。また、「無明]を滅することによって最終的に「苦」を滅することができることを理解して、お悟りを開かれたのです。 
「帝釈(たいしやく)の網」という話があります。「帝釈」というのは映画「男はつらいよ」の主人公「寅さん」の故郷、「葛飾柴又の帝釈天」(題経寺)に祀られている「帝釈天」のことです。もともとはインドの神話に登場する「インドラ」という武勇神で、仏教の守護神として信仰されてきました。 
帝釈天は世界を黄金の網で覆います。黄金のひもが交差しているところにはすべて宝石がついています。一つの宝石が輝くとその光が他のすべての宝石を輝かし、その輝きがまた他のすべての宝石を輝かします。このようにすべての宝石はお互いに輝きあっています。実は、宝石は一人ひとりの人間です。私たち一人ひとりはすべての人間、存在に関わり合い、今この時全世界に影響を与え、与えられているのです。 
空間的な相互依存関係としての「縁起」がここには示されています。  
「私」という存在は不安定な状態にあります。危機的な状況にあるといってもいいかもしれません。「私」を構成している無数の条件の一つでも変われば、「私」も変わってしまいます。 
何年かぶりに会った友人と「いやあ、変わらないねえ」と言い合うのは、社交辞令か、懐かしさから出た感激か、といったところでしょう。向こうからオッサンが近づいてくるなあ、と思って、顔がはっきり見えるところまで来ると、同級生だということに気づき、ドッキリすることがあります。実際には「変わって」いるのです。私たちの年頃でも、そろそろ亡くなる者も出てきました。 
これが「無常」です。あらゆる存在は「縁起」というあり方をしていて、現象から見れば「無常」なのです。 
「我」とは、永遠不変の本体、変わらない主体など、さまざまな言い方ができます。具体的には、永遠の真理、唯一絶対の神などを考えていただければよいと思います。しかし、あらゆる存在は「無常」であり、「変わらない」ものなどありません。それが「無我」です。 
 
「私」は「空」だ、と観音様は「照見」されました。 
「照見」は、観自在菩薩の「観」の原語の動詞形の訳語です。「観る」=「照見する」ということになります。「観る」は、五感を総動員し、それによって得た情報を心で知り、考え、楽しみ、感動し、観音様の場合は、さらに心眼でも見る、ことだと以前述べました。それを知ることによって考え方が変わり、人生が変わったり、生き方に影響を与えたり、というような見方をすると言い換えてもよいと思います。 
「五蘊はすべて空であると照見して」というのは、私は空なる存在であるとわかり、それによって生き方が変わってしまった、と解釈したいと思います。 
観音様は、幾多の救済行の実践の中で、救済する者、救済される者、救済という行がすべて「空」なるものであることを見抜かれたのです。助けたからといって、感謝や報いを求め、後々までも恩に着せることもない。助けられた方も、助けられたことに感謝こそすれ、それを負担に思うこともない。助けたという事実が、世に知られ、称讃され、名誉として残ることもない。これが、観音の救済であり、行であり、遊びなのだと考えられたのです。 
宮澤賢治の詩を思い出しました。有名な「雨ニモマケズ」です。あらゆる人助けをして、人からは「デクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ ソウイウモノニ ワタシハナリタイ」という詩です。これこそが観音様をはじめとする「菩薩」の詩だと思います。 
「私」、あるいはもう少し広げて「私と私を取り巻く環境」を「私」としたとき、それが有限のものであり、変わり続けるものであると理解する。これが「照見五蘊皆空」なのだと思います。 
■ 
「度」に「さんずい」を付けますと渡(わた)す」「渡(わた)る」という漢字になります。川や海など、水の上を渡したり、渡ったりする場合には、「さんずい」が必要ですが、そうでない場合には「さんずい」はいりません。「度」は、仏のお悟りの世界である「彼岸」に「度(わた)す」「度(わた)る」という意味です。「一切の苦厄を度」す、というのは、すべての苦しみや災厄を超える、ということです。 
この文句はサンスクリット語の原本にはありません。漢訳した玄奘三蔵法師が入れたと言われています。玄奘訳に先立つ羅什訳にもあり、玄奘以後の「般若心経」にも入れられています。 
なぜ、玄奘は原本にないこの文句を入れたのでしょうか。意味としては矛盾はありませんし、あった方がわかりやすいようです。この理由を立川武蔵博士は以下のように推測しておられます。 
最古のお経の一つである「ダンマパダ」(「法句経(ほっくきょう)」)に、「一切の行は無常であるともし般若によって観ずるとき、もろもろの苦を厭離する。すなわちこれが清浄への道である。一切の法は無我であるともし般若によって観ずるとき、もろもろの苦を厭離する。すなわちこれが清浄への道である」(二七七、二七九)(西義雄「原始仏教における般若の研究」)というのがあり、当時この考え方が定形としてあって、羅什、玄奘がこの「度一切苦厄」を挿入したのではないか。(立川武蔵「般若心経の新しい読み方」) 
「無常」「無我」は、「空」の意味内容です。「般若」は「智慧」、ここでいう「行」と「法」は「すべての存在」という意味ですから、「法句経」二七七、二七九の経文は「すべてのことがら、ものがらは無常であり、無我であることをわかれば、さまざまな苦しみを取り除くことができる」という意味です。この考え方が当時常識のようになっていたので、「一切の苦厄を度したまえり」を入れたのだというのです。 
では、なぜ、すべてのことが「空」「無常」「無我」であることを理解すれば、苦しみを去ることができるのでしょう。 
お釈迦様の出家の原因は、「老・病・死」という具体的なものだったと考えられてます。若さの絶頂にあるお釈迦様が、老人や病人、死人を見て嫌悪感を抱いたのでしょう。若さゆえのおごりですが、自然な感情ともいえると思います。けれども、お釈迦様はこの感情が自分にはふさわしくないと思われます。 
数十年すれば、自分も同じになるのだ。今は若く生命力にあふれはつらつとしているが、やがては自分も老いさらばえ、病気になり、死を迎えねばならないのだ。他ならぬ自分のことなのに、嫌悪感を抱くなど何と私は無知なのだろう。この瞬間、「老・病・死」はお釈迦様の人生の大問題となりました。 
「老・病・死」は、誰もが体験する当たり前のことです。なぜ人生の大問題、苦しみとなるのでしょうか。年をとりたくない、健康でいたい、死にたくないと思っているからです。ああしたい、こうしたいという「自我欲望」が苦しみの元なのです。当たり前のことを当たり前のこととして受け入れることのできない「自我欲望」の元には、根原的な無知があります。「無明」と仏教では呼んでいます。すべては「無常」なのに、変わらないものがあると思ってしまう、いや思いたいのです。変わらない頼れるものがあると思いたいのです。真実はそうではありません。「無常」であり「無我」であることが真実です。真実を真実として受け入れ、真実を生きる。そうすれば苦しみを超えることができるはずです。 
人生はなぜ尊いのか、かけがえがないのか。人生が有限で無常だからです。古い陶磁器の価値が高いのはなぜか。陶磁器は壊れやすいからです。 
無常であるがゆえに、二度とない「今」を大切に充実して生きる。「無常」を「無常」として生きる。これが「度一切苦厄」ということだと思います。 
 
「今」を大切に充実して生きることについてもう少し考えてみたいと思います。 
「今」というものはどういうものか、どのようにとらえればよいのでしょうか。「今」といった「瞬間」、「今」と書いた「瞬間」、「今」はすでに過去になってしまっています。「今」というのはいったいどのくらいの時間をいうのでしょうか。 
「今」が過去になるのはいつでしょう。たとえば、温泉に入るということを考えてみます。脱衣所で衣服を脱ぎ、湯船に入ります。「ああ、いい湯だなあ」と思わず口から出たとします。まだ「今」ですね。湯船から出て、体を洗います。再び湯船に入ります。また「ああ、いい湯だなあ」と口からもれるかもしれません。まだ「今」ですね。湯船から上がり、浴室の出入り口付近でさっと体を拭きます。戸を開けて脱衣所に出て脱衣籠に行き、バスタオルで念入りに体をふきます。汗が出るので、扇風機の前で涼んでいると、「ああ、いい湯だったなあ」とつい呟いてしまうことがあります。風呂に入るということが、ここで「過去」になりました。 
このように「今」というのは、「瞬間」ではなくてある一連の動作・行為が続いている間なのです。その動作・行為が終わると「過去」になり、別な「今」が始まるのだと思います。 
「今」を充実して生きるというのは、今おこなっていることに全力を傾けやり抜くということだと思います。 
私自身、二、三日後の懸案事項に気をとられて、今やるべきことに身が入らないということがあります。明日の彼女とのデートが楽しみで心ここにあらずという方もあるようです。過去の手柄話をとくとくと話す方もおられます。いずれも「今」を重視して大切にしているとはいえないようです。 
「金色夜叉」の作者尾崎紅葉は胃ガンで余命幾ばくもないと宣告されたある日、内田魯庵が勤めていた丸善書店に姿を現します。魯庵は驚いて紅葉に近づき、「何を買いに来たんだ」と聞くと、紅葉は、「ブリタニカを買いにきたのだがないというのでセンチュリーを買うことにした。いい辞書だという評判だから死にみやげに見ておきたくてね。まだ一か月や二か月は生きていられそうだから、ゆっくり見ていかれるよ」と答えます。高価な辞書です。魯庵は紅葉のあまり豊かではない生活を知っていたので、今さらそんな高価な辞書など見てもしょうがないだろうと考え、「それならブリタニカにしたらどうだ。もう二か月もすれば届くから着いたら知らせるよ」と勧めます。紅葉は「医者は三か月と宣告したのだが、いつどうなるかわからない体だ。二か月後に生きていたとしても目も見えないようでは何にもならない。頭がはっきりしている内に少しでも自分のものとして見ておかないと気がすまないのだ。少しでも早く届くようにしてくれ」と頼んで帰ります。 
魯庵は紅葉を見送りながら激しく心動かされたということです。 
余命三か月と宣告された紅葉が、人生の最後の最後まで、物書きとしての生き方を貫き通そうとした見事な態度を見せてくれています。おそらく紅葉は、余命がどうのこうのという宣告があろうとなかろうと同じ生き方をしたと思います。宣告されていなくとも、私たちの命も同じです。明日の朝元気に起きられる保証はどこにもないのです。今、やっていることに全力投球するしかないのです。 
未来があとわずかしかない。まだ何十年も生き続けるのかもしれない。いずれにせよ、私が生きられるのは「今」しかないのです。「今」を一所懸命に生きれば、それが永遠の時間につらなり、「一切の苦厄を度す」ことができるのです。  
舎利子。色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。受想行識。亦復如是。 
舎利子よ、色は空に異ならず。空は色に異ならず。色はすなわちこれ空、空はすなわちこれ色なり。受想行識もまたまたかくのごとし。 
 
「色即是空。空即是色。」は「般若心経」を知らない人でも知っている有名な句です。この句を含む「色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。」は、「色」と「空」との関係を述べています。サンスクリット語の原本では以下のようになっています。 
この世においては、物質的現象には実体がないのであり、実体がないからこそ、物質的現象で(あり得るので)ある。 
実体がないといっても、それは物質的現象を離れてはいない。また、物質的現象は、実体がないことを離れて物質的現象であるのではない。 
(このようにして、)およそ物質的現象というものは、すべて、実体がないことである。およそ実体がないということは、物質的現象なのである。 
(中村元・紀野一義訳注「般若心経・金剛般若経」) 
三段に分けて、「色」と「空」の関係について述べてあります。ところが、玄奘訳では二段にしか分けてありません。一段目を省略した形になっています。玄奘以後の漢訳では、三段に分けてあるものがあります。中インド、マガダ国出身の法月が七三八年に訳した「普遍智蔵般若波羅蜜多心経」では、「色性是空空性是色。色不異空空不異色。色即是空空即是色」となっています。智慧輪が九世紀中頃に訳した「般若波羅蜜多心経」では、「色空空性是色。色不異空空不異色。是色即空是空即色」となっています。 
この三段は、同じことを強調していっているのだ、という考え方もあります。しかし、この短い経典でわざわざ挿入したのですから、三段それぞれは別な意味を持っていると考えたいと思います。ここでは中村元博士の解釈を参考にして、三段にもどしてその意味を自分なりに解釈してみます。 
 
第一段は現実のあり方を示しているのだと考えます。私と私を取り巻く環境が空というあり方をしている。時々刻々変化し続け、滅したり、生じたりするものである、と現象として認識することです。 
この世においては、物質的現象には実体がないのであり、実体がないからこそ、物質的現象で(あり得るので)ある。 
法月訳「色性是空空性是色」智慧輪訳「色空空性是色」玄奘訳にはない。 
私たちの心は認識と感情の複合体です。その内の認識、つまり知識として、人間の体や物質、物体、現象は無常なものだと客観的にとらえるのです。自然の法則としてとらえるといってもいいでしょう。人間はいつかは死ぬものだと知識として知っているのは人間だけだそうです。「死」を知識としてだけとらえているのがこの段階です。 
 
第二段は、感情的、情緒的に空なる現実をとらえているのだと思います。 
実体がないといっても、それは物質的現象を離れてはいない。また、物質的現象は、実体がないことを離れて物質的現象であるのではない。 
「色不異空空不異色」 
日本人は無常を「もののあはれ」として情緒的、詠嘆的にとらえてきました。「平家物語」の冒頭が代表的です。 
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。奢れる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき人も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。 (「平家物語」巻一) 
「祇園精舎」は、スダッタという資産家がお釈迦様に寄進した仏教史上最初の寺院です。二大強国の一つ、コーサラ国の首都舎衛城の郊外にあったものです。スダッタは「よく施した人」という意味です。「孤独な人々に食を給する人」、漢訳では「給,孤,独,長,者(きっこどくちょうじや)」とも呼ばれた慈善家でした。彼は、二大強国のもう一方、マガダ国の首都王舎城に出張していました。そこで、ブッダつまりお釈迦様の噂を聞きました。夜明けにお釈迦様に会うために寒林に出かけます。 
「寒林」は火葬場のことです。むしろ死体遺棄所といったほうがふさわしく、場合によっては半焼けの遺体や捨てられた腐乱状態の遺体などもころがっていたようです。瞑想に最適な場所とされていました。現代でも瞑想する修行者がおります。 
スダッタ長者は説法を聴き、仏教の在家信者になります。その翌朝、彼はお釈迦様をはじめとする修行僧たちに食事を布施します。お釈迦様はスダッタ長者の申し出を受け入れ、雨安居を舎衛城で行うことになります。雨安居は、雨季の間一か所にとどまって修行をすることをいうのです。雨を避ける小屋が必要でした。 
スダッタ長者は舎衛城にもどると精舎を建てる僧園に適した場所を探します。町から遠すぎず、近すぎず、静かな瞑想に適した場所です。ジェータ王子の園、ジェータ林が適当だと判断し、譲ってくれるように頼みます。 
「金銭を敷きつめたとしても、僧園として譲るわけにはいかない」と断られます。「買う」「売らない」の押し問答の末、司法大官に判断を委ねます。「「金銭を敷きつめたとして」と価格を決めたから売らなければなりません」スダッタ長者は黄金を敷きつめ買い取ります。ただならぬ長者の行為を見て、門の所はジェータ王子が寄進し門を作ります。こうしてできたのが祇園精舎です。 
当時は鐘はありませんでした。現在はその遺跡の近くに永平寺の七十六世秦慧玉禅師が寄進した梵鐘があります。 
「娑羅双樹の花の色」の「沙羅双樹」は、お釈迦様がその間に横になり亡くなられたクシナガラの「沙羅双樹」のことです。 
お釈迦様が過ごされた祇園精舎の鐘の声はこの世の真理である無常を思い起こさせる。お釈迦様が亡くなられた沙羅双樹に咲く花の色は、どんなに栄華をきわめた者でも必ずおとろえることを表している。立場を利用して自分勝手な振る舞いをする者も長続きはせず、春の世の夢のようにはかないものだ。強く勇ましい者も最後には滅びてしまう。風に吹き飛ばされる塵のようなものだ。 
このように解説するまでもなく、権勢をふるった平家の滅亡を仏教の「無常」という教えに照らし、ものの「はなかさ」「あわれ」を表現したものです。日本人は、長い間「無常」を情緒的にとらえ「無常感」として感じてきました。他人事として嘆くという態度です。「この若さが永遠のものであればなあ。しかし、移ろいゆく無常なものなのだなあ。無常なものというのが、若さなんだなあ」というわけです。 
 
第三段が仏教で説く「無常」を示しているのだと思います。「無常感」に対して「無常観」といっています。 
およそ物質的現象というものは、すべて、実体がないことである。およそ実体がないということは、物質的現象なのである。 
「色即是空空即是色」 
「色=空」「色⇔空」ということを理解することです。理解といっても、単なる知識ではなく、「般若」としてつかむことです。私の体は常に変化し続け、いつかは滅してしまう、死んでしまうという知識として、客観的に理解するのではありません。人間いつかは死んでしまう、哀れなものだと詠嘆的、虚無主義的に嘆くのでもありません。主体的に「ほかならぬこの私」が無常なのだと見すえ、「無常なる」生き方をすることです。観自在菩薩が、「五蘊皆空なりと照見して、一切の苦厄を度した」境涯です。「今」を重視して生きることです。 
「一夜賢者経」と名づけられたお経があります。  
過ぎ去れるを追うことなかれ 
いまだ来たらざるを念うことなかれ 
過去、そはすでに捨てられたり 
未来、そはいまだ到らざるなり 
されば、ただ現在するところのものを 
そのところにおいてよく観察すべし 
揺ぐことなく、動ずることなく 
そを見きわめ、そを実践すべし 
ただ今日まさに作すべきことを熱心になせ 
たれか明日死のあることを知らんや 
まことに、かの死の大軍と 
逢わずいうは、あることなし 
よくかくのごとく見きわめたるものは 
心をこめ、昼夜おこたることなく実践せん 
かくのごときを、一夜賢者といい 
また、心しずまれる者とはいうなり 
(増谷文雄訳「阿含経典第五巻」) 
日常生活において、「揺ぐことなく、動ずることなく」「ただ今日まさに作すべきことを熱心に」「昼夜おこたることなく実践」する、という境地に達するには並大抵のことではありません。日々の精進があってはじめて実現するものと思います。 
第一段あるいは第二段から第三段にいたる過程には時間的な隔たりを読み込むべきでしょう。修行という過程があるのだと思います。 
仏教の教えを学び、坐禅を実践し、念仏を修する。学んだ教えを実際の日常生活において応用し、それを反省・懺悔し、また実践し、というサイクルを繰り返す。その過程の中で徐々に教えが身に付き、意識しなくとも正しい生き方ができるようになるのではないでしょうか。 
ただし、私たち日本曹洞宗では、修行を積み悟りを開くとは考えていません。ひらめきや直観というような心の状況・風景はあると思います。ある体験、ある心理状況を経て生き方ががらりと変わる場合があることを否定はしません。しかし、それが「悟り」ではありません。 
開祖道元禅師は「修証不二(しゅしょうふに)」「修証一等(しゅしょういっとう)」と示しておられます。「修」は修行、「証」は悟りのことで、修行と悟りは別のものではなく、分けられない一体のものだというのです。修行を積み、その結果悟りにいたるのではなく、修行すること自体が悟りだというのです。修行という手段によって悟りという目的にいたるのではないのです。目的と手段が同一なのです。 
私たちはとかく手段と目的を分けて考えます。 
人助けをしたいから金持ちになりたい。だから今は金もうけに精を出すべきだという人がいます。こういう人は結局人助けはしないでしょう。「お金があるくせに人助けもせず利己的な生き方をしている」と、かつて自分自身が批判していたような人になってしまうでしょう。手段が目的になってしまうのです。人助けをしたいのならば、今できる範囲で行えばよいのです。 
トロイアの遺跡を発掘したシュリーマンの生涯は手段が目的になってしまわなかったまれな例です。 
彼は、八歳のときにクリスマスプレゼントにもらった歴史の本のさし絵に魅了されます。トロイア戦争の絵で、架空のものといわれていたトロイアの都をいつか発掘しようと強く心に誓います。発掘の費用を稼ぐため、熱心に商売に励みながら独学で十数か国語を習得します。ロシアで藍の商売を手がけ巨万の富を得たシュリーマンは、四十八歳のときに発掘を始め、一年後、ついにトロイアの遺跡を掘り当てます。その後、ミケーネ文明の遺跡の発掘にも成功し、エーゲ文明研究の端緒を開きました。 
発掘の費用を得るための財をたくわえるうちに、目的であった遺跡発掘の夢を忘れてしまうというのが一般的なケースです。シュリーマンはその目的を忘れず偉大な発見をしました。その秘密はどんなところにあったのでしょう。 
道元禅師の「修証不二(しゅしょうふに)」「修証一等(しゅしょういっとう)」という教えは、「本証妙修(ほんしょうみょうしゅ)」という立場に立ったものです。凡夫が修行して仏になるというのではなく、修行そのものが仏の行だ、というのです。坐禅を行じて仏になるのではなくて、すでに仏であることに気づかされた上での修行が坐禅ということです。坐禅を修することが仏行だといわれるのです。「証上の修」という言い方もされておられます。 
では人間はもともと悟っているのか、という問題に突き当たります。これは修行中の禅師にとっての最大の問題でした。禅師は比叡山で出家し、修行されておられました。比叡山の天台宗の教えでは、人間は本来仏であると説いていました。それならば、なぜ人間は修行をしなければならないのか、というのが禅師の疑問でした。この疑問を解決するために中国に渡ったとも伝えられています。 
人間はもともと悟っている、本来仏なのだというのは、人間という「存在」にあるのではないと思います。 
たとえば、ドイツ観念論を代表する哲学者ヘーゲルによれば、「人間が人間として客観的に実現されるのは、労働によって、ただ労働によってだけ」ということになります。これをマルクスが受け継ぎました。人間は、生産関係において「生産したもの」を媒介として、自己の本質を見る、というのです。ヘーゲルとマルクスは、「労働」という行為に人間の本質を見ました。本質としての自己が存在したとして、それはそのままでは認識することはできません。女性ならば誰でも母性愛を持っているのでしょうが、それは子どもをもってはじめて現れて、自己の本質としてつかむことができるのです。もともとあるのだとは思いますが、そのような人間関係の中に置かれなければ、あることを証明することはできません。 
シュリーマンは、子どものときの夢に自己の存在を確信したのでしょう。夢を実現できるだろうか、無理だろうか、ではなく、すでに彼の中では夢は現実だったのでしょう。実際に遺跡を発見しなければ、存在を証明することはできませんが、彼の中では遺跡は存在していたのです。それほどに子どものときの体験は強烈なものだったに違いありません。 
人間がもともと悟っている、本来仏なのだというのは、人間の「行為」にあるのです。道元禅師は「修行」という行為に人間の本質を見たのだと思います。「弁道話」の中で、「この法は、人々の分上にゆたかにそなはれりといへども、いまだ修せざるにはあらわれず、証せざるにはうることなし」と人間の本質として「この法」すなわち「仏」(「仏性(ぶっしょう)」)を示しておられます。「修」「証」という行為をとおして、はじめて人間は仏であることに気づき、悟りの中にいることを知るのです。 
 
受想行識。亦復如是。 
受想行識もまたまたかくのごとし。 
以前説明しましたが、「色」は肉体、「受想行識」は精神作用のことです。精神作用も肉体と同様のあり方で空であり、したがって私という全体も空ということになります。
舎利子。是諸法空相。不生不滅。不垢不浄。不増不減。 
舎利子よ、この諸法は空相にして、生ぜず、滅せず、垢つかず、浄からず、増さず、減らず。 
 
「舎利子よ」と観自在菩薩があらためて舎利子に呼びかけていますから、ここから別の問題に入っていきます。 
「諸法」の「法」はサンスクリット語で「ダルマ」、パーリ語では「ダンマ」といいます。重要なことばで、多くの意味を持っています。「たもつ、ささえる」という意味の動詞語根から派生した名詞で、一般的には秩序・定め・法則・規範などの意味をあらわし、さらに道徳・正義、習慣・習性・性質、真実・最高の実在などをあらわします。仏教では、仏の悟った真理、教えなどの意味に使われることが多いのですが、ここでは仏教独特の用法で、あらゆる存在、ことがら、ものごと、現象、事象の意味で使われています。森羅万象という気のきいた言い方もあります。 
「相」は、一般的には「すがた」「かたち」の意味で使われます。しかし、占いでは、人相、手相は「人の運勢をあらわしていると思われる特徴」という意味で、「空相」の「相」はこれにあてはまると思います。「特徴」「特質」という意味で、サンスクリット原本からの翻訳では「特性」となっています。 
「すべての現象には空という特徴があって、不生不滅。不垢不浄。不増不減。」ということになります。 
 
禅問答で、「真実とは?」という問いに対して「春夏秋冬」と答えることがあります。「空」は真実のあり方の表現の一つですから、「空とは?」という問いでも同様です。それが「春夏秋冬」だというのです。 
いつからいつまで春で、いつからいつまでが夏で、いつからいつまでが秋で、いつからいつまでが冬なのでしょう。暦の上では、三月から五月が春で、六月から八月までが夏で、九月から十一月が秋で、十二月から二月が冬だと思います。ところが、最近夏が従来よりも暑い上に、暑い期間も長くなり、九月が秋などとはとうてい思えないことがあります。新潟では十一月の後半にもなるとしぐれる日が多くなり、十一月は冬なんでしょ、と子どもたちは主張したりします。どこからどこまでが夏だなんて、はっきりとはいえないようです。 
春はどこに行ってしまったのでしょう。なくなってしまったのでしょうか。春が滅すると夏が生まれてくるのでしょうか。毎年毎年、春が滅すると、翌年には新しい春が生まれるのでしょうか。それとも春が夏に変わるのでしょうか。そうではないと思います。春は春、夏は夏です。春のときは春っきり、夏は夏っきりです。春はその時精一杯春で、夏は精一杯夏なのです。滅したり、生じたりはしません。 
「春が来た」という童謡があります。「春が来た 春が来た どこに来た 山に来た 里に来た 野にも来た 」というのが一番の歌詞です。春が実体としてつかめるわけではないので、ただ「山に来た 里に来た 野にも来た」と歌うしかないのです。二番は「花がさく 花がさく どこにさく 山にさく 里にさく 野にもさく 」、三番は「鳥がなく 鳥がなく どこでなく 山でなく 里でなく 野でもなく」という歌詞です。春という実体はないので、春を花の咲くことと、鳥がなくことで表現しています。 
春だ夏だというのは、空という立場からは見ればもともと存在しないのです。生じない、滅しない、不生不滅なのです。 
 
アメリカがフセイン政権を倒し、フセイン元大統領の身柄も拘束されましたが、イラクにはなかなか真の平和がやってきません。アメリカの統治に反対する人々のアメリカ軍などに対する攻撃がやまず、アメリカの兵士や民間の外国人が犠牲になっています。イラクの一般市民も巻き添えになっているようです。アメリカにはアメリカの、それに反対するイスラム勢力にはイスラム勢力の正義があり、それぞれ自分たちの正義が絶対だと思い込んでいるのでしょう。 
「彼、われをののしり 彼、われをうちたり 彼、われをうちまかし 彼、われをうばえり」 
かくのごとく こころ 執する人々に うらみはついに 熄(や)むことなし 
「彼、われをののしり 彼、われをうちたり 彼、われをうちまかし 彼、われをうばえり」 
かくのごとく こころ 執せざる人々こそ ついにうらみの 止息(やすらい)を見ん 
(「法句経」三、四。友松圓諦訳「法句経」) 
やられたことに執着していてはうらみが消えることはない、執着しなければうらみは消え去る。正義も相対的なものです。極端なことをいえば、百人いれば百人の正義があるのです。「空」はものごとが絶対ではなく、相互依存関係にあることを示しています。自分の正義に執着してはなりません。永遠に平和は訪れないでしょう。 
浄(不垢)と不浄についても同様です。浄と不浄の概念はしばしば食のタブーと結びつきます。ヒンドゥー教徒は牛を神聖視し牛肉を食べません。イスラム教徒は豚をけがれたものとし、豚肉を食べません。このタブーがきっかけとなってイギリスの植民地支配に対してセポイの反乱が起きたことは有名です。 
セポイは、イギリス東インド会社のインド人傭兵のことです。反乱は、東インド会社が新たに採用した銃の使用方法が直接のきっかけとなりました。この銃は、弾丸を込めるときに弾薬を包んでいる紙をかみ切らねばなりませんでしたが、その紙には牛と豚の油脂が塗られていたのです。 
セポイはこの銃の受け取りと使用を拒否し投獄され反乱が起こります。一八五七年五月のことでした。反乱は北インド全域に波及しますが、翌一八五八年八月にはムガール皇帝がとらえられ、反乱鎮圧とともにムガール帝国が滅亡します。 
浄不浄の概念はこのように人間の行動に大きな影響を与えます。合理的な理由のあることもありますが、あくまでも人間が作り上げた概念です。寄生虫の研究で有名な藤田紘一郎博士は、「ほんとうにサナダ虫は美しい。かわいいとさえ思う。僕はサナダ虫に恋してしまったようだ」と書いておられます。サナダ虫をきたない、気持ち悪いと思う人は多いでしょうが、美しいと思う人は多くないと思います。私たちの見方によって浄不浄の概念は180度違ってしまうのです。 
「空」という真実からは、浄(不垢)も不浄もないのです。 
 
人の評判を気にする人がいます。まったく気にならないというのも困りますが、気にしすぎると何にもできなくなってしまいます。 
ある人が立派なご住職だ、と誉めておられましたよなどと知人から聞かされることがあります。お尻がむず痒くなってきて、外もおちおち歩けない、と思うことがあります。誉められるような僧侶ではないことを私自身が一番よく知っているからです。翌日になるときれいさっぱり忘れてしまいますから、気にせず出かけ、ぶつぶついいながら自動車を運転しています。 
誉められようが、けなされようが、私自身には変わりがありません。誉められると貯金が増えて、けなされると減ってしまうのであれば、何か対策をたてなければなりません。そんなこともありませんので、悠々としていればよいのです。 
昭和の名僧沢木興道老師は「自分が自分を自分する」といわれました。私の師匠の口癖でもありました。自己の存在価値を自己に見いだして生きるということです。一切の社会的関係を取り外してしまうことです。高校の同窓会で、会場に遅れて入ってきた人が高校時代の恩師の姿を見つけて「あー、先生」といったら、全員が振り向いたそうです。つくづく人間は地位や名誉が好きなんですね。しかし、本来の自分の価値とは無関係です。地位がどうであれ、名誉がどうであれ、評判がどうであれ、真実の自己の価値が増すことも、減ることもありません。 
還暦になって命が減ったとお考えでしょうか。それはわかりません。なぜならば生命とは今、現実に生きているこの時しかないのですから、昨日まで使ってしまった生命はありませんし、明日から使えるはずの生命もありません。命が増すことも減ることもありません。 
お金を使ったから貯金が減ってしまった。通帳の残高は数字が小さくなっているでしょう。しかし、それは貨幣という尺度ではかった価値です。貯金を使って旅行に行ってきたのならば、旅行という尺度ではかった価値が同じだけ増えているはずです。旅行も終わってしまったから、その尺度ではかった価値も減ってしまった。その分、思い出が増えています。減った増えたというのは、ある尺度の上での話です。私という主体がある尺度で客体を評価・認識するとき、増えた減ったというのです。「空」は主客を超越した、あるいはまだ分かれていない真実の世界です。そこでは増えることも減ることもありません。
是故空中。無色無受想行識。無眼耳鼻。舌身意。無色声香味触法。無眼界乃至。無意識界。無無明亦無無明盡。乃至無老死。亦無老死盡。無苦集滅道。無智亦無得。以無所得故。 
この故に、空の中には、色もなく、受も想も行も職もなく、眼も耳も鼻も舌も身も意もなく、色も声も香も味も触も法もなし。眼界もなく、乃至、意識界もなし。無明もなく、また、無明の尽くることもなし。乃至、老も死もなく、また、老と死の尽くることもなし。苦も集も滅も道もなく、智もなく、また、得もなし。得る所なきを以ての故に。 
 
是故空中。 
この故に、空の中には。 
前段を受けて、空という立場においては様々の概念が「無」であることを述べていきます。諸法が不生不滅、不垢不浄、不増不減だから、空という立場では、すべてがないというのです。 
何がないのか。ないとされていることをまず見ていきましょう。 
 
無色無受想行識。無眼耳鼻舌身意。無色声香味触法。無眼界乃至。無意識界。 
色もなく、受も想も行も職もなく、眼も耳も鼻も舌も身も意もなく、色も声も香も味も触も法もなし。眼界もなく、乃至、意識界もなし。 
ここで「無」だとされているのは「色受想行識」「眼耳鼻舌身意」「色声香味触法」「眼界乃至意識界」という諸概念です。これらは、存在―仏教では「一切法」といいます―がどのようなあり方をしているかを分析し、整理分類したものです。 
これらの概念について簡単に説明いたします。 
「色受想行識」は前に説明しました。「色」は肉体、ここでは物質一般と考えます。「受想行識」は精神作用でした。「般若心経」本文にも出てくるように、「五蘊」という整理の仕方です。 
「眼耳鼻舌身意」は感覚器官あるいは能力のことです。「眼耳鼻舌身」は、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感覚器官および五感能力で、「意」は認識し思考する心のことです。器官を示す場合には、眼処、耳処、鼻処、舌処、身処、意処の「六内処」、能力をさすときには、眼根、耳根、鼻根、舌根、身根、意根の「六根」といいます。 
「色声香味触法」は「六内処」もしくは「六根」の対象である外界からの刺激のことです。「六境」、あるいは「六内処」に対して「六外処」といい、内外の六処を合わせて「十二処」といいます。 
「眼界乃至意識界」は、「十八界」という分類形式をさします。「十八界」は、「十二処」に眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識の「六識」を加えたものです。「六識」は、六境が六根によってそれぞれの認識にいたるときの認識作用あるいは認識主体のことです。たとえば、原始経典に「眼と色によって眼識が生ず」とか、「意と法とによって意識が生ず」とあるように、主観である心(六識)が、それぞれの器官(六根)を通して客観の対象(六境)をとらえるという仕組みを細かく考えたのが「十八界」です。 
認識論的な「十二処」と「十八界」は、現代人にとっては「五蘊」よりも理解しやすいと思います。 
このように三種類の分類基準によって、あらゆる物質・現象すなわち一切法が整理されます。仏教では、存在するのものは、それ自体の性質で分類するのではなく、認識主体の私たちがどのように知覚認識するかによって分類されます。したがって、私が認識しないものは存在しないということになります。 
 
無無明。亦無無明盡。乃至無老死。亦無老死盡。 
無明もなく、また、無明の尽くることもなし。乃至、老も死もなく、また、老と死の尽くることもなし。 
ここでないといわれているのは「十二縁起」(「十二支縁起」「十二因縁」)です。「十二縁起」というのは、「無明」からはじまって、最後に「老死」にいたるプロセスを合計十二の要素(支分)の系列としてあらわしたものです。私たちが苦しみにいたる過程を述べたものです。お釈迦様が悟られたのがこの「縁起の理法」です。十二縁起は、縁起の理法をあらわすもっとも発達した形のものと考えられています。 
意味を説明いたしましょう。 
まず、十二の支分をすべて並べてみます。 
無明→行→識→名→六処→触→受→愛→取→有→生→老死(愁・悲・苦・憂・悩) 
「無明に縁りて行あり、行に縁りて識あり、…」と続けていって、最後に「生に縁りて老と死あり」あるいは「生に縁りて老と死、愁・悲・苦・憂・悩があり」と説かれます。これを順観といいます。十二縁起を、無明を原因として老死という結果にいたる過程として見ることです。またこの場合の縁起を「流転}(るてん)の縁起」と呼びます。 
老死を滅するにはどうすればよいのでしょう。老死は結果ですから、その根本原因である無明を滅すれば老死も滅するはずです。「無明が滅尽すれば、行は滅尽する。行が滅尽すれば………生が滅尽すれば老死が滅尽する」という具合です。このように、十二縁起を苦を滅する過程として見ることを逆観といい、「還滅(げんめつ)の縁起」と呼びます。 
お釈迦様は縁起を順逆に観じてお悟りを開かれたのです。ところが「般若心経」では、十二縁起はない、流転の縁起も還滅(げんめつ)の縁起もないというのです。 
それぞれの支分の意味を見てみましょう。 
「無明」は、「明」がないと書きます。「明」というのは智慧のことですから、無明は「無知」ともいっています。これでは言い換えただけですから、依然として何のことやらわかりません。無知は、仏教の教えを知らないことと解釈される場合があります。「縁起」「無常」「無我」「四諦八正道」などの基本的な教えを知らないことです。 
「無明」とはそんなさらりとしたものでしょうか。知ればなくなる、そんな簡単なものでしょうか。そんなにたやすいものならば誰も苦労して修行などしないような気がします。 
「正法眼蔵」に「華厳経」から引用された一節があります。 
我昔所造諸悪業、皆由無始貪瞋癡、従身口意之所生、一切我今皆懺悔 
「私が昔からおこなってきたさまざまの悪い行為は、いつからあるかわからない貪(むさぼ)りと瞋(いか)りとおろかさをもとに、身と口と意(こころ)によって生み出したものだ。私はそのすべてを今懺悔(さんげ)いたします」というような意味です。この「無始(の)貪瞋癡(とんじんち)」が「無明(むみょう)」です。「無始」つまり始まりがないというのですから、私という存在に根本的に付随しているのが無明です。というよりも、無明に私がくっついているといった方が事実に近いかもしれません。私という存在は無明なのです。光のない真っ暗な何かが自分の中にあって、突き動かされているようなそんな気がすることがあります。すべての欲望・煩悩の原動力がこの無明です。「無明の闇に沈む。根本的無明。人間はすべて無明なる存在である」と仏教学の泰斗木村泰賢(たいけん)博士はいわれました。 
無明によって生じるのが「行」です。五蘊のひとつ「行蘊」という形でも出てきました。そこでは「意志作用」としておきました。意志というのは、行為をしようという心の働きで、行為の原動力となるものです。現象の潜在的なエネルギーのようなものです。ここでは「行為形成力」としておきます。まだ具体的な形はとっていないが、何かドロドロして私を突き動かそうとする混沌としたものというイメージです。 
行によって「識」が生じます。「識→名→六処→触」は、私たちの認識の形、様式を示しています。「識」という認識のはたらきがあって、それが「名」(いろとかたち、認識対象)に対して、「六処」(感覚器官・能力)をとおして、「触」、すなわち接触する、という認識のパターンをあらわします。 
次に生じるのが「受」で、これは好きとか嫌いとか、きれいとかきたないとかという「感受」作用です。これによって「愛」が生じます。 
現代で「愛」というと愛情のことですが、ここでは「渇愛」の意味です。「渇」はたとえば、のどの渇きというように、どうしようもなく無性に欲しい状態のことで、「渇愛」は「根原的欲望」を示します。 
根原的欲望が具体的な対象を得て、それを「取」、すなわち取捨選択し「執着」するということになります。欲望が具体的な形をとって現れてくるわけです。これが私たちが普通に考えている欲望に相当します。 
あれが欲しい、これが欲しい、これはいらない、あれもいらない、こうしたい、ああもしたい、こうなりたい、ああはなりたくない、具体的に上げればきりがありません。特に現代人は欲張りなようです。もちろん、私たちは毎日取捨選択し生きています。有限な資源をいかに使うか、適切な取捨選択は私たちの人生を豊かにします。 
その一方で、無理なあるいはすぎた望みをいだくのも人間です。たとえば、いつまでも若くいたいという望みをかなえることはできません。ところが、人間はあがくのです。現実と望みのギャップに絶望します。自分の勤勉努力によって実現できることは可能な限り、力の続く限り精進するのがお釈迦様の教えです。最大限の努力精進を惜しんではなりません。しかし、できなかったものは仕方がない。過去を振り返っても仕方がないのですが、後悔するのも人の常です。いや、後悔するのはむしろ精進努力が足りなかった場合かもしれません。もっと悪いのは、努力もせず望むことです。楽してお金もうけがしたいなどというのは論外です。 
ばたばたと騒いで泣いたり笑ったり、怒ったり、まこと人間は忙しいものです。挙げ句の果てにがっくりと肩を落として、自分がこの世で一番不幸だ、などと勝手に悩んだりするのです。 
これが「有」つまり「迷いの存在」に「生」―生まれる―ということです。この世に生まれるというのではなく、「迷いの存在」「輪廻の存在」に生まれるということです。 
最後の「老死(愁・悲・苦・憂・悩)」は苦しみのことです。人間の苦しみにはさまざまありますが、「老死」あるいは「老、死、愁、悲、苦、憂、悩」で代表させているのです。 
このように、私は毎日毎日、その時その時、迷いの存在として生まれ苦しんでいるというのが「十二縁起」の意味するところです。そして、苦を滅するには無明を滅し、以下の支分を滅していけばよいのです。ところが、「般若心経」は十二縁起に示されるような苦もないし、苦の滅することもないというのです。 
 
無苦集滅道。無智亦無得。以無所得故。 
苦も集も滅も道もなく、また、得もなし。得る所なきを以ての故に。 
まず、「苦集滅道」が「無い」とあります。「苦集滅道」というのは、「四諦(したい)」「四聖諦(ししょうたい)」あるいは「四諦八正道(したいはつしょうどう)」のことです。四聖諦は、お釈迦様が鹿野園(ろくやおん)において五人の修行者たちにはじめて教えを説いたとき(初転法輪(しょてんぽうりん))の内容といわれています。この「諦」は、現代では「あきらめる。断念する」の意味に使っていますが、もともとの意味は「あきらか。あきらかにする」ということで、ここでは「真実。真理」の意味です。四つの浄らかな真理というのが、四聖諦の意味になります。 
•苦諦…一切皆苦、人生は苦であるという真理 
•集諦…苦集諦、苦の原因は自我欲望であるという真理 
•滅諦…苦滅諦、苦の原因を滅すれば苦がなくなるという真理 
•道諦…苦滅道諦、苦を滅する道。内容は八正道 
人生は本質的に苦であり、苦の原因は自我欲望である。自我欲望を滅すれば苦がなくなるが、自我欲望を滅するためには実践修行が必要で、その内容は八正道である、ということになります。八つの項目は次のとおりです。 
1.正見…正しい見解、人生観 
2.正思惟…正しい思考 
3.正語…正しい言語的行為 
4.正業(しようごう)…正しい身体的行為 
5.正命…正しい生活 
6.正精進…正しい努力 
7.正念…正しい意識、注意 
8.正定…正しい精神統一 
八正道は「八支聖道」ともいわれ、本来は悟りにいたるための修行者の実践修行の基準のひとつですが、一般社会の日常生活にも適用できるものと思います。 
「正見」は真実にもとづいて生き方を見るということです。具体的には、仏教の根本の教えである無常、無我、縁起、空などを人生の基準として受け入れ、それにもとづいたものの見方をすることです。 
「正思惟」は考えること、「正語」は話すこと、「正業」は行動を、正見にもとづいて、日常生活において最善のやり方で行うことです。 
正思惟、正語、正業を実践し続けている生活が、正しい生活で「正命」ということになると思いますが、それには規則正しい生活が必要です。 
規則正しい生活を送っていくためには、断固とした、ねばり強い、あきらめない気持ちが不可欠で、それは正しい努力、「正精進」によってしか実現されません。 
「念」は、つねに心にとどめて注意しているという意味ですから、八正道にもとづいた実践が行われているか、ということをつねに頭におき、注意していることが「正念」ということになります。 
「正定」は具体的には、「禅定」つまり坐禅を実践することです。心を落ち着かせ、静止することによって、自己および自己を取り巻く環境をしっかりと見つめることという理解でよいと思います。「正定」によって自分が八正道を正しく行っているかの評価ができます。 
このように、八正道のそれぞれの項目は独立したものではなく、たがいに関連しています。また、正しさも絶対的なものはなく、その人の能力や立場、年齢などの条件によって異なる場合がある相対的なものです。はずしてはいけない原則はありますが、具体的な八正道の解釈は個人個人の裁量に委ねられることになります。 
例として、「私の」八正道を示してみますと次のようになります。 
1.よく本を読み、よく人の話を聞いて、信念にもとづいた人生哲学をもつ…正見 
2.よく考え、極端な考え方は避ける…正思惟 
3.不必要なおしゃべりをせず、自慢したり、他人をけなしたりしない…正語 
4.きちんとした服装や頭髪を心がけ、時と場合に応じた立ち居振る舞いをする…正業 
5.早寝早起き、規則正しい食事の時間、腹八分目、適度な飲酒を心がける…正命 
6.半年、五年、一生かけて達成する目標を設定し、ねばり強くあきらめずに努力する…正精進 
7.いつも注意してまわりにも気を配る…正念 
8.最低でも毎日十分間、週に一時間は静かに自らを振り返り反省する…正定 
「般若心経」では、お釈迦様の教えの根幹ともいえる四諦八正道もないというのです。 
 
無智亦無得。以無所得故。 
智もなく、また、得もなし。得る所なきを以ての故に。 
「智」とは、仏教の教えを学習し知識として理解することであり、「得」とは身をもって教えを実践し体得することです。修行とは、この「智」と「得」を車の両輪として道を進んでいくことと考えてよいと思います。学び、実践し、実践してまた学び、という不断の努力精進が修行であり、悟りの境地なのです。 
「般若心経」は、それさえも「無い」と否定しています。それは、すべてが「空」であるがゆえに「無所得」「得る所が無い」からです。固定しているものならば、一度手に入れてしまえばいつまでも所有することができます。しかし、「空」なる存在は、いつも変化し続けて、生じたり滅したりしているのですから、手に入れるということもできないのです。  
菩提薩埵 。依般若波羅蜜多故。心無罣礙。無罣礙故。無有恐怖。遠離顚倒夢想。究竟涅槃。三世諸仏。依般若波羅蜜多故。得阿耨多羅三藐三菩提。 
菩提薩埵は、般若波羅蜜多に依るが故に。心に罣礙なし。罣礙なきが故に、恐怖あることなく、顚倒夢想を遠離して涅槃を究竟す。三世諸仏も般若波羅蜜多に依るが故に、阿耨多羅三藐三菩提を得たまえり。  
 
あらゆるものは「空」であり、本質的には「無」なるものだ、と説いてきました。ここからは、「空」の実践について述べられます。「空」なる生き方について述べられます。 
「菩提薩埵」については、前に述べました。「菩薩」の正式の言い方です。ここでは悟りを求める心を起こした者すべてというよりも、観自在菩薩をはじめとする地蔵菩薩や文殊菩薩、普賢菩薩、弥勒菩薩などの偉大な菩薩を考えた方がよいと思います。もちろん、こういった理念形の菩薩だけではなく、実際に悟りを求めて果敢に精進している無名の菩薩を思い描いても間違いではありません。 
「罣礙(けいげ)」は「ひっかかり、さまたげ、さわり、障害」、「顚倒(てんどう)」は「さかさまにひっくり返った誤った考え」の意味です。「涅槃(ねはん)」は、俗語ニッバーンの音写語で、サンスクリットではニルバーナ、パーリ語ではニッバーナといいます。「迷いの火を吹き消した状態」の意味で、「涅槃寂静」と言い方で、「涅槃の境地は安らぎである」ことを意味します。「悟りの境地」と理解しておきましょう。 
したがって、「菩提薩埵は、般若波羅蜜多に依るが故に。心に罣礙なし。罣礙なきが故に、恐怖あることなく、顚倒夢想を遠離して涅槃を究竟す」は次のような意味になります。 
「菩薩たちは、般若波羅蜜多にもとづいているから、心には何のわだかまりもない。わだかまりがないから、恐怖心もないし、ひっくり返った誤った考えや夢のようなとりとめのない考えを遠く離れていて、悟りの境地を徹底している」 
この部分を読んで、「観自在菩薩、深般若波羅蜜多を行しし時、五蘊皆空なりと照見して、一切の苦厄を度したまえり」という冒頭の文句を思い出す方もおられるでしょう。ここでは、主語が観自在菩薩という特定の菩薩ではなく、菩薩一般に広げられていて、「深般若波羅蜜多」の「深」が落ちて、単なる「般若波羅蜜多」となっていますが、意味するところはほとんど同じです。 
「深般若波羅蜜多」は、菩薩の修行徳目である「六波羅蜜」全体をさすことを指摘しました。ここでは「深」がない「般若波羅蜜」になっていますから、六波羅蜜の「智慧波羅蜜」をさしていると考えるべきです。すべてが「空」であると理解することが「智慧波羅蜜」です。注意したいのは、前にも述べましたが、ここでいう「理解」というのは、単なる知識ではなく、それを知ったことによって生き方が変わる、生き方に何らかの影響を与えるような理解です。人格が変わるといってもいいかもしれません。すべてが「空」だと知り、知ることによって「空」なる生き方をせざるを得なくなったというのが、「智慧波羅蜜」すなわち「般若波羅蜜」です。 
ところで、六波羅蜜は以下のようになります。 
1.布施波羅蜜…喜びの気持ちで他に施す。 
2.持戒波羅蜜…戒を守る。たとえば、在家の「五戒」(不殺生戒、不偸盗戒、不妄語戒、不邪淫戒、不飲酒戒)を生き方の基準にして自らに課す。 
3.忍辱波羅蜜…堪え忍ぶ。 
4.精進波羅蜜…一所懸命に努力することを持続する。 
5.禅定波羅蜜…心を静かに落ち着け、自己を見つめる。 
6.智慧波羅蜜…すべては「空」であると理解する。 
1から5までは「智慧」の実践と考えられます。1から5までの実践をつうじて、知識が「智慧」に高まるともいえます。しかし、「智慧」の裏付けがないと、1から5まではそのとき限りの実践で終わってしまい、良い習慣、さらに良い人格には結びつきません。つまり、1から5までの五波羅蜜と智慧波羅蜜は、入力と出力になっていて互いに循環しながら、人格を高め、「涅槃を究竟(くきょう)」していくのです。 
また、「八千頌般若経」に「智恵の完成を習っているときには、六種のすべての完成を習っているのである」(梶山雄一訳「大乗仏典2八千頌般若経1」)とあることと考えあわせても、「智慧波羅蜜」すなわち単なる「般若波羅蜜多」と「深般若波羅蜜多」は実質は等しいと考えてよいでしょう。 
「心に何のわだかまりもない」というのは、「ことばの虚構性」から自由になっているからです。「金持ちは幸福だ」「若さは望ましい」「健康なことは幸福だ」とか、逆に「貧乏は不幸だ」「老いることは好ましくない」「病気になることは不幸だ」などと考えています。しかし実際には、金持ちであっても不幸な人、若さゆえの悩み、健康なゆえの苦しみ、幸福な貧乏人、老いてますます充実している人、病気だが幸福な人がいくらでもいるのです。「ことばの虚構性」を脱していて、思いこみや偏見から自由になっているからです。 
思いこみや偏見から自由ならば、貧乏になることも年老いることも病気になることも恐怖ではなくなります。ものごとのすがたを正しく理解し、悟りの境地をさらに深めて徹底していくことになります。 
 
「三世諸仏も般若波羅蜜多に依るが故に、阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)を得たまえり」は、主語が「三世諸仏」となっているだけで、前の文章と意味はほとんど同じです。前の文章では、「菩薩」が般若波羅蜜多によって涅槃を得る、というのですが、ここでは「三世諸仏」が悟りを得るというのです。 
「阿耨多羅三藐三菩提」は、サンスクリット語の「アヌッタラ サムヤック サンボーディ」を音写したものです。「無上正等覚」と漢訳しています。「この上なく正しい完全な悟り」という意味です。 
「三世の諸仏」というのは過去・現在・未来の諸の仏のことです。仏教の歴史において仏といえば最初は「釈迦牟尼仏」ただ一仏でしたが、時代が下がるにつれて、多くの仏が説かれるようになります。 
私たちが住んでいる世界以外の世界にも仏がいても不思議はないということで、四方八方に上下を加えた十方の世界にも仏がいると信じられるようになります。もっとも有名なのは、西方極楽浄土の教主阿弥陀仏でしょう。阿閦(あしゅく)如来、薬師如来なども有名です。 
自分が悟った八正道は過去の仏たちがたどった古道・古径である、とお釈迦様が示しておられます。(「相応部経典」一二―六五)お釈迦様以前にも仏はおられたし、未来にも出られるはずだという信仰が自然に生まれてきます。  
このように「三世十方の仏」が説かれるようになります。 
菩薩だけでなく、三世の諸仏も般若波羅蜜多によって悟りを得ると述べることで、般若波羅蜜多の普遍性を強調したものと思います。  
故知般若波羅蜜多。是大神咒。是大明咒。是無上咒。是無等等咒。能除一切苦。真実不虚故。説般若波羅蜜多咒。 
故に知るべし、般若波羅蜜多はこれ大神咒なり。これ大明咒なり。これ無上咒なり。これ無等等咒なり。よく一切の苦を除き、真実にして虚ならざるが故に。般若波羅蜜多の咒を説く。  
 
「咒」は「呪」とも書き、サンスクリット語では「マントラ」といいます。「真言」と訳し、「真実のことば」のことです。「呪文」「おまじないのことば」というと、何かうさんくさい感じがしますが、インドでは「マントラ」ということばは仏教以前から使われていました。世界最古の宗教書といわれる「リグ・ヴェーダ」をはじめとする四つのヴェーダ聖典では、宗教的儀式に使われる「神歌」をマントラと呼びます。マントラの神秘力と一定の行作の効果によって必ず願いが達成されると信じられました。マントラ、すなわち「ことば」は神々をも支配する力をもつと考えられたのです。 
日本語にも「言霊」ということばがあり、国語辞典を引いてみると「言葉にあると信じられた呪力」(「大辞林第二版」三省堂)と出ています。これは万葉の昔から日本人がいだいてきた一種の信仰といっていいと思いますが、現代でもことばにするとそれが実現するという考えをもっている人もおられるようです。 
インド仏教の最終形態である密教では、特に仏・菩薩の力やはたらきを示す秘密のことばとして重要視します。同じような意味のことばに「陀羅尼」があります。サンスクリット語の「ダーラニー」の音写語で、「心にとどめて忘れないこと」という意味です。真言よりも長い句をいうことが多いようですが、教えの真髄で神秘的な力を有すると考えられています。「総持」とも訳されています。 
マントラとダーラニーは真実そのものであり、意味を訳さずににそのまま口で唱えれば真実と合一できると考えられたのです。 
「大神咒」は、サンスクリット本では「神」に当たることばはなく、「大いなる真言」となっています。玄奘は、「咒」には超人的な神のような力があると考えて、「大いなる」という意味を強調して「神」という語を入れたのでしょう。 
「大明咒」の「明咒」あるいは「明」は、サンスクリット語の「ヴィドヤー」のことです。玄奘訳に先立つ鳩摩羅什(くまらじゅう)の翻訳は、「大明咒」をとって「摩訶般若波羅蜜大明呪経」としています。十二縁起の出発点、欲望・煩悩の原動力となる「無明」はこの「明」の反対概念です。 
知識、学問の意味で、ヴェーダ聖典や悟りの智慧・悟りを意味する場合もあります。また、仏典では、特に神通力やさらに真言を意味します。つまり、「明」は知識や悟りの智慧を意味すると同時に超越的・神秘的な呪力をあらわします。 
「無上咒」は、文字どおり「無上の真言」「この上ない真言」という意味です。 
「無等等咒」は、「等しい真言に等しくない」というのですから、「般若波羅蜜多」に等しい真言に等しいものはないということで、「無比の真言」という意味です。 
「虚」は、「なかみがない」「実がない」というような意味ですから、「不虚」「虚ならざる」というのは、絵空事や戯れ言ではなく、現実に影響を与える実質的な力がある、という意味になると思います。 
すべての苦しみを取り除き、真実であり、実際の力があるがゆえに、般若波羅蜜は、超越的な大いなる真実のことばであり、大いなる智慧の真実の神秘的なことばであり、この上ない真実のことばであり、比べるもののない真実のことばだ、ということになります。   
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アングリマーラと真言 / 「般若波羅蜜多の咒を説く」として、以下に具体的な真言が説かれます。「大神咒」「大明咒」「無上咒」「無等等咒」は、「般若波羅蜜多」をさすと同時に以下の具体的な真言を示すことになります。 
ところがサンスクリット本では、上のように称讃された真言は「智慧の完成において説かれた」となっています。般若波羅蜜多において説かれたというのです。般若波羅蜜多が真言なのではなく般若波羅蜜多を行じているとき、「空」という真実を理解し、「空」にしたがって、「空」を実践する生活の中で唱える真言と理解すべきなのではないかと思います。 
悟りに向かって修行する、つとめ精進するなかで理解し、納得し、うなずき、実践し、また理解・納得・うなずきがあり、再び実践し、また再度…、という不断の繰り返しのなかで、口に唱え、心にとどめて願いとしてたもつのが以下に説かれる真言なのです。 
アングリマーラというお釈迦様の弟子がおりました。彼はもと「指鬘外道(しまんげどう)」と呼ばれた大悪人でした。人を殺してはその指を首飾りにしていたのです。お釈迦様に諭され弟子になりました。 
このアングリマーラが道端で難産に苦しんでいる貧しい女性に出会います。どうすることもできず、あわてて帰ってきてお釈迦様に報告します。すると「私は今まで人を殺したことがない。この真実によってお産が無事にすむように、とその女性にいいなさい」といわれます。とんでもないとアグリマーラは驚きますが、戒を受け出家し、修行者として生まれ変わってから殺人を犯していないのだからこれは真実だ、とお釈迦様にいわれ、そのとおりにすると無事出産した、という話があります。 
もちろんアングリマーラのことばに医療行為のような効果があるわけではありません。しかし、アングリマーラの真剣な切なる願い、祈りが通じたのでしょう。小さい子どもがころんで膝を打ったときに、母親が膝に手を当てて「痛いの痛いのとんでけー」とやると痛くなくなるということがあります。母親の愛情のこもったことばが子どもの心にとどき、痛さがやわらぐのでしょう。 
真実のことばにはたしかに力があります。おまじないをしてもらうと、お金がもうかるとか、健康でいられるとかいう、いわゆる現世利益とは違う力がここにはあります。真言や陀羅尼は悟りというレヴェルまで引き上げられた、願い、祈り、誓願のことばです。 
「般若波羅蜜多」や「掲帝 掲帝…」は、単なるおまじないでもなく、現世利益を願う呪術でもなく、悟りに向かって生活していくなかでの祈り・誓願ととらえるべきだと思います。  
即説咒曰 掲帝 掲帝 波羅掲帝 波羅僧掲帝 菩提僧莎訶  
いよいよ最後の真言です。 
真言や陀羅尼はそれそのままが真実であり、そのまま口ずさむものです。口ずさむことによって、真言の力が発揮され真実に合一できるというものです。ことば自体に力があるので、意味を訳さずそのまま読まなくてはなりません。 
「掲帝 掲帝 波羅掲帝 波羅僧掲帝 菩提僧莎訶」は音写語です。「ぎゃーてー ぎゃーてー はーらーぎゃーてー はらそーぎゃーてー ぼーぢーそわかー」と発音しています。サンスクリット本では、" gate gate paragate para-samgate bodhi svaha " となります。音写すれば、「ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディスヴァーハー」となります。 
中村元博士は、この真言は文法的に正規のサンスクリットではないため、決定的な翻訳は困難であり、参考のために、と次の訳例を紹介しています。 
往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、彼岸に全く往ける者よ、幸あれ。 
中村先生の訳を読みますと、直接な関係はないのですが、次のお釈迦様のことばを連想します。 
一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ。(「スッタニパータ」一四五。中村元訳「ブッダのことば」) 
すべての生きものが幸福であるようにという祈りのことばです。私には、このお釈迦様のことばと「般若心経」の真言とが同じことのように感じられます。「すべての生きとし生けるものが、「空」を体得し般若波羅蜜多によって、悟りの彼岸に到達できますように」という祈り、願いが真言の意義だと思います。 
しかし、訳例を示しておきながら矛盾するようですが、それでもやはり意味はわからない方がいいのではないかと思います。意味がわかってしまうと、その意味に束縛され「ことばの虚構性」にとらわれてしまいます。幸いというべきか、真言は上述したように意味を確定できないので、そのままを心にとどめ、ただ唱えていただくのが真言にふさわしいのではないかと思います。 
四国八十八か所の霊場をまわるお遍路さんは、この真言を唱えながら歩くといいます。道中の安全や巡礼をできることへの感謝などさまざまの願いが込められているのでしょう。私たちもまた人生という巡礼の旅を歩んでいます。「般若心経」を人生の「経」、すなわち「たて糸」にして前向きに歩き続けていくことこそが、「般若心経」を讃え、「悟り」を祝福することになるのではないでしょうか。   
 
般若心経5

 

仏説摩訶般若波羅蜜多心經  
観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五蘊皆空。度一切苦厄。 
観自在菩薩は、深く智慧を得る行の中で、この世に存在するものは実体のない五つの要素よりなると悟り、苦を離れる智恵を得た。 
舎利子。色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。受想行識亦復如是。舎利子。是諸法空相。不生不滅。不垢不浄 不増不減。 
シャーリプトラよ  (お釈迦様の弟子の名前 ) 、 
「この世の中で常に移り変わる現象には実体がない、空なのだ。それがこの我々が生きる世界の本質なのだ。私たちの目に映る(物質の)世界で、感じたことも、想ったことも、行ったことや、知識も、すべて実体はない。」シャーリプトラよ。「この世に存在するかに映る実体のないものは、生じることも、滅することもない。汚れもせず、汚れを離れることもなく、増えも、減りもしない。」  
是故空中。無色。無受想行識。無眼耳鼻舌身意。無色聲香味觸法。無限界。乃至無意識界。無無明。亦無無明盡。 
ゆえにシャーリプトラよ、 「この空を良く知る者は、物質的な現象に煩うことはない。 感じることにも、心に浮かぶ象にも、意志にも、知識にも煩わされない。眼や、耳や、鼻や、舌や、身体や、心にも。ものの姿や、声や、匂いや、味わいや、触りごこちや、心地良さや不快にも執着しない。眼に写る世界から意識の領域にいたるまで何にも迷わされることはない。   (したがって、さとりもなければ)迷いもなく、(さとりがなくなる こともなければ、)迷いがなくなることもない。  
乃至無老死。亦無老死盡。無苦集滅道。無智亦無得。以無所得故。菩提薩タ。依般若波羅蜜多故。心無ケイ礙。無ケイ礙故。無有恐怖。遠離一切顛倒夢想。究竟涅槃。 
老いや死にすら実体はない、老いと死がなくなることにも煩わない。苦しみも、苦しみの原因も、苦しみを滅することも、苦しみを抑える道にも実体はないのであり、煩うことはないのだから。 知ることや、得ることにも、煩ってはならない。持つことに実体はないからである。 この菩薩は、般若波羅蜜多によって心を安んじているので、物質の世界の中での得失に苦悩しない。自分と他者を区別することもない状態に住している。その状態に住しているから、何に対する恐れもなく、すべての顛倒した心を遠く離れて、永遠の安らぎの状態に入っている。   
三世諸佛。依般若波羅蜜多故。得阿耨多羅三藐三菩提。故知若波羅蜜多。是大神咒。是大明咒。是無上咒。是無等等咒。能除一切苦。真實不虚故。説若波羅蜜多咒。 
過去・現在・未来の三世のなかでこの真理に目ざめた人々は、すべて、永遠の安らぎの状態を与える般若波羅蜜多により、この上ない正しい知恵を得られたのだ。 それゆえ人は皆知るべきである。この仏の智慧の大いなる真言、大いなるさとりの真言、無上の真言、無比の真言は、すべての苦しみを取り除くのだと。その真言はこのような般若波羅蜜多の呪文なのだ。 
即説咒日 掲帝 掲帝 般羅掲帝 般羅僧掲帝 菩提僧莎訶掲帝 掲帝 般羅掲帝 般羅僧掲帝 菩提僧莎訶 般若心経 
その真言は次のように説かれるのだ。 ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スヴァーハー(往ける者よ、往ける者よ、悟りの岸へ全く往ける者よ、あなたがたのさとりと安らぎの、成就されんことを。) 智慧の教えの経。 
 
般若心経6

 

摩訶般若波羅蜜多心経 
まかはんにゃはらみったしんぎょう 
○観自在菩薩。 行深般若波羅蜜多時 
かんじーざいぼーさつ  ぎょうじんはんにゃーはーらーみーたーじー 
照見○五蘊皆空。 度一切苦厄。 舎利子 
しょうけんごーおんかいくう どーいっさいくーやく しゃーりーしー 
色不異空。 空不異色。 色即是空。 空即是色 
しきふーいーくー くーふーいーしき しきそくぜーくう くうそくぜーしき 
受想行識。 亦復如是。 舎利子。 是諸法空相 
じゅーそうぎょうしき やくぶーにょーぜー しゃーりーしー ぜーしょーほうくうそう 
不生不滅。 不垢不浄。 不増不減。 是故空中 
ふーしょうふーめつ ふーくーふーじょう ふーぞーふーげん ぜーこーくうちゅう 
無色無受想行識。 無眼耳鼻舌身意 
むーしきむーじゅーそうぎょうしき むーげんにーびーぜつしんいー 
無色声香味触法。 無眼界乃至無意識界 
むーしきしょうこうみーそくほう むーげんかいないしーむーいーしきかい 
無無明亦無無明尽。 乃至無老死。 亦無老死尽 
むーむーみょうやくむーむーみょうじん ないしーむーろーしー やくむーろーしーじん 
無苦集滅道。 無智亦無得。 以無所得故 
むーくーしゅうめつどう むーちーやくむーとく いーむーしょーとくこー 
菩提薩埵。 依般若波羅蜜多故。○心無罣礙 
ぼーだいさつたー えーはんにゃーはーらーみーたーこー しんむーけいげー 
無罣礙故。 無有恐怖。 遠離一切顛倒夢想 
むーけいげーこー むーうーくーふー おんりーいっさいてんとうむーそう 
究竟涅槃。 三世諸仏。 依般若波羅蜜多故 
くーぎょーねーはん さんぜーしょーぶつ えーはんにゃーはーらーみーたーこー 
○得阿耨多羅三藐三菩提。 故知般若波羅蜜多 
とくあーのくたーらーさんみゃくさんぼーだい こーちーはんにゃーはーらーみーたー 
是大~呪。 是大明呪。 是無上呪 是無等等呪 
ぜーだいじんしゅー ぜーだいみょうしゅー ぜーむーじょうしゅー ぜーむーとうどうしゅー 
能除一切苦。 真実不虚。 故説般若波羅蜜多呪 
のうじょーいっさいくー しんじつふーこー こーせつはんにゃーはーらーみーたーしゅー 
即説呪曰。 羯諦。羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦 
そくせつしゅーわつ ぎゃーてー ぎゃーてー はーらーぎゃーてー はらそーぎゃーてー 
菩提薩婆訶 般若心経 
ぼーじーそわかー はんにゃしんぎょう
「観音さまは深い智慧に至る修業をし、この世界をなす五つの要素に実体はないと知り、苦を離れ、悟りを得られたのだ」 
舎利子よ 
「姿あるものは常に移り変わる。移り変わり、姿を変えるのが我々が生きる世界の本当のあり方だから、目に映り、感じ、想い、行い、知り得たと思うことに、実体はない」 
舎利子よ(お釈迦様の弟子の名前) 
「仏の目で見ればこの世は移り変わっているだけなのだ。生じているのではない、滅してもいない、汚れもせず、汚れを離れることもなく、増えも、減りもしない」 
舎利子よ 
「移り変わる世界で、自分が目にし、心に思い、行い、知ったと思うことも実は存在しない。 
眼や、耳、鼻、舌、身体、心に映るもの、ものの姿、声、香り、味わい、触り心地、ここちよさも移ろうだけのものである。 
眼にうつり、意識されるものに実体は無く、迷い、悟り、老い、死、老いと死がなくなることも空そのものである。 
苦も、苦の原因も、苦の消滅も、苦を抑える道も・・そして知ること、得ることすら実は存在しない。移ろうものを捉えられないように。 
観音さまは、般若波羅蜜多によって心を安んじていて、自分と他者を区別することもない。その状態に安住しているから、何に対する恐れもない。 
顛倒した心を遠く離れて、永遠の安らぎに入っているのだ。過去・現在・未来の三世の中でこの真理に目覚める人々は、永遠の安らぎを与える”般若波羅蜜多”の智恵により、この上ない悟りの状態に入るのだ。 
その般若の智慧は大いなる真言である。大いなるさとりの真言、無上の真言、無比の真言であり、すべての苦しみを取り除く。般若波羅蜜多の呪文なのだ」 
真言は次のように説かれている 
ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スヴァーハー 
[ 仏の世界へ渡らん。渡らん。悟りの岸へ全く渡らん。無上の悟りにはいり、安らぎを成就させたまえ ] 
真言 
「真言」は日常の言葉とは異なっていることが望ましく、言葉の響きが重要とされる。このため、般若心経の「真言」も音訳されることが多い。 
「真言」は、それをただ唱えれば何かが叶えられるという魔法の言葉ではない。本来、「真言」は経典や仏の智慧を心の中に呼び起こすための言葉。 
意味や智慧を理解する努力無くしては意味のないものである。 
般若心経の「真言」は正規のサンスクリット語ではなく、意味ははっきり分らないが、「ガテー」は「行く」という言葉の過去受動分詞、女性単数の呼格と思われるので、般若心経のテーマである悟りをもたらす(彼岸に行く)女性名詞の「智慧」へ呼びかけているのだろう。 
つまり、般若心経の「真言」は「智慧よ悟りをもたらし給え」という内容であり、修行の目標そのものを意味しているのだ。 
そして、過去に、菩薩がこの「真言」を唱えた結果、実際に智慧を完成させて悟りを得て目標を達したのだから、この「真言」はその言葉の内容を実現する力がある真実のものであるということになる。 
よって、「般若波羅蜜多」の修行の真髄は「真言」であり、「般若波羅蜜多」は「真言」のように目標を実現する力があるというのが般若心経の主張なのだ。 
「智慧」はインドの言葉では女性名詞であり、「智慧」によって仏が生まれるということから、「大般若経」では「般若波羅蜜多は諸仏の母」と書かれ、後に密教時代になると、「般若仏母」と呼ばれる女性の仏であると考えられるようになる。 
般若心経にも「智慧」を女神のように考えていたという側面がすでにある程度あったと見受けられる。 
当時のインドはヘレニズム文化圏の東端にあり、ギリシャやイラン(ペルシャ)系の王朝が次々と支配し、その文化の影響を受けていた。 
仏像が生まれたのはギリシャ彫刻の影響であり、救いや光の性質を持ったたくさんの仏や菩薩が生まれたのはイランの神々の影響とされる。 
当時のヘレニズム文化圏では宗教を超えた霊的な「智慧の女神」に対する信仰が広がってたので、般若心経にもその影響があっても不思議はない。 
ギリシャの「智慧」、女神「ソフィア」の影響を受け、イランでは河の女神「アナーヒター」が智慧の女神となった。 
「アナーヒター」は観音菩薩の誕生にも影響を与えたと言われている。 
解説 
般若心経は、正しくは「般若波羅蜜多心(プラジュニャーパーラミターフリダヤ)経」と言う。 
インドのサンスクリット語の原典にはタイトルはなく、中国で結びの言葉に「経」を付加してタイトルにしたもの。 
「般若波羅蜜多」は「智慧の完成」「完全なる智慧」という意味。「プラジュニャーパーラミター」を「般若波羅蜜多」と音訳しているのは、これが固有名詞と考えるべき特別な智慧だからだ。 
大乗仏教では修めるべき六つの修行・徳目を「六波羅蜜多」と言うが、その中の最後の最も重要なものが「般若波羅蜜多」。「フリダヤ」は直訳すると「心臓」だが、「真髄」「真言」という意味で使われる。 
「真髄」という意味だと解釈する説と、「真言」という意味だと解釈する説があるが、どちらと考える必要はなく、経典の中に「般若波羅蜜多は大いなる真言である」と書いてあり、般若心経の主張は「般若波羅蜜多の真髄は真言である」ということだからだ。 
般若心経は、「般若波羅蜜多」の修行方法を説いており、文章の流れからして、明らかに真言を伝授することを核心としている。実際、鳩摩羅什をはじめ多くの人が「真言」と解釈して訳している。 
ちなみに「真言」という言葉で漢訳されていないのは、この時代には「マントラ」を「真言」と訳すことがまだ定まっていなかったからである。 
般若心経は、全600巻という膨大な量の「大般若経」から、いくつかの文章を抜き出して独自の解釈でまとめたもの。だが、般若心経は観自在菩薩が「般若波羅蜜多」の真言を説くという点で特殊。 
日本で一般的に知られている般若心経は、西遊記の三蔵法師のモデルである玄奘三蔵が翻訳したものであるといわれているが、鳩摩羅什の翻訳とほとんど同じであり確かではない。 
玄奘が訳した般若心経は「小本」と呼ばれる版だが、これよりやや長い完全版の「大本」という版もある。「小本」には観自在菩薩の説法だけが抜き出されているが、「大本」には経典の物語の基本設定に当たる部分が書かれている。 
この部分がないと、釈迦も登場せず「仏説」としての根拠がないので経典として成立しない。般若心経は修行法について説いている。 
当時の多くのインドの宗教・思想では、禁欲、苦行、無念無想の瞑想を行って欲望や執着を制御することで解脱ができると考えていたのだが、釈迦は、あるがままを観察する瞑想(観=ヴィパッサナー瞑想)で得られる智慧によって、欲望や執着の原因を理解してそれをなくすことで解脱ができると考えた。 
仏教では何かに集中し、一体化して心を静める瞑想を「止(サマタ)」、何かを観察し分析する瞑想を「観(ヴィパッサナー)」と呼ぶ。「六波羅蜜多」の5番目の「禅波羅蜜多」が「止」に、6番目の「般若波羅蜜多」が「観」に相当する。 
般若心経は、観自在菩薩が智慧第一の長老シャーリプトラに説法するという設定になっている。 
観自在菩薩はその名前が示している通り、「観」の瞑想に秀でていると考えられる大乗仏教の菩薩で、一方シャーリプトラは小乗仏教の智慧を象徴する人物。 
「観」の瞑想では、どのように集中するかということと、どうような教説に即して観察・分析し智慧を得るかということが問題になる。 
 
般若心経7(新解釈)

 

真言を説いたお経 
「般若心経」ほど、一般によく知られよく唱えられる仏典はありません。日本の仏教各宗では日蓮宗や浄土真宗を除きどこでもこのお経を常用経典として、ご葬儀やご法事に、護摩祈願やご祈祷に、巡礼やお遍路の際に、檀信徒の日常のお勤めでも、お唱えします。また解説書の出版や雑誌の特集ものも多く、高田好胤師や松原泰道師や瀬戸内寂聴氏やひろさちや氏などの「心経講話」「心経解説」ものがよく読まれています。  
しかし残念なことに、この方々の出版物も、これまで公表された仏教学者や学僧の解説書も、すべて(と言っても過言でないほど)「心経」の本当の姿や内容を伝えていませんでした。敢えて言えば「ダメ」「デタラメ」「ごまかし」の類です。  
なぜか。理由は簡単です。どなたも「心経」で最もだいじな最後の結論の部分、つまり「般若波羅密多 是大神咒 是大明咒 是無上咒 是無等等咒 能除一切苦 真実不虚故 説般若波羅密多咒 即説咒曰 掲諦 掲諦 波羅掲諦 波羅僧掲諦 菩提 薩婆賀」のところのとくに「大神咒 大明咒 無上咒 無等等咒」をいい加減に解釈したり、「掲諦 掲諦・・・」の意味がわからないため「行ける者よ、(彼岸に)行ける者よ」などという意味不明の解釈で逃げていて「なぜ、般若波羅密が咒なのであって、一切の苦を能く除くのか」というこのお経の最大のテーマに答えられていないのです。これは「般若心経」の解釈としては尻切れトンボのごまかしです。  
しかしそれはある意味でもっともなこととも言えます。この「般若心経」は、サンスクリット語学を相当にやった人でないとわからない、インドのタントラの伝統たとえばマントラの言語感覚をわかっている人でないとわからない、インドの仏教思想史をきちんと学んだ人でなければわからない、大乗と密教の勉強をかなりした人でなければわからない、のですが、解説書を書いた人たちにその該当者はどうもおられないからです。  
失礼ですが、瀬戸内寂聴さんなどに「心経」はわかりません。よく僧形でテレビに出演し、わかったような仏教解説をしますが、あれはテレビ局が視聴率を高めるために「タレント」を使うためであって、瀬戸内さんがつけている天台宗の輪袈裟が「この方は本当に仏教を勉強した人だ」と証明しているわけではありません。彼女はテレビでそう装うのは上手ですが、彼女の解説がかえって仏教の深遠な教えに誤解の種を撒くことになっているとしたら「越法の罪」ものです。  
さきほど密教の研究をかなりした人と書きました。最後の「掲諦 掲諦・・・」はマントラつまり真言だからです。さらにもっとだいじなことは、弘法大師空海がこの「心経」の解説書「般若心経秘鍵」を書き、破体「心経」という書を残して経文の漢字まで梵字化(マントラ化)している、ということです。  
近代仏教学の学術の世界では、「心経秘鍵」を知っている真言系の学者まで「あの空海の解釈は密教独特の解釈であって仏教学界に通用する解釈ではない」という説に反論できないまま鵜呑みにしてきました。なぜか空海の「心経秘鍵」は「心経ばやり」のなかでも光を当てられませんでした。
四層の建物 
自分とは何か  
自己の究明こそ、仏教に限らず、古来よりインドのすべての哲学・宗教の根本的なテーマでした。もちろんそれは〈私たち〉にとっても重要な問題です。  
〈私〉とは何か─。これは自明のようでいて案外、いや非常にむずかしい問題です。自明のように思われるのは、正常な人なら誰でも自分を他人と混同するようなことはないからです。私は私であり、私以外のものではない。こんなことは言うまでもなく当たり前の話です。わざわざ例をあげるのもどうかと思いますが、たとえば他人が食事をしても私は満腹になりません。  
では、どうして私が他人ではなく、私であるということを知っているのでしょう。私が私である根拠はどこにあるでしょう。  
まず、「身体がある」ということが、おそらく一番わかりやすい〈私〉の根拠だといえるでしょう。鏡に映った自分の姿を見て、誰でも「私が映っている」と言いますね。体のない私は考えられません。  
次に、痛いとか熱いとか楽しいという感覚も〈私〉の根拠だといえるでしょう。もし、何の感覚もなければ、たとえ体があったとしても〈私〉はないも同然です。  
それからイメージも〈私〉の根拠です。〈私〉はいろんなことを思い浮かべます。それがイメージです。いろいろと経験したことが、もし何一つとして頭に思い浮かばなければ、〈私〉はやはりないも同然です。  
イメージというのは表層意識です。これに対して深層意識というのがあります。イメージを映像にたとえるなら、深層意識はフィルムにあたると考えればわかりやすいでしょう。この中に〈私〉に関するありとあらゆる情報が蓄えられています。それがなければ映像も生まれません。この深層意識があるということも〈私〉の根拠です。  
また〈私〉は物事を識別し、いろいろと判断をし、決断を下します。理性のはたらきといったらよいでしょうか。これがないと体を動かすこともできません。この判断能力というのも〈私〉の根拠です。  
とりあえず以上の五つを、〈私〉の根拠と考えてさしつかえないでしょう。さて今述べたことは、実は、観自在菩薩が考えた通りのことなのです。  
自分とは何だろうか。自分を自分たらしめているものは何だろうか。それをつきつめてゆくと、「体がある」「感覚がある」「イメージを持つ」「深層意識がある」「判断をする」、この五つがある。これらが〈私〉を〈私〉たらしめている根拠だと思い至ったのです。   
この五つのことを「五蘊」といいます。般若心経に出てくる用語では、色(しき)・受(じゅ)・想(そう)・行(ぎょう)・識(しき)がそれぞれに対応します。「薀」とは、〈私〉という経験主体を構成する基幹的な要素、といったほどの意味です。  
五蘊があるから〈私〉という存在は確かめられるわけですし、この五蘊のうち、どれ一つを欠いても〈私〉は〈私〉でなくなってしまいます。いいかえれば、〈私〉という存在は五蘊なのだ、ということです。  
五蘊の瞑想  
もう少し続けます。でも、本当に〈この体〉が〈私〉なのでしょうか。手足や髪の毛が〈私〉なのでしょうか。この考えは少しよく考えてみれば、おかしいということに気づくはずです。  
ふつう「私には髪の毛がある」と言って、「私は髪の毛である」とは言いません。体のどの部分をとっても、また全体としてみても、それはあくまでも「私の体」にすぎません。体は〈私〉のいわば所有物なのです。  
体は〈私〉を〈私〉たらしめている根拠には違いありませんが、どうやら〈私〉そのものと考えるのは無理のようです。  
感覚も同様です。「私は痛い」という時、それは「私に痛みがある」ということであって、痛みそのものは〈私〉ではありません。「私は痛みである」とは誰も言わないでしょう。表層意識としてのイメージや深層意識や判断もまた同様です。これらは「私のもの」ということはできても、それじたいは〈私〉ではありません。  
そうすると、五蘊は〈私〉の根拠だとは言えても、五蘊そのものは〈私〉ではない。つまり、〈私〉は五蘊ではない、ということになりはしませんか。では五蘊以外の〈私〉がどこかにいるでしょうか。体もない、感覚もない、表層意識も潜在意識もなく、判断もしない〈私〉という存在がどこか別にあるのでしょうか。  
五蘊とは別に〈私〉は、やはりどこにもいそうはありません。でも、五蘊は〈私〉ではない。すると〈私〉は一体どこにいるのでしょう。〈私〉とは何でしょう。  
ふしぎなことに、〈私〉はどこにも見当たらないのです。これは一見とても奇妙な結論です。〈私〉を探究していくと〈私〉はいなくなった!  
でも、現に〈私〉はここにいるではありませんか。議論の進め方が間違っていたのでしょうか。それとも現にここにいると思いこんでいる〈私〉は幻なのでしょうか。  
この奇妙な考察は何を物語っているのでしょう。  
これは実はインド人が考え抜いてきた「自己と世界のあり方」についての、とても厄介ながら重要な問題に関連しています。インドのサンスクリット語では、たとえば「私は痛い」を「私に痛みがある」と表現します。インドの哲学者たちは、これは、〈私〉という実体(じったい)に〈痛み〉という属性(ぞくせい)がある、ということであると分析しました。  
さらに別の例をあげると、「このバラは赤い」という場合、これは、バラという実体に赤色という属性がある、ということです。  
実体と属性とはどのような関係にあるのでしょうか。属性なき実体も、実体なき属性もありえません。色も形も香りもないバラを考えることができないように、バラでも何でもなくて、ただ色だけ、形だけ、すなわち属性だけが単独で存在することも不可能です。しかし、その一方で、実体と属性とが別物であることも確かです。  
ややこしい話になってしまいましたが、般若心経を理解するうえで必要と思われる予備的知識として申し上げました。ただ、ここではこれ以上は深入りせず、要点だけを大雑把にまとめますと、あらゆるものごとを実体と属性という枠組みでとらえて世界の成り立ちを考えようとしたのがインドの伝統哲学でした。それに対して、実体と属性に分けることは人間の思惟が生み出した虚構であると主張したのが仏教だったのです。  
仏教はインドのバラモンの伝統的(すなわち「正統」)哲学に対して巨大なアンチテーゼ(すなわち「異端」)として登場し、かつ最後までアンチテーゼであり続けました。その最大の論点のひとつとして、〈実体─属性〉をめぐる認識論があったのです。  
観自在菩薩が深遠な般若波羅蜜多の行をしている時、(わが身は)五蘊なり、(しかもその五蘊は)皆空なりと照見した。  
般若心経の最初のこの短い一文は、そうしたインド哲学史上の大論争を背景に生まれたものです。仏教側の結論を一言でいうと、「五蘊皆空」ということだったのです。そして、重要なことは、これは単なる哲学上の一つの見解というよりも、「般若波羅蜜多の行」という瞑想実践によって得られる修行の成果であったということです。  
五蘊皆空のヴィジョン  
漢訳の「五蘊皆空」は「五蘊は皆(みな)空(くう)なり」としか読めません。五蘊というものがあるのだけれど、それはすべて空なのだということです。「空」については次回に説明しますが、この読み方では、五蘊というものはとにかく否定されなければならないということになってしまいます。実際に一般の解説書では、そうしたニュアンスで五蘊と空との関係が理解されているように見受けられます。  
ところが、サンスクリット語の原典によると、この箇所は「(わが身は)五蘊なり、しかも、その五蘊は空である」と、二段階に分けて読まねばなりません。  
同じことではないかと思うかもしれませんが、全然違います。漢訳が間違っているわけではありませんが、この読み方の違いは重要で、般若心経全体の理解にかかわってくると言っても過言ではありません。  
観自在菩薩は、まず「(わが身は)五蘊なり」と観察し、その次に、「それらはすべて空である」と観察したのです。この空のヴィジョンは、はるか高みにおけるこの上ない見晴らしというべきものでした。それが「照見した」という語に表れています。「観ること自在」という名の観自在菩薩にして会得しえた高度なヴィジョンだったわけです。  
ここで肝心な点は、その前段階として五蘊のヴィジョンが不可欠だった、ということです。そして、それもまた、やはり高度のヴィジョンには違いなかったのです。  
仏伝レリーフの教え  
お釈迦さまが初めて説法をされた場所として知られるサールナートの考古博物館に、一つの興味深い石造のレリーフ(浮彫)が展示されています。  
お釈迦さまのご生涯の中で起こった四つの著名な場面を刻んだもので、その図柄じたいは仏伝レリーフとして特別に変わったものではありません。誕生、修行、初転法輪(初説法)、涅槃(入滅)の四大事跡を描いたものです。  
ただし、そのレリーフは、四つのエピソードがちょうど四層の建物のように配置されているのです。建物の一番上には瞑想中のお釈迦さまの姿が刻まれています。  
四層の建物と屋上の釈尊─。この構図のレリーフは般若心経のモチーフを余すところなく表現しています。  
一体何のことかと思われるかもしれませんが、順を追って説明しましょう。  
仏伝レリーフは次のようになっています。  
一階──釈尊誕生の図 
二階──釈尊修行の図 
三階──釈尊説法の図 
四階──釈尊入滅の図 
屋上──釈尊瞑想の図 
般若心経が想定していると思われる四層の建物とは次の通りです。  
一階──幼児のフロア 
二階──世間のフロア 
三階──舎利子のフロア 
四階──観自在菩薩のフロア 
屋上──仏陀のフロア 
より一般的な名称をつけると次のようになるでしょうか。  
一階──幼児レベルのフロア(無意識の領域) 
二階──日常レベルのフロア(自己形成の領域) 
三階──小乗レベルのフロア(無我を知る領域) 
四階──大乗レベルのフロア(空を観る領域) 
屋上──秘蔵レベルのフロア(人知を越えた眺望の領域) 
般若心経には観自在菩薩と舎利子のふたりしか登場しません。しかし、このお経は観自在菩薩が舎利子に語りかける(教えさとす)というストーリーですから、両者の間にはレベルの相違があります。  
具体的にいうと、 「五蘊あり」というヴィジョンは、舎利子のいる三階の小乗レベルのフロアで得られるものです。それを踏まえて得られる「すべては空」というヴィジョンは、観自在菩薩のいる四階の大乗レベルのフロアに至って初めて会得されるものです。  
ところで、この対話を作り出しているのはお釈迦さまの瞑想だったわけですから、当然、観自在菩薩の上に仏陀のレベルがあります。そこが「仏説」の位置です。ただし、そこは人知を越え、全方位に眺望のきく最高無比のレベルですから、「五階」ではなく、やはり「屋上」とするのがふさわしいでしょう。  
また、舎利子といえども、お釈迦さまの十大弟子の筆頭と呼ばれたすぐれた出家者です。舎利子はすでに三階のレベルに達しています。その下(つまり二階)は一般世間に相当するでしょう。通常の人々はこの世間に生きています。それは普通のおとなの世界です。そこに至るまでのプロセスとして、幼児レベルの世界があるのは当然でしょう。  
お釈迦さまも人の子として誕生しました。お釈迦さまも、幼児レベルから出発したのです。そして人の子として成長し、修行のすえに、ある段階を経て仏陀となりました。その段階を象徴的に、舎利子のレベルと観自在菩薩のレベルとしたのが般若心経なのです。  
仏伝レリーフはお釈迦さまの偉大な生涯を偲ぶためのものには違いありませんが、同時にまた、それは人が達し得る最高の高みへのプロセスを示したものであり、それゆえにこそ仏弟子たちが歩むべき規範として尊重されてきたものでした。  
それはちょうど一階から二階へ、二階から三階へと階段を昇っていくプロセスに喩えられます。サールナートのレリーフは、その消息を如実に描き出したものでした。 
般若心経をさまざまな観点から解釈し、たとえば「何事にもこだわるな」といった処世の教訓を引き出すことは、出来ないことではありません。ほとんどすべての解説書はこのたぐいのものですが、ただ、それはあくまでも「世間」のレベルの話です。そこにとどまるのも結構だけれども、その上に三階、四階のレベルがあるんだよ、この見晴らしのいいところに昇ってきてごらん。「観」の一字に始まり、至高の観点そのものを説く般若心経にこめられた、この大いなるメッセージをこそ読み取るべきでしょう。  
そこで問題は階上への通路ですね。どうやって昇るか? もちろん、答えは用意されています。般若波羅蜜多が、階段です。具体的には、「掲諦、掲諦、...」の真言を念誦すること。この「般若波羅蜜多」と称する真言(心、心咒)こそが、階上への通路なのだというのが、般若心経の究極のメッセージです。最上階に至った観自在菩薩が舎利子に伝えたのは、まさしくこのことでした。
「空」とは何か 
一切の苦厄を度す 
観自在菩薩が深遠な般若波羅蜜多の行をしている時、(わが身は)五蘊なり、(しかもその五蘊は)皆空なりと照見した。 
この冒頭の一節の最後の「一切の苦厄を度したもうた」(度一切苦厄)という文は、サンスクリット原典には、小本にも大本にもありません。おそらく漢訳者が心経最終段の「よく一切の苦を除く」(能除一切苦)を強調するために、ここに挿入したのでしょう。 
「諸行無常」と並んで仏教が標榜する根本命題の一つが、「一切皆苦」です。この「苦」というのは、単に「楽しい」に対する「苦しい」という感覚のことではなく、この世は無常であるから「すべては思いのままにならない」ということを意味します。すなわち、何事も不如意、という現実の認識が「苦」の原意です。 
生まれること、老いること、病むこと、死ぬこと、この四つ(生老病死)の根本苦を四苦といいます。これに、愛するものと別れる苦(愛別離苦)、憎むものと会う苦(怨憎会苦)、求めて得られない苦(求不得苦)、五つの要素(五蘊)が仮に和合しているにすぎない人間存在は本質的に「思いのままにならない」という苦(五取蘊苦)、以上の四つの苦を加えて八苦。非常に難儀することを「四苦八苦」といいますが、それはこの最初の四苦とそれを含む八苦に由来する言葉です。ともかく「一切は苦」であり、これが仏教の根本命題。である以上、いかにしても苦は免れがたいように思われます。 
ところが、観自在菩薩は、「一切の苦厄を度したもうた」。あらゆる苦・災厄から離脱した、というのです。この一見さりげない挿入文は、おそらくは漢訳者が意図した通り、実に重大な'宣言'(メッセージ)というべきでしょう。 
仏教の実践的目標であり、かつ究極の救いを端的に示したこの一文にこそ、般若心経の聖典としての真価と人気の秘密があるといっても過言ではありません。 
どのようにして観自在菩薩は、「一切の苦厄を度したもうた」のでしょうか。 
これまで説明してきたことをまとめますと、観自在菩薩は般若波羅蜜多の真言を念誦する瞑想をして、その結果、ある眺めのよい境地に達します。それは高層の建物を昇っていくごとに得られる展望に喩えられる、という話をしてきました。もちろん、それは「自分自身を知る」修行のプロセスを喩えたものです。 
一階は幼児のフロア。 
二階は世間のフロア。 
三階から仏教のフロアです。でも三階はまだ小乗のフロア。そこに舎利子がいます。 
四階が大乗のフロア。ここが事実上の最上階で、観自在菩薩が到達したところです。そこで観自在菩薩は何を観たのでしょうか。 
観自在菩薩は、屋上の釈尊の瞑想にいざなわれるようにして、「般若波羅蜜多の行」という瞑想を実践して最上階に至り、そこで「空」を観たわけです。 
この瞑想を「空観」といいます。これが尋常でないヴィジョンであったことは言うまでもないでしょう。なにしろ、それによって「一切の苦厄を度したもうた」のですから。 
空(くう)の瞑想 
一体あなたの得たヴィジョンとはどのようなものなのか―。 
大本の「序」によると、これが舎利子の第一の質問です。(第二の質問は、そのヴィジョンを得る手段は何か、です。)それに対して、観自在菩薩は次のように答えます。 
舎利子よ。色は空に異ならず。空は色に異ならず。色は即ち是れ空。空は即ち是れ色。受想行識もまたかくの如し。 
この文中のあまりにも有名な「色即是空」という文句は、たしかにレトリック(修辞)として秀逸ですが、これは実は「五蘊皆空」をパラフレーズ(わかりやすく言い換える)した表現にほかなりません。 
つまり、五蘊(色・受・想・行・識)の一つ一つについて「空である」ということを述べただけの表現です。「色即是空空即是色」に続く文が「受想行識もまたかくの如し」ですから、当然、「受即是空空即是受」「想即是空空即是想」...ということが成り立ちます。 
なぜ、そのようなことが言えるのか。なぜ色受想行識の五蘊がどれも「空」なのか。ここで注意していただきたい点は、これを「世間のレベル」や「舎利子のレベル」で解してはならないということです。 
インドの宗教史上において、仏教が掲げた最もユニークな概念は「空」であると言って、まずさしつかえないでしょう。 
もっとも、「空」という語自体は仏教が編み出したものではなく、インドではごくありふれた語のひとつでした。ただし、この語から数学史上最大の発見といわれる数字の「ゼロ」を導き出したのもインド人の功績です。インド仏教徒は、瞑想の極致のヴィジョンとして、「空」を「発見」したのでした。 
世間のフロアでは、〈私〉は〈私〉です。人は自分というものがどのようなものであれ、自分は自分であり、かりそめにも他者でないことを意識して行動します。日常生活のレベルにおいては、自己の確立とか自己形成ということは、言うまでもなく、とても大切なことです。 
それを否定して、最初から、たとえば「無我になれ」などと言われたら、たぶんまるで主体性のない人間ができあがってしまうことでしょう。したがって、「無我」は日常的な教訓などではありえないのです。むしろ自己を真に確立しえた人が、さらにその上に至って見ることのできる高度なヴィジョンであり、それが、「自己は五蘊なり」という洞察だったのです。 
それが舎利子のレベルであり、そこで〈私〉は五蘊が仮に和合したものにすぎない、と知ります。言い換えると、〈私〉なるものはどこにもない。つまり、ここでようやく、無我、という真相をさとるのです。観自在菩薩はこのレベルをも通過して、「その五蘊はみな空なり」と洞察します。 
舎利子のいる三階から見れば、世間レベルの二階は苦悩に満ちた世界です。二階のフロアにおいて「自己の確立」は大切な徳目だったのですが、それを三階から見るならば、「自己の執着」にほかなりません。それがあらゆる苦悩の原因であることが、そこに至った人には、はっきりわかるのです。でも、それは三階から見て二階を否定することではなく、ただ二階を通り過ぎるということなのです。 
まったく当たり前のことですが、階上は階下なくして存在しません。二階のフロアだけしかない四階建ての建物などありえません。どの階もなくてはならず、どの階にもそれぞれの意義があります。そして、上の階に行くためには、やはり一階ずつ順に昇っていかなくてはなりません。なお、この建物の比喩(ひゆ)が適切である証拠に、般若心経の本文の中に「遠離(おんり)」という言葉が出てきます。これは「超越する」という意味ですが、この原語を直訳すれば「階段を昇りきっている」です。この言葉は、まさにこの比喩通りの意味で理解してよいでしょう。 
さて、最上階における「空」のヴィジョンとはどのようなものなのでしょうか。 
それを窺い知るには、観自在菩薩と同じ境地に至らねばなりません。と言ってしまえば、とても歯が立ちそうにありませんが、「色即是空」という公式で示されたしくみは、およそ次のようなことです。 
「色即是空」のしくみ 
まず「空」という語自体の意味は簡単です。要するに「からっぽ」ということです。「空」と似た語に「無(む)」があります。このふたつはよく混同されがちですが、もちろん違います。 
般若心経には「空」とか「無」という語がたくさん使われています。数えてみますと、このわずか二百六十余文字の経典の中に「無」は二十も出てきます。「空」は七つです。ついでながら「不(ふ)」という語も九つあります。 
なんと否定的な語の多い経典だろうという印象を誰しも抱くことでしょう。その理由は後回しにして、ここで「無」と「空」の違いについて簡単に説明しておきますと、たとえば水の入っていない空(から)のコップがあるとします。この場合、「コップは空」です。でも、「コップは無(む)」とはいえません。 
コップが空(から)ということと、コップが無(な)いということとは別です。「無」と「空」の違いはこれで明らかでしょう。 
無(な)いのはコップではなくて水です。インド人は、このことを「コップには水の無(む)がある」と表現します。もしコップに水があれば、コップは「水の場所」です。ないと、コップは「水の無の場所」です。「無の場所」が「空」なのです。おわかりいただけましたか。 
コップはもともと空(から)です。空でなければコップの用をなしません。空だからこそ、水でも何でも入れることができるのです。一方、水もまた容器を必要とします。 
ここで「コップが空(くう)であること」を「空である性質」という意味で「空性(くうしょう)」と呼ぶことにします。すると、空のコップには空性がある、と表現することができますね。(でも、この表現は日本語になじみませんので、空性とはコップの内部のスペースのことだと理解していただいても結構です。「コップにはスペースがある」ならわかりますね。) 
さらに、こういうこともいえるでしょう。もしコップに空性(スペース)がなければ水が入る余地はないのですから、コップにおいて空性と水とは不可分の関係にあります。空性なくして水はありえず、また水なくして空性も意味をなしません。 
なぜこんなことを申しあげたかといいますと、般若心経で用いられている「空」という語は、原語に照らして正確に訳せば、すべて「空性」と解さねばならないのです。すなわち、「空なるもの」ではなく「空なること」を意味するわけです。これは「空」を理解するうえでの大きなポイントです。 
ここで再び建物の比喩を思い出してください。この建物はかりに百貨店だとします。一階は衣料品のフロア、二階は家具のフロア、等々としましょう。各階に陳列されている品物が、この百貨店を特徴づけています。 
なぜいろんな品物を置くことができるかというと、当たり前のことですが、置くスペースがあるからです。ちょうどコップに空性(スペース)があるから水を入れることができるのと同じように、一つ一つの品物はどれも空性に裏づけられています。 
この建物とは〈私〉自身のことでした。〈私〉をして〈私〉たらしめている五蘊(色・受・想・行・識)は、舎利子が到達した三階のフロアのアイテムです。それはとても大切なものに違いありませんが、いわば一フロアの品物として単に置かれているだけものにすぎません。それも置くスペースがあってのことです。 
品物とそれを置くスペースは不可分の関係にあります。「五蘊はみな空なり」というのも、まったく同様のことです。したがって、「色は空に異ならず、空は色に異ならず、色は即ちこれ空、空はこれすなわち色」というのは、その言い換えにすぎないわけですから、もはや説明するまでもないでしょう。 
観自在菩薩が観たもの 
ただし、ここで再び注意すべき点を確認しますと、これは最上階の観自在菩薩が三階のフロアのアイテム(舎利子の認識)を洞察して得たヴィジョンであったということです。 
二階の世間のフロアでは、自己の確立は大切なことでした。しかし、三階のフロアから二階のその「自己の確立」を見ると、単に「自己の執着」にほかなりません。そして、そこで「自己とは五蘊にすぎない」と気づきます。それをさらに四階から見ると、「五蘊はみな空なり」と洞察することになるわけなのですが、問題は、以上の説明のように、それはただ単に「五蘊は空性(スペース)と不可分の関係にある」とみなすことだったのでしょうか。 
この建物のあり方から推測すると、最上階の四階には「何もない」、すなわち「空性(スペース)のみ」ということになります。 
実際、このあとの心経本文は、「空の中には何もない」として、そこに無いもの(言い換えれば、階下にあるもの)をことごとく列挙する文章がずっと続きます。ですから、「最上階は空性(スペース)のみ」と理解することは、まったく正しいことです。 
問題は、「自己⇒五蘊⇒空性」を、ひとつのヴィジョンとして瞑想体験するとはどのようなことか、ということです。最上階に至っても、自己は消え失せるわけではなく、観自在菩薩は依然として観自在菩薩です。 
ここで「空(くう)」とは「空(から)っぽ」のことであるという通常の理解からいったん離れる必要があります。なぜなら、観自在菩薩が観たものは、あくまでも自己自身であり、それが「空(から)っぽ」であった、という拍子抜けするようなことではありえないからです。 
何にせよ、私たちが「自分とはこういうものだ」と考える時、そこに枠(わく)づけを行なっています。二階の「自己の確立」しかり、三階の「自己は五蘊なり」との自覚しかり。 
それはあたかも地図の上に線を引くようなことです。地図は便利なものですが、単なる図面にすぎません。私たちが生きているところは図面の上ではなく、この地上です。そこにいかなる枠づけがあるでしょうか。土地の境界があるではないかとおっしゃる人がいるかもしれませんが、それは地図の投影にすぎません。土地そのものは、すべて繋がっています。宇宙から見た地球には、どこにも境界がありません。それと同じです。 
自分、というのもひとつの枠です。それが枠である以上、どうしたって、いわば地図にすぎないわけです。地図ではない自分自身。それは、むしろ想像しがたいことでしょう。でも、どんなに精密な地図でも、それは地図にすぎず、それに較べて本物の地形ははるかに精妙です。本物の地形には、何ら枠はありません。この「枠がない」ということが、実は「空」の本義なのです。 
言い換えると、まったく開放されている次元をさして「空(くう)」というのです。最上階は、たしかに「空(から)っぽ」です。でも、それは消極的な意味で空洞というのではなく、はるかに積極的な意味で、なにものにも煩(わずら)わされず開放された自由な空間の広がりがあるということなのです。ここにおいて、自己自身は、地図上の枠づけを離れ、豊潤で繊細なリアルな自己そのものに立ち戻ります。 
枠が我欲の巣です。すべての苦厄はそこから発生します。これを突破するのが空観という瞑想です。観自在菩薩は、それを実現したのです。これは、やはり容易ならざるヴィジョンであったというべきでしょう。
「諸法」とは何か 
キーワードは「諸法」 
続く本文は次のとおりです。 
舎利子よ、是の諸法は空相にして、不生にして不滅、不垢にして不浄、不増にして不減なり。 
観自在菩薩は、ここで再び「舎利子よ」と呼びかけます。 
般若心経において、舎利子は、もっぱら観自在菩薩の言葉を聞く立場の人として登場します。般若心経という一幕の寸劇(ドラマ)で、そういう役目に舎利子という人物が選ばれたのはどうしてでしょう。 
この寸劇には、(「大本」によると)お釈迦さまはもちろんのこと、大勢の人が集まっているのですが、現行の玄奘訳「小本」般若心経は、観自在菩薩と舎利子だけにスポットが当てられている格好になっています。観自在菩薩は、「観ること自在」という名が暗示しているように、般若心経が想定している高次の観点に至った、いわば理想の人物です。かたや、舎利子はお釈迦さまの高弟として知られる歴史上の人物です。ほかの誰でもなく、舎利子が観自在菩薩の教示を受ける立場の人として選ばれた何か特別の理由があったのでしょうか。 
この配役は実は仏教思想史の展開を反映していて大変興味深いものです。キーワードは上掲の文中の「諸法」です。 
順を追って説明していきましょう。 
まず文中の「是の諸法は空相」ですが、「この諸法(しょほう)」とは、直前の本文の〈色〉〈受〉〈想〉〈行〉〈識〉の五蘊をさしています。五蘊というのは、すでに説明してきましたように、自己をふりかえる瞑想の中で「〈私〉は五蘊にすぎない」と得られるヴィジョンにほかならないわけですから、ここでいう「法」も、さしあたって「瞑想の中で観察される特殊なヴィジョン」という意味で理解しておいてよいと思います。(仏教の「法」は、多義のある「ダルマ」の漢訳語で、必ずしも法則・規範という意味ではありません。ここでも独特の意味で使われています。) 
次に「空相」とは、「空を特徴としている」という意味ですから、これは要するに「空である」ということです。なんのことはありません。「この諸法は空相」とは、前出の「五蘊は皆空」とまったく同じ意味の文なのです。「五蘊」を「諸法」と言い換えただけのことなのですが、ただし、この言い換えは重要なポイントです。問題は「諸法」なのです。 
実はこの直後の心経本文で「ない」と列挙されているすべての項目が「諸法」に該当しますので、「諸法空相」ということは、当然それらすべての諸法についても当てはまると考えなくてはなりません。 
つまり、要点はこうです。般若心経で問題としているのはあくまでも「諸法」であって、いかなるものでも何でもかんでも「空」だとか「不生」だと言っているわけではないのです。 
諸法が顕(あら)わになるとき 
さとりを開かれた直後のお釈迦さまが、みずから感興のおもむくままに唱えたと伝えられる次のような詩があります。 
熱心に瞑想するバラモンに 
諸法が顕わになるとき 
彼の一切の疑惑は消滅する 
有因の法を知るがゆえに(律蔵「大品」) 
お釈迦さまの成道(さとりの完成)において「顕わ」になったもの─。それが「諸法」だったのです。 
その「諸法」とは何かというと、この前後の文脈から判断すると、無明、行、識、...生老病死、という十二因縁(後述)の各項目をさすと考えられます。 
お釈迦さまは瞑想によって苦の原因を順に次々と探っていき、その因果系列をつきとめたのでした。その各項目(一つ一つのヴィジョン)を「諸法」といい、法には必ず原因があるので「有因の法」といい、「有因の法を知る」がゆえに「一切の疑惑は消滅」したと、こういっているわけです。 
このように諸法が「因に縁(よ)って生じる」ことを「縁起(えんぎ)」といいます。お釈迦さまは、まさに「縁起する諸法」をさとられたのです。 
諸法は瞑想によって初めて「顕わ」になるものですから、これまで本稿で述べてきた建物の比喩にあてはめると、諸法は一階の幼児のフロアや二階の世間のフロアで観察できるものではなく、そこを越えた階上のフロアに至って初めて観ることができる高度なヴィジョンであった、ということでしょう。 
二階のフロアでは、〈私〉は〈私〉です。世間の日常生活において自己形成は大切なことですが、一方、そこは自己に執着し、それゆえに苦にみちた迷いの世界です。 
ところが、世間のフロアを出離して、三階のフロアで自己を観察すると、〈私〉は五蘊という五つの要素にすぎないと判明します。五蘊という諸法が顕わになり、〈私〉は五蘊に解体されてしまうのです。この三階レベルのフロアに至ると、〈私〉という実体はどこにもなく、〈私〉自身、そして〈私〉が見たり聞いたり感じたりするさまざまな経験の内容が、もっぱら「縁起する諸法」として観察されるのです。このことを仏教では「諸法無我」といい、大事な教えとしてきました。 
仏教における「法」の重要性は以上のとおりですから、お釈迦さまの滅後も、仏弟子たちにとって、諸法の性質や種類を探究し、いかにして諸法を観察するかということが最大の関心事となったのも当然でしょう。 
法の研究のことを「アビダルマ」といいます。紀元前二世紀頃からアビダルマの学派が数多く誕生し、たくさんの論書が著されました。仏典を総称して、経(きょう)・律(りつ)・論(ろん)の「三蔵(さんぞう)といいますが、部派仏教の〈論〉はすべてアビダルマ論書で占められています。 
多くの学派の中で最も優勢を誇ったのが説一切有部で、世親(せしん)という論師が書いた「アビダルマ・コーシャ」(「倶舎論」)という書物は、法の研究の集大成といえるものです。 
大乗仏教の出現 
こうした専門的な人たちによる精緻な研究に対して、いつしか批判的な態度をとる人たちが出てきました。アビダルマの論師たちは法に固執し、法を実在視してしまっている、それは誤りである、という批判です。 
たしかに法こそ、お釈迦さまの成道において顕わになったものですから、これほど重要なものはありません。したがって、アビダルマの論師たちが法に固執してしまったのも無理はありませんが、それはやはり正しくない。我執を離れるために自己を五蘊という諸法に解体したように、それと同じように今度は諸法に対する執着を離れるために、法もまた解体されなければならないと、批判者たちは考えたのです。 
でも、法そのものを否定することはできません。お釈迦さまのさとりを否定することになってしまうからです。しかし、法を否定することなく、解体するなどということが果して可能でしょうか。 
ともかく、いずれにしても法を実在視するのは明らかに誤りであると考える人たちは、みずからの立場を「大乗」と称し、説一切有部をはじめとするアビダルマの論師たちを「小乗」と蔑称で呼び、たえず鋭い批判を投げかけました。 
彼らは、最初は法を蜃気楼の水や弦楽器の音に喩えたり(「八千頌般若経」)、また例えば「AはAではない。それゆえにAといわれる」(「金剛般若経」)といった一見非合理でパラドックスに満ちた文章を用いて「法の解体」を試みました。 
そうこうしてやがてついに、法を否定することなく、法を解体し、なおかつ至高の法のヴィジョンを確立するに至ります。そんな離れ業を可能にした用語が、ほかでもなく「空(くう)」だったのです。 
─諸法は空である─これが諸法に関して大乗仏教が提起した最終的な結論でした。 
これを高らかに宣言した経典が般若心経なのです。観自在菩薩は大乗仏教の旗手としてこのお経に登場したのでした。 
その聞き手の代表に舎利子が選ばれたのは、もちろん偶然でも任意でもなく、確かな理由があってのことでした。 
舎利子のエピソード 
舎利子がお釈迦さまの弟子になるきっかけとなった有名な話があります。 
成道後のお釈迦さまの最初の弟子となった五人の比丘の中に、アッサジ(漢訳名「馬勝(めしょう)」)という名の人がいました。 
ある時、王舎城に托鉢に来ていたアッサジの姿を見て、その気高さに心打たれた舎利子は「あなたは誰を師とし、どのような教えを身につけているのですか」と尋ねます。アッサジは、「私の師はお釈迦さまです。私は弟子入りしたばかりで、まだ少ししか学んでいないのですが」と言って、披露した言葉が「縁起法頌」として伝わっています。それを聞いただけで、舎利子はそれまで師事していた人のもとを離れて、ただちにお釈迦さまに帰依する決意を固めたのでした。 
その縁起法頌とは次のようなものです。 
諸法は因より生じる。 
それら諸法の因を如来は説いた。 
また、それら諸法の滅をも。 
大沙門はこのように説きたもう(律蔵「大品」) 
これがやがてお釈迦さまの十大弟子の筆頭となり、「智慧第一」と称えられた舎利子にして初めて感得しえた言葉であるということを考慮するまでもなく、ここには世間のレベルを越えた内容が記されています。諸法のヴィジョンを持つこと、それじたいが世間を越えたレベルなのです。それが生じるか生じないかどうか以前の問題として、なにしろ諸法とはお釈迦さまの成道において初めて顕わになったものですから、「諸法は...」で始まる縁起法頌は確かにお釈迦さまの教えの核心を伝えるものでした。 
多くの仏典に記されている舎利子入門のエピソードと縁起法頌を知らないインド仏教徒はいなかったはずですから、舎利子が登場する般若心経という寸劇が、この故実を踏まえていることは確実だといえます。その劇的効果は、観自在菩薩が再度「舎利子よ」と呼びかけて語る次の言葉で最高潮に達します。もう一度、心経本文を引用してみましょう。 
舎利子よ、是の諸法は空相にして、不生にして不滅、不垢にして不浄、不増にして不減なり。 
これは画期的な"宣言"でした。大乗仏教の最終結論がついに示された、という場面です。その内容の意外性に最も衝撃を受けたのは、ほかでもなく舎利子その人だったでしょう。この場面の聞き手が舎利子でなければならない理由がここにあります。なにしろ─ 
舎利子は以前に、─諸法は因より生じる...─ということをアッサジから聞いて、感銘を受けたのでした。それが、ここでは、─諸法は生じない(不生)...─と観自在菩薩から告げられるのです。 
一見まるで正反対です。観自在菩薩は縁起法頌を否定したということなのでしょうか。 
不生不滅の諸法とは? 
四階建ての比喩を用いて説明するのが最もわかりやすいでしょう。 
一階の幼児のフロア。ここはまだ自己が確立されていない段階です。二階の世間のフロア。ここで自己が形成されます。それは自己自身に対するさまざまな枠づけ(例えば社会や家庭における役割や地位)となり、人はそれに執着します。あらゆる苦しみはその枠から発生します。三階の舎利子のフロア。まさしく舎利子がこのフロアのマスターでした。 
舎利子になりかわっていいますと、苦しむ自己から解放されるには、自己そのものがないというごく単純な、しかし深遠な事実を知ればよい。それをいかに洞察するか。自己は五蘊にすぎない(五蘊の仮の集合にほかならない、すなわち「諸法無我」)と知る「五蘊の瞑想」を実践すればよろしい。 
本来は、このフロアだけで十分だったのです。ここが仏教のフロアであり、ここで諸法を観察することによって、人は苦しみから解放されるのですから。 
しかし、あまりにも研究熱心な人たちが、諸法を絶対視し、諸法の一つ一つを何か独立した存在のように考えてしまったため、本来の法のヴィジョンを提示するために、より上位のレベルのフロアが必要になりました。 
そこで四階のフロアです。おそらく舎利子にとっては不本意でしょうが、階下のアビダルマ論師を代表する立場を演じてもらう人物は、三階のマスターである舎利子しかいません。結局、「大乗のフロア」と呼ぶべき最上階に至った観自在菩薩が、階下の「小乗のフロア」の舎利子に教示するという構図が般若心経の中心場面として設定されることになったのです。 
三階のフロアで自己を観察すれば、自己という枠はどこにもなく、ただ諸法のみというヴィジョンが得られ、諸法はそれぞれに原因となり条件となり、生じ、あるいは滅するようにみえることでしょう。ですから、確かに諸法は因によって生じ、因によって滅するのです。増えたり減ったりもするでしょう。 
しかし、それを四階のフロアでみれば、生じることも滅することもありません。当たり前です。四階には何もないのですから。そこは広々とした展望のみというフロアなので、当然のことながら、何であれ生じるも生じないもないのです。諸法が増えたり減ったり、浄らかであったり、汚れているということもないのです。 
ただし、最上階の四階は階下のすべてを含みます。ですから、「諸法無我」といい、「諸法空相」といっても、諸法も自己も消滅したわけでは決してありません。問題は自己自身を、ひいては諸法をどう観るか、その観点とヴィジョンなのです。観自在菩薩はそれを会得して「一切の苦厄を度したもうた」のでした。 
言い忘れましたが、サンスクリット原典には、今回引用した本文の最初に「ここにおいて」という漢訳にはない語があります。観自在菩薩のいる「ここ」とは四階のフロアのことであり、これはその観点を明白に示している語だといえるでしょう。  
「諸法」のヴィジョン 
お釈迦さまの「説法」とは? 
お釈迦さまが最初に説法をされたインドのサールナートは「初転法輪の聖地」として知られています。この「説法」という言葉は日常語として「教えを説く」といったほどの意味で使われていますが、厳密にいいますと、「説法」にはもっと限定された意味があります。 
お釈迦さまの成道において初めて顕現した瞑想上のヴィジョンが法です。それはあまりにも「難解で世間の人には見難い」ものであるとして、お釈迦さまも最初は人々に説くことをためらわれました。しかし、梵天の「世尊よ、どうか法を説きたまえ!きっとわかる者もいるであろうから」という懇請を三度受け、ようやく説くことを決意された。それほどのものです。 
しかも、それは「現見さるべきもの、時をまたないもの、来たり見よと言い得るもの、涅槃に導くもの、智者によって各自に知らるべきもの」(「増支部」)であり、そのような「法」が説かれるということは稀有のことで、まさしくお釈迦さまによって初めてこの世に示されたのでした。 
つまり、お釈迦さまの成道において初めて顕わになった特殊な高度の瞑想上のヴィジョンが説き示されたということ。それが「説法」という言葉の厳密な意味です。なお、それ(瞑想上のヴィジョン)はいくつもあるので、しばしば複数形で「諸法」と呼ばれます。 
般若心経で問題にしているのも、実はまったく同じその「諸法」なのです。前回説明しました「諸法空相...」の次の文に移る前に、律蔵「大品」の記述にそって、成道と初転法輪の内容について簡単に述べておく必要があるでしょう。 
成道と初転法輪 
お釈迦さまの成道において顕わになった「諸法」とは、律蔵「大品」によると、具体的には十二因縁の各項目をさします。人はなぜ苦しむのか。お釈迦さまは菩提樹の下で、その原因を追求し、苦の元になる因果系列をつきとめます。伝統的な漢訳語で順に列挙しますと、次のとおりです。 
無明・行・識・名色・六入・触・受・愛・取・有・生・老死(愁・悲・苦・憂・悩) 
これを「十二因縁」または「十二支縁起」といいます。先行する支分が因となって後続するものが生起すると観察することを縁起の順観といい、先行する支分の滅が因となって後続するものが滅尽すると観察することを縁起の逆観といいます。 
このように観察された諸法が織りなす因果系列の仕組みを世間のレベルで解釈することはできません。ただ一つ確実なのは、要するに思いのままにならない人間存在の苦の根源は無明であり、無明が滅すれば苦も滅すると、お釈迦さまは看破されたのです。 
次に初転法輪において、お釈迦さまは五人の比丘にまず「中道」を説きます。愛欲にふけることと、苦行で身をさいなむこと、この両極端を離れて中道を実践しなさいと、実践的な教えが示されます。 
中道とは次の「八正道」です。 
正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定 
その前提として、この世の中には「四つの尊ぶべき理(ことわり)(四聖諦)」があり、それを見極めなければならないと説かれます。 
第一番目は、「一切は苦」という理(ことわり)。具体的にいうと、〈生〉〈老〉〈病〉〈死〉の「四苦」に、〈愛別離苦〉〈怨憎会苦〉〈求不得苦〉〈五取蘊苦〉を加えた「八苦」です。これを「苦聖諦」といいます。 
第二番目は、苦の原因をさかのぼれば渇愛(かつあい)(むさぼる欲望)にゆきつくという理(ことわり)。苦集聖諦といいます。これは十二因縁の順観の一部です。「集」とは各支(諸法)が集まることをさすと考えてよいでしょう。 
第三番目は、その渇愛を滅すれば苦も消滅するという理(ことわり)。苦滅聖諦といいます。これは十二因縁の逆観にあたります。 
第四番目は、苦を滅するために「八つの正しい道」があるという理(ことわり)。先にあげた八正道のことですが、これを苦滅道聖諦といいます。 
以上の〈苦・集・滅・道〉という「四つの理(ことわり)」が判明したとき、「私は智が生じ、光明が生じた」と、お釈迦さまはみずからの経験を語ります。この説法により、五比丘は相次いで「法の眼」が生じ、「法を見、法を得、法を知り、法に悟入」したと、律蔵「大品」は伝えます。最後は、色受想行識の五蘊についての説法で締めくくられます。 
ちなみに、ここでなぜ五蘊かといいますと、五蘊が諸法の基本となるからです。十二因縁も実は「苦」の根源を追求した因果の系列において観察された諸法にほかなりませんし、「集」は十二因縁の各支の集まりそのものであり、「滅」と「道」はその順逆を観察して智に至る瞑想のプロセスそのものだと考えられます。 
以上、律蔵「大品」が伝える成道と初転法輪の内容をざっと見てきましたが、この仏教の基本教理というべき諸事項が、驚くべきことに、ほぼそっくり否定されたかたちで般若心経でとりあげられていることに、賢明な読者はもはやお気づきでしょう。 
五蘊・十二処・十八界 
この故に空の中には、色もなく、受想行識もなく、眼耳鼻舌身意もなく、色声香味触法もなく、眼界もなく、乃至、意識界もない。 
インドでは、法を分析し研究するアビダルマの学派がいくつも生まれたということを前回に述べました。諸法はさまざまな仕方で分類され、説一切有部という学派で最終的には「五位(ごい)七十五法」といわれる精緻な体系にまとめられました。 
それは要するに、〈私〉とは何か、という問いに答えたもので、結論としていうと、〈私〉という実体はどこにもない。分析して数えあげれば七十五の諸法の仮の集合にすぎない、というものでした。 
般若心経のこの段落では、「五位七十五法」に分類される以前の「五蘊・十二処・十八界」という分類法がとりあげられています。「処」も「界」も、サンスクリット語の原意から〈私〉の根拠という意味で理解してよいでしょう。 
五蘊についてはすでに説明しました。十二処とは、人間にそなわった視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚の五感と、意識という六つの感覚機能(六根または六内処)と、これらそれぞれの感覚がとらえる六つの対象(六境または六外処)を合わせたものです。 
列挙すると、眼処・耳処・鼻処・舌処・身処・意処と、色処・声処・香処・味処・触処・法処の十二です。心経本文で「眼耳鼻舌身意もなく」と「色声香味触法もなく」といっているところが十二処にあたります。 
十八界とは、十二処をそのままにして、それに六つの感覚機能とその対象とを縁として生じたそれぞれの識別範囲の六つを加えたものです。全部列挙すると、眼界・耳界・鼻界・舌界・身界・意界の六つと、色界・声界・香界・味界・触界・法界の六つと、眼識界・耳識界・鼻識界・舌識界・身識界・意識界の六つを合わせた十八です。心経本文で「眼界もなく、乃至、意識界もない」といっているところが十八界にあたります。(「乃至」は中間の項目を省略するという意味です。) 
結局のところ、十二処は五蘊を細分化したものであり、十八界はそれをさらに細分化したものといえるでしょう。 
これらの元をただせば、お釈迦さまの成道において顕現した「諸法」であり、また初転法輪で説き示された貴重この上ないヴィジョンです。後世の仏弟子たちがそれを煩瑣にすぎるほど丹念に分析することに精魂を傾けたのも十分頷(うなず)けることですし、紀元前後にこれだけ精緻な人間分析がなされたことは驚嘆に値します。 
ところが、そのすべての諸法が「ない」と、般若心経は述べているわけです。 
十二因縁・四諦八正道 
五蘊だけではなく、十二因縁も四(聖)諦もないと、次のように続きます。 
無明もなく、また無明の尽きることもなく、乃至、老死もなく、また老死の尽きることもない。 
苦集滅道もなく、智もなく、また得もない。 
本段ではまず、無明から老死に至る十二因縁の最初と最後の支分をとりあげて、それがなく、それが尽きる(滅する)こともないというのですが、これはお釈迦さまの成道において順逆に観察された諸法のヴィジョンがないといっているに等しいことです。 
次に「苦集滅道もなく」とは、「四つの尊ぶべき理(ことわり)(四聖諦)」がなく、当然それに付随する八正道もないということです。なんと初転法輪で説かれた教え(諸法)もないということになります。最後の「智」と「得」については、一般にまったく誤って解説されているので、正しい意味を説明しておきます。 
ここでいう「智」は、お釈迦さま自身が初転法輪で述べられた「私は智が生じ、光明が生じた」における「智」をさします。それは四諦八正道の結果として生じる「智」のことですから、心経本文でも「苦集滅道もなく」のあとに「智もなく」と続く文脈から判断して、そのように解すべきでしょう。 
古今のどの解説者も「智もなく、また得もない」を一つの文と解し、「智」と「得」を一対のものとみなしていますが、それは誤りです。これを損得の儲(もう)け話のように解釈するのは論外ですが、たとえば「さとりを得る」といった意味に解釈するのも間違いです。 
般若心経の「大本」では、「智もなく」に続いて「得もなく、非得もない」となっています。「得」は「非得」と対なのです。 
そもそも諸法とは、自己の経験内容を構成する要素として観察される瞑想上のヴィジョンのことでした。そのように自己を諸法に解体することによって〈私〉という一見自明な存在は実はどこにもなく、固定的な自我というものはない、つまり「無我」である、という仏教の基本的立場を補強するために、アビダルマ論師たちは法の研究に打ち込みました。 
では、本来「無我」であるにもかかわらず、どうして〈私〉という存在があるようにみえるのでしょうか。アビダルマ論師たちはこの点についても考察し、どこかに諸法を結合させたり結合させなかったりするはたらきがあって、それがあるから自己形成ということが起こり得ると考えました。そうしたはたらきは経験内容を構成する法とは別種であるけれども、やはり法体系(「五位七十五法」)の中に含ませるべきだとしたのです。このように諸法を結合させるはたらき、すなわち諸法の獲得作用のことを「得」といい、結合させないはたらきのことを「非得」というのです。 
しかし、般若心経はそれもないという。 
結局、お釈迦さまの成道において顕わになったすべての諸法に言及し、そのことごとくが「ない」と、全面的に否定されたかのようです。 
これを文字通りに受け止めると、お釈迦さまの成道も初転法輪も否定することになってしまいます。いかなるものにもこだわってはいけない、たとえ仏教の基本教理といえどもこだわってはいけないんだ、それが大乗の立場であり、般若心経の「空」という教えなのだと解説する人がいますが、それは間違いです。一体、どんな立場であろうと仏教の基本教理を否定するような経典がどこにあるでしょう。 
後述するように、般若心経はいかなるものもないといっているわけではありません。無のオンパレードのようでいて、肯定すべきものはしっかり肯定しているのです。 
観自在菩薩のレベル 
これまで説明してきましたとおり、ここは四階の観自在菩薩が三階のフロアのマスターである舎利子に語りかけている場面です。 
観自在菩薩のいる最上階には何もないのですから、そのままの眺望を舎利子に告げているわけです。ただし、端的に「何もない」といえばすむところを、「ないもの」をわざわざ列挙しているのは、その一つ一つの項目がいかに重要かを物語っています。なにしろお釈迦さまの成道において顕わになった諸法なのですから、これほど重要なものはありません。 
サールナートの仏伝レリーフも三階の部分が「説法の図」でした。お釈迦さまこそが最初に三階のフロアに昇り、その階のヴィジョンを弟子たちに説き示された方でした。弟子たちは、これぞお釈迦さまの悟りの内実であると聞き、あるいは聞き伝えられたことを自分たちが理解したままの形で整理しました。それがやがて精緻きわまる膨大な法の体系となっていきます。 
律蔵「大品」が成道の内容をもっぱら十二因縁に絞ったのは、ひとえに苦の根源は無明にあるとつきとめた、この最重要の一点を強調したかったからでしょう。 
無明を滅したお釈迦さまに、老死はなかったでしょうか。お釈迦さまとて歳を重ねて老い、齢八十で入滅されました。誰であろうと老死は避けられません。では、無明を滅するとはどういうことなのでしょう。そもそも無明とは何でしょう。 
より適切な問いは、無明を滅する観点とは何処(どこ)か、です。無明の対極である明(智慧)のレベルが三階のフロアです。瞑想のプロセスを経て「これが無明である」という自覚を得た時が、二階の世間のフロアを卒業した時なのです。とはいえ、二階のフロアは依然としてあります。二階あればこその三階なのですから。つまり、一階ないし二階のあり方そのものが無明なのです。 
三階の明のフロアとは、一階と二階を通過し、無明の何たるかを知るレベルだといえるでしょう。無明に起因し、思いのままにならない自己を構成するさまざまな要素をつぶさに知ることのできるレベルです。そのヴィジョンが「諸法」なのです。 
瞑想上のヴィジョンにほかならない諸法を実在視することは、当然避けなければなりません。世間のレベルで自己に執着するのと同じことになってしまうからです。 
アビダルマ論師が陥ったこの過(あやま)ちを糺(ただ)そうとしたのが、般若心経でした。そこで、いかなる諸法もない、という、もう一つ上のレベルのフロアを、どうしても設定する必要があったのです。 
無明も老死も、自己という存在に必然的に付随します。でも無明を滅し、老死を滅する観点のレベルがあるのです。同様に、しかと諸法のヴィジョンを踏まえた上で、「諸法がない」というさらなる高次の観点のレベルに至って、観自在菩薩はまごうかたなく「一切の苦厄を度したもうた」のでした。  
仏母般若波羅蜜多の咒(マントラ) 
文章上の厄介な問題 
得る所なきを以っての故に、菩提サッタは般若波羅蜜多に依るが故に、心にケイ礙なし。ケイ礙なきが故に、恐怖あることなし。一切の顛倒夢想を遠離して涅槃を究竟したまえり。 
この一節は、実はサンスクリット原典と漢訳とが一致しません。 
まず、「得る所なきを以っての故に(以無所得故)」の一句は、わが国の伝統的な訓読の仕方では、この段の一部とせず、前段の文章に含ませて、「...智もなく、得もなし。得る所なきを以ての故に」と読ませています。 
しかし、原典には、この語句の前に漢訳では省かれている「それ故に」という接続詞が置かれていますから、やはり本節の一部と考えるべきでしょう。 
ほとんどの解説者は、「得る所なき(無所得)」について、どうやら漢字にとらわれて「損得の打算を越えた心境」といった珍解釈をしていますが、そうではなく、これは前回説明しました「得(とく)」に対する「非得(ひとく)」のことです。「四階のフロアにおいては諸法が結合することはない」、言いかえれば「まったくの開放次元である」という意味です。 
最も問題の箇所は、次の「菩提サッタは般若波羅蜜多に依るが故に」の一文です。 
漢文を訓読すれば、こうとしか読めないのですが、原典によれば、この文は「菩提サッタの般若波羅蜜多に依るが故に」としなくてはなりません。 
漢訳では、「菩提サッタ」が主語になっています。しかし、原典では、「菩提サッタ」に対応する語は所有格で、しかも複数形なのに、この文全体の述語(動詞)は単数形ですから、「菩提サッタ」は絶対に主語になりえないのです。信じがたいことですが、この箇所の漢訳は誤訳といわねばなりません。 
では主語は何かといいますと、原典には明記されてはいません。一体誰が「菩提サッタの般若波羅蜜多に依るが故に、心にケイ礙なし。ケイ礙なきが故に、恐怖あることなし。一切の顛倒夢想を遠離して、涅槃を究竟し」ているというのでしょう。 
漢訳のように無理に主語を「菩提サッタは」としても意味は通りますが、ここでは原典を尊重して「菩提サッタの般若波羅蜜多」とは何かという問題から説明していくことにします。 
菩薩の般若波羅蜜多 
まず、「菩提サッタ」ですが、これの略語が「菩薩」です。すでに「観自在菩薩」の名でお馴染みですね。その原意は「悟り(菩提)を求むる人」で、要するに「修行者」のことです。ただし、どんな修行者も菩薩と呼ばれるのではなく、大乗仏教の修行者に限られます。 
元来は、お釈迦さまの数限りない過去世の話を伝える古い伝承(「ジャータカ」といいます)において、過去世のお釈迦さまが「菩薩」と呼ばれていました。つまり、仏陀(ブッダ)になる前の存在が菩薩です。 
菩薩として常に慈悲の心を抱き、自己犠牲をいとわず他者のためにつくす生涯を数限りなくすごして、その結果として今生で仏陀となったお釈迦さまにあやかって、いつか再び必ずや出現するであろう遠い未来の仏陀の前世を生きようと決意した人々が、自分たちのことを「菩薩」と称したのです。 
彼らは、ひたすら僧院にこもって修行に専念していた比丘(出家修行者)に対して、自己の利をかえりみず他者の利を優先的にはかるという、本来ならば仏陀にのみなしえた慈悲の精神を発揮しようと心がけました。 
出家修行者が自分のために修行をするのはむしろ当然のことで、何ら咎(とが)められることではありません。でも一方において、菩薩として生きようと決意した人たちは、みずからの立場を「大乗」と称し、お釈迦さまの真精神に立ち戻ろうとしたのです。 
ここに至って、「無我(むが)」の教えは、ただ単に自分自身の苦に対処するためだけでなく、他者の救済にとって、はるかに重要で不可欠なものとなります。なぜならば、崇高な利他の精神、慈悲の精神を発揮するためには、(見返りを求めがちな)自己という存在を滅却しなくてはならないからです。自己の経験を構成する要素としての法(ダルマ)の束縛からも開放されなくてはなりません。この意味において、空性(くうしょう)体験は、実に慈悲の精神と不可分のものであったといえるでしょう。 
さて、そうした菩薩たちが大乗のスローガンとしたのが「般若波羅蜜多」でした。彼らはこの言葉を拠り所とし、この言葉のもとに集結し、この言葉によって瞑想し、あるいは祈り、この言葉にこめられた理想(「智慧の完成」)を追求したのです。 
ここで最初に舎利子に観自在菩薩に問うたことを思い出してください。一体あなたの得たヴィジョンとはどのようなものなのか─。 
心経「大本」の「序」によると、これが舎利子の第一の質問でした。それは驚くべき「諸法のヴィジョン」として、すでに明らかにされました。第二の質問は、そのヴィジョンを得る手段は何か、です。 
今が、その問いに観自在菩薩が答えようとしている場面なのです。「われわれ菩薩(複数形)の般若波羅蜜多に依るが故に」と。 
膨大な大蔵経(仏典)の中で最大規模を誇る「般若経」(玄奘訳の正式名称は「大般若波羅蜜多経」)の主題(テーマ)は、その経題名が示すとおり、「般若波羅蜜多」です。般若心経もまったく同様で、般若心経とはどういうお経かといいますと、「般若波羅蜜多を説くお経」以外の何物でもありません。 
観自在菩薩がすべての菩薩を代表して、大乗仏教の「祈りの言葉(マントラ)」としての般若波羅蜜多を宣揚したお経が般若心経なのです。 
めざすべき境地 
本節の解説に戻ります。 
最上階のフロアには何一つ視界をさえぎるものがありません。だから、「心にケイ礙なし」です。「ケイ礙」とは「覆(おお)うもの」の意。そこでは恐怖もなくなるはずです。 
どのような恐怖も、その根底にある本質はきっと「閉ざされている」という感覚でしょう。閉ざされていて逃げ場がないという感覚から恐怖が生まれます。例えば死の恐怖にしても、死から逃れられないと思えばこそ恐怖が生じます。逆にいうと、たとえ閉ざされていても、逃げるつもりがない者には恐怖はないし、むろん閉ざされていない者に恐怖は生じないでしょう。 
日常の私たちの心は、時間に縛られ、空間に縛られ、世間のありとあらゆる習慣や状況や知識に縛られていて、あたかも頑丈な檻に閉ざされているかのようです。でも、いったい自分の外のだれが心を縛ることなどできるでしょう。逃げ場がないですって?もちろん逃げ場などありません。つぶさに観察してみると(これは本当は容易なことではありませんが)心には限界がないのです。心を束縛しているようにみえるものは、みんな幻影です。それもまた心が生み出したものにほかなりませんが。 
だからそれから逃げる必要はないのです。それが幻影であることを見抜けばよい。それが「一切の顛倒夢想を遠離して」ということです。「顛倒」とは「逆さま」の意。「遠離」とは「超越」の意。ないものをあると誤って考えることが、「顛倒夢想」です。それを遠離するとは、これまで心経本文で「ない」と述べられてきた諸法を「ある」とみなすレベルを卒業しているという意味です。 
するとどうなるか。「涅槃を究竟する」というのです。「涅槃」とは、最上階における意識の開放次元のことです。「究竟」は「完成」の意。これが、めざすべき境地です。 
さて、そのような涅槃の境地を完成しているのは一体誰なのでしょう。つまり、本節の全文の主語は何か、ということですが、「涅槃の完成者」は、お釈迦さまに決まっているではありませんか。「お釈迦さま」が隠れた主語です。 
三世の諸仏も般若波羅蜜多に依るが故に、阿耨多羅三藐三菩提を得たまえり。 
「阿耨多羅三藐三菩提」」は音写語で、いわゆる「さとり」のことですが、「この上ない完璧な目覚め」という意味です。ここで「般若波羅蜜多」と「涅槃」と「阿耨多羅三藐三菩提」の三つが、しっかり肯定されています。般若心経は、なにもかも「ない」といっているのではないのですね。 
上昇の通路 
故に知るべし。般若波羅蜜多は、これ大神咒なり、これ大明咒なり、これ無上咒なり、これ無等等咒なり。よく一切の苦を除く。真実なり、虚からざる故に。 
すべては最後の真言に集約されます。それは大神咒であり、大明咒であり、無上咒であり、無等等咒である、と。いずれも般若波羅蜜多を嘉(よみ)した名称です。自己という高楼(こうろう)を昇り極めるための通路としての─。 
この四つの咒(マントラ)の名が列挙されている理由は明らかではありませんが、本稿で試みた四階建てプラス屋上の構図にあてはめて、階上への通路にはそれぞれのフロアに応じた名称があると考えることができます。 
大神咒(偉大なるマントラ)は、一階(幼児のフロア)から二階(大人、世間のフロア)への通路です。この上昇は人間にとって偉大な飛躍というべきでしょう。 
大明咒(偉大な明知のマントラ)は、二階から三階への通路です。無明の対極の明知こそ三階のフロアの光です。 
無上咒(この上ないマントラ)は、三階から四階への通路です。この建物にはこれ以上の階はありません。 
無等々咒(比べるものなきマントラ)は、四階から屋上への通路です。屋上は大空そのもの。これに比べられる展望はないでしょう。 
このように四つの咒(マントラ)の名称と各階のレベルとは奇しくも符合します。般若波羅蜜多は新たなる次元に参入する手だてなのです。その結果が「よく一切の苦を除く」です。 
本節の「真実」にあたる原語「サトヤ」は「究極のありよう」といった意味です。真実は真実でも「究極の真実」です。般若波羅蜜多は飛翔への推進力を秘めた祈りの言葉であり、人間の思慮分別を越えていて何の偽りもないので、「不虚なるがゆえに」すなわち「偽りなきがゆえに」と述べられます。 
最後に般若波羅蜜多の咒が披露されて、壮大かつ深遠な寸劇(ドラマ)は幕を下ろします。 
祈りの彼方 
般若波羅蜜多の咒を説いて曰く─ 
掲諦、掲諦、波羅掲諦、波羅僧掲諦、菩提、薩婆賀。般若心経。 
この咒はサンスクリット原文を音写したものです。原文をカタカナで表記しますと、 
「ガテーガテーパーラガテーパーラサンガテーボーディスヴァーハー」となります。 
玄奘三蔵は漢訳できない語として次の五種類をあげています。 
(1)陀羅尼(だらに)(真言)のように秘密の語。 
(2)「薄伽梵(ばがぼん)」のように多義のある語。 
(3)「閻浮樹(えんぶじゅ)」のように中国にない語。 
(4)「阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)」のように先例のある語。 
(5)「般若(はんにゃ)」のように「知恵」と訳してしまうと意味が軽くなってしまう語。 
これを「五種不翻」といい、これら五種類のいずれかの語は漢訳せずに、音写語が用いられました。その筆頭が真言です。 
音写語は漢字の字面から意味を窺うことはできません。意味を知るには、サンスクリット原文にあたる必要があります。でも、サンスクリット語を解する者なら誰でもわかることを、一体なぜ「秘密だから」といって真言は漢訳されなかったのでしょう。 
実は真言は、その一つ一つの文をさして真言というのではないのです。真言とは、特定の儀礼や瞑想修行において師より弟子に伝授される言葉で、そこで用いられて初めて真言の名に値するものとなるのです。 
真言とは、そうした特殊な場面で誦(とな)えられる象徴的かつ聖なる音韻です。それが繰り返し誦えられることによって修行者の人格を調和的に揺さぶり、より高次の体験へと飛翔させる「祈りの言葉」なのです。だから般若心経においても、観自在菩薩が舎利子に伝授するというかたちで示されているわけです。 
真言の真価は字句の意味よりも、その場面の神秘性にこそあるので、漢訳せずに原文を忠実に音写表記する方針がとられたのです。真言の音節や意味が秘密ということではないので、次に概略を説明しておきます。 
まず、最初の「掲諦(ガテー)」ですが、これを文字どおりの「行く(往く)」という語意にとらわれてはなりません。行くとか行かないということではなく、より適確な語感は「理解する」でしょう。「智慧の完成」という意味の「般若波羅蜜多」と重なる語です。 
この「掲諦」が、つごう四度繰り返されることによって、階段を昇って理解を高めていく展開が実感されることでしょう。 
次の「波羅掲諦(パーラガテー)」の「波羅(パーラ)」は、「彼岸」とも訳される語ですが、要は「超越的地点」のことです。これが「掲諦」と結びつくことによって、現地点を越えた展望が開けてきます。 
さらに、「波羅僧掲諦(パーラサンガテー)」の「僧(サン)」とは、「完全に」という意味ですから、ここで完全な理解に達し、いわば階段を昇りきって全方位に見晴らしがきく状況が現出します。それがまさしく「完璧な目覚め」であることが、「菩提(ボーディ)」の語で示されます。 
最後が「薩婆賀(スヴァーハー)」ですが、この語は、仏教に限らず、インドでは儀礼において咒句(マントラ)を誦えつつ神々等に供物を捧げる際に用いられる定型の終句です。「成就あれ!」というほどの意味です。 
以上が一応の語義の説明ですが、「掲諦」から「菩提」までの各語は、実はすべて「般若波羅蜜多」の別称で、しかもそれらは女性名詞の呼格(呼びかけ語)ですから、女尊の名称なのです。 
般若波羅蜜多が女尊であり、掲諦の句がそれと同義の女尊への呼びかけといえば、奇異に感じられるかも知れません。 
宋(そう)の時代に漢訳した施護(せご)の経題は「聖仏母般若波羅蜜多経」となっていて、般若波羅蜜多が「仏母(ぶつも)」と呼ばれていたことを示しています。実際に、大般若経巻14の中の「仏母品」という一節には、「般若波羅蜜は能(よ)く諸仏を生ず」と記されていますし、このほか維摩経などの多くの仏典にも「仏母」としての般若波羅蜜多が説かれていることは事実なのです。 
お釈迦さまのご生誕の聖地ルンビニーの守護神は、生母マーヤー(摩耶)夫人です。お釈迦さまをこの世に産んでわずか七日で没した母マーヤーの名は「幻影」を意味し、その現地名「ルンミンデーイ」の原意は、「失われた女神」です。数百年の時を経て、仏陀(ブッダ)の母は般若波羅蜜多として蘇り、大乗仏教の原動力となったのでした。   
 
般若心経8  
仏教の聖典は「経典」あるいは「お経」と呼ばれる。「経」という漢字には、「タテイト、動かないもの、不変の真理」といった意味があり、儒教の書物の分類でいうと「聖人の制作したもの」を指す。仏教の経典はインドまたは西域の国語から漢文に翻訳された。この場合には「スートラ」というインド語に「経」という漢字を当てはめたのである。 
インドにおける「スートラ」とはもともと「糸」や「紐」を意味し、「モノサシに使う紐」にもなり、簡潔な「教訓」や「金言」などの文を指すようになった。仏教では、ブッダや、ブッダの弟子が説いた教義を記した書物のことをスートラと呼んだ。仏教聖典の重要な部分を占めるこのスートラは、一定の形式をそなえ、短いものでも数十語、長いものになると数百ページにおよぶものさえある。スートラの他、教団の規律を規定する「律」、哲学的理論を展開する「論」とあわせて、「経」「律」「論」の三蔵という。三蔵法師の「三蔵」だが、これで仏教聖典が構成されるのである。 
したがってスートラすなわち「経」は聖典をなす三部門のうちの一つにすぎないわけだが、中国や日本では仏教聖典の全体を示すことが多い。「一切経」とか「大蔵経」という場合は、経・律・論のすべてを含める。なお現在の「大蔵経」には、中国人や日本人の著書で重要なものも収録されている。 
「大蔵経」の量は膨大である。 
「汗牛充棟(かんぎゅうじゅうとう)」という言葉がある。牛が汗をかくほどの重さと、棟につかえるほど蔵書が非常に多いことで、転じて、多くの書籍を意味する。まさに「大蔵経」の世界がこれに当てはまるだろう。 
「如是我聞(にょぜがもん)」すなわち、「このように私は釈尊から聞いたのだが」と最初に書けば何でも経典になる。あの『法華経』でさえ釈迦入滅後一000年以上も後になって作られたというが、その後も多くの経典が続々と作られている。仏教には『聖書』や『コーラン』のような啓典がないゆえに、経典の無限の成長を許したのである。 
仏教経典は紀元後二世紀頃から、次々にインドのサンスクリット語原典から漢訳され、それを受け取った中国人は、大量の文献はすべてブッダの口から説かれた言葉の記録であると聞かされた。だがよく読んでみると、同じ仏教経典でありながら教理的に矛盾するものがあり、また矛盾する理由もそれら経典自身の中で説明されていることを発見した。それによると、ブッダは聴衆の能力に応じてそれぞれにふさわしい教えを説いたのであり、説法の内容にレベルの差があるのは当然だというのである。いわゆる「方便」である。 
そこで中国の宗教組織者は、仏教経典のどれが高レベルで、どれが低レベルであるのか、どれがブッダの真意で、どれが方便説であるのかに最大の関心を抱いた。そして、経典を分類し、位置づけを行うことに情熱を傾けたのである。 
最初に登場するのは六世紀の智_で、『法華経』を最上位に置き、これのみがブッダの真意であるとした。他のすべての経典は、『法華経』を説くための準備であり、補助にすぎないとして順位が定められた。智_の天台宗のみならず、三論宗、法相宗、華厳宗、真言宗、律宗、禅宗、浄土宗などもそれぞれが所依の経典を定めて最上位に置き、それ以外の経典を従属的地位に置いたのである。 
しかし、「原始仏教」の経典をはじめ、保守的な傾向の経典は比較的同じような内容が繰り返されるものが多く、型にはまった教説が大部分であった。「論」と呼ばれる哲学的理論が展開される書物は、部派によって保守的なものから革新的なものにいたるまでバラエティに富んでいる。また理論的な傾向は「論」だけでなく、「経」にも認めることができる。これについて、仏教学の第一人者・渡辺照宏は著書『お経の話』に次のように書いている。 
「一般社会ないしは初心者むけの説法においては害して理よりも情に訴える要素が強い。 
ここでは人間的存在の理論的な分析や、最高の宗教理想に到達するための超世俗的修行の段階などではなくて、そのかわりに日常生活の中の道徳や生活信条が説かれ、とくに仏陀の人格への帰依がすすめられた。信仰の対象としての仏陀についての物語(その前生涯の寓話をふくめて)が述べられ、奇跡やそれに近いことが真実として語られた。出家修行者にとっては仏陀は聖者の模範例にすぎなかったが、一般信者にとっては仏陀は最初から不思議な存在であり、人間のみではなくて神々や魔物たちからも畏敬されている人物と考えられていたのである」 
このような見方からすれば、すべての仏教教団によって異議なく承認されるような統一的な聖典のようなものは最初から一度も存在したことがなかった。このことは、仏陀の入滅直後にマハーカーシャパたち正統派が編集した聖典が教団全体の統一見解を示すものではないという事実によっても裏づけされる。どうやら当時の仏教教団は、中央集権を必要としない性格だったようだ。 
というわけで、仏教には啓典や根本経典のようなものは存在しないが、あえていえば、『般若心経』が「経典の中の経典」と表現されることが多い。『般若心経』は、古代よりアジア全土で広く親しまれてきた。日本においても、戦時中に仏教各派が合同法要を営もうとしたとき、一緒に読める唯一の経典として『般若心経』の名前があがったほどである。 
しかし、浄土真宗が強硬に反対して、この企画自体が立ち消えになった。なぜ、浄土真宗が反対したか。それは、『般若心経』が「空」の思想を説いているからである。浄土真宗は、阿弥陀如来は絶対的な存在であるという考えに立つ。しかし、絶対的な存在など何もないという「空」の思想と矛盾するわけである。もともと仏教そのものが「空」を根本原理とする宗教であるはずだが、浄土真宗の中では、阿弥陀如来によって浄土を約束されるという信仰に変容しているのだ。その意味で、浄土真宗という宗派は仏教に籍を置きながらも、その正体は一神教にきわめて近いことがわかる。その場合、阿弥陀如来がヤハウエやアッラーのような唯一絶対神に相当するわけだ。極楽浄土という他界観も、仏教としては本来異色であり、やはりキリスト教やイスラム教の天国に近い考え方である。 
それはさておき、『般若心経』が最も多くの人に知られた経典であることに異論はないだろう。『般若心経』とは何か。順を追って説明していきたいと思う。  
まず、『般若心経』とは何よりも大乗仏教の経典である。代表的な大乗経典としては『般若経』『華厳経』「維摩経」『勝鬘経』『法華経』『浄土三部経』などがあるが、同じ大乗経典といっても内容はさまざまである。起源も異なり、思想的に矛盾することさえもある。大乗経典のうちのあるものは、大乗側の人々が「小乗経典」と呼ぶもの、すなわち上座仏教の経典と同じくきわめて古い時代の思想内容を持つ。ただし資料としては古くても、大乗経典の方が形をなすのは遅れた。上座部派の人々が教団の権威を樹立するために早くから聖典の確立の努力した一方で、大乗の人々はこの点に関して自由な考えを持っていたからである。 
大乗経典といっても単一ではないが、渡辺照宏はそのポイントを三つ挙げている。第一に、現存の経典の内容から、般若系、華厳系その他を区別することができること般若系のうちの主なものはおそらく華厳その他に先立って成立したのだろうが、般若系に属する経典の中には後代のものもあるとされる。 
第二に、成立や伝承の地方を区別で。きる場合もあること。それぞれの経典の冒頭に記された地名は必ずしも事実に相応するものではないが、たとえば『般若経』の主要部分がインド南部で成立したということは多くの学者によって推論された。『維摩経』がヴァイシャーリー、『勝鬘経』がアヨーデャーと関係すると推測できる理由もある。また『法華経』がもともと特殊グループの聖典であり、『阿弥陀経』がインド文化圏の西境で作られたことも想像できるのである。 
第三に、同じ大乗経典の中にも高級な形而上的思想の展開から、単純な信仰にいたるまでさまざまの層を含むこと。大乗仏教者といううちにはバラモン出身の哲学者から庶民まで、幅広い教養のレベルを網羅しているので、論理でも説明方法でも、また比喩の使い方にしても、実にさまざまなレベルの差が見られる。大乗経典はすべて高尚なものと思い込むことも誤りなら、その一、二を読んですべてつまらないと断定するのも正しくないのだ。 
さて、その名の通りに「大きな乗り物」として多くの人々の救済をめざす大乗仏教における経典は、当然、さまざまな聴衆を予想している。その根本的特質は、瞑想体験の描写であると言うことができる。日常経験を超えた非日常的な体験を生き生きとした具体的な形で表現する。たとえば一座の指導者であるブッダが瞑想に入ると、その瞑想中の体験を列席者がすべて把握する。瞑想の中には無数の世界にいる無数のブッダやボサツやその他の存在の行動や言語などが出てくるが、それらを列席者はリアルなものとして同時に体験するのである。そこには距離や時間といったさまざまな制約はもはや存在しないのだ。瞑想中のブッダが一言も発せずとも聴衆はさまざまな教えを受け取る。これこそがすべてであり、瞑想からさめたブッダと聴衆との問答はただ付け足しでしかないのである。 
だから準備のない読者が大乗経典を読んでも理解できないばかりでなく、デタラメが書いてあると思うかもしれない。渡辺照宏は、『お経の話』で述べる。 
「大乗経典を読んで正直に印象を述べると、“つまらない”とか“冗長”とか“退屈”とか、ときには“ばかげている”とか感じることがあるのは事実である。これは多くの宗教の聖典に共通することである。ところが聖典にもとづいて作られた論書は哲学書として、思想の書として読んでも、もとの聖典以上に教えられることが多い。宗教的立場からいえば、それはわれわれの(私の、といってもよいが)信仰が足りないからであるといわれるであろう。しかし実際のところ、キリストのことばを記した福音書よりもむしろパウロの書簡の方が判りよいし、アウグスティヌスやトマスやマイスター・エックハルトやルッテルや、あるいはまた現代の神学者たちの著述の方がさらにいっそう親しみやすい。実をいうと信仰の乏しいわれわれは、これら人間的な解説や歴史を通してはじめて神のことばを理解するのである。大乗経典についてもそれと同じことが言えよう。実はわれわれはやはりインドや中国の仏教哲学者たちの解釈の眼を通して大乗経典を読んでいるのである」 
仏教哲学の開祖であり、大乗哲学の開祖は二世紀前半に南インドに出たナーガールジュナであるといわれる。『中観論』の著者として知られる彼は、『般若経』にもとづいて「空」と「縁起」を解明した。その思想はのちに中観派という一派によって継承されている。ナーガールジュナを継承しながらも、四世紀後半にはアサンガ(無着)とヴァスバンドゥ(世親)の兄弟は『般若経』『華厳経』『勝鬘経』をもとに唯識派を立てた。この派では特に瞑想を重視し、そのため別名を「ヨーガチャーラ」と呼ばれた。「ヨーガすなわち瞑想をこととする人たち」という意味だ。 
私たちは、ふつうこれらの仏教哲学者の解釈によって大乗経典の思想を理解するわけだが、彼らはつねに経典を絶対的権威として引用する。しかし、哲学者たちは経典を根拠としながらも、『聖書』におけるキリスト教の神学者たちと同じように、その解釈には苦心した。ましてやキリスト教とは比較にならないほど、仏教の場合は多くの経典が存在したのである。そのうえ哲学者たちが活躍した時期にもなお新しい経典が作られていったため、問題はいっそう複雑だったのである。 
大乗経典の中で最も分量の大きいものが『般若経』である。漢訳では四巻あるが、このうちのはじめの三巻が玄奘の訳した『大般若波羅蜜多経』、略して『大般若』六百巻であり、残りの一巻は玄奘以外の訳者によるさまざまな『般若経』である。玄奘は仏教経典の漢訳における最大の貢献者であり、玄奘以前の経典を「旧訳」、玄奘以後を「新訳」と呼ぶほどだ。彼は六六0年正月から六六三年一〇月までかかって『大般若』の翻訳を完成し、完成直後の六六四年二月に入滅した。 
玄奘訳の『大般若』は一六部の経典の集成である。それぞれの部は独立しているが、すべてが「般若」という思想によって統一されている。「般若」は、「仏の智恵」を意味するサンスクリット語「プラジュニャー」の音写である。物事を分析的に解明する一般の知識と異なった、直観的で総合的な悟りの叡智だとされる。大乗仏教では、ボサツがめざして修行実践すべき六つの完成徳目の最後に「般若波羅蜜」を掲げ、智恵の完成によって悟りが完璧となることを示すのである。 
『大般若』の最初の五部は、ほぼ同じ内容のもので章別や順序も共通点が多い。だが大六部以下はそれぞれ独自の内容と構成を持っている。しかも、第六部「勝天王」、第七部「文殊」、第八部「濡首」、第九部「金剛」、第一〇部「理趣」、第一六部「善勇猛」など、それぞれ別の名で呼ばれ、異訳のあるものが多い。  
まさに最長最大の経典である『大般若』のエッセンスを、わずか二六二文字の経文(きょうもん)に凝縮したものが『般若心経』なのである。『般若心経』は、正式には『般若波羅蜜多心経』という。「般若」は仏の智恵、「波羅蜜多」は完成、「心」は精髄または真言を意味する。すなわちこの経には、「仏の智恵が完成するための真言」が説かれているのである。「マントラ」とも呼ばれる真言とは、平たく言えば「呪文」のことである。そして仏の智恵の完成とは、「空」の思想を体得することに他ならない。 
短いながらも、大乗仏教の根本思想である「空」の理法が説かれている『般若心経』には二種類ある。いわゆる大本(広本)と小本(略本)が存在し、一般に流布している玄奘三蔵役は小本にあたる。大本には「如是我聞::」ではじまる序と「::信受奉行」で終わる結語がついている。以下は玄奘三蔵訳の『般若心経』の全文である。 
般若波羅蜜多心経 
観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。 
照見五蘊皆空。度一切苦厄。 
舎利子。色不異空。空不異色。 
色即是空。空即是色。受想行識亦復如是。 
舎利子。是諸法空相。 
不生不滅。不垢不浄不増不減。 
是故空中。無色。無受想行識。 
無限耳鼻舌身意。無色声香味触法。 
無限界。乃至無意識界。無無明。 
亦無無明盡。乃至無老死。亦無老死盡。 
無苦集滅道。無智亦無得。以無所得故。 
菩薩薩_。依般若波羅蜜多故。 
心無_礙。無_礙故。無有恐怖。 
遠離一切_倒夢想。究竟涅槃。 
三世諸仏。依般若波羅蜜多故。 
得阿耨多羅三藐三菩提。 
故知般若波羅蜜多。是大神咒。是大明咒。 
是無上咒。是無等等咒。能除一切苦。 
真実不虚故。説般若波羅蜜多咒。 
即説咒曰。羯諦。羯諦。波羅羯諦。 
波羅僧羯諦。菩提僧婆訶。 
般若波羅蜜多心経。 
大意は、観自在ボサツが深遠な智恵の完成を実践していたときに、五蘊・一二処・一八界といった万物の構成要素はすべて実体のない空であることを見抜いた。舎利子よ、迷いにはじまって生老死に終わる一二因縁も空であり、それらの克服も空である。四つの聖なる真理も、真理の認識も、悟りも、空である。ボサツも、過去現在未来のブッダもみな智恵の完成によって、心にこだわりなく、最高の悟りに到達する。したがって、智恵の完成こそは偉大なる呪文であり、その呪文とは、こうである。ガテー・ガテー・パーラガテー・パーラサンガテー・ボーディ・スヴァーハー(往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、彼岸に全く往ける者よ、悟りよ、幸いあれ) 
呪文は本来訳さないものとされ、漢訳でもチベット語訳でも音写している。最後の「スヴァーハー」は神々に呼びかける間投詞で、インド最古の文献『リグ・ヴェーダ』以来、「祝福」を意味する。「般若波羅蜜多」すなわちプラジニャー・パーラミターは実践であり、瞑想であり、自由であり、万能の偉大な力である。そのプラジニャー・パーラミターを観自在という一人のボサツにしぼり、呪文によって結ぶのが『般若心経』なのである。 
『般若心経』ほど、大乗仏教が伝わった国々において広く読まれているものは他にない。インドでも中国でも日本でも、さかんに研究され、数多くの註釈書が存在する。阿弥陀仏を信仰する浄土教以外は、あらゆる宗派が『般若心経』を重要視しているのである。 
最近の日本では、生命科学者である柳澤桂子氏による「心訳」や、作家の新井満氏による「自由訳」など、さまざまな新しい『般若心経』が刊行され、それぞれベストセラーになっている。経典を書き写す写経でも圧倒的な人気であり、仏教への関心の高まりとあいまって「般若心経ブーム」と呼ぶべき現象さえ見られる。 
特に、四〇年近くも病に苦しみながら、科学的解釈で美しい現代語に訳した柳澤氏の『生きて死ぬ智慧』は、「いのちの意味」を求める幅広い人々の支持を受けた。 
柳澤氏によれば、ブッダという人はものすごい天才で、真理を見抜いた。他の宗教も同じだが、偉大な宗教というものは、ものを一元的に見るということを述べており、『般若心経』も同じである。 
科学者としての柳澤氏は言う。私たちは原子からできている。原子は動き回っているために、この物質の世界が成り立っている。この宇宙を原子のレベルで見てみると、自分のいるところは少し原子の密度が高いかもしれない。戸棚のところにも原子が密に存在する。これが宇宙を一元的に見たときの景色である。一面の原子の飛び交っている空間の中に、ところどころ原子が密に存在するところがあるだけなのだ。そして、柳澤氏は同書の「あとがき」で次のように述べる。 
「あなたもありません。私もありません。けれどもそれはそこに存在するのです。物も原子の濃淡でしかありませんから、それにとらわれることもありません。一元的な世界こそが真理で、私たちは錯覚を起こしているのです」 
「空」をわかりやすく解釈した名文である。このように宇宙の真実に目覚めた人は、物事に執着するということがなくなり、何事も淡々と受け容れることができるようになる。柳澤氏によれば、これがブッダの悟ったことであるという。もちろん、ブッダが原子を考えていたわけではないが、物事の本質を見抜いていたのである。現代科学に照らしても、ブッダがいかに真実を見通していたかということは驚くべきことなのだ。 
この『般若心経』における「空」の思想は中国仏教思想、特に禅宗教学の形成に大きな影響を及ぼし、その後、日本において大流行したのである。多くの日本人にとって、『般若心経』とは仏教そのものであるかもしれない。   
 
「般若心経」梵文和訳

 

「般若心経」の主題は、大乗の「(絶対)空」を内実とする「般若波羅蜜多」が「人々の苦厄を除く」という利他の側面も合わせもつことを明示することにある。それを端的に言い表しているのが、前半の「度一切苦厄」(ただし、この句は梵文にはない、漢訳した玄奘三蔵の挿入?)の句であり、後半の「能除一切苦」である。「空」は「般若波羅蜜多」の内実であるが、このお経全体の主題ではない。 
大乗の基本コンセプトである「般若波羅蜜多」は「(絶対)空」を内実としながら般若経系経典でも多様な意味をもつようになった。のちの「(般若)理趣経」になれば「ア字本不生」(大師「理趣経解題」)にも変容する。この「般若心経」では、「般若波羅蜜多」の内実である「(絶対)空」が小乗批判の哲理であると同時に、「慈悲」のホトケである観自在菩薩に付託されて「衆生済度」(利他)という「方便」の側面も合わせもっている。 
しかも「般若波羅蜜多」は密教的な祈りのことば(真言)で代替もされている。「般若波羅蜜多」とは、小乗批判の哲理であり、世間利益の「方便」であり、その具体的方法が「真言」である、と読み取るのがこのお経の「真意」にかなっているのではないか。 
拙い和訳だが「小本」と「大本」の私訳(ほぼ直訳)並びに注記をご紹介する。サンスクリット原文は「般若心経・金剛般若経」所収のものである。末尾に「岩波文庫」所収の和訳を付けておいた。注記には、その問題点を指摘しておいた。 
小本 
経題の「般若波羅蜜多心経」にあたる尾題を念のため冒頭に挙げておく。 
iti praj`qpqrqmitq-h3daya/ samqptam. 
[漢訳(玄奘訳)]なし / 以上、般若波羅蜜多の心咒(真言)を終る。 
※「般若波羅蜜多心経」は「般若波羅蜜多」「心経」ではなく、「般若波羅蜜多心」「経」であることが原文からわかる。 
※私は、「praj`qpqrqmitq-h3daya」を「般若波羅蜜多の心咒(真言)」と訳した。 
※[中村・紀野]、「praj`q-pqrqmitq」の「智慧の完成」という訳についてはこのあとに触れる。 
※[同]、「(praj`qpqrqmitq)h3daya」を「(智慧の完成の)心」と訳した。しかし「般若心経・金剛般若経」の注記(二)では、「智慧の完成の心(真言)を終る」としながら、注記(四四)では「ここでは、精髄・精要を意味する」として一貫しない。 
注記(四四)を見ると、「心」を「精髄・精要」とする根拠として慈恩大師窺基や円測といった中国の諸師の訳語例が挙げられ、「心臓=心」の用例典拠がヒンドゥー聖典のウパニシャッドにまで及んでいる。中村先生らしいが、あまり説得力がない。ところが、この注記(四四)の末尾で、ウィンテルニッツの「この場合の「心」とは、一切の苦しみを鎮める真言」という解釈を紹介し、「般若心経」が密教的解釈を容れ得る可能性をもっていることに触れておられる。おそらく、中村・紀野両先生は「心」が「心咒(真言)」の意味をもつことを承知しておられながら、密教文献には明るくなかったため、ウィンテルニッツの解釈に乗るほどの自信がなかったのであろう。その自信のなさが注記(二)と注記(四四)の一貫性のなさに表れている。 
※中村・紀野両先生は、弘法大師の「般若心経秘鍵」も見ておられたようだが、弘法大師の梵語学の異能ぶりや、長安の日々に新訳の「華厳経」を訳出したインド僧般若三蔵や牟尼室利三蔵について梵語仏典を学びつつ、当時の漢訳作業や訳語情報をつぶさにキャッチしていたので、大師が「h3daya」を「心咒」と訳すことくらい当時の訳経の常識としてすでに知っていたと推測するには至らなかったのだろう。 
Namas sarva-j`qya 
[漢訳]なし / (モノ・コトの真実)すべてを覚知する者(一切智者・覚者)に頂礼したてまつる。 
※この帰敬部分の漢訳はない。 
※[中村・紀野]の、「全知者」が「sarva-j`a」にあたる。「全知者である覚った人」は二重の訳。 
qrya-avalokite1varo bodhisattvo ga/bh]rqyq/ praj`qpqramitqyq/ caryq/ caramqzo vyavalokayati sma pa`ca-skandhqs tq/1 ca svabhqva-1[nyqn pa1yati sma. 
[漢訳]観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 / [漢訳書き下し]観自在菩薩、深般若波羅蜜多を行じし時、五蘊皆空なりと照見して、一切の苦厄を度したまえり。 / 深い(集中の)般若波羅蜜多において、行を実践している、尊き観自在菩薩は、(次のように)観察した。 
(事物はすべて、例えば私の身体は)五つの(ものの)集まり(五蘊)である、と。そして、それ(ら)は、本性が空なるものである、と見抜いた。 
※「観自在」にあたる「avalokite1vara」は、直訳すると「観察することに自在な(もの)」で、「観自在」「観世音」と漢訳される。大乗仏教を代表する「衆生済度」(利他行)のホトケである。このホトケに説法を託するところに、このお経の主題がひそんでいる。 
※「行深般若波羅蜜多時」にあたる「ga/bh]rqyq/ praj`qpqramitqyq/ caryq/ caramqzo」を、[中村・紀野]は「(観自在菩薩が)深遠な智慧の完成を実践していたときに」と訳している。これにはいくつか問題がある。 
○まず、この部分のコアである「praj`q-pqramitq」という複合語である。 
漢訳では一貫して「般若波羅蜜多」(略されて「般若」だけの場合もある)と音訳される。分解して直訳すれば、「(事物の真実を)覚知すること(praj`q)によって目的(pqram、彼岸・サトリ)に到達する(itq)こと」だが、大乗仏典においては「空(くう、1[nya(tq))」を内実として多様な意味に変容する。だから、「般若波羅蜜多」というとすぐ「六波羅蜜」の「般若波羅蜜多」だと考えるのは浅知恵である。 
「(事物の真実を)覚知すること(praj`q)」は、高僧の説法を聞いたり、経典や論書を研究したり、考えのちがう論師と論争することではない。インドで林住修行者や釈迦が、神々との合一や解脱・サトリへの方法論とした「瞑想」(静慮(dyqna)・三昧(samqdhi))のなかで、「世間知」(思考・知識)を越えた「出世間知」を「観」ずること(洞察・喝破)である。「般若波羅蜜多」を「瞑想」と密接不可分の関係において見ないと、しばしば意味を取りちがえることになる。 
「般若波羅蜜多」が「瞑想」と密接不可分であることは、観自在菩薩の「観察する(vyavalokayati)」「見抜く(pa1yati)」からも推し量ることができる。「観察する(vyavalokayati)」「見抜く(pa1yati)」のは、説法を聞いたり、経典や論書を研究したり、論争をしている時の「知」のはたらきではない。深い「瞑想」のなかでの「知」のはたらきである。漢訳が「照見」と訳したのもそのイメージからではないか。 
「praj`q-pqramitq」を「智慧の完成」とする[中村・紀野]の訳は、わかるようでよくわからない。この訳語からは「般若波羅蜜多」の大乗の教理的背景が浮んでこない。仏典の訳語として説得力がない。 
○二番目の問題だが、「深い」という意味の「ga/bh]ra」を[中村・紀野]は「深遠な智慧(の完成)」と「深遠な」を「智慧(praj`q)」にだけかけている問題。 
「深遠な智慧」とはどんな「智慧」か。「智慧」の深いとか浅いとかは具体的にどんなことか。仏典では「智慧(praj`q)」を「深い」と形容するのを見ない。形容するとすれば「最勝の」「最上の」(parama、uttara、uttama)だろう。ここは、語形の文法に従い、「深い」を「般若波羅蜜多」全体にかけて読むべきである。 
すると、「深い般若波羅蜜多」とは「瞑想」(集中の)中の「知」のはたらきだから「深い」のであって、その「深さ」を「観察する(vyavalokayati)」「見抜く(pa1yati)」が代弁していることがわかる。 
[中村・紀野]は、「深遠な」のは単に「六波羅蜜」の「般若波羅蜜」ではなく、「六波羅蜜」のすべてを含むものだということを明示するためだと言う。こんな珍解釈でいいのだろうか。 
○三番目の問題だが、「ga/bh]rqyq/ praj`qpqramitqyq/(caryq/)」はlocativeの形(「〜において」「〜で」「〜に」「〜へ」)である。だから、まずは「深い般若波羅蜜多において(行を)」と直訳して考えるのが素直である。ところが、[中村・紀野]はここを「智慧の完成を(実践)」とaccusativeに訳している。これは、ここの文法の語形を無視している訳で、和訳としては落第だ。こんな自分勝手な訳が通るくらいなら文法など要らない。私は、「深い(集中の)般若波羅蜜多において」と直訳した。 
○四番目の問題だが、「caryq/ caramqzo」(行を実践しているもの(は))を[中村・紀野]は「行を実践していたとき」と訳している。「〜ときに」にあたる原語はない。これも意訳としてまちがっているとは言い難いが、漢訳のマネか?文法無視の勝手な訳し方だ。梵文和訳というのは、サンスクリット独特の言い回しの文法・修辞を無視して自分勝手な意訳をするのは禁物だ。 
[中村・紀野]は、「行」(caryq)について何も注記していないが、仏教思想史上、「行」(caryq)は簡単に見過ごす語ではないと思う。私は、この「行」(caryq)が「自利」の行であるとともに「利他行」(「方便」(upqya))のニュアンスをもっているのではないかと感じている。具体的には、ホトケの利益を祈る真言を読誦する行、のことである。 
※「五蘊皆空」は悩ましい訳で、しばしば誤解のもとになる。サンスクリット原文では、観自在菩薩が「(事物はすべて、例えば私の身体は)五つの(ものの)集まり(五蘊)である、と」まず観察し(vyavalokayati)、その上で「それ(ら)は、本性が空なるものである、と」見抜く(pa1yati)のである。観自在菩薩(大乗の立場)は一度「五つの(ものの)集まり(五蘊)」という「実在(有)」を認めている。その上で「それらは本性が空」(五蘊皆空)なのだといっている。 
漢訳者(玄奘)はここを簡訳した。その理由はわからないが、原文に忠実に読めば、「空」を武器に小乗を批判する大乗といえども一気に「空」なのではないと読める。するといきなりここで「五蘊皆空」はないのではないかと思えてくる。 
※漢訳の「度一切苦厄」にあたる原語はサンスクリット原文にはない。訳者(玄奘)が挿入したものか?仮にそうだとして、なぜ前後の文意がつながらないこんな場所に「世間利益」を意味する句が挿入されたのだろうか。もし訳者に意図があるとしたら、後半に出てくる「能除一切苦」をここで予告しているのかもしれない。 
※[中村・紀野]、「存在するものには」の原語はない。 
※[同]、「pa`ca-skandha」を「五つの構成要素」としたが適訳とは思えない。「skandha」は「部分」「集合」「集合体」(「梵和大辞典」)の意で、漢訳の「蘊」も「集合体」の意味である。 
※「1[nya」は、「空(から)の」「空虚な」「〜を欠いている」「〜のない」「ゼロ」(「梵和大辞典」)が原意で、「からっぽ」「無」といったイメージの語であるが、大乗経典になって「空」という思想的訳語をあてられ、それが定着した。まったくない(無、na、na-asti)のでもなく(非無)、ある(有、asti)のでもない(非有)、非有非無のゼロの考え方をいう。 
例えば、「私のいのち」は遺伝子や身体の生理や食事や生活環境や気候風土などさまざまな条件によって成り立っているのであって、「私のいのち」という個別の存在がもとからあるわけではない、だからモノ・コトの表にあらわれた部分の認識や概念の先入観にとらわれてはいけない、といった「無執着」の意味の考え方。[中村・紀野]は、「実体のないもの」と訳したが、これも簡便すぎて仏教思想の適訳とは言い難い。私は「それ自体で存在するわけではないもの」という意味にとっている。 
iha !qriputra r[pa/ 1[nyatq 1[nyatq-eva r[pam. r[pqn na p3thak 1[nyatq 1[nyatqyq na p3thagr[pam. 
[漢訳]舎利子 色不異空 空不異色 / [漢訳書き下し]舎利子よ、色は空に異ならず、空は色に異ならず / さて(そのように)、シャーリプトラよ、(事物の)形象(色)は空性であり、空性だからこそ(事物の)形象(色)(たり得ているの)である。(事物の)形象(色)から離れて空性があるのではなく、空性から離れて(事物の)形象(色)があるのではない。 
※[中村・紀野]の、「この世においては(iha)」はどうだろうか?「iha」は、「ここに」「この世において」「以下」「さて」「今」「この時」(「梵和大辞典」)といった意味の副詞。しばしば接続詞的に用いられる。英語の「then」ような軽いつなぎの語と考えたとしても、前後の文意を暗につなぐ意味がある。私は、「さて(そのように)」と訳し、「(深い境地のなかで観た)「五蘊皆空」のビジョンのように」という意味にとった。漢訳は「iha」を訳していない。訳さないでもいいくらいの修辞上の決まり文句なのか、訳さなくても文脈上「看破したその境地では」という意味が自明のこととなので訳語をあてなかったのか・わからない? 
※漢訳には「r[pa/ 1[nyatq 1[nyatq-eva r[pam」にあたる訳文がない。 
yad r[pa/ sq 1[nyatq yq 1[nyatq tad r[pam. evam eva vedanq-sa/j`q-sa/skqra-vij`qnqni. 
[漢訳]色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是 / [漢訳書き下し]色はすなわちこれ空、空はすなわちこれ色なり。受想行識もまたかくのごとし。 / (事物の)形象(色)というもの、それが空性であり、空性というもの、それが(事物の)形象(色)なのである。同様に、感受作用(受)も、思惟(想)も、潜在意識(行)も、識別(識)も(そうである)。 
iha !qriputra sarva-dharmq4 1[nyatq-lak2zq anutpannq aniruddhq amalq-vimalq-an[nqna parip[ruzq4. 
[漢訳]舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減 / [漢訳書き下し]舎利子よ、この諸法は空相にして、生ぜず、滅せず、垢つかず、浄からず、増さず、減らず、 / さて(そのように)、シャーリプトラよ、すべての事物(一切法)は空性を特色(相)としている。生じるのでもなく(不生)、滅するのでもなく(不滅)、垢れているのでもなく(不垢)、無垢なのでもなく(不浄)、減るのでもなく(不減)、満ちるのでもない(不増)。 
※この「iha」も漢訳は訳語をあてていない。「大本」では、ここは「eva/」となっている。「さて(そのように)」くらいにしておくところだと考える。隠れている意味は、「「空性」のビジョンのように」である。 
※「不増」「不減」は、ヒンドゥー聖典のウパニシャッドに見える「アートマン(個我)とブラフマン(大(宇宙)我)が主客未分の混沌たる世界」をいう時に使われる表現。 
※[中村・紀野]、過去受動分詞や形容詞の「anutpannq」「aniruddhq」「amalq-vimalq」を「生じたということもなく」「滅したということもなく」「汚れたものでもなく」「汚れを離れたものでもなく」と過去形に訳す必要はない。 
※梵文テキストは「不減」「不増」だが、漢訳は「不増」「不減」の順である。 
※[同]の、校訂原文に「anonq」とあるのは仏教梵語の変化?原文の誤り?訳者のまちがい?誤植?原語は「an[nq」。 
tasmqc Chqriputra 1[nyatqyq/ na r[pa/ na vedanq na sa/j`q na sa/skqrq na vij`qna/. 
[漢訳]是故空中 無色 無受想行識 / [漢訳書き下し]この故に、空の中には、色もなく、受も想も行も識もなく、 / その故に、シャーリプトラよ、空性においては、(事物の)形象(色)もなく、感受作用(受)もなく、思惟(想) 
もなく、潜在意識(行)もなく、識別(識)もない。 
※大乗(観自在菩薩が観た「空」観)の立場から、小乗の「五蘊」説が否定(批判)される。 
na cak2u4-1rotra-ghrqza-jihvq-kqya-manq/si na r[pa-1abda-gandha-rasa-spra2wavya-dharmq4na cak2ur-dhqtur yqvan na mano-vij`qna-dhqtu4. 
[漢訳]無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 無眼界 乃至無意識界 / [漢訳書き下し]眼も耳も舌も身も意もなく、色も声も香も味も触も法もなし。眼界もなく、乃至、意識界のなし。 / 眼も耳も鼻も舌も身体も意(こころ)もなく、形(色)も声も香りも味も触れられるべきもの(触)も認識対象(法)もない。眼の世界(眼界)もなく、意(こころ)による識別の世界(意識界)に至るまでない。 
※[中村・紀野]の、「dharma」を「心の対象」とする訳は気持はわかるが適訳ではない。 
※大乗(空観)の立場から、小乗の「六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)」「六境(色・声・香・味・触・法)」の「十二処」説が否定(批判)される。 
※「na cak2ur-dhqtur yqvan na mano-vij`qna-dhqtu4」は、途中略しているが、「眼界」から「耳界」「鼻界」「舌界」「身界」「意界」、「色界」「声界」「香界」「味界」「触界」「法界」、「眼識界」「耳識界」「鼻識界」「舌識界」「身識界」そして「意識界」までの「十八界」である。この小乗の伝統的教理もまた、大乗(空観)の立場から否定(批判)される。 
na vidyq na-avidyq na vidyq-k2ayo na-avidyq-k2ayo yqvan na jarq-maraza/ na jarq-marazak2ayo na du4kha-samudaya-nirodha-mqrgq na j`qna/ na prqpti4. 
[漢訳]無無明 亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得 / [漢訳書き下し]無明もなく、また、無明の尽くることもなし。乃至、老も死もなく、また、老と死の尽くることもなし。苦も集も滅も道もなく、智もなく、また、得もなし。 / 明知(明)もなく、明知のないこと(無明)もなく、明知(明)が滅することもなく、明知のないこと(無明)が滅することもない。老いること(老)も死ぬこと(死)もなく、老いること(老)や死ぬこと(死)が滅することもない、に至るまで(そうなのである)。苦(苦諦)も集(集諦)も滅(滅諦)も道(道諦)もなく、仏智(智)もなく、得ること(得)もない。 
※大乗(空観)の立場から、小乗(有部)の「十二因縁」説が否定(批判)される。「十二因縁」とは、「無明(avidyq)」から「行(sa/skqra)」「識(vij`qna)」「名色(nqma-r[pa)」「六入(2af-qyatana)」「触(spar1a)」「受(vedanq)」「愛(t32zq)」「取(upqdqna)」「有(bhava)」「生(jqti)」そして「老死(jarq-maraza)」まで。 
梵文には「na vidyq」(明もなく)と「na vidyq-k2ayo」(明が滅することもなく)があるが、漢訳・チベット訳にはない。「明」は「十二因縁」にはない。 
「十二因縁」ばかりでなく、「「十二因縁」を滅すること」つまり釈尊の説いた「解脱」への道(人間がもつ遠い過去からの業の滅却)も否定(批判)される。 
※そこで、「苦」「集」「滅」「道」の「四諦」も否定(批判)される。これは釈尊の仏教(原始仏教)の中心が大乗によって否定(批判)されたことでもある。 
※「智(j`qna)」は、[中村・紀野]のいう(注記(四五))、弘法大師(「般若心経秘鍵」)や伝教大師(「摩訶般若心経釈」)などの「能観(智)・所観(サトリ)」による「能所智得」の分別を否定することよりも、釈尊が初転法輪の時に言った「私は智が生じ、光明が生じた」の「智(仏智)」だという宮坂宥洪師の説の方が「技あり」ではないか。釈尊の仏教の研究では大御所だった中村先生も、これに気がつかなかったのだろうか。ここで、釈尊の初転法輪(初説法)も否定(批判)される。 
※「得(prqpti)」もまた、[中村・紀野](注記(四五〜四六))はあやふや・しどろもどろだ。ご両所のように、「得(獲得)」は「智」との関連で見るのではなく、諸法(dharma)の構成要素のなかに、結びついたり結びつかなかったり、集ったり集らなかったりするはたらきを考えたアビダルマの法分析をここでは想起すべきであろう。「得(獲得)」とは諸法が結びついたり集ったりするはたらきをいう。ここで、大乗の前のアビダルマ仏教が否定(批判)されている、と考えるのが妥当だ。この視点にはじめて言及された宮坂師の著書(前掲)をよく参照されたい。 
tasmqd aprqptitvqd bodhisattvqnq/ praj`qpqramitqm q1ritya viharaty acitta-qvaraza4.citta-qvaraza-nqstitvqd atrasto viparyqsa-atikrqnto ni2wha-n]rvqza4. 
[漢訳]以無所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃 / [漢訳書き下し]得る所なきを以っての故に、菩提薩埵は、般若波羅蜜多に依るが故に、心に罣礙なし。罣礙なきが故に、恐怖あることなく、(一切の)顛倒夢想を遠離して涅槃を究竟す。 / このように、得ることもないことからして、諸菩薩の般若波羅蜜多に依って(心の覆いを)取り去り、心の覆いのないもの(無罣礙)となる。心の覆いがないこと(無罣礙)からして、恐怖のないものとなり、逆さまの考え(顛倒)を超越したものとなり、寂静の境地(涅槃)に導かれたものとなるのである。 
※漢訳の「菩提薩埵 依般若波羅蜜多故(菩提薩埵は般若波羅蜜多に依るが故に)」は原文の意味と異なる。原文は「諸菩薩の般若波羅蜜多に依って」(私の訳)となる。 
※[中村・紀野]の、「安んじて」は「q1ritya」のことだと思うが適語だろうか。原意は「付着して」「頼って」「依存して」(「梵和大辞典」)である。私は「依って」とした。 
※[同]、「心を覆われることなく住している」もどうか。「viharaty acitta-qvaraza4」をそのように訳すだろうか。私は「(心の覆いを)取り去り、心の覆いのないものとなる」とした。 
※[同]、「入っている」とは「ni2wha」の訳語のようだが、原意に「入っている」の意味はない。多分「入涅槃」を念頭においたのだろう。漢訳は「究竟」で、「究竟涅槃」は絶妙だが、私は「導かれたもの」とした。「〜の上に」「〜に導く」が原意である。 
tri-adhva-vyavasthitq4 sarva-buddhq4 praj`qpqramitqm q1ritya-anuttarq/ samyaksambodhi/ 
abhisambuddhq4. 
[漢訳]三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提 / [漢訳書き下し]三世諸仏も般若波羅蜜多に依るが故に、阿耨多羅三藐三菩提を得たまえり。 / 三世におわすすべての仏は般若波羅蜜多に依って、無上の正等覚を現に覚ったものなのである。 
tasmqj j`qtavya/ praj`qpqramitq-mahqmantro mahqvidyqmantro ’nuttaramantro ’samasamamantra4 sarva-du4kha-pra1amana4.satyam amithyatvqt praj`qpqramitqyqm ukto mantra4 tad yathq 
[漢訳]故知般若波羅蜜多 是大神咒 是大明咒 是無上咒 是無等等咒 能除一切苦 真実不虚故 説般若波羅蜜多咒 即説咒曰 / [漢訳書き下し]故に知るべし、般若波羅蜜多はこれ大神咒なり、これ大明咒なり、これ無上咒なり、これ無等等咒なり。よく一切の苦を除き、真実にして虚ならざるが故に、般若波羅蜜多咒を説く。すなわち咒を説いて曰わく、 / この故に、般若波羅蜜多の大いなる真言、大いなる明知の真言、無上なる真言、比べるものなき真言が、すべての苦を除くものであると知られるべきである。真実は偽りがないことからして、般若波羅蜜多において真言が説かれた。然れば、 
※「praj`qpqramitq-mahqmantro」。この複合語をどう訳すか、難しい。私は「般若波羅蜜多の大いなる真言」と訳した。漢訳の「般若波羅蜜多 是大神咒〜(般若波羅蜜多はこれ大神咒なり、〜)」は原文の文意とちがう。 
※「samasama」は「asamasama」。仏典ではたびたび登場し「無等等」「比類なき」「比べるものなき」と訳される。 
※「praj`qpqramitqyqm(ukto mantra4)」はlocativeだが、漢訳は「説般若波羅蜜多咒(般若波羅蜜多咒を説く)」と意に介していない。私は「般若波羅蜜多において(真言が説かれた)」と訳した。 
gate gate pqra-gate pqra-sa/gate bodhi svqhq. 
[漢訳]掲帝 掲帝 波羅掲帝 波羅僧掲帝 菩提僧莎訶 / 達することよ、達することよ、目的(高み=サトリ)に達することよ、目的(高み=サトリ)にともに達することよ、サトリよ、成就あれ。 
※四回繰り返される「gate」は、「gatq」(「gam」(「行く」「動く」「去る」「〜に達する」など)の過去受動分詞「gata」の女性形)か、女性名詞「gati」(「行くこと」「行動」「退去」「往来」「成功」「獲得」「至」「到」「趣」(「梵和大辞典」)の、vocativeである。 
[中村・紀野](「岩波文庫」本)のように、「gatq」(「達せるもの(者)」)にとるのが妥当と思われるが、私はこれに賛成できない。 
一つには、四回繰り返される「gate」が「(仏)尊」ではなく、「般若波羅蜜多(praj`q-pqramitq)」や「サトリ(bodhi)」の言い換えだと考えるから「達せるもの(者)よ」ではなく「達することよ」の「gati」にとる。 
二つには、「gatq」(「達せるもの(者)」)にとる場合、単数でいいのだろうか、と私は考える。言い換えれば、「サトリ」に向うのは、この真言の場合、一人でいいのか、ということ。「般若心経」の(大乗の)「般若波羅蜜多」の自利利他円満の立場では「みな、ともに」が担保されなければなるまい。もし「達せるもの(者)よ」がいいとするならば「達せるもの(者)たちよ」(複数)にならなければ大乗の価値がない。ここは「gate」が単数であることから、私はやはり「達することよ」の方がベターと考え「gati」にとった。 
ところで、「gati」にとると、三番目の「(pqra-)gati」は(複合語だから)いいとしても、四番目の「(pqra-)sa/gati」の「sa/gati」に「ともに達すること」という意味があるのかが問題となる。「sa/gati」には「〜と会うこと」「〜にしばしば行く」「交わり」「関係」「集り」「和合」といった意味があり「sa/gata(q)」とほぼ同義である。そこで、私は大乗の立場を勘案して「(pqra-)sa/gati」を「目的(高み=サトリ)に、ともに達すること」とした。 
余談だが、この「gate」を「gati」(女性名詞)や「gatq」(女性形)ではなく「gata」(男性形)だという信じられない参考書がある(智山「常用陀羅尼と諸真言」(増補改訂版)、p.13〜p.14)。いったい「gata」のvocativeは「gate」だろうか。この訳者は、もう一度サンスクリット文法を最初からやり直した方がいい。「gate」は「gata」のlocative(「〜において」「〜で」「〜に」)ではないか。「〜よ」とはならない。これは、サンスクリット文法の初歩の初歩のまちがいだ。 
いずれにせよ、ほかの真言・陀羅尼と同様、この真言もハイブリッド(混淆語)化している可能性がないわけでもなく、クラシカルサンスクリット文法で読み取れる限界も当然想定内にしておく必要はある。 
※この真言を[中村・紀野]は「往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、彼岸に全く往ける者よ、さとりよ、幸いあれ」と訳している。私は、「達することよ、達することよ、目的(高み=サトリ)に達することよ、目的(高み=サトリ)にともに達することよ、サトリよ、成就あれ」と訳した。 
両先生の和訳は、この真言の訳もそうなのだが、梵→和の翻訳としてはミスはないのだが、仏教経典の訳語・訳文としては納得に価するものではない。かゆい所に手が届かない感じなのだ。 
まず「往ける者よ、往ける者よ(gate gate)」だが、これでは「去り行く者」「往生した者」「死んだ者」と誤解される。生半可な知識で「般若心経」解説を書いている人は、おおかたこの訳を見てすっかり信用し同じようなことを書いている。真言僧で脳死移植問題に私とは逆の賛成の立場をとる、ある知名人が、「去り行く電車のテールランプの灯り」だなどと見当ちがいのことを言ったことがあるが、これもこの和訳を見て誤解したのだろう。「般若心経」すらこの程度にしか理解できていない坊さんが、生半可な仏教知識をひけらかして、生命倫理もろくにわきまえない移植医と一緒になり、脳死移植問題に首を突っ込むのはよせと言いたくなる。 
次に「彼岸に往ける者よ」(pqra-gate)だが、「pqra」を「彼岸(に)」と訳すのは当り前過ぎて、逆に[中村・紀野]両先生が「般若心経」の内容をあまり深く読んでおられないのではないかと勘ぐりたくなる。 
「(般若)波羅蜜多((praj`q-)pqramitq)」は「到彼岸」の意味だから「pqra-gate」も同じように「彼岸に往ける者よ」でまちがいではない。しかし、この「般若心経」のいう、大乗の「空」を内実とする「般若波羅蜜多」は「「向こう岸」に渡る」という平面のベクトルではなく、小乗を批判して上に立つ、もしくは霊鷲山の説法処からの俯瞰のように「空観」の高みに立つ垂直のベクトルである。だから私は「目的(高み=サトリ)に達すること」と訳し、敢えて「彼岸」を避けた。 
仏教の最終目的である「サトリ(buddhi、bodhi)」が、人間(世間)の平行思考で会得できるものではなく、深い瞑想のなかで高度に研ぎ澄まされた垂直の知(praj`q)によって示現するくらいのことは仏教の常識であるが、両先生の訳からはそういう教理的気配がまったく感じられない。そのことを「かゆい所に手が届かない」訳だと言ったのである。 
そして「彼岸に全く往ける者よ」(pqra-sa/gate)だが、「sa/gate」を「全く往ける者よ」とするのはいかがなものか。「全く(往ける)」とは「gate」の接頭語「sa/」のことだろうが、「完全に」ということか?「完全に往く」とはどんなことか?この「sa/」こそ大乗の「みな、ともに」なのではないか。一人が「完全に(自己完結的に)彼岸に往くこと」が「般若心経」の立場では「スヴァーハー」ではない。大乗はそれに批判的なのではないか。この辺のことが、両先生は見えておられないようだ。この真言を「pqramitq(到彼岸)」の通俗的語源解釈にしたがったもの、という「岩波文庫」本の注記に至っては何をかいわんやである。 
※宮坂宥洪師は、この真言(マントラ)に、インドで見聞された「仏母=女神化したマーヤー夫人(釈尊を産んだ母)」への信仰を重ねられ、「仏陀(buddha)」「サトリ(bodhi)」を「産み出す力」の意味にも言及されている。 
プロパーのマントラとはそういうものなのだろう。インド留学の経験をした人でなければこういう着想は浮ばないものである。もし「gate」が「仏母」なら、単数でいいことになる。 
※弘法大師は、「gate」を「大神咒」(声聞の真言)、「gate」を「大明咒」(縁覚の真言)、「pqragate」を「無上咒」(大乗の真言)、「pqrasa/gate」を「等等咒」(秘蔵の真言)とし、その一つ一つが四つの真言の名を具すという独特の解釈を行っている。 
この大師のような解釈を「宗乗」的独善として退ける悪習が仏教学界にあるのはいかがなものか。大師は唐で漢訳訳経のナマの現実をつぶさに見てきた。「般若心経」を師の恵果和尚や般若三蔵や牟尼室利三蔵やそのほか長安で交流した学問僧がどう解釈していたか知らないはずはない。仮に「宗」を立てるための教判的色彩があるとしても、その解釈には当時の最新の「心経」解釈情報が大師の頭のなかにはあったにちがいない。大師の解釈は、時間的には、玄奘の「般若心経」に近かったのだ。 
以上、つぶさに和訳をしてみると、次のことが見えてくる。 
「般若波羅蜜多」の内実である「空」の哲理(「空観」の立場)が、大乗以前の釈尊の(原始)仏教や小乗(部派仏教、説一切有部(sarvqsti-vqda)など)への批判というかたちで前半に説かれる。おおかたの「般若心経」解説書は、これをこのお経の主題だと勘ちがいしている。 
経の半ば以降は、種々「般若波羅蜜多」の「利益」が説かれるが、その象徴的なものが「能除一切苦」(前半初めに出てくる「度一切苦厄」と同義)で、「般若波羅蜜多」が「衆生済度」(利他)に及ぶことを意味する。これはこのお経の内容が仏・世尊ではなく「慈悲」のホトケである観自在菩薩(の「深い般若波羅蜜多の行」)によって語られることと無関係ではないだろう。 
さらに、「般若波羅蜜多」は祈りのことば(真言)に置き換えられて説かれる。「般若波羅蜜多」は「空」を内実としながら「マントラ」(祈りのことば自体に利益がある)になった。この密教的な要素の受容は、ほかの般若経系経典にも、また浄土往生を説く浄土思想系経典にもある。経に説かれる世間利益がより現実のものとして意味づけられることになるのである。 
解釈のしようだが、どどのつまり「般若心経」は、経題(尾題)に「般若波羅蜜多の心(真言)を終る」とあることからも、大乗としての「般若波羅蜜多」を世間利益のために密教的な祈りのことば(真言)に置き換えて説く、ということに主題(真意)があると読み取るのが正解なのではないか。 
◇中村・紀野訳(「般若心経・金剛般若経」、岩波文庫)◇ 
全知者である覚った人に礼したてまつる。 
求道者にして聖なる観音は、深遠な智慧の完成を実践していたときに、存在するものには五つの構成要素があると見きわめた。しかも、かれは、これらの構成要素が、その本性からいうと、実体のないものであると見抜いたのであった。 
シャーリプトラよ、 
この世においては、物質的現象には実体がないのであり、実体がないからこそ、物質的現象で(あり得るので)ある。 
実体がないといっても、それは物質的現象を離れてはいない。また、物質的現象は、実体がないことを離れて物質的現象であるのではない。 
(このようにして、)およそ物質的現象というものは、すべて、実体がないことである。およそ実体がないということは、物質的現象なのである。 
これと同じように、感覚も、表象も、意志も、知識も、すべて実体がないのである。 
シャーリプトラよ、 
この世においては、すべての存在するものには実体がないという特性がある。 
生じたということもなく、滅したということもなく、汚れたものでもなく、汚れを離れたものでもなく、減るということもなく、増すということもない。 
それゆえに、シャーリプトラよ、 
実体がないという立場においては、物質的現象もなく、感覚もなく、表象もなく、意志もなく、識別もない。眼もなく、耳もなく、舌もなく、身体もなく、心もなく、かたちもなく、声もなく、香りもなく、味もなく、触れられる対象もなく、心の対象もない。眼の領域から意識の領域にいたるまでことごとくないのである。 
(さとりもなければ、)迷いもなく、(さとりがなくなることもなければ、)迷いがなくなることもない。こうして、ついに、老いも死もなく、老いと死がなくなることもないというにいたるのである。苦しみも、苦しみの原因も、苦しみを制することも、苦しみを制する道もない。知ることもなく、得るところもない。それ故に、得るということがないから、諸の求道者の智慧の完成に安んじて、人は、心を覆われることなく住している。心を覆うものがないから、恐れがなく、顛倒した心を遠く離れて、永遠の平和に入っているのである。 
過去・現在・未来の三世にいます目ざめた人々は、すべて、智慧の完成に安んじて、この上ない正しい目ざめを覚り得られた。 
それゆえに人は知るべきである。智慧の完成の大いなる真言、大いなるさとりの真言、無上の真言、無比の真言は、すべての苦しみを鎮めるものであり、偽りがないから真実であると。その真言は、智慧の完成において次のように説かれた。 
ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スヴァーハー 
(往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、彼岸に全く往ける者よ、さとりよ、幸いあれ。) 
ここに、智慧の完成の心を終る。
大本 
「大本」は、まず、「小本」には登場しない世尊が霊鷲山の説法処に比丘や菩薩と共にあり、三昧(瞑想)に入っていて説法はせず、会衆のなかにいた釈尊の弟子・舎利弗(舎利子、シャーリプトラ)が、(同じ説法処で)「般若波羅蜜多」における行を行っている観自在菩薩に「般若波羅蜜多」における行の実践についてたずねるところからはじまる。そして、その答えとして「小本」のほとんどそのままがそのあとに挿入のような形で紹介され、終ると世尊が三昧(瞑想)から起って、その「小本」の内容のように実践されるべきだと言って喜ぶ、という形で構成されている。 
eva/ mayq 1rutam. 
このように、私によって聞かれた。 
※この出だしは、仏教経典共通の決まり文句。私の和訳は直訳。ならせば「このように(以下のように、世尊の説法を)私は、聞いた」、漢訳では「如是我聞(にょーぜーがーもん、じょーしーが^ーぶーん)」。 
ekasmin samaye bhagavqn Rqjag3he viharati sma G3dhrak[we parvate mahatq bhik2u-sa/ghena sqrdha/ mahatq ca bodhisattva-sa/ghena. 
ある時、世尊は、ラージャグリハ(王舎城)のグリダラクータ山(霊鷲山)(の説法処)において、あまたの比丘衆やあまたの菩薩衆と共におられた。 
tena khalu samayena bhagavqn ga/bh]ra-avasa/bodha/ nqma samqdhi/ samqpanna4. 
しからば、その時、世尊は、「深い開悟(等覚)」といわれる(という名の)三昧(瞑想)に入られた。 
tena ca samayena-qrya-avalokite1varo bodhisattvo mahqsattvo ga/bh]rqyq/ praj`qpqramitqyq/ caryq/ caramqza eva/ vyavalokayati sma. 
また、その時、深い(集中の)般若波羅蜜多において、行を実践している尊き観自在菩薩・大薩埵(摩訶薩)がこのように(次のように)観察した。 
pa/ca-ska/dhas tqm1 ca svabhqva-1[nyqn vyavalokayati. 
(例えば、私の身体は)五つの(ものの)集まり(五蘊)であると。そして、それ(ら)は、本性が空なるものであると観察した。 
atha-qyu2mqn Chqriputro buddha-anubhqvena-qryqvalokite1vara/ bodhisattvam etad avoceat. 
その時、大徳シャーリプトラが、仏の威徳によって、尊き観自在菩薩にこの(次の)ことを言った。 
ya4 ka1cit kula-putro ga/bh]rqyq/ praj`qpqramitqyq/ caryq/ cartu-kqma4 katha/ 1ik2itavya4. 
「もし、誰か、善男子が、深い(集中の)般若波羅蜜において、行を実践したいと望んだら、どのように学ぶべきであろうか」と。 
eva/ ukta qrya-avalokite1varo bodhisattvo mahqsattva qyu2ma/ta/ !qriputram etad avocet. 
このように言われた尊き観自在菩薩・大薩埵(摩訶薩)が、大徳シャーリプトラにこの(次の)ことを言った。 
ya4 ka1cic Chqriputra kula-putro vq kula-duhitq vq ga/bh]rqyq/ praj`qpqramitqyq/ caryq/ cartu-kqmas tena-eva vyavalokayitavya/. 
「シャーリプトラよ、もし、誰か、善男子かあるいは善女人が、般若波羅蜜において、行を実践したいと望んだら、これ(次のこと)によってこそ観察されるべきである。」と。 
pa/ca ska/dhqs tqm1 ca svabhqva-1[nyqn samanupa1yati sma. 
(例えば、私の身体は)五つの(ものの)集まり(五蘊)であると。そして、それ(ら)は、本性が空なるものであると見抜いた。 
r[pa/ 1[nyatq 1[nyataiva r[pa/. r[pqn na p3thak 1[nyatq 1[nyatqyq na p3thag r[pa/. 
(事物の)形象(色)は空性であり、空性だからこそ(事物の)形象(色)(たり得ているの)なのである。(事物の)形象(色)から離れて空性であるのではなく、空性から離れて(事物の)形象(色)なのではない。 
yad r[pa/ sq 1[nyatq yq 1[nyatq tad r[pa/. eva/ vedanq-sa/j`q-sa/skqra-vij`qnqni ca 1[nyatq. 
(事物の)形象(色)であるもの、それが空性であり、空性であるもの、それが(事物の)形象(色)なのである。このように、感受作用(受)も、思惟(想)も、潜在意識(行)も、識別(識)も空性なのである。 
eva/ !qriputra sarva-dharmq 1[nyatq-lak2azq anutpannq aniruddhq amalq vimalq an[nq asa/-p[rzq4. 
このように、シャーリプトラよ、すべての事物(一切法)が空性を特色(相)としている。生じるのでもなく(不生)、滅するのでもなく(不滅)、垢れているのでもなく(不垢)、無垢なのでもなく(不浄)、減るのでもなく(不減)、満ちるのでもない(不増)。 
tasmqt tarhi !qriputra 1[nyuatqyq/ na r[pa/ na vedanq na sa/j`q na sa/skqra na vij`qna/. 
その故に、そこで、シャーリプトラよ、空性においては、(事物の)形象(色)もなく、感受作用(受)もなく、思惟(想)もなく、潜在意識(行)もなく、識別(識)もない。 
na cak2ur na 1rotra/ ghrqza/ na jihvq na kqyo na mano na r[pa/ na 1abdo na ga/dho na raso na spra2waya/ na dharmq4.na cak2ur-dhqtur yqvan na mano-dhqtur na dharma-dhqtur na mano-vij`qna-dhqtu4. 
眼も耳も鼻も舌も身体も意(こころ)もなく、形(色)も声も香りも味も触れられるべきもの(触)も識別対象(法)もない。眼の世界(眼界)もなく、意(こころ)の世界(意界)に至るまでなく、識別対象の世界(法界)までなく、意(こころ)による識別の世界(意識界)に至るまでない。 
na vidyq nqvidyq na k2ayo yqvan na jarq-maraza/ na jarq-maraza-k2aya4. 
明知(明)もなく、明知のないこと(無明)もなく、(それらが)滅することもなく。老いること(老)も死ぬこと(死)もなく、老いること(老)や死ぬこと(死)が滅することもない、に至るまで(そうなのである)。 
na du4kha-samudaya-nirodha-mqrgq na j`qna/ na prqptir na-aprqpti4. 
苦(苦諦)も集(集諦)も滅(滅諦)も道(道諦)もなく、覚智(智)もなく、得ること(得)もなく、得ないこと(非得)もない。 
tasmqc Chqriputra aprqptitvena bodhisattvqnq/ praj`qpqramitqm a1ritya viharaty- acittaqvaraza4.citta-qvaraza-nqstitvqd atrasto viparyqsa-atikrq/to ni2wha-nirvqza4. 
このように、シャーリプトラよ、得ること(得)もないことからして、諸菩薩の般若波羅蜜多に依って(心の覆いを)取り去り、心の覆いのないもの(無罣礙)となる。心の覆いがないこと(無罣礙)からして、恐怖のないものとなり、逆さまの考え(顛倒)を超越したものとなり、寂静の境地(涅槃)に導かれたものとなるのである。 
tri-adhva-vyavasthitq sarvabuddhq4 praj`qpqramitqm q1ritya-anuttarq/ samyaksa/bodhim abhisa/buddhq4. 
三世におわすすべての仏は、般若波羅蜜多に依って、無上の正等覚を現に覚ったものなのである。 
tasmqj j`qtavya4 praj`qpqramitq-mahqma/tro mahqvidyq-ma/tro ’nuttara-ma/tro ’samasama-ma/tra4 sarva-du4kha-pra1amana-ma/tra4 satyam amithyatvqt raj`qpqramitqyq/ ukto ma/tra4 tadyathq 
この故に、般若波羅蜜多の大いなる真言、大いなる明知の真言、無上の真言、比べるもののない真言が、(各々)すべての苦を除く真言であると知られるべきである。真実は偽りがないことからして、般若波羅蜜多において真言が説かれた。然れば 
gate gate pqragate pqrasa/gate bodhi svqhq. 
達することよ、達することよ、目的(サトリ)に達することよ、ともに目的(サトリ)に達することよ、サトリよ、成就あれ。 
eva/ !qriputra ga/bh]rqyq/ praj`qpqramitqyq/ caryq/ 1ik2itavya/ bodhisattvena 
このように、シャーリプトラよ、深い(集中の)般若波羅蜜多において、行は菩薩によって学ばれるべきである、と。 
atha khalu bhagavqn tasmqt samqdher vyutthqya-qrya-valokite1varasya bodhisattvasya sqdhukqram adqt. 
然るに、その時、世尊は、その三昧より起って、尊き観自在菩薩の賞賛(のことば)を述べた。 
sqdhu sqdhu kula-putra evam etat kula-putra. 
善き哉、善き哉、善男子よ。それはその通りだ、善男子よ。 
evam etad ga/bh]rqyq/ praj`qpqramitqyq/ caryq/ cartavya/ yathq tvayq nirdi2wam anumodyate tathqgatair arhadbhi4 samyaksa/buddhai4. 
このように、深い(集中の)般若波羅蜜多において、行は実践されるべきである。あなたによって述べられたように、如来たちや阿羅漢たちや正等覚者たちによって喜ばれる(随喜される)であろう、と。 
idam avocad bhagavqn. qnanda-manq qyu2mqn Chqriputra qrya-avalokite1vara1 ca bodhisattva4 sa ca sarva-qvat] par2at sadeva-mqnu2a-asura-ga/dharva1 ca loko bhagavato bhq2itam abhyqna/dann iti 
この(次の)ことを、世尊が言った。大徳シャーリプトラ、また尊き観自在菩薩、またすべての近衆、神々・人間・アスラ・ガンダルヴァ、また世間も、世尊が言われたことに喜びをもって歓喜した。以上、 
praj`qpqrqmitq-h3daya-s[tra/ samqpta/ 
般若波羅蜜多の心咒(真言)の経を終る。  
 
「般若心経」に登場する人々

 

「般若心経」は誰が説いているのでしょうか。「え、今さら何をいっているの?冒頭に出てくる観自在菩薩に決まってるでしょ」と、思われる方がほとんどでしょう。しかし、舞台設定は何も書いてありません。「深般若波羅蜜多を行じ」る観自在菩薩と「舎利子よ」という呼びかけしかでてきません。「舎利子よ」と呼びかけて、以下の教えを述べるのは、観自在菩薩なのか、他の仏や菩薩なのかを判断する材料は出てきません。 
一般的には、お経というのは、仏陀が説かれたという形式になっています。あるいは、仏陀の代わりに説いた者を仏陀が称讃し、その説かれたことが正しいことを承認するという形になっています。 
このことから、「般若心経」の舞台設定として次の三つの場合が考えられます。 
1.お釈迦様が舎利子に説いている。観音様はお釈迦様の説法の中で語られるのみ。 
2.お釈迦様が舎利子に説いている。観音様はかたわらにいる。 
3.観音様が舎利子に説いている。お釈迦様はかたわらにいる。 
実際はどれなのか、決め手はありませんが、私には1が最もしっくり来るような気がします。 
お釈迦様が、「空」と「般若波羅蜜多」について説くにあたり、まず観音様の救済の行を例に上げます。そして、それは実はこれこれこういうことなのだよ、と舎利子に説明するというのがいちばんひっかかりなく行くような気がします。 
しかし、大本「般若心経」は3の舞台設定になっています。 
もう少し詳しく紹介すると次のようになります。 
お釈迦様は、多くの弟子たち・菩薩たちと王舎城の霊鷲山におられて、瞑想していた。そのとき観自在菩薩は、深般若波羅蜜多を行じているときに、五蘊は空であると照見した。すると舎利子は仏の意を受け、般若波羅蜜多の学び方を観自在菩薩にたずねた。 (中村元・紀野一義訳注「般若心経・金剛般若経」) 
たとえば、こういう状況を思い浮かべて下さい。 
中学校の学級会で黒板の前の教壇には司会者の生徒がいる。対面して生徒たちが坐っている。先生は教壇の向かって左手、窓際に椅子を置いて坐っている。生徒のひとりが手を挙げて質問し始めた。 
ここで、司会の生徒が観自在菩薩、生徒たちが弟子や菩薩たち、質問を始めた生徒が舎利子で、先生がお釈迦様、という具合でしょうか。 
このように想定するとより具体的に状況が把握できそうです。生徒たちを代表して質問を始めた舎利子とはいったいどのような人物なのでしょうか。
舎利子、舎利弗、シャーリプトラ、サーリプッタ 
舎利子、舎利弗、シャーリプトラ、サーリプッタというのは同一人物です。漢語では舎利子(しゃりし)」あるいは舎利弗(しゃりほつ)」と言われます。サンスクリット語では「シャーリプトラ」、パーリ語では「サーリプッタ」となります。 
ところで、お釈迦様が使っていた言語はどんなことばだったのでしょう。サンスクリット語だったのでしょうか。それともパーリ語、あるいはバイリンガルだったのでしょうか。資料が少なくて、はっきりしたことはわからないのですが、「古マガダ語」だったと言われています。「古マガダ語」というのは、紀元前五、六世紀に東インドのマガダあるいはコーサラ地方で使われていた言語です。 
バラモン(古代インドの司祭者階級)出身の二人の弟子が、お釈迦様の教えを「ヴェーダ」のことばで統一すべきだと主張しました。ヴェーダというのはバラモン教の根本聖典のことです。エリートのことばであるサンスクリット語で教えを説くべきだというのです。お釈迦様自身は王族としての必要な教養を身につけるために、あらゆる学問・技芸を習ったと言われていますから、サンスクリット語も使えたことと思います。しかし、お釈迦様はその地方の民衆がわかることばで教えを説くべきだと、サンスクリット的なエリートのことばの使用を禁じました。 
「サンスクリット」は「洗練された」という意味で、これに対して「プラークリット」は「土俗の」という意味です。サンスクリット語は、お釈迦様より少し古い時代に出たパーニニという文法学者が文法書を書き、固定化されたものです。 
また、「パーリ語」はプラークリット語の一種で、仏教が西インドに伝わり、西インド方言を基礎として成立した「聖典語」と言われます。紀元前3世紀頃、この地方出身のマヒンダがスリランカに仏教を伝えました。これが、現在の東南アジアの「上座部仏教」の始まりです。それはパーリ語でなされたはずなので、この頃にはパーリ語は成立していたと考えられます。 
「その地方のことばで教えを説け」というお釈迦様の指示は、さまざまの地方で行われました。たとえば、紀元前2世紀から紀元前1世紀頃には、説一切有部を中心とした教団がインド西北部のカシュミール、ガンダーラ地方に定着したと言われています。この教団では、初期からサンスクリット語で教えを伝え、後には経典を記していました。 
また、ガンダーラ地方では紀元前3世紀頃からガンダーラ語が使用され、ガンダーラ語の「ダルマ=パダ」(「法句経」)が残っています。時代ははるか後になりますが、鳩摩羅什が漢訳した「妙法蓮華経」の原本は、彼の故国中央アジアのクッチャ亀玆(きじ)のことばで書いてあったといいます。 
このように、地元のことばで教えを説くいう伝統は長く守られてきました。しかし、インドで発見された大乗経典のほとんどはサンスクリット語で記されています。 
4世紀初めに、インドではグプタ王朝が起こり全インドを統一します。5世紀の半ばにはフン族の侵入で衰退し6世紀初頭には滅びた王朝です。この王朝はサンスクリット語を公用語に、バラモン教を国教にして、バラモンの法典を基準に社会秩序を維持しようとしました。ヒンドゥー教はバラモン教と融合して社会的勢力を増し、仏教などは劣勢になってきます。こういった状況の中で仏典もサンスクリット語で書かれるようになってくるわけです。インドで発見された仏典はこの王朝以後のものがほとんどですから、それらはサンスクリット語で書かれているということになります。ただし、サンスクリット語といっても、それは「仏教梵語」と呼ばれます。正式のサンスクリット語にわざとプラークリット語の要素を混合したもので、「般若心経」もこれで書かれています。 
一方、東南アジアに広まった上座部仏教はパーリ語の仏典を保持し現在にいたっています。このような理由で、現存するインド由来の仏典はサンスクリット語のものか、パーリ語のものということになります。そのため、漢語に音写されたことばの元をたどるとき、サンスクリット語ではなになに、パーリ語ではなになにというわけです。
智慧第一の舎利子 
舎利子つまり舎利弗は「智慧第一」と呼ばれた二大弟子のひとりです。もう一人は、目連(もくれん)あるいは大目犍連(だいもくけんれん)と呼ばれるお弟子で、「神通第一」と言われます。 
舎利弗と目連はバラモンの出身で、仲のよい幼なじみでした。一緒に出家し、サンジャヤという懐疑論者の修行者のもとで修行していました。サンジャヤには二百五十人の弟子がいたと伝えられています。 
ある日、舎利弗は王舎城で立ち居振る舞いの正しく清らかな感じのする修行者に出会います。アッサジといい、お釈迦様が鹿野園で最初に教化した五人の弟子の一人でした。舎利弗はアッサジの跡を付け、托鉢が終わってから声をかけます。 
「あなたの師はどなたで、何を説かれているのですか」 
「私の師はお釈迦様です。私はまだ弟子になって日が浅く、詳しく話すことはできませんが、師はこのようにいっておられます。すべてのものごとには原因があり、滅するものだ、と」 
教えの一端がかいま見えるという程度の答えです。しかし、舎利弗はこれを聞いて悟りを開きます。先に不死を得たならばお互いに知らせよう、と目連と約束していましたので、早速友にこの経緯を知らせます。目連も悟りを開き、二人でお釈迦様に弟子入りします。この二人に従ってサンジャヤの二百五十人の弟子たちもお釈迦様の弟子となります。サンジャヤは悔しがって口から熱血を吐いた、と伝えられています。 
ジャイナ教という現在でもインドで行われている宗教があります。仏教とだいたい同じ頃に成立し姉妹宗教と言われますが、その経典には舎利弗もブッダとして紹介されています。時にはお釈迦様の代わりに弟子たちに説法したり、教えの上での問題が起きると出かけていって解決したり、仏教外の宗教者に仏教の基本的な教えや実践方法を説いたりという役目をになっていました。 
ところが、舎利弗は大乗経典ではときに批判の的として登場します。もっともひどいのは「維摩経(ゆいまぎょう)」でしょう。維摩居士(ゆいまこじ)が主人公のお経です。「居士」は、「家の主」という意味です。資産家で社会的な信用もあり、尊敬を集めていたような商工業者のことです。ところが、維摩居士は世俗の身でありながら仏道を極めていて、普段から仏弟子たちをへこましていました。 
あるとき、維摩居士は方便で病気になります。お釈迦様が維摩居士のお見舞いに行くようにいうのですが、仏弟子や菩薩たちはなかなか首をたてに振りません。ようやく文殊菩薩が承諾し、お見舞いに行くことになりました。すると、これまで嫌がっていた大勢の仏弟子や菩薩たち、天人がぞろぞろとついていきます。 
維摩居士の部屋に入ると、ひとりの天女が花びらを舎利弗はじめ仏弟子と菩薩たちにふりかけます。花びらは菩薩にはくっつかずに落ちますが、仏弟子たちにははりついてしまいます。仏弟子たちは必死に払い落とそうとしますが、どうしても落ちません。 
天女が舎利弗にいいます。「あなたには執着があるから花びらが落ちないのです」 
このように、舎利弗は天女にさえコケにされてしまいます。 
大乗経典は、僧院深く自らの研究に没頭し、一般信者と離れてしまった部派仏教の僧侶たちを批判します。その象徴的な存在として舎利弗が攻撃の対象になったのです。 
舎利弗は「般若心経」では「維摩経」のような批判の対象にはなっていません。しかし、何もわかっていないかのような質問者として登場します。「般若心経」でもやはり部派仏教が批判の対象になっていることがうかがえます。このことは後に詳しく触れることになります。 
 
般若心経の諸説
何時作られた

 

こんなことをいいますと、怪訝な顔をされる方がおられると思います。お経というのは、お釈迦様の教えなのだから、当然お釈迦様がこの世に生きておられた時代にできたはずだ。したがって、それは紀元前4、5世紀の頃に決まっているではないか、と考える方がおられると思います。 
しかし、これは二つの点で間違っています。 
まず、すべてのお経がお釈迦様のお説きになったものとは限らないのです。ただし、インドで作られたものだけがお経であり、中国で著されたものは「\kana{偽}{ぎ}経」と呼んで区別いたします。 
インドの仏教史は、学者によりさまざまな分け方がなされていますが、以下に一例を示してみます。 (立川武蔵「般若心経の新しい読み方」) 
・紀元前500-原始仏教の時代  
・紀元前350-部派仏教の時代  
・紀元前後1世紀-大乗仏教・部派仏教並立の時代 
・7世紀-密教の時代(-13世紀) 
原始仏教の時代に原型が成立したお経が原始仏典といわれ、この中にはお釈迦様が弟子や信者たちに直接口づてに説かれたものが含まれています。しかし、大乗仏教の時代に作られた大乗仏典や密教の時代に作られた密教経典には、お釈迦様が直接説かれたものは存在しません。 
この点について、江戸時代の国学者富永仲基は、大乗仏典はお釈迦様が説いたものではないから仏説ではない、つまり大乗仏教は仏教ではないという「大乗非仏説論」を展開して、仏教を批判しています。 
それでは、大乗仏典は本当に非仏説で、仏教ではないの でしょうか。「仏」、「仏陀」をインドの原語では「ブッダ」といいます。ブッダというのは、「目覚めた」という意味で、「真実に目覚めた」人がブッダと呼ばれるのです。ですから、ブッダは本来普通名詞なのです。お釈迦様はブッダの一人であり、そのほかにもたくさんの無名のブッダがいたとしてもおかしくないはずです。大乗仏典はこうした無名のブッダがその時代その風土に合った説き方表現によって、お釈迦様が悟られたと同じ真実を説いたものですから、仏説であり、仏教であると考えてよいと思います。つまり、無名のブッダたちは、自分たちはお釈迦様の悟られた真実と同じ真実に到達したのだという確信の上に立ち、「仏説」ということばを使ったのです。 
また、原始仏典も、お釈迦様在世当時に文字として記録されたわけではなく、それはどんなに古く見積もっても紀元前五〇年よりも古いことではありません。したがって、紀元前四、五世紀から紀元元年頃までは、教えは記憶によって伝承されてきたのです。文字で記録されるようになってからも、数百年の間、書き直されたり、書き加えられたりして現在に伝わっている形になったのです。
「般若心経」の種類 
「般若心経」も例外ではなく、最初に作られてから、原典そのものが数百年間にわたって改変、増広を受け、その上翻訳も一度きりではなく何度もなされてきました。そのため、「般若心経」といっても何種類もの「般若心経」が現存しています。まず、形式の上で分けると大本(広本)、小本(略本)という二種類があり、さらに原語のサンスクリット語以外に、漢訳されたもの、チベット語訳されたものなどが伝わっています。以下に示してみましょう。 
サンスクリット写本  
•小本 
1.法隆寺の貝葉心経 八世紀初め、あるいは八世紀後半に書写したもの  
2.浄厳の写本 一六九四年に法隆寺本を写したもの  
3.阿叉羅帖本 一八五九年頃に法隆寺本を模写したもの 
4.慈雲の刊本 一七六二年頃に法隆寺本を復元・訂正したもの 
5.1-4以外の写本約五種  
6.澄仁本 最澄が八〇五年に、また円仁が八四七年にそれぞれ持ち帰ったものを校訂して一本としたもの 一三五二年頃に筆写したものが現存  この系統に属する写本が約九種現存  
7.敦煌本 敦煌出土で、サンスクリットを漢字で音写したもの 「大正新脩大蔵経第八巻」、八五一-八五二頁に所収 
8.玄奘本 日本に伝承されてきた7と同系の写本  
9.御室本 一七六二年出版 
•大本 
1.日本伝来のもの 慧運が八三八(八四二)-八四七年の入唐の際に持ち帰ったもの 
2.中国伝来のもの 1とほぼ同じもの 
3.ネパール伝来のもの 一八三六年に写したもので、 河口慧海が持ち帰ったもの  
4.チベット語訳 ほとんどが大本に相当し、二系統ある 
5.モンゴル語訳 大本に相当 
漢訳  
•小本  
1.鳩摩羅什訳「摩訶般若波羅蜜大明呪経」一巻 四〇二-四一三年翻訳 「大正蔵第八巻」No.250、八四七頁下段。 
2.玄奘訳「般若波羅蜜多心経」一巻 六四九年翻訳 「大正蔵第八巻」No.251、八四八頁下段。  
3.現在読誦されている「摩訶般若波羅蜜多心経」の元  
•大本 
1.法月重訳「普遍智蔵般若波羅蜜多心経」一巻 七三八年翻訳 「大正蔵第八巻」No.252、八四九頁上-中段。 
2.般若・利言等訳「般若波羅蜜多心経」一巻 七九〇年翻訳 「大正蔵第八巻」No.253、八四九中-八五〇頁上段。 
3.智慧輪訳「般若波羅蜜多心経」一巻 九世紀中頃翻訳 「大正蔵第八巻」No.254、八五〇頁上-中段。  
4.法成訳「般若波羅蜜多心経」一巻 八三六-八四三年頃翻訳 「大正蔵第八巻」No.255、八五〇中-八五一頁上段。 
5.不空音訳「唐梵翻対字音般若波羅蜜多心経」一巻 8世紀音訳 「大正蔵第八巻」No.256、八五一上-八五二頁上段。 
6.施護訳「聖仏母般若波羅蜜多心経」一巻 九八〇◯九八六年頃翻訳 「大正蔵第八巻」No.257、八五二頁中-下段。 
このように、「般若心経」はサンスクリット語の原典の写本が数多く現存し、また三種類の言語に翻訳されています。その中でも、漢訳は五世紀の初めから十世紀の終わりまで、五百年以上にわたってなされてきました。このことは、中国においていかに「般若心経」が重要なお経であったかを示していると思います。 
ところで、漢訳について見てみると、小本の二本は内容の上で問題にするほどの違いはありません。 
また、中村元・紀野一義訳注「般若心経・金剛般若経」の一七四頁から一七五頁には、上述のサンスクリット写本・小本1法隆寺の貝葉心経と8玄奘本とを元に構成したサンスクリット語のテキストが掲載されており、その翻訳が玄奘訳の読み下しと並べて載せられていますが、内容の上では差がありません。 
さらに、不空の音訳を除く大本の五本も内容の上では違いはありません。 
ところで、大本には小本の前に、序分と呼ばれる前文があり、後に、流通分と呼ばれる結びの一文が付け加えられています。すなわち、大本は「お釈迦様が多くの弟子や菩薩とともに王舎城の霊鷲山上におられ、瞑想に入っておられ、そのときに」という、いわば場面設定の部分に続いて小本とほとんど一致する本文があり、その後に「お釈迦様が瞑想から出て、観自在菩薩を称讃すると、その場に集まっていたすべての者たちがお釈迦様のことばに歓喜した」という一文で締めくくられるという形になっています。 
このように、「般若心経」の中心課題について、大本は小本に何ら付け加えるようなものはないのです。 
詳細は、後ほど触れることになると思いますが、中村元・紀野一義訳注「般若心経・金剛般若経」の一八一頁から一八四頁に、サンスクリットの大本「般若心経」の全文の翻訳が載っていますし、金岡秀友校注「般若心経」には一九六頁から一九七頁に漢訳の大本「般若心経」の序文と流通分の日本語訳が掲載されていますので、興味のある方はご参照ください。 
ここでは私たちが普段読誦している「般若心経」、すなわち玄奘訳「般若波羅蜜多心経」を中心にして、他のものは適宜参考にして読んでいくという方法を取ることにします。 実は、中国で書かれてきたおびただしい数の注釈書や研究書は、ほとんどすべてが玄奘訳に対してなされてきたものです。
「般若心経」の成立と発展 
弘法大師空海は、「般若心経」は「大般若波羅蜜多経」六百巻の意を取り略説したものだといっています。 (金岡秀友校注「般若心経」)「大般若波羅蜜多経」(以下「大般若経」と略称)は玄奘三蔵法師が翻訳したもので、それまでに知られていた般若経をすべて集めて翻訳したものです。いわば 般若経の百科全書ともいうべきものです。私ども曹洞宗でも、大般若会(え)という法要において「大般若波羅蜜多経」六百巻の折り本になっている一巻ずつを蛇腹のように開いて転読をいたします。決まった唱えものをしながら、作法にのっとって転読するわけで、これは実際に読んだと同じ効力を有すると信じられています。その力で、順調な天候や世界平和、家門興隆などを祈願するのです。 
また、中村元・紀野一義訳注「般若心経・金剛般若経」では、「般若心経」は大きな般若経典の中から一部を取りだし、前後の句を付加して作ったものと考えられるとし、例として鳩摩羅什訳の「摩訶般若波羅蜜大明呪経」が同訳の「摩訶般若波羅蜜経」(以下「大品(だいぼん)般若経」と略称)の一文にほとんど一致しているが、これに相当する玄奘訳「大般若経」の部分とはかなり違っていることも指摘しています。鳩摩羅什訳と玄奘訳はよく似ていてほとんど違いはありませんので、当然玄奘訳の「般若波羅蜜多心経」ともかなり違っています。つまり、般若経の百科全書「大般若経」には「般若心経」は入っていないということです。 
以上を手がかりに、「般若心経」の成立の事情を推測してみましょう。 
まず、「八千頌般若経」が成立し、それを増広した「十万頌般若経」、「二万五千頌般若経」、「一万八千頌般若経」などが作られました。鳩摩羅什訳の「摩訶般若波羅蜜大明呪経」の中心部分は同訳の「大品般若経」の一部分と一致していますが、「大品般若経」は「二万五千頌般若経」系の原典からの翻訳 (三枝充悳「般若経の真理」、梶山雄一「般若経」)ですから、まず「般若心経」の原典はこれら拡大般若経系の原典から中心部分が取り出され、前後の部分が付加されて作られたのであろうと推測されます。 
その後、「般若心経」が小本のような形で単独の経典として確定すると、次に経典としての形式が整えられていったのだと考えられます。 
お経の叙述形式に「六事成就」と呼ばれるものがあります。「法華経」の冒頭を例にしますと以下のようになります。 
かくの如く(=信成就)、われ、聞けり(=聞成就)。一時(=時成就)、仏は(=主成就)、王舎城の耆闍崛山の中に住したまい(=処成就)、大比丘衆、万二千人と倶なりき(=衆成就)。 (坂本幸男・岩本裕訳注「法華経(上)」( )とその中の語句は筆者の加筆) 
このような六つのことがらが完備されれば、お経の形式が完成するということです。 
また、お経の最後は次のような形で終わるのが一般的です。これも「法華経」を例にしてみましょう。 
仏、この経を説きたまいし時、普賢等の諸の菩薩と舎利弗等の諸の声聞と及び諸の天・竜・人・非人等の一切の大会は皆、大いに歓喜し、仏の語を受持して礼を作して去れり。 (坂本幸男・岩本裕訳注「法華経(下)」) 
ちなみに、このような終結部分を「流通分(るづうぶん)」、本文を「正宗分(しょうしゅうぶん)」、上で見たような冒頭の部分を「序分」といいます。 
もちろん、すべてのお経がこのような形になっているわけではありませんが、「序分」「正宗分」「流通分」という形で構成されるのが一般的なお経のスタイルであり、よく整備されたものと考えてよいのだと思います。小本に「序分」と「流通分」を付け加えたのが大本であり、大本の成立によって「般若心経」というお経が、形式の上で完成されたのだということにすでにお気づきでしょう。 
漢訳の「般若心経」が、成立の古い二本が小本で、後のものがすべて大本であることからも裏付けられます。 
それでは、なぜ「般若心経」が作られたのでしょうか。 
筆者の勝手な想像ですが、拡大般若経があまりに長大化潤色され過ぎたため、もっと単純簡潔な経典が求められたからではないでしょうか。そして、後代まで読み継がれたのは大本系のものではなく、玄奘訳の小本だったのは、やはり翻訳がすぐれていたからだと思います。 
ただし、鳩摩羅什訳と玄奘訳は甲乙つけがたく、優劣を決められるものではありませんが、内容もほとんど一致していますから、どちらを読んでも差し支えはなかっただろうと思います。しかし、結局玄奘訳が後世よく読まれるようになったのは、翻訳が新しく、その訳語が術語の用法上統一がとれ、体系的であったからだと思います。一度採用されると、たとえそれが最善のものでなくてもそれ以後独占的にその地位を占めることは他の分野でもよく見られることです。 
中国仏教史上、四大翻訳家と呼ばれる四人のすぐれた訳経家がおります。鳩摩羅什(三四四-四一三あるいは三五〇-四〇九)、真諦(しんだい)(四九九-五六九)、玄奘(げんじょう)(六〇〇-六六四)、不空(七〇四-七七四)の四人です。「摩訶般若波羅蜜大明呪経」の翻訳者鳩摩羅什の翻訳は、正確流麗で、旧訳(くやく)の代表です。「法華経」や「金剛般若波羅蜜経」など、現在読誦されている多くの経典は鳩摩羅什が翻訳したものです。玄奘の翻訳は新訳と呼ばれ、その特徴は術語の使用に関して、統一され、体系的であることです。般若経の百科全書と呼ばれる「大般若経」も玄奘の翻訳であり、仏教を研究するものにとっては、玄奘訳を学ぶことがもっとも好都合だったという事情もあったことと思います。 
以上、「般若心経」の文献的、歴史的な面について簡単に見てきました。あまり興味のない方もおられたと思いますが、筆者としては、自分なりに「般若心経」の文献的、歴史的な位置を確認したいという意味もあり、あえて簡単に述べてみました。  
 
「空」

 

部派仏教に対する批判 
「空」においては、仏教の教えの主なものがすべて「無」であると否定されてしまいました。「空」の意味は、「縁起」「無常」「無我」ということばであらわすことができます。あえて「空」ということばを使わなくても、仏教の教えは説けることになります。原始仏典において、「空」ということばはそれほど重要なものとしては扱われていませんでした。極端なことをいえば、「空」ということばがなくても何とかやっていけるのです。それが、「般若心経」をはじめとする般若経類では、最重要のものとなっているのはなぜでしょうか。他のことばであらわせるものをなぜ、わざわざ「空」を使ったのでしょうか。ここには二つの意味があると考えます。 
ひとつは部派仏教のアビダルマに対するアンチテーゼとしての「空」です。このことをお話しするために仏教の歴史について簡単に触れなければなりません。 
序でも紹介しましたが、仏教史の区分の一例を次に示してみます。 
•紀元前五〇〇年頃- 原始仏教の時代  
•紀元前三五〇年頃- 部派仏教の時代  
•紀元前後一世紀-  大乗仏教・部派仏教並立の時代 
•七世紀-      密教の時代(-一三世紀) 
お釈迦様が亡くなられてから、約百年後に仏教教団の最初の分裂が起こったと考えられています。根本分裂と呼ばれていますが、保守的な上座部と革新的な大衆部の二派に分かれます。これ以後を部派仏教の時代といいます。その後、枝末分裂と呼ばれる何度かの分裂を繰り返し、最終的には20ほどの部派に分かれたといわれています。 
部派教団は、王族や貴族、大商人から伽藍や荘園などの寄進を受け、豊富な経済的基盤によって僧院深く教理の研究に専念することができました。教理の研究は「対法(アビダルマ)」といわれ、その成果は「論蔵」という名で集積され、教えの集積である「経蔵」および僧侶の生活規範の集積である「律蔵」とあわせて「三蔵」と呼ばれるようになります。各部派は、それぞれの「三蔵」を整備し伝持するようになります。 
僧侶たちは自らの悟りに専念し、一般在家信者とは離れていってしまいました。部派教団では、悟りは出家者に独占され、その境涯も仏陀より一段低い「阿羅漢」にしか到達できないとされました。 
このような状況の中、革新的な宗教運動が起こり、運動の担い手は自らの仏教を「大乗」と名乗ります。「大乗」とは「すぐれた乗り物」「大きな乗り物」の意味で、従来の保守的な部派仏教を「小乗」、「劣った乗り物」と呼んでけなし、批判したのです。 
現在、東南アジアで行われている仏教は、部派仏教の一派である「南方上座部」です。しかし、今問題にしている部派仏教とは異なり、自らの悟りにのみ専心するということもなく、「小乗」という名称はふさわしくありませんので、「テーラワーダ仏教」とか、「南方上座部仏教」と呼んでいます。 
大乗仏教は、利他行によって悟りにいたることなど、種々の理念をかかげました。その中のひとつが「空」の思想と六波羅蜜、特に般若波羅蜜で、「般若心経」のテーマにもなっています。般若経類は大乗仏教の先駆をなすもので、部派仏教の「アビダルマ」哲学を批判することも使命のひとつだったと考えられます。「空」の思想は、精緻に作り上げられた「アビダルマ」が「無」であることを主張しています。 
「般若心経」で「無」とされた「五蘊」「十二処」「十八界」「十二縁起」「四諦」は、お釈迦様の時代の原始仏教においてすでに説かれていた教えです。それが、アビダルマにおいて整理分類され分析の対象となった結果、「説一切有部(せついつさいうぶ)」(以後「有部(うぶ)」と略します)という有力な部派では、「五位七十五法」という体系にまとめられます。五蘊・十二処・十八界を整備細分化し、「五位」という範疇のもとに一切法(すべての存在・現象)を七十五種類に分けたものです。 
この七十五種類の法は、「有為法(ういほう)」と「無為法」に分けられます。「有為法」には、七十二種類、「無為法」には三種類が数えられています。「有為」とは、さまざまな因果関係によって作り上げられている、という意味ですから、「有為法」は現実のすべてのものを意味します。「無為法」は、有為法に対する執着が消えた悟りの境地(涅槃(ねはん))に属するものです。それは修行者の内面の体験で、現実の生と別に、どこかよそにあるものではないのですが、アビダルマでは有為法とは別に並列的に無為法を設定しています。 
無為法はさまざまな因果関係によって作り上げられたものではないので、縁起しているものではなく、無常なものでもありません。実在のもので自性がある実体ということになります。 
ところが、有部では有為法も自性のある実体と考えられています。それでは無常という仏教の教えに反することになります。しかし、有部の説明によれば無常ということになるのです。それは以下のような考え方にもとづいています。 
「説一切有部」というのは、「一切が有ると説く部(派)」という意味です。「すべてがある」という有部の主張は、単なるもの(存在)ではなくて、ダルマ(法)に関して、過去・現在・未来のすべてがあるというのです。過去の法も現在の法も未来の法もすべてがあるという意味です。すべてのものが過去・現在・未来の時間をつらぬいて存在しているというのではなく、もの(存在)の要素としての法(ダルマ)が過去という瞬間・現在という瞬間・未来という瞬間ごとにあるという意味なのです。 
たとえば、電球は東日本では一秒間に五十回の点滅を繰り返していますが、ずっと連続して点灯しているように見えます。それと同様に、私はある瞬間において、多くのダルマが集まった状態で生じ、次の瞬間には滅し、そのまた次の瞬間には生じ、…ということを繰り返しているというのです。刹那生滅を繰り返しているわけです。 
生じるというのは、ダルマが未来から現在に現れ出ることであり、滅するというのはそのダルマが現在から過去に去るのだということです。ダルマそれ自体は不変の特質をもっていて、未来においてもあり、現在においてもあり、過去においてもある、つまり過去・現在・未来の三世に実有だということになります。 
たとえとしては少しずれるかもしれませんが、この「ダルマ」と「もの」の関係は、「物質」と「原子」の関係に似ています。原子は不変ですが、その組合せが変わると物質は変化します。それと同様に、それぞれの瞬間に生じるダルマは多種多様で、瞬間ごとにそれらは異なるので、私たちの認識する世界は時々刻々変化し、「無常」なのだというのです。 
しかし、これでは真の無常とはいえないのではないでしょうか。お釈迦様が示されるすべてが無常だという意味は、ダルマ自体も無常だということだと思います。ましてや、縁起しない実体である「無為法」の存在はお釈迦様の教えとはかけ離れたものです。 
「空」はこういった有部のアビダルマ哲学を批判し、すべての存在は仏教本来の「縁起」「無常」「無我」というあり方をしていることを再確認し、徹底させたのです。有部の教学によって、一度骨抜きにされてしまった「無常」ということばを捨て、「空」という手あかのついていないことばを使ったのだろうと思います。
ことばの虚構性 
筏(いかだ)の喩(たと)えとして有名なお経があります。原始仏教経典に属する「中部経典」の「蛇喩経」の中にあるもので、「金剛般若経」にも引用されています。 
ある男が筏を作って無事に大河を渡りきった後、その筏が大恩人だからといって、筏をかついで行きたいと考えたならばそれは誤りである。筏を置いて行くのが正しいやり方である。同様に、私の教えを理解したならば、その教えさえも捨て去るべきである。 
お釈迦様は執着を離れるためにこのような筏の譬えの教えを説いたといわれます。 
「すべてのものは無常である」と説かれたお釈迦様ご自身は、年老い、病になられ、亡くなられました。一方、教えは二千数百年後の現在まで伝えられ、未来にも永遠に残ることでしょう。教えを説かれたお釈迦様はとうの昔に亡くなられましたが、教えは現代にまでそのままの形で残っています。私たちは、あるゆるものは無常だといいながら、その教えは、不変なものと思い込んでいます。現実は無常なのですが、現実をことばによって表現したもの、概念、情報は不変なものだという有部の学僧たちと同じ落とし穴に落ちてしまっています。 
「空」は、教え、情報、概念、もっといえば「ことば」の永遠性、虚構性をも否定するのです。 
「空の思想」の大成者ナーガールジュナ(龍樹(りゅうじゅ))は主著「中論」の中で次のようにいっています。 
他に縁ることなく、寂静であって、戯論によって戯論されることなく、無分別であり、種々の意味を持たない、──これが真実の相である。(「中論」一八・九) 
「他に縁ることなく」…真実は他人の教えによって知るものではなく、自分で瞑想し、直観しなければ得られないものだ、ということ。 
「寂静」…「空」の同義語。思考・思慮・判断・ことばの対象とならないから寂静という。 
「戯論」…言語的多元性。ことばの虚構。 
(梶山雄一・上山春平「仏教の思想3空の論理《中観》」) 
真実は、思考の対象とはなり得ないもので、思考を超越していて、直観によってしか得ることのできないものだ、というのです。 
子どものときにあるなぞなぞを問われたことがあります。 
「新潟県には、上り坂と下り坂のどっちがたくさんあるか」というものです。私はすぐ、頭の中で坂を数え始めました。でも数えられるはずがありません。それで、県外に行くときには必ず山を越えて行くし、峠のところが県境になっていることも多いから、上り坂が多いと考えて、「上り坂だ」と答えました。「バーカ、おんなじだよ」なるほど、同じ坂を下から上るときには「上り坂」、上から下るときには「下り坂」になるんだから、同じか。 
地面が傾斜しているところを私たちは「坂」と呼んでいます。さらに、その坂を下から見上げて「上り坂」、上から見下ろして「下り坂」といっています。ところが、一度定義してしまうと、定義をした実物から離れて定義がひとり歩きをはじめてしまいます。実物と離れて「ことば」が単独で存在するようになってしまいます。「実体化」してしまうのです。私はこの実体化してしまった、実物とは切り離された「ことば」としての「上り坂」「下り坂」を数えようとしたのです。 
これが「ことばの虚構性」です。ことばは必要なものです。ことばがなければ、日常生活が成り立ちませんし、ものごとを理解したり、文明を築くこともできなかったでしょう。しかし、ことばは事物の本質にかかわるものではなくて、事物やことばとの関係を示すだけのものです。 
私はよく肩こりを起こします。少し運動不足になったりすると、すぐに肩から背中にかけて筋肉がかたくこわばって痛くなります。緊張を強いられたりしてもすぐに肩にきます。しかし、アメリカ人は肩こりには絶対にならないそうです。もちろん、アメリカ人も日本人と同様、肩から背中にかけての筋肉がこわばって痛くなることはあるのです。しかし、彼らはそれを「背中が痛む」I have a pain on the back. と表現するのです。ですから、肩はこりません。 
たしかに、仏教の教えを説いたり、真実を示すのにことばは必要です。ことばが虚構であることを伝えるのにもことばは必要です。しかし、実物を離れてことばが示す本体があるとか、現実のほかにことばが示す真実の世界があるとか考えることは虚構である、とナーガールジュナはいっているのだと思います。
偏見、差別 
「ことば」が否定的な感情と結びつくと「偏見」になります。「偏見」が特定の行動と結びつき、偏見を持たれた人に不当な結果が引き起こされる場合、その行動は「差別」ということになります。 
たとえば、ハンセン病という病気があります。かつては「らい病」と呼ばれていましたが、明治六年(一八七三)にノルウェーのハンセン博士が病原菌(らい菌)を発見してから「ハンセン病」と呼ばれるようになりました。 
感染力がきわめて弱く、昭和十八年(一九四三)に特効薬が開発されてからはすぐに完治する病気になりました。しかし、以前は悪業(ごう)の報いを受けた「業(ごう)病」、天の裁きによる「天刑病」というような偏見を持たれていました。それは、病原菌が末梢神経や皮膚、眼をおかすため、顔面や四肢が変形したり、失明する場合があったため後遺症が残り、その様子によるものと思われます。 
問題は、病気の原因であるらい菌が発見され、特効薬が開発された後も、偏見がなくならず、病気の治った方々が現在でも差別を受けているという現実です。 
昭和六年(一九三一)に、「癩予防法」が制定されハンセン病患者が強制隔離されるようになりました。昭和二十八年(一九五三)には「癩予防法」を改定した「らい予防法」が制定されました。特効薬がすでにできていたにもかかわらず、「強制隔離」などの患者の人権を無視した条項はそのまま残りました。 
その上、療養所では、強制労働や独房など人権を無視した仕打ちがなされました。 
患者の家や移送に使われた乗り物、移送経路の施設などが、人々の前で白くなるくらいに消毒されたり、その様子が伝えられたりして、人々に「恐ろしい伝染病」という偏見を植えつけていきました。また、残念ながらかつての宗教者の説教も偏見を助長してしまいました。 
病気が治っても病名をいうことができず、故郷にも帰れない。遺族に引き取られなかった、あるいは死後も帰郷を望まなかった方々のご遺骨が全国の療養所の納骨堂に多数安置されています。 
人間の社会にこれ以上の差別があるでしょうか。何も悪いこともしていないのに、ごく当たり前の幸福を追求する権利も奪われ、人間としての尊厳をもって生きることができないのです。 
平成八年(一九九六)、ようやく「らい予防法」が廃止され、厚生大臣が謝罪しました。根拠もなく数十年にわたって人権を無視した法律が続けられたのはなぜでしょうか。その原因は他ならぬ「ことばの虚構性」です。真実とは乖離した「ことば」「概念」がひとり歩きし、私たちを束縛し続けたのです。 
人種、性別、出身、障害による差別が多数存在します。私たちは「ことばの虚構性」を脱し、「偏見」「差別」をひとつでもなくするように努めなくてはなりません。   
 
「空」なる生き方

 

般若波羅蜜多にもとづく「空」の実践、般若波羅蜜多を身につけた「空」なる生き方の実例を上げておきたいと思います。 
原坦山(たんざん)(一八一九-一八九二) という曹洞宗の僧侶がおります。江戸から明治時代に活躍し、多くの逸話を残していますが、東京帝国大学印度哲学科の初代講師や曹洞宗大学林総監をつとめました。 
坦山は若い頃、修行仲間と諸国行脚の旅に出ていたことがありました。ある雨上がりの日、橋のない小川にさしかかると若い娘が増水した小川を渡れずに困っているところに出くわしました。すると、坦山は躊躇なくその娘に「私が渡してあげよう」と声をかけると、サッと抱き上げて向こう岸に渡してやりました。お礼をいう娘を後にして、何ごともなかったようにまた二人で歩きはじめました。しばらく行くと連れの修行仲間が「お前よくも女を抱いたな」と坦山を問いつめました。この修行仲間は戒律を守ることを修行の眼目にしていて、戒律の中に女性に触れてはいけないという条項があるのです。すると坦山は「何だ、君はまだあの娘を抱いていたのか。わしはあのときに下ろしてしまったぞ」と呵々大笑したということです。 
修行仲間を、後に永平寺貫首になった久我環渓あるいは総持寺貫首になった栴崖奕堂としたり、小川ではなく大きなぬかるみであったとするものや、娘を抱いたのでなく背負ったとする話があったりと、このエピソードにはさまざまなバリエーションがあります。いずれにせよ、持戒堅固の修行仲間に非難を受けるのは承知の上で坦山が、困っている娘のためにあえて戒律を破ったという話です。 
戒律を守ることは、仏教の修行の上で重要なことです。ただし、戒律は悟りを得るための、あるいは修行者として正しく生きるための手段であって目的ではありません。女性に触れることが淫欲を刺激し、煩悩となることを未然に防ぐために、女性に触れてはいけないという戒律があるのです。もしも娘を向こう岸に渡してくれるような人がその場にいたのならば、坦山の行為は完全な破戒になるでしょう。しかし、そのような存在がおらず、困っている娘を助けてやれるのが坦山だけならば、実質的には破戒にはならないと思います。慈悲の心の実践であり、淫欲という煩悩は微塵も起こしていないからです。坦山は抱いていながら抱いていなかったのであり、その娘を抱いていたのは同行していた修行仲間の方だったと思います。 
さらに重要なことは、坦山は上に述べたようなことを頭の中ですばやく考えて結論を出し、娘を向こう岸に渡したのではないだろうということです。ごく自然にただできたのだろうと思います。般若波羅蜜多にもとづく「空」なる実践とはこのようなことだと思います。  
 
真宗門徒は「般若心経」を読まない

 

Q.浄土真宗では家のお仏壇に般若心経をあげてはいけないのでしょうか? 
A.「般若経」は、大乗仏教の最初期に編纂された経典で、仏教の歴史の中でも「空」の思想を打ち出した点で非常に意義の大きい経典とされています。ただ六百巻と余りに膨大な量がありますので、読経では要約した「般若心経」が多く用いられています(もしくはパラパラとめくるだけで読んだ事にする)。  
ですから大乗仏教の多くの宗旨・宗派でこの経典を用いますが、「すべての教えの要となっている」と言うのは評価しすぎで、「初期大乗仏教を切り開いた」という表現が当っていると思います。  
「 仏教の法門は八万四千あるといわれる。これらを全部読み尽くすことは困難であるから、インドの秀れた学僧がこれら八万四千の法門を要約し、まとめたものが「般若心経」であるといわれる。しかし、実際にはこの経典は大きな般若経典の中から一部を抽出して、それに前後の文句を付加してできあがったもののようである。つまり八万四千といわれる種々の仏教の法門の抜粋ではないのである。というのは、仏教文献の中にはいろいろな教理を説明したものがあり、その中には重要な述語が多数出てくる。それらすべての教理の要約であるとすれば、それなりの教理や述語が盛り込まれていなければならないのであるが、この経典は般若経典類の思想の要約であって、すべての教理の要約ではない。したがって「般若心経」は八万四千の法門を要約した経典とは厳密にはいえないのである。ただ仏教の基本思想である空の理法を説き、その内容を簡潔にまとめ、おさえている点では八万四千の法門の要約経典とはいえるであろう。 」との意見があります。 
ご質問については、 教団では浄土三部経(大無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経)と、それに付随する論釈や文類の読経を勧め、「般若心経」や「法華経」その他聖道門で用いられる経典は読みません。ただ「あげてはいけない」と拒否するのではなく、「あげる必要がなくなった」という姿勢が正しい解釈です。  
例えば「教行信証」には、「 まことに知んぬ、聖道の諸教は在世・正法のためにして、まつたく像末・法滅の時機にあらず。すでに時を失し機に乖けるなり。浄土真宗は在世・正法・像末・法滅、濁悪の群萌、斉しく悲引したまふをや。 」 
現代語訳 / いま、まことに知ることができた。聖道門のさまざまな教えは、釈尊の在世時代と正法の時代のためのものであって、像法や末法や滅法の時代とその人々のためのものではない。すでにそれは時代にあわず、人々の資質に背くものである。浄土の真実の教えは、釈尊の時代にも、正法や像法や末法や法滅の時代にも変りなく、煩悩に汚れた人々を同じように慈悲をもって導いてくださるのである。  
とありますように、聖道門の経典では法の目ざすところと自分の機や時代が合致しないのです。いくら説かれた教えが正しくても、実践が伴わなければ絵に描いた餅であり、実践しても成果である証しを得なければその方法(方便)は自分のためには意味を失ってしまいます。 
また、多くの経典が、それ以前に編集された経典を受け継ぎ、かつそれを整理・改良して発展させてきた、という歴史の中で、浄土経典は人間成熟の現場を知り尽くした人々による編纂、ということが言えると思います。  
私が本気で仏教を聞きだした十七、八の頃には、講師は「分け登る麓の道は異なれど、同じ高嶺の月を観むる」と、自力の禅宗も他力の念仏も、道は違ってもさとりは一つと説き、村人もそれに同調して、仏教もキリスト教も、宗教は皆究極の真理は一つであるといってい ました。 しかし宗教を求める動機が違い、道が違えば、さとりも違います。 原始仏教が問題にしたことは、生死からの解脱、苦悩の解決で、その道は迷いを転じて「涅槃」の「悟り」を開くことです。その人は煩悩を断って、自己の独立を成し遂げた「アラカン」で す。  
初期の大乗仏教は、この世は形ある滅びて行く仮の世界であるとして、永遠に滅びることのない「法性真如」の世界を求めて「智慧と慈悲」を兼ね備えた「仏」を「覚り」とし ました。  
後期の大乗仏教の「華厳経」は、人生が苦であろうが、無常であろうが、私たち人間にとってはさらに問題ではありません。人間は未完成です。人間自身を完成することこそ一大事で す。その完成の道は「人は人によって初めて人になる」と、五十三人の師に育てられて、「智慧と徳」を成就した「仏」になることを説いています。  
親鸞が真実の宗教と称えた浄土教の「大無量寿経」は、さらに一歩を進めて、人間完成の道は人によるだけではない。「人は環境の産物である」と、自分がそこに置かれている歴史的現実に立って、主体的人間と環境を創造して止まぬ「無量寿国」の土徳の「四十八の願力」に乗じて、創造的世界の創造的前衛である「不退転の菩薩」となることを説いてい ます。 これを見ても求道の動機が何であるかが、如何に大切か解るでしょう。  
以上のように、「大無量寿経」という究極のお経がよりどころとして示されているのに、今さら未完成の(仏願を完全に顕していない)経典は読む必要がないと考えているのです。  
もちろん教学上は他の経典も参考にしますし、「顕浄土真実教行証文類」(親鸞聖人著)には実に多くの経典が引用されていますが、礼拝時の読経には浄土に関連した経典を用いるのです。  
なお、「浄土真宗でもあげてよい短いお経」ですが、「讃仏偈」(嘆仏偈)、「重誓偈」(三誓偈)、「十二礼」、「仏説阿弥陀経」(小経) 、「帰三宝偈」などは、比較的短い時間で読み終えることができます。   
 
般若心経・現代語訳 (ひろさちや)

 

観自在菩薩がかつてほとけの智慧の完成を実践されたとき、肉体も精神もすべてが空であることを照見され、あらゆる苦悩を克服されました。 
舎利子よ。存在は空にほかならず、空が存在にほかなりません。 
存在がすなわち空で、空がすなわち存在です。感じたり、知ったり、意欲したり、判断したりする精神のはたらきも、これまた空です。 
舎利子よ。このように存在と精神のすべてが空でありますから、生じたり滅したりすることなく、きれいも汚いもなく、増えもせず減りもしません。 
そして、小乗仏教においては、現象世界を五蘊(ごうん)・十二処・十八界といったふうに、あれこれ分析的に捉えていますが、すべては空なのですから、そんなものはいっさいありません。また、小乗仏教は、十二縁起や四諦といった煩雑な教理を説きますが、すべては空ですから、そんなものはありません。 
そしてまた、分別もなければ悟りもありません。大乗仏教では、悟りを開いても、その悟りにこだわらないからです。 
大乗仏教の菩薩は、ほとけの智慧を完成していますから、その心にはこだわりがなく、こだわりがないので恐怖におびえることなく、事物をさかさに捉えることなく、妄想に悩まされることなく、心は徹底して平安であります。 
また、三世の諸仏は、ほとけの智慧を完成することによって、この上ない正しい完全な悟りを開かれました。 
それ故、ほとけの智慧の完成はすばらしい霊力のある真言であり、すぐれた真言であり、無上の真言であり、無比の真言であることが知られます。 
それはあらゆる苦しみを取り除いてくれます。真実にして虚妄ならざるものです。 
そこで、ほとけの智慧の完成の真言を説きます。 
すなわち、これが真言です。 
「わかった、わかった、ほとけのこころ。すっかりわかった、ほとけのこころ。ほとけさま、ありがとう」 
 
仏教者にとっての「死」

 

仏教は「死」を線として捉えている 
いったい「死」とは何でしょうか? 
わかつているようで、わからないものです。 
そういえば、古代ギリシアの哲学者のエピクロス(前三四一〜前二七一)がこんなことを言っています。 
「…それゆえに、死は、もろもろの悪いもののうちで最も恐ろしいものとされているが、じつはわれわれにとつて何ものでもないのである。なぜかといえば、われわれが存するかぎり、死は現に存せず、死が現に存するときには、もはやわれわれは存しないからである。そこで、死は、生きているものにも、すでに死んだものにも、かかわりがない。なぜなら、生きているもののところには、死は現に存しないのであり、他方、死んだものはもはや存しないからである」 (出隆・岩崎允胤訳) 
これは要するに、死ぬ前には死んでいないし、死んじゃえば生者は存在しない。だから「死」なんてものはない、と言っているのですね。形式論理的にはその通りですが、さて、そう教わつてわれわれの気持ちが安らぐかといえば、それはありません。「死」に対する不安は少しも軽減されていない。 
それが哲学の限界でしょう。 
この「死」に対する不安を軽減させるのが、宗教の仕事です。仏教の仕事です。 
したがって、なかには、エピクロスのような「哲学」を教わって、それで安心できる人がおいでになる。そういう人にとっては、宗教は不要でしょう。死ぬまでは死にやせんのだから…と、死のことを忘れて生きておれる。そうできる人は幸福です。 
もっとも、幸福なあいだは、あんがい人間は「死」を忘れておれるのです。それで、幸福なあいだは、人間、死ぬまでは死にやせん……と哲学的諦観でもって高を括っ(くく)て生きてゆけます。だが、いったん幸福な状態から不幸な状態になる(たとえば癌になる)と、そういう哲学的諦観ではやってゆけなくなります。そうなる確率が高いのです。そのときが困るのですね。宗教を持っていない人間の悲劇がそこにあります。 
これはこういうことだと思うんです。 
エピクロスが言うような哲学的諦観としての死は、死を点として捉えているのです。「死ぬまでは死にゃあせん」というのが哲学的諦観ですから、ここでは死は生の終わりの点になっています。そう見ると、死という実体はなくなります。それで死を忘れることができます。そうすると、勇ましいことも言えるわけです。 
「臆病者は、ほんとうに死ぬまでにいくたびも死ぬが、勇者は一度しか死を経験しない」 
これは、シエークスピアの「ジユリアス・シーザー」に出てくる言葉です。しかし、これは形式論理でしかないのです。 
では、宗教は「死」をどのように考えるのでしょうか。宗教といっても、それぞれの宗教で考え方が違います。わたしたちにとっては仏教が問題ですから、仏教は「死」をどのように考えているかを知りたいのです。 
結論から先に言えば、仏教は「死」を線として捉えています。哲学的には死は点ですが、仏教的には「死」は線なのです。そこに宗教と哲学の根本的な違いがあります。
「生・老・病・死」は一つのもの 
点と線というものは、線は点によつて分断されます。連続した線があって、その中央に一つの点がある。この点が死で、その右側が生、左側に死後があります。つまり、生きている(生)状態が突然死によって終わり、そのあとは死後になるのです。 
これが、エピクロスのような哲学者の考える死ですね。ユークリッド幾何学においては、点には位置だけがあつて大きさはないとされていますから、その意味では死はないと言えるわけです。そして同時に、人間存在は死という点で終了しますから、それ以後は人間でなくなるのです。人間でなくなったものは物体だから、これを煮て食おうが焼いて食おうが構いはしない、といった考えになります。 
脳死や臓器移植の問題の背後には、そういった哲学がちらついています。 
では、仏教では「死」をどのように考えているか? 
仏教においては、「死」は点ではありません。連続した線なのです。 
そうですね、譬喩(ひゆ)的に言えば、氷が融けて水になるように、生が融けて死になるのだと考えるのです。 
氷が融けて水になるといっても、氷が一瞬にして水になるわけではありません。最初は〈氷100%・水0%〉の状態から、少しずつ変化して、〈氷80%・水20%〉→〈氷50%・水50%〉→〈氷10%・水90%〉となり、最後に〈氷0%・水100%〉となります。それと同じように、最初は〈生100%・死0%〉であった状態から、少しずつ死が忍び込んできて、〈生75%・死25%〉→〈生40%・死60%〉→〈生15%・死85%〉となって、最後に〈生0%・死100%〉となるわけです。 
これが仏教の「死」に対する考え方の基本です。 
ですから、「死」は最初からわれわれの「生」のうちにあります。 
その意味で、「死」は病原菌のようなものです。われわれ人間は「死」という病原菌のキャリアーなのです。すでに誕生の前から病原菌を保有していて、潜伏期間のあいだを生きているわけです。 
だとすれば、「死」はすなわち「病」です。 
じつは仏教においては、人間存在を「苦」と見ていく、そして、基本的な「苦」として、―生苦・老苦・病苦・死苦― 
の「四苦」をかぞえています。すなわち、生まれることは苦であり、老いることは苫であり、病むことは苦であり、死ぬことは苦であると言うのです。 
ところで、考え方によれば、この四苦は一つのものかもしれません。 
なぜなら、「生」の中に「死」があるのです。というより、仏教においては先程も言ったように、「生」と「死」が渾然一体としてあるのです。〈生40%・死60%〉といったようなあり方で、われわれ人間は存在しています。 
そして、その「死」は一種病原菌のようなものだとすれば、「死」はまさに「病」であります。 
さらに、「死」は不可逆的に進行して行きます。どんどん、どんどんパーセンテージが増えます。 
そのパーセンテージの増大は、ほかならぬ老いです。「老」なんです。 
かくて、「生」と「死」が渾然一体のものであり、その「死」がイコール「老」であり「病」であるとすれば、「生・老・病・死」はまさに一つのものです。 
これが仏教の見方です。仏教は死を生から切り離して見ることはしません。生きることは死ぬことであり、死ぬことは生きることなんです。また、死ぬことは老いることであり、老いることが生きることであり、生きることが病むことであり、病むことが死ぬことなんです。「生・老・病・死」が一つになって、人間は生存しています。 
だから、生から死を切り離して、この人は死んでしまったから人間じゃないと、死んだ人間を物体として扱うことに仏教はものすごく抵抗を感じます。そういう見方をすれば、仏教でなくなってしまうからです。仏教においては、死ぬことが生きることなんです。生と死を切り離して論ずる科学的思考からすれば、きっと奇異に感じられるかもしれませんが。
「死ぬ時節には、死ぬがよく候」 
ここで「苦」について考察しておきます。 
先程わたしは「四苦」を言いました。「生・老・病・死」が人間の基本的な「苦」であると仏教は見ているのですが、では仏教はこの「苦」をどのようにしようとするのでしょうか? 「生・老・病・死」が苦であると指摘するだけでは、それは哲学ではあつても宗教ではありません。仏教が宗教であるかぎり、その苦をなんとかしないといけないのです。 
じつは、仏教には、小乗仏教と大乗仏教があります。古い時代のインドの仏教が小乗仏教であり、紀元前後のころにインドに興起した改革派の仏教が大乗仏教です。日本の仏教はこの大乗仏教の系統に属します。 
小乗仏教と大乗仏教では、苦に対する解決法が違っています。 
小乗仏教においては、苦を克服しようとします。死苦をなくそうとするのです。 
具体的にはどうしますか? 
まず、苦には原因があるのです。その原因は欲望であり執着です。あれが欲しい、これが欲しいと思っていれば、苦になるのです。なぜなら、欲望は、たとえそれが充足されてもなくなりません。充足されるとかえって膨れ上がるのが欲望の本質です。年収一千万円欲しいと思っていた人は、一千万円が得られるようになっても満足しません。いや、一億ぐらいないと駄目だ、と、欲の皮は突っ張るだけです。だから、苦になるのです。そして苦は、その原因である欲望をなくすことによって克服できる。小乗仏教はそのように教えています。 
したがって、小乗仏教においては、簡単にいえば、長生きしたいという欲望を棄てることによって、死苦を克服するのです。 
大乗仏教は、それとはまったく違った解決法を提案しています。大乗仏教において、”苦”という言葉の意味は、―思うがままにならないこと―といったふうに解釈されるのです。 
そう言われると、その通りですよね。”苦”が「苦しみ」だとすれば、生まれることの苦しみはわれわれはたいてい忘れていますし、老いることの苦しみも、われわれは一日一日、一秒一秒老いているのですが、それを苦しいと感ずることはそんなにありません。病気の苦しみも、すべての病が苦しみではなく、自覚症状のない病気だってあります。死の苦しみは、誰も体験者かいません。ひょっとしたら苦痛でないかもしれません。 
だから、「苦」は苦痛ではないのです。「苦」は「思うがままにならない」といった意味で、われわれは生まれること、老いること、病むこと、死ぬことを思うがままにできないのです。大乗仏教はそう言っています。 
とすれば…。話は簡単です。思うがままにならないことを、われわれは思うがままにしようとしなければいい。そうすれば「苦」にならないのです。 
われわれは、思うがままにならないことを思うがままにしようとして苦しんでいます。つまり「苦」にしているのです。 
そこで、―「苦」にするな!―というのが、大乗仏教の解決法です。 
死はわれわれにとって思うがままにならないことです。死にたくないと思っても死なねばならないし、安楽に死にたいと思ってもそうなるかどうか、ともかくわたしたちの思うようにはなりません。 
ならば、思うがままにしようとするな! つまり、なるようになると高を括っていればいい。大乗仏教はそう教えています。 
その点では、江戸末期の曹洞宗の禅僧の大愚良寛、というよりあの良寛さんですが、彼の言葉がいいですね。良寛さんは地震のお見舞いを受けたとき、その返信にこう書き記しています。 
「しかし、災難に逢(あう)時節には、災難に逢がよく候。死ぬ時節には、死ぬがよく候。是ハこれ災難をのがるゝ妙法にて候」 
それからもう一人、明治時代の俳人の正岡子規の言葉を紹介しておきましょう。彼は三十歳になる前に脊椎カリエスになり、三十五歳で死ぬまでほとんど病床にありました。その彼が病床にあって認めた言葉がこれです。 
「余は今迄禅宗の所謂(いわゆる)悟りといふ事を誤解して居た。悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であった」(「病牀六尺」) 
「死」が思うがままにならないことであれば、われわれにとって死に方などはどうでもいいのです。 
いや、「生」だって思うがままになりません。ならば、どのような生き方をしてもいいのです。そうあきらめるのが仏教の死生観です。ただし〃あきらめ〃は、たんに「断念すること」ではなしに、しっかりと「明らめること」です。「生死」は思うがままになるものではないとしっかりと覚悟することが「明らめ」です。そう「明らめる」とわれわれに安らぎが得られます。その安らぎこそ、宗教としての仏教によって得られるものです。哲学は、われわれにこのような安らぎは与えてくれません。 
ともあれ、死に方なんてどうだっていいのですよ。室町時代の禅僧の関山慧玄(えげん)の死は、すばらしいものでした。彼は妙心寺を開いた僧ですが、最期のとき、「どうやらお迎えがまいったようじゃ」と言って、旅仕度をして弟子に見送られながら寺を出て行きます。しかし、ものの三十歩も歩かぬうちに立ち停まり、じっとしています。〈いかがなされたか?〉と、弟子たちが駆け寄って見れば、関山慧玄は杖にもたれたまま死んでいました。これを立亡(りゅうぼう)といいます。見事な死です。 
だが、明治時代の傑僧と言われた橋本峨山の死は、それと対蹠跳的です。彼は大勢の弟子たちが見守る中を、「ああ、死にたくない、死にたくない」とわめきつつ死んでゆきました。この死に方は、世間の見方で見れば、見苦しい死です。無様(ぶざま)な死に方です。 
だが、大乗仏教の考え方からすれば、別段、この死に方でもよいのです。わたしたちが自分の死に方を思うがままにできるのであれば、橋本峨山的な死に方をやめて関山慧玄的な死に方にせねばなりません。でも、死に方は思うがままにならないのですから、わめきつつ死んでいく心境になれば、わめきつつ死ねばいいのです。思うがままにならないことは思うがままにしようとしない―。それが大乗仏教の考え方です。
「選別」の思想と「平等」の思想 
わが国、曹洞宗の開祖の道元は、「この生死は、すなはち仏の御いのちなり。これをいとひすてんとすれば、すなはち仏の御いのちかうしなはんとする也。これにとどまりて生死に著すれば、これも仏のいのちをうしなふ也」と言っています。われわれはこの「仏の御いのち」ということを考えてみましょう。 
動物の生命を含めた自然界に対する現代日本人のものの見方は、完全に、―弱肉強食―のそれであります。日本人はこの見方が「科学的」だと思っていますが、必ずしもそうではありません。俗流科学の見方だと言つた方がよいでしょう。 
そして、日本人はこの見方がキリスト教に通じると思っていますが、それはまちがいです。キリスト教の見方は、人間も動物も同じく神が創造された生命ですが、霊性を持った人間は動物よりも上位の生命であって、人間は動物を管理するように神から託されているのです。すなわち、キリスト教には、生命をランクづける、―選別―の思想があります。この点において、仏教とは根本的に異なる生命観に立つています。 
だから、キリスト教徒は、動物が瀕死の状態にあり、もがき苦しんでいるなら、これを安楽死させてやるべきだと信じています。人間が動物の管理者である以上、そうすることが人間の責務なのです。 
だからでしょうか、たとえば発展途上国援助に行った欧米のボランティアの人たちは、援助を求めてやって来る人々を、この人間はいくら援助の手を差し伸べても死ぬにきまっている・この人は援助すれば助かる・この人は援助なしで自力で助かるといった三グループに分けて、援助をしても死ぬ人間には絶対に援助しません。援助を受けて助かる人間だけに援助を与えるのです。そうでないと、援助の効率が落ちるからです。日本人のボランティアの人々には、この「選別」ができないのですね。それで、死ぬにきまっている人々になけなしの食糧を与えてしまいます。そうすることによって、援助を受ければ助かる人を見殺しにすることになりますから、日本人ボランティアは欧米人から非難されるのです。まあ、このあたりのところが、キリスト教思想の「強さ」でしょうね。 
キリスト教のこの「選別」の思想に対して、仏教のそれは、―平等―です。仏教は人間を含めて、あらゆる動物の生命を同じに見ています。 
それが証拠に、大乗仏教では、「一切衆生(いっさいしゅじょう)悉有仏性(しつうぶっしょう)」(すべての衆生が悉く(ことごとく)仏性を有している)と言いますが、ここで〃衆生〃というのは人間だけではなく、ありとあらゆる生きものです。また仏教には、「不殺生戒」がありますが、殺してならないのは人間だけではなく、蝿や蚊、ゴキブリを含めたあらゆる生きものです。したがって、仏教では、純理論的には人間を殺すことと牛や豚、蝿や蚊を殺すこととが「同じ」になります。キリスト教徒にすれば、牛は食用の動物だから殺していいが、鯨は駄目となります。 
「選別」の思想と「平等」の思想の差なんですね。 
おそらく、このような仏教の「平等」の生命観が、かえって俗流科学の「弱肉強食」の見方を受け容れやすくしているのでしょう。つまり、あらゆる生命が平等であれば、生命のあるがままの姿がいちばん「自然」だということになります。キリスト教徒であれば、あるがままの姿がもしも醜いものであれば、人間は神から管理責任を問われかねません。したがって、あるがままの姿を絶対に「自然」だとは認めないのです。「自然」とは、あるべき姿だということになります。だから、キリスト教は原理的に、現在でもダーウィン流の進化論に反対しています。
「死」はいのちの布施である 
では、仏教、とくにわれわれ日本の大乗仏教は「弱肉強食」の思想を認めるのでしょうか? 
結論から言えば「ノー」です。大乗仏教は「弱肉強食」の世界観を容認しません。 
だが、じつは、「弱肉強食」といった思想は近代科学の影響のもとに形成された一個のイデオロギ−です。このイデオロギーに対して大乗仏教がどう対応するか、はっきりとした見解はまだつくられていません。それ故、以下に述べることは、あくまでもわたし個人の意見ということになります。つまり、わたしが理解するかぎり、大乗仏教はこのように考えるーといったことを書くことになります。その点をお断りしておきます。 
さて、「弱肉強食」の思想の否定ですが、これは生態学の教科書に書かれていることですが、アメリカのアリゾナ州にありますケイバブ自然公園に起きた出来事が参考になります。公園当局は鹿を殖やすべく、天敵である肉食動物、すなわちピユーマやコヨーテ、狼を全部殺しました。すると鹿は殖えます。だが、あるところまで増殖すると、鹿は死にはじめたのです。死因はストレスです。あまりにも鹿が殖え過ぎたために起きるストレスで、鹿はばたばた死んで行きました。 
その次に起きたのが食糧不足です。増殖した鹿を養うだけの食糧はありません。そこで一気に鹿は全滅に近い状態になりました。 
このようなことは、実験によっても確められています。大きな倉庫で天敵のない状態でネズミを飼育します。食糧は十分に補給し、遺伝子の劣化を防ぐためにときどき野性のネズミを外から加えてやります。そうするとネズミは殖えますが、あるところまで行くと突然ネズミはストレスによつて死んでしまいます。食糧はふんだんにあるのに、約三分のーまで減少します。そこから再び増殖をはじめますが、無限に殖えるわけではありません。 
これはどういうことでしょうか? 
動物にとって、捕食者のいない状態はなにも理想ではないのです。 
むしろ捕食者がいてくれるほうが、食糧不足にもならず、ストレスも起こさずにすみます。そのほうが理想の状態かもしれません。 
ということは、自然の世界は「弱肉強食」ではないのです。 
食う・食われるの関係が、ある意味で「共生」の状態です。 
とすれば、食う・食われるの関係をわれわれは「弱肉強食」と捉えるより、―布施―と見たほうがよいのかもしれません。そしてわたしは、それが仏教の見方だと思います。 
そうなんです、仏教においては、強い者が弱い者を殺して食うのではなく、弱い者が強い者に自分のいのちを布施しているのです。 
強い者が弱い者を殺して食うという俗流科学の見方は、一つの仮説です。そもそも科学の見方は、あくまでも仮説なんですね。日本人はそれを真理と錯覚していますが、真理ではありません。一つの「説明」なんです。 
だとすれば、仏教は仏教の「説明」を持ちます。キリスト教はキリスト教の「説明」を持ちます。そしてキリスト教の「説明」からすれば、科学の進化論の「説明」はおかしいので、しばしば進化論の「説明」に攻撃を加えます。キリスト教は自己の「説明」が正しいと信じていますから(正しいというのは、この場合、神が肯定されるということです)、他の「説明」に攻撃を加えるのは当然です。 
いや、攻撃せねばならないのでしょう。 
だが、仏教は、どうも弱気です。ことに現代日本人は俗流科学の「説明」が真理だと信じ込んでいますから(わたしは、だから現代日本人は「科学教」の狂信者だと思っています)、仏教の立場からしてこれに攻撃を加えることをようしないのです。そんなことをすれば、仏教は頑迷固階の烙印を押されるのではないかと、おじけづいているありさまです。 
どうも淋しいかぎりですね。 
わたしは、仏教、大乗仏教の「説明」は、布施の見方だと信じています。 
鹿は狼に殺されるのではなく、鹿のほうから狼にいのちの布施をしているのです。「狼さん、わたしはほとけさまからいただいたいのちを、楽しく生きることができました。わたしのいのちを布施しますから、どうぞお食べください」と、鹿は思つているのです。いのちの布施をすることによって、狼も生きることができるし、鹿もまた自滅しないで生きられるのです。 
では強者は? ライオンは誰にいのちの布施をするのか? ライオンの死体は大地に還元されます。土に還るのです。そしてその大地から草が生え、その草によって草食動物が生かされます。それに、一頭のライオンが死ぬことによって、ライオン自身が過密になることからまぬがれます。それ故に、死は大勢の仲間たちへの布施なのです。 
つまり、自然界は、ほとけさまからいただいたいのちを互いに他に布施することによって共生しているのです。それが仏教の「説明」です。 
そして、人間の死についても、この「説明」が当て嵌まります。わたしたち人間の「死」もまぎれもない布施なんです。わたしたちが死ななければ、地球上に人間が充満し、過密になって人類が全滅するでしょう。然りとすれば、わたしたちは死ぬことによって未来の人類に布施しているのです。いや、過去の祖先たちが死んでくれたお陰で、わたしたちはこの地球に生きることができるのです。祖先たちが死なずにがんばっいると、わたしたちが生まれる余地はなかったでしょう。そう考えると、「死」が布施であることがわかります。 
では、おまえは、「死」が布施なんだから、死体の布施ともいえる臓器移植に賛成なんだな…と言われそうですね。だが、ちょっと待ってくださいよ。わたしが思うには、脳死の考え方のうちには、まぎれもない、―「殺」の論理―が入っているようです。脳死者は生きている価値がほとんどない弱者であるから、強者がこれを殺して食べてよろしいという「弱肉強食」の論理が、そこに読み取れませんか。それに、もうこの人間は殺してよいのだと「選別」する思想は、仏教のものではありません。布施が布施であるかぎり、自然死でなければなりません。強要された死、選別された死は、「死」ではなくて「殺」だと思います。 
その意味で、仏教の立場からして、わたしは脳死の思想に反対です。
死後の世界を「考えるな!」 
最後に、死後の世界について一言しておきます。 
「死」の問題を考えるとき、どうしても気になるのは死後の世界の有無です。いったい仏教は、死後の世界についてどう考えているのでしょうか? 
じつは、読者は意外に思われるでしょうが、仏教の開祖である釈迦は、死後の世界の有無について一切発言を拒んでおられます。死後の世界について、―考えるな―というのが、釈迦の教えです。これを仏教の言葉では、―「無記答」あるいは「捨置記」―といいます。釈迦は弟子から死後の世界の有無を質問されたとき、一切答えることなく沈黙を守っておられました。 
なぜでしょうか? それは、死後の世界があるかないか、われわれ人間がいくら考えてもわからないことだからです。わからないことはわからないことです。わからないことをわからないことだとするのが、わかることです。それが悟りなんですよ。 
もっとも、釈迦は、善業を積んだ人間は死後に天界に生まれ、悪業を積み重ねた人間は死後に地獄に堕ちると発言しておられます。天界だとか地獄を言っているのですから、これは死後の世界の有無を「考えるな!」ということと矛盾します。その点については、わたしはこう考えます。 
5引く8はいくらか? そう訊かれたら、わたしたちはたぶん「マイナス3」と答えるでしょう。けれども、小学校のー、二年生はマイナスという概念を習っていないのだから、そう答えられません。彼らは「引けない」と答えるでしょうし、彼らにとってはそれで正解です。また、たとえば時刻でいえば、5時の8時間前は9時ですから、5引く8は9となります。このように、計算方法の違いによつて答えはさまざまに成立するのです。 
そこで釈迦は死後の世界について「考えるな!」と教えたかったのですが、レベルの低い小学生段階にある者に対しては、そう教えることはできません。それで釈迦は、そのような人々を相手にしたときは、地獄や天界を説いたのでしょう。悪いことをすれば死後に地獄に堕ちる  と教えれば、人間は悪いことをしないようにしようと思うでしょう。そのための方便であります。 
それからまた、大乗仏教では、―浄土―の思想があります。浄土とはほとけの国(仏国土)であり、さまざまな浄土があります。しかし日本人にとっては阿弥陀仏の浄土である極楽世界がとりわけ有名で、浄土といえば極楽浄土と思われるほどです。「南無阿弥陀仏」と念仏を称えた者は、死後にこの極楽浄土に往き生まれることができるとされています。 
この浄上はどうなるのだ? それも死後の世界ではないか? そう言われるかもしれません。 
だが、じつはこの浄土は、わたしたちに死後の世界のことを考えさせないために設定されているものであります。わたしたちが死後の世界について「考えるな!」と教わって、考えずにいられる人もおいでになります。そういう強い精神の人はいいのです。あるいは禅を学んで、そういう強い精神を持つことのできた人は、考えずにおられるからいいのです。けれども、一般の凡人はそうはいきません。どうしても、死後はどうなるのだろう…と考えてしまいます。 
そういう人に、死後は阿弥陀仏の極楽浄土に往き生まれるのだよと教えれば、そしてその人々がそれを信ずれば、その人々は死後の世界について考えずに安心できます。浄土というのは、そういう意味で、死後の世界について「考えない」ための方便です。 
いずれにしても、仏教の基本は、死後の世界について「考えるな!」です。死後の世界をあれこれ揣摩憶測(しまおくそく)するのは仏教者の態度ではありません。わたしたちはしっかりこの人生を生きればいいのです。そしてしっかりと死ねばいい。それが真の仏教者の生き方であり、死に方です。わたしはそう考えています。   
 
瀬戸内寂聴の「般若心経」

 

寂聴こと瀬戸内晴美は、恋愛物の通俗小説の作家と思われているようですが、その本領は伝記文学にあります。大逆事件にかかわった菅野すがや大杉栄の妻・伊藤野枝など革命にかかわる女性たちや、岡本かの子も描いています。徳島ラジオ商殺人事件の女性被告の冤罪をはらす運動への関わりなど社会的な活動もしています。そんな人がなぜ出家したのかという疑問を、わたしはずっと持っています。 
「般若心経」は、法事の席などでよく耳にしていましたが、その意味についてはまるで知りませんでした。しかし、この経文は体系をもった一つの哲学なのだということがわかりました。わずか二百七十文字ほどの経文の背景には大きな思想があります。哲学でいうなら、存在論(ものはあるのか、人の心とどう関連するのか)、認識論(人は外界をどのようにして知ることができるのか)、実践論(人はどのようにして生きるべきか)などの分野が含まれます。 
わたしが聞きかじっていた仏教の教えというものは、ひどく通俗化された内容だったようです。経文をわかりやすくするために、もとの思想が解釈されてきたのでしょう。解釈というものは、それを聞いて「ああ、そうですか」と納得したら終わりになりがちです。現実の生活にとって、どのような有効性があるのか問題にされない傾向があります。 
経文の字づらの解釈を繰り返すうちに、いつか現実生活との接点を見失ってしまったのでしょう。それでは、「論語よみの論語知らず」とか「教条主義」と呼ばれてしまいます。わたしの耳にした仏教の考えのつまらなさの原因はそこにありそうです。寂聴の法話にも、「こんな言い方をしていいのか」と疑問を感じるところがあちこちにありました。 
どうやら、仏教を語る人のことばよりも、仏教を実践している人の生活そのものを見る方が、仏教の神髄というものを理解できるのかもしれません。
釈迦の出家と人生 
寂聴の話で魅力的だったのは、釈迦の伝記を語った部分でした。釈迦は今から二千五百年前、インドの北、今のネパールの西に住んでいたサーキヤ族(釈迦族)の王子として生まれました。本名は、ゴータマ・ブッダです。王家にふさわしく豊かな生活をしていましたが二十九歳のとき、複数の妻と生まれたばかりの子どもを捨てて出家してしまいます。釈迦の抱いた悩みが出家の原因だといわれます。「人間はなぜ生まれたのか、この世はなぜ苦しいのか、人は死ねばどうなるのか」という哲学的なものです。 
出家のきっかけになった「四門出遊」のエピソードがあります。日ごろ出入りする四つの門でいろいろなことを知ったそうです。東の門できたならしく老いた男、南では汗水をたらして震える病人、西では死んで運ばれる人を見ます。ところが北で、高貴な顔つきをした托鉢の僧を見て、「人間は出家をしたら、ああいうふうに心の穏やかな、平和な美しい顔になるんだな」と思って出家を決意するのです。 
それから釈迦は、悟りに至るまでさまざまな修業を重ねることになります。わたしたちは信仰というと、すぐにお釈迦さまにすがるということを考えがちですが、そうではないようです。
人生の価値と仏教 
寂聴は、仏教の信仰は人間の限界を超えたものへの祈りだといって、その「超越的なもの」を次のように説明しています。 
「その祈る対象は何か。仏とは何か。今まで私は、超越的なもの、人間以外のもの、聖なるもの、なんて言ってきました。昨夜、どうやって皆さんに説明したらわかってもらえるかと思って、四苦八苦している時、フッとひらめいたんです。「これだな」と思った。それは宇宙の生命です。宇宙に充満する生命。そう思ってください。」 つまり、わたしたちにとってもっとも価値のあるもの、それが宗教の祈りの対象です。無宗教で祈る対象のない人ならば、最終的な価値の置き所といってもよいでしょう。それを求めて釈迦は修業したわけです。しかし、わたしたちは釈迦と同じ人生の道を歩むことはできません。そんなとき、仏教の本質を教えてくれるのは、釈迦の臨終のことばです。 
釈迦は八十のとき、鍛冶屋の出した食事に当たって下痢をしながら旅を続けて亡くなりました。まさに死のうとするとき、釈迦は自分の死後の鍛冶屋の苦悩を思って「私が今まで受けたお供養の中で、鍛冶屋のチュンダが出してくれたあのご馳走が、最高に尊いものだった」といいます。そして、遺言として「お前たちは自分を明かりとし、人をよりどころとするな、仏法をよりどころとせよ、他のものに依るな」といいました。 
仏法とは仏教の根本理念です。それにもとづいて、自分の判断で生きること――それが釈迦の最後の教えでした。自分で自分の心を鍛え、自分が正しいことする人間になり、そういう自分を頼りにして、人の言うことに煩わされるなと言うのです。 
「結局、釈迦の開いた仏教というのは、自分と仏法をよりどころとして、人間形成をしながら生きていく、そして理想の人格に自分を鍛え、高めていきなさいという教えなんですね」 
般若心経には、世界各国のさまざまな哲学に見られる人類共通の価値観が含まれています。仏教も、わたしたちが人類に共通するひとつの価値観に到達するための一つの道なのだといえるでしょう。
寂聴 般若心経 生きるとは  
お釈迦さんはずっと長いこと苦行をしていた。  
けれども六年経っても、一向に何も変わらない。ある日ついに、こんなことをしててもしょうがない、これはきっと方法が間違っているんだ――― と気づくんです。  
コレは大事なことですよ。皆さんも何かを一生懸命していて、いつまで経ってもダメな時は、  
方法が間違ってるんじゃないかと考えた方がいいですね。  
「空」―――ものがあっても、それを認識しなければ、ないと同じこと。  
欲望は心が感じること。心がなければ欲望はないわけでしょ。人間には常に心がある。  
心があるから悩む。 心がなければ悩まないし、人と比較したりしないでしょう。  
「隣の亭主の方がうちのより稼ぎがいい」とか、そういうのは心がなければ感じないこと。  
心があって比較するから、もっと金持ちになりたいとか、もっといい格好したいとか、悩むんですね。 その煩悩を絶つこと。そうすれば苦がなくなる。悩みがなくなる。  
無心になるという言葉があります。赤ん坊は無心だと言います。座禅をして無心になる。写経をして無心になる。無心になるには何かに熱中して三昧になればいいといいます。  
なにか一生懸命に打ち込んでいる時は、それ以外のことは何も考えていない。  
その時、心はないも同じです。色は空に異ならず、空は色に異ならず。  
全ての現象はないと思えばないし、あると思えばあるのです。心が認めればあるし、心が認めなければないのです。 ものという因があっても、それを見たり、聞いたりする条件の縁がそわなければ、結果としてのものがないも同然だと言うことです。  
ですから「空」は「ない」ということだといえまずが、「ある」ともいえるのです。  
「ない」と「ある」の両方の性質を持ったのが空なのです。  
私達は、形ないものを形あるものとして執着し、煩悩に振り回されて、四苦八苦している  
わけです。それでも、煩悩がつまらない執着の対象にしているものは、すべて空で何もない幻なのだといわれたら、私たち凡夫は生きていく希望も何も失ってしまいましょう。  
私達は欲望があるから生きていられるのです。あれもしたい、これも欲しいと思うからこそ、明日もまた生きる力が湧くのではないでしょうか。この世のあらゆる文明も科学も芸術も、人間の飽くことなき欲望の生んだものです。仏教は、煩悩あればこそ、その苦から脱出したいと菩提を求める気にもなるのだから、煩悩即菩提と教えます。 煩悩を上手に飼い慣らし、手綱をうまくさばくことによって、私達はこの世に生きていけるのです。それが空即是色です。  
「なにしようぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂え」  
世の中はちろっと過ぎていくよ、 瞬きしている間にスルッと過ぎていく、なんてことはないんだよ、浮世は風に吹かれる木の葉のようなもんだ。(世の中を非常に軽く見ている、だから「浮世」)  
おやまあ、ほんとに私はいつのまにか70にもなったよ。  
古稀を祝ってくれるそうだけれども、まあそんなことはどうだっていいや、どうってことないよ。  
この世は全て夢まぼろし、笹の葉に露をおく、そのような短い間に過ぎていく、非常に儚いもの。まるでこの世はそのいっときの夢のよう。  
ああでもない、こうでもないなんて、悩まないでもいいじゃないか。 どうせそういうものなんだから、(苦しい時は)無理に頑張って生きなくてもいいじゃないか。どうせ真面目くさって生きたところで、しょせん人生は夢の夢じゃないか、それならば遊び狂え。
寂聴 観音経  
人間一寸先はわからない。我々が生きていると言うことだって、考えてみれば、どこから来てどこへ行くのかもサッパリわからない。地球が廻っていることも、星のめぐりも、突き詰めて考えれば、どうしてなのかわからない。そして、思いもかけぬ不幸が突然やってきたりします。世の中は矛盾に満ち満ちています。皆さんも何か悪いことが起こった時には、それが全てだと思わないで下さい。  
悠久の時の中で、私達の生きている時間はほんの点ほどに短い。その小さな点の中で、争ったり、起こったり、愛し合ったり、嘆いたりしている、そういうものが自分の生命だということを考えて下さい。神も仏もあるものかと思うのか、それとも神様仏様この世で起こる不幸なことの本当の意味を教えて下さいと祈るのか、と言う事です。
愛とは 
一心称名「お母さん!」「神様!」「仏様!」--「助けて!」  
一心称名は最も原始的な祈りと信仰の方法です。口で称えると、心に念ずる働きが起こり、称えたものが強烈にイメージされて、心に喚起されます。称え繰り返すうち、その御名に象徴される宇宙の大生命の根源に声が届き、呼応しあい、やがて自分自身が観世音になり、宇宙の大生命と合体してしまいます。観世音の御名は、それを称えることによって、宇宙の大生命と私たち人間の電波を繋いでくれる電話のような役目をしてくれるわけです。  
「観世音菩薩」とは「世音を観ずる菩薩」ということで、現実世界の様々な事柄を、もっている妙智力で観察、判断して、歪みや誤りを整理、調節して、宇宙の生命の本来の正しい軌道に乗せる機能を指しています。それは私達の心の中にも本来与えられている仏心というものです。その仏心が観世音を一心称名することによって、よびさまされると受け取っていいでしょう。  
「どうせ自暴自棄に陥り、心がクサってしまっているのですから、全精神力を籠められるわけがありません。ほんの習慣的にあるいは無意識的に、ウワ言のようにでも、観世音菩薩の名を唱えならば、心全体が救われるのであります。」迷える千々の心。正気を失うほど心が麻痺しているので、名を聞かせるだけで精神力が戻ってくると解しております。
ともかくあなたまかせの年の暮れ 
一心は一心不乱の一心で、迷いなく一つのことに熱中する心で、ただの一生懸命ではない。仏教では「心」があるから、全ての「色」つまり「物」が見えてくると解釈します。自分の分別の心を捨てきって、仏にまかせきってしまう心、自分の心のものさしを捨てきって、宇宙の生命のものさしにまかせきってしまう心をさすのだと思います。  
私達は大したものでもないのに、わずかばかりの知識や教養を心のどこかで得意にしてものごとを分別します。その自信を一度すっかり捨てきることです。 人間のはからいの心を捨てて、無心になってひたすら仏に念じ、仏にまかせきった一心をさすのだと思います。  
理屈を言わない。これを何千辺称えたら、仏が見えてくるとか、声が聞こえるとか、そんなはからいを捨てて、ただひたすら観世音の御名を称名することを一心称名と言うのです。  
一心に供養するとは、供養したらどうなるかという心を捨てて、己を捨て無心になって供養をするということです。己がなくなって、宇宙いっぱい観世音が満ち満ちると言うことです。無我が一心なのです。 「無償の愛を届ければ、彼はまた私の元へゥ」という北風太陽な計らいや○○したらどうなるかという心は捨てて、無心になって、ただひたすら愛する、後はお任せ…それが一心ということですよね。  
「南無観世音」と称えることは、ヨーガの呼吸法や座禅の呼吸法に叶っていた。吸う息は短く、吐く息は長く。「南無」で息を吸い、「観世音」で吐く。 すると、呼吸が自然に調節されて心身の疲れが回復するのです。心が落ち着き、呼吸が整うと、頭から血が下り、平静な判断力が戻ってきます。自分の立場が冷静に見えてきて、どうすればこの苦しい不自然な関係の中から逃れられるかがわかってきて、道が開かれ、心のかせが取り除かれ、自由の心や身かを取り戻すと言うことです。  
人が何かに執着すれば、それを失うまいとして、心にかせがはめられてしまう。仏教の真髄は、心の執着を取り除き、全き自由を得て、何ものにもとらわれないということです。
三毒の「瞋り」について 
私のこれまでの経験では、怒って得をしたことは一度もありません。「ならぬ堪忍するが堪忍」です。相手と対等と思うから腹も立つので、あわれな者よと、視点をかえて、腹の立った時、「南無観世音」と七へん称える余裕があれば、既に怒りは静まったということでしょう。  
怒りを静めることが目的なら、堪忍できさえすれば結果オーライなのだから[哀れな者よ.と優位に立てばいい]というのは視点を変えるための方便だと思います。最終的には[出来事は中立だ]とする空なる視点に辿り着くはず…  
三毒の「愚痴」。自分のことがよくわからない愚かな心をさします。  
悩みを訴えに見える人の話をよく聞いてみると、たいてい自分のことは反省していない。  
また、なぜこういうことが起こったかと原因を探究することもしないで、起こった現象にだけ振り回されて、右往左往して苦しんでいることが多いのです。冷静になってよく考えれば、いろんな筋道がわかってきて、結局自分が、執着が強かったり、欲張りすぎていたり、自分本位で相手の立場になって考えたことがなかった、などと言うことがわかってきます。  
しかし大抵の人間は自分の本位で、特に女性は、自分を中心に地球が廻っているように思い、思い通りにならない現実に腹を立て、愚痴ばっかりいっていることが多いのではないでしょうか。  
歳を取っても取らなくても、人間はもともと孤独である。と言う覚悟をして下さい。  
どんなに仲良く家族と暮らしても、夫婦で暮らしても、同じ時に死ぬことはできません。一つの布団で抱き合って寝ても、一つの夢を見ることはできません。孤独と言うことを心の底で覚悟しなければだめです。人間は家族と暮らしていても、本当は孤独なんです。一人で生まれて、一人で死ぬ、と言うことを覚悟していれば、なんとか耐えていかれます。  
「王難の苦」一国の領主が王ですから、自分の自我を喩えたもの。我は自分を司るから、王に喩えてもいいでしょう。自分の体は、自分のものであっても、自分のものではないのです。食物を与えなければ死んでしまうのですから、自分のものではありません。自分のものなら、病気になるまいと思えばならないはずなのに、時には勝手に病気になるし、死にたくなくても死ぬのです。自分の自由にならないのだから、自分のものではないでしょう。勝手におなかがすくし、勝手に眠くなります。心だって自分の思うようにはならない。あの人はよその女の夫だから好きになってはいけないと思っても、好きでたまらなくなったりするでしょう。お金がなく買えないのがわかっていてもあの土地が欲しい、あの土地に立派な家を建てたいと思い悩んだりするでしょう。  
人間の悩みとは全て自分の我執の妄想からおこるものなのです。自分のものなどは一つもないのです。それなのに自分のものだと思い込むから苦しむのです。  
観音を頂礼することは、自分を大切にすることです。  
観音様を信じ礼拝すると 観音様が自分の中に入ってきてくれるので 自分を尊いと考えるのです。観音は宇宙の生命であり、自分のまたここに於いて、宇宙の生命と直結しているのです。  
観音様と自分がひとつづきになってしまうのです。 
 
般若心経秘鍵(はんにゃしんぎょうひけん)

 

帰敬序(ききょうじょ) 
文殊の利剣は諸戯を絶つ 覚母の梵文は調御の師なり チクマンの真言を種子とす 諸教を含蔵せる陀羅尼なり 
 
文殊菩薩のするどい剣は、もろもろの言葉による煩悩を断ち切ってしまう。般若菩薩の凡字の経典は、煩悩をしずめる師である。この二尊は、「チク」と「マン」の凡字で象徴される。その凡字は、さまざまな教えを含んだ陀羅尼である。 
発起序(ほっきじょ) 
無辺の生死、何んが能く断つ ただ禅那と正思惟のみ有ってす 尊者の三摩は仁譲らず 我れ今讃述す、哀悲を垂れたまえ 
 
限りない生と死を、どのように断つことができようか。それにはただ心の集中と正しい思念があってこそである。尊者のさとりの境地を、みほとけは深い立場でお説きになった。私は、いまからそのことを説き示そう、どうかみほとけよ私にお慈悲を与えてください。 
大綱序(たいこうじょ) 
夫れ、仏法遥かに非ず、心中にして、即ち近し。 
真如、外に非ず、身を棄てて何にか求めん。 
迷悟我れに在れば、発心すれば、即ち到る。 
明暗、他に非ざれば、信修すれば、忽ちに証す。 
哀れなるかな、哀れなるかな、長眠の子。 
苦しいかな、痛ましいかな、狂酔の人。 
痛狂は酔わざるを笑い、酷睡は覚者を嘲る。 
曾て医王の薬を訪わずんば、何れの時にか、大日の光を見ん。 
翳障の軽重、覚悟の遅速の若きに至っては、機根不同にして、性欲即ち異なり。 
遂じて、二教輙を殊じて、手を金蓮の場に分ち、五乗、?を並べて、蹄を幻影の埒に?つ。 
その解毒に随って薬を得ること、即ち別なり。 
慈父、導子の方、大綱、此れに在り。 
 
そもそも仏の教えは、はるか遠くにあるのではなく、われわれの心の中にあって、まことに近いものである。さとりの真理は、われわれの外部にあるものではないから、この身を捨てて、どれにそれを求め得ることができようか。迷いとさとりは、自分の内部に存在しているのであるから、さとりを求める心を起こせば、それがさとりに到達すること。明るい世界(さとり)と暗い世界(迷い)は自分にあるのだから、信じて努力すればたちどころに悟りの世界は開ける。なんと哀れなことか、哀れなことか。悟りの世界を知らずに眠りこけている者よ。まことに苦しいことよ、痛ましいことよ。迷いの世界に酔いしれているものよ。酔ったものは、酔わないものをあざ笑い、眠りこけている者は、目覚めているものを嘲るものである。名医を訪ねて薬を手に入れなければ、いつの日に大日如来のさとりの光明を見ることができようか。真実を見通す眼をおおい隠す眼病になどには、重い・軽いがあるのだから、さとりを得るにつけても速い・遅いの生まれてきて、能力や才能は、すべての人が同じでなく、性格ややる気も差がでてくる。そこで、密教では、金剛界と胎蔵という二つの教えがあって、修行者があとをたどれるようになっていて、華厳宗・三論宗・法相宗・声聞と縁覚の二乗・天台宗という五つの教えが、おのおの馬の鞍をかけ、幻や影のような仮の教えの柵の中でひずめをかがめている。いま病気の程度によって薬を与えることは、それぞれ区別があるのである。慈しみ深い父親が子供を導く方法は、まさにこれから説く顕蜜の区別に基づく説き方の大筋と同じである。 
大意序(たいいじょ) 
大般若波羅蜜多心経といっぱ、即ち是れ、大般若菩薩の大心真言三摩地法門なり。 
文は一紙に欠けて、行は則ち十四なり。 
謂うべし、簡にして要なり。約にして深し。 
五蔵の般若は、一句に?んで飽かず、七宗の行果は、一行に飲んで足らず。 
観在薩たは、則ち諸乗の行人を挙げ、度苦涅槃は、則ち諸教の得楽を?ぐ。 
五蘊は、横に迷境を指し、三仏は、竪に悟心を示す。 
色空と言えば、則ち普賢、頤を円融の義に解き、不生と談ずれば、則ち文殊、顔を絶戯の観に破る。 
之を識界に説けば、簡持、手を拍ち、之を境智に泯ずれば、帰一、心を快くす。 
十二因縁は、生滅を麟角に指し、四諦の法輪は、苦空を羊車に驚かす。 
況んやまた、ギャテイの二字は、諸蔵の行果を呑み、ハラソウの両言は、顕蜜の法教を孕めり。 
一一の声字は、歴劫の談にも尽きず。 
一一の名実は、塵滴の仏も極めたもうこと無し。 
この故に、誦持・講供すれば、則ち苦を抜き楽を与え、修習・思惟すれば、則ち道を得、通を起す。 
甚深の称、誠に宜しく然るべし。 
余、童を教うるの次でに、聊か綱要を摂って、かの五分を釈す。 
釈家多しと雖も、未だこの幽を釣らず。 
翻訳の同異、顕密の差別、並びに後に釈するが如し。 
或るひと問うて云く、「般若は、第二未了の教なり。何ぞ能く三顕の経を呑まん。」 
「如来の説法は、一字に五乗の義を呑み、一念の三蔵の法を説く。何に況んや、一部一品、何ぞ匱しく、何ぞ無からん。亀卦・爻蓍、万象を含んで尽くること無く、帝網・声論、諸義を呑んで窮まらず。」 
難者の曰く、「もし然らば、前来の法匠、何ぞこの言を吐かざる。」 
答う。「聖人の薬を投ぐること、機の深浅に随い、賢者の説黙は、時を待ち、人を待つ。吾れ、未だ知らず、蓋し、言うべきを言わざるか、言うまじければ言わざるか。言うまじきを之を言えらん失、智人、断りたまえまくのみ。」 
 
『大般若波羅蜜多心経』というのは、実に般若菩薩の偉大な心髄の真言のさとりの境地を説いたものである。文は、一枚の紙にも満たず、たった十四行にすぎない。一言でいって、簡略で要領を得ている。簡約だが深遠である。五種類の経典(経・律・論・般若・陀羅尼)の深い智恵の教えは、「行深般若波羅蜜多」の一句にことごとく含まれていて、七宗(華厳・三論・法相・天台・声聞・縁覚・真言密教)のそれぞれの修行の成果は「三世諸仏依般若波羅蜜多」から「三菩提」の一行にあますところなく包み込まれている。「観自在菩薩」は、もろもろの教えの修行者を意味し、「度一切苦厄」「究竟涅槃」は、教えによって得られる喜びを表す。「五種の構成要素」は空間的にみて迷いの境界を指し、「三世諸仏」は、時間的にみてさとりの心を示している。「色不異空、空不異色」と説法されると、普賢菩薩が『華厳経』に説くすべてのものが完全に融けあうという教えの立場からほほえみ、「不生、不滅、不垢、不浄」などと説かれるのは、文殊菩薩が、言葉の虚構を打ち破るという教えの立場からよろこび笑う。「是故空中無色受想行識」と説法されると、すべてのものは心あらわれるとする唯識思想の菩薩である弥勒は、手を打ってよろこび、さらに、対象と主観をともに拒否することを、「無智亦無得、以無所得故」と説かれると、教えを聞いてさとる者(声聞)をはじめ三種の教えが仏の唯一のおしえに帰入すると説く、観自在菩薩が満足される。十二の因縁の連環を説く、「無無明亦無無明尽、乃至無老死亦無老死尽」は、ものの生滅を独自でさとる者(縁覚)に教え示し、四諦(苦・集・滅・道)の真理の教えは、苦や空など十六の特徴によって、教えを聞いてさとる人(声聞)に知らしめる。密教の立場に立てば、「ギャーテー」という真言の二字は、もろもろの教えに基づく修行の成果を内包し、「ハラソウ」という字は、顕教・密教の両種の教えを包んでいる。一つひとつの声字を説明すると、無限の時間をかけても仏たちも極めることがない。一つひとつの言葉の名称と意味は、無数におられる仏たちも極められることはない。このように、もしそれを読んで、よく保ち、講説して、供養するならば、あらゆるものの苦しみを取り除いて、楽しみを与え、もしこの経典の教えを守り行い、思惟するならば、さとりを得るとともに、不思議な力すら身につけるであろう。その経典の意味が深いと賞賛されるのは、まことにもっともなことである。私は、弟子たちに教えるとき、その大筋の概要を抽出して、五つの部分に分けて解釈した。この経典を注解釈する人の数は多いが、いまだに、その深奥に達したものはいない。種々の翻訳における同異、顕教と密教の理解の相違などについては、あとで詳しく説明する。ある(法相宗の)人が質問していう。「すべての経典が、第一時(有教)、第二時(空教)、第三時(中道教)という三種に分けられるが、『般若経』は、第二の空教にあたるものであり、すべてを論じつくしたものではない。どうして第三段階の中道教までを含みつくすことができようか。」(答えて)「如来の説法は、わずか一字の中にも、五種の教えに関係する内容を含んでいる。また、一瞬のうちに三種の教えの集成を明らかにしている。したがって、経文の一句でも、一節でもあれば、とても多くの教えがふくまれているはずだ。あたかも、亀の甲や草の茎で作られた占いの道具によって、宇宙全体のあらゆる現象がうらなわれるようなものであり、あるいは、帝釈天宮にかかっている網についている宝珠が互いに映しあっているようなものであり、あるいは、文法書の中のあらゆる言葉の意味が含まれて限りがないようなものである。」(さらに)論難する人が質問する。「もしそうであるならば、これまでの仏教の学匠たちは、いったいどうして、『般若心経』が、深遠で広大な経典であることを論じなかったのだろう。」答えていう。「すぐれた医者が患者の容態に従って薬を投薬するように、聖人が教えを説く場合には、それを聞く人々の性向にあわせて教えを説くのである。また、賢者が教えを説いたり、逆に黙って説かなかったりするのは、それは、適当な時期とふさわしい人が現れるのをまっているからだ。私には説明できない。その内容を先人たちが説くべきだったのにしなかったのか、説くべきでないとおもって説かなかったのか。(けれども私は、いまからそれを説こうとしている)このことが、説いてはならないことを説く過失になるかどうか、この点については、智恵ある人の判断をあおぐばかりである。」 
経の題号 
「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」といっぱ、この題額に就いて二の別あり。 
梵漢別なるが故に。 
今、「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」といっぱ、胡漢、雑え挙げたり。 
「説心経」の三字は、漢名なり、余の九字は胡号なり。 
もし具なる梵名ならば、ボダハシャマカハラジャハラミタカリダソタランと曰うべし。 
初めの二字は、円満覚者の名、次の二字は、蜜蔵を開悟し、甘露を施すの称なり。 
次の二字は、大・多・勝に就いて義を立つ。 
次の二字は、常慧に約して名を樹つ。 
次の三は、所作巳弁に就いて号とす。 
次の二は、処中に拠って義を表す。 
次の二は、貫線摂持等を以て字を顕わす。 
もし総の義を以って説かば、皆、人・法・喩を具す。 
是れ則ち、大般若波羅蜜多菩薩の名なり、即ち是れ人なり。 
この菩薩に、法曼荼羅・真言三摩地門を具す。 
一一の字、即ち法なり。 
この一一の名は、皆世間の浅名を以て法性の深号を表わす。 
即ち是れ喩なり。 
 
『仏説摩訶般若波羅蜜多心経』というのは、経典の題目関して二種類の言語的解釈がある。それは梵語と漢訳とであって本来別なものであるから。今、『仏説摩訶般若波羅蜜多心経』というと、梵語と漢訳が混じっている。「説」「心」「経」の三字は漢語であって、あとの九字は梵語である。もしすべてを梵語でいうなら、「ブッダ・バーシャー・マハー・ブラジュニャー・バーラミター・フリダヤ・スートラム」というべきである。最初の二字「ブッダ」(仏)は、さとりに目覚めた人の称号である。次の二字「バーシャー」(説)は、秘密の教えをさとらしめ、不死の妙薬を与えるいみである。次の二字「マハー」(摩訶)は、偉大なこと・多いこと・勝れていることの意味である。次の二字「ブラジュニャー」(般若)は、瞑想によって得られる最高の智慧という意味を要約した言葉である。次の三字「バーラミター」(波羅蜜多)は、なすべきことをなしおえた、さとりを得たという意味である。次に二字「フリダヤ」(心)は、空間の中心という意味。次の二字「スートラム」(経)は、貫いた線、集め持つなどの意味を持って、題名をあらわしている。もし経題の全体的意味について説くならば、人(尊格)、法(さとりを表す文字)、喩(たとえ)という三項目をもっている。この菩薩には、さとりを象徴する梵字で表現した法曼荼羅と、聖なる梵語の句である真言による瞑想の境地がある。それら一つひとつの文字が、まさにさとりを表す文字である。この一つひとつの名前は、すべて世間の浅い意味解釈になぞられて真実の深い意味を示すのである。これこそが、たとえである。 
説処・聴聞衆 
この三摩地門は、仏、鷲峯山に在して、?子等の為に之を説きたまえり。 
 
次に、この経が説かれた場所や、教えを聞く相手について説いている。 
翻訳の同異 
この経に、数の翻訳あり。第一に、羅什三蔵の訳、今の所説の本、是なり。 
次に、唐の遍覚三蔵の翻には、題に「仏説摩訶」の四字無し。 
「五蘊」の下に「等」の字を加え、「遠離」の下に「一切」の字を除く。 
陀羅尼の後に功能無し。次に、大周の義浄三蔵の本には、題に「摩訶」の字を省き、真言の後に功能を加えたり。 
また法月、及び般若両三蔵の翻には、並びに序分・流通有り。 
また、『陀羅尼集経』第三の巻に、この真言法を説けり。 
経の題、羅什と同じ。 
 
この経には、数本の翻訳がある。第一に、鳩摩羅什三蔵の訳、いま私が解説しようとしているのが、この訳である。次に、唐代の玄奘三蔵の翻訳であるが、これは経題に、「仏説摩訶」の四字がない。また、「五蘊」の下に「等」の字を加え、「遠離」の下では、「一切」の字が省かれている。そして、真言の後には、功徳を説いた文章が書かれていない。次に、大周の義浄三蔵の翻訳では、経題に「摩訶」の字がなく真言文の後に、説法を聞いたものたちが喜んだことなど、(流通文)が説かれている。さらに、法月と般若の両三蔵の訳した「般若心経」には、序文と功徳を説いた結びの文がある。また『陀羅尼集経』の第三巻には、この真言法が説かれておりその経題は、鳩摩羅什のものと同じである。 
題名の余義 
般若心といっぱ、この菩薩に身心等の陀羅尼有り。 
この経の真言は、即ち大心呪なり。 
この心真言に依って、般若心の名を得。 
或るが云く、「大般若経の心要を略出するが故に、心と名づく。 
是れ別会の説にあらず」と云々。 
所謂、龍に蛇の鱗有るが如し。 
 
「般若心」というのは、般若菩薩に対する真言には、いくつか種類があり。そのうち、この経に説く真言は、偉大な必要の真言なのである。この必要の真言という意味から、「般若心」という経題がついた。ある者が、質問していう。「『大般若経』の重要部分を取り出して要約したものであるから、その意味で、『心』という名前がついているのである。したがって、別の箇所で説かれた経典ではない。」その点については、たとえば龍に、蛇のうろこがついているようなもので、それでもって顕教経典とはきめつけられない。 
五分の総説 
この経に、総じて五分有り。 
第一に、人法総通分、「観自在菩薩」というより、「度一切苦厄」に至るまで是れなり。 
第二に、分別諸乗分、「色不異空」というより、「無所得故」に至るまで是れなり。 
第三に、行人得益分、「菩薩薩た」というより、「三みゃく三菩提」に至るまで是れなり。 
第四に、総帰持明分、「故知般若」というより、「真実不虚」に至るまで是れなり。 
第五に、秘蔵真言分、「ギャテイギャテイ」というより、「ソワカ」に至るまで是れなり。 
 
この経を、大きく分けて五つの部分がある。第一人と法とを全体的に説き示す部分。「観自在菩薩」より、「度一切苦厄」まで。 
観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄 
第二もろもろの教えを分類して説く部分。「色不異空」より、「無所得故」まで。 
舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減是故空中無識無受想行識無眼耳鼻舌身意無色聲香味觸法無眼界乃至無意識界無無明亦無無明盡乃至無老死亦無老死盡無苦集滅道無智亦無得以無所得故 
第三修行した人が得る利益を説く部分。「菩薩薩た」より、「三みゃく三菩提」まで。 
菩提薩た依般若波羅蜜多故心無む礙無げ礙故無有恐怖遠離一切顛倒夢想究竟涅槃三世諸仏依般若波羅蜜多故得阿耨多羅三藐三菩提 
第四すべてが真言に帰すことを説く部分。「故知般若」より、「真実不虚」まで。 
故知般若波羅蜜多是大神呪是大明呪是無上呪是無等等呪能除一切苦真実不虚 
第五秘密の真言を説く部分。「ギャテイギャテイ」より、「ソワカ」まで。 
故説般若波羅蜜多咒即説呪曰羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶 
人法総通分 
第一の人法総通分に五有り。 
因・行・証・入・時、是れなり。 
「観自在」といっぱ、能行の人、即ちこの人は、本覚本覚の菩提を因となす。 
「深般若」は、能所観の法、即ち是れ行なり。 
「照空」は、即ち能証の智、「度苦」は、則ち所得の果、果は即ち入なり。 
かの教に依る人の智、無量なり。智の差別に依って、時また多し。 
三生・三劫・六十・百妄執の差別、是れを時と名づく。 
頌に曰く、 
観人智慧を修して 深く五衆の空を照す 歴劫修念の者 煩を離れて一心に通ず 
 
観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄 
第一段の人と法についてには、五つの要素がある。因(さとりを求める原因)・行(さとりを得る修行)・証(さとりを証すること。)・入(涅槃に入ること。)・さとりにいたる修行にかかる時間である。まず、「観自在菩薩」という尊格は、よく修行する人で、本来その身にそなわっている仏となるべき可能性を、さとりを求める原因としている。「行深般若波羅蜜多時」は、すなわち奥深い最高の智恵が、対象をよく観察する智恵であり、この智恵を完成することこそが、修行である。「照見五蘊皆空」は、さとりを証する智恵である。「度一切苦厄」は、その智恵によって得られる結果であり、それは涅槃に入ることである。この教えに依拠している人々の智恵も千差万別で限りがない。それらの人々の智恵の違いによって、必要とする修行の時間もさまざまである。華厳の三生・三論や法相の三劫とか、声聞の六十劫、縁覚の百劫とかという区別が生じるのである。詩頌で要約していうと、観自在菩薩は、深い智慧を修行して五つの構成要素が、実体のないことにさとられた。無限の長い間修行している者たちも、迷いを離れて、諸物の根源である心に通達するのである。 
分別諸乗分(建乗) 
第二の分別諸乗分に、また五つ有り。 
建・絶・相・二・一、是れなり。 
初めに、建といっぱ、所謂、建立如来の三摩地門是れなり。 
「色不異空」というより、「亦復如是」に至るまで、是れなり。 
建立如来といっぱ、即ち普賢菩薩の秘号なり。 
普賢の円因は、円融の三法を以て宗とす。 
故に以て之に名づく。 
また是れ、一切如来の菩提心行願の身なり。 
頌に曰く、 
色空本より不二なり 事理元より来同なり 無げに三種を融ず 金水の喩その宗なり 
 
色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是舎利子 
第二の密教以外の五乗・六宗を分類すると、五つある。「建・絶・相・二・一」がそうである。初めに、「建」というのは、いわゆる建立如来のさとりの境地。 
「色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是」がそれに相当する。 
建立如来というのは、普賢菩薩を呼んだ称号である。普賢菩薩がさとりを得る理由は、『華厳経』の教えで説くように、宇宙万物は絶対的な実在であり、実在と現象は、本来区別あるものではなく、互いに融合しており、現象界はそのまま絶対の世界であるという三種のおしえを旨としている。そのゆえに、「建」と名づけたのである。また、この菩薩は、あらゆる如来のさとりを求める心と、修行と本願を本質とする存在である。詩頌に説いていう。現象としての物質存在(色)は、実在的在り方である空と、もともと別のものではない。現象と理法とは、本来的に同一である。現象と理法、理法と理法、現象と現象の三者は、それぞれさまたげあうことなく融合しあっている。『華厳経』にある金獅子や水波のたとえは、まさに根本理念を示したものである。 
分別諸乗分(絶乗) 
二に、絶といっぱ、所謂、無戯論如来の三摩地門是れなり。 
「是諸法空相」というより、「不増不滅」に至るまで是れなり。 
無戯論如来といっぱ、即ち文殊菩薩の密号なり。 
文殊の利剣は、能く八不を揮って、かの妄執の心をを絶つ。 
この故に、以て名づく。 
頌に曰く、 
八不に諸戯を絶つ 文殊は是れかの人なり 独空畢竟の理 義用最も幽真なり 
 
是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減 
第二に、「絶」というのは、言葉の虚構を離れた如来のさとりの境地を指している。「是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減」の部分がこれにあたる。無戯論如来とは、文殊菩薩の密教における呼称である。文殊菩薩の持つ鋭利な剣は、八種類の否定(八否)に則って、我々の執着の心を断ち切る。それゆえに、「絶」と名づける。詩にいう。八否の剣をふるって、もろもろの言葉の虚構によって生み出された煩悩を断ち切るそれを行うのは、まさに文殊菩薩である。あらゆる差別を否定して、ただ空のみを最高の真理とし、そこから生ずる慈悲と救済の働きは、まことに奥深いものである。 
分別諸乗分(相乗) 
三に、相とは、所謂、摩訶梅多羅冒地薩怛ばの三摩地門、是れなり。 
「是故空中無色」というより、「無意識界」に至るまで是れなり。 
大慈三昧は、与楽を以て宗とし、因果を示して誡とす。 
相性、別論し、唯識、境を遮す。 
心、只だ此れに在り。 
頌に曰く、 
二我何れの時にか断つ 三祇に法身を証す 阿陀は是れ識性なり 幻影は即ち名賓なり 
 
是故空中無識無受想行識無眼耳鼻舌身意無色聲香味觸法無眼界乃至無意識界 
第三の「相」とは、弥勒菩薩のさとりの境地がそうである。「是故空中無識無受想行識無眼耳鼻舌身意無色聲香味觸法無眼界乃至無意識界」が該当する。弥勒菩薩の大いなる慈しみの境地は、楽しみを与えることをその本義とし、行為の因果が正しく相応することをその戒めとしている。教理的には、現象と本体との区別を論じ、この世界が心からのみ成り、外界の対象は存在しないとする。すなわち、心だけがここに存在するというのである。詩にいう個人存在に対するとらわれ(人我)と存在要素に対するとらわれ(法我)の二つの迷いは、いつ断つことができようか。無限の長い時間をかけて、真理の存在を体現するのである。阿陀那識(アーラヤ識)こそは、認識作用の根底をなすものである。幻や影のような現象世界は、名前のみある仮の姿にすぎないのである。 
分別諸乗分(二乗) 
四に、二といっぱ、唯蘊無我、抜業因種、是れなり。 
是れ即ち二乗の三摩地門なり。 
「無無明」というより、「無老死尽」に至るまで、即ち是れ因縁仏の三昧なり。 
頌に曰く、 
風葉に因縁を知る 輪廻幾の年にか覚る 露花に種子を除く 羊鹿の号相連れり 
「無苦集滅道」、此れこの一句五字は、即ち依声得道の三昧なり。 
頌に曰く、 
白骨に我何んか在る 青おに人本より無し 吾が師は是れ四念なり 羅漢また何ぞ虞まん 
 
無無明亦無無明盡乃至無老死亦無老死盡無苦集滅道 
第四に、「二」というのは、この存在を構成するものは、五つの構成要素(五うん)のみであって、実体的な自我は存在しないとする教えと、迷いのもととなる行為の原因を取り除くとする教えの二つをいう。これらは、教えを聞いてさとる者と、独力でさとる者の二種のさとりの境地である。「無無明亦無無明盡乃至無老死亦無老死盡無苦集滅道」がそれにあたり、これは、十二の生起の因縁を独自にさとる者の精神集中の境地である。詩にいう。風に吹かれて落ちる木の葉を見て、物事の因縁の道理を知る。無限の生死のくりかえしを、いったいどのくらいの年月をかけてさとるのであろうか。露が消え、花が枯れるのを見て、迷いの種子を取り除く。羊の車、鹿の車にたとえられる教えを聞いてさとりを得る者と独力でさとるものとは、相並んで小乗と呼ばれる。「無苦集滅道」という五字は、仏の説法を聞いてさとりを得る者の精神集中の境地を示している。詩にいう。白骨を見よ。どこに固定的な自我が存在しようか。青くむくんだ死体を見よ。そこには永遠なる人などいない。わが師とすべきは、身体は不浄、感覚は苦、心は無常、存在は無実体という四つの観想法である。小乗の聖者(羅漢)は、実に、それらの楽しみにひたるのである。 
分別諸乗分(一乗) 
五に、一とは、阿哩也ば路枳帝冒地薩怛ばの三摩地門なり。 
「無智」というより、「無所得故」に至るまで、是れなり。 
この得自性清浄如来は、一道清浄妙蓮不染を以て、衆生に開示して、その苦厄を抜く。 
智は、能達を挙げ、得は、所証に名づく。 
既に理智を泯ずれば、強ちに一の名を以てす。 
『法華』『涅槃』等の摂末帰本の教、唯だこの十字に含めり。 
諸乗の差別、智者、之を察せよ。 
頌に曰く、 
蓮を観じて自浄を知り 菓を見て心徳を覚る 一道に能所を泯ずれば 三車即ち帰黙す 
 
無智亦無得以無所得故 
第五に、「一」とは、聖観自在菩薩のさとりの境地である。経文でいえば、「無智亦無得以無所得故」がそれである。あらゆるものは本来的に清らかであることをさとっているこの仏は、あたかも美しい蓮華が泥土によって汚されない唯一の清らかな道という教えを人々に説き示し、衆生の苦しみやわざわいを除き去るのである。「無智」の「智」は、さとりに達する手段を示し、「無所得故」の「得」は、達せられるさとりのことをいう。このような境地では、理法と智慧が渾然一体となっているので、あえて「一」と名づけたのである。『法華経』や『涅槃経』などの枝葉末節をまとめて、根本に帰入させる教えは、実に「無智亦無得以無所得故」という十字に含まれる。もろもろの教えの違いを、智慧ある人は観察しなさい。詩にいう。蓮華を観察して、自らの心がきよらかであることを知り、蓮華の種を見て、心にあらゆる徳性がそなわっていることをさとる。(法華)一乗の教えにおいて、主体と客体とが一つに溶け合えば、声聞・縁覚・菩薩という三種教えは、仏という偉大な教えの中に自然に帰入してしまうのである。 
行人得益分 
第三の行人得益分に二有り。人・法是れなり。 
初めの人に七有り、前の六、後の一なり。 
乗の差別に随って、薩たに異有るが故に。 
また薩たに四有り。愚・識・金・智、是れなり。 
次に、また法に四有り、謂く、因・行・証・入なり。 
般若は、即ち能因能行、無げ離障は、即ち入涅槃、能証の覚智は、即ち証果なり。 
文の如く思知せよ。 
頌に曰く、 
行人の数は是れ七 重二かの法なり 円寂と菩提と 正依何事か乏しからん 
 
菩提薩た依般若波羅蜜多故心無けい礙無げ礙故 
無有恐怖遠離一切顛倒夢想究竟涅槃三世諸仏 
依般若波羅蜜多故得阿耨多羅三藐三菩提 
第三に、修行者が得る利益には二つに分かれる。修行者と教えの内容(法)である。はじめに、修行者には七種ある。前に述べた華厳(建)・三論(絶)・法相(相)・声聞と縁覚(二)・天台(一)と後の一つ、真言乗の人。それは、教えの違いにしたがって、それを行う人に区別があるからである。また別に、人には四種ある。六道に流転する凡夫と、声聞と縁覚の二乗と、真言の修行者である金剛薩たと、法相・三論・天台・華厳の大乗仏教の菩薩がそうである。つぎに、教えの内容に四種ある。さとりを求める原因(因)とさとりに向かう修行(行)、さとりのあかし(証)と涅槃に入る(入)である。その中で、般若の智慧が、さとりの原因であり、しかも行(「依般若波羅蜜多故」)である。さまたげなく、さわりのない状態(「無けい礙」)が、涅槃に入ること(「究竟涅槃」)であり、さとりを証する智慧は、そのままさとりの結果(「阿耨多羅三藐三菩提」)である。詳しくは、『般若心経』の文章にしたがって、かんがえるべきである。詩にいう。修行者の数には、七種類ある。修すべき教えの内容は、因・行・証・入の四つである。完全なやすらぎと、さとりそのものと、身体とそれらの拠り所としての国土世界とがそなわっており、どこに欠けたところがあろうか。 
総帰持明分 
第四に、総帰持明分に、また三有り。名・体・用なり。 
四種の呪明は、名を挙げ、「真実不虚」は、体を指し、「能除諸苦」は、用を顕す。 
名を挙ぐる中に、初めの「是大神呪」は、声聞の真言、二は、縁覚の真言、三は、大乗の真言、四は、秘蔵の真言なり。 
もし通の義を以ていわば、一一の真言に皆四名を具す。 
略して一隅を示す。円智の人、三即帰一せよ。 
頌に曰く、 
総持に文・義・忍・呪有り 悉く持明なり 声字と人法と 実相とにこの名を具す 
 
故知般若波羅蜜多是大神呪是大明呪是無上呪 
是無等等呪能除一切苦真実不虚 
第四に、すべての教えが真言に帰す説明に、三つある。真言の名称と本質と作用である。四種の真言の名称は、「大神呪大明呪無上呪無等等呪」は、名前を挙げ、「真実不虚」は、真言の本質を指し、「能除諸(一切)苦」は、その作用を表している。真言の名称をあげているなかに、最初の「是大神呪」は、声聞の真言、第二の「是大明呪」は、縁覚の真言、第三「是無上呪」は、大乗の真言、第四「是無等等呪」は、秘蔵、すなわち密教の真言である。もしも全体に通じる意味を用いてようやくすると、一つ一つの真言には、いずれも四種類の名称をそなえている。省略して、その一面のみを明示しているのである。完全な智慧を備えている人は、一つの真言に、他の三つの名称がそなわっていることを理解しなさい。詩にいう。真言・陀羅尼は、一つの文字に、あらゆる文字を含み(文)、一つの意味にすべての意味をそなえている(義)。すべての存在の不生・不滅を容認すること(忍)と、あらゆる霊験を生み出すもの(呪)が、真言・陀羅尼である。声字と人と法と実相とは、この「文・義・忍・呪」の四種陀羅尼にそれぞれ対応するから、おのおのが、いずれも総持(陀羅尼)の名前をそなえているのである。 
秘蔵真言分 
第五の秘蔵真言分に、五有り。 
初めのギャテイは、声聞の行果を顕わし、二のギャテイは、縁覚の行果を挙げ、三のハラギャテイは、諸大乗最勝の行果を指し、四のハラソウギャテイは、真言曼荼羅具足輪円の行果を明かし、五のボウジソワカは、上の諸乗究竟菩提証入の義を説く。 
句義、是の如し。 
もし字相義等に約して之を釈せば、無量の人法等の義有り、劫を歴ても尽し難し。 
もし要問の者は、法に依って更に問え。 
頌に曰く、 
真言は不思議なり 観誦すれば無明を除く 一字に千理を含み 即身に法如を証す 
行行として円寂に至り 去去として原初に入る 三界は客舎の如し 一心はこれ本居なり 
 
故説般若波羅蜜多咒即説呪曰 
羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶 
第五の秘蔵真言部を細分すると、五ある。最初の「羯諦」は、教えを聞いてさとる者の修行の結果をあらわし、第二の「羯諦」は、独自にさとる者の修行の結果をあげ、第三の「波羅羯諦」は、もろもろの大乗菩薩たちの最もすぐれた修行の結果を指し、第四の「波羅僧羯諦」は、真言・曼荼羅を完全にそなえた密教の修行の結果を明らかにし、第五の「菩提薩婆訶」は、うえに揚げたあらゆる教えの究極的なさとりに入る意義を説明している。真言の各句の表面的な意味は、以上のとおりである。もし真言の形態的な相や意味内容などに基づいて、詳しく解釈するならば、計り知れないほどの人・法などの意味がある。これらについては、どんなに長い時間をかけても、論じつくすことは難しい。もし疑問のあるものは、密教の適切な修行を経た上で、さらに問い正してほしい。詩にいう。真言というものは、実に不思議なものである。本尊を観想しながら、真言を唱えたならば、根源的な無知の闇が除かれる。真言のわずか一字の中に、それぞれ千の理法がふくまれる。そうして、この身のままで真理をさとることができる。「羯諦羯諦」と行き行きて、静かな涅槃の境地に至る。「羯諦羯諦」と去り去りて、根源的なさとりに入る。いまださとりを開いてないものにとっては、三種類の生存世界は、あたかも仮の宿である。しかし、実際には、われら衆生がそなえて持っている、ただ一つの心が、本来の拠り所なのである。 
問答決疑 
問う。陀羅尼は、是れ如来の秘密語なり。 
所以に、古の三蔵、諸の疏家、皆口を閉じ、筆を絶つ。 
今、この釈を作る、深く聖旨に背けり。 
如来の説法に二種有り、一には顕、二には秘なり。 
顕機の為には、多名句を説き、秘根の為には、総持の字を説く。 
この故に、如来自らア字オン字等の種種の義を説きたまえり。 
是れ則ち秘機の為に、この説を作す。 
龍猛・無畏・広智等もまた、その義を説きたもう。 
能不の間、教機に在り。 
之を説き、之を黙する、並びに仏意に契えり。 
問う。顕密二教、その旨、天に懸なり。 
今この顕経の中に、秘義を説く、不可なり。 
医王の目には、途に触れて、皆薬なり。 
解宝の人は、礦石を宝と見る。 
知ると知らざると、何誰が罪過ぞ。 
またこの尊の真言儀軌観法は、仏、『金剛頂』の中に説きたまえり。 
此れ、秘が中の極秘なり。 
応化の釈迦、給孤園に在して、菩薩・天人の為に、画像・壇法・真言・手印等を説きたもう。 
また是れ秘密なり。 
『陀羅尼集経』第三巻、是れなり。 
顕密は人に在り、声字は、即ち非なり。 
然れども猶、顕が中に秘、秘が中の極秘なり。 
浅深重重まくのみ。 
 
質問する者がいう。「陀羅尼は、仏の秘密の言葉である。そのために、古来の鳩摩羅什や玄奘など仏典に通じた翻訳僧や、もろもろの注釈家たちが、詳しく論じることを避けて、執筆することもなかったのである。いま、あなたが、この陀羅尼に解釈をほどこしたことは、仏の尊い御心に甚だしく背くものである。」 
答えていう。「そうではない。仏の説法に、二種類ある。第一は、顕教であり、第二は、密教である。顕な教えによってさとる者のためには、多くの言葉や文句を費やして説法し、秘密の教えによってさとる者のためには、奥深い陀羅尼を説くのである。したがって、仏は、自ら阿字・?(おん)字などのさまざまの意味をお説きになったのである。これはすなわち、秘密の教えによってさとる者のために、このように説かれたのである。龍猛・善無畏・不空なども、こうした意味を説いている。仏が法を説いたり、あるいは説かずに黙っていたりする違いは、ひとえにそれを受け取る側にかかっているのである。だから、陀羅尼を説くことも、説かないことも、いずれも仏のみ心にかなっているのである。」 
再び質問者が問う。「顕教と密教の二つの教えは、その主旨がはるかにかけはなれている。いま、あなたは、『般若心経』という顕教の経典の中に、秘密の意味を論じているが、それは不可能なことである。」 
答えていう。「すぐれた医者の目から見れば、道端の草が、すべて薬草に見える。鉱物資源を見分ける者には、貴重な鉱石を宝として見る事ができる。理解できるか、できないかは、誰の罪でもない。また、般若菩薩の真言や、修法等の手引き、観想の方法については、仏が『修習般若波羅蜜菩薩観行念誦儀軌』に説かれている。これは、秘密の中の最高の秘密である。衆生を救うために、身を現された釈迦牟尼仏は、インドの祇園精舎に滞在されて、菩薩や天人のために、仏たちの絵像や、曼荼羅の作法、真言、印契なだをお説きになった。これもまた、秘密の経である。『陀羅尼集経』の第三巻がそれにあたる。顕教と密教の相違は、教えを受ける側の人にあるのであって、経文中の声字に、違いはない。しかし、どれでもなお、顕教の中の秘密、密教の中の最も秘密の教えというように、浅い教えから深い教えへと、幾重にも教えが重なりあっているのである。」 
流通分 
我、秘密真言の義に依って 略して『心経』五分の文を讃ず 一字一文、法界に遍じ 無終無始にして、我が心分なり 翳眼の衆生は、盲て見ず 曼儒・般若は能く紛を解く この甘露を灑いで迷者を霑し 同じく無明を断じて魔軍を破せん 
 
私はいま、秘密の教えである真言の深い意味によって、『般若心経』の五つの部分を解釈し、それを讃嘆してきた。それらの一つ一つの文字、文章が、さとりの世界にあまねく満ちて終わりもなく、始まりもなく、我々の心の中に存在しているものである。真理の眼を閉ざされた人は、それを見ることはできないけれども、文殊と般若の両菩薩は、よく人々の迷いを断つことができるのである。この真実の不死の妙薬をそそいで、迷える人々をうるおわせ、さらには、根源的な無知を断って煩悩の魔軍を打ち破らんことを。 
(般若心経秘鍵の最後にこの序文) 
時に弘仁九年の春、天下大疫す。ここに帝王、自ら黄金を筆端に染め、紺紙を爪掌に握って、般若心経一巻を書写し奉りたもう。予、講読の選にのっとって、経旨の宗をつづる。いまだけ結願のコトバを吐かざるに、蘇生の族、途に佇む。夜変じて、日光赫赫たり。これ愚身が戒徳にあらず。金輪御信力の所為なり。ただし、神舎に詣せん輩、この秘鍵を誦じ奉るべし。むかし、予、鷲峰説法の筵にはべって、まのあたりに是の深文を聞き、あにその義に達せざらんやまくのみ。 
入唐沙門空海・上表 
 
西暦818年の春、疫病がはやり、多くの遺体が都のはずれの山道に捨てられるほどになりました。この状況を見て嵯峨天皇は、空海にお尋ねになりました。「このところ、都では疫病が流行し困っている。空海殿なにか良い智慧はないものかな?」 
そこで空海は「この世は、天・人・地一体でございます。人々の心が乱れると、天災が起こり、地震が起こるのでございます。すべては人々の心が起こしているのでございます。人々の心を治めるには、(人々の集合無意識の代表である)あなた様が般若心経をお書きになり、祈られることが最良かと存じます。」と答えられました。 
そこで天皇は紺色の巻紙を左手に爪でしっかりと握り、すずりに用意した金箔を右手の筆先につけ、サラサラと見事な筆使いで、お書きになられました。 
そこで、空海は、お経を選んだ理由を説明するために、般若心経秘鍵を書いて、お経の意味を解説いたしました。 
そうしますと「お祈りがうまくいきますように」との、結びの言葉(結願--けちがん)を言わないうちに、蘇生した人々が、病気で捨てられていた道端で、立ち上がり始めました。 
意識レベルが変わると、別次元の世界が現れるのです。でもこれは、私・空海が戒を守り、徳を積んだためではなく、「金輪・御信力(きんりん・ぎょしんりき)」のためなのです。ですが神社や仏閣にお参りするかたがたは、ぜひ般若心経秘鍵をお唱えください。「え、なぜこのお経の意味を知っているかですって?うん〜それは、前世の昔、インドの遺体・捨て場でもある霊鷲山(りょうじゅせん)でお釈迦様が説法をされているときに、筵(むしろ)を引いて般若心経の深い意味を聞いていた、過去世の記憶があるからなのです。」 
唐に入って沙門(シャーマン?!)となった空海が書き上げました。  
 
般若心経9

 

根本の智慧は鏡のようなもの。 鏡の前に物が来れば、鏡の中に映るが、鏡の中には何もない。物が去れば、消えてしまい鏡の中には何も残らない。  
その本来何もなく、後にも何も残さない心が、健全な お互いの生命、意識というものです。  
私どもは毎日新しいものを食べ、新しい空気を吸い、新しい水を飲みます。毎日新しいものを取り入れて、古い不用なものを排泄し、新陳代謝をし、水の如く流れて行く。  
それならば、毎日新しいことを考えて、済んだならばいらんことはサッサと流して、後に何も残さないというのが、お互いの健全な意識というものでなくてはならないでしょう。  
そこに子供の時分に教え込まれた「コレが私」「これが花子」ということが烙印のように押し付けられておって、どうしてもそこから離れることができない。 寝ておっても、名前を呼ばれればすぐ目を覚ましてしまう。 それほどまでに、私どもは自我という、生まれ出てから教え込まれた意識にこだわってしまって、身動きのできん今日のお互いになってしまっておるのです。  
人間の本性は鏡のように清浄無垢なものである。  
物が映ったからといって、鏡の中に生じたものは何もない。(不生)  
物が去ったからといって、鏡の中に滅したものは何もない。(不滅)  
きたない犬の糞を映したからといって、鏡の中は汚れはせん。(不垢)  
きれいな花を映したからといって、鏡の中は綺麗にはならん。(不浄)  
物が映ったからといって、鏡の目方も増えたりはしていない。(不増)  
物が去ったからといって、鏡の目方も減ったりはしていない。(不減)  
空とは、自由なとらわれのない、広々として障りのない心。  
この世界は本来そんなに束縛のあるものではない。そんなにこだわらねばならない世界ではない。そんなに窮屈な世界ではない。  
世界は本来空であったのだ。物の世界も空だが、心の世界も空である。社会生活も空である。本来はすべてが空である。そうわかることが、般若の智慧であります。そして、そういうことがわかった方、本当に自由がわかったお方を観自在菩薩と申すのであります。  
私は生まれつきの短気で困りますが、短気の治る方法はござりますまいか。  
おまえさん、妙なものを生まれつき持っておるのやな。短気というものを持っとるのか。  
そんなものがあってはそれはいかんじゃろう。さあ、出しなされ。わしが治してあげよう。  
今 出せと言われても、そうすぐ出るわけではありません。  
何か気に入らないことがあると、すぐにムカムカと出てくるのです。  
それでは生まれつきあるわけではない。気に入らんことがある時にムカムカと出るだけじゃないか。  
出たときは短気はあるが、出るまでは無じゃないか。出るまでは空じゃないか。  
貪瞋痴ということを仏教では申します。  
あれが欲しい、これが欲しいという貪る心。  
あれも気にいらん、これも気に入らんと腹の立つ心。  
ああしなければよかった。こうしなければよかったという済んだことに対する愚痴の心。  
そういうものも実は何も存在するわけではありません。  
ちょうど青空に雲が湧くように湧いて出るだけであって、青空は実在だが、雲は実在ではない。  
雲は湧いて出るだけである。腹が立つというようなものは、身体中どこを探しても何もありはせんが、しかし腹が立つことはなくならん。  
雲があってもいいではないか。雲があるのがおもしろいではないか。無明は実在するものではない、お互いの本性は煩悩なぞあるものではない、スカッとした無心が、空が本性だとわかれば、煩悩があってもいいではないか。出てきたっていずれまもなく消えるのだ。  
煩悩があってもよし、なくてもよし。こういう世界が空という世界ではないかと思うのであります。  
自我から解脱して、尊厳なる自己に入ることが人生の究竟のもの。  
人生の目的は人格の完成にある。人間が生まれてきたのは、自分を完成するためだ。  
自分の最大価値を発揮することだ。問題は、果たして我々にそれができるかどうか。  
「自力の心をふり捨てて、はからいを捨てて、あなたにお任せさえすれば、如来さまがちゃんとして下さる。南無阿弥陀仏の中にすべての功徳が含まれておるのだから、一たび念仏を唱えればそのまま救われる。  
他力はありがたいが、禅宗は自力だ、座禅をして難行苦行をして、人格を完成する。」  
禅宗でも、自分の力で人格が完成するなどということは申さないのであります。  
その自力を捨てて、自我を捨てて、無心の無念になること、自分の持っておる本性を発揮することが、禅というものであります。つまり人格はこれから完成するのではなくして、生まれた時に完成されておるものだとわかることが禅ということであります。  
「衆生本来仏なり」生まれたままが仏なのだ。本来仏なのだ。  
座禅して仏になるのではなくして、座禅することによってもとに戻り、子供の心に戻るのである。  
生まれた時の赤子の、あの無心な心が仏の心である。  
何も思うことのない、あの平和な心。明日の飯をどうしようか、明日もお乳がもらえるであろうか、などということは子供は考えはせん。人生の目的は何だ、などということも考えはせん。  
何も考えず、ただニコッと笑っておるあの赤子の心が、我々の本当の生まれついた心でありましょう。  
その無心を我々は失ってしまったのだ。生まれたときは仏心であったのに、だんだんと知恵がつき、金ができるほど、地位ができるほど、仏でなくなってしまう。  
歳をとるほど、金ができるほど、身分ができるほど、学問をするほど、悪くなってしまう。  
社会が発達するほど、人間は堕落してきた。  
その生まれてきた知恵、その仏性の邪魔をしておる悪智悪覚、生まれてから覚えた悪い知恵を取り払う。お互いの人格の邪魔しているものをとる。  
既に完成しておる人格がわかりさえすれば、何も邪魔ものはない、 煩悩はあるままで結構だ、罪悪のままで結構だ、このままで結構だと肯定される心境をつかむことが座禅ということです。  
人格の完成。煩悩がなくなって、腹も立てず、愚痴もこぼさず、欲張らんようになり、社会と自分とは一体、人と自分とは一体、人と自然とは一体である、という心境が開けてくることが人格が完成されてくることであります。仏の智慧と愛が自覚されることが人格が完成されることであります。これは、だんだん腹が立たなくなる・・・ということではなく、腹の立つことがなくなってくる。腹の立つことは何もない。いつの間にやら、思わんでもそうなってきます。  
人生の目的は人格の完成にあるが、その人格は既に生まれた時に完成されており、本来仏であるから、お互いが一日も早く、無心になって、はからいを捨てて、分別を捨てて、その生まれたままの姿に立ち返りさえすれば、今日ただ今、みな成仏するのである。  
お互いの意識というものは蔵である。何もかも入れておる。この何もかも入れておる意識の総合体の中から、私どもは自我というものを一つ作り出してくる。我という観念を作り出してくる。  
それが仏教でいう無明であり、そもそも迷いの元であります。  
一度食べたという経験を持っておると、あれをもう一度食べたいという意欲が起こってくる。  
少しばかり自分の所有ができると、もっと欲しいという欲が出てくる。  
記憶がもとになって、いろいろの無明煩悩が出てくる。  
自我にとらわれない。我という偶像を作らない先の本当の正しい意識が、般若の智慧です。  
そしてこの般若の智慧は空であり、形はないけれども、全宇宙すべてのものを含んでおる智慧、総持であります。すべてを持っておる。しかし形は何もない。無であり、空である。  
空であるが、何もかも含んでおる大きな智慧であります。  
自分に般若の智慧がわかると、すべての人がそのままでいいと肯定できる。みなそのままでいい。すべてがそのままでよかったと肯定できる。  
自分だけが救われるのではなく、自分だけが安楽になるのではなくして、自分と同時に人も救われていく、みんなと一緒に救われていくという願いを持つこと。  
皆さんと一緒に救われましょうという菩提心を起こし、大きなヒューマニズムを感ずるならば、  
その人類愛が般若の智慧であり、その菩提心を起こすことによって、一切の苦しみから私どもは救われることができるのであります。  
皆と共に救われる道さえ行きさえすれば、必ず踏み外すことなく救われるのです。  
自分だけがうまいことしようと思うと、自分だけが儲けようと思うたら、苦しみがあり失敗があるが、皆さんと共に救われましょうという心を起こすならば、  
「一切の苦を除いて、真実にして虚ならず」という世界が開けてくると思うのであります。  
 
般若心経10 [講義]

 

序  
いったい仏教の根本思想は何であるかということを、最も簡明に説くことは、なかなかむずかしいことではあるが、これを一言にしていえば、「空(くう)」の一字に帰するといっていいと思う。だが、その空は、仏教における一種の謎で、いわば公開せる秘密であるということができる。  
何人にもわかっているようで、しかも誰にもほんとうにわかっていないのが空である。けだし、その空をば、いろいろの角度から、いろいろの立場から、いいあらわしているのが、仏教というおしえである。  
ところで、その空を『心経』はどう説明しているかというに、「色即是空(しきそくぜくう)」と、「空即是色(くうそくぜしき)」の二つの方面から、これを説いているのである。すなわち、「色は即ち是れ空」とは、空のもつ否定の方面を現わし、「空は即ち是れ色」とは、空のもつ肯定の方面をいいあらわしているのである。したがって、「空」のなかには、否定と肯定、無と有との二つのものが、いわゆる弁証法的に、統一、総合されているのであって、空を理解するについて、まずわれわれのはっきり知っておかねばならぬことである。  
次に空をほんとうに認識するについて、もう一つたいせつなことがある。それは「因縁」ということである。『心経』には因縁について一言も説いてはいないが、因縁を十分に理解しないと、どうしても空はわからないのであって、端的にいえば、空と因縁とは、表裏一体の関係にあるのである。申すまでもなく因縁とは、「因縁生起」ということで、世間のこといっさいみなことごとく因縁の和合によって生じ起るということである。もとよりこのことは、説明を要しない自明の理であるにもかかわらず、われわれはこの自明の理にたいして、平素あまりにも無関心でいるのである。すなわち「因」より直接に果が生ずるがごとく考えて、因縁和合の上の結果であることに気づかないのである。しかもこれがあらゆる「迷い」の根源となっているのである。すなわち凡夫の迷いとは、つまり因縁の理を如実にさとらないところにある。別言すれば、因縁の真理を知らざることが「迷い」であり、因縁の道理を明らめることが「悟り」であるといっていい。  
おもうに今日、一部のめざめたる人を除き、国民大衆のほとんどすべては、いまだに虚脱と混迷の間をさまようて、あらゆる方面において、ほんとうに再出発をしていない。色即是空と見直して、空即是色と出直していない。所詮、新しい日本の建設にあたって、最もたいせつなことは、「空」観の認識と、その実践だと私は思う。このたび拙著『般若心経講義』を世に贈るゆえんも、まさしくここにあるのである。この書が、新日本文化の建設について、なんらか貢献するところあらば、著者としてはこの上もないよろこびである。 昭和二十二年春 高神覚昇  
第一講 真理(まこと)の智慧  

 

般若波羅蜜多心経  
(一切智に帰命し奉る)  
般若波羅蜜多心経  
心経の名前 
ここに『般若心経(はんにゃしんぎょう)』の講義をするに当りまして、最初にはしがきとして、『心経』の経題(なまえ)すなわち『般若心経』という名前について、お話ししておきたいと思います。さてこの『般若心経』は、普通には単に、『心経』と申しておりますが、詳しくいえば、『般若波羅蜜多心経(はんにゃはらみたしんぎょう)』というのであります。いったい、一口にお経と申しましても、昔から八万四千の法門といわれるくらいで、仏教の聖典の中には、ずいぶんたくさんのお経があります。しかしその数あるお経の中で、この『心経』ほど、首尾の一貫した、まとまった、しかも簡単なお経は他にないのであります。『心経』は全部で、その字数はたった二百六十字しかありません。もっとも、私どもが日ごろ読誦(どくじゅ)しております『心経』には、「一切」という文字がありますから、結局二百六十二字となりますが、すでに弘法大師も、  
「文(もん)は一紙に欠け、行(ぎょう)は則(すなわ)ち十四、謂(い)うべし、簡にして要、約にして深し」  
といっているように、全くこんなに簡単にして明瞭なお経は決して他にないのであります。  
天下第一のお経  
次にまた、その名前のよく知れ渡っているという点では、あの『論語』にも匹敵するのであります。そして論語が天下第一の書といわれているように、この『心経』もまた昔から天下第一の「経典」といわれているのであります。とにかく、仏教のお経といえば『心経』、『心経』といえば仏教を聯想するというほど、このお経は、昔からわが日本人とは、きわめて縁の深いお経なのであります。  
絵心経のこと  
今日『絵心経(えしんぎょう)』といって、文字の代わりに、一々絵で書いた『心経』が伝わっておりますが、これは、俗に『めくら心経』、または『座頭心経(ざとうしんぎょう)』などとも申しまして、文字の読めない人々のために、特にわざわざ印刷せられたものでありますが、それによっても、古来いかに広く、この『心経』が一般民衆の間に普及し、徹底しておったかを知ることができるのであります。ところで、今回お話し申し上げようと思う『心経』のテキストは、今よりちょうど一千二百八十余年|以前(まえ)、かの三蔵法師で有名な中国の玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)が翻訳されたもので、今日、現に『心経』の訳本として、だいたい七種類ほどありますが、そのうちで『心経』といえば、ほとんどすべて、この玄奘三蔵の訳した経本(きょうほん)を指しているのです。ところが、前もってちょっとお断わりしておかねばならぬ事は、平生(ふだん)、私どもが読誦している『心経』には、『般若波羅蜜多心経』の上に、「摩訶(まか)」の二字があったり、さらにまた、その上に「仏説」という字があるということです。学問上からいえば、いろいろの議論もありますが、別段その意味においてはなんら異なることがありませんから、このたびは玄奘三蔵の訳した経本によって、お経の題号(なまえ)をお話ししてゆこうと存じます。  
書物の題とその内容  
およそ「題は一部の惣標(そうひょう)」といわれるように、書物の題、すなわちその名前というものは、その書物が示さんとする内容を、最もよく表わしているものです。もっとも今日、店頭に現われている書物のうちには、題目と内容とが相応していないどころか、まるっきり違っているものも、かなり多くありますが、お経の名前は、だいたいにおいて、よくその内容を表現しているとみてよいのです。たとえば、経典のうちでも、特に名高いお経に、『華厳経(けごんきょう)』というお経があります。これはわが国でも、奈良朝の文化の背景となっている有名なお経なのですが、ちょうど『心経』を詳しく『般若波羅蜜多心経』というように、このお経を詳しくいえば、『大方広仏華厳経(だいほうこうぶつけごんきょう)』というのです。さてこのお経は仏陀(ぶっだ)になられた釈尊の、その自覚(さとり)の世界を最も端的に表現しておるお経ですが、その「大方広」という語(ことば)は、真理ということを象徴した言葉であり、「華厳」とは、花によって荘厳(しょうごん)されているということで、仏陀への道を歩む人、すなわち「菩薩(ぼさつ)」の修行をば、美しい花に譬(たと)えて、いったものです。で、つまり人間の子釈尊が、菩薩の道を歩むことによってまさしく真理の世界へ到達された、そうした仏陀のさとりを、ありのままに描いたものが、すなわちこの『華厳経』なのであります。  
法華経のこと  
ところで、この『華厳経』といつも対称的に考えられるお経は『法華経(ほけきょう)』です。平安朝の文化は、この『法華経』の文化とまでいわれているのですが、この『法華経』は、くわしくいえば『妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)』でこれは『華厳経』が、「仏」を表現するのに対して、「法」を現わさんとしているのです。しかもその法は、妙法といわれる甚深微妙(じんしんみみょう)なる宇宙の真理で、その真理の法はけがれた私たち人間の心のうちに埋もれておりながらも、少しも汚されていないから、これを蓮華(れんげ)に譬えていったのです。  
いったい蓮華は清浄(しょうじょう)な高原の陸地には生(は)えないで、かえってどろどろした、汚(きたな)い泥田(どろた)のうちから、あの綺麗(きれい)な美しい花を開くのです。「汚水(どろみず)をくぐりて浄(きよ)き蓮の花」と、古人もいっていますが、そうした尊い深い意味を説いているのが、この『法華経』というお経です。自分の家を出て他所(よそ)へ「往(ゆ)く」その時のこころもちと、わが家へ「還る」その気もち、真理を求めて往くそのすがたと、真理を把(つか)み得て還るその姿、若々しい青年の釈尊と、円熟した晩年の釈尊、私はこの『華厳経』と『法華経』を手にするたびに、いつもそうした感じをまざまざと味わうのです。  
右のようなわけで、お経の名前は、それ自身お経の内容を表現しているものですから、昔から、仏教の聖典を講義する場合には、必ず最初に「題号解釈(だいごうげしゃく)」といって、まず題号(なまえ)の解釈をする習慣(ならい)になっています。で、私も便宜上、そういう約束に従って、序論(はしがき)として、この『心経』の題号(なまえ)について、いささかお話ししておきたいと存じます。  
般若ということ  
さていま『般若波羅蜜多心経(はんにゃはらみたしんぎょう)』という字の題を、私はかりに、「般若」と、「波羅蜜多」と、「心経」との、三つの語に分析して味わってゆきたいと存じます。まず第一に般若という文字ですが、この言葉は、昔から、かなり日本人にはなじみ深い語(ことば)です。たとえば、お能の面には「般若の面」という恐ろしい面があります。また謡曲(うたい)の中には「あらあら恐ろしの般若声(はんにゃごえ)」という言葉もあります。それからお坊さんの間ではお酒の事を「般若湯(はんにゃとう)」といいます。またあの奈良へ行くと「般若坂」という坂があり、また般若寺というお寺もあります。日光へゆくとたしか「般若(はんにゃ)の滝(たき)」という滝があったと思います。こういうように、とにかく般若という語は、われわれ日本人には、いろいろの意味において、私どもの祖先以来、たいへんに親しまれてきた文字であります。しかし、この般若という言葉は、もともとインドの語をそのまま写したもので、梵語(サンスクリット)でいえばプラジュニャー、巴利(パリー)語でいえばパンニャーであります。ところで、そのプラジュニャーまたはパンニャーを翻訳すると、智慧(ちえ)ということになるのです。智慧がすなわち般若です。しかし、般若を単に智慧といっただけでは、般若のもつ持ち味が出ませぬから、しいて梵語の音をそのまま写して、「般若」としたのであります。こんな例は、仏教の専門語にはたくさんありますが、いったい一口に智慧といっても、その智慧には、いろいろな智慧があります。「智慧のある馬鹿に親爺(おやじ)は困りはて」という川柳がありますが、あの智慧のある馬鹿|息子(むすこ)がもっているような、そんな智慧は決して、般若の智慧ではありません。元来、仏教ではわれわれ凡夫の智慧をば仏の智慧と区別して、単に識(しき)といっております。  
愚痴と智慧  
その識とはつまり迷いの智慧のことです。愚痴という智慧が、この識です。愚痴の痴は(やまいだれ)に知という字ですから、つまり智慧が病気にかかっているわけです。したがって、それはもちろんほんとうの智慧ではありませぬ。いったいものの道理を、真に辨(わきま)えないから、いろんな悶(もだ)え、悩み、すなわち煩悩(ぼんのう)が出てくるのですが、愚痴は、つまりものの道理をハッキリ知らないから起こるのです。で、人間が仏陀になることを、識を転じて智を得るといっておりますが、それは結局、迷いを転じて悟りを開くということと同じ意味で、要するにわれわれ迷いの人間が、悟れる仏陀(ほとけ)になるということです。ところで、ここにいう般若の智慧とは、決して愚痴といわれ、識といわれる、人間のもっているあさはかな智慧ではないのです。それは知らざるもの、眠れるもの、迷える人間の智慧ではなくて、知れるもの、目覚めたるもの、悟れる人の智慧です。それは宇宙の真理を体得した、仏陀(覚者)のもてる智慧です。真理の智慧、真理を悟った智慧、それがとりも直さず般若の智慧であります。  
ものの道理  
さてここで、一言申し添えておきたいことは、真理ということです。真理とはなんぞや? ということを、開き直って研究するとなると、たいへんめんどうな、むずかしいことになりますし、またそれを学問的に説明している余裕(ゆとり)もありませぬが、一言にして真理とは何かといえば、それはつまり、いつ、どこでも、何人も、きっと、そう考えねばならぬもの、それが真理です。  
むずかしくいえば、普遍妥当性(ふへんだとうせい)と思惟(しい)必然性とをもったものが真理です。時の古今、洋の東西を問わず、いつの世、いずれの処(ところ)にも適応するもの、誰(だれ)しもそうだと認めねばならぬものが真理です。古今に通じて謬(あやま)らず、中外に施して悖(もと)らざる、ものの道理、それが、とりも直さず真理です。西洋の諺(ことわざ)に、「真理は時代の娘」という言葉がありますが、真理こそ、永遠の若さをもったものです。真理はまさしくいつの時代にも若鮎(わかあゆ)のように溌剌(はつらつ)とした若々しい綺麗(きれい)な娘です。創造し、活動して、止(や)まぬもの、それが真理です。けだし、永遠に古くして、かつ永遠に新しいもの、それが真理です。いや、永遠に古いものにして、はじめて永遠に新しいものだ、ということができるのです。真理といえば、真理についてこんな話があります。それはたしか、シルレルの書いたものだと思いますが、「蔽(おお)われたザイスの像」という話です。  
真理への思慕  
その昔、知識に餓(う)えた一人の青年がありました。彼は真理の智慧を求むべく、エジプトのザイスという所へ行きました。そしてそこで、彼は、一所懸命に真理の智慧を探(さが)し求めたのでした。しかし、求める真理の智慧は容易に索(もと)め得られませんでした。ところが、ある日のこと、彼は師匠と二人で、静かな、ある秘密の部屋の中に坐(すわ)ったのでした。そこは白い紗(しゃ)に蔽われた、一個の巨像が、森厳(しんごん)そのもののように立っていたのです。その時、青年は突然、師匠に対(むか)って、この巨像が何者であるかを尋ねました。  
「真理!」  
それが師匠の答えでした。これを聞いた青年は、おどろき、かつ喜びました。そして、思わず、  
「つね日ごろ、自分が尋ね索めている真理は、ここに隠されていたのか」  
と叫びました。  
その時、師匠は厳(おごそ)かに青年にいいました。  
「神自らが、この蔽いを、脱(ぬ)がせ給うまでは、決して、人間の浄(きよ)からぬ罪の手で、取り去ってはならぬ」  
と。しかし、思いに悩んだ、その青年は、諦(あきら)めても、あきらめても、容易にそれを、あきらめきれなかったのです。  
その夜、深更、ひそかに、彼はかの巨像が立てられてある部屋(へや)の中へ忍びこんで行きました。そこには、円(まる)天井の高い窓から、蒼白(あおじろ)い月の光がさして、白い紗に蔽われた森厳な巨像は、銀色に照らされていました。  
幾度も、幾度も、ほんとうにいくたびも、ためらった後、とうとう彼は意を決して、その蔽いを、とり去ってみたのです。  
みたものは、果たしてなんであったでしょうか? 翌朝(あくるあさ)、人々は白い紗に蔽われた巨像の下に、色青ざめて横たわる一人の青年の、冷たい屍(しかばね)を見出しました。かの青年がみたもの、かの若者が経験したもの、彼の舌は、永遠にそれを語らなかった。  
「正しからざる方法によって、真理を捉(とら)えんとしても、それは結局、無駄(むだ)な骨折りに過ぎない」  
と、最後に詩人は教えています。  
けだし世に、真理を尋ね求める人はきわめて多い。しかし、それを探し求め得た人は、またきわめて少ないのです。私どもは、決してかの青年であってはならないのです。正しからざる方法によって、ザイスの巨像を見んとした、あの若者であってはならないのです。私どもは、どこまでも、真理への道を辿(たど)る、敬虔(けいけん)な求道者でなくてはなりません。しかも、真面目(まじめ)に、真理を思慕し、探究するものによってのみ、真理ははじめて把握(はあく)し得られるのです。  
道理と智慧  
話がつい横道へ外(そ)れましたが、般若の智慧を、仏教では、実相と観照との二つの方面から説明しております。実相とは真理の客体で、観照とは真理の主体です。何人も認めねばならぬ、ものの道理と、それに合致する智慧が、つまりこの実相と観照との二種の般若です。そして、その般若の道理と智慧とを、文字によって示したものが、すなわち文字般若(もじはんにゃ)です。いずれにしても、これからお話し申し上げようとする『心経』は、要するに永遠に古くしてしかも永遠に新しい般若の真理を、雄弁に且つ力強く主張しているお経なのです。いつ、どこでも、何人も、必ずそう信ぜねばならぬ、不朽の真理を、きわめて直截(ちょくせつ)簡明に説いているのが、この『心経』です。般若の哲学、それは決して古いインドの哲学ではありません。般若の宗教、それは断じて、亡(ほろ)びた過去の宗教ではないのです。昔も今も、今日も明日も、いや未来|永劫(えいごう)に光り輝く、人生の一大燈明なのであります。  
つまらぬものは一つもない  
ところで、いまこの般若の智慧によって、この現実のわれわれの世界を眺(なが)めまするならば、事々物々、一つとして役に立たぬつまらぬものはないのです。あの「つまらぬというは小さき智慧袋」という一句が、きわめて巧みに物語っているように、真理への眼が開けたものにとっては、この世界につまらぬものは一つとして存在していないのです。「医王の眼には百草みな薬」です。つまらぬというのは、ものがつまらぬとか、話がつまらぬというのではなくて、つまり、おのれの智慧袋が小さいからなのです。一たび般若という、大きい智慧によって観照するならば、つまらぬどころか、いずれもみな貴い真理の表われです。ロングフェローの「建築師」という詩の中にこんな言葉があります。  
   世の中に、無用のものや、卑しいものは、一つもない。  
   すべてのものは、適所におかれたならば、最上のものとなり、  
   ほとんど無用のごとく見えるものでも、  
   他のものに力を与えるとともに、その支(ささ)えともなる。  
   私たちの建築に供給するために、時の中には、材料がいっぱいになっている。  
   私たちのもつ今日や明日は、  
   私たちの建築の有力な材料である。  
と。たしかに味わうべき言葉だと思います。  
平凡な一日と貴重な一日  
今日や明日という日は、それこそなんでもない平凡な一日です。しかし、その平凡な一日が集まって、私どもの人生を作っているのです。したがって、つまらぬどころか、後(あと)にも先にもない貴い一日です。昨日を背負い、明日を孕(はら)める、尊い永遠の一日です。結局、一日をつまらぬ一日にするか、貴い一日にするか、それはつまり私どもお互いの心持です。心のもち方です。ものそのものが、つまらぬのではなくて、それを見る、それを受けとる智慧袋が小さいわけです。この『心経』に織りこまれている、般若の智慧によるならば、世の中のもの、皆すべてつまらぬものはないのです。いやすべては互いに裏となり表となり、陰(かげ)となり、陽(ひなた)となって生かし、生かされつつある貴い存在(もの)なのです。まことに、「つまらぬというは小さき智慧袋」です。私どもは、少なくとも私どもがお互いに誰でもが持っている霊性、すなわちこの般若の智慧を磨(みが)くことによって、一切のものの生命(いのち)を、より尊く、よりりっぱに活(い)かしてゆかねばうそだと思います。  
波羅蜜多ということ  
次に波羅蜜多(はらみた)ということは、般若と同様に、梵語の音そのままを写したものでありまして、原語はパーラミターというのです。ところで、いまそれを翻訳いたしますと、彼岸に到(いた)る、すなわち「到彼岸」という意味になるのです。しかし今日一口に彼岸というと、誰でもすぐにあの「暑さ寒さも彼岸まで」という春秋二季の彼岸を思い起こすのです。一年じゅうで一ばんよい時候、春と秋との皇霊祭(春分の日・秋分の日)を彼岸の中日として、その前後三日の間、合わせて七日間を彼岸と名づけておりますが、世間では、時候のよい、暮らしよい時が彼岸だと考えています。しかし彼岸の七日間は時候がよいというので、遊びまわったり、物見遊山に出かけるときではないのです。お寺参りをするとか、お墓まいりをするとか、つまり祖先のおまつりをして祖先の御恩を偲(しの)んで、それを感謝するとともに、自分の生活を静かに反省して修養すべき時が彼岸です。「きょう彼岸さとりの種を蒔(ま)く日かな」で、菩提(さとり)のたねをまく日が彼岸です。いったい、仏教では、この現実の世界、すなわち迷える私たちの不自由な世界をば、この岸、すなわち「此岸(しがん)」といいます。これに対して、理想の世界、悟れる自由な世界を称して、かの岸、すなわち「彼岸(ひがん)」といっています。ゆえに波羅蜜多とは、つまり、此岸より彼岸へ渡る事、つまり人生の目的地(ゴール)へ入ること、ゴール・インすることです。したがって、古来、簡単にこれを「度(ど)」とも訳しております。度とは「わたる」ということで、この岸から向こうの岸へ渡ることです。ところで、仏教の理想(さとり)の世界、すなわち彼岸とは、つまり仏陀(ぶっだ)の世界ですから、彼岸へ到達するとか、彼岸へわたるとかいうことは、結局、仏となるということです。ゆえに彼岸ということは、要するに、仏教の理想、目的をいい表わしたことになるのであります。よく私どもは「仏教とはどんな教えか」と質問されることがありますが、その時私は簡単に、「仏教とは仏陀の教えだが、その仏陀の教えとは、つまり人間が仏になる教えだ」と答えています。仏となる教え、成仏(じょうぶつ)の教え、それが仏教です。ところで、この此岸から彼岸へ渡る場合に自分|独(ひと)りで渡るか、それとも大勢の人々といっしょに渡るかということにおいて、自然ここに、「小乗(しょうじょう)」と「大乗(だいじょう)」との区別が生じてくるのです、小乗とは小さい乗り物、大乗とは大きい乗り物のことです。早い話が、自転車は一人しか乗れないが、汽車や汽船になると、何百人何千人がいっしょに乗って、目的地へ行く事ができるのです。小乗と大乗との関係も、ちょうどそれと同じことです。少なくとも仏教の根本目的は「我等と衆生(しゅじょう)と、皆共に仏道を成(じょう)ぜん」ということです。「同じく菩提(ぼだい)心を発(おこ)して、浄土へ往生せん」ということです。したがって小乗は単数、大乗は複数です。小乗は「私」ですが、大乗は「我等」です。小乗は自利、大乗は自利、利他です。自利とは自覚、利他とは覚他です。自覚は当然覚他にまで発展すべきです。覚他にまで発展しない自覚では、ほんとうの自覚ではありません。したがって小乗より大乗の方が、ほんとうの仏教であり、民主主義(デモクラシー)もつまりは大乗主義であるということはいうまでもありません。  
心経の二字について  
次に『心経』ということでありますが、ここで「心」というのは、真髄とか、核心とか、中心とか、いったような意味で、つまり肝腎要(かんじんかなめ)ということです。ところで、いったいなんの核心であるか、なんの中心であるか、という事については、いろいろと学者の間にも議論がありますが、要するに、この『心経』は、あらゆる大乗仏教聖典の真髄であり、核心だというのです。したがって『般若心経』という、この簡単なる経典(おきょう)は、ただに『大般若経』一部六百巻の真髄、骨目であるのみならず、それは実に、仏教の数ある経典のうちでも、最も肝腎|要(かなめ)の重要なお経だということを表わしているのが、この「心経」という二字の意味です。  
経ということ  
それから、最後に「経」という字でありますが、元来この経とは、梵語のスートラという字を翻訳したもので、それは真理に契(かな)い、衆生(ひとびと)の機根(せいしつ)に契(かな)う、というところから、「契経(かいきょう)」などとも訳されていますが、要するに聖人の説いたものが経です。すなわち中国では昔から、聖人の説かれたものは、つねに変わらぬという意味で、「詩経」とか、「書経」などといっているのですが、インドの聖人、すなわち仏陀(ほとけ)が説かれたもの、という意味から、翻訳の当時、多くの学者たちが、いろいろ考えたすえ、「経」と名づけたのであります。  
さとりへの道  
これを要するに、『心経』すなわち『般若波羅蜜多心経(はんにゃはらみたしんぎょう)』というお経は、「人生の目的地(ゴール)はどこにあるか」「いかにしてわれらは仏陀の世界へ到達すべきか」「仏陀の世界へ到達した心境は、いったいどんな状態にあるのか」ということを、きわめて簡単|明瞭(めいりょう)に、説かれたお経であります。こうした意味で、昔から、この『般若心経』をば『智度経(ちどきょう)』と訳されていますが、とにかく、この『心経』は決して抹香(まっこう)臭い、専門の坊さんだけがよむ、時代おくれのお経では断じてありません。ほんとうの真理とは、真理の智慧とは、どんなものであるかを、端的に教えてくれる、永遠に古くして、しかも新しい聖典が、この『心経』です。少なくとも真に人生に目覚(めざ)め、「いかに生くべきか」の道を考えるならば、何人もまず一度はどうしてもこの『心経』を手にする必要があります。ほんとうに、私どもの世の中に、こんなに簡単にして要を得た聖典は、断じて他にないと思います。私どもは『心経』を契機(きっかけ)として、人生とは何か、われらは、いかに生くべきかの道を、皆さんといっしょにおもむろに味わってゆきたいと存じます。 
第二講 語るより歩む  

 

観自在菩薩。  
行ズル二深般若波 羅蜜多ヲ一時。  
照二見シテ五蘊皆空ナリト一。  
度シタモウ二一切ノ苦厄ヲ一。  
般若の哲学  
これから申し上げるところは、「観自在菩薩(かんじざいぼさつ)、深(じん)般若波羅蜜多を行(ぎょう)ずる時、五|蘊(うん)は皆空なりと照見(しょうけん)して、一切の苦厄(くやく)を度(ど)したもう」という一段であります。漢字の数からいえば、タッタ二十五字しかありませぬが、この二十五字が、『心経』全体の中心になっておるのでありまして、二百六十余字の『心経』は、結局、この最初の二十五字をば、あるいは縦に、あるいは横に、内から外から、いろいろな方面から、説明したものにほかならぬのであります。  
観音さまはどんな仏か  
さてまず「観自在菩薩」と申しますのは、観世音(かんぜおん)すなわち観音さまのことです。観音さまは、自由自在に、世音すなわち世間の声、大衆の心の叫び、人間の心持を観察せられて、われわれの身の悶(もだ)え、心の悩みを、救い給う仏でありますから、梵語のアバローキティシュバラという原語を訳して、玄奘(げんじょう)三蔵は「観自在」といっているのであります。すなわち梵語の「アバローキタ」という字は観るという意味、「イーシュバラ」は、自由または自在という意味です。いったい私どもが、ものをみるという場合には、「見、観、視、察」という四つの見方があるときいています。ところで、その中で見という字は、肉眼でものをみること、観という字は、観音さまの観の字で、心眼でものをみることです。したがって観察するということは「心の眼でもってものをよくみる」ということでありまして、実はこの観察ということによって、私どもはもののほんとうの相を、ハッキリ知ることができるのです。その昔、宮本|武蔵(むさし)は『五|輪書(りんのしょ)』という本のなかで「見の眼と観の眼」といっておりますが、武蔵によれば、この観の眼によってのみ、剣道の極意(ごくい)に達することができるのでありまして、彼は剣道において、観の眼、すなわち心の眼の修業が、いちばんたいせつだということを力説しております。しかし、それは単に剣道のみではありません。どの商売でも、どんな学問でも、何につけても、いちばんたいせつなのは、この「観の目」です。心の眼です。有名なカントが、「哲学する」といっているのも、つまりはこの観の目でみることです。スピノーザが「永遠の相において」ものをみよというのもそれをいったものです。私どもは平生、なんの気なしに、見てみるとか、聞いてみる、とかいうことばを使っておりますが、その見てみる、聞いてみるという、その「みる」というのは、つまり心眼のことです。心の眼でものをみることです。「心ここにあらざれば、見れども見えず、聞けども聞こえず」というのは、心の眼のないこと、心の耳をもたないことをいったのです。ですからこの心眼を開けばこそ、私どもは、形のない形が見えるのです。心耳をすませばこそ、声なき声が聞こえるのです。俳聖|芭蕉(ばしょう)のいわゆる  
「見るところ花にあらずということなし、おもうところ句にあらざるなし」(吉野紀行)  
というのはまさしくこの心の眼を開いた世界です。心の耳をすまして聞いた世界です。つまり観察するという心持でもって、大自然に対した芸術の境地であります。ところで、いま観世音は実にこの心の眼を、大きく見開いて、一切を観察するとともに、また心の耳をすまして、一切の音声を聞かれた、いや、現に聞かれつつあるのです。そして慈愛のみ手を一切の人々のまえにさしのべられつつあるのです。  
さてこの観世音菩薩が、「深般若波羅蜜多(じんはんにゃはらみた)を行(ぎょう)ずる時」というのは、どんな意味であるかというに、すでに申し上げておいたごとく、それは、観音さまが甚深微妙(じんしんみみょう)なる般若の宗教を実践せられたということで、観世音は、単に心の眼を見開いて、般若の哲学を認識せられたのみでなく、進んで般若の宗教をば親しく実践されたのです。ところで、この「深」という文字ですが、この深という字については、昔からいろいろむずかしい解釈もありますが、要するに深は浅の反対で、深遠とか、深妙とかいう意味です。観音さまの体得せられた、般若の智慧(ちえ)の奥ふかいことを形容したことばだと考えればいいのです。したがってそれは私ども人間のもっているような、あさはかな智慧ではなく、もっともっと深遠な智慧、すなわち「一切は空なり」と照見した真理の智慧を指していったのです。それから、ここでお互いがよく注意しておかねばならぬ文字は、「般若波羅蜜多を行ずる」という、この「行(ぎょう)」ということばです。これがたいへん重要なる意味をもっているのです。あえてゲーテを待つまでもなく、いったい宗教の生命は「語るよりもむしろ歩むところにある」のです。いや宗教は、語るべきものではなくて、歩むべきものです。しかも、その歩むというのは、この「行」です。行ずるということが、歩むことであり、実践することなのです。いったい西洋の学問の目的は知るということが主眼ですが、東洋の学問の理想は行なうことが重点です。すなわち知るは行なうのはじめで、知ることは行なわんがためです。しかも行なってみてはじめて、ほんとうの智慧ともなるのです。有名な『中庸』という本に「博(ひろ)く之を学び、審(つまびら)かに之を問い、慎んで之を思い、明らかに之を辨じ、篤(あつ)く之を行う」という文句(ことば)がありますが、けだしこれはよく学問そのものの目的、理想を表わしていると思います。ところで観自在菩薩が深般若波羅蜜多を行ずるということは、つまり般若の智慧を完成されたということですが、それは要するに六度の行を実践されたことにほかならぬのです。六度とは六|波羅蜜(はらみつ)のことで、布施(ふせ)(ほどこし)と持戒(じかい)(いましめ)と忍辱(にんにく)(しのび)と精進(しょうじん)(はげみ)と禅定(ぜんじょう)(おちつき)と般若(はんにゃ)(ちえ)でありますが、まえの五つは正しい実践であり、般若は正しい認識であります。  
智目と行足  
古来、八宗の祖師といわれるかの有名な竜樹(りゅうじゅ)菩薩は、『智度論』という書物の中で、「智目行足(ちもくぎょうそく)以て清涼(せいりょう)池に到る」といっておりますが、清涼池とは、清く涼しい池という文字ですが、これは迷いを離れた涅槃(さとり)の世界を譬(たと)えていったものです。この涅槃(ねはん)の証(さとり)へ達するには、どうしても、この智目と行足とが必要なのです。智慧の目と、実行の足、それは清涼池(さとり)への唯一の道なのです。ですから、昔から仏教では、この智目行足ということを非常に重要視しています。ところで、その「智目」というのが智慧の眼(般若)のことです。つまり正しき認識、理論ということです。次に「行足」とは、実行(五行)です。正しき実践ということです。いったい、実行の伴わない理論は、灰色でありますが、同時にまた、理論の伴わぬ、いわゆる筋のたたぬ実践も、またきわめて危険です。智目と行足を主張する、仏教の立場は、あくまで正しき理論と実践との高次的な統一を主張するものであります。したがって仏教における哲学と宗教とは、要するに、この智目と行足との関係にあるわけです。ゆえに、ほんとうに、自ら仏教を学び、しかも行ずるものにして、はじめて仏教の真面目を認識し把握(はあく)することができるのです。かようなわけで、仏教では一口に、智慧と申しましても、これに三種あるといっております。聞慧(もんえ)と思慧(しえ)と修慧(しゅうえ)との三慧がそれです。すなわち第一に聞慧というのは、耳から聞いた智慧です。きき噛(かじ)りの智慧です。智慧には違いありませんが、ほんとうの智慧とはいえません。次に思慧とは、思い考えた智慧です。耳に聞いた智慧を、もう一度、心で思い直し、考え直した智慧です。思索して得た智慧です。すでにいったごとく、カントは、教えている学生にむかって、つねに哲学することの必要を叫びました。  
「諸君は哲学を学ぶより、哲学することを学べ。私は諸君に哲学を教えんとするのではない。哲学することを教えるのだ」  
といったと、伝えておりますが、そのいわゆる哲学することによって得た智慧が、この思慧に当たると思います。だから思慧は哲学の領分です。次に修慧とは、実践によって把握せられた智慧です。自ら行ずることによって得た智慧です。したがってそれは宗教の領分です。語るよりも歩むというのがそれです。その昔、覚鑁(かくばん)上人(興教大師)は、  
「もし自分のいうことが、うそいつわりだと、思うならば、自ら修して知れ」  
といっていますが、その修するというのが、この修慧です。だから三慧のうちで、この修慧がいちばんほんとうの智慧です。  
   耳にきき心におもい身に修せばいつか菩提(さとり)に入相(いりあい)の鐘  
という古歌は、まさしくさとりへの道をうたったものです。  
かように、智慧には三種の区別があるように、私どもが平素、お経をよむ場合でも、いや、単にお経のみにかぎったことでもありませんが、ただ口だけでよむのではだめです。いわゆる「論語よみの論語知らず」ですから、それを心でよみ、さらにそれを身体でよまねばなりません。すなわち身読し、色読する必要があるのです。その昔、日蓮上人は『法華経(ほけきょう)』を幾度なく色読せられたといっていますが、『法華経』を読誦(どくじゅ)し、信仰する人は、ぜひとも『法華経』を口でよむばかりでなく、心でこれをよみ、さらにこれを身体で実行する、いわゆる「法華の行者」にならねばウソであります。『心経』においても、それは同様です。われらは、まさしく『心経』を、心読し、さらにこれを身読してゆきたいのです。般若の哲学を知るだけでなく、進んで般若の宗教を実践してゆきたいのであります。  
さて、観自在菩薩が、般若の宗教を体験せられたその結果は、どうであったかといいますと、「五|蘊(うん)はみな空なりと照見(しょうけん)せられて、ついに一切(すべて)の苦厄(くるしみ)を度せられた」というのであります。すなわち一切の苦というものを滅して、この世に理想の平和な浄土を建設されたというのです。したがって、五蘊は皆空、すなわち一切のものみな空だということが、つまり観自在菩薩の体験(さとりの)内容たる般若の真風光であるわけです。ところがここでめんどうな、むずかしい文字は、五蘊という語(ことば)と、空ということばです。まず五蘊という語からお話しいたしますと、このことばは、梵語のパンチャ、スカンダーフという語を、翻訳したものでありまして、パンチャとは、五つという数字です。スカンダーフとは「あつまり」という意味であります。  
ですから古来、仏教学者は「蘊」という字を積集(しゃくしゅう)の義、すなわち、つみあつめるという意味に解釈しています。しかも、その五つの集まったものは、ジット「静止の状態」にあるのではなくて、みんな始終動いているのです。スカンダーフを梵語学者は、「動いている状態」と翻訳していますが、これは非常に面白いと思います。  
しからば、その五蘊とは、いったいなんであるかというに、その名前は、この次にお話しする所に出てまいりますが、色と受と想と行と識とです。ところで、まず、その色とは「いろ」という字でありますが、それは決して、あの「いろ」、「こい」のエロチックないろではありませぬ。すべて仏教では、形ある物質のことは色といっております。丸とか、四角という形も色で、これを形色といいます。青いとか、赤いとかいう色、これを顕色といいます。要するに物質的存在はことごとく色であります。次に受と想と行と識とは、物質に対する精神、物にたいする心をいったものでありまして、今日の心理学上の語でいえば、感情、知覚、意志、意識に当たりますから、つまりこれらは、形のない精神の作用(はたらき)を四つにわけたものです。しかもこの精神作用のうちで、識が中心ですから、これを心王といっています。これに対して他の受、想、行は、意識の上の作用(はたらき)ですから、これを心所といっています。いずれにしてもそれはわれらの主観的な精神作用を、四種に分類したものです。したがって五|蘊(うん)とは、要するに、形のあるものと、形のないもの、すなわち有形の物質と、無形の精神との集合(あつまり)を意味するもので、仏教的にいえば「色」と「心」、つまり色心の二法となるわけです。この場合、「法」とは存在という意味です。ゆえに物を中心として、世界の一切を説明せんとする唯物論も、心を中心として、世界のすべてを眺(なが)めんとする唯心論も、いずれも偏見で、共に仏教のとらざる所でありまして、主観も客観も、一切の事々物々、みなことごとく、五蘊の集合によってできているというのが、仏教の根本的見方でありますから、いわゆる物心一如、または色心不二の見方が、最も正しい世界観、人生観である、ということになるわけであります。  
空ということ  
次に「空」ということばでありますが、これがまた実に厄介(やっかい)な語(ことば)で、わかったようでわからぬ、わからぬようでわかっている語であります。ただ今、皆さんに対(むか)って、私が、かりに、一と一を加えると、いくつになりますか、と問うたとしたら、キット皆さんは「なんだ馬鹿馬鹿(ばかばか)しい」といって御立腹になりましょう。しかし、いったい、その一とはなんですか。一と一とを加えると、なぜ二になるのですか、というふうに、一歩進んでお尋ねした時、果たしてどうでありましょう?  
私のただ今ペンをとっている書斎には、机があり、座ぶとんがあり、インキ壺(つぼ)があり、花瓶(かびん)などがあります。いずれもこれはみな一です。しかし、机が一で、花瓶が一でないとはいえないのです。机が一なれば、花瓶も一です。かくいう私も一です。この私の書斎も一です。東京も一です。日本も一、世界も一です。だから、改まっていま「一とはなんぞや」ということになると、非常に厄介になってくるのです。しかし、ここにあるこの花瓶と、寸分違わぬ同じ花瓶は、世界広しといえども、この花瓶以外には、一つもないのですから、これはタッタ一つの花瓶です。かくのごとく世界のものはすべて皆|タッタ一つ(オンリー・ワン)の存在です。だから、もしも、この青磁の花瓶と同じ花瓶が、もう一つほかにあったら、二つになるのですが、事実はないのです。したがってなにゆえに、一と一とを加えると二となるか、というきわめて簡単なわかりきった問題でも、こうなると非常にむずかしくなるわけです。あの最も精密なる科学、といわれる数学でさえ、私どもにはすでにわかったものとして、「なにゆえに」ということは教えてくれないのです。いや「一とは何か」となると、それを説明し得ないのです。  
私の友人に辻正次という数学の博士がおります。私は試みに、辻博士に「一とは何か」と聞いてみたことがあります。ところが、博士のいわく、「数学では、一とはすでにわかったもの、として計算してゆくのだ」と答えましたが、しかし、たとい一とはわかったもの、として計算していっても、やはり一とは何か、ということを、説明してほしいのです。いちばん安心してよい数学が、こんな調子であります。いわんや、他の科学においてをや、ナンテ申しますと、天下の科学者から、エライお小言を頂戴(ちょうだい)することになるかも知れませんが、とにかくわかったもの、「自明の理」と思っていることでも、いざ説明、となると容易に説明し得ないのであります。  
公開せる秘密  
さすがに詩人ゲーテです。一プラス一、それは「|公開せる秘密(エッフェントリッヒゲハイムニス)」だといっているのです。私どもは、ただそれを神秘的直観、宗教的直観によってのみ、知ることができるといっているのですが、公開せる秘密とは、まことにうまいことをいったものです。宗教的直観によるのだという語は、ほんとうに味のある、意味ふかい言葉だと存じます。いったい、私どもお互い人間のもつ、言葉や思想というものは、完全のようで実は不完全なものです。思うこと、いいたいこと、それはなかなか思うように話すことができないものです。最も悲しい世界、最も嬉(うれ)しい境地というものは、とうていありのままに、筆や口に、表現できるものではありません。イヤ、筆にはまだ、どうとも書けましょうが、言葉では、とても思いのままを、率直に、他人につたえることはできないのです。  
文殊と維摩の問答  
ところで、これについて想(おも)い起こすことは、あの『維摩経(ゆいまぎょう)』にある維摩居士(ゆいまこじ)と文殊菩薩(もんじゅぼさつ)との問答です。あるとき、維摩が文殊に対して、不二の法門、すなわち真理とはどんなものか、と質問したのです。その時、文殊菩薩は、こう答えています。  
「不二の法門は、私どもの言葉では、説くことも、語ることもできないものです。真理は一切のわれわれの言葉を超越しています」  
そこで今度は、反対に文殊菩薩が、維摩居士に同じく、不二の法門とはなんぞや? と反問しました。すると、維摩はただ黙って、何も答えなかったというのです。  
「時に維摩、黙然として、言無し」  
と、『維摩経』に書いておりますが、黙然無言の一句こそ、実に文殊への最も明快な答えだったのです。さすがは智慧(ちえ)の文殊です。  
「善いかな、善(よ)い哉(かな)、乃至(ないし)、文字語言あることなし。これ真に不二の法門に入る」  
とて、かえって維摩の「黙」を歎称しているのです。古来、「維摩の一黙、声雷(こえらい)のごとし」といっておりますが、この黙の一字こそ、非常に考えさせられる言葉だとおもいます。  
鳴かぬ蛍 
「恋にこがれて鳴く蝉(せみ)よりも、鳴かぬ蛍(ほたる)が身を焦がす」といいます。泣くに泣かれぬといいますが、この境地が最も悲痛な世界です。涙の出ない涙こそ、悲しみの極みです。あえて真理にかぎらず、すべてのものごとについても、不完全な私どもの言葉では、とうていものの「真実」、「実際」をありのままに表現することはできないものです。  
一杯の水  
「一杯の飲みたる水の味わいを問う人あらば何とこたえん」です。自分自ら飲んでみなければ、水の味わいもわかりません。うまいか、辛いか、甘いかは自分で飲んでみなければ、その味はわからないのです。「まず一杯飲んでごらん」というより方法がありません。あの有名な『起信論』に「唯証相応(ゆいしょうそうおう)」(唯(た)だ証とのみ相応する)という文字がありますが、すべてさとりの世界は、たださとり得た人によってのみ知られるのです。しょせん、さとりの世界のみではなく、一切はたしかに「冷煗自知(れいなんじち)」です。冷たいか暖かいかは自分で知るのです。ちょうど、子を持って、はじめて子を持つことの悩み、欣(よろこ)びがわかるように、私どもは子をもって、親の恩を知ると同時に、子の恩をも知ることができるのです。三千世界に子ほどかわいいものがないということを知らしてくれたのは、全く子の恩です。自己を忘れて子供をかわいがる。その無我の心持、利他の喜びを、教えてくれたのは、ほんとうに子供のおかげです。全くうき世のこと、すべて唯証相応です。自ら体験しないと、ほんとうの味がわかりません。  
苦労人の世界  
一度も苦労したことのない人には、苦労人のもつ心境は少しもわかりません。入学試験に落第したことのない人には、とうてい落第した人の、悲痛な、やるせない心持がわかろうはずはありません。苦労した人のみ、苦労した人を慰め、導き、教えることができるのです。しかも、その慰めは決して言葉ではありません。心持です。気もちです。その態度です。黙って手を握る、それでよいのです。甘い言葉や、美しい言葉では、とうてい傷ついた人の心を、救うことはできないのです。  
ごく親しい仲のよい友だちが久しぶりで偶然|出逢(であ)います。そんな時には、いろんな、めんどうな御無沙汰(ごぶさた)のおわびや、時候の挨拶(あいさつ)などはありません。「ヤア」「ヤア」といいながら、互いに堅く手を握り合う。それでよいのです。眼が口ほどに、いや口以上にものをいうのです。その「ヤア」という一言で、平素の御無沙汰やら、時候の挨拶は、みんなスッカリ解消してしまっているのです。  
空の一字  
話がつい横道にそれましたが、『心経』の空という一字の裡(うち)には、実に千万無量のふかい意味が、ふくまれているのです。有名なアインシュタインも空一元論を唱えています。たしか宗教哲学者オットーも、宗教の極致は空だと説いています。剣聖宮本武蔵も「空の一字を知れ」といって、門人を誡(いまし)めておりますが、空という一字のなかには、いろんな複雑な、そして深遠な、哲学も宗教も、ことごとく織りこまれているのです。しかもその「空」は仏教のエキスです。したがって空という文字を説明するとなると、なかなか容易なことではありません。しかもその甚深(じんしん)なる空を、観自在菩薩(かんじざいぼさつ)は、親しく体験せられたのです。そして人生のあらゆる苦悩(なやみ)を克服することによって、苦悩(くるしみ)のない浄土を、この世に、この地上に建設されたのです。したがって、私どもも人生の苦悩を越えて、浄土に生まれんとするならば、どうしても、観音さまのように、空を知らねばなりません。如実に、空のもつ深い意味を認識しなければなりません。空を掴(つか)むことこそまさしく人生の勝利者です。けだし、空をほんとうに知るもの、真に「空に徹するもの」こそ、それはまさしく生身の活(い)きた観音さまです。かかるがゆえに、私どもは、少なくとも、自分の姿において、観自在菩薩を見出すとともに、観自在菩薩において、自己のほんとうの姿を見出さねばならぬものであります。空の意味についてのくわしい説明は、次の講に改めて申し上げることにいたします。 
第三講 色即是空(しきそくぜくう)  

 

舎利子ヨ。  
色ハ不レ異ラレ空ニ。  
空ハ不レ異ラレ色ニ。  
色ハ即チ是レ空ナリ。  
空ハ即チ是レ色ナリ。  
受想行識モ。 亦復如シレ是ノ。  
空即是色花ざかり  
たしか小笠原長生氏の句だったと思いますが、  
   舎利子みよ空即是色(くうそくぜしき)花(はな)ざかり  
という句があります。ほんとうにこの一句は、これから申し上げようと思っている『心経』の精神を、たいへん巧みにいい現わしていると存じます。申すまでもなく、これは『心経』が骨を折って、力強く説いておる「空」ということばは、決して空々寂々というような、何物もないのだというような、そんな単純な意味のものではない、ということを簡単な一句で巧みに、表現(あら)わしているのです。ところがいよいよこれから、問題の「空とはなんぞや?」、「空とはどんな意味か」という問題を、説明するのでありますが、はじめから皆さんに「空」とはこんなものだと説明していっては、かえってわかりにくいし、またそう簡単にたやすく説明できるものではないのですから、その「空」を説明する前に、まずはじめに、「空の背景」となり、「空の根柢(こんてい)」となり、「空の内容」となっているところの「因縁」という言葉からお話ししていって、そして自然に、空という意味を把(つか)んでいただくようにしたい、と思うのであります。なぜかと申しますと、この「因縁」という意味を知らないと、どうしても空ということが把めないのです。ところで、まず本文のはじめにある「舎利子」ということですが、これはむろん、人の名前です。釈尊のお弟子(でし)の中でも智慧第一といわれた、あのシャーリプトラ、すなわち舎利弗尊者(しゃりほっそんじゃ)のことです。いったいこの舎利弗は、もと婆羅門(ばらもん)の坊さんであったのですが、ふとした事が動機(もと)で、仏教に転向した名高い人であります。  
舎利弗の転向  
ある日のこと、舎利弗が王舎城(ラージャグリハ)の市中を歩いている時です。偶然にも彼は釈尊のお弟子のアシュバーヂットすなわち阿説示(あせつじ)というお坊さんに出逢ったのです。そしてその阿説示から思いがけなく、次のごときおどろくべき真理の言葉を聞いたのでした。  
「一切の諸法は、因縁より生ずる、その因縁を如来は説き給う」  
というのがそれです。今日の私どもには、なんでもない平凡な言葉としか聞こえませんが、さすがに舎利弗には、この「因縁」という一語(ことば)が、さながら空谷(くうこく)の跫音(あしおと)のごとくに、心の耳に響いたのでした。昔から仏教では、この一句を「法身偈(ほっしんげ)」または「縁起偈(えんぎげ)」などといっていますが、彼はこの言葉を聞くなり、決然として、永(なが)い間、自分の生命(いのち)とも頼んでおった、婆羅(ばら)門の教えをふり捨てて、ただちに心友の目連尊者といっしょに、釈尊のみ許(もと)に馳(は)せ参じ、ついに仏弟子となったのであります。「因縁」の語を聞いて、仏教に転向したわが舎利弗こそ、実に解空(げくう)第一の人であり、智慧第一の人であったのです。この智慧第一の舎利弗を対告衆(あいて)として、釈尊は「舎利子よ」と、いわれたのです。そして「色は空に異ならず、空は色に異ならず」とて、空の真理を諄々(じゅんじゅん)と説かれていったのです。  
真理のことば  
因縁! それはまことに平凡な古い語です。しかし、それは、たしかに、平凡ではありますが、どうしても疑うことのできない宇宙の真理です。今日私どもが思いあまって、「何事も因縁だ」と諦(あきら)めるそのことばの中には、私どもの容易に説明し得ない、深い真理が含まれているのです。  
「因縁を知ることは仏教を知ることだ」  
と、古人もいっていますが、たしかにそれは真実(ほんと)だと思います。釈尊は、実にこの「因縁の原理」、「縁起の真理」を体得せられて、ついに仏陀(ぶっだ)となったのであります。菩提樹下(ぼだいじゅか)の成道(じょうどう)、というのはまさしくそれです。げに、わが釈尊をして、真に仏陀たらしめたものは、全くこの因縁の真理なのです。ちょうどあのニュートンが、地球の引力を発見したように、釈尊は、これまで何人も気づかなかった「万物は因縁より生ずる」という、この永遠なる「平凡の真理」をはじめて発見されたのです。だから、「因縁の真理」は決して釈尊が、新しく創造されたものではありません。釈尊は、因縁の創造者ではなくて、実にその発見者なのです。釈尊は、自ら因縁の真理を発見されて、まさしく仏となられました。しかし、それと同時に、この因縁の法を「教え」として、万人の前に説き示されたのが仏教です、因縁の教え、それが仏教です。真理の教え、それが仏教です。釈尊は仏教を信ぜよといっていません。しかし、因縁の法を信ぜよといっています。しかもこの因縁の真理を信ずるものこそ、まさしく仏教を信ずるものです。したがって、たとい、二千数百年の昔に、釈尊の肉身は亡(な)くなっても、因縁という真理そのものは、因縁という法は、法身(ほっしん)の相(すがた)において、永遠不滅なる仏教の真理として、いな、宇宙の真理として、今日においても儼然(げんぜん)と光っています。いや未来|永劫(えいごう)に、いつまでも「不朽の真理」として、光り輝いてゆくのであります。  
ところで、この因縁とはいったいどんなことかというに、くわしくいえば「因縁生起」ということで、つまり、因縁とは、「因」と「縁」と「果」の関係をいった言葉で、因縁のことをまた「縁起」とも申します。すなわち、「因」とは原因のこと、結果に対する直接の力です。「縁」とは因を扶(たす)けて、結果を生ぜしめる間接の力です。たとえばここに「一粒の籾(もみ)」があるといたします。この場合、籾はすなわち因です。この籾をば、机の上においただけでは、いつまでたっても、一粒の籾でしかありません。キリスト教の聖書(バイブル)のうちに、  
   一粒の麦、地に落ちて、死なずば、ただ一つにて終わらん。死なば多くの実を生ずべし  
とあるように、一たび、これを土中に蒔(ま)き、それに雨、露、日光、肥料というような、さまざまな縁の力が加わると、一粒の籾は、秋になって穣々(じょうじょう)たる稲の穂となるのです。これがつまり因、縁、果の関係であります。ですから、花を開き、実を結ぶ、という結果は必ず因と縁との「和合」によってはじめてできるわけです。ところが、私どもは、とかく皮相的の見方に慣れて、すべての事柄を、ことごとく単に原因と結果の関係において見ようとしているのです。しかし、これはどうかと思います。複雑|極(きわ)まりなき、一切の物事をば、簡単に、原因と結果という形式だけで、解釈しようとすることは、ずいぶん無理な話ではないでしょうか。さて、この因縁によってできた、因縁にかつて生じ来(きた)った、あらゆる事物は、いったいどんな意味があり、どんな性質をもっておるかと申しますと、それは実に縦にも、横にも、時間的にも、空間的にも、ことごとく、きっても切れぬ、密接不離な関係にあるのです。ちょっとみるとなんの縁もゆかりもないようですが、ようく調べてみると、いずれも実は皆きわめて縁の深い関係にあるのです。躓(つまず)く石も縁のはしです。袖(そで)ふりあうも他生(たしょう)の縁です。一河の流れ、一樹の蔭(かげ)、みなこれ他生の縁です。だが、それは決して理窟(りくつ)や理論ではありませぬ。考えるからそうだ、仏教的にいうからそうだ、というのではありません。考える考えぬの問題ではないのです。仏教的だとか、仏教的でないなどという問題ではないのです。これはほんとうに事実なんです。真実なのです。事実は、真実は、何よりも雄弁です。いま私のいる部屋(へや)には、一箇(こ)の円(まる)い時計がかかっています。この時計の表面は、ただ長い針と短い針とが、動いているだけです。しかし、いま、かりに、この時計の裏面を解剖してみるとしたらどうでしょうか。そこには、きわめて精巧、複雑な機械があって、これが互いに結合し、和合して、その表面の針を動かしているのではありませんか。私は現にただ今この東京|鷺宮(さぎのみや)の無窓塾(むそうじゅく)の書斎でペンを動かしています。これはもちろん、簡単な事実です。しかしこの無窓塾がどこにあるかを考え、私、および私の故郷|伊勢(いせ)の国のことなどを考えて、だんだん深く、そして広く考えてゆきますと、終(つい)にはこの一箇の私という存在は、全日本はおろか、全世界のすべてに関係し関聯(かんれん)していることになるのです。かように、一事一物、皆ことごとく関聯していないものはないのです。ただ、私どもがそれを知らないだけのことなのです。しかし知ると知らざるとにかかわらず、一切のものは互いに無限の関係(つながり)において存在しているのです。次にまた時間的に申しましても、今日という一日は、決して昨日なしにないのです。明日ときり離して、今日一日だけがあるのではありません。今日は単なる今日でなくて、ライプニッツのいうように、「昨日を背負い、明日を孕(はら)んでいる今日」なのです。とにかく私どもの世の中にある一切の事物は、みな孤立し、固定し、独存しているのではなくて、実は、縦にも、横にも、無限の相補的関係、もちつ、もたれつの間柄にあるわけです。すなわち無尽の縁起的関係にあるわけです。したがって現在の私どもお互いは、無限の空間と永遠の時間との交叉(こうさ)点に立っているわけです。  
地下鉄道と船喰虫  
今からちょうど百年ほど前です。ロンドンのテームス河の畔(ほとり)で、一匹の小さい船喰虫(ふなくいむし)が、頻(しき)りに材木をかじっていました。ちょっときくと、それは私どもお互いとは、なんの関係もないようです。しかし一度でも、あの地下鉄を見た人、地下鉄に乗った人ならば、断じて無関係だとはいえませぬ。なんの因縁もないなどとはいえないのです。なぜかというに、いったい地下鉄道の発明者ブルーネルが、テームス河の、河底を掘り得たことは、何に由来しておるのでしょう? 材木をかじる、あの船喰虫にヒントを得たのではありませんか。そして、「人間の力では、とても掘ることができない」とまでいわれた、あのテームス河の河底を、彼は、りっぱに開鑿(かいさく)しておるではありませんか。地下鉄道と船喰虫! なんの因縁もなさそうです。しかし実は、因縁がないどころか、たいへん深い因縁があるのです。おもうに、因縁によってできている一切の事物、五蘊の集合、物と心の和合によって、成り立っている、私どもの世界には、何一つとして、永遠に、いつまでも、そのままに、存在しているものはありません。つねに変化し、流転しつつあるのです。仏陀は「諸行無常」といいました。ヘラクライトスは「万物流転(バンタ・ライ)」といいました。万物は皆すべて移り変わるものです。何を疑っても、何を否定しても、この事実だけは、何人も否定できない事実です。咲いた桜に、うかれていると、いつのまにやら、世の中は、青葉の世界に変わっています。  
一期一会  
もはや、五月(さつき)の空には、あの勇ましい鯉幟(のぼり)が、新緑の風を孕みつつ、へんぽんと勢いよく大空を泳いでいます。自然の変化、人生の推移、少なくとも、私どもの世界には、永遠に常住なる存在は、一つもありませぬ。一生たった一度、「一|期(ご)一|会(え)」とは、決して茶人の風雅や、さびの気持ではないのです。茶の道は、一期一会の心をもたぬものには、ほんとうに味わわれませんが、人生のことも、やはり同じです。こういう気持をもたぬものには、人生の尊い味わいをつかむことはできません。まことに一切はつねに変化しつつある存在です。だから、たとい存在しているといっても、それは、仮の、一時的の存在でしかありません。仏教では、存在しているものを「有(う)」といっていますが、すべて「仮有(けう)」です。「暫有(ざんう)」です。とにかく、永遠なる存在、つねにある「常有の存在」ではありません。あの花を咲かせた桜も、新しい芽を出させた桜も、やがては、また花を散らす桜です。スッカリ枯れ木のようになってしまう桜です。所詮(しょせん)は、「散る桜、のこる桜も散る桜」です。だが、一たび冬が去り、春が来れば、一陽来復、枯れたとみえた桜の梢(こずえ)には、いつの間にやら再び綺麗(きれい)な美しい花をみせています。かくて年を迎え、年を送りつつ、たとい花そのものには、開落はありましても、桜の木そのものは、依然として一本の桜です。  
一休と山伏  
ある日のこと、ある山伏(やまぶし)が、一休和尚(おしょう)に向かって、  
「その仏法はいずこにありや」  
と、詰問したのです。すると和尚は即座に、  
「胸三寸にあり」  
と答えました。これを聞いた件(くだん)の山伏、さっそく、懐中せる小刀をとり出し、開き直って、  
「しからば、拝見いたそう」  
と、つめよったのです。そこは、さすが機智(きち)縦横の一休和尚です、すかさず、一首の和歌をもって、これに答えました。  
   としごとにさくや吉野のさくら花|樹(き)をわりてみよ花のありかを  
これには勢いこんでいた山伏も、とうとう参って、その後ついに和尚の弟子になったということです。  
空なる状態  
まことに、因縁より生ずる一切(すべて)の法(もの)は、ことごとく空です。空なる状態にあるのです。まさしく「樹を割りてみよ、花のありかを」です。雪ふりしきる厳冬(まふゆ)のさ中に、花を尋ねても、花はどこにもありませぬ。これがとりも直さず「色|即(すなわ)ち是れ空」です。しかし、霞たなびく春が訪れると、いつとはなしに、枯れたとみえる桜の梢には、花がニッコリ微笑(ほほえ)んでおります。これがすなわち「空即ち是れ色」です。何事によらず、いつまでもあると思うのも、むろん間違いですが、また空だといって、何物もないと思うのももとより誤りです。いかにも「謎(なぞ)」のような話ですが、有るようで、なく、無いようで、ある、これが世間の実相(すがた)です。うき世のほんとうの相です。だが、決してそれは理窟ではありませぬ。仏教だけの理論ではないのです。それは、いつどこでも誰(だ)れもが、必ず認めねばならぬ、宇宙の真理です。偽りのない現前社会の事実です。まことにその「有(う)」たるや、「空」に異ならざる「有」です。「空」といっても決して「無」ではありません。「有」に異ならざる「空」です。空と有とは、所詮、一枚の紙の裏表です。生きつつ死に、死につつ生きているのが、人生の相です。生じては滅し、滅しては生ずるのが、浮世の姿です。しかし、私どもはとかく、有といえば、有に囚(とら)われます。空といえば、その空に囚われやすいのです。ゆえに『心経』では、有に囚われ、色に執着するものに対しては、「色は空に異ならず」、色がそのまま空だというのです。また空に囚われ、虚無に陥るものに対しては、「空は色に異ならず」、「空は即ち是れ色」だといって、これを誡(いまし)めているのです。『心経』の、この一節は、実にすばらしい巧みな表現といわざるを得ないのです。けだしわが大乗仏教の原理は、この一句で、十分に尽きておるといってもよいくらいです。まことに「色即ち是れ空」、「空即ち是れ色」です。  
まなこということ  
昔のある書物に、「人間の眼を、まなこというは、真ん中をとる義なり」といっておりますが、たしかに面白いことだと思います。一方だけを見て、他の一方を見ないのでは、「まなこ」とはいえないのです。物の表面だけをみて、その裏にかくれている、ほんとうの相(すがた)を見ないことを、「皮(ひ)相の見」と申しますが、それはいまだ、真に「まなこ」の「まなこ」たる所以(ゆえん)を知らざるものといわねばなりません。今日の社会には、物質だけで、お金だけで何もかも解決できるものだと考えて、お金を「守り本尊」としている人がずいぶん多いのです。お金がものをいう世の中だと信じている方がたくさんあります。だがお金がものいわぬことも世間には存外に多いのです。収入(みいり)の多寡によって、月給の多少によって、その人の人格までも、批判してもよいものでしょうか。人格は果たして金銭以下でしょうか。今日の多くの人たちは、各自(めいめい)、お金を使っているようで、その実、お金に使われているのではないでしょうか。お金を使うならまだしも、使われるに至っては、全く沙汰(さた)のかぎりといわざるを得ないのです。だが、事実はその通りだから、ほんとうに情けないわけです。「月給の順で先生並ぶなり」という川柳がありますが、こうなると先生の席順も寂しいものです。だが果たしてそれが正当な見方でしょうか。終戦後、わが国では食糧飢餓を契機(きっかけ)に、生活不安、思想の動乱の結果、再び新しく「唯物史観」、「経済史観」が、見直されつつあります。しかしパンなくては生きられぬ人間は、パンのみでも生きられぬ存在です。物質だけで、経済だけで、複雑な社会の歴史が、十分に説明し得られるとは考えられません。フォイエルバッハのように「社会問題は、結局胃の腑(ふ)の問題だ」という唯物論的な見方にも、もちろん一面の真理があります。それはたしかに一つの見方です。一つの見方としては間違いではないでしょう。しかしそれは決して、全体的な正しい見方ということはできないでしょう。「管(くだ)の穴から天覗(のぞ)く」という諺(ことわざ)があります。むろん、覗いた天も天です。しかし、それはあくまで、天の一部であって、断じて天の全部ではありません。一部を覗いて、全部だと考えることは、大なる「認識不足」といわざるを得ないのです。「井蛙管見(せいあかんけん)」として排撃せられるのも、また無理からぬことです。したがって、少なくとも唯物史観に囚(とら)われ、「利益社会」だけをもって、社会のすべてだと考えることは、どこまでも偏見です。いや、偏見というよりも、むしろ恐るべき危険が、そこに伏在していると存じます。いったい、ものを深く本質的に、また立体的に考えない人々には、なんといっても形のない心よりも、形のある物の方が、眼にはよく見えるものです。で、自然と心より物の方がほんとうの存在のように考えるのですが、物だけで、パンだけで一切の問題が解決されると思ったら、それこそ大間違いです。しかし、そういったからといって、私どもは、一切は心からだといって、精神だけで、人間も社会も、動いているものと、いうのではありません。唯物史観が偏見であったごとく、何もかも心だ、といって物質生活、経済生活を否定することも、また同じ意味において、偏見といわざるを得ないのです。精神だけでもって、思想だけでもって、社会が動いていると考えている人は、おそらくないと存じます。「わが抱(いだ)く思想はすべて金なきに因するごとし秋の風吹く」と、薄命詩人石川|啄木(たくぼく)は詠(よ)んでいます。経済のみによってとは、あえて申しませぬが、パンによって、経済によって、現実の社会が動いていることもまた見逃(みのが)しえない事実です。「共同社会」の一面には、儼然(げんぜん)として「利益社会」の存在することも、ハッキリ知っておかねばなりませぬ。だから、唯物論的な見方も、偏見であるように、観念論的な見方も、正しい見方、正見とはいえないのです。意識が存在を決定するように、また存在も意識を規定するのです。私は十数年前から、仏教史観ということを提唱してきました。この言葉は私がはじめて造ったといっていいのですが、これは、物と心とを一つのものに対する、二つの見方として、眺(なが)めてゆこうという、つまり、全体的立場、もちつもたれつという因縁の立場、縁起の意味においてこの二つのものを、一つのものの内容として見てゆこうというのです。だから、それは縁起史観といってもよいのです。たいへん、話がめんどうになりましたが、ちょうど人間に肉体と精神との二方面があるように、人間の社会にも、物質的方面と精神的方面との、二つがある事をハッキリ知っておかねばなりません。したがって精神を否定する唯物思想もいけなければ、また物質の価値を全く否定したような唯心思想もいけないわけです。今日、経済を否定した生活は全く不可能であります。生活に即さない理論は空理、空論です。唯物主義も唯心主義も仏教の立場からいえば、いずれもそれは偏見です。つまり心によって、はじめて物の価値が現わされるとともに、物質によって、また精神の価値が、いっそう裏づけられるわけです。廊下に落ちている一枚の紙も、もったいないと感ずる人には、仏法領(ぶっぽうりょう)のものとして、はじめてりっぱにその経済価値が認められるのです。で、問題は、つまり物に対する心構えです。心の持ちようです。要するに、物質を精神より以上に見るか、精神を物質より優位に見るかです。物が心を支配するか、心が物を統御(コントロール)するかです。金を使うか、金に使われるかです。けだし正を履(ふ)み、中を執るということは、いずれの世、いずれの時にも必要です。人間の正しい生活が、正しい見方によって、規定せられるかぎり、私どもは何人も、まず「正しい見方」がなんであるかを、ハッキリ知らなくてはなりませぬ。私どもの生活が、たとえ物質的に貧しくとも、せめて私どもは、精神的には富める生活をしたいものです。金持の貧乏人となるか、貧乏人の金持となるか、結局、問題はその人の心構えの如何(いかん)です。私どもは、少なくとも因縁の真理、縁起の哲学を味わうことによって貧しくとも富める生活をしたいものです。心にしっかりした拠(よ)り所(どころ)をもって、心に太陽をもって清く、正しく、明るいシッカリした生活を営みたいものです。おもうに、因縁の真理に徹し、般若(はんにゃ)の空を、真に味わい得た人こそ、まさしくそれは中道を歩む人です。げに生身(しょうじん)の活(い)きた観音さまは、かかる人々のうちから誕生するのです。 
第四講 永遠の生命  

 

舎利子ヨ。  
是ノ諸法ノ空相ハ。  
不生ニシテ不滅。  
不垢ニシテ不浄。  
不増ニシテ不減ナリ。  
すでに私は『心経』の肝腎要(かんじんかなめ)となっている、いや、仏教の根本思想であるところの「色は即(すなわ)ち是れ空、空は即ち是れ色」(色即是空、空即是色)ということについて、一応お話ししておきました。そしてそのとき私は、一くちに「空」といっても、その空は「般若の空」で、有(う)(存在)に対する無(む)(非存在)というような、そんな、単純な空という意味ではない、ということをお話ししておきました。ところが、これについて古人はこういう貴(とうと)い言葉を残しています。  
智慧と慈悲   
「色即チ是レ空と見れば、大智を成(じょう)じ、空即チ是レ色と見れば、大悲を成ず」  
と、いっておりますが、これは非常に考えさせられる言葉です。というのは、いったいここにいう大智とは、大きい智慧(ちえ)、すなわちほんとうの智慧のことです。次に大悲というのは大きい慈悲、すなわちほんとうの慈悲のことです。仏教では、その智慧も慈悲も、共に空という母胎から産まれてくるものだというのです。いったい世間のものは、みんな十人十色で、どれだけ大勢(おおぜい)の人が集まっていても、寸分たがわぬ、同じ人間は、一人もありません。「似たとはおろか瓜(うり)二つ」などといいますが、よく見れば、どこかきっと違っている所があるのです。単に、顔や形のみではなくて、人間の性質も気心も、また文字通り、千差万別です。したがって、病に応ずる薬が、それぞれあるように、人間の身の悩み、心の悶(もだ)えを、救う仏にもまたいろいろ変わった相(すがた)があるわけです。  
「釈迦(しゃか) 阿弥陀(あみだ) 地蔵 薬師と変れども 同じ心の仏なりけり」で、結局、数あるもろもろの仏は、ことごとく皆同じ心、すなわち慈悲という精神、大慈大悲のこころの顕(あらわ)れにほかならぬのであります。ところが、慈悲といっても、それは決して智慧のない慈悲ではないのです。仏教では、これを「愛見の大悲」といっておりますが、ほんとうの慈悲は、盲目的な愛、母牛が仔牛(こうし)を甜(な)めるような、そんな愛ではないのです。真の智慧によって、裏づけられているほんとうの愛が、すなわち仏教の慈悲なのです。だから、少なくとも仏教では、慈悲と智慧とは二にして一だというのです。今日、仏といえば、誰しも、すぐに観音さま、地蔵さま、阿弥陀さまといったような、いかにも微妙端厳(みみょうたんごん)な、やさしい容姿(すがた)の仏を思い起こします。しかし、仏さまのうちには、不動明王というような、見るからにいかにも恐ろしい仏もあります。「あれでも仏さまか」と疑うほどの恐ろしいお容貌(すがた)の仏さまがあるのです。もっとも、同じ観音さまでも、やさしい顔や相(すがた)の仏さまだ、とばかり思っていると、中には「馬頭観音」とて、不動明王にも、勝(まさ)るとも劣らぬ、恐ろしい姿をしている観音さまもあります。武蔵野(むさしの)などを散歩していますと、よく路傍の石碑(いし)にきざんである、この仏のおすがたを見うけるのですが、とにかく、仏さまなら、もう阿弥陀|如来(にょらい)だけでよい、大日如来だけでよい、釈迦如来だけでも結構なようですが、衆生の機根万差(きこんまんじゃ)ですから、これを救う方にもいろいろな形をした仏があるわけです。仏教では、三世に亙(わた)り、十方に遍(あまね)く、たくさんの仏さまが、おられると説いているのです。けだし、これは果たしてどんな意味なのでしょうか。  
厳父と慈母 
いったい、私どもの家庭、それは単純な家庭もあろうし、複雑な家庭もありましょう。またよい家庭もあろうし、悪い家庭もありましょう。だが、なんといってもまず私たちの理想の家庭というのは、両親も揃(そろ)い、子供も幾人かあるという、朗らかな団欒(だんらん)の家庭でしょう。ところで、子に対する親の愛ですが、親の目には幾人子供があろうと、その間には甲乙、親疎の区別はありません。もっとも、父親の子供に対する愛の態度と、母親の子供に対する愛の態度とは、おのずからその愛の表現において、そこに一種の区別がありましょう。「厳父」の愛と、「慈母」の愛、それが区別といえば区別です。それは叱(しか)ってくれる愛と、抱いてくれる愛です。叱ってくれる愛、それは智慧(ちえ)の世界です。批判の世界です。折伏(しゃくぶく)の世界です。抱いてくれる愛、それは慈悲の世界です。享受の世界です。摂受(しょうじゅ)の世界です。  
   父はうち母は抱(いだ)きて悲しめばかわる心と子やおもうらん  
で、父は打ちとは、叱り手の愛です。それは哲学の領分です。母は抱くとは抱き手の愛です。それは宗教の領域です。智慧の哲学と、慈悲の宗教とは少なくとも仏教においては、二にして一です。「かわる心と子や思うらん」といいますが、それはつまり子供の僻目(ひがめ)です。事実は、父も母も、子のかわいさにおいては、なんら異なっているところはないのです。ある時は叱り、ある時は抱く、それで子供は横道にそれず、邪道に陥らず、まっすぐにスクスクと伸びてゆくのです。  
   うたたねも叱り手のなき寒さかな  
と、一|茶(さ)もいっていますが、たしかに叱り手のないことは、淋(さび)しいことです。大人(おとな)になればなるほど、この叱り手を要求するのです。頭から、なんの飾り気もなく、自分の行動を批判してくれる人が、ほしいのです。蔭(かげ)でとやかく非難し、批判してくれる人は多いが、面と向かって、忠告してくれる人は、ほんとうに少ないのです。だが、叱り手を要求する私たちは、一方においては、また、黙って抱いてくれる人がほしいのです。善(よ)い悪いは、十分わかっておりながらも、頭からガミガミ叱らずに、だまって愛の涙で抱擁してくれる人もほしいのです。  
   この寒さ不孝者奴(め)が居(お)りどころ  
といった、愛の涙もほしいのです。  
   是れきりでもうないぞよと母は出し  
小言をいいつつも、やはり、わが子かわいさに、財布(へそくり)の底をはたいて、出してくれる、母の慈愛もほしいのです。不孝者奴と罵(ののし)りつつ、もうないぞよと意見しつつ、なおもわが子をば、慈愛の懐(ふところ)に抱いてくれる親の情けは、否定しつつ、肯定しているのです。智慧の涙と、慈悲の涙、たといその表現の相(すがた)においては異なっておろうとも、その心持には、なんの違いもないのです。  
亡くなった老父のこと 
いまから二十数年前に亡(な)くなりました私の父は、こんな歌を私に残して逝(ゆ)きました。  
   父は照り母は涙の露となりおなじ慧(めぐみ)にそだつ撫子(なでしこ)  
誰(だ)れが詠(よ)んだ歌だか、私にはわかりませんが、たしかにかみしめ、味わうべき歌だと思います。厳父の心と、慈母の心を、一首の和歌に託して、現わした古人の心もちが、優にやさしく、また尊く思われます。今日、三人の子の父となった私には、今さらながら、亡くなった父の慈愛、母の情が沁々(しみじみ)と感ぜられるのです。「子を持って知る親の恩」とは、あまりにも、古い言葉です。しかし、やっぱり、子を持って知る親の恩です。子をもつことによって、はじめて私たちは、亡くなった親のありがたさ、もったいなさを、沁々と追憶するのです。だが、  
   さればとて石碑(いし)にふとんもきせられず  
です。なつかしい、恋しい、両親への追憶に耽(ふけ)るにつけても、私は、厳父の心、慈母の情を通じて、そこに哲学としての仏教、宗教としての仏教のふかさ、尊さを、今さらながら見直しつつ、沁々と味わっているのであります。  
仏心と親心  
話はつい横道へそれましたが、私どもの家庭の、この厳父の心を、そのままに写したのがあの不動明王という恐ろしい仏です。厳父に対する慈母の心を、そのままに現わしたのが、観自在菩薩(かんじざいぼさつ)というあのやさしい仏です。しかもそれはいずれも「同じ心の仏なりけり」です。いずれも「慈眼視衆生(じげんじしゅじょう)」の仏心の顕現(あらわれ)であります。古来、「般若(はんにゃ)は仏の母」だといっていますが、般若こそ、まことに一切の諸仏をうみ出す母です。諸仏出生の根源です。あの慈母の権化(ごんげ)、観自在菩薩が、深般若波羅蜜多(じんはんにゃはらみた)を行(ぎょう)じて、一切は空なりと観ぜられた、ということは、実にそこに深い意味があるのです。空を観じて空を行ずる。因縁を観じて因縁を行ずる。空観より空行へ、因縁観より因縁行へ、そこに哲学として仏教宗教としての仏教の立場があるのです。古聖が「色即[#(チ)]是[#(レ)]空と見れば、大智を成(じょう)じ、空即[#(チ)]是[#(レ)]色と見れば、大悲を成ずる」といったのは、まさしく、こうした境地を、道破したものであると思います。  
たいへん前置が長くなりましたが、すでにお話ししました「因縁」の原理や、ただ今申しましたその話をば、とくとお考えくだされば、これから申し述べることは、自然ハッキリわかってくるのです。さて、ここに掲げてある本文は要するに、「五|蘊(うん)」によって、作られている諸法(もの)はみな空である、という、その空の相(すがた)についていったものです。つまり眼に見える有形の物質と、眼に見えぬ無形の精神とが、集まってできている、この世界じゅうのあらゆる存在は、皆ことごとく空なる姿、すなわち「空なる状態」にあるのですから、生ずるといっても、何も新しく生ずるものではない。滅するといっても、すべてが一切なくなってしまうのではない。汚(きたな)いとか、綺麗(きれい)だとか増(ふ)えたとか、減ったとかいうが、それはつまり個々の事物に囚(とら)われ、単に肉眼によって見る、差別の偏見から生ずるのであって、高処に達観し、いわゆる全体的立場に立って、如実(にょじつ)に、一切を心の眼でみるならば、一切の万物は、不生にして、不滅であり、不垢(ふく)にして、不浄であり、不増にして不滅だというのであります。ところで、ここには、否定を表わす「不」という語が六つあります。いわゆる「六不」ですが、しかしこれはあながち六不に局(かぎ)ったことではなく、いくつ「不」があってもよいわけです。八不、十不、十二不という語が、お経に出ておりますが、いま『心経』は、この「六不」によって、一切の「不」を代表させているのであります。で、結局は不の一字さえわかれば、一つの「不」で結構なのであります。いま試みに不生、不滅という語をとって考えてみましょう。さてこの不生、不滅という語を、もう一度他の語で申せば、「生滅を滅し已(おわ)る」すなわち「生滅|滅已(めつい)」ということです。あの「いろは歌」でいえば、「うゐのおくやまけふ越えて」という句に当たるのです。うゐのおくやまを越える、ということは、つまり生死(しょうじ)に囚われる迷いの心を、解脱するということです。しかもそれが不生不滅という意味です。生滅を滅し已(おわ)るということです。しかし、一歩退いて考えまするに、「生滅」ということは、変化ということで、少なくとも変化は、生滅によって起こるものです。「無常」、「変化」、「流転」、いずれもそれは疑うべからざる現前の事実です。したがって生滅を滅するとか、あるいは不生不滅だとかいうことは、いかにも、合点のゆかぬことのように思われるのです。まことに、一応は無理からぬことであります。しかし再応、これを吟味しますと、それは、なにも不合理な不可解なことばではありません。すなわち「生滅を滅し已る」ということは、要するに、生に囚われ、滅に囚われる、その「囚われの心」、「執着の心」を離れるという意味なのです。芭蕉は、俳句の心は「無心所着」といっていますが、この「心に所着なし」という境地が、生滅を滅し已るという世界で、ものにこだわりのない日本人の明朗性も、ここにあるのです。ゆえに不生不滅ということは、むかしから仏教学者は、波と水との関係のように解釈しています。波という現象の上から見れば、生滅起伏もあるが、水という本体そのものの上には、なんらの変化はないという立場から、「生滅」と「不生不滅」を眺(なが)めて、現象と本体の関係において見てゆくことも、もちろん、必要ではありましょう。しかし、これと同時に、私どもは、生じたといっては喜び、滅したといっては悲しむ、その「囚われの心」、「執着する心」、その「迷いの心」を否定するという意味で、この「不生不滅」の原理を味わってゆかねばならぬと思います。かの「エネルギー不滅の法則」が、科学的真理であるように、また、宇宙の万物を構成する電子の量が、一定不変であるというように、「因縁」の集合によって、できている一切のもの、「空の状態」における一切の事々物々は、ことごとく不生不滅です。不増不減であるのです。  
かく申しますと、人あるいはいうかも知れません。「それは宇宙の実相(すがた)は、不生不滅かも知れん。いや不生不滅であるだろう。しかしわれわれ個人には、やはり依然として『生滅』という事実があるではないか。生きたり、死んだりする事実があるのじゃないか。われわれは、そんな宇宙がどうの、不生不滅がどうの、空がどうの、般若がどうのというような、自分らの生活と、全く縁の遠い理窟(りくつ)を、聞こうとは思わないのだ」と難詰(なんきつ)せられる方があるかも知れませぬ。が、しかしです。「無用の用」こそ「真の用」ではありませんか。理窟と見るは所詮(しょせん)僻目(ひがめ)です。「空」の原理、「不生不滅」の真理、それは偽ることのできない道理です。いや、どうしても疑うことのできない事実です。仰せの通り、われわれ個人には、生き死にがあります。「自分の家」では、赤ん坊が生まれたかと思うと、「隣りの家」では、悲しい不幸が起こっているのです。人に生死があるように、世間にもまた生滅があります。  
しかしその生死の根本を尋ねたならばどうでしょうか。道元|禅師(ぜんじ)はいっております。  
生をあきらめ死をあきらめる  
「生を諦(あきら)め、死を明らむるは、これ仏家一大事因縁なり」  
と。だがしかし、生を諦め、死をあきらめることは、豈(あ)に独(ひと)り仏|弟子(でし)のみに局(かぎ)らんや、です。それは、万人の必ず心すべきことではないでしょうか。しかも「生死(しょうじ)を諦めた人」こそ真に「生死を見ざる人」です。生死を見ざる人こそ、実に「生死に囚(とら)われざる人」です。しかも、この生死に囚われざる人にして、はじめて「不生不滅」の真理を、まざまざと味わうことができるのです。  
   身はたとい武蔵の野辺(のべ)に朽ちぬとも留めおかまし大和魂  
の辞世を残し、悠々(ゆうゆう)として刑場の露と消えたあの吉田松陰、松陰先生こそ、実に生死に囚われざる人です。生死を怖(おそ)れざる人です。生死に随順しつつ、生死を超越した人です。不生不滅の真理を体得した人、いわゆる死んで生きた人であります。生前その妹さんに贈った手紙のうちにこんな言葉があります。  
死なぬ人  
「さて死なぬ(不生不滅)と申すは、近く申さば釈迦、孔子と申すお方は、今日まで生きてござるゆえ、人が尊みもすれば、有難(ありがた)がりも、おそれもする。楠正成公じゃの、大石良雄じゃのと申す人は、たとい刃ものに身は失われても、今もって生きてござるではないか」といっていますが、たしかに、それは味わうべき言葉だと存じます。またその愛弟子の一人、品川弥二郎に贈った手紙のうちにも、  
「死生の悟が開けぬようでは、何事もなしえない」  
ということを、細々(こまごま)と教えていますが、わずか三十歳の若さで、国事に斃(たお)れた吉田松陰こそ、まことに生死を越えた人です。生死をあきらめた人であります。  
「われ今国の為に死す。死して君親に負(そむ)かず。悠々たり天地の事。鑑照神明にあり」  
(吾今為レ国死。死不レ負二君親一。悠々天地事。鑑照在二神明一)  
といった、かれ松陰の肉体は消えました。しかし、その君国のために生きんとする、尊き偉大なる精神は、今日もなお炳乎(へいこ)として明らかに、儼然として輝いています。  
私どもは五十年、七十年と限られた肉体的生命だけをみて、人生を判断せずに、もっと「永い眼」で人生を見直さなければなりません。スピノーザのいわゆる「永遠の相において」人生を眺めなければなりません。自己の永遠の生命を信ずる者は、「不生不滅」です。そこには生死はありません。生死を達観して、人生永遠の生命に目覚(めざ)めることが、なんといってもいちばん大切です。肚(はら)ができたというのは、所詮この境地を指していったものです。いまや世界は共同の運命を自覚して一体となりつつあります。世界が真に一つの世界になりつつあるのです。松陰の出た明治維新当時と、今日の日本とは、その世界的地位において、たいへんなひらきがあります。しかし、わが日本民族が真に生くる根本的態度についてはなんら変りないと存じます。私どもは永遠の不朽の生命を深く信ずることによって、あくまでわれらに課せられた世界的使命たる、平和な文化国家の創造のために邁進(まいしん)したいと思うのであります。 
第五講 空に徹するもの  

 

是ノ故ニ空ノ中ニハ無クレ色モ。  
無ク二受想行識モ一。  
無ク二眼耳鼻舌身意モ一。  
無ク二色声香味触法モ一。  
無ク二眼界モ一。  
乃至無シ二意識界モ一。  
新緑の世界  
いつのまにか花の春も去って、若葉青葉に燃ゆる、すがすがしい新緑の世界になりました。武蔵野に住む私どもにとっては、きょうこのごろが一年じゅうでいちばん恵まれた時候です。ところで、この新緑五月のころになると、いつも私どもの頭に浮かんでくるのは、あの有名な、  
   眼には青葉山ほととぎす初鰹(はつがつお)  
という句です。説明なしでも、もはや、日本人ならば何人にも十分にわかる句でありますが、これといっしょに新緑のころになると、いつも私の思い起こす句は、あの  
   衣|更(が)え手につく藍(あい)の匂(にお)いかな  
という句です。これは衣更えの、新しい、すがすがしい気分を、最も巧みに表わしていることばだと思います。本日はこの二つの句を契機(きっかけ)といたしまして、いささか『心経』の心を味わってゆきたいと思います。  
さて、お経の本文は、  
「是(こ)の故に、空の中には色もなく、受、想、行、識もなく、眼、耳、鼻、舌、身、意もなく、色、声、香、味、触、法もなく、眼界もなく、乃至(ないし)、意識界もなし」  
というのであります。この一節は、仏教の世界観を物語る「三|科(が)の法門」すなわち「蘊」「処」「界」の三種の方面から、「一切は空なり」ということを、反覆(くりかえ)して説いたものであります。ところで、まず「蘊」ということですが、いうまでもなく蘊とは五蘊のことです。もっとも、この五蘊のことは、すでにたびたび申し上げた通り、私たち(我)をはじめ、私たちの世界(我所)を構成している五つの元素です。すなわち眼に見、耳に聞き、鼻に嗅(か)ぎ、舌に味わい、身に触れることのできる一切の客観の世界は、ことごとくこの「色」の中に摂(おさ)まるのです。次に五蘊の中の「受」「想」「行」「識」の四は、意識(こころ)の作用で、すべて主観に属するものです。しかも、主観の主観ともいうべきものは、第四の識であって、この意識が、客観の「色」と交渉し、関係することによって、生ずる心象(こころのすがた)が、受と想と行との三であります。したがって「五蘊は空」だということは、つまり、世間にある一切の存在(もの)はみんな空だということになるのであります。ゆえに「空の中には色もない、受、想、行、識もない」といえば、私どもも、私どもの住んでいる世界も、つまり、一切のものはすべて空なる状態にあるのだ、ただ因縁によって仮に有るものであるから、執着すべき何物もない、ということになるわけであります。  
次に「処」とは、十二処ということで、「六根」と「六境」といったものです。ところでその六根とは、あの富士山や御嶽(おんたけ)山などへ登る行者たちが、「懺悔(さんげ)懺悔、六根清浄(こんしょうじょう)」と唱える、あの六根で、それは眼、耳、鼻、舌、身の五官、すなわち五根に、「意根」を加えて六根といったので、つまり私どもの身と心のことです。別な語でいえば心身清浄ということが六根清浄です。そこで、この「根」という字ですが、昔から、根とは、識を発(おこ)して境を取る(発識取境(はっしきしゅきょう))の義であるとか、または勝義自在(しょうぎじざい)の義などと、専門的にはずいぶんむずかしく解釈をしておりますが、要するに根とは「草木の根」などという、その根で、根源とか根本とかいう意味です。すなわちこの六根は、六識が外境(そとのもの)を認識する場合は、そのよりどころとなり、根本となるものであるから、「根」といったのです。ところが面白いことには、仏教ではこの「根」をば、「扶塵根(ぶじんこん)」と「勝義根(しょうぎこん)」との二つに分けて説明しておるのです。たとえば、眼でいうならば、眼球(めのたま)は扶塵根で、視神経は勝義根です。したがって、そこひの人のごとく、たとい眼球はあっても、視神経が麻痺(まひ)しておれば、色は見えませぬ。これと同時に、視神経はいかに健全でも、盲人のように眼球がなければ、ものを見ることはできないわけです。それゆえに、この「勝義根」と「扶塵根」、つまり「視神経」と「眼球」との二つが、揃(そろ)って完全であってこそ、はじめて私どもの眼は、眼の作用(はたらき)をするわけです。しかもこれは他の五根についても同様であります。  
対象の世界  
次に六境とは、六根の対象になるもので、色(しき)と声(しょう)と香と味と触(そく)と法とであります。六根に対する六つの境界という意味で、六境といったのです。ところで、この六境をまた「六塵」ともいうことがありますが、この場合、「塵」とは、ものを穢(けが)すという意味で、私たちの浄(きよ)らかな心を汚(よご)し、迷わすものは、つまりこの外からくる色と声と香と味と触と法とであるから、「六|境(きょう)」をまた「六|塵(じん)」ともいうのです。「六塵の境界」などというのはそれです。ただし六塵の中の「法塵」は、意根の対象となるもので、嬉(うれ)しいとか、悲しいとか、憎いとかかわいいとかいう精神上の作用(はたらき)(心法(しんぽう))をいったものです。けだし、以上に申し述べました、六根と六境とが、いわゆる「十二処」といわれるものですが、これをまた「十二|入(にゅう)」ともいっています。「処」は「場所」の所で、「生長」の義と解釈されていますが、六根が六境を受け入れ、よく意識を生長せしめるから、これを「十二処」といったのです。しかしてこの根と境とは互いに渉入し、根は境をとり、境から根を生ずるというように、相互に入れちがって、「渉入」するという意味から「十二処」のことを、また「十二入」といったのです。  
最後に「界」とは、詳しくいえば「十八界」ということです。「六根」と「六境」に、さらに「六識」を加えたもので、合計|三六(さぶろく)十八となるわけです。いったい、この認識の作用(はたらき)というものは、「根」と「境」と「識」との三つが、相応じ、一致しなければ、起こらないものです。で、単に「根」と「境」とだけで「識」がなければ、いわゆる「心ここにあらざれば、見れども見えず」です。あれどもなきがごとしです。現に私どもが何か仕事に夢中になっているときは、知らぬ間に時間がたってしまいます。一時間、二時間が、ホンの五分か十分ぐらいにしか思えないのです。だが、なにも一時間が十分になったわけではありません。スッカリ時間を超越してしまうから、そう感じるのです。ところで、この「界」という字は、科学の世界とか、哲学の世界とか、あるいは新緑の世界などという場合の、その世界で、差別とか区別とか領域とかいう意味です。したがって十八界ということは、十八種類の世界ということで、つまり「根」と「境」と「識」との相対関係によって生じた、十八の世界です。たとえば、「眼根」と「色境」と「眼識」とが和合すると、ここに「眼」を中心とする一つの世界ができるのです。それがいわゆる「眼界」です。つまり「眼の世界」です。いまこの『心経』には、最初の「眼界」と最後の「意識界」だけを挙(あ)げて、その中間の「耳の世界」「鼻の世界」「舌の世界」などの、十六界をば、「乃至」という二字で省略してあるのです。  
話がたいへんめんどうになりましたから、ここらで一まずきり上げて、最初に申し上げた、あの二首の俳句をかりて、一応いままでいったことを、考え直してみたいと存じます。さてまず最初の「眼には青葉山ほととぎす初鰹」という句でありますが、この「眼には青葉」というのは、いうまでもなく、眼の世界です。私どもの眼に映る世界です。そしてその対象は、青葉という「色の世界」です。すなわち、私どもの眼は、眼球(めのたま)を通して、青葉という「色の世界」を認識したのです。知ったのです。「ああ、もうスッカリ新緑になったな」と眼は知るのです。しかし、「どこかへ一度遊びに行きたいな」となると、もう眼の領域ではないのです。『増(ぞう)一|阿含経(あごんぎょう)』というお経の中には、  
「眼は色をもって食(じき)となし、耳は声をもって食(じき)となす」  
ということばが出ておりますが、眼の食物は色です。耳の食物は声です。よいものを見たい、いい声を聞きたいというのが、眼の楽しみ、耳の楽しみです。仏教の方では人が亡くなった時に香を手向(たむ)けますが、これは「中有(ちゅうう)(中陰)の衆生は、香をもって食(じき)とする」という所からきているのです。したがって食物は、ただ口だけに必要なものではありません。眼にも、耳にも、鼻にも、みんな食(じき)、すなわち食物が必要なのです。  
山ほととぎすの初音  
次に「山ほととぎす」というのは耳の世界です。杜鵑(ほととぎす)のあの一声は耳の食(じき)です。残念ながら耳の遠い人は、耳の形だけはありますが、肝腎(かんじん)の聴神経が麻痺(まひ)しているので、せっかくの山ほととぎすの初音も聞こえないわけです。次に、「初鰹(はつがつお)」とは、舌の世界です。味覚の世界です。風邪(かぜ)をひいて熱でもあれば、何を食べてもおいしくないのは、舌があってもないと同じです。味覚がないから、少しも味がないわけです。すなわちあじない、まずいというのはそれです。で、要するに、この「眼には青葉」の一句には、「眼」と「耳」と「舌」との三つの世界、およびその対象となっているところの「色」と「声」と「味」との三つの境界が表現されているわけです。  
衣更えの気分  
次に第二の句は「衣|更(が)え手につく藍(あい)の匂(にお)いかな」というのですが、この句は、つまり、「衣更え」と「手につく藍の匂い」という、二つに解剖してみる事ができます。「衣更え」とは、衣を着かえることで、着ている着物を、ぬぎかえることですから、身体全部に関係するのです。したがってそれは、触覚の世界です。肌(はだ)ざわりがよいとか、着心地がよいとか、わるいとか、いうのはそれです。「触」とはふれるという字で、英語のタッチに当たります。「手ざわり」だとか「肌ざわり」だとか、いう感じは触れてみなければなりません。次に「手につく藍の匂いかな」ということは、「鼻」の世界です。したがってその対象は「香」です。匂いです。よい匂いがする。ほんとうにいい香(かお)りだな、というのはことごとく「鼻」に属するものです。で、この「衣更え」の一句の中には「身」と「鼻」との二つの世界、およびそれの対象となっている「触」と「香」との二つの境界を表わしていることになるのです。かくて私どもは、この「眼には青葉」の句と「衣更え」の句を通じて、ここに眼、耳、鼻、舌、身の「五根」と、色、声、香、味、触の「五境」との関係を知ることができるのです。そして、この五官の中心となって、これを統一する認識の主体が、つまり第六意識です。この意識が「意根」を依り処(どころ)として、一切のものを認識するわけです。しかも、この第六意識は、一切の万物を広く認識するという意味で、「広縁識(こうえんじき)」といわれておりますが、現在だけでなく、過去のこと、将来のことまでも、いろいろ思い考えるのは皆この第六意識の作用(はたらき)です。したがって、この第六識は前(ぜん)五|識(しき)の主人公です。この主人公がシッカリしておればこそ、眼、耳、鼻、舌、身の五識は命じられるままに、よく働くわけです。「人間は考える動物」だといいますが、この考えの主体はこの意識であるわけです。おもうに仏教の立場からいえば、いったい私どもの認識作用というものは、結局この「根」と「境」と「識」との三つの和合によって生ずるものでありまして、「識」とは認識の主体で、心のことであり、「根」はその識の所依、よりどころ、「境」はつまり所縁、すなわち心によって認識せられる対象であるわけです。しかも私どもの認識を離れて、一切万物は存在しませぬから、『心経』の本文に、  
「眼耳鼻舌身意もなく、色声香味触法もなく、眼界もなく、乃至(ないし)意識界もなし」  
といっているのは、結局「一切は皆空なり」ということを、くわしく分析して説明したものです。で、頭のするどい人には、はじめから「一切は皆空なり」といえば、すぐに「なるほどそうだ」、とわかるのですが、いまだ「空」の意味を理解しないものは、まず「五|蘊(うん)」の空なることを説き、それでもわからぬものには、「六根」と「六境」の空なることを説明し、さらにそれでもまだ理解し得ないものには、もういっそう詳しく「六根」と「六境」と「六識」の関係を説明したのでありまして、つまりは、「因縁によって作られている、私どもの世界の一切の存在(もの)は、ことごとく空なり」ということを、説明したものにほかならぬのです。まことに「因縁」より生ずる所の、一切のものは、ことごとく空です。したがって一切の事物は、皆すべて相対依存の関係にあるわけです。もちつもたれつとは、独(ひと)り人間同志の問題ではありません。世間の一切の万物、皆もちつもたれつなのです。現代の物理学者は相補性原理といっています。相補性原理とは、もちつもたれつということです。有名なアインシュタインはかつて相対性原理を唱えましたが、もはやそれは古典物理学に属するもので、今日ではすべてのものは、互いにもちつもたれつの関係にある、すなわち相補性原理こそが真実だといわれています。  
したがってそれはもちつ、もちつでもなければ、またもたれつ、もたれつでもなく、あくまでもちつ、もたれつです。まったく「もちつ、もたれつ、互いによらにゃ、人という字は立ちはせぬ」です。宇宙間の一切の事物もそうですが、特に人間はどこまでも、もちつもたれつ、生かし生かされつつあるべきです。しかもそれがとりも直さず因縁の関係です。相対依存の関係です。ところが一切の万物(もの)は、もちつもたれつの存在であるばかりでなく、すべてのものは、ちょうど河(かわ)の水のようにつねに流れているのです。動いているのです。ベルグソンもいっているように、私どもは同じ河の流れに、二度と足を洗うことはできないのです。水の流れは、つねに昼夜をわかたず、流れ流れて止(や)みません。一度足を洗った水は二度と帰らぬ水です。だが、それはひとり河の水ばかりではありません。私どももまた、つねに変化し移りかわっているのです。昨日の私は、もう今日の私ではありません。今日の私は、もはや明日の私でもありません。したがってこの「万物流転」と「相対依存」とは、まさしく因縁という母胎から生まれた、二つの原理であるわけです。縦(時間的)から見れば万物流転、横(空間的)から見れば相対依存、この二つの原理は、実に疑うことのできない、宇宙の真理です。しかもこの真理に目覚(めざ)める時、私どもは、そこにはじめて国家、社会、人類の「恩」を感じ、「人生の尊さ」をハッキリ知ることができるのです。自分独りの自分ではない。私独りの私ではない。すべてのものによって養われている私、一切のものによって生かされている自分を、ほんとうに心から知った時、私どもは、そこにしみじみと、今さらながら、恩すなわちおかげさまということを感ずるのであります。ありがたい、もったいない、すまない、という感謝報恩の心は、湧然(ゆうぜん)として、ほとばしり出るのです。したがって、自己(おのれ)の生活に対して、何の懺悔(さんげ)も、反省もなしに、ただいたずらに世を呪(のろ)い、人を怨(うら)むことは、全く沙汰(さた)の限りといわざるを得ないのです。自分の身体にくっついた虱(しらみ)を怨む前に、まず私どもは虱をつけている自己の身体の不潔を反省せねばなりません。しかも一たび「因縁の原理」に目覚め真に「般若(はんにゃ)の空(くう)」に徹したものは、生のはかなさを知ると同時にまた、生の尊さを知るのです。実をいえば、生ははかないがゆえに尊いのです。「散ればこそいとど桜はめでたけれ」です。散るところに、花の生命があるように、死んでゆくところに、いや死なねばならぬところに、生の価値があるのです。生の尊さ、ありがたさがあるのです。ゆえに空に徹したる人は、生きねばならぬ時には、石に噛(かじ)りついても、必ず生をりっぱに生かそうと努力します。生死(しょうじ)に囚(とら)われざる人は、所詮(しょせん)死を怖(おそ)れざる人です。死を怖れざるゆえに、死なねばならぬときに莞爾(にっこ)と笑って死んでゆくのです。ゆえにそれはいたずらに死を求める人ではありません。「死を怖れず、死を求めず」といった西郷南洲のことばは、真に味わうべき言葉だと思います。昔から「千金の子は、盗賊に死せず」といいます。「君子は分陰を惜しむ」といいます。たしかにそれは真実です。寸陰を惜しみ、分陰を惜しみ、生の限りなき尊さを味わうものにして、はじめていつ死んでもかまわない、という貴い体験が生まれるのです。覚悟(はら)ができるのです。いつも「明日」と同盟する人は「今日」の貴さをほんとうに知らない人です。いつも「明日」と約束する人は、「今日」を真に活(い)かさない人です。  
ローマの哲学者ポエチウスは牢獄(ろうごく)のなかで死刑の日を前にして『哲学の慰め』というりっぱな本を書いていますが、これに似た話が中国にもあります。今からちょうど千五百年以前のことです。中国に僧肇(そうじょう)という若い仏教学者がありました。彼は有名な羅什(らじゅう)三蔵の門下で、三千の門下生のうちでも、特に優(すぐ)れたりっぱな学者でありました。しかし、ある事件のため、時の王様の怒りに触れて、将(まさ)に斬罪(ざんざい)に処せられんとしたのです。その時、彼は何を思ってか、七日問の命乞(いのちご)いをいたしました。彼は、その七日間に、獄中において、みんごと『法蔵論』という一巻の書物を書き上げました。そして、従容(しょうよう)として刑場の露と消えたということです。時に彼三十一歳、その臨終の遺偈(いげ)は、まことにりっぱなものであります。「四大|元(もと)主なし。五|陰(おん)本来空。首(こうべ)を以(もっ)て白刃に臨めば、猶(なお)し春風を斬(き)るが如し」(四大元無レ主。五陰本来空。以レ首臨二白刃一。猶如レ斬二春風一。)  
首を以て白刃に臨めば、猶し春風を斬るが如し。ああ、なんという徹底した痛快な死生観ではありませんか。  
けだし、かの若き僧肇こそ、まことに般若の経典を心でよみ、かつこれを身体で読んだ人であります。人間もここまで来なければ、決して大丈夫ということはできません。しかし、私はその臨終の偈(げ)が、徹底していることよりも、むしろ獄中に囚われの身でありながら、悠々(ゆうゆう)として『法蔵論』というりっぱな一巻の書物を、書き残していったという所に、学者として、いや仏教の坊さんとしての彼の偉大さ、真面目があると存じます。今日、私どもは、この『法蔵論』を手にするたびに、「般若の空」の真の体験者であった僧肇の偉大さを、しみじみと感ずるのであります。そして三十一歳で、従容として死についた彼を偲(しの)ぶにつけても、般若を学びつつ、般若を説きつつ、しかもいまだ真に般若を行(ぎょう)じ得ない、自分(おのれ)を省みるとき、私は内心まことに忸怩(じくじ)たるものがあるのであります。「道は多い、されど汝(なんじ)の歩むべき道は一つ」だといいます。私は『般若心経』のこの講義を契機(きっかけ)として、真に般若の道を学びつつ、歩みつつ、如実(にょじつ)に一つの道をシッカリと歩んでゆきたいと思っています。そして少なくとも、「生死岸頭に立って大自在を得る」という境地にまで、すみやかに到達したいと念じている次第であります。 
第六講 因縁に目覚める  

 

無ク二無明モ一。  
亦無ク二無明ノ尽クルコトモ一。  
乃至無ク二老死モ一。  
亦無シ二老死ノ尽クルコトモ一。  
商人の話  
昭和九年の春、AKから『般若心経』の放送をしている時でした。近所の八百屋(やおや)さんが宅へ参りまして、家内に、冗談のように、「この頃は毎朝、お宅の先生のラジオ放送で、空(くう)だの、無だのというような話を聞かされているので、損をした日でも、今までと違ってあんまり苦にしなくなりました」といって笑っていたということですが、たとい、空のもつ、ふかい味わいが把(つか)めなくても、せめて「裸にて生まれて来たになに不足」といったような、裸一貫の自分をときおり味わってみることも、また必要かとおもうのであります。その昔幕末のころ、盛んに廃仏棄釈(はいぶつきしゃく)をやった水戸の殿様に、ある禅寺の和尚(おしょう)さんが、  
「君は僅(わず)かに是(こ)れ三十五万石、我れは是れ即(すなわ)ち三界|無庵(むあん)の人」  
といったという話がありますが、あなたはたった三十五万石だ、私は「三界無庵の人」だといった、その心持には味わうべき貴いものがあるかと存じます。おもうに三界無庵の人こそ、その実、いたるところに家をもつ三界有庵の人です。「無一物中無尽蔵」です。そこには、花もあれば、月もあります。私どもは、般若の「空」がもっているほんとうのもち味をかみしめつつ、いたずらにくよくよせずして、ゆったりと落ちついた気分で、お互いの人生を、社会を、広く、深く、味わってゆきたいものです。  
さてこれからお話ししようとする所は、  
「無明(むみょう)もなく、また無明の尽くることもなく、乃至(ないし)、老死もなく、また老死の尽くることもなし」  
という一節であります。すでに私は「仏教の世界観」を契機(きっかけ)として、それによって「一切は空なり」ということをお話ししたのですが、これからは「仏教の人生観」の上から、「一切は空なり」ということをお話しするわけであります。ところで最初の所は、有名な「十二縁」の問題を取り扱っているのですが、『心経』には「十二因縁」の一々の名前はなくて、ただ最初の「無明(むみょう)」と、最後の「老死」とを挙げてあるのみで、その中間は、「乃至」という文字でもって省略してあるのです。そして「無明もなく、無明の尽くることもなく、老死もなく、老死の尽くることもなし」とて、十二因縁の空なることを説いてあるのですが、いったい般若の真空(しんぐう)の上よりいえば、客観的に宇宙の森羅万象(すべてのもの)が空であったがごとく、主観的にも、宇宙の真理を語る所の、智慧(ちえ)そのものもまた空だ、というのが、「無明もない」、「老死もない」ということ、すなわち十二因縁もまた空だというのがそれです。ところで、この「十二因縁」の一々についての、詳しい説明は、かえって煩瑣(はんさ)ですし、またここではその必要を認めませんので省略しておきますが、ただここで、ぜひとも注意すべき大切なことは、「十二」という数字よりも、むしろ「因縁」という二字が大事だということです。すなわち十二という数が、必ずしも特別に重要な位置を占めるものではなくて、「因縁」ということが必要なのです。「因縁」ということ、因縁の内容をば、十二の形式によって説明したものが、この「十二因縁」でありまして、これは結局、「因縁」という一語につきるわけです。したがって、開けば十二、合すれば因縁の一つというわけです。  
因縁の体験  
さてこの因縁が、どんなに重要な意味をもっている語(ことば)であるかは、すでに、しばしば反覆(くりかえ)し説いてまいりましたが、要するに、縦から見ても横から見ても、内から見ても、外から見ても、「仏教の根本思想」は、所詮この「因縁」の二字につきるのです。もちつ、もたれつという「相対|依存(いぞん)」の関係も、万物は移り変わるという「万物流転」の原理も、ことごとくみなこの「因縁」という母胎から生まれてくる真理であることは、すでに述べたとおりです。かかるがゆえに、人間の子釈尊が、仏となったことも、実は、この因縁の自覚にあったのです。しかもこの因縁の法を自覚した釈尊、仏となった釈尊が、その因縁の道理をば、自己の体験を通じて「教え」として説いたものが、すなわち仏教です。したがって仏教は、「仏陀(ぶっだ)の教え」とはいうものの、仏陀は自覚せる人間ですから、所詮、仏教は人間の教えです。神の宗教ではなくて、人間の宗教です。天上の宗教ではなくて、地上の宗教です。昔あるクリスチャンが、神さまは天上にいられると思って、ある日のこと、高い塔の上に登って、「神さまア、神さまア」と、大声で叫びました。すると不思議にも「オーイ」という神さまのお声が聞こえてきたのです。「さては天上に神さまがいられる」と思いつつ、彼はなおもよく耳をすましていると、豈(あ)に図(はか)らんや、神の声は高い天上ではなくて、低い地上から聞こえてきたのです。しかも多くの人たちが群集(ぐんしゅう)し、雑沓(ざっとう)している中から神の声は聞こえてきたのです。もちろんそれは一つの寓話(ファブル)でしかありません。しかしです。神の声はあった、だが、その声は、高い天上にはなくて、低い地上にあった。しかも、多くの人々の雑沓している、その群集の中にあったということは、そこに、ふかき「何物か(エトワス)」を物語っていると存じます。キリストは「天国を地上」にといっています。少なくともほんとうの宗教は、神の宗教ではなくて、人間の宗教です。天上の宗教ではなくて、地上の宗教でなければなりません。まことに、宗教のアルファもオメガアも、始めも、終わりも、結局は人間です。「迷える人間」より「悟れる人間」へ、「眠れる人間」より「目覚めた人間へ」、そこに宗教の眼目があるのです。けだし「仏法|遥(はるか)にあらず」です。「心中にして即(すなわ)ち近し」です。「真如(しんにょ)外(ほか)に非(あら)ず」です。「身を捨て何処(いずこ)にか求めん」です。少なくとも、私ども人間の生活を無視して、どこに宗教がありましょうか。「なにゆえに宗教が必要なのだ」という質問は、つまりなにゆえに、「われらは生きねばならぬか」という質問と同一です。宗教の必要を認めない人は、人間として生きる権利を抛棄(ほうき)した人です。人間としての、尊き矜持(ほこり)は「生きる」ということを、考えるところにあるのです。しかも、一度でも「いかに生くべきか」ということを、真剣に考えたとき、それはもはやすでに「宗教の世界」にタッチしているのです。宗教に入っているのです。いや、宗教を離れては、どうしても「生きる」ということのほんとうの意味を、把(つか)むことはできないのです。  
惑と業と苦の連鎖  
話がつい横道にそれました。さてこの十二因縁ということですが、これについては、昔からいろいろとめんどうな、むずかしい議論もありますが、こういったらよいかと存じます。いったい、仏教では、私どもの生活は、この現在の一世だけではなく、過去と、現在と、未来との三世に亙(わた)って、持続するというのです。「三|世(ぜ)輪廻(りんね)」というのはそれです。ところがその生活の過程は、結局、惑と、業(ごう)と、苦の関係だというのです。いわゆる「惑業苦の三道」というのはそれです。いうまでもなく惑とは、「迷惑」と熟するその惑で、無明、すなわち無知です。智慧(ちえ)が病にかかっている愚痴です。ものの道理をハッキリ知らないから、惑が起こるのです。無知の迷いが生ずるのです。下世話に「一杯、人、酒をのみ、二杯、酒、酒をのみ、三杯、酒、人を飲む」と申しますが、飲み友だちをもった人には、この辺の呼吸がよくおわかりでしょうが、飲酒の害をよく知りつつも、「憂いを払う玉箒(たまぼうき)」などと、酒杯(さかずき)を手にします。一杯やりますと、もうたまりません。陶然とした気持になって、飲酒の害も、どこへやらふっ飛んでしまって、酒のいけない人を、かえって馬鹿(ばか)にするようになります。「痛狂は酔わざるを笑い、酷睡(こくすい)は覚者を嘲(あざけ)る」と弘法大師もいっていられますが、狂酔の人からみると、酒をのまぬ連中がかえって馬鹿に見えるのです。しかし、それは所詮、酒飲みの錯覚です。いうところの「惑」です。だが、メートルが上がると、もうたまりません。一たび、この「惑」が生ずると、酒、酒を飲むようになって、それこそだらしないことをしでかすのです。それが所詮「業(ごう)」です。はては、他人さまにも迷惑をかけ、自己(おのれ)も苦しむのです。経済上の苦しみはいうまでもありません。身体も精神(こころ)も、苦しめるようになるのです。これがいわゆる「苦」です。三杯、酒、人を飲むというようになると、もう恥も外聞もありません。だが、いったん酔いがさめると、それこそしみじみと酒の害毒を痛感します。もう再び酒杯などは手にすまいとまで思います。しかし、それもほんの束(つか)の間です。アルコール中毒に罹(かか)ったものは、また何かの機会に杯を手にします。そして飲んだが最後、またいろいろと、だらしのないことをしでかしたすえは、やっぱり自分で自分を苦しめているのです。かくて飲酒家は、断然、禁酒しないかぎり一生いつまでも同じことを、何遍もくり返しているのです。それが、いわゆる惑業苦の関係です。ちょうどあの酒飲みの一生のように、私どももまた同じことを、繰り返し繰り返しやっているのではありませんか。この因果関係、この縁起の関係を十二の形式によって示したものが、つまりこの「十二因縁」です。「十二縁起」といわれる「因縁の哲学」です。だから、無明に出発している私どもの人生は、苦であるのはあたりまえのことです。無明の無知を、根本的に絶滅しないかぎり、苦の世界は、いつまでも無限に継続してゆくのです。したがって、はじめから無明がなければ、無明の尽きることもなく、自然、老死もなく、また老死のつきることもないわけです。  
死は生によって来る  
今からおよそ千三百余年前に、支那(しな)に嘉祥(かじょう)大師というたいへん有名な方がありました。彼は三|論宗(りんしゅう)という宗旨を開いた高僧でありますが、その臨終の偈(げ)に、こんな味わうべき偈文(ことば)がのこされているのです。  
「歯を含み、毛を戴(いただ)くもの、生を愛し、死を怖(おそ)れざるはなし。死は生に依って来たる。われ若(も)し生まれざれば、何によって死あらん。宜(よろ)しくその初めて生まるるを見て、終(つい)に死あることを知るべし。まさに生に啼(な)いて、死を怖るること勿(なか)れ」  
(含レ歯戴レ毛者。無二愛レ生不一怖レ死。死依レ生来。吾若不レ生。因レ何有レ死。宜下見二其初生一知中終死上。応啼レ生勿レ怖レ死。)  
後世、この遺偈を「死不怖論(しふふろん)」と称しております。有名な万葉の歌人|山上憶良(やまのえのおくら)も、  
「生るれば必ず死あり。死をもし欲せずんば、生れざらんには如(し)かじ」  
といっています。ほんとうのことをいえば、たしかにその通りでしょう。生があればこそ、死があるのです。「死ぬことを忘れていてもみんな死に」です。忘れる、忘れないはともかく、みんな一度は、必ず死んでゆくのです。だから、死は生によって来る以上、生だけは楽しく、死だけが悲しい、という道理はないわけです。理窟(りくつ)からいえば、母胎を出でた瞬間から、もはや墓場への第一歩をふみ出しているのです。だから応(まさ)に生に啼いて、死を怖るること勿れです。死ぬことが嫌(いや)だったら、生まれてこねばよいのです。しかしです。それはあくまで悟りきった世界です。ゆめと思えばなんでもないが、そこが凡夫で、というように、人間の気持の上からいえば、たとい理窟はどうだろうとも、事実は、ほんとうは、生は嬉(うれ)しく、死は悲しいものです。「骸骨(がいこつ)の上を粧(よそ)うて花見かな」(鬼貫)とはいうものの、花見に化粧して行く娘の姿は美しいものです。骸骨のお化けだ、何が美しかろうというのは僻目(ひがめ)です。生も嬉しくない、死も悲しくない、というのはみんな嘘(うそ)です。生は嬉しくてよいのです。死は悲しんでよいのです。「生死(しょうじ)一|如(にょ)」と悟った人でも、やっぱり生は嬉しく、死は悲しいのです。それでよいのです。ほんとうにそれでよいのです。問題は囚われないことです。執着しないことです。あきらめることです。因縁と観ずることです。けだし「人間味」を離れて、どこに「宗教味」がありましょうか。悟りすました天上の世界には、宗教の必要はないでしょう。しかしどうしても夢とは思えない、あきらめられない人間の世界にこそ、宗教が必要なのです。しかもこの人間味を、深く深く掘り下げてゆきさえすれば、自然(おのずから)に宗教の世界に達するのです。自分の心をふかく掘り下げずして、やたらに自分の周囲を探(さが)し求めたとて、どこにも宗教の泉はありません。まことに、  
「尽日春を尋ねて春を得ず。茫鞋(ぼうあい)踏み遍(あまね)し隴頭(ろうとう)の雲。還り来って却(かえ)って梅花の下を過ぐれば、春は枝頭に在って既(すで)に十分」(宋戴益)です。  
「咲いた咲いたに、ついうかされて、花を尋ねて西また東、草鞋(わらじ)切らして帰って見れば、家じゃ梅めが笑ってる」です。一度は、方々を尋ねてみなければ、わからないとしても、「魂の故郷」は、畢竟(ひっきょう)わが心のうちにあるのです。「家じゃ梅めが笑ってる」です。泣くも自分、笑うも自分です。悩むも、悦(よろこ)ぶも心一つです。この心をほかにして、この自分をのけものにして、どこにさとりの世界を求めてゆくのでしょうか。求めた自分(おのれ)は、求められた自分なのです。求めた心は、求められた心なのです。だから釈尊は、人間の苦悩(くるしみ)はどうして生ずるか、どうすればその苦悩を解脱することができるか、という、この人生の重大な問題をば、この「十二因縁」という形式によって、諦観(たいかん)せられたのです。そして無明を根本として、老死の道を辿(たど)り、同時にまた、老死を基礎として、無明への道を辿り、ここに「十二因縁」の順と逆との二つの見方によって、ついに「十二因縁皆心に依る」という、さとりの境地にまで到達されたのです。十二因縁皆心に依るとは、まことに意味ふかい言葉ではありませんか。こんな唄(うた)があります。  
「鏡にうつるわが姿、つんとすませば、向こうもすます。にらみ返せば、にらんでかえす。ほんにうき世は鏡の影よ。泣くも笑うもわれ次第」  
まったくそのとおりです。所詮、一心に迷うものは衆生です。一心を覚(さと)るものが仏です。小さい「自我」に囚われるかぎり、人生は苦です。たしかに人生は苦です。しかし、一たび小さい自我の「繋縛(けいばく)」を離れて、如実(にょじつ)に一心を悟るならば、一切の苦悩は、たちまちにしておのずから解消するのです。要は、一心の迷いと悟りにあります。まことに、  
「眼裏(がんり)塵(ちり)あれば三界は窄(せま)く、心頭(しんとう)無事(ぶじ)なれば一|床(しょう)寛(かん)なり」です。一心に迷うて、あくまで小さい自我に固執するならば、現実の世界は、畢竟(ひっきょう)苦(く)の牢獄(ろうごく)です。しかし、一たび、心眼を開いて、因縁の真理に徹し、無我の天地に参ずるならば、厭(いと)うべき煩悩(ぼんのう)もなければ、捨てるべき無明(まよい)もありませぬ。「渋柿(しぶがき)の渋がそのまま甘味かな」です。渋柿の渋こそ、そのまま甘味のもとです。渋柿を離れて、どこに甘柿がありましょうか。  
釈尊の更生  
その昔、釈尊は人間苦の解脱のために、出家せられました。妻子と王位とをふりきって、敢然として、一介の沙門(しゃもん)となり、そして決然、苦行禁慾の生活に入られました。しかし、六か年に亙る苦行の生活は、どうであったでしょうか。それは、いたずらに肉体を苦しめるのみで、そこにはなんら解脱の曙光(ひかり)は見出されなかったのです。ここにおいてか、最後の釈尊の到達した天地は、実に自我への鋭き反省でした。しかも、一たびは家を捨て、人を捨て、肉体までも捨てんとした釈尊は、菩提樹下(ぼだいじゅか)の静観によって、ついに心において復活したのです。「十二因縁一心による」という、無我(むが)の体験によって、人間としての釈尊は、まさに仏陀としての釈尊となって更生されたのです。迷える人間の子|悉達(シッダルタ)は、ついに「因縁」、「無我」の内観によって、三界の覚者、仏陀(ほとけ)として、まさしく誕生したのです。仏誕ここに二千五百余年、釈尊は生まれ、そして彼岸へ逝(ゆ)きました。だが、「因縁」、「無我」の原理は、宇宙の光として、今もなお、燦然(さんぜん)として輝いています。いや、人間がこの地上に生活するかぎり、未来永遠に輝いてゆくことでありましょう。  
仏陀釈尊はわれわれに教えています。  
「過去の因を知らんと欲せば、現在の果を見よ。未来の果を知らんと欲せば、現在の因を見よ」  
と、まさしくそれは偽りなき真理のことばです。ライプニッツのいっているとおり、現在は、実に「過去を背負い、未来を孕(はら)める」現在です。ゆえに、過去の因は、とうぜん現在の結果によって知られるのです。永遠の過去を背負った今日は、同時に永劫(えいごう)の未来を孕める今日です。今日は単なる今日ではない。まさしく、「永遠なる今日」です。歴史的現実です。現在なくして昨日もありません。今日という現在は、一切の過去を含み、そしてまた一切の未来を孕んでいるのです。詩人グレークの「刹那(せつな)に永遠を掴(つか)む」というのも、まさしくこの境地をいったものです。ほんとうに詩人のいっているごとく、「昨日は生きた。今日は生きている。明日も生きるだろう」です。生きたのは昨日です。生きるだろうは明日です。真に生きているのは今日です。昨日の私も私でした。明日の私も私でしょう。しかし、今日の私は昨日の私ではありません。明日の私もまた今日の私ではありません。所詮、世の中のこと、すべては「一|期(ご)一|会(え)」です。一生たった一度きりです。「一生一別」です。「世の中は今日より外はなかりけり」です。昨日は過ぎた過去、明日は知られざる未来です。『中阿含経(ちゅうあごんぎょう)』は、われらにこう語っています。  
「過ぎ去れるを追い念(おも)うこと勿(なか)れ、未(いま)だ来(きた)らぬを待ち設くること勿れ。過去は過ぎ去り、未来は未だ来らざればなり。ただ現在の法を観(み)よ。うごかず、たじろがず、それを知りて、ただ育てよ。今日なすべきことをなせ。誰(たれ)か明日、死の来るを知らんや。かの死魔の大軍と戦うことなきを知らんや、かくの如(ごと)く熱心に、日夜に、たじろぐことなく、住するを、げに、聖者は、よき一夜と説きたまえり」  
とかく老人は、「昨日」を語りたがります。青年はえてして「明日」を語りたがります。しかし、もはや「昨日」は過ぎた「過去」ではありませんか。「明日」は未だ来らざる「未来」ではありませんか。老人も青年も、共にまさしく握っているものは、「今日」です。過去はいかに楽しくとも、結局、過去は過去です。未来はいかに甘くとも、所詮、未来は未来です。  
一日暮らしのこと  
かつて白隠禅師の師匠、正受老人は、私どもにこんなことばをのこしております。それは「一日|暮(ぐらし)」というのです。  
「いかほどの苦しみにても、一日と思えば堪え易し。楽しみもまた一日と思えば、ふけることもあるまじ。親に孝行せぬも、長いと思う故なり。一日一日と思えば、理窟はあるまじ。一日一日とつもれば、百年も千年もつとめ易し。一生と思うからに大そうなり。一生とは長いことと思えども、後のことやら、知る人あるまじ。死を限りと思えば、一生にはたされ易し。一大事と申すは、今日、只(ただ)今の心なり。それをおろそかにして、翌日あることなし。凡(すべ)ての人に遠きことを思えば、謀(はか)ることあれど、『的面の今』を失うに心つかず」  
まことに一大事とは、今日只今の心です。その心をほかにして、ほんとうに生きる道はないのです。有名な山鹿素行(やまがそこう)はまたわれらにこんな言葉をのこしています。  
「大丈夫ただ今日一日を以て極とすべきなり。一日を積んで一月に至り、一月を積んで一年に至り、一年を積んで十年とす。十年相|累(かさな)りて百年たり。一日なお遠し、一時にあり。一時なお長し、一刻にあり。一刻なおあまれり、一分にあり。ここを以っていう時は千万歳のつもりも、一分より出で、一日に究(きわ)まれり」  
ほんとうに考えさせられることばです。「いうことなかれ、今日学ばずして、来日ありと」です。「いうこと勿れ、今年学ばずして、来年ありと」です。「日月逝きぬ。歳月われを待たず」です。「鳴呼(ああ)、老いぬ」と歎じてみたとて、「これ誰のあやまちぞや」です。くり返していう。一大事とは、実に今日只今の心です。今日只今の心こそ、まさしく一大事です。ゆえに、今日をただ今日としてみる人は、真に今日を知らざる人です。今日の一日を「永遠なる今日」としてみる人こそ、真に今日を知れる人です。刹那に永遠を把む人です。掌(たなごころ)に無限を把握(はあく)しうる人です。しかも、この今日に生きる人こそ、真に過去に生き得た人です。未来にも生き得る人です。まことに、空に徹し、般若(はんにゃ)の智慧を体得した人は、「永遠の相(すがた)」において、人生を熱愛する人です。しかも永遠の相において人生を眺(なが)めうる人は、断じて人生を否定し、人生を拒否する人ではありません。冷たい白眼をもって、いたずらに人生を批判する人ではなくて、暖かい青眼をもって人生を享受する人です。空に徹した、あの観自在菩薩(かんじざいぼさつ)の世界には捨つべき煩悩(まよい)もなく、とるべき菩提(さとり)もありません。したがって厭(いと)うべき娑婆(しゃば)もなければ、往(ゆ)くべき浄土もありません。娑婆即寂光、娑婆こそそのまま浄土です。「無明なく、無明の尽くることなく、老死なく、老死の尽くること」もありません。生死涅槃(しょうじねはん)は、畢竟(ひっきょう)昨日の夢です。煩悩はそのまま菩提です。生死は即ち涅槃です。しかも「永遠に立脚して、刹那(せつな)に努力する人」こそ、はじめてかかる境地を、ほんとうに味わうことができるのであります。 
第七講 四つの正見(まなこ)  

 

無シ二苦集滅道モ一。  
あきらめの世界  
いったい人間というものは妙なもので、口でこそりっぱにあきらめたといっておっても、その実、なかなか心では容易にあきらめきれないものです。他人の事だと、「なんだ、もう過ぎたことじゃないか、スッパリ諦(あきら)めてしまえ」だとか、「なんという君は諦めの悪い人間だ」ナンテ冷笑しますが、いざ自分の事となると、諦めたとは思っても、なかなか諦めきれないのです。竹を割ったようにスッパリとは、どうしたって諦められないのです。「あきらめましたよ、どう諦めた、諦らめられぬとあきらめた」という俗謡がありますが、諦められぬと諦めた、というのが、あるいはほんとうの人情かも知れません。諦めたようで、諦められぬのが、また諦められぬようで、実はいつともなしに諦めているのが、私ども人間お互いの気持だと存じます。「散ればこそいとど桜はめでたけれ」と聞いて、なるほどもっともだと感じます。生まれた以上、死なねばならぬ、死は生によって来る、と聞けば、なるほど、全くその通りだ、と思います。「諸行無常」だの、「会者定離(えしゃじょうり)」だのと聞けば、なるほどそれに違いないとうなずかれます。しかしです、そうは思いつつも、やはり一面には、「そうじゃけれども、そうじゃけれども」という感じが、どこからともなく湧(わ)いてくるのです。他人に向かっては誰しも、いかにも自分が、さとったような、あきらめたような口吻(くちぶり)で、裁きます、批判します。娘を亡(な)くした母親を慰め顔に、「まあ極楽へ嫁にやったつもりで……」といったところで、母親にしてみれば、それこそ「おもやすめども、おもやすめども」です。なかなか容易にはあきらめきれないのです。  
なぜ自分の子供だけが、なにゆえにわが娘だけが、という感じが先行して、「人間は死ぬ動物」だナンテ冷然とすましてはおれないのです。だが、それが人情です。愚痴といって非難されましょうが、そこが人間のやるせない心持です。わが娘(こ)を嫁にやる時、門出に流す母親の涙は嬉(うれ)しい涙ではありましょうが、それはまた悲しみの涙でもあるのです。嬉しいはずだが、やはりそこには「愛する者と別れる」という、一種の悲しい世界もあるのです。あきらめたようで、その実あきらめられず、あきらめられぬようで、いつとはなしに人間は「忘却」ということによって、あきらめているのです。「人間は忘却する動物だ」とニイチェもいっていますが、面白いことばだと思います。全く人間というものは妙な存在です。その妙な存在である人間の集まっているこの社会も、また複雑怪奇で、そう簡単には解釈できないわけです。「人生は円の半径だ」といいますが、人生も社会も「割りきれぬ」ところにかえって妙味があるのかも知れません。割りきれぬものを、割りきったように考えるところに、人間の分別(はからい)があるのです。迷いがあるのです。とにかくあきらめたと思うのも、自分、あきらめられぬというのも、自分です。お互い人間は、なんといっても矛盾の存在です。  
「人生は不満と退屈との間を動揺する時計の振子(ペンジュラム)だ」とショウペンハウエルはいっております。あるいはそうかも知れませぬ。求めて得られない時には、なんとなく不満を感じます。しかし幸いにその求めたものが得られても、そこには必ず退屈が生ずるのです。「歓楽|極(きわ)まって哀情多し」というか、「満足の悲哀」というか、とにかく不満の反対は退屈です。私どもの人生を、不満と退屈の間を動揺する、時計の振子に譬(たと)えた哲学者のことばの中には、味わうべき何ものかがあると存じます。どうみても、人間は幾多の矛盾を孕(はら)める動物です。矛盾の存在、それが人間でしょう。さてこれからお話ししようとする所は、四つの真理、すなわち「四諦(たい)」についてでありますが、『心経』の本文では、「苦、集、滅、道もなし」という所です。ところで、この四諦の「諦」という字ですが、これは「審」とか「明」などという文字と同一で、「明らかに見る」ことです。「審(つまびらか)に見る」ことです。だから「あきらめる」とは「諦観(たいかん)」することで、つまり、もののほんとうの相(すがた)を見ること、すなわち真実を見きわめることです。したがって、釈尊があきらめた世界、ハッキリ人生を見きわめた世界を、説いたのがすなわち仏教です。しかもその仏教の根本は、結局、この四諦、すなわち四つのあきらめ、すなわち四つの真理にあるのです。しからばその四つの真理とは何か、といえば、それは、「苦」と「集」と「滅」と「道」の四つで、これを四諦といっています。わかりやすくこれをいえば、「人生は苦なり」ということと、その苦はどこからくるかという、「その苦の原因」と、「その苦を解脱した世界」と、「その苦を除く方法」を教えたのが、すなわち「四諦」の真理です。で、「苦、集、滅、道もなし」という『心経』のこの一節は、このまえ「十二因縁」の下で、お話ししたごとく、空の立場からいえば、四諦の真理もないというのです。「一切皆空」の道理からいえば、迷と悟との因果を説いた、この四諦の法もないわけです。さてまず、「苦諦」ということから考えてゆきましょう。いったい「人生は苦だ」とか、「うきよは苦悩(なやみ)の巷(ちまた)」だということは、たしかに真理です。世間でよく「四苦八苦の苦しみ」と申しますが、ほんとうに考えてみると、人生は四苦八苦どころか、さまざまの苦しみ、悩みがあるのです。  
これについてこんな話があります。その昔ペルシャ(現今のイラン)にゼミールという王さまがありました。年若きゼミール王は、「即位」の大典をあげるや、ただちに天下の学者に命じて、最も精密なる「人類の歴史」を編纂(へんさん)せしめたのです。王さまの命令に従って、多くの学者たちは、懸命に人類史の編纂にとりかかりました。一年、二年はまたたく間に過ぎました。五年、十年は、夢のように過ぎました。二十年、三十年の長い年月を経ても、世界で最も「精密なる人類史」は容易にできません。四十年、五十年の長い長い時間を費やして、やっと書き上げた。その人類史の結論は、果たしてなんであったでしょうか。「人は生まれ、人は苦しみ、人は死す」それが人類史の結論だったのです。人は生まれ、人は死んでゆく。その生まれ落ちてから、死んでゆくまでの人間の一生、それは畢竟(つまり)苦しみの一生ではないでしょうか。「人は生まれ、人は苦しみ、人は死す」なんという深刻なことばでしょう。  
私は放送をするたびに、全国の未知の方々から、身の上相談の手紙を戴(いただ)きます。それを一々ていねいに拝見していますが、「こうも世の中には煩悶(はんもん)している、不幸な人たちが多いものか」ということを、いまさらながら、しみじみ感ずることであります。小にしては個人、家庭、大にしては社会、国家、そこにはいろんな苦しみがあり、悩みがあります。苦悩(なやみ)がないというのはうそです。煩悶(もだえ)がないというのは、反省が足りないからです。苦悩があっても、煩悶があっても、それに気づかないでいるのです。いや悩みがあっても、その悩みにブッつかることを恐れているのです。つまりその悩みに目覚めないのです。  
詩人ベーコンは人生の苦の相(すがた)を歌って、こういっています。  
   世界は泡沫(うたかた)である。人生は束(つか)の間に過ぎない。  
   母胎に宿るそもそもから、墓場にいたるその時まで、  
   人生は苦の連続である。揺籃(ゆりかご)からとり出される。  
   それから気兼ね苦労で育て上げられる。  
   さて、こうした末に、なり上がった人の命が不壊(ふえ)なればこそ、  
   生命の頼りがたなさは、水に描ける絵、砂に刻める文字もおろかである。  
   内地にいて感情を満足させたい、  
   これはけだし人間の病気である。  
   海を越えて、他国に行くことは、  
   困難であり、また危険である。  
   時には戦争があって、われらを苦しめる。  
   が、しかし、それが終われば、  
   こんどは又平和のために一層苦しむ。  
こうして一々数えていったあげくの果ては、何が残るか。生まれたことや、死ぬことを悲観する。残るのは、ただこれだけである。  
三界は火宅  
あの有名な『法華経(ほけきょう)』は、またわれらに告げています。  
   三界(がい)は安きことなし、猶(なお)火宅の如し  
   衆苦充満して、甚(はなは)だ畏怖(おそる)べし  
   つねに生、老、病死の憂患(うれい)あり  
   是(かく)の如き業の火、熾然(しねん)として息(や)まず  
私どもの住むこの世界は、あたかもさかんに燃えている火宅である、という釈尊のこの体験こそ、尊い人間苦への警告だったのです。苦諦の真理に対する目覚めだったのです。かくてこそ、  
   如来(ほとけ)はすでに三界の火宅を離れて  
   寂然(じゃくねん)として閑居(げんご)し、林野に安処せり  
   今この三界は、皆是れ我|有(もの)なり  
   その中の衆生は、悉(ことごと)く是れわが子なり  
   しかもいま此処(ここ)は、諸(もろもろ)の患難(うれい)多し  
   唯(た)だ我一人のみ、能(よ)く救護(くご)をなす  
という、われらに対する、仏陀(ぶっだ)の限りなき慈悲の手は、さし伸べられたのではありませんか。  
人生への第一歩  
まことに「人生は苦なり」という、その苦の真理に目覚めることこそ、宗教への第一歩ではないでしょうか。しかし、所詮(しょせん)、第一歩はあくまで第一歩です。それは決して宗教の結論ではないからです。宗教の全部ではないからです。いや、それは宗教への第一歩であるばかりではありません。苦の認識こそ、ほんとうの人生に目覚める第一歩なのです。すなわち「苦」という自覚が機縁になって、ここにはじめてしっかりした地上の生活がうちたてられてゆくのです。したがって「苦の自覚」をもたない人は、人生の見方が浅薄です。皮相的です。「最も苦しんだ人のみ、人の子を教える資格がある」というのは、それです。お坊っちゃん育ちは、とかく何事を見るにつけ、するにつけ、みんな浅薄です。あさはかです。子供を育てる場合でも、このこつが必要です。「かわいい子には旅させよ」とは、たしかに味わうべきことばです。  
苦の原因  
次に第二の真理すなわち「集諦(じゅうたい)」とは、つまり人生の苦は、どこから起こるかというその「原因」をいったものです。すなわち「苦諦(くたい)」を、いま人生はどうあるかの問題に対する説明とすれば、「集諦」は、「なにゆえにそうであるか」の問題に対する説明ということができましょう。英語でいえばホワット(何か)とホワイ(なにゆえ)といってもよいでしょう。つまり「なにゆえに人生は苦であるか」という、その苦のよって来る原因の説明が、この「集諦」です。苦を招き集めるもの、いわゆる苦の原因が、この「集諦」です。ここでちょっと、仏教とマルキシズムの「苦」に対する考え方を、比較しておく必要があります。かつてマルクス主義者は、口を開けばすぐブルジョアがいけないと、まるで敵(かたき)のように罵(ののし)りました。不倶戴天(ふぐたいてん)のごとくに攻撃いたしました。社会の不安も、社会苦も、生活苦も、ことごとく資本家の罪に帰して、社会機構の欠陥を叫びました。だが、果たしてそれは正しい見方でしょうか。間違いのないほんとうの議論でしょうか。一時、主義者は宗教をアヘンのごとくいいふらしました。そして仏教をも宗教の名のもとに、極端に排撃しました。だが、元来マルクスの宗教理論は、もっぱらキリスト教を中心として考察したものです。仏教のごときは、まったく彼は知らなかったのです。いや、一歩ゆずって、かりに知っていたとしても、マルクスには仏教のふかい教理が、如実に理解されていなかったのです。にもかかわらず、かつての共産主義の人たちは、彼の幼稚な宗教理論を公式的に暗記して、キリスト教とは全くその性質を異にしている仏教をも、宗教という名のもとに排撃の対象としましたが、果たしてそれは正当な認識でしょうか。それから、いったいマルクスのいう現実の苦というのは、無産者だけの苦です。プロレタリヤだけの生活苦です。したがってそれは人間全体の苦ではありません。すなわち釈尊が四苦八苦といわれた、その苦諦(くたい)の苦ではないのです。少なくとも人間苦といい、社会苦といわれる苦には、資本家だとか、無産者だとかいうような区別はありません。四苦八苦は、人間としての苦しみです。社会的存在としての人間の普遍的な、そして共通の苦しみです。ですから、マルクスのいう苦は、どこまでも経済生活の上の悩みですから、四苦八苦のホンの一部分でしかありません。強(し)いていえば「求めて得られざる苦しみ」(求不得苦(ぐふとくく))でしかありません。  
むずかしいめんどうな議論はさし控えましょう。しかし、もう一言ここでいわしていただきたいのは、苦の原因についての問題です。いったいマルクスは、人間苦、いやプロレタリヤの生活苦の原因をば、あくまで社会機構の欠陥に求めました。資本主義制度の矛盾におきました。「資本家の搾取」、それが彼らのスローガンなのでした。それが彼らの一枚看板でした。だからその苦の内容は、どこまでも物質でした。経済的でした。語(ことば)を換えて申しますならば、その苦は内よりくるものではなくて、外よりきたものでした。だが釈尊は、これと正反対の立場から、苦の原因を説いているのです。  
「実の如く苦の本を知るとは、いわく現在の愛着の心は、未来の身と欲とをうけ、その身と欲とのために、更に種々の苦果を求むるなりと知る」(中阿含経(ちゅうあごんぎょう))  
すなわち苦の原因は欲です。欲こそ苦の本です。しかし欲は苦の根源だといっても、私どもは無条件にそれを認めることはできません。なんとなれば、欲はまた歓楽の根源でもあるからです。で、問題は欲そのもの、欲望自体ではなくて、「愛着のこころ」、「執着のこころ」、「囚(とら)われのこころ」が、つまり苦の原因なのです。すなわち人間のもつ普遍的欲望、すなわち五欲そのものが、苦悩の原因ではなくて、ただ、食欲とか、色欲(性欲)とか、睡眠欲とか、財産欲とか、名誉欲のみが、歓楽の根本であると妄信(もうしん)して、これに愛着し、これに執着するこころが、苦の原因だと釈尊はいわれているのです。しかもその五欲に愛着し、執着することは、結局、「因縁」の道理を知らないがためです。すなわち、一切は空であり、無我であることを知らない、無知の無明(まよい)から起こるわけです。ですから所詮、一切の苦の根本は欲であり、欲望に対する執着ではありますが、そのまた根本はつまり無明にあるわけです。無明とは、「十二因縁」の根本となっている、あの無明です。さて五欲について思い起こすことは、『譬喩経(ひゆぎょう)』のなかにある「黒白(こくびゃく)二鼠(そ)」の譬喩(たとえ)です。それは非常に面白い、いや深刻な譬喩で、ロシヤの文豪トルストイも、スッカリ感激したきわめて意味ふかい話です。それはこうです。  
むかしあるところに一人の旅人がありました。広い野原を歩いていた時、突然、狂象に出逢(であ)いました。おどろいて逃げ去ろうとしましたが、広い広い野原のこと、逃げ隠れる場所とてはありません。しかし幸いにも野原の中に、一つの古い井戸がありました。そしてその井戸には、一筋の藤蔓(ふじづる)が下の方へ垂(た)れ下がっていました。天の与えと喜んで、旅人は急ぎそれを伝って、井戸の中へ入ってゆきました。狂象はおそろしい牙(きば)をむいて覗(のぞ)きこんでいます。ヤレまあよかったと、旅人がホット一|呼吸(いき)していると、井戸の底には怖(おそ)ろしい大蛇(だいじゃ)が口を開いて、旅人の落ちてくるのを待っているではありませんか。駭(おどろ)いて周囲を見まわすと、どうでしょうか、四方にはまだ四|疋(ひき)の毒蛇がいて、今にも旅人を呑(の)もうとしています。命とたのむものは、たった一本の藤蔓です。しかしその藤蔓もです、よく見れば、黒と白の二疋の鼠(ねずみ)が、こもごもその根を噛(かじ)っているではありませんか。もはや万事休すです。全く生きた心地はありません。ところがです。たまたま藤蔓の根に作っていた蜜蜂(みつばち)の巣から、甘い蜜がポタリポタリと、一滴、二滴、三滴、「五滴」ばかり彼の口へ滴(したた)りおちてきたのです。全くこれは甘露のような味わいでした。そこで旅人は、もはや目前の怖しい危険をも、うち忘れて、ただもうその一滴の蜜を貪り求めるようになったというのです。  
申すまでもなく、曠野(こうや)にさ迷うその旅人こそは、私どもお互いのことです。一疋の狂象は、「無常の風」です。流れる時間です。井戸とは生死の深淵(しんえん)です。生死(しょうじ)の岸頭(がんとう)です。井戸の底の大蛇は、死の影です。四疋の毒蛇は私どもの肉体を構成する四つの元素(地、水、火、風の四大)です。藤蔓とは、私どもの生命です。生命の綱です。黒白二疋の鼠とは、夜昼です。五滴の蜂蜜とは、五欲の事です。官能的欲望です。まことにひとたび、この巧妙な人生の譬喩を聞いたならば、波斯匿(ハシクノク)王ならずとも、トルストイならずとも、まざまざ「人生の無常」を感ぜずにはおれないのです。無常の恐怖に戦慄(せんりつ)せずにはおれないのです。そして、「求道の旅人」とならざるを得ないのです。  
さとりの世界  
次に第三の真理は「滅諦(めったい)」です。「滅」とは生滅の滅で、ものがなくなるということです。ただしここにいう滅とは、苦を解脱したさとりの世界、すなわち「涅槃(ねはん)」のことをいうのです。で、滅の真理すなわち「滅諦」とは仏教の理想である涅槃と同じ意味のことばです。ところで、なにゆえに「涅槃(さとり)」のことを「滅」というかというに、元来「涅槃(ねはん)」の梵語(ぼんご)は、ニイルヴァーナで、「吹き消す」という意味なのです。何を吹き消すか、何を滅するか、といえば、いうまでもなく、苦を吹き消し、「苦」を滅することであります。ところが一般にはさようには解釈されないで、かえって肉体を吹き消し、身体を滅すること、即ち「人間の死」とか、「虚無」とかいうことに考えられているのです。ちょうどあの「往生」ということばが、「死」ということ、と同じように思われているごとく、「涅槃(ねはん)」とか、「成仏(じょうぶつ)」などといえば、死と同一に考えられているのです。しかし、もともと「死」と「涅槃」とは異なっているのです。人間苦の根本となっている「無明」を滅したことが、この「涅槃」です。  
「貪欲(どんよく)永(なが)く尽き、瞋恚(しんに)永く尽き、愚痴永く尽き、一切の諸(もろもろ)の煩悩(ぼんのう)永く尽くるを、涅槃という」  
と『雑阿含経(ぞうあごんぎょう)』には書いておりますが、とにかく、無明(まよい)の心を解脱して、苦を滅し尽くした境地が、滅諦(めったい)すなわち涅槃です。あの「いろは」歌でいえば、「あさきゆめみじ、ゑひもせず」という最後の一句は、「寂滅為楽(じゃくめついらく)」という「涅槃(ねはん)の世界」をいったものです。「あさきゆめみじ」とは、あさはかな夢をみないということです。「ゑひもせず」とは、無明の酒に酔わされぬということです。つまり「酔生夢死」をしないということで、つまり涅槃(さとり)の世界に安住するその気持を歌ったもので、ボンヤリ一生を送らないということです。  
あの謡曲の「三井寺」や、長唄(ながうた)の「娘道成寺(どうじょうじ)」の一節に、  
「鐘にうらみが数々ござる。初夜の鐘をつく時は、諸行無常と響くなり。後夜の鐘をつく時は、是生滅法(ぜしょうめっぽう)と響くなり。晨朝(じんじょう)は生滅滅已(しょうめつめつい)、入相(いりあい)は寂滅為楽(じゃくめついらく)と響くなり。聞いて驚く人もなし。われも後生の雲はれて、真如(しんにょ)の月を眺(なが)めあかさん」  
とありますが、「初夜の鐘は諸行無常、入相の鐘は寂滅為楽」などというと、いかにも厭世(えんせい)的な滅入(めい)ってゆくような気がします。しかし、それはさように考える方が間違いで、暁の鐘の音、夕を告げる鐘の音を聞くにつけても、私どもは、死に直面しつつある生のはかなさを痛感すべきではあるが、しかもそれによって、私どもは今日生かされている、生の尊さ、ありがたさを、しみじみ味わわねばいけないということを唄(うた)ったものです。だから、「聞いておどろく人もなし」ではいけないのです。せめて鐘の音を聞いた時だけでも、自分(おのれ)の生活を反省したいものです。「真如(しんにょ)の月」を眺めるまでにはゆかなくとも、ありがたい、もったいないという感謝の気持、生かされている自分、恵まれているわが身の上を省みつつ、暮らしてゆきたいものです。鐘の音、といえば、かのミレーの描いた名画に「アンゼラスの鐘」というのがあります。年若き夫婦が相向かって立っている図です。互いに汚(きたな)いエプロンをかけて首(こうべ)をうなだれて立っている図です。今しも鍬(くわ)をかついて帰りかけた若い夫が鍬を肩から下(お)ろして、その上に手をのせて、静かにジット首をうなだれています。画の正面は一つの地平線、もう夕靄(ゆうもや)がせまっています。畑の様子はよくわからないが、右寄りの方には、お寺の屋根の頂が見えています。それが夕日(にしび)をうけて金色に輝いています。黄昏(たそがれ)をつげるアンゼラスの鐘が夕靄に溶けこんで流れてくるのです。なんともいえない感謝の心に溢(あふ)れながら、法悦の満足を、両手に組み合わせて、向かい合って立っている年若き夫婦の姿。あのミレーの「晩鐘」を見る時、私どもはクリスチャンでなくても、そこになんともいえない敬虔(けいけん)な気分に打たれるのです。鐘の響きこそ、まことに言葉以上のことばです。  
八つの道  
次に第四の真理は「道諦(どうたい)」です。道諦とは、「涅槃(さとり)」の世界へ行く道です。「滅諦」に至る方法です。苦を滅する道、心の苦をとり除く方法です。ところで、釈尊はこの「涅槃(さとり)」の世界へ行く方法に、八つの道があると説いています。八|正道(しょうどう)というのがそれです。正道とは正しい道です。偏(かたよ)らぬ中正の道です。  
「涅槃へ行くには二つの偏(かたよ)った道を避けねばならぬ。その一つは快楽に耽溺(たんでき)する道であり、他の一つは苦行に没頭する道である。この苦楽の二辺を離れた中道こそ、実に涅槃へ至る正しい道である」転法輪経(てんぽうりんぎょう)  
と、釈尊はいっておられますが、たしかに苦楽の二辺を離れた中道こそ、涅槃(さとり)へ達する唯一の道なのです。一筋の白道なのです。しかもその一本の白道を、歩んで行くには八通りの方法があるのです。八|正道(しょうどう)とはそれです。  
正しき見方  
ところでこの正道のなかで、いちばん大切なものは「正見(しょうけん)」です。正見とは、正しき見方です。何を正しく見るか、四|諦(たい)の真理を知ることですが、つまりは、仏教の根本原理である「因縁」の道理をハッキリ認識することです。この「因縁」の真理をほんとうに知れば、それこそもう安心です。どんな道を通って行っても大丈夫です。だが、ただ知ったというだけで、その「因縁」を行(ぎょう)じなければ効果(ききめ)はありません。因縁を行ずるとは、因縁を生かしてゆくことです。「さとりへの道は自覚と努力なり、これより外に妙法なし」といいますが、因縁を知り、さらにこれを生かしてゆくには努力が必要です。発明王エジソンも、「人生は努力なり」といっていますが、たしかに人生は努力です。不断の努力が肝要です。しかもその努力こそ、精進(しょうじん)です。正精進(しょうしょうじん)というのはそれです。正精進こそ、正しき生き方です。ゆえに八正道の八つの道は、いずれも涅槃(ねはん)へ至る必要な道ではありますが、そのなかでもいちばん大事なのは、つまりこの「正見」と「正精進」です。  
「道は多い、されど汝(なんじ)の歩むべき道は一つだ」  
と、古人も教えています。私どもはお互いにその一つの道を因縁に随順しつつ無我に生きることによって、真面目(まじめ)に、真剣に、正しく、明るく、後悔のないように、今日の一日を歩いてゆきたいものです。 
第八講 執著(とらわれ)なきこころ  

 

無クレ智モ亦無シレ得モ。  
以テノ二無所得ヲ一故ニ。  
ミルザの幻影  
英国の文豪アジソンの書いた『ミルザの幻影』という随筆のなかに、こんな味わうべき話があります。  
「人間の一生は、ちょうど橋のようなものだ。『生』から『死』へかかっている橋、その橋を一歩一歩渡ってゆくのが人生だ。だが、その橋の下はもちろんのこと、橋の手まえも、橋の向こう側も、真暗闇(まっくらやみ)だ。その不安な橋をトボトボと辿(たど)ってゆくのが、お互いの人生だ」  
というようなことを書いておりますが、ほんとうになんとなく考えさせられる言葉だと存じます。人生は一本の橋! たしかにそうです。「人生五十、七十古来|稀(ま)れなり」と申していますが、かりに人生を六十年とし、一年を一間として計算するならば、人間の一生は、つまり「六十間の橋渡り」です。二十歳の人は、人生の橋を二十間渡った人です。三十歳の人は三十間、四十歳の人は四十間、五十九歳の人は、もう一間で、人生の橋を渡りきるのです。もう一間でおしまいだと思ったとき、果たしてどんな感じが起こることでしょうか。橋の向こう側には、坦々(たんたん)たる広い道路(みち)でも開けておればまだしも、真の闇だったらどんな気持がすることでしょうか。私の故郷は、伊勢の神戸(かんべ)という小さな城下町ですが、小学校の門を、いっしょにくぐった人たちは、四、五十人もあったでしょう。しかし現在いま故郷に生き残っている友だちは、もうたった五、六人くらいしかありません。どこへ行ったのやら、いつの間にか、ボツンボツンと、まるで水上の泡(あわ)のように消えてなくなりました。六十間の橋を、いっしょに全部渡りきるのだということが、はじめからわかっておればともかく、それがはっきりしていないのですから、全く心細いわけです。あの有名な『レ・ミゼラブル』を書いたフランスの文豪ヴィクトル・ユーゴーは、「人間は死刑を宣告されている死刑囚だ。ただ無期執行猶予なのだ」といっていますが、たしかにそうです。無期執行猶予なのですから、いつ死ぬかもわからないのです。さすがは文豪です。うまい表現をしたものです。弘法大師は『宝鑰(ほうやく)』という書物の中で、「生まれ、生まれ、生まれ、生まれて、生の始めに暗く、死に、死に、死に、死んで、死の終わりに冥(くら)し」といっておられますが、人生の橋渡りを思うにつけても、私はこの言葉を、今さらのごとく新しく思いうかべるのです。  
生は尊い  
さてすべては「因縁」だ、因縁によってできている仮の存在だと自覚した時、私どもはそこに「生は儚(はかな)い」ことをしみじみ感じます。しかし、それと同時に、また「生は尊い」という事にも気づくのです。いや、気づかざるを得ないのです。だから、私どもは何事につけてもこの因縁を殺すことなしに、進んでその因縁を生かしてゆく覚悟が大事です。「因縁を殺す」とは、二度と帰らぬ一生を無駄(むだ)に暮らすことです。酔生夢死することです。「因縁を生かす」とは、私どもの一生を尊く生きることです。一日一日を、その日その日を「永遠の一日」として暮らしてゆくことです。ああしておけばよかった、こうしておけばよかったというような、後悔の連続する日暮らしであってはなりません。日々の別れであるその一日をりっぱに無駄のないように生かしてゆくことです。ある時、黒田如水が太閤(たいこう)さんに尋ねました。  
「どうして殿下(あなた)は、今日のような御身分になられましたか。何か立身出世の秘訣(ひけつ)でもございますか」  
といって、いわゆる「成功の秘訣」なるものを尋ねたのです。その時の秀吉の答えが面白いのです。  
「別に立身出世の秘訣とてはないのじゃ。ただその『分』に安んじて、懸命に努力したまでじゃ。過去を追わず、未来を憂えず、その日の仕事を、一所懸命にやったまでじゃ」  
草履(ぞうり)とりは草履とり、足軽は足軽、侍大将は侍大将、それぞれその「分」に安んじて、その分をりっぱに生かすことによって、とうとう一介の草履とりだった藤吉郎は、天下の太閤秀吉とまでなったのです。あることをあるべきようにする。それ以外には立身出世の秘訣はないのです。五代目菊五郎が、「ぶらずに、らしゅうせよ」といって、つねに六代目を誡(いまし)めたということですが、俳優(やくしゃ)であろうがなんであろうが、「らしゅうせよ」という言葉はほんとうに必要です。私はその昔、栂尾(とがのお)の明慧上人(みょうえしょうにん)が、北条泰時(ほうじょうやすとき)に「あるべきようは」の七字を書き与えて、天下の政権を握るものの警策(いましめ)とせよと、いわれたというその話と思い比べて、そこに無限の甚深(じんしん)なる意味を見出すものであります。  
一滴の水  
まことに「因縁」を知ったものは、つねに「あるもの」を「あるべきように」生かすものです。一滴の水も、一枚の紙も、用いようによっては、実際大いに役に立つものです。だから、自然どこにも、無駄(むだ)はないわけです。役に立たぬものはないわけです。  
私の書斎には、死んだ父の遺物(かたみ)の一幅があります。それは紫野大徳寺の宙宝の書いた「松風十二時」という茶がけの一行ものです。句も好(よ)いし、字もすてきによいので、始終私はこれをかけて、父を偲(しの)びつつ愉(たの)しんでいます。「質問に答えて曰(いわ)く、神秘なり」で、ちょっとこの意味を簡単に説明し難(がた)いのですが、いったい茶道には無駄はないのです。身辺のあらゆるもの、自然のあるがままの姿を、あるがままに生かさんとするところに、茶道の妙趣があるように思います。茶道といえば千利休についてこんな話が伝わっています。  
茶人の風雅  
ある日のこと、利休は、その子の紹安(しょうあん)が、露地を綺麗(きれい)に掃除(そうじ)して、水を撒(ま)くのをジット見ていました。紹安がスッカリ掃除を終わった時、利休は、  
「まだ十分でない」  
といって、もう一度仕直すように命じたのです。いやいやながらも二時(ふたとき)あまりもかかって、紹安は、改めてていねいに掃除をし直し、そして父に向かって、  
「お父(とう)さん、もう何もすることはありません。庭石は三度も洗いました。石燈籠(いしどうろう)や庭木にも、よく水を撒きました。蘚苔(こけ)も生き生きとして緑色に輝いています。地面にはもう塵(ちり)一つも、木の葉一枚もありません」  
といったのです。その時、父の宗匠(そうしょう)は厳(おごそ)かにいいました。  
「馬鹿者奴(ばかものめ)、露地の掃除は、そんなふうにするのではない」  
といって叱(しか)りました。こういいながら茶人は、自分で庭へ下りていって、樹(き)を揺(ゆす)ったのです。そして庭一面に、紅の木の葉を、散りしかせたのでした。茶人がまさしく求めたものは、単なる清潔ではなかったのです。美と自然とであったのです。  
和敬清寂のこころ  
右の話は、岡倉天心の書いた『|茶の本(ブック・オブ・テイ)』にも出ておりますが、「清潔」「清寂」を尊ぶ茶人の心にも、まことにこうした味わうべき世界があるのです。「和」と「敬」と「清」と「寂」をモットーとする茶の精神を、私どもは、もう一度現代的に、新しい感覚でもって再吟味する必要があると存じます。そこには必ず教えらるべき、貴(とうと)い何物かがあると思います。  
塵の効用  
いったい世の中で、なんの役にもたたないものを「塵芥(ちりあくた)」といいます。だが、もし塵芥といわれる、その塵がなかったとしたらどうでしょうか。あの美しい朝ぼらけの大空のかがやき、金色燦然(こんじきさんぜん)たるあの夕やけの空の景色、いったいそれはどうして起こるのでしょうか。科学者は教えています。宇宙間には、目にも見えぬ細かい小さい塵が無数にある。その塵に、太陽の光線が反射すると、あの東天日出、西天日没の、ああした美しい、自然の景色が見えるのだ、といっておりますが、こうなると「塵の効用」や、きわめて重大なりといわざるを得ないのです。  
周利槃特の物語  
塵といえば、この塵について、こんな話がお経の中に書いてあります。それは周利槃特(しゅりはんどく)という人の話です。この人のことは、近松門左衛門の『綺語(きご)』のなかにも、「周利槃特のような、愚かな人間でも」と書いてありますくらいですから、よほど愚かな人であったに相違ありません。あの「茗荷(みょうが)」という草をご存じでしょう。あの茗荷は彼の死後、その墓場の上に生(は)えた草だそうで、この草を食べるとよく物を忘れる、などと、世間で申していますが、物覚えの悪い彼は、時々、自分の姓名さえ忘れることがあったので、ついには名札を背中に貼(は)っておいたということです。だから「名を荷(にな)う」という所から、「名」という字に、草冠をつけて「茗荷(みょうが)」としたのだといいます。まさかと思いますが、とにかくこれにヒントを得て作られたのが、あの「茗荷宿」という落語です。ところで、その周利槃特の物語というのはこうです。  
彼は釈尊のお弟子のなかでも、いちばんに頭の悪い人だったようです。釈尊は彼に、「お前は愚かで、とてもむずかしいことを教えてもだめだから」とて、次のようなことばを教えられたのです。  
「三|業(ごう)に悪を造らず、諸々(もろもろ)の有情(うじょう)を傷(いた)めず、正念(しょうねん)に空を観ずれば、無益(むやく)の苦しみは免るべし」  
というきわめて簡単な文句です。「三業に悪を造らず」とは、身と口と意(こころ)に悪いことをしないということです。「諸々の有情を傷めず」とは、みだりに生き物を害しないということです。「正念に空を観ずれば」の「正念」とは一向専念です。「空を観ずる」とは、ものごとに執着しないことです。「無益の苦を免るべし」とは、つまらない苦しみはなくなるぞ、ということです。たったこれだけの文句ですが、それが彼には覚えられないのです。毎日彼は人のいない野原へ行って、「三業に悪を造らず、諸々の有情を傷めず……」とやるのですが、それがどうしても、暗誦(あんしょう)できないのです。側(そば)でそれを聞いていた羊飼いの子供が、チャンと覚えてしまっても、まだ彼にはそれが覚えられなかったのです。一事が万事、こんなふうでしたから、とてもむずかしい経文なんかわかる道理がありません。  
ある日のこと、祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の門前に、彼はひとりでションボリと立っていました。それを眺(なが)められた釈尊は、静かに彼の許(もと)へ足を運ばれて、  
「おまえはそこで何をしているのか」  
と訊(たず)ねられました。この時、周利槃特は答えまして、  
「世尊よ、私はどうしてこんなに愚かな人間でございましょうか。私はもうとても仏弟子(ぶつでし)たることはできません」  
この時、釈尊の彼にいわれたことこそ、実に意味ふかいものがあります。  
「愚者でありながら、自分(おのれ)が愚者たることを知らぬのが、ほんとうの愚者である。お前はチャンとおのれの愚者であることを知っている。だから、おまえは真の愚者ではない」  
とて、釈尊は、彼に一本の箒(ほうき)を与えました。そして改めて左の一句を教えられました。  
「塵(ちり)を払い、垢(あか)を除かん」  
正直な愚者周利槃特は、真面目(まじめ)にこの一句を唱えつつ考えました。多くの坊さんたちの鞋履(はきもの)を掃除しつつ、彼は懸命にこの一句を思索しました。かくて、永い年月を経た後、皆から愚者と冷笑された周利槃特は、ついに自分(おのれ)の心の垢、こころの塵を除くことができました。煩悩(まよい)の塵埃(けがれ)を、スッカリ掃除することができました。そして終(つい)には「神通説法第一の阿羅漢(あらかん)」とまでなったのです。ある日のこと、釈尊は大衆を前にして、こういわれたのです。  
「悟りを開くということは、決してたくさんなことをおぼえるということではない。たといわずかなことでも、小さな一つのことでも、それに徹底しさえすればよいのである。見よ、周利槃特は、箒(ほうき)で掃除することに徹底して、ついに悟りを開いたではないか」  
と、まことに、釈尊のこの言葉こそ、われらの心して味わうべき言葉です。「つまらぬというは小さき智慧袋」、私どもはこの一句を改めて見直す必要があると存じます。  
無所得の天地  
さてこれからお話ししようと思うところは、「智もなく、亦(また)得もなし、無所得を以ての故に」という一句であります。言葉は簡単ですが、その詮(あらわ)す所の意味に至ってはまことにふかいものがあるのです。しかし、手っ取り早く、その意味を申し上げれば、つまりこうです。  
「およそ一切の万物は、すべて皆『空なる状態』にあるのだ。『五|蘊(うん)』もない、『十二|処(しょ)』もない、『十八界』もない、『十二因縁』もない、『四|諦(たい)』もないと、聞いてみれば、なるほど『一切は空だ』ということがわかる。しかも、その空なりと悟ることが、般若の智慧を体得したことだ、と思って、すぐに私どもは、その智慧に囚われてしまうのだ。しかし、元来そんな智慧というものも、もとよりあろうはずがないのだ。いや智慧ばかりではない。そういう体験(さとり)を得たならば、何かきっと『所得』がある、いやありがたい利益や功徳(くどく)でもあろうなどと、思う人があるかも知れぬが、それも結局はないのだ」というのが、「無[#レ]智亦無[#レ]得」ということです。  
こうなると、皆さんは、いわゆる迷宮に入って、何がなんだか、さっぱりわからなくなってしまうことでしょう。しかし、ここに、かえってまたいうにいわれぬ妙味があるのです。いったい仏教の理想は、「迷いを転じて悟り開く」ことです。煩悩(ぼんのう)を断じて菩提(ぼだい)を得ることです。つまり凡夫(ひと)が仏陀(ほとけ)になることです。にもかかわらず、迷いもない、悟りもない、煩悩もなければ、菩提もない。ということは、「いったいどんな理由(わけ)だ」という「疑問」が必ず湧いてくると思います。だが、ここでとくとお考えを願いたいことは、万物は因縁より生じたものだということです。そして「因縁生」のものである限り、皆ことごとく相対的なものだということです。  
病があればこそ、薬の必要があるのです。病あっての薬です。病にはいろいろ区別があるから、薬にもまたいろいろの薬があるわけです。だが、病が癒(なお)れば、薬も自然いらなくなるのです。風邪(かぜ)を引いた時には、風邪薬の必要があります。しかし、いったん、風邪が癒れば、いつまでも風邪薬に執着する必要はありません。身体の健全な人には、薬の必要がないように、一切をすっかり諦観(あきらめ)た心の健全な人ならば、何も苦しんでわざわざ心の薬を求める必要はありません。いま仮に、東京から京都へ汽車で行くとします。汽車が無事に京都についた時、汽車のおかげだ、汽車はありがたいといって、肝腎(かんじん)な用事をうち忘れて、いつまでも汽車そのものに、囚われていたらどうでしょうか。汽車の役目は、人を運ぶ事にあるのです。人を運んでしまえば、汽車の用事はそれですむのです。私どもは、汽車に乗ることが、目的そのものではないのです。目的を忘れて、汽車そのものに、いつまでも執着していることは、全く意味のない事です。だといって、私どもは、決して汽車の必要を認めないものではありませぬ。ここです、問題は。あの順礼の菅笠(すげがさ)になんと書いてありますか。  
「迷うが故に三界の城あり。悟るが故に十方は空なり。本来東西なし、何処(いずこ)にか南北あらん」(迷故三界城。悟故十方空。本来無東西。何処有南北)  
まことに「本来無東西」です。東西があればこそ、南北があるのです。にもかかわらず、いつまでも、どこへ行っても、いやこれが東だ、いやこれが西だ、といっていたら、果たしてどんなものでしょうか。  
ところで、なにゆえに「智もなく亦得もなし」というかと申しますに、それはつまり「無所得を以ての故に」であります。すなわち「無所得だから」というのです。で、問題はここに一転して、「無所得とはなんぞや」ということになるのです。中国の有名な学者|兪曲園(ゆきょくえん)(清朝の末葉に「南兪北張(なんゆほくちょう)」といわれ、張之洞(ちょうしどう)と並び称せられた人)の書いた随筆に、『顔面問答』というのがあります。それは「口」と「鼻」と「眼」と「眉毛(まゆげ)」の問答です。お互いの顔を見ればわかりますが、いったい人間の顔のいちばん下にあるのが口です。その上が鼻、その上が眼で、いちばん上にあるのが眉毛です。口の不平、鼻の不満、眼の不服は、この眉毛の下にあるということです。彼らは期せずして、眉毛の「存在価値」を疑ったわけです。口、鼻、眼から、「なにゆえに君は僕らの上でえらそうにいばっているのか、いったい君にはどういう役目があるか」と詰問せられた時の眉毛の答えは、実に面白いのです。  
「いかにも君らは重大な役目を持っている。食物を摂(と)り、呼吸をし、ものを看視していてくれる君たちのご苦労には、実に感謝している。しかし、今日改まって君たちから、『君の役目はなんだ』と問われると、全くお恥ずかしい次第だが、何をしているのか自分ながらこれだといって答えられない。ただ祖先伝来、ここにいるというだけで、日夜すまぬすまぬとは思いつつ、まあこうして、一所懸命に自分の場所を守っているわけだ。君たちは各自(めいめい)他に誇るべき何物かを持っているだろうが、僕には誇るべき何ものもないのだ。何をしているか、と問われると、お恥ずかしいわけだが、なんと答えてよいやらわからない」  
というのです。最後に作者は、こういう言葉をつけ加えております。  
「自分は今日まで口と鼻と眼の心懸(こころが)けで暮らしてきた。しかしそれは間違っていた。今後は、ぜひ眉毛の心懸けで、世を渡りたい」  
まことに子供だましのような、つまらぬ馬鹿らしい話です。しかし味わってみるとなかなか意味のある話だと存じます。眉毛の態度はちょっと見ると、いかにも無自覚で、自覚なきがごとくですが、しかしそこにはチャンと一つの深い「自覚」をもっているのです。自覚なきがごとくにして、しかも自覚している。この眉毛の態度こそ、まさしくそれは、因縁に随順しつつ、無我に生きる生活です。そこには万人の味わうべき何ものかがあると存じます。「一|隅(ぐう)を照らすものを国宝となす」と伝教大師はいっていますが、この国宝こそ、今日最も要求されているのです。  
「聡明叡智(そうめいえいち)、之(これ)を守るに愚を以てす」  
と古人もいっております。成功の秘訣(ひけつ)は、「運」、「鈍」、「根」の三つだと、いわれていますが、この「鈍」、この「愚」が、現代人には特に必要かと思います。「大賢は大愚に近し」ともいいます。眼から鼻へぬける鋭さ、賢さも、もちろん必要でしょう。だが、そこにはぜひとも「愚」がほしいのです、「鈍」が必要です。もしもこれが欠けていると、小ざかしい口達者な小利口ものになるわけです。有名な電気王エジソンはいっています。「天才とは九分九厘が汗(パースピレーション)、一分だけが霊感(インスピレーション)」と。たしかにそうでしょう。全く「天才とは長い辛抱」です。根気が必要です。辛抱が天才を作り上げるのです。だが、辛抱の一面また鈍が大事です。鈍とは愚です。「聡明叡智、之を守るに愚をもってせよ」と古人が誡(いまし)めているのはそこです。あのエスペラントの初祖ザメンホフはいっております。  
「新思想の開拓者が、遭遇(そうぐう)するのは、嘲笑(ちょうしょう)と非難のほかの何物でもない。はじめて逢(あ)ったきわめて教養の低い腕白小僧すら、彼らを見下していうのである。『彼らは愚かしいことに従事している』と」  
この覚悟が必要です。いかなる嘲笑も慢罵(まんば)も攻撃をも、一切超越せねば、決して新しい仕事はできないのです。新奇な運動は発(おこ)せないのです。つまり馬鹿になる、愚者にならねば、とうてい所期の目的を達成することはできないのです。  
いったい人の世に処する道はむずかしいものです。とかく社会生活がだんだんと複雑になると、「経済の問題」がやかましくなってきます。「|生活(くらし)」ということ、食物の問題、胃袋の問題が、きわめて重要な意味をもってきます。まことに無理もありません。だから今日では個人的にも、社会的にも、国際的にも、すべては、「損得」、「利害」といったような、打算的な考えで、動いているようです。一文でも「損」をせぬように、一文でも「得」をするように、損にも得にもならぬものには、なるべく手を出さぬように、関係しないように、というふうです。それが現代的なものの考え方のようです。だが、それで果たしてよいものでしょうか。「引き合わぬ」「勘定にあわぬ」というような損得の考えだけで、人間は暮らせるものでしょうか。中国人は金(かね)に汚(きたな)いというが、日本人は汚くないでしょうか。経済の問題、もちろん必要です。この地上に、人間の生活が営まれるかぎり、私どもは、とうてい「経済」上の利害得失と無関心にはおられません。しかしです。経済が、決して生活の全部とは申されません。経済だけで、ほんとうに経済だけで、世の中のすべてが生きているのではありません。なるほど「人間は食う動物なり」ということは事実でしょう。しかし食うだけで、人間は決して満足しているものではありません。食糧飢餓の今日、人はあまりに食生活のために貴い人間の霊性を見失っているような気がいたします。敗戦後の日本人は、ひたすら食物を探(さが)し求める犬や猫(ねこ)のような存在になったようです。しかし、新しい日本を建設し、創造するには、お互いはとくと考え直さねばなりません。それは物質上の破産を、いかにもそれが人間の破産のごとく考えて、心の破産の重大なることに気づかないということです。「物の貧困」よりも恐ろしいのは「心の貧困」です。「本来は無一物なり雪だるま」たとい戦災で物を喪失しても、もともと裸で生まれてきたのですもの。将棋の「金」から「歩(ふ)」に帰っただけのことです。歩は当然また金になれるのです。  
恐ろしいのは心の喪失です。心の貧困です。いったん心を失ったものは、たやすくとり戻(もど)すことはできないのです。私どもは外面的に、貧困防止の方法を考えねばならぬと同時に、いやそれ以上に内面的に、心の貧困を克服すべく努めねばなりません。「人間は食う動物だ」といった、かのフォイエルバッハは、また一面において、「人間は人間にとって神である」とさえいっております。何も彼(か)も、ことごとく「損得」の打算、すなわち「有所得」の心持で動かずに、時には打算を超(こ)えた「無所得」の心持になりたいものです。ほんとうの人間らしい心になりたいものです。そして単に利害とか損得ということだけでなく、正と不正、善と悪、といったような立場から、動きたいものです。われわれの日常の行動が、こういう基準によって行なわれなければ、断じて社会は円満に、円滑にはゆきません。つまりは道義に立脚する行為でなければ、ほんものではありません。この私の『心経』の講義をお聞きくださっても、おそらくそれは、金|儲(もう)けには、縁遠いことでしょう。直接には一銭の利益もないでしょう。一文の得もないでしょう。経済生活の上には、直接なんの関係もないでしょう。しかしです。「無用の用」こそ、真の用です。私どもはただ自然人としての自分のみを見ずして、文化人として、さらに宗教人としての自分、いやほんとうの人間としての自分をかえりみなければなりません。かくてこそ、はじめて無所得の意味も、自然に理解されるのであります。 
第九講 恐怖(おそれ)なきもの 

 

菩提薩ノ。  
依ルガ二般若波羅蜜多ニ一故ニ。  
心ニ無シ二礙一。  
無キガ二礙一故ニ。  
無シレ有ルコト二恐怖一。  
遠-二離シテ顛倒夢想ヲ一。  
究竟涅槃ス。  
すでに私は、『心経』の無所得、すなわち所得なしということをお話ししておきましたが、この無所得の境地は、こういうふうにいい表わしたらよくわかるかと存じます。  
こころの化粧  
かつて私は宅が狭いので、書斎が兼客間でした。応接間でお客と話すことが嫌(きら)いですから、どんな方が見えても、すぐ書斎へ通すのです。その時いちばん困ることは、何か調べものでもしている時には、書斎が書物でいっぱいになっているので、狼狽(あわて)てそこらを片づけてからお客に通っていただいたのです。ところが平生(ふだん)は、割合に片づいているので、いつ何時お客があっても、少しもあわてずにすむのです。ちょうど、そのように、平素心の中が、余計な、いらざる妄想(もうぞう)や、執着という垢(あか)でいっぱいになっていると、いざという場合に臨んで、うろたえ騒がなくてはなりません。御婦人方でもそうです。身だしなみが、チャンとできていると、何時来客があっても、お客を待たせておいて、急いで衣物(きもの)を着かえたり、髪や顔の手入れをなさらずとも、余裕|綽々(しゃくしゃく)として、応接することができるのです。化粧の必要はそこにあるのです。白粉(おしろい)を塗ったり、香水でもつけなければ、化粧でないと思っている方もありましょうが、それは認識不足です。身だしなみをすることが化粧です。だが、髪や形の化粧をするときには、いつも心の化粧をしてほしいものです。心をチャンと掃除して、塵(ちり)や垢(あか)のないようにしておきたいものです。けだし「無所得」の境地というのは、心を綺麗(きれい)さっぱりと片づけておくことです。化粧しておくことです。整頓(せいとん)している座敷、それが無所得の世界だと思えばよいでしょう。なんのこだわりもない純真|無垢(むく)な心の状態が、つまり無所得の世界です。しかも無所得にしてはじめて一切を入れる、大きい所得があるわけです。  
虚往実帰  
古人は、「虚(きょ)にして往(ゆ)いて、実にして帰る」すなわち虚往実帰(きょおうじっき)ということをいっていますが、他家へ御馳走(ごちそう)になりに行く場合でも、お腹(なか)がいっぱいだと、たとい、どんなおいしい御馳走をいただいても、少しもおいしくありません。だが、お腹を空(す)かして行けば、すなわち虚(きょ)にして往けば、どんなにまずくとも、おいしくいただいて帰れるのです。空腹には決してまずいものはないのです。無所得にしてはじめて所得があるのです。無所得こそ、真の最も大きい所得、いや無所得にして、はじめて大なる所得があるのです。利益があるのです。無功徳(むくどく)の功徳こそ、真の功徳です。さてこれまで、お話ししてきた『心経』の本文は、皆、私どものお腹をからっぽにするためだったのです。「一切は空(くう)だ」何もかも皆、ないのだ、といって私どもの頭の中を、腹の中を掃除してくれたのです。もう私どもの頭の中はからっぽです。お腹はスッカリ綺麗に掃除ができているのです。「有ると見て、なきは常なり水の月」で、因縁によってできているものは、皆ことごとく水上の月だ。あるように見えて、実はないのじゃといって、今までは一切を否定してきたのです。いわゆる「無所得の世界」まで、私どもお互いを、引っぱってきたのです。で、これからいよいよお話しする所は、空腹の前の御馳走です。したがって、これからはどしどし御馳走が、一々滋味と化して私どもの血となり肉となってゆくのです。「菩提薩(ぼだいさった)の般若波羅蜜多(はんにゃはらみた)に依るが故に、心に礙(けいげ)なし」というのはそれです。さてここで一応ぜひお話ししておきたいことは、「菩提薩すなわち「菩薩」ということです。いったい大乗仏教というのは、この「菩薩の宗教」ですから、この菩薩の意味がよくわからないと、どうしても大乗ということも理解されないのです。ところで、菩薩のことを、この『心経』には菩提薩とありますが、これは菩薩の具名(くわしいなまえ)で、昔からこれを翻訳して、「覚有情(かくうじょう)」といっております。覚有情とは覚(さと)れる人という意味で、人生に目醒(めざ)めた人のことです。ただし自分独(ひと)りが目醒めているのではなく、他人をも目醒めさせんとする人です。だから、菩薩とは、自覚せんとする人であり、自覚せしめんとする人です。「人多き人の中にも人ぞなき、人となれ人、人となせ人」で、人間は多いが、しかしほんとうに目醒めた人はきわめて少ないのです。全く人ぞなきです。その昔、ソクラテスがアテネの町の十字街頭に立って、まっ昼間、ランプをつけて、何かしきりに探(さが)しものをしていました。傍(そば)を通った門人が、  
「先生、何を探しているんですか。何か落としものでも?」  
と、尋ねたのです。ソクラテスは門人にいいました。  
「人をさがしているのじゃ」  
「人って、そこらあたりをたくさん通っているじゃアありませんか」  
と再(かさ)ねて訊(たず)ねますと、哲人は平然と、  
「ありゃ皆人じゃない」  
といい放ったという話ですが、真偽はともかく、ソクラテスとしてはありそうな話です。ほんとうに「人多き人の中にも人ぞなき」です。だから私どもはその求められる人に自らならねばならぬと同時に、また他人を人にせねばならぬのです。教育の理想は「人を作ることだ」と聞いていますが、仏教の目的も、やはり人を作ることです。しかし、仏教でいう人は、決して立身出世を目的としているような人ではないのです。俸給(ほうきゅう)を多くとり、賃銀をたくさんとるような、いわゆる甲斐性(かいしょう)のある、偉い人を作るのが目的ではないのです。自ら勇敢に、ほんとうの人間の道を歩むとともに、他人をもまたその道を、歩ませたいとの熱情に燃える人です。いわゆる「人となれ人」「人となせ人」です。だからそれは大乗的です。自分一人だけ行くのではない。「いっしょに行こうじゃないか」と、手をとり合って行くのですから、小乗の立場とは、たいへんその趣を異にしています。したがって、菩薩とは、心の大きい人です。度量の大きい人です。小さい利己的立場を止揚して、つねに大きい社会を省みて社会人として活動する人こそ、ほんとうの菩薩です。「衆生の疾(やま)いは、煩悩(まよい)より生じ、菩薩の疾(やま)いは、大悲より発(おこ)る」と『維摩経(ゆいまぎょう)』に書いてありますが、そうした「大悲の疾い」をもっているのが、とりも直さず菩薩です。利己的な煩悩(ぼんのう)の疾いと、利他的な大悲の疾い、そこにある人間と、あるべき人間との相違があります。つまり凡夫(ぼんぷ)と菩薩との区別があるわけです。このごろやかましくいわれるデモクラシイ(民主主義)も、こうした人間的自覚をもった人が、出てこないかぎりとうてい確立することはできません。あの十字架にかかったキリスト、一切の人々の罪を償(つぐな)うために、すべての人々の救済(すくい)のために、十字架にかかったとすれば、そのキリストのこころこそ、まさしく菩薩のこころです。十字架を背負うた彼が、その十字架を背負わせた、その人たちの罪の救いを、かえって神に祈っている心もちは、まことに尊くありがたいものです。  
聖書(バイブル)にこういう文句(ことば)があります。「一粒の麦、地におちて死なずば、ただ一つにて終わらん。死なば多くの実を生ずべし」と。キリストは十字架にかかりました。しかしそれによって多くの人々は救われたのであります。キリスト教の是非はともかく、私たちは異教徒という名のもとにいたずらにこれを看過したり、排撃したりすることはできないのです。宗教人の名において、菩薩の名において、彼を賞讃(しょうさん)し、景仰すべきであると思います。  
菩薩の生活と四摂法  
ところで、仏教ではこの菩薩の生活、すなわちほんとうの人間生活の理想を、四つのカテゴリー(形式)によって示しています。四|摂法(しょうほう)というのがそれです。「摂」とは摂受(しょうじゅ)の意味で、つまり和光|同塵(どうじん)、光を和(やわ)らげて塵(ちり)に同ずること、すなわち一切の人たちを摂(おさ)めとって、菩薩の大道に入らしめる、善巧(たくみ)な四つの方便(てだて)が四摂法です。四つの方便とは、布施(ふせ)と愛語と利行(りぎょう)と同事ということです。布施とは、ほどこしで、一切の功徳(くどく)を惜しみなく与えて、他人を救うことです。愛語とは、慈愛のこもった言語(ことば)をもって、他人によびかけることです。利行とは、善巧な方便(てだて)をめぐらして、他人の生命を培(つちか)う行為(おこない)です。同事とは他人の願い求める仕事を理解して、それを扶(たす)け誘導することです。禍福を分かち、苦楽を共にするというのがそれです。しかし、お経にはかように菩薩の道として四つの方法が説かれていますが、その四つの方法の根本は結局、慈悲の心です。貪(むさぼ)り求めるこころ、すなわち貪慾(どんよく)の心を離れた慈悲のこころをほかにして、どこにも「菩薩の道」はないのです。  
   あわれみをものに施すこころよりほかに仏の姿やはある  
で、あわれみを施す慈悲の心こそ菩薩のこころです。いや、それがそのまま仏陀(ほとけ)の心です。だから「菩薩の行(ぎょう)」として、仏教には六度、すなわち六|波羅蜜(はらみ)ということが説かれてありますが、その六波羅蜜の最初の行は布施です。この布施の行為が母胎となって、他の五つの勝行(しょうぎょう)が生まれるのです。ところで、波羅蜜とは、般若波羅蜜多(はんにゃはらみた)のその波羅蜜で、すでに述べたごとく、それは「彼岸に到(いた)る」ということです。この岸から彼(か)の岸へ渡るのに、六つの行があるというのが、この六波羅蜜、すなわち六度です。布施と持戒と忍辱(にんにく)と精進(しょうじん)と禅定(ぜんじょう)と智慧(ちえ)がそれです。布施とは、ただ今も申し上げたごとく、貪慾(どんよく)のこころをうち破って、他に憐(あわれ)みを施すことです。持戒とは、規則正しい生活の意味で、道徳的な行為(おこない)です。忍辱(にんにく)とは、堪(こら)え忍ぶで、忍耐です。精進(しょうじん)とは、努め励むことで、全生命をうちこんで努力することです。禅定とは、沈着です。心の落ちつきです。「明鏡止水」という境地です。智慧とは、これまでたびたび申し上げている般若(はんにゃ)の智慧です。ものごとをありのままにハッキリ認識することです。だから、所詮、菩薩の行は、この六度の行を離れて他にはないわけです。  
布施と智慧との関係  
ところで、ここで一言申しておきたいことは、最初に私は般若の智慧こそ、彼岸へ渡る唯一の道だといっておきましたが、ここではまた、布施が六度の母胎である、布施こそ六波羅蜜の根本であると申しました。では、いったいどちらが真実なのかと疑いをもたれる方があるかも知れません。まことにごもっともなことです。しかしそれはどちらもほんとうです。というのは、前からしばしば申しましたごとく、仏教における智慧と慈悲とは、一つのもののうらおもてで、二にして一です。一つのものに対する二つの見方です。ところで、この布施というのはつまり慈悲のことです。ほんとうの慈悲、すなわち布施は、智慧の眼が開いていないものにはできません。大悲は、盲目的な愛でないかぎり、必ず、正しい批判と、厳(おごそ)かな判断と、誤りなき認識、すなわち智慧によらねばなりません。六度の根本、すなわち彼岸へ渡る根本の方法が、布施であり、般若であるといったのは、まさしくそれです。柔和なあの観音さまのお姿、忍辱(にんにく)の衣を身にまとえるあの地蔵さまのお姿を拝むにつけても、それがほんとうの自分(おのれ)の相(すがた)であることに気づかねばなりません。私たちのほんとうの心の姿こそ、あの絵像や、木像に象徴されている菩薩の尊容(おすがた)なのです。  
和顔愛語ということ  
今は故人になっていますが、私のかつて教えた学生の一人に、阿部という男がありました。性質は悪いというのではありませんが、いつも人と話す時には、目をいからし、口をとがらせて、ものをいう癖がありました。学生の演説会の時なんか、側(そば)で見ていると、まるで喧嘩(けんか)でもしているような態度です。私はいつもその男に「和顔愛語(わげんあいご)」という、菩薩の態度を話したことです。和顔とは、やさしい和(なごや)かな顔つきです。怒っているような、いかめしい顔つきではなくて、いかにも春風|駘蕩(たいとう)といったような顔つきです。朗らかな、やさしい顔つきといったらよいでしょう。私たちはお互いに些細(ささい)なことに口をとがらし、目をいからす必要はないのです。おだやかに話をすればわかるのです。他人が自分を悪くいうその態度が気にいらぬとて、すぐに感情を害して顔にあらわす、果たしてそれでよいものでしょうか。まことに「わがよきに人の悪(あ)しきのあらばこそ」です。「人の悪しきはわがあしきなり」です。他人を怨(うら)むまえに、まずわが身を省みる必要はないでしょうか。「他人を咎(とが)めんとする心を咎めよ」と清沢満之はいっています。そうした宗教的反省こそ、私どもにいちばん大切な心構えだと思います。次に愛語とは、情のこもった、慈愛に充(み)ちた言葉づかいです。荒々しい棘(とげ)のある言葉づかいでは、相手の反感をそそるだけです。全く、丸い玉子も切りようで四角にも三角にもなるごとく、ものもいいようで角(かど)がたつのです。あえて外交的辞令を用いよとは申しませぬが、お互いに言葉づかいに気をつけねばなりません。言葉の使いようで、成り立つことも成り立たぬ場合が往々あるのですから、もちろん、顔つきや、言葉づかいは、人格の自然の発露で、肝腎(かんじん)の人格の修養を度外視して、それだけを注意すればよいというのではありません。しかしとにかく和顔(わげん)と愛語の二つは、我人(われひと)ともに十分に、心懸(こころが)けねばならないと存じます。とくに婦人の方には、この点を十分に反省してほしいと思います。どれだけ顔が綺麗(きれい)でも、この二つのものが欠けていたらゼロです。無愛想だとか、無愛嬌(ぶあいきょう)だとか、いやな女だ、などといわれるのは、多くそこから起こるのです。「ぶらずに、らしゅうせよ」と古人もいっていますが、女らしさはここにあるのです。ところでここで一言申し上げておきたいことは、「和」ということです。「和を以(もっ)て貴(たっと)しとなす」(以[#レ]和為[#レ]貴)と、聖徳太子も、すでにかの有名な十七条の憲法の最初に述べられているごとく、何事によらず「和」が第一です。個人と個人の間でも、ないし社会、国家においても、この「和」ほど貴いものはないのです。和とは「平和」「調和」です。敗戦後の日本には、どこを探してもこの和がありません。今日こそ全く失調時代です。したがって私どもはなんとしても一日も早く和をとり戻(もど)さなくてはなりません。まことに「天の時は地の利に如(し)かず、地の利は人の和に如かず」で、和の欠けた国家が隆昌(りゅうしょう)し、発展したためしはありません。私どもは和衷協同の精神をもって、互いに愛しあい、労(いた)わりあい、助け合って、すみやかにわが民族の理想である、平和な、文化国家の創造に邁進(まいしん)すべきであります。しかし「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」と論語にもあるように、附和雷同(ふわらいどう)は決して真の和ではありません。とかく日本人の欠点はこの附和雷同にあるのです。大和(やまと)の国、とくに昭和(百姓昭明、万邦協和)の御代に生まれすむ、われわれ大和民族は、決して「同じて和せざる」小人であってはなりません。「和して同ぜざる」君子でなくてはなりません。少なくとも日本民族の理想は、この和して同ぜざるところにあるのです。「国|挙(こぞ)る大事の前に光あり推古の御代の太子のことば」です。  
けだし私どもにして、一たび宗教的反省をなしうる人となるならば、そこにはなんのこだわりも、わだかまりも、障礙(さわり)もないのです。げに菩薩の道こそ、無礙(むげ)の一道です。なんの障(さわ)りもない白道です。『心経』に「心に礙(けいげ)なし」というのはそれです。  
罣(けい)という字は、網(あみ)のことです。魚をとる網です。礙(げ)という字は、障礙物(しょうがいぶつ)などという、あの礙(がい)という字で、さわり、ひっかかりという意味です。梵語(ぼんご)の原典では、「罣礙(けいげ)なし」という所は「ひっかかりなしに動き得る」とありますが、何物にも拘束されず、囚(とら)われず、スムースに、自由に働き得ることが、すなわち「罣礙なし」ということです。金を求め、名を求め、権勢を求めるものには、どうしても罣礙なしというわけにはゆきません。金という網、名という網、権力という網にひっかかって、どうしても、無礙(むげ)というわけにはゆきません。求めざるものこそ、「無礙の人」でありうるのです。まことに、ひっかかりなしに、自由に働きうることは、求めざる人によってのみ可能であるのです。次に『心経』に「罣礙なきが故に恐怖(くふ)あることなし」とありますが、恐怖(くふ)とは、ものにおじることです。ものに怯(おび)え怖(おそ)れることです。恐ろしいという気持です。つまり不安です。心配です。心の中に、なんの恐れも、憂いも、心配も、苦労もない、というのが、「恐怖あることなし」です。浅草の観音さまへお参りすると、有名な玄岱(げんたい)という人の書いた「施無畏(せむい)」という額があります。施無畏とは、無畏(むい)を施すということで、元来、仏さまのことを一般に施無畏と申しますが、ここでは観音さまを指(さ)すのです。畏(い)とは恐れるという字です。慈悲そのものの権化(ごんげ)たる観音さまは、愛憐(あいれん)の御手で、私どもを抱きとってくださるから、私どもには、なんの不安も恐れもないのです。だから観音さまのことを、「無畏を施すもの」、すなわち「施無畏」というのです。いったい「施す」ということは、さきほど申し述べました、あの「布施(ふせ)」です。梵語でいえば、ダーナで、あの檀那(だんな)さま、といった時のその「檀那(だんな)」です。だからお寺の信者のことを「檀家(だんか)」といいます。財物をお寺に上げるからです。これに対して、檀家からはお寺のことを「檀那寺(だんなでら)」といいます。「法施」といって、「法を施す」からです。したがって、財物を上げぬ信者は「檀家」ではなく、法を施さぬ寺は「檀那寺」ではないわけです。  
顛倒の世界  
次に、「顛倒夢想(てんどうむそう)を遠離(おんり)して、究竟涅槃(くきょうねはん)す」ということですが、普通には、ここに「一切」という字があります。「一|切(さい)顛倒(てんどう)」といっています。ところで「顛倒」とは「すべてのものをさかさまに見る」ことです。無い物を、あるように見るのは顛倒です。たとえば水はこんなもの、空気はこんなものと局限して、全く性質の違ったものと思うことは、つまり顛倒です。水は温度を加えると、蒸発してガス体の蒸気になります。その蒸気を冷却さすか、または強い圧力を加えると、こんどは固形体の氷になります。しかしいずれも H2O です。水素と酸素とが、二と一との割合で化合したものです、水は無自性です、きまった相はありません。縁に従っていろいろ変化します。こうしたような事実は、この複雑なる、われわれの世界には非常に多いのです。あの斜視や乱視や色盲のような見方をして、錯覚や幻覚を起こしている連中は、いずれも皆「顛倒(てんどう)の衆生(しゅじょう)」であります。次に「夢想」とは夢の想(おも)いです。したがってそれは妄想(もうぞう)です。つまり、ないものを、あると思い迷う、今日の言葉でいえば一種の幻覚です。錯覚です。「幽霊の正体見たり枯尾花」というのがそれです。幽霊だと思うのは、枯尾花であることを、知らないから起こる一種の幻覚です。よく見れば、幽霊ではなくして枯尾花だったのです。で、つまり、「顛倒」も「夢想」も同じことで、要するに、私たちの「妄想」です。ですから、「顛倒夢想を遠離する」ということは、そうした妄想を打破ることです。克服し超越することです。その昔、相模(さがみ)太郎北条時宗は、祖元禅師から「妄想するなかれ」(莫妄想(まくもうぞう))という一|喝(かつ)を与えられて、いよいよ最後の覚悟をきめたということです。  
究竟の涅槃  
次に「究竟涅槃(くきょうねはん)す」ということですが、これを昔から、一般に「涅槃(ねはん)を究竟(くきょう)す」とよませています。しかし梵語の原典から見ましても、「顛倒(てんどう)を超越して究竟(くきょう)の涅槃(さとり)に入る」という意味になっていますから、これはやっぱり「究竟涅槃す」とよんだ方がよいと思います。ところで究竟ということは、つまり「究極」とか「終極」とか「最後」などという意味で、最終の最上なる涅槃(さとり)が、すなわち「究竟涅槃(くきょうねはん)」です。ところでこの「涅槃(ねはん)」ということですが、これは、世間でいろいろ誤解されているのです。しかし、このまえにもちょっと申し上げたごとく、それは仏教におけるさとりの世界をいったものです。すなわち涅槃の梵語は、ニイルバーナで、ものを「吹き消す」という意味です。で、普通にこれを翻訳して「寂滅」「円滅」「寂静」などといっていますが、要するに、私どもの迷いの心、「妄想」「煩悩」を吹き消した「大安楽の境地」をいうのです。「寂滅を以て楽となす」すなわち寂滅為楽(じゃくめついらく)などというといかにも静かに死んでゆくこと、すなわち「往生(おうじょう)する」ことのように思っている人もありますが、これは決して、死んでしまうという意味ではないのです。いったい世間で「往生する」ということを、死ぬことと混同して考えていますが、往生は決して死ぬことではないのです。古聖は、  
「往生とは往(ゆ)き生まれることだ。仏法は死ぬことを教えるのじゃない。死なぬ法を教えるのだ。浄土へ往き生まれることを、教えるのが仏法じゃ」  
といっていますが、ほんとうにその通りです。「往生」ということも、「涅槃に入る」ということも、決して死ぬのじゃなくて、永遠なる「不死の生命」を得ることなのです。したがって、「往生」することが、成仏(じょうぶつ)すなわち仏になることです。仏となることは、つまり無限の生命を得ることなのです。ある仏教信者のお老爺(じい)さんに、「あなたのお歳(とし)は?」と尋ねたところ、老人は「阿弥陀(あみだ)さまと同じ歳です」と答えたので、さらに「では、阿弥陀さまのお歳は?」と、問うたところ、老人は即座に「私とおなじ歳だ」といったという話がありますが、非常に面白いと思います。無限の生命(無量寿)、不死の生命をもった方が、阿弥陀さまです。だから阿弥陀さまと一つになれば、無限の生命を得たことになるのです。したがって、「立往生」とか、とうとう降参して「往生」したなどというのは、要するに、往生に対する認識不足といわねばなりません。ところで『心経』に書いてある「究竟涅槃」とは、どんな意味かというと、それは「無住処涅槃(むじゅうしょねはん)」という涅槃(さとり)です。「無住処」とは、住処すなわち住する処(ところ)なき涅槃という意味で、他の語でいえば「生死(まよい)に住せず、涅槃(さとり)に住せず」という意味がこの「究竟涅槃」です。  
「菩薩は智慧を以ての故に、生死(しょうじ)に住(じゅう)せず、慈悲を以ての故に、涅槃(ねはん)に住せず」  
といっておりますが、これはたしかに味わうべき語です。  
「勝(すぐ)れた智慧をもっている菩薩(ひと)は、乃(いま)し生死をつくすに至るまで、恆(つね)に衆生の利益(りやく)をなして、しかも涅槃に趣(おもむ)かず」  
と『理趣経(りしゅきょう)』というお経に書かれていますが、それが菩薩の念願(ねがい)です。なるほど仏教の理想は、さとりの世界へ行くことです。仏となり、浄土へ生まれ、極楽へ行くことが目的でしょう。しかし自分|独(ひと)りだけが仏になり、わが身独りが、極楽へ行けば、万事OKだ、というのでは断じてありません。人も我れも、我れも人も、いっしょに浄土へ行こうというのが、真の目的なのです。いや、たといわが身は行かずとも、せめて人を仏としたい、浄土へ送りたいというのが、菩薩のほんとうの念願(ねがい)です。理想です。  
   愚かなる我は仏にならずとも衆生(しゅじょう)を渡す僧の身たらん  
と、古人もいっておりますが、たとい、自分は仏にならずとも、せめて一切の人々を、のこらず彼岸(さとり)の世界へ渡したいというのが、大乗菩薩の理想です。だから極楽に生まれ、浄土へ行っても、自分独りが蓮華(はす)の台(うてな)に安座(あんざ)して、迦陵頻伽(かりょうびんが)の妙(たえ)なる声をききつつ、百|味(み)の飲食(おんじき)に舌鼓を打って遊んでいるのでは決してありません。菊池寛氏の『極楽』という小説の中にこんな話があります。あるお婆(ばあ)さんが、望み通りに極楽へ往生した。はじめのうちこそ、悦(よろこ)んでおったものの、しまいには、いささか退屈を感じ出したのです。そして苦しい娑婆(しゃば)(忍土)の方が、かえって恋しくなったというようなことを、巧みな筆で面白く書いていましたが、それはつまり多くの人たちが、顛倒(てんどう)夢想している極楽の観念を、諷刺(ふうし)したものです。真の極楽はそんなものでない事を暗にいったものです。親鸞上人(しんらんしょうにん)は「煩悩(ぼんのう)の林に遊(いで)て神通を現ずる」(遊煩悩林現神通(ゆうぼんのうりんげんじんつう))といっておられます。「煩悩の林」とは、苦しみに満ちているこの迷いの世界です。で、つまり極楽へ往生して仏になることは、呑気(のんき)に気楽に浄土で暮らすことではない、再び娑婆へ還(かえ)る事です。しかもこの往還の二種の回向(えこう)を離れては、少なくとも他力教はないのです。いや、単に浄土教のみではありません。一切の仏教は、ことごとくこの往相(おうそう)と還相(げんそう)との二つの世界を離れてはないのです。因より果に至る(従[#レ]因至[#レ]果)向上門と、果より因に向かう(従[#レ]果向[#レ]因)向下門(こうげもん)、そこに仏教の世界があるのです。「因」とは迷える凡夫です。「果」とは悟れる仏陀(ほとけ)です。迷いより悟りへ、悟りより迷いへ、凡夫より仏陀へ、仏陀より凡夫への道こそ、仏教の道です。菩薩の道です。しかも登る道こそ下る道です。下る道こそ上る道です。「上山の道は即ちこれ下山の道」です。  
「うき世離れて奥山ずまい」という俗謡があります。あの歌にはたいへん深い宗教的な意味があるかと存じます。「恋も悋気(りんき)も忘れていたが」という、その一句のなかには、迷いの世界と、悟りの世界が示されています。すなわち恋と悋気の世界は、つまり迷いの世界です。あきらめられぬ世界です。だが恋もなく悋気もない世界は、悟りの世界です。スッパリ諦(あきら)めた世界です。もうそこにはうき世の苦しみ、悩みはありませぬ。しかし、果たして自分(おのれ)一人が涼しい顔をして、悟りすましておられましょうか。「鹿(しか)の鳴くこえを聞けば昔が恋しゅうて」とは、決して妻こう鹿のなく声ではありません。恋に泣き、悋気に悩むその声です。社会苦に泣き、人間苦に悩むその切ない叫びです。「衆生(しゅじょう)疾(や)むが故に、われ亦(また)疾む」という菩薩は、とうてい大衆のやるせない叫びに、耳を傾けずにはおられないのです。「他人は他人、俺(おれ)は俺だ」などといって、すましてはおられないのです。「大悲|駭(おどろ)いて火宅の門に入る」で、もうジッとしてはおられないのです。「逢(あ)いたさ見たさに来たわいな」というのはそれです。だが、それは決して久米の仙人(せんにん)が、神通力を失って、下界へ墜落した、というようなものではないのです。それは転落ではなくて、随順です。墜落ではなくて、やむにやまれぬ菩薩の大悲です。「照れば降れ降れば照れとの叫びかな」で、私ども人間は勝手なものです。照ればもう降ってくれればよい。降れば、もうやんでくれればよい。実に気儘(きまま)な存在(もの)です。その頑是(がんぜ)ない駄々(だだ)っ子のような私どもを、ながい目で見守りつつ、いつも救いの手をさしのべるのが菩薩です。げに菩薩とは、自分(おのれ)の生きてゆくことが、そのまま他人の生きてゆく光ともなり、力ともなり、塩ともなりうる人です。  
無所得の所得  
要するにこの一段は私どもにして、一度、菩薩の般若の智慧を体得するならば、何人も心になんのわだかまりもなく、さわりもない、かくてこそわれらははじめて、一切の迷いや妄想(もうぞう)をうち破って、ほんとうの涅槃(さとり)の境地に達することができる。しかもそれが「無所得の大所得」だ、ということを教えたものであります。 
第十講 般若は仏陀(ほとけ)の母  

 

三世ノ諸仏モ。  
依ルガ二般若波羅蜜多ニ一故ニ。  
得タモウ二阿耨多羅三藐三菩提ヲ一。  
災難をよける法  
たしか越後の良寛さんだったと思います。ある人から「災難をまぬがれる妙法|如何(いかん)?」ということを尋ねられたときです。そのとき、彼は、  
「病気になった時には、病気になった方がよろしく、死ぬ時には、死んだ方がよろしく候。これ災難を免れる、妙法にて候」  
と、答えたということですが、たしかに良寛さんのいうごとく、災難を免れる唯一の妙法は、災難を怖(おそ)れて、それをいたずらに回避することではなく、あくまでその災難にぶつかって、これにうち克ってゆくことです。病気に罹(かか)った時などでも、むやみに早く全快したいとあせらずに、病気を善智識とうけとり、六尺の病床を人生修行の道場と考え、病気と和解し、病気に安住してしまうことです。あのゲーテの『ファウスト』におけるメフィストの、「苦しめることによりて、かえって我れを助け、幸福にする天使となった」というがごとく、病気をいたずらに自分を苦しめる悪魔と考えずに、天使と思って、病気と一つになることです。つまり、病気の三昧(さんまい)に入ることです。そうすればかえって病気は癒(なお)るのです。いや快くならないまでも、病気に安住することができるのです。「病気になった方がよろしく候」というのは、たしかにそれです。病気という災難を逃(のが)れる妙法は、まさしく病気になりきってしまうことです。病に負けぬことです。私の友人に荒谷実乗という人がいます。たいへん豪胆な、意志の鞏固(きょうこ)な男ですが、彼がかつて軍隊にいた時、何かのはずみで、脚部(あし)を負傷したのです。どうしても手術をしなくてはならぬようになって、いよいよ入院して手術室に入りました時、彼は軍医に、麻酔剤の必要はないといって、敢然と手術台に上ったのです。そして非常な苦痛を堪え忍んで、とうとう完全に手術をしてもらったというのです。当時のありさまを彼は私にこういっていました。「自分はどれだけ苦痛に堪え得るものか、それを試(ため)してみたかったのだ」  
なるほど、こうなれば人間も大丈夫です。自分で自分を試してみる、苦痛と戦う自分を客観視するだけのゆとりができれば、もうしめたものです。諺(ことわざ)にも「病は気から」というくらいです。病気に負けてはなりません。病気に勝つことが必要です。いや、勝つか、負けるかを越えて、それにしっかり安住することです。しかしそれは結局、私たちの気持です。心もちです。  
今日の問題は戦うこと  
「今日の問題は何か、戦うことなり。明日の問題は何か。勝つことなり。あらゆる日の問題は何か。死すことなり」  
と、ヴィクトル・ユーゴーは、あの有名なる『レ・ミゼラブル』の巻頭に書いております。まことに今日の問題は戦うことです。あらゆる災難と戦うことです。清き正しい心をもって飽くなき肉慾(にくよく)と戦うことです。少なくとも「今日の問題」は、所詮(しょせん)、霊と肉との争闘(あらそい)です。しかして、明日の課題は、霊によって肉を征服することです。悟りの智慧によって、迷いの煩悩(ぼんのう)をうち破ることです。だが、あらゆる日の問題は、死ぬことだという、この厳粛なることばを、私どもはよく考えねばなりません。死を覚悟してやる、死を賭(と)して戦う、これくらい世の中に強いものはありません。死を覚悟していない、つまり魂をうちこんでいない仕事は、結局、真剣ではないわけです。死を賭して戦わざるものは、いつも敗者の惨(みじ)めさを味わうものです。「あらゆる日の問題は死ぬことなり」という言葉ほど、厳粛な真剣なことはありません。良寛|和尚(おしょう)が、「死ぬ時には、死んだ方がよろしく候」といったのは、まさしくこの境地です。何事も一生たった一度という「一|期(ご)一|会(え)」の体験(さとり)に生きている、あの菩薩の生活態度は、まさしくこの間の消息を、雄弁に物語っておると思います。  
三合の病いに八石五斗の物思い  
あの名高い白隠禅師の語録の中に、こんな味わうべき言葉が示されています。病と闘いつつ、ついに病を征服した人のことばだけに、なかなか意味ふかいものがあります。  
「世に智慧ある人の病中ほど、あさましく、物苦しいことはなきことなるぞや。来し方、行く末のことなども際限なく思い続け、看病人の好悪などをとがめ、旧識同伴の間闊(とおどおしき)を恨み、生前には名聞(みょうもん)の遂げざるを愁(うれ)え、死後は長夜(ちょうや)の苦患(くげん)を恐れ、目を塞(ふさ)ぎて打臥(うちふ)し居たるは、殊勝(しゅしょう)に物静かなれども、胸中騒がしく、心上苦しく、三合の病いに、八石五斗の物思いあるべし」  
と、いかにもその通りで、なまじい学問をした、智慧のある人ほど、よけいに病気を苦にする傾きがあって、容易に病気に安住することはできないのです。どうせこわれものの身体です。おそかれ早かれ、一度は死なねばならぬ、という覚悟ができていそうなものですが、それが実際はできていないのです。いつまでも健康がつづくように思い、いつまでも生きていられるもののように考えているから、いざ病気にでもなると、いらざるよけいな心配までするのです。心配ならよいが心痛するのです。  
   死ぬことを忘れていてもみんな死に  
ですから、死への諦観(あきらめ)は、当然できておらねばならぬわけです。因縁ということくらい、十分に考えておらねばならぬわけです。ところが、事実は全くこれと正反対です。なまじっか学問がある人よりも、かえって学問のない人の方が、あきらめが早いのです。死の覚悟がチャンとついているのです。三合の病いに八石五斗の物思いがなくてすむのです。もちろん、それは決して学問そのものの罪ではありません。学問する人の罪です。  
肚でさとれ  
ただ頭で学ぶだけで、肚(はら)で覚(さと)らないからです。学者であって、覚者でないからです。とかく学者は学んだ智慧に囚われやすいのです。いわゆる智慧負けする人が、学者の中には多いのです。しかし「覚者」は智慧に使われず、かえってその智慧を使います。智慧を材料として、それを自由に用いる人が覚者です。私どもは、少なくとも智慧に使われる人であってはなりません。智慧を使う人でなければならぬのです。智慧を人格の素材として、自由にこれを行使してこそ、学問する価値があるのです。学問中毒に罹っている今日の時代においては、この点よほどお互いに考えねばならぬと存じます。  
たいへん前置きが長くなりましたが、これからお話しするところは、  
「三世の諸仏も、般若波羅蜜多(はんにゃはらみた)に依るが故に、阿耨多羅(あのくたら)三|藐(みゃく)三|菩提(ぼだい)を得たもう」  
という一節であります。さて、三世の諸仏ということですが、いったい仏教では三世というのは、いうまでもなく過去、現在、未来を指していったものですが、要するに、三世とは「無限の時間」ということなのです。ところで、この三世といつも並べて使用せられることばは、十方ということです。十方とは、東西南北の四方に、東南とか、東北などという四|隅(すみ)、それに上と下とを加えて、十方というのです。つまり「無限の空間」ということです。ひところ、よく世間で「八|紘(こう)一宇」「世界一家」(世界じゅうの人たちが一家族のごとく相|倚(よ)り相|扶(たす)けてゆくこと)という言葉が用いられましたが、八紘というのは四方八方です。世界、宇宙という事です。十方と同じ意味で、無限の空間、涯(はて)しない世界ということです。要するに三世十方とは、「無限の時間」と「無限の空間」ということです。元来仏教は、キリスト教のごとく、神は一つだという一神論に立っている宗教ではなくて、無量無数の仏陀(ぶっだ)の存在を主張する、汎神(はんしん)論に立脚しているのです。したがって仏教ではこの無限の時間、無限の空間に亙(わた)って、いつ、いかなる場所にでも、数限りない無量の仏がいられるというのですから、衆生(しゅじょう)の数が無限だとすると、仏の数もまた無限です。  
衆生のある所必ず仏はいます、というのですから、衆生の数と、仏の数とはイクォールだといわねばなりません。すなわち「すでになった仏」「現になりつつある仏」「いまだ成らざる仏」というわけで、その数は全く無量です。いったい日本において、古来神というのは、神はカミの義で、人の上にあるものが「神」です。すなわち人格のりっぱな人、勝(すぐ)れて尊い人が神さまであるわけです。またそのほか、ひとは万物の霊長で「日の友」だとか、人は地上において唯一の尊いものだから「ひとつ」の略であるとか、いろいろな解釈もありますが、古来男子をことごとく彦(ひこ)といいます。ひことは日の子供です。これに対して、女子は姫といいます。ひめとは日の女です。だから、人は男女いずれも神になり得る資格があるのです。すなわち神の子であるわけです。賢愚、善悪、美醜を問わず、いずれも神の子であるという自覚をもって敬愛することが大事です。ただし自分が神の子であること、神になるりっぱな資格があることを、互いに反省し、自覚しなければ何もなりません。  
仏陀は自覚した人  
仏教の教えも、ちょうど、それと同じです。一切の衆生(ひとびと)には、仏となる素質がある。(一切衆生悉有[#二]仏性[#一])いや「衆生本来仏なり」で、素質があるのみならず、皆仏であるのです。ただ仏であることを自覚しないがために、凡夫の生活をやっているわけです。浄土他力の教えでいえば、皆ことごとく阿弥陀(あみだ)さまによって救済されているのだ。お互いは一向行悪の凡夫だけれども、お念仏を唱えて、仏力を信じさえすれば、いや、信じさせていただけば、この世は菩薩(ぼさつ)の位、往生すればすぐに仏になるのだ、というのですから、その説明の方法においてこそ、多少異なっている点もありますが、いずれも、大乗仏教であるかぎり、その根本は一つだといわねばなりません。  
子をもって知る世界  
「世を救う三世(みよ)の仏の心にもにたるは親のこころなりけり」とて、古人は仏の心を、親の心にくらべて説いております。まことに「子をもって知る親の恩」で、子供の親になってみると、しみじみ親の心が理解されます。だが、子に対する親の限りない愛情は、独(ひと)り人間にのみ局(かぎ)っていないのです。あのツルゲネーフの書いた「勇敢なる小雀(こすずめ)」という短篇があります。そのなかにこんな涙ぐましい話が書いてあります。  
勇敢なる雀  
ツルゲネーフが、猟からの帰り途(みち)を歩いていると、突然、つれていた猟犬が、何を見つけたか、一目散に駈(か)け出して、森の中へ入って行きました。まるで犬は獲物を嗅(か)ぎつけた時のように、蹲(うずく)まりながら足を留めて、いかにも要慎(ようじん)深く、忍んで進みました。ツルゲネーフは、不思議に思って、急いで近寄ってみると、道の上には、まだ嘴(くちばし)の黄色い、かわいい雀の子が、バタバタと小さい羽根を、羽ばたいているのです。おそらく、枝から風にゆられて、落ちてきたのでしょう。これを見つけた犬は、今にもその子雀を喞(くわ)えようとします。すると、にわかにどこからともなく親雀が飛んで来て、まるで小石でも投げるように、犬の口先きへ落ちてきたのです。この勢いに、さすがの犬もおどろいて、後へ退くと、雀はまた元のように飛び去りました。しかし、犬がまた喞えようとすると、再びまた飛びかかってくるのです。こうして母の雀は、幾度も幾度も必死になって、子雀をかばいましたが、しまいには、かわいそうに、もう飛び上る勇気もなくなって、とうとう恐ろしさと、驚きのために、子雀の上に折り重なって、死んでいったというのです。  
子雀に忍びよった、恐ろしい怪物を見つけた瞬間、親の雀は、すでに自分の命を忘れてしまったのです。そうして必死の覚悟をもって、勇敢にも怪物に抵抗して戦ったのです。しかも、なお死んでからも、子雀をとられまいとして、親の雀は、その子雀の上に、倒れたのです。生まれて間もなく実母に死に別れた私は、この物語を読んだ時には自然、涙がにじみ出ました。いまもこうして話していても胸がせまってくるのです。  
親への思慕は単なるセンチメント  
まことに「井戸のぞく子にありだけの母の声」です。親の愛は絶対です。今日の若い連中からは、あるいは頭の古いセンチメントだなんて笑われましょうが、親の情はほんとうにありがたいものです。その親の恩のわからぬ連中は人間の屑(くず)です。「親の恩歯がぬけてから噛みしめる」で、若い時分にはそれがハッキリわかりません。でも、だんだん齢(とし)をとり、自分が人の子の親になってみれば、誰(だれ)もそれがほんとうにわかってくるのです。科学的立場からいえば、親の流す涙も、恋人の流す涙も涙に変わりはないでしょう。分析すれば、水分と塩分とに還元せられるでしょう。しかし、涙には、甘い涙も、ありがたい涙もあるのです。悲しい涙もあれば嬉(うれ)しい涙もあるのです。それゆえ、私どもは、人生のことを、何もかも、すべて科学的な分析によって見てゆこうとすることは、無理だということを知らねばなりません。  
さて本文の、  
「三世の諸仏も、般若波羅蜜多(はんにゃはらみた)に依るが故に」  
ということは、つまり般若は仏の母(仏母(ぶつも))だ、といわれるように、諸仏を産み出す母胎が般若ですから、般若の智慧がなければ、仏とはいえないわけです。般若あっての仏なのです。『心経』の最初に「観自在菩薩(かんじざいぼさつ)、深(じん)般若波羅蜜多を行(ぎょう)ずる時、五|蘊(うん)は皆|空(くう)なりと照見して、一切の苦厄(くやく)を度したもう」といってありますが、慈悲の権化(ごんげ)である菩薩、仏の化身(けしん)である観音さまも、般若の智慧を、親しく磨(みが)いて、一切は空なりということを、体得せられたればこそ、衆生(ひとびと)のあらゆる苦悩(なやみ)を救うことができるのです。しかし、般若を智慧と解釈しておりますが、たびたび申し上げるように、その智慧は、そのまま慈悲なのです。般若の智慧は、一度他に向かう時、それはすぐに慈悲となって表われるのです。次に、  
「阿耨多羅(あのくたら)三|藐(みゃく)三|菩提(ぼだい)を得たもう」  
ということですが、この語は、梵語(サンスクリット)の音をそのままに写したもので、原語でいえば「アヌッタラ、サミャク、サンボーディン」というのであります。すなわち阿耨多羅(アヌッタラ)とは無上という意味で、これ以上のものはないということです。次に三藐(サミャク)ということは、偽りない、正しいという意味です。それから三菩提(サンボーディン)ということは、すべての智慧が集まっておるという意味で、(あまね)く知る、またはひとしく覚(さと)る、という意味で、「智(へんち)」もしくは「等覚」というふうに訳されています。菩提はすなわち、覚証(さとり)の世界です。で、つまり「阿耨多羅(あのくたら)三|藐(みゃく)三|菩提(ぼだい)」とは、訳していえば「無上正知(むじょうしょうへんち)」または「無上正等覚(むじょうしょうとうがく)」というべきであります。換言すれは、「この上もない真実なさとり」という意味が、阿耨多羅三藐三菩提ということです。あの比叡山(ひえいざん)をお開きになった伝教(でんぎょう)大師は、  
   あのくたらさんみゃく(さみゃく)さんぼだい(さんぼじ)の仏たち  
   わが立つ杣(そま)に冥加(みょうが)あらせたまえ  
と詠んでいられますが、「あのくたらさんみゃくさんぼだいの仏たち」というのは、ただ今申し上げましたように、無上正等覚を得たまえる仏たちよ、すなわち、ほんとうの悟りを得たまえるみ仏たちよ、という意味です。  
いつか、ある所へ講演に参りました時、私はある人から、  
「いったい、仏さまには、楽しみばかりで、苦しみは少しもないものでしょうか」  
と問われたことがあります。その時、私はこう答えました。  
「仏さまだとて、苦しみもあり、また楽しみもありましょう」  
といったところ、その人はいかにもけげんな顔をして、  
「いったん仏様となれば、楽しみばかりで、苦しみはないと思っていましたが」  
といわれたのです。そこで私は次のように答えました。  
大悲の疾い  
あの名高い『維摩経(ゆいまぎょう)』というお経には、「衆生の疾(やま)いは煩悩(ぼんのう)より発(おこ)り、菩薩の疾いは大悲より発(おこ)る」という言葉がありますが、いったい私ども人間には身体の疾いもあれば、こころの疾いもあります。身病と心病です。ところで、身体の病に、外科と内科があるように、心の病にもまた外科もあり、内科もありましょう。  
   身から出た錆(さび)で衣が赤くなり  
というのは外科的な病気です。しかし、内面的な心の病気は、まだそこまでゆかないのです。まだお巡(まわ)りさんや、刑務所のごやっかいにならずともよいのです。宗教家や教育家の力でどうともする事ができるのです。  
身の病と心の病  
いったい人間というものは、たいへん身勝手なもので、身体の病気はたいへん気にいたしますが、心の病気はあまり気にしないのです。たしか『孟子(もうし)』だったと思いますが、こんなことが出ています。  
「自分の指が、五本のうちで、一本でも曲がって自由が利(き)かないと、誰でもすぐに千里の道を遠しとせずして、治療に出かける。しかし、かりに心が曲がっていても、いっこうそれを治療しようとしない」  
たしかにそれは至言だと存じます。他人に注意する場合でも、「顔に墨がついていますよ」といえば、ありがとうとお礼をいわれます。「羽織の襟(えり)が」といって、ちょっと知らしてあげても、「ご親切に」と感謝されます。しかし、もしも、「あなたの心が曲がっている」とか、「心に墨がついていますよ」などと注意しようものなら、「よけいなお世話だ」ナンテかえって恨まれます。なんでもない顔の垢(あか)や、着物の襟などを注意すると喜ぶくせに、肝腎(かんじん)の心の病気を注意すると怒(おこ)られるとは、全く人間というものは、ほんとうに変な存在(もの)です。ところで、身体の病気を治療するには、外科、内科のいずれを問わず、医者が必要のように、精神(こころ)の病気を療(いや)すにも、やはり医者(せんせい)を要します。いずれも「先生」という医者が必要です。教育家と宗教家と、それがその先生です。それから、身の病を治療するには、むろん、その先生の技術も大事ですが、その根本のよりどころとなるものは、医学の書物です。すなわち古今のドクトルが、生命(いのち)を的に研究し調査した、その報告書(アルバイト)を、道案内として、病気の診察、医薬(くすり)の調合をするのです。ちょうどそれと同様に、教育や宗教の先生は、古今の聖賢が、身体で書かれた聖典を、十分に心でよみ、身で読んで「人格」を磨き、その磨いた人格によって、他人の心の病を治療するのです。しかしこの場合です。「あんな藪(やぶ)医者では」ナンテ、頭から医者を信用しなければ、どれだけ名医(せんせい)が親切に治療してくれてもだめです。「こんな薬が利くものか」と疑っていては、どんな名薬でもなんの効果(ききめ)もないわけです。医者を信じ、薬の効能を信じてこそ、はじめてききめがあるのです。心病の治療を志すものもそれと同様です。まず信ずること、すなわち信仰が第一であるわけですが、しかし病人にだけ信仰を強(し)いて、肝腎の医者その人に信仰がなくてはだめです。自分(おのれ)に信仰がなくて、人にのみ信仰をすすめても、それは無理な話です。だから、たとい身の病を癒す先生でも、単に医学を学んだだけでは、まだほんとうの医者といえません。大学を出たての医学士なんか、恐ろしくて診(み)てもらう気がしません。医学を学び、そして、その医学を行ずる医者、すなわち、医術を体得した医者こそ、はじめてたよりになるのです。臨床家でない医学博士は、医者にして医者にあらずです。実際を知らないから飛んでもない誤診をやったり、治療の仕ぞこないをしでかすのです。しかし、ほんとうのことをいえば、医術だけの医者は、まだ真の医者とはいえません。医術の大家は、必ず医道の体験者でなければなりません。医師の大家を国手というのは、おそらくこの医道の体得者を意味するのでしょう。少なくとも天下の医師は、国手をもって自ら任じてほしいものです。古来「医は仁術」というのがそれです。医術の極意は、結局、仁です。慈悲です。宗教的愛です。見の眼では、ほんとうに病気が診察できないように、天下の医者たるものは、すべからく観の眼、心の目を養わねばなりません。そして医学より医術へ、さらに、医術より医道へのコースを辿(たど)ってほしいと思います。金|儲(もう)けのために医術をやることも、あえて反対するものではありませんが、せめて世を救い、人を救うために、進んで医道をも学んでもらいたいものです。単に生活(くらし)のための開業ではなくて、医道を歩むことを、そのまま自分の生活のモットーにしてほしいものです。古来、仏陀(ほとけ)のことを「医王」と申しておりますが、「満天下の医師(せんせい)たちよ。すみやかに医王(ほとけ)となれ!」と、私は叫びたい衝動に駆られています。  
心の病気の治療法  
さて病気をなおすには、医者と薬と養生の三つが、大切だといわれていますが、心の病気を治療するにも、やはりこの三つが必要です。医者とはりっぱな人格者です。教育家や宗教家は、ぜひとも、この「人格(ひとがら)」を、目的(めあて)とせねばなりません。次に薬とは信仰です。養生とは修養です。「病は気から」ともいうように、私どもは健康(たっしゃ)な精神(こころ)によって、身体の病気を克服してゆかねばなりません。だから、医者と薬と養生の三つのなかで、いちばん必要なものは養生です。養生といえば、この養生と関聯(かんれん)して想(おも)い起こすことは、あの化粧ということです。化粧とは「化ける粧(よそお)い」ですが、婦人の方なんか、化粧せぬ前と後とでは、スッカリ見違えるように変わります。お婆(ばあ)さんになってもそうですが、若い娘さんなんか特に目立ちます。しかしおなじ紅白粉(べにおしろい)をつかっても、上手(じょうず)と下手(へた)とでは、たいへん違います。あまり濃く紅をつけたり、顔一面に厚く白粉を塗ったがために、せっかくの素地(きじ)がかくれて、まるでお化けのように見えることがあります。自分の肌(はだ)の素地や、色艶(いろつや)を省みずに、化粧してはキット失敗すると思います。しかし私はなにも美容の先生ではありませんから、専門のことはわかりませんが、素人(しろうと)目にもわかるのは、「厚化粧の悲哀」です。「妾(わたし)は化粧しておりますよ、みてください」とばかりに塗っているのは、おそらく化粧の上手とはいえないでしょう。化粧しているのやら、していないのやら、ちょっとわからないのが、いわゆる「化粧の秘訣(ひけつ)」かと存じます。もちろんこうしたことは、それこそ「よけいなお世話」で、男子の私よりも婦人の方が、くわしいことですが、しかし「他山の石、もってわが玉を磨(みが)くべし」だと思います。  
こころの化粧  
ところで、ここでぜひとも申し上げておきたいことは、こころの化粧です。顔や肌の化粧ではなくて、心のなかの化粧であります。むずかしくいえば、精神の修養です。心の養生です。すでに申し上げた、あの心の掃除(そうじ)です。いったい化粧の目的は、顔を美しく綺麗(きれい)に見せるためではなくて、顔や肌の手入れです。掃除です。化ける粧いではなくて、清潔にさっぱりと綺麗に掃除しておくことです。だから、化粧の必要は、婦人でも男子でも同様です。爪(つめ)や頭髪に汚(きたな)い垢(あか)を溜(た)めておいて、何が化粧でしょう? 紅、白粉や、香水などは、ほんのつけたりでよいのです。必ずしもその必要はないのです、にもかかわらず、今日ではそれをいかにも化粧の第一条件にしております。主客|顛倒(てんとう)もはなはだしいといわざるを得ないのです。しかしそれならばまだしも、身の化粧だけはキチンとしておきながら、いっこう、心の化粧をしない人が多いようです。いや、全然問題にしていない人が少なくないのです。昭憲皇太后さまの御歌に、  
   髪かたちつくろうたびにまず思えおのが心のすがたいかにと  
というのがあります。鏡に向かって化粧する。その時、顔や容姿(かたち)の化粧(たしなみ)をするたびに、必ず心の化粧もしてほしいのです。真の化粧とは、心の化粧です。顔や肌の素地(きじ)は天性(うまれつき)だから、どんなに磨いたところで、しれていますが、しかし心の化粧は、すればするほど美しくなるのです。老若男女を選ばず、磨けばみがくほど、いよいよその光沢(つや)が出てきます。「金剛石(こんごうせき)も磨かずば」で、実をいうと私どもは互いにその金剛石(ダイヤモンド)を一つずつ所有しているのです。しかし肝腎の私たちはそれを知らないでいるのです。だから化粧はおろか、その存在すら忘れているのですから、光るに光れないわけで、まことにもったいないわけです。  
心は鏡  
その昔、支那(しな)に神秀(じんしゅう)という有名な坊さんがありました。彼は禅のさとりについて、こういっています。  
「身は是れ菩提樹(ぼだいじゅ)、心は明鏡台(めいけいだい)の如し。時々に勤めて払拭(ほっしき)せよ。塵埃(じんあい)を惹(ひ)かしむること勿(なか)れ」  
私どもの身体は、ちょうど、一本の菩提(さとり)の樹(き)だ。心は清く澄んだ鏡である。しかし塵埃(あか)が溜(たま)るから、始終いつもそれを綺麗に掃除しておかねばならない、ということばは、たいへん意味ふかいものです。かの愚者といわれた周利槃特が、「塵を払え、垢を除け」という詞(ことば)を、単に外面的に皮相的に考えずして、内面的にもっと深く思索して、ついにさとりを開いたように、私どもは「化粧と修養」のほんとうの意味を、内面的に思索し、生活によって把握(はあく)する必要があると存じます。  
話はつい横道へそれましたが、かの「菩薩(ぼさつ)の疾(やま)いは大悲より発(おこ)る」という『維摩経(ゆいまぎょう)』の文句は、非常に考えさせられることばだと思います。どなたかの歌に、  
   立ちならぶ仏の像(すがた)いま見ればみな苦しみに耐えしみすがた  
というのがあります。ほんとうに味わうべき歌です。一切の衆生(ひとびと)の苦しみを救いたいという抜苦のこころ、一切の衆生にほんとうの楽しみを与えたい、という与楽の気持、そうした慈悲の心の上に、仏や菩薩の絶えざる悩みはあるのです。だが、その悩みこそ、自分(おのれ)の身の病でもなければ、また自分一個の心の病でもありません。みんなそれは他人のための病です。苦しみです。つまり世のため、人のための悩みであり、愁(うれ)いであります。  
わが子の病気  
自分の子供が病気に罹(かか)る。親の心は心配です。わが身の病気よりも、いっそう心がいたみます。子供の病気は、そのまま親の病気です。それと同時に、子供の全快はそのまま親の全快です。親と子とは、悲しみを通じて、欣(よろこ)びを通して、少なくとも二にして一です。子をもって欣ぶのも親心なれば、また子をもって悲しむのも親心です。  
   もたずしてあらまほしきは子なりけりもたまほしきもまた子なりけり  
と詩人はいってくれています。かわいい子供の笑顔をジッと見ていると、ようまあ子供をもったものだと思います。だがしかし、罪のない悪戯(いたずら)ならまだしも、突然、病気にでも罹って苦しむわが子のすがたをみると、ああ、子供なんかない方がよかった、などという愚痴も出ます。もたない人はもちたがり、もつ人はまた子供で苦労する。まことに「人間に子のあることの寒さかな」で、とかく人間は勝手なことを考えるものです。  
仏のなやみは利他的悩み  
おもうに少なくとも、さとれる仏陀(ほとけ)となれば、もちろん自分のための利己的な悩みはないでしょう。しかし、わが身のための苦しみはなくとも、世のための悩み、他人のための苦しみはキッとあるのです。といって、その悩み、その苦しみは、決して私どもの考えているような、苦しみでもなく、また悩みでもありません。その苦しみこそ楽しみです。その悩みこそ悦(よろこ)びです。  
「世に恋の苦しみほど、苦しいものはない。だが、その苦しみほど、楽しいものはない」  
と、ゲーテもいっています。譬喩(たとえ)としては、はなはだ不似合いなたとえでしょうが、私どもは、そこに迷情を通じて、かえって、仏心の真実を味わうことができるのです。  
般若の智慧を磨け  
要するに、この『心経』の一節は、三世の諸仏も、皆この般若の智慧によって、まさしく、ほんとうの正覚(さとり)を得られたのである。だから私どももまた般若の智慧を磨くことによって、みな共に仏道を感じ、真の菩提(さとり)の世界へ行かねばうそだ、ということをいったものであります。 
第十一講 真実にして虚(むなし)からず  

 

故ニ知ル般若波羅蜜多ハ。  
是レ大神呪ナリ。  
是レ大明呪ナリ。  
是レ無上呪ナリ。  
是レ無等等呪ナリ。  
能ク除ク二一切ノ苦ヲ一。  
真実ニシテ不レ虚カラ。  
空間の一生  
あの『青い鳥』という名高い本を書きましたメーテルリンクは、『空間の一生』という短篇のなかで、こんなことをいっております。  
「人間の一生は、つまり一巻の書物だ。毎日私どもは、その書物の一ページを必ず書いておる。あるものは、喜びの笑いで書き、あるものは、また悲しみの涙で書いている。とにかく、人間はどんな人でも、何かわからぬが、毎日、一ページずつ書いているんだ。しかし、その日その日の、一ページずつが集まって、結局、貴(とうと)い人生の書物になるんだ。ただし、その書物の最後の奥付は墓石だ」  
というような事を書いております。私どもは人生を橋渡りに喩(たと)えた、アジソンの『ミルザの幻影』と思い較(くら)べて、この人生の譬喩(たとえ)を非常に意味ふかく感じます。  
人生の書物に再版はない  
人生は一巻の書物! たしかにそれはほんとうでしょう。私どもがお互いにペンや筆で書いた書物には、「再版」ということがあります。しかし人生の書物には、決して再版ということはありませぬ。有名な戯曲家チェホフもいっています。「人生が二度とくりかえされるものなら、一度は手習い、一度は清書」といっていますが、習字のお稽古(けいこ)だったら、それも可能でしょう。だが、人生は手習いと清書とをわけてやることはできません。手習いがそのまま清書であり、清書がそのまま手習いです。したがってほんとうの書物ではミスプリントがあれば、すなわち誤植があれば、ここが間違っていた、あすこが違っていたというので、後から「正誤表」をつけたり、訂正したりすることができますが、「人生の書物」は、それができないのです。誤植は誤植のまま、誤りはあやまりのままで、永遠に残されてゆくのです。後になって、ああもしておけばよかった、こうもしておけばよかったと後悔しても、すべては皆後の祭りです。ロングフェローが、  
「いたずらに過去を悔やむこと勿(なか)れ。甘き未来に望みをかけるな。生きよ、励めよ、この現在に」  
といっているのは、たしかにそれです。かの蓮如上人(れんにょしょうにん)が、  
「仏法には、明日と申すこと、あるまじく候。仏法のことは急げ急げ」  
といっているのは、たしかに面白い語(ことば)です。しかし「明日と申すことあるまじく候」というのは、なにも独り仏法にのみ限ったことではないのです。でき得べくんば、私どもが人生の書物を書く場合にも、この心持で、なるべく誤植のないように、後から訂正をしなくてもすむように、書いてゆきたいものです。少なくとも「汗」と「膏(あぶら)」の労働によって、勤労によって、一ページずつを、毎日元気に、朗らかな気持で、書いてゆきたいものです。まことに人生のほんとうの喜び楽しみは、断じて、あくことなき所有慾や物質慾によって充(み)たされるものではありません。人生創造の愉快な進軍ラッパは、放縦(ほうじゅう)なる享楽の生活に打ち勝って、地味な、真面目(まじめ)な「勤労」に従事することによってのみ、高く、そして勇ましく、吹き鳴らされるのではありませんか。  
おもうに、人生を「橋渡り」に、あるいは「一巻の書物」に譬(たと)えることも、きわめて巧みな譬喩(ひゆ)ではありますが、結局、なんといっても私ども人間の一生は旅行です。生まれ落ちてから、死ぬまでの一生は、一つの旅路です。しかし、その旅は、「名物をくうが無筆の道中記」でよいものでしょうか。私どもは二度とないこの尊い人生を、物見遊山の旅路と心得て、果たしてそれでよいものでしょうか。私どもの人生は、断じて「盥(たらい)よりたらいに移る五十年」であってはなりません。  
東海道中膝栗毛のこと  
十遍舎一九の書いた『東海道中膝栗毛(ひざくりげ)』という書物をご存じでしょう。弥次郎兵衛(やじろべえ)、喜多八の旅行ものがたりです。旅の恥はかきすて、浮世は三分五厘と、人生を茶化して渡る、彼らの馬鹿気(ナンセンス)な行動を読んだ時、全く私どもはふき出さずにはおられません。彼らは、お江戸日本橋をふり出してから、京の都へ落ちつくまで、東海道の五十三|次(つぎ)、どの宿でも、どこの宿場でも、ほんとうに失敗(しくじり)のし通しです。人を馬鹿にしたようなあの茶目ぶり、読んで面白いには相違ありませんが、しかしなんだか嬲(なぶ)られているようで、寂しい感じも起こるのです。「とかく浮世は色と慾」といったような人生観が、あまりにも露骨に描かれているので、人間の浅ましさが、まざまざ感じられて、厭(いや)な気にもなるのです。道中膝栗毛だからまだよいが、これがもしも私どもの人生の旅路だとしたなら、果たしてどんなものでしょうか。どうせ長くない命だ。勝手に、したい放題なことをして、世を渡るという、そんな不真面目な人生観は、極力排撃せねばならぬのです。いったい私どもの人生は誰でもみんな、ある一つの「使命」を帯びている旅なのです。ひょっこりこの世に生まれ出て、ボンヤリ人生を暮らしてゆくべきではないのです。しかし、世の中には人間の一生道中を、用事を帯びているとも知らず、ただうかうかと暮らしてゆくものが、案外に多いのです。果たしてそれでよいものでしょうか。「うかうかと暮らすようでも瓢箪(ひょうたん)の、胸のあたりにしめくくりあり」とも申しています。私には私だけの用事があるのです。人間多しといえども、私以外にいま一人の私はいないのです。私は私より偉くもないが、また私よりつまらぬ人間でもないのです。  
所詮、私は私です。私の用事は、この私が自分でやらねばなりません。私以外に、誰がこの私の仕事をやってくれるものがありましょう? だから、私どもは、なにも他人の仕事を羨(うらや)む必要はないのです。他人は他人です。私は私の本分(つとめ)を尽くすうちに、満足を見出してゆくべきです。したがって、私たちは、決して自分(おのれ)の使命を他人に誇るべきではありません。靴屋(くつや)が靴を作り、桶屋(おけや)が桶を作るように、黙って自分の仕事を、忠実にやってゆけばよいのです。だが、私どもの人生の旅路は、坦々(たんたん)たるアスファルトの鋪道ではありません。山あり、川あり、谷あり、沼ありです。  
   越えなばと思いし峯に来てみればなおゆくさきは山路なりけり  
です。「人間万事塞翁(さいおう)が馬」です。よいことがあったかと思うと、その蔭(かげ)にはもう不幸が忍び寄っているのです。落胆の沼に陥り、絶望の城に捕虜(とりこ)になったかと思うと、いつの間にやら、また享楽の都を通る旅人になっているのです。いたずらに悲観することも、無駄(むだ)なことですが、楽観することも慎まねばなりません。油断と無理とはいつの時代でも禁物です。  
なんでもない、つまらぬことに悲観して、もう、身のおきどころがないなどと、世をはかなみ、命を捨てることは、ほんとうにもったいない話です。行き詰まって、絶体絶命の時こそ「ちょっと待て!」です。「|立ち止まって視よ(ウエイト・アンド・シイ)」です。すべからく目を翻(ひるがえ)してみることです。思いかえすこと、見直すことです。心を転ずることです。「転心の一句」こそ、行詰まりの打開策です。「裸にて生まれてきたになに不足」の一句によって、安田|宝丹(ほうたん)翁は、更生したといわれています。事業に失敗したあげ句の果て、もう死のうとまで決心した彼は、この一句によって復活しました。そしてとうとう後の宝丹翁とまでなったと聞いています。「転」の一字こそ、まさしく更生の鍵(かぎ)です。禍を転じて福となす(転禍為福(てんかいふく))といわれているように、私どもはこのたびの敗戦を契機として、ぜひともこの「転」の一字を十分に噛(か)みしめ、味わい、再建日本のための貴い資糧とせねばならぬと存じます。  
ところで人生を旅路と考え、弥次郎兵衛、喜多八の膝栗毛を思い、東海道五十三次の昔の旅を偲(しの)ぶとき、私どもは、ここにあの善財童子の求道譚(くどうものがたり)を思い起こすのです。善財童子は文殊菩薩(もんじゅぼさつ)の指南によって、南方はるかに五十三の善智識を尋ね、ついに法界に証入して、まさしく悟れる仏陀(ほとけ)になったのですが、この物語は、かの『華厳経(けごんきょう)』(第一講をみよ)のほとんど大半を占めている有名な話です。人生の旅路を、菩薩の修業に託して説いてくれた古(いにし)えの聖者の心持が、尊くありがたく感ぜられるのです。おそらく、東海道の宿場を五十三の数に分けたことは、この善財童子の求道譚に、ヒントを得たものと存じます。  
「林を出(いで)て還(かえ)ってまた林中に入る。便(すなわ)ち是れ娑羅仏廟(さらぶつびょう)の東、獅子(しし)吼(ほ)ゆる時|芳草(ほうそう)緑(みどり)、象王|廻(めぐ)る処(ところ)落花|紅(くれない)なりし」  
と仏国禅師(ぶっこくぜんじ)は、善財の求道の旅を讃嘆(さんたん)しておりますが、いうまでもなく、獅子とは、文殊菩薩のこと、象王とは普賢菩薩のことです。文殊と普賢の二人によって、まさしく青年善財は、ついに悟りの世界に到達したのです。私どもはバンヤンの『天路歴程(てんろれきてい)』や、ダンテの『神曲』に比して、優(まさ)るとも決して劣らぬ感銘を、この求道物語からうけるのです。私どもは善財童子のように、人生の旅路を、一歩一歩真面目に、真剣に、後悔のないように歩いてゆきたいものであります。  
さて前置きがたいへん長くなりましたが、これからお話しするところは、  
「故に知る。般若波羅蜜多(はんにゃはらみた)は、是れ大|神呪(じんしゅ)なり。是れ大|明呪(みょうしゅ)なり。是れ無上呪(むじょうしゅ)なり。是れ無等等呪(むとうどうしゅ)なり。能(よ)く一切の苦を除く、真実にして虚(むなし)からず」  
という一節であります。  
不思議な呪  
ところで、ここで問題になるのは「呪」ということです。呪とは口偏に兄という字ですが、普通にこの呪という字は「のろい」とか、「のろう」とかいうふうに読まれています。で、「呪」といえば世間では、「のろってやる」とか「うらんでやる」という、たいへん物騒な場合に用いる語(ことば)のように考えられています。しかしまたこれと同時に、この呪という字は「呪文(じゅもん)を唱える」とか「呪禁(まじない)をする」とかいったように、「まじない」というふうにも解釈されているのです。毎日、新聞の社会記事に目を通しますと、呪禁(まじない)をやって、とんでもない事をしでかす人の多いことに私どもは呆(あき)れるというよりも、むしろ悲しく思うことがあります。怪しげな呪禁(まじない)や祈祷(いのり)をして、助かる病人まで殺してみたり、医者の薬を遠ざけて、ますます病気を悪くしてみたり、盛んに迷信や邪信を鼓吹して、愚夫愚婦を惑わしている、いいかげんな呪術師(まじないし)がありますが、ほんとうにこれは羊頭を掲げて狗肉(くにく)を売るもので、あくまでそれは宗教の名において排撃せねばなりません。世間には「真言秘密の法」などと看板を掲げて、やたらに怪しげな修法(しゅほう)をやっているものもありますが、真言の祈祷はそんな浅薄な迷信を煽(あお)るようなものでは、断じてないのです。それこそ神聖なる真言の教えを冒涜(ぼうとく)する、獅子身中の虫といわざるを得ないのです。しかし、いったいこの「呪(じゅ)」という字は、気のせいか、眼でみるとその恰好(かっこう)からしてあまり感じのよくない字です。世間では「呪」というと、ただちに迷信を聯想(れんそう)するほど、とかく敬遠されている語(ことば)です。けれどもこれが一たび仏教の専門語として、用いられる時には、きわめて深遠な尊い意味をもってくるのです。めんどうなむずかしい学問的な詮索(せんさく)は別として、この「呪」という字は、梵語の曼怛羅(マントラ)という字を翻訳したものです。したがってそれは、真言または陀羅尼(だらに)などという語(ことば)と、同様な意味をもっているのです。いうまでもなく、真言とは、「まことの言葉」です。まことの言葉は、神聖にして、犯すべからざる語です。私たち凡夫(ぼんぷ)の語には、うそいつわりが多いが、仏の言葉には、決してうそいつわりはありません。「世間虚仮(せけんこけ)、唯仏是真(ゆいぶつぜしん)」と聖徳太子は仰せられたといいますが、全くその通りで、凡夫の世界はいつわりの多い世界です。私どもは平生よく「うそも方便だ」ナンテ平気で、うそいつわりをいい、ヒドイのは「うそが、方便だ」と考えている人があります。が、凡夫の言葉は、「真言」ではなくて「虚言」です。この虚言すなわちうそ偽りについてこんな話があります。それはかの無窓国師(むそうこくし)の話です。国師は足利尊氏(あしかがたかうじ)を発心(ほっしん)せしめた有名な人ですが、この無窓国師は「長寿(ながいき)の秘訣(ひけつ)」すなわち長生の方法について、こんな事をいっています。  
「人は長生きせんと思えば、嘘(うそ)をいうべからず。嘘は心をつかいて、少しの事にも心を労(ついや)せり。人は心気だに労せざれば、命ながき事、疑うべからず」  
といって、さらに、  
「無病第一の利、知足第一の富、善友第一の親、涅槃(ねはん)第一の楽」  
といっておりますが、真理は平凡だといわれるように、たしかにこれは真理のことばです。  
まことに無窓国師のいわれる通り、仏の言葉には、嘘がないから、仏は長寿(ながいき)の人です。不死の人です。いわゆる無限の生命を保てる、無量寿(むりょうじゅ)であるわけです。次に陀羅尼(だらに)という語(ことば)ですが、これもまた梵語で、翻訳すれば「惣持(そうじ)」、総(す)べてを持つということで、あの鶴見(つるみ)の惣持寺(そうじじ)の惣持です。で、陀羅尼とは、つまりあらゆる経典(おきょう)のエッセンスで、一字に無量の義を総(す)べ、一切の功徳(くどく)をことごとく持っているという意味です。世間の売薬に「陀羅助(だらすけ)」というにがい薬があります。これはたいへん古い薬で、私ども子供のころ、腹痛の時には、よくこの薬を服(の)まされたものですが、これはくわしくはダラニスケ(陀羅尼助)で、この薬は万病によく利(き)くという所から、梵語の陀羅尼を、そのままそっくり「薬の名」としたのだろうと思います。ただし、陀羅尼助の助が、どんな意味であるか、私にはわかりませんが、おそらくこの薬をのめば助かる、という意味でつけたものだろうと思います。要するに、厳密にいえばマントラとダラニとは、多少意味が異なっていますが、結局は、真言も陀羅尼も呪ということも、だいたい同じでありまして、神聖なる仏の言葉、その言葉の中には、実に無量の功徳が含まれているというのであります。仏教特に真言密教では、非常にこの呪を尊重していますが、いったい真言宗という宗旨は、法身(ほとけ)の真言(ことば)に基礎をおいているので、日本の密教のことを、真言宗というのです。弘法大師は、「真言は不思議なり。観誦すれば無明を除く。一字に千理を含み、即身に法如を証す」(秘鍵(ひけん))といっておられますが、これによって呪の意味をご理解願いたいと存じます。ところで、この「呪」についてこんな話があります。それはちょっと聞くと、いかにも、陳腐(ちんぷ)な話ですが、味わってみるとなかなかふかい味のある話です。  
阿弥陀さまは留守  
ある日のことです。有名な白隠禅師がお寺で提唱していたときのこと、その聴衆の中に、一人の念仏信者のお爺(じい)さんがありました。禅師の話を聞きつつ、しきりに小声で、お念仏を唱えていました。禅師は提唱を終わってから、その老人を自分の居間に呼んで、試みに念仏の功徳を尋ねてみたのです。  
「いったいお念仏はなんの呪(まじな)いになるか」  
と問うたのです。その時に老人の答えが面白いのです。  
「禅師、これは凡夫(ぼんぷ)が如来(ほとけ)になる呪(まじな)いです」  
というのです。そこで白隠は、  
「その呪いはいったい誰が作られたか、阿弥陀(あみだ)さまはどこにおられる仏さまか。いまでも阿弥陀さまは極楽にござるかの」  
といって、いろいろと念仏信者の老人を試(ため)したのです。すると老人の答えが実に振るっているのです。  
「禅師さま、阿弥陀さまは、いまお留守です」  
と、こういったのです。阿弥陀さまはいま極楽にいないという答えです。留守だという不思議な答えを聞いた白隠は、さらに、  
「しからばどこへ行ってござるか」  
と追及しました。その時老人は、  
「衆生済度(しゅじょうさいど)のために、諸国を行脚(あんぎゃ)せられています」  
と答えました。そこで禅師は、  
「では今ごろはどこまで来てござるか」  
と尋ねた時に、その老人は静かにこういいました。  
「禅師さま、阿弥陀さまは、ただ今ここにおいでです」  
といって、老人はおもむろに自分の胸に手をあてたのでした。これにはさすがの白隠もスッカリ感心したという話が伝わっています。果たしてこれが、事実であったかどうか、詮索(せんさく)の余地もありましょうが、自力教の極端である禅宗と、他力教の極端である真宗とは、たといその説明方法においてこそ、異なりはあっても、結局はいずれも大乗仏教である以上、  
「仏、我れにあり」  
という安心においては、なんの異なりもないのです。  
   南無(なむ)といえば阿弥陀来にけり一つ身をわれとやいわん仏とやいわん  
です。念仏によるか、坐禅(ざぜん)によるか、信心(しんじん)によるか、公案(坐禅)によるか、その行く道程(みち)は違っていても、到着すべきゴールは一つです。  
   宗論(しゅうろん)はどちら負けても釈迦(しゃか)の恥  
と川柳子も諷刺(ふうし)しておりますが、いたずらに私どもは、自力だ、他力だ、などという「宗論」の諍(あらそ)いに、貴重な時間を浪費せずして、どこまでも自分に縁のある教えによって、その教えのままに、真剣に、その教えを実践すべきだと思います。目ざす理想の天地は、結局|般若(はんにゃ)の世界です。般若への道には、むろんいろいろありますが、目的地は結局一つです。「般若は三世の諸仏を産み、三世の諸仏は般若を説く」と、古人はいっておりますが、「仏に成る」という仏教の理想は、つまり般若の世界に到達することです。ところで、この『心経』の本文には、「是れ大|神呪(じんしゅ)、是れ大|明呪(みょうしゅ)、是れ無上呪(むじょうしゅ)、是れ無等等呪(むとうどうしゅ)」といって、四種の「呪」が挙(あ)げてありますが、要するに、これは般若波羅蜜多(はんにゃはらみた)は、最も勝(すぐ)れた仏の真言だ、ということをいったものです。つまりこの般若波羅蜜多が、そのまま陀羅尼(だらに)なのです。真言(しんごん)なのです。呪(じゅ)なのです。で、この般若の功徳を四通りに説明し、讃嘆したのが、ここにあるこの四種の呪です。さてまず第一に、「是れ大神呪なり」とは、神とは霊妙不可思議という意味ですから、これ大神呪なりということは、われら人間の浅薄な知識では、容易に測り知ることのできぬ、霊妙不可思議なる仏のことばだということです。次に「是れ大明呪なり」とは、明とは、光明の明ですから、この般若の真言こそ永遠に光り輝く、仏の神聖なることばだということです。次に「是れ無上呪なり」とは、この上もない最上の呪文(じゅもん)だということです。次に「是れ無等等呪なり」とは、とうてい何物にも比較することのできない、勝れた呪文だということです。  
要するに、この四種の「呪」は、般若波羅蜜多は、この世において、最も勝れたる、何物にも比較することのできない、不可思議なる功徳をもつ所の真言であって、この中には一切の仏の説かれた教えが、ことごとく含まれている、ということをいったものであります。ところで弘法大師はこの呪文をば、声聞(しょうもん)と縁覚(えんがく)と菩薩と仏の真言として四通りに配釈しておりますが、声聞と縁覚とは小乗、菩薩と仏とは大乗(第一講を見よ)でありますから、結局大小乗一切の仏教は、ことごとくこの「般若波羅蜜多」という一つの呪に摂(おさ)まってしまうわけです。ゆえに今日わが国には、十三|宗(しゅう)、五十数派、いろいろの宗旨や宗派もありますが、それがいずれも仏教である以上、つまりいろいろの角度からいろいろの方面から、この「般若の呪」を説明し、解説したものということができるのであります。したがって、われらにして、もしもほんとうに観自在菩薩のように、般若の智慧を磨いて、如実(にょじつ)にこれを実践し、実行するならば、自己の苦しみはいうまでもなく、他人の一切の苦しみをも、よく除きうるのでありまして、それを『心経』に、「能(よ)く一切の苦を除く、真実にして虚(むなし)からず」といってあるのです。全く真実|不虚(ふこ)です。嘘(うそ)だといって疑う方がわるいのです。真理だ、ほんとうに疑うべからざる真理だとして、ただ信じ、これを実行すればよいのです。けだし「般若波羅蜜多」という事は、屡次(るじ)申し上げたごとく、彼岸へ渡るべき智慧の意味であり、同時にそれは迷いのこの岸から、悟りの彼岸へ渡った、仏のもっている智慧であります。しかもその智慧は、一切は因縁だと覚(さと)る所の智慧ですから、結局、因縁という二字を知るのが、この般若の智慧です。かつて、釈迦は「因縁」の真理に目醒(めざ)めることによって、覚れる仏陀(ほとけ)になったのです。したがって、私どももまた、この因縁の真理をほんとうに知ることによって、何人も仏になりうるのです。しかも因縁を知ったものは、因縁を殺すものではなくて、因縁をほんとうに生かす人です。しかもその因縁を活(い)かす人こそ、はじめて一切|空(くう)の真理を、味わうことができるのです。しかし、その空は何物もないという、単なる虚無というようなものではありません。それは有(う)を内容とする空ですから、私ども人間の生活は、空に徹することによってのみ、有の存在、つまりその日の生活は、りっぱに活かされるのです。かくて、真に空を諦(あきら)め、空を覚悟する人によってのみ、はじめて人生の尊い価値は、ほんとうに認識されるのです。  
播州の瓢水  
その昔、播州(ばんしゅう)に瓢水(ひょうすい)といふ隠れた俳人がありました。彼の家は代々の分限者で、彼が親から身代を譲りうけた時には、千石船が五|艘(そう)もあったといわれていましたが、根が風流人の彼のこと、さしもの大きい身代も、次第次第に落ちぶれて、あげくのはては、家や屋敷も人手に渡さなければならぬようになりました。しかし彼は、  
   蔵(くら)売(う)って日当(ひあた)りのよき牡丹(ぼたん)かな  
と口ずさみつつ、なんの執着もなく、晩年は仏門に入り名を自得と改めて、悠々(ゆうゆう)自適の一生を、俳句|三昧(ざんまい)に送ったといわれています。その瓢水翁が、ある年の暮れ、風邪(かぜ)をひいてひき籠(こも)っていたことがありました。折りふし一人の雲水(うんすい)、彼の高風を慕って、一日その茅屋(あばらや)を訪れたのですが、あいにく、薬をとりに行くところだったので、「しばらく待っていてくだされ」といい残しつつ、待たせておいて、自分は一走り薬屋へ用たしに行きました。後に残された件(くだん)の雲水、  
「瓢水は生命(いのち)の惜しくない人間だと聞いていたが、案外な男だった」  
といい捨てて、そのまま立ち去ってしまったのです。帰ってこの話を近所のものから聞いた瓢水、  
「まだそんなに遠くは行くまい、どうかこれを渡してくだされ」  
といいつつ、一枚の短冊(たんざく)に、さらさらと書き認(したた)めたのは、  
   浜までは海女(あま)も簑(みの)きる時雨(しぐれ)かな  
という一句だったのです。  
これを受け取った件(くだん)の雲水、非常にわが身の浅慮を後悔し、再び瓢水翁を訪れて一晩じゅう語り明かしたということです。まことに「浜までは海女も簑きる時雨かな」です。私はこの一句を口ずさむごとに、そこにいい知れぬ深い宗教味を感じるのです。俳句の道からいえば、古今の名吟とまではゆかないでしょうが、宗教的立場から見れば、きわめて宗教味ゆたかな含蓄のある名吟です。やがては濡れる海女さえも、浜までは時雨を厭うて簑をきる、この海女の優にやさしい風情こそ、教えらるべき多くのものがあります。それはちょうど、ほんとうに人生をあきらめ悟った人たちが、うき世の中を見捨てずに、ながい目でもって、人生を熱愛してゆくその心持にも似ているのです。一切空だと悟ったところで、空(くう)はそのまま色(しき)に即(そく)した空であるかぎり、煩わしいから、厭になった、嫌(きら)いになった、つまらなくなったとて、うき世を見限ってよいものでしょうか。まことに「浜までは」です。けだし「浜までは」の覚悟のできない人こそ、まだほんとうに空を悟った人とはいえないのです。  
芭蕉の辞世  
あの『花屋日記』の作者は、私どもに芭蕉(ばしょう)翁の臨終の模様を伝えています。  
「支考(しこう)、乙州(いっしゅう)ら、去来(きょらい)に何かささやきければ、去来心得て、病床の機嫌(きげん)をはからい申していう。古来より鴻名(こうめい)の宗師(そうし)、多く大期(たいご)に辞世(じせい)有り。さばかりの名匠の、辞世はなかりしやと世にいうものもあるべし。あわれ一句を残したまわば、諸門人の望(のぞみ)足りぬべし。師の言う、きのうの発句はきょうの辞世、今日の発句はあすの辞世、我が生涯言い捨てし句々一句として辞世ならざるはなし。もし我が辞世はいかにと問う人あらば、この年ごろいい捨ておきし句、いずれなりとも辞世なりと申したまわれかし、諸法従来、常示[#二]寂滅相(じゃくめつのすがた)[#一]、これはこれ釈尊の辞世にして、一代の仏教、この二句より他はなし。古池や蛙(かわず)とび込む水の音、この句に我が一風を興せしより、はじめて辞世なり。その後百千の句を吐くに、この意(こころ)ならざるはなし。ここをもって、句々辞世ならざるはなしと申し侍(はべ)るなりと」  
ほんとうの遺言状  
まことに、昨日の発句は、きょうの辞世、今日の発句こそ、明日の辞世である。生涯(しょうがい)いいすてし句、ことごとくみな辞世であるといった芭蕉の心境こそ、私どもの学ぶべき多くのものがあります。こうなるともはや改めて「遺言状」を認(したた)めておく必要は少しもないわけです。  
私どもは、とかく「明日あり」という、その心持にひかれて、つい「今日の一日」を空(むな)しく過ごすことがあります。いや、それが多いのです。「来年は来年はとて暮れにけり」とは、単なる俳人の感慨ではありません。少なくとも私どものもつ一日こそ、永遠に戻り来(きた)らざる一日です。永遠の一日です。永遠なる今日です。「一|期(ご)一|会(え)」の信念に生くる人こそ、真に空に徹した人であります。  
空に徹せよ  
げに般若の真言こそ、世にも尊く勝れたる呪(まじな)いです。最も神聖なる仏陀(ほとけ)の言葉です。私どもは、少なくとも、般若の貴い「呪」を心に味わい噛(か)みしめることによって、自分(おのれ)の苦悩(なやみ)を除くとともに、一切の悩める人たちの魂を救ってゆかねばなりません。  
空(くう)に徹せる菩薩こそ、真に私どもの生ける理想の人であります。 
第十二講 開かれたる秘密 

 

故ニ説ク二般若波羅蜜多ノ呪ヲ一。  
即チ説イテレ呪ヲ曰ク。  
掲諦(ギャテイ)。掲諦(ギャテイ)。  
波羅掲諦(ハラギャテイ)。  
波羅僧掲諦(ハラソウギャテイ)。  
菩提薩婆訶(ボウジソワカ)。       
般若心経     
(といいて般若波羅蜜多心経(はんにゃはらみたしんぎょう)を説き終わる)  
秘密の世界  
さてこれからお話し申し上げる所は『心経』の最後の一節でありまして、昔から秘蔵真言分(ひぞうしんごんぶん)と称せられて、一般に翻訳されずに、そのままに読誦(どくじゅ)せられつつ、非常に尊重され、重要視されているのであります。どういう理由(わけ)で翻訳されなかったかというに、いったい翻訳というものは、詩人のいうごとく、原語に対する一種の叛逆(はんぎゃく)です。よくいったところで、ただ錦(にしき)の裏を見るに過ぎないのです。経緯(たてよこ)の絲はあっても、色彩、意匠の精巧(たくみさ)は見られないのです。たとえば日本独特の詩である俳句にしてもそうです。これを外国語に翻訳するとなると、なかなか俳句のもつ持ち味を、そのまま外国語に訳すことはできないのです。たとえばかの「古池や」の句にしても、どう訳してよいか、ちょっと困るわけです。「一匹の蛙(かえる)が、古池に飛び込んだ」と訳しただけでは、俳句のもつ枯淡(こたん)なさび、風雅のこころ、もののあわれ、といったような、東洋的な「深さ」は、どうしても西洋人にはシッカリ理解されないのです。「花のかげあかの他人はなかりけり」(一茶)の句など、ほんとうに訳す言葉がないように思われます。ひところ、文壇の一部では俳句に対する、翻訳是非の議論が戦わされましたが、全く無理もないことで、外国語に訳すことは必要だとしても、どう訳すべきかが問題なのです。  
翻訳はむずかしい  
ところで簡単な十七字の詩でさえ、翻訳が不可能だとすると、経典の翻訳などのむずかしいことは、今さら申すまでもありません。したがって梵語(サンスクリット)の聖典を漢訳する場合などは、ずいぶん骨が折れたに相違ありません。昔から、中国の仏教は、翻訳仏教だとまでいわれるくらいですが、しかし、中国でスッカリ梵語聖典を翻訳しておいてくれたればこそ、私どもは今日、比較的容易に、聖典を読誦し、理解することができるのです。だがまだまだ漢訳でも不十分でありますから、私どもはどうしても、ほんとうの日本訳の聖典を作らねばならぬと存じまして、私などもいろいろそれについて苦心しているわけですが、それにつけても私どもは、経典翻訳者の甚深(じんしん)なる苦心と労力に対して、満腔(まんこう)の感謝の意を表さねばならぬと思います。いずれにしても翻訳ということはずいぶん困難な事業でありますが、それについて想い起こすことは、かの「五|種(しゅ)不|翻(ほん)」ということであります。これは有名な、かの玄奘(げんじょう)三蔵が唱えた説でありますが、要するにこれは、どうしても華語すなわち中国の言葉に訳されない梵語が、五種あるというのです。したがってそれは原語の音をそのまま写すだけに止(とど)めておいたわけです。たとえば、インドにあって中国にないものとか、一つの語に多くの意味が含まれているものとか、秘密のものとか、昔からの習慣に随(したが)うものとか、訳せば原語の持つ価値を失う、といったようなわけで、これらの五種のものは、訳さずに漢字で、原語の音標を、そのまま写したわけです。さてこれから申し上げるところの、「般若の呪文(じゅもん)」も、「秘密」という理由で、あえて玄奘三蔵は翻訳せずに、そのまま梵語の音だけを写したわけです。だから、どれだけ漢字の意味を調べても、それだけではとうてい、「呪」の意味は、ほんとうに理解されないわけです。  
心経をよめとの詔勅  
ところで、この般若の真言について想い起こすことは、今から千百八十九年の昔、すなわち天平宝字(てんぴょうほうじ)二年の八月に下し賜わった淳仁(じゅんにん)天皇の詔勅であります。その勅語の中にこう仰せられております。  
「摩詞(まか)般若波羅蜜多は、諸仏の母なり。四句の偈(げ)等を受持し、読誦(どくじゅ)すれば、福寿を得ること思量すべからず。之を以て、天子念ずれば、兵革、災難、国裡(こくり)に入らず。庶人念ずれば、疾疫(しつえき)、癘気(れいき)、家中に入らず。惑(わく)を断ち、祥(しょう)を獲(う)ること、之に過ぎたるはなし。宜(よろ)しく、天下諸国につげ、男女老少を論ずることなく、口に閑(しず)かに、般若波羅蜜多を念誦すべし」  
というのであります。これは『続日本紀(しょくにほんぎ)』の第二十一巻に出ておる詔勅ですが、要するに、勅語の御趣旨は、上は、天皇から、下は国民一般に至るまで、大にしては、天下国家のため、小にしては、一身一家のために、『心経』一巻を読誦する暇(いとま)なくば、せめてこの般若波羅蜜多の「呪(じゅ)文」を唱えよ、という思し召しであります。さてただ今も申し上げた通り、いったい「呪(じゅ)」とか「真言(しんごん)」とか「陀羅尼(だらに)」などというものは、いわゆる「一字に千理を含む」で、たった一字の中にさえ、実に無量無辺の深い意味が含まれているのですから、古来より梵語を強(し)いて翻訳せずして、陀羅尼は、陀羅尼のままに、真言は、真言のままに、呪は、呪のままによみ伝えてきたのです。すなわち陀羅尼にしても、呪にしても、真言にしても、それは神聖にして犯すべからざる仏の言葉であるのと、それにはきわめて深遠な意味が含まれているという所から、梵語の音を、そのままにこれを漢字に写すだけで、わざと翻訳しなかったわけです。したがって昔から、一般にこの般若の四句の呪文は、何がなしに、ありがたい功徳があるというので、そのまま翻訳せずに、信じ且つ誦(とな)えていたのです。しかし人間というものは妙なもので、いえないものを、いってみよ、というのが人間の癖です。とかく、見るな、というものほど、見たいものです。聞くな、といわれるほど、よけいに聞きたいものです。いや、するなといえば、よけいにやってみたいのが人情です。で、般若の真言も、そのわけは知らなくてもよい、ただそのまま唱えていれば功徳があるのだ、利益(りやく)があるのだ、といった所でなかなか人間は承知しないのです。「いったいそれはどういう意味なのだ」「わけがわからないものを、むやみにありがたいといって、誦えることはできないではないか」というのです。むろん、それはまことに、一応無理もない話です。いったい人間は「考える動物」です。ギリシア語のアントローポスにしたところで、梵語のマヌシャにしたところで、それはいずれも人間という事ですが、その意味は「考えるもの」ということです。思い、考えるものが人間です。この意味において、あのパスカルが「人間は考える蘆(あし)」だといったことばは、非常に面白い、いや、趣があると存じます。全く人間は、あの水際に生えている蘆のように弱いものです。肉体はわずか一滴の水、一発の弾丸(たま)にでも、容易に斃(たお)れる、きわめてか弱いものです。しかしたとい、全世界が武装してかかっても、人間の中から「考える」という心を奪う事はできないのです。「人間は考える蘆」とは味わうべき、意味ふかい語(ことば)であります。よく考えるか、悪く考えるか、シッカリよく考えるか、よい加減に考えるか、はともかく、人間である以上、それはなにか、それはどういうわけで、それはどうして、などと考えることはむしろ当然です。ではいったいこの般若の四句の呪文(じゅもん)は、どんな意味をもった言葉かと申しまするに、最前も申し上げたごとく、これは梵語の音をそのまま写したものです。原語でいうと「ガテイ、ガテイ、パーラガテイ、パーラサンガテイ、ボージ、スバーハー」というのです。ところでいま、かりにそれをしいて翻訳してみると、最初の「掲諦(ぎゃてい)」とはつまり「往(ゆ)くことに於いて」という意味です。だから、「掲諦、掲諦」と重ねていえば、それは「往くことにおいて、往くことにおいて」という意味です。ではいったい、「どこへ行くか」というと、そのつぎの「波羅掲諦(はらぎゃてい)」という語がそれを表わしています。すなわち、「向こうへ往く」ことなのです。ところで、「向こうへ往く」ということは、どんな意味かというと、それは、彼岸の世界へ行くことなのです。迷いの此岸から、悟りの彼岸へ行くことです。つまり、凡夫の世界から、仏の世界へ行くことなのです。弘法大師はこれを「行々(ぎょうぎょう)として円寂(えんじゃく)に入る」と訳しています。次に「波羅僧掲諦(はらそうぎゃてい)」というのは、「波羅(はら)」は向こうという意味、「僧掲諦」とは到達する、結びつく、いっしょになる、というような意味です。したがって「波羅僧掲諦」ということは、凡夫が仏の世界へ到達して、仏といっしょになるということです。次に「菩提薩婆訶(ぼじそわか)」という事ですが、菩提は菩提(ぼだい)すなわち悟(さと)りのことです。「薩婆訶」は、速疾(そくしつ)とか、成就(じょうじゅ)とか、満足というような意味で、どの真言の終わりにも、たいていついている語(ことば)です。  
以上ひと通り、この真言の意味を解釈しましたが、要するに『心経』の最後にある、この「掲諦掲諦」の四句の真言は、こういう風に解釈すればよいかと思います。  
「自分も悟りの彼岸へ行った。人もまた悟りの彼岸へ行かしめた。普(あまね)く一切の人々をみな行かしめ終わった。かくてわが覚(さとり)の道は成就された」  
すなわち一言にしてこれをいえば、「自覚、覚他、覚行円満」ということです。すなわち「自ら覚(さと)り、他を覚(さと)らしめ、覚(さとり)の行(ぎょう)が完成した」ということで、それはつまり仏道の完成であります。しかもその仏道の完成こそ、まさしく人間道の完成であります。したがってこの四句の呪文は、単に『心経』一部の骨目(こつもく)、真髄(しんずい)であるのみならず、実に、八万四千の法門、五千七百余巻の、一切の経典の真髄であり、本質であるわけです。換言すれば、大小、顕密、聖道浄土(しょうどうじょうど)、仏教の一切の宗旨の教義、信条は、皆ことごとくこの四句の真言の中に含まれているのです。で、つまり、この真言の意味をば、いろいろの角度から、いろいろの立場から、機に応じ、時に臨みて、これを説き示したのが、今日の日本の仏教、すなわち十三宗五十八派の建前であるわけです。というのは、いうまでもなく大乗仏教の精神は、われらと衆生と皆共に仏道を成(じょう)ぜんということです。同じく菩提心を発(おこ)して浄土へ往生することです。したがって、それは決して自己独りの往生ではないのです。あくまで皆共にです。同じく菩提心を発(おこ)すことです。私どもは、この真言の意味を理解することによって、はじめていっそう明瞭に『心経』が、どんな貴い経典であるか、いや、大乗仏教の眼目はどこにあるかを、ハッキリ知ることができるのです。あの弘法大師が、  
「真言は不思議なり。観誦(かんじゅ)すれば無明(むみょう)を除く。一字に千理を含み、即身に法如(ほうにょ)を証す」  
といわれたのはそれです。般若の真言こそ、まことに不思議です。これを誦(とな)えただけでも無明の煩悩(まよい)をとり除いて、悟(さと)りを開くことができるのです。「即身(そくしん)に法如(ほうにょ)を証す」とは、そのままに、すみやかに、成仏するという意味です。ただし、漢訳のお経は、これでおしまいになっておりますが、梵語の原典にはこの真言の次に、「イテイ、プラジュニャー、パーラミター、フリダヤム、サマープタム」という語(ことば)があります。ところで、これを翻訳すると、こういう意味になるのです。「といいて、般若波羅蜜多心経(はんにゃはらみたしんぎょう)を説き終われり」というのです。しかしこの語はあってもなくても、同じことですから、玄奘(げんじょう)三蔵は、わざとこれを省略せられて、ただ最後に「般若心経」という語だけを、つけ加えられたのであります。  
以上はなはだ拙(つたな)い講義ではありましたが、十二講にわたってだいたい一通り、「心経とはどんなお経か」「心経にはどんなことが書いてあるか」「心経はなにゆえ、天下一の経典であるか」というようなことを、ざっとお話ししたわけですが、最も深遠なこのお経を、私ごとき浅学|菲才(ひさい)の者が講義するのですから、とうてい皆さまの御満足を得ることができなかったことは、私自身も十分に承知しておりますし、また貴いこの『心経』の価値を、あるいはかえって冒涜(ぼうとく)したのではないかとも怖(おそ)れている次第であります。古来、仏教では「法を猥(みだ)りに冒(おか)したものは、その罪、死に値す」とまで誡(いまし)めておりますが、この意味において、私もおそらく、死に値する一人でありましょう。地獄へ落ちてゆく衆生の一人でありましょう。しかし、私はそれで満足です。  
仏教への門  
いったい古人もしばしばいっているように、仏教への門は、所詮(しょせん)「信」であります。信ずる心です。しかも信とは、愛し敬うこころです。仏教を愛し、敬い、これを信ずる心がなくては、とうてい、仏教をほんとうに知ることはできないのです。合掌する心持、南無(なむ)する心、それはいずれも信心のしるしです。信仰の象徴です。南無とは、決して南(みなみ)無(な)しではありません。  
坊さんがお経を読む時に、唱える枕詞(まくらことば)でもありません。南無とは、実に帰依することです。帰命(みょう)の精神です。相手を絶対に愛し敬い、信頼することです。しかもその南無の心を形によって示したものが、「合掌」です。拝むことです。「右仏左は我と拝む手の、うちぞゆかしき南無の一声」と古人は教えています。両手を合わす右の手は仏陀(ほとけ)の世界です。左の手こそ、衆生の自分です。かくて、この両手を合わし、南無の精神に生きる所に、はじめて、私どもは、ほんとうに仏我れにあり、我れに仏あり、との安心(あんじん)を得ることができるのです。いくらラジオの放送はあっても、これを聴く機械を持たない人には、ないと等しいのです。しかもたとい聴く機械があっても、スイッチを入れておかなくては、機械がないと同じです。常恆(じょうご)不断に、絶えず放送しておられる、仏の説法も、「合掌」と言う機械があり、「南無」という電流を通じてこそ、はじめて、はっきりと聞くことができるのです。にもかかわらず、とかく私たちは、どういうものか、ひたすら科学的立場から、ものを見ることになれて、ただ、聞こえないから、ない、見えないから、ないとすぐに判断してしまうのです。しかし、ものが見えないから、ないのではありません。見ないから、ないように思うのです。聞こえないから、ないのではなくて、聞かないから、ないと思うのです。見ようとしないもの、聞こうとしないものには、何事もないと同様です。  
いったい機縁というか、契機というか、機会(チャンス)というか、とにかく「縁」というものは不思議なものです。「縁なき衆生は度し難い」などと、昔からいっていますが、縁のないものには、如何(いかん)ともし難いのです。西洋の諺(ことわざ)にも、「機会(チャンス)は前の方には毛があるが、後には毛がない。機会(チャンス)が来た時、捕えればよいが、一度とり逃がしたら最後、脚(あし)の早いあのジュピターの神でさえ、捕えることができない」といっております。全くその通りです。私どもには、機会の来るのを待つ、時節の到来を待つ、待機の姿勢が必要です。運は寝て待て、ではなくて、少なくとも練ってまてです。かりに説くべき人があっても、聞くべき人がなければ、説くことはできません。また聞くべき人はあっても、説くべき人がなければ、聞くことができないのです。説く人と、聞く人との因縁が相応し、和合する所に、はじめて聞く事もでき、説く事もできるのです。何事も、世の中の事は、みな「縁」です。しかしその「縁」は、たちまちにして来(きた)り、またたちまちにして去るのです。因縁はすべて「一期(ご)一会(え)」です。聴くべき時に聞き、味わう時に味わわねば、いつになっても聞く事もできなければ、また知る事もできないのです。世に「急いで結婚して、ゆっくり後悔する」という諺もありますが、それはあながち結婚にかぎったことではないのです。いたずらに急ぐ必要もありませんが、しかし、「仏法には明日というべきことあるべからず」と古人も誡めています。いつもいつも、「明日」と約束ばかりしていると、永遠に仏教を味わい、人生のほんとうの意味と価値をあきらめずに死んでゆかねばなりません。すべからく私どもは因縁に随順してすみやかに般若の智慧(ちえ)を磨(みが)く事によって、まさしくさとりの世界をハッキリ味得せねばなりません。  
 
チベット仏教と般若心経

 

魔除けの修法  
もう十八年前になるが、初めてチベット密教の本格的な伝授として「ヤマーンタカ」の大灌頂を受けたときのことを、筆者は今でも鮮明に覚えている。ヤマーンタカとは、文殊の忿怒の姿であり、チベット仏教ゲルク派では、宗祖ツォンカパ大師の守護尊として極めて重視している本尊だ。日本密教でいえば、大威徳明王に一応相当する。  
その法儀の冒頭で、大阿闍梨デンマ・ロチュー・リンポチェ師は、チベット文『般若心経』を実に勢いよく読経なさった。そして、「ティヤター・ガテー・ガテー・パーラガテー・パーラサムガテー・ボーディソーハー」という真言念誦に続けて、手を三遍叩きながら「聖なる三宝の教えに具わった力により、〔魔障は悉く〕退散せよ、消滅せよ、鎮まれよ」とお誦えになった。これは、密教の伝授を始めるにあたり、様々な障害を防ぐ魔除けの修法である。  
このようにチベット仏教の伝統では、実践的な側面として、『般若心経』を魔除けの霊験あらたかなお経と位置づけている。なぜかといえば、魔神や悪霊などが最も恐れるのは真理であり、まさに『般若心経』こそは、究極の真理たる空性そのものを直接説き明かした経典だからだ。そこには、日本の『大般若経』転読法要と共通する発想があるかもしれない。  
より深い意味で考えるなら、そうした外的な魔障というのも、最終的には私たちの心の内なる魔、すなわち諸煩悩の働きに相応している。そして、様々な煩悩の大もとには、凡夫の習性となっている実体視の心、すなわち我執がある。この我執を根本から断滅するのが、空性を直観的に覚った智慧にほかならない。『般若心経』が魔除けのお経と位置づけられる理由も、突き詰めればこの点にゆきあたる。
チベット文『般若心経』  
チベット文『般若心経』は、サンスクリット文の原典から直接翻訳されたものである。ただ、日本で馴染み深い玄奘三蔵訳のような小品ではなく、序分と流通分を具えた大品である点が特色だ。そこでまず、チベット仏教の伝統的な解釈により、大品『般若心経』の流れを概観してみよう。  
釈尊が霊鷲山でこのお経を説くとき、舎利弗尊者を始めとする比丘の大聖者や、観自在菩薩を始めとする菩薩の大聖者など、無数の所化たちが集まった。すると釈尊は、自ら教えの言葉を語ることなく、空性を直観了解する三昧に入ってしまう。そして、この三昧の威力によって、舎利弗尊者と観自在菩薩を加持する。分かりやすくいえば、仏陀の深い瞑想状態から生じる祝福と浄化の力によって、この二人が釈尊の密意に導かれて問答を交わすことになるのだ。そのことは、チベット文の経文に「仏陀の力により、舎利弗長老が観自在菩薩摩訶薩へこう尋ねた」と明確に説かれている。  
だから、舎利弗尊者の問いに答える形で観自在菩薩の口から語られた内容こそが、この教えの場で釈尊が説こうと意図した中身にほかならない。それもまず、普通の弟子たちのレベルに合わせ、分析的な言葉を使って提示される。最初にその総論が「五蘊は自性が空である(五蘊皆空)」と説かれ、続いて各論が「色は空である。空性は色である(色即是空、空即是色)」以下の経文で示されている。この総論と各論の部分が、実質的に『般若心経』の教えの中心となる。経文の細かい表現や解釈の相異は別にして、この部分の大筋の流れは、チベット語訳も玄奘訳も一致している。  
そのようにして分析的な言葉を使った教えを説き終えてから、観自在菩薩は、理解力の優れた弟子たちのために、今まで説示してきた中身を短い真言で一気に表現する。それが、「ティヤター・ガテー・ガテー(羯諦羯諦)・・・」という真言にほかならない。  
観自在菩薩がこの真言を説き終えると、釈尊が三昧から立ち上がり、「善いかな、善いかな、善男子よ、かくの如くなり」と観自在菩薩を称える。この言葉によって、舎利弗尊者と観自在菩薩の問答が仏陀の真意を正しく示している点が承認されたことになる。それを受けて、集まっていた無数の所化たちが喜び、釈尊の教えを大いに礼賛した・・・というのが、チベット文『般若心経』の大まかな流れである。
推論から直観へ  
そこで次に、チベット仏教の中でも、筆者が学んでいるゲルク派の伝統教学をもとに、『般若心経』の教えを理解する要点を概観してみよう。まず、総論というべき「五蘊皆空」の経文である。この箇所は、チベット文では「五蘊は自性が空」というふうに表現されている。「自性が空」とは、「自性が全く無い」という意味だ。「自性」とは、簡単にいえば「実体」である。それゆえ、「五蘊は自性が空」は、「五蘊には実体が全く無い」と一応解釈できる。  
しかしここで大いに考えるべきなのは、「実体とは何か」という点だ。これを曖昧にしたままで「五蘊が有る」とか「実体が無い」とか語っても、ほとんど意味をなさない。自性や実体は、空によって否定されるべきものである。ゲルク派の伝統教学では、「否定されるべきものが何かをきちんと認識すること」が極めて重視され、「否定対象の掌握(ガクチャ・グーズィン)」という一つの学習課題になっているほどだ。  
空によって否定されるべきものは、仏教の各学派の見解に基づいて、段階的に設定する必要がある。チベットの伝統では、インド仏教の思想哲学を、説一切有部・経量部・唯識派・中観派という四段階に分け、中観派の中でも帰謬論証派の見解を最高のものと位置づけている。本稿では、煩雑さを避けるため、最終結論となる帰謬論証派の立場で論議を進めてみよう。そうすると、空によって否定されるべきものは、「凡夫の習慣的な実体視の心(倶生の二我執)が向かっている先」ということになる。  
例えば、色蘊(物質的なもの)の代表として、眼前に瓶があると仮定しよう。私たちがその瓶を認識するときは、「この瓶をこの瓶たらしめている本質的なものが、この瓶それ自体の側にある」と自然に思い込んでいる。これが、凡夫の習慣的な実体視の心だ。しかしながら、その「本質的なもの」を徹底的に追求してゆくとと、結局は何一つ「これだ」と掴めるものがない。それゆえに、「色は空である」ということになる。けれどもこのとき、最初に認識していた瓶自体が存在しないのかといえば、そうではない。空であるところの瓶は、確かに眼前に存在する。だから、「〔瓶の〕空性は色である」と説かれているのだ。  
では、「それをそれたらしめている本質的なもの」が瓶自体の側に全く無いのに、どうやって瓶という存在が成立しているのかといえば、他のものごとに依存する在り方で仮に設定されているのである。ここでいう「他のものごと」の具体例は、原因と条件、構成部分、分別による仮説という三層で考えることができる。そうした「他のものごと」に依存して成立している在り方を、縁起という。従って、空と縁起は、表裏一体の関係である。  
このように考察を深めてゆけば、空を推論的に理解することは可能である。しかしそれは、まるで眼で見たような直観的な体験ではない。そこで、この推論理解によって得られた結論をテーマとして、次の段階では止観の瞑想を修習する必要がある。それの徹底的な積み重ねにより、いつか空を直観的に覚ることも可能になる。この空を直観的に覚った智慧の面で体験される世界は、「虚空の如き空」と表現される。そこでは、眼前の瓶の空性だけが直観了解の対象となり、瓶の色彩や形状は認識対象から外れている。従って、この智慧の面での体験を敢えて言葉で表現するなら「眼耳鼻舌身意も無いし、色声香味触法も無い(無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法)」ということになる。  
『般若心経』で「何々が無い」と説かれている経文は、日常の心の面から理解するなら、「何々には実体が無い」と解釈すべきである。そうでないと、虚無論に陥ってしまう。しかし、仏教の聖典の言葉は、必ずしも我々の日常の心の面で体験できる世界ばかりを表現しているわけではない。空性を直観的に覚った智慧の面でどのような世界が体験されるかを想像できなければ、『般若心経』の本当の理解は難しいだろう。
菩薩の修行における「五道」  
そこでまた考えるべきなのは、止観の修行に大変な努力を重ねてまで、なぜ空性を直観的に覚る必要があるのかという点だ。「それが究極の真理だから」というのは、そのとおりだけれど、決して十分な答えではない。本当の必要性は、空性を直観了解した智慧によってこそ、煩悩などを完全に断滅できるからだ。前にも触れたように、諸煩悩の大もとには我執があり、それを種子から断滅できるのは空性を直観的に覚った智慧しかない。この煩悩などの断滅も、後天的煩悩(見惑)・先天的煩悩(修惑)・煩悩の薫習(所知障)という三段階で行なう必要がある。  
以上のことを踏まえ、菩薩の本格的な修行を般若波羅蜜の面から整理すると、まず空性の推論理解と止観の止を確立する段階が「資糧道」、それに基づいて止観を徹底的に修習する段階が「加行道」、空性の直観了解を得て後天的煩悩を断じる段階が「見道」、さらに先天的煩悩と薫習を断じる段階が「修道」、それらを全て達成した結果で得られる仏陀の境地が「無学道」ということになる。これらを「五道」といい、日本では主に唯識の修道論として知られているが、チベットでは仏教全体に通じる重要な概念だ。  
『般若心経』は、経文の明らかな意味としては、空性と縁起を説いている。行間に隠れた意味としては、資糧道から無学道までの五道を説いている。理解力の優れた弟子たちのために説かれた真言の意味を解釈すると、最初のガテー(羯諦)が「資糧道を行け」、次のガテーが「加行道を行け」、パーラガテー(波羅羯諦)が「見道を行け」、パーラサムガテー(波羅僧羯諦)が「修道を行け」、そしてボーディスヴァーハー(菩提薩婆訶)が「無学道に住せよ」という意味になる。  
チベット仏教の僧院教育で中心課題となるのは、般若学と中観学である。前者は『大般若経』や『般若心経』の行間に隠れた意味、後者は明らかな意味を考察する学問と位置づけられる。チベット仏教の最大の特色となっている密教も、般若学や中観学の理解をベースにして修行しなければならない。  
チベット密教の中でも最高レベルに位置づけられる無上瑜伽タントラの場合、その最も中心となる行法は光明と幻身である。そしてこの両者は、まさに「色は空である。空性は色である」という『般若心経』の経文を密教レベルで実践することにほかならない。このような点から、チベット仏教における『般若心経』の重要性について、その本当の意義を知ることができる。 
 

 

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