1、2、3、いっぱい

プレゼント 人は4個貰うと大満足
凡人が同時にこなせる仕事 3件まで

人の理性制御は「三つ」までか
「三つ」を超えると 
日常 歓喜・満足の増幅 
仕事 威圧・プレッシャーの増幅


 

 
 
 
 
 
 
 
 
何かのプレゼント 
人は1-2個貰うと喜ぶ 3個貰うと大喜び
4個貰うと大満足 幸運 至福 小躍りする
 
人を褒める
褒め言葉 4個用意
 
ボーナス
最 優秀な社員 出来の悪い人の4倍
 
 
 
 
凡人が同時にこなせる仕事 3件が限度
聖徳太子でも 8-10件
 
会社 凡人の集まり
経営計画 営業計画 仕事の割り振り
「3件の法則」 守れば大成功
 
一回のお願い事 約束事
あれこれそれ 三つ以内に止める
 
「1、2、3、いっぱい」という数え方
昔々、ソニーのウォークマン(1979年)のCMに出ていた「ブッシュマン」を覚えておられる方っていますか?固有名詞では「ニカウさん」。カラハリ砂漠の先住民族です。「ブッシュマン」という名称が差別用語にあたるので「コイサンマン」と名前が変わったりしましたが、「カラハリの叢林に住む自由人」と言う意味で、同じ自由人の私はあえてブッシュマンと呼ばせて頂きます。
ブッシュマンの数の数え方が面白いんです。「1」と「2」と「3」と、「いっぱい」しかないと言うんですね。理由は、「狩りに出たら獲物は、単独か、ペアか、親子3頭か、群れか、しかないから4以上の数字は意味がないから」ですって。でも多分、これはだいぶん話を盛っていると思います。もっと頭のいい人たちのはずですから。ただ、この考え方が私には動物トレーニングの時の動物の時間などの概念にぴったりだなと思っています。動物トレーニングって、間が非常に大切なんです。
犬に、「おすわり」と命令します。従おうかどうしようか考えてから座るようでは全然だめです。それは考えさせてはいけないんです。ちなみに、なぜかと言うと犬はオオカミの子孫であり(持論です)、チームワークで狩りをするのに、ボスに逆らって獲物の誘惑に負けて勝手に飛び掛かっちゃどうしようもないからです(これも持論です)。
でも、命令される側にとっては、これは突然すぎます。例えば、会社で自分が椅子に座っていて、向かいのデスクに上司が同じように座っているとします。ここで突然、自分に向かって「立って」って言われたら、反射的に立てるでしょうか。一秒で立てる人は、まずいないでしょう。多分、3秒以内くらいです。逆に、4秒以上はもう上下関係としては不合格です。というか、4秒で立たなかったら、もう気まずくて逆に立てないと思います。「え?ど、どうしてですか?」とか、聞き返すはずです。もしくは、自分に言われたのか確認する為、周りをきょろきょろしたりするでしょう。それは、従おうかどうしようか考えている状態です。
だから、普段のコマンド(お座りとかの合図)では3秒くらいは待ってあげていいんです。でも、例えば訓練競技会とか、アジリティとか、何か命令される前提の時はもう1秒以内で言うことを聞かなくてはいけません。時間の間合いは、相手の集中度によって変わるんです。
新人さんに、「普段のコマンドは1秒で動く前提なんだけど、3秒までは待っていいよ。」なんて言うと、もう意味が解らないんですね。当然ですが。大抵、3秒までは様子を見て、4秒過ぎてから叱ったりします。ここで、「1,2,3、いっぱいルール」が適応されます。4秒過ぎたらもうそれは「いっぱい」時間が経っているから、なんで叱られたのか全く分からないんです。逆に焦って2秒くらいで「ダメ!」と叱ったら、今まさに座ろうとしたことに対して叱られたことになっちゃうから、これで少しトラウマを与えちゃうんですね。この3秒内のせめぎあいというか、観察というか、これでトレーナーの腕前が分かっちゃうくらいです。さらにこれがジャンプとかの技になると、ぐっと屈みこむテイクバックがあるから、よけいややこしいんです。
次に、おすわりの状態。お座りをさせて3秒以内に解除してばかりいたら、犬は「お座りって4本足の状態から後ろ2本の足を折ってお尻をつけることだな」って考えます。いいって言うまで座り続けるのが本当のお座りです。これも、同じ原理で、4秒以上できたら、あとは「いっぱい」ですから、3秒以内で解除するより格段に強化されます。うまく強化出来たら、あんまり声はかけない方がいいんですが、強化でできてないうちは、3秒くらいで「そう、おすわりだよ」などと声をかけたりします。
ただ、最近知人(というか、大尊敬する動物トレーナーTさん)から得た情報では、「1,2、いっぱい」らしいんです。まあこの場合、合図と行動の相関関係というよりは、行動とご褒美や罰の関連付けという意味合いが強そうですが、それこそ行動分析学、いや、古典的条件付け、つまりパブロフの犬的な実験で証明されたとか。でもまあ、動物の体内時計と人間が作った秒の長さが一致するわけがないですから、私は少し心の中で早目に数えた1,2,3でいいと思うのです。リズム的にも。
あと、どうもですね、コンゴウインコが3つまでのひまわりの種なら、「あれ?2つだけ?」とか、分かっているフシがあるんです。4つはどうも、分かっていない気がします。 
 
「1、2、たくさん」ではなかった
technobahnの「アマゾンの原住民族、数認識能力は「ちょっと」と「いっぱい」だけ」という記事は「ちょっと」どころかかなりミスリーディングだ。MITのGinson(あのGibsonがこんなことも)らの調査と実験の報告なのだが、「ピラハ族の言語の場合、絶対的数値認識は1〜2までしかなく、3以上の数値は全て「ちょっと(some)」と「いっぱい(many)」という概念によって表されれていた」というのでは完全に誤りだろう。こちらのスラッシュドット・ジャパンの記事は、「この部族には「1」「2」「沢山」を表す言葉があると思われていましたが、「1」と思われていた言葉は実際には1から4の数を表し、「2」と思われていた言葉は5か6を表していることが」わかったと、ほぼ正解。ただ、別の実験について「また、物の数を合致させる作業を行わせた場合、数を正確に記憶して合致させることはできなかったということです」というのは「ちょっと」分かりにくいかな。原文を読んでもよく分からないのだが、「記憶を使わずに数をマッチさせる」というのは、たぶん何かをたとえば5個置いて、「これと同じだけ集めてください」のような作業で、「記憶を使う作業」というのは何かをたとえば5個見せておいて、しばらくしてから、「さっきと同じ数だけ集めてください」と指示するようなことかなと思うのだが。 
 
サン人(San) / ブッシュマン(Bushman)
南部アフリカのカラハリ砂漠に住む狩猟採集民族である。砂漠に住む狩猟採集民族は大変少なく現在ではこのサン人ぐらいしかいない。かつて3000〜2000年前くらいまでは、南部アフリカから東アフリカにかけて広く分布していた。しかし、バントゥー系の人々や白人の進出により激減し、現在はカラハリ砂漠に残っているだけである。近年の遺伝子解析では人類の祖先と目されている。サバンナで生活するサン人は「地球最古の人類」とも呼ばれ、移動する狩猟採集民族として20世紀には数多くの生態人類学者の観察対象となった。
人口は約10万人。言語はコイサン語族。吸着音あるいはクリック音(舌打ちをするようにして発音される音)とよばれる類型に分類される非常に多様な音を普通の子音として使用する言語である。コイ人とは身体特性、言語、文化など著しく類似している。
呼称
かつてオランダ人により Bosjesman(藪の民)と名づけられ、英訳されブッシュマン(Bushman)となったが、侮蔑を含む呼び方であるとされる。しかし研究者やサン人自身の中には、「カラハリの叢林に住む自由人」という意味を込めてブッシュマンと呼ぶ人もいる。
サン (San) またはサーン (Sann, Sān) は、コイコイ人やナマ人による呼び名である。これらは通性複数だが、男性複数のサンクア(サンカ) (Sanqua)・ソアクア (Soaqua)・ソンクア (Sonqua) でも呼ばれる。これらは英語やオランダ語では17世紀ごろまで使われていた古い呼び名で、18世紀にブッシュマンに取って代わられた。しかし1970年代から政治的正しさによりブッシュマン(この呼び名には性別問題もある)が忌避されると、再び「サン」が使われ始めた。 ツワナ語起源のマサルワ (Masarwa) またはバサルワ(Basarwa) でも呼ばれ、サン同様、1970年代からブッシュマンに代わりバサルワが使われ始めた。
北部の住民はクン (Kung) とも呼ばれる。 
 
聖徳太子 / 豊聡耳
ある時、厩戸皇子が人々の請願を聞く機会があった。我先にと口を開いた請願者の数は10人にも上ったが、皇子は全ての人が発した言葉を漏らさず理解し、的確な答えを返したという。この故事に因み、これ以降皇子は豊聡耳(とよとみみ、とよさとみみ)とも呼ばれるようになった。『上宮聖徳法王帝説』、『聖徳太子伝暦』では8人であり、それゆえ厩戸豊聰八耳皇子と呼ばれるとしている。 『日本書紀』と『日本現報善悪霊異記』では10人である。また『聖徳太子伝暦』には11歳の時に子供36人の話を同時に聞き取れたと記されている。一方、「豊かな耳を持つ」=「人の話を聞き分けて理解することに優れている」=「頭がよい」という意味で豊聡耳という名が付けられてから上記の逸話が後付けされたとする説もある。 
 

 
2016/10