鯔(ぼら)の川

夏から秋の小名木川  
川面の表情が 面白い 見飽きない 
 
川岸近くを 鯔がゆったり泳ぐ 
鯔の稚魚か 川面一面をうめる


 

 
大きくなるにつれて呼び名が変わる出世魚 
オボコ > イナッコ > スバシリ > イナ > 「ボラ」 > トド  
鯔は60〜80cm
  
 
風が弱い昼間 川面に周辺の景色が映る 
遠くでは所々景色が消える 近くでは景色が消え川面にさざ波が立つ 
「イナ」の集団 川岸近くを「ボラ」が泳いでいる 
 
夜間 川面に周辺の照明ライトが映る 
映る照明が所々ボケる 消える  
照明反射のない川面 さざ波が不規則な小さな光の点滅をつくる 
「イナ」の集団が泳いでいる 
 
満月を食べる「イナ」 
 
「イナ」は川の中央を 大きな集団で水面近く 
「ボラ」は川岸近くを 二三十匹の集団で浅い所を泳いでいる
  
  
  
 
おほこ娘に鯔背な兄(あに)さん

 
2014/10  
 
 
 
ボラ 1  
(鰡、鯔、D、学名 Mugil cephalus) ボラ目・ボラ科に分類される魚の一種。ほぼ全世界の熱帯・温帯に広く分布する大型魚で、海辺では身近な魚の一つである。食用に漁獲されている。  
全長80cm以上に達するが、沿岸でよく見られるのは数cmから50cmくらいまでである。体は前後に細長く、断面は前半部で背中側が平たい逆三角形、後半部では紡錘形である。背びれは2基で、前の第一背びれには棘条が発達する。尾びれは中央が湾入する。上下各ひれは体に対して小さく、遊泳力が高い。体色は背中側が青灰色-緑褐色、体側から腹側は銀白色で、体側には不明瞭な細い縦しまが数本入る。なお、ボラ科魚類には側線が無い。  
鼻先は平たく、口はそれほど大きくない。唇は細くて柔らかく歯も小さいが、上顎がバクの鼻のように伸縮する。目とその周辺は脂瞼(しけん)と呼ばれるコンタクトレンズ状の器官で覆われる。ボラ科の近縁種で、同じく大型魚となるメナダとの区別点の一つはこの脂瞼の有無である。  
生態  
全世界の熱帯・温帯の海に広く分布し、日本では北海道以南で広く見られる。  
河口や内湾の汽水域に多く生息する。基本的には海水魚であるが、幼魚のうちはしばしば大群を成して淡水域に遡上する。水の汚染にも強く、都市部の港湾や川にも多く生息する。体長が同じくらいの個体同士で大小の群れを作り、水面近くを泳ぎ回る。釣りの際の撒き餌に群がるなど人間の近くにもやって来るが、泳ぎは敏捷で、手やタモ網で捕えるのは困難である。また、海面上にジャンプし、時に体長の2-3倍ほどの高さまで跳びあがる。跳びあがる理由は周囲の物の動きや音に驚いたり、水中の酸素欠乏やジャンプの衝撃で寄生虫を落とすためなど諸説あるが、まだ解明には至っていない。その際、人に衝突することも見られ、成魚の場合には時に釣り人やサーファーなどを負傷させたり、他にも競艇場でボートを操縦中の競艇選手を直撃し失神させた事例がある。  
食性は雑食性で、水底に積もったデトリタスや付着藻類を主な餌とする。水底で摂食する際は細かい歯の生えた上顎を箒のように、平らな下顎をちりとりのように使い、餌を砂泥ごと口の中にかき集める。石や岩の表面で藻類などを削り取って摂食すると、藻類が削られた跡がアユの食み跡のように残る。ただしアユの食み跡は口の左右どちらか片方を使うためヤナギの葉のような形であるが、ボラ類の食み跡は伸ばした上顎全体を使うので、数学記号の∈のような左右対称の形をしている。これは水族館などでも水槽のガラス面掃除の直前などに観察できることがある。餌を砂泥ごと食べる食性に適応して、ボラの胃の幽門部は丈夫な筋肉層が発達し、砂泥まじりの餌をうまく消化する。  
天敵は人間の他にもイルカ、ダツやスズキ、大型アジ類などの肉食魚、サギ類やカワセミ、アジサシ、ミサゴ、トビなどの魚食性の水鳥がいる。  
10月-1月の産卵期には外洋へ出て南方へ回遊するが、外洋での回遊の詳細や産卵域、産卵の詳細など未解明の点も多い。卵は直径1mmほどの分離浮性卵で、他の魚に比べて脂肪分が多く、海中に浮遊しながら発生する。卵は数日のうちに孵化し、稚魚は沿岸域にやってくる。  
別名  
イセゴイ(関西地方)、ナタネボラ(愛媛県)、マボラ(広島県)、ツクラ(沖縄県)、クチメ、メジロ、エブナ、ハク、マクチ、クロメ、シロメなど  
日本では高度経済成長以降、沿岸水域の汚染が進み、それに伴って「ボラの身は臭い」と嫌われるようにもなったが、それ以前は沿岸でまとまって漁獲される味のよい食用魚として広く親しまれ、高級魚として扱った地域も少なくなかった。そのため各地に様々な方言呼称がある。  
出世魚  
また、ブリやクロダイ、スズキなどと同様に、大きくなるにつれて呼び名が変わる出世魚にもなっている。  
関東 - オボコ→イナッコ→スバシリ→イナ→ボラ→トド  
関西 - ハク→オボコ→スバシリ→イナ→ボラ→トド  
高知 - イキナゴ→コボラ→イナ→ボラ→オオボラ  
東北 - コツブラ→ツボ→ミョウゲチ→ボラ  
「トド」は、「これ以上大きくならない」ことから「結局」「行きつくところ」などを意味する「とどのつまり」の語源となった。  
「イナ」は若い衆の月代の青々とした剃り跡をイナの青灰色でざらついた背中に見たてたことから、「いなせ」の語源とも言われる。また、「若い衆が粋さを見せるために跳ね上げた髷の形をイナの背びれの形にたとえた」との説もある。  
「オボコ」は子供などの幼い様子や、可愛いことを表す「おぼこい」の語源となっており、また「未通女」と書いてオボコと読んで処女を意味していた。  
利用  
刺し網、定置網など、各種の沿岸漁法でほぼ年中漁獲される。石川県七尾湾沿岸の「ボラ待ちやぐら」など、地域独特の漁法もある。釣りでも漁獲できるが、吸いこむ摂食形態のため釣り上げるにはコツが要る。  
その食性から汚染した水域で採れるものは臭みが強いが、臭みは血によるものが多いため、伊勢志摩地方では釣り上げてすぐに首を折り、海水に浸して完全に血を抜き臭みの大部分を消した上で食用とする。水質の良い水域のものや外洋の回遊個体は臭みが少なく、特に冬に脂瞼の回りに脂肪が付き白濁した状態になる「寒ボラ」は美味とされる。身は歯ごたえのある白身で、血合が鮮やかな赤色をしている。刺身、洗い、味噌汁、唐揚げなど様々な料理で食べられる。刺身などの際は鱗と皮膚が厚く丈夫なので剥ぎ取った方がよい。臭みを消すには酢味噌や柚子胡椒が用いられる。  
身だけではなく、厚い筋肉が発達した幽門も「ボラのへそ」「そろばん玉」などと呼ばれ、ニワトリの砂嚢(砂肝、スナズリ)を柔らかくしたような歯ごたえで珍重される。よく水洗いした上で塩焼きや味噌汁などで食べられる。1匹から1つしか取れないため、これだけが流通することはまずない。  
また、メスの卵巣を塩漬けし乾燥させたものがカラスミで、冬季の回遊ルートにあたる西日本各地や台湾、地中海沿岸など世界各地で作られている。また、ギリシア料理ではボラの卵をタラモサラダに用いる。よって卵巣を利用する地域では特に大きなメスが珍重される。  
ボラ 2  
ボラ(漢字/鯔 英名/Flathead gray mullet)  
学名/Mugil cephalus cephalus Linnaeus  
ボラ目(Mugriliformes) ボラ科(Mugilidae)  
1科約17属約66種。/ 海底の泥についている微細な藻や有機物を食べている。泥を漉して食べているので胃の筋肉が発達している。/ 汽水域、内湾に多く、幼魚期には淡水にまで入る。  
形態 / 体は細長く頭部が平たく、目に脂瞼(脂肪の膜)がある。大きさ60cm前後になる。 
生息域 / 北海道以南。熱帯西アフリカ〜モロッコ沿岸をのぞく全世界の温帯・熱帯域。  
生態 / 産卵期は10月〜1月。秋になると黒潮の影響のある暖かい場所に回遊、産卵する。低層に沈積した微生物や藻、原生動物、有機性のデトリタスなどを食べている。なかでももっとも重要な餌は植物性のもの。  
釣り / 関東東海などでは冬に空針で狙う。赤く目立つ浮きをつけて、好奇心で近づいてきたボラを引っかける。  
食べ方 / 刺身、鍋もの、塩焼き、フライ、ムニエル、非常に美味(注・環境によって臭いものがある)。市場での評価・取り扱われ方、関東には千葉県銚子などから入荷する。値段は非常に安い。  
食べてみる / ボラの評価は瀬戸内海、熊野灘などを控える関西で高く、関東で低い。これは戦前戦後に隅田川など関東の河川がひどく汚染されて、臭いボラがとれていたためだろう。それ以前、江戸時代、明治、大正、昭和の初期と江戸湾(東京湾)においてボラの養殖が盛んであった。当然、関東でもボラは高級な食用魚、また祝儀に使われる魚であったことがうかがえる。相模湾などでは秋から初冬にかけてボラの刺し網漁が行われる。これは卵巣をとるのが目的だが、刺身や塩焼き、吸い物や、鍋物にして美味である。ボラは不思議なことに卵巣が成熟して身が痩せても脂はある。また関東よりも瀬戸内や西日本で、ボラを珍重する。とくに冬のボラは美味であり、それをよく知っているのだ。刺身は血合いの色が美しく甘味旨味が合って上物のひとつ。写真を見てもわかるように皿に映える。これを洗いにしてもうまい。  
雑話 / 出世魚 / 歳時記、俳句季語では「秋」。 / 「いなせ」は勇み肌で、粋な若者のこと。またその様子。威勢よくさっぱりした気っ風の若者のこと。魚河岸の若者が、ボラの若魚であるイナの背のように髪を結んだことからくる。 / アフリカ、イスラエル、東南アジアでは重要な養殖魚。 / 文献。鯔開き・滝沢馬琴の日記から暮らしに関するものを考察した『馬琴一家の江戸暮らし』高牧實に【鯔開き】というのがある。 / 漁獲方法・刺し網 / 漢字「鯔」。由来「『角笛』に似ているところから、中国の胡語〈はら〉が転じて、わが国語〈ぼら〉になった」。「ほばら(太腹)が転じて」、「掘るの意味で、ボラは頭を泥に突っ込んで餌を食べるから」 / 呼び名・方言。成長により名前が変わる出世魚。地方によって多少違っているが2〜3センチのものを「ハク」、10センチくらいまでを「スバシリ」、5〜18センチを「オボコ」、10センチ〜25センチを「イナ」、30センチ〜40センチを「ボラ」、40センチもしくは50センチ以上を「トド」。「トド」を「カラスミボラ(唐墨ボラ)」ということもある。「エブナ」、「シロメ(白目)」。古名に「クチメ」、「ツクラ」、「シクラ」。「ナヨシ」、「ミョウキチ」。  
ボラ 3  
鰡 / 鯔 / ボラ  
ハクは稚魚の呼び名で、オボコは幼魚の呼び名です。イナは全長二十五センチ前後になった場合の呼び名で、鰡・鯔(ボラ)は三十センチに達した場合の名称です。出世魚であり最終的にはトド言われるようになりますが、この名称になると全長は四十センチを超えています。とどのつまりという言葉は、この最終呼び名であるトドに因んでいます。また、「いなせ」は威勢のよい若者を意味し、「おぼこ」は世間知らずな娘を意味していますが、いずれもボラが起源となって転訛したものと考えられています。古くから大衆魚として活用されていたようで、平城京時代の遺跡からは木簡に古名が残っているとされます。更にボラの骨も古代の貝塚から発見されているそうです。仲間となる種類ではセスジボラやメナダがあります。セスジボラは、背筋の形状をした隆起が見られることに由来した名称であり、分布域は北海道より九州にわたる範囲です。メナダは、カラスミの原料にもされており、ボラの代わりに使われることもあります。容姿が類似していますが、目口の周囲が赤っぽくなっており、平たい頭と大形の鱗が特徴です。また、大きな卵巣を持っており、コスリは一年目の呼び名です。二年目以降はトウブシと呼ばれ、メナダは三年以上経過した成魚の名称です。尚、ボラそのものはクロメやマクチ、マボラと呼ばれることもあります。  
期待される効能・効果  
癌やアレルギーの発生を抑えたり、血栓の形成を抑制する働きがあると言われています。また、脳の働きを保つのを改善したり、肝機能を丈夫にする作用もあるとされます。その他、細胞の老化を防いだり、動脈硬化の予防に有用とされます。含有される成分では、タウリンをはじめ、ドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA/IPA)、ビタミンA・E、ナトリウムなどがあります。タウリンは肝臓における解毒の働きを高める作用があると言われています。また、コレステロールの代謝及び排泄促進作用や動脈硬化の予防、心機能亢進、血圧低下作用などもあると考えられています。旨み成分であり、アミノ酸の仲間となります。ドコサヘキサエン酸は、癌を予防し、コレステロールを減少させる働きがあると言われています。また、記憶力を高め、老人性認知症を改善したり、アレルギー症状を緩和したりする作用があるとされます。エイコサペンタエン酸は癌や高血圧、動脈硬化を予防する他、抗血栓作用や抗アレルギー作用などがあるとされます。  
「鯔」名の由来  
「オボコ」  
オボコとは、全長5〜10センチ程度のボラの幼魚。オボコはボラの幼魚で、まだ小さいところから、世間馴れしていない若い人や生娘をいう「おぼこ」からの命名である。「おぼこい」や「おぼこな」が、魚のオボコに由来するというものも多いが、「おぼこ」の語源は「うぶこ(産子)」で、魚のオボコが語源ではない。これは、ボラの異名が語源といわれる言葉が多いため、「おぼこ」も「オボコ」に由来すると勘違いされ、前後関係が逆転してしまったのであろう。  
「スバシリ」  
スバシリとは、全長5〜10センチ程度のボラの幼魚。スバシリは河と海との潮境を往来する魚なので、「洲走」の意味が語源といわれる。上記説のほか、河と海を往来することに由来する説では、「セハシリ(瀬走)」が音変化して「スバシリ」になったとする説もある。一説には、簀(す)の四方に網を張ってるところから、「スバシリ(簀走)」の意味といわれるが、この説は考え難い。  
「イナ」  
イナとは、全長20センチメートル程度のボラの若魚。ナヨシ。稲の茎が腐ったものがこの魚に変化するという俗伝から、「稲魚」の意味に由来するといった説がある。しかし、「魚」は「ナ」と呼ばれるため、「いな(稲)」と「な(魚)」を掛けた名ではなく、「イナ」の「イ」に単独の意味があると考えるのが普通なので、「イナ」の呼称からこの俗伝が生じたともいわれる。その他の語源には、神に供えることができなかったという神話から、否み嫌うの意味で「否(イナ)」もしくは「否魚(イナ)」といった説もある。オボコとスパシリの中間にあたるボラの幼魚「イナッコ」は、「イナ」に小さいものを表す「こ(子・小)」を加えた名である。  
「ボラ」 (鯔) 
「鯔」は「ぼら」「し」「いな」と読む。鯔。鰡。丸みを帯びた体から、「太腹(ホハラ)」が転じた説がある。なお、淡水にいるころの呼び名・幼名「鯔(イナ)」は、稲の茎が腐るとこの魚になるという伝説から、「稲魚(イナ)」に由来する説がある。漢字表記「鰡」は、幼名「鯔(イナ)」に対し、成熟した「鰡(ボラ)」を指す国字で、「留」は成長をとどめる意か。  
ボラは、スズキ目ボラ科に属する魚。ほぼ全世界の熱帯・温帯に広く分布する大型魚。沿岸や汽水域に棲み、淡水にも上がってくる。食用に漁獲されている。「ボラ」の名前は、「腹が太い」という意味の「ほはら(太腹)」に由来する説がある。他にも、マライ語の「ボラナク」や「ベラナク」、タイ語の「プラ・ボラ・モー」に由来する説がある。ボラの漢字は、魚へんに「甾」の「鯔」と書き、つくりの「甾」は「あぶら」を意味する。ボラの幼魚の腹には黄色い脂肪がたくさん詰まっていることから、この漢字が当てられた。また、この漢字はボラの幼魚の名前「イナ」とも読み、「粋で威勢がよいこと」を意味する「鯔背(いなせ)」という言葉に使われる。他にも、色が黒いことから「黒い」という意味の「緇黒(しこく)」に由来する説もある。ボラは「鯔」の他に、魚へんに「留」の「鰡」、魚へんに「老」の「D」とも書く。  
「トド」  
トドとは、成長したボラ。オオボラ。ボラが最も成長したものをいうところから、「止め」「止まり」が語源である。出世魚のボラは、稚魚から大きくなるにしたがって名前を変えていき、最後に「トド」と呼ばれるところから、「とどのつまり」の「とど」や、「結局」や「限度」の意味で使われる「とど」は、この「トド」に由来するといわれる。しかし、「トド」が「止め」「止まり」であるように、「とどのつまり」などの「とど」も「止め」「止まり」の意味からとも考えられるため、これらの言葉は必ずしも魚の「トド」とは言い切れない。  
いなせ  
いなせとは、粋で勇み肌でさっぱりしているさま。また、その容姿や、そのような気風の若者。  
江戸日本橋魚河岸(うおがし)の若者の間で流行した髪型に由来する。その髪型は、魚のイナ(ボラ)の背に似ていることから、「鯔背銀杏(いなせいちょう)」と呼ばれた。そこから、魚河岸の若者(鯔背銀杏を結った若者)のように、粋で勇み肌の者を「いなせ」と呼ぶようになった。「帰す」「行かせる」などを意味する「いなす(往なす)」の名詞形とする説もあるが、「いなす」は上方、「いなせ」が江戸の言葉であることから考えがたい。  
「粋」で「いなせ」  
『粋でいなせ』といいますが、いったい『粋』とは?『いなせ』とは!?『いなせ』は【威勢がよくさっぱりとしたきっぷ】のこと。特に【勇み肌の若者】のことをいいます。漢字で書くと「鯔背」。「鯔(イナ)」は魚のボラの幼魚のことで、この鯔の背びれが日本橋・魚河岸の若者が結った髷(まげ)に似ていたために、その威勢のいい若者のきっぷを『いなせ』と呼んだという説があるのです。江戸後期〔いきな深川いなせな神田〕という小唄が流行りました。神田は左官や大工などが多く住む土地で、『いなせ』は魚河岸の若者だけでなく江戸下町の職人肌の若者のきっぷをいうようになったのですね。一方の『粋』。もともとは「意気」と書き【心ばえ、気合い】などをいいましたが、様々な意味を持つようになり、精神だけでなく衣装風俗にも使われるようになります。最初は男性に対して多く使いましたが、江戸後期になると主に女性に対して使われ、一種の美的理念を表すことばとして定着したのです。辞書には【きっぷ、容姿、身なりなどがさっぱりとして、洗練されていて、しゃれた色気があること】とありますが、具体的にはどうでしょう?例えば、先ほどの〔いきな深川いなせな神田〕にあるように、『粋』といえば深川。特に深川の辰巳芸者は、冬でも裸足に下駄。男まさりで羽織をまとい、そのきっぷのよさが粋の代表とされます。また質素倹約のおふれが出ていた江戸では、縦縞や格子などの地味な柄、また地味ながらも技がきいた小紋などが好まれ、「四十八茶百鼠」といった茶色や鼠色などの渋い色と合わせ、どう上手く着こなすかが『粋』とされました。『粋でいなせ』。人によって何を想像するかは違うかもしれませんが、まさに江戸の心が映しだされたことばなのですね。  
類義語  
瀟洒 かっこ良い 恰好良い 恰好いい 格好良い 格好いい 粋 乙 おつ 小意気 小粋 きりっとした 御洒落 おしゃれ スマート スタイリッシュ シック  
粋で鯔背なニッポン語  
「知らざあ言って聞かせやしょう。浜の真砂と五右衛門が、歌に残せし盗人の種は尽きねえ七里ヶ浜、…名さえ由縁(ゆかり)の弁天小僧菊之助たァ、おれのことだ。」(弁天娘女男白波)  
「とかく戦というものは、腹がへってはできぬもの」(義経千本桜)  
「親に放たれ小僧っ子がグレたを叱るは少し無理。堅気になるのは遅蒔にござんす」(瞼の母)  
「十年前に、櫛、簪、巾着ぐるみ意見を貰った姐さんに、せめて見てもらう駒形の、しがねえ姿の横綱の土俵入りでござんす」(一本刀土俵入)  
「慣れた時代の源氏店、その白化けが黒塀に、格子作りの囲い者、死んだと思ったお富たぁ、お釈迦様でも気がつくめえ。よくまあお主ゃぁ達者でいたなぁ」(与話情浮名横櫛)  
小鯔網  
Q  
俳句の季語「小鯔網」とは、どのようなものか知りたい。「鯔網」の異名なのか、「小さい鯔(おぼこ)を掬う網」のことなのか。  
A  
〈小鯔網〉について詳細な記述のある資料は見つからなかった。参考として以下の資料を紹介した。  
『図説俳句大歳時記 夏 3版』〈小鯔網(こぼらあみ)〉の項目に「鯔網は引き網・敷き網・建て切り網・建て網などがあり、大きいものになると数十人が操作しなければならないものから、四、五人で使用できるものもある。が、概して大規模なものが多く、名は小鯔網でも鯛網などより大規模なものがあった。」とあり。『日本国語大辞典 第2版』にも同様の記述があり。  
また、『日本漁具・漁法図説 増補改訂版』『近世歴史資料集成 第2期 第5巻 日本産業史資料5』に引き網や敷き網などの図がある。  
 
季語・歳時記関係の資料にあたるが、〈小鯔網〉について詳しい記述なし。  
『日本うたことば表現辞典 動物編』『近代俳句大観』『近世俳句大索引』『日本名句集成』『現代俳句用語表記辞典』『日本の漁具と漁法』『内水面漁具・漁法図説』『日本水産捕採誌』『網 ものと人間の文化史』などを見るが〈小鯔網〉は見あたらなかった。  
鰡(ぼら) / 歳時記 
鰡は日本人には大昔からおなじみの魚である。北海道から沖縄まで、各地の沿岸におり、大量にいて比較的捕獲しやすい魚だからかも知れない。「日本書紀」にある海彦・山彦の物語にも鰡が登場する。兄さんの釣り針を無くして叱責された山幸彦が海神に助けを求めに行くと、海神は魚たちに釣り針探索を命じ、「口女口より針を出し奉る」とあるが、この口女というのが鰡の古代の呼称だという。これは当時から鰡釣りが盛んに行われていたことを物語っている。
スズキ目ボラ科。丸い中太りの棒のような体形で、頭は上から押しつぶしたようにやや扁平になり、前から見ると鼻ぺちゃで、なんとなく愛嬌がある。背中は頭から尻尾まで濃い青、腹は銀白色で美しい。晩秋に沿岸部の水深10メートル以上の海底で産卵孵化、春になると体長4、5センチの稚魚が岸辺近くに大群で押し寄せ、河口から遡って内陸部の小川にまで入り込み夏を過ごす。この稚魚はスバシリと言う。
夏の終わり頃、20センチくらいになってまた海に下り、湾内で生活する。このころの若魚は鯔(イナ)と呼ばれる。イナは11月頃までは岸辺の浅瀬におり、水温が下がるにつれだんだんと深い所に移動し、春になるとまた浅瀬に戻って来る。その頃には体長も30センチになって、眼も大きく、眼の回りには透明の脂の膜(脂瞼)ができている。これが大人の鰡である。
鰡はイナの時代から3、4年、春から冬まで湾内の浅瀬から深場を往来し、冬場の一時、湾外の深場で産卵してはまた湾内に戻る暮らしを続ける。こうして5年もたつと50センチから時には80センチもの大物になる。これをトドと言う。いわゆる「とどの詰まり」である。トドになった鰡は最後の冬、湾から外へ出て行ったまま、もう帰って来ない。
このように鰡は、スバシリに始まってイナ、ボラ、トドと育つに従って名前が変わる出世魚。そのため関東地方では昔は祝魚として珍重され、生後百日目の赤ん坊の「お喰い初め」に用いられた。
最近は食用魚としてのボラはあまり人気がない。「泥臭い」ためである。鰡は海底の虫や藻などを砂泥と共に呑み込み、それを胃で選り分けて泥を排出する。そのため胃壁が異常に発達して鶏の砂肝のようになる。これが「鰡のヘソ」と言われるもので、塩焼きや醤油で付け焼きにするととても旨い。しかし、魚肉そのものにはどうしても泥臭さが残る。特に東京湾はじめ日本の主要な湾内の海底は一時ほどではないにしてもヘドロが堆積しているから、そこを餌場としている鰡はあまり旨くないというわけである。
それでも10月も末頃から冬になっての鰡は臭みが取れ、脂が乗って旨くなる。ことに12月から2月にかけて、能登、佐渡、鳥取島根など日本海側で獲れた「寒鰡」を活き締めにして、その日のうちに食べると、「鯛よりずっと旨い」と言われている。
そういう本物の口福にあずかったことはないが、三浦半島あたりにあがったものでも冬場の鰡はまずくない。内蔵をつぶさぬよう丁寧に下ごしらえし、三枚におろして皮を引き、塩をまぶして冷蔵庫に半日ほど置いて身を締める。それを水洗いして、刺身にして生姜醤油か酢味噌で食べるととても旨い。ことに皮を引いたところに紅がさして、見た目もきれいな刺身である。塩焼きの場合も背開きにしたものに塩を振り、やはり数時間置いてから水洗いして、水を十分拭き取ってから焼く。つまり、鰡は身が柔らかいので、一度締めると旨くなるということのようである。腸を抜いた鰡を筒切りにして、生姜を入れた味噌で長時間ことこと煮込んだ、鯉こくのようなものも旨いと聞くが、これはまだ試したことがない。
大阪名物の雀鮨も、江戸時代には今のような小鯛ではなく、江鮒と呼ぶ鰡の稚魚スバシリを開いて塩と酢で締め、腹に酢飯を詰め込んだものだったという。腹が膨らんでふくら雀に似ていることから雀鮨と呼んだ。
しかし何と言っても、鰡は魚よりも魚卵が値打ち物である。鰡の卵巣を塩漬けにして干し固めたカラスミである。江戸時代から越前のウニ、三河のコノワタと共に「天下の三珍」と持て囃された。
古代ギリシャ、トルコで作られていた保存食品だったものが中国経由で日本にもたらされた。天正16年(1588年)、天主教の教会領だった長崎を直轄地とした羽柴秀吉に代官がカラスミを献上したという話が残っている。秀吉に名前を聞かれた代官は、中国の墨に形が似ていることから咄嗟に「唐墨にござります」と答えたのがこの名の始まりだと言うが、これは確かかどうか分からない。
とにかくこの頃には長崎近辺では中国人の技術指導もあったのだろうが、カラスミが生産され始めていたようだ。長崎は瀬戸内海や対馬などで育った鰡がトドと言われるほど大きくなって、外洋に産卵に向う際の中継点に当たっており、盛んに獲れた。そのためカラスミの名産地になった。
鰡は飛魚のように大きな胸鰭がないから飛ぶことはできないが、ジャンプの名手である。秋も深まった頃の夕暮れに波の静かな海岸近くでしきりに飛び跳ねる。これが強い印象を与えるので、秋の季語になったのではないか。尾で海面を強く叩き、ほとんど垂直に1メートル以上も跳び上り、頭を下にして落下する。何のためにこんな運動をするのか、まだその理由は解明されていないようである。
粋で気っ風が良い若者を昔は「いなせな兄さん」と言った。江戸時代、日本橋魚河岸の若衆の髷の形がイナに似ていたからだとか、彼らの背中の彫り物がイナの背中を思わせるところから出たとも言われる。
鰡と言い、鯔と言い、とにかく元気よく跳ね回る威勢の良さが好まれたのであろう。俳句でもそのほとんどが鰡の飛ぶことを詠んでいる。
  鰡の飛ぶ夕潮の真ッ平かな   河東碧梧桐
  鰡飛ぶや洲崎の鼻は棒の如   野村喜舟
  鰡跳んで西空の雲遠きかな   右城暮石
  九頭竜の月に鰡飛ぶ泊りかな   伊藤柏翠
  おもむろにさし来る汐や鰡のとぶ   城野としを
  鰡飛んで燈台遠くともりけり   河原白朝
  鰡さげて篠つく雨の野を帰る   飯田龍太
  鯔群るる音の波立ち走るなり   山上樹実雄
  ぼら跳ねて巨大タンカー海坂に   野崎敦子
  鰡跳ねて旧軍港の昼寂と   青木重行