PC事始め

「最小二乗法」 手計算ではできません 
BASICプログラムができる関数電卓 
写真感光材の特性曲線の近似式の作り方をマスターしました 
 
職人技に写真技術で迫りました 
「ドライドット」 
8ビット・オールインワンIF-800(沖電気)でシミュレーションを完成


  
  
  
  
  
リス型現像液の定量分析が卒論でした
  
  
 
フィルムの露光時間は対数計算です 
いつもワイシャツのポケットに小さな計算尺をいれていました 
飲み屋さんでの時間つぶしの講釈材料にもなりました
 
「最小二乗法」  
写真感光材の特性曲線の近似式 最小二乗法で作れるかも 
高柳さんからヒントを頂きました 
手計算ではできません
 
シャープのポケットコンピュータPC-1300 
BASICプログラムができる関数電卓でチャレンジ 
近似式の作り方をマスターしました 
 
1970年代当時は、まだプログラミング言語としてBASICが広まっておらず、汎用機での科学技術計算にFORTRAN、事務計算にCOBOLが認知されてきた頃でした。 実はデスクトップの計算機(商品名としてはパーソナルコンピュータだったのですが)としてシャープは「シャープミニフォートラン」なるプログラミング言語を採用したものを販売していました。PC-1300はそのパソコンの小型版という位置づけだったのではないかと思われます。シャープミニフォートランというとFORTRANの雰囲気を感じずにはいられないのですが、その実態はBASICに近く、FORTRANとは別物と考えたほうがいいでしょう。 
 
職人技に写真技術で迫りました 
「ドライドット」(命名は田中さん?) 
8ビット・オールインワンIF-800(沖電気)でシミュレーション・ソフト(Basic)を完成 
「ドライドット」はスキャナー普及までの過渡期技術として認知されました 
特許が成立し 使用権の販売で会社に多少の利益が入りました
  
  
競馬予想 
距離特性、調教情報からの予想プログラム(dBASE) 
畜生には通じませんでした
  
  
株価予想 
取引量、値上がり巾からの予想プログラム(dBASE) 
右肩上がり対応のソフトであることを思い知らされました 
湾岸戦争で持株価値は半減 
世界情報に疎い日本のマスコミ体質も思い知らされました
  
  
  
光のミサイル 
バブル絶頂期 ライティングの自動追尾システムにチャレンジ 
三次元座標計算、照明装置のリアル制御システムを創りました 
音波を媒体に完成しました 
プログラムは若手に任せました 
私は制御シミュレーション・ソフト(Access)で、照明効果の検証に
   
  
  
ミラーの設計・配光シミュレーションシステム 
小さなペンライトに2焦点を与えました 
(光のミサイルでの三次元座標計算がベースになりました)
  
余談1 
光のミサイルの技術情報は専門書からでした(三省堂での立ち読み) 
1990年前半で急激に専門図書が減りました 
1997-1998年インターネットの可能性を実感しました 
新開発/空気清浄機は初期インターネットで米国HPから基礎技術情報を得ました
  
余談2 
余暇に機器保守サービスの管理ソフト(Access)を創りました 
若い人たちの正しい評価環境が整いました 大喜び喜ばれました 
この時の反応が次代の若い人たちの労務管理環境のあるべき姿と 
自分のものとなり21世紀に入り いろいろの場面で生かされました 
  
結果的にPCの創成期からの付き合い 
いろいろの場面でPC活用が 今の自分の一部になってきました 
このHPは楽しんだ後 もったいない情報の保管ロッカーになりました

 
2011/1